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ナンセンス mRNA 認識の機構解明に成功
横浜市政記者、横浜ラジオ・テレビ記者 各位 記 者 発 表 資 料 平 成 1 8 年 2 月 1 日 公立大学法人横浜市立大学 研 究 推 進 セ ン タ ー 担 当 課 長 今 井 信 二 TEL 7 8 7 − 2 0 1 9 ナンセンス mRNA 認識の機構解明に成功 市大大学院医学研究科の大野教授らの研究チーム、「Genes & Development」 に掲載 概 要 遺伝子発現の監視システムの一つである、異常なタンパク質の合成を指令する「ナンセン スメッセンジャーRNA (mRNA)」が認識される機構の解明に、横浜市立大学大学院医学研究 科大野茂男教授と博士課程の鹿島勲氏との研究チームが成功しました。 これにより、がんや遺伝性疾患などの責任遺伝子の同定が大幅に簡略化できたり、また、 新しい作用機序の治療薬として、ある種の遺伝子疾患の治療への応用が期待できます。 本成果は、横浜市地域結集型共同研究事業と科学研究費補助金による成果で、平成18 年2月1日発行の分子生物学専門誌「Genes & Development」に掲載されます。 【研究の詳細は別紙資料の通り】 研究チーム 横浜市立大学大学院医学研究科: 大野茂男(教授)、山下暁朗(特任助手) 鹿島勲(博士課程3年)、泉奈津子(修士課程2年) 京都大学ウィルス研究所: 大野陸人(教授)、片岡直行(助手) 名古屋市立大学大学院薬学系研究科: 星野真一(教授) (株)セルフリーサイエンス森下亮(主任研究員) ペンシルベニア大医学部: Gideon Dreyfuss (教授) ナンセンス mRNA とは がんや遺伝性疾患などにおける遺伝子変異の約 1/3 がナンセンス mRNA と呼ばれる異常な mRNA を生じるタイプの変異であると言われています。ナンセンス mRNA は末端が欠落した異常 タンパク質の合成を指令します。細胞はこの異常タンパク質の毒性に対する防御機構として、 ナンセンス mRNA を認識して分解排除する遺伝子発現の品質監視機構を備えています。この 品質管理機構は遺伝子の異常に由来するがんや遺伝性疾患などの症状に大きな影響を与える ことから、その詳細の解明が望まれていました。 また、ナンセンス mRNA は正常の mRNA と1塩基の違いしかありませんが、それが如何にして 認識されるのかは大きな謎でした。今回の研究により、このナンセンス mRNA の認識機構を明ら かすることが出来ました。 今後の取り組み 今回、ナンセンス mRNA 認識機構の解析の過程で、遺伝コードの翻訳終止機構の新たな側面 を同時に見出しました。これを更に追求します。また、がんや遺伝性疾患などの遺伝子異常に関 係する疾患の診断や治療に向けた、全く新しい発想の診断法と治療薬の開発に取り組みます。 資 料 <研究に関する問合せ先> 大野 茂男(おおの しげお) 横浜市立大学大学院医学研究科分子細胞生物学 医学部分子生物学教室(旧第2生化学) 〒236-0004 横浜市金沢区福浦 3-9 Tel: 045-787-2596, Fax: 045-785-4140 E-mail: [email protected] HP: http://www-user.yokohama-cu.ac.jp/ ohnos//index.html <研究の背景と経緯> ヒトゲノムの遺伝情報を正確に発現する機構の解明は、生命の根元の理解と、がんや遺 伝性疾患の診断・治療の観点で重要である。最近の研究から、真核細胞にはナンセンス mRNA を認識し、急速に分解する mRNA 監視機構が存在することが分かってきた。ナン センスコドン依存的 mRNA 分解 (NMD: nonsense-mediated mRNA decay)と呼ばれるこ の現象の主な役割は、ナンセンス mRNA を認識し、急速に分解することで、ナンセンス mRNA がコードする異常タンパク質断片の蓄積を防ぐ役割を担っていると考えられる(図 1)。このような異常タンパク質断片は、細胞に対し毒性を示す可能性があり、多数の遺伝 性疾患において、NMD が本来優性に遺伝する形質を劣性にし、疾患発症を緩和している ことがわかっている。 ナンセンス mRNA 認識・分解には、mRNA のスプライシング(未成熟な mRNA のタン パク質をコードしないイントロン配列が切り除かれ、タンパク質をコードするエクソン配 列が連結し mRNA を成熟させること)と翻訳(リボソームとアミノアシル tRNA により mRNA の遺伝情報をタンパク質に変換すること)が必要である。脊椎動物細胞の核内にお いて、スプライシングを経験した成熟 mRNA には、エクソンとエクソンの繋ぎ目にその 目印としてエクソン-ジャンクション複合体(EJC: Exon-junction complex)が結合し、その 後細胞質へ輸送される。EJC よりも 5 側に終止コドンが存在すると、その終止コドンは 翻訳依存的にナンセンスコドンと認識され、その mRNA は急速に分解される (図 1)。しか し、正常な mRNA と1塩基の違いしかないナンセンス mRNA が認識される機構は不明で あった。 <今回の研究概要> 我々の研究室では、ナンセンス mRNA 認識・分解における超巨大タンパク質リン酸化 酵素 SMG-1 が、ナンセンス mRNA 認識・分解の キープレイヤー である RNA ヘリカ ーゼ Upf1 をリン酸化すること、そして、SMG-1 による Upf1 のリン酸化が mRNA 認識・分解の引き金 ナンセンス である事を見出していた。 本研究では、SMG-1 による Upf1 のリン酸化に着目し、分子生物学(RNA 干渉法)・生化 学的手法(免疫沈降実験・精製タンパク質結合実験)を用いて SMG-1 と mRNA 結合タンパ ク質の解析を行った。その結果、SMG-1 は EJC 構成因子である Upf2 と直接結合し、EJC を介して成熟 mRNA と細胞質で複合体を形成することを明らかとした。さらに、この複 合体形成が SMG-1 による Upf1 のリン酸化に必須であることを、明らかとした。 さらに、SMG-1 による Upf1 のリン酸化に関して解析を進め、SMG-1 は Upf2・Y14 を 必要とせずに Upf1、eRF1、eRF3 と複合体(SMG-1-Upf1-eRF1-eRF3 (SURF)複合体と 呼ぶ)を形成すること、SURF が EJC を認識し複合体(Decay-inducing(DECID)複合体 と呼ぶ)を形成することで SMG-1 による Upf1 のリン酸化が起きることを明らかとした。 以上の結果から、翻訳終結に伴い SURF 複合体が終止コドンを認識し、その 3’ 側に存在 する EJC と相互作用した時に、終始コドンがナンセンスコドンと認識され、Upf1 のリン 酸化が起きることが明らかとなった。これらの一連の解析により、この過程がまさにナン センス mRNA の認識機構であることが示された(図2)。 <今後期待できる成果> 今回の発見により、真核生物の遺伝子発現監視システムの一つであるナンセンス mRNA の認識分子機構が分子レベルで明らかとなった。これは、遺伝コードの翻訳終止機構の新 たな側面を見出したことにもなる。今後、これをさらに追求する。応用面では、この認識 に必至なタンパク質リン酸化酵素 SMG-1 の特異的阻害剤を開発することにより、ナンセ ンス mRNA 認識・分解の特異的な調節が可能となる。これにより、がんや遺伝性疾患な どの責任遺伝子の同定が大幅に簡略化できたり、また、新しい作用機序の治療薬としてあ る種の遺伝子疾患の治療への応用が期待できる。 <発表論文題名> Binding of a novel SMG1-Upf1-eRF1-eRF3 complex (SURF) to the exon junction complex triggers Upf1 phosphorylation and nonsense-mediated mRNA decay. Isao Kashima, Akio Yamashita, Natsuko Izumi, Naoyuki Kataoka, Ryo Morishita, Shinichi Hoshino, Mutsuhito Ohno, Gideon Dreyfuss, and Shigeo Ohno Genes & Development, Feb 1, 20 (3), 355-367, 2006 <用語の説明> 終止コドン 遺伝暗号を構成する 64 種のコドンのうち、対応するアミノ酸(アミノアシルt RNA)がなく、最終産物である蛋白質の生合成を停止させるために使われてい るコドン。一般に核ゲノム mRNA 上のコードでは、UAA・UAG・UGA の 3 種がある。 Nonsnese-mediated mRNA decay (NMD) ナンセンス mRNA 認識・分解機構のこと。mRNA の品質監視機構の一つ。 エクソン-ジャンクション複合体 Exon-junction complex (EJC) スプライシングに依存して mRNA 上のエクソンの連結部付近に形成されるタン パク質複合体。EJC は mRNA の品質管理の他に、mRNA のスプライシング・ 輸送・局在にも関与している。 タンパク質リン酸化酵素 SMG-1 ホスファチジルイノシトール 3 キナーゼの近縁タンパク質リン酸化酵素のグル ープに属する。このグループには、SMG-1 の他に遺伝情報(DNA)を監視する ATM、ATR、DNA-PK、やタンパク質合成を監視する mTOR が知られている。 RNA ヘリカーゼ Upf1 NMD 中心的な分子であると考えられている。ナンセンス mRNA 認識・分解に 関与する様々な分子と相互作用する。RNA ヘリカーゼ(相補的な二本鎖の RNA を一本鎖にする)活性を有する。