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アジア諸地域における仏教の多様性と その現代的可能性の総合的研究

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アジア諸地域における仏教の多様性と その現代的可能性の総合的研究
龍谷大学アジア仏教文化研究センター
ワーキングペーパー
No.14-10(2015 年 3 月 31 日)
調査報告
International Association of Buddhist Studies
第 17 回大会参加報告
西山
亮
(龍谷大学アジア仏教文化研究センターリサーチアシスタント)
【キーワード】
仏教学
認識論と論理学
Dharmakīrti
中観思想
世俗諦
2014 年 8 月 18 日から 23 日の 6 日間に渡りオーストリアのウィーン大学において,世界
の仏教学者が一堂に会して International Association of Buddhist Studies (IABS) 第 17 回大会
が開催された。
筆者は BARC の支援により同大会に参加し,自らも発表を行う機会を得た。
当ワーキングペーパーはその大会で得た知見の一部を報告し,また自らの研究発表の概要
を紹介するものである。また,ウィーン滞在中にオーストリア科学アカデミー・アジア文
化・思想史研究所の赤羽律氏と面会し,研究に関する意見を交換した。そこで得られたテ
キストのチベット語訳と漢訳についての知見もここに報告しようと思う。
大会は総裁であるウィーン大学名誉教授 Ernst Steinkellner 氏による基調講演から始まっ
た。ウィーンの仏教学は長い歴史を持ち,1845 年に Anton Boller がサンスクリット語をウ
ィーン大学で教え始めたのを起点とする。Steinkellner 氏はその伝統を体現する現代におけ
る最高峰の学者であり,かれの師である Erich Frauwallner 氏と共に,仏教学の地位を世界
的に確固たるものとした人物である。Steinkellner 氏は,ウィーンの仏教学の中心であり,
氏が長年に渡り研究を重ねてきた仏教認識論・論理学に関する「Dharmakīrti’s Method for
Ascertaining Causality and its Alleged Failure to Solve the Induction Problem」と題する基調講演
を行い,因果律に関する見解を披露した。講演においては,インドにおいて 7 世紀前半に
活躍したとされ,仏教における認識論と論理学を大成した Dharmakīrti のテキストを主に用
いながら,長年に渡る研究成果の一端が公表された。今回の大会において多くの研究者を
集めたのは,Steinkellner 氏が牽引してきた分野である認識論と論理学の分野であり,まさ
にウィーンの仏教学の伝統を感じさせる大会となった。
数多くの認識論と論理学に関する重要な発表のなかで,Dharmakīrti の年代論に関する報
告に対して注目が集まった。Dharmakīrti の年代論に関しては,ウィーンの仏教学の中心を
担い,認識論と論理学において重要な論考を公表してきた Helmut Krasser 氏が仮説を提起
した。氏は,活躍年代が 6 世紀前半に置かれる中観派の学匠である Bhāviveka との比較に
おいて,Bhāviveka に Dharmakīrti の影響が見られることを指摘し,Dharmakīrti の活躍年代
を Bhāviveka の同時代の 6 世紀中頃に置こうとした(同氏は 2010 年度第 7 回 BARC ユニッ
ト 1 研究会において招聘され関連する報告を行った)。従来の見解より Dharmakīrti の年代
を早めるというものである。今回の大会では,ライプチヒ大学の Eli Franco 氏とオースト
リア科学アカデミーの渡辺俊和氏とが,Krasser 氏の提示した年代論についての応答を試み
た。前者は Dharmakīrti の年代を動かした場合に,他の仏教思想家たちとの思想内容的な影
響関係に齟齬をきたさないかを論じ,後者は,Dharmakīrti と Bhāviveka が言及する,バラ
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モン思想の一つの潮流であるサーンキヤ説の検討を通じて,Krasser 氏の仮説に対して見解
を示した。
また,認識論と論理学と,筆者が専門とする中観思想とを様々な角度から論じたパネル
「Riding the Yoked Necks of the Lions of the Middle Way and Epistemology」も企画され,中観
思想における認識論の役割が明らかにされた。現在の中観思想研究をリードするオースト
リア科学アカデミーの Anne MacDonald 氏の発表を皮切りに,重要な論考が二日間に渡り
発表されたが,特に,赤羽律氏の「Conventional Truth and Epistemology for Jñānagarbha: The
Relationship between Conventional Truth and the Means of Valid Cognition」は,未だ充分に研
究が深められていない中観思想における認識論に光を当てたという点で,先駆的な発表と
なった。中観派である Jñānagarbha(ca. 8c.)が,どのような認識論を持ち,それがどこに
起源を持つのかが,多くの資料を用いながら明らかにされた。このパネルの他にも,東京
大学の新作慶明氏が多くの写本を参照しながら「laukikaṃ paramārtham: Textual Problems in
the Commentary on Chapter 24, Verse 10, in the Prasannapadā」と題して,中観派の中心理論
の一つである二諦説に関する重要な指摘を行うなど,中観思想研究に関するいくつかの発
表がなされた。
筆者の発表もその中の一つであり,「The Theory of the Conventional Truth Presented in the
Prajñāpradīpa and its Ṭīkā」というテーマで BARC 在籍時に研究を重ねてきた成果の一端を
公表した。Bhāviveka の Prajñāpradīpa と,その注釈書である Avalokitavrata(ca. 8c.)の
Prajñāpradīpa-ṭīkā のなかで説かれている二諦説については,これまで勝義諦に注目が集ま
り,その構造が明らかにされてきた。そこには複数の層があることが知られており,それ
が Bhāviveka の特徴の一つであるとされてきたが,勝義諦と対になる世俗諦の構造に関し
ては未だ充分に解明されていなかった。そこで今回の発表では世俗諦に焦点を合わせ,そ
の構造に光を当てた。明らかになったのはまず,Prajñāpradīpa の世俗諦には二つの階層が
あるということであり,それはアビダルマの思想家たちが勝義的存在とした法(dharma)
に関する層と,同じかれらが世俗的存在とした人(pudgala)の層である。注目すべきはア
ビダルマの思想家たちが勝義とした法をも世俗の範疇に収めていることであり,一般に人
法二無我の立場をとるとされる大乗仏教徒である Bhāviveka の立場をよく表していると言
えよう。以上は Prajñāpradīpa 第 24 章における世俗諦の層であるが,さらにもう一つの層
を Prajñāpradīpa-ṭīkā 第 1 章において見いだすことができる。それはより勝義に近い世俗と
言うことが可能であろう。そこでは「無自性」や「不生」といった中観派にとって勝義的
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な立場を表す概念が世俗のものとして扱われており,法や人に関する層よりも高い地位に
それが位置付けられている。このように Prajñāpradīpa と Prajñāpradīpa-ṭīkā の世俗に三つ
の層が見られることを結論として指摘した。発表後のフロアーからのコメントにおいて,
未だ解明されていないことの多い Bhāviveka 研究の充実を期待する声が聞かれた。
大会期間中に赤羽律氏と面会する機会を得て,チベット語訳と漢訳のみ今日に伝わって
いる Prajñāpradīpa の現存テキストについて意見を交換し,これまで等閑にふされてきた漢
訳の見直しの必要性を確認した。筆者は Prajñāpradīpa と Prajñāpradīpa-ṭīkā の成立過程に
関心があり,特にチベット語訳でのみ現在読むことのできる Prajñāpradīpa-ṭīkā について,
インド撰述で間違いはないものの,チベットにおける加筆の可能性を視野に入れて読解を
進めている。その際に念頭に置いておくべきことは,Prajñāpradīpa 漢訳が Prajñāpradīpa-ṭīkā
よ り 早 い 成 立 で あ る と い う こ と で あ り , ま た 赤 羽 氏 か ら は , Prajñāpradīpa と
Prajñāpradīpa-ṭīkā がほぼ全く同じであることも,テキストの成立に関わる重要なポイント
となるとの指摘を受けた。
今回のウィーン滞在において,主に認識論と論理学に関する知見を得て,また中観派に
関する最新の研究状況を把握することができた。また,赤羽氏との面会においてテキスト
の成立に関するアイディアを交換できたことは,筆者のこれからの研究において多くの示
唆に富むものとなった。
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