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野生動物公園
Vol.7 No.5 2011
2011年5月号
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
http://sangakukan.jp/journal/
東日本大震災
高度道路交通システム(ITS)技術を活用した
被災地物流支援
ブロードバンド回線を緊急構築した研究者たち
特集
動物園の可能性
● 科学技術政策の視点 ● 動物園における「研究」と大学の協力
● マダガスカルの環境教育リーダー育成
● 大改革に2大学の助言生かす ● 存在意義をアートで考える
創薬におけるオープンイノベーション
∼京都大学医学研究科メディカルイノベーションセンターの取り組み∼
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CONTENTS
● 巻頭言 日本新生に必須な産学官連携の深化を
∼科学技術・イノベーション・教育の三位一体推進政策の提唱∼
柘植 綾夫 3
東日本大震災
● 高度道路交通システム
(ITS)技術を活用した被災地物流支援
∼社会還元加速プロジェクト
「情報通信技術を用いた安全で効率的な道路交通システムの実現」
の活用∼
宮地 豊 4
● ブロードバンド回線を緊急構築した研究者たち
松尾 義之 8
● 特集
動物園の可能性
● 科学技術政策の視点からの動物園
牧 慎一郎・綿貫 宏史朗 12
● 動物園における「研究」と大学との協力
上野 吉一 15
● マダガスカルの環境教育リーダーを育成
田中 ちひろ・齊藤 千映美 18
● 札幌市円山動物園 大改革に2大学の助言を生かす
柴田 千賀子 21
● 動物園の存在意義を、アートを通じて考える
長倉 かすみ 24
● 創薬におけるオープンイノベーション
∼京都大学医学研究科メディカルイノベーションセンターの取り組み∼
寺西 豊・早乙女 周子・室田 浩司・成宮 周 29
● 武蔵野銀行との連携プロジェクトによる立教大学の教育・研究高度化
林 良知 35
● 連載 関西 TLO の経営改革
第2回
不良在庫特許を処理、アソシエイトの意識を変革
坂井 貴行 37
● 連載 大学の社会貢献・産学官連携 三重モデル
第3回
産学官連携担当の大学院研究科で発言力
西村 訓弘 40
● 編集後記 43
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●産学官連携ジャーナル
柘植 綾夫
(つげ・あやお)
芝浦工業大学 学長
◆日本新生に必須な産学官連携の深化を
∼科学技術・イノベーション・教育の三位一体推進政策の提唱∼
世界の経済、産業、さらには教育における立ち位置の沈下にもがく日本は、い
ま東日本大震災と原発事故に遭遇し、まさに明治維新と戦後復興に次ぐ第 3 の
国難に直面していると言える。今も原発事故の収束と被災地域の復興に命を懸け
ておられる方々に、深甚なる敬意と激励を送りたい。同時に、再び日本が持続可
能な発展を遂げるため、国を挙げた根本的かつ中長期的な取り組みの再構築をせ
ねばならない。
科学技術創造立国に向けた国と産業の投資を、この 21 世紀の日本の新生とい
う一大イノベーションに結実させる「持続可能な仕組みの強化」も、この命題の
大きな柱に据えねばならない。まさに日本新生に必須な産学官連携の深化と再構
築に取り組むことが喫緊の課題である。閣議決定が遅れている総合科学技術会議
の第 4 期科学技術基本計画に向けた答申(平成 22 年 12 月 24 日)は、期せず
して「科学技術政策とイノベーション政策の一体的展開」を打ち出した。第 1
期から 3 期までの投資の成果である知の創造ストックをフローとし、同時に社
会経済的価値化する持続可能なイノベーション・エコ・システムの強化を加速す
るべきである。科学者の知の創造活動への公的支援を確保しつつ、科学に裏付け
られた技術革新をイノベーション創出に結び付ける「メタナショナル・イノベー
ションパイプライン・ネットワーク」の構築を提唱する。メタナショナル能力と
は、それぞれの国を基盤としつつも地球規模の視座を持ち、行動をする能力と定
義される。 「メタナショナル・イノベーションパイプライン・ネットワーク」構築で欠か
すことができないことは、言うまでもなく「人材育成」である。科学技術的知の
創造を担う人材だけでなく、その活動と社会経済的価値の創造を結ぶ非線形で、
不確実なイノベーションパイプライン・ネットワークを自律的に活きたネット
ワークとする、多様な人材群の育成にも一層注力する必要がある。また、これを
10 年、20 年のタイムフレームで持続可能なエコ・システムとするためには、当
然、初中等教育から高等教育の全方位的教育の改革が必須である。教育政策と科
学技術・イノベーション政策を分離している日本の現状では世界の潮流にますま
す遅れをとる。まさに第 3 の国難を克服し日本新生を図り、それを持続可能な
ものにするために、
「科学技術革新とイノベーションと教育の三位一体政策の推
進」を行うことが必須である。国を挙げて、この司令塔機能を持つ「科学技術・
イノベーション・教育推進会議」の創設を提言する。
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東日本大震災
高度道路交通システム
(ITS)
技術を活用した被災地物流支援
∼社会還元加速プロジェクト「情報通信技術を用いた安全で効率的な道路交通システムの実現」の活用∼
実証研究を通じて研究開発成果の国民への還元を加速する「社会還元加速プロジェクト」
の1つである「情報通信技術を用いた安全で効率的な道路交通システムの実現」の緊急
的活用として、3月 11 日に発生した東日本大震災後に ITS Japan が各社によって収
集されたプローブ情報を初めて共用し、被災地で物流関係者に活用された。
宮地 豊
(みやじ・ゆたか)
内閣府政策統括官(科学技術政
策・イノベーション担当)付 参事官(国家基盤技術担当)
◆「自動車・通行実績情報」としてネットで公開
3月 11 日に発生した東日本大震災後に、高度道路交通システム(ITS)
技術を活用した被災地支援のため、自動車会社3社と電機会社1社が独自
に収集したプローブ情報がこのたび初めて共用され、3月 19 日から4月
28 日まで「自動車・通行実績情報」としてインターネット上で公開され
て物流事業者など関係者に活用された。
プローブ情報とは、車両を通じて収集される位置・時刻・路面状況等の
データのことであり、プローブ情報を集めることで、通行した実績を把握
することが可能となる。そのため、刻々と道路復旧状況が変化する被災地
においても、その時点で目的地に行くことのできるルートが分かる。さら
に複数社のデータの共用化により活用するデータ数を増やすことによって
情報の精度向上や利用範囲のさらな
る増加が可能となる。
プローブ情報の共用・活用につい
ては、国の社会還元加速プロジェク
トの1つ「情報通信技術を用いた安
全で効率的な道路交通システムの実
現(プロジェクトリーダー:奥村直
樹 総合科学技術会議有識者議員)
」
で官民合同体制により推進してお
り、今回はプロジェクト構成メン
バーである NPO 法人 ITS Japan( 会
長:渡邉浩之 トヨタ自動車技監)
が災害時の緊急性に対応して、各社
のプローブ情報を初めて共用した。
ITS Japan が提供した情報は2種
類であった。
1つは、プローブ情報を有効活用
した、被災地での自動車・通行実績
情報である(図1)。
図1 自動車・通行実績情報
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もう1つは、通行実績情報に通行止
情報を追加した自動車通行実績・通行
止情報である(図2)。
プローブ統合交通情報は、本田技研
工業株式会社(インターナビ・プレミ
アムクラブ)、パイオニア株式会社(ス
マートループ渋滞情報)
、トヨタ自動
車株式会社(G-BOOK)
、日産自動車
株式会社(カーウイングス)から匿名
かつ統計的に収集された通行実績情報
を 提 供 し て も ら い、 そ れ を 基 に ITS
Japan が作成した。また、通行止情報
も、国土地理院が作成した情報(東北
地方道路規制情報 災害情報集約マッ
プ)を基に ITS Japan が作成した。
プローブ情報については、これまで
各関連会社が個別に収集し、個別に利
用されてきたが、今回は東日本大震災
図2 自動車通行実績・通行止情報
の被害の甚大さを鑑みて、ITS Japan
が各社と協同でプローブ情報の共用・活用を図ったものであった。
これらは、災害時において、円滑な物流確保などを目的としたもので、
物流事業者など関係者に活用された。
◆実証研究を通じて研究開発成果の国民への還元を加速する
「社会還元加速プロジェクト」
社会還元加速プロジェクトは、総合科学技術会議が司令塔となって、関
係府省、官民連携の下、近い将来に実証研究段階に達するいくつかの技術
を融合し、実証研究と制度改革の一体的推進を通して、成果の社会還元を
加速する取り組みであり、現在6つのプロジェクトが実施中である。
そのプロジェクトの1つである「情報通信技術を用いた安全で効率的な
道路交通システムの実現」では、長期目標である運輸部門における二酸化
炭素排出量の半減等を実現させるため、モデル都市やモデル路線において、
国の支援を得つつ自治体が主体的に先導的な技術と施策を既存施策と融合
して実証実験を実施し、5年以内に具体策とその効果にめどを付け、
2020 年には長期目標の先行達成を図り、有効性が確認され市民合意が得
られた施策については他地域への展開を加速することを目的としている
(図3)。さらには「新成長戦略」のアジア経済戦略において、都市交通
等日本が強みを持つインフラ整備をパッケージでアジア各国に展開・浸透
させる重要な国家プロジェクトとして推進している。
これらの目標を達成するために、プロジェクトリーダーのリーダーシッ
プの下で、専門家の参画を得てタスクフォース会合を開催し、官民や関係
府省間の連携を図りつつ、次世代技術の研究開発・実用化を推進する。ま
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た、都市交通・高度物流インフ
ラの整備、市民・企業の積極的
な参画による交通行動の変革、
さらには、新たに開発された技
術に対応した制度の検討や、政
策面でのイニシアティブ等を併
せて実施することによりイノ
ベーションを促進する。そのた
めには、国、自治体や民間が連
携し、役割分担をしつつプロ
ジェクトを進めることが重要で
ある。
国は、地球温暖化などのグ
ローバルな課題への対応や、日
図3 目指すべき道路交通社会の姿と目標
本の産業の国際競争力強化、国
民生活の質の持続的向上と活力
に満ちた社会の構築のための将
来の社会像を描き、その実現に
向けた新しい社会基盤の整備を
行う。また、産業の成長力と地
域の活力向上に資する基盤技術
の研究開発や新技術に対応した
システム改革を推進する。さら
に、国際連携を主導し成果を世
界に発信するとともに国際標準
化や連携の枠組み作りを推進す
る。
図4 官民の役割分担と連携体制
自治体は、住民の視点で活力
にあふれた住みやすい街づくりの具体的なグランドデザインを描き、研究
開発成果を社会に還元する主たる担い手として継続性をもって施策の具体
化と PDCA を回すことによる成果の高度化を推進する。特に、モデル都市
は、先行した取り組みを通じて成果を目に見える形で具現化し、他都市へ
の展開を加速する役割を担う。
企業は、研究開発成果を実用化し実証実験を通じて機能 ・ 性能を一層高
度化して普及促進に貢献する。また、物流など産業活動そのものの変革や、
企業として従業員と一体となった地域活動への参画を積極的に推進して、
交通社会革新の原動力となることが期待される。
また、プロジェクトの実現に向けて、ロードマップの内容についての必
要な見直しはタスクフォース会合において検討、調整等を行うこととして
いる。このため、タスクフォース会合は、当該検討の円滑な実施のための
全体の総合調整と連携を促進する場としての役割を担うことも期待され、
平成 19 年 11 月 21 日から平成 22 年 12 月 22 日までに計 20 回開催さ
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れ、多くの議論を積み重ねてきた。タスクフォース会合で進捗した内容や
本プロジェクト関係組織等により達成された平成 22 年度の主な成果を表
1に示す。
表1 平成 22 年度の主な成果
ロードマップの方策
平成 22 年度の主な成果内容
インフラ協調による安
警察庁が実施している「安全運転支援システム(DSSS)のパイロット事業」で、実証実験とし
全運転システムの確立
て DSSS を設置した。
さまざまな交通流情報
東日本大震災後に、高度道路交通システム技術を活用した被災地支援のため、自動車会社3社
の高度利用促進
および電機会社1社が独自に収集したプローブ情報を初めて共用し、平成 23 年3月 19 日から
同年4月 28 日まで「自動車・通行実績情報」としてウェブサイトに掲載。物流事業者など関
係者に活用された。
国土交通省が実施している「ITS による安全で効率的な道路交通システムの開発・実用化・普
及の促進」施策で、ITS スポットを各地の高速道路を中心として全国に配備し、サービスを提
供している。
都市内物流の効率化
実験都市・地域として、大丸有地区(大手町・丸の内・有楽町地区)および博多アイランドシ
ティを選定した。
環境負荷の小さな次世
国土交通省の平成 22 年度環境対応車を活用したまちづくりに関する実証実験地域のうち、
「電
代車両の導入
動バス運行に関する実証実験」および「駐車場等への充電施設の適切な設置・配置に関する実
証実験」の都市の1つとして ITS モデル都市である青森市が選定され、また「超小型モビリテ
ィの利活用に関する実証実験」の都市の1つとして ITS モデル都市である豊田市が選定された。
低エネルギー消費・高
経済産業省が「エネルギー ITS 推進事業」のうち自動運転・隊列走行の実証実験を開始した。
度安全輸送システム
なお、現時点における本プロジェクトの目的、開発項目、実施体制、フィー
ルド実証項目、スケジュールなどを示しているロードマップについては、
誌面の制約から URL(http://www8.cao.go.jp/cstp/sonota/its/sanko3.pdf)
の 19∼20 ページを参照していただきたい。
今後は、平成 24 年度の本プロジェクト終了を見据えて、関係者と連携
して、「環境改善」「安全性の向上」「国際競争力の強化」「地域活性化」へ
向けた各種課題の解決に取り組む予定であるので、関係者のご支援・ご協
力をお願いしたい。
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東日本大震災
ブロードバンド回線を緊急構築した研究者たち
大津波の被害を受けた地域では、電気、水道などとともに通信網も寸断された。情報通
信研究機構(NICT)は、2008 年秋に打ち上げられた超高速インターネット衛星「き
ずな」を介した通信網を宮城県気仙沼市に設置した緊急消防援助隊の現地本部と東京・
大手町の東京消防庁との間に構築した。高品質の映像を双方向伝送し、被災地の救援活
動に貢献した。
「使えるはずだ!」と情報通信研究機構(NICT)ワイヤレスネットワー
ク研究所企画室の秋岡眞樹氏は思った。東京消防庁警防部の人たちもそう
思った。2つのグループがほぼ同時に「使える」と思ったのは、2008 年
2月に打ち上げられた超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)で
松尾 義之
(まつお・よしゆき)
株式会社白日社 編集長/科学
ジャーナリスト
ある。正確に言えば、
「きずな」を使った臨時のブロードバンド通信イン
フラのことだ。
3月 11 日、東北地方太平洋沖地震が発生、大津波が押し寄せた。電力、
水道とともに、通信網も遮断されてしまった。人工衛星「きずな」を使っ
て通信回線を確保できれば、現地に派遣する緊急消防援助隊と本部の間の
連絡はもちろん、現地の状況把握など初動対応に貢献できると考えられる。
NICT と東京消防庁は直ちに連絡を取り合った。両者はすでに共同で、
2010 年 10 月に沖縄で開催された APEC(アジア太平洋経済協力)電気通
信・情報産業大臣会合において、WINDS を活用して大規模地震被災地の
写真・図版は全て情報通信研究
機構(NICT)の提供による。
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救助活動を支援する仮想デモを展示して
いたのだ。
早くも翌 12 日には、宮城県気仙沼市
に設置された緊急消防援助隊の現地本部
と大手町にある東京消防庁との間に、
WINDS を使ったブロードバンド回線を
築き、リアルタイムの高品質映像の双方
向伝送とハイビジョン画像による被災状
況の伝達を行うためのプランが固まった。
NICT の研究者たちはただちに準備に
取り掛かり、可搬型 VSAT( 地球局アン
テナ)を含む機材一式を用意した。そし
て3月 14 日、緊急消防援助隊東京都隊
気仙沼市内警察署前のがれき
とともに、東京を昼過ぎに出発した。東
北自動車道を北上、一関インターを降り
て一般道を進み、夜中に気仙沼に到着し
た。集結場所のグラウンドで仮眠をとり、
翌 15 日に約半日かけて機器の設置、回
線接続、チェックなどを終え、回線が無
事につながった。接続したのは、フルハ
イビジョンテレビ会議、フルハイビジョ
ン web カメラ、IP 電話(有線)、パソコ
ンなどである。3月 20 日には宇宙航空
研究開発機構(JAXA)のチームも岩手
県の支援を始めており、WINDS の通信
ビームは全て東北地方の支援に回された。
携帯など地上の通信回線の復旧も進
気仙沼地球局は積雪時もきちんと機能した
み、NICT の機材一式とスタッフは3月
20 日には気仙沼市から東松島市に移動することになった。航空幕僚監部
からの要請に基づき、航空自衛隊松島基地において、同じく WINDS を介
した臨時のブロードバンド通信網を、同基地、航空自衛隊入間基地、
NICT 鹿島宇宙技術センターの3拠点間で構築したのだ。ここも4月6日
に任務が完了し、撤収した。
◆ WINDS 実験通信網
あれだけの大災害時に、これほど迅速に通信網を確保できたことは注目
に値する。なぜこのような対応ができたのか。それにはこれまで積み上げ
てきた研究や実験があった。
WINDS の研究は、インターネットのブロードバンド化に対応するため
の「ギガビット衛星」までさかのぼる。1996 年、NICT の前身である通
信総合研究所で研究が始まった。その後、日本政府による e-Japan 計画の
重点課題に取り上げられ、2002 年から WINDS の本格的開発が始まった。
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この目的は、衛星通信でブロードバンドを実現し、密接な関係をもつアジ
ア太平洋諸国との間で超高速通信を実現すること、一般家庭では超小型ア
ンテナの設置で最大 155Mbps の受信と6Mbps の送信、また企業などで
は直径5m のアンテナの設置で最大 1.2Gbps の双方向通信を達成するこ
と――であった。
WINDS は NICT と JAXA が共同で開発を進め、名称も公募されて「き
ずな」と決まり、2008 年2月に打ち上げられた。技術的には、衛星搭載
交換機(155Mbps 用)、電子走査ビームアンテナ(APAA)の技術などが
NICT で新たに開発され、衛星に搭載された。地上の機器についても、高
速バーストモデム(地上局用)、超高速小型地球局(車載局)などが次々
と開発された。
現在、宇宙と地球をシームレスにつないだ新世代宇宙通信ネットワーク
のための実験や研究が精力的に継続されている。例えば 2010 年 11 月に
は、高速バーストモデムの改良により、1.2Gbps の衛星通信では世界最高
速を達成した。これによって、フルハイ
ビジョンの4倍の画素数である超高精細
3次元映像(4K3D)の衛星伝送に成
功した。
NICT は、NHK 放送技術研究所による
スーパーハイビジョン(現在のハイビ
ジ ョ ン の 16 倍 の 画 素 数) の 伝 送 実 験
(2009 年5月)、国立天文台による硫
黄島からの皆既日食映像の配信(2009
年7月)、3D カメラによる手術の現場
映像とシンポジウム会場を結ぶ実験
(2010 年1月)なども推進してきた。
◆大規模災害時の通信網確保の
研究
気仙沼の防災センター外観
これらと並んで NICT で進められてき
たのが、大規模災害時の通信回線の確保、
観測情報の伝送による被災情報の把握、
被災者の避難生活を支援する通信インフ
ラの提供、といった研究課題であった。
実際、2010 年2月には、きずな(WINDS)
国際シンポジウム(4日、科学技術館サ
イエンスホール)と災害・危機管理 ICT
シンポジウム 2010(5日、パシフィコ
横浜アネックスホール)にそれぞれ、2.4
m 車 載 局 と 可 搬 地 球 局 を 持 ち 込 み、
WINDS で中継して、NICT 小金井本部か
ら無線ネットワークによって、災害対策
実験用車両の内部
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本部に見立てた総務省消防研究センター(調布市)を結ぶ回線を臨時に設
置している。
一連のデモで、地球局の設置、衛星回線の確保、臨時携帯電話の設営な
どが約3時間でできることがわかった。短時間で救助隊や被災者にブロー
ドバンドの通信インフラが提供できることから、「災害時の初動対応にも
十分に貢献できる」と今回の震災の約1年前に結論付けている(電波技術
協会報 FORN2010 年5月号)。
2010 年 10 月には、すでに紹介したように APEC 電気通信・情報産業
大臣会合の会場で、東京消防庁と共同でデモ展示した。仮想の指揮本部(沖
縄県名護市の万国津梁館)と仮想の被災地(タイ国の国家電気コンピュー
ター技術センター= NECTEC)を WINDS で結び、チェンマイで大規模地
震が発生したとして、国際緊急援助隊救助チーム経験者(東京消防庁)が
被災推定データを共有し、救助活動を行うというものであった。こうした
積み上げがあったからこそ、今回の迅速な行動がとれたと言ってよいかも
しれない。
「今度の体験で、こうすればよい、という改善テーマや解決課題をいく
つも学ぶことができました」。WINDS の実験チームは、鹿島宇宙技術セン
ターの WINDS 実験施設を駆使して早速そうした実験に取り掛かると言
う。地震、津波、火山、水害、火事、原発事故と防災の対象には事欠かな
いのが日本。今回の大災害を教訓として、今後、その対策や研究が大きく
加速されるはずだ。
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特集
動物園の可能性
科学技術政策の視点からの動物園
動物園は博物館の一種であり、レクリエーションの場だけでなく、教育、種の保存、調
査・研究などの役割も担っている。子どもだけのものにしておくのはもったいない。科
学技術政策の可能性としての動物園を考える。
共著
最近動物園に行ったのがいつか考えてみてほしい。
小さなお子さんやお孫さんがいる方は最近行ったという人も多いだろ
う。そうでなければ、一般に、大人になってから、大人だけで動物園に行
く人は少数に違いない。筆者は、動物園マニアなので、大人だけで行くこ
牧 慎一郎
ともあるし、1人で動物園に行くこともある。筆者の考えは、動物園を子
(まき・しんいちろう)
どもだけのものにするのはもったいないというものだ。
文部科学省 科学技術政策研究
所 企画課長/TV チャンピオン
「全国動物園王選手権」チャンピ
オン
動物園に行って動物を眺めていると、しばしば「不思議」に遭遇する。
例えば、動物園でカモシカを見ていたとき、カモシカが木などにしきりに
顔を擦りつける姿に遭遇したことがある(写真1)。なぜかと不思議に思っ
て、家に帰ってから図鑑で調べてみると、カモシカの目の下には臭腺があ
り、そこから出る臭いを擦りつけて縄張りを示すのだという。
このように自分で見つけた不思議が解決したとき、本で読むだけの知識
とは異なり、身に付いた知識となる。動物園は、このような不思議と思う
気持ち(センス・オブ・ワンダー)の宝庫だ。そして、その気持ちこそが
科学を進展させる原動力だ。動物園は、科学の場としても大いなる可能性
を持っていると筆者は考えている。
綿貫 宏史朗
(わたぬき・こうしろう)
本稿では、動物園が持つさまざまな可能性に目を向けるとともに、政策
的な視点を含めて論じてみたい。
NPO 法人 市民 ZOO ネットワーク
理事/東京農工大学獣医学科6
年/動物園学研究家
◆動物園の多義性
あらためて動物園とは何なのか考えてみよう。多くの
人が持つ動物園観は、ゾウさんやライオンさんがいる、
子ども向けの娯楽施設というものであろう。実際、大型
遊具が併置された遊園地型動物園は多い。観光部局の下、
観光集客施設としての位置付けを持つ公立動物園もある。
一方で、動物園が博物館の一種であることはご存じだ
ろうか。博物館法という法律の基準には、自然系博物館
の一種として動物園が明確に位置付けられている。
また、多くの場合、公立動物園を所管する部局は公園
部局である。つまり、動物園は公園の一種との位置付け
だ。動物公園を名乗るところも多い。さらには、希少な
野生生物を保護する施設という意味もある。
写真1 ニホンカモシカ(大島公園動物園)
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日本動物園水族館協会によれば、動物園の役割は、種の保存、教育・環
境教育、調査・研究、レクリエーションの4つの目的が高く掲げられてい
る。
考えれば考えるほど、動物園という存在は実に多義的である。本稿で論
じる科学技術政策としての可能性も、この多義性の中にある。
◆近年の日本の動物園
日本の少子高齢化、レジャーの多様化、さまざまなメディアの発達(動
物園に行かなくても動物を見ることができる)といった要因により、動物
園の来園者数は、長期トレンドで見れば減少傾向で推移してきた。子ども
向けの娯楽施設という意味だけでは、このままじり貧である。
一方で、近年の動物園界の大きなニュースは、旭川市旭山動物園の大ブ
レイクである。来園者数の減少により、一度は廃園の危機に追い込まれた
ものの、創意と大小の工夫を重ねて動物の行動を引き出し、飼育員による
解説や手書きパネルの多用などの来園者への発信にも努力し、北海道の地
に来園者の行列ができるほどの大人気施設となった。その復活劇は、ドラ
マや映画にもなり人気を博した。
旭山のブレイクは、動物園界全体に活気を与
表1 動物園の基本構想・基本計画の見直しの例
えたようだ。全国の多くの動物園が旭山に負け
・横浜市立動物園のあり方懇談会(16 年度)
・福岡市動植物園再生基本構想(16 年度)
・秋田市大森山動物園条例の制定(17 年度)
・名古屋市東山動植物園再生プラン基本構想(17 年度)
・札幌市リスタート委員会、円山動物園基本構想(18 年度)
・エコ森プロジェクト
(金沢動物園再生基本構想)
(19 年度)
・仙台市八木山動物公園再整備計画(19 年度)
・鹿児島市平川動物公園再生基本計画(19 年度)
・釧路市動物園基本構想(19 年度)
・新京都市動物園構想(21 年度)
じとさまざまな工夫を競い、魅力的な動物園づ
くりが活発化した。
そのような中、動物園の新たな基本計画を立
案した動物園も多い(表1)。それらの動物園
では、動物園の役割をあらためて見直し、娯楽
型だけでない、動物園の役割を明記していると
ころが多い。
◆科学教育の場としての動物園
筆者は、科学技術政策の視点からは、動物園は2つの可能性を持ってい
ると考えている。
1つは、科学教育の場としての動物園である。
動物園の来園者は、多くの場合、娯楽を求めて来園するわけで、実に来
園者層の幅が広い。それは、科学教育の視点からはデメリットでもありメ
リットでもある。科学館などは、多くの場合、科学や技術に関心を持つ層
が訪れることが多いだろう。関心層に対する教育も、もちろん重要ではあ
るが、マスとして大きい無関心層を捉えるのには限界がある。その点、科
学技術への無関心層が多く来園する動物園は、この層へのメッセージを発
信できる施設であり、この意味ではまだ十分に活用されていない施設と
いってもよいだろう。学校等での利用については、小学校では遠足等で利
用されることが多いが、中学校になると急に利用されなくなる傾向がある
ようだ。動物園側も学校と協力した取り組みの進展が期待される。
さらには、大人に対しては、生涯学習の観点からもっと利用されてもよ
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いだろう。単に子どもを連れてくる施設というだけでなく、大人が知的な
楽しみとして利用することもあっていいはずだ。動物学の知識を少し持っ
て動物を観れば、今まで見えなかったことが見えてくる。動物園の大人の
知的好奇心を満たす場としての魅力ももっと広まってもいいと思っている。
◆科学の場としての動物園
科学技術政策としての動物園のもう1つの側面は、科学の場としての動
物園という側面である。
日本の動物園は、動物学との連関が少ないまま発展してきた歴史がある
が、実は動物園は動物学資料の宝庫でもある。限られた飼育環境ではある
が、動物の行動を安定的に観察することができる環境が整っており、動物
行動学の研究フィールドとしても期待される。
また、生物多様性の保全とそのための希少な野生生物の保護・管理は、
今後とも社会的な重要性が高まってくると考えられるが、これを実践して
いくためには、野生下のみならず、飼育下においても基礎的なデータを取っ
ていくことが必要であろう。
希少な野生生物の保護の取り組みは、飼育下繁殖に関する海外の動物園
との連携協力、野生の生息地での生
物保全への協力など、国内に留まら
表2 旭山動物園での共同研究テーマの例
ないスコープを持つ。横浜のズーラ
・哺乳動物の被毛形態学的研究、鳥類の血液原虫保有状況調査
・希少生物の細胞遺伝子保存
・希少鳥類の始原生殖細胞の保存と生殖巣キメラ個体の策出
・希少動物の人工繁殖技術開発
・動物園および野生動物の繁殖生理
・野生動物から人に感染する疾病(人獣共通感染症)
・動物園飼育動物の疾病に関する病理学的研究
・動物園および野生動物の遺体科学
・動物園および野生動物が保有する寄生虫
・チンパンジーをはじめとする霊長類における寄生蠕虫類
・エゾタヌキの冬期巣ごもりにおける生理機構
・ワシ類の鉛中毒問題、希少猛禽類の保全
・エゾシカにおける GPS テレメトリーを用いた調査のための準備試験
・鳥類の染色体・DNA による性判別・鳥類の染色体進化
(福井大祐氏論文より、『生物科学』Vol55, no.3, 2004)
シアに併設された繁殖センターが実
施している、インドネシアでのカン
ムリシロムクの保全への協力など、
先進的な事例が登場しつつある。
表2は、旭山動物園における研究
の例である。旭山の成功の背景には、
こうした研究の蓄積があるのだ。動
物園が、娯楽的な要素だけでなく、
研究のポテンシャルを維持確保して
いくことが、動物園の発展のために
必要となるものと考えている。
◆まとめ
今回の特集では、動物園の多様なチャレンジが紹介される。地域におけ
る研究拠点としての可能性、環境教育や国際協力の施設としての可能性な
ど、動物園の持つポテンシャルは科学の発展にも貢献できるはずである。
そして、読者の皆さんには、動物園にぜひ足を運んでいただきたい。そ
れも、1つの園だけでなく、いくつかの園を大人の目線で見比べていただ
きたい。そうすることで、動物園のこれからの可能性を感じていただけれ
ば幸いである。
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特集
動物園の可能性
動物園における「研究」と大学との協力
欧米では、動物園は「自然保護センター」と位置付けられており、単に動物を見て楽し
むだけでなく、種の保存や、来園者に環境保全を啓発する役割が期待されている。この
ため、いろいろな領域の研究者が動物園の中で研究に取り組んでいる。日本の動物園は
どうあるべきか。
上野 吉一
(うえの・よしかず)
名古屋市 緑政土木局 東山総合公園 企画官
誰しもが動物園での楽しい思い出を持っていることだろう。動物園は多
くの人にとっては一種の遊園地として捉えられている。しかし、現代の動
物園の使命は、1993 年に国際自然保護連合や世界動物園連盟により公表
された「世界動物園保全戦略」の中で、「自然保護センター」とされてい
る(図1)。具体的には、以下のような機能が期待されている。
1.稀少種を保存するためのプログラムの推進
2.種の保存に必要な科学的情報の収集
3.市民に対する環境教育
こうした発想自体は 20 世紀中盤から提案されて
おり、「楽しみ」はもとより、「種の保存」と「教育」
としての役割も果たそうというものである。
日本の動物園も、こうした世界の流れの中で各園
がさまざまな形で努力している。その取り組みをよ
り効果的のものにするためには、下支えとして科学
的な情報が必要であり、動物園は飼育・展示するだ
けの施設ではなく、研究をその基盤の1つに持たな
ければならないということになる。
◆海外の動向
欧米の動物園における研究の位置付けを考えた場
合、まずはその成り立ちが大きく影響している。例
えば、最も古い近代動物園の1つと言える英国のロ 図 1 動物園の役割の変遷(世界動物園保全戦略,1993.)
ンドン動物園は、ロンドン動物学協会を運営母体と
して始まった。また、米国のニューヨーク動物学協会(現ニューヨーク野
生生物保護協会)が運営母体となってブロンクス動物園が作られた。この
ように、欧米の主要な動物園は学術的な背景を持つことが多く、獣医学ば
かりではなく、動物学を修めた研究者が動物園のスタッフとして参加して
きた。
特に、20 世紀中盤にスイスのバーゼル動物園長のへディガーにより新
たな学問領域として「動物園生物学」が確立されたことを1つのきっかけ
に、動物園自体の役割を果たすために研究の機能を高める機運が高まった。
その結果、従来からの獣医学領域に加え、保全生物学や動物福祉学といっ
た領域の研究も積極的に動物園で進められるようになった。
ニューヨーク野生生物保護協会は、独自に 200 名にも及ぶ研究者を有
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し、フィールドでの保全に関連する研究も数百
にも及ぶプロジェクトを立ち上げ推進してい
る。これは動物園が「自然への窓口」になると
いう発想に基づくものであり、研究成果は「種
の保存」や「環境保全」のメッセージとして来
園者に対し還元される。例えば、ブロンクス動
物園におけるゴリラ展示では、保全プログラム
への寄付行為への参加を通してメッセージを伝
えようとしている(図2)。
1998 年に米国フロリダに開園したばかりの
ディズニー・アニマルキングダムには、10 数
名の研究者が常駐している。専門領域は、獣医
学から行動学や保全生物学にまで及ぶ。遊園地
のディズニーというイメージとは対照的に、
楽しく見せる 展示はもとより、動物園動物
に関する研究(例えば行動学)や、さらには生
息地における保全活動への協力を行っている。
そして、研究者が来園者の前に出て研究活動の
意義を説明したり、ラボの一部を 見学できる
ような施設づくり にしたりすることで、来園
者への啓発を行っている。
米シカゴにあるリンカーンパーク動物園には
個体群管理センターがあり、米国の動物園水族
館協会と協力し、集団遺伝学者を中心により適
切な繁殖計画を立案している。欧州も同様だが、
協会所属の動物園は、協会が立てた計画に基づ
き、繁殖個体の移動や精子の提供などが義務付
けられている。こうした極めて持続性の高い繁
殖計画が絶滅危惧種のみならず他の動物にも実
施され、動物園組織内での個体群維持を目指し
ている。
図2 保全プロジェクトへの献金
入園料とは別にゴリラの展示(コンゴの森)には別料金(5
ドル)が取られる。しかし、展示を通じてさまざまなゴリラが
置かれている現状に関するメッセージを受け、展示の最終地点
で最初に支払った5ドルを献金する保全プロジェクトを選択す
るように求められると(上)、違和感を持たずに選択を行える。
献金が選択したプロジェクトへ届くイメージが映し出される
(下)。これにより、間接的に保全活動への参加も体験できる。
◆東山動物園における研究活動
東山動物園も多くの日本の動物園と同様に、独自の研究組織を持ってい
ない。そのため、生じた課題に関し、個別に大学の協力を得たりしながら
解決を図ってきた。そうした一歩乗り越える工夫として、2008 年に京都
大学と、2010 年に名古屋市立大学とそれぞれ包括的な連携協定を結び協
力関係を確立した。具体的には、京都大学とはチンパンジーの飼育環境の
改善や、認知能力の展示を推進してきた。後者は、「パンラボ」と名付け
た実験ブースの中で、パソコンを用いた認知実験を間近で行って見せてい
る。これにより、来園者に対しチンパンジーの認知能力への理解を促し、
また身近に感じてもらうという展示ができている。よりチンパンジーに関
心を持ってもらい、さらには森林破壊など環境問題に対する関心を高めて
もらうことが狙いである。
名古屋市立大学とは、展示動物から得たサンプルを提供することで、そ
れらの DNA の保存と、DNA バーコードの解析を下に国際的に進められて
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いる DNA バーコード・プロジェクトへ寄与している。遺伝的背景を明確
にすることにより、それぞれの動物の来歴の追跡が可能になり、コレクショ
ンとしての価値も高まるものと考えられる。
さらに、京都大学とは2カ月に1度、飼育員なども参加する「ワーク
ショップ」を開催し、現場の状況や最新の知見など多様な観点からの情報
交換を行っている。また、研究テーマによっては、連携協定を結ばないま
でも、他の大学と共同研究を進めている。
◆日本の動物園のこれからの課題
動物園で行う研究は、大きく2つに分けることができる。1つは、「動
物園の目的を達成する」ための研究である。もう1つは、
「大学等の研究
者の研究を推進、サポートする」ものである。動物園としては、前者とし
ての実利的成果と結び付く課題(臨床や繁殖等)を進める傾向があると言
える。しかし、動物園が「自然保護センター」としての位置付けを強めて
いくには、それらに加え基礎的研究にも取り組んでいく必要があるだろう。
このためには、後者の外部研究機関への協力を強めことが有効な手段の1
つである。
動物園動物を使った研究で、保全活動に役立つ知見を集めることができ
ると考えられている。また、こういった研究の質を高めるには、心身とも
に健全な動物が必要となる。それには、獣医学的管理に加え、それぞれの
種が持つ飼育環境へのニーズを明らかにし、行動管理も充実させることが
必要となる。この結果、その 動物らしい 振る舞いが可能になり、研究
面と同時に教育面においても価値の高いものとなる。
さらに、動物園においては、来園者への効果的な教育を行うための研究
も重要である。各動物園のさまざまな努力の効果を科学的に評価する研究
は非常に少ない。しかし、こうした評価なしでは、せっかくの努力をより
効果的に発展させることは難しい。
前述したように、日本の動物園はほとんどが、独自の研究組織を持って
いない。しかし、動物園に期待されている諸活動の基本には、科学的な情
報の収集や整理、すなわち研究がある。そのためには、大学等の外部との
協力体制を積極的に図ることが不可欠である。さらに、こうした活動を研
究補助金等で支援するような体制の確立が必要だと考える。現状の規定で
は動物園は、研究機関として認められていないが、この認識は早急に改め
られるべきだ。研究の機能を強化することにより動物園の質的向上が期待
できるに違いない。
◆まとめ
動物園は、日本だけでも年間2千万人が訪れる施設である。現代的問題
として「生物多様性」や「環境保全」が注目されているが、多くの人が訪れ
る動物園は市民にこれらに関するメッセージを伝える施設としてもっと積
極的に利用していくべきである。今の体制では自前で情報収集・整理する
といった点において力が足りないことは否めないが、大学等と協力するこ
とで、組織的あるいは専門領域的に不足している部分を補うことができる。
これは、単に動物園のみの向上を図るのではなく、そこで生活する動物
の福祉の向上、訪れる人への啓発の充実、大学等の社会に対する貢献の推
進としても大きな意味がある。
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特集
動物園の可能性
マダガスカルの環境教育リーダーを育成
仙台市八木山動物公園と宮城教育大学は環境教育の連携協定を結んでおり、JICA や文
部科学省の資金を受けて、
マダガスカルの動物園を活用した環境教育にも取り組んでいる。
共著
◆仙台市八木山動物公園と宮城教育大学の連携
仙台市八木山動物公園は、飼育動物 150 種 520 点、職員数 51 名、年
間来園者数 50 万人程の動物園である。昭和 50 年代から取り組んでいる
シジュウカラガン羽数回復事業において一定の成果を挙げてきた。当園は
「動物園魅力アップ事業」の一環として、東アフリカのインド洋に浮かぶ
マダガスカル島を領土とするマダガスカル共和国の動物導入を構想し、平
田中 ちひろ
(たなか・ちひろ)
仙台市 八木山動物公園 飼育
展示課 普及調整係
成 18 年から同国チンバザザ動植物公園と協議を開始、翌年に友好関係を
築き、平成 20 年には仙台市にて協力協定を締結している。この協定は技
術交流・飼育繁殖に限った協力ではなく、両園の取り組みをイベント等を
通じて紹介し、両国市民の自然環境保全の意識を高めるとともに、両国の
交流を図っていくことを掲げている。宮城教育大学と共同実施者となり、
国際協力機構(JICA)草の根技術協力事業(地域提案型)を平成 20 年度
から3年間実施した。
宮城教育大学(国立大学法人)は、昭和 40 年に創立された教員養成大
学で、職員数 296 名、学生総数は 1,700 名弱である。大学は付属の環境
教育実践研究センターを中心として、学校教育における環境教育の支援や
教材開発研究、国内外の環境教育支援事業にあたってきた。センターには、
齊藤 千映美
(さいとう・ちえみ)
宮城教育大学 環境教育実践
研究センター 教授
生物多様性あるいは自然系に関連する教育研究や国際協力を中心に行う教
員が多く、自然環境に関わる情報・教材・ネットワークが広く構築されて
いる。また、同大学は、国際教育協力においてユネスコ・文部科学省・
JICA 等他機関と連携しながら各種の研究協力事業を実施している。
八木山動物公園と宮城教育大学は、平成 19 年に環境教育推進に関わる
連携協力の覚書を締結し、以降両者の協同でマダガスカルへの環境教育協
力事業、教員研修、共同調査研究、共同イベント、出前講座の講師の相互
派遣などをほぼ絶え間なく企画推進している。
◆ JICA 草の根技術協力事業「自然環境保全に関する環境教育
実践プログラム研修」
この事業の目的(プロジェクト目標)は、八木山動物公園と宮城教育大
学が持つ経験と技術を活用して、チンバザザ動植物公園で環境教育を実践
するリーダーを育成することである。この事業によってマダガスカルにお
ける環境保全の必要性を認識する環境教育のリーダー育成へ貢献すること
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が期待される(上位目標)。
チンバザザ動植物公園の環境教育分野
での「園内の体制整備(組織としての人
材育成)」「スタッフの能力開発(新たな
発想やネットワークの構築)」「実践と市
民交流(両国での自然理解)
」の3つの
観点から、具体的成果としてそれぞれ期
待される状況を設定し、研修員受け入れ
と専門家派遣によって技術研修を実施し
た(写真1)。本事業によって、園内で
の協力体勢の基盤となる行事委員会の発
足、教育担当部署での教材・プログラム
作成・実施技術の習得、飼育担当部署で
写真1 技術研修では大学生からも協力を得た(宮城教育大学にて)
の飼育業務の改善・展示技術の習得、園
内イベントや出前講座・指導者研修等の実践等の成果を挙げることができ
た *1。
加えて、平成 21・22 年度には宮城教育大学が文部科学省より国際協力
イニシアティブ事業を受託し、
「動物園を活用したマダガスカルの ESD(持
*1:詳細については、活動報
告書が八木山動物公園公式ホー
ムページ
(http://www.city.sendai.
jp/kensetsu/yagiyama/
index.html) か ら ダ ウ ン ロ ー
ドできる。
続発展教育)パイロットマテリアルの構築」を実施してきた。ESD をテー
マとする教育教材のモデルを草の根技術協力事業のネットワークを基盤に
して開発するもので、現地 JICA 事務所とも連携し教材の参加型開発を実
施した。両国での協力体勢は図1のとおりである。国際協力イニシアティ
ブ事業の側面的支援を得ることによって、高い評価を得た活動を環境教育
プログラムの形にして残し、また学校教育機関と連携することで成果普及
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図1 両国での協力体勢
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の補強が実現できた。
この国際協力事業では「対アフリカ・環境保全教育・動物園」がキーワー
ドとなる。単独組織では実現が困難であったが、連携することで、動物園
という社会教育機関を「教育」の視点で評価し位置付け、動物園らしさを
生かした「持続可能な発展のための教育」の協力を実現できた。特に市民
への普及活動では大学生が大活躍し、動物園職員にはない視点で展示やイ
ベントを計画し「楽しく学ぶ」教育手法を学ぶことができた。
◆その他の「環境教育」連携事業
草の根技術協力事業を通じて連携することにより、両機関の相互交流が
活発に行われ、環境教育全般に関わる研究・教育を共同で推進することが
できるようになった。これまでに、外来種問題を扱う環境教育イベントの
実施(平成 20 年から毎年、写真2)、マダガスカルイベントの実施(平
成 21 年度)、八木山動物公園ビジターセンターでのマダガスカル紹介展
示物の製作(平成 22 年度)、環境教育講座への講師協力(平成 22 年度3
名)、宮城教育大学作成の環境教育教材の設置(平成 22 年度より)、教員
免許更新講習等の実施協力(平成 21 年から毎年)、出前講座への職員派
遣(平成 20 年度より毎年)、など実施してきた。
宮城教育大学は八木山動物公園と連携することによって、動物園にある
野生動物資源を活用した教育プログラムの開発が可能となり、また、来園
するさまざまな世代の一般市民を対象に環境教育の実践や交流活動の実
施、各種広報・ホームページなどを通じ
て市民への普及推進が可能となった。
八木山動物公園は宮城教育大学と連携
することによって環境教育を実施するに
あたり、
「教育」に関する技術的支援を
得られ、また「教育現場」と新たな関係
を構築することが可能となった。今後は、
学校教育への協力の可能性を検討し、来
園する学校に対する事前授業の提案や教
員研修の実施、ワークシートの作成、動
物に関する情報提供など具体的計画を立
て実現していくことを目指している。
写真2 外来種問題を扱う園内イベントの様子(八木山動物公園にて)
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特集
動物園の可能性
札幌市円山動物園
大改革に2大学の助言を生かす
7年前、札幌市円山動物園は、徐々に入場者数が減少し、行政監査でも「組織不全」など
と厳しい指摘を受けた。そこから、地域の複数の大学と連携し、大改革がスタートした。
札幌市円山動物園は「生物多様性の拠点」を目指し、希少なホッキョク
グマの繁殖基地宣言を行うとともに北海道野生動物の展示充実を進めてい
る。今年 2011 年が開園 60 周年であり、4月に「は虫類・両生類館」をオー
プンするなど、施設等のリニューアルを順次行っている。これまで取り組
柴田 千賀子
(しばた・ちかこ)
んできた改革について大学との関わりを軸に述べる。
札幌市環境局 円山動物園
飼育展示課長
◆札幌市立大学との連携
当園は、重ねた歴史を生かしきれずに入園者数の低迷が数年間も続き、
2005 年には 49 万人まで降下したのである。この年、職場風土の荒れが
問題視されたことをきっかけに、園の管理運営について行政監査を受け、
「組織不全、将来構想の不在、経営的視点の欠如等がある。廃止の危機も
持ちながら、今後の在り方を検討せよ」という大変に厳しい指摘を受けた。
これに対し市長の政策的判断として園の大改革を進める展開となり、
2006 年3月、開学を控えた公立大学法人札幌市立大学の原田昭学長に、
市長自ら「外部から、市役所の枠にとらわれない発想、アカデミックな視
点で、再生に向けてのご提言を願いたい」と動物園再生への協力を依頼し
たことが、同学との連携の始まりとなった。
同学では学長をトップとし、酒井正幸教授(現デザイン学部長)をリー
ダーとする動物園プロジェクトを立ち上げた。そして、動物園を研究フィー
ルドとしてとらえて、研究課題ごとのワーキンググループを組織化した。
同プロジェクトからは、学内議論や海外視察、当職員とのセッションな
どを基に、当園のこれからの運営について提言していただき、当園は具体
的に改革を進めることとした。多くのご提言の中で、2点ほど例を挙げる。
1点目は、動物園の在り方についてである。「動物を見せてあげる」と
いう従来の姿勢ではなく、経営的な観点からも、市民から「私の動物を預
かってくれている」と思ってもらえる動物園にするというものだ。
そこで「アニマルファミリー制度」という仕組みをつくった。これは、
特定の動物を応援するアニマルファミリー会員を市民から募るというもの
である。会員は年会費を支払う代わりに、月1回、飼育員手づくりの近況
通信を受け取り、また誕生会や感謝イベントに参加できるという特典があ
る。現在、ホッキョクグマの「ララ」等8種の動物に合計約 400 人の会
員を擁している。
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また、市民から預かる動物をより快適な環境で飼育展示する「環境エン
リッチメント」に配慮することにした。例えば、オランウータンの外放飼
場は、以前はコンクリート床だったが、これを土に替え樹木を生かす施設
に改修した。その結果、生き生きとした行動を引き出すことができた(写
真1)。
写真1 オランウータン(ていじろう)の外放飼場
アニマルファミリー制度の将来像を探る目的で、酒井教授らの発案によ
り、オランウータン弟路郎(ていじろう)のライブカメラ映像を、会員に
向けインターネットを介して提供する社会実験(経済産業省助成事業)も
行った。動物の暮らしぶりを 24 時間見守れるシステムで、会員に大変好
評だった。
2つ目は、施設整備に関するゾーニングについての提言である。都市緑
地内という立地を生かし、メッセージを明確にして園内全体のデザインを
総合的に進めるというものである。まず動物園の森ゾーンの整備として、
旧来作業用地として利用した園内の緑地を、生物多様性の拠点というメッ
セージを持たせ再整備した。森のボランティアの協力も得て外来種を除去
し、ビオトープを設け、地元固有の昆虫や植物の自然を取り戻す。これ
も動物園の展示の1つとして位置付けた。
また、北海道・北方圏ゾーンや、ふれあいゾーンなど、来園者に展示
メッセージが伝わりやすいよう施設整備計画をまとめるとともに、
2010 年にはユニバーサルデザインの視点から、分かりやすい園内マッ
プや誘導サイン表示の整備についても監修していただいた(写真2)。
なお施設整備については、まるで生息地にいるかのように動物を展示
する「ランドスケープイマージョン」の観点で、エゾヒグマ館(2010
年竣工)、アジア館(2011 年秋着工予定)などのデザイン監修を行っ
ていただいた。今後も、同学には園全体を研究フィールドとして活用し
ていただき、当園はそのご助言をいただきながら、順次改革を進めてい
きたいと考えている。
写真2 分かりやすい園内サイン
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◆酪農学園大学との連携
当園は以前から、展示を通して北海道に住む動物の生息域内保全の重要
性を伝えたいと考えていた。将来的には、動物園として域外保全を担うプ
ロジェクト(「北海道野生動物復元プロジェクト」と称していた)を進め
ることを目指していた。こうした取り組みを展開するには、生息地とつな
がり、野生動物に係る専門家と連携することが不可欠だった。
そこで、野生動物の分野、外来生物問題などで調査研究を積極的に進め
ていた酪農学園大学(北海道江別市)と連携することにし、2008 年5月
24 日、「包括的な連携と協力に関する協定」を締結した。具体的には、調
査研究や情報交換、また相互の人材育成を共同で進めることである。同学
には、動物園という集客施設を研究に最大限活用していただく。
協定の締結当初から、学生ボランティアグループとして組織された「エ
コアーク」が飼育員と共同で、①園内の「こども動物園」で子ども向けに、
動物に関する解説や、環境を考えるゲーム ②北海道に生息するエゾリス・
エゾモモンガなどの小動物を展示した「ドサンコの森」で、解説パネルの
作成・展示――などを行っている。
また、近年北海道内において深刻な農業被害となっているエゾシカにつ
いては、同学は園内のエゾシカ舎を活用して、電気柵設置の効果検証調査
を行うなどしている(写真3)。来園者にも大学での取り組みを PR し、
野生動物と人の間に起こっている現状と課題を伝える取り組みを進めてい
る。
2010 年に本格稼働した猛禽類野生復帰施設(写真4)では、傷病猛禽
類が野生で十分に生存し飛行能力を備えた上で野生復帰させられるよう、
トレーニングを進めているが、この飛行訓練のビデオ記録を同学に分析し
ていただき、当園のトレーニングの進め方の参考とさせていただいた。同
学では、この飛行訓練の分析を学生の卒業論文のテーマとしている。
動物園にとっては大学との連携は、生息地とつながり、人とつながると
いう面で、これからも充実していきたいと考えている。大学には、そのア
カデミックな成果を広く伝えられる場として動物園を活用していただけ
る。今後、連携を深めたいと考えている。
写真3 エゾシカ舎を活用した電気柵設置の効果検証調査
写真4 猛禽類野生復帰施設
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特集
動物園の可能性
動物園の存在意義を、アートを通じて考える
動物園にはもっといろいろな役割があるのではないか。その可能性を探り、社会の中で
動物園の存在価値を発信する1つの方法として、通常の動物園の展示に、アーティスト
と組んだユニークな企画を取り入れた。よこはま動物園ズーラシアの試みとは?
アーティストと協力して動物園での企画を始めておよそ6年が経つ。動
物園自身が少し先の可能性を示して市民と対話をすることで、社会の中で
の動物園の存在意義を共につくっていきたいと考えていた。ズーラシアで
実施してきたアートや地域の中学校との連携の紹介を通じ、動物園の存在
長倉 かすみ
(ながくら・かすみ)
横浜市立野毛山動物園
(2011 年3月末まで、よこはま
動物園ズーラシア 動物課 教育
普及係)
意義を提示したいと思う。
◆動物園でなまけてみる
私が初めてアーティストと協働して企画したのは、2005 年3月に実施
した「なまけもの LIFE」というインスタレーションである。横浜で開催
される国際美術展「横浜トリエンナーレ」の応援企画として、美術家の井
上尚子氏と取り組んだ。動物はテレビで見るイメージのように、いつでも
狩りをしているわけではなく、戦略的に休息している時間も長い。当時、
私が担当していた南米の動物の展示の前では、「また寝ているね」と話し
ながら、来園者がすぐに立ち去ってしまう場面に何度も遭遇していた。し
かし、休息は生態のあるべき1つの姿であり、むしろ人間の側がその姿か
ら学ぶことができるのではないか、と私は考えていた。私たち人間は同じ
環境を共有している生き物同士であるにもかかわらず、他の生き物に多大
な影響を与え続けている。当たり前のようにスローライフを送っている動
物たちとともに、スローな価値観を構築していくことが動物園なら可能な
のではないか。
「楽しいスロー」をコンセプトに、井上尚子氏が勤務して
いる女子美術大学の学生メンバーとともに、総勢7名で企画を始めること
となったのである。
およそ2週間にわたって楽しいスローについて朝から終電まで議論し、
制作を続ける毎日が始まった。単に動作を遅くするだけでは楽しくはなら
ない。議論を重ねた結果、ズーラシアでは飼育していないナマケモノを題
材に、いないのなら自分たちがなってしまおうという、参加者自身がナマ
ケモノとなる企画が姿を現し始めた。日に日にアイデアは数を増し、思い
付く限りの楽しくなまけられる要素が動物園内にちりばめられた。園路で
はほっかむりをした“女子美ガールズ”が「ゆっくり遊ぼう」と子どもた
ちを誘う。木柵にかけたコースプレートには、
「もけもけなまけ」などの
なまけ語が書かれ、呪文のようにゆっくりと唱えられる。樹上を見上げる
と、動物の餌が配達されてきた段ボールを素材にリアルに描かれたナマケ
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モノと目が合う。
無料休憩棟である「ころこロッジ」では、なまけ
ものテントワークショップが展開された(写真1)。
テントの天井は大人が立ったままでは入れない高さ
に設定し、床には野毛山動物園で廃棄予定だった古
い畳を並べ、その上へカイロにかぶせるように軍手
を縫い付けた手作りの布団を敷いた。テントの天井
には、近隣の公園で小学生が剪定(せんてい)した
枝をジャングルのキャノピー(林冠:森林の上層を
形成する枝葉の茂った部分)のように装飾した(写
真2)。テントの中に置いてあるオランダ語のナマ
ケモノ絵本は、母親が想像しながらお話をするため、
写真1 ゆっくり過ごせるように考えたなまけものテント
では、思い思いにゆっくりの時間を過ごしている
ゆっくりと子どもたちに読み聞かせられる。ころこ
ロッジの天井からは「なまけものクイズ」がぶら下
げられており、その解答がゆっくりとした音声で流
れている。園内の動物のスロー再生映像が映し出さ
れたテレビを見ていると、時間軸がゆっくりとシフ
トしていく。10 センチほどのミニナマケモノ塗り
絵に来園者が自由に色塗りし(写真3)、テントの
天井のジャングルの好きな場所にぶら下げる。寝転
がって見上げるキャノピーにぶら下がるナマケモノ
は、ジャングルで出会う彼らの縮尺なのかもしれな
い。このテントにしばらく寝転がっていた来園者が
写真2 思い思いに色塗りをしたミニなまけものを好きな
場所に生息させる
つぶやいた。「ジャングルのお猿さんは気持ちいい
んだろうね」。
◆雑巾で動物を作る
2007 年春には、開園以来のよこはま動物園の累
計来園者数が 1,000 万人を突破する見込みとなり、
さまざまな記念事業が立ち上がった。このうち、美
術家の磯崎道佳氏と協働し、地域の子どもたちと取
り組んだのが「ぞうきんおかぴプロジェクト」であ
る。キリン科の動物であるオカピは、ズーラシアが
アジア地域で初めて飼育したズーラシアの代表的な
写真3 ミニなまけものに思い思いの色を塗る子どもたち
動物である。磯崎氏は雑巾で等身大動物彫刻をつくるプロジェクトに取り
組んでおり、ぞうきんおかぴは、ぞう、きりん、しろくまに続く4作目と
なる。何度もズーラシアに来園している地域の子どもたちが通う近隣の小
学校に呼び掛け、9校 200 名ほどの子どもたちが参加した。まずは、等
身大動物の巨大クッションが磯崎氏により制作される。この間に子どもた
ちには、自分たちの成長の中でいらなくなった布で雑巾を作っておくよう
呼び掛ける。巨大クッションを土台に雑巾をパッチワークのように縫い付
けることで、ぞうきんおかぴは完成するのである。
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ぞうきんおかぴを軽バンに積み込んで小学校を巡
るキャラバンは、3月中旬から2週間ほど続いた。
使わなくなった給食袋、愛用していたタオルなどか
ら作られた色とりどりの雑巾を持った子どもたちが
待っている。ぞうきんおかぴが小学校に到着すると、
車から降ろして教室に持っていき、また車に戻すの
も子どもたちの役割。針を使ったことのない子ども
も多かったため、動物園ボランティアだけでなく、
小学校の保護者のボランティアの皆さんにも参加し
ていただき、雑巾縫い付けワークショップはいつも
にぎやかに行われた(写真4)。おばあちゃんと一
緒に縫い物をしているという男の子は、布団カバー
写真4 小学校での雑巾縫い付けワークショップ
から作った雑巾を1人で3枚も縫い付けていた。は
けなくなったスカートを雑巾にした女の子は、縫い
付ける場所を丁寧に選んでいた。こうして、子ども
たちの思い出もたくさん縫い付けられたぞうきんお
かぴは3月 29 日に完成、4月7日にぞうきんおか
ぴのお披露目会として、磯崎氏と子どもたちを招待
して、ズーラシアにて贈呈式を行った(写真5)。
雑巾を使うことには2つの意義がある。「さまざ
まなモノをしみ込み、汚れ、ボロボロになる雑巾。
それは、人の姿、成長する姿にとても近く感じるこ
写真5 贈呈式でぞうきんおかぴを運ぶ子どもたち
とがあります」と磯崎氏が語るように、ぞうきんおかぴの表面を覆ってい
る雑巾は生きていくというリアリティーなのである。そして、その雑巾が
実際に参加した子どもたちの成長の証であることも重要である。これから
ぞうきんおかぴはたくさんの子どもたちに関わり、汚れたり、破れたりし
ていくだろう。しかし、新しい雑巾へと縫い替えることで、ぞうきんおか
ぴは成長を続ける。その一端に子どもたちは関わり、彼らの動物を動物園
に生み出していったのであった。
◆アートの力
ズーラシアで暮らす動物はおよそ 400 個体、年間の来園者数は 120 万
人と本当に多くの命であふれている。このたくさんの命が響き合うことが
できるよう、アーティストをはじめとするさまざまな人々と関わりながら、
動物園の意義を考え続けてきた。こんなにたくさんの命が存在する動物園
という場所では、動物の生態や形態など、動物そのものについても学ぶこ
とができるだけではなく、生き物同士のつながりや自分自身の関わり方に
目を向けることができる。これからもずっと周りの生き物と関係していく
であろう私たちにとって重要なのは、事実を知って自分なりの考えを持つ
ことである。生き物との関わり合いには、必ずこうしなければならないと
いう答えは無いのかもしれない。動物園は答えの無いことを考え始める
きっかけとなり、考え始めた人々のよりどころとなるべき場所なのである。
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紹介しきれなかった企画もたくさんあるが、どの企画にも共通するのは、
参加者が主体的に関わることができるよう、想像力を駆使できる隙間を用
意することである。動物園の隙間で共に考えていく。自分なりの解釈の余
地があることによって、より自分らしい在り方を自覚できるようになる。
それを生き物としてのバランスの上で考えられるのが動物園であり、この
実現にアートの力が必要とされるのである。
身近な命を考えてみよう∼中学校との連携授業∼
続いて、ぞうきんおかぴプロジェクトでも関わった子どもたちが通う中
学校での新しい取り組みを紹介する。
ズーラシアの真裏、フェンスを挟んだ向こう側に都岡中学校がある。授
業中にツルの鳴き声が聞こえる距離である。動物園が隣にあるという日常
で暮らしてきた生徒にとって、動物園は遠足で行く場所、動物たちに会え
る楽しい場所であったと思う。それは動物園の1つの役割であり、そのた
めのプログラムも多数用意している。しかし、その背景には多様な命の在
り方とそれに関わる人の存在がある。私は、動物園がそばにある生活が終
わってしまう前に、動物の命に関する事例を通じて命の在り方を知っても
らおうと、「命の授業」を実施した。具体的な打ち合わせは 2010 年 11
月下旬から3回行い、2011 年1月 18 日に授業を行った。
授業は3年生3クラスおよそ 100 名に行った。まずは、ズーラシアの
開園準備から 10 周年目までの大きな出来事を生徒の年齢と合わせながら
振り返った。オカピ三世代目の誕生、キンシコウの中国への帰還などの紹
介を通じて、その動物の動物園における価値を伝える。動物園は、希少動
物を守る活動を行っている。しかし、実際に救える命はほんの一部でしか
ない。ズーラシア開園 10 年のデータを振り返ると、誕生した命の数は
582、死亡したのは 515。平均すると 6.2 日に1つの命が誕生し、1週間
に1つの命が消えている。もちろん、どの命に対しても、その扱われ方の
中で最善を尽くしての結果である。これは、展示動物の統計で、このほか
にズーラシアでは自然の中で傷ついてしまった野生動物の保護も受け入れ
ており、これを含めると 10 年で亡くなった命はおよそ3倍の 1,420。2.5
日に1つの命が消えていく計算となる。動物園は日常的に命の終わり方を
考えている場所なのである。
◆がんに侵されたハリネズミの死の迎え方を考える
動物園の動物の命の終わり方は多様であり、常に人間の側が考えて決断
を下している。最新医療の技術を駆使しても救うことのできなかった命が
ある。老衰で最期を迎える命もあれば、感染症の病気にかかり、人間や他
個体への蔓延を防ぐためにやむなく安楽殺処分しなければならない命もあ
る。幾つかの事例紹介の後、生徒に1つの事例を問い掛けた。がんに侵さ
れたハリネズミの死の迎え方について、もしあなたが獣医師だったら、①
できる限り延命治療を行う ②何もせず、自然に最期を迎えさせる ③安楽
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死を選ぶ――のどれを選択するか。「何もしないなんてかわいそう」「動物
園の動物も野生動物だから、自然に任せるべきなのではないか」「痛いの
であれば早く楽にしてあげたい」など意見は分かれ、考えても決められな
い生徒もいた。実際、ズーラシアではさまざまな議論の末、自然に最期を
迎えさせることとした。安楽殺処分も考えられたが、ハリネズミに生きよ
うとする力が感じられたからである。しかし、終わらせ方を考えるのが人
間の側だという観点からすれば、この選択肢はどれも正解なのである。
たくさんの命に向き合っているのは動物園の中だけではなく、むしろ身
の回りにこそたくさんの命がある。そして、誰かがその命の価値を決定し、
私たちの生活の中に入り込んでいる。食料のための家畜、製薬のための実
験動物、捨てられて愛護センターに保護されたペット。これらの命につい
てもハリネズミと同様、もしも自分が獣医師だったら死をどう迎えさせる
のかを考え、さまざまな命への向き合い方を自覚する機会となった。
生きていくためにはさまざまな命が必要である。死は実は日常的に私た
ちの身の回りにある。たくさんの命に私たちの生活が支えられていること
に感謝を抱くと同時に、命に対するさまざまな向き合い方があることに気
付く。1番大切なことは事実を知り、それに基づいてしっかりと考え、自
分の考えを持つことなのである。
この授業の感想は表1に示した。実際に命に向き合っている獣医師が授
業の最後に生徒に伝えた「命に対しては敏感である必要はないけど、鈍感
ではいけない」というメッセージは、これからの生活の中で命を認識した
ときに、さらに重みを増していくのであろう。
表 1 授業の感想文(抜粋)
・本当に本当に命の事を今日はすごく考えることができました。自分が良い
事だと思っていた事は本当は良くない事かもしれないということ、軽い気
持ちではなく最後まで責任を持たなければいけないと心の底から感じまし
た。価値観は人それぞれ違うけれど、自分の価値観も正しいのかどうか分
からないので、たくさん勉強し、考え、答えを出すようにしたい。
・動物園で多くの動物が生まれて死んでしまってるわけだから、野生や他の
動物園など世界全体を見るとどれだけの数になるのだろうと思った。すご
く心に残る授業だった。
・病気で動けなくなってしまった場合、延命治療をし続けるよりも安楽死と
いう考えの人が多かった。私もそう思った。でも、よく考えてみるとそれ
がもし身近な「人」だったらそうは思わないと思った。そういう面で同じ
命でも違ってくるんだなと思うと、少し悲しくなった。
・私は今まで動物園は子どもたちの夢の国、とても楽しい所だと思っていま
した。しかし、その背景で獣医をはじめ、飼育員の方々はこんなに苦悩を
しているのだということを知り、動物園ってすごい所だと思いました。私
たちが動物園で見ている動物は影で支えてくれる飼育員さんのおかげだ
し、新しい動物が増えるのと比例して、消えていく動物もさまざまです。
私たちは命を大切にして、もっと動物に感謝をしなければいけないと思い
ます。
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創薬におけるオープンイノベーション
∼京都大学医学研究科メディカルイノベーションセンターの取り組み∼
京都大学が医薬品の開発を目指し、疾病分野ごとに大手製薬会社と本格的な連携に乗り
出した。アステラス製薬と造った次世代免疫制御を目指す拠点に続き、中枢制御で武田
薬品工業と、制がんで大日本住友製薬と、慢性腎臓病治療で田辺三菱製薬とそれぞれプ
ロジェクトを創設した。
共著
寺西 豊
(てらにし・ゆたか)
京都大学 産官学連携本部 特任
教授、京都大学大学院医学研究
科 メディカルイノベーション
推進室長
◆はじめに
京都大学は創薬における新たな産学連携事業の構築を目指し、2007 年
にオープンイノベーションプロジェクトとして後述する AK プロジェクト
を立ち上げた。それを推進する場として 2010 年 12 月、「メディカルイ
ノベーションセンター」(センター長:医学研究科教授・成宮周)を医学
早乙女 周子
(さおとめ・ちかこ)
京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 知的財産
経営学分野 准教授
研究科内に創設した。本プロジェクトは京都大学医学研究科と附属病院に
潜在するシーズを掘り起こし、製薬企業の開発力を生かして疾病分野ごと
に製薬企業と個別に協働研究を進めることにより、医薬品開発を目指すこ
室田 浩司
(むろた・こうじ)
京都大学産官学連携本部 特任教授
とを目的としている。
その先駆けとしてアステラス製薬株式会社との「次世代免疫制御を目指
す創薬医学融合拠点」(略称;AK プロジェクト)が 2007 年から始動して
おり、着実に研究が進んでいる。
成宮 周
(なるみや・しゅう)
AK プロジェクトに続き、2011 年1月には、武田薬品工業株式会社と
組織的包括的産学連携で合意し、両者による「中枢神経系制御薬の基礎・
京都大学大学院医学研究科 メディカルイノベーションセン
ター長
臨床研究プロジェクト」(略称;TK プロジェクト)がスタートした。その
後も大日本住友製薬株式会社との協働による制がん研究拠点「悪性制御研
究プロジェクト」(略称;DSK プロジェクト)および田辺三菱製薬株式会
社との協働による「慢性腎臓病の革新的治療法を指向する基礎・臨床研究
プロジェクト」(略称;TMK プロジェク
ト)が本年3月からスタートしている。
わが国の製薬産業は緩やかながらも成
長を続けており、持続的な発展を目指す
重要な産業の1つとして位置付けられて
いる。一方で世界トップレベルにあるわ
が国の先端医学研究の成果が創薬につな
がっていない。その結果、わが国の製薬
産業は、ブロックバスターの特許切れに
も関わらず後継品が上市できていない
上、国内医薬品市場における大幅な輸入
超過と外資系製薬企業の市場占有率の増
加に直面している(図1)。
図1 医薬品市場
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国が目指す「ライフイノベーションによる健康大国戦略」においても創
薬は主要なテーマであり、本プロジェクトによる製薬企業との協働研究開
発は、製薬産業の成長に向けての基盤強化に大きく寄与すると期待される。
◆メディカルイノベーションとは 製薬産業の課題である創薬ボトルネックは、創薬標的が枯渇しているに
も関わらず、創薬標的の新たな探索や、臨床治験の成功確率向上への取り
組みにおいて、製薬企業が自前主義から十分に脱却できていないことに1
つの原因がある。
この解消のためには、基礎医学・臨床医学研究の情報をリアルタイムに
産学が共有し、それを基に創薬の各ステップでの validation を行うことで
開発の total risk の低減を図ることしか道はない。従来の学から産への
hand off 型のリニアモデルから、知の相互交流を可能にするローリングモ
デル、いわゆる1つ屋根の下での産と学との協働による創薬に特化した
オープンイノベーション(本稿でいうメディカルイノベーション)が促進
されるべきである(図2)。
本メディカルイノベーションセンターは、疾病分野ごとに企業との組織
的包括的連携プロジェクトを推進することで、日本の先端医学研究の活性
化と企業における創薬活動のボトルネックを解消するインターフェースを
担う場を提供する。
〈メディカルイノベーションセンター構想の推進〉
先行するモデルは、2007 年、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点の形成」プログラムとして採択さ
れ、京都大学とアステラス製薬株式会社との協働で進めている、いわゆる AK プロジェクトである。研究開始後3年間で、
14 創薬標的分子の同定を行い、これに基づき5つの創薬プログラムが稼働を始めた。その間 18 件の特許を出願している。
AK プロジェクトに続く新たな産学連携事業の構築の可能性を模索するために、京都大学医学研究科は 2009 年度、メ
ディカルイノベーション検討会を設置し、本構想推進に向けて検討作業を開始した(検討会委員として湊委員長他、創
薬担当;中尾、成宮、寺西、医療機器担当;中村、三嶋、平岡、椎名 各教授が参加)。具体的な活動としては、2010
年2月5日に「日本の創薬におけるオープンイノベーションの在り方∼創薬の隘路(あいろ)を乗り越える為に∼」と
題する公開セミナーを開催した。さらに 2010 年6月に、製薬企業を招き、
「創薬のための先端医療開発構想」と題して
産学によるメディカルイノベーションのあり方を模索するクローズドのワークショップを開催し、AK プロジェクトを
モデルとした大学と企業が協働で1つ屋根の下に創薬に特化した研究活動を行ういわゆるメディカルイノベーションプ
ロジェクトの提案を行い、本産学連携事業に対し製薬企業への参画を求めた結果、多くの企業からの賛同を得ることが
できた。ワークショップでの議論と大学内での検討を踏まえて、2010 年 10 月にベルリンで開催された World Health
Summit 2010 において、准教授・早乙女と教授・成宮とで本構想を発表し、Merck 社等世界の製薬企業を含め産学官の
識者からも一定の評価を得た。
製薬企業との議論の中で、製薬企業が今後の創薬においてこれまでの生活習慣病分野等におけるブロックバスターを
目指す方向から、今まで有効な治療薬の無かった疾病(Unmet Medical Needs)に目を向けた新薬開発の方針に転換す
ることを模索していることを認識した。この方針転換をもたらした要因としては、新規創薬標的分子の枯渇とヒト臨床
治験での成功率の低さがある。特に後者においては、臨床現場と製薬企業側との間の情報共有における隘路があるため
に、臨床医学研究現場の情報を製薬企業が十分に活用できず、その結果、とりわけ後期臨床治験での成功確率が低下し、
いわゆる 2010 年問題(Patent Cliff)に直面したのではないかと推察される。
このパラダイムシフトを踏まえて、今後の創薬の研究開発生産性の効率アップを図るには、①疾患メカニズムに基づ
いて創薬標的蛋白を探索し、②それに対する分子標的薬の開発を行い、③この薬物の効果をバイオマーカーで早期にヒ
トで検証し、④その適応患者層の同定を探索臨床研究で行うことが重要と考えられる。この新しい薬物開発戦略は、従
前のように企業単独ではなし得ず、患者情報にアクセスできる大学医学部、附属病院との連携でのみ可能になると考え
られる。
各製薬企業においても、創薬開発プロセスを進めるにあたって、企業単独で行うことの困難さを理解し、これまでの
自前主義からの脱却を志向し、産学連携を通じての創薬におけるメディカルイノベーションへのシフトを図ろうとして
いる現状がうかがえる。
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図2 創薬ボトルネック解消へのモデルチェンジ
◆メディカルイノベーションセンターにおける製薬会社3社
とのプロジェクトについて
先に述べた製薬企業とのワークショップの後、特に積極的な取り組みを
検討いただいた製薬会社3社と交渉し、その結果3つの研究プロジェクト
がスタートした。これらのプロジェクトは大学と企業が人材、資金、知見、
マネジメントを融合させ、お互いの知的資産を有効利用することで、画期
的な新薬・医療機器を生み出すだけではなく、創薬現場への医師/医学研
究者の参画による人材育成等の新たな創薬モデルをも構築しようとするも
のである。
1.プロジェクト研究体制の基本
産学の双方に蓄積された知を相互に利用できる体制として、1つ屋根
の下で協働して研究開発を進める体制を構築した(図3)。まず対象と
する疾病分野に応じて、学内において臨床研究を担当する中核研究者(教
授)と基礎医学を担当する中核研究者(教授)を研究科長が指名し、基
礎・臨床医学の融合を図るとともに、複数の独立した若手の主任研究者
(PI)を研究テーマごとに採用し、研究面でのブレークスルーを目指す
体制を構築した。その上で企業の創薬開発研究者グループをこの拠点に
派遣してもらい、同じ拠点で日々研究情報の共有を図るとともに、大学
ではできない研究開発については企業内においてサテライトラボを設置
し、学内外で柔軟かつ連動性の高い体制の構築を目指した。また、産学
連携活動において最大の懸念材料になる研究成果の公表と特許出願の管
理に関しては、プロジェクトの中に知財管理の専門職人材を研究現場に
配置し、アカデミアの自主性を担保しつつ知的財産の確保に対しフレキ
シブルに対応する体制を構築した。また若手の PI の将来のキャリアパ
スを支援するためのスーパーバイザーも研究統括としてラボに常駐する
形にした。
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今回スタートした3プロジェクトを併せて、総勢 200 名を超える規
模となる。その内訳は、新規採用の PI
(准教授レベル)約 20 名、ポス
ドク・技術員約 30 名、知財専門職4∼5名、研究支援要員4∼5名計
約 60 名が、大学で雇用される。企業からのこのラボへの派遣研究員は、
約 15 名程度、さらに連携する各企業のサテライトラボ研究者は総計で
100 名を超える。
図3 プロジェクトの研究体制
2.迅速な意志決定を可能にするマネジメント
産学の平等なパートナーシップの基本理念に立ち、最終意志決定の場
として、協働運営委員会が設置された(図4)。協働運営委員会は、産
学の同数の委員により構成される。委員会の最終意志決定者は、大学側
の委員長とし、各企業側の委員としては、両者の最終合意が得られる決
済権を持つ取締役レベルの方が就任する。さらにこの下部委員会として
研究推進、開発推進、知財の各委員会を置き、各委員会の委員数は産学
同数を原則とするも、研究推進委員会は大学側が、開発推進委員会およ
び知財委員会は企業側が委員長(最終決定者)にそれぞれ就くこととなっ
ている。
図4 プロジェクトのマネジメント体制
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3.研究費の規模等
3つのプロジェクトは、民間から研究資金(3プロジェクトで 10 億
円 / 年)を提供していただく形でスタートした。教授および企業派遣研
究者以外の PI、ポスドク、技術員、研究支援人材、知財専門職人材の
雇用費は、すべてこの研究資金から賄われ、大学において複数年間雇用
される。
さらに、中核研究者(教授)には、中核研究経費が別途支給される。
また PI は、自己のグループに属するポスドク1名を雇用でき、その上
に約 700∼1,000 万円の研究資金を使用できる。各 PI には、研究計画
書提出が義務付けられており、それに基づき研究推進委員会もしくは協
働運営委員会の承認を得て、研究が行われる。
4.研究施設
2011 年度は、大学の内外の研究施設を使い、一部企業の研究スペー
スも利用させていただきつつ、プロジェクトごとにスタートすることに
なった。今後の計画として、2012 年6月に旧南西病棟の耐震改修工事
終了後設置される京都大学病院地区のオープンラボ拠点に集約化を図
る。併せて、平成 22(2010)年度先端技術実証・評価設備整備費等補
助金(「技術の橋渡し」拠点整備事業)に申請中のメディカルイノベーショ
ンセンター棟新営構想が具体化すれば、この新棟に各プロジェクトを集
約し、現在交渉継続中の第4、第5のプロジェクトをスタートさせる予
定である。
◆大学におけるメディカルイノベーション(組織的包括的産
学連携)の位置付け
創薬開発は、基礎医学、臨床医学、製薬化学等多方面における学問領域
の融合が必要な分野である。これらの研究現場での活動を通して、アカデ
ミアの研究者は新しい学問的な刺激を受けて成長し、また薬を必要として
いる患者さんへの思いを自分の研究課題として受け止めることができる。
さらに創薬に向かう活動を行うことは、健康と福祉の向上に寄与する目的
で医学研究科に在籍する医師・研究者の意欲の向上につながる。このよう
な研究活動の場を作ることはアカデミアのみでは不可能であり、大学が主
体となった組織的包括的産学連携を通したメディカルイノベーションの活
動のみが可能にする。また協働研究資金で若手の優秀な PI を多数雇用で
きることは、faculty member への刺激ともなり、先端医学研究の活性化
に大いに役立つ。このような観点から複数年度にわたるメディカルイノ
ベーション活動はこれからのアカデミアの研究活動自体の活性化に寄与す
ると考える。
米国でも、AK プロジェクトがスタートした 2007 年度から、グローバ
ル製薬企業と有力な医学系大学との1対1の組織的産学連携が活発化して
おり(図5)、この傾向はここ2∼3年でますます増加の傾向にある。し
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かし日本の大学においては、まだ1大学
対1企業対応の連携活動は それほど多
くはない。特に大学組織として一研究科
主導での産学連携活動は、当メディカル
イノベーションセンターにおけるプロ
ジェクトが国内では初めてのケースであ
る。プロジェクトリーダーや、中核研究
者の選任を研究科長の主導で行い、研究
科として指名することで、プロジェクト
の継続性や、研究者の異動に伴う補充人
事等への対応を研究科が責任を持つこと
図5 製薬企業の組織的包括的産学連携
になっている点等が企業からの信頼性を
確保する形になっている。
◆まとめ
国立大学が法人化され、早7年が経過した。大学の第三の責務である研
究成果の社会への還元を具体化する1つの形として、大学からの特許出願
と技術移転活動が実施されてきた。この活動は明示的な成果物の社会への
還元であり、それなりの成果が挙がってきた。一方で大学には研究活動を
通して大学内に蓄積されて来たノウハウや、経験知等の暗黙知という貴重
な成果もあるが、この部分の活用を図るには、人と人とのヒューマンリレー
ションに頼るしか道はない。2011 年2月 27 日から、米国で開催された
AUTM 2011 年次総会(Association of University Technology Managers)
において、組織的産学連携(Strategic Alliance)に関連するワークショッ
プが開催された。ここで実際に協働研究を行っている研究レベルの高いメ
ディカルスクールを持つ大学とグローバル製薬企業により、それぞれの立
場でその意義について講演がなされた。その中で、製薬企業側からは Real
and on-going scientific exchange and collaboration is expected. の言葉で
代表される大学との知の共有に期待する意見が大多数を占めていた。
京都大学医学研究科のメディカルイノベーションセンターのような産学
の知の共有と協創の場においてこそ、暗黙知が最大限に生かされる。
この試みが国内においても幅広く展開されることは、先端医学研究の活
性化のみならず製薬産業のさらなる成長への基盤強化に寄与するものと考
えている。
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武蔵野銀行との連携プロジェクトによる
立教大学の教育・研究高度化
立教大学は埼玉県内の観光振興や、同県内の魅力を発信できる映像の作成などに取り組
んでいる。武蔵野銀行との連携に基づくこの取り組みの効果は?
立教大学は 2007 年7月、埼玉県の地域活性化に貢献することを目的に、
武蔵野銀行(埼玉県さいたま市)と産学連携協定を締結した。同協定に基
づいて観光学部が 2008 年度から埼玉県東部地域に焦点を当てた「まち歩
きマップ」の作製を行ってきた。さらに、2009 年度からは、現代心理学
部が加わり、埼玉県の四季折々の風景を撮影し、埼玉県の魅力を伝える映
林 良知
(はやし・よしとも)
立教大学 リサーチ・イニシア
ティブセンター
像作品の制作を手掛けている。
これらの取り組みは、地域の活性化に少なからず貢献しており、同時に、
本学の教育・研究の高度化にも寄与していると考えている。本稿では研究、
産学連携を推進する部署の一担当者としてこの取り組みに携わった立場か
ら、この連携の意義や効果について述べたい。
■観光プロジェクト
(プロジェクト実施者:観光学部教員、学生)
■映像プロジェクト
(プロジェクト実施者:現代心理学部教員、学生)
【目的】埼玉県内各地の新しい観光の魅力の発掘、県民の 【目的】埼玉県内各地の「自然・風物・行事・伝統工芸」
地域間交流の促進、地域の経営資源を生かした新しい観光 などの多彩で豊かな資源を、次世代の映像コンテンツの基
事業の可能性を模索する活動を検討、実施し、観光により 準とされる「デジタルハイビジョン映像」で撮影し、
「埼
地域の活性化を実現すること。
玉県の魅力」としてアーカイブを作製する。その映像を公
【内容】新たな観光スタイルとして定着しつつある「まち 開・頒布することにより、埼玉県外に県の魅力を PR して
歩き」を誘致する活動を行い、観光客に街の隠れた魅力を いくことはもちろんのこと、埼玉県民にも県の魅力の再発
発見する楽しみを提供する「短期日帰り型」の観光の創出 見を促すこと。
と活性化に取り組んでいる。2008 年度に幸手市のまち歩 【内容】これまで埼玉県内各地の「自然・風物・行事・伝
きマップ『ぶらって幸手』
、2009 年度には羽生市を対象と 統工芸」について 72 アイテムの撮影、アーカイブを行い、
した『ぶらって羽生』
、2010 年度には行田市の『ぶらって これらの放映素材を編集、加工して埼玉高速鉄道内のデジ
行田』を作製し、各市の地元関係者に披露、贈呈するとと タルサイネージを活用した Train-TV、埼玉県が運営するホ
もに、まち歩きを地元で継続して実施していただけるよう ームページ SKIP シティチャンネル「コバトン THE ムービ
に、まち歩きイベントのノウハウをマニュアルとしてまと ー」にて放映している。またこれらの映像は立教大学、武
めて、引き継ぎを行った。作製したマップは武蔵野銀行全 蔵野銀行それぞれのホームページでも視聴することが可能
店、埼玉県庁、東武鉄道、西武鉄道、秩父鉄道内の駅で配 となっている。
布しており、本学 *1 および武蔵野銀行のホームページか
らもダウンロードすることができる。
◆教育・研究への効果
●観光プロジェクト
マップを作製するに当たり学生が自ら現地視察・調査を繰り返し、学生
*1:立教大学ホームページ
http://www.rikkyo.ac.jp/
research/initiative/
cooperation/community/
musasino_bank/
の視点で、まちの魅力を伝えられると感じたものをマップに掲載する素材
として選定している。学生は、各地域の市役所、商工会議所、そして地図
に掲載する店舗の方々とさまざまな交渉を直接行った。また、まち歩きイ
ベントの開催に当たっては、武蔵野銀行社員の指導のもと、イベント準備
、イベント当日の
(参加者への案内状送付、会場説明、リハーサルなど)
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運営の全てを任されている。一方、観光による地域活
性化を研究している教員は、まち歩きが地域の経済活
動に与える効果、地域住民の意識変化などについて検
証する場としてこの取り組みを自身の研究に活用して
いる。
●映像プロジェクト
埼玉県各地の「自然・風物・行事・伝統工芸」の撮
影に当たっては、季節ごとの撮影場所の選定、撮影許
可に必要な行政手続き、撮影などを学生が中心となっ
て行っている。また撮影した映像の編集は、映像を公
開、発表する媒体(顧客)の担当者と打合せを行い、
それぞれの媒体ニーズに合わせて行っている。その際、
上級生が下級生に撮影・編集の技術をレクチャーする
など、学生間の自主的な勉強の場も生まれている。
広告媒体としてのデジタルサイネージについて研究
している教員は、電車内のデジタルサイネージの新し
い活用法を実践する場としてこの取り組みを活用し研
究の深化を図っている。
学生はこれらの活動を通して、授業やゼミで学んだ
専門的な知識をより深めるとともに、地域(埼玉県)
の魅力、課題を知り、地域への関心を高めており、社
会人となってから、自らが社会、地域の中でどのよう
な役割を担う必要があるのかを考えるきかっけとなっている。また、明確
にプロジェクトの目標を設定し、目標の達成に責任を持って学生自らが主
体的に取り組むことが、実社会の仕事を疑似体験することにもなっており、
キャリア教育の一端を担っていると考えている。
一方で、研究の視点からプロジェクトを実施することの効果を考えると、
研究者が自らの理論を実践する場としてこの取り組みを活用することで、
研究の幅を広げ、さらに研究を深化させる絶好の機会となっている。また、
昨今の研究に対する社会による要求を考えると、まさにこれらの活動、成
果はそれに応える研究活動であると言える。
◆おわりに
2011 年度からは、観光学部、現代心理学部に加えコミュニティ福祉学
部の教員、学生が参加する「さいたま版ソーシャルビジネス促進モデルの
構築」の取り組みが加わる予定である。本学は社会連携方針の中で「本学
の社会連携は自らの教育と研究の在り方をより一層豊かなものになるよう
に構想されなければならない」と掲げ、2011 年に社会連携推進室を設置
することを検討しており、今後はこれらの取り組みを個別・単発で終わら
せることなく、本学の他の産学連携、地域連携の取り組みも含めてノウハ
ウを学内で有効に蓄積し、戦略的に社会連携を教育・研究の高度化につな
げていくことが必要であると考える。
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連載
関西 TLO の経営改革
第2回
不良在庫特許を処理、アソシエイトの意識を変革
2006 年秋に着手した関西 TLO の経営改革。約 600 の不良在庫の特許を処分し、大学
の発明を評価からマーケティング(営業)まで一貫して行うスタイルに切り替えた。また、
営業のアウトソーシングを廃止し、採用した若手正社員が直接営業する体制を取った。
環境の変化に対応できず、業績が悪化した関西 TLO。私たちは抜本的
な経営改革を行い、関西 TLO を立て直すべく、
「知的財産マーケティング
(営業)をコアとした大学共同型 TLO」を創り上げる道を選んだ。
抜本的な経営改革をスタートしたのは 2006 年 10 月。関西 TLO の置か
れた状況を踏まえた上で着手した。改革すべきことは多岐にわたったが、
まず、会社経営に最も悪影響を及ぼしていた不良在庫特許資産処理を含め
たコスト管理を徹底的に行った。関西 TLO の存続のためには、1日も早
く出血を止めることが最優先課題だったからだ。ほぼ同時期に、“仲良し
サークル”から“戦う集団”へ変貌させるため、社員の意識改革を行い、
低下していた士気の引き上げを図った。その上で、人事制度や人材育成、
新しい営業手法の導入など、社内の改革を段階的に進めていった。
坂井 貴行
(さかい・たかゆき)
関西ティー・エル・オー株式会社
取締役
◆新生関西 TLO の勝算
マーケティング(営業)に特化し、営業を得意としている大学知財本部
や TLO は数少ない。とくに近畿地域には存在しなかった。当時の大学知財
本部は特許出願件数を競い合い、特許出願件数が多くなるにつれ、大学知
財本部自身がマーケティング
(営業)
に手が回らない状況になりつつあった。
近畿地域、とくに京都には、京都大学、京都府立医科大学、京都工芸繊
維大学、同志社大学、立命館大学など、研究力の高い大学が集積しており、
京都に位置する関西 TLO とこれらの大学は自転車で移動できるほど近い。
われわれには地の利がある。これらの大学のマーケティング(営業)を関
西 TLO が一手に扱えるようになれば、営業実績はかなり上がるだろうと
考えた。さらに私自身がこれまでに蓄えた営業ノウハウや企業ネットワー
クを活用すれば、関西 TLO 復活の可能性はかなり高くなる。国立大学法
人や私立大学などの複数の大学を扱う広域型 TLO の中で成功している
TLO がないことも私たちの闘争心に火をつけた。
◆一刻も早く出血を止める
私たちが一番に「徹底したコスト管理」に手を付けたとき、既に2期連
続赤字に陥っていた。一刻も早く出血を止めないと倒産になる。関西
TLO のコスト構造を一から見直した。関西 TLO の収益構造を悪化させて
いた主な原因は、関西 TLO が出願人として保有している約 600 件の不良
在庫特許資産の存在であった。この不良在庫特許資産の維持管理費用が関
西 TLO の経営を圧迫していた。
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関西 TLO の収益構造を改善するために、特許出願内容を再評価した上
で、不良在庫の特許資産全てを処分することを決定した。すなわち関西
TLO が出願人となっている不良在庫特許資産を発明者あるいは発明者の
所属する大学に譲渡することとした。さらに、関西 TLO が出願人となる
特許出願は一切禁止し、提携大学の発明を評価からマーケティング(営業)
まで一貫して行うスタイルに切り替えた。
発明者や発明者の所属する大学に譲渡するといっても、発明者である大
学の先生に不良在庫特許資産を返却することは決して楽な仕事ではなかっ
た。アソシエイト1人あたり、100 件から 150 件を割り振り、1人1人
の発明者の先生に、関西 TLO の現状、経営改革の方針を説明し、不良在
庫特許資産を返却していった。あるアソシエイトは、2時間以上立たされ
たまま説教され、あるアソシエイトは「おまえらが特許出願せぇといった
ものを返すのか!」と罵声を浴びた。それでも私たちは、関西 TLO の再
生を信じて、来る日も来る日も返却する作業を続けた。その結果、関西
TLO 出願の不良在庫特許はほぼゼロとなり、関西 TLO の収益構造は大幅
に改善した。もっともつらく苦しい時期だった。
◆アソシエイトの意識を変える
徹底したコスト管理とともに行ったことは、アソシエイトの意識改革で
ある。当時の関西 TLO は、技術移転実績が芳しくなかった。日本では技
術移転なんて根付かない、どうせ大学の特許なんか基礎研究的過ぎて企業
は見向きもしない、といった言い訳や負け犬根性が社内に漂っていた。当
時の営業スタイルは「待ちの営業」で、発明内容を企業にメールで送るだ
けで、積極的に営業はなされていなかった。ライセンス契約を締結した場
合でも、ライセンス条件が企業側に有利すぎるものや、ほぼゼロに近いラ
イセンス金額で締結しているものがほとんどであった。
最大の問題は、アソシエイトの営業に対する姿勢である。TLO のアソ
シエイトは、発明の基本内容を理解し、マーケティング先をターゲティン
グした上で、企業に積極的に紹介し、売るのが仕事であるにもかかわらず、
当時のアソシエイトは、
「発明や技術の評論家」であった。発明の善し悪
しを自身の知識や経験のみで勝手に評価し、ろくに営業もせずに売れるか
売れないかを判断し、真の企業ニーズもほとんど把握していなかった。
まず、負け犬根性を打破するために、私たちは「関西 TLO は、必ず復
活する。東大 TLO にできて、関西 TLO ができないわけはない。知的財産
マーケティング(営業)で、必ず日本一になる」と社内で言い続けた。同
時に関西 TLO が成功しているイメージを常に想像させた。アソシエイト
も最初は、この取締役は頭がおかしいんとちゃうかと思ったらしいが、半
年や1年も経つと、ほとんどのアソシエイトが関西 TLO の復活を信じる
ようになった。
さらに、TLO の事業は、「ビジネス=商売である」という意識付けを徹
底させた。これまでなされていた安易な安売りを一切禁じた。大学の発明
を基に真剣に事業化に取り組んでくれる企業に、適正な価格でライセンス
することを徹底させた。また、「アソシエイトは、売ってなんぼ」である
ことを意識させ、発明や技術の評論家的な発言は、厳しく禁じた。アソシ
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エイトは評論家ではなく営業パーソンであることを徹底的に植え付けたの
である。特許出願可否を決定する会議では、あなた自身は売る気があるの
か、どの企業のどの役員が興味を持っていると言ったのか、もし自分の金
なら特許出願するか、などかなり厳しく議論した。現場にこそニーズがあ
ることを理解させ、常に大学の先生を訪問して御用聞きを行うことや、企
業を訪問して、企業のお困りごとや研究開発の動向を聞いてくることを徹
底させた。頭で考えるよりも、足で稼ぐことを重要視し、事務所で座って
仕事をしているところを見付けると叱責(しっせき)した。当初はかなり
違和感を持っていたアソシエイトも、当人や関西 TLO 全体のライセンス
実績が向上するにつれ、納得して動くようになった。今では、そのアソシ
エイトも新人アソシエイトに同じように指導してくれている。
◆自前のアソシエイトを採用する
前号にも記載したが、当時の関西 TLO は自社で営業を行っておらず、
営業の全てを外部アソシエイトと呼ばれる企業 OB の非常勤社員約 20 名
にアウトソーシングをしていた。常勤社員は、外部アソシエイトの管理を
するだけで、営業の実務には関わっていなかった。外部アソシエイトは、
非常勤であり、原則1年契約であるため、1、2年、長くても3年程度で
辞めることが多く、また、個人の経験やノウハウに依存しているため、関
西 TLO に営業ノウハウや企業ネットワークが継続的に蓄積されていない
状況であった。ある企業 OB の外部アソシエイトは、営業を行わず、出身
企業にだけ発明を紹介し、その感触が悪ければマーケティングを断念して
いた。また、ある外部アソシエイトは、営業活動自体に、モチベーション
の高さが感じられず、企業側からの苦情が多く寄せられていた。
関西 TLO におけるアソシエイトの在り方について、東京大学 TLO の山
本貴史社長に相談したところ、
「研究開発、法律知識、営業など、アソシ
エイトに必要なスキル全てを兼ね備えた人材は極めて少ない。若手を自社
で正社員として採用し、長期的に育成するしかない」とのアドバイスを受
け、外部アソシエイトを廃止し、若手正社員の採用に踏み切ることにした。
財務基盤がぜい弱な関西 TLO にとっては、かなり厳しい決断であったが、
これ以上、営業を外部アソシエイトにアウトソーシングしていても、関西
TLO の将来はないと判断し、新しく若手正社員の採用を行うこととした。
私たちの目指した新生関西 TLO の姿は、「知的財産マーケティング(営業)
をコアとした大学共同経営型 TLO」である。この方針に基づき、新生関
西 TLO に求められる人物像はおのずと定まった。
私たちの求めた人物像は、「すぐ動ける!元気!体育会!ストレス耐
性!」の4拍子そろった若手社員で、文系・理系問わないものだった。採
用選考には、毎回予想よりもかなり多くの応募があり、現在まで9名の新
人アソシエイトを採用することができた。これにより、常勤社員の平均年
齢は 67 歳から 34 歳に大幅に下がり、正社員の数は2名から 14 名に大
幅に増加した。これらの新人アソシエイトが、今では中核アソシエイトと
なり、現在の関西 TLO を牽引してくれている。
人事制度や人材育成、新しい営業手法の導入などの改革は、次号でご説
明する。
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連載 大学の社会貢献・産学官連携 三重モデル
第3回
産学官連携担当の大学院研究科で発言力
三重大学の産学官連携の取り組みのポイントは、この部門を担当する大学院研究科(地
域イノベーション学研究科)の設置。これによって、学内での発言力、産学官連携への
学内理解を得ている。
三重大学では、
「産学官連携活動で結果を出す」ことを念頭において法
人化後の体制づくりを行ってきている。特に、平成 20 年度からは「産学
官連携戦略展開事業(戦略展開プログラム)特色ある優れた産学官連携活
動の推進」(現在は大学等産学官連携自立化促進プログラム【機能強化支
援型】
)の採択を受け、5カ年計画で「地域課題を解決するための三重地
西村 訓弘
(にしむら・のりひろ)
三重大学大学院 医学系研究科
教授、社会連携担当・学長補佐
域活性化プロジェクトを地域振興プロデューサーが中核となり企画・遂行
することで地域活性化を図る仕組み」を確立し、永続的な自立運営ができ
る体制整備を進めている。今回は、三重大学が構築を目指している産学官
連携活動で結果を出すための仕組み(=産学官連携の三重モデル)につい
て説明を行いたい。
◆産学官連携担当部門の体制整備
大学において産学官連携で結果を出す体制を構築するには、「産学官連
携の担当部門」を教育・研究部門と実質的に対等な学内組織とすることが
重要である。一般的な傾向として、大学における産学官連携組織は、教育
研究を行う学部・研究科とは切り離した組織として存在し、運営を担当す
る人員も兼務で参加する教員もしくは期間契約で採用する特任教員・職員
となっている場合が多い。言い方を換えると、大学の本体機能(学部・研
究科)ではない「補足的な組織」として認識されており、脆弱(ぜいじゃ
く)な存在根拠の組織形態であるが故に、学内での発言権が弱く、活動へ
の学内理解も得られにくい(活動がしにくい)というのが実情ではないだ
ろうか。
三重大学での産学官連携組織の体制整備を行う上で最も重要視したこと
は、産学官連携を担当する部門の学内における位置付けである。法人化と
同時に産学官連携を担当する全学的な組織として創造開発研究センター
(現在は社会連携研究センター)を平成 16 年4月に設置したが、設立当
初からしばらくは「補足的な組織」として認識される状況が続いたのも事
実である。しかしながら、コツコツと実績を重ね学内での認識を向上させ
るとともに、三重県内の産業界、自治体からの信頼を高めていくことで、
平成 20 年ごろには学内外から産学官連携を担当する部門への期待値も上
がってきた(このころに三重大学が中小企業との共同研究では国内大学で
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もトップクラスということが文部科学省のアンケート調査結果で発表され
た)。
このようなタイミングで行った改革が、地域産業界と連携した教育・研
究に特化した大学院を設立するという構想であり、1年半ほどの設置準備
を経て平成 21 年4月に「地域イノベーション学研究科」を開設すること
で、「産学官連携の担当部門」を既存の教育・研究部門と実質的に対等な
学内組織とすることができた。現在は、地域イノベーション学研究科と社
会連携研究センターが協調して地域活性化のための産学官連携活動に積極
的に取り組んでおり、将来的には両組織を一体化して「教育・研究・研究
成果の社会還元」を一元的に行う体制を整備し、三重大学における産学官
連携を担当する組織の存在を盤石なものにすることを構想している。
◆地域振興プロデューサーによる産学官連携プロジェクト遂
行と人材育成
体制整備を進めるとともに、三重大学では産学官連携活動で結果を出す
ための人材づくりと運営方法についても平成 20 年ごろから力を入れてい
る。具体的には、「産学官連携戦略展開事業(戦略展開プログラム)」とし
て行っているものであり、三重大学が進める産学官連携のための体制整備
(地域イノベーション学研究科の設置、社会連携研究センターの充実など)
を有効に活用することで、
「地域振興プロデューサー」が地域の産業界、
自治体との協働作業によって地域社会の活性化に実効性があるプロジェク
ト(=三重地域活性化プロジェクト)にじっくりと取り組むことができる
仕組みを構築している。
前回の稿で、
「産学連携を組み上げる担当者」は、産学官連携のプロフェッ
ショナルとして大学研究者、企業関係者と対等に関わり、理想的な連携を
企画し、仕上げて行く「プロデューサー」として機能することを理想とし
ていると紹介したが、三重大学では、それを実践している。
「産学官連携
戦略展開事業(戦略展開プログラム)
」を実施するに当たり、次の3名の
プロデューサー人材を配置し、本格的なプロジェクト(各3プロジェクト
を担当することをノルマとしている)を遂行するとともに、次世代のプロ
デューサーを OJT 方式で育成することも担当させている。
〈三重大学の産学官連携活動を推進している地域振興プロデューサー〉
梅村時博:本事業予算で採用した特任教授であり、大手企業での研究開発
マネジメントの経験を生かした工学分野におけるプロジェクト
遂行に強いマネジメント能力を有している。
松井 純:本事業予算で採用した特任教授であり、三重県出身者としての
地域愛が強く、特に過疎化と高齢化で疲弊した地域社会の再生
を地域自治体と連携して実施することに強いマネジメント能力
を有している。
西村訓弘:社会連携研究室長・教授でありバイオベンチャーの経営経験を
基にした医薬・食品分野での新規事業の立ち上げ支援に強い能
力を有している。
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また、地域イノベーション学研究科には企業での経験を有し、プロジェ
クト・マネジメントの教育を担当する2名の教授を配置しており、平成
22 年度からは「地域振興プロデューサー」として活動を本格化している。
次の時代の地域振興プロデューサーとして OJT 教育を行っている三重
大学の産学連携を担当する将来の中核人材(3名)についても、全て三重
大学の常勤教員として採用しており、安定した立場で自己の能力向上に取
り組むことができる環境となっている。地域イノベーション学研究科が設
立され、プロジェクト・マネジメント教育を担当する教授職が新たに2名
の枠を設けられたことから、彼らには、学内でのキャリア形成が可能とな
るチャンス(産学官連携職でのキャリアを基に教授になる道)も提供して
いる。
◆「産学官連携の三重モデル」について
以上の説明でお気付きかもしれないが、
「産学官連携の三重モデル」とは、
実は特別なものではなく、当たり前のことを忠実に行っているだけである。
まず、「産学官連携を担当する組織が本格的に機能するための学内基盤(=
学内での存在意義・価値)と産学官連携活動を担当する人材がプロフェッ
ショナルとしての能力を存分に発揮できる
(=プライドを持って働ける)環境を整え
る」
、すなわち、組織が動くための足場を
整え、その上で、三重大学における産学官
連携活動のミッションである「地域立脚型
中小企業の成長を支援することで地域社会
の発展に貢献する」を実現する取り組み(=
地域振興プロデューサーが三重地域活性化
プロジェクトを実施する)を動かしている
だけである。
「三重大学」
「地域産業界」「戦略(三重
地域活性化プロジェクト)」という「地域
内連携の歯車」を「地域振興プロデュー
サー」が動かすことで、地域産業界を発展
させる永続的で盤石な仕組みが「産学官連
携の三重モデル」の姿(図1)である。
次回は、三重大学が次のステージの産学
官連携を実現するために推進している新た
な取り組みについて、紹介したいと思う。
図1 「産学官連携の三重モデル」のイメージ
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復興後の姿を示す
★東日本大震災で被害に遭われた方々に対して心よりお見舞い申し上げます。今
回の大惨事は自然の前で人間がいかに無力であるか、そして本誌の主題となって
いる科学技術の社会の中での立ち位置といったことについて改めて考えさせられ
る機会となった。ただし、だからといって科学技術を今後推進しなくてもいいと
いうことではなく、むしろ今回被災にあった地域で優先して進めることでその先
に見える新たな復興後の姿を示すことが必要である。
そのような中、上野動物園にパンダが戻ってきたことが話題となっている。今号
では動物園について取り上げたが、産学連携にもさまざまな姿があり、これをきっ
かけとして多くの方に関心を持ってもらえればと思う。 (編集委員・遠藤 達弥)
★今回、「シナリオ・プランニング」の重要性に改めて気付かされた。例えば、
経済産業省では7年前(2004 年)に「2030 年のエネルギー需給」について、
現状趨勢(すうせい)、自立的発展、環境制約顕在化、危機の4つのシナリオを
描いている。このたびの大震災で環境制約顕在化シナリオと危機シナリオの複合
型が起こった格好で、その中で示されている対応の道筋として、
「再生可能エネル
ギーへの積極的な投資」
「イノベーションこそが鍵を握る」には大いに納得できる
ものがある。
何事においても、最悪の場合を含め3∼4つのシナリオを描いておくことは、
不確実性が増す世の中でますます重要になると思われる。(編集委員・藤川 昇)
科学者も
問われている
★大震災から2カ月余り。いまだに被災された方々の厳しい生活が伝えられる。
福島原発は長期戦だ。東京にいても平衡感覚を取り戻せない。電気、交通、そし
て通信といった社会経済のネットワークに関わるインフラが被害を受けるとこん
なに大きな影響があるのか、企業のサプライチェーンが分断されると日本のもの
づくりはこんなにもろいのかと、多くの関係者が衝撃を受けている。自然の大き
な力をねじ伏せられると考えていたのではないか、産学官でことを進める時に科
学者は「産」「官」との間合いをきちんと取っていたのか、科学者は先を読んで
情報を発信していたのか――科学者も刃を突きつけられている。当面は目の前の
課題に対応せざるをえないが、前に進むためには、どこかできちんと整理しなけ
ればならないだろう。
(編集長・登坂 和洋)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2011年5月号
2011年5月15日発行
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
イノベーション推進本部 産学連携展開部
産学連携担当
編集責任者:
高橋 富男 東北大学 高度イノベーション博士
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問合せ先:
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〒102-8666
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FAX :(03)5214 8399
人財育成センター
シニアエキスパート
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シナリオ・プラン
ニングの重要性
産学官連携ジャーナル Vol.7 No.5 2011
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