...

4. 越境性疾病(TAD)の経済的影響

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

4. 越境性疾病(TAD)の経済的影響
4.
越境性疾病(TAD)の経済的影響
Economic analysis of animal diseases
FAO, 27 April 2016
(仮訳)鹿児島大学名誉教授 岡本嘉六
この章では、セクション 3.2 で特定された経済的影響の根源をより詳細に議
論し、世界/地域レベル、国家レベルおよび特定の利害関係者 グループの影響の
解析の例を示す。
解析の背景に応じて、越境性動物疾病(TAD)またはそのグループについ
て小さな地域から全世界までの影響を任意のスケールで推定する。畜産部門に
限定するが、ヒトの健康や他の部門への波及効果を含むように拡張することも
ある。
TAD への経済的影響を査定する際、「帰属」問題を認識すること、言い換
えると、推定された経済的影響が解析する TAD に関与し得る影響のみであるこ
とを確保することが重要である。同様の影響を生み出す可能性がある同時に発
生するその他の要因が存在する場合、それらを調べてその影響を除去する必要
がある。たとえば、TAD と旱魃の両方の発生があった年には家畜の死亡率が異
常に高くなる可能性があり、それは旱魃に起因する部分があり、TAD 発生は影
響の一部に過ぎない可能性がある。
4.1
影響の根源
疾病の影響
家畜が TAD の影響を受けた時、臨床的または不顕性の疾患は生産資産の損
失または生産性を減らす可能性がある。
家畜を繁殖や運搬、羊毛または毛の生産に使用している場合など、長期間の
生産に関わる家畜を病気で失うと、それは生産資産の深刻な損失をもたらす。
小反芻獣疫(PPR)や口蹄疫(FMD)のようなほとんど TAD は、時にはあら
ゆる年齢層あるいは若い年齢層の、感受性のある群れに高い死亡率を引き起こ
す。家畜は死なないものの、農家が販売する際に深刻な影響を受け、殺処分に
至ることも時々ある。
資産価値の喪失とともに、その入替えの遅れもあり得る。農家が自家繁殖し
ている場合や、当該動物の繁殖周期が長い場合にそれは一般的な問題となる。
死亡率が非常に高い場合、その群れはもはや自己繁殖できないほど縮小する可
能性がある。農家が入替え動物を定期的に購入している場合ですら、TAD の広
範な発生は購入する入替え動物の不足をもたらすことがある。
-1-
病気で死ななかった動物は、短期または長期に亘って生産性が低くなる可能
性がある。影響には、流産、乳や卵の生産量の減少、成長率の鈍化、作業日数
の損失が含まれる。
ボックス 2 は、様々な生産システムの異なる種類の家畜所有者が経験する疾
病による様々な損失について説明している。
動物の死亡または殺処分が群れの規模を大幅に縮小させた場合、病気の影響
は農場主の家族を超えて広がり、農場の臨時雇い労働者の雇用および家畜市場
網のその他の雇用に影響することがある。
ボックス 2 家畜の所有者が経験した病気による損失の例
ニューカッスル病(ND)
ND は、感受性がある家禽に高い死亡率をもたらす。最大の経済的影響は、生産的資産
の損失である。影響は以下の状況で非常に厳しいことがある。
● 子供や別の家畜資産を持たない貧しい女性にとって。
● 村の繁殖用のほとんどの鳥が殺処分された場合は、農家が群れを入替えするのを困難
にする。
● 基本資産の大部分が家禽で飼料を掛け買いしている小規模商業農家にとって。
● 初生雛供給者が親鳥を失った場合、彼らが供給している農家の事業を中断させる。
● 高価値の原種鶏群または種鶏群を失った場合。これは高価値の繁殖群を失うだけでな
く、採卵鶏群の雛の供給に広範な影響を及ぼし得る。
小反芻獣疫(PPR)
PPR は、防護されていないヤギとヒツジに高い死亡率をもたらし、生産的資産の損失
および群れの成長低下を引き起こす。
● バングラデシュにおいて、PPR によるヤギ死亡は 1 年間で 34,080 万ドルに達したと
推定された。
● 2000 年の北カメルーンの Awa、Njoya および Ngo Tama において、5,200 頭の集団
から始まった村のヒツジとヤギの混合群の成長と販売で失われた価値は、5 年間で
53,902 ドル以上と推定された。
● ケニアにおける家計研究によって、PPR の 1 回の発生で家畜資産の 65~100%が失わ
れることが判明した。家畜の所得損失は 21~100%であった。群れが持続不可能になっ
た、すなわち、もはや自己再生できなくなった事例もあった。
口蹄疫(FMD)
FMD は、反芻動物とブタの口、乳首および蹄に水疱と糜爛を形成し、食欲を減少させ、
授乳と搾乳を不可能にし、歩行不能にする。しばしが、流産や若齢動物の死亡を引起す。
口蹄疫によって最も影響を受ける農家には以下が含まれる。
● 乳量や乳牛当たりの厳格な財政的利幅で操業している高収量の酪農家。乳量の一時的
な減少は、現金の流れに深刻な影響がある。慢性的感染になった場合、または流産し
てその後の泌乳がなくなった場合、動物は殺処分される。
● 乳量が 30% 減少した時に収入を失う小規模の商業酪農家。流産は、繁殖や牛肉生産の
ための子牛の損失をもたらす。
● 役畜を所有または利用している混合農家。それらが耕作期に感染した場合、作物の作
付を遅らせ、所有者がそれらの動物を賃貸できなくなる。動物の入替えは、短期的供
給となり得る。役畜の利用は世界の多くの地域で減少しているが、西部および南部ア
フリカおよび多くの遠隔地において依然として重要である。
● 豚肉が食事に重要で、需要が高まっている東南アジアと中国の養豚農家で、FMD は
15~35%の子豚を殺し、1 頭当たり 5 kg の体重を減らす。
-2-
● 飼料と水の不足で動物が既にストレスを受けている旱魃中の田園地帯の群れ。他の時
期であれば、動物は症状を和らげるために治療され、ほとんどが完全に回復する。
市場の混乱
市場の混乱は、TAD の経済的影響の要素である。それは、市場のショック
および輸出市場制限の 2 つの形態でそれぞれ経済的影響をもたらす。
市場のショック
動物製品または市場の暴露が病気を招くことに消費者が怯えた場合、TAD
の発生が発表された時に特定の畜産物の消費量が急激に減少する可能性がある。
需要の落ち込みは、消費者の信頼が回復するまで、価格の下落と生産者の収益
損失をもたらす。
越境性疾病であろうとなかろうと、人獣共通感染症はこの種の衝撃をしばし
ば引き起こす。貧弱なリスク コミュニケーションは、消費者の反応を高めるメ
ディアによる誇張メッセージと相俟って、人獣共通感染病による需要ショック
を悪化させる可能性がある。H5N1 高病原性鳥インフルエンザ (HPAI)は、多く
の国で、家禽肉によって病気に罹る消費者の恐怖から生じる市場ショックにつ
ながった(ボックス 3)。
裕福な消費者は、人獣共通感染症に関連するものを含め、食品安全の不安に
対して貧しい人々より強く反応する傾向があり、リスクがあると彼らが考える
食品の購入を拒否する。最貧国の消費者は、価格により敏感であり、リスク回
避傾向は少なく、需要ショック中に低価格の利益を受けることがある。
2 番目のタイプのショックは、家畜集団が病気や殺処分によって深刻に減っ
た時に発生する;生産が通常レベルに復元するか、輸入によってギャップが埋
められるまで、畜産物の供給が不足して価格が上昇する。
供給ショックが 1 種類の畜産物のみに影響を与える時は、消費者は代替食品
の消費に一時的に切替えて高価格に対応することができる。ただし、通常は安
くて貧しい人々によって広く消費される商品に価格ショックが影響する場合、
彼らは同等のものを買うことができない可能性がある。畜産物の中で、牛乳、
卵、家禽肉は最も安いことが多い。それらの価格が供給ショックの結果として
上昇した場合、貧しい人々は植物性タンパク質に換えるか、バランスの良くな
い澱粉の割合が高い食事を採る可能性がある。
ボックス 3 H5N1 HPA によって引き起こされた市場ショック
H5N1 HPAI は、ほとんど家禽において高い死亡率を引起す。それは家禽からヒトに
も伝播し、ヒトの感染率は非常に低いけれども、致死率が高い。2004~7 年の間の流行は、
エジプトだけでなく、アジア、ヨーロッパ各国の消費者の間に恐怖とパニックをもたらし
た。需要の急激な低下は価格の急激な短期的下落につながり、様々な経験をした。需要と
価格は数週間以内に回復した。先行した需要ショックが供給不足と異常に高い価格を短期
的にもたらした事例もあった。
-3-
最悪の影響は、流行の最初の波で見られた。その後の波は、消費者の劇的な
反応は顕著に減り、家禽肉の長期消費にはほとんど影響しなかった。このショ
ックは、代替の動物性蛋白質を買う余裕はない貧しい消費者、小規模家禽生産
者、ならびに生計を家禽取引に依存していた者に最悪の影響を及ぼした。この
ショックは一時的であったが、最も脆弱な人々はそれらを緩和する安全策が限
られていた。
価格への影響の例は、2004 年 1 月に最初の発生が報告されたカンボジアに
ある。鶏肉と鶏卵の需要は即時に劇的に下落し、下のグラフに示すように、消
費者の信頼が回復した時、両方の価格はリバウンドで高騰した。
両種のショックは、しばしば連続して発生する。それは、最も深刻に影響を
受けた国のいくつかの H5N1 HPAI 事例であった。その影響は、発生時には深
刻で憂慮すべきだったが、一般的に持続期間が短かかった。
(つづく 2016/5/7)
輸出市場における貿易制限
「通知義務のある」疾病とは、世界貿易機関 (WTO)の「衛生植物検疫措置
の適用に関する協定(SPS 協定)」の下で、政府機関に報告すべきことが法律
によって定められ、政府が OIE に報告する義務がある疾病である。越境性動物
疾病(TAD)のほとんどは、通知義務のある疾病として OIE によって区分され
ており、SPS 協定の下で家畜や畜産物の輸入を制限または禁止する理由を構成
できる。この協定に従って、自国の家畜集団に TAD が伝播するリスクを最小限
に抑えるため各国は畜産物の輸入を制限する権利がある。
牛肺疫 (CBPP) およびリフトバレー熱 (RVF) などのいくつかの疾病は主に
生きている動物の輸出に主に影響を与えるが、他方口蹄疫(FMD)などは広範
囲の畜産物の輸出業者に影響を与える。全ての TAD の中で、FMD は国際貿易
に最大の制限をもたらす;FMD は高い死亡率を引起さず、一部の生産システム
-4-
において生産性への影響はきわめて限局しているが、予防に費用が掛かり、撲
滅がきわめて困難である。このウイルスは、感染した動物や広範囲の畜産物に
よって運ばれる。FMD の経済的影響の多くは、直接的または間接的な貿易制限
の影響であり、この疾病が TAD と輸出市場についての議論の中心課題となる傾
向がある理由となっている。
高品質の輸出市場の利用は、国全体または定められた地帯(zone)や区画
(Compartment)において特定の TAD が存在しないことを確保できるかどう
かに依存している。疾病が存在しないことは高品質の輸出市場の利用を保証す
るものではないが、特定の TAD の存在は利用を禁止される可能性が高い。その
代替法として、通知義務のある家畜の疾病が存在する国や地域に由来するけれ
ども、病原体を運ぶ「無視できるリスク」と判断される製品を販売することが
可能であり、「商品本位取引(commodity- based trade)」と呼ばれている。
承認された規格で加熱処理によって加工・包装された畜産物はこの区分に入る。
ただし、OIE 指針に従ってと殺・熟成された冷凍骨なし肉は、無視できるリス
クレベルだとしても、貿易協定において必ずしもそのような取扱を受けない。
輸出市場利用制限の経済的影響は、以下の形を取る。
● それは、国際的および国内の両方の畜産部門の発展を歪める。たとえば
2009 年において、FMD に感受性がある動物種およびその肉の世界貿易
ほぼ 70%は、OIE 規制の下で公式に清浄であるか、または歴史的に清浄
と認識された少数の国が占めた。ナミビアとボツワナは、それぞれ FMD
清浄地帯、家畜用保護柵と野生動物用保護柵によって仕切られた地域を
持っており、そこで生産された肉が FMD 清浄資格のある国へ輸出され
ている。両国において、商業牧場は、その地帯内と、それ以外の共同放
牧場に集中している。
● 輸出を必要とするか、または強く希望する国にとって、無視できるリス
クと認められるための製品処理工程、または疾病清浄地帯や清浄区域を
設定するため、施設と設備基盤に投資する必要がある(ボックス 4)。
● それまで疾病清浄だった輸出国で流行が発生した時、深刻な市場混乱を
引起す(ボックス 4)。
● 貿易制限下にある一部の国を含む TAD の流行は、世界の家畜市場が供
給の混乱を迅速に調整するので通常は短期間のみだが、国際市場ショッ
クを発生させる。流行が 1 つ以上の主要な輸出国で発生するか、または
様々な動物種に感染する TAD が矢継ぎ早に発生した場合、混乱は一層
深刻になり得る。
-5-
畜産物の輸入が制限された時に広範に消費される食料品の国内供給に TAD
流行が影響する事態において、貿易制限は輸入国に対して作用する可能性があ
る。最近の歴史において唯一の例は、畜産部門を保護するために鶏肉製品の輸
入が禁止された時に、エジプトにおける病原性鳥インフルエンザ流行中の短期
間にみられた。1 種類の畜産物の不足に対する通常の反応は、消費者が別のもの
に切り替えることである。供給不足が非常に深刻な場合、一時的な価格上昇に
つながることがある。
制限された市場の経済的影響を調べることは、機会費用、すなわち制限がな
かった場合に起き得ることの合理的な査定ができるか否かに依存しているので、
課題となり得る。疾病がないことに加えて、多くの要因が貿易を行う能力に影
響している;品質と製品価格、供給の量と信頼性、取引協定を交渉する政府の
能力。現在の経済情勢において、輸出に対する SPS 障壁の克服ですら、飼料の
費用が法外である。
ボックス 4 貿易規制に関連した影響の例
SPS 適合性への投資費用
ナミビア北東部のザンベジ地域には、90 万人と 150,000 頭の牛がいる。この地域は、
牛の飼育者の生計を維持するために年間 260,000 から 430,000 kg の肉を輸出する必要があ
る。輸出用の食肉処理場は OIE 基準を適用しているが、ザンベジ地域は FMD 感染がある
ためごく限られた数の地域市場にしか輸出できない。ザンベジ地域が野生動物保護地域内
に位置するため、撲滅は実用的な選択肢ではない。最近の研究は、加熱処理した加工肉は
冷凍骨なし牛肉よりも輸出が容易であるため、加工工場への投資を勧告している。
輸出国における TAD の発生
小型反芻動物は、アフリカの角における広大な放牧群れから中東へ輸出されており、
サウジアラビアはとくに重要な市場となっている。地場産業は、輸出向け家畜のために特
別に生産されている飼料の輸出地域周辺で育っている。リフトバレー熱(RVF)の流行は、
アフリカの角から中東への輸出を、1997~1998 年、2000 年および 2007 年に中断させた。
1997~1998 年の流行は、ソマリアから輸出された約 300 万頭の動物の 75%に影響を与え
た。一部の取扱業者は禁止を避けることができたが、その他の取扱業者と家畜所有者は低
価格に苦しみ動物を販売することができなかった。2003 年の試算は、エチオピアの主な輸
出地域であるソマリ族地域の GDP が通常の年と比較して 25%の損失となった。価格の損失
総額はさらに 13200 ドルが加わり、通常の年に期待される 42%以下になった。
予防と対策
TAD の予防と対策は、疾病による損失および前述の市場の混乱の負の影響
を軽減を減らすことを目指している。TAD に関連する外的要因のため、農家だ
けでなく政府はその予防と制御に投資している。しかしながら、制御活動はそ
れ自体の費用とともに TAD の総合的な影響に関わっている。
政府の関与の程度は、現地の状況と疾病についての国の公式資格によって影
響される。疾病が主に地方問題であると考えられる場合は、政府は行動せず、
農家が生物学的安全対策や予防接種を通して自分の群れを守るのに任せる。
-6-
その地域が国際貿易のため公式な疾病清浄への移行期にある場合、漸進的な
取組み方がしばしば適用される。当初は、可能な場合、発生動向調査と予防接
種を通して疾病の発生頻度を減らす。発生頻度が非常に低い時には、動物が検
査され、感染した動物や群れは殺処分される。
政府の行動は、国の一部または全体が疾病清浄を公式に宣言しており、それ
を維持することに公的あるいは民間の関心が高い時、とくに断固たるものにな
る傾向がある。疾病清浄地域内で、あらゆる発生は、感染群および危険な接触
があったと見なされる群れをと殺し、発生期間を通してきわめて厳格な移動制
限を行う「殺処分」措置が採られる。
これらの取組み方のそれぞれは、予防と制御の費用および特定の農家グルー
プに様々な影響を及ぼす。適用される予防と対策に応じて、次の経済的影響の
いずれかが生じる場合がある。
● 予防と事前対策 (検疫、認証計画、予防接種、生物学的安全対策、発生
動向調査および早期警告)のために発生する費用。
● 発生制御費用(疾病の検出、移動制限、動物の殺処分、死体の廃棄およ
び疾病の追跡調査;殺処分動物の損失;再導入を待つ農家で発生した費
用)。殺処分が非常に広範囲に及ぶか、移動制限が長期間実施された場
合、農場および家畜市場網に沿って臨時労働者の雇用が影響を受ける。
● TAD 制御政策の結果として、農家がそうでなければ行うべきことができ
なくなる時の機会費用(たとえば、疾病清浄地帯を保護するために封鎖
柵が設置された場合、農家は乾季における伝統的な移動放牧ができなく
なる)。
ボックス 5 は、ベトナムにおける豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)に対す
る介入策の費用の例を提供している。
ボックス 5 ベトナムにおける PRRS の予防と制御措置の影響例
ベトナムにおける PRRS
豚繁殖・呼吸障害症候群 (PRRS) は、おそらくしばらくの間ベトナムに存在していた
が、2007 年に豚の高い死亡率の原因となり、農家や政府の注目を集めた。2007 年以来、
発生は殺処分と検疫によって制御されている。当初は、感染した生産共同体とともにリス
クがある生産共同体も殺処分の対象とされたが、2008 年以降は、前者だけに殺処分が適用
され後者は検疫対象に留まっている。PRRS の経済的影響は畜産部門内に留まっていると
推定されている。疾病制御活動に関連している費用は次の通りである。政府は、発生の制
御とともに予防と事前準備のための費用を負担している。一部の農家は、豚が最低限の補
償で殺処分された時に発生制御の費用を負担している;その他の農家は、検疫措置が販売
を遅らせ粗収益率を減少させた損失を負担している。
2007
2008
2009
2010
計
289.6
72.4
72.4
72.4
72.4
政府の発生動向調査と流行制御
498.4
24.8
150.1
84.3
239.2
殺処分された豚の価値
検疫により失われた収益
498.4
-7-
24.8
150.1
84.3
239.2
(値はベトナムの通貨単位ドン、為替レートは 15959 ドン=1 ドル)
出典:McLeod et al. [2013]
* 解析が数年間に亙る場合、全ての価格を基準年に変換し、それによってインフレに起因
する歪みを除去できる。
(つづく 2016/5/13)
畜産部門を超えた影響
ヒトの健康
越境性動物疾病(TAD)は、ヒトの健康に直接および間接的な影響を及ぼ
し得る。直接的な影響は人獣共通の TAD(脊椎動物とヒトとの間で一般的に伝
播する TAD)にヒトが感染した時に発生する。ヒトの臨床的病気の費用は、周
知のことで測定可能であり、公表された一連の報告で推定されている。間接的
影響は、TAD の存在が食料供給や貧しい家庭の食品を入手する能力を深刻に妨
害する場合に発生する。
人獣共通の TAD は、ヒトの死亡が発生した場合、あるいは、その疾病がヒ
トが通常行っていることを阻害するか、治療を必要とさせる場合に、経済への
影響を持ち得る。ブルセラ症、ある種の鳥インフルエンザ(AI)株、狂犬病、
ウエストナイル熱、リフトバレー熱などが人獣共通の TAD の例である。最初の
2 つは、畜産部門とヒトの健康の両方に経済的影響を及ぼす。後半の 3 つは、主
にヒト病気であり、野生動物や家畜が伝播に関与し、疾病や制御過程のどちら
も畜産に顕著な経済的影響を及ぼさない。
ヒトの健康に対する人獣共通感染症の経済的影響には、失われたヒトの命の
価値 (または数);疾病により失われた生産性の価値、病気の個人の個人的ま
たは公衆衛生システムを介した治療費が含まれる。
TAD の感染がヒトの寿命を短くする時、経済解析はヒトの命に金銭的価値
を付与することを求める。これを計算する方法について膨大な文献があり、我々
はそれを行うことに不快感を覚える。「統計的生命価値(Value of Statistical
Life: VSL)」は、青年の命を基に、40 年の命に相当すると仮定される成人の「平
均的」価値を表すのに用いられる。標準となる VSL は存在せず、それぞれの国
について期間ごとに計算する必要がある。命よりも生存年数を査定する方がよ
り理にかなっていることが時々ある。生存年数は、障害調整生存年(DALY;
disability-adjusted-life-years)または品質調整生存年(QALY;
quality-adjusted-life-years)として表される。命や生存年数の価値を推定する
単純な方法はない。おそらく、最善の方法は、病気や死亡のリスクを減らすた
めに個人が進んで支払う金額の測定を試みる「支払意志額
(willingness-to-pay)」の研究であろうが、生活の大半が正式な現金経済の外
で営まれている国に適用するには問題がある。
-8-
関心の主な影響が人命の喪失または生産的な生活の喪失である場合、金銭的
価値を付与する試みよりも、失われた生命や生存年数の数に関する影響を表す
方がより単純で一貫性がある。世界保健機関(WHO)の疾病負荷世界プロジェ
クトは、ヒトの病気の負荷を死亡と DALY の面で測定している。
ヒトの健康と畜産部門に影響するブルセラ症のような人獣共通感染症を扱
う時、経済学者は、上記の限界の全てを含めてヒトの生存年数の経済的価値を
採用するか、または金銭的価値と DALY という、一緒に合計できず表現もでき
ない異なる 2 種類の影響の推定を同時に行おうとするかの 2 者択一を迫られる。
狂犬病、ブルセラ症、高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)は、経済学研究
で最も取り上げられる人獣共通の TAD である。狂犬病は、畜産への影響が極め
て少なく、犬を食べている国を除いて制御計画には家畜を含まない。これまで
は、専らヒトの病気として扱われてきた。人獣共通の AI ウイルスは、これまで
にごく少数の人々を殺しただけであり、影響ほとんど畜産部門の損失と公衆衛
生に対する費用の面で測られている。ヒトの世界流行の影響をモデル化する 1
つの試みには、ヒトの命、医療費、事業、銀行および交通機関の攪乱が含まれ
ている(ボックス 6)。ブルセラ症の経済解析は、畜産部門に焦点を当てるか、
または経済的費用と DALY を分けて報告されてきた。
ボックス 6. 畜産部門を超えた TAD の影響の例
高病原性鳥インフルエンザ(HPAI)の潜在的費用
H5N1 HPAI は、2004~5 年にアジア各地で広がり始めた時に大いなる警戒を引起し
た。重症急性呼吸器症候群(SARS)の以前の経験は、急速に広がる人獣共通感染症が事業
や日々の生活に影響を与え得る程度を示した。McKibbin and Sidorenko による解析は、ヒ
トの健康と国家経済に対するより広範な影響をモデル化した(2006)。世界流行を封じ込
める能力についての不確実性は、生命の喪失および国民経済の混乱において数十億から数
兆ドルに至る潜在的費用の非常に広いバラツキの報告を意味した。この推定は、2004 年か
ら 2013 年(執筆時)の間にヒトにおける世界流行が発生しなかったために検証されていな
い。
英国における口蹄疫(FMD)
英国の全国会計検査事務所は、2001 年の流行時に負担した費用の査定を発表した。総
費用は 80 億ポンド以上と推定され、その内約 50 億ポンドは観光およびその関連産業の費
用だった。英国の多くの風光明媚な農村地域において田園地帯への訪問が減り、観光客は
殺処分した動物を焼却する光景によって思い止まらされた。外国からの観光客数は夏の 3
ヶ月以上の休暇を通して 15%減り、英国内観光客の 30%は休暇の訪問計画を変更した。
疾病によって引き起こされる影響に加えて、TAD は食料供給を中断するか、
あるいは家計所得を減らして食料の入手を困難にすることによって、ヒトの栄
養に影響する可能性がある。ただし、これらの関連性を効果的に証明すること
は大いなる課題であり、それをしようとする者はほとんどいない。その理由の
一つは、「信号対雑音」比が非常に大きいからである;余りにも多くのことが
食事と栄養に影響する可能性があり、TAD に本当に起因する影響を引き出すこ
-9-
とは難しい。過去 10 年間において、多くの TAD の発生が続いてきたが、洪水、
旱魃、世界的経済危機もあり、それらの全てが食料供給に影響し、食料価格の
上昇に寄与した。さらなる問題は、最も苦しんでいる家庭において、食事の変
化を記録するには長期の困難な作業を必要とし、食事の変化が TAD の発生や制
御措置に起因することを見つけ出すのはきわめて困難である。
病原性鳥インフルエンザ H5N1 が約 60 ヶ国に広がった間に、一部の家庭の
食料安全保障が一時的に影響され、死亡や家禽の殺処分と関連する食事の変化
があったいくつかの状況があったけれども、HPAI 発生と栄養不良との間の関連
性を示す強力な証拠はなかった。エジプトにおける食料安全保障に関する最近
の報告は、「エジプトの子供達の栄養状態は食料入手の指標と直接関連してい
ない」としているが、病原性鳥インフルエンザを制御するための家禽の殺処分
によって家禽肉と卵の流通の中断が栄養不良に寄与した可能性も示唆されてい
る。
訳注:家畜における疾病の流行が食料供給に影響した結果としてヒトの健康被害が生じ
ている状況において、それを経済学的に立証することの難しさが説明されている。この議
論の目的は、予算配分の根拠を示すことで TAD 流行の予防、事前対策、制御、撲滅に要す
る費用を充実させることにある。しかし、その他の予算配分についてもこのような経済的
根拠が示されているのだろうか? 日本では「行政機関が行う政策の評価に関する法律」
が定められており、各予算について数ヶ年の目標と計画を示し、その進捗状況を数値目標
の達成割合で毎年示すことによって、予算配分の適切性を検証している。しかし、財務省
は最初の目標と計画の適切性を、どのように判断して予算配分しているのだろうか? 各
省から上がって来る毎年の概算要求について、費用対効果などを検討しているのだろうが、
伝染病対策と災害対策などの予算配分を本文で示されている「命の価値」に基づいて決め
ているとは思われない。
政府予算はさておいて、一般社会において TAD の流行と食料問題を結び付けることは
困難であり、すなわち TAD は農家の問題であり消費者には関わりない、食料安全保障は政
府の責任であるという風潮を、本文の経済学的論理によって覆すことができるのだろう
か? ちなみに、「返済意志(willingness-to-pay)」を採用した 2004 年の「EU 食品衛
生規則を統合する提案に対する全面的な法令影響査定」は食中毒予防がどれほどの経済的
効果を生むかを数値で示した画期的なものとして当時翻訳したが、その後も EU において
食中毒の発生は続いている。食中毒予防には農場から食卓までの協力が不可欠であり、行
政は農場から流通・販売までの事業者を規制できるが、消費者の行動を縛ることはできず、
現時点では消費者行動が食中毒予防の要となっている。消費者行動が本文で示された「命
の価値」に基づいて改善するとは思われない。
政府予算や消費者行動に関与しない本文の議論は、必要なのか? 健康・保健・医療問題
に関心を持つ一般庶民が公衆衛生問題と取組む際に、経済的判断が関わって来ることは理
解するが、「命の価値」の経済的物差しを作ることとは別問題であるという気がする。政
府予算に公衆衛生問題を反映させる方策も、ここの議論とは別の視点が必要だろう。
観光、野生生物および生物学的多様性
人獣共通 TAD の存在や TAD を制御する措置は、観光客が発生地域の訪問
を思い止まるか、制御対策によって田舎に行くことが制限された場合に、観光
- 10 -
業界の収益損失をもたらす。家畜における人獣共通感染症がヒトの病気の流行
を引起した場合、企業および公共部門のサービス活動にきわめて広範な混乱を
引起す。
越境性動物疾病の予防と制御は、たとえば疾病の潜在的な保有動物を排除す
るため野生動物の殺処分が求められるか、飼料と牧草の生産拡大が野生動物が
利用している森や草地を侵害する場合、野生動物と生物多様性に影響する可能
性があり得る。
食料安全保障
TAD は食料安全保障と計画に影響を与え、TAD を制御するプログラムは食
料安全保障のため適切であると想定される定義によっていると、しばしば述べ
られる。
しかしながら、公式の食料安全保障の枠組みに対する TAD や TAD 制御計
画の影響を査定する試みはほとんど行われていない。FAO の食料安全保障の枠
組みの概念は、4 つの「柱」を含んでいる(ボックス 7)。食料安全保障の破綻
は、供給の持続的不足や個人が食料を入手する能力を制限する制度的欠陥に起
因する慢性的なもの、あるいは紛争や気候が関連する問題などの危機のため派
生する一過性のものとして提起されるため、2 種類の時間的側面を持っている。
慢性的な食料不足に直面している個人や地域社会は安全網(セーフティネット)
がなく、一過性の問題にもきわめて脆弱であり、他方、危機に対する不適切な
対応は地域の市場を破壊するか、依存関係を作り出すことによって長期的な食
料安全保障の基盤を弱める可能性があるので、両方の側面を同時に取組む必要
がある。
ボックス 7. 食料安全保障の 4 つの柱
食料の入手可能性(Food availability):国内生産または輸入(食料援助を含む)を通し
た適切な品質の十分量の食料の入手可能性。
食料利用(Food access):栄養価の高い食事のため適切な食料を得る供給源(権利)の
個人による利用。権利は、住んでいる地域社会の法的、政治的、経済的、社会的取り決め
によって個人が意のままにできる全ての商品のまとまったセットとして定義される(共通
の供給源の利用など従来の権利を含む)。
安定性(Stability):食料確保のため、集団、家庭、個人は、常時、適切な食料を利用で
きなければならない。突然のショック(経済または気候による危機など)や定期的出来事
(季節的食料不足など)の結果として食料の利用ができなくなるリスクがあってはならな
い。したがって、安定性の概念は、食料安全保障の入手可能性と利用の両方の側面に関与
し得る。
活用(Utilization):全ての生理学的必要性を満たす栄養学的に良好な状態に達するため
の適切な食事、清潔な水、消毒および健康管理を通した食料の活用。これは、食料安全保
障に食料以外の入力の重要性を含める。
- 11 -
TAD が食料安全保障の柱とどのように関連し得るかを理解することは、直
感的に、容易である。動物の死亡や病気は、肉、乳および卵の供給、家畜の所
有者が食料を買うための収入、家畜の所有者の社会資本、ならびにセーフティ ネ
ットの利用を減らす可能性がある。人獣共通感染症は栄養学的に良好な状態に
影響を与える;たとえば、ブルセラ症は汚染された乳を飲んだ場合に喫食者を
病気にし、HPAI は感染した家禽の死体や肉からヒトに伝播する可能性がある。
しかしながら、TAD と食料安全保障の柱の間の因果関係を実証しようとし
た出版物はほとんどなく、それを定量化したものはない。ほとんどの研究は、
家畜生産者の収入や消費者の剰余金など食品入手の側面に焦点を当てている。
少数の研究が、牧畜社会の食料供給に対する TAD 流行の直接的影響を示してい
る。たとえば、南スーダンにおける口蹄疫の流行は、家庭が食料として乳にと
くに依存する乾季の「飢餓ギャップ」直前にしばしば発生していることを Barasa
らが見出した(2008)。Jibat ら(2013)も、エチオピアの牧畜地域における
乾季の FMD 発生を報告した。
これらの指針のための文献検索は、食料安全保障の枠組みに従った TAD に
関する一つの刊行物でのみ見つけられ、そこには獣医療組織と OIE によって実
施された調査の結果が記載され、主任獣医官が真実と信じたことに対して食料
安全保障に対する TAD の影響が報告されている。
TAD と食料安全保障の間の明確な因果関係を確立することは課題が多い。
食料システムは、動的で弾力性がある;家庭や地域社会は、多くの一時的な危
機への対処に役立つ仕組みで処理し、世界市場は供給のギャップを埋めるため
彼自らを調整する。ただし、国連機関による食料安全保障に対する重要性を考
慮すると、TAD の経済への影響と食料安全保障の枠組みとの間のより体系的な
関連性を特定する価値があるだろう。
食料安全保障に関する適切な参考文献には、Pingali ら(2005)、食料安全
保障に関する世界委員会(2005)、ならびに FAO(2009、2010b)が含まれる。
FAO(2011a)は、食料安全保障における家畜の役割が詳細に説明されている。
(つづく 2016/5/15)
4.2. 国際的解析の例
第 3 章で提案したように、TAD の世界的または地域的影響は、国際社会に
より特定疾病に焦点を当てて説明または正当化するために、または将来政策の
方向性を判断するために、推定される。
理想的には、国際的推定は、既存の詳細な各国の査定の結果を結び合わせる
ことによって行われるが、質の高い比較可能な研究の十分な数を見つけること
- 12 -
はほとんど不可能である。その代替法は、二次データに基づいて選択した国や
地域について推定し、それらの結果を組合わせている。
OIE は、世界的な病原性鳥インフルエンザ(HPAI)流行の畜産部門に対す
る費用をモデル化する研究を委託した(ボックス 8)。FMD の国際的影響の推
定は、「漸進的制御(progressive control)」に関する国際活動の支援で集めら
れた証拠の一部として提供された(ボックス 15)。その査定は、影響の 2 つの
要素、すなわち生産損失および予防接種費用に基づいており、それらは地域の
研究全体で得られたデータによって可能だった。
McKibbin と Sidorenko(2006)は、貿易と資本の流れを通して関連する
20 分野の経済が GDP に及ぼす 4 つのシナリオをモデル化することによって、
HPAI に起因するヒトのインフルエンザ世界流行の潜在的な影響を解析した。家
畜の病気に対する同等の包括的な努力が行われていなかった。
ボックス 8. 国際的な経済的影響
HPAI
OIE は、3 ヶ国の事例研究の知見に基づいて世界的な HPAI 流行の畜産部門に対する費
用をモデル化する研究を委託し、直接的経費は、間接的な費用を除外した場合、53 億から
97 億ドルの範囲であり、農場の費用を含めた場合 213 億ドルと推定した。
FMD
現在の制御条件の下で FMD の国際経済への影響は、スプレッド シート モデルを使用
して計算した。推定は、中国、インド、アジアの残りの地域、アフリカ、ヨーロッパ、中
東と南アフリカの 5 つの地域のそれぞれについて行い、最後に一緒にした。影響は、直接
的(生産の損失)および間接的(予防接種費用)に区分された。FAOSTAT と公表論文か
らデータを使用して、年間で牛が 2,000 万頭、豚が 1,100 万頭、山羊と羊が 1,100 万頭影
響を受けていると推定された。
影響の値は、次のとおり推定された。
100 万ドル
2,693(内 24%は中国)
2,350 (内 68%は中国)
5,043(内 44%は中国)
直接的(生産の損失)
間接的(予防接種費用)
計
4.3. 国の部門別解析の例
第 3 章で示唆したように、TAD の影響の全国的推定は、政府による特定疾
病に関する焦点を正当化するか、または TAD 対策の資金調達によって得られる
可能性がある救済を政府に示すために必要とされることがある。深刻な流行の
後、公的な説明責任の問題として費用を推定する必要があることもある。食料
の供給と消費の変化によって測定される食料安全保障への TAD の影響を推定す
ることが重要な場合もある。ここで説明する例は、表 2 で以前に示した方法の
いくつかを含んでいる。
- 13 -
国の統計の比較
公開されたマクロ経済指標の比較から、発生の有無にかかわらずその年にお
ける国内総生産 (GDP) または総支出の削減など、国または部門レベルの経済的
影響を推測することが時には可能である。これは、限られたデータを必要とす
る単純な方法であるが、影響の適切な推定を提供する。TAD は、次の場合にの
み、マクロ経済指標に対する容易に検出可能な影響を持っている;a) 影響を受
けた家畜種が経済に顕著な寄与をしている、b) その疾病が、たとえば大流行が
発生し、高い死亡率を引起すか、きわめて厳格な「殺処分」対策によって制御
されるなど、非常に広範に広がっている、c) TAD の影響を畜産部門へのその他
の影響(これは属性と呼ばれる)から分離することが可能な場合。
ボックス 9 は、HPAI 流行後と流行がなかった場合に期待されるの家畜の総
生産額の間の粗比較によって影響の深刻度の大まかな推定を可能とした例であ
る。
ボックス 9. H5N1 HPAI および牛疫のマクロ経済への影響
ベトナム:2004 年の家禽の総生産額への H5N1 HPAI の影響
ベトナムは 2003 年末に始まった H5N1 HPAI の大流行を経験した。広範に広がった後、
ほぼ 4,000 万羽の家禽を殺処分することによって制御された。発生以前に、1997 年以降家
禽の総生産額は年間約 7% 成長していた。2003 年と 2004 年の間に、総生産額は、発生が
なかった場合に 93,020 億ドンと推定されていたにも関わらず、2003 年に 86,940 億ドンか
ら 73,800 億ドンに落ち込んだ。推定と実際の総生産額の間の 19,220 億ドンの差額は、そ
のような劇的な減少を説明する別の家畜疾病や市場要因がその期間になかったことから、
HPAI に起因すると合理的に考えられた。
2002
2003
2004
家禽の総生産額、10 億ドン(出典 GSO ウェブサイト)
7928
8694
7380
HPAI がなかった場合の推定額(以前の傾向から外挿)
7928
8694
9302
19,220 億ドン
HPAI に起因する総生産額の損失(2004 年公式為替レート
1,220 億ドル
15746)
推定生産額の 21%
マクロ経済学的モデル化
国の影響が複雑な場合、マクロ経済モデルを使用する必要がある。それには、
技能を必要とし、要求されるデータも多い。部門または特定の利害関係者が提
供した結果を含む国民経済への TAD の影響を推定するためのマクロ経済モデル
の例を以下に示す。
● 資源の基盤と経済全体の資源の流れを示す社会会計表(SAM)は、変化
のマクロレベルの影響および 1 つの部門の変化が他の分野に及ぼす影響
を予測するために使用できる。畜産部門は、小売や観光などのその他の
部門としばしば経済的に関連している。Townsend と Sigwele(1998)
は、ボツワナにおける牛肺疫(CBPP)の経済的影響の計算に SAM を使
- 14 -
用した。Rich らは、チャドにおける牛疫撲滅の影響の推定に SAM を使
用した(ボックス 10)。
● 計算可能な一般均衡モデル(CGE;連立方程式に基づく経済モデル)は、
部門間の資源の流れを考慮に入れる。それはデータについて SAM を作成
することがある。CGE モデルは、1 つの部門の変化の別の部門の結果へ
の波及効果を推定できる。Blake ら(2003)は、英国の観光部門に対す
る口蹄疫発生の影響を推定するために CGE モデルを使用した。CGE モ
デルは、口蹄疫や HPAI の影響を推定するために使用されている(ボッ
クス 10)。
● 供給と需要の曲線を比較することにより経済の余剰を推定するモデルは、
生産者と消費者に及ぼす影響を推定するために使用できる。消費者余剰
は、消費者が準備した支払い以下で商品を入手できる幸せを表し、他方、
生産者余剰は、生産するために準備した最低額よりも高額の商品を生産
することで得られる幸せを表す。TAD の存在は、家畜の生産費用および
畜産物に支払われる価格を増やすことによって消費者や生産者の余剰に
影響を与える可能性がある。Paarlberg ら(2002)は、口蹄疫の発生の
潜在的な影響を推定するために、供給、需要、貿易を取り入れた米国モ
デルと疫学的モデルを組み合わせた。Pendell ら(2002)は、米国カンザ
ス州南西部での口蹄疫発生の経済的影響を推定するために、部分均衡モ
デル、産業連関表(input-output model)および疫学モデルを組合せた。
経済的余剰モデルは、TAD およびその他の疾患をカバーし、1997 年にケ
ニアの農業研究プログラムの家畜衛生プログラムに優先的に利用された。
ボックス 10. マクロ経済モデルを用いて推定された TAD の影響
チャドとインドにおける牛疫の影響
牛疫撲滅の経済的影響の解析は、マクロ経済の影響を計算するために社会会計表(SAM)
を使用した。チャドにおいて、牛疫は風土ずっと風土病であったが、PARC と PACE プロ
グラムの下で高レベルの予防接種率を数十年維持した後、2000 年までにこの疾病はもはや
報告されなくなった。SAM 解析は、牛疫が風土病として残っていた場合、2000 年にチャ
ドの GDP は 1 %低く、農村の収入は 2.6% 低かったであろうと推定した。この解析は、CGE
モデルを使用して、西アフリカ全域の将来に外挿された。
インドも牛疫流行の長い歴史を持っていたが、1995 年に清浄化した。1995 年に SAM
は利用できなかったが、研究チームは 2008 年について SAM を実施構築し、牛疫清浄化の
経済全体への影響を推定した。食品価格に予測される牛疫の影響のため、家計消費
への影響がおそらく家計所得の影響より高かったと推定した。
米国とオーストラリアにおける FMD
疾病予防に対する公的財政支出は、予防措置活動がない場合に発生する可能性がある損
失の経済予測を使用して正当化することができる。結合された疫学・経済モデルを使用し
て米国で行われた推定は、口蹄疫が発生した際に農業所得で 140 億ドルの損失があり得る
と示唆された。
口蹄疫清浄国のオーストラリアでは、複数の州における発生が 493~518 億 AUS$(現
- 15 -
行の為替レートで 462~492 億米国ドルに相当)の収益の損失につながる可能性を CGE モ
デルを使用して推定し、さらに、疾病の制御と補償のため 63~602 AUS$(60~572 億米
国ドルに相当)の費用が掛かるとした。園芸や穀物生産など畜産と競合する産業は、最大
1500 万 AUS$の利益を得る可能性がある。
タイにおける HPAI
タイ開発研究所は、H5N1 HPAI の経済的影響の暫定的査定を行うために CGE モデル
を使用し、GDP 成長率が年間 0.7〜0.9%減少すると推定した。家禽の生産額は、タイの農
業国内総生産の 4% を占めている。GDP への影響は限定的で、短期間であるが、家禽部門
における生産の短期的中断および長期的な再構築から生じる中小規模の農場において雇用
に及ぼす影響はより厳しく長期間続くことを、このモデルは予測した。
シミュレーションモデリング
畜産部門における疾病の影響は、家畜集団の数理モデルの開発および疾病を
シミュレートする条件での生産額と健康な集団をシミュレートする生産額との
比較によって、推定可能である。常に必須ではないけれども、集団モデルを疾
病の広がりをシミュレートする疫学モデルモデリングを組合せることが役に立
つ。シミュレーションモデルは、集計表またはプログラミングによって作成で
き、動的変数(1 つの値がそれぞれの入力変数として用いられる)または確率変
数(特定の入力変数が一連の値として代表され、そのモデルがそれぞれの出力
値の推定確率で出力範囲を生出す)となり得る。シミュレーションモデリング
は、畜産システムの適切な理解を必要とするが、マクロ経済モデル化よりも厳
しくないこともある。
シミュレーション モデルは、第 5 章で議論する予定の動物衛生介入策の経
済性的実行可能性査定と共通している。その例には、Leslie、Barozzi および
Otte(1997)の口蹄疫、McLeod ら(2003)の豚コレラ、Perry ら(1999)の
口蹄疫、Rich ら(2009)の衛生と植物防疫のための措置の実施が含まれる。
(つづく 2016/5/17)
4.4. 利害関係者レベルの査定の例
セクション 4.3 で議論したように、国レベルで行われた査定は、国全体とと
もに利害関係者による結果を提供することもできる。また、選択した利害関係
者のみを考慮した査定をすることも可能である。
シミュレーションモデリング
集計表シミュレーションモデル(4.2 参照)は、地方レベル、とくに畜産部
門内で発生する影響を査定するための非常に利用しやすい手法である。最近の
例として、確率集計表モデルを用いたケニア牧畜民における牛肺疫 (CBPP)の影
響査定がある。死亡率、乳量減少、体重増加の減少、繁殖率低下を考慮に入れ
- 16 -
たその査定は、推定放牧システムにおける CBPP の総費用が年間 760 万ドルと
推定した。
集計表シミュレーションモデルは、ベトナムにおける養豚農家や取引業者に
対する豚コレラ(CSF)流行、ならびに庭先飼育と商業生産への口蹄疫(FMD)
の様々な影響を検討するためにも利用された。
持続可能な生活の解析
小規模農家と脆弱な人々に対する TAD の影響を査定する際、彼らの生活が
簡単には定量化されない方法で影響する可能性があることを認識することが重
要である。家計生活(すなわち収入を得る能力)はほぼ全員にとって重要であ
り、生計には他の側面もある。国際開発省(DFID)によって記載された持続可
能な生活の枠組みは、生活を解析する体系的な取組み方を開発するおそらく最
も包括的な試みである。それは 3 種類の収入を定義し、それらの全てが検討さ
れている;高収入、脆弱性の軽減およびより持続可能な天然資源の基盤。
その枠組みは、4 種類の生活資産または「資本」を定義している。それらは、
金融(所得)、物理(資産価値)、自然(たとえば土壌の肥沃度や水質)、人
間(健康と教育)、社会(威信の根源とネットワークの利用)である。家畜疾
病の影響の経済解析は、価値を測るのが最も容易な最初の 2 つ(所得と資産価
値)に焦点を当てる傾向がある。自然資本の価値は、作物生産に対する家畜疾
病の影響を査定することが可能な場合に、把握できることがある。人的資本へ
の影響は、家畜疾病がヒトの病気や栄養状態に測定可能な影響を与える場合に
評価できる。社会資本は、価値を測るのがおそらく最も困難であり、定量化で
きない可能性が高い。
持続可能な生活の枠組みのもう一つの重要な特徴は、家庭と地域社会の「脆
弱性の背景」を含むことである。動物疾病は、即時的かつ測定可能な経済的影
響を持つだけでなく、安全網(セーフティーネット)を取り上げることによっ
てその他のショックに対する農村世帯の脆弱性を増やすこともある。疾病制御
プログラムは、補償なしで動物を殺処分する場合や、貧しい人々が家畜を飼養
できなくなる場合に、同様の影響を及ぼす。
3 番目の要素は、「手順と構造」、すなわち人々の行動様式および実施され
る政策方法に影響する地域と政府の制度と文化である。文化と制度は、家畜の
所有者が TAD を報告し、動物に予防接種するかどうかに影響する。
標準的な経済的手法が慎重に適用される場合は、TAD の生活への影響の大
部分が掌握される。しかしながら、家畜が小規模農家と脆弱な人々が所有され
ている場合、家庭に対するそれらの寄与する全面的価値は金銭的に簡単には表
せない。このような場合、見落とす可能性がある重要なポイントであるから、
- 17 -
経済的解析に加えて、あるいは影響を特定する過程の一部として、持続可能な
生活の枠組みを適用する価値がある。
TADs コントロール 制御プロジェクト(またはその他の動物衛生介入策)
に対して体系的な方法で持続可能な生活の枠組みを適用した出版物はきわめて
少ない。数少ない報告の一つは、Perry ら(2002)による枠組みの記載である。
ただし、その他の報告から生活への影響を推測することが可能である(ボック
ス 8)。
ボックス 11 生活資産に対する TAD の予防と制御の措置の影響の推定
タイのメコンデルタ地域におけるアヒル飼育者の HPAI 制御に課される生物学的安全対策
課される対策:水田にそれまで放されていた鳥の封じ込め
プラスの影響
● ヒトに伝播するリスクの軽減(人的資源に対するプラスの影響)
● 循環するウイルスおよびアヒルの罹患率の低下(アヒルは HPAI で死亡しないのでこの
物理的資産の改善は非常に小さい)
● 封じ込められたアヒルの群れが大きくなり大量生産につながる(財政的強化)
マイナスの影響
● アヒル飼育者の水田利用の減少(自然資本)
● アヒル飼育の中止(生計の多様性を減らす。貧困と食料安全保障に対してアヒル飼育者
がより脆弱になるかどうか、彼らが代替となる生活活動をみつけるかどうかを査定した
研究はない。)
● アヒルは水田の貝をもはや食べないので、水田の所有者は貝を退治するため化学的薬剤
を使用しなければならない(自然資本と水田の所有者に負担増)
インドネシアのジャカルタの都市部における家禽飼育者に対する HPAI 制御のため課され
る生物学的安全対策
課される対策:ジャカルタ市内における家禽の飼育禁止
プラスの影響
● 家禽飼育者および非飼育者の両方が H5N1 ウイルスに暴露するリスクをおそらく減らす
(人的資源に対するプラスの影響)
● 庭先で家禽が飼育・販売されていた場合、住宅地における汚染やハエを減らす(環境に
対するプラスの影響)
マイナスの影響
● 多くの家禽飼育世帯、とくに女性の収入源の減少(所得に対するマイナスの影響)
● 自宅で飼育した家禽および卵の販売で収入を得ていた女性は家の外で仕事を見つけなけ
ればならず、子育て中の女性の利益相反となる(社会資本に対するマイナスの影響)。
家の外の仕事を選ばないと収入を失う。
4.5 経済的影響の推定の比較
動物衛生の立案者は、資金を要請する際に特定疾病の重要性を優先または強
調する手助けのため、様々な TAD の費用を比較しようとする。いくつかの「水
平スキャニング」の報告書は比較情報を提供しており、たとえば、Bio-Era(2005)
はプレゼンテーションでしばしば使用されている一連の研究に由来するいくつ
かの TAD の費用を比較するグラフを公開している。
- 18 -
ただし、比較は注意する必要がある。標準化された取組み方を用いて 3 ヶ国
における HPAI の費用と別の国の口蹄疫の費用を推定した一つの報告があるが、
この種の比較解析を一つの報告書でみつけることは希であり、一般的には、限
定された期間における単一の疾病を取扱った報告が多い。いくつかの疾病に対
する比較査定を行うか、所定期間の傾向を判別する研究者は、さまざまな研究
に由来する結果を標準化する課題に直面する。
表 7 は、TAD の影響の推定値のいくつかの例を費用の降順で示している。
各推定値は、TAD の経済的影響についての知識の合計に何かを付け加えており、
それらの推定値と変数には大きな差があるので、直接比較する際には注意が必
要である。それらは全て「合計」であり、それぞれが異なる「合計」を推定し
ている。それらの推定値は、規模、解析が行われた期間および価格の基準年が
異なっている。それらの推定値は、異なる研究者グループによって、様々な理
由で、それぞれが適切と判断した手法を使用して実施されている。どれもが完
全データに基づく推定値ではなく、一次データが少なく、確固としたデータの
不足を補うための近似、専門家の意見、モデル化が必要である。
表 7.TAD の影響の推定
疾病
影響額
規模、期間
口蹄疫
最大 210 億ドル
生産の損失とワクチン費用のみを考慮した世界的な
年間の影響
口蹄疫
80 億ポンド
2001 年の英国の流行制御費用
(公的部門 30 億ポンド、
民間部門 50 億ポンド)
H7N9 HPAI
65 億ドル
中国の畜産部門、2012~2013
H7N9 HPAI
50~100 億ドル
アジア経済への影響
口蹄疫
4 億 8100 万ポンド
2001 年のスコットランド流行における農業の直接被
害 2 億 3100 万、観光被害 2 億 5000 万
豚コレラ
23 億 4000 万ドル
オランダにおける 1997~98 年流行の制御費用
牛肺疫
年 20 億ドル
アフリカの農業者の毎年の費用
口蹄疫
27 億ドル
2010~2011 年の韓国畜産部門の費用
口蹄疫
16 億ドル
1997 年の台湾の直接費用と輸出の損失
口蹄疫
2 億 3000 万ドル
1980 年代初頭のケニアの農家の費用
H7N9 HPAI
2005 年価格で 2 億
1400 万ドル
2003~2010 年のベトナムの家禽部門
H7N9 HPAI
1 億 2470 万ドル
2007 年のベトナムの農家の直接費用
H7N9 HPAI
1 億 700 万~1 億
2000 万ドル
2003-4 年の直接費用
牛肺疫
4480 万ユーロ
アフリカにおける年間費用
小反芻獣疫
年間 1200 万ドル
毎年の疾病による損失と制御費用
口蹄疫
年間 7~900 万ドル
1997 年に撲滅するまでの貿易損失によるウルグアイ
経済の費用
- 19 -
豚コレラ
年間 270 万ドル
ハイチの小規模農家の費用
豚コレラ
250 万ドル
チリにおける流行の直接費用
豚コレラ
5000 万ドル
1997~2001 年のメキシコ、ブラジルおよびドミニカ
における年間損失
HPAI
265 万ドル
1983~84 年の米国における流行の費用
岡本の見解:表 7 に示されたように、ヒトの健康被害を査定する前に、畜産
業と関連産業に限って TAD の経済的被害と対策による被害軽減の解析を行うこ
とが重要である。これについては、ヒトの命を金銭評価する必要がなく、一般
的な経済事案として解析できる。それには、ヒトの健康被害がない口蹄疫につ
いての解析をもっと詳細に行うべきである;(1)殺処分と予防接種の費用対効
果、(2)野生動物の存在、家畜の飼養形態と予防接種によるウイルスの潜在化
の費用対効果、(3)清浄国と発生国における費用対効果。
英国で口蹄疫が大流行した際に大量の殺処分が行われ、動物福祉の観点から、
家畜での蔓延防止を図りながら、畜産物としての流通を確保する方策として予
防接種が OIE 基準に取り入れられた。2000 年の宮崎での流行の際に、「予防接
種した牛や豚を食料とする」OIE 基準の実効性が問題となった。肉の熟成によ
る pH 低下によってウイルスが死なないリンパ節や骨髄を除去しないと、流行地
の肉を流通させることができない。すなわち、口蹄疫清浄の先進国で口蹄疫が
流行した場合、手間をかけてリンパ節や骨髄を除去する費用を掛けられるだろ
うか? その実例はまだない。
それとは対照的に、野生動物の間でウイルスが循環している野生動物保護区
の近くでは、予防接種によって症状を軽くして被害を減らし、地域内で食肉を
流通させている。野生動物保護と両立させる次善の策であり、ヒトが感染しな
いことで可能となる措置である。
他方、鳥インフルエンザについては、ヒトに感染する高病原性 H5N1 だけ
でなく、中国で流行している低病原性 H7N9 は家禽を殺すことなくヒトが感染
して死亡している。これらの費用対効果には、ヒトの死亡や健康被害をどのよ
うに評価して予防・制御費用を査定するかが、大きな課題となる。日本に H7N9
が侵入した場合、家禽の間でのウイルス循環を止めるために相当額を投資する
だろうが、狂犬病などその他の重大疾病が発生している中国ではそれらとの優
先順位が問題となるだろう。ヒトの死亡や健康被害を定性的に付け加えること
で社会的合意を形成することは、社会的状況によって大きく異なる可能性があ
る。
5.
介入策の経済的実行可能性
- 20 -
Fly UP