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山形県医師会学術雑誌

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山形県医師会学術雑誌
ISSN 1340-783X
平成18年3月10日発行 昭和27年8月21日第3種郵便物認可〔山形県医師会会報別冊〕
平 成17年 度
山形県医師会学術雑誌
第 31 巻
山 形 県 医 師 会
=INDEX=
1.山形県産業保健セミナー
平成1
7年8月2
6日(金)
於、山形市・山形ビッグウイング
「糖尿病診療・最近の動向」
公立置賜長井病院院長 松 橋 昭 夫 ……… 1
「職場におけるC型肝炎対策」
山形県立日本海病院院長 新 澤 陽 英 ……… 7
1.日本医師会生涯教育講座
平成1
7年1
0月2
7日(木)
於、酒田市・酒田地区医師会
1
0月2
8日(金)
於、山形市・ホテルメトロポリタン山形
「異状死と医療関連死検証制度」
山形大学医学部環境病態統御学講座
法医病態診断学分野教授 大 澤 資 樹 ……… 1
3
「医療事故 −三つの法律問題−」
日本医師会参与(弁護士) 畔 柳 達 雄 ……… 1
6
1.第1
1回山形県医師会学術大会
平成1
7年1
1月2
6日(土)
於、山形市・ホテルメトロポリタン山形
一 般 講 演 1
0題 …………………………………………………………… 4
3
特 別 講 演
「遺伝子の個性と個別化医療」
山形大学医学部器官病態統御学講座
生命情報内科学分野教授 加 藤 丈 夫 ……… 5
0
「介護保険 −最近の話題から−」
厚生労働省老健局老人保健課長 三 浦 公 嗣 ……… 6
0
1.第2
4回庄内医師集談会
平成1
7年1
1月2
7日(日)
於、酒田市・酒田地区医師会
一 般 演 題 2
1題 …………………………………………………………… 7
2
1.あとがき 山形県医師会常任理事 武 田 憲 夫 ……………………………… 8
2
「
糖尿病診療・最近 の動向」
公立置賜長井病院院長
松 橋 昭 夫
<はじめに>
その結果として血糖が高くなってきます(図1)
。
私は、東北大学を卒業し後藤由夫教授のおられ
①の典型はⅠ型糖尿病のように免疫的な機序から
た弘前に行きまして、糖尿病の臨床的な面を自分
膵ラ氏島の崩壊が起こってくる糖尿病状態、②は
のテーマに選び現在に至っております。昔は若気
かつて成人型と言われたⅡ型糖尿病です。最近、
のいたりで、糖尿病は教育であるとかいろいろな
②の特徴であるインスリン抵抗性について、動脈
高邁なことを考えておりましたが、次第にそれも
硬化症・心血管病と強い相関がありその病態が注
無駄が多いんじゃないかと感ずるようになり、あ
目されております。
まり肩の凝らない効率的な糖尿病診療の方法はど
膵β細胞の機能の自然経過を示します(図2)
。
んなものかと考えるようになりました。
糖尿病者の膵β細胞機能は、糖尿病と診断された
ちょうど 私が弘前からこ ちらに来る時に伊奈
時点で既にその分泌能が半分に低下しています。
かっぺいさんが売り出しの頃で、
「無駄な努力はす
健常者では多少のストレスがあってもインスリン
るな」と言うことを述べておりました。そのここ
は十分に分泌され血糖値は正常に保たれますが、
ろは「無駄な努力をしないためには何が大事か多
境界型の時点でも膵β細胞のインスリン分泌能は
くの無駄をしないとわからない」ということでし
低下し ております。ですから食事・運動療法で
て、そういう無駄も無駄ではないんだと思いなが
ちょっと頑張ると血糖値は容易に正常に復するの
ら今日に至っております。
ですが、膵からのインスリン分泌状態は不十分な
ままでなかなか戻りません。この点の理解が不充
<糖尿病の発症機序とその膵内分泌機能>
分だと、血糖がよくなれば治ったと思ってしまい
糖尿病の発症機序には、①インスリン分泌の低
がちです。
下する不全状態、②インスリン量は十分でも作用
健常者でも膵B細胞は加齢とともに年1%ぐら
が不十分の状態の2つの要素がかかわっており、
いずつ落ちますが、糖尿病者の膵β細胞の機能は
図1
図2
― 1 ―
高血糖状態が続きますと年率3∼4%ぐらいずつ
<合併症の進展> 落ちていく、という報告があります。糖尿病を指
糖尿病は血管障害が問題になる病気です。血管
摘された時すでに半減しておりますからコント
障害には細小血管症と大血管症があります。細小
ロール不良のままでは、1
0数年でインスリン分泌
血管症というのは網膜症・腎症・神経障害です。
能は非常に低下することになり、結果として罹病
大血管症というのは動脈硬化症・心血管病で、心
期間が長くなるにつれて当然薬物使用量が増える
臓・脳・足の動脈硬化症、壊疽です。
のは避けられません。一方、インスリン等を使っ
細小血管症は、糖尿病発症後5∼1
0年ぐらい経
て膵β細胞を保護してやれば、その機能の低下率
つと認めるようになります。逆に言えば5∼1
0年
は非常に緩徐になります。糖尿病の人はその進行
経たないと合併症を認めません。もし糖尿病特有
程度が速い人とも言えますし、糖尿病発症後どう
の合併症が見つかったとすれば、その人は既に前
いう治療をするかも非常に大事となります。出来
歴1
0年ぐらいはあると考えられます。また1
0年目
るだけこの膵β細胞の機能を保護するような方法
くらいから顕性腎症や光凝固療法を必要とする増
を選択すれば、基礎分泌が保たれるので安定した
殖性網膜症を認めるようになります。2
5年以上経
血糖コントロールを得やすく、出来るだけこうい
つと3分の1の人が進展した合併症になり、QOL
う方向に持っていくことが望まれます。治療に際
への影響が懸念されます。しかし、6割強の人は
しては、インスリン治療や膵β細胞を直接刺激し
顕性腎症となりませんし網膜症があっても単純性
ない薬を選択することにつながります。また、膵
網膜症にとどまっています。
β細胞は再生しがたいのですが、糖尿病と分かっ
最近のデータとして、
JDCSの成績を紹介します。
た時に早期にインスリン治療を行い良好な血糖を
JDCSというのはJapan Diabetes Complications
維持すれば膵β細胞の機能が改善してくることも
Studyの略で、筑波大学の山田先生らが中心に
わかって来ました。
なってすすめているスタデーです。網膜症の新規
発症の危険因子は罹病期間であり、ついで血糖と
<糖尿病になりやすい日本人とその背景>
なります。ところが腎症は血圧と有意の相関があ
ハワイやロスに移住した日系の人たちが生活環
りました。また介入の程度による血糖コントロー
境の変化に伴ってどれぐらい糖尿病になっている
ルへの影響はHbA1cから見る限り有意差ありま
かの調査では、日本国内の1.
5倍から2倍となっ
せんでした。強い介入でも到達する血糖レベルに
ています。これくらい増加する可能性があると考
に大差なく、細小血管症の発症率も差がなかった
えられており、日本人は糖尿病になりやすい民族
ということは、気負いのない糖尿病診療のすすめ
といえます。
方を考える材料を提供しているのではないか思い
また、糖尿病が増加する背景として、過食とか
ます。
運動不足とか指摘されていますが、栄養学的に
私がまとめた長井市立総合病院での成績では、
は、栄養摂取量は平均すれば横ばいなのに、エネ
光凝固療法を施行した患者さんは、推定罹病期間
ルギー源としての脂質・脂肪の摂り方が2
5%を超
2
0年以上の群では他の報告に近い3
0%でしたが、
えています。25%を超えるのはレッドゾーンであ
早期から来院・治療していた群では1
5%ぐらいと
るというのが共通認識のようですが、今から考え
1/2でした。やはり早くから治療する事が大事で
るとすでに25∼30年前に2
5%に近づいているんで
す。しかしいくら頑張っても1
5%の人では光凝固
す。過剰な脂肪摂取では遊離脂酸が多くなり、イ
療法を必要とする現状にあります。一方、腎症に
ン スリンの分泌能や感受性に影響があるようで
関しては、治療開始時期による差がなく、早期か
す。
ら通院していた集団で高血圧治療をしている群と
してない群では、顕性腎症・早期腎症いずれも、
高血圧治療群で有意に高率です。腎症発症後は血
― 2 ―
にUKPDSの結果では、心血管病のうち冠動脈疾
患に関わるリスクファクターとして第1位は悪玉
コレステロール、2位が善玉コレステロール、3
番目に血糖次に血圧でした。脂質プロフィールの
異常が有意に心疾患に関わっているという成績です。
以上のデータから、大血管障害の予防には血
圧・脂質の管理も同様に重要です。また、生活習
慣病で食事運動療法等を指導することにより指導
料として算定できるようになっておりますが、脳
血管障害で介入による有意差を認めたということ
は、血糖や血圧に差はなくても、自分で努力して
図3
血管を若々しくするような努力をすることが発症
糖よりも血圧が強く相関しておると考えられ、血
率を減らしているものと思われ興味のあることで
圧を良好にコントロールする事の重要さを示して
す。
いると思っています。
さらに病態別に腎症の腎機能低下率を調べてみ
<糖尿病予備軍について>
ると(図3)
、高血圧治療・蛋白尿の有無、ネネフ
最近、糖尿病予備軍ということがよく出てきま
ローゼ状態により一定の傾向を認めました。腎症
す。なぜ糖尿病発症以前を問題にするかですが、
の進展は高血圧や蛋白尿の有無という腎臓病に特
①予備軍は将来糖尿病になる可能性が大きい。②
有のパラメーターでみていいようです。高血圧が
動脈硬化症・心血管病のリスクが大きいためです。
あっても、蛋白尿がないような人は年にGFR2∼
診療ターゲットとしては糖尿病の発症予防と心血
3ml/min低下、高血圧と蛋白尿がある人は6く
管病の予防の視点から予備軍を捉えていく必要が
らいでした。そうしますと、血中クレアチニン値
あります。糖尿病予備軍は8
8
0万人といわれてお
が上昇したときはGFRは3
0台ですから、蛋白尿・
りますが、その内容は、検診等でHbA1cが5.
6%
高血圧があるような人は年間5∼6ずつ低下しま
以上、血糖値が正常でない人と考えていいと思い
すので4∼6年で透析導入が示唆されます。こう
ます。血糖値が正常でないということは、既に体
したデータに基づいて情報提供・説明することが
内で血糖コントロールに関わるインスリンの分泌
大事です。一方、血糖コントロールから説明する
動態やインスリン抵抗性が変化しているものと考
ことは困難でした。
えられます。
JDCSの報告では、動脈硬化性疾患は非糖尿病
以前より、久山町のデータなどからIGTでは糖
者の約3倍で、イベントの発症率はHbA1c8ぐ
尿病に近い位に心血管病が多いということは分
らいまでは差がありません。細小血管障害はHbA
かっておりましたが、なぜ多いかは説明つきませ
1cと並行して増加しますが、大血管障害の発症
んでした。でも最近ようやくその謎解きみたいな
率は異なったカーブを示しており、血糖以外の危
ものが出てきたように思います。
険因子の比重が高いことを示しています。なお、
インスリン抵抗性症候群とかメタボリックシン
介入群での脳血管障害の発症は1/2と有意に低率
ド ロームとかの概念が提唱されておりますが、
でした。
IGTの段階ですでにインスリン抵抗性が脂質代謝
札幌医大からのデータによると、耐糖能異常と
や血圧にも影響しあっており、動脈硬化の危険因
正常耐糖能における血圧から見た場合の血管病死
子が複合的に進展しあっていることがわかってき
亡率は、収縮期血圧と拡張期で血圧が5∼1
0違う
ました。ですから、動脈硬化症(=心血管病)の
ことによってすごく死亡率が違っています。さら
予防にと って糖尿病予備軍を看過できないので
― 3 ―
す。
量は少ないようです。
肥満・耐糖能異常・高血圧・高脂血症は、心血
肥満については、2
0代から6
0代の男性、それか
管病の危険因子ですが、ひとつひとつは軽症で
ら4
0代からの女性でも肥満者が増えています。塩
も、重複すれば非常に大きいリスクになります。
分摂取量は少し減っていますが、アルコールの大
日本のデータでは、3つ4つと重なると相対危険
飲者は増えており、運動・食生活上の環境は悪く
率は3
1.
3倍の発症率を示しています。外国のデー
なっているようで決して好転していません。
タは3倍とか4倍とかになってますから、日本人
糖尿病診療・指導に関しては、受診促進とか事
では重症化しやすいのかもしれません。最近、厚
後指導は改善しております。治療継続率も少し上
生労働省はこれを中心にすえて生活習慣病の予防
がっています。有病者については減らそうと思っ
対策に取り組もうとしているようです。
ていますが逆に増加しています。目標は腎不全な
糖尿病発症の予防の研究から、生活習慣改善だ
どの重大合併症を減らすことですが腎症からの透
けでなく、α-GIやBG剤、高血圧や脂質の治療・
析導入患者数も増えています。
コントロールも予備軍が糖尿病になるのを阻止す
厚生労働省研究班のデータによると、JHS2
0
0
0
ることもわかってきました。ですから、動脈硬化
(2
0
0
0年に高血圧学会が定めた管理基準で1
4
0以
症の危険因子を治療することは、糖尿病の予防に
上を高血圧としている)による糖尿病者(HbA1
もつながります。従来より、糖尿病が動脈硬化や
cが6.
1%以上)の高血圧の割合は6
5.
8%です。さ
細小血管症を進めるというのはよくわかっており
らに1
3
0以下とした2
0
0
4年の基準に照らせば8
3%
ますが、高血糖が直接的に動脈硬化を進めるかに
の人が血圧管理基準を満たしていません。つまり
ついていえば、糖尿病状態とともにある高脂血
大部分の糖尿病患者では血圧コントロールが不十
症、高血圧、肥満などの危険因子のオーバーラッ
分であることを示しています。先ほど私のデータ
プが問題と思われます。換言すれば、耐糖能異常・
で高血圧治療している人の腎症の発症・進展が有
糖尿病予備軍は単に血糖値が正常でないというだ
意に高いというのは、高血圧の治療が十分でな
けでなく心血管病の危険因子が渾然一体となって
かったのかと反省しています。
いる可能性が強く、動脈硬化・心血管病予防のた
最近の情報として、糖尿病予防対策戦略研究が
めには、糖尿病だけでなく血圧・脂質などもきっ
行われようとしています。これの責任者は黒川清
ちりコントロールすることが必要となります。イ
学術会議会長です。日本のどこでも使えるエビデ
ンスリン抵抗性のあるⅡ型糖尿病では、危険因子
ンスをデータ化し、
流布させようという狙いです。
を総体として治療対象とする必要があるというの
目的として、①耐糖能異常から糖尿病型への移
が私の意見です。
行率を半減させる ②糖尿病患者の治療中断率を
半減させる ③糖尿病合併症の進展を3
0%抑制す
<健康日本21の現状と最近の取り組み> る。を挙げています。
健康日本21の取り組み状況について話します。
これまでのように糖尿病診療を一部の専門家に
糖尿病の立場からみれば、健康日本2
1でかかげた
委ねておかず、医療界全体での取り組みを模索す
到達状況は満足できるものではありません。策定
るのがこの研究であり、そういうエビデンスのも
値は開始時の実状、目標値は2
0
1
0年にこれぐらい
とに取り組んでいこうという危機感の表れだろう
にしましょうというもの、策定値は最近の調査の
と思います。
結果です。歩数は策定時よりも減っています。山
さらに糖尿病対策推進会議というのを各県に設
形県は7,
0
00を8,
000にしようという目標を立てて
けてとり組もうとしております。中央では今年の
いるのですが、恐らくこれも減っているのではな
2月に立ち上げました。医師会と糖尿病学会、糖
いでしょうか。全国的にも運動不足が著しくなっ
尿病協会が一緒になってとり組むものです。内容
ていますが、農村地域の人たちも平均すると運動
は予備軍対策と糖尿病者対策です。予備軍への取
― 4 ―
り組みとして早期発見、食生活指導で糖尿病にな
ながらその作用を高めます。血糖値を下げるつも
らせないための対応、糖尿病者対策としては合併
りならば食後2
0∼3
0分以上の歩行がすすめられま
症を予防し、管理を徹底していくことを目指して
すが、大体5,
0
0
0歩ぐらいの運動・散歩を取り入れ
います。
て1日8,
0
0
0∼9,
0
0
0歩動くことになります。健康
推進会議ではパンフレットを作成し、糖尿病治
増進のための運動としては週3∼4回動きましょ
療のエッセンスという小冊子を作って全医師会会
うというのが最近の運動療法の考えです。
員に配布しました。さらに病診連携紹介状の作成
を考えております。食生活評価、身体活動の評価
<血糖レベルは変動しやすい>
のパンフレットも準備中です。組織づ くりとし
糖尿病診療では良好で安定したコントロールを
て、食事療法ができる施設の選定、あるいはその
目指しますが、長井市立総合病院時代のデータで
ための栄養士の派遣できる組織をどうやって構築
は、2月、3月のHbA1cが最も高く1
0月頃が良
するか、
などが検討課題として挙げられています。
好でした(図4)
。全体で0.
5%ぐらい変動してお
栄養指導は大事なことですが、食生活修正の視
り、患者個々では冬いい人、夏いい人、冬悪い人、
点から、単に交換表を使って指導するのでなく、
夏悪い人、一定しない人といろいろです。1
2カ月
現在の好ましくない食生活習慣を是正する、低蛋
間コンスタントであるのは困難です。血糖コント
白・減塩の指導など、今の生活を踏まえて食生活
ロールは季節変動のほかにストレスでも予想外の
改善を指導する事を目指しております。
影響を受けます。政治家や管理者などは多忙時に
は特に悪くなります。また、夜更かし、会議や知
<治療の基本>
的労働、深い苦悩がある時も同様です。一方、老
治療の基本は食事・運動療法ですが、好ましい
化・知的活動の低下とともにインスリン需要が減
ライフスタイルを目指すものですから、糖尿病特
る例が目につきますが、脳活動の関与によるもの
有のものでなく、生活習慣病全体に共通するもの
と思っております。こうした現象はいつでも起こ
です。患者さんが満足を抱きながら取り組めるよ
り得るわけですから、薬物治療の内容は小まめに
うに医療側もその付き合い方の研究を深める必要
調整していく必要があります。私は夏モード、冬
があります。
モード、活動期やストレスモード、などと称して
食事療法のエネルギーは世代によって差があり
微調整をはかっています。とにかく患者さんは生
ますが、3大栄養素の比率もタンパク質は2
0%以
活し活動していますから、指示を守るとか、規則
下、脂質は20%台前半と想定しております。最近
正しい生活を指導するのは、患者さんの生活を尊
の知見として、日本人は倹約遺伝子の保有率が高
重した治療になっていないと思います。患者さん
いことが挙げられます。計算された栄養所要量か
ら20
0キロカロリー減となるのが3
4%、1
0
0キロカ
ロリー減が24%ということで、大体6割ぐらいの
人はデスクワークでの栄養所要量より少なくて済
むことになります。指示通りやっても体重調整が
うまくならないのにも理由があるようです。一
方、浪費遺伝子を持ってる人は大体1
5%、計算式
に合う人はせいぜい4分の1ぐらいです。これは
農耕民族のエネルギー代謝の特徴のようで、あま
り患者さんを理屈通りに責めないことも大事なこ
とです。
運動療法は血糖を下げるし インスリンを節約し
― 5 ―
図4
の生活に合わせていくしかないでしょう。それか
症があるような例では無自覚低血糖を防ぐ必要が
ら血糖コントロールは人生のスパンで対応するも
あります。コントロールが良ければ低血糖症のリ
あります。在職中は困難でも退職したら頑張って
スクが高くなります。その際インスリンの1回注
真面目に取り組もうとか、ある程度割り切ること
射はかなり危険のことがあり、2回注とした場
も必要です。
合、HbA1cは7から8ぐらいに収まるようです。
血糖レベルはいつもゆらいでおりますが、実現
ですから高齢者で7%以下というのは、こうした
される血糖レベルは本人の個性とも考えられま
無自覚低血糖を起こさせている危険があるので十
す。本人の努力・能力、病態の特徴などに影響さ
分注意する必要があります。
れます。良好な血糖の実現は容易でもその維持は
降圧目標は、糖尿病者では1
3
0−8
0以下とされ
非常に困難です。これは本人の管理能力と取り組
ています。また、脂質の管理基準はコレスロール
み姿勢が要になるものですが更に病態も大いに関
2
0
0、LDLコレステロール1
2
0以下と設定されてい
係します。ですから良好なコントロールの持続に
ます。最近アメリカではLDLコレステロール値を
は妙薬はなく、みなさんにとって手ごわいのは私
1
0
0に設定しています。トータルとして糖尿病の
にとっても同様です。違うとすれば、多くの症例
患者さんの管理基準は健常者よりもとにかく低い
を経験した教訓から諦めないでつき合い続けられ
方がいいというのがコンセンサスです。
る気持ちのゆとりがあることでしょうか。
糖尿病治療はトータルケアです。ライフスタイ
コントロールが悪くなった時には、①療養生活
ルを変え、血糖のみならず血圧・脂質・代謝異常
に問題があった、②ストレス・多忙などの一時的
等の是正にも全体的にとり組む必要があります。
な理由あり、③加齢と共に膵のパワーが低下し
糖尿病治療は血糖をよくすることにとどまらず、
た、肥満によりインスリン需要が増えた、④イン
血管合併症・心血管病を減らすことを目指します
スリンの選択や使用量が合ってないなどが考えら
から、その危険因子として挙げられている糖代謝
れます。①②は患者さんの側の問題、③は多分に
異常や高血圧、脂質、禁煙とかを患者個々にてら
不可抗力、④は医療側の判断の問題であり、その
した治療方針を策定すべきです。その際大事なこ
理由を多面的に考えていく必要があります。
とは、治療に取り組む患者さんのエネルギーの有
治 療 ガ イド で は コント ロ ー ル 基 準と し て、
効活用です。治療方針は間違っていなくても、患
6.
5%以下を目指しておりますが、
「個々の症例に
者さんには自分の興味や人生の選択もありまし
より年齢・合併症などを考慮して適切な当面の治
て、いい血糖の実現・維持のためにいかほどのエ
療目標を設定しましょう」とも記しております。
ネルギーを使うかは、個人個人の選択・決定であ
高齢だったり、他に心血管病などがある場合は、
り一様ではありません。HbA1c1%の改善には
患者さんの生命予後を第一に考えて指導する必要
多大なエネルギーを要しますが、薬剤の開発で血
があります。
圧や脂質の改善ははるかに容易となりました。患
<気負いのない治療方針で>
け出さない治療方針の下に、その中の一つに血糖
者さんの気持ちを汲みながら、合併症を出来るだ
若く発症してこれから3
0年・4
0年生きる人では
コントロールをきちっと位置づけて指導するのが
合併症が問題となりますので厳格なコントロール
重要だろうと考えております。とりわけ早期から
が必要です。しかし、既に心血管病があるような
の継続した療養が大事です。
人の場合にはその心血管病の再発・悪化を防止す
血糖コントロールをよくするために工夫研究す
ることが治療の要ですから、血圧や脂質、虚血・
るのはわれわれ糖尿病専門医の役割でしょうけれ
循環不全の防止、心機能の低下防止とかADLの改
ども、全体として言えば、心血管病を出さないた
善、リハビリ、などへの配慮とともに血糖コント
めの取り組みが大事ですし、みなさんの役割は大
ロールも含めた方針となります。また高齢で認知
きいのです。ご静聴ありがとうございました。
― 6 ―
「
職場におけるC型肝炎対策」
山形県立日本海病院院長
新 澤 陽 英
先ほど有海会長がご挨拶の中で述べられました
ンによる治癒率は1
0%未満とかなり難治性でし
ように、近年肝癌による死亡率が増加してきてお
た。しかし、最近の抗ウイルス療法の進歩により、
ります。厚生労働省は肝癌撲滅を目指して、節目
難治性といわれたものでも5
0%は治るようになっ
検診という形で肝癌と密接に関係するC型慢性肝
ております。一方、C型慢性肝炎の大多数の方は
炎の早期発見に努めているところです。職場にお
自覚症状がなく、知らないうちに肝硬変に進み、
いては産業医としてC型慢性肝炎の方への対応求
肝臓癌を合併し、それが大きくなって始めて医者
められることがあるかと思います。この度はC型
のもとに来るというようなことがあるわけです。
慢性肝炎あるいはC型肝炎ウイルス(HCV)抗体
その他食道静脈、あるいは胃の静脈瘤を合併し
陽性の職員への産業医としてのいかに対応すべき
て、その破裂で死亡する危険性があります。自覚
かなどについてお話をさせていただきます。
症状に乏しいC型肝炎の早期発見には検診を利用
まず厚労省が肝癌撲滅運動を始めた背景には、
すること効率的であり、厚生労働省は肝癌の予防
先ほど述べましたように本邦では近年肝臓の死亡
を目的として節目検診という形で平成1
4年度から
率が増加していることがあります(図1)
。そして
C型肝炎の検診を始めたわけです。なお、この検
肝癌の大部分はHCV感染によって起こ ったもの
診ではB型肝炎の検診も行っています。また節目
といえます(図2)。肝癌はC型慢性肝炎の進行に
に当たらない方でも、HCV感染の疑われる方に
つれ、特に肝硬変へ進展した場合に合併し やす
対しては、
節目外検診として検査が行われています。
い。しかし、C型慢性肝炎を治癒あるいは肝硬変
節目検診では、まずHCV抗体の検査を行いま
への進展を止めれば肝癌の発生を予防できる、す
して、抗体が高力価の場合は現在C型肝炎ウイル
なわち、肝癌は撲滅され得ます。従来、C型慢性
スに感染している可能性がきわめて高いと判定さ
肝炎は治りにくいとされてきました。特にジェノ
れます。中力価、低力価の場合はさらにHCV抗原
タイプ1型で高ウイルス量の方のインターフェロ
検査を行い、これが陽性の場合は現在C型肝炎ウ
― 7 ―
イルスに感染している可能性がきわめて高いとさ
す。先ず、肝機能異常のある方は慢性肝炎、肝硬
れます。抗原検査で陰性の場合は、さらに核酸増
変、肝癌へ進展する可能性高いので、是非肝臓病
幅検査を行い、これが陽性であれば現在C型肝炎
専門医へ紹介していただきたい。
ウイルスに感染している可能性がきわめて高いと
C型慢性肝炎のインターフェロン治療効果を肝
されます。陰性の場合は現在C型肝炎ウイルスに
癌の発生率から見てみますと、これは山形大学の
感染していない可能性がきわめて高いとされます
第二内科の河田教授が大阪大学に居られたときに
(図3)
。
出された成績ですが、インターフェロン治療を受
これは平成14年度の節目検診と節目外検診での
けていない人に比べ、インターフェロン治療した
HCV感染者の数を示したものです。山形県、全国
人では明らかに肝癌の発生率は低いのであります
ともに1%程度の感染者が出ております(表1)
。
(図4)
。すなわち、インターフェロンはC型慢性
しかし、受診率が30%台と低く、受診率をアップ
肝炎からの肝癌の発生を予防し得るということで
することが課題と思われます。節目検診は平成1
8
す。さて、インターフェロン治療では治療終了後
年で終了予定ですが、この受診率の低さですと1
9
6ヶ月以上HCVが血液中から検出されない場合
年以降も継続していただきたいというのが正直の
に治癒とみなされます。これは現在公立置賜総合
感想です。
病院の鵜飼克明先生が宮城県立がんセンターに居
さて、職場でHCVに感染している方がおられ、
られたときに示された成績です。インターフェロ
相談された場合についてお話をさせていただきま
ン治療をされた方でHCVが消失せず、肝機能も
― 8 ―
改善しなかった人の肝癌の発症率は高いのです
ところで、イン ターフェロンの治療効果が上
が、HCVが消失しないまでも肝機能が正常化し
が ったと申しましても治癒率は残念ながらまだ
た人でも、HCVが消失し、治癒した人と同様に肝
5
0%程度でございます。しかし、インターフェロ
癌の発生率は抑えられることが示されております
ンでウイルスが消失しなくても、ALTを低く保つ
(図5)
。すなわち、インターフェロンはウイルス
ことで肝癌の発生率が抑えられるということが示
が消えなくても、肝機能が正常化した場合、ほぼ
されております。これは大阪大学の林紀夫教授の
ウイルスが消えて治ってしまったと同じように肝
グループの成績ですけれども、ALT値が3
5以下
癌の発生を予防する効果があるということです。
と、7
0以上を5年間で見た場合、低い方で肝癌の
インターフェロンはこのように肝癌の予防に有
発生率が低いことが示されております(図6)
。し
用でありますが、無視できない問題として、副作
たがいまして、C型肝炎が治癒に至らない方で
用があげられます。一般的に多いのはインフルエ
は、ALT値を低く抑えることが肝要といえます。
ンザ様症状、疲れやすいとか頭痛とか食欲不振な
ALTを低く抑える治療法としてグリチルリチン
どですが、時に間質性肺炎を起こしてきます。死
の配合剤強力ネオミナファーゲンC(SNMC)の
亡例も報告されております。それから鬱病、自殺
注射があります。エビデンスとしては虎ノ門病院
につながる危険があります。また、眼底出血を起
の熊田先生のグループの成績を紹介します。彼ら
して失明にいたることなどもみられます。イン
はSNMCの治療した群としない群で比較し、治療
ターフェロン治療の際は副作用に十分留意しなけ
郡で明らかに肝癌発生が抑えられております(図
ればなりません。また、インターフェロンにはα
7)
。そういうことでC型慢性肝炎は難治性と決
2a、α2b、天然型α製剤、β製剤、ペグ イン
めつけないで、とことん肝癌を抑制するための努
ターフェロンと各種のものがあり、経口抗ウイル
力が必要と思われます。
ス剤のリバビリンとの併用も含めて治療法の選択
しかし、肝癌抑制のために種々努力をしても残
には専門的知識が要求されます。従いまして、先
念ながら肝癌が合併することもあり得ます。肝癌
ほども申し上げましたが、C型慢性肝炎の方が居
は胃癌と同様に早期発見が延命効果につながり非
られましたら、是非肝臓病専門医にご紹介してい
常に重要であるということを強調したいと思いま
ただきたい。インターフェロンの注射をするのは
す。これは県立河北病院の佐藤司先生が出された
かかりつけ医で結構ですが、治療法の選択、副作
成績です(図8)
。肝臓を専門にしている医師が肝
用への対応は専門的知識が是非とも必要でありま
臓外来で見つけた肝癌の大きさは殆どが2㎝以下
すので、管理につきましては肝臓病専門医に委ね
であるのに対し、肝臓病専門でない外来あるいは
られることがよろしいのではないかと思います。
他院から紹介された肝癌は、2㎝以下のものもあ
― 9 ―
りますが2㎝を超えるものが多い。肝癌の早期発
とそうではありません。これは毎年HCV抗体陽
見には3−4ヶ月に1度の超音波検査が必要とさ
性者のGPTの動きを見たものです。ワンポイント
れております。通常の通院はかかりつけ医で結構
で見ますと正常でも変動するのが観察されます。
ですが、超音波検査は是非肝臓病専門医に任せて
男では(図1
0)一定の傾向は見られませんが、女
いただきたいと思います。
では(図1
1)5
0歳を超えると変動する人が増加す
HCVに感染していると必ず慢性肝炎かという
るのが見られます。従いましてHCV感染者で肝
と、そうではございません。これは広島県の肝炎
機能正常者では肝機能異常を呈して来る恐れがあ
調査研究会のデータですが(図9)
、慢性肝炎、肝
り、定期的な検査が必要であります。頻度として
硬変など肝臓に病変が認められたものはおよそ7
3−4ヶ月に1度血液検査が望ましいと思われま
割弱で3割強が正常肝と考えられます。C型肝炎
す。そして肝機能異常が出てきましたらその時は
の検診を行った地区での成績でみますとHCV感
治療ということになるわけです。肝機能正常者に
染者での肝機能異常率を見たものです。男女で違
対する治療のリコメンデーションを見たものです
いますが、男性では6
3%は異常、女性では5
0%未
(表2)
。症例によっては肝生検を行って治療を
満が 異 常と い うよ うな 結 果が 出 て おりま す。
検討するリコメンデーションが出ております。実
HCVに感染していても肝機能正常者が少なから
際、GPTが正常でも肝生検で慢性肝炎のこともあ
ず見られるのがお分かりかと思います。このよう
りますので血液検査、超音波の検査は定期的に行
な肝機能正常者は放置していてよろしいかという
う必要があります。
― 1
0 ―
HCVの核酸検査で陰性となった場合は、現在
これはHCVの夫婦間感染について調べたもの
HCVに感染していない可能性がきわめて高いと
です(図1
2)
。夫婦ともにHCV感染者のウイルス
いうことで、いわばHCV感染状態にないと思わ
を遺伝子学的近縁性解析について系統樹でみまし
れるわけです。私ども検診でHCV核酸検査陽性
た。Hはハズバンド、WはワイフでH1とW1は
者を毎年ウ イルスの状態を追ってみていきます
1組目の夫婦、H2とW2は2組目の夫婦という
と、インターフェロン治療などを行わなくても自
風にHとWは番号が同じであれば互いに夫婦関係
然に陰性になる方があります。1年に1%程度そ
にあるということで見てください。その他のもの
ういう方がございます。その方々の多くはHCV
は世界でいろいろなところで調べられたHCV感
が消失し、HCV感染状態から開放されたと思わ
染者です。例えばこのH1とW1遺伝子学的には
れますが、一部には再度陽性になったりするとい
離れている。すべて近縁関係は認められませんで
うことがございます。ですからワンポイントでウ
した。夫婦ともにHCV陽性ですと夫婦間感染と
イルスが陰性とされても、抗体が陽性の場合は経
早とちりしがちですが、そうではないということ
過観察する必要があります。職場でそういう方か
がおわかりと思います。
ら相談された場合、経過観察のため1年に1度程
夫婦間ですらこのHCVは、殆ど感染しないと
度の定期検査をお勧めしていただきたい。
いうことですので、家庭内での感染は心配ない、
次に感染についてお話を致します。HCVに感
したがって職場内での接触による感染については
染していることが明らかになると病気のことだけ
全く心配する必要はありません。HCV感染者に
でなく、近親者に感染するのではないかという心
対して、特別扱いをする必要はありません。
配が出てきます。また、周囲から感染源として白
感染者の日常生活でございますが、肝機能が正
い目で見られるのではないかということの懸念も
常の場合は全く制限はいりません。肝機能に異常
ございます。HCVは日常生活では決して感染す
があった場合でも、肝硬変の進んだもの以外は、
ることはないことを説明していただきたい。最
特に制限する必要はありません。飲酒につきまし
近、ヒブリノーゲン製剤でのHCV感染が非常に
ては、多量の飲酒はいけませんが、付き合い程度
問題になって、各地で裁判になっております。
は問題ないと考えております。
ただし、
ブレーキの
HCVは血液製剤、輸血をはじめとする、血液汚染
かからない人は飲まないほうがよろしいと思います。
による感染が殆どであります。母児間感染はあり
日本におけるHCV感染の特徴は5
0歳以上の高
ますが、これは低率でございます。それほど問題
齢者に多く、4
0歳未満の若年者に少ないことにあ
とはならない。性的感染に至っては非常に稀であ
ります。すなわち新規感染者はこれからは稀であ
ります。
り、あまり問題ではないであろうという見方があ
― 11 ―
ります。
染を予防する。1.
5次予防ととして肝臓癌の予防
これは広島大学の吉澤先生が出されたものでご
のためインターフェロン治療などの治療を積極的
ざいますが(図13)
、黄色いのは日本の年齢別の
に行う。そして2次予防としては肝臓癌の早期発
HCV抗体陽性率です。この青いのはアメリカ、赤
見、早期治療に努めることが肝要です。
いのはウクライナ、旧ソ連でございます。世界的
C型肝炎は厄介な病気です。インターフェロン
に見ますと、国によってはこのようにまだまだ若
治療を取ってみると副作用が高率にみられます。
い人に感染者が多い。アメリカの場合はベトナム
すぐ 治療をやめてしまうかということではなく
戦争、こちらはアフガニスタン戦争、戦争などに
て、細かいオーダーメイド的な治療、その人に応
よっていろいろな精神的なストレスから覚醒剤を
じたインターフェロン治療ということが推奨され
注射して広まったのではないかというふうに言わ
ます。是非、専門医との医療連携で対応していっ
れております。
ていただきたいと思います。それをきちっとやら
最近、肝臓病学会で広島大学から発表されたも
ないと肝癌の診断が遅れて、あるいは食道胃静脈
のです(図14)が、4
0歳以下の刺青、あるいは覚
瘤をきちっと診断しなくて静脈瘤破裂死亡で訴訟
醒剤使用の既往のある人に高率にHCV感染者が
事例などもございます。
おります。健康診断で打聴診を行っております
以上、C型肝炎というのは近年の医学の進歩に
が、最近の若い方に刺青をしている方が珍しくあ
よって肝癌の抑制、予防ということがかなり可能
りません。HCV感染が心配です。覚醒剤の注射な
になってきたということを述べさせていただきま
んかは論外でございますけれども、新たにHCV
した。また感染につきましては職場で他の人に移
感染を起こさないように刺青によるHCV感染な
る心配はない。ただし、若い人の間でまた感染者
ど起こさないよう、HCV感染予防のための啓発
が出てきているということに気を付けていただき
活動も職場では必要と思われます。
たい。いずれにせよ感染者がいた場合、是非専門
とにかくHCV感染防止が重要です。残念なが
医と連携しながら肝癌の予防につなげていただき
ら1次予防としてのワクチンは開発されていない
たいということを申し上げまして終わりとあせて
状況です。したがって、ゼロ次予防といわれてお
いただきます。長時間ご静聴ありがとうございま
りますHCV感染を阻止のため、先ほど述べまし
した。
たように刺青や覚醒剤など血液を介するHCV感
― 1
2 ―
異状死 と医療関連死検証制度
山形大学医学部環境病態統御学講座
法医病態診断学分野教授
1.医師の負う法的責任
大 澤 資 樹
い」とあり、異状死は医師の届出義務の一つと
医療事故に際し医師が負う可能性のある法的責
なっている。類似した言葉に変死があるが、これ
任としては、刑事罰・民事上の損害賠償責任・行
は刑事訴訟法2
2
9条に規定される司法用語で、死
政処分が挙げられる。刑事罰と行政処分は、重大
亡が犯罪に起因するか否かについて疑いがあると
な事案に対し科せられ重複する場合が多いが、民
認められる場合と定義されている。異状死はあく
事損害賠償責任は、本人や家族が訴訟を起こすか
まで医療から見た時のものであり、変死とは異な
によっており他の責任と必ずしも重複しない。今
ると解釈されている。しかし、異状死とは具体的
回の内容は、主に刑事責任に関連するものであ
にどのような症例をいうのか法律に記載はなく、
る。
混乱があった。そこで、1
9
9
3年に日本法医学会が
医療行為が成立する基本的条件として、①有資
「異状死ガイドライン」を作成し、その中で医療
格者が治療を目的に行うこと、②患者が診療行為
における死亡を比較的広く異状死に該当するとし
について説明を受けたうえで承諾していること、
た。
③医療行為が当時の医療水準を満たしていること
が挙げられるが、従来は①の資格に対し刑事責任
◎異状死ガイドライン(日本法医学会)
が問われ、②・③に関しては民事裁判で争われる
茨 外因による死亡(診療の有無、診療の期間
傾向にあった。しかし、近年は医療行為全般に刑
を問わない)
―中略―
事責任が問われる傾向にあり、その際には業務上
芋 外因による傷害の続発症、あるいは後遺障
過失致死傷罪(刑法第2
1
1条)が適応される場合が
害による死亡 ―中略―
大半である。起訴に至る率は低いものの、捜査を
鰯 上記茨または芋の疑いがあるもの 受ける場合は年間二百件を上回る。このように医
―中略―
療現場に警察捜査が立ち入ることが常態化してい
允 診療に関連した予期しない死亡、およびそ
る現状は異常であり、その改善策の一つとして試
の疑いがあるもの
験的に始められるのが第三者組織による検証制度
注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆ
である。これは、過失の有無を問わず、患者が診
る診療行為中、または診療行為の比較的直後
療過程で予期せずに死亡した場合や合併症で死亡
における予期しない死亡。診療行為自体が関
した場合を医療関連死と位置付け、第三者組織が
与している可能性のある死亡。診療行為中ま
解剖検査を行った上で医療内容を評価し、その結
たは比較的直後の急死で、死因が不明の場
果を臨床と社会に還元しようとするものである。
合。診療行為の過誤や過失の有無を問わな
い。
2.異状死
印 死因が明らかでない死亡 ―中略―
医師法2
1条に「医師は、死体又は妊娠四月以上
◎EUにおける異状死の定義
の死産児を検案して異状があると認めたときは、
法医解剖手順に関する原則と規則
(1
9
9
9年2月)
2
4時間以内に所轄警察署に届出なければならな
A.殺人または殺人の疑いがある死
― 1
3 ―
B.突然の予期しない死(乳幼児の突然死を含
む)
この事件に関連して、平成1
3年4月に外科関連
1
2学会が声明を発表し、同年6月には四病院団体
C.人権侵害による死(拷問の疑い、またはそ
の他全ての不適当な扱い)
協議会が「医師法2
1条に関する中間報告書」
「第三
者中立機関創設の要望書」を公表している。さら
D.自殺または自殺の疑いがある死
に平成1
6年2月には、四学会(日本内科学会、日
E.医療過誤が疑われる死
本外科学会、日本病理学会、日本法医学会)が共
F.事故(輸送手段、職業、国内の別を問わな
い)
同して「診療行為に関連した患者死亡の届出につ
いて∼中立的専門機関の創設に向けて∼」と題し
G.職業的疾病と危険によるもの
た提言を行っている。その中では、
「医療の過程に
H.技術的または環境的災害によるもの
おいて予期しない患者死亡が発生した場合や、診
I.拘置中の死、警察または軍事活動と関連す
る死
療行為に関連して患者死亡が発生した場合に、何
らかの届出が行われ、死体解剖が行われる制度が
J.身元不明であるか白骨化した遺体
あることが望ましいと考える。しかし、医療従事
者の守秘義務、医療における過誤の判断の専門
3.都立広尾病院事件
性、高度の信頼関係に基礎をおく医師患者関係の
1
99
9年(平成11年)2月に発生した事件で、関
特質などを考慮すると、届出制度を統括するの
節リウマチの患者に誤って消毒薬を静注し死亡さ
は、犯罪の取扱いを主たる業務とする警察・検察
せ、届出が11日後と遅れたという内容である。病
機関ではなく、第三者から構成される中立的専門
院長に対しては、死亡診断書の虚偽記載と異状死
機関が相応しいと考えられる。このような機関
の届出を怠ったことが罪として問われた。この刑
は、死体解剖を含めた諸々の分析方法を駆使し、
事裁判における争点は医師法2
1条で、元院長は①
診療経過の全般にわたり検証する機能を備えた機
診療中の患者が死亡した場合には検案による異状
関であることが必要である。
」
「医療の安全と信頼
を認めた時の届出を定めた医師法2
1条には該当し
の向上のためには、予期しない患者死亡が発生し
ない、②異状死を届出れば医師は罪責に問われる
た場合や、診療行為に関連して患者死亡が発生し
恐れがあり、黙秘権を保障する憲法に医師法2
1条
たすべての場合について、中立的専門機関に届出
は違反すると主張した。しかし、最高裁判決(平
を行なう制度を可及的速やかに確立すべきであ
成1
6年4月)は、元院長の主張をいずれも棄却し
る。
」と述べている。その後、同年9月に1
9学会共
た。この判断以降、臨床の場で診療中の予期しな
同声明も公表されている。これらを受けて、平成
い死亡を警察に届出ざるをえなくなった。ただ、
1
7年度より厚労省の検証機関モデル事業が開始さ
判決は異状の定義について触れておらず、届出の
れる運びとなった。
混乱は依然続いていると思われる。
都立広尾病院事件における判決と処分
刑事裁判(罪名)
(量 刑)
行政処分
民事裁判
病 院 長
虚偽有印公文書作成
届出義務違反
懲役1年、執行猶予3年
罰金2万円
免許停止1年
(200
5年6月)
100万
(20
04年1月)
主 治 医
届出義務違反
罰金2万円
免許停止3ヶ月
(200
1年6月)
50万円
看護師A
業務上過失致死
懲役1年、執行猶予3年
不 明
看護師B
業務上過失致死
懲役8ヶ月、執行猶予3年
不 明
東 京 都
6,
00
0万円
― 1
4 ―
4.法医学からみた医療関連異状死の実態
診療録等の調査・解剖検査の実施・評価報告書の
山形大学医学部法医病態診断学分野における県
作成の任に当たる。予算は年間2
0
0件に対し1億
内(一部他県)で発生した医療関連異状死に対す
円で、5年間のモデル地域での実施の後、全国に
る司法解剖の年度別件数と主な概要の内訳は、以
普及させるとのことである。東京都の場合、受付
下のとおりである。6年半の間に計2
3件あり、被
は月∼金曜日の午前9時から午後4時までで、受
検者は幼児から89歳で平均年齢は5
9.
8歳、男性1
5
付先は東大医学部法医学講座となっている。学会
名女性8名となっている。解剖数は増加傾向にあ
から推薦のあった臨床医2
5
0名程度が登録され、
り、対応に苦慮しているのが現状である。
病理学・法医学の双方から協力を得られる東大・
慈恵医大・帝京大を中心に順番に担当してゆく予
定とのことである。今回推進される検証制度は、
英国におけるGeneral Medical Council(GMC)の
機能を参考にしているとされ、英国や米国におい
ては全死亡者の1%程度が検証制度による医療内
容の評価を受けていると言われている。もし、こ
の制度が軌道に乗れば、医療関係者が刑事責任を
問われることは非常に少なくなると思われる。ま
た、分析結果が医療現場に広く還元され、事故や
過誤の発生を未然に防ぐ効果も期待される。
山形県における対応としては、今後5年間は現
5.医療関連死検証制度
状維持で進まざるをえない。そして、6年後以降
試験的検証制度は、
「診療行為に関連した死亡の
に検証機関の立ち上げと運営が必要となってく
調査分析モデル事業」と呼ばれ、9候補地(札幌
る。もし、英国並に医療関連死の検証を行うとす
市、茨城県、新潟県、東京都、神奈川県、愛知県、
るならば、山形県内では年間数十件を取り扱うこ
大阪府、兵庫県、福岡県)のうち準備が整った地
とも想定され、大変な作業になると思われる。特
域から順次開始される予定で、報道では東京都、
に病理学・法医学の専門医は少なく、深刻な状況
愛知県、大阪府、兵庫県が本年9月より実施され
である。今後は、モデル地域での実施状況を見極
ている。検証組織は、関連臨床分野の医師・病理
め、準備をすすめておく必要があると考えてい
学解剖医・法医学解剖医の計3名から構成され、
る。
― 15 ―
「
医 療 事 故」
−三つの法律問題−
日本医師会参与(弁護士)
畔 柳 達 雄
Ⅰ はじめに
Ⅱ 医療事故紛争・訴訟の急増
私は弁護士というよりはむしろ法律家の1人と
ご覧いただいたのは、5年前のものなので、2
0
して、長い期間、医療事故の紛争を横から眺めて
世紀終わりころまでのお話をしたことになりま
きました。日本医師会医師賠償責任保険制度が
す。
1
97
3年7月に発足、8月に調査委員会委員に就任
その後の状況はといいますと、まず裁判が非常な
して今日に至りました。この間週1回開かれる委
勢いで増えております。今日お配りしたレジュメ
員会にはほとんど出席してきました。医療事故の
の3
4頁、3
3頁を見てください。この表は、最高裁
紛争処理の中にどっぷり浸かっているといっても
判所のホーム頁から引用したものです。3
4頁の
過言でありません。ただ、最近1
0年くらいは、日
「医事関係訴訟事件の処理状況および平均審理期
本医師会の「診療情報の提供に関する指針」の作
間」
(平成7年∼平成1
6年)という表の「新受」欄
成(平成1
1年)・改訂(同1
3年)
、
「医の倫理綱領・
を見ると、平成7(1
9
9
5)年4
8
8、平成1
3
(2
0
0
1)年
付録医の倫理綱領注釈」
(平成1
2年)
、その展開版
8
2
2という数字が出ています。この数字はそれぞ
である200
4年「医師の職業倫理指針」
(平成1
6年)
れの年度(暦年)に、全国の各地方裁判所に訴訟
の作成、個人情報保護法の医療者向けガイドライ
提起された医療事故訴訟の件数です。ちなみに、
ン「医療機関における個人情報の保護」
(平成1
7
1審を担当する裁判所には、地方裁判所と簡易裁
年)の作成などに深く係わっており、これらの仕
判所があり、損害賠償を求める金額が1
4
0万円以
事を通じて、医療事故以外の分野にも次第に関心
上(かつては9
0万円以上)が前者の管轄とされて
が拡がっています。最近もその関連で、
「医療倫理
います。平成1
4(0
2)年9
0
9、1
5(0
3)年9
9
8と続
のミニ辞典」を、森岡恭彦先生のご指導を受けな
きます。昨1
6(0
4)年はついに、1
1
0
7件という数
がら作るという、そんな仕事をしております。
に達しました。これを見ると、この1
0年間に急速
さて、本日の主題、医療事故の紛争についてい
に増えたことがお分かりいただけると思います。
えば、30年前に比べて、数も増え、内容的にも難
裁判所の統計は、あくまでも地方裁判所に持ち
しくなっています。勤務医の加入が増えたことか
込まれて表面化した事件の数ですから、水面下に
ら、地域によっては大学病院の事故も審査対象に
は少額事件を含めれば、少な目に見ても、十数倍
入ってきましたし、会員数増加に伴い、事件数が
あるいはそれ以上の紛争があるとみて宜しいかと
増えたこととも関係があると思います。また、国
思います。それらの中には、裁判にならないで示
民の権利意識の高まりも与っています。レジュメ
談交渉中のもの、示談で解決されたもの、裁判を
にしたがってお話するに先き立ち、2
0
0
0年に、当
起こそうとして準備中のもの、あるいは泣き寝入
時の紛争の状況をご紹介するために、日医が卒後
りになってしまうものなど、様々なものが控えて
研修用シリーズの一つとして作ったビデオをご覧
いるわけです。いわば氷山の一角ということで、
いただきます。
裁判提起の増加から推して、1
0年前と比べると、
紛争も訴訟も非常な勢いで増えていると思いま
〔ビデオ上映〕
す。その理由を冒頭で少し触れましたが、加えて
― 16 ―
次のことも与っていると考えられます。一つが弁
ン が あ り ま す。先ほ ど ご 紹 介 が あ った 平 成1
1
護士業務がバブル崩壊後、不動産から通常事件に
(1
9
9
9)年2月の都立広尾病院看護師による薬剤
回帰していること、目下弁護士が急増中というこ
取り違え死亡事件(医師法2
1条で有名ですが、事
となどです。弁護士急増の背景には、9
0年代前後
件の実体は薬剤の過誤投与です)
、その1ヶ月前
から司法改革が叫ばれ、経済界の要請で司法試験
の1月1
1日に起きた横浜市大の心臓手術予定患者
合格者を需要とは無関係に大幅に増やしているこ
と右肺上葉切除予定患者の患者取り違え手術事
とが挙げられます。法曹界では、2
0
0
7年問題とも
件、あるいは平成1
2(2
0
0
0)年1
0月の埼玉医大抗
いわれ、深刻な事態となりつつあります。急速に
癌剤過剰投与死亡事件、さらには東京女子医大の
弁護士が増えますから、当然、医療事故紛争・訴
小児心臓手術による死亡事件などが、僅か1・2
訟の分野にも参入希望者が殺到していますし、現
年の間に、立て続けに報じられています。その後
に、沢山の新人参入が始まっています。それとも
にも、慈恵医大青戸病院事件、東京医大心臓手術
う一つ、訴訟提起数が急増する要因の一つに、損
事件、昭和医大の内視鏡手術事件など衝撃的な事
害保険会社による高額請求事件に対する出し渋
故が続き、その都度、報道媒体のキャンペーン対
り、裁判の結果待ち対応があります。かつて文部
象とされて、国民の医療不信を増幅しています。
省管轄の国立大学病院の紛争処理で経験したのと
実は昔から報道媒体のキャンペーン直後には、必
類似の現象です。文部省は大蔵省の説得が困難で
ず紛争も訴訟も増える現象がありました。静かに
あるとの理由で、担当部局者が高裁判決で負けて
なると次第に落ち着いてくる。また事件が起こ
初めて支払いを認めるという無責任な対応をして
り、キャンペーンが張られる。事件が増える。こ
いましたが、それと同じ現象が起きています。病
れは色々な分野で見られる現象です。しかし医療
院経営者にはお分かりだと思いますが、病院の病
に関するかぎり、ここ7・8年絶え間なく続いて
床単位の医賠責保険料は、このところ急上昇して
いる感がいたします。
います。事故多発病院に対しては、通常保険料よ
り高い保険料を設定するとか、保険引き受けを断
Ⅲ 三つの法律問題
るなどの対応が起きていることを仄聞していま
レジュメの冒頭、6頁のローマ数字Ⅰ概況のと
す。病院保険については、保険料がどんどん上が
ころをご覧下さい。算用数字の1から5までの項
る。それでもまだ足りないという状況があるよう
目をゆっくりお話すれば、最近十年来の医療事
です。大型・最新の医療施設には、リスクの高い
故・紛争形態の違い・変遷が判るように構成され
患者が集まるので、トラブルも多く、施設全体と
ています。しかし、本日はこの項目は全部省略し
して支払う賠償金総額は上がる一方です。このよ
て、7頁のローマ数字ⅡおよびⅤを中心にお話し
うな状況の中で今発生している重大問題は、保険
する予定です。
会社の影響を受けて、医療施設経営者(自治体も
先ほど大澤先生が話されたように、医療事故で
含む)までもが、先延ばし体質に染まり始めたこ
患者が死亡し、あるいは傷害を受けると、理論的
とです。その結果、病院の過失が明白な事件でも、
には3つの法律問題が発生します。その一つが事
話し合い解決ができないので、患者側は裁判提起
故・事件が刑事訴追の対象になるか否かという問
を余儀なくされています。大学病院・自治体病院
題です。いわゆる刑事問題といわれるものです。
の医師に対する刑事告訴・告発が流行する背景に
もう一つが、医療事故による死亡・傷害を契機と
は、保険会社の出し渋りに始まる医療者側の無責
して、患者側にある種の経済的な被害が生ずる。
任対応という悪循環があります。これを断たない
それを、誰が、どう償うかという問題です。皆様
かぎり、事故の刑事問題化は減らないでしょう。
御存知の民事(損害賠償)事件という法律問題で
紛争・訴訟が増えるもう一つの切っ掛けとして、
す。医師賠償責任保険は、医療事故によって民事
新聞・テレビ・週刊誌など報道媒体のキャンペー
事件が起きた場合に、医師が負担しなければなら
― 17 ―
ない損害賠償義務の履行を経済的に担保するもの
Ⅳ 医師に対する懲戒(行政)処分
です。この2つまでは、皆さん、常識として御存
医師(免許)に対する懲戒(行政)処分は、医
知だと思います。しかし、さらに第3の問題とし
師法7条に規定されております。この条文は1項
て行政処分があります。この問題は、医療事故と
から1
8項まである長い条文です。その4項に処分
の関係でも、理論的にはあり得たのですが、これ
するためには医道審議会の意見を聴くこととされ
まであまり注目されませんでした。しかし先進諸
ています。そこで医師免許を与え、その管理・監
国では、つとに活用されており、日本でも最近に
督責任を有する厚生労働大臣は、問題あると思わ
なって、ようやく取り上げられた新しい問題で
れる事案(医師)を、医道審に掛けて、その答申
す。本日ご出席の皆様で、自動車の運転免許を持
に基づき処分を行います。1条だけの条文中に、
たない方は、ほとんどおられないと思います。自
多数の項目があるのは、手続を透明化する目的で
動車で重大な人身事故を起こした場合に、刑事処
処分に関する手続規定が後日付け加えられたため
分、民事損害賠償の支払い、そして行政処分とし
です。
て運転免許停止・取消し処分が行われます。それ
レジュメ1
3頁の「行政処分(医師懲戒事件 行
と同じことが、医療事故が発生した場合に医師な
為分類)
」という表をご覧下さい。この表は2
0
0
1年
どにかぎって起きることになります。免許所有者
から2
0
0
5年8月までの間に、厚生労働大臣が医道
だけに起きる特別の法律問題です。
審議会の議を経て行った医師および歯科医師に対
レジュメ7頁に「(参考例)
」を掲載しておきま
する行政処分例の全件を、年度別、行為別に私が
した。
「S医大抗癌剤過量投与事件と」あるのがそ
分類して作成したものです。見方は、2
0
0
1年の欄
れです。この事件の関係者は、主治医、指導医、
の末尾「4
6(2
9
・
1
7)
」は、4
6人の処分があり、内
教授が刑事訴追されて執行猶予付きの禁錮刑に処
訳は医師2
9人、歯科医師1
7人であると読みます。
せられております。また患者遺族から損害賠償訴
かつての行政処分の対象となる行為の中心は、診
訟が提起されて、東京高裁は大学・主治医・指導
療報酬不正請求事件で巨額なものであり、これに
医・教授・研修医5名に対して、8
2
4
0万円の損害
業法違反、麻薬犯罪、性犯罪、偶発的な殺人・窃
賠償金を連帯して支払うことを命じています。こ
盗事件などの刑事判決が確定した場合が付加され
れらを受けて厚生労働大臣は、主治医3年6月、
る程度でした。現在でも医道審議会に付議される
指導医2年の医業停止処分を行っています。教授
事件の相当部分は、社会保険の不正請求に絡んだ
の処分が未了ですが、過日刑事事件につき最高裁
ものです。この表中、詐欺・横領・背任等は、大
判決が出て2審判決が確定しましたので、いずれ
部分診療報酬不正請求の変形であり、さらに類似
類似の処分が予想されます。一つの医療事故から
の犯罪である所得税法違反事件を加えると、実に
三つの法律問題が発生することが、この例でお判
全体の3分の1を占めています。不正請求には保
りいただけたかと思います。この事件では損害賠
険者をだます点で、もともと詐欺的な要素があり
償訴訟が提起され、高裁判決にまで至っていま
ます。したがって不正請求で悪質なもの、金額の
す。大学の事務関係者、保険会社の対応に問題が
大きいものは、検察庁など司直の手に委ねてしま
なかったのでしょうか。これだけ過失が明白な事
うということです。しかし診療報酬不正請求は、
件で、なぜ早期解決できなかったのかわれわれの
私が今非常に懸念している事柄の一つです。かつ
眼から見て不思議でなりません。
ての医道審は、
7千萬円、
8千萬円という巨額事件
レジュメ8頁末尾の(参考)都立広尾病院事件
しか取り上げなかったのですが、近年、対象金額
に関しては、関係者に対する刑事処分と行政処分
が急速に下がっています。たとえば平成1
4年1
2月
について判った範囲で触れておりますので、ご参
の処分は、不正請求の最終決定額が最高1億2千
照下さい。この事件でも、民事事件が裁判を通じ
6
5万円、最低1
1
6
9万円でした。しかるに平成1
6年
てやっと解決されているようです。
2月の処分は、最高3
2
6
7万円、最低4
7万円と下限
― 1
8 ―
が一挙に下がっています。このときには、
2
0
0万円
重い腰を上げて、ここ数年来、医道審議会の体制
台で3人処分されています。最至近の平成1
7年7
強化を計り始めています。同時に、医療事故によ
月は、最高83
70万円、最低1
0
1万円です。かつて当
る刑事事件判決を全国的に積極的に集める体制も
局者が、基準を少し下げれば、処分対象者を幾ら
整備しつつあります。その結果、最近の報道に見
でも増やせると豪語した話を聞いたことがござい
られるように、沢山の処分が行われるようになり
ますが、是非、関係者は衿を正していただきたい
ました。沢山と言っても今のところは大したこと
と申し上げておきます。
はございません。
もう一度レジュメの表に戻ります。合計欄を見
て20
0
2年6
0人、2004年6
8人、2
0
0
5年6
5人(予算年
Ⅴ 医療事故と行政処分
度中に、もう一回医道審が開かれるので、本年度
先程示した1
3頁の表を見てください。左の行為
はもっと増えます。
)という数字を見てどう感じ
内容欄の1段目に「殺人、業務上過失致死」とい
られますか。歯科医師数が不明なので、医師だけ
う項目がございます。5年間で合計1
3件ありま
で考えてみますが、医師数2
6万人前後に対して、
す。この中には、自動車運転による死亡事故・業
年間処分者45人前後というのは、日本の医師の優
務上過失致死事件も入っていますし、かっとなっ
秀さ・廉潔さを示しているのでしょうか。残念な
て人を殺したというものも含んでいます。問題は
がらそうではございません。医道審を含めて、日
2段目の「業務上過失致死(医療)
」と、さらにそ
本の医師免許に対する行政庁の管理・監督体制が
の2つ下の「業務上過失傷害(医療)
」という項目
機能不全に陥っていることが主たる原因だからで
です。この2つが、医療事故を起こし、あるいは、
す。このことは、これまでも折りがあるごとに、
医療事故処理との関係で処分された医師数です。
有識者・報道媒体から指摘されています。私自身
2段目を見ると、5年間で合計2
3件、4段目が合
その指摘は正しいと思っています。先ほど日本医
計1
3件です。歯科医師も事故を起こす筈ですが、
師会の倫理綱領作成に関与したと申しましたが、
たまたまこの期間は医師だけでした。したがって
その委員会で、先進国の医師懲戒処分の状況を調
5年間で3
6件、3
6人の医師が、医療事故を起こし
べたことがあります。調べて驚いたのですが、ア
たことに関連して行政処分を受けております。
メリカでは、年間実に3千人前後の医師が、各州
レジュメ1
4頁の冒頭に「行政処分一覧(医療事
の医師免許管理機構で懲戒対象とされていたので
故)
」とありますが、2
3頁まで、今申し上げた3
6人
す。医師数67万人中の3千人ですが、2
6万人中
の医師を含めて全部で4
1件、4
1人の処分につい
4
0∼5
0人程度の日本とは桁が違います。のみなら
て、事件の概要、医師の年令、行政処分の内容、
ず処分対象者中に医療過誤、能力不足などによる
それと関連した司法処分などについての一覧を
処分例が少なくないことも判ってきました(詳細
作ってみました。それぞれの見方は、たとえば1
4
は 平 成14年 8 月 1 日 号 日 医 雑 誌に 添 附 され た
頁最初の(交通外傷患者の十二指腸後腹膜穿孔見
「
『医の倫理』ー医師患者関係の本質を求めてー」
落とし:業務上過失致死)を例にとりますと、事
中の森岡恭彦論文以下各執筆者の論文をご一読下
件は「交通外傷で入院した患者の胸部X線写真、
さい)。
CT画像に、十二指腸後腹穿孔を示す気腫像が映
このときの調査では、アメリカだけでなくて、
し出され、吐血、腹痛を訴えていたのに、適切な
先進国はどの国でも、かなりの数の医師を処分し
診断、処置をしなかったために、患者が後腹膜膿
あるいは再教育していることが判明しました。こ
瘍によるDICで死亡した」もので、2人の医師が
のような中で、重大医療事故に対して、厚生労働
起訴され、2人とも大阪簡裁で略式手続により罰
省大臣・医道審は適切に対応しているかが、報道
金5
0万円の刑を科されて、刑事事件は済んでい
媒体・国会で大きく取り上げられたわけです。外
る。これを受けた厚労省が、5
0万円の罰金刑確定
部からの強い圧力に押されて、遂に厚生労働省も
を理由として、事案を医道審に付議したところ、
― 19 ―
業務停止3カ月とされ、大臣がそのとおり処分し
ました。刑事弁護人も本人も喜んだと思います。
たことを示しています。
しかし、医道審では停止1年3カ月になりまし
また16頁に(異型輸血・業務上過失致死)とい
た。それまでの相場がせいぜい1年だったのが、
う事件がございます。すぐ下に1
1、1
5−7−1
2と
ここで一挙に1年3カ月に増えたわけです。医道
書いてありますが、その意味はこの一覧表上、1
1
審があるいは大臣が、世間を気にし過ぎ、報道に
番目の事件で、平成1
5年7月の医道審議会に付議
おどらされている姿が目に浮かびます。医師の再
され、12番という符号をつけられたということで
教育を視点に置けば、停止が重ければよいことに
す。この事件でも、津簡裁で罰金5
0万円の刑が言
ならないことを銘記する必要があります。しか
い渡されています。罰金5
0万円は、業務上過失致
し、この審議会の前後からは、医療関連で、業務
死事件の罰金刑としては最高額です。これに対す
停止2年、3年6ヶ月という処分が出ています。
る医道審の処分は業務停止1年です。これは三重
1
8頁をご覧下さい。1
9番から2
1番までは、いわゆ
大学で起きた事件で、大学の医師2人が起訴さ
る慈恵大学青戸病院事件の医師たちです。1
9番の
れ、刑事裁判上の刑は一見軽かったのに、医道審・
医師は業務停止2年、2
0番の医師も2年です。こ
厚労省では、このような厳しい処分を受けること
の2人は腹腔鏡下前立腺摘出手術を実施した医師
になったということです。異型輸血は、これまで
たちと認定されています。これに対して2
1番の医
も繰り返して起きている医療事故ですが、この処
師は、高度先進医療の対象とされるこの手術を、
分はいささか厳し過ぎる印象を受けます。その反
若い医師だけで実施することを承認し、当日遠方
面刑事処分が軽すぎるのではないかという思いも
へ出張して不在となった診療科部長です。色々な
いたします。そしてさらにいえば、刑事処分と行
意味で部長の責任は重いと考えられますが、刑事
政処分とのバランスがとれていない、むしろ非常
訴追を受けていないので、停止3月で済んでいま
にチグハグだということを強く感じています。二
す。1
9頁の2
2番が先程お話しした埼玉医大の事件
つの関係の調和は司法と行政が早急に検討すべき
です。この事件では、従来型の「刑事判決確定」
課題です。
に「医事に関する不正」という理由を併せるとい
同じ頁の13事件は、医師の過失が問われた事件
う新しい試みがなされています。実は青戸事件の
ではありませんが、ひどい事件です。発端は、産
2人の医師に対しても、刑事判決がまだ出ていな
婦人科医の医療事故をめぐる民事訴訟です。その
い段階で「医事に関する不正」を理由に処分して
裁判の際に、現場にいなかった看護師を証人に呼
います。行政が裁判所に追随しているだけとの批
び偽証をさせたというものです。信じられない医
判に答えるための一つに試みです。これまで、処
師の対応です。原告代理人が告訴して、懲役1年
分理由に医師法4条3号の規定が使われてこな
6月執行猶予3年の刑が言い渡されました。この
かったので、これらの処分の持つ意味は、医道審
判決を理由に医道審に掛けられて、免許停止1年
のこれからの運用にとって、非常に大きいと思わ
6月の処分を受けております。この時期の医道審
れます。
としては重い処分です。ちなみに弁護士法では執
行猶予が付いても、禁錮以上の刑に処せられた場
Ⅵ 法務省の協力体制
合には、確定と同時に自動的に資格を喪失する仕
ここで少し話を変えます。実は数年前に医道審
組みになっています。医師法は、この点遅れてい
の審理を巡って、一つ重要な動きがございまし
て、無期懲役刑が確定しても医道審に掛けなけれ
た。医道審に付議する事件の付議基準が漠然とし
ば免許を取り消せない仕組みであり、問題です。
ており、新聞やテレビで繰り返し報じられた有名
2
0頁に参ります。
(腹腔鏡下脾臓摘出手術の腹部
な刑事事件、とりわけ公判請求して判決にまで
大動脈損傷:業務上過失致死)の事件です。業務
至った事件は、厚生労働省の出先がある都道府県
上過失致死罪で、刑事裁判では罰金5
0万円で済み
でも十分に把握できます。しかし、そうでない事
― 20 ―
件は、重大事故でも、地方官庁が把握していない
何人も処分されているので、是非自重していただ
ことが多く、それをど うやって拾うかが問題に
きたいと思います。スピード違反で医師免許まで
なっていました。捜査段階で当局との話し合いで
失うのでは自業自得とはいえ、もったいないと思
略式請求で終わった事件は、ほとんど全て表に出
います。
ることなく、葬られていました。しかし、その中
には、医療的観点から見て冤罪に近いものから極
Ⅶ 民事事件も医道審の対象に
めて悪質なものまでが混在して、当然、医道審に
医療事故・紛争の中で、刑事事件にまで発展す
掛けて然るべき事件が多数含まれています。先進
るのは、しかし全体の中のほんの一部でしかあり
諸国には、情報交換制度がすでに確立していると
ません。これに対して民事上の紛争事件は、冒頭
ころも少なくなく、厚労省は法務省に刑事処分に
見たように、近年急増し毎年少なくとも7.
8
0件
ついての情報提供をお願いしたわけです。その結
の民事判決が出ています。それらを読んでいる
果、平成1
6年2月「罰金以上の刑に処せられた医
と、誰が見ても、これは非道い、どうして刑事事
師または歯科医師に係る法務省からの情報提供体
件にならなかったのかと思われる事件が少なから
制について」という通知が、厚労省から関係方面
ず見受けられます。民事判決の中で、裁判所は押
に出されています。それによると「概要は下記の
さえて書いていますが、明らかに憤りを覚えてい
通り」として、「
『情報提供の対象となる職種』は
ることが窺える判決文が散見されます。マスコミ
『職業が医師または歯科医師と判明した者』
」
、
からは、そのような事件も医道審に掛けるべきだ
「
『情報提供の対象となる事件の範囲』として、
との要求が出ています。弁護士の場合は、被害者
『罰金以上の刑が含まれる事件』で公判請求した
はもちろん誰からでも、弁護士会の場合、誰でも
事件または略式請求をした事件(ただし、軽微な
会に懲戒申立できる仕組みができていますが、医
事件については、公判請求に限る)
」となっていま
師法にはそのような規定はございません。しか
す。また「『情報提供の内容』としては、
『・公訴
し、最近では、患者・遺族が、直接厚労省に申し
事実の要旨』
『・判決結果及び事実の要旨(控訴審、
立てを行う例が少なくなく、当局も放置できない
上告審を含む)』」とあります。そのうえで「平成
ので、最近ではそれらを含めて、医道審に掛ける
1
6(2
003)年2月23日以降、起訴または判決が行
事件を選別している様子が窺えます。このあたり
なわれる都度、順次法務省から情報を提供する」
の法律の仕組みは、きちんと考える必要があると
ことになりました。
思います。そのような状況の中で、平成1
7年3月
これに基づき、法務省は2
0
0
3年2月2
3日以降、
の医道審議会はいわゆる富士見病院事件の関係者
上記に該当する事件を厚労省に対して順次情報提
を対象として、先程述べた「医事に関する不正」
供しております。他方、提供を受けた厚労省は、
を理由に、病院長を免許取り消し、医師2名を業
それらの中から医道審議会に掛けることが相当な
務停止2年、1名を停止6ヶ月の処分を命じまし
事件を選び出して、順次審議会に掛けておりま
た。その根拠となった有力な資料の一つは、民事
す。その結果、最近では過去になかったタイプの
事件の確定判決であると思われます。厚労省は富
行政処分事例が出始めました。医師の中にも、ス
士見事件の処分によって、これからは民事事件で
ピードの出し過ぎで人身事故を起こしたり、酔っ
も、非道いものは扱うという実績を作ったことに
ぱらい運転で捕まっている人がいます。従来略式
なります。
請求で罰金を払って済んでいましたが、法務省か
もっとも、厚労省は現在の仕組、人数では、到
らの報告によりこれらの事情が判明し、医道審に
底きちんとした対応はできないといって、医師法
掛けられて処分されています。自動車運転による
改正を視野に入れて、医師懲戒制度の改革に本格
人身事故、酔っぱらい運転は医療事故ではないの
的に取り組み始めました。ということは、医師に
で、一覧表中の41例中に入れていませんが、最近
対する社会の目が今後益々厳しさを増すことを意
― 21 ―
味します。しかしこのことは、反面、医師は立派
るようという、そういう法律もできました。
な専門職であってほしいという医師に対する国民
今までは、難しいことを口実に、だらだらと審
の期待が極めて大きいことの証左でもあります。
理していましたが、それがもはや通じなくなって
いずれにせよ、これからは医療事故の内容によっ
きたわけです。医療事故のような複雑な事件を、
ては、お金を払ったからといって済む時代ではな
短期に集中して処理することは、原告代理人に
い。そういう時代に入っているということを改め
とって非常に辛い話ですし、被告代理人にとって
てご認識いただきたいと存じます。
も大変厳しい状況が突きつけられます。しかし早
時間の関係で、これまでお話ししてきたことの
く適切にということは、国民の強い期待であり、
総括なしに、本日の話を終わります。しかし、レ
要望ですから、われわれ法曹はこれに応えなけれ
ジュメに掲載した41例を、一つずつお読みいただ
ばなりません。換言すれば、医療事故をめぐる裁
くと、これまで民事事件として処理されている事
判の環境は、非常に厳しい情況にあるということ
件の中にも、少なからず医道審付議の予備軍が控
を申し上げて、私の拙い話を終わらせていただき
えていることがお判りいただけると思います。
ます。ご清聴有り難うございました。
以 上
最後に1つ申し上げておきます。現在、医療事
故の民事裁判手続は劇的に変わりつつあります。
注)今回、説明を省略しましたが、レジュメ8頁
これまで、医療事故は建築紛争、知的財産権の訴
から1
2頁は、飯田英男元検事が、法律雑誌に
訟と並んで、難しい訴訟の一つといわれてきまし
発表した刑事判決例(主として略式請求)を
た。しかし、先般の司法制度改革で、この問題が
掲載しました。また、4頁から3
2頁までは、
特に取り上げられて、審理促進のための様々な法
大学病院が被告になった損害賠償事件判決を
改正が行われました。その結果、医療事故につい
「大学病院等の医療事故一覧(平成5年∼平
ていえば、審理方式に、これまでにはない工夫が
成1
7年)
」という形でまとめてあります(一部
こらされていますし、大きな裁判所には、専門部
刑事判決があります)
。表の見方は、棄却とあ
がつくられました。正確には医療集中部といいま
るのは、患者側が負訴したことを意味し、容
すが、例えば東京では4つの部に医療事件を集中
認とあるのは、金額は暫く措き、患者側が勝
させて専門的に処理しています。東北では仙台に
訴したという趣旨です。大学病院でさえも、
1つ集中部ができている筈です。のみならず、集
病院負訴の例が増えてきている点にご注目く
中部にかぎらず、事件を2年以内を目途に処理す
ださい。
― 2
2 ―
― 6 ―
― 7 ―
― 8 ―
― 9 ―
― 1
0 ―
― 1
1 ―
― 1
2 ―
― 1
3 ―
― 1
4 ―
― 1
5 ―
― 1
6 ―
― 1
7 ―
― 1
8 ―
― 1
9 ―
― 2
0 ―
― 2
1 ―
― 2
2 ―
― 2
3 ―
― 3
3 ―
― 3
4 ―
第 11回 山 形 県 医 師 会 学 術 大 会
日 時 平成17年1
1月26日臥 午後2時∼
場 所 山形市「ホテルメトロポリタン山形」
一般講演
1 「当院における循環器診療の歴史と現状」
山形県立新庄病院 循環器科 ○熱海裕之 佐藤隆行
山内 聡 加藤重彦
玉渕智昭 昭和56年から平成1
7年までの2
4年間に、研修医
あった。6ヵ月後の再狭窄率は従来型のステント
を含んで2
4名の医師が循環診療に従事した。当初
では1
5.
6%、
薬剤溶出型のサイファーステントで
はトレッド ミル検査やホルター心電図、心エコー
は5.
0%と良好であった。
急性心筋梗塞5
3例に対し
検査など非侵襲的検査が主体であったが、平成5
4
6例に冠動脈形成術が行われたが、
合併症として
年度から心臓カテーテル検査を開始し、心臓核医
の亜急性血栓閉塞が5例7回認めた。
抗血小板剤
学検査と冠動脈形成術は平成6年度に開始され
投与法、
血栓吸引法、ステント拡張方法、
血管内エ
た。ペースメーカー植え込み術は当初から行れて
コー検査導入など緊急例に対する治療法を検討、
いたが主に外科医が担当し、平成6年からは内科
確立した。
平成1
6年8月から平成1
7年7月の1年
医が担当した。検査件数は平成9年度をピークに
間にサイファーステントは5
3例、
6
1病変、
7
7個植え
前後2年間、医師数が5∼6人在籍したため増加
込み、
6ヶ月後の再造影にて3
6病変中2病変に再
したが、以後医師数減に伴い減少した。
狭窄
(5.
5%)
を認め、
冠動脈形成術を行った。
平成16年度は冠動脈形成術を含んで心臓カテー
当院の循環器診療についてその歴史と現状を報
テル検査総数は268例で、主な疾患は急性心筋梗
告しました。
年間統計と症例の検討により今後も
塞を含む虚血性心疾患(9
2%)であ った。アプ
成熟した循環器医療チームとなるよう努力する必
ローチ部位は橈骨動脈が約半数を占めた。冠動脈
要があると考えている。
形成術は108例に行われ、初期成功率は9
6.
3%で
2 「高齢者の脊椎圧迫骨折の治療について」
みゆき会病院 石川和彦
高齢者人口が増加するとともに骨粗鬆症治療の
されている。一般に予後は良好だが、しばしば、
重要性が増してきている。その中でも、脊椎圧迫
難治性の疼痛が残存し治療に難渋することがあ
骨折は最も頻度が高いものであり、日常診療にお
る。椎体の楔状変形が進行し、偽関節や椎体圧潰
いて遭遇する機会も多い。5
0歳女性が一生のう
に陥ってしまえば保存的に復元することは不可能
ち、脊椎圧迫骨折を起こす確率は、約4
0%と推計
である。したがって本症の治療の基本原則は椎体
― 4
3 ―
が圧潰変形へと進展する前に診断し、保存的に椎
しえた1
8例で男性4例、女性1
4例、平均年齢7
4.
6
体圧潰を阻止することである。それには発症早期
歳(5
6歳∼8
5歳)であった。1
8例中、入院加療を
に確実に診断することが重要である。可能であれ
必要としたのは1
2例であった。受傷部位は、第1
1
ばMRIが望ましい検査である。
胸椎が4例、第1
2胸椎6例、第1腰椎5例、第2
治療は、外固定を行うことが基本であるが、外
腰椎5例であった。装具装着期間は原則として
固定具には、硬性装具と軟性コルセットがある。
3ヵ月とした。装着後の疼痛の変化、偽関節の発
偽関節や椎体圧潰防止には強固な固定が必要と考
生率を調査した。
えるが、硬性装具は装着感が快適でないため、コ
装具装着直後より除痛効果が得られたのは1
8例
ンプライアンスも低い。当院では、ジュエット型
中1
6例、装着2ヵ月後の時点では、1
8例中1
7例で
硬性装具の支柱部分にバネを入れ前屈を若干許容
疼痛の軽減が見られた。偽関節は1
8例中1例に発
することでコンプライアンスを向上させるように
生した。偽関節発生率について緒家の報告では、
工夫している。
種市らは1
3.
9%、福田らは2
2.
0%としている。自
今回、当院におけるバネ付き硬性装具による骨
検例では、
5.
6%と良好な成績であった。今後も固
粗鬆性脊椎圧迫骨折の治療成績について調査し
定力があり装着感のよい装具の改良に努めていき
た。対象は、腰背部痛出現から1ヵ月以内に治療
たい。
3 「開頭クリッピング術と血管内手術を用いた破裂脳動脈瘤の治療成績」
山形県立中央病院 脳神経外科 ○熊谷 孝 武田憲夫
井上 明 井渕安雄
菅井 努 遠藤 深
植田 香 神保康志
破裂脳動脈瘤に対する再出血防止治療には、開
約3割の患者が血管内手術で治療されている。
頭クリッピング術と血管内手術(コイル塞栓術)
2
0
0
4年までに施行したコイル塞栓術約7
0例の治療
の二つの方法がある。従来から行われてきた開頭
成績は、約半数がグレードIV、Vの重症例であっ
術は直視下に動脈瘤頚部を確認してクリップをか
たにもかかわらず、神経学的予後良好群が7
4%と
ける方法であるのに対し、血管内手術は開頭せず
高率であり、コイル塞栓術は非常に有効な治療選
大腿動脈経由で瘤内にカテーテルを誘導し、塞栓
択肢であると言える。コイル塞栓術が導入された
用コイルで瘤内を閉塞する方法である。コイル塞
1
9
9
8年以降5年間の破裂脳動脈瘤全体の治療成績
栓術は、クリッピング術で到達困難な部位にも到
(n=2
0
1)を、それ以前5年間(クリッピング術
達が容易かつ脳に対する侵襲がほとんどない点で
のみの選択肢:n=2
0
6)の治療成績と比較すると、
開頭術に勝っている。しかし動脈瘤形状が、大型
導入後根治治療率は6
6.
5%から8
4%と有意に上昇
(1
0亜以上)や広頸の(頸部が体部の1/2以上)場
し、救命率、予後良好率とも改善が認められ、特
合には不適切で、再出血防止効果の完全性や長期
に高齢者における予後良好群は2
5%から3
9.
4%と
安定性に関しては開頭術に劣っている。我々は、
有意に改善していた。破裂脳動脈瘤の治療におい
破裂脳動脈瘤急性期において、動脈瘤の局在や形
て、開頭クリッピング術と血管内手術(コイル塞
状、患者の年齢や重症度などに応じ、より適切と
栓術)という2つの治療手段を用いることによ
考えられる方法を選択し治療してきた。現在では
り、治療適応の拡大と治療成績の向上が得られて
― 4
4 ―
いる。両治療法の利点と欠点を十分に認識し、
で、より安全で有効性の高い治療が期待できるも
個々の患者において適切な使い分けを行うこと
のと考えられる。
4 「当院におけるがん登録症例の検討」
公立置賜総合病院 外科 ○豊野 充 薄場 修 山田昌弘 小澤孝一郎
橋本敏夫 東 敬之 藤本博人 開院以来4年間(2
0
0
1∼2
0
0
4年)に山形県に登
乳癌の診療届1
3
8例中StageⅠ:4
8、StageⅡ:
録したがん患者は3,
3
8
7例(診療届;2,
3
6
6例、死
6
2例などで、閉経後が6
5%、乳房温存手術が多く
亡届;1,
0
21例)であった。4年連続8
0
0例以上で
なる傾向にあった。
あり、診療届/死亡届=2.
3
2と良好だった。臓器
食道癌の診療届1
3
8例中、StageⅠ:2
4、Stage
別には胃;8
12、大腸;6
7
6、肺;4
1
8、前立腺;
Ⅱ:2
1例など。胃癌の診療届6
0
5例中、StageⅠが
2
07、食道;201、肝;1
9
9、乳腺;1
5
8例の順に多
3
0
5例(5
0.
4%)であった。大腸癌診療届5
2
4例中、
かった。男性では胃、大腸、肺、前立腺、食道、
Stage0・Ⅰ:1
7
5、Ⅱ:1
3
5例など。
肝の順、女性では大腸、胃、乳腺、肺、肝、胆嚢・
内視鏡的粘膜切除術は、食道癌1
6例、胃癌6
3例、
胆管の順であった。その内、死亡届は男性では肺、
大腸癌8
0例に行われた。腹腔鏡手術は、胃癌3
7例、
胃、大腸、肝、食道の順、女性では大腸、胃、肺、
大腸癌4
7例に行われた。肝癌に対する肝切除は2
1
肝、胆道、膵の順だった。
例、膵癌に対する膵切除は1
5例に行われた。
集団検診発見癌の割合(2
0
0
2∼2
0
0
4年)は、肺
集団検診で発見された大腸癌(過去3年8か
癌;41.
6%、甲状腺癌;4
1.
2%、大腸癌;2
2.
2%、
月)
9
3例中、StageⅡ以上の進行癌が3
7.
6%にみら
乳癌;1
4.
1%、胃癌;1
3.
9%、食道癌;5.
8%で
れた。
あった。
今後、登録制度を一層高めていくこと、集団検
肺癌の診療届238例中、StageⅠ:7
5、StageⅡ:
診でより早期の癌を発見すること、さらに遠隔成
2
3、StageⅢ;27などで、手術例の多くが胸腔鏡
績も検討していく必要があると思われた。
併用の小開胸手術であった。
― 4
5 ―
5 「消化管腫瘍性病変に対する内視鏡的粘膜下層剥離術
(ESD)の導入と開発」
山形県立日本海病院 内科・消化器科 ○本間清明 須賀俊博
佐藤智佳子 古屋紀彦
照井有紀 青木政則
新澤陽英 内視鏡技術の発展は目覚ましく、消化管腫瘍性
た。また、現在もさらに安全で効率の良い手法へ
病変に対する内視鏡治療も大きく進化しつつある。
と多くの施設で検討がなされ、当院でもK snare、
その手法である内視鏡的粘膜切除術
(Endoscopic
Mantis hookといった新しい処置具を開発して市
mucosal resection ; EMR)はこれまでも広く施
販するまでに至り、現在多くの施設で御使用いた
行され大きな恩恵を与えてきた。しかし、病変の
だけるまでになった。さらに、従来の手技習熟方
一括切除率を検討すると、病変径が2
0亜を越えた
法は臨床の場でなされることが少なくなかった
場合、有意にこれが低下するとの報告が各施設か
が、ESDは術者の技量が大きくその結果を左右す
らなされてきた。分割切除となると遺残再発率の
るために、臨床の場以外での習熟方法が求められ
上昇と病理診断能の低下が問題となり、大型病変
てきた。当院では地元企業の協力も得てESDト
に対する内視鏡的な一括切除方法の開発が検討さ
レーニングモデルの開発を行い、これも市販され
れてきた。
るまでに至りESD治療成績向上の一助となるこ
近年、これに対する新たな手法として内視鏡的
とを期待している。
粘 膜 下 層 剥 離 術
(Endoscopic submucosal
これまでも県医師会の先生方を含めた多くの
dissection ; ESD)が考案され爆発的に普及しつ
方々の御協力を賜りながら安全な内視鏡治療の開
つある。当院においてもいち早くこれを導入し、
発・普及を検討し、全国へ発信しえてきた。この
現在まで600病変を越す症例に施行してきた。結
場をお借りして感謝申しあげると共に、今後とも
果、上部消化管病変ではもっとも大きな偶発症の
山形からさらなる発信がなされえる様、検討を重
一つである消化管穿孔の発症率は0%を保ち、全
ねて行きたいと考えている。
国的にも稀な成績を保ちつつ手技を施行しえてき
6 「当院におけるNST活動について」
医療法人舟山病院NST Chairman 鬼満圭一
はじめに:栄養管理は全ての治療法の基盤であ
化をはかり、かつ医療経費を削減する、さらにス
り、栄養状態が不良であれば、いかなる治療も無
タッフ のレ ベル ア ップ を は か ること を 目的に
効である。しかし医師一人の力では十分な栄養管
NST活動を開始した。NSTは院長直属であり低
理ができるとは言えず、栄養をサポートするチー
栄養対策、褥瘡対策、摂食嚥下障害対策、生活習
ムが必要になる。つまりNSTが必要ということに
慣病対策の4つのチームで構成され、スタッフは
なる。
医師、看護師、栄養管理士、薬剤師、臨床検査技
活動の実際:当院では医療の質を向上しつつ合理
師、理学療法士、放射線技師、医療事務計2
2名と
― 4
6 ―
なっている。NST業務はミーティング&勉強会、
養バッグ製剤を導入した。適正な栄養管理法を確
NSTラウンド、コンサルテーションの3つとなっ
立し、適正なTPNの実施、PEG,PTEGの啓蒙に
ている。
よ ってTPNの減少、PEG,PTEGの 増加を 認め
成 果:NST運 営 の た め にNCM(Nutrition Care
た。褥瘡発生リスクが高い患者の褥瘡発生率は
and Management)シ ステ ムを 導入し、NSTス
NST活 動 当 初 8 ∼1
0%だ った も の が 最 近 で は
タッフ それ ぞ れ の 専門 分 野で 役 割分 担をし て
3∼5%に減少した。
NST活動を推進するようになった。感染対策とし
今後の活動:入院患者だけでなく外来、退院後な
て静脈栄養法では中心静脈栄養カテーテル留置部
どすべての栄養管理を行い、全病院型NSTを確立
位の消毒を統一し、フィルター付輸液ライン、ク
し、さらに訪問看護・病診連携・介護福祉施設と
ローズドシステムの導入を行い、経腸栄養法では
の栄養ケアシ ステムを統一し地域一体型NSTを
栄養ルート洗浄法・投与法を改善し、また経腸栄
確立する。
7 「学校保健からみた色覚バリアフリー」
鈴木眼科(寒河江市)
鈴木一作
日本人は、男性の2
0人に1人が先天赤緑色覚異
と留意点について説明し、理解を求めてきたこ
常で、女性の10人に1人がその保因者である。そ
と。眼科学校保健に関連した授業や健康講話など
して、父親が色覚正常でも母親が保因者なら、息
の際には、屈折異常・コンタクトレンズ管理・眼
子の半数が色覚異常で、娘の半数が保因者とな
外傷などの話に加え、色覚についても話題にして
る。こうした実態を踏まえ、社会的にも色覚バリ
きたこと。児童生徒の色覚健康相談の充実に努め
アフリーが整備されつつある。そういう意味で
てきたこと。さらに、そうした一連の活動で、実
は、学校現場における色覚バリアフリーの整備は
際に使用したDVD・ビデオ・スライド・文書など
学校保健の課題の1つと言える。こうした観点か
についても紹介し、それらの有用性について述べ
ら、私が眼科学校医として行なってきた、学校の
た。その上で、学校健診などで学校に出向く機会
色覚バリアフリー実現に向けた一連の活動につい
に、掲示物・教材・黒板授業などに問題があれば、
て報告した。
学校医として指摘し、改善を求めることが大切で
具体的には、学校現場における色覚異常の実態
あることを述べ、問題となる具体的事例などにつ
や色覚バリアフリーの立ち遅れについて、教育委
いても供覧した。
員会や学校に理解・配慮を求めてきたこと。特に、
学校医として、こうした一連の活動を地道に続
色覚スクリーニング検査が小学校で必要な理由を
けていくことで、教職員の理解や配慮を得られる
説明し、継続的に実施できるようにしていただい
ようになり、学校現場における色覚バリアフリー
たこと。さらに教職員研修会・学校保健委員会・
が進んできた。今後、同様な活動が益々広がって
学校保健だよりなどを通して、教師・学校医・保
いくことを期待したい。
護者・地域の方々にも色覚バリアフリーの必要性
― 4
7 ―
8 「当院における小児救急医療の現状」
鶴岡市立荘内病院 小児科 ○吉田 宏 高野稔明
庄司圭介 高橋勇弥
佐藤英利 原田和佳
伊藤末志 平成15年7月新病院開院後より当院では小児救
急患者を、
当院小児科医がfirst callで診療するこ
急患者が急増している。平成1
6年には6,
0
8
9人を
とにした。
平成1
6年4月より平日、
1
0月より休日も
数え、全救急患者の1/4強を占めている。少ないマ
開始し、
2
1時以降は今まで通りにsecond callで対
ンパワーの中で効率良く救急診療するために、ま
応した。
また当院における日曜午前の混雑緩和を目
ず当院を受診する小児救急患者の受診構造につい
的に、
鶴岡地区医師会でも平成1
6年1
0月より休日夜間
て検討した。その結果、平日は1
7時から患者が増
診療所における日曜午前の小児科医常駐を開始した。
加しはじめ19時台でピークをとるが、2
1時を過ぎ
その結果、当院小児科医が診察可能な救急患者
ると減少傾向になり、深夜帯の受診は8時間で2
は平日で1
2
2
8人(7
1.
0%)、休日で6
8
7人(3
9.
0%)、通
人以下(平均1.
6人)であることがわかった。ま
年すると1
9
1
5人(5
5.
0%)になった。わずか4時間
た、1
7時から21時までの4時間に1日の救急患者
の拘束増で、小児救急患者の半数以上をカバーす
の3
6.
6%が集中することが判明した。一方休日は
ることが可能になったことになる。また、日曜9
9時から1
1時に大きなピークがあり、午後は1時
時から1
1時の救急患者のピークが明らかに減少し
間1.
5人のペースで推移し1
9時に小さなピークを
た。休日夜間診療所における日曜午前の小児科医
認めた。休日とくに日曜日の午前にピークがある
常駐の効果が十分でていると思われる。さらに小
のが病院サイドとしては問題であった。
児を診なくてよい当直医と小児救急に専念できる
増加する小児救急患者に対応するため、
当院お
小児科医の両者でストレスがなくなった。そして
よび鶴岡地区医師会で新たな取り組みを開始し
何よりも母親たちに替えがたい安心感を与えられ
た。
受診患者数の多い1
7時から2
1時までの小児救
るのが最大のメリットであると思われる。
9 真菌培養を行うことにより詳細が明らかになった白癬
Trichophyton tonsurans(T.t).Trichophyton mentagrophytes(T.m).
Trichophyton verrucosum(T.v)
三浦皮膚科医院(村山市)
三浦幹枝
日常診療に於て真菌検査を行う場合、検鏡のみ
本邦では稀であった本菌による白癬が2
0
0
1年よ
で済ませることが常である。2
0
0
2年にT.tの症例
り高等学校の格闘技の強豪チームの集団発生を来
を経験したあと真菌培養の必要性を感じ実施して
たし全国的に蔓延している。疫学調査によれば山
いる。感染源の特定を含め早期診断、治療に結び
形県の発生数は宮城県と共に東北6県の中で非常
ついた3種類の白癬について報告する。
に多い。感染力が強く再感染、家庭内発生も報告
T.t
され罹患年齢も低年齢化の傾向にある。炎症の軽
― 4
8 ―
微なこともあり、さらに毛に寄生し易く頭部には
近年ペットの多様化に伴って本菌の報告が多い。
保菌状態として菌が残ることに注意を要す。当院
人獣共通感染症としての白癬に注意を要す。
に於て200
2年7月高等学校柔道部員男子例を経験
T.v
し、ついで柔道部員女子、中学生、剣道部員女子、
肥育牛舎に勤務する1
9歳女性の大腿の皮疹およ
男性顧問から本菌を分離した。集団検診の結果を
び牛の鱗屑からT.vを分離した。大腿部の発症は
県に持参、2003年秋から県保健課は全県(学校関
稀である。本菌による白癬の臨床像は一般に強烈
係)に本症の詳細な説明と対応を「通知」の形で
であるが自験例の炎症症状は中等度であった。最
配布した。しかし当院に於て本年夏にも異なる高
近、牛の肥育形態は変化してきているものの牛白
校の柔道部員3例からT.tが分離されており蔓延
癬の治療は経済的な理由で軽視されている。今
は未だ阻止出来ていない。
回、報告した3種類の菌による白癬はいずれもク
T.m
ルスス禿瘡に移行する場合がある。
2
0年以上猫を飼う家族の中で最近3例からT.m
謝辞 御指導、御校閲をいただきました牧野好夫
が分離された。飼い猫が感染源と考えられた。分
先生(仙台市)
、分子生物学的解析により同
子 学 的 解 析 か らT.mの 有 性 世 代 の 1 つ
定をしていただきました望月隆教授(金沢
Arthroderma vanbreuseghe miiと同定された。
医科大学)に深謝いたします。
1
0 「スギヒラタケ摂食後に腎不全患者に多発した脳症:山形県の1
0症例の臨床的検討」
山形大学医学部生命情報内科(神経・内分泌代謝・血液)
川並 透
2
00
4年の9月から1
1月にかけて秋田県、
新潟県、
識障害)を呈した。肺炎を併発して死亡。神経病
および、
山形県で原因不明の脳症が多発した。
ほと
理学的変化は、炎症や循環障害では説明できない
んどの患者は腎不全があり、かつ、
これまで無毒と
グリア細胞の増生と髄鞘融解を認めた。この変化
されてきたスギヒラタケを摂食しており、スギヒ
は脳の浮腫性変化に一致し、血液脳関門の機能障
ラタケ脳症と仮称されている。
今回報告するのは、
害が病態の中心であることが示唆された。
山形県内で発症した1剖検例を含む1
0例の臨床記
【まとめ】臨床症状、
脳画像検査、および、
神経病
録から検討したスギヒラタケ脳症の特徴である。
理学的所見からスギヒラタケ脳症は、
新しい神経疾
【臨床症状】全例が慢性腎不全患者で、うち7例
患と推定される。
血液脳関門の機能を障害する何ら
は血液透析中であった。スギヒラタケ摂食2∼1
1
かの生化学的異常が主な病因と考え、
検討中である。
日後(平均4.
7日)に振戦、構音障害などの不随意
現在まで、
感染症を示唆する所見は得られていない。
運動を呈し、ひき続きけいれん重積や意識障害を
発症した。肺炎などの合併症で死亡した4例以外
茨 加藤丈夫、川並透、清水博他.スギヒラタケ摂
は、緩徐に回復し、神経学的後遺症を残さなかっ
食後に腎不全患者に多発した脳症.
た茨。頭部CTまたはMRIが行われた例では、両側
1
0症 例 の 臨 床 的 検 討. 脳 と 神 経5
6;9
9
9−
の淡蒼球と被殻にびまん性の異常吸収または信号
1
0
0
7、2
0
0
4.
域を呈する特徴があった芋。
芋 黒川克朗、佐藤裕康、中嶋凱夫他.
【剖検所見】腎硬化症のため血液透析中の7
7歳男
スギヒラタケ摂食後に発症した脳症の2例:
性。スギヒラタケ摂食2日後より下肢の脱力と上
肢の不随意運動が出現した。6日後にせん妄(意
脳画像の経時的変化および脳波所見.
臨床神経学4
5;1
1
1−1
1
6、2
0
0
5.
― 4
9 ―
特別講演
「
遺伝子 の個性 と個別化医療」
山形大学医学部器官病態統御学講座
生命情報内科学分野教授
加 藤 丈 夫
今日の私の講演のタイトルは「遺伝子の個性と
小さい花や大きな花 一つとして同じものはな
個別化医療」であります。このタイトルの意味で
い もともと特別な Only one」という歌詞が
すが、
「遺伝子の個性」という言葉の中には「人は
ありますが、まさに、この歌は生命科学の根本を
遺伝子のレベルでも各々異なる(個性的)
」という
歌っているのではないかと思います。
「遺伝子の個
意味合いが込められています。これはよく考えて
性」の解明や「個別化医療」の確立を目標にして、
みれば当たり前のことであり、遺伝子が全く同じ
私どもは「山形分子疫学研究」を立ち上げました。
なのは一卵性双生児のみであり、私どもは親子・
これは「2
1世紀COEプログラム」にも採択された
兄弟であっても、少しずつ遺伝子は異なっていま
課題であり、今日は、この山形分子疫学研究を中
す。このように、人間あるいは生物の根幹である
心にお話させていただきたいと思います。
遺伝子がそれぞれ違うのであれば、それぞれの違
これは2
0
0
3年の朝日新聞の記事です(図1)
。
いに応じた医療が必要ではないか。これを「個別
「2
1世紀COEプログラム」の「COE」は「Center
化医療」
(個々人に最適な医療)と言います。
Of Excellence」の略です。
「2
1世紀COEプログラ
医学を含め、これまでの生命科学は「生命現象
ム」とは、わが国に「世界最高水準の研究・教育
の普遍的な原理の追求」に重点が置かれてきまし
拠点」を作ることを目的に文部科学省が音頭を
た。医学部の学生時代を思い出しますと、解糖系、
取って始めた国家プロジェクトです。医学に限ら
TCAサイクル、あるいはヘム代謝経路とか、いろ
ず、数学、物理学、工学、農学、人文系の学問も
いろなことを勉強してきました。そのような医学
含め、全ての学問領域が公募対象になっていま
の教科書を読んだり、講義を聞いたりしている
す。そして、採択された場合には国から重点的に
と、人間には個人間で違いがなく、全く同じであ
教育・研究の資金援助があります。
「護送船団方式」
ると思ってしまいます。これがこれまでの生命科
ではなく、仕事(研究)をやるところにお金をつ
学の主流だったと思います。
今後の医学・医療では、個々人は遺伝子レベル
でも大いに異なるということを意識しなくてはい
けないと思います。これを「遺伝子の個性」と呼
んでいますが、そのような考え方に立って医療を
行う場合、これを「個別化医療」と言います。当
然のことながら、普遍的原理の追求は今でも重要
な課題ですが、それに加えて、個性についても学
問の対象にしていかなければいけないと考えてお
ります。SMAPの大ヒット曲「世界に一つだけ
の花」には、
「そうさ 僕らも世界に一つだけの花
― 50 ―
ぎ込みましょうという方針で、
「2
1世紀COEプロ
はハンチンチン遺伝子の異常によって発症し、環
グラム」ができたわけです。
境要因はほとんど発症に関与しません。それに対
山形大学では、医学部で申請した「地域特性を
して交通外傷などは、遺伝子の関与は少なく、む
活かした分子疫学研究」が「2
1世紀COEプログラ
しろ交通安全に対する配慮がなされている町づく
ム」に採択されました。山形大学全体では6件く
りなど、社会的な環境要因が大きく影響します。
らい申請しましたが、医学部のこれだけが採択さ
自動車のない社会では交通事故は起こりません。
れました。東北地方の大学では、
「医学の分野」で
そして、この両極端の間にあるのが多因子疾患で
採択されたのは2件のみで、東北大学で1件、そ
あり、
「遺伝的素因」と「環境要因・生活習慣」が
して山形大学のこの1件です。
複雑に絡み合って発症すると考えられている病気
今日は、最初に「多因子疾患と遺伝子多型」に
です。多因子疾患の代表は「生活習慣病」であり、
ついてお話しし、その次に「これまでの山形での
高血圧、高脂血症、糖尿病、心臓病、脳卒中、が
疫学研究」について紹介します。次に「今後の分
ん等があります。単一遺伝子病は、病気の種類は
子疫学研究」について述べ、特に私の専門である
多いのですが、一つひとつの病気の有病率は非常
「パーキンソン病の根本的治療薬の開発を目指し
に少なく、むしろ、まれな病気が多いのですが、
て」というテーマについて、少し詳しく述べたい
多 因 子 疾 患 は 有 病 率 が 非 常 に 高 いcommon
と思います。最後に、これらの研究や事業を行う
diseasesと言えます。
上での「山形県内での組織づくり」についてご紹
それでは、遺伝的素因(体質)の本体は何か?
介したいと思います。
これは現在では、
「遺伝子多型」にあると考えられ
1.多因子疾患と遺伝子多型
個々人の遺伝子の塩基配列の違いであります。
ております。遺伝子多型とは何か? それは、
病気の分類は、一般に、
「循環器疾患、呼吸器疾
個々人でどのくらい塩基配列が違うかと言います
患、消化器疾患、神経疾患、
--- 等」
、臓器系統別
と、約0.
1%ぐらいと言われております。0.
1%と
に分類されることが多く、ほとんどの場合、診療
言いますのは、塩基配列1,
0
0
0に対して1塩基違
科名は臓器系統別分類であります。一方、遺伝子
うということです。0.
1%という数字は小さいと
の観点から分類しますと、
「単一遺伝子病」と「多
思いますが、ヒトとチンパンジーの塩基配列の違
因子疾患」の2つに分類することができます(図
いは約1%(1
0
0塩基に1塩基違う)と言われてい
2)
。単一遺伝子病とは、1つの遺伝子の異常に
ますので、1%違うとヒトとチンパンジーぐらい
よって発症する疾患であり、環境要因や生活習慣
の違いになってしまうわけです。それを考えます
は全く関与しないか、あるいは非常に関与の度合
と0.
1%という数字は大きいと考えられます。
いは少ない疾患です。たとえば、ハンチントン病
遺伝子多型には、いろいろな種類があります
が、その中で最も数が多くて重要なのは、
「一塩基
多 型」で す。こ れ は ヒト ゲ ノ ム中に3
0
0万 から
1,
0
0
0万個あると言われております。遺伝子の数
が3万∼4万、最近はもう少し多いとも見積もら
れていますが、1
0万以下であることは間違いあり
ません。したがいまして、遺伝子の数に比べると、
一塩基多型がいかに多いか想像できると思いま
す。この1塩基多型というのは、英語の「single
nucleotide polymorphism」を 略 し てSNP(ス
ニ ップ と 読 み ま す)と 言 わ れ て い ま す。こ の
「SNPが体質に与える影響」の典型例は、
「酒に強
― 51 ―
い弱いという体質」に見ることができます。図3
あるいは糖尿病の合併症である腎症、網膜症、神
に示したアルデヒド脱水素酵素遺伝子は1,
2
0
0塩
経障害を回避することができる可能性がありま
基対で構成 され ていま すが、1
1
5番目の塩基に
す。ですから、病気が予測できるということは、
SNPがあり、そのアレル(allele)がGの人もいれ
その病気の有効な予防法や治療法が存在するので
ばAの人もいることが分かっております。そして
あれば、医療にとっても個々人にとっても大きな
アレルGを持った場合には、Aを持った場合に比
メリットになります。また、煙草と肺がんの関係
べて酒に強いことがわかっております。ですか
についても同じことが言えます。つまり、煙草を
ら、Gをホモに持った人は非常に酒に強いし、A
吸って肺がんになる人とならない人がいます。血
をホモに持った人はほとんど酒を飲めません。山
液一滴から遺伝子を調べて、
「煙草を吸えば、あな
形県の某町で調査した結果では、Aのホモ「AA」
たは確実に肺がんになる」ということが分かれ
の人は酒を一滴も飲めませんでした。そして、
「G
ば、そういう人は煙草を吸わないと思います。煙
G」の人は極めて酒に強く、GとAのヘテロの人
草を吸っても肺がんならない人だけが、煙草を吸
はその中間であることがわかりました。ですか
えばよいわけです。
ら、これはSNP(一塩基多型)が酒に強い弱いと
また、
「ある薬剤が有効かどうか、副作用が出る
いう体質に大きな影響を与えている好例でありま
かどうか」ということも、この遺伝子多型の研究
す。
によって分かってきます。現在では、ある病気の
図4に示すように、遺伝子多型の研究が進む
人にある薬を出す時、効きがよいか悪いか、ある
と、
「ある病気に罹りやすい体質かどうか」という
いは副作用が出るか出ないかということは、投与
ことが遺伝子多型を調べることによって分かるよ
してみないと分かりません。しかし、血液一滴か
うになります。これが分かるとどうして意義があ
ら遺伝子を調べて、この人にはこの薬はよく効
るかと言いますと、「病気の予防」や「QOLの向
く、この薬は副作用がでるので駄目だということ
上」が期待できます。例えば糖尿病という病気は、
が、事前にはっきりと分かれば、個々人の体質に
現状では、発症してから対策(食事療法や薬物療
合せたきめ細かな医療が可能になります。いわゆ
法)を行っていますが、
「あなたは1
0年後に8
0%以
る、
「個別化医療」あるいは「テ−ラーメイド医療」
上の確率で糖尿病になります」ということが遺伝
が可能になります。また、病気の本質が分かりま
子多型を調べることにより確実に分かるのであれ
すので、
「ゲノム創薬の種」もできます。これに
ば、2
0歳ぐらいから糖尿病になりにくい食生活、
よって創薬期間の短縮、より有効で安全な医薬品
運動習慣、生活習慣をすれば、糖尿病にならない
の開発が可能になります。以上のように、遺伝子
で済んだり、あるいは糖尿病になったとしても軽
多型の研究は2
1世紀の新しい医療の開発には必須
症で済んだり、あるいは発症年齢を遅らせたり、
な研究領域であります。
― 5
2 ―
ヒトゲノム計画はヒトゲノムの全塩基配列を決
と呼んでおります。分子疫学研究はポストゲノム
定するという壮大なプロジェクトですが、このプ
時代の最重要課題の一つと考えられております。
ロジェクトはほぼ終了しました(図5)
。このプロ
そし て、現在、山形で進行中の分子疫学研究を
ジェクトは、立派な研究設備、優秀な研究者と莫
「山形分子疫学研究」と呼んでいます(図5)
。こ
大な研究費があれば実施可能です。しかし、ヒト
れは2
1世紀COEプログラム「地域特性を活かした
ゲノム計画の成果だけでは人々の役には立ちませ
分子疫学研究」と同じものであります。
ん。2
1世紀は、ヒトゲノム計画の知見を土台にし
て「人々のために役に立つ成果を生み出す」こと
2.これまでの山形での疫学研究
が重要になります。そのためには何が必要かとい
ここで、これまでの山形での疫学研究について
いますと、
「多数の個人から精度の高い臨床デー
お話をしたいと思います。1
9
7
9年(昭和5
4年)よ
タ」を収集し、
「その個人由来の遺伝子多型(ゲノ
り山形大学では、山形県の地域住民を対象とした
ムの個人差)
」を明らかにすることが必要になり
検診活動を継続的に行っております。山形県の地
ます。そして、この「臨床情報」と「遺伝子多型
図(図6)に示しますように、一番最初が舟形町
情報」をコンピューターの力を借りて解析(バイ
の糖尿病検診で、私ども第三内科が昭和5
4年から
オインフォマティクス)し、どのような遺伝子多
始めました。その後、年代順に述べますと、1
9
9
0
型を持っていたら病気になりやすいとか(疾患感
年より第二内科が中心になって川西町で肝臓病検
受性)、あるいは薬剤感受性、副作用が出るか出な
診、白鷹町では婦人科が中心になって閉経後女性
いか、さらに創薬の種といった、
「遺伝子多型のも
の健康診断。また、2
0
0
0年には高畠町、2
0
0
1年に
つ病態生理学的意義」が明らかになります(図
は寒河江市で脳血管障害の検診を中心に行ってお
5)
。これが明らかになると、
「個別化医療」の確
ります。そして、COEが採択になってからは、高
立や「ゲノム創薬」に発展します。
畠町で、一、二、三内科と眼科、婦人科、公衆衛
「ヒトゲノム計画」までの段階ですと、臨床医の
生、看護部、および医学部が一丸となって、
「生活
出る幕は全くなかったわけですが、
「遺伝子多型の
習慣病検診(げんき健診)
」を大規模に行っており
もつ病態生理学的意義」の研究の段階になります
ます。
と、基礎研究者もちろん必要ですが、臨床家も必
これらの健診の特徴は、
「長年の歴史」
、
「国内最
要になります。臨床家と基礎研究者が両方とも優
大規模」
、さらに「臨床データの精度が極めて高
秀でないと研究は大きな成果を上げることはでき
い」という3つの特徴があります(図6)
。高畠
ません。優秀な臨床家と基礎研究者がタイアップ
町、寒河江市の検診では、脳MRIを用いた脳卒中
することによって、人の役に立つ学問や科学が芽
予防検診を行っています。舟形町の糖尿病検診で
生えます。上記のような研究を「分子疫学研究」
は、体育館をお借りして、4
0歳以上の全住民を対
― 53 ―
象に糖負荷試験を行っています。糖負荷試験は、
病になりやすいということが分かりました。これ
最も精度が高い糖尿病の検査です。図7は舟形町
は当然と言えば当然のことですが、一般住民を対
の5年ごとの糖尿病有病率を示したものです。当
象にして学問的にはっきりした形で示した研究は
時は、一般住民の糖尿病の有病率は不明でした。
少なく、日本人の一般住民の貴重なデータになり
そこで私たち第三内科は、4
0歳以上の舟形町の全
ました。したがいまして、境界型は糖尿病発症の
住民を対象に糖負荷試験を行いました。その結
ハイリスク群でありますので、食事・生活指導は
果、4
0歳以上の全住民のうち、約1
0%、1
0人に1
境界型の人を重点的に行えば良いという地域医療
人は糖尿病であることが分かりました。境界型は
行政の方針を立てることができました。
その倍の頻度ということも分かりました。当時の
図9は耐糖能別の循環器疾患による死亡を示し
日本ではこのようなデータはなく、非常に新しい
たものです。ここで循環器疾患と言いますのは心
知見でした。図8は耐糖能別の糖尿病発症率を見
筋梗塞と脳卒中の両方を含めています。正常耐糖
たものです。ある年に全住民を対象に糖負荷試験
能の人に比べ、糖尿病型の人は当然のことながら
をやり、各個人は正常型、境界型、糖尿病型のい
循環器疾患での死亡率は高かったのですが、境界
ずれかに分けられますが、5年後に同じ人に再び
型の人も糖尿病型の人ほどではないのですが、正
糖負荷試験を行いました。その結果、5年前に正
常型の人に比べて循環器疾患の死亡が有意に高い
常型だった人が5年後に糖尿病になる頻度は、人
ということが分かりました。したがいまして、境
口1,
0
00人に対して1年間に3.
5人という結果でし
界型の人にも循環器疾患対策が必要だということ
た。一方、境界型の人が5年後に糖尿病になる頻
が明らかになりました。
度は2
0.
3人でしたので、境界型の人は非常に糖尿
次に遺伝子の話に移ります。図1
0は、ベータ3
― 54 ―
アドレナリン受容体遺伝子多型と肥満、糖尿病に
をもっています。そして、この多型と糖尿病との
ついて調べたものです。ベータ3アドレナリン受
関連を調べますと、図1
1に示しますように、Dを
容体は脂肪細胞に発現しており、脂質代謝や熱産
持っている人はIを持っている人より糖尿病にな
生に関与していることが分かっております。この
りやすいという結果が出ました。そして、Dを1
受容体遺伝子には多型があり、その多型によって
個もっている場合よりも2個もっていた方がさら
各個人は、64番目のアミノ酸が「アルギニン・ア
に糖尿病になりやすく、用量依存性が認められま
ルギニン」のホモ、
「トリプトファン・アルギニン」
した。
のヘテロ、「トリプトファン・トリプトファン」の
ホモの3種のどれかに分けられます。舟形町の糖
3.今後の分子疫学研究
尿病検診受診者のうち、遺伝子解析について文書
次に今後の分子疫学研究についてお話したいと
で同意が得られた1,
6
8
5人を対象として、上記の
思います。写真(図1
2)は2
0
0
1年の山形新聞の第
遺 伝 子 多 型 を 調 べ ま し た。BMI(body mass
1面の記事です。
「山大医学部とベンチャー企業、
index)
3
1以上を肥満と定義し、糖尿病の診断は糖
生活習慣病を遺伝子で解明に本格着手」
、
「新しい
負荷試験により行いました。その結果、アルギニ
医療開発」と報道されています。ベンチャー企業
ン・アルギニン多型を持つ人は、それ以外の多型
とは、具体的にはヒュービットジェノミクス研究
をもつ人に比べて、有意に肥満や糖尿病の頻度が
所(所在地:東京)であります。この研究所は、
高いということが分かりました。
東京医科歯科大学教授の村松先生が研究所長をさ
次に糖尿病とレニン・アンギオテンシン系の研
れております。私どもは「臨床情報の付加した匿
究についてお話します(図1
1)
。アンギオテンシン
名化DNA」をたくさん持っていますが、従来の研
ⅠをアンギオテンシンⅡに変えるアンギオテンシ
究ですと、個々のSNPを一つずつ解析していまし
ン変換酵素は非常に有名な酵素ですので、どなた
た。試験管とピペットを握って、サンプルを一例
もよくご存知と思います(この酵素の阻害薬は降
一例ゲルに注入して電気泳動をするといった、職
圧薬として日常臨床で頻繁に使われています)
。
人がやるような手作業でやっていました。ですか
そして、アン ギオテンシンⅡが増えると血管収
ら、検体数が何千人、何万人になり、そして検索
縮、血圧上昇を起こして、脳卒中、心臓病になり
する遺伝子の数が増えると、とても手作業ではで
やすいことが分かっています。このアンギオテン
きません。今後の研究としては高速大量解析、ヒ
シン変換酵素遺伝子には、イントロン1
6に反復配
トゲノム上に存在する膨大な数のSNPを、自動機
列 が 入 る か 否 か で、
「I(insertion)
」
、
「D
器を用いて高速大量に解析する必要があります。
(deletion)」の2つの多型があります。つまり、
ヒュービ ット 研究所ですと2
4時間に2
0万SNPも
各個人は「II」か「ID」か「DD」のどれか
解析できます。ですから、私どもが実験室に籠
― 55 ―
もって、一生かかってもできないような解析を1
院ではやらないようなたくさんの検査をやってお
日でやってしまいます。ただし、高速大量解析に
ります。また、コホートの規模が大きい。これは
は莫大な費用が掛かります。数千SNPを数千人分
久山町研究という世界的に有名な研究があります
やりますと億の単位の費用が掛かります。
が、久山町の人口規模は7千5百人であります。
さて、遺伝子多型の医学的意義を解明するのに
私どものコホートの規模は、トータルしますと1
1
山形は最も理想的な地域であるということをお話
万4千人であり、国内では最大規模です。最後に、
ししたいと思います(図1
3)
。第一に、山形県の地
地域住民からの長年の信頼があることが、遺伝子
域住民を対象としているので遺伝的多様性が小さ
解析の同意を得るのに役立っています。これは山
いということが言えます。米国などの多民族国家
形大学医学部創設以来、継続的に地域住民の健康
では民族の違いによる遺伝子多型がありますの
増進のために検診を行い、健康指導やフォロー
で、その意味では山形県の地域住民を対象にして
アップを行ってきました。地域住民からの信頼は
いるのは非常に研究に有利です。また、山形では
「無形の財産」となっております。
住民の移動が少ないので完璧に近い追跡調査も可
そして、山形分子疫学研究の成果としまして、
能です。都会では住民の移動が多いので、なかな
すでに私どもは「糖尿病の発症に寄与する遺伝子
か追跡調査ができないという事情があります。特
多型の発見」で、平成1
5年に特許を出願しました。
に生活習慣病では、ある時期に調べて糖尿病がな
さらに、第二内科の河田教授チームでは「C型肝
くても、1年後に糖尿病になるかもしれません。
炎の発症に寄与する遺伝子多型の発見」
、私ども
その場合には糖尿病になる遺伝的素因があったと
は「パーキンソン病の発症に寄与する遺伝子多型
いうことになりますが、これは追跡調査をしない
の発見と創薬ターゲット」
、第一内科の久保田教
と分からないことです。また、対象者は地域の一
授チームは「慢性閉塞性肺疾患の遺伝子多型の発
般住民であり、病院の患者調査ではない。これも
見」について、それぞれ特許を出願中であります。
解析ノイズを最小限にできます。病院の患者さん
ですと、糖尿病患者を対象にしても平均2∼3の
4.パーキンソン病の根本的治療薬の開発を目指して
他疾患を持っていますし、対照例も正常な人では
ここで、私どもの分子疫学研究のうち、創薬
なく、病気のある人です。地域住民を対象とした
ターゲットの探索に最も近づいている「パーキン
場合には、こういうノイズを最小限に抑えること
ソン病」のお話をしたいと思います。パーキンソ
ができます。また、臨床疫学データの精度が極め
ン病は有病率が比較的高い疾患で、中年以降に好
て高い。これは、先ほど糖負荷試験の例を話しま
発し、振戦、固縮、無動、姿勢反射障害を4徴と
したが、脳MRI、頸部血管エコー、眼底検査、呼
する疾患です。パーキンソン病患者は診断後平均
吸機能検査、24時間血圧モニター等々、普通の病
1
3年で寝たきり、あるいは肺炎を併発して死亡し
ます。パーキンソン病の最も大きな病理学的特徴
は、中脳黒質のドパミン神経細胞の変性・脱落で
す。しかし、ドパミン神経細胞死のメカニズムは
現在でも分かっておりません。したがって、現在
のパーキンソン病治療薬はすべて対症療法であ
り、病気の進行をストップあるいは抑制できる薬
はありません。今、医療の現場で切望されている
ことは、病気の進行を抑制できる治療薬、言い換
えればドパミン神経細胞死を抑制できる治療薬の
開発であります。私どものパーキンソン病の分子
疫学研究も、このような治療薬の開発を目指して
― 56 ―
5,
5
4
4SNPをピックアップし、これらについて特
殊な遺伝統計学的手法を用いて解析しました。そ
の結果、パーキンソン病に関係するいくつかの遺
伝子がピックアップされてきました。ただし、そ
の中には偽陽性もありうるので、真の陽性遺伝子
をピックアップするため、セカンド ステップとし
ましてパーキンソン病剖検脳を用いて免疫組織化
学染色を行いました。その結果、これらの遺伝子
産物(蛋白質)に対する抗体の中で、パーキンソ
ン病に特徴的な封入体である「レビー小体」を染
める抗体が見つかりました。それが「蛋白質X」
おります。図14は私どもの研究の現段階の結論で
に対する抗体です。レビー小体はパーキンソン病
す。アルファ・シヌクレ インという蛋白質と「蛋
に 特 徴 的 な 病 的 構 造 物 で あ り、凝 集し た ア ル
白質X」との相互作用を阻害する低分子物質を発
ファ・シヌクレ インが主成分であることが分かっ
見できれば、少なくとも一部のパーキンソン病患
ております。そして少数ですが、アルファ・シヌ
者の病気の進行を抑制できるのではないかと考え
クレ イン遺伝子の変異が原因である家族性パーキ
ております。この「蛋白質X」の実名は、特許の
ンソン病も報告されています。孤発性パーキンソ
関係及び大手製薬会社も関与していますので、残
ン病ではアルファ・シヌクレ イン遺伝子に変異は
念ですが、まだ公表できない段階にあります。
認められませんが、孤発性パーキンソン病の脳に
パーキンソン病には、家族性のものと孤発性の
常に認められるレビー小体の主要構成成分がアル
ものがあります。家族性パーキンソン病は単一遺
ファ・シヌクレ インですので、アルファ・シヌク
伝子病であり、パーキンソン病全体の約5∼1
0%
レ インは家族性パーキンソン病のみならず、孤発
を占めます。病因遺伝子として、アルファ・シヌ
性パーキンソン病の病態にも関与していると考え
クレ イン、パーキン、UCHL1、DJ- 1、PINK1、
られます。共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察す
LRRK2が発見されており、どの遺伝子に異常が
ると、レビー体にアルファ・シヌクレ インと共に
あっても、即、パーキンソン病になります。パー
蛋白質Xも共存していることが分かりました。こ
キンソン病の大多数、9
0∼9
5%を占めるのは孤発
のことは、蛋白質Xも孤発性パーキンソン病の病
性パーキンソン病です。これは多因子疾患と考え
態に関与していることを強く示唆しております。
られており、遺伝素因と環境要因の両方が複雑に
私たちは蛋白質X遺伝子についてさらに詳しく
絡み合って起こるのではないかと想定されていま
調べました。蛋白質X遺伝子には多くのSNPが存
すが、具体的なことは何も分かっておりません。
在しますが、m2
2、m2
3、m2
4と命名された3つ
私どもは孤発性パーキンソン病の発症に寄与す
のSNPが作る ハプ ロ タ イプ のアレ ルがG-A-Cの
るSNP(single nucleotide polymorphism;一塩
時、そうでない場合と比べ、パーキンソン病にな
基多型)を探索するために、2段階方式の研究を
るリスクが約2倍になりました。さらに面白いこ
行いました。最初のステップとして、SNP解析を
と は、m2
4領 域 に はcAMP-responsive element
行いました。文書で同意の得られた山形県内の
(CRE)が存在することが分かりまし た。そこ
パーキンソン病の患者さんと健常高齢者を対象に
で、このm2
4領域を含むオリゴヌクレオチドを合
脳MRI等の画像診断を行い、神経専門医が診察
成し、ゲルシフトアッセイを行いました。その結
し、診断の精度を上げました。遺伝子解析につい
果、パーキンソン病になりやすいm2
4のアレルで
て文書で同意の得られた方からは、DNAの検索
あるCをもっていると、そうでない(つまり、T
をさせていただきました。そして1,
2
3
2遺伝子、
アレル)の場合に比べ、ある種の核蛋白質がオリ
― 57 ―
ゴヌクレオチドに結合しやすいということが分か
に重合する性質を持っていることが分かっており
りました。
ますが、私たちは、このアルファ・シヌクレ イン
m2
4に結合する核蛋白質は何か? それを明ら
の重合化が蛋白質Xの存在により促進されること
かにするため、スーパーシフトアッセイを行い、
を見出しました。アルファ・シヌクレ インの重合
その結果、m24領域にはCRE-binding protein- 1
化はパーキンソン病の病態に重要な役割を演じる
(CREB- 1)が結合することが分かり、さらに、
と考えられていますので、私たちが見出したパー
m2
4のアレ ルがCの時、Tに比べ、CREB- 1は
キンソン病のリスク遺伝子産物である蛋白質X
m2
4領域に強い親和性をもつことが分かりまし
は、アルファ・シヌクレ インの重合を促進するこ
た。次に、luciferase reporter assayを行いまし
とにより、パーキンソン病の発症を促進している
た。これはm24のアレルがCかTかによって、遺
ということが分かりました。
伝子の転写効率に違いがあるかどうかをみる実験
これまでの話は細胞レ ベルの研究の話でした
です。その結果、m2
4のアレルがCの時、Tの場
が、次に個体レベルの研究を、線虫を用いて行い
合に比べると、遺伝子の転写効率が著しく向上す
ました。線虫は大きさ約1㎜の虫で、体内にドパ
ることが分かりました。これまで述べたことをま
ミン神経細胞が存在します。そして、私どもがヒ
とめると、蛋白質X遺伝子のイントロン2にm2
4
ト脳からクローニングした蛋白質Xとアルファ・
と い うSNPが存在し、m2
4のアレ ルがCの時、
シヌクレ インの遺伝子を線虫ドパミン神経細胞に
パーキンソン病になるリスクは2倍に上昇しま
導入し、両タンパク質がドパミン神経細胞に共発
す。そして、m2
4のアレルがCの時、この領域へ
現する線虫の作成に成功しました。この線虫を用
のCREB- 1の親和性が増し、遺伝子の転写活性
いてドパミン神経細胞の機能解析を行うと、蛋白
が亢進するということが明らかになりました(図
質Xとアルファ・シヌクレ インの両方を発現して
1
5)
。
いる線虫ではドパミン神経細胞の機能が低下して
レビー小体に蛋白質Xとアルファ・シヌクレ イ
いることが明らかになりました。一方、アルファ・
ンが共存するという結果をお示ししましたが、次
シヌクレ インあるいは蛋白質Xを単独に導入した
に、この2つの分子の相互作用について生化学的
線虫、あるいはアルファ・シヌクレ インと不活性
に解析しました。そして、免疫沈降法という手法
の蛋白質Xを導入した線虫ではドパミン神経細胞
を用いて、アルファ・シヌクレ インと蛋白質Xは
の機能低下は認められませんでした。この結果は
ヒト脳組織でも相互作用をしていることが明らか
線虫という個体においても、アルファ・シヌクレ
になりました。そして、さらに面白いことには、
インと蛋白質Xが共発現していると、ドパミン神
アルファ・シヌクレ インという分子は脂肪酸、特
経細胞の機能障害が起こることを示しています。
にアルファ・リノレ イン酸が共存すると時間と共
これらの細胞レベルおよび個体レベルの実験結果
を踏まえて、私たちは孤発性パーキンソン病の新
しい病態メカニズムを提唱しています(図1
6)
。つ
まり、蛋白質X遺伝子がat-risk haplotypeを持っ
ていると、蛋白質Xの発現が亢進し、アルファ・
シヌクレ インの重合体形成が促進され、ドパミン
神経細胞死が起こるという病態メカニズムです。
したがいまして、蛋白質Xとアルファ・シヌクレ
インの相互作用をブロックする低分子化合物が発
見できれば、ドパミン神経細胞死を抑制、つまり
パーキンソン病の発症や進行を抑制できる治療薬
の開発が可能性になります(図1
4)
。
― 58 ―
5.山形県内での組織づくり
本定款第3条に掲げる事業を推進し、もって究極
最後に、
「高畠疾患予防センター」及び「COME
的には地域社会の福利厚生及び医学・医療の進歩
センター」について、お話したいと思います。最
に貢献することを目標とするものである」です。
初にお話した山形分子疫学研究では、山形県民の
このような理念を掲げて設立された会社です。発
約2%に相当する2万人規模の地域住民を対象に
起人は石坂公成先生、舟形町長、高畠町長、寒河
し、精度の高い「臨床データベース」と、ゲノム
江市長及び川西町長です。取締役は、石坂公成先
ワイドの「SNP解析データベース」を作り、それ
生(代表)
、山形大学の内科教授の3人(加藤、河
を解析することにより「個別化医療」や「ゲノム
田、久保田)
、坪井前山形大学長および須栗氏で
創薬」に貢献したいと考えております。このデー
す。
タベースは、おそらく「人類の知的財産」になる
図1
7に示しますように、山形分子疫学研究で
のではないかと考えております。といいますの
は、地域住民と協力して精度の高い「臨床データ
は、過去においても未来においても、山形以外の
ベース」と匿名化した「遺伝子多型データベース」
地域では、このようなことはできないと考えてお
を作製します。そしてコンピューターの力(バイ
ります。そして、そのための組織づくりとして、
オインフォマティクス)を借りて、疾患に関連し
私どもは「高畠疾患予防センター」を作りました。
た遺伝子多型を発見します。私たちは、これを
それと共に地域・大学発研究所「COMEセンター」
「地方での知の創造」と呼んでおります。これに
と い う新し い 株 式 会 社 も 創 設し まし た。こ の
より特許を得て、遺伝子診断、ゲノム創薬に応用
COME(カ
ム)は、
「Creation of Order-made
します。さらに、この疾患感受性遺伝子多型の研
Medicine and Education」という意味で、私が考
究を発展させて、病気の成り立ちの解明、病気の
えた名前です。一般に、株式会社の定款には理念
予防や治療に役立てたいと考えております。そし
というものは記載されていないのが普通ですが、
て 将 来、
「山 形 発 バ イオ 産 業 ゲ ノ ム 情 報 ベ ン
私どもはあえて理念を定款の冒頭に記載しまし
チャー」の創設を目指します。これを「山形バイ
た。その理念とは、「地域・大学発研究所COMEセ
オバレー構想」と呼んでおります。そして、これ
ンターは山形大学の教官、地域住民等を中心とし
らの成果(経済的成果も含め)を地域住民に還元
て所有・運営される会社であり、国、山形大学を
したいと考えております。ご静聴ありがとうござ
初めとする国内外の大学、研究機関及び志ある企
いました。
業等と共同しつつ、大学の研究成果を活用して、
― 5
9 ―
特別講演
「
介 護 保 険」
−最近の話題から−
厚生労働省老健局老人保健課長
三 浦 公 嗣
ご紹介いただきました三浦です。今日は県医師
が強調されておりますけども、理念の一つである
会の学術大会にお招きいただきまして、誠にあり
自立支援を、もう少し具体的に打ち出したもので
がとうございます。また、この場をお借りしまし
す。そういう意味で、介護予防のサービスは利用
て、日頃から高齢者の保健医療・福祉の推進にご
者本位でなければいけませんし、サービスの選択
尽力頂いていることに対して御礼を申し上げたい
は利用者によることも理念通りでございます。
と思います。
今回の見直しは、施行後5年が経って、どのよ
今日は限られた時間でございますので、特に最
うな事業展開が行われているのかという検証に基
近の動きなどを中心としてお話申し上げたいと思
づいたものでなければなりません。そして、もう
います。現在、介護保険制度の見直しが行われて
一つ背景となる大きな問題がありまして、2
0
1
5年
いますが、そもそも介護保険法律に、施行後5年
問題あるいは2
0
2
5年問題と言われているものの存
経過したらその内容を見直すと書いてあり、その
在です。2
0
1
5年はいわゆる団塊の世代の方々が高
ため今回の見直しが行われたものです。しばし
齢期に入る時期であり、2
0
2
5年はその方々が後期
ば、今回の見直しは5年目の見直しという割に
高齢者になっていく時期になります。これは高齢
は、かなり抜本的な大きな見直しになっているの
者数という量的な問題でもありますが、団塊の世
ではないかとも言われたりします。そういう中
代の方々のライフスタイルに合った介護サービス
で、介護保険制度の見直しの内容が分かりにくい
が展開できるかどうかといった質的な問題も重要
ということも承っております。介護保険制度が創
です。
設される際にかなり強調されたことは、いくつか
図1はわが国の高齢者人口が今後どのように推
の理念が打ち出されたことであり、その理念に基
移していくかをグラフにしたものです。現時点は
づいて制度が組み立てられました。例えば自立支
援という言葉ですとか、利用者本位のサービス、
利用者によるサービスの選択、あるいは介護サー
ビスの社会化など、これらの理念を打ち上げて、
その理念に基づいて制度設計が行われました。
今回の制度の見直しを一言でいえば、このよう
な理念を質的に高めていく作業だと考えていま
す。従って、介護保険制度の今回の見直しの中で
いろいろ分かりにくいところが出てくるかもしれ
ませんが、一度理念に立ち返ってご覧いただけれ
ば、理解しやすいのではないかと考えます。例え
ば、今回の制度見直しでは、介護予防という言葉
― 60 ―
大体この図の真ん中あたりに該当しますが、2
0
1
5
ね6人に1人とか7人に1人ですから、残りの6
年、2
025年という時期になりますと、ほぼ高齢者
分の5の人たち、それからさらに言えば、あまり
数は定常状態に達しますので、問題は先ほど申し
介護サービスを利用する機会がないと思われる4
0
上げた質的な違いがどのようになるかということ
歳から6
4歳の方々の負担をいかに軽減していくか
です。このような将来の問題と併せて、現在は急
ということは、この制度そのものに対する信頼感
速に高齢化が進んでいる時期です。この様な状況
を高めていく観点からも重要な視点になっていか
を指して、わが国の人口の高齢化の最後の急な上
ざるを得ないことであります。確かに、この5年
り坂という言い方をされる方もいます。急速に介
間に介護保険のサービスは地域の隅々にまで定着
護ニーズが拡大せざるを得ない時期に当たってい
して、日常会話の中でも介護保険のサービスの話
ます。そのような状況の中で、現在をどのように
が話題に上るようになっております。一方でサー
乗り切るのか。そして2
0
1
5年、2
0
2
5年に耐えうる
ビスを利用していない人たちの負担をどのように
制度にどのように持っていくのか。こういうこと
考えていくのかということは非常に大きな問題で
が大きな課題になっております。
ございます。
この5年間の介護保険の運営状況に関する検証
これだけの要介護者の伸びを反映して、当初
について、表1の上の段は6
5歳以上の被保険者の
3.
6兆円で始まりました介護保険の費用は、今や
数を表したものでございます。5年弱でおよそ
7兆円、つまり、ほぼ倍になろうとしております
1
4%増加しています。それに対して、下の段は要
(図2)
。毎年1
0%を超える伸びが見られていま
介護認定を受けた方の人数で、同じ期間に8
5%増
加していることになります。要介護認定を受けた
方がすなわち介護サービスを現にお使いになって
いるということでは必ずしもないとはいえ、分母
分子の割合、つまり支える人と支えられる人のバ
ランスから言うと、支える人の数があまり多くな
らない中で支えられる方の数が非常に多くなって
いるという、この状況をどのように考えるかであ
ります。このことはとりもなおさず、最終的には
保険料という形で被保険者の負担が重くなってく
るということを示しています。
現に要介護認定を受けている高齢者は高齢者概
― 61 ―
して、保険料も、このまま自然体で行けば現在の
回の見直しが語られるとするならば、この介護予
3,
3
00円が来年度以降は全国平均が4,
3
0
0円にな
防によって再び介護バブルが発生することは考え
る。そ れ だ け で は な くて、将 来 は4,
3
0
0円 から
られませんし、またそのようなことを想定しても
5,
0
00円を超し、さらに6,
0
0
0円に伸びて行かざる
いません。今回の介護予防で何を目指さなければ
を得ないわけであります(図3)
。高齢者が増え、
ならないかと言えば、お一人お一人の高齢者が介
要介護者が増える中で、保険料負担が伸びていく
護予防を通じてより元気になっていただくことと
のは、ある意味宿命なのかもしれません。しかし、
同時に、介護予防を通じて制度のスリム化が果た
この負担をどのようにしてできる限り削減して行
されることです。
けるか。これが大きなテーマであることは間違い
制度のスリム化に関して、在宅と施設の間でバ
ないと思います。
ランスが適切であるかどうかという問題がありま
介護保険制度が始まった時に、介護バブルとも
す(図4)
。利用者数の4分の1を占めているに過
言われる状況で急速にサービスが整備されたこと
ぎない施設利用者が、結果的に資源の半分を費や
は、当時の社会情勢から言えば必要だったことで
していることについて、バランスをどのように調
はないかとも思いますが、いまこの時期に、その
整するかも含めて、先般1
0月以来の介護保険制度
ような介護バブルが持続しているとするならば、
の見直しが行われております。つまり、施設サー
もう少し考え直す必要があることにもなります。
ビスで申し上げれば、在宅と施設の単価差をどの
あえて申し上げれば、介護予防という言葉で今
ように詰めていくのかという問題と、在宅で言う
― 62 ―
ならば、増えている在宅サービス利用者のうち、
生活機能が徐々に低下していくという典型的な廃
特に軽度者の伸びをどのように抑えていくのかと
用症候群の姿を示しています。注目すべきこと
いうことが重要な視点になっております。
(図5)
は、時々に現れる急性の生活機能低下です。これ
1
0月の介護報酬の見直しによって、施設の利用者
は先生方、日常診療の中でもよくご経験になって
の方々に食費、居住費の負担をお願いせざるを得
おられる通り、例えば高齢者が風邪を引いただけ
ないのは、こういうことも原因しています。
で寝ついてしまったり、食事が取れないことが引
さて、その中で介護予防についてお話を申し上
き金となって、寝たきりとは言わないまでも、
げたいと思います。先ほど、要介護者の伸びは倍
ぐ っと体力が弱ってしまうということがしばしば
近いと申し上げましたが、図6にありますよう
見られます。その他、場合によっては介護者が病
に、中でも伸びているのは要支援、要介護1とい
気になって十分な介護が提供できないことによっ
う軽度の方々です。その状況をさらに詳しく見て
て要介護者の状態が悪化することもあると思いま
みますと、図7は要支援、要介護1、2、3、4、
す。また、先般の新潟での地震などで見られたよ
5というそれぞれの要介護度別に、どのような原
うに、それまでは田や畑を耕し、社会参加が十分
因で要介護状態になったかを示したものです。要
に行われて活発な生活を行っていた高齢者が、地
介護度が高い方々には脳卒中を原因とする方が多
震によって住む場所を失い、避難所である体育館
い一方、軽度の方々には廃用症候群によって要介
に来られた瞬間から、生活機能が急速に低下する
護状態になっている方が多いことがわかります。
こともあります。新潟県では、地震によって生活
先ほど申し上げたように、軽度者が増えている状
機能が低下し要介護状態を来した高齢者の問題が
況の中で、廃用症候群対策を本格的にやって行か
大変大きな問題になっていると聞いております。
なければ、この介護予防の効果はなかなか上がら
このように、住む場所が変わった、日常生活の
ないということになります。従って、介護予防の
暮らし方が変わった、ということによって急速に
キーワードの一つは廃用症候群です。
生活機能の低下を起こす廃用症候群とどのように
さて、それだけでいいのかどうかが次の問題で
対峙していくのか。日頃から日常生活を活発にす
あります。廃用症候群は日頃身体を使わない、あ
るだけではなくて、むしろ重要なことは図8の中
るいは生活が不活発で起きる全身の機能低下で、
の矢印にあります。つまり、生活機能が低下した
非常に簡単に生じるという特徴があります。図8
時に速やかにそれを発見し、速やかに支援するこ
は廃用症候群が生活機能をいかに低下させるかを
とが必要になってくるのです。それを見過ご せ
模式的に示したものです。生活機能を縦軸とし
ば、結果的に低下した生活機能の状態をスタート
て、横軸を時間としますと、時間が経つに従って
として、またさらに廃用が進むことになりかねま
せん。この矢印は「水際作戦」と呼ばれています。
実は今回の介護予防の最大の狙いは、この「水際
作戦」にあると言っても過言ではありません。廃
用症候群対策の中でも、この水際作戦が最も重要
だということになります。
廃用症候群の過程で生じる急激な生活機能低下
を最初に見つけられる人は誰かと言えば、私は開
業の先生をはじめとする医療関係者ではないかと
考えます。つまり、風邪をひいて診察室に現れた
高齢者、熱がある高齢者、食欲がない高齢者、そ
ういう方を見つけた時に、その方が生活機能を取
り戻すための対策を速やかに打つことが重要で
― 63 ―
す。今まで、先生方は、おそらくそういうことに
括支援センターは、言わばワンストップサービス
気がついていながらも、高齢者の支援を誰が受け
を行う場であります。第一線であるセン ターか
持つのかという役割分担が地域で形成されていな
ら、第二線、第三線に利用者を後送する必要があ
い為に、そのような方が現れても、治療し、そし
ります。
てお家に帰って安静にしてくださいねと言うこと
課題は地域包括支援センターを設置するに至る
で終わってしまってはいませんでしたでしょう
プロセスの中で、どのような形で第二線、第三線
か。高齢者を診た時に、お大事にと言ってはいけ
を築いていくのかということです。そういうもの
ないという人もいます。お大事にと言うと、本当
を議論していくこと自体が、実は今回の介護保険
に寝てしまうというのです。過度な安静が一番問
における介護予防の根幹であります。地域包括支
題であるという指摘です。勿論、高齢者を大切に
援はとりもなおさず、高齢者を支える地域のネッ
してはいけないということではないと思っており
トワークです。しばしば言われることであります
ます。
が、介護保険導入後はそれまであったいろいろな
では、先生方が、生活機能が低下した人を発見
地域での支え合いの体制が大きく崩れて、何でも
したらどのようにすればいいのか。今回そのため
かんでもとにかく介護保険のサービスを利用でき
に設けられるのが、地域包括支援センターだと私
ればいいというような、悪く言うと非常に安易な
は思っています。地域包括支援センターに連絡し
流れができているのではないか。その流れを止め
ていただければ、地域包括支援センターの保健師
ていくことが必要です。そういう流れに楔を打っ
か、あるいは市町村の保健師か、とにかく誰かが
て、新たな地域づくり、町づくりを地域の中で広
市町村の役割分担に基づいて、速やかにその人を
げていく。それが地域包括支援でありまして、そ
支えるための行動を起こすことが重要になってき
の拠点となるのがたまたま地域包括支援センター
ます。そういう取り決めをどのようにして決める
であるのです。
か、また、取り決め自体をどのように作るのか。
つまり、地域ネットワークづくりの議論をしな
実は、そこが今回の地域包括支援センターの一番
いでセンターを決めるのではなくて、地域のネッ
重要なところだと私は思っています。
トワークづくりの議論をした上に、さらに、では
従って、地域包括支援センターの重要なところ
どのように拠点を置くのかという議論に及ぶこと
はセンターという組織そのものではなく、地域包
が重要になってくる。その議論が逆になって、地
括支援のための活動部分です。どのような場でこ
域包括支援センターをどこに置くのかという議論
のことが決められるのかと言えば、多分それぞれ
だけで終わって、地域包括支援が提供される基盤
の市町村で行われている、来年度以降の介護保険
がないまま地域包括支援セン ターが立ち上がれ
事業計画の検討の場ではないでしょうか。市町村
ば、誰も支えてくれないセンターができてしまう
ごとに、高齢者をどのように支えていくのかとい
だけです。第二線、第三線があるから地域包括支
う方法論は多分違っています。なぜかと言えば、
援センターが生きて行けるのであって、地域包括
そこにある保健・医療・福祉の資源の量や種類、
支援センターが何もかも抱え込めば大変なことに
さらには地域社会のありかたそのものが違うから
なります。そういう意味で、今回、地域包括支援
です。それぞれの地域にユニークな高齢者の支え
センターができることは、結局先生方が日頃診察
方をしていく必要があります。そのために、まさ
されている高齢者を、診察室以外で支える手が増
に地域での事業計画を定めることが必要になって
えてくることであると思います。
きます。検討の際に、それぞれの地域で地域包括
さて、介護予防とはすなわち要介護状態の予防
支援センターは何をし、地域は何をしなければい
や、あるいは要介護状態の軽減や悪化の防止を行
けないのか。地域包括支援センターがあるから地
うこととされています。つまり、そもそも要介護
域包括支援ができるわけではありません。地域包
状態にならないようにする。そして残念ながら要
― 64 ―
介護状態になった方でも、それが重くならないよ
でモデル事業を実施した際にも心筋梗塞の既往の
うにする。これが考え方です。そのために今回行
ある方は筋力トレーニングができないので介護給
われるのが予防給付です。従来の予防給付ではな
付の対象にした市町村があったと聞いています
かなか介護予防の効果が上がっていないという指
が、それは全くの間違いでありまして、むしろ心
摘もあることから、区別を明確にするためにしば
筋梗塞があるとかないとかではなくて、その方の
しば新予防給付と言われていますが、法律上は予
状態を良くしていくことを明確にしたサービスが
防給付とされています。そして、まだ要介護状態
整えられているのが新予防給付なのです。
になっていない方に対しても、地域支援事業の中
また、要介護状態になっていない方に対して
で介護予防事業が今回導入されることになりま
は、地域支援事業が提供されることになります。
す。
新予防給付と地域支援事業を統括してケアマネジ
もう少し具体的に申し上げれば、地域の高齢者
メントを行うのが、地域包括支援センターです。
の中には、要介護状態がかなり進んだ方もおられ
地域包括支援センターの役割は、介護予防ケアマ
れば、まだ活動的な状態を過ごされている方もお
ネジメントであると誤解をされているところがあ
られる。そういう中で要介護認定の申請があった
りますが、先ほど申し上げた通り、地域包括支援
時に、今の要介護状態区分で言いますところの要
センターの概念はもっと大きく、地域全体のケア
介護1の方々については、要介護状態の維持ある
マネジメント、すなわち、メタケアマネジメント
いは改善可能性があるかどうかを介護認定審査会
と言ってもいいと思いますが、個別の介護予防ケ
で見ていただいて、要介護状態の改善が困難で
アマネジメントはそのうちのごく一部に過ぎない
あったり、可能性がかなり低い方に対しては介護
ことを強調しておきたいと思います。
給付、要介護状態の改善の可能性があると判断さ
さて、新予防給付とは筋力トレーニングだとい
れれば新予防給付を提供するというルールになり
うのは間違いだと申し上げましたが、まず、要介
ます。
(図9)新予防給付の対象になれば、その方
護状態にある高齢者の方々に対してどのように
の状態の改善を目指して今までとは違うサービス
サービスが展開されてきたのかということについ
が提供されますから、私に言わせれば多くの高齢
て、ある意味で反省を込めてお示ししているのが
者はむしろ新予防給付をまず使っていただいて、
図1
0です。例えば転倒骨折や廃用症候群によって
そこで状態が改善するかどうかを見極めていただ
要介護状態を来しているという方がおられた時
いてもいいのではないかとも思います。残念なが
に、今までどのようなサービスを提供してきたか
ら若干の誤解があって、新予防給付とはすなわち
というと、その方が、今「できないこと」
、
「して
筋力トレーニングのことだと思われていて、地域
いないこと」を外からのサービスで補充・補填す
― 65 ―
るように介護サービスを提供してきたのではない
というとサービスの種類やプログラム等に目を奪
かと言うことです。例えば炊事ができない、掃除
われがちでありますけれども、本質的に重要なこ
ができない、というようなことがあれば、本人に
とは、このようなケアマネジメント機能の強化で
代わって炊事や掃除をしてくれるヘルパーを提供
す。ケアマネジメントが適切に行われ、サービス
するということです。掃除や洗濯など、その方が
が適切な内容であれば、その人の能力が回復する
確かに今はできないかもしれないけれども、軽度
余地が出てきます。そういう点では、廃用症候群
の方で改善可能性があるということであれば、今
の原因を取り除き、さらに利用者の意向に基づい
「していないこと」
、
「できないこと」が「できる
てサービスを提供することはいうまでもないこと
こと」になるかもしれない。そして、
「できること」
ですが、何よりも強調しておきたいのは、本人に
が、日常的に本人が「していること」になるかも
積極的な意欲を持って頂くことの重要性です。意
しれない。今「していないこと」を誰かが代わっ
欲がなければ、
「できないこと」が「できること」
てやってしまっては、たとえ、それが「できるこ
になったり、
「できること」が実際に「しているこ
と」であってもその人はそのことを永久にしなく
と」になるには、なかなか困難であると考えられ
なってしまいます。
ます。
これから必要なことは、要介護状態になった直
さて、地域包括支援センターについては、先ほ
接の原因を分析することと同時に、それを受け
ど申し上げた通りで、様々な役割を担うことにな
て、なぜそういう状態になったのかを分析するこ
ります。ここで、しばしば誤解されることは、例
とです。
(図11)従って、その原因の背景や遠因を
えば介護予防のケアマネジ メントは保健師の仕
解消するためのサービスが必要になります。つま
事、地域におけるネットワークづくりは主任ケア
り一言で言えば、今「できないこと」を「できる
マネージャーの仕事、被保険者からの総合相談や
こと」にすること、そして今「できること」を「し
権利擁護は社会福祉士の仕事と思われがちである
ていること」にする。今「できること」であるか
ことです。それでは分業になってしまいます。先
らといってそれが「していること」であるかどう
ほどの「水際作戦」で先生方の役割が大きいと申
かは別です。今「できること」だけれどもしてい
し上げたのは、先生方をはじめとして、多くの人
ないままにするのではなくて、
「できること」であ
たちがその「水際作戦」に参加することが重要で
れば本人にしていただく。
「本人ができることはで
あるからです。大切なことは多職種協働、つまり
きるだけ本人が行う」ことが今回の介護予防にお
多くの職種の人たちが協力しながら働くというこ
けるサービス提供の基本的な考え方です。
とで、地域包括支援センターの業務も当然多職種
今回の介護予防のサービス提供では、どちらか
協働です。総合相談は社会福祉士が受けることと
してしまうのではなくて、例えば保健師や主任ケ
アマネジャーそれぞれが、それぞれの能力、特殊
性を活かしながら参画することが求められます。
そして地域包括支援センターに関して何よりも
重要なことは、市町村ごとに置かれる運営協議会
の役割です。運営協議会を通じて、地域の中での
具体的なネットワークづくりの議論が進んで行か
なければいけません。地域包括支援センターに配
置される職員は、この運営協議会のメンバーから
推薦されることも多いと考えられます。医師会の
先生方、社会福祉協議会、その他いろいろな方々
がこの運営協議会に加わってくると思いますが、
― 66 ―
それはまさに地域包括支援センターを支えること
行う」という精神に基づいて言うならば、そのよ
を意味します。例えば、医師会の関係医療機関か
うな福祉用具の使い方は誤っていることになりま
ら保健師を推薦することもあるでしょうし、主任
す。このように、福祉用具を含めて三大サービス
ケアマネジャーも送ることがあると思います。そ
が現在利用されていますので、もちろんこの三大
ういう人材を送る支持母体となっていただかなけ
サービ スについては新予防給付の対象になりま
ればいけない。つまり、運営協議会は、地域包括
す。軽度者のサービスの費用で言いますと、およ
支援センターを支えるための様々な支援を行うこ
そ8割から9割ぐらいがこの三大サービスで使わ
とになるのです。従って、地域包括支援センター
れている現状です。
が具体的にどこの法人に委託されるかということ
その他にも医療系サービスとして、訪問看護、
が重要なのではなくて、委託を受けた法人を地域
訪問リハビリテーション、居宅療養管理指導など
包括支援センター運営協議会が支えていくことに
のサービ スが提供されますし、それ以外でも、
なるので、地域包括支援センター運営協議会に参
ショート ステイやグループホーム等、合計1
6種類
加することは、それだけの責任と義務が生じてく
のサービ スが新予防給付にはございます。従っ
ると考えていただいた方がいいかもしれません。
て、新予防給付=筋力トレーニングということで
さて、介護保険の今回の新予防給付は筋力ト
は決してないと言うことはご理解いただけること
レーニングではないと申し上げましたが、どうい
と思います。むし ろ筋力トレ ーニングというメ
うサービスが対象になるのかを具体的にお話しし
ニューはありません。もし筋力トレーニングをや
たいと思います。現在、軽度者に利用されている
りたいのであれば、通所介護、通所リハビリテー
三大サービスがあります。1つは訪問介護であり
ションの中でしていただ くことが基本になりま
ます。新予防給付では介護予防訪問介護と呼ばれ
す。
ます。一時、新予防給付では訪問介護が使えない
このように、今回、新しいプログラムとして運
と言われたことありますが、適切なケアマネジメ
動器の機能向上、栄養改善、口腔機能の向上が加
ントの下で、生活機能が維持できるのであれば訪
わります。栄養改善は、高齢者の間に低栄養状態
問介護も使えます。先ほど申し上げた通り、本人
の方が非常に多いことを踏まえたものですが、栄
が掃除ができるにも関わらず、ヘルパーさんが代
養を取るためには口からしっかり食べられるよう
わってしてしまうことでは決してありません。
口腔機能の向上が必要になります。口腔機能の向
2つ目のサービ スが通所介護、通所リハビ リ
上とは、口の中をきれいにすることだけではなく
テーションです。ここでは運動器の機能向上など
て、むしろ摂食嚥下機能を高齢者につけていただ
のプログラムが入ってきます。運動器とは骨や関
く、あるいはその維持を図っていただくことが趣
節そしてそれを支える筋肉を捉えたものとなりま
旨であります。要は、運動をするためには栄養が
す。も ちろん、このプログラムの中には筋力ト
取れていることが条件であり、栄養を取るために
レーニングも入るかもしれませんが、転倒予防の
は口から栄養が摂れることが条件になるので、こ
ためのバランス訓練、ストレッチなど、様々なこ
の3種のプログラムはなるべくならば連携して行
とを通じて、その方に身体を動かしてもらう、運
われることが望ましいと考えられます。
動をしていただ くことが主体になってまいりま
運動器の機能向上については、国会審議での大
す。
きな焦点になりました。実施場所としては通所介
それから、3番目のサービスが福祉用具の貸与
護、通所リハビ リテーションの場を想定します
です。福祉用具はしばしば誤って利用されており
が、当時、新予防給付=筋力トレーニング=マシ
ます。例えば、歩けるのに車椅子、起き上がれる
ンとなったので、国会審議の中では、
「マシンの費
のに電動ベッドを利用するということがあっては
用に報酬は払いません。
」という答弁になりまし
いけない。
「本人ができることはできる限り本人が
た。さらには、資格ビジネスのようなものが出て
― 67 ―
きたので、
「新たな資格制度も作る予定はありませ
す。このことを栄養士さんの責任に帰するのは極
ん」との政府からの答弁がありました。
めて不適当だと思いますが、一方で、栄養の問題
低栄養の問題は大変深刻な状況でございまし
で言うならば、栄養指導という名のもとに、塩分
て、図12にありますように、入院されている方の
が多いものは食べては駄目、油っぽいものは食べ
4割は低栄養状態です。また、在宅医療を利用さ
ては駄目、コレステロールが上がるようなものは
れている方の3割、外来でも1割の方が低栄養状
食べては駄目と言って、栄養指導するばかりで、
態になっています。人間ドックでは低栄養者の割
結局高齢者が食べたいものが食べられないという
合はほとんどゼロということから考えると、健康
状態を生んできたのではないかということです。
な高齢者にはあまり見られないと考えられます。
ただでさえ味覚が落ちている人たちが、塩分が薄
このように、なんらかの原因で入院したり、ある
ければ、食べられなくなりかねない。そういうこ
いは病気を持っているような方に対して、低栄養
とから、
「少しぐらい塩分が多めでもいいじゃない
状態の改善を図っていくことは極めて重要であり
ですか。油っぽかったっていいじゃないですか。
ます。低栄養状態に対して十分対応しているとい
それよりも食べていただくことが大切です。
」と
う自負を持っている施設長さんと話したところ、
強調したいと思っております。
その方は「もちろん毎月体重を量っている」と言
高齢者が低栄養状態にあると、タンパク質が足
われましたけれども、栄養対策の目標を伺ったと
りなくなってADLが低下し、寝たきりになって、
ころ、
「施設入所時の体重を維持することを目標に
褥瘡ができて、誤嚥性肺炎になり、感染症が生じ
しています」とのお答えでした。でも、これでい
て死んでしまうという負のスパイラルの模式図が
いのでしょうか。在宅にいる時にはすでに低栄養
あります(図1
3)
。この図はおそらく医療モデルと
状態なっている可能性が高いわけですから、入所
しては正しいと思います。でも、これを見て高齢
時の体重を守っているだけではなく、どのように
者が、
「では私はご飯を一生懸命食べよう」と思う
高齢者に食べていただくかを、真剣に考えなけれ
でしょうか。多分違うと思います。高齢者にとっ
ばならないと思いますます。
ては、食べることそれ自体が楽しみであるのです
管理栄養士さんといろいろ議論をしたのです
から、食べることを楽しんでいただくことが大切
が、結論から言うと、好きなものを好きなだけ食
です。食事が楽しければ、食べられる身体をめざ
べていただくことが大切ではないかということに
すでしょうし、タンパク質やエネルギーが摂取で
なりました。これはちょっと栄養士さんには聞か
きれば、身体機能、生活機能、免疫機能が維持さ
せたくない話でありますが、よく言われるのは、
れて、結果的にQOLの高い生活になっていくこと
栄養士が献立を作ると食事がまずいということで
を高齢者に十分に説明していくことが重要です
― 68 ―
向で、議論が進んでいます。
ところで、あえて申し上げれば、介護予防は目
標ではなく、手段です。高齢者が介護予防の取組
を通じて、例えば、運動機能が向上し、栄養状態
が良くなったこと自体が幸せなのではなく、改善
した結果として、自分がやりたいものができるよ
うになる、つまり自己実現が達成できるというこ
とに幸せがあるのであって、それを支えていくも
のとして介護予防が位置づけられる必要がありま
す。仮に、介護予防自体が目標だとするならば、
「介護予防のためだったら死んでもいい」という
ことになってしまいます。そんなことはありえな
(図1
4)
。
い。介護予防の取組の中で、自己実現の例として
つまり、高齢者に関して大切なことは、先ほど
高齢者にいろいろな話を伺いました。例えばこう
見ていただいたように、医学的には正しいこと
いう話があります。運動していく中でだんだん元
と、その人が充実した生活をしていくこととは必
気になってきて、今まで車で送り迎えしてもらっ
ずしも一致しないということです。悪い意味での
ていたのがバスで来られるようになった。そして
医療モデルではなくて、いわゆる生活モデル、つ
最後には、そのお年寄り曰く、電車に乗って隣町
まり高齢者の生活を支えていく立場からの医学的
に住む孫の顔を見に行くんだ、と言うことでし
な支えが本当に必要だと思います。つまり、病気
た。
を治すことをめざすのではないということです。
つまり、そのお年寄りにとっては孫の顔を見る
そこで、今回、新予防給付としてどのような形
が自己実現であって、そのために筋力トレーニン
でサービ スが提供されるのかということについ
グをして身体を元気にしたい。孫の顔を見られた
て、審議会で議論いただいた内容についてお伝え
ら死んでもいいというのがあるかもしれません
したいと思います。軽度の方々に対する通所介護
が、筋力トレーニングができるなら死んでもいい
については、通所介護の場に高齢者がいるだけで
とはならない、ということだと思います。
必要になるいろいろな手助けや支援を共通的サー
そして本人の意欲をかき立てることも重要で
ビスとして提供することになりますが、これに加
す。そうでなければ、通所リハビリテーションの
えて、高齢者が楽しいと思うようなサービ スの
場にいる時だけ活発であって、家に帰ればずっと
他、運動器の機能向上や口腔機能の向上、栄養改
寝ていることになってしまう。地域のネットワー
善という取組に対して、選択的サービスとして給
クがなければそういう努力が続かないことになり
付することが議論されています。今までの通所介
ます。地域のネットワーク作りを通じて町づくり
護のように、時間単位で報酬を請求するのではな
をしていくことが重要になってきます。また、栄
くて、月決めの定額報酬にしてはどうかともいわ
養改善は1
0月からの施設給付で取組が始まりまし
れています。つまり、1カ月間いくらということ
た。
で、例えばその通所介護に何回通おうと報酬や自
4月からの介護報酬の見直しでは、1
0月の報酬
己負担は同じになります。同じように、通所リハ
改定の影響も勘案することにしております。つま
ビリテーションでは、必ずリハビリテーションを
り、補足給付などが行われましたので、それに
していただいた上に、運動器の機能向上、口腔機
よって利用者負担が変わったこともあり、例えば
能の向上、栄養改善のプログラムが加わってきま
事業所の収益がどのように変化するかということ
す。通所介護と同様に月決めの定額報酬にする方
を見据えた上で、4月の報酬改定を行うこととし
― 6
9 ―
ています。
地域密着型サービスが導入されることに伴った報
今回の報酬見直しの中で重要であると思うの
酬設定が行われます。そういう意味では、レギュ
は、栄養改善の報酬であります。もちろん、栄養
ラーな3年おきの改定に加えて、新規サービスの
改善自体が重要であるということもありますが、
報酬設定を行うことになります。予防給付の内容
報酬の構造に注目する必要があります。栄養改善
は今までの内容と随分変わりますので、今年の6
については、まず、従来通り、管理栄養士や栄養
月以降、審議会の中に介護予防ワーキングチーム
士が置かれているかどうかを評価しています。つ
を置いて、これについての議論を精力的に進めて
まり、ストラクチャー(構造)の評価が入ってい
いただきました。その中で、例えば通所介護、通
ます。それから、栄養ケア・マネジメントが行わ
所リハビリテーションについては、従前、成功報
れているかどうかというプロセス(過程)の評価
酬と言われていた内容を改めて、事業所評価とし
が加わりました。それから、口から食べられるよ
て報酬を導入して行ってはどうかということが提
うになるための努力が払われているかどうかにつ
案されています。
いての評価も入りました。つまり、もしそれがう
つまり、介護予防通所介護などに通っておられ
まく行っているのであれば、報酬を引き続き支払
る方の要介護状態の改善傾向が、通常の事業所よ
うという形で、アウト カム(結果)の評価が加
りも高ければ、その事業所に対して一定の報酬上
わったのです。審議会では、今までどちらかとい
の加算をしていってはどうかということが議論さ
うとストラクチャー、例えば体制があるかどうか
れるなど、従前の報酬体系とも違った形のものが
を評価してきたものが多かったものを、次第にプ
示されています。従前の成功報酬論で言います
ロセスやアウトカムの評価に重点を移していくべ
と、成功報酬というのは言わば弁護士の報酬と同
きではないかという議論がございます。
じように、うまく弁護ができて無罪になったり、
このように、栄養改善に関する報酬体系は、4
あるいは賠償が払われるならば、その賠償金の1
月以降の報酬改定の考え方を先取りしたものに
割をいただきますとか、そういう個々の成功に対
なっていると思います。今後、報酬改定について、
して一定の報酬を払うという考え方なのかもしれ
いろいろな議論が行われると思いますが、プロセ
ませんが、今回の加算では、その事業所全体が効
ス評価の方に軸足を移した報酬の仕組みがおそら
果の高い事業を展開している、つまり事業所の
く今後議論されるのではないかと思います。
サービスの質がより高いことを評価した報酬にし
最後に、今後の報酬のスケジュールについて、
てはどうかということになりますので、今回は成
お話申し上げたいと思います。来年4月の改定事
功報酬という言葉は使わず、事業評価の報酬とい
項としていくつかございますが、通常であれば3
う言い方をしております。
年に一度の見直しになるわけでございますが、今
審議会では、予防についての議論が一段落した
回の制度見直しによりまして、新規に入ったサー
後、既存のサービスとして居宅系サービス、つま
ビスやサービスの内容が見直されるものがござい
り、訪問介護、通所リハ、通所介護等についての
ます。その代表が予防給付でありまして、予防給
議論が終わり、昨日開催された審議会では施設
付は先ほど申し上げた通り、サービスの提供方法
サービスについての議論が一通り行われました。
が従前の提供方法と大きく変わってきます。例え
施設サービ スの論点として一番強調されたこと
ば、今までの時間制から月決めの報酬に変わって
は、高齢者の施設機能として、生活重視型施設、
くるように、予防給付の内容が変わることに基づ
つまり高齢者がその場で生活をすることについて
いた新たな報酬設定が必要になってくることが1
の機能を高めた施設類型、在宅復帰や在宅支援型
点ございます。
施設、医学的管理型施設の三種類がある中で、介
それから2つ目は、小規模多機能型居宅介護
護保険と医療保険共通した考え方に基づいて一定
や、あるいは夜間対応型訪問介護等、いくつかの
の整理ができるという点で6年に1回のチャンス
― 7
0 ―
である介護報酬と診療報酬の同時改定ということ
この時期については診療報酬よりも介護報酬の方
を勘案すれば、医学的管理型施設について、介護
が早くなると思われます。その理由は、介護保険
保険と医療保険での高齢者慢性期の対応が大きな
は1月に諮問答申をいただかないと、市町村が条
テーマではないかとされたことです。1
2月7日に
例で保険料を定められないことになるからです。
次の審議会が予定されていますので、引き続きこ
介護保険は市町村を保険者とする地域保険であり
の問題については議論していくことになっており
ますので、保険料の徴収にはそれぞれの市町村で
ます。
保険料に関する条例を改正していただく必要があ
さて、スケジュール全体としては、1
2月に予算
ります。条例改正は、2月から始まる議会で行わ
編成が行われますので、それに伴って、改定率に
れるのですが、2月に条例改正案を議会に提出す
ついての議論が出てくると思います。改定率につ
るためには、1月の段階で報酬額が具体的に決
いては、1
0月に行った報酬の改定によって、平年
まってないと今後3年間の保険料計算ができない
度化すれば大体3千億円ぐ らいの給付の縮減に
のです。そういう意味で介護報酬に関する諮問答
なっていると考えています。いま大体6兆円ぐら
申は、言わば最終時期が定められているというこ
いが総費用で、その半分半分が在宅、施設だとし
とになります。
ますと、施設の給付はおよそ3兆円。そのうちの
審議会からの答申を受けて、事業者の方々にも
3千億円、つまり10%に相当する部分が今回給付
様々な準備をしていただいた上で、来年4月から
外になったと言うことです。ただし、ただ単に施
の報酬改定が施行されることになります。来年の
設の給付を下げただけではなくて、利用者に一定
4月ということは、事実上、4カ月しかないわけ
の費用負担をしていただき、また、保険財源から
でありまして、来年の1月までかなり密度の高い
補足給付が行われるので、それぞれの施設への経
議論を行う必要があると考えております。
営影響は1
0%には達しないと思います。1
0月の報
大体予定された時間が参りました。今日は介護報
酬改定というのは、通常であれば来年の4月に行
酬のとば口まで入ったところで終わりますので欲
われる報酬改定の一部を先取りしたものであり、
求不満になられる先生方もおられるかもしれませ
来年の4月、まっさらな状態で報酬改定を行う診
んが、お許しいただきたいと思います。残された
療報酬とはちょっと位置づけが違うのではないか
短い時間の中で、新予防給付をはじめとして準備
と内心は思っていますが、いずれにせよ予算編成
を重ねていくことになりますが、厚生労働省だけ
の過程で、政府そして与党の間でいろいろ議論が
で準備をすればいいということではなくて、先ほ
あると考えております。
ど申し上げた通り、地域包括支援センターの準備
来年の1月には報酬の具体的な単位数、例え
を含めて、具体的には地域での議論が不可欠であ
ば、訪問看護は何単位であるということについ
るということを強調させていただいて、私の話を
て、具体的な数字を入れた形で審議会に対して諮
終えたいと思います。
問を行い、答申をいただく必要があります。多分、
今日はどうもありがとうございました。
― 7
1 ―
第2
4回 庄内医師集談会抄録
日 時 平成17年1
1月27日蚊
場 所 酒田地区医師会
一般演題
1 アデノウイルス感染症と肺炎合併例について
鶴岡市立荘内病院 小児科 ○高野稔明 庄司圭介
高橋勇弥 佐藤英利
原田和桂 吉田 宏
伊藤末志 AD肺炎は40℃ 以上の発熱を呈し、強い咳嗽が
を合併した3例中1例は培養から菌を検出せず細
出現するが重症感に乏しいと言われている。また
菌性肺炎は否定的であったが、ウイルス分離など
臨床症状からマイコプラズマ肺炎と誤診されるこ
を施行しておらずAD肺炎かどうかの確証を得る
とが知られている。2
0
0
3年1
1月から2
0
0
5年9月ま
ことは出来なかった。また、CRP,WBCが高値を
でに発熱を主訴に来院し、チェックADまたは咽
とる症例も多く、抗生剤を余儀なくされ細菌性肺
頭拭い液からのウイルス分離において陽性であっ
炎として治療されている可能性が高いと考えられ
た1
56例を対象として調査を行った。結果として、
た。AD肺炎が重症化すると重篤な後遺症を残す
平均年齢は3歳5ヶ月、肺炎合併数は3例で全体
こともあるため、今後はAD肺炎も念頭においた
の1.
9%であった。調査期間中は肺炎の原因と言
チェック体制を構築していく必要があると考え
われているAD7型の流行は認めなかった。肺炎
た。
2 マイコプラズマ感染症早期診断のためのIgM抗体測定の意義
鶴岡市立荘内病院小児科 ○原田和桂 高野稔明
庄司圭介 高橋勇弥
佐藤英利 吉田 宏
伊藤末志 マイコプラズマIgM抗体による早期診断につい
血清による抗体価の測定は3
9例で行われ、抗体価
て検討した。対象は2
0
0
4年5月∼2
0
0
5年2月に小
の上昇を認めたものは4例(1
0.
4%)であった。
児科でマイコプラズマIgM抗体を測定した男児9
0
また、すでに抗体価の上昇を認めたものは2例
例,女児8
5例の計175例。平均年齢は3歳1
0ヶ月
で、IgM抗体陽性例でマイコプラズマ感染症と診
で、IgM抗体陽性は8
4例、陰性は9
1例であった。
断されたのは合計6例(7.
1%)であった。IgM抗
IgM抗体陽性と陰性例で年齢、症状の経過と血液
体陰性例では抗体価の上昇を認めたものはなかっ
検査において有意差はなかった。IgM陽性でペア
た。以上よりIgM抗体陽性のみでのマイコプラズ
― 7
2 ―
マ感染症と診断するのは危険であり、抗体価の上
陰性の場合にはマイコプラズマ感染症が否定でき
昇を評価する事が重要と思われた。またIgM抗体
ると思われた。
3 小児急性虫垂炎におけるCT診断の有用性
鶴岡市立荘内病院 小児外科 ○渡邉真実 外科 三科 武 鈴木 聡
二瓶幸栄 松原要一
【目的】当院では小児急性虫垂炎の診断に積極
例は5
7例(3
0%)であった。組織型に関しては、
的にCT検査を取り入れ、手術適応を決定してお
前期のCT未施行群ではカタル性が3
0%を占めた
り、その有用性について検討した。
【対象と方法】
が、後期のCT群ではカタル性が1
0%と減少した。
1
99
5年1月から2004年1
2月までの1
0年間に当科を
CT群では壊疽性が半数以上を占めており、重症
受診し、急性虫垂炎が疑われた延べ3
6
0症例(手術
例が多く認められた。CT施行後手術となった7
0
症例1
50例を含む)を対象とした。
例に関して、壊疽性、蜂窩性を手術適応とし、カ
CT検査の少ない19
9
5年から1
9
9
9年までを前期、
タル性を保存的療法の適応とすると、CT診断か
CT検査が 頻 用 され るよ うに な った2
0
0
0年 から
らみた手術所見との整合性に関して、組織型と
2
00
4年を後期とし、検討した。
【結果】前症例に占
CT所見の間には関連がある傾向が認められた。
める手術の割合は年々減少傾向を認めた。前期で
感度は9
0%で特異度は6
0%であった。
【考察】CT
は全1
67例中、CT検査施行は2
0例(約1
2%)で、
検査の導入が、全体の手術数の減少、特にカタル
手術施行例は93例(5
6%)であり、後期では全1
9
3
性虫垂炎の手術症例の減少(p<0.
0
1)に寄与し
例中、CT検査施行は1
4
3例(7
4%)で、手術施行
たと考えられた。
4 「風邪をひいたようです」を主訴として来院した5例
ほんまクリニック ○本間健太郎
「風邪は万病のもと」といわれるが、感冒様症状
り感冒として来院。発熱が持続するため他院に入
を主訴に来院し異なった経過、診断をとった5例
院。その後、感染性心内膜炎と診断され大動脈弁
を経験した。
置換術となった。
【症例5】6
8歳、男性。拡張型心
【症例1】47歳、女性。咽頭通、発熱を主訴に来
筋症の診断にて外来通院していたが、
「風邪をひい
院したが亜急性甲状腺炎であった。
【症例2】8
0
いた」と訴え来院。胸部レントゲンで肺うっ血像、
歳、男性。本人が「風邪をひいた」と来院したが
BNP上昇を認め心不全の増悪であった。
検査結果から骨髄異形成症候群が疑われた。
【症
〈結語〉
「風邪」の訴えであっても丁寧に理学的
例3】23歳、女性。感冒として治療していたが、
所見をとること、必要に応じての検査、基幹病院
急速に進行する中枢神経症状を呈し急性ウイルス
との連携が大切であると考えられた。
性脳炎であった。
【症例4】6
5歳、男性。発熱があ
― 7
3 ―
5 成人発症喘息患者に関した諸問題に対する検討
−過去7年間受診2
3
0例について−
佐藤循環器科・内科 ○佐藤菅宏
ガイドラインの成人喘息での診断の目安は、早
因で咳が併発した例は、喘息準備状態(咳喘息状
期の診断・治療に役立たない。
態)を示唆し、早期治療が望まれた。当院直診群
成人発症喘息の初期治療の遅れが問題視されて
は、問題となる背景があっても、罹患期間(2週
いる。その問題点を分析し、早期治療に役立てる
以内は7
2%)が短かく、受診後早期治療による長
ために、受診患者(2
3
6例)について、次の4項目
期寛解例が多かった。一方、罹病期間(2ヶ月以
1.初発状況 2.喘息発症の背景 3.初発症
上は6
8%)の長い他医経由診群の内、通年性アレ
状から当院受診までの罹病期間(a.当院直診群:
ルギー性鼻炎例や有害粉塵の多い職場環境下での
1
12例 b.他医経由診群:
1
2
4例)
4.当院受診
長期従事例では、主症状の咳が治療により短期的
後状況 を検討した。
に寛解すると、喘息準備状態と認識されず、不適
(結果)原因・誘因を問わず、咳初発型喘息(咳
切な治療経過のため難治化し、当院受診後に継続
が 始 ま り で、喘 鳴 の 併 発・移 行)の パ タン が
通院となる例が多かった。
(7
6%)と突出して多く、初発状況の分析結果は、
以上、咳が主症状の喘息準備状態(咳初発型喘
早期治療の開始に有益でした。喘息発症前に、治
息、含む咳喘息)を早期キャッチすることが重要
療遅れの原因となり得る背景があり、背景にアレ
であり、早期治療で、罹病期間の短縮と気道炎症
ルギー性鼻炎のあるものは1
3
1例(5
5.
5%)と多
の改善により、長期寛解に持ち込めると考えられ
く、喘息発症との関連性が注目された。何かの誘
た。
6 腹部症状より急激に不幸な転帰をみた女子中学生の1例
酒田市飛島診療所 ○杉山 誠
若年者の死亡は殊のほか沈痛な感を抱く。症例
出血を認め、投与薬剤によるアナフィシーショッ
は14才の女子中学生。元気で夕食を摂って就寝し
クによるものと考えられた。回盲部には疾患も多
たが夜半に腹痛出現。翌日受診した近医はカタル
く、とりわけ虫垂炎は卑近な疾患である反面、予
性虫垂炎と診断。大病院が休診日ということもあ
期せぬ疾患にも遭遇し慎重を要す。その中から本
り、抗生剤、鎮痛剤を投与し保存的に治療しよう
症例も含め、虫垂癌が直腸に浸潤し直腸癌と診断
と し た。し かし そ の 後 症 状 は 増 悪し、やが て
されたものや、石灰化物充満による慢性虫垂炎の
ショック状態となり緊急病院に担送されたが発症
他に、主症状は複数の縫針の穿刺による盲腸炎で
後全経過1日半で死亡した。剖検結果、虫垂病変
あった例など虫垂にまつわる診断困難だった例を
は診断通り軽度とみられたが、同部を含む消化
供覧した。
管、クモ膜下、子宮内膜、気道など広汎に毛細管
― 7
4 ―
7 当院におけるソ径ヘルニア手術の現状
山形県立日本海病院外科 ○水落宏太 鈴木 晃
坂井庸祐 長谷川繁生
佐藤 清 鈴木真彦
当院のソ径ヘルニア手術の現状について報告す
発例を見たが、手術見学に行き術式の一部を変更
る。観察期間は平成1
6年1月から平成1
7年1
0月ま
してからは再発例を認めていない。手術時間も症
での2
2ヶ月間。年齢は1
1ヶ月から1
0
0才であった。
例を重ねるごとに短くなっている。また術後在院
症例は155人(164例)であり成人は1
0
4人(1
1
1例)
期間を比較してみるとKugel法が短い傾向にあっ
であり小児は51人(5
3例)であった。このうち成
た。Kugel法は理にかなった修復法であり、今後
人症例につき検討した。Mesh-Plug法で行った症
も症例を重ね手術時間・入院期間の短縮や再発率
例が4
0人42症例であり、Kugel法で行った症例が
の低下を目指していく。
5
4人5
9症例であった。Kugel法の初期の症例で再
8 当院の胆管結石に対する治療戦略
酒田市立酒田病院 外科 ○陳 正浩 橋爪英二
齊藤礼次郎 渋谷俊介
栗谷義樹 消化器科 今泉和臣 当院での2000年から2
0
0
4年までの胆石症手術症
行わずに、採石可能となった。なお、この方法の
例のうち、胆管結石合併は2
8.
5%であり、うち
施行は当院が本邦初である。
9
2.
2%は術前にERC/ESTにて結石除去が可能
従来、胃切除後で乳頭到達困難例では、開腹手
であった。当院では胆管切開を要する手術症例は
術で胆管切開していたが、腹腔鏡手術での胆管切
非常に少ない。
開・採石・胆管縫合が可能となり、またc-tubeを
従来、選択的ERC困難例では、開腹手術にて胆
用いることで早期に胆道減圧ドレーンが抜去可能
管切開を行ってきたが、腹腔鏡下胆嚢摘出術中に
となり、より低侵襲な治療が可能となった。
rendezvous法でESTを行うことで、胆管切開を
― 7
5 ―
9 当 院 に お け る 食 道 癌 治 療 の 現 況
−化学放射線療法から完全鏡視下食道切除まで−
酒田市立酒田病院外科 ○齊藤礼次郎 橋爪英二
陳 正浩 天野吾郎
佐々木晋一 渋谷俊介
白幡康弘 林 香織
栗谷義樹 現 在、食 道 癌 治 療 は 主 に 内 視 鏡 的 粘 膜 切 除
あった。CRTとしては国立癌センター東病院のプ
(EMR)、化学放射線療法(CRT)
、外科的手術の
ロト コールで 開始し たが、現在はlow dose FP
大きな3本の柱から構成去れ、夫々著しい進歩を
(CDDR+5−FU)と6
0Gyの照射で行っている。
遂げている。当院における最近3年間の検討では
当科では1
9
9
5年から腹腔鏡下食道切除を開始し、
年間2
0例弱の食道癌患者が入院し、臨床病期0
現在までに8
0例あまり症例を経験してきている
(粘膜癌)ではEMRが、病気ⅣではCRTが選択さ
が、最近では胸部操作に加え、腹部操作、さらに
れており、病期ⅠからⅢでは2/3の症例で手術
は食道再建をも鏡視下で行う完全鏡視下食道切除
が、1/3の症例でCRTが施行されている現況で
再建術を施行しておりVTRにて術式を供覧した。
1
0 内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)
による手術回避症例とその現状
山形県立日本海病院内科・消化器科 ○本間清明 須賀俊博
佐藤智佳子 古屋紀彦
照井有紀 青木政則
新澤陽英 内視鏡技術の発展は目覚ましく、消化管腫瘍性
下層剥離術
(Endoscopic submucosal dissection;
病変に対する内視鏡治療も大きく進化しつつあ
ESD)が考案され普及しつつある。当院において
る。
もいち早くこれを導入し、現在まで6
0
0病変を越
その手法である内視鏡的粘膜切除術
(Endoscopic
す症例に施行してきた。結果、上部消化管病変で
mucosal resection;EMR)はこれまでも広く施行
はもっとも大きな偶発症の一つである消化管穿孔
され大きな恩恵を与えてきた。しかし、病変の一
の発症率が0%であり、全国的にも稀な成績を保
括切除率を検討すると、病変径が2
0㎜を越えた場
ちつつ手技を施行しえてきた。また、現在もさら
合、有意にこれが低下するとの報告が各施設から
に安全で効率の良い手法へと多くの施設で検討が
なされてきた。分割切除となると遺残再発率の上
なされ、当院でもKsnare、Mantis hookといった
昇と病理診断能の低下が問題となり、大型病変に
新しい処置具を開発して市販に至り、普及してい
対する内視鏡的な一括切除方法の開発が検討され
る。さらに、従来の手技習熟方法は臨床の場でな
てきた。
されることが少なくなかったが、同治療法は術者
近年、
これに対する新たな手法として内視鏡的粘膜
の技量が大きくその結果を左右するために、臨床
― 7
6 ―
の場以外での習熟方法が求められてきた。当院で
選択されていた症例も、内視鏡的に治療すること
は地元企業の協力も得てESDトレ ーニングモデ
が可能となり、従来よりも低侵襲な治療が行える
ルの開発を行い、これも市販されるまでに至り
機会が増加した。今後とも、庄内の片田舎ではあ
ESD治療成績向上の一助となることを期待して
るものの中央に臆しない提案と結果が生み出され
いる。
るよう検討を続けて行きたいと考えている。
同治療により、部位的・大きさ的に外科手術が
1
1 集 検 発 見 回 盲 部 癌 の 検 討
−現行大腸がん検診の問題点−
いくま内科胃腸科クリニック ○井熊 仁
(症例1)59歳女性。便潜血陽性で大腸内視鏡
検診受診から手術までに要する日数の短縮が望ま
施行。回盲部に結節集簇型腫瘍を認め、内視鏡的
れた。
粘膜切除術施行。深達度mの高分化腺癌であっ
(症例3)7
4歳女性。便潜血陽性で他院で大腸
た。
内視鏡を受けたが回盲部まで観察出来ず、そのま
(症例2)50歳女性。両親が大腸癌のため、毎年
ま放置。その後も便潜血陽性が続くため当院で再
人間ドック受診。受診後1ヶ月以上経過してから
度大腸内視鏡を行ったところ、回盲部に3型進行
便潜血陽性を通知され、心配で直ちに大腸内視鏡
癌による全周性狭窄が見られた。検診二次精査に
を希望。回盲部に2型進行癌を認め、手術が施行
おいては、内視鏡を中心に、必要なら注腸やCTな
されたが、腹膜播種・遠隔転移を認めるStageⅣで
ども駆使して、近位大腸の病変見逃しを減らす努
あった。高危険群に対するがん検診の見直しと、
力が必要と思われた。
1
2 遷延する貧血の原因検索にカプセル内視鏡が有用であった1例
斎藤胃腸病院 ○福田貴代 五箇猛一
三浦二三夫 斎藤寿一
獨協医科大学付属病院 消化器内科 白川勝朗 中村哲也
近年、カプセル内視鏡やダブルバルーン内視鏡
原因となる所見はなかったので、独協医科大学消
を用いた小腸疾患の診断が急速に進歩している。
化器内科にカプセル内視鏡を依頼した。NSAIDs
遷延する貧血の診断にカプ セル内視鏡が有用で
長期投与によると思われる多発性の小腸びらんお
あった1例について報告する。
よび潰瘍を認めた。現在NSAIDs内服中止とFe投
症例は7
3歳 女性。2年前、腰の手術の際、貧
与により経過観察中である。原因不明の貧血があ
血を指摘されたが鉄剤投与により経過観察となっ
る場合は小腸病変を念頭にカプセル内視鏡または
ていた。1
7年7月便潜血
(+)
で2次検査のため当
ダブルバルーン内視鏡を行うことが必要であると
院受診した。上部、下部内視鏡を行ったが貧血の
考えられた。
― 7
7 ―
1
3 当院におけるペガシス単独投与経験
医療法人丸岡医院 ○丸岡 喬
山形大学 第2内科 斎藤孝治
C型肝炎に対する新しい治療法としてペグイン
を終了した1
4症例につき、ウィルス量、ALTの推
ターフェロンがある。インターフェロンをポリエ
移などを検討した。ペガシスの長期投与は高い抗
チレングリコールでペグ化すると、半減期は1
0倍
ウィルス効果が得られ、重篤な副作用も見られな
以上に改善され、1週間に1回の投与でも高い治
かった。C型肝炎治療の最終目的は肝細胞がんの
療効果が得られる。一方副作用は軽減することが
発生抑制にある。この観点から、ペガシスの低用
知られている。そこで当院ではペガシスの長期単
量長期間投与は検討すべき治療選択肢の一つと思
独治療を試みた。経験した1
8症例のうち2
4週投与
われた。
1
4 急性肺血栓塞栓症例へのtPAの使用経験
山形県立日本海病院 循環器科 ○三戸正人 小熊正樹
宮本卓也 池田真梨子
今年7月25日よりmutant tPA製剤であるモン
所見より肺塞栓症を疑い行ったCT,肺動脈造影
テプラーゼが、日本でも効能追加となり急性肺血
で右肺動脈下葉枝内と左主幹部をほぼ閉塞する血
栓塞栓症例に対して使用可能となりました。当院
栓を認めたため同部位へtPAの注入を行ったとこ
でtPAを使用した急性肺血栓塞栓症への2症例に
ろ著明な血行動態の改善と低酸素血症の改善を認
つき報告させていただきます。
め、後療法としてワーファリンによる抗凝固療法
症例は8
6歳女性、近医にて高血圧で加療中、胸
を行い独歩退院した。7
7歳男性症例においても同
部異和感を主訴に当院を受診。うっ血性心不全と
様の効果を認め、今後tPA製剤は急性肺血栓塞栓
して治療開始となったが第3病日、突然の呼吸苦
症例に対して治療の第一選択となる可能性を強く
と進行する低酸素血症のため当科紹介、心エコー
感じたため報告する。
1
5 一次性下肢静脈瘤外来手術の試み
諸星外科内科クリニック ○諸星保憲
現在高位結紮術と硬化療法の組み合わせは下肢
紮術を行った。また硬化療法は1%エトキシスク
静脈瘤の一手術術式として確立されているが、さ
レロールを空気と混和したFoam硬化療法を採用
らに治療効果を上げるため大腿下部、下腿上部に
し、行った。
て結紮を加える三箇所結紮術を原則とした要所結
昨年1
1月以降現在までの約1年間で要所結紮術
― 7
8 ―
を1
6例に、Foam硬化療法を9例に行ったが、短
外来治療の難しさが伺えた。
期成績はいずれも良好で症状の改善や皮膚所見の
(結語)三箇所結紮術(要所結紮術)+Foam硬
軽快が全例に認められた。ただ硬化療法の合併症
化療法は患者負担も少なく、外来治療法として適
として圧迫不十分な3例に血栓性静脈炎を認め、
切と思われた。
1
6 糖尿病患者における頚動脈超音波像の検討
近藤内科循環器クリニック ○近藤恒男
動脈硬化の危険因子として生活習慣病とりわけ
を1
0例呈示してみた。
糖尿病は重要である。
プローブは7.
5MHzのリニアプローブを使用し
頚動脈における動脈硬化性病変は、脳血管障害
た。
や冠状動脈疾患との関係が深いといわれている。
治療は糖尿病治療スタチン製剤、外科的には内
今回糖尿病患者の動脈硬化と頚動脈の超音波像
膜剥離術、ステント留置術等がある。
1
7 若 年 女 性 の 脳 梗 塞 症 例
酒田市立酒田病院 脳神経外科 ○奥山洋信 藤森 清
過去5年の自験脳卒中の内、5
0歳未満の若年女
原因として経口避妊薬、悪性腫瘍、心奇形、抗リ
性の脳梗塞3例を検討した。症例1:4
4歳女性。
ン脂質抗体、動脈解離、妊娠の報告がある。自験
眩暈、眼前暗黒感で発症。1
2日後に右後頭葉梗塞
2例では婦人科悪性腫瘍、ピル内服と病態診断し
と診断され、入院中に卵巣癌を発見された。症例
たが、1例は不明であった。また、椎骨脳底動脈
2:3
2歳女性。後頭頚部痛、視野狭窄感、左手足
系の脳梗塞が約6
6.
7%とされ、発症当初から局所
シビレで発症。翌日に右後頭葉梗塞と診断され、
神経症状が判然としない例も多く、自験3例でも
ピル内服によると診断。症例3:2
0歳女性。後頭
診断に時間を要した。頭痛、眩暈などを主訴とす
頚痛、右手巧緻障害で発症。1
9日後に右小脳梗塞
る若年女性でも、視野障害、失調、知覚障害など
と診断も原因不明であった。若年女性の脳梗塞の
の神経症状には十分注意が必要である。
― 7
9 ―
1
8 八幡病院における人工呼吸器長期依存者5例の検討
酒田市立八幡病院 内科 ○谷藤正人 深瀬滋太
近江晃樹 外科 土井和博 八幡病院では、5例の人工呼吸器長期依存者を
2、在宅での、災害時におけるサポート体制が必
治療している。人工呼吸器装着期間は1年から1
0
要である。酸素ボンベ、アンビューバックの指
年3ヶ月までである。原因疾患の内訳は、神経疾
導、複数連絡経路は有用である。用手的吸引器
患3例、頚髄損傷2例である。
の必要を感じた。
意識状態は、4例は無酸素脳症により植物状態
3、患者さんの精神的なサポート体制の必要。治
であり、1例のみ清明である。病院入院中4例で、
療を拒否する患者さんに対し、説得し続ける
在宅1例である。
人、特に同病者(ピアサポート)の必要性を感
問題点として、以下に4項目を示す。
じる。
1、神経筋疾患の患者さんにおいては、人工呼吸
4、患者さんの社会参加を支える家族、医療機関、
器装着の円滑に移行し、無酸素脳症を防ぐ必要
ボランテイアなどのチームサポート体制の構築
である。
が必要です。
1
9 筋萎縮性側索硬化症(ALS)
患者の在宅医療におけるチームケアについて
医)宏友会 上田診療所 ○矢島恭一 山形県立日本海病院 神経内科 鈴木義広 木村英紀
神経難病のひとつである筋萎縮性側索硬化症
より、重度の神経難病であっても、在宅介護は可
(ALS)は、終末期に人工呼吸器による呼吸管理
能である。2)中でも機動力のある訪問看護との
を必要とする疾患で、在宅医療で経過をみるため
連携が重要である。3)患者と同時に、主介護者
には、良好なチームケア環境を構築する必要があ
に対する肉体的・精神的サポート体制の構築が大
る。現在私どもが、関わっている症例の経験を通
切である。4)全くコミュニケーションのとれな
して、今後神経難病の患者を出来るだけ長く在宅
い状態に陥っても、意思確認が出来るツールの開
でケアしていく為の課題を探ってみた。
発が望まれる。
神経難病患者は、家庭環境や主介護者の年齢な
などを挙げ、今後在宅医療に積極的に関わる医師
どにより違いはあると考えられるが、
が増えて欲しいことを強調した。
1)複数の手厚いサポート体制を構築することに
― 8
0 ―
2
0 産褥に発症した急性発熱疾患に漢方薬を使用した2例
太田医院 ○太田 宏
所謂西洋薬の解熱剤が無効であった症例で、産
洋薬より遙かに有用で経済的であり、またその様
後の発熱によく見られる 「
熱入血室」金匱要略、
なエビデンスも多数在ることについて述べたい。
について説明し、漢方薬の使い方によっては、西
21 小 規 模 事 業 場 に おけ る 健 康 確 保 方 策 の 具 体 化 に 向 け て
−地域産業保健センター健康相談窓口の医療機関開設の取り組みから−
医療法人健友会 本間病院・本間病院労働衛生コンサルタント事務所 酒田地域産業保健センター運営協議会 酒田地区医師会 ○菅原 保
地域産業保健センターの活動を活性化していく
酬が支払われるという方式にした。平成1
6年1
0月
ために、健康相談窓口開設をセンターに固定した
に約1,
3
0
0事業場に登録産業医の相談窓口一覧を
形から、登録産業医が自医療機関で実施できる方
郵送し、1
1月より事業を開始した。平成1
7年3月
法を新たに導入した。産業医資格のある地区医師
末までに2
2件の相談があり、内訳は健診結果に基
会員6
3名へ本事業への協力の有無と相談業務実施
づ く保健指導1
8、メン タルヘルスに関する事項
時間、連絡方法についての調査を行い、協力が得
1、過重労働による健康障害に関する事項1、そ
られた37名(58.
7%)を登録産業医としてその一
の他(禁煙指導)2で、4名の登録産業医から報
覧を登録事業場へ配布した。事業場は一覧から希
告が提出された。地域産業保健センター健康相談
望する登録産業医を選んで電話、FAX等で直接健
窓口の医療機関開設は、産業医が小規模事業場の
康相談の予約を入れる。登録産業医は自医療機関
近隣の地域で、「 事業場のかかりつけ医、かかりつ
の診察室に「酒田地域産業保健センター」の看板
け産業医」 として産業保健活動を支援としていく
を提示して健康相談を行うが、費用は無料で、相
制度として活用が期待できる方式である。今後は
談を行った内容を所定の用紙に記入し地域産業保
活動実績を上げながら、それに伴う予算等の問題
健センターへ届け出て相談件数、時間に応じた報
についても検討していきたい。
― 8
1 ―
あ と が き
4年毎に開かれる、第1
1回山形県医師会学術大会が1
1月2
6日に開催されました。平成1
6年に開催され
る予定でしたが、東北医師会連合会が本県主催で開催されたため、1年延ばし、平成1
7年に開催いたし
ました。その一般演題抄録と特別講演が掲載されております。特別講演の一つは、山形大学加藤丈夫教
授から、個別化医療(テーラーメード医療)についてお話しをいただきました。遺伝子時代を反映し、
個々の遺伝子状況、遺伝子多型を解析し、病気になる危険性、治療の有効性、副作用の可能性などが個
人個人で明らかになり、病気に対する画一化した医療では限界のある治療、予防に新たな光が当たる可
能性があります。この研究が実を結ぶことを願ってやみません。もう一つの講演は、平成1
8年度に見直
しが行われます介護保険について、厚労省老人保健課長三浦公嗣先生より、平成1
8年度に行われる介護
保険制度見直しの骨子についてお話しをいただきました。基本はやはりこれからますます進む高齢化へ
どう対応するか、介護保険スリム化の方策と、高齢者が要介護にならないようにする「水際作戦」のよ
うです。いずれにしろ介護の問題は、これから2
0−3
0年は日本の大きな社会問題であり、正解はなかな
かないと思われます。常に現場と中央が意見交換しながら、制度の柔軟な運用を計るように願いたいと
ころです。また、一般演題として、県内1
0の施設からご発表をいただきました。発表ごとにそれぞれの
施設の熱気が伝わり、各施設の日頃の医療への真摯な取り組みがうかがわれ敬意を表します。ご発表し
て下さった施設、先生に厚く御礼申し上げます。
山形県産業保健セミナーでは、公立置賜長井病院松橋昭夫先生から糖尿病について、日本海病院の新
澤陽英先生からC型肝炎についてお話しいただきました。糖尿病は脳卒中、心臓病の大きな危険因子で
もあり、糖尿病予防対策戦略研究に期待したいところです。C型肝炎も、早期発見が重要であること、
きめ細かな観察と、患者さんの体質に応じたきめ細かな治療が大切とのことでした。医療の基本が大切
と言うことだと思います。
生涯教育講座は、例年通り、酒田市と山形市で開催されました。今回は「医療事故」がテーマで、山
形大学法医学教室大澤資樹教授と日本医師会顧問弁護士の畔柳達雄先生にお話しいただきました。大澤
教授のお話では、医療行為全般で刑事責任を問われ、捜査を受ける例は年間2
0
0件を上回るそうです。
“医
療現場に警察が立ち入ることが常態化している現状は異常であり、その改善先として「医療関連死検証
制度」が作られつつある”とのことです。つい最近も、福島で産婦人科医が逮捕される事件が起き、と
りわけ外科系の医師にとりましては、重大な問題です。この制度による法医学者の過重労働も心配です
が、制度の普及を願いたいところです。畔柳先生からは、先生ならではの多くの症例から様々な問題点
につき幅広く勉強させていただきました。医療事故関連の問題にどう対応していったらよいのかを、
我々医師個人で認識していなければならない時代が来ていることを痛感いたしましたが、日本医師会と
しても、政府、法曹、警察関係とも広く話し合いを持ち、医療事故、トラブルにおける医師の対応マニュ
アルをぜひ整備していただきたいと思います。
山形県医師会常任理事 武 田 憲 夫 
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