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『おばあさんのお話袋-ベンガルの昔話-』(翻訳)-その2
大橋, 弘美*; 森, 日出樹
松山東雲女子大学人文科学部紀要. vol.20, no., p.123-154
2012-03-15
http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/handle/iyokan/1677
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IYOKAN - Institutional Repository : the EHIME area http://iyokan.lib.ehime-u.ac.jp/dspace/
松山東雲女子大学人文科学部紀要,2
0:1
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3
‐
1
5
4,2
0
1
2
『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
Thākurmār Jhuli: Folktales of Bengal (Japanese translation) ― Part 2
!
大 橋 弘 美* ・ 森
日出樹
Hiromi OHASHI・Hideki MORI
(心理子ども学科)
要 約
ドッキナロンジョン・ミットロモジュムダール(Dakshinãrañjan
Mitramajumdār 1
8
7
7
‐
1
9
5
7)は生まれ育っ
!
た東ベンガル(現バングラデシュ)で親しんできたベンガル地方の昔話に魅了され、自ら採話した昔話編
纂集である「おばあさんのお話袋 − ベンガルの昔話 −」
(Thākurmār
Jhuli Bānglār Rūpkathā)を、1
9
0
7年
!
コルカタで出版した。
本稿では、ベンガル語のオリジナルテキストの第1部から魔法昔話の「シートとボショント」と「キロ
ンマラ」
、第3部から動物昔話の「ジャッカルの先生」を訳出した。第1部の二編は王子・王女が主人公で、
いずれも継母によって逆境に落とし入れられた主人公たちが、魔法の鳥の助力を得て、王国を再興する。
もう一遍の「ジャッカルの先生」は悪知恵の働くジャッカルがワニや人間に一杯食わせる笑い話である。
キーワード:ベンガル、昔話、ドッキナロンジョン・ミットロモジュムダール、タクルマール・ジュリ
[Abstract]
Dakshinãrañjan
Mitramajumdār (1877-1957), who was born in east Bengal (now Bangladesh), had been
!
fascinated by Bengali folktales since his childhood and published “Thākurmār
Jhuli: Bānglār Rūpkathā
!
(Grandmother’s Bag of Tales: Folktales of Bengal)”, a collection of Bengali folktales, in Kolkata in 1907.
This is a Japanese translation of three stories from parts one and three of the original Bengali text. The
first two stories, “Sı̄t and Bashanta” and “Kiranmālā”, are magical stories. Heroes of these stories struggle with
adversities created by their stepmothers and, in the end, they are able to rebuild their kingdoms with the help
of magical birds. In the last story, “Shiyāl
Pandit (Jackal Teacher)”, a cunning jackal plays a trick on a crocodile
!
and on human beings.
Key words: Bengal, Folktale, Dakshinaranjan Mitramajumdar, Thakurmar Jhuli
* ベンガル文学研究家
―1
2
3―
大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
第1話 シートとボショント
(1)
ある国にシュオ・ラニとドゥオ・ラニという名前の二人のお后がいました。シュオ・ラニはドゥ
オ・ラニに家事を押しつけて、自分は何もしません。ドゥオ・ラニは大変苦労して暮らしていまし
た。
シュオ・ラニには子供がいませんでしたが、ドゥオ・ラニにはシートとボショントという二人の
息子がいました。シートは冬、ボショントは春という意味です。でもなんてことでしょう、子供た
ちは王子に生まれたというのに、シュオ・ラニに叱られてばかりの辛い日々を送っていました。
ある日のことです。池に沐浴に行ったシュオ・ラニは、ドゥオ・ラニを呼んで言いました。
「さあ、
おまえの頭にせっけんをつけてあげるわ」そしてせっけんをつけながら、シュオ・ラニはドゥオ・
ラニの頭の上にそっと一粒の薬を置きました。するとかわいそうなドゥオ・ラニはオウムに姿を変
えられて、ピーピーと鳴きながら飛んでいってしまいました。
王宮に戻ってきたシュオ・ラニは言いました。「ドゥオ・ラニは池で溺れて死んでしまいました」
王様はそれを信じてしまいました。
都から幸せが消えて、暗闇が訪れたかのようです。母を失った二人の王子シートとボショントの
悲しみはとても深いものでした。
オウムに姿を変えられた哀れなドゥオ・ラニは、飛び続けるうちに別の王国の宮殿にたどり着き
ました。その国の王様がオウムに気がつきました。美しい金色のオウムがいます。その国の小さな
王女が言いました。「お父様、わたしがあの金色のオウムを捕まえるわ」
オウムにされてしまったドゥオ・ラニは王女の金色のかごのなかで飼われることになりました。
(2)
何日も過ぎて、やがて何年も過ぎるうちにシュオ・ラニに三人の男の子が生まれました。ところ
がなんとしたことでしょう。三人そろって、まるで竹の葉っぱか、ひょろひょろ伸びた草のような
頼りなさです。息をふうと吹きかけたら飛んでいってしまいそうです。手で触っただけでも壊れて
しまいそうです。シュオ・ラニが嘆いて流した涙のせいで、王国は流されてしまいそうな有様です。
貧相な息子たちを持ったシュオ・ラニは、内心では気が狂いそうになりながら家事をします。そ
の心は怒りの炎で一杯、お腹のなかはドゥオ・ラニの息子たちへの嫉妬で一杯です。ですから自分
の息子たちのお皿には、たくさんのお菓子に、たくさんの豪華な料理を並べます。ところがシート
とボショントには、葉っぱをお皿にして味もそっけもない料理を出します。それはぱさぱさのご飯
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2
4―
『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
に菜っ葉と灰の塊を投げ入れたものです。
かわいそうなドゥオ・ラニはどこかに飛んでいってしまいました。でもその二人の息子はがっし
りと健康そうに育っています。一方、シュオ・ラニの三人の息子たちは、頼りなくやせてひょろひょ
ろしたままです。ドゥオ・ラニの息子たちが妬ましくて、シュオ・ラニは何を食べても食べ物の味
が感じられませんし、夜になっても眠ることもできません。
とうとうシュオ・ラニは三つの道から集めてきた土ぼこりをまいてから、その周りの三箇所で麦
わらを燃やしました。それから古いかまどの灰をまき、壊れた箕を振りながらドゥオ・ラニの息子
たちの名前を唱えました。
そして何が起こったでしょう?
何も起きませんでした。
さてある日のこと、シートとボショントは学校に行きました。何も知らない二人が家に戻って来
ると、恐ろしい形相の継母に口汚く罵られ、家から追い出されてしまいました。
それからシュオ・ラニは、自分のひょろひょろの息子たちを床に突き倒し、いろいろなものを壊
し、部屋中をめちゃくちゃにしました。自分は頭の髪の毛をかき乱して身につけていた服を投げ捨
てました。
召使たちはシュオ・ラニを恐れて震えながら、王様にこの有様を申し上げました。
王様はお后のところにやって来て言いました。「これはどうしたことだ」
お后は言いました。「さあ見て!
あの女の息子たちの仕業です。死んだドゥオ・ラニの息子たち
が私を口汚く罵ったのです。シートとボショントの血で沐浴するまで、私はいかなる水も浴びませ
ん」
すぐさま、王様は首切り役人を呼んで、命令しました。
「シートとボショントの首を切って、お后
にその血を届けてやれ」
シートとボショントの目に浮かぶ涙を誰が見るのでしょう?
首切り役人はシートとボショント
を縛り上げてから連れ去りました。
(3)
ある森の中にやってくると、首切り役人はシートとボショントの王子としてのきらびやかな服を
脱がせて、木の皮でできた服を着せました。
シートは言いました。「弟よ。これが額に刻まれた僕たちの運命だ」
ボショントが言いました。「兄さん、僕たちどこへ行くの?」
泣きながらシートが言いました。「弟よ、さあ行こう。ずいぶん待たせてしまっている亡くなった
お母さんのところに行こう」
ところが、役人は斧を下ろし地面に置きました。涙で目を一杯にした首切り役人は二人の王子の
縄を解いてから言いました。「王子よ。王様の命令に逆らうことなどできません。ですが、あなたた
―1
2
5―
大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
ちをこの手で抱いてお育てしてきました。その黄金のようなお体に今日斧を当てるなんてことがで
きるでしょうか?
私にそんなことはできません。私はどうなっても構いません。この木の皮を羽
織って、森の道を進んで下さい。誰ももはや王子とは気がつかないでしょう」
首切り役人はシートとボショントに道を教えてから、キツネと犬を二人の代わりに殺して、その
血をお后のもとに届けました。
お后はその血で沐浴をしました。高笑いをしながら自分の三人の息子たちを抱きしめると、たく
さんの料理を並べて喜んで食事をしました。
(4)
シートとボショントの兄弟は森のなかをどんどん進んで行きました。ですが森には終わりがあり
ません。とうとう二人は木の根元に座りこんでしまいました。
ボショントが言いました。「兄さん、とても喉が渇いてしまったよ。水はどこにあるのだろう?」
シートが言いました。「弟よ。こんなに歩いて来たのに、途中どこにも水がなかった。よし、おま
えは座っていなさい。僕が水を探しに行こう」
座っているボショントを残して、シートは水を探しに行きました。
水を探すうちに、ずいぶん遠くまで来てしまいました。シートはやっと森のなかで池を見つける
ことができました。喉の渇いているボショントはどうしていることでしょう?
を持って行ったらいいのでしょうか?
でもどうやって水
シートは羽織っていた木の皮を手に取り池の中に降り立ち
ました。
ところで、ある別の国のお話をしましょう。その国の王様が亡くなられてしまったとき、王様に
は跡継ぎの王子がいませんでした。ですので、その国には王様がいなくなってしまいました。困っ
た王国の人々は、王様の象の背中に玉座を乗せてから象を放ちました。もし象が誰かの額に王様と
なる印を見つけたら、その人を背中の玉座に乗せて戻って来るでしょう。象が連れて戻った人が、
その国の新しい王様となるのです。
玉座を背中に乗せた白い象は、はるばる遠いところまで新しい王様を探しに行きましたが、誰に
も王様の印を見つけることができませんでした。象は長い旅路の果てに、シートとボショントがい
る森までやって来ました。まさに一人の王子が服を濡らしながら、水を汲もうとしているところに
現れたのです。その王子の額に王である印を象は見つけました。すぐに白い象は鼻を伸ばしてシー
トを捕まえると、背中の玉座に乗せました。
「おーい、ボショント! おーい、ボショント!」叫びながらシートはどれほど泣いたことでしょ
う。象がそれを聞きいれてくれるでしょうか?
森を押し分けて、王様の象はシートを背中に乗せ
て走って行ってしまいました。
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
(5)
水を取りに行った兄さんが、まだ戻って来ません。ボショントは立ち上がり、森の中を「兄さー
ん、兄さーん」と呼びながら探し回りました。象がシートを連れ去ってしまったことをボショント
は知りません。泣きながら兄を探したボショントはすっかり疲れ果ててしまいました。やがて昼に
なり、夕方になり、日が暮れて夜になりました。喉は渇き、お腹もすいています。兄を失ったボショ
ントは泣きながら木の下に横になり、眠ってしまいました。
哀れな母の胸を飾る宝石であった王子が、灰のような境遇になってしまったのです。
夜明けに一人の行者がお祈りのために水を汲みに池に行きました。その途中、ひとりのとても美
しい王子が、木の下に埃にまみれた姿で横たわっているところを見つけました。行者はボショント
を胸に抱き上げて連れ去りました。
(6)
白い王様の象の背中に乗せられたシートは、そのまま王様を探していた王国に着きました。王国
に着くとすぐにあらゆる人々が集まって来て、頭を地面につけてシートを迎えました。大臣、身分
の高い役人たち、兵士たち皆がやって来て、頭を下げてシートを迎えました。そしてシートを玉座
に座らせて、自分たちの王様にしました。
命のように大事な弟ボショント、そのボショントはどこにいるのでしょう。そしてシートもどこ
にいるのでしょう。哀れな母の胸を飾るふたつの宝石のような花は、枝からちぎれて二つの場所に
分かれて落ちてしまいました。
王様になったシートは、財宝や宝石、象や馬、兵士や護衛に囲まれて王国を治め始めました。今
日はこちらの国の王様を倒してその国を手に入れます。次の日はあちらの国の王様を倒してその国
を手に入れます。別の日には狩りに出かけたと思えば、その次の日にはさらに別の国を攻めていき
ます。このように日々は過ぎていきました。
行者のところに連れて来られたボショントは木の実を食べ、池で水浴びをします。そんな日々を
送っています。行者は自分のまわりに火を焚いて座っています。何日か経てば、薪も燃え尽きてし
まいます。木の皮を身につけたボショントは、手に杖を持ち、森のなかを巡って薪を集め行者のと
ころに届けます。
それからボショントは森の花を摘んで行者の小屋を飾ります。そして一日中花の蜜を食べます。
それから夕方になるとすぐに、森の鳥たちがそろって一箇所に集まって来て、それぞれが自分の
ねぐらに納まります。ボショントは行者のそばに座って、たくさんの経典や聖なる言葉を習います。
このように日々は過ぎていきました。
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2
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
玉座に座っているシートは自分の王国のことで頭が一杯です。森に暮らすボショントは自分の森
のことで頭が一杯です。一日一日と経つうちに、お互いのことを思い出さないようになりました。
(7)
一方、兄弟の国では、三晩が経つか経たないかのうちにシュオ・ラニの罪で王様の力が揺らぎ始
めました。一日が終わるか終わらないかのうちに王様の国は失われ、玉座から追われてしまいまし
た。すべてを失った王様はもはやシュオ・ラニの顔を見ようともしません。王様は森で暮らすよう
になりました。
シュオ・ラニには罰が当たったのです。三人の息子を連れてみすぼらしい服を身にまとい、こち
らの家の入り口に立てば、「あっちに行け!」あちらの家の入り口に立てば「しっ、しっ、来るな」
と言われる有様です。息子たちを連れてシュオ・ラニは、自分の涙に流されそうになりながらさ迷
い続けました。
あちらこちらとさ迷っているうちにシュオ・ラニは海岸までやって来ました。すると七つの海の
波が打ち寄せ一瞬のうちにシュオ・ラニと三人の息子を押し流してしまいました。シュオ・ラニは
空が裂けるかと思うくらい泣きました。胸を拳で叩いて嘆き悲しみ、気が触れてしまいました。頭
を石に打ち付けて自分の胸にくすぶる怒りと悲しみを忘れようとしました。もはやシュオ・ラニの
ために蟻一匹さえ泣きませんし、麦わら一本さえ動きません。七つの海の波は七日分の道のりの果
てまで去ってしまいました。シュオ・ラニはどこに消えてしまったのでしょう?
はどこに消えてしまったのでしょう?
三人の息子たち
どこにもその姿はありませんでした。
(8)
あの金色のオウムはどうしているでしょう? オウムを飼っている王女はどうしているでしょう?
その王女の婿選びが始まりました。たくさんの宝物や贈り物を持ってたくさんの国からたくさんの
王子がやって来ました。王子たちは一所に集まって、座って王女を待っています。でも王女はまだ
姿を現しません。
王女ループボティは自分の部屋で髪の毛をとかし、足の裏を赤く染め、目の周りにお化粧をして
います。そして金のオウムを呼んで、たずねました。
「金色のオウムさん、どうかしら?
私に何か足りないものがあって?」
オウムが言いました。「とてもおきれいですよ、王女よ。でも金の足首飾りがあったらもっと素敵
でしょうね」
王女は小箱を開いて金の足首飾りを取り出して、足首に付けました。金の足首飾りは王女の足で、
ちりちりと音をたてました。王女は言いました。
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8―
『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
「金色のオウムさん、どうかしら?
私に何か足りないものがあって?」
オウムが言いました。
「とてもおきれいですよ、王女よ。でも孔雀の羽があったらもっと素敵でしょ
うね」
王女は籠を持ってきて、孔雀の羽のサリーを広げて着ました。孔雀の羽で部屋中が輝きました。
華やかな美しいサリーを着た王女の心は浮き立ちました。
すると暗い表情をしてオウムが言いました。
「王女よ、王女。何がそんなに誇らしいの?
たくさんのダイヤモンドでできた首飾りをつけてないのに」
王女は何千ものダイヤモンドで輝く首飾りを首につけました。何千ものダイヤモンドがきらきら
と光を放ちました。
オウムが言いました。
「せっかくのダイヤモンドの首飾りも、
花の形の鼻飾りや耳で揺れる耳飾り、
髪の分け目につける宝石がなければ灰同然!」
王女は鼻に真珠の花でできた鼻飾りをつけました。髪の分け目には宝石の髪飾りをつけました。
すると王女のオウムが言いました。
「王女ループボティという名前と共に
象の宝玉があれば満月のように完璧なものになったでしょうに。
王女のために象の宝玉も持たずに、よくも来れたものだわ、花婿たちよ。
せっかくの王女ループボティの花婿選びも灰同然!」
これを聞いた王女ループボティは身につけていた足の飾り、孔雀の羽のサリーを脱ぎ捨て、耳飾
りを投げ捨てると床の上に崩れ倒れました。オウムの言うとおり、宝玉がない婿選びなんて、何の
意味があるでしょう。
集まっていた各国の王子たちのところに知らせがもたらされました。王女ループボティの婿選び
は取りやめになりました。王女はある誓いをたてました。
「ループボティは、王女のところに象の宝
玉を持ってくることができた王子のものとなるであろう。しかし宝玉を手に入れられなかった王子
は、王女の召使となるであろう」
王子たちは全員、象の宝玉を捜しにでかけました。
たくさんの国からたくさんの象が集められました。たくさんの象の頭が切られました。でもあり
ふれた象が宝玉を持っているものでしょうか?
どの象にも宝玉はありませんでした。
そんな時、王子たちは聞きました。
「海岸には象がいて、
その頭には宝玉がある」
王子たちは全員、海岸へと出かけていきました。
―1
2
9―
大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
王子たちが海岸に着くとすぐに一群の象がやって来ました。象たちは王子たちに襲いかかり、何
人もの王子が殺されました。何人もの王子たちが手や足を失いました。象の宝玉とは、果たして人
の手に入るものなのでしょうか?
王子たちは逃げ戻って来ました。
戻ってきた王子たちはどうなったでしょう?
王女ループボティがたてた誓いのとおり、召使に
されてしまいました。
この話はシート王の耳にも入りました。シートは言いました。
「なんてひどい王女だ。なんて思い
上がったことをするのだろう、王子たちを召使にするなんて。王女の国を攻めてしまえ!」
王女はシート王の手に捕らえられてしまいました。
(9)
今日が過ぎ、明日も過ぎます。ボショントは行者の森で暮らしています。外の世界の知らせは
ボショントの元には届きません。ボショントがどうしているか、外の世界の人たちは知りません。
行者の葉っぱで作られた小屋の上に、一組のオウムの夫婦が住んでいました。
ある日オウムの夫が言いました。「妻よ、ずいぶん寒いなあ」
オウムの妻が言いました。「体の上に羽織った服を、ちょっと引っ張ったらどう?」
オウムの夫が言いました。
「服を破れるまで着たら、寒さが遠ざかるかな?
妻よ、どこに河岸があるのかな?」
オウムの妻が言いました。
「乳の冠のような白い山、乳の泡のような海の岸辺に
象の宝玉の赤い光がきらきらしている
光の下で、蓮の葉の上に乳のしずくが揺れている
何千も咲いているのは、金色の蓮の花」
オウムの夫が言いました。
「その金色の蓮の花を、その象の宝玉を
誰が取って来くるだろう?
誰が王女ループボティを得るだろう?」
このやり取りを聞いていたボショントが言いました。
「オウムの夫婦よ、ねえ、おじさん、おばさん。
何の話をしているのか、教えてください
僕が取ってきましょう
その象の宝玉と金色の蓮の花を」
オウムの夫婦が言いました。
「ああ子供よ、おまえにそれができるかな?」
―1
3
0―
『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
ボショントが言いました。
「できないはずがありません!」
オウムの夫が言いました。「それなら、行者のところに行って、三叉の矛が欲しいと言いなさい」
オウムの妻が言いました。「シムルの樹1の枝に着物が掛かっていますよ。冠もあります。それを
持って行きなさい」
ボショントは行者のところに行きました。
「行者さま、僕は象の宝玉と金色の蓮の花を取りに行き
ます。どうか三叉の矛を僕に下さい」
行者は三叉の矛をボショントに与えました。
行者に挨拶をすると、三叉の矛を手にしたボショントはシムルの樹のところに行きました。樹の
枝には着物と王冠が掛かっていました。ボショントが言いました。
「ああ樹よ、もしおまえが本当に
立派なシムルの樹ならば、おまえの持っている着物と王冠を僕に与えて!」
シムルの樹はボショントに着物と王冠を与えました。ボショントは身につけていた木の皮を脱ぎ
捨て、その着物を着ました。王冠を頭にかぶりました。そして乳の海を目指して歩き出しました。
はるばる道を進んで行くうちに、ボショントはたくさんの山々、たくさんの森、たくさんの国々
を越えました。とても長い旅をしました。そしてとうとう乳のように白い山のところにたどり着き
ました。白い山の頂上には白い乳の膜が張り、山の斜面に沿って乳の滝が流れ落ちています。ボショ
ントはその山に登りました。
山の頂上から見下ろすと、白い山の下に乳の海が見えました。
乳の海に、乳の波がざぶんざぶんと打ち寄せる、
何万何千もの金色の蓮の花が、重なり合うように咲いている
打ち寄せる波と金色の蓮の花の間には、何がある?
乳のように白い象がいます。その頭には象の宝玉。
ボショントは見ました。当たり一面に咲き誇る蓮の花の真ん中で、白い象が乳の水と戯れていま
す。その象の頭の上に、象の宝玉がありました。まるで金のような、まるで真珠のような、まるで
ダイヤモンドのような象の宝玉の放つきらきらした光が、さんさんと降り注いでいました。宝玉の
光で乳の海には、何千もの月が輝いているかのようです。一面に広がる蓮の葉の上にも、光がきら
きらしています。このような光景を目にしたボショントは驚いて立ち尽くしていました。
それからボショントは、着ていた服の乱れを直して三叉の矛をしっかりと握りしめて、白い山の
上から象の背中の上に飛び下りました。
すると乳の海は干上がり、一面に咲いていた金の蓮の花も消えてしまいました。白い象も一本の
蓮に姿を変えてボショントに言いました。
「おまえはどこの国の王子だ?
どこにおまえの家はある?」
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
ボショントが答えました。
「深い森の奥に住んでいる。僕は行者の息子だ」
蓮の花が言いました。
「頭に宝玉を乗せなさい。胸の上に蓮の花を置きなさい。
王女ループボティと幸せになりなさい」
ボショントは金色の蓮の花を取って、胸の上に置きました。宝玉を手にすると頭の上に乗せまし
た。そして乳の海が消えたあとの砂浜の上を歩いて、王女ループボティの国へと向かいました。
すると砂の下から誰かが呼びかけます。
「おーい、そこを歩いている兄弟よ。ぼくたちを連れていっ
てくれ」
ボショントが三叉の矛で砂を掘ってみると、三匹の金色の魚がいました。その三匹の魚と一緒に、
ボショントは進んでいきました。
頭に載せている宝玉の光のために、ボショントがどの国を通っても光が国々を満たしました。人々
は言いました。「ほら、見てご覧。神様が歩いていなさるよ」ボショントは歩き続けました。
(1
0)
ある日、シート王は狩りに出かけました。あらゆる森を探しましたが、鹿一匹さえも仕留めるこ
とができませんでした。シートはお付の人に馬を預けると、一本の木の下に座りました。
木の下に座るなりシートの体に驚きが走りました。シートは思い出しました。これはあの樹に違
いない。あの日、首切り役人から森へ逃がされた二人の兄弟はこの木の下に座っていた。弟のボショ
ントが水を欲しがって、自分が水を探しに行ったのだ。すべてがシートの胸によみがえりました。
王冠を放り出し、剣を鞘ごと投げ捨て、シートは叫びました。
「おーい、ボショント! 弟のボショ
ントよ!」そして地面に崩れ落ちて、泣きだしました。
お付の兵士はこれを見て驚きました。兵士たちは駕籠を用意して、自分たちの王様を宮殿に連れ
て帰りました。
(1
1)
象の宝玉の光で、行く先々の国々を照らしながらボショントは王女ループボティの国にやって来
ました。
王国の人々は走って来て言いました。「ほら、見てご覧。いったい誰がいらっしゃったのかな?」
ボショントが言いました。
「ぼくはボショントと言います。象の宝玉を持って来ました」
王国の人々は泣きながら言いました。
―1
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
「別の国のシート王が、王女を捕まえて閉じ込めてしまったのです」
これを聞いたボショントはシート王の国に行き、三匹の金色の魚を王様への贈り物にして、言い
ました。「どうか王女ループボティを自由にするようにご命令下さい」
ボショントを見た人々は言いました。
「神様が象の宝玉を持ってこられたのですね。でも私たちの王様ときたら、失われた自分の弟の
ことで気も狂わんばかりのご様子なのです。七日七晩の後に、扉は開かれるでしょう」
三叉の矛を手に、象の宝玉を頭に載せたボショントは辺りに光を放ちながら、扉の前で七日七晩
待ちました。
八日目になって王様の様子が少し良くなりました。王様に食べさせようと、召使の手で三匹の金
色の魚が料理されようとしたとき、魚たちが言いました。
「鱗に灰、目にも灰
切らないで、切らないでおばさん。王様は僕たちの兄なのですから」
召使は怖くなって包丁を放り出して、王様のところに行って三匹の金色の魚のことを申し上げま
した。
王様が言いました。
「どこだ、どこだ、金色の魚はどこだ
金色の魚を持ってきた、その人は今どこにいる?」
王様は金色の魚を持って、転がるように走ってボショントのところに行きました。
見るなり、ボショントは言いました。「兄さん!」
シートが言いました。「弟よ!」
シートの手から、三匹の魚が落ちました。シートとボショントは抱き合って涙を流しました。二
人の兄弟の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちました。
シートが言いました。「弟よ。継母のせいで、ぼくたちはこれ程長い間離れ離れになってしまって
いたのだ」
三匹の金色の魚は、シートとボショントの三人の弟の姿になり、二人に深く頭を垂れて挨拶をし
て、言いました。
「兄上方、私たちは運から見放されたシュオ・ラニの三人の息子です。私たちの顔を見て、どう
か母の罪をお許し下さいませんか」
シートとボショントは、三人の弟たちを抱き寄せて言いました。
「なんていうことだ。おまえたちが魚にされていたとは!
シュオ・ラニ母さんとお父さんはど
うしていらっしゃるのか?」
三人の弟たちは言いました。
「なんと言ったらいいのでしょう。お父さんは森で寂しく暮らし、お母さんは死んでしまいまし
た。私たち三人兄弟は、乳の海の下で金色の魚になっていたのです」
―1
3
3―
大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
これを聞いたシートとボショントの胸は悲しみで張り裂けそうになりました。五人兄弟はお互い
抱き合って涙を流しました。そして、自分たちの生まれた国へと旅立ちました。
(1
2)
王女の金色のオウムは鳥かごの中をぐるぐると歩きながら、つぶやきました。
「不幸な女の宝物が
七つの海を越えて、宝玉をもたらした」
王女が言いました。
「どうしたの?
何があったの?
私の金色のオウムさん」
オウムが言いました。
「私のかわいい王女よ、象の宝玉が来たのですよ」
それは本当のことでした。召使がやって来て、シート王の弟の王子が象の宝玉を持って来たと王
女に知らせました。
これを聞いた王女ループボティは笑いながら、オウムのくちばしに口づけしました。そして言い
ました。
「召使よ、牛の乳を持っておいで。生のウコン2のすりつぶしたものを持っておいで。私の金色の
オウムさんを沐浴させてあげましょう」
召使たちは乳とウコンを持って来ました。王女は金と銀の台に座って、絹の布巾を手に取りオウ
ムに沐浴させようとしました。ウコンをオウムの体に塗るうちに、王女の指でオウムの頭に付いて
いた姿変えの薬がぽろっと取れました。すると辺りに光が差し、オウムの姿から解放されたドゥオ・
ラニが、自分の本当の姿を取り戻しました。
人間の姿になったドゥオ・ラニは王女を胸に抱きしめて言いました。
「ループボティ、私の娘よ!
おまえのおかげで私は生き返ることができました」
すっかり驚いてしまった王女は、お后に抱きしめられたまま言いました。
「ああ、私はとても怖いわ。あなたは妖精なの?
それとも神様なのでしょうか?
今までずっ
とオウムの姿で私のところにいたのですか?」
お后は言いました。
「王女よ。シートは私の息子です。象の宝玉を持って来たボショントも私の息子なのですよ」
これを聞いた王女は頭を下げました。
(1
3)
翌日、王女ループボティはシート王の元に使いを出しました。
―1
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4―
『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
「どうか、扉を開けて下さい。象の宝玉を持って来た方を、歓迎したいと思います」
王は扉を開けました。音楽を奏でながら王女ループボティは、5つの駕籠を仕立ててシート王の
国にやって来ました。
シート王の王宮の門では太鼓が鳴り、旗が翻りました。ループボティがボショントを夫として認
めたのです。
シートが言いました。
「弟よ。ぼくはおまえにまた会えただけで充分だ。王国など持っていても何になるだろう。王国
をおまえに譲ろう」王様の立派な着物を着て、金の盆に象の宝玉を置き、シートとボショント、そ
して王宮の人々は謁見の間に座りました。
王女の駕籠が謁見の間に到着しました。駕籠には様々な模様が描かれ、孔雀の羽でできた覆いが
かけられていました。その覆いを取ると、その場にいたすべての人が見ました。中には天上の国か
ら降りて来た女神が王女ループボティを膝に抱いて座っていました。
その女神は目に涙を一杯にたたえていました。王女に口づけしてから、涙を流して女神は呼びか
けました。
「私のシート、ボショントなのね!」
玉座からすばやく立ち上がったシートが見ました。お母さんです。ボショントも立ち上がって見
ました。お母さんです。皆が転がるように走り寄りました。
そして宮殿の人々は、一方では涙を流し、また一方ではにぎやかに音楽を演奏しました。
シートとボショントは言いました。
「ああ、今ここにお父さんがいて下さったらなあ。シュオ・ラニ母さんがいて下さったらなあ」
シュオ・ラニは死んでしまいましたので、シュオ・ラニが現れることはもはやありません。すべ
てを知った王様は森の暮らしを止めて二人の国にやって来て、シートとボショントを胸に抱きしめ
ました。
それから失われた王国が戻ってきました。王様の国とシートとボショントの国が一つになりまし
た。宮殿は光に満たされ、王女ループボティの首には象の宝玉がきらきらと輝いています。かわい
そうなドゥオ・ラニの不幸が終わったのです。王様、ドゥオ・ラニ、シート、ボショント、シュオ・
ラニの三人の息子たち、そして王女ループボティは皆幸せに暮らしました。
第2話 キロンマラ
(1)
あるところに王様と大臣がいました。ある日王様が大臣に言いました。
「大臣よ、国中の人々が幸
―1
3
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
せに暮らしているのか、不幸せに暮らしているのか、知ってみたいものだ」
大臣が言いました。「偉大なる王様。遠慮して申し上げた方がいいのでしょうか? それとも遠慮
なく申し上げた方がよろしいのでしょうか?」
王様が言いました。「遠慮なく申してみよ」
それではと、大臣が言いました。「偉大なる王様。昔は王様というものは、狩りに出かけるのが仕
事のようなものでした。ですが昼間は狩りに行っても、夜になると変装して国民の様子を見に出か
けたものです。今ではそのようなことをしなくなったので、国民がどうしているかわからないので
ございます」
これを聞いて王様は言いました。「そんなことでわかるのか? よし、明日はわたしが狩りに行く
ことにしよう」
(2)
王様が狩りに出かけるというので、宮殿は大騒ぎです。象が支度をします。馬が支度をします。
兵士が支度をします。大臣が支度をします。5つの軍隊を率いて王様は狩りに出かけました。
王様の名前において盛大に狩りが行われました。昼の間王様は狩をして、象を殺します。虎を殺
します。夜になると王様は変装をして、国民たちがどんな暮らしをしているのかを見に行きます。
ある日王様は、一軒の家の横を通っていました。するとその家の三人の娘が話しているのが聞こ
えてきました。
一番年上の娘が言いました。「あのね、私がもし宮殿の草刈人と結婚したら、コライ豆3の揚げ物
を気が済むまで食べたいわ」
二番目の娘が言いました。「私がもし宮殿の料理人と結婚したら、誰よりも先に王様に差し上げる
食事を食べたいわ」
一番年下の娘は何も言いませんでした。二人の娘は一番年下の娘を捕まえて座らせました。
「なぜ
何も言わないの、おちびさん。おまえも何か言いなさいよ」
おちびさんは小さくなって言いました。「別にないの」
二人の娘が放って置くでしょうか?
最後に長い間考えていた一番年下の娘が言いました。
「私が
もし王様と結婚できたら、お后さまになりたいわ」
これを聞くと二人の娘は笑いながら言いました。
「なんてことを言うのかしら? たかが小魚のよ
うな分際で!」
王様は三人の話を聞いてから、その場を立ち去りました。
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
(3)
翌日王様は兵士を遣わしました。兵士は娘たちの家に行って、娘たちを連れて来ました。
三人の娘はがたがた震えて、どきどきしています。王様は怖がらせないようにしてから言いまし
た。「昨日の夜、自分たちが話していたことを、そのまま言ってみなさい」
誰も何も言いません。
とうとう王様が言いました。「本当のことを言わないなら、厳しい罰が下ることになるぞ」
すると一番年上の娘が言いました。
「私はこんなことを言いました」二番目の娘が言いました。
「私
はこんなことを言いました」一番年下の娘はまだ黙っていました。
すると王様が言いました。「いいかな、私はすべてを聞いてしまったのだよ。それではおまえたち
が望んだ通りにしてやろう」
その次の日、王様は三人の娘の一番年上の娘を草刈人と結婚させました。二番目の娘を料理人と
結婚させました。そして一番年下の娘を、自分のお后にしました。
三人の娘の一番年上の娘は、草刈人の家に行って、気の済むまでコライ豆の揚げ物を食べました。
二番目の娘は王様の台所で、誰よりも先に王様に差し上げる食事を食べました。一番年下の娘はお
后になって幸せに暮らしました。
(4)
何年かが過ぎて、お后に子供が生まれることになりました。王様はお后のためにダイヤモンドの
房飾りのついた金の葉っぱと大理石で産屋を作ってあげました。お后は言いました。
「長い間、姉た
ちと会っていません。同じ母の血を受け継ぐ大切な姉妹です。姉たちを連れてきて下さったら、姉
たちが一緒に産屋に来てくれることでしょう」
王様に他にできることがあるでしょうか?「よし、わかった」
宮殿から草刈人の家までの道に天幕が張られました。宮殿から料理人の家までの道で、楽隊が音
楽を奏でました。二人の姉たちは笑いながら、踊りながら、産屋で妹の世話をするためにやって来
ました。
なんて素晴らしい宮殿でしょう!
やって来た二人の姉は、お后となった妹の豪華な暮らしに驚
きました。
ダイヤモンドや真珠がきらきらと輝き、じゅうたんはふかふか
宮殿中に音楽が流れ、にぎやかに人々が集う
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
その宮殿のなかで、お后となった妹はまるで神様4と結婚しているかのようです。妹の暮らしを見
て、二人の姉の心に嫉妬の炎が燃え上がりました。
(5)
お后は二人の姉の心の内など全く知りません。昼間、二人の姉はあちらの部屋からこちらの部屋
と宮殿中を物欲しげに見て回ります。お后はたずねました。
「何かお入用ですか、お姉さま方? 何
か欲しいものがありますか?」
姉たちは言いました。
「いえいえ、そんなことじゃないのよ。産屋っていろいろなものが必要でしょ?
どこに何があるのか見ているだけなのよ」そして二人の姉は、昼間のうちに妹の産屋に何かを運び
こみました。
真夜中になりました。産屋でお后が男の子を生みました。赤ん坊はまるで月の光で作られた人形
のようです。二人の姉は急いで泥でできた壷を持ってくると壷の中に金色の月の光で出来たような
赤ん坊を入れて、口に塩と綿でふたをしてから川に流してしまいました。
王様が様子をたずねました。「生まれたのか?」
「なんて不吉なことでしょう!
男の子は男の子でも、犬の子供が産まれました」
二人は犬の子供を持って来て見せました。王様は何も言わず黙っていました。
その次の年、お后にまた子供が生まれることになりました。また二人の姉が産屋に手伝いに来ま
した。
お后はまた男の子の赤ん坊を生みました。嫉妬深い二人の姉たちは、同じように泥の壷に赤ん坊
を入れて川に流してしまいました。
王様が様子をたずねました。「今度は男の子が生まれたか?」
「なんて不吉なことでしょう!
男の子は男の子でも猫の子供が生まれました」
二人は猫の子供を持って来て見せました。王様には何がなんだかわかりません。
その次の年、お后は女の子を産みました。小さな女の子の赤ん坊は、愛らしいお顔をして、手足
もまるで花のようです。嫉妬深い姉たちは、女の子も川に流してしまいました。
王様が様子をたずねました。「今度はどうだ?」
「なんて不吉なことでしょう!
こんなことがあっていいのでしょうか?
木でできた人形が生
まれました」
二人の姉は王様に木の人形を持って来て見せました。王様は悲しくて、頭をがっくりと落として
行ってしまいました。
王国の人々は言い始めました。「なんてことだ! またこんなことが起きるなんて! あの日不吉
なときに、王様は良く知りもしない娘と結婚なさったからだ。一度ならず、二度、三度と子供が生
まれたが、犬の子、猫の子、人形だった。こんな不吉な証拠がそろっては、あのお后は人間のはず
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
がない。人間じゃなくて、きっと悪鬼に違いない!」
王様も思いました。
「そうに違いない! 宮殿になんて不吉な女を連れてきてしまったことだろう!
あのお后をもう部屋に入れないことにしよう」
嫉妬深い姉たちは満足して、笑いながらそれぞれの家に帰って行きました。王国の人々は悪鬼の
お后を逆さ向きでロバに乗せ、頭を剃ってしまい、バターミルクを注ぎかけて、王国の外へ追い出
してしまいました。
(6)
あるバラモンが河岸に沐浴するために出かけました。沐浴を終えてからバラモンは川の中に立っ
てお祈りを唱えました。すると泥の壷が流れてきました。壷の中から突然赤ん坊の泣き声が聞こえ
ます。慌ててバラモンが壷をつかんで中を覗いてみると、まるで神様の子供のような赤ん坊が入っ
ていました。
バラモンは急いで赤ん坊の口から塩と綿を洗い出し、その子を家に連れて帰りました。
そして次の年にもうひとつ泥の壷が流れてきた時も、バラモンが川で沐浴をしていました。再び
バラモンが壷の中を覗いてみると、また神様の子供のような赤ん坊が入っていました。バラモンは
その子も連れて家に帰りました。
三年の間、毎年ひとつずつ泥の壷が、バラモンが沐浴する河岸に流れつきました。三年目に流れ
てきたのは、神様の子供のように美しい女の子の赤ん坊です。バラモンには子供がいなかったのに、
二人の男の子を授かり、今度は女の子まで授かったのです。バラモンは喜んで女の子の赤ん坊を連
れて帰りました。
お后の嫉妬深い二人の姉によって川に流されてしまった二人の王子と王女は、バラモンの家に光
をもたらしました。代わりに、王様の宮殿は真っ暗になってしまいました。
(7)
二人の男の子と女の子を授かったバラモンはとても幸せに暮らしています。何も悲しいこともな
ければ、何か足りないものもありません。田んぼには稲が実り、木には果物がなっています。壷に
はガンジス河の水がいっぱいありますし、牝牛はたくさんのミルクを出します。バラモンのところ
にお金もたくさん貯まりました。
これはどうしたことでしょう?
バラモンは子供のいない寂しい暮らしをしていました。神様は
そんなバラモンのことを気にかけて下さったのでしょうか?
今ではバラモンの家は、富み栄えて
にぎやかなことこの上ない様子です。幸福なバラモンはいつも子供たちに囲まれて過ごします。二
人の男の子の名前はオルンとボルン、女の子の名前はキロンマラ。キロンマラは光でできた環とい
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
う意味です。
月日は流れていきます。オルンとボルン、そしてキロンマラはお月さまが満ちるように、そして
花のつぼみが開くように大きくなります。オルンとボルン、キロンマラの笑い声を聞きつけると、
森の鳥が飛んできて歌いだします。三人の泣き声を聞きつけると、森の鹿が走ってやってきます。
三人が戯れて踊れば、バラモンの庭に月の光の王国が現れたかのようです。
見る見るうちに、三人の兄弟は大きくなりました。キロンマラは家をきれいに整えます。家には
ひとかけらのくずさえ落としておきませんし、牝牛の体にはハエ一匹留まらせもしません。オルン
とボルンの二人は勉強します。木に果物が熟れれば、取ってきます。森の鹿を走って行って捕まえ
ます。それから三人兄弟はたくさんのかごに花を集めて、家を花でいっぱいにします。
バラモンにとってこれ以上の幸せがあるでしょうか?
キロンマラがかご一杯に花を摘んでくる
と、バラモンはお祈りのために、灯明を灯し、お香をたき、そして鈴を鳴らしてにぎやかに神様へ
のお勤めをします。
このように日々は過ぎていきました。オルンとボルンは、バラモンにふさわしい学問を修めまし
た。キロンマラは家の切り盛りができるようになりました。
ところがある日のこと、三人兄弟を呼ぶと、それぞれの頭に手を置いて、バラモンが言いました。
「オルン、ボルン、キロンマラよ。この家のすべてはおまえたちの物だよ。もう私には何も思い残
すことはない。おまえたちを置いて、旅立つ時が来た。お互いによく面倒を見て仲良く暮らしてい
きなさい」三人兄弟は泣きだしました。バラモンは天国へと旅立って行きました。
(8)
深い悲しみに包まれて日々が過ぎていきます。王様の宮殿は暗闇に閉ざされたままです。王様が
言いました。「ああ、もはや私の国は罪で覆われたも同然だ。そうだ! また狩りを執り行うことに
しよう!」再び、宮殿に狩りの太鼓が響き渡りました。
王様が狩りに出かけたその日、空では神様が荒れ狂いました。嵐となって突風が吹き、大粒の雨
が降りました。お供の家来たちと離れてしまい道に迷った王様は、暗闇の中でザーザーと降る雨を
避けて木のうろのなかで夜を過ごしました。
翌日王様がいくら道を歩いても、どこに自分がいるのかわかりません。日光はぎらぎらと照りつ
け、辺りはしーんと静まりかえっています。人っ子一人いませんし、飲み水を探そうにも池もあり
ません。息も絶え絶えの王様はお腹がすいて、喉もからからです。そのとき、遠くに一軒の家を見
つけました。王様はその家に向かって歩いて行きました。
オルンとボルン、キロンマラの三人は森を眺めていました。なんでしょう?
人がひとり歩いて
います。その人の頭や体が何やらぴかぴかしています。これを見てオルンとボルンは驚きました。
キロンマラも兄たちのところに立って眺めました。
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
王様が呼びかけました。「おーい。おまえたちは何者だ?
少し水を分けてもらえないか?」
走っていって、兄弟は水を持ってきました。水を飲んで、驚いた王様がたずねました。
「まるで神
の息子や娘のような子供たちよ。こんな誰も住んでいない森の奥に住むおまえたちはいったい何者
なのだ?」
オルンが言いました。「ぼくたちはバラモンの子供たちです」
王様は胸がどきどきして、心はそわそわと落ち着かなくなりました。バラモンの家にこんなに立
派な子供たちが生まれるものだろうか?
ですが王様は、何も言うことができませんでした。三人
を見ているうちに目は涙で一杯になり、あふれんばかりになりました。王様が言いました。
「水はも
ういいから、ミルクをもらうことにしよう。いいかな、子供たちよ。私がこの国の不幸な王だ。い
つでもおまえたちに何か困ったことがあったら知らせなさい。私が助けてあげよう」王様は溜息を
ついて、立ち去りました。
それから、キロンマラが言いました。「兄さん。王様はどこに住んでいるの?」
オルンとボルンは言いました。「そんなことは知らないなあ、妹よ。勉強した本に書いてあったの
は、王様には象がいて、馬がいて、レンガで造った立派な家に住んでいるってことだけだよ」
キロンマラが言いました。「象や馬って、どこで手に入るのかしら? ねえ、立派なレンガで造っ
た家を建ててくださいな」
オルンとボルンが言いました。「いいとも、建てよう!」
(9)
レンガで造った立派な家を建てようと言ってから、あっという間に昼も夜も過ぎていきます。ど
の国からどんなものを持ってきたらいいものか、考えることはたくさんあります。飢えや渇きも忘
れて、額から汗を流しながら兄弟はたくさん働きます。1
2の月と3
6日の間、月と太陽が巡り、オル
ンとボルンは家を建てることに一生懸命です。一方、キロンマラは川から汲んできた水を満たした
壷を二人の兄に届けます。1
2の月と3
6日が経って、立派なレンガで作られた家が完成しました。
その家を見たら天上の建築の神様でさえ恥ずかしくなって逃げ出してしまうほどの出来栄えです。
オルンとボルン、キロンマラの家は、この世のものとも思えないような立派さです。つるつるした
大理石で造られ、ちりばめられた白い宝石がきらきら輝き、扉の一枚一枚が銀製で、金の壷の飾り
が乗っています。建物の周りに花の美しい木や果物の木が植えられ、鳥たちがたくさんやってきま
す。甘い蜜の香りが辺りにあふれ、鳥たちの鳴き交わす声が響き、まるでこの世の楽園です。オル
ンとボルン、キロンマラの家は神様の目にも留まるでしょう。
ある日ひとりのサニヤーシー(遊行僧)が川の向こう岸からやってきました。通り過ぎながらサ
ニヤーシーは言いました。
「人のいない国の、人のいない森に住むこの兄弟は何者だろう?
―1
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1―
大 橋 弘 美 ・ 森
誰が造ったのだろう、この美しい都は?
日出樹
この世で一番美しい楽園よ」
オルンが言いました。
「永遠に新しい月の光が照らし続ける
オルン、ボルン、キロンマラ、三人兄弟の家に」
サニヤーシーが言いました。
「オルン、ボルン、キロンマラの美しい宮殿よ
見るだけで幸せに、聞くだけで幸せに、もっと光輝いていたことだろうに
そんな都なら、もっと心を奪うものであったことだろうに
何かが必要で、何かが欠けている。それがないので輝きが足りぬ
麗しの都よ、銀の木が金の実をつけ
こぼれ落ちるのは、真珠の水滴
ダイヤモンドの木に留まる金色の鳥は甘い声
ルビーの粒が敷き詰められた道
これぞ真のこの世の楽園
金色の鳥のひとつひとつのさえずりに幸せの海が宿る」
これを聞いたオルン、ボルン、キロンマラが呼びかけました。
「どこにあるのでしょう、銀の木は
どこにいるのでしょう、金色の鳥は
真珠の水滴はどこに流れ落ちるのでしょう?
教えてくださいな、取りにいきましょう」
サニヤーシーは言いました。
「北の東、東の北よ
幻の山を目指せ
常に金の実が実り
真実ダイヤモンドの木が輝く
こぼれ落ちるのは真珠の水滴
涼しい風が吹き抜ける
金色の鳥が留まっているのは、
木の枝の上!
幻の山は、幻で覆われ
幻の矢が放たれる
そこに行き着き、すべてを手に入れるのは
偉大なる勇者だろう!」
こう言いながら、サニヤーシーは遠ざかって行きました。
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
オルンとボルンは言いました。「妹よ。ぼくたちがすべてを手に入れて来よう」
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0)
オルンが言いました。「弟のボルンよ。妹のキロンマラよ。おまえたちはここにいなさい。ぼくが
幻の山に行って、すべてを手に入れて来よう」こう言ってオルンはボルンとキロンマラに一振りの
剣を与えました。「さあ、いいかい。もしこの剣がさびてしまったら、もはやぼくは生きていないと
思いなさい」剣を置いて、オルンは出かけて行きました。
一日が過ぎ、一月が過ぎ、ボルンとキロンマラは毎日剣を鞘から抜いては見てみます。ある日、
剣を抜いたボルンの顔色が変わりました。「妹よ! 兄さんはもはやこの世のひとではない。この弓
と矢を取りなさい。ぼくが幻の山に行ってこよう。もし矢の先からやじりが取れて、弓のつるが切
れてしまったら、ぼくはもう生きていないと思いなさい」
キロンマラはオルンのさびた剣を見て、涙を流しどうしていいのか分からない様子です。そして
ボルンの矢と弓を手に取って言いました。「ああ神様! なんてことでしょう! ボルン兄さん、ど
うかオルン兄さんを連れ戻してきて下さい!」
(1
1)
旅を続けるうちに、ボルンは幻の山の国に着きました。すると辺りから取り囲むように、にぎや
かな楽器が鳴らされ、精霊が現れて踊っています。そして後ろからボルンにしきりに呼びかけまし
た。「王子様、ねえ王子様!
振り返って見て! 振り返って見て! 私たちの言うことをお聞きな
さいな!」
ボルンが振り返ったとたん、その体は石になってしまいました。
「ああ、そうか。ぼくも兄さんも
こうして石にされてしまったのか」
こうして、ボルンも石にされてしまいました。誰が助けてくれるでしょう?
オルンもボルンも
完全に石になってしまっています。
朝になって目覚めたキロンマラは気がつきました。矢からやじりが取れてしまっています。弓の
つるが切れてしまっています。オルン兄さんが死んでしまいました。ボルン兄さんも死んでしまい
ました。キロンマラはもはや泣き崩れたりしません。何も言いわず、涙をぬぐおうともしませんで
した。立ち上がると、牝牛にわらと油粕を与え、馬には水を与えました。それから王子の服を着て、
頭には冠をかぶり、手には剣を持ちました。それから子牛と小鹿に口づけをして、まばたきをして
からキロンマラは幻の山を目指して出発しました。
進んでいくキロンマラは炎のような姿で、風よりも早く走ります。誰の目にも留まることがあり
ません。昼も夜も、山も森も、灼熱も洪水もすべてを越えて進みます。嵐に遭い、稲妻に照らされ
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
1
3の夜と3
3日をかけて、キロンマラは幻の山に到着しました。
すると四方から、巨人や悪霊、虎や熊、蛇や象、ライオンやバッファロー、おばけや女悪鬼がやっ
てきてキロンマラを取り囲みました。
こちらで何かが叫びます。「王子よ!
おまえを飲み込んでやる!」
あちらで何かが叫びます。「王子よ!
おまえを食べてやる!」
ふーむ、ふーむ、はー、
はーむ、はーむ、ほー、
ふーむ、はーむ!!
ぐぉー!!!
「ここを切ろうか?
あそこを切ろうか?
ずばっと、刃がいくぞ!
そうだ!
王子の足を切ってやろう!」
そら、手拍子だ!
ばちん!
それ、踏み鳴らせ!
どすん!
さあ、太鼓を叩け!
どん!
ばちん!
どすん!
どん!
剣の刃がぎらぎら光るぞ!
周りで精霊が踊っています。「王子様!
王子様!
ちょっと聞いて下さいな!」
魔法の弓からは矢がびゅんびゅんと飛んできます。
頭の上では雨と雷が鳴り響き、雲の間で何百万もの太鼓が鳴っているかのようです。あまりのす
さまじい音で空が破裂し、山々はひっくり返り、地面が裂けてしまいそうです。すべてがぐらぐら
と揺れています。雷鳴が鳴り、雷が光り、あられまでもが降り、いったいどうしたらいいのでしょ
う?
もう、どうしようもありません。いや、すべては意味のないまやかしです!
キロンマラは、本
当は王子ではありません。精霊に呼ばれても後ろを振り向くことはありませんでした。足の下の地
面がどれほど揺れても固く目を閉ざして、剣を固く握り締め、風のように速やかに進んで行きまし
た。そして真っ直ぐ、金の実をつけるダイヤモンドの木の下にたどり着きました。
するとダイヤモンドの木に留まっていた金色の鳥が話しかけてきました。
「来たのね?
来たのね?
よくやった!
この泉の水を汲みなさい。この花を取りなさい。私
を捕まえなさい。ほらあそこにある矢を取りなさい。それからここにある弓を取りなさい。ぐずぐ
ずしてはいけないよ。さあすべて取ったら、あそこに太鼓があるでしょう、あれを叩きなさい」
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
鳥はひとつずつ教えてくれます。キロンマラはひとつずつ品物を集めました。品物を集め終わる
と、太鼓を叩きました。
すると、すべての物音が消えました。幻の山では物音ひとつ聞こえなくなりました。ただウグイ
スの声がします。駒鳥のさえずりが聞こえます。孔雀が舞っています。
すると鳥が言いました。「キロンマラよ。冷たい水滴を振り掛けなさい」
キロンマラは金の水差しを傾けて、水を振り掛けました。四方の山がぎしぎしときしむ音がしは
じめました。すべての石が物音をたてはじめました。たいへん長い間、何人もの王子がやってきて、
石にされていたのです。その王子たちが一瞬のうちに、石から元に戻った体を動かして立ち上がり
ました。
見る見るうちに、すべての石が数え切れないほどの王子に姿を変えました。王子たちは手を合わ
せて、キロンマラに感謝して言いました。
「なんと幸運な時代の幸運な勇者だろう!」
オルンとボルンも涙を流しながら言いました。
「おお、血を分けた勇敢な妹よ!」
頭の上で金色の鳥が言いました。
「オルン、ボルン、キロンマラよ
世界中に光を与えた者たちよ」
(1
2)
自分たちの都に戻ってきたオルンとボルン、キロンマラは牝牛に草と水を与えました。つないで
あった子牛を放してやりました。小鹿には水浴びをさせてあげました。庭をきれいに掃除しました。
木々には水をあげました。すっかり整えた庭に銀の木の種とダイヤモンドの木の枝を植えました。
それから真珠の泉の水が入っている水差しのふたを開けて、真珠をばらまきました。最後に金色の
鳥に言いました。「さあ鳥さん!
木に留まってみて」
するするとダイヤモンドの木が大きくなりました。ぽんぽんと銀の木の葉が大きくなって開きま
した。銀の木にもダイヤモンドの木にも金の実が鈴なりに生って揺れ始めました。ダイヤモンドの
枝に金色の鳥が留まって美しい歌を歌いだしました。辺りには金の実がゆらゆらしています。その
なかで冷たく滴る真珠の水がぽろぽろとこぼれ落ちています。
鳥が言いました。「ああ、これぞ楽園!」
オルンとボルン、キロンマラの三人兄弟は抱き合って喜びました。
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5―
大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
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3)
森の鳥がじっとしていれないように、森の鹿もじっとしていられません。やっぱり人間だってじっ
としていられるものではありません。オルンとボルン、キロンマラの都の素晴らしさを知ってしまっ
てからでは特にそうです。三人の美しい都のうわさは広がり、人々は都を見に来るようになりまし
た。見た人は言いました。
「ああ、なんて美しい都だろう!
天上の神様が降りてきたのだろうか?」
この知らせは王様の耳にも入りました。王様は言いました。
「ほお、そうか。あのバラモンの子供
たちがそんなに素晴らしい都を造り上げたとは!」
その夜、金色の鳥が言いました。
「オルンとボルン、キロンマラよ。さあ、王様を食事にご招待なさいな」
三人兄弟が言いました。
「なんですって、王様を食事に招待するのですか?
何を差し上げたら良いでしょう?」
鳥が言いました。
「それは私が教えましょう」
オルンとボルンは翌朝出かけて、王様を食事に招待しました。
金色の鳥が言いました。
「キロンマラよ。王様に食事を差し上げる部屋に、私の留まり木をつって下さいな」
キロンマラが言いました。
「わかりました」
(1
4)
軍隊を連れてにぎやかに、王様が食事に招かれてやって来ました。王様が三人の都に来て、あた
りをご覧になりました。なんて驚いたことでしょう。この都の隅に置かれているようなものでさえ、
王様の宝物庫にもないような素晴らしい品です。
「これらすべてを、あの子達はどこで手に入れたのだろう?
なんという子達だろう!
ああ、
たいしたものだ!」王様は心から喜んで笑いました。でも笑ったかと思うと、ご自分の悲しみに沈
みました。この三人の子供達が、ご自分の子供達であったらどんなに良かったことか!
王様は庭を散歩して、真珠の水滴を見ました。見ると喜びも悲しみもこみ上げてきます。目から
涙がこぼれます。それを手でぬぐって王様は言いました。
「もうここにはいられそうにない。部屋に戻ろう」
部屋の中は、あちらに宝玉こちらに真珠、またあちらにエメラルド、またこちらにはダイヤモン
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『おばあさんのお話袋−ベンガルの昔話−』
(翻訳)−その2
ドといった有様でした。王様はすっかり驚いてしまいました。
それから王様は食事の部屋に行きました。何種類もの料理をのせたたくさんの大きなお皿、たく
さんの小さなお皿が並んでいます。大変おいしそうなにおいで部屋の中はいっぱいです。
心底びっくりした王様は、ゆっくりと部屋に入ってご自分の席に座りました。そっと手を伸ばし
て王様がお皿を手にしたとたん、
「なんだこれは、すべての料理が金でできているではないか!」
「それがどうかしましたか?」
「これが食べ物だと言うのか?」
「どうして食べられないなんておっしゃるのでしょう?
お菓子5はお好きではないのですか?」
王様は言いました。
「誰が私と話をしているのか?
とをからかっているのか?
うのか?
オルン!
ボルン!
キロンマラよ!
おまえ達もわたしのこ
金貨や真珠や宝石から作られた食べ物を人間がどうやって食べるとい
こんなものが食べられるのか?」
頭の上から、誰かの声がしました。
「それでは、人間から犬の子供が生まれてくることがありますか?」
「なんだと?」
「偉大なる王様、人間から猫の子供が生まれてくることがありますか?」
「なんだと?」
王様は本当に驚きました。頭の上を見上げると、金色の鳥が話をしているのです。
「大王様、宝石のお菓子が食べられないと言うなら、人間から木でできた人形が生まれてくるこ
とがありえるでしょうか?」
王様は言いました。「そうか、まさにそうだ!
私はなんということをしてしまったのだろう?」
王様はご自分の席から立ち上がりました。
金色の鳥が言いました。
「大王様。今、お分かりになりましたか?
この子供たちが、あなたの子供たちなのです。悪賢
い伯母たちが嘘をついて、犬の子、猫の子、木の人形を王様に見せたのです」
王様はぶるぶると震えて涙を流しながら、オルンとボルン、キロンマラを胸に抱きしめました。
「ああ、今ここにあの哀れなお后がいたなら!」
金色の鳥がそっと三人に言いました。
「オルンとボルン、そしてキロンマラよ。川の向こう岸に小屋があるでしょう。あの小屋におま
えたちのお母さんが住んでいますよ。たいへん辛く悲しい思いをして、今にも死にそうになりなが
らおまえたちのお母さんはなんとか生きていますよ。行って、お母さんを連れていらっしゃい」
三人兄弟は涙を流しながら、自分達の母のもとに行きました。三人と会った哀れなお后は思いま
した。「私はとうとう天国に来たようだわ。それで愛しい子供達と会うことができたのね」
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日出樹
金色の鳥が歌いました。
「オルンとボルン、キロンマラ
この世の三つの宝物
こんな宝が無くしては
抜け殻の人生
オルンとボルン、キロンマラ
今日その苦しみは終わった」
それからどうなったでしょう?
たいへん喜ばしいことに、王様は、オルンとボルン、キロンマ
ラの都にご自分の都を移しました。すべての国民たちは七日七晩に渡って、真珠やダイヤモンド、
エメラルドでお祝いをしました。
それからまた別の日に、王国の何人かの首切り役人がにぎやかに王宮の草刈り人の家と料理人の
家を焼いてしまいました。お后の意地悪な二人の姉を、とげの付いた木の枝を敷いた穴に投げ込ん
で埋めてしまいました。
それから王様、お后、オルンとボルン、キロンマラ、そして子孫たちへと王国の富は受け継がれ、
栄え続けました。
第3話 ジャッカルの先生
(1)
一匹のジャッカルがいました。
お父さんは壁付きの家を作りました。
息子にはそれだけでどうして不足なんてことがありましょう?
何かを企んでいるのですから!
大きな大きな口ひげをねじり上げ、ジャッカルの先生はションティの森にたいそう立派な小学校
をつくりました。
チンチン虫に、ジンジン虫、ラーム・バッタの仔
カメに、千本足のムカデ
ミミズに、サソリに、カブト虫、ゴキブリ、カエルに
カニに、クモ
――
彼らの足、足、足!
ジャッカルの先生の小学校にはこんなにたくさんの生徒がいました。
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(翻訳)−その2
生徒たちの本を読む声
先生の応える声、
ションティの森は昼も夜も大騒ぎでした。
この様子を見た一匹のワニは思いました。
「そうだよな! どの子どもたちも読み書きを覚えたの
に、わしのせがれたちだけが読み書きできないままでいいのか?」ワニは、ジャッカルの先生の小
学校に七人の息子たちを連れて行き、勉強させることにしました。
息子たちは文字を習い始めました。ジャッカルの先生は言いました。
「ワニさん、まあ、見てみな
さいよ、七日間勉強を続ければ、あなたのお子さんは皆、学問をいっぱい身につけ、大変優秀な生
徒になりますよ」ワニは大変喜んで家に戻りました。
先生は教えました。そして、なんと毎日一匹ずつワニの子どもたちを食べていきました。そうし
て日々が過ぎていきました。
六日が経ってワニは思いました。「明日だな、わしのせがれたちが学問をいっぱい身につけ、立派
になるのは。今日はひとつ様子を見てこよう」ワニは奥さんにいいました。
「おい、イリシュ魚とコ
リシュ魚の入った野菜炒め、ルイ魚とカトラー魚のゴルゴル料理、チトル魚とボアル魚6のモルモル
料理、みんな用意しておけ、子どもたちが戻って食べるからな」そう言って、ワニは古いジュート
の腰巻に破れた網の肩掛けを身につけ、漁師の小船を帽子代わりにかぶり、コケを一口ほおばり、
太鼓腹を手でなでながら先生のところにやってきました。
「先生さんよ、先生さん、どれどれ見せて
おくれよ、わしのせがれたちがどれほど勉強したか」
ジャッカルの先生は急いで起き上がり、言いました。「さあ、さあ、どうぞ、おかけください。
おい、タバコをおくれ、バッタ君よ、かぎ煙草入れを持って来ておくれ。――おい、ワニさんの子
どもたちはどこだ。――
まあ、おかけください。私が呼んで来ましょう」
ジャッカルの先生は巣穴に行って、最後の一匹になったワニの子どもを七回持ち上げて見せて、
言いました。「ワニさん、こんなに苦労して教えてきたんです。あと残りわずかになってどうして台
無しにするようなことがあるでしょうか?
お子さんたちは皆学問をいっぱい身につけましたよ。
あと一日すればすっかり優秀なお子さんになってお家に帰れるでしょう」
ワニは言いました。「そうかい、そうかい。分かったよ。きっとそうなるよな」
愚かなワニは喜んで去っていきました。
翌日、ジャッカルの先生は残りのワニの子どもを最後のおやつに食べてしまうと、小学校を壊し
て――逃げてしまいました!
ジャッカルは逃げて――ワニが小学校にやって来ると――生徒たちの姿はありません、ジャッカ
ルの先生もいません。ションティの森はもぬけの殻でした。ワニはそのときすべてを理解しました。
ほほを平手で打ち、頭をぴしゃりとたたき、目に涙を浮かべて言いました。「ようし、先生野郎め。
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大 橋 弘 美 ・ 森
日出樹
今に見ておけ」
もうカニを食べないなんてことがあろうか?
もう川に行かないなんてことがあろうか?
あの川だな、カニを食べるのは。
まあ、お手並み拝見といこうか。
奴がどうやってオレ様の手から逃れることができるのか。
ワニはそぉっと川の中に潜んでいました。
何日か経ったある日のこと、ジャッカルの先生はまさにその川縁をうろついていました。でも、
決して水に足を触れることはありませんでした。しかし、ついに、おなかがすいて我慢できなくなっ
てきました。――向こう岸の中州では、カニたちが子どもをつれて群れになって、はさみを出して
ディリン、ディリンと踊っています――もう我慢できません。全て忘れて、命もプライドもお構い
なしに、ジャッカルは水の中にざぶんと飛び込みました。
もう逃げ場はありません。三十六本の大きな歯でワニは先生の足を捕まえました!
お互い引っ張り合いが続きます――ジャッカルの先生は葦の茂みに入り込むと、一本の葦の先を
折って、笑いながら言いました。「あはは、ワニさん。なんて愚かなんだ。分からないのか! どれ
がおいらの足で、どれが棒切れなのか。どうぞどうぞ捕まえな。棒切れを放して、おいらの足を捕
まえたらよかったのに!」ワニは思いました。
「なに、棒切れを捕まえていたのか?」――しまった!
――ワニはジャッカルの足を放し、棒切れに噛み付きました。
葦の棒を手放して、ジャッカルの先生は3回跳んで逃げました!「ワニさん、こっちだよ!また、
小学校を始めるから子どもを送ってね!」
その後何日かが経ちましたが、ジャッカルの尻尾にさえも、ワニは手を出すことが出来ないまま
でした。ついにある日、ワニは散々知恵を絞って、策を思いつきました。尻尾をまっすぐに伸ばし、
顔を日に向け、まるで脱穀機のようになって、川の中州で手足を伸ばし、すっかり死んだふりをし
ました。そこを通りかかったジャッカルはその様子を見て言いました。
「あれ、ワニさんが死んでし
まった!どれ、妻をご馳走に招待してあげようか」
でも、ジャッカルの先生は心の中で疑っていました。ひげを3回ひねり上げ、口をなめて、言い
ました。「ああ、いいヤツだったのにな! いったい何が起こったんだ!どうしたというんだ!――
そうだ、死んだら、その印があるはずだが?
ふむ、ふむ――。
耳はぶらりと動くだろう、ポタポトと、
尻尾はだらりと落ちるだろう、チョタチョトと。
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そうなれば死体だ!――ということは、こいつはまだ死んでいないぞ!」
ワニは、なるほど、それもそうだ、と思い、耳もないのに、頭を回して耳を動かそうとし、尻尾
も勢いよく下に投げ落としました。
遠くにいた何人かの牛飼いがその音を聞きました。
「おい!
あのワニが陸に上がって来たぞ。先日子供を食ったヤツだ!」
鎌、棒、レンガ、レンガのかけらがばらばらと落ちてきました――わいわいがやがやとやってき
た牛飼いたちはワニを懲らしめました。
ジャッカルの先生は三回飛び跳ねて、逃げていきました。
「お気の毒様、ワニさんよ!
さようなら!
そんじゃ逃げさせてもらうよ!」
(2)
大変遠くまでやってきたジャッカルの先生は、ナス畑に入り込みました。
空腹でおなかが落ち着かず、心向くままにナスを食べました。
食べていると、いつの間にか鼻に棘がささっていました。
「ハン、ハン、ハン、フン、フン、フン」
どうやっても取れません。もう、体が血まみれです。
ついに、すっかり弱ってしまったジャッカルは床屋さんの家に行きました。
「床屋さん、家にいるかい?
ちょっと外に出てきておくれよ、爪切りを持って」
床屋さんは大変いい人でした。爪切りを持って来て言いました。
「誰だい、ジャッカルの先生かい?
そうだろ。いったいその傷はどうしたんだ!
あれあれ、鼻がどっかに行っちゃたね!」二つの目
から涙を流してしくしく泣きながらジャッカルは言いました。
「見ての通り悲しくて泣いているんだよ。つらくてたまらないよう」
大変慈悲深い床屋さんは、気の毒に思って、言いました。
「まあ、お座り、棘を抜いてあげよう」
でも、とんでもないことが起こってしまいました。
なんと、ジャッカルの鼻がちょん切れてしまったのです、棘を抜こうとして。
「ウワァー!
ヒャー!
この神も仏もない冷たい野郎め!
なんてことをしてくれたんだ。さ
あ、鼻をくっつけてくれ、さもないと、目にものを見せてくれるぞ!」
善人の床屋さんは、怯えて大変困惑してしまいました。
「ジャッカルの兄さん! えらく手元が狂っ
てしまったんだ。許しておくれ。でないと、この通り貧乏暮らしの身、どうすりゃいいんだ」
ジャッカルは言いました。「わかったよ。もう済んだことは済んだことだ。――それじゃ、お前さ
んの爪切りをおいらにおくれ。そうすりゃ、勘弁してあげるよ」
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日出樹
「いったいどうするんだい?」床屋さんはジャッカルに爪切りをあげました。爪切りをもらった
ジャッカルは「それじゃ、またね」と去って行きました。
ジャッカルは一軒の壺作り職人の家の前を通りかかりました。壺作り職人はジャッカルを見て言
いました。「誰だい、家の前を行くのは?
「壺作りの兄さんだね?
口に何をくわえているんだい?」
ほら、爪切りを持っているんだよ」とジャッカルは応えました。
壺作り職人も爪切りをとても必要としていました。
「そうか、どれどれ、お前さんの爪切りはどん
なだね?」
壺作り職人が試しているうちに爪切りはバラッと壊れてしまいました。「あれ、しまった!」
怒ったジャッカルは言いました。「壺作りのお兄さん、それはいけないな! 悪いと思うなら、お
いらの爪切りを返しておくれよ」
その村には鍛冶屋さんはいませんでした。壺作り職人は途方にくれました。
「どうしたらいいんだ、
兄さんよ。許してくれないなら、こんな貧乏人、どうすることもできやしない」
ジャッカルは言いました。「それなら、壺をひとつおくれよ!」
壺作り職人は壺をひとつあげて助かり、安堵で胸をなでおろしました。壺を得たジャッカルは、
再び旅を続けました。
すると、今度は、花婿行列に出くわしました。お祝いの爆竹や花火を投げながら皆進んでいまし
た。暗闇の中、誰が気付くことができたでしょう?
爆竹がひとつ飛んできて、ジャッカルの壺の
中に入りました。壺は割れてしまいました。目を丸くして怒り、ジャッカルは言いました。「おい、
何だお前は、大きな顔をして花婿行列とはな。他に花火を燃やす場所もないのか?
悪いと思うな
ら、壺を返してくれ」
花婿は当惑してしまい、皆が言いました。
「許しておくれよ兄さん、許しておくれ。でないと、わ
しら皆どうすることもできやしない」
ジャッカルは言いました。「そんなこと言われても困るよ。花嫁をおいらにおくれ。お前たちはど
こでも好きなところへ行けばいい」
「これでもういいか?」――花婿は花嫁をジャッカルにあげました。
花嫁を手に入れて、ジャッカルはその場をあとにしました。
やがて、一軒の太鼓たたきの家に来ると、ジャッカルは言いました。
「太鼓たたきのお兄さん、あ
んたたちは何人いるんだい?」――おいら結婚するんだ。太鼓を全て用意しておくれ、いいかい。
花嫁はここで待たせておくれ、おいら、司祭の家に行ってくるから」
太鼓たたきは太鼓の手配をしました。ジャッカルは司祭の家に行きました。太鼓たたきの奥さん
は料理の野菜を切っていました。花嫁さんはうとうとと居眠りをしているうちに、その包丁の上に
倒れてしまい、真っ二つに割れてしまいました。恐ろしくなった太鼓たたきの奥さんは二つに割れ
た花嫁さんの体をもっていき、わらを積んであるところに隠しました。
司祭を連れて戻ってきたジャッカルは、花嫁がいないことに気付き、
「いいか! 太鼓たたきの奥
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さん、花嫁さんを連れてきておくれ!」と言いました。太鼓たたきの奥さんは怖くなって、言いま
した。「なんていうことだい、どうしたらいいんだい!」
ジャッカルは言いました。「もういい、何も聞きたくない。太鼓たたきの太鼓をおくれ。そしたら
許してやるよ!」
太鼓たたきの奥さんは「助かった!」と思い、急いで太鼓を持ってきてジャッカルにあげ、部屋
に戻りドアを閉めました。
その太鼓をもって行き、ジャッカルは一本のヤシの木の上に登り、太鼓を鳴らし、歌を歌いまし
た。
「タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!!!
ナスの畑で棘が刺さった――タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!
棘を抜くのに鼻切った、
タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!
鼻の代わりに爪切りを得た、
タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!
爪切りをあげ壺を得た――タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!
壺の代わりに嫁を得た――タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!
嫁さんなくなり、太鼓得た――タク、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!
ダグム、ダグム、ドゥグ、ドゥマ、ドゥム!!
ドゥム、ドゥマ、ドゥム、ドゥム!!
嬉しさのあまりジャッカルはつい踊りだしてしまいました。――と、足を滑らせてしまい ――
あれまあ!!!
おわり
注
1
シムルの樹の日本名キワタ、ベンガル名シムル(simul)
、英名 Red Silk Cotton。インド原産の高木で、2∼3月に肉厚
の赤色の花を咲かせる。
2
和名うこん、ベンガル名ホルッド(halud)
、英名 Turmeric。南アジア原産の宿根草。インド料理のカレーに使用される
ことで良く知られているが、地下茎は料理に使用される他、染料、薬草としても利用価値が高い。
3
ベンガル名コライ(kalāi)
、ヒンディー名ウラド(urad)
、英名 Black lentil。黒い皮が付いている豆で広くインドで食用
にされている。黒い皮を取り除きひきわりにしたものは、スープや炒め物に使用される。
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原文ではインドラ神のお后。インドラ神は雷神として『リグ・ヴェーダ』に登場する神で古くから信仰されている。
ここでは、インドラ神が天上界に巨大な光輝く神々の集会場を持ち、それは何層に分かれる建物と神聖な樹で満たされ
ているとの『マハーバーラタ』で述べられているイメージの影響が原文にあるように考えられる。インドラ神は仏教に
も仏法の守護神帝釈天として取り入れられている。
5 日本では馴染みのないベンガル菓子なので、お菓子とひとまとめに訳した。原文では、パエシュ(pāyes)
、ピター(pithā)
、
キール(ksı̄r)
、ショル(sor)
、ミターイ(mithāi)
、モンダー(mondā)
、ロシュ(ros)
、ラドゥー(lādu)と菓子名が続
く。パエシュは米を甘く牛乳で煮込んだもの。ピターは米粉を練った揚げ菓子。キールは煮詰めた甘い牛乳。ショルは
沸騰させた乳にできる膜を集めて作る菓子。ミターイは一般的に甘い菓子全般を指し、ロシュは甘いシロップ。モンダー
とラドゥーは団子状の菓子。
6
ベンガル名イリシュ(ilis)は英名ヒルサ(hilsa)で海水魚だが、産卵のため川を遡上する雨季に、河口から川上にか
けて漁が行われる。油ののった味がベンガル人に人気がある。ルイ(rui)
、カトラー(kātlā)は淡水魚でコイの仲間。チ
トル(cital )
、ボアル(boyāl
)も淡水魚でナマズの仲間。
!
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