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李 星
仙台大学大学院スポーツ科学研究科修士論文集Vol.14. 2013.3
日本S大学と中国S学院におけるバスケットボール選手の
足関節捻挫受傷後の対処法に関する現状調査
李 星 笠原 岳人
キーワード:足関節捻挫 応急処置 リハビリテーション
Investigation on the status of the ankle sprain treatment from the basketball player
in Japan S University and China S University
Xing Li
Taketo Kasahara
Abstract
Once sports injuries occur, which causes discontinuation of the game and training, suffi‑
cient rest, proper first‑aid treatment and complete rehabilitation therapy are all compulsory
for the players before the comeback. In my personal opinion relieving the pain is not the
only purpose of this process, but also preventing them from getting injured again through
intensive training on their weakness should be included.
This study was done on basketball players in universities. By investigating and analyzing
on the causes of the ankle sprain as well as ways of therapy and players` performance after
the comeback, it is revealed that there is notable difference on ankle sprain treatment be‑
tween Japanese and Chinese students.
Two main causes of the injury among Chinese players of S university were “insufficient
self‑protect awareness” and “lack of experience”, which accounts for 62% and 31% respec‑
tively. Both percentages were remarkably higher than that of Japanese players of S uni‑
versity.
Regarding the first‑aid treatment, 64% of the Chinese players selected the option of “Flush
by tap‑water”, while 82% of the Japanese players selected the option of “Proceed with RICE”.
Besides the vocations of the personnel to do the first‑aid treatment vary remarkably be‑
tween the two countries` universities.
Regarding rehabilitation, 36% of the Chinese players have been gone through this process,
while the percentage of this of Japanese players is 62%, and also the vocations of the per‑
sonnel to do the rehabilitation treatment vary remarkably between the two countries` uni‑
versities.
Before the comeback, 36% of the players of Japan S university selected the option of “Follow
athletic trainer`s guidance”, 48% of the players of China S University selected the option of
“Follow the coach`s guidance”.
In order to improve the application of athletic rehabilitation in China S University, my
recommendation is making improvements on facilities and equipment in gymnasium and
rehabilitation therapeutic room, at meanwhile raising players` and coaches` awareness on
rehabilitation as well as making proper adjustment on systems of professional education
and support services team.
131
李ほか
第1章 緒言
帰を基本的な考え方とし、RICE 処置も徹
1.1 はじめに
底的にせず、リハビリテーションの治療も
スポーツ外傷の中で、切挫傷を除いて医
省くようにしていた。そして、競技復帰をし
療機関を受診する部位は、足関節にかかわ
た後、足関節捻挫を予防するためのパフォ
るのが最も多い。次いで膝関節、腰部と肩関
ーマンス改善の重要性も意識していないの
節がほぼ同数というような順になってい
が現状である。筆者は大学卒業し、日本 S 大
る。足関節では内反捻挫が圧倒的に多くを
学の大学院生として留学している間に、学
占めることから、これが最も多いスポーツ
部生の講義実態やバスケットボール部の部
外傷と言っても過言ではなかろう。また、居
活やアスレチックトレーニングルームなど
村ら
1)
(2006)はそれだけ発生率が高い損傷
の教育場面を見学し、真面目にリハビリテ
であるにもかかわらず、この怪我に対する
ーションの治療を受けている受傷した選手
スポーツ選手の認識はきわめて低く、予防
の姿に気づいた。やはり、大学においては、
を含めた管理方法にまで興味が至らないの
体育館やリハビリテーションの治療室など
が現実であると指摘している。周囲の靭帯
環境面(ハード面)要素、または、講義ある
などの修復が不十分なまま捻挫を複数回繰
いは競技中に傷害予防と受傷後の対処法に
り返すことで、足関節不安定性を導く事実
関する知識と技術の普及、及び部活動をサ
があり、結果として慢性捻挫や変形性足関
ポートするなどの教育システム(ソフト面)
節症に陥ることが多い。薛ら
が、足関節捻挫の受傷後の対処法に、大きく
2)
(1995)はバ
スケットボールが激しい身体接触が伴い、
影響しているのではないかと考えた。
他の競技と比較しても傷害の発生頻度も極
1.2 研究目的
めて高い競技であり、練習や試合中の怪我
筆者は傷害後の適切な対処法をとること
による後遺症で、競技生活を断念する選手
なく、競技を続けている選手の姿を見るた
は少なくないと指摘している。Verstegen
びに、何か良い手当てはないかと考えてい
ら 3)
(2004)は特に、足関節捻挫のリスクは
た。
男女とも高頻度であり、負傷した選手がよ
そこで、本研究では、中国におけるリハビ
り早期に協議復帰できるためのリハビリテ
リテーションの現状を理解し、スポーツ場
ーションは重要な対処法であり、関連する
面におけるリハビリテーションの展開につ
関節の可動域や弱い部位(特に小さな筋群)
いて検証していきたいと考えている。具体
や体の安定性を向上させるなどのパフォー
的には、日本 S 大学と中国 S 学院のバスケ
マンス改善法も非常に重要であると指摘し
ットボール部部員を対象に、怪我の受傷後
ている。しかし、中国の場合、傷害後のリハ
の対処法と、個別のリハビリテーションの
ビリテーションの知識や技術が浸透してい
実施方法及び競技復帰後の運動成績につい
ないのが現状である。筆者はプロのシニア
て調査する。また、日中の結果を比較検討す
選手と大学の代表選手として、7年間のバ
ることにより、中国にて展開するための効
スケットボールを続けてきた。その7年間、
果的な介入方法に関する提言を行うことを
自分自身も含めて数多くの選手がバスケッ
主な目的とする。
トボールを続ける限り、足関節捻挫は避け
1.3 先行調査の検討
られないほど、運命のように繰り返すのを
本研究の目的は、日中の大学生バスケッ
見てきた。筆者が所属していた中国 S 学院
トボール選手を対象に、受傷後の対処法と
のバスケットボール部は、ほとんど早期復
個別リハビリテーションの実施方法などに
132
日本S大学と中国S学院におけるバスケットボール選手の足関節捻挫受傷後の対処法に関する現状調査
(3)教育システム:
ついて調査し、日中の現状を明らかにする
ことにある。研究の実施にあたり、中国 S 学
院及び日本 S 大学における施設面及び教育
場面などの情報や現状を把握することが重
要であることから、筆者は先行調査として、
現地における実態調査を行った。
1.3.1 調査内容:
先行調査は、中国 S 学院及び日本 S 大学
の体育館、リハビリテーションの治療室、学
部(学科)の体系構造、学部生の履修科目、
日本 S 大学の体育学部は体育学科、健康
バスケットボール部の競技中にアスレチッ
福祉学科、スポーツ情報・マスメディア学
クトレーナーの介入の有無及びバスケット
科、運動栄養学科、現代武道学科の 5 つの学
ボール部部員が運動傷害(特に足関節捻挫)
科により構成されている。バスケットボー
の対処法と予防に対する意識などの実態に
ル部は殆ど体育学科に所属する学生により
ついて調査を行った。
構成されているが、ほかの学科に所属する
1.3.2 調査時期:
学生も入っている。また、学部の全て学生た
中国 S 学院(2010 年 8 月~9 月)
ちはスポーツ医学、スポーツ傷害救急法、リ
日本 S 大学(2011 年 2 月~3 月)
ハビリテーションなどを基礎科目として勉
1.3.3 調査結果:
強している。なお、体育学科の学生たちは希
1.3.3.1 日本 S 大学の場合
望と成績により、スポーツコーチング・コ
ース、スポーツマネジメント・コースとス
(1)体育館:
①バスケットボール部部員をはじめ、学生
ポーツトレーナー・コースの 3 つの専攻領
たちが体育館を利用する際に、必ず室内
域に分かれて研究する。スポーツトレーナ
用の靴を履き換える。
ー・コースではスポーツ選手や愛好者の心
②バスケットボール部部員は定期的に掃除
身のコンディションを高めることができる
を実施する。
スポーツトレーナーとして必要な知識や能
力を身につけさせるために、授業を行う。そ
③バスケとボール部が使う第 5 体育館の館
して、このスポーツトレーナー・コースは
内に製氷機が設置されている。
フィットネストレーナー領域とアスレチッ
(2)治療室:
①第 4 体育館のアスレチックトレーニング
クトレーナー領域に分けられている。アス
ルームには治療の施設が完備され、物理
レチックトレーナー領域では、スポーツ医
療法と運動療法を併用して治療が行われ
学やスポーツ障害の予防と評価、アスレチ
ている。
ックリハビリテーション演習やアスレティ
ックトレーナー・インターンシップ実習な
②受傷した選手は一人ひとりの治療メニュ
どで実践的な知識と技能を習得し、アスレ
ーが整備されている。
チックトレーナー資格取得を目指す。アス
③受傷した選手は定期的に治療が受けられ
る。
レチックトレーナーを目指す学生達は、各
スポーツ部のサポーターや、アスレチック
トレーニングルームでのボランティアとし
て活躍している。
133
李ほか
実習や演習などを重視していないため、ス
1.3.3.2 中国 S 学院の場合
ポーツ部部員はスポーツ傷害に対する意識
(1)体育館:
①バスケットボール部部員をはじめ、学生
も知識も乏しい。運動人体学科の運動康復
たちが全員土足で体育館を使用し、不定
と健康コースは人体解剖学、運動栄養学、体
期に掃除を行うため、体育館は床が滑り
力測定法、スポーツ医学、スポーツ傷害救急
やすく、汚れが目立っている。
法、スポーツマッサージ理論と方法、リハビ
②バスケットボール部が使う体育館の館内
リテーション学などの科目により、健康増
に製氷機が設置されていない。
進あるいはリハビリテーションの関係分野
(2)治療室:
で働く人材を育成するコースである。また、
①校内病院のリハビリテーション治療室
運動健康と康復コースの学生たちは運動傷
(康復治療室)では運動障害で受傷した選
害の対処法などを習得しているが、スポー
手の治療が行える。治療室では、旧式の機
ツ部やリハビリテーション治療室に介入し
械を使用し、運動治療を使わずに、主に低
ていない。
先行調査の結果、両大学における「環境
周波治療と鍼灸マッサージを手段として
面」と「教育システム」の違いが明らかにな
治療を行う。
②受傷した選手はいつでも治療が受けられ
った。これらの違いが、足関節捻挫の受傷後
るが、一人ひとりの治療メニューが作ら
の対処法の相違に、大きな影響を及ぼして
れていない。
いると思われる。そこで、両大学のバスケッ
(3)教育システム:
トボール選手にアンケート調査を行い、足
関節捻挫の受傷後の対処法の実態について
比較検討し、その結果から中国にて展開す
るための効果的な改善方法に関する検討に
つなげていきたいと考える。 第2章 研究方法
2.1 研究対象
調査対象は、日本 S 大学に在籍していた
バスケットボール部部員 56 名(男性 32 名、
中国 S 学院の学部は体育教育・訓練学
女性 24 名)とした。また、中国 S 学院に在
科、民族伝統学科、スポーツ人文学科、スポ
籍していたバスケットボール部部員 52 名
ーツ管理学科、リクリエーション学科と運
(男性 33 名、女性 19 名)とした。対象者の
動人体科学学科により、構成されている。バ
学年別内訳は、日本 S 大学、1 年生(男性 23
スケットボール部部員は全員競技スポーツ
名、女性 7 名)、2 年生(男性 8 名、女性 10
コースに所属している。この競技スポーツ
名)、3 年生(男性 1 名、女性 3 名)、4 年生
コースは、トレーニングの理論と方法、専門
(女性 4 名)であった。中国 S 学院、1 年生
種目の競技スポーツ指導論、運動生理学、解
(男性 11 名、女性 8 名)、2 年生(男性 9 名、
剖学、運動生物力学などの科目により、競技
女性 5 名)、3 年生(男性 10 名、女性 6 名)、
スポーツの指導者を育成するコースであ
4 年生(男性 3 名)であった。対象者の身体
る。本コースはスポーツ医学とスポーツ傷
的特徴を表 1 に示した。
害救急法を必修科目として授業を行うが、
134
日本S大学と中国S学院におけるバスケットボール選手の足関節捻挫受傷後の対処法に関する現状調査
調査対象の身体特徴
国籍
日本
中国
性別
身長(㎝)
年齢(歳)
経験年数(年)
平均
標準偏差
平均
標準偏差
平均
標準偏差
男
175.4
±5.7
18.6
0.6
8.9
±2.0
女
164.5
±6.0
19.4
1.2
10.6
±2.0
男
187.6
±6.6
20.8
1.5
6.5
±2.6
女
173.2
±4.7
20.3
1.2
8.0
±2.7
2.2 調査期間
第3章 結果
アンケート調査は、以下の 2 期に分けて
本研究では、日中の大学バスケットボー
実施した。
ル選手を対象に、足関節捻挫後の対処法や
日本 S 大学(2012 年 4 月 10 日~17 日)
競技復帰に向けた取り組みなどに関して、
中国 S 学院(2012 年 5 月 28 日~31 日)
計 15 項目のアンケート調査を実施し、その
2.3 調査内容
結果をまとめた。特に、以下に記した 4 項目
アンケート調査の内容は、性別、学年、身
が本研究の検証結果をまとめるにあたり大
長、経験年数のほか、競技中での足関節捻挫
変重要であると思われるため考察として記
の有無、受傷を起こした動き、原因、捻挫の
す。
対処法に関する事項(5 項目)、競技復帰後
3.1 受傷を起こした原因に関して
の運動成績に関する事項(3 項目)と競技復
受傷原因については、
「筋力低下」、
「準備
帰の目安の合計 15 事項とした。各項目別に
運動不足」、
「疲労の蓄積」という解答した選
検討した内容から、日中の大学生バスケッ
手が、日中とも多かった。
「実際にけがをし
トボール部部員の相違点と共通点について
た経験のない」と解答した選手は、日本 S 大
検証を行った。
学で 0%、中国 S 学院で 31%であった。
「傷
2.4 統計処理
害予防についての意識不足」と解答した選
対象者の年齢、身長、経験年数は平均値±
手は、日本 S 大学で 28%、中国 S 学院で
標準偏差として示した。データ分析は、mi‑
62%であった。中国では「実際にけがをした
crosoft excel2010 お よ び spss19.0 を 用 い
経験のない」と「傷害予防についての意識不
て、全項目について日中別の集計結果を行
足」と解答した選手が圧倒的に多く、統計的
い、各事項の結果はカイ 2 乗検定を用いて、
には有意差が認められた。
有意差検定を行った。
135
李ほか
3.2 捻挫後の応急処置に関して
中国 S 学院では「水道水で冷やした」と解
足関節捻挫後の応急処置に関して、日本
答した選手の割合が高く、64%であり、統計
S 大学では、「RICE」処置の割合が高く、
的には有意差が認められた。
82%であった。
136
日本S大学と中国S学院におけるバスケットボール選手の足関節捻挫受傷後の対処法に関する現状調査
向にあることが明らかになった。祁ら 4)
捻挫後に、応急処置を行った人に関して、
日本 S 大学の回答は「コーチ」
(36%)、
「ア
(2011)は、足関節機能が競技パフォーマン
スレチックトレーナー」
(26%)、
「自分自身」
スとケガを予防するための指標であると指
(21%)
、「チームメート」(10%)、「医者」
摘しているが、本研究の結果からも、競技種
(7%)という順であった。中国 S 学院の回答
目における同じ動作の繰り返しが、足関節
は「チームメート」(36%)、「自分自身」
の可動域及び筋力の発揮能力に大きな影響
(33%)、
「コーチ」
(29%)、
「医者」
(2%)と
を与えることが明らかとなった。また、周ら
いう順であった。日中の違いが明らかにな
5)
(2005)は、受傷の発生予防に関するコー
った。
チの関心が低く、特に、練習中に選手たちの
3.3 捻挫後のリハビリテーションの実施
体力の限界を考えず、ひたすら負荷を増加
に関して
させる傾向にあると報告しているが、本研
捻挫後に、リハビリテーションの治療の
究の結果からも、傷害予防に関して、準備運
有無に関して、
「はい」と回答した選手は、日
動と競技中に溜めた疲労などの解消が重要
本 S 大学で 67%、中国 S 学院で 38%であっ
であることが明らかとなった。さらに、
「傷
た。
害予防についての意識不足」や「実際にけが
リハビリテーション治療の担当者に関し
をした経験のない」と回答した選手は、中国
て、日本 S 大学の回答は、
「アスレチックト
S 学院のほうが圧倒的に多く、意識の薄さ
レーナー」
(62%)、
「柔道整復師」
(19%)、
「自
がけがの発生につながっていると思われ
分自身」
(11%)、
「コーチ」
(4%)、
「鍼灸マ
る。これらのことから、競技に専念する選手
ッサージ師」
(4%)という順であった。中国
とそれをサポートするコーチ達のなかで傷
S 学院の回答は、
「医者」
(37%)、
「鍼灸マッ
害予防に関する「意識」や「経験」の積み重
サージ師」
(25%)、
「理学療法士」
(19%)、
「自
ねが重要であることが明らかとなった。
分自身」
(13%)、
「コーチ」
(6%)という順
4.2 足関節捻挫受傷後の対処法
であった。日中の選手は全く違う専門職に
足関節の捻挫受傷後の対処法として、足
治療を行ってもらったことが明らかになっ
関節捻挫で受傷したことがある選手を対象
た。
にした結果は、中国 S 学院では 60%以上の
3.4 競技復帰の目安に関して
選手達が受傷部位を水道水で冷やし、その
競技復帰の目安に関して、日中の選手と
後、競技に復帰したと回答しているが、日本
も「自分自身」と回答したのが一番多く、日
S 大学では 80%以上の選手達が RICE 処置
本 S 大学で 72%、中国 S 学院で 83%であっ
を行ったと回答している。受傷後の対処法
た。一方、日本では「アスレチックトレーナ
について、日中での違いを明確となった。ま
ー」(36%)の割合が高く、中国では「コーチ」
た、
「誰がその対処法を行ったのか」に関す
(48%)の割合が高かった。検証した結果、有
る質問では、中国 S 学院の場合チームメー
意差が認められた。
トと回答した者が最も多く、日本 S 大学で
はコーチとアスレチックトレーナーと回答
第4章 考察
した者が多いことが明らかになった。一般
4.1 受傷の原因
的に、選手は捻挫が発生した直後、専門医師
本研究の対象者が競技中に受傷した原因
あるいはアスレチックトレーナーの指示に
として、筋力低下、準備運動不足、疲労の蓄
より RICE 処置を行うのが賢明な対応であ
積に関する割合は、日中の選手とも高い傾
ると思われる。しかし、今回の調査では、中
137
李ほか
国 S 学院の選手達にその対処方法が普及し
乏しいのが現状である。しかし、
「運動人体
ていないことが明らかとなった。その理由
科学学科の運動康復と健康コース」に所属
として考えられる点を以下に記す。
している学生達は、主にスポーツリハビリ
4.2.1 環境的な要因
テーションやスポーツ生理学等の講義を通
中国 S 学院では、バスケットボール部部
して、運動傷害に対する対処法を修得して
員をはじめ、他の学生達が全員土足で、体育
いるが、運動部に帯同するなどの実践的な
館を利用するため、フロアー内の床が滑り
活動場面が少ないため、知識や技術を発揮
やすく、汚れも目立っているが、館内の掃除
できていないのが現状である。しかし、日本
は定期的に行われていないのが現状であ
S 大学の場合、部活動に所属する学生達は
る。さらに、館内には製氷機が設置されてい
それぞれの学科に所属し、スポーツ医学、運
ないため、選手達が捻挫を受傷した場合、ト
動傷害救急法、リハビリテーションなどの
イレの水道水で受傷部位を冷やすことしか
関連科目を学んでいる。また、講義や演習な
できない実態がある。反面、日本 S 大学で
ど、理論だけでなく、実践的な学びも重視さ
は、体育館に入る際には必ず室内用の靴に
れている特徴がある。さらに、競技中に発生
履き替えるというルールが徹底的され、さ
しやすい傷害に対する認識や正しい応急処
らには、体育館を使用する学生達が定期的
置の行い方を理解し、アスレチックトレー
に掃除を行い、常に体育館のフロアーはき
ナーを目指している学生達も各部に帯同す
れいな状態に保たれている。そして、各体育
るなどのサポート体制が整っているなどの
館やその周囲には製氷機が設置されてお
違いがあることが理解できた。
り、競技中に受傷した選手達が直ちに RICE
4.3 受傷後のリハビリテーション実施経
処置を行える環境が整っていることなど、
験の有無
受傷後に何らかのリハビリテーションを
両大学における環境面の相違が受傷後の対
処法に関係していると思われる。
実 施 し た 経 験 者 は 、日 本 S 大 学 で は 約
4.2.2 教育的な要因
70%、中国 S 学院では約 40%であった。リ
中国 S 学院の体育学部は、6 学科により
ハビリテーションの担当者は、日本 S 大学
構成されている。部活動の所属者は全員、
の場合、アスレチックトレーナー(60%)や、
「体育教育・訓練学科の競技スポーツコー
柔道整復師(20%)が多く、中国 S 学院の場
ス」に所属している学生達である。このコー
合、医師(40%)や、鍼灸師(25%)であっ
スに所属する学生達の多くは、高卒後、中国
た。全米アスレチックトレーナーズ協会教
S 学院の新入生募集テストを受け、スポー
育評議会(National Athletic Trainers′As‑
ツテストと筆記テストの成績により、選抜
sociation Education Council)6)は、アスレ
された者達である。学生達の多くは、自分の
チックレーナーとは、スポーツ現場で選手
専門種目に高い競技能力を持ち、全国レベ
が受傷した場合、直ちに応急処置や傷害の
ルの大会において優れた成績を収めた経歴
評価、復帰までの手順を考え、その後の傷害
の持ち主である。そして、彼らの多くは、豊
予防などに向けた働きかけを行う専門職で
かな競技経験と大学で学んだ知識を生か
あると指摘している。しかし、中国 S 学院で
し、選手を指導するコーチとして活躍して
は、スポーツ場だけでなく、リハビリテーシ
いる。しかし、このコースでは、スポーツ医
ョンの治療室においてもアスレチックトレ
学や運動傷害救急法などの科目は必修科目
ーナーなどの姿が見られないのは現状であ
であるが、講義中のため実務内容の習得が
る。戚ら 7)は中国の場合、傷害の程度に関
138
日本S大学と中国S学院におけるバスケットボール選手の足関節捻挫受傷後の対処法に関する現状調査
わらず早期復帰を基本的な考え方とし、受
ハビリテーションなどは不可欠である。そ
傷後のリハビリテーションを省く、あるい
れは単なる患部の痛みを取り除くことだけ
は、患部の痛みや腫れがなくなった直ちに
でなく、選手一人ひとりの弱点を改善し、傷
選手を復帰させる場合が多いと指摘してい
害を再発させないための関わりにつながる
る。このように、完治しない不十分な状態に
と思われる。本研究では、大学生バスケット
て競技を再開した場合、競技成績に悪い影
ボール選手を対象に、足関節捻挫の受傷原
響を及ぼすだけでなく、怪我の再発につな
因、受傷状況、受傷後の応急処置、競技復帰
がる危険性も高まると思われる。
後の運動成績及び競技復帰の目安などの情
受傷後の対応に大きな差があった理由と
報をまとめ、日中における受傷後の対応方
して、やはり治療できる環境の有無が大き
法が大きく異なることを明らかにした。中
いのではないかと考える。中国 S 学院では、
国 S 学院にてアスレチックリハビリテーシ
選手が受傷した場合、校内病院の康復治療
ョンを展開するための今後の提言として、
室(リハビリテーション治療室)にて専門医
まず、体育館やリハビリテーション治療室
による診察が行えるが、リハビリテーショ
などの施設整備が急務の課題であると思わ
ンの治療手段は、共通して低周波や鍼灸マ
れる。また、バスケットボール選手およびコ
ッサージ治療が主である。しかし、日本 S 大
ーチに運動傷害が生じた場合の応急処置、
学のアスレチックトレーニングルームで
および、リハビリテーションの知識を普及
は、受傷した選手一人ひとりの治療メニュ
させ、傷害を予防するためのパフォーマン
ー計画を作成し、競技復帰を目標としたリ
ス改善法の習得も不可欠であると思われ
ハビリテーションだけでなく、傷害予防を
る。さらに、学生の実習や演習の一環として
目的としたトレーニングメニューを取り入
部活動へのサポートなどの教育的なシステ
れているという点で大きな違いがあること
ムを整備していくことも重要であると思わ
が理解できた。
れる。
以上のことを整えていくことで、日中間
4.4 競技復帰の目安
競技復帰の目安を判断するには、日中と
での受傷後の対応に大きな差異がなくな
も「自分自身の考え」と回答した割合が最も
り、選手たちが全力でプレーできるような
多かった。その他の回答として、中国 S 学院
環境が整っていくものと思われる。
の場合「コーチ」が多く、日本 S 大学の場合
引用文献
「アスレチックトレーナー」が多いことが明
らかになった。
「自分自身の考え」と共通の
1)居村茂幸(2006.5)
回答であったが、日本 S 大学の場合、
「アス
系統理学療法学筋骨格障害系理学療法
レチックトレーナー」と相談しながら復帰
学. P29‑31
時期を判断し決定したのに対し、中国 S 学
医歯薬出版株式会社.
院の場合、
「コーチ」と相談しながら復帰時
2)薛嵐,金賽英(1995.11)
籠球身体素質訓練要点(総述)
期を判断し決定したとの回答が目立った。
四川体育科学 2005 年 6 月第 2 期
3)Mark Verstegen ,Pete Williams(2004)
第5章 結論
競技を継続することができない位の傷害
Core Performance Training.
大修館書店
が生じた場合、競技の復帰に向けた対応と
して、十分な休養時間、適切な応急処置、リ
4)祁聖傑(2011.03)
139
P28‑31
李ほか
バスケットボール、サッカーおよび陸上
短距離選手の足関節筋力および関節可動
域から見た競技特性.
仙台大学大学院スポーツ科学研究科修士
論文集 Vol.12
5)周秉政(2005.10)
籠球運動中踝関節損傷原因及予防.
体育成人教育学刊 第 21 巻第 5 期
6)William E.Prentice,Daniel D.arnheim
(2005)
Essentials of Athletic Injury Manage‑
ment.
P322‑325
医道日本社.
7)戚光(2000.9)
運動性踝関節損傷的予防与治療
医専学報 2000 年 22 巻
8)仙台大学 体育学部 2012 年度(平成 23
年度)授業概要.P118‑143
9)上海体育学院 2012 インタネット
http://www.sus.edu.cn/c/portal/layout?
p̲l̲id=PUB.1001.17
10)仙台大学 2012 インタネット
http://www.sendaidaigaku.jp/gakubu/
taiiku/index.html
11)David H.Perrin(2005)
Athletic Taping and Bracing (second edi‑
tion) .
有限会社 ナップ.
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