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第22章 遂行機能

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第22章 遂行機能
第22章
第22章
遂行機能
1.遂行機能の概念と評価法
1.1
概念
第19章で述べたごとく、前頭葉損傷者では一般知能低下は認められない(表19-2
参 照 ) 。 し か し 前 頭 葉 損 傷 者 の 知 的 機 能 が 全 く 正 常 か と い う と そ う で は な い 。 前 頭 葉 損傷
者 に は 明 ら か な 知 的 機 能 障 害 が 存 在 す る 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 目 標 を 設 定 す る 、 あ る い は 目標
を 達 成 す る た め に 一 連 の 作 業 を 継 続 的 に 実 行 す る こ と に 強 い 障 害 を 示 す 。 目 標 を 全 く 設定
出 来 な い 、 ま た は 非 現 実 的 な 目 標 を 設 定 す る 。 目 標 を 達 成 す る た め に ど の よ う な 行 動 をす
べ き か が 判 ら な い 。 あ る 行 動 を 始 め る と そ れ に 固 執 し て 次 の 行 動 に 移 れ な い 。 本 来 の 目標
と は 関 係 な い 行 動 を 始 め て し ま う 。 結 果 と し て 環 境 に う ま く 適 応 出 来 な く な っ て し ま う。
第 1 9 章 で 紹 介 し た ゲ ー ジ や 第 2 0 章 で 紹 介 し た E.V.R.の 症 状 が ま さ に そ う で あ っ た 。
最 近 、こ の よ う な 障 害 は「 遂 行 機 能 障 害 」と 呼 ば れ る よ う に な っ た 。遂 行 機 能 と は 何 か 。
レ ザ ッ ク は 遂 行 機 能 を 「 相 互 に 独 立 し た 目 的 的 か つ 自 己 完 結 的 行 動 を 連 続 的 に 行 う 能 力」
と 定 義 す る 。 ス タ ス は 「 特 定 の 目 的 を 達 成 す る た め に 、 目 的 を 記 憶 に 保 持 し て 監 視 し 妨害
を 排 除 す る 技 能 」 と 定 義 す る 。 ア ン ダ ー ソ ン ら は 「 複 数 の 情 報 や 活 動 に 注 意 を 向 け 監 視し
統 合 す る 機 能 を 果 た す 情 報 処 理 系 」 と 定 義 す る 。 ラ ビ ッ ト に よ れ ば 、 遂 行 機 能 は 次 の 特徴
を持つ。
1)それまでに経験したことのない新しい状況で目標や計画を設定し、目標を達成する
た め に あ る 行 動 を 選 択 し て 実 行 し 、 目 標 が 達 成 出 来 た か ど う か を 評 価 し 、 目 標 が 達 成 され
ていなければ行動を変更する、などの活動を行う。
2)行動を効率よく実施するため、自己の環境や自分自身についての記憶を制御する。
3)新しい行動の系列を作成し、それと関係のない行動を抑制する。
4)相互に関係のない二つの行動を同時に行う。
5 ) あ る 目 標 を 得 る た め に 行 動 し て い る 時 、 よ り 望 ま し い 目 標 が 見 つ か れ ば 、 そ れ を新
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たな目標とし、そのための行動を行う。
6)長期にわたって維持される。
7)必ずしも意識されない。
フ ァ ス タ ー は 前 頭 葉 、 特 に そ の 外 側 部 の 機 能 を 「 要 素 的 行 動 の 時 間 的 統 合 」 で あ る と し、
こ れ を 遂 行 機 能 と 呼 ん で い る 。目 的 的 行 動 を 遂 行 す る た め に は 、図 2 2 ― 1 に 示 す よ う に 、
種 々 の 感 覚 様 相 の 情 報 、記 憶 を 時 間 的 に 統 合 し て 、行 動 計 画 を 立 案 す る こ と が 必 要 で あ る 。
こ の 行 動 計 画 の 立 案 に は 多 く の 脳 領 野 が 関 係 す る が 、 前 頭 葉 背 外 側 部 は そ の 中 心 的 役 割を
果 た し て い る 。遂 行 機 能 に は 最 低 四 つ の 知 的 機 能 、す な わ ち 注 意 、作 業 記 憶 、準 備 的 構 え 、
行動結果の監視(フィードバック)、が関与している。
図22―1
前頭葉背外側部が営む遂行機能(ファスター)
目 的 的 行 動 ( GOAL) は い く つ か の 下 位 行 動 ( a 1 、 a 2 、 ・ ・ ・ 、 a n ) か ら 構 成 さ れ
て い る 。 そ れ を 時 間 ( TIME) に 沿 っ て 統 合 し 、 行 動 計 画 ( ACTION PLAN) を 立 案 す
ることが前頭葉背外側部の機能である。
以 上 、 遂 行 機 能 の 定 義 は 研 究 者 に よ り 様 々 で あ る 。 そ の 共 通 点 を 抽 出 す る と 「 あ る 目的
を 達 成 す る た め に 複 数 の 行 動 を 組 織 的 、 統 合 的 に 実 行 す る こ と 」 で あ る 。 例 え て 言 え ば、
何 時 の 演 奏 会 で ど の 曲 を ど の 順 序 で 演 奏 す る か を 決 定 し 、 そ れ に 合 わ せ て 指 揮 者 や 演 奏者
を招集する役割を担う「オーケストラの音楽監督」である。
では具体的には遂行機能はどのような機能か。家庭の主婦が家族のために夕食を準備す
る場面を考えてみよう。それは次の順序でなされるであろう。
1)作るべき料理の種類を決定する。
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2)必要な食材を準備する。欠けている食材があればスーパーマーケット等で購入す
る。
3)実際に調理する。
こ れ は 遂 行 機 能 の 特 徴 を 全 て 備 え て い る 。 手 持 ち の 食 材 、 経 費 等 の 状 況 を 勘 案 し て ど のよ
う な 料 理 を 作 る か を 決 定 し 、 そ れ を 実 行 す る 訳 で あ る が 、 手 持 ち の 食 材 、 経 費 等 の 状 況は
多 少 と も 日 々 異 な る 。 多 く の 主 婦 は な る べ く 前 日 と は 異 な る 料 理 を 作 り た い と 考 え る であ
ろ う 。 夕 食 の 準 備 は 単 な る 過 去 の 行 動 の 繰 り 返 し で は な く 、 新 た な 創 造 の 過 程 で あ る 。美
味 し い 料 理 を 作 る た め に は 当 然 料 理 に 関 す る 自 己 の 経 験 を 十 分 活 用 す る 必 要 が あ る 。 また
料 理 を 始 め た ら そ の 妨 げ に な る よ う な 行 動 は 抑 制 し な け れ ば な ら な い 。 い く ら 面 白 い テレ
ビ 番 組 が あ っ て も 、 そ れ に 気 を 取 ら れ て い た ら 鍋 が 焦 げ て し ま う 。 多 く の 場 合 、 夕 食 に出
さ れ る 料 理 は 複 数 で あ る 。 夕 食 の 準 備 と い う 最 終 的 目 標 は 個 々 の 料 理 を 調 理 す る い く つか
の 下 位 目 標 か ら 成 り 立 っ て い る 。 そ れ ぞ れ の 料 理 で は い く つ か の 作 業 を 一 定 の 順 序 で 実行
す る 必 要 が あ る 。 カ レ ー ラ イ ス を 作 る 場 合 、 カ レ ー 粉 を 入 れ る 前 に 野 菜 や 肉 を 炒 め る 必要
が あ る 。 ま た 味 付 け の 段 階 で は 適 切 な 味 つ け が 出 来 た か ど う か を 確 認 し 、 必 要 が あ れ ば調
味 料 を 加 え る 必 要 が あ る 。 後 述 す る よ う に 、 こ れ は 遂 行 機 能 の 重 要 な 側 面 の 一 つ で あ るフ
ィードバック機能である。
料理は一見簡単な行為のように見えるが、神経心理学的には複雑な過程である。そこに
は 遂 行 機 能 の 全 て が 含 ま れ て い る 。 遂 行 機 能 と 言 う と 診 察 室 や 実 験 室 で 観 察 さ れ る 非 日常
的 で 特 殊 な 課 題 遂 行 に の み 関 係 し て い る よ う に 考 え ら れ が ち で あ る が 、 実 は ご く 日 常 的な
行動と密接に関係している 1 。従って、遂行機能の障害は前頭葉損傷者の日常生活に重大
な影響を及ぼす。最近遂行機能の研究が非常に盛んである理由の一つはここにある。
1.2
遂行機能の主要な評価方法
第19章で述べたごとく、前頭葉損傷者は日常の社会生活では大きな障害を示すにも拘
わ ら ず 、 知 能 検 査 な ど の 通 常 の 心 理 学 的 検 査 結 果 は 正 常 範 囲 に 止 ま る 。 そ こ で 前 頭 葉 損傷
者 に お け る 社 会 生 活 障 害 の 評 価 お よ び そ の 機 序 を 解 明 す る こ と を 目 的 と し た 種 々 の 心 理学
的 検 査 が 開 発 さ れ た 。 現 在 神 経 心 理 学 の 分 野 で 用 い ら れ て い る 遂 行 機 能 の 評 価 方 法 の 多く
1
認知症を発症した主婦がその初期に毎日同じ献立の料理を作り続ける場合がある。この
時調理自体は正常になされる。遂行機能の軽度の障害の現れと考えることが出来る。
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は 、 こ の 前 頭 葉 機 能 の 評 価 を 目 的 と し た 検 査 で あ る 。 様 々 な 方 法 が 開 発 さ れ て い る が 、よ
く用いられている方法には以下がある。
1 )語 流 暢 性 検 査 ~ 一 定 時 間 内 に 産 出 さ れ る 語 の 数 を 評 価 す る 。① 特 定 の カ テ ゴ リ ー( 動
物 、植 物 な ど )に 含 ま れ る 語 を 列 挙 さ せ る 方 法 、② 特 定 の 音 で 始 ま る 語 を 列 挙 さ せ る 方 法 、
の二つがある。
2 )ス ト ル ー プ 検 査 ~ 単 純 な 色 名 呼 称 を 行 う Part1 と 、語 の 意 味 の イ ン ク の 色 名 呼 称 へ
の 干 渉 効 果 を 調 べ る Part2 か ら な る 。 Part2 で は 色 名 を 表 す 語 の イ ン ク の 色 名 を 出 来 る だ
け 速 く 呼 称 す る こ と が 要 求 さ れ る ( 例 え ば 、 緑 色 の イ ン ク で 印 刷 さ れ た 「 赤 」 の 語 が 提示
さ れ た ら 「 み ど り 」 と 呼 称 す る ) 。 Part1 と Part2 の 所 要 時 間 や 誤 反 応 数 ( 率 ) を 比 較 す
る 。 「 赤 」 を 「 あ か 」 と 読 む 日 常 的 、 習 慣 的 に 確 立 さ れ た 反 応 を 抑 制 す る こ と が 必 要 であ
るという意味で、反応抑制課題とも呼ばれている。
3 ) ト ラ イ ル ・ メ イ キ ン グ 検 査 ~ Part A と Part B の 二 つ の 部 分 か ら な る 。 Part A で は
紙 面 に ラ ン ダ ム に 配 置 さ れ た 数 字 を 囲 む 円 を 数 字 の 順 に 、Part B で は 数 字 囲 む 円 と 文 字 を
囲 む 円 を 交 互 に 数 字 順 、 文 字 順 ( あ い う え お 順 、 ア ル フ ァ ベ ッ ト 順 ) に 線 で 結 ぶ 検 査 であ
る 。 誤 り が あ っ た 場 合 は 、 検 者 が 指 摘 し 最 後 ま で 正 し く 完 了 さ せ 、 所 要 時 間 を 測 定 す る。
Part A と Part B の 所 要 時 間 を 比 較 す る 。
4 ) ウ ィ ス コ ン シ ン ・ カ ー ド 分 類 検 査 ( WCST、 図 2 2 - 2 ) ~ 代 表 的 な 遂 行 機 能 検 査
である。概念の変換と維持に関する能力を評価する検査である。4 種類の色で描かれた 4
種 類 の 模 様 が 1~ 4 個 配 置 さ れ た カ ー ド 48 枚 を 1 枚 ず つ 提 示 さ れ る 。被 検 者 は「 色 」、
「 形 」、
「 数 」 の い ず れ か の 属 性 ( カ テ ゴ リ ー ) に 従 っ て 分 類 す る こ と が 求 め ら れ る 。 検 者 は 予め
ど の 基 準 で 分 類 す る か 決 め て お き 、 被 検 者 が 行 っ た 分 類 が 「 正 し い 」 か 「 誤 り 」 か の みを
被 検 者 に 伝 え る 。 そ の 理 由 は 示 さ れ な い 。 分 類 の 訂 正 は 許 さ れ な い 。 試 行 を 繰 り 返 し て正
し い 分 類 が 6 回 続 い た 時 、 予 告 な し に 分 類 基 準 が 変 更 さ れ 、 検 査 が 続 け ら れ る 。 連 続 して
6 枚正しい分類が続いたなら再び分類基準が変更される。達成カテゴリー数、保続、セッ
トの維持困難などが評価される。
5)ハノイの塔検査(図22-3)~3本の棒があり、左の一本に3つの大、中、小の
リ ン グ が 大 き さ の 順 に は め ら れ て い る 。 被 検 者 の 課 題 は リ ン グ を 右 の 棒 に 最 短 の 移 動 回数
で 移 す こ と で あ る 。 こ の 時 、 中 央 の 棒 を 利 用 す る こ と は 許 さ れ る が 、 大 き な リ ン グ を 小さ
な リ ン グ の 上 に は め る こ と は 許 さ れ な い 。 こ の 課 題 は 試 行 錯 誤 的 に は 解 決 困 難 で あ り 、一
定の計画に基づいてリングを移動させる必要ことが要求される。
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図22-2
ウ ィ ス コ ン シ ン ・ カ ー ド 分 類 検 査 ( WCST)
図22-3
ハノイの塔検査
最 小 の 移 動 回 数 で 上 と 同 じ 配 置 を 下 に 作 る 。 対 立 課 題 ( Conflict) で は 課 題 遂 行 中 一 時
的 に 目 標 配 置 と 矛 盾 す る 配 置 を 作 る 必 要 が あ る 。 一 致 課 題 ( Congruent) で は そ の よ う
な配置を作る必要はない。
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6 ) ロ ン ド ン 塔 検 査 (図 2 2 - 4 )~ ハ ノ イ の 塔 類 似 の 検 査 で あ る 。 CRT 画 面 上 に 図 に 示
す よ う な 刺 激 が 提 示 さ れ る 。 被 検 者 は 、 下 の ボ ー ル ( 実 際 の 画 面 で は ボ ー ル に 色 が 付 いて
い る ) を タ ッ チ パ ネ ル に 指 で 触 れ て 移 動 さ せ 、 上 と 同 じ 配 列 を 構 成 す る に は 最 小 限 ボ ール
を何回移動させればよいかを判断し、最下段のタッチパネルを押して回答する。
図22-4 ロンドン塔検査
最小の移動回数で上と同じ配置を下に作る。被検者は最小限必要な移動回数
を最下段のタッチパネルを押して回答する。
7)ヴィゴツキイ検査~概念構成検査である。課題は、色、形、高さ、大きさの異なっ
た 22 個 の 積 木 を 大 き さ と 高 さ に 従 っ て 4 グ ル ー プ に 分 類 す る こ と で あ る 。 各 々 の 積 木 の
裏 に は 四 つ の 無 意 味 語 が 書 か れ て い る 。 こ の 無 意 味 語 は 積 木 が 正 し く 分 類 さ れ た 場 合 、そ
の 積 木 が 所 属 す る グ ル ー プ の 名 前 で あ る 。た と え ば 、高 く 大 き い 積 木 に は LAG、低 く 大 き
い 積 木 に は BIK、高 く 小 さ い 積 木 に は MUR、低 く 小 さ い 積 木 に は CEV と い う 無 意 味 語 が
当 て ら れ て い る 。 積 木 の 色 は 赤 、 黒 、 黄 、 緑 、 白 の 5 種 類 、 形 は 円 形 、 正 方 形 、 三 角 形、
台 形 、 六 角 形 、 半 円 形 の 6 種 類 、 大 き さ と 高 さ は 2 種 類 で あ る 。 色 を 分 類 基 準 と す れ ば五
つ の グ ル ー プ に 、 形 に 従 え ば 六 つ の グ ル ー プ に 分 類 さ れ る 。 4 グ ル ー プ に 分 け る に は 大き
さ と 高 さ の 二 つ の 分 類 基 準 を 組 み 合 わ せ た 分 類 を 行 う 必 要 が あ る 。 実 際 の 検 査 場 面 で は、
ま ず 積 み 木 を 4 グ ル ー プ に 分 類 す る 検 査 で あ る こ と が 教 示 さ れ る 。 次 い で 検 査 盤 の 中 央に
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ラ ン ダ ム に 並 べ ら れ た 22 個 の 積 木 の う ち 1 個 ( 見 本 ) が 裏 返 さ れ 、 そ の 名 前 が 被 検 者 に
解 る よ う に 左 上 方 の コ ー ナ ー に 置 か れ 、 こ の 積 木 と 同 じ 名 前 を 持 つ 積 木 を 集 め る よ う に教
示 さ れ る 。 被 検 者 は 積 み 木 の 名 前 が 何 を 意 味 す る か を 推 理 し て 、 見 本 と 同 じ 名 前 の 積 み木
を 集 め る 。 誤 っ た 積 み 木 を 選 ぶ と 、 そ の 積 木 は 裏 返 さ れ て 当 該 コ ー ナ ー に 置 か れ 、 新 しい
グ ル ー プ の 見 本 と な る 。 こ の よ う に し て 徐 々 に グ ル ー プ 名 が 明 ら か に な っ た 積 木 の 数 が増
加 し 、 無 意 味 語 が あ る 特 定 の 意 味 を 持 つ よ う に な る 。 つ ま り 、 こ の 検 査 で は 各 群 に 命 名さ
れ た 無 意 味 語 と 積 木 の 特 徴 と の 結 合 を 介 し て 、 新 し い 人 為 的 概 念 を 形 成 す る こ と が 要 求さ
れ る 。 検 査 は 正 し い 分 類 が 完 成 す る ま で 行 わ れ る が 、 分 類 を 行 っ て い る 間 “ think aloud”
( 考 え て い る 内 容 を 声 に 出 す ) が 要 求 さ れ 、 実 際 の 分 類 と そ の 分 類 の 口 頭 で の 説 明 が 詳細
に 記 録 さ れ る 。 こ の よ う に し て 分 類 完 成 ま で に 裏 返 さ れ た 積 木 の 数 ( 分 類 完 成 ま で に 必要
な 手 掛 り の 数 )と 所 要 時 間 が 測 定 さ れ る 。“ think aloud”の 内 容 か ら 分 類 が 完 成 す る ま で
の 過 程 が 定 性 的 に 評 価 さ れ る 。ま た 、分 類 完 成 後 に 、分 類 の 原 則 、無 意 味 語 の 意 味( 定 義 )、
各 群 の 共 通 点 と 差 異 点 、な ど が 質 問 さ れ る 。こ の 検 査 は WCST な ど の 他 の 分 類 検 査 と は 異
な る 側 面 が あ る 。WCST で は 概 念( カ テ ゴ リ ー )は 予 め 教 示 さ れ て お り 、そ れ ら の 間 の 転
換 が 要 求 さ れ る 。 ヴ ィ ゴ ツ キ イ 検 査 で は 分 類 の た め の カ テ ゴ リ ー を 自 ら 見 出 し 、 組 み 合わ
せることが必要である。より複雑で高次の概念操作を評価する検査である。
8)ギャンブル課題~これについては第20章で述べた。
9)ケンブリッジ・リスク課題~ケンブリッジ大学のロジャースらによって開発された
検 査 で あ る 。 被 検 者 は 種 々 の 比 率 ( 9 : 1 、 8 : 2 、 7 : 3 、 6 : 4 の 4 段 階 ) で 青 と赤
の 箱 が 並 ん で い る CRT 画 面 ( 図 2 2 - 5 ) と 向 き 合 う 。 箱 の ど れ か の 後 に は 「 黄 色 の ト
ー ク ン 」 が 隠 さ れ て い る 。 被 検 者 は 赤 、 青 い ず れ の 箱 の 後 に ト ー ク ン が あ る か 推 定 し て赤
も し く は 青 の タ ッ チ パ ネ ル に 触 れ て 反 応 す る 。 正 答 す れ ば 一 定 の 得 点 が 得 ら れ る 。 誤 答の
場 合 は 得 点 を 失 う 。 得 ら れ る ( 失 う ) 得 点 は ス ク リ ー ン の 右 端 に 提 示 さ れ る 。 得 点 は 5秒
提 示 さ れ 、 次 の 得 点 が 提 示 さ れ る 。 実 験 系 列 は 「 上 昇 系 列 」 と 「 下 降 系 列 」 が あ る 。 上昇
系 列 で は 得 点 が 次 第 に 増 え 、 下 降 系 列 で は 次 第 に 減 少 す る 。 被 検 者 が 5 秒 以 内 に 反 応 しな
い と 次 の 得 点 が 提 示 さ れ る 。最 後 ま で 反 応 し な い 場 合 は 最 後 の 得 点 が 自 動 的 に 選 択 さ れ る 。
被 験 者 は 実 験 開 始 時 に 100 点 が 与 え ら れ 、こ の 得 点 を 出 来 る だ け 増 加 さ せ る よ う 教 示 さ れ
る。以下の点が評価される。
①意思決定速度~被験者がどの箱にトークンが隠れているか決定に要した時間。
②意思決定の内容~赤と青の箱の比率は4段階(9:1、8:2、7:3、6:4)で
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ある。被検者が赤、青いずれをもバランスよく選択するか、一方に偏るかが評価される。
③リスク指向性~いずれの系列でも高い得点を選択する被検者はリスク指向性が高い。
二つの系列とも初期に反応する被検者は「衝動的」である。
図22-5
ケンブリッジ・リスク課題
2.脳損傷者研究からの知見
遂行機能と前頭葉との関連については二つの側面から検討なされている。一つは前頭葉
損 傷 に 伴 っ て 遂 行 機 能 が ど の よ う に 障 害 さ れ る か を 検 討 し た 研 究 で あ る 。 他 の 一 つ は 健常
者 に 遂 行 機 能 課 題 を 負 荷 し た 時 、 脳 の 活 動 性 に ど の よ う な 変 化 が 生 じ る か を 機 能 画 像 解析
に よ り 検 討 し た 研 究 で あ る 。 ま ず 脳 損 傷 者 を 対 象 と し た 研 究 か ら 検 討 し よ う 。 前 述 の ごと
く 、遂 行 機 能 は 複 雑 か つ 多 面 的 な 機 能 で あ る 。従 っ て「 遂 行 機 能 障 害 」の 名 の も と に 報 告 、
研 究 さ れ て い る 症 状 は 多 岐 に わ た る 。 こ こ で は 、 ① 計 画 立 案 障 害 、 ② 意 思 決 定 障 害 、 ③行
動 制 御 障 害 、④ 思 考 障 害 、に 分 け て 論 じ る 。も ち ろ ん こ れ ら の 症 状 は 相 互 に 密 接 に 関 連 し 、
重 複 し て い る 。 前 頭 葉 損 傷 者 が 示 す 具 体 的 症 状 は い ず れ か 一 つ の み に 関 係 し て い る 訳 では
な い 。 例 え ば ロ ン ド ン 塔 検 査 の 障 害 は 本 書 で は 計 画 立 案 障 害 の 項 で 取 り 上 げ る が 、 行 動制
御障害と考えることも可能である。ここに示した分類はあくまでも便宜的なものである。
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2.1
計画立案障害
2.1.1
迷路検査
計画立案には単純なものから複雑なものまで様々な水準がある。前頭葉損傷者では比較
的 簡 単 な 計 画 立 案 課 題 で も 障 害 が 認 め ら れ る 。 前 頭 葉 損 傷 者 の 計 画 立 案 の 評 価 法 と し て当
初 は 種 々 の 迷 路 検 査 が 用 い ら れ 、 前 頭 葉 損 傷 者 や 前 頭 葉 白 質 切 断 術 後 の 精 神 疾 患 患 者 にお
い て そ の 成 績 が 低 下 す る こ と が 報 告 さ れ た 。 眼 窩 部 損 傷 者 に 比 し て 背 外 側 損 傷 者 で 成 績低
下がより顕著である。
2.1.2
ハノイの塔検査
迷路検査では迷路全体は覆いで遮蔽されており、被検者は尖筆などで迷路を辿りながら
試 行 錯 誤 的 に 解 決 に 至 る 。 す な わ ち 何 ら か の 行 動 を 行 い 、 そ の 結 果 に 基 づ い て 計 画 を 立案
し て 実 行 す る こ と に な る 。 こ れ に 対 し 、 実 際 に 行 動 す る こ と な く 、 あ ら か じ め 行 動 の 結果
を 予 測 し 、所 定 の 目 的 が 達 せ ら れ る こ と を 確 認 し て か ら 行 動 す る 、い わ ゆ る「 見 通 し 能 力 」
あ る い は 「 洞 察 能 力 」 を 評 価 す る 方 法 が 開 発 さ れ た 。 ハ ノ イ の 塔 検 査 や ロ ン ド ン 塔 検 査で
あ る 。 こ れ ら の 検 査 で は 、 課 題 を 試 行 錯 誤 的 に 解 決 す る こ と も 可 能 で あ る が 、 課 題 の 性質
を 理 解 す れ ば ど の よ う に 行 動 す べ き か を 事 前 に 洞 察 す る こ と が 可 能 で あ る 。 よ り 高 次 の計
画立案能力が評価可能な点で迷路検査より適切な課題である。
モリスらはハノイの塔検査遂行時の行動を前頭葉損傷者と側頭葉損傷者で比較した。被
検 者 は 、左 前 頭 葉 損 傷 者( LF)~ 11 名 、右 前 頭 葉 損 傷 者( RF)~ 10 名 、左 側 頭 葉 損 傷 者( LT)
~ 19 名 、右 側 頭 葉 損 傷 者( RT)~ 19 名 、健 常 者 (N)~ 35 名 で あ っ た 。被 検 者 の 課 題 は 一 致
課 題 と 対 立 課 題 の 二 つ で あ っ た 。 対 立 課 題 で は 、 最 終 的 な 目 標 を 達 成 す る た め に 一 時 的に
リ ン グ を 最 終 的 な 解 答 と は 異 な る 場 所 へ 移 動 す る こ と が 必 要 で あ っ た 。 一 致 課 題 で は その
よ う な こ と は な か っ た 。 移 動 す べ き リ ン グ の 数 は 4 個 ま た は 5 個 で あ っ た 。 成 績 は LF が
最 も 不 良 で あ っ た 。 特 に 対 立 課 題 で 成 績 不 良 が 顕 著 で あ っ た 。 RT の 成 績 は N に 対 し て の
み 低 下 し て い た 。 N に 比 較 し て 、 LT と RT で は 反 応 時 間 が 遅 延 し て い た 。 LF の 障 害 は 最
終 目 標 と 対 立 す る 下 位 目 標 を 達 成 す る た め 、 最 終 目 標 と 一 致 す る 行 動 を 抑 制 す る こ と の障
害 、 RT の 障 害 は 空 間 記 憶 の 障 害 と 考 え ら れ た 。
オ ー ウ ェ ン ら は ハ ノ イ の 塔 検 査 を CRT 画 面 上 で 行 う プ ロ グ ラ ム を 作 成 し 、 前 頭 葉 切 除
の 影 響 を 検 討 し た 。 健 常 統 制 群 に 比 し て 前 頭 葉 切 除 患 者 は 、 ① 問 題 解 決 ま で に 多 く の 試行
を 必 要 と す る 、 ② 解 決 し た 問 題 数 が 少 な い 、 ③ 問 題 解 決 時 間 ( 問 題 が 与 え ら れ て か ら 次の
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問 題 に 移 る ま で の 時 間 ) が よ り 長 く な る 、 こ れ は 問 題 が 与 え ら れ て か ら 刺 激 を 移 動 し 始め
る ま で の 時 間 の 延 長 で は な く 、 刺 激 の 移 動 時 間 の 延 長 に 起 因 し て い た 、 ④ 計 画 時 間 ( 刺激
を 移 動 さ せ る 方 法 を 考 え る 時 間 ) が よ り 長 く な る 、 な ど の 特 徴 を 示 し た 。 オ ー ウ ェ ン らに
よ れ ば 、 前 頭 葉 切 除 患 者 に お け る ハ ノ イ の 塔 検 査 の 成 績 低 下 は 空 間 作 業 記 憶 障 害 に 起 因す
る 。 す な わ ち 、 問 題 解 決 の た め の 適 切 な 戦 略 を 立 て ら れ ず 、 従 っ て 問 題 解 決 に 長 時 間 を要
して作業記憶に過大な負荷をかけることになり、問題解決が障害されるのである。
ゴールとグラフマンは、前頭葉損傷者で認められるハノイの塔検査の障害は計画立案や
将 来 へ の 見 通 し の 障 害 に よ る も の で は な い と 主 張 す る 。 確 か に ハ ノ イ の 塔 検 査 に お け る前
頭 葉 損 傷 者 の 平 均 成 績 は 健 常 者 の 平 均 成 績 よ り 低 下 し て い た 。 し か し 、 全 体 の 成 績 に よっ
て 被 検 者 を 高 成 績 者 、中 程 度 成 績 者 、低 成 績 者 に 分 け 、課 題 を そ の 難 易 度 に よ っ て 易 問 題 、
中 程 度 問 題 、 難 問 題 に 分 類 し て み る と 、 易 問 題 の 正 答 率 で は 高 成 績 者 と 低 成 績 者 の 間 に違
い は な く 、 難 問 題 で 両 者 の 違 い が 生 じ て い た 。 前 頭 葉 損 傷 者 の 高 成 績 者 の 成 績 は 健 常 者の
低 成 績 者 よ り も よ か っ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 と 健 常 者 の 違 い は 低 成 績 者 で の み 認 め ら れ た 。前
頭 葉 損 傷 者 に 見 ら れ る ハ ノ イ の 塔 検 査 の 障 害 は 、 前 頭 葉 損 傷 者 中 に 困 難 度 の 高 い 問 題 が解
決 出 来 な い 患 者 が 多 い こ と に 起 因 し て い る 。ハ ノ イ の 塔 検 査 の 難 易 度 の 高 い 問 題 の 特 徴 は 、
最 終 的 な パ タ ー ン を 達 成 す る た め に 一 時 的 に そ れ と は 矛 盾 す る パ タ ー ン を 作 製 し な け れば
な ら な い 点 に あ る 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は 、 最 終 的 な 目 標 を 達 成 す る た め に そ れ と 矛 盾 す る下
位 目 標 を 設 定 す る こ と に 障 害 が あ る と 考 え ら れ る 。 ゴ ー ル と グ ラ フ マ ン に よ れ ば 「 前 頭葉
損傷者は回り道行動が出来ないのだ」ということになる。
2.1.3
ロンドン塔検査
シャリスとマッカシーは前頭葉損傷者にロンドン塔検査を実施した。左前頭葉損傷者は
健常者より解決数が少なかった。
カ ー ラ イ ン ら は 、前 頭 側 頭 型 認 知 症( FLD)15 名 、外 傷 お よ び 脳 血 管 障 害 に よ る 前 頭 前
野 損 傷 者( FLL)14 名 を 対 象 と し て ロ ン ド ン 塔 検 査 を 実 施 し 、健 常 統 制 群( N )と 比 較 し
た 。 N に 比 し て FLD は 、 ① 解 決 出 来 た 問 題 数 が 少 な い 、 ② 課 題 の 規 則 を 破 る 、 ③ ボ ー ル
の 移 動 回 数 が 多 い 、 な ど の 特 徴 を 示 し た 。 特 に 難 易 度 の 高 い 問 題 で こ の 特 徴 を 示 し た 。ま
た FLD で は 問 題 解 決 時 間 が 遅 延 し た 。 特 に 難 易 度 の 高 い 問 題 で は 著 し く 遅 延 し た 。 ロ ン
ド ン 塔 検 査 の 成 績 と WAIS お よ び 認 知 症 尺 度 と の 間 に は 有 意 な 相 関 が 認 め ら れ た 。FLL と
N を 比 較 す る と 以 下 の 結 果 が 得 ら れ た 。FLL で は ボ ー ル の 移 動 が 有 意 に 多 か っ た が 、解 決
22-10
第22章
し た 問 題 数 に は 差 は な か っ た 。難 易 度 が 高 く な る に つ れ て 正 答 が 減 少 す る 傾 向 は FLL で 顕
著 で あ っ た 。FLL の 問 題 解 決 時 間 は 有 意 に 遅 延 し た 。特 に 難 易 度 の 高 い 問 題 で 遅 延 が 著 し
か っ た 。 左 前 頭 葉 損 傷 者 は ボ ー ル の 移 動 ま で の 時 間 は 延 長 し た が 、 問 題 あ た り の 所 要 時間
は N と 有 意 に 違 わ な か っ た 。 右 前 頭 葉 損 傷 者 で は 問 題 あ た り の 所 要 時 間 が 延 長 し た 。 両側
損 傷 者 で は こ の よ う な 特 徴 は 認 め ら れ な か っ た 。FLD、FLL、N の 3 群 間 で 正 答 率 に は 差
が な か っ た 。ロ ン ド ン 塔 検 査 成 績 と WAIS の 間 に は 有 意 な 負 の 相 関 が 認 め ら れ た 。以 上 の
結 果 を 著 者 ら は 次 の よ う に 考 察 し た 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は ロ ン ド ン 塔 検 査 遂 行 に 必 要 な 計画
立 案 能 力 に 障 害 が 認 め ら れ る 。FDL、FLL と も 問 題 解 決 時 間 の 遅 延 が 認 め ら れ た 。彼 ら が
試行錯誤で問題を解決しようとしたためである。
2.1.4
トライル・メイキング検査
ス プ リ ー ン と ス ト ラ ウ ス は 6 例 の 前 頭 葉 損 傷 者 に ト ラ イ ル・メ イ キ ン グ 検 査 を 実 施 し た 。
結 果 は 表 2 2 - 1 に 示 す ご と く で あ っ た 。 全 例 で PartA、 PartB い ず れ に お い て も 成 績 低
下が認められた。高度の注意を必要とする課題の遂行は前頭葉損傷によって障害される。
スタスらの研究では、前頭葉損傷者で誤反応の増加が認められた。誤反応増加は背外側
損傷者で最大であり、腹内側部損傷者で最小であった。
表22-1
症例
前頭葉損傷者のトライル・メイキング検査成績
性
年齢
学歴
トライル・メイキング検査
PartA
PartB
RF297
男
46
16
35(25-50)
78(50)
VY500
女
58
12
37(25-50)
73(50-75)
BR1198
女
31
12
43(10-25)
88(10-25)
BR1334
女
47
14
40(10-25)
101(25-50)
JL1445
男
49
12
188(< 10)
262(< 10)
JR1584
男
49
12
38(25)
72(50-75)
JL1598
男
46
12
30(50)
98(25-50)
数字は課題遂行時間(秒)。括弧内はパーセンタイル値
22-11
第22章
2.1.5
その他の計画立案課題
21章第2節で述べたように、オーウェンらは前頭葉損傷者の作業記憶障害について詳
細 に 検 討 し て い る 。 被 験 者 が 遂 行 す る 作 業 記 憶 課 題 は 、 ス ク リ ー ン で 隠 さ れ た 箱 内 に ある
ト ー ク ン を 探 し 出 し 、 ス ク リ ー ン の 端 に あ る 空 の 箱 に 並 べ る 課 題 で あ る 。 こ の 課 題 で は、
一 度 探 し た 箱 を も う 一 度 探 す こ と 、 既 に ト ー ク ン を 入 れ た 箱 に 再 び ト ー ク ン を 入 れ る こと
は 誤 り と さ れ た 。 ト ー ク ン と し て 言 語 作 業 記 憶 課 題 で は 語 、 視 覚 作 業 記 憶 課 題 で は 彩 色さ
れ た 単 純 図 形 が 用 い ら れ た 。被 験 者 は 前 頭 葉 損 傷 者 23 名 、側 頭 葉 損 傷 者 23 名 、扁 桃・海
馬 領 域 損 傷 者 19 名 で あ っ た 。 視 覚 作 業 記 憶 課 題 で は 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 簡 単 な 問 題 に お い
て も 障 害 を 示 し た 。 側 頭 葉 損 傷 者 、 扁 桃 ・ 海 馬 領 域 損 傷 者 は 難 し い 問 題 で の み 障 害 を 示し
た 。 言 語 作 業 記 憶 課 題 で は 、 3 群 と も 障 害 を 示 さ な か っ た 。 以 上 の 結 果 よ り 、 前 頭 葉 損傷
者 で 見 ら れ る 障 害 は 課 題 解 決 の た め の 有 効 な 行 動 計 画 が 立 案 出 来 な い 、 す な わ ち 遂 行 機能
の障害であり、側頭葉損傷者の障害は記憶の障害であると結論された。
シ ャ リ ス と バ ー ゲ ス は 前 頭 葉 損 傷 者 の 複 数 課 題 遂 行 時 の 計 画 立 案 障 害 に つ い て 様 々 な研
究 を 行 っ て い る 。 最 初 の 研 究 は 次 の ご と く で あ る 。 被 験 者 は 前 頭 葉 損 傷 者 、 健 常 者 各 3名
で あ っ た 。 被 験 者 は 、 1 5 分 以 内 に 、 ① 次 第 に 難 易 度 が 高 く な る 計 算 問 題 を 解 く 、 ② 病院
ま で の 道 筋 を テ ー プ レ コ ー ダ ー に 録 音 す る 、 ③ 100 枚 の カ ー ド に 描 か れ た 絵 の 名 称 を 呼 称
す る 、 の 三 つ の 課 題 を 2 回 遂 行 し な け れ ば な ら な い 。 被 験 者 は ど の 課 題 を ど の 順 序 で 行う
か を 自 分 で 決 め ら れ る が 、 同 じ 課 題 を 続 け て 行 っ て は い け な い 、 と 教 示 さ れ た 。 ど の 課題
も 1 5 分 以 内 で は 最 後 ま で 遂 行 出 来 な い の で 、 被 験 者 は 一 つ の 課 題 を 途 中 で 中 止 し て 別の
課 題 に 移 ら な け れ ば な ら な い 。健 常 統 制 群 の 平 均 遂 行 課 題 数 は 5.7( 最 大 6.0)で あ っ た が 、
前 頭 葉 損 傷 者 で は 2 ~ 5 、 平 均 3.1 で あ っ た 。
シャリスとバーゲスは、複数課題遂行時の計画立案障害と脳損傷との関係について明ら
か に す る た め 、さ ら に 詳 し い 検 討 を 行 っ た 。被 験 者 は 、① ビ ー ズ を 色 別 に 分 類 す る 、② 10
本 の 線 が 錯 綜 し て 描 か れ て い る 図 を 見 て 各 線 分 の 先 端 と 末 端 を 見 つ け る 、 ③ プ ラ ス チ ック
の 小 片 を 用 い て 抽 象 的 な 図 形 を 構 成 す る 、 の 3 課 題 を 与 え ら れ て 、 制 限 時 間 内 に そ の 全て
を 実 施 す る こ と が 求 め ら れ る 。 個 々 の 課 題 の 作 業 量 は 多 く 、 制 限 時 間 内 に そ の 全 て を 完了
さ せ る こ と は 出 来 な い 。 従 っ て 、 事 前 に ど の よ う な 順 序 で そ れ ら の 課 題 を 遂 行 す る か 計画
を 立 て る こ と が 必 要 で あ る 。 実 験 の 結 果 、 ① 帯 状 回 、 脳 梁 後 方 か ら 後 頭 葉 深 部 に 達 す る領
野 の 損 傷 は 課 題 成 績 の 6 指 標 中 5 指 標 を 低 下 さ せ る 、 ② 右 大 脳 半 球 8 野 、 9 野 、 4 6 野の
損 傷 は 計 画 立 案 を 障 害 す る 、 ③ 左 大 脳 半 球 8 野 、 9 野 、 1 0 野 、 特 に 1 0 野 の 損 傷 は 課題
22-12
第22章
遂 行 順 序 を 変 更 す る こ と を 障 害 す る 、 ④ 前 帯 状 回 領 野 損 傷 は 課 題 遂 行 の 教 示 の 記 憶 を 障害
す る 、 な ど の 事 実 が 明 ら か に な っ た 。 シ ャ リ ス 、 バ ー ゲ ス ら は こ の 結 果 に つ い て 次 の よう
に 考 察 し て い る 。複 数 課 題 遂 行 の 過 程 は 、① 遡 及 記 憶( 前 に ど の 課 題 を 行 っ た か の 記 憶 )、
② 前 向 記 憶 ( ま だ 行 っ て い な い 課 題 の 記 憶 ) 、 ③ 計 画 立 案 、 の 三 つ に 分 け ら れ 、 ① に は帯
状回、②には左大脳半球8野、9野、10野、③には右前頭葉背外側部が関与している。
ビ キ と ホ ル ス ト は コ ー シ ー の ブ ロ ッ ク 検 査 を 用 い て 前 頭 葉 損 傷 患 者 の 行 動 計 画 能 力 につ
い て 検 討 し た 。 実 験 で は 、 机 の 上 に 9 個 の ブ ロ ッ ク が ラ ン ダ ム に 配 置 さ れ て お り 、 被 験者
の課題は次の二つであった。
① 下 位 目 標 に よ る 学 習 ~ 実 験 者 が い く つ か の ブ ロ ッ ク に 触 れ た 後 、 被 験 者 も 同 じ 順 序で
ブ ロ ッ ク に 触 れ る 。最 初 の 試 行 で は 四 つ の ブ ロ ッ ク が 触 れ ら れ る 。被 験 者 が 正 答 し た 場 合 、
新 し い 試 行 の 前 に 被 験 者 は 正 答 で あ る こ と を 告 げ ら れ 、 前 の 試 行 に 新 た に 二 つ の ブ ロ ック
が 付 け 加 え ら れ た も の が 新 し い 試 行 と な る 。 被 験 者 が 正 答 し な か っ た 場 合 、 前 の 試 行 が繰
り 返 さ れ た 。正 答 す れ ば 触 れ ら れ る ブ ロ ッ ク 数 を 増 加 さ せ て ゆ き 、12 試 行 目 の ブ ロ ッ ク 数
がその被験者の成績となる。
② 自 己 設 定 下 位 目 標 に よ る 学 習 ~ 5 試 行 よ り な る 。各 試 行 の 始 ま る 前 に 、被 験 者 は 実 験
者 が 触 れ る ブ ロ ッ ク 数 を 予 め 設 定 出 来 る 。 こ の 時 、 被 験 者 は 5 試 行 全 体 で 正 答 数 ( 正 しく
選 択 さ れ た ブ ロ ッ ク の 総 数 )が 最 大 と な る よ う に ブ ロ ッ ク 数 を 設 定 す る こ と を 求 め ら れ る 。
大 脳 前 方 領 野 損 傷 者 と 後 方 領 野 損 傷 者 の 成 績 を 比 較 す る と 、 ① の 課 題 で は 群 間 に 差 はな
か っ た が 、 ② の 課 題 で は 大 脳 前 方 領 野 損 傷 者 の 成 績 は 大 脳 後 方 領 野 損 傷 者 よ り 有 意 に 低下
し て い た 。 以 上 の 結 果 は 前 頭 葉 が 行 動 計 画 の 設 定 に 関 与 し て い る こ と を 示 唆 す る と 解 釈さ
れた。
ロ チ ェ ッ タ と ミ ル ナ ー は 記 憶 再 生 課 題 遂 行 時 に お け る 前 頭 葉 の 役 割 に つ い て 検 討 し た。
課 題 は 連 続 的 に 提 示 さ れ る 語 の 再 生 で あ っ た が 、 こ れ は 次 の 二 条 件 で 実 施 さ れ た 。 ① 混合
条 件 : 種 々 の 範 疇 ( 果 物 、 家 具 、 等 ) の 語 が 無 作 為 に 提 示 さ れ る 。 ② 範 疇 条 件 : 特 定 の範
疇 の 語 が 連 続 し て 提 示 さ れ る 。 他 の 領 野 の 損 傷 者 に 比 較 し て 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 混 合 条 件で
成 績 低 下 を 示 し 、 範 疇 条 件 で は 成 績 低 下 を 示 さ な か っ た 。 こ れ は 特 に 左 前 頭 葉 損 傷 者 で顕
著 で あ っ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 記 憶 の 自 由 再 生 に お い て 障 害 を 示 す が 、 予 め 再 生 す べ き 材料
の 手 掛 り が あ れ ば 、 こ の 障 害 は 認 め ら れ な い 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は 、 ① 記 憶 再 生 の 適 切 な戦
略 が 立 て ら れ な い 、 ② そ の 為 に 不 必 要 な 反 応 を 抑 制 出 来 な い 、 の 二 つ の 理 由 に よ り 再 生成
績が低下すると考えられた。
22-13
第22章
ウィーゲルスマらはペトライデスの自己順序づけ課題 2 を前頭葉損傷者に実施した。彼
ら の 成 績 は 有 意 に 低 下 し て い た 。 単 純 な 記 憶 の 範 囲 検 査 ( 短 期 記 憶 検 査 ) で は 障 害 は 認め
ら れ な か っ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 自 己 が 立 て た 計 画 に 基 づ い て 反 応 を 選 択 す る こ と に 障 害を
示した。
2.1.6
日常生活場面での計画立案
上 記 の 諸 研 究 は い ず れ も 実 験 室 場 面 に お け る 計 画 立 案 に 関 す る 研 究 で あ る 。 一 方 、 ディ
ミトロフらは日常生活場面における計画立案に対する前頭葉損傷の影響について検討し
た 。方 法 と し て「 日 常 生 活 問 題 解 決 質 問 紙 (EPSI)」を 用 い た 。こ の 質 問 紙 で は 、例 え ば「 買
い た い 商 品 を 作 っ て い な い 会 社 か ら ダ イ レ ク ト メ ー ル が 続 け て 送 ら れ て く る 時 、 あ な たは
ど う し ま す か 」 と い っ た 質 問 に 対 す る 回 答 が 四 つ 示 さ れ て い る 。 被 験 者 は そ れ ぞ れ の 回答
が 問 題 解 決 に ど の 程 度 有 効 で あ る か を 5 段 階 尺 度 で 評 定 す る こ と を 求 め ら れ た 。 質 問 毎に
前 頭 葉 損 傷 者 の 評 価 と 健 常 者 の 評 価 の 相 関 係 数 を 算 出 す る と 、 有 意 な 相 関 は 認 め ら れ なか
っ た 。 す な わ ち 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 日 常 場 面 に お け る 適 切 な 反 応 を 選 択 す る こ と に 障 害 を示
し た 。 WCST、 概 念 形 成 検 査 、 ハ ノ イ の 塔 検 査 、 な ど の 神 経 心 理 学 的 検 査 所 見 と EPSI 結
果 と の 間 に は 中 程 度 の 相 関 が 認 め ら れ た 。 前 頭 葉 損 傷 は 日 常 生 活 に お け る 計 画 立 案 能 力を
障害することが示された。
ゴッドボーとドヨンの「手続き生成課題」は日常的な行動(「朝、会社に行く準備をす
る 」 な ど ) を ど の よ う な 順 序 で 行 う か を 被 験 者 に 文 章 で 書 か せ る 課 題 で あ る 。 実 際 に 行動
す る 順 序 で 書 く 課 題 と 逆 の 順 序 で 書 く 課 題 が あ る 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 前 者 の 成 績 は 健 常 者よ
り 劣 っ た が 後 者 で は 健 常 者 と 同 じ 成 績 で あ っ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 は ご く 日 常 的 な 行 動 の 計画
立 案 で も 障 害 を 示 し た 。 手 続 き 生 成 課 題 の 成 績 低 下 は 他 の 研 究 者 に よ っ て も 報 告 さ れ てい
る。前頭葉損傷者は動作を遂行すべき時間的順序に従って配列することに障害を示した。
バ ー ゲ ス と シ ャ リ ス の 研 究 は 以 下 の ご と く で あ る 。 被 験 者 の 課 題 は 病 院 内 で 8 枚 の カー
ド に 書 か れ た 簡 単 な 命 令 を 実 行 す る こ と で あ る 。 6 枚 の カ ー ド に は 店 で 種 々 の 品 物 を 買う
命 令 が 記 さ れ て い た 。 カ ー ド に は 買 い 物 の 仕 方 ( 出 来 る だ け 安 い 品 物 を 出 来 る だ け 速 く買
う 、 買 う 物 の な い 店 に 入 ら な い 、 な ど ) も 記 さ れ て い た 。 7 枚 目 に は 買 い 物 を 始 め て 15
分 後 に 病 院 内 の 特 定 の 場 所 に 到 着 す る よ う 記 さ れ て い た 。 8 枚 目 の カ ー ド に は 、 通 り で最
も 高 い 商 品 を 売 っ て い る 店 の 名 前 な ど 、 4 種 の 情 報 を 収 集 す る よ う 記 さ れ て い た 。 健 常統
2
第21章参照。
22-14
第22章
制群に比べて前頭葉損傷群では次の誤りが有意に増大していた。
①非効率~同じ店に何度も行く。
②規則違反~規則に違反する行為(買う物のない店に入る、など)を行う。
③解釈の誤り~カードに書かれた命令を誤解する。
④課題不履行~カードに書かれた命令を実行しない。
以 上 の 結 果 よ り 、 シ ャ リ ス と バ ー ゲ ス は 前 頭 葉 の 機 能 と し て 、 ① 目 標 の 設 定 、 ② 結 果 を予
測 し た 行 動 計 画 の 作 成 、 ③ 行 動 の 結 果 の 評 価 、 ④ 結 果 に 基 づ く 行 動 の 実 行 、 な ど を 指 摘し
うるとし、それらを一括して「管理系」と呼んでいる。
ゴ ー ル ら は 、 前 頭 葉 損 傷 者 、 健 常 者 各 10 名 を 対 象 と し て 、 実 際 の 家 計 の や り く り に 類
似 し た 状 況 に お け る 計 画 立 案 課 題 を 実 施 し た 。 具 体 的 に は 若 い 夫 婦 の 家 計 の や り く り を手
助 け す る こ と で あ る 。 そ の 内 容 は 、 ① 月 々 の 収 支 の バ ラ ン ス を と る 、 ② 2 年 計 画 で 家 を購
入 す る 、 ③ 12~ 15 年 後 、 彼 ら の 子 供 達 が 大 学 に 進 学 す る た め の 学 費 を 準 備 す る 、 ④ 35 年
後 、 退 職 し た 時 の 準 備 を す る 、 の 四 つ で あ っ た 。 目 標 を 達 成 す る た め に 、 収 入 を ど の よう
に 管 理 す る か 計 画 を 立 て る こ と が 被 験 者 の 課 題 で あ る 。 被 験 者 は 、 実 験 室 に 入 室 し 、 課題
の 説 明 を 受 け 、 ど の よ う な 計 画 を 立 て る か を 口 頭 で 述 べ る 。 そ の 様 子 は ビ デ オ カ メ ラ で撮
影 さ れ た 。 被 験 者 は 、 必 要 に 応 じ て 関 連 す る 資 料 を 調 べ 、 実 験 者 に 質 問 す る こ と が 許 され
た 。 被 験 者 の 発 言 は 、 ① 立 案 し た 計 画 の 説 明 、 ② 目 標 の 説 明 、 ③ 状 況 の 説 明 、 に 3 分 類さ
れ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 の 発 言 は ③ が 健 常 者 よ り 有 意 に 多 か っ た 。 健 常 者 の 発 言 の 多 く は ①で
あ っ た 。 ① に 関 し て 、 健 常 者 は 新 た な 計 画 の 立 案 お よ び 一 度 作 製 し た 計 画 の 修 正 、 改 善を
同 程 度 の 頻 度 で 発 言 し た 。 前 頭 葉 損 傷 者 の 発 言 は 新 た な 計 画 の 立 案 に 偏 っ て い た 。 健 常者
は 与 え ら れ た 目 標 全 て に 言 及 し た が 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 引 退 後 の 準 備 に 言 及 す る こ と は 少な
か っ た 。 家 計 の や り く り に は 、 ① 収 入 を 増 や す 、 ② 支 出 を 減 ら す 、 ③ 財 産 や 負 債 を 効 率的
に 運 用 す る 、 の 三 つ が あ る 。 健 常 者 は 各 方 法 を 適 宜 使 っ た が 、 前 頭 葉 損 傷 者 は ② の み を利
用 す る こ と が 多 か っ た 。前 頭 葉 損 傷 者 の 中 で 、IQ の 高 い 患 者 は 健 常 者 と 同 じ よ う な 言 動 を
示 し た 。IQ の 低 い 患 者 は 文 書 資 料 に 頼 る こ と が 少 な く 、実 験 者 に 直 接 質 問 す る こ と が 多 か
っ た 。以 上 の 結 果 は 、前 頭 葉 損 傷 者 に は 計 画 立 案 の 障 害 が あ る こ と を 示 し て い る 。彼 ら は 、
① 問 題 状 況 の 分 析 に 時 間 が か か り 解 決 策 立 案 に 多 く の 時 間 が 割 け な い 、 ② 問 題 解 決 の ため
に 与 え ら れ た 情 報 を 十 分 活 用 出 来 な い 、 ③ 具 体 的 な 情 報 か ら 一 般 的 な 規 則 を 抽 出 す る こと
が 出 来 な い 、 な ど の 特 徴 を 示 し た 。 ゴ ー ル ら は 、 現 実 の 社 会 生 活 で 可 決 す べ き 問 題 は 十分
構 造 化 し え な い も の が 大 部 分 で あ り 、 結 果 と し て 前 頭 葉 損 傷 者 は 日 常 生 活 に お い て 種 々の
22-15
第22章
障害を示すことになろう、と考察している。
ミ オ ッ ト と モ リ ス は 、前 頭 葉 損 傷 者( 前 頭 葉 切 除 者 )25 名 、健 常 者 25 名 を 対 象 と し て 、
一 種 の ゲ ー ム で あ る 「 仮 想 計 画 検 査 」 に お け る 計 画 立 案 能 力 、 計 画 実 行 能 力 を 比 較 し た。
ゲ ー ム の 概 要 は 以 下 の ご と く で あ る 。机 の 上 に 、① ワ ー ク・ボ ー ド 、② サ マ リ ー・ボ ー ド 、
③ エ ク セ キ ュ ー シ ョ ン ・ ボ ー ド 、 の 三 つ の 領 域 が 設 定 さ れ る 。 ① に は 被 験 者 が 行 う 28 の
活 動 が 書 か れ た カ ー ド が 置 い て あ る 。 ② に は 1 週 間 に 行 う べ き 活 動 が 書 か れ て あ る 。 ③に
は 被 験 者 が 各 曜 日( 月 曜 日 か ら 木 曜 日 ま で )に 行 う と し て 選 ん だ 活 動 の カ ー ド が 置 か れ る 。
被 験 者 は 一 日 に 行 う 活 動 を 四 つ 選 択 す る 。 選 ば れ た 活 動 の カ ー ド は ① か ら ③ に 移 さ れ る。
こ れ を 、4 日 間 す な わ ち 、月 曜 日 か ら 木 曜 日 ま で 続 け る 。前 の 日 に 戻 る こ と は 許 さ れ な い 。
① の 活 動 の あ る も の は 一 つ で ② の 活 動 に 対 応 す る 場 合 も あ れ ば 、 ② の 活 動 を 実 行 す る ため
に ① の 複 数 の 活 動 を 実 行 す る 必 要 の あ る 場 合 も あ る 。 ま た 、 ① に は ② の 活 動 と 関 係 の ない
活動も含まれている。被験者には次のように教示された。
「 こ れ は 旅 行 ゲ ー ム で す 。 金 曜 日 に 出 発 す る の で 、 木 曜 日 ま で に 旅 行 の 準 備 を し な けれ
ばなりません。どんな準備をするかはカードに書いてあります。何曜日にどんな準備を
するかカードから選んで下さい。」
総 得 点 ( 被 験 者 に よ っ て 適 切 に 選 択 さ れ た 活 動 の 数 ) は 前 頭 葉 損 傷 者 で 有 意 に 低 か っ た。
前 頭 葉 損 傷 者 は 活 動 と そ れ を 行 う 時 期 が 対 応 し な い 場 合 が 多 か っ た ( 時 刻 表 を 買 う 前 に乗
る 飛 行 機 を 予 約 し て し ま う 、 等 ) 。 彼 ら は 複 数 の ① の 活 動 よ り な る ② の 活 動 の 計 画 立 案で
重 度 の 障 害 を 示 し た 。 彼 ら は ② の 活 動 と 関 係 の な い 活 動 を 多 く 選 択 し た 。 前 頭 葉 損 傷 者の
成 績 は WAIS の IQ、 記 憶 検 査 成 績 、 WCST な ど の 遂 行 機 能 検 査 の 成 績 と 有 意 な 相 関 を 有
し て い た 。 以 上 の 結 果 に つ い て 、 ミ オ ッ ト ら は 次 の よ う に 考 察 し て い る 。 前 頭 葉 損 傷 者は
計 画 立 案 、 実 行 に 関 し て 明 ら か な 障 害 を 示 し た 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 本 来 の 目 的 と 関 係 の ない
活 動 を 選 ぶ こ と が 多 か っ た 。 活 動 を 適 切 な 文 脈 に 組 み 入 れ る 閾 値 が 低 く な っ て い た 。 前頭
葉 損 傷 者 は 活 動 を 不 適 切 な 時 期 に 行 う 傾 向 が 強 か っ た 。 こ れ は 将 来 を 見 通 し た 行 動 が とれ
な い こ と を 意 味 す る 。 総 得 点 と 遂 行 機 能 検 査 間 に 高 い 相 関 が 認 め ら れ た こ と は 、 遂 行 機能
が日常生活においても重要な役割を果たしていることを意味している。
前 頭 葉 損 傷 者 は 日 常 生 活 場 面 に 類 似 し た 計 画 立 案 課 題 で も 種 々 の 障 害 を 示 す 。 そ の 障害
程 度 は WCST な ど の 神 経 心 理 学 的 検 査 結 果 と 有 意 な 相 関 を 有 し て い る 。こ の こ と は 、日 常
生 活 場 面 に お け る 計 画 立 案 障 害 の 有 無 、 程 度 を 予 測 す る 方 法 と し て 神 経 心 理 学 的 検 査 が有
用であることを示唆している。
22-16
第22章
2.2
意思決定障害
2.2.1
ギャンブル課題
第 2 0 章 で 述 べ た よ う に 、 ダ マ シ オ の グ ル ー プ は 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 が ギ ャ ン ブ ル 課題
で 障 害 を 示 す こ と を 示 し た 。 彼 ら に よ れ ば 、 こ れ は 意 思 決 定 の 障 害 で あ る 。 彼 の グ ル ープ
に 属 す る ベ チ ャ ラ ら は 前 頭 葉 で 意 思 決 定 過 程 に 関 与 す る 領 野 と 作 業 記 憶 に 関 与 す る 領 野が
異なるかどうか、前頭葉損傷者を対象として検討した。被験者の課題は、
1)ギャンブル課題
2 ) 遅 延 反 応 課 題 ~ 最 初 に 四 つ の 顔 が 提 示 さ れ る 。 二 つ は 正 立 の 顔 、 二 つ は 倒 立 の 顔で
あ る 。10 秒 後 、30 秒 後 、60 秒 後 、四 つ の 倒 立 し た 顔 が 提 示 さ れ 、被 験 者 は 最 初 に 提
示された正立の顔と同じ顔を選択する。
3 ) 遅 延 非 照 合 サ ン プ ル 課 題 ~ 赤 ま た は 黒 で 描 か れ た 顔 が 一 つ 提 示 さ れ 、 10 秒 後 、 30
秒 後 、60 秒 後 、四 つ の 顔 が 提 示 さ れ 、被 験 者 は 最 初 に 提 示 さ れ た 顔 と は 異 な る 顔 を 選
択する。
の 三 つ で あ っ た 。 ギ ャ ン ブ ル 課 題 で は 前 頭 葉 腹 内 側 部 損 傷 者 ( VM 群 ) 9 例 全 員 が 組 A 、
B を 多 く 選 択 し 、 多 額 の 損 害 を 被 っ た 。 前 頭 葉 背 外 側 部 損 傷 者 ( DL 群 ) 10 例 は 全 員 が 組
C 、 D を 選 択 し 、 利 益 を 得 た 。 左 DL 群 は 健 常 統 制 群 と 差 が な か っ た が 、 右 DL 群 は 劣 っ
て い た 。 二 つ の 遅 延 課 題 で は 、 VM 群 は 軽 度 も し く は 中 程 度 の 障 害 を 示 し た 。 右 DL 群 は
重 度 の 障 害 を 示 し た が 、 左 DL 群 の 結 果 は 健 常 統 制 群 と 差 は な か っ た 。 以 上 の 結 果 は 、 ①
意思決定には前頭葉腹内側部が関与し作業記憶には右前頭葉背外側部が関与しているこ
と 、 お よ び ② 意 思 決 定 障 害 と 作 業 記 憶 障 害 は 相 互 に 独 立 に 出 現 す る こ と 、 を 示 し て い ると
解釈された。
ダマシオらのグループはギャンブル課題の障害は意思決定の障害であると考えている
が 、 こ れ と は 異 な る 解 釈 も 提 出 さ れ て い る 。 フ ェ ロ ー ズ と フ ァ ラ ー は ギ ャ ン ブ ル 課 題 にお
け る 不 利 な カ ー ド の 選 択 は 意 思 決 定 の 障 害 で は な く 、逆 転 学 習 3 の 障 害 で あ る と 主 張 し た 。
す な わ ち 、 不 利 な カ ー ド は 最 初 高 い 罰 を も た ら す 前 に 高 い 報 酬 を も た ら す 。 前 頭 葉 損 傷者
は 逆 転 学 習 に 障 害 が あ り 、 不 利 な カ ー ド か ら 有 利 な カ ー ド へ と 選 択 を 変 更 す る こ と が 出来
な い の で あ る 。 彼 ら は 、 こ の 考 え を 支 持 す る 証 拠 と し て 、 高 い 罰 の カ ー ド と 高 い 報 酬 のカ
ー ド を ラ ン ダ ム に 提 示 す る よ う 課 題 を 変 更 す る と 、 眼 窩 部 損 傷 者 の 成 績 は 向 上 す る こ とを
示した。
3
詳細は後述。
22-17
第22章
2.2.2
ケンブリッジ・リスク課題
前頭葉損傷者ではケンブリッジ・リスク課題でリスク指向性の上昇が認められる。①前
交 通 動 脈 ・ 動 脈 瘤 破 裂 に よ る く も 膜 下 出 血 例 、 ② 前 頭 側 頭 型 認 知 症 例 、 ③ 脳 腫 瘍 、 脳 血管
障 害 お よ び 頭 部 外 傷 に 伴 う 前 頭 葉 眼 窩 部 手 術 例 、 な ど の 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 の リ ス ク 指向
性 は 健 常 者 よ り 高 い と 報 告 さ れ て い る 。 特 に 右 前 頭 葉 損 傷 者 で こ の 傾 向 が 顕 著 で あ る 。ま
た 、 ① 赤 も し く は 青 の 箱 の み 選 択 す る 、 ② 同 じ 得 点 を 繰 り 返 し 選 択 す る 、 な ど の 報 告 もな
されている。
前頭葉損傷者のケンブリッジ・リスク課題における障害はギャンブル課題の障害より軽
度 で あ る と さ れ る 。 ま た 、 ケ ン ブ リ ッ ジ ・ リ ス ク 課 題 障 害 を 示 す 患 者 は 実 際 の 意 思 決 定場
面では障害を示さないとの報告もある。
ラ ー マ ン ら は 8 名 の 前 頭 側 頭 型 認 知 症 前 頭 葉 変 異 型( fvFTD)4 に お け る 意 思 決 定 障 害 を
報 告 し て い る 。 研 究 対 象 者 は 、 fvFTD8 名 、 健 常 統 制 群 ( C ) 8 名 、 全 員 男 性 で あ っ た 。
被験者の課題は、
①形態および空間認識課題~刺激の形態および提示位置の再認課題。
②空間短期記憶課題~ランダムに配置されたブロックの位置を記憶する課題。
③空間作業記憶課題~迷路検査課題。
④ 視 覚 弁 別 ・ 学 習 / 注 意 変 更 課 題 ~ 最 初 に 二 つ の 図 形 の 弁 別 学 習 を 行 う 。 次 に 刺 激 の特
性が変更されるが、被験者はそれを無視して、前と同じ弁別を行う。次に前の課題で
は学習に関係なかった刺激の特性の弁別学習(逆転学習)を行う。
⑤ロンドン塔検査
⑥ケンブリッジ・リスク課題
の六つであった。
結 果 は 以 下 の ご と く で あ っ た 。① で は fvFTD と C の 反 応 時 間 に 差 は な か っ た 。② お よ び
③ で は fvFTD と C の 正 答 率 に 差 は な か っ た 。 ④ で は fvFTD で C よ り 有 意 に 多 く の 誤 り が
認 め ら れ た 。逆 転 学 習 で は fvFTD の 誤 り は C よ り 有 意 に 多 か っ た 。⑤ で は 解 決 し た 問 題 数
に は fvFTD と C の 間 に 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 ⑥ で は fvFTD の 意 思 決 定 に 要 す る 時 間 は
C よ り 有 意 に 長 か っ た 。 fvFTD は 強 化 率 の 高 い 時 期 に 反 応 し や す か っ た 。
以 上 の 結 果 に つ い て ラ ー マ ン ら は 次 の よ う に 考 察 し て い る 。fvFTD で は 逆 転 学 習 お よ び
意 思 決 定 課 題 が 選 択 的 に 障 害 さ れ て い る 。 前 者 の 障 害 は 、 前 頭 葉 眼 窩 部 が 刺 激 と 報 酬 とを
4
第16章参照。
22-18
第22章
結 び つ け る 過 程 に 関 係 し て い る こ と を 示 し て い る 。 後 者 の 障 害 は 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 自 分の
行 動 が ど の よ う な 結 果 を も た ら す か 予 測 す る こ と が 出 来 な い こ と を 示 し て い る 。 以 上 二つ
の 障 害 は セ ロ ト ニ ン 系 の 機 能 障 害 に 関 係 し て い る 。 fvFTD に 認 め ら れ る 意 思 決 定 障 害 は 前
頭葉眼窩部の損傷によると考えられる。
2.2.3
その他の意思決定課題
ミ ラ ー は 、 前 頭 葉 切 除 者 、 側 頭 葉 切 除 者 お よ び 健 常 者 を 対 象 と し て 、 部 分 的 情 報 に 基づ
い て 意 思 決 定 を し な け れ ば な ら な い 「 賭 行 動 」 の 比 較 を 行 っ た 。 用 い ら れ る 刺 激 は 単 純な
物 品 の 絵 お よ び 文 章 で あ る 。 物 品 は 4 等 分 さ れ 、 そ れ ぞ れ 1 枚 の 用 紙 に 描 か れ て い る 。4
枚 を 重 ね る と 完 全 な 絵 に な る が 、 被 験 者 は 1 枚 ず つ し か 絵 を 見 る こ と が 出 来 な い 。 文 章は
白 紙 に タ イ プ 打 ち さ れ お り 、一 部 の 語 が 空 白 に な っ て い る 。同 じ 語 を 含 む 四 つ の 文 章 が 別 々
の カ ー ド で 提 示 さ れ る 。 被 験 者 の 課 題 は 部 分 的 手 掛 り を 基 に 物 品 や 語 が 何 で あ る か を 推理
す る こ と で あ る 。 正 し い 推 理 に 達 す る ま で に 必 要 な 手 掛 り が 多 い ほ ど 得 点 は 低 く な る 。刺
激 は 二 つ の 方 法 で 提 示 さ れ た 。 第 一 の 加 算 法 で は 、 4 枚 の カ ー ド が 裏 返 し て お い て あ り、
被 験 者 が 合 図 し て 回 答 す る ま で カ ー ド を 1 枚 ず つ 返 し て 表 を 提 示 し て ゆ く 。 被 験 者 が 回答
し た 後 、 そ れ が 正 答 か ど う か は 教 え ら れ ず 、 さ ら に カ ー ド を 返 し て 回 答 さ せ る 。 正 答 が得
ら れ た 時 点 で 提 示 さ れ て い た 手 掛 り 数 が 得 点 と な る 。 第 二 の 減 算 法 で は 4 枚 の カ ー ド が裏
返 し て お い て あ り 、被 験 者 が 合 図 す る ま で カ ー ド を テ ー ブ ル か ら 一 枚 ず つ 取 り 去 っ て い く 。
被 験 者 が 合 図 し た 時 点 で 残 っ た カ ー ド の 表 を 提 示 し て 物 品 や 語 を 推 定 さ せ る 。 被 験 者 の合
図 の 仕 方 は 二 つ で あ っ た 。 第 一 の 口 頭 法 は 「 ス ト ッ プ 」 と 口 頭 で 合 図 す る 方 法 で あ り 、第
二 の 手 動 法 は 被 験 者 自 身 が カ ー ド を 返 す 方 法 で あ っ た 。 被 験 者 の 行 動 は 次 の 基 準 で 評 価さ
れた。
1 ) 衝 動 的 反 応 ~ 減 算 法 で 用 い た 手 掛 り 数 か ら 加 算 法 で 用 い た 手 掛 り 数 を 引 い た 値 。値
が大きいほど衝動的であると考えられた。
2)賭行動~被験者が推定を行うために必要と考えた手掛り数。
3)問題解決能力~正答を得るまでに必要であった手掛り数。
結 果 は 次 の ご と く で あ っ た 。 衝 動 性 反 応 は 、 手 動 法 条 件 で は 前 頭 葉 切 除 者 が 有 意 に 多 かっ
た。彼らは加算法では少ない手掛りで反応し、減算法では多数の手掛りで反応した。
前 頭 葉 眼 窩 部 が 切 除 さ れ て い な い 患 者 で 衝 動 性 反 応 が 特 に 多 か っ た 。 左 右 差 は 認 め ら れな
か っ た 。 賭 行 動 で は 、 群 間 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 問 題 解 決 能 力 は 、 左 前 頭 葉 切 除 者 が健
22-19
第22章
常 者 よ り 有 意 に 低 下 し て い た 。 こ れ ら の 結 果 か ら 、 前 頭 葉 切 除 者 は 衝 動 的 意 思 決 定 を しや
すいことが示された 5。
2.3
行動制御障害
2.3.1
行動発現、行動選択
タ ー ケ ン ら は 右 前 部 帯 状 回 損 傷 者 DL を 対 象 と し た 次 の 実 験 結 果 を 報 告 し て い る 。 い く
つ か の 色 の つ い た 小 さ な 矩 形 を 遅 延 期 間 の 前 と 後 に CRT 画 面 に 提 示 し 、 ① あ ら か じ め 色
か 図 形 の い ず れ か 一 方 に 注 目 さ せ 、そ れ が 前 後 の 提 示 で 異 な る か 否 か( 選 択 的 注 意 課 題 )、
② 色 か 図 形 か を あ ら か じ め 特 定 せ ず 、 い ず れ か の 要 因 が 異 な る か 否 か を 答 え さ せ る ( 分散
注 意 課 題 ) 、 の 2 課 題 を 行 わ せ た 。 健 常 者 と 比 較 し て 、 DL は い ず れ の 注 意 課 題 で も 口 頭
反 応 で は 正 常 で あ る が 、 ボ タ ン 押 し で 答 え さ せ る と 反 応 時 間 が 遅 く な っ た 。 こ の 結 果 は、
前 部 帯 状 回 の 認 識 領 域 が 前 頭 葉 背 側 部 か ら の 外 界 情 報 お よ び 前 頭 葉 眼 窩 部 と 前 部 帯 状 回の
情 動 領 域 か ら の 情 動 情 報 を 運 動 に 変 換 す る こ と 、 す な わ ち 行 動 発 現 に 重 要 な 役 割 を 果 たし
ていることを示唆している。
「乱数発生検査」は行動選択の検査法として用いられることがある。完全な乱数を発生
す る こ と は 意 外 に 困 難 な 課 題 で あ る 。 最 初 は 乱 数 を 発 生 し て い て も 、 途 中 で 同 じ 数 列 の繰
り 返 し に な り 、 規 則 性 の あ る 数 列 に 変 化 し て し ま う 。 ブ ル ガ ー ら の 文 献 的 検 討 に よ れ ば、
脳 損 傷 者 、 特 に 前 頭 葉 損 傷 者 で は 乱 数 発 生 数 は 一 般 に 減 少 す る 。 彼 ら 自 身 も 30 例 の ア ル
ツ ハ イ マ ー 型 認 知 症 患 者 を 対 象 と し て 乱 数 発 生 検 査 を 行 っ て い る 。 そ の 結 果 、 発 生 し た乱
数 の ラ ン ダ ム 度 と 認 知 症 の 重 症 度 と の 間 に は -0.43~ -0.72 の 有 意 な 負 の 相 関 が 認 め ら れ
た 。 ブ ル ガ ー ら は 、 こ の 結 果 を ア ル ツ ハ イ マ ー 型 認 知 症 に お け る 前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 行 動選
択障害と解釈している。
デカリとリッチャーは、前頭葉切除者、側頭葉切除者および健常者を対象として、種々
の 条 件 に お け る 反 応 時 間 を 比 較 し た 。 3 群 間 に 単 純 反 応 時 間 で は 有 意 差 は 認 め ら れ な かっ
た 。 異 な っ た 刺 激 に 対 し 異 な っ た 反 応 を す る 非 空 間 選 択 反 応 で も 有 意 差 は 認 め ら れ な かっ
た 。 異 な っ た 位 置 に 提 示 さ れ る 刺 激 に 異 な っ た 反 応 を す る 空 間 選 択 反 応 で は 、 前 頭 葉 切除
者 の 反 応 時 間 は 健 常 者 よ り 有 意 に 遅 か っ た 。特 に 刺 激 位 置 と 反 応 位 置 が 一 致 し な い 条 件( 右
に 提 示 さ れ た 刺 激 に は 左 の キ イ で 反 応 す る 、 な ど ) で 反 応 時 間 は 大 き く 遅 延 し た 。 ま た、
5
一般には眼窩部損傷者で衝動性反応が多いとされており、ミラーらの結果とは一致しな
い。この点についてミラーらの論文には特段のコメントはない。
22-20
第22章
全 般 的 に 前 頭 葉 切 除 者 の 誤 反 応 率 は 他 群 よ り 有 意 に 高 か っ た 。 前 頭 葉 切 除 者 で 刺 激 に 衝動
的 に 反 応 す る 傾 向 は 見 ら れ な か っ た が 、 反 応 の 速 さ を 要 求 さ れ る 課 題 に お い て 障 害 を 示し
た。これは反応の選択に障害があることを示していると解釈された。
ゴッデフライらは、前頭葉損傷に伴う行動発現障害を実験的に検討した。研究対象は前
頭 葉 損 傷 者 10 名 、 大 脳 皮 質 後 方 損 傷 者 7 名 、 健 常 者 9 名 で あ っ た 。 課 題 は 、
① 短期記憶課題~スタンバークによって開発された短期記憶検索課題。
② 遅 延 選 択 反 応 課 題 ~ 4 種 の 文 字 刺 激 の 一 つ が 提 示 さ れ 、100msec.~ 1sec.の 遅 延 時 間
後提示文字に対応したキイを押す。
③ 結合課題~上記二つの課題を同時に遂行する。被験者はまず②と同じ実験手続きで
選択課題を遂行し(選択反応)、次いで最初の文字が何であったかをキイ押しによ
り反応する(認識反応)。
の 三 つ で あ っ た 。 ① で は 、 前 頭 葉 損 傷 者 の 反 応 時 間 は 延 長 す る が 正 答 率 は 健 常 者 と 差 がな
く 、後 方 損 傷 者 で は 反 応 時 間 は 健 常 者 と 同 じ で あ っ た が 、正 答 率 は 低 下 し て い た 。② で は 、
前 頭 葉 損 傷 者 の 反 応 時 間 は 健 常 者 よ り 有 意 に 遅 か っ た 。 正 答 率 で は 群 間 差 は 認 め ら れ なか
っ た 。 ③ で は 、 前 頭 葉 損 傷 者 で 反 応 時 間 の 延 長 が 認 め ら れ た 。 特 に 、 認 識 反 応 で 反 応 時間
が 延 長 し た 。正 答 率 に は 群 間 差 は 認 め ら れ な か っ た が 、前 頭 葉 損 傷 者 の 標 準 偏 差 は 大 き く 、
こ の 課 題 遂 行 に 重 大 な 障 害 を 示 す 前 頭 葉 損 傷 者 の 存 在 が 推 定 さ れ た 。 ま た 、 前 頭 葉 損 傷者
の 中 に は そ れ ま で と は 異 な る 新 奇 な 刺 激 が 提 示 さ れ る と 成 績 が 著 し く 障 害 さ れ る 患 者 がい
た。
ゴ ッ デ フ ロ イ ら は 、 こ の 結 果 に つ い て 次 の よ う に 考 察 し て い る 。 ③ の 課 題 に お け る 前頭
葉 損 傷 者 の 反 応 時 間 の 遅 れ や 新 奇 な 刺 激 に 対 す る 誤 反 応 の 増 加 は 、 反 応 選 択 過 程 あ る いは
意 思 決 定 過 程 の 障 害 と し て 理 解 し う る 。 前 頭 葉 損 傷 者 の 中 に は 遅 延 時 間 中 に 反 応 し て しま
う 患 者 が い た 。 彼 ら は 反 応 の 抑 制 に 障 害 を 示 し た 。 こ れ は 前 頭 葉 が 反 応 抑 制 過 程 に 関 与し
て い る こ と を 示 し て い る 。 全 体 と し て 、 前 頭 葉 は 刺 激 と 反 応 と の 結 合 、 な ら び に 反 応 の準
備に関与していると考えられる。
ゴードフロイとルソーは二値選択課題遂行におよぼす局所脳損傷の影響を検討した。被
験 者 は 前 頭 葉 損 傷 者 10 名 、 脳 後 方 損 傷 者 7 名 、 健 常 者 9 名 で あ っ た 。 被 験 者 の 課 題 は 、
① 単 純 反 応 (SRT)~ 提 示 さ れ る 文 字 刺 激 に 常 に 同 じ キ イ で 反 応 す る 、 ② 選 択 反 応 ( CRT)
~ あ る 文 字 刺 激 の グ ル ー プ に は 中 指 の キ イ で 反 応 し 、 他 の グ ル ー プ に は 人 差 し 指 の キ イで
反 応 す る 、 の 二 つ で あ っ た 。 ② で 、 各 々 の グ ル ー プ の 文 字 が 提 示 さ れ る 確 率 は 12.5% ~
22-21
第22章
87.5%ま で 12.5%間 隔 で 変 更 さ れ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は 選 択 反 応 で 反 応 時 間 の 遅 延 が 認 め
ら れ た 。 こ の 反 応 時 間 の 遅 れ は 、 二 つ の グ ル ー プ の 文 字 が 同 じ 確 率 で 提 示 さ れ る 条 件 で特
に 顕 著 で あ っ た 。 反 応 時 間 を 意 思 決 定 過 程 時 間 と そ れ 以 外 の 処 理 に 要 し た 時 間 に 分 け て分
析 す る と 、 前 頭 葉 損 傷 者 で は 後 者 が 遅 延 す る こ と が 認 め ら れ た 。 す な わ ち 、 前 頭 葉 損 傷者
で は 二 値 選 択 課 題 に お け る 意 思 決 定 過 程 で は 遅 れ は 生 ぜ ず 、 キ イ を 押 す 反 応 過 程 で 遅 れが
生 じ て い た 。 意 思 決 定 過 程 の 遅 れ は 左 大 脳 半 球 に 損 傷 が あ る 場 合 、 損 傷 領 野 に 関 係 な く認
められた。意思決定には左大脳半球全体が関係していると考えられた。
な お 、 ゴ ー ド フ ロ イ と ル ソ ー に よ れ ば 、 前 頭 葉 損 傷 者 の 意 思 決 定 過 程 は 全 く 正 常 で はな
い 。 彼 ら は 上 記 と 同 様 の 二 値 選 択 課 題 に お い て 、 4 文 字 ( H、 T、 C、 S) を 刺 激 と し て 選
択 反 応 の 訓 練 を 行 っ た 後 、新 た に 8 文 字( H、T、M、I、C、S、O、Z)を 刺 激 と し て 実 験
を 行 っ た 。 被 験 者 は 上 述 の 実 験 と 同 じ で あ っ た 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は 反 応 時 間 が 遅 延 し た。
特 に 新 し い 刺 激 に 対 す る 反 応 時 間 が 遅 延 し た 。 正 答 率 は 全 体 と し て は 差 が な か っ た が 、前
頭 葉 損 傷 者 で は 新 し い 刺 激 に 対 す る 正 答 率 が 低 下 し た 。 新 し い 状 況 に お け る 意 思 決 定 過程
に 障 害 が あ る こ と の 表 れ と 考 え ら れ た 。二 値 選 択 課 題 で は「 反 応 の 基 準 」を 内 的 に 形 成 し 、
与 え ら れ た 刺 激 を 基 準 に 照 ら し て 判 断 す る こ と が 必 要 で あ る 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は こ の 内的
基準形成が障害されていた。
2.3.2
行動抑制
前 頭 葉 と 行 動 制 御 と の 関 連 に お い て 、常 に 問 題 と さ れ て き た 症 状 は 行 動 抑 制 障 害 で あ る 。
前 頭 葉 損 傷 者 は 不 適 切 な 行 動 、 衝 動 的 行 動 を 抑 制 す る こ と に 障 害 が あ る と い う 指 摘 は 多く
の 研 究 者 に よ っ て な さ れ て き た 。 第 2 0 章 で 紹 介 し た 前 頭 葉 症 状 を 呈 し た 症 例 報 告 に おい
て も 行 動 抑 制 障 害 は 頻 繁 に 言 及 さ れ て い る 。 本 章 の 主 題 で あ る 遂 行 機 能 障 害 に 関 し て も、
そ の 背 景 に は 行 動 抑 制 障 害 が 存 在 す る こ と を 指 摘 す る 研 究 者 は 多 い 。 以 下 こ の 点 に 関 する
研究報告を紹介する。
2.3.2.1
ストループ検査
ストループ検査は行動抑制機構の評価方法としてよく用いられている。前頭葉損傷者は
ス ト ル ー プ 課 題 の 遂 行 に 種 々 の 障 害 を 示 す 。ヴ ェ ン ド レ ー ル ら は 、32 名 の 脳 損 傷 者 を 研 究
対 象 と し 、ス ト ル ー プ 検 査 に お け る 反 応 時 間 、正 答 率 を 従 属 変 数 、MRI に よ っ て 確 認 さ れ
た 脳 損 傷 領 野 を 説 明 変 数 と し て 重 回 帰 分 析 を 行 っ た 。 反 応 時 間 の 説 明 変 数 と し て は 右 帯状
22-22
第22章
回 お よ び 右 9 野 の 損 傷 の 説 明 率 が 有 意 と な っ た 。 誤 反 応 の 説 明 変 数 と し て は 前 頭 葉 外 側損
傷 の 説 明 率 が 有 意 と な っ た 。 右 前 頭 葉 外 側 損 傷 者 お よ び 右 帯 状 回 損 傷 者 は 誤 反 応 が 多 く、
反 応 時 間 も 遅 か っ た 。 左 前 頭 葉 損 傷 者 の 成 績 は 健 常 者 と 同 じ で あ っ た 。 ヴ ェ ン ド レ ー ルら
は こ の 結 果 を 次 の よ う に 解 釈 し て い る 。 一 般 に ス ト ル ー プ 検 査 は 前 頭 葉 損 傷 に よ っ て 障害
さ れ る と 考 え ら れ て い る が 、 実 際 は 右 前 頭 葉 外 側 部 の 損 傷 で の み 障 害 さ れ る 。 右 前 頭 葉外
側部は特定の活動に注意を向け、それを持続的に遂行することに関与している。
一 方 、 ス タ ス ら の 結 果 は 次 の ご と く で あ っ た 。 色 名 呼 称 自 体 に 障 害 を 示 し た 前 頭 葉 損傷
者 は 37 例 中 7 例 で あ っ た 。 左 背 外 側 部 損 傷 者 で 障 害 が 顕 著 で あ っ た 。 語 の 意 味 と イ ン ク
の 色 が 異 な る 不 一 致 条 件 で は 、 前 頭 葉 損 傷 者 全 体 と し て は 誤 反 応 増 大 よ り 反 応 時 間 遅 延が
顕 著 で あ っ た 。 前 頭 葉 上 内 側 部 ( 8 野 、 9 野 、 6 野 、 2 4 野 、 3 2 野 ) 、 特 に 右 6 野 の損
傷 者 で 誤 反 応 が 増 大 し た 。ス ト ル ー プ 検 査 で 全 く 障 害 を 示 さ な い 前 頭 葉 損 傷 者 も 存 在 し た 。
以 上 よ り 、 全 て の 前 頭 葉 損 傷 者 が ス ト ル ー プ 検 査 で 障 害 を 示 す の で は な く 、 右 前 頭 葉外
側部損傷との関連が深いと考えられる。
2.3.2.2
逆転学習
一 定 の 反 応 を 学 習 さ せ た 後 、 そ れ と は 逆 の 反 応 を 学 習 す る こ と を 「 逆 転 学 習 」 と い う。
2 刺 激 の 弁 別 課 題 で は 、例 え ば 赤 を 正 刺 激( 反 応 す る と 報 酬 が 得 ら れ る )、青 を 負 刺 激( 反
応 す る と 罰 が 与 え ら れ る ) と し て 原 学 習 が 訓 練 さ れ る 。 学 習 が 成 立 し た 後 、 青 を 正 刺 激、
赤 を 負 刺 激 と し て 再 度 訓 練 が 行 わ れ る 。 逆 転 学 習 の 障 害 は 行 動 抑 制 障 害 を 意 味 す る と 考え
られている 6 。ダウムらの報告では、種々の原因による前頭葉損傷者では視覚刺激弁別の
逆 転 学 習 が 障 害 さ れ て い た 。 も は や 正 刺 激 で は な い 刺 激 に 対 し て 高 い 頻 度 で 反 応 し 、 学習
基 準( 正 答 率 90%以 上 )の 達 成 が 遅 延 し 、あ る い は 基 準 に 到 達 し な か っ た 。原 学 習 は 正 常
で あ っ た 。 側 頭 葉 損 傷 者 は 逆 の パ タ ー ン を 示 し た 。 ロ ー ル ズ ら の 研 究 で は 、 他 の 領 野 の損
傷 者 に 比 べ て 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 は 逆 転 学 習 の 成 績 が 不 良 で あ っ た が 、 特 に 右 側 損 傷 者で
顕 著 で あ っ た 。 逆 転 学 習 の 障 害 程 度 は 衝 動 的 行 動 傾 向 や 社 会 的 不 適 応 行 動 傾 向 と 相 関 して
い た 。 他 の 研 究 者 の 報 告 で も 、 逆 転 学 習 障 害 は 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 で 認 め ら れ 、 前 頭 葉背
6
ロールズらは、以下の事実を基に、逆転学障害は行動抑制障害ではなく、新たな刺激→
反応連合形成の障害であると主張する。彼らは原学習および逆転学習における前頭葉ニュ
ーロンの活動を記録した。原学習時、正刺激である赤が提示されると活動が増大するニュ
ーロンがある。逆転学習時、このニューロンは活動しなくなる。そして新たな正刺激であ
る青に強く反応するニューロンが出現する。すなわち、原学習に関係するニューロンと逆
転学習に関係するニューロンとは異なっていた。
22-23
第22章
外側部損傷者では認められない。前頭側頭型認知症 7 患者でも逆転学習の障害が報告され
て い る 。 彼 ら は 逆 転 を 含 ま な い 刺 激 ― 反 応 連 合 の 形 成 に は 障 害 は な く 、 空 間 作 業 記 憶 課題
でも障害はなかった。
ホーラックらは通常の逆転学習より複雑な「確率逆転学習課題」を開発した。被験者は
二 つ の 抽 象 図 形 ( S + 、 S - ) の い ず れ か を 選 択 す る 。 一 方 は 有 利 な 刺 激 で 報 酬 ( 金 銭)
が 得 ら れ る 確 率 が 高 い 。 他 方 は 不 利 な 刺 激 で 報 酬 を 失 う 確 率 が 高 い 。 被 験 者 が 連 続 18 試
行 中 16 試 行 で 正 答 す る と 、そ の 後 10 試 行 で は 有 利 な 刺 激 と 不 利 な 刺 激 が 逆 転 す る 。実 験
は 100 試 行 で 終 了 で あ る か ら 逆 転 回 数 は 限 ら れ て い る( 健 常 者 で は 平 均 3.5 回 )の で 、成
績 の 良 否 は 逆 転 後 最 初 の 2 、 3 回 の 試 行 で 有 利 な 刺 激 と 不 利 な 刺 激 が 逆 転 し た 事 に 気 がつ
く か 否 か に 依 存 す る 。 両 側 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 は 成 績 不 良 で 全 て の 報 酬 を 失 っ た 。 前 頭葉
内 側( 8 野 お よ び 9 野 )損 傷 者 の 成 績 は 良 好 で あ っ た 。前 頭 葉 背 外 側 部 損 傷 者 の 成 績 は 様 々
で あ っ た 。 あ る 患 者 は 良 好 な 成 績 を 示 し 、 他 の 患 者 は 眼 窩 部 損 傷 者 と 同 程 度 の 障 害 を 示し
た 。 成 績 不 良 な 患 者 は フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 に 注 意 を 向 け る 必 要 が あ る こ と が 理 解 出 来 なか
っ た 。 眼 窩 部 損 傷 者 は フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 に 注 意 を 向 け る 必 要 が あ る こ と は 理 解 出 来 たが
課 題 を 適 切 に 遂 行 出 来 な か っ た 。 ホ ー ラ ッ ク ら の グ ル ー プ の そ の 後 の 研 究 に よ れ ば 、 一側
お よ び 両 側 眼 窩 部 損 傷 者 の 成 績 は 健 常 者 、背 外 側 部 損 傷 者 い ず れ と 比 較 し て も 不 良 で あ る 。
彼 ら は 報 酬 を 失 っ た 場 合 直 ぐ に S - か ら S + に 反 応 を 切 り 替 え る こ と が 出 来 ず 、 報 酬 を得
た場合はS+を選択し続けることが出来なかった。
2.3.2.3
Go/No-Go 課 題
特 定 の 刺 激 に 反 応 し 、 他 の 刺 激 に は 反 応 し な い Go/No-Go 課 題 は 行 動 抑 制 機 構 の 評 価 方
法 と し て よ く 用 い ら れ る 。1963 年 眼 窩 部 切 除 サ ル で は Go/No-Go 課 題 の 学 習 が 障 害 さ れ る
こ と が ブ ル ッ コ ス キ イ ら に よ っ て 報 告 さ れ た 。 類 似 の 所 見 は 他 の 研 究 者 に よ っ て も 報 告さ
れ 、 Go/No-Go 課 題 は サ ル の 行 動 抑 制 機 構 研 究 の 標 準 的 な 研 究 方 法 と な っ た 。 ヒ ト 前 頭 葉
損 傷 者 を 対 象 と し た 研 究 で も Go/No-Go 課 題 の 障 害 が 明 ら か に さ れ て い る 。 当 初 前 頭 前 野
下 方 の 損 傷 で 障 害 は 顕 著 で あ る と 考 え ら れ て い た が 、 そ の 後 の 研 究 で は 眼 窩 部 の 損 傷 が注
目されている。
な お 、 行 動 抑 制 機 構 評 価 方 法 と し て Go/No-Go 課 題 の 妥 当 性 に つ い て は い く つ か の 問 題
点 が 指 摘 さ れ て い る 。第 一 は No-Go 刺 激 に 対 す る 反 応 が 行 動 抑 制 機 能 低 下 に 起 因 す る の か
7
第16章参照。
22-24
第22章
行 動 保 続 傾 向 に 起 因 す る の か 十 分 弁 別 出 来 な い 点 で あ る 。 第 二 の 問 題 点 は 注 意 障 害 の 影響
で あ る 。 Go/No-Go 課 題 で は 通 常 Go 刺 激 の 頻 度 に 比 し て No-Go 刺 激 の 頻 度 が 低 い 。 そ こ
で No-Go を 正 確 に 検 知 出 来 な か っ た た め に No-Go 刺 激 に 反 応 し て し ま う 可 能 性 が あ る 。
これらの点について十分統制された研究は報告されていない。
2.3.2.4
その他の行動抑制課題
シャリスとバーゲスは、脳損傷者を対象として、次の二つの課題を行わせた。一つは文
章 を 読 み 聞 か せ て 、 そ の 最 後 に く る 語 を 推 定 さ せ る 課 題 ( 課 題 A ) で あ り 、 も う 一 つ は文
章 と は 関 係 の な い 語 を 答 え る 課 題 ( 課 題 B ) で あ っ た 。 課 題 A で は 、 前 頭 葉 損 傷 者 で 反応
時 間 が 有 意 に 遅 延 し た 。 課 題 B で は 、 前 頭 葉 損 傷 者 の 反 応 数 は 他 の 領 野 の 損 傷 者 よ り 有意
に 少 な く 、 ま た 与 え ら れ た 文 章 に 関 連 を 有 す る 語 を 有 意 に 多 数 答 え た 。 以 上 の 結 果 は 前頭
葉 損 傷 者 が 習 慣 的 な 反 応 を 十 分 抑 制 出 来 な い こ と を 示 し て い る 。 課 題 B を 適 切 に 遂 行 する
た め に は 、 実 験 室 内 を 見 回 し て そ こ に あ る 物 品 の 名 称 を 答 と す る な ど の 戦 略 を 採 る こ とが
有 効 で あ る 。と こ ろ が 、前 頭 葉 損 傷 者 で は こ の よ う な 有 効 な 戦 略 を 採 る こ と が 少 な か っ た 。
前 頭 葉 損 傷 者 は 問 題 の 解 決 に 有 効 な 戦 略 を 見 出 す こ と に 障 害 が あ り 、 結 果 と し て も は や有
効ではない習慣的な反応をしてしまうと考えられる。
前頭葉損傷者は露骨な感情表出を抑制出来ない。未知の他者に対し不自然な親しさを示
し 、 逆 に 知 人 や 隣 人 に 対 し て 極 め て 冷 淡 な 態 度 を 示 す 。 ま た 、 彼 ら は 怒 り の 表 出 を 抑 制出
来 な い こ と が 少 な く な い 。 怒 り の 表 出 は 相 手 に 強 い 影 響 を 及 ぼ し 対 人 関 係 を 損 な う 原 因と
な る 。 怒 り の 抑 制 障 害 は 二 つ に 分 け て 考 え ら れ て い る 。 一 つ は 欲 求 充 足 を 阻 止 す る あ るい
は 自 己 を 脅 か す 事 象 に 対 す る 衝 動 的 、 反 応 的 な 怒 り で あ る 。 他 の 一 つ は 意 図 的 な 特 定 の目
標 達 成 の た め の 手 段 と し て の 怒 り で あ る 。 前 頭 葉 眼 窩 部 あ る い は 前 頭 葉 腹 外 側 部 損 傷 者、
特に幼少時の損傷者は前者の抑制が障害される。後者の抑制障害は余り認められない。
これに関連して、次の研究が報告されている。ハーチカイネンらによれば前頭葉眼窩部
損 傷 者 は 課 題 に 関 係 の な い 情 動 刺 激 へ の 反 応 を 抑 制 出 来 な い 。 二 つ の 顔 お よ び 家 を 提 示し
て 、 ① 家 を 無 視 し て 顔 が 同 じ か ど う か 判 断 す る 、 ② 顔 を 無 視 し て 家 が 同 じ か ど う か を 判断
す る 、 の 二 つ の 課 題 を 遂 行 さ せ た 。 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 は 、 ① の 課 題 に お い て 、 怒 り や悲
し み な ど の 負 の 感 情 を 表 現 し た 顔 が 提 示 さ れ る 条 件 で 成 績 が 低 下 し た 。 右 も し く は 左 視野
に 提 示 さ れ た 三 角 形 が 上 向 き か 下 向 き か を 判 断 す る 課 題 遂 行 時 、 三 角 形 に 先 行 し て 負 また
は 正 の 表 情 ( 喜 び 、 笑 い ) の 顔 を 提 示 す る 実 験 も 行 わ れ た 。 健 常 者 で は 正 の 表 情 の 提 示に
22-25
第22章
よ り 反 応 時 間 が 短 縮 し 負 の 表 情 の 提 示 で は 反 応 時 間 が 延 長 し た 。 前 頭 葉 眼 窩 部 損 傷 者 では
こ の 傾 向 が よ り 顕 著 と な り 、 正 の 表 情 の 提 示 で は 反 応 時 間 が よ り 短 縮 し 負 の 表 情 の 提 示で
は反応時間がより延長した。
2.4
思考障害
2.4.1
概念形成
2.4.1.1
ウィスコンシン・カード分類検査
思 考 、 特 に 抽 象 的 思 考 は 最 も 高 次 の 知 的 機 能 と 考 え ら れ 、 古 く か ら 前 頭 葉 と の 関 係 が論
じ ら れ て き た 。 思 考 の 客 観 的 な 評 価 方 法 に 概 念 形 成 課 題 が あ る 。 こ れ は 1920 年 代 に 開 発
さ れ た ワ イ グ ル の 「 形 態 ・ 色 分 類 検 査 」 を 嚆 矢 と す る 。 こ れ は 色 と 形 の 異 な る 多 数 の 図形
を 色 も し く は 形 に よ っ て 分 類 す る 検 査 で あ る 。 マ ク フ ィ ー と パ ー シ ー は 左 大 脳 半 球 損 傷者
で 形 態 ・ 色 分 類 検 査 の 成 績 が 不 良 で あ る と 報 告 し た 。 一 方 デ ・ レ ン ジ ら は 失 語 の 有 無 がこ
の 検 査 の 成 績 を 左 右 す る と 報 告 し た 。 ヴ ィ ル キ ら は 前 頭 葉 損 傷 者 で 成 績 が 低 下 す る と 報告
している。
1948 年 ワ イ グ ル の 検 査 を 基 に グ ラ ン ト と バ ー ク に よ っ て 開 発 さ れ た 検 査 が ウ ィ ス コ ン
シ ン・カ ー ド 分 類 検 査( WCST、図 2 2 ― 5 )で あ る 。1963 年 ミ ル ナ ー は て ん か ん 治 療 な
ど の 理 由 で 前 頭 葉 切 除 を 受 け た 患 者 に WCST を 実 施 し た 。脳 後 方 損 傷 者 お よ び 眼 窩 部 損 傷
者 に 比 し て 、 右 左 い ず れ か の 前 頭 葉 背 外 側 部 損 傷 者 お よ び 前 頭 葉 内 側 部 損 傷 者 は 達 成 した
カ テ ゴ リ ー 数 が 少 な く 分 類 の 誤 り も 多 か っ た 。以 後 、WCST は 前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 思 考 障 害
の評価法として最もよく用いられる検査となった。
例 え ば 、エ ス リ ン ガ ー と グ ラ ッ テ ン は WCST お よ び 思 考 柔 軟 性 検 査 を 用 い て 思 考 の 柔 軟
性 に 及 ぼ す 脳 損 傷 の 影 響 を 検 討 し た 結 果 を 報 告 し て い る 。後 者 で は 、被 験 者 は あ る 物 品( 例
え ば 新 聞 紙 ) の 用 途 を 出 来 る だ け た く さ ん 列 挙 す る こ と を 求 め ら れ た 。 被 験 者 は 、 ① 前頭
葉 損 傷 者 、② 大 脳 基 底 核 損 傷 者 、③ 大 脳 皮 質 後 方 損 傷 者 、④ 健 常 者 、の 4 群 で あ る 。WCST
に お け る 保 続 の 誤 り は ① 群 お よ び ② 群 が ④ 群 よ り 有 意 に 多 く 、 ① 群 と ② 群 間 に 差 は な かっ
た 。 ③ 群 と ④ 群 間 に も 差 は な か っ た 。 思 考 柔 軟 性 検 査 で は 、 ① 群 の 列 挙 し た 用 途 数 は 他の
3 群 よ り 有 意 に 少 な か っ た 。 ② 群 の 成 績 は ③ 群 と の 差 は な い が 、 ④ 群 よ り 有 意 に 少 な かっ
た 。 ③ 群 と ④ 群 間 に 差 は な か っ た 。 反 応 の 総 数 で は 、 ① 群 と ④ 群 に 差 は な か っ た 。 し かし
① 群 で は そ の 多 く ( 80%以 上 ) は 不 適 切 な 反 応 で あ っ た 。 こ の 結 果 に つ い て 著 者 達 は 次 の
よ う に 考 察 し て い る 。 前 頭 葉 損 傷 者 と 大 脳 基 底 核 損 傷 者 は 同 程 度 の 思 考 柔 軟 性 の 障 害 を示
22-26
第22章
し た 。 こ れ は 思 考 柔 軟 性 に は 前 頭 葉 ー 大 脳 基 底 核 回 路 が 必 要 で あ る こ と を 示 唆 し て い る。
思 考 柔 軟 性 検 査 で は 、 物 品 の 名 称 を 具 体 的 な 物 品 か ら 切 り 離 し て 表 象 と し て 操 作 し 、 表象
の 水 準 で 概 念 の 意 味 的 変 換 を 行 い 、 物 品 の 機 能 を 再 定 義 す る こ と が 必 要 で あ る 。 前 頭 葉損
傷者ではこのような機能が障害されている。
WCST の 種 々 の 指 標 の う ち 前 頭 葉 損 傷 者 で 特 に 多 い の は 保 続 で あ る 。分 類 基 準 が 変 化 し
て も は や 有 効 で な く な っ て も 前 頭 葉 損 傷 者 は 古 い 分 類 基 準 に よ る 分 類 に 固 執 す る 傾 向 があ
る。
WCST は 前 頭 葉 の 背 外 側 部 お よ び 内 側 部 損 傷 に よ っ て 障 害 さ れ が 、眼 窩 部 損 傷 で は 障 害
さ れ な い 。 こ れ は 上 記 ミ ル ナ ー の 研 究 で 既 に 述 べ ら れ て い る が 、 そ の 後 の 研 究 で も ほ ぼ確
認されている。左右差については左前頭葉損傷でより成績が不良である。
こ の よ う に 、前 頭 葉 損 傷 と WCST 障 害 と の 関 連 は 密 接 で あ る が 、前 頭 葉 損 傷 者 で 特 に 成
績 低 下 が 顕 著 で あ る か 否 か に つ い て は 種 々 議 論 が あ る 。脳 損 傷 と WCST と 関 係 に つ い て は
多 数 の 研 究 報 告 が あ り 、脳 損 傷 に 伴 っ て WCST の 成 績 が 低 下 す る こ と 、そ れ は 思 考 柔 軟 性
欠 如 の 反 映 で あ る こ と に つ い て は 諸 家 の 見 解 は 一 致 し て い る 。 し か し 大 脳 前 方 損 傷 者 と大
脳 後 方 損 傷 者 で は 成 績 に 差 が な い と す る 報 告 も 少 な く な い 。WCST 障 害 が 前 頭 葉 損 傷 者 に
特異的所見であるとは言えない。
2.4.1.2
ヴィゴツキイ検査
ヴィゴツキー検査は本来児童の精神発達検査であるが、旧ソ連の研究者達により前頭葉
損 傷 の 影 響 を 受 け る こ と が 明 ら か に さ れ た 。 加 藤 ・ 鹿 島 ら は ヴ ィ ゴ ツ キ ー 検 査 を 用 い て前
頭 葉 損 傷 者 の 概 念 形 成 能 力 に つ い て 検 討 し た 。 カ ー ド 分 類 完 成 ま で に 必 要 な 手 掛 り 数 は前
頭 葉 損 傷 者 で 有 意 に 増 加 し て い た 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は 、 分 類 完 成 ま で の 過 程 に 質 的 に 異な
る 二 つ の タ イ プ が 認 め ら れ た 。 第 一 の タ イ プ は 、 分 類 が 具 体 的 概 念 に 停 滞 す る 「 保 続 型」
で あ る 。 複 数 の 分 類 基 準 を 同 時 に 適 用 出 来 ず 、 例 え ば 形 の み で 分 類 し よ う と す る た め 、分
類 完 成 が 遅 延 す る 。 第 二 の タ イ プ は 複 数 の 基 準 、 例 え ば 高 さ と 大 き さ の 組 合 せ 概 念 の 成立
が 遅 延 す る 「 概 念 形 成 障 害 型 」 で あ る 。 こ の タ イ プ で は 、 大 き さ と 高 さ の 概 念 は 早 期 に出
現 す る が 、 こ の 二 つ の 概 念 が な か な か 組 み 合 わ さ れ な い 。 加 藤 ら は ヴ ィ ゴ ツ キ イ ー 検 査を
実 施 し た 前 頭 葉 損 傷 者 に WCST も 実 施 し て い る 。 WCST に お い て 多 く の 保 続 性 誤 り を 示
し た 症 例 の 殆 ど は ヴ ィ ゴ ツ キ イ ー 検 査 で も 保 続 型 の 特 徴 を 示 し た 。し か し 、WCST 成 績 が
良 好 な 症 例 に お い て も ヴ ィ ゴ ツ キ イ ー 検 査 で は 成 績 不 良 が し ば し ば 認 め ら れ た 。す な わ ち 、
22-27
第22章
ヴ ィ ゴ ツ キ イ ー 検 査 に お け る 概 念 形 成 障 害 は 単 純 な 分 類 概 念 保 続 で は 説 明 出 来 な い 。 むし
ろ 、 新 し い 概 念 を 形 成 す る 能 力 の 障 害 を 反 映 し て い る と 考 え ら れ た 。 こ の 障 害 を 呈 す る症
例の損傷領野は9野、46野、10野に共通して認められた。
2.4.2
法則発見
前 頭 葉 損 傷 者 が 概 念 学 習 に お い て 示 す 障 害 、 す な わ ち 事 象 の 背 景 に あ る 法 則 性 を 見 出す
こ と の 障 害 は 他 の 課 題 に お い て も 認 め ら れ る 。 例 え ば 、 赤 い ト ー ク ン ( R) と 青 い ト ー ク
ン ( B) が 連 続 的 に ① RBRBRB、 ② RRBBRRBBRRBB、 ③ RBBRBB、 な ど の 順 序 で 提 示
さ れ 次 に 何 色 の ト ー ク ン が 提 示 さ れ る か を 予 測 す る 課 題 で 、 左 あ る い は 右 前 頭 葉 損 傷 者の
成 績 は 大 脳 後 方 損 傷 者 よ り 低 下 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 ま た 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 事 象を
支 配 す る 法 則 に つ い て 仮 説 を 立 て る こ と が 出 来 ず 、 入 手 し た 情 報 を 基 に 仮 説 の 妥 当 性 を検
証 す る こ と も 出 来 な い 。彼 ら は 仮 説 に 反 す る 情 報 が 提 示 さ れ て も 仮 説 を 放 棄 し な い 。WCST
で認められる保続の誤りがここでも認められる。
シャリスとバーゲスは「規則性発見課題」であるブリックストン検査における前頭葉の
役 割 に つ い て も 検 討 し て い る 。 こ れ は 次 の よ う な 検 査 で あ る 。 被 験 者 に は A 4 版 56 ペ ー
ジ の 小 冊 子 が 手 渡 さ れ る 。 小 冊 子 の 各 ペ ー ジ に は 10 個 の 小 円 が 描 か れ て お り 、 そ の う ち
の 一 つ が 赤 色 に 着 色 さ れ て い る 。 各 ペ ー ジ の 赤 円 の 位 置 は 異 な っ て い る が 、 あ る ペ ー ジの
位 置 と 次 の ペ ー ジ の 位 置 は 一 定 の 法 則 に 従 っ て 移 動 す る ( 例 え ば 1 ペ ー ジ 目 は 一 番 右 、次
の ペ ー ジ は 右 か ら 2 番 目 、 次 の ペ ー ジ は 右 か ら 3 番 目 、 な ど ) 。 規 則 は 9 種 類 あ り 、 課題
遂 行 中 に 予 告 な し に 変 更 さ れ る 。 被 験 者 の 課 題 は 、 ど の よ う な 規 則 に 従 っ て 赤 円 の 位 置が
移 動 し て い る か を 見 出 し 、 正 し い 位 置 を 小 冊 子 の 各 ペ ー ジ に 記 入 す る こ と で あ っ た 。 被験
者 は 健 常 者( N )20 名 、大 脳 半 球 後 方 損 傷 者 (P)24 名 、大 脳 半 球 前 方 損 傷 者 (A)40 名 、両
側 前 頭 葉 損 傷 者 ( BF) 13 名 で あ っ た 。 誤 反 応 は BF 群 で 最 も 多 く 、 次 い で A 群 で あ り 、
P群とN群間に差はなかった。誤反応は、
① タイプⅠ~保続、何らかの意味で以前の反応を繰り返す。
② タイプⅡ~誤った規則を適用して反応する。
③ タイプⅢ~課題の特性や被験者の作業成績からは予測出来ない誤り。
の 3 種 に 分 類 さ れ た 。タ イ プ Ⅲ は A 群 で P 群 よ り 有 意 に 多 か っ た 。こ れ は 、A 群 は 以 前 の
反 応 が 正 し か っ た か ど う か に 関 係 な く 次 の 反 応 を す る こ と 、 ま た 正 し い 規 則 を 見 つ け ても
簡 単 に そ れ を 破 棄 し て し ま う こ と 、 を 意 味 す る 。 潜 在 構 造 分 析 を 行 う と 、 ブ リ ッ ク ス トン
22-28
第22章
検 査 成 績 を 予 測 す る 変 数 と し て は 前 頭 葉 損 傷 が 最 も 有 力 な 変 数 で あ っ た 。 前 頭 葉 損 傷 者に
は 、 ① 以 前 の 反 応 の 結 果 を 次 の 反 応 の 制 御 に 生 か す こ と が 出 来 な い 、 ② 抽 象 的 な 表 象 の形
で 行 動 の 規 則 を 形 成 す る こ と が 出 来 な い 、 ③ 妥 当 で な い 仮 説 に 基 づ い て 行 動 し て し ま う、
などの特徴が認められた。
2.4.3
論理的判断
前 頭 葉 損 傷 者 は し ば し ば 論 理 的 判 断 に お い て 誤 る 。 例 え ば 「 日 本 の 人 口 は ど の 位 か 」、
「 成 人 の 平 均 身 長 は ど の 位 か 」な ど の 質 問 に「 100 万 人 」と か「 3m」な ど と 平 然 と 答 え る 。
特 に 右 前 頭 葉 損 傷 者 で 多 く 認 め ら れ る 。 こ れ は 認 知 症 の 症 状 と は 独 立 に 出 現 す る 。 長 期記
憶 か ら 適 切 な 情 報 を 想 起 し て 解 答 の 妥 当 性 を チ ェ ッ ク す る こ と な く 、 反 射 的 に 解 答 し てし
まう現象と考えられている。
ハ ー ス ト と ヴ ォ ル ペ は 学 習 実 験 に お い て 被 験 者 に 自 分 が ど の 程 度 の 成 績 が あ げ ら れ るか
を予想させた。健常者やコルサコフ症候群 8 患者に比して、前頭葉損傷者の予測は極めて
不正確であった。
ミラーは一つの図形を三分割して順次提示し図形が何かを判断させる実験を行った。健
常 者 や 側 頭 葉 損 傷 者 に 比 し て 、 右 前 頭 葉 損 傷 者 は 一 つ の 断 片 が 提 示 さ れ た だ け で す ぐ 回答
す る 傾 向 が 認 め ら れ た 。 従 っ て 前 頭 葉 損 傷 者 の 誤 り は 増 大 し た 。 ま た 語 頭 音 や 大 ま か な意
味 カ テ ゴ リ ー を 順 次 提 示 し て 語 を 推 定 さ せ る 課 題 で も 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 限 ら れ た 情 報 だけ
で回答する傾向が顕著であった。
こ の よ う な 論 理 的 判 断 の 誤 り が 衝 動 的 反 応 傾 向 に よ る も の か 、 リ ス ク 指 向 行 動 傾 向 の現
れ で あ る か を 検 討 す る た め 、 ミ ラ ー は 次 の 実 験 を 行 っ た 。 図 形 刺 激 お よ び 言 語 刺 激 を 同定
す る 課 題 で 、 手 掛 り と な る 情 報 を 次 第 に 増 加 さ せ る 系 列 と 減 少 さ せ る 系 列 を 設 定 し た 。増
加 系 列 で は 被 験 者 が 合 図 す る ま で 手 掛 り 数 を 増 大 さ せ る 。 減 少 系 列 は そ の 逆 で あ る 。 衝動
的 反 応 傾 向 が 強 い 場 合 、 い ず れ の 系 列 で も 手 掛 り が 提 示 さ れ る と す ぐ 反 応 す る と 予 想 され
る 。 リ ス ク 指 向 行 動 傾 向 が 強 い 場 合 、 増 加 系 列 で は 僅 か の 情 報 が 増 加 し た 段 階 で 反 応 し、
減 少 系 列 で は 多 く の 手 掛 り が 除 去 さ れ た 段 階 で 反 応 す る と 予 想 さ れ る 。 結 果 は 前 頭 葉 損傷
者の論理的判断の誤りは衝動的反応傾向に起因することが明らかとなった。
8
第11章参照。
22-29
第22章
2.4.4
比喩、ユーモア、抽象的意味の理解
前頭葉損傷者は語や文章の意味を文字通りしか理解出来ない。例えば「頭が痛い」は文
字 通 り 「 頭 痛 が す る 」 と い う 意 味 の 他 に 「 困 っ て い る 」 と か 「 悩 ん で い る 」 と い う 意 味が
あ る こ と が 理 解 出 来 な い 。 彼 ら は ユ ー モ ア や 冗 談 の 理 解 が 困 難 で あ る こ と も 多 く の 研 究者
に よ っ て 報 告 さ れ て い る 。 ピ ー ス ら は 、 3 名 の 前 頭 葉 損 傷 者 を 対 象 と し て 、 文 字 通 り の意
味 と 比 喩 的 あ る い は 抽 象 的 意 味 の 両 方 の 解 釈 が 可 能 な 文 章 を 読 ま せ 、 彼 ら が 文 章 を ど のよ
う に 理 解 す る か を 検 討 し た 。 健 常 統 制 群 と 比 較 す る と 、 前 頭 葉 損 傷 者 に は 以 下 の 特 徴 が認
め ら れ た 。 文 章 の 文 字 通 り の 意 味 の 理 解 で は 健 常 統 制 群 と の 間 に 差 は な か っ た 。 し か し、
抽 象 的 意 味 の 理 解 は 非 常 に 困 難 で あ っ た 。 患 者 自 身 も 抽 象 的 意 味 の 理 解 が 困 難 で あ る こと
を 自 覚 し て い た 。 そ れ は 本 質 と は 無 関 係 な 表 面 的 な 特 徴 を 無 視 す る こ と が 困 難 で あ る こと
に 起 因 し て い た 。 ピ ー ス ら は 、 こ の よ う な 文 章 の 抽 象 的 意 味 を 理 解 す る こ と は 日 常 生 活で
は 非 常 に 重 要 で あ り 、 そ れ が 出 来 な い 前 頭 葉 損 傷 者 は 言 語 の 実 際 的 運 用 に お い て も 障 害を
示すであろう、と考察している。
表22-2
脳 損 傷 者 の WAIS お よ び 流 動 性 知 能 検 査 成 績
WAIS
前頭葉損傷者
大脳後方損傷者
2.4.5
IQ
流 動 的 知 能 IQ
A .P .
130
108
C .J .E .
126
97
D .S .
126
88
S .A .
106
112
J .B .
97
85
T .T .
101
131
R .B .
105
96
J .D .
118
117
流動的知能
ダ ン カ ン ら は 、前 頭 葉 損 傷 者 に お け る WAIS の IQ と 流 動 的 知 能 の IQ を 比 較 し た 。「 流
動 的 知 能 」 は キ ャ ッ テ ル に よ っ て 導 入 さ れ た 概 念 で あ っ て 「 新 し い 事 態 に 適 応 を 可 能 とす
る よ う な 能 力 で あ り 、 過 去 の 経 験 に 基 づ く 知 識 や 技 能 が そ の ま ま で は 機 能 し な い 時 必 要と
さ れ る 知 能 」 と 定 義 さ れ る 。 ダ ン カ ン ら が 実 際 に 用 い た 課 題 は 、 ① 数 列 で 最 後 の 数 の 後に
22-30
第22章
く る 数 を 推 理 す る 、 ② 大 き さ 、 形 、 対 角 線 の 方 向 な ど が 異 な る 図 形 の 分 類 、 な ど 4 題 であ
る 。 対 象 者 は 前 頭 葉 損 傷 者 3 名 、 統 制 群 で あ る 大 脳 後 方 損 傷 者 5 名 で あ っ た 。 結 果 は 表2
1 - 2 の ご と く で あ っ た 。大 脳 後 方 損 傷 者 で は 、WAIS の IQ と 流 動 的 知 能 の IQ は ほ ぼ 対
応 す る が 、 前 頭 葉 損 傷 者 で は WAIS の IQ に 比 し て 流 動 的 知 能 の IQ は 大 き く 低 下 し て い
た 。 ダ ン カ ン ら は 、 流 動 的 知 能 は 知 能 の 「 一 般 因 子 g 」 に 対 応 す る こ と 、 ま た g は 前 頭葉
の機能と考えられること、を意味すると考察している。
2.5
遂行機能と神経伝達物質
ドーパミンが前頭葉の神経伝達物質として重要であることは第19章で述べた。マクド
ウ ェ ル ら は 、24 例 の 頭 部 外 傷 者 を 対 象 と し て 、ド ー パ ミ ン の ア ゴ ニ ス ト で あ る ブ ロ モ ク リ
プ チ ン の 投 与 が 遂 行 機 能 に ど の よ う な 影 響 を 及 ぼ す か を 検 討 し た 。 用 い ら れ た 課 題 は 、①
二 重 課 題 ( 視 覚 刺 激 に 出 来 る だ け 速 く 反 応 す る 、 同 時 に 一 桁 の 数 を 数 え る か 実 験 者 か ら与
え ら れ た 数 字 を 復 唱 す る ) 、 ② ス ト ル ー プ 課 題 ( 四 角 形 の 色 名 を 答 え る か 色 イ ン ク で 書か
れ た 文 字 の 色 名 を 答 え る )、③ 空 間 遅 延 反 応 課 題( CRT 画 面 上 に 提 示 さ れ た 点 の 位 置 を 一
定 の 遅 延 時 間 の 後 に 答 え る ) 、 ④ WCST、 ⑤ 記 憶 の 範 囲 ( 数 字 の 復 唱 ) 、 ⑥ ト ラ イ ル ・ メ
イ キ ン グ 検 査 、 ⑦ 語 流 暢 性 課 題 ( 特 定 の 文 字 で 始 ま る 語 を 出 来 る だ け 多 数 列 挙 す る ) であ
る。統制課題として6列に並んだ文字列のEとCを消す課題が実施された。
ブ ロ モ ク リ プ チ ン 投 与 後 、 遂 行 機 能 課 題 と 考 え ら れ る ① 、 ② 、 ④ 、 ⑥ 、 ⑦ で は 成 績 が有
意 に 改 善 し た 。平 均 改 善 率 は 25%以 上 で あ っ た 。情 報 を 保 持 す る だ け の 課 題 で あ る ⑤ で は
有意な変化は認められなかった。統制課題でも有意な変化は認められなかった。
以 上 の 結 果 に つ い て 、 マ ク ド ウ ェ ル は 次 の よ う に 考 察 し た 。 ド ー パ ミ ン の ア ゴ ニ ス トで
あ る ブ ロ モ ク リ プ チ ン は 遂 行 機 能 課 題 の 成 績 を 改 善 し た 。 他 方 、 遂 行 機 能 を 余 り 必 要 とし
な い 課 題 の 成 績 は 変 化 し な か っ た 。 こ れ は ブ ロ モ ク リ プ チ ン の 投 与 に よ っ て 前 頭 葉 の 活動
性 が 高 ま っ た こ と に よ る 。 お そ ら く は ブ ロ モ ク リ プ チ ン が 前 頭 葉 の D2 受 容 体 に 結 合 し 、
その活動性を高めたと考えられる。
以 上 の 検 討 か ら 明 か な ご と く 、前 頭 葉 損 傷 に よ っ て 遂 行 機 能 の 種 々 の 側 面 が 障 害 さ れ る 。
し か し 、 こ れ ら の 遂 行 機 能 障 害 の 発 症 機 序 、 責 任 病 巣 の 詳 細 は 不 明 な 点 が 多 い 。 近 年 、交
通 事 故 な ど に よ る 頭 部 外 傷 例 で 顕 著 な 遂 行 機 能 障 害 を 呈 す る 症 例 、 特 に 若 年 齢 の 症 例 が増
加 し て お り 、 そ の 治 療 や リ ハ ビ リ テ ー シ ョ ン は 緊 急 の 社 会 的 課 題 と な り つ つ あ る 。 前 頭葉
22-31
第22章
損傷に伴う遂行機能障害の研究は神経心理学の最重要な研究課題の一つである。
3.機能画像解析研究からの知見
3.1
計画立案
3.1.1
ロンドン塔検査
モ リ ス ら は ロ ン ド ン 塔 検 査 遂 行 時 の 局 所 脳 血 流 量( rCBF)の 変 化 を SPECT に よ り 測 定
し た 。 統 制 条 件 に 比 し て 有 意 な rCBF の 増 加 を 示 し た 領 野 は 、 ① 前 頭 前 野 ( 主 と し て 前 頭
葉 前 内 側 を 含 む 背 外 側 前 頭 前 野 )、② 上 前 頭 葉( 運 動 野 前 方 の 前 頭 前 野 お よ び 内 側 前 頭 葉 )、
③ 中 心 回 、 ④ 頭 頂 葉 、 ⑤ 上 側 頭 葉 、 ⑥ 下 頭 頂 葉 / 後 頭 葉 で あ っ た 。 ボ ー ル の 移 動 回 数 と左
前 頭 葉 の rCBF の 間 に は 有 意 な 負 の 相 関 、 思 考 時 間 と 左 前 頭 葉 の rCBF の 間 に は 有 意 な 正
の 相 関 、 課 題 遂 行 時 間 と 左 右 前 頭 葉 の rCBF の 間 に は 有 意 な 負 の 相 関 、 が 認 め ら れ た 。
ダ ガ ー ら は ロ ン ド ン 塔 検 査 遂 行 中 の rCBF の 変 化 を PET に よ り 測 定 し た 。 検 査 遂 行 中
に rCBF が 増 加 し た 領 野 は 、 左 大 脳 半 球 で は 、 第 一 次 運 動 野 ( 4 野 ) 、 外 側 前 運 動 野 ( 6
野)、前島回、上および下頭頂葉(7野、40野)、後頭葉および小脳であった。右大脳
半 球 で は 、 第 一 次 運 動 野 を 除 く 左 大 脳 半 球 と 同 じ 領 野 の rCBF が 増 加 し た ほ か 、 前 補 足 運
動野、前頭葉背外側部(9野、9/46野)、前帯状回(32野)、前頭葉腹外側部(4
7野)、前頭弁蓋部(44野)、前頭極(10野)、上前頭回(8野)の活動性が増大し
た 。 両 側 の 前 頭 葉 内 側 ( 8 野 、 9 野 、 1 0 野 ) 、 側 頭 葉 、 右 第 一 次 運 動 野 で は rCBF が 有
意 に 減 少 し た 。課 題 が 困 難 に な る に 伴 い rCBF が 増 大 し た 領 野 は 、両 側 前 帯 状 回( 2 4 野 、
32野)、外側前運動野(6野)、内側前頭回(8野)、前頭葉背外側部(9野、9/4
6野)であった。左大脳半球では、前被殻、上および下頭頂葉(7野、40野)、右大脳
半 球 で は 、尾 状 核 、前 頭 極( 1 0 野 )、前 頭 葉 腹 外 側 部( 4 7 野 )、前 頭 弁 蓋 部( 4 4 野 )
で 課 題 が 困 難 に な る に つ れ て rCBF が 増 大 し た 。 左 補 足 運 動 野 、 右 側 頭 葉 、 海 馬 、 小 脳 で
は 難 易 度 の 高 い 課 題 で rCBF が 減 少 し た 。 課 題 遂 行 時 の ボ ー ル の 移 動 回 数 と rCBF の 相 関
が 有 意 で あ っ た 領 野 は 、左 大 脳 半 球 で は 第 一 次 運 動 野 、前 被 殻 、外 側 運 動 野 、下 前 頭 回( 4
4野)、視覚野(17野、18野)、下頭頂葉(40野)、帯状回であり、右大脳半球で
は、補足運動野、外側前運動野、下頭頂葉、帯状回、であった。以上の結果についてダガ
ー ら は 次 の よ う に 論 じ て い る 。 前 頭 葉 背 外 側 部 の rCBF 増 大 は こ の 領 野 が 計 画 立 案 に 関 係
することを示している。この領野の活動性増大は課題困難度と相関していたが、頭頂葉の
22-32
第22章
活動性は課題困難度と相関していなかった。これは立案すべき計画の複雑さが前頭葉の活
動性に影響することを示唆している。
バ ー カ ー ら も ロ ン ド ン 塔 検 査 遂 行 中 の 脳 活 動 性 を PET に よ り 測 定 し た 。統 制 条 件 に 比 し
て 活 動 性 が 増 大 し た 領 野 お よ び 活 動 性 が 低 下 し た 領 野 は 表 2 2 - 3 、 表 2 2 - 4 に 示 すご
と く で あ っ た 。 ま た 、 課 題 の 困 難 度 が 増 す に つ れ て 、 島 回 、 前 頭 葉 眼 窩 部 、 前 頭 前 野 の活
動 性 が 増 大 し た 。 バ ー カ ー ら は こ の 結 果 に つ い て 次 の よ う に 考 察 し て い る 。 前 頭 葉 背 外側
部 の 活 動 性 増 大 は 空 間 作 業 記 憶 負 荷 に 関 連 す る 。 前 頭 前 野 前 方 の 活 動 性 増 大 は 計 画 立 案に
関 連 す る 。 頭 頂 葉 の 活 動 性 増 大 は 空 間 表 象 と 空 間 注 意 に 関 連 す る 。 前 運 動 野 、 前 島 回 、前
頭 葉 弁 蓋 部 の 活 動 性 増 大 は 運 動 表 象 の 形 成 に 関 連 す る 。 前 帯 状 回 の 活 動 性 増 大 は 遅 延 空間
反 応 図 式 の 形 成 に 関 連 す る 。 課 題 の 困 難 度 の 変 化 に 伴 う 活 動 性 の 増 大 は 、 困 難 な 課 題 では
中間段階の表象がより多く必要となることの表れである。
3.1.2
二重課題
バッドレィが彼の作業記憶学説の論拠とした事実は、同時に二つの課題を遂行しても一
方の課題のみを単独で遂行しても作業成績が低下しないことであった。この二重課題は作
業記憶における中央実行系(図21-2)の役割の研究方法としてしばしば用いられる。
ケ ッ ク リ ン ら は 、 遅 延 反 応 課 題 な ら び に 二 重 課 題 遂 行 時 の 脳 活 動 性 を fMRI に よ っ て 測 定
した。二重課題遂行時、両側の前頭葉背外側後方(9野)、中前頭回(8野)、前中心回
(4野)、下頭頂葉(40野)の活動性が増大した。これらの領野は二つの課題間の注意
資源の配分に関与していると考えられた。一方、遅延反応課題では特に活動性増大を示し
た領野は認められなかった。提示された刺激の種類によって遂行する課題が二重課題ある
いは遅延課題になる実験条件(分岐課題)では、両側の前頭極と前頭前野(10野)の活
動性が増大した。この領野は遅延課題あるいは二重課題の一方を単独で遂行する条件では
活動性増大を示さなかった。ケックリンらはこの結果を次のように考察した。前頭極およ
び前頭前野は、連続的な過程よりなる目標達成課題において、一時的に現在の作業を中断
して下位目標を達成する場合、新しい環境に反応する場合、さらに推測を行う場合に機能
し、計画立案と推理を含む一連の行動に関与している。
22-33
第22章
表22-3
領野
左/右
ロンドン塔検査遂行時脳活動性が増大した領野
ブロードマン
タライラックの座標
の領野
x
y
z
Z 値
前外側前頭前野
右
10
28
54
-4
3.63
背外側前頭前野
左
9
- 42
26
32
3.57
右
9
36
32
4.71
左
6
- 30
-4
60
7.79
右
6
22
0
60
7.62
右
32
4
12
44
3.29
右
32
12
20
28
3.66
左
24
l6
14
24
4.38
前島皮質
右
45
30
18
4
2.57
上頭頂皮質
左
7/5
- 28
- 46
60
3.98
右
40/5
下頭頂皮質
左
40
- 30
内側頭頂皮質
左
7
- 14
(前楔部)
右
19/7
右
19
前運動野
前帯状皮質
外側後頭葉
左
18/19
右
18/19
視床
右
小脳半球
左
28
34
- 40
56
2.96
- 44
32
5.52
-66
44
11.11
26
- 68
36
7.92
28
- 80
17
7.71
-26
0
8.69
-84
0
6.48
-6
8
2.87
- 17
-66
- 12
7.91
0
- 58
-17
7.12
28
2
小脳虫部
- 82
Z 値 3.09 以 上 は 0.1% 水 準 で 有 意
22-34
第22章
表22-4
領野
左/右
ロンドン塔検査遂行時脳活動性が減少した領野
ブロードマン
タライラックの座標
x
の領野
感覚運動皮質
- 12
y
- 28
Z 値
z
64
2.64
左
4
右
4
左
8
右
8
左
8
- 20
38
40
5.82
下前頭皮質
左
45
- 40
28
8
3.23
背内側前頭前野
左
6
- 10
22
60
4.45
左
8
- 10
40
44
5.27
左
9
- 14
52
28
6.14
左
10
6
58
20
5.73
前帯状皮質
左
24
-8
26
-4
後帯状皮質
右
31/24
2
17
40
6.88
左
23/31
-2
-60
20
4.10
左
22
- 52
- 56
17
5.67
左
22
-42
4
8.66
右
41
46
-26
12
9.87
左
21
- 52
-28
-8
4.72
上前頭皮質
上側頭回
中側頭回
12
- 18
20
- 24
64
3.03
34
48
5.94
32
- 14
48
4.37
6.79
Z 値 3.09 以 上 は 0.1% 水 準 で 有 意
3.2
意思決定
3.2.1
意思決定と不確定性
意思決定とは複数の選択肢がある状況でそのいずれかを選択する過程である。様々な状
況 に お け る 意 思 決 定 課 題 遂 行 時 の 脳 活 動 性 が 機 能 画 像 解 析 を 用 い て 検 討 さ れ て い る 。 その
結 果 前 頭 葉 が 意 思 決 定 に 関 与 す る こ と は 多 く の 研 究 者 に よ っ て 確 認 さ れ て い る が 、 前 頭葉
内 に お け る 機 能 局 在 に つ い て は 二 つ の 異 な る 知 見 が 報 告 さ れ て い る 。 一 つ は 前 頭 葉 背 外側
部 を 重 視 す る 見 解 で あ り 、 他 の 一 つ は 前 頭 葉 眼 窩 部 を 重 視 す る 見 解 で あ る 。 ま ず 、 前 者を
支 持 す る 研 究 と し て へ カ リ ン ら の 研 究 を 紹 介 す る 。 彼 ら は 視 覚 刺 激 を 同 定 す る 意 思 決 定過
22-35
第22章
程 ( 顔 の 人 物 同 定 な ど ) に お け る 脳 活 動 性 を fMRI に よ り 評 価 し た 。 図 2 2 - 7 に 示 す ご
と く 左 前 頭 葉 背 外 側 部 の 上 前 頭 溝 (SFS)周 辺 領 野 の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。
図22-7
図22-8
意 思 決 定 に 関 与 す る 脳 領 野 (ヘ リ カ ン ら )
意思決定課題遂行時に活性化される脳領野(ヒュッテル)
Amyg: 扁 桃 体 、 LOFC:前 頭 葉 眼 窩 部
22-36
第22章
一方、ヒュッテルは特定の行動を選択した場合の結果が予測可能な状況と予測不可能な
状 況 に お け る 脳 活 動 性 を fMRI に よ り 記 録 し た 。 そ の 結 果 、 予 測 不 可 能 な 状 況 で は 前 頭 葉
眼窩部および扁桃体で活性化が認められたと報告している(図22-8)。
複 数 の 選 択 肢 が あ る 場 合 で も 、 そ れ ぞ れ の 選 択 肢 を 選 択 し た な ら ど の よ う な 結 果 が 得ら
れ る か 明 確 で あ れ ば 意 思 決 定 は そ れ ほ ど 困 難 で は な い 。 現 実 の 生 活 で は あ る 選 択 肢 を 選ん
だ 結 果 が ど う な る か 正 確 に 予 測 出 来 な い 。 そ の た め 意 思 決 定 が 非 常 に 困 難 と な る 。 上 記の
へ カ リ ン ら の 結 果 と ヒ ュ ッ テ ル の 結 果 の 違 い は 行 動 選 択 の 結 果 が 不 確 定 で あ る か 否 か の違
い の 反 映 と も 考 え ら れ る 。 ヘ リ カ ン ら の 実 験 で は 、 意 志 決 定 の 結 果 は 予 測 可 能 で あ り 、ヒ
ュ ッ テ ル の 実 験 で は 予 測 不 可 能 で あ る 。 前 者 に は 前 頭 葉 背 外 側 部 が 、 後 者 に は 眼 窩 部 が関
与 し て い る 可 能 性 が あ る 。 こ の 仮 説 を 支 持 す る 研 究 が 報 告 さ れ て い る 。 ス ミ ス ら の 研 究で
は 、 A 、 B 二 つ の 箱 か ら く じ を 引 く こ と が 被 験 者 の 課 題 で あ る 。 A か ら く じ を 引 く と 10
ド ル 貰 え る 。 B か ら く じ を 引 く と 赤 い ボ ー ル が 出 れ ば 20 ド ル 貰 え る が 、 赤 い ボ ー ル を 引
く と 何 も 貰 え な い 。B に は 90 個 の ボ ー ル が 入 っ て お り 、そ の う ち 50 個 は 赤 で あ る 。A か
ら く じ を 引 く 条 件 で は 前 頭 葉 背 外 側 部 の 活 動 性 が 増 大 し た 。 B か ら く じ を 引 く 条 件 で は前
頭 葉 眼 窩 部 お よ び 頭 頂 間 溝 の 活 動 性 が 増 大 し た 。 一 方 、 不 確 定 な 状 況 に お け る 意 思 決 定課
題 遂 行 時 に は 前 頭 葉 尾 側 が 活 性 化 し 眼 窩 部 を 含 む 腹 内 側 部 の 活 動 性 は 低 下 す る と の 報 告も
あ る 。 結 果 の 不 確 実 性 に よ っ て 意 思 決 定 に 関 与 す る 前 頭 葉 領 野 が 機 能 分 化 し て い る 可 能性
があるが、詳細は未確定である。
3.2.2
道徳、倫理
道 徳 や 倫 理 に 特 に 深 く 関 与 す る 脳 領 野 は 存 在 す る か 。 か つ て ク ラ イ ス ト は 「 良 心 の 座」
を 前 頭 葉 に 位 置 づ け た 。 こ の 見 解 は 「 脳 神 話 」 の 典 型 で あ る と 酷 評 さ れ た 。 最 近 「 良 心の
座 」 を 具 体 的 に 決 定 し よ う と す る 研 究 が な さ れ て い る 。 「 ト ロ ッ コ の ジ レ ン マ 」 と 呼 ばれ
る 課 題 が あ る 。 ト ロ ッ コ が 暴 走 し て い る 。 こ の ま ま 走 り 続 け る と 5 人 の 人 々 が ト ロ ッ コに
轢 か れ て 死 ぬ 。 5 人 の 生 命 を 救 う た め に は ト ロ ッ コ が 走 っ て い る 線 路 の ポ イ ン ト を 切 り替
え る 以 外 に 方 法 は な い 。 し か し ポ イ ン ト を 切 り 替 え る と ト ロ ッ コ は 転 覆 し 、 ト ロ ッ コ の運
転 手 は 死 ぬ 。 被 験 者 の 課 題 は ト ロ ッ コ の ポ イ ン ト を 切 り 替 え る べ き か 否 か を 判 断 す る こと
で あ る 。 グ リ ー ン ら の 研 究 に よ れ ば 、 こ の よ う な 道 徳 的 ジ レ ン マ 課 題 遂 行 時 に は 前 頭 葉内
側および後傍帯状回が活性化される。
「 人 は パ ン の み に 生 き る に 非 ら ず 」 と 言 わ れ る 。 ヒ ト は 自 己 の 利 益 を 最 大 化 す る こ との
22-37
第22章
み に 関 心 が あ る 訳 で は な い 。 同 時 に 他 者 の 利 益 に も あ る 程 度 の 配 慮 を し て い る 。 い わ ゆる
利 他 的 行 動 あ る い は 自 己 犠 牲 行 動 に 関 連 す る 脳 領 野 を 求 め て モ ル ら は 次 の よ う な 実 験 を行
っ た 。被 験 者 は 実 験 者 か ら 128 ド ル を 与 え ら れ 、架 空 の 団 体 と の 共 同 作 業 を 行 う こ と を 求
め ら れ る 。 作 業 の 内 容 は 各 試 行 に お い て 団 体 か ら ① 被 験 者 の み が 利 益 を 得 る 、 ② 団 体 だけ
が 利 益 を 得 る 、③ 被 験 者 は 損 を し て 団 体 だ け が 利 益 を 得 る( 被 験 者 が 団 体 に 寄 付 を す る )、
④ 被 験 者 も 団 体 も 利 益 を 得 る 、 の 4 条 件 の い ず れ か が 提 案 さ れ 、 被 験 者 は 条 件 を 受 け 入れ
る か ど う か を そ の 都 度 判 断 す る 。 各 試 行 時 の 脳 活 動 性 が fMRI に よ り 測 定 さ れ た 。 利 益 を
得 る 提 案 、 損 を す る 提 案 い ず れ の 場 合 で も 内 側 辺 縁 系 の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 被 験者
が ③ の 自 分 は 損 、 相 手 だ け が 利 益 を 得 る 提 案 を 受 け 入 れ た 場 合 、 前 頭 極 の 活 動 性 増 大 が顕
著 に 認 め ら れ た 。著 者 ら は 前 頭 極 が 自 己 犠 牲 行 動 に 関 連 し た 領 野 で あ ろ う と 推 測 し て い る 。
道 徳 判 断 を 巡 っ て 古 く か ら な さ れ て い る 議 論 に 「 道 徳 判 断 は 理 性 的 に な さ れ る の か 、そ
れ と も 一 種 の 感 情 的 反 応 な の か 」 が あ る 。 モ ル ら の 総 説 に よ れ ば 、 道 徳 判 断 に は 理 性 と感
情 の い ず れ も が 関 与 し て い る 。理 性 的 判 断 に 関 与 す る の は 前 頭 葉 お よ び 側 頭 葉 領 野 で あ る 。
前 頭 葉 で は 特 に 前 頭 葉 背 外 側 部 、 眼 窩 部 外 側 部 が 利 他 的 な 道 徳 判 断 に 深 く 関 与 し て い る。
側 頭 葉 領 野 で は 上 側 頭 回 が 道 徳 に 関 わ る 知 識 の 獲 得 と 保 持 に 関 与 し て い る 。 感 情 的 道 徳判
断 に は 大 脳 辺 縁 系 が 関 与 し て い る 。 大 脳 辺 縁 系 は 道 徳 判 断 に 関 わ る 動 機 づ け に 関 与 し てい
ると考えられる。
3.2.3
経済行動に関わる意思決定
経済学では、ヒトは最大の利得を上げるために常に理性的な判断により行動すると仮定
さ れ て い る 。 具 体 的 に は 、 ヒ ト の 行 動 は そ の 有 用 性 を 最 大 に す る 原 理 に 則 っ て 決 定 さ れる
と 仮 定 す る 。 あ る 事 態 に お い て 可 能 な 行 動 の 選 択 肢 の 各 々 に つ い て そ の 価 値 と 確 率 を 掛け
合 わ せ 、そ の 積 と し て 得 ら れ る「 期 待 効 用 度( EU)」( 期 待 値 )が 最 大 と な る 選 択 肢 を 選
択 す る こ と を 基 本 仮 定 と し て 、 経 済 学 理 論 は 構 築 さ れ て い る 。 し か し な が ら 、 ヒ ト は 実際
に は EUを 最 大 と す る 行 動 を 必 ず 選 択 す る と は 限 ら な い 。例 え ば 勝 て ば 2 万 円 5 千 円 貰 え 、
負 け れ ば 2 万 円 失 う ギ ャ ン ブ ル・ゲ ー ム が あ り 、勝 つ( 負 け る )確 率 は 50%で あ る と す る 。
EUか ら 考 え れ ば こ の ゲ ー ム に 参 加 す る 方 が 得 で あ る こ と は 明 ら か で あ る 。し か し 全 て の ヒ
ト が 参 加 す る と は 限 ら な い 。 む し ろ 多 く の ヒ ト は こ の ゲ ー ム に 参 加 し な い 。 何 故 か 。 多く
の ヒ ト は 獲 得 す る 価 値 の 多 寡 よ り も 失 う 価 値 の 多 寡 を 重 視 し 、 な る べ く 損 失 を 小 さ く しよ
う と す る 「 損 失 回 避 」 の 原 理 に 基 づ い て 行 動 す る か ら で あ る 。 宝 く じ は 大 変 人 気 が あ る。
22-38
第22章
多 く の ヒ ト は 生 命 保 険 に 加 入 し て い る 。こ れ ら の 行 動 は EUだ け で は 説 明 出 来 な い 。宝 く じ
の 賞 金 総 額 よ り 宝 く じ 購 入 金 額 の 総 額 が 多 額 で あ る か ら 宝 く じ が 発 売 さ れ る の で あ る 。生
命 保 険 会 社 が 存 立 し て い る こ と は 、 支 払 わ れ る こ と が 期 待 さ れ る 保 険 金 総 額 よ り 多 い 金額
が 保 険 料 と し て 納 入 さ れ て い る こ と を 意 味 す る 。 ヒ ト は 一 般 に 得 す る 場 合 に は 不 確 定 性を
嫌 い 9 、損 す る 場 合 に は 不 確 定 性 を 好 む 10 。と こ ろ が 、可 能 性 や 価 値 が 低 い 場 合 に は こ の 関
係 が 逆 転 す る 。そ こ で 、確 率 は 低 い が 当 た る か も 知 れ な い 3 億 円 を 夢 見 て 宝 く じ を 購 入 し 、
可 能 性 は 低 い が ガ ン で 死 亡 し て 家 族 が 路 頭 に 迷 う こ と を 恐 れ て 生 命 保 険 に 加 入 す る 。 この
ように、実際のヒトの行動は経済学の仮定とは必ずしも一致しない。
元 来 実 験 心 理 学 者 で あ っ た D・カ ー ネ マ ン は 経 済 学 の 基 本 仮 定 に 反 す る 種 々 の 事 実 を 実
験 的 に 明 ら か に し た 。例 え ば「 最 後 通 牒 ゲ ー ム 」と い う 課 題 が あ る 。こ れ は 一 定 の 金 額( 例
え ば 1 万 円 )を 二 人 で 分 け 合 う ゲ ー ム で あ る 。二 人 の 一 方 が「 提 案 者 」と な り 、他 方 は「 回
答 者 」 と な る 。 「 提 案 者 」 は 1 万 円 を ど う 分 け る か 、 つ ま り お 互 い の 取 り 分 を い く ら にす
る か を 1 回 だ け 提 案 す る こ と が 出 来 る 。「 回 答 者 」は そ の 提 案 に 対 し て「 YES」か「 NO」
を 答 え る 。回 答 が「 YES」な ら 取 引 は 成 立 し 提 案 通 り の 金 額 を 各 自 が 受 け 取 る こ と が 出 来 、
「 NO」な ら 1 万 円 は 没 収 さ れ 二 人 と も 何 も 得 ら れ な い 。提 案 に「 NO」と 回 答 す れ ば 何 も
得 ら れ な い の で 、 回 答 者 は ど ん な に 不 利 な 提 案 で も 「 YES」 と 回 答 す べ き で あ る 。 し か し
実 際 に は 不 利 な 提 案 に 対 し て は 多 く の ヒ ト は 「 NO」 と 回 答 す る 。 約 20%の 分 配 し か 得 ら
れ な い 提 案 に は 殆 ど の 被 験 者 が 「 NO」 と 回 答 す る こ と が 明 か に さ れ て い る 。
このような実験的研究結果を踏まえ、カーネマンはヒトの経済活動に関わる意思決定の
機 序 を 実 験 的 に 研 究 す る 分 野 と し て 「 行 動 経 済 学 」 を 提 唱 し 、 経 済 行 動 に 関 わ る 意 思 決定
モ デ ル で あ る プ ロ ス ペ ク ト 理 論 11 を 提 案 し た 12 。 最 近 こ の 行 動 経 済 学 を さ ら に 発 展 さ せ 、
A.80%の 確 率 で 1 万 円 得 ら れ る 、 B.確 実 に 5 千 円 得 ら れ る 、 の い ず れ を 選 択 す る か を 問
う と 多 く の ヒ ト は B.を 選 ぶ 。
10
C.80%の 確 率 で 1 万 円 失 う 、D.確 実 に 5 千 円 失 う 、の い ず れ を 選 択 す る か を 問 う と 多 く
の ヒ ト は C.を 選 ぶ 。
9
11
プロスペクト理論によれば、選択対象はなんらかの参照点からの変化分(利得/損失)
に よ っ て 評 価 さ れ( 参 照 点 依 存 )、こ の 評 価 は 選 択 対 象 の 提 示 形 式・方 法( フ レ ー ミ ン グ )
に も 影 響 さ れ る 。 さ ら に 同 額 の 利 得 に 比 較 し て 損 失 の 方 が よ り 強 く 評 価 さ れ る 傾 向 ( 損失
回 避 ) が あ る 。 利 得 / 損 失 に 対 す る 評 価 の 感 応 度 は 高 額 に な る に つ れ て 逓 減 す る ( 感 応度
逓 減 ) 。 ま た 、 選 択 対 象 に 対 す る 主 観 的 確 率 は 客 観 的 な 生 起 確 率 で は な く 、 生 起 確 率 の上
下 限 ( 0 と 1) に 対 す る 感 応 度 逓 減 を 伴 う 非 線 形 評 価 関 数 と し て 定 式 化 さ れ る 。
22-39
第22章
経 済 行 動 に 関 与 す る 神 経 機 構 を 解 明 し よ う と す る 「 神 経 経 済 学 」 と い う 研 究 分 野 が 開 拓さ
れ た 。 例 え ば サ ン フ ェ イ ら は 上 述 の 最 後 通 牒 ゲ ー ム を 用 い て 次 の 研 究 を 行 っ た 。 被 験 者は
最 後 通 牒 ゲ ー ム に 参 加 す る の で あ る が 、 提 案 者 は ヒ ト も し く は コ ン ピ ュ ー タ で あ る と 教示
さ れ た 。 被 験 者 は 自 分 に 不 利 な 提 案 が な さ れ た 場 合 、 コ ン ピ ュ ー タ か ら の 提 案 よ り ヒ トか
ら の 提 案 を 受 け 入 れ る 傾 向 を 示 し た 。 前 島 回 の 活 動 性 の 大 き さ は 提 案 を 受 け 入 れ る 割 合と
相 関 し て い た 。不 利 な 提 案 を 受 け 入 れ た 場 合 右 前 頭 葉 背 外 側 部( DLPFC)の 活 動 性 は 島 回
より大であった。不利な提案を拒否した場合は逆に島回の活動が大であった。
ノ ッ チ ら は 、 最 後 通 牒 ゲ ー ム に お け る 、 経 頭 蓋 磁 気 刺 激 ( rTMS) の 課 題 遂 行 へ の 影 響
を 検 討 し た 。右 前 頭 葉 背 外 側 部( DLPFC)に rTMS を 受 け た 被 験 者 は 左 DLPFC に rTMS
を 受 け た 被 験 者 や rTMS を 受 け な か っ た 被 験 者 よ り 不 利 な 提 案 を 受 け 入 れ る 傾 向 が 大 で あ
った。
モレッチらは前頭葉腹内側部損傷者を対象として最後通牒ゲームを実施した。提案者が
ヒトの場合、不公平な提案を受け入れる割合が健常者と比較して減少していた。この減少
は提案が将来の抽象的利得である場合にのみ認められ、直近の金銭的利得の場合には認め
られなかった。コンピュータが提案者の場合、前頭葉腹内側部損傷者の行動は健常者と同
様であった。著者らは、前頭葉腹内側部は報酬の評価と対人関係に関わる意思決定のいず
れにも関与している、と考察している。
3.3
行動制御
3.3.1
行動発現、行動選択
エ ル フ グ レ ン と リ ス バ ー グ は 種 々 の 流 暢 性 課 題 遂 行 時 の 局 所 脳 血 流 量( rCBF)の 変 化 を
SPECT に よ り 測 定 し た 。 被 験 者 の 課 題 は 、 ① 数 唱 ~ 1 か ら 順 に 数 唱 す る 、 ② 言 語 流 暢 性
課 題 (VFT)、③ 図 形 模 写 、④ 図 形 流 暢 性 課 題 (DFT)で あ っ た 。数 唱 で は 右 大 脳 半 球 の rCBF
増 大 の 程 度 は 左 大 脳 半 球 よ り 有 意 に 大 で あ っ た 。 数 唱 お よ び VFT に 比 べ て 、 右 大 脳 半 球
の rCBF は 模 写 お よ び DFT に お い て 有 意 に 増 大 し た 。数 唱 に 比 し て VFT で rCBF 増 大 が
認 め ら れ た 領 野 は 左 前 頭 葉 背 外 側 部( 4 5 野 、4 6 野 、4 7 野 、4 4 野 の 一 部 )で あ っ た 。
こ の 変 化 は 左 眼 窩 部 か ら 右 前 頭 葉 表 面 に ま で 及 ん で い た 。図 形 模 写 に 比 べ 、DFT で は 両 側
前 頭 葉 背 外 側 部 ( 4 5 野 、 4 6 野 、 4 7 野 ) 、 左 4 4 野 の 一 部 、 眼 窩 部 ( 左 1 0 野 、 11
野 、右 1 1 野 )、右 前 頭 葉 表 面( 9 野 の 一 部 )に お よ ぶ rCBF 増 大 が 認 め ら れ た 。VFT 遂
12
こ の 功 績 に よ り 、 2002 年 カ ー ネ マ ン に ノ ー ベ ル 経 済 学 賞 が 授 与 さ れ た 。
22-40
第22章
行時に言語的手掛りを利用した被験者では左前頭葉背外側部の活動性が増大していた。
DFT 遂 行 時 に 視 覚 的 手 掛 り を 利 用 し た 被 験 者 で は 両 側 前 頭 葉 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。
言 語 的 手 掛 り 、 視 覚 的 手 掛 り を 両 方 と も 利 用 し た 被 験 者 で は 、 両 側 前 頭 葉 背 外 側 部 か ら眼
窩 部 前 方 、 上 前 頭 回 に お よ ぶ 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 以 上 の 結 果 は 、 外 的 手 掛 り に よら
な い 内 的 要 因 に よ る 行 動 制 御 に は 前 頭 葉 背 外 側 部 が 関 与 し て い る こ と 、 課 題 遂 行 時 の 戦略
によって関与する前頭葉の領野が異なること、を示唆している。
類似の結果はシャリスらのグループによっても報告されている。彼らは前頭葉の機能を
「監督システム」という概念によって説明する。監督システムは目標を達成するためにど
のような行動戦略を選択するかに関与する。彼らは、①語再生、②提示された刺激の方向
に 操 作 桿 を 傾 け る 、 の 二 つ の 課 題 の 同 時 遂 行 を 被 験 者 に 課 し た 。 脳 活 動 性 は fMRI に よ り
測定された。②の課題遂行時、刺激の提示位置が予測出来る条件に比して予測出来ない条
件では左前頭葉背外側部の活動性が増大した。これは状況に応じた行動戦略の選択に左前
頭葉背外側部が関与することを意味する。また、監督システムは既定の「固定手順」では
なく新たな「非固定手順」を採用することに関与する。その例として語再生課題遂行時の
脳 活 動 性 に 関 す る 知 見 が あ る 。PET に よ る 撮 像 の 5 分 前 、被 験 者 に 五 つ の 意 味 範 疇( 果 物 、
野 菜 、な ど )に 含 ま れ る 五 つ の 語 が 提 示 さ れ た 。PET 撮 像 時 、被 験 者 は 、① 語 の 自 由 再 生 、
②意味範疇が提示されそれに対応する語の再生、の二つの課題を遂行した。②に比して①
で右前頭葉背外側部の活動性が増大した。著者らはこの結果を次のように解釈した。②の
課題ではどの語を再生するかは予め指定されており、言わば固定手順で再生可能である。
①ではどの語を再生するか被験者自身が決定する必要がありこれは非固定手順である。右
前頭葉背外側部の活動性増大はこの違いの反映である。
行 動 選 択 に は 前 頭 葉 眼 窩 部 が 関 与 し て い る こ と を 示 す 研 究 結 果 が オ ッ ド ハ ー テ ィ ら によ
っ て 報 告 さ れ て い る 。 行 動 A を 選 択 す る と 70%の 確 率 で 報 酬 が 得 ら れ 30%の 確 率 で 罰 が
与 え ら れ る 。 行 動 B を 選 択 す る と 30%の 確 率 で 報 酬 が 得 ら れ 70%の 確 率 で 罰 が 与 え ら れ
る 。 た だ し 実 験 途 中 で こ の 確 率 は 予 告 な し に 逆 に な る 。 従 っ て 被 験 者 は 試 行 毎 に A、 B い
ず れ か を 選 択 す る 必 要 が あ る 。 被 験 者 の 選 択 肢 は 二 つ 、 同 じ 行 動 を 継 続 す る か 行 動 を 替え
る か で あ る 。 fMRI に よ る 解 析 の 結 果 、 以 下 の 事 実 が 明 ら か に な っ た 。 直 前 の 行 動 の 結 果
に 関 係 な く 同 じ 行 動 を 継 続 し た 試 行 で は 前 外 側 眼 窩 部 の 活 性 化 が 認 め ら れ た 。 罰 が 与 えら
れ た 後 行 動 を 替 え た 試 行 で は 後 外 側 眼 窩 部 の 活 性 化 が 認 め ら れ た 。 眼 窩 部 の 異 な る 領 野が
行 動 の 持 続 と 切 り 替 え の そ れ ぞ れ に 関 与 し て い る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た 。 ア ラ ナ ら は 次 の研
22-41
第22章
究 結 果 を 報 告 し て い る 。 美 味 し い 料 理 が た く さ ん 書 か れ て い る レ ス ト ラ ン の メ ニ ュ ー を被
験 者 に 読 み 聞 か せ る 。 条 件 1 で は 被 験 者 は 聞 く だ け で あ る 。 条 件 2 で は ど の 料 理 を 注 文す
る か を 答 え る 。 扁 桃 体 は い ず れ の 条 件 で も 活 性 化 を 示 し た が 、 前 頭 葉 眼 窩 部 は 条 件 2 でよ
り 活 性 化 し た 。 扁 桃 体 は 刺 激 の 報 酬 価 の 評 価 に 関 与 し て い る が 、 前 頭 葉 眼 窩 部 は そ の 評価
に基づく行動選択に関与している。
3.3.2
行動抑制
3.3.2.1
ストループ検査
ロバーツとホールはストループ課題遂行時の脳活動性に関する研究の総説を発表してい
る 。 結 果 は 図 2 2 - 9 の ご と く で あ る 。 最 も 多 く の 研 究 で 活 性 化 が 認 め ら れ て い る 領 野は
左 下 前 頭 回 で あ り 、40 件 の 実 験 中 9 件 で 活 性 化 が 認 め ら れ た 。9 件 中 7 件 の 課 題 は 色 彩 ・
語 ス ト ル ー プ 課 題 で あ っ た 。 他 の 2 件 は 位 置 ・ 語 ス ト ル ー プ 課 題 13 で あ っ た 。 次 に 多 く の
研 究 で 活 性 化 が 報 告 さ れ て い る 領 野 は 右 下 前 頭 回 、 前 帯 状 回 、 左 上 頭 頂 葉 、 右 下 頭 頂 葉、
左 前 島 回 、 右 前 島 回 で あ っ た 。 色 彩 ・ 語 ス ト ル ー プ 課 題 と 聴 覚 ス ト ル ー プ 課 題 14 の 活 性 化
領 野 を 比 較 す る と 、 い ず れ の 課 題 で も 左 下 前 頭 回 が 活 性 化 さ れ る が 、 聴 覚 ス ト ル ー プ 課題
で 活 性 化 が よ り 大 で あ っ た 。ま た 上 側 頭 溝 領 野 は 聴 覚 ス ト ル ー プ 課 題 で の み 活 性 化 さ れ た 。
色彩・語ストループ課題で活性化が大であった領野は右下前頭回であった。
マクドナルドらはストループ課題において課題の指示が与えられる時期と反応時期を分
け て 脳 活 動 性 を 測 定 し た 。 課 題 指 示 時 に お け る 前 頭 葉 背 外 側 部 の 活 動 性 増 大 は 語 反 応 課題
よ り 色 彩 反 応 課 題 に お い て 大 で あ り 、 一 致 課 題 と 不 一 致 課 題 で は 差 が な か っ た 。 よ り 内側
の 帯 状 回 領 野 の 活 動 性 は 課 題 指 示 時 で は 条 件 差 は 認 め ら れ な い が 、 反 応 時 で は 一 致 課 題よ
り 不 一 致 課 題 で 増 大 し た 。 課 題 指 示 時 で 背 外 側 部 の 活 動 性 が 高 い 被 験 者 で は ス ト ル ー プ効
果 は 小 さ か っ た 。 以 上 の 結 果 は 、 背 外 側 部 は 課 題 目 標 の 設 定 と 維 持 に 関 係 し 、 帯 状 回 は刺
激/反応間の葛藤の検出と解消に関係すると解釈された。
13
「 上 」も し く は「 下 」の 語 が 画 面 の 上 も し く は 下 に 提 示 さ れ 、被 験 者 は 語 の 提 示 位 置 を
答える。
14
「 高 い 」も し く は「 低 い 」の 音 声 言 語 刺 激 が 高 音 も し く は 低 音 で 提 示 さ れ 被 験 者 は 声 の
高さを答える。
22-42
第22章
図22-9
ストループ課題遂行時活性化される脳領野
All tasks: 全 課 題 、 Color-word Stroop: 色 彩 ・ 語 ス ト ル ー プ 課 題
Other conflict tasks: 他 の コ ン フ リ ク ト 課 題
left inferior frontal gyrus: 左 下 前 頭 回 、 right inferior frontal gyrus: 右 下 前 頭 回 、
anterior cingulated gyrus: 前 帯 状 回 、 superior parietal lobe: 左 上 頭 頂 葉 、
inferior parietal lobe: 右 下 頭 頂 葉 、 insula cortex: 島 回
22-43
第22章
ヤハンシャヒらは、8人の健常者を対象として、乱数発生に及ぼす前頭葉背外側部の磁
気刺激の影響を検討した。乱数発生時の磁気刺激は同じ数列を繰りかえす傾向を減少させ
たが、他の乱数の指標には影響を及ぼさなかった。乱数発生課題遂行時に左大脳背外側部
を磁気刺激すると、一つずつ数える傾向が増加し、二つずつ数える傾向が減少した。これ
は右前頭葉背外側部の刺激や前頭葉内側の磁気刺激では認めらなかった。この結果は、過
去の経験によって獲得された習慣的行動の抑制には左前頭葉外側部が関与していることを
意味する、と解釈された。
この他、①判断や推論課題において自分の信念や価値観とは異なる結論を出さなければ
ならない状況、②対象に対するこれまでの評価を破棄して新しい評価をしなければならな
い状況、などで前頭葉の眼窩部や腹外側部の活動性が増大することが報告されている。
3.3.2.2
逆転学習
ナ ガ ハ マ ら に よ る fMRIを 用 い た 検 討 で は 、逆 転 学 習 時 前 頭 葉 腹 側 部 の 活 性 化 が 認 め ら れ
た 。 ド ー テ ィ ら に よ る 検 討 で は 、 前 頭 葉 腹 側 眼 窩 部 、 前 頭 葉 内 側 部 、 腹 側 被 蓋 の 活 性 化が
認 め ら れ た 。 ク リ ン ゲ ル バ ッ ク と ロ ー ル ズ は 確 率 逆 転 学 習 15 課 題 遂 行 時 の 脳 活 動 性 を 記 録
し た 。 当 初 の 学 習 時 に 比 し て 逆 転 学 習 時 に は 眼 窩 部 の 活 性 化 が 認 め ら れ た が 、 同 時 に 前帯
状回/傍帯状回の活性化も認められた。
3.3.2.3
Go/No-Go 課 題
特 定 の 刺 激 に は 反 応 し 他 の 刺 激 に は 反 応 し な い Go/No-go 課 題 は 反 応 抑 制 機 構 の 実 験 手
続 き と し て 最 も 広 く 用 い ら れ て い る 。 シ モ ン ズ ら は Go/No-Go 課 題 に お け る 脳 活 性 化 の 機
能 画 像 解 析 研 究 11 件 を 対 象 に メ タ 解 析 を 行 い 、 結 果 を 図 2 2 - 1 0 の ご と く 要 約 し てい
る 。 多 く の 研 究 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 領 野 は 前 頭 葉 内 側 部 吻 側 ( 運 動 前 野 ) 、 右 前頭
葉 ( 9 野 、 1 0 野 、 4 0 野 ) 、 両 側 後 頭 葉 ( 1 9 野 、 3 7 野 ) 、 両 側 被 殻 、 両 側 島 回 であ
った。
コ ニ シ ら は 、 反 応 抑 制 に 関 与 す る 神 経 機 構 を 明 ら か に す る た め 、 Go/No-Go 課 題 遂 行 時
に お け る 脳 活 動 性 を fMRI に よ り 検 討 し た 。被 験 者 は CRT 画 面 上 に 緑 の 矩 形 が 提 示 さ れ た
ら 出 来 る だ け 速 く 反 応 し( Go)、赤 い 矩 形 の 場 合 は 反 応 し な い よ う( No-Go)教 示 さ れ た 。
fMRI は 刺 激 提 示 開 始 時 を ゼ ロ 時 点 と し て 撮 像 し 、 刺 激 提 示 か ら 5~ 9sec.以 内 で 活 動 性 の
15
正刺激と負刺激が一定の確率で逆転する課題。
22-44
第22章
変 化 が 0.5%水 準 で 有 意 に な っ た 場 合 、活 動 性 が 変 化 し た と 判 断 し た 。Go/No-Go 条 件 で 活
動 性 増 大 を 示 し た 領 野 は 右 下 前 頭 溝 後 方 領 野 で あ っ た 。 活 動 性 増 大 は 刺 激 提 示 5sec.後 に
認められた。左下前頭溝後方領野でも活動性増大が認められたが、右ほどではなかった。
コ ニ シ ら は 次 の よ う に 考 察 し て い る 。 Go/No-Go 課 題 に お け る fMRI の 変 化 は 反 応 の 抑 制
機構の表れである。この反応抑制機構には下前頭葉が関与し、かつ右大脳半球が優位であ
る。
図22-10
Go/No-Go 課 題 で 活 性 化 す る 脳 領 野 ( 濃 い グ レ イ )
上:矢状断、中:前額断、下:水平断
数字はタライラックの脳図譜の X 軸(上)、Y 軸(中)、Z 軸(下)
3.3.4 行動結果の評価、行動のフィードバック制御
二十世紀初頭、世界で最初に知能検査を開発したビネーは知能の働きとしてフィードバ
ッ ク 機 能 を 重 視 し た 。 ビ ネ ー は 、 計 画 を 立 案 し て 実 行 し た 結 果 を 評 価 し 、 も し 所 定 の 結果
が 得 ら れ な か っ た 場 合 に は よ り 有 効 な 計 画 へ と 変 更 す る こ と が 知 能 の 重 要 な 働 き で あ ると
し た 。 ラ ビ ッ ト も 遂 行 機 能 の 重 要 な 側 面 と し て フ ィ ー ド バ ッ ク を あ げ て い る 。 フ ィ ー ドバ
ックは以下の諸過程から成り立つ。
1)行動結果の予測~行うべき行動が刺激により直接的に規定されている状況あるいは
選 択 し う る 行 動 が 一 つ し か な い 状 況 で は 行 動 結 果 を 予 測 す る こ と は 余 り 意 味 が な い 。 しか
し 、 現 実 の 生 活 場 面 で は 、 刺 激 と 行 動 と の 対 応 関 係 は 一 義 的 で は な く 、 選 択 可 能 な 行 動は
多 数 あ る 。 我 々 は あ る 行 動 が ど の よ う な 結 果 を も た ら す か を 予 測 し て 、 あ る い は 希 望 する
22-45
第22章
結果が得られることを期待してある一つの行動を選択する。
2 )結 果 の 評 価 ~ 行 動 に よ り 予 測 通 り の 結 果 が 得 ら れ た か ど う か を 評 価 す る 過 程 で あ る 。
もし、予測通りの結果が得られない場合にはその原因を明らかにしなければならない。
3)行動の制御~所定の結果が得られた場合はその行動を続ければよい。所定の結果が
得られない場合は別の行動を選択しなければならない。
3.3.4.1
結果の予測
行 動 結 果 の 予 測 に は 前 頭 葉 が 深 く 関 与 し て い る 。 例 え ば オ ッ ド ハ ー テ ィ ら は 次 の 実 験結
果 を 報 告 し て い る 。 あ る 視 覚 刺 激 が 提 示 さ れ 、 一 定 時 間 後 、 快 報 酬 ( グ ル コ ー ス ) 、 中性
報 酬 ( 蒸 留 水 ) 、 不 快 報 酬 ( 食 塩 水 ) の い ず れ か が 提 示 さ れ る 。 被 験 者 は 視 覚 刺 激 の 種類
に よ っ て ど の 報 酬 が 与 え ら れ る か 予 測 可 能 で あ る 。 図 2 2 - 1 1 は 快 報 酬 が 予 測 さ れ る条
件 で の 活 動 か ら 不 快 報 酬 が 期 待 さ れ る 条 件 で の 活 動 を 減 じ た 結 果 で あ る 。 快 報 酬 が 予 測さ
れ る 条 件 に お け る 前 外 側 眼 窩 部 の 活 性 化 が 認 め ら れ た 。 快 報 酬 あ る い は 不 快 報 酬 の 予 測に
おいて前外側眼窩部が活性化することは他の研究者によっても報告されている。
図22-11
3.3.4.2
前頭葉眼窩部の報酬期待反応
結果の評価
エ リ オ ッ ト ら は 行 動 結 果 の 評 価 に 関 与 す る 神 経 機 能 を PET に よ り 解 析 し た 。被 験 者 の 課
題 は ロ ン ド ン 塔 検 査 で あ り 、 二 つ の 課 題 が 課 さ れ た 。 計 画 課 題 で は 、 通 常 の 方 法 に よ り検
査 が 実 施 さ れ 、 被 験 者 は 六 つ の キ イ か ら 正 解 を 選 ん で 反 応 す る 。 推 測 課 題 で は 、 被 験 者は
三 つ の キ イ か ら 正 解 を 選 ぶ が 、 ど の キ イ が 正 解 と な る か は 全 く ラ ン ダ ム に 決 定 さ れ る こと
が 強 調 さ れ た 。各 課 題 は 、① 被 験 者 の 反 応 は 全 て 正 解 と 表 示 さ れ る 、② 被 験 者 の 反 応 の 80%
が 誤 り 、 20%が 正 解 と 表 示 さ れ る 、 ③ 「 し ば ら く お 待 ち 下 さ い 」 と 表 示 さ れ る だ け で 反 応
の 正 誤 は 表 示 さ れ な い 、 の 三 つ の フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 提 示 条 件 で 実 施 さ れ た 。 脳 活 動 性の
22-46
第22章
指 標 と し て PET に よ り 脳 血 流 量 が 測 定 さ れ た 。 推 測 課 題 に 比 較 し て 計 画 課 題 で は 、 両 側
後 頭 葉( 1 9 野 )、両 側 楔 部( 1 7 野 )、両 側 前 運 動 野( 6 野 )、両 側 眼 窩 部( 4 7 野 )、
右 島 回 前 方 ( 4 5 野 ) 、 右 視 床 、 右 被 殻 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ 、 両 側 側 頭 葉 内 側 ( 21
野 ) 、 右 中 心 後 回 ( 4 野 ) 、 上 お よ び 下 前 頭 回 で は 活 動 性 減 少 が 認 め ら れ た 。 フ ィ ー ドバ
ッ ク 情 報 の な い 条 件 に 比 較 し て フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 の あ る 条 件 で は 、 両 側 尾 状 核 内 側 、右
上 側 頭 葉 、 左 上 側 頭 葉 内 側 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 「 反 応 が 誤 り 」 と フ ィ ー ド バ ック
さ れ る 条 件 に 比 較 し て 「 反 応 が 正 解 」 と フ ィ ー ド バ ッ ク さ れ る 条 件 で は 、 右 紡 錘 状 回 、左
後 中 心 回 、 視 床 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 計 画 課 題 で フ ィ ー ド バ ッ ク 時 に 活 動 性 が 増大
し た の は 、 左 後 頭 葉 、 左 中 心 前 回 で あ っ た 。 推 測 課 題 で フ ィ ー ド バ ッ ク 時 に 活 動 性 が 増大
したのは、前頭葉腹内側眼窩部、左下前頭回、尾状核内側、であった。
以 上 の 結 果 は 、 課 題 遂 行 結 果 の フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 の 評 価 に は 尾 状 核 内 側 と 前 頭 葉 眼窩
部 が 関 与 し て い る 、 と 解 釈 さ れ た 。 前 頭 葉 眼 窩 部 は 計 画 課 題 よ り も 推 測 課 題 で 活 動 性 が増
大 し た 。 こ れ は 一 見 不 可 解 な 結 果 に 見 え る 。 し か し 、 計 画 条 件 で は 、 被 験 者 は 自 分 が 正解
か 否 か を あ る 程 度 予 想 出 来 る の で 、フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 は そ れ ほ ど 重 要 で は な い 。従 っ て 、
前 頭 葉 眼 窩 部 の 活 動 性 も 増 大 し な か っ た の で あ ろ う 、 と 考 察 さ れ た 。 エ リ オ ッ ト ら は 、前
頭葉眼窩部は「反応→結果」の監視に関係している、と結論している。
ある行動を選択した時、予測と異なる結果になったら脳で何が起こるか。フィックらは
次の実験を行った。被験者の課題は次の四つの条件での両手の共応動作であった
条件1~両手で同じ動作をする(例、握る)。自分の動作が直接見える。
条 件 2 ~ 両 手 で 別 の 動 作 を す る( 片 手 は 開 き 、片 手 は 握 る )。自 分 の 動 作 が 直 接 見 え る 。
条 件 3 ~ 両 手 で 同 じ 動 作 を す る( 例 、握 る )。鏡 を 介 し て 左 右 逆 転 し た 鏡 映 像 が 見 え る 。
条件4~両手で別の動作をする(片手は開き、片手は握る)。鏡を介して左右逆転した
鏡映像が見える。
そ れ ぞ れ の 条 件 に お け る 脳 の 活 動 性 が PET に よ り 測 定 さ れ た 。 両 手 で 異 な る 動 作 を す る
条 件 で は 、両 側 の 前 頭 葉 背 外 側 部( DLPFC、9 / 4 6 野 )、外 側 下 後 頭 頂 葉( PPC、4 0
野 ) 、 左 小 脳 の 活 動 性 が 増 大 し た 。 鏡 映 像 が 見 え る 条 件 で は 、 右 上 後 頭 頂 葉 ( 7 野 ) 、右
DLPFC の 活 動 性 が 増 大 し た 。 鏡 映 像 条 件 で は 右 大 脳 半 球 の 活 動 性 が 大 で あ っ た 。 次 に 右
側 に 提 示 さ れ た 左 手 の 鏡 映 像 を 見 な が ら 条 件 1 、 2 の 動 作 を 行 う と 、 右 DLPFC の 活 動 性
の み が 有 意 に 増 大 し た 。 上 の 4 つ の 条 件 と 同 じ 運 動 を 受 動 的 に さ せ た 場 合 、 両 手 の 運 動が
異 な る 条 件 で 、 右 前 頭 前 野 ( 4 4 野 、 4 5 野 ) の み で 有 意 な 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。能
22-47
第22章
動 的 動 作 条 件 と 受 動 的 動 作 条 件 を 比 較 す る と 、 前 者 で は 上 前 頭 溝 上 方 の 9 / 4 6 野 を 含む
右 DLPFC の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ 、 後 者 で は 前 頭 葉 の 下 腹 側 部 ( 4 4 野 、 4 5 野 ) の 活
動性増大が認められた。
以 上 の 結 果 に つ い て 、 フ ィ ン ク ら は 次 の よ う に 考 察 し て い る 。 鏡 映 像 を 見 な が ら 動 作す
る 条 件 で 右 PPC、右 DLPFC の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た の は 課 題 遂 行 に 注 意 を 集 中 し た こ
と に よ る 。 ま た 、 右 DLPFC は 運 動 の 自 己 受 容 感 覚 と 視 覚 に ず れ が あ り 、 監 視 要 請 が 増 大
し た 場 合 、 あ る い は 受 動 的 動 作 条 件 の よ う に 意 図 と 動 作 と の ず れ が あ る 条 件 で 活 動 性 が増
大 す る 。 す な わ ち 、 種 々 の フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 間 に ず れ が あ り 管 理 的 介 入 が 必 要 な 時 、前
頭葉は機能する。
行った反応が正しければそのまま同じ反応を続ければよいが、反応が誤りであれば反応
の 仕 方 を 変 え る 必 要 が あ る 。 フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 の 中 で も エ ラ ー の 検 出 は 行 動 制 御 に おい
て 重 要 な 役 割 を 有 す る 。 fMRI を 用 い た 検 討 で は 、 エ ラ ー 検 出 時 、 前 頭 葉 内 側 部 お よ び 前
部 帯 状 回 の 活 動 性 が 増 大 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。事 象 関 連 電 位( ERP)を 用 い た 検 討
で は 、 エ ラ ー 検 出 時 前 頭 葉 に 大 き な 電 位 変 動 が 生 じ る こ と 、 ま た 前 頭 葉 損 傷 者 で は こ の電
位 変 動 が 低 下 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 こ の ERP エ ラ ー 検 出 電 位 の 発 生 源 は 帯 状 回 と
す る 説 が 有 力 で あ る 。 他 方 、 帯 状 回 は 行 動 結 果 の 予 測 値 と 実 際 の 結 果 が 一 致 し な い コ ンフ
リ ク ト 事 態( 多 く の 場 反 応 は 誤 り で あ る )で も 活 動 性 が 増 大 す る こ と が 知 ら れ て い る 。ERP
エラー検出電位が真にエラー検出の指標であるか、コンフリクト事態の指標であるかは
種々議論があり、結論は出ていない。
3.3.4.3
行動の制御
WCST で は 、各 試 行 に お け る カ ー ド 分 類 の 正 誤 が 被 験 者 に 伝 え ら れ 、被 験 者 は こ の フ ィ
ー ド バ ッ ク 情 報 に 基 づ い て 次 の カ ー ド を 分 類 す る 。バ ー マ ン ら は WCST 遂 行 中 の rCBF の
変 化 を PET に よ り 測 定 し た 。 WCST 遂 行 時 、 左 前 頭 葉 背 外 側 部 、 特 に 下 前 頭 葉 ( 9 野 、
4 6 野 )の 活 動 性 が 大 き く 増 大 し た 。両 側 下 頭 頂 葉( 4 0 野 、7 野 の 一 部 )、左 後 頭 葉( 1
8 野 、 1 9 野 ) で も 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 左 前 頭 極 、 両 側 体 性 感 覚 野 、 左 被 殻 、 左上
側 頭 葉 で は 活 動 性 が 減 少 し た 。WCST を 繰 り 返 し て 遂 行 さ せ た 場 合 、両 側 の 下 前 頭 回 の 活
動 性 は 不 変 、 右 下 頭 頂 葉 の 活 動 性 は 増 大 し た 。 新 た に 活 動 性 の 増 大 が 認 め ら れ た 領 野 は左
上 前 頭 回 で あ り 、 右 上 前 頭 回 の 活 動 性 は 減 少 し た 。 左 中 前 頭 回 と 被 殻 の 活 動 性 は 2 回 目の
WCST で 一 回 目 よ り 増 大 し た 。 著 者 達 は 、 フ ィ ー ド バ ッ ク 情 報 に 基 づ く WCST の 遂 行 に
22-48
第22章
は 両 側 前 頭 葉 外 側 部 が 関 与 し 、 そ れ に 最 も 関 係 し て い る 生 理 的 過 程 は 作 業 記 憶 で あ る 、と
結論している。
3.4
思考
3.4.1
予測
エ リ オ ッ ト ら は ト ラ ン プ ・ ゲ ー ム に お け る 予 測 の 神 経 機 構 を fMRI に よ り 検 討 し た 。 被
験 者 の 課 題 は 、① 予 測 課 題 ~ 裏 返 し て あ る ト ラ ン プ の 次 の カ ー ド の 組 が ス ペ ー ド 、ハ ー ト 、
ク ラ ブ 、 ダ イ ア の ど れ か ( 困 難 課 題 ) 、 も し く は 何 色 か ( 容 易 課 題 ) を 推 測 し て キ イ によ
り 反 応 す る 、 ② 報 告 課 題 ~ 提 示 さ れ た ト ラ ン プ の 組 も し く は カ ー ド の 種 類 を キ イ 押 し によ
り 報 告 す る 、 の 二 つ で あ る 。 予 測 課 題 で 活 動 性 が 増 大 し た 領 野 は 、 両 側 の 前 頭 葉 背 外 側部
( 9 / 4 6 野 ) 、 下 前 頭 回 ( 4 7 野 ) 、 下 頭 頂 葉 ( 4 0 野 ) 、 右 前 頭 眼 窩 部 ( 1 1 野 、2
5 野 ) 、 右 内 側 頭 頂 葉 ( 4 0 野 ) 、 右 視 床 背 内 側 核 、 左 小 脳 、 で あ っ た 。 報 告 課 題 で 活動
性 が 増 大 し た 領 野 は 、 両 側 海 馬 回 ( 3 6 野 ) 、 左 上 側 頭 葉 ( 3 8 野 ) 、 右 上 側 頭 葉 ( 42
野 ) 、 左 後 帯 状 回 ( 3 1 野 ) 、 左 中 側 頭 回 ( 3 9 野 ) で あ っ た 。 容 易 課 題 よ り 困 難 課 題に
おいて活動性が増大した領野は左下前頭回(46野)であった。
以上の結果についてエリオットらは次のように考察している。推測課題で活動性増大を
示 し た 領 野 は 作 業 記 憶 に 関 係 す る 領 野 と 重 な っ て い る 。 一 般 に 非 言 語 作 業 記 憶 課 題 で 最も
活 動 性 増 大 を 示 す 領 野 は 右 前 頭 葉 背 外 側 部 で あ る 。 本 研 究 に お い て も こ の 領 野 の 活 動 性が
増 大 し た こ と は 、 推 測 に は 作 業 記 憶 が 関 係 し て い る こ と を 意 味 す る 。 予 測 課 題 を 遂 行 する
た め に は 、 予 測 し た 内 容 を 保 持 し 、 そ れ が 正 し か っ た か ど う か に よ っ て 次 の 予 測 を し なけ
れ ば な ら な い 。 こ れ は 明 ら か に 作 業 記 憶 が 関 与 す る 課 題 で あ る 。 作 業 記 憶 に 基 づ い て 、右
前 頭 葉 背 外 側 部 は 予 測 、 す な わ ち 反 応 の 選 択 を 行 っ て い る 。 容 易 課 題 に 比 し て 困 難 課 題で
は 左 下 前 頭 回 で 活 動 性 が 増 大 し て い た 。 こ れ は 、 こ の 領 野 が 反 応 と 報 酬 と の 連 合 に 基 づい
て意思決定を行うという仮説を支持する。
3.4.2
創造性
カ ー ル ソ ン ら は 創 造 性 と 前 頭 葉 機 能 と の 関 係 に つ い て 検 討 し た 。被 験 者 は 男 性 大 学 生 60
名 で あ っ た 。各 被 験 者 に「 創 造 性 機 能 検 査( CFT)」を 実 施 し た 。CFT で は 陰 影 と 輪 郭 だ
け で 描 か れ た 絵 が 短 時 間 提 示 さ れ る 。提 示 時 間 は 、上 昇 系 列 で は 最 初 は 0.2sec.、被 験 者 が
絵 を 正 し く 認 識 す る ま で 最 大 3.2sec.ま で 延 長 さ れ る 。試 行 中 に 絵 に 異 な っ た 解 釈 を 与 え ら
22-49
第22章
れ る 個 人 ほ ど 創 造 性 が 高 い と 評 価 さ れ た 。 下 降 系 列 は 最 初 十 分 刺 激 が 認 識 し う る 提 示 時間
か ら 始 ま り 、 被 験 者 が 全 く 刺 激 を 認 識 出 来 な く な る ま で 次 第 に 提 示 時 間 が 短 縮 さ れ た 。こ
こ で も 絵 に 異 な っ た 解 釈 を 与 え ら れ る 個 人 ほ ど 創 造 性 が 高 い と 評 価 さ れ た 。 次 に ① 安 静状
態 、② 数 唱 、③ 言 語 流 暢 性 検 査 (FAS)~ 特 定 の 文 字 で 始 ま る 語 を 出 来 る だ け 多 数 列 挙 す る 、
④ 煉 瓦 の 使 用 法 を 出 来 る だ け 多 数 列 挙 す る 、 の 4 条 件 で SPECT に よ り 脳 局 所 血 流 量
( rCBF)が 測 定 さ れ た 。ま た 不 安 検 査 、WAIS が 実 施 さ れ た 。創 造 性 の 高 い 被 験 者 の 脳 活
動 性 は 低 い 被 験 者 よ り 大 で あ っ た 。 創 造 性 の 高 い 被 験 者 で は 左 大 脳 半 球 優 位 の 活 動 性 増大
が 認 め ら れ た が 、 創 造 性 の 低 い 被 験 者 で は 左 右 差 は 認 め ら れ な か っ た 。 課 題 別 に 検 討 する
と 、 ③ で は 創 造 性 の 高 い 被 験 者 は 両 側 前 頭 葉 の 活 動 性 が 増 大 し 、 低 い 被 験 者 で は 活 動 性は
全 般 に 減 少 し 、 左 前 頭 葉 の み 活 動 性 が 不 変 で あ っ た 。 ④ で は 創 造 性 の 高 い 被 験 者 は 両 側前
頭葉の活動性が増大し、低い被験者では左大脳半球全般の活動性が増大した。
3.4.3
知能一般因子
スピアマンの知能モデルに従えば、知能にはその全ての側面に関与する一般因子(g)
と 知 能 の 特 定 の 側 面 に だ け 関 与 す る 特 殊 因 子 ( s )が あ る 。 g は 遂 行 機 能 の 表 れ で あ り 、 前
頭 葉 の 機 能 で あ る と い う 仮 説 が あ る 。 こ の 仮 説 を 支 持 す る デ ー タ が ダ ン カ ン ら に よ っ て報
告されている。彼らはgの負荷量が高い課題および低い課題遂行中の脳活動性の変化を
PET に よ り 測 定 し た 。課 題 は 空 間 課 題 (A )と 言 語 課 題( B )で あ る( 図 2 2 ―1 1 参 照 )。
い ず れ の 課 題 で も 、 被 験 者 は 四 つ の 刺 激 の 中 で 一 つ だ け 性 質 の 異 な る 刺 激 を 見 つ け る こと
を 求 め ら れ る 。 統 制 課 題 ( C ) も 同 じ く 四 つ の 刺 激 か ら 一 つ だ け 異 な る 刺 激 を 見 つ け る課
題 で あ る 。 空 間 課 題 や 言 語 課 題 を 解 決 す る た め に は 各 刺 激 の 特 性 を 詳 し く 分 析 す る 必 要が
あるが、統制課題はその必要はない。
結果は図22-12に示すごとくであった。g負荷量が高い空間課題遂行時に活動性増
大 を 示 し た 領 野 は 、 両 側 前 頭 葉 背 外 側 部 、 内 側 前 頭 回 / 前 帯 状 回 、 で あ っ た 。 後 視 覚 野の
一 部 に 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た が 、 こ れ は 眼 球 運 動 に 関 係 す る と 考 え ら れ る 。 空 間 課 題遂
行 に 対 応 し て 、 頭 頂 葉 、 前 運 動 野 に も 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 g 負 荷 量 が 高 い 言 語 課題
で は 、 左 大 脳 半 球 外 側 部 で の み 有 意 な 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 す な わ ち 、 g は 前 頭 葉背
外側部の機能として局在することが示唆された。
22-50
第22章
図22-11
ダンカンらの実験で用いられた課題
A:空間課題、B:言語課題、C:統制課題
high-g: g 負 荷 量 の 高 い 課 題 、 low-g: g 負 荷 量 の 低 い 課 題
3.5
遂行機能と作業記憶
こ れ ま で の 検 討 か ら 明 ら か な よ う に 、 前 頭 葉 は 作 業 記 憶 お よ び 遂 行 機 能 の い ず れ に も関
係 し て い る 。 こ れ ら 二 つ の 高 次 脳 機 能 に 関 与 し て い る 領 野 は 同 じ な の か 異 な る の か 。 スミ
ス と ジ ョ ニ デ ス は こ の 問 題 を 文 献 的 に 検 討 し て い る 。 図 2 2 - 1 3 が そ の 結 果 で あ る 。A
が 作 業 記 憶 課 題 遂 行 時 に 活 動 性 増 大 を 示 す 領 野 、 B が 遂 行 機 能 遂 行 時 に 活 動 性 増 大 を 示す
領 野 で あ る 。 A の 矢 状 断 で は 、 活 動 性 増 大 を 示 す 領 野 は 前 頭 葉 後 方 に 集 中 し 、 前 運 動 野お
よ び 補 足 運 動 野 か ら 腹 側 の ブ ロ ー カ 野 に 至 っ て い る 。 水 平 断 お よ び 前 額 断 で は 、 左 大 脳半
球 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ る 。 B で は 活 動 性 増 大 は 両 側 性 に 認 め ら れ る 。 前 運 動 野 お よび
補 足 運 動 野 に 加 え て 、前 頭 葉 背 外 側 部 、ブ ロ ー カ 野 、後 頭 頂 葉 で 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。
す な わ ち 、作 業 記 憶 と 遂 行 機 能 に は 前 頭 葉 の 異 な る 領 野 が 関 与 し て い る こ と が 示 唆 さ れ た 。
22-51
第22章
図22-12
各課題においてg負荷量の高い刺激条件で活性化が
認められた脳領野
22-52
第22章
図22-13
作業記憶課題および遂行機能課題において活性化される領野
A:作業記憶課題において活性化される領野
B:遂行機能課題において活性化される領野
Sagittal: 矢 状 断 、 Coronal: 前 額 断 、 Axial: 水 平 断
4.遂行機能の神経機構
ラビットによる遂行機能の定義を再度引用すれば「遂行機能は、それまでに経験のない
新 し い 状 況 で 、 目 標 や 計 画 を 設 定 し 、 目 標 を 達 成 す る た め に あ る 行 動 を 選 択 し て 実 行 し、
目 標 が 達 成 出 来 た か ど う か を 評 価 し 、 目 標 が 達 成 さ れ て い な け れ ば 行 動 を 変 更 す る 、 など
の 活 動 を 行 う 」で あ っ た 。こ の 定 義 か ら 明 ら か な よ う に 、遂 行 機 能 は 単 一 の 過 程 で は な い 。
い く つ か の 過 程 の 複 合 体 と 考 え ら れ る 。 ラ ビ ッ ト の 考 え を 参 考 に す る と 、 次 の 五 つ の 過程
を区別しうる。
1 ) 環 境 認 識 ~ 自 分 が ど の よ う な 環 境 条 件 に お い て 、 ど の よ う な 目 標 を 達 成 す る の かを
正確に認識する過程である。ここには自分自身についての認識も含まれる。
2)行動の選択肢の発見~目標を達成するための行動としてどのようなものがあり得る
かを発見する過程である。かつて同じような環境条件で遂行した行動を想起する場合もあ
ろうし、新たな行動を考えつく場合もあろう。この過程では、出来るだけ多数の選択枝を
発見することが重要である。
3 ) 計 画 立 案 、 意 思 決 定 ~ ど の よ う な 行 動 を ど の よ う な 順 序 で 遂 行 す る か を 決 定 す る過
22-53
第22章
程である。
4 ) 実 行 ~ 実 際 に 行 動 す る 過 程 で あ る 。 こ こ に は 、 あ る 行 動 の 遂 行 と 共 に あ る 行 動 の抑
制も含まれる。
5 ) 評 価 ~ 行 動 の 結 果 、 目 標 が 達 成 さ れ た か ど う か を 評 価 す る 。 そ の 結 果 に 基 づ い て次
に ど の よ う な 過 程 に 戻 る べ き か が 決 定 さ れ る 。 目 標 が 完 全 に 達 成 出 来 れ ば 、 そ こ で 行 動は
終了する。達成出来なければ、必要な過程に戻ってそれ以降の過程が繰り返される。
以下、それぞれの過程と前頭葉との関係を検討しよう。
4.1
環境認識
神 経 心 理 学 に お い て 、 環 境 認 識 の 障 害 は 失 認 と 呼 ば れ る 16 。 前 頭 葉 損 傷 に よ っ て 狭 義 の
失 認 症 状 は 生 じ な い 。 し か し 、 こ れ は 前 頭 葉 損 傷 に よ っ て 環 境 認 識 が 全 く 障 害 さ れ な いこ
と を 意 味 し な い 。 前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 環 境 認 識 の 障 害 は 、 環 境 の も つ 意 味 の 認 識 、 ゲ シ ュタ
ル ト 心 理 学 者 コ フ カ の こ と ば を 借 り れ ば 「 行 動 環 境 17 」 認 識 の 障 害 で あ る 。 こ こ に は 、 自
分 自 身 に 対 す る 認 識 の 障 害 も 含 ま れ る 。第 1 9 章 で 詳 し く 述 べ た よ う に 、前 頭 葉 に は 、視 、
聴 、 体 性 感 覚 、 味 、 嗅 、 の 全 て の 感 覚 情 報 が 収 斂 す る 。 さ ら に 、 帯 状 回 な ど の 大 脳 辺 縁系
と の 線 維 連 絡 を 介 し て 、 内 臓 器 官 の 情 報 や 感 情 、 欲 求 の 情 報 も 入 力 す る 。 前 頭 葉 は 、 外的
環 境 と 自 分 自 身 の 状 況 と を 照 合 す る 役 割 を 担 っ て い る 。 前 頭 葉 の 損 傷 に よ っ て 行 動 環 境の
認識が障害されることは、このような解剖学的特徴からも説明しうる。
前頭葉損傷者ではもう一つ重大な環境認識の障害がある。それは他人の行動や発言を字
義 通 り に 受 け 取 り 、 そ の 隠 さ れ た 意 味 や 比 喩 的 な 意 味 を 理 解 出 来 な い 障 害 で あ る 。 「 冗談
や 皮 肉 が 判 ら な い 」 状 態 に な る 。 こ れ は 談 話 認 識 の 障 害 と 呼 ば れ 、 右 大 脳 半 球 と の 関 連が
指 摘 さ れ て い る が 、 第 2 0 章 で 述 べ た よ う に 前 頭 葉 損 傷 者 で も 障 害 さ れ る 。 結 果 と し て、
対人関係を維持する際に大きな支障を来すことになる。
4.2
行動の選択肢の発見
一 般 に 、 系 統 発 生 的 に 高 等 な 動 物 ほ ど 行 動 の 自 由 度 が 大 き い 。下 等 動 物 で は 、 刺 激 と 行
動 と が 密 接 に 結 び つ い て い る 。 高 等 動 物 で は 、 同 一 の 刺 激 に 対 し て 様 々 の 行 動 を 取 る こと
16
第9章参照。
コ フ カ は 地 理 的 環 境 に 対 し て 個 体 が 持 つ 主 観 的 心 理 的 世 界 を 行 動 環 境 と 呼 ん だ 。ヒ ト を
含む動物はそれぞれ固有の環境認識を行い、その結果に基づいて行動する。
17
22-54
第22章
が 出 来 る 。 こ の 特 徴 は ヒ ト で そ の 頂 点 に 達 す る 。 ヒ ト の 行 動 の 自 由 度 は 極 め て 大 き い 。す
な わ ち 、 同 一 の 刺 激 あ る い は 行 動 環 境 に 対 し て 多 数 の 行 動 選 択 肢 を 有 す る 。 一 方 、 前 頭葉
損 傷 者 で は 行 動 の 自 由 度 が 大 き く 減 少 す る 。 前 頭 葉 損 傷 者 の 特 徴 的 行 動 で あ る 保 続 や 利用
行 動 あ る い は 道 具 の 強 迫 的 使 用 な ど も 、 こ の 行 動 の 自 由 度 の 減 少 と し て 理 解 す る こ と が可
能である。
行 動 の 自 由 度 の 減 少 は 場 合 に よ っ て は 健 常 者 に お い て も 出 現 す る 。 認 知 心 理 学 者 ア ンダ
ーソンは次の例をあげている。
大 き さ の 違 う 三 つ の 水 瓶 が あ り 、 A に は 21 ク ォ ー ト 、 B に は 127 ク ォ ー ト 、 C に は 3
ク ォ ー ト の 水 が 入 る 。 被 験 者 の 課 題 は こ の 三 つ の 水 瓶 を 使 っ て 指 定 さ れ た 量 、 例 え ば 100
ク ォ ー ト の 水 を 汲 む こ と で あ る 。 こ れ は 「 水 瓶 問 題 」 と 呼 ば れ る 。 被 験 者 に こ の よ う な問
題 を た く さ ん 解 か せ る 。 そ の 際 あ る や り 方 で 解 け る 問 題 を 続 け て 解 か せ る と 、 も っ と 簡単
な 方 法 で 解 け る 問 題 で も 、 前 の 方 法 を 機 械 的 に 踏 襲 す る 被 験 者 が 少 な く な い 。 例 え ば 100
ク ォ ー ト を 汲 む た め に は 、 ま ず B で 水 を 汲 み 、 そ こ か ら 、 A で 1 回 、 C で 2 回 水 を 汲 み出
せ ば よ い 。 つ ま り B - A - 2 C で あ る 。 こ の よ う な 問 題 を 何 題 か 解 か せ る 。 次 に 、 A には
15 ク ォ ー ト 、 B に は 39 ク ォ ー ト 、 C に は 3 ク ォ ー ト の 水 が 入 る も の と す る 。 今 度 は 18
ク ォ ー ト の 水 を 汲 む 問 題 で あ る 。 こ れ は 先 ほ ど の よ う に B - A - 2 C で も 解 け る が 、 もっ
と簡単にA+Cでも解ける。ところが多くの被験者はB-A-2Cと回答してしまう。
ガ ラ ウ ェ ア は 、行 動 の 自 由 度 の 大 き さ は 創 造 性 と 関 係 し 、創 造 性 の 高 い 個 人 ほ ど 多 数 の
行 動 の 選 択 肢 を 発 見 出 来 る こ と 、 ま た 創 造 性 は 前 頭 葉 の 機 能 と 密 接 に 関 係 し て い る と 述べ
ている。前頭葉の機能を考える上で行動の自由度は重要な概念である。
4.3
計画立案、意思決定
前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 計 画 立 案 、意 志 決 定 の 障 害 に つ い て は 上 述 の ご と く 多 数 の 研 究 報 告 が
あ る 。 あ る 目 標 を 達 成 す る た め に い く つ か の 行 動 を 一 定 の 順 序 で 行 わ な け れ ば な ら な い事
態 、 こ の よ う な 事 態 に お い て 前 頭 葉 損 傷 者 の 行 動 は 強 く 障 害 さ れ る 。 特 に 、 最 終 的 な 目標
に 到 達 す る た め に 到 達 す べ き 下 位 目 標 が 一 見 最 終 的 な 目 標 と 矛 盾 す る よ う な 事 態 で 、 前頭
葉 損 傷 者 の 行 動 は 最 も 障 害 さ れ る 。 要 す る に 、 回 り 道 行 動 が 出 来 な い の で あ る 。 こ れ はハ
ノ イ の 塔 検 査 や ロ ン ド ン 塔 検 査 で 典 型 的 な 形 で 認 め ら れ る 。問 題 解 決 の 中 間 段 階 に お い て 、
最 終 的 な 目 標 と は 矛 盾 す る 状 況 が 出 現 し て も 、 そ れ が 最 終 目 標 の 達 成 に 結 び つ く こ と を理
解 し て い な け れ ば 回 り 道 行 動 は 生 じ な い 。 「 将 来 へ の 見 通 し 」 が な け れ ば 回 り 道 行 動 は出
22-55
第22章
来ないのである。
系統発生的に、回り道行動は高等動物ではじめて可能になる高次の知的機能である。健
常者でも回り道行動が困難となる場合がある。例えば、
「 旅 人 が オ オ カ ミ 2 匹 と ヒ ツ ジ 1 匹 を 連 れ て 旅 を し て い る 。 大 き な 川 の 畔 に 着 い た 。川
岸には小舟がつないであり、この小舟を使えば向こう岸に渡ることが出来る。小舟には
船をあやつる旅人の外、動物は1匹しか載せることが出来ない。オオカミとヒツジだけ
を残すとオオカミはヒツジを襲って食べてしまう。どうすれば旅人は無事に向こう岸に
渡ることが出来るか」
と い う 問 題 が あ る 。 こ の 問 題 は 一 見 解 決 不 可 能 に 見 え る 。 普 通 に 行 動 す れ ば 、 旅 人 は こち
ら の 岸 か 向 こ う 岸 の い ず れ か に オ オ カ ミ と ヒ ツ ジ を 残 す こ と に な る か ら で あ る 。 す ぐ には
正答出来ない健常者は少なくないかも知れない。周知のように次の解答が正解である。
「旅人はまずヒツジを載せて向こう岸に渡す。戻ってきてオオカミを載せて向こう岸に
渡る。戻る時にヒツジを載せてくる。こちら岸に着いたらヒツジを降ろし、残ってい
るオオカミを載せて向こう岸に渡す。再び戻ってきて、ヒツジを載せて向こう岸に渡
る」
こ の 正 解 の 核 心 は 、 ヒ ツ ジ を こ ち ら 岸 に 連 れ 戻 す 点 に あ る 。 一 人 と 3 匹 が 川 を 渡 る と いう
最終目標と矛盾する行動をしないとこの問題は解決出来ないのである。
将 来 へ の 見 通 し と そ れ に 基 づ く 回 り 道 行 動 、 こ れ は 日 常 生 活 に お い て も 非 常 に 重 要 であ
る 。 遂 行 機 能 の こ の 側 面 が 障 害 さ れ た 前 頭 葉 損 傷 者 は 日 常 生 活 で も 種 々 の 困 難 に 直 面 する
ことになる。
4.4
実行
前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 行 動 実 行 の 障 害 と し て は 、 行 っ て は な ら な い も し く は 不 必 要 な 行 動を
行 っ て し ま う 、 す な わ ち 行 動 の 抑 制 困 難 も し く は 脱 抑 制 が 問 題 と な る 。 こ れ に つ い て は第
19章および本章で検討した。
脱抑制で特に問題となるのは、かつては有効であったがもはや有効ではなくなった行動
を 抑 制 出 来 な い 場 合 で あ る 。 刺 激 と 反 応 と の 連 合 が 一 度 形 成 さ れ る と 、 そ の 連 合 を 解 消す
る こ と が 出 来 な い 、 つ ま り 学 習 理 論 か ら 見 れ ば 消 去 が 生 じ に く く な っ て い る 。 脱 抑 制 は前
頭 葉 腹 内 側 部 の 損 傷 で 生 じ や す い 。 こ の 領 野 は 大 脳 辺 縁 系 と の 間 に 密 接 な 線 維 連 絡 を 有す
る 。 大 脳 辺 縁 系 は 種 々 の 条 件 づ け に お け る 刺 激 と 反 応 と の 連 合 形 成 に 重 要 な 役 割 を 果 たし
22-56
第22章
て い る 。 前 頭 葉 腹 内 側 部 か ら 大 脳 辺 縁 系 へ の 抑 制 的 制 御 の 障 害 が 行 動 面 で も 脱 抑 制 と して
出 現 す る と い う 仮 説 が も っ と も ら し く 思 わ れ る 。 し か し 、 前 頭 葉 背 外 側 部 が 反 応 抑 制 には
重要であるとの指摘もあり、今後さらに検討が必要である。
4.5
評価
行 動 を 行 っ た 後 、健 常 者 は 所 期 の 目 標 が 達 成 さ れ た か ど う か を 検 討 し 、予 期 し た 結 果 が
得 ら れ な け れ ば 、 再 度 行 動 を 繰 り 返 す か あ る い は 新 た な 行 動 計 画 を 立 て る 。 前 頭 葉 損 傷者
は 行 動 結 果 の 評 価 が 出 来 な い 。 あ る い は 結 果 に 基 づ い て 新 た な 行 動 計 画 を 立 て る こ と に障
害 を 示 す 。 本 章 第 2 節 で 検 討 し た ご と く で あ る 。 行 動 の 評 価 そ れ 自 体 が い く つ か の 複 数の
過 程 よ り な る 複 雑 な 行 動 で あ り 、 前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 評 価 の 障 害 、 あ る い は 健 常 者 を 対 象と
し た 評 価 遂 行 時 の 脳 活 動 性 の 変 化 に 関 す る 研 究 は 余 り な さ れ て い な い 。し か し 、ビ ネ ー が 、
彼 の 知 能 学 説 に お い て 、 行 動 結 果 の 評 価 を 非 常 に 重 視 し た こ と か ら も 明 ら か な よ う に 、評
価 は 遂 行 機 能 の 極 め て 重 要 な 側 面 で あ る 。 こ の 行 動 結 果 の 評 価 に は 前 頭 葉 が 深 く 関 与 して
いる。
第21章で述べたように、筆者は前頭葉が行う監視の対象が作業記憶であると考えてい
る 。 遂 行 機 能 と 作 業 記 憶 は 共 に 前 頭 葉 に 関 係 し て い る が 、 そ れ ぞ れ 前 頭 葉 の 異 な っ た 領野
に 局 在 し て い る こ と も 明 ら か に さ れ て い る 。 そ の 意 味 で は 、 中 央 遂 行 機 能 と 作 業 記 憶 を別
の 機 能 系 で あ る と 考 え た ア ン ダ ー ソ ン の モ デ ル は 妥 当 で あ る 。筆 者 の モ デ ル( 図 2 1 - 3 )
で も 遂 行 機 能 と 作 業 記 憶 は 異 な る 過 程 で あ る 。 遂 行 機 能 、 作 業 記 憶 両 者 と も 前 頭 葉 と 密接
な 関 係 を 有 す る が 、 前 頭 葉 に 局 在 す る の は 遂 行 機 能 で あ り 、 作 業 記 憶 自 体 は 大 脳 皮 質 の感
覚 連 合 野 周 辺 領 野 に 局 在 す る 。 で は 何 故 作 業 記 憶 課 題 遂 行 時 に 前 頭 葉 が 活 性 化 す る の か。
前 頭 葉 の 重 要 な 機 能 が 監 視 で あ り 、 監 視 の 対 象 が 作 業 記 憶 で あ る と す れ ば 、 作 業 記 憶 課題
遂行時には前頭葉が活性化するのは当然である。
5.前頭葉の機能
5.1
前頭葉:未知なる世界
大脳はヒトの臓器の中で構造的に最も複雑な臓器である。重量だけなら肝臓が最も重い
臓 器 で あ る が 、 解 剖 学 的 構 造 の 複 雑 さ で は 大 脳 に 遠 く 及 ば な い 。 前 頭 葉 は 大 脳 皮 質 面 積の
約 40%、重 量 は 32%を 占 め 他 の 領 野 を 大 き く 上 回 る 。解 剖 学 的 構 造 の 面 で も 他 の 殆 ど の 脳
22-57
第22章
部 位 と 線 維 連 絡 を 有 す る 18 。 こ の 点 を 考 慮 す れ ば 、 そ の 機 能 は ヒ ト に と っ て 極 め て 重 要 で
あ ろ う こ と が 予 想 さ れ る 。 と こ ろ が 、 意 外 な こ と に 、 神 経 心 理 学 の 歴 史 に お い て 前 頭 葉の
研 究 は 決 し て 主 役 で は な か っ た 。 前 頭 葉 は 「 沈 黙 の 領 野 」 で あ り 、 ヒ ト に と っ て さ ほ ど重
要 な 機 能 は 営 ん で い な い と 考 え ら れ た 。 モ ニ ッ ツ の 前 頭 葉 白 質 切 断 術 19 は 侵 襲 性 が 強 い 手
術 で あ る に も 拘 わ ら ず 世 界 中 で 実 施 さ れ た 。 こ れ は 多 く の 研 究 者 が 前 頭 葉 を 他 の 脳 部 位か
ら分離しても大きな問題は生じないと考えていたことの現れである。
近年、前頭葉に関する研究報告は飛躍的に増大した。医学論文データベースを検索する
と 、2008 年 末 時 点 で の 前 頭 葉 関 連 論 文 数 は 約 4 万 件 、こ の う ち 約 2 万 件 は 最 近 10 年 以 内
に 発 表 さ れ た 論 文 で あ る 。 ち な み に 側 頭 葉 関 連 論 文 は 約 3 万 件 、 失 語 関 連 論 文 は 約 1 万件
で あ る 。 ま た 、 最 近 出 版 さ れ る 一 般 向 け の 「 脳 科 学 」 書 を 見 る と 、 「 前 頭 葉 」 の 語 が 氾濫
している。まさに世を挙げての「前頭葉ブーム」の観がある。
前頭葉は過去には沈黙の領野と言われた。その理由は何か。現在は時代の寵児となって
い る 。 そ の 理 由 は 何 か 。 私 見 に よ れ ば 、 こ の 二 つ の 理 由 は 同 一 で あ る 。 す な わ ち 「 前 頭葉
機 能 の 判 り に く さ 」 で あ る 。 他 の 領 野 の 損 傷 に 伴 う 症 状 は 「 眼 に 見 え る 」 場 合 が 多 い 。運
動 麻 痺 の 有 無 は 素 人 で も 判 る 。 ま た 運 動 麻 痺 が あ れ ば 、 そ の 原 因 と し て 脳 損 傷 の 存 在 を予
想 す る こ と は 科 学 的 に は も ち ろ ん 常 識 的 に も 当 然 で あ る 。 他 方 、 前 頭 葉 損 傷 に 伴 う 症 状は
「 眼 に 見 え な い 」 。 前 頭 葉 損 傷 で は 一 般 知 能 の 障 害 は 生 じ な い 。 失 語 、 失 行 、 失 認 、 記憶
障 害 も 生 じ な い 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 一 見 何 の 問 題 も な い よ う に 見 え る 。 ま た 第 2 0 章 で 詳し
く 述 べ た 「 前 頭 葉 症 状 」 が あ る 場 合 、 常 識 の 範 囲 で は そ の 原 因 が 脳 に 求 め ら れ る こ と はな
い 。 症 例 ゲ ー ジ や 症 例 E.V.R.に 対 す る 常 識 的 判 断 は 「 反 社 会 的 で あ る 」 「 や る 気 が な い 」
「 た る ん で い る 」 な ど で あ ろ う 。 そ し て そ の 原 因 が 脳 損 傷 に 求 め ら れ る こ と は ま ず な いで
あ ろ う 。 「 教 育 」 「 家 庭 環 境 」 「 人 間 関 係 」 な ど の 問 題 が 原 因 と し て 取 り 沙 汰 さ れ る こと
に な ろ う 。こ の 常 識 的 判 断 は 神 経 心 理 学 者 に も 多 か れ 少 な か れ 影 響 を 及 ぼ し て い る 。実 際 、
1950 年 代 ま で 、ク ラ イ ス ト や エ カ ン な ど 一 部 の 研 究 者 を 除 い て 、前 頭 葉 症 状 は 神 経 心 理 学
者 が 扱 う 対 象 ( 脳 局 所 症 状 ) で は な く 、 精 神 科 医 が 扱 う 対 象 ( 精 神 症 状 ) と 考 え ら れ るこ
とが多かった。
1970 年 代 、日 本 の 二 木 、久 保 田 、ア メ リ カ の フ ァ ス タ ー ら に よ っ て 遅 延 反 応 課 題 遂 行 中
の 前 頭 葉 ニ ュ ー ロ ン の 活 動 が 記 録 さ れ た 。 こ の 研 究 が 契 機 と な っ て 前 頭 葉 の 神 経 生 理 学研
18
19
第19章参照。
第20章参照。
22-58
第22章
究 が 活 発 化 し た 。 ウ ォ ル タ ー ら に よ る CNV の 発 見 は ヒ ト を 対 象 と し た 前 頭 葉 の 神 経 生 理
学 研 究 の 先 駆 け と な っ た 。 機 能 画 像 解 析 研 究 に よ っ て 様 々 の 課 題 遂 行 時 前 頭 葉 が 活 性 化さ
れ る こ と が 明 ら か に さ れ た 。 臨 床 の 分 野 で は 前 頭 側 頭 型 認 知 症 の 概 念 の 成 立 、 ダ マ シ オら
に よ る ハ ー ロ ー の 症 例 ゲ ー ジ 研 究 の 再 評 価 な ど が 前 頭 葉 の 神 経 心 理 学 研 究 進 展 の 原 動 力と
な っ た 。 こ れ ら の 研 究 で 明 ら か に な っ た 事 実 は 何 か 。 再 び 「 前 頭 葉 機 能 の 判 り に く さ 」で
あ る 。 様 々 な 課 題 遂 行 時 前 頭 葉 は 活 性 化 さ れ る 。 前 頭 葉 損 傷 に 伴 い 様 々 な 高 次 脳 機 能 障害
が 生 じ る 。 で は そ の 本 質 は 何 か 。 依 然 と し て 「 藪 の 中 」 で あ る 。 多 分 こ の こ と が 多 く の研
究者を前頭葉研究へと向かわせるのではあるまいか。
「 前 頭 葉 は 構 造 的 に 複 数 の 異 質 な 領 野 か ら 構 成 さ れ て お り 、 従 っ て 機 能 的 に も 単 一 では
な い 」 。 こ の 文 章 は 前 頭 葉 に 関 す る 著 述 で 必 ず 眼 に す る 。 と こ ろ が 、 こ の 文 章 の 著 者 が同
じ 著 述 内 で 「 前 頭 葉 の 機 能 は ・ ・ ・ で あ る 」 と い う 文 章 を 書 い て い る こ と が 非 常 に 多 い。
前 頭 葉 研 究 者 は 、 前 頭 葉 機 能 の 多 様 性 を 認 め つ つ も 、 な ん と か し て 前 頭 葉 の 機 能 を 一 言で
表 現 し た い と 考 え て い る 20 。 前 頭 葉 の よ う な 複 雑 な 臓 器 の 機 能 を 一 言 で 表 現 出 来 る は ず が
な い 。 結 果 と し て 前 頭 葉 研 究 は よ く 言 え ば 「 百 花 繚 乱 」 悪 く 言 え ば 「 断 片 的 知 識 や 学 説の
羅 列 」 で あ る 。 こ れ が 前 頭 葉 研 究 の 現 状 で あ る 。 そ し て こ の 混 乱 状 況 の 故 に 多 く の 研 究者
が 前 頭 葉 に 関 心 を 持 つ の で あ る 。 こ の 混 乱 に 拍 車 を か け る だ け か も 知 れ な い が 、 以 下 前頭
葉機能に関する現時点で筆者の考えを述べる。
5.2
前頭葉と意識
5.2.1
意識と作業記憶
前頭葉が最も高次の脳機能に関与していることでは諸家の見解は一致している。著名な
神経解剖学者である平沢
興 は こ れ を 「 大 脳 の 最 高 中 枢 」 と 表 現 し た 。 脳 機 能 が 低 次 か高
次 か は 何 を 基 準 に 判 断 す べ き か 。 一 つ の 基 準 と し て 当 該 の 機 能 に 関 与 す る 情 報 処 理 の 段階
数 が 考 え ら れ る 。 コ ン ピ ュ ー タ プ ロ グ ラ ム の 場 合 、 一 般 に ス テ ッ プ 数 が 多 い 程 複 雑 な 処理
を す る プ ロ グ ラ ム で あ る 。 ヒ ト の 脳 機 能 に も 同 じ 基 準 を 適 用 し て み よ う 。 高 次 の 脳 機 能ほ
ど 情 報 処 理 の 段 階 数 が 増 大 す る 。 そ う で あ る な ら 、 刺 激 が 提 示 さ れ て か ら 反 応 す る ま での
時 間 ( 情 報 処 理 時 間 ) が 増 大 す る は ず で あ る 。 す な わ ち 脳 機 能 が 高 次 か ど う か は 反 応 時間
の 長 短 に よ っ て 判 断 出 来 る こ と に な る 。 ず い ぶ ん 雑 な 議 論 と の 印 象 を 与 え る か も 知 れ ない
が 、 複 雑 な 課 題 、 難 易 度 の 高 い 課 題 ほ ど 反 応 時 間 が 延 長 す る こ と は 多 く の 心 理 学 実 験 の結
20
「ダメ」と解っていてついやってしまう。これも前頭葉損傷の表れ?。
22-59
第22章
果 か ら 明 ら か で あ る 。 反 応 時 間 、 す な わ ち 情 報 処 理 時 間 が 長 く な る こ と は そ れ だ け 情 報を
保 持 す る 時 間 が 長 く な る こ と を 意 味 す る 。 何 ら か の 情 報 処 理 を 遂 行 す る た め に 情 報 を 保持
す る 機 能 が 作 業 記 憶 で あ る 。 高 次 の 脳 機 能 と は 作 業 記 憶 に 大 き な 負 担 が か か る 脳 機 能 とい
うことになる。
前 述 の ご と く 、 筆 者 の 考 え で は 作 業 記 憶 自 体 は 前 頭 葉 に は 存 在 し な い 。 作 業 記 憶 は 大脳
皮 質 感 覚 連 合 野 に 存 在 す る 。 前 頭 葉 は ど の よ う な 情 報 を 作 業 記 憶 に 保 持 す べ き か を 指 定す
る 。 作 業 記 憶 の 背 景 に は 前 頭 葉 と 感 覚 連 合 野 の 相 互 作 用 が 存 在 す る 。 こ の 前 頭 葉 と 他 の皮
質 領 野 の 相 互 作 用 の 指 標 と し て γ 波 が 注 目 さ れ て い る 。 γ 波 は 30Hz以 上 の 高 い 周 波 数 の
脳 波 で あ る 。1997 年 、タ ロ ン・バ ー ド レ ィ ら は 図 形 認 識 の 成 立 は γ 波 の 出 現 と 同 期 す る こ
と を 示 し た 。 そ の 後 、 種 々 の 認 識 課 題 遂 行 時 に γ 波 が 出 現 す る こ と が 明 か ら に さ れ た 。筆
者 ら の 実 験 で も 、 作 業 記 憶 課 題 遂 行 時 前 頭 葉 の γ 波 の パ ワ ー 値 が 増 大 し た 21 。
γ 波 は 30Hz 以 上 の 速 波 で あ る が 、 そ の 中 心 と な る 周 波 数 は 40Hz で あ る 。 何 故 40Hz
な の か 。 こ れ に 関 し て 興 味 深 い 仮 説 が あ る 。 周 知 の ご と く 、 映 画 の 画 面 は 一 秒 間 に 30 こ
ま 、す な わ ち 30Hz で 提 示 さ れ て い る 。し か し 我 々 に は 画 面 は 連 続 し て い る と 見 え る 。我 々
は 外 界 の 状 況 や 自 己 の 身 体 状 況 を 連 続 的 に ス キ ャ ン し て い る の で は な い ( そ ん な 事 を した
ら 膨 大 な 情 報 が 脳 に 入 力 さ れ 、 と て も 処 理 し き れ な い ) 。 一 定 間 隔 で ス キ ャ ン し て 情 報を
取 り 込 ん で い る 。 そ の 時 の ス キ ャ ン の 周 波 数 が 40Hz で あ る 。 そ し て こ の よ う に し て 取 り
込 ま れ た 情 報 が 意 識 の 内 容 と な る 。 す な わ ち γ 波 は 我 々 の 意 識 を 支 え る 生 理 過 程 の 現 れで
あ る 。 一 見 か な り 突 飛 な 考 え で あ る が 、 必 ず し も 荒 唐 無 稽 と も 言 い 切 れ な い 。 実 際 、 ミド
ー ら は 次 の 研 究 結 果 を 報 告 し て い る 。 研 究 対 象 は 6 例 の 難 治 性 て ん か ん 患 者 で あ る 。 脳内
に 電 極 を 埋 め 込 み 、 感 覚 閾 値 前 後 の 電 気 刺 激 を 与 え た 時 の 皮 質 脳 波 を 記 録 し た 。 図 2 2-
1 4 は 刺 激 を 検 出 し た 時 の 第 一 次 体 性 感 覚 野 脳 波 パ ワ ー 値 か ら 検 出 出 来 な か っ た 時 の 脳波
パ ワ ー 値 を 減 じ た 結 果 で あ る 。 潜 時 200msec.~ 300msec.の γ 波 の パ ワ ー 値 は 刺 激 検 出 条
件 で 非 検 出 条 件 よ り 明 ら か に 大 で あ る 。 他 の 周 波 数 帯 域 で は 条 件 差 は 認 め ら れ な い 。 この
結 果 を ミ ド ー ら は 次 の よ う に 考 察 し て い る 。 第 一 次 体 性 感 覚 野 は 要 素 的 意 識 体 験 に 関 与し
て お り 、 γ 波 は 意 識 体 験 の 生 理 的 基 礎 と な っ て い る 。 こ の 報 告 以 降 、 γ 波 が 意 識 体 験 と相
関するという研究結果が種々報告されている。
21
第21章参照。
22-60
第22章
図22-14
刺激検出時と非検出時の大脳皮質第一次体性感覚野
の脳波パワー値の差
5.2.2
対象意識
ヤスパースは意識を、
1)心の中に何者かを体験する意識、意識喪失や無意識と反立する意識。
2)対象の意識、何者かを知ること。
3)自己の意識、自分自身を知ること。
の 三 つ に 分 類 し た 。 前 頭 葉 損 傷 に 伴 っ て 狭 義 の 意 識 障 害 は 生 じ な い 。 前 頭 葉 は ヤ ス パ ース
の 第 一 の 意 識 に は 関 係 し な い 22 。 し か し 前 頭 葉 は 第 二 、 第 三 の 意 識 に 関 係 し て い る 。 そ し
て こ の 意 識 の 内 容 が 作 業 記 憶 で あ り 、 ど の よ う な 事 象 が 意 識 の 内 容 と な る か に 前 頭 葉 は深
く関与している。その根拠となる研究結果を紹介しよう。
ヤスパースの第二の意識は対象の意識である。日本語では同じ「見る」であるが、英語
で は“ see”と“ look”と は 明 瞭 に 区 別 さ れ る 。前 者 は「 何 か が 見 え る 」の で あ り 、後 者 は
22
ヤ ス パ ー ス の 第 一 の 意 識 に 関 連 し て い る 脳 領 野 は 視 床 中 心 核 群 、中 脳 、橋 な ど の 皮 質 下
の諸核である。
22-61
第22章
「 何 か を 意 図 的 に 見 る 」 の で あ る 。 前 頭 葉 は “ look” に 関 与 す る 。 受 動 的 に 情 報 を 受 容 す
る の で は な く 、 積 極 的 に 情 報 を 探 索 ・ 走 査 す る 過 程 に 前 頭 葉 は 関 与 し て い る 。 そ し て 、そ
の 結 果 得 ら れ た 情 報 が 保 持 さ れ て い る 状 態 が 作 業 記 憶 で あ る 。 サ ル の 第 一 次 視 覚 野 の ニュ
ー ロ ン 活 動 水 準 は 前 頭 葉 の 刺 激 に よ っ て 増 大 す る 。ヒ ト で は 種 々 の 感 覚 刺 激 に 対 す る ERP
振 幅 は 注 意 条 件 で 増 大 す る が 、 前 頭 葉 損 傷 者 で は こ の 注 意 条 件 に お け る ERP 振 幅 増 大 が
認 め ら れ な い 。 新 奇 刺 激 に 対 す る ERP 成 分 中 、 潜 時 300~ 500msec.の 成 分 の 振 幅 は 脳 前
方 領 野 で 最 大 と な る 。 こ れ は 定 位 反 射 の 生 理 学 的 指 標 と 考 え ら れ て い る 。 定 位 反 射 に は内
側 前 頭 葉 、外 側 前 頭 葉 、海 馬 、前 帯 状 回 、側 頭 ― 頭 頂 葉 な ど 多 く の 領 野 が 関 係 し て い る が 、
外 側 前 頭 葉 が 中 心 的 役 割 を 果 た し て い る こ と が 明 ら か に さ れ て い る 。 新 奇 刺 激 に 対 す る活
動 性 増 大 は 前 頭 葉 外 側 で 最 初 に 出 現 す る 。 前 頭 葉 外 側 の 活 動 性 は 新 奇 刺 激 の 繰 り 返 し 提示
によって減弱するが、海馬や側頭―頭頂葉の活動性は減弱しない。
ヒ ト の 前 頭 葉 は 予 測 さ れ る 結 果 に 対 応 し て 活 動 性 が 変 化 す る こ と は 前 述 し た 23 。 サ ル を
対 象 と し た 生 理 学 的 実 験 に よ れ ば 、 前 頭 葉 に は 提 示 さ れ る 刺 激 に 反 応 す る だ け で な く 、こ
の 刺 激 が 将 来 も た ら す 事 象 を 期 待 し て 反 応 す る ニ ュ ー ロ ン が 存 在 す る 。 図 2 2 - 1 5 は渡
辺 ら に よ っ て 報 告 さ れ た 報 酬 期 待 ニ ュ ー ロ ン の 活 動 で あ る 。 こ の 実 験 で 被 験 体 と な っ たサ
ル は レ ー ズ ン よ り リ ン ゴ 、 リ ン ゴ よ り キ ャ ベ ツ を 好 む 。 好 み の 程 度 を 反 映 し て 反 応 時 間に
も 差 が 認 め ら れ る ( 図 2 2 - 1 5 、 B) 。 こ の サ ル の 前 頭 葉 背 外 側 部 か ら 、 好 み の 報 酬 が
期 待 出 来 る 試 行 で は 遅 延 期 間 中 に 活 動 性 増 大 を 示 す ニ ュ ー ロ ン が 見 出 さ れ た 。遅 延 期 間 中 、
ど の 報 酬 が 得 ら れ る か に つ い て の 外 的 手 掛 り は 与 え ら れ な い の で 、 サ ル は 好 み の 報 酬 が与
え ら れ る か 否 か 期 待 あ る い は 予 測 す る こ と が 可 能 で あ り 24 、 前 頭 葉 の ニ ュ ー ロ ン 活 動 は こ
の期待または予測を反映していると考えられる。
サル前頭葉にこの種の期待ニューロンが存在することは他の研究者によっても報告され
て い る 。 シ ェ ー ン バ ウ ム ら に よ れ ば 、 ラ ッ ト の 前 頭 葉 対 応 領 野 に も 期 待 ニ ュ ー ロ ン が 存在
す る 25 。 彼 ら の 実 験 の 課 題 は 嗅 刺 激 と 報 酬 も し く は 罰 の 連 合 学 習 で あ っ た 。 ラ ッ ト の 前 頭
23
本章第3節参照。
行 動 レ ベ ル で は 、サ ル が 報 酬 期 待 能 力 を 有 す る こ と を 示 す 次 の エ ピ ソ ー ド が よ く 知 ら れ
ている。サルに遅延反応を学習させた。報酬としてはサルの大好物であるバナナが用いら
れた。ある試行では、サルに判らないように、バナナがサルの好物ではないレタスに替え
られた。正答してバナナの替わりにレタスを見つけたサルは激怒し実験者を威嚇した。最
初からレタスを報酬とした実験ではこの行動は生じなかった。明らかに、サルは期待した
報 酬 が 得 ら れ な か っ た の で 激 怒 し た の で あ る 。 こ の エ ピ ソ ー ド は 1928 年 チ ン ケ ル ポ ー に
よって報告された。
25
期 待 ニ ュ ー ロ ン は 扁 桃 体 、線 状 体 な ど に お い て も 見 出 さ れ て い る 。こ れ ら の 部 位 の 期 待
24
22-62
第22章
葉 眼 窩 部 対 応 領 野 に お い て 、 報 酬 が 期 待 出 来 る 試 行 で は 活 動 が 増 大 す る が 、 罰 が 期 待 され
る 試 行 で は 活 動 性 増 大 を 示 さ な い ニ ュ ー ロ ン が 見 出 さ れ た 。 期 待 ニ ュ ー ロ ン は 現 時 点 では
存 在 し な い 報 酬 が 将 来 与 え ら れ る こ と を 期 待 し う る 試 行 で 活 動 す る 。 す な わ ち そ の 活 動は
外 的 刺 激 に よ っ て 引 き 起 こ さ れ た の で は な い 。 「 あ る 報 酬 が 得 ら れ る 」 と い う 予 測 、 すな
わ ち 知 覚 表 象 あ る い は( 少 し 文 学 的 に 表 現 す れ ば )「 内 的 世 界 」 26 に 対 応 す る 活 動 で あ る 。
言 う ま で も な く 、 内 的 世 界 と は 意 識 そ の も の で あ る 。 こ の 点 か ら 見 て 前 頭 葉 は 意 識 に 密接
に関係している。
図22-15
サル前頭葉の報酬期待ニューロン
動物の場合「期待が意識されている」かどうかは確認出来ない。しかし、ヒトを対象と
し た 研 究 で は 、 前 頭 葉 が 「 意 識 さ れ た 期 待 」 に 関 与 し て い る こ と を 示 す デ ー タ が 得 ら れて
ニューロンの活動出現までの試行数は前頭葉期待ニューロンより多い(ロッシュらの研究
で は 前 者 の 出 現 は 25 試 行 、後 者 は 20 試 行 )。前 頭 葉 期 待 ニ ュ ー ロ ン の 活 動 が 先 行 し 、そ
の情報が扁桃体や線状体に送られてこれらの部位の期待ニューロンが活動すると考えられ
る。
26
筆者の理論に従えば、この「内的世界」がまさに作業記憶である。
22-63
第22章
い る 。 慢 性 疼 痛 患 者 に 本 来 は 痛 み を 抑 制 す る 効 果 を 有 し な い 物 質 を 偽 薬 ( プ ラ シ ー ボ )と
し て 与 え る と 疼 痛 が 軽 減 す る 。 リ ー バ ー マ ン ら は 偽 薬 投 与 前 後 の 脳 活 動 性 を fMRI に よ り
測 定 し た 。偽 薬 投 与 後 、前 頭 葉 右 腹 外 側( VLPFC)の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ 、そ の 程 度 は
疼 痛 軽 減 の 程 度 と 正 の 相 関 を 示 し た 。 偽 薬 投 与 後 、 痛 み の 中 枢 で あ る 背 側 帯 状 回 の 活 動性
は 低 下 し た が 、 そ の 程 度 は 右 VLPFC の 活 動 性 増 大 の 程 度 と 負 の 相 関 を 有 し て い た 。 リ ー
バ ー マ ン ら は こ の 結 果 を 次 の よ う に 解 釈 し た 。 右 VLPFC は 偽 薬 投 与 に 関 わ る 意 識 的 な 認
識 や 期 待 ( 例 え ば 「 自 分 は 痛 み を 抑 え る 薬 を 飲 ん だ か ら も う 痛 み は 感 じ な い は ず だ 」 )に
関与する。この期待が痛み関連脳部位の活動を抑制し、疼痛を和らげたのである。
ヤ ス パ ー ス の 第 二 の 意 識 、 す な わ ち 対 象 の 意 識 が 前 頭 葉 に 関 係 す る こ と を 如 実 に 示 す証
拠 が 無 視 症 状 で あ る 。 第 9 章 で 述 べ た よ う に 、 無 視 症 状 は 歪 ん だ 空 間 表 象 に 基 づ く 「 トッ
プ・ダウン」的な空間認識の結果生じる。その発症に前頭葉は深く関与している。
特定の刺激に特定の反応をする「連合学習」の成績は前頭葉損傷者で低下する。これは
単 な る 記 憶 の 障 害 で は な い 。 比 較 的 単 純 な 連 合 学 習 は 側 頭 葉 ・ 海 馬 領 域 の 損 傷 で は 障 害さ
れ な い 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は 「 こ の 刺 激 は こ の 反 応 と 結 び つ い て い る 」 と い う 認 識 が 障 害さ
れるため連合学習の成績が低下する。
前頭葉背外側部が連合学習に関与することは動物実験の結果からも明らかにされてい
る 。 渡 辺 ら は あ る 刺 激 に は 反 応 し 他 の 刺 激 に は 反 応 を 抑 制 す る Go/ No-Go 条 件 下 で サ ル
前 頭 葉 の ニ ュ ー ロ ン 活 動 を 記 録 し 、 刺 激 の 様 相 や 種 類 に 関 係 な く Go 刺 激 あ る い は No-Go
刺激に反応するニューロンが存在することを報告している(図22―16)。
動物実験からは次の結果も得られている。刺激に対して反応すれば報酬が得られる時そ
の 反 応 は 出 現 し や す く な る 。 こ れ を 「 強 化 」 と い う 。 前 頭 葉 眼 窩 部 に は 強 化 に 関 与 す るニ
ュ ー ロ ン が 存 在 す る 。 青 に 反 応 す れ ば 報 酬 が 得 ら れ 、 赤 に 反 応 し て も 報 酬 が 得 ら れ な い条
件 で 青 に 反 応 す る ニ ュ ー ロ ン が あ る 。 実 験 条 件 を 変 え て 赤 に 反 応 す れ ば 報 酬 が 得 ら れ 、青
に反応しても報酬が得られないようにするとこのニューロンは赤に反応するようになる。
このように特定の刺激と反応を結合させる連合学習課題遂行時前頭葉の活動性は増大す
る 。 特 に ス ト ル ー プ 検 査 の よ う な 既 に 確 立 さ れ た 刺 激 ― 反 応 結 合 と は 異 な る 反 応 を 学 習す
る 条 件 で は 前 頭 葉 の 活 動 性 は 一 層 増 大 す る 。 学 習 が 成 立 し て し ま う と 前 頭 葉 の 活 動 性 は低
下 す る 。 連 合 学 習 、 す な わ ち 対 象 と 反 応 と を 結 び つ け る 事 、 は 対 象 が 自 分 に と っ て ど んな
意味があるかを認識する事である。これは対象の意識に他ならない。
22-64
第22章
図22-16
Go/ No-Go 条 件 に お け る 前 頭 葉 ニ ュ ー ロ ン の 活 動
こ の ニ ュ ー ロ ン は 視 覚 ( A) 、 聴 覚 ( B) い ず れ の 様 相 で も 刺 激 の 意 味 ( Go も し
く は No-Go) を コ ー ド 化 し て い る 。 視 覚 の 場 合 は 円 と 縦 縞 は Go を 意 味 し 、 十 字
と 四 角 形 は No-Go を 意 味 す る 。 聴 覚 で は サ ル の 鳴 き 声 ( cry) お よ び ヒ ト の 声 (Ah)
は Go を 意 味 し 、 雑 音 ( noise) と ヒ ト の 声 ( Uh) は No-Go を 意 味 す る 。
22-65
第22章
前頭葉が対象の意識と関連を有することは機能画像解析研究の結果からも支持される。
新 奇 な 刺 激 が 提 示 さ れ る と 前 頭 葉 の 活 動 は 活 性 化 す る 。 熟 知 し た 刺 激 で も 従 来 と は 異 なる
文 脈 で 提 示 さ れ る 条 件 で も 前 頭 葉 の 活 動 性 は 増 大 す る 。 よ い 香 り や 美 味 し い 味 の よ う な快
刺 激 が 提 示 さ れ る と 前 頭 葉 眼 窩 部 は 活 性 化 さ れ る 。 特 定 の 視 覚 刺 激 に 反 応 す れ ば 実 際 の貨
幣が得られる課題遂行時にも獲得した金額に比例して前頭葉眼窩部が活性化される。
「視野闘争」と呼ばれる現象がある。右眼と左眼に異なる刺激を提示すると被験者はい
ず れ か 一 方 の み を 認 識 し 他 方 は 認 識 し な い 。 す な わ ち 一 方 の 刺 激 の み が 認 識 さ れ る 。 いず
れ の 刺 激 が 認 識 さ れ る か は 時 々 刻 々 と 連 続 的 に 変 化 す る 。 ル ビ ン の 図 形 ( 図 1 9 - 1 5)
の よ う な 多 義 的 図 形 で は 、 互 い に 両 立 し え な い 二 つ の 知 覚 印 象 の い ず れ か が 認 識 さ れ る。
こ の よ う に 物 理 的 に は 同 一 の 刺 激 に 対 し て 異 な る 意 識 体 験 が 生 ず る 時 、 こ の 意 識 体 験 の変
化 に 対 応 す る 活 動 性 変 化 を 示 す 領 野 は ど こ か 。 リ ー ス ら の 総 説 に よ れ ば 、 そ れ は 第 一 次視
覚 野 や 視 覚 連 合 野 で は な く 前 頭 葉 背 外 側 部 及 び 上 頭 頂 葉 で あ る 。 視 覚 的 消 失 27 で は 二 つ の
視 覚 刺 激 を 異 な る 視 野 に 提 示 す る と 、 一 般 に 左 視 野 に 提 示 さ れ た 刺 激 は 無 視 さ れ る 。 ただ
し 左 視 野 に 提 示 さ れ た 刺 激 が 常 に 無 視 さ れ る 訳 で は な い 。 認 識 さ れ た 刺 激 に 対 す る 脳 活動
性 と 無 視 さ れ た 刺 激 に 対 す る 脳 活 動 性 を fMRIに よ り 比 較 し た 研 究 結 果 が 報 告 さ れ て い る 。
第 一 次 視 覚 野 や 視 覚 連 合 野 の 活 動 性 に 差 は 認 め ら れ な い 。 一 方 、 前 頭 葉 背 外 側 部 及 び 上頭
頂 葉 で は 認 識 さ れ た 刺 激 に 対 す る 活 動 性 が 明 ら か に 大 で あ っ た 。 こ れ ら の 事 実 は 前 頭 葉の
活動性が対象の意識に関連することを示唆する直接的な証拠である。
5.2.3
自己意識
ヤ ス パ ー ス の 第 三 の 意 識 、 す な わ ち 自 己 意 識 の 障 害 の 典 型 は 病 態 失 認 28 で あ る 。 半 盲 患
者 は 半 盲 自 体 を 認 識 出 来 な い 。 同 様 に 、 前 頭 葉 損 傷 者 は 自 ら の 高 次 脳 機 能 障 害 を 認 識 出来
な い 。 交 通 事 故 な ど の 外 傷 に 伴 う 前 頭 葉 損 傷 者 の リ ハ リ ビ テ ー シ ョ ン が 非 常 に 困 難 で ある
理 由 の 一 つ が こ の 病 態 失 認 で あ る 。 タ ル ヴ ィ ン は 前 頭 葉 損 傷 者 で エ ピ ソ ー ド 記 憶 の 想 起が
不 良 で あ る 理 由 の 一 つ と し て 、 種 々 の 事 象 を 「 自 己 の 体 験 」 と し て 認 識 す る こ と が 出 来な
い こ と を 指 摘 し て い る 。 こ れ も 一 種 の 自 己 意 識 の 障 害 で あ る 。 一 般 に 前 頭 葉 損 傷 者 は 自己
に関連した経験を内省すること、想起することに障害を示す。
自己意識が前頭葉と関係することは機能画像解析によっても明らかにされている。自己
27
28
第9章参照。
第9章参照。
22-66
第22章
に関連した情報処理に関与する領野は自己に無関係な情報処理に関与する領野とは異な
る 。 「 あ な た は 幸 せ で す か 」 な ど の 自 己 言 及 命 題 の 記 憶 成 績 は 一 般 的 命 題 ( 「 幸 せ は 楽天
的 と 同 じ 意 味 で す か 」 ) の 記 憶 成 績 よ り 良 好 で あ る こ と が 知 ら れ て い る 。 ケ リ ー ら は 自己
言 及 命 題 記 憶 お よ び 一 般 的 命 題 記 憶 に 関 連 す る 脳 領 野 を fMRI に よ り 検 討 し た 。 自 己 言 及
命 題 記 憶 で は 前 頭 葉 内 側 部 ( 9 野 、 1 0 野 ) の 活 動 性 増 大 が 認 め ら れ た 。 自 己 言 及 命 題の
記憶に9野、10野が関係することは他の研究者によっても報告されている。
種々の名前や顔写真を提示して前頭葉の活動性を測定する実験において、被験者自身の
名 前 や 顔 写 真 を 提 示 す る と 前 頭 葉 の 活 動 性 は 特 に 増 大 す る 。 特 に 興 味 深 い 点 は 、 刺 激 提示
時 間 を 短 縮 し て 、 被 験 者 が 名 前 や 顔 で あ る こ と は 認 識 出 来 る が 自 分 の 名 前 や 顔 で あ る こと
は 認 識 出 来 な い 条 件 で も 前 頭 葉 の 活 性 化 が 生 じ る こ と で あ る 。 ヤ ス パ ー ス の 意 識 の 定 義の
第 三 に 前 頭 葉 が 関 与 し て い る こ と の 現 れ と も 考 え ら れ る 。 ク レ イ ク ら に よ れ ば 、 提 示 され
た形容詞が自己の性格に一致するか否かを判断する課題では左前頭葉が活性化された。
5.3.4
行動の意識的制御
日 常 「 意 識 的 に 行 動 を し た 」 と 表 現 さ れ る 時 、 そ こ に は 「 意 図 的 あ る い は 主 体 的 」 と言
う 意 味 が 含 ま れ て い る 。 こ の 意 味 で の 「 意 識 」 も 前 頭 葉 が 密 接 に 関 与 し て い る 。 ヤ ス パー
スはヒトの行動の発現機序として、
1)内容と方向性のない一次的衝動体験。
2)無意識裡に一つの目標をねらう自然の欲求。
3)意識された目標意識、方法と帰結を知っての上で起こる意志作用。
を 区 別 し た 。 「 意 識 的 な 行 動 」 は 第 三 に 対 応 す る 。 前 頭 葉 損 傷 者 で は こ の 第 三 の 行 動 発現
機 構 が 障 害 さ れ 、 第 一 あ る い は 第 二 の 機 序 で 行 動 が 発 現 し て い る 。 こ れ ま で 述 べ て き た前
頭 葉 損 傷 に 伴 う 高 次 脳 機 能 障 害 の 多 く は 、 ① 意 図 的 あ る い は 主 体 的 に 外 界 に 働 き か け るこ
と の 障 害 、 あ る い は 逆 に ② 余 り に も 意 図 的 あ る い は 主 体 的 要 因 に 依 存 し た 行 動 と し て 特徴
づ け る こ と が 可 能 で あ る 。 「 環 境 依 存 症 候 群 」 は ① の 行 動 発 現 機 構 の 典 型 で あ り 、 脱 抑制
は ② の 行 動 発 現 機 構 の 現 れ で あ る 。 前 頭 葉 損 傷 者 は 前 頭 葉 機 能 評 価 を 目 的 と し た 種 々 の標
準 的 な 検 査 で は 障 害 を 示 さ な い に も 拘 わ ら ず 、 現 実 の 行 動 場 面 で は 重 大 な 誤 り を 犯 す 。場
合 に よ っ て は 犯 罪 行 為 さ え 平 然 と 行 う 。 し か し 彼 ら は そ れ ら の 行 動 が 不 適 切 で あ る こ とは
十 分 認 識 し て い る 。 こ れ は ヤ ス パ ー ス の 指 摘 す る 行 動 の 発 現 機 構 の 第 三 が 大 き く 減 弱 して
いることの現れである。
22-67
第22章
この第Ⅳ部の冒頭で、前頭葉の機能は、①情報の単一の側面ではなく複数の側面を総合
的 に 処 理 す る 、 ② そ の 結 果 に 基 づ い て 外 界 に 対 し て 能 動 的 に 働 き か け る 、 の 2 点 に あ る、
と 述 べ た ( 第 1 9 章 第 1 節 ) 。 こ れ を 一 言 で 表 現 す れ ば 「 意 識 的 行 動 」 で あ る 。 結 局 、前
頭葉が営む最も高次の脳機能、それは「意識」である。
22-68
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