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病態生理からアプローチした薬物療法 肝炎(hepatitis)
病態生理からアプローチした薬物療法 肝炎(hepatitis) そうなる前に肝臓の異常を見つけることが重要で、毎年定期 的に健康診断を受け肝機能検査することが不可欠である。自 覚症状がないからといって油断しないことが肝心である。 肝疾患は、成因別分類としてウイルス性肝炎、薬物性肝障 百瀬 弥寿徳 東邦大学名誉教授 害、アルコール性肝障害、代謝性肝障害(脂肪肝)、自己免 疫性肝炎などに分類される。一方、病型別分類として急性肝 炎、劇症肝炎、慢性肝炎、肝硬変、肝がんなどに分類されて 肝炎は、主に肝炎ウイルスが原因で、慢性化した後に肝 硬変から肝がんの発症に至ることもある。抗生物質や鎮痛 解熱薬などによる薬物性肝障害、大量かつ常習的な飲酒に よるアルコール性肝障害などもある。肝炎および肝障害の 発症機序と病態を概説し、その薬物治療について解説する。 いる。肝炎と肝障害の違いは、ウイルスなどが原因で肝臓に ●肝炎の発症と病態 広範な肝細胞壊死により高度の肝不全症状を呈する予後不良 肝臓は体の中で最大の臓器であり、その重量は成人で 1.2 の病態をいう。また慢性肝炎とは、肝の持続性炎症が6カ月 〜 1.5kg に達する。肝臓には、栄養分を運ぶ門脈と酸素を供 以上続く病態と定義されている。 給する肝動脈の2本の太い血管から1分間に 1.5 リットルも ウイルス性肝炎:わが国で治療を要する肝疾患の約 90%は の血液が流れ込む。門脈が運ぶさまざまな栄養成分は、数百 肝炎ウイルスが原因である。肝炎ウイルスは A、B、C、D、E 種類の酵素を使って代謝されその化学反応が1万種類以上に 型に分類されるが、日本で多いのは A、B、C 型である。1980 もなることから「体内の化学工場」と呼ばれる。肝臓は生命 〜 2008 年までの期間におけるわが国のウイルス別急性肝炎 を維持するのに心臓と同じくらい重要な臓器であることか の 発 症 頻 度 は、A 型 36.8 %、B 型 27.8 %、C 型 8.0 %、 非 ら、例えとして「肝心かなめ」と表現されてきた。肝臓の主 ABC 型 27.0%であった。表1に肝炎ウイルスの概要を示す。 な働きは、代謝、解毒、胆汁の生成である。ここで注意した A 型肝炎は、慢性化することはなく 99%が適切な処置に いことは代謝イコール解毒ではないことである。簡単な例を より治癒に向かい劇症化することは稀である(劇症化は1% 挙げると、酒(エタノール)は肝臓に存在するアルコール脱 以下)。伝染力は強く集団発生することがあり、発症すると 水素酵素によりアセトアルデヒドに代謝されるが、アセトア 発熱を伴う。A 型の感染は経口感染であり、外国旅行でウ ルデヒドは極めて毒性の高い物質である。このことから代謝 イルスに汚染された飲料水や食べ物の摂取により発症する。 炎症が起こる病態をウイルス性肝炎と呼ぶのに対して、薬物 やアルコールなどによる肝細胞の機能低下あるいは障害に よって発症する肝疾患を薬物性肝障害あるいはアルコール性 肝障害と呼んでいる。劇症化とは、症状発現後8週間以内に が即ち解毒ではないことが理解できる。 肝臓は予備能力が高く、約 80%切除しても肝機能は正常 に働く。それ故に肝障害による症状が出たときは症状が進行 していることが多い。よほど病態悪化にならないと症状が現 れないために「沈黙の臓器」とも呼ばれている。肝炎(肝疾 患)になると、だるい・疲れやすい、食欲がない、酒が飲め なくなる、おなかの上のほうが痛む、皮膚や白目が黄色くな る(黄疸)といった症状が現れる。このような症状が出るこ 表1 肝炎ウイルスの概要 主な感染経路 感染様式 A型肝炎 経口 一過性 B型肝炎 血液、性交 急性肝炎での 約40〜50% 約20〜30% 占有率(%) 慢性肝炎での 0 約20% 占有率(%) 肝硬変ないし 肝細胞癌での 0 約15% 占有率(%) C型肝炎 血液 一過性と持続 D型肝炎 血液 E型肝炎 経口 一過性 約15% 極めて稀 稀 約70% 極めて稀 0 約80% 極めて稀 0 〔出典:参考文献2より抜粋〕 ろには、肝臓はかなり深刻な状態に陥っていることが多い。 4 No.19 No.19 5 病態生理からアプローチした薬物療法 2005 年以降は A 型の発生数が顕著に減少しているが、若い としての C 型肝炎ワクチンは残念ながら未だ開発されてい 人が東南アジアなどへ渡航するときは HA ワクチン接種が ない。HCV に感染すると自然治癒することは稀である。薬 予防に有効である。A型肝炎に特異的な治療法はなく急性期 物治療は、インターフェロンとリバビリンの抗ウイルス薬が には入院あるいは安静臥床を原則とし自然治癒を待つ。 用いられる。リバビリンは経口剤としてインターフェロン (注 B 型肝炎は、慢性肝炎の約 20%、肝硬変の約 15%を占め 射)とともに高ウイルス量のとき併用して用いられる標準的 C 型に次いで多い。B 型の感染経路は、針刺し事故などによ な治療法である。リバビリンはプロドラッグ(有効成分の前 る血液および性行為を介する体液である。現在は輸血からの 駆体)で、体内に吸収された後、細胞内での代謝により有効 感染はほとんどない。乳幼児の場合は母子感染が知られてい 成分となり、これがウイルスの核酸複製を妨害すると考えら るが、乳幼児が母子感染した場合は免疫力が不十分のために れている。また肝炎鎮静化の目的でグリチルリチンやウルソ ウイルスの除去が難しくキャリア(持続感染)になることが デオキシコール酸が用いられる。グリチルリチンによる抗炎 多い。新生児、乳児、成人に対して B 型肝炎の感染予防の 症作用や肝細胞膜の保護作用は、グリチルリチンの弱ステロ 目的で HB ワクチンが用いられる。B 型慢性肝炎の薬物治療 イド作用による。 は、ウイルス除去の目的でインターフェロン(IFN)の長期 薬物性肝障害:薬物の服用により肝細胞障害あるいは胆汁 投与が行われ、20 〜 30%の人に効果が現れると報告されて うっ滞が生じる2つの病態がある。胆汁うっ滞では、肝臓内 いる。インターフェロンは多くの副作用を有することが知ら に胆汁がうっ滞し高い頻度で黄疸が現れ、皮膚の痒み感を伴 れている。投与初期1〜2週間後に発熱、筋肉痛、関節痛、 う。肝細胞障害型の起因薬物は、アセトアミノフェン、イソ 全身倦怠感といったインフルエンザ様の症状が高頻度で現れ ニアジド、テトラサイクリン、リファンピシン、メトトレキ るが、非ステロイド性抗炎症薬で対処する。投与から3週〜 サートなどがある。胆汁うっ滞型の起因薬物は、クロルプロ 3カ月後に、うつ症状や不眠などの精神症状がみられる。う マジン、エリスロマイシン、経口避妊薬、抗甲状腺薬などが つ症状がひどくなった場合には、自殺につながる危険性があ ある。また健康食品、民間薬、ハーブなどの摂取によっても るため注意が必要である。また、インターフェロン療法と小 肝障害が報告されているので薬歴に加えて健康食品や民間薬 柴胡湯の併用は間質性肺炎が起こる危険性があるため禁忌で などの使用歴も重要な手掛かりとなる。薬物性肝障害は自覚 ある。この他、内服の抗ウイルス薬としてエンテカビルやラ 症状に乏しく、肝機能検査で発見されることが多い。治療は ミブジンが用いられる。これらの薬はウイルスを死滅させる 原因薬物の中止が基本であり、これにより完治をみる例が多 作用はないが、ウイルスの増殖抑制作用を有し肝機能の改善 い。薬物治療は、肝細胞障害型ではグリチルリチン製剤、胆 効果が期待される。インターフェロンには天然型 IFN-α、 汁うっ滞型ではウルソデオキシコール酸や副腎皮質ステロイ IFN-β、遺伝子組み換え型 IFNα-2a、IFNα-2b があり治療 ドが用いられる。 に用いられている。 アルコール性肝障害:大量かつ常習的なアルコール摂取によ C 型肝炎は、慢性肝炎の約 70%、肝硬変の約 60%を占める。 る肝障害である。アルコール性肝障害を来す飲酒量の目安は、 わが国では慢性肝炎 350 万人、肝硬変 40 万人の患者が推定 日本酒3合を5年以上とされる。女性の場合はこの 2/3 の飲 されている。C 型肝炎は高い確率で慢性化した後、肝硬変か 酒量で肝障害を生じるとされている。発症初期にはアルコー ら肝がんを起こす最も深刻なウイルス性肝炎である。C 型の ル性脂肪肝を呈するが自覚症状はない。進行するとアルコー 感染経路は血液であるが、輸血、刺青、医療従事者の針刺し ル性肝炎、アルコール性線維症、アルコール性肝硬変に至る。 事故などがある。現在は厳格なチェック体制により輸血によ アルコール性肝硬変では、ウイルス性肝硬変に比べて肝がん る C 型肝炎ウイルス(HCV)の感染はほとんどない。予防 の発症頻度は低い。血液検査では、AST 優位のトランスア 6 No.19 No.19 7 病態生理からアプローチした薬物療法 ミナーゼ上昇(AST/ALT 比> 1)、γ-GTP の著明な上昇 ●おわりに を認める。治療は、第一に禁酒が効果的である。アルコール 肝炎を罹患した患者は、治療が長期にわたること、また治 依存症の患者はアルコール性肝障害を合併していても禁酒の 療薬の副作用にも悩まされ心理面からも不安な日常を送るこ 継続が難しい例が多い。この疾患では栄養不良に陥りやすく、 とが多い。必ず良くなるなどと安易な励ましは禁物であるが、 バランスのとれた食事をとることが大切である。薬物治療は、 肝炎の種類によっては薬剤の効果が劇的に現れ完治すること グリチルリチン製剤やウルソデオキシコール酸が用いられ は少なく、患者にとって自身の薬物治療に疑問を感じる例も る。 報告されている。肝炎においては、患者の QOL の改善のた 自己免疫性肝炎:中年女性に好発する自己免疫的な機序が関 めにもメンタルケアを加味した服薬指導が長期にわたる治療 与する慢性活動性肝炎である。血液検査では、AST、ALT、 に大切である。 γ-グロブリン、IgG の上昇を認める。自己抗体として、抗 核酸抗体、抗平滑筋抗体などが検出される。薬物治療は、第 一選択薬として副腎皮質ステロイドであるプレドニゾロンが 服用される。初期量(30 〜 40mg/ 日)から開始し、漸減し 長期投与に移行する。重症例にはアザチプリン、軽症例や維 持療法にはウルソデオキシコール酸が用いられる。 ●肝機能検査 肝炎あるいは肝障害の診断において血液検査は重要な検査 〔参考文献〕 1)百瀬弥寿徳,橋本敬太郎編:疾病薬学,みみずく社,2007. 2)肝疾患,year note, MEDIC MEDIA, 2009. 3)ウイルス肝炎 , medicina 47, 2010. 4)C 型肝炎治療ガイドライン(第1版), 日本肝臓学会 , 2012. 5)病気がみえる vol.1, MEDIC MEDIA, 2012. 表2 肝機能検査 である。表2に主な肝機能の検査項目と基準値、病態との関 連を示す。トランスアミナーゼである AST(GOT)と ALT (GPT)、LDH(乳酸脱水素酵素)は、肝細胞の壊死により 血液中に逸脱される酵素である。急性および慢性肝炎、アル コール性肝障害、脂肪肝、肝がん、劇症肝炎など肝炎の他に 心筋梗塞や甲状腺機能亢進症でも上昇する。肝細胞の合成障 害を反映させるものとしては、アルブミンやコリンエステ ラーゼなどの減少が指標となり多くの肝炎で現れる。注意し たいのはアセチルコリンの分解酵素であるコリンエステラー ゼは、肝硬変、劇症肝炎などの重篤な肝疾患では減少するが、 脂肪肝では逆に上昇が認められる。ALP(アルカリ性ホス ファターゼ)は、黄疸が現れたときに高値を示す。γ-グロ ブリンはアルコール性肝障害、薬物性肝障害、肝がん、脂肪 肝の重症度の指標であり肝の線維化を反映する酵素である が、特にアルコール摂取に敏感に反応する。 肝炎患者の多くは自身の検査値に敏感であり、その数値に 一喜一憂する傾向がある。服薬指導の際は、検査値の意味を 検査項目 トランスアミナーゼ 肝細胞の壊 死を反映す るもの LDH 基準値 単位 AST 8〜38 U/L ALT 4〜44 U/L 106〜211 U/L 3.9〜5.3 g/dL 3,400 コリンエステラーゼ(ChE) U/L 肝細胞の合 〜6,700 成能障害を 凝固因子 PT 12±2 sec 反映するも 総コレステロール(T.Cho) 132〜252 mg/dL の 分岐鎖アミノ酸/ 2.43〜4.40 芳香族アミノ酸比 No.19 備考 扌 ◦肝細胞の壊 死により血 中に逸脱す る(逸脱酵 素) . ➡ ◦本来肝細胞 内で合成さ れるものだ が,合成能 が低下する と血中濃度 も低下する. 扌 ◦TTTはlgM と,ZTT はlgGと 相 関関係にあ る. 扌 ◦胆道系病変 ( 結 石, 腫 瘍など) , 胆内胆汁 うっ滞によ り上昇する. 扌 ◦肝血流量低 下,肝細胞 の取りこ み・排泄障 害などを反 映し排泄が 低下する. アルブミン(Alb) 膠質反応 線維化の程 度を反映す るもの γ-グロブリン TTT ZTT lgG lgA lgM ALP 胆道系酵素 γ-GTP 胆汁うっ滞 を反映する 直接ビリルビン もの 総コレステロール(T.Cho) ICG試験15分値 肝での取り(抱合されずに排泄) こみ・排泄 障害を反映 するもの BSP試験45分値 (抱合されて排泄) 4以下 2〜12 870 〜1,700 110〜410 35〜220 mg/dL 104〜338 16〜73 0.2以下 U/L U/L mg/dL 132〜252 mg/dL 10以下 % 2以下 % 十分理解し患者に安心感を与えるような指導が大切である。 8 障害時 の動向 U U mg/dL mg/dL 〔出典:参考文献5による〕 No.19 9