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現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷
千葉大学法学論集 第2 3巻第3号(2 0 08) リサーチペーパー 5 陳述書の新たな機能に対する学説の反応 四 現行法改正後における陳述書 1 現行法改正後の陳述書の利用状況 2 人証調べの効率化のための陳述書への傾斜 3 陳述書の証明力の問題 五 陳述書と陳述録取書 1 現行法改正段階における陳述録取書導入の動き 2 アメリカのディポジションについて 3 アメリカ連邦民事訴訟規則の改正とディスカバリー の変容論 4 日本の陳述録取書の性格と反対論 5 陳述書と陳述録取書との相違点 六 陳述書の利用に対する近時の提言について 七 おわりに 高 倉 太 郎 ﹁現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷﹂ 一 はじめに 二 旧法下における陳述書 1 陳述書の登場 2 従来型の陳述書の機能 3 証拠としての陳述書の適法性 4 従来型の陳述書に対する実務家の反応 三 現行法改正段階における陳述書に対する評価 1 旧法下での証拠調べと集中証拠調べ実施に向けた取 組み 2 陳述書の新たな機能 3 争点整理段階での陳述書の利用に積極的な実務家の 見解 4 争点整理段階での陳述書の利用に消極的な実務家の 見解 1 6 7 《リサーチペーパー》 ︵1︶ 一 はじめに ているのかを検討する。その際、陳述書と同様の機能を持 つと考えられ、現行法改正時のみならず二〇〇三年改正に 際しても明文化が取り沙汰された陳述録取書との対比も試 みる。 1 陳述書の登場 陳述書は、近時、争点整理及び集中証拠調べの重要性が 強調される中でその利用が広がってきた文書であると評さ ︵5︶ 二 旧法下における陳述書 現行民事訴訟法が施行されて一〇年が経過し、改正当時 盛んに議論された新しい民事訴訟手続も、実務に定着して いる。 陳述書は、現行法改正で導入された争点整理手続や集中 証拠調べを実施するにあたり、実務上頻繁に利用されてい ︵2︶ る。陳述書は、一般的に﹁訴え提起後又は訴え提起に際し て、当事者本人・準当事者又は第三者の供述を記載したも れている。そうすると、陳述書も、争点整理及び集中証拠 調べとの関係において議論されなければならないことにな る。 もっとも、陳述書は現行法改正によって新たに利用が始 まったものではない。旧法下においても、 経理関係や医 師の診療経過など客観的に記載されている文書を専門的知 識をもって説明または整理する場合や、 計算関係や帳簿 関連など形式的な事項を説明する場合、さらには、 離婚 事件など長期間にわたって発生した原被告間の事実を時間 の経過に従って感情を交えず整理する場合など、場面は限 られていたが、その実用があった。そして、特にこれらの ︵6︶ 使用に反対する者はいなかったとされる。 このような従来型の陳述書︵以下、 ﹁従 来 型 の 陳 述 書﹂ という︶は、訴訟記録では、主張︵準備書面︶のところに 綴られるのではなく、書証番号を付されて証拠として提出 ︵3︶ ので、書証の形式で裁判所に提出されるもの﹂と定義され るが、現行法や規則に明文規定を持たない。立法化されな かった理由は、 ﹁陳述書についての議論は今まさに始 ま っ たばかりで、賛否両論が様々に入り乱れ、収斂する方向が ︵4︶ 明らかになったとはいえない﹂ことであったなどといわれ る。 では、賛否両論が様々に入り乱れていた陳述書に関する 議論は、この一〇年でどのような方向に収斂されたのだろ うか。本稿の目的は、現行法への改正を境にして、陳述書 に関する議論がいかなる変遷を辿ってきたのかを明らかに することにある。 まず、旧法下の実務における陳述書の在り方を確認した 上で、現行法改正の前後にどのような議論がなされたのか を検討する。その上で、現在の実務における利用実態を確 認しつつ、陳述書に関する議論がどのような方向に向かっ + ) * 1 6 8 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 12 10 14 15 1 6 9 ︵7︶ 13 され、他の書証と同じく書証目録に記載される。この手続 上の扱いからも分かるとおり、従来型の陳述書は、比較的 複雑かつ形式的事項を説明する場面における証拠方法の一 つと位置付けられていた。 陳述書をめぐる議論を検討する前提として、このような 従来型の陳述書が持つ機能を確認しておく必要がある。 ︵8︶ 3 証拠としての陳述書の適法性 主尋問代替補完機能を有する証拠としての陳述書につい ては、その適法性がそもそも問題となりうる。これは、訴 え提起後に係争事実に関して作成された文書に証拠能力を 認めることができるのか、という問題に換言できる。 昭和初期の頃までの大審院判例は、訴え提起後第三者が 係争事実に関して作成した文書や、人証回避目的で作成さ れた文書は、相手方がその内容を是認しない限り証拠能力 ︵ ︶ を有しないとしていた。これは、この種の文書に証拠能力 を認めると、証人尋問を回避する手段として濫用され、ひ いては直接主義及び口頭主義の要請への抵触が生じると考 ︵ ︶ えられたためであるとされる。 しかし、大判昭和一四年一一月二一日民集一八巻二三号 ︵ ︶ 一五四五頁は、訴え提起後に第三者が作成した文書の証拠 能力を肯定し、裁判所は自由な心証をもってその証拠価値 を判断して事実認定の資料にすることができると判示した。 最高裁もこの判断を踏襲し、更に、訴え提起後に係争事実 に関し当事者自身が作成した文書の証拠能力をも肯定して ︵ ︶ ︵ ︶ おり、以後判例は確定しているとされる。 現行法に照らしてみても、証人の供述を宣誓なしに書面 化するという点では陳述書と同様の性質を持つ書面尋問を 明文で認めていることから︵二〇五条︶ 、それと の 対 比 で ︵ ︶ 陳述書も適法とすることができるとの説明もなされている。 判例及び学説は、陳述書を証拠として利用すること自体 11 2 従来型の陳述書の機能 従来型の陳述書は、主に主尋問に代用しこれを補完する 機能︵主尋問代替補完機能︶を有しており、右の から のような複雑な事件における人証調べの効率化を目的とし ていた。計算書類、専門的・技術的事項、複雑な人間関係 といった事項の人証調べは、口頭での説明だけでは十分な 理解が得られないことが多い。そのような場面で陳述書を 利用することにより、複雑な事項を要領よく説明すること が可能となる。また、尋問時間の短縮を図り、人証調べの 効率化にも繋げることができる。従来型の陳述書は、この ︵9︶ ような主尋問代替補完機能が重視されていたといえる。 もっとも、主尋問代替補完機能は、陳述書が書証である ことから当然に認められる機能であり、後に触れる争点整 理段階で提出される陳述書も、同じ機能を有していると考 えられる。 ) + 《リサーチペーパー》 三 現行法改正段階における陳述書に対 する評価 ︵ ︶ 1 旧法下での証拠調べと集中証拠調べ実施に向けた取組 み 旧法から現行法への改正にあたっての眼目は、集中証拠 調べの実施と、それを円滑に行うための争点整理手続の整 ︵ ︶ 備にあった。 19 1 7 0 は、従来から適法と認めていたといえる。 ︵ ︶ 16 18 旧法下における証拠調べの方式は、証人のうち最も結論 に緊要性の高い証人から順次採用尋問し、第一の争点が終 了して第二の争点に入る前といった途中において、和解の 勧告ないし打診を行い、かつ、申請されている証人の緊要 性 の 程 度 を 検 討 し な が ら、緊 要 性 の 低 い 証 人 の 採 用 を ス キップし、最後に原告本人尋問、次に被告本人尋問を行う ものである。この方法は、主尋問の内容を相手方が十分に 吟味した上で反対尋問に臨むことができる点や、争点ない し証拠調べの節目ごとにそれまでの結果に基づき和解勧告 がなされるため、証拠調べの状況に応じた和解や争点の修 ︵ ︶ 正を行える点などに利点があるとされていた。 しかし、このような審理方式に対して は、 ﹁主 張 の 交 換 および争点の整理が不十分で目標︵証明対象事実︶が不明 確なまま証拠調べが開始されるために、散漫な内容の証人 尋問を適切に制限できず、また申請された証人を無選別に すべて調べる傾向もあって証拠調べが長期化する﹂などの 20 4 従来型の陳述書に対する実務家の反応 従来型の陳述書が一定の事件で限定的に利用されるに過 ぎなかったのは、口頭弁論における直接主義及び口頭主義 の観点から、陳述書の積極的利用は好ましくないという価 値判断が存在していたからであると思われる。直接主義及 び口頭主義が口頭弁論において果たす役割や機能を重視す れば、人証たる主尋問を補完または代替するために提出さ れる陳述書は、例外的に許容される証拠方法に過ぎない。 そのような証拠方法を積極的に利用しようという動きが広 がりを見せなかったのは、ある意味で当然のことであった。 当時のある報告によると、陳述書を一般的に利用するこ とに対しては、裁判官も弁護士も反対の意識が強いとされ る。陳述書は、裁判官にとっては﹁陳述者の戸惑いや結論 ま で の 逡 巡 な ど 紆 余 曲 折 の 経 過 等 が 省 略 さ れ﹂る た め、 ﹁主張をみているようで心証をとり難﹂く、他方、弁護士 にとっては﹁反対尋問をし難い面 が あ る﹂た め、 ﹁一 般 的 にこれを利用することには無理がある﹂と言われていた。 このように、旧法下における陳述書は、実務家からはそ れほど高く評価されておらず、その一般的な利用について ︵ ︶ は消極的な見方が支配的であった。 17 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 ︵ ︶ 22 ︵ ︶ ︵ ︶ 弊害が指摘されていた 。 そこで現行法は、証拠の提出につき適時提出主義︵一五 六条︶を導入すると共に、争点及び証拠の整理手続︵一六 四条以下︶において争点及び取り調べるべき証拠を早期に 確 定 し、こ れ に 的 を 絞 っ て 集 中 証 拠 調 べ を 行 う︵一 八 二 条︶という方式を採用した。 このような現行法への改正に至る過程では、各裁判所に おいて、集中証拠調べ実施に向けた様々な取り組みがなさ 21 れていた。陳述書は、そのような取り組みの中で脚光を浴 びるようになる。陳述書には、提出段階に応じて証拠開示 機能や主張固定機能などの異なる機能を見出すことができ る。そこで、集中証拠調べの円滑かつ有効な実施のために、 かかる機能を積極的に活用すべきである。こういった提言 ︵ ︶ が、裁判官を中心になされたのである。 24 2 陳述書の新たな機能 東京地裁の﹁審理充実方策の実践に関する委員会﹂に参 画し、 ﹁集中証拠調べについての提言﹂の取りま と め に 関 与した大藤敏裁判官は、真に充実した集中審理を行うため には、争点整理の手続で事実と証拠を早期に主張・開示さ せることが重要であるとし、その方策の一つとして陳述書 ︵ ︶ の活用を提言する。 大藤裁判官によれば、 ﹁当事者の主張は準備書面 等 で 明 らかにされ、それに基づいて争点整理が行われる建前﹂で あるが、 ﹁準備書面には、弁護士が法律実務家と い う 視 点 から整理した事実主張のみが記載されている場合が多﹂い ため、尋問するまで間接事実や補助事実が明らかにされず、 新たな争点の出現や主張の変化により、反対尋問が同一期 日にできなくなる場合があるとする。そし て、 ﹁争 点 整 理 段階における陳述書の提出は、この危険を回避するために 有効なものである﹂と説明する。すなわち、弁護士は、陳 述書を作成するために﹁より詳しく当事者から事情聴取﹂ しなければならず、準備書面よりも丁寧に紛争に至る経緯 を把握するようになる。そのため、 ﹁当事者の目 か ら 見 た 紛争の全貌﹂を把握しやすくなる。それと共に、弁護士は 当事者の陳述についての裏付けがどの程度必要かといった 問題意識を持つようにもなる。その結果として提出された 陳述書は、裁判官から見て﹁事実の裏付けという意味で、 準備書面よりも事案の筋を認識することができる﹂書面に なっているということである。 また、陳述書が争点整理段階で提出されれば、裁判所及 び当事者は﹁何が主張として欠けているか、何が証拠とし て 欠 け て い る か、書 証 が あ る の か、供 述 証 拠 の み か、と いった見極めをすることができ﹂るようになる。その結果、 裁判所は適切な訴訟指揮が可能になる。 さらに、陳述書は詳細な背景事情まで含めた当該事件に 関する真実に則した事実を記載したものである。そのため、 ﹁相手方の出方を見て変更していくものでも、段階的に提 1 7 1 23 25 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ 出されるべきものでもな﹂く、準備書面における主張のよ うに、後に大幅に変更される事態も生じにくいとされる。 以上の点を踏まえて、大藤裁判官は、 ﹁争点 整 理 段 階 に おける陳述書の提出、活用は、ディスクロージャーのため の一方策﹂であるとして、その意義を強調する。大藤裁判 官によると、争点整理段階における陳述書には、 事前準 備促進機能、 証拠開示機能、 主張固定機能の三つの機 能を認めることができる。大藤裁判官は、このうち を最 も重視し、 ﹁事案の争点を明確にし、真に尋問す べ き 内 容 を明確にしていくという機能がより重要なものであるとの 陳述書の位置付けを、手続上も明確に﹂するためには、陳 述書は、準備書面により主要な争点が明らかになり主な書 28 ) * 27 また、実務が従来から用いていた陳述書を、複雑な事件 の人証調べという限られた場面のみでなく、より汎用的な 書面として、訴訟手続の中で幅広く活用しようとする意図 も、そこに見出すことができよう。 3 争点整理段階での陳述書の利用に積極的な実務家の見 解 争点整理段階での陳述書の新たな機能︵とりわけ証拠開 示機能︶に対しては、裁判官から強い期待が寄せられてい ︵ ︶ たようである。 大阪地裁で集中審理の試みを実施した前述の井垣裁判官 は、争点整理段階での陳述書の利用について﹁早期に紛争 の全般にわたる陳述書が提出されると、事案を早くかつ広 く理解するうえで効果があり、相手方にも紛争の実情とと もに、関係者や作成された書類等の存在がわかり、証拠開 示機能も持つことが期待され﹂ 、 ﹁事案に応じ、双方の同意 のもとに活用を工夫すべき﹂として、積極的な活用に肯定 ︵ ︶ 的な見解を述べている。 札幌地裁で弁論兼和解及び集中証拠調べの試みを実施し た菅野博之裁判官は、集中証拠調べを効果的に行うために は証拠の早期開示と事前の争点整理が重要であるとする。 そのためには、陳述書が有効かつ現実的な手段であるとし、 特に証拠の早期開示に関しては﹁詳細な準備書面、証拠説 明書及び具体的な尋問事項書等の組み合わせによっても、 29 + 証が出された段階で提出されるべきであるとする。 前述のとおり、争点整理という早い段階で提出される陳 述書でも書証であることに変わりはない。そのため、当該 陳述書は従来からの機能である主尋問代替補完機能を有し ている。それにもかかわらず、大藤裁判官が証拠開示機能 をより重視しようとするのは、争点整理手続の円滑かつ適 正な実施にあたっては、陳述書の持つ書証としての性質が ︵ ︶ 重要な役割を果たすという認識があるためと考えられる。 これは、争点整理を適切に行うためには早い段階で証拠を 吟味する必要があるという考え方であり、現行法で新設さ れた 弁 論 準 備 手 続 に お い て 書 証 の 取 調 べ が 可 能 と な っ た ︵一七〇条二項︶ことと軌を一にするものである。 26 * 1 7 2 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 同様の効果を得ることができ、現にこれをきちんと実行さ れている弁護士も少数だが存在する。しかし、これらが、 満足のいく内容で、かつ早期に提出されることは、総体的 には極めてまれであり、作成の手間や、認否の要否︵準備 書面を詳細化しすぎると、認否が煩雑であり、かえって争 点が増えていくこともありうる。 ︶ 、裁判官からの依頼のし やすさ等を考えると、陳述書の方が現実的手段であろう﹂ ︵ ︶ とし、準備書面に対する弁護士実務の現状を踏まえて陳述 書の効果を説明する。この準備書面に対する見解は、後述 する那須弘平弁護士の現状分析ともほぼ一致するものであ る。弁護士が準備書面をどのような文書と捉え、どのよう なスタンスで作成していたのかということについて、当時 の実情をうかがい知ることができる。 東京地裁で集中審理の取り組みを実施した園尾隆司裁判 官も、 ﹁主尋問の事項の相手方及び裁判所への開示と い う こ と で、お 互 い の 仮 説 を 提 示 し 合 っ た 上 で 尋 問 期 日 に 臨 む﹂ことが集中証拠調べにあたっては重要である旨を述べ 4 争点整理段階での陳述書の利用に消極的な実務家の見 解 争点整理段階での陳述書の利用に対しては、特に弁護士 を中心に、消極的な意見も存在した。塩谷國昭弁護士は、 争点整理は準備書面で行うべきであると主張し、 ﹁陳 述 書 は争点整理にも使われたり、証拠にもなったり、あるいは 階での陳述書の利用に積極的に賛成している。 このように、当時の実務家の間では、争点整理及び集中 証拠調べの適正かつ円滑な実施にあたっては、陳述書の持 つ証拠開示機能が有効であり、そのためには争点整理の初 期の段階での陳述書の提出が望ましいとの意見が、比較的 ︵ ︶ 広範に受け入れられていたように思われる。 30 ︵ ︶ 34 ︵ ︶ 1 7 3 として、弁護士実務の在り方を反省する。そして、当事者 の認識する事実がそのまま書かれることの多い陳述書に対 して、裁判官が証拠開示的な機能を期待することに、一定 ︵ ︶ の理解を示している。また、那須弁護士は﹁陳述書は、早 い時期に提出されることによって広義の争点整理を容易に するだけでなく、人証調べの対象を限定するという狭義の 争点整理にも役立ち、さらには裁判官等による陳述の予測 可能性を高めて集中証拠調べの実を挙げるという三つの効 用を有する﹂とした上で、 ﹁陳述書は、争点 整 理 の た め に こそ有用なのであるから、争点整理の、それもできるだけ 早い段階で提出することが望ましい﹂として、争点整理段 ている。 争点整理段階での陳述書の利用に賛成する意見は、弁護 士の間にも存在したようである。特に那須弁護士は、争点 整理段階で陳述書の利用が提言された背景には、裁判官の ﹁弁護士に対するある種の不信感﹂が影響していると分析 し、弁護士の側に﹁準備書面はあくまで主張であるから事 実を多少あいまいにしても構わない﹂という意識があった 31 33 32 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ ディスカバリーの役割も果たす﹂ものであ り、 ﹁そ の よ う な多目的なものが手続の区別との関係でいいのだろうかと いう疑問﹂があるとして、訴訟資料と証拠資料の峻別の観 点及び準備書面の在り方との観点から、陳述書の利用範囲 ︵ ︶ の無限定な拡大に疑問を呈する。中本和洋 弁 護 士 も、 ﹁争 点整理段階における紛争実態の把握については、間接事実 を記載した準備書面の提出によっても充分可能であ﹂ると した上で、 ﹁陳述書を争点整理段階で提出さ せ、こ れ を 書 証として取調べることは、裁判所に誤った予断を抱かせる ことにつながりかねない﹂として、争点整理段階での陳述 35 38 書の危険性を主張する。これらは、争点整理のための書面 としては準備書面があるから、証拠である陳述書を用いる べきではないとする点で共通する。 また、裁判官にも争点整理段階での陳述書の利用に消極 的な意見が存在した。西口元裁判官は、集中証拠調べの実 施にあたっては、事前に間接事実レベルまで詰めた争点整 理案を作成し、関係者間で争点についての共通認識を持つ ことが重要であり、それは﹁ ﹃弁論の活性化﹄ 、間接事実ま での争点整理による﹃争点の共通 認 識﹄ 、そ れ か ら﹃詳 細 な尋問事項書﹄という三点セット﹂で実現できるとして、 ︵ ︶ 陳述書の必要性を感じないと述べる。西口裁判官自身は、 いわゆる﹁Nコート﹂について﹁口頭主義や直接主義等の 民事訴訟の諸原則を忠実に守り、それらを現代社会のニー ︵ ︶ ズに合わせていこうとするものにすぎ﹂ないと評しており、 36 37 その立場からすると、陳述書は民事訴訟の諸原則を貫徹す るためには必ずしも必要ではないということになろう。 5 陳述書の新たな機能に対する学説の反応 実務家の間での活発な議論とは対照的に、学説の反応は ︵ ︶ 総じて鈍かったようである。そのような中で、準備書面や 尋問事項書との関係及び争点整理段階における手続的規律 の必要性という観点から陳述書の利用に批判を加えたのが、 萩原金美教授、山本克己教授、高橋宏志教授である。 39 ︵ ︶ 40 ︵一︶ 萩原金美教授の批判 一九九三年一二月に法務省民事局参事官室が発表し た ﹁民事訴訟手続に関する改正要綱試案﹂は、公証人作成の 宣誓供述書及び陳述録取書の立法化を提案して い た︵ ﹁試 ︵ ︶ 案 第五 四2﹂ ︶ 。陳述録取書の問題は後述︵五︶するが、 萩原教授は、陳述録取書の問題の前に﹁現行の陳述書それ 自体の是非が大問題﹂であるとして、陳述書の利用そのも のに批判を加える。 萩原教授は、まず、陳述書を利用した主尋問の省略とい う主尋問代替補完機能について、 ﹁このような書面で ど う して自由心証主義のもとで裁判官に期待される心証形成が 可能なのか⋮⋮とうてい理解できない﹂として、従来から の陳述書が有していた機能を批判する。 また、争点整理段階での陳述書のメリットとされる間接 事実や補助事実の早期把握と事案の全体像の理解という点 41 1 7 4 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 ︵ ︶ ︵ ︶ とは一般的に認められているとするが、陳述書の利用は主 として主尋問代替補完機能を念頭に置いたものであるとす ︵ ︶ る。その上で、陳述書の利用一般につい て、 ﹁弁 論 の 中 味 の形骸化﹂という観点から批判を 加 え る。す な わ ち、 ﹁こ れまでの実務では狭義の弁論が中味においても空洞化して おり、本来は弁論で処理されるべき事柄が当事者尋問等の 人証の取調べに先送りされ、そのために人証の取調べに過 重な負担が負わされた結果、口頭尋問を書面で代替せざる を得なくなった﹂という一面があるとして、 ﹁弁 論 の 中 味 の形骸化﹂が深刻な問題であると す る。そ し て、 ﹁現 行 の 実務において本人やそれに準ずる者の陳述書に記載されて いる事項は、本来は準備書面に記載されるべき事項﹂であ 1 7 5 44 43 るとして、陳述書の利用の拡大を批判している。 さらに、山本教授は﹁書証としての陳述書の危険性を回 避しつつ、記載のストーリー性と尋問を受くべき者の記憶 を再現した書面としての性格を有する書面が持つメリット を実現する方法﹂として、 ﹁陳述書を準備書面の 添 付 書 類 ︵ ︶ として提出する﹂という新たな方法を提言する。この方法 は、 ﹁陳述書を、書証ではなく主張としての性質 を 有 す る ものとして純化し、裁判官が、反対尋問を経ない陳述書は 法廷供述に比して低い証明力しか有しないことを看過して ︵ ︶ 事実認定に誤って供することを抑止しようとするもの﹂と いえる。 山本教授の提言には、陳述書のメリットはそれとして認 46 について、このようなメリットは﹁陳述書でなくとも、詳 細な準備書面や尋問事項書で賄えるのではないか﹂と指摘 する。その上で、争点整理段階で心証形成を困難にしかね ない陳述書を用いて間接事実や補助事実を把握するのであ れば、むしろ﹁陳述書の内容を主張させ、争点整理におけ る認否の対象にしたほうがすっきりするし、また簡単なの ではないか﹂と提言する。 萩原教授の問題意識には、争点整理手続、弁論及び証拠 調べにおける陳述書の利用が、民事裁判を過度に調書裁判 化しかねないとの懸念があるものと思われる。萩原教授は、 陳述者の肉声が聞こえてくるように一問一答式を採用する など陳述書の内容を工夫すべきであるとする裁判官の意見 に対して、 ﹁聞こえてくる肉声なるものは、実は 幻 聴 で は ないのかを疑うべき﹂であるとし、このような意見が出て くること自体が﹁民事訴訟のいわば﹃調書裁判﹄化への願 望が歴然と示されている﹂と批判する。そこには、口頭弁 論における直接主義及び口頭主義の堅持ととも に、 ﹁証 言 の真の意味は質問と一体になって初めて明らかになる﹂の であり、 ﹁その意味では、一方当事者は、他 方 当 事 者 の 尋 問の場に立ち会い、その場での暗示・誘導尋問を指摘・修 正する機会を与えられることが望ましい﹂という証言心理 学的な観点からの理由付けも読み取ることができよう。 ︵二︶ 山本克己教授の批判・提言 山本教授は、陳述書が証拠開示的な機能を有しているこ 42 45 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ ︵ ︶ ﹁陳述書という﹃証拠﹄には﹃主張﹄の固定の機能﹂があ ること、である。高橋教授は、こ の 二 つ の 利 点 は、 ﹁証 拠 を参酌しての争点整理の合理性とは、ずれを見せる﹂とし、 ﹁準備書面︵及び口頭での主張交換︶が機能不全を起こし ているがゆえに、陳述書という便法に走ろうとしているの ︵ ︶ ではあるまいか﹂と危惧する。 もっとも、高橋教授は、証拠調べ段階における陳述書は 反対尋問準備に役立ち、証拠開示として重要であるから、 他の手段でも代替不可能ではないもののそれらに勝る効用 があるとして、肯定的見解を述べる。すなわち、集中証拠 調べの計画段階において陳述書が交換されるこ と は、 ﹁反 対尋問の準備に特に効用が大きい﹂とし、集中証拠調べを 行うにあたっては﹁情報の事前開示は不可欠﹂であり、陳 述書はこの点において大きな役割を発揮すると評価する。 他方、証言内容への不当介入などにより証人が汚染される という批判に対しては、いずれも部分的ないし一面的批判 であり、 ﹁証拠開示という利点の前には説得力が十分 と は 50 言いがたい﹂としている。 高橋教授の指摘は、争点整理段階と証拠調べ段階では陳 述書の理論的な正当性や代替可能性が異なることを示して おり、陳述書の複合的性格を明らかにする上で大きな意義 を有しているものと思われる。 51 めつつ、書証である陳述書の無限定な利用に一定程度の歯 止めをかけようとする姿勢がうかがえる。 ︵ ︶ ︵三︶ 高橋宏志教授の分析 高橋教授は、争点整理段階での陳述書利用の真の狙いは 何かという観点から分析し、争点整理段階で出される陳述 書と、集中証拠調べの段階で出される陳述書に分けて、そ の機能について検討を加える。 まず、争点整理段階での陳述書につい て、 ﹁陳 述 書 は 詳 しいのが一般であるから、裁判官の事件理解に資し、争点・ 証拠整理に有用﹂であるとする。すなわち、争点整理の初 期段階での陳述書利用は、争点と証拠の整理を迅速に行う べく、証拠を参照して争点整理をするという点で、文書の 証拠調べを認める弁論準備手続︵一七〇条二項︶と同様の 48 47 機能を有し、その必要性及び合理性は認められるとする。 しかし、 ﹁事件理解の詳しい情報という の で あ れ ば、準 備 書 面 を 詳 細 に す れ ば 同 じ こ と﹂で あ り、む し ろ そ れ が ﹁民事訴訟法の本来の姿﹂であるとして、山本克己教授の ︵ ︶ 提言に賛同する。 それにもかかわらず、準備書面よりも陳述書の提出を希 望する裁判官が多いことの主な理由として、高橋教授は次 の二つを挙げる。第一に、陳述書は準備書面と異なり事実 を時系列で整理して書くことが要求されるから、 ﹁弁 護 士 の訴訟戦術を介さずに当事者本人が持つ第一次情報に早く 接﹂す る こ と が で き る と い う 利 点 が あ る こ と、第 二 に、 49 1 7 6 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 四 現行法改正後における陳述書 ︵ ︶ 53 ︵ ︶ が推測されよう。これは、陳述書の主尋問代替補完機能を 重視する運用であると思われる。 また、近時、全国八地域の二〇〇〇年新受第一審民事通 常訴訟事件二〇一九件を対象に行われた民事訴訟事件記録 の実態調査データをもとに、陳述書の利用実態の解明を試 ︵ ︶ みた研究がなされている。それによると、陳述書の提出が あった事件は五〇七件と全体の約二五%程度を占めており、 申請された人証のうち約半数が陳述書を提出し、そのうち 約八割について人証調べが実施されているという。そして、 陳述書が提出され、人証調べもなされた事件について、約 二割が人証申請前に陳述書が提出され、約四割が人証申請 から人証実施前に、約三割が人証実施と同時に提出されて いるという。このデータからも、陳述書を利用することに より、尋問する当事者数を減少させたり、尋問時間の短縮 を図ったりするケースが増えていることがうかがえる。 57 2 人証調べの効率化のための陳述書への傾斜 現行法改正に際して一部の実務家がその有用性を強く主 張したにもかかわらず、争点整理のための陳述書がそれほ ど利用されていない理由として、集中証拠調べの円滑な実 施のためには、陳述書の機能のうち主尋問代替補完機能こ そが最も重要であると認識されていることが挙げられよう。 つまり、集中証拠調べを円滑に実施するためには、尋問時 間そのものの短縮こそが重要であり、早い段階で陳述書を 1 7 7 58 1 現行法改正後の陳述書の利用状況 旧法下において、全国八地域の一九九一年新受第一審民 事通常訴訟事件一九〇〇件を対象に行われた民事訴訟事件 ︵ ︶ 記録の実態調査データをもとに分析した結果によると、陳 述書が提出された事件は全体の一割強であり、これらの事 件の方が、弁論期日の回数が約五回程度多く、証人尋問や 56 52 55 当事者尋問の実施割合も大きいとされている。このデータ だけからは、陳述書が争点整理の目的で使用されたのか主 尋問を代替する目的で使用されたのかは明らかではない。 しかし、いずれにせよ、陳述書の使用が証人尋問や当事者 尋問と深い関係性を有していることが数字の面で明らかに なっていると述べることは許されよう。 また、現行法施行一年後︵一九九九年︶に日弁連が行っ たアンケートによると、現行法施行後において陳述書の提 出を要求されるケースが増えており、提出時期は﹁第3回 以降の争点整理段階﹂と﹁争点整理後、尋問前﹂が最も多 ︵ ︶ ︵ ︶ ︵ ︶ いという結果が出てい る 。 以上から、現行法施行後、陳述書は争点整理の初期段階 ではそれほど積極的に利用されておらず、むしろ人証調べ に際し、あらかじめ主尋問の内容を把握し、反対尋問や補 充尋問を効果的かつ効率的に行うために、争点整理が終了 した後の人証調べに入る直前の段階で多用されていること 54 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ 提出するよりも、人証調べの前段階で予定されている人証 について陳述書を提出する運用が望ましいと考えられるよ うになったためによろう。 福田剛久裁判官は、 ﹁集中証拠調べの前 提 と し て は⋮⋮ 争点が整理されていることが必要﹂だが、 ﹁証拠 調 べ 自 体 ︵ ︶ も 効 率 化 す る 必 要 が あ﹂る と する。そ し て、争 点 以 外 の ﹁背景事情﹂を法廷に出したいという当事者の強い要望に 応え、かつ﹁背景事情の尋問に時間がとられる﹂という事 態を回避するために、陳述書が必要であると説く。また、 反対尋問は主尋問と異なり要する時間が計算できないため、 ﹁反対尋問がある程度計算できるようにするための資料﹂ を事前に相手方に渡すことで、尋問時間の短縮を図る必要 があるとして、 ﹁陳述書あるいは詳しい尋問事項書が 必 要 60 59 不可欠になる﹂と説明する。 塚原朋一裁判官は、 ﹁集中証拠調べの実施の流れ と は 別 に⋮⋮平成四年ころから陳述書の提出が一般化し、これに 呼応するように、集中証拠調べの実施が次第に隆盛になっ た。集中証拠調べの全国的な実施傾向の大きな原因には、 陳述書の提出の励行による尋問時間の短縮化傾向及び反対 尋問のための準備の可能化がある⋮⋮。確かに、争点整理 の徹底化によって証人及び尋問事項の限定は可能ではある が、尋問時間の飛躍的な短縮︵三分の二ないし二分の一へ の短縮︶は、陳述書の出現によって初めて、可能になった ︵ ︶ ︵ ︶ のである。 ﹂と指摘する 。 61 62 これらの指摘から、現行法施行後、陳述書の機能に対す る考え方がおおよそ次のように変遷したとみることができ よう。すなわち、陳述書は、現行法改正時にはその証拠開 示機能が注目され、争点整理の場面で使用されて争点その ものの数が減ることにより、集中証拠調べの円滑な実施に 繋がるものと期待された。しかし、争点を圧縮して証拠調 べの対象を削っただけでは必ずしも尋問時間の短縮につな がらず、集中証拠調べの円滑な実施が望めないことが理解 されるようになってくる。他方、裁判官や相手方当事者に 尋問事項とその回答を予め明らかにしておけば、主尋問を スムーズに行うことができ、また、その一部を省略できる 場合もあるため、尋問時間が飛躍的に短縮されることが理 解されるようになった。そこで、主尋問を代替または補完 させるために、争点整理手続が終了し証拠調べに移る前の 段階で陳述書を提出させる運用が多くなってきたと考えら れる。 また、審理の充実や促進のために中心的な役割を果たす ものが、争点整理手続よりもむしろ証拠調べ手続そのもの であることが認識されはじめ、議論の焦点もそちらに移っ てきたとの評価も可能であろう。 3 陳述書の証明力の問題 争点整理段階での陳述書の利用が進まない要因として、 陳述書の主張固定機能と証明力の問題も挙げることができ 1 7 8 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 ︵ ︶ ︵ ︶ 自覚的ではないように思われる。松葉栄治弁護士は﹁裁判 所に対して、間接事実を引用しながらわかりやすく流れに 沿って書かれている陳述書を提出することで、事前に有利 な心証の形成をしていただくというかたちで、陳述書はな るべく早期に、勝ち筋の場合はとくに早く出すということ ︵ ︶ が原則﹂と述べる。その一方で、準備書面に対する弁護士 の意識について、川端基彦弁護士は﹁陳述書は通常尋問準 備のために作っているため陳述書作成の際には詳細に事情 を聞くけれども、準備書面はある程度抽象化された事実の 整理でいいことから事情聴取も簡単に済ますということが ある﹂とし、現在の弁護士実務の実態としてそのような事 65 64 五 陳述書と陳述録取書 実があることを率直に吐露する。 陳述書の利用はむしろ弁護士が積極的であるとする裁判 ︵ ︶ 官の指 摘 を併せて考えると、陳述書の積極的活用 を 図 ろ うとする弁護士実務は、証明力の極めて低い書証であるに もかかわらず、それが裁判官の心証を形成する重要な要素 であると考え︵若しくはそれによる早期の心証形成を期待 して︶ 、積極的に陳述書を作成しているということに な る。 66 1 現行法改正段階における陳述録取書導入の動き 陳述録取書は、訴訟における陳述書の利用に関連して提 案された制度である。 ﹁供述者が公証人の面前で宣誓 の 下 に陳述した内容を公証人が録取した書面︵陳述録取書︶等 1 7 9 よう。 先に述べたとおり、争点整理段階での陳述書の利用を肯 定する見解は、主張固定機能を主なメリットの一つとして 挙げる。これは、陳述書が主張ではなく証拠であり、相手 方の出方を見て変更していくものでも段階的に提出される べきものでもないことから、各当事者が争点整理の早い段 階で陳述書を提出しあうことにより、それぞれの主張が固 定され、早期の争点整理に繋がるとの考えである。 しかし、陳述書が事実を記載した書面であるといっても、 その事実は客観的な真実ではなく、あくまでも当事者等が 認識している事実に過ぎない。また、陳述書の多くは代理 人弁護士が当事者等からの事情聴取を経て作成したもので あり、代理人弁護士が陳述書の作成に熱心になればなるほ ど、その陳述書には代理人弁護士の思惑が介入することに なる。裁判官としては、他者の思惑が介入する文書の証明 力は低く見積もらざるを得ないであろう。そのような証明 力の低い文書証拠を早期に提出したとしても、主張や争点 は固定されたことにはならない。 このように、争点整理段階での陳述書利用のメリットと された主張固定機能は、陳述書の証明力の低さを考えた場 合、それほど大きな効果を有していない。それゆえ、裁判 官は、争点整理段階での陳述書の利用に大きな意義を見出 せなかったのではなかろうか。 他方、陳述書を提出する弁護士の側は、この点にさほど 63 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ 71 同制度の位置付けを探ることは、日本における陳述録取書 の議論の流れを把握する上で有益であると考えるからであ る。 2 アメリカのディポジションについて アメリカのディポジション︵証言録取書、供述録取書︶ は﹁法廷以外の場所、例えば弁護士事務所などで、宣誓さ せる権限ある者の前で、質問に答えてなされ、書面化され ︵ ︶ た供述﹂と定義され、 ﹁相手方当事者に直接口頭 で 質 問 で ︵ ︶ きるため、最も重要なディスカバリー手段﹂とされる。 ディポジションには、訴訟提起前及び判決後の上訴時に、 証拠保全のため裁判所の命令で行うものや、書面での質問 に対して証言する形式のものもあるが、一般的には﹁訴訟 開始後に、一方当事者が裁判所の命令を得るまでもなく、 当事者や第三者を弁護士事務所等に証人として召喚し、宣 誓させたうえで、両当事者・弁護士が口頭で交互に尋問を ︵ ︶ 行い、その内容を書面やヴィデオ・テープ等に記録する﹂ ものである。ディポジションでは、証言をする者に対する ︵ ︶ 反対尋問権も保障されているが、証言をする側の弁護士に よる反対尋問は、トライアル前に相手方弁護士にその内容 を教えたくない等の理由により行われることが少ないとさ ︵ ︶ れる。 ほとんどの場合、ディポジションは相手方の当事者や証 人から証言を取るために行われるものであり、自分側の証 77 を書証として提出することができる︵宣誓をした者が公証 人の面前で虚偽の陳述をしたときは、偽証罪の制裁を受け ︵ ︶ る。 ︶ ﹂とする制度であり、 ﹁簡易な証拠保全の 方 法 と し て ︵ ︶ も用いることが可能﹂であると説明される。この提案は一 九九三年一二月の改正要綱試案でも維 持 さ れ︵ ﹁試 案 第 ︵ ︶ 五 四2﹂ ︶ 、その際には、書証として提出される陳述書の ような書面の作成に﹁国の公証作用を担当する公証人が関 与するものとすることは、訴訟において利用することので きる証拠を拡充するという点で望ましいと考えられるほか、 紛争の発生の予防や証拠保全の観点からも適切である﹂と 70 68 の説明が補足されている。 この提案に対しては、 ﹁反対の意見が多数で あ っ た が、 ︵ ︶ 賛成の意見も相当数寄せられた﹂ようであり、文字通り賛 否両論が入り乱れていたが、結局現行法改正時には採用さ ︵ ︶ れなかった。 陳述録取書の導入に強く反対していたのは日弁連である ︵ ︶ が、その反対の理由を検討する前に、まずアメリカ合衆国 ︵以 下、ア メ リ カ と 略 す。 ︶に お け る デ ィ ポ ジ シ ョ ン ︵ deposition.以下、引用部分を除いては片仮名表記とす る。 ︶の制度について簡単に触れる。陳述録取書 は 公 証 人 が供述者の陳述を録取した文書であるが、そのような公証 人作成文書は﹁アメ リ カ 法 の deposition ︵証 言 録 取 書︶に 近く、アメリカ型民事訴訟の継受という側面もあるのかも ︵ ︶ しれない﹂とも評されていることから、アメリカにおける 72 69 74 67 73 79 75 78 76 1 8 0 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 人等の証言を取るために行われるものではない。しかし、 事件の重要証人が公判まで生存しないと考えられる場合等 には、自分側の証人のディポジションを行うことが有利で あるとされる。また、文書の真否の認証等、さほど重要で ない点につき証言の必要があり、公判に同証人を出廷させ るための時間と費用を当事者が惜しむ場合にも有用である ︵ ︶ とされる。 ディポジションは、他のディスカバリー︵ discovery. 以 下、引用部分を除いては片仮名表記とする。 ︶手 段 と 比 べ て、 ﹁事実の明確化、自らに有利な事実の相手方 に よ る 承 認、自らに不利なトライアルでの相手方の証言の予測・調 査の糸口の発見に役立つ﹂とされ、ま た、 ﹁当 事 者 で な い 証人をトライアル前に宣誓させた上で質問できる唯一の手 段﹂であると共に、証拠保全の手段としての機能も有する という長所がある。他方、準備に相当の時間がかかるため 経費がかさむ点、相手方弁護士に対して質問者側の訴訟戦 ︵ ︶ 略を明らかにすることがある点が短所であるとされる。 そもそも、アメリカのディスカバリー制度は、一九三八 年の連邦民事訴訟規則︵ Federal Rules of Civil Procedure ︱以下、連邦規則と for the United States District Courts 略す。 ︶において広範かつ多様な手段を有する開示制 度 と して採用され、一九四七年の Hickman v. Taylor 連邦最高 ︵ ︶ 裁判決においてその意義と機能が強調された。その後、一 九七〇年の連邦規則改正において裁判所の干渉を最小限に ︵ ︶ 抑え、その利用が極限まで認められたとされる。しかし、 それ以降、費用の高騰・手続の遅延・濫用的な利用などの 弊害が目立ち、一九八〇年代の一連の連邦規則改正でもそ れらに対する不満は終息しなかったため、理念転換が主張 されるようになる。すなわち、 ﹁正式なディスカ ヴ ァ リ の 82 83 申立てを待たずに、一定の﹃核心的な訴訟資料︵ core ma︶ ﹄は当事者が手続の冒頭で提出するものとする、新 terial ︵ ︶ しい劇的な初期手続の導入の可能性 が 議論﹂さ れ、 ﹁相 手 方の要求に応じて、事実及び証拠を開示するという姿勢か ら転換し、自己がその存在あるいは内容を知っている事実 及び証拠を進んで開示し、それを基礎として、補充的な資 料について相手方に開示を求めるという考え方、すなわち ︵ ︶ ディスカバリーからディスクロージャーへの理念転換﹂が 説かれるようになったのである。 この理念転換は、アメリカの訴訟制度におけるアドヴァ サリ・システム︵ adversary system ・当事者対抗 主 義︶ に抵触するものであるとして、アメリカ法曹会に﹁嵐のよ 1 8 1 81 3 アメリカ連邦民事訴訟規則の改正とディスカバリーの 変容論 ディポジションはアメリカで最も一般的なディスカ バ リーの手段であり、広範に利用されてきたが、近時のアメ リカでは、ディスカバリー制度そのものを見直す気運が高 まってきたとされている。 85 80 84 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ うな論争﹂を巻き起こしたが、結局一九九三年の連邦規則 ︵ ︶ 改正では次のような改正がなされた。 訴訟手続の初期に おいて、双方の当事者は文書及び証人のリストを開示しな ければならない︵初期ディスクロージャー︵ initial disclo︶ ・連 邦 規 則 二 六 条︵a︶ ︵1︶参 照︶ 。 双方の弁護 sure 士は、事実審理を準備しディスカバリー計画を進めるため に何をなすべきかを話し合うことを目的として、訴訟手続 の早い段階で協議を行わなければならない︵連邦規則二六 条︵f︶参照︶ 。 正式なディス カ バ リ ー は、原 則 と し て、 初期ディスクロージャーが終了した後にのみ行うことがで きる︵連邦規則二六 条︵d︶参 照︶ 。 当事者間の合意ま たは裁判所の命令がない場合には、証言録取書の数は各サ イド一〇までに、質問書の数は各当事者につき二五までに、 その数量が制限される︵連邦規則三〇条︵a︶ ︵2︶ ︵A︶ 及び三三条︵a︶参照︶ 。 連邦 地 方 裁 判 所 は、連 邦 規 則 の全国的なルールを拒絶し、各地方裁判所独自の制度を導 86 - 87 ) , * 入することが容認される︵離脱︵ Opt︱ Out ︶の容認︶ 。 特に、 Opt︱ Out が設けられた点は、当時のアメリカにお いてディスカバリー改革の賛否が激しく分かれていたこと ︵ ︶ を証明するものといえる。この規定が存在することから、 アメリカ法曹界において一九九三年改正がディスカバリー 改革の最終版であると考える者はおらず、その後も﹁初期 ディスクロージャーを余儀なくされる地域の弁護士たちは 一般的に好意をもってこれを受け止めるようになり、他方、 + 88 初期ディスクロージャーを採用しなかった地域の弁護士た ︵ ︶ ちは依然としてこれに反対を続けた﹂とされる。このよう に、一九九三年当時のアメリカにおいて、ディスカバリー からディスクロージャーへの理念転換は定まっておらず、 議論の方向性は不透明であったと考えられる。 その後二〇〇〇年には、 弁護士主導によるディスカバ リーはあらゆる当事者の主張または防御に関連する事項に その範囲が制限される、 初期ディスクロージャーの対象 を開示者に有利な資料に限定する、 証言録取を一日以内 ) + 89 かつ七時間以内に制限する、 離脱︵ Opt︱ Out ︶の容認を ︵ ︶ 削除する、等を内容とする連邦規則改正がなされた。この 二 〇 〇 〇 年 改 正 は、デ ィ ス カ バ リ ー か ら デ ィ ス ク ロ ー ジャーへの理念転換の完成型ではなく、むしろディスカバ リー制度がアメリカ民事訴訟の基本原則であることを確認 したものと評されている。すなわち、二〇〇〇年改正に向 け た 検 討 に 当 た っ て、民 事 規 則 諮 問 委 員 会︵ Advisory ︶は、ノーティス・プリーディ Committee on Civil Rules ングの原則やディスカバリーを通じた十分な開示の原則は ﹁すでにアメリカの民事訴訟の基礎に深く根づいているの ︵ ︶ で、前提として動かないことを確認している﹂と述べてい るのである。 アメリカのディスカバリー制度は、一九八〇年代から二 〇〇〇年にかけて以上のような変遷を辿ったわけであるが、 日本において一九九六年の民訴法改正に向けた要綱試案が * , 91 90 1 8 2 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 92 1 8 3 いたのが一九九三年当時の日本の状況である。このことか ら す る と、デ ィ ス カ バ リ ー の 主 要 な 手 段 で あ る デ ィ ポ ジ ションに一見似ている陳述録取書制度も、様々な捉え方が なされたものと推測できよう。 4 日本の陳述録取書の性格と反対論 日本の陳述録取書は、 ﹁供述者が公証人の面前で 宣 誓 の 下に陳述した内容を公証人が録取した書面︵陳述録取書︶ 等を書証として提出することができる﹂制度として提案さ れているが、これは﹁実務上多用される陳述書の証明力を ︵ ︶ 高めるとの目的意識に沿ったもの﹂と理解されている。 陳述書は、通常、自己の側の当事者や証人の供述を記載 したものであるから、そのような書面を公証人の面前で作 成するという陳述録取書制度は、アメリカで最も頻繁に行 われている相手方当事者や証人に対するディポジションで はない。むしろ、事件の重要証人が公判まで生存しないと 考えられる場合や、さほど重要でない点につき証言の必要 があるが公判に同証人を出廷させるための時間と費用を当 事者が惜しむ場合等に行われる、自分の側の証人に対する ︵ ︶ ディポジションに類似する制度であるといえる。 他方、陳述録取書の作成に際して相手方の立会権を認め たり、陳述録取書の相手方への開示を義務付ければ、ディ スカバリーの手段としてのディポジションではなく、むし ろディスクロージャー的性格を帯びることになる。 94 95 提出されたのは一九九三年一二月のことである。日本の民 訴法改正が、ディスカバリーからディスクロージャーへの 理念転換が激しく議論されたアメリカ連邦規則の一九九三 年改正と時期的に平仄を合わせているのは、偶然の一致で はあるまい。日本の一九九六年民訴法改正に向けた議論の 中で、アメリカのディスカバリーの変化、ことにディスク ロージャーに注目が集まったことは想像に難くない。 一九九三年の連邦規則改正に際しては、ディスカバリー からディスクロージャーへの理念転換の是非につき大規模 な論争が巻き起こり、結果として Opt︱ Out が容 認 さ れ る な ど、アメリカ自体の議論の行方が定まっていなかった。し たがって、アメリカの議論に対する日本側の受け止め方も 様々だったようである。例えば小林秀之教授は、ディスカ バリーの理念転換について、 ﹁少なくとも明確に変革 へ の 第一歩が踏み出されたわけですし、少なくとも、従来の伝 統的なアドヴァサリー・システムとは違う方向に少しずつ 向かいつつあるという点は客観的にもそう理解してよいの ︵ ︶ ではないか﹂との考えを示している。他方、大村雅彦教授 は、 ﹁全体的には、アドヴァサリ・システム を 基 本 的 に は 維持しながら、放縦や過剰負担を抑え、時代の要請である 効率化のためにケース・マネジメントとの調整を図ってい ︵ ︶ る﹂との見方を示している。 このように、アメリカのディスカバリー制度そのものの 方向性に対する理解一つをとっても異なる見方が存在して 93 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ ︵ ︶ もある。 結局、陳述録取書の立法化に対する弁護士サイドからの 反対説の論拠は、反対尋問権が保障されていない書証に高 い証明力を認めることで人証取調べが制限されてしまうこ ︵ ︶ とを問題視する点に尽きるといえよう。そうすると、弁護 士サイドは、陳述録取書の作成にあたって相手方の立会権 や 反 対 尋 問 権 を 認 め る こ と で、相 互 に 情 報 を 開 示 し あ う ディスクロージャー的な制度を志向していると考えること ︵ ︶ 100 101 ができる。 次に、萩原教授は、 ﹁民事訴訟実務における 書 証 の 人 証 に対する相対的優位性﹂の問題を重要視さ れ、 ﹁反 対 尋 問 権が実質的に空洞化﹂するという問題を有する陳述録取書 の導入は認められないとする。その上で、 ﹁陳述 録 取 書 を 立法化するとすれば⋮⋮相手方に反対尋問権を認め、公証 人に尋問主宰者として尋問を整理する権限︵異議申立に対 する裁定権を含む︶を与えるような措置を伴わなければな ら﹂ず、それは結局﹁米国のディポジションと同様の制度 ︵ ︶ の創設﹂であるとする。また、萩原教授は陳述録取書の機 能として挙げられる簡易な証拠保全の手段という点につい ても、 ﹁裁判所は現在でも負担過剰を嫌って、証 拠 保 全 を 歓迎しないから、このような証拠保全的利用は証拠保全制 度の空洞化をさらに加速し、民事訴訟の事実認定の適性度 を著しく低減するおそれがある。問題は証拠保全制度の改 ︵ ︶ 善として正面から議論すべきである﹂とする。萩原教授は 103 104 したがって、陳述録取書制度に対する賛否は、陳述録取 書をディポジション類似の簡易な証拠保全手段として位置 付 け て こ れ を 認 め る の か、さ ら に 進 め て デ ィ ス ク ロ ー ジャー的性格を持つ手続として構築するのか、という点に かかっていると思われる。 ︵ ︶ 陳述録取書制度に対しては、日弁連から反対の意見書が 出されたように、弁護士サイドからの反対が強かったとさ れる。また、萩原金美教授も詳細な反対論を述べている。 まず、弁護士サイドからの反対の主な論拠として、第一 に、宣誓及び偽証罪の担保のもとに反対尋問を経ない公証 人面前調書たる陳述録取書にあえて高い証明力を認めるこ とは、真実発見と公正適切な心証形成にとって不適切であ ること、第二に、現在の公証実務では供述の信用性を高め 97 99 96 ることにならないこと、が挙げられている。 第一の点は、さらに、宣誓及び偽証罪の制裁が真実性担 保のために役立たないという点と、反対尋問権が保障され ないことの不都合性に分けることができるが、人証手続に おける証言の真実性担保の手段は、相手方当事者による反 対尋問権の保障と裁判官による補充尋問にあることからす れば、反対説の論拠として意味を持つのは反対尋問権が保 ︵ ︶ 障されていない点に集約されよう。また、第二の点は、公 ︵ ︶ 証人に対する弁護士の強い不信感を指摘する見解もあるが、 立会権と反対尋問権が保障されていれば公証人の面前で書 かれた証書の内容自体は信用しないことはないとする指摘 98 102 1 8 4 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 ︵ ︶ ︵ ︶ ことができるか﹂という現実的な問題もある。陳述録取書 と比べ作成にあたって労力がさほどかからず、かつ、弁護 士が主体的に作成に関与できる点が、陳述書の利用が広が ︵ ︶ る要因の一つであると考えられる。 二つ目は、使い勝手の相違である。陳述書は、手続のど の段階で提出するか、それにいかなる機能を認めるかが定 まっていない﹁ヌエ的﹂なものであり、未だ明確な規律が なされていない。したがって、当事者は早い段階で陳述書 を提出することも否定されないし、裁判官は早期に提出さ れ た 陳 述 書 を﹁事 案 の 実 態 を 早 め に 教 え て も ら う た め の 1 8 5 さらに、公証人が報酬の低さから陳述録取書の作成に積極 的でない可能性がある点も考慮し、公証人を介さずに、陳 述書を﹁弁護士同士が交換して立証活動の基礎にする、あ るいは、和解交渉の資料にする﹂という形での利用を提案 ︵ ︶ する。 ︶ 107 108 109 ツール﹂として使用することができるという利便性がある。 これに対し、訴え提起後に係争事実に関して当事者または それに類する者が作成した書面に高い証明力を付与しよう とする陳述録取書には、 ﹁制度的に﹂一律に高い 証 明 力 を ︵ ︶ 付与するという運用面での固さがある。そのため、口頭主 義及び直接主義の原則や反対尋問権の保障といった民事訴 訟 の 基 本 原 則 と の 整 合 性 が よ り 強 く 問 題 視 さ れ る。し た がって、提出時期などについて一定の規律が課せられ、陳 述書に比べて使い勝手の面で制約を受けることになる。 このように、作成段階や手続における提出段階で融通が 利く点が、陳述書隆盛の最大の要因であるといえよう。 111 5 陳述書と陳述録取書との相違点 現在までのところ、陳述録取書制度は、簡易な証拠保全 の制度としてであれディスクロージャーの制度としてであ ︵ 106 ︵ ︶ れ、立 法 化 に 至 っ て いない 。他 方、陳 述 書 の 利 用 は 益 々 拡大している。この違いは、陳述書と陳述録取書との間に 次の相違点があるためと考えられる。 一つ目は、作成段階での相違である。陳述書の作成は、 主に弁護士と供述者との間でのみ行われ、作成段階に対立 当事者の立会や裁判所の関与は全くない。そして、陳述書 をいかに上手く書くかが﹁弁護士のスキル﹂であり、弁護 士は供述者から聴取を行い、事実を時系列的に纏め上げ、 より説得的な陳述書を作成することができる。これに対し て、陳述録取書は公証人の面前での供述者の供述を公証人 が録取するものであるから、弁護士が自ら筆をとって作成 することができない。事前に供述者と内容を確認しておく こともできるが、手間がかかる。立会権や反対尋問権が保 障されたとしても、 ﹁紛争がそれほど顕在化していな い 段 階での陳述録取書作成に、現在の多忙な弁護士が立ち会う 110 105 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ ︵ ︶ 112 ︵ ︶ 115 七 おわりに る。 ともあれ、 ﹁ヌエ的﹂と評される陳述書に関 す る 議 論 が さらに深まり、訴訟手続における位置付けが明確になるこ とは好ましいことであり、同提言はその一つの契機になる と思われる。 ︵ ︶ 判的見解も存在する。また、集中証拠調べによって採用さ れる証人の数が限定されることとの関係で、中心的争点に 直接関係しないとして証人尋問が不採用となった場合でも、 周辺的争点や中心的争点の前提事実に関する立証手段とし て、ある程度高い証明力を有する陳述録取書を利用するこ とは、合理的審理計画を立てる上で大きな意味を有すると ︵ ︶ する学説もある。 仮に、相手方に反対尋問の機会を与えないまま書証によ り事実認定されることへの危惧が正当なものだとすると、 現在行われている主尋問﹁代替﹂機能を重視した陳述書の 運 用 も 避 け る べ き で あ り、陳 述 書 は あ く ま で も 主 尋 問 を ﹁補完﹂するための補充的な位置付けのみが与えられるべ きであると思われる。そうだとすると、陳述書利用につき ﹁反対尋問が不要とされるべき場合﹂として幅広い例外規 定を設ける同提言はやや不十分なものではないかと思われ 116 以上、本稿では、現行法改正前後における代表的な実務 家の見解及び学説を分析し、陳述書に期待された役割につ 117 六 陳述書の利用に対する近時の提言に ついて 近時、第二東京弁護士会は﹁陳述書に関する提言﹂と題 ︵ ︶ する提案を行った。同提言は、 ﹁陳述書の提出及 び 利 用 は、 その後の口頭弁論において陳述書の作成者に対する尋問を 実施する予定がある場合に限って行うことを原則とする必 要がある﹂としつつ、真実発見の要請や手続の効率化等の 観点から、口頭主義及び反対尋問権の保障が後退すべき場 合も存在するとして、専門家による陳述書、客観的な理由 により出頭不能である者の陳述書、提出者に不利益な内容 を含む陳述書については、反対尋問を経ずに証拠として利 用できてよいとしている。 同提言の狙いは、陳述書を画一的かつ無制限に証拠とし て利用することに一定の歯止めをかけようとする点にある と思われるが、その根底には、 ﹁現在の陳述書は 常 に 反 対 尋問によるテストを必要とするようなバイアスのかかった ものであり、あるいはそれ以上の虚偽事実が紛れ込んでい る﹂危険性があるという認識が存在しているように思われ 113 る。 同提言に対しては、反対尋問権の保障は制度的保障であ り、 ﹁陳述書について常に反対尋問が必要なので は な く、 必要なときに反対尋問ができれば十分﹂であるから、尋問 を申請しない者の陳述書の利用を認めないことに対する批 114 1 8 6 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 いて検討を試みた。 では、陳述書に期待された証拠開示機能や主張固定機能 その結果、旧法下で複雑な事件の人証調べの効率化とい は、いったいどうなったのであろうか。考えられるのは、 う限定的な目的で用いられていた陳述書が、現行法改正前 陳述書のかかる機能に対する期待は、陳述録取書導入の議 の一九九〇年代前半以降、争点整理手続の早い段階で用い 論に反映されているということである。日本で導入が議論 られることにより証拠開示や主張固定といった役割を果た されている陳述録取書は、相手方からの証拠収集の手段で すことが期待されてきたことが明らかになった。 あるアメリカのディポジションとは異なり、自らの供述を 一九九〇年代前半は、アメリカでディスカバリー制度の 開示し、これを書証として保全する制度である。したがっ 改革が議論されている時期であり、一九九三年の連邦規則 て、陳述録取書は証拠開示機能や主張固定機能を有してい 改正では Opt︱ Out を含んだ形で初期ディスクロージャー制 るといえる。現行法改正後、二〇〇三年改正に際しても陳 度が導入され、ディスカバリーからディスクロージャーへ 述録取書の導入が議論されていたことから、陳述書に期待 の理念転換が盛んに議論されている状況にあった。 された役割は、陳述録取書に対する期待に置き換わってい ︵ ︶ その頃の日本では、現行法への改正に向けた議論の中で、 るものと考えられる。 陳述書の証明力を高める陳述録取書制度の導入の是非が検 今後も、陳述書及び陳述録取書については様々な議論が 討されていた。陳述録取書は、ディスクロージャーの代表 展開されると思われる。陳述書に関する過去の議論の変遷 的手段であるディポジションに一見すると類似の制度と言 を辿った本稿が、将来の議論に僅かでも寄与できればと願 われていたから、アメリカのディスカバリー制度の改革に う次第である。 関する議論が、日本の議論に何かしらの影響を与えた可能 性があると考えられる。 ︵1︶ 本稿においては、特に断りがない限り、一九九八年 し か し、結 局、現 行 法 で 陳 述 録 取 書 制 度 は 導 入 さ れ な 一月一日に施行された現行民事訴訟法を﹁現行法﹂と かった。また、陳述書についても、現行法が施行された後 略す。また、現行民事訴訟法の条文の引用は、特に法 の運用では、争点整理手続の段階ではあまり用いられず、 令 名 を 明 示 す る こ と な く、現 行 法 の 条 文 番 号 の み を むしろ人証調べの効率化や尋問時間の短縮のために、争点 もってする。 整理手続が終了し人証調べに入る前に提出されるケースが ︵2︶ 比較的若い世代の弁護士には、 ﹁陳述書 は 出 す の が 多いようである。 当たり前﹂との認識が存在しているようである︵第二 118 1 8 7 理﹂青 山 善 充 伊 = 藤 眞 編﹃民 事 訴 訟 法 の 争 点︵第 三 版︶ ﹄ ︵有 斐 閣、一 九 九 八 年︶一 六 二 頁 他。藤 田 広 美 ﹃講義民事訴訟法﹄ ︵東京大 学 出 版 会、二 〇 〇 七 年︶ 二八二頁は、陳述書を﹁実務上、集中証拠調べの前提 条件ともいえるほどに大きな役割を果たしている﹂と 東京弁護士会民事訴訟改善研究委員会﹁陳述書の運用 評する。 に 関 す る シ ン ポ ジ ウ ム﹂判 タ 一 二 〇 〇 号︵二 〇 〇 六 ︵6︶ 坂本・前掲註︵3︶四頁。 年︶五七頁︹松葉発言︺ ︶ 。同シンポジウムでは、司法 ︵7︶ 西口元﹁陳述書をめぐる諸問題︱研究会の報告を兼 修習五〇期は司法研修所において陳述書を民事実務に ねて﹂判タ九一九号︵一九九六年︶三七頁。 おける必須のツールとして教えられている世代である、 ︵8︶ 坂本・前掲註︵3︶五頁。 とする川端基彦弁護士の発言もある︵同五七頁︶ 。 ︵9︶ 第一東京弁護士会民事訴訟促進等研究委員会﹁新民 ︵3︶ 坂 本 倫 城﹁陳 述 書 を め ぐ る 諸 問 題﹂判 タ 九 五 四 号 事訴訟手続試案︵迅速訴訟手続要 領︶ ﹂ジ ュ リ 九 一 四 ︵一九九八年︶四頁。 号︵一九八八年︶五五頁では、訴訟遅延の改善策とし ︵4︶ 北尾哲郎﹁書証その他﹂三宅省三ほか編﹃新民事訴 て、 ﹁陳述書が提出されている場合 は、主 尋 問 は 原 則 訟法大系︱理論 と 実 務︱第 三 巻﹄ ︵青 林 書 院、一 九 九 として省略する﹂との提言がなされている。これは、 七年︶六八頁。もっとも、陳述書について明文の規定 ﹁単純な事件では、陳述書だけで済む場合もあ﹂り、 が設けられなかったのは﹁書証としての陳述書を利用 ﹁複雑な計算関係などは、主尋問でやりますと、時間 するかどうかは⋮⋮実務の運用に委ねれば足り、特に がかかりすぎ﹂るところ、 ﹁陳 述 書 が あ れ ば、た と え 立法による手当を必要とするものではないとの趣旨に ば 経 歴 だ と か 交 友 関 係 だ と か の 尋 問 を 省 略 し て、ズ 出た﹂からであるとする見解もある︵山本克己﹁人証 バッと核心に入っていける﹂からであると説明されて の取調べの書面化︱﹁陳述書﹂の利用を中心に﹂自正 いる︵岡村勲 加 =藤和夫 小 =島武司 高 =橋宏志 竹 =下 四六巻八号︵一九九五年︶五七頁︶ 。 守夫﹁ ︹座談会︺訴訟促進・審理の 充 実 問 題 の 展 開 方 ︵5︶ 伊藤眞﹃民事訴訟法︵第三版三訂版︶ ﹄ ︵有斐閣、二 向﹂ジ ュ リ 九 一 四 号︵一 九 八 八 年︶二 〇 頁︹岡 村 発 〇 〇 八 年︶三 五 九 頁、西 野 喜 一﹁争 点 整 理 と 集 中 審 言︺ ︶ 。 ︵ ︶ 大判明治三二年五月二日民録五巻五号四頁、大判昭 和四年四月五日民集八巻二四九頁等。 《リサーチペーパー》 ︵ ︶ 坂本・前掲註︵3︶七頁。 ︵ ︶ 評釈に つ き、兼 子 一﹃判 例・民 事 訴 訟 法﹄ ︵弘 文 堂、 一九五〇年︶二二四頁、池田浩一﹁判批﹂民事訴訟法 1 0 1 1 21 1 8 8 判例百選︵別冊ジュリ五 号︶ ︵一 九 六 五 年︶一 一 六 頁。 ては、交互尋問の技術を磨き、充実した法廷を実現す ︵ ︶ 最判昭和二四年二月一日民集三巻二号二一頁。評釈 ることが本筋﹂である︵那須弘平﹁争点整理における につき、石川明 小 陳述書の機能﹂判タ九一 九 号︵一 九 九 六 年︶一 九 頁︶ 。 =池和彦﹁判批﹂法学研究︵慶応義 塾大学︶五三巻六号一五三頁︵一九八〇年︶ 。 ︵ ︶ 法 務 省 民 事 局 参 事 官 室 編﹃一 問 一 答 新 民 事 訴 訟 ︵ ︶ 以上の判例の変遷につき、坂本・前掲註︵3︶七頁。 法﹄ ︵商 事 法 務 研 究 会、一 九 九 六 年︶六 頁、西 野・前 ︵ ︶ 高橋宏志﹁陳述書について︱研究者の視点から﹂判 掲註︵5︶一六二頁。 タ九一九号︵一九九六年︶二七頁。 ︵ ︶ 現行法の争点中心審理と対比して、旧法下の審理方 式は﹁五月雨式﹂とか﹁漂流型﹂と呼ばれることが多 い︵加藤新太郎﹁弁論準備手続の機能﹂青山善充 伊 = 藤眞編﹃民事訴訟法の争点︵第三版︶ ﹄ ︵有斐閣、一九 九八年︶一六四頁参照︶ 。 ﹁五月雨式﹂なる用語がいつ か ら 使 わ れ 始 め た の か は 判 然 と し な い が、畔 上 英 治 ﹁集中審理・計画審理﹂法律時報三九巻七号︵一九六 七年︶九〇頁では、裁判官が﹁多くの審理事件を手持 ちしながら、予測困難ながらほぼ平均的な終局事件に つ い て、多 数 事 件 同 時 審 理 の 合 間 に 判 決 に と り か か る﹂という審理方式を﹁雨だれ方式﹂と称していると 説明されている。現行法改正に向けた議論の段階では、 争点及び証拠整理の手続が整っていない旧法下におい て、 ﹁ひと月に一度程度開かれる口頭弁論期 日 に お い て、当事者が交互に準備書面を提出する﹂という審理 方式が、 ﹁いわゆる五月雨式の審理 方 式﹂で あ る と 説 明 さ れ て い る︵法 務 省 民 事 局 参 事 官 室 編・前 掲 註 ︵ ︶一六八頁︶ 。 1 7 1 8 1 8 9 1 8 1 9 1 3 1 6 4 1 51 ) + ︵ ︶ 司 法 研 修 所 編︵岩 佐 善 巳 中 =田耕三 奥 =山興悦 = 佐々木茂美 福 ﹃民 事 訴 訟 の プ ラ =田剛久 市 =川 正 巳︶ クティスに関する研 究﹄ ︵法 曹 会、一 九 八 八 年︶一 二 五頁。もっとも、同研究は、本文二1の から のよ うな場面においては、陳述書はその利用価値を発揮す ることとなり、それ以外の場面でも、陳述書の長所を 生かし得る事案の場合は、代理人と協議して積極的利 用を図るべきであるとする。 ︵ ︶ 現在最高裁判所裁判官で、現行法の改正作業に関与 した那須弘平弁護士は、それまでの訴訟手続において 陳述書を全く重視していなかったとして、当時の見解 を次のように述べる。 ﹁所詮、陳述書は 二 流 か つ 安 手 の証拠方法でしかない。いずれは、本人や証人が法廷 で直接陳述するのであり、そこでの陳述の方が真実に 近いことは明らかだ。陳述書は、事件処理の重圧に苛 まれる裁判官が省力化のために編み出した苦肉の策に 過ぎず、まともに取り上げる価値はない。弁護士とし 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 ︵ ︶ 塚原朋一﹁集中証拠調べの理念、効用及び実践﹂塚 原ほか編﹃新民事訴訟法の理論と実務︵下︶第三版﹄ ︵ぎょうせい、一九九七年︶四二頁。西野喜一﹁民事 集中審理の問題点﹂判時一三四一号︵一九九〇年︶三 頁は、 ﹁集中審理では証拠調べに入ってから の 融 通 を 効かせにくい﹂ことから、 ﹁証人を一人 聞 く 毎 に そ こ で生じた事情、変動をその都度考慮し、その後の予定 を弾力的に考えることができるという現行︵筆者註・ 旧 法︶の 方 式 に は 已 む を 得 な い 一 面 が あ る﹂と す る ︵同七頁︶ 。 ︵ ︶ 上 原 敏 夫﹁訴 訟 の 準 備 と 審 理 の 充 実﹂新 堂 幸 司 編 ﹃講座民 事 訴 訟 第 四 巻 審 理﹄ ︵弘 文 堂、一 九 八 五 年︶一九一頁。審理期間が長 期 化 す る 結 果、 ﹁緊 張 感 を欠く審理のために審理の充実度⋮⋮も必ずしも高く ない、という重大な問題﹂があるとも指摘される︵中 野 貞 一 郎 ほ か 編﹃新 民 事 訴 訟 法 講 義︵第 二 版 補 訂 版︶ ﹄ ︵有 斐 閣、二 〇 〇 六 年︶二 五 八 頁︹上 原 敏 夫 執 筆︺ ︶ 。 ︵ ︶ 集中証拠調べの利点と問題点とを簡潔にまとめた文 献として、井垣敏生﹁民事集中審理について︱体験的 レポート︱﹂判タ七九八号︵一九九三年︶六頁。 口元裁判官のいわゆる﹁Nコート・スタイル﹂の実施 ︵西口元 太 =田朝陽 河 =野一郎﹁チームワークによる 汎用的訴訟 運 営 を 目 指 し て︵一︶∼︵三︶ ﹂判 タ 八 四 六号七頁、八四七号一一頁、八四九号一四頁︵以上、 一九九四年︶ ︶ 、水戸地裁における民事集中証拠調べの 試行︵水戸地裁集中証拠調研究会﹁中小裁判所におけ る民事集中調べの試 み︵一︶ ﹂判 時 一 五 五 六 号︵一 九 九六年︶七頁以下︶等である。 ︵ ︶ 一九九一年の東京地裁プラクティス第一小委員会作 成の﹁陳述書の活用につ い て﹂で は、 ﹁陳 述 書 を 利 用 すべき事件の種類については特に限定する必 要 は な い﹂として、陳述書の積極的な活用が提言されている。 同委員会は、一九九七年の﹁集中証拠調べついての提 言﹂でも、陳述書を活用した集中証拠調べの実施を提 言 し て い る。生 島 弘 康﹁陳 述 書 の 活 用﹂門 口 正 人 編 ﹃民事証拠法大系第三 巻﹄ ︵青 林 書 院、二 〇 〇 三 年︶ 一七八頁は、 ﹁特に大都市部の裁判所を中心 に そ の 積 極的な活用が提唱され﹂たとする。 ︵ ︶ 以下の引用部分について、大藤敏﹁東京地裁におけ る審理充実方策﹂判タ八八六号︵一九九五年︶五一頁 以下。 ︵ ︶ 大藤裁判官は、陳述書の提出時期やその争点整理の 方法に着目した場合、陳述書を活用した集中証拠調べ は二つの類型に分けられ る と す る。す な わ ち、 ︵ ︶ Ë ︵ ︶ 一例を挙げれば、大阪地裁第九民事部における井垣 2 4 2 5 2 0 2 1 2 2 2 3 敏生裁判官による集中審理の実施︵井垣・前掲註 ︵ ︶ 六頁以下︶ 、同じく大阪地裁第一一民事部に お け る 西 2 2 2 6 《リサーチペーパー》 1 9 0 2 5 1 9 1 を聞くよりは事案の内容を理解しやすくなり、適切な 反対尋問や補充尋問が可能となるとする︵大藤・前掲 註︵ ︶五三頁︶ 。 ︵ ︶ 司法研修所編︵篠原勝美 中 =田昭孝 吉 =川愼一 瀬 = 戸口壯夫︶﹁民事訴訟の新しい審理方法に関する研究﹂ ︵法曹会、一九九六年︶七六頁では、争点及び証拠整 理の初期の段階の陳述書に期待する姿勢が特に強い。 ︵ ︶ 井垣・前掲註︵ ︶二一頁。 2 2 2 8 2 5 ︵ ︶ 菅野博之﹁弁論兼和解と集中的証拠調べ︱札幌地方 裁判所における実情と私見﹂判時一五一三号︵一九九 五年︶三八頁。 ︵ ︶ 伊藤眞ほか﹁ ︿座談会﹀民 事 集 中 審 理 の 実 際﹂判 タ 八八六号︵一九 九 五 年︶一 九 頁︹園 尾 発 言︺ 。も っ と も、園尾裁判官は、陳述書の提出時期については﹁争 点整理が終わった段階﹂で当事者双方に提出を求める と述べている︵一九頁︶ 。これ は、集 中 証 拠 調 べ を 行 うにあたって、事前に原告・被告双方のストーリーを 把握し、人証調べを効果的かつ効率的に行うことに主 眼を置いた陳述書の活用方法であり、陳述書の証拠開 示機能とともに、主尋問代替補完機能も重視する考え であると思われる。これに対して、園尾発言を受けて、 大藤裁判官は﹁陳述書を主張整理の段階で互いに交換 することによって、双方が自己の認識や理解とどの点 に相違があるのか、また、どこが争いのポイントなの ! ! ! ! ! ! ! ! 尋問期日直前の弁論期日ないしは弁論兼和解期日また は尋問期日の一、二週間前に双方から尋問予定の本人 ないし本人に準じる証人の陳述書を提出してもらう類 型と、 ︵ ︶準備書面により主要な争点 が 明 ら か に な り主な書証が提出された段階で、本人ないし本人に準 じる証人について詳細な内容の陳述書を提出してもら う類型である。大藤裁判官は、より早い段階で出され る類型︵ ︶の方が、 ﹁当事者と裁 判 官 が 事 案 の 争 点 について一層明確な認識を持つ﹂ことに役立つし、争 点整理段階で議論を深めることで﹁一層深みのある審 2 7 9 3 02 3 1 Ì Ì 理ができ﹂るとする︵大藤・前掲註︵ ︶五二、五三 頁︶ 。 ︵ ︶ もっとも、大藤裁判官は、従来型の陳述書の主尋問 代替補完機能が全く無意味なものではなく、集中証拠 調べに際して一定程度有効であること自体は認めてい る。すなわち、陳述書は、本人ないしそれに準じる証 人が、事件の争点に一応関係のある範囲で当該事件の 経緯を時系列的に詳細に述べるものであるから、この ような書面が当事者双方から提出されることにより、 ほぼ争いがないと思われる事実と、尋問で立証してい くべき実質的争点とが明らかとなり、当該争点につき 重点的に尋問する結果、効率的な尋問と尋問時間の短 縮が可能になるとする。また、裁判官も当事者も事前 に陳述書を読んだ上で法廷に臨むため、いきなり尋問 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 かを正しく知る重要な手がかりになります。 ﹂ ︵傍点筆 者︶と述べており、むしろ証拠開示機能の重要性をよ り強調している。陳述書の重要性を指摘する点は両裁 判官とも同じであるが、陳述書の利点についての考え 方には若干の違いが見受けられる。 ︵ ︶ 伊藤ほか・前掲註︵ ︶一八頁︹那須発言︺ 。 ︵ ︶ 那須・前掲註︵ ︶二四頁。 ︵ だ﹂と述べている︵大阪地方裁判所民事右陪席判事会・ 判 事 補 会﹁争 点 整 理 及 び 集 中 証 拠 調 べ を め ぐ る 諸 問 題﹂判タ八四八 号︵一 九 九 四 年︶一 六 頁︹井 垣 発 言︺ 。 小田耕治裁判官も同旨︵同二〇頁︶ ︶ 。井垣裁判官は、 陳述書が一般に心証形成を困難にするとして、主尋問 代替補完のための陳述書の多用には批判的で あ る が ︵前掲註︵ ︶二 〇 頁︶ 、本 文 で 述 べ た と お り、陳 述 書の証拠開示機能を利用した争点整理には積極的意見 を述べている。 3 8 3 9 0 4 4 1 ︵ 3 1 3 1 3 1 ︵ ︵ 1 7 2 2 ︶ 山本克己教授は、陳述書に対する数人の裁判官の評 ︵ ︶ 一九九六年一〇月一五日開催の東京弁護士会特別研 価を分析し、 ﹁証拠開示的機能との関係で陳 述 書 に 対 修講座における西口発言。東京弁護士会編﹁新民事訴 する評価が明らかにされるこ と は 少 な い﹂が、 ﹁陳 述 訟法と弁護士業務︱民事裁判の大改革とその対応策﹂ 書が適時に提出される場合には、証拠開示的な機能を 別冊NBL三九号︵一九九七年︶一五六頁。 有することは一般的に認められている﹂とする︵山本・ ︵ ︶ 例えば、西口・前掲註︵7︶四〇頁以下の﹁陳述書 前掲註︵4︶五八頁︶ 。 に関する参考文献目録﹂の中で、 ﹁陳述 書 に 関 す る 論 ︶ 伊藤ほか・前掲註︵ ︶一七頁︹塩谷発言︺ 。 文﹂として挙げられているのは、後述する萩原金美教 ︶ 中 本 和 洋﹁陳 述 書 の ガ イ ド ラ イ ン﹂判 タ 九 三 七 号 授と山本克己教授の二つの論文だけである。山本克己 ︵一九九七年︶五四頁。 教授は、一九九五年に発表された 論 文 に お い て、 ﹁陳 ︶ 伊 藤 ほ か・前 掲 註︵ ︶一 八 頁︹西 口 発 言︺ 。な お、 述書について本格的に論じた論稿はなく、裁判官が自 尋問時間節約のために陳述書を多用することに消極的 分自身の集中審理の仕方を紹介する論稿などの中に、 な意見を述べる裁判官も存在する。例えば、井垣裁判 陳述書の利用方法とそれに対する評価が散見されるに 官は﹁陳述書は、背景事情や計算関係の説明等、目的 過ぎ﹂ないとする︵山本・前掲註︵4︶六〇頁︶ 。 を限定して、尋問時間を節約し、中心的争点に尋問を ︵ ︶ 以下の本文︵一︶の引用部分につき、萩原金美﹁目 の裁判か、耳の裁判か﹂判タ八五八号︵一九九四年︶ 集中するために補助的に使用する限度にとどめるべき 八、九頁。 ︵ ︶﹁民事訴訟手続に関する改 正 要 綱 試 案﹂二 五 頁・法 2 33 3 43 5 3 63 3 7 《リサーチペーパー》 1 9 2 務省民事局参事官室編﹃民事訴訟手続に関する改正要 綱試案﹄別冊NBL二七号︵一九九三年︶所収。 ︵ ︶ 萩原・前掲註︵ ︶一〇頁。引用部分は、菅原郁夫 ﹁証人尋問の心理学的考察﹂法学五一巻五号︵一九八 七年︶七七八頁からの引用であるが、萩原教授はこの 指摘が甚だ重要であると述べている。 ︵ ︶ 山本・前掲註︵4︶五八頁。 ︵ ︶ 山本・前掲註︵4︶五九頁。山本教授は陳述書の性 格について、 ﹁訴訟資料の提出という性格が 非 常 に 強 いにもかかわらず、書証という形式をとっているヌエ 的なもの﹂と評し、訴訟資料と証拠資料の峻別を建前 としている民事訴訟において、主張である準備書面や 尋問事項書でやるべきことを、陳述書という書証で行 う こ と に 対 す る 抵 抗 感 を 示 す︵伊 藤 ほ か・前 掲 註 の 一 部 と す る 方 法 を 提 唱 す る︵伊 藤 ほ か・前 掲 註 ︵ ︶一 九 頁︹西 口 発 言︺ 。西 口・前 掲 註︵7︶四 〇 頁︶ 。 ︵ ︶ 坂本・前掲註︵3︶一三頁。坂本裁判官は、山本教 授や西口裁判官の提案を﹁鋭い優れた指摘﹂とする。 もっとも、主張として純化すると、書証であるからこ そ有する主尋問代替補完機能などは期待できないし、 ﹁現実的には弁護士は陳述書を書証として提出し裁判 官の心証に供する方が有利と考えて陳述書を準備書面 に添付する方法を選択しないであろう﹂といった考え から、この方法が実務に浸透するかどうかについては 懐疑的な態度をとる。 3 1 ︵ ︶ 以下の記述につき、高橋・前掲註︵ ︶ 。 ︵ ︶ 高橋・前掲註︵ ︶三〇頁。もっとも、高橋教授は、 契約書は内容が固定しているが、陳述書は後の証人尋 問で証人が別の供述をする可能性があるため、争点及 び証拠整理を行うにあたり主張の立証可能性を審査す る段階で﹁陳述書に依拠しすぎることは危険﹂であり、 ﹁陳述書を使っての争点・証拠整理は、意味があるけ れども、契約書を使っての争点・証拠整理ほどには有 効でなく規範的にも正当性が高くはない﹂とする︵高 4 6 1 5 1 5 橋・前 掲 註︵ ︶三 一 頁︶ 。ま た、高 橋 教 授 は、証 拠 調べの採否の側面でも、証人尋問申出は尋問事項書と ともになすものであり︵民訴規則 三 一 条︶ 、証 言 内 容 1 9 3 3 1 4 0 手方に直送する、という新しいやり方を提案する。西 口裁判官も同様に、陳述書を準備書面に添付して主張 1 5 4 5 7 4 84 4 2 3 4 44 ︵ ︶二〇頁︹山本発言︺ ︶ 。 ︵ ︶ 山本克己﹁陳述書問題について﹂判タ九三八号︵一 九九七年︶七一頁。山本教授はその具体的な方法とし て、準備書面の中に﹁原告本人の記憶にかかる本件の 事実関係については、本準備書面に添付された原告本 人作成の陳述書を参照されたい﹂などと記載した上で、 陳述書を書証ではなく添付書類として︵民訴規則五五 条二項︶準備書面と同時に裁判所に提出し、かつ、相 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 を示してするものではないから、 ﹁規範的に は 陳 述 書 は登場しなくてよい﹂ことになる、とも指摘する︵高 橋・前掲註︵ ︶三一頁︶ 。 ︵ ︶ 高橋・前掲註︵ ︶二八頁。 ︵ ︶ 高橋・前掲註︵ ︶三〇頁。高橋教授は、争点整理 の初期段階での陳述書は、 ﹁争点整理そのも の と は 異 なる機能を期待されているものであり、その意味で不 1 5 5 1 51 純 な﹂も の で あ る と す る︵高 橋・前 掲 註︵ ︶三 五 頁︶ 。 ︵ ︶ 高橋・前掲註︵ ︶三二、三三頁。なお、証拠調べ 段階での陳述書も準備書面や尋問事項書などで代替で きないかという点について、高橋教授は、理論的には 可能であるとしながらも、尋問事項書では回答部分が ないから証人予定者の供述内容を細かく記載すること ができないし、また、準備書面でも本人が書くのか代 理人弁護士が書くのかによって反対尋問の準備のため には微妙な差異があるとし、 ﹁一般的には陳 述 書 の 方 が 容 易 で あ り 優 位 に あ る﹂と す る︵高 橋・前 掲 註 ︵ ︶三三、三四頁︶ 。 9 5 04 1 5 1 5 1 5 ︵ ︶ 詳細につき、民事訴訟実態調査研究会編﹃民事訴訟 の計量分析﹄ ︵商事法務研究会、二〇〇〇年︶ 。 ︵ ︶ 藤本利一﹁陳述書提出事件の実態分析︱陳述書の利 用状況把握に向けた準備的考察﹂立命館法学二七一、 二七二号︵二〇〇〇年︶一四二八、一四三四頁。証人 5 1 5 2 5 3 尋問実施割合は、 ﹁陳 述 書 な し﹂が 原 告 一 一・五 三%、 被 告 五・一 一%に 対 し て、 ﹁陳 述 書 あ り﹂が 原 告 四 一・七 四%、被 告 二 四・七 七%と、 ﹁陳 述 書 あ り﹂の 方が明らかに証人尋問実施割合は高い︵一四三六頁表 七︶ 。また、当事者尋問実施割合は、 ﹁陳述書なし﹂が 原 告 一 四・〇 三%、被 告 一 〇・二 三%に 対 し て、 ﹁陳 述書あり﹂が原告四九・五四%、被告三六・七〇%と、 こちらも﹁陳述書あり﹂の方が明らかに当事者尋問実 施割合は高い︵一四三九頁表八︶ 。 ︵ ︶ 日 本 弁 護 士 連 合 会﹁新 民 訴 法 の 運 用 に 関 す る ア ン ケート﹂判タ一〇〇七号︵一九九九年︶八六頁。回答 状況一一三名。 ﹁新民事訴訟法が施行され陳 述 書 の 提 出を要求される度合いが増えたと思いますか﹂という 問に対し、 ﹁思う﹂が八二名と、 ﹁思わない﹂の三〇名 の倍以上に上っている。また、 ﹁提出時 期 は い つ で す か﹂と い う 問 に 対 し て は、 ﹁第2回 弁 論 期 日 ま で の 間﹂が一一名、 ﹁第3回以 降 の 争 点 整 理 段 階﹂が 四 〇 名、 ﹁争 点 整 理 後、尋 問 前﹂が 四 一 名 と な っ て い る ︵同八〇、八一頁︶ 。 ︵ ︶ 裁判官が陳述書の提出を訴訟手続のどの段階で当事 者に求めるのかについて、村田渉裁判官は、争点整理 手続で詰められる争点とは無関係な記述も含まれる陳 述書が早い段階で何通も提出されるのは争点整理を円 滑に行うためには望ましくないとして、 ﹁通 常 の 場 合 5 4 5 5 《リサーチペーパー》 1 9 4 ︵ ︶ 生島・前掲註︵ ︶一七八頁も、陳述書は﹁主尋問 に代用するものとして⋮⋮人証調べ時間を短縮して効 率的な尋問を行うことが主な 目 的 で あ っ た﹂が、 ﹁平 成3、4年ころから平成6、7年ころにかけて、尋問 時間の短縮だけではなく、事前の証拠開示にも役立つ ことが陳述書の機能として強調されるようになり⋮⋮ 一般的に広く人証予定者の陳述書が利用されるように な﹂り、 ﹁現行民事訴 訟 法 が 施 行 さ れ た 後 も、⋮⋮特 に、現行民事訴訟法が目指す争点中心型審理の眼目で ある集中証拠調べの実務での定着の浸透と歩みを同一 にして、集中証拠調べの不可欠のツールとして、ほと んどの訴訟において活用されている﹂と分析する。陳 述書を集中証拠調べのための不可欠なツールであると 評価する見解について、同旨・松本伸也﹁陳述書の利 用・訴 訟 代 理 人 の 立 場 で の 問 題 点 と 改 善 へ の 期 待﹂ ︵上谷清ほか編﹁新民事訴訟法施行3年の総括と将来 の展望﹂ ︵二〇〇二年︶二九一頁︶ 。 ︵ ︶ 内田ほか・前掲註︵ ︶二八頁︹村田発言︺による と、 ﹁反対尋問を経ていない、あるいは 人 証 調 べ を 経 ていない陳述書は、それが信用できることについて合 理的な理由がない限り⋮⋮その信用性はかなり低いも のだと考えるのが通常であ﹂り、 ﹁多く の 裁 判 官 は そ のように考えて訴訟運営や事実認定を行っている﹂と い う。生 島・前 掲 註︵ ︶一 九 七 頁 は、 ﹁反 対 尋 問 を 1 9 5 5 5 2 4 には、争点が確定される段階までは陳述書の提出を留 保してもらい、裁判所と当事者間に真の争点に関する 共通認識が醸成された後に﹂提出してもらうと述べて いる︵内田実ほか﹁陳述書の光と影︱報告文書を中心 として﹂判タ一二二〇号︵二〇〇六年︶二〇頁︹村田 発言︺ ︶ 。 ︵ ︶ 井上哲男裁判官は、陳述書は﹁いろいろな段階で出 てくる﹂ ︵傍点筆者︶と述べ、水野 有 子 裁 判 官 は 当 事 者の方が陳述書を積極的に利用していると述べている ︵前 掲 註︵2︶五 八 頁︹井 上 発 言︺ 、五 九 頁︹水 野 発 言︺ ︶ 。なお、井上裁判官は、陳述書自体の証明力をそ れ程認めないため、どのようなタイミングで陳述書が 提出されてもそれほど気にはならない、と述べる。 ︵ ︶ 竹下ほか・前掲註︵ ︶一一三、一一四頁。 ︵ ︶ 塚原・前掲註︵ ︶四九頁。 5 9 5 7 2 0 5 7 8 5 95 0 6 16 6 2 6 3 5 6 ! ! ! ! ︵ ︶ 濱田陽子﹁人証と陳述書の関係について︱民事訴訟 の 計 量 分 析︵続︶︱﹂帝 塚 山 法 学 一 六 号︵二 〇 〇 八 年︶一五八頁。 ︵ ︶ 濱田・前掲註︵ ︶一五三、一五五頁。 ︵ ︶ 竹下守夫 青 =山善充 伊 =藤眞ほか﹁研究会・新民事 訴訟法をめぐって︵一四︶ ﹂ジ ュ リ 一 一 二 一 号︵一 九 九七年︶一 一 二 頁︹ ﹃研 究 会 新 民 事 訴 訟 法︱立 法・ 解 釈・運 用﹄ ︵ジ ュ リ 増 刊︶所 収、二 二 五 頁 以 下︵有 斐閣、一九九九年︶ ︺ 。 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 2 4 経る前の陳述書の証明力は、準備書面あるいは当事者 の主張と同程度であり、事実認定には弁論の全趣旨と 同程度の証明力しかないものと考えるのが妥当﹂とす る。学説でも、専門家の陳述書、いわゆる私鑑定が、 当事者の主張を補うものに過ぎず、書証としての証拠 能力は認められないとする見解︵中野貞一郎︶もあり、 書証として認められるとしてもその証明力は低いとさ れるのが一般的であるとされる︵第二東京弁護士会民 事訴訟改善研究委員会・前掲註︵2︶六三頁︹山本発 言︺参照︶ 。 ︵ ︶ 第二東京弁護士会民事訴訟改善研究委員会・前掲註 ︵2︶五七頁︹松 葉 発 言︺ 。同 氏 は 更 に、陳 述 書 は 弁 護士が作成に関与するので、内容について一定のコン トロールができるとし、陳述書をいかに説得的に書く かが﹁弁護士のスキル﹂であると述べる。 ま た、前 掲 註︵ ︶の 日 弁 連 の ア ン ケ ー ト で は、 ﹁陳述書を提出した目的はどこにありますか﹂という 問 に 対 し、 ﹁裁 判 所 に 早 く 心 証 を 形 成 し て も ら う た め﹂という答えが三六名 に 上 る。こ れ は、 ﹁尋 問 時 間 を節約するため﹂の五二名、 ﹁主尋問を や り や す く す る た め﹂の 三 九 名 に 次 い で 三 番 目 に 多 い 答 え で あ る 6 5 5 4 5 4 に開催された第二東京弁護士会主催のシンポジウムに おける発言であるが、丁度一〇年前の一九九五年に行 われた座談会でも、那須弁護士が同旨の発言をしてお り、興味深い︵伊藤ほか・前掲註︵ ︶一八頁︹那須 発言︺ ︶ 。 ︵ ︶ 前掲註︵ ︶参照。 ︵ ︶﹁民事訴訟手続に関する検 討 事 項﹂三 七 頁・法 務 省 民事局参事官室編﹃民事訴訟手続の検討課題﹄別冊N BL二三号︵一九九一年︶所収。 5 6 3 1 ︵ ︶﹁民事訴訟手続に関する検討事項補足説明﹂三七頁・ 法務省民事局参事官室編﹃民事訴訟手続の検討課題﹄ 別冊NBL二三号︵一九九一年︶所収。 ︵ ︶ 前掲註︵ ︶ 。 6 6 76 ︵ ︶﹁民事訴訟手続に関する改正要綱試 案 補 足 説 明﹂四 四頁・法務省民事局参事官室編﹃民事訴訟手続に関す る改正要綱試案﹄別冊NBL二七号︵一九九三年︶所 収。 ︵ ︶﹁ ﹃民事訴訟手続に関する検討事項﹄に対する各界意 見の概要﹂三九頁・法務省民事局参事官室編﹃民事訴 訟手続に関する改正要綱試案﹄別冊NBL二七号︵一 九九三年︶所収。学界における賛成論として、伊藤眞 ﹁専門訴訟の行方﹂判タ一一二四号︵二〇〇三年︶八 頁以下、小林秀之﹃新証拠法︵第二版︶ ﹄ ︵弘文堂、二 〇〇三年︶二九〇頁等。 4 1 6 8 9 7 06 7 1 6 4 ︵前掲註︵ ︶八〇頁参照︶ 。 ︵ ︶ 第二東京弁護士会民事訴訟改善研究委員会・前掲註 ︵2︶六五頁︹川 端 発 言︺ 。こ れ は、二 〇 〇 五 年 九 月 《リサーチペーパー》 1 9 6 7 6 9 6 8 0 8 2 示 手 続 と そ の1970、 、 年 改 正 に つ い て ︵1︶ ﹂法学志林七 九 巻 四 号︵一 九 八 二 年︶一 三 頁、 高橋宏志﹁米国ディスカバリー法序説﹂法協百年論集 7 6 7 6 前掲註︵ ︶八一︱八三頁。 ︵ 1947 ︶日 ︵ ︶ Hickman v. Taylor, 329 U.S. 495 . 本語の 解説として、竹下守夫・英米判例百選︵第一版︶二五 四頁、住吉博﹁ヒクマン原則の成立と展開﹂法学新報 七三巻一号三五頁、二、三号九五頁︵以上、一九六六 , 7 7 87 7 9 8 0 8 1 8 2 7 1 7 2 7 3 7 4 7 5 7 6 第 三 巻︵有 斐 閣、一 九 八 三 年︶五 二 七 頁、小 林 秀 之 ﹃新版アメリカ民事訴 訟 法﹄ ︵弘 文 堂、一 九 九 六 年︶ 一四八頁以下、浅香吉幹﹃ア メ リ カ 民 事 手 続 法﹄ ︵弘 1 9 7 ︵ ︶ その後、二〇〇三年改正にあたっても議論の対象と 文堂、二〇〇〇年︶七三頁以下、などがある。また、 なったが、後述のとおり結局改正要綱試案にも載せら イングランドの開示手続について、長谷部由起子﹁民 れなかった。 事訴訟における情報の収集﹂成蹊法学三七号︵一九九 ︵ ︶ 伊藤・前掲註︵ ︶一〇頁。伊藤教授は、日弁連が 三年︶一四五頁︹ ﹃変 革 の 中 の 民 事 裁 判﹄所 収、九 七 提出した意 見 書︵後 掲 注︵ ︶ ︶が、そ の 後 の 審 議 に 頁以下︵東京大学出版会、一九九八年︶ ︺ 。 大きな影響を及ぼしたとする。 ︵ ︶ 浅香・前掲註︵ ︶七九頁。 ︵ ︶ 高橋宏志﹁証拠調べ立法論素描﹂木川統一郎博士古 ︵ ︶ 連邦民事訴訟規則三〇条︵C︶ ﹁証 言 を す る 者 に 対 稀祝賀﹃民事裁判の充実 と 促 進 中 巻﹄ ︵判 例 タ イ ム する尋問及び反対尋問は、連邦証拠規則の規定にもと ズ社、一九九四年︶一〇 八 頁︹ ﹃新 民 事 訴 訟 法 論 考﹄ づいて公判で認められるのと同様に、手続を進めるこ 所収、一五二頁︵信山社、一九九八年︶ ︺ 。 とができる。 ﹂ ︵訳文につき、霜島甲一ほか﹁アメリカ ︵ ︶ 田中英夫編集代表﹃英米法辞 典﹄ ︵東 京 大 学 出 版 会、 連邦民事訴訟規則︵翻訳︶第5章 証言録取書及び開 一九九一年︶より。 示手続﹂法学志林七九巻 四 号︵一 九 八 二 年︶四 二 頁︶ 。 ︵ ︶ モ リ ソ ン・フ ォ ー ス タ ー 外 国 法 事 務 弁 護 士 事 務 所 ︵ ︶ モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所・ 前掲註︵ ︶八八頁。 ﹃アメリカの民事訴訟︵第二版︶ ﹄ ︵有斐閣、二〇〇六 ︵ ︶ ドナル ド・L・モ ー ガ ン︵寺 井 庸 雅 訳︶ ﹁日 本 企 業 年︶八〇、八一頁。アメリカのディスカバリー制度が のための米国証拠開示実務 どのようにデポジション 紹介されている主な文献として、霜島甲一﹁アメリカ ︵証言録取︶の準備を行うか﹂国際商事法務二三巻七 合 衆 国 の 開 示 手 続﹂法 学 志 林 七 九 巻 四 号︵一 九 八 二 号︵一九九五年︶七五一頁。 年︶一頁、高橋一修﹁アメリカ連邦民事訴訟規則の開 ︵ ︶ モリソン・フォースター外国法事務弁護士事務所・ 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 年︶ 、英米判例百選︵第三版︶一三六頁。 九九五年︶一一七頁。 ︵ ︶ 連邦規則三四条に基づく文書等の提出要求について、 ︵ ︶ 一九九四年時点で、デラウェア州、ミシガン州東部 それまで必要とされた﹁相当の理由﹂の立証を不要と 地区、ニューヨーク州南部地区、ニューハンプシャー し、裁判所の許可なく一方当事者が相手方に対して文 州などが初期ディスクロージャーの導入を見送ってい 書 等 の 提 出 を 求 め る こ と が で き る と さ れ た︵伊 藤 眞 たようである︵林田学﹁アメリカにおけるディスカバ ﹁開示手続の理念 と 意 義︵下︶ ﹂判 タ 七 八 七 号︵一 九 リの改正について﹂ジュリ一〇四七号︵一九九四年︶ 九二年︶一三頁︶ 。 一一二頁︶ 。一九九四年三月時点で、全 米 九 四 地 区 の ︵ ︶ リチャ ー ド・L・マ ー カ ス︵三 木 浩 一 訳︶ ﹁ア メ リ 連 邦 地 方 裁 判 所 の う ち、連 邦 規 則 の デ ィ ス ク ロ ー カにおけるディスカヴァリの過去、現在、未来﹂大村 ジャーをそのまま採用しているところが三二地区、別 ︵商 雅彦 三 な形のディスクロージャーを導入しているところが三 =木浩一編﹃アメリカ 民 事 訴 訟 法 の 理 論﹄ 事法務、二〇〇六年︶三九頁。 一地区あり、逆に暫定的にディスクロージャーを当面 8 3 8 4 8 8 ︵ ︶ 伊藤・前掲註︵ ︶一七頁。 Schwarzer, The Fedは採用しないとしているところが一八地区、最終的に 採用しないとしているところが五地区あるとの報告が eral Rules, The Adversary Process, and Discovery ︵ 1989 ︶ . ある︵大村・前掲註︵ ︶一四〇頁︶ 。 Reform, 50 UNIV. PITT. L. Rev. 703, 717, 721 ︵ ︶ マーカス・前掲註︵ ︶三九頁。議論の詳細につき、 ︵ ︶ マーカス・前掲註︵ ︶四一頁。 ・ The Prospects ︵ ︶ マーカス・前掲註︵ ︶四二頁。 Marcus, Of Babies and Bathwater for Procedural Progress, 59 Brooklyn L. Rev. 761, 805 ︵ ︶ 笠井正俊﹁ディスカバリと当事者・裁判所の役割﹂ ︱ ︵ ︶ . 民訴雑誌四八号︵二〇〇二年︶二三七頁。マーカス・ 12 1993 ︵ ︶ 以 下 の 改 正 の 内 容 に つ い て は、マ ー カ ス・前 掲 註 前掲註︵ ︶四六頁も参照。 《リサーチペーパー》 8 3 ︵ ︶三九頁以下によった。その他、一九九三年の連 邦規則改正に伴う初期ディスクロージャーについての 詳細な日本語解説として、大村雅彦﹁民事訴訟におけ るディスクロージャーについて︱連邦民事訴訟規則に おける開示合理化の改革﹂比較法雑誌二九巻一号︵一 8 4 8 4 48 8 48 7 ︵ ︶ 竹 下 守 夫 ほ か﹁ ︿シ ン ポ ジ ウ ム﹀民 事 訴 訟 法 の 改 正﹂民訴雑誌四一号︵一九九五年︶一六五頁︹小林発 言︺ 。 ︵ ︶ 大村雅彦﹁アメリカ民訴における開示手続の変革﹂ 民訴雑誌四一号︵一九九五年︶二一七頁。大村・前掲 9 08 9 19 9 2 9 3 8 4 8 5 8 6 8 7 1 9 8 註︵ ︶一四五頁は、 ﹁出 来 上 が っ た 改 正 規 則 は、伝 統的なアドヴァサリ・システムの観念を擁護する立場 との妥協・調整の産物であり、これらの改革派︵筆者 判 事、 Schwarzer 判 事 な ど︶が 主 張 し た よ 注・ Bazil うな、ディスクロージャーを主とし、ディスカヴァリ を従とするような形に変容したとはいえない。その意 味で、ディスカヴァリからディスクロージャーへとわ が国でしばしば標語的にいわれる表現が与えるイメー ︵ ︶ 日本弁護士連合会﹁ ﹃民事訴訟手続に関 す る 改 正 要 綱試案﹄に対する意見書﹂ ︵一 九 九 四 年 三 月︶一 一 五 頁。 ︵ ︶ 山下孝之 阿 =多博文﹁宣誓供述書・陳述録取書﹂判 タ 八 七 三 号︵一 九 九 五 年︶二 〇 頁 が、日 弁 連 意 見 書 ︵前掲註︵ ︶ ︶と同様の立 場 か ら、陳 述 録 取 書 に 対 してより詳細に批判を加えている。 ︵ ︶ 伊藤・前掲註︵ ︶九頁。 7 1 9 6 9 6 9 7 8 9 99 9 6 9 7 100 101 102 9 4 9 5 二頁︶ 。 1 9 9 8 7 ジほどの変革ではない﹂とする。 ︵ ︶ 小林秀之ほか﹁ ︿座談 会﹀民 訴 改 正 要 綱・民 訴 法 案 ︵ ︶ 伊 藤・前 掲 註︵ ︶八 頁。改 正 要 綱 試 案 補 足 説 明 をめぐって﹂判タ九〇三号︵一九九六年︶五〇頁︹倉 ︵前掲註︵ ︶ ︶は、陳述録取書 と 陳 述 書 の 関 係 を 明 田発言︺ 。 ︿座談会﹀民事訴訟 法 の 改 正 に 向 け 示 的 に 述 べ て い な い が、陳 述 録 取 書 の 説 明 の 前 に、 ︵ ︶ 高橋宏志ほか﹁ て︱民事訴訟法改正要綱中間試案をめぐって﹂判タ一 ﹁訴訟においては、当事者又は第三者が供述した内容 二二九号︵二〇〇二年︶一六四頁︹奥宮発言︺ 。 を記載した陳述書が書証として提出される場 合 が あ る。 ﹂としていることから、陳 述 録 取 書 は、そ の 当 時 ︵ ︶ 山下 阿 =多・前掲註︵ ︶二三頁は、陳述録取書は ﹁簡易な証拠保全の手段や紛争予防の手段としての利 までの陳述書の運用を前提として提案されたと推察で 用については、それなりの意義はあると考えられるが、 きよう。 これらの利用のために、新たな制度として、宣誓供述 ︵ ︶ 小林秀之教授は、陳述録取書は﹁アメリカの証言録 ︶の 制 度 に 一 見 似 て い﹂る が、 ﹁相 書・陳述録取書を新設するほどの必要はない﹂として、 取 書︵ deposition 手方ないし第三者からの強制的な証拠収集ではないた 簡易な証拠保全の手段としての利用に積極的な反対を め、実際には簡易な紛争予防手段ないし証拠保全手段、 述べているわけではない。 あるいは主尋問の代替手段として使用される可能性が ︵ ︶ 日弁連意見書︵前掲註︵ ︶ ︶は、 ﹁要綱試案は、偽 高くな﹂ると説明する︵竹下ほか・前掲註︵ ︶一一 証罪の担保のもとに、書証である宣誓供述書、陳述録 取書を人証と同等に高め、少なくとも主尋問について 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 7 0 7 1 9 2 法廷での証言を省略できることにするもの で あ る。 ﹂ と理解している。しかし、要綱試案において明示的に 主尋問の代替可能性が述べられているわけではない。 弁護士サイドが、立会権や反対尋問権の保障のない書 証の提出に敏感に反応したのは、まさに﹁現在の陳述 書作成に関与している弁護士自身がその危険性を知悉 し て い る﹂ ︵高 橋・前 掲 註︵ ︶一 〇 五 頁︶こ と の 現 れであると思われる。 7 4 ︵ ︶ 萩原金美﹁民事訴訟法改正と争点等の整理手続﹂判 タ八一二号︵一九九三年︶二〇、二一頁。 ︵ ︶ 萩原・前掲註︵ ︶八頁。なお、瀬木比呂志裁判官 は、 ﹁ ︵陳述書を争点整理の補助に用いる運用では︶保 全命令手続との区別が実質的にはほとんどなくなって しまうのではないか﹂として、陳述書の問題点を指摘 する︵瀬木比呂志﹃民事訴訟 実 務 と 制 度 の 焦 点﹄ ︵判 例タイムズ社、二〇〇六 年︶二 五 五 頁︶ 。萩 原 教 授 の 陳述録取書反対説と近い問題意識であると思われる。 ︵ ︶ 竹下ほか・前掲註︵ ︶一七四頁︹萩原発言︺ 。 ︵ ︶ 陳述録取書制度は、一九九六年の現行法改正に際し て立法化されなかったが、その後、二〇〇三年改正に あたって再び議論の対象となった。しかし、結局提案 が見送られ、二〇〇二年六月の民事訴訟法改正要綱中 間試案の中にも取り入れられなかった。 弁護士会は二〇〇三年改正に際しても、一九九六年 《リサーチペーパー》 4 0 9 2 103 104 106 105 改正時と同様、反対尋問権が保障されていないことを ︹奥宮発言︺ 問題視していた︵高橋ほか・前掲註︵ ︶ 参照︶ 。しかし、提案が見送ら れ た 理 由 は、必 ず し も 反対説の批判を容れたからではないようである。改正 要 綱 中 間 試 案 補 足 説 明︵NBL七 四 〇 号︵二 〇 〇 二 年︶一七頁︶では、 ﹁ ﹃陳述録取﹄のために陳述者及び 相 手 方 の 出 頭 を 義 務 付 け る に は、試 案 の3の 各 手 続 ︵筆者注・文書送付嘱託など、訴え提起前における証 拠収集手続︶と同様の要件を課し、裁判所がその有無 を審査することが必要となろうが、裁判所が関与する のであれば、これを訴えの提起前に訴訟の準備として 行う意義が減殺される。裁判所が関与しないというの であれば、通知者、被通知者及び供述者の三者が合意 をして公証人役場に赴き、発問及び供述をするという 任意の手続にならざるを得ないことになり、このよう な全くの任意での手続であれば、現在でも、いわゆる 事実実験公正証書を利用することができる﹂と説明さ れているのみであり、陳述録取書を明文で認めない積 極的な理由は示されていない。本文三及び四で述べた ように、現行法改正前後において陳述書に対する運用 や評価に変化が見られるが、陳述録取書導入の議論に おいては、反対説の論拠に大きな変化はなく、制度導 入を見送る理由に若干の変化が見られる。 ︵ ︶ 陳述録取書制度が立法化されなかった背景事情とし 107 100 2 0 0 て、山本和彦教授は﹁推察するにやはりアメリカのデ ポジションに対して、非常に悪い印象を持っている経 済界などの発想、そういう濫用のおそれというのが働 いたのかなという印象です。⋮⋮審議会の中では反対 論は全然なかったのではないかという印象を持つので、 たぶん審議会の外に、かなり強い反対があったのでは ないかと推測してい ま す。 ﹂と 述 べ る︵伊 藤 眞 加 =藤 新太郎 山 ︵有 斐 閣、二 =本和 彦﹃民 事 訴 訟 法 の 論 争﹄ 〇〇七年︶一六八頁︶ 。 ︵ ︶ 高橋・前掲註︵ ︶一〇八頁。 ︵ ︶ この作成段階での相違は、書証としての内容の相違 にも繋がる。陳述書は、供述者の供述を弁護士が確認 しながら作成することが多いため、内容が比較的まと まっていることが多い。これに対し、陳述録取書は、 公証人が供述者の供述を逐次書き留める方式で作成さ れる。同じ書証であっても、弁護士がまとめた文書と 公証人が一問一答形式で書き留めた文書とでは、読み やすさや内容の理解の容易さが格段に異なると思われ る。この点も、陳述録取書の立法化が進まないにも拘 わらず陳述書の利用が広がる要因であろう。 ︵ ︶ 近藤壽邦 岩 =坪朗彦﹁陳述書の活用について﹂判タ 一二五八号︵二〇〇八年︶三七頁。争点整理目的の陳 述書を原則不可とする提言︵第二東京弁護士会民事訴 訟改善研究委員会・後掲注︵ ︶ ︶に対し、 ﹁紛争にお 「現行民事訴訟法改正前後における陳述書の役割の変遷」 ける真の争点、実態を見極め、その実相を掴みたいと いう場合、争点整理目的の陳述書を積極的に提出させ る裁判官もあ﹂るとした上で、 ﹁釈明処 分 の 一 環 と み ることができ﹂るとする。 ︵ ︶ 前掲註︵ ︶参照。伊藤・前掲註︵ ︶九頁は、陳 述 録 取 書 の 証 明 力 が 高 め ら れ る の は、陳 述 録 取 に 当 たって相手方当事者の反対尋問権が保障されることに よるとする。 9 4 7 1 ︵ ︶ 第二東京弁護士会民事訴訟改善研究委員会﹁陳述書 に関する提言﹂判タ一一八一号︵二〇〇五年︶三一頁 以下参照。 ︵ ︶ これ以前にも、一部の弁護士から、陳述書の広範な 利用に対して一定の歯止めをかけようとする見解が示 されていた。代表的なものとして、北尾哲郎﹁陳述書 の運用準則﹂判タ九三七号︵一九九七年︶五七頁、中 本・前掲註︵ ︶ 。 ︵ ︶ 内 田 ほ か・前 掲 註︵ ︶二 六、二 七 頁︹加 藤 発 言︺ 。 ︵ ︶ 内 田 ほ か・前 掲 註︵ ︶二 五、二 七 頁︹須 藤 発 言︺ 。 ︵ ︶ 伊藤・前掲註︵ ︶一〇頁及び東京弁護士会編・前 111 3 6 7 1 5 55 5 112 113 116 115 114 掲註︵ ︶二一一頁︹伊 藤 発 言︺ 。こ の よ う な 考 え に 対して、陳述書の機能は、主尋問の概要を開示して主 尋問を争点に集中させ、効果的な反対尋問のための証 拠開示機能を基本とすべきであり、 ﹁人証と し て 予 定 しない者の陳述書が堆積する事態は望ましくない﹂と 2 0 1 109 108 110 7 4 112 3 8 する見解もある︵藤田・前掲註︵5︶二八四、二八五 頁︶ 。 ︵ ︶ 伊藤・前掲註︵5︶三五九、三六〇頁は、 ﹁両当 事者の同意があり、かつ、裁判所が証言内容を考慮し て相当と認める場合﹂及び ﹁陳述書の内容を援用す るとの陳述をもって、主尋問に対する証言に代え﹂る 場合ではないこと、という条件が 満 た さ れ れ ば、 ﹁証 人尋問または当事者尋問を補完ないし一部代替する機 能を持つ陳述書⋮⋮の利用は適法﹂とする。 ︵ ︶ 山本和彦﹁民事訴訟法 年︱その成果と課題︱﹂判 タ一二六一号︵二〇〇八年︶九〇頁は、今後の民訴法 ︶に 改 正 の 方 向 性 と し て、 ﹁証 言 録 取 書︵ deposition ついても導入の可能性がある﹂と す る が、 ﹁米 国 で の 濫用がしばしば指摘され、経済界等に警戒感が強い現 状を前提にすれば、当面現実的な方策としては、実務 で活用されている陳述書を制度化していくような方向 も考えられる﹂とする︵九六頁︶ 。 《リサーチペーパー》 * 1 0 117 118 ) 2 0 2