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生命保険会社の財務状態と経営成績の開示
生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 −いわゆるSAPとGAAPのあり方を考察するための基礎作業− 古瀬 政敏 (立命館大学教授) はじめに 継続企業としての生命保険会社における財務状態と経営成績の測定 ならびに開示は、株主や一般債権者のみならず、保険契約上の債務の 履行を求める生命保険契約者にとっても重要な関心事である。規制緩 和によって、行政の事前規制が後退し、保険契約者の自己責任が問わ れるようになった今日の状況ではなおさらである。さらに、相互会社 では、保険契約者は同時に社員であり、保険契約者配当を通じて投資 収益の分配に預かることから、株式会社の株主(投資家)に類似する 立場にあるといえ、投資家に対する財務状態と経営(事業)成績の情 報提供と同様の配慮が求められる。 保険株式会社も株式会社である以上、商法の計算規制の適用を受け、 債権者である保険契約者は、株主とともに、貸借対照表や損益計算書 等の計算書類や附属明細書の開示を求めることができる(商法282条) (商法の適用のない相互会社の場合も、保険業法59条によって商法の 規定が準用される)。加えて、保険業法は、保険会社のソルベンシー の確保を図る観点から、商法の会計規制の特則を定める(計算書類の −1− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 閲覧を株主および債権者以外に、保険契約者、被保険者、保険金受取 人にも拡大する13条、利益準備金に関する14条、配当の制限等に関す る15条等)とともに責任準備金や価格変動準備金など独自の経理規制 を行ない、それらの規制の下で作成される貸借対照表や損益計算書を 含む業務報告書の作成とその監督当局への提出を義務づけている(第 5章「経理」)。ただ、これらの業務報告書は、英・米等とは異なり、 株主や保険契約者はもとより公衆にも開示されることがない。もっと も、潜在的保険契約者を含む一般公衆向けには、保険業法111条によ り、いわゆる公衆縦覧制度が設けられ、そのなかで業務報告書中の貸 借対照表や損益計算書と同じものが開示されるべきこととされている。 保険会社のソルベンシーを確保するという保険監督目的の実現のた め、業務報告書(貸借対照表や損益計算書等)の保険監督当局への提 出を目的としたこのような保険会計は保険監督会計(SAP)とよば れ、欧米の保険監督法にも共通して採用されている。わが国の場合、 注目すべきことは、株主、債権者等の閲覧等に供される貸借対照表や 損益計算書等が、この保険監督当局に提出されるものと同一の様式で 作成されることである。いわば会社法会計が保険監督会計に歩み寄っ コ、 ているのである。さらに、上場会社等に適用される、投資家保護や証 券市場の整備を目的とした財務会計すなわち証取法会計(企業会計原 則すなわちGAAPを基調として財務諸表等規則等により作成される 財務諸表)上の貸借対照表や損益計算書等も、保険会社の場合は、一 般の会社とは異なって、財務諸表等規則に準拠した財務諸表ではなく、 保険監督法会計による貸借対照表や損益計算書等が用いられるべきも 2) のとされている。わが国では、商法(会社法)会計、財務会計(証取 法会計)、税法会計のトライアングル体制ということがよくいわれる が、保険会社に関しては、会社法会計も財務会計(証取法会計)も保 一2− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 険監督会計(SAP)にならう形で結びついているということができ る。保険会社の会計としては、いわばSAP一本といってもよい実態 にある。 ところで、現在、投資家への情報提供を主眼とするわが国の財務会 計は、国際会計基準委員会(IASC)を中心として検討が進められて いる国際的な会計基準との整合性を図る見地から、連結重視、税効果 会計、退職給付会計等新たな会計基準が次々と導入されつつある。と りわけ、平成11年1月には、企業会計審議会から「金融商品に係る会 計基準の設定に関する意見書」が公表され、金融商品に時価評価規定 が導入されている。これらの動きは、財務会計に関する世界の潮流で あり、わが国のような株主と債権者の利害調整を主眼とした会社法会 計や保険監督会計(SAP)とは直接係わるものではない。しかし、 わが国では、資本維持・債権者保護を目的とした商法の計算規制と証 取法の財務諸表規制の調整が図られてきた経緯があり、平成11年8月 には、先の1月の企業会計審議会意見書との整合性を図る見地から商 法も改正され、金銭債権、株式、社債といった金融資産の時価評価規 定が導入された(施行は平成12年4月)(もっとも、評価益は(税効 果会計を調整の上)配当可能利益から控除することで商法の理念との 3) 調整を図っている)。さらに、わが国では、保険会社については、前 述のように、会社法会計も証取法会計も保険監督会計(SAP)にな らうものとされていることもあって、財務会計や商法の改正にあわせ て保険業法も改正され、SAP会計である保険監督会計にも時価評価 が導入されたのである(施行はやはり平成12年4月。保険業法施行規 則とその別紙様式は平成12年4月現在、改正作業中である)。しかし、 保険会社とりわけ生命保険会社の責任準備金は基本的には時価評価さ れておらず、市場性もないことから、資産側のみを時価評価すること −3一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 が妥当であるかどうかは、財務会計の観点からも疑問があるのみなら ず、保険監督法上もソルベンシーを確保するためのその他の経理規制 (ソルベンシー・マージン規制等)との関係も含めて慎重に検討すべ きであったのではないかとも思われる。 今後、わが国の保険業法による保険監督会計(SAP)は、このよ うな財務会計(GAAP)における世界標準への適合にあわせて、こ れまでのように調整を続け、保険業法111条の公衆縦覧制度を通じて 公衆にディスクローズしていくということが可能であろうか。今回の 金融資産の時価会計の導入をさておいても筆者には疑問が残るように 思われる。保険監督のソルベンシーの確保という理念と資産・負債の 全面公正価値評価およびそれを基礎とした損益計算を目指すIASCの 理念とは大きく異なるように思われるからである。生命保険相互会社 の株式会社化や金融(保険)持株会社の設立および公開会社の出現を 視野に入れるならば、わが国においても、英・米のようにSAPとは 別に投資家への情報提供を主眼とするGAAPベースの保険会計の導 入が求められる可能性がある。また、カナダのように、健全性確保に ついては所要自己資本比率の維持等の枠組みを設けつつ、GAAPとS APを統合した保険会計を基礎に株主配当や契約者配当を行うといっ た構想の検討を求められることもありえよう。 ただ、実は、GAAPにおける近年の国際的潮流は、諸外国の生命 保険会社のGAAPにも変化をもたらす可能性があることを指摘して おかなければならない。すなわち、先ず英・米では、生命保険会社会 計について、SAPとは別に、新契約費の繰延や責任準備金の評価な どの面で費用収益対応の原則に即応したGAAPを導入してきたが、 投資情報の提供に主眼をおくIASCの資産・負債の概念フレーム・ワー ク(asset−and,liability一meaSurement apprOaCh)は、費用収益 −4− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 対応の原則(deferral−and−matChing approach)にもとづく伝統 的なGAAPの利益観から、資産・負債の差額(資本・持分)の対前 年増加額(資本取引は除く)としての利益観への変更を迫るものであ り、そもそも繰延資産の概念自体が否定されるからである。IASの概 念フレームワークの下では、英・米の保険会社GAAPそのものも変 更を迫られることとなるのである。また、カナダやオーストラリアで は、保険会計についてSAPとGAAPとの調整を図り、カナダでは 1991年以降SAPがGAAPに歩み寄る形で統一され、オーストラリア でもGAAPを基礎にソルベンシー確保の見地から別途の対応(ソル ベンシー・リザーブ等の積立による株主配当規制等)を図ってきた。 ただ、ここでも、念頭にあるGAAPは伝統的なそれであり、たとえ ば、両国とも責任準備金の評価において計算基礎率の逆方向への偏差 (adverse deviation)等を見込んでいるが、これも負債の全面公 正価値(fair valueまたはcurrent estimate)を最終目的とする IASCの会計基準とは整合的でないといわれている。これらの国にお いても、IASCにおける保険会計の検討状況によっては、保険会社の GAAPそしてSAPとの調整の再検討が迫られることになると見られ ているのである。 本稿は、以上のような状況認識を踏まえて、保険監督当局、保険会 社の債権者、保険契約者そして投資家に対する財務状態と経営成績の 情報提供を行なう生命保険会計のあり方(SAPとGAAPのあり方)を 4) 検討するための基礎作業を行うことを目的とする。すなわち、先ずわ が国保険会社の会計規制の枠組みについてSAPとGAAPという二つ の会計概念を念頭に置いて整理し、つづいて諸外国(英・米、カナダ、 オーストラリア)の生命保険会社に関するSAPにおける資産・負債 の評価規制およびこれまでのSAPと生命保険会社GAAPの制定なら −5− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 びにこっの会計制度の調整に関する歴史と内容について概観する。そ の後、保険業法上の経理規制における時価評価規定の内容と新たな動 向について、金融商品の時価評価規定の導入を中心にとりまとめるこ ととしたい。 注1) 一般の株式会社の貸借対照表や損益計算書等の記載内容(表示)は、計算書 類規則(法務省令)で定められているが、保険会社については計算書類規則の 特例に関する省令4条により保険業法(施行規則)の定めるところによるとさ れ、保険業法側でも、株主や債権者に開示されるこれらの計算書類は同法の施 行規則別紙書式の定めるところによると規定されている(施行規則16条)。と ころが、この16条の規定する別紙様式は、保険業法110粂および施行規則59条 にもとづいて保険監督当局に提出される業務報告書中の貸借対照表や損益計算 書等と同一の様式となっている。つまり、保険会社の場合、会社法会計は保険 監督法会計にならうこととされているのである。 2) 証取法会計では、財務諸表等規則にもとづいて貸借対照表や損益計算書等の 財務諸表が作成されるが、同規則2条は、保険会社については、保険業法(施 行規則)の定めるところによるものとしている。財務諸表等規則にもとづく財 務諸表はいわゆるGAAPによるものといえるが、保険会社については保険業 法(施行規則)の定めるSAPが用いられる。 3) ただ、わが国の金融資産に関する会計基準は、IASCのIAS39号(金融商品: 認識及び測定)にならったものであるが、IA由9号そのものは、IASCにおい ても暫定基準と位置づけられており、現在、ジョイント・ワーキング・グルー プ(JWG)がすべての金融資産と負債を公正価値で評価し、その変動を損益 計算書で認識する方向で検討を続けており、その作業が完成した場合には、さ らに大きな変化を迫られることが必至である。さらに、JWGの作業と並行し て作業を進めているIASCの保険起草委員会では、JWGの全面公正価値基準が できることを想定して、財務会計(GAAP)上、責任準備金の全面時価会計 についても検討しており、2003年以降にも報告書が公表される予定になってい る。なお、JWGは、正式にはIASCの組織には属しておらず、IASC.各国の 会計基準設定主体(アメリカのFASB,イギリスのASB等)、公認会計士協 会等からの参加(日本、ドイツ等)による任意の組織として位置づけちれてい −6− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 る。JWGおよび保険起草委員会の検討状況について、山田辰巳 rIASにおけ る時価主義会計の動向」および橘英一「保険起草委員会における検討状況」 『生命保険会社と時価会計』(平成11年9月 生命保険文化研究所)参照。 4) わが国の生命保険会社に係るSAPとGAAPのあり方に関する本格的な検討 は、後述するIASCの保険起草委員会での検討(とりわけ責任準備金の公正価 値評価)の行方を見守りつつ後日を期したい。 − わが国の保険会社に対する会計規制と開示 1 商法の計算規制 保険株式会社も株式会社である以上、商法とりわけ株式会社の計算 規制(商法281条以下)が適用される。そこに規定のない事項につい ては、商業帳簿に関する商法総則の規定(32条ないし36条)が適用さ れる。とりわけ規定の解釈については「公正ナル会計慣行ヲ掛酌」す ることが求められる(32条2項)。ここで「公正ナル会計慣行」には 企業会計原則の処理が含まれると解されるが、必ずしもそれに限定さ れず、より適切な慣行があればそれに従うべきものと解されている。 株式会社の計算規制は、株主有限責任原則のもとで、株主と債権者 の利害調整機能とりわけ処分可能利益の算定を主眼とした損益計算書 等の計算書類と附属明細書の作成およびそれらの株主と債権者への開 示について定めている(281条、282条)。すなわち、株式会社の取締 役は、商法282条により、定時総会の2週間前から、同法281条にもと づいて作成された計算書類と附属明細書を監査報告書とともに本店で は5年間、支店では謄本を3年間、備え置くことが求められ、株主、 債権者は、閲覧や謄・抄本の交付を請求することが出来る。相互会社 については、商法のこれらの規定が準用される(業法59条)。一般公 衆にはこれらの請求は認められないが、商法283条3項によって公告 −1− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 される貸借対照表またはその要旨(大会社では監査特例法16条2項で 損益計算書またはその要旨も)を見ることはできる。 なお、これらの計算書類等の記載方法とりわけ表示については「株 式会社の貸借対照表、損益計算書、営業報告書及び附属明細書に関す る規則(計算書類規則)」が詳細に規定しているが、保険会社につい ては、計算書類規則の特例に関する省令4条により、保険業法施行規 則の別紙様式によることとされている(後述のように、保険業法施行 規則16条および32条も、同様の規定をおいている)。 2 保険業法の経理規制と情報開示の枠組み 保険業法は、保険会社に固有の事情を考慮して、商法の計算規制の 特則を定めている。たとえば、営業年度に関する109条や、計算書類 等の閲覧と謄・抄本の交付を株主や債権者のみならず保険契約者、保 険金受取人、被保険者にも認める13条等がある。相互会社については、 商法の規制が適用されないため、相互会社の特性に配慮した規制を商 法規定を準用するなどして定めている(54条ないし59条)。貸借対照 表や損益計算書等の作成とりわけ表示については、保険株式会社の場 合と同様、計算書類規則によらずに保険業法施行規則の別紙様式によ るべきものとされている。 さらに保険業法は、このような、いわば会社法レベルの計算規制に 加えて、より積極的に保険監督の目的に照らして、健全性(ソルベン シー)の確保等契約者保護を目的にした詳細な経理規制を行なってい る。たとえば、「第5章経理」中の116条の責任準備金に関する規制、 115条の価格変動準備金に関する規制、114条の契約者配当に関する規 5) 制等である。また、保険監督当局(平成12年4月現在は金融再生委員 会)に提出すべき毎年の計算書類の作成に関しては、同法110条1項 −8− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 ト が業務報告書について規定し、それを構成する書面である貸借対照表 や損益計算書等は、施行規則の別紙様式によるべきものとされている (施行規則59条)。いずれの国においても、保険契約者保護を目的に 保険会社の経理規制がなされ、年次報告書が監督当局に提出されてお り、この基礎となる会計をSAP(保険監督会計)と呼んでいるが、 わが国においても保険業法がSAPについて規定しているのである。 ここで注目されるのは、これらの計算書類等が、前述の株主や債権者 (保険契約者、保険金受取人、被保険者を含む)向けの計算書類等と 全く同一のものとなっている点である(施行規則16条および32条:こ こで規定されている貸借対照表や損益計算書等の様式は、前述の59条 のそれらと同一である)。このことは、株主、債権者および保険契約 者向けの会計も、保険監督当局向けのSAPに合わせているというこ とができる。 ただ、保険監督当局に提出される業務報告書は、株主や債権者、保 険契約者等の関係者にも、また一般公衆にも開示れることがない点で、 英・米の制度とは異なっている。そのため、公開会社ではなく証取法 の適用のない保険会社とりわけ相互会社について、保険・金融制度改 革の下で自己責任が強調されるようになった潜在的保険契約者を含む 一般公衆向けの開示が求められるようになった。その結果、平成8年 4月施行の新保険業法の111条において、それまで業界の自主規制と してなされているに過ぎなかった説明書類(保険監督当局や株主・債 権者向けと同一の貸借対照表や損益計算書が含まれる)の公衆縦覧に 関する規定が設けられ、さらに平成10年12月施行の金融システム改革 法にもとづく保険業法の改正でその整備・充実が図られている(英・ 米では、前述のように保険監督当局向けのSAPが公衆にも開示され るため、このような規定はない)。 −9− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 3 一般公衆向けのディスクロージャーを定める保険業法111条制定 の趣旨と概要 (1)保険業法111条の趣旨 保険業法‖1条は、保険会社の業務が国民生括と密接な関係があり、 その業務・財産状況のディスクロージャーに対する社会的な要請が高 まっていることから、平成8年4月施行の新保険業法において、銀行 法21条等の規定にならい、業務および財産の状況に関する事項を記載 した説明書類を作成し、本店(株式会社の場合)または主たる事務所 (相互会社の場合)等に備え置き、現時点では必ずしも保険会社と契 約関係のない一般公衆の縦覧に供すべきことと規定したものである。 前述のように、わが国では、業務報告書が一般公衆に開示されておら ず、今後、保険加入についての自己責任を問われる場面の多くなる保 険入者への情報提供に果たすこの条文の意義は極めて大きいといえる。 また保険契約者が同時に社員でもある相互会社においては、証券取引 法にもとづき公衆の縦覧に供される有価証券報告書(証取法24・25条) 7) が存在しないことを補完する意味もあると考えられる。 なお、当初は具体的な記載内容について法定されず「供するものと する」とした任意の規定であり、しかも、ただし書によって「保険契 約者等その他取引者の秘密に関する事項」等について開示事項の例外 規定(宥恕規定)が設けられていたが、金融システム改革法にもとづ く保険業法の改正によって全面的に改正され、銀行等とならんで、記 載事項が総理府令・大蔵省令で定められ、かつ「供しなければならな い」と義務規定に変更され、これに対応して罰則も設けられた。また、 それまで定めのなかった開示期間等についても規定された。すなわち、 やむを得ない理由があるとあるとして金融監督庁長官による開始の延 −10− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 期の承認を受けない限り、当該保険会社の事業年度経過後5月以内に その縦覧を開始し、説明書類ごとに、当該事業年度の翌事業年度に係 るそれぞれの説明書類の縦覧を開始するまでの間、公衆の縦覧に供し なければならない(111条3項、規則59条の4、1項、2項)。さら に、子会社等を有する場合には、単体の説明書類とあわせて、子会社 等の業務・財産状況との連結した説明書類を別途作成して公衆の縦覧 に供しなければならないこととされた(111条2項)。加えて、保険 会社は、保険契約者その他の顧客が当該保険会社およびその子会社等 の業務および財産の状況を知るために参考となるべき事項の開示に努 めなければならないとの規定が新設されている(111条4項)。 (2)説明書類の記載事項 保険業法施行規則59条の2第1項は、説明書類の記載事項として① 保険会社の概況および組織に関する一定の事項(経営の組織、株式会 社の場合は、持株数の多い順に10以上の株主に関する氏名(団体等の 名称)、持株数等、相互会社の場合は、基金拠出額の多い順に5以上 の基金拠出者に関する氏名、基金拠出額等、取締役および監査役の氏 名ならびに役職名)②保険会社の主要な業務の内容③保険会社の主要 な業務に関する一定の事項(直近の事業年度における事業の内容、直 近の5事業年度における主要な業務の状況を示す指標として経常収益、 責任準備金残高、貸付金残高、保険金の支払能力の充実の状況を示比 率、従業員数、保有契約高等)等とならんで④保険会社の直近の2事 業年度における財産の状況に関する一定の事項として、貸借対照表・ 損益計算書・利益処分または損失処理に関する書面=相互会社にあっ 、. ては剰余金処分または損失処理に関する書面=等を含めている。さら に、これらの書類について商法特例法による会計監査人の監査を受け ている場合はその旨、貸借対照表・損益計算書・利益処分計算書また −11一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 は損失処理計算書=相互会社にあっては剰余金計算書または損失処理 計算書=について証券取引法193条の2の公認会計士または監査法人 こ1 の監査証明を受けている場合はその旨も記載すべきこととしている。 また、同規則59条の3第1項は、保険会社の連結説明書類の内容に ついても、①保険社およびその子会社等(説明書類の内容に重要な影 響を与えない子会社等は除く。以下同じ。)の概況に関する一定の事 項(保険会社およびその子会社等の主要な事業の内容および組織の構 成、保険会社の子会社等に関する名称、主たる営業所または事務所の 所在地、資本金(出資金)、事業の内容、保険会社による子会社等の 株式等の保有割合等の一定の事項)②保険会社およびその子会社等の 主要な業務に関する一定の事項(直近の事業年度における事業の概況、 直近の5連結会計年度における主要な業務の状況を示す指標としての 経常収益、経常利益または経常損失、総資産等の一定の事項)等とと もに、③保険会社およびその子会社等の直近の2連結会計年度におけ る財産の状況に関する一定の事項として、連結貸借対照表・連結損益 計算書・連結剰余金計算書等について記載すべきこととし、さらに連 結貸借対照表・連結損益計算書・連結剰余金計算書について証券取引 法193条の2の公認会計士または監査法人の証明を受けている場合は その旨を記載すべきものとしている。 4 証券取引法の会計規制と保険業法の会計規制との関係 上場会社等が提出する有価証券報告書等に記載する「経理の状況」 として、貸借対照表や損益計算書等の財務諸表があるが、これらは証 券取引法(証取法)を根拠とする財務諸表等規則や連結財務諸表規則 等にもとづいて作成される(証取法193条)。財務諸表等規則は、そ の1条で、「この規則において定めのない事項については、一般に公 一12− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 正妥当と認められる企業会計の基準に従うものとする」と規定してい ることからも明らかなように、わ国のGAAPとされる企業会計原則 を重視した会計規制になっている。保険会社も、上場会社等について はこの規制を受けるが、注意すべきことは、証取法上の財務諸表の作 成についても財務諸表等規則などによらず(商法上の計算書類と同様 に)保険業法施行規則の別紙様式によるべきものとされている点であ 川) る(財務諸表等規則2条参照)。 わが国の保険会社の会計規制は、英・米のように、投資家に対する 情報提供(ディスクロージャー)会計としてのGAAPと保険監督会 計としてのSAPを区別し、二種類の貸借対照表や損益計算書が作成 される制度や、カナダやオーストラリアのようにSAPとGAAPの統 合ないし調整を図ってきた国とは異なり、前述のように、SAPが投 資家向けの会計基準としても機能しているのである(いわば、SAP 一本であるということができる)。わが国では、商法の計算規制(書 類)の改正はいわば証取法の財務会計との調整の歴史であり、その結 果、両会計ともに処分可能利益の算定を中心とする利害調整機能と投 資家向けの情報提供機能の両面を持っているが、ソルベンシー確保の 目的を持つ保険業法の経理規制(表示に関する施行規則別紙様式を含 む)は、証取法との調整を踏まえた商法の計算規制を基礎としてその 特則を定める形になっている。そのため、保険監督会計であるSAP 自体も、処分可能利益(剰余)算定の上でも情報提供機能の上でも、 わが国の証取法会計が有すべき機能を備えていると考えられるため、 これをもって証取法上の投資家向けのGAAPとしても活用している ものと解することができる。 こうして、わが国では、商法、証取法、保険業法上の貸借対照表の 資産・負債・資本および損益計算書の収益・費用・当期利益(剰余) 一13− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 の金額はもとより、これらの計算書類(財務諸表)の表示・注記まで 保険業法施行規則の別紙様式によって定められたものに一致している のである(なお、このような枠組みは、保険会社のみならず、銀行等 の金融機関においても同様である)。わが国では、商法会計、企業会 計(証取法会計)、税法会計のトライアングル体制ということがよく 指摘されるが、保険会社の会計では、保険監督会計を核としてこれら の会計が強固に結びつけられているということができる。 注5) 一般に株式会社の計算規制の解釈については「公正ナル会計慣行ヲ斜酌」す ることから、(少なくとも公開会社については)原則として財務会計基準(企 業会計原則その他企業会計審議会が公表する基準)の適用があると解されるが、 保険業法独自の経理規制に関しては、本来、企業会計原則では想定されていな い規制(責任準備金規制等)がほとんどであると思われ、保険監督の理念に照 らした解釈がなされるべきものと解される。この場合、資産サイドで商法を適 用(準用)している場合にも、保険監督の理念に照らした独自の解釈がなされ る場合がありうるかについては疑問もあるが、基本的には肯定されよう。 6) 連結業務報告書は同条第2項が定める。 7) 『損害保険実務講座〔補巻〕保険業法』(江頭意治郎筆)114貢参照。 8) ここでの貸借対照表、損益計算書等の様式は、後述の規則59条の3第1項の 連結貸借対照表、連結損益計算書、連結剰余金計算書と同様に特別の様式が定 められていない。したがって、法110条にもとづく業務報告書または連結業務 報告書中のそれらと同じ様式によるものと解される。 9) これらの規定は、生命保険会社や損害保険会社が、従来、それぞれの協会で 定めていた統一開示コードにもとづき各社の自主的な判断により提供してきた 開示資料(○○生命の現状等)などを参考にして定められたようである。現在 は、法令によって開示項目が定められるので、全社がこの規定を遵守すること が求められる。ただ、金融審議会第二部会の「保険の基本問題に関するワーキ ング・グループ」の報告書(平成11年12月)は「ディスクロージャー誌の記事 項目については、近年その充実が図られているが、市場規律に基づく保険会社 経営を確立するため、どのような充実策が考えられるか引き続き検討する必要 −14− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 がある」としている。 10) この点、後述のように、銀行等も同様に銀行法上の会計(同法施行規則の様 式による財務諸表)を証取法上の会計としても認めている(財務諸表等規則2 条)。 二 英・米等における生命保険会社の会計規制 とりわけSAPとGAAPの位置づけ 1 イギリスおよびアメリカ 先ず、イギリスの1985年会社法やアメリカの会社法である各州の事 業会社法では、わが国の商法ような株主と債権者の利害調整を目的と した処分可能利益算定のための計算規定が存在しないことを確認する 必要がある。イギリスの1985年会社法付表9Aは、保険会社の計算規 制を定めているが、これは、わが国の証取法やアメリカの証券関係法 のような法律が存在しないイギリスにおける投資家向けの情報提供の ための会計規制という意義づけであり、同法上の貸借対照表や損益計 算書もGAAPの原則にもとづいて作成される。イギリスの保険会社 協会(ABI)は、企業会計基準設定主体であるASBの承認を受けて、 1999年1月、この1985年会社法付表9Aにもとづく保険会社の財務会 計(GAAP)基準であるSORP(Statement Of Recommended =) Practices)を公表している。 他方、イギリスの保険監督会計(SAP)は、ソルベンシーの維持 を目的とした保険監督法である1982年保険会社法とそれを受けた複数 の規則(regulations)によって詳細に規制され、保険監督当局(現 在はDTI。金融サービス・市場法案の下ではFSA)に対する報告書 二、 (DTI Returns)の一環として計算書類が提出される。 −15− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 次に、アメリカの会社法(州事業会社法)も、イギリスと同様に、 わが国の商法のような配当規制を主な目的とする計算規制や計算書類 を定めていない。取締役会が、株主配当を決定するに当たっての規制 は存在するが、そのための特別の計算書類が存するわけではなく、証 券関係法上の会計である財務会計(GAAP)を活用することがあり うるだけである。投資家保護を目的に情報提供としてSECに提出す る財務諸表の作成の基準となる会計基準は、FASBという会計基準設 定主体が定める各種のFAS等であり、これがアメリカのGAAPであ 13) る。アメリカでは、一般企業に適用され保険会社にも適用されるGA AP(たとえば、金融資産の時価評価に関するFASl15号等)と保険 会社にのみ適用されるFAS60号(株式保険会社の無配当保険が主な 対象)、FAS97号(ユニバーサル保険等デポジット・タイプの保険 が対象)およびFAS120号(有配当保険が対象)のようなGAAPが存 在する。また、相互会社についても、社債発行等との関係で会計監査 人の監査を受けるためGAAP上の財務諸表も作成されている(大手 生命保険会社のアニュアル・レポートもGAAPの連結ベースである)。 他方、SAPとしては、州保険法、その規則、通達およびNAICの 年次報告書指示書(Annual StatementInstruction)によって、 やはり保険会社のソルベンシー維持の視点からの詳細な計算規制がな されている。年次報告書は、毎決算期後に州の保険監督官に提出され なければならない。 ただ、英・米では、わが国とは異なり、保険会社の株主や債権者に のみ開示される計算書類が存在しないこともあって、監督当局に提出 されるSAPの年次報告書(イギリスのAnnual Returnsやアメリ カ各州保険法のAnnualStatement)は、イギリスのCompany House(登記所)やアメリカの州保険監督局で、株主や債権者さら −16− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 1射 には一般公衆も閲覧することができる。これに対して、わが国では、 保険監督当局に提出された業務報告書は開示されないが、前述のよう に、保険業法111条によって、株主、債権者や監督当局向けの貸借対 照表や損益計算書と同じものが記載された「業務および財産の状況に 関する事項を記載した説明書類」が公衆に開示されるべきこととされ ている。 2 SAPとGAAPの調整または統合を図ったカナダおよび オーストラリア カナダにおいては、英・米とは異なって、保険会社に対する組織法 および監督法としての1992年カナダ連邦保険会社法(1991年12月に成 立し、1992年6月から施行)において、貸借対照表や損益計算書 (Income Statement)等の財務諸表が保険監督会計(保険監督局 への財務報告)上も株主・契約者に対する財務報告上も、いずれもカ ナダ公認会計士協会のハンドブック(CICAハンドブック)を基礎と して「一般に認められた会計」であるGAAPによって作成されるべ きことが明文で規定されている(331条4項、667条3項)(投資家向 けの開示にもこの財務諸表が用いられる)。ただ、両財務報告書とも に、アポインテッド・アクチュアリーが責任準備金等契約負債の評価 を担当する点で共通している。アクチュアリーはカナダ・アクチュア リー会(CIA)の実務基準に従って評価を行なうが、会計監査人は、 CICAハンドブックに従ってアクチュアリーの評価に依拠しつつも独 自の判断を下すべきこととされている。この方式は、ソルベンシーを 重視する保険監督当局ならびにカナダ・アクチュアリー会(CIA)、 および保険会社に対し他金融業態も含めて投資家に対する比較可能な 情報提供を求める公認会計士協会(CICA)の三者が1970年代から調 一17− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 整のための議論を重ね、1991年に合意に達し、SAPとGAAPとを統 l.ミ、 一した結果によるものである。 オーストラリアでもカナダと同様に、ソルベンシー確保に主眼をお く保険監督当局と比較可能な期間損益の提供を求める公認会計士協会 や企業会計基準設定主体(AASB)との調整の結果、1995年に改正 された生命保険法ならびに通達(Commissioner’s Rule No.21) およびGAAPの「生命保険事業の財務報告」草案によって、後述す るようなGAAPとSAPを統合した独自の保険会計システムが構築さ こ別 れている。 注目) イギリスの1985年会社法付表9Aにもとづく生命保険会社の財務会計につい て、拙稿「イギリスおよびカナダにおける保険監督会計と財務会計の調和」 (文研論集No.1191997年6月)33頁から57頁参照。また、ABIのSORPに ついて、同「EU保険計算指令とイギリス生保の財務会計における資産・負債 の評価」(『生命保険会社と時価会計』・生命保険文化研究所(平成11年9月) 102頁から123頁)参照。 12) イギリスの生命保険会社のSAPについて、拙稿「イギリスの保険監督会計」 『保険監督法研究会報告書〔Ⅵ〕』93頁から133参照。 13) 相互会社についても、社債を公募する場合や、公認会計士から監査証明を受 けためにはGAAPによる財務諸表を作成しなければならない。アメリカにお けるSAPとGAAPの動向についての詳細は柳田宗彦「米国における法定会計 とGAAPの比較」『保険監督法研究会報告書Ⅳ』生命保険文化研究所(平成 9年4月)28頁から52頁参照。 14) イギリスについて、A.C.Page and R.B.Ferguson,“Investor Protecr tion”pp.168−169。 15) 詳細は、前掲拙稿「イギリス及びカナダにおける保険監督会計と財務会計の 調和」参照。 16) オーストラリアの保険会計の詳細について、岩崎宏介「オーストラリアの生 保財務会計」(『生命保険会社と時価会計』・生命保険文化研究所(平成11年 9月)124頁から144頁)参照。 一18− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 三 各国の生命保険会社のSAPにおける資産・負債の評価 と最低所要自己資本比率規制 1 資産の評価 保険監督会計(SAP)では、生命保険会社のソルベンシーの維持 すなわち将来の保険契約上の債務の履行に十分な資産を確保すること を目的とするため、債務の履行に必要な責任準備金等の負債の評価お よびこの負債を担保する資産の確保が重要な課題となる。伝統的なG AAPが費用・収益対応の原則に立脚して損益計算書を重視してきた のと対照的に貸借対照表を重視しているということもできる(これに 対してIASCの会計基準は、同じくGAAPとはいいながら、資産と負 債の認識・測定を第一義とし、費用・収益についてはそれ自体の発生 と対応を重視するのではなく、むしろ資産・負債の測定の結果生じる ものとして認識するため貸借対照表を重視する。その意味では、IAS Cの基準は、形式的にはSAP会計の枠組みになじみやすいともいえる)。 SAPでは、資産の認識・測定に関して、伝統的なGAAPともIAS Cのフレームワークとも異なり、健全性の確保の観点から什器等換金 可能性の薄い資産の計上を認めない「認容資産制度」を設けている国 が多い。アメリカやイギリスがそうであり、オーストラリアのソルベ ンシー基準(ソルベンシー・リザーブ)でも負債の部において、非認 容資産リザーブを計上することで同様の効果をもたらしている(カナ ダでは、SAPとGAAPが統一されているため、わが国と同じく認容 資産制度はない)。 また、普通株をはじめ資産の評価は、換金価値である時価(公正価 値)で評価されることが多い。表1で示すように、本稿で取り上げて いる英・米、カナダ、オーストラリアではすべて、株式(普通株)は −19一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 時価評価である。ただ、生命保険会社における債券保有目的が通常長 期であることを考慮して、アメリカとカナダでは、債券は原則として 償却原価法で評価される。イギリスやオーストラリアでは、市場価格 のある債券は時価評価である。この点、IAS39号、アメリカのFAS1 15号そしてわが国の企業会計審議会の意見書が、有価証券の評価につ いて、満期保有目的の債券のみを償却原価法(または原価法)とし、 その他は原則として時価(公正価値)評価を採用しているのとは異なっ ている。 表1 各国生命保険会計(SAP)上の資産の評価 一 アメリカ (SAP) ・資産は、普通株は時価評価(子会社株式は原価または純資産価値) 債券は償却原価法(デフォルトの債券は時価) 什器等の資産は非認容資産として貸借対照表上認識できない。 投資用不動産は原価法 ・実現キャピタル・ゲイン(ロス)は、 当期損益に反映し、AVR(資産評価準備金)またはIMR(利率調整準備 金)に繰入、取崩を行う。 ・未実現キャピタル・ゲイン(ロス)は、 負債の部のAVRに繰入限度まで繰入れ、残額は資本の部に計上し、損益 には反映しない。 (GAAP) ・資産は、満期保有債券は償却原価法 売買目的の株式・債券は時価評価の上、損益に反映 売買目的でない株式は時価評価の上、未実現損益は資本の部に計上 投資用不動産は時価評価 ・実現キャピタル・ゲインは当期拇益に反映 ー20− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 二 カナダ (SAPとGAAPは統一) ・株式と投資用不動産は、 時価評価の上、株式は15%、不動産は10%づつ評価益を当期に計上する方 式(いわゆる15%、10%ルール) ・債権(含む債券)については、 債務不履行でない償還種付債権は償却原価法 債務不履行でない永久債権は取得原価 債務不履行である償還種付債券、永久債券は 証券取引所の相場がある場合、市場価格 証券取引所の相場がない場合、監督局長の認めた公正な価格 三 イギリス (SAP) ・株式は、 上場株式は、市場価格 非上場株式は、取引所取引の場合 市場価格を超えない額 それ以外の場合 「過去3年間の平均利益×業種別に見 積もった価額収益率」を超えない額 ・債券は、 上場債券は、市場価格 非上場債券は、直接譲渡した場合正当に支払われる金額 ・不動産は、 直近の正当な評価額(過去3年以内の鑑定人が算定した評価額)と等しい 価格で売却した場合に得られる金額 (GAAP) ・株式は、 上場株式は、市場価格で評価の上、損益に反映 非上場株式は、取引所取引の場合 平均価額 それ以外の場合 実現できる価額のような慎重な基準 の価額 ・債券は、 L場債券は、市場価格または償却原価法(市場価格の場合、損益に反映) 非上場債券は、市場価額または償却原価法( ′′ ) ・不動産は、 売却する場合に得られる金額 四 オーストラリア ・SAP,GAAPとも時価(市場価値)評価 一21 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 不動産については、アメリカでは投資用不動産を含めて原価法であ り、増価は将来のキャッシュ・フローを増加させる費用の支出の場合 にのみ認められ、減価による低価評価が強制される一方で評価益の計 上は認められていない。カナダ、イギリス、オーストラリアでは時価 (公正価値)である。 ただ、欧米でも、SAPにおいては、有価証券の時価評価による評 価差額は、そのまま当期損益に反映させて保険契約者や株主配当の財 源にすることは認められず、実現キャピタル・ゲインとともに、ソル ベンシー確保の観点から価格変動のバッファーとして留保させること が行われている。たとえば、アメリカでは、抵当貸付、債券、優先株、 不動産および普通株の信用・価格変動リスクに備えるAVR(Asset Valuation Reserve)の積立てが求められているが、時価評価され る普通株の評価益は、実現益とともに、繰入限度額までは、毎年一定 額をこのAVRに繰り入れ、限度を超過した場合には資本の部に計上 することが強制されている(表2参照)。カナダでは、時価評価され る株式と不動産の実現・末実現のキャピタル・ゲインは、株式は15%、 不動産は10%づつ毎年収益として計上する方式が採られている(残り は調整勘定で保有される)。イギリスでも、実現・未実現のキャピタ ル・ゲインは投資準備金(Investment Reserve)および再評価準 備金(Revaluation Reserve)に繰り入れ、アセット・シェア方 式による契約者配当の財源等として活用されている(図1)。 ー22 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 表2 AVRの繰入限度、年間必要繰入額 債 券 お よ び 優 先 株 格 付 け 債 券 免 除 債 券 ナ 0.00 1 0.0 1 抵 当貸 付 普 通 株 不 動 産 優 先 株 N /A 0 .0 3 2 0.0 2 0 .0 4 3 0 .05 0 .0 7 4 0 .10 0 .12 5 0 .20 0 .22 6 0 .20 0 .2 2 非 関連 普 通株 … Ⅰ 0 .0 35 ×調 整 係 数 ‥ (調 整 結 果 は 0,0 175 以 上 0.33 3 関連 普 通 株 0 .07 5 0.20 (生 保 普 通 株 0 .00 ) 0 .10 5以 下 ) ’ 免除債券(ExceptObligations)は国債、政府機関債を指す。 ‥ 調整係数は次の方法で求められる 調整係数= 個々の会社の2年間の平均債務不履行率 業界全体の2年間の平均債務不履行率(例:1990年は4.32%) …ヰ公開株式の場合、個々の会社のベータ係数を乗ずる(ただし、上限係数は15%∼ 30%の間)。 年間必要繰入額一一各々の年間必要繰入額は(繰入限度額一積立残高)×償却率 (1992年度は10%、1993年度は15%、1994年度以降は20%)によって求められる。た だし、設立5年末満の生保には特別規定がある。 積立残高は、年初残高に当年度のゲイン(ロス)の加減を行い、その上で構成部分 間の移転を調整した結果となる。 また、同国では、責任準備金に加えて、株式や債券の価格変動に対 応する準備金(レジリエンス・リザーブ)が積み立てられている。レ ジリエンス・リザーブは、株価が25%下落し金利が3%上昇するケー スならびに株価が25%下落し金利が3%下落するケースの両ケースに も対応できるバッファーとして算出される。オーストラリアのソルベ ンシー基準であるソルベンシー・リザーブにおいても類似のレジリエ ンス・リザーブが保有される。 ー23一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 図1 イギリスのSA Pにおける 生命保険会社の貸借対照表の概念図 容係損 資わ保 産る事 全業 謡に 全生 認保 容事 資業 産に 係 る 借 方 貸 方 拇保事 業対応資産 損保 事業の負債 生 保 フ ァ ン ドに 対 応 し な い 認容資産 生保 事 業 に 係 わ る 責 任 準 備 金以 外の負債 責任 準備金 生保 フ ァ ン ドに 対 応 す る 認容資産 (針 錫 王 事) 生 保 フ ァ ン ド の (繰 越 ) 確定剰 余金 様 式 14 の 「超 過 額 」 株主勘定対応 資産 株主勘 定 生保ファンド の金額 フ1」一アセッツ (ソルベンシー・ マージン)の金額 注(1)イギリスの保険監督法上、保険会社の貸借対照表はアメリカやわが 国のような一つの様式ではなく、複数の様式の集合であり、上記は概 念図である。 (2)生保ファンドの金額は責任準備金額プラス生保ファンドの(繰越)確 定剰余金額であるが、それに対応する資産は同額ではなく、通常は大 きく、その差額がいわば生保事業に係わるソルベンシー・マージンと して、様式14で「超過額」として示される。その中には評価益や実現益 中生保ファンドに振替えられなかった貸方差額としてのrevaluation reser・Veやinvestmentreserveが含まれ、Revenueaccount を経由してアセット・シェア配当を行うため随時生保ファンドに繰入 れられる。 2 負債とりわけ責任準備金の評価 各国のSAP会計における責任準備金の評価は、経済・金融環境の 変化が激しいことなどから、今日では、いずれの国においても、保険 料算出上の基礎率を使用したいわゆる過去法ではなく、将来の支出の 現在価値から将来の収入の現在価値を差し引いて計算する一種の割引 現在価値法である将来法によることとされている(各国の責任準備金 の評価および「3」で述べる最低所要自己資本比率規制について表3 参照)。さらに、アメリカ、イギリスでは、法令で最低限の責任準備 金の積立を強制し、その積立を行なうことによって資本欠損や債務超 過に陥る場合には、再建・清算手続きを開始するという意味での最低 −24− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 責任準備金規制が導入されている(NAICの標準責任準備金法とそれ を反映した各州保険法。イギリスの1982年保険会社法と1994年保険会 社(会計及び報告)(改正)規則))。オーストラリアでも、GAA Pベースの責任準備金とは別途、健全性維持のための安全性を加味し たソルベンシー・リザーブを積み立てるべきこととし、これを積み立 てえない場合にインソルベントと判断されることから、一種の最低責 任準備金規制が行なわれていると解される。 わが国では、平成8年4月に施行された新保険業法において標準責 任準備金制度が導入され、その対象となる契約については、保険給付 の内容が同じである限り、保険料基礎率とは関係なく、法令(告示) で定められた積立方式(平準純保険料式)と基礎率(標準基礎率)に よる標準責任準備金を積み立てるべきこととされているが、この標準 責任準備金は、行政の認可があればこれを下回る積立も認められるこ ととされている(保険業法116条および同施行規則69条第4項)こと から最低責任準備金ではない。ただ、ソルベンシー・マージン比率の 算定上、「解約返戻金と(標準基礎率による)全期チルメル式責任準 備金のいずれか大きい額」を超える部分をマージンに算入しており (施行規則86条第1項7号。平成11年金融監督庁・大蔵省告示第9号)、 また平成11年4月からスタートした早期是正措置においても、この部 分は資本にカウントした上で時価評価による資産との対比で債務超過 を判断し、業務停止等の行政命令がなされることとされている(施行 規則88条の2第3項。平成11年金融監督庁・大蔵省告示第2号)こと から、解約返戻金と全期チルメル式責任準備金の大きい金額が(英・ 米やオーストラリアとは異なって、完全な清算基準によるものではあ 】7) るが)最低責任準備金の役割を与えられていると見ることができる。 25− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 表3 各国の責任準備金および最低所要自己資本比率規制 ア メ リカ ( S A P :N Y 州 ) S A PおよびG A A P ) アメリカ( GA AP : F A S 60号) イギリス( 積立方式 脱 退 率 を 見 込 ま な い修 正初 年度定期式 (商 品 毎 に 異 な る) 純保険料式 ア ポ イ ン テ ッ ド ・ア ク チ ュア リー が 決 定 す る 方式 ( ボー ナス、バ リ 計算基礎率 法 令上明示 (ロ ック ・イ ン方 式 ) 現実的な推計値 にP A D を含め る アポ イ ン テ ッ ド ・ア ク チ ュア リー が 決 定 責任準備金 の 評 価 主体 と時 価 評 価 ・N A IC の 標 準 責 任 準 備 金法および各州保 険 法 上 の 定 め られ た 計 算 方 法 に 従 い最 低 責任 準 備 金 を 計 算 。 ・ア ポ イ ンテ ッ ド ・ア ク チ ュ ア リー が ア ク チ ュ ア リ 一 会 (A A A )の実 務 基 準 に従 っ て 7 通 りの 金 利 シナ リオの下 でキ ャッ シュ ・計 算 基 礎 率 は 、基 本 的 には ロ ッ ク ・イ ン されるが、保険料 の 不 足 が 認 め られ る場 合は、計算基礎率 の 変 更 も あ り得 る。 ( F A S 60 号 パ ラ グ ラ フ 35 、 3 6、 3 7) ・アポ イ ン テ ッ ド ・ア クチ ュ ア リー が 19 8 2 年保険会社 法に もと づ く財 政 調 査 の 中 で 決定 ・英 国 ア ク チ ュ ア リー 会 のガイ ダンス ・ノー トに従 う 。 ・最 低 責 任 準 備 金 規 制 (199 4年 規 則 ) エ ー シ ョ ン方 式 等 ) フ ロー ・テ ス トを行 い 、 責 任 準 備 金 の積 み 増 しが 必 要 と判 断 した 場 合 は 、 そ の水 準 が 責 任 準 備 金 とな る 。 た だ し、 フ ォー ミ ュ ラ形 式 の 最 低 責 任 準備金を下回 るこ とはできない。 G A A P と の関 係 S A P ベース 最低所要 自 己資本規 制 R B C 規制 R B C 比 率 に 応 じて 、 明示的な行政介入基準 が定 め られ て い る。 ソル ベ ン シ ー ・マ ー ジ ン基 準 (フ ォ ー ミ ュ ラ 形 式 の 自己 資 本 規 制 ) キ ャ ッシュ ・ フ ロー 分 析 資産 充 分 性分 析 (キ ヤ ツ シ ュ フ ロ ー ・テ ス ト) (責 任 準 備 金 の 充 分 性 を検 証 ) :ク ロー ズ ド ・モ デ ル ソル ベ ン シ ー ・マ ー ジ ンの維持 可能 性をチ ェ ッ クす るD S T ( D ynam i C S o Iv e n c y T e stin g ) :オ ー プ ン ・モ デ ル そ の他 G A A P ベース F A S 9 7号 で 、 ユ ニ バ ー サ ル 保 険 等 のデ ポ ジ ッ トタ イ プ の 商 品 、 F A S 120号 で 、有 配 当保 険 に関 す るG A A P を 定 め て い る。 −26− 責 任準 備 金 はG A A P も 同一 内容 G A D ( 政府 アクチュア リ ー 局 )は 、 レ ジ リ エ ンス ・テ ス トに よ り、 急速な資産価値 、金利 変 動 に対 し て 、 保 険 会 社 が 弾 力性 を有 して い るか をチ ェ ッ ク して 、 責 任 準 備 金 の積 増 しを 求 めて い る。 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 カナダ オ ー ス トラ リ ア 日本 (標 準 責 任 準 備 金 ) 積立方式 営 業 保 険 料 式 (P P M ) (商 品 毎 に 異 な る) 営業保険料式 平準純保険料 式が原則 計算基礎率 最 良 の推計 値 に P F A D ( P r o v is io n fo r A d v e rse D e v ia tio n ) を含 め る 最良の推計値 による責 任準 備 金 に将 来利 益 (M O S )を 含 め た も の をG A A P の責 任 準備 金 と し、 S A P と して は 、 よ り安 全 率 を見 込 んだ契約負債 をソルベ ン シー ・リザ ー ブ 中 で 保有。 金 融 監 督 庁 ・大 蔵 省 告 示 責任準備金 の評価主体 と時 価 評 価 ・ア ボ イ ンテ ッ ド ・ア ク チ ュ ア リー が 「一 般 に 認 め られ た 保 険 数 理 実 務 」 と して の C IA の実 務基準 に従 っ て 負 債 を 評価 す る ・ア ポ イ ンテ ッ ド ・ア ク チ ュア リー が 財 政 調 査 の 中で 決 定 ・9 5年 生 命 保 険 法 お よ び ア クチ ュア リアル ・ ス タ ンダ ー ド1.0 1 に 基づ く ・保 険料 及 び 責 任 準 備 金 蔓 出方 法 書 に 基 づ き算 出。 ・保 険計 理 人 は 責 任 準 備金 について将来収 支 分 析 に基 づ い て 確 認 し、 責任 準 備 金 の 積 み増 し が 必 要 な 場 合 は、 意 見 書 に そ の 旨記 載 す る 。 ・特 別 な 事 情 等 あ る 場 合 は、 純 保 険 料 式 を 下 回 る積 立 も可 能 G A A P と の関係 G A A P と整 合 的 最低所要 自 己資本規制 M C C S R 基 準 (フ ォー ミ ュ ラ 形 式 の 最 低 自己 資本規 制) キ ャッ シュ ・ フ ロー 分 析 D CA T ( D y n a m ic C a p ita l A d e q u a c y T e s tin g )に よ る 5 年 間の M C C S R の維 持 可 能 性 の検 証 その他 G A A P と整 合 的 ・キ ャ ピタ ル ・ア デ カ シー ・リザ ー ブ の保 有 S A P ベー ス ソル ベ ン シ ー ・マ ー ジ ン基 準 明示的な行 政介入基準 が ある ( 実 質債務超過 基 準 と の併 用 ) 将 来 収 支 分 析 (キ ヤ ツ シ ュ フ ロー ・テ ス ト) ( 責任準備金 の充分性 を検 証 ) :オー プ ン ・モ デ ル G A A P ベ ー ス、S A P ベ ー ス に加 えて 、継 続 企 業 と して 必 要 な 自 己 所 有 の 保 有 を 目的 と す る キ ャ ピ タル ・ア デ カ シ ー ・ベ ー ス のそ れ ぞ れに 3 つの責任準備 金 概 念 を導 入 。 (注)キャッシュ・フロー分析におけるクローズド・モデルとは将来の新契約を見込 まないもので、見込むものをオープン・モデルという。 −27− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 責任準備金の評価にあたっては、毎期、その時々の市場金利等を判 断して将来のキャッシュ・フローを評価しなおす方式(ロックフリー 方式)と、新契約時の責任準備金評価基礎率を保険期間中固定する方 式(ロックイン方式)に分けられる。前者には、カナダとオーストラリ アがあげられる。カナダでは、GAAPとSAPが統一されていること もあって、取締役会で選任されるアボインテッド・アクチュアリーが カナダアクチュアリー会(CIA)の実務基準に従って、毎決算期に、将 来のキャッシュ・フローの純現在価値を最良の推計値(bestestimate またはcurrent estimate)を基礎に、逆方向に振れた場合のマー ジン(PFAD:Provision for Adverse Deviation)を付加して 決定する営業保険料式(PPM:Policy Premium Method)の責任準 備金が積み立てられる。1999年1月に公表されたカナダアクチュアリー 会の実務基準のドラフト(後述)によれば、継続基準にもとづき、対応 資産の利回りを割引率とした最良推計値に、死亡率や解約率等の金利 以外の基礎率の逆方向への偏差を見込んで5%から20%のマージンを 追加し、さらに金利について7通りの決定論的なシナリオまたは確率 論的なプロジェクションによりl oのマージンを見込んでPFADを 計算することとされている(1(フでは小さいように思われるが、SA Pが同時にGAAPでもあるため、負債の部に計上しうる価額はrea− sonableなものに抑える必要があるとの理由からであり、最低所要 自己資本比率であるMCCSRの算出過程において予定利率設定リスク を見込んで、合わせてソルベンシーを維持する枠組みが採られている)。 また、オーストラリアでは、積立方式としては営業保険料式を採り、 最良の推計値による責任準備金に将来利益(死差益、利差益、費差益) の現在価値(死亡率、利率、維持管理費等の保証というサービスの引 受けによる利益(マージン)いう意味でMOS=Margin on Serv− −28− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 ice=という)を付加した責任準備金をGAAPの責任準備金とした 上で、SAPベースのソルベンシー確保の責任準備金として、このGA APベースの責任準備金計算上の最良の推計値に代えて死亡率、利率、 維持費率に安全性を見込んだ契約負債を計算し、さらにレジリエンス・ リザーブ、非認容資産リザーブなども付加した「ソルベンシー・リザー ブ」を計算する方式になっている(ただ、オーストラリアではキャッ シュ・フロー分析はなされない)。 これらのカナダおよびオーストラリアのロックフリー方式に対して、 アメリカやわが国ではロックイン方式が採られている。アメリカでは、 アボインテッド・アクチュアリーが、公式ベースで決められるロック イン方式の最低責任準備金で十分であるかどうかを州保険法おびアク チュアリー会の実務基準に従って、7通りの金利シナリオの下でキャッ シュ・フロー分析(資産十分性分析)によって検証し、不足と判断す れば不足責任準備金を積み増さなければならないこととされている (法令の最低責任準備金は、修正初年度方式といわれる監督官方式で、 計算基礎率としては死亡率、利率を法定しているが、ここで利率は、 ムーディーズ月次債券利回りにリンクして決められている)。 わが国の標準責任準備金制度においても、法令(告示)の定める標 準責任準備金は、金融監督庁・大蔵省告示で定められる新契約時の予 定死亡率や予定利率という標準基礎率をロックインするが、保険計理 人が将来10年間の収支分析によって5年以内に積立不足になると判断 された場合には、原則として不足責任準備金を積み増さなければなら ないこととされている(保険業法121条第1項1号およびアクチュア リー会の実務基準。ただし、平成12年4月現在、この実務基準は見直 し作業中である)。カナダやオーストラリアにおける責任準備金の評 価は、一種の時価評価の責任準備金ということができるが、アメリカ ー29− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 やわが国の場合も、キャッシュ・フロー分析や将来収支分析によって、 評価時点での将来キャッシュ・フローを考慮して必要な責任準備金を 積み増すものであるから、やはり時価評価を指向するものということ ができる。なお、イギリスは、法令で定められた最低責任準備金以上 で、アポインテッド・アクチュアリーが評価するが、積立方式、基礎 率、ロックイン等については各社各様であり、将来の配当を考慮した ボーナス・バリュエーション方式などが現実に積み立てられている (さらに、前述のように、レジリエンス・リザーブが追加される)。 3 各国の最低所要自己資本比率規制 貸借対照表の資産の評価と負債(とりわけ最低責任準備金)の評価 を法令で定めることによって、その差額の資本の部(サープラス)の 維持を図り、資本欠損または債務超過になった場合に、保険監督当局 が保険会社に対して早期是正措置命令を発令しさらには裁判所に再建・ 清算の申立を行うというのが、欧米の伝統的な健全性維持を目的にし たSAP会計の枠組みであるが、実は、この枠組みだけでは、保険会 社のリスクを管理することが困難であることが1980年代後半から明ら かになってきた。その結果,たとえば、アメリカでは、1992年、全米 保険監督官協会(NAIC)が、広義の自己資本(危険準備金、AVR 等負債の部の利益留保項目を含む自己資本)のリスク総量に対する比 率(公式ベース)を維持させることにより、健全性の確保を図る(場 合によっては、裁判所に再建・清算の申立を行う)という最低所要自 己資本比率規制RBC(Risk Based Capital)規制が導入さた。カ ナダ、イギリスでも同様の最低所要自己資本比率規制としてのMCC SRやソルベンシー・マージン規制が採用されている。オーストラリ アでは、前述の「ソルベンシー・リザーブ」に加えて、責任準備金の −30− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 計算上さらに保守的な基礎率を採用し、合わせて新契約リザーブ(今 後3年間の新契約費を積み立てるもの)等を加算した「キャピタル・ アデカシー・リザーブ」を保有させることで、同様の枠組みを構築し ている(表4参照)。平成8年4月施行の新保険業法が採用したソルベ ンシー・マージン基準はこれらの世界の流れを受け継いだものである。 表4 オーストラリアのソルベンシー基準と キャピタル・アデカシー基準 ソルベンシー・リザーブ ソル ベ ン シー 負 債 最 良 推 定 ベ ー ス よ り も保 守 的 な 計 算 基 礎 率 を用 い て 計 算 した 営 業 保険料式責任 準備金である。保守的なマー ジンは、アクチュア リ ア ル ・ス タ ン ダ ー ドに 定 め られ た 範 囲 内 で 、 アポ イ ン テ ッ ド ・ア ク チ ュ ア リー が定 め る 。解 約 返 戻 金 合 計 鰯 を下 限 とす る 。 その他の負債 他 の 債 権 者 に対 す る 負 債 費 用 リザ ー ブ 新 契 約 費 に対 応 す る リザ ー ブ で あ る 。 ソ ル ベ ン シー 基 準 で は 既 契 約 の み 考 え る た め、 完 全 な ア ッ プ ・フ ロ ン ト ・コ ミ ッ シ ョン 制 度 の 場 合 には 、 費 用 リザ ー ブ はゼ ロ とな る 。た だ し、 レベル ・コ ミ ッ シ ョ ン制 度 等 に よ っ て 保 険 期 間 に 渡 っ て 認 識 され る新 契約 費 に 対 して は 、 費 用 リザ ー ブ と して 引 き 当 て る 必 要 が あ る。 レジ リエ ンス ・ リザ ー ブ 資 産 価 値 の 急 激 な 変 動 に耐 え 得 る こ とを 証 明 す る た め に必 要 な 準 備 金 で あ る。 す なわ ち 、仮 に 資産 価 値 を 変 動 させ て み て 、 変 動 後 に 必 要 な ソル ベ ン シ ー ・リザ ー ブ (た だ し レ ジ リ エ ン ス ・リザ ー ブ を 除 く) か ら変 動 前 の も の を 引 い た 額 とな る 。 非 認容 資 産 リザ ー ブ ソ ル ベ ン シー 基 準 は清 算 基 準 で あ る か ら、 非 認 容 資 産 ( 営業権 な ど事 業 を 継 続 す る こ と に よ っ て価 値 を 持 つ 資 産 等 ) を資 産 か ら減 ず る 必 要 が あ る。 逆 に負 債 に そ の額 を 計 上 して 、 同 じ意 味 を持 た せ る。 キャピタル・アデカシー・リザーブ(資本充実準備金) キ ャ ピ タ ル ・ア デ カ シー 負債 最 良 推 定 ベ ー ス よ り も保 守 的 な計 算 基 礎 率 を 用 いて 計 算 した 営 業 保 険 料 式 責 任 準 備 金 で あ る。 保 守 的 な マ ー ジ ンは 、 ア クチ ュ ア リ ア ル ・ス タ ン ダ ー ド に 定 め ら れ た 範 囲 内 で 、 ア ポ イ ン テ ッ ド ・ア ク チ ュ ア リー が 定 め る。 一 般 的 に は ソ ル ベ ン シー 基 準 よ りも よ り 保 守 的 な 基 礎 率 が 用 い られ る。 将 来 の 配 当 も含 まれ る。 また 、解 約 返 戻 金 合 計 額 を下 限 とす る。 そ の他 の 負 債 ソ ル ベ ン シ ー ・リザ ー ブ と 同 じ 新 契 約 リザ ー ブ 今 後 3 年 間 の 新 契 約 費 のた め の 引 当 金 。 会 社 が 継 続 す るた め に 、 3 年 間 の 新 契 約 を想 定 す る。 レジリエンス ・ リザ ー ブ ソ ル ベ ン シ ー 基 準 の も の と 同 じで あ る が 、 よ り急 激 な 資 産 価 値 の 変 化 に 耐 え る こ とが 要 求 され る。 非認容資産 リザ ー ブ ソル ベ ン シ ー ・リザ ー ブ と 同 じ 出所 岩崎宏介「オースラリアの生保財務会計」(『生命保険会社と時価会計』 生命保険文化研究所、1999年9月、136∼137頁。) −31− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 カナダ、イギリスでは、貸借対照表日現在の最低所要自己資本の維 持のみならず、アクチュアリーによるキャッシュ・フロー分析を通じ て、将来5年程度の新契約、投資政策等も考慮して(オープン・モデ ルで)この自己資本を維持できるどうかの検証がなされる(前掲表3 参照)。とりわけ、カナダでは、MCCSRの維持について、アクチュ アリーがCIAの実務基準にしたがって、(生命保険会社の場合)将来 5年間の新契約、投資政策、契約者配当政策等を勘案しつつ、金利そ の他のシナリオ(経営計画に沿った基本シナリオと最低三本の逆シナ リオ=adverse scenario=)を組成して、キャッシュ・フロー分析 (Dynamic Capital Adequacy Testing:DCAT)を行い、そ の結果をマネジメント、取締役会(の監査委員会)に報告し、会社の リスクプロファイルの把握と対策を議論することがカナダ連邦保険会 社法上義務づけられている(これは、従来のDynamic Solvency Testing:DSTを発展させたものである)。保険監督長官は、リス ク管理能力等に応じた各社ごとのターゲットとするMCCSR=120%以 上=を各社に示し、早期是正(資本充実策の策定)の基準としており、 この水準を維持できるように経営計画とリスク(死亡・障害率、継続 率、キャッシュ・フローのミスマッチ、資産の減価、オフバランス・ リスク、事業費、再保険、政治的・法的リスク)の相関を、DCAT によってチェックすることが各社のアクチュアリー、マネジメント、 および取締役会の関心事となっている。 注17) 金融審議会第2部会(中間とりまとめ)によれば、保険会社に事業継続困難 である旨の保険監督当局への申出を義務づけることが提言されており、この場 合の申出基準となる責任準備金の水準も「解約返戻金と全期チルメル式責任準 備金との大きい方」とされている。これを受けて、平成12年4月現在、保険業 法等改正案が国会に上程されているが、施行規則または告示や日本アクチュア リー会の実務基準も改正される予定である。 −32− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 四 各国の生命保険会社に関するSAPとGAAPの役割の 明確化と調整の動き 欧米各国の生命保険会社の会計制度は、前述のように、SAPとGA APの二本立てである(アメリカ、EU)か、またはそれらの統合も しくは調整を図った会計制度(カナダ、オーストラリア)になってい る。SAPは、保険会社のソルベンシーの確保を目的に保険監督当局 に提出される財務報告書に係る会計(ただし、英・米では、前述のよ うに公衆にも開示される)であるのに対し、GAAPは保険会社の投 資家に対する投資情報の提供に主眼があるため、そもそもの目的が異 なる。貸借対照表の資産と負債の評価に重点をおくSAPに比し、(I ASCの資産・負債の概念フレームワークとは異なる)従来のGAAP では、費用収益対応の原則にもとづいて毎期の期間損益を計算するこ とに主眼がある。 アメリカでは、公開会社あるいは社債等を発行する生命保険会社に 対しては、相互会社を含めて、会計基準設定主体であるFASBから、 投資家に対して期間損益を測定・開示するために、新契約費の繰延計 上等を通じた利益の期間配分に考慮した方式によるFAS60号、FAS9 7号、FAS120号等によるGAAPの財務諸表が求められる。なお、全 米保険監督官協会(NAIC)では、SAPがあまりにも保険監督目的 を意識して技術的であり他業態との比較が困難になっているとの批判 に応えて、各州で統一的なSAPの成文化(コディフイケーション) を図る過程で、GAAPから学ぶべきところを取り入れていこうとし ている(なお、アメリカのSAPでは、GAAPとは異なり、子会社の 連結はなされず、いわゆる持分法によっているが、この点の改正の動 きはないようである)。また、NAICではIASとの調整を視野に入れ 一33− 生命保険会社の財務状態と経営成稗の開示 た検討を行っているが、時価会計をSAPに全面的に導入することに は批判的のようである。 イギリスでは、EUの保険監督指令とりわけ第三次指令(損保は、 92/49/EEC、生保は92/96/EEC)と保険計算指令(91/674/EEC) の二つの指令を国内法化する形で、前述のように、1982年保険会法お よび計算関係の規則によるSAPと、1985年会社法付表9AによるGA APの二本立てになっている。イギリスにおいては、アメリカとは逆 に、生命保険会社会社GAAPの役割である期間損益の計算と比較情 報提供機能の強化を目的に、GAAP自体を見直そうとの動きが見ら れる。すなわち、伝統的には、SAPに引きづられ、GAAPにおいて も、保守的な責任準備金の評価を行い、投資準備金等の利益留保性準 備金を負債の部に計上する方式が採られ、「法定ソルベンシー方式」 と呼ばれてきたが、EUの保険計算指令を受けて、期間損益計算の観 点から繰延新契約費を計上し、投資準備金等については、負債の部で はあるものの「将来の割当てのための準備金」として区分する「修正 法定ソルベンシー方式」に変更された。そして、99年1月、イギリス 保険会社協会(ABI)が会計基準設定主体であるASBの7解の下に、 保険会社版GAAPであるSORP(Statement of Recommended Practices)を公表し、新契約費の繰延計上の基準等を明らかにした。 ただ、責任準備金の評価についてはSAP会計に準拠したものとなっ ており、IASCの概念フレームワークからは批判の余地のあるものに 止まっている(イギリスでは、公開会社の投資家向けには法定ソルベ ンシー基準にもとづくGAAPによる開示よりもABIを中心にem− bedded value methodやaccrural method といった、会社の 保有契約の価値を算定して開示する別途の手法の開発に力を入れてき たきたといえる)。 −34− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 カナダでは、1991年に、カナダ公認会計士協会(CICA)とカナダ のアクチュアリー会(CIA)との共同声明が出され、契約負債(責任 準備金)の評価として、前述のように、期間損益を重視しつつも、安 全性を見込んでPFADを織り込んだ営業保険料式を採用することが、 SAPとGAAPの双方で一致して認められた(現在、カナダ保険会社 法ならびにCICAのハンドブックとCIA実務基準で明確に規定されて いる)。これまでの経緯を概説すると次のとおりである。 カナダでは、伝統的に、法令(カナダ・英国保険会社法)により規 定された財務諸表を投資家向けにも利用してきたが、貸借対照表は、 保守的な基礎率を定めた初年度定期式の積立方式による責任準備金を 最低責任準備金として作成されていた。これに対して、カナダ公認会 計士協会は、そのような責任準備金を含む一般企業とは異なった会計 慣行を持つ保険監督会計が、会社の財務状態と期間損益を真実かつ明 瞭に示すものとはいえないと主張してきた(とりわけ、新契約費が収 益との対応において明瞭に繰り延べられず、責任準備金計算方式が初 年度定期式によるとはいえ新契約進展率の高い会社が営業損失を計上 しやすいことに対する批判が強かった)。 ところが1978年、法律が改正され、最低責任準備金の積立方式とし て修正純保険料式(カナダ方式)を採用するとともに、バリュエーショ ン・アクチュアリー(アボインテッド・アクチュアリー)によって基 礎率や積立方式に会社の独自性を考慮した責任準備金の積立を認める イギリス流の制度が導入されたことから、CIAとCICAとの対話が急 速に進み、生命保険会社に対する会計監査人の監査基準の設定にアク チュアリーが協力することとなった。こうして、1987年にはアクチュ アリーの評価を会計監査人が尊重する旨の規定がCICAハンドブック に入れられたが、この時点で両者の間で、一般に認められた会計にも −35一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 とづく責任準備金の計算方式として、現実的基礎(realistic basis) にもとづきかつ予測の逆偏差(adverse deviation)にそなえるマー ジン(Provisions for Adverse Deviations:PFAD)を含む契 約保険料式(Policy Premium Method:PPM)を採用すること が基本的に合意された。 これを受けて、その後1991年に制定されたカナダ連邦保険会社法中 で、カナダの保険会社が株主総会と保険監督局長に提出すべきそれぞ れの財務報告書がGAAPにもとづいて作成されるべきものとしつつ. 同時に契約負債(責任準備金)の評価に当っては、「会社アクチュア リーは、事業年度末における会社の保険数理的およびその他の保険契 約債務等を、監督局長が決定する変更を加えた一般に認められた数理 実務および監督局長がなす追加指示に従わなくてはならない」との規 定がおかれた(365条、667条1項)。そして、CIAは、一般に認めら れた数理実務として、財務報告勧告(Finacial Reporting Recom 一mendations of CIA)および一連の“Valuation Technique Papers”を公表してきたが、1999年6月には、CIAの生保財務報告 委員会がこれらを統合するために「生命保険会社の契約負債の評価に 関する統合実務基準(CONSOLIDATEl⊃STANDARDS OF PRACr TICES FOR VALUATION OF POLICY LIABILITIES OF LIFEIN− SURERS)についての第三次のドラフト」を公表している。このド ラフトは、一般統合実務基準(general consolidated standards Of practice)の第23章Valuation of Policy Liabilities:Pers onalInsurance”とされる予定になっているが、そこでの責任準備 金評価方式は、契約保険料方式(Policy Premium Method)と い・ されている。この方式が、一般に認められた会計(GAAP)に則し ており、かつ一般に認められた保険数理実務とされ、カナダのCICA −36− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 とアクチュアリー会とがそれぞれのハンドブックおよび実務基準の中 で明確に規定しているのである。こうして、カナダでは、SAPがGA APを取り入れるとともに、最も大きな争点となっていた責任準備金 の評価については、アクチュアリー会の実務基準(ただ、GAAPと しての側面を持つため、期間損益計算とソルベンシーの維持の双方に 配慮したPFADを含むPPM方式)に委ねる生命保険会計ができあがっ ているのである。 また、オーストラリアでもイギリスと同様に、保険会社のGAAP がSAPにひきづられ過度に保守的になっているとの批判を受け、SA PとGAAPの調整が図られてきた。そして、1995年生命保険法の下で、 ソルベンシーの確保と正確な期間損益の測定という要請に応え、前述 のように、マージン・オン・サービス(MOS)方式と呼ばれるGAA P会計上の契約負債(責任準備金)を基礎に、ソルベンシー・マージ ン基準およびキャピタル・アデカシー基準による二種類の保険監督上 の負債(「ソルベンシー・リザーブ」と「キャピタル・アデカシー・ リザーブ」)を合わせて開示する方式が採られることとなったのであ る。GAAPにおいては、最良の推計値による営業保険料式の責任準 備金を基礎に、保険契約の将来利益の現在価値(MOS)を追加した 契約負債を計上し、毎期プロフィット・キャリアと呼ばれる提供サー ビスの指標(たとえば、定期保険では死亡保険金)の実現に応じてこ れを利益としてリリースする。要は、営業保険料式では契約時に一時 に計上される生命保険引受の利益を保険サービスの提供に応じて保険 期間にならして計上しようというものである。SAPとしては、この GAAPの財務諸表を基礎に、「ソルベンシー・リザーブ」と「キャ ピタル・アデカシー・リザーブ」を追加して、保険契約者や株主への 配当制限の根拠にし、また継続企業としての健全性を確保する方式が −37− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 採られているのである。 以上のカナダのPFADおよびオーストラリアのMOS方式の契約負 債の計上は、IASCの概念フレームワークの下では認められない可能 性もあり、IASCの保険起草委員会の検討状況によっては新たな調整 が必要になる可能性もある。 注18) カナダのCIAにおけるこれらの動向については、CIAのホームページ(htt p://www.actuaries.ca/)で資料を入手できる。 五 企業会計基準の改正(時価会計の流れ)によって 迫られるわが国の生命保険会社会計の新たな動向 1 情報開示面での時価情報開示と財務諸表本体での時価評価規定 わが国の生命保険会計における時価会計は、情報開示面のみの面で は、平成2年の企業会計審議会の報告書(先物・オプション取引等の 会計基準に関する意見書等について)とそれを受けた開示省令等の改 正および平成8年の財務諸表等規則の改正に合わせて改正された保険 業法施行規則の別紙様式にもとづいて、先物、オプション取引等や市 場性のある有価証券の時価情報の開示が行なわれてきた。また、これ とは別に、財務諸表本体では、生命保険業の特性を踏まえた時価評価 規定が商法の取得原価主義の特例として認められてきた。すなわち、 旧保険業法84条(現112条)により、「取引所の相場のある株式」 (平成11年8月の改正で「市場価格ある株式」とされた)について、 監督当局の認可を得て時価までの評価益を計上し、生命保険会社の場 合は責任準備金または契約者(社員)配当準備金に、損害保険会社の 場合は責任準備金に繰り入れることが認められてきた。 −38− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 また、昭和61年3月の保険業法施行規則の改正によって変額保険等 の特別勘定が認められて以来、当初は84条(株式評価の特例)を活用 して、その後は平成8年施行の新保険業法が118条において特別勘定 に関する規定を設けたのを機に、119条によって、特別勘定に帰属す る上場株式等について時価評価を認めてきた(ただ、この119条は、 平成11年8月の商法と保険業法の改正で金銭債権等の時価評価規定が 設けられたため、削除された)。 さらに、平成10年12月に施行された金融システム改革法により、銀 行・証券につづき保険会社にもトレーディング目的の有価証券および デリバティブ取引に係る「特定取引」について資産評価に時価主義が 導入されている。その後、平成11年1月に国際会計基準との整合性を 図る観点から、企業会計審議会の「金融商品に係る会計基準の設定に 関する意見書」が公表され、つづいて同年8月に商法および保険業法 が改正され、金銭債権、社債、株式等の時価評価規定が導入されたこ とは前述のとおりである。 以下では、これらの保険業法上の財務諸表本体における時価評価規 定のうち、特別勘定資産の時価評価(119条)、トレーディング勘定 の時価評価(112条の2)および金銭債権等の時価評価規定(15条、5 用) 5条等)について、さらに敷術して述べる。 2 特別勘定資産の時価評価(保険業法119条) 変額保険等の保険契約の特別勘定(「総理府令・大蔵省令で定める 保険契約について、当該保険契約に係る責任準備金の金額に対応する 20) 財産をその他の財産と区別して経理するための特別の勘定」)に属す る資産の運用については、一般勘定に属する資産の運用に比して弾力 的な取扱いが認められ、また資産の評価について、前述のように商法 −39一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 の取得原価主義の原則の特例が認められてきた。ただ、平成11年8月 の保険業法改正時に、評価に関する119条が削除されたことは前述の とおりである。 3 トレーディング勘定の時価評価規定(保険業法112条の2) 保険業法112条の2は、金融システム改革法による保険業法の改正 に際して新設されたもので、トレーディング目的の有価証券・デリバ ティブ取引等の特定取引およびその取引の対象となる財産をその他の 取引および財産と区別して経理するための特定取引勘定(いわゆるト レーディング勘定)の設定を金融再生委員会の認可の下に認めるとと もに、この勘定の有価証券等については時価評価(デリバティブ取引 等については、取引を事業年度終了時に決済したとみなして損益を計 算する、いわゆるみなし決済損益の計上)を強制することを規定した ものである(第2項および3項)。もっとも、評価差額は会社資本の 維持という商法および保険業法の要請との調和を図るためいわゆる配 当可能利益(処分可能剰余金)から控除する旨規定されていた(第4 項。ただし、平成11年8月の商法および保険業法の改正により、金銭 債権等の時価評価が認められ、かつ時価評価を行った場合の評価差益 は処分可能利益(剰余金)から控除することとなったためこの部分は 削除された)。 銀行および証券会社等では、保険会社に先立って、96年6月の「金 融機関等の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律」の公布 により、銀行法、証券取引法等が改正され、これにより、監督当局の 認可を受けて、トレーディング目的の有価証券売買、デリバティブ取 引等のトレーディング勘定の設定と時価評価が、97年4月からスター トしていたものである(そのため112条の2は、「保険会社」と「銀 −40− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 行」の点を除くと銀行法17条の2と全く同様の規定振りである)。本 条が設けられ背景には、「取得原価主義、受渡決済基準」を基礎とし た会計制度では、期末時点で評価損が発生していても決済時点までは 認識されないなどトレーディング勘定の成果が財務諸表(期間損益) に正確に反映されないこと、欧米ではトレーディング業務には時価会 計が適用されるのが一般的であることなど、銀行・証券の場合と同じ 事情がある。また、トレーディング商品についての収益・リスク管理 が正確になされず、各社とも自社内で「時価主義、約定基準」にもと づく管理会計制度を構築してきたが、このような実務上の不合理を解 消することも目的とされている。そのため、制度を導入する会社に対 しては、認可に当たって時価の公正さを確保するためにリスク管理体 制の整備(特定取引勘定経理規程、時価算定マニュアル等)が求めら れている。 ただ、平成12年4月現在、生命保険会社でこのトレーディング勘定 の認可を受けた会社はない。 4 平成11年8月の保険業法改正による金銭債権、社債、株式等 の時価評価 金融商品の時価会計というグローバル・スタンダードに合致させる 目的で、平成11年1月22日に、企業会計審議会が「金融商品に係る会 計基準の設定に関する意見書」を公表したのにつづき、同年8月、 「商法等の一部を改正する法律案」が国会を通過し、金銭債権、社債 および株式の評価に関する商法285条の4から285条の6が改正され、 市場価格ある金銭債権、社債、株式(子会社株は除く)については時 価を付すことができるように改正されたこと、および債権者保護の観 点から、配当可能利益の計算上は、貸借対照表上の純資産額から、 −41− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 「資産につき時価を付するものとしたる場合において時価の総額がそ の取得価額の総額を超ゆるときは時価を付したことにより増加したる 純資産額」を控除すべきこととされた(290条1項6号、中間配当に 二1、 関して293条の5第3項5号)ことは前述した。また、商法改正と同 時に保険業法の改正も行なわれたことも前述したとおりである。 以下では、保険業法改正の概要について敷術して述べる。 ①保険株式会社については、改正商法の資産評価規定が適用されるの で、金銭債権、社債、株式等について市場価格が形成されているも こ... のは時価評価が認められる。ただ、実際の会計処理については、保 険業法施行規則が、前述の企業会計審議会の意見書と調整を図った 規定を置くように改正される見込みであり、たとえば、貸付金およ び満期まで所有する意図をもって保有する社債その他の債券は取得 価額(償却原価法)で評価されるが、売買目的の有価証券およびデリ バティブについては時価評価(評価差額は税効果を考慮の上損益計 算書に反映)が強制されるものと思われる。また、企業会計審議会 意見書のいわゆる「その他有価証券」(相互持合株式や市場動向に よっては売却されうる有価証券)についても、保険業の特性(とり わけ生命保険会社の負債の超長期性)に配慮しつつも、(企業会計 上もSAPを用いている法体系からすれば)基本的には、企業会計 23)24) の原則と整合的な処理がなされるものと思われる。相互会社につい ても、保険業法59条が商法の評価規定を準用していることから、当 然に改正商法の規定が準用される。相互会社の実際の会計処理も、 保険株式会社との平灰をとって施行規則に定められる見込みである。 ②保険業法独自の特別勘定や資産評価規定との関連では、次のような 規定がおかれた。すなわち、商法の一般原則では、時価評価の際の 評価益については配当可能利益(中間配当可能利益)の計算上、貸 −42− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 借対照表上の純資産額から「資産に付き時価を付するものとしたる 場合(低価法および強制低価法による場合は除く)に於いてその付 したる時価の総額がその取得価額の総顔を超ゆるときは、時価を付 したることに因り増加したる貸借対照表上の純資産額」を控除しな ければならないが、保険業法上はここでの「資産」から特別勘定の 資産を除き、かつ、112条第1項の規定に従って市場価格ある株式 について時価までの評価益を計上した場合には、その癖を「取得価 額」に算入することとしている(改正保険業法第15条3項)。同様 に、相互会社についても、基金利息の支払い制限を定める55条第1 項3号および基金の償却と社員に対する剰余金分配制限規定である 55条第2項6号が改正され、保険株式会社と同趣旨の規定が設けら れた。以上の保険業法上の趣旨は、次のとおりと解される。 先ず特別勘定の資産については、もともと時価評価による損益が保 険契約者に帰属するものとされていることから、評価益計上に伴って 配当(処分)可能利益(剰余金)を定める規定から除外したものであ る。また、112条の評価益は、新保険業法が明定した契約者(社員) 酉己当の公正・衡平原則と関連して、株式の含み益を含む総合収益をアッ ト・シェアに応じて保険契約者に還元する趣旨で認められたものであ り、契約者配当準備金または責任準備金に繰り入れることが予定され ているものである。もし、計上された評価益分だけ配当(処分)可能 利益(剰余金)を減少させることとなればその趣旨が損なわれるため、 評価益部分だけ取得価額を膨らますことにより、実質的に配当(処分) 可能利益(剰余金)の額を減少させないようにしたものである(なお、 売買目的の市場価格ある株式は時価評価が強制され、かつ評価差額が 損益計算書に反映されるが、「その他有価証券」に区分される株式の 評価益は損益計算書に反映されないので、112条の評価益の計上はそ −43− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 の限りで意味を持つといえよう)。 注19) 以上の項目のうち、金融システム改革法までの改正内容については、石田 満『新版 保険業法』((財)損害保険事業総合研究所、1999年)、寺坂元之 「近時の保険業法改正の経緯と今後の展望」『生命保険協会90年小史一寄稿編』 49頁から66頁参照。 20)「総理府令・大蔵省令で定める保険契約」とは、施行規則74条により①特別勘 定の財産の価怨により、保険金その他の給付金の額が変動する保険契約(変額 保や変額年金保険)②適格退職年金契約または厚生年金基金契約であって、特 別勘定の財産の価額により責任準備金の金額が変動するもの③国民年金基金 (連合会)契約であって、特別勘定の財産の価額により責任準備金の金額が変 動するもの⑧その他これらに準ずる保険契約、とされている。これらの保険契 約では保険料計算上の予定利率はあるが、実際の運用利回りがそれを下回った 場合には保険金等や責任準備金額は予定利率によるものを下回り、一般勘定に 係る保険契約のようにそれらの金額が約定どおりに保証されるものではない。 21) 商法における時価主義会計の導入については、たとえば岸田雅雄「商法改正 と時価主義会計の導入」・商事法務No.1543(1999.11.25)4頁から11頁参照。 22) 商法上は、少なくとも大規模公開会社については、商法32条第2項の「公正 なる会計慣行」の解釈からも、時価評価が強制されると解されている。前掲岸 田7貢から8頁。 23) 企業会計審議会の意見書および公認会計士協会の実務指針では、貸付金は償 却原価法、デリバティブは時価法としている。また、有価証券については①売 買日的有価証券②満期保有目的の債券③子会社株式および関連会社株式④その 他有価証券(持合い株式等)⑤市場価格のない有価証券に区分し、このうち① については時価評価とし、評価差額は当期損益として処理し、④については洗 替方式の時価評価とし、評価差額はa.資本の部に計上する方法とb.評価益は 資本の部で評価損は損益計算書で認識する二つを示し、その選択を企業に任せ ている(なお、これらは④を除き2000年度から強制適用であるが、④のみ2000 年度は任意適用、2001年度から強制適用)。②は償却原価法③および⑤は取得 原価法である(子会社株式については、昭和49年の改正で、取引所の相場があ るものでも、常に取得価額によることを要し、低価法の適用を認めないことと −44− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 された(商法285条の6第2項後段)が、この点は今回の改正でも変わってい ない)。なお、ヘッジ会計に関しても規定があり、損益計算書上時価評価され るデリバティブと当該デリバティブによりヘッジされているヘッジ対象が損益 計算書上原価法で評価されている場合に生じる損益等のプレを生じさせないよ う、デリバティブの評価差額を原則としてヘッジ対象の損益が認識されるまで 繰延べる(繰延べヘッジ)こととされている(保険会社については、一定の要 件の下で、いわゆるマクロヘッジも認められる)。 保険業の場合「その他有価証券」の占率が高いため、資本の部に与える影響 が大きく、そのまま適用しうるかについては疑間もあるが、企業会計にあわせ て保険業法がすでに改正されているため、保険業法施行規則(別紙様式)では、 これらを受けて、整合的な規定が置かれるものと思われる。なお、金融資産の 時価評価規定の導入に伴い、価格変動準備金(保険業法115条)、ソルベンシー・ マージンに関する規定(同130粂)等に関する施行規則等も改正されることが 予想される。 24) なお、土地の再評価に関する法律(平成10年)によって、銀行等とともに土 地の再評価益の負債の部への計上が認められ、さらに1999年3月31日に成立し た「土地の再評価に関する法律の一部を改正する法律」によって、商法上の大 会社等については平成13年3月30日までの間、土地再評価益の資本準備金繰入 とそれを原資とした自己株式の取得・償却が認められることとなった。ただ、 保険会社では、ソルベンシー・マージン基準の計算に一定額の土地の評価益が 認められることもあって、再評価をしていない。EUの保険会計指令では時価 評価であること、国際会計基準委員会でも基本的に投資用不動産の時価評価が 目指されていること、さらには企業会計審議会において投資用不動産の時価評 価について検討されていることから、今後改めて不動産の時価評価が問題にな ろう。 ー45− 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 おわリにかえて わが国の企業会計制度は、国際会計基準との整合性を図る見地から 大きな変革を遂げつつあるが、それとの調整を図るため、商法および 保険業法の会計規制も、また、金融商品の時価評価の導入に見られる ように、従来の枠組みを大きく変えつつある。 国際会計基準の概念フレームワークに立脚した企業会計制度は、投 資家への情報提供を主眼とするGAAPのフレームワークに係るもの であるが、わが国ではGAAPにもとづく証取法会計と商法会計さら には保険監督会計との調整が図られてきた経緯から、現在も調整が続 けられているのである。しかしながら、IASCが主導するGAAPは、 伝統的なそれとはその概念フレームワークが大きく異なっている。保 険契約に関しては、IASCの保険起草委員会で検討が進められ、99年 12月にInsurance−Issues Paperが出され、各国関係者の意見を徴 するなどして検討が進められているが、基本的な方向としては時価会 計の方向が指向されている。もっとも、起草委員会内でも結論がでて いるわけではなく、多くの議論があり、当初の予定よりも多くの時間 がかかると見られているようであるが、伝統的なGAAPに立脚して 保険会社GAAPを構築してきたアメリカやイギリス等では、改めて 保険会社GAAPの見直しを迫られる可能性が強い。また、カナダや オーストラリアのように、伝統的GAAPと保険監督会計を統合ない し調整した保険会計の体系を構築してきた国でも、新たな調整に向け ての検討を迫られるものと思われる。 わが国の場合は、商法会計、企業(証取法)会計と税法会計が密接 に結びついたいわゆるトライアングル体制が採られており、しかも保 険会社については、保険業法とその施行規則(とりわけ表示に関する −46一 生命保険会社の財務状態と経営成績の開示 別紙様式)にもとづく保険監督会計(SAP)を核としてこれらが強 固に結びついている。そのため、従来、保険会社GAAPという概念 が持ち出されたことはなく、その検討もなされて来なかった。しかし、 国際会計基準の動向(とりわけasset−and−liability一meaSurement approachにもとづく資産・負債の時価評価指向)が、このトライ アングル体制をも揺るがすほどの状況になってきた今日、保険会社の 投資家等に対する財務状態と経営成績に関する情報提供を目的とする GAAPについての検討が不可欠になっている(たとえば、保険業法 上の責任準備金の評価や価格変動準備金等の負債計上等が、IASCの 概念フレームワークと整合的かどうかは疑問がある)。IASCにおけ る保険起草委員会の検討状況を踏まえながら、保険会社GAAPにつ いて検討していくことが求められる。このことは、今後、保険相互会 社の株式会社化や金融(保険)持ち株会社等を通じた保険会社を含む 金融再編の動きが活発化すると見られることからも喫緊の課題といえ よう。 もっとも、IASCの概念フレームワークによるGAAPとりわけ責任 準備金の時価評価が健全性の確保を目的とするSAPの理念から見て 妥当であるかについては慎重な検討が求められる。その意味では、保 険会社GAAPとソルベンシーの確保を目的とする保険監督会計(SA P)との関係(アメリカやイギリスのように二本立てにするのか、カ ナダやオーストラリアのような統合ないし調整を図るのか等)につい ても、早急に検討に着手することが求められているといえよう。 (本稿は、(財)生命保険文化研究所よる「平成11年度研究助成」の成 果である。記して感謝申し上げたい。) −47一