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解答・解説 - 日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団

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解答・解説 - 日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団
Modul
e15
抑うつと希死念慮
● Modul
e15 抑うつと希死念慮
A 問 題
□
〔一般問題〕
問題1
抑うつのスクリーニングについて正しいものはどれか,2つ選べ
(1)がん患者の抑うつはスクリーニングに適した疾患(症候群)である
(2)がん患者の抑うつのスクリーニングツールを選択する際には,簡便さを最も重視する必要
がある
(3)進行がん患者の抑うつのスクリーニングの国際標準は,患者自身に「気分が落ち込んでい
ませんか?」と尋ねることである
(4)抑うつのスクリーニングには,あわせて有効な治療プログラムを併用することが望まれる
(5)抑うつのスクリーニングの結果,陽性であったものに対しては,治療を行う必要がある
問題2
抑うつの疫学について正しいものはどれか,2つ選べ
(1)わが国のがん患者における大うつ病の有病率は20~25%程度である
(2)わが国の一般人口における大うつ病の有病率は欧米に比べて低い
(3)がん診断後の適応障害および大うつ病の有病率は,がんの経過に従って低くなっていく
(4)がん患者の大うつ病の有病率には性差がない
(5)がん患者の適応障害および大うつ病は高齢になるに従い頻度が高くなる
問題3
抑うつの病態について誤っているものはどれか,2つ選べ
(1)がん患者にみられる大うつ病の生物学的メカニズムは,一般人口にみられる大うつ病と同
じであることが示されている
(2)がん患者にみられる適応障害と大うつ病の臨床的危険因子として重要な身体的要因に痛み
と身体機能の低下が挙げられる
(3)がん患者の抑うつ発現における防御要因として,医療者や家族からのサポートが重要であ
る
(4)がん患者にみられる大うつ病は一般的には重症のものが多く,精神病像を伴う症例もまれ
ではない
(5)がん患者の抑うつ発現に痛みが主要な役割を果たしている場合,まずは除痛を優先し,そ
の後に,抑うつの再評価を行う
問題4
抑うつの診断について正しいものはどれか,2つ選べ
(1)抑うつ気分が存在しない場合は,大うつ病ではない
(2)米国精神医学会(DSMI
V)の大うつ病診断基準として提唱されている診断項目は8つで
ある
164
Modul
e15‫ ׉‬抑うつと希死念慮
(3)がん患者の大うつ病を操作的診断基準(たとえば,DSMI
V)を用いて診断する場合,最
も問題となるのは睡眠障害,倦怠感などの身体症状である
(4)罪責感や希死念慮の存在は,がん患者の大うつ病の診断に際して有用である
(5)大うつ病診断基準に含まれる身体症状項目に関して,病因のいかんを問わず診断基準に算
入する診断アプローチを採用した場合,進行がん患者の大うつ病の有病率は50~80%で
ある
問題5
抑うつの薬物療法について正しいものはどれか,2つ選べ
(1)がんに罹患するという明確なライフイベント後に生じた大うつ病に対して薬物治療は有用
ではない
(2)多くの抗うつ薬は作用発現までに2~4週間を要することが多い
(3)精神刺激薬(例:メチルフェニデート)は抗うつ作用を有し,作用発現が早い
(4)おのおのの抗うつ薬で効果は著しく異なり,現在では三環系抗うつ薬などの従来薬に比
べ,選択セロトニン再取り込み阻害薬が最も強力な抗うつ薬であることが示されている
(5)頻度の高い抗うつ薬の有害事象として,三環系抗うつ薬における嘔気・嘔吐,選択的セロ
トニン再取り込み阻害薬における便秘,口渇などが知られている
問題6
抑うつの非薬物療法について正しいものはどれか,2つ選べ
(1)終末期における支持的精神療法,カウンセリングにおいてもっとも重要なことは,患者自
身に死を受容させることである
(2)進行・終末期がん患者に対する精神療法の中で最も有用な治療技法は,精神分析理論に基
づき内面の深い洞察を指向する力動的精神療法(ps
y
c
ho
d
y
na
mi
cps
y
c
ho
t
he
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py
)である
(3)よい精神療法を提供する大前提としては,患者と医療者の良好な信頼関係の形成が必須で
ある
(4)心理教育的介入の目標は,正しい医学的な知識を提供することにより,不確実な知識や知
識の欠如に起因して生じている不安感,抑うつ感や絶望感を改善することにある
(5)がん患者に病状の否認,退行がみられた場合は,できるだけ早期に精神療法的介入を行い,
それらを消失させることが重要である
問題7 症状マネジメントに必要な薬物の薬理学的特徴について正しいものはどれか,
3つ選べ
(1)一般的に,薬物効果に影響を与える薬物の相互作用としては,薬物の感受性などに変化を
与える薬力学的相互作用(pha
r
ma
c
o
d
y
na
mi
cd
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ugi
nt
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r
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c
t
i
o
n)と薬物の体内動態に変化を
与える薬物動態学的相互作用(pha
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ki
ne
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cd
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ugi
nt
e
r
a
c
t
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n)とがある
(2)がん患者は高齢者が多いので,抗うつ薬の投与量も少量から開始する必要がある
抑うつと希死念慮
‫ ׈‬Modul
e15
165
15
問
題
(3)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるミルナシプランは代謝酵素
CYP
2D
6を阻害する
(4)ある選択的セロトニン再取り込み阻害薬が無効であった場合には,他の選択的セロトニン
再取り込み阻害薬も多くの場合無効である
(5)三環系抗うつ薬は,重篤な心臓への有害事象を認めることがあるため,投与前に心電図を
確認しておくことが望ましい
問題8
希死念慮の疫学と病態について正しいものはどれか,2つ選べ
(1)がん患者の自殺率は一般人口に比べて高く,およそ10~20倍である
(2)がん患者の自殺の最大の原因の1つとして大うつ病が挙げられる
(3)終末期がん患者の1
0%から20%程度に希死念慮を有する患者や安楽死を望む患者が存在
する
(4)緩和ケアを受けている終末期がん患者の希死念慮の背景に存在する最も重要な要因は痛み
である
(5)終末期がん患者の希死念慮の多くは合理的で治療が不要なものである
問題9
希死念慮の診断と治療について正しいものはどれか,2つ選べ
(1)がん患者と希死念慮について話し合うことは,患者の希死念慮を増悪させたり,自殺の危
険を高めるので,可能なかぎり避けることが望まれる
(2)希死念慮の評価を行う際には認知機能の評価も行う必要がある
(3)がん患者の希死念慮の評価を適切に行うためには,身体的側面,心理社会的側面,実存的
側面など多次元的かつ包括的に行う必要がある
(4)がん患者に希死念慮が認められた場合には,できるだけ早期に抗うつ薬で治療を開始する
(5)希死念慮を有するがん患者とのコミュニケーションに際しては,医療スタッフの宗教観や
人生観などに基づき,希死念慮を持つべきではないことを説くことが有用である
〔症例問題〕
〔症例〕
5
3歳,男性.半年前に手術で切除した肺がんが再発.多発骨転移あり.骨転移による疼痛緩
和目的で約2ヵ月前に入院.安静時の痛みは緩和されたが,体動時の痛みのため日中もベッド
上で過ごすことを余儀なくされていた.入院生活が長びき,食欲低下,倦怠感,不眠が出現し,
次第に口数も少なくなってきていた.最近は,好きでよく読んでいたという時代小説を読んで
いる姿をみかけることもなくなっており,家族もふさぎこんだ状態を心配しているものの,病
166
Modul
e15‫ ׉‬抑うつと希死念慮
気が治らない状態であれば自然なことなのかもしれないと感じていた.睡眠薬で客観的には不
眠は改善しているように見えたものの睡眠に対する満足感は乏しく,また食欲低下や倦怠感に
対してステロイドを使用するも無効であった.
あなたが,この患者さんを訪床したある夕方,
「一生懸命やってくださる看護婦さんや先生に申
し訳なくて言えませんでしたが,皆に迷惑をかけるばかりで,生きていてもつらいばかりです.
早く死んでしまいたいのです.もしできることなら,早く逝かせていただきたいのですが…」との
申し出があった.あなたが,何がつらいのかと尋ねると,
「こんな状態で生きている自分には価値
がないのではないかと思うのです.とにかく気持ちがつらくて…」と涙を流しながら答えた.
問題1
この患者の希死念慮の原因として最も考えやすいものはどれか,1つ選べ
(1)痛み
(2)うつ状態(大うつ病)
(3)死の恐怖
(4)正常な反応であり,原因となるものは特にない
(5)高カルシウム血症
問題2
この患者は希死念慮を述べているが,これに対して適切ではない初期対応は以
下のうちどれか,2つ選べ
(1)患者の抱いている希死念慮の程度や背景について尋ねる
(2)わが国では安楽死が違法であることを説明し,安楽死は提供できないことを率直に説明す
る
(3)話題を死の話題から他の話題にそれとなく変える
(4)患者の病気に対する理解を確認する
15
問
題
抑うつと希死念慮
‫ ׈‬Modul
e15
167
● Modul
e15 抑うつと希死念慮
B 解答・解説
□
〔一般問題〕
問題1 解答 (1),(4)
(1)一般的に,スクリーニングが有用な疾患は,有病率が高く,外見上その疾患に罹患してい
ることが明らかでなく,治療可能であり,早期治療が有益である,といった特徴を有する
ことが知られており1),がん患者における抑うつは,まさにこのような条件に合致する.
(2)スクリーニングツールを選択する際には,簡便さも重要であるが,その性能を示す感度,
特異度,尤度比などを考慮する必要がある2).
(3)カナダの終末期がん患者を対象とした有用なスクリーニング法の検討において,患者自身
に「気分が落ち込んでいませんか?」と尋ねることが最も良好な感度,特異度を示したこ
とが報告されたが3),イギリスの患者では良好な結果は再現されなかった4).
(4)プライマリケアにおける抑うつのスクリーニングの有用性に関するメタ分析で,スクリー
ニングの施行に加えて,結果のフィードバックや治療のモニタリングなどを併用する方法
が推奨されている5).
(5)スクリーニング結果はあくまで参考所見であり,治療の要否とは異なる.たとえば,スク
リーニング陽性症例にも,通常,一定の割合で疑陽性症例が含まれている.
問題2 解答 (2),(4)
(1)わが国のがん患者における大うつ病の有病率調査からは,大うつ病の有病率は3~10%程
度であることが示されている6~12).
(2)わが国を含めアジア諸国の大うつ病の有病率は一般に欧米に比べて低いことが示されてい
る 13~16).
(3)がん診断後の適応障害および大うつ病の有病率は,がんの経過で有意な変化は示さないこ
とが示されている 6,7,17).
(4)一般人口でみられる大うつ病と異なり,がん患者においては大うつ病の有病率に性差はな
いと考えられている 18).
(5)がん患者では,がん年齢である6
0~70歳代に比べ,むしろ相対的若年者で心理的苦痛が
高く,適応障害および大うつ病の頻度も高いことが示唆されている 7,10,19,20).
問題3 解答 (1),(4)
(1)一般人口における大うつ病に関しても,がん患者における大うつ病に関しても,現時点に
おいて生物学的メカニズムは明確にはわかっていない 21).
(2)がん患者にみられる抑うつの臨床的危険因子としては,患者の人口統計学的要因,身体的
要因,心理社会学的要因など複数の要因が複雑にからみあっていることが知られている
168
Modul
e15‫ ׉‬抑うつと希死念慮
が,もっとも重要な身体的要因は痛みと身体機能の低下である 22~24).
(3)ソーシャルサポートは,がん患者の抑うつをはじめとした心理的苦痛の防御要因として重
要な役割を果たすことが知られている 25~30).
(4)がん患者に認められる大うつ病は軽症のものが多く31),精神病像を伴うことはまれである32).
(5)抑うつと痛みが同時にみられた場合は,まずは除痛を優先し,その治療経過をみながら抑
うつの再評価を行う方法が推奨されている 33~34).
問題4 解答 (3),(4)
(1)大うつ病診断に際しての必須症状は,抑うつ気分あるいは興味・喜びの減退である35).
(2)大うつ病の診断基準に含まれている項目は,①抑うつ気分,②興味・喜びの減退,③食欲
減退(または増加)あるいは体重減少(または増加),④不眠(または睡眠過多),⑤精神
運動性の焦燥または制止,⑥易疲労性あるいは気力の減退,⑦無価値感あるいは罪責感,
⑧思考力・集中力の減退または決断困難,⑨自殺念慮の9項目である35).
(3)上述の診断基準項目の③,④,⑤,⑥,⑧はがんそのもの,あるいはがん治療による身体
症状としても出現しうるために,がんをはじめとする身体疾患を有する患者の大うつ病診
断の際に大きな問題となる.DSMI
Vでは,身体症状が身体疾患によってもたらされてい
ない場合に大うつ病診断基準項目として算入する方法を採用しているが,現実的にはがん
によるものか,うつ病によるものか判断が容易でないことが多い.現在,提唱されている
診断基準を大別すると,身体症状が存在すれば病因のいかんを問わず診断基準に含める
i
nc
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r
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,身体疾患に起因すると思われる身体症状を除く e
t
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(DSM36)
など,DSM の診断基準
I
V)
,身体症状項目を除く e
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(Ca
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)
37)
から身体症状項目を除き代替項目に差し替える s
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(End
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i
a
)
などがある.いずれの診断基準にも長所,短所が存在するため,身体疾患を有した患者の
大うつ病診断に際しては現在ゴールドスタンダードと考えられるような診断基準は存在し
ないが,臨床的観点からは大うつ病を見逃さないことがより重要であるので,たとえ疑陽性
症例が若干含まれても i
nc
l
us
i
v
ec
r
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t
e
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i
aに基づいて診断し,大うつ病症例を過小評価しない
方が望ましい38,39).
(4)がん患者の大うつ病を診断するうえでは,希死念慮や自責感の存在が一助となることが示
唆されている 40).
(5)わが国の進行・終末期がん患者の大うつ病を i
nc
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us
i
v
ea
ppr
o
a
c
hで診断した場合でも,有病
率は10%未満である 7,10).
問題5 解答 (2),(3)
(1)がん患者の大うつ病に対する抗うつ薬の有用性を検討した無作為化比較試験から,その有
用性が示されている 41~43).
抑うつと希死念慮
‫ ׈‬Modul
e15
169
15
解
答
(2)抗うつ薬には,効果発現上の特徴として,効果発現までに2~4週間を要し(たとえば,
がん患者の大うつ病に対する抗うつ薬の有用性を検討した文献4
1)
,42)
などに掲載され
ている実際のデータをみてもそれが読み取れる)
,副作用が効果に先行して出現すること
が多いという特徴を有する.したがって,もともと何らかの身体症状を有していることが
多いがん患者の治療に当たっては,いたずらな不安を抱かせぬよう,抗うつ薬のこれら特
徴を患者に十分に説明したうえで用いる必要がある.
(3)精神刺激薬(メチルフェニデート)は抗うつ作用を有し,作用発現が早いことが知られてい
る 44,45).
(4)メタ分析からは,選択セロトニン再取り込み阻害薬と三環系抗うつ薬の有効性は同等であ
ることが示されている 46).
(5)一般的に嘔気・嘔吐が発現しやすいのは選択セロトニン再取り込み阻害薬であり,便秘,
口渇などの抗コリン性の有害事象がみられやすいのは三環系抗うつ薬である 47).
問題6 解答 (3),(4)
(1)支持的精神療法,カウンセリングにおいて死を受容することを強要することはない.これ
ら精神療法の基本は,患者の言葉に対して批判,解釈することなく,非審判的な態度で支
持を一貫して続けることにある.
(2)力動的精神療法は,その治療目標がパーソナリティーの再構成であり,症状からの解放や
行動変化はその結果として現れてくるものである.したがって,がん患者においては,自
分の内面の深い理解を望む患者に対しては,力動的精神療法が有用な場合もあるが,実際
に適応となるがん患者は特に進行・終末期では少ない.また,身体状況によっては禁忌と
もなりうるので(身体的な危機状況,高度な不安など)
,施行する場合は特殊なケースに限り
専門的なトレーニングを受けた治療者が,明確な目標設定のもとで行うべきであろう48).
(3)患者と良好な信頼関係を形成することは,患者との良好なコミュニケーションあるいは精
神療法の第一歩としてきわめて重要であり,このためには,面接者の基本姿勢として求め
られる,あたたかさ,礼節,感受性といった要素が必須である.同様に,プライバシーへ
の配慮を十分に行う,座る,患者の言葉に心から耳を傾ける,といった基本的事項も不可
欠な要素である.
(4)正しい.したがって,心理教育的介入に際しては,まず,医療スタッフからの説明や現状
を患者がどのように理解し,どのように受け止めているかを理解する必要がある.十分に
理解されていない情報を明確にしながら,患者の誤解を訂正し,患者の置かれている状況
について保証を与えることは患者の抱いている無用な精神症状を軽減するうえでの一助と
なる.
(5)否認,退行の多くは,いずれも,治癒が望めないといった絶望的状況や死および死にゆく
プロセスへの不安,恐怖に対する対処法として用いられることが多く,多くの場合,ケア
170
Modul
e15‫ ׉‬抑うつと希死念慮
の妨げとなることのない軽度のものである.これら防衛が認められた際には,背景に高度
な心理的苦痛が存在することを物語っており,また進行・終末期,中でも死が差し迫った
終末期という特殊な状況においては,不安や抑うつを防衛するうえで適応的なものである
場合も多く,こういった際には直接的な介入も不要である 49~51).
問題7 解答 (1),(2),(5)
(1)正しい.前者としては,抗コリン作用を有する三環系抗うつ薬とモルヒネとの併用による
便秘,口渇などの増強などが挙げられる.後者に関しては,薬物は一般的に吸収,分布,
代謝,排泄の各段階において薬物相互作用を受ける可能性を有しているが,最も頻度が高
いのは代謝に関しての相互作用であると考えられている.たとえば,選択的セロトニン再
取り込み阻害薬であるパロキセチンは,CYP
2D
6で代謝されるが,その CYP
2D
6による代
謝に飽和が生じ,CYP
2D
6で代謝される薬剤の血中濃度を上昇させる危険がある.
(2)高齢者では,薬物代謝が遅延している可能性がある.一般的には,身体疾患を持たない患
者に使用される量の半分から3分の1程度の初期量から開始し,有害事象の出現を細かく
モニタリングしながら,適宜漸増していく方法が推奨される.
(3)ミルナシプランは,チロクローム P450系によって代謝されず,直接グルクロン酸抱合を
受けることから,他の薬物との相互作用は少ない.
(4)個々の選択的セロトニン再取り込み阻害薬は,共通の化学構造を持たず,薬物動態学的な
特徴もさまざまである.したがって,1つの選択的セロトニン再取り込み阻害薬が無効で
あっても,他の選択的セロトニン再取り込み阻害薬が有用であることもまれではないこと
が知られている.
(5)三環系抗うつ薬は,QT間隔延長や心室性不整脈を起こすことがある.
問題8 解答 (2),(3)
(1)先行研究の多くが,がん患者の自殺率は一般人口に比べて有意に高いことを示している
5
2~54)
.
しかし,一般人口に比べて数十倍も高いのではなく,メタアナリシスの結果からは,がん
患者の自殺率は,一般人口に比べて2倍程度であることが示されている 55).
(2)He
nr
i
ks
s
o
nらは,自殺したがん患者60例を非がんの自殺症例60例と比較した結果,両群
ともに自殺の最大の原因となっていた精神疾患は大うつ病であったが,がん患者の自殺群
では,非がんの自殺群に比べて,アルコール依存が少なかったという結果を報告している56).
本結果は,自殺を促進する要因として,がん,非がんに限らず,大うつ病が重要である一
方で,アルコール依存など一般人口の自殺の原因としてよく知られた要因に関しては,が
ん患者ではそれほど顕著ではないことを示唆している.
(3)Cho
c
hi
no
vらは,終末期がん患者2
00人を対象として希死念慮の頻度に関する検討を行い,
8.
5%が中等度以上の希死念慮を有していたことを示した 57).Br
e
i
t
b
a
r
tらは,92名の終末
抑うつと希死念慮
‫ ׈‬Modul
e15
171
15
解
答
期がん患者を対象として,1
7.
4%に希死念慮が認められることを示した 58).わが国の報告
からも終末期がん患者の1
0~20%に希死念慮を認めることが示されている 59,60).
(4)前述の Cho
c
hi
no
vらは,中等度以上の希死念慮を有するものの半数以上が大うつ病であり,
痛みの存在,Be
c
kDe
pr
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i
o
nI
nv
e
nt
o
r
yで評価した抑うつ状態,家族からの社会支援(ソー
シャルサポート)の乏しさが希死念慮に有意に関連することを報告した 57).またこれら要
因の相互関係を検討し,希死念慮に最も直接的に関係する症状は抑うつ状態であり,痛み
と家族のサポートは抑うつ状態を介して間接的に希死念慮に寄与している可能性を示唆し
e
i
t
b
a
r
tらの検討からも,痛みは独立した有意な要因とはなっていない58).しかし,
た29).Br
これらは標準的な緩和ケアが提供されている状況下での検討であることも銘記しておく必
要があろう.
(5)多くの研究が,希死念慮や安楽死の希望の背景には,大うつ病,せん妄をはじめとした精
神医学的問題が存在することを示しており,進行・終末期がん患者を精神医学的に援助す
ることの重要性を示している.一方では,痛みなどの身体症状や絶望感,実存的苦痛,
ソーシャルサポートなど他の次元の要因が独立して関与することも示されており,がん患
者の希死念慮の背景に存在する要因の複雑さが示唆される.しかし,現時点で示されてい
る結果からは,希死念慮を有する患者に対しては,特に大うつ病の評価が不可欠であり,
終末期であっても,希死念慮を安易に合理的なものと考えることの危険性が示されてい
る.
問題9 解答 (2),(3)
(1)多くの医師が,患者に対して自殺や死に関する質問を行うことで,自殺念慮をより強いも
のにしてしまうのではないか,といったことを懸念しているが,このようなことが実際に
起こるという知見はほとんど得られていない.むしろ,終末期の患者は,そのような話し
合いはタブーである,あるいは適切ではないと感じているために,医師とこれらについて
話し合うことをしばしば避けているのである.したがって,そういった話題に触れてもか
まわないという医療スタッフのアプローチを待っているのである 61).
(2)認知機能障害では,背景に存在する身体状態の結果として,意識の全般的な混濁と合理的
に思考する能力の低下といった症状がみられるため,希死念慮や自殺企図などがみられる
ことがある 62).
(3)前問の解説でも示したように,がん患者の希死念慮の背景に存在する要因は,多次元的で
あり,複雑である.これまでの研究からは,希死念慮発現に関連する可能性がある臨床的
要因として,痛みに加え,大うつ病をはじめとした心理的,精神医学的苦痛,そしてソー
シャルサポート,絶望感や依存など実存的問題など多岐に渡っている.
(4)希死念慮の発現に大うつ病が関与しており,かつ薬物療法が望まれる臨床的状況の場合に
は抗うつ薬の処方が望まれるが,前述のように,希死念慮の背景に存在する要因は複雑で
172
Modul
e15‫ ׉‬抑うつと希死念慮
あるため,個別的にその背景要因を検討し,包括的なマネージメントを提供する必要があ
る 63,64).
(5)希死念慮を有する患者に対して,医療スタッフが提供可能な最も重要な初期の対応は,こ
の問題に関する話し合いをオープンに,かつ非審判的に行う姿勢を示すことである.これ
らの問題を話し合いたいという旨を表現することや,このような医療スタッフの態度が患
者の苦痛を軽減することも稀ではないのである.道徳的,倫理的,宗教的な見地から自殺
や自殺幇助に反対している医療スタッフであっても,そのようなことを患者に伝えたり,
気持ちの適切なあり方に対して審判することなく,希死念慮やそういった気持ちについて
話し合うことが重要である 60).
〔症例問題〕
問題1 解答 (2)
提示されている症状(食欲低下,倦怠感,睡眠障害,興味・喜びの低下[好きでよく読んで
いたという時代小説を読んでいる姿をみかけることもなくなった],自責感[皆に迷惑をかける
ばかり]
,無価値感[こんな状態で生きている自分には価値がないのではないかと思うのです])
からは,まずうつ状態(大うつ病)を考える必要がある.精神症状を評価する際の一般論では
あるが,精神症状の評価とそれが起きる状況の理解は独立して行うことが原則であり,
「こんな
状況であれば,そんな風に思うのは自然なこと」と安易に考えないことが大切である 65).これ
は終末期がん患者の場合でも同様であり,正常範囲内の悲しみや悲嘆と治療を要する大うつ病
レベルの鑑別診断を行うのは重要である 66).
問題2 解答 (2),(3)
患者が死にたいと語る場合や死を望む場合の多くは,背景に種々の問題を抱え,助けを求め
ている状況が潜んでいることが多い.実際,前述したように,先行研究から,希死念慮の背景
に存在する臨床的要因として,痛みに加え,大うつ病をはじめとした心理的,精神医学的苦痛,
そしてソーシャルサポート,絶望感や依存など実存的問題など多岐に渡る苦痛症状が示されて
いる.したがって,患者が希死念慮を述べた場合は,医療スタッフは,患者の苦痛症状に対し
て包括的に再評価を行う必要がある.また,場合によっては,患者が実際の医学的状況を過っ
て認識してる場合もまれではないので,患者に対して病気に対する理解を確認することも重要
である.
抑うつと希死念慮
‫ ׈‬Modul
e15
173
15
解
答
引用文献
1)Gr
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1)内富庸介 監訳:緩和医療における精神医学ハンドブック.星和書店,2
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解
答
抑うつと希死念慮
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