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第3章 産学連携先進国における利益相反のマネージメント`)

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第3章 産学連携先進国における利益相反のマネージメント`)
第3章 産学連携先進国における利益相反のマネージメントり
アメリカでは,技術移転が強調されるようになったのに伴い大学協会により利益相反のマネジメン
トのためのガイドラインが定められ,主要な研究大学では,教員は利益相反の可能性のある外部活動
を毎年申告し,大学が責任体制を明確にして審査,承認するという制度が確立している。産学連携に
伴う不祥事の発生を未然に防ぎ,大学が社会的,経済的な役割を果たしながら,学問の府としての健
全性を維持するためには,責務/利益相反のマネジメントは不可欠であると考えているからである。
イギリスの大学でも産学連携活動の日常化に伴って責務/利益相反の取り扱いに関する検討が始まっ
ており,一部の主要大学はすでにアメリカと同様の制度を定めている。
1.アメリカの状況
1)歴史的展開
アメリカ大学協会(AssociationofAmericanUniversities,以下AAU)が1993年に発行した文書(資
料6)から,アメリカにおけるConflictofInterest(=利益相反)に関する歴史的展開を抜粋する。
アメリカでは利益相反に対処するための施策の重要性が古くから認識されていたが,1964年に,大学
関連の二つの協議会が協同して「大学での政府支援研究における利益相反の防止について」という声明で
利益相反の施策の重要性を明文化した。同声明では知識と技術の大学から産業界への移転の重要性と,大
学が主体性を維持するためには制度上の基準と手続きについての細かい配慮が必要であることが強調され
ている。
その後政府支援研究が増加し,また産官学連携施策と法律が整備されてきたのに伴い,各大学が利益相
反の施策を作り,それを精緻化するための指針となる声明や報告書が大学協会等から逐次提出されている。
さらに;大学医学部等は学外活動に勤務時間をどの程度まで使ってもいいかについての考え方(Conflict
ofComitment=職務専念責務の相反,以下,責務相反)についても基準を示している。
1990年代になり,技術移転が経済競争力が国の最優先施策として改めて強調されるようになったため,
大学における利益相反の施策についての一層充実したガイドラインが必要であるとの考えのもとに本節冒
頭のAAUの報告書が発行された。アメリカの大学では,同報告書が公表される前から,独自の利益相反
の施策を有する大学もあったが,1993年以後iよAAUの報告書を基準とした利益相反の施策が各大学で策
定されている。
2)アメリカの大学の十務相反および利益相反の施策の例
AAUの報告書(資料6)では,個々の大学には独自の文化的な背景や管理スタイルがあるから,それ
1)この章ではアメリカまたはイギリスの調査結果について論述する。両国の資料でConflictof
CommitmentまたはConflictofInterestという表現が用いられている場合は,それぞれ「責務相反」ま
たは「利益相反」という表現を用いたが,この章で利益相反と表現するConflictofInterestには二つの相
反の概念が混然と区別なく含まれていることが多い。
−10−
らとの全体の調和を考慮して大学ごとの利益相反の施策と手続きは決められるぺきものであるとしている。
その記載を反映してインターネットのウェブサイトで閲覧できるアメリカの大学の利益相反施策はそれぞ
れに特色を出しているが,ここでは代表的な2大学 ̄(カリフォルニア大学とスタンフォード大学)と,施
策の学内への趣旨徹底のために趣向を凝らしているシンシナティ大学の利益相反施策を参考例として選択
し,資料を添付した。
(1)カリフォルニア大学の利益相反の施策
カリフォルニア大学はアメリカ最大の州立大学で,州内にバークレー校,ロサンゼルス校,サンフラン
シスコ校等の約10の分校を持ち,それらを総合してカリフォルニア大学システムと呼んでいる。システ
ムとしての運営は州議会が任命した総長(President)の下に行われ 各分校は学長(Chancellor)の下
に独立した大学運営が行われている。
利益相反の施策に関してはカリフォルニア大学総長からの通達(資料7)が全学的なルールになってい
る。
学内への利益相反の施策の主旨徹底のため,カリフォルニア大学サンフランシスコ校では民間機関との
関係(研究支援,兼業,金銭的関係等)に関して学術担当副学長(ViceChance1lor,AcademicAffairs)
名で施策の概要を紹介している(資料8)。骨子は以下の通りである。
カリフォルニア大学サンフランシスコ校の利益相反の指針の特徴は,第1項が責務相反に,第6項目が
非金銭的な利益相反に関連する以外は,主として金銭的な利益相反が取り上げられていることである。
カリフオルニア大学サンフランシスコ校における研究資金の授受に附随した利益相反の指針
目的:民間企業との関係を理解し,それに対応するための指針を示す。
①教員が大学常勤職員に任命されることの了解事項は次の2項である。
●大学の職務に専念すべきこと。
●学外活動への責任が本務を妨げないよう配慮すべきこと
②企業等で責任ある役職に就任する,または企業等から収入を受叙することは潜在的な利益相反の
発生源になるので,教員は企業との関係を学科長に申告しなければならない。
③企業との関係の申告義務は本人だけでなく,配偶者,扶養している子供(本節では以下「家族」/と
する)も対象とする。企業との関係には次のものが含まれる。該当する時は事前に指定の申告書
(730−U)を提出する。
●企業における責任ある役職,または研究費提供企業での管理的職位への就任
●上記の企業へのストックオプションを含めた投資
●上記の企業からの大学を経由しない収入の受額
○上記の企業からの50ドル以上の贈り物の受領
○上記の企業からの突出したローン
−11−
④本人と家族が金銭的利害関係を持つ企業に研究資金を拠出することは潜在的な利益相反の発生源と
なる。
⑤カリフォルニア大学サンフランシスコ校には『産業界との関係に関する学長諮問委員会』が設置さ
れており,そこですべての研究資金について利益相反の可能性を審査する。
⑥⑤で示した学長諮問委員会は利益相反の可能性があるときは別途定めた規則と指針に沿って契約,
贈り物について審査する。審査にあたっては次のことに留意する。
●開放的な学術環境が確保されているか,特に,学生の知的自由度が保護されているか
○公表の自由が確保されているか
○大学の施設と人的物的資源が適正に使用されているか
⑦研究中に教員が利益相反に遭遇する場合は,その研究に関連した論文,口頭発表の中で支援者との
関係を明らかにする。
⑧教員ならびにその他の大学で責任ある立場にある職員は,本人または家族が関係している会社のこ
とに関連して,大学または大学に影響力のある支援者の意志決定に関与してはならない。
⑨教員が企業の役員をしている場合は,その会社からの研究資金は受額できない。
⑩教員は,当人が総額の5%以上を投資している企業からは研究資金を受額できない。
⑪臨床試験においては次のことを禁止する。
●同一時期に同じ会社との間に臨床試験契約と顧問契約を交わす
○臨床試験契約を交わしている会社に投資する
●臨床試験契約を交わしている会社の意志決定にその会社内の責任ある立場で参加する
●臨床試験契約を交わしている会社の役員または社員になる
(2)スタンフォード大学の利益相反の施策
スタンフォード大学の施策の特徴は、就業規則に相当するコンフリクト・オブ・コミットメント(職務
専念責務の相反=責務相反)にかなりの比重をおいてコンフリクト・オブ・インタレスト(利益相反)を
論じていることである(資料9参照)。同大学における責務相反と利益相反の概念は第1章第1節に引用
したとおりである。
教員が勤務に関して基本的に認識しなくてはならないこととその理由,責務相反や利益相反はどのよう
な状況で発生しうるか,もし発生が予想されたり発生した場合にはいかに対処すべきか,誰がどのように
審査し,それぞれの過程にだれが責任を負うかを懇切に解説している。
スタンフォード大学の暮務相反と利益相反に関する規則(カツコ内には責務相反と利益相反のいず
れに関するものかを最初に示し、その後に要点を示す)
(Dキャンパスへの拘束
(責務相反:学生,スタッフの指導,同僚との学術的交流のためキャンパスに滞在する義務。)
②外部での職業活動の制限
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(責務相反:学内でできる研究を学外で実施することはスタンフォード大学への忠節を減ずるので
禁止。)
③研究成果の自由で開放的な交換
(利益相反:学問的自由の雰囲気を助長すべきであり,それを疎外する行動を禁止。例えば学生や
ポストドクヘの助言に教員の個人的利益によるバイアスを持ち込むことを禁止。)
④人的物的資源の適正使用
(利益相反:施設,雇用者,装置,機密情報等をコンサルタント活動等の非公共的活動に使用しな
い。)
⑤知的財産権の開示と所有
(利益相反1):特許化の可能性がある発見の大学への開示義務,発明の所有権の大学帰属,発明者
への特許実施料収入の配分の規定。)
⑥大学が関係する外部機関への教員の関与
(利益相反:教員自身とその身近な家族は,コンサルタント契約,一定額以上の利益,大学への贈
与,研究支援,技術ライセンス契約,調達契約について申告する義務がある。)
⑦科学的客観性が疑問視される状況
(利益相反:妥当性が疑わしい場合の学部長主導の監視委員会による審査と公開の奨励。臨床試験
は必ず監視委員会を設ける。)
⑧規則遵守の証明
(責務/利益相反:教員は毎年定例的に責務相反と利益相反の規則を遵守していることを学部長か
ら承認してもらうことが必要。また,定例的に申告する外,責務相反や利益相反が感知された時に
も随時申告し,承認を得ることが必要。)
⑨学部長の責任
(責務/利益相反:学部長は制度の運営に責任。)
⑩事務部門の学務部長の責任
(責務/利益相反:全学的な制度の運営に責任。異議への対応責任。)
⑪異議申し立て
(責務/利益相反:学務部長の裁定への異議は学長がアドバイザリーボードに諮問して検討。)
以上の通り,スタンフォード大学の責務相反と利益相反の規則は特許や特許実施料配分等,産学連携に
関する事項一般に及んでいる。
(3)シンシナティ大学の利益相反の施策
シンシナティ大学は,利益相反の施策は本質的に分りにくいものであるとの前提に立ち,次のような項
1)スタンフォード大学では,利益相反のマネジメントの観点から,知的財産権は大学に帰属させるべきで
あるとしている。
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目について利益相反の解説を行っている(資料10)。
①親しみが薄いと思われる利益相反の施策に関連した用語の定義
②利益相反に関する大学の制度
③報告義務のある活動と学外との関係
④報告義務から除外される活動と学外との関係
⑤公開の手順と審査の基準
⑥利益相反のケーススタディー
⑦利益相反の申告書
特に,報告義務がある事項(③)と,報告義務から除外される事項(④)について具体的に記載してい
ること,事例により具体的なイメージを抱かせるようにしている(⑥)ことも同大学の文書の特徴である。
次に同大学の利益相反のマネージメントに関する文書の序文の一部を抜粋するが,市民(納税者)への
アカウンタビリティーという視点から利益相反の問題に取り組んでいることが明確に示されている。
「これらの(公的な)利益と併せて,営利企業と大学との連携を発展させてきたことにより,新たな
利益相反の可能性が生まれてきた。こうした利益相反は,個人が,その研究や学問の成果により,あ
るいは大学の教員としての責任を果たす過程で行った合法的な活動により,利益を得る機会に恵まれ
たことにより発生する。さらには,産学連携が果たして適切であるのかといった懸念を,市民が抱き
始めるようにもなっている。
産学連携による研究に対する信頼を市民から得て,そうした研究が社会で果たす強力な役割を是認
してもらうには,市民の厳しい目にさらされながら,常に柔軟に対応して行かなければならない。そ
のためには,学者や臨床医の判断が適切であり,大学研究機関が産学連携によって研究の主体性が失
われないように誠心誠意努力していることを市民に確信してもらうことが常に必要となる。市民にこ
うした確信を強くもってもらうためには,学者というものがなべて誠実で,主体性をもって最高水準
の研究に従事していることが前提条件である。」
3)アメリカの利益相反の施策の特徴
上記のとおり,アメリカの大学における責務相反および利益相反に関する規則はAAUのガイドライン
をモデルとして,各大学の実情に合わせて運用されているが,本項では,基本的な考え方と,運営の仕組
みについて説明する。
(1)利益相反の施策の必要理由
大学は伝統的に主体性を持った存在であり,学術のために主体性を維持することは大学の最も重要な要
件である。しかし,大学における研究の極めて大きな部分は,公立大学,私立大学を問わず,連邦政府の
資金で賄われているので,主体性を保ちながらも,公的な存在として公益に資する責任も負わされている。
主体性の維持のためには大学で開放的な雰囲気で知識やアイディアを自由に交換することが必要である。
一方,公益に資する最も具体的な形は,大学教員の知識や技術が産業創出に利用されることであるが,そ
れは主として私的な利益を価値基準とする産業界の力を借りて初めて実現するものである。産業界との関
−14−
係は大学教員を私的な利益のサイクルに巻き込む。そこには金銭的ならびに非金銭的な各種の利益への誘
惑が伴い,大学教員といえどもその誘惑に抗しがたいことがなくはない。
大学の主体性,公的存在性,大学教員の私的利益のサイクルへの関わりという輪の中で生じるのが職務
専念責務の相反(責務相反)と利益相反である。さらに,責務相反と利益相反は産学連携が活発に行われ
ればそれだけ発生しやすくなる。したがって,責務相反と利益相反がどのような状況の下に発生し,発生
した場合にはそれにどのように対処すればいいかということを大学教員が熟知し,定められたルールを必
ず履行しなければならない。それを怠ると,大学の主体性,公的な存在としての認知が揺らぐことになる。
また,アカウンタビリティーを問われて大学の存在が危うくなることもある。したがって,責務相反と利
益相反の理解とそれへの対処は大学として根源的なものであり,筋の通った利益相反の施策は産学連携の
助けになるばかりでなく,大学の使命の健全化にもなるというのがアメリカの考え方である。
一言で云えば,大学と大学教員が健全に社会の要請に応え,公に認知された状況下に研究に邁進するた
めに必要な手続きと考えてよい。
大学教員にとってはかなり抵抗のある手続きを毎年繰り返さなければならないことは苦痛かもしれない
が,学問の府としての高潔(integrity)と社会へのアカウンタビリティーのための大学の主要な方針とし
て、教員への協力を要請しているものと思われる。
(2)利益相反の施策の仕組み
前出のAAUのガイドラインでは,利益相反の運用のキーになる要素として次をあげている。
●定義
●公開
●審査過程
●勧告と決定
●反論の余地
●違反の場合の適切な処分
さらに,それぞれの項目に対する管理責任者の明確化,制度の適用をうける者すべてが,制度に関わる
自らの責任を認識できるよう情報を周知徹底させる必要性も示している。詳細については資料として添
付したAAUのガイドラインと各大学の規則を参照いただくこととして,ここでは,MrrのTLOのネルセ
ン部長による利益相反のマネージメントの要点を示すにとどめる。1)
利益相反のマネージメントの要点(ネルセン部長による)
●教員が何ができ,何ができないかを明文化した規則が必要
○疑わしい事態には間髪を入れず真正面から取り組み,明確な裁定を下す。
1)り夕L・ネルセン‥新しい産業技術の源泉としての産学連携一架橋の構築,21世紀に向けての産官学連
携戦略−ネットワーク社会における科学と産業,奈良先端科学技術大学院大学AGIP21研究会編,科学工業
日報社,pp.67∼88,1998
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裁定を下す責任者を明確にし,機敏に裁定を下す。
○性善説にたつこと。しかし,明快な手続きが日常的作業(ルーチン)として行われ
るようにする。
決して詰問的な監視方法を取らない。
事実関係だけを正すようにする。しかし,苦悩を与えないようにする。
決定することが重要である。
さらに,モニタリングの必要性を強調し,「なんといっても太陽の光が一番いい消毒になる」と云って
いる。
問題になりそうな状況を,ルーチンに申告する(記録をとどめる)作業こそ大切で,問題が生じたら記
録データを基にモニターする。そのことにより生じうる問題を未然にかつ最小限にとどめる,あるいは再
発防止に役立てることが利益相反の施策の目的であり,それに沿った仕組みを構築している。
また,利益相反は状況に伴って起こるもので,行動自体が生じさせるものではないという視点も重要で
ある。
(3)理想と現実
本章の冒頭で述べた通り,アメリカでは利益相反の施策の必要性は早くから認識され,産学連携の機会
が増えるに連れて利益相反に対応するための制度を逐次精緻化してきた。アメリカにおける産学連携や技
術移転の話には必ずと云っていいはど利益相反の問題が引用される。このことはとりもなおさず利益相反
が産学連携の実施に伴う永遠の課題であることを示している。
添付の各大学の利益相反の規則からも明らかなように,利益相反は医学関係の産学共同研究で問題にな
ることが特に多い。我が国においても産学連携に伴う倫理的な問題や違法行為が医学の分野で問題になる
場合が相対的に多いように思われる。
最近,ニューヨークタイムス紙に医療デバイスの開発研究の事例が紹介された1)。事例は,心臓の冠状
動脈の狭窄を治療するために血管を広げるステントという医療デバイスの開発に関するものである。医療
デバイスの研究から販売に至る過程では,大学医学部のインターベンショナル・カルジオロジストが,研
究者,発明者,製品開発企業のコンサルタント,販売プロモーター,企業への投資家のすべてを兼ね備え
るケースがある。また,デバイスの場合には医薬化合物のように同一の剤型を調製することが困難なこと
から二重盲験試験等を行うために,臨床成績にバイアスがかかりやすく,利益相反が発生しやすいことが
この記事に示されている。利益相反のマネージメントが一筋縄にはいかないことを示しており,アメリカ
で利益相反のマネージメントがなぜ重視されるかが窺い知れる事例である。また、記載されている審査、
勧告過程の状況も参考となる。
1)neNewYorkTimes,TbesdayNov.30,1999
−16−
(4)大学数長の給与体系
第2章で述べたとおり、,アメリカの大学の教員は1年12ケ月の内,大学から給料を得るのは9ケ月
分であり,残りの3ケ月分は自らの給料は外部活動により獲得しなければならない1)。それを補償するた
めに,スタンフォード大学の責務相反の説明にあるように4半期ごとに13日間(年間52日間=平均週1回)
を上限として,コンサルタント等の報酬のある外部活動に従事することが許されている。既存の企業の役
員に就任することもあるし,スタートアップ会社のための共同出資者となることもある。アメリカにおけ
る技術移転の奨励施策と相まって,大学教員のこのような企業との連携活動の機会は増加している。した
がってそれに伴う責務相反や利益相反はアメリカでは特に発生しやすく,それがためにより精微なマネー
ジメントが要求されるようになってきているものと思われる。アメリカにおける教員の外部活動は我が国
の大学の教員とは全く異なる給与体系の下で行われているものであるので,それに関連した二つの相反の
マネージメントの手続きについても,それをわが国がそのまま真似るのは無理があろう。
1)p.6,脚注1)参照。
−17−
2. イギリスの状況
り全般的な状況
連合王国(U.K.:theUnitedKingdom;以下,一般的な標記法に倣いU.K.全体を“イギリス”と標記
するが,U.K.はそれぞれ自律した4つの地域[イングランド(England),ウェールズ(Wales),スコット
ランド(Scotland),北アイルランド(NorthernIreland)]から構成される1つの国家であり,イングランド
以外の各地域はそれぞれの地域での行政機関・立法機関を持ち,教育もそれぞれの地域に権限があり(イ
ングランドの教育政策はイギリス政府が権限を有するが,それ以外の地域での教育政策は各地域の政府が
権限を有している),また,とくにスコットランドは,歴史的な背景もあって,他の3地域とは法体系が
大きく異なる(成文法である)点にも留意する必要がある1における産学連携に関わる大学での「利益相
反(conflictofinterest)」のマネージメントについて,本節で述べる。
まず,イギリスにおける産学連携に関わる大学での利益相反について,その全般的な動向を整理してお
く。1980年代,アメリカ合衆国においてよりいっそう産学連携が推進されることとなり,イギリスにお
いてもその影響を受けて産学連携が活発化した。産学連携が進むにつれて,大学での本務としての職務と,
企業に対するコンサルタンシー等の職務とのあいだに生じる利益相反に関心が向けられるようになり,イ
ギリスにおいては,主として1990年代半ば頃より,この間題に取り組まれるようになってきた。現在,
地域における研究の“goodpractice”[好適な実践(あるいはより平たい表現として“良い手本”とも
訳することができるかもしれない)]の一部として利益相反の問題が意識されるような指針が示されたり,
先導的な大学においては実際に研究実践規則の一項目としてこの利益相反に対処するためのしくみが整え
られつつある。一方で,利益相反への問題に必要以上に対処することに消極的なところも見られるようで
ある。
2)高等教育機関一主として利益相反に関連して
次に,イギリスの高等教育機関の概要について,とくに利益相反に関連する部分について述べる。利益
相反をよりよく理解するためには,以下に示すように,大学の設置形態,研究資金の配分の状況,大学の
スタッフの身分,利益相反が関わる一局面としての知的財産権の取り扱いといった点について,整理して
おくことが必要であろう。
産学連携における大学での利益相反とは,スタッフが大学の被雇用者(組織の一員)として長期的に職
務を果たしている大学と,スタッフが主として個人として通常ではより短期的に職務を果たしている第三
者(機関)との関係に起因する。すなわち,当該スタッフの,大学での職務において生じる利益
(interest)[ここでは,単に金銭的な“利益’’のみならず,価値的な“利益”も含まれ また概念上は,
積極的な/正の“利益’’のみならず,消極的な/負の“利益”・“利害”も含まれる](大学が当該スタッ
フに職務を果たさせることを通じて得られる利益と当該スタッフの大学での職務に由来する個人的利益)
と,第三者(機関)での職務において生じる利益[当該スタッフの第三者(機関)での職務に由来する
(個人的)利益であり,かりにその第三者(機関)での職務が公的なものであればその利益は究極的に
「公益」であることも十分にあり得る]が相反する可能性がある。そこでこのような機関間の利益関係を
−18−
理解するためには,まず,大学の設置形態について整理しておくことが必要であろう。イギリスにおける
大学の設置形態は,その歴史によって大いに違いがありきわめて多様である。
まず・イギリスの大学には,1992年に施行されたFurtherandHigherEducationAct1992(1992年
継続・高等教育法)[スコットランドについては,FurtherandHigherEducation(Scotland)Act1992
(1992年スコットランド継続・高等教育法)]に基づく高等教育一元化を境にして,それ以前から大学で
ありprivatesector[プライヴェート・セクター(私的セクター)]に位置していた,いわゆる「1992年
以前の大学(pre−1992universities)」(あるいは「旧大学(olduniversities)」)と,元々publicsector
[パブリック・セクター(公的セクター)]であったpolytechnics(ポリテクニック)[義務教育修了者の
ための継続教育機関の一つで,大学レベルの教育を施していた]やcolleges(カレッジ)が昇格して“大
学(university)”という称号を得た「1992年の大学(1992universities)」[あるいは「1992年以後の大
学(post−1992universities)」,「新大学(newuniversities)」]とがある。そして,歴史的に見て研究
を継続して推進してきており,また,現在においても大学の収入に占める研究費の割合が高い大学は,前
者の「1992年以前の大学」の範暗にある大学である。
これらの「1992年以前の大学」の絢酎こある大学の中にも,歴史的にまた地域的に大きな違いがある。
まず,イギリスにおいてもっとも古い大学は,「古来の大学(anCientuniversities)」と呼ばれる,イング
ランドにある0Ⅹford(オックスフォード)[12世紀設立]とCambridge(ケンブリッジ)[13世紀設立],
および,スコットランドにあるStAndrews(セントアンドゥリユース),Glasgow(グラスゴー),
Aberdeen(アバディーン)[以上3大学は15世紀設立],Edinburgh(エディンバラ)がこれに当たる。
これらの大学は,議会によって制定された種々の法によって統治されている。その後,19世紀後半になっ
て,主要な都市に,いわゆる「レッドブリックス(redbricks)[“赤煉瓦”の意味]」と呼ばれる大学が
創設された。また,第二次世界大戦後,1950年代から1960年代にかけては,まったく新しい大学が設立
されたり,当時,カレッジだったものが大学の地位に昇格してなった大学がある。19世紀から1960年代
にかけて創立された大学については,一般に「公民大学(civicuniversities)」とも呼ばれている。そして,
「1992年以前の大学」で中でもこのような「公民大学」は,その設置根拠が各RoyalCharters(勅許)
にあり,汁ivyCouncil(枢密院)による形式的な同意によって修正されているところもある。さらには,
1964年から1966年にかけて,CollegesofAdvancedTechnology(高等工科カレッジ)から大学に昇格
したところもある0一方,「1992年の大学」の設置根拠は1992年継続・高等教育法であり,有限責任会
社(companieslimited)形態の機関の場合には会社の定款の中に,統治条項の規定が組み込まれている。
大学は,法律上は,教授・学問・研究を主たる目的とする,それぞれが独立して自律した統合体
(corporatebodies)[日本の法律に当てはめれば“法人”に相当する]である。そして,それぞれの統治
機関が大学の効果的な運営の確保と将来の発展に向けた計画に責任を有しており,究極的には大学に関す
る事項の全責任を有している。また,大学はそれぞれ独自の学位授与権を有している。
なお・イギリスにおいて国からの公費をまったく直接的には受け入れていない大学としては,唯一,
TheUniversityofBuckingham(バッキンガム大学)がある。先に述べたとおり,イギリスの大学はそ
れぞれの根拠に基づいて設置されており,運営にも自治権を有している。また多様な資金源を得ている一
−19−
方で,主としてHigherEducationFundingCouncils(高等教育資金配分会議)等やResearchCouncils
(研究会議)を通した公費によって運営されている。したがって,日本との比較できわめて単純に,『イ
ギリスではほとんどが「国立大学」で,バッキンガム大学だけが「私立大学」である』,とするような表
現がしばしば見受けられるが,日本の私立大学は国からの私学助成を受けていることもあり,また設置と
運営と財務負担のありようは異なることもあり,このような表現は大いに誤解を招くものであることに留
意する必要があろう。
次に,大学の研究に対する資金配分の状況について,イギリス全体の動向と,全体の中での主要大学の
動向とを簡単に見てみる。
3)研究資金
イギリス全体で見ると,大学やカレッジといった高等教育機関は,年間111億ボンド(1996−97年度,
出典:HESA:HigherEducationStatisticsAgencyLimited(高等教育統計エイジェンシー有限責任会社)
[以下同じ])の収入を得ているが,このうち24.56億ボンドが研究による収入である。その内訳を見て
みると,高等教育資金配分機関からが8.14億ボンド ¢3.1%),研究会議からが5.25億ボンド(21.4%),
公益団体からが3.64億ボンド(14.8%),イギリスの中央政府各省および地方の保健・病院機関からが
2.97億ボンド(12.1%),その他の補助金や契約によるものが2.68億ボンド(10.9%),そして産業界か
らが1.88億ボンド(7.7%)となっている。しかし,機関ごとに,その構成には大きな違いが見られる。
イングランドにおいて,各高等教育機関の機関全体の収入に占める研究助成金および契約金の額の割合を
見てみても,ある程度の割合(20%前後)がある機関とあまりない機関(10%以下)とに別れ 割合の高
いところでは,例外的に50%弱(1機関)や30%台の機関(6機関)(1997−98年度)がある。
とくに,大学研究に対する産業界からの助成金および契約収入に限って見てみると,イギリス全体で
111ある大学のうち,その収入の額の上位7大学で全体の1/3を占め,上位15大学で全体の半分を占めて
いる。そして,順位が中位以下の大学をあわせても全収入の8%にしかならない[Howells,Nedevaand
Georghiou,1998]。
4)大学スタッフの身分・雇用形態
次に大学のスタッフの身分について見てみる。大学はそれぞれが独立して自律した“法人”であること
から,大学のスタッフは“公務員”ではなく,また,イギリス全体の大学のスタッフの身分を規定するよ
うな法令もない。したがって,各スタッフの雇用条件は,民間企業の場合と同様に個々の大学において規
定される。
利益相反や責務相反に密接に関わるが,イギリスの大学のスタッフは,その雇用契約等の中で,年間
30勤務日(workingdays)あるいは60勤務日といった一定の時間の範囲内で外部活動に従事することが認
められている。これが,いわゆる,「30日ルール」/「60日ルール」である。諸外国では一般に,(日
単位でなく)時間単位で勤務が把握されており,この場合,その時間の合計が30勤務日あるいは60勤務
日に相当する時間数となるまで外部活動が認められていることになる。
ー20−
もう一つ,イギリスにおける大学のスタッフに関して重要なことは,テニュア制がないことであろう。
もともと大学にはテニュア制があったが,EduationReformAct1988(1988年教育改革法)によって
廃止された。このようにテニュア制がない点は,たとえば,次に述べるような知的財産権の取り扱いに関
する規定の変更とも関連する。
5)知的財産権
イギリスでは,知的財産権の取り扱いは,現行では,主として,PatentsAct1977(1977年特許法),
Copyright,DesignsandfbtentsAct1988(1988年著作権・意匠・特許法)に基づいて行われている。
一般に,大学においても私企業の場合と同様,大学のスタッフによる発明の取り扱いは,従業者
(employee)による職務発明(cf.1977年特許法Section39(第39条))に該当する‘ものとして扱われ,
特許権は使用者(ernployer)である大学に帰属させるようになってきている。スタッフは大学と多年度の
雇用契約を締結しているが,その中において,大学での研究活動に基づいて得られた成果による知的財産
権の帰属についても規定されていることが見られる。従来はスタッフ個人に知的財産権が帰属していたが,
産学連携の機運の高まりとともに,大学自体が連携機関や起業支援機関を設立し始め,知的財産権の帰属
についても大学とするように改められてきつつある。その際,知的財産権の帰属については雇用契約の中
で規定されているので,継続的に雇用されるスタッフについても,契約の更改に伴って知的財産権の帰属
も改められるようになっている。
イギリスにおける大学スタッフによる発明に伴う知的財産権の取り扱いに関する簡単な歴史について振
り返っておこう。1985年までは,公費を受けて実施された研究成果に伴う知的財産権は,おおむね大学
のスタッフに帰属し,それが国によって設立されたNRDC:NationalResearchand Development
Corporation(全国研究開発公社)に譲渡され,NRDCによって独占的に実施されてきた。しかし,1985
年に独占が廃止されてNRDCがBTG:BritishTechnologyGroup(ブリティッシュ・テクノロジー・グ
ループ)[現在は,BTGplc(BTG株式会社)が正式名称]に改組され民営化された。また,1980年代
半ばより,各大学において,既存の産業界とのリエゾン・オフィスの中に,あるいはこれと並立して,
technologylicensingoffice(テクノロジー・ライセンシング・オフィス)として知られる知的財産権を
管理・運営するオフィスが設置され始めた。そして,この頃より今日に至るまで,知的財産権が,主要な
政策的・戦略的課題となっている。
6)小指一大学と教具
以上を整理してみると,イギリスの大学とは,おおむね公費によって運営されている公益性の高い機関
であるが,一方で運営や財政面において各々が自律しているという意味において私的存在の機関であると
いうことになろう。したがって,スタッフは国や地方公共団体の「公務員」ではないことから,利益相反
の問題には,全国一律に対処するのではなく,もっぱら,独立して自律した私的存在としての個々の大学
が,その説明責任や社会的道義といった観点から自主的に対処することになる。
−21−
7)利益相反への取り組み
(1)概要
さて,利益相反については,明示的に何らかの規定を有しているところはまだ少ないように思われる。
また,イギリス国内でも,その導入の現状についてはあまり網羅的には把握されていないように思われる。
しかし,最近のアメリカでの利益相反に関する動向も踏まえられながら,イギリスにおいても,産学連携
をはじめとして大学のスタッフが社会のさまざまな機関と関係を有するようになってきているといったこ
とがあるので,利益相反に対してますます関心が高まってきている。
また,大学における利益相反は,単に研究を遂行するスタッフ(教員や研究員)のみならず,当然のこ
とながら,大学において運営に関して意思決定を行う統治機関(いわば,大学を設置している学校法人の
「理事会」)の構成員や,学部長・学科長などの管理職貞にも関係している。
イギリスでは,大学は自律的に運営されているので,スタッフらの利益相反に関する規定や指針を定め
るか,また,定めたとしてその内容が何か,ということは,当然,各大学によってまちまちである。しか
し,その一方で,先に述べたように“goodpractice”(好適な実践)を共有して展開するという動きの
中で,最低限の指針については比較的共通に認識されるようになってきている。
たとえば,スコットランドにおいては,スコットランドに位置する大学のスタッフによって構成された
SUPRC:ScottishUniversitiesResearchPolicyConsortium(スコットランド大学研究政策コンソーシ
アム)が,SHEFC:ScottishHigherEducationFundingCouncil(スコットランド高等教育資金配分会
議)が資金配分する地域戦略イニシアティブの一つとして起こされ このSURPCが,スコットランドに
おける研究政策のgoodpracticeの考えを大学間で共有し展開することを目的として報告書を作成した。
その報告書の中で,利益相反については,研究のアカウンタビリテイ[あるいは“説明責任”]
(accountability)の観点から,どのような利益相反でもそれを報告する必要性が,すべてのスタッフに対
する手続きの中に含められるべきだとされている。そして,より具体的には「研究内容の保護と商業化」
という章の中で述べられている。潜在的な利益相反には多様な形態があり得ることから,個々のケースに
おいて適切な行動を判断できるように,政策のフレームワークとしてはその柔軟性が求められよう,とし
ている。そして,利益相反が認められると,個人レベルでよりも機関レベルでのほうがはるかにダメージ
が大きいかもしれず(当該スタッフの名声等が傷つけられる以上に,当該スタッフを雇用する大学の名声
等をも傷つけ,その影響の広がりのはうがはるかに大きいかもしれない),各大学が各々のミッションや
関連する商業化政策に対する関心に重きを置く必要があるだろう,とされている。
また,イングランド,ウェールズ,北アイルランドでは,これらの地域の大学やカレッジの責任者で構
成されるCUC:CommitteeofUniversityChairmen(大学長委員会)が,それぞれの地域のHEFCs(高
等教育資金配分機関)と合同で,大学やカレッジの統治機関のメンバーに対する指針に関する報告書をと
りまとめており,その報告書の中でも,統治機関のメンバーに関する利益相反が重要な事項の一つとして
取り上げられている。
本稿では,イギリスにおける主要な研究大学である
− UniversityofOxford(オックスフォード大学)
−22−
ImperialCollegeofScience,TechnologyandMedicine(科学・技術・医学インペリアル・カ
レッジ)
− UniversityofEdinl)urgh(エディンバラ大学)
を例としてあげて,それらの大学で定められている利益相反に関する規定や指針について見てみることと
する。これら3大学は,RAE:ResearchAssessmentExercise(研究事前評価活動)の平均スコアで見て
みるといずれも上位を占めており(0Ⅹford:3位,ImperialCo11ege:5位,Edinburgh:7位)[THES,
1999],また,先に挙げた研究に対する収入の額でもイギリス全体大学の中ではおおむね上位に位置し,
研究に強くまた熱心な大学であることがうかがえる。なお,オックスフォード大学とインペリアル・カレッ
ジはイングランドに,エディンバラ大学はスコットランドに,それぞれ位置している。
(2)オックスフォード大学
オックスフォード大学は,産学連携に関連しては,大学からの技術移転と大学からの技術に基づく起業
を支援するために,全額出資の子会社として,1988年にIsisInnovationLtd.(アイシス・イノベーショ
ン有限責任会社)を設立している。
さて,オックスフォード大学における利益相反(資料11)の要点を列挙すると,次のようになる。
・顕在的・潜在的な利益相反について,事前に申告させる。
・利益相反に関して包括的な定義をすることは不可能であるとの立場に立ち,一般例を示しつつも,
スタッフは確信が持てない場合には利益相反委員会(ConflictofInterestCommittee)に助言を
求めることができる。
・大学のスタッフ(教職員)は,原則として,その職の任命権限者および利益相反委員会の双方か
らの承認なくして,外部機関での執行取締役に就任してはならない。
・大学の管理者や管理スタッフは,大学から指名されない限り大学が関与する企業において取締役
や職員となることは禁止され,大学から指名されてこのような企業への取締役に就任した場合に
は報酬の受け取りを辞退する。また,このような企業の株式を上場前に取得してはならない。
・利益相反に関する事項について監視・勧告・警告・判定・助言を行うために,利益相反委員会を
設置する。
・大学のすべての職員は,義務として,書面により,実際のあるいは潜在的な利益相反について申
告しなければならない。また,申告を怠った場合には懲戒処分が取られることがある。
・責任的立場にあったり,利益相反に関する事項について影響力を行使し得る立場にある者につい
ては,実際のあるいは潜在的な利益相反に加えて,外部的利害についても毎年申告しなければな
らない。
・行われた申告はすべて機密に記録して利益相反委員会事務局がまとめて保管する。
利益相反の管理に関する規定の特徴をまとめると次のようになろう。まず,このことは,すべての利益
相反の管理に共通すると思われるが,i.外部から資金提供を受ける研究プロジェクトに従事したり,その
他の外部活動を実施しようとする場合には,その申請や許可の前に,顕在的・潜在的な利益相反について
−23−
すべてのスタッフは申告しなければならない。それから,ii.大学が関与する企業については,原則とし
て研究スタッフの執行取締役就任は認められず,また,大学の管理者らが大学からの指名によって取締役
就任等を行う場合でも,できるだけ利益相反を排除するように規定されている。さらに,iii.利益相反に
関する事項について独立して助言等を行う学内の機関として,利益相反委員会が設置された。
(3)インペリアル・カレッジ
積極的に,大学として主体的に大学の研究資源の活用ならびに研究成果の商業化に取り組んでいる。以
下に示す利益相反に関する書類に表れる大学出資の子会社2社(ICON:ICConsultantsLtd.(ICコンサル
タンツ有限責任会社)[1990年設立,全額出資],IMPEL:ImperialExploitationLtd.(インペリアル
開拓有限責任会社)[1986年設立,インペリアル・カレッジと投資会社である3iplc(スリー・アイ株式
会社)との共同出資])のほか,1998年には,技術移転および大学からのスピン・アウト企業の設立と
支援を目的として,それぞれICInnovations:ImperialCollegeInnovationsLtd.(インペリアル・カレッ
ジ・イノベーションズ有限責任会社)と,ICCM:ImperialCollegeCompanyMakerLtd.(インペリアル・
カレッジ・カンパニー・メーカー有限責任会社)が大学の全額出資による子会社として設立されている。
さて,インペリアル・カレッジにおける利益相反の要点は次の通りである。
・大学のすべての教職員は,個人として,役員,共同出資者,顧問,財産受託者,商取引者,その
他報酬を伴う役職への就任,また,研究会議,政府省庁,専門家団体等,大学での自己の研究に
関連する外部委員会への就任にあたっては,事前に潜在的な利益相反について,利益登録簿
(RegisterofInterest)(資料12)に記録しなければならない。
・大学のスタッフは外部機関の活動に従事することはできるが,それは個人の能力として行われる
ものであり,大学の被雇用者として行われるものではない。また,大学はそのような契約の承認
に当たり,何らの責任等を負わない。
・役員や共同出資者への就任を申し出たい者は,所属する学科や部の長を通じて理事長の承認を,
また,顧問や財産受託者への就任を申し出たいスタッフは,所属する学科や部の長による書面で
の許可を得なければならない。
・大学の施設を使用する必要がある顧問職については,ICONを通さなければならない。
利益相反の管理に関する規定の特徴をまとめると次のようになろう。まず,i.利益相反について事前に
申告させ,それが利益登録簿に記録される。それから,ii.大学のスタッフが外部機関の活動に従事する
際には,まったく個人の資格と責任において行う。また,iii.大学の資源・施設等を利用して顧問職等の
外部活動を行う場合については,大学が設立して運営しているICONやIMPELを通さなければならない。
そして,iv.外部活動の許可に当たっては,利益相反に係る判断は,通常の人事上の階層において行われ
る。
(4)エディンバラ大学
エディンバラ大学では,大学における研究活動の活性化と技術移転による成果の開拓を目的として,
−24−
1998年に大学全額出資の子会社としてEdinburghResearchandInnovationLtd.(エディンバラ研究イ
ノベーション有限責任会社)が設立された。これは,それまで,この2つの目的を果たしていたUnivEd
TechnologiesLtd.(ユニヴエドゥ・テクノロジーズ有限責任会社)と大学のCentralResearchSupport
Section(中央研究支援部)とが合併して生まれた。
さて,エディンバラ大学では,5ね〝A血】血is打∂臼0月肋u∂J(スタッフ運営マニュアル)とCodeof
尺e5earCムf∫∂C打ce(研究実行規則)(資料13)に則って研究が実行されるように規定されているが,利
益相反については,この「研究実行規則」の中で1つの独立した項目として立てられており,次のように
スタッフが念頭に置いておくべき利益相反の4つの代表的な形態と,利益相反に関する事前申告が挙げら
れている。
・利益相反のリスクが認知された場合には,事前の申告と議論を行うことが,‘専門的職業人にふさ
わしい,また責任のある方法である。そして,スタッフは利益相反のリスクを認知した場合には,
より上位の管理責任者に対して完全に申告しなければならない。
・利益相反は,大学での本務とコンサルタンシーや短期課程での講義といった外部活動との責務と
の相反において表れ,外部活動には事前の申告と書面による許可を必要とする。
・利益相反のリスクは申告されていない利益にも及び,利益相反には,種々の意思決定への影響も
含まれ得る。
・ 利益相反には,情報への特権的アクセスも含まれ得る。
・ 利益相反は,恩恵的支払いから生じる。
利益相反の管理に関する規定の特徴をまとめると次のようになろう。まず,i.利益相反については,事
前に申告させる。それから,ii.代表的な利益相反の形態を4つ挙げて,関連する活動の場面でスタッフに
注意を喚起するようにしている。そして,iii.外部活動の許可など利益相反に係る判断は,通常の人事上
の階層において行われる。
(5)3大学に見る利益相反の管理に関する規定の比較
これら3大学に共通していることは,潜在的に利益相反が起こり得る活動を行うに先立って,スタッフ
に対し利益相反に関して事前に申告させるよう要求している点である。また,利益相反は多様な形態があ
り得ることから,申告させるだけでなく,議論ができるような仕組みが整えられていることも重要であろ
う。一方で,大学によって,外部活動の従事に対する大学のスタッフの身分が異なっている。そのため,
従事のしかたによっては利益相反を避けるための制限事項が明示されている部分もある。それから,大学
によって,利益相反の判定に係る機構が異なっている。通常の人事上の階層において行われているところ
もあれば,利益相反に関する事項について監視・勧告・警告・判定・助言を行うための専門の機関を学内
に設置しているところもある。
以上,イギリスの3大学における利益相反の管理に関する規定を取り上げてその内容を見てきた。何よ
りも,研究に強くまた熱心な大学が,大学のアカウンタビリティといった観点やスタッフの専門的職業人
としての責任といった観点から,研究実行規則等を通じて,スタッフに利益相反に対する注意を喚起し,
−25−
問題をできるだけ引き起こさないように潜在的な利益相反に対処するしくみを有しており,かつそのしく
みを通じて利益相反を管理していることが重要であろう、。
3.モデルとして好適なイギリス
本来なら,アメリカ,イギリスのみならず,ドイツ,フランスといった国全体として研究開発支出の多
い国,スウェーデンなどのように国全体の研究開発強度(研究開発支出の対GDP比)の高い国なども含
めたうえで,参照すべきモデルを持つべきであろう。
先に述べたアメリカの大学の例とイギリスの大学の例を比較すると,規定の精密さ,書類の詳細さ,と
いった点に違いが見られる。言い換えれば,利益相反に関して,スタッフを詳細な規定で拘束するか,そ
れともできるだけ自律的な運用に委ねながら最低限の規定に準拠させるか,といった違いである。これは
また視点を変えて述べるとすると,潜在的な利益相反の形態は多様であることから,可能性のある形態を
多数列挙しておいてそれぞれに対して利益相反のおそれがないかをチェックしようとするのか,それとも,
問題が生じた際にあるいは問題が生じそうな際に柔軟に対応できるようにしておくのか,といった違いで
あるとも言えよう。日本の大学においてどのようなしくみを構築することが望ましいかは,種々の制度運
用等における慣行も勘案し,産学連携に関連した研究活動等をいたずらに阻害しないようにしつつも,利
益相反に係る問題が生起しないように着実に実行され得ることを念頭に置いて考えていくことが必要であ
ろう。
また,アメリカにおいてもイギリスにおいても,産学連携の推進にともない,たとえば知的財産権の帰
属について見てみても「発明者である“個人”から使用者等である“組織(大学法人等)”へ」という動
きが見られる。そして,社会に対する説明責任の観点もあり,大学として利益相反や責務相反について関
心が高まっている。このような動きからも,日本においても利益相反や責務相反について関心を高めてい
くことがますます重要となってきていることは疑問の余地はないであろう。
現在,日本の大学において研究の主たる役割を担っている国立大学の法人化等が検討されており,法人
化された際の国立大学の設置形態が現在のイギリスの大学のそれと類似する可能性がある。また,公的な
研究資金を基盤的に受けつつ,他方では産学連携を積極的に推進しようとしている点でも,イギリスの大
学と類似しているといえよう。その意味からも,今後,我が国において利益相反の方針を検討し指針を作
成していくような場合には,イギリスで実行されていることは好適なモデルになるのではなかろうかと考
えられる。
一方で,アメリカもイギリス(ただしスコットランドを除く)もコモン・ローの法体系下にある。これ
に対して,日本は,基本的には欧州大陸諸国と同様に成文法であって,かつ,公法と私法の区別が明確で
ある。また,現在,国立大学の法人化等が検討されているものの少なくとも当分の間は公的な機関である
ことはまちがいなく,スタッフの利益相反に関する管理も,おそらくは公法の体系下で検討されなければ
ならないだろう。さらに,勤務形態といった点でも,日本の国立大学では,「勤務時間」と「勤務時間外」
が峻別され勤務時間内の職務専念義務が課されている一方で,一般的には時間による勤務の管理が行われ
ー26−
ていないが,イギリスの大学では,すでに述べたようにある一定時間の範囲内での外部活動が認められて
いる。このように法体系や雇用慣行等の点で大きな違いがあることに,イギリスをモデルとする場合には
留意する必要があろう。
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