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Vol.068
社労士便り (2011 年 11 月) (Vol.068) 『 試 用 期 間 』 先日、ある飲食店経営者の方から、次のような質問をいただきました。 「ある社員を中途採用し、現在は 3 か月間の試用期間中です。その社員は業務態度が著 しく悪い(相談無く勝手な行動、頻繁な遅刻、自己判断で欠勤、自己中心的な発言等)た め、解雇を検討していますが、何か注意することはありますか。なお、この点について、 就業規則の整備が万全とはいえない状態です。 」 上述のような状況は、どこの会社でも起こり得る、あるいは既に起こっているかもしれ ません。そこで、今月のテーマは、試用期間とし、本採用拒否を中心に構成したいと思い ます。 ● 本採用拒否は解雇にあたるか 試用期間は、入社後の一定期間において、社員としての適格性を評価し、本採用す るか否かを判断する制度です。 また、試用期間に関する法的な性質は諸説ありますが、そのうち、解約権留保付の 雇用契約であるという説が一般的です。つまり、試用期間は、不適格であると認めた ときは解約できる旨の特約上の解約権が留保されている雇用契約であるという考え 方であり、この場合、本採用の拒否は解雇にあたるとされています。 一方、試用期間の満了により、雇用契約は当然に終了するので、解雇にはあたらな いという考え方もありますが、判例では、 「労使間において、試用期間の満了により 労働契約が当然に終了する旨の明確な合意が成立しているなどの特段の事情が認め られない限りは、本採用拒否を契約期間満了による雇用契約の解消として取扱うこと はできない。 」とされており、当該特段の事情が認められない場合は、本採用拒否は 解雇にあたるとの認識を持つべきでしょう。 また、本採用の拒否が解雇にあたるということは、労働基準法第 20 条「解雇の予 告」 (30 日前の解雇予告または 30 日分以上の平均賃金を支払う義務)が適用されます が、同法第 21 条により、14 日以内の試用期間中の解雇には適用されません。 ● 客観的に合理的な事由について 本採用の拒否が解雇にあたるということは、客観的に合理的な事由が求められると いうことになります。 ただし、判例によると、 「試用期間における留保解約権に基づく解雇は、通常の解 雇の場合よりも広い範囲における解雇の事由が認められてしかるべきである。 」とさ れていますので、通常の解雇と比較して、採用取消による解雇に求められる客観的に 合理的な事由の範囲は広いと考えることができます。 ● 試用期間中の解雇 勤務成績が著しく不良であり、改善の見込みが無いと判断した場合には、試用期間 の終了を待たずに解雇を行い、新たな人材を採用したいと考えたくなります。この場 合、どの程度の勤務成績不良であれば試用期間中の解雇が認められるかの判断は一概 には言えませんが、いずれにしても、著しく勤務成績不良であることが客観的に判断 できるようにしておきたいところです。例えば、本採用するために求める能力を数値 化すべきという考え方もあります。また、試用期間は教育期間でもありますので、何 ら指導、注意を行わずに、いきなりの解雇は問題があると考えます。 参考として、勤務成績不良を理由とした試用期間中の解雇が有効とされた判例を紹 介します。 医療材料の販売を主な業務とするA社(社員 4 名)は、B氏を中途採用した。A社 は、B氏が採用面接時にパソコンに精通している発言をしたことや職務経歴書に記載 されている内容から、営業経験及び能力があると判断してB氏を採用した。ところが、 A社はB氏を試用期間(3 か月間)中に解雇することにした。主な解雇理由は次のと おりである。 1. 得意先から商品の注文(緊急の業務)後、B氏は、特に緊急を要する他の業務 を行っていないにもかかわらず、速やかに行動せず、30 分程度後に事務所を出 発することが 3 回あった。 2. B氏は、採用面接時において、 「パソコンに精通している。」と発言したにもか かわらず、決して困難とはいえないEメールの送信が満足に行えない。 3. A社にとって重要な商品発表会への参加者に対するお礼の電話、Eメール送信、 商品の販売交渉等、商品発表会の翌日には重要な業務が多々あるにもかかわら ず、B氏は 2 回の休暇を取得した(A社では商品発表会の翌日に出勤するとい うことは慣例化していた。)。 判決要旨は、A社はB氏が商品の販売につながる業務を行うことを期待して採用し たものの、試用期間が終了する時点において、B氏が期待に沿う業務を実行できる可 能性は見出し難いとした解雇について、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相 当と是認される場合にあたるとして、解雇有効とされました。 ● 試用期間の長さ及び延長 試用期間は、期間を定めなければなりません。一般的には、3 か月や 6 か月が多い と思われます。労働基準法において、「○か月以上の試用期間は無効」のような条文 はありませんが、あまりにも長い試用期間は、公序良俗に反するものとして無効と判 断されるでしょう。よって、長くとも 1 年間程度におさえるべきだと考えます。 また、就業規則等に明文化することにより、試用期間を延長することは可能だとさ れています。 しかし、上述したように、あまりにも長い試用期間は公序良俗違反であることへの 抜け道として、試用期間の延長制度を設けるというのは適当ではなく、判例でも、 「試 用期間の延長は、これを首肯できるだけの合理的な理由があることが必要である。」 とされています。 一方、試用期間中に適格性を疑う事実があったので、本採用拒否を検討しているが、 本当は、もう少し見た上で判断したいという解雇の猶予を目的とする場合や労働者側 から、「私は仕事に慣れるまで、人より時間がかかるタイプなので、試用期間を延長 した上で判断してほしい。」と主張する場合には、試用期間の延長は有効な手段とな るでしょう。ただし、これらの場合においても、就業規則等に延長制度を明文化して おかなければなりません。 ● プロフィール 社会保険労務士 佐藤 敦 平成 16 年:神奈川県社会保険労務士会登録 ● 著書 『給料と人事で絶対泣かない 89 の知恵』(大和書房) 『働く高齢者の給料が減っても手取りを減らさない方法』(ダイヤモンド社)他。