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災害に対応する ITシステム検討プロジェクトチーム活動報告

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災害に対応する ITシステム検討プロジェクトチーム活動報告
2013.01
災害に対応する
I T システム 検 討 プロジェクトチ ー ム 活 動 報 告
〜 東日本大震災後の活動記録と調査の紹介
目 次
CONTENTS
はじめに
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2
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3
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7
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12
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16
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24
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30
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38
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43
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58
/ IPA 技術本部 国際標準推進センター長 田代 秀一
1.
震災時の情報セキュリティ
/ IPA 技術本部 セキュリティセンター 相馬 基邦
2.
震災とクラウド
〜緊急時対応を支えたクラウドの社会的価値〜
/ IPA 技術本部 セキュリティセンター 主任研究員 勝見 勉
3.
自治体情報基盤における震災等の影響と未来への課題
/ IPA 技術本部 国際標準推進センター 研究員 岡田 良太郎
4.
高回復力システム基盤の必要性について
/ I P A 技 術 本 部 ソフトウェア・エンジニアリング・センター 研 究員 柏 木 雅 之
5.
災害支援を目的とするウェブサイトの実態調査から見えてきたもの
/ IPA 技術本部 国際標準推進センター 研究員 岡田 良太郎
6.
震災復旧 / 復興を行った IT コミュニティの可能性
/ IPA 戦略企画部 調査役 羽鳥 健太郎
7-1.
I PA グローバ ルシンポ ジウム 2012
>> 基調講演
IT を活用したリジリエントな社会の創造
〜災害に負けない社会を作るために〜
/ 京都大学防災研究所 巨大災害研究センター 教授 林 春男 氏
7-2.
I PA グローバ ルシンポ ジウム 2012
> > パ ネ ル デ ィス カ ッシ ョ ン
強く、しなやかな社会に貢献する IT を探る
PANELIST :
/ 京都大学防災研究所 巨大災害研究センター 教授 林 春男 氏
グーグル株式会社 シニアエンジニアリングマネージャー 賀沢 秀人 氏
ヤフー株式会社 メディア開発本部 部長 兼 震災タスクフォース プロジェクトリーダー 髙田 正行 氏
経済産業省 CIO 補佐官 / 東京大学公共政策大学院 非常勤講師 平本 健二 氏
IPA 技術本部 国際標準推進センター長 田代 秀一
C O O R D I N ATO R :
/ IPA 技術本部 国際標準推進センター 研究員 岡田 良太郎
おわりに
/ IPA 技術本部 国際標準推進センター長 田代 秀一
1
はじめに
I P A 技 術 本 部 国 際 標 準 推 進センター長
田代 秀一
2011 年 8 月、独立行政法人情報処理推進機構 ( 以下「IPA」) では機構内に災害に対応する
IT システム検討プロジェクトチームを発足させました。東日本大震災の発生を受け、その際、情
報処理システムに何が起きたかを記録するとともに、大規模な災害においての被害の軽減や回復
力の強化など、とるべき対策について、調査を進めることがその目的でした。
以来、同チームで連携を図りつつ、IPA 各部門が、それぞれの専門分野の視点から上記問題意
識を踏まえた調査を進めて参りました。
この調査により、発災直後から散見されたインターネット上に観察されたセキュリティ問題、
コミュニティによる情報ボランティアの活動状況、企業や地方自治体の業務システムにおける業
務継続の問題等を洗い出すことができました。これら調査結果を集約し、各調査のハイライトを
まとめたものが本報告書です。
本書が、今、そして将来の IT による高度な社会の実現に関わっておられる、すべての方々にとっ
て参考となれば幸いです。
○
震 災に関する I P A の取り組みについて
http://www.ipa.go.jp/about/shinsai/index.html
2
震災時の情報セキュリティ
POST :
I P A 技 術 本 部 セキュリティセンター
NAME:
相馬 基邦
MOTOKUNI SOUMA
1 . 1 0 大 脅 威とセキュリティ対 策について
IPA セキュリティセンターでは、2006 年から 10 大脅威を公表しています。この 10 大脅威は
前年に起こった情報セキュリティに関する 10 の脅威について紹介し、注意を啓蒙することを目
的としたものです。
2012 年は、3 月 22 日に「2012 年版 10 大脅威 変化・増大する脅威!」を公表しました。
これは 2011 年に起こった情報セキュリティに関する事件等を基にした脅威を紹介したもので
す。情報セキュリティの分野においても東日本大震災に少なからず関連した事項があり、取り上
げられています。
今回は、
「2012 年版 10 大脅威 変化・増大する脅威!」から「第 1 位 機密情報が盗まれる!?
新しいタイプの攻撃」および「第 2 位 予測不能の災害発生!引き起こされた業務停止」につい
て、震災時の情報セキュリティと絡めて紹介します。
2 . 第 1 位 機 密 情 報が 盗まれる!? 新しいタイプの攻 撃
第 1 位 : 機密情報が盗まれる!?新しいタイプの攻撃
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震 災 時の情 報セキュリティ |
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相馬 基邦
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3
この項目では、
2011 年秋ごろから大きく取り上げられた大企業や官公庁に対する
「標的型攻撃」
等の攻撃について記載しています。実際に読んでいただくと分かりますが、10 大脅威の本編に
おいて震災に関わるような記載はありません。しかし、このような標的型攻撃の手口として震災
に関わる文面を使った攻撃が行われていました。
次のメールはその内の例の一つです。
上記は、福島第一原発に関する資料を装ったメールです。実際にはこれらは騙すために用意さ
れたものに過ぎず、添付ファイルを開くとウイルスに感染をしてしまいます。このウイルスは攻
撃者とやり取りをし、組織内の情報を徐々に抜き取っていきます。最初は感染した端末だけの情
報をやり取りしますが、徐々にその端末だけではなく組織の内部の情報を盗んでいきます。この
ような攻撃は単にウイルスに感染するという被害ではなく、組織のネットワークに攻撃者が忍び
込んでいるとほぼ同じ状態になる被害を受けます。
今回は震災時の例を挙げておりますが、このような攻撃は震災の時だけ発生するわけではない
ことに注意しなければなりません。震災以外にも、例えば著名人が亡くなったタイミングやオリ
ンピックなどの世界的なイベントの際等様々な時に行われる攻撃です。
− 2 . 1 対 策・対 応の方 法
このように攻撃は日常的に発生しているため、対応も日常的に考えていなければなりません。
次のような対策を常日頃から行い、そのような攻撃が起こった際にも被害にあわないように準備
することが重要です。
− 2.2 入口対策
標的型攻撃では、ソフトウェアの脆弱性を突いたファイルを添付してきます。この添付ファイ
ルをクリックすることでウイルスに感染してしまうため、開かないに越したことはありませんが、
どうしても通常のファイルとは見分けがつきにくいものです。
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震 災 時の情 報セキュリティ |
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相馬 基邦
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4
しかしながら、ソフトウェアをアップデートしておくことでこのような既知の脆弱性を突いた
攻撃の大半を防ぐことができます。OS のアップデート(Windows Update)や Adobe Reader、
Adobe Flash、JRE 等のソフトウェアのアップデートを常日頃から実施する必要があります。ソ
フトウェアが最新であるかについては、
IPA から MyJVN バージョンチェッカ 1 を公開しています。
− 2.3 出口対策
上記のような入口対策は当然大事なことです。しかし、100% ウイルスが侵入しないというこ
とを保証するわけではありません。仮に組織でウイルスに感染してしまっても、組織活動におい
ての被害を防ぐことも考えていなければなりません。そのためには、攻撃者との通信を遮断させ
ることが重要です。
組織のネットワークにおいて、たとえ攻撃者に侵入されたとしても、実害を及ぼさない対策が
必要です。出口対策の詳細は「『新しいタイプの攻撃』の対策に向けた設計・運用ガイド」を参
照してください。
また、震災時には標的型攻撃以外にも詐欺やデマ等の問題がありました。詐欺はフィッシング
詐欺と呼ばれるもので、信頼ある機関を装い善意を逆手に取るものでした。これも日常から行わ
れているものです。デマは SNS 等で拡散していたものでした。
詐欺に対しては、本当に信頼ある機関であるかをURL 等の情報から確かめて実施することが重
要です。デマに対してもその情報のソースをきちんと確認するなど冷静な行動が必要になります。
3 . 第 2 位 予 測 不 能の災 害 発 生!引き起こされた業 務 停 止
第 2 位 : 予測不能の災害発生!引き起こされた業務停止
1
M y J V N バージョンチェッカ | h t t p : / / j v n d b . j v n . j p / a p i s / m y j v n / v c c h e c k . h t m l
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震 災 時の情 報セキュリティ |
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相馬 基邦
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IT に依存している事業は多く存在します。そのような事業に深く関わっている IT システムが
停止したり、データが消失・欠落したりすると、事業が停止してしまいます。
IT システムが停止する原因として、ハードウェアの故障やソフトウェアの不具合、データの
消失、停電などがありますが、復旧方法や復旧に必要なリソースは原因により異なります。
あらかじめ、復旧のための行動計画を策定・運用していないと、バックアップ管理に不備があ
り復元できない、必要なリソースの確保が難しいなどのトラブルが発生し、対応が後手に回る可
能性が高まります。結果的に、事業が長期間停止してしまうことになりかねません。そうなった
場合、収入の停止や利害関係者の事業に影響を与える等の影響を及ぼします。停止する事業が、
企業の中核事業であれば、上記の影響はより大きくなってしまいます。
− 3 . 1 対 策・対 応
このような緊急事態に備え、事業を継続あるいは早期復旧を可能にするための行動計画、BCP
(事業継続計画)を策定・運用することが有効であると考えます。
BCP は、対象は IT システムに限った話ではなく、事業を継続するために必要な方法、手段な
どを取り決めておく計画のことです。BCP は、策定し、形骸化しないよう、継続的に訓練や内
容を見直す体制を構築することが望ましいものです。
なお、東日本大震災後は、IT サービス継続の観点だけでなく、地域や他組織との連携を考慮
した BCP が注目されつつあります。これは、
単一の組織では事業の復旧に時間を要する場合でも、
地域や他組織と連携して BCP を策定しておき、緊急事態においても最低限の事業を続け、収入
の停止や利害関係者の事業への影響をなるべく最小限に留めるためのものです。
この地域連携 BCP については、
「地域連携 BCP 策定ポイント集」2 が経済産業省から公表さ
れています。
2
地 域 連 携 B C P 策 定ポイント集 |
http://www.chubu.meti.go.jp/tisin/download/20120213point.pdf
より詳しい資 料 / 情 報
○ 「 2 0 1 2 年 版 1 0 大 脅 威 変 化・増 大する脅 威!」
http://www.ipa.go.jp/security/vuln/10threats2012.html
○ 「『 新しいタイプの攻 撃 』 の対 策に向けた設 計・運 用ガイド」
http://www.ipa.go.jp/security/vuln/newattack.html
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震 災 時の情 報セキュリティ |
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相馬 基邦
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震災とクラウド
〜 緊 急 時 対 応を支えたクラウドの 社 会 的 価 値 〜
POST :
I P A 技 術 本 部 セキュリティセンター 主 任 研 究員
NAME:
勝見 勉
BEN T. KATSUMI
1 . 震 災 時に役 立てられたクラウドサービスの概 要
東日本大震災に際しては、多くのクラウドサービスプロバイダーから、安否確認、情報共有、
行政情報発信や、被災者支援の情報基盤の用途に、多岐にわたる無償のサービスが提供されま
した。IPA では、IPA セキュリティセンターが組織するクラウドセキュリティのコミュニティ
を通じて寄せられた、76 件にのぼる支援や IT 機能の提供の事例を収集・整理の上リスト化し、
2011 年 6 月 20 日に、IPA のホームページ上で公開しました。クラウドが活用された用途は、
下の表に示すように、大きく 4 つに分けられます。被災者個人、支援 NPO、行政、企業や商店
まで、幅広く支援や IT 機能の提供が行われたことがわかります。
2 . 緊 急 時 対 応におけるクラウドの有 効 性の検 証
緊急時対応において、クラウドの特性がどのようにそのニーズにマッチするか、上記事例集で
も取り上げた sinsai.info1 という情報共有サイトの事例で見てみます。
1
sinsai.info | http://www.sinsai.info/
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震 災とクラウド |
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勝見 勉
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7
このサイトは、被災者やその家族、友人知人の間で、安否情報を共有するためのサイトです。
電話が十分機能しない中、ツイッターを始めとする SNS(Social Networking Service)や SMS
(Short Message Service)が個人間の情報連絡に使われました。また投稿やつぶやきも蓄積さ
れましたが、そのままでは断片情報であるため検索もできませんでした。Georepublic2 という、
地図情報の無償提供に取り組むボランティアグループは、このような書き込みを掘り起こし、地
図情報と結びつけて検索可能にし、情報提供するサイトを立ち上げました。最初は個人サーバ上
でスタートしたものの、すぐに急増するアクセスへの対応が難しくなり、AWS(Amazon Web
Services)が提供する無償のホスティング環境に移行しました。
この環境は、アクセスして数分で環境を構築できる即応性、膨れ上がるデータの収容を可能に
する拡張性、膨大になるアクセス数への対応もこなせる大容量リソースといったクラウドの特性
が非常に有効に働くものでした。sinsai.info の活動は、多いときには 100 人を超えるボランティ
アが、システムの開発・改良、データの掘り出し、モデレーション、翻訳、全体調整など様々な
作業を平行・分担して進める規模になりました。この活動も、どこからでもアクセスできてデー
タや環境を共有できるクラウドという環境があって初めて、スムーズに迅速に実現できたものと
言えます。
開発責任者の関治之さんは、IPA の調査プロジェクトからの問合せに対して「震災翌日という
タイミングで、こちらのリソースも非常に圧迫されている中、インフラを無償で提供いただき、
またインフラ構築をサポートいただいた方々の存在はとても頼りになりました。おそらくあのサ
ポートがなければ sinsai.info はもっと小さなスケールのサービスになっていたと思われます」と
語ってくれました。
sinsai.info は今も情報発信を続けています。今は安否情報のニーズは去り、ボランティア情報
を中心に、情報の提供と共有のプラットフォームになっています。このように長期間サービスが
提供され続けているのは、それを支えるボランティアの存在も大事ですが、それを支え続けるク
ラウドの存在、特にそのための増し分コストが限りなくゼロに近いという特性によるところも大
きいと思われます。
クラウドは、①必要時にすぐに立ち上げることができる迅速性、②必要に応じて柔軟に拡張・
縮小が可能な拡張性(伸縮性)、③比較的大規模な災害でも遠隔地等からサービスを提供できる
耐災性、④サービス提供のための追加コストが限定的で無償サービスを臨機に提供可能な経済性、
⑤クラウドが装備しているセキュリティ対策をそのまま利用できる安全性といった特性がありま
す。緊急時に、急に必要となるニーズに直ちに応えられるという意味で、極めて優れた情報イン
フラであり、社会を支える機能を担う社会インフラと言うことができます。
2
Georepublic | http://www.georepublic.co.jp/ja/activities/
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震 災とクラウド |
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勝見 勉
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3 . 社 会 基 盤としてのクラウドへの期 待
上述の IPA の調査プロジェクト「クラウドコンピューティングの社会インフラとしての特性と
緊急時対応における課題に関する調査」の報告書 では、クラウドコンピューティングの経済社
会への浸透について、
実態調査をしています。その結果、
クラウドの社会への浸透の実態としては、
個人間の情報共有手段である SNS の普及、企業活動におけるデータセンターのアウトソース利
用の進展、金融、医療、水道等で情報システムのクラウド依存の浸透、等が明らかになりました。
また同調査では、東日本大震災に際しては、機能停止に陥ったデータセンターがほとんどなかっ
たことや、クラウド事業者からの無償サービス提供が救援活動等に役立ったことが数多く確認さ
れ、災害時の社会インフラとしての価値が確認できました。その要点を整理したものは、以下の
ようになります。
(同調査報告書より転載)
クラウドが、個人や企業の生活や経済活動の様々な面に浸透し、平常時に社会経済を支える情
報インフラとして機能すると同時に、緊急時には緊急対応のためのインフラとしても機能すると
いう、大事な役割を担うようになったことが確認できます。このイメージは次のように表わせる
でしょう。
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震 災とクラウド |
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勝見 勉
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4 . クラウドを社 会とくらしに活かして行くために
IPA は、企業や組織(特に中小企業)が IT をうまく活用して経営に生かすことと同時に、情
報セキュリティの面でも上手に対策ができるように、支援や啓発の活動を行っています。クラウ
ドは、IT の利活用を考えるとき、サーバの所有、システムの開発、保守運用といった資本・組織・
労働面の負荷を軽減することができるので、IT 利活用の敷居を下げる意味でも大いに活用され
ることを期待しています。更に、セキュリティ対策の面でも、IT のリテラシーが十分でない主
体が対策を講じ運用するよりは、IT の専門化が用意するセキュリティ対策をサービスとして利
用できることから、そのレベル向上にも資するものとして評価しています。
それでも、自社のデータやプロセスを、他者が管理する環境にゆだねることについては、デー
タの保護や万が一のトラブル等について、不安も多く聞かれるのが現実です。また、IT にそれほ
ど詳しくない中小企業等では、クラウドがどんなものでどう役に立つのかのイメージも掴み難い
実情があると想定されます。そのような状況に対して、
IPA では、
「中小企業のためのクラウドサー
ビス安全利用の手引き」を作成し、公表しています。この「手引き」では、以下の内容を盛り込
みました。
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震 災とクラウド |
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勝見 勉
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10
また、この「手引き」に補足説明やより詳細な情報を加えて読みやすくした「クラウドサービ
ス安全利用のすすめ」は、2011 年 6 月 20 日に、IPA のホームページ上で公開しました。
クラウドは、クラウドベンダからのクラウドコンピューティング自体のサービス提供も、益々
多様化しにぎわっています。その周辺で、
クラウドサービス導入や移行に向けたコンサルテーショ
ンなど、関連サービスも多く提供されるようになっています。一方で、一部のクラウドサービス
では障害の事例も聞かれるようになりました。
「クラウドサービス安全利用のすすめ」にあるよ
うに、サービスの安全は見極めてから利用する必要があります。
それでも、クラウドは、うまく活用することでコストや人手の節約を実現できる、検討の価値
のある仕組み、ということができます。クラウドを上手に利用することで、IT を経営に活かし、
またセキュリティ向上につながるような取り組みが期待されます。IPA では、クラウドの安全利
用に際して必要なガイドの充実や、情報発信に引き続き取り組んでいきます。
3
震 災 時の緊 急 支 援に役 立てられたクラウドサービスの事 例と、 復 旧 ・ 復 興に向けた
クラウドサービス安 全 利 用に関する資 料 | h t t p : / / w w w . i p a . g o . j p / a b o u t / p r e s s / 2 0 1 1 0 6 2 0 . h t m l
より詳しい資 料 / 情 報
○ 「クラウドの浸 透 実 態と緊 急 時 対 応における課 題に関する調 査 結 果 」
http://www.ipa.go.jp/security/fy23/reports/cloud/index.html
○ 「 中 小 企 業のためのクラウドサービス安 全 利 用の手引き」
http://www.ipa.go.jp/security/cloud/tebiki_guide.html
○ 「 中 小 企 業のためのクラウドサービス安 全 利 用のすすめ」
http://www.ipa.go.jp/security/cloud/cloud_tebiki_handbook_V1.pdf
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震 災とクラウド |
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勝見 勉
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自治体情報基盤における震災等の影響と未来への課題
POST :
I P A 技 術 本 部 国 際 標 準 推 進センター 研 究員
NAME:
岡田 良太郎
RYOTARO OKADA
1 . 「オープンな標 準 」 の重 要 性
IPA 国際標準推進センターでは、「地方自治体における情報システム基盤の現状と方向性の
調査」を 2007 年度から継続して実施しています。この調査は、地方自治体における情報システ
ムに関するもので、県、市、東京 23 区など特別区を対象にしています。一般には、こうした行
政機関、いわゆるお役所には、何か手続きなどを行う以外にはあまり馴染みがないかもしれませ
ん。しかし、こうした団体においては、さまざまな業務や住民サービス、税や福祉などそれぞれ
異なる要件を情報システムによって実現しています。そこで、地方自治体がどのような情報シス
テムを採用するのか、すなわち、どのような技術や、方式が用いられているのかを定期的に調査
しています。
国では、全国の人々の暮らしに影響する様々な制度を刻一刻と改正していきますので、地方自
治体はその実施に向けてスピーディーかつ確実に対応していかなければなりません。そのため、
こうした行政機関に導入されるシステムは、信頼できるシステムであるだけでなく、柔軟かつ使
用にミスの少ない使いやすいものでなければならず、かつ必要とされる限り長く使えるものであ
るべき、という特性があります。加えて、公共団体であるという特性上、情報システムの調達に
おいても、公平かつ公正な仕方で調達を行う必要があります。このような背景のなか、システム
が特殊であるため、特定のベンダー(提供会社)でしかメンテナンスや改善ができないというこ
とになると、その後の公平な調達が脅かされます。
「ベンダーロックイン」と呼ばれるこの状態
に陥ると、公正な競争が阻害されてしまうため、高額な運用コストや、拡張や変更も自由に行え
ないといった問題につながってしまう懸念があります。
この問題は、技術的な視点では、システムの実装に「オープンな標準」を採用することにより
解決します。ここで言う「オープンな標準」とは、どんな企業でも、どんな団体でも使える技術
の共通的な特徴です。これは総務省が 2007 年 3 月に公開した「情報システムに係る政府調達の
基本指針」によりますと、原則として、「①開かれた参画プロセスの下で合意され、具体的仕様
が実装可能なレベルで公開されていること、②誰もが採用可能であること、③技術標準が実現さ
れた製品が市場に複数あること、のすべてを満たしている技術標準」のことです。
これを現実的に推進するため、国などの機関や地方自治体の支援団体から、業務の標準化や技
術標準に関するリファレンス、また契約のひな型などのガイドラインが公開されてきています。
地方自治体は、こうしたガイドラインを参考に、それぞれの団体にあった方式にしたがって情報
| 自治 体 情 報 基 盤における震 災 等の影 響と未 来への課 題
|
岡田 良太郎
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12
システムの調達を行うことができます。それに伴い、システムベンダーも「オープン」な方式に
より、ベンダーロックインによらず、むしろ自由な参入機会を得ることによるサービスの向上を
行っています。この調査では、地方自治体がどのようにこの「オープンな標準」を活用している
かを明らかにすることを目的としています。
2011 年中に行った第 5 回の調査により明らかになった、オープンで公正な IT 調達を実施す
る上での阻害要因や促進要因、先進事例、普及展開のための方策について公開致しました。今回
の調査の結果、オープンな標準の採用に本格的に取り組んでいる地方自治体が、本調査の開始以
降はじめて 53.3% と過半数を超えました。それらの地方自治体では、調達の公平化という大き
な効果が認識されました。また、今後の取り組みを促進するために、調達時に用いる技術リファ
レンスや調達実施事例についての情報整備やオープンな標準を取り扱える人材育成の必要性があ
ることが明らかになりました。
2 . 自治 体 調 査から見えてきた、 新たな課 題
2011 年、例年どおりの調査を企画しているなか、3.11、東日本大震災が発生しました。発災
後まもなく、わたしたちは被災地に入り、被災県の自治体において、大勢の自治体職員の方々が、
量的にも質的にも予想をはるかに超える業務を行っておられることを見てきました。自治体職員
自身も、地元のベンダーも、被災者です。詳述は控えますが、筆舌に尽くしがたい被害を受けて
いらっしゃる方々も少なくありませんでした。その中で、ごく数日で被災者相談窓口の設置を実
現するためオープンソースソフトウェアを調べて選定し、結果として構築を成功させたチームが
ありました。他にも津波で使えなくなった市役所から、何度も繰り返されるデータ加工や緊急用
アプリケーションの作成を行い、度重なる窓口移転を敢行した方々もいらっしゃいます。また、
そうした団体を支援するため、全国から自治体の職員が大勢派遣されている様子を伺いました。
そこで、第 5 回調査では、継続して実施している調査内容に加え、東日本大震災による地方自
治体への影響について、主に災害に対応する情報システム基盤および運用管理の実際をテーマの
中心に据え、ヒアリングを実施しました。この調査のヒアリングは 11 月頃でしたから、被災さ
れた方々が避難所から仮設住宅へと移ったあとであり、緊急の復旧対応から復興へとシフトして
いく過渡期と言える頃です。被災者支援の業務は、緊急対応から生活支援、復興支援へと大きく
変化しているタイミングでした。インタビューに快く応じてくださった団体の皆様には本当に感
謝しています。
この模様は、上記調査報告書の第三章に「地方自治体における東日本大震災の発災後の対応に
関する調査」として含まれています。インタビューは、沿岸部の被災地、内陸部の被災地、そし
て後方支援を行った団体という大まかに三つの視点が盛り込まれています。それぞれの被災対応
| 自治 体 情 報 基 盤における震 災 等の影 響と未 来への課 題
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岡田 良太郎
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現場と、被災者および支援者の両者の実体験については、今後の自治体の行政サービスを支える
情報システム基盤とその運用管理の課題となり、将来予想される災害などの非常事態をふまえた
自治体行政システムの検討に役立てると幸いです。
中には地元ベンダーが被災し、対応がうまくできなかったことから、職員のほうでなすすべが
なく、情報システムの救済について対応を十分とることができなかった問題もあります。インタ
ビューに応じてくださった団体の教訓から、
「情報システムについて、ベンダーに丸投げではい
けない。情報システムやデータについて職員がよく理解し、いざというときに備えられるようで
なければならない」との理解が得られました。
また、被災自治体に「被災者支援システム」が無償で提供されたいきさつと、その活用につい
ての状況も掲載されています。今回の災害発生後に急遽展開されたため、当初は不具合もあった
ようですが、その後改善もなされたようです。考えてみますと、確かに、いつ発生するともわか
らない大災害に備えるためのシステムを、すべての団体が常時設置しておくことはコスト面から
もとても難しいことは事実です。しかし、今回の大規模・広範囲な災害の発生とその対応を通し、
災害対応を行う上で、普段から使用するシステムにどんな機能があれば良かったのか、また発災
後の体制など通常ではない環境で対応できることは何か、など、災害対応のためのシステムの要
件についての知見は多く得られたということになります。
自治体の情報システムがよりオープンになり、かつスムーズに連携することをシステム面で実
現することを阻害する全国的に共通した課題の中に、
「文字」の問題があります。全国の行政機
関では、名前などに用いられる文字のバリエーションがたくさんあり、それらに対応するため、
多くの場合、自治体ごとに外字を作っています。そのためデータの連携が大変難しくなっていま
す。IPA 国際標準推進センターでは、この問題を解決し標準化を実現することを目指し、文字情
報基盤 1 の整備を行っています。このたびの調査でも、被災地であるかどうかに関わらず、地方
自治体の皆さんがこの情報基盤の整備に高い関心と期待を持っておられることがわかりました。
3 . オープン化でよりよい自治 体 行 政システムを
私たちは、自治体の情報システムがよりオープンになり、柔軟で確実、かつスムーズに連携し
やすいものとして活用されていくことを願っています。本調査を通し、困難な環境のもとでも、
情報システム部門を中心に、
「コスト効果向上」のために「業務見直し」や「技術選択」に取り組み、
「オープンな標準」を活用する動きが着々と進んでおり、情報システムの改善に取り組む姿が確
認できました。さらなる進展のためには、ベンダーのみならず、職員のシステム理解のレベルが
1
文字情報基盤 | http://ossipedia.ipa.go.jp/ipamjfont/
| 自治 体 情 報 基 盤における震 災 等の影 響と未 来への課 題
|
岡田 良太郎
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14
高く求められるとの経験談も調査から知ることができました。行政システムは平時においても非
常時においても、業務システムとその構成については、高いレベルでのガバナンスが必要となり
ます。
マイナンバー制度を筆頭とする今後の行政施策からの影響に加え、本調査の対象期間に大きく
影響を及ぼした大災害は、自治体の IT 調達において様々な面での新たな取り組み課題を浮き彫
りにしました。本報告書が、こうした事柄についての課題認識と組織的な取り組みをしていく上
での一助となれば幸いです。
より詳しい資 料 / 情 報
○ 「 第 5 回 地 方自治 体における情 報システム基 盤の現 状と方 向 性の調 査 報 告 書 」
http://www.ipa.go.jp/osc/jichitai/index.html
| 自治 体 情 報 基 盤における震 災 等の影 響と未 来への課 題
|
岡田 良太郎
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高回復力システム基盤の必要性について
POST :
I P A 技 術 本 部 ソフトウェア・エンジニアリング・センター 研 究員
NAME:
柏木 雅之
MASAYUKI KASHIWAGI
1. 背 景
東日本大震災では、情報システムも機器の水没や停電等の被害を受け、一部の企業や自治体で
は、データの喪失等により、長期間にわたりサービスの提供ができない状況になりました。この
原因としては、想定よりも大規模で広範囲にわたる災害であったことが主な要因ですが、情報シ
ステムに対する事業継続計画(IT-Business Continuity Plan、
以下 IT-BCP)が未策定であったり、
十分でなかったりしたことも指摘されています。こうした状況から、震災をきっかけに IT-BCP
への意識は高まっていますが、未だ具体的な対策の着手に至っていない組織も少なくないのが現
状です(図1)
。
図1 : BCP( 左 ) と IT-BCP( 右 ) の策定状況
また、近年、企業等の情報システムに大規模なシステム障害が発生し、長時間にわたりサービ
スを中断しなければならない事象が散見されています。ネットビジネスの増加やサプライチェー
ンの高度化等、情報システムの停止が即、業務やサービスの中断に繋がるような状況も増えてい
ます。このことは、災害だけではなく、大規模システム障害についても未だ十分な備えができて
いないことを示しています。
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高 回 復力システム基 盤の必 要 性について |
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柏木 雅之
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そこで IPA/SEC では、IT-BCP を簡易的な手段で策定するための、次の 3 編からなる「高回
復力システム基盤導入ガイド」
(以下、導入ガイド)を作成し、公開しました。
3 編:概要編 / 計画編 / 事例編
2. 前提条件
− 2 . 1 対 象とする脅 威とリスク
導入ガイドは、地震、水害、火事等の大規模災害に加え、ハードウェアの故障や停電等による
大規模システム障害を対象とします。以下の表に本導入ガイドで対象とする脅威とリスク事象を
示します(表1)
。
脅威
大規模災害
地震、水害、火災など
リスク事象
社会インフラ、建物、設備、機器、要員などが被災し、通常使用している情報
処理施設での IT サービスの提供が長期間できない状態
大規模システム障害
ハードウェア障害、
ハードウェアの故障やネットワークサービスの障害により、通常使用している
ネットワーク障害、
ハードウェアやネットワークサービスでの IT サービス提供が長期間できない
停電など
状態
表1 : 対象とする脅威とリスク事象
− 2 . 2 高 回 復 力システム基 盤
ガイドは、一般にシステム基盤と言われているサーバやストレージ等のハードウェア、OS、
ミドルウェアに加え、それらの情報システムを格納する建物や設備、電力供給やネットワークサー
ビス、更にこれらを運用・保守するための体制を対象範囲とします。
このシステム基盤に対して、システムを停止しないための対策と、万一停止しても迅速に復旧
するための対策を備えたものが「高回復力システム基盤」です(図2)
。従来は、情報システム
を停止しないための、「高信頼」のための対策が注目されていました。しかし、万一停止しても、
迅速にシステムを復旧するための対策も同じように重要です。
図2 : 高回復力システム基盤
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高 回 復力システム基 盤の必 要 性について |
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IPA/SEC の対象範囲は、本来はソフトウェアの分野ですが、IT-BCP の対策は、システム基盤
が中心となります。IPA/SEC では、数年前から「非機能要求グレード」1 の活動を行っており、
システム基盤の要件についての知見を持っていましたので、これを基に「高回復力システム基盤」
の検討をしました。
− 2 . 3 事 業 継 続 計 画 ( B C P ) と復 旧目標
IT-BCP では、
情報システムに対する復旧の優先度を決め、
次の 3 種の復旧目標を決定します
(図
3)
。
① 目標復旧レベル(RLO):目標とする復旧の業務範囲、処理能力の程度等
② 目標復旧時間(RTO):目標復旧レベルまでの復旧に要する時間
③ 目標復旧時点(RPO):目標とする復旧の時点(直近のバックアップ時点)
図 3 : 3 種の復旧目標の関係
3 . 導 入ガイドの概 要
− 3 . 1 モデルシステム
導入ガイドでは、
4 つの高回復力システム基盤のパターン(モデルシステム)を用意しています。
大規模システム障害と大規模災害に対する目標復旧時間(RTO)と投資コストの 2 つの観点で 4
つのモデルシステムを作成しました。これを用いることで経営層や事業部門は、対象システムに
最も近いモデルシステムの選定から、組織の重要な業務に対してどのようなシステム基盤が必要
かを容易に判断することができます(表2)
。
1
非 機 能 要 求グレード | h t t p : / / s e c . i p a . g o . j p / s t d / e n t 0 3 - b . h t m l
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表 2 : モデルシステムの特徴と主要要件
− 3 . 2 高 回 復 力システム基 盤の導 入 手 順
導入ガイドは、PDCA の導入・維持のプロセスのうち「Plan」に該当する部分を対象としてい
ます。具体的には、組織の状況に適した高回復力システム基盤の要件を確定し、導入計画を策定
するまでを次の 4 つの手順で行います(図 4)
。
図 4 : 高回復力システム基盤の導入手順
・手順 1. 検討対象の選定:検討対象の業務を選定し、その業務の稼働に関連する全てのサブ
システムのシステム基盤を洗い出す。
・手順 2. モデルシステムの選定:目標復旧時間をベースに投資コスト等も考慮して上述の 4
つのモデルシステムの中から適用するモデルシステムを選定する。
・手順 3. 要件定義:選定したモデルシステムに対する高回復力に関する要件定義を行う。
・手順 4. 導入計画作成:具体的な対策計画(機器や導入時期、予算等)を要件定義にしたがっ
て作成する。
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− 3.3 要件定義
このステップでは、導入ガイド計画編の別紙「要件定義ワークシート」を使って作業します。
同ワークシートでは、「非機能要求グレード」の可用性に関する要求項目から IT サービス継続に
関する 37 の項目を抜粋して、次の 3 種類に分けています。
(1)前提要件 (5 項目):高回復力システム基盤を導入するにあたり、前提となる要件。モデ
ルシステム毎の特徴、業務の目標回復時間等を目安に、各要件の内容を設定する。
(2)主要要件 (27 項目 ):前提要件を実現するために必要となる、施設や機器等の構成、バッ
クアップ方式等に係る要件。モデルシステム毎にあらかじめ推奨要件内容が設定されて
いる。
(3)考慮要件 (5 項目 ):前提要件及び主要要件以外、高回復力システム基盤の構築にあたり、
考慮しなければならないモデルシステムに依存しない要件。
本導入ファイドにおける「要件定義」とは、上記 (1)、(3) の設定と (2) の調整を行うことです。
具体的には、
「要件定義ワークシート」の該当する要件(要求項目)に対して、どのような対策
をとれば良いか、あらかじめ記述されているレベルの中から適切なものを選びます(図 5)
。
図 5 : 要件定義ワークシート
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− 3 . 4 高 回 復 力システム基 盤の事 例
導入ガイド事例編は、
「情報システム基盤の復旧に関する対策の調査」[IPASEC2](以下、
本調査)
で実施したヒアリング調査 ( 事例調査 ) の結果から、10 件の事例を 4 つのモデルシステムに対
応付けて説明しています。
表 3 : 事例一覧
これらの事例から、導入プロセスの「モデルシステムの選定」と「要件定義」については、下
記の点が参考となります。
情報システムの高回復力に関わる要件の見直しは、被災、障害、経営層の指示、監査の指摘等
がきっかけとなり行われています。また、システム基盤の性能向上やコスト低減、運用改善等の
一環として高回復力に関わる要件の見直しが行われている事例もありました。
事例にみる投資・費用の決定過程の概要は以下のとおりです。
・情報システム部門が数社の業者から情報収集を行い、要件や対策の検討等を行っている。
・経営層や全社の IT 運営委員会等の IT 投資に関する意思決定機関等によって、審議や決定
が行われる。
・その決定に基づき、情報システム部門が導入を進める。
また、IT 関連費用については、費用規模の枠を対売上高等の割合で定めている事例がありま
した。
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高 回 復力システム基 盤の必 要 性について |
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導入手順で説明した「対象システムの選定」や「計画策定」等の他の手続きについても紹介し
ています。詳しくは導入ガイド事例編を参照してください。
なお、事例の中には、東日本大震災で被災した自治体も含まれていました。この自治体では、
情報システムを復旧するための手順書を作成したが、その手順書を保管していた事務所や手順書
の電子データを格納しているサーバが被災して利用できませんでした。さらには、復旧作業を行
う担当者も被災し、作業ができないという想定外のことも起きています。
4 . 課 題と今 後の対 応
導入ガイドでは、高回復力システム基盤の導入までを対象としていますが、本調査では、教育
訓練計画や維持改善計画を策定済としている割合が 20% 以下と低いことも報告されています(図
6)。これは、PDCA の Do と Check ができていないことを示しています。この点について、ITBCP を検討・運用している人々に注意喚起したいと考えています。つまり、IT-BCP に基づくシ
ステム基盤を導入して終わりではなく、運用で実際に使えるものにし、定期的に見直す必要があ
ります。
IPA/SEC としては、活動成果の導入ガイドや本調査を解説するセミナーなどを開催して啓発
や普及に努め、安心・安全な情報システムを社会に広げたいと考えています。
図 6 : IT-BCP の取組状況
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高 回 復力システム基 盤の必 要 性について |
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より詳しい資 料 / 情 報
○ 「 高 回 復力システム基 盤 導 入ガイド 概 要 、 計 画 編 」
http://sec.ipa.go.jp/reports/20120508.html
○ 「 高 回 復力システム基 盤 導 入ガイド 導 入 編 」
http://sec.ipa.go.jp/reports/20120725.html
参考文献
○
S E C j o u r n a l 第 2 9 号 P 7 8 、 I T サービス計 画 策 定のための指 針の作 成
http://sec.ipa.go.jp/users/secjournal/SEC_journal_No29web.pdf
○
S E C j o u r n a l 第 3 0 号 P 1 1 6 、 I T サービス継 続 計 画 策 定に向けて
http://sec.ipa.go.jp/users/secjournal/SEC_journal_No30web.pdf
○
情 報システム基 盤の復 旧に関する対 策の調 査 報 告 書
http://sec.ipa.go.jp/reports/20120725.html
○
経 済 産 業 省 、 I T サービス継 続ガイドライン ( 改 訂 版 ) 、 2 0 1 2 年 5 月
http://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/docs/secgov/2011_Ioformation
SecurityServiceManagementGuidelineKaiteiban.pdf
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災害支援を目的とする
ウェブサイトの実態調査から見えてきたもの
POST :
I P A 技 術 本 部 国 際 標 準 推 進センター 研 究員
NAME:
岡田 良太郎
RYOTARO OKADA
支 援サイトの実 態 調 査について
東日本大震災の発災後、社会が受けた被害に対して、できるだけダメージを軽くできないか、
少しでも早く生活支援ができないかとの思いで行動した人たちが大勢いらっしゃいます。その中
で、自発的に復旧・復興活動のための機能を実装し立ち上げられた、数多くのウェブサイトに注
目しました。
発災後まもなく、個人、コミュニティ、企業、団体など様々な母体から、安否情報、物資の支
援、ボランティア活動などの様々な支援を目的としたウェブサイトやサービスが支援のために立
ち上がっていました。そこで発災後3,4ヶ月の範囲で、実際に稼働しているものをリサーチし
たところ、数百を越えるサービスが立ち上げられたことが分かりました。その内容も実に多様で、
災害情報、活動支援、生活情報、寄付・チャリティなど、様々な情報を取り扱う機能が実装され
ていました。過去の大規模災害対応において、インターネット上で IT 技術を利活用した活動が
観察された例はもちろんあるのですが、今回の震災に関連した支援サービスは数と多様性の点で
際立ったものであると言えるでしょう。
図 : サイト目的別分類( n=122)
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災 害 支 援を目的とするウェブサイトの実 態 調 査から見えてきたもの |
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岡田 良太郎
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そこで IPA として、これら支援サイト構築のいきさつ、構築に用いた技術、また運営面の課
題などの状況の本格的な調査にあたることとなりました。発災直後からの事前調査によってリス
ティングしたものなどから、あらかじめ 250 ほどのウェブサイトを対象に、その技術面での協
力者や運営にあたった方々を対象にアンケート調査を展開し、さらに、背景やご苦労をお尋ねす
るため、20 ほどのサイトに個別のインタビューを実施しました。発災後一年たった時期での振
り返りとなりましたが、大勢のサイト構築・運営にあたった方々や技術者の方に、以下の調査項
目を通じて貴重な情報をご提供いただきました。
図 : アンケート調査項目
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災 害 支 援を目的とするウェブサイトの実 態 調 査から見えてきたもの |
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岡田 良太郎
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調査項目をご覧いただけるとお分かりのとおり、主に IT 活用の視点での調査となりました。
これら同時多発的に立ち上がったプロジェクトにおいて、刻一刻と変化する社会的なニーズに
対応したウェブサイトの早期開始を実現するため、限られたリソース——すなわち IT 技術部品、
人的・金銭的リソース——の選択を迅速にこなしていった様子が垣間見られます。統計的には、
30 〜 40 代のエンジニアを中心に、
少数メンバーで構成されたチームが、
スピード重視でプロジェ
クトを進めた様子が伺えました。
ここで、ひとつの注目できるデータとして、支援ウェブサイトの多くが、起案後、3 日以内に
リリースされたという記録を残している点があります。それぞれのウェブサイトの立ち上げを決
めてから、なんと 6 時間以内に公開したサイトが 18.8%と最も多いのです。また、調査の回答
者全体の半数以上のサイトが、3 日間すなわち 72 時間以内に公開されていることがわかりまし
た。これには、使い慣れたオープンな技術を採用して構築したことや、昨今の仮想サーバなどの
サービスプラットフォームの調達がしやすくなっている状況も手伝っているようです。
図 : 公開までに要した期間( 運営者 n=112)
読者の皆さんは「72 時間」という時間が被災対応において、極めて重要な時間であることを
お聞きになったことがあるかもしれません。大災害の対応として、この 72 時間を超えると人命
救助が手遅れになる可能性が高まる、とされています。
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災 害 支 援を目的とするウェブサイトの実 態 調 査から見えてきたもの |
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岡田 良太郎
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これらのウェブサイトは、直接的な人命救助のためのものではないとはいえ、初動としての迅速
な構築のためのアクションは、「自らの技術を使い、迅速に支援活動を始めたい」というはっき
りした意志があってはじめて成し遂げられた結果として特筆すべきであると言えるでしょう。
様々な機能の実現のため、どのような種類のデータを取り扱ったのかについて串刺しで見てみ
ると、「地理情報」を活用したと述べているサイトが 44% と最大数となったことは、大変興味深
い点です。広域災害であったことという需要と共に、
GPS 機能や、
地図を搭載した携帯電話、
スマー
トフォンが普及してきたことによって地理情報を入手しやすくなっていることも関係していると
考えられます。同時に、個人情報や、プライバシーに関わるデータを取り扱うサイトも多くあり
ます。
図 : サイト目的別分類( n=122)
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災 害 支 援を目的とするウェブサイトの実 態 調 査から見えてきたもの |
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岡田 良太郎
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運営上の課題としては、状況変化への対応、情報収集など対応の激増、また、人材・資金など
のリソース確保の困難も経験しました。ただ、緊急時であることを優先することで、セキュリティ
やプライバシー保護など、品質面や安全面での配慮が二の次とされたことは、やむをえない選択
だったとしても、今後の大きな課題を示したことは否定できません。
図 : サイト運営にあたり、 直面した課題( 3つまで選択)( 運営者 n=113)
中には、ウェブサイトが取り扱うデータの取得と活用にあたって、公的機関への頻繁なアクセ
ス、利用許諾や著作権の問題にも直面した人がいました。実際、公的機関や企業からインターネッ
ト上に公開されている情報を自由に利用できるのかどうか明確でないため、twitter を中間的な
データ媒介手段、いわば二次利用のためのクッションとして用いたサイトが多くありました。し
かし、それでは迅速性や、情報の信ぴょう性に問題が残ります。
そのような経験を通し、サイト運営の企画者・実装した IT 技術者の約半数の方々から、今後、
政府や自治体、公的企業などが重要な情報に関し、
「オープンデータ」として、二次利用が可能
なデータの公開を進めることを期待するとの意見が挙げられています。
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災 害 支 援を目的とするウェブサイトの実 態 調 査から見えてきたもの |
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岡田 良太郎
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図 : 教訓、 提言、 その他関係方面に望むこと( 運営者 n=112/技術者 n=72)
災害対応のサイトの調査を通して、こうした活動を行うに際し、IT 技術的な実現手段は十分
先行していることがわかりました。また、こうした多岐にわたる活動の記録は今後のリファレン
スとして役立つことでしょう。同時に、プライバシ・データの取り扱いや、公開データの二次利
用の是非など、明確になった課題として理解しなければならないこともあります。
IT 技術が災害に強くしなやかな社会を実現することに貢献し、一般の利用者がそのメリット
を実感できるには、オープンなソフトウェアを用いたオープンな情報流通の枠組み、またそれに
よって実現できる情報伝達の信頼性に関する課題に継続的に取り組まなければなりません。将来
の災害を予期することは大変痛ましいことですが、こうした活動の記録が、オープンな技術や情
報流通を促進することに寄与し、また関連する技術を身につけた自律性の高い人達が積極的に協
調していくきっかけになれば幸いです。
より詳しい資 料 / 情 報
○ 「 震 災 後 復 旧 、 復 興 活 動を行った I T コミュニティ活 動に対する調 査 」
http://www.ipa.go.jp/about/shinsai/other.html#l2
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災 害 支 援を目的とするウェブサイトの実 態 調 査から見えてきたもの |
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岡田 良太郎
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震災復旧 / 復興を行った IT コミュニティの可能性
POST :
IPA 戦略企画部 調査役
NAME:
羽鳥 健太郎
KENTARO HATORI
1 . 1 0 0 者ヒアリングについて
3 月に発生した東日本大震災を受けて、IPA ではこれまで行なってきた様々な取り組みをより
効果的に実施するために、国際標準推進センター内に災害に対応する IT システム検討プロジェ
クトチームが 8 月に立ち上げられました。そこでそのひとつに被災者やその支援者が今何を考え
行動しているかを記録しておかなければ、次の災害に教訓を残せないという意見があがり、IT 関
連の被災者・支援者の生の声を記録することになりました。これまで IPA では IT 関係者の声を
直接 IPA の事業運営に関する年度計画 1 に反映させていただくために、
「100 者ヒアリング」を
毎年実施しており、この一環として調査・記録することとなりました。被災地ではちょうど復旧
から復興へ活動が移り変わる時期であったため、ご負担をかけないためにも次のことに絞ってヒ
アリングすることにしました。
ヒアリング対 象 者と質 問 概 要
1
独 立 行 政 法 人は、 独 立 行 政 法 人 通 則 法 第 3 1 条 第 1 項に基 づき当 該 年 度 の 事 業 運 営に関する計 画を策 定し、こ
れにより事 業を実 施しています。
|
震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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30
今回筆者がこのヒアリングを担当することになった理由の 1 つに、東日本大震災以前からエン
ジニアらによる地図作成プロジェクト「Open Street Map」2 のコミュニティ活動に関わってい
たことが挙げられます。この活動を通して IT を利用した復旧・復興のコミュニティ関係者と面
識があったことから、被災者や支援者の方々につながることができ、決してマスコミには出るこ
とのない生の声を記録することができました。
もともと情報処理において、被災地は東京などと比較すれば格差の多い地域であり、情報処理
産業もそれほど発達していないということが震災前から指摘されていました。そのこと自体が今
回のヒアリングを通じて改めて明らかになったということがひとつの成果であり、また課題でも
あります。そうした状況の中で、IT 関連の支援者の多くは自分の持っている IT の技術や知識を
復旧・復興に役立てられないかと考え実行しています。しかし、サービスインすることが復旧・
復興のどの時期に必要なことなのか、また対象者は誰なのかを把握するのは困難なことです。ま
たそれが適切な時期に行われないと、効果が低いばかりかかえって邪魔な存在になってしまいま
す。実際に震災直後に IT 技術を用いボランティアを行いたいと現地に入った方が、他のボラン
ティアの方から「そんなことよりも泥掻きを手伝ってほしい」とスコップを渡され、技術が役立
たなかったという話も伺いました。
2
Open Street Map | http://openstreetmap.jp/
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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そんな想像を超えた被害状況から、被災者も支援者も多くの戸惑いを抱えていた中、いち早く
立ち上げられ安否確認や被害状況、被災地での必要な物資などの災害情報を一元的に集約・提
供したのが sinsai.info3 でした。なぜそんなことが可能だったのかと言えば、先ほどの「Open
Street Map」の活動の 1 つとして、ハイチやニュージーランドの地震の際より、衛星写真から
地図を作成していたことが挙げられます。特にその活動の中で、災害支援システム「Ushahidi」
を日本で災害が起こったときのために仮運用していたことが、迅速な対応を可能とさせました。
その後、情報の集積や利用の拡大にともない、システムの強化やクラウド化などが施されました
が、まず必要とされるときに必要とされるものを提供して、状況に応じて柔軟に対応することが
重要であることを示したのです。 これらの活動は多くのボランティアによって担われました。特に技術的に有効だったのは、そ
の道のプロにボランティアとして協力を要請できるコミュニティという横のパイプが機能したこ
とでしょう。プロの技術に他の支援者が触れることにより、さらに技術の伝搬が行われたという
­
副次的な効果もありました。
また、企業コミュニティが復旧・復興の支援に役立った好例も多々あります。本田技研が提供
した通行可能道路実績マップ(通れた道マップ)4 も、東日本大震災で役立った IT 技術のひとつ
です。カーナビの走行履歴から通行できる道路を導き出すこのシステムは、2007 年に新潟県で
発生した中越沖地震の際の実績があったことで、Google と連携することができ大きな効果を生
みました。さらには ITS Japan を通じてトヨタや日産という同業他社とともにデータを増やし、
3
sinsai.info | http://www.sinsai.info/
4
G - B O O K 「 通れた道マップ 」 | h t t p : / / m a p . g - b o o k . c o m /
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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通行可能な道路情報を提供し続けました。その結果国内の主要な流通業者は、独自で通行可能な
情報を共有して被災地の集荷場に物資を送ることができたのです。
なぜそのようなことが可能だったのか伺うと、創業者の故本田宗一郎氏の「人のためになるこ
とをしろ」という格言があり、カーナビと連動した IT 技術を公開することに躊躇はなかったと
のことで答えがあり、熱いものを感じました。こうした企業風土だからこそ、これまでの災害で
復旧・復興を積み重ね、今回の震災にも役立てることができたといえるでしょう。その半年後の
9 月に台風 12 号によりに発生した紀伊半島の集中豪雨(激甚災害にも指定されました)でも、
本田技研からは通行可能道路実績マップがすぐに提供されました。そうした成果が評価され、こ
の「カーナビゲーションシステムによる情報提供サービス」は、2011 年のグッドデザイン賞を
受賞しています。
このような取り組みは企業風土の違いから、国内企業よりも外資系企業のほうが得意な傾向が
あります。外資系 IT 企業には、ワールドワイドな災害が起こった際に行動を起こす専門の部署
が用意されていることも少なくありません。Google の試みはすでに有名ですが、Microsoft や
Yahoo! もいち早く行動を起こしました。Microsoft の支援活動には日本の情報系企業も参加し、
避難所にパソコンを設置しネットワークにつなげ外部との情報交換を可能とさせました。運用等
に課題はありましたが、こうした試みは 1995 年の阪神・淡路大震災の頃には考えられなかった
ことです。外資系企業と国内企業とが災害を通じて連携を深め、ワールドワイドな災害への取り
組み方を学んだ経験は、次に起こる災害時にはさらに機能するようになるでしょう。
ヒアリングの中で特に印象に残ったのが、岩手大学の活動です。工学部の西谷教授が中心とな
り、使われていない中古パソコンを収集して実用レベルで使えるよう整備し、被災地の行政や学
校教育の再開、地域産業のために提供されていました。中古パソコンを利用するため困難な部分
も多く、OS 自体がとても古い機種なども活用せねばなりません。そこで Microsoft と交渉して
一時的なライセンスを発行してもらい、あらためて Windows Xp と MS-Office などをインストー
ルして提供していました。OS からオフィスツールまでフリーソフトウェアで代替することも考
えられますが、被災した方々の多くが慣れ親しんでいた Microsoft 製品を提供したとのことです。
また、人材という観点からも注目すべきところがありました。岩手大学では、教官と技官の関
係は上司と部下のそれに近く、教官の指示のもとに動くというのが通例だそうです。この取り組
みを始めた際も、教官の指示のもとに送られてきたパソコンをセットアップしていました。それ
が活動を続ける内に技官ほか多くの参加者が積極的にこの活動に関わり、より効率的にセット
アップするにはどうしたらよいかなど能動的に動くようになったそうです。このような活動は、
人材育成の面でも高い効果をあげるという副次効果もあることを気づかされました。
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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2 . 被 災 地 域におけるハッカソンの意 義
− 2 . 1 仙 台 ハッカソン
発災から1週間後の3月 19 日~ 20 日に最初の復興系アイデアソン/ハッカソンが開催され
ました。アイデアソンは、アイデア+マラソン、ハッカソンはハック+マラソンの略称で、様々
なアイデアや技術を持ち寄り、短期集中型でプロジェクトを開発するためのミーティングを意味
します。今回は、初日にアイデアを出し合い、翌日はハッキング——つまりプログラミングに専
念してアウトプットまで導く——という形式が採用されました。最初のアイデアソン/ハッカソ
ンは、東京でもまだ余震があり交通事情も回復していなかったので、オンラインを中心に行われ
ました。西日本では、京都、福岡、岡山、徳島の 4 ヶ所でオフラインでも行われ、数々のアイデ
アが生まれ、アプリケーションもリリースされました。
仙台で最初のアイデアソン・ハッカソンが開催されたのは、5 月 21 日~ 22 日でした。両日
とも IT 技術による復旧・復興のためのアイデアを持った 30 名弱の方々が参加し、その内 2/3
の方は何らかの形で被災され ているという状況でした。2 日間を通じて、参加者の方々に東北
の IT 産業の現状を聞きましたが、震災前からそれほど活気がある産業ではないので、震災でそ
れが炙りだされたという印象をお持ちでした。そのような状況ですから、開発者が新たな技術を
修得するのはなかなか難しくあります。しかし近年ユーザーの増えている Android/iOS アプリ
ケーションの開発を新たなチャンスと捉え、会社の業務とは別に積極的に取り組んでいる開発者
も見受けられました。仙台周辺で古くから活動している情報処理関係の企業は自分の代までは大
丈夫とチャレンジを避ける傾向がある中で、新しい経営者は IT を起爆剤に東北全体を元気にし
たいと考えており、震災後の地元意識も様々であることを知りました。
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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一方このようなアイデアソン / ハッカソンは短期間で行われるため、成果を出すのは難しく、
もっと絞り込んでアウトプットが確実に出るようにする流れもあります。ですが仙台でのアイデ
アソン / ハッカソンは、被災した開発者が肌で感じて必要と思うアプリケーションを提供する意
識が大切で、それを共有することに意味があると、開発者の意識を重要視していました。
− 2 . 2 岩 手アイデアソン
岩手で開催されたアイデアソンは、最初から明確な目的が設定されていました。以前からボラ
ンティア活動を行っている「遠野まごころネット」を中心に、仮設住宅に入居した被災者同士の
コミュニケーションを活発にするために、ネットカフェの実現に的を絞り行われました。現地や
ボランティアの方々を中心に 15 名が参加し、アイデアソンということもあり開発者以外の方が
大半でした。
まずアイデアを出す前に実態を把握すべきということで、遠野や大槌の仮設住宅とその集会所
を見学させていただいたり、大槌町の被災地を現地のボランティアの方に案内していただくこと
ができました。アイデアソンは、インターネットそのものに接していない方々が興味を持つため
の工夫や、ネットカフェの運営法、安心して使ってもらうためのセキュリティ対策について 2 班
に分かれてアイデアを出し合いました。ここで出されたアイデアは、実際にネットカフェを開設
するボランティアの方々に託されました。後日、ネットカフェは無事オープンし、そこを拠点に
新たな取り組みが始まっています。
− 2 . 3 復 興ボランティア情 報 交 換 会 i n 石 巻
首都圏ボランティアと現地ボランティアが、
「被災地に暮らす方々はこれまで、そして今、何
を課題とし、今後どんな支援を望んでいるのか」ということを共有するために開催されたイベン
トが、この情報交換会です。石巻市は海岸にある工業地帯は元気だったものの、商店街はシャッ
ター商店街と化しており、そこに今回の震災が追い打ちをかけるような形になりました。実際に
被災されたお年寄りの多くは原状回復を望んでいましたが、震災前の状況を考えると原状回復で
はダメなんだと訴える方もおり、思いは一様でないところでボランティア活動をする難しさを実
感しました。
様々な地に赴きましたが、すべての被災者の方が IT に明るいわけではなく、また IT は被災者
当人からすると側面支援であるため、すぐに何かを改善させることが難しくあります。また他の
ボランティアについても、それが地元にお金を落としているのかで評価が別れることもあり、首
都圏ボランティアと現地の被災者やボランティアの意識の違いも感じました。この意識の違いを
埋めるためにも、IT を利用して入手できるすべての情報を入手し、詳細な解析を行うことでニー
ズを導き出し行動に移す必要があると言えるでしょう。
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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3 . I T コミュニティが 持つ未 来の可 能 性
前述のように様々な調査を行って参りましたが、そこで得られた情報を元に 2011 年 12 月 11
日に仙台で開催されたハッカソンでプレゼンを行いました。その資料がこれまでの結果を端的に
まとめられたので、このポイントをご紹介します。
調査から得られた気づきのほとんどは当然のことなのですが、残念ながら日々の生活に追われ
ていると忘れがちなものばかりでした。そもそも IT はオンラインであることで、データのやり
取りができるという価値を生んでいます。ですので、電気がなければパソコンはただの箱でしか
なく、ネットに繋がっていなければ価値あるデータを活かすこともできません。ただ、悪いこと
ばかりではなくて、便利さに隠れていた人の暖かさが肌で感じられた、ということもありました。
また被災直後から状況は時間単位で変わっていくものだ、という実感も得られました。そのと
きどきにできることを見極めて、アクションを起こすこと。そして状況に応じて次のアクション
に活かすことで、その効果は大きくなります。繋がりをうまく持たせられれば、IT が側面支援
として高い効果を発揮できることでしょう。
また期間ということも考える必要があります。時間よりもう少し長い単位で、それぞれのフェ
イズでできること、するべきことを考えなくてはいけません。例えば、いますぐ必要なアプリケー
ションを開発から始めたのでは間に合いません。次に必要になるものを、その前の段階で開発す
る必要があります。開発時間を縮小するには、マッシュアップも有効な手段になるでしょう。震
災直後はなるべく簡単に直感でも入力できるようなアプリケーションが適しており、フェイズが
進むごとによりリッチなものにすればよい。その頃にはボランティアも入力に慣れ、多少複雑な
操作も可能になります。また、被災者もより多彩なサービスを求めるようになるので、それに合
致したものが提供できます。
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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被災された方々は IT が得意とは限りません。むしろ不得手な方のほうが多かったというのも、
今回の震災の特徴の一つです。そのような方々には、紙という従来の伝達方法が最も効率的です。
また紙を渡すという行為は、安心感も提供できます。そのためプリンタの導入も考えなくてはい
けません。レーザージェットプリンタは電気事情の悪い被災地ではなかなか使えなく、インク
ジェットプリンタですと、インクをどう調達するかという課題が生まれます。そこで最も機能す
るのは、レシートを印刷する熱転写プリンタではないでしょうか。熱転写プリンタならば、それ
ほど消費電力は高くありません。またいつも使っているレシート紙が各店舗にあるので、供給に
困ることはまずないでしょう。さらにレシートという熱転写紙は、時間とともに劣化するので時
限的な内容を表記するのは都合が良いと思われます。仙台のアイデアソン / ハッカソンでは、こ
ういったアイデアも生まれていました。
IT を利用することで、様々な施策はより効果的に実施できるはずです。しかし、これらの経
験から教訓を引き出すカギは、この経験を自分自身が「忘れない」ということです。有名な言葉
に「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」というものがあります。私は、こ
の度の活動を通し、まず現状を認めた上で、自ら積極的に行動を起こし、かつ継続していくこと
の大切さを感じました。
皆さんとご一緒に、今回の教訓や課題を忘れず、いつでも IT を効果的に活用できるよう切磋
琢磨し、次に活かしていくことができればと願っています。
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震 災 復 旧 / 復 興を行った I T コミュニティの可 能 性
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羽鳥 健太郎
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IT を活用したリジリエントな社会の創造
〜 災 害に負けない 社 会を作るために〜
D AT E :
2012 年 5 月 24 日「IPA グローバルシンポジウム 2012」
POST :
京 都 大 学 防 災 研 究 所 巨 大 災 害 研 究センター 教 授
NAME:
林 春男 氏
HARUO HAYASHI
変 化する時 代の防 災 意 識とリジリエンス
1970 年代までの日本では、基本的に防災=消防だと理解されてきました。当時は火事が一番
脅威となる災害だと考えられていたのです。それが 70 年代以降、日本経済的の規模が拡大し始
めると地震が新たな脅威となりました。首都圏での大地震への恐怖もあり 1973 年に「大規模地
震対策特別措置法」が定められ、国をあげて対策を講じるようになりました。当時の防災意識の
核は「弱点=脆弱性を潰す」こと。世界的にも防災を「Vulnerability reduction」と呼び、特に
地震への弱点潰しを重点的に行っていたのです。そのため地震に強いものを作ることが重要課題
となり、土木や建築関係の技師の方々がその中核を担っていたのです。
ところが 21 世紀に入って大きく様相が変わります。一番大きな変化として挙げられるのが、
2011 年の 9 月 11 日の同時多発テロ。さらに SARS の大流行や、ニューオリンズの街の 8 割が
1 ヶ月以上浸水したハリケーン・カトリーナの被害など、
「想定外」の新しい脅威が次々とやっ
てくる状況に陥ったわけです。脅威の増殖は、
弱点がどこにあるかということを見えにくくし、
「災
害に強い社会」というこれまでは多くの人が共通してイメージできていたモデルが揺らぎ始めま
した。その結果、どんな状況であっても本来やらなくてはいけないことを継続できる、という新
しい観点で防災を考えるようになったのです。その考え方が「Disaster Resilience」と呼ばれて
いるものです。大きな災害時には、まちを守ろうとするといろいろな分野の人が協力しながら、
それぞれ専門とする業務を担当するということ。それらを組み合わせるとリジリエンス(=高回
復力)が生まれるという考え方です。
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| シンポジウム |
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I T を活 用したリジリエントな社 会の創 造
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ビジネスの世界で最近「事業継続」という言葉がよく話されています。
「Business continuity」
と言われるこの考えは、本来自分たちがやるべきことをどんな状況でもやろうじゃないかという
もので、リジリエンスとほぼ同義です。何か脅威が発生して被害を被り機能を喪失しても、でき
るだけ早く戻そうとする。そうすると脆弱性というのはへこみの三角形の部分にあたると。そし
て事業継続=リジリエンスを高めるというのは、この三角形の面積を小さくすることになるんで
す。
リジリエンスではスピードが重要となるので、どの機能を継続させる、あるいはどこは機能
がストップしても仕方ないといった「選択と集中」を要します。これは西洋の考え方ではなく、
2005 年に内閣府の中央防災会議が「事業継続ガイドライン」で示したもので、首都直下地震が
発生した時に、ビジネスが集中している首都圏でどう事業継続していくか、という考え方から生
まれました。また同年に神戸で開かれました「国際防災会議」でその決議案として「兵庫フレー
ムワーク・フォア・アクション」というものが採択され、リジリエンスを高めていくということ
を世界の防災の目標にしようということになったのです。
いかにリジリエンスを高めるべきか
リジリエンスを高めるためには、左側の各状況に応じてリスク評価を始めていかなければなり
ません。その方法とは、まず重大なリスクを割り出した上で予防策をとり、そこまで重要ではな
いリスクについては予防コストをカットするというものです。カットした分のコストは、より重
大なリスクに充当されます。その一方で、いくら予防対策をとっても予想を越え被害が起きてし
まうこともある。その際にはいかに早く回復させるかという発想になります。この3要素が組み
合わさったものが、リジリエンスです。
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| シンポジウム |
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I T を活 用したリジリエントな社 会の創 造
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今日の私たちは、様々な危険や脅威に取り巻かれている。その総称を「ハザード」と呼びます。
つまり「自分たちの本来の目的を阻むもの」がハザードです。実は予防策というものはハザード
ごとにとらなければなりません。そのためリスクごとに最適な予防を行い、その回復力の範囲を
最大限に高めようという考えが生まれました。これが、21 世紀の防災が目指している方向なの
です。そこでリジリエンスについて更に詳しくご理解いただくために、東日本大震災の対応を例
にしながら、「リスクの評価」
「予防」
、
「回復」を説明していこうと思います。
リスク評 価における選 択の重 要 性
地震に耐えうる強いビルを作っても、当然ながら新型インフルエンザの予防にはなりません。
リスク評価というものは様々な種類のハザードをリスクという共通の物差しで測り、それを評価
するための方法論なのです。ではどう評価するのがよいのか。これは予防とセットで考える必要
があります。キーになるのは「回避」
、
「緩和」
、
「転嫁」という 3 つのリスクとの付き合い方です。
まず「回避」というのは、「君子危うきに近寄らず」と言うと分かりやすいでしょう。津波の話
題ですと高地移転という措置が「回避」の1つで、リスクそのものから遠ざかるという手法です。
「緩和」は、移転するのではなく「ここに残るが、ただし被害が出ないようにしましょう」とい
う現状の環境の上でリスクを予防する方法です。一方「転嫁」というものは、
「いざ損害が発生
した際は保険で手当が出るようにしましょう」といった、事後の回復を高める手法です。このよ
うに種類が異なるリスク対応策を、上手く選択することが効果的な予防策となります。
もうひとつぜひご注意いただきたいのが、予防策をとるべき対象に優先順位があることです。
社会基盤となるインフラの機能維持は重要なものです。東日本大震災ではインフラの中でももっ
とも基盤となる原子力発電所に甚大なダメージを受けたからこそ、想定外の規模で甚大かつ長期
的な影響が発生しました。したがって、予防策は重要度に応じて設定しなくては意味がありませ
ん。
その一方で予防策というのは、どこかで「ここまでは防げるはず」というリミットを決めなけ
ればいけません。逆に言えば、「これ以上は持ちこたえられない」というラインを認識すること
でもあります。私たちはそれを「被害抑止限界」と呼んでいます。それを越えなければ、用意し
た予防策で危機を脱することができます。では仮に越えた時一体何が必要になるのか。それが、
情報なのです。
危 機 的 状 況で 「 情 報 」 がなし得ることとは
昨年 11 月に危機対応の国際標準規格として、
「ISO22320: 社会セキュリティ -危機管理- 危
機対応に関する要求事項」が発行されました。これは危機対応の際に皆が同じ枠組みで取り組め
ば、相互の連携、協調がとりやすくなるというものですが、そこには情報処理に関するステップ
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I T を活 用したリジリエントな社 会の創 造
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が存在します。目標を立てて、それを満たすための情報収集の計画を立て、誰に情報集めてもら
うかを指示し、実際に集め、それを分析してレポートを作り、皆さんにお届するという、この 6
ステップを踏まないと災害対策はできないということを示しています。情報の上手い処理ができ
るかどうかが回復力の大小を規定しているわけです。
災害というのは、それが大きければ大きいほど何が起きたのか把握できない「失見当期」と呼
ばれる時期があります。災害の初期段階での情報の仕事は、この失見当期乗り越えることです。
その次に、残された命を守ること、社会の様々な流れを回復させること、そして社会資源である
人材や重要施設を再建させることをこなしていかなればいけない。そのためには、プランニング
とロジスティクスとマネジメントがとても重要なのです。これらをトータルで考えないと、災害
対策と回復力の最大化は上手くいきません。
皆さんがある組織の代表だと仮定して聞いてみてください。まず一番重要なのは電力や水、道
路、通信などのインフラで、これがなければ何も対策がとれません。早期にインフラを回復させ
ることで、初めて個別の対応ができるのです。なので、まず行うべきは、対策本部や管理体制を
作ること。次に組織内での通信の仕組み、次に組織内での輸送の体制を整えます。そうすること
で活動基盤が整理でき、オペレーションがスタートする。その後に、状況の調査・把握し、対応
の計画を行い、必要な資源を収集するという4つのステップを繰り返し行います。ここで重要な
のがそれぞれのステップで具体的な対応策をとりながら、全体で状況認識の統一を図ることです。
今何が行われているかを共有することで、過剰な人員配置など活動における無駄がなくなります。
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I T を活 用したリジリエントな社 会の創 造
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ICT(情報通信技術)を使って支援の効率化を図るために、まずはこの状況認識の統一が最も
重要になります。今回、被災県が複数にまたがったことで、状況認識の統一がかなり困難を極め
ました。これまで暫定的な応急対応として様々な措置がとられましたが、被災された方の生活再
建、そして復興のためには、改めて誰が被災者かを見極めなくてはならない。そのためには被災
者台帳が何よりも必要だということで、それを実現する仕組みを作ってきました。ではなぜ被災
者台帳が必要なのか。行政というものは基本的に住民基本台帳と課税台帳で管理をしていますが、
どれひとつとして共通するキーがなく、またそれぞれセキュリティが非常に高い。そこで、位置
情報をベースに地図に落としこんでいけばよいのではと考え、
2004 年から新潟県中越地震のケー
スをもとに被災者台帳の作成を始めました。台帳を利用すると、エリアごとに被災者手当の受給
者情報が分かります。すると手当を必要としているにも関わらず、申請ができてない被災者の方
を特定できる。今回の東日本大震災では岩手県の被災者の方に、この台帳を用いました。という
のも岩手の被災地は、盛岡市から車で 2 時間かかるような行きづらい場所にあるので、特に状況
の共有がなかなか進まずにいたのです。そこで県庁にサーバーをお借りし、LG1 という行政専
用のネットワークを通して、ご利用いただくことにしました。1 年を経た現在、その価値を認め
て頂き、沿岸7市町村でご利用いただいております。
今回の震災では、改めて本当にウェブは頼りになると感じました。様々な情報を使い分けるこ
とができますので、いわゆるパーソンファインダーという誰もが使えるようなものから、行政資
料のような個人情報が多いものまで扱うことができるのです。更に、今回改めてスマートフォン
が情報共有と非常時の連絡について、とても有効な端末であることが実証されました。今後は、
個人の端末でビックデータのやりとりができるような、マイクロメディアサービスの開発も行っ
ていきたいと考えております。
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I T を活 用したリジリエントな社 会の創 造
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強く、しなやかな社会に貢献する IT を探る
D AT E
: 2012 年 5 月 24 日「IPA グローバルシンポジウム 2012」
P A N E L I S T : 京 都 大 学 防 災 研 究 所 巨 大 災 害 研 究センター 教 授 林 春 男 氏
グーグル株 式 会 社 シニアエンジニアリングマネージャー 賀 沢 秀 人 氏
ヤフー株 式 会 社 メディア開 発 本 部 部 長 兼 震 災タスクフォース プロジェクトリーダー 髙 田 正 行 氏
経済産業省 CIO 補佐官 / 東京大学公共政策大学院 非常勤講師 平本 健二 氏
I P A 技 術 本 部 国 際 標 準 推 進センター長 田 代 秀 一
C O O R D I N ATO R : I P A 技 術 本 部 国 際 標 準 推 進センター 研 究員 岡 田 良 太 郎
岡田:本日のディスカッションのパネリストとして、災害対応活動に取り組まれた方々にお越し
いただいています。早速よろしくお願いします。まずは、こちらをご覧ください。
このグラフは、東日本大震災発災後、極めて短期間に災害対応や支援を目的とした 200 以上
のウェブサイトが 3 月 11日以降立ち上げられた記録を図示したものです。これは世界を見ても類
例のないことでしょう。では、彼らが具体的にどのような活動を行い、学びを得、どんな課題に
直面したのか。それを明らかにすることを目的とした調査事業を現在 IPAのOSC で行っています。
実は、本日のパネリストの方々は、こうした活動に実際に携わられたご経験をお持ちです。こ
うした経緯から、このディスカッションにご参加いただいたわけですが、まず最初のトピックと
して、「これまでのご活動を振り返り、災害に対応する活動のために不可欠なことは何か」につ
いて、お話いただきたいと思います。
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| シンポジウム |
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強く、しなやかな社 会に貢 献する I T を探る |
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発 災 後 、 何を経 験できたのか。どんなことに取り組んでこられたか
林:阪神淡路大震災から私が得た教訓は、災害時には「普段やっていることしかできない」とい
うことです。ところが東日本大震災の直後、この言葉は一回も聞かれなくておかしいな、と感じ
ていたのですが、10 月から堰を切ったように色々な局面で耳にするようになった。やはり両者
共通の結論として、普段やっていないことは災害時にはできないということが浮き彫りになった
と感じます。
平 本:私も林先生と同意見なのですが、
「完全を求めないこと」と致しました。私どもは行政と
して色々な災害対策を行ってきたのですが、行政としては完全なサービスでないとダメだという
意見もあり、
「とりあえず動く」といった活動が難しかった。そこで、ある程度柔軟性を持ち取
り組んでいくことが重要だろうと思っております。
高 田:私は「情報入手の多重性」としました。IT 技術普及の結果、スマートフォンアプリのみ
で災害時の情報は足りるだろうから、そういったサービスが欲しいというお話を伺うのですが、
通信自体が不具合で見られなくなる状況もあります。そのためテレビやラジオなど、複数の情報
経路を日頃から用意いただくことが必要だと思います。
田 代:私は「柔軟性」です。震災後の 5 月に被災地域の自治体に足を運ぶ機会がありました。現
場の方のお話では、被災者支援についての行政的な手続きを他の自治体から支援に入られた方と
ともに行うなど、全く想定外のフローで業務を行っている状況でした。またその業務量もとても
激しいものなのです。ところが、そんな状況に対応できる柔軟性が IT に備えられておりません。
これは IT に限らない話題かもしれませんが、柔軟性こそが重要なのだと思い知ったわけです。
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強く、しなやかな社 会に貢 献する I T を探る |
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賀 沢:私はシンプルに「備えること」と致しました。実際 Google としても色々取り組みましたが、
途中から何を優先すべきか分からなくなり、現地に直接御用聞きに出向くということがありまし
た。そこからやることが後手後手にまわってしまった。それが我々の学びでもあります。そのため、
あらかじめ様々なものを備えていることが重要だと感じたんです。
Google Crisis Response
賀 沢:私は、災害対策の専門家ではなく、素人に何ができるかを悩みつつとりあえず実践する
ということを続けてきました。そんな中、発生から約 2 時間後に「パーソンファインダー」とい
う安否確認のサイトをリリースしたのです。先程の「備えること」というキーワードに直結する
話なのですが、実はこれを始動させたのは東京の Google Japan の人間ではございません。クラ
イシスレスポンスチームという小さなチームが社内にあり、そこでは全世界で大災害が起きた時
に安否確認のシステムをオープンするという作業を行っています。東日本大震災以前にはニュー
ジーランドの地震の際にもリリース致しました。
それとは別に Google Japan も動き、まず震災の情報提供の基軸となるページを制作しました。
その次に震災翌日の 12 日に切り替わる頃、阪神淡路大震災を経験したウェブマスターが、
「これ
だけの災害なら人がどこに集まっているかという情報が絶対に必要になる」と考え、避難所の場
所を示すためのサイトを Google マップのエンジニアと協力して作りました。
更に翌 13 日には、衛星写真について撮れるものは撮っておこうという意見が上がります。ア
メリカにあるヘッドクォーターに所属する日本人のプロダクトマネージャーが、衛星写真や地図
をまとめており、
彼と連携して作成しました。その後、
自動車通行実績情報マップを作成しました。
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強く、しなやかな社 会に貢 献する I T を探る |
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こちらは私どもが考えたというより、ホンダさんからデータ提供をいただき、制作したという
ものです。
つまり我々にとって、かねてから持っていた「備え」というものは、クライシスレスポンスチー
ムのパーソンファインダーしかなかったのです。ただプログラムを書くという手の速さはあり、
それが備えと噛みあったときに力を発揮できた。そんなパーソンファインダーも当初は全然デー
タが入っていませんでした。現地ではほとんど通信が遮断されてしまった状況なので、情報を入
れてくださいと言っても対応いただける状況ではなかったと。ではどうしよう、と悩んでいたと
ころ、Twitter 上で避難所の名簿を写メで撮って送ってもらい画像共有サイトなどで集めたらい
いのでは、というアイデアを話されている方がいたのです。それがたまたま知り合いの方だった
こともあり、アイデアを頂戴しました。そこで Picasa を使い画像提供を呼びかけると、一晩で
ものすごい数が集まっていたんです。これをパーソンファインダーに提供しようという動きがす
ぐ生まれたのですが、数が膨大すぎて全く追いつかない。正直血の気が引いてしまいました。と
いうのもこれだけ情報が集まればおそらく見に来る方が多数いらっしゃると想像ができます。な
かなか探している方のお名前が見つからなくとも、見落としがないか何度も確認されるでしょう。
それはとても耐えられなかった。
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強く、しなやかな社 会に貢 献する I T を探る |
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そこで救ってくれたのが、ネット上の名も知れぬボランティアの方々です。というのは Picasa
では写真に自由にコメントを加えられるのですが、その機能を使い名簿画像を文字起こしされる
方が現れたんです。すると徐々に手順が自然発生的に洗練され、文字起こしをする方、そのデー
タをパーソンファインダーに打ち込む方というふうに作業分担が始まり、結果 5000 人以上の方
が 15 万件以上データを打ち込んでくださいました。これは我々が歯車の一部として機能したこ
とで、皆さんのお力を借りることができ、大きな効果を生むことができたのだと思っています。
大げさな言い方をすると、ボランティアの新しいやり方なのかなという気もしています。
いま、個人的にも Google としても力を入れているのは「伝える」ということです。これは行
動を起こした者の責任だと考えております。そこでまず、平常時からパーソンファインダーなど
を運用し続けていこうと。こちらはジャーナリストの方を起用し、第三者の視点から Google で
なにが起きていたかという内部的な部分、更に現地に足を運んでいただき、クライシスレスポン
スサービスの利用調査を行うことでレポートの作成を進めています。手探りながらもとにかく止
めてはいけないことから進める。これが Google の現状です。
岡 田:ネット上の大勢の人々が自発的に協力していくという部分は感動的です。Google のサイ
トに設置されたパーソンファインダーですが、Yahoo! JAPAN からもリンクしたりなど、特別な
連携をしていらっしゃいましたね。
高 田:13 日の段階で既にパーソンファインダーは話題となり、効果を上げ始めていました。一
方 Yahoo! JAPAN 自体は主体的なアクションを起こしていなかったことと、災害時に個人情報
を自社のサービスで使用しないことを決めていたことから、ならば紹介をしようと動きました。
そこで NHK さんの「サイマル配信」などと同じ形で紹介させていただくことになったんです。
賀 沢:我々も本当に感謝をしています。被災者の方の役に立つことであれば、何でもできること
をやろうというお考えはとても共感いたしました。
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Y a h o o ! J A P A N 東日本 大 震 災からの考 察
高 田:Yahoo! JAPAN は約 17 年日本で活動してきましたが、激甚災害関連のサービスが始まっ
たのは 2004 年。当時はインターネットが常時接続可能になった頃です。そこでインターネット
をずっと見られている方が災害に気づかずに被害に合うことを避けようという意図で、Yahoo!
JAPAN の全ページに震度 3 以上の地震や津波警報が出された場合、バナーを表示させるシステ
ムを導入しました。またインターネット募金も可能に致しました。社員も東京・大阪に分かれて、
非常時のサーバー対応訓練なども行いました。これがサービス面での BCP です。この社内体制
は災害時に自動的に作動するので、当然今回の震災時にも作動したのですが、正直な話どんどん
対応できないものが増えてきたんです。
具体的には、電力関係や原発の動きに付随する Yahoo! ニュースやトピックスで対応できない
ものが発生しました。というのも 14 日には、Yahoo! JAPAN 全体で 23 億 6500 万 PV という
Yahoo! JAPAN 創業以来の数値を記録し、サーバーに多くの負荷がかかったのです。そこでエン
ジニアを常駐させてサーバーを増設し続ける措置をとりました。また募金関連では、通常の 100
倍近くのアクセス数があり、NHK さんなど放送メディアとの連携から爆発的なアクセスを記録
しました。
13 日に入ると、どうやら電力が足りないらしいということから節電について Twitter などで
デマが多く飛び交いました。そこで急遽節電関連の情報を一枚のページにまとめたのです。この
ページが翌日には 3000 万 PV を越えたことで、皆さんが正しい情報を欲しているのだなと感じ
ることができました。ここから先は東電さんの節電情報を 24 時間体制で校正し、地図で逆引き
し確認しながら、東名阪 70 人の体制でお届けしました。
また一般の方からは見えにくい部分では、キャッシュを巡って大きな動きがありました。震災
の際はトップページにも公共機関のリンクをつけていたので、そこからアクセスが入り、多くの
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サイトが落ちるということが発生してしまったのです。これはまずいということで、自社コンテ
ンツの帯域をキャッシュに回しました。公共機関、交通、ライフライン、電力系や被災地自治体
など計約 300 のサイトを 1 分ごとにコピーし、
ご案内するということを震災後 1、
2 週間行い、
サー
バーダウンを避けました。
情報提供面で言えるのは、今回の震災では動的データの関心が非常に増えたということです。
放射線や電力問題など常に変化する情報への関心が高かったため、我々も踏み込んで対応致しま
した。情報内容に関しては API で公開し、電気関連の情報は読売新聞さんのサイトを始め、各種
ポータルサイトや家電製品の節電機能説明にも使っていただきました。
困った点としては、必要な情報がデータになっていないこと。我々は公開されたデータを、な
るべく使いやすくご提供することが使命だと思っています。FAX や PDF は強引に手で打ち込む
こともあり、まだ課題が多いと実感しています。また震災後半年以上経ってから考えたのですが、
いわゆる行政や公的インフラ機関からの情報以外に、一般の方々が CGM 的に提供される情報に
ついてもオープンに扱える仕組みを作らないと完全にサービスの補完はできないのかなと思って
おります。最近は地震の一次情報は、公的な情報よりも Twitter などで流れるもののほうが早い
ですよね。そういったものをどのようにプールし、利活用するかということが重要かと考えてい
ます。
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電 子 政 府チームの震 災 関 連の取り組み
平 本:我々は電子政府チームとして、震災直後から防災対応として様々な施策を講じました。そ
の 1 つが、携帯電話のメールでタイトルに物資名を入れ、本文には数字だけ入力するといった簡
単な形式での支援物資流通システムです。実際にプロトタイプを作るところまで 1 週間で行い、
在庫管理ほか細かい要望を調整しつつほぼ完成させたのですが、残念ながら導入には至りません
でした。
次のフェイズでは、テキストデータに着目しました。電池についてのツイートを分析し、
「電池」
という言葉を含むツイートを 1500 件前まで遡って、API を通じて解析したのです。すると、3
月 14 日の時点で、足りない電池のサイズや、電池に新聞紙をまいて利用するといいという知恵
が散見され、そうした情報がソーシャルメディア経由で入手できると分かりました。被災地で何
が起こっているのかという情報と事実を収集する上で、ソーシャルメディアは非常に使えるとい
うことをとても感じたのです。
また、「不足品の自動分析」を行いました。
「不足」という単語を Twitter で調べると、1 日目
は避難所が不足していますという情報が出ていたのが、毎日少しずつ変化していく。ただしソー
シャルメディア上での言葉のニュアンスの差異や、例えばリツイートの使い方をどう解釈すれば
いいのか難しい部分もあったため、公表はしませんでした。実際 20 日間ほど内部的に解析し、
次回の災害では活かすためにリサーチしておりました。4 月 11 日にはそのノウハウをパッケー
ジ化し『国民の意見を活かしていますか?』という情報分析のガイド用資料を出しました。
また、データの公開について、PDF やファックスの配信を止め、マシンリーダブルなデータ
とするように各省庁や自治体、企業に向けて呼びかけました。そんな折、東電さんから電力デー
タが公開されましたので、3 月 24 日に経済産業省の twitter のアカウントを使い「みなさんこれ
でアプリ作りませんか」とアナウンスしたんです。すると翌日から、スマートフォンアプリがど
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んどんリリースされていきました。
「現地には入れないけど手伝いたい」という方が、IT を使っ
て手助けできる。そのためのきっかけ作りを促進できればとこのような呼びかけを行いました。
また支援制度についてですが、制度を必要としている方も、自治体もその内容を把握しきれて
いないということがよくあるんです。国や県、市、それぞれによる支援制度が多々ありますの
で、フォーマットや項目を統一し、タグでまとめて「復旧・復興支援制度データベース」として
Web で公開しました。行政用語が多く使われており難解という課題もありましたが、API を公
開することで民間の方々によりリッチなサービスを作っていただくのがいいと考え、設計段階か
ら API 公開を前提に作りました。
一連の施策の中から感じたのは、クラウドサービスの有効性です。今回の私どものサイトもク
ラウドベースで制作したので、早く立ち上げることができました。もう一つはあらかじめシステ
ムを用意しておくというより、迅速にそれを活用していくために情報項目の辞書をコンポーネン
ト的に用意しておくことでしょう。例えば、世帯の定義というものもシステムごとに異なります。
情報を使いこなせる体制を整えておくこと、その上でプロセスを効率化できる仕組みを用意して
おくことが重要だと思っております。
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| シンポジウム |
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クラウドの有 効 性と情 報 管 理について
林:僕もクラウドは今後重要だと思っています。日本には現在 1800 もの地方自治体があります
が、そのほとんどは災害対策に予算を十分に割くことが厳しいと思います。同時に、今までのよ
うな内生したスタンドアローンの情報システムは限界に来ていると。その時に、日常業務をクラ
ウド化することが有効になります。ただ、これをそのまま危機管理系に置き換えて考えることは
難しい。平常時のしっかりとした情報セキュリティポリシーは、災害時には機能しにくいからで
す。ですから、災害時は災害時用情報セキュリティポリシーを独立して設定しておきたい。する
と「内内」、
「外内」
「外外」という 3 つサブシステムが必要になります。例えば Google さんのパー
、
ソンファインダーなどは自治体からしたらとても魅力的なんですが、セキュリティ面から、行政
がやるわけにはいかないと感じているところがある。なので、民間ベースで動きが生まれる構造
が重要です。つまり自助なり共助なりがないと厳しいため、行政がアシストできる部分はしつつ
「外外」でやって頂く。
一方「外内」というものは、罹災証明を出すといったケースです。罹災証明書を出す時には住
民基本台帳や課税台帳の情報があると便利なのですが、それは基幹内部系が管理する「内」の情
報です。それを一度「外」に取り出し、被害調査の結果と照らし合わせクリーニングして使える
状態にし、「内」の情報に戻す。そしてそれが生活再建のための様々な台帳にフィードバックさ
れる。この「外内」がプライベートとパブリックの間で、ある種の独立したセキュリティシステ
ムのもとで動けるような状況をぜひ考えていくべきだと思います。
平本さんの言う情報というのは API 公開などの仕掛けを作ることで、
「外」を「内」に引きこ
むようなものですが、
結果「内内」でも「外外」でも使えるものでもありますね。これからは「外」
を「内」引きこむような仕組みを作るべきだと思うのですが、これを 1800 の自治体がバラバラ
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にやっても仕方ありません。そこで「コストが安くなる」といったメリットを提示しつつ、でき
れば国内で標準化していければいいと考えています。
岡 田:実際に被災した自治体に話を伺うと、
「平時の行政システムをクラウド化すべきと言われ
ても、通信コストやスイッチングコストなどを考えると、手元にデータを置いておく方がいい」、
とお話いただいたケースがありました。ただ同時に、
「被災者支援など急激に業務が増えるもの
に関してはオンデマンドの方がいい」というご意見もありました。するとプライバシーやセキュ
リティが問題になってきます。危機的状況におけるプライバシーの扱いはどのように整理してい
けばいいのでしょうか?
平 本:Google さんのパーソンファインダーを拝見して、あれでよいのでは、とみんな話してい
るのですが、やはり行政でアプローチするのは厳しかったと思います。ではこれから先に向けて
どうプライバシーを扱うべきか、それをどう検討したらいいのか悩んでいるというのが正直な現
状です。
林:重要なのは、プライバシーというものは基本的に本人同意で解決する問題だということで
す。ですので、どう本人が同意しやすい仕組みを作ることができるかという部分を考えるべきで
しょう。その意味でも「外外」の回路が重要です。今回は民間が非常に広い領域で活躍し、
「外
外」あるいは「外内」で素晴らしいものができたことは日本にとって大きい。そのシンボルが
Google であり Yahoo! JAPAN だと思います。
それぞれの経 験から、どんなことを学び取ることができるか
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田 代:先日被災地に伺った時、どんな場所でどんな方が被害を受けたかが分かるシステムを構築
された方がおられました。ジオグラフィカルに関連付けられておりとても分かりやすいものだっ
たのですが、データ面で苦労をされていました。というのも自治体の情報システムは非常に特殊
でクローズドなんです。特に使用されている文字コードが特殊で、さらに自治体ごと異なってい
ることもあり、とても「内」な状況だと言えます。そのため「外」につなぐことが難しい。被災
者支援についてはセマンティックなレベルで議論をしていても、文字コードが原因で困難となっ
てしまうという情けない話があります。ここは地道に解決していかなければいけないなと。我々
IPA はこの問題について、内閣官房と経済産業省とで文字情報基盤の委員会を作り、解決方法に
ついて検討しております。
岡 田:なるほど、データを効率よく使用できるようオープン化を進めるには、
「内」のシステム
構造に潜在する課題を解決する必要があるんですね。加えて、ここで課題となるのは、データの
中身、たとえばプライバシーの問題をどうするのか、といったことが考えられます。その辺りに
ついて Google さんや Yahoo! Japan さんはどう対応されたのでしょうか。
賀 沢:パーソンファインダーでも多くの文字情報が打ち込まれましたが、個人を特定できる情報
については気を遣いましたね。たとえば、住所における何丁目、何番地といった部分は入力しな
いようお願いしていました。
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高 田:私どもは日本での活動が長かったこともあり、2004 年の段階でプライバシーについての
議論はある程度までなされていました。そこでは、災害支援のために使用すべき個人情報が詐欺
に使われる可能性などもあるため、何かあった場合には災害伝言板などとご一緒しようというこ
とで意思決定していたんです。今回は、情報管理面においてすぐに動かず一旦置いて考えること
ができ、その意味で Google さんと綺麗に役割分担ができてよかったと思っています。
どうすれば 今 後の社 会への貢 献を高められるか
岡 田:ではこれからどうするか、何ができるのかというところですが、
「災害に強い社会へと進
歩するためのキーワード」には、何を選ばれたでしょうか。
賀 沢:私は「現場力」とさせて頂きました。今回、パートナーとデータのやりとりを担当しつつ、
個々のエンジニアが独立して動き、現状を打開できたのはやはり現場の決断があったからこそで
す。トップダウンの指示を待っていられない状況で、決断は非常に大切です。あとは決断の後、
動ける場の力があるかどうか。Google 内では、それぞれが自分の責任において動いていたわけ
なのですが、それが可能だったのは「怒られても、大したことにはならないだろう」という空気
があったから。キーワードを「現場力」としたのは、そうした個の決断と、それを下したときに
許容して動ける場というものが重要だと感じたからですね。
高 田:私は「リアルタイム」としました。技術面についてですと、例えば 3 月 22 日から電力の
利用状況のメーターを Yahoo! JAPAN トップページに載せたのですが、東電さんから頂くデー
タが元々一時間半遅れで、リアルタイムでないんです。すると、ある時カスタマーサポートに町
工場の方から、「Yahoo! のメーターを見て、電力がピークの時間だと分かったので工場の主電源
を切ってます」とお伝え頂くことがありました。でもリアルタイム情報ではないので、
実際はピー
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クの時間ではないと。そこで独自に「電気予報」というロジックを作ったことで、リアルタイム
に電力情報をお伝えすることができました。報道もデータもリアルタイムに情報が求められ、そ
れが行き届いて始めて減災の効果が出てくると思うので、なんとか近づいていかなければいけな
いというのが今回の 1 番の教訓です。
平 本:リアルタイムにいろんな情報が集められる状況ができつつ、それが解析できないという状
況があるということが今回分かったのだと思います。でも解析できなければ意味がありません。
ですので「セマンティクス」というキーワードを挙げました。データを解析し意味を得るという
ことです。ある程度の粒度でデータ間での意味を共通化し、自動解析していかないと意思決定す
るのが難しい。アメリカでは防災のためにセマンティクスも含んだ情報モデルを作っています。
やはり国として、解析のしやすい状態で基本データをつくっていかなければならないと感じてい
ます。
林:私は「オープンアクセス」としました。20 世紀というのは、中央集権システムの時代だっ
たと言えるでしょう。電力、水道、あるいは行政でも、そのシステムは階層的なものですが、そ
れをオープンにアクセス可能にすることがとても重要だと震災を通して再確認いたしました。基
本的にはできるだけフラットで、それぞれのユニットがスマート且つ連携がとれるようなものに
し、自律・協調・分散している状態であること。もしかしたら本当にグローバルな社会とは、こ
ういうものなんじゃないかと感じています。
岡 田:ありがとうございます。では最後に、本日は「グローバルシンポジウム」ということも
あり、皆様のご知見をお聞きする観点から、
「I want to know what you – Japan have learned
through this experience. How can I do so ?( 意訳:皆さんがこの災害対応の経験から学んだこ
とを知りたいのですが、どうしたら良いでしょうか )」というクエスチョンを設けさせて頂きま
した。
賀 沢:今回の震災から得た学びについて、安易にうまくいったかどうかを判断するのはよくない
と考えています。正直活動していた立場からすると、ほとんどうまくいかなかったという思いが
あるんですね。ですので、しっかりと検証し、今後何を実践していくべきかを考える必要がある
と思っています。
高 田:おっしゃる通りで検証はまだまだこれからでしょう。海外の方から日本の災害対策につい
て話してほしいとオファーを頂くんですが、しっかりとお返しできるところまでこちら側がつい
ていけておりません。例えば Tsunami という単語は英語でも定着していますが、これからは防
災や減災といった言葉が世界的なキャッチフレーズとしてノウハウとともに定着するのではと感
じています。それはやはり現場の努力にかかっているのでしょう。
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林:私は今回の震災がこれまでと一番異なっていたのは、インターネットの力だと感じています。
新潟中越地震の 2007 年には、クライアント・サーバーの呪縛で辛い思いをしたことが多々あり
ました。それが今回ではクラウドや Web を前提にして色々なものが動いており、大きな変化を
感じたわけです。インターネットというのは今一番メジャーな情報共有手段ですから、
そこで我々
が今回の経験を発信し続けていく必要があるだろうと。その意味では、Google さんの「まずは
動く」というあの感覚が重要なのでは、と個人的に思っています。
平 本:私は英語コンテンツが肝心だと感じています。もちろん国内へ発信しないといけないと
いうのは当たり前なのですが、もっと広く知られるべき事例が多くあります。また、国内外に広
く発信することでコメントが生まれ、そのフィードバックから私たちが新たに学ぶこともあるで
しょう。これがこれからの課題だと思います。
田 代:今日のお話を色々伺い、技術的な視点から考えた時に、どうデータを連携させていくかが
重要だと感じています。今回の我々の経験を広く発信しつつ、今後災害が起こった際にどう対応
すべきか、という点について、世界とともに知識や技術を共有しながらやっていくしかないと思っ
ています。
岡 田:ありがとうございます。私が感じたのは、震災の経験を通して初めて寄付やボランティア
に参加したという人が非常に多くいらっしゃったということです。ですが同時に、喉元過ぎれば
熱さ忘れるような状況に陥っている部分も否めないと思っています。今日ご登壇いただいた皆さ
んはそれぞれ大きな組織でのお立場がありつつも、一個人としての意志も持って活動していらっ
しゃったことをお聞きできてとても感動いたしました。会場にお越しいただいた皆さんも何かの
ことで貢献することに携わってこられたかと思います。それぞれのご活動は様々なレベルで、広
く世界に、また後世にさえ伝わっていくものだと思います。これからも各分野で頑張って参りま
しょう。本日はありがとうございました。
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おわりに
I P A 技 術 本 部 国 際 標 準 推 進センター長
田代 秀一
大震災の発生時に情報処理の現場でどのようなことが起き、どのような対応がなされたのか。
今後起こり得る災害に対応するためにはどのような対策を講じておく必要があるのか、様々な観
点から取りまとめてきました。このプロジェクトを通し、被災された地域の方々、また支援にあ
たってこられた様々なお立場の方々から貴重なお話を伺いました。この機会にご協力くださった
皆様に感謝申し上げたいと思います。
災害発生時には、システムが直接の被害を受ける可能性が有るだけでなく、平常時とは全く異
なる業務への対応が求められることがあります。特に地方自治体では、被災者支援のための様々
な膨大な業務が発生し、他の自治体から駆け付けた職員を含めた増員体制をとって、短期間にこ
なす必要がありました。災害発生後の情報処理システムは、単に被害から回復するだけでなく、
このような急激な業務の変化・増大に如何に迅速・柔軟に対応し得るかが極めて重要な課題とし
て浮かび上がりました。
また、災害からの復旧の過程では、ボランティア活動も含め、ネットワークを通しての様々な
情報連携が行われました。その際、どのようにデータを連携させるか、再利用性の高いデータの
構造はどうあるべきかといった課題も浮かび上がりました。本年7月に内閣官房 IT 戦略本部が
「電子行政オープンデータ戦略」を決定しましたが、これはこのような課題へ対応するためにも
極めて重要なことだと思われます。
IPA では、今回の調査結果を広く公開するとともに、多様化する社会において、災害発生時に
おいても強く、しなやかな社会を実現するための IT の有り方、安心と安全、信頼性の向上、IT
人材の育成に関わる課題に継続的に取り組んで行きたいと思います。
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2 0 12 年 度
災害に対応す る
ITシステム検 討 プ ロジェクトチーム活動報告
〜東日本大震災後の活動記録と調査の紹介
発 行
:2013 年 1 月
監 修・編 集
:IPA 技術本部
災害に対応する IT システム検討プロジェクトチーム
著作権・責 任
:本 書 の 著 作 権 は、 独 立 行 政 法 人 情 報 処 理 推 進 機 構
(IPA) に 帰 属 し ま す。 本 書 で 使 用 さ れ る IPA ま た は
そ の 他 の 団 体・ 企 業 等 の 商 標、 標 章、 ロ ゴ マ ー ク、
商号等に関する権利は、IPA または個々の権利の所
有者に帰属します。
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