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環境とものづくり立県愛知
(自動車排ガス浄化の戦いから学ぶ)
相馬隆雄
1.はじめに
愛知県のものづくりの歴史は古い。特に窯業の歴史は古く、縄文、弥生時代の遺跡から多くの土器が
発掘される。また常滑、渥美、瀬戸、猿投など県内各所にはおびただしい数の古窯群が散在している。
平安時代に常滑窯で作られた焼き物が京都の神社で発見されたり、栄華を極めた奥州平泉の藤原家の屋
敷跡から渥美窯で作られた焼き物が発見されており、当時からブランド品としての地位を確立していた
ことがうかがえる1)。一方陶磁器の代名詞として使われる瀬戸物を焼成した瀬戸窯がもてはやされるよ
うになったのは鎌倉時代以降のことである。愛知で窯業が栄えた理由は良質の粘土資源を有しているこ
とであり、この伝統は当地域でのファインセラミックス産業の隆盛や、高いレベルの材料技術プラット
フォームとして引き継がれている。本論文では伝統的な材料技術が自動車の排ガス浄化の進化に貢献し
ている例をとりあげ、愛知製造業の強みと課題を解析し今後の進路を提言した。
2.ものづくり立県愛知
20 世紀は日本の製造業が大きく進展し、後進国から世界のトップグループに入るまで躍進した時代で
あった。21 世紀初頭の現在、日本全体としては中国やアジアの発展途上国に工場が移転し空洞化の危機
感に満ちているが、愛知は 26 年間、製造業出荷額で日本一を誇り、ものづくりの伝統のもとに成長軌道
を維持している。しかし、この百年、日本の製造業の主役は繊維、製鉄、造船、機械、電機電子、自動
車等と変化し続けている。21 世紀の愛知のものづくりはどう変わっていくのであろうか。
21 世紀の製造業のキーワードは環境、資源、エネルギーそして自然との共生であろう。日本国内の製
造業出荷額第一位は輸送用機械であり、平成 15 年度出荷額 265 兆円の 18.8%であり、愛知県において
は製造業出荷額全体 35 兆円の 49.9%を占め現在の愛知産業の根幹を支えている2)。
自動車産業は素材、
部品、組み立てと極めて裾野の広い産業である。その一つに排ガス浄化に関連した部品産業がある。排
ガス浄化関連産業は産業規模としては小さく、また技術が専門的すぎて一般にはあまり知られていない
が、自動車と環境の接点に位置する極めて重要な産業である。以下に自動車の排ガス浄化に関連する技
術と関連した部品産業の現状と将来展望について述べる。
3.自動車排ガス公害との戦い
贅沢品であった自動車の普及、大衆化は人々に移動の自由や輸送効率の向上をもたらしたが、一方で
大気汚染の弊害の要因ともなってきた。自動車の公害問題は自動車先進国の米国において最初に顕在化
した。山脈に囲まれ盆地の地形をし、空気が滞留しやすいロサンゼルスにおいて光化学スモッグによる
大気汚染が深刻化した。光化学スモッグは窒素酸化物や炭化水素が太陽光の紫外線により光化学反応を
起こすことにより発生し、目や喉などの粘膜を刺激し健康に有害な物質である。このためロサンゼルス
が位置するカリフォルニア州では早くから自動車の排ガス規制を課して来た。そして、この規制の流れ
は全米に広がり 1970 年にはニクソン大統領の公害追放教書が出され、
排ガス規制で歴史的に重要なマス
33
キー法が議会に提出され可決された3)。同法では 1971 年車の排気ガスを 1/10 にすることをうたった画
期的なものであった。日本でも 1970 年には東京の杉並区において光化学スモッグが観測され、自動車の
数の増加と共に様々な自動車排ガス公害の問題が発生し社会問題化した。当地域においても名古屋南部
の自動車公害問題として顕在化した。1974 年に環境庁はマスキー法とほぼ同等の規制を告示し、以後社
会的要請と技術進歩に合せて、規制値を段階的に厳しくし、2005 年には遅れていたディーゼル車の世界
一厳しい抜本的排ガス規制をスタートさせる。
3−① 触媒システムによる自動車排ガス浄化法の開発
マスキー法をきっかけとして世界中で排ガス浄化法の研究が精力的に行われることとなった。ガソリ
ン車の排ガス中の有害物質は一酸化炭素(CO)
、炭化水素(CH)
、窒素酸化物(NOx)の3成分である。こ
の3種の有害物を無害にするため用いられる触媒を3元触媒とよんでいる。CO と CH を除去するために
はこれらを酸化して無害な二酸化炭素(CO2)と水(H2O)に変えてやれば良い。この反応の触媒には白
金(Pt)やパラジウム(Pd)が用いられる。NOx を除去するには酸化とは逆に還元し無害な窒素ガス(N
)と酸素ガス(O2)に変える必要がある。この還元反応にはロジウム(Rh)が触媒として用いられる。
2
排ガス浄化の難しさは、酸化反応と還元反応を同時に進めねばならない点にある。しかも自動車のスタ
ート・ストップから急加速、高速走行までの運転に対応して変動するあらゆる排ガス条件に対応せねば
ならない。
排ガス浄化法にはエンジンの燃焼制御で行う方法と触媒を用いてエンジンから出たあとの後処理で行
う二つの方法が考えられた。1950∼1970 年代当時エンジンの設計技術の進歩は目覚しく、エンジン内の
燃焼制御だけで排ガスは清浄化できるものと信じられていた。 排ガスを浄化するため排気管に触媒装
置を置くことは排ガスの圧力損失をもたらし、燃費を悪くする要因となるため究極的な解決法とは考え
られていなかった。しかしエンジンだけの改良だけでは限界がある事がわかり、結局は触媒の使用は必
須であることが明らかになっていった。
自動車の排ガスを触媒で浄化するには、重要な3つのキーテクノロジーがある。ひとつは触媒を担持
するハニカムと呼ばれる蜂の巣状のセラミック部品に関する技術であり、2つめは排ガスの酸素濃度を
測定する酸素センサーに関する技術であり、3つめは触媒そのものの技術である。これらに共通するこ
とはいずれもその部品の役割を果たすために極めて高度な材料技術が用いられ、その材料自体が目的と
する機能を発揮していることである。これら部品の構成を図1に示す。エンジンを出た燃焼排ガスがマ
フラーから排出されるまでの間に排ガスが浄化される過程では3種の部品・材料がそれぞれの材料自身
の機能が効果を発揮し、協調して実現している。排ガス浄化には当然精緻な電子技術と機械技術による
エンジン制御技術が用いられているが、電子技術と機械技術はかなりの部分が既にある要素技術の組み
合せにより目的の機能を達成できる性質のものである。材料技術は安易な組み合せが出来ず、その機能
を持つ材料を探すことから始まる 発見 が研究開発の重要部分となる技術分野である。次にこれら自
動車排ガスを浄化する触媒浄化システムに用いられている3種のキーテクノロジーについて述べる。
34
3−② ハニカム触媒担体
ハニカムはその穴の中を排ガスを通し、その薄壁に担持した触媒で排ガスを浄化する。ハニカムは触
媒を担持するために 30∼40%の気孔率を有している4、5)。ハニカムは排ガスが 900℃を越える温度まで
達する事と、急速加熱と急速冷却を受けるため、この熱衝撃と機械的振動により割れずに耐えなければ
ならない。このため、ハニカムの材料はコーディエライト(2MgO・2Al2O・5SiO2)と呼ばれる鉱物材料
でできており、この鉱物結晶が一方向に配向しているため、壁厚方向を除き実質熱膨張係数はほぼゼロ
であり急激な温度変化による熱衝撃破壊を防ぐことができる。ハニカムはガスの流れを邪魔しないよう
壁厚が薄く、1970 年代に最初に使われた時の壁厚は 0.3∼0.15mmであったが、現在は改良が加えられ
髪の毛の直径よりも薄い 0.05mmまでになっている。ハニカムの原料は天然原料であるタルク(3MgO・
4SiO2・H2O)
、アルミナ(Al2O3)と陶磁器原料である粘土である。これらを水と有機バインダーと共に混
合し、粘土状の塊を精密金型を用いて押し出してハニカムの形を作り、乾燥後焼成して製品が出来上が
る。ハニカムの製造で注目されるのは粘土に力を加えると滑らかに変形していく性質(チクソトロピー)
を押し出し工程で巧みに利用することをはじめ、
伝統的な陶磁器製造技術を基礎としていることである。
押し出し工程では層状結晶鉱物であるタルクや粘土中の主成分であるカオリン(Al2・Si2O5・4OH)がせ
ん断力で配向する。焼成中に配向した原料が反応しながら焼結が進むため、最終的に生成するコーデェ
ライトも結晶方向が熱的に割れにくい方向に配向する。ハニカムは伝統技能のローテクを用いてハイテ
ク製品を製造する典型的な一例と言える。
ハニカムの 2003 年の国内総出荷額は 350 億円であり、1976 年の量産開始時点より着実に増加してい
る。図2に国内生産額の年度変化を示す6)。国内の生産メーカーは共に愛知県の日本ガイシ(株)と(株)
デンソーである。海外生産分も含めて、この2社でほぼ全世界の総生産数量の約 45%生産している。
3−③ 酸素センサー
酸素センサーはジルコニア(ZrO2)から作られる7、8)。ジルコニアの単結晶は透明でデザインカットさ
れたものはダイアモンドのような輝きを持ち宝飾品として使われる。酸素センサーに使われるジルコニ
アは多結晶体であり、原料は豪州西部の海岸に産するジルコンサンドを原料として化学的に処理し、高
純度(純度 99.9%)なジルコニアを製造し、添加剤のイットリア(Y2O3)と共に焼結してつくられる。
ジルコニアは結晶内部を酸素がイオンとなって透過する性質を有し、この性質によりジルコニアの内外
に酸素の濃度差があると起電力を生じる。この起電力を測定し排ガス中の酸素濃度を測定する。触媒の
力を借りて一酸化炭素や燃え残りの炭化水素を酸化する酸化反応をおこさせ、一方で酸化窒素を還元し
無害な窒素と酸素に還元反応を起こさせるためには排ガスの雰囲気中の酸素濃度は理論空燃比(燃料が
完全燃焼する時の空気量と燃料量の比)近傍の狭い範囲におさまっている必要がある。このため排ガス
中の酸素濃度を測定してエンジン中への空気流入量に対し電子制御燃料噴射装置で最適な燃料量を供給
する。
(図1参照)
酸素センサーの国内生産額を図3に示す6)。2003 年での国内生産額は約 780 億円である。 自動車用
酸素センサーを製造しているのは愛知に本社を置くセラミックスセンサ(株)と(株)デンソーの2社及び
ドイツのボッシュ社の3社であり、愛知の2社で世界需要の約 70%を生産している。近年はより精密に
35
酸素量を測定する必要から一台の自動車に複数個使われるようになり生産量が順調に伸びている。
3−④ 3元触媒
3元触媒に用いられている材料は基本的には貴金属の白金とロジウムであり1グラムあたり数千円も
する大変高価な材料である。白金の代替として比較的安価なパラジウムが使われることもある。自動車
一台あたり1∼10 グラムの量が使われている。自動車用貴金属触媒の使用量は図4に示すように全需要
量の大きなウエイトを占めており9)、将来燃料電池のような膨大な需要が発生すると資源が逼迫する危
険も内在している。コストと資源的な見地からこれらの貴金属は廃車となった自動車からハニカムごと
回収され、粉砕後化学的な処理を行い再生使用されている。これらの貴金属資源はほとんど南アフリカ
とロシアで産出する。触媒貴金属資源に限界があり、しかも特定の地域でしか産出しないことは資源の
安定確保の面から懸案事項となっている。触媒製造とハニカムへの担持は世界中の自動車生産地や貴金
属生産地で行われている。東海地域においては静岡県に立地する(株)キャタラーが代表的なメーカーで
ある。愛知県は自動車産業の中心地として後述するように触媒技術の発展に大きな貢献をしている。
排ガスの浄化反応は触媒の表面で起こるため、触媒はガスとの接触面積を最大限に広げる必要があり、
ナノメートル(百万分の一ミリ)オーダーの微細な粒として前出のハニカム壁に担持されている。この
ような微細な金属触媒は高温では凝集して表面積が小さくなると排ガス浄化作用が低下する。
このため、
金属触媒は微細な粒子の集合体で比表面積が大きく熱的に安定であるγ相アルミナ(Al2O3)に分散して
担持されている。また酸素濃度の影響を緩和する目的で助触媒としてセリア(CeO2)が使われている 10)。
3 元触媒は燃料と空気の量が理論空燃比の時最も効率良く働くが、一方で空気過剰な雰囲気の方が自
動車の燃費は向上する。しかし空気が過剰になると排ガス中のNOxが除去できなくなる問題があり、
燃費と排ガス浄化性能を両立させる事が課題であった。トヨタ自動車とトヨタ中央研究所の開発による
NOx吸蔵還元型触媒によってこの課題は解決された 11)。この技術は他メーカーにも広くライセンスさ
れており、愛知県が発信した環境問題解決の重要な新技術として役立っている。
4.製造業における材料技術の重要性
4−① 材料メーカーの強さと技術のブラックボックス化
材料に根ざした部品産業は強い。IT産業の例ではソフトウエア、MPU設計、規格化は米国が一貫
して日本と比較し高いレベルにある。一時期、日本は半導体生産技術で、米国を圧倒しメモリー分野で
世界の覇者になったが、インテル等の半導体メーカーの復権、アプライドマテリアル社等の半導体装置
メーカーの台頭により米国の半導体分野におけるものづくりは復活した。さらに、近年は日本が得意と
していた汎用品分野で、韓国や台湾に半導体分野での主導権を奪われてしまっている。また、20 年以上
もかけて育ててきた液晶やDVDといった大型平面ディスプレイ分野では、やっと本格量産が立ち上が
って来た現時点において、アジアのエレクトロニクスメーカーに市場を奪われそうな状況にある。この
ように、長年かけて開発した製品がいとも簡単にアジア諸国に移転しまう原因は、ものづくりの技術が
ノウハウを含めてデバイス製造装置を介して新興国のメーカーに移転してしまっていることが一因であ
る。従って製品のコンセプトさえ分ればあとは製造装置メーカーから装置を購入してつくれば同性能、
36
同品質のものが製造できるようになってしまっている。近年はこのような事態を考慮して設計コンセプ
トやノウハウをブラックボックスにして製品に作りこむ戦略をとる企業が多い。また、製造装置もキー
になるものは内作を行い、外部への技術漏洩を徹底的に防止し新興国の追随を断ち切ろうとしている。
注目するべきことに、このように米国のものづくりの復権と新興国の追い上げとの挟み撃ちに苦しむ
IT産業にあっても、最上流の材料となると全く勢いが衰えていない事である 12、13)。半導体製造にかか
わる材料でみるとSiウェーハでは世界の生産量の 75%を占める。フォトレジストでは 61%、半導体用
セラミックスパッケージでは 100%、半導体封止材では 91%、リードフレームでは 84%を占める。液晶
ディスプレイ関連ではガラス基板が 49%、偏向板が 78%、視野角補償フィルムが 100%、カラーフィル
ターが 89%、偏向板保護フィルムが 100%と圧倒的な強さを誇っている。また、日本のお家芸である電
子セラミックス分野ではセラミックスコンデンサー、磁性体、セラミックス半導体、人工水晶および水
晶デバイス等の分野でも圧倒的な市場占有率を有している。IT産業の分野では最終製品を製造する企
業が景気変動や競争激化で業績が大きな影響を受けるが、
市場で有利な立場にある素材関連メーカーは、
一般には業績の変動は小さく安定している。このようなファインケミカルと呼ばれる分野は規模こそ大
きくはなく、主役とは成り難いが日本製造業のスパイスとして存在感を増している 13)。
4−② 愛知の材料メーカーと中小企業
本論文で取り上げた世界の中の愛知が誇る自動車の排ガス浄化システムは材料技術がベースとなり、
重要部品を作り上げた好例である。
日本の製造業の特徴は多くの中小企業にささえられており、欧米にはない製造業の強さの根源となっ
ており愛知県も例外ではない。しかし近年のアジア新興国の台頭と円高のため、これら中小企業の空洞
化現象は切実な問題となっている。機械関連、加工関連は自動車産業の隆盛で救われているが、選別と
コストダウンの要求は厳しい。織物業、窯業ではかっては輸出産業として愛知の代表的産業として栄え
たが、現在は輸出競争力を失い廃業が相次いでいる。しかし、これらの中小企業がそれまでの技術を生
かし新たな市場に挑戦し成功していることに注目するべきである。窯業での例では、創業者が陶磁器の
釉薬の専門家であったため、
その微粒子製造技術を応用して 1950 年に研磨材分野へ進出した(株)フジミ
インコーポレーテッドが今では半導体ウェーハ研磨材メーカーとして世界の 80%のシェアを獲得し、売
上 200 億円、経常利益 30 億円のニッチトップの会社に成長していることがあげられる。また、陶磁器メ
ーカーであった(株)MARUWAがエレクトロニクス用セラミックスのメーカーとし急成長を遂げ一部
上場企業として活躍している。山寿セラミックス(株)も元は陶磁器メーカーであったが、現在は単結晶
製造メーカ−として、
光学用や各種エレクトロニクス用単結晶・デバイスメーカーとして活躍している。
5.21 世紀の環境技術への取り組み
地球温暖化を防止するための京都議場書の目標値は1990 年の炭酸ガス換算排出値を2008 年∼2010 年
において日本は6%削減する事を目標としている。日本は 1990 年の炭酸ガス排出量に対し 2002 年の排
出量は 7.6%の増加になっている 14)。内訳をみると最大の排出源の産業部門が横ばいなのに対し、次に
大きな運輸部門が 20%の増加になっている。 大気汚染防止と地球温暖化防止のためにはCO2も有毒
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排ガスも排出しない理想的な水素自動車、電気自動車、燃料電池自動車が期待されている。しかしなが
らこれらの新型自動車を早急に導入するには解決しなければならない課題が山積している。100 年以上
の歴史を誇り、性能の完成度、コスト両面で優れている現行のエンジンを搭載する自動車と競争するに
は新型自動車は燃料供給インフラ、寿命、コスト、信頼性等の課題を解決するにはまだまだ長い時間を
必要とする。
5−① 自動車の燃費向上に向けたロードマップ
環境を考慮した究極の自動車は燃料電池等で発電し、Li電池等の2次電池(再充電可能な貯蔵電池)
を搭載しブレーキの回生エネルギーをも利用するハイブリッド型電気自動車であると言われている。燃
料がバイオマスを利用したアルコール燃料を使える事やエネルギー効率が優れていることによる。この
ハイブリッド自動車に使われる燃料電池にしても 2 次電池にしてもその成否を決めるのは材料技術であ
る。例えば燃料電池の性能を決める重要な要素は負極側に使われる触媒技術であり、もし現在の技術レ
ベルで燃料電池を量産しようとすると白金触媒コストが高いばかりでなく必要な触媒の白金の資源量が
大幅に不足して、実現不可能になってしまう。これからしばらくの間は地道な材料研究を続け、技術的
突破口を見つけなければ実現できない。上記した電気自動車が本格的に市場で使われるようになるまで
の繋ぎとして、トヨタのプリウスやホンダのインサイトのようなエンジンと2次電池のハイブリッド車
と、燃費効率の良いディーゼルエンジン車の採用拡大が現実的と考えられる。
3章で記述した排ガス浄化システムはガソリン車に対するものである。ガソリン車よりもディーゼル
車は 20∼30%燃料効率が高いことは周知の事実である。それにもかかわらず日本ではディーゼル車が大
幅に減少している。これはガソリン車で成功した触媒による排ガス浄化法がディーゼル車にはそのまま
適用できないためである。ディーゼル車の排気ガスにはススが含まれており、触媒の作用を妨害するた
めである。このため多孔体ハニカム技術を発展させたセラミックスフィルターでススを分離するDPF
(Diesel Particular Filter)15)が実用化されているがコストと排ガス浄化技術の困難さから日本では
トラック主体の対策に止まっている。今後CO2排出量削減のため、DPF の高性能化や、ディーゼル車の
排ガス浄化システム技術の開発が現実的な自動車における環境保全の当面の急務である16)。
5−② 目標は地球温暖化防止
自動車の排ガス浄化の研究開発は米国議会で 1970 年に決議されたマスキー法によって明確な目標を
得て、触媒を使った排ガス浄化技術に結晶してその使命を果たしてきた。この成果は今の自動車産業の
隆盛の一端を支えていると言っても過言ではない。
排ガス浄化の目標値がまずマスキー法で示されたように、地球温暖化に関しては京都議定書の目標値
が示されている。この目標に向かって産学官が現実的、具体的計画を立て努力することが日本の製造業
をより強化することは間違いない。何度も危機を乗り越えてきた日本の製造業にとって、危機こそチャ
ンスと言える。本章では地球温暖化について自動車が関わる問題を述べて来たが、発電技術、エネルギ
ー資源等いずれも材料が大きな役割を果たさなければブレークスルーできないテーマである。
38
6.環境ナノテクノロジー研究開発についての提言
6−① これからの材料技術はナノテクノロジー
上記したように製造業と環境の両立のためには材料技術による課題を克服することが不可欠である。
また、4章で述べたように材料という川上における産業競争力優位性を確保することが多様な製造業を
安定成長・維持させるうえで重要である。
愛知県には「不斉合性反応」でノーベル賞を受賞した野依良治名古屋大学特任教授をはじめ、ノーベ
ル賞候補者として挙げられる「青色発光ダイオード」の基礎研究を行った赤碕勇名古屋大学名誉教授、
「カーボンナノチューブ」を発見した飯島澄雄名城大学教授といった一流のナノテクノロジー材料分野
の研究者が輩出し活躍している。これらの研究成果は学問の領域に止まらず、ものづくりの現場に生か
され新たな製品を産み出す原動力となっている。現在の材料研究は原子、分子オーダーを取り扱うとこ
ろまで来て、材料研究はセラミックス、金属、高分子、化学、物理といった学問領域の垣根をなくして
しまっている。また、今までの工業製品の寸法精度が機械、電子部品共に一桁向上してきており、これ
からの材料研究はナノテクノロジーという言葉に凝集されている。
世界の持続可能な製造業の発展のため、また地球の環境保全のため、当地域における材料技術の蓄積
と第一線で活躍する豊富な人材を活かし、愛知を世界のグリーンテクノロジーの開発センターとするこ
とが望まれる。これにより、世界への貢献と同時に当地域での多様な製造業の集積と新たな産業の萌芽
および新規雇用の創出が期待できる。
6−② 環境ナノテクノロジープロジェクトの設立の提言
環境と製造業を両立させることを目的に、ナノテクノロジーの基礎技術および応用開発研究を行なう
環境ナノテクノロジープロジェクトの設立を提言する。
(1) 研究目標と研究テーマ
京都議定書のCO2削減量を目標に置き、ナノテクノロジーを活用し、地球温暖化防止に関する材
料、部品、生産技術、資源、新エネルギー、石油・石炭代替燃料の開発、およびナノテクノロジー技
術の高度化を研究テーマとする。
(2) プロジェクトの基本方針
ナノテクノロジーは 未踏の世界 ではなく、ナノの大きさの現象を取り扱うことは個々のテーマ
ではすでに行われている。本プロジェクトではナノオーダーの製品を工業生産レベルで大量生産でき
る技術基盤の開発を目標とする。ナノ製品を大量生産するためにはナノレベルでの自在な加工とナノ
製品の正確な評価が必須であり、これに必要な技術開発を重点的に行う。
ナノテクノロジーが材料研究ゆえの特性、難しさを充分に考慮し、短期の成果だけを追求せず、技
術の蓄積を重視し、中長期の計画を立て、着実に計画を推進する。材料研究での難しさは、 発見
が進歩の端緒となる場合が多く、予測が困難なことと、新材料が発見されてから実用化までに一般的
に長時間を要することによる。
(3) 運営方法
1)
成果が製造業にフィードバックされる事に重点を置き、産学官の連携のもとに研究を実施
39
する。
官の役割:マクロ的に地球温暖化問題をとらえ、問題提起、目標設定、政策の立案、諸外
国との折衝と国際会議でのリーダーシップ。
産の役割:製品設計、製造現場での課題の明示。研究成果物の性能評価と経済性評価。研
究推進。
学の役割:課題解決のための基礎研究と実用化研究。人材育成。
2)
プロジェクトに民間の管理・運営手法を導入する。例えば単年度にこだわらない柔軟な予
算システムの導入等。
3)
公募制を採用し研究テーマと研究者に競争原理を導入する。
4)
研究の成果を客観的に評価できるシステムを導入し、評価の透明性を確保する。
5)
研究のロードマップを常に描き、研究の方向・成果を本音で議論できる風土をつくり、必
要に応じ柔軟に計画変更を行う。
(4) 人材の確保と育成
1)
グリーン革命をおこす力量のある人材をプロジェクトマネージャに据える。
2)
グローバリゼーションの時代にふさわしい、国内外から優秀な研究員が集まる研究環境と
魅力あるプロジェクト計画を立案する。
3)
日本の次世代研究者に夢が持てるよう技術者の社会的地位向上を図る。
7.あとがき
愛知は2大人口集積地の京浜地域、京阪神地域の中間に位置し国内外への交通や輸送の便が良く、ま
た人口密度も適度で自然に恵まれており、上記2地域のような住環境や通勤の困難さがなく生活にゆと
りがある。愛知は今までの蓄積と実績のうえに自然と共生する 21 世紀型のものづくり、そして文化の発
信地として日本のモデルとなる地域づくりを行える条件を備えている。
享保・元文(1716−1741 年)の7代藩主徳川宗春の時代にわずか人口 13 万人の小都市であった名古
屋が、当時 100 万人の大都市であった江戸や京都・大阪よりも先進的なものづくりや芸・文化の発信地
であった。その伝統が今もこの地に脈々と生きているのであり、愛知が昨今、日本活性化のけん引役を
期待されるのも偶然ではない。
8.参考文献
1) 林英夫編集、
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、河出書房新書、1987 年
2) 経済産業省経済産業政策局調査統計部、
「平成 15 年工業統計速報」
、2004 年 9 月
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「技術発達史とエネルギ・環境汚染の歴史」
、山海堂、1990 年 5 月
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「ハニカムセラミックス」
『工業材料』
、31 巻、12 号、1983 年、107-112 頁
5) 梅原一彦、
「排ガス浄化用多孔性コージェエライト」
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『セラミックス』
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頁
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『ニューセラミックス』
、Vol.8、No.12、1995 年 12 月、31-37 頁
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『Toyota Tech Rev』Vol.50、No.2、2000 年
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16) 荒川健二、「DPF 用触媒の開発動向」、
『Toyota Tech Rev』Vol.44、No.2、1994 年 11 月、71-73 頁
41
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