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魅力ある運動部活動の在り方
魅力ある運動部活動の在り方 平成 22 年3月 広島県教育委員会 はじめに 平 成 21 年 11 月 に 湯 新 知 事 が 就 任 し ,新 た な 県 政 が ス タ ー ト し ま し た 。湯 知 事 は ,広 島 県 の 底 力 を 引 き 出 す た め , 「 人 づ く り へ の 挑 戦 ! 」な ど , 「五つの挑 戦」を公約に掲げています。 「人」はすべての力の源泉であり,その力を最大限に引き出す教育の役割は, 極めて大きいものがあります。 「 人 づ く り 」の 主 要 な 施 策 を 担 う 広 島 県 教 育 委 員 会 と し て は ,こ れ ま で に も 増 し て ,「 知 ・ 徳 ・ 体 」 の 基 礎 ・ 基 本 の バ ラ ン ス の と れ た 定 着 を 徹 底 す る 取 組 を 着 実 に 進 め る と と も に ,そ の 基 盤 と な る「 こ と ば の 教 育 」や「 キ ャ リ ア 教 育 」, 「学 校 に お け る 食 育 」の 推 進 な ど ,教 育 内 容 の 一 層 の 充 実 に 努 め る と と も に ,児 童 生 徒 の 体 力・運 動 能 力 の 向 上 等 の 課 題 に 引 き 続 き 取 り 組 ん で い き た い と 考 え て い ま す。 中 学 生・高 校 生 の 運 動 部 活 動 は ,体 力 の 向 上 は も ち ろ ん ,生 涯 に わ た っ て ス ポ ーツに親しむための基礎づくり,豊かな人間性の育成など,生徒の「生きる力」 の育成に大きな意義を有するものです。 各 学 校 で は ,運 動 部 活 動 の 意 義 を 再 認 識 し て い た だ く と と も に ,顧 問 を 務 め る 教 職 員 は ,個 々 の 生 徒 の 個 性 を 把 握 し ,理 解 し ,そ の 願 い に こ た え ら れ る よ う 努 力していただきたいと思います。 ま た ,運 動 部 活 動 中 の 生 徒 の 事 故 や 教 職 員 に よ る 体 罰 ,セ ク シ ュ ア ル・ハ ラ ス メントなどの不祥事が跡を絶たず,早急な対策が求められています。 そ こ で ,安 全 で 活 発 な 運 動 部 活 動 が 行 わ れ る よ う に ,と の 願 い を 込 め て ,運 動 部 活 動 の 指 導 上 の 留 意 点 を 取 り ま と め た「 魅 力 あ る 運 動 部 活 動 の 在 り 方 」を 作 成 しました。 こ の 冊 子 が ,生 徒 の 事 故 な ど を 未 然 に 防 ぎ ,運 動 部 顧 問 の 指 針 と し て お 役 に 立 つこととなれば幸いです。 平 成 22 年 3 月 広島県教育委員会教育長 榎 田 好 一 目 次 1 部活動の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 2 運動部活動とは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 3 これからの運動部活動の在り方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 4 生徒の発達を大切にする運動部活動 5 6 7 (1) 身体的な発達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 (2) 心の発達・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 運動部活動における顧問による体罰等の防止 (1) 運動部活動における顧問による体罰の防止・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 4 (2) 運動部活動における顧問によるセクシュアル・ハラスメントの防止・・・・・・・・・・・ 8 みんなで支える運動部活動 (1) 顧問の役割・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11 (2) 学校における運動部の指導体制の確立・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 (3) 学校における運動部の目標や基本方針の設定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13 (4) 運動部活動計画の作成手順・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 14 (5) 保護者会の支援・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 (6) 地域の外部指導者の協力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 15 運動部活動における安全管理と事故防止・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 (1) 健康状態の把握・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 (2) 個人の能力に応じた指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 (3) 運動の特性を踏まえた合理的な指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 16 (4) 施設・設備・用具の安全点検と安全指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 (5) 天候や気象を考慮した指導・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 (6) 事故発生時の対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 17 資 料 資料1 問題行動を起こす児童生徒に対する指導について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 22 資料2 目標設定計画表,部活動通信の例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25 資料3−① 練習日誌の例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 26 資料3−② 練習日誌の例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 27 資料4 部活動通信の例・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28 資料5 熱中症から生徒を守るために・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 29 資料6 局地的大雨・落雷から生徒を守るために・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 31 資料7 学校における体育的活動等による事故の防止について・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 1 部活動の意義 スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養,互いに 協力し合って友情を深めるといった好ましい人間関係の形成等に資するものである。 出典:中学校学習指導要領第1章総則,高等学校学習指導要領第1章総則 留意点等 ◎ 各教科等の目標及び内容との関係にも配慮しつつ,生徒自身が教育課程にお いて学習する内容について改めてその大切さを 認識するよう促すなど,学校教育の一環として, 教育課程との関連が図られるようにする。 ◎ 地域や学校の実態に応じ,地域の人々の協力, 社会教育施設や社会教育関係団体等の各種団体 との連携などの運営上の工夫を行う。 2 運動部活動とは 運動部活動は,スポーツに興味と関心を持つ同好の生徒が,より高い水準の技能や記録に挑戦 する中で,スポーツの楽しさや喜びを味わい,豊かな学校生活を経験する活動であるとともに, 体力の向上や健康の増進にも極めて効果的な活動である。 適切な指導 ◎ 生徒が運動部活動に積極的に参加できるよう配慮する。 ◎ 生徒の能力等に応じた技能や記録の向上を目指す。 ◎ 互いに協力し合って友情を深めるなど好ましい人間関係を育てる。 スポーツの 楽しさや喜び 体力向上 健康増進 豊かな 学校生活 - 1 - 3 これからの運動部活動の在り方 運動部活動は,生徒が自発的・自主的に組織し,展開することが重要であり,運動部の顧問は,個々 の生徒の個性を把握し,理解し,その願いにこたえられるよう努めていくことが求められる。また, 運動部の運営において顧問が,安全への配慮など適切な支援を行いつつ,可能な限り生徒に任せて行 くことは,生徒の「生きる力」の育成に大きく貢献できるものである。 「生きる力」 基本的視点 ◎ 運動部活動の意義が十分発揮されるよう,生徒の個性の尊重 と柔軟な運営に留意すること。 ◎ 生徒の能力・適性,興味・関心等に応じつつ,健康・安全に留意すること。 ◎ 生徒のバランスのとれた生活や成長のためにも,練習試合や大会への参加 など,土曜日・日曜日に活動する必要があるときは,休養日を他の曜日で確 保すること。 ◎ 生徒が,少ない時間でも集中して活動できるよう効率的な練習方法や練習 時間を設定すること。 4 生徒の発達を大切にする運動部活動 中学生・高校生の時期は,身長や体重,胸囲などの体のつくりや,走る,跳ぶ,投げるなどの運動 能力が著しく発達する時期に当たる。また,この時期を通じて,心の発達も進んでいく。こうした時 期に適切な運動を行うことは,発達を促進するために非常に有効な働きをする。 (1) 身体的な発達 運動部活動は,身体的な発達のために大きな役割を果たしている。運動部では,各種のスポーツ活 動が経験でき,適切な運動を行うことができるからである。 休養日 活動時間 配慮事項 ◎ 身体的な発達が著しい時期には,不適切な運動が発達を阻害することがあるので, 運動部活動が運動の過剰や間違った方法での運動実践をもたらさないよう配慮する こと。 ◎ 心身のバランスの取れた発育を促すためには,運動の至適時に適切な運動を行う よう配慮すること。 - 2 - 参考資料 「運動の至適時について」 運動に関する脳・神経系(巧みさの習得),呼吸・ 循環系(持久性,ねばり強さ),筋・骨格系(力強 動作の習得 さ)には,最もトレーニング効果の大きい「至適 時」があって,それより前でも後ろでも効果が少 ない。運動の至適時は,脳・神経系は,7∼8歳, 呼吸・循環系は 12∼14 歳,筋・骨格系は,15∼18 歳であるといわれている。したがって,それぞれ 身長 年 間 発 達 量 ねばり強さ 力強さ 5 の機能が最も発育する時期に合わせて,個に応じ 6 7 8 9 10 11 脳・神経系 て目標を決めていくことが大切になる。 12 13 14 呼吸・循環系 15 16 17 18 19 歳 筋・骨格系 発育・発達のパターン(宮下:昭和 56 年) (2) 心の発達 運動部活動での様々な経験は,生徒の知的,情緒的,社会的な発達を促し,自分自身を発見し望ま しい自我意識を形成することに大きな影響を与え,豊かな人間性の獲得につながっていく。 悔しさ 喜び 驚き ◎ ◎ ◎ ◎ 配慮事項 悲しみ 生徒が主体的に活動したり,創意・工夫ができるようにする。 喜びや悲しみなどを素直に表現できるようにし,それに適切に対応する。 お互いの欲求や意図を理解しようとする姿勢を尊重する。 「だめだ」,「なっていない」などの否定的な表現を慎み,基本的に生徒のよい ところを見付けようとする指導姿勢を持つ。 中学生・高校生の時期の心の特徴 知 的 な 側 面 具体的な現象にとらわれがちであった思考の働きが,抽象的・論理的になっていく。 情緒的な側面 揺らぎがちで不適切な表現もあった情緒も安定したものとなり,物事に心から感動することができる情感も 培われていく。 社会的な側面 幼い時には自分の要求に従って自己中心的でありがちだった人とのかかわりが,他者の気持ちを理解した上 で必要なときには自己主張もできるようになっていく。心を合わせた協力,ルールやマナーを守ったおおらか な競争も見られるようになる。 - 3 - 5 運動部活動における顧問による体罰等の防止 運動部活動を含め,学校における体罰等を防止するためには,個々の教職員の意識を高めること は言うまでもないが,学校として体罰やセクシュアル・ハラスメントを「しない」, 「させない」, 「許 さない」という風土を校内に醸成することが重要である。平素から生徒が不安や悩みを相談しやす い体制を整え,生徒の学校生活の状況の把握に努めるとともに,教職員間で気になることがあれば, 互いに「注意する」,「指導する」,「助言する」ことができる開かれた組織を確立することが求めら れる。 未然防止・早期発見・再発防止 管理職は校内を巡回するなどにより,日常的に部活動の活動状況を把握すること。 「体罰・セクシュアル・ハラスメント相談窓口」の周知や機能化を図ること。 学校組織として体罰等の未然防止を図るための研修を実施すること。 など (1)運動部活動における顧問による体罰の防止 体罰は,教職員個人の問題にとどまらず,学校が生徒や保護者からの信頼を大きく失ってしまい, 本来行われなければならない教育活動が効果的に行えない状況になるなど,学校教育全体において も重大な問題である。 運動部活動は,仲間との切磋琢磨や自己の能力に応じてより高い水準の技能や記録に挑戦するこ とで,運動能力だけでなくチャレンジする精神や耐性など,豊かな心も育成できる教育効果の高い 活動である。しかし,一部の顧問においては,試合に勝つことや強くすることに執着する中で,体 罰を厳しい指導として正当化するなど誤った認識のもとに生起した事例がある。 留意事項 ◎ 部活動の意義や目的を正しく理解し,顧問としてある べき姿を常に意識して指導にあたること。 ◎ 体罰は法令に反する行為であり,絶対に許されないという意識を学校全体に定着 させること。 ◎ 生徒が困ったことや悩みを相談しやすい体制を校内に整えること。 体罰の禁止に関する規定等 学校教育法第 11 条 校長及び教員は,教育上必要があると認めるときは,文部科学大臣の定めるところにより,児 童,生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし,体罰を加えることはできない。 懲戒処分の指針 第2の1の(12)体罰 ア 体罰により,児童・生徒を死亡させ,又は児童・生徒に重大な後遺症が残る負傷を与え た職員は,免職とする。 イ 体罰により,児童・生徒に負傷を与えた職員は,体罰の形態を考慮し,停職,減給又は 戒告とする。また,負傷がない場合であっても,体罰の形態によっては同様とする。 広島県教育委員会「懲戒処分の指針」(平成 17 年4月1日制定,平成 18 年 12 月 20 日改正) - 4 - データ 広島県内(広島市を除く。 )の公立学校で,平成 16 年度から平成 21 年度までに,運動部の顧問によ る体罰で懲戒処分となった事案は,中学校4件,県立学校7件,計 11 件である。 【運動部の顧問による体罰の懲戒処分件数】 区 分 平成 22 年2月 12 日現在 平成16年度 平成17年度 平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 校 1 0 0 1 1 1 県 立 学 校 0 1 3 1 1 1 中 学 事 例 これまで生起した事案においては,体罰が繰り返され,常態化する傾向が見受け られる。学校組織として体罰等の未然防止,早期発見,再発の防止に努めることが 重要である。 概 要 部活動の練習試合でプレーを指導する際,右足で女子生徒の左ひざの外側をけった。 また,別の日にも,練習試合でのプレーを指導する際,右足の裏で当該女子生徒の腹部 をけるとともに,右掌で当該女子生徒の左ほおをたたいた。 このほか,4人の女子生徒に対して,部活動で指導をする際,右掌で左ほおをたたいた り,右足で左ひざの外側をけったりするなどの行為を少なくとも6回行った。 さらに,日常的に生徒への暴言を繰り返すほか,生徒のけがや疾病への配慮を怠った。 処 分 内 容 減給 1/10 1月 原因・背景・課題 【本人の状況】 ◎ 部活動の指導に際して,自分の期待する結果が見られない時に,生徒に対して感情に 任せた言動を取っていること。 ◎ 生徒の気持ちや思いを汲み取ろうとする意識が低いこと。 ◎ 結果が出れば,生徒も指導についてくるとの思い違いがあること。 ◎ 体罰は法令に反する行為であるとの認識が薄いこと。 【周囲の教員の状況】 同僚の教諭が被処分者の体罰について生徒から訴えを受け,被処分者に対して注意を行 ったが,そのことを管理職に報告していなかったこと。 【管理職の状況】 顧問による体罰や暴言が繰り返されていた事実を承知していないなど,運動部でどのよ うな指導がなされているか,十分把握できていなかったこと。 通 知 「問題行動を起こす児童生徒に対する指導について」 平成 19 年2月5日付け文部科学省初等中等教育局長【資料1】 - 5 - 損 害 賠 償 責 任 ・ 県立学校又は市町立小・中学校の部活動での体罰により生徒が負傷し,又は死亡した場合,国 家賠償法に基づき,被害生徒及びその両親等から損害賠償の請求がなされる場合がある。 ・ 国家賠償法第1条には「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,その職務を行うにつ いて,故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは,国又は公共団体が,これを賠償 する責に任ずる」と規定されており,体罰が教員の故意又は過失による違法な行為であると認め られる場合は,県又は市町が損害賠償責任を負うこととなる。 なお,同法第3条には「……国又は公共団体が損害を賠償する責に任ずる場合において,…… 費用を負担する者もまた,その損害を賠償する責に任ずる」と規定されており,市町立小・中学 校の場合は,市町のほか県もまた損害賠償責任を負うこととなる。 (私立学校の場合は,民法の不法行為の規定に基づき,教員又は 学校法人等の損害賠償責任が問われることとなる。) ・ また,損害賠償責任とは別に,教員が刑事責任(業務上過失致死 傷罪等)を問われる場合もある。 損害賠償責任については,訴訟となるケースもあることから,参考とな る判例を紹介する。 判例1 顧問教諭から体罰や説諭を受けていた生徒が自殺した事案 (岐阜地裁平成5年9月6日判決) 事件のあらまし 県立高等学校陸上競技部の顧問教諭が,練習中の記録が伸びないなどの理由により,女子部員 の頭部を試合用のやりで腫れるほどたたいた行為,顔面を殴打した行為,大腿部をけった行為等 は違法な体罰であり,また,同部員に対する土下座や直立という特定の姿勢を保持させたままの 長時間にわたる説諭は正当な懲戒権の範囲を逸脱した違法な身体的拘束であり,そして,執よう な侮辱的発言は同部員の自尊心を害する違法な行為であったとして,これらの顧問教諭の違法行 為に対し,県に慰謝料 300 万円の支払が命じられた。 (なお,体罰等と自殺との間には相当因果 関係は認められず,これを理由とする損害の賠償責任は負わないとされた。) 判決のポイント ○ 部活動の厳しさとは,生徒が自己の限界に厳しく取り組み,それを自分の力で克服していく という意味の厳しさであって,決して,指導者の過剰なしっ責やしごき,無計画に行われる 猛練習や長時間の練習といったものを意味するものではないというべきである。 ○ 多少のしごきや体罰近似の指導を事前に生徒が包括的に甘受するといった相互了解がある ことと認めることは到底できず,また,そのような相互了解があってはならないのであって, 仮に部活動に参加する生徒が具体的にそのような指導を自ら承諾していたとしても,それが, 学校教育の場で行われかつ学校教育法第 11 条ただし書に規定されている「体罰」ないし正当 な懲戒権の範囲を逸脱した行為である以上,違法との評価を免れるものではない。 - 6 - 判例2 顧問教諭から受けた暴行により生徒が傷害を負った事案 (浦和地裁平成5年 11 月 24 日判決) 事件のあらまし 市立中学校バレーボール部の顧問教諭が,男子新人戦の第一試合で辛勝した後,ミーティング のため出場選手を廊下に集合させ,全員に反省の言葉を述べさせた後,各選手の頬を殴打した際, 選手の一人がよろけてコンクリートの角柱の壁面に頭をぶつけ,頸椎捻挫となり,長期欠席した 事故については,顧問教諭の暴行によるものであったとして,市に慰謝料等 180 万円の支払が命 じられた。 判決のポイント ○ 負傷した生徒はコンクリート角柱の壁面に肩を接するような位置に立っていたこと,顔面を 殴打された生徒がその勢いで角柱側によろけることが当然に予測できる態様であったことな どが認められる。 ○ 顧問教諭は,殴打の動機を第二試合に臨む選手に活を入れるためと主張するが,第一試合の ような試合内容では,第二試合には勝てないという焦りの感情をそのまま選手にぶつけたに すぎないと認めるのが相当であって,顧問教諭に本件行為を正当化しうるに足りる教育的配 慮等があったものとは認められない。 ○ 顧問教諭は,打ち所が悪ければ傷害を負わせる結果になることを 経験上も知っていた上,頭部を壁に激突させた後も,次の試合に出 場させるなど何の配慮もしなかった。また,本件行為について校長 に報告せず,生徒の両親にも知らせなかった。 - 7 - (2)運動部活動における顧問によるセクシュアル・ハラスメントの防止 学校においては,教職員(指導する側)と生徒(指導される側)の関係が固定されているため, 生徒が自ら拒否したり,逃れたりすることが難しい状況があり,セクシュアル・ハラスメントを起 こす環境を生みやすい。 セクシュアル・ハラスメントを受けた生徒は,学習や部活動への意欲を失ったり,教職員に対す る不信感を持ったりするばかりでなく,将来にわたって不安や人間不信を背負わせる場合があるこ とを深く認識し,教職員として高い倫理感と規範意識の涵養に努めなければならない。 留意事項 ◎ セクシュアル・ハラスメントは生徒の心を将来にわたっ て傷付ける深刻な問題であるとの認識を強く持つこと。 ◎ 部活動の顧問として生徒と望ましい人間関係づくりを行うこと。 ◎ 生徒が困ったことや悩みを相談しやすい体制を校内に整えること。 運動部活動においては,その意義を達成するために,顧問(指導者)の果たす役割は重要である が,ともすれば,生徒に対し,絶対的,支配的な立場にあるとの錯覚に陥り,このことがセクシュ アル・ハラスメントを起こす要因になっている場合がある。生徒の心身の健全な発達を担う部活動 の顧問(指導者)として,自分の言動を常に振り返り,生徒との間に望ましい人間関係を形成する 努力を継続する必要がある。 セクシュアル・ハラスメントとなりうる顧問(指導者)の言動 部活動の指導上,必然性がないのに,身長や体重など身体的な成長や特徴を話題にし たり,尋ねたりすること。 容姿や体型などを話題にしたり,生徒の嫌がるあだ名で呼んだりすること。 性に関することや異性関係に関することなどを話題にしたり,尋ねたりすること。 性的な内容の手紙や電子メールを送ること。 部活動の指導上,必然性がないのに,生徒の体を凝視すること。 生徒に十分な説明をせず,生徒の練習や試合の様子などを撮影すること。 部活動の指導上,必然性がないのに,生徒の体に触れること。 不適切な時間帯や場所で個別の指導を行うこと。 - 8 - セクシュアル・ハラスメントの防止に関する規定等 セクシュアル・ハラスメントの防止等に関する要綱 ・ 「セクシュアル・ハラスメント」とは,職場等において行われる他の職員を不快にさせる性 的な言動又はその言動に対する職員の対応により当該職員がその勤務条件につき不利益を受 け若しくはその言動により当該職員の就業環境が害されることをいう。また,職員による幼児 児童生徒に対する性的な言動に起因して,当該幼児児童生徒が一定の不利益な取扱いを受けた り,当該幼児児童生徒の学習環境が害されることをいう。 ・ 事実関係の調査及び確認の結果,セクシュアル・ハラスメントの事実が確認された場合は, 事案の内容や程度に応じ,懲戒処分(免職,停職,減給又は戒告)を含む人事管理上の措置や 職場研修の実施を勧告するなどの措置を講ずる。 広島県教育委員会「セクシュアル・ハラスメントの防止等に関する要綱」 (平成 11 年6月 17 日制定) 懲戒処分の指針 第2の2の(1) 児童・生徒に対するわいせつな行為等 ア (略) イ 児童・生徒に対してセクシュアル・ハラスメントに該当する行為を行った職員は,停職, 減給又は戒告とする。ただし,セクシュアル・ハラスメントに該当する行為を執拗に繰 り返すなど,特に悪質な場合は,免職とする。 ① (略) ② 「セクシュアル・ハラスメント」とは,他の者を不快にさせる職場における性的な 言動及び他の者を不快にさせる職場外における性的な言動をいう。例えば,わいせつ な言辞,性的な内容の電話,性的な内容の手紙・電子メールの送付,身体的接触,つ きまとい等の性的な言動をいう。 広島県教育委員会「懲戒処分の指針」(平成 17 年4月1日制定,平成 18 年 12 月 20 日改正) データ 広島県内(広島市を除く。)の公立学校で,平成 16 年度から平成 21 年度までに,運 動部の顧問によるセクシュアル・ハラスメントで懲戒処分となった事案は,中学校1件, 県立学校1件,計2件である。 【運動部の顧問によるセクシュアル・ハラスメント懲戒処分件数】 区 分 平成 22 年2月 12 日現在 平成16年度 平成17年度 平成18年度 平成19年度 平成20年度 平成21年度 校 1 0 0 0 0 0 県 立 学 校 0 0 0 0 1 0 中 学 - 9 - 事 例 概 要 自らが顧問を務める運動部の女子生徒に対して,個別の学習指導を行う中で,当該生徒 に好意を持ち,菓子,文房具,問題集などを手渡すとともに,3回にわたって,2人で遊 びに行くように誘い,当該生徒に不快感を与えた。 また, 「試合で円陣を組むとき,オレのすぐ隣に来てほしい。」などと書いた手紙を渡し, 当該生徒に不快感を与えた。 さらに,当該生徒の携帯電話に6回にわたりメールを送信し,自分と連絡を取ることを 求めるなどして,当該生徒に不快感を与えた。 処 分 内 容 戒告 原因・背景・課題 【本人の状況】 ◎ 自分が教職員であるという立場を忘れ,身勝手な恋愛感情に基づいて行動しているこ と。 ◎ 自分の欲求を満足させるために,部活動の顧問であるという立場を利用していること。 ◎ 自分の行いが当該生徒や保護者に不快感や不安を与え,心の傷や不信感を 招く許されない行為であるという意識が欠けていること。 【管理職の状況】 被処分者が当該生徒に対して密室で個別の学習指導を行ったり,生 徒と携帯電話のメールでやり取りを行ったりしていた状況を把握でき ていなかったこと。 - 10 - 6 みんなで支える運動部活動 部活動は,学校長のリードのもと,学校の教育目標や運営方針を踏まえ,学校全体として推進して いくことが基本である。 初めて顧問になったときや,担当する種目が専門外の場合,さらには学生時代に運動部活動の経験 がない場合,うまく指導できるだろうかという不安を抱くこともある。 その際,学校の他の教職員や保護者,さらには学校外のスポーツ関係者(外部指導者や地域スポーツク ラブ等)などの協力を得て一緒に話し合い,支え合って生徒の夢を実現させていくことが大切である。 (1) 顧問の役割 顧問の役割は,実技指導だけでなく学習面や生活面の指導など多岐にわたっている。新たに顧問と なった場合,前任の顧問と十分な引継ぎをして,これまでの指導方針や活動状況,部員の様子等を把 握しながら,積極的に指導していくことが大切である。 具体的な活動場面では ◎ 顧問は活動時間の最初から最後まで指導することが基 本である。 ◎ 状況によっては,5分でも 10 分でも活動場所に行き,その日の活動内容や留意事 項を的確に指示し,生徒に励ましの声をかけることが重要である。 ◎ 顧問自ら研修会に積極的に参加することや専門書から学ぶなど,指導力を高めて いく努力も大切であり,その積極的な姿勢が生徒に及ぼす影響には計り知れないも のがある。 魅力いっぱいの顧問 運動部活動は,学年や学級を離れ,生徒と密接に交流できる重要な場です。日々の部活動にお いて生徒と一緒に汗を流し,話し合い,励まし合い,高め合っていくことで,担任や保護者には できない触れ合いが顧問ならできるなど,授業とは異なる人間関係や生徒の理解を深めることが できます。また,卒業生が何年たっても顧問を慕って交流を続けているという話も聞きます。こ のような運動部活動を通して,日々成長していく生徒の充実感あふれる姿に直接触れることがで きることは,何物にも代えがたい喜びです。 顧問の役割 年間活動等の計画の作成 施設・用具の管理と指導 部予算の確保と管理 部員名簿の作成 部員の健康管理 実技指導 部活動日誌等の活用と整理 大会への引率 広報活動(部活動通信等) 部会の開催・運営 顧問会議への出席 部員の事故防止と安全指導 保健室や病院との連携 保護者会との連携・調整 地域団体との連携・調整 中体連・高体連との調整 - 11 - (2) 学校における運動部の指導体制の確立 部員も顧問も生き生きと,しかも充実した部活動が展開されるためには,運動部活動を支える組織 づくりとかかわり方が大切である。 校内の組織図 例1 教 務 部 ○○部(顧問名) 進路指導部 生 徒 指 導 生徒指導部 部 活 動 指導 (顧 問 会 議 ) ○○部(顧問名) 校長 教頭 運動部 ○○部(顧問名) 教育研究部 保 健 指 導 ○○部(顧問名) 総 務 部 文化部 安 全 指 導 校内の組織図 教 務 例2 部 ○○部(顧問名) 進 路 指 導部 ○○部(顧問名) 体育指導 校長 教頭 生 徒 指 導部 ,部活動指導 ○○部(顧問名) 保健指導 保 健 部 ○○部(顧問名) 安全指導 学 年 会 食育指導 - 12 - (3) 学校における運動部の目標や基本方針の設定 各部の目標を設定するには,「学校教育目標」や学校の「部活動の方針」に沿って,顧問の指導理 念,生徒の志向や能力,保護者の願いなどを十分に踏まえて立案することが大切である。【資料2】 目標の設定例 学 校 教 育 目 標 運 動 部 活 動 運営 方針 各運動部活動目標 顧 問の 指導 理念 生 徒 の 実 保護者の願い 態 個人の活動目標 競技面・技能面・生活面・体力面・精神面 学校における運動部の目標や基本方針の具体例 ミッション・ビジョン ◇ 豊かな人間性及び強い精神力を育み,自主性・自律性を身に付ける学校。 学 校 経 営 目 標 ◇ 豊かな心を持った生徒を育成し,自主性・自律性及び積極的行動力を身に付ける。 生 徒 指 導 部 の 目 標 ◇ 部活動加入率を増加させる。 部 活 動 の 目 標 ◇ ◇ ◇ 顧問の適切な指導の下に部活動に主体的に取り組む生徒を育てます。 部活動の望ましい運営・指導の在り方を実践的に明らかにします。 部活動の充実が学校全体の活性化に役立つようにします。 運 動 部 の 活 動 方 針 ◇ ◇ ◇ 生徒相互の自主的・自発的な活動を通じて学校生活全般に意欲的に過ごす姿勢を育てます。 競技力向上を目指すとともに広くスポーツに親しむ態度を育てます。 保護者や地域との連携を図りスポーツ活動を通じて健全な生徒を育てます。 各運動部の活動目標 運 動 部 名 競技力向上に関する目標 部活動の運営に関する目標 自己の記録更新に挑戦し,地区大会の入 目標や課題に向けて積極的に取り組み, 陸 上 競 技 賞及び県大会の出場を目指す。 継続した努力ができる態度を身に付ける。 経験者がいないことから,運動習慣を身 部員個人の目標を明確にするとともに, に付け基礎体力を向上させ,県大会で1回 チームワークを大切にし,部員相互の励ま バレーボール 戦突破を目指す。 し合いと目的達成の喜びが醸成されるよう 促す。 - 13 - (4) 運動部活動計画の作成手順 活動計画の作成に当たっては,各教科等の指導と同じように,年間計画,月間計画,週間計画,一 日の活動計画を立て,練習内容の精選と練習方法の工夫を行い,生徒一人一人の自己実現が図られる 運動部活動を展開することが大切である。 また,計画に沿って活動した後,目標に照らして評価し,目標を 修正することも顧問の大切な仕事である。 一般的な活動計画作成の流れ 目 標 の 具 体 化 年 間 計 画 目標達成のための課題 精神面・体力面・生活面 ・技能面・競技面 等 月 間 計 画 週 間 計 画 一 日 の 計 画 指導上の留意事項 ア 運動部活動と学業の両立を図るようにする。 学業面で遅れたり,自信をなくしたりすることは,運動部活動のみならず学校生活にも意 欲を失うことにもなるので,一日の時間配分と一週間単位の生活設計を適切に立てるよう指 導する。 イ 部員と顧問及び部員相互の良好な人間関係が育つよう配慮する。 【資料3−①,3−②】 ミーティングや練習日誌等を通して,お互いの意思疎通を図り,触合いを深める。 ウ 運動部の組織・役割分担を明確にする。 部員一人一人が責任を持ち,自主的な活動ができるよう適切な役割分担をする。 エ オ 部員の健康や安全面について配慮する。 ・ 日常の活動で,部員の健康状態の把握に努める。 ・ 施設・設備・用具等の点検を励行する。 ・ 自他の安全に留意して,活動できる資質や能力を身に付けさせる。 ・ ドーピング問題に関心を持ち,禁止薬物を使用しないよう指導する。 望ましい社会的態度が育成されるよう配慮する。 規律ある行動や協調性,思いやりなど,社会性の育成に努める。 カ 記録を付ける。 ・ 生徒が自発的に目標を立てやすくするため,具体的な練習内容や反省・課題を記入する 練習日誌を作成し,効果的な活用を図る。 ・ 運動部活動通信等を作成し,ホームページに掲載するなど,校内はもとより保護者にも 情報を提供する。【資料4】 - 14 - (5) 保護者会の支援 生徒と一緒になって熱心に活動に取り組んでいるときに,周りからの励ましは生徒にとっても,顧 問にとっても大きな支えとなる。その一つが保護者会である。生徒たちの生活は学校だけではなく, 家庭,地域とトータルにとらえる必要があり,保護者の理解と協力は不可欠である。 保護者にあっては,自分の子どもだけにとらわれるのではなく,他の部員を含む部そのものへの思 いやりが必要であり,そのためにも,学校の教育目標や部活動の方針を十分説明し,理解を求めるこ とが必要である。 保護者会の効果 ◎ 顧問,保護者という立場から,お互いが共通して話し合う場を大切にすることは, 相互の信頼関係を深めていくことにつながる。 ◎ 定期的な部活動参観や部活動通信(ニュース)の発行を企画し,お互いの情報交 換の機会を取り入れることで,保護者同士や学校と家庭の連携に支えられた運動部 の運営ができる。 (6) 地域の外部指導者の協力 学校内に開かれた運動部活動となれば部員数も増え,部員が求める目標も多様化してくる。顧問と しては様々な工夫をして全部員の欲求や目標にこたえられるようにしていきたいものである。そのた めには,研修会による自己研修に合わせて,卒業生や地域スポーツ指導者などの学校外の指導者の協 力を求めることも考えられる。 地域の外部指導者に協力を求めるときは,学校の教育目標や部活動の方針を十分説明し,理解を求 めるとともに,体罰やセクシュアル・ハラスメントが起こらないよう,この点についても十分な説明 をする必要がある。 外部指導者の効果 ◎ 部員の多様な要望に合った実技指導の充実が図れる。 ◎ 学校における生活時間が長い中学生・高校生にとって,外部指導者と触れ合い, 指導を受けることは,部員の成長にとって意義がある。 ◎ 部活動をあずかる顧問として実技指導に不安がある場合があるが,外部指導者に 実技の面を支えてもらい,一緒に指導することで,顧問自らの指導力向上の機会と もなることが期待できる。 - 15 - 7 運動部活動における安全管理と事故防止 運動部活動は,学校において計画する教育活動であり,生徒の安全が確保されることが大前提で ある。そのため,実施については,顧問だけでなく複数の指導者による指導・監督体制を整えるな ど,学校として安全管理を徹底する必要がある。 また,次に示すように,日ごろから指導者と生徒の事故防止に対する意識を高めるとともに,事 故を未然に防ぐための行動が適切にとれるようにしておくことが重要である。 事故を未然に防ぐための重要項目 (1) 健康状態の把握 (2) 個人の能力に応じた指導 (3) 運動の特性を踏まえた合理的な指導 (4) 施設・設備・用具の安全点検と安全指導 (5) 天候や気象を考慮した指導 (6) 事故発生時の対応 (1) 健康状態の把握 ・ 生徒に,日ごろから自分の健康管理について関心や意識を持たせ,適度な 休養や栄養の補給に留意させる。 ・ 活動に際しては,生徒の健康観察を適切に行い,体調が優れない生徒に対しては,無理を させず,活動内容を制限するか,休ませるかを適切に判断する。 ・ 健康診断(心電図検査等)で異常が認められた生徒に対しては,医師の指示に従うととも に,養護教諭,学級担任,保護者等との連携を密にし,健康状態について常に把握しておく。 (2) 個人の能力に応じた指導 ・ 学年や個人差に十分配慮した活動内容と方法を工夫し,段階的,計画的な指導を行う。 ・ 新しい内容(技)や難易度の高い技術の練習は,必ず顧問の指導の下で実施するとともに, 個人や集団の能力に応じた練習方法で行わせる。 (3) 運動の特性を踏まえた合理的な指導 ・ 運動の特性を踏まえた準備運動及び基礎的・基本的な技能を大切にした練習(柔道の受け 身やバスケットボールのフットワーク等)を行うことで事故を未然に防ぐ。 ・ 練習の目的及び内容や効果的な練習方法を,生徒に理解させる。 ・ 安全上特に配慮が必要な競技種目及び練習内容については,段階的な指導を より徹底するとともに,必ず顧問の指導の下で実施する。 - 16 - (4) 施設・設備・用具の安全点検と安全指導 ・ 定期点検日を設けるなど,学校全体で安全意識を高めるとともに,使用前には必ず,練習 場所,使用器具の整備・点検を実施し,生徒にも安全確認の習慣化を図る。 ・ 施設・設備・用具は,使用方法に従って正しく使用するとともに,内在する危険性を生徒 に理解させ,事故が起きないように常に注意する。特に,サッカーゴール等の固定について は,確実な方法で行うことが大切である。 (5) 天候や気象を考慮した指導 ・ 活動時の気象条件に留意する。特に高温・多湿下においては,適切な水分の補 給や健康観察を行い,熱中症に十分注意する。 【資料5】 ・ 暴風や雷等に対して,練習の中止や中断の判断が的確に行えるよう,情報の収集に努める とともに,判断基準を明確にしておく。【資料6】 (6) 事故発生時の対応 ・ 事故発生時の対応について年度当初にマニュアルを作成するとともに,教職員に周知させ, 緊急体制を確立する。 ・ 生徒にも保健体育科の授業や部活動を通して応急手当に関する指導を行うとともに,事故 発生時の行動の仕方についても指導する。 データ 【平成 19・20 年度に,全国の中学校及び高等学校の運動部活動時に発生した事故に対して,独立行政法 人日本スポーツ振興センターが「障害見舞金」 ,「死亡見舞金」, 「供花料」を支給した件数】 中学校 校 種 給付の種類 高等学校 平成19年度 年 度 平成20年度 平成19年度 平成20年度 障 害 死 亡 障 害 死 亡 障 害 死 亡 障 害 死 亡 供花料 供花料 供花料 供花料 見舞金 見舞金 見舞金 見舞金 見舞金 見舞金 見舞金 見舞金 水 泳 球技 1 体 操 1 1 器械体操 2 陸上競技 サッカー 1 3 2 1 8 5 9 1 9 3 テニス 3 3 3 1 2 1 ソフトボール 5 3 1 野球 16 バレーボール 4 バスケットボール 8 ラグビー 1 卓球 1 1 バドミントン 2 3 2 18 1 1 3 4 1 1 1 2 1 1 1 その他 2 その他 1 2 1 2 1 6 1 45 2 3 1 2 1 1 1 0 1 2 0 96 1 2 2 2 3 2 3 1 57 4 7 1 2 柔 道 51 1 その他 計 1 2 11 アメリカンフットボール 武道 剣 道 1 2 50 4 ハンドボール 2 10 1 3 1 2 96 10 0 障害見舞金: 学校の管理下の事由による負傷及び疾病(熱中症,溺水,負傷による疾病等)が治った場合において存する障害のうち, 1級から 14 級までに該当するものに対して支給される。 死亡見舞金: 学校の管理下の事由による死亡及び前記疾病に直接起因する死亡並びに突然死(学校の管理下において,運動などの行 為と関連なしに発生したもの及び学校の管理下において,運動などの行為が起因あるいは誘因となって発生したものをい う。 )に対して支給される。 供 花 料: 学校の管理下における死亡で,損害賠償を受けたこと等により死亡見舞金が支給されないものに対して支給される。 - 17 - 事 例 事 例 種 学年 性別 目 状 況 原因 後遺障害 サッカー部活動中,運動場に隣接している川へ落ちたボール を部員2人で取りに行ったが,途中で1人は部活動の場所へ戻 った。ボールを取りに行った本生徒が 20 分くらいたっても戻っ 1 サッカー 高1 てこなかったので,部員が様子を見にいった際,川にうつ伏せ 男子 になっている本生徒を発見した。サッカー部員や顧問が人工呼 溺 死 吸,心臓マッサージを行い,併せて救急車の要請を行った。救 急隊に引き継ぐまで人工呼吸を続け,病院へ搬送したが,死亡 した。 2 サッカー 高定2 サッカー部の練習試合中,ヘディングでボールの取り合いに 男子 なり,相手選手の頭と本生徒の顎(歯)が強くぶつかり負傷した。 歯牙障害 野球大会の応援として朝から参加し,大会終了後は練習を行 3 中1 野 球 男子 った。その後,片付けをしていたところ,うつ伏せでグラウン ドに倒れているところを他の部員に発見された。 顧問が直ちに心肺蘇生をし,救急車を要請,病院に搬送され 心臓系 突然死 るが,同日死亡した。 4 高1 野 球 男子 運動場で打撃練習をしていたとき,防球ネットと防球ネット の間をすり抜けたボールが,ピッチングマシーンにボールを入 れていた本生徒の左眼部に当たり,負傷した。 視力・眼球 運動障害 体育館で2時間にわたってランニング 11 周,ストレッチ体 操,腕立て伏せ,腹筋・背筋 20 回×3セット,フットワーク, 5 バスケット 中2 ボール 男子 コースチェック,ドリブル,ダッシュ等の練習が行われ,途中 で5∼10 分の給水のための休憩を2回入れた。練習終了後に片 熱中症 付けを終えて自分の荷物を取って体育館に向かったときに,よ ろめいて床に倒れ込んだ。応急手当と並行して救急車を要請し, 病院へ搬送したが意識を回復することなく,後日死亡した。 6 バスケット 高2 ボール 男子 秒数を計測したダッシュをしていたところで,止まりきれず 外貌・露出 に体育館フロアより玄関に向かって走り抜け,閉まっていたガ 部分の醜状 ラスに激突した。 障害 柔道部の練習中,乱取りをしていたところ,頭部を畳に打ち つけた。休憩時間時に「頭が痛い」と顧問に訴えたため,頭部 7 柔 道 高1 を打ったことを顧問が確認し,氷嚢で冷やしながら水を飲むよ 男子 うに指示する。ペットボトルの水を飲もうとしたが,飲めずに 頭部外傷 脱力,道場に横になった。直ちに救急車を要請し,搬送された 病院で治療を受けたが,10 日後に死亡した。 8 剣 道 中1 男子 剣道部活動中,他の生徒が竹刀を持ったまま走っていたとこ ろ,隣を走っていた生徒の体に竹刀が当たり,跳ね返って,近 くで座って身支度していた本生徒の眼に竹刀の先が当たった。 視力・眼球 運動障害 出典:独立行政法人日本スポーツ振興センター「学校の管理下の死亡・障害事例と事故防止の留意点」平成 19 年版 独立行政法人日本スポーツ振興センター「学校の管理下の死亡・障害事例と事故防止の留意点」平成 20 年版 - 18 - 損 害 賠 償 責 任 ・ 県立学校又は市町立小・中学校の部活動中の事故により生徒が負傷し,又は死亡した場合 は,国家賠償法に基づき,被害生徒及びその両親等から損害賠償の請求がなされる場合があ る。 ・ 体罰の項目でも述べたように,国家賠償法には,故意又は過失によって違法に他人に損害 を加えたときは,県又は市町が賠償責任を負う旨規定されており,事故の場合は,故意とい うことは一般に考えられないため,過失の有無が問題となる。 「過失」とは,通常尽くさなけ ればならない注意を怠った場合を指す。事故の可能性が予 見できたのに,執るべき安全確保の措置を欠いたため,事 故が発生したときは,過失があったと認定され,県又は市 町が損害賠償責任を負うこととなる。 ・ また,事故の場合も,損害賠償責任とは別に,教員が刑 事責任(業務上過失致死傷罪等)を問われる場合がある。 損害賠償責任については,訴訟となるケースもあることから,参考とな る判例を紹介する。併せて,刑事責任に関する判例も紹介する。 判例1 野球部のハーフバッティング練習で投手が打球の直撃を受けて重症を負った事案 (宇都宮地裁平成4年 12 月 16 日判決) 事件のあらまし 県立高等学校野球部のハーフバッティングの練習で,打者が打ち返した打球はライナーとなっ て投手の右側頭部を直撃し,頭蓋骨骨折等の傷害を与えた事故について,監督教諭に過失があっ たとして,県に1億 1,645 万円余の支払が命じられた。(なお,県は控訴したが,原判決が相当 として,控訴は棄却された。) 判決のポイント ○ ハーフバッティング練習では,投手とホームベースとの距離が正規の 約3分の2となり,投手に向かってライナー性の打球が飛来した場合 に,投手が瞬間に回避措置を執ったとしても確実に打球を避け得るに足 りる距離とは認められず,2方向に防球ネットが設置されていたことを 考慮しても,安全性を備えた練習方法とは言い難い。 ○ 事故当時の練習方法はスポーツが常に内包する危険性を超えていたものといわざるを得な い。 ○ 監督教諭としては,危険性を有した距離を指示して練習を行わせたか,少なくとも,危険な 練習に立ち会いながら何ら的確な指示を出さずに練習を続行させたものであって,指導上の 過失があったといわざるを得ない。 ○ なお,他の高等学校において同様の練習方法が行われていたことは,監督教諭の過失を認定 するに何ら妨げとなるものではない。 - 19 - 判例2 体操部の練習中に生徒が前方抱え込み2回宙返りに失敗し負傷した事案 (東京高裁平成7年2月 28 日判決) 事件のあらまし 県立高等学校の体育館で,ミニトランポリンを用いて前方抱え込み2回宙返りの練習をしてい た体操部の生徒が,失敗して頭部をエバーマットに激突させ,頸椎脱臼骨折等の傷害を負った事 故について,顧問教諭に過失があったとして,6,950 万円余の支払が命じられた。 判決のポイント ○ 実技訓練を行うクラブ活動においては,その試みる技の種目が高度なものになればなるほ ど,危険性は高くなる。その危険性を防止するためには,指導担当教諭は,絶えずクラブ活 動全体を把握して生徒の技の習得状況,熟練度に応じた技の練習をさせることにより,でき るだけ危険を防止すべく綿密な実施計画を立て,これを生徒の状況に応じて実施するよう徹 底させることが必要である。 ○ 顧問教諭は,日常の練習にほとんど立ち会ったことはなく,危険防止のための具体的な指 導を行うこともせず,部員の自主的判断に任せていた。また,本件事故の発生当日顧問教諭 は,生徒には失敗する可能性が極めて強い上,失敗すれば重大な事故が生ずる可能性が予見 されるような危険性の高い技の練習を試みるのを察知することができず,生徒の試技に忠告 を発することも実際に止めることもできなかった。 ○ 顧問教諭には,体操競技に伴う危険防止,安全措置を講ずべき義務を怠った過 失があるといわなければならない。 判例3 ラグビー部夏合宿での練習中に生徒が熱中症により死亡した事案 (静岡地裁沼津支部平成7年4月 19 日判決) 事件のあらまし 私立高等学校ラグビー部の夏合宿練習において,監督教諭が,練習試合後にほとんど休憩もな くアフター練習を実施し,その間約2時間 40 分にわたって全く水分補給をせず,練習中に苦し そうで息が上がっていた生徒に対し,更にランニングパスの練習を命じ,その練習中に生徒の意 識が朦朧となり,多臓器不全で死亡した事故について,監督教諭に過失があったとして,学校及 び監督教諭に 5,223 万円余の支払が命じられた。 判決のポイント ○ 事故当日の気象要因,練習試合までの運動に加え,アフター練習としての激しい運動の内容 とその量や,ほとんど休憩も取らず練習が課せられたなどの運動要因,生徒の従前の練習量 の不足と他の部員に劣る体力や,練習中全く水分補給がなされていないなどの個体要因,練 習中苦しそうで息が上がっていたことなどを総合考慮すれば,熱中症の発症を予見し得たも のというべきであるから,直ちに練習を中止し,生徒の全身状態を十分観察した上,休ませ て水分を補給させる等の措置を執るべき注意義務があったというべきである。 ○ また,熱中症の発症を念頭に置かないまでも,そのような状態にあった生徒に対 しては,少なくとも,その健康状態を気遣い,同様の措置を執るべき注意義務が あったといわざるを得ない。 - 20 - 判例4 真夏の炎天下での練習中に生徒が熱中症により死亡した事案【刑事事件】 (横浜地裁川崎支部平成 14 年9月 30 日判決) 事件のあらまし 市立中学校野球部の顧問教諭が, 真夏の炎天下で,2時間以上にわたるノック練習の終了後, 約5分間の給水休憩を取らせただけで,持久走を実施させ,その途中で生徒が熱中症の症状が出 始めていたことに気付かず,意識を失い転倒した時点で初めて熱中症に罹患したことを知り,処 置の遅れにより生徒を死亡させた事故について,業務上過失致死傷罪が成立するとされた。 判決のポイント ○ 真夏の炎天下で部の活動を行うに当たり熱中症の発生を予防するとともに,部員に熱中症が 生じた場合には迅速かつ適切な措置を執れるような態勢で指揮監督し,部員の健康保持に留 意すべき注意義務があるのにこれを怠った結果,部員のうち1名をして熱中症に罹患させた 上,その症状が現れた時点でこれに気付かず,その対処が遅れたため,同部員を熱中症に起 因する多臓器不全による出血性ショックで死亡させた業務上過失致死の事案である。 ○ 体力的に十分な成長を遂げているとはいい難い中学生の部活動の指導を託された者として, その注意義務の懈怠は,厳しく非難されても仕方がない。 判例5 サッカーの試合中の落雷により生徒が負傷した事案 (最高裁平成 18 年3月 13 日第二小法廷判決) 事件のあらまし 私立高等学校の課外活動としてのサッカーの試合中に落雷により生徒が障害(視力障害,両下 肢機能の全廃,両上肢機能の著しい障害等)を負った事故に ついて,サッカー部の引率兼監督の教諭に落雷事故発生の危 険が迫っていることを予見すべき注意義務があったとして, その義務違反が肯定された。 (破棄差戻しされ,差戻し控訴審 で学校法人らに逸失利益等3億円余の支払が命じられた。) 判決のポイント ○ 教育活動の一環として行われる学校の課外のクラブ活動においては,生徒は担当教諭の指揮 監督に従って行動するのであるから,担当教諭は,できる限り生徒の安全にかかわる事故の 危険性を具体的に予見し,その予見に基づいて当該事故の発生を未然に防止する措置を執り, クラブ活動中の生徒を保護すべき注意義務を負うものというべきである。 ○ 試合開始の直前ころには,南西方向の上空には黒く固まった暗雲が立ち込め,雷鳴が聞こえ, 雲の間で放電が起きるのが目撃されていた。そうすると,雷鳴が大きな音ではなかったとし ても,引率兼監督教諭としては,落雷事故発生の危険が迫っていることを具体的に予見する ことが可能であったというべきであり,また,予見すべき注意義務を怠ったというべきもの である。 - 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