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高齢者の財産管理と意思能力 - 横浜国立大学教育人間科学部紀要

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高齢者の財産管理と意思能力 - 横浜国立大学教育人間科学部紀要
高齢者の財産管理と意思能力
研究ノート
高齢者の財産管理と意思能力
−任意後見をめぐる裁判〔東京地判H18.7.6判時1965号75頁〕を契機として−
三輪まどか
はじめに
高齢社会の進展にともない、ここ 10 年の間に意思能力を失いつつある高齢
者の自己決定や自立を保障する制度が整備されてきた1)。そのひとつに任意後
見制度が挙げられるが、その利用は年々増加し、平成 20 年度の任意後見監督
人の選任申立ては 441 件(平成 19 年度は 425 件、平成 18 年度は 351 件)
、任
意後見契約締結の登記は、平成 12 年4月から平成 20 年 12 月までの累計で、
32,983 件に達している2)。任意後見制度は、従来の禁治産制度にはない新しい
「自己の後見のあり方を自らの意思によって決定することのできる契約型の制
度3)」とされる。それは、任意後見契約が、公正証書によらなければならず(任
意後見契約法3条)
、公正証書を作成する場合には、原則として公証役場に出
向き、公証人の目前で契約を締結するからである4)。任意後見契約は講学上、
委任契約の特別形態と解されるが5)、実務上では、将来型、即効型、移行型の
3つに類型に分けられ、本人の状況や環境、意思の変化に対応した契約が締結
されている6)。しかしながら、施行後 10 年を経過し、上記類型別の運用にあ
たり、実務上様々な問題が指摘されている7)。例えば、公証人が見て問題だと
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横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
思われる契約が締結されることや、公証人が本人と面接することなく公正証書
を作成する場合があること、移行型の任意代理契約において、本人の判断能力
が低下した後も任意後見監督人の選任申立がなされず任意代理契約に基づく財
産管理等がなされていること、任意後見契約締結の時点で、本人の意思能力に
問題を感じる公証人が4割近くに達しており、事前に老い備える制度になって
いないこと、などである。こうした問題は、任意後見制度自体が、そもそも高
齢者の自己決定を尊重する制度である反面、任意後見契約締結時にその契約内
容や契約をする高齢者自身の意思能力を詳細にチェックする機能を有さず、ま
た、任意後見契約締結から任意後見開始までの監視を、誰がどのように行うか
について明確に定めていないことに由来するともいえよう。特に、任意後見契
約の前提となる高齢者の意思能力は、一般的に加齢や加齢にともなう疾病によ
り、徐々に低下していくことは否定できない。その中で、老いじたくを想定し
た任意後見制度が、本来の制度趣旨である高齢者本人の自己決定の尊重という
理念を実現し、本人の意思能力が徐々に低下する過程にも、あるいは実際に不
十分となった場合にも、本人の自己決定を制度的に保障する制度となるために、
改めて任意後見契約における高齢者の意思能力に焦点をあてて、検討する必要
があろう。
そこで本稿は、平成 18 年7月6日に東京地裁で出された任意後見をめぐる
裁判例を契機として、自らの老いじたくを進めようとしている高齢者が、任意
後見制度を利用する際に、どのような意思能力が、どの程度必要かについて検
討する。とはいえ、
任意後見契約にかかわる裁判例は、
本件も含め3例であり8)、
意思能力を問われた事案については本件1件のみである。ただし、本件の特徴
として、同一人物の事案で株式の売買(株主権確認請求事件・株主権確認等請
求事件(東京地判平成 18 年1月 30 日判例集未搭載)
:以下「第1事件」
)
、養
子縁組(養子縁組無効確認請求事件(東京地判平成 18 年4月 13 日判例集未搭
載)
:以下「第2事件」
)について、それぞれ意思能力等が問われていることが
挙げられる9)。学説においては、従来、意思能力の有無について、
「意思能力
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高齢者の財産管理と意思能力
を法律行為一般に必要とされる能力であるとして、意思能力の判断を『あるか、
ないか』の二者択一的問題として理解してきた 10)」とされる。しかし、近年
の学説では、意思能力の有無は、満7歳程度の通常人の知能を有するかどうか
で判断される一方で、問題となる法律行為(意思表示)の内容によって、必要
とされる意思能力は異なるとしている 11)。したがって、まず、任意後見契約
に関する事案を「第3事件」とした上で、上記3つの事件(以下「甲野美容室
事件」
)につき、第一に、法律行為の内容によって必要とされる意思能力は異
なるのか、第二に、法律行為の内容により、当事者の意思そのものの解釈(あ
るいは推定)の判断基準が異なるのか、を検討する。次に、任意後見契約に必
要な意思能力ならびに、自己決定の確保という制度趣旨で開始された任意後見
制度の問題点について検討する。そして最後に、任意後見制度のあり方につい
て若干の示唆を得たいと思う。
一 甲野美容室事件判決の検討
1.事実の概要
まず、甲野美容室事件の概要につき確認しておきたい。第1事件および第2
事件については、既刊の第3事件とほぼ同じ事実であるが、第1事件および第
2事件でしか判明していない事実もあるため、ここでは事案の紹介を兼ねて、
第1事件から第3事件までを総合した事実の概要を示す。
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横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
当事者関係
X :Y1 の養子(H12)
Y1:第一契約と第二契約の当事者
(甲野美容室の経営者)
Y2:Y1 の養子(S18)
:第二契約の当事者
Y3:弁護士:第一契約の当事者
Y1 は、大正2年生 ま れ で あ り、訴外 A 男(平成 11 年 に 死亡)と 婚姻後、
昭和 18 年に Y2 を養子とした。Y1 は、美容院の経営等を目的とする株式会社
甲野美容室(以下「甲野美容室」
)の代表取締役として、長年にわたり、その
経営に当たっており、養子である Y2 も、美容師の資格を取得して、甲野美容
室の経営する美容院で勤務していた。
Y1 は、夫の死亡後、知人の紹介で知り合った弁護士である Y3 に対し信頼
を寄せ、遺産相続の件について相談するようになった。平成 12 年1月ころ、
Y1 は、Y2 に甲野美容室の経営を委ねたいとの意向を Y3 に伝え、同月 20 日、
Y1 の保有する甲野美容室の株式を Y2 に相続させること等を内容とする遺言
公正証書を作成した。しかし、Y2 の素行が悪く(女性従業員との間の不貞を
男性従業員に脅迫された)
、経営手腕にも疑問が生じたことから、Y1 は、平成
12 年5月ころには、Y2 に甲野美容室の経営を委ねる意思を喪失するに至った。
その後、Y1 は Y3 に甲野美容室の経営の監視を委ね、甲野美容室の代表取締
役として行う一切の行為につき Y3 に委任する旨の委任状を作成し、交付した。
甲野美容室の経営を委任された Y3 は、Y2 や甲野美容室の従業員から会社
の実情を聴取し、経営強化のために経営陣の刷新が必要と考え、Y2 を排除し
て役職者の選任手続等を行った。その後、Y1 は、甲野美容室の経営を Y2 以
外の者に委ねる意向を固め、Y2 との離縁も念頭におき、Y3 に相談した結果、
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高齢者の財産管理と意思能力
自分と血縁関係のある甥の X と訴外 B を新たな養子として迎え入れることと
した。そこで、平成 12 年7月 11 日、Y1 宅において、X、Y1 等が同席して、
X と B をそれぞれ Y1 の養子とする旨の届が作成され(なお書面への署名は
Y1 が自らの家政婦に命じてなした)
、養子縁組の届出を行った。
平成 12 年7月 25 日、Y1 は、X 及び B に甲野美容室の経営を委ねる趣旨で、
Y1 の保有する甲野美容室の株式を X 及び B に相続させること等を内容とする
遺言公正証書を作成するとともに、Y1 は、Y3 との間で、生活、療養看護及び
財産の管理に関する事務の委任契約及び任意後見契約を締結して公正証書一を
作成し、同月 31 日、本件任意後見契約について、登記がなされた(上記図「第
一契約」
)
。
平成 12 年 11 月、Y1 は、甲野美容室の経営状況に改善がみられないことな
どから、直ぐにでも経営を X に委ねたいと考えるに至り、Y1 は X に甲野美容
室の株式を売却した。
一方、Y2 は、Y3 から前記株式売却の事実を聞いて危機感を抱き、平成 13
年1月 17 日に開催された取締役会にて、Y2 の長女と協力して、Y1 を代表取
締役の地位から解任した上、後任の代表取締役として Y2 の長女を選任した。
Y1 はこれに憤り、同月 29 日、Y2 との養子縁組を解消し、Y2 を相続人から廃
除する旨の公正証書を作成した。そして、平成 13 年3月初めごろ、Y1は Y3
に対し、Y2 との離縁調停の申立てを委任した(3ヶ月後、申立ては取り下げ
られている)
。
平成 13 年3月下旬ごろ、Y1 には認知機能障害の明らかな進行が認められた
ことから、X は第一契約を実行する必要性を感じ、担当医師に相談した。担当
医師は Y1 の意思能力がないと判断し、同年4月6日付けで「認知機能障害が
あり、意思決定に支障を認む。遺言能力及び贈与、委任等の契約能力について
も支障があると判断する」という内容の診断書を作成した。
平成 13 年4月1日より、甲野美容室の今後の経営方針につき、X、Y3、Y2
の妻を交えて協議を行い、Y2 が甲野美容室の取締役を辞任する方向で、裁判
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横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
外の和解が進められていたが、Y2 の意を受けた Y2 の長男が、Y1 の自宅に侵
入し、鍵を取り替えるなどして、X と Y3 が Y1 と接触することを遮断したこ
とから、上記和解交渉も決裂し、これ以後、Y1 は Y2 とその妻のもとで生活
することとなった。
平成 13 年6月 19 日、Y3 は X の 代理人 と し て、Y1 の 任意後見監督人選任
を申し立てたところ、Y1 は平成 13 年6月 13 日付で、解除通知書をもって第
一契約を解除する旨の意思表示(本件解除)をなした。そして、同月 20 日、
第一契約の解除による終了登記がなされ、同申立ては却下された。さらに、同
月 27 日、Y1 と Y2 との間で、任意後見契約を締結する旨の公正証書二が作成
され、
同月 29 日、
任意後見契約について、
登記がなされた(上記図「第二契約」
)
。
平成 17 年3月 15 日、Y2 は家庭裁判所に対し法定後見開始の申立をなし 12)、
Y1 につき成年後見を開始する旨、および、Y1 の成年後見人に弁護士である訴
外 C を選任する旨の審判がなされ、同審判は確定した。
2.判旨
(1)第 1 事件 13)
① 意思能力
Y1 の臨床経過ならびに医師による鑑定結果と証言を検討し、さらに、Y1 の
行動について、下記のように述べ、Y1 は売買契約が締結された平成 12 年 12
月 18 日当時は、意思能力を有していたものの、平成 13 年4月以降、これを喪
失したものと認めるのが相当であると判断した。
「平成 12 年 12 月ころ、Y3 があえて Y1 の意思が確認できない状況において、
本件売買契約を締結する合理的理由も見あたらず、Y3 は Y1 の状態を見て、
Y1 に売買契約を締結する能力があると判断したことが認められる上、Y1 は、
平成 13 年1月 17 日に Y2 及びその妻により甲野美容室の代表取締役を解任さ
れたことに対し、同月 29 日付けの遺言公正証書において、Y2 を相続人から廃
除する等の遺言をしているのであって、当時、Y1 は自己の置かれた状況を把
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高齢者の財産管理と意思能力
握し、これに対して合理的な行動を取る能力を有したことが窺われる。
ところが、Y1 は、Y2 と同居を開始し、X 及び Y3 との連絡が絶たれた後間
もない平成 13 年6月 13 日には、従前の遺言を取り消し、その全財産を Y2 に
相続させる等の一方的に Y2 に有利な遺言をしている。この遺言は従前の遺言
内容とは明らかに異質のものであって、Y1 がこの時期にこのような遺言をす
る合理的な根拠は見出しがたく、極めて不自然であるといわざるを得ないので
あって、この頃には既に、Y1 は意思能力を喪失しており、Y2 の指示のもとに
かかる遺言を行ったことが窺われる」14)。
② 契約意思
Y1 が甲野美容室の経営について Y3 に協力を依頼し、代表取締役としての
行為を Y3 に委任する旨の委任状を作成したこと、X に甲野美容室の経営を委
ねる趣旨で X と養子縁組をしたこと、甲野美容室株式を X に遺贈する旨の遺
言公正証書を作成するとともに、加齢や病気等により自己の意思能力が衰えた
場合に備えて、Y3 との間で任意後見契約等を締結したこと、Y3 に相談なく、
自己の保有する株式を X に贈与する旨の契約を公正証書により締結したこと、
それを知った Y3 が、Y1 の今後の生活費と贈与税のことを考え、贈与契約か
ら売買契約に切り替えるよう Y1 に対し助言したこと、その助言に Y1 が了解
したこと、株式の売買代金や支払方法の説明を Y3 から聞いた上で、Y1 自身
が契約書に押印したこと、を考慮した上で、
「本件売買契約の契約書にある Y1
の押印は本人のものであるから、特段の事情のない限り、本人の承諾のもとに
押印されたものとみるべきであるし、Y3 が Y1 の承諾なくして本件売買契約
を締結しなければならない特段の事情は見当たらない。また、先に締結された
贈与契約・・・に比較すれば、本件売買契約は Y1 にとって有利な契約である
し、Y3 がかかる契約を Y1 に勧めた経緯及びその理由も合理的であることに
照らせば、Y3 は Y1 から本件売買契約の代理権を授与された上で、同契約を
締結したとみるのが相当」15)と判断した。
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(2)第 2 事件 16)
① 意思能力
Y1 の臨床経過および、第1事件における鑑定結果及び鑑定人の証言から、
「Y1 は、本件養子縁組当時、養子縁組に関する意思能力を認めるのが相当」と
した。
② 縁組意思
唯一の養子であった Y2 が女性問題で従業員に脅迫されるという不祥事を引
き起こしたり、支店の美容室を経営悪化から閉鎖に追い込んだりして、Y1 が
Y2 の経営者の資質に不安を覚えたことから、Y1 が Y2 以外の人物に甲野美容
室の経営を委ねたいと考えており、養子縁組をする「十分な動機」あったこと、
第1事件における本人尋問や本件の事前包括調査の際、Y1 が X について「知
らない」と答え、記憶の欠落があることが窺えること、さらに、Y1 が文字を
書くのは、一定程度の困難があったため、養子縁組届書に「自署をしていない
ことをもって、Y1 の縁組意思の存在が否定されるものではない」として、縁
組意思の存在を認めた。
(3)第3事件 17)
① 意思能力
Y1 の認知機能の検査ならびに長谷川式簡易知能評価スケールの結果等に基
づく臨床経過および、第 1 事件における鑑定結果及び鑑定人の証言を考慮して、
「Y1 は、本件公正証書一に基づく任意後見契約を締結した平成 12 年7月 25 日
当時は、意思能力を有していたが、平成 13 年4月以降、これを喪失するに至っ
たものと認めるのが相当である」と判断している。
② 契約意思
公正証書一に基づく任意後見契約締結当時、Y1 には意思能力があったと認
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高齢者の財産管理と意思能力
定した後、
「Y1 は、平成 12 年1月ころまでは、養子である Y2 に甲野美容室
の経営を委ねようと考えていたが、Y2 が女性問題で不祥事を引き起こしたり、
戊田美容室を経営悪化による閉鎖に追い込んだことなどから、Y2 の経営者(後
継者)としての資質に不安を覚えるに至ったこと、同年5月ころから、Y1 は、
甲野美容室の経営について Y3 に協力を依頼し、同月 26 日付けで甲野美容室
の代表取締役としての行為を委任する旨の委任状を作成するなど、Y2 に対す
る信頼を深めていったこと、同月7月、Y1 は、Y2 に相談した上、X と B を
養子に迎える決断をし、本件養子縁組をしたこと、そして、同月 25 日、甲野
美容室の経営を両名に委ねる趣旨で、Y1 の保有する株式を X 及び B に相続さ
せること等を内容とする遺言公正証書を作成するとともに、加齢や病気等によ
り自分の意思能力が衰えた場合に備えて、Y3 との間で、任意後見契約及び委
任契約を締結して本件公正証書一を作成したことが認められる」とした上で、
「Y1 と Y3 との間の任意後見契約は、Y1 の意思に基づいて締結されたもので
あることが認められる」と判断している。その一方、平成 13 年4月以降、Y1
には意思能力がなかったと判断されることから、本件契約の解除ならびに Y1
と Y2 との間の任意後見契約は無効であるとした。
3.小括
甲野美容室事件判決を見てみると、まず、意思能力について、いずれの事案
においても、Y1 の臨床経過、医師による鑑定結果、鑑定人の証言に基づいて
判断していることが指摘できる。そして、第2、3両事件の根拠となった第 1
事件には、以下の2つの特徴が見られる。第一に、意思能力を「自己の置か
れた状況を把握し、これに対して合理的な行動を取る能力」と定義している点
が挙げられる。第二に、Y2 と同居を開始し、他の家族や信頼を寄せていた Y3
との連絡が絶たれると、
「一方的に Y2 に有利な遺言」がなされていることか
ら、他の世界から遮断され、身近で世話をしてくれる人に信頼を寄せるという
人としての心情を察した上で、新たな遺言が「明らかに異質」であり、
「極め
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横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
て不自然」として、
「Y2 の指示のもとにかかる遺言を行った」とした点である。
次に、契約意思及び縁組意思(以下「契約(縁組)意思」
)については、い
ずれの事案においても、その契約(縁組)に至った経緯や本人がその契約(縁
組)をなした動機が考慮されている。各事件の特徴として、第1事件が、契約
そのものの有利性、合理性を考慮している点、第2事件が、自分の代わりに家
政婦が届出書に署名をしているが、本人の自署がないことをもって、縁組意思
を否定することにはならないとしている点が挙げられる。
二 関連裁判例の検討
甲野美容室事件判決においては、意思能力の有無ならびに契約(縁組)意思
の有無の判断にあたり、若干の差異が見受けられた。次に、近年の関連裁判例
の動向を確認しておきたい。ここで検討するのは、行為主体が甲野美容室事件
と同様、意思能力が低下してきた高齢者にかかわる事案である 18)。とりわけ、
甲野美容室事件で問題となった取引行為、身分行為、任意後見契約に焦点をあ
てて検討するが 19)、任意後見契約については、管見したところ、第3事件の
みであったので、第3事件の判断のみを参照する。これらに加えて、第3事件
の和解内容に記載され、高齢者の財産管理をめぐって大部にわたる裁判例の蓄
積がある遺言についても若干の検討を行う。
1.取引行為
高齢者 の 取引行為 に関しては、先物取引 20)、連帯保証契約、根抵当権設定
契約、不動産売買契約に関する裁判例が存在する。ただし、先物取引について
は、金融商品取引法等により、高齢者に限らず、消費者一般に対する保護制度
が発達していることから、除外して検討する。その結果、高齢者の取引行為に
関する裁判例は、管見したところ9例であった。契約の種類で分類すると、連
帯保証契約が4例、根抵当権設定契約が3例、不動産売買契約が1例、土地交
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高齢者の財産管理と意思能力
換及び建物持分譲渡契約が1例である。
(1)連帯保証契約
古くは、連帯保証契約締結当時 73 歳であり、高血圧と動脈硬化により脳塞
栓を発症した男性について、言語障害、記銘力の減退が著しくとも、それが恒
常的にそうであったわけではなく、
「社会生活における利害の判断能力が相当
に低下していたものというべきであるが、全く事理を弁識できない心神喪失の
状態にあったとまでは認めがたい」として、連帯保証契約が有効に成立したと
判断した高裁判決がある 21)。地裁レベルの判断では、契約が高齢者にとって
どのような利益があるのかは疑問で、通常の判断力がある人物が安易に締結す
るとは思われないとして、高齢者には意思能力がなく、契約は無効であるとし
た裁判例がある 22)。ここではまず、認知症高齢者が連帯保証人と一緒に写っ
ている写真や、事務所で書類に押印しているような写真から、手形の裏書きを
したのは本人の可能性が高いとしつつも、医師の診断、禁治産宣告された時の
状況、行状、状態等が考慮された。そのほか、アルツハイマー型認知症高齢者
の診察の経緯や日常生活の状態を考慮に入れた上で、
「連帯保証人になること
に同意をするという反応はあっても、それが将来において、どういう社会的、
法律的意味を持つかについての判断はできない」として、原告の訴えを棄却し
ている裁判例がある 23)。また、介護状態にあったため、日常生活には格別支
障はないが、耳も遠く、失禁のため外出も困難であったと認定した上で、
「他
人の債務につき連帯保証をするとか、他人の債務のため不動産に根抵当権を設
定する 24)などというやや込み入った処分行為については、平易な言葉で懇切
丁寧に繰り返し説明してようやくその意味が若干分かるかどうか(実際にはほ
とんど理解できず、そのため自分のしたことについての記憶も全くない状態の
ようであった。
)という程度の事理弁識能力しかなかった。
・・・本件意思表示
がされた当時は、その筆記能力も減退し、手が震えて一度にごく僅かな文字し
か書けず、ようやく自分の氏名程度は書くことができるという程度」であり、
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横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
巧みな説明にたどたどしい署名をし、契約書面の意味を理解することなく、誘
導にしたがって署名したものであるとして、意思表示を無効とした裁判例があ
る 25)。
(2)根抵当権設定契約
診療していた医師の供述を得られないという事情があるやや特殊な裁判例で
あるが、
「契約締結に必要な意思能力」を判断するにあたり、病状等の経過を
加味しつつ、
「判断に正確性を欠き、歩行等に不自由があったものの、日常生
活はそれなりに普通に送っていたものと推定される」と認定した上で、契約締
結時に衰弱していたものの、同席した妻の話に反応するなど意識はしっかりし
ていたとして原告の請求を認容した裁判例がある 26)。このほか、頭部 CT 検
査等の結果、脳萎縮にて老人性痴呆が進んでいるとされた原告に対し、鑑定人
の医師が契約「当時の意思能力について、原告の病歴、診察結果及び考察に基
き、多発性脳梗塞の結果、かなり高度の痴呆症状があり、財産管理処分はなかっ
たものと推測されると鑑定したこと、及び、右鑑定意見には簡単な日常会話の
中では痴呆症状に気づかれなかった可能性も考えられると付記された」として、
原告は契約締結当時、
意思能力を欠いていたと判断した裁判例がある 27)。また、
以下の要素を挙げ契約当時に A(高齢者)の意思能力はなく、同契約は無効
と判断した裁判例がある 28)。すなわち、契約当事者 A は、
「アルツハイマー病
の初期症状で物忘れがひどくなったこと、平成3年1月 11 日乙川病院神経科
を受診し、中等度進行したアルツハイマー病と診断されたこと、主治医は、A
の当時の精神状態について、痴呆が中等度であることから、日常生活を自宅で
営むことはかろうじて可能であるが、それ以上の判断力を有するものではない
(判断能力は事実上皆無)と判断していること、A は、平成4年 11 月になり、
自分から食事をとろうとしなくなったため、身体の保護目的で同病院に入院し
たこと、入院時にはさらに痴呆は進行しており、アルツハイマー型痴呆の後期
中等度と診断され、主治医はその時点では同人の判断能力は事実上皆無と判断
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高齢者の財産管理と意思能力
している」こと、である。
なお、上記(1)
(2)においては、訴訟当事者が銀行やリース会社などの
会社であるケースが散見される。
(3)不動産売買契約
不動産売買契約に関する1件の裁判例は 29)、高齢者 A の検査結果、リハビ
リの状況、臨床経過を総合的に検討し、
「常時判断能力が失われているという
わけではなく、
・・・自身の生年月日や所在場所・・は正確に答えていること、
リハビリに対しては・・・意欲を持って参加していることもあること、また、
全体に無気力な反応が窺われるが、その原因としては右脳梗塞ばかりではなく、
夫の死亡(平成2年2月9日)による精神的な落胆に加え、A の財産を巡る
実弟や実妹の争いに起因する精神的疲労の蓄積が多大の影響を与えていること
が窺われること」のほか、看護記録を検討し、
「多発性脳梗塞のために痴呆症
状を呈するようになってはいたものの、常時判断能力を喪失していたものと断
ずるには躊躇を覚えるといわざるを得ない」とした。
そして、代理権委任時の状況を検討し、弁護士である補助参加人 B が面談
をした際に判断能力に疑問を感じなかったこと、A が B を弁護士であると認
識し、借入金債務の清算のために土地建物を売却することを依頼したこと、そ
の依頼に基づき委任状を B が起案し、委任事項を土地建物の売却ならびに売
買代金の受領および債務の弁済等の清算手続として記載し、A に逐一説明し、
A はこれを納得したこと、
「本件委任状のコピーに必死になって署名を試みた
が、手が激しく震えて横長になり上手く書けず、コピー全部を失敗したこと、
そのため、B の指示に従い、残った原本に被告 Y が手を添えて署名し、左手
で指印を押したこと、そして、B が翻意の機会を与える意味もあって右委任状
に印鑑を押して送付するように指示したところ、右指示どおり指印の横に印鑑
を押捺した本件委任状が B に郵送されていたこと、右委任状に基づき、同年
12 月 10 日、西日本銀行新宿支店において本件売買契約が締結されたこと」と
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横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
いう事実を認めた上で、これら事実を見れば「A は本件売買契約の趣旨、目
的を理解し、本件委任状の委任事項も理解し、それ故に不自由極まりない手
で、何とか自力で委任状に署名をしようと試みたものと理解するのが合理的で
ある」として、代理権授与を有効とし、代理権に基づき締結された売買契約も
有効と判断した。
(4)土地交換及び建物持分譲渡契約
土地交換及び建物持分譲渡契約に関する1件の裁判例は、夫の死亡により土
地および建物(建物については共有持分)を相続した 83 歳の女性 A が、同様
に相続した事業家の二男と土地交換契約ならびに建物持分の譲渡契約の締結を
したところ、その後、A の後見人である二女により、A の意思能力喪失によ
る同契約の無効を主張された事案である 30)。本件では、医師による診断書な
らびに精神鑑定書合計3通に基づき、土地交換契約及び建物の共有持分を譲渡
する契約が締結された当時、
「これら契約の意味を正確に理解して結果の是非
を判断する能力を有せず、意思能力を欠いていたと認めるのが相当である」と
述べ、契約を無効とした。
なお、上記(3)
(4)は家族内での争いである点に特徴がある。
(5)小括
取引行為に必要な意思能力の判断にあたって、その特徴として、判断方法に
関する2点と、判断基準に関する1点を挙げることができる。まず判断方法と
して第一に、臨床経過のほか、医師の供述を得られない裁判例1例を除いて、
担当医の供述あるいは鑑定医による鑑定結果を参考にして、意思能力を判断し
ている点である。第二に、意思能力と契約意思を明確に分けて判断する裁判例
はない点である。なお、意思能力を認めた裁判例3例のうち、詳細な判断をし
ている2例を見てみると、高齢者本人の判断に正確性を欠くものの、日常生活
はそれなりに送っているとし、契約に至るまでのやり取りを検討した上で、契
152
高齢者の財産管理と意思能力
約締結当時、高齢者の意識はしっかりしていたとして、契約を有効と裁判所は
判断した。もう1例は、常時判断能力を喪失していたものと断ずるには躊躇す
るとし、
契約に至るまでの過程と高齢者本人の行動、
契約締結の代理行為を行っ
た弁護士の配慮を検討した上で、高齢者本人は売買契約の趣旨、目的ならびに
委任状の委任事項を理解し、委任状に署名したとして、契約を有効としている。
次に、判断基準について、意思能力を認めなかった裁判例5例のうち3例は、
契約締結の有益性や契約締結が将来においてどういう社会的、法律的意味を持
つのかの判断のほか、日常生活を自宅で営む以上の判断力を有すること、など
を挙げて、契約を無効としている。つまり、契約締結過程において、契約その
ものの価値を判断できるかどうかの能力を、特に会社を相手とする取引行為に
必要な意思能力として求めている。
2.身分行為
身分行為において意思能力が争われた裁判例としては、第2事件のように養
子縁組の有効性について争われた裁判例のほか、婚姻・離婚に関する裁判例も
多数存在するが、ここでは第2事件と同じ養子縁組についてのみ取り上げる。
通常、養子縁組を行うには、縁組意思が存在しなければならず、その意思表示
には、縁組能力がなければならないとされる 31)。そして、縁組能力は意思能
力で足りるとされている。養子縁組を行った高齢者の意思能力が争われた裁判
例は、管見したところ5例であった。なお、この5例は意思能力と縁組意思を
明確に分けることなく判断しているが、主に意思能力の有無を問い、判断を下
している。ただし第2事件では、本人の縁組意思を重視した判断がなされてお
り、意思能力の有無は問われていないが、高齢者の縁組意思の有無について判
断を行った裁判例についても、概観しておきたい。
(1)意思能力が争われた事案
古くは、長男がもっぱら自分の相続分を増すために養子縁組を計画し、父に
153
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
意思能力の衰弱が見られ、後日の紛争防止のための配慮をした形跡が見られな
い場合、長男の一方的意思に基づいてなしたもので、父が縁組の趣旨を正確に
理解したものと判断することができないから、縁組意思がないとして、養子縁
組の無効が認められた裁判例がある 32)。そのほか、縁組能力の程度について
言及した裁判例として、
「養子縁組をなすについて求められる意思能力ないし
精神機能の程度は、格別高度な内容である必要はなく、親子という親族機能を
任意的に設定することの意義を極く常識的に理解しうる程度であれば足りる」
とした裁判例がある 33)。
近年の裁判例としては、意思能力もしくは縁組意思を肯定した裁判例として、
高齢のため、財産を誰に遺贈するか明確に答えられないほど判断能力が相当
弱っていたとしても、周囲への発言の内容から縁組意思ありとした裁判例があ
る 34)。意思能力もしくは縁組意思を否定した裁判例としては、大動脈弁狭窄
症(中等症)の老人性痴呆と判断された高齢者が、相手方から提示された縁組
届を受け取り、積極的な意思表示をすることなく、ほとんど黙った状態で、氏
名、住所、本籍を記入した場合、縁組意思はなく養子縁組は無効とした裁判例
のほか 35)、86 歳と高齢の A が、弁識力や判断力等にかなりの衰えがあり、そ
の場の状況次第では、真意の如何とは別に、たやすく身近な人の言いなりにな
る精神状態にあることに加え、A の養子を望む三組の夫婦が示し合わせたよ
うに A の戸籍に入ることなく、それぞれ姓を変えないように離婚・婚姻を繰
り返した上、相次いで縁組を行っているなど縁組の運びがはなはだ異常である
ことから、縁組意思を否定した裁判例がある 36)。
(2)縁組意思が争われた事案
高齢者が自らの長男の子(孫にあたる)と財産相続を目的として行った養
子縁組について、
「親子としての精神的なつながりをつくる意思」を認め、
「遺
産に対する二男の相続分を排して孫の被上告人らにこれを取得せしめる意思
が・・あると同時に、
・・・真実養親子関係を成立せしめる意思も亦十分にあっ
154
高齢者の財産管理と意思能力
たとする原審判決の判断は、これを是認しうる」として、養子縁組を有効とし
た最高裁判例がある 37)。また、この後出された裁判例も 38)、前述最高裁判例
を踏襲し、
「養子縁組をした主な目的が、自分の資産と営業とを養子に一括し
て相続させることにあったことは、前認定のとおりである。しかし、相続も養
親子関係の一つの効果であるから、それを受けることを主たる目的としたこと
自体によって、養子縁組が無効となるものではない。そのうえ、
・・・従前か
ら親しみのあった甥を養子として選んでいること、適当な時期に控訴人【甥:
筆者注】を引取って一緒に住み、大学にも行かせたいと考えていたこと、控訴
人に自分が営み、愛着を持っていたと思われる○○の営業を引継がせたいと考
えていたこと、死亡の直前においても、真面目な良い子を貰ったと喜び、控訴
人においても○○を引継ぐと答えていること、などを考慮すると、
・・・養親
子としての精神的なつながりを作る意思があり、控訴人やその両親の側にもこ
れに応じる意思があったものと認められる」とし、
「当事者間には真実に養親
子関係を成立させる意思」があったとして、養子縁組を有効としている。
(3)小括
以上の裁判例からすれば、高齢者本人の発言や行動などから、縁組意思を推
定し、その意思能力の判断にあたっても、遺贈の相手方を明確に答えられなく
てもかまわず、親子という親族機能を任意的に設定することの意義を常識的に
理解しうる程度が求められており、高度な能力の程度は求められていないとい
うことができよう。ただし、縁組自体の運びという点が考慮され、その異常さ
も判断の一要素になっていることが特徴的であろう。この理由としては、上記
の裁判例を見ても明らかなように、養子縁組が相続や遺贈などを通じて、高齢
者の財産を分配する機能を果たしていることが挙げられよう。また、縁組意思
に関して裁判所は、もっぱら相続を目的とする養子縁組であっても、
「真実に
養親子関係を成立させる意思」がわずかでもあれば、養子縁組が認められてい
る。したがって、第 2 事件のように縁組届の署名が自署でなくても、状況等か
155
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
ら「真実に養親子関係を成立させる意思」を認めることができればそれで足り
るとする点には、留意しておく必要があろう。
3.遺言
遺言については、甲野美容室事件で争われたわけではないが、実務における
蓄積が多く大部にわたる裁判例が出ており 39)、さらに遺言能力に関する優れ
た先行研究があるため 40)、先行研究にしたがい主に遺言能力について検討する。
民法 961 条で、15 歳に達した者は、遺言をすることができると定め、民法
973 条により、成年被後見人についても「事理を弁識する能力を一時回復した
時において」一定の要件のもと、遺言を認めている。法文上、必要な遺言能力
について定めているわけではないが、教科書等では、遺言に必要な能力は、意
思能力で足りるとされている 41)。その理由は、
「①人の最終意思をできるだけ
尊重すべきであり、
遺言による財産処分の場合は、
死者の遺志を実現させてやっ
た方が、遺族や近親にとって満足に思えることが多いこと、②最終意思には、
欺罔、策謀・貪欲などの忌まわしいものが少ないこと、③行為能力なき者の最
終意思を尊重しても弊害は少ないこと、④遺言はもともと財産処分ではなく相
続人指定のためのものであって、財産行為ではなく身分行為と観念されてきた
こと、などに求められ」るからだとされている 42)。
しかしながら、従来の学説に疑問を呈する学説もある。遺言能力に関する裁
判例の変化を検討した研究によれば 43)、遺言をめぐる裁判は相続争いの場と
なり、周囲の者が意思能力の減退した高齢者を言いくるめて遺言を書かせる
「他人主導型」の遺言が増えていることを指摘した上で、
「比較的早い時期には、
『自己の行為の結果を弁識しうる精神的能力』
、
『事理弁識能力』という、意思
能力一般で用いられてきた抽象的な定義を持ち出して容易に遺言能力を肯定す
るものが見られたが、最近の裁判例の中には、
『通常の思考作用』
『通常人とし
ての正常な判断力・理解力・表現力』という表現も見られる」44)ことを指摘
する。
156
高齢者の財産管理と意思能力
近年の裁判例は 45)、
「遺言者が遺言事項(遺言の内容)を具体的に決定し、
その法律効果を弁識するのに必要な判断能力(意思能力)
」が遺言能力である
と述べている 46)。そして、遺言能力があるかどうかについては、遺言の内容、
遺言者の病状・痴呆の程度、遺言をするに至った経緯・時間的関係、動機など
を「相関関係において」47)、あるいは「総合的にみて」48)判断している。これ
らの基準は、事実の経緯・経過と医学的見地(医師による鑑定書、受診の経過)
からの検討を行うことがほとんどである。総合的に検討する理由としては、
「痴
呆性高齢者であっても、その自己決定はできる限り尊重されるべきであるとい
う近時の社会的要請、及び、人の最終意思は尊重されるべきであるという遺言
制度の趣旨にかんがみ」49)とされる。
以上からすれば、遺言能力は意思能力で足りるとされているが、その意思能
力は通常人に求められる程度のものであると言えよう。また、遺言能力の有無
の判断にあたっては、医師の診断結果や診療経過のほか、遺言をなすに至った
経緯・動機、理由等を総合的あるいは相関関係において考慮し、本人の遺言能
力の有無および遺言の意思を判断しているといえよう。
4.小括
以上を概観すると、以下の2点を指摘することができよう(下表参照)
。
第一に、いずれの法律行為であれ、病状の経過、医師の診察(鑑定結果や診
断書)から明らかに意思能力がないと判断しており、今回の任意後見契約以外
では、意思能力の有無と契約(縁組)意思の有無を合わせて判断している点が
挙げられる。
第二に、意思能力あるいは契約(縁組)意思の有無の判断にあたり、法律行
為によって考慮する要素が異なっている点である。取引行為では、訴訟当事者
に企業が含まれていることもあって、取引行為自体の合理性や社会的・法律的
意味の理解、取引行為に対する積極的関与、将来へ向かっての予測や判断等を
考慮している。身分行為と遺言では、病状の経過、医師の診察のほか、自分自
157
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
身が周囲に発言した内容、発言に至った経緯、動機などを検証し、意思能力と
契約(縁組)意思の有無を判断している。また、身分行為の中には、高齢者の
財産をめぐって身内での駆け引きの場になっているような裁判例もあり、そこ
では縁組の運びといった、一般常識に照らしたより客観的な視点が含まれてい
る点にも留意する必要がある。任意後見契約では、意思能力の有無と契約意思
の有無の判断を明確に分け、意思能力の有無については医師の診断を、契約意
思の有無については、老後への備えという意識、周囲への相談、諸般の行動を
考慮している点が特徴として挙げられよう。
表 意思能力比較一覧
方式
対象
必要な意思能力
意思能力の判断
契約意思の判断
・臨床経過、医師による供述・鑑定
自己の置かれた状況を把
取引行為
自由
財
産 握し、これに対して合理
日常生活 的な行動を取る能力
(第 1 事件)
・日常生活の様子
・契約締結の有益性・価値
・取引行為自体の合理性
・取引行為の社会的・法律的意味の理解
・取引行為に対する積極的関与
・将来へ向かっての予測や判断
親子という親族機能を任 ・臨床経過、医師による供述・鑑定
意的に設定することの意 ・本人の発言や行動
身分行為
自由
日常生活 義を極く常識的に理解し ・積極的な意思表示
うる程度
(東京高判昭 60. 5. 31)
・縁組の運び
・縁組の目的よりも、縁組意思を重視
・自 分 の 意思能
任意後見
契
約
公証
財
産
日常生活
(本件では示されていない)
・臨床経過、医師に
よる供述・鑑定
力が衰えた場
合に備える
・周囲への相談
・諸般の行動
遺言者が遺言事項を具体
的に決定し、その法律効 ・臨床経過、医師による供述・鑑定
遺
言
公証
死後財産 果を弁識するのに必要な ・内容、症状、痴呆の程度、遺言に至っ
判断能力
(東京地判平 16. 7. 7)
158
た経緯
高齢者の財産管理と意思能力
三 任意後見契約における意思能力と自己決定
(1)第 3 事件の意義とその射程
第 3 事件は、任意後見契約における意思能力が問われた最初の事例としての
意義があり、以下の理由で判決自体の妥当性はあると考えるが、その判断の過
程に問題があると思われるので、その点を指摘する。
まず、判決自体の妥当性に関して指摘しておくべきは、Y1 が自ら培ってき
た美容院の存続のために、遺言や養子縁組、任意後見契約など、現行考えうる
制度を利用して、自らの老いに用意周到に備えていたことを挙げることができ
る。その老いじたくの目的の一つに、Y1 が多額の財産を有するが故、
家族(相
続人)による争いを避けたいという意図もあっただろう。ところが、いった
ん Y1 の意思能力が低下し始めると、本来法制度によって守られているはずの
老いじたくも、周りの状況や家族の思惑に翻弄されてしまうこととなった 50)。
遺言や任意後見契約など、着々と老いじたくをしていた頃の Y1 の一番の想い
は、自ら培ってきた美容院の存続であったであろう 51)。その意思を汲み取り、
高齢者の意思(ひいては自己決定)を尊重したと思われる判決自体は至極妥当
といえよう。
次に、判断の過程を見ると、第3事件の場合、任意後見契約において必要な
意思能力を明確に定義せず、意思能力と契約意思とを明確に分け、意思能力に
ついては本人の臨床上の経過、医師による診断のみで判断し、契約意思につ
いては、本人の意思を推定する材料、すなわち、周囲への相談、本人の行動
を検討している。この手法は、意思能力・契約意思の双方について総合的に判
断している他の裁判例とは異なる、新しい判断の手法であると思われる。しか
しながら、病状の経過、医師の診察のみで、意思能力を判断することが、果た
して妥当であったかという点については、再考を要する 52)。つまり、はじめ
にで指摘した学説の動向に着目するならば、第3事件の判断手法は、意思能力
159
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
があるかないかの二者択一的問題に回帰してしまう可能性も孕んでいるからで
ある。その一方で、第3事件の事案からすれば、意思能力と契約意思とを分け
て検討せねばならない特段の事情を見いだすことは難しい。任意後見契約につ
いては、親族内の問題であることから、裁判例として表出することが少ないが
53)
、その判断手法として、両者を分けて検討すべきものなのか、総合考慮を要
しないのか、今後の裁判例の動向に注目したい。
(2)任意後見契約における意思能力
第3事件においては、既に指摘したように、任意後見契約に必要な意思能力
の定義・程度については触れられていなかった。本稿は他の法律行為の判断に
おける意思能力・契約(縁組)意思の判断要素と比較しながら、若干の検討を
試みた。ここでこれらの検討をまとめると、
次のように言うことができるでしょ
う。まず任意後見契約と他の法律行為とを比較すると、任意後見契約に必要な
意思能力は、取引行為のように、契約自体の合理性や契約の意味を理解してい
るか否かで判断するというよりは、むしろ、身分行為や遺言のように、法律行
為をするに至った経緯を検討する方法で判断されているといえよう。とはいえ、
第3事件においては、
「自分の意思能力が衰えた場合に備えたい」ことを契約
意思の存在を判断する材料としている。この点を鑑みれば、任意後見契約の場
4 4 4
4
4 4
4
4
合は、遺言のように意思能力を一時的に回復した〈傍点筆者〉成年被後見人に
は意思能力は認めがたいといえよう。
次に、任意後見契約と遺言とを比較すると、いずれも公証人による関与が制
度上担保されているが、遺言は死因行為であり、かつ残された者の財産の配分
の問題とある。遺言内容については、万が一その有効性が遺族間で後日紛争に
なったとしても、本人の意思は「推測」するしか方策がなく、財産の配分につ
いては終局的に法が定める方式に従うことも可能である。一方で、任意後見契
約は、自らの老いのあり方を決める行為である。自らの財産を自らのためにど
れだけ使うのかについて自由に決めうる生存中の行為であり、制度運用の濫用
160
高齢者の財産管理と意思能力
があれば生命の危機をも招来しかねない。さらに、任意後見契約における財産
の配分については、あくまで当事者間の契約に基づくものであり、望ましい契
約のあり方が法によっては提示されていない。こうした点から、任意後見契約
と遺言の意思能力の定義・程度とを、全くの同列に論じることはできない。
最後に、任意後見契約と身分行為とを比較してみたい。身分行為に必要な意
思能力の内容については、昭和 60 年の高裁判決が「親子という親族機能を任
意的に設定することの意義を極く常識的に理解しうる程度」と判断している。
しかし近年、身分行為は単に親族機能の任意的設定にとどまらず、相続や遺贈
といった高齢者の財産管理に大きく影響を与える行為であることから、
契約(縁
組)意思を確認するにあたって、本人による積極的な意思表示(自発性)や縁
組の運び(客観的合理性)といった、より取引行為に近い要素を要する裁判例
も現れている。こうした傾向を任意後見契約と比較すると、それぞれに必要な
意思能力の程度は、より接近したものになるのではないだろうか。その際、昭
和 60 年高裁判決が定めた定義の見直しも考慮に入れる必要があろう。
以上、関連裁判例も含めた検討の結果、任意後見契約に必要な意思能力の程
度は、取引行為に求められるほど高度であるとは言えないが、意思能力が衰え
たときに備えて締結するという任意後見契約の特徴を鑑みれば、身分行為や遺
言よりもやや高い意思能力が制度上求められていると言うことができよう 54)。
また、任意後見契約と一口に言っても、身分行為や遺言に見られるような実質
上相続に関わる内容なのか、本来の目的の一つである、単に身上監護や預貯金
も含めた日常に必要な財産管理に関わる内容なのかという事案の内容・程度に
よっても 55)、任意後見契約における契約意思の判断にあたって考慮される要
素に幅が出てこよう。判断要素に関する詳細な検討については、今後の裁判例
の蓄積を待つほかない。
(3)自己決定と公証による権利擁護
そもそも任意後見制度は、はじめにでも述べたように「いまだ判断能力が低
161
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
下していないうちから、判断能力が低下した時のことを想定して準備してお
く事前的措置としての制度」56)である。そして、判断能力のある高齢者自身
が自己決定を貫き、
「私的自治の尊重の観点から、本人が自ら締結した任意代
理の委任契約に対して本人保護のための必要最小限の公的な関与(任意代理人
に対する公的機関の監督)を法制化することにより、自己決定の尊重の理念に
即して、本人の意思が反映されたそれぞれの契約の趣旨に沿った本人保護の制
度的な枠組みを構築しようとする」57)制度である。つまり、任意後見制度は、
自己決定の尊重と、必要最小限の公的な関与の絶妙なバランスの中で、本人の
保護を図りつつも、本人の意思を最大限尊重する制度ということができよう。
自己決定の尊重については、最終的には本人の意思能力の問題に帰着すると
すれば、必要最小限の公的な関与のあり方としては、契約締結時における公証
人による契約当事者適格性の審査と家庭裁判所による任意後見監督人選任の審
判の開始を挙げることができよう 58)。とりわけ、前者に関して、第3事件で
表出した問題として挙げうるのは、任意後見契約の解除時の意思能力が問われ
ていないことと、本人の意思能力がないにもかかわらず、第二契約が締結され
たことである。後者につき、第二契約締結時に、公証人が、運用上望ましいと
されている医師の鑑定書ならびに面談を通じた本人意思の確認を行ったかどう
かは裁判上明らかではない 59)。当該運用を厳格にすると、バランスの一方で
ある公的な関与を重くすることにつながる。もう一方の自己決定とのバランス
をとるために、自己決定の礎である本人の意思能力の程度を再考すると、任意
後見契約において求められる意思能力の程度が、遺言に求められる意思能力に
より大きく傾く可能性があろう。いずれにせよ、任意後見制度の運用上、なら
びに法律上の問題点が明らかになってきた今、自己決定の尊重と、必要最小限
の公的な関与のバランスをどのようにするかについて、より深く検討されなけ
ればならない。
162
高齢者の財産管理と意思能力
おわりに
本稿では、任意後見をめぐる裁判例をきっかけとして、自らの老いじたくを
進めようとしている高齢者が任意後見契約を締結する際に、どの程度の意思能
力が必要なのかという点について、他の法律行為との差異を中心に検討してき
た。本稿では、任意後見契約に必要な意思能力について明確な定義や必要な意
思能力を判断する明確な要素について提示することができなかった。とはいえ、
高齢社会を迎え高齢者自身が老いじたくをし、そのために種々の法律行為を行
う場面は確実に増加しており、改めて意思能力の定義を問うことは、意義のあ
ることのように思われる。
また、冒頭に指摘した現実に抱える任意後見契約をめぐる問題を実質的に解
決する手法についても触れることはできなかった。これらの点については、今
後の裁判例・審判例の動向に着目しつつ、今後の研究の課題としたい。
【付記】
本稿は横浜国立大学での民事法研究会(平成 21 年2月)での判例報告をもとに執筆いた
しました。ご出席いただいた先生方に有益なご指摘、ご意見を賜りましたこと、心より感謝
いたします。また、判例集に未搭載であった諸処の裁判例を快くご提供いただいた横浜弁護
士会久保博道弁護士に、紙面をお借りして、厚く御礼申し上げます。
1)例えば、介護保険制度や成年後見制度などである。これら制度と高齢者の自立、自己決
定に関しては、
山口春子「成年後見制度-『自己決定の尊重』と
『保護』の理念の調和-」
東京成徳大学人文学部研究紀要第 15 号(2008 年)61 頁、秋元美世「権利擁護における
支援と自律」社会政策研究 4巻(2004 年)26 頁、嶋守さやか「高齢者の自己決定と成
年後見法-家族と高齢者問題における『脱〈近代〉化』論を批判する」現代社会理論研
究 8 号(1998 年)87 頁を参照。
2)最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件 の 概況-平成 20 年1月〜 12 月」裁判所
163
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
ホームページ(http://www.courts.go.jp/about/siryo/kouken.html)2頁。
3)神野礼斉「判例評釈[家族②]任意後見契約と意思能力」判タ 1256 号(2008 年)44 頁。
4)公証人が本人と直接対面するのは、意思能力の存在を確認し、それを記録として残して
おけば、後日紛争が生じたときも、対処しうるのが理由だとされている。
(新井誠編『成
年後見 法律の解説と活用の方法』
(有斐閣、2000 年)122 頁。
)
5)新井編・前掲書(脚注4)140 頁。
6)社団法人日本社会福祉士会
『成年後見実務マニュアル 基礎からわかる Q&A』
(中央法規、
2004 年)91 頁。将来型とは、判断能力が十分な間に、将来に判断能力が低下したとき
への対応として前もって契約を締結しておくものであり、即効型とは、すでに判断能力
が低下しているときに本人が契約を締結するもので、契約締結と同時に任意後見監督人
が選任され、任意後見契約が即時に発効するものである。移行型とは、判断能力が十分
な間は、委任契約に基づく任意代理人として行為し、判断能力が低下したときに任意後
見に移行するものである。
7)日本司法書士会連合会=社団法人成年後見センター・リーガルサポート「任意後見制度
の改善提言と司法書士の任意後見執務に対する提案」
(2007 年2月 16 日提言)参照。本
提言では、こうした状況から、
「任意後見契約締結に必要な判断能力は通常の有償契約
よりも高度のものが必要とされる」と述べている(同・17 頁)
。このほか、移行型任意
後見契約の課題と改善案を提起したものとして、小圷眞史「移行型任意後見契約の問題
点と改善策」公証法学 38 号(2008 年)1頁以下参照。
8)任意後見契約を締結していたにもかかわらず、保佐開始の審判を行ったことに対して、
不服を申し立てた事件(大阪高決平成 14 年6月5日家月 54 巻 11 号 54 頁)や、同様に
任意後見契約と補助の申し立てとの関係が争われた事件(札幌高決平成 12 年 12 月 25
日家月 53 巻8号 74 頁)がある。
9)これらの裁判例については、甲野美容室事件ご担当の久保博道弁護士のご厚意によりご
提供いただいたものである。
10)新井誠=西山詮編『成年後見と意思能力-法学と医学のインターフェース』
(日本評論社、
2002 年)38 頁。
11)新井=西山編・前掲書(脚注 10)97 頁。いわゆる意思能力の相対性の問題である。
12)Y2 の主張によれば、任意後見につき、第一契約と第二契約の効力を争っていたこと、
第二契約に基づき Y2 が任意後見人になったところで、有効に任務を遂行することは困
難であると考えて、法定後見開始の申立をなしたとの記載がある(判時 1965 号 78 頁。
)
13)Y1 の代理人である D 弁護士が、平成 13 年7月6日到達の内容証明郵便により、株式売
買契約は詐欺による取消原因があるから、当該売買契約を取り消す旨の意思表示を行い、
同主張が認められない場合には、株式の売買代金および遅延損害金を同書面到達後 5 日
以内に支払うよう求め、これがなされない場合には、無催告で株式売買契約を解除する
164
高齢者の財産管理と意思能力
旨の意思表示を行った。一方、X は Y3 による瑕疵が存在しないことを通知するととも
に、株式の代金ならびに遅延損害金を加えた金額を D 弁護士指定の口座に振り込み、そ
の旨を通知した。
そこで、Y1 は X に対して、Y1 が X および甲野美容室に対して、自己が甲野美容室
の株式6万 5500 株を有していることの確認を求め、
これに対し、X が甲野美容室に対し、
自己が甲野美容室の株式 6 万 5500 株を有していることの確認、および X が送金した株
式代金を D 弁護士が不当に利得しているとして、不当利得返還請求権に基づき、同金員
及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた事案である。
14)東京地判平成 18 年1月 30 日判例集未搭載・裁判所判決文 23 頁以下。
15)東京地判平成 18 年1月 30 日(脚注 14)27 頁以下。
16)Y1 の養子である Y2 が、Y1、X および B に対して、Y1 には X と B との養子縁組をす
る意思がなかったとして、養子縁組の無効を主張した事案である。
17)X が、Y1 〜 Y3 に対して、Y1 が第一契約の解除の意思表示をした平成 13 年6月当時、
Y1 は意思能力が欠けていたから、同解除は無効であり終了登記の原因がなく、Y3 が
Y1 の任意後見受任者の地位にあること、および第一契約の終了の登記について、無効
原因があることの確認、ならびに、Y1 及び Y2 に対して、Y2 との間で第二契約を締結
した時点で Y1は意思能力に欠けており、同契約は無効であり、第二契約の無効ならび
に同登記に無効原因があることの確認を求めて、訴えを提起した事案である。
なお、第3事件では、X の訴えの利益が問題となったが、任意後見契約法第 10 条3
項の反対解釈から、
「任意後見監督人選任の申立てがあれば、法定後見による保護を継
続することが本人の利益のために特に必要であると認められるときを除き、家庭裁判所
は、任意後見監督人を選任して(これにより、任意後見契約の効力が発生することとな
る。
)
、法定後見開始の審判を取り消すこととされている(法第4条1項2号・同条2項)
から、Y1 と Y2 との間の任意後見契約の効力について争いがある・・・本件では、X が、
Y1 と Y2 との間の任意後見契約が無効であることの確認を求める利益はあるものと認め
られる。
」として、訴えの利益を認めている。なお、Y2 は Y1 に対して訴訟を提起して
おり(第1事件)
、条文からすれば Y1 と Y2 との間の任意後見契約は効力を生じないが、
「同申立ての適否の判断は、家庭裁判所の審判事項であるから、これをもって、本件訴
えの利益が失われるものではない。
」
(判時 1965 号 77 頁)としている。
また、第3事件は結局以下内容にて和解となった。
「1.甲野美容室の株式を X が所有する。
2.Y1 が平成 13 年6月 11 日にした遺言は、Y1 が遺言能力の欠ける状態でしたもので
あることを認め、今後、同遺言が有効であることを主張しない。
」
(久保弁護士提供の資
料による(脚注9)
)
。
第 3 事件の判例評釈としては、神野(脚注3)44 頁のほか、
「先行の任意後見契約の
165
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
解除および後行の任意後見契約の締結の効力」市民と法 47 号(2007 年)78 頁がある。
18)判例中に、高齢者(老人)と記載があるもののほか、年齢がわかるものは年齢を算出し、
65 歳以上の者にかかわる裁判例を取り上げた。また、生来より精神障がいを有していた
者も除外した。
19)これらの他にも裁判行為について争われた事例がある(東京地判昭和 38 年3月4日判
時 1072 号 124 頁・判タ 519 号 180 頁および東京地判昭和 63 年8月 29 日判時 1314 号 68
頁)
。とりわけ前者の裁判例では、
「訴えの提起に要したのと同程度の判断能力」が必要
になるとしている。
20)東京高判平成 19 年1月 30 日判例集未搭載、東京地判平成7年8月 31 日判 タ 911 号 214
頁ほか。
21)仙台高判昭和 56 年1月 20 日判タ 436 号 165 頁。当該裁判例では、意思能力の有無を判
断した証拠が判例集に記載されていないため、どのような要素で意思能力を判断したか
は不明である(なお原審については判例集未搭載)
。
22)東京地判平成 10 年3月 19 日金商判 1056 号 43 頁。
23)福岡地判平成9年6月 11 日金法 1497 号 27 頁。
24)こ の裁判例の場合、連帯保証ならびに根抵当権設定契約の双方を行っており、前者が
元本3億 5000 万円、後者が自ら居住している土地建物に極度額5億 2500 万円の契約を
行っている。
25)東京地判平成8年 10 月 24 日判時 1607 号 76 頁。
26)東京地判平成 10 年 10 月 27 日金法 1546 号 125 頁
27)東京地判平成 10 年7月 30 日金法 1539 号 79 頁。
28)東京地判平成 9 年2月 27 日金商判 1036 号 41 頁。
29)東京地判平成8年 11 月 27 日判時 1608 号 120 頁。
30)東京高判平成9年6月 11 日判タ 1101 号 171 頁。
31)岡部喜代子=三谷忠之著『実務 家族法講義』
(民事法研究会、2006 年)171 頁。
32)東京高判昭和 57 年2月 22 日家月 35 巻5号 98 頁・判タ 469 号 227 頁。
33)東京高判昭和 60 年5月 31 日判時 1160 号 91 頁。
34)東京地判平成5年5月 25 日判時 1490 号 107 頁・判タ 849 号 230 頁。
35)岡山地倉敷支判平成 14 年 11 月 12 日判例集未搭載(判例体系 ID28080764)
。
36)東京高判平成2年5月 31 日判時 1352 号 72 頁。
37)最二小判昭和 38 年 12 月 20 日家月 16 巻4号 117 頁。
38)大阪高判昭和 59 年3月 30 日判タ 528 号 287 頁。
39)高齢者の遺言能力に関する裁判例は、ざっと管見しただけでも 40 例を超える。
40)山川敦子
「痴呆性高齢者の遺言能力-司法判断を中心に」
藤女子大学福祉研究所年報
(2006
年)45 頁、斎藤正彦「高齢者における民事精神鑑定に関する諸問題-遺言の有効性をめ
166
高齢者の財産管理と意思能力
ぐる裁判における民事鑑定において-」老年精神医学雑誌第 13 巻 10 号(2002 年)1165
頁、村田彰「高齢者の遺言-遺言に必要な意思能力を中心として」新井誠ほか編『高齢
者の権利擁護のシステム』
(勁草書房、1998 年)77 頁、鹿野菜穂子「高齢者の遺言能力」
立命館法學 249 号(1996 年)1043 頁などがある。
41)中川善之助=泉久雄『相続法〈第三版〉
』
(有斐閣、1988 年)451 頁ほか。
42)鹿野・前掲(脚注 40)1049 頁。
43)鹿野・前掲(脚注 40)1053 頁以下。遺言能力を肯定した例としては、大阪高判昭和 57
年3月 31 日家月 33 巻6号 66 頁・判時 1056 号 188 頁、浦和地判昭和 58 年8月 29 日判
タ 510 号 139 頁、東京地判昭和 63 年4月 25 日家月 40 巻9号 77 頁・判時 1274 号 30 頁、
東京地判平成5年8月 25 日判時 1503 号 114 頁を、否定した例としては、東京高判昭和
52 年 10 月 13 日判時 877 号 58 頁、大阪地判昭和 61 年4月 24 日判時 1250 号 81 頁・判
タ 645 号 221 頁、東京高決平成3年 11 月 20 日家月 44 巻5号 49 頁、名古屋高判平成5
年6月 29 日判時 1473 号 62 頁・判タ 840 号 186 頁を挙げる。
44)鹿野・前掲(脚注 40)1054 頁。
45)東京地判平成 16 年7月7日判タ 1185 号 291 頁。
46)学説も同様の立場をとる。中川善之助=泉久雄『相続法〈第三版〉
』
(有斐閣、1988 年)
452 頁。
47)京都地判平成 13 年 10 月 10 日判例集未搭載。
48)熊本地判平成 17 年8月 29 日判時 1932 号 131 頁。
49)京都地判平成 13 年 10 月 10 日判例集未搭載。
50)甲野美容室事件の担当弁護士である久保弁護士に対するヒアリングによると、意思能力
が不十分な状態の Y1 は、最も身近にいる人に愛着を持ち、周りからいい人だと思われ
たいと、みんなにいい顔をしたりしていたという。
51)このことは、事実の概要に示された以下のような Y1 の行為からも明らかであろう。Y1
は甲野美容室の経営に関して、信頼する弁護士に相談、経営の監視を依頼し、株式売買
も養子縁組を行い、結局は申立てを取り下げることとなった離縁調停を行っている。
52)諸外国においては、
「能力を認識機能として把握したうえで、その内容を、
『理解する能
力』と『
(結果を)認識する能力』という視点から把握する方法」が主流になっている
との指摘もある(新井=西山編・前掲書(脚注 10)34 頁)
。
53)任意後見契約に関しては、施行後 10 年という時間的な問題もあり、裁判例の件数自体
も少ないが、
「高齢者の財産管理の状況は多くは家族・親族により内部化された状況で
処理され、その管理の在り方や後見の在り方について検討を行う必要がある」という指
摘もあり、裁判例には表出しにくい事例ということもできよう。
(坂本勉「高齢者の財
産管理と権利擁護システムに関する研究」社会学部論集第 36 巻(2003 年)186 頁。なお
坂本は、家族や親族により、高齢者の財産管理が内部化される状況を経済的虐待と言う
167
横浜国際経済法学第 18 巻第2号(2009 年 12 月)
(坂本勉「高齢者の財産管理と経済的虐待に関する研究」社会福祉学部論集創刊号(2005
年)99 頁。
)
)
54)同旨に、新井誠ほか編『成年後見制度-法の理論と実務』
(有斐閣、2006 年)252 頁。
55)日常生活の行為に関する法律上の問題点については、松嶋道夫「高齢者の財産管理」久
留米大学法学 43 巻(2002 年)205 頁以下を参照。
56)新井ほか編・前掲(脚注 54)161 頁。
57)小林昭彦ほか編『一問一答 新しい成年後見制度-法定後見・任意後見・成年後見登記制
度・家事審判手続等、遺言制度の改正等の解説(新版)
』
(商事法務、2006 年)220 頁。
58)新井ほか編・前掲書(脚注 54)255 頁。
59)島津一郎・松川正毅編『基本法 コ ン メ ン タール 親族 第5版』
(日本評論社、2008 年)
315 頁以下。
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