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豪州新政権の資源・エネルギー および環境政策と石油・ガス事業
Consultancy Pty.Ltd. (筆者) JOGMEC シドニー事務所 三宅 裕隆 (編者) 松本 直樹 アナリシス 豪州新政権の資源・エネルギー および環境政策と石油・ガス事業 はじめに 2007 年 11 月に実施されたオーストラリア(豪州)連邦下院解散および上院半数改選の同時選挙は、 ケビン・ラッド率いる野党労働党が議席を大幅に増加させて下院の過半数を獲得し、同党は 1996 年 3 月に下野して以来、実に 11 年 8 カ月ぶりに政権の座に復帰した。しかも、これで各州等(ニューサウ スウエールズ(NSW)州、クイーンズランド(QLD)州、ビクトリア(VIC)州、南オーストラリア(SA) 州、西オーストラリア(WA)州、タスマニア(TAS)州および北部(NT)準州、首都特別地域(ATC)) と連邦、州等の 9 政府すべてが労働党となった。労働党の「完全制覇」は豪州政治史上でも初めての ことである。 選挙後の 12 月 3 日には、首都キャンベラの連邦総督公邸において、閣僚および政務次官の宣誓・認 証式が行われ、この日よりラッド新労働党政権が正式に発足したが、新政権は早くも同日、公約どおり に京都議定書の批准を決定するなど、気候変動問題に関して積極的な姿勢を見せている。選挙で圧倒的 な国民の信託を受けたことを強調 しつつ、今後も可及的速やかに環 境関連の公約を実行すべく、努力 するものと思料される。 本稿は、在キャンベラの政治ア ナリストの報告書をベースに、 1. 資源大国豪州 2. 新政権の石油・ガス政策 3. 連邦政府の資源・エネルギー 政策 4. 豪州における環境問題(特に 気候変動対応) 5. 政策決定に関連する豪州の政 出所:ロイター/アフロ 治環境 等をまとめたものである。 写 ラッド新政権 1. 資源大国豪州 2006 年 7 月、ジョン・ハワード首相(当時)は、将来 つ信頼性の高い資源・エネルギー供給国である豪州を、 の水資源や資源・エネルギー問題に関する演説のなか 資源・エネルギー超大国の地位に押し上げるものとの で、中国やインドの驚異的な経済発展に伴い、資源・ 認識を示している。実際、1960 年代からエネルギー・ エネルギー需要の急激かつ持続的な高まりが予想され 鉱物資源の開発・生産を本格化させた豪州は、現在で るなか、各国にとって資源・エネルギー安全保障問題 は世界でも有数の鉱物資源大国に成長している。 は死活的に重要なイシューになりつつあると指摘して また、豪州は小規模ながら産油国でもあり、2007 年 いる。同時に、膨大な埋蔵量を誇り、しかも安定的か の時点で見た場合、埋蔵量は世界シェアの 0.3%に相当 17 石油・天然ガスレビュー アナリシス する 42 億バレル、生産量では世界シェアの 0.6%に相 9位:銅鉱 39 億ドル 当する日量 56 万 1,000 バレルとなっている。石油残存 10 位:銅地金 26 億ドル 量は 20 年分と見積もられている。一方、天然ガスにつ と、鉱物資源が 10 品目中の 9 品目を占めている寡占 いては、これまでの継続的な探鉱活動によって、確認 状況にある。 可採埋蔵量ならびに生産量は増加の一途をたどってお また、資源分野ではとりわけ日本との関係が深い。 り、2007 年時点での可採埋蔵量は 88.6tcf(tcf =兆立方 豪州の資源・エネルギー産業が強い輸出志向型である フィート)、そして年間生産量は 1.4tcf であった。ガス 一方、日本は加工貿易立国であることから、両国は典 残存量は 63 年分と見積もられている。 型的な「経済的相互補完関係」にあり、豪州の資源・ *1 エネルギー産業、ひいては豪州の輸出も日本に強く依 の主要鉱産物輸出高は、金属価格の高騰や豪州ドル高 存している。FY2006/07 で見た場合、輸出額上位品目 により総計 1,005 億ドルに達し、豪州の全輸出額の実に のうちで対日輸出への依存率がとりわけ高いのは、輸 49.3%を占めている。輸出額上位 10 品目を見ても、 出額 1 位である石炭の 44%、2 位の鉄鉱石で 29%、7 資源大国豪州の実態を数字で見ると、FY2006/07 1位:石炭 218 億ドル 位のアルミニウムで 39%、8 位の液化天然ガス(LNG) 2位:鉄鉱石 155 億ドル では実に 85%、そして 9 位の銅鉱では 28%となってい 3位:非貨幣用金 103 億ドル る。依存率が突出している LNG だが、日本向け輸出は 4位:ニッケル 84 億ドル 1989 年よりスタートし、2006 年度時点での日本の LNG 5位:原油 83 億ドル 供給国別シェアで見ると、豪州は、マレーシアを抜き 6位:ボーキサイト・アルミナ 64 億ドル インドネシアに次ぐ、19.9%で、第 2 位にランクされて 7位:アルミニウム 57 億ドル いる。 8位:液化天然ガス(LNG)52 億ドル 2. 新政権の石油・ガス政策 第 3 章で詳細を述べるが、労働党政府の資源・エネ 言を行っている。 ルギー基本政策は、技能労働者不足への対応と、関連 これまで APPEA は、例えば「フロー・スルー株式 インフラストラクチャーの整備を基幹とするものだが、 優遇税制度」 (後述)の導入など、かなり具体的かつアド・ 他方で、外国資本については、少なくとも旧保守政府 ホックな(特別な)政策提言を旧保守政府に対し行っ よりはやや厳格な姿勢をとっていると言える。 てきたものの、多くが不首尾に終わったという経緯が 以下、労働党政府の資源・エネルギー政策の基本路線、 ある。そこで APPEA は、個別案件に関する政府への また、特徴を踏まえた上で、本報告書の主要テーマの ロビイング活動よりも、長期的な戦略を立案し政府に 一つである石油およびガス部門について概説するが、 働きかける、との戦術転換を図り、その成果が上記の 両分野における今後の政策の行方を占う上で、極めて 提言書となった。重要な点は、この戦略提言書をハワー 重要な文書が存在している。それは石油およびガス生 ド旧政府が支持したばかりか、新労働党政府も正式に 産者の業界頂上組織である豪州石油生産探鉱協会 支持する見込みであることである。現在のところ、新 (APPEA:Australian Petroleum Production and 政府は公に支持を明言してはいないものの、資源・エ Exploration Association)が 2007 年 4 月に公表した ネルギー・観光大臣のマーティン・ファーガソンは、 「 繁 栄 へ の プ ラ ッ ト フ ォ ー ム: 豪 州 石 油 お よ び ガ ス 直接 APPEA 幹部に対して、同提言書の内容を今後重 上 流 産 業 の 戦 略(Platform for Prosperity-Australia’ s 視することを確約したとされる。 Upstream Oil and Gas Industry Strategy)」 と 銘 打 っ さて、現在明らかになっている政府の石油・ガス政策 た調査報告・提言書で、APPEA は同報告書のなかで、 に係る特徴は四つである。具体的には、 (1)探鉱活動 石油やガスの自給率アップの方策など、いくつかの提 の促進、(2)ガスの重視と石油の相対的軽視、(3)代 *1:オーストラリアの会計年度は7月~6月。 2008.7 Vol.42 No.4 18 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 替燃料への関心、 (4) 産業ナショナリズムの傾向である。 これらについて、以下に詳述する。 (1)探鉱活動の促進 北部準州 NT 豪州では 21 世紀に入って以降、中国やインドの急激 じゃっき な経済成長によって惹 起された空前の資源輸出ブーム クイーンズランド州 QLD 西オーストラリア州 WA 南オーストラリア州 が続いており、これが豪州の交易条件を大きく改善す SA ニューサウス ウェールズ州 るとともに、政府財政を潤沢なものとし、さらに豪州 NSW 経済全体にも強い順風となっている。 そのため、これ VIC まで鉱業界が繰り返してきた、いわゆる「ブーム&バー や払拭されたかに見える。 キャンベラ メルボルン ATC タスマニア州 スト(Boom and Burst)」サイクルへの不安感も、もは ふっしょく シドニー ビクトリア州 TAS 出所:JOGMEC だが、昨今の目を見張る資源・エネルギー・ブーム 図1 オーストラリア全図 とは裏腹に、中・長期的に見た石油部門の状況は、相 当 に 悲 観 的 な も の で あ る。 例 え ば、 か つ て は 80 ~ 100%を誇っていた豪州の石油自給率は、1990 年代には から提言し、労働党政府が実際に導入を計画している 70 ~ 80%程度、2005 年には一挙に 56%にまで落ち込 のが、税務上の優遇措置、いわゆる「フロー・スルー んでいる。そして自給率は、2015 年までにわずか 20% 株式優遇税制度(Flow Through Shares Tax Scheme)」 程度になるものと予測されている。その主因は、1990 の導入である。 年代中期以降に産出された豪州産の石油量が、新たに フロー・スルー株式優遇税制度とは、探鉱を主業務 発見された油田の推定埋蔵量の 2 倍以上にもなってい とするジュニア企業に対し、フロー・スルー株という るためである。この問題に関して労働党政府は、主と 特殊な株式の発行を認め、株式発行企業の探鉱活動で して二つの点から危機感を抱いている。 発生した支出、コスト額を、文字どおり株主に「フロー・ 第 1 に、自給率の低下傾向は政府の石油関連税収の スルー(税務上移譲する)」ことを可能にする制度であ 低下や、石油産業を支えるサービス部門の雇用減少な る。 そして探査支出額の移譲を受けた個別株主は、こ どを引き起こし、とりわけ原油価格の高騰が続くなか、 れを自分たちの他の所得から控除することができる。 貿易収支を大きく悪化させる点である。 探鉱活動を専門とするジュニア企業には、資源の生 第 2 に、自給率の低さによって、豪州経済が石油を 産活動を通じた収益がなく、ジュニア企業が株主に貢 取り巻く国際環境に対して極めて脆 弱となる点、換言 献できるのは、探鉱を成功させるなどして株価を上昇 すれば、エネルギー安全保障の観点からの懸念である。 させた場合になる。一方、ジュニア企業の探鉱コスト この問題に対処するため、政府は石油やガスの国内 はすぐには控除されず、それどころか決して控除を受 生産量を増加させること、そのために、停滞している けないケースも多い。これが該当探鉱プロジェクトの 豪州の探鉱活動を活性化させて、新規油田、ガス田の 評価額を引き下げ、ひいては株価を引き下げるばかり 発見、開発・生産を促進することを重視している。探 か、ジュニア企業による探鉱活動を阻害する要因とも 鉱活動低迷の背景には、大手資源企業などが合併を通 なっている。 じて多国籍化、国際化し、その結果、豪州の国益への フロー・スルー株式は、株主に税務上の利益を与え 配慮はますます御 座なりなものとなり、その上、こう る魅力的な制度であり、同制度によってジュニア企業 いった企業は、そもそも豪州は地理的に世界のセンター の資金繰り、資本獲得が相当容易になり、結果的に豪 から離れていること、また他の資源産出国と比べてコ 州資源の探鉱活動の活性化、ジュニア企業の増加にも ストもリスクも高いという理由で、豪州の辺境の地で 資することが期待できる。またジュニア企業の資本獲 の探鉱活動を避ける傾向にあるという事情がある。他 得コストが低下することによって、企業は探鉱活動へ 方、探鉱事業の中核をなしている中小資源企業(以下 の支出を増加させることが可能になり、探鉱活動の成 「ジュニア企業」という)の多くは、探鉱活動のための 功度が上昇することになるばかりか、リスクは高いも ぜいじゃく お ざ 資本の獲得に苦しんでいる状況にある。 のの、重要性が高まりつつあるフロンティア地域での その探鉱活動促進の目玉として、労働党が野党時代 探鉱活動も、より活発になることが期待される。 19 石油・天然ガスレビュー アナリシス 一方、投資家・株主にとっては、税務上のメリット 微であるとはいえ産業ナショナリズム(産業保護主義的 の他に、同制度のお陰でジュニア企業が活性化し、そ で、国益至上主義的なメンタリティー)の存在が看取さ して探鉱に成功すれば株価は急激に高値となることか れる。例えば製造業だが、もともと労働党は保守政党 ら、その点からも恩恵を受け得ることになる。 に比べて、より「介入主義的アプローチ」を採るが、 労働党政府で産業の所掌を担当する閣僚が、党内左派 (2)ガスの重視と石油の相対的軽視 の大物ということもあって、旧政府よりは産業保護主 (1)の探鉱促進政策は、石油およびガス部門はもち 義的傾向にあるのは確実と言える。関税問題を例にと ろんのこと、一部の鉱物資源をも対象とする可能性の ると、ボブ・ホーク / ポール・キーティング労働党政権 あるものである。ただ、政府が石油部門よりもガス部 は、関税の単独的低減策を鋭意実施してきたわけだが、 門を重視していることは明瞭で、その最大の理由は、 この関税低減路線は、当然のことながらハワード保守 地球温暖化問題の観点から、ガスのほうが石油よりも 連合政権にも引き継がれ、現在では自動車や繊維・衣類・ クリーンであるという事実による。 履物(以下、「TCF」という)への関税を例外として、 具体的な数値としては、100 万 kw 時の発電あたりで、 輸入関税は極めて低い水準にある。また自動車や TCF 温暖化ガス排出量が 200kg 未満の再生可能エネルギー に関しても漸進的に低減されつつあり、しかもこれが 源には遠く及ばないとしても、天然ガスの場合は 575kg 今後も継続される計画であった。 程度と、900 ~ 1,300kg の温暖化ガスが発生するとされ ところが新政権の産業担当大臣は、就任前の発言で る石炭火力発電に比べ、半分程度である。したがって はあるが、関税を引き上げる可能性については全面否 政府は、石炭燃焼のクリーン化技術が実用化され、ま 定したものの、昨今の豪州ドル高傾向で輸出産業が苦 た再生可能エネルギー源の発電量が大きく増加するま 境にあることを指摘しつつ、低減ペースを落とす可能 で、時期的には向こう 10 年強の間の「つなぎ」の発電 性を再度示唆している。その背景としては、強力な左 用燃料として、ガスを重視しているのである。さらに、 派系大労組の「豪州製造業労働者組合(AMWU)」の ガスを火力発電用燃料と見なすにとどまらず、ガスの 圧力も指摘できよう。この発言の直後、当時のラッド 液化を通じ、例えば車両などの輸送手段の燃料として、 党首は保護主義への回帰を明確に否定したとはいえ、 積極的に活用することも視野に入れている。 労働党新政権下で関税低減政策に一定のブレーキがか かる可能性も否定はできない。 (3)代替燃料への関心 そして資源・エネルギー分野での政府の介入主義ア 政府は、他方で、石油の自給率低下問題については、 プローチ、国益至上主義の好例が、「資源開発保留リー 併せて石油代替燃料の開発、活用で対応していく見込み ス権(Retention Leases)」に対する「活用するか喪失 である。 具体的には、バイオ燃料の利用、ガスの液化 するか(“use it or lose it”)」の姿勢、そして WA 州労 (GTL) 、石炭の液化(CTL)などで、代替燃料の奨励は、 働党政権の強制的ガス留保政策への支持である。まず 地球温暖化問題への対応策の一環とも見なされている。 前者であるが、資源開発保留リース権とは、更新が可 この点に関し担当大臣は、既に資源・エネルギー・観 能な有効期間 5 年間のリース権で、これを取得した資 光省に対して、 「国家エネルギー安全保障評価(National 源企業は、保持している間は、例えば世界市況の低迷 Energy Security Assessment) 」なる調査・分析書の策 などにより採算がとれないことなどを理由に、実際の 定を指示している。この目的は、向こう 15 年間にわたる、 採掘活動を保留することが可能になる。政府が問題視 各種エネルギーの国内需要および供給を予測するもの しているのは、多国籍資源企業が、自企業の世界戦略 で、完了は今年末の見込みである。政府は、2015 年ま の観点から、採算の面からは問題がないにもかかわら での石油燃料の貿易収支が大幅な入超になるとの強い ず、生産活動を行わない点で、結果的に豪州の国益が 危機感を持ち、石油代替燃料の活用を熱心に勧める計 損なわれることとなる。 画で、評価が完了し次第、早急に「行動計画(Action そこで政府は、同リース権の更新に際しては、これま Agenda) 」を策定するとしている。 でのような安易な認可を改めて、生産活動の保留が妥当 かつ正当なものであるか、精査するとしている。実際に (4)産業ナショナリズムの傾向 資源担当大臣は 2008 年の 2 月に、年内でリース期間が 労働党政府の石油・ガス政策、あるいは資源・エネ 失効する計 27 のリース権に関し、厳格な更新審査を行 ルギー政策全般、それどころか産業政策全般にも、軽 うことを宣言したが、業界側は、豪州の探鉱活動イン 2008.7 Vol.42 No.4 20 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 センティブを著しく阻害するもの、として反発してい ズムへの政府介入に対しては、産業界は強く反発してい る。 るが、産業界をバックアップして同政策に反対していた もう一つの好例が、WA 州労働党政府のガス政策に 旧保守政府とは対照的に、連邦労働党は野党時代から同 対する、連邦労働党政府の支持の姿勢である。この政 政策を支持してきたし、 また今後も支持する予定である。 策は、州内エネルギー安全保障の観点から、同州政府が、 ただ 15%規制問題の意義、重要性は、世界的な燃料 州内の陸上インフラ施設を利用して液化天然ガス 価格の上昇により、WA 州でのガス田開発に拍車がか (LNG)の輸出を行っている生産企業に対し、ガス埋蔵 かり、供給面での懸念が弱くなり、最近では薄れてきた 量の 15%分を州内消費用に留保することを義務づけた と言える。 ものである。当然のことながら、こういった市場メカニ 3. 連邦政府の資源・エネルギー政策 (1)基本路線の変遷 するため、労働党政権は外資導入への審査を厳格化す 1960 年代の急激な資源開発以降、資源・エネルギー るなどして、外資のコントロールを志向し、これが豪 産業は、国内総生産や雇用人口に占める割合は低いと 州資源開発への海外からの投資にも一定の影響を与え はいえ、外貨獲得の重要部門となり、豪州の持続的経 たのである。 済成長を実現する上で重要な政策分野となっている。 第 3 は、労働党内の左派の影響による、労働党政権 ただ 1983 ~ 1991 年まで続いたホーク労働党政権、 の反核あるいは核不拡散の姿勢である。 豪州は、ウラ ならびに 1991 ~ 1996 年までのキーティング労働党政 ン埋蔵量では世界第 1 位、生産量ベースで世界第 2 位 権は、その後の 1996 年から 2007 年まで続いたハワー にランクされるウラン資源大国である。ところが労働 ド保守連合政権と比較すると、主として以下のような 党政権は、1980 年代の半ばより、いわゆる「ウラン 3 理由から、資源・エネルギー産業の振興には必ずしも 鉱山政策」なる資源政策を採用してきた。これは、採掘・ 熱心とは言い難かった。 輸出を当時操業中であった SA 州のオリンピック・ダム 理由の第 1 は、とりわけ 1980 年代の労働党政権が、 鉱山、NT 準州のレンジャー鉱山、同じく NT 準州のナ むしろ鉄鋼業や自動車産業といった、製造業の産業競 バラク鉱山の 3 鉱山に限って認めるというもので、当 争力の強化を重視したことである。豪州の製造業は、 然のことながら同政策は、膨大な埋蔵量を誇る豪州の 小さな国内市場、広大な国土による輸送コスト高騰か ウラン開発を大きく阻害することになった。ただその ら、恒常的に国際競争力が弱く、そのため歴代政府は 労働党も、2007 年 4 月に開催された全国党大会で、よ 関税や輸入制限を通じた産業保護策の実施を余儀なく うやくこの「アナクロ」な政策を撤廃している。 されてきた。 第 4 に、労働党は少なくとも保守政党よりは「大き 第 2 に、少なくとも初期労働党政権の、外国資本に な政府」を志向し、また左派の影響もあって、しばし 対する警戒感である。豪州は伝統的に産業資金の国内 ば規制保持や強化のメンタリティーを示す。具体的に 供給体制が不十分であったことから、外資の導入には は、上記「ウラン 3 鉱山政策」に加えて、アルミナ、ボー 極めて自由な政策を採用してきたが、その結果、主要 キサイト、石炭、ミネラル・サンド、そして LNG など 産業の大部分が、主として英国、米国などの外資系企 の輸出管理政策の保持などで資源開発面で負の影響を 業に牛耳られる事態になった。このような状況を改善 与えた。 表1 直近4代の豪州首相 代 23 24 25 26 氏 名 ボブ・ホーク ポール・キーティング ジョン・ハワード ケビン・ラッド 21 石油・天然ガスレビュー 政 党 労働党 労働党 自由党 労働党 就 任 1983年3月11日 1991年12月20日 1996年3月11日 2007年12月3日 離 任 1991年12月20日 1996年3月11日 2007年12月3日 現在 アナリシス 第 5 は、労働党左派の影響による、労働党政権の環 ている。 境問題への関心、配慮である。結果的に、資源開発や そして同部門の体質改善ならびに産業振興の鍵を握 生産に関する環境保全上の制約が強まり、これも開発 るのが、海外からの直接投資の促進である。というのも、 の阻害要因となった。 資源産業は極めて資本集約的な産業である一方、わず そして最後に第 6 として、労働党が保守政党よりも か人口 2,000 万強で、しかも貯蓄率も低い豪州としては、 先住民問題を重視し、先住民寄りのさまざまな政策を 海外の資本に大きく依存せざるを得ず、海外からの投 採用したことが挙げられる。先住権の存在を初めて認 資を促進するための、良好な投資環境づくりを目指し 知した 1992 年 6 月の「豪州最高裁マボ判決」を受け、 たものに他ならなかった。 翌年に施行されたのが「1993 年先住権法」であった。 ハワード旧政府の資源・エネルギー政策は、いま述 先住権とは土地に関連する先住民の諸権利で、この存 べたように規制緩和、税制と産業補助、そしてインフ 在が認められたことは、資源の探鉱、開発、生産企業 ラストラクチャー整備の 3 本の柱からなるが、規制緩 には直接かつ甚大な影響を与え、資源開発企業は手続 和に関しては、第 1 次政権の発足直後に実施された労 き上の、あるいは財政上の重い負担を強いられ、その 働党「ウラン 3 鉱山政策」の破棄と、それによるウラ 後の各種資源開発の遅延、中止などを引き起こす結果 ン 産 出 量 の 拡 大 策、 外 国 投 資 審 査 委 員 会(FIRB: となった。 Foreign Investment Review Board)による海外投資案 これに対して、1996 年に誕生したハワード保守連合 件審査の緩和、そして 1997 年 5 月に公表された輸出ラ 政権下の資源・エネルギー政策は、ホーク / キーティ イセンスの撤廃策が挙げられる。これにより、アルミナ、 ング労働党政権と比較した場合、総じて、より積極的 ボーキサイト、石炭、ミネラル・サンド、LNG など、 なものであった。ただ保守政府の資源・エネルギー政 ウランを除く鉱物資源輸出が全面的に自由化されてい 策は、1996 年 3 月~ 1998 年 10 月までのハワード第 1 る。 次政権、2001 年 11 月までの第 2 次政権、2004 年 10 月 次に税制と産業補助だが、ハワード第 2 次政権時代 までの第 3 次政権および 2007 年 12 月までの第 4 次政 には加速度償却制度(Accelerated Depreciation)が廃 権で、それぞれ色合いの異なったものとなっている。 止され、これに資源業界が強く反発したという経緯が 具体的には、第 1 次政権が積極政策と資源部門の重視 あったものの、その後旧政府は、設備償却問題は資源 を特徴としたのに対し、第 2 次政権は相対的に資源お 投資の大きな阻害要因になり得るとの認識を抱くに至 よびエネルギー分野の双方を軽視し、そして第 3 次、 り、一部資源プラントや配送インフラ設備の減価償却 第 4 次政権の場合には、相対的に資源部門よりもエネ 期間に関し、比較的短期の天井を設けることを決定し、 ルギー部門を重視する、といった具合である。 資源業界の要請に応えている。また産業への助成に関 このような政策上の色合いの違いは、かなりの程度、 しては、研究・開発(R&D)補助と、R&D 費への税関 資源・エネルギー担当大臣の信条、個性、立場に起因 連政策「R&D 税優遇制度」が挙げられる。さらに、石 している。というのも日本と比較した場合、豪州の政 油ならびに石油代替燃料産業に直接かつ大きな影響を 策決定過程を特徴づけるのは、それが政治家主導で行 与える施策として、石油代替クリーン燃料の国内需要 われるという点であり、大臣主導の政策決定方式は、 喚起を狙った、燃料物品税制度の変更も決定された。 労働党政権においてよりも、自由党政権の場合がより 最後に、3 番目の柱であるインフラストラクチャー整 顕著であると言える。 備であるが、実は三つの柱のなかでも、とりわけ第 3 次・ いずれにせよ、ハワード政権下の資源・エネルギー 第 4 次ハワード政権が最も重視していたのが道路、鉄 政策は、旧労働党政権よりはるかに積極的なもので、 道といったインフラ整備であり、旧政府は特定資源・ その特徴は、資源・エネルギー業界に恩恵を与える方 エネルギー関連プロジェクトへのインフラ整備支援を、 向で、政府が鋭意「介入」するというものであった。 資源・エネルギー投資促進策の中核に据えていた。 ただ同分野におけるハワード政府の介入アプローチと ハワード政府がインフラ整備を最重視した背景、理 は、「介入」という語の持つニュアンスとは裏腹に、規 由としては、①自由党のジュニア・パートナーである 制強化とは対極にあるアプローチの仕方で、資源・エ 連立相手の国民党は、地方在住層、とりわけ第 1 次産 ネルギー部門の効率化、サービスの安定供給や信頼性 業従事者層を支持基盤とする政党であることから、地 の向上、サービスの低廉化のため、さらには同産業の 方の振興につながる、あるいは地方の国内経済への統 振興のために、政府が積極的に貢献することを意味し 合化に資する道路建設や鉄道建設推進などに、極めて 2008.7 Vol.42 No.4 22 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 熱心なこと、②直接には特定プロジェクトを支援する、 3. 不足している技能労働者の育成 例えば資源輸出港の拡張工事など、当該プロジェクト 4. インフラストラクチャー整備策 関連企業以外にも恩恵をもたらすため、インフラ整備 5. 労働力化率の向上策(託児施設の充実など ) 策は費用対効果の高い支援策でもある、そして③ハワー このうちの3と4は、そのまま労働党政府の資源・ ド連邦政府は投資促進のため各州政府との連携を強く エネルギー政策の基本となっている。 図ろうとしていたが、その各州政府は既にインフラ整 そして第 3 に、政府が地球温暖化対策に極めて高い 備支援を資源・エネルギー政策の中核に据えていたこ 優先度を置いているという事実も、同問題に直接関係 とから、自然に連邦もインフラ領域への関与を重視す する資源・エネルギー政策の意義を高めていると言え るようになった、等が挙げられる。 よう。 さて労働党政府の資源・エネルギー基本政策を述べ (2)新政権の基本政策と特徴 る前に、組織、機構に関し簡単に触れると、新政権の ホーク / キーティング政権時代には、資源・エネルギー 発足直後に当該分野を含む一部官僚機構の変更があっ 分野の相対的軽視が見て取れた労働党も、その後の野 た*2。 党時代、とりわけ今世紀に入って、以前よりも同分野 資源・エネルギー関連では、旧政権下で資源・エネ を重視するようになっている。 ルギー分野を主管する連邦の省であった産業・観光・ その背景には、第 1 に、旧労働党政権が追求した製 資 源 省 が、 新 政 権 下 で は 資 源・ エ ネ ル ギ ー・ 観 光 省 造業の競争力強化路線が特段の成果を上げなかった一 (DRET:Department of Resources, Energy and 方で、中国やインドの驚異的経済発展のお陰で、豪州 Tourism)へと変更されている。例えば豪州地球科学研 では資源・エネルギー輸出主導の、記録的な長期にわ 究所(Geoscience Australia)や、これまでは旧教育・ たる経済成長が続いているとの事情がある。要するに、 科学・職業訓練省の所管であった放射性廃棄物の管理 資源・エネルギー分野の重要性が再認識されてきたの なども今後は DRET が所管する。 である。 以下、労働党新政権の資源・エネルギー政策とその 第 2 に、一見無関係のようだが、実は最近のインフ 特徴を、①技能労働者の育成、②インフラストラク レ圧力の存在も関係している。これまでも、そして現 チャーの整備、③外国資本政策の三つの観点から概説 在でも「豪州国民の夢」とされるのがマイホームの取 する。 得で、豪州では 20 代の若いカップルが住宅を購入する ことも決して珍しくはない。この事実に加え、国民の ① 技能労働者の育成 多くが変動金利型の住宅ローンを利用することから、 労働党政府は、インフレ抑制を当面の最重要課題と 金利問題は政治的にも極めて重要なイシューとなって しており、労働党がインフレ圧力の要因の一つと見な いる。ところが、これまでは低金利が続いていた豪州 すのが賃上げ圧力で、その背景には、深刻な技能労働 経済も、インフレ圧力が高まりつつあり、これを受け 者不足があると指摘されている。技能労働者不足は、 て豪州準備銀行(RBA)は、2002 年 5 月から 2008 年 資源・エネルギー輸出ブームに沸き、豪州経済全体の の 3 月までの間に、連続して実に 12 回もの金融引き締 「牽引車役」を果しているWA州で最も顕著で、実際に め策の発動、すなわち目標金利(キャッシュ・レート) 同州資源部門の賃金水準、賃金上昇率は全国平均を大 の引き上げを行っている。これに伴い、住宅ローン金 きく上回っている。 利も軒並み上昇し、一部国民は生活費の増 嵩にあえい そこで労働党政府は、職業訓練制度の拡充を通じた でいる。 技能労働者の増加策を、インフレ対策の中核の一つと そのためインフレ対策は、労働党新政府が直面する 見 な し、 そ れ と 同 時 に、 技 能 労 働 者 不 足 が「 生 産 の 当面最大の課題で、政府は 2008 年 1 月に五つの柱から 隘路」を発生させており、このままでは資源・エネルギー なるインフレ対応策を公表している。 輸出主導の持続的経済成長が阻害されると懸念してい ぞうすう けん いん あいろ 1. 財政黒字幅の拡大 る。労働党の政策は、教育全般に関する基本戦略であ 2. 民間貯蓄の奨励策(退職年金の義務積み立て率の る「教育革命」(Education Revolution)プログラムの 引き上げや、優遇税制度の導入など) なかに、技能労働者育成プログラムを盛り込んでいる。 *2:豪州の場合、省庁の再編や名称変更は日本よりはるかに容易で、政権交代時はもちろんのこと、しばしば内閣改造時などにも実施されている。 23 石油・天然ガスレビュー アナリシス 例えば 2008 年 4 月からの向こう 4 カ年で、職業訓練 産出地は、都市部から遠く離れたへき地にあることから、 生の枠を現行よりも 45 万人分増加させることを公約 同部門で働く労働者やその家族をサポートするコミュニ している。 ティー・インフラ(住宅、学校、病院、託児所、娯楽施 また労働党政府は、労働組合の反対もあって、海外 設など)の整備が不可欠と考えられている。 の技能労働者を暫定的就労査証(ビザ)で呼び入れ、 雇用するとの政策には、あまり積極的とは言い難いが、 ③ 外国資本政策 その一方で、「技能者査証」カテゴリーを通じた海外技 豪州は人口が少ない上、しかも貯蓄率も相当に低かっ 能労働者の移民受け入れについては積極的で、年度内 たことから、歴史的にも海外の資本に大きく依存せざる には 6,000 人分を追加発給するとの計画を明らかにして を得なかったという事情があり、保守政権は資源・エネ いる。 ルギー部門に対する海外からの直接投資を奨励してき た。 ② インフラストラクチャーの整備 これに対してホーク / キーティング政権時代の労働党 「生産の隘路」のもう一つの原因として道路、鉄道、 は、例えば多国籍企業による国内企業の買収などにはか 港湾といった輸送インフラ、あるいは輸出関連インフラ なり警戒的であった。そして野党時代の労働党は、外国 の不備を挙げている。そのため前保守政府と同じく、資 資本審査委員会(FIRB)の審査基準をより明確にする 源・エネルギー分野においても、インフラ整備をその基 こと、とりわけ、いわゆる「国益審査」の基準、あるい 幹的な政策として掲げている。実際に、資源積み出しの は「戦略的(重要)産業」の定義の明確化とともに、よ 港湾部門の生産性の低さは相当なもので、現在豪州は空 り厳格な外資審査の必要性を主張してきたし、また海外 前の石炭輸出ブームの渦中にあるが、主として産出地か からの豪州への投資には、雇用創出へのコミットメント ら積み出し港までの鉄道運搬能力、鉄道網の不備、港湾 を期待するとも述べていた。 積み出し能力の低さなどから、多数の石炭運搬船が、港 こういった従来の路線を踏襲し、2008 年の 2 月にウェ 周辺で長期にわたり滞船状況に置かれており、ばく大な イン ・ スワン新財務大臣は、対豪州投資申請の審査(国 損失となっている。とりわけ深刻なのは、石炭大州であ 益審査の明確化等)に関する、新ガイドラインを公表し る QLD 州にあり、かつて連邦与野党間、あるいは連邦 ている。対象は主として国策投資ファンド、政府系ファ 政府と州政府間の政争の種ともなったダリンプル・ベイ ンドで、審査投資案件の認可に際しては、当該ファンド 石炭積み出し港は、豪州どころか「世界最悪の積み出し の運営が自国の政府からは独立しており、したがって対 港」という、不名誉な名前を奉られている。 豪投資の意図、目的が純粋に商業上のもので、自国政府 このため、政府は今後全国のインフラ整備を積極的 の戦略上、政治上の目的に基づくものではないことを要 に推進していく計画で、その第 1 ステップとして労働 件としている。 党政府は、これまでにはなかった、インフラ担当の閣 この施策は一見すると、資源・エネルギー業界には不 内大臣ポストをつくるとともに、豪州インフラ委員会 可欠な外国資本に対して、労働党政府が警戒的、あるい (Infrastructure Australia)なる法定の諮問機関を設置 は消極的との印象を与えるものである。あくまで旧政府 する予定である。 と比較した場合だが、ラッド労働党政府がやや産業ナ 委員会は、全国インフラ整備の優先リストを作成する ショナリズムの傾向にあること、例えば製造業に対する こと、さらに各インフラ整備計画の資金面(実施者は、 保護主義的メンタリティーや、軽微であるとはいえ、 ホー 政府か民間か、あるいは官民合同か)等に関し政府に提 ク / キーティング政権時代と同様に、多国籍企業に対し 言することである。委員会自体には政策の決定権はない 不信感、警戒感を抱いていることは否定できない。その が、インフラ担当の大臣には、比較的若手ながらも、党 好例が、2 章(4)で詳述した資源開発リース権に対す 内左派の実力者であるアンソニー・アルバニーズが就任 る「活用するか喪失するか(“use it or lose it”)」の姿勢、 した。 そしてカーペンター WA 州労働党政権の強制的ガス留 さらに労働党政府は、運輸関連インフラの整備の他に 保政策への支持である。 も、いわゆる社会インフラの整備を資源・エネルギー政 ただし上記ガイドラインは、米国や EU を中心に警戒 策のなかに盛り込んでいる。一般に資源・エネルギーの 感が高まっている国策、あるいは公的投資ファンドを対 2008.7 Vol.42 No.4 24 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 象としたもので、民間からの投資については労働党も、 外交官の出身で、しかも中学生のころから中国への憧れ 少なくとも以前よりは積極的となっている。実際に労働 を抱いたという浪漫派、あるいは「確信犯的」とも形容 *3 の できる親中国派の筆頭政治家であるからだ。そのため 税率を、現行の 30%から 15%へと半減することを公約 ラッド労働党政権下では、中国との貿易・ビジネス関係 している。 が一層促進されるのはもちろんのこと、豪州の資源・エ さらに言えば、 公的投資ファンドへの規制についても、 ネルギー部門を中心とする中国の対豪州直接投資に対し 中国資本に関しては甘くなる可能性もある。 その理由は、 ても、かなり寛大になることも予想される。 党は、海外からの投資促進を狙って、配当源泉税 首相のラッドが「チャイナ・スクール」に所属していた 4. 豪州における環境問題 (1)豪州における位置づけ 心を抱いているだけに、豪州メディアも環境問題を頻 豪州では環境保護問題がしばしば重要な政治イ 繁に取り上げており、これが環境団体の活動を大いに シューとして登場し、また環境保護に熱心な一部有権 助けている。 者の「環境票」が、選挙の帰 趨に影響を与えるという 第 4 に、環境保護団体、環境政党に一定の政治的影響 事態すら起こっている。そのため自由党-国民党保守 力を保証している豪州選挙制度の存在がある。豪州では 連合、そして労働党という豪州の 2 大政党も、環境政策、 「優先順位つき連記投票制度」という、世界でも極めて 環境行政を蔑 ろにできず、環境大臣あるいは影の環境 ユニークな投票制度を採用している。このため、とりわ 大臣には、通常、党の大物を起用している。豪州で環 け激戦区では、他政党あるいは他候補からの第 2 位以下 境問題を政治上重要ならしめている背景については、 選好順位の票の流れが、特定候補の当選の可否を決定す 以下の 5 点が挙げられよう。 る。これにより環境保護団体や環境政党も、たとえ自分 第 1 は、豪州大陸の地理的孤立によってもたらされ たちの推す候補者を当選させられなくても、投票用紙の たユニークな生態系、自然環境の存在がある。また、 第 2 位順位以下にどの政党の候補を指定するかによっ 二百数十年前の英国植民以来繰り返されてきた、自然 て、大政党候補の当落に一定の影響力を行使できるので 環境破壊の歴史がある。こういった自然の恵みと、過 ある。 去の破壊への反省から、多くの豪州国民が生物の保護 最後に第 5 として、日本の参議院に比し、より強大な や環境保全を、自分たちの使命、義務としてとらえて 権限を有している豪州連邦上院の存在と、頻繁に発生す いることがまず指摘できる。 る「両院のねじれ現象」、そして上院でしばしば「バラ 第 2 に、環境問題に敏感な国民性を背景にして、活 ンス・オブ・パワー」を握ってきた、環境保護に熱心な 動的で大規模な環境保護の非政府組織(NGOs)が存在 左派系の豪州民主党の存在が指摘できる。その環境分野 することである。豪州にはグリーンピースといった国 においては、一般に保守連合のほうが労働党に比べて、 際的な環境保護団体の他にも、自然協会に代表される 環境保護よりも開発重視の姿勢が強いと言える。 きすう ないがし 「地場」団体も存在し、さまざまな環境問題に関して一 般への啓蒙活動、抗議運動、そして政党へのロビイン (2)気候変動問題に対する2大政党のスタンス グ活動を展開している。また、昨今の日本の調査捕鯨 環境保護問題のなかでも最大のホット・イシューであ に対する、過激な反対行動でその存在感が認識されて り、しかも資源・エネルギー業界にも甚大な影響を与え いる。 得るのが地球温暖化問題であり、2007 年 11 月に実施さ 第 3 は、国営の ABC 放送や全国紙のシドニー・モー れた連邦選挙における政策争点の一つともなった。 ニング・ヘラルド紙に代表される、環境保護あるいは 資源輸出大国豪州の経済は、非再生可能エネルギー源 環境団体に好意的なメディアの存在がある。国民が関 である化石燃料への強い依存をその特徴としている。 *3:豪州居住者から非居住者が受け取る一部について課税される。 *4: 「地球温暖化防止京都会議」ともいう。 25 石油・天然ガスレビュー アナリシス これはエネルギー集約型輸出産業の存在や火力発電へ 標を設定するのではなく、参加各国が協力して、主と の依存、さらに長大な輸送ルートの存在等に起因する して排出削減技術、具体的には燃焼のクリーン化や二 も の で あ る。 実 際 に、 豪 州 の 発 電 燃 料 の 依 存 率 は、 酸化炭素の地下貯蔵といった技術の開発、普及に取り FY2006/07 で 石 炭 54.8 %、 褐 炭 21.9 %、 ガ ス 14.2 %、 組むという「ソフト・アプローチ」のものであった。 水力 6.8%、石油 1.3%、その他 1%で(図 2)、化石燃 また旧政府は、価格メカニズムの活用、具体的には排 料によるものが 92.2%に及んでいる。しかも化石燃料 出権取引制度の構築についても、その削減効果自体は認 のなかでも主体は、膨大な埋蔵量を誇る石炭であり、 めつつも、資源業界にコストを強いる同制度を導入する 褐炭を含めた場合、総発電量の実に 76.7%が石炭燃料 前に、何よりもまず二酸化炭素削減技術の開発を行うこ の火力発電である。 とが先決との立場であった。それどころか旧政府は、 早々 さて地球温暖化問題だが、世界の地球温暖化ガス全排 と国内排出権取引制度をスタートさせれば、技術開発へ 出量に占める豪州の排出量の比率は 1.4%にすぎないが、 の投資が阻害されるばかりか、同制度の導入によって産 産業、経済構造や国土の広さ、他方で人口は比較的少な 業競争力の低下につながる電気料金の大幅引き上げは避 いこと等から、豪州の国民 1 人あたりの温暖化ガス排出 けられないと警鐘を鳴らしていた。 量は、米国に次いで世界第 2 位の水準となっている。ち ただ、その旧政府も、地球温暖化問題に対し、昨年の なみに 1997 年 12 月に京都で開催された「気候変動枠組 選挙前には積極的な姿勢を見せ始め、排出権取引タスク *4 み条約第 3 回締約国会議」 では、 豪州も交渉プレーヤー フォースの提言を受け入れて、2007 年 7 月に国内排出 として活躍したが、豪州の経済構造の化石燃料への強い 権取引制度の導入を正式に決定した。 依存が参加国に認識された結果、最終的な決定・合意事 これに対して労働党は、環境保護に敏感な党内左派の 項は、豪州には極めて満足のいくものであった。 影響もあり、また労働党は「未来志向」というイメージ ところが地球温暖化問題への対応についても、旧保守 を売り込むため、さらに連邦選挙において環境保護系候 連合政府の路線、政策はかなり消極的なもので、保守政 補からの選好票を獲得することも狙って、地球温暖化問 府は、京都議定書の内容が豪州にとっては相当に寛大な 題には一貫して積極的な姿勢を見せてきた。最大の特徴 ものであるにもかかわらず、議定書の批准をかたくなに は京都議定書への対応で、以前から政権奪取後に可及的 拒否してきた。その一方で旧政府は、2005 年 7 月には、 速やかに批准することを公約とし、一部の労働党州政府 同じく批准を拒否するブッシュ米共和党政権とともに、 が既にスタートさせていることもあって、温暖化ガス排 京都レジームを補完するものと述べつつ、地球温暖化問 出量の国内取引制度にも熱心であった。労働党の積極姿 題への共同対処、協力を目的とし、豪州をはじめ米国、 勢は、新環境大臣に環境保護活動家であったピーター・ 日本、中国、インド、韓国の合計 6 カ国からなる新グルー ギャレットを、また気候変動問題担当大臣に、環境保護 プ(Asia-Pacific Partnership on Clean Development に熱心な党内左派のペニー・ウォンを据えたことからも and Climate)を立ち上げている。グループの目的は、 うかがえよう(本稿末尾の【参考資料】の大臣プロフィー 京都レジームのように拘束力と期限つきの排出削減目 ルを参照)。 (3)新政権の環境(特に気候変動対応)戦略 その他 1% 石油 1.3% 労働党は、保守政党に比べ、生態系の保護に熱心で あり、また先住民にもより同情的である。そのため資源・ 水力 6.8% 石炭 54.8% ガス 14.2% 褐炭 21.9% エネルギー開発申請に対する環境アセスメントの厳格 さや、先住民の伝統的土地オーナーへの配慮、先住権 りょうが への配慮では、保守政党を凌駕することが予想される。 ただなんといっても重要なのは、地球温暖化問題への 対応ぶりで、これが将来、資源・エネルギー業界にも 大きな影響を与えることは必至である。 出所:豪州エネルギー供給協会 図2 発電燃料の依存率(FY2006/07) 労働党は、地球温暖化問題では一貫して積極的な姿 勢を見せている。例えば温暖化ガスの豪州の削減目標 値として、2050 年までに、2000 年時点での排出量を 6 割削減するとの、かなり野心的な目標を掲げている。 2008.7 Vol.42 No.4 26 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 この目標を達成するため、排出権取引制度の導入、再 定を公表し、連邦総督の認証を得て批准の手続きを開 生可能エネルギー源の利用促進、そして石炭燃焼のク 始した。 リーン化技術の開発、普及等を主張しており、再生可 能エネルギーについては、2020 年までに、同エネルギー ・ 制度変更と排出権取引制度の構築 源からの発電比率を概ね 20%、発電量では 6 万 G W時 労働党政府は、政府主導で気候変動問題に強力に対 にするとの目標も提示している。 処する上で、これまでの組織、制度は不十分、不備であっ さて労働党は、既に大小さまざまで合計 10 本の柱か たと考え、新たに気候変動対策室(Office of Climate らなる、気候変動対応戦略を公表している。 Change)を設置し、首相直轄の連邦首相府内に置くこ おおむ 1. 国際的リーダーシップの回復 とを計画している。 2. 制度変更と排出権取引制度の構築 さらに、温暖化ガス排出量の削減には、なによりも 3. 政府調達の活用 価格メカニズムの活用を通じて、産業、企業等の削減 4. 再生可能エネルギー源の活用 インセンティブを刺激することが不可欠として、全国 5. 一般への働きかけ 的な排出権取引制度の構築を計画している。つい最近 6. クリーン化技術 / エネルギー効率化 までの旧保守連合政府は、豪州国内取引制度をあくま 7. 持続的農業と「吸収」 で国際排出権取引制度の一環としてとらえ、国内制度 8. 運輸部門のクリーン化 の整備は真の国際制度がスタートし、それが軌道に乗っ 9. 研究活動 てからとの考えを持っていた。その背景には、いたず 10. 水資源対策 らに国内取引制度をスタートさせるのは、規制の網か ただし各種政策の一部は、旧ハワード政府が施行し ら逃れている開発途上国はもちろんのこと、とりわけ た政策を取り込んだもの、あるいは現行政策の継続で 資源分野での先進国との競争において著しく不利にな ある。 り、国際取引制度の一環としない限りは豪州の国益が これらのなかでも中核的施策とされるのが、1、2、 損なわれる、との判断があったと言えよう。 4、そして6であり、これらについて以下に詳述する。 労働党新政府の排出権取引制度は、今年末までに制 度の詳細を詰めて、遅くとも 2010 年から全国的な取引 ・ 国際的リーダーシップの回復 をスタートさせる計画である。そして、取引制度の要 国力的には中級国家にすぎない豪州だが、1980 年代 件として、①国際的制度との整合性確保、②温暖化ガ から 1990 年代にかけての豪州は、例えば核軍縮や核不 ス削減効果の高いこと、③経済的に責任のあること、 拡散問題などにおいて、国連の舞台で重要な役割を果 ④コスト負担や便益の分配問題に関し公平なこと、そ たしてきた。気候変動問題に関しても同様で、京都議 して⑤可及的速やかにスタートすること、の五つを掲 定書交渉、そして議定書の詳細内容をめぐるその後の げている。このうちの①は、EU の排出権取引制度で既 交渉でも、豪州は中核プレーヤーの一国として活躍し に 採 用 さ れ て い る「 総 量 規 制 と 取 引 方 式(Cap and たが、旧ハワード保守政権は、その京都議定書の批准 Trade Approach)」、すなわち年ごとにガス排出量の総 をかたくなに拒否してきた。 量規制値(Cap)を設定した上で、売買可能なトンあた これに対して労働党は、①批准拒否は国際社会での り排出認可証(Permits)を発行し、認可証を売買する 豪州の評価を損なう、②温室効果ガス削減目標達成の との方式を指している。 そして政府は、中・長期的に 補完的手段である「京都メカニズム」が活用できない、 は豪州の国内制度を、欧州等の同様な取引制度に連結 ③後になって京都レジームへの参加を決定すれば、産 させる計画である。次に③だが、政府は、取引制度が 業界に与える影響が大きい等と主張し、一貫して京都 温暖化ガスの低排出技術ならびに再生可能エネルギー 議定書の批准の重要性を主張してきた。労働党にとっ 源に対する、各企業や産業の技術採用、投資インセン てとりわけ重要なのは①で、労働党は議定書の批准は、 ティブを高めるものであるのはもちろんのこと、国際 気候変動問題での豪州の評価を回復するために不可欠 的取引制度の整備に先んじて国内制度をスタートさせ なものであり、ひいては国際社会において豪州がリー る以上は、国内制度が豪州産業の競争力を阻害するも ダーシップを回復する上で必須のものと位置づけてい のとならぬよう、また資源・エネルギー型産業や輸出 る。そしてラッド新政府は公約を遵 守して、第 1 次政 産業を不利にするものとならぬよう、最善を尽くす必 権が発足したその日に、速やかに批准するとの正式決 要があるとしている。ただ国内取引制度の詳細、例え じゅんしゅ 27 石油・天然ガスレビュー アナリシス ばいわゆる「割あて先」の問題や排出枠の有償あるい 白書(Securing Australia's Energy Future)」を公表 は無償の供与問題などが決定され、明らかにされるの している。これは将来のエネルギー安全保障、ならび は、「ガーノー分析・提言書」の完成を待ってから、す に地球温暖化問題への対処戦略を論じたもので、その なわち今年の末ごろとなる。ただし有償か無償かにつ 骨子は、①総額 5 億ドルの地球温暖化ガス排出削減技 いては、競売を通じた有償割あて方式が一般的である 術の開発プログラム、②総額 15 億ドルの燃料物品税優 が、その理由の一つは、仮に無償割あてとした場合には、 遇策の拡大、③総額 7,500 万ドルの太陽エネルギー利用 排出枠を売却して豪州から撤退する企業が出てくる恐 奨励策、そして④総額 1 億 3,400 万ドルの再生可能エネ れがあるからと言われる。 ルギー技術の商業化策、等となっていた。 ただ、上記 同方式は、「究極の炭素税」という面を持っており、 ②からも明らかなように、旧保守政府のエネルギー白 有償で排出枠を配分した場合には、いわゆる資金還流 書は、地球温暖化対策といった環境保護の観点からは 問題(Revenue Recycle Issue)、すなわち政府の吸い上 総じて消極的なものであり、他方で、石炭をはじめと げた資金が、政府によりいかに使用されるかという点 する化石燃料の重要性を強調し、また化石燃料への継 が重要となる。この点に関しては、資金をエネルギー 続的な依存の必要性を説くなど、主として保守連合の 料金の値上げに直面する低所得者層への補償に充てる 支持基盤である資源業界や地方有権者への懐柔をもく こと、また、低排出ガス技術の開発、普及にも活用さ ろんだものでもあった。そして保守政府の温暖化問題 れることになろう。 への消極姿勢を如実に示したのが、実は上記④の施策 ところで、排出権取引制度を立ち上げるにあたって であった。 は、国内の各産業や企業の地球温暖化ガスの排出量実 石炭を燃料とする火力発電に多く依存している豪州で 績 を 把 握 し て お く 必 要 が あ る。 こ の 点 に 関 し て は、 は、石炭火力発電のクリーン化と並んで、再生可能エネ 2007 年 4 月に開催された連邦・州首相会議(COAG) ルギー源の活用が温暖化対策では重要となる。このうち において、温暖化ガス排出量ならびにエネルギー消費 後者については、「再生可能エネルギー法(Renewable 量についての全国的、統合的、かつ強制的な報告制度 Energy Act)」の施行に伴い、既に 2001 年 6 月より「グ を導入することで合意に達している。その後、制度施 リーン電気市場(Green Electricity Market)」と呼称さ 行のための法案である「全国グリーンハウス・エネル れるビジネスがスタートしている。これは、それまでの ギー報告法」も成立し、各企業には排出実績を報告す 「再生可能エネルギー源強制利用目標値(MRET) 」が、 ることが義務づけられている。 わずかに全電力量の 2%程度にすぎず、その市場も極め この報告は強制とはいえ、旧政府下ではかなりソフ て限定されたものであった。そのため 2004 年エネルギー トなアプローチがとられる予定であった。ところが労 白書の公表に際して最も注目されたのは、達成目標値を、 働党新政府のウォン気候変動・水資源大臣は、2008 年 政府が上昇させるか否かという点であったが、現行のま の 2 月初旬に同問題に関する討議書を公表し、そのな まに据え置いた。その結果、ようやく活発化しつつあっ かで報告義務を怠った企業に罰金を科すばかりか、企 た風力発電等の開発投資インセンティブも阻害され、豪 業代表者への刑事罰の適用まで示唆するなど、厳格な 州の再生可能エネルギー源産業の発展も遅々としたもの 姿勢で臨むことを明らかにしている。 となった。 再生可能エネルギー産業の実態であるが、現在のとこ ・ 再生可能エネルギー源の活用 ろ豪州のエネルギー供給全量の 5.9%が同エネルギー源 2002 年 11 月、当時のハワード首相が、「国益増進の によるものである。一方、発電量全体に占める再生可能 ための戦略的リーダーシップ:錯綜した戦略分野にお エネルギー源の割合は、FY2006/07 時点では 7.8%であっ ける政策指針」と銘打った政府の指針文書を公表し、 たが、実のところそのうちの 6.8%分は水力発電による 同文書のなかで豪州の将来にとっての重要戦略課題と もので、水力以外の再生可能エネルギー源は極めて小さ して 9 分野を挙げている。そのうちの一つであったの な発電量にとどまっている。 がエネルギー分野の改革で、これは同分野が輸出産業 さて旧保守政府とは対照的に、労働党はクリーン・ としてばかりか、国内の他産業への「インプット」と エネルギーの利用についても一貫して積極的であった。 しても極めて重要との認識によるものであった。 そもそも温暖化ガス排出量の少ない、すなわちクリー さらに旧保守政府は 2004 年 6 月には、上記戦略課題 ンな発電源とは、100 万 kw 時の発電に際し、発生する の一環、あるいは延長に位置づけられる「エネルギー 排出ガス量が 200kg 未満のものとされる。具体的には、 2008.7 Vol.42 No.4 28 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 ①水力、②太陽光、③風力、④波力、⑤地熱、⑥バイ 約型燃料であり、そのため豪州の温暖化ガス排出量の 3 オといった、再生可能エネルギー源によるものを指す 分の 1 程度は、火力発電所からのものとされる。他方、 が、豪州は同エネルギー源に極めて恵まれた国でもあ 石炭は豪州最大の輸出産品であり、FY2006/07 の輸出 る。例えば②だが、豪州と隣国のニュー・ジーランド 総額は 218 億ドルにも上っている。また直接には 3 万人、 (NZ)には、1 日で、両国のエネルギー需要の 25 年分 間接的には 10 万人を雇用する重要な産業でもある。さ を賄えるほどの太陽光エネルギーが注がれると言われ らに、安価かつ豊富に存在するが故に、豪州産業の国 る。また豪州の南部海岸地域には恒常的に強風も吹い 際競争力の維持には極めて重要な燃料でもある。こう ていることから、③も有望であるし、広大な国土、長 いった諸事情から、豪州では将来にわたる石炭の大量 大な海岸線を抱えることから、④もエネルギー源とし 利用を前提とした上で、石炭燃焼時の温暖化ガスの大 て期待できる。さらに火山地帯ではないものの、地中 気排出をいかに削減するかが、温暖化問題への重要な 深くには高温の岩床が観察され、⑤の地熱発電も利用 対応策と見なされている。 可能とされる。 クリーン化技術のなかでも政府が最も注目している こういったことから、労働党政府はクリーンな再生 のが、石炭やガスの燃焼時に発生する二酸化炭素を捕 可能エネルギー源の活用を温暖化対策の中核に据えて 捉 し、しかもそれを液化した上で地中深くに注入、貯 おり、2020 年までに再生可能エネルギー源からの発電 蔵するという技術である(CCS:Carbon Capture and 比率を 20%程度にまで高めるとの目標を掲げている。 Storage)。CCS の問題点はやはりコストで、とりわけ この利用目標値を達成する上で、労働党政府が目玉 捕捉段階でのコストがかなり高く、同技術の普及のた と位置づけているのが「再生可能エネルギー基金」の めには、温暖化ガス排出にコストを課すこと、具体的 創設である。また、再生可能エネルギー源ではないが、 には、炭素税もしくは排出権取引制度を導入すること 温暖化問題の観点からクリーンな原子力発電が世界的 が不可欠となる。もう一つの問題点は、最大の州であ にも見直されている。この問題に関し旧保守連合政府 ることから温暖化ガス排出量も大きな NSW 州に、少 は、原子力の平和利用も検討の対象とすべきとの立場 なくとも現時点においては CCS 適用の適当な候補地が であったが、労働党のほうは、昨年になってようやく 見あたらない点であるとされる。 ただし二酸化炭素の アナクロな「ウラン 3 鉱山政策」を廃棄したことから 捕捉、輸送、貯蔵技術が豪州で実用化するまでには、 もうかがえるように、原子力問題全般に消極的で、原 少なくとも 10 年以上はかかるものと見なされている。 子力発電所の国内建設はもちろんのこと、産出ウラン そして石炭のクリーン化技術に関する労働党政府の の国内での濃縮化、あるいは放射性廃棄物の国内貯蔵、 目玉策が、政府と産業界との共同基金である「全国石 のすべてに強く反対している。 炭クリーン化基金(National Clean Coal Fund)」の設 ほ そく 立である。一方、政府は産業界の省エネルギー化、水 ・ クリーン化技術 / エネルギー効率化 資源の効率利用を目指して、「豪州クリーン・ビジネス 労働党政府は、温暖化ガス削減技術、とりわけ石炭 (Clean Business Australia)」なるプログラムも計画し 利用火力発電所向け温暖化ガス削減技術の開発、普及、 ている。なお、労働党は、こうして開発された技術を そして使用エネルギーの効率化策も重視している。 海外にも輸出し、豪州をアジア・太平洋地域における 豪州の発電は膨大な埋蔵量を誇る石炭を燃料とした エネルギー・クリーン化技術の「拠点」にするとの野 火力発電が主体であり、その比率は全発電量の約 8 割 心的な目標も掲げている。 となっている。言うまでもなく、石炭は温暖化ガス集 5. 政策決定に関連する豪州の政治環境 以上、現時点で明らかになっているラッド労働党政 強力な上院と「両院のねじれ現象」、 (2)連邦制の存在、 府の資源・エネルギー政策、そして石油・ガス政策全 が考えられるが、おそらく上記政策分野に関する限り、 般の概略を述べてきたが、これらの政策が今後修正を 最大の修正要因となり得るのは(3)政府内の政治闘争、 求められることは大いにあり得る。その理由として(1) であろう。 29 石油・天然ガスレビュー アナリシス (1)強力な上院と「両院のねじれ現象」 ば「バランス・オブ・パワー」を握る可能性の高い、 第 1 点は、強力な連邦上院の存在と「両院のねじれ 過激なグリーンズの要求次第では、政府が政策の修正 現象」の出現である。 日本と同じく豪州も、議院内閣 を余儀なくされることもあり得よう。 制や 2 院制を採用しているが、両国の議会制度の大き な相違点の一つは、豪州の上院が日本の参議院に比べ (2)連邦制の存在 て強い権限を有していることである。ところが政権政 もう一つ重大な政治環境は、豪州が議院内閣制と同 党にとって問題なのは、豪州の下院議員選出方法が 2 時に、米国と同様の連邦制を採用している点だ。この 大政党制を助長する 1 人 1 区の小選挙区制であるのに 連邦制の下では、政府の権限は、①例えば国防や外交 対し、上院のほうは、州を一つの選挙区とする大選挙 のように連邦の専管的権限とされるもの、②州政府の 区の比例代表制であることである。この選挙方式によ 専管的権限、そして③連邦と州政府との権限がオーバー り、上院のほうでは少数政党にも十分当選のチャンス ラップする、あるいは権限が共有される共管的権限、 が生じ、与党が過半数割れする事態、すなわち下院を の三つに大別される。ただ州権擁護に少なからぬ配慮 制した政党あるいは政党連合が上院では過半数を制す をした豪州の連邦制も、百数十年の歳月を経て、連邦 ることができない「両院のねじれ現象」が頻繁に現出 と州との相対的力関係は、着実に連邦に優勢な方向へ する。その結果、ときには無所属議員やシングル・イ と推移している。この連邦制だが、個人主義を政治哲 シュー政党が、そしてこれまでは少数政党の民主党が、 学とする保守の自由党が、伝統的に州権擁護を唱えて しばしば上院で「バランス・オブ・パワー」を掌握し、 きたのに対し、労働党のほうは伝統的に中央集権的で、 与党は「上院の抵抗 / 妨害」に苦しむことになった。 連邦制にはかなり冷淡であった。ところが、これまで この、豪州上院の権限の強さと「両院のねじれ現象」は、 連邦以外では「全国制覇」を達成していたこともあって、 豪州政治を考える上で最も重要な点と言える。 最近の連邦労働党はむしろ州権擁護へと転向し、例え さて 2007 年の下院選挙では大勝したラッド労働党新 ば労働党は「協調的連邦主義」と形容しつつ、各州等 政権も、上院選挙では 4 議席増こそ果たしたものの、 合計では 32 議席と、法案の可決に必要な 39 議席以上 労働党政府とのコンセンサス重視、協力重視の路線を ひょうぼう 標榜している。 には程遠い状況である。また野党保守連合は 2 議席減 2007 年、連邦でも労働党政権が誕生したことによっ の 37 議席と、新上院では与野党ともに上院の過半数に て、労働党は文字どおり「完全全国制覇」を果たした は達していない(表 2)。一方、新上院の任期がスター わけだが、ただ今後の豪州政治が「なれ合い」「談合的」 トする 2008 年の 7 月 1 日までは、野党保守連合が 39 になると考えるのは誤りであるし、また一挙に協調的 議席と、上院の過半数を制する状況が続き、ラッド政 連邦主義が現出すると見るのも早計である。というの 権の政局運営も困難を伴うことが予想される。いずれ も、各州等の労働党政府は連邦からの助成、支援をい にせよ、強力な上院と「両院のねじれ」が意味するのは、 かに分捕るかという点で互いにライバル関係にあるし、 新政権の各種重要政策がそのままの形で施行される公 また党が同じであれ、連邦と州等政府では競合するこ 算はかなり小さいということである。本報告書の主要 とも多いからだ。 テーマである資源・エネルギーや環境政策分野に関し この連邦制の存在も、連邦政府の政策がそのままの ては、もはや与野党の間に重大な差異があるわけでは 形で施行されることの阻害要因である。例えばウラン ないが、やはり「各論」での保守側の抵抗や、しばし 資源の開発・生産問題については、同じ労働党州政府 のなかでも「温度差」があることから、仮に連邦労働 党政府が積極的な開発を望んだとしても、それが全国 表2 豪州連邦議会の新しい勢力分野 的に実現するとは限らない。すなわち QLD 州労働党政 府などは開発に消極的で、それどころかカーペンター 政党/議会 労働党 自由党(連立) 国民党(連立) 民主党 グリーンズ その他 計 上 院 32 37 0 0 5 2 76 下 院 83 55 10 0 0 2 150 WA 州労働党政府は、探鉱活動は容認しつつも、開発 には断固反対している。一方、世界最大規模のウラン 鉱山を抱える SA 州労働党政府は積極的、といった状況 である。ただ資源・エネルギー政策全般、また地球温 暖化政策に関しては、連邦と州労働党政府との間に重 大な意見の相違、あるいは競合する問題が存在するわ 2008.7 Vol.42 No.4 30 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 けではないため、連邦制の存在も大きな阻害要因には バリー地域を対象とした環境政策である。具体的には、 ならないと考えられる。 従来の「ケース・バイ・ケース」による開発プロジェク ト環境評価制度を改めて連邦環境法のレジーム内、すな (3)政府内の政治闘争 わち環境保全および生物多様性保護法(Environment 資源担当大臣の政策遂行、とりわけ石油・ガス政策 Protection and Biodiversity Conservation Act)のなか の阻害要因、あるいは修正要因となり得るのは、「両院 に、環境評価基準、勘案要因を明瞭にした環境アセス のねじれ現象」でも連邦制の存在でもなく、むしろ党 メントのフレームワークを整備するというものである。 内闘争であると考えられる。 同政策の公表に際しギャレットは、これを通じて資源 資源・エネルギー分野の政策決定過程において、直 業界も明瞭な環境評価基準、あるいは要因を知り得る 接あるいは重要なプレーヤーとなるのは、ラッド首相、 わけで、業界、企業の長期的な計画も立てやすく、ま ファーガソン資源・エネルギー・観光大臣、ギャレッ たプロジェクトへの取り組みも容易になるとして、環 ト環境大臣、ウォン気候変動・水資源大臣であるが、 境評価の不透明感、複雑性排除という観点から業界へ 他にも政府の「金庫番」であるウェイン・スワン財務 のメリットを強調している。しかし、確かに透明感は 大臣やリンジー・タナー予算・規制緩和大臣、環境保 深まるとしても、同政策が環境アセスメントの厳格化 護派で左派の実力者であるアンソニー・アルバニーズ・ を狙ったもの、あるいは資源開発に対する連邦政府の インフラストラクチャー兼運輸・地方開発兼地方政府 介入を狙ったものであるのは明らかである。 大臣、野党時代に影の資源・エネルギー大臣を経験し その他、ギャレットは、各ガス田からの生産ガスを たクリストファー・エヴァンズ移民・市民権大臣やジョ 一カ所の液化天然ガス拠点施設、拠点港に集めて、そ エル ・ フィッツギボン国防大臣、そして資源大州 WA こで必要な処理をし、船積みすべきであるとのキンバ 州の出身ということもあって、スティーブン・スミス リー・ハブ構想を提案している。 外務大臣なども重要な存在と考えられる。 また地球温暖化問題が政府全体、そしてラッド首相 また、2007 年の連邦選挙で当選したばかりの新人議 自身にとっても政治上極めて重大であること、また担 員ではあるが、近い将来の閣僚就任が確実で、それど 当する主管大臣が、同じく環境保護派のウォンである ころか将来の労働党党首の候補とまで噂されるビル・ ことからも、資源・エネルギー産業の振興に積極的な ショーテン政務次官も、一定の影響を及ぼし得る。そ 現実派にとっては、温暖化対策との兼ね合い問題も重 の理由は、つい先日までショーテンが、強力な右派系 要である。ただ地球温暖化との絡みでは、ファーガソ の大手労働組合である豪州労働者組合(AWU)の全国 ンなどに有利な状況もある。それは政権交代直後の省 書記長の座にあったからにほかならない。さらに、連 庁再編で資源・エネルギー・観光省(DRET)が発足し 邦議員初当選組ながら、即座に閣外大臣に抜 擢された た際に、地球温暖化関連の重要な三つの政策分野が デュビス内務相も重要である。 デュビスは、NSW 州労 DRET の所管に組み込まれたことであった。 働党政権で長らく法務大臣や環境大臣も務めた環境通 具体的には、①再生可能エネルギー源の技術開発、 のベテラン政治家であるからだ。 ②化石燃料エネルギーのクリーン化、③産業エネルギー このなかで、豪州経済における資源・エネルギー分 の効率化、の三つである。第 4 章において詳述したと 野の意義、重要性を十分に理解しているいわゆる「現 おり、上記の三つは、4 本の柱からなる労働党の地球温 実派」の代表格は、ファーガソン、スワン、エヴァンズ、 暖化対応中核戦略のうちの 2 本に相当するものである。 フィッツギボン、スミス、そしてショーテンである。 こういった重要な地球温暖化対策が、DRET の所管と 一方、これらとは対照的に、強硬な環境保護派である なったことの意味は相当に大きく、資源・エネルギー のがギャレットとアルバニーズとなっている。とりわ 分野の振興と温暖化対策とのバランスを保つべく、政 けギャレットは確信犯的かつ過激な環境保護派で、実 府の再生可能エネルギー源対策やクリーン化対策に関 際にギャレットは、産業界はもちろんのこと、関連す 与できるということである。 る先住民の伝統的土地オーナー、それどころか担当大 またファーガソンが資源・エネルギーを所掌してい 臣のファーガソンにも特段の相談もせずに、カーペン ること自体、同産業にとって有利と言える。その理由 ター WA 州政府と共同して、2008 年の 2 月に新政策を と し て は、 第 1 に、1996 年 に 連 邦 政 界 入 り す る 前 の ぶち上げている。 ファーガソンが、NT 準州の鉱業労働者を担当する労働 その内容は、膨大なガスの埋蔵量を誇る WA 州キン 組合の専従員であったことから、資源・エネルギー業 ばってき 31 石油・天然ガスレビュー アナリシス つうぎょう 界に通 暁していること、第 2 に、ファーガソンは労組 そのファーガソンは、自身が支持する資源・エネル 頂上組織の豪州労働組合評議会(ACTU)の議長を務め、 ギー政策を政府の正式政策として採用させるため、資 労働界をはじめとして相当な人脈を誇っていること、 源・エネルギー政策と、ラッド首相のグランド・スト 第 3 に、派閥政治の労働党にあって、ファーガソンが ラテジーである「国家建設」(Nation Building)、すな 党内穏健左派、あるいはファーガソン左派と呼ばれる わちブロードバンドの充実策をはじめとする全国イン 左派分派の領袖で、したがって党内での発言力も相当 フラ整備計画とをリンケージさせ、しかも資源・エネ に大きく、権謀術数にも長けていること、そして第 4 に、 ルギー政策を地球温暖化対策の一環として位置づける 一般の左派政治家のイメージとは裏腹に、ファーガソ べく、今後鋭意努力するものと予想される。 た ンが経済通で、しかも産業振興やビジネス振興に熱心 であること、等が指摘できる。 【参考資料】 マーティン・ファーガソン(Martin John Ferguson) 資源・エネルギー・観光大臣のプロフィール [ 生い立ち・略歴 ] マーティン・ファーガソン資源・エネルギー・観光大臣は、1953 年 12 月 12 日、シドニーで誕生。父親が NSW 州の副首 相を務めた労働党左派の大物政治家であったことから、ファーガソンは早くも 15 歳で労働党に入党。シドニー大学経済学部を優等で 卒業後は労働界に身を投じ、最終的には労働組合の頂上組織である豪州労働組合評議会(ACTU)の議長にまで上り詰めた。 [ 政治家歴 ] 政界入りは 1996 年連邦選挙のときで、労働党の超安全選挙区の一つである VIC 州のバットマンから初出馬し、見事当選を果たした。 ただファーガソンはシドニー育ちであり、要するにバットマンには「落下傘降下」をしたことになる。そのためバットマンでの労働党 予備選挙(党の公認候補を選出する内部選挙)をめぐっては、VIC 州強硬左派グループから相当な攻撃を受けた。だがさすがに大物だ けあって、ファーガソンには当時のキーティング首相ばかりか、党の幹部会からの強い後押しもあったことから、結局ライバル候補者 たちは出馬の取り消しを余儀なくされたという経緯がある。 そして早くも初当選の直後から、影の雇用・訓練大臣に抜擢され、その後も地域開発、運輸、第 1 次産業など、さまざまな所掌を 担当している。ラッド労働党政権の第 1 次組閣では、資源超大国豪州の重要性がますます高まるなか、資源・エネルギー・観光大臣 に任命され、現在に至っている。 付言すれば、ACTU 議長のポストは労働党有力政治家への登竜門となっている。ホーク元首相をはじめとして、ホークの後任は元 党首のサイモン・クリーン貿易相であるし、クリーンの後任がファーガソン、さらにファーガソンの後任のジェニー・ジョージも連邦 政界入りしている。 [ 思想・人柄 ] ファーガソンは労働党左派に属するものの、「ファーガソン左派」と呼称される穏健的な分派を率いており、この分派は左派内でも 最大の影響力を持つ。ファーガソンの党内影響力の強さは、例えば、一貫して世論調査支持率の低迷にあえいでいたクリーン元党首に 引導を渡したのが、当時のフォークナー上院リーダーとファーガソンであったことからも明らかであろう。 なお、ファーガソンは資源・エネルギー分野に通暁しており、資源業界からの評価も高い。またファーガソンは反核の姿勢が強い左 派ではあるものの、労働党のアナクロな「ウラン 3 鉱山政策」には以前から批判的であった。 [ 家族・趣味・その他 ] 家族は妻のパトリシアとの間に 2 人の子供がいる。趣味はラグビー観戦などで、オジー・ルールではコリングウッド、リーグでは パラマッタのファンである。 ファーガソンには 4 人の兄弟姉妹がいるが、全員が労働組合にかかわった経験がある。また 1 歳上の実 兄であるロリーは、ファーガソンと同じく労働界から連邦政界入りし、現在は政務次官を務めている。 2008.7 Vol.42 No.4 32 豪州新政権の資源・エネルギーおよび環境政策と石油・ガス事業 ピーター・ギャレット(Peter Robert Garrett) 環境・遺産・芸術大臣のプロフィール [ 生い立ち・略歴 ] ピーター・ギャレット環境・遺産・芸術大臣は、1953 年 4 月 16 日、男ばかり 3 人兄弟の長男として、NSW 州の田舎町ワルンガー で誕生。父親は戦災孤児であったという。ギャレットが 18 歳のときに、ビジネスマンであった父親が病死。 その後はギャレットが 2 人の弟の父親代わりとなったが、23 歳のときには母親が自宅の火事で死亡。ギャレットは事故の現場に居合わせ、必死で母親の救 出を試みたという。この悲惨な経験は、当然のことながらギャレットのその後の人生観に甚大な影響を及ぼした。 豪州国立大学と NSW 大学で学び、NSW 大学からは法学士の学位を取得。学生時代より環境問題に関心を抱いていたギャレットだが、 その後計 9 年間にわたり、豪州でも最大規模の環境保護団体である「豪州環境保護基金」(ACF)の会長を務めている。 ただギャレットを著名にしたのは、ACF の会長としてではなく、豪州の有名なロック・バンド「ミッドナイト・オイル」のリーダー 兼ボーカルとしての演奏活動であった。 長身で丸坊主、そして異様なフリをつけて歌うスタイルなどから、ギャレットは過去 4 半世 紀にわたって相当な人気を博していた。ちなみに同バンドは、2000 年シドニー・オリンピックの閉会セレモニーにも出演している。 [ 政治家歴 ] こういった知名度に加え、環境問題へのコミットメントや知性の高さが、当時のレイサム野党労働党党首の目に留まり、結局、労働 党指導部にリクルートされるような形で入党している。 そして 2004 年 10 月の連邦選挙で見事初当選を果たし、2006 年 12 月に 実施された労働党影の内閣の改造では、当選したばかりの 1 年生議員の身ながら、影の閣僚に抜擢され、しかも 2007 年連邦選挙で 重要争点となることが予想された、環境と気候変動の所掌を与えられている。 そして選挙後の第 1 次労働党政権の組閣では、気候変 動問題の所掌は奪われたものの、閣内の環境・遺産・芸術大臣に任命され、現在に至っている。 [ 思想・人柄 ] かつてのギャレットは極左的なスタンスを保ち、核兵器廃絶、ウラン採掘反対、森林保護、人権擁護運動、さらに豪州領土内の米軍 施設の撤去要求や米艦船の寄港反対といった反米闘争でも、過激な言動を繰り返してきた。 ただし大政党の 1 員となったいま、ギャレッ トは党議に従い、チーム・プレーヤーに徹することを約束しており、実際に最近の言動は過去のそれとは相当に異なっている。 これ をとらえて、かつてはギャレットと親しかった環境保護政党グリーンズのブラウン党首などは、 「大政党に入って変節した」としてギャ レットを鋭く批判している。 一方、ギャレットは敬虔(けいけん)なキリスト教徒であり、社会政策分野では保守的な面も併せ持っている。 例えば安楽死や堕 胎などには反対の立場である。 [ 家族・趣味・その他 ] 家族は、ドイツから移民した精神療法士の妻ドリスと 3 人の娘で、ギャレットは家庭を非常に大切にするとともに、家族のプライ バシーにも気を使っている。 またギャレットは、悲哀をともにした弟 2 人とも強い絆で結ばれている。 人気のロック・ミュージシャ ンであっただけに相当に裕福で、本宅は NSW 州ミタゴンの広大な牧草地にある。 ペニー・ウォン(Penny Wong) 気候変動・水資源大臣のプロフィール [ 生い立ち・略歴 ] ペニー・ウォン気候変動・水資源大臣は、1968 年 11 月 5 日にマレーシアで誕生。父親は中国系マレーシア人の建築家で、母親 は豪州人の教師兼ジャーナリストであった。 ウォンは幼女時代の 7 歳ごろ豪州にやってきたが、アジア系の顔つきから小学校ではいじめにもあったという。ただ持ち前の負け ん気と刻苦勉励で、すぐに学業優秀なクラスのリーダーとして頭角を現し、奨学生として名門私立高校に進学。そして高校卒業後は、 SA 州のアデレード大学医学部に入学。ところが医学は自分の道ではないとの思いから、即座に法学部へと転部し、結局、同大学から 法学士と人文科学士の学位を優等の成績で取得している。 ウォンは学生時代から左派系大労働組合の「建設・森林・鉱業・エネルギー組合」(CFMEU)の活動にかかわってきたが、大学卒 業後には同労組の専従員として活躍。 その後はカー NSW 州労働党政権の閣僚のスタッフ、法廷弁護士、さらに労組の法律顧問など を歴任している。 33 石油・天然ガスレビュー アナリシス [ 政治家歴 ] 2001 年の連邦上院選挙に SA 州から初出馬し、見事当選。そして 2004 年 10 月の連邦選挙後に実施された影の閣僚の改造で、 念願のフロント・ベンチ入りを果たしている。ちなみにウォンは、アジア生まれの女性としては豪州で初の連邦上院議員で、また大政 党のフロント・ベンチ入りを果たした初のアジア系議員でもある。さらに 2007 年連邦選挙後の労働党第 1 次組閣では、極めて重要 な気候変動と水資源問題を担当する閣内大臣に抜擢され、現在に至っている。 大臣就任直後にウォンは、インドネシアのバリ島で開催された「気候変動枠組み条約第 13 回締約国会議」 (COP13)に出席したが、 国際舞台は初めてという「新人」であるにもかかわらず、その堂々たる交渉ぶりや根回しの手腕は、内外からも高く評価された。 [ 思想・人柄 ] ウォンは労働党の左派に所属し、平等や社会的公正といった問題に強い関心を抱く。 その背景には自らが経験した人種差別の経験や、 両親の離婚があった。 またウォンが 17 歳のときに、交換留学生として滞在したブラジルでの経験も大きい。 ウォンによると、ブラ ジル社会の貧富の格差のすさまじさを目の当たりにしたことが、その後の自分の信条を形づくる一つの要因になったとのことである。 さらにウォンが同性愛者で、その点でさまざまな中傷にあったことも、もともと社会的弱者の救済問題などに熱心なウォンの人柄を 強めてきたのかもしれない。 社交的な人物として知られる。 [ 家族・趣味・その他 ] 趣味はボート漕ぎなどである。既に亡くなった父方の中国人の祖母を深く敬愛しており、新人議員としての議場での処女演説では、 この祖母のことをわざわざ取り上げている。政界での師匠は既に引退した左派の大物で、SA 選出のボルカス元上院議員である。 執筆者紹介 松本 直樹(まつもと なおき) 1954年生まれ。慶応義塾大学卒業。会社勤務を経て1987年、オーストラリア国立大学国際関係学科修了、同大 学豪日研究センター博士課程中退。1992~1995年、在オーストラリア日本国大使館専門調査員、1995~1997年 オーストラリア防衛大学国防研究センター客員研究員。1996年より政治コンサルタント。専門は、豪州政治、 日豪関係、安全保障問題など。 趣味は、ライフルとピストル射撃(経験20年)、パワード・パラシュート(2人乗りのプロペラ・エンジン付き パラシュート、2007年、パイロット・ライセンスを取得)とアウトドア派。 下記のとおり『 台頭する国営石油会社』が 今春書籍になりましたのでご紹介します 『台頭する国営石油会社―新たな資源ナショナリズムの構図』 編者:JOGMEC 発行: (株)エネルギーフォーラム [ 目次 ] 第 1 章 国営石油会社時代の到来:その性格と意味(7 シスターズから新 7 シスターズへ石油会社ランキング ほか) 第 2 章 伝統的な国営石油会社(国営石油会社のチャンピオン:サウジアラムコ(サウジアラビア)下流国際展開のパイ オニア:KPC(クウェート)ほか) 第 3 章 部分民営化された国営石油(ガス)会社(アジア国有石油会社の雄:CNPC(PetroChina) (中国)天然ガスの 巨人:ガスプロム(ロシア)ほか) 第 4 章 革新的な国営石油会社(国際化のトップランナー:ペトロナス(マレーシア)北欧のプリンス:STATOIL(ノ ルウェー)ほか) 2008.7 Vol.42 No.4 34