...

アメリカ連邦制と分権改革再考:『1996 年福祉改革法』

by user

on
Category: Documents
54

views

Report

Comments

Transcript

アメリカ連邦制と分権改革再考:『1996 年福祉改革法』
Kobe University Repository : Kernel
Title
アメリカ連邦制と分権改革再考 : 『1996年福祉改革法』
以後の展開をふまえて(Rethinking American Federalism
and the 'Devolution Revolution' : What Has and Has Not
Changed Since the Enactment of the 1996 Welfare
Reform Act)
Author(s)
安岡, 正晴
Citation
国際文化学研究 : 神戸大学国際文化学部紀要,19:75-96
Issue date
2003-03
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81001263
Create Date: 2017-03-31
75
ア メ リ カ 連 邦 制 と分 権 改 革 再 考
『1996年福祉改革 法』以後 の展開 をふ まえて 一
安 岡 正 晴
1.テ
ロ リズ ム と フ ェ デ ラ リ ズ ム(連
邦 制)
ア メ リカ合 衆 国 はそ の圧 倒 的 な 政 治 軍 事 的,経 済 的 影 響 力 に よ り 「強 い 国
家 」 と して捉 え られ が ち で あ るが,合 衆 国 憲 法 は ヨー ロ ッパ 型 の絶 対 王 政 に
対 す る反 省 か ら,中 央 政 府 の権 力 を 「抑 制 と均 衡 」 の メ カ ニ ズ ム に よ り,で
きる 限 り牽 制 す る こ とを企 図 して き た。
20世 紀 に は ア メ リカ の世 界 政 治経 済 にお け る役 割 や 連 邦 政 府 の ア メ リカ国
内経 済 に対 す る役 割 は,合 衆 国 憲 法 が 制 定 され た18世 紀 と は比 較 に な らな い
ほ ど飛 躍 的 に拡 大 した が,憲 法 に規 定 され て い る制 度 的 枠 組 が ア メ リカ連 邦
政 府 の行 動 を今 日で も大 き く制 約 す る要 因 と な って い る。
合 衆 国 憲 法 の一 つ の特 徴 は,厳 格 な三 権 分 立 制 と連 邦 制 に よ る,国 内 に お
け る 「弱 い」 中央 政 府 と外 交 に お け る強 い大 統 領 権 限 の存 在 を並 存 させ て い
る こ とで あ る'。 合 衆 国 憲 法 は,大 統 領 を 国 軍 の最 高 司 令 官 と し,ま た外 交
関 係 を処 理 す る主 た る責 任 を課 して い るた め,外 交 軍 事 に お け る大 統 領 の権
限 は特 に強 い もの とな って い る。 例 え ば1950年 にハ リー ・ トル ー マ ン大 統 領
は連 邦 議 会 に よ る宣 戦 布 告 を得 な い ま ま に合 衆 国 軍 を 朝 鮮 半 島 に派 遣 した。
1958年 に は ドワ イ ト ・ア イ ゼ ンハ ワー大 統 領 が 連 邦 議 会 の 同 意 を得 ず に中 東
に軍 隊 を派 遣 し,1962年
に は ジ ョ ン ・F・ ケ ネ デ ィ大 統 領 が東 南 ア ジ ア に軍
事 顧 問 団 を派 遣,1965年
か ら68年 に か け て リ ン ド ン ・ジ ョ ンソ ン大 統 領 は イ
ン ドシナ半 島 へ の 派 兵 を増 強 し,ド
ミニ カ に も派 兵 した。 ベ トナ ム戦 争 の 反
省 か ら1973年 に は戦 争 権 限 法 が 制 定 され,大 統 領 が 議 会 の 個 別 的 な同 意 な し
で 合 衆 国軍 を 派 遣 す る権 限 は制 約 さ れ る こ と と な った が2,ロ
ナ ル ド ・レー
ガ ン大 統 領 は世 論 調 査 で の高 い支 持 率 を背 景 に しば しば戦 争権 限 法 を拡 大解
釈 し,ま た1980年 代 以 降 の国 際 テ ロ リズ ム の活 発 化 に よ り,大 統 領 に広 範 な
76
権 限 を 与 え る こ と へ の 議 会 や 世 論 の 支 持 が 強 ま る結 果 と な っ た 。2001年9月
11日 の 同 時 多 発 テ ロ 事 件 は,こ
う し た80年 代 以 降 の 傾 向 を さ らに 強 化 し,大
統 領 に よ り広 範 な 戦 争 権 限 を 与 え る こ とへ の 同 意 を 示 し て き た と い え る。
テ ロ リ ズ ム と 連 邦 制 の 関 係 に つ い て,保
守 派 と リベ ラ ル 派 は,そ
れぞれの
思 想 的 背 景 は 異 な る も の の あ る 共 通 し た 見 方 を 示 し て い る。 例 え ば ア メ リ カ
保 守 連 合 の コ ラ ム ニ ス ト,ド
ナ ル ド ・デ バ イ ン は,9月11日
化 を 次 の よ う な 文 脈 で 歓 迎 して い る3。FBIと
の事件以降の変
連 邦 司 法 省 は 国 際 テ ロ リズ ム
と 対 抗 す る た め に 優 先 順 位 を 変 更 し は じ め て い る 。 っ ま りFBIと
ロ対 策 を 優 先 し,銀
司法 省 は テ
行 強 盗 対 策 な ど は 州 や 地 方 政 府 に任 せ る べ き と して き て
い る と い う。 従 っ て テ ロ対 策 が 必 ず し も集 権 化 に っ な が らず,む
連 邦 制 の あ り方 の 再 生 に っ な が る の だ と い う。 他 方,リ
て は,テ
ブ ッ シ ュ大 統 領 の ス ピ ー チ の 際 に,ル
二(RudolphGiuliani)ニ
Pataki)ニ
,連
ベ ラ ル派 の意 見 と し
キ サ ス 大 学 ロ ー ス ク ー ル の ア ー ネ ス ト ・ヤ ン グ 教 授 は,9月20日
ジ ョ ー ジ ・W・
一見
しろ本 来 の
の
ドル フ ・ジュ リア ー
ュ ー ヨ ー ク 市 長 や ジ ョ ー ジ ・パ タ キ(GeorgeE
.
ュ ー ヨ ー ク 州 知 事 の 方 が よ り注 目 さ れ た こ と を 例 に あ げ な が ら,
邦 政 府 が 突 出 し が ち な 今 回 の 事 件 に つ い て も引 き 続 き,連
邦 一州 一
地 方 政 府 間 の バ ラ ン ス と協 力 が 必 要 な こ と を 指 摘 して い る 。 例 え ば ビ ル ・ク
リ ン ト ン前 大 統 領 も ブ ッ シ ュ現 大 統 領 も 知 事 職 を 足 掛 か り に 大 統 領 と な っ た
よ う に,今
が,ニ
日 で は 州 は連 邦 政 治 へ の ス テ ッ プ と な っ て し ま っ て い る 観 が あ る
ュ ー ヨ ー ク ・テ ロ 時 の 被 害 者 救 済 や 復 旧 活 動 に お け る ニ ュ ー ヨ ー ク 市
警 や 消 防 署 の 活 躍 に 見 ら れ る よ う に も っ と も市 民 に 近 く市 民 ニ ー ズ に 対 応 で
き る 州 ・地 方 政 府 の 重 要 性 が 高 ま っ て い る の だ と 主 張 し て い る4。 現 在 の 連
邦 最 高 裁 は,保
守 派 と し て 知 ら れ る ウ ィ リ ア ム ・ レ ー ン キ ス ト(William
H,Rehnquist)が
下 で は,例
首 席 判 事 を 務 め て い る が,こ
の レ ー ンキ ス ト ・ コ ー トの
え ば 空 港 警 備 を 連 邦 管 轄 下 に お く こ と や 対 テ ロ対 策 に 州 や 地 方 政
府 の 協 力 を 強 制 す る よ う な 立 法 が 合 憲 と さ れ る 可 能 性 が 高 い 。 実 際,地
府 の 側 も テ ロ事 件 発 生 の36時 間 後 に 全 米 市 長 会(会
オ ー リ ンズ 市 長)が
方政
長 マ ー ク ・モ リア ル ・ニ ュ ー
空 港 の 乗 客 検 査 を 連 邦 政 府 の管 轄 下 に お くよ うに要 求 し
77
て い る5。 し か し 合 衆 国 憲 法 本 来 の 立 場 に 立 ち 返 る と,権
と 考 え ら れ た の は,三
権 分 立 と 連 邦 制 と が,個
利 章典が不必要 だ
人 の諸 権 利 が連 邦 政 府 に よ っ
て 侵 害 さ れ な い よ う に す る セ ー フ ガ ー ドと して 働 く と考 え られ た か ら で あ る 。
あ る 州 の 住 民 が 州 の 政 治 体 制 に 不 満 で あ っ た 場 合,そ
政 策 信 条 に 近 い 州 に 引 っ 越 す こ と で,全
の 州 か ら 自分 の 政 治 ・
国 政 府 に対 す る 自分 の政 策 ス タ ンス
を 投 票 に よ り意 思 表 明 で き る と い う の が ア メ リ カ 連 邦 制 の 根 幹 で あ っ た 。 そ
う し た 連 邦 制 の 文 脈 に お い て こ の 二 人 の 論 者 は,安
対 し,む
易 なFBI権
限 の拡 張 に反
しろ テ ロ危 機 の よ う な 時 代 に こ そ 連 邦 と 州 一 地 方 政 府 が 本 来 の 役 割
分 担 を す べ き で あ り,そ
の 方 が テ ロ 対 策 に も 効 果 的 で あ る と し て い る点 が 興
味深 い。
ジ ョー ジ ・W・
ブ ッ シ ュ大 統 領 は,テ
育 に 市 場 原 理 を 導 入 し,バ
キ サ ス 州 知 事 の 経 験 を 生 か して,教
ウチ ャー 制 学 校 や チ ャー タ ー ス ク ー ル の推 進 を大
統 領 選 挙 戦 に お い て も 政 策 の 一 っ の 柱 と し て き た6。
し か し2001年9月
時 多 発 テ ロ事 件 以 降 は,ブ
ッ シ ュ 政 権 も ア メ リ カ 国 民 も,テ
防 衛 政 策homelandsecurity」
の 方 に 関 心 を 移 し,こ
ロ対 策 や
の同
「本 土
う した教 育 を 始 め と
す る 「分 権 」 改 革 も 目 立 っ た 進 展 を 見 な い で い る 。 司 法 コ ラ ム ニ ス トと して
定 評 の あ る リ ン ダ ・グ リ ー ンハ ウ ス は,ポ
ス ト冷 戦 期 の 比 較 的 平 穏 な 時 期 は,
連 邦 政 府 の 役 割 も相 対 的 に 軽 視 さ れ た が,そ
う し た 「分 権 」 的 な 空 気 も9月
11日 の 事 件 で 一 掃 さ れ て し ま っ た と 指 摘 し,「 連 邦 制 論 議 は 平 時 の 贅 沢 だ 」
と い う ウ ォ ル タ ー ・デ リ ン ジ ャ ー 元 訟 務 長 官 の 言 葉 を 引 用 して い る7。
ブ ッ シ ュ 政 権 が 連 邦 政 府 か ら 州 政 府 や 地 方 政 府 へ の 権 限 委 譲(devolution)に
ど の 程 度 コ ミ ッ ト し て い くか は 今 後 の 展 開 を 見 守 る 必 要 が あ る が,
「本 土 防 衛 政 策 」 の 実 施 過 程 に お い て も連 邦 一 州 一 地 方 の 権 限 や 役 割 分 担 や
そ の 正 当 性 が 常 に 議 論 しっ づ け ら れ る と い う点 で は 対 テ ロ リ ズ ム 対 策 も 連 邦
制 論 議 と 無 関 係 で は い ら れ な い の で あ る8。
2.ア
メ リカ連 邦 制 下 で の 分 権 化 と集 権 化
表1は,ア
メ リカ連 邦 制 と,英 連 邦 の カ ナ ダ, オ ー ス ト ラ リア の 連 邦 制,
78
表1各
連邦政 府の政 体
元首
行政 府の長
国 連邦 制 の比 較
カナ ダ
オ ー ス トラ リ ア
ア メ リカ
大統領制
大 統 領(任 期4年)
大統 領(14省
の長
官 は 大統 領 が任 命)
立憲 君 主 制
イ ギ リス 国王
首相
(議院 内 閣 制)
立 憲 君主 制
イギ リス国 王
首相
(議院 内 閣制)
ドイ ツ
連 邦 共和 制
大 統 領(任 期5年)
首相
(議院 内 閣制)
連邦 と州の関係
憲法 で連邦 の権 限
を列 挙,残 りは 州 の
権限
連 邦 と州 の 権 限
を そ れ ぞ れ 列 挙,
残 りは連 邦 の 権
限
連 邦 の権 限 を列
挙,残 りは 州 の 権
限
立 法権 は,主 に連
邦 に,執 行 権 は州
へ と機能 的 分 担
州の政治 制度
州 知 事,議 会 と もに
公 選(二 元代 表 制)。
州 は ネブ ラス カ州
以 外二 院 制 。
州 は一 院 制 で,議
院 内 閣 制 。州 首 相
の 上 に 法 案拒 否
権 を もつ 副総 督
が い る。
州 も二 院 制 で,議
院 内 閣制 。州 首 相
の 上 に副 総 督 。
州 は一 院 制 で議
院 内 閣 制 。州 首
相。
連邦議会 選挙
下 院 は人 ロに応 じ
て議 席 配 分.直 接 選
挙 。上 院 は各 州二 名
を州 民 に よ る 直 接
選 挙 で選 出。
下 院 は人 ロ に応
じて議 席 配 分,直
接 選 挙。 上 院 は連
邦 首 相 の 推薦 で
総 督 が 任命 。
下 院 は 人 口に 応
じ て議 席 配 分,上
院 は 各 州12議
席,共 に直 接 選挙
連 邦 議 会(下 院 〉
は小 選 挙 区比 例
代 表 併 用 制 で直
接 選挙 。 連邦 参議
院(上 院)は 州 政
府 が選 出 。
憲法改正 への州
の参 加
改正 には四 分 の三
の 州 の 賛 成 が必 要 。
十 州 中 七 州以 上
の賛成が必要。
① 過半 数 の州 で
過 半 数 の賛 成 と
② 全 投票 者 の 過
半 数 の 賛成 の 両
方が必要
連邦 議 会 お よ び
連邦 参 議 院 の三
分 の二 の 賛 成 が
必要。
*本
表 の 作 成 に`iEた'・ て,岩
の 憲 法 集(第.版
崎 美 紀 ∫・,1998.『
分 権 と 連 邦 制 』 ぎ ょ う せ い,及
び 阿 部 照)1il・ 畑II薯行 編,lgg8.『ll堺
〉 』 イ1信 堂 高 文 社 を 参 照 し た 。
及 び ドイ ッ の 制 度 を 比 較 し た も の で あ る 。 こ こ で 挙 げ た 国 で は ア メ リ カ 以 外
が 議 院 内 閣 制 で あ る が,ア
二 元 代 表 制 で,州
メ リ カ が 最 も 権 力 分 離 の 性 格 が 強 く,連
議 会 も 二 院 制 と 「抑 制 と 均 衡 」 原 理 が 強 く働 く制 度 と な っ
て い る 。 カ ナ ダ,オ
ー ス ト ラ リ ア と ア メ リ カ の 制 度 を 比 較 す る と,カ
副 総 督 を 通 じ て 連 邦 政 府 が 州 を コ ン トロ ー ル で き る こ と や,憲
な い 権 限 は 連 邦 政 府 に 留 保 さ れ る な ど,最
同 じ限 定 列 挙 型 で あ る が,や
法 上 は,ア
ナ ダは
法 で列 挙 さ れ
も集 権 的 性 格 が 強 く な っ て お り,
オ ー ス トラ リ ア は ア メ リ カ と カ ナ ダ の 中 間 で,連
中 で は,憲
邦 も州 も
邦 政 府 の 権 限 は ア メ リカ と
は り副 総 督 が 存 在 し て い る 。 こ れ ら の4力
国の
メ リ カ の 制 度 が 最 も大 き な 権 限 を 州 政 府 に 与 え て い る
こ と が 明 らか で あ る 。
19世 紀 半 ば ま で の 初 期 ア メ リ カ 連 邦 制 の 一 っ の 特 徴 は,権
rationofpowers)に
力 分 離(sepa-
よ り個 人 の権 利 が 中 央 政 府 に 侵 害 さ れ る こ と を守 る
79
とい う こ とだ った 。 『フ ェデ ラ リス ト』 第51論 文 は,「 ア メ リカ の よ うな複 合
的 な 共 和 国 に あ って は,人 民 に委 譲 され た権 力 は,ま ず二 っ の異 な った政 府
に分 割 され,そ の うえ で 各 政 府 に分 割 され た権 力 が,さ
らに明 確 に 区別 され
た 政 府 各 部 門 に分 割 され る。 従 って 人 民 の権 利 に対 して は二 重 の保 障 が 設 け
られ て い るわ けで あ る。 異 な っ た政 府 が それ ぞれ 相 手 方 を抑 制 しつ つ,同 時
に そ の 各 政 府 が 内部 的 に 自分 自身 を 抑 制 す る よ うに な って い る わ けで あ る9」
と述 べ て い る。 しか し南 北 戦 争 の 経 験 は,州 や 地 方 政 府 の権 限 が と もす れ ば
宗 教 的,人 種 的 に不 寛 容 な 多 数 派 に よ って 専 制 的 に利 用 さ れか ね な い こ と を
露 呈 した。 従 って ア メ リカ 連 邦 制 も次 第 に初 期 の 連 邦 と州 の 「二 重 主 権 論 」
的立 場 を脱 して,特 に ニ ュー デ ィ ール 以 降,全 国 化,集 権 化 の傾 向 を強 めて
い った が,ニ
ュー デ ィー ル 期 以 降 の 連 邦 制 は,そ れ まで の連 邦 制 が 「二 重 連
邦 主 義DualFederalism」
と名 づ け られ て い た の に対 して,「 協 力 的 連 邦 主
義CooperativeFederalism」
と呼 ば れ た。 大 恐 慌 を背 景 に,連 邦 政 府,州
政 府,地 方 政 府 が そ れ ぞ れ協 力 しあ って,社 会 福 祉 や 失 業 対 策,イ
ンフ ラ整
備 な どに取 り組 む よ うに な った の で あ る。
図1は,1927年
か ら1999年 に か けて の 州,地 方 政 府 の 歳 入 にお け る政 府 間
補 助 金 の割 合(っ ま り上 位 政 府 に 対 す る財 政 的 依 存 度)を 示 した もので あ る。
上 か らそ れ ぞ れ,地 方 政 府 の州 政 府 に 対 す る補 助 金 依 存 度,州 政 府 の連 邦 補
助 金 へ の依 存 度,地 方 政 府 の連 邦 補助 金 に対 す る依 存 度 を 示 して い る。1927
年 に は,州 の連 邦 補 助 金 依 存 度 は5%,地
に過 ぎな か った が,7年
方 政 府 の 州 補 助 金 依 存 度 も9.4%
後 の1934年 に は 州 の 連 邦 補 助 金 依 存 度 が27.3%,地
方 の 州 補 助 金 依 存 度 が20.7%と
急 増 して い る。 「協 力 的 連 邦 主 義 」 の進 展 に
よ り,財 政 的 に は州 か ら連 邦 へ,地 方 か ら州 へ とい う集 権化 が 急 速 に進 ん で
い る こと を示 して い る。 州 政 府,地 方 政 府 の連 邦 補 助 金 に対 す る財 政 的依 存
度 は,第2次
世 界 大 戦 終 結 後 の1946年 に は州 の 連 邦 補 助 金 依 存 度 が9.4%,
地 方 の 連 邦 補 助 金 依 存 度 が0.1%と 激 減 す る一 方 で,地
方 政 府 の 州 政 府 に対
す る依 存 度 は1934年 に20%を 超 え て か ら一 貫 して ほぼ増 え つ づ けて い る。 こ
れ は連 邦 政 府 の 地 方 政 治 や州 政 治 へ の財 政 的 コ ミッ トメ ン トは 時 期 に応 じて
80
図1歳
35
一
入 に お ける 政 府 間 補 助 金 の 割 合(%)1927-99
㎝
…
`」
蝿
30
葺
び ・ 一[攣
10
藁∵
.軸
頓
冒o歯
健嶺 濁
し」篇
『 疑穿rl塞
.1
一
騨
壽",只
障」
解じ
ハ!
'
口 謀
㌦
ト
肱
』
「、{;F
配 ㌦…
尊
講懲
.
…
5
0
、
ノ 、厩_、
岡
講
∴、
・_・
,漁 遭、∴
芒い
こ課 攣
一鞠紀
誌 ㌦1、1_、_∴__、
∴
、_、
n
¶■
1
1
1
0︾ 8
0︾ 9
7
9
1
QV Qリ ハ﹂
0り 9
3
0︾ 00 [O
0︾ 8
1
0り 0︾ 9
1
8
0り 8
1
1
9
Q︾
[0
i1
7
0︾ 0り 7
1
0︾ 7
5
邦 → 地 方 の 政 府 間 補 助 金 を 示
1
¶■
9
7
1
nJ
Q︾ 7
0り 7
邦 → 州,連
1
7
1
6
F
O
0︾ 置0
4
0
4
7
7
9
3
6
1
9
9
1
0り 2
1
1
→ 地 方,連
1暉 9
1
上 か ら 順 に,州
§
災
罰耐[,F{石
11薯
1
ア 遭
曝
げ
熊 「[
∵
20
15
㌔".・
9
巾
%
,=了
,
・
巾
で 商 ㌧8
25
幽
}
」
.,
へ
L、
鷲
し て い る 。
Sources:1927-1992:Calcu]atedbytheedltorsfr㎝U.S.AdvisoryCo㎜issionon
lntergovernmentalRelatIons,SigηiflcantEeatu!'esofノ
「iscalFederalism,1994,vol.
2(WashIngton,DC.'U.S.AdvIsoryCo㎜[ssIononlntergovernmentalReiations,1994),
44,1993-1999.http伽.σ
変 化 が あ る が,地
θ〃sus.gov/90v5/幅
θ5オ1〃冨
ヨ亡a!]tm/
方 政 府 は 一 貫 して 州 政 府 に 財 政 的 に 一 定 の 割 合 で 依 存 しっ
づ け て い る と い う こ と を 示 して い る 。 ニ ュ ー デ ィ ー ル 以 降 で,州
金 依 存 度 が20%を
超 え る の は,1965年
ン ソ ン は 貧 困,福
祉,犯
罪,差
の連邦補助
の ジ ョ ン ソ ン大 統 領 の 時 で あ る 。 ジ ョ
別 撤 廃,教
育,都
市 再 開 発 な ど幅 広 い社 会 問
題 に 連 邦 政 府 が 直 接 介 入 して 取 り 組 む 「偉 大 な る 社 会 」 プ ロ グ ラ ム を 実 施 し,
ジ ョ ン ソ ン在 職5年
間 に200以 上 の 連 邦 補 助 金 が 新 設 さ れ た10。 州 政 府 を 介
して で は な く連 邦 政 府 が 直 接 に 様 々 な 種 類 の 地 方 政 府 に 補 助 金 を 与 え,新
し
い 政 策 の 実 現 を は か っ た こ と か ら 「創 造 的 連 邦 主 義CreativeFederalism」
と 呼 ば れ た が,図1の
存 度 が ピ ー ク の32.5%に
デ ー タ で 見 る と,地
達 し た の が,ジ
邦 の 地 方 へ の 直 接 関 与 が 増 え て も,必
方 政 府 の州 政 府 に対 す る財 政 的依
ョ ン ソ ン政 権 期 の1965年
で あ り,連
ず し も地 方 政 府 の 州 政 府 に 対 す る 財 政
的 自律 性 が 高 ま った わ けで は な か っ た。8年
ぶ りの 共 和 党 政 権 を 担 っ た リチ ャー
ド ・ニ ク ソ ン は,「 新 連 邦 主 義NewFederalism」
と呼 ば れ る一 連 の改 革 に
81
着 手 し,連 邦 一 州 一 地 方 関 係 を 根 本 的 に 見 直 した 。 ニ ク ソ ンの 「新 連 邦 主 義 」
は,煩
雑 化 ・断 片 化 して い た 連 邦 補 助 金 プ ロ グ ラ ム を 整 理 統 合 し,簡
素 化,
効 率 化 を 図 ろ う と し た も の で あ り,「 一 般 歳 入 分 与 プ ロ グ ラ ムgeneral
revenuesharingprogram」
に よ り 州 ・地 方 政 府 の 裁 量 権 を 拡 大 し て,一
般 財 源 を 補 助 す る と と も に,ジ
ョ ン ソ ン期 の 「偉 大 な る社 会 」 プ ロ グ ラ ム で
乱 発 さ れ た 用 途 限 定 型 の 補 助 金 で あ る カ テ ゴ リカ ル ・ グ ラ ン トを,州
の 裁 量 の 余 地 を 拡 大 した ブ ロ ッ ク ・グ ラ ン ト(一 括 補 助 金)へ
た 。 しか し図1を
見 る と,ニ
ク ソ ン在 職 時 の1969∼74年
と 統 合 して い っ
に か け て,州
政 府 の 上 位 政 府 に 対 す る 財 政 的 依 存 度 に 大 き な 変 化 は 見 ら れ ず,む
度 が 増 加 して い る 。 州 の 連 邦 補 助 金 へ の 依 存 度 が20%以
減 傾 向 を 維 持 して い た の は,1981∼91年
や地 方
や地 方
しろ依 存
下 に ま で 減 少 し,微
の レー ガ ン ・ブ ッ シュ政 権 期 で あ る
こ と が グ ラ フ か ら 読 み 取 れ る 。 財 政 赤 字 と 貿 易 赤 字 と い う い わ ゆ る 「双 子 の
赤 字 」 に 苦 し め ら れ て い た レ ー ガ ン政 権 は ニ ク ソ ン政 権 と 同 じ く 「新 連 邦 主
義 」 を 政 策 目 標 と して 掲 げ て,同
た が,レ
じ く ブ ロ ッ ク ・グ ラ ン トな ど の 手 法 を 用 い
ー ガ ン 「新 連 邦 主 義 」 は ニ ク ソ ン 「新 連 邦 主 義 」 の よ う な 政 府 間 関
係 の 効 率 化 と州 ・地 方 政 府 の 自 律 性 の 向 上 を 目 標 と し た と い う よ り も,連
邦
政 府 の 州 ・地 方 政 治 へ の コ ミ ッ トメ ン トを 減 らす こ と で 財 政 負 担 を 軽 減 し よ
う と し た も の で あ り,歳
入 分 与 制 度 に は反 対 で あ り,廃
止 す る こ と とな っ た。
そ の よ う な 連 邦 政 府 の 州 ・地 方 政 策 か ら の 「撤 退 」 が 図1の
グ ラ フに見 るよ
う に 数 字 の 上 で も は っ き り と し た 効 果 が で て い る と い え る だ ろ う。 こ う し た
レ ー ガ ン 新 連 邦 主 義 と 共 通 す る 立 場 に た っ て,い
devolutionrevolution」
を 制 し た,共
を 推 進 し た の が,1994年
わ ゆ る
「分 権 革 命
選挙 で上 下両院 の過半数
和 党 ・ニ ュ ー ト ・ギ ン グ リ ッ チ(NewtGingrich)指
導 の第
104議 会 で あ る11。 連 邦 一 州 一 地 方 と い う 政 府 間 関 係 論 の 立 場 か ら見 て,第
104議 会 の 最 大 の 成 果 は,「1995年
無 財 源 マ ン デ イ ト(unfundedmandate)
改 革 法 」 と 「1996年 福 祉 改 革 法 」 の 成 立 で あ る 。 前 者 は 連 邦 政 府 が 州 や 地 方
に 対 して 充 分 な 財 政 的 裏 づ け を す る こ と な く,事
デ イ ト」 の 防 止 を 図 っ た 立 法 で あ り,1980年
務 執 行 命 じ る 「無 財 源 マ ン
代 の 規 制 緩 和 ・ 「新 連 邦 主 義 」
82
の 時 代 に も 関 わ ら ず 増 加 傾 向 に あ っ た,無
う と し た も の で あ っ た12。 後 者 の1996年
1996年 の 一 般 教 書 演 説 で,ク
た 」 と述 べ た よ う に,民
財 源 マ ン デ イ トに 歯 止 め を か け よ
福 祉 改 革 法 に つ い て は 後 述 す る が,
リ ン ト ン大 統 領 が
「大 き な 政 府 の 時 代 は 終 わ っ
主 党 政 権 と い え ど も,ニ
ュ ー デ ィー ル以 来 の連 邦 政
府 の 社 会 政 策 や 州 ・地 方 政 治 へ の コ ミ ッ トメ ン トを 縮 少 さ せ て ゆ く こ と を 象
徴 的 に示 す一 っ の画 期 とな った。
3.ア
メ リカ連 邦 制 の 諸 側 面 一司 法 と財 政 一
こ う した ア メ リカ 連邦 制 と分 権 の 問 題 を 考 え る場 合,大
き く分 け て二 っ の
捉 え方 が あ る。 一 っ は,司 法 か ら連 邦 制 を 考 え る ことで,こ
(JudicialFederalism)と
れ を 司法 連 邦 制
呼 ぶ。 ア メ リカ の裁 判 制 度 は当 初,各 植 民 地 が 第
一 審 を ,控 訴 審 は植 民地 議 会 が 裁 判 し,1789年
に は じめ て連 邦 裁 判 所 が設 置
され た あ と も州 裁 判 所 が ほ とん ど の事 件 を審 査 す る管 轄 権 を も って い た。 現
在 は連 邦,州
と もに 三 審 制 の 裁 判 制 度 を もっ 二 重 裁 判 所 制 度 とな って い る。
合 衆 国 憲法 第3条
訟,②2っ
に よ る と,連 邦 最 高 裁 は,① 連 邦 と州 の 間 の事 件 な い し争
又 は そ れ 以上 の 州 の 間 の事 件 な い し争 訟,③ 外 国 の大 使 そ の他 の
外 交使 節 お よ び領 事 に関 わ る場 合,④1州
の 間,も
しくは1州
り,憲 法第1条
と他 の州 の市 民 ま た は 外 国 の市 民
と外 国 の 間 の 場 合 に第 一 次 管 轄 権 を もっ こ とに な って お
第8節 の 連 邦 議 会 の権 限 に見 られ る 「連 邦 政 府 」 の管 轄 領 域
に対 応 して い る。 また 連 邦 最 高 裁 は,司 法 審 査 権 を も って い る。 これ は,連
邦 議会 が制 定 した 法 律,大 統 領 の 行 政 命 令,州 議 会 が制 定 した州 憲法 や州 法
が ア メ リカ 合衆 国 憲 法 に違 反 しな いか ど うか を判 断 す る連 邦 裁 判 所 の権 限 で
あ る。 日本 国憲 法 で は,第 八 十 一 条 で 「最 高 裁 判 所 は,一 切 の法 律,命 令,
規 則 又 は処 分 が 憲 法 に適 合 す るか しな いか を決 定 す る権 限 を有 す る終 審裁 判
所 で あ る」 と明 記 して い るが,合 衆 国 憲 法 で は 明文 の規 定 が な く,1803年
「マ ー ベ リ対 マ デ ィソ ン事 件(Mαrburyv.-Mαdison,5U.S.137)」
の
判決 で
確 立 され た。 この 司 法 審 査 権 を挺 子 と して,司 法 が積 極 的 に社 会 的 ・政治 的
判 断 を 行 な って い くこ とを 司 法 積 極 主 義 と呼 ぶ 。 司法 審 査 制 の焦 点 は,19世
83
紀 の いわ ゆ る二 重 連 邦 主 義 の時 代 は連 邦 権 と州 権 の範 囲 を め ぐ る係 争 に あ っ
たが,1930年
代 の ニ ュ ー デ ィー ル時 代 以 降,行 政 国家 化 が 進行 し,連 邦 政府
が 経 済 的 ・社 会 的 規 制 を 強 め る と,政 府 の 経済 ・社 会規 制 の合 憲 性 が争 わ れ,
さ らに1950∼60年 代 に な る と公 民権 な ど市 民 的 自 由の 問題 が 中心 的争点 とな っ
た。
2000年 の ブ ッシ ュ対 ゴ ア の大 統 領 選 挙 で は,連 邦 最 高裁 が,フ
ロ リダ州最
高 裁 が 命 じた手 作 業 に よ る再 集 計 の や り方 が,「 法 の平 等 の 保 護 」 を保 障 し
た 合 衆 国 憲 法 第14修 正 に違 反 す る と い う判 断 を下 して決 着 が っ いた が,州 法
の 判 断 は州 の 司 法 に任 せ る と い う最 近 の新 司 法 連 邦 主 義 に 反 す る よ うな この
連 邦 最 高 裁 の判 断 は,政 治 的 で あ る とい う批 判 も受 けた13。いず れ に して も
司 法 や 司 法 判 断 が 連 邦 制 を 大 き く規 定 す る要 因 とな って い るの が 一 っ の 特徴
で あ る。
連 邦 制 を 考 え る も う一 っ の視 点 は連 邦 一州 一地 方 の財 政 関係 に注 目す る こ
とで あ る。 ア メ リカの 連 邦 制 は財 政 の点 で もか な り分 権 化 して い る。連 邦政
府 は所 得 税 を 主 な 財 源 と し,防 衛,外 交 とい った純 粋 公 共 財 の 提供 や公 的扶
助,医
療,年 金 な どの 所 得 の再 配 分,さ
らに は財 政 ・金 融 政 策 を通 じた経 済
安 定化 機 能 を果 た して い る。 州 政 府 は,消 費税 を主 な財 源 と し,教 育 や福 祉,
道 路 整 備,経 済 開 発 な どの 地 方 公 共 財 の資 源 配 分 を行 な って い る。 さ ら に地
方 政 府 は,固 定 資 産 税 を 主 な財 源 と して,消 防,清 掃 処 理,警
察,地 域 開発
な ど を行 な って い る14。この よ う に収 入 の点 で も支 出 の点 で も役 割 分 担 が進
ん で い る の が ア メ リカ連 邦 制 の 大 き な特 徴 で あ り,財 政 連 邦 主 義(Fiscal
Federalism)と
呼 ば れ るが,低
所 得 者 に対 す る 医 療 保 険 で あ る メ デ ィケ イ
ドの よ う に,連 邦 が 大 部 分 を 財 政 的 に負 担 し,州 政 府 が管 理 ・運 営 す るプ ロ
グ ラ ム も存 在 して い るの で,理 念 的 な財 政 連 邦 主 義 と実 態 は か な り異 な って
い る。1981年 か ら91年 の レー ガ ン ・ブ ッ シュ時 代 は州 ・地 方 政 府 に 対 す る連
邦 補 助 金 は,連 邦 総 支 出 の10%程
度 に抑 え られ て い た が,そ れ以 外 の 時代 は
15%程 度 を 占め て お り,補 助 金 総 額 も増 額 傾 向 に あ る。 連 邦 か ら州 ・地 方 政
府 に対 す る補助 の パ タ ー ンと して は,① 使 用 用 途 を連 邦 が厳 し く限定 す るカ
84
テ ゴ リ カ ル ・ グ ラ ン ト,②
ニ ク ソ ンの
「新 連 邦 主 義 」 の 時 代 に 導 入 さ れ た,
よ り裁 量 権 の 強 い ブ ロ ッ ク ・グ ラ ン トや,③
つ,そ
連 邦 の所 得 税 の一 部 を共 有 しっ
れ を コ ミ ュ ニ テ ィ 開 発 な ど に 当 て る 歳 入 分 与 制 度 な ど が あ り,歳
与 制 度 は特 に 州 ・地 方 か ら歓 迎 さ れ た が,レ
さ れ た 。 ま た あ と で 述 べ るAFDCの
年 に 廃 止 さ れ,生
入分
ー ガ ン ・ブ ッ シ ュ期 に ほ ぼ 廃 止
よ う な 連 邦 ・州 共 管 型 の プ ロ グ ラ ム も96
活 保 護 な ど の 福 祉 行 政 もか な り の 部 分 が 連 邦 か ら州 へ と移
管 さ れ る よ う に な っ て き た 。 権 限 委 譲 と 財 政 能 力 の バ ラ ン ス,そ
し て 州 間,
地 方 間 の 公 共 サ ー ビス格 差 の 問 題 な どが 財 政 連 邦 制 を考 え る場 合 の大 きな鍵
と な っ て い る。
4.ア
メ リ力連 邦 制 の 功 罪 と そ の評 価
以 上 の よ うな 財 政 と司 法 に特 に着 目 しなが らア メ リカ連 邦 制 の長 所,短 所
を 考 え て 見 る と どの よ う に評 価 で き る だ ろ うか 。 現 代 の ア メ リカ連 邦 制 を 評
価 す る場 合,以 下 の 三 っ の視 点 が 有 効 で あ る と考 え られ る。 まず 「連 邦 制 の
原 理」 で あ るが,近 年 問題 に な る ケ ー スで人 種 統 合 教 育 の例 を 考 え て み よ う。
1990年 の 「ミズ ー リ対 ジェ ンキ ンズ」 事 件 に お い て,連 邦 地 裁 は,ミ ズ ー
リ州 カ ンザ ス ・シテ ィの 全 中,高 等 学 校 と小 学 校 の半 数 に50億 ドル か ら70億
ドルか か る マ グ ネ ッ トス ク ー ル の建 設 を,人 種 統 合 を 目的 と して命 ず る判 決
を 出 した'5。カ ンザ ス ・シテ ィ学 校 区 は こ の コ ス トを支 払 うた め に,固 定 資
産 税 を25%増
税 しな けれ ば な らな い計 算 とな った。 マ ー サ ・ダー シ ッ ク は,
公 選 で な い連 邦 判 事 が,地 方 税 に大 幅 な 引 き上 げ に っ な が るよ うな判 決 を 地
方 政 府 に押 し付 け る の は連 邦 制 の原 理 に 反 す る と 問題 視 して い る16。前 述 の
よ うに初 期 連 邦 制 に お いて は,州 や地 方 権 力 の 自治 の擁 護 が 事 実 上,人 種 差
別 存 続 の道 具 と して 機 能 した 。 従 って,『 ミズ ー リ対 ジ ェ ンキ ンズ』 事 件 に
お け る地 方 の 代 表 制 と連 邦 最 高 裁 の衝 突 も,「 分 権 」 とい う観 点 に立 っ と批
判 す べ きだ が,「 分 権 的 」 な連 邦 制 が,事 実 上,人 種 差 別 や 地 方 に お け る エ
リー ト支 配,ビ
ジネ ス中 心 主 義 に有 利 に働 い て い た こ とを考 え る と,ア メ リ
カ が真 の 「共 和 国 」 とな る た め に は連 邦 政 府 が 人種 差別 撤廃 策 と して 積 極 的
85
に地 方 政 治 に介 入 す る の は や む を え な い面 もあ ろ う。 この ケ ー スで 明 らか な
の は,過 度 の 分 権 が 社 会 経 済 的 不 平 等 や公 共 サ ー ビス の 不 均 等 配 分 にっ なが
る と い う こ とで あ る。 この 場 合 の連 邦 判 事 の役 割 は い っ て み れ ば,『 フ ェデ
ラ リス ト』 で 想 定 して い た 「対 抗 力 」 で あ る と見 るべ きか も しれ な い。
連 邦 制 の原 理 か ら考 え る と以 上 の よ うな 論 点 が あ るが,「 連 邦 制 の政 治 経
済 学」 と もい え る側面 に注 目す る と,次 の よ うな こ とが考 え られ る。 ポー ル ・
ピー タ ー ソ ンは,機 能 主 義 的 な立 場 か らア メ リカ 連 邦 制 を 捉 え て い る。 ピー
タ ー ソ ンに よれ ば,政 策 は,開 発,再 分 配,配 分 の三 つ に分 類 され る。 開 発
政 策 は高 速 道 路 整 備 な ど地 方 財 政 の イ ン フ ラを整 備 し,地 方 経 済 に プ ラ ス に
働 く もの で,地 方 財 政 能 力 よ り もマ ー ケ ッ トの需 要 に影響 され る政 策 で あ る
の に対 して,再 分 配 政 策 は,福 祉,生 活 保 護 な ど低所 得層 な ど に資 源 を 再 配
分 す る政 策 で あ り,財 政 負 担 に な る政 策 で あ るた め,財 政 力 の 低 い 自治 体 で
は供 給 水 準 が 低 くな る政 策 で あ る。 最 後 に配 分 政 策 は警 察,消 防,清 掃 な ど
自治 体 の行 政 事 務 の うち財 政 的,経
分 類 した上 で,ピ
済 的 に中 立 な政 策 で あ る'7。この よ う に
ー タ ー ソ ンは,地 方 政 府 は,市 場 と選 挙 の 二 っ の 要 因 に作
用 され る ので,経 済 開 発 政 策 が 一 番 適 して い る。 そ の 反面,福
祉 な どの 再 分
配 政 策 は,受 給 水 準 が 低 い 自治 体 の住 民 が受 給 水 準 の 高 い 自治 体 へ と移 住 す
る と い う 「福 祉 マ グ ネ ッ トwelfaremagnet」
とな る こ とを避 け るた あ,各
自治 体 が 福 祉 給 付 を抑 え よ うとす る 「低 水 準 競 争 」 に な りが ち なの で,向 い
て い な い とい う18。こ う した 「政 治 経 済学 的」 見 地 に立 て ば 先 ほ どの 「ミズ ー
リ対 ジェ ンキ ンズ事 件 」 も 「共 和 主 義 」 の原 則 に 反 す るか ら望 ま し くな い と
い う こ とで はな く,連 邦 政 府 が,「 政 治 経 済学 的 に見 て」 実 行 可 能 性 が低 い
あ る い は困 難 な政 策 を 地 方 政 府 に要 求 して い る点 で 不 合理 で あ る と い う こ と
にな る。 この よ う な視 座 は,連 邦 制 の効 率 性 や応 答性 とい った もの を 評 価 す
る軸 を提 供 して くれ る反 面,連 邦 制 を一 種 の市 場 アナ ロ ジ ーで 捉 え,規 範 的
意 味 に十 分 な考 慮 を払 わ な い点 で問 題 が残 る。
最 後 に連 邦制 の社 会 的機 能 に着 目 して み た い。 連邦 制 は公 共 問題 や 道徳 的 ・
倫 理 的 価 値 観 な ど に も大 き な影 響 を与 え て い る。 例 え ば人 種統 合 教 育 の 問題
86
や 人 工 妊 娠 中 絶 の 問 題 な ど に つ いて 言 え ば,そ
れ ぞ れ1954年 及 び1955年 の
「ブ ラ ウ ン対 トピー カ市 教 育 委 員 会 判 決(347US.483及
や1973年 の 「ロ ウ対 ウ ェ イ ド判 決(410U.S.113)」
び349US.294)」
な ど の連 邦 最 高 裁 の判
断 は,州 や地 方 の伝 統 的 価値 観 と大 き く抵 触 す る ものだ った。 しか し連 邦 最
高 裁 の 判 断 も,そ の 執 行 レベ ル で の 拘 束 力 は必 ず し も強 くな い。 連 邦 制 は,
政 策 の 実施 や執 行 の 大部 分 が 州 や 地 方 で 行 なわ れ る シス テ ム で あ る。 実 際,
人 種統 合教 育 も最高 裁 の 命 令 に もか か わ らず,地 方 政 府 の抵 抗 や,人 種 的住
み 分 け に よ り思 っ た よ うな 成 果 が あ げ られ な か った 。1950年 代 に学 校 で の
「礼 拝 」 は違 憲 だ とい う判 決 が で て も南 部 の多 くの 学 校 で 引 き続 き礼 拝 が 行
な わ れ て い る。 また 人 工 妊 娠 中 絶 も 「ロ ウ対 ウ ェ イ ド」 判 決 に も関 わ らず,
州 に よ って 中絶 の 可 否 は異 な って い る'9。この よ う に社 会 や モ ラル に関 す る
判 断 や政 策 も連 邦 制 を通 じて複 雑 化 して い くと見 る こ とが で き る。 連 邦 制 は,
単 な る政 府 権 限 の 法 的 分 割 で もな けれ ば,単 な る代 表 シス テ ム で もな い。 そ
れ は財 政 や 選 挙 な どの 問 題 だ けで な く,経 済 生 活 や社 会 的価 値 観 に ま で影 響
す る大 きな社 会 シス テム で あ る。 こ のよ うな 見地 か ら考 察 す る こ と も前 述 の,
原 理 的,政 治 経 済 的 見 地 か らの考 察 に加 え て必 要 で あ ろ う。
5.分
権改革の展開
一 「1996年 福 祉 改 革 法 」 以 降 の 変 化 と ブ ッ シ ュ政 権 一
最 後 に以 上 の よ う な理 論 的 見 地 を踏 まえ なが ら,ア メ リカ の分 権 改 革 の現
状 に つ い て,特
AFDC(要
に福 祉 改 革 の 展 開 に っ い て 見 て み た い20。 ア メ リカ で は,
扶 養 児 童 家 庭 扶 助)と
呼 ば れ る母 子 家 庭 生 活 補 助 金 が連 邦 政 府 最
大 の福 祉 プ ロ グ ラ ム と して 存 在 して い たが,当 初 は1911年 に イ リノイ 州 と ミ
ズ ー リ州 で,第 一 次 大戦 に お け る戦 争 未 亡 人 の生 活 保 護 と して 始 ま った た め,
社 会 的 に同 情 的 な コ ンセ ンサ スが 存 在 して い た。 しか し近 年 は シ ン グル ・マ
ザ ー の補 助 金 と な って お り,十 代 に妊 娠 して未 婚 の母 とな った女 性 が主 な受
給 者 と な り,制 度 そ の ものが 非 婚 と福 祉 へ の依 存 を助 長 して い る とい う批 判
が 高 ま って い た。 子 供 が 増 え る と受 給 額 が 増 え,同 居 男 性 が い る と受 給 資格
87
を 失 う と い うAFDCの
規 定 そ の も の が,結
婚 せ ず に 子 供 を 次 々 と産 む よ う な
行 動 に っ な が って い る と批 判 さ れ て い た の で あ る 。AFDCは,①1989-94年
の5年
間 で も 受 給 者 が29%,70-93年
② 受 給 者 の 約 半 数 が5年
の 長 期 で は163%も
増 加 して い た こ と,
以 上 の 長 期 受 給 者 で あ っ た こ と,③AFDC受
約 半 数 は ま っ た く結 婚 経 験 が な く,24歳
給者 の
以 下 の 健 康 な 女 性 で あ っ た こ と,④
受 給 家 庭 で 育 っ た 子 供 が ま た 受 給 者 と な る 「福 祉 の 継 承 」 傾 向 が あ っ た こ と
な ど の 理 由 か ら保 守,リ
ベ ラ ル,共
和 党,民
主 党 とい った違 い を超 え て 問題
視 さ れ る よ う に な って い た 。 そ の よ う な 「超 党 派 」 的 な 批 判 の 声 を 背 景 と し
て,1996年8月
に ク リ ン ト ン大 統 領 は,AFDCを
庭 へ の 一 時 的 扶 助TANF」
労 機 会 調 停 法PRWOR)」
受 給 者数(イ
人)
総人 口に お ける
AFDCπANF受
廃 止 し,代
わ り に 「貧 困 家
を 導 入 す る 「1996年 福 祉 改 革 法(個
に 署 名 し,成
人 責 任 ・就
立 さ せ た。
表2全
米 に お け るAFDC/TANF受
1940
1950
1960
1970
給 者 数 の 変 化(1940-2000)
1,222
2,233
3,073
7,429
1q497
11,460
0.9
1.5
17
3.7
4.6
4.6
33
3.4
3.8
3.9
2.9
2.8
1980
1990
1994
1996
14,226
2000
12,649
5,781
5.5
4.8
2.0
2.8
2.8
26
給
者 の割 合(%)
受給 者 の 平均 家族
人数(一 家 族11iり)
Sou「ce:Wmston,Pamela.2002.VVelfarepolic
.vmaking`πtheStαtes:7・hel)ev乙lmDevotution
Washington,DCGeorgeしownUnlversltyPressp230
表2は,全
米 に お け るAFDC/TANF受
960年 以 降,受
し,ア
給 者 数 の 変 化 を 示 し て い る 。 特 に1
給 者 数 は 急 増 傾 向 に あ り,1994年
に は ピ ー ク の1422万
メ リカ 総 人 口 中,5.5%がAFDC/TANF受
廃 止 さ れ て,受
給 者 数 は 急 減 し,4年
人 と な っ た 。AFDCは
給 者 と な っ た が,AFDCが
後 の2000年
受 給 者 の 増 加 に 応 じて,連
し の カ テ ゴ リ カ ル ・ グ ラ ン トだ っ た が,TANFは
ラ ン トに な っ た 。 こ の 結 果,各
人 に達
州 政 府 は,福
に は1996年
の54%減
の5781
邦 補 助 金 が 増 え る,上
限な
上 限 っ き の ブ ロ ック ・グ
祉 政 策 の 大転 換 を 図 った の が こ
の減 少 の大 き な要 因 で あ る。
表3は,96年
2002年6月
の 福 祉 改 革 法 成 立 時 のAFDC受
のTANF受
給 者 数 と最 新 デ ー タ で あ る,
給 者 数 を 比 較 した も の で あ る 。AFDC時
代 に は,例
え
88
表3各
州 に お け るAFDC/TANF受
給者数
1996年8月
2002年6月
100,662
41,019
ア ラ スカ
35,544
18,045
一49%
ア リ ゾナ
169,442
95,273
一44%
ア ー カ ン ソー
56,343
26,606
一53%
カ リフ ォ ル ニ ァ
コ ロラ ド
2.581948
1,154,720
95,788
32,138
一66%
コ 不 テ ィカ ッ ト
159,246
49β16
一69%
デ ラ ウェ ア
ワシ ン トンr)C
23,654
12,238
一48%
69,292
41988
一39%
フ ロ リダ
533,801
118,861
一78%
ジ ヨー ジ ア
330,302
126,568
一・62%
ハ ワイ
66,482
28,988
一56%
州
ア ラバ マ
、
変 化(%)
一59%
一55%
アイダホ
21780
2,289
一89%
イ リ ノイ
642,644
123,092
一81%
イ ンデ ィア ナ
142,604
140,989
アイオ ワ
86,146
52,447
馳
一1%
一39%
63,783
35,870
一44%
ケ ン タ ッキ ー
172,193
75,582
一56%
ルイジアナ
228,115
57,003
一75%
メイン
53,873
26,540
メ リー ラン ド
194,127
62,297
マ サ チ ュ ー セ ッッ
226,030
105,031
一54%
ミシ ガ ン
502β54
192,354
一62%
ミ不 ソタ
169,744
95,198
一44%
ミシ シ ッ ピー
123β28
39β87
ミズ ー リ
222,820
114,848
モ ン タナ
29,130
16,722
一43%
ネブラスカ
38,592
25,738
一33%
不バダ
34,261
28,655
一16%
ニ ユ ー ハ ン プ シ ヤ ー
22,937
14,581
一36%
ニ ュー ンヤ ー ン ー
275,637
99,600
一64%
ニ ュ ー一 メ キ シ コ
99,661
44,717
一55%
ニ ユ ー ヨー ク
1,143,962
363β44
一68%
ノー スカ ロラ イ ナ
267β26
86,533
ノー ス ダ コ ク
13,146
8,373
オハイオ
549β12
184,813
一36%
一66%
96,201
カンザ ス
、
「
馳
、
■■-■L
一51%
一68%
一68%
一48%
一68%
35,689
一63%
オ レ ゴン
ペ ン シル ベ ニ ア
78,419
40,950
一48%
5311059
2〔}4,912
ロー ドア イ ラ ン ド
151ρ23
37,802
サ ウ スカ ロ ライ ナ
114273
46,574
オ クラ ホ マ
一61%
一75%
一59%
15β96
6,450
一59%
7一 不 シ ー
254,818
164,680
一35%
テキサ ス
ユ タ
649,018
322,779
39,073
19,346
一5D%
一50%
馳
サ ウスダコタ
..、
24β31
13,199
一46%
ヴ ァー ジ ニ ア
152β45
67,012
一56%
ワシ ン トン
268,927
132,435
・-51%
ウェ ス トヴ ァー ジ ニ ア
89,039
39,383
一56%
ウ ィス コン シ ン
148,888
45,803
一69%
ワイ オ ミン グ
11,398
790
一93%
5,008,034
一59%
ヴ ァー モ ン
全米総計
ト
12241,489
Source=TheAdministrationfbrChildandFamilies,U.S.Department
ofHealthandHumanServices(http;〃www.acf.dhhs.gov〆news/stats/
aug・dec,htm&http:〃www.ac£dhhs.govlnews/stats/percent_2002_rev.
htmaccessed2003.1,7)
89
ば 前 述 の 「福 祉 マ グ ネ ッ ト」 の 典 型 と して,1994年
の ミル ウ ォ ー キ ー カ ウ ンテ ィ で は,受
給 水 準 が よ り低 か っ た 隣 接 の イ リノ イ
州 か ら の 新 住 民 が 増 え,約20%AFDC受
シ ン州 で も1996年8月
6月 に は 約4万6千
が あ り,最
給 者 が 増 加 し た21。 そ の ウ ィ ス コ ン
時 点 で は,約14万9千
人 と 約69%減
の 夏 に ウ ィ ス コ ン シ ン州
人 の 受 給 者 が い た の が,2002年
少 して い る 。 減 少 率 は 州 の 間 で 大 き な 相 違
大 が ワ イ オ ミ ン グ の 一93%,最
小 が イ ン デ ィ ア ナ の 一1%で
あ る。
こ れ は 受 給 資 格 や 就 労 要 件 を 厳 し く し た 州 と そ うで な い 州 の 格 差 が 拡 大 して
い る こ と に よ る。 カ リ フ ォ ル ニ ア や ニ ュ ー ヨ ー ク は 受 給 者 の 人 数 も そ れ ぞ れ
258万,114万
と大 き く,ま
た 受 給 額 も 高 か っ た た め,福
い 面 も あ る と 思 わ れ た が,TANF導
入 か ら6年
祉 か らの離 脱 が 難 し
で そ れ ぞ れ 一55%,-68%
と大 幅 な 削 減 を 達 成 し て い る。 しか し ア ー バ ン ・イ ン ス テ ィ チ ュ ー トの 報 告
に よ れ ば,福
祉 を 離 れ た 人 々 の 多 く は 就 労 して い る が,貧
困 ラ イ ンか 最 低 賃
金 労 働 に し か 就 労 で き な い と い う22。
表4前
年 度 にAFDC/TANF受
就労
失業(求 職活 動 中〉
非労働 力(求 職活 動せず)
Source:ヱ
給 者 で あ っ た人 の就 労 状 況(1996-2000)
1996
1997
1998
1999
2000
24.9%
29.8%
32.1%
33.4%
26.4%
12.9%
13.0%
14.2%
12.6%
492%
62.1%
57.2%
53.7%
53.9%
24.3%
セητporαπソAssistαnceforNeedv」pamitie.sProgrαm.ThirdAnnuαlRepor亡
ωCongres.srAugus亡2000り,P72
(http://www.acf,dhhsgov/programs/opre/annual3pdf,p72)&2001TANFAnnualReport亡oCongressrApril2002Y,
p,X-50(http//www.acfdhhsgov/programs/opre/ar2001/chapter10pdf,p,50}accessed2003.L7
表2,表3で
見 た よ う に,福
祉 受 給 者 数 を 減 少 さ せ る と い う観 点 に立 て ば,
「1996年 福 祉 改 革 法 」 は 大 き な 成 果 を 上 げ た と い え る が,受
給者数 を減 ら し
て も彼 ら が 就 労 で き な け れ ば 問 題 は 全 く解 決 さ れ て い な い こ と に な る23。 表
4は 前 年 度 にAFDCま
た はTANFを
受 給 し て い た 人 々 が 次 年 度 に 就 労 して い
る か 否 か を 示 し た も の で あ る 。1996年
ぎ な か っ た が,1999年
しか し2000年
ち,仕
に は33.4%と
に は 再 び26.4%と
時 点 で は 就 労 者 は わ ず か に 約25%に
依 然 低 い 水 準 な が ら改 善 さ れ て き て い る 。
減 少 し て い る。1999年
ま で は受 給 経 験 者 の う
事 に っ い て い な い 上 に 求 職 活 動 も し て い な い 人 々 が50%を
が,2000年
に は24.3%と
半 減 し,就
過
労 は で き て い な い が,求
超えていた
職 活 動 は行 な う
90
よ う に な っ て い る。 こ の 点 で は 就 労 意 欲 を 高 め る こ と を 目 的 と し た,1996年
法 の 効 果 が 徐 々 に 上 が り っ っ あ る と 見 る こ と も で き る だ ろ う。
TANFは,か
っ て のAFDCの
ト(受 給 資 格)で
よ う に,福
祉 が 連 邦 政 府 の エ ン タ イ トル メ ン
あ る こ と を 終 わ らせ,州
政 府 の 責 任 へ と 戻 し,ま
た就 労 を
前 提 と す る こ と で 「ラ イ フ ス タ イ ル と し て の 福 祉 依 存 」 を 否 定 し た24。 ピ ー
タ ー ソ ン の 機 能 主 義 的 見 地 に 立 っ と 福 祉 は 州 ・地 方 政 府 に 適 し て な い 政 策 で
あ り,マ
グ ネ ッ ト に な らな い た あ に 切 下 げ 競 争 が 始 ま り か ね な い と懸 念 さ れ
る 。 しか し仮 に 連 邦 政 府 が 福 祉 給 付 水 準 に つ い て の ナ シ ョ ナ ル ・ ミニ マ ム を
設 定 した と し て も,各
州 の 実 施 レ ベ ル で 徹 底 し な い こ と も あ り う る。 連 邦 政
府 の 過 重 負 担 を 軽 くす る た め の 分 権 改 革 は 今 度 も進 ん で い く と考 え ら れ,そ
れ は ブ ッ シ ュ 政 権 下 で 促 進 さ れ て い く こ と に な る だ ろ う が,も
decentralizedで
市 場 競 争 型 の ア メ リ カ 連 邦 制 で のdevolutionは,裏
る 財 源 を 伴 わ な い 限 り,州
間,都
国 化 の 傾 向 を 前 提 と す る と そ う した
っ て の 歳 入 分 与 シ ス テ ム の よ う に連 邦 一州 の共 管
型 の プ ロ グ ラ ム を 増 や し,政
現 し て い く こ と や,NPOな
づ け とな
市 間 格 差 を よ り拡 大 さ せ て い く こ と に な る
と 考 え ら れ る 。 政 治 や 経 済 の 国 際 化,全
「孤 立 型 分 権 」 よ り も,か
と も と
策 目 標 を 異 な る レ ベ ル の 政 府 が 協 同 しな が ら実
ど の 民 間 ア ク タ ー も含 め た 協 同 型 政 策 シ ス テ ム
を 作 り 上 げ て い く こ と が 肝 要 か と 思 わ れ る 。 分 権 に は 連 邦 か ら 州 へ,州
か ら
地 方 へ,最
れ ら
後 に 地 方 か ら民 間 へ と い う三 段 階 あ る と さ れ て い る が25,こ
の 段 階 は 必 ず し も 序 列 的 な も の で は な く,同
し,第3段
時 並 行 で 進 む も の もあ る だ ろ う
階 ま で 達 す る こ と が 必 ず し も望 ま し い と は言 え な い だ ろ う 。 今 回,
紹 介 し た 福 祉 改 革 や 人 種 統 合 の 問 題 は,ア
本 の 分 権 改 革 と 違 っ て,必
メ リカ 社 会 に お け る 分 権 改 革 が 日
ず し も大 筋 で 望 ま しい も の と は 言 え な い こ と を 示
して い る 。 政 府 間 関 係 を 政 治 過 程 と捉 え,ネ
ゴ シ エ ー シ ョ ンの 中 で ど の よ う
に公 共 目的 を実 現 して い くの か ケ ー ス ご とに考 え て い くこ とが よ り重 要 で あ
り,総
論 と して の 分 権 改 革 の 当 否 を 論 じ る こ と に あ ま り 意 味 は な い の か も し
れ な い。
2001年9月11日
の 同 時 多 発 テ ロ事 件 と そ の 後 の 炭 疽 菌 事 件,対
アフガニス
91
タ ン 「報 復 」 戦 争 と タ リバ ン政 権 倒 壊 を 経 て,ア
メ リカ国 民 が 再 び 内政 に も
関 心 を向 け始 め る よ うに な る と と もに ブ ッ シ ュ政 権 も当 選 時 の公 約 の一 つ で
あ っ た 教 育 改 革 に 尽 力 し始 め,2002年1月
に は,小
学3年
生 か ら中 学2年
ま で の 生 徒 を 毎 年 学 力 テ ス トす る こ と を 連 邦 政 府 が 義 務 付 け る,い
「落 ち こ ぼ れ 防 止 法(NoChildLeftBehindAct)」
(VVαshingtonPost,March3,2002)。
は,ブ
査 費 用 と して3億
わゆ る
に 署 名 して い る
一 方,1996年
福 祉 改 革 法 に 関 して
ッ シ ュ 大 統 領 は,「 健 全 な 結 婚 」 を 推 進 す る た め の 教 育,カ
ン グ,調
生
ウ ンセ リ
ドル を 州 や 地 方 政 府 に 助 成 す る 一 方 で,福
者 の 就 労 義 務 規 定 を 強 化 す る と と も に(週30時
間 か ら40時 間 へ),96年
祉受給
法で
禁 じ ら れ た 合 法 移 民 の 福 祉 受 給 を 引 き 続 き 禁 止 す る方 針 を 示 し て い る
(VVαshingtonPost,February26,2002)。
この よ う に連 邦 政 府 の社 会 政 策
へ の コ ミ ッ トメ ン トに 関 す る ブ ッ シ ュ政 権 の ス タ ン ス は 一 様 で は な い が,テ
ロ 対 策 の 経 費 調 達 や 経 済 対 策,連
す る と,必
邦 予 算 の70%を
占め る社 会 保 障 経 費 を 考 慮
ず し も 「政 治 的 」 分 権 を 伴 わ な く て も,州
に財 政 負 担 を 転 化 しよ
う と す る 誘 因 は 常 に 存 在 し て い る と い え る。 本 稿 で 検 討 して き た よ う な 連 邦
制 の ロ ジ ッ ク か ら,ブ
ッ シ ュ 政 権 と分 権 改 革 の 動 向 を 今 後 も 注 視 して い く必
要 が あ る と思 わ れ る。
◇ 参 考 文 献(注
や 図 表 で 引 用
し た も の を 除
く)◇
AdvisoryCommissiononIntergovernmentalRelations.!984.Regulαtory
Federαlism,Policy,Process,∫mpαct,αndReforrn.Washington,DC.ACIR.
Agresto,John,1984.TheSupremeCourtαndConstitutionαlDernocrαcy.Ithaca,
NY:CornellUniversityPress.
Beer,Samuel,H.1973.11TheModernizationofAmericanFederalism.「1Publius,
Vo1.3.No.2.
Derthick,Marthaed.1999.DilenzmαsofScαleinAmerlcα
NewYork.CambridgeUniversityPress.
Diamond,Martin.1963.IWhattheFramersMeantbyFederalism.1'InRobert
A.Goldwined,ANαtion()fStαtes.Chicago:RandMcNally.
智FederαlDemocrαcy,
92
Diamond,Martin.1973,'「TheEndsofFederalism."Puう
伽8,Vol.3,No.2.
Dye,ThomasR.1990.AmericαnFederαlism'Compe亡itionαmongGovernrnents.
Lexington,MA:LexingtonBooks.
Gillman,HowardandCornellClayton.eds.1999.Tん
θSupremeCourtin
ArnericαnPolitics'NeωIns亡i亡u亡ionαlismJnterl)retαtions,Lawrence,KSl
UniversityPressofKansas.
Hamilton,ChristpoherandDonaldT.Wells.1990.Federαlisrn,Poωer,αnd
PoliticαlEconomy.EnglewoodCliffs,NJ=PrenticeHall.
Kaminski,JohnP.andRichardLefflereds,,1989.Federαlis亡sαnd
Antifederαlists:TheDebαteovertheRαtificαtion(∼
ズ
伽Cons亡itution.
Madison,WI:MadisonHouse.
Nathan,RichardP.1990."Federalism-TheGreat℃omposition∵IInAnthony
Kinged.Tん
θ 〈[eWAnzericαnPoliticαlSystem,2ndversion.Washington,DC:
TheAEIPress.
Nice,David.C.1987.Federαlisrn:ThePoliticsofIntergoびernmentαlRelαtions.
NewYork=St.Martin'sPress.
Nicolaidis,KalypsoandRobertHowse.eds.2001.TheFe〔ierαlVision'
LegitimαcyαndLevels〔
ゾGoびernαncein亡
んεUni亡edS亡
α亡θsαndtheEur()peαn
Union,NewYork:OxfordUniversityPress.
01Toole,Jr.,LaurenceJ.ed.2000.AmericαnJntergoひemmen亡
Founda亡ions,Perspec亡`ひ
αlRelαtions:
θs,αndIssues.3rded.washington,DC;cQpress.
Peele,Gillian.2002.'IFederalismandIntergovernmentalRelations「IInGillian
Peele,ChristopherJ.Bailey,BruceCainandB,GuyPeters.eds.
DevelopmentsinArnericαn、Politics4.London:Palgrave.
Peterson,Paul,E.etal。1986.WhenFederαlisntWorks.WashingtonDC:The
BrookingsInstitution。
Peterson,PaulE,1989.「IAmericanFederalisn1,WelfarePolicy,andResidential
Choices.11AnzericαnPoli亡icαlScience.配
θひiew,VoL83.No3
Zimmerman,JosephF.1992.Con亡emporαyAmericαnFe(ierαlism,TheGrowtん
q戸 〉αtionαlPoω
θr.WestpQrt,CT:Praeger.
93
秋 月 謙 吾,1996.「
地 方 制 度 改 革 分 析 に 向 けて の 一 序 説 一 ア メ リカ 連 邦 制 を題 材 と し
て 」 「法 学 論 叢 』140巻1・2号
秋 月 謙 吾,2001.「
阿 部 斉,1982.「
治学
行 政 ・地 方 自治 』 東 京 大 学 出版 会
ア メ リカ連 邦 主 義 の論 理 と現 実 」(日 本 政 治 学 会 編 「1981年度 年 報 政
現 代 国 家 の 位 相 と理 論 』 岩 波 書 店)
金 子 善 次 郎,1977.『
新 藤 宗 幸,1991.「
米 国 連 邦 制 度 一州 と地 方 団体 』 良 書 普 及 会
レー ガ ン新 連 邦 主 義 と政 府 間財 政 政 策 の展 開 」(阿 部 斉 ・五 十 嵐 武
士 編 「ア メ リカ現 代 政 治 の分 析 』 東 京 大 学 出版 会)
横 田 清,1997.「
ア メ リカ にお け る 自治 ・分 権 ・参 加 の発 展 』敬 文 堂
!LaFeber,Walter.1987."TheConstitutionandUnitedStatesForeign
Policy=AnInterpretation."TheJournαlofArnericαn、Uistory,Vol.74,695-717.
2Benedict,MichaelL.!996.TheBlessings()fLiberty:AConciseHistory(ゾ
theConstitutionoftheUnitedStαtes.Lexington,MA:D.C.Heathand
Company,345-355.
3Devine,Donald."FederalismRevivalinTerrorism「sWake.'「The
VVαshingtonTimes,November16,2001.
4Young,Ernest.「ITheBalanceofFederalisminUnbalancedTimes:Should
theSupremeCourtReconsiderItsFederalismPrecedentsinLightofthe
WaronTerrorism?"atFlπdLα
曲LegαlCommentαryWebsite,Oct10,2001
(http://writ.news.findlaw.com/commentary/20011010
_young.html.)
5TheUnitedStatesConferenceofMayors.2001(December).ANαtionαl
ActionPlαnf`)rSafetツ
αndSecurityinAmerica'sCities.Washington,DC:
TheUnitedStatesConferenceofMayors,p.2.
6チ
た 新
ャ ー タ ー ス ク ー ル と は,1992年
に
し い タ イ プ の 公 立 学 校 で,教
育 者,親,地
育 行 政 を 行 な う 自 治 体)と
ミ ネ ソ タ 州 で 最 初 に 創 設 さ れ,全
契 約 を 交 わ し,そ
設 立 す る 学 校 で 公 費 で 運 営 さ れ る 。 全 米31州
生 が 通 っ て い る 。 鵜 浦 裕
域 団 体,NPOな
の 契 約 内 容(チ
ど が 州 や 学 校 区(教
ャ ー タ ー)に
と ワ シ ン ト ンDCで
「チ ャ ー タ ー ス ク ー ル ー ア メ
米 に 広 が っ
約35万
従 っ て,
人 の 小 中 学
リカ 公 教 育 に お け る 独 立 運 動 』
94
勤 草 書 房,2001参
照 。 バ ウ チ ャ ー 制(vouchersystem)と
親 に 対 し て 子 供 の 学 費 を 保 証 す る 証 票(バ
は,州
ウ チ ャ ー,学
費 券)を
または学校区 が
発 行 し(一
育 な の で 公 費 負 担 一),親
は 私 立,公
チ ャ ー を 学 校 に 提 出 し,学
校 は バ ウ チ ャ ー を 州 や 学 校 区 に 提 出 して,費
立 学 校 の 中 か ら好 き な 学 校 を 選 択 し て,バ
ら受 け 取 る 仕 組 み で あ る 。 ど ち ら も公 立 学 校 を 改 革 し,親
ウ
用 を公 費 か
や 子 供 の選 択 肢 を増 や そ
う と す る 試 み だ が,私
立 学 校 の7割
チ ャ ー 制 は 事 実 上,宗
教 系 学 校 の 公 的 助 成 に っ な が る の で,問
が カ ト リ ッ ク系 な ど の 宗 教 系 学 校 で あ り,バ
条 項 に 違 反 す る か 否 か が 争 わ れ た,2002年6月27日
の
ウ
題 視 さ れ て き た。 し
か し オ ハ イ オ 州 ク リー ブ ラ ン ド市 学 校 区 の バ ウ チ ャ ー 制 が 憲 法 の
ス 事 件 」 判 決 で,連
義務教
「国 教 樹 立 禁 止 」
「ゼ ル マ ン対 シ モ ン ズ ー ハ リ
邦 最 高 裁 は 同 市 の バ ウ チ ャ ー 制 は 「合 憲 」 で あ る と の 判 断 を 下
し た(Zelmαnv.Simmons.Hαrris,athttp://laws.findlaw.com/us/000/OO-1751.
html)
7Greenhouse,Linda.1'TheNatiQn;WilltheCQurtReassertNational
Authority?「ITheNeωYorんTimes,September30,2001.
82002年11月25日
には
が 成 立 し,連
「2002年 本 土 防 衛 法(HomelandSecurityActof2002)」
邦 政 府 と 州,地
ofHomelandSecurity)」
方 政 府 と の 調 整 も 行 な う 「本 土 防 衛 省(Department
が 新 設 さ れ る こと に な った。
9Rossiter,Clinton,ed.1961.TheFederalistPαpers.NewYork;AMentor
Book,p.323.
10Bowman,AnnOM,andRichardC,Kearney.!999.StateαndLocαl
Government.4thed.Boston:HoughtonMifflinCompany,p.42.
11Conlan,Timothy.1998.FromIVewFederαlismtoI)evolution'Tu」enty-Five
Yeαrs(ゾIntergovernmentαlRefornz,WashingtonDC:TheBrookings
Institution,P.3.
12片
桐正俊
「米 国 の 無 財 源 マ ン デ イ ト改 革 と 日 本 へ の 示 唆 」 「計 画 行 政 』Vo1.20,
No.4,1997,29-34,Posner,PaulI.1998,ThePolitics(ゾUnfundedMαndαtes'
WhitherFederαlisnz?Washington,DC;GeorgetownUniversityPress.参
13寺
尾 美子
「二 〇 〇 〇 年 ア メ リ カ 大 統 領 選 と 連 邦 最 高 裁 」 「ジ ュ リ ス ト』No.1196,
2001.3.15,73-84.,松
裁 判 所』
照。
井 茂記
「ブ ッ シ ュ 対 ゴ ア ー2000年
ア メ リカ 大 統 領 選 挙 と最 高
日 本 評 論 社,2001,185-207,Dershowitz,AlanM2001.Supreme
95
Injωstice:HowTheHighCourtHび
UniversityPress.参
14小
泉和恵
αcんθdElection2002.NewYork:Oxford
照。
「ア メ リ カ 連 邦 制 財 政 シ ス テ ム と 州 財 政 の 変 貌 一 財 政 連 邦 主 義 理 論 の 現
実 と の 乖 離 一 」 『岡 山 大 学 経 済 学 会 雑 誌 』VoL30,No.4,1999,1-33参
15「
ミ ズ ー リ対 ジ ェ ン キ ン ズ 事 件 」 の 概 要 に っ い て は,藤
Jenkins裁
照。
倉皓一郎
「Missouriv.
判 所 に よ る 人 種 別 学 解 消 措 置 の 限 界 」 藤 倉 ・木 下 ・高 橋 ・樋 口 編
ジ ュ リ ス トNo.139英
米 判 例 百 選(第
ネ ッ ト ・ス ク ー ル 」 と は,主
設 し,白
三 版)』1996,70-71参
『別 冊
照 。 こ こ で い う 「マ グ
に マ イ ノ リテ ィ居 住 区 に施 設 や教 育 面 で の 優 良 校 を建
人 児 童 や 優 秀 な 児 童 を 引 き 付 け よ う と す る も の で あ る。 人 種 に よ る 住 み 分
け に起 因 す る人 種 別 学 を解 消 す る一 っ の 試 み で あ る。
16Derthick,Martha.2001.KeeρingtheCompoundRepublic'Essαyson
AnzericαnFederalism,Washington,DC:TheBrookingsInstitution,75-85.
17Peterson,PaulE.1981.CityLimits.Chicago:UniversityofChicagoPress,
41-65.
18Peterson.Paul.E.1995.ThePrice('fFederαlism.WashingtonDC:The
BrookingsInstitution,121-126.
19人
種 別学 を 違 憲 と した最 初 の
た の が1954年
「ブ ラ ウ ン 対 ト ピ ー カ 市 教 育 委 員 会 」 事 件 判 決 が 出
で あ る が,そ
の9年
後 の1963年
時 点 で も例 え ば ア ー カ ン ソ ー 州 リ トル
ロ ッ ク 市 の 黒 人 児 童7700人
中,わ
ず か に69人
だ け が 白 人 児 童 と 同 じ学 校 に 通 っ て い
る に 過 ぎ な か っ た 。 ま た 同 じ く 国 論 を 二 分 し た 判 決 で あ る,人
し た1973年
の
「ロ ウ 対 ウ ェ イ ド判 決 」 の 場 合 は,こ
増 加 傾 向 に あ り,そ
後,増
の 後,1980年
工 妊娠中絶を合憲 と
の判 決 以 前 か ら合 法 中 絶 件 数 は
に 件 数 が 横 ば い に な る ま で 増 加 し 続 け た が,判
加 の ペ ー ス は む し ろ 鈍 化 し て お り,必
決
ず し も 「ロ ウ判 決 」 が 中 絶 合 法 化 に 拍
車 を か け た と は い え な い 。Rosenberg,Gerald,1991,TheHolloωHope'Cαn
CourtsBringAboutSociαlChαnge¢Chicago:UniversityofChicagoPress,
pp.50-51,p.84,pp.179-180.参
20藤
田 伍 一 ・塩 野 谷 祐 一 編
2000所
収の後藤玲子
照。
「先 進 諸 国 の 社 会 保 障7ア
「公 的 扶 助 」,砂
田一郎
メ リ カ 』 東 京 大 学 出 版 会,
「連 邦 制 ・地 方 自 治 ・立 法 過 程 一 社 会
保 障 ・福 祉 を め ぐ る 争 点 対 立 の 変 化 一 」 の 各 論 文 を 特 に 参 照 し た 。
21Peterson1995,p.187.
96
22小
池治
「ア メ リ カ に お け る 福 祉 改 革 と 政 府 間 関 係 」 『政 経 論 叢 』vol.69,No.2,3,
2000,532-535.
23ア
メ リカ の 福 祉 政 策 と 福 祉
「改 革 」 の 問 題 点 に っ い て は,新
井光吉
『ア メ リ カ の
福 祉 国 家 政 策 一 福 祉 切 捨 て 政 策 と高 齢 社 会 日 本 へ の 教 訓 』 九 州 大 学 出 版 会,2002が
詳 しい。
24連
邦 最 高 裁 は,最
も り ベ ラ ル だ っ た ウ ォ ー レ ン ・ コ ー トの 時 代 に お い て も,福
受 給 を 憲 法 上 の 権 利 と して 認 め る こ と を 拒 否 し て い る(例
え ば1970年
ジ 対 ウ ィ リ ア ム ズ 事 件(Dαndridgev.Williαms,397US.471)」
Elizabeth.1997.(ヱ)is)EntitlingthePooi∵TheWarrenCourt,WelfareRights,
αndtheArnericαnPoliticαlTrαdition.UniversityPark,PA:The
PennsylvaniaStateUniversityPress,参
照。
25Wilson,JamesQ.andJohnJ.Dilulio,Jr.2001.AnzericαnGovernntent:
InstitutionsαndPolicies,8thed.Boston,MA:HoughtonMifflinCompany,
P.71.
祉
の 「ダ ン ド リ ッ
判 決)。Bussiere,
Fly UP