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アヤットの挑戦 - パレスチナ子どものキャンペーン
アヤット (左) アトファルナろう学校にて アヤットの挑戦 う接していけばよいか知ってほしい と思っています。ろう者は社会の一 部で、無視することはできないと。 アトファルナろう学校から 外の社会へ スタッフにも怖がったり、無視さ アトファルナろう学校にはカフェテリアがあり、 サンドイッチや飲み物を職員に提供していますが、 その責任者として働いてきたアヤットさん(28歳)が最近、 ガザ市内にあるカッタンセンターという図書館の カフェテリアのマネージャーも兼任するようになりました。 このカフェテリアはアトファルナが運営を委託されており、 ろう者のスタッフが軽食やお菓子を提供しています。 カッタンセンターの利用者の多くは「聞こえる人」であり、 手話が通じるアトファルナとは大きく違います。 感じてほしい。聞こえる人とどう接 れていると感じたりしてほしくあり ません。むしろ自分たちはできるん だ、聞こえる人と一緒に働くんだと すればよいか見つけてほしい。 私自身は難聴なので少しは音声で 話すことができますが、仕事では手 話を使います。 「手話しか使わないけ れど、聞こえる人とコミュニケーシ ョンができるわよ」と言いたいから です。お客さんはまったく手話を知 らないかもしれませんが、彼女たち は「これがほしい」という手話を教 えてくれますよ。 ています。現在三人目を入れようと 子どもたちの間では「聞こえない 検討中です。カッタンセンター側は 人がレストランで働いているよ。見 カッタンセンターもカフェテリア 聞こえる人を一人入れようと提案し に行こう。何か買ってみようよ」と のスタッフはみな 「ろう者」です。私 てきましたが、私は断りました。 話題になっています。メニューの中 は責任者として、フルーツジュース 「彼女とコミュニケーションをと にチーズサンドを見つけて、ほしい やロシア風サラダなど新しいメニュ る術がないですよ。」「どんな風に話 ものを指します。するとスタッフは ーを考えるだけでなく、盛り付けや しかければよいのだろう」。最初、カ 子どもたちにチーズという手話を教 材料の見わけ方などについてスタッ フェテリアに来る人たちは戸惑って えます。次からは子どもたちは手話 フを指導しています。毎日 3 から 5 時 いました。でも、私は聞こえる人た で注文しますよ。スタッフも今では 間、二人の女性スタッフと仕事をし ちにろう者やそのコミュニティとど 「私たちは大丈夫。みんなとコミュニ マネージャーの仕事 4 サラーム No.91[2012.2.18] ケーションできるし、自分たちのや その後、補助教員になり、1 年生、2 てあげたい。時々テレビで料理番組 り方がわかったから」と言っていま 年生、3 年生と受け持っていきまし を見ます。パレスチナの地方局にこ す。今日は、私がカッタンセンター た。それから図画工作のアシスタン うしたアイデアを持ち込んで、ろう には行かないで、彼女たちだけでど トになって、2 年前にはアシスタン 者のための料理番組ができたらと思 うやりくりするか試しているところ トから教師に昇進して、4 年生、5 年 います。 です。 生、6 年生を教えるようになりました。 今年のうちに、ガザ市にスタッフ 衛生面の管理には特に気を付けて います。またテーブル、椅子、ナプ レストラン開店に向けて が全員ろう者のレストランをオープ ンする計画があります。そこは私に キンのセットの仕方などは、アトフ 「私はろう者で、難聴の女性。でも、 とってもろう者の仲間にとっても大 ァルナのガイドラインを適用しまし プロフェッショナルとしての生活を 事な場所になるでしょう。私はろう た。カッタンセンターでは衛生面が しているんです」ということを聞こ 者と接することへの「恐れ」という あまり重要視されていないようだっ える人たちだけでなく、私の仲間の 壁を壊したいと思っています。ろう たので、私が改善しました。 ろう者たちにも証明したいのです。 者と聞こえる人が一緒に暮らすため 私のこと 「あなたは人生の中で何かを成し遂 に一生懸命働きたいと思っています。 げられるし、自分の道を見つけ、コ また多くの人が「耳が聞こえない人 生まれたとき聴力がありました。4 ミュニティの中で自分の居場所を見 は働けない」と誤解しているので、社 歳半ぐらいの時に、砂遊びをしてい つけることができるんだ」と仲間を 会のみんなに「私たちはできる、時 る最中、木材を運ぶ荷馬車がそばに 励ましたい。 に聞こえる人よりもできるんだ」と 来て、馬に顔を蹴られ、木材がおな 学校を卒業しても家でじっとして 知ってほしいのです。もうじき「ろ かに落ちました。4 日間、口も開か いるしかないろう者たちをたくさん う者たちが自分たちでレストランを ず、しゃべれず、聞こえず、目も開 知っています。そうした人たちに「大 作ったよ、運営しているんだ」と話 けられませんでした。舌が切れてい 丈夫だよ、働けるよ」と背中を押し 題になりますよ。 ました。最近「手術をすれば 90%の 聴力は元に戻って、 補聴器も外せる」 アトファルナろう学校 と言われましたが、補聴器のあるろ ナイーム校長 う者としての生活になれているので、 アヤットはろう者の中で最も意欲的 今更リスクを冒す気持ちはありませ な一人です。彼女は成功モデルだと ん。 思います。私は一緒になって創造的 4 年生までは通常の学校に行って に仕事をしてくれる人を求めていま した。最初に料理ができると聞いた いました。教室ではいつも前の席に ときは驚きましたが、アートも料理 座らせてもらって、表情や唇の動き 13才の頃 が見える位置にいました。でも後ろ の席になってしまうこともあって、 カッタンセンター もう学校にいたくない、家にいたい と思いました。そしてアトファルナ ◉子ども ろう学校のことを聞いたのです。 手話覚えたよ。(手話で)ジュース、 初めてアトファルナに来たとき、 最初はみんなが手で話をしているの が怖かったです。ジェリー校長(当 時)が優しく手を引いて学校の中を 連れて回り、私と同じような難聴の 子どもたちを紹介してくれました。 最初の日にいくつか手話を覚えまし た。アート、コンピューターのメン テナンスなど、アトファルナの外で もたくさん研修を受けました。 周囲の声 も同じだということを彼女が教えて くれました。レストランでは 10 人 余りのろう者が働く予定です。8 月 ごろの開店を目指しています。 2 シェケル。うん、手話って面白いよ。 ◉ホダさん(カフェテリアスタッフ) アヤットさんはよく教えてくれます。 最初は大変だったけれど、今は大丈 夫ですよ。 ◉ラナさん(カッタンセンター職員) アヤットさんがマネージャーになっ て変わったことがいくつかあります。 メニューが増えたこと、カフェテリ アが清潔になったこと、ケーキやサ ラダの種類が増えたことですね。 カッタンセンターにて サラーム No.91[2012.2.18] 5