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夏型過敏性肺炎の 1 例 ―血清 KL-6 の経時的変化と

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夏型過敏性肺炎の 1 例 ―血清 KL-6 の経時的変化と
766
日呼吸会誌 40(9)
,2002.
●症
例
夏型過敏性肺炎の 1 例
―血清 KL-6 の経時的変化と同居人も含めた HLA の検索―
吉岡 弘鎮1)
冨岡 洋海1)
大西
尚1)
藤山 理世1)
桜井 稔泰1)
多田 公英1)
坂本 廣子1)
岩崎 博信1)
橋本 公夫2)
今中 一文3)
要旨:症例は 55 歳女性.夏季に咳嗽,発熱で発症し,画像所見,血清学的・組織学的検査,環境誘発試験
より夏型過敏性肺炎と診断した.入院安静にて症状は軽快し,環境改善の手引きに従った自宅の清掃後,退
院した. 症状の再燃はなかったが, 退院後の HRCT にて陰影が改善しないためステロイドの内服を開始し,
以後順調に軽快した.この間,環境誘発試験の前後も含め,血清 KL-6 の経時的変化を追跡した.KL-6 は
臨床症状,画像所見に遅れて変動を示したが治療効果の確認には有用と思われた.また,本例の同居人(非
血縁者,非喫煙者)についても,血清抗トリコスポロン抗体および HLA の検索を行った.両者とも血清学
的には感作された状態であったが,発症した本例では夏型過敏性肺炎発症との関連が指摘されている HLADQ 3 が陽性であったのに対し,発症しなかった同居人では陰性であり,本症の発症には宿主側の因子とし
て HLA の関与も考えられた.
キーワード:夏型過敏性肺炎,KL-6,トリコスポロン,同居人,HLA
Summer-type hypersensitivity pneumonitis,KL-6,Trichosporon,Roommate,HLA
緒
言
夏型過敏性肺炎は,日本における過敏性肺炎のうち約
70% を占め,原因抗原として古い木造住宅の高温多湿
な環境下で発育するトリコスポロンが知られており,し
住居:築 30 年の木造家屋.住居は傾斜地に建ってお
り,患者が寝ている地下室(フローリング)の一側面に
はベランダがあるものの,反対面は崖であり,降雨時は
かなり湿気がこもるとのこと.
現病歴:平成 11 年 9 月頃に発熱,咳嗽が出現したが,
ばしば家族内発症もみられる1).今回,我々は,夏型過
自然軽快していた.平成 12 年 8 月初め頃より咳嗽,38
敏性肺炎の 1 例において,間質性肺炎のマーカーとして
℃の発熱が出現し,近医にて鎮咳剤,去痰剤の投与を受
有用とされる血清 KL-6 を経時的に測定し,その変動に
けるも軽快せず,次第に労作時呼吸困難も出現.9 月 5
ついて検討した.また,本例および発症しなかった同居
日に胸部レントゲン上異常影を指摘され,7 日に A 病
人(血縁関係なし)の抗トリコスポロン抗体および HLA
院に入院,さらに 8 日に当院を紹介され,13 日転院と
についての検索を行い,興味ある知見を得たので,若干
なった.
の文献的考察を加えて報告する.
症
例
症例:55 歳,女性,百貨店店員.
主訴:乾性咳嗽,発熱,労作時呼吸困難.
当院入院時理学所見:身長 151 cm,体重 39 kg,体温
36.8℃,血圧 114!
72 mmHg,脈拍 82!
分・整,ばち状指
なし.表在リンパ節触知せず.背部で吸気終末時に fine
crackle を聴取した.
検査成績:血液検査では LDH の軽度上昇と KL-6 が
既往歴:特記すべきことなし.
2,230 U!
ml と 高 値 を 認 め た.PaO2 は 63.8 Torr と 低 酸
家族歴:母
素血症を認めたが,スパイロメトリーは正常範囲であっ
直腸癌.
生活歴:喫煙歴なし.日本酒 1 合!
日・約 15 年,服用
中の薬剤なし.
〒651―2273 神戸市西区糀台 5―7―1
1)
西神戸医療センター呼吸器科
2)
同 病理科
3)
同 放射線科
(受付日平成 14 年 2 月 12 日)
た(Table 1)
.胸部 X 線所見(Fig. 1)では,両肺びま
ん性に淡いスリガラス状影を認め,胸部 HRCT 像(Fig.
2a)では,全肺野にわたり,小葉中心性に分布するス
リガラス状影と,背側には,一部融合する air space consolidation を認めた.入院翌日に気管支鏡検査を施行し,
右 B4 で行った BAL では, 総細胞数, リンパ球の増多,
CD4!
CD8 の低下を認め(Table 1)
,右 S3,S8 で施行し
夏型過敏性肺炎の 1 例
767
Table 1
Hematology
RBC
428×104 /μl
Plt
32.8×104 /μl
WBC
4,800 /μl
Neu
66.7 %
Eos
1.7 %
Lym
22.5 %
Mo
7.4 %
Serology
CRP
0.5 mg/dl
CHA
×8
ANA
×40
KL-6
2,230 U/ml
Mycoplasma antibody
<×80
Chlamydia pneumonia
IgA Index 1.008
IgG Index 0.120
Biochemistry
GOT
18 IU
GPT
7 IU
ALP
225 IU
LDH
325 IU
CPK
69 IU
TP
7.1 g/dl
A/G
1.29
BUN
13 mg/dl
Cr
0.6 mg/dl
Sputum normal flora
Pulmonary function tests
VC
2.06 l
%VC
83.4 %
1.53 l
FEV1.0
81.4 %
FEV1.0%
Blood gas analysis
63.8 Torr
PaO2
PaCO2
39.9 Torr
pH
7.428
Bronchoalveolar lavage
Recovery 80ml/150ml
Cell count 8.69×105 /μl
Seg
3.0 %
Lym
83.5 %
Eos
1.0 %
Macro
11.0 %
CD4/CD8
0.1
Acid-fast organism (−)
Bacteria
(−)
a
Fig. 1 Chest radiograph on admission showing bilateral ground glass shadows.
た TBLB では,胞隔炎と非乾酪性肉芽腫の所見を認め
た(Fig. 3)
.
b
同居人も含めた抗トリコスポロン抗体および HLA の
検索(Table 2)
:
本 例 に お け る 間 接 蛍 光 抗 体 法(IFA)に よ る
Trichosporon asahii,
T. mucoides に対する血清抗体価は,
共に 64 倍と陽性を示した.HLA の検索では,夏型過敏
性肺炎患者に多いとされる DQ-32)が陽性であった.呼吸
Fig. 2 a : High-resolution CT taken on admission and
showing diffuse centrilobular ground-glass opacities
and partial air-space consolidations.
b : High-resolution CT taken eight weeks after discharge showing disappearance of ground glass opacities.
器症状がなく,胸部レントゲン,聴診上も異常を認めな
い同居人(57 歳女性,非喫煙者,本例と血縁関係なし)
た.同居人においても IFA では T. asahii,
T. mucoides と
に対しても本人の同意を得たうえで同様の検索を行っ
もに陽性所見が得られたが,HLA-DQ 3 は検出されな
768
日呼吸会誌
かった.
40(9)
,2002.
細粒状影の増強を認め,胸部 HRCT にて陰影の改善が
臨床経過:入院後,安静のみで経過観察したところ,
認められないため,プレドニゾロン(PSL)20 mg!
日の
すみやかに臨床症状は改善し,入院 5 日目には PaO2 も
内服を開始した.退院 8 週後の胸部 HRCT(Fig. 2b)で
102.3 Torr と改善を認めた.また,胸部 X 線所見でも
は肺野のスリガラス状影は消失し,以後 PSL をゆっく
スリガラス状影の改善傾向を認めた.入院 5 日目に帰宅
り減量し退院 4 カ月後に中止した.
誘発試験を施行したところ,微熱の出現,fine
crackle
この間の血清 KL-6 の推移を Fig. 4 に示す.9 月 13 日
の軽度増強,PaO2 の低下(85.0 Torr)を認めたため陽
の入院後,症状は消失たが 9 月 18 日の帰宅試験直前ま
性と判定,以上より夏型過敏性肺炎と確定診断した.そ
で KL-6 は 2,770 U!
ml とさらに上昇を示し,帰宅誘発試
の後,すみやかに症状は軽快し,環境改善の手引き3)に
験にて症状が再燃し,帰院した時点では,逆に 2,660 U!
従った住居の清掃完了後,退院となった.臨床症状の再
ml と軽度の低下を示した.その後帰宅誘発試験 10 日後
燃はなかったものの退院約 3 週後の胸部 X 線所見で微
の測定では再び 2,920 U!
ml と上昇がみられた. さらに,
PSL 投与開始後も,KL-6 は,しばらくは上昇を示し,
HRCT 上スリガラス状影の消失(12 月 1 日)後より低
下傾向を認め,発症から約 6 カ月後(平成 13 年 3 月)に
基準値以下となった.
考
察
本例は,夏季に発熱,咳嗽にて発症し,環境誘発試験,
病理組織学的所見,血清抗トリコスポロン抗体がいずれ
も陽性を示し,厚生省特定疾患「びまん性肺疾患」調査
研究班 1990 年の過敏性肺炎の診断基準に従い確実例と
診断された.
Fig. 3 The lung specimen obtained at TBLB demonstrating alveolitis and a non-caseating granuloma.
KL-6 は MUC 1 ムチンに属するシアル化糖鎖抗原であ
り,肺では II 型肺胞上皮細胞,気管支腺細胞などで発
Table 2
Precipitating antibody T. mucoides
Precipitating antibody T. asahi
IFA T. mucoides
IFA T. asahi
HLA-DR locus
HLA-DQ locus
The present case
55-year-old female
Non-smoker
Her roommate
57-year-old female
Non-smoker
(−)
(−)
×64
×64
DR-4, DR-9
DQ-3, DQ-4
(−)
(+)
×32
×64
DR-15
(2),DR-6
DQ-1
IFA: Indirect immunofluorescence antibody titer(Normal≦×8)
Fig. 4 Clinical course.
夏型過敏性肺炎の 1 例
現が認められる4).血清 KL-6 は,特発性間質性肺炎,
膠原病関連間質性肺炎,過敏性肺炎などの間質性肺炎患
本論文の要旨は,第 57 回日本呼吸器学会近畿地方会にて
発表した.
者で高値を示し,健常人や細菌性肺炎,肺気腫などその
文
他の肺疾患ではほとんど上昇しないため間質性肺炎の血
清マーカーとしてその有用性が報告されている.本例で
は,当院初診時から血清 KL-6 の経時的変化を約 11 カ
769
献
1)安藤正幸:過敏性肺臓炎の病態と治療.日本内科学
会雑誌 2000 ; 89 巻 9 号 : 1717―1727.
月にわたり追跡できたが,入院後の症状軽快後にも上昇
2)Ando M, Hirayama K, Soda K, et al : HLA-DQw 3 in
を続け,帰宅誘発試験による臨床症状の再燃時には逆に
Japanese summer-type hypersensitivity pneumoni-
軽度低下がみられ,帰宅誘発試験の判定に利用できるよ
tis induced by Trichosporon cutaneum. Am Rev
うな鋭敏なマーカーではないことが示唆された.さらに,
退院後,ステロイド治療により臨床症状や HRCT 所見
が充分に改善したと思われる時期でも高値が続いたこと
から,ステロイドの減量の指標としても敏感なマーカー
とは言えないと考えられた.花田ら5)も同様に,KL-6 は
ステロイド減量の判断材料としては,時間がかかりすぎ
Respir Dis 1989 ; 140 : 948―950.
3)吉田和子,安藤正幸,坂田哲宣,他:夏型過敏性肺
臓炎における環境改善対策.呼吸 1989 ; 8 巻 2 号 :
212―217.
4)河野修興,近藤圭一:間質性肺炎の血清マーカー,
KL-6,SP-A,SP-D の診断的意義.最新医学 2001 ;
56 巻 11 号 : 2521―2528.
ると指摘している.しかし,本症における治療効果の確
5)花田清美,権寧 博,細川芳文,他:血清 KL-6 値
認には,KL-6 は有用と思われた.一方,平成 13 年に間
と SP-D 値の経時的変化を比較しえた過敏性肺臓炎
質性肺炎の血清マーカーとして保険適応になった SP-D
の 1 例.日胸疾会誌 2000 ; 59(11): 900―904.
は,肺サーファクタントタンパク質の 1 つで主に II 型
6)大塚満雄,高橋弘毅,藤嶋卓也,他:肺特異的マー
肺胞上皮細胞とクララ細胞で産生されるが4),KL-6 と比
カーの経時的測定が治療効果の判定に有用と思われ
較して時間的鋭敏さの点では優れていることが報告され
た 間 質 性 肺 炎 の 一 例.日 呼 吸 会 誌 2001 ; 39(4):
5)
6)
ており ,帰宅誘発試験の判定やステロイド減量の指標
としては SP-D を用いるほうが有用であるかもしれな
い.
過敏性肺炎では,血清学的に感作されている個体でも,
発症する個体と発症しない個体があることが報告されて
298―302.
7)Arima K, Ando M, Ito K, et al : Effect of Cigarette
Smoking on Prevalence of Summer-type Hypersensitivity Pneumonitis Caused by Trichosporon Cutaneum. Archives of Environmental Health 1992 ;
Vol. 47(No. 4): 274―278.
いる.発症に関与する因子としてまず喫煙の問題が指摘
8)Camarena A, Juarez A, Meija M, et al : Major Hist-
されており,喫煙者は非喫煙者と比べて過敏性肺炎を発
compatibility Complex and Tumor Necrosis Factor-
症しにくいことが報告されている7).さらに HLA の関
α Polymorphisms in Pigeon Breeder’
s Disease. Am
与が指摘されており,安藤らは夏型過敏性肺炎の発症者
J Respir Crit Care Med 2001 ; Vol 163 : 1528―1533.
は健常者と比べて HLA-DQ-3 の陽性率が有意に高いこ
9)中島正光,真鍋俊明,吉田耕一郎,他:夏型過敏性
と2)を明らかにしている.今回の著者らの検討でも,発
肺臓炎における血清 KL-6 値の検討.日呼吸会誌
症した本例では HLA-DQ-3 が陽性であったのに対して,
1998 ; 36(9): 763―770.
血清学的には感作されていながら発症しなかった同居人
10)小林 淳,塚越正章,萩原真一,他:間質性肺炎の
では HLA-DQ-3 は陰性であり,安藤らの見解を支持す
血清マーカー KL-6 値を追跡しえた夏型過敏性肺臓
るものと考えられた.他の過敏性肺炎でも,鳥飼病発症
と HLA-DRB 1・1305,HLA-DQB 1・0501 等 と の 関 連
が指摘されており8),過敏性肺炎の発症と HLA の関与
については,さらなる症例の集積が必要と考えられた.
以上,血清 KL-6 の経時的変化と同居人も含めた HLA
の検索を行った夏型過敏性肺炎の一例について報告し
た.
謝辞:血清抗トリコスポロン抗体を測定していただきまし
た熊本大学第 1 内科安藤正幸先生(現熊本済生会病院)
,茶
園寿子先生に深謝致します.
炎の 1 例.日胸疾会誌 1996 ; 34(7): 837―842.
11)戸谷嘉孝,出村芳樹,飴島慎吾,他:特発性間質性
肺炎の活動性診断における血清 KL-6 値の有用性の
検討.日呼吸会誌 2000 ; 38(6): 437―441.
12)北 村 諭,日 和 田 邦 男,小 林 淳,他:ED 046 に
よる間質性肺炎症例の血清 KL-6 値の検討.日胸疾
会誌 1996 ; 34(6): 639―645.
13)安部庄作,高橋弘毅:間質性肺炎のバイオマーカー
としての肺サーファクタント蛋白質.日呼吸会誌
2000 ; 38(3): 157―165.
770
日呼吸会誌
40(9)
,2002.
Abstract
A Case of Japanese Summer-Type Hypersensitivity Pneumonitis : Monitoring with
Serum KL-6 and Examination of the Phenotype of HLA
Hiroshige Yoshioka1), Hiromi Tomioka1), Hisashi Ohnishi1), Riyo Fujiyama1), Toshiyasu Sakurai1),
Kimihide Tada1), Hiroko Sakamoto1), Hironobu Iwasaki1),
Kimio Hashimoto2)and Kazufumi Imanaka3)
Department of Respiratory Medicine, 2)Department of Pathology, 3)Department of Radiology,
1)
Nishi-Kobe Medical Center, 5―1―3 Kohjidai, Nishi-ku, Kobe, Japan
A 55-year-old woman was admitted with a cough and fever in August. A diagnosis of Japanese summer-type
hypersensitivity pneumonitis was made on the basis of radiological, serological and pathological findings, in addition to positive returning home provocation. Serum KL-6 was monitored during the clinical course. Although KL-6
fluctuated slowly in comparison with the clinical symptoms and HRCT findings, it was considered useful for confirming the effects of treatment. Serum anti-Trichosporon antibody and the phenotype of HLA were studied in
both the patient and her asymptomatic roommate, with whom she had no blood relationship. Though both were
sensitized immunologically, HLA-DQ 3, which was reported to be associated with Japanese summer-type hypersensitivity pneumonitis, was detected in the patient but not in her roommate. It was suggested that HLA plays a
role in the development of this disease.
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