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バークレー滞在記

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バークレー滞在記
海外滞在記
バークレー滞在記
社会建設工学科助教 中島伸一郎 山口大学工学部の海外派遣制度「新長州五
バークレー研究所は米国エネルギー省が管
傑」の支援を受け、本年5月より米国カリフォ
轄する国立研究機関です。物理学者アーネス
ルニア州にあるローレンス・バークレー国立
ト・ローレンスが1931年に創設した放射線研
研究所(以下、バークレー研究所)に客員研
究所が前身で、初期には原子爆弾開発などの
究員として滞在しています。おかげさまで充
国家機密に関わる研究も行っていましたが、
実した日々を過ごしていますので、その体験
1950年以降、機密に関わる研究はリバモア国
をご紹介いたします。
立研究所およびロスアラモス国立研究所に移
バークレー研究所は、米西海岸サンフラン
されました。現在のバークレー研究所は、軍
シスコ近郊のバークレーという人口約10万の
事・国家機密に関わらない研究分野の先端科
都市にあります。街の西側はサンフランシス
学技術の総合研究所となっています。これま
コ湾に面し、背後にはバークレーヒルズと呼
でに当研究所が輩出したノーベル賞は13個。
ばれる丘陵地が南北に伸びています。地形的
物理、化学、生命科学、地球科学、環境、エ
には神戸の街に似ていると言えるでしょう
ネルギー、コンピュータサイエンス、ナノテ
か。気候は温暖かつ安定していて、治安もよ
クなど、実に多くの分野の研究がなされてい
く、緑豊かな非常に過ごしやすい環境です。
ます。80 万m2を超える広い研究所の敷地に
街の中心にはカリフォルニア大学バークレー
は、76 の施設が点在していて、スタッフ研
校(UCバークレー)が位置しており、その
究者約1,000名、サポートスタッフ約1,500名、
東側の丘の斜面に沿って当研究所が建ってい
学生・ポスドク約1,000名を擁しているとい
ます。
いますから、その規模の大きさには驚きます。
バークレー研究所の丘から市街を臨む。左端のドームは研究所の放射光実験施設。丘の
ふもとにはUCバークレーのキャンパスが広がる。海の向こうに見えるのがサンフランシス
コ。ゴールデンゲートブリッジとベイブリッジがうっすらと見えます。
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さらに、これに加えて、当研究所の先端的な
今回、海外での訪問先を検討するにあたり、
科学研究を求めて、筆者と同様のゲスト研究
岩の力学分野においては世界をリードしてい
者や学生らが世界中から集まってきており、
るバークレー研究所でぜひ学びたいと思い、
その数毎年3,000名を超えるそうです。これ
その真っ只中で活躍する中川さんの研究室の
だけ多くのゲストを受け入れているだけあっ
門戸を叩いた次第です。半ば無理やり押しか
て、受け入れ体制はとてもよく整備されてい
けた筆者を快く受け入れていただき、誠に感
ます。例えば渡航ビザに関わる書類の発行も
謝しております。
迅速です。筆者の場合ですと、初めて訪問伺
さて、中川さんの研究室では岩石や岩石亀
いのメールを研究所に送付してから、招聘状
裂の性質が、温度や応力、内在流体、化学的
が発行され、ビザ関連書類(DS-2019)が宇
環境などによってどのように変化するのかを
部の自宅に届くまでに、たったの2週間で済
コアサンプルを用いて実験室で高精度に観測
みました。聞くところによると、同じ米国で
し、理論的な解釈を与えるという研究を行っ
も留学先によっては訪問手続きに半年以上も
ています。岩石力学が始まって以来、脈々と
かかり、渡航の直前になっても必要書類が届
続く古典的なテーマでありますが、最近日
かないことがあるといいますから、バークレー
本でも話題の二酸化炭素の地中貯留や地熱
研究所の手続きの迅速さがよくわかります。
EGS 発電、非在来型資源の開発(メタンハ
バークレー研究所で筆者を受け入れてくれ
イドレート、シェールガス等)
などのプロジェ
たホストは、地球科学部門・地球物理学研究
クトにおいても、人工的な刺激によって時々
分野のスタッフサイエンティストで、岩石物
刻々変化する地中深部の状況を精度よく把握
理学研究室を構えておられる中川誠司氏で
し、将来の生産性や安全性を評価することは
す。初めて中川さんにお会いしたのは数年前
非常に重要ですから、普遍的で必要不可欠な
の国際学会でした。筆者の発表に対して中川
技術開発といえます。研究室で特に力を入れ
さんが質問してくださったのですが、その英
ているのが、振動に対する応答や比抵抗、電
語があまりに速くて筆者はろくに聞き取れ
磁波などの物理探査的データの解釈によって
ず、冷汗をかきながらしどろ
もどろの回答でした。 セ ッ
ション後のフロアでは、中川
さんから実験材料や手法につ
いて色々なアイデアをいただ
き、その後の研究の進捗に大
いに役立ちました。アメリカ
独特のノートパッド に、 サ
サッとイラストを描きながら
英語まじりで解説する中川さ
んの姿に惚れ込んでしまいま
した。実は、中川さんは筆者
が学生の時に所属していた研
究室の大先輩にあたります。
X線 CT 室での実験風景。一番奥がホストの中川氏。
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岩石の変形特性や透水特性、飽和状態、構成
き受講すると、遅々としてなかなか進みませ
粒子の状態などを非破壊的に探知する技術の
ん。ひとつのトレーニングにつき2時間程度
開発です。X 線 CT や放射光などの先端的な
は優にかかってしまいます。そんなこんなで
可視化施設を援用しながら実験が進められて
研究所に来てから2ヶ月くらいは研究室で実
います。筆者は物理探査的な観測手法につい
験の補助をしながら、空いた時間を見つけて
ては経験がほとんどないので、ここでの実験
は e-learning でトレーニングをこなすという
のひとつひとつが大変勉強になっています。
毎日でした。
また、あらゆる実験的研究分野にいえること
これらのトレーニングも含め、研究員およ
だと思いますが、論文の中には決して描かれ
び研究室の安全衛生に懇切丁寧かつ厳格な管
ない実験上の“コツ”のようなものがありま
理がなされていることには感心します。化学
す。長年世界をリードしているだけあって、
物質やボンベなどの量的管理・購入廃棄管理
ここにはそのような素晴らしいコツが蓄積さ
もバーコードによってきっちり行われていま
れています。岩の割り方ひとつをとっても、
すし、例えば研究機器を新しく購入しても、
あぁ、そうやって割ればよいのかと、いちい
専門部署の検査が完了するまでは電源を投入
ち感心してしまいます。
してはいけないことになっていて、これも厳
5月に研究所に来たわけですが、しばらく
格に守られています。実験室に入室する際に
はトレーニング期間が続きました。研究プロ
は必ず(単なる訪問であっても)保護メガネ
ジェクトごとに必要なトレーニングが定めら
を着用しますし、実験室にはいかなる食品・
れていて、それを受講しないと研究に携わる
飲み物の持ち込みも禁止されていて、みんな
ことができない決まりだからです。筆者の場
守っています。エルゴノミクスの観点から、
合ですと、放射性物質、液体窒素、高圧ガス、
オフィスの机や椅子、コンピュータの使いや
電気機器、はんだ付け、化学物質、廃棄物、
すさにも気が配られていて、椅子については
防塵マスク、消火器などの取扱い、エルゴノ
高さや勾配、肘掛の角度などが調節可能な高
ミクスなどに関するトレーニングを受講し
機能チェアで、机についても、電動で高さや
ました。いわゆる安全衛生にかかわるトレー
勾配が調節可能です。中には姿勢を正すため
ニングです。各項目の基礎知識が講義される
にデスクを上げて、ラムズフェルド元国防長
とともに、過去に全米でどのような事故が発
官がされているように立ったまま仕事をして
生し、その原因は何だったのか、どういう対
いる研究者さえしばしば見かけます。
処をすべきだったのか、事故の発生を防ぐた
実は最近、夜の「アダルト・スクール」に
めにどのようなハード・ソフト対策が講じら
通い始めました。といっても、決していかが
れたかという詳細な分析が提示されます。ト
わしいところではありません。語学研修、生
レーニングの多くはインターネット上で受講
涯学習、職業訓練のための公立のコミュニ
する e-learning 形式でした。e-learning だか
ティスクールです。語学や社会・自然科学な
らといって油断はできません。最後に必ずテ
どの勉学系クラス、ダンスや手芸などのカル
ストがあって合格点に達しないとクレジット
チャークラス、コンピュータやパン製作など
がもらえないからです。専門外のテクニカル
の職業訓練クラスなどがそろっています。受
ターム、筆者にとっては特に化学系の英単語
講者は移民の方々が多いですが、UCバーク
はほとんどわかりませんので、辞書を引き引
レーの留学生や研究者、海外駐在員も語学ク
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ラスなどでよく見かけます。授業は平日の午
ちらは気候の変化がマイルドでなかなか暑く
前・午後・夜間の3つの時間帯があり、筆者
ならないので、
「夏はまだか、夏はまだか」
が受講する夜間クラスは18時から21時の3時
と思っているうちに、いつの間にか木々の葉
間です。毎回宿題もあり、2回以上休むと落
が色づき始め、散り始めてもいます。結局、
第ですから、継続して通うのはなかなかハー
日本から持参した半袖は着ずじまいでした。
ドです。
まともな雨が降ったのは半年間でたったの1
筆者は社会科学のクラスを受講していま
回、しかもわずか2∼3時間です。これだけ
す。シラバスには「米国の地理・歴史・政治・
季節の変化が小さいと時間に対する感覚が
経済、世界史を学びディスカッションを行
鈍っていくようです。本記事を書くにあたり、
う」ということになっていますが、実際には
自分の日記を見返してみると、研究でも生活
講師であるダン先生の趣味が色濃く出た授業
でも、有意義で多様な体験をしているなぁと
です。毎回、テロ関連のドキュメンタリフィ
つくづく思います。本記事では触れていない
ルムを観て、それについて先生の解説を受け
体験もたくさんありますので、また別の機会
ながらディスカッションするという授業スタ
にご報告できればと思います。
イルです。先生は軍隊経験もある方で、軍の
最後になりましたが、このような貴重な機
内情や武器についても細かく解説してくれま
会を与えてくださいました清水則一教授、講
す。最近はイラク戦争にまつわるフィルムを
義や用務等でご協力くださっている学科の教
観ていました。おかげで、タリバンやアルカ
職員の皆様、公私において現在進行形でお世
イダの歴史、同時多発テロの意味、ブッシュ
話になっている中川誠司博士をはじめとしと
前政権の面々と内情について、妙に詳しくな
したバークレー研究所の皆様、素敵な住まい
りつつあります。
を貸してくださっているキパースキー夫妻に
バークレーに来て約半年が過ぎました。こ
深く感謝の意を表します。
バークレーヒルズは散歩が楽しいエリアです。昔ながらの路地がきちんと
保存されており、秘密の小道になっています。写真は教会の境内。
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