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神経細胞って何?
第 1章 神経細胞って何? 神経細胞が私たちの体を制御している の動作も、体中に張り巡らされた神経細胞の働きなく ールから離れるように体が動きます。このような一連 配する神経に電気信号が送られ、筋肉を動かして、ボ 気信号が脳へと伝達された後、今度は脳から筋肉を支 により、光の情報が電気信号に変換されます。この電 えます。その時、視覚センサーである視細胞(④項) 例えば、自分に向かって飛んできたボールを避ける 場合。ボールの接近を音で感じ、次に目で視覚的に捕 で必要不可欠な働きをしています。 制御する細胞です。ヒトを含め動物が生きていくうえ 神経細胞(ニューロン)は、外界からのいろいろな 情報を生体信号として体中に伝え、処理して、行動を 開発ができるといっても過言ではないでしょう。 ・ 対 応 の 仕 方 な ど の 機 構 を 知 る こ と で、 よ り 良 い 商 品 神経細胞の理解を深めて、外界の情報の感じ方や応答 私たちの身の回りの製品には、このような視覚や嗅 覚の機構を利用した製品がたくさん存在しています。 同じ電気信号を利用します。 これらで使われる電気信号は、電気回路を通るもの とは少し異なりますが、体の中では視覚でも嗅覚でも され、匂いを知覚するのです。 換されます。その電気信号が神経を通じて脳へと伝達 経細胞で、化学物質が持つ情報が生体電気信号へと変 のではありません。鼻の中にあって嗅覚にかかわる神 しては、成り立ちません。 間(⑦項)などの知識が重要になるでしょう。 例えば自動車の操作や、マシンの作業速度を設定す る際などは、情報の受取りや神経伝導の速度、遅延時 また、いい香りを感じる場合、香りの元となるのは 化学物質ですが、化学物質がそのまま脳へと運ばれる 2 1 神経細胞って何? 第1章 映像関係、広告、IT業界などでは視覚の仕組みや 特性を知ることが必要となります。視覚の働きでは、 まって 「中枢」 として機 能している部分を指し ます。具体的には、脳・ 脊 髄( 脊 椎 動 物 )で す。一方で、末梢神経 は、全身に散らばって 分布している、中枢神 経以外の神経を指し ます。 舌(味覚) 脳 よく見える、きれいに見える、また、無意識のうちに 注目してしまうなどの特徴があります。 食品、飲料、化粧品、香料の関連では、当然、味覚 や嗅覚の仕組みを理解することが重要です。例えば、 アイソトニック飲料の成分は、神経細胞の信号伝達に 必要なものですが、単に体に必要な因子を水に溶かし の通り神経が多数集 3 ただけのものは飲めたものではありません。 音楽、警報、注意音などが必要とされる場合は、聴 覚に関する知識が必須となります。 中枢神経とは、 その名 危険察知をする場合と、温度、肌に塗布する刺激性 の化学物質を取り扱う場合には、温感や接触感覚、痛 一 口メモ 脊髄 膀胱 目(視覚) 中枢神経と末梢神経 肺 心臓 胃 肝臓 筋肉 間やリラックスできる背景音、心地よい香りの空間、 化粧品や衣類などの体に接触する材質、穏やかな光空 す。そのような場合、具体例としては、刺激の少ない 性のもの、阻害剤などを利用すればよいことになりま ない製品を作るためには刺激を起こさないもの、抑制 覚などの体性感覚の知識が必要です。反対に、刺激の 主に神経系に焦点を置くことにします。 ただ、本書では液性調節についてはこれ以上触れず、 で、この場合も液性情報が重要な働きを行っています。 脳下垂体から血液中に分泌されるホルモンによるもの きます。また、女性の月経周期を調節しているのも、 れ、体中のいろいろな細胞が血糖値を下げるように働 と、膵臓から糖分調節のためのインシュリンが分泌さ すいぞう などがあります。 なお、本書で使用する用語は、以下の通りに区別し ています。 「神経細胞」=数多くある細胞の1種で、生体電気 信号を伝える働きをもつもの 「神経」=広い意味で神経細胞も線維も含む 「 生 体 電 気 信 号 」 = 生 体 に 流 れ る 電 気 で、 外 部 か ら の物理・化学情報を信号化したもの 「電気信号」=生体だけでなく電線を通る電気も含 んだもの 「生体信号」=電気だけでなく化学信号も含んだも の のう か すいたい また、古代エジプトや中世ヨーロッパで活躍した香 りの演出の目的は、よい香りの演出をする以上に、嫌 な匂いを消す目的で利用されていました。 神経は体のあらゆる組織に投射しています。ここで いう投射とは、 情報を受け取り(求心性) 、 作用する(遠 心性)ことを示し、いずれも神経細胞の機能によって 行われています。 ところで、神経と同様にヒトの組織間の情報伝達を するものに液性情報があります。液性情報は、血流を 流れるホルモンを介して体の働きを調節するもので、 神経の中では自律神経系(後述)の働きによく似てい ます。 例えば、ご飯を食べて血液中の糖分濃度が上昇する 4 神経細胞って何? 第1章 生理学・医学賞を受賞しています)。 06年に、レーヴィは1936年にそれぞれノーベル 神経の伝わり方を発見したのは日本人 ─ 生 体 電 気 信 号の伝 達 ─ そもそも「神経細胞」はどうやってその存在が知ら れたのでしょうか。 を通る電気は距離に対して減衰するために、当初は当 世紀後半、神経解剖学者であ るイタリアの Golgi (ゴルジ、 1843─1926)が、 神経は網状に体内で連続的に繋がっているという「網 信号は長い線維を通っていく間に減衰すると考えられ 一方、神経における電気信号の伝わり方に関する研 究では日本人が非常に大きな発見をしています。電線 状説」を唱えたのに対して、スペインの Cajal (カハ ール、1852─1934)が神経はニューロンとい ていました。しかし、1912年に、加藤元一(18 神経細胞については う単位ごとに、シナプスによって連絡し合っていると 90─1979)が世界で初めて神経を通る信号が不 たり前のように、神経研究の世界的情勢では、神経の いう「ニューロン説」を唱え、大論争となりました。 減衰的に伝導することを発見したのです。 質の放出が生理学的な実験で見られたことで、カハー チャネルと チャネルの働きから説明しました。個々 と Huxley (ハックスレー、1917─2012)が、 そのような不減衰の神経興奮と伝導のイオン機構を (ホジキン、1910─1994) その後、 Hodgkin ルのニューロン説が正しいことが証明され、現在の神 シ ナ プ ス 間 隙 が 見 ら れ た こ と や、 Loewi ( レ ー ヴ ィ、 1873─1961)によってシナプス間隙で伝達物 その後、電子顕微鏡による形態観察で神経細胞間に 19 経科学の礎になっています(ゴルジとカハールは19 Na+ の イ オ ン チ ャ ネ ル は 開 い た り 閉 じ た り し て い ま す が、 K+ 5 2 神経研究のはじまり 19 世紀後半 神経細胞 1 個が機能単位で 神経細胞は シナプスで連絡しあっている 切れ目なくつながっている そのことを実験的に予測したのは (カッツ)と Katz (ミレディ)によるノイズ解析がさきがけです Miledi (㊱項)。その後、実際に1分子のイオンチャネルの動 きを記録したのは Neher (ネーアー、1944─)と (サックマン、1942─)です。 Sakmann また、膜タンパクとしてのイオンチャネル分子のア ミノ酸配列が明らかとなり、チャネルの各部分がどの ような働きをしているかについても知見が深まりつつ あります。現在では、産業的にも利用できる可能性と して、小さな電気発生器あるいは分子機械として注目 されています。神経系で利用される電気素子の実態は タンパク質ですが、目的に応じてさまざまな特性のも のが用意されていて、各々の細胞は必要なタンパク質 を必要な量だけ膜上に発現させて機能を達成していま す。それぞれの素子の電気的特性は極めて複雑で、現 在の電気素子でもまねのできないものが多くありま す。そのような特性は、将来電気機器に組み込まれて 新たなデバイスを作り出すことにつながるかもしれま せん。また、生体分子そのものを利用して新たな機能 を持つ製品が出来上がる可能性も広がっています。 6 ニューロン説(カハール) VS 網状説(ゴルジ) 神経細胞って何? 第1章 神経細胞の働き りをする場となっています。樹状突起の形や枝分かれ も、細胞によってまったく異なります。 一方、軸索も細胞体から伸びている構造体ですが、 樹状突起と大きく異なるのは、枝分かれしない1本の 、他の神経細胞か 神経細胞は、核を持つ「細胞体」 ら入力を受ける「樹状突起」 、信号を伝える「軸索」、 さらに、 情報を入力したり、 出力したりする部位を「シ 長い線維で、情報を電気信号として伝導するため、高 チャネル、㉛項)が発現している点で くの突起を何本も枝分かれさせて伸ばしています。こ 樹状突起と軸索は、細胞体から伸びています。樹状 突起は他の神経細胞からの信号を受け取るために、多 でも生物が異なると大きさが異なります。 も細胞が異なると細胞体の大きさも異なり、同じ細胞 トの神経細胞で直径数 ~十数 ですが、同じヒトで を指します。特に知覚・運動に関与するものを体性神 系などを指し、末梢神経系は、脳・脊髄以外の神経系 神経系を大別すると、中枢神経系と末梢神経系に分 けられます。中枢神経系は主に、脳神経系、脊髄神経 部に小胞体やリボソームを持ちません。 で多様です。さらに、軸索は樹状突起とは異なり、内 す。軸索は、長さ数 のものから1mにも及ぶものま こにはシナプスによる入力が多くあり、伝達物質感受 経系、内臓や血管などの生体の制御にかかわるものを 他の細胞に出力する「神経終末」部分に分けられます。 ナプス(㊱項) 」と言います。 と電位依存性 密度にイオンチャネル(主に、電位依存性 チャネル 細胞体にある核は、さまざまなタンパク質を合成し たり、代謝を制御しています。細胞体の大きさは、ヒ Na+ 性の受容体やイオンチャネルなどを用いて情報の受取 K+ 7 3