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ロンドン証券取引所 AIM の状況と日本

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ロンドン証券取引所 AIM の状況と日本
香 川 大 学 経 済 論 叢
第85巻 第3号 2
0
1
2年1
2月 9
5−10
1
調
査
ロンドン証券取引所 AIM の状況と日本
―― AIM の成功から何を学ぶか ――
! 木
知
巳
1 序 ロンドン証券取引所 AIM
1.
1 世界で最も成功した新興市場
ベンチャーキャピタルが産業として成り立ち,成長企業へ資金を継続的に供給でき
るためには,一定数の利益率の高い IPO が必要であり,そのためには活発な新興株式
市場が必要である。
(Gilson and Black1
9
9
9)
ロンドン証券取引所(LSE)の Alternative Investment Market(AIM)は「世界で最
も成功した新興市場」と言われる。AIM は1
9
9
5年に設立され,その後世界のあちら
こちらの証券取引所で似たような成長企業向けの市場が造られたが,今も1,
0
0
0社以
上の上場企業が存在するのは AIM だけである。
1.
2 1,
1
0
5社の上場企業
1
9
9
5年の誕生以来,AIM では3,
3
0
0社に上る企業が£7
9
2億(約1
0兆円)の資金
調達を行っている。2
0
1
2年9月末の上場企業数は1,
1
0
5社で,2
0
0
7年のピーク1,
7
0
0
社からはかなり減っている。近年では,年間に約1
5
0社が AIM から本則市場に移行
し,逆に3
0
0社が本則市場から AIM に「格下げ」されている。同じく9月末時点で
の市場時価総額は£6
0
3億(約8兆円)である。
1.
3 AIM 関係者へのインタビュー
日本で苦境の続く新興市場に対し,AIM はどうして成功し続けられるのか。AIM
−96−
香川大学経済論叢
268
調査のため2
0
1
1年5月にロンドンを訪問し,LSE の AIM 責任者である Mr Marcus
Stuttard,有力 Nomad の一つである Grant Thornton の AIM 担当 Partner である Mr Philip
Secrett,AIM に 投 資 す る 機 関 投 資 家 の1社 で あ る T. Rowe Price VP の Mr Kamran
Baig,AIM に昨年まで上場していた RDF Media の社外役員を務めていた Ms Maggie
Carver,そして AIM をその誕生以来ジャーナリストの立場で追い続けている Financial
Times 紙の小型株記者 Mr David Blackwell にインタビューを行った。
2 AIM を取り巻く「生態系」
(Eco System)
2.
1 規制と自由の絶妙なバランス
AIM には形式基準が存在しない。細かいルールを取引所が定めるのではなく,
「原
理原則」に従い,後述する Nomad が判断する。
(Rousseau2
0
0
8)
SOX 法もなく,これへの対応に関るコストが掛からない。Piotroski and Srinivasan
(2
0
0
7)の研究では,エンロン事件がきっかけとなり2
0
0
2年に制定された同法により
NASDAQ の上場費用が上がり,米国企業の AIM での上場が増えた,としている。
0万(2
0−4
0百万円)と言われる。この他に,AIM で
年間の上場維持費用は£1
5−3
要件としているわけではないが,多くの会社では社外取締役3名程度に£9万(1,
2
0
0
万円)程を支払っているケースが多い。AIM へ支払う年間費用は一律£5,
3
5
0である。
(費用目安)
下限
上限
Nomad
£5
0,
0
0
0
£100,
000
弁護士
£5
0,
0
0
0
£100,
000
監査法人
£3
0,
0
0
0
£50,
000
IR(印刷費含む)
合
計
£2
0,
0
0
0
£50,
000
£1
50,
0
0
0
£30
0,
000
Mendoza(2
0
0
7)の 調 査 で は,上 場 維 持 費 用 を AIM の 年 間$1
4
7,
3
0
0に 対 し,
NASDAQ では$2百万としている。また,同調査では$5
0百万を公募増資するケー
スで,新規上場費用を$3.
4百万,NASDAQ では$4.
5百万としており,新規上場費
用は NASDAQ よりは安いものの,日本国内での上場と同水準か場合によっては高い
269
ロンドン証券取引所 AIM の状況と日本
−97−
かもしれない。
2.
2 関係者ネットワーク
AIM 上場に関する専門家集団には,!Broker "機関投資家 #Nomad
$会計事
務所 %弁護士事務所 &PR/IR 会社,がある。長年にわたり欧州の金融の中心であ
るシティには数多くの専門家集団が存在し,選択肢が豊富である。
2.
3 Nomad
他の市場と決定的に違うのが,Nominated Advisor(通称 Nomad)と言われるアド
バイザーの存在で,Nomad は LSE から委託された立場で上場希望会社の実質的な審
'
査を行うのみならず,上場中一貫して責任を持つ。
会社に対して,上場に向けての助言を与えながら,同時に AIM にふさわしい会社
であるかどうかの審査も行うわけで,これには「利害相反」との指摘もされてきた。
実際に,米国では法律上こういった仕組みは難しいとされ,実現する見込みは無いよ
うである。
2.
4 投資家の層の厚さ
AIM 市場に限らず,ロンドン市場(シティ)には比較的自由な規制と,専門家ネッ
トワークを求めて,世界中から投資資金が集まる。
中東の石油資金から,ロシア新興財閥の資金,アフリカの独裁国の資金まで,世界
中のありとあらゆる資金を集めているのがロンドンで,これらの多種多様な資金を扱
う金融機関が大小あわせ多数存在する。
機関投資家に言わせれば,
「放っておいても,先方のトップが世界中から年に2回
来てくれるのがロンドン」ということで,これに匹敵する国際金融市場はニューヨー
(
クだけだろう。この点,一ローカル市場になりつつある東京市場とは対照的である。
(1) 現在6
2社が登録。上場企業の IPO や TOB などのコーポレートファイナンス助言業務
を過去2年間に3件以上行った実績のある企業で,4人以上の常勤認定責任者が登録に
必要。
−98−
香川大学経済論叢
270
2.
5 優遇税制による政府のサポート
AIM に投資する個人投資家には!投資額の3
0%を所得税から控除,"キャピタル
ゲイン課税減免(通常所得額により1
8%か2
8%)
,#相続税減免(一部の社会性の高
い AIM 銘柄)の優遇税制が取られており,AIM への投資促進のインセンティブと
なっている。
中でも大きな役割を果たしているのが,Venture Capital Trust(VCT)と言われる,
ベンチャーキャピタル(VC)投資を行う会社型投資信託である。AIM 市場の誕生と
同時に法整備がなされ,VCT 自体 LSE に上場している。現在約1
2
0社の VCT が存在
し,大半は通常の VC 同様未公開企業に投資するものの,2
5社くらいが AIM 上場企
業を中心に投資している。VCT 経由の投資でも,個人投資家は優遇税制の適用を受
けることが出来る。
VCT は総額で£2
0億(2,
6
0
0億円)の資金量があり,AIM に投資されているのは
そのうち£3億(4
0
0億円)程度である。1
9
9
5年の優遇制度誕生以来,VCT の資金
調達累計額は£3
6億(4,
7
0
0億円)で,AIM には£8億(1,
0
0
0億円)が投資された。
0
0
6年
2
0
0
5年までは AIM を中心に投資する VCT の資金調達は順調であったが,2
に優遇税制対象となる投資先が「総資産£7百万まで」にそれまでの£1
5百万から
減額され,ついで2
0
0
7年に同じく対象投資先の「従業員が5
0人まで」と制限された
ため,AIM VCT の資金調達が激減した。
LSE では AIM 市場が英国経済にもたらす恩恵を強調し,政府に対するロビーイン
グ活動を日常的に行っている。この成果により,2
0
1
1年,VCT の投資対象が「従業
員2
5
0人まで,かつ総資産£1
5百万まで」と以前より大きな会社にまで広がった。
また,所得税減額もこれまでの投資額の2
0%から3
0%に2
0
1
1年から拡大された。
(2) Z/Yen Group(ロンドン)が発表している Global Financial Centre Index(世界金融セン
タ ー 指 数)で は,People, Business Environment, Infrastructure, Market Access, General
Competitiveness の5分野に渡り様々な要素で各金融センターのランク付けをしている。
2
0
0
7年の発表開始以来,一度の例外を除き,毎年ロンドンが一位となっている。但し,
NY との差は小さく,ここ数年でほぼ並ぶまで金融センターとして成長した香港と合わ
せ,三都市の優位は当面揺らぎそうにない。
ロンドン証券取引所 AIM の状況と日本
271
−99−
3 現状の課題
3.
1 低流動性
世界最大にして,
「最も成功している」と言われる AIM でも,上場1,
1
0
5銘柄のう
ち日常的に売買が行われているのは1/3程の銘柄であり,多くの銘柄はたまにしか
取引が行われていない。
流動性が低下すると,その銘柄に投資することのリスクがさらに増加するので,ま
すます売買がされない,という悪循環に陥る。この点は,新興市場の世界共通の課題
である。
3.
2 EU 規制との調整
イギリス(UK)は EU に加盟しているため,EU と UK 両方の証券取引に関する規
制を受けている。EU 規制の方が厳しくなる傾向があるため,AIM の自由で上場コス
トが低いと言う利点を守れるように調整努力している。
3.
3 少数株主保護
オーナー経営者が過半数の持ち株シェアを維持したまま上場が出来るのが,オーナ
ー経営者にとって AIM 上場の魅力の一つとなっている。つまり,経営権を維持しな
がら,一部持ち株の現金化を図ることができる。
これは,少数株主の立場から見れば,オーナー経営者が自らの利害で,少数株主の
利益をないがしろにして意思決定するリスクをはらむ。
実際,株価が低迷している企業が,株式公開買い付け(TOB)により会社を非上場
化した後,短期間により高値で会社を売却するケースが発生している。
4 AIM の末来
4.
1 EU 全域への拡大
現在,海外で AIM を展開しているのはイタリアだけである。Tokyo AIM は LSE と
東京証券取引所の合弁会社として3年前に設立されたものの,最初の上場まで2年が
−100−
香川大学経済論叢
272
!
かかり,ついには2
0
1
2年3月に合弁が解消されるに至った。AIM Italia は2
0
0
7年に
イタリア証券取引所が LSE 傘下に入ったのに伴い整備され,現在2
4銘柄が上場され
ている。
他の EU 各国にも AIM 市場を広げたい,というのが LSE の意向であった。
4.
2 ハイテク企業を増やす
立ち上げ時には. com ブームに助けられ,その後は資源株ブームで拡大した AIM で
あるが,新興市場として中心に据えたいのがハイテク企業である。
現在は約2
5
0銘柄が上場されているが,この割合を増やしていきたい,という話
だった。
5 結
び
イギリスはよく「紳士の国」と言われる。しかし,イギリスでも生活様式のカジュ
アル化が進んでおり,昔,教科書で習ったような堅苦しいイメージはもはや無い。
それよりも,訪問する度「大人の国」だと感じる。いろいろと問題が起こっても声
高に非難しない。人間の本質をよく分かっており,老練で,利用できるものは利用す
る。そうやって大英帝国の凋落を乗り切ってきたのだ。
欧州の島国として,大陸から多くの才能やハミ出し者を受け入れてきた。そういっ
た国柄の中で発達したのが自主規制を重視するシティであり,AIM である,という
ことなのだろう。
今回のインタビューで印象的だったのは関係者が異口同音に,
「現在の AIM の仕組
みはほぼ適正。どんな仕組みにしても証券スキャンダルは起こる。大切なのは過剰反
応してせっかく機能している仕組みを壊さないことだ。
」と語っていたことだ。日本
にも長い歴史があるが,どうも,こと投資に関しては歴史から学んでないようであ
る。
(3) 2
0
1
1年7月1
5日にメビオファームが第一号銘柄として上場したが,公募増資のない
寂しい船出となった。公募価格決定の仮条件1,
2
0
0∼1,
60
0円に対し初日から売り気配
が続き,初値である2
86円が付いたのは上場5日目の7月2
2日。指定アドバイザーは
フィリップ証券。
273
ロンドン証券取引所 AIM の状況と日本
−101−
AIM を日本でそのまま実施することは,前提条件の違いから困難である。しかし,
AIM をヒントに日本の新興市場活性策を考えることは有意義であり,優遇税制によ
る政府のサポートや VC を含む機関投資家が参加しやすい制度は日本にも必要であ
る。
参 考 文 献
London Stock Exchange(2
0
1
0)A Guide to AIM
Grant Thornton/London Stock Exchange(2
0
1
0)Economic impact of AIM and the role of fiscal
incentives
Gilson, R. J., and B. Black(1
9
9
9)
“Does Venture Capital Require an Active Stock Market ?”
,
Journal of Applied Corporate Finance3
6−4
8
Rousseau, S.(20
08)“London Calling ? : The Experience of the Alternative Investment Market and
the Competitiveness of Canadian Stock Exchanges”
, Banking and Finance Law Review,
Vol.2
3, No.1
Piotroski, J. D. and S. Srinivasan(2
0
0
7)
“Regulation and Bonding : The Sarbanes-Oxley Act and
the Flow of International Listings”
, Journal of Accounting Research, Vol.46, No.2
Mendoza, Jose(20
07)“Securities Regulation in Low-tier Listing Venues : The Rise of the
Alternative Investment Market”August2
0
0
7
Litvintsev, S. G.(20
09)“At What Do Venture Capitalists AIM ?”Duke Law School
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