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第 1 期 公益資本主義研修 講義の要約

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第 1 期 公益資本主義研修 講義の要約
第 1 期 公益資本主義研修 講義の要約
2014 年 7 月 9 日(水)~12 月 14 日(日)
アライアンス・フォーラム財団
目
次
はじめに.................................................................................................................................................................................
一般財団法人熊平セキュリティ財団
代表理事 熊平 美香
第1回 公益資本主義とは................................................................................................................................................ 1
アライアンス・フォーラム財団代表理事
原 丈人
第 2 回 グローバル時代に活躍する人材......................................................................................................................... 3
ロート製薬株式会社代表取締役会長兼 CEO
山田 邦雄
第 3 回 新興国ビジネス.................................................................................................................................................... 5
日清食品ホールディングス株式会社代表取締役社長・CEO
安藤 宏基
第 4 回 イノベーションが生み出す基幹産業................................................................................................................. 7
住友精密工業株式会社前取締役社長
神永 㬜
第 5 回 グローバル企業のガバナンスと人財................................................................................................................. 9
日本たばこ産業株式会社代表取締役副社長
新貝 康司
第 6 回 グローバル時代の多様性とリーダーシップ ................................................................................................... 11
アライアンス・フォーラム財団執行役
加藤 洋
第 7 回 研究開発とイノベーション .............................................................................................................................. 13
東レ株式会社代表取締役社長
日覺 昭廣
Photo Gallery ................................................................................................................................................................... 16
第 8 回 ベンチャー企業.................................................................................................................................................. 17
株式会社ネクスト代表取締役社長
井上 高志
第 9 回 マイクロファイナンス ...................................................................................................................................... 19
マンチェスター大学教授・名古屋大学名誉教授
Stuart Ratherford
第 10 回 BOP ビジネス/ソーシャルビジネス................................................................................................................ 21
味の素株式会社CSR部
中尾 洋三
第 11 回 日本の経営思想と公益資本主義..................................................................................................................... 23
住友精密工業株式会社前代表取締役社長
神永 㬜
第 12 回 企業は何のために存在するのか..................................................................................................................... 25
三井不動産株式会社
取締役専務執行役員 ビルディング本部長
北原 義一
はじめに
公益資本主義の理念を重んじる人材を育むことを狙いとし、2014 年に AFF 公益資本主義研修を開始いたしまし
た。
公益資本主義は、会社を公器と考える日本型経営や、三方よしなどにもつながる経営の考え方です。公益資本主
義は、地域社会や従業員をはじめとする様々なステイクホルダーに対する還元を重視し、持続可能な経済の発展
を目指します。また、長期的な視野に立つ投資により、基幹産業を生み出すイノベーションにも重要な役割を果
たします。途上国がこれから健全な経済発展を遂げる上でも、短期的な収益性や効率を優先する株主資本主義で
はなく、公益資本主義を実現するリーダーの養成が不可欠であると考えます。
研修では、すでに公益資本主義を体現されている本物の経営者のお話を伺い、対話を通して学びを深めました。
「公益資本主義は理想だが、株主資本主義からの転換は本当に可能なのか」
「そもそも、公益資本主義と株主資本
主義は何が違うのか」
「私は何を実践すればよいのか」
。受講生は、12 人の経営者の皆さんとの内省的な対話を通
して、これらの問いに対する答えを見出していきました。自己を見つめ、目指すべきリーダー像について真剣に
考える大変貴重な機会になりました。
私自身は、株主資本主義の総本山という印象の強いハーバードビジネススクール(HBS)を 1989 年に卒業して
います。当時の HBS では日本型経営に関する授業が多く、アメリカが日本に学ぶという時期でしたので、私自
身は日本型経営の良さをアメリカのビジネススクールで学びました。具体的には、会社は公器であること、株の
相互持合いにより物申さぬ株主が存在して長期的な経営を支えていること、終身雇用や社員を家族と考える経営
が行なわれていることなどです。ところが、日本に帰って目の当たりにしたのは、日本企業のアメリカ化でした。
企業は次々と株主資本主義の考え方を導入し、終身雇用は終焉し、会社の売り買いも盛んになりました。私にと
って公益資本主義とは、本来の日本型経営の心を甦らせることです。
昨年、HBS 卒業 25 周年の同窓会で、
「イノベーションのジレンマ」の著者であるクレイトン・クリステンセン
教授の講演を聴きました。その際に、ビジネススクールにおいても、現在の株主資本主義が理想の姿であるとは
決して考えていないことを知りました。2008 年のリーマンショック後も、実体経済と乖離した金融経済は拡大す
る一方です。人々を豊かにし、幸福にするはずの経済成長が、今日では人類の未来を脅かすものに変わろうとし
ています。
公益資本主義の理念に賛同し、実践し、経済活動を牽引する経営者を増やすことを目指し、今後も AFF 公益資
本主義研修を発展させることができれば幸いです。
一般財団法人熊平セキュリティ財団
代表理事 熊平 美香
第1回 公益資本主義とは
会社は利益を出すということになっていきました」と
父は日経ビジネスに書いています。
また、祖父の例もあります。明治時代にコクヨを設
立した祖父が、大正時代に最初に利益を上げた時に作
ったのが聾唖者の学校です。富山出身で丁稚奉公から
スタートし、27 歳で事業を始めた祖父は、大阪に出て
きた富山の人達や北陸の人達を助けようと、優先的に
雇用したりしていたのですが、身体障害者の中でも聾
唖者は差別されていて、大阪で苦労していたので、学
校を作ったのです。さらに、その学校を出た人間でも
差別されるというので、
今度は聾唖者の工場を作った。
耳が聞こえない、ものが話せないのですから、ふつう
ならかわいそうだから作るのだろうと思われるのです
が、祖父は、耳が聞こえないということは、仕事に集
中できると考え、その人達に向いた作業の工場を作っ
たところ、
この人たちが会社を大変儲けさせてくれた。
祖父は喜んで、給料も差別せずに払ったのです。
同じことを、オムロンの創業者の立石一真さんにも
お聞きしました。1985、6 年くらいの話ですが、京都
のオムロンの工場で目の見えない方を雇用したのです。
耳が健常者より聞こえる。オムロンのようにセンサー
を作っている会社は、耳の能力を必要とする検査工程
にその人がいると健常者よりも会社に貢献してくれる
ということでした。これらの例で言えることは、目先
の利益でなく、人を大切にし、また、適材適所で人を
活用して会社を繁栄させていくことができたというこ
とであり、ここに公益資本主義の一端が見えます。日
本の経営者とはこういうものでした。
アライアンス・フォーラム財団代表理事
原 丈人
デフタ・パートナーズグループ会長、内
閣府本府参与。国連政府間機関特命全権
大使、米国共和党ビジネス・アドバイザ
リー・カウンシル名誉共同議長、ザンビ
ア大統領顧問、政府税制調査会特別委員、
財務省参与歴任。著書に『21 世紀の国富
論』(平凡社)、
『新しい資本主義』(PHP新書)他。
企業のあり方
私は、考古学者になろうと、27 歳までマヤ文明の地
域を研究していました。エルサルバドルもその地域で
すが、当時内戦前夜で、日本企業もゲリラに狙われま
した。ところが、東洋紡の子会社のユサだけは別で、
狙われなかった。政府側も反政府側もいい会社だとわ
かっていたのです。ユサはここで得た利益で公園や学
校などを作っていました。現地のマネージャーに聞く
と、儲けたお金は全部現地に役に立つようにしている
とのことでした。当時東洋紡の会長をされていた伊藤
恭一さんにお目にかかった際にそのことをおたずねす
ると、わりやすく説明してくださいました。
「海外に出
た時は相手の国に受け入れられるのが重要。東洋紡の
利益が1万円あるとしたら、エルサルバドルの子会社
から上がる利益は1円くらいだ。100%日本に持って
きても1万1円にしかならない。それくらいなら全部
現地に還元して、相手の国に自分の会社が受け入れら
れるようなことをしっかりした上で、エルサルバドル
を中心にして海外に進出していくのがいい。創業者の
平生釟三郎さんから教えられているので私もそうして
いる」と。すごい会社だなと思うと同時に、父の話を
思い出しました。
昭和 30 年代、私が小学生の頃、父はコクヨの技術
の課長をしていました。父が作った課で、電力など技
術系のことは全部担当していました。工場で夏場、疲
れてきて暑いとケガをする人が増える。何とかしたい
と考えた父は、重役たちを後回しにして、エアコンを
工場に付けました。
「まだ役員室にもクーラーがなかっ
た時代、工場にクーラーを導入しました。当然役員か
ら君は資本家の味方なのか労働者の味方なのかと反発
されました。しかし、創業者の黒田善太郎さんから近
代的工場に変えてくれと頼まれていたので、全部の重
役の反対を押し切って、クーラーを工場に導入しまし
た。当然、事故はなくなり、生産性が上がりました。
アメリカのビジネススクール
私自身の話に戻りますが、私はドイツの考古学者の
シュリーマンと同じように、自分で資金を稼いで発掘
していこうと考え、商売の勉強するためにスタンフォ
ード大学のビジネススクールに入りました。しかし、
いい英語学校だとは思いましたが、ここで習っている
内容はあまり感動しませんでした。テクニックだから
です。会社は株主のものである。従って、株主の価値
である企業価値をいかにして短期間で上げるか、とい
う方法論が中心の勉強でした。
企業価値は株価であり、
毎年の配当金をいかに増やすかなのです。新古典派の
ボスであるミルトン・フリードマンがシカゴからスタ
ンフォード大学のフーバー研究所にやってきて、そう
いうことを教える。そうすると、私の心の中にある、
祖父や父から受け継いでいる考え方と合わないことを
教わるわけです。株主資本主義です。ビジネスの教育
1
の在り方はこういうものではないのではないかと強く
思いました。
私は、ビジネススクールがアメリカでできた理由を
その時真剣に考えました。
アメリカは多民族国家です。
言語は文化であり、アメリカはその言語が違う人たち
が集まっている。雪を表す言葉でも、アフリカの国な
ら一つくらいでしょう。
日本でもせいぜい 50 くらい。
ところがエスキモーは 300 以上あります。ですから、
文化の違う人たちの間で言葉だけで物事を理解しよう
とすると誤解が生じる。そこで、なるべく数字に置き
換えようと考えたところに、ビジネススクールの経営
の計量化、
近代化というのがあったと私は思いました。
売上高や株価、従業員数など、簡単に数字になるもの
は我々でも受け入れやすいですが、モチベーション、
満足度などは数字にはならない。そのため、それらを
数字にすることを研究した人間がアメリカの経営学会
で賞を受け、それをウォールストリートジャーナルが
一つの指標にし、また企業が取り入れる。このような
サイクルは、私はクレージーだと思いました。
そのように思いつつ、私は、父の趣味である鉄道模
型機関車作りの手伝いをして高校時代から光ファイバ
ーの勉強をしていた関係で、スタンフォードの工学部
の大学院を経て、光ファイバーのベンチャービジネス
を始めるわけですが、それはともかく、アメリカにあ
るビジネススクールは、
テクニックばかり教えている。
これがアメリカのグローバリズムとともに、世界標準
になってしまうとおかしなことになると強く思ったの
です。ビジネススクールのあり方というのは、大きく
変えていく必要があると思います。
では、ビジネススクールで学ぶべきことはなにか。
胆力、つまり、物事を決定する力、これを学ぶのが重
要です。この胆力を身につけるためには、五つの力が
いる。一つは知力、歴史や経験に学ぶことです。二つ
めは考力、何もないところから考える力。三番目は、
徳力。経営の意思決定が自分の良心を悲しませるかど
うかが大きな判断の基準になる。そして心力。感受性
です。最後が体力です。
カ型の経営を受け入れるのではなく、日本の優れた経
営を、欧米人が理解できるロジックで全世界に広めて
いくことができないだろうかと考えました。それが公
益資本主義です。
公益資本主義の考え方を、海外や、日本でも世代が
違っているところに伝えていくのは、数字と言葉、両
方使えばできると思います。言葉ではアングロサクソ
ンの人達が今使っているロジックに置き換えて説明す
ると相手はかなり納得します。私も自分以外は全員が
ユダヤ人やアングロサクソン人の会社の会長などをや
っていまして、そこで公益資本主義の話をしても、け
っこう理解してもらえます。直接話せば、ですが。直
接会わない人は、それを新聞記事や本で読んでもなか
なか通じないこともあるので、ある程度数字に置き換
える必要があります。数字に置き換えるのは、本当は
邪道ですが、数字で物事を考える株主資本主義で生き
てきた人には、はじめは数字しかわからないので、そ
こまで下りていって、理解してもらって、ちょっとだ
け引き上げるという形で段階的に説明する。そういう
ことはできると思います。
株価を上げたいと株主資本主義の彼らは思ってい
ます。株価を上げるのに彼らはROEを使っているわ
けです。これをよくすれば株価が上がると。しかし、
今はROEにかわる新しい指標がほしいとウォールス
トリートも思っているのです。なぜかというと、リー
マンショックの時に、トリプルAが債権の安全の信用
の指標として崩れ、トリプルAのサブプライムローン
が倒産して株は紙屑になってしまったからです。RO
Eの高い会社が、内部留保がなくてたくさんつぶれて
しまった。
そういうことを経験し、不安を持つようになってい
ても、彼らはロジックがワンパターンだからそれ以外
考え付かない。ですから、それに代わる新しい株価が
上がる指標として、公益資本主義の、企業の継続性、
企業の改良改善性、分配の公平性など、これを満たせ
ば株価が上がるというロジック、それらを自分たちの
経営に取り入れたいと彼らが思いさえすれば、世の中
も変わっていくと思います。
日本の優れた経営を世界に
私は、祖父や父、あるいは東洋紡のケース、ソニー
の井深大さんや盛田昭夫さん、ホンダの本田宗一郎さ
ん、オムロンの立石さんなど感動を覚えるような日本
の経営者、そういう人たちの経営の伝統の優れたとこ
ろを、単に立派である、で終わらせるのではなく、世
界の中にグローバライゼーションできないか、アメリ
2
第 2 回 グローバル時代に活躍する人材
実質は現地のスタッフが自力で回せるようにしていま
す。
ベトナムに限らないのですが、弊社では日本の製品
であっても、現地が独自にモディファイするといった
ことをどんどんやっています。これは案外大事なこと
で、コンシューマーのテイストは微妙なところで国に
よって違いますし、ちょっと香りを変えてみたり、パ
ッケージを小さくして見たり、デザインを変えてみた
り、比較的自由に現地の人がいいなと思うものに変え
てくれということにしてある。ある意味フリーハンド
を持ってもらう。そうすると現地のスタッフのオーナ
ーシップが違ってくるのです。
それでうまくいったら、
自分たちの成果だという実感がある。日本でのやり方
を踏襲した上で一工夫するわけです。もちろん、品質
管理などは日本人が指導してスタンダードを設定する
こともあります。しかし、ビジネスやセールスなどは
現地の人のほうがよく知っているので、上手に知恵を
引き出してあげて、やらせてみる。そういうことが比
較的うまく回ってきました。よく日本の海外の子会社
は東京にばかりお伺いを立ててという話を聞きますが、
やはりそれでは主体性もなく、マーケットの変化に機
敏に対応できないのです。
ロート製薬株式会社代表取締役会長兼 CEO
山田 邦雄
東京大学理学部物理学科卒。慶應ビジネス
スクールMBA(経営学修士)取得。日本
OTC医薬品協会副会長・理事。世界セル
フメディケーション協会理事。アランアン
ス・フォーラム財団評議員兼カウンシルメ
ンバー。
ベトナムの成功例
弊社は、この 10-15 年ほどで海外部門が大きく伸び
てきましたが、特にアジアの新興国の貢献が非常に大
きかったです。1983 年の香港を皮切りに、中国、台湾、
マレーシア、ベトナム、タイ、韓国、インド、バング
ラディシュ、ミャンマー、ケニア、カンボジアに会社
ができています。なかでもいちばん典型的な成功例と
して今日はベトナムの事例を中心にご紹介します。
ここは 95 年に進出しました。ちょうどベトナム版
の開放改革(ドイモイ政策)で市場がオープンになっ
た直後で、まだ外資があまり入って来ておらず、競争
環境がよかったのです。
当時 30 歳を少し過ぎたくらい
の元気な若手社員が単身ベトナムに行って、オフィス
探し、市場調査などいろいろなことをやってくれまし
た。事務所を作り、現地スタッフを採用して4人のチ
ームから始まりました。なるべく早期に工場を建てよ
うと用地探しも行いながら、その間営業部隊を一から
採用する。当初は輸入品ですが、現地での成功事例や
ノウハウもまだないので、日本でやってきたマーケテ
ィングをとりあえずやってみました。なぜなら薬など
生活習慣にかかわるものは、最初に刷り込まれたブラ
ンドが強いのです。そのためテレビコマーシャル等も
積極的に先行投資しました。そのほか現地に合わせた
営業努力も行っていった結果、2003 年に単年で黒字に
なり、2005 年には累損解消。思ってもいないほどの立
ち上がりでした
現地のチームが立ち上がってくると、たとえばマー
ケティングのキャンペーンでも、日本では出来ない画
期的な企画が現地ではできることがある。それを行っ
て成果を得ることが現地のスタッフの大きな喜びにも
なっています。
ベトナム社は現在 1000 人ほどの会社に
なりましたが、日本人は今5人しかいません。しかし
これも例外的多いケースで、基本的には日本人はでき
る限り少数で、現地の人に早く幹部になってもらい、
グローバル時代のリーダーの課題
グローバル時代の中で、日本人のどういう人材が求
められているのか、どう育成したらいいかという事が
問われています。これにはなかなかシンプルな答えは
ありませんが、私はなによりもまず、
「この地で新しい
事業を起こして世の中を変えたい!」という熱意が必
要不可欠だと思っています。それから、グローバルと
言えば地域のグローバルと思われがちですが、本当に
大事なのは「枠組みを飛び出す」という広い意味のグ
ローバル化が必要なのです。普通、そこそこの企業に
勤めていると、何れかの部門に属している。そして自
分の部門のミッションや特定のテリトリーの中で仕事
をしています。ところが、海外へ出ると、枠組みが取
り外されてしまう。営業出身であろうが、ファイナン
ス出身であろうが、マーケティング出身であろうが、
全部やらなければならない。だから、外に向かって地
域の壁を越えるということもありますが、もう一つは
内に作っている自分の壁を飛び越える、内なるグロー
バル化、飛躍が必要なのです。
海外も含めてこれから大きく活躍していこうとし
ているということは、何らかの意味で会社を運営する
ことかと思います。殻から飛び出し、フリーハンドを
3
得て未知の枠組みの中で組織を作って、成果を上げて
いくということは、ある意味経営そのもの。経営とは
何か、それは何を実現していくのかを問われることで
あり、あなたはどういう生き方をしますかという問い
を突き付けられているわけで、それに関して答えを見
つけていくことが、自立したグローバル時代のリーダ
ーとしては避けられない課題ではないでしょうか。
そのために必要な要素は、1.社会をどう見るか、
2.何に価値があると考えるか、3.どういう方向を
目指していくのか、
4.
人とどう向き合って行くのか、
5.一生終わった時に何を残すのかの五つ。
まず、1のどう社会を見るかという事からして、実
はいま非常に難しくなっています。情報量がものすご
く増えていて、真実というのがますます見えにくくな
っている。また、わかりやすい経済システムがほかの
価値の上位に来て、要するにお金の尺度でいいか悪い
かというところにどんどん引きずりこまれて洗脳され
てしまっている。そうならないために、我々が置かれ
ている立場、特にここ数年、日本の立ち位置が非常に
あやうくなっている中で、自分の立脚するところをし
っかり持つということが出発点として重要です。
その中から2の価値観、および3の目指すべき方向
が見えてくる。経済的価値なのか、非経済的なものな
のか、経済的側面にしても短期なのか長期なのか、時
間軸をどこに置いていくのか。また、日本人の一般的
な性癖として、すぐ群れる点がある。居心地のいい空
間に群れる。大勢が流れるほうに行く。そうではない
人もいますが、これは日本人が色濃く持っている性癖
です。自立心が欠けている。無難ですが、稔りはあま
りない。みんな一緒のところに行っても分け前はそれ
ほどないのです。だから、ある意味では流れに逆らわ
ないといけないこともある。ただ、もっと大きな流れ
には従わないといけない部分もある。だから流れに従
っているようで、逆らっているようで、同調している
ようで、していないようで、という生き方をもっと鍛
えていかなければいけないように思います。
それから、4どのように人と対するのかということ。
私自身も、会社の経営に長く携わっていますが、いち
ばんおもしろくて、
いちばん難しいのは人です。
また、
日本の現状を見ると、人材育成は非常に寂しい現実で
す。たとえば企業の研修費も下がり続けている。いや
それ以前に子どもの教育費というのも、GDP比で日
本は抜群に低い。それも知識偏重の教育で、本当の人
材育成はおろそかになっているし、企業ではどんどん
人は部品化している。企業が人育てを半分あきらめか
けているような感じがあります。この人の点は問題が
4
多いと思います。
五つ目の何を残すのかということについては、暮ら
しの再生、社会の再生という事がもっと意識されるべ
きでしょう。それが企業の最終的な存在意義にもつな
がってくる。特にこれからの日本は、企業も学校も一
体になって人づくり、
暮らしづくりに取り組まないと、
本当に国が沈没してしまいます。にも拘わらず多くの
有力、優良企業が「株主価値の最大化」などと寝ぼけ
たことを言っているのは、自己本位も甚だしいし、場
合によっては社会のがんにもなる。
弊社の場合は、特に健康という事を永遠のテーマに
している企業なので、ここをサイエンスすることでも
っともっといろんな価値を社会に残せると考えていま
す。
ライフサイエンスのこの 5 年 10 年の進化というの
はすさまじい。生命というものは実にいろいろなファ
クターが絡み合って一つの複雑なシステムを作ってい
るのです。新しいライフサイエンスを理解すれば、そ
れに基づいてより良い社会のシステムを組み立てるこ
とにもつながると思っています。そういう意味でライ
フサイエンスを通じて健康で持続可能な社会の仕組み
を考える、そういう事を目指しています。
WHOが「健康とは病気や不具合がないだけでなく、
物理的にも精神的にも霊的なものにおいてもそして社
会的な生存という意味においても、動的に安定的な状
態をいう」
と言っています。
ヘルシーな社会について、
いわゆる国民一人当たりGDPがどうとか、そういう
ものではない何か別な社会の状態が考えられるのでは
ないでしょうか。そういうことを特に日本が目指して
いかないと、欧米流の規模追求のカルチャーでは、進
むべき道が見えないのではないかと思います。マルチ
ステークというか、多様性を含んで、いわゆる持続可
能でダイナミックに変化しつつ、定常性があるもの、
社会全体としては、そういうものが求められているの
ではと感じています。
第 3 回 新興国ビジネス
日清食品ホールディングス株式会社代表取締役社長・
CEO
安藤 宏基
公益財団法人安藤スポーツ・食文化振興
財団理事長、世界ラーメン協会(WIN
A)会長、認定NPO法人国連WFP協
会会長。
「やきそばUFO」
、
「どん兵衛
きつね」
、
「ラ王」
、
「ごんぶと」
、
「Spa
王」などを開発してきた。
海外展開の現状
―10 年後には売り上げの 50%超が海外に
私は「国連 WFP 協会」の会長を務めています。この
協会は、国連唯一の食糧支援機関「WFP 国連世界食糧
計画」の日本における民間支援団体で、世界中の飢餓
で苦しむ人々に食糧を届ける支援活動を行っています。
世界では、様々な自然災害が絶え間なく起こってい
ます。また、国際紛争により貧困と飢餓と栄養不良に
苦しむ人々が著しく増加しています。飢餓人口は実に
世界人口の8人に1人、計8億 4,200 万人に達してい
ます。
飢餓状態が続くと、体や脳の働きが鈍り積極的な活
動ができなくなるだけでなく、不平不満が高まりテロ
の問題につながっていく。WFP による食糧支援もそう
ですが、当社のビジネスも公益性を持っています。慢
性的あるいは有事や災害などで飢餓問題があるところ
に対して、簡単調理、保存性などの特長を持つインス
タントラーメンは、大きな強みを持っているのです。
当社の創業者は、食足りてこそ世の中が平和になる
という意味の「食足世平」を掲げました。その後、世
の中のために食を創造する「食創為世」
、美しく健康な
身体は賢い食生活からという「美健賢食」
、食に携わる
のは聖職であるという「食為聖職」を創業者精神とし
て掲げました。
当社は、
これらの創業者精神をもとに、
より世界を意識し、
「EARTH FOOD CREATOR」をグループ
理念として掲げています。
このビジョンのもとで海外展開を続け、現在、19 カ
国で 51 工場を展開しています。
インスタントラーメン
の世界需要が年間 1000 億食を超える中で、
海外の成長
は著しく、これから 10 年間で海外売り上げを全体の
50%超とする計画です。海外で特に好調なのは、香港・
中国地区の「合味道(カップヌードル)
」
。広東、上海
など都市部でよく売れています。中国は 300 万人の都
市が 60 都市あり、
その都市を中心に売り込む戦略です。
5
「カップヌードル」は、ほかに、タイ、アメリカ、コ
ロンビア、インド等々でよく売れています。
これからは、グローバリゼーションが加速します。
この波に日本の企業は乗らなければいけません。国に
よって文化があり、嗜好も違う。インスタントラーメ
ンの例では、
湯を入れてから早く食べる国民もあれば、
ゆっくり食べる国民もある。しかし、食べ方は違って
も、若者の感覚には類似性があります。都市部では、
バンコクの人もホーチミンの人もジャカルタの人も、
若い層は生活や価値観がよく似ているものです。その
ため、どこかで成功すると伝播性があってスピードは
加速する。途上国でも大都会と田舎では大きく異なり
ます。一国でも文化度、人種、思考回路の違いがあり
ます。そのため、一つの途上国における事業展開でも
同じ方程式では難しい面もありますが、都市部では共
通性があるのです。
ブランドビジネスとブランドマネージャー
海外ではテレビなどのメディアが発展度合いに差
があります。そういうマーケットで目印となるのはブ
ランドです。そして、その国で安くて良いものを提供
すれば、ブランドとして認識してもらえるのです。ま
た、どの国にもおふくろの味があります。これには勝
てないので、その国のおふくろの味に準じたものを作
る。途上国ではこれが一番重要で、それを食べてもら
い、そこにブランドを付けるという形を繰り返し、ブ
ランドを浸透させることが成功のポイントだと思いま
す。
そのブランド事業を展開する上で柱となっている
のが、導入して 25 年になるブランド・マネージャー制
(BM 制)です。他社との競争に勝ち抜くためには、まず
社内競争が重要だと考えました。そして、7 人の BM が
新製品開発にしのぎを削る社内システムを導入しまし
た。これにより社内は活性化し、市場でのシェアも飛
躍的に高まりました。しかし、どんな組織も 20 年以上
たつと疲労します。最近、とりわけ会社全体の感性と
スピードが鈍ってきました。その原因は BM と BM をサ
ポートする組織の部門長との連携性にあることが分か
ったのです。一人の BM は、ブランドを作るのに 17 の
部署とコンタクトするのですが、コンセプトをしっか
りと描き、やる気たっぷりでないと、工場長、生産管
理本部長、営業本部長など、17 部署の自分より年上の
人たちは協力してくれません。このような結果、御手
並み拝見と見ていたり、不可能だよと動かなかったり
する部署も出てきました。
熾烈を極めるグローバル競争に勝ち抜くためには、
開発期間のスピードアップが欠かせません。これまで
は新製品の発売まで、早くて 3 カ月から 10 カ月。新技
術の導入で設備が必要な場合は、1~2 年もかかってい
ました。そこで私は、サポートする 17 部門長と事業会
社の社長に3か月上市への執行責任を課しました。3
カ月で上市できた場合とできなかった場合で、年俸に
対して最大プラスマイナス 15%を反映させることにし
たのです。無理をやらないと仕事は進まない。その結
果、これまであまり協力的でなかった部署も、BM が何
を考えているかを先に考えて準備するようになりまし
た。
海外の人材の育成に関しては、新入社員は、TOEIC
が 730 点に到達したら、大体 3 年目以降に海外に放り
出します。どれだけ無能かを感じてこいということで
す。
「彼は本社から来たからと期待したが、大したこと
ない」と、叩かれて帰ってくる。それをバネに自分の
ために仕事をしないといけないと思うようになります。
放り出され、何が足りないのかを考え、得意な分野を
二つくらい作らないといけないと感じる。そして、日
本で5年間ほど勉強して、マネージャークラスで再び
海外へ行く。
これなら、
しっかりした仕事ができます。
海外の国々では、言語はもちろん大切ですが、異文
化に対する理解力が優れていないと成功しません。国
によってそれぞれ価値観が違うために思考回路が違う。
例えば、日本人は情緒的なもの、とりわけ信義や和
などの人間関係を重んじますが、アメリカ人は論理構
成の正当さを優先します。非常に割り切っていて、目
的とプロセスが決まっていれば余計なことは考えない。
このような大きな違いがあります。
中国で感じるのは、
朝挨拶しないことや、並んで待たずに扇状になること
などです。文化や生活習慣の違いがあるとはいえ、日
本では当たり前の基本的なルールは繰り返し教育して
います。また、社会に奉仕する清らかな気持ちを持つ
ことも教えています。これらは良いモノづくりに欠か
せないからです。
アメリカ人、中国人に限らず、外国人とのコミュニ
ケーションにおいては、相手がどう考えているのか、
何に価値を置いているかを知ることが基本です。これ
は決して相手の考えに合わすことではありません。彼
らが分かる思考回路で説明し、相互に理解するためな
のです。
日清食品が目指すもの
企業が発展するためには、現状に満足しないことが
6
必要です。
「カップヌードル」にしても「どん兵衛」に
しても私は不満が多くて、インスタントラーメンの技
術開発はまだ 50%も行っていないと思っています。消
費者は「袋に入っているかカップに入っているかの違
いだけ」と思っているかもしれません。しかし、我々
は「これからもっと良いものができる」と考えている
のです。ラーメンは栄養価値の高いもの、健康色の強
いものにならなければいけません。ですから、198Kcal
の「カップヌードルライト」を作りました。麺のすべ
てが炭水化物なら、それだけで 200 Kcal になってしま
う。そこにスープ・具材がつく。ふつうのカップヌー
ドルは麺に油を含んでいますから 343 Kcal となる。そ
れを 198 Kcal に抑えるにはどうするか。麺の真ん中に
カロリーゼロのファイバーを入れているのです。外側
は普通のラーメンと一緒。これも一つの技術です。
我々は、ラーメンは人間に必要なアミノ酸からビタ
ミン、ミネラルまで、すべて届けるためのキャリアー
であると考えています。それを胃の中に運ぶことが、
パンにはできないが、ラーメンならできると考えてい
るのです。ラーメンを食べるだけで、栄養分は充分に
満たされているべきです。美味しさだけを言っている
時代は終わっています。従来は、視覚的にうまいか、
嗅覚的にどうか、味覚的にどうか、食感がどうかとい
うように、五感でビジネスをしていました。ところが
今は、医薬品メーカーでは当たり前ですが、
「ADME」と
言いますが、アブソープション(吸収)
、ディストリビ
ューション(分布)
、メタボリズム(代謝)
、イクスク
レション(排泄)
、この機能を全部解決しないと食品で
はなくなってきています。体の中にどのように分布し
て吸収されていくか、それがどういう栄養として還元
されるか、どう肝臓にあるいは血管にもたらされてい
るのかという研究をしなければなりません。食品業界
も、とにかく美味しければいいという時代ではなく、
インスタントラーメンは健康的な食品として位置づけ
ています。
どの位置づけにするか、それによって商品は変わっ
ていく。環境が、周囲が変わっていく、一歩先に変え
るのが経営です。私はバリューポジショニングと言っ
ていますが、価値をどのように位置づけていくのか、
どう設計するかが重要なのです。
第 4 回 イノベーションが生み出す基幹産業
の産業であること。その中で、特徴ある独自技術を展
開し、技術先行を横串とし、グローバル・ニッチ・ト
ップを目指しているということが住友精密工業の特色
です。このグローバル・ニッチ・トップがいくつもあ
れば、経営的には、すでに開発が終わり事業化したも
のの収益で、次の開発をカバーすることができるので
す。
現在の住友精密工業の柱の一つにマイクロ・ナノ事
業のMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微
小電気機械システム)があります。これは、半導体製造
技術をベースにしながら、半導体ではない三次元機械
構造物を作ることができる微細加工技術を開発し製品
化した事業です。この技術によって、自動車のエアバ
ック用加速度センサ、姿勢制御ジャイロ、インクジェ
ットプリンターのノズル、光通信スイッチ、携帯電話
用素子、ゲーム機用加速度センサ、スマホ用デバイス
等、髪の毛よりも小さいセンサが作れるようなりまし
た。住友精密グループでは、80 年代後半にこの研究開
発に着手し、1995 年に買収して子会社化したイギリス
のベンチャーを使って、ドイツのボッシュ社が特許を
取得したボッシュプロセスというシリコンの深掘技術
を、世界で初めて装置化しました。この技術を使った
客先から、小さなセンサ、デバイスを組み込んだ製品
が世に出てきました。さらにそれを進めて、加工技術
だけでなく、デバイスから、ワイヤレスセンサネット
ワークシステムというように事業展開してきました。
常に新しいアプリケーションが出現して、我々が、新
しい加工技術を提供する。その技術によって我々にと
ってお客であるデバイスを開発する人が、新しいアイ
デアを開発し、開発しながら、例えば、もっと速く加
工してほしい等、新しい技術が必要になる。それに向
けてさらなる技術開発で加工速度を上げる。そのため
には中長期的に常に研究開発を維持していかなければ
なりません。MEMSの分野で、微細加工技術からデ
バイス、システムへと展開していくことによって、I
oT・ビッグデータを支える事業・産業に発展してい
きます。
住友精密工業株式会社前取締役社長
神永 㬜
1969 年、東京大学工学部機械工学科卒。兵
庫県立大学経営大学院客員教授。航空産業、
マイクロ・ナノ技術分野において、研究開
発・事業化に関わる経験が豊富。10 年にお
よぶ英国・ドイツ滞在に加えて、北米の大
学・企業との関わりを通じて、欧米要人と
の関係も多い。
技術先行で独自技術による事業を
イノベーションは、世界で初めて考え出したものに
基づく必要はありません。技術はもちろんですが、ど
んなものでも新しいことを生み出すことであり、既存
のものを組み立てながら新しいものを生み出すのがイ
ノベーションです。
日本の基幹産業は、繊維から鉄鋼、コンピュータ中
心へ、そして新しいコミュニケーター産業、PUC(パ
ーベイシブ・ユビキタス・コミュニケーション)へと
変遷しています。このような中、大切なのは、研究開
発から事業化、産業化までのプロセスで、これを技術
経営と言うことができます。この技術経営は日本にと
って重要です。単に技術開発で生きのびることができ
た時代から、今や技術開発力だけでなく、技術経営力
が必要なのであり、それが一つのイノベーションなの
です。
住友の社則、家法の一つには、時代のニーズや経済
上の損得を考えて事業の興廃を判断してもよいが、か
りそめにも浮利(目先の利益)にはしらず、確実を旨
とする、ということがあり、これが住友の理念として
現在まで受け継がれています。その中で住友精密工業
はどのような事業を展開したか。
出発はほぼ 100 年前、
ジュラルミンを日本で初めて試作・開発したのが住友
精密工業の発端です。それを航空機用プロペラの材料
として開発して、1933 年にアメリカのハミルトンから
技術供与を得て、プロペラの製造を始めました。航空
産業は、戦後一時中断し、朝鮮動乱が始まった時に復
活。プロペラに加えて、アルミ熱交換器を開発し、続
いて航空機の脚を開発し、その技術を利用して、民間
用の、プラント用の熱交換器、液化天然ガスの気化装
置、オゾン発生装置、そして、1995 年英国メーカーを
買収してマイクロ・ナノ事業にという形で事業を展開
してきました。
一見、
それぞれ別な事業に見えますが、
共通しているのは、いずれも将来に向けて右肩上がり
ハードをベースにイノベーションを
世界の市場動向は、動きが激しい。それに対して市
場の要求の的確な把握が必要です。将来を見据えた中
長期的研究開発投資に加えて、動きの激しい市場動向
への迅速な対応が必要なのです。また、常に研究開発
を持続・発展させるための経営戦略が必要で、そのた
めには、例えば、新規開発には産官学連携も大切です
7
し、それからこれは非常に重要ですが、事業化するの
に自分だけでやるのは限界がきているので、産業と産
業の協同も考えなければなりません。国際協力も必要
です。そのため、グローバルな視点からM&Aをいろ
いろな形で手段として使うことも必要でしょう。
公益資本主義が果たす役割ということでは、中長期
的投資促進によるイノベーションが重要ですが、それ
を支えるもののひとつとして、ソフトウェアだけでな
く、ハードウェアの活用があります。特に日本の場合
には、ハードウェアにお金をまわしてそれをベースに
して、イノベーションを起こすことが重要です。大企
業とベンチャー企業の連携も考えられるでしょう。大
企業からベンチャー企業への投資です。そうすればベ
ンチャーからイノベーションが生まれる。大企業とベ
ンチャー企業の連携機能として、両者のジョイントベ
ンチャーということも考えられます。大企業がリスク
を感じるのであれば、大企業から投資を受けて、ベン
チャーの技術評価や経営支援を果たす投資機能が、大
企業とベンチャー企業の間を埋めることができます。
その辺を含めて、わが国の成長戦略はいかにあるべ
きか。革新的な技術を事業化して雇用と付加価値を生
み出す産業を作るべきであり、日本で始め、やがて世
界に普及させるようにしなければなりません。
でもあると思いますが、そういうことを理解して乗り
越えれば、問題は解消します。
歴史的に、欧米から見た日本はどうでしょう。80 年
代は神秘的、
すばらしい、
安くてよいものを作る天才。
90 年初頭以降は、よく見ると、実態は恐れるに足らず、
けっこう与しやすい、日本の利点を導入しようという
ことになりました。一方、日本から見た欧米はという
と、戦前は欧州から何でも輸入し、戦後はアメリカか
ら学べ、でした。80 年代には欧米に学ぶものなしとな
り、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われました。
90 年代初頭以降になると、自信喪失、バブル崩壊、失
われた 10 年、20 年。その間、一貫して根強い欧米人
コンプレックスがある一方で、アジアの人たちへは誤
った優越感があります。
日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族と言われま
す。欧米人はよく空港で見送るときにハグをする。奇
異に感じたことがあると思いますが、彼らにはここで
別れたら金輪際会えないかも知れないという感覚が基
本的にあるのです。ただ、日本人は農耕民族であるか
も知れないが、狩猟民族を理解できる、あるいは狩猟
民族になれると思います。それぞれの考え方を同時進
行できる稀有の民族なのです。欧米流の合理的な割り
切り方でのみ対応することなく、日本流のあいまいな
行動で誤解を生むことも避ける。これを実行できる資
質を持っているのが日本人だからこそ、日本国内のみ
ならず海外に向けて発信し、世界の舞台で貢献するこ
とが日本人の使命なのです。
21 世紀はアジアの時代で、さらに途上国の時代です。
アジアの一員としての日本は、欧米とアジア・途上国
の接点の役割を果たさなければなりません。欧米にも
アジア・途上国にも日本への高い信頼感があることは
事実です。この立場をしっかりと認識すること。そし
て、アジア・途上国の人々に日本のシンパになっても
らうように努力することです。
それには、きめの細かさ、相手の立場を尊重する等
の日本人の特質・強みを広めていくことです。日本人
のやるべきことは、日本の良いところ、得意なところ
を自信を持って世界へ発信することです。日本人の考
え方、物事の進め方の優位な部分はグローバルスタン
ダードになり得ます。他者との差異を理解し認めたう
えで、お互いの良い点を主張し合う。他者との一体化
は無理ですし、むしろ必要なく意味がない。ただ相互
理解は可能で重要です。このようなことを草の根レベ
ルで進めていけば、政治・外交レベルの理解につなが
ることは間違いないのです。
日本の役割
21 世紀は途上国の時代です。公益資本主義にもとづ
く途上国への事業展開も欠かせませんが、その中で日
本が大きな役割を果たす上で、参考のために、ここで
日本と欧米の違いについて考えてみます。
欧米の場合、自己を中心に考える。一方、日本は他
人との調和を考える。欧米はシリーズ思考、日本はパ
ラレル思考。欧米は単純化しようとし、日本は複雑に
考えようとしている。欧米は予定遵守過剰、自分のア
ジェンダを決めてかたくなに守る人が多い。日本は良
く言えば臨機応変、悪く言えばその場しのぎです。欧
米人は 30 分単位で自分の用事が全部決まっているこ
とが多いのです。日本から向うにEメールを送って返
事が来ないと日本人はいきり立ちます。向うにしてみ
れば当たり前。自分のアジェンダが決まっているわけ
ですから、日本人からメールが来た場合に、自分のア
ジェンダを崩してまで対応しなければならない重要性
があればそうしますが、その重要性を日本人のほうが
知らせることをしない。ここでずれが起きるのです。
日本人は、欧米人は反応が遅いと。欧米人は、日本人
はわけのわからないこと言ってくると。これは結構今
8
第 5 回 グローバル企業のガバナンスと人財
は 60 か国籍以上の社員が働き、
役員は 16 人で 11 か国
籍。JTI 全体では 100 か国以上の国籍で 27000 人ほど
が働き、日本人は 180 人しかいません。日本人の役員
である Deputy CEO はガバナンス機能を持ち、かつ外国
人の CEO を補佐し、JT と JTI のブリッジの役割も務め
ています。重要案件は CEO と2人の合議で決めるため、
CEO が変わっても一気に方針が変わることはありませ
ん。
日本たばこ産業株式会社代表取締役副社長
新貝 康司
京都大学大学院工学研究科修士課程修
了。日本専売公社(現 JT)入社後、抗
HIV 薬 Viracept の開発等、米国新薬・バ
イオベンチャーとの共同研究開発提携
案件を発掘。経営企画・財務戦略を担当
後、取締役執行役員財務責任者を経て、
07 年、英国ギャラハー社買収・統合を指揮。
JTI のガバナンス
JTI をどうガバナンスしているかというと、適切な
ガバナンスを前提とした任せる経営です。その際重要
なのは、中長期的視点で事業を運営すること。ちなみ
に、RJRI もギャラハーも過度な資本の論理にさらさ
れ、中長期的な視点での経営ではなかったため、競争
力が落ちていました。それを我々が立て直す。なぜで
きたか。日本の株式市場がニューヨークやロンドンほ
どは近視眼的な強い要求をしなかったからだと思いま
す。日本の市場がニューヨークやロンドンと同じにな
ったら、我々が行ったことはできません。東京証券取
引所が、あるいはそこに集っている投資家のみなさん
が中長期的な事業運営を認めてくださったので出来た
のです。
また、JT の本社は JTI に対して責任権限規程に書い
てあることに従ってのみ口を出すというのが基本です。
単年度、
3年の事業計画をJTI が作り、
東京と議論し、
JT 本社が承認する。役員の人事、報酬、賞与も KPI
(重要業績評価指標)を決め、どういう水準にいった
らどれだけ払うかということをJTが承認する。
また、
責任権限規程の改廃の最終権限も JT にあります。加
えて、JTI の重要部門に日本人を配置して課題を発掘
し、両者の間に誤解やそごが生じないよう、ブリッジ
の役割を果たすようにしています。
任せる経営のためには透明性の確保も大切です。電
子意思決定システムによる意思決定の見える化がその
一つ。意思決定を見ようと思えば最終意思決定者の上
司は全て見る事ができる。二つ目は経営情報の見える
化、三つ目は独立した内部監査体制です。オランダに
JTI の監査をするチームがあり、そこがレポートする
先は JTI の CEO でなく、JT のたばこ全体を見ている
副社長です。これがいい緊張感もたらす工夫となって
います。さらに、能動的にオーナーシップを持って取
り組んでもらわないといけないので、主体性、当事者
意識、オーナーシップの鼓舞、これらも任せる経営に
は大事なものです。また、グローバルなガバナンスで
欠かせないことは、敬意に基づく信頼による協働であ
経営理念―4Sモデルと JTI
当社は、
「お客様を中心として、株主、従業員、社
会の4者に対する責任を高い次元でバランスよく果た
し、4者の満足度を高めていく」―これを経営理念と
しています。公益資本主義の考え方にかなり近いもの
で、四つのステークホルダーですので、4Sモデルと
呼んでいます。この4Sモデルを通じて、中長期の持
続的な利益成長を実現していこうとしています。この
中のお客様に対しては、新たな価値・満足を継続的に
提供することとしています。
要はイノベーションです。
また、金融資本主義はシェアホルダーズバリューに基
づいて運営されていますが、これと当社のステークホ
ルダーズモデルとは、決定的に差があります。それは
投資のタイムスパンです。金融資本主義は短期で利益
をとらえて投資しますが、それに対して、中長期視点
から将来の利益成長に向けた事業投資を行うことが当
社の基本なのです。また、見ているステークホルダー
の数も、株主だけの金融資本主義と違います。こうい
った4Sモデルを追求していくことが、企業価値の継
続的な向上につながり、ひいては株主からの付託にも
こたえられると私は思っています。
現在、売上収益は約 2 兆 4000 億円、営業利益が 6500
億円、
従業員数が約 52000 人で、
売り上げの半分以上、
利益の 6 割、従業員の過半が海外です。通常、日本企
業の場合、グローバルビジネスのヘッドクウォーター
ズは日本、主に東京に置くことが多いですが、我々の
海外たばこ事業をマネージしているのはスイスに本社
を置く JT インターナショナル(JTI)で、東京は主に
ガバナンスを受け持っています。
海外たばこ事業の特徴は二度の買収による成長にあ
ります。一回目は 1999 年の RJRI。これが 9400 億円。
それから私が手掛けた 2007 年のギャラハーは 2 兆
2000 億円の買収でした。その結果としてマルチナショ
ナルで、多様性に富んだ組織になり、日本人に過度に
依存しないグローバル化を実現しています。スイスで
9
ると考えます。これは私が 33 歳から 40 歳までアメリ
カでバイオベンチャーなどと提携をたくさん実行した
時に気がついたことです。
相手をリスペクトしないと、
信頼は生まれない。信頼がないと協働できません。で
は、敬意はどうやって生まれるのか。相手に関心を持
つということです。顔を合わせてコミュニケーション
し、互いに関心を醸成する、その結果として敬意を持
つ、こういうことが重要なのです。
う、多様な経験、能力を持った人たちをマネージして
いくということですが、そのためには、高いコミュニ
ケーション能力が必要です。世界に出て多様な人と仕
事をすると、
阿吽の呼吸などではできません。
しかし、
このコミュニケーションは難しい。話しても簡単には
いかないと覚悟しなければなりません。簡単にはいか
ないのだから、説明し合って、わかっていく能力を身
につける。時間も労力もかかります。忍耐力、
「対話す
る」体力がいる。そして、そのような能力はどうやっ
て身につくかというと、リベラルアーツなのです。リ
ベラルアーツ、それぞれの歴史、文化を学び、多様な
マーケットを知る努力をしておかないといけません。
私は外国で仕事をして組織力には二つあると認識
しました。一つはすばらしい戦略をプランニングする
能力で、多様な知恵を結集してはじめてすばらしい戦
略が作れる。もう一つは、決めたら一糸乱れずそれを
エグゼキューションする能力です。日本の企業は、二
つ目は長けていました。お手本が世界にあってキャッ
チアップしてきたからです。しかし、一つ目の組織力
がないと、いくらエグゼキューションエクセレンスを
持っていても使いようがありません。すでにお手本が
ない中で、一つ目の組織力をどう高めていくか、ここ
が日本人にとってのこれからのチャレンジだと思いま
す。
最後に公益資本主義にかかわるところで一つお話
しします。日本では ROE を高めれば高めるほどいいと
いう風潮があります。ROE の論理です。もちろん、資
本コスト=期待収益率を越える ROE は必要です。実は
これは警戒しないといけない。ROE は分母に純資産、
分子に当期利益が来る。純資産=自己資本です。自己
資本は自社株買いをすると減りますから、ROE が高く
なります。
また、
利益を上げるには安易な方法があり、
一つは正規雇用をどんどん非正規雇用にして人件費を
下げればいい。二つ目はサプライヤーをどんどん叩い
て安く納入してもらう。短期的にはこれで利益が上が
ります。しかし、それをすべての企業がやったらどう
なるでしょう。
購買力が落ちてデフレに逆戻りします。
日本のメディア、日本の意見だけ見ていると、それが
いいのかなと錯覚してしまう。だから、リベラルアー
ツに目を向け、世の中がどうなっているのか、資本主
義の歴史はどうなっているのか、ということにも関心
を持つように努めれば、社会にとってもいい経営がで
きると思っています。
JTI の人財マネジメントと育成
JTI は大変インターナショナルで多様性に富んだ組
織です。そこでどういった人財マネジメントをしてい
て、どういった訓練をしているのかというと、公正な
実力主義を実現していて、これが優秀な人財を引き付
けて離さないことに貢献しています。JTI の人事のミ
ッションは、ビジネス戦略とそのニーズに合致した優
れた人財を引き付け、報い、繋ぎ止め、また、配置す
ることを通じて組織力を強化し、JTI の持続的な成長
へ貢献することであり、グローバルな競争相手を意識
した人財配置の実施です。人財市場でも競争力を持っ
ておかないといけないので、出自は関係なく、能力、
成果のみで処遇しています。
そのために、グローバルに競争力のある人事制度設
計と運用を志向。資格体系、職務評価、報酬体系、評
価制度を明確化しています。人事情報システムや国際
間異動ポリシーも大切です。例えば、ドイツとイタリ
アの間で人事が行われる時に、二国間で勝手に決めら
れません。ポリシーがあってそれに基づいてこういう
条件で異動させますと説明し、OKを求めるという仕
組みです。また、サクセッションプランニングも重要
視し、さらに、働き甲斐のある会社とするため、外部
機関に依頼し、従業員エンゲージメント調査を全世界
一斉に実施しています。
一方、JTI の中でのグローバルに活躍する人財をど
う育成しているか。社員との対話の重視、業績目標と
結果、コンピテンシー発揮度および社員のキャリア志
向を、
全世界共通のフォーマットで集約してあります。
また、人事情報を見える化し、育成および適材適所の
配置となるような人財マネジメントサイクルを目指し
ています。
一方、JT の役員・上級管理職研修に、三年前にリベ
ラルアーツを研修体系に入れました。多様性の中で仕
事をするにはこれを深めないといけないからです。グ
ローバルに経営することはどういうことか。多様な人
たちをマネージすることにほかなりません。生まれ育
った環境、習慣、宗教、教育等、いろいろなものが違
10
第 6 回 グローバル時代の多様性とリーダーシップ
アライアンス・フォーラム財団執行役
加藤 洋
早稲田大学理工学部大学院卒。日本 IBM
で製品開発を経て、アジア・パシフィッ
ク地区の営業リーダーとしてグローバ
ル・ソリューション営業、サービス企画
に従事。2012 年よりアライアンス・フォ
ーラム財団に。公益資本主義研究部門で
研究を行う。
リーダーとは
「多文化チームのリーダーに求められること」につ
いて私自身の経験をベースにお話しします。まずリー
ダーとは何か、
マネージャーと何が違うのかについて。
課題に取り組む場合、適切な問題に取り組む人をリー
ダー、適切に問題に取り組む人をマネージャーという
使い分けをしている企業
(外資系に多い)
があります。
トラブル時に問題を本質的に解決するのがリーダーで、
問題を抑え込むのがマネージャーです。
リーダーの仕事に意思決定があります。難しい問題
に対して、こういう方針でこうしようと言って、チー
ムを納得させるのがリーダーの大きな仕事の一つなの
です。ただし、異文化の混成チームになると、これが
俄然難しくなる。文化が違う人たちに説明するには、
どういう原則に基づいて、どういう方針で、判断はこ
ういう基準でするといいというような論理的な提示の
仕方をしないと、チームのメンバーに納得してもらえ
ません。これが日本人には慣れていないのです。
意思決定することがリーダーの本質的な仕事とい
う意識が海外の人は特に強い。外国人は難しい問題で
もどんどん意思決定します。それに対し日本人は、や
やこしい問題を意思決定するのに時間がかかる。チー
ムの中で、組織の中で、会社の中で利害が対立するよ
うな問題の意思決定というのは得意ではないのです。
全員の空気が一致してこれしかないかなとなるまで意
思決定しないのが日本人。外国の人達はその意思決定
の方式に馴染めない。混成チームになった時には、こ
の点が日本人の躓きやすいところです。この違いは、
宗教を背景にした人間観にあると私は思います。旧約
聖書では、神がいて、人間がいて、この世界、自然が
あるという認識がとても強い。彼らは世界を運営して
いかなければという責任感を感じている。そういう感
覚を持っているため、意思決定しないで難しい問題を
放っておくのは無責任と思うのです。日本人には拙速
11
と感じる時がありますが、自分と違う人たちにはこん
な考え方もあるということは理解しておいた方がいい
でしょう。
また、特に欧米人ですが、ものごとを一般化したり
普遍化したりするのがとても上手です。
問題があると、
それをより広いスコープで、より上から俯瞰的にもの
をとらえて本質に迫る、抽象化して本質に迫るという
のがとても得意なのです。一方、日本人は具体的な事
象、現場が好きで、現場の中に問題の本質と解決のヒ
ントが隠されていると考えて、それなりの成功を収め
ています。それくらい両者は違うのです。
コミュニケーションの大切さ
もう一つ、混成チームで日本人が躓きやすいのは、
コミュニケーションです。コミュニケーションは意思
疎通できなければいけません。話をしても理解されな
ければコミュニケイトしたことにならないのです。日
本人が異文化の人たちとのコミュニケーションが得意
でない理由の一つは、日本人のコミュニケーションに
はお互いが共有しているコンテクストがあって、それ
が前提となっていることによります。
例えば年功序列、
雇用に対する責任があるなど、日本人同士なら言わな
くてもわかる、お互いが共有しているものがある。文
化が違う人はそれを共有していないため、それを前提
にしたコミュニケーションは成り立たず、意思疎通で
きなくなります。コンテクストを共有していない人と
意思疎通するには、全部説明しないと伝わりません。
日本人はこれに慣れていないし不得手です。このコミ
ュニケーションばかりは、相手に合わせるしかありま
せん。世界中で比べると日本人のほうが圧倒的に少な
いのですから、彼らの意思疎通方法にお付き合いする
しかないのです。
また、
議論のスタイルも異なります。
日本人にとっては相手と考え方が同じであることを確
認し合うコミュニケーションが議論ですが、外国人は
違う意見をぶつけ合い、より良い結論を求めるような
議論のスタイルを求めます。
コンテクストの違う人と議論、コミュニケーション
するのは練習して慣れるしかないと思います。私は、
何を話してもすぐ Why と聞かれ、Because と説明し
なければならないため、最初から Because と自分で言
う訓練をしました。
チームワークの理解の違い
日本の組織はどうしても縦割りになりがちです。指
示命令は上からだけくるのでわかりやすいし、優先順
位はその中で統一され、評価もその中でされ、チーム
の結束もかたい。一方、外国、特に欧米は個人の裁量
が大きい。組織の縦割り、上意下達はありますが、個
人の持っている裁量がより大きいのです。もちろんチ
ームとしての目標は共有しているのですが、それがブ
レークダウンされて自分の目標になり、それを達成す
る限りにおいては、
やり方などは個人の裁量が大きい。
自己の裁量が大きいと、自分で判断しなければいけな
いことが多いですから、一人ずつは成熟していて、自
律しています。
おもしろいのは、チームワークに対する理解の違い
です。みんなで力を合わせて一つの目標を達成するこ
とが日本人のチームワーク。日本人がチームワークと
いうと、例えば、3人でチームの営業目標があり、1
人が達成できなかった時に、いかに他の人が頑張って
チーム全体の目標を達成するかを考え、これができた
ら、すばらしいチームワークだったとみんな思う。目
標が三分の一、
三分の一、
三分の一とあからさまだと、
誰ができなかったかわかってしまうので、最初から目
標を重ね合わせて、誰がどれをやっているのかわから
ないようにしていて、全体として達成できればいいと
している。ところが、海外では違います。それぞれの
人が各々の使命を達成して、結果として一つの目標を
達成するのがチームワークなのです。だから業務の境
をはっきりさせて、1人ずつアカウンタビリティを明
確にして、個人目標を与えなければいけません。これ
によりチームワークが機能すると彼らは思う。互いに
チームワークが大事だと言いながら別なことを考えて
いるわけです。
次に人材の育成と処遇。日本ではほとんどの企業で、
人材育成が重要な課題だと認識されているし、上司も
後継者をどうやって育てるかが自分の仕事だと思って
います。日本は労働市場の流動性が低く、転職が少な
いので、企業としては入社してきた人を育てるしかな
い。外にそんなに優秀な人がたくさんいるわけではな
いので、社内の人たちをスキルアップして戦力にして
いかなければいけないと考える。だから人材育成は大
事だとなります。海外では、人を育てるのは会社の課
題ではありません。手助けくらいはするが、スキルア
ップは個人の課題なのです。社員は、自分がより良い
オポチューニティを得るために自分のスキルを向上さ
せて、いいポジションを求めていく。企業は必要なス
キルが社内になければ外部から採用すればいい。海外
は社外に人材がたくさんいますから。逆に言えば、そ
の人のスキルに合った仕事とペイを与えてやらないと、
12
ここにいても仕方がないと、いなくなる。このように
育成と処遇は、グローバルな職場で考える時は、日本
人にとってとても難しいものです。
考え方も言葉も違う人たちの中で、一緒に仕事をす
ると、たくさん躓くし、戸惑いを覚えたり、時に怒り
を覚えたりすることがありますが、経済活動が世界的
に広がっているのは事実として受け入れなければなり
ません。これまで述べたところが典型的な躓くところ
ですが、それ以外にもたくさんあると思います。これ
に対し、こうやればだれにでもできるという対処の答
えは、多分ないと思うので、みなさんのそれぞれの自
分の強みが生かせるようなスタイルに合わせて、得意
な形で臨んでいただきたい。
企業は何のために
外国、特にアメリカの企業はROEが大事だと思っ
ています。その背景には、企業は株主のものだという
考え方があるのでしょうが、外国人は、企業はとにか
く成長しないといけないと思っています。成長できな
いなら、配当や自社株買いで株主に利益をどんどん還
元していかなければいけない。それもできなくなった
ら、その会社はなくならなければいけないのです。こ
れが基本的な考え方。それに対し、私も含め、多くの
日本人は、企業は継続しなければいけないと思ってい
る人が多い。継続によって雇用を守り、顧客に対して
責任を果たして、取引先との信頼を育んでいく。それ
を続けるには利益がないとどうにもこうにもならない
ので、利益は、企業の継続のために不可欠な要素とい
う考え方です。アメリカでは競争相手が次々に出てき
て、企業が次々になくなっていく一方で、日本では多
くの企業が長く続いているということに象徴されてい
るような気がします。
私がなぜ継続の方に魅かれているかというと、継続
する企業の方が社会の安定により大きく寄与するから
です。継続しないと、働いている人たちも職場を変わ
らないといけないですから、社会を安定のためには、
企業が継続したほうがいい。社会が安定しているとい
うことはとても大事で、安定していないと民主主義は
できません。社会が不安定なところでは民主主義は根
付かない。民主主義を続けていくには社会を安定させ
なければいけないのです。それには企業をなるべく継
続させるほうがいいと私は思います。
第 7 回 研究開発とイノベーション
長期視点に立った研究・技術開発
東レ株式会社代表取締役社長
日覺 昭廣
東レは基礎素材の研究開発型企業として、研究開発
を重視した経営を継続して行ってきました。素材には
長年の研究・開発による技術の蓄積が必要です。例え
ば、飛行機では炭素繊維を使うことで、機体の強度ア
ップ、軽量化、また海水の淡水化に逆浸透膜を使うこ
とで消費エネルギーが 5 分の1に減るなど、素材が変
わると画期的に世の中がかわります。これらは一朝一
石にはできず、長期的な視点で取り組む必要がありま
す。
炭素繊維では、1971年に世界で最初に商業生産
を開始して以来、航空機を本命の用途としてきました
が、航空機はアルミ合金からの切り換えとなり、航空
機メーカーも新しい材料に極めて慎重で、認定に長い
時間を要しました。その後、順次性能の実証が進んだ
結果、
1975年、
ボーイング737の水平尾翼など、
機体の一部に初めて採用されました。その後も、長年
の極限追求で繊維表面の傷や欠陥をナノサイズまで極
小化することなど技術を磨き上げ、ボーイング787
では 主翼や胴体など 1 次構造材に広く使用いただい
ています。
この間、炭素繊維の市場は、需要の創出と、増産・
新規参入による供給過剰を繰り返し、さらに、多大な
時間と開発費、巨額の設備投資を要することから、欧
米企業を中心に多くの参入企業が撤退や売却を繰り返
し、結果として、当社を含む日系3社が世界需要の3
分の2を押さえることになりました。東レは素材メー
カーとして、
研究開発の初期の段階から炭素繊維の
「素
材価値」を見抜き、
「炭素繊維は、必ず21世紀の基幹
材料になる」との強い信念をもち、長期の研究・開発
を継続する経営の強固な意志がありました。加えて、
東レの基盤技術として、アクリル原糸から複合材料ま
で垂直統合した技術開発と生産技術が独自の強みとし
てあり、航空機メーカーの高度な性能向上要求にタイ
ムリーに対応してきたこと、日本政府から次世代構造
材料や成形技術の基礎研究に継続的な支援を受けたこ
となどもあり、現在は日・米・仏・韓の世界4極でグ
ローバルに生産する当社の重要な戦略的拡大事業に育
てることができました。
東京大学大学院工学系研究科卒。東レ
入社。エンジニアリング部門長、常務
取締役、専務取締役、副社長などを経
て、2010 年、代表取締役社長就任。
グローバル経営の考え方
東レグループの概要
東レは、企業理念である「私たちは新しい価値の創
造を通じて社会に貢献します」のもと、創業以来一貫
してこの具現化を念頭に事業を展開してきました。
「高
分子化学」
、
「有機合成化学」
、
「バイオテクノロジー」
という3つのコア技術をベースに、
「ナノテクノロジー」
を融合し、繊維をはじめ、プラスチック・ケミカル、
情報通信材料・機器、炭素繊維複合材料、環境・エン
ジニアリング、ライフサイエンスまで幅広い事業を展
開しています。
東レの組織は、事業本部/機能本部のマトリックス
型を基本としていますが、生産本部の技術部署、研究
本部、エンジニアリング部門、新事業開発部門をまと
める技術センターを有します。技術センターは、東レ
の研究・技術開発の全てをコントロールし、新製品・
新技術の開発の責任を負います。この技術センターを
核とする「分断されていない研究・技術開発体制」が
東レの強みです。
東レでは、
「極限追求」という大きな指針、文化が
脈々として存在しており、これも研究開発競争力の源
泉となっています。例えば、合成繊維では、細さの極
限を追求してきました。繊維は細くすればするほど布
の風合いがソフトになり、様々な新しい性能が発現し
ます。このために、一本の太い糸の中に極細の糸を千
本近く作り、このまま布を作った後、最後に、太い糸
を作っている成分を解かし去るという画期的な技術を
開発しました。このマイクロファイバーは、衣料や自
動車内装材、家具などに全世界で最高級の衣料素材と
して使用いただいています。さらに、最近では直径1
0~20ナノメーターというナノファイバーも開発し、
地球から月までの約38万kmを米粒ひとつ位のナイ
ロンチップから作った糸で届く細さを実現しています。
東レのグローバル経営
東レは、現在、海外24ヶ国・地域に151の拠点
を有し、グローバルに海外展開を進めています。生産
のグローバル化も進めており、主要製品では、6割か
13
ら8割が海外生産であり、市場動向や為替などの事業
環境変化に応じて、グローバルな最適生産・供給体制
が取れるようになっています。一方、製造業、素材産
業が国際的な競争力を維持、強化して行くためには、
日本において研究開発ともの作りの現場を維持して行
くことが重要です。
東レのグローバル経営の基本的な考え方は、
「グロ
ーバルな規模で、持続的な成長サイクルを廻す」とい
うことです。まず国内で最先端・革新的な研究・技術
開発を行い、先端材料の創出、高付加価値製品の事業
化を行います。また、革新的なプロセスの開発にも取
り組み、生産技術まで確立して、抜本的なコストダウ
ンを図ります。時間の経過による製品のコモディティ
化が進行の際には、需要・コスト競争力などの観点を
踏まえ、最適な海外拠点で生産することにより更なる
事業拡大を図ります。その際には、現地ニーズに対応
した用途開発も必要となり、用途毎の開発をローカル
拠点で行います。そして得た利益を、国内マザー工場
での次なる先端材料、革新プロセスの研究・技術開発
に再投資します。このサイクルを廻して、国内と海外
での“ものづくり”を両立させ、かつ、長期的視点に
立った経営、持続的な成長が実現できると考えていま
す。
また、海外での事業運営では、企業として短期的な
利益を求めるのではなく、長期的視点をもって、その
国の経済・社会と共に発展していくのだという思想を
もって取り組んできました。長期的視点で、各国・各
地域の発展に貢献することを第一義に置くことが、海
外における事業運営の成功の鍵であると考えます。
これらグローバル経営を実践して、東レの根底を支
えるものが人材の育成です。東レでは「企業の盛衰は
人が制し、人こそが企業の未来を拓く」という理念に
基づき、
「人を基本とする経営」を実践してきました。
強いリーダーシップを持ち、変化に対応できる人材、
高い専門性と多面的な見方ができるグローバル人材の
育成を進めるため、国内外で様々な研修などを整備し
てきました。
グローバル経営を支える海外ローカル人材の育成
や登用も継続的に行い、東レの経営、考え方を理解し
た優秀な幹部が育ってきています。このような経営幹
部がいることは東レの大きな強みです。
があります。例えば、ルールについて、日本人はルー
ルを守ろうとする傾向にある一方、欧米人はルールを
作ることが重要であると考えます。日本人は、主とし
て単一民族であったがために、皆が同じ事を考えてお
り、言わなくてもわかるといった風土があり、ルール
を作ることに慣れていません。対して、欧米では、異
なった考えの集団の中、主張しなくてはわからないと
いう環境にあり、ルールを如何に有利に決めるかを重
要視します。
日本人は明治以降、欧米の技術・文化を取り入れて
発展してきました。すなわち、グローバル化、イコー
ル、欧米化という意識があります。このため「欧米が
正しい」という先入観があることは否めないと思いま
す。但し、日本人はこれらの技術・文化をうまく吸収
して、自らの発展にも活用してきました。一方、欧米
人は大航海時代以降、他の地域を欧米化して発展して
きました。グローバル化は自分流を拡げることという
考え方です。このため、欧米流のルールを拡げて、有
利な立場を確立することに長けている傾向にあります。
また、米国では、金融資本主義や株主資本主義とい
った言葉に代表される投資家、株主を中心とした短期
の利潤を徹底的に追求する経営の考え方があります。
投資家を代表する取締役が経営の意思決定を行い、執
行役員が運営します。雇用に対しては、従業員は会社
帰属意識より職業意識のほうが強く、短期的視野での
転職も多い傾向にあります。一方、日本では企業は社
会のためにあり、従業員、お客様、株主を含めた社会
への貢献という考え方、すなわち「公益資本主義」に
基づく経営を行っている経営者が多いと思います。雇
用に対しては、従業員の会社帰属意識は強く、安定し
た雇用環境、終身雇用などの長期雇用を期待します。
会社も従業員を重要な財産と考えてこれを活用した会
社経営を考えます。
投資家を取り巻く風土についても、
短期の利潤追求、一攫千金を目指すのか、安定した配
当・利回りを求めるのか、という違いがあります。
このように社会の構成の違い、人の考え方の違いは
大きいのですが、これらはどちらが正しいというもの
ではありません。
私は、基本的な考え方として、
「世の中はすべて正
しいことをやっている」ということを基点としていま
す。人間の考え方、行動は社会構成や社会の成り立ち
に関連していて、それぞれ整合性がとれているという
考えです。
しかしながら、このような大きな考え方の違いがあ
る中では、株主資本主義に適する制度は、必ずしも公
益資本主義の社会には適さないケースが多々あると思
真のグローバル化
グローバル化においては、社会の構成の違い、人の
考え方の違いというものは大きいことを理解する必要
14
います。まずは、背景を含めて、それぞれの考え方の
違いをよく理解したうえで、それぞれに適した施策、
制度を構築することが大変重要です。
グローバル化とはある一つの標準に統一すること
ではなく、それぞれの社会を尊重して、各地域の考え
方に沿って経営を展開することだと考えます。そして
それを実行するのは人です。世界のどの国、地域にお
いても、人間の心をしっかり掴んで、経営を行うこと
が重要です。
これまでグローバルに通用しており、これが日本発の
グローバル化の一つの形であると考えます。東レグル
ープは、この基本的な考え方に沿って、これからも積
極的に海外での事業拡大を推進していきたいと思いま
す。
最後に
企業を取り巻く社会の動向と
日本発のグローバル化
2014年2月に公表の日本版ステュワードシッ
プ・コードや、
2014年6月に成立した改正会社法、
また、来年の6月を目標に、コーポレート・ガバナン
ス・コードの制定が提言されています。昨今、取り上
げられるこういった企業統治の強化とは、すなわち企
業の不祥事の防止と、企業の成長、収益力の向上を達
成するためのものです。
しかしながら、これらは投資家の視点に立った管理
強化、もしくは、当事者である企業の自主性を無視し
た、欧米の性悪説をベースとした管理規制強化と考え
られます。成長戦略において、成長の主体となる企業
自身の成長のため、企業の活動環境を整備することが
重要であり、倫理観の高い、日本的経営の良さを世界
に広めるための支援策の策定と実施が強く望まれます。
これまで話したとおり、社会の構成、産業構造の違い
は大きく、単に、欧米の施策、制度を取り入れるだけ
では上手く行きません。まずは、日本の現状を把握し
て、各国の実情の違いを十分に理解し、それを踏まえ
て、日本の国民性、実情に合った施策を実施していく
必要があります。産官学が連携して、日本の強みをし
っかり把握して、強みを徹底的に強化するとともに、
世界で勝つための戦略を策定することが重要です。
東レでは企業理念に示すとおり、
「企業は社会の公
器である」という考えのもと、社会への貢献を目指し
て、東レ流の経営である「人を基本とする経営」
、そし
て素材産業として「長期視点での経営」を推進してき
ました。企業は投資家だけのものではありません。株
主は当然ですが、従業員、顧客、地域社会などすべて
のステークホルダーが成果物である富の分配にあずか
ることが重要です。海外へむけても、これまでお話し
てきたとおり、東レは長年にわたるグローバル化を、
人を基本とする経営で推進してきました。
この東レ流の経営、即ち「公益資本主義」の経営は、
15
私の経営における考え方は、
「基本に忠実に、ある
べき姿を目指して、やるべきことをやる」ことです。
これを実践するためのキーワードは、
「現場主義」
、
「For
the company」
、
「勝つ目標」と「スピード」です。
「基本に忠実」とは、コア技術の有無、市場の将来
性、競合状況等を勘案して事業領域を設定することで
す。
「現場主義」とは、
「答えはすべて現場にある」と
いう考えのもと、問題解決において、現状の把握と現
状分析を徹底することです。現場をよくみて本質原因
の把握、分析ができれば、おのずとやるべきことが明
確になり、問題の大方は解決します。この際も、
「世の
中はすべて正しいことをやっている」という考え方が
重要です。当事者の立場に立てば必ず何らかの理由が
あります。そのような当事者を取り巻く環境を理解す
ると、やるべきことが明確になります。このような情
報は、外から見ていてはわかりません。現場に入り込
んで獲得する必要があります。現場で生の情報を得る
ことが必要です。こういった現場主義の考え方は、ど
のような業務、場面においても通用する考え方である
と思います。
そして、全責任を持ったオーナーだったらどう判断
するかといった「For the company」の考え方で、でき
ることではなく、
「勝つ目標」を決めて、
「やるべきこ
と」を「スピードアップ」して実行することです。
イノベーションは、もちろん新たな発想が必要では
ありますが、これは奇を衒ったことをするということ
ではなく、基本に忠実に、高い目標を掲げて、現場を
よく見て、真摯に取り組むことで実現していくもので
あると思います。皆さんが、今後経営者として一層、
グローバルにご活躍されることを期待しています。
Photo Gallery
卒業合宿の様子
16
第 8 回 ベンチャー企業
株式会社ネクスト代表取締役社長
井上 高志
青山学院大学経済学部卒。リクルートコス
モス、リクルートを経て独立。1997 年、株
式会社ネクストを設立し、不動産情報サイ
ト『HOME`S』を国内最大級の規模に育て上
げる。2011 年からは『HOME`S』のグローバ
ル展開にも着手。
義憤から
私は、公益資本主義に則りベンチャー事業を展開し
ています。
しかし、
公益資本主義論を語ったところで、
どうしたいのかがないと、
途中で目標を見失い、
また、
何のためにやっているのかと立ち止まってしまうこと
があります。そうならないためには、どうしても実現
させたいという強烈な願望と意志が何よりも大事だと
いうことを冒頭にお伝えしておきたい。
弊社の事業の中心は不動産情報サービスで、国内
と海外に3社の子会社を持っています。社是は利他主
義。内容は、みんなを幸せにしたい、世のため人のた
めに役に立ちたいということ。自利利他と表現する時
もあります。その意味は、世のため人のためにやった
瞬間、
すでに自分の利になっているという考え方です。
喜びには三つあり、一つは快楽、それよりも持続して
いくものに充足感があり、最後に世のため、人のため
に行うこと、貢献があります。貢献は、誰かがいるか
ら初めてできることで、貢献させていただくことは最
も持続する幸福実感につながっています。これが利他
主義で、
この利他主義をもとに
「常に革進することで、
より多くの人々が心からの『安心』と『喜び』を得ら
れる社会の仕組みを創る」―この経営理念で事業を進
めています。常にイベーションし、現在進行形で止ま
ることなく、よりたくさんの人たち、できれば世界中
の人たちが心からの安心、そして喜び、満足が得られ
ている、そういう状態を幸福と定義づけ、そのような
世の中を創りたいと言っている会社です。
私は、大学を出てすぐマンションディベロッパーに
入社しました。ある夫婦のお客様がいらっしゃり、気
に入った物件を見つけたのに、
資金の面で手が届かず、
断念。私は、中古の物件やライバル会社の新築物件を
探し、ようやくほかの会社の新築マンションを買うと
いう結果になりました。上司から叱られましたが、そ
の夫婦からは笑顔で感謝されました。その時、こうい
17
う笑顔をこれからいっぱい作りたいと思ったのです。
26 歳で会社を作るまではリーダーになったことはな
く、それに自己嫌悪し、自分でスイッチを入れ替えよ
うと一念発起。就職して5年で独立しよう、起業しよ
うと大学4年の終わりくらいに決めました。また、起
業して独立したら、一生かかってもいいから一大事業
だというところまでもっていこうとも考えました。そ
して、この夫婦の笑顔と出会った時に導火線に火が付
いたのです。こういう人たちが1000万組、1億組
できたら一大事業と言えるでしょう。
もう一つ、義憤があります。不動産業界を見ると人
生でいちばん高い買い物をする住宅に対してそんな売
り方はないだろうということがけっこう目につきまし
た。例えば、自分たちで情報をコントロールし、自分
に都合のいい物件情報しか見せない。そんなことが当
たり前のように行われていました。住宅をそんなふう
に売る。そこに義憤を感じたのです。エンドユーザー
の喜びの顔を見ることは、すごくうれしい。それを邪
魔する業界の悪しき習慣にものすごく腹が立つ。これ
がぼくの原動力であり、
強い願望と意志となりました。
国内ナンバーワンの不動産情報サイト
ネクストの『HOME`S』は、物件数ナンバーワン、使
いやすさナンバーワン、利用者ナンバーワン、情報精
度ナンバーワンの国内ナンバーワンの不動産情報サイ
トです。物件数ナンバーワンは創業の時からのこだわ
りで、国内のすべての賃貸売買物件は 100%『HOME`S』
にデータベース化すること。これを目指します。それ
だけ大量の情報を集めると、今度は情報を探しにくく
なるので、ぴったりのものを見つけやすいことにもこ
だわっています。結果、最高のサービスになっている
ので、たくさんの人に使っていただける。あとは嘘と
か騙しのない、安心して利用できるサービスを目指し
てきました。
そのため、あるタイミングで課金モデルを変更す
るというビジネスモデルのチェンジを行い、それまで
他社と同等のレベルだったのが、そこから一気に他社
をリードしました。それまでは他社と同じように物件
を掲載する時にお金をいただいていました。そうする
と物件数は伸び悩んだ。不動産会社は、物件情報を 100
件持っていても、全部は出しません。店頭に貼り、1
週間で決まるものには広告費をかけないし、条件の悪
い物件、これも掲載しても1年たっても決まらないか
ら出さないのです。そこで、基本料金1万円で掲載料
はタダ、問い合わせがあった時だけ、その金額に応じ
た料率で成功報酬いただきますとしました。これによ
ってほかのサイトには全体の 20~30%しか掲載されな
いのに、我々のサイトにはまるごと載せていただくと
いうことになったのです。
同じタイミングで
『HOME`S』
をゼロから作り直し、ほかのサイトと比べ、使いやす
いと言ってもらえるようになりました。そのほか、売
上高の 30%の広告費を投入し、利用者数では『HOME`S』
が二番手で 200 万人、楽天が 144 万人ですが、楽天は
大株主で情報元は『HOMES』なので、これを合わせると
利用者数ナンバーワンというところまで来ています。
また、ユーザーに安心を届けたいので、メールの接客
能力の優れた人には「おもてなしマイスターがいるお
店」というポスターを提供するなどしたり、このお店
は対応が良かったか悪かったかという評価を、接客を
受けた人が星で五段階で入れられるようにしたりし、
それに対し対応のノウハウも教えて評価点が上がるよ
うにしています。覆面調査も行い、全国で接客グラン
プリトップ 10 を決める。そして、こうしたほうが経営
はよくなると、一生懸命後押しをしています。一方、
情報審査室というのがあり、そこにはライバル不動産
会社があそこは売れた物件なのにまだ掲載していると
いった違反を申告してくるので、それに対して確認す
るなどしています。こうして情報の精度を高めている
のです。
新規事業は金融ポータルとインテリア EC サイトな
どがあり、将来の二本目三本目の柱を作っていこうと
しています。グローバル化は、今タイ、インドネシア、
台湾に出ています。海外展開のシナリオとしては、ア
ジア以外にもどんどん行こうと考えています。基本的
にはツイッターやフェイスブックや LINE のように海
外に拠点を置かず、空中戦で広げていけるモデルにし
ます。
そして、
2014 年 11 月に 39 カ国でサイトを展開、
月 4700 万人の利用、2200 万人超える会員を持ち、売
り上げ 24 億円、営業利益8億円、営業利益率 33%、2
万社のコンテンツパートナーがいて、住宅、自動車、
求人で1億 2000 万件の情報を持つスペインの会社を
買収しました。
「不」を解消するビジネスで挑戦し、
革進し続ける
いろいろ挑戦しているのは、世界中の不満、不安、
不便という「不」をビジネスで解消する仕組み、プラ
ットフォームを作りたいからです。満足、安心、便利
というようにみんながハッピーになれるチャレンジを
したい。世界中の不を解消すると考えると、莫大なビ
18
ジネスチャンスがあります。高齢化、少子化、年金、
エネルギー、環境問題等、あらゆるところにチャンス
があり、成功した暁にはすごい賞賛と自分の成長とプ
ライドを満たす、そんな仕事ができます。
このビジョンを実現するために同心円経営を行っ
ています。公益資本主義のマルチステークホルダーの
考え方に近いもので、真ん中に利他主義という考え方
があり、そこから株主、従業員、クライアント、コン
シューマーが等距離に位置する。配分の仕方は利益の
4分法のルール。法人税を国に納め、賞与 23%、内部
留保 23% 、配当 23%というように、4者に適切に配
分するというのが基本方針です。
人事では、内発的動機を引き出すことが大切です。
経営理念やカルチャーにフィットしているかが最重要
事で、次に将来の伸びしろを見ます。教育には、ネク
スト大学という社内教育機関があり、
50~60 のゼミナ
ールが運営されています。そのほか、新規事業の提案
制度、業務時間の 10%を自由に使えるクリエーターの
日もあります。情報共有の仕組みとしては毎月全社総
会で、ビジョン、戦略を共有し、その後白熱教室のよ
うなことを行っています。
私の企業家としての信念には「常に挑戦し、革進し
続ける」と「正義、力」があります。正義なき力は暴
力、力なき正義は無力です。正義なく、売り上げと利
益だけ伸ばしていますというのは果たして意義がある
のでしょうか。一方で利他主義といっても事業が成長
していなくて無力では、社会的にインパクトはありま
せん。正義と力を持って、はじめて世の中を変えられ
るのです。正々堂々と利他なら利他で利益と売り上げ
を上げるということを高次元で達成させる、これを一
歩も引かずにやらなければいけません。
私個人では 100 歳までのビジョンを持っています。
ビジネスで社会を変えるというスタンスですが、ビジ
ネスだけではできない領域もあり、1 年後公益財団法
人を作り、両輪で取り組み、5、6年後にはグローバ
ル版『HOME`S』
、予防医療、少子化、高齢化対策事
業を、10 年後には食料と水分野で技術的なイノベーシ
ョンを起こし、これをもとに、30 年後、第一次世界平
和で世界の人たちがみんな自立できる環境に、55 年後
には国家間の紛争がない第二次世界平和を実現したい
と思っています。まだ挑戦の過程ですが、いつかだれ
かがチャレンジしないとグローバルカンパニーになら
ないので、そのチャレンジを今まさにやっているとこ
ろです。
第 9 回 マイクロファイナンス
マイクロファイナンスは、急速にほかにも広がりまし
た。BRAC も 1976 年からバングラディッシュで始ま
りました。
1980 年代にはバンコソルが女性のグループ
に対して融資を始め、そしてこれは急速にボリビアで
成長し、南米の他の国、後にはアフリカでもまねされ
るようになったのです。
マンチェスター大学教授・名古屋大学名誉教授
Stuart Ratherford
30 年以上にわたり貧困者のファイナンス
について、実践と研究をしてきたマイクロ
ファイナンス研究の第一人者。Safesave 創
設者。マイクロファイナンスのファンダメ
ントである。
「貧困層の家計、キャッシュ
フローの特徴」に関して、貧困ダイアリー
(日記)を通じて研究してきた。
マイクロファイナンス拡大の理由
80、90 年代にはマイクロファイナンス、マイクロレ
ジットはバングラディッシュやボリビア以外でも理解
されるようになったのですが、マイクロクレジットが
広がった理由は何でしょうか。
グラミンバンクのムハマド・ユヌスは、マイクロク
レジットの役割として貧困の軽減を強調しました。70、
80 年代、東アフリカで飢饉が起きるなどして、貧困問
題に対する国際的関心が高まりました。
1990 年までに
多くの政府、NGO 等がマイクロクレジットは貧困を
軽減するというユヌスの主張を受け入れました。そし
て多くの資金がマイクロクレジットに集まるようにな
りました。また、70 年代以前は、国際開発では男性の
農業従事者に話題が集中していて、女性の問題はあま
り話題になりませんでした。人口の半分を占める女性
がどうしたら開発に関与できるかが話題になったのは
70、80 年代のことでした。そして、ほとんどの借主が
女性であることは、マイクロクレジットにとってあり
がたいものでした。女性は返済率が高いことがわかっ
ていたからです。マイクロクレジットは今まで無視さ
れていた女性に働く機会を与えたことで賞賛されまし
た。また、マイクロクレジットは政治的立場を超えて
魅力的であるため、保守からも革新からも反対はあり
ませんでした。政治的反対を引き起こしにくいものだ
ったのです。これらの理由で、マイクロクレジットは
急速に世界に広まりました。バングラディシュのグラ
ミンバンクのクライアントは 1987 年までに 50 万に、
93 年までには 200 万に、2006 年には 600 万になりま
した。そして、2011 年には世界で2億 700 万人にな
ったと見積もられています。そのうちの 1 億 1300 万
人が、非常に貧しい女性でした。85 のマイクロファイ
ナンスの組織がそれぞれ 10 万、もしくはそれ以上の
クライアントに資金を供給していました。では、この
資金はどこから来るのか。当初は、フォード財団、英
米政府、世界銀行、アジア開発銀行などが拠出しまし
た。さらに、90 年代後半になると、マイクロクレジッ
トには収益性があることがわかり、銀行が、マイクロ
クレジット運営銀行に貸し付けるようになり、今世紀
に入り、国際金融市場で投資可能な施策として知られ
マイクロファイナンスの登場
マイクロファイナンスとは、貧困者向けの組織化さ
れた金融サービスと定義できます。
「組織化された」と
いうのは、貧困者はそれまで伝統的かつインフォーマ
ルなものを使っていて、それと区別するためです。金
融サービスとは、貯金、ローン、保険、年金、為替で、
貧困者とは口座が開けない金融排除者のことです。
現代のマイクロファイナンスは、
1976 年に途上国の
バングラディッシュでスタートし、70 年代から 90 年
代に他の途上国でも大きく展開され、利用者は何百万
人にもなりました。バングラディッシュは内戦で荒廃
し、貧しい国でした。その貧しい人にサービスを提供
し、そのコストもリカバーされていました。これが大
切です。
初期のマイクロファイナンスの革新的な点は、
まず、銀行のほうから人のもとに行ったという点。自
転車で村に、それぞれの家に行った。さらに、個人で
はなく、グループに対応した。コスト節約のため、顧
客をグループにまとめたのです。グループに融資する
ということは、連帯責任を持ってもらうということで
もあります。
グループの中の個人が返済できなくても、
他の人が助けるという仕組みです。また、信用貸し、
クレジットに焦点を当て、さらに、個人の日常の用途
ではなく、小規模事業に対して投資を行う形としまし
た。融資を受けた人がビジネスを始めることがポイン
トです。さらに、女性のほうがきちんと返済するとい
う理由から、男性ではなく女性を対象にしました。融
資額は2、3カ月の収入程度と少額でした。返済は分
割で、50 週で返済という形なので、返済額が小さくて
済みました。何とか返せる金額です。これが今日まで
続くマイクロファイナンスの基本の形です。
ここでマイクロファイナンスとマイクロクレジッ
トの違いについて述べておきます。前者が貧困層向け
の金融サービスで、後者は貧困層向けに融資のみを行
うものです。マイクロクレジットではグラミンバンク
が有名です。
1976 年にバングラディッシュで始まった
19
るようになり、銀行だけでなく、ニューヨークなどに
ファンドができ、収益性の高い投資と見られるように
なったのです。
そして、
マイクロクレジットは飛躍し、
マイクロファイナンスは一部禁止国を除いて、どの途
上国にも見られるようになりました。
マイクロファイナンスの運営者は、NGO、NPO と
して始まりました。グラミンバンクは 82 年に貧困層
に特化した銀行業ライセンスを得、非営利のままです
が、NPO として始まったバンコソルは 92 年、営利銀
行に変貌しました。
他の銀行から資金が素早く得られ、
それで融資ができ、ビジネスを大きくできる。この動
きは世界銀行などから評価されました。この流れは世
界に広がり、たとえば、ケニアのエクイティバンク、
カンボジアの Acleda などがあります。そして、マイ
クロファイナンスの供給者は最初から通常の銀行とし
て登記するようになったのです。
2006 年、
ユヌスと彼がつくったグラミンバンクはノ
ーベル平和賞を得ました。そして、貯蓄という金融サ
ービスが始まりました。当初は、貯蓄は事業計画にふ
さわしくないと見られていましたが、インドネシアの
BRI は、貯蓄が貧困層にアピールし、貸し付けから貯
蓄ができることを証明したのです。89 年から貧しい人
の貯蓄が増え、人々の貯蓄に対する考えが変わってき
ました。マイクロクレジットは貯蓄を自らの仕事に絶
えず組み入れました。グラミンバンクでさえ、2005
年までに貯蓄のポートフォリオはローンのそれより大
きくなっていたのです。
ンドのアーンドラ・ブラデーシュ州のマイクロクレジ
ットが突然崩壊しました。行き過ぎた急成長は、多重
債務の原因となり、多くの貧困層のクライアントに過
剰な負債をもたらしました。最も大きく、最も急成長
したマイクロクレジットの銀行、SKS は莫大な損失を
蒙り、創業者のチェアマンは職を失いました。急速に
巨大化すると、自分のためだけに過度な成長をしてし
まい、いいサービスを提供することを超えてしまいま
す。貧しい女性はお金を貸してもらえることが難しか
ったのに、マイクロクレジットは貸してくれました。
そして、多くの人が誘惑に負けて、返せなくなるので
す。
マイクロファイナンス業界はいくつかの難しい問
題に答えなければなりません。マイクロクレジットは
貧困を撲滅するのか。貧困者を食い物にする搾取銀行
のもう一つの形なのか。最近の評価ではよい結果が出
ています。1、2年、女性に貸し付けてもあまり変わ
りがないが、長期に貸すと生活水準を上げるのに役立
ち、家計がよくなることがわかってきました。一方、
マイクロファイナンス業界は再ブランド化しました。
それが「金融包摂」です。この目的は、貧困者や女性
だけでなく、世界中の誰もが金融サービスを受けられ
るようにすることです。焦点は貧困の撲滅から、貧困
者にも有益な金融サービスをと変わったのです。有益
なサービスは三つ。一つが日々のお金のやりくり。二
つ目が家族の病気や災害などの緊急時に融資を素早く
受けて克服できるようにすること。三つ目は出産、結
婚など一時的に必要な多額なお金を作ること。これら
がきちんとなされていなければ、事業のためにお金が
使えないのです。しかし、その三つの機能を「金融包
摂」
が実際に果たしているのかという疑問があります。
また、
インフォーマルなもののように、
利便性があり、
柔軟性があり、日常的に使えるものか、あるいは、そ
れらインフォーマルなものよりもより安く確実なもの
かという疑問もあります。
21 世紀にマイクロファイナンスで進展がありまし
た。モバイルマネーです。モバイルマネーのパイオニ
アはケニアのエムペサ。2007 年にスタートし、今、活
用者は 1220 万人です。3人に1人が利用していて、
携帯で送金しているのです。使い勝手がよく、安全に
支払いができるのでアフリカ、アジアで模倣されてい
ます。
最後に、貧困者の命のリスクは高く、マイクロ保険
は成り立つはずですが、この分野ではブレイクスルー
は起きていません。
今もって貧困者は入れないのです。
マイクロファイナンスの変化
メキシコのマイクロクレジットの NGO、コンパル
タモスは農村の女性を対象に融資を始め、銀行として
設立し、
2007 年にメキシコの証券取引所にマイクロク
レジットで初の上場をします。創業者たちは大金持ち
になりました。その時、懸念する人もいました。貧し
い女性は貧しいままで、創業者が金持ちになったから
です。
2010 年には、
大きく急成長したインドのマイクロク
レジットの銀行、SKS がムンバイの証券取引所に上場
しました。グラミンバンクのユヌスはこれにショック
を受けました。彼は、マイクロファイナンスは社会事
業だと信じていたのです。彼は、
「商業化はマイクロフ
ァイナンスを間違った方向に変えてきた。貧困者に金
を貸すという動機はミッションの漂流である。貧困は
根絶されるべきであり、金稼ぎの機会ではない」と考
えました。
ユヌスは正しかったのか。2010 年、急成長した南イ
20
第 10 回 BOP ビジネス/ソーシャルビジネス
味の素株式会社CSR部
中尾 洋三
1981 年味の素株式会社入社。国内営業、本
社事業部門でマーケティングを担当。2003
年本社経営企画部で中期経営企画とCS
Rを担当。2005 年にCSR部を立ち上げる。
2009年の100周年記念事業でガーナ栄養改
善プロジェクトに参画。
味の素の BOP ビジネス
グループ理念、
「地球的な視野に立って食と健康、
そしていのちのために働き、明日のよりより生活に貢
献する」―これを実現するのが基本的に当社の CSR
です。具体的には、地球環境保全、食資源への貢献、
健康な生活、この三つの社会課題に、事業を通して貢
献するのが CSR の仕事だと考えています。
この課題への取り組みの関連で味の素グループの
BOP/インクルーシブビジネスについてお話しします。
BOP とは、ベース・オブ・ザ・ピラミッド、あるいは、
ボトム・オブ・ザ・ピラミッドと言われるもので、今
までは経済的なピラミッドの下位の方、40 億の人たち
はほとんどマーケットとして見られていなかった。そ
れだけ収入も少ないし、物を買えない。しかし、経済
が発展し、購買力をつけて将来のマーケットになって
くる。そこに対して、早く手をつけていかなければな
らないというのが BOP ビジネスです。企業の製品や
サービスが貧困層に行きわたることによって、貧困層
の生活レベルを上げていくということから、
BOP ビジ
ネスが開発する側からも注目されるようになった。当
社のビジネスは調味料等の食品ですので、途上国の富
裕層から貧困層まで、食べるニーズは同じなので、国
民全体がターゲットになる。最初から貧困層まで、途
上国の全体をマーケットとしてとらえてビジネスを行
っていたというのが、当社のビジネスモデルです。
途上国のビジネスで何が一番問題かというと、貧困
層が買えるような価格をいかに設定するかということ
と、日本のような販売チャネルがないこと。当社はそ
この部分に早い段階から取り組んできました。現地の
食文化をきちんと理解し、それに当社の持つ調味料製
造技術をかけ合わせて、さらに販売力をかけ合わせて
いくのが途上国のビジネスモデルとなっています。そ
れぞれの国ごとにいろいろな製品を出していますが、
その製品化技術は日本で培われたものを持っていく。
21
そして、現地で買える価格でそれをディストリビュー
ションしていく。流通量の多い通貨に合わせるという
のが基本原則です。また、中間流通がないので自分た
ちで持っていき、現金を回収していくというスタイル
です。こういう事業活動を続けて販売チャネルを広げ
ていく。そして、今度はその国の経済力、あるいは食
文化が発達していき、ニーズが広がってきたときに垂
直方向に製品展開をしていくというのが我々の BOP
ビジネスです。
このほか、味の素や飼料用のアミノ酸の現地生産で
は、原料は現地で調達できる農作物を使い、現地雇用
して、そこから出てくる廃棄物なども、肥料として現
地で有効利用するという循環型のビジネスモデルを作
っています。地元で作られた農作物を使ってアミノ酸
という付加価値のあるものを作る。さらに循環して、
そこからできた循環型農業に貢献できる安い肥料を農
家に提供する。途上国の地域の農家にとっても経済的
なメリットが生まれるのです。結果的に全体として途
上国の人たちの経済的ないろいろなメリットを生み出
す。これをトータルとしてインクルーシブビジネスと
いう言い方をしています。
ガーナ栄養改善プロジェクト
当社の柱である食品とアミノ酸という二つの技術
を使って途上国の課題を解決できないかということか
ら取り組んだのが、ソーシャルビジネスとしてのガー
ナの栄養改善プロジェクトです。ガーナでも子どもの
栄養不足が大きな問題になっていて、味の素グループ
が注目したのは、妊娠期から2歳までの最初の 1000
日。この期間の栄養状態を改善すると心と体の健やか
な成長を実現し未来の慢性疾患のリスクも低減できる
のです。この 1000 日間の栄養状態を改善するために
2009 年から味の素グループがスタートしたのがこの
プロジェクトです。様々なパートナーの協力を得て、
研究開発、生産、教育、販売も実施するソーシャルビ
ジネスの仕組みを構築しています。当社はそれより前
の 1995 年からアメリカの NPO とともに南アジアや
中国、中東、アフリカ地域で必須アミノ酸であるリジ
ンの試験を実施してきました。ガーナではより効果的
な研究を行うために、ガーナ大学とも連携。彼らとと
もに現地の人々の栄養状態を調査したのが、このプロ
ジェクトの始まるきっかけです。現地の食べ物では十
分な栄養がとれていない。そこでリジンの研究成果を
もとにパートナーとともに開発したのがリジン等でで
きた『ココプラス』
。現地の離乳食のおかゆココに振り
掛けるだけで栄養が補えるという製品です。今後は子
どもの定期診断に訪れる母親たちへの栄養教育の実施
も検討しています。
『ココプラス』を必要としている子
どもたちのために新たな流通体制を確立する。そのた
めに味の素グループは地元のセールスレディを採用し
た販売モデルの構築等を国際 NGO らとともに進めて
います。研究開発、生産、教育、販売、これらを継続
的に発展させることでガーナの子どもたちの栄養不足
の改善を図っていきます。そして今後は、ガーナでの
ノウハウを生かし、このモデルをほかの開発途上国へ
展開することを目指します。
多くの機関との連携のメリット
このプロジェクトは、調味料の途上国でのビジネス
とはまったく違うアプローチをしています。調味料の
ビジネスは開発にしても販売にしても全部自前でやっ
ています。一方、ガーナではいろいろなプレーヤー、
セクターと一緒やることで、企業としてビジネスを作
る際のリスクをある程度分散したいということと、全
部自前でやると時間的に相当かかり、それを短縮する
には外のそれぞれの専門領域の人達と手を組むことが
最善と考えたのです。政府関係では BOP ビジネスが
2008 年くらいから経産省で研究会が始まって、
我々が
ちょうど立ち上げたタイミングで BOP ビジネスの支
援スキームがスタートし、JICA の BOP ビジネス支援
制度の対象にも選ばれています。また、アメリカの援
助機関に USAID(アメリカ合衆国国際開発庁)があ
り、アメリカ企業だけでなく、どこの国でも対象にな
る支援スキーム持っていて、日本企業はまだ採用して
もらったことはなかったのですが、グローバルでの栄
養問題に対する世界的な流れがあり、それにうまく乗
った形で USAID からも日本企業として初めて支援を
もらうことになりました。それから現地の政府機関の
保健省、そこの下部機関であるガーナヘルスサービス
とも連携しました。民間企業で政府の機関と覚書をか
わすことはほとんどないということですが、これも子
どもの栄養問題は深刻でなんとかしなければいけない、
パートナーと手を組んでやっていかなければならない
という流れがあって、多分結べたのではないかと思っ
ています。これでその後の NGO との連携もやりやす
かった。民間企業は NGO と敵対関係にあったりした
のですが、だんだんそれが連携の動きにかわってきて
いるのですが、ただその動きがあっても、本当に相手
を信用していいのか分からないということがあり、そ
の点、政府のお墨付きがあったので比較的やりやすく
22
なりました。特にガーナでは味の素という企業名は知
られていないわけで、そこで活動しているローカルな
スタッフからすると、
政府のお墨付きは大きい。
また、
事業そのもの全体をやっていくにあたっては、それぞ
れの得意分野で連携していったほうが、リスクも少な
いし、時間も短縮できるのではないかということで、
大学、地元企業、NGO などとの連携も行っています。
ただし、従来の利益率は確保できません。この製品
は、安くおさえないと買ってもらえない人たちをター
ゲットにしているわけですから、ここを圧縮しなけれ
ばいけないのです。ただ利益だけを圧縮するわけでは
ありません。いろいろなセクターと連携することによ
って、たとえば広告を、口コミでやってもらう、女性
の販売員を使うことで彼女らに持って行ってもらう、
こういったことで圧縮する。あるいは、販売店もダイ
レクトに販売してもらうことによって流通コストを圧
縮して、トータルで価格を安くする。こういうことが
連携によってできないかということが、ソーシャルビ
ジネスのチャレンジだと考えています。
確かに当社の利益は薄くなりますが、途上国の貧困
層は多く、マーケットは大きい。横に広げていけば利
益の額としてはそこそこになると考えます。売上―利
益の考え方でなく、投資に対するリターンとして考え
るしかないのです。ブランド力がそれによって上がる
ことで、その後に続く調味料のビジネスにつながれば
いい。広告投資のような位置づけだと、会社では考え
ています。それくらいの考えでやらないと、ソーシャ
ルビジネスは成り立たないのではないでしょうか。
いろいろな連携を組むということは結構大変です。
NGO と企業とでは考え方が違います。もともと歴史
的背景も違う。ですから、それぞれのプレーヤーは短
期的には違う目標を持っているのですが、お互い実現
したいことのギャップをまず理解することからスター
トしていって、最終的に栄養改善して死亡率を下げて
いくという大義を常に意識させていくことが重要です。
研究開発、生産、教育、販売、このいろいろなところ
でプレーヤーに絡んでもらい、10 以上の団体とやって
いますが、多様な情報を得られ、無駄ではなかったと
思います。従来のビジネスでは得られない情報を得ら
れ、
いろいろなセクターの考え方も知ることができた。
それが今後本格的なビジネスを展開する際、効率的な
ビジネスモデルを作るいい材料になるのではと感じて
います。
第 11 回 日本の経営思想と公益資本主義
住友精密工業株式会社前代表取締役社長
神永 㬜
1969 年、東京大学工学部機械工学科卒。
兵庫県立大学経営大学院客員教授。航空
産業、マイクロ・ナノ技術分野において、
研究開発・事業化に関わる経験が豊富。
10 年におよぶ英国・ドイツ滞在に加えて、
北米の大学・企業との関わりを通じて欧
米要人との関係も多い。
日本の土壌
公益資本主義の基本的な視点である中長期的視
点・公平性を重視する視点は、日本の土壌として根付
いて来ました。近江商人の三方よし、また、住友の事
業精神で言えば、自分の利益であるとともに他人の利
益であるという「自他利他公私一如」
、
「信用を重んじ
確実を旨とする」
、
「浮利(目先の利益)にはしらず」
、
「公利公益の事業」
、
「国家・社会への報恩」
、
「企画の
遠大性」
、
「事業は人なり」
、
「技術の尊重」
、日本の経営
者はこういった精神で経営している方が非常に多いの
です。
また、日本の従来の仕組みは、メインバンク制等が
中長期的資金を供給する、企業が多様なステークホル
ダーとの結びつきを重視する、長期雇用による人材育
成、これらが基本となっていました。一方、実体を伴
わない短期利益のみを求めるマネーゲームに偏りすぎ
ると、中長期的投資が不十分となり、成果配分に偏り
が出ます。
しかし、単純に日本の土壌がいいからといって、過
去の姿への安易な回帰では、例えば、多様なステーク
ホルダーが関わることで結局何も決められない、投資
の将来性を十分に吟味しない中長期の資金提供、研究
開発するにしても長期的なビジョンがないと何してい
るかわからない、長期的雇用慣行の下での働き方が硬
直的になるというマイナス面が出てくるものです。
ですから、安易な回帰ではなく、日本の経験で得た
ものを再構築することが大切です。それには、持続的
な成長を支えるイノベーションのための中長期的資金
の確保と、総体的価値を高める企業統治、非財務情報
を含めたコミュニケーションの向上、実体経済の成長
を支える安定的な金融システムなどが必要とされます。
マネーがマネーを呼ぶ社会ではなく、実体経済主導
で本来の機能を十全に発揮するために、
中長期的投資、
リスクテークが活発に行われ、イノベーションを通じ
23
て、革新的技術と新たな基幹産業の創出、企業の多様
なステークホルダーへの価値還元、価値創造を担う人
材育成、異なる文化・伝統を持つ国・地域の受容、途
上国を含む世界経済の発展への貢献、自然や環境との
共生、こういうものを具現化しなければならず、その
ための市場経済システムを作らなければなりません。
経済財政諮問会議の専門調査会での提言
2013 年に経済財政諮問会議の専門調査会、
「持続的
成長を実現する市場経済システムの構築に向けて」の
委員に原さんと私が指名され(委員6人)
、そこで議論
し、公益資本主義の考えを提言しました。原さんの提
言のポイントは、ROE に代わる新しい企業価値を定
義できる指標を作る必要があり、それは、会社の持続
可能性、分配の公平性、事業の改良改善性の三つを反
映するものです。また、
「公益」とは、私たちおよび私
たちの子孫の経済的および精神的な豊かさであり、
「会
社」とは社会の公器であり、事業を通じて社会に貢献
するものであり、公益資本主義とは、社員・顧客・仕
入先・地域社会・地球といったすべての社中に貢献す
ることにより企業価値が上がり、その結果として株主
へも利益をもたらすというものであり、これが本来の
あるべき資本主義であると、原さんは考えています。
一方、公益資本主義では、革新的技術を実用化し、
新しい基幹産業を創出できるような民間からの投資の
必要性も重要な要素です。将来に向けての新しい技術
に先行投資するのです。マネーがマネーを呼ぶのでは
なく、お金はこういうところに回す。これが目指すべ
き市場経済システムです。それによって、世界的に持
続的な成長を取り戻すシステムを構築していくのです。
そのために、新しい仕組みが必要になるのですが、
将来に向けての社会の要請に、独自の技術により貢献
することを目的として、中長期的な研究開発投資を基
盤とした事業開発・企業経営に携わった立場から見て、
事業戦略の適合性を検証するための研究開発投資に時
間をかけることを評価する枠組みの存在が望ましいと
感じています。そのためには、株主利益優先の短期的
思考ではない、人間の生活に幸福と豊かさをもたらす
中長期的な研究開発を可能とするための仕組み(持続
性・改良改善性)
、それを可能とするために、経済危機
を引き起こした欧米主導の株主至上資本主義でなく、
資本主義のもとで企業が生み出した利益を、顧客、従
業員、協力会社/地域社会を含めた社会、そして株主
へと利益の公平な分配を目指す仕組み(公平性)の構
築が急務です。国内で構築し、それを踏まえて、日本
から世界的に発信し、普遍的なものとすることで、世
界も恩恵を享受することになります。
そのための施策骨子として、
「すり合わせ技術」
、
「き
めの細かさ」
、
「相手の立場を尊重し、相互の利益を追
求する」という日本の強み・良さを生かすビジネスモ
デルを構築し、さらにコア技術と生産技術の研究開発
は日本国内に置いた上でグローバルに展開するビジネ
スモデルを構築し、世界の流れの速さについていける
設備投資と人材/人財育成を促進すること、グローバ
ルな視点で日本の強み・良さを理解し、強化できる人
材/人財育成を促進すること等を提言しました。
また、実体経済の成長を支える安定的な金融システ
ムを構築して、目指すべき市場経済システムのもとで
は、近視眼的にコスト削減を図り、縮小均衡を招くよ
うな企業行動ではなく、拡大均衡をもたらす企業行動
がとられるようにし、中長期的な投資やイノベーショ
ンが進み、質の高い雇用が増加する新しい成長が実現
することが期待されます。目指すべき市場経済システ
ムは、国民や海外の人々が自ら参加したいと思うこと
ができる仕組みであり、そうした日本の魅力が広く共
有されるよう、世界に発信していく必要があります。
諮問会議では、まとめとして、次のような報告をし
ました。目指すべき市場経済システムは、実体経済主
導であり、日本の新しい成長を可能にし、国民や海外
の人々に共有される、世界に発信すべきものとして、
例えば、資金の受け手である企業と資金の出し手であ
る投資家のコミュニケーションを密にして、中長期的
投資やイノベーションが進み、
質の高い雇用が増加し、
拡大均衡につながる企業行動ができるようにならねば
ならず、それには安定的な長期的資金を必要とする。
これが政府の方針として採択されました。
最後に、公益資本主義のもとで、わが国を中長期的
に繁栄に導く制度とは以下の六つと考えられます。
・法律上、
会社の公器性と経営者の責任を明確にする。
・中長期の株主を優遇できる制度を作る。
・革新的な技術を事業化し、産業をつくる仕組みを作
り上げる。
・ROE に代わる新しい企業価値評価法を確立する。
・ゼロ・サムのマネーゲームのプレーヤーのための極
端な規制緩和は単に投機家を利するだけに過ぎないの
で改める。
・みずほの国の資本主義原理を軸にして、GDP、GNI を
補完する経済指標を作る。
具体的に制度設計等を進めていかなければなりま
せんが、いずれにしても、このような日本発の公益資
本主義を世界に発信していくことが大切と言えるでし
24
ょう。
公益資本主義の勘違い
公益資本主義について勘違いされることがありま
す。
一つは公益だったら利益は出なくていという考え。
世のため人のために会社を経営しているのだから赤字
でも公益資本主義に則って経営しているからいいとい
う人が実際にいるのですが、それは間違いです。利益
を稼ぐからこそ、マルチステークホルダーに貢献でき
るのであり、会社はそれなりに強くなければいけない
のです。資本主義は歴史的に見ても会社が利益を生み
出すいいシステムではあります。問題は利益をどう使
うか。どのように分配し、将来の持続性を確保するか
なのです。
もう一つの勘違い。中長期的だからゆっくりやって
いいという考えです。
「ビジョンは中長期。決断とアク
ションはすばやく」が肝要です。5年先、10 年先とい
っても、そこから逆算して今日何をするかと考え、動
かなければなりません。中長期だから結論は今日でな
く先延ばしでいいというのではありません。1日1日
きちんと取り組んでいかなければいけないので、むし
ろビジョンを中長期に掲げてなし遂げるのは難しいこ
となのです。
株主資本主義は、そういう意味では楽でしょう。ROE
だけを守り、
配当だけを考えていればいいのですから。
一方、公益資本主義は、マルチステークホルダーのこ
とを考えて、そのために利益を生まなければならない
し、中長期のビジョンをきちんと作り、そのために毎
日毎日考え、アクションを起こさないといけない。公
益資本主義のほうが株主資本主義よりはるかに難しい
のです。
第 12 回 企業は何のために存在するのか
三井不動産株式会社
取締役専務執行役員 ビルディング本部長
北原 義一
昭和 55 年 3 月早稲田大学政治経済学部卒
業。同年 4 月三井不動産株式会社入社。平
成 16 年ビルディング本部事業企画部長。
平成 19 年執行役員同部長。平成 20 年常務
執行役員ビルディング本部副本部長。平成
23 年常務取締役常務執行役員ビルディン
グ本部長を経て、平成 25 年 4 月より現職
企業は何のために存在するのか?
企業は何のために存在するか?企業はだれのもの
か?一時期この議論がはやりました。私はこう思いま
す。
企業の役割、目的は、人々が、豊かで幸せな生活を送
るために、
社会に有益な財やサービスを提供すること。
その結果得られる果実が利益。それを反復継続するこ
とで、広く長く世の中に貢献していく。世の中をより
よくしていく存在、
それが企業だと思います。
そして、
企業に所属する社員の雇用を確保し、
所得を配分する。
従って、雇用を確保し所得を配分し続けるためにも、
企業は長く存続、継続しなければならない。存続、継
続するためには、市場で支持され続けなければならな
い。市場で支持され続けるためには、常に企業そのも
のが革新していかなければならない。革新し続けるた
めには、中長期的に、常に将来を見据えた研究開発、
商品開発、
付加価値創造の、
不断の努力が求められる。
正に、公益資本主義の理念を遂行する主体、社会の公
器そのものが、企業だと思います。
と手間とコストを要します。それでも成功するとは限
らない、厳しい難作業です。
昨今の資本市場のルールに基づく四半期決算毎に、
一定の利益を求められたら、その実現は全く困難にな
ります。
原さんがよく言っている、ROE至上主義の経営と
なって、極論すると、不動産業で言えば、買い取り仲
介ビジネスオンリーとなってしまいます。土地や建物
を買って、瞬間的に利ザヤを乗せて売りさばく。そこ
に付加価値創造のかけらもない、その代りIRRは無
限大になる。
そういう仕事ばかりになってしまいます。
かといって、長期的な研究開発に埋没し、株主利益
を無視した経営をすれば、バブル以前の日本の経済シ
ステムのように、メインバンクが、デットファイナン
スを、事実上の疑似エクイティ化して、融資を続行し
ない限り、企業の存続は難しくなります。バブルの崩
壊でいみじくもそれが立証されてしまいました。バブ
ル前の不動産市場はその典型例だったとも言えるでし
ょう。
ただこの原因を、短期利益を追求したROE経営だ
けに求めることは間違いです。
貨幣経済の膨張と実体経済とのアンバランス、バブ
ルを招いたのも、また崩壊をたどったことも、私はこ
れが諸悪の根源だろうと思っています。金融資本市場
が、行き過ぎた信用創造によって、最早一国の中央銀
行では、制御不能になりつつある時代です。
資本の論理と言えばそれまでですが、このまま資本
市場のレッセフェールを容認したら、富める者に益々
富が集中し、他方で圧倒的多数の貧困、弱者を作って
しまうことになりかねません。それを助長させている
のが、新自由主義経済だと思います。
市場原理が万能であるという妄想の結果、世界を弱
肉強食の野蛮な時代に逆戻りさせつつあります。
短期的利益と長期的利益の追求
しかしながら現実問題として、現代社会は、金融資
本至上主義がデファクト化した真只中にあります。
肝心の金融資本市場をその気にさせないと、いくら
理念を振りかざしても徒労に終わってしまいます。
力なき正義は無力。正義なき力は暴力となります。
金融資本が暴力化していくのを食い止めるには、ある
力(≒知恵と実行力)がどうしても必要です。
社会に有用な財やサービスを短期的に開発、実用化
し、企業利益を得られればそれに越したことはありま
せん。経営者も従業員も顧客も、皆にとってそれが望
ましいことでしょう。
ただ、世の中そんなに甘くはありません。新しい商
品の研究開発、実用化までには、魔の川、死の谷、ダ
ーウインの海が待っています。新しい技術や、革新的
なアイデアを実用化し、商品化するためには、試行錯
誤を繰り返す粘り強い根気と、何より社会に有用な財
サービスを送りだすんだという、強い信念と執念がな
ければ絶対に実現しません。そのためには膨大な時間
政府セクターの限界
政府セクターは、多くの国々で過剰債務に苦しみ、
金融資本市場に対するコントロールを失いつつあります。
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国家、政府セクターが、負債に苦しみ、これほど貧
しくなった時代は先の大戦以来でしょうか。
怖いのは、世界のどこかで、究極の財政政策である
軍事力をもって、統治しようとする政治指導者が現れ
かねないのではないか、という懸念です。個人・家計
セクターと企業セクターが、
ある力を持たないと・
・
・、
と感じています。
実現による富の再配分は困難となってしまいます。
各企業の経営者が、新自由主義や、行き過ぎた金融
資本主義に傾倒することなく、中長期的な経営を行っ
て、広く社会に利益を還元しようという哲学を備える
ことが必要条件です。更に、利益還元は、現世利益だ
けではない、未来の子孫につなげようという来世利益
を達成しようという気概も必要です。
個人・家計セクターの可能性
より豊かな社会の実現のために、家計・個人セクタ
ーと企業セクターが、行き過ぎた金融資本市場に対し
ては、正義ある力を示すこと、これに尽きると思って
います。
その際の行動、判断原理は何か?正義のバイブルは
何か?それが公益資本主義の理念・哲学だと私は思い
ます。
肥大化した金融資本市場に対峙していくための一
つの手段として、金融資本市場の唯一の指標といって
もよいROEに並ぶ別の指標を、ここではあえて公益
資本主義指標と呼びますが、これを確立し、この新た
な指標をもとに、新しい金融資本市場を作り上げる必
要があります。
無論、ROEを全否定することではありません。R
OEも一つの企業評価として、今後も重要な判断材料
となるでしょう。問題なのは企業価値の尺度がそれ一
本ではいけないということです。
個人・家計セクターが、格差社会の歪のマグマが噴
出して、格差是正、貧困の打倒に向かう恐れがありま
す。
内乱や、暴動、テロといった暴力によることを、絶
対に回避しなければなりません。
世界の個がネットワーク化し、国境を越えたボーダ
レスな世論形成・新たなコミュニティの構築を実現す
る必要があります。IT革命よってもたらされる革新
的技術をもって、
「民族・国境を越えた新たな情報共同
体」の実現を目指すのです。
仮に、このような解決策を見出さない限り、経済政
策に力を失った既成の政府セクターが、最後に頼る軍
事力を顕在化させ、一方で、途上国、先進国を問わず、
個人・家計セクターが、自らを敗者、弱者、相対的貧
困と認識し耐えられなくなったとき、その感情が臨界
点に達したときに、悲劇が始まります。それは戦争か
もしれないし、内乱、暴動、テロかもしれない、何と
してもこうした人類の悲劇を回避しないと、世界に未
来はないし、子孫に申し訳が立ちません。
「企業は何のために存在するのか」という表題
やはり「会社はだれのために存在するのか」の方が、
私にはしっくりきます。人からの聞きかじりですが、
企業は英語でエンタープライズ、会社は、カンパニー
と訳します。カンパニーとは、仲間という意味がある
ことは皆さんよくご存じだろうと思います。やはり会
社はカンパニーでなければいけません。
会社は株主だけのものじゃないんだろうと思いま
すし、
取締役≒経営者と社員は仲間、
仲間が集まって、
世の中の役に立つ仕事、事業という共通の目標に向か
って皆でまい進していく、その結果が果実となり、付
加価値、利益となって、経営者と社員とその家族、社
会や国や株主や、
更に周囲の仲間にも利益還元される。
できればその中に短期的利益追求の金融資本市場の人
たちも、仲間として入ってもらいたいですね。
その時に金融は、社会に有用な新しいアイデアや革
新的な技術開発の応援団として、
「顔の見える金融」原
さんがこれも実践しているマイクロファイナンスのメ
ガロファイナンス的に、金融仲介機能を発揮してもら
もう一つの処方箋 企業セクター
グローバリゼーションの進展により、良くも悪くも
企業の無国籍化が進み、様々な国籍、民族、言語、宗
教、性別、年齢等、企業がより多様性を伴った主体と
なることで、国民国家を変質させるパワーを持つこと
も可能ではないかと感じています。
国内の格差是正、中産階級の増大につなげられる企
業行動を、企業セクター自らが起こせる可能性がある
のではないでしょうか?企業が、ヒト・モノ・カネ・
情報の経営資源それぞれにおいて、その国籍をこだわ
らなくなりつつある時代です。そして、何より強いの
は企業セクターが、
資金余剰セクターであることです。
障害になるのが、株主の権利を強く主張する、現代
の金融資本市場の論理でしょう。企業が株主だけのも
のという理屈である限り、今言ったような企業行動の
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いたいと思います。昔のバンカーは、皆そうやってき
て、トヨタやソニーやホンダを、彼らがまだベンチャ
ーの時代から、長期的な視点で育ててきたわけです。
それが今の日本や世界経済にどれほど貢献しているか
は皆さんに申し上げるまでもないことです。第二第三
のトヨタやソニーを、現代に生きる我々の世代が、育
て生み出すことが、未来の世代に対する我々世代の責
務であるはずです。それが健全な資本主義社会ではな
いでしょうか?
格差社会からの脱却し、中産階級を増やす、これ以上
の地球環境破壊を防ぐ。この2点を、将来の世代に対
して担保していくためには、
「新しい、正しい理念」に
基づく、経済システムが絶対に必要であると確信して
います。それを公益資本主義と呼んでも、そうでなく
てもいいのです。くどいようですが、経済システムは
手段であって目的ではないのです。世界中のなるべく
たくさんの人々が、平和で、物心両面で豊かな人生が
送れるようにすること、そのための経済システムであ
れば何でもいいのです。
東日本大震災という人類史上未曽有の大災害に見
舞われた日本と日本人。尊い命が多数奪われ、国土が
破壊され、更には原子力発電所が災害に見舞われた。
まだその根本解決策は見出されていません。しかしな
がら、その中にあって、改めて日本人の持つ高い道徳
心と、自身が極限状態に置かれている中での、他人へ
の思いやり、
共に助け合うという共助の精神、
等々様々
なメンタリティの強さを、日本人自らが再確認しまし
た。日本人が覚醒した瞬間でもあります。
公益資本主義的理念を、リーダーシップを持って世
界の国々に説得できるのは、そうしたメンタリティを
強く持っている日本人が最も適任であると感じていま
す。
我々の祖先がそうしたように、今を生きる我々世代
は、未来の世代に対して、子孫に対して、皆が幸福に
暮らせる社会の実現に向けて行動を起こす必要があり
ます。
是非皆さんも、本気で考えて、一歩一歩行動してい
きましょう。
私は、このままの状態がさらにエスカレートすれば、
人類に残された時間はあまりないと思っております。
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「会社の存在価値は、まず事業を通じて社会に貢献することが第一で、その結果として株主にも利益を
もたらすというのが本来の姿です。企業価値の向上は結果であって目的にはなりえないのです。
しかし、目的を実現させるためにあるはずの手段を、簡単に目的であると、勘違いしてしまう悲しい習性
をもつのが、人間というものなのかもしれません。
手段と目的の転倒というこの現象をもたらすのは、一体何なのでしょうか? 私はその最も大きな原因
がものごとの数値化にあると考えています。
人間が幸せになると言うことが一番の目的で、お金持ちになることや GDP をあげることは幸せになるた
めの手段でしかないのです。しかし、お金や GDP は目的化され、その思考が個人にまで波及する。
仕事を通じて生きがいをつくり、その結果として個人も金銭的な富や社会的充実感を得る。その実現
のために会社があります。」
原
丈人
「二十一世紀の国富論」より
アライアンス・フォーラム財団
www.alllianceforum.org
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