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ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題日米独3カ国調査

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ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題日米独3カ国調査
NAVIGATION & SOLUTION
ロボット・AI技術の導入をめぐる
生活者の受容性と課題
日米独 3 カ国調査からの示唆
日戸浩之
谷山大介
稲垣仁美
CONTENT S
Ⅰ 生活者を取り巻くロボット・AI技術の導入の現状
Ⅱ 日本・米国・ドイツによって異なるロボットの捉え方、受け止め方
Ⅲ 介護ロボットに対するニーズと可能性
Ⅳ ロボット・AI技術の導入に影響を及ぼす日本・米国・ドイツの科学技術をめぐる価値観
Ⅴ 今後の課題
要 約
1
一般生活者が、家庭や小売店、ホテル、病院などの場で、ロボットに接する機会
が増えている。ロボットはその機能(実務・実用性かコミュニケーション重視
か)と容姿(人間的か機械的か)から複数のタイプに分類されるが、どのタイプ
を中心に開発するかは、各国のロボットに対する価値観、嗜好性を反映している
と見られる。
2
野村総合研究所(NRI)では、日米独の生活者を対象に、ロボット・AI技術の
導入に関するインターネット調査を実施した。日本の場合、
「ロボット=人型」
でコミュニケーションが取れる対象という認識が強く、ロボットに対して親近感
を抱いている。米国は、小売店や家庭でのロボットの利用経験や、今後の利用意
向は 3 カ国では最も高い。ドイツは、ロボットを産業利用などの面から捉える傾
向が強く、ロボットが生活の中に入ってくることへの抵抗感が強い。
3
日本はロボットを肯定的に捉える傾向が強いが、一方でロボットに関して知識不
足で、まだあまり深く考えられていない側面も見られる。今やロボットや、それ
を支えるAI技術などを正確に理解した上で、それをどう受容して利用していく
かを考えるときにきている。高齢化の進行が早い日本では、介護分野でのロボッ
トの利用意向が高く、世界に先駆けた今後の市場拡大が期待される。
108
知的資産創造/2016年5月号
Ⅰ 生活者を取り巻く
ロボット・AI技術の導入の現状
活用に対して一定の理解を示している。
一方で、その活用は単純作業に限られてお
り、コミュニケーションがかかわるような項
年々、ロボットやそれを支えるAI(人工
目についてはロボットを利用する意向が低く
知能)技術の活用に対する注目度は高まって
なる。具体的には、家事・雑用、庭の手入
おり、実際に国内・海外に限らず、さまざま
れ、ホームセキュリティなどの用途における
な企業の先進的な研究や取り組み、その社会
ロボット利用の関心は50%を超える。たとえ
に与える影響に関する論考がメディアを賑わ
ば、iRobot社が製造・販売する、日本でも人
せている。たとえば、NRIはM・オズボーン
気の掃除ロボット「ルンバ」は、家事・雑用
准教授(オックスフォード大学)と共同研究
に対応するロボットの代表例である。同様
を行い、その成果を2015年12月に「日本の労
に、芝刈りを行うロボットのRobomowも、
働人口の49%が人工知能やロボット等で代替
米国や英国などで発売されている。しかし娯
可能に」というタイトルのニュースリリース
楽や友人との交流、ペットや子供の世話への
として発表し、大きな反響を得ている。
活用となると、米国人のロボット利用の関心
2015年11月、NRIは日本・米国・ドイツの
生活者を対象に、ロボット・AI技術の導入
度は著しく下がる傾向にある注2。
また、いわゆるB2B2C(Business to Busi-
に関するインターネット調査を実施した 。
ness to Consumer)の領域、たとえば小売
その結果、ロボット・AI技術に関する知識、
事業者が店舗などに導入・設置したロボット
受け止め方、利用意向などについて、日米独
に、米国の生活者が触れる機会は増えてお
でそれぞれ違いがあることが明らかとなっ
り、今後もさらに増加することが予想され
た。本論文では、上記のアンケートの分析結
る。具体的には、(1)小売店内を誘導するロ
果とともに、ロボットの具体的な活用例とし
ボット(2)ホテルのルームサービスを行う
て、介護分野での可能性を紹介する。
ロボット(3)病院での遠隔医療に役立つロ
注1
本章ではまず、ロボット・AI技術の導入
における米国、ドイツの動向に関する事例を
ボットを通して、生活者がより便利なサービ
スを受けられるようになっている。
中心に紹介し、生活者をめぐるロボット・
AI技術や関連する最新のテクノロジーに対
する導入状況などを概観する。
(1) 小売店内を誘導するロボット
米国の大手ホームセンター・チェーンのロ
ウズでは、シリコンバレーのベンチャー企業
1 米国におけるロボットに対する
生活者の受容性の向上と
ロボットとの接点の増加
のFellow Robots社と提携して、店頭サービ
ス用のロボット「OSHbot」をカリフォルニ
ア州サンノゼの店舗で実験的に運用してい
CEA(Consumer Electronics Associa-
る。消費者が店内で商品を探しているとき
tion)が2013年と2014年に実施した調査によ
に、「OSHbot」に探している商品を口頭で
ると、米国人の多くはロボットの機能面での
伝えると、在庫状況の紹介や売場まで誘導し
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
109
てくれる注3。
地にいる医者の診察を受けることができる。
こうした遠隔医療ロボットは、米国調査機関
(2) ホテルのルームサービスを行うロボット
のTractica社 に よ る と、2020年 時 点 で 3 万
ホテルでも同様の実験的な取り組みが進行
1600台、 5 年累計で 9 万2000台の販売が予測
している。同じくシリコンバレーのベンチャ
されている注5。
ー企業であるSavioke社は、「Relay」という
ホテルのルームサービスを行うロボットを開
発して、カリフォルニア州内のホテルで実稼
働させている。
2 各国でバラつきのある
最新のテクノロジーに対する
生活者の関心
この「Relay」は、宿泊客がホテルのフロ
米国やドイツのような最先端の技術力を誇
ントにタオルや歯ブラシ・歯磨き粉などを部
る先進国の国民同士であっても、最新のテク
屋に届けるように依頼すると、ホテルスタッ
ノロジーに対する興味や関心の程度は異なる
フに代わって部屋に届ける。Savioke社によ
(図 1 )。自動車検査事業を世界的に展開する
ると、2015年末時点でカリフォルニア州内の
Dekra社の調査によると、2025年までに自動
6 ホテルで運用されており、 1 万1000回以上
運転の技術革新が起こると予測する人の割合
の依頼をこなしている注4。
は、米国人の33%やフランス人の21%に対し
て、ドイツ人ではわずか 8 %でしかない注6。
(3) 病院での遠隔医療に役立つロボット
iRobot社はIn Touch Health社と提携して、
また、ドイツの大手調査会社であるGfK社に
よれば、スマートウオッチでの支払いに対し
2012年より遠隔医療用のロボット「RP─Vita」
ても、米国人の40%が関心を示しているのに
を運用している。カメラ、マイク、ディスプ
対して、ドイツ人は20%しか関心を持ってい
レイなどを備えた「RP─Vita」が入院患者の
ない注7。
ベッドまで移動することにより、患者は遠隔
図1 各国における最新のテクノロジーに対する興味・関心の違い
2025 年までに自動運転の技術革新が起きると
予想する人の割合
33%
スマートウオッチでの支払に対する
関心の程度
54%
40%
21%
27%
20%
8%
米国
フランス
ドイツ
出所)自動運転に関する調査はDekra社調べ(2015年発表)
各国の一般消費者に調査
110
知的資産創造/2016年5月号
中国
米国
英国
ドイツ
出所)スマートウオッチに関する調査はGfK社調べ(2014年発表)
各国のスマートフォンオーナー 1000人にインタビュー調査
3 ロボットの分類と
欧米・日本企業の
ポジショニングの違い
で、アルデ バラン 社 の「Nao」は 三 菱 東 京
UFJ銀行の店舗で、また富士ソフト社の「パ
ルロ」は介護施設などでの導入が進んでいる。
日・米ともに現時点で市販されているロボ
ソーシャルロボットを含めて、これまで紹
ットは、冒頭でも紹介した通り、ルンバのよ
介したロボットは機能軸×容姿軸で分類する
うな掃除ロボットなど特定機能に特化してい
ことができる(図 2 )。このフレームをもとに
るタイプが主流である。
すると、現在、市販ないしは開発されている
一方、人とのコミュニケーションが可能な
ロボットは主に 3 つのグループに分けられる。
ロボットは「ソーシャルロボット」と呼ばれ、
1 つ目は、容姿が機械的で実務・実用性重
ディープラーニング(機械が情報から注目す
視のルンバや、アマゾン・ドット・コムのス
るべき特徴を自動構築することを可能にする
ピーカー型のロボット「Amazon Echo」が該
技術)に代表されるAIの技術革新の進展とと
当する。
もに能力が向上し、メディアに紹介されるケ
2 つ 目 は、「Jibo」 や「Buddy」 な ど、 容
ースも増え、生活者の認知度が急速に高まっ
姿はヒト型とは言い切れないものの、人間と
ている。たとえば、日本では、ソフトバンク
のコミュニケーションを行うソーシャルロボ
ロボティクス社の「ペッパー」がネスレ、み
ットである。このタイプのロボットも、欧米
ずほ銀行、ソフトバンクショップやベネッセ
の企業が中心となって先行開発されている。
図2 ロボットの分類 機能軸(横軸)と容姿軸(縦軸)での整理
機械的
ルンバ
(iRobot)
Amazon
Echo
Jibo
(JIBO, Inc.)
Buddy
(Blue Frog
Robotics)
実務・実用性
重視
ペッパー
(ソフトバンクロボティクス)
Nao
(アルデバラン)
パルロ
(富士ソフト)
コミュニケーション
重視
RoBoHoN
(シャープ)
オトナロイド
コドモロイド
人間的
画像出所)Naoの画像:http://www.nri.com/jp/news/2016/160208_1.aspx
Amazon Echoの画像:http://www.theverge.com/2015/1/19/7548059/amazon-echo-review-speaker
Jiboの画像:http://postscapes.com/smart-home-voice-recognition-robot-jibo
Buddyの画像:http://sdtimes.com/french-robot-company-raising-money-for-open-source-companion-robot-buddy/
RoBoHoNの画像:https://robohon.com/special/ その他はNRI撮影
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
111
そして 3 つ目は、ペッパーなどに代表され
み立てロボット」の 4 つを見せ、自身が考え
る、人間に近い容姿を持ち、人間とのコミュ
るロボットのイメージと合致するかという質
ニケーションを行うロボットである。このセ
問に対する回答結果である。これを見ると、
グメントでは日系企業の商品が多い。
「Nao」
「人型ロボット」や「工場の組み立てロボッ
を開発・販売しているアルデバラン社はフラ
ト」は概してロボットとして認識されている
ンスの会社であるが、ソフトバンクグループ
一方、「お掃除ロボット」や「小売店にある
傘下の会社であることを考慮すると、基本的
誘導ロボット」といった人型ではないもの
には日系企業の製品が中心に展開されている
は、ロボットのイメージとはやや異なる認識
グループといえる。
を持たれていることが分かった。特に日本に
国によるこうした開発動向の違いは、それ
おいてはその傾向が顕著に表れている。幼い
ぞれの国民の価値観、嗜好性が大きく影響を
頃に『鉄腕アトム』や『ドラえもん』といっ
与えていると考えられる。近い将来、ロボッ
たロボットアニメを観て育った日本人にとっ
トが市販され国際展開されるときには、こう
て、人に近い形をして人間と生活をともにす
いった各国の価値観、嗜好性の違いをどのよ
るパートナーのような存在をイメージしてし
うに克服するかが課題となる。
まうのかもしれない。
Ⅱ 日本・米国・ドイツによって
異なるロボットの捉え方、
受け止め方
一方、日本と同じ産業立国であるドイツに
おいては、他国と比べて、コミュニケーショ
ン機能を持たず、人間の命令を忠実に実行す
る産業用ロボットをロボットと強く認識する
傾向が見られた。
本章から、NRIが実施した「ロボット・AI
なお、本調査の以降の設問では、ロボット
に関する日・米・独インターネット調査」
を「次々と継続的に指示や設定をしなくて
(2015年)の結果に基づき、日本、米国、ド
も、人間を手伝うことができる機械を指し、
イツの生活者がロボットをどのように捉え、
冷蔵庫、コーヒーメーカー、電子レンジな
認識しているかを明らかにする。
ど、利用時に人間が利用条件を設定するもの
は『ロボット』に含めない。たとえば、『工
1 生活者のロボットのイメージ、
利用経験・受容性
(1) 生活者のロボットに対するイメージ
一口にロボットと言っても、さまざまなも
のがある。まずは、一般の生活者がどのよう
場などで人の作業を助ける産業用ロボット』
『掃除ロボット』『芝刈りロボット』『災害時
に人間の立ち入りが難しい場所で探索するロ
ボット』などは『ロボット』に含まれる」と
定義をした上で回答を得ている。
なものを「ロボット」と捉えているのか見て
いくことにする。
112
(2) ロボットの利用経験
図 3 は、「人型ロボット」「お掃除ロボッ
次に、生活者がどの程度ロボットと接触し
ト」「小売店にある誘導ロボット」「工場の組
たことがあるか、利用経験を尋ねた。まだ市
知的資産創造/2016年5月号
図3 ロボットのイメージ あなたのロボットのイメージに一致しているか
日本
米国
ドイツ
2
人型ロボット
40
45
4
58
10
30
3
8
3
4
お掃除ロボット
10
41
34
11
23
38
24
11
41
33
23
48
10
18
10
2
22
49
22
2
28
40
21
5
24
9
4
工場の組み立てロボット
39
5
14
5
小売店にある誘導ロボット
47
1
1
46
23
2
2
1
6
42
34
15
2
8
52
38
7
1
0%
20
40
60
80
100
とても一致している
0%
20
40
60
80
100
0%
20
40
60
80
100
どちらかといえば一致している どちらかといえば一致していない
とても一致していない わからない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)それぞれロボットを表す画像を提示した上で、「とても一致している」から「とても一致していない」までの4段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
図4 各国のロボットの利用経験
「ロボット」の利用経験
「ソーシャルロボット」の利用経験
5
14
家庭で利用したことがある
21
13
3
13
9
仕事や学校で利用したことがある
5
6
11
4
10
7
10
利用したことがある
上記以外の場面で利用したことがある
2
3
小売店、レストラン、ホテルで
5
7
1
0
1
0
1
0
73
利用したことはない
85
74
62
86
72
わからない
0%
3
4
3
5
3
5
20
40
60
80
0%
20
40
60
80
100
ドイツ 米国 日本
注)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
113
場が黎明期にあることから、ロボットの利用
感のある層は少ないことが分かった。次に、
経験がある人は、いずれの国においても 2 〜
ロボットの購入意向について尋ねたところ、
3 割程度しかいなかった(図 4 )
。利用した場
米国では「 1 年以内に購入したい」という回
所は、家庭、職場・学校、小売店・レストラ
答が28%、「 1 〜 5 年以内に購入したい」と
ン・ホテルの順に高かった。家庭内で利用経
いう回答と合わせて、購入に前向きな層が51
験のあるロボットについては、ソーシャルロ
%も存在し、購入したくない層は 2 割にとど
ボットよりも機能性に特化した掃除ロボット
まっている。一方、日本では「 1 年以内に購
などが主に利用されていることが想定される。
入したい」という回答は 6 %のみであり、
「興味がない・購入したくない」「分からな
(3)ロボットの受容性、購入意向
い」と回答した人が合わせて61%もいる。ド
イツは、米国と日本の中間で、34%が 5 年以
こうした現状の中、数年以内に、各社から
内の購入を希望している。
さまざまなロボット製品の発売が予定されて
いる。生活者はロボットが自分の生活に入っ
いずれの国においても、生活者の意識の中
てくることに対して、どのように感じている
でロボットを受け入れる意識は形成されてい
のだろうか。それを明らかにするため、ロボ
る。しかし、それが近い将来に実現すると最
ットの生活への受容性や購入意向を探った
も強く感じているのは米国であると考えられ
る。実際、先進的にロボットやAIを開発し
(図 5 )。
生活にロボットがかかわることについて尋
ている企業が米国のシリコンバレーに集中し
ねたところ、いずれの国においても 6 〜 7 割
ており、米国が他国に先んじてロボットの先
が「受け入れられる」と回答しており、抵抗
進市場となることが想定される。
図5 「ロボット」の受容性、購入意向
ロボットの生活への受容性
あなたの生活にロボットがかかわることについて
日本
24
米国
46
34
ドイツ
20
0%
12
40
12
43
20
40
とても受け入れられる
4
19
60
日本
14
5
7
80
ロボット購入意向
あなたは今後、家庭用にロボットを購入したいか
9
米国
11
ドイツ
100
やや受け入れられる
6
0%
13
16
28
14
29
23
20
20
3
11
16
40
18
25
60
1
2
19
24
80
100
1年以内に購入したい
1年から5年以内に購入したい
あまり受け入れられない まったく受け入れられない
5年以上先に購入したい
興味がない・購入したくない
わからない
既に持っている
わからない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)ロボットの生活への受容性は、「とても受け入れられる」から「まったく受け入れられない」までの4段階尺度で回答を得た
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
114
32
知的資産創造/2016年5月号
一方、日本では、ロボットの生活への受容
図6 不気味の谷理論に基づく、人間との類似性×親しみやすさの関係性
性は高いが購入意向は低く、ロボット社会が
実現するのはまだ先と考えている生活者が多
いことがうかがわれる。
不気味の谷
(1)「不気味の谷」理論
親しみやすさ
2 「不気味の谷」理論から見た
ロボットの容姿に対する
生活者の意識
今後、ロボットが人間と共存することが当
たり前の世界がやってくるだろう。その社会
を実現するためには、人間がロボットに対し
0%
人間との類似性
100
て共感や親近感を持つことが不可欠であると
考えられるが、そこに立ちはだかるのが「不
気味の谷」と呼ばれる壁である。機械が人間
スコア付けしてもらい、親しみやすさの印象
に似てくる最後に近い段階で、人間に与える
について顔を評価してもらった。その結果、
印象が最も不気味になるというパラドックス
ロボットの外観が機械的なものから人間的な
であり、この見方はロボット工学者の森政弘
ものになるにつれて親しみやすさは向上する
氏により1970年に「不気味の谷現象」と呼ば
が、その後一度「不気味の谷」に落ち、V字
れた(図 6 )。
型を描くように再度親しみやすさが上昇する
この現象は、かつては単なる仮説でしかな
ことが分かった。この結果は、
「不気味の谷現
かったが、近年では研究者により存在が検証
象」が実際に存在し、人間がロボットに対す
されつつある。2011年に、カリフォルニア大
る感じ方に影響を与えることを示唆している。
学サンディエゴ校の認知科学専攻のアイシ
ャ・ピナー・サイギン准教授率いる研究チー
(2) ロボットの容姿についての評価
ムが脳科学的アプローチにより、その信憑性
この「不気味の谷」の考え方に基づき、ど
を確かめることに成功している 。 サイギ
のような容姿のロボットが生活者に受け入れ
ン氏は、「不気味の谷現象」を引き起こす脳
られやすいかを理解するため、NRIは日米独
の反応について調査を行い、ロボットの外見
の生活者を対象に、ロボットの容姿に対する
から予測される挙動と実際の挙動に乖離があ
好感度評価を行った。
注8
る場合に、脳がその不一致をうまく処理でき
ないため起きる現象であると結論付けた。
人はどのような見た目のロボットに好感を
持つのだろうか。また、ソーシャルロボット
また、2015年にマヤ・マートゥル氏らが行
は、人型である必要があるのだろうか。この
った実験 では、80体のロボットの顔写真を
問いに答えるため、①形状・肌感ともに本物
撮影し、それぞれの外観が機械的か人間的か
の人間に近い容姿のロボット(「オトナロイ
注9
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
115
図7 ロボットの容姿に対する好感度
日本
人間に似た形状で、
機械らしい材質のロボット
犬や猫などの動物のような
容姿のロボット
23
56
15
形状、肌感ともに本物の
9
人間に近い容姿のロボット
人間とは異なる形状、
5
材質のロボット
30
0%
20
30
38
40
25
12 3 7
56
27
米国
60
ドイツ
47
16
7 5
13
14
15
6 8
23
42
17
12 6
25
9
24
41
17
11 8
13
14
22
80
100
0%
22
20
16
40
35
60
80
5
100
46
31
17
8
0%
25
28
23
20
30
20
15
32
30
40
8 8
60
13
8
23
10
80
100
非常に好ましい どちらかといえば好ましい どちらかといえば好ましくない 非常に好ましくない わからない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)ロボットの容姿に対する好感度は、「非常に好ましい」から「非常に好ましくない」までの4段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
ド」「コドモロイド」など注10)、②形状は人
間に似ているが、機械らしい材質のロボット
各社が開発するロボットの多くは、顔や表
(「ペッパー」など)、③人間とは異なる形状・
情の変化が付加されているが、ソーシャルロ
材質のロボット(「Jibo」など)、④動物のよ
ボットに顔や表情の変化が本当に必要かを生
うな容姿のロボット(産業技術総合研究所が
活者に尋ねた。その結果、必要であると回答
開発したアザラシ型ロボットの「パロ」な
したのはいずれの国においても 5 割程度であ
ど)、の 4 タイプについて好感度を尋ねた。
ったが、米国では「まったく必要ではない」
その結果、いずれの国においても、「機械
116
(3) ロボットの顔、表情についての評価
という人も26%を占めた。
らしさ」の残る人型ロボットは好ましいと感
また、表情の変化について、日本人の55%
じるが、本物の人間のようなリアルさを持つ
が顔の表情は変化したほうが良いと回答して
ロボットへの抵抗感は強いことが分かった。
いる一方、米国においては36%しかおらず、
また、米国においては「③人間とは異なる形
逆に表情が固定されていた方が良いと感じて
状・材質のロボット」への好感度が突出して
いる人が44%も存在することから、米国では
おり、容姿が人型であるかどうかにはこだわ
明確な顔や表情は求められていないことが分
らない傾向が見られた。動物型のロボットに
かる(図 8 )。
ついては、日米では好感度が高かったがドイ
このような違いの理由として、日本人はゲ
ツでは低く、ドイツではロボットはより機械
ームやアニメなどが普及しているという文化
らしくあるべきと考える人が多いことがうか
的背景から、ロボットに対する親近感がある
がわれる(図 7 )。
という点が挙げられる。逆に欧米では、
『2001
知的資産創造/2016年5月号
図8 「ソーシャルロボット」の容姿について
ソーシャルロボットの「顔」の必要性
日本
米国
ドイツ
18
36
19
30
28
15
17
36
0%
20
40
8
26
23
60
ソーシャルロボットの「顔」の表情について
18
80
9
日本
9
米国
8
ドイツ
100
6
0%
18
36
19
25
14
23
23
20
20
13
29
40
20
19
12
60
22
80
100
絶対に必要である やや必要である
顔の表情は固定していたほうが良い
どちらともいえない まったく必要ではない
どちらかといえば顔の表情は固定していたほうが良い
わからない
どちらかといえば顔の表情は変化したほうが良い
顔の表情は変化したほうが良い
わからない
注)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
年宇宙の旅』『ターミネーター』『ブレードラ
ンナー』といったロボットやAIを題材とし
Ⅲ 介護ロボットに対する
ニーズと可能性
た映画から、コンピューターや機械が人間を
支配するというネガティブなイメージが醸成
されている可能性も考えられる。
1 サービス分野で急拡大が予想される
ロボット市場
たとえば、ハリウッド映画において、良い
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術
ロボットは『ベイマックス』や『WALL─E』
総合開発機構(NEDO)の予測によると、
に見られるように機械的・非人間的に描か
2035年にロボット産業の市場規模は10兆円に
れ、悪役のロボットは『ターミネーター』の
達する見込みである。そのうち約半分の 5 兆
ように人に近い容姿が採用されやすい。今回
円は、サービス分野のロボットだと予想され
の調査でも、生活者の意識にロボット・AI
ている注11。2015年時点で3700億円程度と予
に関する映画が影響しているとの仮説から、
想されるため、20年間で新たに4.5兆円以上
映画のイメージについても尋ねているが、人
の市場が生まれることになる。
に容姿が人に近いロボットが登場する映画は
この市場拡大が見込まれるサービス分野の
いずれも「親しみ」のイメージは低く、「恐
ロボット市場に対して、政府も産業育成を図
ろしさ」や「不気味さ」の項目が米国を中心
る計画を立てている。経済産業省が発表した
に高かった。
「日本再興戦略改訂2014」では、産業用ロボ
ットだけではなく、医療や介護、農業や交通
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
117
といった、より生活に密着したシーンでのロ
ルアシストなど、ロボットの活躍の場として
ボット産業の振興を計画している。これまで
想定され得る場面ごとに、その利用意向を尋
ロボットに縁のなかった業界においても、ロ
ねた。
ボット活用による新たな生活スタイル提案の
まず、日独で最も利用意向が高かったの
試みがなされるタイミングに入りつつあると
は、スケジュール管理や事務作業などのオフ
予想される。
ィスアシストであった。また、パーソナルア
シストとして、スケジュール管理や目覚まし
2 ロボットの用途をめぐる
生活者の意識
機能、日々の写真やビデオ撮影、友人や遠隔
地に住む家族との通話で役立てることについ
サービス分野において、具体的にどのよう
ては、ドイツにおいてやや低いものの、日米
な用途、場面でロボットが用いられるように
では高かった(図 9 )。
なるのだろうか。生活者の視点からその潜在
一方、日米独いずれの国においても利用意
需要を探るため、医療、介護、教育、ホテ
向が相対的に低かったのが、教育、医療の領
ル、売場誘導、オフィスアシスト、パーソナ
域である。特に欧米では「とても利用したく
図9 各国の場面別に見たロボット利用意向
日本
オフィスアシスト
20
米国
50
16
ドイツ
6 9
ホテル:
ルームサービス
24
40
15
17
4
オフィスアシスト
売場誘導
ホテル:
フロント業務
15
47
21
9 8
オフィスアシスト
22
41
16
16 5
パーソナル
アシスト
15
45
20
10 9
パーソナル
アシスト
25
38
16
17 4
売場誘導
14
46
22
9
9
売場誘導
21
40
17
19
4
介護
16
43
21
8 12
ホテル:
フロント業務
24
36
17
18
4
ホテル:
12
ルームサービス
医療 7
43
28
教育 6
26
0%
20
40
24
12
9
介護
17
29
19
23
44
17
36
ホテル:
17
ルームサービス
33
ホテル:
16
フロント業務
パーソナル
アシスト
27
9
介護 13
34
18
13
医療 12
28
21
32
7
教育 8
28
37
19
11
教育 12
28
23
31
7
医療 8
28
80
100
0%
20
60
80
100
0%
20
40
60
22
32
15
17
11 6
20
5
23
21
6
25
22
6
31
24
25
6
32
23
24
8
28
7
30
24
40
32
60
80
8
100
とても利用したい どちらかといえば利用したい どちらかといえば利用したくない とても利用したくない わからない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)ロボット利用意向は、「とても利用したい」から「とても利用したくない」までの4段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
118
知的資産創造/2016年5月号
ない」と回答した強い抵抗感を持つ層が 3 割
果」について知っているか否かを尋ねたとこ
程度も存在する。このことから、生活者は、
ろ、日米で大きな差があった(図10)。さら
自分の身に影響を及ぼさない程度にロボット
に、この事実を伝えた上で感想を聞いたとこ
に何かをしてもらうことに対しては比較的好
ろ、日米では好ましいと感じる層がともに60
意的であるが、子どもの教育や自身の身体に
%を超えており、認知度さえ上がれば米国人
直接影響のあることをロボットに任せるには、
の受容性が高まる可能性を示している。逆に
心理的なバリアがある様子がうかがえる。
ドイツ人は好ましいと感じる層は47%にとど
まり、日米に比べて低い結果となっている。
3 日本における介護ロボット市場の
可能性と将来の発展性
国内での受容性が高いため、まず日本国内で
自身に影響を及ぼすという点では医療と同
実績を積み重ねた上で、米国の介護施設や高
様なのであるが、介護施設でロボットと会話
齢者の在宅介護市場での展開を図る可能性が
をしたり、介助を受けたりすることに対し
ある分野として注目される。
て、日米独での利用意向は医療より10ポイン
ト程度高い。そして、日本では富士ソフト社
の人型ロボット「パルロ」や産業技術総合研
究所の「パロ」など、介護施設での活用事例
このように介護分野は、高齢化が進む日本
Ⅳ ロボット、AI技術の導入に
影響を及ぼす日本・米国・ドイツ
の科学技術をめぐる価値観
も多数存在している。
ロボットを介護施設などに導入したところ、
1 生活者が考える、
科学技術がもたらす社会への影響
入居者に癒しの効果があったという研究結
前章まで見てきた日米独の生活者のロボッ
日米独で「アザラシなどの動物の形をした
図10 介護施設でのロボットの利用
アザラシなどの動物の形をしたロボットを介護施設などに導入したところ、
入居者に癒しの効果があったという研究結果が発表されている
認知度
日本
13
米国
16
ドイツ
43
60
80
100
詳しく知っていた 何となく知っていた 知らなかった
35
32
ドイツ
51
40
27
米国
57
38
20
日本
44
28
11
0%
好感度
28
20
0%
好ましい
5 5
33
40
4
3 3
29
27
20
5
31
9
60
3
11
80
2
100
1
好ましくない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)好感度については、「好ましい」から「好ましくない」までの5段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
119
トに対する受容性、考え方には、科学技術を
感度はやや低く、「大学の入試問題を解くコ
めぐる各国の生活者の価値観が影響を与えて
ンピュータ」については、それほど知られて
いる。その価値観について、調査結果を基に
いないが、米国・ドイツにおいては約 3 割が
特徴を比較する。
好ましくないと感じている(図12)。
総じて、さまざまな科学技術に対する好感
(1) 科学技術に対する関心
度が最も高いのは日本であり、次いで米国、
ドイツとなっている。調査した 3 カ国の中で
生活者は科学技術について、どれほど関心
は、ドイツが新しい技術の成果に対して保守
や好感を持っているのだろうか。
的な考えを持っていることが明らかになっ
最近よくニュースなどでも話題に上る自動
た。
車の自動運転については、日米では利用意向
がともに 6 割に上る。また、AI電話応答シ
(2) 科学技術がもたらす社会への影響
ステムへの受容性は、日本が最も高い。一方
科学技術がもたらす社会への影響につい
でドイツでは、自動運転自動車の利用意向、
AI電話応答システムへの受容性ともに低い。
て、生活者がどのように考えているのかを明
このように、生活の利便性が向上する技術動
らかにするため、科学技術に対する考え方を
向については、日米は利用意向や受容性が高
いくつか提示して回答を得た。その結果を見
いのに対して、ドイツでは全般に好ましくな
ると、「科学的な発展や新技術の開発は、社
いと思っている人の割合が高かった(図11)。
会や人間の生活を豊かにする」という考え方
「コンピュータがチェスのゲームで、世界チ
については、いずれの国も 8 割程度が賛同し
ャンピオンに勝利した」ことに対しては、米
ている。
では、技術の進歩が生活者にどう影響する
国での認知度、好感度は高いが、ドイツの好
図11 新しい技術の導入に対する利用意向
自動運転自動車の利用意向
日本
18
米国
41
27
ドイツ
34
19
0%
17
30
20
AI 電話応答システムへの受容性
11
16
60
5
米国
6
ドイツ
18
25
40
日本
13
20
80
100
0%
14
45
18
24
34
12
22
31
20
6
30
40
60
11
21
19
80
5
9
100
とても利用したい どちらかといえば利用したい
とても受け入れられる やや受け入れられる
とても利用したくない どちらかといえば利用したくない
あまり受け入れられない まったく受け入れられない
わからない
わからない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)自動運転自動車の利用意向は、「とても利用したい」から「とても利用したくない」までの4段階尺度、AI電話応答システムへの受容性は、「とても受け入
れられる」から「まったく受け入れられない」までの4段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
120
知的資産創造/2016年5月号
図12 最新科学技術情報の認知・好感度
(1)コンピュータがチェスのゲームで、チェスの世界チャンピオンに勝利した
認知度
日本
23
米国
47
31
ドイツ
38
20
0%
好感度
49
20
40
60
30
日本
31
米国
31
ドイツ
80
100
12
25
51
18
25
10
41
21
0%
7
8
46
20
9
10
40
60
4
14
80
100
(2)米国では、人間が操作しなくても自動で車が目的地まで走る自動運転の実験が公道で行われている
認知度
日本
16
47
米国
43
22
0%
40
80
100
32
26
ドイツ
20
60
18
米国
17
58
20
日本
38
40
ドイツ
好感度
26
17
0%
39
28
25
20
6
10
32
40
10
12
60
5
15
80
100
(3)人間用に書かれた大学の入試問題を認識して回答できるコンピュータが開発されており、
科目によっては受験生の平均点を上回る成績を収めた
認知度
日本
11
米国
ドイツ
30
17
6
0%
好感度
27
60
80
100
詳しく知っていた 何となく知っていた 知らなかった
24
15
ドイツ
68
40
9
米国
55
26
20
日本
59
9
51
23
35
19
0%
13
41
20
5
10
40
4
好ましい
15
15
60
3
17
80
2
6
100
1
好ましくない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)好感度については、「好ましい」から「好ましくない」までの5段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
121
図13 技術進歩とライフスタイルの変化、信仰心との関係
技術の進歩によって、われわれのライフスタイルは
急激に変化し過ぎている
日本
17
米国
52
28
ドイツ
25
41
0%
47
20
40
日本
5
23
43
私たちは科学をよりどころにし過ぎていて、
信仰心を蔑ろにしている
80
32
米国
8
ドイツ
8 3
60
7
100
22
45
33
11
24
26
0%
16
21
38
20
40
25
60
80
100
そう思う どちらかといえばそう思う どちらかといえばそうは思わない そうは思わない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)それぞれ、「そう思う」から「そうは思わない」までの4段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
と考えているのだろうか。「技術の進歩によ
自分が行っている仕事について、今後ロボッ
って、われわれのライフスタイルは急激に変
トが代替し得るかどうかを尋ねた。結果、日
化し過ぎている」という考え方に対しては、
本においてはロボットに代替可能な仕事が多
賛同者の割合はドイツが 9 割、日米は約 7 割
いと認識されており、一部代替まで含めると
となっている。ドイツにおいては、技術の進
約 7 割が代替可能と回答している一方、米
歩によるライフスタイルの急速な変化に対し
国・ドイツにおいてはその割合は低かった
て、より敏感であることが分かる(図13)。
(図14)。
それでは、機械による仕事の代替性を実際
最後に、科学と宗教の関係性はどうか。
に感じている人はどれほどいるのだろうか。
「私たちは科学をよりどころにし過ぎてい
図14 「ロボット」の自分の仕事への代替性
日本
3
米国
ドイツ
30
9
4
14
10
13
23
11
0%
41
38
28
20
30
12
15
47
40
完全にロボットが代わることができると思う
50
60
10
70
80
90
かなりの部分をロボットが代わることができると思う
一部分だけロボットが代わることができると思う ロボットが代わることは全くできないと思う
分からない
注)インターネットを通じて日本(1390人)
、米国(1369人)
、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
122
知的資産創造/2016年5月号
100
て、信仰心を蔑ろにしている」という考え方
やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏、
に対しては、日独は賛同者が 4 割程度である
アップル創業者の一人であるスティーブ・ウ
のに対し、米国では55%と高く、米国におい
ォズニアック氏といった多くの研究者や先進
ては、科学偏重の考え方に疑問を持つ層が一
企業のリーダーたちが、AIが人類の知力を
定数存在することが分かる。これについて
超えることに懸念を表明し、実際に、自律型
は、「信仰している宗教はない」と回答した
ロボット・AI兵器開発の禁止を訴える書簡
人が日本では67%、米国では22%、ドイツで
を国連に提出している。
は40%と、米国が最も信仰心が高いことが背
このシンギュラリティの問題について、
「米国の研究者の問題提起をきっかけに、コ
景にある。
ンピューター技術が今のスピードで発達し続
2 科学技術の社会への影響
─人工知能は人類の脅威となるか
けると、2045年には地球全人類の知能を超え
「AIの開発により、われわれは悪魔を召喚
いう時点(シンギュラリティと呼ばれる)に
しようとしている─」これは、テスラモータ
到達すると不安視されている」という見方に
ーズの創業者イーロン・マスク氏の言葉だ。
ついて尋ねたところ、それについて知ってい
現在、ディープラーニングの研究が進んだこ
る人は米国、ドイツでそれぞれ56%、55%で
とを皮切りに第三次AIブームが到来してい
あったのに対して、日本は45%とやや低かっ
るといわれる。しかし、2005年にレイ・カー
た。次にその評価を尋ねたところ、米国は30
ツワイル氏が「2045年にシンギュラリティ
%が好ましいと答える一方で、好ましくない
(技術的特異点)に突入する」と予測したこ
と答える人も40%と意見が二極化している。
とに始まり、スティーブン・ホーキング博士
一方、ドイツは52%の人は好ましくないと回
る究極のコンピューター、AIが誕生すると
図15 シンギュラリティに対する見方
米国の研究者の問題提起をきっかけに、コンピューター技術が今のスピードで発達し続けると、
2045 年には地球全人類の知能を超える究極のコンピューター、AI が誕生するという時点
(シンギュラリティと呼ばれる)に到達すると不安視されている
認知度
日本
9
米国
36
37
9
0%
46
20
日本
55
19
ドイツ
好感度
40
60
44
米国
45
ドイツ
80
100
詳しく知っていた 何となく知っていた 知らなかった
6
17
12
5
51
18
11
0%
31
18
32
20
5
15
19
40
4
好ましい
22
33
60
3
11
80
2
100
1
好ましくない
注1)インターネットを通じて日本(1390人)、米国(1369人)、ドイツ(1382人)の満16 ∼ 69歳の人に調査を実施
2)好感度については、「好ましい」から「好ましくない」までの5段階尺度で回答してもらっている
出所)野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・独インターネット調査」
(2015年11月)
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
123
答しているのに対して、日本は中間の選択肢
労働者が転換できるように、創造性やコミュ
を選んだ人が51%と半数を占めており、明確
ニケーション能力といった社会的スキルを高
な意見が形成されていない傾向が見られる
める教育に力を入れていく必要がある。そう
(図15)。
Ⅴ 今後の課題
いったスキルが必要な職業としては、ソフト
ウエア開発者、判事、看護師、高校教師、歯
科医、大学講師などが該当する。
またロボット、AI技術の導入に伴い、そ
2015年に、安倍内閣はスマートマシン活用
れらを使いこなす技術の習熟も重視するべき
を推進する計画(ロボット新戦略)を打ち出
である。本調査結果でも、日本はロボット、
した。ロボット技術は、労働力不足などの社
AI技術などの新しいテクノロジーに関する
会的課題を解決するとともに、製造、医療、
知識、情報はまだ十分でない傾向が見られて
介護から農業、建設、インフラ保守まで多様
いた。適切な知識、情報を提供し、何が必要
な部門で生産性を向上させる可能性を秘めて
で何がそうでないかを見極めることが重要と
いる。自動運転車が公道を自由に走るのはま
なる。
だ先としても、自動運転技術の一部は既に実
もはやロボットやそれを支えるAI技術は
用化されており、近い将来、われわれは運転
夢物語ではなく、われわれの生活ひいては社
という行為から解放されると考えられる。
会全体を変える可能性を現実的に持つテクノ
一方で、そのテクノロジーは人間の雇用を
ロジーである。今回、紹介した調査結果を見
減らすというようなマイナスの影響を及ぼす
ると、日米独の生活者はロボットやAI技術
側面もある。NRIとオズボーン准教授との共
をポジティブに捉え、自身の生活に受け入れ
同研究の成果によると、近年の機械学習やロ
ようとする側面が見られる一方で、ロボット
ボット技術の進歩により、10〜20年以内に現
の用途や容姿の捉え方などでネガティブに反
在の仕事の約49%が自動化可能と出ている。
応する面も見られた。各国の生活者の価値観
日本で最も自動化の可能性が高い職業は鉄道
を考慮した上で、われわれは人間とロボット
の運転士、会計・経理専門職、税理士、郵便
やそれに関連するAIなどの技術と、どう向
窓口、タクシー運転手、受付などとされてい
き合うかを考えるときにきている。
る
。
注12
欧米では1980年代のコンピューター革命以
降、賃金格差が拡大した。今後、ロボットや
本論文のベースとなっている野村総合研究
AI技術の導入に伴い、労働者が持つ技能の
所「ロボット・AIに関する日・米・独イン
一部は自動化されて廃れ、その結果、中間所
ターネット調査」は、谷川史郎NRI理事長の
得層の労働者の減少、特に未熟練労働者の就
発案によって企画されており、調査の設計、
労率低下が懸念されている。日本でも欧米ほ
分析結果についてもさまざまな助言を受け
どではないが賃金格差の拡大という課題があ
た。
る。今後、自動化される可能性の低い職業に
124
〔謝辞〕
知的資産創造/2016年5月号
また同調査の設計を行うに当たり、米国、
欧州の文献調査に関しては、青木和美(NRI
アメリカ Service & Healthcare Division, Senior Research Analyst)の支援を受けている。
er.com, 2014/10/14)
8 A. P. Saygin, T. Chaminade, H. Ishiguro, J.
Driver, C. Frith. The thing that should not be:
predictive coding and the uncanny valley in
perceiving human and humanoid robot actions.
注
Social Cognitive and Affective Neuroscience,
1 野村総合研究所「ロボット・AIに関する日・米・
2011; DOI: 10.1093/scan/nsr025
独インターネット調査」の実施概要
9 Maya B. Mathur, David B. Reichling. Navigat-
実施方法:インターネット調査
ing a social world with robot partners: A quan-
実施期間:2015年11月
titative cartography of the Uncanny Valley.
調査対象者:
2015.
・各国、以下のような方針で調査対象者を抽出
(1)日本…満16〜69歳の1390人より回収
・国勢調査を基に、日本の性・年代別の人口構
成比と一致するように、都道府県別にサンプ
ルを割り当てる
10 本文中の括弧内の例示は、調査時には回答者に
提示していない
11 NEDO「2035年に向けたロボット産業の将来市
場予測」
12 M・オズボーン、C・フレイ「人工知能は職を
(2)米国…満16〜69歳の1369人より回収
奪うか(上)、日本、生産性向上の好機に」(日
・U.S. Census で定められた4 Regions(東部、
本経済新聞2016年 1 月12日)
南部、中西部、西部)のそれぞれの、性・年
代・人種別の人口構成比に応じてサンプルを
割り当てる
著 者
日戸浩之(にっとひろゆき)
(3)ドイツ…満16〜69歳の1382人より回収
消費サービス・ヘルスケアコンサルティング部上席
・全国の性・年齢による人口比に応じてサンプ
コンサルタント
ルを割り当てる
2 “The Rise of the Machines”(Consumer Tech-
専門はマーケティング戦略、サービス業の事業戦略
の立案、生活者の意識・行動分析など
nology Association, 2014/10/22)
3 “Meet Dash and OSHbot”(Mark Harris, thegurdian, 2015/10/ 2 )
4 “Intel Joins Robotics Investing Boom, Backing
谷山大介(たにやまだいすけ)
消費サービス・ヘルスケアコンサルティング部主任
コンサルタント
Startup Savioke”(Alistair Barr, WSJ.com,
専門はB2C領域における経営戦略の立案、組織再編、
2016/ 1 /13)
新たなビジネスモデルなどの検討実行など
5 “Telepresence Robots Poised To Multiply”
(Patrick Seitz, Investor’
s Business Daily,
2015/10/13)
稲垣仁美(いながきひとみ)
消費サービス・ヘルスケアコンサルティング部コン
6 Dekra社 プレスリリース(2015/ 9 /16)
サルタント
7 “Europeans wary of smartwatch e-wallets,
専門はマーケティング戦略、事業戦略の立案、海外
Americans & Chinese more open ahead of
における事業開発など
Apple Watch launch”(Sam Oliver, AppleInsid-
ロボット・AI技術の導入をめぐる生活者の受容性と課題
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