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C4無線ネットワークの通信品質特性
C4 無線ネットワークの通信品質特性 担当 電気電子情報工学専攻 東野 武史 [email protected] ワイヤレス IP 電話の相互接続とその通話品質 1 1.1 実験目的 1. 異種ワイヤレス IP 電話の相互接続のしくみを理解する.受信電力と伝送速度の違 いについて理解する.ワイヤレス IP 電話システムの音声品質評価手法について理 解する. 2. 電波を使った位置検出方式を設計し,その仕組みを理解する. 1.2 1.2.1 実験原理 IP 電話 IP 電話 (Internet Protocol telephone) は,IP ネットワークを介することで音声のやり 取りを実現する電話サービスである.VoIP(Voice over Internet Protocol) は,IP ネット ワークにおいて音声情報やシグナリングのやりとりを行う為の技術やプロトコル群の総 称である.プロトコルとは,通信分野における通信規約を示し,電話機や交換機間にお いては信号方式のことを意味する.IP 電話に必要な制御には,網アクセス制御,呼制御, 端末間制御がある.網アクセス制御 (Network Access Control) は,IP ネットワークに対 する接続や,IP アドレスの決定,帯域状態の決定,接続端末の状態管理などの制御を示 す.呼制御 (Call Control) とは,電話における回線接続や切断,発呼や着呼,かけた相手 を呼び出すシグナリングなどを意味する.端末制御 (Terminal Control) とは,互いの論 理的な接続が完了した端末同士が用いるプロトコル,やり取りを行うメディアの種類,音 声のデジタル変換の圧縮形式といったストリーミング (streaming) に関する制御である. IP 電話のプロトコルは,上記の制御の組合せからなり,H.323 や SIP(Session Initiation Protocol: セッション開始プロトコル) が代表的である. H.323 は,もともと公衆電話網で用いられた技術がベースとなっており,IP ネットワー クにおける技術的な拡張が難しいとされている.これに対し SIP は,IP ネットワーク上 での音声,画像のやりとりの実現が基準となっており,プロトコル構造がシンプルであ り,拡張しやすいといった特徴をもつ.H.323 と大きく異なる点は,H.323 のようなプ ロトコル群ではなく, インターネットで用いる HTTP や FTP などと同様,アプリケー ション層の一部としてセッション機能をもつプロトコルにすぎなという点である.ここ で,セッションとは 2 点間の通信において情報をやり取りをするために設定する論理的 な接続関係である.IP ネットワークの場合はパケットの転送経路と双方の認識によって セッションが確立する.通話やデータ転送が終了した段階では,セッション終了が必要 となる. 1 SIP では,SDP(Session Description Protocol) という情報記述プロトコルを用いてセッ ションのための記述方法を決め,RTSP(Real-time Streaming Protocol) を用いて,スト リーミングをやり取りし,RTP(Real-time Transport Protocol) によって送信先との同期 を取り音声品質の制御を行うことで IP 電話サービスを実現する.表 1 に各種プロトコル の概要を示す [1]. 表 1: IP 上でマルチメディア通信を実現するためのプロトコル プロトコル ドキュメント 内容 RTP(Real-Time Transfer Protocol) SDP(Session Description Protocol) SIP(Session Initiation Protocol) H.323 RFC1889 音声,文字,映像などのメディアストリーム のパケット化などを定めている 1.2.2 セッションの内容に関する 情報のやり取りを定めている. RFC2327 RFC3261 セッションを確立する ためのプロトコル ITU-T 勧告 H.323 パケットベースのマルチメディア 通信システム SIP のネットワーク構成要素 SIP における端末に相当する部分を UA(User Agent:ユーザエージェント) と呼ぶ.電 話をかける側を UAC(User Agent Client),電話を受ける側を UAS(User Agent Server) と呼ぶ.電話サービスを実現するには,IP ネットワーク上にプロキシサーバ,リダイレ クトサーバ,登録サーバ,ロケーションサーバなどのサーバ機能を必要とする.プロキ シサーバ (Proxy server) は,電話の相手の場所を特定し,相手先を呼び出す機能を持つ. リダイレクトサーバ (Redirect server) は,相手のアドレスが変更された場合,新たなア ドレスをロケーションサーバに問合せることで UA に対して新しいアドレスを通知する. 登録サーバ (Register server) は,UA からの要求によってロケーションサーバに対して新 規登録処理,更新処理などを行う.ロケーションサーバ (Location server) は,UA の情 報を保持し UA の位置情報を提供する. 1.2.3 SIP メッセージ SIP のシグナリング制御が行われるテキストによる情報を SIP メッセージ (SIP message) と呼ぶ.SIP メッセージは,複数行のテキストで構成され,スタートライン,ヘッダ,ボ ディから成る. UAC から UAS へのメッセージをリクエストメッセージと呼び,メソッドと呼ばれる 目的別の 6 種類のフィールドを持つ.スタートラインにセットされる.表 2 に代表的な SIP メソッドを示す [2]. INVITE は,呼の設定,つまり電話をかける動作である.IP アドレスやポート番号, 符号化方式の要求項目が含まれる.呼の開放には BYE が用いられる. ACK は,INVITE に対するサーバからの応答を受信したという確認メッセージである. サーバ機能を問合せるには,OPTIONS が用いられる.CANCEL は,リクエストメッセー 2 メソッド INVITE ACK CANCEL BYE OPTIONS REGISTER INFO 表 2: SIP メソッドと機能 機能 UAC と UAS 間でセッションを確立 INVITE に対する最終応答 セッション確立のキャンセル セッション終了 相手の機能能力の問合せ 位置情報をロケーションサーバへ登録 セッション状態の通知 ジに対する応答を受信する以前における,リクエストの取り消しに用いる.REGISTER は,クライアントがサーバに対してロケーション情報を登録する際に用いられる. 応答メッセージのことを,レスポンスメッセージという.表 3 に代表的なレスポンス メッセージを示す [2]. 表 3: SIP のレスポンス タイプ 意味 コード 詳細 仮応答 (Provisional) リクエスト受信 処理中 最終応答 (Final) リクエスト成功 リダイレクションフォワーディング リクエストミス 100 180 200 301 400 401 5** 600 604 606 Trying Ringing OK Moved permanently Bad Request Unauthorized Server Failer Busy Everywhere Does Not Exist Anywhere Not Acceptable リクエスト失敗 グローバルエラー応答 1.2.4 端末間の SIP 接続シーケンス 図 1 に端末間の SIP 接続シーケンスを示す.UAC が電話をする場合,まず,INVITE メソッドをリクエストメッセージとして SIP サーバへ要求をかける.SIP サーバではロ ケーションに応じて場所を問合せ,相手先 UAS に対して INVITE メッセージを送信する. これを受けた UAS はベルを鳴らし,SIP サーバに対して,ステータスコード 180 の Ringing のレスポンスメッセージを応答する.SIP サーバはこれを中継し UAC に応答 する. UAS が受話器をとるとステータスコード 200 の OK レスポンスメッセージを SIP サー バ経由で UAC に応答する.その後,UAC が SIP サーバ経由で ACK メソッドを UAS に 送信し,これを UAS が受け取った段階で会話が始まる. 3 切断する場合は,BYE メソッドをリクエストメッセージとして SIP サーバ経由で相手 に送信し,ステータスコード 200OK のレスポンスメッセージを受信した段階でセッショ ンが終了する. 図 1: 端末間 SIP のシーケンス 1.2.5 音声の MOS 評価 音声をたくさんの人に聞かせて,音声尺度に主観的な評点をつけさせ,これを統計的 に処理し平均(最低でも10サンプル以上必要)の評点を得るのがオピニオン評価法で ある.評点を MOS(Mean Opinion Score:平均オピニオンスコア) 値と呼ぶ.いくつかの MOS 試験のうち,絶対品質尺度 (Absolute Category Rating : ACR ) について説明す る.ACR では,被測定系の品質を絶対品質で評価する (表 4).その他の ACR の例として, Score 5 4 3 2 1 表 4: MOS 品質 非常に良い (Exellent) 良い (Good) まあ良い (Fair) 悪い (Poor) 非常に悪い (Bad) 4 文章の意味を理解する為に必要とされる努力を尺度とする聞き取り努力尺度 ( Listening Effort Score ) もある.聞き取り努力尺度のスコアを示す (表 5). Score 5 完全にリラックスできる (Complete relaxation possible; no effort required) 4 注意が必要だが,特別な努力は必要ない (Attention necessary; no appreciable effort required) 3 少しの努力が必要 (Moderate effort required) 2 かなりの努力が必要 (Considerable effort required) どんなに努力しても意味が理解できない (No meaning understood with any feasible effort) 1 1.2.6 表 5: 聞き取り努力尺度 文章を理解するために必要される努力 PSQM ,PESQ と R 値 通話品質をソフトウェアを用いて客観的に評価するためのベンチマークとして PQSM ( Perceptual Speech Quality Measurement : 知覚的音声会話品質計測 ) がある.ITU-T が P.861 として韓国したものであり音声コーデックの評価に用いる.コーデックをとお した被試験信号と,コーデックを通さない参照信号とを,それぞれ PSQM システムへ入 力することで差異を判定し、音声品質テスターやプログラムによる客観的な評価を行う. 2001 年新たな客観評価方法として P.862 の PESQ ( Perceptual Evaluation of Speech Quality ) が勧告された.IP ネットワーク内を音声情報が通過する際のパケット損失に よる音声劣化を考慮する方式である. 図 2: PSMQ 値 1.3 1.3.1 実験の使用機器とネットワーク環境 構成 携帯電話端末 (4 台),無線 LAN アクセスポイント (1 台),PHS CS(1 台),有線ハブ (1 台),ノート PC(2 台),固定電話 (1 台) 5 図 3 にネットワーク図を示す.ネットワークアドレスの異なる二つのネットワークが 接続している.() 内はホストアドレスを示す. 図 3: 実験ネットワーク図 実験方法 1.4 1.4.1 受信電力とスループットの測定 1. 図 3 のノート PC のスループット解析ソフトを起動する. 2. AP の設定を変更しを伝送モードを固定する。 3. 無線 LAN 物理レイヤのデータレートに対する TCP スループットを計測する。 4. 横軸に無線 LAN の伝送レート、縦軸に TCP スループット [bps] をとって図示する (表 6)。 1.4.2 実験結果と考察のポイント 無線 LAN の物理レイヤ伝送レートと TCP スループットの違いについて考察せよ。 伝送レート Mbps 表 6: 無線 LAN の物理レイヤ伝送レートと主な変調方式 6 9 12 18 24 36 48 サブキャリア 変調方式 BPSK BPSK QPSK QPSK 符号化率 1/2 3/4 1/2 3/4 6 16QAM 1/2 16QAM 3/4 64QAM 2/3 54 64QAM 3/4 1.4.3 背景トラヒック量と音声、映像品質評価 1. N900iL,N902iL 音声端末間で音声セッションを開始する 2. PC を使って背景 UDP トラヒックを発生させる 3. 各トラヒック毎に MOS 評価を行う (10 回). 4. 音声セッションを動画セッションにかえて同様の MOS 評価を行う。 1.4.4 実験結果と考察のポイント 背景トラック量と音声 · 動画像の品質評価を図示し、相関関係を考察せよ. 検討課題 1.5 • 音声符号化方式 (G.711,G722,G.723.1,G.728,G.729) についてまとめよ. • 無線伝搬における自由空間伝搬損失について調べ,周波数の違いと伝搬距離,伝搬 特性について考察せよ. 2 電波を使った測距 無線を用いた位置検出方式には,GPS(Global positioning System) や携帯電話の基地 局の電波を用いるシステムや RFID(Radio Frequency Identification) などがあり,電波 の到達距離や目的とする目的の測距精度に応じて使い分けられている. 本実験は,無指向アンテナを用いて無線機器間の距離を推定する.これは、電波の伝 搬損失ならびに遅延時間から無線機器間の距離推定を行うため,伝搬路のインパルス応 答をネットワークアナライザにより観測する実験である. 2.1 2.1.1 実験原理 インパルス応答と周波数応答 フーリエ級数展開によって周波数の異なった正弦波を数多く加え合わせると全体の和 としてどんな種類の一般的な時間関数でも近似することができる.これらの正弦波の和 を、成分のすべての組にわたって積分したものに置き換えた信号表示ができることにな る.一般的な条件のもとで、波形 a(t) は,次のフーリエ積分の形で表す. ∫ a(t) = ∞ −∞ A(f )ej2πf t df (1) A(f ) を a(t) の周波数スペクトルという. 線形系に信号を通すとその出力は,時間領域では畳み込みにより,周波数領域ではス ペクトルの積でそれぞれ表される.系のインパルス応答を h(t),入力を vi (t) とすると, その出力時間応答 vo (t) は, vo (t) = vi (t) ⊗ h(t) = 7 ∫ ∞ −∞ vi (τ )h(t − τ )dτ (2) によって与えられる.上式はたたみこみ積分を表す.各時間関数 vi (t),vo (t),h(t) の周 波数スペクトルを Vi (f),Vo (f ),H(f ) とすると, Vo (f ) = H(f )Vi (f ) (3) で与えられる.本実験で用いるネットワークアナライザは,簡単に言うと H(f ),h(t) を 観測する測定器である. ネットワークアナライザ (以下,NA) が測定する帯域幅と到着時間観測の時間分解能 について述べる.NA は,その入出力間において単一正弦波を掃引(スイープ)すること で周波数応答を得て,これをフーリエ変換することで時間応答を得ている.つまり,NA からは帯域幅 Bw ,矩形状のスペクトルをもつ時間信号を送信しており,これは高さ Bw , 幅 1/Bw の矩形パルスと等価である.よって観測した h(t) 上で 1/Bw 秒以上はなれた点 だけを分解できる.別の言い方をすると,信号波形が 1/Bw 秒以上離れて変化するなら ば,NA はその変化を観測することができる [3]. 2.1.2 アンテナの指向性 [4] 微小ダイポールアンテナおよび半波長ダイポールアンテナの指向性関数をそれぞれ DH , DD とすると次式で表される. DH DD = sin θ, ( ) cos π2 cos θ = sin θ (4) (5) ただし,θ はアンテナ軸からの角度である. 二つのアンテナから最大放射方向で,同じ距離の点において基準アンテナの放射電力 P0 ,試験アンテナの放射電力が P の時,それらのアンテナからの電界強度が等しくなっ たとすると,試験アンテナの利得 G は次式で表される. G= P0 P (6) 基準アンテナとして半波長ダイポールアンテナを用いたときは相対利得と呼び,等方性ア ンテナを用いたときは絶対利得という.半波長ダイポールアンテナの絶対利得は,2.14dB である. 2.1.3 空間伝搬損失の計算 [4] 宇宙空間や短距離見通し通信の場合の伝搬損失 Γ は,以下に示すフリスの伝達公式(自 由空間伝搬損失)で計算できる. ( 4πD Γ = 10 log λ )2 (7) =20 log 4πD λ (8) ここで,Γ,λ,D は,それぞれ自由空間伝搬損失 [dB],電波の波長,送受信アンテナ間 距離 [m] である.2.4GHz 帯の場合,距離 1m のときの自由空間伝搬損失はほぼ 40dB と なる.以下のように変換すると計算が簡単になる. Γ = 40 + 20 log D 8 (9) フリスの伝達公式では距離の 2 乗に比例して損失が増加するが,見通しが悪い場所や 反射の多い場所では 3.5 乗に比例するとして計算する. ( ) 4πD 3.5 λ = 35 log(4πD/λ) Γ[dB] = 10 log (10) (11) なお、周辺状況によっては,3 乗則や 4 乗則で計算した方が実測と合う場合がある. 2.1.4 受信電力の計算 [4] 受信電力 Pr は,次式で計算できる.ただしマージンを含んでいない. Pr = Pt − Lf t + Gat − Γ + Gar − Lf r (12) ここで,Pt , Lf t , Gat , Gar , Lf r はそれぞれ,送信電力,送信機給電線損失,送信アンテ ナ利得,受信アンテナ利得,受信機給電線利得である. 2.2 実験方法 実験の手順を以下のように行う. 1. ネットワークアナライザのキャリブレーションを行う.中心周波数を 1.9GHz とし, 帯域幅(SPAN)を Bw =1GHz とする. 2. 3脚に乗せた無指向性アンテナ(オムニアンテナ)を任意の位置に配置する. 3. 送信点から距離に対する、電力損失および遅延時間を測定する。 4. 測定点をかえて、上記を繰り返す。測定点の数は 10 とする。 図 4 はインパルス応答の測定例である.横軸は遅延時間、縦軸は振幅応答値を表す.最 も小さい遅延時間をもつ成分が直接波であり、これに床面反射波などが続く.直接波の 応答から伝搬損失と伝搬にかかった遅延時間を測定する.ネットワークアナライザ上で マーカを測定したい点に合わせて、読み取る. 2.3 遅延時間を使った距離測定 1. 横軸に距離,縦軸に遅延時間の測定値をプロットする. 2. 上図に,光速と距離から算出した遅延時間の線を加える. 3. 測定地点毎に距離推定誤差を算出する. 9 図 4: インパルス応答から伝搬損失と遅延時間を測定する方法 2.4 伝搬損失を使った距離測定 1. 横軸に距離,縦軸に伝搬損失の測定値をプロットする. 2. 上図に,2乗則ならびに3乗則の理論線を加える. 3. 測定値に対して最小二乗近似を用いて伝搬損失を近似し、カーブフィッティングを 行う. 4. 測定地点毎に距離推定誤差を算出する. 2.5 調査課題 1. 位置検出誤差の原因について考察せよ.また,この誤差要因を克服し,特性改善の ための対策を述べよ. 2. 世の中に存在する位置検出方式を1つ挙げ,その仕組みをまとめよ。 2.6 レポート提出先 吹田キャンパス工学部電気系 E2–222 の部屋の前の封筒にいれる。締め切り日は実験終 了日から2週間後のお昼12時半。 10 参考文献 [1] Henry Sinnreich, Alan B.Johonsoton 共著, 阪口克彦 監訳 “マスタリング TCP/IP SIP 編,” オーム社, 2003 年, pp. 13-14. [2] 小泉修 著 “図解でわかる VoIP のすべて,” 日本実業出版社, 2003 年, pp. 210-215. [3] S. スタイン 他, 現代の通信回線理論,森北出版 [4] 小泉修 著 “RF ワールド no.3 ,” CQ 出版社 2008 年. 11