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PDF版 - 消費者の窓

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PDF版 - 消費者の窓
資料1−2
調査研究報告
消費生活相談の事例から見た
消費者契約法の問題点と課題(中間整理)
2007 年 3 月
独立行政法人
国民生活センター
はしがき
2001 年 4 月に施行された消費者契約法は、消費者契約全般を対象として、事業者
による不当な勧誘行為に対する契約の取消し及び不当な契約条項の無効の効果を
生じさせるものであり、消費者トラブルを解決する有力な手段として消費生活相談
などの場で活用されている。
しかし、社会・経済環境の変化に伴い消費者取引は多様化・複雑化し、また、事
業者の行為の悪質化・巧妙化が進んできており、被害回復の困難な事例も目立って
きている。
そこで、国民生活センターでは、深刻化する消費者被害の救済の方途を探るため、
本年1月より、学識経験者、弁護士、消費生活相談員らによる「消費者契約法に関
する研究会」(座長:後藤巻則早稲田大学大学院法務研究科教授)を設置し、消費
者契約にかかわる諸問題についての調査研究を行っているところである。
本報告は、その調査研究の中間整理として、第Ⅰ章において、消費生活相談の事
例を分析するなかで明らかとなった消費者契約法の問題点を整理したうえで、第Ⅱ
章において、その課題と対応の方向を提言するものである。
今後、消費生活相談の場における消費者契約法の活用状況などについて調査を行
ったうえで、本年8月を目処として最終報告書をとりまとめることとしている。
2007 年 3 月
独立行政法人 国民生活センター
‐1‐
<消費者契約法に関する研究会>
座長
後藤 巻則
早稲田大学大学院法務研究科教授
委員
小塚荘一郎
上智大学法科大学院教授
村 千鶴子
東京経済大学現代法学部教授・弁護士
山本 和彦
一橋大学大学院法学研究科教授
山口由紀子
相模女子大学学芸学部人間社会学科講師
吉松 惠子
国民生活センター相談調査部主任相談員
‐2‐
目
次
はしがき ................................................................ 1
目
次 .................................................................. 3
第Ⅰ章 相談事例から見た消費者契約法の問題点 ............................ 5
第1.消費者契約の範囲(2条関係) .................................... 5
第2.契約内容の平明化、情報提供(3条1項関係) ...................... 9
第3.不当な勧誘行為(4∼7条関係) ................................. 12
1.誤認類型(4条1・2・4項関係) ............................... 12
(1) 不実告知 ..................................................... 12
(2) 断定的判断の提供 ............................................. 17
(3) 不利益事実の不告知 ........................................... 18
(4) その他消費者を誤認させる言動 ................................. 20
2.困惑類型(4条3項関係) ....................................... 22
(1) 不退去・退去妨害 ............................................. 22
(2) 電話での威迫 ................................................. 24
(3) 心理的な動揺 ................................................. 25
(4) 人間関係・状況の濫用 ......................................... 26
3.不適合勧誘類型 ................................................. 28
4.不招請勧誘類型 ................................................. 30
第4.不当条項(8∼10 条関係) ...................................... 32
第5.効果(契約の取消し、契約条項の無効) ........................... 36
第6.証明責任 ....................................................... 39
第7.その他 ......................................................... 43
‐3‐
第Ⅱ章 消費者契約法の課題 ............................................. 46
第1.消費者契約法の対象とならない不当な勧誘行為 ..................... 46
1.消費者を誤認させる勧誘(誤認類型) ............................. 46
2.消費者を困惑させる勧誘(困惑類型) ............................. 49
3.判断能力不十分者への不当な勧誘(適合性の原則) ................. 53
第2.消費者側による立証の困難性 ..................................... 55
第3.「消費者契約」の捉え方 ......................................... 58
‐4‐
第Ⅰ章 相談事例から見た消費者契約法の問題点
PIO−NET(全国消費生活情報ネットワーク・システム)には、国民生活セ
ンターや全国の消費生活センターにおいて相談を受け付けた、消費者契約にかかわ
る様々な消費生活相談の事例が蓄積されており、これらの事例について分析を行う
ことで消費者契約にかかわる問題点が浮かび上がってくる。
消費者契約にかかわる相談事例について、消費者契約法に照らし、その被害の救
済の可能性を検討したところ、同法では救済が困難な事例が数多く見られた。
以下では、このような、消費者契約法では救済が困難な事例を分析するなかで明
らかとなった消費者契約法の問題点を逐条的に整理した。
第1.消費者契約の範囲(2条関係)
★
消費者契約法が適用できないおそれのある取引
【事例1】(個人が事業者名義で契約を締結した)
訪問販売で、「インターネットをするためには電話機を変えなければならない」
と言われ、新しい電話機をリース契約(70 万円)した。事業者からは、「契約書は
店舗、家の電話とも事業者名で記入するように」と言われた。
(60 代 男性)
【事例2】(個人間で契約を締結した)
インターネット・オークションで、個人から箪笥(10 万円)を購入した。けやき
の箪笥だから重いですよと言われ、総けやきだと思ったが合板の安物だった。
(40 代 男性)
【事例3】(労働契約類似の契約を締結した)
チラシを見て、モデルの求人募集に応募し合格したが、まずはレッスンを受ける
必要があると言われ、レッスン費用(20 万円)を支払った。しかし、価格に見合う
内容ではないし、実際に仕事が提供されている様子もない。
‐5‐
(30 代 女性)
消費者契約法(以下「本法」という。)は、原則として消費者と事業者との間で
締結されるすべての契約(消費者契約)に適用されるものであるが、取引当事者の
属性や取引の種類によっては本法における「消費者契約」の定義(2 条)に該当せ
ず、本法の適用がないと解釈されるおそれがある。
(注) 本法における「消費者契約」の定義は次のとおり(2 条 1 項∼3 項)。
・消費者契約:「消費者」と「事業者」との間で締結される契約(ただし、労働契約を除
く(12 条)。)
・消 費
者:個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるも
のを除く。)
・事 業
者:法人その他の団体及び事業として又は事業のために当事者となる場合に
おける個人
(事例1) 本事例のように、個人が自宅とオフィス兼用で事務機器のリース契約
等を締結する場合、当該個人事業者は本法上の「消費者」に該当しない(「事業者」
に該当する)と判断され、本法の適用がないと解釈されるおそれがある。同様の事
例として、脱サラのフランチャイズ契約、事業者と消費者との業務委託契約(軽貨
物運送代理店契約等)、マルチ商法全般などが挙げられる。
しかし、たとえ事業者名義で契約する場合でも、当該個人が営む事業とは直接関
わりのない商品やサービスに関して契約を締結するときには、当該個人が有する知
識や情報量は一般の消費者と何ら変わるところがないのが通常であり、このような
場合には本法の適用対象とすべきであると考えられる。
(注) 裁判例としては、パソコン内職に係わる教材購入契約について当該購入者を「消費者」
に該当するとしたものがある(大阪簡判平成 16 年 1 月 9 日)。
(注) なお、特定商取引に関する法律(以下「特定商取引法」という。)上の指定商品等につ
いては、経済産業省の通達(「特定商取引に関する法律等の施行について」平成 17・11・
28 商局第 1 号。以下「経済産業省通達」という。)において「一見事業者名で契約を行
っていても、購入商品や役務が、事業用というよりも主として個人用・家庭用に使用する
ためのものであった場合は、原則として本法は適用される。」(第 2 章関係−第 5 節関係
−1−(1))とし、事業者として契約した場合でも個人としての利用が多いときには同法の
適用があるとしている。
‐6‐
(事例2) インターネット・オークションにおける個人間取引のように契約の相
手方が「消費者」である場合には本法は適用されない。同様の事例として、個人所
有の中古マンションの売買契約や分譲マンションの賃貸借契約などが挙げられる。
個人間での契約の場合、一般的に両者の間には情報量や交渉力の格差は存在しな
いと考えられるため、本法が適用されないとするのは当然である。しかし、契約の
相手方がいかに個人名義であったとしても実質的に事業を営んでいるとみなされ
る場合には、当該相手方は「事業者」として判断されるべきである。特に本法や特
定商取引法の適用を逃れるため、意図的に個人を名乗るケースもあるものと思われ
る。
(注) 特定商取引法上の指定商品等については、経済産業省通達及びガイドライン(インター
ネット・オークションにおける「販売業者」に係るガイドライン)において、個人であっ
ても営利の意思を持って反復継続して取引を行う者は販売業者に該当し、当該取引が同法
の規制対象となるとされている。
(注) ただし、契約の相手方が「消費者」か「事業者」かで争われるケースにおいて、相手方
の「事業者」の概念を広げすぎると、被害を受けた「消費者」が「事業者」に該当する可
能性も高まるとの矛盾も生じうる。また、被害を受けた「消費者」の立場からすれば、契
約の相手方が「事業者」と判断され本法の適用対象となることが利益となるが、一方で当
該相手方も「消費者」と判断しうる場合には、当該相手方の保護に欠けるとの懸念も生じ
うる。(裁判例として、転居を余儀なくされたためマイフォームを賃貸した個人の事業者
性が争われたものがある(京都地判平成 16 年 7 月 15 日。事業者性を否定)。)
(事例3) 本法では労働契約を適用除外としているため(12 条)、本事例のよう
に雇用の条件としてレッスン契約を締結させるといった場合には、労働契約類似の
契約として本法が適用されないと解釈されるおそれがある。しかし、本法を潜脱す
るこのような悪質な行為が許されるべきでないのは当然である。もっとも、本事例
の場合も、労働契約とレッスン契約を別の契約として捉えることにより本法の適用
対象とすることは可能と考えられる。
‐7‐
《留意点》
①
消費生活センターでは、通常、事業者からの相談や個人間取引に関するあっせ
ん処理は行っていない。
(注) 事業者から相談があった場合、商工会議所や法律相談窓口を紹介することが多い。た
だし、小規模事業者の多い地区のセンターなどでは、むしろ積極的に応じるところもあ
るようである。
②
マルチ商法の場合、契約の相手方(上位者)も被害を被った消費者であること
が多い。しかし、末端の被害者からの相談をあっせんする場合、上位者の不当な
勧誘を理由に契約の取消し等を主張することとなるため、本来被害者であるはず
の上位者からの相談をあっせんすることが困難となる。
(注) マルチ商法では、被害者が加害者になる仕組みであるため、被害者が一致団結しにく
い性質を有する。ただし、加害者となるものの、ピラミッドの下部に位置し利益もほと
んど上げていないような者については、「踊らされていた被害者」として救済されるべ
きとする裁判例がある(さいたま地判平成 18 年 7 月 19 日)。
③
インターネット取引の場合には、(契約の相手方が個人か否かという以前の問
題として、)相手方が海外在住であったり、騙されたと気づいたときにはすでに
雲隠れしていることも多く、交渉すらできず被害の救済が極めて困難な場合が多
い。
‐8‐
第2.契約内容の平明化、情報提供(3条1項関係)
★
消費者が内容を理解できない契約条項
【事例4】(内規に委ねる条項)
娘(20 代)がブライダルアドバイザー講座(50 万円)をクレジットで申し込ん
だ。一括返済した方がよいと思い信販会社に申し出たところ、すでに支払った分割
払手数料は少ししか返金できないと言う。クレジット契約書には「78 分法に準じる
会社所定の方法で計算」とあるが、清算方法がよく分からない。 (50 代 女性)
【事例5】(異なる解釈が可能な条項)
チラシを見て、有線放送(2 万円)を申し込んだ。解約を申し出たら、6ヵ月間
は解約できないと言われ、残りの契約月数分の料金を一括請求された。FAX申込
書には「サービス開始日の翌月から6ヵ月間の最低利用期間制限があります」とあ
るが意味がよく分からない。
(40 代 女性)
【事例6】(複雑・難解な条項)
インターネットで、融資の保証人を紹介してくれるという事業者を見つけて契約
した(5 万円)。すぐに1人目を紹介されたが、条件に合わず別の保証人の紹介を
依頼したところ、再度5万円を請求された。ネット上の規約にはそんな説明はなか
ったが、誓約書の中に「依頼人に保証人を紹介した時点でサービスの履行は終了す
る」との項目があると言う。
(50 代 男性)
消費者と事業者との契約においては、事業者が一方的に作成した契約条項(約款)
が用いられるのが一般的であり、このような契約条項をめぐっては当該条項の不当
性の問題の他、不明確性の問題が生じうる。本法では、事業者に対して契約内容が
消費者にとって明確かつ平易なものとなるよう配慮する義務を課しているものの
(3 条 1 項前段)、当該義務は努力義務にとどまる。このため、本規定をもって直
ちに被害を被った消費者を救済することはできない。
(事例4) 本事例は、詳細な取扱いを内規に委ねる契約条項に基づき、事業者が
自らに優位な取扱いを強制するものである。消費者は当該内規の内容を一切認識す
‐9‐
ることができず、また、事業者は当該内規の内容を自らに都合のいいように変更す
ることが可能である。このような契約条項を用いる事業者は多いが、不当な取扱い
である。
(事例5) 本事例は、契約条項の規定振りがあいまいなため異なる解釈がなされ
るおそれがあるものである。このような条項は作成者(事業者)優位に解釈される
場合が多い。
(事例6) 本事例は、契約条項が複雑・難解なため消費者がその内容を理解でき
ないおそれがあるものである。消費者の中には、契約条項の意味が分からないのは
自分のせいと考え、泣き寝入りしてしまう者も多い。
★
契約内容について十分な情報提供がない
【事例7】(契約時に契約条項が交付されていない)
チラシを見て、プロバイダ契約を申し込んだ。月額3千円で利用できると思って
いたが初期費用(3 万円)が必要だった。事業者は、インターネット上で告知して
いるし、また、機器と一緒に送付した利用約款にも記載していると言う。
(50 代 男性)
【事例8】(契約条項の記載が不十分)
インターネットを見て、プロバイダ契約を申し込んだ。送られてきたモデムが不
良品なので解約を申し出たら、1年分のキャンセル料を請求された。規約を見ると、
最低利用期間は6ヵ月となっている。
(50 代 女性)
事例7は、契約時に消費者に対して契約条項(約款)の交付がなかったため、サ
ービス料金について誤解してしまったケースである。事例8は、契約条項の交付は
あったがキャンセル料に関する記載が不十分であったため、消費者が不満を抱いた
ケースである。
このように、消費者に対して事業者からの情報提供が不足している場合には、消
費者が契約書面等を読むなどしていかに契約内容の理解に努めたとしてもその内
‐10‐
容を十分に理解することは不可能であり、事業者には著しい落ち度があると言える。
本法では、事業者に対して契約締結にあたっての情報提供義務を課しているものの
(3 条 1 項後段)、当該義務は努力義務にとどまる。このため、本規定をもって直
ちに被害を被った消費者を救済することはできない。
ただし、消費生活相談の場においては、たとえ努力義務であっても、事業者から
の情報提供について法律上の義務が創設されたことは評価できるとの声もある。当
該努力義務は、(その成果は別としても)事業者に主張する際の武器となっている
ようである。
(注) 裁判例としては、本法施行前の事案ではあるが、本法 1 条、3 条及び 4 条 2 項の趣旨を
根拠として、事業者は取引上の信義則により適切な告知・説明義務を負うとして損害賠償
の一部を認容したものがある(大津地判平成 15 年 10 月 3 日)。
《留意点》
○
インターネット取引の場合、契約条項が一つの画面に表示されておらず、さら
にクリックを重ねていかなければすべての条項を確認できないものも多い。この
ような場合、消費者が重要な契約条項を見落とすおそれもある。
‐11‐
第3.不当な勧誘行為(4∼7条関係)
1.誤認類型(4条1・2・4項関係)
(1)
★
不実告知
事業者のウソにより誤認して契約しても取消しできない場合がある
【事例9】(契約の必要性に関する事項についての不実告知)
(9-1)
訪問販売で、「床下が傷んで傾いているので地震が来たら家が倒れる」と言われ、
自宅の耐震補強工事(60 万円)の契約をした。本当に必要な工事であったか疑問。
(60 代 女性)
(9-2)
訪問販売で、大阪府の水道水は将来飲めなくなるので浄水器をつけないといけな
いなどと言われ、浄水器(50 万円)を購入した。
(50 代 男性)
【事例 10】(契約の信頼性に関する事項についての不実告知)
(10-1)
訪問販売で、A社から補習用教材(200 万円)を購入した。その後、その教材を
作ったB社が偶然訪問し、A社はメーカーのグループ企業と称しているがその事実
はないことや価格も希望価格を大幅に上回ることがわかった。A社への信頼を失っ
た。
(40 代 女性)
(10-2)
息子のためにC社の入試教材を購入し、FAX指導を受けていた。その後、D社
から、その教材の使い方を説明に行くと電話があった。C社の関連会社と思い訪問
を承諾し、その際、追加で高額な教材(総額 300 万円)を購入した。払いきれなく
なり中途解約しようしたところ、C社とは無関係の事業者だったことが分かった。
(40 代 男性)
‐12‐
【事例 11】(主観的評価に関する事項)
(11-1)
街で声を掛けられ、エステ店に行った。誰の肌にでも合う、安心して使える化粧
品だと言われ、化粧品(40 万円)を契約した。使用後肌が荒れた。(20 代 女性)
(11-2)
訪問販売で、子どものためにパソコン問題集を購入した。難しく、やりがいがあ
ると勧められたが、やってみるとそうではなかった。
(30 代 女性)
近年、訪問販売による住宅リフォーム工事に関するトラブルが社会問題となった。
事業者が一人暮らしの高齢者宅へ「点検」と言って押しかけ、「床下が傷んで傾い
ている。地震があったら危険だ」などと言って消費者の不安を掻き立てることで高
額な補強工事を契約させており、その被害は、件数、金額とも甚大なものとなった。
しかし、本法ではこのような被害を十分に救済することができない。本法は、事
業者から重要事項の不実告知があった場合の誤認による契約の取消しを定めてい
るが(4 条 1 項 1 号)、重要事項の範囲が契約内容に関する事項に限定されている
ため(4 条 4 項)、不実を告げた事項が契約の動機に関する事項(事例 9-1 の場合、
住宅の安全性に関する事項)である場合は契約の取消しはできない。しかし、契約
内容であろうとなかろうと、消費者が事業者により当該契約を締結するか否かを左
右するような重要な事項について不実のことを告げられ、それを信じて契約したこ
とは事実であり、その契約が取り消せないとするのは不当である。
(事例9) 事例 9-1 は、事業者が「床下が傷んでいるから地震がきたら危ない」
などと言い、耐震補強工事を迫るものである。契約の必要性に関する事項は契約内
容とはならないため、本法の重要事項には該当せず、原則として取消しの対象とは
ならない。同様の事例として、ヘアケア商品の勧誘にあたり放置すると薄毛が進行
すると説明されたもの、こちらで提供する仕事をやれば簡単に購入代金を稼ぐこと
ができるなどと言って高額なアクセサリーを購入させるもの、資格が取得できるま
で教材を購入することになっているなどといって消費者側に契約締結の義務が存
在するかのように思い込ませるもの(資格商法の二次被害)、消費者からの資料請
求等をもって強引に契約成立を主張するものなどが挙げられる。
‐13‐
(注)
裁判例としては、通信機器のリース契約に関し、「今までの電話が使えなくなります。
この機械を取り付けるとこれまでの電話を使うことができ、しかも電話代が安くなりま
す。」との不実告知について取消しを認めたもの(神戸簡判平成 16 年 6 月 25 日)、電話
機等のリース契約に関し、光ファイバーを敷設するためにはデジタル電話に替える必要が
あり、電話機を交換しなければならない旨を告げたことについて取消しを認めたもの(大
阪簡判平成 16 年 10 月 7 日)、床下防湿工事に関し、床下がかなり湿っているので家が危
ないなどと告げたことについて取消しを認めたもの(東京地判平成 17 年 3 月 10 日)、購
入代金の資金調達方法が重要事項にあたるとして取消しを認めたもの(東京高判平成 18
年 1 月 31 日)がある。
(注) 特定商取引法では、6 条 1 項各号に掲げる事項について事業者による不実告知があった
場合、取り消すことができるとされている(9 条の 2 1 項 1 号)。
(事例 10) 事例 10-1 は、販売業者の勧誘員が消費者に対して当該業者と製造元
教材メーカーとをグループ会社であるかのごとく説明することで信頼させ、契約を
締結させたものである。事業者が、自らを官公署、公共的団体(NPO等)、著名
な法人等の職員と偽って勧誘した場合には、契約内容に関する事項の不実告知とし
て取消しが認められると考えられる。しかし、他の法人等から許可、認可、後援等
の関与を得ているなどと言って消費者を信頼させて不当な契約を締結させた場合
には、契約内容に関する不実告知とまでは言えず取消しが認められないおそれがあ
る。
(事例 11) 本事例は、「安心して使える」「やりがいがある」との事業者の発言
が問題となったケースである。通常、「きれいになる」「おいしい」「安い」「価
値がある」といった主観的評価は、単なるセールストークであって不実告知には該
当しないとされる。しかし、一般的に主観的評価に属するものであっても、勧誘時
の状況等から見て、それが客観的な事実と異なると評価することが可能である場合
には、このような事業者の不当な発言を信頼して契約を締結した消費者の救済がな
されるべきである。
(注) 裁判例としては、しみもしわもなくなってきれいになるとの説明は本法の不実告知には
あたらないとしたもの(佐世保簡判平成 17 年 10 月 18 日。ただし、アトピーが治ると告
げたことが不実告知にあたるとして取消しを認めた。)がある一方、ファッションリング
‐14‐
の価格について、一般的な小売価格がせいぜい 12 万円程度であるものを 41 万 4000 円程
度である旨告げたことについて取消しを認めたもの(大阪高判平成 16 年 4 月 22 日)があ
る。
(注) 経済産業省通達では、「例えば、「今だけ特別キャンペーン価格」と言いながら実際に
はそれが通常価格であるような場合、「よそでは高くつくが、うちなら低価格でできる。」
と言いながら実際にはそういった価格差は存在しない場合」は、特定商取引法 6 条 1 項 2
号に定める事項に該当し、同法における不実告知等による取消しの対象となるとしている
(第 2 章関係−第 2 節関係−3−(1)−(ニ))。
《留意点》
○
付帯されたクレジット契約が取り消せないため、被害救済が図られない場合が
ある。
割賦販売法では、指定商品等に関する抗弁の対応(クレジットの支払い請求拒
否)を認めている(30 条の 4
1 項)。そのため、主たる販売契約が本法により
取消しとなる場合には、通常、付帯されるクレジット契約も抗弁の対抗が認めら
れ、これにより以後の支払いを停止させたうえで既払い金の返還がなされること
となる。
しかし、販売会社が倒産等により返済能力がない場合には、消費者としてはク
レジット会社に対して既払い金の返還を求める以外に被害を回復する方法はな
い。また、指定商品等以外はそもそも割賦販売法上の抗弁の対抗が認められてい
ない。
このような場合、消費者は、本法に基づき主たる販売契約の取消しと合わせて
付帯されるクレジット契約の取消しを主張することとなる。しかし、不実を告げ
た事項が販売契約に関する事項の場合には、クレジット契約における重要事項に
は該当せず取消しできないと判断されるおそれがある。
(注) 販売契約の取消しと同時に割賦販売法上の抗弁の対抗を認める裁判例としては、東京
高判平成 18 年 1 月 31 日、佐世保簡判平成 17 年 10 月 18 日、大分簡判平成 16 年 2 月 19
日がある。
(注) 裁判例としては、販売店はクレジット契約の締結についてクレジット会社から媒介の
委託を受けた第三者に該当するとしたもの(東京簡判平成 15 年 5 月 14 日など多数)、
‐15‐
主たる販売契約が困惑により締結された場合には、付帯するクレジット契約についても
困惑があったものとして取消しとなるとしたもの(前記東京簡判平成 15 年 5 月 14 日、
札幌地判平成 17 年 3 月 17 日、名古屋簡判平成 17 年 9 月 6 日)、割賦支払額の不実告
知によりクレジット契約の取消しを認めたもの(東京簡判平成 16 年 11 月 29 日)、ク
レジット契約による立替金等が、耐震や揺れ防止工事としては有効でない工事の立替払
いとして使用されるという不利益事実を故意に告げていないとしてクレジット契約の
取消しを認めたもの(小林簡判平成 18 年 3 月 22 日)等がある。
‐16‐
(2)
★
断定的判断の提供
事業者の「断定的判断の提供」により誤認して契約した場合でも、経済的
事項以外は取消しできない
【事例 12】
20 才の息子が、エステ店で、エステの他、健康食品、美容器具等(総額 230 万円)
を次々に契約した。息子はニキビに悩んでおり、「必ず結果を出す」と言われ信じ
て契約したようだ。
(50 代 女性)
健康食品や美容商品等について、事業者の勧誘員が「必ず治る」「必ず良くなる」
などの根拠のない断定的判断を提供し、それを信じて購入した消費者との間でトラ
ブルとなるケースも多い。
本法では、事業者から断定的判断の提供があった場合の誤認による契約の取消し
を定めているが(4 条 1 項 2 号)、当該断定的判断を提供した事項が「財産上の利
得」(経済的事項)以外の事項である場合には取消しの対象とならないと解釈され
るおそれがある。
なお、断定的判断の提供に関するトラブルにおいては、断定的判断を提供したか
否か(言った・言わない)の事実が争点となる場合が大半である。このような場合、
消費生活相談の場では丹念な事実確認作業をとおして詳細な状況を把握し事業者
を説得していくことになるが、証拠が残っていることはほとんどなく消費者被害の
救済が困難となっている。(→「第6.証明責任」参照。)
(注) 裁判例としては、一審判決(神戸地裁尼崎支部判平成 15 年 10 月 24 日)は、「運勢や
将来の生活状態という変動が不確実な事項につき断定的判断の提供がなされたことによ
り、上記提供された断定的判断の内容が確実であると誤認して、上記各契約を締結し」た
ものとして、断定的判断の提供による契約の取消しを認めたが、控訴審判決(大阪高判平
成 16 年 7 月 30 日)は、「法 4 条 1 項 2 号の「その他将来における変動が不確実な事項」
とは、消費者の財産上の利得に影響するものであって将来を見通すことがそもそも困難で
あるものをいうと解すべきであり、漠然とした運勢、運命といったものはこれに含まれな
いものというべきである」として、取消しを認めなかった(ただし、暴利行為として公序
良俗に反し無効とした。)ものがある。
‐17‐
(3)
★
不利益事実の不告知
事業者が重要な事項を告げなかったため誤認して契約しても取消しでき
ない
【事例 13】
(13-1)
携帯電話販売店で、料金が定額となることを確認のうえ家族通話プランを申し込
んだ。家族間は 300 円で通話し放題と思っていたが、7万円の請求があった。調べ
てみると、定額となるのは翌月からだった。
(40 代 男性)
(13-2)
中古車業者から中古車(120 万円)を購入した。後日、別の業者に見積もりをし
てもらったところ、事故車であることが判明し、10 万でしか買い取れないと言われ
た。
(40 代 女性)
事例 13-1 は、携帯電話の家族通話定額プランを申し込んだ消費者が、事業者か
ら説明がなかったため適用時期について誤認し、高額な請求がなされたものである。
同様の事例として、リスクを告げない金融商品の販売、自殺者が出たマンションの
購入などが挙げられる。
事業者が消費者に対して契約締結の判断を左右するような重要な事項について
告げなかったため、消費者が当該事項につき誤認して契約を締結してしまうケース
も多い。本事例においても、消費者にとっては申し込み後直ちに料金プランが変更
されると考えるのが自然であり、また、申し込みの際、消費者が事業者に対して定
額であることを確認していることも考えると、事業者は消費者から申し込みがあっ
た際に翌月からの適用となることを説明すべきであったと考えられる。本法には、
努力義務としての情報提供義務はあるものの(3 条 1 項後段)、当該義務違反によ
る法的効果は定められておらず、このような消費者被害を十分に救済することがで
きない。
(注) 金融商品の販売に関する法律では、元本割れリスクがあること等に関する説明義務違反
による損害賠償責任が定められている(4 条)。その他、特定商取引法では、同法 6 条 1
項 1 号ないし 5 号に掲げる事項に関する故意の不告知による契約の取消しが(9 条の 2 1
項 2 号)、商品取引所法では、同法 217 条 1 項 1 号ないし 3 号に掲げる事項に関する説明
‐18‐
義務違反による損害賠償責任が(218 条 2 項)、借地借家法では、定期賃貸借の場合にお
ける契約の更新がないこと等に関する説明義務違反による当該定めの無効が
(38 条 3 項)
、
それぞれ定められている。
(注) 裁判例としては、前記大津地判平成 15 年 10 月 3 日。
本法では、不利益事実の不告知による契約の取消しが定められているものの(4
条 2 項)、その前提として重要事項(又はそれに関連する事項)についての利益と
なる旨の告知が求められ、さらに事業者による故意性も必要となるなど要件が極め
て厳しくなっている。さらに、消費生活相談の場では、そもそも条文自体が難しす
ぎて生命保険の転換といった典型的なケース以外はうまく活用できていないとの
声がある。
(注) ただし、裁判例として、不利益事実の不告知があったことをもって事業者の故意性を推
認するものがある(神戸簡判平成 14 年 3 月 12 日、小林簡判平成 18 年 3 月 22 日)。
《留意点》
○
解約時における事実不告知、不実告知等に関するトラブルも多いが、本法では
救済できない。
‐19‐
(4)
★
その他消費者を誤認させる言動
明らかなウソとまでは言えないものの、消費者を誤認させる不当な勧誘が
ある
【事例 14】
(14-1)
広告を見て、1万円のミシンを注文した。配達に来た業者に「このミシンでは厚
物は縫えない。週に3回は油を差す必要があり手入れが大変で扱いにくい」と言わ
れ、勧められるまま 30 万円の高額なミシンを購入してしまった。 (40 代 女性)
(14-2)
配水管が詰まったので、チラシで見つけた業者に配水管清掃をしてもらった。チ
ラシには「5千円から清掃」と書かれていたが、基本料、配水管内除去費用、高圧
ポンプ洗浄費用、諸経費などで6万円を支払わされた。
(80 代 男性)
事例 14-1 は、消費者の購入希望の商品をけなすことで別の商品の優位性を際立
たせ売りつけるものである。ある商品を必要以上に批判することで販売したい商品
を実際よりも著しく優良である(買い得である)と誤認させている。このような行
為は、明らかなウソはないため不実のことを告げたとまでは言い切れないものの、
意図的に商品・サービスの品質等について、著しく優良、有利であると誤認させて
いる点で不当である。
事例 14-2 は、「○千円から清掃」などと書いたチラシを配り、料金について誤
認させておいて、実際に清掃した後に高額な金額を請求するものである。
‐20‐
★
「広告」上のウソにより誤認して契約しても取消しできない
【事例 15】
(15-1)
広告を見て、厚労省認可の資格が取れるとあったので、カイロプラクティック講
座(120 万円)を申し込んだが、資格が取れないことが分かった。(20 代 女性)
(15-2)
インターネットで、子どもの通信講座(月謝 1 万円)を契約した。ホームページ
上には、質問は1日何回してもよいとあったが、実際には1日2回までだった。
(40 代 女性)
消費者が、新聞やインターネット上の広告等の表示を信じて契約を締結し、後日
それが間違いだったことが分かりトラブルとなるケースも多い。「広告」は一般的
に本法の適用対象となる「勧誘」の概念に含まれないと解釈されている。しかし、
インターネット取引等をはじめてとして、実際に消費者は「広告」上の表示を信じ
て契約締結の判断を行っている場合も多く、こうした実質的に「勧誘」と同視しう
るような「広告」についてまで一律に本法の適用はないとするのは妥当ではない。
(注) 裁判例としては、厳密に「広告」について論じたものではないが、事業者から消費者に
送付された案内書類について、「「契約の締結について勧誘をするに際し」て送付された
ということができる」としたものがある(神戸簡判平成 14 年 3 月 12 日。ただし、不実告
知による取消しは認めなかった。)。その他、パンフレットの表示が争われたものとして、
京都簡判平成 14 年 10 月 30 日がある。
‐21‐
2.困惑類型(4条3項関係)
(1)
★
不退去・退去妨害
「帰ってほしい」「帰りたい」と思うだけでは取消しできない
【事例 16】
(16-1)
訪問販売で、布団のシーツ(10 万円)を購入した。勧誘員が、以前に販売した布
団のシーツができたので持ってきたと言って無断で家に上がり込み、押入れから布
団を出してシーツをかけた。怖くて嫌と言えなかった。
(80 代 女性)
(16-2)
夜、突然業者がやってきて、浄水器(30 万円)を勧められた。内心断りたかった
が、契約しないと帰ってくれないような雰囲気だったので仕方なく契約した。
(30 代 女性)
本法では、事業者の不退去・退去妨害により消費者が困惑した場合の契約の取消
しを定めている(4 条 3 項)。この場合、消費者が「帰ってほしい」「帰りたい」
といった意思を表示することが求められるが、当該意思表示の範囲はかなり拡大し
て解釈されており、裁判例の中には、「いらない」と断る発言や帰ろうとする動作
も当該意思表示に該当するとするものがある。
しかし、本事例のように内心は「帰りたい」「帰ってほしい」と思っていても、
事業者から意思表示の機会を与えられず、又は拒絶の意思を表示することを妨げら
れたりして、それを具体的な言動で示せなかった場合には本法は適用されない。高
齢者の中には、気も弱くなっており契約を迫られると断りたくとも口に出せない者
も多い。また、若年であっても、気が弱い者はキャッチセールスに引っ掛かると何
も言えずサインさせられてしまう。気の弱い者は、勧誘員に 帰ってほしくて あ
るいは 帰りたくて 契約を締結するのである。このような場合、事業者の行為の
不当性は不退去・退去妨害に該当する場合と何ら変わるものではなく、具体的な意
思表示がないからといって本法による救済が一切受けられないとするのは妥当で
はない。
(注) 裁判例としては、自宅の床下に拡散送風機等を設置する請負契約を締結するにつき、消
費者が必要ないと言っているにもかかわらず、午前 11 時頃から午後 6 時 30 分頃まで勧誘
‐22‐
して契約を締結したことについて困惑による取消しを認めたもの(大分簡判平成 16 年 2
月 19 日)、易学受講契約の締結について、「法 4 条 3 項 2 号の「当該消費者を退去させ
ないこと」とは、物理的なものであると、心理的なものであるとを問わず、当該消費者の
退去を困難にさせた場合を意味すると解される」として困惑による取消しを認めたもの
(神戸地裁尼崎支部判平成 15 年 10 月 24 日。ただし、控訴審(大阪高判平成 16 年 7 月
30 日)では、困惑による取消しは認めず、暴利行為として公序良俗に反し無効とした。)
がある。その他、名古屋簡判平成 17 年 9 月 6 日。
‐23‐
(2)
★
電話での威迫
電話で強引かつ執拗に勧誘され、困惑して契約しても取消しできない
【事例 17】
(17-1)
電話勧誘で、3年前から次々に教材(総額 70 万円)を購入した。断っても何度
も職場に電話があり、「私のため」「今回限り」などとしつこく言われたため契約
してしまった。
(30 代 男性)
(17-2)
職場への電話勧誘で、1時間以上も粘られ、断れずに教材を購入した。半年後、
同じ人から電話で呼び出されて別の教材を購入されられた。合計で 160 万円の契約。
(20 代 男性)
本事例は、資格商法の二次被害の典型例である。自宅や職場に頻繁に電話がかか
り、なかなか切ってもらえず、断ると暴言を吐かれる。そのため、消費者は心理的
な呪縛状態に陥り 電話を切ってもらうために
契約してしまう。
本法における困惑類型は、取消しの対象を訪問販売等の対面取引に限定しており、
電話等の隔地者間取引には適用されない。しかし、電話勧誘は極めて覆面性が高く、
特に気の弱い者を狙って高圧的に契約を迫るなど悪質な勧誘が行われやすい。悪質
さでは対面取引よりも高い場合も多く、(立証の困難さという課題はあるものの)
本法による救済が一切受けられないとするのは妥当ではない。
‐24‐
(3)
★
心理的な動揺
不安を煽られたために動揺して契約しても取消しできない
【事例 18】
(18-1)
訪問販売で、健康食品(50 万円)を購入した。体脂肪を測定され「夫婦とも体脂
肪率が高く、脳卒中の危険性が高い」と言われて怖くなり、勧められるままに購入
してしまった。指示通りに飲んだが、効果がない。
(60 代 女性)
(18-2)
チラシを見て、易断会場に出かけた。写真や手相を見て、「夫は来年2月には寝
たきりになる。あなたは 60 才前に死ぬ。本部で祈祷をあげれば絶対大丈夫」と 140
万を払うように言われた。
(50 代 女性)
事業者から不必要に不安を掻き立てられた場合、消費者は心理的に動揺し、どう
していいか分からず言われるままに契約を締結してしまうことも多い。後になって
冷静になって考えてみると 勧誘の状況そのものが普通ではなくおかしいと気づ
くケースである。手口としては、特に高齢者に対して健康、安全、金銭、孤独に関
する不安を煽るものが多く、健康商法や霊感商法がその典型例である。また、この
ように心理的に動揺させ契約を煽るケースの場合、ほとんど無価値の商品を数百倍
もの価格で購入させられることも多い。
(注) なお、心理的動揺は比較的継続する場合も多い。例えば、セミナーの後一旦家に帰って
からあらためて契約を締結しているものもある。
‐25‐
(4)
★
人間関係・状況の濫用
人間関係を利用して契約を迫られ、困惑して契約しても取消しできない
【事例 19】
(19-1)
友人に誘われ出向くと、業者の社員が一緒にいて宝石を見せられた。「高額だが、
他の人を会員に誘うと紹介料が入り儲かる。商品も値上りする」と説明され、友人
と気まずくなりたくなかったので購入した(60 万円)。
(20 代 男性)
(19-2)
女性からプレゼントがあると呼び出され、ネックレス等(120 万円)を購入した。
飲食店で6時間以上説明を受け、支払いに不安があったが、説得されて仕方なく購
入した。
(20 代 男性)
消費者が困惑する理由としては、事業者の威迫行為の他、事業者が消費者との間
で優越的な関係(人間関係)を築くことで心理的な負担感を抱かせる(断りにくく
させる)ものもある。典型例としては、デート商法や高齢者の次々販売などが挙げ
られ、さらに介護ヘルパーによる不当な勧誘などもある。
事業者の勧誘員は、親切ごかし、恋愛感情を抱かせる又は同情を誘う(泣き落と
し)等により心理的に優越的な関係を築いたうえで消費者に対して契約を迫る。消
費者は、いまさら否とは言えない、気まずい関係になりたくない、かわいそうとい
った感情(心理的負担)から困惑して
断り切れずに 契約してしまう。
このような場合、本法における困惑類型(不退去・退去妨害による困惑)には該
当しにくい。しかし、事業者の不当性と消費者の困惑が存在することは明らかな訳
であるから、本法による救済が一切受けられないとするのは妥当ではない。
(注) この他、無償又は著しく廉価の商品等を提供することにより心理的負担を抱かせ断れな
くする手口もある。
(注) また、こうした被害は潜在化しがちであり、たとえ消費者がクーリング・オフ制度を知
っていても使うことは難しい。
‐26‐
★
断れない状況で契約を迫られ、困惑して契約しても取消しできない
【事例 20】
(20-1)
洗面所が水漏れしたので、チラシで見た業者に来てもらった。見積もりを聞いた
ところ、見てからと言われたが、そのまま修理されてしまい、終わるころに部品代
(5 万円)を請求され、仕方なく支払った。
(60 代 男性)
(20-2)
路上で声をかけられ、宣伝モデルの契約をした。仕事をするのにアクセサリーを
身につける必要があると言われ、高額な時計(100 万円)を購入した。モデルの仕
事などない。
(20 代 女性)
事例 20-1 は、消費者の急迫した状況に乗じて、承諾がないまま勝手に工事を先
行させることで無理矢理契約を締結させるものである。消費者が契約を締結せざる
を得ないような急迫した状況にある場合には、事業者による不当な内容の勧誘を拒
むことは難しい。さらに、本事例のように勝手に工事が行われてしまった場合には、
消費者は心理的に動揺し、諦めて言われるままに契約書にサインしてしまう。
事例 20-2 は、モデルの仕事と言って誘っておいて関連する商品を購入させるも
のである。
(注) 事例 20-1 の場合、消費者は契約不成立を主張することも可能であるが、一旦消費者が
諦めて契約書にサインしてしまっている場合には当該主張が困難となるケースもあるも
のと考えられる。工事等の既成事実を先行させることで強引に契約を締結させる手口は、
契約意識が希薄な日本人が陥りやすいものであり、そのような消費者を繰り返しターゲッ
トにする悪質事業者も多い。
‐27‐
3.不適合勧誘類型
★
認知症高齢者などの判断能力不十分者に対して、その弱さに付け込んだ不
当な勧誘が横行している
【事例 21】
(21-1)
訪問販売で、一人暮らしの姉(70 代)が、次々に 20 件以上の布団(総額 800 万
円)を購入した。年金暮らしでとても支払えない。最近は物忘れが激しく、契約時
の記憶もほとんどない。
(70 代 男性)
(21-2)
訪問販売で、一人暮らしの高齢者(70 代)が、屋根が傷んでいると言われ、補強
工事(10 万円)の契約をした。本人は業者を親切な人だとすっかり信用しており、
解約するつもりがない。他にもいろいろと契約しているようだが、注意しても聞か
ない。
(50 代 女性)
(21-3)
知的障害のある男性(20 代)が、印鑑と服飾品(130 万円)を購入した。契約内
容について分かっていないようであり、支払いたくないと言っている。
(40 代 女性)
近年、一人暮らしの高齢者など判断能力の低下した者を狙い、高額な商品等を売
りつける悪質な勧誘が増加している。高額な住宅リフォーム工事がその典型例であ
り、一旦契約すると
次々に
かつ
大量に
契約を締結させられる(次々販売、
過量販売)。
認知症高齢者、知的障害者、精神障害者といった判断能力不十分者(何らかの理
由によって十分な判断ができない者)は、通常の判断能力があれば締結しないよう
な、当該消費者にとって利益を害するおそれのある契約についても、事業者に勧め
られるまま訳も分からず契約してしまうことが多い。悪質な事業者は、そうした消
費者の弱さに付け込み、理解力に応じた説明をしない(納得を得ない)、不要な契
約を勧誘する、生活に支障を及ぼす契約を勧誘するといった不適合、不適切な勧誘
を行っているのである。
しかし、本法では、こうした極めて悪質な行為により被害を被った消費者を直接
‐28‐
救済することができない。もちろん、誤認類型や困惑類型に該当する場合もあると
考えられるが、判断能力不十分者は勧誘当時の記憶があいまいなことが多く、事業
者の悪質な行為を立証することが困難となっている。
(注) 特定商取引法では、「老人その他の者の判断力の不足に乗じ、訪問販売に係る売買契約
又は役務提供契約を締結させること」(同法施行規則 7 条 2 号)及び「顧客の知識、経験
及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行うこと」(同 3 号)が禁止され、
また、「商品の必要数量」について不実のことを告げる行為及び故意に告げない行為も禁
止されている(同法 6 条 1 項 1 号・2 項,同法施行規則 6 条の 2 4 号。なお、民事効あ
り(同法 9 条の 2 1 項)。)。
《留意点》
○
特に在宅の高齢者に対する不適合勧誘の被害が拡大している。これらの被害の
大半は家族やヘルパーといった当事者以外の者が気づくことで発覚するが、その
ときにはすでにかなりの時間が経過しており、またお金も支払ってしまった後で
ある。さらに本人の記憶があいまいなため契約当時の事実関係や意思の確認も困
難となっている。
(注) 高齢者が狙われる理由としては、
・ 一定の資産を持っている、
・ 高齢者特有の不安(健康、安全、金銭、孤独に関する不安)を抱えており、これを
煽ることで契約をさせやすい、
・ 判断能力が低下しており、また精神的にも弱くなってきているため、信頼させやす
く騙しやすい(日中一人でいることも多く寂しい)、
・ 問題を潜在化させやすい(騙されていることにも気づきにくい(契約したとの認識
がない者もいる)、気づいても自分では解決できない(解約に行ってさらに契約を締
結させられるなど)、怒られるから、恥ずかしいから家族に言わない)、
などが挙げられる。(中でも特に狙われやすいのは、成年後見制度の対象ではなく、要
介護認定も受けておらず(ヘルパーなど生活補助者が日常的に来ない)、表面上は「自
立」して暮らしているが実は認知症が進行している高齢者である。)
(注) 高齢者の消費生活トラブルに関する調査としては、東京都生活文化局「高齢者の消費
生活トラブルに関する調査研究報告書
∼高齢者支援の現場の担当者からみた消費者
被害∼」(平成 17 年 5 月)がある。
‐29‐
4.不招請勧誘類型
★
不招請勧誘による被害は後をたたない
【事例 22】
(22-1)
訪問販売で、布団(70 万円)を購入した。男性3人に上がり込まれ、朝から夕方
まで執拗に勧誘を受けた。子どもが高熱で寝ているといっても帰ってもらえないの
で仕方なく契約した。
(20 代 女性)
(22-2)
訪問販売で、下着(50 万円)を購入した。電話があり、「販売はしない、エステ
をするだけ」と言うので来訪に応じたところ、販売員はエステをせず、5時間もし
つこく勧誘された。断わっても帰ってもらえず、仕方なく契約をした。
(20 代 女性)
(22-3)
夜 10 時頃、駅前で呼び止められてレストランへ連れて行かれ、ネックレス(40
万円)を購入した。時間が遅いので何度も帰りたいと言ったが帰してもらえず、夜
11 時半をまわったので仕方なく契約してしまった。
(20 代 女性)
本事例は、いずれも消費者が望まない勧誘(不招請勧誘)によって被害を被った
ものである。訪問、電話、キャッチセールスによるものが典型例であるが、郵便、
FAX、メール等によるものもありうる。
不招請勧誘のすべてが直ちに不当な勧誘であるとは言えないものの、消費者の私
生活にいきなり飛び込んできてその意思を無視した勧誘を行うものであり、他の取
引方法に比べ悪質な勧誘が行われる可能性が高い。特に販売目的が意図的に隠匿さ
れて行われる場合にはその可能性は一段と高まるようである。
なお、不招請勧誘は、上記の誤認・困惑・不適合類型に該当するような不当な勧
誘のきっかけとなっている場合が多く、特に困惑類型との重複が見られる。しかし、
高齢者被害の大半が不招請勧誘により発生していることなどの被害の実態を踏ま
えれば、消費者が望まない勧誘をすべきでないことを明らかにするため、不招請勧
誘の制限に関する規定を創設することも考えられる。
‐30‐
(注) 自治体によっては、玄関先に「勧誘お断りステッカー」を貼るなどして不招請勧誘を防
止しようとする自主的な取り組みも進んでいる。しかし、ステッカーを貼ることで逆に悪
質な事業者の格好のターゲットとなることが懸念されるとの指摘もある。
‐31‐
第4.不当条項(8∼10 条関係)
★
一般条項(10 条)による無効の判断は難しい
【事例 23】(一般条項への該当性が問題となる事例)
(23-1)
家賃の支払いが6日遅れた。振込みして帰ると鍵が閉まっており、開錠料1万円
を払わないと鍵を開けないと言われた。来月の家賃に上乗せして払うと言っている
が聞いてくれない。契約書には特約条項として開錠料の規定がある。
(20 代 男性)
(23-2)
新築分譲マンションの売れ残り物件を値引きさせたうえで購入した。値引き額を
他の住居者に口外したら、値引き額×全戸数の補償を求めるという内容の念書を書
かされた。
(30 代 男性)
(23-3)
車の買取業者に軽自動車を買い取ってもらった。後で契約条項をよく確認した
ら、再査定で問題がある場合は価格を下げる、場合によっては損害賠償を請求する
とあった。契約条項があまりに不利だ。
(50 代 男性)
本法では、法律の任意規定の適用による場合と比較して消費者の権利を制限又は
義務を加重する契約条項であって、信義則に反して消費者の利益を一方的に害する
ものを不当条項(いわゆる一般条項)として無効としている(10 条)。
一般条項は、あらゆる不当な条項を対象とし無効としうる点において活用の範囲
は広いが、その反面、非常に抽象的な規定となっており無効か否かの判断が難しい。
消費生活相談の場でも、不当条項の比較の対象となる法文自体が把握できないなど
により、当該規定をうまく活用できないとの指摘もある。
また、一般条項の適用範囲については、非典型契約など比較の対象となる法文が
そもそも存在しない場合に不文法等(判例、学説等により一般的に承認された解釈)
による判断が可能かといった論点が、非典型契約であることをもって一切不当条項
に該当しないとするのは妥当ではない。
‐32‐
(注) 裁判例としては、不当条項の比較の対象として不文法等を含むとしたもの(大阪簡判平
成 15 年 10 月 16 日、佐世保簡判平成 16 年 11 月 19 日)がある。
(注) 一般条項の不明確性を解決する手段としては、「ブラックリスト」・「グレーリスト」
の導入が考えられる。以下、参考までに、日本弁護士連合会「消費者契約法の実体法改正
に関する意見書」(平成 18 年 12 月 14 日)によるものを挙げる。
〔ブラックリスト〕(当該条項は無効)
・ 契約文言を解釈する排他的権利を事業者に認める条項
・ 民法 541 ないし 543 条による解除権を認めない条項
・ 法令上の同時履行の抗弁権・留置権・相殺権を制限する条項
・ 事業者が消費者の同意なく第三者に契約上の地位を承継できるとする条項
・ 事業者による第三者への契約上の債権の譲渡についてあらかじめ承諾する条項(ビデ
オレンタル料の督促代行会社など)
・ 消費者が限度額を定めないで根保証をする条項
〔グレーリスト〕(当該条項が不当と判断される場合は無効。立証責任は事業者側)
・ 事業者の過失による債務不履行責任・不法行為責任の制限条項(8条関係)
・ 契約内容の一方的決定・変更条項
・ 消費者の義務履行の判断を事業者に委ねる条項
・ (非典型契約で法定解除権のない)継続的契約において中途解約権を制限する条項(東
京地判平成 15 年 11 月 10 日)
※ 特定商取引法では、連鎖販売取引・特定継続的役務提供に対し中途解約権が付与さ
れている(40 条の 2 1 項,49 条 1 項)。
・ 法定解除権(民法 541 ないし 543 条を除く)を認めない条項
・ 消費者から期限の利益を喪失する条項(広島高判平成 14 年 12 月 12 日。ただし、傍
論。消費者敗訴)
・ 消費者の一定の作為・不作為により一定の意思表示がなされた・なされていないとみ
なす条項
・ 一定の事実があるときは(消費者の利益に重大な影響を及ぼす)事業者の意思表示が
消費者に到達したものとみなす条項
・ 消費者の法定の権利行使又は意思表示の形式・要件に対し制限を課す条項
・ 事業者の証明責任を軽減又は消費者の証明責任を加重する条項
・ 管轄裁判所を事業者の住所地等に限定する条項(松山地裁西条支部判平成 18 年 4 月
‐33‐
14 日。大阪高判平成 17 年 1 月 31 日(ただし、消費者敗訴))
※ その他、関連する裁判例として、大阪高判平成 17 年 7 月 13 日、右京簡判平成 18 年
3 月 10 日等。
★
不意打ち的な内容の条項がある
【事例 24】
入居予定の賃貸マンションの契約条項に「退去時には指定の引越し業者を使うこ
と」とある。消費者契約法上問題でないか。
(40 代 男性)
本事例は、ある契約条項が、消費者が通常考えるであろう内容とは大きく異なる
(異常な)内容となっているためトラブルとなったケースである。契約の締結にあ
たっては、消費者は、重要と考えられる事項に重点を置いて内容を確認し、その他
の事項までは目が届かないのが一般的である。このような場合、当該条項が仮に不
当条項に該当しなかったとしても、消費者の想定しえない不意打ち的な条項として
問題となりえる。
★
不当な価格についてのトラブルも多い
【事例 25】
インターネットで、中古車の無料査定を申し込んだところ、業者が訪問してきて、
「査定額は0円だが、新古車(160 万円)を購入してくれれば5万円で引き取る」
と勧められ購入することとした。しかし、新古車の値段が新車より高いことが分か
った。
(30 代 男性)
本事例のように、当初納得して購入したものの後になって価格の妥当性に疑問を
持ち、相談してくるケースも多い。近年は、インターネット・オークション等に商
品を売りに出すことで適正価格を知り、不当に高い金額で購入させられていたこと
に気づくこともある。
‐34‐
通常、単に価格が高いことだけでは解除等の理由とはなりえず、被害を被った消
費者を救済することはできない。価格の不当性を主張できるのは、原野商法や霊感
商法でよく見られるような適正価格の数百倍といった金額で販売している場合な
ど、暴利行為として公序良俗違反が適用される余地があるときに限られると考えら
れ、消費生活相談の場でも消費者に希望にかなうようなあっせんは困難との認識が
一般的である。
しかし、悪意を持って行われた不当な価格による勧誘について、適正価格の数百
倍といった金額でなければ一切救済されないとするのは消費者にとって酷であろ
う。
‐35‐
第5.効果(契約の取消し、契約条項の無効)
★
消費者が「契約の取消し」よりも「損害賠償」を期待する場合がある
【事例 26】
近所には3階建てまでしか建たないと聞き、新築建売住宅(5,000 万円)を購入
した。「近隣土地と比較して価格が高いのは環境がよいからである」という説明だ
った。しかし、同じ地域内に4階建の建物が建つという。契約解除の意思はないが、
売主の責任を問いたい。
(40 代 男性)
事業者の不実告知等により消費者が契約を取り消すことができる場合であって
も、本事例のように、契約の取消しが消費者の生活に重大な影響を及ぼす場合には、
消費者は当該契約を維持したまま損害賠償による解決を期待することがある。また、
住宅リフォームに関する契約などの場合には、取消しによる原状回復が困難であり、
やはり損害賠償を請求することにより解決を図りたいと考えることがある。
しかし、本法では取消し以外の効果は定められていないため、このような場合に
は、より立証が困難な民法上の不法行為責任規定等による解決を目指さなければな
らなくなり、消費者が期待する被害救済が図れなくなる可能性がある。
一方、消費生活センターによるあっせんの場合は、解決方法が話し合いによる和
解であるため本法にとらわれない柔軟な対応が可能な場合もあり、契約の取消し以
外の効果がないことはそれほど大きな問題とはならないとの意見もある。
★
取消期間を過ぎてからの相談も多い
【事例 27】(取消権の行使期間(追認できる時から6ヵ月、契約締結時から5年)
が短すぎる)
(27-1)
7年前、訪販販売で、一人暮らしの母(50 代)が改装工事の契約をした。この他
にも訪販で布団や掃除機を購入しており、総額 400 万円の契約があるらしい。男性
の担当者数人に取り囲まれ怖くて断れなかったと言う。
‐36‐
(20 代 女性)
(27-2)
電話で、言語障害のある息子が女性に呼び出され、高額なアクセサリー(100 万
円)を購入した。内容がよく分からないうえ、怖くて契約しないと帰れないような
状態だったらしい。息子は3年間も黙ってお金を支払い続けていた。
(60 代 女性)
【事例 28】(消費者が意図せず取消権を放棄してしまうことがある)
SF商法のテント会場で、布団(30 万円)を購入した。入り口がふさがれたうえ、
販売員が両側に付き添ったので逃げられなかった。5ヵ月後、事業者から求められ
て支払いをしてしまった。
(70 代 女性)
これらの事例のように、本来、本法により取消しが可能な契約について取消権の
行使期間が過ぎてしまったり、消費者の行為が追認行為とみなされてしまうなどに
より、消費者が知らないうちに取消権を失ってしまうケースも多い。
(事例 27) 本事例は、取消権の行使期間(追認できる時から6ヵ月、契約締結時
から5年)を超えてから相談のあったものである。本法における取消権の行使期間
は、民法のそれ(5年、20 年)と比べて極めて短く、被害が救済できないことも多
い。消費者が訴訟に踏み切れずに躊躇していたり、事業者と交渉している間に取消
権が消滅してしまうおそれもある。また、困惑類型の場合には、取消期間の起算点
(追認できる時)につき「拘束から離脱した時」と解釈されるおそれがあるが、実
際に困惑が解け、取消しを主張した時にはすでに取消期間(6ヵ月)を過ぎてしま
っている場合もある。
(事例 28) 本事例は、代金の支払い等を行ったことが追認行為とみなされ取消権
を失ってしまったと解釈されるおそれがあるものである。特に困惑類型の場合には、
消費者は、たとえ拘束から離脱したとしても必ずしも困惑状態が解けるものではな
く、取り消したいと思っても怖くて数日して代金の一部を支払ってしまうなど追認
行為をしがちである。
(注) 消費者の中には、事業者の不当な勧誘行為に不満を抱いた場合でも払うべきものを払っ
た上で責任追及したいという感覚を持っている者もおり、このような場合にも追認行為と
‐37‐
みなされ救済ができなくなるおそれがある。
(注) 裁判例としては、拘束から離脱した日の翌々日に代金の一部を支払ったことが民法 125
条 1 号所定の債務の一部の履行に該当し、取り消し得べき行為を追認したものとして取消
しは認めなかったもの(大阪高判平成 16 年 7 月 30 日。ただし、暴利行為として公序良俗
に反し無効とした。)がある一方、契約締結後、販売店から商品を引き取りに来るように
との連絡を受け納品確認書に署名押印した時点でも、困惑した状況のもとに署名押印した
ことが認められるとして、取消権行使期間もこの時から進行すると解するのが相当とした
もの(東京簡判平成 15 年 5 月 14 日。同旨として名古屋簡判平成 17 年 9 月 6 日)がある。
★
事業者は、不当な条項であることが明らかでも他の契約への影響を懸念し
て無効を認めない
【事例 29】
整体院で整体コースが割安になる回数券(5 万円)を勧められ購入した。施術後
に、余計に腰が痛くなり発熱したので解約を申し出たが、「回数券の払戻はできな
い」と言われた。回数券は1枚のみ使用。
消費生活センターが交渉したが、整体院は「一人に返金したら全員に返金処理し
なければならなくなる」などと言って返金を拒否した。
(50 代 女性)
事業者が、ある顧客との関係において不当条項であることを認めた場合、同様の
契約条項を用いて契約を締結したすべての顧客に対して不当条項であることを認
めざるを得なくなる。そのため、事業者は当該条項が明らかに不当条項に該当する
ものであったとしても容易には認めず、このことが不当条項に関するトラブルを解
決しにくくしている。
ただし、このような場合、事業者側より当該個別事案については無効とする代わ
りに他には口外しないことの約束を求められることもあるようである。
‐38‐
第6.証明責任
★
消費者による立証は難しい
【事例 30】(立証が困難であることうかがえる事例−不当な勧誘行為)
(30-1)
情報誌を見てエステサロンに出向き、痩身エステ(30 万円)を契約した。「3キ
ロは絶対痩せる、アトピーも治る」と言われたが、アトピーはかえって悪化した。
エステサロンは「アトピーが治るとは言っていない」と主張し、返金に応じない。
(20 代 女性)
(30-2)
訪問販売で、布団を見せてと勝手に上がり込まれ、断りきれずに寝具セット(100
万円)を購入した。「強引な説明はない」等記載された確認書にサインさせられ、
また、後日の会社からの確認の電話に対しては、担当者の事前の指示に従って「問
題ない」と回答した。すぐに解約を申し出たが、再三の確認に応じていると言われ
拒否された。
(20 代 男性)
(30-3)
電話があり展示会へ連れていかれ、ローンでネックレス(180 万円)を購入した。
断わっても「ダメ。今この場で」と言われ、男性社員の他の客への怒鳴り声を聞き
怖くなり契約してしまった。
消費生活センターが解約交渉したが、事業者は「苦情内容は事実ではない。事実
だと言うなら物的証拠を出してもらいたい」と主張し、拒否された。
(20 代 男性)
(30-4)
3年前、結婚相手紹介サービスの会員(30 万円)になったが、結婚に至らず終了
した。雑誌広告には多数の異性会員がいると書いてあったが、実際には少ないよう
だ。会員数が事実かどうか知りたい。
‐39‐
(20 代 男性)
【事例 31】(立証が困難であることうかがえる事例−不当条項)
ネイルスクール(15 万円)の契約をした。半月受講したが、事前に説明のなかっ
た教材費等を請求されたため不信感を持ち、解約希望を伝えた。事業者からは、い
かなる場合にも返金致しかねるとの申込書記載事項通り、返金不可と言われた。
消費生活センターが交渉し、消費者の利益を一方的に害する条項は問題と主張し
たが、代理人弁護士から文書による立証を求められた。
(20 代 女性)
本法により契約の取消し又は不当条項の無効が争われる場合には、原則として消
費者側に立証責任があることとされる。これが消費者被害の救済において非常に大
きなネックとなっている。
(事例 30) 消費者が本法による契約の取消しを主張する場合、原則として消費者
側が事業者の不当な勧誘行為の存在等を立証する必要がある。しかし、消費者側に
は十分な証拠が残ってない場合が多く、言った・言わないの水掛け論となりがちで
ある(特に電話勧誘の場合には何も残らない)。一方、事業者側では、後々の消費
者側からの苦情に備えて(販売方法に問題が無いことの証拠にするために)契約時
にアンケート形式の確認書を書かせる、説明書面に押印させその写しを交付する、
後日確認の電話をしてやり取りを録音する等の方法により形式上の証拠物を用意
していることも多い。このような場合、消費者側で事業者の不当な勧誘行為の存在
を立証することは難しく被害の救済が困難となる。特に認知症高齢者等の判断能力
不十分者の場合には、本人の記憶があいまいであり契約当時の事実関係や意思を確
認することは難しい。
(注) 事業者の不当な勧誘行為に関する訴訟件数が少ないのは、立証の困難さも大きな理由の
一つであると考えられる。しかし、裁判例の中には、消費者本人による供述(神戸地裁尼
崎支部判平成 15 年 10 月 24 日)、消費者自身が作成した勧誘状況に関するメモ(名古屋
地判平成 17 年 1 月 26 日)、一般的な小売価格を記載した値札(大阪高判平成 16 年 4 月
22 日)、消費生活相談員が作成した消費者からの事情聴取書及び勧誘時に同席していた
第三者の供述(大分簡判平成 16 年 2 月 19 日)等が証拠となって事実認定がなされている
ものがある。また、事実認定がなされた場合には、因果関係についても厳密な検討を行わ
ず認めているものも多い。
‐40‐
(注) 特定商取引法(6 条の 2)および不当景品類及び不当表示防止法(4 条 2 項)では、主
務大臣は、事業者が商品・サービスの性能・効果・利益等に関する事項について不実告知
をしたか否かを判断するために必要があると認めるときは、事業者に対し当該告げた事項
の裏づけとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができるとされている。
消費生活相談の場では、証拠集めにも限界があり厳密な立証を行うことは困難で
あるものの、相談者に勧誘の状況等に関するメモを作らせる等により、事業者側の
説明との食い違いを明らかにする作業を行っている。さらにPIO−NET情報か
ら相手方となった事業者に関する他の相談事例を抽出したうえで、事業者に対して
組織的な悪質性を主張するなどの取り組みも行われている。消費生活相談では、必
ずしも訴訟において求められるような厳格な立証がなければ解決できないという
訳ではなく、むしろ十分な証拠がない場合でも熱意を持って粘り強くその不当性を
主張することで消費者寄りの解決が図られるケースもあるようである。
《留意点》
○
特にインターネット取引においては、確認ボタンを押すのみで契約が成立し、
契約締結時の表示内容等が一切手元に残らないこともあり、立証は難しい。
(事例 31) 消費者が不当条項による無効を主張する場合にも、原則として消費者
側に立証責任があることとされる。本事例は、消費者が支払う違約金を予定する条
項における「平均的な損害の額」(9 条 1 号)が争われているケースにおいて、事
業者側が消費者側に対して立証を求めているものである。しかし、事業者の内部情
報とも言える「平均的な損害の額」について、何の資料も持たない消費者側に一方
的に立証責任を負わせることは公正性に欠ける。
(注) この点につき、昨年出された最高裁判決(最判平成 18 年 11 月 27 日)では、事実上の
推定が働く余地があるとしても、基本的には消費者側が証明責任を負うものと解すべきと
された。この判決が出される前の下級審判決としては、立証責任は事業者が負担すべきと
するもの(大阪地判平成 14 年 7 月 19 日、さいたま地判平成 15 年 3 月 26 日、東京地判平
成 18 年 6 月 12 日)、民事訴訟法 248 条の趣旨に従って相当額を認定するもの(東京地判
平成 14 年 3 月 25 日、東京簡判平成 15 年 10 月 30 日、横浜地判平成 17 年 4 月 28 日)な
‐41‐
どがある。
(注) 「平均的な損害の額」の意義については、「当該消費者契約の当事者たる個々の事業者
に生じる損害の額について、契約の類型ごとに合理的な算出根拠に基づき算定された平均
値であり、解除の事由、時期の他、当該契約の特殊性、逸失利益・準備費用・利益率等損
害の内容、契約の代替可能性・変更ないし転用可能性等の損害の生じる蓋然性等の事情に
照らし、判断するのが相当である。」としたもの(前記東京地判平成 14 年 3 月 25 日)が
ある。
なお、不当条項の無効が争われた裁判例は、社会的に取り上げられ訴訟が増加し
た、学納金の返還に関するもの、敷金の返還に関するものを除けば比較的少ない。
また消費生活相談においても相談件数はそれほど多くない。
消費者としては、おかしいと思う契約条項があってもすでに当該条項により契約
してしまっており今さら仕方がないとあきらめる場合があるものと考えられる。ま
た、通常、契約条項自体は手元にあるため事実の立証は容易であるものの、不当か
否かの立証が困難であり、消費生活相談の場では解決が難しいものと考えられる。
‐42‐
第7.その他
★
悪質な事業者は法律違反を意に介さない
【事例 32】
(32-1)
訪問販売で購入したネックレスを受け取りに行った際、化粧品の代理店になるよ
う勧められ、契約してしまった。解約しない同意書を書かされた。クーリング・オ
フ対象外との記載もある。
消費生活センターが交渉したが、「事業者契約なので特定商取引法や消費者契約
法等の適用はなく解約出来ない」との回答があった。再度、交渉したところ、事業
者からセンターに再三脅しがあり、抗議文も届いた。
(20 代 女性)
(32-2)
電話勧誘で、「あなたが今支払っている契約は、悪徳商法だから解約したほうが
よい」と言われて解約代行(30 万円)の契約をした。内容証明の書き方を指導され、
以前に契約した2件の会社に送った。そのうち1件は、「こちらでは交渉できない
ので消費生活センターに行くように」と言われ、もう1件については何も言ってこ
ない。
消費生活センターが解約交渉をしたが、次々違う人間が対応し、のらりくらりの
対応でらちがあかない。
(20 代 女性)
近年、悪質な事業者が増加してきており、その手口も、法の隙間を狙う、問題が
露見しにくい人(判断能力不十分者等)を狙う、会社名を変えて不当な勧誘行為を
繰り返すなど狡猾化、犯罪化してきている。本事例のように、明らかに本法に違反
する行為をしていながら取消しや無効に応じない悪質な事業者も多く、行政処分や
会社名の公表すら厭わない事業者もいる。このような事業者は、ある程度利益を確
保したうえで計画倒産や雲隠れすることもあり、被害を被った消費者の救済が難し
くなっている。
また、本法は事業者の不当な行為に対する抑止力にもなりにくい。本法は民事効
を定めるものであり、事業者が本法に違反しても直接には罰則等は科せられない。
もちろん、業法や条例に違反する場合には当該事業者に対して刑事罰や行政処分が
‐43‐
科され、また会社名が公表されることになるが、悪質な事業者からすれば、たまた
まトラブルとなったケースだけ(行政に気づかれないよう)返金等によりうまく対
応しておけばよいということになる。たとえその契約については返金しなければな
らなかったとしても、事業全体で見れば「やりどく」という状況が発生しているか
らである。このようなことから、本法は事業者の不当な行為に対する抑止力とはな
りにくく、その結果、依然として消費者の被害(特に潜在的な被害)が減少しない
のである。
★
訴訟をあきらめ泣き寝入りする消費者も多い
【事例 33】
(33-1)
資格関係の予備校(40 万円)に入学した。前もって納入金の返金はできない旨説
明を受け了解していたが、授業の内容が難しくついていけないので解約を申し出
た。学校からは、規定に基づき入学金は返金しないと言われた。
消費生活センターから、返金不可という規定は消費者契約法違反であることを伝
え交渉したが、事業者は「この学校を侮辱するのか」と取り付く島のない対応であ
った。相談者には少額訴訟制度を助言したが、この事業者とこれ以上かかわりたく
ないという。
(20 代 男性)
(33-2)
ガソリン等の先物取引(2,000 万円)を契約した。事業者の指示に従い売り買い
したが多額の損失を被った。リスクは承知していたが、ここまでとは考えていなか
った。裁判をする気力はなく諦めるしかないが、被害者をこれ以上作らないように
法の整備を行ってほしい。
(50 代 男性)
消費生活センターによるあっせんが不調となった場合、相談員は法律相談や訴訟
の提起をアドバイスして相談を終了することとなるが、消費者の意向として、立証
できそうにない、相手方の事業者が怖いのでもう係わりあいたくない、訴訟するほ
どの気力・体力がない、訴訟まではしたくない(訴訟への心理的な抵抗)、訴訟費
用が高いといった理由から、訴訟をあきらめ泣き寝入りしてしまうケースも多い。
‐44‐
<裁判例に関する参考文献>
・ 社団法人日本リサーチ総合研究所『消費者契約に関する紛争の実態及び法的な論点について
−「消費者契約に関する苦情相談の実態調査」研究会報告書−』(平成 17 年 3 月)
http://www.consumer.go.jp/seisaku/shingikai/20bukai3/file/shiryo2.pdf
・ 国民生活審議会消費者政策部会第1回消費者契約法評価検討委員会(平成 19 年 1 月 17 日)
資料5「消費者契約法の施行状況に関する評価・検討について」5∼25 頁
http://www.consumer.go.jp/seisaku/shingikai/keiyaku1/file/shiryo5.pdf
・
佐々木幸孝「消費者契約法裁判例の展開と課題」法律時報 79 巻 1 号
・ 太田雅之「消費者契約法の適用−その現状と課題−」判例タイムズ 1212 号
‐45‐
第Ⅱ章 消費者契約法の課題
第Ⅰ章(相談事例から見た消費者契約法の問題点)を総覧してみると、特に以下
の3点に関して本法が十分に機能していないことがうかがわれた。
①
本法の対象とならない不当な勧誘行為
②
消費者側による立証の困難性(それを見越した不当な行為)
③
「消費者契約」の捉え方(本法の適用を逃れようとする不当な行為)
そこで、以下では、これらの点について、その問題点と関連する事例を挙げつつ
課題と対応の方向を検討した。
第1.消費者契約法の対象とならない不当な勧誘行為
1.消費者を誤認させる勧誘(誤認類型)
<問題点>
(1) 本法では、誤認類型として、事業者が、「不実告知」、「断定的判断の提供」
又は「不利益事実の不告知」をしたことにより消費者が誤認して契約を締結し
た場合、消費者は当該契約を取り消すことができる旨を定めている(4 条 1・2
項)。
(2)
しかし、本法の誤認類型は、以下の点でその適用範囲が限定されている。
① 事業者による重要事項の不告知一般は取消し事由となっていないこと。
② 「不実告知」(4 条 1 項 1 号)又は「不利益事実の不告知」(4 条 2 項)があっ
た場合でも、当該不実を告げた事項又は事実を告げなかった事項が商品・サ
ービスの内容や取引条件に関する事項でなければ契約を取り消すことができ
ないこと(「重要事項」(4 条 4 項)の範囲が限定されていること)。
③ 「断定的判断の提供」(4 条 1 項 2 号)があった場合でも、当該断定的判断を
提供した事項が経済的事項(金融取引における各種の指数・数値、金利、通
貨の価値等)でなければ契約を取り消すことができないと解釈されているこ
と。
‐46‐
(3)
なお、「広告」は、一般的には本法における「勧誘」の概念に含まれないと
解釈されている。そのため、「広告」上の不当な表示を信じて契約を締結した
消費者が救済されないおそれがある。
<事
例>
..............
(1) 事業者が重要な事項を告げなかったため、誤認して契約を締結してしまった。
中古車業者から中古車(120 万円)を購入した。後日、別の業者に見積もりをし
てもらったところ、事故車であることが判明し、10 万でしか買い取れないと言われ
た。
(40 代 女性)
...........
事業者が契約の動機に関する事項について不実を告知したため、誤認して契
(2)
約を締結してしまった。
訪問販売で、「床下が傷んで傾いているので地震が来たら家が倒れる」と言われ、
自宅の耐震補強工事(60 万円)の契約をした。本当に必要な工事であったか疑問。
(60 代 女性)
※
社会問題となった住宅リフォーム工事に関する消費者被害の大半は、事業者から住宅の安
全性に関する事項(契約の動機に関する事項)について不実告知があったものである。
(3)
........................
事業者が商品・サービスの効用といった将来的に不確実な事項について断定
的判断を提供したため、誤認して契約を締結してしまった。
20 才の息子が、エステ店で、エステの他、健康食品、美容器具等(総額 230 万円)
を次々に契約した。息子はニキビに悩んでおり、「必ず結果を出す」と言われ信じ
て契約したようだ。
(50 代 女性)
........
(4) 広告上の不実表示を信じて契約を締結してしまった。
広告を見て、厚労省認可の資格が取れるとあったので、カイロプラクティック講
座(120 万円)を申し込んだが、資格が取れないことが分かった。(20 代 女性)
<課題と対応の方向>
(1)
本法制定後、個別法及び裁判例には大きな進展が見られる。
平成 16 年の特定商取引法の改正では、「不実告知」及び「不利益事実の不告
知」に関して本法と同様の契約取消権が認められたが、同法では、「不実告知」
の対象となる事項に「顧客が契約締結を必要とする事情(=契約の動機)に関
‐47‐
する事項」(6 条 1 項 6 号)まで含むなど、要件が緩和されている。また、「不
利益事実の不告知」についても、当該不告知の前に消費者の利益となる事実を
告げることを要求しない点で要件が緩和されている。その他、平成 16 年の商品
取引所法の改正では、事業者に商品先物取引のリスク等について説明する義務
が課せられ(218 条 1 項)、また、平成 18 年の金融商品の販売等に関する法律
の改正では、同法 3 条に定める「重要事項」の範囲が大幅に拡充されている。
また、本法に関連する裁判例においても、例えば、①「重要事項」を広く解
して契約の動機に関する事項も取り込んだもの
(東京地判平成 17 年 3 月 10 日、
神戸簡判平成 16 年 6 月 25 日、大阪簡判平成 16 年 10 月 7 日)、②本法 3 条(情
報提供努力義務)に法的効力を認めたと理解できるもの(大津地判平成 15 年 10
月 3 日)、③「不利益事実の不告知」における故意の認定を緩和したもの(神
戸簡判平成 14 年 3 月 12 日)など、本法の規定の解釈を拡大し、消費者被害の
救済を図る事案が蓄積されている。
(2)
上記の事例(消費者被害の状況)や、個別法及び裁判例の動向を踏まえれば、
事業者による、①重要事項の不告知、②動機に関する事項についての不実告知及
び③経済的事項以外の事項に関する断定的判断の提供といった不当な行為が取
消し事由となるよう、誤認類型の要件の拡大が検討されるべきである。
(3)
具体的には、「事業者が、消費者の契約を締結するか否かについての判断に
通常影響を及ぼすべきものについて、不実のことを告げ、断定的判断を提供し
又は告げなかったことにより、消費者が誤認して契約を締結した場合には、消
費者は当該契約を取り消すことができる」とすることが考えられる。
(4)
また、客観的に見て特定の契約締結の意思の形成に影響を与えうる「広告」
については、本法の適用対象となると考えるべきである。
①
通信販売やインターネット取引等においては、消費者は「広告」上の表示を信じて契
約締結の判断を行うのが通常であり、この点において対面取引(face to faceの取引)
の場合における「勧誘」と何ら変わりがないこと。
②
「広告」により誘引した消費者に対して改めて「勧誘」を行う場合であっても、消費
者が当該「広告」における不実表示を信じてそれにより契約を締結する場合があること。
‐48‐
2.消費者を困惑させる勧誘(困惑類型)
<問題点>
(1)
事業者が消費者の私生活や職場にいきなり飛び込んできてその平穏を害する
ような言動により勧誘が行われた場合、消費者は困惑し、本来望まない契約を
締結してしまうことが多い。事業者は、消費者の不意をついて近づき、威迫し
て又は十分に考慮する時間も与えないまま強引に契約を締結させてしまう。ま
た、近年は、事業者が親切ごかしや恋愛感情を抱かせる等により消費者との間
で人間関係を構築したうえで契約を迫るケースなど、伝統的な契約論では適切
な解決を図ることができない事例も発生してきている。
(2)
本法では、困惑類型として、事業者が、「不退去」又は「退去妨害」をした
ことにより消費者が困惑して契約を締結した場合、消費者は当該契約を取り消
すことができる旨を定めている(4 条 3 項)。
(3)
しかし、本法の困惑類型は、以下の点でその適用範囲が限定されている。
① 「不退去」(4 条 3 項 1 号)又は「退去妨害」(4 条 3 項 2 号)があった場合で
も、消費者が、事業者に対して「帰ってほしい」又は「帰りたい」旨の意思
を表示しなければ契約を取り消すことができないこと。
②
「不退去」及び「退去妨害」以外の、消費者に困惑を惹起させるような事
業者の不当な行為が対象とならないこと。
<事
(1)
例>
........
「帰ってほしい」、「帰りたい」と思ったものの、口に出せないまま契約を
締結してしまった。
訪問販売で、布団のシーツ(10 万円)を購入した。勧誘員が、以前に販売した布
団のシーツができたので持ってきたと言って無断で家に上がり込み、押入れから布
団を出してシーツをかけた。怖くて嫌と言えなかった。
※
(80 代 女性)
高齢者の中には契約を迫られると断りたくとも口に出せない者も多い。また、若年でもキ
ャッチセールスに引っ掛かると何も言えずサインさせられてしまう者もいる。こうした消費
者は、勧誘員に
帰ってほしくて 又は 帰りたくて 契約してしまうことが多い。
‐49‐
...
電話で執拗かつ強引に勧誘されたため、断わりきれずに契約を締結してしま
(2)
った。
電話勧誘で、3年前から次々に教材(総額 70 万円)を購入した。断っても何度
も職場に電話があり、「私のため」「今回限り」などとしつこく言われたため契約
してしまった。
※
(30 代 男性)
電話勧誘は極めて覆面性が高く、気の弱い者を狙って高圧的に契約を迫るなど悪質な勧誘
が行われやすい。頻繁に電話がかかり、なかなか切ってもらえず、断ると暴言を吐かれる。
そのため、消費者は心理的な呪縛状態に陥り、困惑して 電話を切ってもらうために 契約
してしまう。
............
不安を煽られたため動揺し、どうしていいか分からず契約を締結してしまっ
(3)
た。
訪問販売で、健康食品(50 万円)を購入した。体脂肪を測定され「夫婦とも体脂
肪率が高く、脳卒中の危険性が高い」と言われて怖くなり、勧められるままに購入
してしまった。指示通りに飲んだが、効果がない。
※
(60 代 女性)
事業者から不必要に不安を煽られた場合、消費者は心理的に動揺し、どうしていいか分か
らず勧められるままに契約を締結してしまう。この場合、後で冷静になって考えてみると勧
誘の状況そのものが普通ではなくおかしいと気づくことが多い。
.........
(4) 人間関係を利用して契約を迫られ、仕方なく契約を締結してしまった。
友人に誘われ出向くと、業者の社員が一緒にいて宝石を見せられた。「高額だが、
他の人を会員に誘うと紹介料が入り儲かる。商品も値上りする」と説明され、友人
と気まずくなりたくなかったので購入した(60 万円)。
※
(20 代 男性)
事業者の勧誘員が、親切ごかし、恋愛感情を抱かせる又は同情を誘う(泣き落とし)等に
より心理的に優越的な関係(人間関係)を築いたうえで消費者に対して契約を迫ることも多
い。消費者は、いまさら否とは言えない、気まずい関係になりたくない、かわいそうといっ
た感情(心理的負担)から困惑して 断り切れずに 契約してしまう。
.......
(5) 断れない状況で契約を迫られ、仕方なく契約を締結してしまった。
洗面所が水漏れしたので、チラシで見た業者に来てもらった。見積もりを聞いた
ところ、見てからと言われたが、そのまま修理されてしまい、終わるころに部品代
(5 万円)を請求され、仕方なく支払った。
‐50‐
(60 代 男性)
※
消費者が契約を締結せざるを得ないような急迫した状況にある場合には、事業者による不
当な内容の勧誘を拒むことは難しい。さらに、本事例のように勝手に工事が行われてしまっ
た場合には、消費者は心理的に動揺し、諦めて言われるままに契約書にサインしてしまう。
このような場合、契約不成立を主張することも可能であるが、一旦消費者が諦めて契約書に
サインしている場合には当該主張が困難となるケースもあるものと考えられる。
<課題と対応の方向>
(1)
このような消費者被害の状況を踏まえれば、対象となる事業者の行為を「不
退去」及び「退去妨害」に限定することなく、広く事業者による、「消費者の
私生活又は業務の平穏を害するような言動」や「消費者との間に生じた関係又
は状況を濫用するような言動」が取消し事由となるよう、困惑類型の要件の拡
大が検討されるべきである。
(2)
具体的には、「事業者が、以下の①∼③などの消費者の私生活若しくは業務
の平穏を害するような言動又は以下の④・⑤などの事業者と消費者との間に生
じ若しくは生じさせた関係又は状況を濫用するような言動をしたことにより、
消費者が困惑して契約を締結した場合には、消費者は当該契約を取り消すこと
ができる」とすることが考えられる。
①
(明示していないものも含めて)消費者の意に反して、事業者が勧誘の場
所から退去しない若しくは消費者を退去させない言動
② 電話により執拗に説得するなどして迷惑を覚えさせる言動
③ 消費者の不安をことさらに煽るなどして消費者を心理的に動揺させる言動
④ 親切行為などにより消費者に心理的な負担を抱かせる言動
⑤ 消費者の当該契約を締結せざるを得ない特別の事情に乗じる言動
(3)
なお、ここでの問題状況は、不招請勧誘規制の問題とかなりの部分重なると
考えられる。そこで、困惑類型の拡張と並んで、事業者は、消費者が望まない
勧誘をすべきではないことを明らかにするため、「事業者は、契約締結の要請
をしていない消費者に対して、訪問したり電話をかけるなどして契約締結の勧
誘をしてはならない」とする不招請勧誘規制の一般的な規定を創設することも
考えられる。
‐51‐
(注) 事業者による、消費者が望まない勧誘の手段としては、訪問(「キャッチセールス」を
含む)や電話が典型例であるが、その他、郵便、FAX、メール等もありうる。
(注) 国民生活センターでは、学識経験者、弁護士らによる「不招請勧誘の制限に関する研究
会」を設置し、その調査研究報告書として『不招請勧誘の制限に関する調査研究』(平成
19 年 2 月)をまとめたところである。
‐52‐
3.判断能力不十分者への不当な勧誘(適合性の原則)
(1)
近年、一人暮らしの高齢者など判断能力の低下した者を狙い、高額な商品等
を売りつける悪質な勧誘が社会問題となった。高額な住宅リフォーム工事がそ
の典型例であり、一旦契約すると 次々に かつ 大量に 契約させられ(次々
販売、過量販売)、その後の生活に支障を及ぼすこととなる場合も多い。
(2)
認知症高齢者などの判断能力不十分者は、通常の判断能力があれば締結しな
いような、当該消費者にとって利益を害することとなる契約についても、事業
者に勧められるまま
訳も分からず
契約してしまう場合が多い。こうした被
害の大半は家族やヘルパーといった本人以外の者が気づくことで発覚するが、
本人の記憶があいまいなため、契約当時の事実関係や意思の確認が困難な場合
が多く、被害救済が極めて難しくなっている。また、一人暮らしの寂しさ等か
ら、よく訪ねてくる事業者を信頼してすべてを委ねてしまう者もいる。
(3)
人口の高齢化等により、認知症高齢者などの判断能力不十分者は今後ますま
す増加することが予想される。また、近年の商品・サービスの多様化・高度化
といった環境変化は、契約内容をさらに複雑なものとしている。
悪質な事業者は、こうした状況を利用して、判断能力不十分者を意図的に狙
い、理解力に応じた説明をしない(納得を得ない)、必要のない契約を勧める、
又は生活に支障を及ぼすような契約を勧めるなど、その弱さに付け込んだ不当
な勧誘を行っている。また、高齢者に限らず、知的障害をもつ若者などもこの
種の不当な勧誘のターゲットになっている。
(4)
しかし、本法の誤認類型及び困惑類型では、このような消費者被害の救済は
困難となっている。
<事
(1)
例>
.......
..............
消費者の判断能力の不足に乗じて生活に支障を及ぼすこととなる契約を締結
させられた。
訪問販売で、一人暮らしの姉(70 代)が、次々に 20 件以上の布団(総額 800 万
円)を購入した。年金暮らしでとても支払えない。最近は物忘れが激しく、契約時
の記憶もほとんどない。
(70 代 男性)
‐53‐
....... ..
....
(2) 消費者の判断能力の不足と信頼に乗じて不必要な契約を締結させられた。
訪問販売で、一人暮らしの高齢者(70 代)が、屋根が傷んでいると言われ、補強
工事(10 万円)の契約をした。本人は業者を親切な人だとすっかり信用しており、
解約するつもりがない。他にもいろいろと契約しているようだが、注意しても聞か
ない。
(50 代 女性)
..... .......
(3) 知的障害者の判断能力の不足に乗じて不当な勧誘が行われた。
知的障害のある男性(20 代)が、印鑑と服飾品(130 万円)を購入した。契約内
容について分かっていないようであり、支払いたくないと言っている。
(40 代 女性)
<課題と対応の方向>
(1)
このような消費者被害の救済を図るためには、判断能力不十分者の弱さに付
け込んだ不当な勧誘を規制する必要があり、そのためには、消費者と当該契約
との関係に着目して、当該消費者の判断能力、知識、経験、財産の状況及び契
約締結の目的等に照らして当該契約が消費者の利益を著しく害すると認められ
る場合に、当該契約の取消し等を可能とする新たな規定(適合性の原則)の導
入が検討されるべきである。
(2)
具体的には、「消費者が、
①
当該消費者の支払能力を超える又は当該消費者にとって不必要かつ不当に
高額であるなど、当該消費者の利益を著しく害すると認められる契約を締結
した場合であって、
②
当該消費者に通常の判断能力があれば当該契約を締結していなかったと認
められるときには、
消費者は当該契約を取り消すことができる」とすることが考えられる。
(3)
なお、事業者は、消費者の判断能力の不足等に乗じた不適切な勧誘をすべき
ではないことを明らかにするため、「事業者は、消費者の判断能力、知識、経
験、財産の状況及び契約締結の目的に照らして不適当と認められる勧誘をして
はならない」とする適合性の原則に関する一般的な規定を創設することも考え
られる。
‐54‐
第2.消費者側による立証の困難性
<問題点>
(1)
消費者が本法による契約の取消し又は契約条項の無効を主張する場合、原則
として消費者側で事業者による不当な行為の事実や契約条項の不当性等を立証
する必要があり、これが本法による消費者被害の救済を妨げる大きなネックと
なっている。
(2)
消費生活センターによりあっせんが行われた事例を見ると、本来、本法によ
る救済がなされるべきと考えられるようなものであっても、立証上の問題が原
因となってあっせんが不調に終わる場合も多い。
(3)
その場合、消費者は、最後の手段として訴訟を検討することとなるが、消費
者の意向として、立証できそうにない、相手方の事業者が怖いのでもう係わり
合いたくない、訴訟するほどの気力・体力がない、訴訟まではしたくない(訴
訟への心理的な抵抗)、訴訟費用が高いといった理由から泣き寝入りしてしま
う場合も多く、悪質な事業者は消費者の置かれたこうした状況を見越して不当
な行為を繰り返している。
<事
(1)
例>
... .....
消費者側・事業者側双方に十分な証拠が残っておらず、言った、言わないの
....
水掛け論となる。
情報誌を見てエステサロンに出向き、痩身エステ(30 万円)を契約した。「3キ
ロは絶対痩せる、アトピーも治る」と言われたが、アトピーはかえって悪化した。
エステサロンは「アトピーが治るとは言っていない」と主張し、返金に応じない。
(20 代 女性)
......
(2) 事業者側に形式上の証拠(消費者が押印した確認書等)がある。
訪問販売で、布団を見せてと勝手に上がり込まれ、断りきれずに寝具セット(100
万円)を購入した。「強引な説明はない」等記載された確認書にサインさせられ、
また、後日の会社からの確認の電話に対しては、担当者の事前の指示に従って「問
題ない」と回答した。すぐに解約を申し出たが、再三の確認に応じていると言われ
拒否された。
(20 代 男性)
‐55‐
..............
事業者側が事実関係の整理に全く協力せず、一方的に消費者側に立証を強要
..
する。
(3)
電話があり展示会へ連れていかれ、ローンでネックレス(180 万円)を購入した。
断わっても「ダメ。今この場で」と言われ、男性社員の他の客への怒鳴り声を聞き
怖くなり契約してしまった。
事業者に対し消費生活センターが解約交渉したが、業者は「苦情内容は事実では
ない。事実だと言うなら物的証拠を出してもらいたい」と主張し、解約を拒否され
た。
(20 代 男性)
................
(4) 事業者側の内部情報とも言える事項を消費者側が立証しなければならない。
3年前、結婚相手紹介サービスの会員(30 万円)になったが、結婚に至らず終了
した。雑誌広告には多数の異性会員がいると書いてあったが、実際には少ないよう
だ。会員数が事実かどうか知りたい。
(20 代 男性)
...........
判断能力不十分者の場合、本人の記憶があいまいで契約当時の事実関係や意
...........
思を確認することが困難。
(5)
訪問販売で、一人暮らしの姉(70 代)が、次々に 20 件以上の布団(総額 800 万
円)を購入した。年金暮らしでとても支払えない。最近は物忘れが激しく、契約時
の記憶もほとんどない。
(70 代 男性)
<課題と対応の方向>
(1)
このような状況を踏まえれば、立証責任を一方的に事業者側に転換すること
は困難であるとしても、証拠の偏在性等を踏まえて証明責任に関する消費者の
過度な負担を軽減する方法が検討されるべきである。特に、事業者が告げた商
品・サービスの性能・効果・利益等に関する事項についてその真実性が争われ
る場合には、当該事項は事業者側の内部情報である訳であるから、それに関し
て一切資料を持たない消費者側に一方的に証明責任を負わせることは公正性に
欠け妥当ではない。
(2)
したがって、このような場合、事業者が告げた事実自体は基本的には消費者
側で立証する必要があるとしても、事業者の告げた事項の真実性に関しては、
「事業者側に当該事項の裏づけとなる合理的な根拠を示す資料の提出義務を課
し、当該資料の提出がない又は根拠に合理性がない場合には消費者側の主張を
‐56‐
真実と認めることができる」とすることが考えられる。
※ 不当景品類及び不当表示防止法においては、公正取引委員会は、事業者による商品・サ
ービスの品質・規格等に関する表示が不当な表示か否かを判断するために必要があると認
めるときは、事業者に対し当該表示の裏づけとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求め
ることができ、当該資料の提出がない場合には、排除命令の適用に関して当該表示は不当
な表示とみなすとしている(4 条 2 項)。
また、特定商取引法においては、主務大臣は、事業者が商品・サービスの性能・効果・
利益等に関する事項について不実のことを告げたか否かを判断するために必要があると
認めるときは、事業者に対し当該告げた事項の裏づけとなる合理的な根拠を示す資料の提
出を求めることができ、当該資料の提出がない場合には、行政処分の適用に関して当該事
項につき不実のことを告げたものとみなすとしている(6 条の 2)。
(3)
また、消費者が支払う違約金等を定める条項における「平均的な損害の額」
(9 条 1 号)の立証については、昨年出された最高裁判決(最判平成 18 年 11 月
27 日)において、事実上の推定が働く余地があるとしても、基本的には消費者
側が証明責任を負うものと解すべきとされた。しかし、違約金等の設定方法は
まさしく事業者側の内部情報である訳であるから、当該「平均的な損害の額」
が争われる場合には、やはり何らかの役割を事業者側に担わせるべきである。
その場合、「事業者側に違約金等の設定方法が合理的であることの根拠を示す
資料の提出義務を課し、当該資料の提出がない又は設定方法が合理的とは認め
られない場合には消費者側の主張を真実と認めることができる」とすることが
考えられる。
‐57‐
第3.「消費者契約」の捉え方
<問題点>
本法は、原則として消費者と事業者との間で締結されるすべての契約(消費者契
約)に適用されるものであるが、本法における「消費者契約」の定義(2 条)を形式
的に捉えてしまうと、本法の適用範囲が不当に狭くなってしまう。
※ 本法における「消費者契約」の定義は以下のとおり(2 条 1 項∼3 項)。
・消費者契約:「消費者」と「事業者」との間で締結される契約(ただし、労働契約を除く。)
・消費者:個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)
・事業者:法人その他の団体及び事業として又は事業のために当事者となる場合における個人
<事
例>
.....
(1) 個人が事業者名義で契約を締結した。
訪問販売で、「インターネットをするためには電話機を変えなければならない」
と言われ、新しい電話機をリース契約(70 万円)した。事業者からは、「契約書は
店舗、家の電話とも事業者名で記入するように」と言われた。
(60 代 男性)
...
(2) 個人間で契約を締結した。
インターネット・オークションで、個人から箪笥(10 万円)を購入した。けやき
の箪笥だから重いですよと言われ、総けやきだと思ったが合板の安物だった。
(40 代 男性)
.........
(3) 労働契約類似の契約を締結した。
チラシを見て、モデルの求人募集に応募し合格したが、まずはレッスンを受ける
必要があると言われ、レッスン費用(20 万円)を支払った。しかし、価格に見合う
内容ではないし、実際に仕事が提供されている様子もない。
(30 代 女性)
<課題と対応の方向>
(1)
これらの事例については、いずれも、以下の理由により、本法の適用対象と
なりえるものである。
①
たとえ事業者名義で契約する場合であっても、当該個人が営む事業とは直
接関わりのない商品・サービスに関して契約を締結するときには、当該個人
‐58‐
が有する知識や情報量は一般の消費者と何ら変わるところがないのが通常で
あること(特に本法や特定商取引法の適用を逃れるため、意図的に事業者と
して契約を締結させる場合があると考えられること)。
②
契約の相手方が個人名義であったとしても実質的に事業を営んでいるとみ
なされる場合には「事業者」として判断されるべきであること(意図的に個
人を名乗る場合があると考えられること)。
③
契約内容が実質的に労働契約とはみなせないものである場合には、本法に
よる救済が検討されるべきであること(意図的に労働契約類似の契約を締結
しようとする場合があると考えられること)。
(2)
「消費者契約」の捉え方については、取引の実情等を総合的に勘案したうえ
で本法の立法趣旨に照らして解釈されるべきであり、特に意図的に本法等の適
用を逃れようとする悪質な事業者が存在していることを勘案すれば、こうした
解釈基準を法的に明らかにすることも考えられる。
‐59‐
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