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セントラル硝子のフッ素化学

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セントラル硝子のフッ素化学
生 産 と 技 術 第60巻 第2号(2008)
セントラル硝子のフッ素化学
勝 原 豊*
企業リポート
Fluorine chemistry at Central Glass
Key Words: Fluorine chemistry, Elemental fluorine, Triflic acid,
Asymmetric synthesis, Nitrogen trifluoride Fluorinated polymers
1. はじめに
したことと、市場の旺盛な需要に刺激されて、フッ
フッ素は“a small atom with a big ego”と呼ばれ
素化合物製造は当社における事業の一つとして認識
る特異な原子で、電気陰性度や酸化力が全元素中最
され、1974 年蛍石からフッ化水素を生産する宇部
大である。フッ素化剤であるフッ化水素やフッ素ガ
工場フッ酸プラントを稼動するに至った。このプラ
スは非常に強い化学反応性や腐食性を示し取り扱い
ントは、結果として日本で最後に建設されたフッ化
が難しい一方、得られたフッ素化合物はむしろ安定
水素製造施設となり、当社の本格的なフッ素化学の
で、他の原子に見られないさまざまな機能を発現す
事業展開はここから始まった。
る。セントラル硝子は、数多くの有機、無機フッ素
化合物およびポリマー製品を、原料のフッ化水素か
3. セントラル硝子の目指すフッ素化学
ら一貫して製造しており、医薬、半導体工業、エネ
当社はフッ素化合物の製造企業としては比較的歴
ルギーなどの最先端産業分野に供給している。
史が浅く、他社が先行した大規模なフッ素樹脂やフ
ロン製造よりむしろ含フッ素ファインケミカル製造
2. 当社の沿革とフッ素
を志向した。製品は少量多品種で、比較的価格は高
当社は 1936 年に宇部曹達工業(株)として創立さ
いものの販売数量が限られているため、既存商品市
れ、苛性ソーダ、ソーダ灰の生産を開始した。事業
場への参入は徒に価格競争を招くと考え、ニッチな
の多角化の中で、ソーダ灰を原料とする板ガラス製
新規商品の開発から出発した。新規製品開発では研
造事業に進出し社名もセントラル硝子とする一方、
究開発による顧客要求へのタイムリーな対応が不可
アンモニアソーダ法による塩安併産、湿式製造法に
欠であるが、顧客においても開発途上であることが
よるリン酸生産で化成肥料事業を展開した。リン酸
多く、商品化の成否は顧客の製品の成功に依存する
製造工程においてリン鉱石中に数%含まれるフッ素
という大きなリスクを負ったものとならざるを得な
源から猛毒のフッ化水素が副生するが、このフッ素
い。情報の集積や効率的な製造方法の開発による絶
資源の回収・利用が当社のフッ素化学との出会いと
対的なコスト競争力の構築を目指し、技術の集積と
なった。高品位の氷晶石( Na 3 AlF6 )を巧妙な反応、
迅速な対応で顧客の要求に応えることに尽力してい
精製プロセスにより製造する独自技術の確立に成功
る。顧客との相互信頼の確立が最重要であることは
言を待たないが、グローバルなメガコンペティショ
*Yutaka
ンが普遍化した昨今は、生き残りをかけた技術競争
KATSUHARA
1945年4月生
大阪大学 大学院 石油化学専攻 博士
課程修了(1974年)
現在.セントラル硝子株式会社 化学研
究所 工学博士 合成化学
TEL:049-246-3711
FAX:049-243-4201
E-mail:[email protected]
(=コスト競争)が激化している。当社は、特徴あ
る技術の蓄積や知的財産の権利化により製品の独自
性を維持拡大する中で、フッ素化学を一つのキーテ
クノロジーとして位置づけ開発を進めている。
4. フッ素について
4.1 製造方法
フッ素化合物を製造するとき、基本となる原料は
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生 産 と 技 術 第60巻 第2号(2008)
フッ化水素 HF で、蛍石 CaF 2 と濃硫酸を反応させ
4.1.1 無機フッ素化合物
て製造される。
当社は多くの無機フッ素化合物を、① HF による
CaF2 + H2SO4 → 2HF + CaSO4
酸−塩基中和反応、② 強酸−弱酸交換反応、③ F 2
フッ素は希少元素という訳ではないが、工業資源
による酸化的フッ素化反応に依って製造している。
となる蛍石は中国など数カ国に偏在している。先端
無機フッ化物製品(NF3、WF6、SiF4など)は半導
工業分野でフッ素化合物の重要性が認識され需要が
体製造工業や光学材料で使用されるため高純度製品
増加するに従い、戦略物質として位置づけられるこ
が要求され、ppb レベルでの不純物管理を行う品質
とにもなり、資源確保はフッ素化合物の効果的なリ
管理下での製造が特徴である。
サイクルと合わせ今後の重要な課題となっている。
有用なフッ素化合物は全て人工物であるので、欲
4.1.2 有機フッ素化合物
しい物は作らなければならない。フッ素化反応の原
塩素化合物のハロゲン交換フッ素化反応による大
料にはフッ化水素のほか、金属フッ化物 MFn、フ
規模な含フッ素中間体・工業原料の製造に加え、近
(図1)
ッ素ガス F2 が一般に用いられる。
年は医農薬などの生理活性物質の原料として重要な
フッ素ガスはフッ化水素の電解によって製造され
光学活性なフッ素化合物の製造技術に注力し、酸素-
るが、ウラン濃縮に関連する技術であるため技術導
フッ素交換反応などによる新規な不斉化合物製造法
入には大きな制約が伴うことから、当社は製造技術
を開発・権利化している。医薬品中間体製造におい
を自社開発した。フッ素は有機物と接触すると爆発
ては、GMP 対応など高品質保証製造体制も確立し、
的に反応するほか、金属と反応して容易にこれを酸
顧客の要望に応えている。
化し金属フッ化物を生成するので反応器の耐食材料
の選定も難しいが、広範なフッ素化合物の製造には
4.1.3 電解フッ素化反応
不可欠の原料として重要性は増している。
当社は電解フッ素化により、世界でも1,2の生
図1.セントラル硝子のフッ素化合物
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生 産 と 技 術 第60巻 第2号(2008)
産規模でトリフルオロメタンスルホン酸 CF3SO3H
機能の確認・フィードバックによる開発を進める一
(TfOH)およびアミド酸、メチド酸などの誘導体
方、ppbレベルの不純物管理を行いながら、モノマー、
を数多く製造している。これらの誘導体は酸化力の
ポリマーの工業生産を行っている。
小さな超強酸として触媒、電池電解質、反応原料、
工業用添加剤として広く使用されている。また、環
5. おわりに 境面の観点からも資源回収技術の確立に注力してい
他の化合物には無い化学的安定性、不燃性、低表
る。
面エネルギー性といった多様な特異機能の応用が広
がるに従って、フッ素化合物の重要性はますます増
4.1.4 重合反応
大している。フッ素製品の機能開発については顧客
ファイン展開の帰結として、当社は多岐に渡る新
における開発への協力に努める一方、製造技術開発
規な含フッ素化合物を有しているが、これらを応用
については安価に高品質のフッ素製品を提供する努
した機能性モノマーの創出・開発をおこなっている。
力を継続し、当社のフッ素化学が社会に少なからず
機能性含フッ素ポリマー製品については、分子設計
貢献する存在となることを祈念している。
の段階から顧客と共同してサンプル製造と発現する
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