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分子標的薬による皮膚障害の治療

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分子標的薬による皮膚障害の治療
病薬アワー
2013 年 4 月 22 日放送
企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会
協
賛:MSD 株式会社
分子標的薬による皮膚障害の治療
三重大学医学部皮膚科
講師
磯田 憲一
●はじめに●
近年、分子標的薬と呼ばれるがん治療薬が登場し、がん患者の予後の改善に好成績を収
めています。分子標的薬とは、がん細胞の増殖因子などを分子レベルで標的とし、その機
能を抑制することにより抗がん効果を発揮する薬剤です。
その特徴としては、
①
創薬の段階から分子レベルの機能を設計し製造されること。
②
標的を持たない細胞、たとえば造血細胞などには影響を与えず、骨髄抑制の副作用を
回避できること。
③
一方で、標的分子を持つ正常細胞にも障害を与えるため、特別な副作用対策が要求さ
れます。たとえば、上皮成長因子受容体(以下、EGFRと略します)の機能を阻害する分
子標的薬の場合、高頻度で正常な皮膚組織にも障害を与えます。
この皮膚障害の問題点は、患者のQOLが著しく低下し、がん治療を中止する原因になり
得ることです。しかし、その多くは適切な対策を行うことで回避または治療することがで
きるため、担当医には皮膚科専門医と協力して皮膚障害対策を行うことが求められていま
す。
今回は、この分子標的薬に特有の副作用である皮膚障害について、その臨床像と対策方
法をご紹介いたします。
●薬疹の発症機序●
薬疹の発症機序には2種類あり、多くの場合はアレルギー性で、薬物がT細胞により抗原
として認識され、全身に湿疹や多形紅斑が発症します。症状は薬剤量に依存しません。耐
性を得ることはまれで、むしろ反復投与により症状はますます重篤になるため、生涯にわ
たって原因薬剤の投与は禁止されます。
一方、抗がん剤による薬疹は、薬剤の細胞毒性により皮膚が傷害されるため、発症時期
や重症度は薬剤の投与量に依存します。反復投与により耐性を得られることがあり、至適
量を選び、皮膚炎の治療を続ければ投与を継続することも可能です。
分子標的薬の皮膚障害は後者であることが多く、患者のQOLを保ちながら薬剤の投与を
続けることが可能であり、皮膚科専門医の技量が試される場面でもあります。
●皮膚障害対策を行う必要性●
エルロチニブ、セツキシマブ、スニチニブおよびモガムリズマブにおいては、皮膚障害
が顕著な症例ほど、治療効果が高いという統計報告があります。すなわち強い皮膚障害を
来す症例ほど、がん治療の成功を目指して皮膚障害対策を行う必要があります。
●分子標的薬の分類●
分子標的薬には、低分子化合物製剤と抗体製剤があり、標的分子で大きく分けることが
できます。
広義の分子標的薬にはmTOR阻害剤やTNFα阻害剤なども含まれますが、今回は抗腫瘍効
果を持ち皮膚障害を来しやすい薬剤について、その皮膚障害対策方法を紹介します。
●EGFR関連阻害剤による皮膚障害の対策●
EGFRは、上皮系細胞の増殖をコントロールしており、細胞増殖の活発な腺細胞に多く発
現しています。その機能を抑制することで非小細胞肺がんや乳がん、大腸がんの治療に効
果を発揮しますが、皮膚の表皮細胞や付属器細胞にも影響が及ぶため50%以上の頻度で皮
膚障害を来します。
これから、その特徴的な皮疹とその対策方法についてご説明いたしますが、私が皮膚科
医としての経験で得た治療方法も含まれるので、各社の皮膚障害対策マニュアルの記述と
は若干異なることをご了承ください。
①
ざ瘡様皮疹と脂漏性皮膚炎
アクネ菌が関与するニキビとは違い、分子標的薬によるざ瘡様皮疹は無菌性の毛包炎で
す。顔面、頭部、躯幹など脂漏部に黄白色の膿疱を伴った丘疹が投与1週間後くらいから
無数に出現します。無症状の症例が多いですが、掻痒または疼痛を訴える場合もあります。
軽症の場合は、粉をふいたような落屑と紅斑のみの脂漏性皮膚炎に類似した症状を呈しま
す。
分子標的薬が毛包や脂腺の細胞に作用し皮膚炎を来しているため、StrongからVery Strong
クラスのステロイド外用剤とアダパレンゲルを朝と夜で交互に使用します。
同時に、二次感染を防ぐ抗菌効果と好中球遊走能抑制作用のあるミノサイクリン1日
100mgを内服投与することで回復期間を短縮できます。
いったん改善したら、再発を防ぐためにアダパレンゲルの1日1回外用を継続します。
この薬剤は、毛包の角化抑制や脂腺の活動抑制効果があるので、分子標的薬の作用が及び
にくくなると考えられています。
②
乾皮症
エクリン汗腺の分泌細胞が障害され発汗機能が抑制されるために、肌表面の乾燥を来す
病態です。治療には保湿効果のあるヘパリン類似物質軟膏や尿素クリームを、入浴後10分
以内に外用するよう指導します。
③
爪囲炎および陥入爪、血管拡張性肉芽腫
最も治療に難渋するのが爪囲炎です。増殖・分化が活発な爪母細胞に分子標的薬が作用
し投与3週目頃に爪囲で皮膚炎を来します。爪囲炎は陥入爪に進行し、激しい疼痛と炎症
が続きます。次第に陥入部には肉芽腫が形成され難治化します。
治療方法は、陥入している爪のトリミングを優先して行います。ざ瘡様皮膚炎の治療と
同様の理由でミノサイクリン100mg/日内服と、鎮痛および腫脹軽減のためロキソプロフェ
ンナトリウムなどのNSAIDを投与します。外用剤は、Strongestクラスのステロイド軟膏とア
ダパレンゲルを1日3回外用します。
難治化したら速やかに陥入爪根治手術を行います。
●マルチキナーゼ阻害剤による皮膚障害の対策●
ソラフェニブとスニチニブは、血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGFR)や血小板由来成
長因子受容体(PDGFR)のチロシンキナーゼなど複数のリン酸化酵素を阻害し、手足症候
群という特徴的な皮膚障害を生じます。
手足症候群
薬剤投与2~4週後に手掌足底の違和感や紅斑、腫脹、過角化で始まる皮膚障害が出現
します。次第に角質が剥離したり水疱形成して、表皮びらんに至ると疼痛を伴うようにな
り日常生活に支障を来します。
軽症の時点から早期に治療を開始しますが、手掌足底は角質と真皮が厚く、病変が真皮
内にあることからStrongestクラスのステロイド外用剤を選択します。過角化による亀裂を予
防するためにはヘパリン類似物質軟膏や尿素クリームを使用します。
●投与を中止すべき皮疹●
以上のような本薬剤に特徴的な皮膚障害では、がん治療の継続と皮膚障害対策を並行し
て行いますが、重症薬疹と呼ばれる多形紅斑、スティーブンスジョンソン症候群、薬剤過
敏性症候群、そしてTENの症状が発症した場合には、急速な進行で致命的となり得るので、
速やかに薬剤の投与を中止します。
●皮膚障害の予防●
パニツムマブにおいて、投与前日からステロイド外用剤、保湿剤と日焼け止めの塗布と
ドキシサイクリンの内服を行うことで、皮膚障害の発現を抑制できたという報告がありま
す。私たちも主治医と協力をして積極的に予防対策を行っています。
●分子標的薬皮膚障害対策マニュアル●
2011年、当科の教授から「各社の分厚いマニュアルをコンパクトな冊子にし、患者のた
めに皮膚障害対策を各医師に啓蒙せよ」という指令が下りました。当院薬剤部と各社のご
協力により対策マニュアルを発行し全国の大学や病院にお配りしています。
●皮膚科医との連携●
抗がん剤による皮膚障害は主治医の想像以上に患者のダメージが大きく、がん治療への
モチベーション維持のためにも、速やかに対策を講じて短期間で治してあげることが私た
ちに求められています。
治療が無効であったり、爪囲炎が長引いたり、ステロイド外用剤の使用が長期にわたっ
て副作用が心配される場合や、重症薬疹の皮疹や見たことのない皮疹が発症した場合には、
すみやかに皮膚科医との連携をお願いいたします。
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