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薬剤性腎障害について
病薬アワー 2013 年 3 月 18 日放送 企画協力:社団法人 日本病院薬剤師会 協 賛:MSD 株式会社 薬剤性腎障害について 京都大学医学部附属病院薬剤部 講師 増田 智先 ●腎臓の機能と薬物トランスポーターの存在● 腎臓は、その重要な生理機能として、内因性の不要な老廃物や、体外から摂取した薬物 を含む生体にとって異物となる物質の体外への排除という役割を担っており、肝臓と並ん で中心的な解毒装置として位置付けられています。腎臓は、その構造的特徴として毛細血 管の塊である糸球体と、それに続く尿細管と、尿細管の周囲に存在する間質と呼ばれる組 織から成り立っています。体重の0.5%にも満たない腎臓には、心臓から送り出される血液 の2割以上が流れ込むことから、単位重量当たりの組織に流れ込む血液量は生体の中で最 も多い臓器と言われています。したがって、血液中の薬物や毒物が腎臓において高濃度に なりやすいため、腎臓は薬物など異物による毒性、すなわち薬剤性腎障害が発現しやすい 状況にあるといえます。 さて、糸球体で濾過された血漿成分を原尿と呼びますが、原尿に含まれる物質のうち、 グルコースやアミノ酸、無機リン酸、水分子など生体にとって必要な成分はほぼ全て尿細 管を通過するなかで、尿細管上皮細胞を介してもう一度体内に取り込まれます。この過程 を再吸収と呼びます。一方、イオン性の低分子化合物のなかには、輸送体、トランスポー ターと呼ばれる膜タンパク質を介して近位尿細管上皮細胞に取り込まれた後に、尿細管管 腔中へと排出されます。この一連の方向選択的な経細胞輸送過程は尿細管分泌と呼ばれ、 原尿の99%以上は再吸収されますが、薬物など生体にとって不要な物質は最終尿の中に積 極的に排除されます。 近位尿細管上皮細胞は、血管側の側底膜と尿細管の管腔側を形成する刷子縁膜という性 質の異なる細胞膜によって極性を維持しています。それに伴い、側底膜と刷子縁膜にはそ れぞれに特徴的なトランスポーターが複数種存在しており、尿細管分泌という解毒システ ムを営んでいます。1994年にドイツのグループによって塩基性薬物の細胞内取り込み過程 を媒介するトランスポーターOCT1をコードする遺伝子が発見されて以来、次々と薬物の細 胞膜輸送にかかわるトランスポーターの遺伝子が見つかってきました。最近では、これら は総じて薬物トランスポーターと呼ばれています。薬物トランスポーターは全体としてプ ラスに帯電した薬物か、マイナスに帯電した薬物を認識するグループに分けられ、前者は 有機カチオントランスポーター、後者は有機アニオントランスポーターと呼ばれています。 ●近位尿細管に対する薬物性腎障害● ヒト腎に存在する有機カチオントランスポーターとして、側底膜側のOCT2と刷子縁膜側 のMATEが知られています。OCT2は、膜内外に形成された細胞内マイナスの膜電位差を利 用して、カチオン性薬物の濃縮的な細胞内取り込み過程を媒介します。一方、MATEは細胞 外が弱酸性、細胞内は弱アルカリ性というpH差、すなわちH+の濃度差をエネルギーとして 細胞内に蓄積したカチオン性薬物の尿細管分泌を媒介します。したがって、MATEは機能的 にH+と有機カチオンの逆輸送体、アンチポーターとして認識されています。このように、 循環血液中に存在するカチオン性薬物は、OCT2によって細胞内に取り込まれ、MATEを介 して尿細管分泌を受けます。しかし、OCT2による取り込み活性が非常に高いことなどから、 近位尿細管上皮細胞内には高濃度のカチオン性薬物が蓄積します。白金系抗がん薬である シスプラチンは、優れた抗がん活性を有することから肺がんをはじめ多種多様ながん治療 に用いられますが、強い薬剤性腎障害の原因となることからその使い方は困難とされてい ます。特に、OCT2遺伝子を欠損させたマウスではシスプラチンによる腎毒性が全く起こら ないことや、MATEを欠損させたマウスではその毒性がより重篤になるという成績が存在し ますので、シスプラチンによる腎障害の分子メカニズムとしてOCT2やMATEは重要なトラ ンスポーターであると考えられています。 抗ウイルス薬であるアシクロビル、ガンシクロビル、シドホビル、アデホビルは、ほと んどが未変化体として尿中に排泄されます。これらは全てマイナスに帯電していることか ら、有機アニオントランスポーターOAT1を介して濃縮的に取り込まれ、尿細管管腔中へと 排泄されるため、近位尿細管上皮細胞に対する直接的な細胞毒性が引き起こされる危険性 が高いため注意を要します。尿細管壊死を招くことが知られるシドホビルを使用する際は、 OAT1を介した上皮細胞内への毒性回避を念頭に、尿酸再吸収阻害薬であるプロベネシドを 併用します。また、上皮細胞に対する毒性を示さなくても管腔中に高濃度に分泌された薬 物の一部は、その溶解性を維持できなくなって結晶化する恐れを伴います。白血病に限ら ずリウマチの治療にも用いられるメトトレキセートは、有機アニオントランスポーターに よって積極的に尿細管分泌を受けた結果、管腔中で析出し、尿管閉塞を引き起こす危険性 が高い薬物として分類されています。そのため、メトトレキセートを大量に用いる白血病 治療では、尿中のメトトレキセート濃度が過度に上昇しないように大量の輸液投与や、尿 pHが酸性に傾いてメトトレキセートが析出しないように予防する対策としてアセタゾラミ ドの併用が講じられます。 臓器移植患者や化学療法、放射線療法などを受けているがん患者は、免疫能が低下して いることから易感染状態にあるといえます。したがって、一般的な集団に比べて感染症に かかるリスクが高いため、抗菌薬や抗ウイルス薬を使用する頻度も必然的に高くなります。 アミノグリコシド系抗生物質や抗MRSA薬バンコマイシンなどはほとんどが未変化体とし て尿中へと排泄されます。いずれも、腎障害が問題とされていることから血中濃度モニタ リングTDMが推奨されています。アミノグリコシド系抗生物質は全て糸球体濾過を受けて 尿中排泄を受けますが、一部近位尿細管上皮細胞で再吸収されます。糸球体濾過された一 部の高分子タンパク質の再吸収を媒介する受容体メガリンは、カルシウムイオン依存的に アミノグリコシド系抗生物質の再吸収も媒介します。この過程を膜動輸送、エンドサイト ーシスと呼びます。エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた薬物は、エンドソ ームとリソソームの融合の後に、リソソーム膜の破壊、リソソーム酵素の細胞質内への漏 出、漏出した酵素による細胞の自己消化が引き起こされ、最終的に細胞壊死へとつながり ます。このように、メガリンはアミノグリコシド系抗生物質の腎障害メカニズムの起点と して考えられています。 ●ARFからAKIへの変更により薬物性腎障害を最小限に抑える● 以上、薬剤性腎障害のうち、近位尿細管に対する直接的な障害を中心に、その分子メカ ニズムとして薬物の膜輸送メカニズムに焦点を当てながら述べてきました。日本語の表現 としては急性腎不全として変わらないものの、グローバルではこれまでacute renal failure、 ARFと呼ばれてきた病態は、近年acute kidney injury、AKIとして定義されています。過去ARF については診断基準が30以上も存在するなど共通の認識を得るのに困難であったという経 緯から、2005年に組織された急性腎不全ネットワークAKINによって、透析が必要な重度の ものだけでなく予後に影響を及ぼす軽度なものも含むということ、failureよりもinjuryのほう がより病態を表現することができるということ、ラテン語由来のrenalよりもkidneyの方が一 般の理解を得やすいなどといった理由によって、AKIと改めて定義されることとなりました。 特に、AKIの診断基準は、市中病院でも使用可能な簡便な指標、すなわち血清クレアチニ ン値と単位時間当たりの尿流速の変化を用いることが特徴とされています。この診断基準 に沿って薬剤によるAKIを早期に見つけ出し、原因となる薬物の速やかな使用停止と、場合 によっては腎代替療法も併用することによって、薬剤性腎障害を最小限に抑えることが重 要です。さらに、薬物治療に際しては薬物による副作用を念頭に、投与された薬物または 自らが服用した薬物を積極的に調査し、薬剤性腎障害の疑いを持って接することが、薬剤 性腎障害を予防するうえで最も重要なことと考えられます。したがって、薬物それぞれに よる副作用発現のメカニズムの解明という研究活動による成果は、最終的に実地臨床にお ける薬物の副作用防止という場面において最も効果を発揮するでしょう。