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第Ⅲ部 不動産市場の実際

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第Ⅲ部 不動産市場の実際
第Ⅲ部
不動産市場の実際
―不動産市場分析の方法―
麗澤大学経済学部准教授
清水
千弘
「不動産市場の実際」では、不動産市場分析の理論と方法の基礎を学習するものである。具
体的には、不動産市場分析の理論と考え方を示した上で(第1.2章)、個別市場ごとに分析手法
を示し、具体的なデータを用いて分析事例を紹介する。まず、不動産市場データの見方・読み
方を示し、地価の長期動向を概観し、地価動向の変化の歴史を学ぶ。さらに、オフィス市場・
住宅市場を中心として、商業施設市場・ホテル市場等の特性を示す(第3 章)。続いて、不動
産投資市場分析に欠かすことのできない不動産投資インデックスを学習する。具体的には JRIET 市場の動向を観察し、不動産投資パフォーマンスの国際比較を行う(第 4 章)。加えて、
不動産業界の構造について仲介業を中心として紹介する。不動産市場分析は、不透明な不動産
市場を読み解く技術である。その方法としては、経済構造とともに、社会構造の変化も併せて
分析していくことが必要である。本講義では、市場分析を行う視点と目を養うための基礎的な
技術を習得することを目的としている。特に、不動産市場を科学的な視点から分析していくこ
との基礎的な素養を習得していただきたい。
著 者 紹 介
清水 千弘(しみず ちひろ)
1967 年生まれ。1994 年東京工業大学大学院理工学研究科博士課程中退。博士(環境学・東京大学)。財団法人 日本
不動産研究所研究員、株式会社リクルート住宅総合研究所主任研究員、早稲田大学大学院ファイナンス研究科非常勤講師、
麗澤大学国際経済学部助教授、東京大学空間情報科学研究センター客員准教授を経て現職。政策研究大学院大学客員准教
授、東京大学空間情報科学研究センター研究員、一橋大学経済研究所研究員を兼務。主な著書に、
『投資不動産の分析と
評価』東洋経済新報社(共著、2000 年)、
『不動産市場の経済分析』日本経済新聞社(共著、2002 年)、『不動産市場
分析』住宅新報社(単著、2004年)、
『不動産市場の計量経済分析』朝倉書店(共著、2007年)。主な論文として、Shimizu,
C and K.G.Nishimura(2007)., Pricing structure in Tokyo metropolitan land markets and its structural changes:
pre-bubble, bubble, and post-bubble periods, Journal of Real Estate Finance and Economics.Vol.35, No.4,
Shimizu, C and K.G.Nishimura (2006) ., Biases in Appraisal Land Price Information: The Case of Japan,
Journal of Property Investment and Finance.Vol.26, No.2, Shimizu, C , K.G.Nishimura and Y.Asami(2004).,
Search and Vacancy Costs in the Tokyo Housing Market, Regional and Urban Development Studies,
Vol.16,No.3. ほか多数。1998 年 計画行政学会論文奨励賞、2005 年日本不動産学会著作賞(共著)受賞。
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第1章
不動産市場分析の手法
1 ●不動産市場の不透明性
わが国の不動産市場は、不透明であると指摘されることが多い。また、不動産金融市場
の関係者に、これからの不動産投資市場に求められる条件は何かと問うと、「透明性
(Transparency)」であると耳にする機会が増えてきている。それでは、不動産市場の透
明性とは何であろうか。また、何をもって不透明といわれるのであろうか。
経済学的には、市場の「不透明性」ということからは「情報の欠如」を連想しがちであ
る。そのようななかで、わが国においては不動産情報整備の必要性が指摘され、情報整備
政策が土地政策の中心的な問題として指摘され続けてきた。しかし、内外の投資家や住宅
を売却または購入しようとする個人などから不動産情報が整備されていないという不満が
聞かれる。
ここで、わが国の不動産情報の整備状況をみると、日本の不動産市場情報の量は国際的
に見ても多い。公示地価・基準地価、相続税または固定資産税路線価といった情報はほと
んど主要な都市・町村に至るまで整備されており、閲覧することが可能である。それに加
え、民間機関からも様々な不動産価格に関する情報が提供されている。特に、近年におい
ては不動産投資の収益率の捕捉を目標としたインデックスの開発競争が起こっており、逆
に情報が氾濫していると言っても過言ではない。
わが国で指摘される「不動産情報の欠如」とは、量の問題ではなく、質の問題なのであ
る。不動産投資の領域を例にとれば、「不動産投資・証券化のために必要とされる良質な
情報が欠如している」という事なのである。つまり物理的な意味での情報量が欠如してい
るのではなく一般に入手可能な情報において精度(precision)または正確度(accuracy)
がわからないといった意味で、情報の質が低すぎたり、また市場取引のなかで実感覚とし
て得られる不動産価格情報と、公に提供されている情報との間に大きなギャップが存在し
たりしているのである。
このような問題は、必ずしも不動産市場だけに内在する特有の問題ではない。われわれ
が入手可能な多くの経済指標や資産価格指標には、特定のバイアスや誤差が存在してい
る。そのため、それぞれの市場を分析している専門家は、そのバイアスや誤差を認識した
上で、市場分析を実施している。
不動産市場においても同様であり、不動産市場に良質な情報が存在していないのであれ
ば、高度な分析能力を持った専門家が、市場構造を解明していけばいいのである。逆に、
良質な不動産の市場データが整備されたとしても、それを十分に利用することが出来なけ
れば不動産市場は依然として不透明な状態が続く。たとえば、ある特定のバイアスや誤差
を持つ情報しか入手できなかったとしても、十分な市場分析能力を有していれば、市場の
状態を読み解くことができるのである。これは単純な情報の欠如の問題ではなく、市場分
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析能力の問題となる。
2 ●不動産市場分析の意義
不動産金融市場の登場は、不動産に関する情報開示を進め、さらに不動産市場分析に数
理統計技術を中心とした科学的な分析手法の導入を積極化させた。そのようななかで、不
動産市場の透明性は、この数年間で格段に上昇したといえよう。しかしながら、依然とし
て、不満の声が聞こえる。その背景には、わが国特有の問題がある。
もっとも大きな問題として、日本の都市整備の未熟さと都市の更新速度の速さが指摘さ
れる。わが国における都市空間の更新速度は早く、そのために、安定的な不動産価格形成
要因分析や将来収益の見通しを行うことは困難である。例えば、都市計画が厳格に執行さ
れているドイツ・英国などでは、街区単位で不動産価格のばらつきが小さく、開発が抑制
されることで街並みが時間的にも安定しているのに対して、日本においては同一街区のな
かでも不動産価格の格差が大きく、都市構造は常に変化している。そして、毎年、かなり
の量の新規供給が行われている。
加えて、不動産価格は多くの権利の束となっているが、その権利を規定する複雑な不動
産関連の法規制および税制が、しばしば変更されるといったことも挙げられる。これらの
日本特有の問題が、不動産市場分析を複雑かつ困難なものとしている。逆説的に考えれ
ば、このような市場特性を持つがゆえに、不動産市場分析をおこなう専門家の役割は大き
くなる。
そのため、不動産市場の解明にあたり、経済モデルや金融工学などに裏付けられた統計
データや数学モデルを用いた科学的な分析(Science)とともに、実務的な経験を通じて
習得される技術(Art)を融合させて分析を進めることが重要となるのである。
不動産市場分析とは、「不透明な不動産市場を読み解く技術」であると定義できる。本
章においては、不動産市場分析のなかでも、客観的なデータに基づき市場を分析するため
の基礎的な技術の習得を目標とする。
第2章
経済システムと不動産市場
1 ●ミクロ分析とマクロ分析
不動産市場を分析するにあたり、さまざまなレベルで実施することが必要である。個々
の家計や企業の意思決定によって立地選択がおこなわれ、その結果として不動産価格や土
地利用が形成される。また、特定の財・サービス市場における家計と企業の相互作用によ
って、市場全体が動いている。
経済学では、伝統的にミクロ経済学とマクロ経済学の分野に分けて分析が行われる。不
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動産市場といえども経済市場の一部であり、他の経済市場と同様に、ミクロ的な視点と、
マクロな視点のそれぞれに基づき分析を実施することになる。
不動産市場分析におけるミクロ的な分析とは、個々の家計や企業の立地選択を分析する
ことになる。不動産市場の特性としては、市場規模の大きさと同質の財が存在しないとい
う特殊性が挙げられる。具体的には、不動産の実物市場には、世帯数に匹敵するだけの住
宅が存在し、さらに毎年一定量の供給が継続されている。その意味で、市場規模はきわめ
て大きく、持続的な更新または成長を繰り返す市場といえる。また、各不動産は、耐久性
を有しており厳密には同質の財が存在しないという特殊性を持つ。そのような市場は、耐
久性を持った差別化市場である。
一方、マクロ的な分析とは、市場の変動構造を分析したり、将来を予測したりする分析
が行われる。マクロ分析における不動産市場の特性としては、時間的な価格変動要素と質
的な市場要素をあわせて分析することにある。一般的には、不動産の絶対的な価格水準は
経済環境に応じて変化していくものの、地域横断面的な価格差は市場の循環に伴う価格変
化が起こったとしても、それほど大きな変化はないものと考えていくことで単純化してい
る。また、このような相対的な価格差は、ミクロ分析で行われる不動産が持つ物理的特
性・立地特性それぞれに対する付け値を推計することと同義となる。地域横断面的な分析
と時間的な変動を合わせて分析する手法としては、計量経済学的にはパネル分析と呼ばれ
る手法がある。
2 ●市場分析とデータ・分析手法
不動産市場分析実務においては、それぞれの目的に応じて、ミクロ・マクロのそれぞれ
の手法を用いて分析を進めることとなる。ミクロ分析が、個々の家計や企業の行動を分析
するのに対して、マクロ分析は都市全体・一国全体の経済活動と不動産価格との関係を分
析する。ここでは、利用するデータと分析手法について整理しておきたい。
データについては、その作成方法と性格を理解しておかなければならない。経済学で
は、
「経済統計」という分野がある。そこでは、経済関係統計の作成に関する経済理論的
な背景と理論的な誤差の構造、そして実際の調査・作成方法とそこから発生する誤差の構
造を学習する。マクロ分析の対象は、セグメント化された市場内で集計されたデータとな
るため、そのようなデータの構造をきちんと理解しておかなければならない。また、マク
ロデータは、集計データの代表値であり、多くは平均値である。そのため、統計理論とし
ての平均値が持つ誤差の構造を認識しておく必要もある。また、不動産市場においてさま
ざまな機関から提供される調査データの多くが、必ずしも経済統計的な意味での理論的裏
づけを持つものではない。それらの指標を利用する際には、市場における実感覚との乖離
も重要な情報となる。前者は、不動産市場分析技術のなかでも、科学的な根拠に基づいた
知識である一方、後者は Art に該当する技術になる。
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また、不動産市場のマクロ的な変動は、経済全体の変動の一部である。さらに、不動産
市場は、われわれの生活と密着しているため、セグメント化された各市場は社会構造の変
化に大きな影響を受ける。そのため、経済の成長と下降が、セグメント化された、たとえ
ば都市を単位とした不動産市場、なかでも住宅市場・オフィス市場・商業施設市場等に対
して、どのような影響を与えるのかを理解しておく必要がある。特に、住宅市場において
は、人口・世帯数の変化とその構造が住宅需要や立地に影響を与え、オフィス市場では産
業構造等によってオフィス需要や立地に影響を与えるため、それぞれの因果関係を理解し
ておく必要がある。このような分析を進めるためには、それぞれの関係を明示的に表現す
るために、経済モデルを構築することになる。
ミクロ分析においては、集計される前の個票データと呼ばれる単位の情報を用いて分析
が進められる。ここでの分析手法は、マイクロエコノメトリックスやマーケティング分野
において発達してきたさまざまな手法が多く利用されている。
たとえば、住宅市場分析やオフィス選択を行う消費者の選好を把握する手法としては、
大 き く 表 示 選 好 法(SP:stated preference methods)と 顕 示 選 好 法(RP:revealed
preference methods)に大別される。
表示選好法は、主に仮想市場法やコンジョイント分析が行われており、個人の支払い意
思額(WTP:willing to pay)や受取意思額(WTA:willing to accept)を、アンケート
調査などを通じて直接に推計する。一方、顕示選好法のひとつに、ヘドニックアプローチ
がある。ヘドニックアプローチとは、たとえば住宅価格(p)を、住宅購入時の個別選好
指標、具体的には都心への通勤時間や周辺環境、床面積、建築年などの指標(x)毎の束
(ベクトル)で回帰し、消費者の個別選好を推計しようとするものである。具体的には、
p = f(x)といった市場価格関数を住宅の供給者および消費者は、住宅情報誌などを通じ
て各個人単位で推計していく。そのような情報分析を通じて、消費者は一定の予算制約下
のもとで、最も高い効用を得ることができる住宅を選択し、供給者は利益を最大にできる
住宅供給を行う。このような各市場行動の結果として成立する市場均衡を想定するのがヘ
ドニックアプローチとなる(金本(1997))。
住宅市場では、表示選好法と比して、データの豊富さ、データの精度、データの入手の
しやすさなどを考慮すると、ヘドニックアプローチのほうが優れているといわれている
(肥田野(1992)
)
。ただし、ヘドニックアプローチでは、均質(homogeneous)な市場参
加者を前提とするため、きめ細やかな分析を行うためには、市場を層別化して関数を推計
したり(Shimizu, Nishimura and Asami(2004))、表示選好法と併用したりする必要が
ある。
このように分類される不動産市場分析ではあるが、ミクロ分析については、本書のレベ
ルを大きく超えることから事例を示すにとどめ、集計されたデータを用いたマクロ分析を
中心に学習する。ミクロ分析の詳細は、清水(2004)、清水・唐渡(2007b)を参照され
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たい。
3 ●不動産の経済市場構造
3.1 ストック・フローアプローチ
不動産市場は、耐久性のある資本市場である。そのため、その価格は将来にむけての収
益流列の割引現在価値によって決定される。そして、不動産利用市場から発生する収益
は、他の経済市場と同様に、需要構造と供給構造によって決定される。
不動産市場分析にあたり、市場構造を経済モデルとして考えたほうが、より精緻の分析
を進めることが可能となる。しかし、数学モデルを用いた不動産市場構造の定式化は、本
章のレベルを超えるために、ここでは Dipasquale and Wheaton(1996)による簡略な図
として表現されたモデルを用いて整理する(
【図表Ⅲ-2-1】)。このような分析のフレーム
は、オフィス・住宅市場などの類型を問わず、どのような市場に対しても当てはまるもの
であり、現象を単純化して整理することができるため、応用範囲は広い。
Dipasquale and Wheaton(1996)によって構築されたモデルは、賃貸市場と資産市場
の二つの市場間との関係を明示的に表現している。
不動産は耐久性を有する資産である。そのため、住宅の価格は、そのストック水準に対
応した需要水準によって決定される。
まず、第一象限(北東)では、横軸にストック水準、縦軸に賃貸料が設定されている。
ここでは、経済環境(Economy)を所与としたときの不動産の空間に対する需要と賃貸料
の関係を示している。需要構造は、通常の需要曲線と同様に賃貸料の水準に対応して右肩
下がりとなる。一般的な需要・供給構造と異なる点は、一時的には供給量が一定であると
いうことである。均衡状態においては需要と供給は一致するため、需要曲線が決定されれ
ば、そのときの供給量によって賃料水準が決定される。その需要水準は、家計数の変化や
一家計あたりの消費量の変化によって増減することとなる。つまり、社会環境と経済環境
(Economy)によって決定される。
第 2 象限(北西)においては、賃貸料と資産価格の関係を示している。資産価格(P)は、
第一象限で決定された賃貸料(R)を資本還元率(i)によって割り戻すことで決定される
(P = R ÷ i)
。原点から伸びている直線は、賃貸料と資産価格の比である資本還元率(i)
となる。この資本還元率は、経済理論的には①長期利子率、または安全資産の利回りと、
②賃貸料の成長率(−)、③収益流列のリスク(+)、④税負担等(+)によって構成され
ている。資本還元率は、債券や短期預金など他のすべての資本市場との調整によって外生
的に決定される。そして、第一象限によって決定された賃料水準に基づき、価格が決定さ
れることとなる。
第 3 象限(南西)は、フローの供給水準を決定する建設着工市場になる。建設着工水準
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(f(C)
)は、建て替え(建設)費用を示している。新規建設による建て替え費用は大規模
な建設活動に伴って増加することを想定しており、f(C)は新規の開発水準を実現するた
めに必要となる最小限の貨幣価値と交差している。第 2 象限によって価格が決定されると、
建設費用と価格が一致する点で新規の建設量が決定される。つまり、建設水準が少ない場
合には超過利潤が発生するため、それを調整するように建設量を増加させる。逆に、建設
量が超過すれば、利潤が負となるため、それを解消するように建設量を減少させていく。
第 4 象限(南東)は、第 3 象限で決定した新規建設フローが、スペースのストックとし
て変換され、その時々の供給量を決定していることを示す。ストックの変化量⊿ S は、新
規建設分から除去率で測られたストック減少分(δ S)を差し引いた水準になる。
このような 4 象限モデルでは、新規の不動産建設は、不動産価格によって決定されるこ
とが導かれた。このような理論的な枠組みを前提として、時間的な要素を組み入れた形で
計量モデルへと発展させることができる。
時間的な要素を加味したストック・フローモデルでは、住宅価格はモデル内部で決定さ
れる当期(t 期)の需給構造によって調整されるものと仮定するため、住宅に対する需要
(Dt)は供給水準(St)と一致している(Dt= St)。
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このような中で、不動産の供給量は前期におけるストック水準に加えて、新規の建設と
滅失する不動産の数との差分によって決定されるものと仮定する。つまり、不動産ストッ
クの時間的な変化分は、前期に建設された着工数(Ct-1)から前期のストックにおいて老
朽化や機能の低下を通じて滅失した割合(δ)を差し引いた結果として求められる(St−
。
St-1= Ct-1−δ St-1)
ここで、Ct-1=δ St-1の場合には、市場全体でのストックの量は変化しないものの、多く
の場合においては、Ct-1>δ St-1となっていることのほうが多く、不動産ストックは上昇
基調にあるといえる。そして、4 象限モデルでは、新設着工の水準は当期の不動産価格に
依存するが、ストック水準にも影響を受ける。特に、空き家水準やその状態、または、販
売期間(市場滞留時間:売却を始めてから成約するまでの期間)も影響してくる。空き家
が多く、販売期間が長くなれば超過利潤が小さいため、供給主体は新規の建設量を減少さ
せる。逆に、空き家が少なく、販売期間が短くなると新規の供給を増加させるのである。
このような行動は、短期的な行動であるが、ストック・フローモデルでは、長期均衡ス
トックの決定モデルへと展開される(ストック・フローモデルの詳細は、Dipasquale and
Wheaton(1994)、
(1996)を、ストック・フローモデルに基づくわが国のオフィス市場
を対象とした計量モデルは、清水(2004)第 12 章参照のこと)。
3.2 供給関数のシフト:住宅市場を例として
実際の不動産市場においては、市場に流通する供給量は、より複数の経路を通じて発生
してくることに注意が必要である。そこで、住宅市場を事例として、
【図表Ⅲ-2-1】に整
理した 4 象限モデルにおける第 3 象限の供給関数のシフトについて整理する。
新規建設の供給関数のシフトは、供給費用の変化によってもたらされる。具体的には、
①資金調達市場における金利や建設融資の行動の変化、②容積率や建築規制の変更、③建
築コストの上昇、④デベロッパー行動の変化、などが考えられる。例えば、金利の上昇や
金融機関における不動産融資規制などが起こると、供給コストが高まり建設が減少する。
また、容積率の縮小や開発規制の強化、建築コストの上昇も、新規の建設の収益性の低下
を通じて、供給関数を左へとシフトさせてしまう。また、わが国においては、マンション
専用デベロッパーも存在するものの、オフィス・商業施設など様々な用途市場で建設活動
を実施しているデベロッパーが多く、その他の用途市場の状況に応じて資源配分を変更さ
せてしまうため、住宅市場の状況とは独立に住宅の新設着工に影響をもたらすことがある。
具体的には、1990 年代の景気の後退局面において、オフィス市場や商業施設市場の開発
が停滞する中で、よりリスクの少ない住宅建設を拡大させるといった行動があった。この
ような行動は、経済の活動水準(Economy)の回復によって需要が拡大するなかでの賃料
の上昇を通じて価格が上昇し、建設活動が活発となるといった連鎖とは異なる行動となる。
このほかにも、給与住宅や公共住宅の建設の拡大は、民間が建設する市場の需要を低下
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させることで賃料水準の低下をもたらし、その結果として価格の低下を通じて供給水準を
引き下げることとなる。加えて、新規の開発においては、地方自治体により開発規制を受
けることから、開発基準等の変更は供給水準に対して影響を与える。新規開発を行う場合
に、様々な開発許可を取る必要があり、その基準の変更は建設コストに甚大な影響を与え
るのである。
(再開発・コンバージョンによる供給増加)
わが国においては、戦後、一貫して都市への集積が進み、郊外へと都市圏を拡大させな
がら、住宅ストックを拡大させていった。いわゆる「スプロール化現象」と呼ばれるもの
である。このような都市の成長過程においては、農地等の低未利用地から都市的な土地利
用への転換を通じて住宅供給を拡大させた。このような開発に加えて、近年においては、
都市の成熟に伴う再開発やコンバージョンを通じて、新しい住宅供給が行われるようにな
ってきている。
再開発やコンバージョンを実行するためには、再開発後の土地の純残余価値が現在の土
地と資本の粗価値と取り壊し費用を超えなければならない。再開発に関する研究である
Brueckner(1980)と Wheaton(1982)では、ある仮定のもとで最適な再開発が行われる
条件を次のように表現している。
VR− VCB0
ここで、VRは再開発された不動産から得られる収入の割引現在価値、VCは現在の用途
から生まれる不動産収入の割引現在価値である。また、Munneke(1996)と McGrath
(2000)は、上式の左辺で示された差分の値によって、再開発の確率がどの程度高まるの
かを計量モデルにより推定し、この式の有効性を指示している(データはどちらもシカゴ
市の不動産)。
近年においては、わが国の都心部で大型の再開発事業が実施され、高層マンションを中
心として大量の住宅が供給されている。この原因としては、容積率が十分に消化されてい
なかったこと、都心部に対する住宅需要が依然として大きいこと、都市部の大規模開発に
おいては、住宅付置義務が課せられていることが挙げられる。
また、建て替えを伴う再開発だけでなく、既存のオフィス等を住宅用途に用途転換する
といったケースも出現してきた(コンバージョン)。これは、都心部といえどもオフィス
用途として利用するよりも、住宅用途として利用したほうが高い収益を生む建物が存在し
ていたためである。このような経済的な収益格差が発生する原因とし、資源配分上の失敗
が想定される。
例えば、オフィス需要の拡大を予想してビルを建設したものの、オフィス需要が急速に
縮小した場合や、大量のオフィスが着工され、過剰供給状態がもたらされたことなどが想
定される。ただし、このような現象が一時的に発生しているのか、継続的に発生している
のか、また、市場メカニズムによって解消可能であるのかどうかなどによって、資源配分
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の非効率性の問題の程度が異なる。
東京都区部を対象としたオフィス市場の非効率性に関する実証研究は、清水・唐渡
(2007a)および(2007b)第 8 章を参照されたい。
このように、都市内部における資源配分の変更を通じた住宅の供給形態も存在している。
(家計による住宅供給:中古流通市場)
家計の立場に立った場合、住宅市場で入手できる住宅の多くは中古住宅である。つま
り、住宅の供給主体は必ずしも企業だけではなく、家計が供給主体となることもある。む
しろ、逐次、市場に供給されている住宅は、量的には家計が主体となっていることのほう
が多いであろう。
家計からの住宅の供給は、家計が所有している住宅と家計の住宅に対する選好に乖離し
た際に発生する。住宅を所有する家計は、経済水準の変化や家族構成の変化により現在所
有している住宅と家計の住宅に対する選好との間に乖離が発生し、新しい住宅の購入を検
討し始める。その場合には、現在に所有している住宅の売却を前提とする場合がほとんど
である。そうした場合に、中古住宅市場に対して住宅を供給する。
しかし、中古住宅市場において住宅を供給してもすぐには買い手を見つけることは困難
である。また、新しい住宅の探索を始めたとしても、すぐに自分の選好と一致した新しい
住宅を発見することも困難である。一定の探索行動が必要となる。そのため、住宅の売却
と購入が同時に決定されることは稀である。新しい住宅の購入をした家計は、住宅の売却
ができていなかったとすると、一時的には 2 件の住宅を所有することとなる。そして、こ
のような過程で一時的に空き家が発生する。つまり、空き家とは住宅流通上の商品ストッ
クであり、単なる超過供給ではないのである。また、売却を希望してから売却が実現する
までの期間は「市場滞留時間」と呼ばれるが、空き家とは、その過程で生じる現象である
といえよう。
住宅市場の供給構造を理解するうえでは、中古流通市場の構造を正確に理解しておくこ
とはきわめて重要である。中古流通市場に関する経済学的な分析の詳細は、Shimizu、
Nishimura and Asami(2004)または、Wheaton(1990)、Yinger(1981)等を参照され
たい。また、中古流通市場における取引コストについては、清水・西村・浅見(2004)を
ご覧いただきたい。
(住宅供給のミクロ変動)
以上の一連の住宅の供給構造に関する整理は、住宅の質的側面については考慮してこな
かった。実際に住宅を供給する場合には、家計の住宅に対する選好を十分に汲み取ること
が重要となる。つまり、売れる住宅を供給しなければならない。そのためには、ストック
量という概念だけではなく、消費者が選択する質的側面に関しても十分に吟味しなければ
ならない。また、マクロモデルへと展開しようとした場合には、消費者の住宅に対する選
好の追時的な変化にも配慮する必要がある(消費者の住宅に対する時間的な選好変化問題
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不動産市場の実際―不動産市場分析の方法―
は、Shimizu、et al(2007)参照)。また、住宅市場には様々な選好を有する世帯が混在
している(Shimizu、Karato and Nishimura(2007))。そのような市場のなかで、実際の
住宅ストックの品質水準と消費者の選好は、時間の経過と共に常に乖離している(清水
(2007))
。
このような品質の問題を考慮すると、現実の住宅市場においては、新設住宅市場と中古
住宅市場を通じて、住宅の所有者が要求する品質と、それを備えた住宅がマッチングされ
ていることになる。
より正確には、住宅市場においては、住宅の持つ様々な特性を別々に組み合わせること
が困難なため、家計は住宅の持つ特性の塊を選択することとなる。そのような中で、完全
に各家計が要求する品質水準と住宅ストック水準が一致することはない。ある程度は、そ
の両者に乖離が存在することとなる。そして、完全に現存する家計の要求する品質を兼ね
備えていない住宅は、市場から除却されていくこととなる。そのような中で、新規の供給
が行われストック水準を一定に保つ。
家計の選好が常に変化し続けるかぎりにおいて、新設住宅市場を通じて新しい品質の住
宅が提供される。また、中古流通市場では、リフォーム等を通じて品質の調整が行われる。
今後においては、ますます中古流通市場を通じての住宅供給が拡大していくことが予想さ
れている。また、ここでいう住宅の品質とは、住宅そのものが持ちあわせる特性だけでな
く、周辺環境も含めた品質の選択が行われている。そのため、住宅の供給モデルの構築に
おいては、単純な集計量だけでなく、品質と併せた分析が重要になってくるのである。
このように住宅市場の関する分析は、マクロ経済学的な枠組みと併せてミクロ経済学的
な枠組みの両面から分析していかなければならない。特に、住宅の供給構造の関する分析
では、その両面を強く要求されることとなる。
4 ●経済システムにおける不動産市場
不動産市場も経済市場の一部であることを考えれば、不動産市場分析において、マクロ
経済の動向または活動水準を把握しておくことは極めて重要であることは言うまでもな
い。
また前節の整理において、第一象限における賃貸市場の需要量は、経済活動水準によっ
て決定されることが示された。不動産市場といえども経済市場の一部であり、経済の活動
水準の変化によって、不動産市場は大きな影響を受ける。
ここでは、わが国における経済活動水準の変化を概観したい。
まず、【図表Ⅲ-2-2】は、わが国における GDP の推移と経済成長率の変化を見たもの
である。まず、実質 GDP は 1980 年の 296 兆円から 2007 年には 571 兆円まで拡大してきた。
年平均の経済成長率を見てみると、1980 年から 1991 年までは 2 パーセント以上の成長率
を示していたが、1992 年には 1%に減速し、1998 年にはマイナス成長となった。その後、
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2002 年まで低成長が続くが、2003 年には+ 1.7%、2007 年には+ 3.7%へと回復した。
続いて、【図表Ⅲ-2-3】では、経済活動別のなかでも不動産業に着目して GDP の変化
を見た。
不動産業では、住宅賃貸業とその他の不動産業という分類で経済活動水準を知ることが
できる。不動産業の全体の GDP に対する比率の変化に着目すると、1980 年においては 22
兆 792 億円と GDP の 7.7%構成していたが、2007 年には 67 兆 9,484 億円と 11.9%相当に拡
大している。GDP が 1980 年の 296 兆円から 2007 年の 571 兆円の 1.9 倍に拡大しているの
に対して、不動産業は 3.0 倍へと成長している。この傾向を見ると、不動産業の生産額は、
内需型産業といわれるように、GDP の伸びと強い関係を持つことが容易に予想できる。
【図 表 Ⅲ -2-4】は、1955 年 か ら 2006 年 に か け て の GDP と SNA(A System of
National Account)土地資産額の変化を同時に見たものである(SNA とは一定の行政
区域(国・都道府県)を単位として、一定期間(通常1年)の経済活動の成果を計測する
こと、あるいは計測された結果をいう。詳細は、「国民経済計算年報」参照)。1955 年か
ら 1985 年までの 30 年間においては、経済の成長と土地資産額の成長は、ほとんど同じ速
度で成長してきたことが分かる。しかし、1985 年から 1990 年の 5 年間においては、経済
の成長速度以上に土地資産額が拡大した。そして、1990 年から 1996 年にかけては、経済
が持続的に成長する一方で、土地資産額だけが縮小する。そして、1997 年から 2004 年に
かけては、名目ベースではあるが GDP も土地資産額もともに縮小したことがわかる。し
かし、2006 年からは GDP および土地資産額ともに上昇に転じている。このような傾向が
持続的に継続することも期待されたが、2008 年に入ってからの急速な経済活動の停滞に
より、再び、経済活動水準と併せて土地資産額も縮小していくことが予想される。
【図表Ⅲ-2-5】では、制度部門別土地投資規模の推移を示したものである。図における
上側部分が買い越し、下側部分が売り越しとなり、「純売却」「純購入」を表している。制
度部門別とは、一般政府と法人については、
「金融機関」と「非金融法人企業」に分類され、
家計とともに 4 つの部門について知ることができる。その傾向としては、バブル期まで
は、家計部門が持続的に売り越しており、法人企業において買い越していたことが分かる。
また、2005 年までは政府部門が買い越していたが、2006 年には非金融法人企業が買い越
していることが分かる。つまり、非金融法人が、土地を家計から購入していることがわか
る。
GDP と不動産業や土地資産額の動きを見ると、長期的には、GDP の成長とともに不動
産業の生産額も拡大し、バブル後における長い調整過程は存在しているものの、GDP の
伸びとともに土地資産額が増加していくことが分かる。
不動産市場のマクロの動向を長期的に予測するということは、経済予測を行うことと同
義である(厳密には異なるが)。経済予測は、様々に批判があるものの、各企業の経営戦
略や政府の政策を策定する上で重要な要素を含むため、各種機関によって実施されている。
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経済予測値については、政府の経済見通しとともに、日本経済研究センターや他のシン
クタンクから出される結果を比較しつつ、将来を見通すことは極めて重要である。
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5 ●社会構造の動向
不動産市場は、経済活動水準に大きな影響を受けることは前述のとおりであるが、不動
産市場の内部構造は、社会構造にも影響を受ける。社会構造要素のなかで、もっとも大き
な影響を持つのが人口構造である。住宅市場においては人口数・世帯数によって住宅需要
が決定され、その規模が消費量を規定するため、商業売り上げとも密接な関係を持つ。さ
らに、生産人口がオフィス需要を決定する重要な要因となる。
また、人口・世帯数は、社会保障政策に対して強い影響を与える。そのため、政府機関
をはじめとして大学・民間企業により多くの予測値が存在しており、その予測手法も確立
されているために、他の経済指標と比較して信頼性の高い長期的な予測が可能な最も代表
的な指標でもある。
ここでは、将来の人口構造について概観しておく。
【図表Ⅲ-2-6】は、国立社会保障・人口問題研究所が、わが国の人口の長期的な動向を
予測したものである。2005 年末に、日本人の人口が初めて自然減に転じることが報じら
れた。ここで、人口構成に着目し、人口構造の変化を見たものが【図表Ⅲ-2-7】である。
全体の動向としては、最も減少が進むのは生産年齢人口(15 歳〜64 歳)であり、65 歳
以上の高齢者はむしろ増加傾向にある。いわゆる高齢現象であるが、65 歳以上の高齢者
が占める割合は 2010 年時点で 22.5%、2015 年時点で 26.0%と予測されており、人口が減
少していくなかで高齢社会が本格化していくことがわかる。
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より詳細に人口構成を見ると、もっとも大きな人口を構成している世代としては、①団
塊世代(1947〜49 年生まれ)とその子供世代である②団塊 Jr 世代(1971〜74 年生まれ)・
ポスト団塊 Jr 世代(1976〜85 年生まれ)である。これらの世代は、今後においては、団
塊世代は 2007-2009 年にリタイアメントを迎える。いわゆるオフィス市場の「2010 年問
題」と呼ばれるものである。その子供世代である真性団塊 Jr 世代(1976〜80 年生まれ)
は家族形成期に入り親から独立していくことが予想される。そのようななかで、住宅市場
においては新規に住宅市場への参入が促進され、さらには出産・子育て期に入るなかで新
しい住宅需要へと拡大していくことが予想される。そして、団塊世代は、夫婦 2 人の新し
い暮らし方を模索するなかで、相応の住宅需要を発生させることも想定される。
このように、人口構造は、不動産市場と密接な関係を持つことが理解できよう。
また、不動産市場分析では、人口構成別の変化とともに、空間要素を加味する必要があ
る。
【図表Ⅲ-2-8】では地域別の傾向を見た。人口は 2005 年を境に減少傾向となるが、都
市部への人口流入は続き、一都三県の人口は 2015 年までは増加を続けることが予想され
ている。一都三県の人口成長は 2010 年、2015 年まででそれぞれ+ 1.3%、+ 1.5%である。
このような傾向を見ると、日本の人口は全体として減少傾向にあるが、首都圏の人口は
増加し続け、さらに高齢減少が進むにつれて高齢者人口は増加していく。このようなセグ
メント化された市場を前提として、不動産投資も様々な戦略の変化がもたらされるものと
考える。
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第3章
不動産市場の動向
1 ●不動産情報の見方・読み方
1.1 一物多価
不動産市場の動向を読み解くためには、不動産市場のマクロ的な構造、およびミクロな
構造とあわせて分析していくことになる。不動産市場分析の最も重要な分析として不動産
価格分析があげられるが、市場分析の技術を習得する前に、不動産情報の種類と性質を知
っておく必要がある。
特に、不動産価格情報のなかでも、土地価格は、
「一物四価」としばしば言われたように、
さまざまな「価格」に関する情報が存在している。そこで、まず「地価」とは何を意味す
るものであるのか、そして地価情報にはどのような情報があり、どのような性格を有する
ものであるのかを整理する。
わが国で公的部門により公表される地価情報としては、国土交通省による「地価公示」、
各都道府県による「地価調査」
、国税庁による「相続税路線価」、各市町村による「固定資
産税路線価」が存在する。さらには、民間の調査機関等による情報として財団法人日本不
動産研究所による「市街地価格指数」、
(社)東京都宅地建物取引業協会の「東京都地価図」、
ミサワ総合研究所による「大都市圏地価調査」、東急不動産による「地価分布図」、住宅新
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報社による「地価相場」
、東日本レインズの東京圏マンション流通価格指数、(株)リクル
ー ト 住 宅 総 合 研 究 所 の「リ ク ル ー ト 住 宅 価 格 指 数:RRPI(Recruit Residential Price
Index)
」がある(
【図表Ⅲ-3-1】
)
。
それぞれの情報は、目的に応じた特色を持つ。まずデータの性質に着目すると、時系列
的な価格変化を観察することを目的とする価格指数か、あるいは特定の土地・地域の価格
水準を測る水準指標か、に大別される。
前者の時間的な価格変化を観察することを目的として作成されているのは、古くは財団
法人日本不動産研究所の「市街地価格指数」が唯一の指数であったが、近年では、東日本
レインズの東京圏マンション流通価格指数や(株)リクルート住宅総合研究所の「リクル
ート住宅価格指数(RRPI:Recruit Residential Price Index)」が公表されている。その
他の情報については、基本的には特定の土地・地域の価格水準を調べることを主目的とし
ており、その場合には鑑定情報か相場情報か、あるいは取引情報かに大別され、さらに取
引情報は売り出し価格と売買成約価格に細分類される。
また公的な鑑定価格情報であっても相続税路線価、固定資産評価額は課税目的の価格情
報であり、路線を単位として情報が提供されている。そのため相続税・固定資産税のそれ
ぞれの課税目的の相違から、違った価格査定基準を持って地価を捕捉している。
つまり、価格情報のなかには、市場において売買された「取引価格情報」以外に公示地
価に代表される鑑定評価情報があり、さらに課税目的のために整備される相続税・固定資
産税のための 2 つの「課税評価価格」といった複数の情報体系が存在していることがわか
る。
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1.2 鑑定価格情報
不動産市場分析の特徴のひとつとして、鑑定価格という情報が存在していることがあげ
られる。鑑定価格は、不動産鑑定士によって評価された価格を意味する。わが国における
不動産鑑定評価制度は、昭和 38 年の「不動産鑑定評価に関する法律(昭和 38 年法律第
152 号)」に基づき確立されたものであり、費用から算定する原価法、土地の収益を「適
正な割引率」を設定した上で現在価値として求める収益還元法、近隣の相応する土地の取
引事例をもとに求める取引事例比較法の 3 手法を比較考慮した上で決定されることとなっ
ている。しかし実際には、高度に成熟した市街地においては、
「比準価格」として近隣の
取引事例を参考としつつ決定されている場合がほとんどであるといわれている。また、最
近においては、特に投資用の不動産の評価や商業地などでは収益還元価格の重要性が増し
てきている。
同制度は、昭和 38 年 6 月 8 日に建設大臣から「最近における宅地価格の騰貴及び宅地の
入手難が、国民経済の健全な成長及び国民生活の安定に重大な障害を及ぼしている現状に
かんがみ、宅地価格の安定、宅地流通の円滑化、宅地の確保及び宅地の利用の合理化を図
るために、いかなる制度上の措置を講ずるべきか」という諮問を受け、宅地制度審議会に
おいて審議が開始され、制度化にいたった。
鑑定評価額とは、市場のあるがままの価格ではなく、「正常価格」として評価されるこ
とに留意する必要がある。正常価格とは、1980 年 7 月に日本不動産鑑定協会によると、
「市
場性を有する不動産について合理的な自由市場で形成されるであろう市場価値を表示する
適正な価格をいう」と定義し、
「市場統制がなくて需要、供給が自由に作用しうる市場に
おいて、市場の事情に十分に通じ、かつ、特別な動機を持たない多数の売り手と買い手と
が存在する場合に成立する価格」であるとしている。後者の限定は、市場が急速に変化す
る局面において、「正常価格」をどのようにして捉えるのかについて鑑定士の判断が強く
働くことを意味している。2002 年 7 月に改定された不動産鑑定評価基準によると「市場性
を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的に考えられる条件を満たす市
場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格を言う」としている。この場合
は、合理的と想定される市場が具備すべき条件が重要となってくるが、情報の完全性や取
引事情がないことが想定されているものの、背景となる資金の性格や単体としての最適化
だけではなく、ポートフォリオ全体の最適化を求めて価格決定を行う投資市場において
は、鑑定評価に記載されている価格の意義を十分に吟味しておくことが重要となる。ま
た、鑑定評価額は、時期に応じて鑑定誤差(Valuation Error)を発生させてしまうこと
が知られていることから、市場価格との乖離に留意することが重要となる(Shimizu and
Nishimura(2006)
, Shimizu and Nishimura(2007))。
不動産市場分析や不動産投資活動において、鑑定評価額はきわめて重要な役割を担って
いるため、その情報への精通が求められる。
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1.3 課税価格
公的部門が整備している情報のなかには、課税のための価格が存在している。具体的に
は、固定資産税のための評価額と相続税のための評価額である。
このような情報は、かつては、各自治体及び国税庁担当者が独自に評価をしていたこと
から、固定資産税路線価においては自治体間や同一自治体内においても用途間などにおい
て均衡が保たれておらず、さらに固定資産税路線価と相続税路線価との間にも大きな乖離
が存在していた。そのため、取引価格・公示地価とあわせてしばしば一物四価と揶揄され、
社会的な問題にまで発展した。そのようななかで、1989 年に制定された「土地基本法」
、
1991 年に閣議決定された「総合土地政策推進要綱」に基づき、各公的土地情報間の整合
性を確保することの必要性が指摘され、相続税路線価は 1992 年以降公示地価の 8 割を目
途に、固定資産税路線価は 1994 年評価替え以降では公示地価の 7 割を目途に評価が行わ
れている。いずれの価格情報も、近年では、インターネット等を通じて容易に入手可能と
なっており、面的な意味での情報密度も高いことから、土地価格の水準を調べる際に、き
わめて重要な情報源となっている。
1.4 地価公示
地価公示は、「一般の土地の取引に対して指標を与え、及び公共の利益となる事業の用
に供する土地に対する適正な保証金の額の算定等に資し、もって適正な地価の形成に寄与
すること」を目的として昭和 45 年に開始された。より具体的には、1)一般の土地取引に
対する指標の提供、2)不動産鑑定士等の鑑定評価の基準、3)公共用地取得の算定基準、
4)収用委員会の補償金額の算定基準、5)国土利用計画法による土地取引規制における価
格審査の基準、6)国土利用計画法に基づく土地の買収価格の算定基準、といった実質的
な「公定価格」という色彩が強い。公示されるのは、毎年 1 月 1 日における標準地の単位
面積当たりの正常な価格である(法第 2 条第 1 項、規則第 1 条)
。調査方法としては、土地
鑑定委員会が 2 人以上の不動産鑑定士又は不動産鑑定士補の鑑定評価を求め、その結果を
審理し、必要な調整を行って判定する事とされている(法第 2 条第 1 項)。
また、調査対象地域は、「総理府令で定める都市計画区域(都市計画法(昭和 43 年法律
第 100 号)第 4 条第 2 項に規定する都市計画区域をいい、国土利用計画法(昭和 49 年法律
第 92 号)第 12 項第 1 項の規定により指定された規制区域をのぞく」(地価公示法(昭和
44 年法律第 49 号)第 2 条第 1 項)であり、極めて広い範囲を対象としている。
鑑定評価手法としては、取引事例比較法、収益還元法及び原価法の 3 手法により求めら
れる価格を勘案して行うものとされている(法第 4 条)ものの、基本的には取引事例比較
法が中心となって行われているのが実態である(近年では、商業地を中心として収益還元
方が併用されている)
。
公示地価は、固定資産評価や相続税路線価を決定する際のベンチマークになっており、
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点で評価されていることから、地点に関する品質情報(最寄り駅・最寄り駅までの距離・
容積率等の公法上の規制)を同時に得ることができるため、重要な情報源である。また、
公示地価を補完する形で、7 月 1 日時点で評価をおこなう都道府県地価調査も実施されて
おり、あわせて市場分析に利用することができる。
1.5 市街地価格指数
市街地価格指数とは、財団法人日本不動産研究所により公表されるわが国において、最
も古い不動産価格情報である。
「市街地価格指数」は、都市内の宅地価格の平均的な変動
状況を全国的・マクロ的にみるために調査されており、長期の時系列的な価格動向を把握
できる世界的にも数少ない長期インデックスである。現在公表されている指数の基準は、
平成 2 年 3 月末(= 100)を基準として作成されている。
調査方法としては、全国主要都市内(230 都市を選定)で選定された宅地の調査地点に
ついて、同研究所の不動産鑑定士等が、年 2 回鑑定評価を行い正常価格を評価し、これら
を元に指数化するものである。調査対象都市の市街地を商業地、住宅地、工業地に区分し、
それらの地域内をさらに上・中・下の品等に区分し、品等毎にその中位の標準的・代表的
宅地を調査している。なお、このほか最高価格地を 1 地点調査しており、調査地点は原則
として 1 都市 10 地点となっている。
同指数は、調査対象都市・調査ポイントが開示されていないことから、指数の代表性・
精度が確認することができないといった問題が指摘されているが、戦前から調査が行われ
ており、長期の地価データとしては唯一のものである、地価の時系列変化をみることを目
的として作成されている、といった特色を持つため、不動産市場を概観するためのきわめ
て重要な情報である。
1.6 新しい不動産情報提供の動き
(不動産価格水準の把握)
近年においては、急速に不動産関連情報の整備と公表が進められている。
まずは、第 1 節で整理した公示地価・固定資産評価(路線価・標準宅地)・相続税路線
価は、公的機関から公表されている。これらは、鑑定価格という性格ではあるものの、き
め細かな土地価格の水準を知ることができる。
まず、国土交通省が運用する「土地情報ライブラリー」
(http://tochi.mlit.go.jp/)では、
地価公示、都道府県地価調査が閲覧できるだけでなく、ダウンロードすることで分析する
ことも可能である。さらに、近年においては、取引価格情報も公開されるようになった
(http://www.land.mlit.go.jp/webland/)。
【図表Ⅲ-3-2】
【図表Ⅲ-3-3】は、取引価格情報の開示例である。現在においては、公
表されている地域、項目ともに限定的であったが、公表対象・公表項目も拡充されてきて
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いる。公示地価や基準地価とも連動できるようになり、情報整備の相乗効果を高めてきて
いる。
続いて、総務省の関係団体である財団法人
資産評価システム研究センターが運用する
全国地価マップでは、固定資産税路線価・標準価格、相続税路線価、地価公示、都道府県
地価調査が、同一の地図上で閲覧することができる(http://www.chikamap.jp/)。
【図表Ⅲ-3-4】は、固定資産税路線価の開示情報例を示したものである。固定資産税路
線価と相続税路線価を比較した場合には、価格水準だけでなく、更新頻度(相続税は 1 年
に 1 回、固定資産税は 3 年に 1 回)が異なる。更新頻度だけでは相続税路線価のほうが良
いように思われるが、情報密度(路線のきめ細かさ)と正確度といった意味では、固定資
産税評価の方が優れている。
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また、固定資産税路線価情報の中には、標準宅地と呼ばれる価格情報が存在している。
【図表Ⅲ-3-4】の中では、○で示されている。この情報は、公示地価と同等の精度・正
確度を持ち、地域によって異なるが、情報密度(調査地点数)は公示地価の数倍である。
このような情報を用いることで、地価のおおよその水準を調べることができる。
(不動産価格動向の把握)
続いて、不動産価格の時間的な変化を調べることができる情報を紹介したい。
まず、国土交通大臣指定不動産流通機構が収集している情報を用いて、住宅市場に関す
る種々の情報が公開されるとともに、その情報の範囲が拡大されようとしている。
公表される情報は、「東日本地域」、「中部圏」、「近畿圏」、「西日本地域」の団体によっ
て異なる(http://www.reins.or.jp/market_research.html)。
たとえば、東日本レインズにおいては、
「最近の不動産取引動向(最近 3ヶ月の市況デー
タ)
)
、
「首都圏賃貸取引動向(四半期:1〜3)」、「東京圏マンション流通価格指数」、「首都
圏不動産流通市場の動向(四半期:1〜3)」、「首都圏不動産流通市場の動向(2004 年度)」
が公表されている。
このなかで、東京圏マンション流通価格指数は、東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県別
の中古マンション価格の時間的な変化を知ることができる。公表期間は、1995 年 1 月以降
である。また、同指数は、ヘドニック価格法によって推定されている。
同じようにヘドニック価格法によって推定される住宅価格指数としては、リクルート住
宅価格指数(RRPI:Recruit Residential Price Index)がある(http://www.jresearch.net/)。
RRPI は、1986 年 1 月以降の中古住宅価格、戸建て土地価格、マンション賃料価格が公
表されている(関西圏の賃料指数については 1991 年以降)。月次の長期指数という性格を
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持つだけでなく、首都圏だけでなく関西圏についても推定されている。また、中古マンシ
ョンについては、①ワンルームタイプ(25 ㎡)、②コンパクトタイプ(50 ㎡)、③ファミ
リータイプ(80 ㎡)、④タイプなし(65 ㎡)を想定したタイプ別指数として作成されてい
る。
また、東京都区部・東京都下・千葉県・埼玉県・神奈川県別だけでなく、行政区を中心
としたエリア別の指数が推定されている(インデックスの例は、後述)。
以上の時系列指数は、住宅市場についてであったが、オフィス市場についても、複数の
情報が提供されている。
三菱 UFJ 信託銀行、CB リチャードエリスからは MTB-IKOMA 不動産投資インデック
ス(http://www.ikoma-cbre.co.jp/ja/service/06.htm)が公表されている。同指数は、総
合収益率、単年度インカム収益率、単年度キャピタル収益率、投資時期別 5 年保有収益率、
投資時期別現時点収益率が公表されている。また、住信基礎研究所からは、同じくオフィ
ス市場を対象とした STIX が公表されていたが、2008 年においてその公表が中止された。
このことは、きわめて重要な示唆を持つ。現在、不動産投資インデックスを中心として、
半ば乱立されている状況である。そのインデックスの採用においては、指数提供母体の安
定性や持続性が重要となることが分かる。
また、これらの指数は、土地価格データとして公示地価が利用されていたり、作成方法
が公開されていなかったりしており、様々な問題が指摘されている。特に、公示地価には
無視できない規模のバイアスが過去においては発生していたことから(Shimizu and
Nishimura(2006))、それを用いた指標を用いる場合には、十分な注意が必要である。し
かし、複数の情報を組み合わせて活用することで、オフィス市場の動向を調べるには極め
て有用な情報源のひとつであることはいうまでもない。
2 ●地価動向に関する分析
2.1 地価のマクロ動向
わが国の土地価格の長期動向は、財団法人
日本不動産研究所が公表する市街地価格指
数によって知ることができる(【図表Ⅲ-3-5】、【図表Ⅲ-3-6】)。わが国の土地価格は、バ
ブル崩壊に至るまで、持続的な上昇を見せてきた。そのようななかで、1980 年代中ごろ
から発生した地価高騰を含み 3 度の地価高騰を経験してきた。さらには、近年の地価上昇
を今後どのような評価を与えられるかは、今後の評価を待つ必要があるが、
「ファンドバ
ブル」という言葉で揶揄されるように、4 度目の地価高騰として評価されるかもしれない。
わが国の戦後の最初の地価高騰は、1960 年代初頭に発生した工業地の高騰である。こ
の時期の地価高騰は、高度経済成長を背景として 1961 年 3 月期で全国工業地は前年同期
比で 53.2%、六大都市工業地で 1961 年 9 月末に対前年同期比で 88.3%上昇した。1955 年
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から 1965 年にかけて、全国商業地・住宅地、六大都市商業地の指数は約 7 倍まで上昇し、
六大都市住宅地が 10 倍になる一方で、全国工業地は約 9 倍、六大都市工業地は 15 倍程度
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まで上昇した。
二度目の地価高騰は、1973 年頃に発生した。これは、都市化の進展に伴う住宅地の上
昇という性格が強い。1973 年 9 月期で全国住宅地指数は、前年同期比で 37.8%、六大都市
住宅地では前年同期比で 42.5%上昇している。住宅地価格は、1965 年からの 10 年間で全
国住宅地・六大都市住宅地ともに約 4 倍まで上昇した。
その後、1975 年頃においては、オイルショックの影響から一時的に下落したものの、
1976 年以降の 10 年間は、おおよそ地価が安定した時期になる。そして、1980 年代初頭か
ら始まるバブル期へと突入していく。
3 回目の地価高騰となるバブル期においては、1980 年代初頭から、都心の商業地価格が
上昇し、周辺の住宅地、そして地方圏までに拡大していった。この時期において、地価の
高騰現象をもたらした原因として、さまざまな問題が指摘された。1980 年代初頭に、オ
フィス需要の増加と成長性に対する過度な期待が発生し、実需としても東京圏に対する流
入人口が純増に転じる一方で、宅地供給量は 1985 年まで減少傾向を続け、一極集中問題
が深刻化していた。金融市場においては、円高の進展と対外経済摩擦を背景とした内需振
興による景気の拡大が、不動産に対する需要を誘発するだけではなく、金融緩和政策が過
剰流動性をもたらし、大量の投機的な資金を不動産市場に流入させた。そのようななか
で、1990 年 3 月末の六大都市商業地価格は対前年同期比で 27.6%、9 月末の全国商業地価
格は 18%上昇し、1985 年 3 月末以降のピーク時までの間に、六大都市商業地は 4 倍まで、
六大都市住宅地・工業地指数は 3 倍弱まで上昇した。
さらに、2000 年代初頭から不動産投資市場が成長する中で、都市部を中心とした「フ
ァンドバブル」と呼ばれる資産価格の上昇現象が発生した。この様な不動産価格の上昇が
バブルであったかどうかは、現段階では判定できないが、1990 年代の地価の持続的な下
落現象から反転したことは、日本経済においても極めて重要な意味をもった。しかし、こ
のような不動産価格の上昇は短期間で収束してしまい、2008 年 9 月には上昇率は 0%の近
傍になってしまった。
このような地価の上昇を 1975 年以降について公示地価に基づき圏域別に見たものが
【図表Ⅲ-3-7】、
【図表Ⅲ-3-8】である。圏域別に見ると、先に六大都市指数で見た地価変
動の様子が、空間波及という意味で鮮明にみることができる。1980 年代に発生したバブ
ル期の変動を見てみると、1988 年に東京圏において商業地・住宅地ともに上昇し、その後、
1990 年に大阪圏・名古屋圏へと波及している。1990 年の上昇率といった意味では、大阪
圏が名古屋圏の 2 倍以上の大きさである。また、バブル崩壊後において、持続的な下落が
続いていたが、平均値レベルで、ようやく 3 大都市圏の商業地で上昇に転じたことが分か
る。
このように、地価の変動を長期的に分析してくると、その時々の経済環境、産業構造の
影響を受けて、用途別または空間といったセグメント化された市場によって、上昇率や上
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昇するタイミングといったパターンが異なることが理解される。
また、最近の動向を公示地価・市街地価格指数で観察してみると、集計される地域単位
が異なるために単純な比較はできないが、これら二つの統計は、価格の転換期や上昇幅が
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近似してくる傾向を持つことがわかる。これは、土地価格統計だけでなく、経済統計全般
に言えることであるが、調査主体がそれぞれの類似統計を参考にしつつ、相互に依存させ
ながら作成されるようになることで、統計としての独立性が失われていくのである。特
に、公示地価と市街地価格指数は、鑑定評価額であること、また調査員が重なることから、
その傾向は強くなっている。
また、年に一度の調査であることから、時間的なラグが大きいことは否定できない。公
示地価の公表は 3 月中旬以降であるが、近年のような地価下落局面では、そのような情報
を認知することができるまでには時間的ラグが大きい。そのため、時系列的な変化を観察
することには限界があると言えよう。
不動産市場分析において、価格動向を把握する際には、各指標の作成方法と性質を十分
に理解しておくことが重要となる。
不動産市場分析をおこなうにあたり、市場を層別化し、その波及パターンを知っておく
ことはきわめて重要であるといえよう。そこで、次節においては、リクルート住宅価格指
数を用いて、地域別の価格動向を観察する。
2.2 住宅価格の地域別動向
不動産価格の変動には、空間的な連鎖関係を持つことが指摘されている(肥田野・山村
(1993)
、肥田野・山村・樋口(1994)、清水(2004)11 章)。不動産価格の上昇、または
下落には、空間的連鎖関係(いわゆる波及構造)
、つまり、一定の法則性があることが予
想されよう。例えば、不動産価格の上昇局面では、土地の供給量が一定であると考えれば、
需要が市場に対して圧力として加えられると、人気が高いエリア順に、あたかも水が溢れ
出すように波及していくことが予想される。また、需要が減退する局面では、その逆に、
人気が低いエリア順に市場が縮小していくこととなろう。
このような現象の把握は、不動産取引・投資を行う上で、極めて重要になる。
不動産投資の戦略としては、もっとも敏感な市場を避けて、変動が少ない安定的な市場
を対象とするという戦略をとる場合もある。また、もっとも敏感であると思われる市場が
動き始めた後に、次に連鎖する市場に投資していくという戦略をとることも考えられよう。
そこで、清水(2004)第 11 章では、今まででもっとも強い需要圧力がかかったことが
予想されるバブル期を含む期間(1983-1999 年)を対象として、商業地市場・住宅地市場
それぞれにおいて、どのように波及していったのかを分析している。そして、その中で地
価が空間的に波及していく様子が鮮明に明らかにされた。そのような意味では、不動産価
格のマクロ変動を分析する場合には、地域単位で観察していくことが重要である。先に観
察した公示地価においても、個別データを戻れば地域詳細単位での価格変動を観察するこ
とが可能であるが、住宅価格であれば、リクルート住宅価格指数を用いることで、地域別
の市場動向を観察することができる。
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首都圏主要都市の価格変化を見てみると(【図表Ⅲ-3-9】)、地域によっては価格変動の
パターンや変化率に特徴があることが分かる。千葉市・さいたま市では、絶対的な水準も
低いが 2006 年度に上昇基調に転じていたものの、後半に入ると下落に転じている。
一方、世田谷区では、2003 年後半から上昇基調に転じ持続的に上昇していたが、1996
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年の後半には横ばいとなっている。練馬区や横浜市は、世田谷から遅れて上昇しているこ
とがわかる。このように不動産価格の変動には、空間的な特色を持つ。
また、戸建て・土地価格とあわせて、マンション価格のワンルーム・コンパクト・ファ
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ミリータイプ別にその動向を合わせて観察した(【図表Ⅲ-3-10】)。中古マンション価格
は、タイプ間において㎡単価でみた価格水準や価格変動のパターン・変動率が異なる時期
もあったが、近年では収斂してきていることが分かる。また、近年における変化率に着目
しても、戸建て価格においては 2006 年後半には横ばいに転じているが、中古マンション
価格は依然として上昇基調にある。このように、同地域の住宅市場といっても、種別によ
っては、価格変動のパターンが異なるため、市場分析には注意が必要である。
また、価格変化率の空間的な分布を、首都圏・近畿圏においてみた(
【図表Ⅲ-3-11】、
【図表Ⅲ-3-12】
)。首都圏においては、12ヵ月の平均変動率でみると一部の地域を除く東
京都区部では、二桁以上の上昇率を示しているが、その他のエリアでは下落基調にあるこ
とが分かる。
近畿圏エリアでは、東大阪エリア・神戸市では平均値で上昇しているが、その他のエリ
アでは下落している。価格変動を観察する場合には、特定時点での変動率とあわせて、そ
の傾向の時間的な安定性を見るためには、一定期間の平均変動率としてみることで、市場
動向をより正確に観察することができるのである。
住宅統計指標としては、このような価格指標とともに、賃料指標も存在している。賃料
指数においては、消費者物価指数で観察できる継続賃料指数とリクルート住宅価格指数・
新規契約賃料指数などがある。住宅市場の動向分析においては、価格指標と併せて賃料指
標の動向を観察していくことが重要である。詳細は、Shimizu, Nishimura, and Watanabe
(2008)を参照されたい。
3 ●オフィス市場分析
3.1 オフィス市場分析の視点
不動産市場分析を実施するにあたり、市場構造をモデル化する必要がある。たとえば、
オフィス市場であれば、オフィス賃料が、どのような要因によって決定されるのか、どの
ような要因の時系列的な変化と因果性があるのかを、理論モデルに基づき検証していくこ
とが求められる。厳密に市場構造を定義をするためには、数学的な表現が必要となるが、
ここでは Dipasqual and Wheaton(1996)によるモデル図(【図表Ⅲ-2-1】)に従い、実際
の市場を観察したい。
まず、オフィス需要については、一人当たりのオフィス利用床面積とオフィスワーカー
数の積によって決定されるものと考える(この仮定は、大きくは外れないであろう)
。こ
の場合、一人当たりのオフィス利用床面積とオフィスワーカー数がどのような要因によっ
て決定されるのかということが分析の対象となる。
経済理論的には、一人当たりのオフィス利用床面積は労働生産性との関係で、オフィス
ワーカー数の増減は企業全体の限界生産性によって決定されるものと考えられよう。具体
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的には、労働者一人あたりが生産することができる経済的な価値、付加価値額によって一
人当たりの総支払い賃料額と支払給与が決定される。そして、最低必要面積と単位あたり
の賃料水準とを考慮しながら一人当たりの床面積と単位あたりの賃料が決定されるなかで
オフィスの立地選択が行われると考えられる。しかし、実際の市場分析においては、すべ
ての企業が合理的に判断しているわけではなく、必ずしも理論どおりに行動が行われてい
るわけではないことに留意する必要がある。また、一人あたりの床面積は、今後の就業パ
ターンや産業構造によっても影響を受ける指標であるため、産業構造の変化の見通しも重
要な要因となる。
一方、オフィスワーカー数のパイの大きさは、経済の活動水準に大きな影響を受ける。
そして、地域に限定された需要量は、地域間の経済的な比較優位の変化によって変動する
ことが予想される。つまりマクロ経済変動によって全体的な事務所ワーカー数のパイが変
動し、そのなかで当該地域にどのような確率で配分(立地)されるのかを分析していく必
要がある。
続いて、オフィス床供給のモデル化である。事務所床の供給の意思決定においては、経
済環境と同時に、直近までの事務所需要動向・前期までの着工動向をにらみつつ、決定さ
れるものと考えられる。実際には、ゼネコン等では 2〜4 年先の供給までは決まっている
ところが多い。つまり、このような意思決定は、断続的なものではなく連続して起こり、
意思決定そのものに影響を与えるのが直近の意思決定であるということから 1〜2 年程度
のラグを重視してみていくことが必要であろう。
以下、実際のデータを用いて、オフィス市場の供給動向と需要動向を観察する。
3.2 オフィス供給動向に関する分析
近年においては、大型オフィスビルの竣工が相次ぎ、そのようななかで市場の混乱が発
生するのではないかということがささやかれた。いわゆる「2003 年問題」である。こ
の問題は、オフィス市場における供給サイドの問題である。「2003 年問題」を振り返ると、
その問題の発端は国鉄清算事業団が、品川や汐留といった旧国鉄所有地を 97 年から 98 年
にかけて民間事業者に売却したことに端を発した問題である。清算事業団は 87 年に民営
化され、国鉄から引き継いだ土地を 10 年以内に売ることが義務づけられていた。そのた
め特定の時期に大量の土地が放出され、その土地にオフィスビルが建てられることとなっ
た。そのため、これらの土地において建設されたオフィスビルの竣工時期が 2003 年に集
中し、さらに、わが国最大のオフィスビルのひとつである「六本木ヒルズ」の竣工時期も
重なってしまった。森ビルの調査によれば、2003 年に供給されたオフィスビルの延べ床
面積(延床 1 万㎡以上のもの)は 221 万㎡であり、国鉄清算事業団が売却した土地に建て
られたビルと六本木ヒルズで全体の約 7 割を占めた。
この時期においては、日本の経済環境の回復の兆しがまったく見えていなかっただけ
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に、大きなオフィス需要の上昇が見込めないなかでの大量供給となり、オフィス賃料は大
きく下落するのではないかという予想が立てられた。
しかし、実際には、それほど大きな影響が出なかったといえよう。特に、「近・新・大」
(駅近・新築・大規模)の要件を満たすビルは、テナントニーズが強く、そもそも影響が
受けづらい。さらに、六本木ヒルズなどに立地した企業は、IT 産業を中心とした新しく
市場に創出されたオフィス需要であったため、その影響を小さくしたとも考えられよう。
そして、このように影響が小さかった背景には、わが国においては、良質なオフィススト
ックが絶対的に不足しているという構造が浮き彫りになったと考えられる。
一方で、オフィスの大量供給の影響がまったくなかったというわけではない。競争力で
劣る中小ビルからテナントが流出し、空室が上昇したことは事実である。
われわれは、2003 年問題から、オフィス市場といっても一律に評価すべきものではな
く、市場を層別化してみることの重要性を学んだといえよう。いわゆる市場の多極化であ
る。
今後の新規供給見通しについては、
「東京 23 区内の大規模オフィスビル供給量の推移」
をみると、2004 年は 116 万㎡、2005 年には 82 万㎡の供給が見込まれ、2006 年もまた更に
増加することが予測されている。2003 年以降、市場調整の過程で減少し続けていたオフ
ィスビル供給は、丸の内周辺・六本木防衛庁跡地や大崎・五反田などの大型開発などに代
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表されるように、2006 年には一転して 153 万㎡の大量供給となる見通しである(森トラス
ト調べ)
。
今後のオフィスの供給予測を【図表Ⅲ-3-13】に、オフィス床ストックの推移を【図表
Ⅲ-3-14】
、
【図表Ⅲ-3-15】に示す。
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最近において、
「2003 年問題」より深刻な問題として取り上げられるようになったの
が「2010 年問題」である。
「2003 年問題」はオフィス供給側の問題であったが、「2010
年問題」とは、人口構成上の問題によってオフィス需要が大きく低下するのではないかと
いう需要側の問題である。日本の人口は、2006 年の 1 億 2774 万人をピークに減少に向か
う見込みである(
【図表Ⅲ-2-6】)
。そして、オフィスワーカーも 2007 年から 2009 年前後に
かけて団塊の世代が一斉に定年退職を迎えるため、オフィスビルで働く人の数が労働市場
から撤退するなかで、オフィス床需要が急速に減少してしまう。
実際にオフィスワーカー数の推移を中心として、オフィス床需要はどのように推移して
いるのか、具体的に分析する。
まず、一人当たりの床面積は、労働生産性と賃料単価との関係で決定される。近年にお
いては、OA 化の普及と共有スペースの充実、そして賃料単価の低下に伴う複合効果とし
て一人当たりの床面積は急速に上昇してきている。1985 年には 13.5㎡であった同指標は、
2000 年には 28.9㎡まで拡大している。このような変化は、そもそもわが国のオフィスの
労働環境は劣悪な状態にあったためにそれを改善する圧力と、OA 化に進展、さらには大
規模ストックの充実という物理的な要素の作用が大きかったといえよう。加えて、労働者
一人当たりの生産効率の上昇に伴う労働生産性の拡大により、単位あたりの支払い賃料が
上昇してきたという要素も考えられる。
この問題は、産業構造と密接な関係がある。つまり、おおよそ労働者一人あたりが生産
できる付加価値額は、産業単位によって異なることが予想される。具体的には、金融や不
動産などは他の産業と比較して、相対的に高い付加価値額を発生させることができるた
め、高い賃料を支払うことができると想定されている。ここで、都心区におけるオフィス
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ワーカー数の推定を行う。
産業別の人口数は、
『国勢調査』または『就業者産業構造調査』によって知ることがで
きる。オフィスワーカーを『国勢調査』の「専門的・技術的職業従事者+管理的職業従事
者+事務従事者」とする。ここでは、国勢調査のデータに従い、「専門的・技術的職業従
事者+管理的職業従事者+事務従事者」を産業別に観察し、そのシェアの変化を見た(【図
表Ⅲ-3-17】〜【図表Ⅲ-3-22】
)
。
産業別のオフィス人口のシェアの変化を見ると、都心 5 区全体では、1995 年から 2000
年にかけてはすべての区でサービス業がシェアを広げた。しかし、2000 年から 2005 年に
かけては縮小傾向にある句もあり、5 区全体でも微減している。その傾向を区別に見ると、
千代田区・中央区・港区では、そのシェアの拡大を見せているが、渋谷区・新宿区では縮
小していることが特徴的である。このようにエリア毎に産業構造の変遷をみていくこと
で、借り手側のオフィス立地の変化を読み取ることができる。そして、一人当たりの床面
積の変化や支払い賃料単価に対する影響を検討することが可能となる。
続いて、オフィス人口のパイの変化に着目する。オフィス人口を推計することができる
『国勢調査』および『就業者産業構造調査』は、5 年ないし 3 年に一度の調査である。その
ために、時間的な変化を観察しようとすると、その空白期間については、補完推計によっ
て求めることが必要となる。その推計方法には様々な手法があるが、ここでは清水(2004)
によって提案された手法によって推計する。オフィス人口の推計に当たり、住宅立地との
関係に着目する。具体的には、都心部に就業するためには、その通勤圏に対して住宅立地
を行い、一定の空間的な範囲に立地した世帯主が一定の確率のもとで都区部のオフィスワ
ーカーとして就業するといった仮定をおく。つまり、国勢調査および就業者産業構造調査
においてデータを入手できる時点については同データを用い、データが存在しない時点に
ついては、
次のように推計した。
i 地域 t 期における就業人口 Owitを、次のように定義する。
Owit= Rateit・TFCit
Rateit :i 地域 t 期における就業確率
TFCit :i 地域 t 期における立地世帯数
就業確率については、データが入手できる時点をベンチマークとして、その間について
はスプライン補完推計をする。立地世帯数は、住民基本台帳に基づく世帯・社会増加数を
利用する。同データは、毎年入手することができる。
具体的には、1985 年の Ratei1985は、次のように求める。
[1985 年の都心 5 区の就業者数]÷[都心 5 区に対する通勤圏世帯数]である。この指標
は、首都圏通勤圏全体で都心 5 区に対して通勤するオフィスワーカー数の比率を意味する。
世帯数については、
『住民基本台帳』で毎年データ入手することができるので、Rateitを
推計することができれば、世帯数と掛け合わせることで就業者数を年次データとして推計
できる。
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このように推計されたデータを用いて、オフィス人口の推移を観察した。
東京都心 5 区についてみてみると(【図表Ⅲ-3-23】、【図表Ⅲ-3-24】)、都心 5 区は
1993 年をピークに減少へシフトしていることが分かる。それぞれの区を個別にみていく
と、傾向の違いがみてとれる。区毎の 2000 年から 2005 年までのオフィスワーカー数の増
減をみてみると(
【図表Ⅲ-3-25】、【図表Ⅲ-3-26】)、渋谷区では 2000 年以降も増加し安
定しているが、その他の 4 地区については減少に転じていることが分かる。さらに、減少
傾向にある他の 4 区(千代田・中央・港・新宿)は減少率がそれぞれ異なり、千代田・中
央で港・新宿よりも減少の度合いが大きいことがわかる。
オフィス人口の減少は、2010 年問題を待たなくてもすでに発生しており、その減少速
度が、地域によって異なっている。そして、その速度も、産業構造と独立ではない。伝統
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的な産業や企業が多く立地する地域で影響が大きく、従業員の平均年齢が低い、新興の産
業が立地している地域では影響が小さいことがわかる。
ただし、このような数字を見る際にも、数字の定義と労働環境の変化に伴う誤差を加味
する必要がある。
【図表Ⅲ-3-27】は、総務省が毎月行っている労働力調査報告より、雇
用形態別のワーカー数の推移を表したものである。これをみると、1996 年以降、就業者
の雇用形態のうち非正規雇用(臨時+日雇)の割合が増加していることがわかる。正規就
業者(正規ワーカー)が徐々に減少している一方で、就業者数全体の維持に寄与している
のは「パート・アルバイト」、
「派遣社員」といった非正規ワーカーである。ここ数年で著
しい伸びがみられ、2004 年時点では就業者数の約 14%に達している(「改正労働者派遣法」
が 2004 年 3 月に施行された影響があったと考えられる)。この背景には企業の人件費流動
化や、コスト管理の観点から非正規ワーカーの雇用が積極的に行われたためであると考え
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られる。
オフィスワーカー数の推移を分析するにあたり、雇用条件をはじめとする労働環境の変
化を読み解く必要があることに留意していただきたい。
3.4 賃料・空室率に関する分析
市場分析においては、供給分析・需要分析が重要であるが、供給−需要の均衡の結果と
して成立する賃料水準が、最も重要であることに違いはない。また、市場環境を知るため
には、需給構造によって決定される賃料水準およびその変化とともに、空室率を観察する
必要がある。
前節までに推計してきたオフィスワーカー数と供給側であるオフィス床面積をクロスさ
せて需給バランスをみたものが【図表Ⅲ-3-28】である。ここで、床面積については、東
京都の各年 1 月 1 日現在の固定資産課税台帳に登録されている種類別非木造家屋のうち、
「事務所、店舗、百貨店、銀行」をオフィスと定義した。このようなトレンドから考えると、
オフィス人口は減少していく一方で、ストックが持続的に蓄積されており、空室率・賃料
水準に対して甚大な影響を与えることが予想される。そこで、空室率および賃料水準につ
いて観察した。
空室率は、市場が完全であれば、経済理論的には数量調整・価格調整の結果として発生
することはないが、労働市場と同様に、構造的に一定水準の非稼動資産が発生する。また、
市場の調整過程で、経済環境が悪化し市場が緩和状態となれば、空室率も賃料も弱含みで
推移する。逆に、経済環境が好転し、労働市場が活発化すれば空室率も低下し、賃料も上
昇するといった現象を繰り返すことになる。しかし、わが国の労働市場では景気後退とと
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もに雇用者数を減少させたり、景気拡大とともに積極的に増加させたりするといった弾力
的な市場ではないことに注意する必要がある。
【図表Ⅲ-3-29】
、【図表Ⅲ-3-30】は、三鬼商事によって調査された東京都心 5 区Aク
ラスビル(基準階面積が 100 坪以上の主要な大型貸事務所ビル)の平均空室率および平均
賃料の推移である。平均空室率は、2005 年初頭においては 6.0%であったものが 2007 年に
は 3.0%まで改善されている。そのようななかで平均募集賃料は坪単価で約 18,000 円から
2007 年には 20,000 円まで上昇し、2008 年に入ると 22,000 円を超える水準にまで上昇した。
そして、2008 年後半から 2009 年初頭にかけて空室率の増加と併せて平均募集賃料も下落
してきている。これらの傾向から、マクロ的には空室率と平均募集賃料との間には一定の
関係が存在することが予想されるが、多くのビルで賃料の契約期間が 2 年間は固定されて
いるという市場慣行を考えると、実際の契約賃料はより粘着的な動きをしていることを想
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定したほうがよい。その意味でも、空室率をあわせて観察していくことが重要であること
がわかる。
また、都心 5 区のクラス別の空室率の推移を見たものが【図表Ⅲ-3-31】である。総じ
て大型の A クラスビルで空室率が低い傾向にあるものの、2003 年には大型ビルのほうが
小型ビルよりも空室が増加していることが分かる。つまり、それぞれの市場が強い代替性
を持っているというわけではなく、立地するテナントの属性が異なることで、独立した特
性をも持ち合わせていることを示唆するものと考える。また、中型ビル・小型ビルでは大
きな格差がない。中型ビル・小型ビルでは、クラスだけでは稼働率に大きな差はなく、立
地によってその格差が異なることが予想される。
続いて、東京以外の他の主要都市の平均実質賃料、平均空室率、主要都市の平均空室率
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の推移をみたものが、
【図表Ⅲ-3-32】
、【図表Ⅲ-3-33】、【図表Ⅲ-3-34】である。
2003 年水準と比較して、東京都心 5 区都または特別区平均においては、2008 年水準の
ほうが高くなっているが、その他の地域においては、持続的に下落基調であることがわか
る。その意味では、不動産証券化市場の拡大に伴う市場の需要圧力の上昇は、東京に限定
した傾向であったともいえよう。
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不動産市場の実際―不動産市場分析の方法―
地方都市の分析においては、都市間の経済力格差とともに、都市構造について詳細な分
析をしていく必要がある。詳細は、小野・清水(1995)(1996)の一連の研究を参照され
たい。
4 ●住宅市場分析
4.1 住宅市場分析の視点
住宅市場の分析において、他の経済市場の分析と異なる要素としては、政策の影響を受
けやすいという点であろう。まず、住宅は、経済財としての特性として、他の財と異なる
特性を持つ。そのために、住宅経済学という分野が存在している。金本(1997)は、住宅
財の特徴として、必需性、耐久性、重要性、多様性と住宅市場の薄さ、生産における規模
の経済性、情報の非対称性、取引費用の重要性、の 7 つの特性を指摘している(pp.97-99)。
つまり、住宅は国民が生活をしていく上で、最低限必要とされる必需性を有する財である
ため、準公共財として位置づけられる。そのため、戦後、住宅計画 5ヶ年計画をはじめと
する、様々な住宅政策が講じられてきた。
また、住宅投資はカーテンや家具などの投資を誘発させるため、投資効果が大きいこと
が知られており(例えば財団法人
日本不動産研究所(1998))、住宅ローン減税などの経
済政策の対象にされてきた。そのため、政策によって供給構造が大きく変化することが発
生するため、政策の変化を併せて慎重に分析していくことが重要となる。
住宅市場分析の視点としては、政策効果を十分に加味していくことが重要となることが、
他の不動産市場、または経済市場を分析する場合と異なる点となる。このような影響は、
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定性的に分析をすることとし、オフィス市場と同様に、Dipasqual and Wheaton(1996)
によるモデル図(
【図表Ⅲ-2-1】
)を用いて分析を進める。まずは、第 3.4 象限に該当する
供給構造をデータとともに見た上で、第一象限で分析される需要構造を詳細に見る。
4.2 住宅供給動向に関する分析
住宅の供給構造を観察する前に、1963 年以降の住宅ストックの推移を見た(【図表Ⅲ3-35】)。
わが国の住宅政策の政策目標は、戦後の復興期においては量的な目標が掲げられたが、
1968 年には一世帯あたりの住宅数が 1 を超え、2003 年には 1.14 まで拡大してきている。
つまり、わが国の住宅ストックは、40 年ほど前から飽和状態にあり、空き家が増加して
きていることがわかる。そのようななかで、住宅供給が行なわれてきていることに注意し
ておくことが必要である。
続いて、住宅の供給構造を、着工戸数に着目した。
まず、国土交通省の「住宅着工統計」により、全国の所有関係別の住宅着工戸数の推移
を観察すると(【図表Ⅲ-3-36】)
、バブル崩壊過程である 1987 年から 1990 年にかけて、
160 万戸を超える着工が行われた。これは、バブル期における価格高騰によって住宅購入
を断念せざるを得なかった購入層が市場に登場してきたという需要サイドの要因と、景気
後退局面で、オフィス等の建設が縮小する過程で住宅着工を増加させたという供給サイド
の要因が複合した結果であると予想される。その後、一旦低下するものの、1996 年に 160
万戸を超過し、1998 年以降は 120 万戸前後の供給数となっている。
同様に、
「住宅着工統計」および不動産経済研究所の「全国マンション市場動向」により、
首都圏の着工市場に着目すると、全体としては、1990 年の 56 万 6 千戸から低下傾向にあ
るものの、分譲マンション市場は増加傾向にあったことがわかる。ここで、住宅着工統計
と全国マンション市場動向を比較すると、その両者の数字に大きな差があることがわか
る。これは、統計データの作成方法が異なるためである。住宅着工統計は、建築申請が行
われた届出件数であり、実際に着工された数字ではない。そのため、公表されている数字
は、実際の建設戸数を上回ってしまっていることに注意が必要である。
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一方、全国マンション市場動向は、販売戸数であり、実際に供給された量となる。ここ
で、全国マンション市場動向によりマンション供給量を見ると、1997 年、1998 年で 7 万戸、
6 万 6 千戸と低下したものの、1995 年、1996 年および 1999 年以降は継続的に 8 万戸強の物件
が供給されている。そして、株式会社リクルートによる調査によると、そのほとんどが時間
的なラグを持つものの成約していることから、供給された物件は稼動していることになる。
先に見たように、わが国の住宅ストックは 1968 年に世帯数を超過したことを併せて考
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えると、わが国における住宅ストックは依然として質的に低い水準にあり、そのため、良
質なストックが供給されれば、市場のなかで成約できることを示しているものと考える。
その一方で、市場から撤退を命じられるストックが存在していることは言うまでもない。
このように考えると、住宅市場分析においては、需要側の分析が重要であることがわかる。
4.3 住宅需要動向に関する分析
前節で見たように、わが国の住宅市場ではすでにストック数が世帯数を上回っているた
めに、市場分析においては需要面から分析することが重要となる。つまり、現在のストッ
ク水準と需要とのミスマッチが存在して初めて供給が可能となり、住宅選択が行なわれる
という構造になっている。そのため、住宅市場を分析するためには、セグメント化された
市場のパイの大きさと消費者の持・借選択(持ち家・借家のどちらを選択するか)を見極
める必要がある。
従来の伝統的な住宅需要分析では、第一次取得層と第二次取得層といったカテゴリーに
分類してパイの大きさだけを分析することが中心であり、年齢階層別に分析するといった
単純なものであった。人口構造だけを考えれば、わが国においては【図表Ⅲ-2-7】でも見
たように、現在のわが国の年齢階層別の人口分布(人口ピラミッド)は、50 台半ばの団
塊世代と、そのジュニア世代となる 20 代後半〜30 代前半の階層に、人口が集中している
という特性を持つ。ここで、投資対象となる賃貸住宅市場に焦点を絞れば、持ち家率の低
い若年層の動きを分析することが重要になる。
そこで、学生やシングルが中心となるワンルーム市場、結婚直後の世帯や DINKS 世帯が
中心となるコンパクトタイプ市場とファミリータイプ市場に分類し、市場動向を分析する。
(ワンルーム市場:学生・シングル向け)
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ワンルームマンションに居住する主な需要層は、学生および独身者を中心とした単身者
である。まず、学生の動向を観察すると(【図表Ⅲ-3-39】)、棒グラフが高校の卒業者数
を、そして折れ線グラフで示したものが、首都圏に対する地方圏からの大学への入学者数
である。
少子化の影響を受けて、大学への入学者数が減少してくることは予想されていたことで
はあるが、それ以上の速度で、地方からの入学者数が減少してきていることがわかる。つ
まり、現在、私立大学の定員数をめぐって様々な議論がなされているが、ワンルームマン
ションの一定のシェアを支えてきた地方からの入学者数は、それ以上の速度で減少してき
ていることが分かる。
また、かつては、多くの大学が東京近郊に移転していたものの、近年の法改正を受けて、
再度、都心部に戻ってきている。首都圏内部をより細かくセグメント化された市場として
整理すれば、特に郊外の学生向けのワンルーム市場での学生数の減少が大きく、そのよう
な地域で大きなリスクを抱えているといえるであろう。
一方、ワンルーム市場を支える需要としては、シングル世帯の増加が期待される。近年
【図表Ⅲ-3においては、晩婚化によりシングル世帯が増加傾向にあることが予想される(
40】
)。具体的には、年々晩婚化が進んでおり、2007 年では男性で 30.1 歳、女性で 28.3 歳
へと上昇し、その上昇速度も速くなっている。このような層は、賃貸層としてはワンルー
ム系のマンションに住むため、ワンルーム需要を下支えしていくことが考えられる。しか
し、先に見たように地方圏からの流入者数が低下していくなかで、また、パラサイトシン
グルと呼ばれるように、首都圏内に親族が住宅を所有する場合には同居を選択する確率が
高くなっていくことも予想されているため、その場合には賃貸需要として創出されないこ
とがあるため、慎重に動向を見極めていくことが必要である。
総括すると、ワンルーム市場は、かつては学生の需要に支えられてきたが、地方出身の
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学生数が急激に減少するため、学生向けのマンション、特に郊外では、きわめて厳しい状
況に追い込まれるであろう。一方、晩婚化の影響に伴い、社会人シングルの需要が拡大す
る可能性もあるため、一定の需要は維持できると考えられる。但し、若年層の低所得化は
ますます進むことが予想されるため、賃料設定や商品設計には注意が必要である。
(コンパクトタイプ:シングル・DINKS 向け)
専有面積が 30㎡から 50㎡程度のコンパクトタイプは、結婚直後の世帯や DINKS と呼ば
れる家族をターゲットとし、供給されてきた。ここで首都圏における婚姻組数の将来予測
を見てみると(
【図表Ⅲ-3-41】
)、婚姻組数が 2015 年まで低下傾向にあることがわかる。
また、コンパクトタイプのマンションは、他のタイプと比較して、間取り・設備・イン
テリア・セキュリティー・デザイン等に多様性があり、商品企画が極めて難しいという傾
向を持つ。さらに、晩婚化に伴い出産までのモラトリアム期間が短縮される傾向にあるこ
とから、分譲価格の低下と住宅ローン商品の充実ともあいまって、結婚→賃貸という選択
が少なくなる傾向にあり、結婚→ファミリータイプ・マンションの購入という選択が行わ
れる傾向が強くなってきている。そのため、主力需要層のパイの縮小と分譲マンションの
購入確率の上昇という二重の意味で、今後も、極めて厳しい市場環境にさらされることが
予想される。
(ファミリータイプ)
ファミリータイプの賃貸市場は、収益率が相対的に低いものの、絶対的な品薄感と、テ
ナントの契約期間が比較的長期になるケースが多いため、安定的な収益が期待できる市場
である。ただし、この市場は、前述の持借選択の影響を最も受ける市場であるため、分譲
市場の動向をにらみつつ分析をしていくことが重要であることは言うまでもない。
【図表Ⅲ-3-42】は、団塊ジュニア世代の住宅所有環境を見たものである。今まで、新
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規の住宅需要を支えてきた住宅取得層は、1946 年から 1950 年に生まれた団塊世代に着目
すれば、当該世代が首都圏に 10 歳から 14 歳時代に在住した人口数は 181 万人であったの
に対して、25 − 29 歳時点で首都圏に在住した人口は 299 万人と 65%も増加したことにな
る。この差分が、首都圏に対して新しい住宅需要を創出した。
一方、現在またはこれから近い将来に新規の住宅需要を創出させる 1961 − 1965 年生ま
れの世代、および 1971 − 1975 年生まれのいわゆる団塊ジュニア世代では、前者では 10 −
14 歳時代に在住した人口が 163 万人で、25 − 29 歳時点では 244 万人と 33%増であり、団
塊ジュニア世代層では 10 − 14 歳時代に在住した人口が 251 万人であるのに対して 25 − 29
歳時点では 300 万人と 19%しか増加していないことがわかる。
団塊世代の持ち家率が 70.1%であり合成特殊出生率の低下なども併せて考えると、これ
から大きな住宅需要を創出されると考えられている世代層では、差し迫って住宅を購入す
る必要はないということがわかる。
これらの世代がどのような住まい方をしていくのかを慎重に分析していくことが、ファ
ミリータイプ市場を分析する上での重要な視点となる。
4.4 住宅価格・賃料動向に関する分析
続いて、住宅価格・賃料動向を分析するために、リクルート住宅総合研究所から公表さ
れているリクルート住宅価格指数(RRPI:Recruit Residential Price Index)を分析する。
不動産は、同質の財が存在しないという特性を持つために、価格の変化を分析するために
は、品質調整済みの価格指数として観察する必要がある。品質調整済み価格指数の作成方
法としては、米国ではリピートセールズ法と呼ばれる手法によって作成されることが多
く、英国では政府機関によってヘドニックアプローチと呼ばれる手法によって推計され、
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公表されている。RRPI は、へドックアプローチによって推計された品質調整済み価格指
数 で あ る(詳 細 は、Ono, Takatsuji and Shimizu(2003)、Shimizu, Ono and Takatsuji
(2007)参照)
。
このようなインデックスを用いて、住宅市場分析を行う目的としては、価格・賃料の価
格変動を分析すること、および市場のリスク量を計算するといった目的がある。一般的
に、金融市場における収益率とリスク量の計算においては、収益率をインデックスによっ
て計算された平均値を、リスク量をその標準偏差を用いることが多い。このように計算さ
れるリスク量をボラティリティと呼ぶ。
ボラティリティは、一般に、このような時系列情報があって計算可能な指標であり、過
去データから算出することができるため、ヒストリカルボラティリティ(σ)と呼ばれて
いる。標準偏差の算出方法を下記に示す。
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このようにボラティリティ(σ)の計算においては、実務上において問題となるのが、
T をどのように設定するのかといった計算対象期間 T の設定問題と、計算対象とするイ
ンデックスの精度問題が挙げられる。
計算対象期間問題は、過去にさかのぼって 10 ポイントのサンプルを用いて計算を行う
のか、または 20 ポイント、さらには 50 ポイント程度必要なのかといった問題である。
例えば BIS 規制では、日次データとして指数が存在するとして各資産ごとに 250 日以上
の過去データを用いて、保有期間 10 日間のボラティリティを予測しなければならないと
している。実務では 250 日から 750 日にするのが一般的である。実際には、次の 3 つの方
法がとられる。第 1 の方法が過去一定期間のデータを用いる方法、第 2 の方法がすべての
データを用いる方法、第 3 の方法が他の根拠によりデータ数を決定する方法である(以上、
山下(2000)
)。
この問題は、市場の構造変化問題と独立ではなく、不動産市場のような非効率な市場で
はきわめて重要な問題となる。例えば、第 2 の方法を採用した場合には、バブル前、バブ
ル期、バブル崩壊期のすべての情報を取り入れて計算したとすれば、再度、バブルが発生
することを前提とするといったきわめて現実から遠い仮定を置くこととなる。また、第 1
の方法のように、例えば闇雲に 1 年、または 2 年といった期間を設定してしまうと、リス
クを過小または過大に評価する可能性もある。
さらに、インデックスの精度によって、計測されるボラティリティが変化してしまうこ
とは言うまでもない。インデックスの精度問題は、インデックスそのものの作成(推定)
精度の問題と、インデックスの公表頻度の問題となる。公表頻度の問題は、実務的にはで
きる限りきめ細やかなものの方が良いが、実質的には、市場の効率性・流動性の程度や市
場情報の豊富さ(取引頻度・取引量)、市場参加者の意思決定期間などにより変化してく
る。一般に、日次、週次、月次、四半期、半期、年次などといったことが考えられるが、
不動産市場は株式市場と異なり、取引頻度・取引量は小さく、さらに一単位あたりの投資
額が大きく、品質とそれに対応する価格といった意味での市場情報が入手しにくいことか
ら意思決定期間が長い。特に、それは、住宅市場よりも事務所市場、商業市場の方が強く
出てくるものといえよう。つまり、極めて「流動性リスク」の高い市場なのである。
そのような市場で日次や週次といったきめ細やかな情報を作成することは困難であり、
また作成したとしてもインデックスが持つ誤差が限りなく大きなものとなってしまう。
一方、利用方法にもよるが、ボラティリティなどを計算しようとした場合には、半期や
年次といったレベルではリスク量を過小評価してしまう可能性がある。また、時間頻度が
長い場合には、意味のない期間を計算対象としてしまうことになる。例えば、50 ポイン
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トで計算しようとした場合には、四半期では 12 年以上の期間を、半期では 25 年を、年次
では 50 年を対象とすることとなり、そのような期間を対象として計算されたボラティリ
ティの意味を解釈することはきわめて困難であろう。そのような実務上の問題を考慮しつ
つ、インデックスを採用していくことが求められる。
ここで、RRPI・総合収益率系列(月次)を用いて、都区部のワンルームマンション市
場のボラティリティを計算してみよう。
この指標は、月単位で総合収益率が求められ、ルート t 倍法により 12ヶ月分の年次収益
率として作成されている。
ボラティリティの期間構造を観察するために、月次単位で 1993 年 1 月〜2002 年の 7 月
までの観測期間を 10ヶ月、20ヶ月、50ヶ月さらにはその時々で所有するすべての過去デー
タを使ったもの(All)について比較してみた(【図表Ⅲ-3-45】)。
さらに、それぞれのポイント数によるばらつきを見るために、箱髭図として比較する。
平均値には大きな差はないものの、ポイント数が小さくなるほどにばらつきの程度(こ
こでは標準偏差)が大きくなっていくことが観察される。一般に株式市場のリスク評価モ
デルなどを見てみると 50 ポイントで作成されているものが多いが、それを不動産市場に
適用した場合にはばらつきが小さくなり、リスク量を過小評価してしまう可能性も残る。
利用方法に応じて適切に選択していくことが求められよう。
続いて、このように計算されるリスク量と平均値を用いて、市場分析を行うことができ
る。具体的には、RRPI の首都圏行政市区別指数を用いて、首都圏マンション市場のリス
ク-リターンの構造を探る。RRPI のプロパティ・タイプとしては、25㎡を想定したワンル
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ーム市場の指数(1R)、45㎡を想定した DINKS 等が中心に居住する市場の指数(DK)、
そして 65㎡を想定した主にファミリー層が中心に居住する市場の指数(FA)、の 3 つに分
類されている。さらに、行政市区別・プロパティ・タイプ別指数のなかでも、投資市場と
して成熟していると考える 80 に分割された市場を分析対象とした。
これらの市場のなかから、投資対象の市場選択をするために、インデックスから収益率
(リターン)を 2001 年 1 月から 2003 年 12 月にかけての過去 24 期の平均値として、リスク
を同じく 24 期の標準偏差に求めて、その分布を見た(【図表Ⅲ-3-47】)。相対的に、ハイ
【図表Ⅲ-3-47】の右上に位置し、江東区 1R・市
リスク−ハイリターンの市場群としては、
川市 DK などが該当する。高い収益率を獲得できる確率も高い一方、リスクも高い市場と
考えられる。また、同じ程度のリスク量であるにもかかわらず、収益率が低い市場として
は、朝霞 FA などが属し、このような市場に対して投資を行うことで獲得できる収益率が
低い一方で、リスク量が大きいことを意味する。
一方、収益率が低いにもかかわらず、リスク量も低いローリスク−ローリターンの市場
群としては、世田谷区 FA・大田区 FA などの住宅地として成熟しているファミリータイ
プ層が該当する。さらに、同じ程度のリスク量であるにもかかわらず、高い収益率が期待
できる市場群としては、港区 1R・新宿区 DK といった都心部の利便性が高いエリアの市
場群や、江東区 FA といった近年における開発密度の高い市場群が選択されている。
このような市場環境が浮き彫りにされてくると、単純に収益率だけを見て投資対象を設
定するのではなく、リスク量との対比のなかで選定していくことが重要であることがわか
る。そこで、収益率(A)をリスク量(B)で調整した後のリスク調整済みリターンを求
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め(こ の よ う な リ ス ク 調 整 済 み リ タ ー ン の 分 析 例 と し て は、Brueggeman & Fisher
(2005)Chapter13 または清水(2004)参照)、その上位 20 地域について整理したものが【図
表Ⅲ-3-48】である。そして、そのなかから、6 つの地域でのポートフォリオを組成する
ことを想定し、収益率の推移を見たものが【図表Ⅲ-3-49】である。
このような市場群のなかから、どの地域のどのようなアセットクラスに投資するのか
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は、それぞれの投資法人の戦略と組成するファンドの特性を考慮しつつ決定していくこと
となる。しかし、設定された絶対収益率を担保することは、何よりも優先されるべきこと
である。その意味で、このような市場のスクリーニングは極めて重要となるのである。
以上のような市場分析をベースとしたポートフォリオの組成事例の詳細は、清水(2004)
を参照されたい。
4.5 住宅市場のミクロ構造
住宅市場は、市場参加者の数が多いため、よりミクロな分析が求められる。ここでは、
消費者のマイクロな選好構造について説明する。第 2 章第 1 節でも整理したように、消費
者の選好を把握する手法としては、大きく表示選好法(SP:stated preference methods)
と顕示選好法(RP:revealed preference methods)に大別される。表示選好法は、主に
仮想市場法やコンジョイント分析が行われており、個人の支払い意思額(WTP:willing
to pay)や受取意思額(WTA:willing to accept)を、アンケート調査などを通じて直接
に推計するものであり、顕示選好法の代表的な手法の一つがヘドニックアプローチである。
ヘドニックアプローチとは、市場によって決定された価格を分析することで、家計の効
【図表Ⅲ-3-52】は、
用を間接的に推計する手法である。
【図表Ⅲ-3-50】、
【図表Ⅲ-3-51】、
中古マンション価格と「専有面積」
「建築後年数」「最寄り駅までの距離」との関係を示し
たものである。都区部において、専有面積・築後年数・最寄り駅までの距離の増加によっ
て、価格がどの程度逓減していくのかを測ることができる。
ただし、ヘドニック関数を住宅価格評価などに適用する場合は、次の問題について気を
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つける必要がある。
第 1 に、住宅価格の非線形性問題である。多くのわが国における先行研究では、線形関
係として推定されることが多い。これは、市場参加者の効用の均質性(homogeneous)
を想定している。しかし、住宅価格の主要な価格形成要因である「専有面積」、「建築後年
数」
、
「最寄り駅まで時間」といった諸指標と単位価格との間の関係が線形関係であるとは
考えにくい。
例えば、
「専有面積」においては、比較的規模が小さい住戸は、投資目的で購入されたり、
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単身世帯が購入したりするであろうし、その次の規模の住戸には、いわゆる DINKS 世帯
などの小規模な世帯が購入するであろう。さらに、一定規模以上の住戸は、ファミリー世
帯層が購入する。これらの世帯が、同様の選好を持っているとは想定しづらく、規模に関
しては単純な線形関係にあるとは考えにくいであろう(Asami and Ohtaki(2000)、
Thorsnes and McMillen(1998)
)
。
建築後年数については、時間が経過するとともに価格が減価していくことは容易に予想
される。これは時間の経過とともに物理的な劣化が進むとともに、特に、近年においては
マンションの技術進歩は著しいために、経済的な劣化の影響を受けるためである。さら
に、比較的新しい設備を好む消費者とそうでない消費者とで、または高所得世帯と低所得
世帯といった所得制約によって付け値が異なることが予想される。建築後年数の減価曲線
は、特に住宅ローンの担保評価として極めて重要な指標であるため、その変数だけに着目
)。
した先行研究も存在している(Clapp, J.M and C.Giaccotto(1998)
「最寄り駅までの時間」は、比較的鉄道駅に近い地域は商業集積が進み、また交通利便
性が高いものの、公園が少なかったり自然環境が劣っていたりする場合が多い。そのた
め、比較的駅に近い地域は高い利便性を好む単身世帯や DINKS 等の世帯が立地する確率
が高く、駅から離れた地域は、子育てをしている世帯などのファミリー世帯が多い。この
問題についても、
「専有面積」の問題と同様の構造を持つものと考えられる。
この問題は、伝統的にはヘドニック関数の推定における関数形の選択の問題である
(Box andCox(1964), Cropper and McConnel(1988), Halvorson and Pollakowski(1981),
Rasmussen and Zuehlke(1990), Wooldridge, J(1992))。
【図表Ⅲ-3-50】、
【図表Ⅲ-3-51】、
【図表Ⅲ-3-52】では、線形モデル(OLS)を出発点として、
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非線形性を推定できるダミー変数を用いたモデル(DmM)、価格構造の変化点を想定し
た Switching Regression Model(SWR)、一般化加法モデル(GAM)で推定した結果を
示した。線形関係として推定している Base Model とその他のモデルと比較した場合にお
いて、価格形成構造に大きな格差が存在していることが分かる。
そうした場合、単純な回帰モデルとして推定されたモデルを用いて、住宅価格評価に適
用すると大きな評価誤差をもたらすことが理解できる(詳細は、清水・唐渡(2007a)
(2007b)
)
。
第二の問題は、ヘドニック関数で推定された回帰パラメータは、時間的に変化していく
ことである。多くの研究や実用例では、ある一時点において収集されたデータを用いて関
数推定が行われることが多い。ここでは、建築後年数だけを紹介するが、東京都区部の中
古マンション市場を対象としたヘドニック関数において、
「建築後年数」に関する回帰係
数は時間的に変化していくことが推計されている(【図表Ⅲ-3-53】、推計モデルの詳細は、
Shimizu, Ono and Takatsuji(2007)参照のこと)。
第三の問題は、回帰係数は、地域によって格差が存在している。従来の回帰モデルでは、
空間的な格差を「都心までの時間」や地域特性を表わすダミー変数のみで対応されている
ことが多い。その場合においても、観察できない変数が存在し、さらに地域ごとに異質な
家計が立地しており、回帰係数が異なると考えることが一般的である。
【図表Ⅲ-3-54】
は、東京都区部を対象として、地理的加重モデルによって推計した結果のうち、
「建築後
年数」の回帰係数の地域別の分布を見たものである。地域によって回帰係数が大きく異な
ることが示されており、単純な回帰モデルを用いて市場分析を行うことの危険性を示唆す
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るものである(推計モデルの詳細は、清水・唐渡(2007b))。
最後に、ヘドニック・アプローチが持つ理論的・推計論的問題の中でもっとも大きな問
題が、観察不可能な変数の存在である。不動産の価格形成要因としては、一般にわれわれ
が見ているヘドニック・モデルの中で採用されている変数だけでなく、その他の要因もま
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た、価格形成に影響を与えていることは否定できない。そのような変数が存在する場合に
は、計量経済学で言う「過少定式化バイアス」の問題を発生させる。この問題の詳細は、
清水(2008b)および Shimizu(2009)を参照されたい。
以上のような分析例は、市場分析における顕示選好法の中のヘドニック法の適用例であ
る。しかし、ヘドニック法で推計可能な要因は、市場で観察可能な要因に対してのみであ
る。市場では観察不可能な要因については、表明選好法によって調べることができる。こ
こでは、表明選好法のなかのコンジョイント法によって推計された結果を紹介する。
【図表Ⅲ-3-55】は、首都圏の賃貸市場を対象として、賃貸住宅の居住者へのアンケー
トを通じて、コンジョイント法によって推計された結果を示したものである。縦軸におい
ては、賃貸住宅を選択する際の各設備に対する重要度を、横軸においては、各設備に対す
る支払い意志額を計測したものである。
たとえば、バス・トイレ別にすることによって、そうでない物件と比較して、単位(戸)
あたり 8000 円強の賃料を余分に取ることができ、その重要度も 80%弱と高い。一方、デ
ザイナーズマンションについては、そうでない物件と比較して単位(戸)あたり 13000 円
弱の賃料を取ることができるものの、物件選択の際の重要度としては 10%程度と低い。
このような分析によって、立地・各設備や仕様の変更に関する費用と超過収益を比較す
ることができる。
以上のように、住宅市場分析は、オフィス市場分析と比較して、よりマイクロな構造を
調べる必要があり、市場の空間的な広がりも大きいことから複雑な分析となることがわか
る。
5 ●商業施設市場
5.1 商業施設市場分析の視点
商業施設市場分析は、オフィス市場や住宅市場と比較して、その収益の発生メカニズム
には異なる構造を有する。オフィス市場において発生する収益は、企業の生産活動、特に
生産性に依存する。住宅市場においては、家計の予算制約の中で、住宅から発生するサー
ビス水準に対して、持家市場によって提供されるサービス水準と均衡するように決定され
る。そのような中で、商業施設市場は、家計の支出の中で、住宅サービスに対する支出と
併せて、その他の財に対する消費活動を収益の源泉とする。そして、その市場で取引され
る財はきわめて多様なのである。そのような中で、商業施設に対して支払われる賃料は、
オフィスや住宅などと異なり、契約期間中は一定の賃料が支払われるのではなく、消費活
動の水準に応じて、歩合として賃料が支払われる契約となっているケースも多い。
このように商業施設市場は、各家計の消費活動の水準に影響を受ける。経済理論的に
は、消費は所得の関数として考えられ、基礎消費と所得水準によって変化する限界消費性
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向によって消費水準が変化する部分とから構成される。前述のように商業施設への投資収
益は、商業売り上げと密接な関係があるため、消費者の総合的な購買力とともに、その商
業施設が販売する財の消費性向をあわせて分析していくことが重要になる。
具体的には、今後は、人口の減少、平均所得の低下と相まって購買力がマクロとして低
下していくことが予想され、さらに消費税率の上昇が余儀なくされるなかで、その影響が
どのように出てくるのかを慎重に分析していくことが必要となる。そのような市場環境の
変化のなかで、その環境変化に対して大きな影響を受ける財を多く扱っているか、あまり
影響を受けないのか、競争力を持っているかどうかなどを見極めていくことが必要であ
る。
ここでは、マクロのレベルでの商業施設市場の環境を整理しておく。
「商業統計調査」によって 1985 年から 2007 年にかけての傾向を見ると、全国ベースで
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162 万から 116 万店舗へと減少しており(
【図表Ⅲ-3-56】)、程度の差はあるものの、すべ
ての都市で減少していることがわかる。
一方、売り場面積に目を向けると(【図表Ⅲ-3-57】)、全国ベースでは 1985 年に 9,450
万㎡から 2004 年には 15190 万㎡まで拡大しており、すべての都市において拡大傾向にあ
る。この店舗数が減少し売り場面積が拡大していることから、一店舗あたりの売り場面積
が拡大している傾向が読み取れる。この傾向は、特に地方都市で顕著に出ている。
5.2 小売業
小売業の状況を分析するにあたり、「商業統計調査」により、全国主要都市の小売業店
【図表Ⅲ-3-56】)。
舗数の変化を見た(
続いて、年間売上高の推移(【図表Ⅲ-3-58】
)と面積あたりの販売高の推移を見た(【図
表Ⅲ-3-59】)
。年間売上高は、商業施設に対する投資収益の規模を、面積あたりの売上高
は単位面積あたりの投資効率を代理する重要な指標となる。
まず、販売高は各都市ともに拡大しており、1985 年と比較して 2007 年では全国平均で
1.32 倍に、東京都区部は 1.28 倍程度ではあるが、札幌・仙台・横浜・川崎では 1.4 倍以上
拡大している。
しかし、売り場面積あたりの売上高は、1991 年を境に減少傾向にある。これは、売り
場面積の成長速度が大きかったことの影響を受けているものと考えられる。
「商業統計調査」は、わが国の商業環境について詳細に分析することが可能であるが、
おおよそ 3 年に一度しか調査がなされておらず、公表のタイミングも遅れるため、日々の
変化については分析することが困難である。しかし、商業関係統計としては、最も網羅的
かつ信頼性の高い統計であることから、その他の速報性の高い統計と合わせて分析してい
くことが効果的であるといえよう。
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5.3 百貨店・スーパー
もっとも典型的な商業活動の状況を観察しようとした場合、百貨店・スーパーの動向を
把握することが効果的であろう。
百貨店・スーパーに限定すれば、月次統計としてその動向を捕捉することができる。百
貨店・大型スーパーの月次ベースでの商況の変化は、経済産業省によって調査される「商
業販売統計調査」と日本百貨店協会によって調査される「全国百貨店売上高概況」によっ
て、売り場面積や販売額が報告されている。
まず、百貨店とスーパーの一年間の推移を見てみると(
【図表Ⅲ-3-60】
)、百貨店では
お歳暮・お中元またはバーゲンセールなどの季節的な販売活動が存在するため、7 月と 12
月で売上高が伸びるといった季節要因を持つ。そのため、この時期での売り上げに依存し
ている部分もあり、この時期での売り上げの水準によって収益全体に与える影響が大きい
ことが分かる。一方、スーパーにおいては、売り上げはコンスタントに推移している。つ
まり、スーパーで扱うものが季節要因による影響が小さいとともに、所得弾力性の小さい
商材が多いことが予想される。
続いて、都市別に百貨店の売上高の変化を見ると(
【図表Ⅲ-3-61】
)、全体の傾向は同
じであり、7 月、12 月に売り上げを伸ばし、2 月・8 月に売り上げが減少するという傾向
にある。地域別の売り上げの伸び率や格差は、都市の経済力と成長性の影響を受けるた
め、その年レベルでの経済活動の水準と予測が重要となってくるであろう。
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逆説的に考えれば、このような商業売り上げの動向は、商業施設市場の経済環境を知る
だけでなく、都市の経済力の格差と成長性を知ることができる代理指標となっているとも
言えよう。
また、百貨店の売り上げの中での売上高の構成比を見た(
【図表Ⅲ-3-62】
)。売り上げ
の構成比、つまり商品によって利益率が異なることから、投資においては単なる売り上げ
の水準だけでなく、各店舗の売り上げの構成比を慎重に分析する必要があるのである。
6 ●その他の市場
6.1 ホテル等
ホテルも、投資対象としては魅力的な市場である。しかし、ホテルに関する統計資料は
極めて少ない。ホテルは、利用目的に応じてビジネスホテル、リゾート・観光ホテル、シ
ティホテルなどに大別され、その目的に応じて収益構造が異なる。主要な収益源のひとつ
である観光利用に基づく売り上げは、旅行取扱高ときわめて強い因果性を持つことが予想
される。
そこで、【図表Ⅲ-3-63】では、国土交通省の「国土交通業の概況」によって公表され
る東京・大阪のホテル稼働率と国内旅行取扱高の推移を見た。
両指標の動きを見ると、ホテル稼働率と国内旅行取扱高とは一定の相関があることがわ
かる。その原因としては、当該指標が東京・大阪の大規模なホテルを対象として調査が行
われているためであると考えられる。
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ホテル市場を詳細に分析する際には、それぞれの個別市場の状態を考えればよい。例え
ば、ビジネス・トリップに伴い発生する売り上げは、各企業の企業活動の活性度と支社・
支店等の配置戦略などにも影響を受ける。旅行市場は、所得弾力性が強い市場であり、家
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計の経済状態に強い影響を受ける。また、シティホテルにおける主要な収益源のひとつと
して結婚式・宴会などが挙げられるが、結婚需要の長期見通しは、【図表Ⅲ-3-41】でみた
ように長期的には縮小傾向にあり、かつ、結婚式の形態が多様化するなかで、この市場で
のパイの縮小は余儀なくされよう。
このようにホテルは、前述のオフィス・住宅・商業施設と比較して、収益構造が複雑で
あり、オペレーションによる影響を強く受ける。投資のオペレーションリスクとしては、
食中毒、事故または顧客トラブル評判の低下に基づく事業遂行上の多くのリスクが予想さ
れる。投資対象が拡大するなかで、オペレーションリスクのコントロールが必要となるア
セットへの投資が増加してきている。病院や介護施設も同様のカテゴリーに位置づけられ
るであろう。
このようなアセットの市場分析については、データの蓄積が十分ではないため、定性分
析・定量分析をあわせて、慎重に進めていく必要がある。
6.2 物流市場
物流施設市場は、工業部門の生産活動や商業部門での消費水準と連動することは予想さ
れる。しかし、商業施設市場が国内の経済活動水準と密接な関係があることと比較すれ
ば、物流施設市場は内外の経済活動に依存する。
【図表Ⅲ-3-64】)、
まず、倉庫の着工戸数と一棟あたりの床面積の推移を観察すると(
1980 年代のいわゆるバブル期に大量の倉庫が着工されているが、特に 2003 年以降におい
ては、一棟あたりの規模が拡大してきていることが分かる。
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2000 年以降において、建設工事の受注別にその建設金額の動向を観察すると(【図表Ⅲ3-65】)
、2003 年以降は不動産業を営む主体によって建設がおこなわれていることが分か
る。
ここから予想されることとしては、2003 年以降の倉庫の着工は、物流施設が不動産投
資市場において投資対象のアセットとして認識されてきていることから、投資対象となり
うるような大型の倉庫が建設されてきていると予想することができる。
第4章
不動産投資市場
1 ●不動産投資パフォーマンス
不動産投資のパフォーマンスを測定しようとした場合には、ⅰ)投資家が投資ターゲッ
トとする期待利回りと、ⅱ)実際の投資行動を通じて決定された利回りより、把握できる。
前者が仮想的な市場のなかで決定される投資利回りであるのに対して、後者は実際の行動
を通じて顕在化された投資利回りとなる。
実際の不動産投資市場においては、投資家が期待する投資利回りと市場で顕在化された
投資利回りとの間には、一定の格差が発生することは容易に予想されるが、その格差がど
のような構造によって生み出されているのかといったことは十分な分析はなされていな
い。例えば、投資家がいくら投資利回りを期待したとしても、そのターゲットと厳格に適
合した不動産と巡り合う確率は低い。また、期待利回りは、投資ターゲットとして設定さ
れているに過ぎず、投資を実施する上での出発点にすぎないため、実績値と異なることは
容易に予想されよう。また、市場で顕在化された投資利回りにおいても、不動産は個別特
性が強いだけに、単純に比較することは難しいといった問題を持つ。
前者については、わが国では、財団法人日本不動産研究所による「不動産投資家調査」
によって把握することができる。
「不動産投資家調査」は、想定対象モデルを丸の内・大
手町地域に所在するトップクラスのオフィスビルを想定した場合の期待利回りをベースと
して、アンケート調査によって、投資家の投資ターゲットとしている利回りが調査されて
いる。
その変化をみたものが【図表Ⅲ-4-1】である。2000 年以降、不動産に対する期待利回
りは、国債の利回りがおおよそ 1%から 2%の範囲で推移する中で、2008 年 4 月までは低
下傾向にあった。しかし、2008 年後半にかけての不動産価格の下落を受けて、東京オフ
ィス市場、大阪オフィス市場では、2008 年 10 月にかけて上昇してきていることがわかる。
一方、実際の投資市場の中で顕在化された投資収益は、投資期間に発生した投資収益の
市場価値に対する比として測定される「インカム収益率」と、投資期間中における市場価
値の変動として計測される「キャピタル収益率」の和である「総合収益率」として計測さ
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れる。そして、そのような収益率の変化を時系列上に観測したものが「不動産投資インデ
ックス」となる。不動産投資インデックスは、米国では NCREIF(National Council of
Real Estate Investment Fiduciaries)によるインデックスが利用され、その他の先進主要
国では英国の IPD 社によるインデックスが普及している。
具体的に、総合収益率の定義を整理する。
総合収益率=インカム収益率+キャピタル収益率
インカム収益率・キャピタル収益率の定義としては、NCREIF と IPD では異なる。
まず、NCREIF の定義を整理する。社団法人
不動産証券化協会(ARES)で NCREIF
方式によって不動産投資インデックスを推計している。ARES の不動産投資インデック
スは、日本における収集可能な情報のタイミングにあわせて NCREIF の推計方法を、次
のように調整している。
インカム収益率=
NOI
BMV+0.5CI−0.5PS−0.417NOI
キャピタル収益率=
(EMV−BMV)+PS−CI
BMV+0.5CI−0.5PS−0.417NOI
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EMV:期末市場価値
BMV:期首市場価値
PS:部分売却額
CI:建物改装費等/資本的支出
NOI:純営業収益
一方、IPD 社の不動産投資収益の計算式は、従来は、上記の NCREIF と同様の計算式
に基づき求められていたが、近年において、投資家からの要請に基づき変更され、下記の
ような方式に変更された。
まず、年間の総合収益率は、次の二つの手続きを用いて計算される。
最初の手続きとしては、次のように月次の収益率が計算される。
TRt=
CVt−CV(t−1)−Cexpt+Crect+NIt
CV(t−1)+Cexpt
TRt= t 月の総合収益率
CVt= t 月末の資産価値
Cexp = t 月の資本支出の合計(購入、開発、資本的支出など)
Crect= t 月の資本受取の合計(売却、資本受取など)
NIt=分析期間における純収益
分子(numerator)はネットの収益の変化、分母(denominator)は投下資本を意味す
る。
このように計測された月次の総合収益率が、複数期間にわたる収益率リターン算定の基
礎となる。1 年間のリターンは、12ヶ月の複利計算によって求めており、この算定結果は
各月に同じ比重をかけている(時間加重)。
より詳細に、キャピタル収益率とインカム収益率の定義式を示す。
キャピタル収益率は、インデックスに含まれる不動産の資産価値の増加と資本的支出
(ネット)の合計額の当月の投下資本に対する割合として計算する。この月次数値を複利
計算することで、四半期や年間の収益率へと変換できる。
CVt−CV(t−1)−Cexpt+Crect
CV(t−1)+Cexpt
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インカム収益率は、当月に受け取る純収益の投下資本に対する割合として計算される。
2005 年 1 月より、1ヶ月をこえる期間のインカム・リターンの計算は月次結果を複利計算
して求めている。
NIt
CV(t−1)+Cexpt
投下資本は、総合収益率、キャピタル収益率、インカム収益率の計算式の分母である。
これは、インデックスの開始時点における不動産の資産価値の合計に、同時期に発生した
資本的支出を合計して求めている。
このように、年間のキャピタル収益率の数値に、年間のインカム収益率の数値を合計し
ても、完全にトータル・リターンの数値と一致しないことに注意が必要である。これは、
上記の数式からも理解されるように、総合収益率が複利計算される過程において、キャピ
タル収益率とインカム収益率が複合して、収益を発生させる場合があるためである。
2 ● J-REIT 市場の不動産投資パフォーマンス
J-REIT 市場の不動産投資パフォーマンスを見るために、ARES のインデックスを用い
て、投資収益率の変化を観察した。
まずは、オフィス市場に着目し、インカム収益率(インカム R)
・キャピタル収益率(キ
ャピタル R)
、そしてその和として計算される総合収益率(トータル R)の推移を見た(【図
表Ⅲ-4-2】
)。
J-REIT オフィス市場では、2004 年 4 月まではキャピタル収益率がマイナスであったた
め、総合収益率もおおよそ 3%から 5%の範囲で推移してきたが、キャピタル収益率が正
に転じると、総合収益率は 2006 年には 15%を超える水準まで上昇している。インカム収
益率は 5%強の水準で極めて安定的に推移しているため、不動産投資のパフォーマンスは、
キャピタル収益率の変化に大きな影響を受けることがわかる。
続いて、商業施設・住宅も合わせてその変化を見ると、両指標ともに 2005 年の前半に
かけて大きく上昇していることが分かる(
【図表Ⅲ-4-3】
)。しかし、住宅においては、キ
ャッシュフローは低下傾向にあるにもかかわらず、リターンだけが上昇している傾向を考
えると、市況が回復したとは言いがたい。また、統計上の問題もある。つまり、市場全体
が大きく改善されたのではなく、品質が調整されていない単純平均であるために、平均を
測定する標本の集団が変化している影響を強く受けていることに注意が必要である。
【図表Ⅲ-4-4】は、
J-REIT および私募ファンドの保有資産額の変化を示したものである。
2004 年段階では、両市場の規模は同程度であったものの、
その後、私募ファンドの規模が急
速に拡大し、2008 年 6 月末には J-REIT 市場が 7 兆円であるのに対して、私募ファンドは
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13 兆円に達していたことが分かる。
そのようななかで、投資対象となるアセットクラスや地域が変化し、その影響を受けて
投資パフォーマンスが変化してきたと考えられよう。このような問題は、同様のインデック
スを作成する IPD 社も等しく抱える問題である。これは不動産インデックスの「品質調
整問題」と呼ばれ、不動産投資市場または不動産投資インデックスを用いたパフォーマン
ス評価の歴史が長い欧米諸国でも、様々な対応方法が模索されてきた。それは、インデッ
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クスの改善とともに、利用者側が、そのインデックスの性質を認識し、利用方法のなかで
対応していくことが行われている。分析する指標の統計的な性質を知ることも、不動産市
場分析の重要な技術の一つである。また、現在のインデックスは、J-REIT データが中心
であるため、データにバイアスが存在することは否定できない。
また、
【図表Ⅲ-4-5】には、各株価指数と J-REIT 指数の推移を見たものである。JREIT 指数と日経平均と TOPIX との間に、一定の相関を持つことが分かる。一般的には、
不動産市場と株式市場では相関が小さい(オフィス市場とは相関が高い)といわれている
が、このような傾向は、米国でも同様の動きを見せている。これには二つの原因が予想さ
れる。企業収益の変化とオフィス需要との間には因果関係が存在することは、先の分析の
とおりである。そのため、①オフィスのウエイトが高い段階では、企業収益を反映させた
株式市場との間には強い相関を持つことになる。さらには、②わが国の不動産ファンド
は、レバレッジドエクイティとして相対的に高い比率でノンリコースローンが入ったギア
のかかった投資商品となっているため、金融市場の期待と変化の影響を受けやすい。その
ため、金融市場とは強い因果性を持ってしまう。
今後、金利の上昇が予想され、そのようななかで運用資金の変化が余儀なくされるなか
で、これらの指標がどのように推移していくのかを慎重に観察していくことが重要となろ
う。
3 ●不動産投資パフォーマンスの国際比較
近年においては、不動産市場のグローバル化が急速に進んでいる。不動産投資パフォー
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マンスを国際的に比較しようとした場合、IPD 社のインデックスを中心に見ることとな
る。不動産投資パフォーマンスの推移を、日本を含む 18 カ国の主要国の変化とともに見
た(
【図表Ⅲ-4-6】
)。IPD 以外のデータとしては、かつてはオーストラリアでは PCA
(Pacific Council of Australia)によってインデックスが公表されていたが、今では IPD が
これまでのデータを継承し再計算を行ったうえで、協同で公表しているため、米国の
NCREIF インデックスだけとなる。ただし、米国においても、NCREIF がこれまでどお
りインデックスを公表しつつ、データ提供会社からの指示により、IPD にデータ提供を行
い、IPD がベンチマークサービスを行うという協業体制をとっており、世界的な標準化が
進められている。
【図表
総合収益率の変化(
【図表Ⅲ-4-6】)と他の資産市場の収益率と比較してみると(
Ⅲ-4-7】
)、不動産の 2004 年の総合収益率は南アフリカ(23.4%)、イギリス(18.3%)、ア
メリカ(14.5%)
、オーストラリア(13.1%)、カナダ(12.9%)と高いパフォーマンスを
示している。特に、イギリスとアメリカにおいては、株式市場よりも高いパフォーマンス
を示しており、不動産市場の活況振りが容易に予想される。
ここで不動産の収益率を詳細に見てみると、高いパフォーマンスを示している国では、
キャピタル収益率が高いことが分かる。1995 年から 2004 年までの 18ヶ国で観測可能なイ
ンカム収益率の平均は 7.1%で、標準偏差は 1.42 である(サンプル数= 127)。インカム収
益率は 6〜8%で推移し、それをベースとしてキャピタル収益率の変動によって、投資リ
ターンが変化しているという構造にあるといっていいであろう。
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日本においては、2004 年ではキャピタル収益率が 0 となっているため、6.3%という水
準にとどまっている。今後、不動産投資のグローバル化は、急速に進むことが予想される
が、国際的な視野のもとで分析していくことの重要性は大きくなっていくものと考える。
4 ●グローバルインデックスによる分析
不動産投資市場のグローバル化が進むにつれて、グローバルな単位で集計された不動産
投資インデックスの必要性が指摘されるようになって来た。そのような中で、2006 年の
春には、ヨーロッパ地域を対象として、IPD Pan-European total returns 指数が、秋
には IPD 社および米国の NCREIF が協力し、Global total returns の作成・公表が行われ
た。
【図表Ⅲ-4-8】は、各国別の 2005 年のインカム・リターンとキャピタル・リターンを見
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たものである。20%を超えるアイルランドから限りなく0に近いドイツまで大きな格差が
あることが分かる。ただし、どの国においても、インカム・リターンは 4%から 6%程度
付近に集中していることが分かる。つまり、各国別の不動産投資収益の格差はキャピタ
ル・リターンの格差であるといえよう。このような各国別の指数を、各国別の市場規模に
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よって加重平均されたものが Pan-European total returns 指数となる。
【図表Ⅲ-4-9】は、ユーロ、US ドル、ポンドといった通貨別に総合収益率の変化を見
たものである。US ドルで投資した場合、ユーロゾーンおよび IPD のポートフォリオすべ
てに投資した収益率は、ドルが相対的に弱くなったことからマイナスのリターンになって
いることが分かる。一方、ユーロで投資した場合には、10%超のリターンがあったことが
わかる。
さらに、米国・豪州・日本を含めた Global total returns が公表された。当該指数は、
【図
表Ⅲ-4-10】に示された各国別の不動産投資市場の規模によって、各国別のリターンを加
重 平 均 し た も の で あ る。NCREIF に つ い て は、IPD 方 式 に 再 計 算 さ れ、Global total
returns として集計されている。集計結果が【図表Ⅲ-4-11】の通りである。
今後、不動産投資市場は、ますますグローバル化が進展していくことが予想される。そ
のような中で、国際的な不動産情報の収集と分析の重要性が高まっていくものと考える。
第5章
不動産業界の動向
1 ●不動産流通業界
不動産市場の状況を詳細に分析するためには、不動産業界の構造を理解しておくことは
重要である。
まず、日本の不動産仲介業の業界構造を整理する。不動産業とは、総務省『事業所・企
業統計調査』では、
「建売・土地売買業」
「代理・仲介業」
「不動産賃貸業」
「貸家・貸間業」
「不動産管理業」に分類される。不動産業に従事する就業者数は、全国で、1978 年当時は、
52 万 7,230 人であったが、2001 年には、1.75 倍の 92 万 3,469 人となっている。ここで不動
産仲介業に着目すると、不動産業のなかでも「代理・仲介業」に分類され、1973 年以降、
全体に占める比率に大きな変化はなく、おおよそ 20%前後で推移してきており、2001 年
時点では 18 万 7,963 人の就業者が従事している(【図表Ⅲ-5-1】)。
一事業者あたりの平均就業者数に着目すると、全産業の一事業所あたりの平均就業者数
が 9 人であるのに対して、不動産業では 3.2 人となっており(いずれも 2001 年)、全体と
して中小・零細企業が多いことがわかる。代理・仲介業においても同様であり、一事業所
あたりの平均就業者数は 3.9 人(2001 年)となっている(【図表Ⅲ-5-2】)。
また、不動産の代理・仲介業を行うもののほとんどは、業界団体に所属している。もっ
とも大きな業界団体が、
(社)全国宅地建物取引業協会(以下、全宅連)であり、個人業
者を中心として 113,652 名が加盟している(平成 13 年 4 月 1 日現在)。続いて、
(社)全日
本不動産協会(以下、全日)も個人業者を中心とした全国組織であり、21,624 人が加盟す
る(平成 15 年 3 月 31 日現在)
。さらに、大手不動産仲介会社を中心として参画している
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(社)不動産流通経営協会(以下、FRK)、地場の分譲業者を中心とする(社)日本住宅
建設産業協会(以下、日住協)が存在する。
以上のように、中小・零細企業が多い不動産仲介業界ではあるが、大手不動産会社系列
および独立系の大手不動産仲介会社も存在している。
㈱不動産データ&ジャーナル社「不動産流通ジャーナル」においては、大手 14 社(三
井不動産販売(リハウスグループ)、東急リバブル、野村不動産アーバンネット、大京住
宅流通、住信住宅販売、三菱地所住宅販売、住友不動産販売、安信住宅販売、有楽土地住
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宅販売、藤和不動産グループ、長谷工アーベスト、小田急不動産、西武不動産、東京建物
不動産販売)の取扱高、仲介件数、手数料収入、店舗数を公表している。
【図表Ⅲ-5-3】によると、1997 年から 1998 年、1999 年と取扱件数、取扱高ともに大き
く減少したものの、近年では、取扱件数は大きく改善し、取扱高も 1997 年当時と同じ水
準に戻っている。1997 年と 2002 年を比較した場合、取扱件数が 1 万件以上伸びるなかで
取扱高は同じ水準であることから、不動産価格が低下するなかで、一件あたりの不動産価
格(取引価格)が低下していることが予想される。また、14 社に占める分析対象企業群
の比率は、件数シェア(f / b)でみると、ほとんど変化はなく、55%強で推移している。
2 ●不動産業の業況動向
不動産業の業況は、不動産市場と密接な関係があるため、業況について知ることは、不
動産市場分析のなかで極めて重要となる。業況を測定する指標としては、業況 DI と呼ば
れる指標がある。最も代表的な DI は、日本銀行による「短観(全国企業短期経済観測調
査)
」で あ る。そ の 算 出 方 法 は、DI(% ポ イ ン ト)=「第 1 選 択 肢 の 回 答 社 数 構 成 比
(%)
」−「第 3 選択肢の回答社数構成比(%)」として計測され、「業況判断 DI」は、「1.
良い」の社数構成比から「3.悪い」の社数構成比を引いて算出される。その調査対象は、
大企業:資本金 10 億円以上となっている(2003 年 12 月調査以前は常用雇用者数 1,000 人
以上)
。
同様の手法を用いて、財団法人
土地総合研究所では「不動産業業況等調査」が実施さ
れている。三大都市圏・地方主要都市において不動産業を営む業者を対象に、不動産業の
業種(住宅・宅地分譲業・ビル賃貸業・不動産流通業(住宅地)
)、事業規模(大手業者・
中小業者)などを考慮して、196 業者を選定している。そして、算出方法としては、経営
}/ 2 /回答数× 100 と
の状況=
{「良い」
× 2 +「やや良い」)−(「悪い」× 2 +「やや悪い」)
し、3 ケ月後の見通し={
(
「良くなる」
× 2 +「やや良くなる」
)−(「悪くなる」
× 2 +「やや悪
くなる」)
}/2/ 回答数× 100 で測定している。
最近における不動産業の「経営の状況」を示す不動産業業況指数 D.I. をみると(【図表
Ⅲ-5-4】)、住宅宅地分譲業は持続的に業況が回復していることが分かる。ビル賃貸業は
マイナスとプラスを繰り返している。また、横ばいの傾向が続いた不動産流通業は、大き
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くプラスへと転じている。
同様に、3ヶ月先の景況感を示す指数(D.I.)をみると(【図表Ⅲ-5-5】)、住宅宅地分譲業、
ビル賃貸業、不動産流通業は、共に 3ヶ月後には「更に改善する」という見通しを示して
いる。また、2005 年 10 月時点の調査では、全ての業種で二桁台プラスの指数を示してお
り、1993 年 1 月の調査開始以来、このような結果が出たのははじめてである。
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不動産市場の実際―不動産市場分析の方法―
第6章
不動産市場分析の必要性
不動産市場といえども経済市場の一部であることから、特別な市場ではなく、経済市場
としての分析を進めればよい。不動産市場分析と他の経済分析と大きく異なる点は、空間
概念が導入されることにより分析次元が多くなること、都市経済学・空間経済学は発展過
程にあり、理論体系で完全に説明できないために、探索的な分析も必要とされることなど
といった特性もある。
そのようななかで、不動産市場分析において、統計データを用いた客観的な分析の意義
は大きくなってきている。近代統計学の祖であるカール・ピアソンが、統計学は「科学の
文法(Grammar of Science)である」と言ったように、不動産市場分析を「科学的な分析」
へと進化させるためには、統計分析は必要不可欠である。客観的なデータを用いた数理統
計分析は、国境を越えて、共通言語として理解し合うことができる。その意味で、不動産
市場のグローバル化が進むなかで、ますますその重要性は増してくるであろう。
その一方、統計分析の限界も十分に理解しておくことが必要である。それは、技術的な
限界と、不動産市場に残る制度的な要因によるものである。そのため、いくら市場の効率
性が上昇したとしても、また統計分析技術が進歩したとしても、専門家の役割または領域
が小さくなることはない。つまり、不動産市場分析には、サイエンスとして分析ができる
領域には限界があり、専門家としてのアート(Art)の部分は、多く残される。むしろ、
統計分析技術を習得し不動産市場分析が科学性を増し、全体としての分析水準が高まるな
かで、より高いアートとしての分析も必要とされ、そして活躍できる領域が深く、さらに
拡大していくであろう。
不動産市場分析とは、「不透明な不動産市場をよみ解く技術」である。そのため、不動
産市場が進化し、不動産市場の不透明性が解消されていくなかで、不動産市場分析の役割
も大きく変化してくる。また、必要とされる手法もかわってくる。その意味で、不動産市
場分析技術も変化してくるであろう。そして、市場が進化していく過程で、より高度な金
融工学的な手法をはじめ様々な分野で活用されている統計手法が利用できるようになって
いくかもしれないし、既に実用化されているかもしれない。この問題は、筆者の能力を大
きく超えるものであり、また本章の領域を超えるものであるため、他の専門書などで勉強
していただきたい。
不動産は、我々が住まう都市空間において必要不可欠な財であることは言うまでもな
い。その様な財を扱う不動産関連ビジネスに従事される方の社会的な役割は極めて大き
い。不動産開発、不動産仲介業、不動産鑑定業そして近年においては、不動産金融ビジネ
スに携わる方々においては、高度な専門的な知識が求められ、さらにその社会的な責任も
大きい。そのため、高度な倫理的・道徳的な行動が強く求められる。
社会全体で、できる限り良質な情報を整備し、その情報インフラを用いて不動産市場を
専門家のフィルター(分析技術・分析能力)を通じて、透明な市場へと進化させていくこ
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とが急務である。
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