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気候変動の世界史を学ぶ
大阪大学歴史教育研究会第 54 回例会(2011 年 10 月 15 日) 気候変動の世界史を学ぶ ~できごと・原因・研究方法~ 桃 木 至 朗 大阪大学 CSCD(コミュニケーションデザイン・センター) /大学院文学研究科世界史講座(東洋史学専門分野) まえおき 1.今学期からの新しい目標 -新しいテーマ(地域別・時代別の歴史でなく特定領域の歴史) :今学期は気候変動、開発・ 環境、病気と医療、科学と技術など。 -「専門家の報告」だけでなく「非専門家が勉強して報告し専門家がコメントする」とい う方法をまじえる(大学教員の報告にも←歴史教育に関する学術会議提言がいう教員養 成教育の改革)。 2.地球温暖化と気候変動の歴史の研究 -東京の1月の平均気温が5度 C を超えたことは、1876 年の観測開始から 1945 年まで に2回しかないが、1987 年から 2010 年まででは、5℃以下の年が1年しかない (http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/monthly_s3.php?prec_no=44&prec_ ch=%93%8C%8B%9E%93s&block_no=47662&block_ch=%93%8C%8B%9E&year=& month=1&day=&elm=monthly&view= )。 -気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告書[1992、1995、2001、2007];中世温 暖期と 20 世紀末とどちらが温かいかの論争を反映して記述がゆれ動く。 *Global History に対する Big History→自然環境(ブローデルの「長期持続」)もやはり変動している。 3.気候変動の歴史をとりあげる教育的意義 -世界史と日本史の連結 -地理・地学や人口学など含めた文理融合 *新学習指導要領にも適合 I 気候変動の世界史への影響 1.氷期(氷河時代)と人類 -人類の移動・拡散と気候変動(海面の上下など) 2.完新世における農耕の発生~古代文明の形成 +温暖化や寒冷化は一直線には進まない(温暖化の時期と寒冷化の時期とどちらが振幅が大 きいかは?) 。 -ヤンガードリアス・イベント(12,900 年前- 図1)と西アジアにおける天水農耕の発生 →その後の温暖化で定着。 -5500 年前の寒冷化と灌漑農耕の成立から4世紀の寒冷化による古代文明の崩壊まで。 1 大阪大学歴史教育研究会第 54 回例会(2011 年 10 月 15 日) 3.中世温暖期と近世の小氷期[図2・3] +温暖化と寒冷化のどちらがプラスでどちらがマイナスかは時代や地域・季節によるので、 いちがいには言えないし、影響の大小は技術はもちろん社会・政治・文化などさまざまな 要素により変動する。 *グリーンランドで 14 世紀以降に寒冷化が進んだとき、先住民のイヌイットが狩猟・漁労の方法を進歩 させて生き延びたのに対し、バイキング社会は北欧式の牧畜と穀物栽培にしがみつき、食糧不足 のなかで消滅。 +寒冷化を一因とする危機への対処の結果としての近代化 -アルプス以北のヨーロッパでの中世温暖期の農業発展(湿潤な冬季の農耕可能地域が拡大) と「14 世紀の危機」(ヨーロッパへのペスト流行の前提としての寒冷化)、16 世紀以来の 寒冷化(とくに 1645-1715 年のマウンダー極小期)のなかでの「17 世紀の危機」および その後の「農業革命」 (およびジャガイモなど新作物の導入、それでも足りずに新大陸への 移民) 。 -銀の時代の終わりと寒冷化のなかで確立した日本の鎖国=幕藩体制と循環型社会[江藤 2009]。 *どちらも共通するのは、当時のユーラシアの伝統的条件・技術で養える限界まで人口が増 えたところを 17 世紀(および 18 世紀末など)の寒冷化が襲ったこと。ヨーロッパの大移 民と工業化、日本の「勤勉革命」などはいずれも、その危機への対応として理解できる。 4.現代の気候変動と地球温暖化 -ヒトラーの敗因 -1972 年のエルニーニョと世界食糧危機 -氷河の後退や流氷の減少、海面上昇による島々の水没? シベリアのタイガの消失(大量 の炭酸ガスが放出される)? 台風の強力化やマラリアなど熱帯の病気の北上? 温暖地 域での夏季の豪雨や旱魃? II 気候変動をひきおこす諸要因と影響の出方 1.太陽と地球 -ミランコヴィッチ・サイクル 離心率(地球公転軌道の形状)の変化:9万5千年周期 地軸の傾斜の変化:4万1千年周期 歳差運動(近日点と遠日点の間のどこで夏になるかの変動) :2万 1700 年周期 →これらの組み合わせにより地球の各部分が受ける日射量が変化(しかしこれで全部は説 明できない。宇宙線飛来量の変化など他の要素も影響?) -太陽黒点:11 年、22 年などいくつかの周期で増減。増加した時期は太陽活動が活発。 *近世の大減少期(図3) 2.大陸と海洋、大気循環 +英領インドのモンスーンを研究したギルバート・ウオーカー(1868-1958)の「南方振動」 に始まる、テレコネクション(遠隔相関)の発見と、最近の大気海洋相互作用への注目 2 大阪大学歴史教育研究会第 54 回例会(2011 年 10 月 15 日) +同じ緯度でも東西で気温の高低が逆になったり温暖化・寒冷化の時期が少しずつずれるな ど、地球全体が完全に同じ方向に変化はしない仕組みが細かく明らかになりつつある。 -大陸の移動や造山運動 -巨大な氷床の拡大や縮小そのものが広域に引き起こす変動(例:ヤンガードリアス・イベ ント?) -熱帯収束帯とハドレー循環(図4)→亜熱帯(中緯度)高圧帯の移動:5500 年前からの寒 冷化で熱帯収束帯が南下したことにより、サハラが砂漠化。 -北大西洋振動(NAO)と北極振動(AO) :アイスランド低気圧とアゾレス高気圧の気圧差 (NAO)および北極と北半球中緯度地域の気圧差(AO)の大小が変動することにより(両 者の傾向はほぼ一致)、偏西風の吹き方と北極圏の寒気の南下の度合いが変化し、北半球北 部で主に冬季の気候が変動すること。気圧差が大きければ寒気の南下が抑えられ、暖冬に なりやすい(図5)。 -南方振動(エルニーニョ・南方振動 ENSO→図6) :赤道周辺の大気は海洋と大陸の配置 に影響されて東西に循環(対流)し、そこにモンスーンが生じるが、タヒチとダーウィン (オーストラリア)の間で気圧がシーソー状に変動する(ウオーカー循環)などの変化に よりモンスーンも変動する。冬季にペルー沖の海水温が高い(エルニーニョ。原因解明と 予測モデルはまだ不十分)と太平洋の西部との気圧・温度差が小さくなり西への流れ(貿 易風)が弱まる。結果として南米太平洋岸の豪雨だけでなく、インド洋では夏季の南西モ ンスーンの弱まり(インドシナ・インドネシアやオーストラリアでも旱魃)、日本列島やア ラスカ・カナダの暖冬など全世界に異常気象をもたらす(中国大陸のモンスーンにも大き な影響)。逆がラニーニャ現象で、日本列島では寒冬・猛暑になりやすい。 *温暖化でエルニーニョ現象が発生したわけではなく(1万2千年~5 千年前の安定した温暖期には発 生していないがその後の寒冷化のなかで発生)、温暖化の結果頻度が増加しているかどうかも未確 定。 *最近のエルニーニョ (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%8B%E3%83%BC%E3% 83%8B%E3%83%A7%E3%83%BB%E5%8D%97%E6%96%B9%E6%8C%AF%E5%8B%95) ・2009 年夏~秋:アジア全土で多雨、西日本で長期的な豪雨(平成 21 年 7 月中国・九州北 部豪雨、平成 21 年台風第 8 号、平成 21 年台風第 9 号) 、北日本で寒秋 ・2009 年冬~春:欧州・北米・中国・韓国・インドで記録的な大寒波、日本では全国的な平 均気温は平年よりも高く気象庁は暖冬だったと発表したが、西日本~北日本の日本海側で 一時的に強い寒波・豪雪、東日本~北日本では寒春など寒暖差が大きかった。一方冬季オ リンピックが開催されたバンクーバーではサクラが咲いていた。 3.火山活動と温室効果ガス -アイスランドのラーキ火山と浅間山の大噴火(1783 年)→天明の大飢饉とフランス革命(た だし大革命の直接の引き金は 86 年からの熱波と旱魃、最後は 88 年の日照りと雹による小 麦栽培の壊滅。 -1812 年に始まる各地の火山噴火(15 年のインドネシア・タンボラ火山が最大→1816 年は 「夏がなかった年」 )とナポレオンの敗北。 3 大阪大学歴史教育研究会第 54 回例会(2011 年 10 月 15 日) -二酸化炭素濃度と気温の相関の発見(海洋の吸収力により一定程度相殺されるのだが) :工 業化以前は気温上昇の後から二酸化炭素濃度が上昇(気温上昇を増幅する役割) 。現在は逆 に二酸化炭素濃度の上昇が先行。 *工業化以前でも森林破壊が乾燥化・砂漠化を招くなど人間の活動によって気候が変動した例は少なく ない(レバノン杉の例が有名)。 4.気候変動のさまざまな影響 -海面の上昇・低下と海流・海水温の変化→漁業への影響(魚種変化など) -降水量の増減と降水パターンの変化→農業への影響(→生産減少の場合、飢饉、疫病、身 長の低下、逃散や内乱など負の連鎖反応) *「平均気温」が少し違っただけで、アルプス以北のヨーロッパなどでは巨大な影響(先史時代や現代の 変化と比べ、歴史時代の気温変化は小幅)→16 世紀後半(シュペーラー極小期)にヨーロッパの 平均気温が世紀前半より1度下がっただけで、イングランドでは農作物の栽培期間が1か月短くな り、ノルウェー高地では農耕可能地の標高が中世と比べて 150 メートル下がった *温暖化(乾燥して高気圧が強い地域・季節)と寒冷化(大気中の水分量が減少)の両方が旱魃を引 き起こしうる→1200 年前後から、北米内陸部社会が乾燥化により大打撃を受けるのだが、その背 景には「寒冷化の開始」と「温暖化の最終局面」と両方の説がある。 -人間の生活条件、生物環境や伝染病の変化 III 気候変動の歴史を復元する方法 1.自然科学的方法 -近代的気象観測 -木の年輪や土壌中の花粉の分析 -氷床コア、湖沼コア(湖底堆積物)などの分析:同位元素含有量(18 O など)と「年縞」 (図7・8) グリーンランドと南極の氷床コア 屋久島の縄文杉の年輪分析(現在は年輪中の 13Cなども分析)と、水月湖(福井の三方 五湖)の堆積物の分析 2.文系的方法 -文献 正史や年代記、教会史:寒暖や大雨と旱魃、降雪と結氷、太陽と月の動きや太陽黒点の 変化、雲の様子などいろいろな事象を記録(気候、天文現象も農業への影響だけでな く支配者の権威にかかわる) *西暦 536 年には『日本書紀』、中国北朝の正史である『北史』、ビザンツ帝国の諸記録や教会史、 ゲール語によるアイルランド年代記などに一斉に、日照不足や雹、それによる饑饉の記録が現れ る。この時期の寒冷化は、年輪や氷床コアのデータでも裏付けられる。中国南朝の正史『南史』 (梁武帝大同元年 10 月条)には、前年末に「黄色いチリが雪のように降った(雨黄塵如雪)」とあ り、グリーンランドの氷床コアから酸性雪の証拠が見つかることから、火山噴火による硫酸エーロ ゾル(大気粉塵)の大噴出で太陽光線がさえぎられたものと推測されている。 4 大阪大学歴史教育研究会第 54 回例会(2011 年 10 月 15 日) *『日本後紀』などに記録された 812-985 年の宮中での「観桜御宴」開催日は、『実隆公記』などに 記録された 1477-1532 年のそれより平均で 7 日早い→3月の平均気温が2℃ほど高かった? ヨーロッパ各地のワイン用ブドウの栽培地と収穫日の記録→ローマ帝国時代や中世の温 暖期に北上、近世の寒冷期に南下。 -絵画 アルプスの氷河の絵(描かれた時期により氷河末端の高さが違う)などヨーロッパの風 景画が示す空の色や寒暖の変化 *キリストの栄光から受難へと、14 世紀にヨーロッパ宗教画の主題が変化 *全盛期のオランダの「寒い冬」の絵画 参考文献 江藤彰彦 2009.「江戸時代前期における経済発展と資源制約への対応」大島真理夫編『土地希 少化と勤勉革命の比較史-経済史上の近世-』ミネルヴァ書房. 田家康 2010.『気候文明史 世界を変えた8万年の興亡』日本経済新聞出版社. 田家康 2011.『世界史を変えた異常気象 エルニーニョから歴史を読み解く』日本経済新聞出 版社. ダイアモンド、ジャレド(楡井浩一訳)2005.『文明崩壊(上下) 』草思社. 新田尚, 伊藤朋之, 木村龍治, 住明正, 安成哲三, 2002. 『キーワード 気象の事典』 朝倉 書店. フェイガン、ブライアン(東郷えりか訳)2005.『古代文明と気候大変動』河出書房新社. フェイガン、ブライアン(東郷えりか訳)2008.『千年前の人類を襲った大温暖化』河出書房新 社. 安田喜憲 2004.『気候変動の文明史』NTT 出版. 安成哲三・米本昌平編 1999.『岩波講座地球環境学 2 地球環境とアジア』岩波書店. (著作権に配慮して図版は省略します) 図1 最終氷期の終わりとヤンガードリアス・イベント(田家 2010:34) 図2 放射性炭素(13C)含有率から分析した太陽活動の強弱期(田家 2010:202) 図3 縄文杉に含まれる炭素同位体含有率から分析した気温変化(田家 2010:177) 図4 ハドレー循環と極循環 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B0%97%E5%BE%AA%E7%92%B0) 図5 北極振動指数の推移(1950~2009 年 (http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%A5%B5%E6%8C%AF%E5%8B%95) 図6 エルニーニョ発生のメカニズム (http://kobam-hp.web.infoseek.co.jp/meteor/enso.html) 図7 水月湖の年縞と歴史的事件 (http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/41/research_11.html) 図8 年縞が明らかにした気候変動の地域差 (http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/41/research_11.html) 5