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新常態下の経済は中国だけではない
新常態下の経済は中国だけではない 調査レポート 経常収支と財政収支の動向に注目 2016 年 2 月 16 日 経済部 チーフエコノミスト 本間 隆行 商品価格の本格的な下落から約 1 年が経過した。市場規模の大きいエネルギー価格下落の影響は広範囲 に渡るが直接的な影響としては生産国から消費国への所得移転があげられる。原油消費量と原油価格の下 落幅だけから判断してもその金額は 1 兆ドル(約 115 兆円)以上となる。原油価格の下落は消費国の所得 を実質的に押し上げ、消費や投資を促進させ、消費国主導の成長が期待されていたが実際のところは消費 国の政府債務と相殺される部分があり、効果は当初の期待に満たない。一方、産油国が集中する中東経済 に所得減による低成長をもたらすだけでなく、資金フローが大きく変化したことで世界経済に与える負の インパクトが大きく、経済面での脆弱性を抱える国々へ悪影響を及ぼすという負のスパイラルになりつつ ある、とても危うい状況にある。 1. 中東経済の現状整理 中東における原油生産は各種データから日量約 2,800 万バレルと推定される。原油の価格指標であるブ レント原油の 14 年平均価格は 99 ドル/バレルだったが 15 年には 45 ドル/バレルとなったので約 4,650 億 ドルが中東産油国から消費国へ所得移転したと推察できる。国際収支統計では IMF のデータによると中東 産油国の 14 年の経常収支は 2,300 億ドルの黒字から 15 年には 710 億ドルの赤字へと変化しているので 1 年間で 3,000 億ドル(約 34.5 兆円)減少しているようだ。(図表 1) (図表1)中東産油国の経常収支推移 500 (10億ドル) アラブ首長国連邦 サウジアラビア 400 カタール 300 オマーン 200 100 0 -100 -200 リビア クウェート イラン イラク バーレーン アルジェリア 2006 2008 2010 2012 2014 2016 (出所:IMF より住友商事グローバルリサーチ作成) 金融危機時にも経常収支は縮小したが黒字は維持され、その後の原油価格回復により経常収支は再び増 勢をたどった。ターニングポイントは 13 年で原油価格は高止まりしていたが経常収支は低下傾向を示して いる。これは当地の経済成長が背景で、例えばサウジアラビアでは 13 年以降は輸入の伸びが輸出を上回る ようになったことで経常収支黒字は圧縮傾向となっている。この点は金融危機時と異なる点であり、同じ ような原油価格下落過程だったにも関わらず単年で経常収支赤字に陥った背景となっている。 15 年以降、経常収支黒字を確保するとみられている国は IMF が 15 年公表した世界経済見通しによると クウェート、カタール、アラブ首長国連邦のみとなっているが足下の原油価格では黒字確保は危ういので はないかと懸念される。 2. 懸念される資産の劣化速度 こうした中東産油国の経常収支の落ち込みが単年で終了するものであれば心配は無いのだがエネルギー 市場の構造変化により原油価格が以前のような水準に回復するとは考え難い状況である。そして、経常収 支の減少は原油からの収入に依存している産油国の財政に長期的に負荷が掛かることが懸念される。 成長維持のために産油国政府が行うだろうと指摘されるのはソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)か らの資金取り崩し財政の穴埋めにすること。SWF は世界の金融商品に投資している、とされるが歳入不足 を補うべく売却が進んでいるとされ、年初からの世界同時株安の原因とされている。 SWF に関する公式統計は無く、外貨準備と混同されるなど分かりにくい存在でもあり、また速報性が無 いので足元の動向が全く分からない。ここでもサウアラビアを例に、15 年 9 月に公表された IMF の 4 条協 議に関する報告書を参考に SWF に関連するポイントは以下の 3 点。 ① サウジアラビア通貨庁の管理する外貨建て資産は 14 年末時点で 7,243 億ドル ② 資産額は 15 年 6,598 億ドル、16 年 6,166 億ドルへ、20 年には 5,000 億ドルを割る水準へと徐々に 減少する見通し ③ 原油価格の 16~20 年平均は 68 ドル/バレル 本資料は、信頼できると思われる情報ソースから入手した情報・データに基づき作成していますが、当社はその正確性、完全性、信頼性等を 保証するものではありません。本資料は、執筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一的な見解を示す ものではありません。本資料のご利用により、直接的あるいは間接的な不利益・損害が発生したとしても、当社及び住友商事グループは一切 責任を負いません。本資料は、著作物であり、著作権法に基づき保護されています。 (1 / 2) 新常態下の経済は中国だけではない 原油価格が政府見通し以下で推移、15 年秋の起債、16 年の赤字予算を考慮すればサウジアラビアの外貨 建て資産は報告書での想定より劣化が早まっているのではないかと考えられる。中東最大産油国のサウジ アラビアにおいてさえこのような状況にある中、その他の産油国でも厳しい状況にあると想像するに難く ない。 3. 経常収支と財政収支に関係 産油国が原油輸出で外貨収入を得ている以上、経常収支が減少傾向になると財政収支も赤字(図表 2)に なるなど密接な関係がある。財政赤字は政府資産の取り崩しや国債発行などで補われることになるが全て の国が必ずしも十分な金額を準備しているわけではない。また、公表されている金額は評価額とそれに基 づく見通しとなるので売却即必要なキャッシュフロー確保とはならず、ボラティリティの度合いによって は費用がかさみ、実際のキャッシュインは想定より低くなるだろう。 資源価格の下落が経常収支の悪化を介して財政の負担になるため、資源価格の低迷の長期化は財政破綻 など深刻な状況を招く蓋然性が高くなる。 (図表 3)は経常収支と財政収支の関係を示したものだが 0 を起 点としたグラフの左下方向は脆弱性が高い国を表す。1 月 23 日に IMF は財政状況が悪化したラテンアメリ カのスリナムに対し金融支援を検討すると発表した。ベネズエラは最も破綻に近いと指摘され、アルジェ リア、カザフスタン、オマーンなどの財政危機にかなり早い段階でおちいることが想像される。図表には 含まれないがナイジェリアなども IMF や世界銀行に対し支援を求めるのではないかとささやかれている。 (図表 3)は 10 月に発表された IMF 世界経済見通しを基に作成したものだが想定原油価格が高いことや一 部の国の為替レートは当時よりもさらにドル高が進行しているため資源国を中心にさらに左下方向への圧 力が加わっている状況と推察される。 (図表2)産油国の財政収支と原油価格 アンゴラ アゼルバイジャン サウジアラビア 原油価格(右) 120 (ドル/バレル) 30 (%) 経常収支(対名目GDP比) 5 15 100 80 -15 60 -30 40 2005 2007 2009 2011 2013 2015 ※原油価格:WTI, Brent, Dubai単純平均 (出所:IMF より住友商事グローバルリサーチ作成) 財政収支( 対名目 GDP 比) 0 ウズベキスタン カタール カザフスタン 英国 0 トルクメニスタン -5 中国 チリ 南アフリカ インドネシア スリナム イエメン アルジェリア バーレーン -15 イラク クウェート ロシア ギリシャ 日本 インド ブラジル -10 韓国 イラン アラブ首長国 アゼルバイジャン サウジアラビア オマーン -20 ベネズエラ -25 -30 -25 4. 混乱は続く -20 -15 -10 -5 0 5 10 (出所:CEIC Data Company Limited より住友商事グローバルリサーチ作成) 金融市場混乱の一端が資源国の経常収支悪化によるものならば問題解決のためにはまずは資源価格の回 復が挙げられよう。しかし、需給環境を改善するために協調減産が必要とされるが OPEC ですら機能して いない状況で非 OPEC の協力を得るというのは一筋縄ではいかないであろう。 次にドル高の是正であるが現在のドル高の水準は金融危機の影響で過度にドル安となった反動高でもあ るため各国の足並みがそろうとは限らない。経常収支不均衡が是正されている過程にあるので経常収支黒 字国の通貨をより強くなるように誘導することで調整される可能性は残される。しかし、それらは日本、 ユーロ圏、中国で、前 2 者は政策金利をマイナスとしているようにデフレ回避政策をとっており、それを 助長する通貨高を容認するとは考えにくい。また、欧州にとっては今後難民受け入れ問題、金融機関の不 良債権問題への対応も足枷となるだろう。中国では最近の元安が指摘されているが実質実効為替レートは 依然高い状況でもあり、国内製造業の活動が鈍化傾向を示す中での元高誘導がすんなりと受け入れられる 状況にはない。 最終的には G20 や IMF などの国際機関も含めた協調が必須なのだが合意形成や政策効果が出るまでには 相応の時間が掛かることが考えられることからしばらくの間は不透明感が漂うことになるとみられる。 以上 本資料は、信頼できると思われる情報ソースから入手した情報・データに基づき作成していますが、当社はその正確性、完全性、信頼性等を 保証するものではありません。本資料は、執筆者の見解に基づき作成されたものであり、当社及び住友商事グループの統一的な見解を示す ものではありません。本資料のご利用により、直接的あるいは間接的な不利益・損害が発生したとしても、当社及び住友商事グループは一切 責任を負いません。本資料は、著作物であり、著作権法に基づき保護されています。 (2 / 2)