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転生したらスライムだった件

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転生したらスライムだった件
転生したらスライムだった件
伏瀬
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
転生したらスライムだった件
︻Nコード︼
N6316BN
︻作者名︼
伏瀬
︻あらすじ︼
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガ
イ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた!
え?⋮え?何でスライムなんだよ!!!などと言いながらも、日々
を楽しくスライムライフ。
出来る事も増えて、下僕も増えて。ゆくゆくは魔王でも目指しちゃ
おうかな?
そんな、どこかずれた天然主人公の異世界スライムライフです。
1
※本編完結済み。
番外編は、人によっては蛇足。
2
死亡∼そして転生∼
何ということもない普通の人生。
大学を出て一応大手と言われるゼネコンに入社し、現在一人暮ら
しの37歳。彼女はいない。
年の離れた兄が両親を養っており、俺は気ままな独身貴族という
訳だ。
身長も低い訳ではなく、顔も悪い訳ではない。だけどモテない。
彼女を作ろうと努力した事もあったが、3回告白してフラれた時点
で心が折れた。まあ、この年になると彼女がどうのというのは正直
面倒くさい。
仕事が忙しいというのもあるが、別にいなくて困るというもので
もないし。言い訳してる訳ではないよ?
そんな事を何故考えていたかというと、
﹁先輩。お待たせしました!﹂
笑顔で俺に向かって歩いて来る、爽やかな青年。そして、その横
に並ぶ美人さん。
俺の後輩の田村と、会社のマドンナと名高い、受付の沢渡さんで
ある。
そう、今日はこいつらに、結婚するから相談に乗ってくれと頼ま
れたのだ。つい、何故自分はモテないのかなどと考えてしまった理
由である。
仕事帰りの待ち合わせ場所の交差点脇で、柱にもたれてつらつら
ともの思いにふけっていた訳だ。
﹁おう。で、相談って何だ?﹂
3
俺は沢渡さんに目礼しながら質問する。
﹁どうも初めまして、沢渡美穂です。いつもお見かけしてますが、
話すのは初めてですね。何だか緊張します。﹂
緊張してるのは俺の方だっての!そもそも俺は女子と話すのが苦
手なのだ。察しろっての!などと、内心でボヤく俺。
そもそも、どう見ても恋愛に縁の無さそうな俺に持ってくる相談
ではない。絶対に当てつけだろう、間違いない!
﹁ども。三上悟です。緊張なんてしなくても大丈夫ですよ。
沢渡さんは会社で有名だから、紹介されなくても知ってますよ。
田村はたまたま同じ大学でして、会社の研修会で意気投合してね。
それ以来の付き合いなんです。﹂
﹁有名って何ですか!何か、変な噂でも流れてるんですか?﹂
﹁ええ。○○部長と浮気してるとか、△△君とデートしてたとかね
!﹂
ついからかい始めてしまった。軽いジョークのつもりだったのだ
が沢渡さん、顔真っ赤になって涙目になって可愛いわ。
俺のジョークはデリカシーに欠けるしセンスないから、絶対やめ
とけとよく言われるんだが、つい言ってしまう。
やはり、今回も失敗か。やっぱ俺、性格悪いな。
田村が沢渡さんの肩を叩きながらとりなしてる。
くそ、田村め!こういう状況はまさに、リア充爆発しろ!って叫
ぶ場面だな。
4
﹁先輩、それくらいにしてくださいよ!美穂もからかわれてるだけ
だって。﹂
笑いながら取りなす田村。出来た後輩だ。
嫌味がなく爽やかで、憎めないやつなのだ。
田村はまだ28歳で、俺とはだいぶ年も離れてるのに、何故か馬
があった。しょーがない、素直に祝福してやるか・・・。
﹁すまんね、性格悪いもんでね。まあ、ここで話すのもなんだし、
場所変えて飯でも食いながら話聞くわ。﹂
妬んでても仕方ない。そう思って俺がそう言った時、
﹁﹁﹁キャーーーーーーーーーー﹂﹂﹂
悲鳴。混乱。
何だ?何が起きてる?!
﹁どけ!殺すぞ!!!﹂
その声に振り向き、包丁と鞄を持った男が走ってくるのが見えた。
悲鳴が聞こえる。男が向かってくる。手には包丁。包丁?その切
っ先には・・・
﹁田村ぁーーーーーー﹂
ドン!っと、俺は田村を突き飛ばし、
ドスッ!っと、俺の背中に焼けるような痛み。
﹁邪魔すんなぁーーーー﹂
5
叫びながら逃げていく男を眺めて、田村と沢渡さんの無事を確認
する。
田村が声にならない叫び声をあげながら駆け寄ってくる。
沢渡さんは突然の事態に茫然自失になっているようだが、怪我は
なさそうだ。良かった。
それにしても、背中が熱い。痛いとかそんな感覚通り越して、背
中が熱い。
なんだこれ?熱すぎる・・・勘弁して欲しい。
︽確認しました。対熱耐性獲得・・・成功しました︾
もしかして・・・刺されちゃった?
刺されて死ぬとか、ないわぁ・・・
︽確認しました。刺突耐性獲得・・・成功しました。続けて、物理
攻撃耐性獲得・・・成功しました︾
﹁先輩、血、血がでて・・・血が止まらないんですぅ﹂
なんだ、うるさい奴だ。田村か。変な声が聞こえた気がしたが、
田村ならしょーがない。
血?そりゃ、出るよ。俺だって人間だ。刺されたら血くらい出る
さ!
しかし、痛いのはかなわんな・・・。
︽確認しました。痛覚無効獲得・・・成功しました︾
えっと・・・やばい、俺も痛みと焦りで意識が混乱しているよう
だ。
6
﹁た、田村・・・ウルサイぞ。た、大した事ないだろ?心配すんな・
・・﹂
﹁先輩、血、血が・・・﹂
真っ青な顔で泣きじゃくりそうな顔して、俺を抱えようとする田
村。男前が台無しだな。
沢渡さんの様子を見ようとしたが、視界が霞んでよく見えない。
背中の熱さが感じられなくなり、かわりに猛烈な寒気が俺を襲っ
た。
やばいかもわからんね・・・。人は血液が足りないと死ぬんだっ
けか。
︽確認しました。血液が不要な身体を作成します・・・成功しまし
た︾
︵ちょ、お前、さっきから何言ってるんだ?よく聞き取れない・・・
︶
声を出そうとして、出なかった。やばい。本当に俺、死ぬかも・・
・
てか、だんだん熱さも痛みも感じなくなってきた。
寒いのだ。寒くてどうしようもない。何てことだ・・・寒さで凍
えるとか、俺も忙しいな。
︽確認しました。対寒耐性獲得・・・成功しました。
対熱耐寒耐性を獲得した事により、﹃熱変動耐性ex﹄にスキル
が進化しました︾
7
その時、俺の死にかけの脳細胞が、閃のように重要な事柄を思い
出す。
そうだ!PCのハードディスクの中身!!!
﹁田村ぁ!!!万が一、万が一だが、俺が死んだら・・・俺のPC
を頼む。
風呂に沈めて、電気流して、データを完全に消去してやってくれ・
・・﹂
俺は、最後の気力を振り絞って、最重要事項を伝えた。
︽確認しました。電流によるデータの消去・・・情報不足により実
行不能。失敗しました。
代行措置として、電流耐性獲得・・・成功しました。付属して、
麻痺耐性獲得・・・成功しました︾
田村は一瞬何を言われたのかわからなかったのか、きょとんとし
た顔をした。
しかし、言われた意味を理解すると、
﹁ははっ、先輩らしいですね・・・﹂
そう言って、苦笑を浮かべた。男の泣き顔なんてみたくないしな。
苦笑いでも、泣き顔よかマシだ。
﹁俺、本当は、沢渡の事、先輩に自慢したくて・・・﹂
そうだろうと思ったよ・・・。まったく、この野郎は。
﹁ちっ・・・、たく。全部許してやるから、彼女の事、幸せにして
8
やれよ。PC頼んだぞ・・・﹂
最後の力で、それだけを伝えた。
魂
は、異なる世界の同一時空に偶然発
あっけなく、三上悟は死んだ。
だがこの時、三上悟の
生した魔物とリンクしたのだ。
目視も出来ない、小さな次元の亀裂。発生した魔素の塊に、リン
クした魂。
魔素の塊は、魔物を生み出す元となり、リンクした三上悟の意思
に基づき、その身体を作成する。
本来有り得ぬ天文学的確率で、三上悟は、異なる世界の魔物とし
て転生する事となる。
何ということもない普通の人生。
大学を出て一応大手と言われるゼネコンに入社し、現在一人暮ら
しの37歳。彼女はいない。
年の離れた兄が両親を養っており、俺は気ままな独身貴族だった。
おかげで、童貞。
まさか、未使用であの世に旅立つ事になるとは・・・俺の息子も
泣いてるだろう。
すまんな、お前を大人にしてやれなくて・・・
次生まれ変わる事が出来たら、ガンガン攻めよう。声かけまくっ
て、喰いまくるぞ・・・。ってそれは駄目か。
9
︽確認しました。ユニークスキル﹃捕食者﹄を獲得・・・成功しま
した︾
そして40歳目前の俺なんて、30歳童貞で魔法使いならもうす
ぐ賢者だったのに・・・大賢者も夢じゃないが、流石にそこまでは
どうかと思うけど。
︽確認しました。エクストラスキル﹃賢者﹄を獲得・・・成功しま
した。
続けて、エクストラスキル﹃賢者﹄をユニークスキル﹃大賢者﹄
に進化させます・・・成功しました︾
・・・って、さっきから何だ、何が、︽ユニークスキル﹃大賢者﹄
︾だ。舐めてるのか?
全然ユニークなんかじゃねーよ!
笑えないよ、こっちわ!
本当に失礼な・・・
そんな事を考えながら、俺は眠りについた。
︵これが死ぬって事か・・・思ったほど、寂しくないな。︶
それが、三上悟が、この世で思った最後の言葉だった。
10
11
01話 何が出来るか検証しよう
暗い。
真っ暗で何も見えない。
ここはどこだ?てか、どうなった。
確か、賢者だ、大賢者だと馬鹿にされたよーな・・・。
そこで、俺の意識は覚醒した。
俺の名前は、三上悟。37歳のナイスガイ。
路上で後輩を、通り魔らしき奴から庇って刺されたんだった。
よし、覚えてる。大丈夫だ、まだ慌てる時間じゃないようだ。
大体、クールな俺が慌てた事なんて、小学生の頃う○こ漏らした
時くらいのものだ。
周りを見回そうとして、気づく。目が開けられない。
まいったなと、頭をかこうとして・・・手が反応しない。それ以
前にどこに頭があるのだろう。
混乱する。
オイオイ、ちょっと待ってくれよ。
時間をくれ、落ち着くから。こういう時は素数を数えたらいいん
だっけ?
1,2,3,ダァー!!!
違う。そうじゃない。そもそも、1は素数ではないんだっけ?
いやいや、それもどうでもいい。
そんな馬鹿な事を言っている場合ではないぞ、ヤバイんじゃない?
あれ?ちょ、どうなってんだこれ?
もしかして・・・ひょっとすると、既に慌てないと駄目な時間な
んじゃない?
俺は焦って、どこか痛むところはないか確認する。
12
痛みはない。快適だ。
寒さも暑さも感じない。実に居心地いい空間にいるようだ。
その事に少しだけ安心する。
次に手足を確認。指先どころか、手も足も反応はなかった・・・
どういう事だ?
刺されただけで、手や足がなくなるハズないし、どうなってる?
そもそも、目が開けられない。
何も見えない、真っ暗な空間にいるのだ。
俺の心に、かつて感じた事もないものすごい不安が押し寄せてき
た。
これは・・・植物人間状態になった、とか?
意識だけはあるが、神経が切断されて動けないとか?
いやいやいや、勘弁してくれよ!
せっかく助かったと思ったら、植物人間とか。最悪、下半身不随
の方がまだ幸運じゃないか。
どちらも不幸なのは間違いないが、意識だけある植物状態なんて、
地獄だぞ・・・
俺は、最悪の想像が頭をよぎり、慌てるのを通り越して絶望しか
けた。
考えて見て欲しい。
人は、暗闇に閉じ込めるとあっという間に発狂するという。俺の
状態はまさにその状態であり、更には、自殺も出来ないのだ。
このまま狂うのみなど、絶望するなというのが不可能だろう。
その時、
サワリッ
と、身体に触れる感触があった。
ん?何だろう・・・
俺の感覚が全て、その感触に意識を集中する。
13
腹?の横辺りを撫でるように、草らしきものが触れていた。
その当たりに意識を集中すると、自分の身体の範囲が朧げに理解
できた。たまに、葉の先っちょが自分の身体にツンツンと刺さる感
触がある。
俺はちょっと嬉しくなった。
未だ、真っ暗な中にいる。しかし、五感の内の触覚だけでも感じ
る事が出来たのだから。
面白くなって、その草に向かって行こうとして、
ズルリ。
と、自分の身体が動くのが解った。
動いた・・・だと?!
この時、はっきりと、自分が病院のベットの上にはいないと判明
した。自分の腹?の下の感触が、ゴツゴツとした岩のような形状を
していると感じたからだ。
なるほど・・・全然判らんけど、どうやら、病院にはいないよう
だ。
その上、目は見えない。
音もまったく聞こえないが、これは音も聞こえなくなっている可
能性が高い。
どこが頭か判らないが、草に向けて移動する。接触している部分
に意識を向ける。
匂いはまったく感じない。恐らく、嗅覚もないのではなかろうか?
というか、自分の身体の形状が判らない。
モンスター
のような形状をしているような。
認めたくないが、流線型のぷよぷよした、RPG好きな者達みん
なの人気者な、あの
そういう気が、先程から脳裏をかすめている。
いやいや・・・そんなハズないさ。いくらなんでも、そんなハズ・
・・
14
取り敢えず、その不安を置いておいて。
︾
俺は、人間の五感のうち、試していない最後の一つを試してみる
事にする。
しかし、口がどこにあるのか判らない。どうしたものか?
︽ユニークスキル﹃捕食者﹄を使用しますか?YES/NO
突然、俺の脳裏に声が響いた。
は?
何、何だって?
ユニークスキル﹃捕食者﹄・・・だと?
てか、この声は何だ?
田村との会話の最中にも、変な声が聞こえてたような気がしたが、
気のせいではなかったのか?
誰かいるのか?だが、違和感がある。これは、誰かいるというよ
り・・・心に言葉が浮かび出ているだけという感じ。
人の意思を感じない、パソコンの自動音声のような無機質な感じ
と言えばいいのか。
取り敢えず、NO! だ。
何と言っても、俺はNoと言える日本人だしな。
心に NO と思い浮かべて様子を伺う。反応はない。しばらく
待ったが、声を感じる事はなかった。
どうやら、二度目の問いかけは無いようだ。選択を間違ったか?
これは、YESを選択しないと詰むゲームなのか?
RPGのように、YESを選択するまで同じ質問を続けて来るの
かと思っていたのだが、違ったらしい。
声をかけて質問だけして、その後放置とは。失礼なヤツだ。
声が聞こえて、実はちょっとだけ嬉しかったのに。
15
俺は少しだけ後悔した。
まあ、仕方ない。
さっきやりかけていた味覚を試すか。
先程の草に向けて身体を動かす。草に触れている部分の感触を確
かめながら、草にのしかかった。
草を覆うように、身体で感触を確かめる。やはり、これは草で間
違いなさそうだ。
俺が草の感触を確かめていると、草と俺の身体の接触部分が溶け
出した。俺の身体が溶けたのかと焦ったが、どうやら溶けたのは草
だけのようだ。
そして、身体の中に溶けた草の成分が取り込まれるのが理解出来
た。
どうやら、草を溶かして取り込んだ。つまり、俺の身体は口では
なく接触部分で草を取り込めるのだ。
ちなみに、味はまったく感じなかった。
これはつまり、そういう事のようだ。
どうやら、俺は人間ではなくなっている。これはほぼ間違いない。
ということは、どうやら刺されて死んでしまったのだろうか?
疑問というよりは、ほぼ確信しているのだが。それなら、今病院
ではなく、岩場のような草の生えた所にいる事にも納得がいく。
田村はどうなった?
沢渡さんは?
俺のPCはちゃんと破壊されたのか?
疑問は尽きない。しかし、最早悩んでも仕方ないのかもしれない。
今後どうするか考えないと。
というか、待てよ。
今の俺って、どうなっているのか。そう言えば、さっきの感触か
らして・・・
16
俺は改めて、自分の身体に意識を向ける。
ぷよん。ぷよん。
リズミカルに動く自分の身体。
真っ暗闇の中で、自分の身体の境界を時間をかけて確かめた。
そして・・・、
なんという事でしょう!
あんなに格好良くて男らしかったのに、今ではこんなに流線的な
洗練されたスタイルに!
って、アホか!認められるかぁー!!!
身体の境界を感じる限り、どう考えても、ヤツを連想してしまう。
いやいや、だって、ねえ?
嫌いじゃないよ?うん。可愛いと思える事もあるさ!
でもさ、自分がなりたいか?と聞かれれば、9割の人は心を同じ
にしてくれるだろう。
だが、認めるしかないのかもしれない・・・
俺はどうやら、スライムに転生してしまったのだ、と。
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃもしゃ。
俺は、草を食っていた。
何故かって?決まってるさ!
暇、DA・KA・RA、だよ!
17
自分がスライムだと、嫌々ながらも認めてから結構な日にちが経
っている。
まず最初に心配したのが、食事だった。
俺は、スライムの身体が空腹を感じるのか試してみることにした。
念のため、周りの様子を確かめながら移動し、草が群生している場
所を発見している。
というか、最初の草のすぐ傍にあったのだ。いざとなればこの草
を食べる事が出来そうだし、水分は草の汁で何とかなりそうだった。
真っ暗闇で周囲がまったく見えないので、すぐ傍にあったのは幸運
だった。移動だけで死活問題なのだ。
で、実験開始。
羊を5万匹数えてみた。飽きた。
眠ろうとしても、全く眠気が来ない。
素数を数えて、って途中で訳がわからなくなる。出来る訳がない。
一人尻取りも虚しいものだし、一人で出来る暇つぶしって何があ
るんだ・・・
ネットがあれば、いくらでも暇は潰せる自信があるが、携帯ゲー
ムも何もない。これは苦痛だった。
修行僧のように瞑想なんて、素人には無理です。
もう一つ、不確かながらここには他に生物がいないようだった。
今まで全く他の生物の気配を感じない。
まあ、目も耳も匂いさえ感じる事の出来ない状態では絶対とは言
い切れないが、少なくとも襲われる事はなかった。
おかげで、命の危険すら感じる事なくこうして無事に生きている。
で、壮絶な苦痛︵精神的な︶を味わって得た結論。
空腹にはならない。そして、睡眠も必要ない。
まったくお腹はすかないし、眠くもならなかったのだ。
18
何日経過したか、判らないけど。暗闇では、時間の感覚が全くな
いのだ。
この間、あの変な声も聞こえなかった。今なら相手してやっても
いいのだが。
で、仕方なしに草を食っている。
暇つぶしが他に無いから、プチプチを潰す感覚で草を食べる。
今では、吸収した草が体内で分解され成分がより分けられて蓄積
されていく様子が感覚で解るまでになった。
そこに何の意味があるかと問われれば、意味はないのだが。
何かをしていないと、狂ってしまいそうで怖かっただけだ。
ここ最近で慣れてしまった、吸収・分解・収納を繰り返す。
ここで不思議な点があった。
食欲が無かった時点で疑問だったのだが、排泄関係だ。食事の必
要はないが、排泄は?
答えは、必要ない!だった。
今まで一度も排泄行為をしていないのだ。
スライムだから必要ないと言えばそれまでだが、では、この収納
されたモノはどこに行ったのだろう?
感覚では、元の形態から変化しているようには感じない。
どうなっているんだ?
︾
︽解。ユニークスキル﹃捕食者﹄の胃袋に収容されています。なお、
現在の空間使用量は1%未満です
なんだと?返事キターーー!!!
しかし、いつの間にスキル使用したんだ?NOと答えたのに。
︽解。ユニークスキル﹃捕食者﹄は使用されておりません。体内に
︾
取り込まれた物質は自動で胃袋に収納される設定になっています。
これは任意で変更可能です
19
なんだと⋮。今度は返事スムーズにきたな。それは置いておいて、
という事は、スキル使用するとどうなるんだ?
︽解。ユニークスキル﹃捕食者﹄の効果⋮
捕食:対象を体内に取り込む。ただし、対象に意識が存在する場
合、成功の確率は大幅に減少する。
効果の対象は、有機物・無機物に限らず、スキル・魔法に
も及ぶ。
解析:取り込んだ対象を解析・研究する。作成可能アイテムを創
造する。
物質がそろっている場合、コピーを作成する事も可能であ
る。
術式の解析に成功すると、対象のスキル・魔法の習得が可
能である。
胃袋:捕食対象を収納する。また、解析により作成された物質の
保管も可能。
胃袋に収納されると時間効果が及ばない。
擬態:取り込んだ対象を再現し、同等の能力を行使可能。
ただし、情報の解析に成功した対象に限る。
︾
隔離:解析の及ばない有害な効果を収納する。無害化を行い、魔
力に還元する。
以上の5つが主な能力です
20
え?⋮え?
久々に動揺した。なんか、凄い能力に聞こえたぞ⋮。決して、ス
ライム如きが所有していい能力ではないような。
まて、それ以前に、
俺の質問に答えてくれる声、これは何だ?誰かいるのか?
︾
︽解。ユニークスキル﹃大賢者﹄の効果です。能力が定着した為、
反応が速やかに行う事が可能となりました
大賢者か⋮。馬鹿にされてると嘆いていたが、今となっては頼も
しい。これからも頼りとさせてもらおう。
というか、この際なんだっていいさ。
声
は、俺の創り出した幻聴なのかもしれな
この果ての無いと思われた孤独が癒されるなら。
もしかしたらこの
い。でもそれでもいい。
俺は、久しぶりに自分の心が軽くなったのを実感した。
ステータス
名前:三上悟
種族:スライム
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
21
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
22
02話 ファーストコンタクト︵前書き︶
何件かお気に入り登録して頂いて、有難うございます!
23
02話 ファーストコンタクト
現在、俺がスライムに転生して90日が経過した。
正確には、90日と7時間34分52秒である。
何故ここまで正確に断言出来るのか?それは、ユニークスキル﹃
大賢者﹄による補正効果だ。
いやー、このスキル、マジで便利。困った時の﹃大賢者﹄!で、
何でも答えてくれる。
﹃大賢者﹄によると、スキルが定着するのに90日ジャストかか
ったそうだ。定着とは、この世界と定着という意味だそうだ。
てっきり俺に定着という意味かと思っていたが、俺の保有スキル
世界の言葉
にアクセスし
は定着とかそういうレベルではなく、魂に刻まれているとの事。
ただし、そのままでは返答出来ない
て乗っ取ったと説明された。
まったく意味が解らなかったけどね。
通常では、疑問に対して心に言葉が響くなどという便利なスキル
はないそうだ。
世界の言葉
が響くのだそうだ。
世界の改変が行われたり、スキルの獲得や﹃進化﹄が行われた際
に、
俺の質問に答えるべく、その言葉を流用させてもらったらしい。
元の世界では馴染みがないが、こちらでは普通の事らしい。
もっとも、スキルの獲得や﹃進化﹄が普通に行われている訳では
スキル
らしい。
進化
など、それこそ普通の
ないようだが。何らかの成長を世界が認めた際に、まれに獲得出来
る事があるのが
人には縁のないものなのだそうだ。
まあ解ったような解らないようなあやふやな感じだが、そういう
ものと受け止めるしかない。
﹃大賢者﹄が質問に答えてくれるようになったが、あくまでも受
24
動的で自我はないのだ。
こちらから話しかけないと、向こうからこちらへの問いかけはな
い。そこが残念な所でもある。
しかし、言葉のキャッチボールが一方通行でも可能なのは嬉しい
事だ。
自分のスキルと会話なんて、昔の世界では変な妄想乙って所だが
⋮。
という訳で、真っ暗闇で他にする事も無かった俺は質問しまくっ
たのだ。
その結果、間違いなく俺はスライム︵粘性生物=不特定生命体︶
になっている事が判明した。
空腹や睡眠が必要ない理由も判明した。
この世界のスライムとは、魔素を吸収出来れば食事を摂る必要が
ない。魔素の濃度の少ない地方では、モンスターなり小動物なりを
吸収して魔素の補充を行うらしい。
ゆえに、この世界では珍しく、魔素の薄い地方のスライムの方が
凶暴で強いらしい。普通は、魔素の濃度の濃い方がモンスターの強
さも上なのだ。
つまりこの場所は、食事の必要がないくらいに魔素が濃いのだ。
そして睡眠に関しては、
︽解。スライムの身体は全てが同一の細胞の集合体です。一つ一つ
の細胞が脳細胞であり、神経であり、筋肉なのです。
︾
故に、思考する演算細胞は持ち回りで休憩する為に睡眠は不要で
す
との事だった。
俺の記憶はどこに記憶されるのか?
おそらく、PCのHDDで言うところのRAIDのような状態に
25
なっているのではないだろうか?
と考えたら、︽大体あってます︾と返答された。
﹃大賢者﹄は意外に相槌が上手いヤツだ。
で、気になった﹃大賢者﹄のスキル効果は⋮、
︽解。ユニークスキル﹃大賢者﹄の効果⋮
思考加速:通常の1000倍に知覚速度を上昇させる。
解析鑑定:対象の解析及び、鑑定を行う。
並列演算:解析したい事象を思考と切り離して演算を行う。
詠唱破棄:魔法等を行使する際、呪文の詠唱を必要としない。
︾
森羅万象:この世界の、隠蔽されていない事象の全てを網羅する。
以上の5つが主な能力です
というものだった。
森羅万象だと?これは全ての知識が労せず手に入ったのか!?と
思ったのだが⋮
実際には、俺が触れた情報に対して、俺の知りえる事柄に対して
のみ情報開示が可能との事。
つまりは、一度目にする必要があるが、見た事柄に関しては解析
可能な能力という事の様だ。
だが、詠唱破棄。これって、魔法習得したら唱えなくても行使出
来るって事か?というか、やはりあるのか魔法!!!
答えはYES。
26
そうと解れば、魔法が覚えたくて仕方なくなった。
ダメ元で﹃大賢者﹄に使えないか確認したが、無論無理だった。
だがここで閃いた。
﹃捕食者﹄の解析に﹃大賢者﹄の並列演算をリンクさせる事は可
能か?
︾
︽解。﹃捕食者﹄の解析に﹃大賢者﹄の並列演算をリンクさせる事
は可能です。リンクさせますか?YES/NO
無論、YESだ!
といっても解析する物もないか⋮まてよ?
胃袋に収めたという、暇つぶしで食べてた草。あれは何だろう?
まあ、他に何もする事ないし、あれでも解析させとくか。
というわけで、早速実行。
・
・
・
︽解析が終了しました⋮
ヒポクテ草:傷薬の原材料。魔素の濃厚な場所にしか繁殖しない。
草の汁と魔素を融合させると回復薬になる。
︾
葉をすり潰し、魔素と融合させると傷を塞ぐ軟膏に
なる。
なんと!
暇つぶしに貯めに貯めた雑草が⋮
思わぬ棚から牡丹餅といった所だ。
俺は早速、回復薬と傷薬の作成を実行した。といっても、体内で
勝手に作成されているので実感はないが。
解析には1秒もかからなかったし、作成にも3秒もかからずに一
つ出来た。5分で100個は出来る。
27
品質は比べる物がないのでよくわからんが、鑑定したら
となっていた。
満足出来る出来栄えなのだろう。
てか、解析にしろ作成にしろ、ものすごく早い。
問うと、普通はもっと時間がかかるらしい。
並列演算をリンクさせて正解だ。
上品質
試しに、リンクを解除して1個作成してみた。50分かかった。
恐ろしく短縮になっていた。
どうやら相性のいいスキルをゲット出来ていたようだ。無自覚だ
ったけど⋮。
中には雑草も混じってはいたが、ここに生えている草はほぼヒポ
クテ草のようだ。
いざという時に備えて、ここにある草を全て食べる勢いで捕食を
開始した。
同時に、胃袋の中ではせっせと回復薬も作成しておく。
何といっても、未だ真っ暗闇の中。他にする事︵出来る事︶など
ないのだから。
この時の俺は、完全に油断しきっていたのだ。
自分のスキルであり受動的だとはいえ、質問に答えてくれる相手
︵?︶が出来た事で調子に乗ってしまったのもある。
この90日、まったく他の生物に遭遇した気配もなく、命の危険
も無かった事も一因だろう。
何にせよ、俺は油断していた。
ポチャン!︵注:本人に音は聞こえていません。客観的なイメー
ジでお楽しみください!︶
え?
と思ったのは一瞬。
28
自分の身体が不意に軽くなったような重くなったような・・・非
常に不安定な状態に。
もしかして・・・、水に落ちた?
この90日間、水滴が身体に落ちてくる感覚はなかった。つまり、
雨の降らない洞窟か、屋内に居るものと思っていたため油断してい
たのだ。
川か何かにつるんと滑って落ちたみたいだ。屋内に川とか無いだ
ろうから、ひょっとすると洞窟内の地底湖とかそんな感じだろうか・
・・?
さっきまでは、真っ暗闇で周りが見えない中、一歩一歩確かめて
移動していた。
それなのに、スキルの解説を受け調子にのって﹃捕食者﹄のスキ
ルで草を喰いまくった結果・・・。
足元の確認を怠ったのだ。
俺ってヤツはいつもこうだ!
すぐ調子にのって失敗する。
取引先でも、
﹁任せて下さい!楽勝っすよ!﹂
とか、馬鹿な返事で何度地獄を見たか。
あの時の後輩達の恨みがまし目が思い出された。
大体、周り真っ暗で見えてないのに走り出す馬鹿がどこにいるん
だ!
って、自分に説教してやりたい。
生き残ったら、説教しよう。だがどうせ、後悔はするが、反省は
しない!のだろうけど⋮。
というか、余裕あるな。
バタバタさせたくても手足がない為、慌てたくとも慌てる事が出
来ないというのが現状なのだが⋮
終わったな。
短い人生、いやスライム生だった。
29
俺はすぐにでも訪れる息苦しさに備えるべく、覚悟を決める。
⋮
⋮⋮
⋮⋮⋮
息苦しさはやって来なかった。
なんでだ?もしかして、水中に落ちた訳ではないのか?
こういう時は、困った時の﹃大賢者﹄。
早速質問してみた。
︾
︽解。スライムの身体は魔素のみで動いています。酸素は必要では
ない為、呼吸は行っておりません
そういえば⋮、意識してなかったが、呼吸なんてしていなかった。
なるほどなー。90日かけて、一つ賢くなったよ。
とはいえ、水中に落ちたのは間違いないようだ。
死ぬ事はないようだが、困った事態なのはそのままである。
どうしたものか。
浮いているのか沈んでいるのか、イマイチ良くわからない。
手足が無いから、泳げる気がしない。
底まで沈んだら、水底を這いずって地面まで戻れるだろうか?
それとも、浮きも沈みもせずこのまま流されるのだろうか?
流されるというより、揺りかごにいるような感覚。小さな揺れに
抱かれて、とても心地よいのだが⋮。
これは、水の流れはないな。川というより、湖っぽい。どこかに
流されているという感覚が無いのだ。
浮いたり沈んだりで、底まで沈む気配もなかった。
30
ひょっとすると、ずっとこのままかもしれない。
これは非常にまずい事態である。
どうしたものか。
その時、
俺の脳細胞=スライムの身体が、恐るべき作戦を思いついた!
水を大量に捕食して、ウォータージェット推進のように吐き出し
て移動すればいいんじゃね?
思いついたら即実行。他にする事もないのだし、当然である。
しかし、この思いつきが運命の出会いをする要因となるとは、思
いもしなかったのだが⋮
思いつきは良かったのだ。少なくとも、方向が違えばこの出会い
はなかった。
だが、運命に導かれるように一つの方向へ向けて動き出す。
取り敢えず、﹃捕食者﹄の胃袋が10%になる程度︵※本人に自
なのだろう。
覚はないが、水深が目に見えて下がりました︶水を飲んだ。
そして一気に放出する。
開放感が半端なかった。
︾
世界の言葉
︽スキル﹃水圧推進﹄を獲得しました
突然脳内に声が響いた。
意識して初めて聞く。これが、
﹃大賢者﹄が話しかけて来る事はないから間違えようがないが、
本当にそっくりな感じだった。
だが、今の俺にのんびりその事を検証する余裕は微塵もない!
ズグン! と、加速感が身体に掛かり、それこそ空を飛んでいる
のかという勢いで身体が前方?︵この場合は移動したいと思ってい
31
た方向だな︶に撃ち出される。
ぶっちゃけ、目が見えなくて良かったかもしれない。
真っ暗な中を、身体がものすごい速さで移動している感覚だけが
俺を襲う。
訂正。
いや、見えたら見えたで恐怖が半端ではないだろうが・・・見え
ないのも激しく怖かった。
レジャーランドの暗がりの中のジェットコースターを体験した事
があれば、少しは共感が得られるかもしれない。
生前?一度だけ体験した、ネズミが支配する楽園での体験がフィ
ードバックされる。
最も、今回の場合は安全がまったく保証されていないのだ。
ウォータージェット推進を思いついた自分を殴り倒したい。
思いついたら即実行?馬鹿か!安全確認は基本だろうよ!!!
アばばばば・・・・・・
恐怖で思考が上手くまとまらない。
いつまでこの加速感が続くのか・・・てか、どんだけ勢いよく水
を打ち出したんだ。そう思った矢先、
ドン!ボヨン!!! ゴロゴロ、ズドン!!!
そして襲い来る激痛・・・は、襲って来なかった。
あれ?ダメージも受けていないような・・・あるいは、ダメージ
はあるが、痛みが無いだけなのか?
︽解。痛覚無効耐性を獲得している為、痛みは発生しません。物理
︾
固有スキル﹃自己再生﹄が発動しました。
攻撃耐性スキルによるダメージ軽減が適用されました。身体損傷率
スライム
は10%です。
モンスター
ユニークスキル﹃捕食者﹄での補助を行いますか?YES/NO
32
痛みが無いだけで、ダメージはあるのか。そりゃそうか・・・良
Y
いのか悪いのか判らないけど、痛みがなくても不具合に気付けるな
ら痛みなんて要らないかもしれない。
。
で、﹃捕食者﹄での補助?良く判らないけど、取り敢えず、
ES
その瞬間、自分の身体の一部がごっそり減ったような感覚がした。
そして、しばらくすると序々に元の体積へと戻ってくる感覚。
どうやら、ダメージを受けた部分をごっそり捕食し、解析と修復
を行なった模様。
なんて便利な身体なのか・・・今度、どれだけ減らしたら行動不
能になるのか実験してみるか。身体が何割か減っても活動に影響は
無いようだし・・・。といっても、危険な事になる予感しかしない
ので、程々にしよう。
うん。流石に、俺も慎重になったものである。
今回は、大量に回復薬もあったのだが、使うまでもなかった。
何にせよ、身体の10%程度の損傷と言えば重傷だと思うのだが、
10分程度で回復可能な事が判明した。
今度、ダメージを受ける事があったら︵無い方がいいが・・・︶
回復薬を使ってみよう。
で、ここはどんな場所なんだろう?
身体の具合が元通りになったのを確認して、辺りの様子を伺って
みる。
ここらに危険なモンスターが居ないとも限らない。
水の上に出たようだし、水を渡れないモンスターが生息していて
も不思議ではない。
俺は慎重に行動を開始した。
33
最近、慎重と言う度に危険な事態に陥っている気がするが、きっ
と気のせいだろう。
そう思ったのが悪かったのだろうか・・・
︵聞こえるか?小さき者よ︶
何か聞こえた。
ステータス
名前:三上悟
種族:スライム
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
スキル﹃水圧推進﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
34
35
03話 初めての会話︵前書き︶
戦闘までいく予定でしたが、次回に持ち越しです。
36
03話 初めての会話
小さき者だと?
どう考えても俺の事だと思うけど⋮
声というより、心に意思が直接認識出来た感じか。何しろ耳が無
いから音も聞こえないのだ。
︵おい!聞こえているだろう?返事をするが良い!︶
聞こえてるよ!
だがしかし! 喉が無いから返事のしようもないのだ。
試しに、
︵うっさい、ハゲ!︶
と、心で答えてみた。
まあ、聞こえる訳ないだろうし大丈夫だろ。しかし、どうやって
返事したものか⋮。
︵・・・ほ、ほほぅ! 我の事をハゲ呼ばわりするか⋮いい度胸で
はないか!!! 久方ぶりの客人だと思って下手に出てやったが、
どうやら死にたいらしいな!︶
ヤバイ。聞こえてしまったみたい。
というか、心で思ったら返事出来るのかよ! 先にそれを教えて
くれれば、わざわざ相手を怒らせる事もなかったのに。
しかも、相手がどういうヤツかもさっぱりわからないのだ。
どうしようもない。お手上げ。
37
ここは素直に謝る事にしよう。
︵すんません! 返事の仕方も分からなかったもので、適当に思っ
た事を試しに言ってみただけです。本当に申し訳ない!
ちなみに自分、目も見えない状態でして、貴方の姿すら見えてな
いのですよ。︶
通じるか?
まあ、相手の姿も見えないのにハゲはないわな。本当にハゲなら
激怒しても当然だろう。
考えなしの発言︵?︶も控えよう。
︵ふふふ。ふはは。ふはははははっ!!!︶
突然の大爆笑。
基本をおさえた、笑いの三段活用。見事である。
怒りは解けたのか?
︵面白い。実際、我の姿を見ての発言かと思ったが、目が見えない
のか。スライム種は基本、思考もせず吸収・分裂・再生を繰り返す
スライム
だけの低位モンスター。自らのテリトリーから外に出る事はめった
にない。︶
なんか語りだしたぞ?
怒りより興味が勝っている状態⋮か?
なんにせよ、これがファーストコンタクト。俺の新しい人生の初
会話。
上手いこと友好的に進めたい。
そして色々教えてもらおう。
38
︵そのスライムが我に体当たりを仕掛けてくるから不思議に思って
いたのだ。再生能力も異常な速度だし、ネームドモンスターかもし
くは、ユニークモンスターか?︶
ネームド?ユニーク?意味がわからんな。
︵すんません。ちょっと意味がわからないです。実は自分、こちら
に生まれて90日目でして⋮︶
を付けられたモンスターはネームドと呼ばれるが、生まれて
︵ふむ。自我がある時点で、普通のスライムには有り得ぬ事なのだ。
名
から90日なら有り得んな。では、ユニークか?︶
︵ユニークといいますと?︶
︵ユニークモンスターとは、突然変異したような異常な能力を持つ
個体の事だ。稀に魔素濃度の高い場所で生まれる事がある⋮そうか、
貴様は我から漏れ出た魔素の塊から生まれ出たのだな!︶
むむ?どういう事だってばよ?
前世の知識を総動員して考えてみよう。
つまり、このおっさん︵仮定︶から魔素が漏れ出ていて、この周
辺は魔素濃度が濃いと。
そして、その魔素が集まって生まれ出た魔物がスライム=俺、っ
て事かな?
︵ふむ。この300年、我に近づく事の出来る魔物すら居なかった
のだ。我の魔力の元から生まれ出たなら、我に触れる事が出来るの
もうなずける!︶
︵ほほぅ・・・て事は貴方が自分の親みたいなもの?︶
︵親ではないが・・・そもそも、我に生殖能力はない。魔物は、生
殖能力を持つ者と持たぬ者、様々であるからな。︶
︵普通、生殖能力持ってるものなんじゃないの?ってか、魔素の塊
39
から生まれる事もあるなら、生殖する必要がないのか?︶
魔人
しかいない
︵・・・お前、えらく知性的だな。普通の魔物では、思考能力すら
持つ者は少ないというのに。知性がある魔物は
のだが・・・
まあいい、その質問に答えてやろう。
下等ながら生殖能力を持つ種族もいる。ゴブリンやオーク、リザ
に味方する亜人は魔物と呼ば
に味方する亜人は人類の一種と認識されているようだ。
魔人
に味方する者達もいる。エルフ、ホビット、
ードマン等といった者達だ。この者達は、魔物の中でも特殊で亜人
人間
と呼ばれている。
亜人には、
ドワーフと言った妖精族だ。
人間
まあ解りやすく言うなら、
れ、
生殖能力を持つ魔物の代表が、この亜人だな。我にとってはゴミ
魔人
だ。
にも等しい存在よ!
次に、
こいつらは、魔素から生まれた者や、魔物の突然変異種、動物や
魔獣から進化した者共などの総称だ。
知性を有し、生殖能力を有するのが特徴だ。もっとも、人のそれ
とは大きく異なる者もいるがな。
中には上位魔人クラスの突然変異体もいる、最も乱雑で多種多様
な者共だな。
最後に、巨人族や、吸血鬼族、悪魔族と言った長命の上位魔人族
だ。
この者達は、生殖能力も有しているのだが、めったに行わない。
圧倒的な魔力に、劣化する事のない肉体。
子孫を残す必要がないのだよ。戦争等で、種族の数が減少した等、
余程の理由があれば別だがな。
こいつらは、流石に強い。我も幾度か戦った事があるが、数で来
40
と呼ぶのだ。
られると攻めきれなかったものだ。
魔族
喧嘩相手には丁度良い!
こいつらを総じて
知性があり、生殖能力を有して、人類に敵対する者=魔族と云う
事だ。
であり、4体しか存在しない
竜
で、我に生殖能力が無いという理由だが・・・必要ないからだ。
が一体。
とは、我の事である!
個にして完全なる者
種
暴風竜ヴェルドラ
我は、
我には寿命も肉体も存在しない!魔素の塊であり、意思さえあれ
ば我は不滅なのだ!!!
フゥーーーハハハハハハハ!!!︶
と、高笑いされてもなー・・・。
要は、寿命ないから子供作る必要ない! って事だろ?
暴風竜ヴェルドラ
って、ドラゴンか?
長々と説明乙って所だが、聞き捨てならん事を言っていたぞ。
上位魔人が喧嘩友達って感じだし、めちゃくちゃヤバイ奴なんじ
ゃないのか?
こう見えて、紳士の嗜みとして、大抵の漫画、アニメ、ラノベは
制覇している。
暴風竜ヴェルドラ
さんは、ヤバイ奴で間違いない。
その俺の知識を総動員して考えてみると、目の前にいるのであろ
う
えらく丁寧に説明してくれるのも、なんだか不気味である。
さて、どうしたものか・・・
︵そ、そうなんすか!大変わかりやすい説明、ありがとうございま
41
した!では、自分はこれで!︶
そう言って、この場から離脱しようと試みる。
︵まて。我の事を話してやったのだ。今度はお前の番ではないのか
?ん?︶
当然、逃がしてくれる気はないようだった。
うーむ。俺の事を話せ、ってか。異世界から転生して来ました!
と言って、素直に信じてくれるかな?
スライムにしては知性が高いのを疑っているようだし、適当に言
って誤魔化せるとも思えない。
何より、誤魔化そうとして失敗=死亡フラグという可能性もある。
まあいいか。
信じないなら、その時はその時だ。
俺は心を決めると、これまでの出来事を話す事にした。
・
・
・
・
・
︵とまあ、そういう訳なんすよ!超大変だったんすよ!︶
俺は、自分のスキルの事は秘密にして、刺されてからスライムと
して目覚めて、そして現在に至るまでの体験を語って聞かせた。
自分で話してて、何だか大変そうに聞こえなかったのが不思議だ
ったが。
大変だったのは事実だ。
42
目が見えないというのが最大に辛い。
この先、可愛い女の子や、綺麗なお姉さんとすれ違っても見る事
は出来ないのだろうか?
転生者
って、疑ったり驚いた
だったか。お前、ものすごく稀な
なんだか悲しくなってきた。
︵ふむん。やはり、
生まれ方をしたな。︶
転生者
って、珍しくないのか?生まれ方の
︵え?稀な生まれ方?というか、
転生者
りしないのですか?︶
なんだこの反応。
転生者
はたまに生まれてくる事がある。意思が強いと
方が珍しいみたいな言い方だぞ?
︵ふん。
魂に記憶が刻まれるのだろう。
転生者
は少々珍しいな。
中には前世とやらを完全に覚えている者もいるようだが、珍しい
存在ではない。
ただし、異世界からの
まして、普通は人に生まれるのだ。魔物ならまだしも、魔素から
生まれて来るなど、我は聞いた覚えが無い。
世界を超える事に耐えれる程、強い魂を持つ者はただでさえ少な
転生
い。まして、転生先が魔物では安定して定着せず、魂が消滅するの
だ。
お前は特殊だよ。︶
って居る事は居るんですね。︶
︵そうなんすか?自覚はないのですがね。で、異世界からの
者
︵うむ。異世界へ行く事は今だ成功事例がない。しかし、異世界か
異邦人
もしくは
異世界人
と呼ばれる者で、特殊な知識を
らこちら側へ時たま落ちてくる者もいる。
持つ。また、世界を渡る際に、特殊な能力を獲得するようだな。
43
そういう者と同等の知識を持つと確認された
転生者
残っている。確認されていない者もいただろうがな。︶
の記録が
なるほどな。異世界ってのが、俺のいた地球かどうかは判らない
けど、会ってみるのもいいかもしれない。
もしかしたら、同郷の日本人もいるかもしれないし。
何の目的も持たないのだから、一つくらい持つのもいいだろう。
︵なるほど! では、異世界人とやらに会いに行ってみますよ。も
しかしたら同郷かもしれないし!︶
︵まあ待て。お前、目が見えないのだろ。︶
︵あ、はい。︶
目が見えないから何なのか?
暴風竜ヴェルドラ
さんはめ
不便だが、死なないようにコツコツいけば、いつかは会えるだろ。
多分。
︵見えるようにしてやろう。︶
は?なんて?
オイオイ、このおっさん、いや、
っちゃいい人︵竜︶なのか?
期待しちゃってもいいの?
︵え?本当っすか?︶
︵うむ。ただし、条件があるがな。どうだ?︶
条件・・・か。怪しいが、
︵どういう条件ですか?︶
44
俺は大抵の条件なら飲むよ。
︵簡単だ。見える様になったからといって、我に怯えるな。そして、
また話をしに来い。それだけだ。どうだ?︶
そんな事でいいのか?
というか・・・この竜、寂しかったのかもしれんな。強者故の孤
独って奴か?
どうりで話が長いと思った。久々の話し相手だったのだろう。
この竜はちょろいかもしれん。
いや、竜ってのもガセかもしれんな。そもそも、この世界の竜は
大した事ない可能性も⋮
ふ。これは、いい取引かも︵笑︶
︵それだけでいいんですか?︶
︵うむ。実はな、300年前にここに封印されてな。それから、暇
で暇でどうしようもなく退屈しておったのだ。どうだ?︶
︵そのくらいでいいなら、喜んでお願いします!︶
︵うむ。約束だぞ、守れよ!︶
︵大丈夫ですよ!こう見えて、信頼に値する男! と前世では評判
でした!︶
無論、自称だがな!
︵良かろう。﹃魔力感知﹄というスキルがある。使えるか?︶
︵いや、使えないです。どういうスキルですか?︶
︵周囲の魔素を感知するスキルだ。大した事ないスキルで、周囲の
魔素を認識するだけなので簡単に習得出来る。︶
︵ほほぅ。なんだか簡単そうですね!︶
45
※決して簡単ではありません!
︵うむ。我など、呼吸するように出来て当然故に、意識する事もな
いな。︶
︵なるほど!で、それを習得すると、目が見えるようになるのです
?︶
︵その通りだ。この世界には魔素に覆われている。薄い濃いの違い
は在るがな。で、光や音は波の性質を持つのだが、知っているか?︶
︵ええ、光波や音波っすね。︶
︵詳しいな。異世界の知識か? まあ、そうだ。
で、その波が魔素を撹乱する様を観測し、その様子から周囲を予
測演算するのだ。簡単だろ?︶
はあ?何言ってるの?
コイツ⋮無茶いいやがって。簡単な訳ねーだろ!
︵いや、ちょっと難しい気がするようなしないような⋮︶
︵何? これで、目や耳が潰されても戦闘継続可能なのだぞ? 不
意打ちなど不可能になる。必須スキルだぞ?︶
︵いやいやいや!戦闘とかこの際おいて置いて、ともかく目が見え
るようになりたいのですけど!︶
︵むぅ⋮しょうがないな。習得を手伝ってやる!ちなみに、他の方
法は知らんし!︶
︵ちょ、本当に出来るのですか!? 自分、生まれたての初心者っ
すよ?︶
︵安心しろ。幸いにもお前、前世の記憶があるのだろ?その時、光
や音を知識として知っているわけだ。
46
その知識が無ければ、我にも不可能だったが、お前は幸運だぞ!︶
なるほど、目の見えない者に世の中の光景を説明するのは難しい。
理解させるなど、俺には不可能だ。
ヘレン・ケラーさんが言葉を話せるようになったのも、2歳まで
に覚えていた言葉がきっかけになったそうだし。
つまり、前世の知識があるからこそ、﹃魔力感知﹄というスキル
を代用して視覚や聴覚を擬似的に得る事が出来るという事か⋮。
やるしかないな。
目が見えないのは不便すぎる。
それに、忘れていたが俺には﹃大賢者﹄がついている。
きっとなんとかしてくれるだろう!
︵ぜひ教えて下さい!︶
︵いや、そんなに勢い込まなくとも、簡単だぞ? まずは、体内の
魔力で魔素を動かしてみろ。︶
これは何となく解る。水を噴出せたのも、これの応用だし。
︵こうっすか?︶
体内を巡らすように、魔素を動かしながら確認する。
︵ふむ。思ったより、流暢に出来るではないか。では、その動かし
ている魔素と体外の魔素、違いはわかるか?︶
これも簡単かも。
魔素を吸収して生きていると言われてから、意識して感じるよう
にしていたのが良かったかな。
47
︵そりゃ解りますよ!それ食べて生きてるみたいだし?︶
︵クククッ。そこまで解るなら後は簡単だ。体外の魔素の動きを感
じるだけだ。︶
そこがわからんのだが。
ともかく、言われたとおりに体外の魔素を感じる。
魔素がたゆたっているのを感じる。流れたり動いたり⋮
そうそう、﹃大賢者﹄起動っと!
︾
︽確認しました。エクストラスキル﹃魔力感知﹄を獲得⋮成功しま
した︾
︽エクストラスキル﹃魔力感知﹄を使用しますか?YES/NO
え?
だけど。
そんな簡単に獲得しちゃったの?
いや、そりゃあ勿論、YES
流石は﹃大賢者﹄ 頼もしすぎる!
エクストラスキル﹃魔力感知﹄を使用した瞬間、俺の脳内を情報
が埋め尽くす。
人間であった頃には決して処理しきれなかったであろう、膨大な
情報が。
一つ一つの小さな魔素を押し動かす、光や音の波。
その全てを把握し、認識出来る情報へと変換する。
視える
のだ。
人間であった頃は、視界は前方180度も無かったのだ。
それが今、全方位360度死角無しで
岩の陰や100m先の光景さえ、それに意識を向ければ認識する
事が出来る。
48
人間なら、この情報量に耐えられず脳が焼ききれて発狂したかも
しれない。
しかし、俺はスライム。細胞の一つ一つが筋肉でもあり、脳細胞
でもあるのだ!
なんとか耐える事が出来た。
そして、
︾
︽エクストラスキル﹃魔力感知﹄にユニークスキル﹃大賢者﹄をリ
ンクさせます⋮成功しました
視界がクリアになった。
俺を襲った、脳を焼ききるような感覚が無くなる。
視えた
。
そして、今まで出来なかったのが不思議なくらい、当たり前のよ
うに世界が
﹃大賢者﹄はずるい能力かも知れない。
チートと言っても過言ではないだろう。
他人が持っていたら、反則だ! とクレームをつけるところだが、
持っているのは俺だ。
何も問題は無かった。
ソレ
に目を向けた。
︵あ、なんか出来たみたいです。ありがとうございました!︶
そう言って、感覚的に眼前の
マジもんの竜がいた。
黒光りする鋼よりも硬そうで、柔軟性も兼ね備えているであろう
鱗に覆われた⋮
見るからに、邪龍という風格の⋮
︵げええっ! ドラゴン!!!!!!︶
49
予想を上回る邪悪な姿。
俺の心の叫びが、絶叫となって迸り出た。
ステータス
名前:三上悟
種族:スライム
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
スキル﹃水圧推進﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
50
03話 初めての会話︵後書き︶
やっと目が見えるようになりました。
見えないと、話すすめるのも不便でした。
51
04話 初めての友達
驚いた。
ちょろいとか思ってすんません。
紛れも無く、ヤバイ。間違いない!
見えてなかったからかなり失礼な態度を取ってしまった気がする
が、今更だな。
︵おい。約束は覚えているな? ⋮というか、文句いってたわりに
はあっさり習得しおって。︶
︵勿論っすよ!軽い冗談です。周囲も見えるし、音まで聞こえます。
助かりました!︶
だな。
︵ふん。もっと時間をかけて習得しても良かったのだ⋮︶
まあ、大丈夫だろ。
見た目にびびったが、この竜、親切だったし。
泣いた赤鬼
何より、やっぱこの竜、寂しがりやだわ。
見た目で損するタイプか。まるで、
︵で、これからどうするつもりなのだ?︶
︵そうっすねー。とりあえず、同郷の異世界人でもいないか探して
みますよ。見つからなくても別にいいんですけどね。︶
見つかるほうがいいけど、仲良くなれるかわからんしな。
それより、せっかく視覚も得た事だし、世界を見て回るのもいい
だろう。
光や音を感じ取れるようになった事で、世界が広がった。
これで、暇つぶしに草をもしゃもしゃする必要もない。
52
しかし、このドラゴン。
見れば見るほど邪悪なのだが、ピクリとも動かない。
そういえば、300年前に封印されたとか言ってたか?
︵ところで、ヴェルドラさんは封印された・・・とか、言ってまし
たよね?︶
︵む? まあな。ちょびっと相手を舐めてたのは間違いないが・・・
途中から本気出したが、負けたな!︶
何故か誇らしげに 負けた! と、この竜は宣った。
実際、魔法ならともかく、剣や槍なんてこの竜に刃が立ちそうに
もないのだが・・・。
︵相手はそんなに強かったのですか?︶
こんな化物より強いのが結構いるのだろうか?
加護
持ちで、人間の
勇者
と呼ばれる
外の世界は思ったより危険がいっぱい! なのかもしれないぞ。
︵ああ。強かったよ。
存在だ。︶
勇者。
色々なゲームで馴染み深い存在だ。
だと言っておっ
最近は、かませみたいな勇者をモチーフにした作品も多い為、そ
召喚者
こまで圧倒的なイメージは無かったけど。
この世界では本当に強いみたいだな。
︵そういえば、勇者は自分で自分の事を
たぞ。お前と同郷かもな。︶
53
異世界人
は、特殊能力を持つ事が多い。
︵え?いやいや、自分と同郷ならそんなに強いハズないですよ?︶
︵いや、この世界に来た
ならば、100%特殊能力を持つ。それも、世界で唯
と違い、召喚に耐えるほど強い
を持つのだ。
異世界人
ユニークスキル
召喚者
それは、世界を渡る際に魂に刻まれる力なのだ。
一つの
故の事だろう。
偶発的に落ちてくる
魂
召喚の成功率が0.03%未満という事実が、裏付けておるよ。︶
︵召喚というと、魔法か何かで呼び出した・・・とか?︶
としての役割を期待されておる。︶
︵その通り。30人以上の魔法使いで、3日かけて儀式を行うのだ。
兵器
は召喚主に逆らえないように、魔法で魂に呪い
成功率は低いが、強力な
召喚者
︵は? 兵器?︶
︵うむ。
を刻まれているからな。︶
︵なんじゃそりゃ!? 召喚される人の人権は無視か!?︶
︵人権?・・・異世界人がたまに口にしておるな。そんなもの、こ
の世界では幻想だよ。
弱肉強食こそ、万物にして絶対なるこの世の真理なのだから。︶
なるほど・・・
どうやら、この世界で召喚されるのは元の世界の感覚からしたら、
異世界人
支配の呪禁
が施されていないから、受け
の扱いも奴隷みたいな感じなのですかね?︶
受け入れがたいものがありそうだ。
︵では、
︵いや、人によるな。
異世界人
も何度か撃退してい
入れられたら普通に暮らしたり、冒険者になったりしてるんじゃな
いか?
実際、我を討伐に来た冒険者の
るぞ! フハハハハ!!!︶
︵つまり、召喚された場合だけ、強制労働って事ですね・・・︶
54
︵労働ではないだろうが、まあ、そんな感じじゃないか?
我は人間に詳しいほうだが、全て知っている訳ではないからな。︶
︵それもそうか・・・竜ですもんね。︶
むしろ、竜にしては詳しすぎな感じだ。
とにかく、喋る事が出来て嬉しいみたいで、聞けば何でも答えて
くれそうだ。
それから暫く、俺は竜こと、ヴェルドラさんと色々な事を話した。
勇者といかに戦ったか。
勇者がいかに強かったか。
白い肌。
真紅の小さな口唇。
長く漆黒の長髪。
身長はそんなに高くない、やや小柄で細っそりとした体型。
眼はマスクで隠されていたそうだが、美人である事は間違いなか
ったと言っていた。
女性だったそうだ。
カタナ
と呼ばれる剣を使い、盾は
見とれて負けたのか? と聞いたら、フザケルナ! と怒鳴られ
た。
反りの入った独特の武器、
持っていなかったそうだ。
ユニークスキル﹃絶対切断﹄
ユニークスキル﹃無限牢獄﹄
を駆使し、各種魔法を用い、自分を圧倒したのだ! と嬉しそう
55
に語ってくれた。
話していて解ったけど、この竜、人間が好きみたいだ。
口では雑魚だのゴミだの言いながら、襲ってきた者を殺した事は
ないみたいだ。
逆鱗に触れない限り・・・
かつて一度、
300年前にとある事件が起きて、街を一つ灰塵に帰したそうだ。
その事が原因で、勇者が差し向けられ、結局封印されたのだと。
勇者の用いるユニークスキル﹃無限牢獄﹄によって。
俺には、竜の気持ちなんて判らない。
他人の気持ちだって、結局の所想像でしか判らないのだから。
でも、俺はコイツが悪い竜ではないのだろうと思う。
だって、気に入ったし。
もう、怖いとは思わなくなっていた。
だから、
暴風竜ヴェルドラ
︵よし!じゃあ、自分・・・いや、俺と友達にならないか?︶
ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。
今の俺は、顔真っ赤だな。
︵な、なんだと? す、スライムの分際で、
と恐れられる、この我とトモダチだと!?︶
︵い、いや、嫌ならいいんだけど・・・︶
︵馬鹿!お前!!! 誰も嫌だなどと、言っておらぬだろうが!!
!︶
︵え、そう? じゃあ・・・どうする?︶
56
︵・・・そうじゃなあ。・・・どうしても、と言うなら・・・考え
てやっても・・・︶
なんとなく、こっちをチラチラ見てくる感じ。
可愛い女の子ならいいが、邪悪な見た目のドラゴンにされても・・
・嬉しくはない。
面白いけど。
︵どうしても、だ! 決定な! 嫌なら絶交。二度と来ない!!!︶
︵ちょ! ・・・仕方ないな! 我が友達になってやるわ! 感謝
せよ!︶
ふ。
この竜も素直じゃないわ。
俺も素直じゃないから、おあいこだな。
︵じゃあ、宜しく!︶
︵宜しくの!・・・そうじゃ、お前に名前をやろう。お前も我に名
前を付けよ!︶
︵は?なんでだ? 突然何を?︶
加護
になる。お前はまだ
名無し
︵同格と云う事を、魂に刻むのだ。人間でいうファミリーネームみ
たいなものだ。
我がお前に付けるのは、
だが、これでネームドモンスターを名乗れるぞ!︶
むむ。
つまり、俺がファミリーネーム︵=この竜との共通の名前︶を考
えろってか。
センスないんだけどな・・・
57
︵暴風だから、
駄目だよな。
テンペスト
とかでいい・・・かな?︶
簡単に響きがいいから、暴風=嵐 とか、安直すぎるか。
︵決まり!だな!!! 素晴らしい響きだ。︶
気に入ったのかよ!
リムル
魂友
とも
の名を授ける。リムル=テンペストを名乗るがよい
︵今日から我は、ヴェルドラ=テンペスト だ! そしてお前は・・
・
!!!︶
その名前は、俺の魂に刻まれた。
見た目にも、能力にも変化はない。
だが、魂の奥深くで、何かが変化した。
それはまた、ヴェルドラにも言える事なのだ。
こうして、俺達は、友達︵というよりは、より深く
呼ぶべき関係︶になった。
︵で、行く前に一応聞いておくけど、その封印って解けないの?︶
︵我の力では解けぬな。勇者と同格のユニークスキル持ちなら、あ
るいは可能性があるかもしれぬが・・・︶
︵ヴェルドラはユニークスキル、持ってないのか?︶
︵持っている。が、封印された時点で、全て使えないな。かろうじ
て、念話が出来るのみだ・・・︶
本来、勇者のユニークスキル﹃無限牢獄﹄は、対象を永遠の時間、
無限の虚数空間に封じ込めるスキルであり、現実世界への干渉を許
58
す程甘い能力ではないのだ。
この場合、念話だけしか出来ないという考え方のほうがおかしい。
時間とともに、封印が弱まる事などもないのだ。
現実世界を認識し、念話だけでも干渉可能なヴェルドラの方が異
常なのだが・・・
無論、俺もヴェルドラもその事には気付かない。
︵よし。一回試してみるか・・・︶
そう言って、俺はヴェルドラに触れた。
そして、
︾
︽ユニークスキル﹃捕食者﹄にて、ユニークスキル﹃無限牢獄﹄を
捕食します⋮失敗しました
流石に、勇者の封印は格が違った。
眩い閃光を発し、ユニークスキルの干渉が行われたのだが、一瞬
で跳ね返されてしまった。
僅かな綻びを作ったようだが、それだけだ。直ぐにでも修復され
てしまうだろう。
そもそも、同じユニークスキルならなんとかなるか? という発
想だけでなんとかなったら苦労はない。
どうにかできないか?
どうすれば⋮
︽解。ユニークスキル﹃無限牢獄﹄の一部解析が終了しました。脱
出方法を提示致します。
肉体を伴う脱出は不可能です。物理的ダメージによる牢獄の破壊
の可能性は0%です。
59
虚数空間の解除による脱出は解析出来ません。
同様の状況=﹃無限牢獄﹄に囚われ、内部から解析を行う必要が
あります。故に、現在は行使不可能です。
意思体のみの脱出の可能性は1%です。
転生
に相当します。依代との相性が悪
外部に自らの依代を用意し、そこに移行を行う場合、成功率は3
%です。
なお、このプロセスは
︾
い場合、記憶と能力の全てが消去されます。
脱出方法の提示は以上です
⋮ふむ。
成功率低すぎる。
揺らめく透明な膜にしか見えない、ユニークスキル﹃無限牢獄﹄。
しかし、物理ダメージでの破壊不可能ときたか⋮。
ひょっとすると、絶対防御の能力を併せ持つとかありそうだ。
︵なあ、勇者ってダメージ受けてた?というか、傷ついたりしてた
?︶
︵よくぞ聞いてくれた!我の攻撃はほぼかわされたのだが、何発か
死を呼ぶ風
黒き稲妻
破滅の嵐
さえも、絶対回避
直撃したのだ! だが、全て効果を及ぼさなかった。
不可能なのだが、効果なし!お手上げよ!!! 笑ってしまったわ
!!!︶
などとほざきながら、高笑いするヴェルドラ。
ユニークスキル﹃無限牢獄﹄は、自分の身を覆う事で、外部から
の攻撃を防ぐ盾にもなるのだろう。
60
なんて便利なスキルだ。
ユニークスキル﹃絶対切断﹄
ユニークスキル﹃無限牢獄﹄
この二つが揃うなら、ほぼ無敵なんじゃないだろうか?
出会いたくないが、300年前の人物。
すでにお亡くなりになっているだろうから、大丈夫と思いたい。
間違いなく、最強クラスだ。
※実は、ヴェルドラも最強クラスである。この時のリムルが、その
事を知る術はない。
ともかく。
脱出方法は、依代への転生か。
︵脱出するには、依代になるモノが必要なようだ。意識体のみでも
可能性はあるみたいだが、低い。︶
敢えて確率まで言う必要はないだろう。
ヴェルドラがやる気無くすと成功率下がりそうだし。
︵む?脱出方法があるのか!実はな、後100年も持たずに我の魔
力は底をつくところだったのだ!
なんせ、魔素の流出が止まらなかったものでな⋮︶
︵なるほどなー。それでこの辺りの魔素濃度が高かったのか。︶
︵うむ。かなり上位の魔物も寄り付けぬ。草も生えぬ土地だったろ
う。ここらで生息出来るのは希少な植物のみよ!︶
61
ああ。
脳裏にヒポクテ草の事が思い出された。
それで、ほとんどが貴重な薬草だったのか。
︵まあ⋮そういう事なら脱出を試してみるか?依代があれば、成功
率上がるみたいだし。⋮で、依代ってどんなのがいいのかわかる?︶
︵⋮恐らくだが、意思のみ出ても、魔素を集めて核を再結成させる
事が難しいという事だな。お前が牢獄に綻びを作った事で、成功の
可能性が出来たのだろう。
で、依代。つまり、新たな核を用意するならば、そこに移るだけ
ですむ。様は、転生か!︶
こいつ!
あまり頭良くないのかと思っていたが、素晴らしい読みだな。
見事なまでに、﹃大賢者﹄と同じ結論だ。
︵そういう事。で、用意出来るものなら探してくるぞ?︶
。特殊固体なのだ。
︵うーむ。実は、我には核は必要ないのだ⋮秘密だぞ? 我は、
個にして完全なる者
意識生命体なので、この肉体に拘りはない。周囲の信仰に応えて、
この肉体になっただけの話でな。︶
また意味の解らないことを言い出した。
俺が理解するまで会話した。
結果、
意識のみで魔素を集め、肉体を形成。
今回は、肉体が囚われただけではあるが、意識で外部の魔素を集
める事が出来ない状態である。
62
との事。
では、意識だけ外部に出られるのか?というと、
︵それは不可能。受け皿がいる!︶
だそうだ。
暴風竜
が生まれるのだとか。
意識だけ外に出ると、魔素と共に拡散して存在が消滅してしまう
そうだ。
そしてどこかで、新たな
脱出は可能かもしれないが、別人の様にになってしまっては意味
がないという事だ。
詰んだ。
いっその事、﹃捕食者﹄で、ヴェルドラごと喰ってしまうか?
捕食者の胃袋の中で解析するか、隔離して﹃無限牢獄﹄の効果だ
け消してから開放とか出来ないものだろうか?
︾
︽解。対象:ヴェルドラをユニークスキル﹃捕食者﹄の胃袋に収容
する事は可能です
可能なのか⋮
説明して納得してくれるなら、やるか。
このままだと、100年の孤独の後、消滅する運命なのだから。
俺は、ヴェルドラに﹃捕食者﹄の能力と、やろうとしている事を
説明した。
もっとも、﹃大賢者﹄の補正なしには成功は有り得ないだろうが
⋮。
︵クアハハハハ!面白い!!! ぜひやってくれ。 お前に、我の
63
全てを委ねる!︶
︵そんなに簡単に信じていいのか?︶
︵無論だ!ここで、お前が帰って来るのを待つよりも、お前の中で
外へ出る為﹃無限牢獄﹄を破る方が面白そうだ!
なあに!我とお前と、二人でかかれば﹃無限牢獄﹄も破れるかも
しれん!︶
そうか。
一人じゃなく、二人か。
いいじゃないか。
俺が、﹃大賢者﹄と﹃捕食者﹄で解析を行い、内部からはヴェル
ドラが破壊を試みる。
胃袋の中なので、意識が拡散し消滅する恐れもない。
いけるような気がしてきた。
︵じゃあ、今からお前を喰うけど、さっさと﹃無限牢獄﹄から脱出
して来いよ?︶
︵クククッ! 任せておけ!そんなに待たせずに、お前の前に合間
見えよう!!!︶
よし!
俺は覚悟を決めた。
ヴェルドラに触れ、捕食を行う。
一瞬にして、ヴェルドラの巨体が目の前から消えうせた。
実にあっけなかった。
今までしゃべっていたのに。
いなくなって寂しさを感じる。
スキルを対象に行うと抵抗され失敗したのだが、流石にヴェルド
64
ラ本体もろともだと抵抗される事もなかった。
あの巨体を飲み込めた事には驚いたがね。
現在の胃袋の現在の空間使用量は25%程度だと⋮
どれだけ大きなスペースを持つんだか。
そして⋮
と念じた。
︽ユニークスキル﹃無限牢獄﹄の解析を行いますか?YES/NO
︾
頼むぞ!
俺は祈るように、YES
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
スキル﹃水圧推進﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
65
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
66
04話 初めての友達︵後書き︶
口調を途中で変化させたのですが、違和感あったでしょうか?
この回で戦闘にいく予定だったのに⋮
67
05話 胎動︵前書き︶
今回、書き方を変えてあります。
読みにくくなければいいのですが。
楽しんで頂ければ幸いです!
68
05話 胎動
天災
級モンスターである
暴風竜ヴェルドラ
この日、世界に激震が走った。
されたのだ。
の消滅が確認
300年前に封印されていたとはいえ、そこは天災級モンスター。
消滅と見せかけて、別の地方で新たな脅威として再誕していない
とも限らない。
暴風竜ヴェルドラ
の完全消滅を宣言したのである。
しかし、消滅の報告より20日が経過するに到って、西方聖教会
が
ニドル・マイガム伯爵は憤慨していた。
﹁そんな馬鹿な話があるか!!!﹂
先ほどの枢機卿の言葉を思いだし、吐き捨てるように罵る。
ニコラウス・シュペルタス枢機卿。
暴風竜ヴェルドラ
の脅威は消滅した。ゆえに、聖教会より支
思い出すのも腹立たしい。
﹃
給していた対策援助金の支払いは本日を持って終了いたします。﹄
そう言って、一方的に話を打ち切られたのだ。
一方的に呼びつけた上で、3時間も待たされたあげくに、である。
確かに、今までの援助金は非常に助けになった。
ジュラの大森林に沿する伯爵領は、ファルムス王国の辺境に位置
69
する防衛の要なのだ。
だがそれは、ファルムス王国だけの問題ではなく、領土を接する
暴風竜ヴェルドラ
が封印されていたとはいえ、脅威である事
西方聖教会だとて人事ではないはずだ。
に変わりはなかった。
それは、魔物にとっても例外ではなかったのだ。
いやむしろ、魔物にとってはより脅威だったとも言える。
その脅威の消失が意味する事、それは魔物の動きの活発化である。
辺境の警備をより強化する必要があるのに、このタイミングでの
支援打ち切り。
ニドル・マイガム伯爵の憤慨の原因はこれであった。
西方聖教会にも言い分はあろうが、ニドルにとっては関係ない。
今後、どう領地を守るべきか⋮
傭兵を雇うにも金がいる。
自由組合の冒険者は、いざという時にあてにならない。
頼みの綱の教会には、先に断られる始末。
の存在した今まででさえ、何の支援も行わ
最後の希望の王国だが⋮、ニドルは国王の顔を思い浮かべて絶望
暴風竜ヴェルドラ
する。
れなかったのだ。
脅威がなくなったら、単純に防衛費が浮くとでも思っていそうだ。
下手をすれば、より大きな税を掛けかねられない。
その事に思い到って、二ドルは顔をしかめた。
自分の領地に向かう馬車の中、ニドルは今後の対策に頭を悩ませ
る。
魔物の事で頭がいっぱいのニドルには、それ以上の脅威に思い到
る余裕はない⋮ 70
頭を悩ませているのは、ニドルだけではなかった。
ファルムス王国は、中堅どころの規模の国である。故に、何かあ
っても辺境で食い止められる。
そういう事情もあり、国としては危機感が薄い。
二ドルの読みどおり、防衛費を浮かす事を考える大臣もいるほど
であった。
しかし、ジュラの大森林に沿する他の小国はそういう訳にもいか
ない。
泣きつく先も無く、自分達で対策を立てねばならないのだから⋮
各国の王や大臣達は、連日緊急の会議を行い、今後の対策と情報
収集を行っていく。
暴風竜ヴェルドラ
の件、聞いて
小国ブルムンドの大臣である、ベルヤード男爵もそんな一人であ
った。
﹁君を呼んだのは他でもない。
いるだろう?﹂
聞いていて当然、そういう態度を崩さずに、ベルヤード男爵は、
部屋に入ってきた男に問いかける。
背は低いが、油断ならない目つきをした男であった。
﹁勿論ですよ、男爵。﹂
男は、言葉少なく肯定する。
低いしわがれた声で。
﹁ふん。流石はギルドマスター! と言っておこうか。﹂
ベルヤード男爵は鼻を鳴らして吐き捨てるように言葉を続ける。
71
﹁では、ギルドとしての対策を聞かせてくれんか?﹂
﹁これといって特に、何かを行う予定はありません。﹂
﹁何?よく聞こえなかったが・・・、対策を行うつもりがないだと
?﹂
﹁はい。必要を感じませんもので。﹂
ギルドマスターと呼ばれた男は、淡々と応える。
ベルヤード男爵が何を怒っているのか判らない、とでも言いたげ
に。
ベルヤード男爵はその態度を不快に思いながらも、それを表に出
さないように言葉を続ける。
暴風竜ヴェルドラ
もっとも、その努力はまったく成功しているとは言い難かったが・
・・。
﹁必要ないとは、異なことを言うものだな。
が消滅したという事は、魔物の活性化が予想されるのだぞ!それな
のに、対策を立てないというのか!?﹂
﹁これは可笑しな事を仰られますな。対策を立てるのは国の仕事。
我々は自由組合であり、ボランティアではありませんよ?﹂
事実である。
自由組合とは、国家の枠に縛られぬ組合の事である。
国毎に所属する国家所属の職人に比べて、生活の保証は行われて
いない。
しかし、最低限の身分の保証は行われており、国民に準ずる地位
は与えられている。故に、一定の税の義務だけは課せられている。
例えば、料理人を例にとってみると、
国家所属の料理人は、国民としての地位とそれに見合った税金を
収める義務を負う。その代わりに、国が財産と身分を保証するのだ。
対して自由組合の料理人だと、準国民の地位しか与えられないが
72
収める税は割安になる。収める税は自由組合に支払い、身元は自由
組合が保証するのだ。
ただし、財産や自分の身の安全は、自分で守る必要がある。
国家所属の料理人は城壁に守られた王都内に店を持つ事を許され
ており、構えた店を子供に相続させる事も可能である。
自由組合には許されておらず、国家周辺の自由市場等に店を出し
ているのだ。
例え城壁の外周都市に店を構えたとしても、子供に相続する事は
許されない。
ここに、根深くはないものの自由組合を見下す風潮が生まれる下
地が存在するのだ。
この仕組みは、この小国ブルムンドだけの話ではなく、この周囲
の国家のほぼ全てで共通である。
逆に考えるならば、自由組合とは国家の枠組みを超えた組織であ
り、一国家を上回る組織力を持つのだが・・・
偶然か意図的なのか不明だが、国家の下に潜り込むように活動を
行っているのが実情なのだ。
﹁国民の財産を守るのは国家としての最低の義務でしょう?同様に、
組合としても、組合員は守りますとも。お互いに大変ですな。﹂
ギルドマスターの白々しい言い草を聞いて、ベルヤード男爵の額
に青筋が浮かんだ。
明らかに、足元を見られている事を悟ったのだ。
﹁御託はいい!!!自由組合から、傭兵を何人だせる?戦闘に長け
た冒険者は?この都市の防衛に何人回せるのだ!!!?﹂
ギルドマスターはやれやれと溜息をつき、
73
﹁勘違いして欲しくないのですが、我々はボランティア団体ではあ
りません。国家と自由組合の協定に基づく動員ならば、組合員の一
割に当たる人数を動員致しますが、それ以上を要求されるなら、対
価次第となりますな。﹂
ブルムンド王国の人口は100万人。
そこに所属する組合員は7,000人程度。家族は含まれていな
い。
国家と自由組合の協定に基づく動員が発令された場合、自由組合
所属の10%の人数︵この場合、700人程度︶が国家の指揮下に
入る事になる。
これは当然だが、国家毎の組合所属の人数であり、他国の組合員
には適用されない。その為、自由組合とはいえ、所属国家は明確に
されているのだ。
また、この協定が発令されている期間は国家が定める事が出来る
のだが、その期間中は収めるべき税を2割減となるように取決めら
れている。
強制力を持つが、税収として考えるならば乱用は出来ない仕組み
なのだ。
もっとも、徴収される組合員の給料を建て替える必要のある組合
としては、当然の取決めなのであるが。
仮に、全員を徴収と言われたとしても、対応は不可能である。
組合員の半数は、非戦闘員なのだから。
王国としても、その事はよく弁えている。
その為、本来であれば無理強いはしないのだが・・・、今回はそ
ういう場合ではなかった。
魔物が活発化する。
確かに、それは大きな理由である。
だが、本当の理由それは⋮
74
﹁やめだ。おい、フューズ。本音を言わせる気か?﹂
ギルドマスターいやフューズは、名前を呼ばれた事に軽く驚く。
暴風竜ヴェルドラ
の封印された場所。
そして、初めてベルヤード男爵の顔をまともに見据えた。
﹁不可侵領域であった、
そのルートを直通出来るようになるという事は、東の帝国が動き出
す可能性があるな。﹂
﹁その通りだ!ヴェルドラに対する遠慮か、あるいは封印が解ける
のを恐れたのか知らんが、今まで大人しかった帝国に動きがある!
!!
解っているのだろう?あの森を抜けられたら、この王国などあっ
という間に飲み込まれてしまうのだ。まして、西方聖教会は当てに
ならんのだぞ!
纏まってもいないジュラの大森林周辺の国家など、あっという間
に帝国の支配下に置かれてしまう!﹂
﹁教会は動かないか⋮だろうな。ヤツらは、人同士の争いには興味
ない。魔物の殲滅が教義だからな。﹂
﹁そうだとも。せめて聖騎士が一人でも動いてくれれば、帝国も迂
闊には動けぬものを⋮魔物への備えが無くなるだけでも時間が稼げ
るのだが。﹂
﹁無理だろうな⋮教会にすれば、国が崩壊したとしても、自分の懐
が痛むわけではない。教会を信仰する者なら全てを助ける訳ではな
いのだ。﹂
フューズは、ベルヤード男爵の顔を見やって思う。
くたびれた顔になったな、コイツ⋮ と。
無理もないのだろうが、ベルヤード男爵はここ数日で一気に老け
込んだように見えた。
75
二人は、実は幼馴染であった。
男爵とはいえ、貴族と懇意にしている事が公になるのは色々と都
合が悪い。
お互いがお互いを利用していると思わせる関係を築く必要があっ
た為、普段は仲が悪そうに演じているのだ。
こんな小国だけで、この難局を乗り切る事は出来ないだろう。
だが、取り越し苦労という事も有り得る。
確かに帝国に動きはあるが、まだ攻めて来ると決まった訳ではな
い。
魔物だけならば、まだ対策の立てようはあるのだ。
﹁まだ帝国が動くと決まった訳じゃないだろ? ともかく、俺が個
人的に調査だけは行ってやる。
期待されても困るが、ジュラの大森林の現在の様子と帝国の動向
は探ってみるよ。﹂
﹁すまん⋮。助かる。﹂
そう、まだ帝国が動くと決まった訳ではない。
仮に動くとしても、いや、動くならば大規模な軍事行動となる。
小競り合いを仕掛けに動くほど、帝国は甘くない。
百万を超える軍勢で、周辺国家を悉く蹂躙するだろう。
だとすれば、準備に時間がかかるはず。
少なくとも3年は⋮。
それでも時間が多いとは言えないが、こちらにも準備する余裕が
生まれる。
﹁ともかくは、情報を掴む事だな。時間もない。俺はいくぞ!﹂
﹁頼んだ⋮。﹂
二人は頷きあい、そして別れる。
76
すべき事は山程あるのだ。
枢機卿ニコラウス・シュペルタスは、ニドル・マイガム伯爵の退
出を見届けると薄く微笑みを浮かべた。
﹁ダニめ!﹂
と、慈愛の笑顔を浮かべながら吐き捨てる。
神を信じる事もなく、ただ、教会の金と権力そして、武力に群が
るだけのダニ。
彼、ニコラウスのニドル・マイガム伯爵への評価であった。
彼だけではない。
彼ら、教会に属する者達は皆こう思っているのだ。
﹃神を信じるならば、神聖法皇国ルベリオスに帰依し、信徒になる
べきである!﹄
と。
西方聖教会は、皇国の国教にして、唯一神聖不可侵の法皇のみを
頂上に冠する集団であった。
神聖法皇国ルベリオスこそが、西方聖教会の総本山であり、その
国民は全て信徒で構成されている。
他国に属していくら信仰を口にした所で、上辺だけで信ずるに値
しないのだ。
神は全てに優先される。
ならばこそ、しがらみだ何だと言い訳し、国民にならぬ者達への
77
慈悲など必要ない。
それが、ニコラウス枢機卿以下、西方聖教会に属する者の総意な
のだ。
本来ニコラウスは、神を信じぬ異教徒など全て殺してしまえばい
い! と考えていた。
異世界人
ヒナタ=サカグチ︵坂口
日向︶である。
その考えを嘲笑い、思い直させた人物がいた。
彼女は言った。
﹃無駄よ。他の神を信仰する者の心を折るのは莫大なエネルギーが
いるもの。そんな事をするより、手を差し伸べて受け入れるだけに
正義の集団
そう思わせておけばいい。ど
しておきなさい。その方が確実だから!﹄
﹃魔物から人々を守る
うせ、世界から戦争は無くならないのだから、困った時に手を差し
伸べればいいのよ!魔物は人類共通の敵だけど、人間はそうではな
いでしょ?﹄
﹃あえて、恨みを買う必要はない。民衆は馬鹿だから、困った時に
助ければすぐに信じるわよ。それこそが、宗教の存在意義でもある
のだし?﹄
彼女は徹底した合理主義者だ。
自らは無信教であるにも関わらず、宗教の否定は行わない。
徹底して利用するのみである。
ニコラウスから見ても、その様は冷徹であった。
ニコラウスがぞっとするほど冷たい瞳で見つめて、
﹃我々はただ待つだけでいい。他国が力を落とすのを!その為に、
恩を売るべきよ!﹄
耳元で、そう囁かれた時は震えが走った。
78
それは歓喜か、あるいは恐怖か⋮
ニコラウスは従った。
おかげで、この10年で教会の立ち居地は大きく変化したのだ。
それまでもそれなりの勢力を有していたが、たった7年で各国に
なくてはならぬ存在にまでのし上った。
その功績を持って、ニコラウスは司教から枢機卿にまで上り詰め
たのだ。
全て、彼女のおかげであった。
﹁まあ、彼女の言うとおり、ダニにはダニなりの使い道があるもの
です。﹂
ニコラウスは今後の事を思う。
帝国が動くかどうかは不明だが、魔物の動きは活発になるだろう。
忙しくなるのは間違いない。
彼女ならどう動くだろう?
法皇直属近衛師団筆頭騎士
となった、聖騎士団長ヒナタ
久々に、彼女に連絡を取ってみるのもいいかもしれない。
今は
=サカグチに⋮。
79
05話 胎動︵後書き︶
はい!
主人公の出番はありませんでした!
こんなハズではなかったのに⋮
80
06話 スキル習得︵前書き︶
区切りが良かったので切りました。
ぼちぼちとアクセス数が増えているのが励みになります!
81
06話 スキル習得
ヴェルドラを喰ってから30日が経過した。
今まで何をしていたかって?
バッカ、お前!
考えてもみてくれよ! 俺、スライムになってしまってるんだぜ?
魔物に襲われたら、どうやって戦うんだよ!
てか、逃げるのも難しいわ!!!
という事で、戦う方法を考えていたのである。
ついでに、この辺りの目立った草や怪しく光る鉱物なども捕食し
ている。
ヴェルドラが言う所の、魔素濃度の濃い場所。
と判明した。
そこで採れる草はほぼ、ヒポクテ草だった。
やはりな。
魔鉱石
これで回復薬のストックが増える。
そして、怪しく光る鉱物は
鉄鋼より硬度の硬く、柔軟な金属の素材となるらしい。魔法との
相性のいい金属が出来るのだそうだ。
もっとレアな鉱石かと期待したが、よく考えれば有名なオリハル
コンやヒヒイロカネ等があるのかどうかも解らないのだ。
十分レアな鉱石なのかもしれない。ちょっと欲張りすぎかもしれ
ん。
で、草や鉱石を美味しく︵味はしないよ?︶いただきながら思い
82
つきました!
水を撃ち出せるのだから、ウォーターカッターとかいけるんじゃ
ね?
うん。言わなくても解ってる。
君達は、俺がまた失敗するとでも思ってるのだろ?
あまり馬鹿にしたものではないよ?
俺だって、やる時はやる男なのだ。
通知簿でもいつも、﹃頑張れば出来る子です。﹄と書かれてた。
まあ、そういう訳で、やれば出来るのさ。
という訳で、早速地底湖にやって来た。
暗闇の中想像した通り、結構広大な地底湖が広がっている。
想像していたよりも神秘的で、静謐な空気。
生物の気配はなく、どうしようもなく静かである。
魔素が水にも浸透しているのか、恐らく生物は生息していないの
だろう。
何者にも犯される事のない自然!
美しい景色だった。
それはともかく・・・。
前回は試し撃ちもせず、とにかく全力で噴射したのが不味かった。
噴射口も適当に大きかったので、推進力が高すぎた。
今回は水鉄砲をイメージしつつ、チョロっとだけ水を出す感じ。
口に水を含み、ピューっと吹き出すのをイメージする。
なかなか水が出ない。
噴出口が小さすぎたか?
少し広げるようにしてみると、勢いよく水が出た。
対象の岩をビチャビチャに濡らす。
83
よしよし。
次は、圧力を少し高めにして噴出口を開く。
・
・
・
対象の岩に向けて、序々に威力を増しつつ水鉄砲の練習をした。
なんとか形にはなってきた。
だが、人に当たると痛がりそうだが、決定的な攻撃手段とは呼べ
なさそうだ。
どうしたものか・・・。
俺は悩みながら、地底湖に入る。
疲れたら風呂に限る。
単なる水遊びではないよ!?
﹃魔力感知﹄によって、自分の身体が水に浮いたり沈んだりする
様子を観察する。
クラゲのようにも見えるな。
体表面を振動させて、水流を作れたりしないだろうか?
プヨンプヨンとした体表に魔力を通し、魔素を操作して振動を生
み出す。
世界の言葉
だったよ
ブヨヨンブヨヨン、ブヨヨヨヨン! と、小さな振動が生じた。
そして、水中を移動する。
成功だ!!!
︾
俺は面白がって、水中遊泳を楽しんだ。
いい気分転換になった!
︽スキル﹃水流移動﹄を獲得しました
一瞬﹃大賢者﹄かと思ったが、どうやら
うだ。
84
今の遊びでスキルを獲得したようだ。
水中や水上は、任意の方向にそれなりの速度で移動出来るように
なった。
いざとなれば、﹃水圧推進﹄による加速もある。
呼吸の必要が無い事を考えると、案外水中のほうが戦いやすいか
もしれない。
逃げるのにも適してる。
俺はそんな事を思いながら、地底湖から出た。
休憩は終わりだ。
問題の攻撃手段だ。
気分転換した事により、新たな構想を思いついた。
水鉄砲のやり方では、水にだらだらと圧力をかけ続ける必要があ
った。
シリンダー内部に圧力をかけ少量の水を撃ち出すイメ
これでやってみる。
今度は、
ージ
口径と圧力を調整する事で、威力を調整するのはさっきと同じだ。
ビシュ!!!
鋭く飛び出した少量の水が、対象の岩に当たる。
当たった部分が少し砕けた。
成功・・・したかもしれない。
今の感覚を忘れる前に、更なる練習を行う。
口径と圧力の調整。
水に回転を加えるイメージで撃ち出す練習。
水での切断
である。
口径のサイズではなく、形状を細く調節してみたり。
そう!イメージは
ビシュン!!!
85
打ち出された水の刃が、対象の岩を切断した!!!
試した自分が、驚く威力だ。
︾
一週間の修行︵笑︶の成果が、今ここに結実した!
︽スキル﹃水刃﹄を獲得しました
︽スキル﹃水圧推進﹄﹃水流移動﹄﹃水刃﹄を獲得した事により、
エクストラスキル﹃水操作﹄へと進化しました︾
おっと!
本当に結実したようだ。
エクストラスキルは、ノーマルスキルより威力も性能も段違いら
しい。
これで戦う手段を手に入れる事が出来た。
こうして、俺は旅立つ準備を整えた。
ようやくだ。
この地底湖の畔に転生して120日。
ようやくこの住処から旅立つ日が来たのだ。
不安はある。喋る事が出来ない事だ。
声帯が無いから、身体で代用出来る形状にならないか練習した。
しかし、未だ成功していない。
これが成功するまでここで練習するかとも考えたのだが、成功す
念話
に頼るしかない。
るイメージが浮かばなかった。
意思伝達の手段は
あくまでも、相手頼みだが、発声方法を手に入れるまでは不便だ
が仕方ないだろう。
ここで何時までも遊んでいても仕方ない。
86
にも会ってみたい。
さっさと、外の世界も見てみたいし、会えるものなら同郷の
世界人
魔法を覚えるのも楽しそうだし!
思い立ったが吉日
というしな。
そう考えると、さっさと旅立つべきだろう。
ヴェルドラの反応は何もない。
異
消えてしまったかのようだが、そうでは無い事を俺は知っている。
約束したからな。
次会った時、笑って話せる面白おかしいエピソードを用意してお
いてやろう。
俺は、慣れ親しんだ地底に広がる広大な場所から地上へと続く唯
一の道へと足をすすめた。
まだ見ぬ世界に思いを馳せ、これから起きる出来事に期待して・・
・。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
87
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−−−−−−−−−
88
深い深い闇の奥底で・・・
誰も訪れる事の無い、絶望の中で。
天災
級モンスター
暴風竜ヴェルドラ
ヴェルドラは今日も一人思いを馳せる。
特Sランクのモンスター。
−
優樹︶とい
グランド
と、やや弱いもしくは、準級という意味の
魔物のランクも、冒険者のそれと同じようにA∼Fの6段階評価
+
で表される。
やや強い
異世界人
評価が付く場合もある。
これは
の称号を持つユウキ=カグラザカ︵神楽坂
と噂される、自由組合の本部長、
マスター
う男が新たに策定したクラス分けである。
今までの駆け出し↓初心者↓中級者↓上級者の4段階評価よりも
解りやすく、ウケがいい。
ちなみに、上級者=Cランク以上・中級者=Dランク・下級者=
Eランク・駆け出し=Fランクとなる。
適切なランクの魔物を狩る事により、死亡件数が激減したのだ。
同じランクであるなら、1vs1で互角という意味。
ならば、PTで戦えば安全に戦う事が出来るいい目安となった。
天災
もしくは
災厄
級の魔物の事である。
特Sランクとは、A評価を上回る魔王指定クラスであるSランク、
その更に上の
A∼Fの6段階評価の枠組みから外れる、規格外の存在。
本来、Aランクの魔物でさえ、国家存続の危機に陥る場合すらあ
89
る恐るべき脅威なのだ。
その、絶望的なまでの危険さがうかがえるだろう。
もっとも、当の本人であるヴェルドラに、その辺りの自覚は皆無
である。
彼は今日も考える。
勇者
に敗れて300年。
暇だ・・・と。
何度もその戦いを思い出す。
悔しさはある。だが、憎しみは不思議なほど持つ事は無かった。
気の向くままに戦い、気の向くままに生きてきた。
彼の道を阻む事が出来る者は少ない。
彼にとって、初めての敗北という訳ではない。
だが、完全に1vs1で同じ条件で戦った上での敗北は、初めて
の経験であった。
白い肌。
真紅の小さな口唇。
長く漆黒の長髪。
身長はそんなに高くない、やや小柄で細っそりとした体型。
眼はマスクで隠されていたが、その輪郭から推測するに女性。そ
れも、美しい少女だろう。
目が見えない事で、感情をうかがう事は出来なかった。
だからだろうか? 恐怖も憎しみも感じる事なく、ただ淡々と剣
を向けられた事が残念であった・・・。
この牢獄から出られたら?
たまに、そう考える事がある。
自分はあの少女に復讐を果たすだろうか?恨んでもいないのに・・
90
・?
戦う機会があるならば、もう一度戦ってみたい。
それは偽る事のない、ヴェルドラの本心。
だがそれは、機械的に戦うのではなく、自らの存在をかけて戦い
勇者
に自分の存在を認めさせ、本気を出させる事。
たいのだ! と思う。
あの少女、
いつしか、それがヴェルドラの望みとなっていった。
人間の寿命は短い。
自らの望みが叶うハズも無い事を、ヴェルドラは十分に理解して
いる。
それでも・・・ヴェルドラの思考はループする・・・・・・・・・
。
何年経ったのだろうか・・・
ある日、
ゴロゴロ、ズドン!!!
と、薄青色の物体が自分にぶつかってきた。
この周囲は、自らの放出した濃厚な魔素によって、普通の生き物
は生息出来ない。
まして、その魔素の塊でもある自分に触れる事など、高位の魔物
でも難しい。
ヴェルドラは興味を持ち、その物体を観察する。
それは出会いであった。
91
いつしか、自分の生すらも諦めかけていたヴェルドラにとって、
その不思議な生き物は希望に思えたのだ。
この出会いは、きっと何かをもたらすハズだ。
ヴェルドラには予感があった。
今まで外れた事のない予感を信じて・・・、
︵聞こえるか?小さき者よ︶
ヴェルドラは、ある確信を持って呼びかける!
92
06話 スキル習得︵後書き︶
一旦、ヴェルドラさんの出番は終了。
ぼちぼち名前は出るかもです。
93
07話 初めての戦闘︵前書き︶
思ったように書けない。
書いてみると色々考えさせられます。
94
07話 初めての戦闘
地底湖のある場所から地上へと到る道。
それは、一本の洞窟であった。
俺はその道を、ポヨポヨと進んで行く。
思ったよりも快適に移動出来る。
光の届かない暗闇であろうと、﹃魔力感知﹄を応用した視覚には
昼間同然に映るのだ。
目が見えなかった時は足元を確かめながら動いていたから気づか
なかったけど、スライムの移動速度もそこまで遅くはない。
普通に歩くのと変わらぬ速度で移動出来るし、駆け足なみの速度
も出せる。
疲れる訳でもないが急ぐ理由もないので、普通の歩き並みの速さ
で移動している。
けっして、駆け足して湖に落ちたトラウマのせいではないのだ!
暫く進むと、目の前に大きな門で道が塞がれていた。
洞窟の中の人工物。
怪しいことこの上ない。が、RPGではお馴染みなので不思議に
は思わない。
ボス部屋の前には扉があるのが普通なのだ。
さて、どうやって扉を開けたらいいだろう?
水刃で切り刻めるだろうか?
そう考えていたら、
ギギギィィィッーーー!!!
と軋む音を立てながら扉が開いていく。
95
俺は慌てて、道の端に避けて、様子をうかがった。
﹁やっと開いたか。錆付いてしまって、鍵穴もボロボロじゃねーか
⋮﹂
﹁まあ仕方ないさ。300年、誰も中に入った事がないんだろ?﹂
﹁入ったという記録は残っていません。それよりも、本当に大丈夫
なんでしょうか?いきなり襲われたりしないですよね⋮?﹂
﹁がはははっ! 安心しろ。300年前は無敵だったかどうか知ら
んが、所詮大きなトカゲだろう!俺はバジリスクをソロで討伐した
事もあるんだっ。任せろ!!!﹂
﹁それ、前から思ってましたが、嘘ですよね?バジリスクってカテ
ゴリーB+ランクの魔物ですよ?カバルさんにはソロ討伐なんて無
理ですよね?﹂
﹁馬鹿野郎!俺だってBランクだぞ!でかいだけのトカゲなんざ、
敵じゃねーんだよ!﹂
強制離脱
で逃げますけど⋮﹂
﹁はいはい。解りましたから、油断しないで下さいよ?まあ、いざ
という時は私の
隠密スキル
を発動させやすんで!﹂
﹁二人が仲いいのは分かったから、そろそろ静にお願いしますよ。
あっしの
何だか騒がしい三人組が入ってきた。
何でだろう。
不思議な事に言葉が理解出来る。
︾
︽解。意思が音に込められている場合、﹃魔力感知﹄の応用で理解
出来る言葉へと脳内で変換されます
なるほど。
こちらから話しかける事は出来ないが、何を言ってるか理解は出
来るのか。
96
良かった。俺、英語苦手だったんだよね。
日本に住んでて、外国語を勉強する必要なんて無いと思うんだ。
海外に行く予定のある人だけ頑張ればいいのだ。
だが、今回はそういういい訳が通じない。いつかは勉強する必要
はありそうだ⋮
まあそんな事はどうでもいい。
どうしよう?
扉を開けるよりも難問だな⋮
何しに来たのか知らないけど、冒険者⋮っぽいな。
お宝でも探しにきたのだろうか?
彼らは、この世界で初めて遭遇した人間だ。ついて行きたい気持
ちはある。
しかし⋮、しゃべる事の出来ないスライムという魔物の俺が出て
行ったら⋮
問答無用で殺されかねないな。
今回は止めとこう。
人前に出るのは、せめて喋れるようになってからだ。
しばらく隠れて様子を覗った。
やせ気味の男が何かしたのか、急に三人の姿がぼやける。が、見
えないという事はない。
隠密⋮と言っていたか。
おそらくは、スキルの一種なんだろうな。
覗きし放題か⋮ケシカラン奴だ。どういう目的で覚えたんだか⋮。
後で友達になる必要がありそうだ。
三人の気配が消えたのを確認し、俺は移動を再開する。
あせる事はない。
これで人間に会えなくなる訳でもない。
97
一歩一歩確かめながら進むのだ。
ったものだ。
急がば回れ
昔の人は良く言
俺は三人が戻って来る前に速やかに扉を潜り抜け、その場を後に
した。
扉を抜け暫く進むと、道が複雑に分岐している地点に到達した。
どれが地上への抜け道なのだろう?
考えた所で、俺に解る訳が無い。
一つの道を選んで中に入る。
チロチロリ!
目が合った。
そっと視線をそらす⋮目の前に、禍々しい大蛇がいたのだ。
前世の蛇とか可愛く思える、硬度が増して棘とげしい鱗に覆われ
た真っ黒な蛇。
蛇に睨まれたカエル、ではなくスライムである。
自分空気っす。気づかれていなければ何とかなるか?
ソロリ、と後退しようとしたが、
キシャーーーーーーーーーー!!!
威嚇された。
ダメだ。逃がす気はない! と言葉を交わさなくても伝わってく
る。
戦うか⋮!
98
俺には、一週間特訓して得た必殺技があるではないか!
とはいえ⋮こんな化物と戦うには、覚悟が必要だ。
要するに、めっちゃ怖いのだ!
だが慌てるな。よく考えると、俺はもっと怖い思いをした。
そう、ヴェルドラだ。あの竜に比べれば⋮
あれ?思ったより怖くないかも。
これ、いけるんじゃね?
落ち着いた俺は、冷静に黒蛇を観察した。
を飛ばした。
黒蛇は、威嚇で俺がビビッて動けなくなったと油断している。
水刃
どう料理しようか思案しているようだ。
ふむ。
では、こちらも遠慮なく⋮
ビシュン!!!
俺は躊躇わずに、黒蛇の首めがけて
ズバン!!! ヒューーーン、ドス。ゴロゴロ⋮ズン。
それは一瞬。
水刃
が、何の抵抗も許さず黒蛇の首を刎ねたのだ。
我が目を疑う程あっけなく。
放たれた
俺を一飲みに出来るだろう、禍々しい大蛇であったのに。
これは⋮、自分でも思ってた以上に強力な威力だ。
人間の冒険者に使ったらスプラッタだ。最初に試したのが魔物で
良かった。
ちなみに胃袋の現在の空間使用量は、ヴェルドラ15%,水10
に使用する水の量は、コップ一杯分にも満たない︵大き
%,薬草+回復薬その他2%,鉱石+素材3% の30%を使用中
水刃
である。
99
水刃
を放っても、水の残量を気にする程度ではない。
さを調整可能なので、その分は当然増加する︶。
何千発
水刃
で対応する事にしよう。
下手な魔法より役立ちそうだ。
魔物が出たら、当分は
さて、この蛇だが⋮。
捕食して解析したらこの蛇の能力を奪えるかな?
さっそく、捕食する。
結果⋮、
固有スキル﹃熱源感知﹄⋮周囲の熱反応を補足する。隠密の効果
を無効化する。
固有スキル﹃毒霧吐息﹄⋮強力な毒︵腐食︶系ブレス。効果範囲
は、角度120度7m延長全域程度。
の二つの技能と、黒蛇への擬態化が可能となった。
この毒、ダメージと腐食効果︵装備破損及び、肉体破損︶を与え
るみたい。普通の冒険者が戦ったら、結構てこずるんじゃないかな?
この世界には魔法があるから、案外楽勝なのかもしれないけど。
俺はしばらく、黒蛇の能力解析に時間を費やした。
出来る手札は多い程いいのだ。
判明した事。
1、黒蛇に擬態を行うと体積が増えた。
2、獲得スキルは擬態しなくても使用可能。ただし、威力等が落
ちる場合もある。
の二点である。
100
説明すると、
1⋮胃袋の中で捕食した魔物の身体を分解し、ストックしている
ようだ。
前にダメージ受けた時に損傷部分をごっそり自分で捕食して
修復した事があったけど、スペア細胞みたいな感じになっているっ
ぽい。
2⋮固有スキルはその魔物特有のスキルみたいだ。俺の﹃溶解,
吸収,自己再生﹄がそれに当たる。
固有スキルを使用するには、その魔物に擬態しないと100
%の性能を出せないみたいだな。
ただし、部分活用も出来るし、﹃熱源感知﹄など普通に使え
るスキルもある。
まとめると、こんな感じだった。
﹃捕食者﹄、マジ使える。
今後も、有用そうなスキルをばんばん獲得したいものだ。
黒蛇との戦いから3日経った。
俺は未だに洞窟の中にいた。
寒さは感じないが、ひょっとするとかなり寒いのかもしれない。
日の光がまったく差し込んできていないのだ⋮。
俺は、とある不安に頭を悩ませていた。
いや、そんなハズないのはわかっているんだ。
だが、どうしても考えてしまう。
そう⋮ひょっとして、
101
俺、迷っているんじゃね?
いやいや。そんなハズない。
だって、ねえ?普通、最初の洞窟で迷う話なんて聞いた事ないし。
イージーな洞窟で序盤の踏み台にするものだろ?
それに、冒険者らしき3人組も迷わずに入って来れてたみたいだ
ったし⋮
大丈夫。きっと道が長いだけだろう。
異世界人
としてこっちに来ていたら、今頃空腹で倒
でも、初めてスライムで良かったと思ったかもしれん。
何しろ、
れていた。
︾
まさかこんな所で、スライムだった事に感謝する事になるとは思
わなかったよ。
しかし、道が判らないのは不安になるな。
何か道が判るいい方法はないものか?
︽解。脳内に、現在通った道を表示しますか?YES/NO
ぶ。噴出した。
なんだ!そんな便利な機能があったなら、もっと早く教えてくれ
よ!!!
だ!
思わず、ツッコミを入れてしまった。
ここは、YES
オートマッピング等、邪道!
そう思っていた時期が俺にもあった。
古いゲームには、リアルに紙と鉛筆を用意し、一歩進む毎に記入
しながら攻略しなければならない物があるのだ。
一歩一歩、足元を確かめながら進めていく楽しさ。
102
あれこそまさに、攻略の楽しさというヤツだろう。
しかし、人は攻略本に頼るようになり、いつしか、ゲームそのも
のにマッピング機能まで標準装備。
攻略の醍醐味は無くなっていった。
何より、その便利さに慣れてしまうと、なかなか元には戻れぬも
のなのだ。
まあ、最新の大容量ゲームにマッピング機能なければ、間違いな
く詰むだろうけど⋮。
さて、そんな便利な機能はさっそく利用しよう。
脳内に表示された地図を見る。
見間違いだろうか⋮、同じ場所を何度もループしたように表示さ
れているな。
この俺、攻略に命をかけた事もある言うなればプロが、迷う事な
ど有り得ない!
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮ 有り得たようだ。
脳内の地図に従い、今まで進んでいない方の洞窟に侵入。
すると、この三日に目にした事のない風景に出くわしたのだ。
ふふふ。
この俺を惑わすとは、この洞窟も大したものだ!
ここは素直に洞窟を褒めておこう。
決して、俺が方向音痴な訳ではないのだから!
洞窟の入り口、外への通路が近いのだろうか。
洞窟内に苔や雑草が目立ちはじめた。
103
太陽の光がどこからか届くのか、薄明るくなって来ている。
という事は、今は昼なのか。
ここに到達するまでに、何度かの戦闘をこなした。
ムカデの化物︵エビルムカデ:ランクB+︶
大きな蜘蛛︵ブラックスパイダー:ランクB︶
吸血蝙蝠︵ジャイアントバット:ランクC+︶
甲殻トカゲ︵アーマーサウルス:ランクB−︶
の4種類に遭遇している。
あの黒蛇は一匹だけだったのか、二匹目には遭遇していない。
皆、強敵だった。
水刃の一撃で倒した訳だが⋮
蝙蝠のヤツは何度か水刃をかわして噛み付いてくるし、トカゲに
到っては角度が悪いと水刃を弾きやがった。
油断出来ない。
ムカデの化物は、気配を消して背後から襲い掛かって来たのだが、
﹃魔力感知﹄と﹃熱源感知﹄で常に周囲の警戒を行っている俺に
は通じない。
背後に向けての、カウンターの水刃で一撃だった。
大きな蜘蛛はヤバかった。
そもそも、俺は虫が苦手なのだ。
生理的に嫌悪感を持っている。見た目でゴメンナサイ、ってヤツ
だ。
だが、スライムへの転生で心も強化されたのか、逃げる事なく戦
う事は出来た。
悪いが全力で! そう思って、最大数の5本の水刃で切り刻んだ。
長々と見ていたくない相手だった。
104
全て捕食させて頂いた。
所詮この世は弱肉強食。負けたら相手の糧となるものなのだ。
もっとも、蜘蛛やムカデを喰うのは躊躇われた。
そういう意味でも、俺は頑張った。
だが、もしゴキブリの魔物とか出てきたら、俺は喰う以前に全力
で逃げるだろう。
逃げるが勝ち
という素晴らしい言葉があるのだ
勝てる勝てないではないのだ。
この世には、
から。
入手したスキルは以下の通り。
ムカデの化物⋮﹃麻痺吐息﹄
大きな蜘蛛⋮﹃粘糸,鋼糸﹄
吸血蝙蝠⋮﹃吸血,超音波﹄
甲殻トカゲ⋮﹃身体装甲﹄
こうして、俺は新たな力を手にし、洞窟から地上へと出る事に成
功した。
この世界に生まれ変わってから、初めての太陽の光が降り注ぐ場
所へと⋮
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
105
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
106
07話 初めての戦闘︵後書き︶
魔物の名前とランク表示ですが、主人公には今のところ判断する事
は出来ていません。
早く喋る事が出来るように持っていきたいです。
107
08話 手に入れた能力︵前書き︶
自分的には問題ないのですが、微グロな表現が含まれています。
10,000PV達成致しました! 皆様のおかげです。ありがと
うございます!
108
08話 手に入れた能力
久しぶりに太陽の下に出た。
吸血鬼のように太陽の光に溶けたり、火傷を負ったりはしないよ
うだ。
実際、そういう自分にとって危険な行動というのは、魔物の本能
で理解出来るようになっているとのこと。
判っていてもやってしまう、よくある事だ。
笑えない。
自覚あるだけに改善するようにしよう。
洞窟は、森の中にあったようだ。
小高い丘という程度の山の麓に、ぽっかりと口を開けていた。
大木に囲まれた中、その丘は良く目立つ。
なんと言えばいいのか、そこだけ太陽が見えている。一歩、森に
侵入するとすぐにでも薄暗くなりそうだ。
丘の頂上には、何やら怪しげな模様が刻まれていた。
君子危うきに近寄らず
魔方陣? っぽい雰囲気。
俺はさっさと、その場を後にした。
洞窟から出て暫く経つ。
どうやら、日が傾いてきたようだ。
丁度、真昼頃に洞窟を出た計算になる。
びっくりするほど、正確に刻む体内時計を日付毎に判るよう調整
したい。
そう思っていると、自然に変化した。
この程度は容易い事だったのか⋮。
109
現在、夕方の4時過ぎ。
夕飯の支度の時間だが、残念ながら俺に食事の必要はない。
食べてもいいが、味が判らないから余計空しくなる。
食事で思い出した。
洞窟内で捕食した魔物たち。
新しく手に入れた能力だが、解析を終わらせて放置していたのだ
った。
黒蛇⋮﹃熱源感知,毒霧吐息﹄
ムカデの化物⋮﹃麻痺吐息﹄
大きな蜘蛛⋮﹃粘糸,鋼糸﹄
吸血蝙蝠⋮﹃吸血,超音波﹄
甲殻トカゲ⋮﹃身体装甲﹄
黒蛇のスキル、﹃毒霧吐息﹄はぶっちゃけ使えなかった。
実は、甲殻トカゲが現れた時に黒蛇に擬態して使用したのだ。
そしたら⋮
トカゲの装甲なんのその!
見る見るドロドロにトカゲが溶け出したのだ。
稀に見るグロい光景だった。思い出したくもない。
俺は思った。
もし、冒険者がこの黒蛇と遭遇していたら、魔法使う余裕もなく
全滅していただろう⋮と。
え? 俺に使われていたら?
そんなの考えるまでもないし、考えたくもない。
先制攻撃を仕掛けたのは正解だった! とだけ答えておく。
こんな危険なブレス攻撃など、威力あり過ぎてヤバイ。
てか、グロすぎて思い出したくもない。
内臓をぶちまけたような、グロいトカゲの残骸は見るのも嫌だっ
たので﹃毒霧吐息﹄で完全に消滅させた。
110
では、スライムの状態で使用したらどうだったのか?
射程が半分以下。
大蛇の大きさで7∼10mだった範囲だが、擬態せずに使うと1
m程度になる。
君は、そんな近距離で相手が溶けるのを見たいかね?
この技は封印だ。
だが、﹃熱源感知﹄は素晴らしい。
生物は大抵発熱している。
このスキルに﹃魔力感知﹄を併せると、俺に対する不意打ちはほ
ぼ防げるだろう。
人間や、知恵ある上位魔物になるとどういう魔法や特殊スキルを
使用出来るのか判らないので、油断は禁物だが。
次にムカデ。
擬態するのも嫌な、その外見。
ブレスの射程は黒蛇と同程度。大きさも同程度だった。
そこから予想した通り、スライム状態で使用すると1m程度の射
程だ。
だが、不意打ちで麻痺ブレスを使うのはありかも知れない。
とはいえ、1mまで敵に接近された時点で、擬態するか逃げるな
りしないと負け確定だがな。
トカゲ。
毒霧ブレスに、あっさり溶かされる程度の装甲。
期待出来ない。
ぶっちゃけ、俺には物理攻撃耐性もあるしあまり意味はなさそう
だ。
擬態せず、スライムの状態で使ってみた。
表面が硬くなった。
国民的RPGに出てくる、メタルなスライムみたいだ。
111
ブルーシルバーメタリック
薄蒼色のボディが、蒼銀色な色合いになった。
ダメージを受ける実験などしたくないので、効果は知らない。
しかし、色合いは綺麗になった。
相手をビビらせるのには使えるかもしれない。
この3体の能力はこんなところだ。
問題は、残り2体。
この二体の能力は興味深い。
何が興味を引いたのかというと⋮
まず、蜘蛛。
そう、蜘蛛の能力を持つヒーローの存在を君達は知っているだろ
うか?
ヒュイ! っと、手首から糸をだしその身を支え、高層ビルを跳
躍して渡り歩く。
あの、有名な男だ。
﹃粘糸﹄というスキルは、本来獲物に纏わりつかせ、その動きを
封じるもののようだ。
だが、これを使えば、あの動きが再現出来るのでは?
早速、実験である。
では、大木の枝に向けて⋮
ヒュイ! ⋮ブラーーーン⋮⋮⋮。
えっと、﹃鋼糸﹄の説明だったよね。
﹃粘糸﹄? 何それ? ぶら下るだけのスキルなんて、俺は知ら
ない。
という訳で、﹃鋼糸﹄だが。
これは、相手の攻撃を防ぐ目的で使うのか。
巣を作る際に、自分の有利な状況︵迷路︶の作成にも用いるよう
112
だが⋮。
一本だけ、細い糸をだし、鞭のように木に打付けてみた。
ピュン! プチン
と、あっさり弾かれた。
しかし、だ。
俺には﹃魔力感知﹄ではっきりと見えているが、この細い糸、普
通の肉眼では捉えるのは難しい。
練習次第で、武器となりそうだ。
これは今後の課題として、練習を積む事にした。
最後にコウモリ。
俺は一番、この蝙蝠に期待していた。
﹃吸血﹄スキル? 血を吸った対象の10%の能力を一時的に行
使出来る。
どうでもいいスキルだ。
捕食の方が効果が高い。劣化スキルと呼ぶのもおこがましい。
血なんて、別に吸いたくもない。
データだけ採取して、﹃吸血﹄能力の事は放置する。
俺の興味の対象、それは﹃超音波﹄。
このスキルは、対象を惑わしたり失神させたりといった効果も及
ぼすが、本来は位置特定スキルである。
元の世界の蝙蝠もそうであったように、音で位置を特定している
のだろう。
ここで重要なのは、発声器官である。
スキルそのものは、どうでもいいのだ。
この﹃超音波﹄を発する器官を、スライムボディに再現する事か
ら始める。
何も無いところから想像で身体を操作するのではなく、参考とな
113
る機能を持つ魔物を吸収出来た事はラッキーだった。
これで、発声方法を入手出来るかもしれない。
俺は、寝る間も惜しんで研究を続けた。
まあ、寝る必要はないのだけれども⋮。
三日三晩、不眠不休で歩きながら研究した結果!!!
﹁ワレワレハ、ウチュウジンデアル!﹂
成功だ!
扇風機の前で喉を叩きながら出すような歪な声だが、確かに発声
に成功した!
ここまでくれば、後は調整あるのみ!
俺は慌てる心を宥めつつ、声帯の調整を開始するのだった。
しかし、超音波は使えるな。
音波砲のような兵器があった気がする。
ソニックバスターもしくは、ソニックブラスターと呼ばれてたっ
け?
出来ないだろうか?
︾
とか、
︽解。スキル﹃超音波﹄から﹃超振動﹄へ派生する可能性が在りま
す。ただし、現在は取得出来ません
派生、もしくは能力の変化が必要という事か。
固有共鳴周波数と同調する振動波を発射し、対象を破壊
今は情報量が少なすぎて、無理だったようだ。
どこぞの強殖生物のような事が出来たら良かったのだが⋮ ぶっちゃけ、自分でも意味が理解出来てないのに、使えるハズも
ないのだ。
114
どうやら俺は欲張りすぎたみたいだ。
手札は多いほうがいい。しかし、焦る必要はない。
発声器官を手に入れただけでも、十分に満足すべき結果なのだか
ら。
そうして、色々と試しながら俺は道を進んでいた。
あてがある訳ではない。
目的だって、適当なのだし。
どこか、村か町にでも出たら心優しそうな人間に声をかけてみよ
うとは思っているのだが⋮。
しかし、この数日、ものすごく平和だった。
洞窟内ではあれほど頻繁に魔物に襲われたのだが、外に出てから
はまったくと言っていいほど襲われていない。
?﹂
一度だけ、発声練習をしている最中に狼に襲われたのだが、
﹁あ
と、声を出して凄んだだけで、
﹁キャイーーーーン!!!﹂
とか、情けない悲鳴を上げて逃げて行った。
普通の大型犬よりも大きい、体長2m超えの大物が何匹かいたの
だが⋮。
何というか、スライムを見てビビる魔物とか、情けない限りであ
る。
俺としては、襲われないならそれに越した事はない。
狼を喰ったら、嗅覚とかゲット出来そうではあるのだが。
115
しかし、気になったので観察を続けてみると、どうやら狼だけで
はないらしい。
俺の周囲100m以内に、魔物が入ってくる気配がないのだ。
あれ? なんか、俺の事を恐れているような⋮。
何でだろうか?
間違いなく、この森の魔物は、俺の事を恐れているように感じる。
そう確信した時、俺の﹃魔力感知﹄が魔物集団の接近を感知した。
問題事は突然やってくる物だ。
俺の目の前に、わらわらと、30体程の人型の魔物が現れた。
小柄な体躯。
粗末な装備。
薄汚れて、知性に欠ける表情。
それでも、知性が無い訳ではないのだろう。剣や盾、石斧や弓ま
で装備しているヤツもいる。
俺の灰色の脳細胞は、瞬時にこいつらの正体を見破った。
冒険者を襲う有名な魔物! そう、ゴブリンだ!!!
まさにテンプレである。
そして襲われるのはか弱い魔物、そう、俺か?
てか、スライム相手に30体って、多すぎだろうよ。
しかし、何故だか恐怖は沸いて来ない。
本能が、こいつらを恐れていないのだ。
剣は錆付いているし、防具も貧相。腐った布を纏っただけのヤツ
もいる。
頑強な鱗に覆われたトカゲや、強靭な刃の付いた手足を持つ蜘蛛。
そういった魔物達を倒して来た俺としては、こいつらの装備でダ
メージを受けるイメージを持てない。
116
それに、最悪は黒蛇に擬態してブレスで一網打尽に出来そうだし
⋮。
そう思って眺めていると、群れのリーダーであろう一体が口を開
いた。
﹁グガッ、強キ者ヨ⋮。コノ先ニ、何カ用事ガ、オアリデスヵ?﹂
ゴブリンって、しゃべれたんだ。
ある程度は、﹃魔力感知﹄の応用で理解出来るのかもしれないけ
ど。
ってか、強き者って俺に言ってるんだよな。
武器を持って取り囲んで、丁寧に問いかけてくるなんて。
こいつらは一体何を考えているのか?
俺は興味を持った。
どうやら、すぐにでも襲い掛かってくる訳ではなさそうだ。
俺の言葉が通じるか、試してみるのもいいかもしれない。
俺は、ゴブリンと会話してみる事にした。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
加護:暴風の紋章
117
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカゲ﹃身体装甲﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
118
08話 手に入れた能力︵後書き︶
黒蛇は強いです。A−評価です。Bのカテゴリーでは最強。
洞窟から外に出ると、魔素濃度が一気に下がります。魔物の強さも
一気に下がり、せいぜいC+の強さです。
機会があれば、作中で説明を入れたいと思います。
119
09話 ゴブリンとの交渉︵前書き︶
いつの間にか、1時間以上の読む量に!
それなのに、なかなか話が進まない⋮
120
09話 ゴブリンとの交渉
俺は、ゴブリンを一瞥した。
ゴブリン達は、本人達からすれば必死なのだろう。油断なく武器
を構えて、こちらをうかがっている。
もっとも、残念ながら何匹かはすでに逃げ腰になっているようだ
が。
だが、リーダー格は流石だった。
俺から目を離す事もなく、こちらを見つめている。
ふむ。
こいつからは知性を感じる。案外会話も成り立つかもしれない。
通じるか⋮。
俺は、発生させた声に思念を乗せて、相手に言葉となって通じる
か試してみる事にした。
﹁初めまして、でいいのかな? 俺はスライムの、リムルという。﹂
ゴブリンがザワめきだした。
スライムが喋ったから驚いたのか? と思ったのだが⋮
中には、武器を投げ捨てて平服している者もいる。
よくわからん。
﹁グガッ、強キ者ヨ! アナタ様ノお力ハ十分ニワカリマシタ!!
! 声ヲ沈メテ下サィ!!!﹂
む? 思念が強すぎたのか?
これでは意思を伝えるどころではない。かってにビビっているし。
121
﹁すまんな。まだ調整が上手く出来なくて。﹂
まあ、謝っておく。
﹁オソレオオイ。我々ニ謝罪ナド、不要デス!﹂
言葉、通じてるみたいだな。
いい練習になりそうだ。
ちなみに、話しかけたのは日本語で、なのだ。意味が通じる事に
驚いた。
﹁で、俺に何か用か? この先には別に用事なんかないよ?﹂
相手が丁寧に話しかけてきたのだし、丁寧に対応すべきかとも思
ったのだが⋮
あまりにも、こちらを恐れているのが有り有りとしている為、ち
ょっと強気で出てみた。
﹁左様デシタカ。コノ先ニ、我々ノ村ガ在ルノデス。強力ナ魔物ノ
気配ガシタノデ、警戒ニ来タ次第デス。﹂
﹁強い魔物の気配? そんなもの俺には感じられないけど・・・?﹂
﹁グガッ、グガガッ。ゴ冗談ヲ! ソノヨウナお姿ヲサレテイテモ、
我々ハ騙サレマセンゾ!﹂
どうやら、完全にこいつらは勘違いしているようだ。︵注! 勘
違いしているのは↑コイツです!︶
力ある魔物がスライムに化けている、とでも思い込んでいるよう
だ。
所詮ゴブリン、魔物の中でも下等な存在として有名なだけの事は
122
ある。
それから暫くゴブリンと会話したのだが、話の流れで村にお邪魔
する事になった。
どうやら泊めてくれるらしい。
貧相な見た目なのに、親切な奴らだ。
寝る必要もないのだが、休憩するのも悪くないだろう。
そう思って、俺は村への招待を受ける事にしたのだ。
俺は道すがら、色々な話を聞く事が出来た。
曰く、最近彼等の信仰する神がいなくなった事。
曰く、神の消失と同時に、魔物が活発に活動を開始した事。
曰く、森の中に、力ある人間の冒険者の侵入が増えた事。
等々。
そして、会話を続けている内に、相手の言葉もクリアに聞こえる
ようになってきた。
どうやら、﹃魔力感知﹄の応用での会話の遣り取りに慣れてきた
お陰のようだ。
人間と会話する前に、ゴブリンで練習出来たのは良かったかもし
れない。
そんな事を話しながら、彼等について行った。
村は、え? と言いたくなるほど、こ汚い感じだった。
所詮ゴブリンの巣穴、期待してはいけなかった。
俺は、その中では一番マシに見える建物? に案内された。
腐ったような藁の屋根で、隙間だらけであり、ベニヤ板を重ねた
だけのような壁の⋮⋮
前世の感覚からすれば、スラムの方がまだマシ! というレベル
123
の家だった。
﹁お待たせ致しました。お客人。﹂
そう言いながら、一匹のゴブリンが入ってきた。
そのゴブリンを支えながら、先程まで俺を案内して来たゴブリン
リーダーが付き添っている。
﹁ああ、いやいや。それ程待っていません。お気遣いなく!﹂
俺は営業で培った笑顔を浮かべて対応した。
所謂、スライムスマイルである。
笑顔一つで交渉を有利に進める。我ながら恐ろしい技である。
何を交渉するのかはわからないけれども⋮。
﹁大したもてなしも出来ませんで、申し訳ない。私は、この村の村
長をさせて頂いております。﹂
そう言って、目の前にお茶っぽいものを出された。
ゴブリンにも、そういうのがある事に驚いた。
俺はお茶を啜る。︵見た目には、茶碗を覆ったように見えるだろ
う。︶
味は感じられない。当然である、味覚が無いのだから。
この場合は、良かったのか悪かったのか・・・成分を調べたが、
毒ではない。
ゴブリンなりの気遣いが感じられた。
﹁で、自分をわざわざ村まで招待したという事は、何か用事があっ
たのですか?﹂
124
直球で訊ねた。
同じ魔物だから、仲良くしよう! そういう友好的なだけの招待
ではないだろう。
村長はビクリ、と身体を震わせたが、覚悟を決めた様子でこちら
を伺う。
そして言った。
﹁実は、最近、魔物の動きが活発になっているのはご存知でしょう
?﹂
それは道すがら聞いたな。
﹁我らが神が、この地の平穏を守護して下さっていたのですが、ひ
と月程前にお姿をお隠しになられたのです・・・
その為、近隣の魔物が、この地にちょっかいをかけ始めまして・・
・
我々も黙ってはいられないので、応戦したのですが、戦力的に厳
しく・・・﹂
ふーむ。
神って、ヴェルドラさんの事か? 時期的には合う・・・な。
まあ、ゴブリンは俺に助けて貰いたい、って事か。
﹁話はわかりました。しかし、自分スライムですので、期待されて
いるような働きは出来ないと思うのですが?﹂
﹁ははは、ご謙遜を! ただのスライムに、そこまでの妖気は出せ
ませんよ!
何故そのようなお姿をされているのか、当方には想像も出来ませ
んが、いずれ、名のある魔物なのでしょう?﹂
125
妖気・・・だと?
何だそれ? そんなの出した覚えはないけど・・・
﹃魔力感知﹄の視点を切り替えて、自分を観察してみた。
何やら禍々しいオーラの様なモノが漂うように、俺の身体を覆っ
ていた。
擬態や、﹃身体装甲﹄等を試した時に気付けていれば⋮。
これは恥ずかしい。
大通りを歩いていて、社会の窓を全開にしていた時のような感覚
が、俺を襲う。
洞窟内は魔素濃度が濃かったので、全く気付かなかった・・・。
これはアカン! 明らかにアウト!
この時ようやく、今まで洞窟から出てからの魔物の反応の理由が
解った。
こんな危険そうな奴、相手にしたがる魔物はいないだろう。
見た目に騙されるバカはいない! という事か。
こうなったら、自棄だ。
﹁ふふふ。流石は村長、わかるか?﹂
﹁勿論でございますとも! そのお姿でさえ、漂う風格までは隠せ
ておりませぬ!﹂
﹁そうか、分かってしまったか。お前達はなかなか見所があるよう
だな!﹂
だんだん気分がのってきたぞ! っと。
この調子で上手く村長を誘導して、誤魔化してしまおう。
同時に、禍々しいオーラ=妖気を消せないか試してみる。
体外の魔素を操る要領で、妖気を引っ込むように念じた。
﹁おお・・・。我々を試されていたのですね! 助かります。その
妖気に怯える者も多かったもので・・・。﹂
126
妖気を隠す事に成功した。
俺の見た目は、普通のスライムになっている。
しかしだ。
果たして、普通のスライムと同じ格好で歩いていたとしたら⋮
かえって魔物の襲撃を受けて鬱陶しかったのではないだろうか?
結果オーライという事でいいのではないか。
﹁そうだな。俺の妖気を見ても怯えずに話しかけて来るとは、見所
があるぞ!﹂
何の見所だよ⋮と、自分に突っ込みたいが、ぐっと我慢する。
気分は役者だ。
﹁はは! 有難うございます。⋮で、本当のお姿をお隠しの理由は
お尋ねしませぬ。ただ⋮
お願いがあるのです。何とかお聞き届けて貰えませぬでしょうか
?﹂
まあ、そんなとこだろう。
﹁内容によるな。言ってみろ。﹂
俺は尊大な態度を崩さずに、村長に尋ねた。
話の内容はこうだ。
東の地から、この地の覇権を狙って新参の魔物が押し寄せて来た。
この周辺には幾つかのゴブリンの集落があるらしい。
この集落はその内の一つなのだが、その新参の魔物との小競り合
いでゴブリンの戦士が多数戦死したのだそうだ。
127
で、その中に名持ち︵ネームド︶の戦士がいたのが問題だった。
その戦士はこの村の守護者のような存在だったのだが、その存在
を失った事で、この村の存在価値が激減した。
他のゴブリンの集落は、この村を見捨てたのだ。
新参の魔物がこの村を襲っている間に対策を立てる! それが、
他の集落の総意だった。
村長やゴブリンリーダーがいくら掛け合っても、冷たい対応をさ
れたらしい。
村長達は、悔しさを滲ませてそう語った。
﹁なるほど⋮、でこの村には何人住んでいる? その内、戦える者
は?﹂
﹁はい、この村は100匹くらい住んでます。戦えるのは、雌も合
わせて60匹くらいです。﹂
何とも頼りない。
しかし、数を大体でも把握出来るというのは、ゴブリンにしては
賢いのかもしれない。
﹁ふむ。相手、その新参の魔物の数と種族はわかるか?﹂
﹁はい。狼の魔物で、牙狼族です。本来、一匹に対し、我々10匹
で対応しても勝てるかどうか⋮、
それが、100匹ほど⋮⋮﹂
は? 何その無理ゲー⋮
俺は、村長の目を見つめた。
決して、冗談を言っている目ではない。真剣に見つめ返してきた。
若干の濁りはあるが、ゴブリンにしては真摯な眼差しとでも言う
べきか。
128
﹁その、ゴブリンの戦士達、勝てないと判っていただろうに少数で
向かったのか?﹂
﹁⋮いえ、この情報は、その戦士達が、命がけで入手したものです
⋮⋮﹂
そうか、悪い事を聞いた。
更に聞いたところ、ネームドゴブリンは村長の息子で、ゴブリン
リーダーの兄だったそうだ。
話を聞いて、どうするか考える。
村長は何も言わず、俺の決断を待っている。
俺の気のせいか、その目に涙が浮かんでいるような⋮気のせいだ
ろう。
魔物に涙は似合わない。
傲岸不遜に行こう。それが、恐れられる魔物の正しい姿! って
ものだ。
﹁村長、一つ確認したい。俺が、この村を助けるなら、その見返り
はなんだ?
お前達は、俺に何を差し出せる?﹂
別に、気まぐれで助けてやってもいい。
しかし、こいつら10匹で一匹相手に出来るかどうかという魔物
が100匹。
決して楽な相手ではない。
黒蛇に擬態すれば何とかなるとは思うのだが⋮
気安く請け負っていい話ではないのだ。
﹁我々の忠誠を捧げます! 我らに守護をお与え下さい。さすれば、
我らは貴方様に忠誠を誓いましょう!!!﹂
129
そんなモノ、正直貰っても嬉しくはない。
しかし、孤独な90日を経験した俺は、ゴブリンとの会話すら楽
しいと感じている。
人間であれば、その不潔感に嫌悪を抱いたかもしれない。
だが、今の俺は魔物なのだ。病気を恐れる事もない。
それに何より、村長の目。完全に俺を頼りにしている。
前世を思い出す。
何のかんの言って、俺は頼まれ事に弱かった。
愚痴を言いながら、後輩に文句を言われながら、依頼主や先輩の
頼みを聞き入れたものだ⋮。
﹁いいだろう! その願い、聞き届けよう!﹂
俺は大仰に頷いた。
こうして、俺はゴブリン達の主、守護者となったのだ。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
加護:暴風の紋章
称号:なし
130
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
131
09話 ゴブリンとの交渉︵後書き︶
口調が統一しないのは、主人公自身、どう接するか迷っている為で
す。
しかし、ここまでヒロインが登場していない。
というか、当分登場する予定もないんですけどね⋮
132
10話 ゴブリン村の戦い︵前書き︶
今回はちょっと頑張った。
133
10話 ゴブリン村の戦い
牙狼族。
東の平原の覇者。
東の帝国とジュラの森周辺諸国との貿易を行う商人の、悩みの種
であった。
一匹一匹がCランク相当の魔物であり、油断するとベテランの冒
険者でも一撃で食い殺される。
しかし、その脅威の本質は群れでの行動にあった。
有能なボスに率いられた時、牙狼族はその真価を発揮する。
群れでありながら、一匹の魔物であるかの如く、一糸乱れぬ行動
を可能とするのだ。
そして、その群れとしての評価は・・・Bランクにも相当する。
東の平原は、広大な穀倉地帯に隣接する。
その為、帝国の生命線を握る重要な場所であり、その警備は万全
である。
牙狼族がいかに狡猾で、優れた能力を有していたとしても、帝国
の防衛を突破する事は困難である。
仮に突破出来たとして、それは帝国を怒らせる要因となり、牙狼
族の未来はそこで途絶える事となるだろう。
その群れのボスは、その事をよく理解していた。
何十年にも渡る帝国との小競り合いで学習し、その事を深く実感
とともに学んだのだ。
小規模な商人に手を出す程度ならば、帝国は本腰を入れる事はな
い。
しかし、ひと度穀倉地帯へ侵入しようとした場合、帝国は牙を向
く。
134
かつて、何度も同胞が犯した過ちを行う愚は冒せない。
ボスはそう考える。
しかし、魔物の本能として、このままでは自分達の進化が途絶え
てしまう事も理解出来ていた。
牙狼族にとって、食事は本来必要としない。
人を襲って食べるのは、オヤツを食べる程度の認識である。
クラスの魔
なぜなら、人には魔素はあまり多く含まれていないのだから。
災厄
牙狼族にとって、食事とは魔素の吸収である。
より強い魔物を襲うか、多くの人間を殺し、
物へと進化するか。
災厄
クラスへの
このままでは、どちらの方法も行う事は困難であった。
牙狼族にとって、帝国は強大過ぎたのだ。
しかし、このまま商人を襲い続けたとして、
進化等、夢のまた夢である。
南には、肥沃な大地に森の恵、強大な魔力を持つ魔物達の楽園が
あると聞く。
しかし、そこへ到達する為には、ジュラの森を抜ける必要があっ
た。
森の魔物自体は、大した事がない。
何度か、森から出てきた魔物を狩った経験が、そう教えてくれる。
暴風竜ヴェルドラ
では何故、これまで森に侵入出来なかったのか。
その竜の存在が、理由の全てである。
封印されて尚、その禍々しい魔力の波動は、彼等の心を怯えさせ
た。
あの森の魔物は、ヴェルドラの加護を受けていると思い込んでい
る。
135
だからこそ、あの凶悪な波動の中で生活出来るのだ。
そう思い込んでいるので無ければ、狂っているだろう。
今までは苦々しく思いながらも、その存在のせいで侵入を諦めて
いたのだ。・・・そう、今までは!
ボスは、その鋭い血色の瞳を森へと向ける。
あの忌々しい、邪竜の気配はない。
今ならば、森の魔物を狩り尽くし、森の覇者となる事も不可能で
はない! ボスはそう思い、舌なめずりをした。
そして、進撃の合図である遠吠えを行う!
さて、守護者となったからには何かしたほうがいいだろうか。
自分的には、用心棒という認識なのだが、村長の扱いが大げさな
のだ。
ともかく、戦えるというゴブリンを集めて貰った。
・・・見るからに、皆ボロボロである。
戦力としては、期待出来そうもない。
しかし、残りのゴブリンが遠巻きにこちらを窺っているのだが、
子供や老人しか残っていない様子。
他のゴブリンからの増援はない。
この状況、村長からしたら発狂ものの怖さであったろう。
逃げても、食物すらない状況では飢えて死ぬだけなのだから・・・
。
そして、集められたゴブリン達は、信仰に近い眼差しで俺を見つ
136
めてくる。
これは重い。
プレッシャーなぞ感じる事もなく気楽に生きて来た俺にとって、
この視線はとてつもない重圧だった。
﹁皆、状況は分かっているか?﹂
ギャグを言う雰囲気でもなく、気の利いた言葉も浮かばなかった
ので、真面目に質問した。
﹁はい! 我々の生きるか死ぬかの戦いになる! と覚悟は出来て
おります!﹂
ゴブリンリーダーが即答した。
周囲に集められたゴブリン達も、気持ちは同じようである。
震えている者もいるのだが、それはしょうがないだろう。心と身
体は別なのだ。
﹁気負う事はない、気楽にな。気負ったところで、負ける時は負け
るのだ。最善を尽くす、その事だけを考えろ!﹂
ちょっと格好いい事を言ってみた。
俺の気持ちが楽になった。案外、効果あるのかもしれない。
それでは、始めるとするか・・・。
失敗したら、ゴブリンの命運は尽きるかもしれない。
それでも、俺は我が道を往く。
傲岸不遜に行く! と決めたのだから。
よし! 俺は、気合を入れるとゴブリンに最初の命令を下す。
この後、何度も行う事になる命令。
137
その最初の言葉が、この時発せられたのだ!
夜になった。
牙狼族のボスは、目を開く。
今宵は満月。戦いにはおあつらえ向きだ。
ゆっくりと身を起こすと、周囲を睥睨する。
同胞である牙狼達は、そんなボスの様子を息を潜めて窺っている。
いい緊張具合だ。
ボスはそう考える。
今夜、あのゴブリンの村を滅ぼし、このジュラの森への足がかり
を作ろう。
その後、ゆっくりと周囲の魔物達を狩り、この森の支配者となる
のだ。
ゆくゆくは、更なる力を求めて南への侵攻も視野に入れている。
自分達には、それを可能とする力がある。
自分達の爪はいかなる魔物であれ引き裂くし、その牙は、いかな
る装甲をも喰い破るのだから。
ウォーーーーーーーーーーーン!!!
ボスは咆哮した!
蹂躙を開始する時間だった。
しかし、気になる事がある。
138
数日前、斥候に出した同胞が気になる情報を持ち帰っていた。
異様な妖気を漂わせた、小さな魔物がいたというのだ。
その魔物の妖気は、ボスである自分を上回っていた・・・と。
そんなハズはない。 ボスは相手にしなかった。
この森には、そんな脅威など感じ取れない。出会う魔物は皆弱か
った。
森の中程である現在地まで、抵抗らしき抵抗は受けていない。
一度、ゴブリン十数匹に何体か同胞が殺されたが、それだけであ
る。
高ぶって、勘違いしたのだろう。
そう考え、ボスは視線を前方へと向けた。
前方に、村が見えてきた。
斥候の報告通りの場所にある。
傷付いたゴブリンの後を付けさせ、場所を特定した。この村の戦
力は、今は大した事がない。
ボスは狡猾だった。油断はしない。
しかし、見慣れぬモノが、村を覆っていた。
人間の村にあるような・・・それは、柵だった。
村の家々が取り壊され、村を覆う柵が作られている。
そして、前方に開口部。そこに一匹のスライムがいた。
小賢しい。
ボスはそう嗤う。
一ヶ所だけ隙間を造り、大勢で攻め込まれるのを防ぐつもりか!
と。
所詮はゴミのような魔物の浅知恵。
あの様な柵など、我らの爪や牙の前には何の役にも立たぬという
のに!
我らの力を見せつけてやろう! そう思い、命令を下す。
十数匹の牙狼が、自らの手足の如く柵へと攻撃を開始した。
139
牙狼族は、群れで一体の魔物となる。
思念伝達
による連帯行動。言葉で出すよりも素早く、
その真価を発揮した、一糸乱れぬ攻撃であった。
それは
連携が可能なのである。
最初の一撃で柵は壊されるハズだった。
ゴブリン達が自らの企みを砕かれて狼狽える様を想像していたボ
スは、咄嗟に驚きの声を上げた。
柵に攻撃を仕掛けた部隊が跳ね返されたのだ! 中には、血飛沫
を上げて地面に転がる者もいた。
どういう事だ?
ボスは慌てず、様子を伺う。
開口部のスライムは動いていない。
奴が、何かしたのではないのか?
その時、配下の一匹が傍に寄り、
︵あの者です! オヤジ殿より強大な妖気を発していたのは!︶
と告げた。
馬鹿な! そう思い、スライムを見る。
平原にたまに生まれる事もある、小さな魔物。
魔物と呼ぶのもおこがましい、卑小な存在である。
それが自分をも超える妖気を持つなど・・・有り得ぬ!
その時、 ﹁よーし! そこで止まれ。このまま引き返すなら何もしない。さ
っさと立ち去れ!!!﹂
と、スライムが語りかけてきた。
牙狼族のボスは、狡猾で老獪な魔物であった。
140
長年生き抜いた経験を元に、油断する事なく作戦を立てる。
そして、冷静に実行する胆力を持っていた。
その長年の経験が、その魔物の情報を、自分よりも強者かも知れ
ないという可能性を否定する。
ボスは、この時初めて、致命的な間違いを犯したのだ。
そしてその間違いが、自らの運命を決定づけた。
ウゥル!!! ガルゥウウウウゥ!!!
︵小賢しい!!! 捻り潰してやる!!!︶
開戦である。
ああびっくりした。
いきなり飛び掛って来るとは思わなかった。
話し合いから入る予定だったのに、考えていたセリフが全部すっ
飛んでしまった。
本番前の練習は無駄になってしまったようだ。
作業の合間を縫って、練習したというのに⋮。
俺が最初にした命令は、負傷者の元へ案内させる事だった。
60匹に十数匹の生き残りを加えたところで、作業効率はそんな
に変わらない。
しかし、せっかく慕ってくれるというのなら、出来る事はしてや
ろうと思った。
不潔そうな大き目の建物に、一纏めにされて横たえられていた。
141
その負傷者を見て思う。
薬草らしきもので一応の治療はしているようだったが⋮、このま
ま放置していると死ぬだろう。
思ったよりも傷は深い。爪や牙で引き裂かれたのか、大きく裂け
て膿んでいた。
こうなれば大奮発だ。
俺は、手前の一匹を捕食した。そして、体内で回復薬をぶっ掛け
てから吐き出す。
村長が何か言いかけていたが無視し、片っ端から負傷者を飲み込
み、吐き出していった。
何匹かの治療を終えて振り向いて見ると⋮
何故か、ゴブリン達が平伏してこちらを覗っていた。
何やってるんだ、こいつら?
どうやら、こいつらは俺が蘇生の力で回復させたのだと勘違いし
てしまったらしい。
面倒だったので、ペッと回復薬を数個吐き出し、残りの負傷者の
傷を癒させた。
これは、回復に時間がかかりそうだった。
出来るだけの治療を終えるとゴブリンに、新たな指令を下す。
次に行ったのが、柵の設置である。
木を切ってきて作るのがいいのだろうけど、そんな時間も余裕も
ない。
あるもので作るしかないのだ。
躊躇わず、家を壊させ、その素材を流用し柵を設置していく。
この際、村の外周を全て覆うように円を描いて設置させた。
その作業の合間に、ゴブリンの中でも目端の利く弓を装備した者
を斥候に出した。
相手が狼なら、鼻が効く。無理をしないように言い含めて彼らを
送り出した。
142
決死の目をしているのが気になるところだが⋮この命に代えても
! と言い出しそうな雰囲気を出していた。
大げさな奴らである。
俺が村に訪れた翌日の夕方、柵が出来上がった。
俺は仕上げを行う。
そう、蜘蛛の糸で柵の固定を行い、強度を増したのだ。
ついでに、所々に﹃鋼糸﹄によるトラップを仕掛けるのも忘れな
い。
何も知らずに柵に触れると、スパッ! とその身を切り刻まれる
事になる。
この戦いが終わったら、回収を忘れずに行わなければならないだ
ろう。
柵は正面に開口部を設けた。
ここに、﹃粘糸﹄を張り巡らしたら準備完了である。
斥候が帰ってくるのを待つ。
その頃には、負傷していたゴブリンが回復し、目覚め始めた。
我が身を触り、不思議そうに具合を確かめている。
どうやら、回復薬の効き目はかなりのものであったようだ。
負傷具合から何度も回復薬の投与が必要だと思ったのだが⋮。
思った以上に効き目が高い。嬉しい誤算であった。
俺たちは、村であった場所の中心に廃材の残りを集め、火を付け
た。
キャンプファイヤーのようだが、浮かれていていい場面ではない。
夜通し警戒に当たる必要がある。
俺に睡眠は不要だから、俺が見張ると言ったのだが、
﹁とんでもない!!! リムル様にそのような事をさせる訳にはま
いりませぬ。﹂
143
﹁その通りです! 我々で見張りは行います。リムル様はお休みく
ださい!﹂
そうです! その通り!!! 的な周囲の反応。
気持ちは嬉しいが、こいつらのほうがよっぽど疲れてるだろうに
⋮。
仕方がないので、ローテーションを組んで見張り番以外を休ませ
た。
真夜中になる手前頃、斥候が帰って来た。
牙狼族が移動を開始した、との事。
傷を負っていたが、全員生きて帰って来た。
不細工で小汚いモンスター。
そう思っていたが、この二日で情が沸いた。
願わくば、誰一人欠ける事なく戦いを終わらせたいものだ。
そう思いながら、仕上げの﹃粘糸﹄を、開口部に設置した。
牙狼族の攻撃により、戦端が開かれた。
柵の強度に不安はあったが、牙狼の攻撃程度では壊される事は無
かった。
上手くトラップも効果を発揮している様子である。
一安心だ。
一応、
﹁よーし! そこで止まれ。このまま引き返すなら何もしない。さ
っさと立ち去れ!!!﹂
と、声をかけてみた。
144
あっさりと無視される。
牙狼が一斉に動き出し、四方八方から柵へと攻撃を始めたのだ。
仕方ない。計画通り進めばいいが。
こうなる事を予想し、柵には小さな隙間が設置してある。
矢狭間だ。
その隙間から、下手糞ながらもゴブリン達が弓を射る。
何匹かの牙狼が矢を受けて、悲鳴を上げた。
矢狭間をこじ開けようと仕掛けた部隊もいたが、
ザス!
っとばかりに、両脇に控えた石斧装備のゴブリンに首を刎ねられ
る。
二時間も練習する時間は無かったのだが、彼らは必死だった。
必死に俺の言う事を理解し、実行しようとした。
その結果が今報われている。
確かに牙狼は強い。単体でもゴブリンを数匹は相手に出来るだろ
う。
群れとなれば、その戦闘力は大幅に上昇するのかもしれない。
しかし、だ。単体で強いなら、複数で当たればいい。
群れると強いなら、群れさせなければいい。
要は、頭の使いようでどうとでもなる。
この世で最強の生物。それは、知恵ある人間なのだから!
ついてなかったな⋮俺はそう思い、牙狼のボスを冷たい視線で眺
めた。
ケモノ風情が、この俺に勝てるなど⋮思い上がりも甚だしい。
牙狼族のボスは、自分の思い描いた展開との余りの違いに狼狽し
145
た。
配下の牙狼達が戸惑い始めている。
このままでは不味い。
牙狼族は、集団でこそその真価を発揮する種族。
ボスへの不信は、致命的な結果を招く要因になる。
ボスはその事を十分に理解していた。故に、ここで最大の過ちを
犯した。
あの程度の柵すら壊せぬ不甲斐なさに腹は立つが、仲間の腹立ち
が自分へと向かうのを恐れて⋮
ボスは、自分の力を誇示する必要がある! と考える。
自分は群れで最強の存在であり、単体でも十分に強いのだ! と。
その瞬間に、全ては決着したのだ。
牙狼族のボスの動きから目を離してはいない。
それでも、周りのゴブリンにはボスが消えた! と映っただろう。
俺にとっては、ゆっくりとしたスローモーションのような動きだ
ったが。
全ては計画通り。
幾つかのパターンを考えてはいたが、その内の一つのシナリオ通
りに進んだ。
所詮ケモノ。人間様の敵ではない。
開口部に設置した﹃粘糸﹄にボスが捕らえられる。
牙狼族のボスの力であれば、﹃粘糸﹄を断ち切る事も可能である
かもしれない。
俺にその事を確かめる術はないが、それはもうどうでもいい。
水刃
を放って、避けられでもしたら格好悪い。
﹃粘糸﹄の目的は、一瞬だけでもボスの動きを止める事なのだか
ら。
動きを止めずに
146
まして、それが味方に当たるなど最悪である。戦場の状況次第で
はそうなっても可笑しくない。
そういう理由での仕掛けだったが、考えすぎだったようだ。
こいつらは、柵を壊す段階にすら到らなかった。
開口部に﹃鋼糸﹄を仕掛けるのも考えたのだが、止めを刺せなか
った場合等考慮して、今回は見送った。
この場面では、俺は圧倒的な強者を演じる必要がある。
水刃
でボスの首を刎ねた。
その為の仕掛けだったのだから。
俺は躊躇う事なく、
あっさりと、牙狼族のボスは死んだ。 ﹁聞け、牙狼族よ! お前らのボスは死んだ!!! お前らに選択
させてやる。服従か、死か!﹂
さて、こいつらはどう応えるか?
ボスの弔いとばかりに、死ぬもの狂いで向かってこられるのは勘
弁して欲しいのだけど⋮。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
加護:暴風の紋章
称号:なし
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
147
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
148
10話 ゴブリン村の戦い︵後書き︶
何とか決着まで纏める事が出来ました。
不自然で無ければ良いのですが。
149
11話 進化する魔物達︵前書き︶
明日は仕事でずっと外にいて、サボって書く余裕がない⋮。
150
11話 進化する魔物達
牙狼達は動く気配がない。
ヤバイな⋮。
服従するくらいなら死を! 的なノリで一斉に向かって来るつも
りだろうか?
そうなったら全面戦争だ。
数の上では負けているし、こちらも無傷では勝てないだろう。
せっかく今のところ負傷者がいないのに⋮負ける事はないだろう
けど、出来れば争いたくない。
さっきまで争いの騒音が、嘘のような静けさだ。
牙狼達の視線が俺に集中している。
俺は、その視線の中をゆっくりと歩き出した。
これがどう判断されるか判らないが、こいつらにボスの死をより
強く認識させる為に。
︾
牙狼族のボスの死体の前に辿り着く。俺を妨害しようとする者は
いない。
ボスの傍に控えていた個体が、一歩、後ずさった。
俺は、牙狼族のボスを﹃捕食﹄した。
この行為は、戦って勝ち得た正当な権利なのだから。
︽解析が終了しました。
擬態:牙狼を獲得しました。
固有スキル﹃超嗅覚,思念伝達,威圧﹄を獲得しました
俺の心に、﹃大賢者﹄の言葉が響く。
ふむ。
151
目の前で、自分達のボスを喰われる所を見せつけたのだが、それ
でも動きはない。
うーむ。
ここまでされると、ビビって逃げ出すか、恐怖で向かってくるか
の二択だと思ったのだが・・・
あ! 服従か、死かって言ったっけ。
しまった。調子に乗って、無茶振りしてしまったのか。
仕方ない。逃げ道を用意してやろう。
そう思い、俺は牙狼に擬態した。
そして、
グルッ、ウォーーーーーーーーーーーン!!!
と大音声で咆哮﹃威圧﹄した。
﹁クククッ! 聞け。今回だけは見逃してやろう。我に従えぬと言
うならば、この場より立ち去れ!!!﹂
と、続けて牙狼達に宣言する。
これで、この犬っころどもも逃げ出すだろう。
そう思ったのだが・・・、
︵我等一同、貴方様に従います!!!︶
と、一斉に平伏された。
犬が寝そべったようにしか見えないけれど、ね。
思念伝達
で会議でもしてたのだろうか?
どうやら、俺に従う事を選択したようだ。
動かなかったのは、
まあ、争う必要が無くなったのはいい事だ。
こうして、ゴブリン村の戦いは終結した。
152
なんてな。
大変なのは、戦いよりもその後の後始末なのだ。
誰だよ、家壊せとか命令したの・・・
どうする気だ? さて、ゴブリン達の寝床、どうしよう?
で、犬共の面倒も誰がみるんだよ・・・
何匹か死んだようだが、まだ80匹は生き残っている。
これは・・・、ともかく今日は終了! 考えるのは明日、こいつ
らが起きてからにしよう。
俺は取り敢えず、ゴブリンには焚き火の傍で就寝を、犬共には村
の周辺で待機を命令し、その場は解散としたのだ。
明けて翌朝。
昨日一晩考えた。そして思いついたのが、
ゴブリンに牙狼の面倒を見させる作戦! である。
戦えるゴブリンの総数は、74匹だった。昨日の戦いでは負傷者
はいない。
皆無事で、せいぜいがカスリ傷程度である。
牙狼族の生き残りは81匹。
こちらは負傷した個体もいたのだが、回復薬ですぐに治癒した。
ほっといても大丈夫だっただろう。それほど牙狼族の治癒力は、
高いようだ。
起きてきたゴブリン達を整列させる。
戦えない者達は、周囲で眺めていた。何しろ、家もなにもない更
地だ。目立つのは仕方ない。
村長は俺の隣に控えていた。
何かと俺の面倒を見ようとしてくれるのだが・・・ゴブリンの爺
さんに世話されても嬉しくはなかった。
153
俺の美的感覚は、生前のままである。
いくら魔物に転生しちゃったとしても、その点だけは譲れない。
しかし、魔物の村に可愛い者などいないのだ。そこは当分諦めざ
るを得ない・・・。
整列したゴブリンの横に、牙狼族を呼び寄せる。
さてと⋮
﹁えーと、君達。これから君達には、ペアとなって一緒に過ごして
貰う事になります!﹂
反応を覗う。
俺の言葉を待つという意思を見せ、物音一つさせまいという感じ
にこちらを見つめて来る。
ペアとなる事に、嫌そうなそぶりを見せる者はいない。
どうやら大丈夫そうだ。
﹁意味は判るか? 取り合えず、二人一組になってくれ!﹂
俺がそう言った途端、
ゴブリンと牙狼達が隣に座る者同士、視線を交わしあった。
そして、
﹁グガ!﹂︵宜しくな!︶
﹁ガゥ!﹂︵おう、こちらこそ!︶
昨日の敵は今日の友
若干違うかもしれないが、概ねそうい
という感じに二人一組になっていく。
う事で納得したのだろう。
そこで、俺はあることに思い至った。
こいつらに名前はないのか?? と。
154
呼びかけるのに不便でしょうがない。
ゴブリンと牙狼達が二人一組になっていくのを尻目に、
﹁村長、お前らを呼ぶのに不便だ。名前を付けようと思うが、いい
か?﹂
俺がそう言った途端、ザワリ! と周囲の視線が俺に集中した。
周りで見物していた、非戦闘員のゴブリン達も一斉に。
﹁よ、宜しいの⋮ですか?﹂
おそるおそる、といった感じで村長が問いかけてくる。
なんだ? 何を興奮してるんだ?
﹁お、おう。問題ないなら、名前をつけようと思う。﹂
俺がそう言い終わった途端、固唾を呑んだようにこちらを覗って
いたゴブリン達から歓声が上がった。
一体どうしたというんだろう?
何やら、大 興 奮 !!! と言った様子なんだが⋮。
名前貰うのがそんなに嬉しいなら、自分らでつければいいのに⋮
という名前だったら
=リグルドと名をつけた。
リグル
俺はその時、そう気楽に考えていた。
まず最初に、村長からだ。
リグル・ド
息子に付けられた名前を尋ねた。
しい。
村長に
・ド
を付けろ! と冗
名前に意味はなく、語呂がいいからというだけの適当さで。
息子がいたらリグルを名乗り、自分に
談で言ったら、大真面目に本気にされた。
155
さらに、
﹁息子にこの名前を継がせる許可までいただき、感涙に耐えませぬ
!!!﹂
などと、大げさに喜ぶ始末。
リグル
である。
そんな適当につけただけなので、若干罪悪感がしたが⋮。
まあいいや! と流す事にした。
という訳で、ゴブリンリーダーの名前は
二世とか付けても面倒なだけだし、リグルでいいや。
何やら、俺に祈りを捧げるような体勢で感激している。
本当に大げさな⋮よく似た親子だ。
そんな感じでゴブリンに名前を付けていった。
ついでなので、見物していた者も親子なら名前を確定させていく。
独り身や、孤児にも名前を与えた。
。
で村長は
リグル・ドド
リグル
リグル・ドドド
こいつらは、この先何年もこの名前を引き継いでいくのだろうか⋮
孫が生まれたら、村長は
ひ孫が生まれたら、ひ孫が
本気か? と言われそうな適当さなのだが⋮まあいいや。
こうして俺は、名前を付けていく。
その俺に、
﹁リムル様⋮大変有難いのですが⋮⋮、その、宜しいのですか?﹂
と、若干慌て気味に村長改め、リグルドが尋ねてきた。
﹁何がだ?﹂
﹁いえ、リムル様の魔力が強大なのは存知て居りますが⋮その、そ
のように一度に名を与えられるなど⋮大丈夫なのですか?﹂
156
何を言っているんだ? 名前を付ける程度に何を⋮?
﹁む? まあ、問題ないだろ。﹂
そう言って、名前付けを再開した。
それならば⋮などと、リグルドは何か言いたげであったけど、俺
の意識には残らない。
そして、ゴブリンの名前を付け終わり、牙狼族の番となった。
牙狼の新たなリーダーは、前ボスの息子であった。
親父に似て逞しい体つきに、すでに風格も併せ持っている。
ランガ
これでいこう!
その血色の瞳を見ながら、名前を考える。
そうだ! 嵐の牙で
またしても、安直に名前を決めた。
自分のファミリーネームが嵐だから、その牙として嵐牙。
まあ、名前付けなんて適当でいいのさ。俺にその辺りのセンスは
ない!
その瞬間!
俺の体内から、魔素がゴッソリ抜き取られる感覚がした。
猛烈な虚脱感が、俺を襲う!
何⋮だ、これ?
この身体に生まれ変わってから、感じた事もない疲労感。
︾
︽告。体内の魔素残量が一定値を割り込みました! 低位活動状態
へと移行します。
尚、完全回復の予想時刻は、三日後です
意識はある。
157
俺に睡眠は、必要ないのだから。
﹃大賢者﹄の声も聞こえている。ゆっくりと、理解が俺の心に到
達した。
魔素の使いすぎ⋮だと? MPを使い切ったみたいなものか。
しかし、一体何をしたから魔素を消費したんだろう? 今までの
使用が一気にきたとか?
というか、そういう感じでも無かったのだが。
身体を動かそうとしても動かせない。
低位活動状態とは、冬眠みたいな感じになるようだ。寝てる訳で
はないのだが⋮。
リグルドが大慌てで、俺の身体を介抱している。
最も、出来る事など無く、焚き火の傍に設けられた上座に座らさ
れているだけだが⋮
意識はあるものの、出来る事はない。
俺は、今の現象について考察する。
名前を付けていたら、魔素切れを起こした?
⋮名前付けるのに、魔素を消費したとか?
そういえば⋮牙狼リーダーに名前付けた瞬間に、大きく魔素が抜
け落ちたような⋮
仮定だが、魔物に名前を付けるのには、魔素を消費するのではな
いだろうか?
その結論を出すのに二日かかった。
そう考えると、リグルドが心配していた理由に思い至る。
ちょっと待てよ⋮もしかして、魔物には常識だった、とか?
言えよ!!! と思わなくもなかったが、聞き流していたのは自
分だ。
ここで文句を言ったら八つ当たりだ。
しかし、身体が自由に動いたら文句言っていただろう。
八つ当たり? そんなの知らん。
158
しかし、最初、俺の動きが止まった事を心配していたゴブリン達
だが⋮
いつの間にか、俺の身体を拭く係りを巡って、熾烈な争いを行う
ようになっていた。
何やっているのやら⋮冗談ではなく、こんなハーレムは勘弁して
もらいたい。
⋮どこぞの、撫でるとご利益のある置物のような扱いであった。
そして、三日が経過した。
完 全 回 復 !
魔素の枯渇を起こしたのだが、倒れる前よりも魔力と魔素の総量
が上がった気がする。
魔力とは、操作する力。
魔素とは、使用するエネルギー量。
そういう認識で、大体合ってると思う。
死に掛けると強くなる! みたいな感じなのだろうか?
一瞬、試して見るか? と思ったが、止めておこう。
そこまでする必要を感じないし、死に掛けるつもりで死んでしま
ったらしゃれにならん。
何しろ、俺はすぐに一線を越えてしまう男なのだ。
油断したら負け! である。
さて⋮、
俺が起き出した事に気付き、作業していたゴブリン達が集まって
来た。
外に出ていた牙狼達も中に入ってくる。
それはいいのだ⋮だが、これは一体⋮。
﹁お前ら⋮なんか、でかくなってない?﹂
159
そう。
体長150cm程度だったゴブリン。なのに、今は180cmは
ありそうだ。
俺の目の前に控えたヤツなど、2m超えていそうである。
え? ゴブリン⋮だよね?
牙狼達も、焦げ茶色だった体毛が漆黒に変色しており、艶やかな
艶と光沢を放っている。
更に、体長が3m近くになっていた。確か、2m程度しかなかっ
たハズ⋮。
先頭に音もなく歩いてきた個体は、異様な妖気と風格を漂わせ、
その体長は5mに届きそうな程。
ちょっと怖い。
その上、
﹁我が主よ! 御快復、心よりお慶び仕ります!!!﹂
ランガ
なのか!?
等と、流暢な人語で語りかけてきた。
⋮まさか、こいつ
この三日間で、一体何が⋮
俺の戸惑いを他所に、魔物達は喜びの雄たけびを上げ始めていた!
160
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
牙狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
161
12話 生活環境を整えよう︵前書き︶
なんとか間に合いました!
162
12話 生活環境を整えよう
うーむ⋮。
この三日間で魔物達は大きく育ってしまった。
驚きである。
これはそう・・・、進化と言える。
名前を付ける、それは魔物の進化を促す行為なのか?
名無し
や
ネームドモンスター
ネームドモンスター
そういえば、ヴェルドラが名前をやる云々言っていたが・・・
確か、
そうか! 魔物にとっては、名前を得る=
という意味。
それは、魔物としての格を上げる事となり、結果、進化したのか!
なるほど・・・、それで大喜びしてたのか。
俺の魔素がゴッソリ吸い取られた理由も、これでハッキリした訳
だ。
魔物の進化は凄まじい。
育ったというより、最早、別の魔物と言っていいほどだ。
ゴブリンの濁っていた目はキラキラと輝き、知性の光を放ってい
るし、雌ゴブリンに至っては・・・
なんと! それなりに女性っぽくなっていた。
驚き過ぎて声も出ない。
え? ・・・え???
と、二度見した程である。
ホブ・ゴブリン
に。
猿に近い、子鬼のような魔物だったのに。
雄のゴブリンは、
ゴブリナ
に。
雌のゴブリンは、
163
世界の言葉
それぞれ進化していた。
リグルドに聞いた所、
が聞こえたそうだ。
これは進化した者全てが聞いたらしく、とても珍しい事なのだ!
と、興奮して語ってくれた。
しかし、非常に不味い。
ボロ布で全身を被えていた雌ゴブリン達だったが、進化のせいか、
出る所が出て色っぽいのだ。
もはや雌ゴブ! と馬鹿に出来ない。
雄はそれを見て、非常に嬉しそうである。
自分達は腰布しか巻いていないというのに・・・。
ランガ
だ。
まずは衣食住、衣から何とかしないと。
それとは別の問題として、
俺が回復したのが余程嬉しかったのか、まとわりついて離れない。
モフモフ好きには堪らないかもしれないが、俺はどちらかといえ
ば、猫派だ。
まあ、嫌いじゃないけど。
﹁で、ランガ、俺はお前の名前しかつけてないハズだが、なんで牙
狼達全員進化してるんだ?﹂
全にして個
なのです。故に、我
そう、俺はランガの名前を付けた時点で魔素切れを起こしたのだ
が・・・
﹁我が主よ! 我等、牙狼族は
が名は種族名となったのです!﹂
ふむふむ。
164
全にして個
である事を信じきれてい
共通の名として、種族全体が進化したのか。
彼によると、前のボスは
なかった、との事。
もし信じていれば、あの戦いはもう少し別の形になっていたかも
しれない。
それに対し、ランガは同胞への完全支配を成し遂げたそうだ。
それにより、牙狼族から嵐牙狼族へと、種族進化を成功させたと
の事だった。
まあ、要するに強くなった! と言いたいのだろう。
とても褒めて欲しそうにしているので、
﹁良かったな!﹂
と声をかけると、千切れんばかりに尻尾を振っていた。
5mの化物のようなデカさの狼に尻尾を振られると、風圧で飛ば
されそうになった。
睨むと、しょんぼりしていたのが笑えた。
しかし問題は、こいつらを何処で飼うかという事だ。
ペアになった狼とホブゴブは、一緒に寝泊りしているようだが・・
・
というか、家もなにも無くなったので、狼の温もりで布団替わり
にしているようだ。
着るものも問題だが、家も問題だ。
さて、どうしたものか。
目の前に、山のように積まれた食物があった。
衣食住、食の事情を確認した俺の質問に対する、答えである。
165
俺が魔素を使い果たすと同時に、皆も進化が開始したらしい。
進化は一日で完了し、その喜びも戦の後の宴も、一緒に行う事に
した! と。
しかし、俺の回復がまだだったので許可を貰えず、先に食物だけ
集めていたそうだ。
魔素切れを起こしている最中、俺の身体を拭くのを奪い合ってる
のには気付いたが、進化や食材集めをしているのは認識出来なかっ
た。
低位活動状態とは、非常に無防備になるようだ。今後は注意が必
要だろう。
だが、俺の命令を待たず出来る事をしようという意思、これは評
価出来る。
進化した事により、知性が大幅に上昇しているようだ。
肉体よりも精神のほうが、より大きな影響を受けているのかもし
れない。
進化する前のゴブリンだった時、木の実や食草を集めたり食べら
れる魔物や動物を狩りしたりして、暮らしていたようだ。
思念伝達
が出来るよう
現在、嵐牙狼族と行動を行うようになったおかげで、行動範囲が
格段に上昇した。
驚きな事に、ペアとなった者同士でも
になったらしい。
騎馬よりも優秀な、狼を駆るゴブリン達。
もはや、単純な戦闘力は足し算では語れないかもしれない。
今までは勝てなかった魔物でも、簡単に狩る事が出来るようにな
った模様。
この二日で、これまでにない程の食材を集める事が出来たそうだ。
しかし、だ。
森の恵に頼るだけの生活は、何かあった時に困る。
いずれは、農耕や稲作なんぞを仕込む事にしよう。
166
食の安定供給は基本だしな。
農耕に適した作物や、稲なんて品種があるのか調べる事から始め
なければならないけれども⋮
それは今後の課題だ!
今日は何も考えずに、宴を楽しむ事にしよう!
その日、進化を祝い、戦の終わりを祝い、俺の回復を祝い、宴は
夜遅くまで続いたのだった!
明くる日。
全ての者を集めさせた。
今後の課題は山積しているが、最も重要な事柄を伝える必要があ
る。
それは、この村で生活するルール!
こういう事は、最初に決めておく必要がある。
ルールとは、守らせるものであり、守るものではない!
集団生活にはルールは必須。日本人なら当然の感覚である。
などと戯けた事を言う大人もいたが︵主に俺とか︶、そんな事で
は駄目なのだ!
基本の三つだけ考えた。
この三つは、最低でも守らせたい。
その他の細かいルールは、丸投げする予定だ。
﹁集まったかな? では、ルールを発表する! ルールは三つ。最
低この三つは守って欲しい。﹂
167
そう声をかけ、三つのルールを発表した。
1.人間を襲わない。
2.仲間内で争わない。
3.他種族を見下さない。
の三つである。
色々考えすぎると、もっと増えていくが、最初から守れるとも思
えない。
俺にとって、大事と思える事を挙げてみた。
さて、反応はどうだろうか?
﹁宜しいでしょうか! 何故、人間を襲ってはならないのでしょう
か?﹂
リグルが質問して来た。
リグルドが、鬼の形相で息子を睨みつける。俺の意思に反する行
動に映ったのか?
もっと気軽に接してくれてもいいのだが。
﹁簡単な理由だ。俺が人間が好きだから! 以上。﹂
﹁なるほど! 理解しました!﹂
え? 理解・・・しちゃったの?
いやいや、そんな簡単に?
だが、皆の顔を見回しても、不満を持つ者がいない感じ。
もっと反論が来るかと思ったのに、肩透かしもいいところだ。
﹁ええとな、人間は集団で生活してる。手を出すと、大きな反動が
来る場合もある。
168
本気で向かってこられると、太刀打ち出来ないだろう。
そういう訳で、此方からは手出し禁止!
それに、仲良くする方が得だしな⋮。﹂
仕方ないので、用意しておいた建前の言い訳を述べておいた。
言うまでもなく、人間が好き! というのが本音だ。何せ、元人
間だし!
この俺の説明に、ランガは深く頷いている。
何やら思う所があった様子。
彼としても、人間に手を出すのは不味い理由があるのだろう。
ホブゴブ達はより深く納得した! という表情だった。
﹁他に何かあるか?﹂
﹁他種族を見下さない・・・というのは?﹂
﹁いや、お前ら進化して強くなっただろ? 調子に乗って、弱い種
族に偉そうにするなよ! って意味だよ。
ちょっと強くなったからと言って、偉くなったと勘違いするな!
いつか相手が強くなって、仕返しされてもつまらないだろ?﹂
皆熱心に聞き入ってくれた。
大丈夫そうだ。
所詮忠告したとしても、言う事を聞かない者も出るだろうけど。
それでもトラブルの原因は、なるべく少なくなる方がいい。
﹁そんな所だ。なるべく守るようにしてくれ!﹂
そう言って、俺はこの村での新しいルールを決めたのである。
しかし、このルールが、後に一つの悲劇を生み出す事になるのだ。
当然、この時の俺に気付く術はない。
169
所詮、神ならざる者に全てを見通す力など、無いのだから⋮。
皆頷き、了承の意を示した。
こうして、新たな共同生活の幕が開けたのだ。
さて、ルールの策定の後は役割分担である。
村の周囲の警戒を行う者。
食料を調達に行くチーム。
村での生産用の素材を集めに行くチーム。
思念伝達
の可能な嵐牙狼族の余りの者に行わせ
家や、道具類等を整備する者達。
村の警戒は、
る。
ペアの残りは7匹だったが、ランガが俺にべったりなので残り6
匹で警戒を行わせる。
ゴブリン・ロード︵君主︶
に任命する!
細かい割り振りは、元村長であるリグルドに任せる事にした。
﹁リグルド! 君を、
村を上手く治めるように!﹂
ぶっちゃけ、丸投げである。
それこそ、思いっきり全力で放り投げた感じだ。
だが、考えて見て欲しい。
生前の俺の仕事は、ゼネコン勤務だった。統治とか、無理なのだ。
なにより、この村に縛られて人間の町に行く事が出来なくなって
も困る訳である。
ここは多少強引にも、上手く引き受けさせねばならない。
そう思っていたのだが、
170
﹁はは!!! このリグルド、この身命を賭して、その任、引き受
けさせて戴きます!!!﹂
感涙に咽びながら、あっさり引き受けてくれた。
君臨すれども、統治せず
うん。俺は基本、口だけ番長でいいや。
とてもいい言葉だと思う。たまに口だけだそう。
しっかし、このリグルド。よぼよぼでしわくちゃの死にかけたゴ
ブリンだったのだが⋮
今では筋骨隆々の逞しい、壮年のホブゴブリンである。
下手したら、息子のリグルより強いのではなかろうか?
一体全体どういうことやら⋮まさに、魔物は摩訶不思議といった
ところか。
﹁うむ。任せた! で、家を建てる様子を見ていたが、下手だな。﹂
ぶっちゃけ、家と呼べた代物ではなかった。
﹁お恥ずかしい話です⋮。今までは、そこまで大きな建物など必要
で無かったもので⋮﹂
﹁ふむ。まあ、大きくなったしな。あとは、衣服関係だが⋮ちょっ
と露出が酷すぎる。調達出来ないのか?﹂
﹁あ! 今まで何度か取引をした事のある者達が居ります。その者
達からならば、衣服の調達なども行えるやもしれませぬ!
それに、器用な者達なので、家の作り方も存じておるやもしれま
せぬ!﹂
ふむ。
俺も、ゼネコン勤務だったので、良し悪しは判るのだが、自分に
171
出来る事は日曜大工レベル。
指導する程、技術を持っている訳ではない。そこへ来て、指導で
きるかも知れない取引相手⋮
行ってみるのが良さそうだ。
﹁なるほど。行ってみるのもいいかも知れないな。で、何で取引し
ていたのだ? 金か?﹂
﹁いえ、冒険者の身包みを剥いだ金銭等も多少はありますが、放置
してあります。
金よりも、物々交換や雑用で物資を工面して貰っておりました。
我らの道具は、その者達に用意して貰ったものなのです。﹂
﹁ほう。で、何ていう者達だ?﹂
﹁ドワーフ族です!﹂
ドワーフ!
鍛治の達人というイメージの、あの有名な種族か!
行くしかない!
そもそも、服に気を取られていて後回しにしていたが、こいつら
の武具も大概ひどい。
鎧なんて、ボロ布と大差無しだったが、今はサイズが合わないの
か誰も付けていない。
そこらの改善も出来そうだ!
だが⋮冒険者からの略奪品で使えそうなのは残っていないという
し、お金も少ししかなさそうだ。
何で取引したらいいだろう⋮。今考えても仕方ないか。
﹁行ってみる。リグルド、準備は任せても良いか?﹂
﹁!!! お任せ下さい! 今日の昼には、全ての用意を整えまし
ょう!!!﹂
172
おお張り切りのリグルド。
ここは任せよう。金もあるだけ用意してくれるだろう。
この世界の通貨か⋮紙幣だったら大笑いだな。
考えてみれば、俺自身、何も身に付けていないのだ。
人間の町に行くなら、金銭価値も調べないといけないな。
まあ、それもドワーフに会ってみてからだ。
この所、バタバタしていたし、見物がてらのんびりドワーフに会
いに行くとするか。
いつかは人間の町に行く事になる。
亜人種ではあるが、ドワーフの住む所は結構な大きさの街である
らしい。
何でも王様もいるらしいのだが、流石にゴブリンでは会う事も出
来なかったそうだ。
もっとも、街に入れただけでも大したものだ。
ゴブリンに対する差別とか、大丈夫だろうか?
俺、一応魔物のスライムなのだが、驚かれたりしないだろうか?
色々と不安はあるものの、ドワーフに会える期待の方が大きい。
俺は、久しぶりにワクワクとした気持ちになっていた。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
加護:暴風の紋章
173
称号:
魔物を統べる者
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
牙狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
174
12話 生活環境を整えよう︵後書き︶
雑になっていなければ良いのですが。
今後とも、宜しくお願いします!
175
13話 ドワーフ王国へ︵前書き︶
少しづつ読んで下さる方が増えている様子。
ありがとうございます!
176
13話 ドワーフ王国へ
リグルドの奴は宣言通り、昼までに準備を整えた。
ドワーフの王国に向かう者の選抜も、抜かりなく行っている。
自分の息子であるリグル筆頭に、計5組。あとは、俺とランガで
ある。
ところで、リグルには隊長としての仕事を任せなくてもいいのだ
ろうか?
少し心配になったが、本人達は納得している様子。
リグルドの奴も、若返った感じでやる気に満ちているし、俺が心
配しすぎなのかもしれん。
さて、荷物を受け取ると、ランガが俺を背中に載せた。
ボヨヨ∼∼∼ン! っと、毛皮の中に埋まる。
周りの毛で自分の身体を固定した。﹃粘糸﹄の出番である。
こういう場面で手足が無いのは本当に不便だが、そこは能力でな
んとかするしかない。
俺は、密かに糸を操る練習をしているのだ。
糸で敵を斬る! これは、一つのロマンなのではないだろうか?
習得出来るかどうかは判らないが、先は長い。地道に練習を重ね
ていこうと思う。
荷物の中身は、お金と食物だ。
食べものは三日分。
それ以上日数がかかるなら、自給自足する予定。
日持ちするのを持って行ってもいいが、かさ張るのを避けたい気
持ちがあった。
俺が飲み込むと、いくらでも持てるのだけど・・・。
甘やかすのは良くないだろう。
177
自分に食事の必要が無いからこそ、冷静に判断したのだけどね。
お金は、銀貨が7枚に銅貨が24枚。
まず間違いなく、大した額ではない。
期待するのは辞めた。
後は、着いてからどうするか考えようと思う。
それでは、出発である!
ドワーフの王国は、ゴブリンの足で歩いて二ヶ月の距離にあるそ
うだ。
森の中を流れるアメルド大河。
これを辿っていくと、山脈にでるのだとか。
その山脈に、目指すべきドワーフの王国がある。
東の方にあるという帝国と、ジュラの森周辺にあるらしい複数の
国家。
この間を隔てるのが、カナート大山脈である。
故に、貿易するルートは三つに別けられる。
一つはジュラの大森林の中を通り抜けるルート。
そしてもう一つが、大山脈を越えていく険しい登山道。
最後に海路。
本来、ジュラの大森林の中を通り抜けるルートが最も最短で安全
なのだが、何故か余り利用されていない。
主に、大山脈を越えていく険しい登山道が主流となっている。
海路については、コストがかかる上に、海の魔物の脅威もあるら
しい。故に、最も利用の少ないルートだそうだ。
今回は、帝国に用事があるわけではない。
東に森を抜ければ帝国だが、北上し、カナート大山脈を目指すの
だ。
178
山頂まで登る必要はない。
ドワーフの王国は、アメルド大河の上流部であるカナート大山脈
の麓に、その領土を構えている。
山脈の、自然の大洞窟を改造した、美しい都。
それが、ドワーフの王国なのだ。
俺達は予定通り、アメルド大河に沿って北上していた。
川に沿っての移動なので、迷う事もない。念のため、脳内に地図
も表示しているけどね。
案内は、一度ドワーフ王国に伝令に行った事のある者がいたので、
そいつに頼んだ。
俺の前を、先導して走っている。
しかし、黒狼︵=嵐牙狼族︶に進化した牙狼達だが、早い! し
かも疲れを見せない。
移動開始して3時間程になるが、一度も休憩を入れていない。に
も関わらず、時速80km近い速度で走り続けている。
でこぼこした岩場とかもあったのだが、お構いなし。乗っている
者を振動で疲れさせない走り方をした上で! である。
何というか、非常に楽だ。
このペースだと、一週間も必要ないかもしれない。
まあ、無理せず行けばいい。衣服や住処は早く用意しておきたい
ところだが、慌てても仕方ない。
﹁おーい! あんまり無理はしなくていいぞ!﹂
と、声をかけておいた。
何故か、若干速度が上がった。
この3時間、バイクよりも早いスピード感や、流れゆく風景を楽
しんでいた訳だが、そろそろ暇になってきた。
この速度で、会話するのは至難なのだが、俺には﹃思念伝達﹄が
179
ある!
皆で仲良くお喋りしながら、この旅行を楽しむのもいいかもしれ
ない。
そう思い、皆と思念のネットワークを組む。
さて、何から聞くかな・・・。
﹁リグル君。そういえば、君のお兄さんは、誰に名前付けてもらっ
たの?﹂
﹁は! 私など、呼び捨てで構いません! で、兄の名前ですが、
通りすがりの魔族の男に付けて貰ったそうです。﹂
﹁ほう。魔族がゴブリンの村に来たのか?﹂
﹁はい、十年前程になります。私がまだ子供の頃に・・・村に数日
滞在し、兄に見所があるから、と。﹂
﹁へえ。いい兄貴だったんだろうな。﹂
﹁はい! 自慢の兄でした。その魔族ゲルミュッド様も、いずれは
自分の部下に欲しい! と、仰って下さっていたほどです。﹂
﹁その時、連れて行かれたりしなかったんだな?﹂
﹁はい。兄もまだ若かったですし、何年かしてより強くなった頃に
もう一度来ると仰って、旅立たれました。﹂
﹁そうかそうか。今度来たら、様子が変わりまくっててビックリす
るだろうな!﹂
﹁そうですね! しかし、今はリムル様に仕える身。栄えある魔王
軍とはいえ、ゲルミュッド様について行く事は出来ませんが!﹂
﹁魔王軍・・・。あったんだな、そんなの。てか、誘ってくれるか
判らんのに、自信ありげだな???﹂
﹁ええ、自信というか、確信です。兄もネームドとして進化してお
世界の言葉
など、一生聞く
りましたが、ここまでは変化しておりませんでした。
明らかに、進化の格が違います。
事は無いと思っておりました!﹂
180
周りで話を聞いていたホブゴブ達も、そうだそうだ! とばかり
に頷いていた。
そんなモノなのか?
名前を付けたら進化する。ただし、名付け親によって進化の程度
も変化するのか・・・。
今度、比べる機会があったなら、実験してみるか。
しかし、魔王軍。
やはりあるのか、この世界には!
魔王が攻めてきたりするのだろうか? というか、その時どっち
の味方をすれば???
勇者
という存在もいるらしいし、魔王の相手は勇
まあ、攻めて来た時に考えよう。
幸いにも、
者がするというのは常識だ。
300年経って、勇者が生きているかは疑問だが・・・きっと転
生なりなんなりして、元気に修行でもしてるだろう。
一応、記憶の片隅にメモっておく。
さて次の話題は・・・、
﹁ランガよ、俺ってお前の親父さんの仇って事になるよね? その
辺気にしなくていいの?﹂
と、えらく懐いてくれている黒狼に問いかけた。
﹁正直、思うところはあります。
しかし、戦いにおいての勝敗は、魔物にとっての必定。
例え、どのような戦いであれ、勝てば正義と心得ております。
負ければ、何も残らない⋮。
されど⋮、我が主は、我々を許したのみならず、真名まで授けて
下されました!
181
感謝こそすれども、恨むような事はありません!﹂
﹁ふむ⋮。もし、リベンジをしたいのなら、何時でも受け付けてや
るよ。﹂
﹁フフフ。進化して、よりハッキリと認識出来ております。
前の戦いの時、もし本気を出しておられたならば、我々は皆殺し
となっておりました!
そうなっていれば、種族の悲願であった進化を行う事もなく散っ
ていたのです。
我らの忠義は、我が主、唯お一人のものでございます!!!﹂
何を言ってるのやら⋮。
確かに、黒蛇に擬態したならば、全滅させる事も出来たかもしれ
ないが、そんな危険な賭けする気にならない。
こいつは、過大評価しすぎだな。
まあ、勘違いしてくれる分にはまったく困らないか⋮。
﹁わかるか⋮。お前も成長したようだな!﹂
﹁はは! 有難き幸せ!﹂
適当に話を合わせて、頷いておいた。
まあ、親を殺されている訳だ。恨みが無いと言えば、嘘になるだ
ろう。
ランガの奴が、いつか俺にリベンジに来たとしても、快く受けて
たってやろうじゃないか。
それまでに、確実に強くなっておく必要がありそうだ。
何しろ、どう見ても、今では黒蛇並に強くなっていそうな感じな
のだから⋮。
182
そんな感じで、話をしながら旅をする。
途中、魔物に襲われたりといったイベントは発生せず、順調に行
程を進んでいた。
三時間毎に30分休憩を挟み、14時間経過したら7時間の睡眠
時間を含めた休憩を取った。
ちょっと急ぎすぎではないのか? と言ったのだが、
﹁大丈夫です! 我々、進化のお陰か、それ程疲れなくなっており
ます!﹂
と、リグルが答え、
﹁我等の事は心配なさらないで下さい! 我が主のように、睡眠が
不要な訳ではありませぬが、長時間は必要ありませぬ!
食事も、頻繁に必要という訳ではなく、無くても支障はありませ
ぬゆえ!﹂
などと、ランガも追随して答えた。
他の奴らの様子を見ても、皆やる気に満ち溢れている。
これでは、一番何もしていない俺が、一番やる気がないみたいに
見えてしまう。
まあ、皆のやる気があるのなら、とそのペースで進む事にした。
一日に12時間は走り続けている事になるのだが⋮、こいつら本
当にタフになったものだ。
二日目の終わり、就寝前の食事を摂っている時に、
﹁ところで、ゴブタよ。あと、どのくらいか判るか?﹂
183
案内のゴブリン=ゴブタに聞いてみた。
﹁は、はいぃぃ!!! 恐らくですが、明日には到着出来るかと思
います! 大分山が大きく見えておりますので!﹂
俺に声をかけられ、緊張半分喜び半分で焦ったのだろう。 舌を噛んだのではないか? という程、慌てて返事してきた。
なるほど、言われて見れば、山が大きく見えている。
昨日までは、その姿も見えていなかったのだが、とんでもない移
動速度だ。
そういえば⋮、
﹁ところで、ふと気になったのだが、何しにドワーフの王国まで行
ったのだ? たまに行商に来るのだろ?﹂
と質問してみた。
ゴブリンの王国についてリグルドに聞いた際、行商のコボルト族
がいるという話を聞いていた。
わざわざ、2ヶ月もかけてドワーフ王国まで出向くのも変な話で
ある。
﹁はい! 魔法の武器や防具はですね、ドワーフ族が高値で引き取
ってくれるのです!
とはいっても、道具類で支払ってくれるのですが⋮、行商の者に
持たせて運んでくれるので、助かっていたのです!
それに、村周辺の魔物には武具を使える者は居りませんし⋮﹂
なるほど。
たまに、冒険者が持っている武具を売りに行っていたという事か。
どおりで、碌な装備が残っていないと思った。
184
コボルト族には物の良し悪しが判らないので、わざわざ出向いた
のか。
もっとも、ゴブリンに倒されるような者は、初心者が森で迷った
ようなヒヨっ子だろう。
大した物を持っていたとは思えなかったが⋮
それなのに、道具を融通してくれるとは⋮、ドワーフとは案外、
親切な種族なのかもしれない。
上手くいけば、友好的な関係を築けるだろう。
というか、ぜひ上手くいって、良好な関係になりたいものだ!
そして。
旅に出てから、丸三日経過した。
カナート山脈の麓に広がる、牧草地。
山脈の、自然の大洞窟を改造した、美しい都。
大自然が創造した、天然の要塞。
武装国家ドワルゴン。
ドワーフの王国に到着したのだ!
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
185
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
牙狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
186
13話 ドワーフ王国へ︵後書き︶
ランガの懐く理由、若干弱いかな⋮。
187
14話 トラブル︵前書き︶
今日一日、アクセス数が今までにない伸びを記録!
地味に増えてて喜んでいたのですが、かなり驚きました。
読んで下さり、ありがとうございます!
188
14話 トラブル
武装国家ドワルゴン。
ドワーフ達の王国である。
初代ドワーフの英雄王グラン・ドワルゴが国を興してから1,0
00年。
歴史と文化、そしてその技術を守り、発展させてきた。
現在の王ガゼル・ドワルゴは、初代より数えて三代目であるが、
若き日の祖父に似た覇気を纏っている。
偉大な英雄であり、この地を公平に統治する賢王としての名声が
名高い。
そんな賢王の治める地。
自由貿易都市にして、異種族間の交易の中心地。ゆえに、絶対中
立都市としての顔を持つ。
この都市内部での武力行為を、賢王が許す事はない。
東の帝国でさえ、武装国家ドワルゴンに表立って事を構える事を
避けている! というのは、冒険者の間では有名な話だ。
一度、ドワーフと事を構えると、二度目はない! そう言わしめ
るほど過酷に、相手を蹂躙し尽くす。
武装国家の名は、伊達ではないのだ!
重武装の歩兵の壁に守られた、高火力の魔法兵団。
戦う相手は、歩兵の壁を突き崩す事も出来ずに魔法の火力による
攻撃で全滅する。
この1,000年、不敗を誇るドワーフ軍の実力は有名であった。
その実力を裏付けるもの・・・
それこそが、高い技術力で制作される装備品にある。
最先端の技術で作られた武具は、人の造りし武具を圧倒的に上回
る。
189
ゆえに! 人は、ドワーフ族とは、争いではなく友誼を結ぶ事を選んだ。
だからこそ、その支配下において魔物と遭遇したとしても、そこ
で争いを起こす愚を犯す者は少ないのだ。
人と魔物が交わる都。
それは、この地上に於ける、異質な地の一つなのだ。
最も、武力の為の道具が溢れる都でありながら、平和を享受する
国。
武器商人の本拠地が、最も争いから遠いというのは、ある意味・・
・皮肉な事であるのかも知れない。
門の前に、行列が出来ていた。
天然の大洞窟を塞ぐように設えられた、大門。
この大門が開くのは、軍の出入りの際のみであり、月に一度の頻
度であるそうだ。
残念ながら、今日は閉まっていた。
その下に、小さな出入り専門の扉が設置されている。
行列が出来ているのは、左側の通路である。どうやら、右側は貴
族等のお偉い方々御用達の通路なのだろう。
左側の通路に並び、周囲を観察しながら、俺はそう考えた。
その左側にしたところで、フリーパスで出入りしている者もいれ
ば、別室でチェックを受ける者など、様々である。
武装国家の名に恥じぬ、厳重な警備体勢である。
中に入ると比較的に自由に活動出来るらしいけど・・・。
しかし、すごい行列だ。旅よりここで待つ方が時間取られたりし
て・・・!
俺がそんな事を考えていた時、
190
﹁おいおい! 魔物がこんなところにいるぜ! まだ中じゃないし、
ここなら殺してもいいんじゃね?﹂
﹁なあ、何並んでるんだよ! 生意気だな、お前ら。殺されたくな
ければ、その場所譲れ!
あと、荷物全部置いていけ。それで今回は見逃してやる!!!﹂
などと、意味不明な供述をしており・・・
じゃなく、こちらへ向けられた害意ある声が聞こえた。
今ここには、ゴブタと俺の二人しかいない。
何しろ、腰布だけの集団を引き連れていくと、悪目立ちする。
ここは、案内役のゴブタと俺の二人で行く! と、俺の発言で決
定したのだ。
リグルも行きたそうだったのだが、断った。
彼等は、森の入口で野宿し、俺達の帰りを待っている。
という訳で、二人だったのだが、いいカモに見えてしまったのだ
ろうか?
列に並ぶのを嫌った二人組の冒険者に、目を付けられてしまった
ようだ。
﹁おいおい、ゴブタ君、何か聞こえないかね?﹂
﹁はい、聞こえるっすね・・・。﹂
﹁前来た時も、絡まれたりしたのかね?﹂
﹁当然っす! ここでボコボコにされて、コボルトの商人さん達に
拾われたっす!
あそこで、拾われなかったら、俺、死んでたかもしれないっすね
∼﹂
﹁・・・絡まれたんだ、じゃあ、しょうがないか?﹂
﹁弱い魔物の宿命みたいなもんなんすよ・・・。﹂
絡まれたらしい。しかも、当然なのだと⋮。
191
先に言っておいて欲しかった。
何やら、悟ったような目をして、項垂れていた。
やっと、緊張せずに俺と話せるようになったのに、今回の失敗で
元に戻ったりしないだろうか?
少し心配だ。
﹁おい! 雑魚い魔物のくせに、こっち無視してんなよ!﹂
﹁ってゆ∼か、喋るスライムって、レアじゃね? 見世物として売
れるんじゃね?﹂
などと、ウザイ会話を続ける二人組。
仏のように慈悲深いと言われた事もあったような無いような俺だ
が、これには腹がたってきた。 ﹁ゴブタ君⋮。前に、俺が言ったルール覚えているかね?﹂
﹁はい! 勿論っす!﹂
﹁そうか。では、少し、目を瞑り、耳をふさいでおくんだ! 決し
てこっちを見てはいけない!﹂
﹁? なんか良くわかんないっすが、了解です!﹂
さて、と。ルール決めた俺が、真っ先にルール違反⋮
そういう風に思われるのも、教育上宜しくないだろう。
邪魔なゴブタ君には目を瞑って貰った事だし⋮ゴミ掃除をします
か!
その時、右側の男の視線が動いた。
その先を確認する⋮、三人組がニヤニヤと笑いながら様子を覗っ
ていた。
目の前の二人組みは、剣士と軽装備の男一人。恐らく、盗賊系の
職業。
三人組は、魔法使いか僧侶っぽいローブ姿が二人と、大柄な戦士。
192
予想する。こいつらは一つのPTで、二人が俺たちを追い出し、
順番を確保。
そして、三人が追い出された俺たちを影で始末し、何食わぬ顔で
二人に合流する。
恐らくは、そういうシナリオだろう。
そうやって、弱い魔物がいたら殺して荷物を奪ったりしていたの
だろう。
よく考え付くものである。
しかし⋮今回は、相手が悪かったな!
﹁おいおい! 順番は守れよ! 俺は寛大だから、今なら許してや
る。さっさと後ろに並びな!﹂
挑発開始だ。
二人組みは、一瞬きょとん! となってから、一気に顔を真っ赤
にさせた。
沸点の低い奴らだ。
﹁クソ雑魚の魔物のくせしやがって⋮舐めてんじゃねーぞ!﹂
﹁おいおい、お前、死んだぞ! 身包み置いていくなら殺さずにい
てやろうと思っていたんだがな!﹂
などと、三下っぽいセリフを言い出した。
ふっ。ゼネコンにはな、めっちゃ怖い顔したおっさんを顎で使え
るようじゃなきゃ勤まらないのだ。
中には、身体に落書きしたお茶目な親父もいるのだ。
この程度の若造の脅しなど、屁でもない。
﹁クソ雑魚の魔物? それは俺の事か?﹂
﹁てめーに決まってるだろうが! スライムなんざ、雑魚中の雑魚
193
だろうよ!﹂
﹁さっさと、こっちに来い。しゃべれるようだし、殺さずに魔物の
奴隷にしてやるよ!﹂
魔物の奴隷? そんなのもいるのか?
それは一先ず置いておく。
周囲の商人や冒険者風の者達も、この騒ぎに気付き始めている。
まずは注目を集めないと。
正当防衛なんて概念が、あるかは知らないけど⋮後に、少しでも
証言が出れば御の字だ。
しかし、誰か助けてやろう! という優しい人間はいないのか?
俺が美少女だったらいたかもしれないが、スライムじゃ無理か。
﹁雑魚雑魚と、えらく舐めた口を叩くではないか! それに、スラ
イムだと?﹂
﹁どっからどー見ても、スライムだろうがよ!﹂
﹁てめーふざけやがって⋮! お前みたいな小物に馬鹿にされるな
んて、許せんわ! やっぱ殺す!﹂
そして、武器を構える二人組み。
あ! とうとう、こいつら抜きやがった。
あーあ。最初に会話する人間がこれとは⋮、ついてない。魔物の
方が友好的だなんてな。
周囲の者達は、俺達を遠巻きにするように離れ始めた。
門番もこの騒ぎに気付いたのか、慌しく動きはじめている。
さて、と。
俺はゆっくりと前にでる。
そして、
194
﹁ククク。俺が小物、だと? スライム?⋮いつから俺がスライム
だ! と、勘違いしていた?﹂
思わせぶりに言ってやる。
どー見てもスライムなのだ。そんなもん最初からスライムと思わ
れていたに決まってる。
これは演出なのだ! ⋮多分。
﹁なんだと? はったりも大概にしろよ!﹂
﹁ふん! スライムじゃないなら、さっさと正体をみせろよ! 死
んだ後では、いい訳も出来んぞ!﹂
変身するの、待ってくれるようだ。
計画通り!
スライムのまま戦っても、勝てると思う。
だが! 手加減しにくいのでスパッ! っと真っ二つにしてしま
いそうだった。
丁度気絶するように、威力を調節するのは難しいのだ。
﹁いいだろう。見せてやろう、この俺の真の姿を!!!﹂
などと叫び、思わせぶりに妖気を放出する。
勿論、少量で。
少量の妖気に勘付いた者がいるか、周囲を確認してみた。
遠巻きにこちらを見ている者、数名が気付いた程度。
目の前の馬鹿二人にその仲間っぽいヤツは、気付いた気配がない。
こいつら⋮口ほどにも無さそうだ。
様子を覗うのはもういい。さて、何に変身しようかな⋮。
俺の身体から黒い霧が噴出する。
195
そして、その身を覆い⋮、霧の晴れた後、そこに一体の魔物が出
現する。
黒い狼。
あれ? 前捕食して直ぐに擬態した時は、牙狼族の形状だったの
だが⋮
今は、進化したランガ達と同様の黒い毛並み。
そして、ランガすら上回る、体躯。
テンペストスターウルフ
額には二本の角。
擬態:黒嵐星狼
⋮どうやら、捕食した魔物の系統が進化したら、俺の擬態にも適
用出来るっぽい。
これ、ランガの進化の更なる先っぽい感じだ。圧倒的な力を感じ
る。
馬鹿二人も、この姿見たら流石に逃げるだろう。
そう思ったのだが、
﹁は! 見た目だけ厳つくしても、テメーがスライムなのは変わら
ないんだよ!﹂
﹁おいおい、それで俺らがビビッて逃げる! とでも思ったか!﹂
⋮全然気付いてない!!!
おいおい、見たら判るレベルでヤバそうだろうよ!
そもそも、スライムが変身したなら幻覚か何かは判らなくても、
警戒はすべきだろう。
それなのに、こいつらまったくお構いなしであった。
隠している仲間、三人がいる事に安心しているのかもしれないけ
ど⋮。
使える技能が増えている。
﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒稲妻﹄の5つか。
196
影移動は、ランガ達が今練習中のスキルだな。
ペアとなった者の影に潜み、呼ばれると出現する! というのが
目標である。
今は、影に入る練習なので、先は長い。
とすると、黒稲妻⋮、試さなくてもわかる。試したら、この目の
前の哀れな男たちは黒こげコースだろう。
俺の予測は甘いから、もっと酷い状態も有り得る。となると、使
えるスキルが無い。
バカに威圧が効けば良かったのに! ある意味、バカって無敵な
のか?
何しろ、見物してる者の方が、ビビッて腰を抜かしている者がい
る始末なのだ。
﹁やれやれ⋮、もういいや。面倒くさいから、かかって来い!﹂
先制攻撃を譲った。
擬態状態でダメージを受けると、どうなるのか?
一度、トカゲで実験したのだ。
攻撃を受け続けて、ダメージが一定量を超えると、擬態が解けた。
その際、スライム本体へのダメージは無かったのだ。
恐らく、使用した魔素で身体を構成し、ダメージは本体まで来な
い。
制限は、次に擬態出来るようになるまで3分くらいかかった事と、
擬態する魔物毎に魔素を代価に支払う事。
魔素の使用量は、俺にとっては微々たる物なので、問題にならな
い。時間制限は無い。
つまり、好きに攻撃させても問題ない。
もし相手が強かった場合でも、スライムに戻った瞬間に逃げたら
いい話なのだ。
197
俺の言葉に、
﹁へっ、死にやがれ!﹂
﹁うぉぉぉ!!! 風破斬!!!!!﹂
軽戦士がダガーを投擲して来た。
そして、剣士がスキル攻撃だろうか? 剣を緑に発光させて、俺
に切り込んで来る。
カララーーーン!
ポキィーーーン!!!
三本のダガーを同時投擲は見事だが、剛毛を貫く程の威力はない。
剣士の方は、可哀相に⋮自慢の剣がポッキリ折れてしまっていた。
﹁今、何かしたのか?﹂
俺は、よく悪役がやるように、相手を思いっきり小馬鹿にしつつ
尋ねた。
というか、本当に何かしたのか? と言うほど、ダメージを受け
ていない。
あのスキルは、見掛け倒しなのか?
﹁ば、バカな! なんて硬い剛毛なんだ⋮﹂
﹁ありえん⋮こんな、こんな事、有り得ない!!! 俺の剣は白銀
製だぞ! 魔物への威力増大効果があるんだぞ!!!﹂
⋮いや、そりゃ、銀製は脆いだろ? 何言ってるんだ⋮コイツ。
﹁おい! お前らも手伝え!!!﹂
198
なりふり構わなくなったのか、剣士が仲間を呼んだ。やはり、あ
の三人は仲間だったか。
﹁ヘッ! お前はもう終わりだ!﹂
﹁やれやれ⋮、まさか、俺達に出番が来る、とはな!﹂
﹁スライムの変身魔法? 興味あるな。死んだら解剖するとしよう
!﹂
﹁さっきからソイツ、動いてない。動くと魔法が解けるんだろ。ど
うだ?図星か!?﹂
などと、勝手な事を喚いている。
そして五人は、俺を中心に散開し、同時に攻撃を仕掛けて来た。
軽戦士は、ショートソードによる切り込みを。
剣士は、魔法を唱え、カマイタチによる斬撃を。︵何気に優秀な
ヤツだ。︶
重戦士は、﹁重破斬!!!﹂と叫びながら、グレートアックスに
よる一撃を。
魔法使いは、﹁火炎球!﹂と、魔法による攻撃。
僧侶は、俺からの攻撃にそなえ、魔法の防御を構築している。
PTとしては、バランスのいい構成なのだろう。
彼らにとって残念な事に、その全ての攻撃が俺に効かなかったと
いうだけで⋮。
チラリッ、と彼らを見た。
驚き過ぎて、声も出ない様子だ。
今なら、威圧が効くかも知れない。
ウォーーーーーーーーーーーン!!!
199
俺は、咆哮に載せて威圧を行使した。
しかし、これは大失敗だった⋮
見物していた者達まで、気絶したり色々漏らしたり⋮
要するに、大惨事になっていたのだ。
やっべ⋮、どうしよう? 俺は頭を抱えるハメになる。
え? 五人組?
威圧を至近距離で喰らった、彼ら。
そりゃあ、もう⋮。
皆さんの想像通りでしょう。
俺の﹃魔力感知﹄に、こちらに向かって走って来る、ドワーフ警
備隊の姿が感知出来た。 一言。
色々な物を垂れ流しにしている彼らを眺め、あれの後始末は嫌だ
ろうな∼と、人事のように現実逃避を開始した。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
200
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
201
14話 トラブル︵後書き︶
次回は取引の予定⋮。
本当は、今回取引のハズだったんだ⋮。
202
15話 警備隊との取引︵前書き︶
予定は未定! 思い通りに進まないです⋮
203
15話 警備隊との取引
﹁本当にすんませんっしたーーーー!!!﹂
俺は深々と頭を下げた︵つもりになった!︶。
俺達は、警備隊の詰め所に連行されていた。
あの後、あれだけの騒ぎを起こして無罪放免! と、その場で開
放されるなんて事は流石になかった。
俺達は、駆けつけたドワーフの警備隊に取り囲まれた。
とはいえ⋮、相手の5人は絶賛気絶中だし、俺一人を取り囲んで
いるようなものである。
そうだ! こっそりスライムに戻って⋮、逃げよう。
閃いた! とばかりにスライムに戻り、脱出を試みたのだが⋮
ぐわしっ!
と、身体を掴まれる。そして襲い来る、浮遊感。
あっさりと、捕獲されてしまった。
逃がす気はないよ? といった顔をして、兵隊さんが笑顔を浮か
べている。
だが、額に浮かぶ青筋が、彼の心情を雄弁に語っていた。
﹁ちょ、自分何もしてないっすよ! 自分も被害者っす!﹂
と、ゴブタを真似て口走ってみたのだが⋮、
204
﹁うん。そうだね! でも、話は詰め所で聞くから! 逃げれるな
んて思わない事だね!﹂
いい笑顔で諭された。
もう諦めた方がいいかもしれんな⋮。
ふと、ゴブタは何をしているのか? そう思って、見て見ると⋮、
今だに、目を瞑り、耳を塞いでいた。
⋮あのバカ! 何を考えているんだ?
いや⋮、何も考えていないんだろう。だって、バカだし。
呆れながら、ゴブタを呼び寄せた。
こうして、俺達は警備隊の詰め所へと連行されたのである。
今回の三つの出来事!
一つ、絡まれた!
二つ、狼に変身した!
三つ、ちょっとだけ大きな声で吼えた。
どや? 俺、悪くないやろ?
そう思い、チラッ、と兵隊さんを見上げた。
相変わらずの、いい笑顔。
髭もじゃの人の良い豪快な顔つきに、よく似合っておられる。
残念だな∼、その額の青筋が無ければ⋮な。
﹁あの∼、自分、何で一緒に連れて来られたんすかね?﹂
﹁ばっか! 何言ってるの、お前? お前が絡まれたから、俺達怒
られてるんだよ?﹂
﹁え!? そうだったっすか! スンマセン⋮。自分、またやらか
したんスね⋮。﹂
205
人のせい!
﹁まあ、今回は仕方ないけど、次からは気をつけろよ?﹂
ふー。何とか誤魔化せたようだ。これぞ、必殺
ある。
で
長年の社会経験を経て、初めて身に付く高度な技術である。ポイ
ントは、相手に疑わせない事。
なかなか難しいのだ!
実際のところ、冗談っぽく言ったが、三つの出来事は概ねその通
りなのだ。
見ていた者達からの聞き込みでも、同様の聞き取り結果が出た模
様。
俺達への態度が、若干だが緩くなったように思う。
﹁で? あの狼の魔物は、何だ?﹂
目の前の取調べ担当の兵隊さんが、問いかけてきた。
何、とはどういう意味だろう?
種族の名前とか?
﹁えっと、あの狼の種族の名前はですね⋮⋮﹂
﹁違う。名前とか、そういうのはいい。何であんな魔物があそこに
出現した?
そもそも、どこから来て、どこへ行ったんだ?知ってる事を全て
話せ!﹂
むむ?
俺が変身したって、言ったのだが、信じてないのか?
ヒーローは変身出来るのを隠すものだが、俺はヒーローではない。
なので、オープンにペラペラ喋ったというのに⋮。
206
﹁いや、だから、あれは俺が変身した姿だって、言ってるじゃない
ですか!﹂
﹁は∼。お前ね、スライムが喋れるのは珍しいけど、それでも変身
はないだろ?﹂
﹁いやいや、じゃあ、やって見せましょうか?﹂
﹁ふん。まあいい。仮にだ、お前が変身した姿だったとしてだが、
何で変身出来るんだ?スライムなんだろ?﹂
え?
そう言われれば、どう答えたらいいだろう?
ユニークスキルっすよ! など、バカ正直に答えるのは不味い。
そんな事をすると、ゴブタと同レベルになってしまう。
考えろ!
ナイスな言い訳を、今すぐ思いつけ!!!
﹁実はですね⋮、僕、魔法使いに呪いをかけられたのです。多分、
僕の才能に嫉妬したのでしょう⋮。僕は幻覚魔法の使い手だったの
ですよ。﹂
﹁ふーん。魔法使いに呪い⋮ね。で?﹂
﹁ええと、はい。幻覚魔法を幾つか覚えて、勉強中の身だったので
すが、邪悪な魔法使いにスライムの身体に変化させられてしまって
⋮。
今は、その呪いを解く方法を探して、旅をしていたと、こういう
訳なのです!﹂
﹁なんで邪悪な魔法使いに出会ったの? 殺されずに呪いをかけら
れた理由は?﹂
ぐぬぬ⋮、素直に信じればいいものを⋮。しつこいくらい疑って
いるな。
207
まあ、当然か。ここであっさり信じられたら、お前はゴブリン以
下か! と思うところだ。
そこから延々2時間程。
俺と兵隊さんの攻防が繰り広げられた。
・
・
・
二人の熱い議論の末に、一つの物語が出来上がろうとしていた。
一人の美少女が、悪い魔法使いにスライムになる呪いをかけられ
る物語。
売り言葉に買い言葉ではないが、兵隊さんの指摘に一々反応して
いく内に、変な脳内ストーリーが出来上がっていた。
僕っ娘の、変身系幻覚魔法の天才少女。彼女が魔女に呪いを受け
て、それを解く旅にでる話。
どうしてこうなった?
俺がおかしな事を言うと、兵隊さんが尋問という名の修正を入れ
てくる。
なるほど! と、話を直していく内に出来上がったのだが⋮
俺と兵隊さん。成し遂げた! という感じで、熱い眼差しを交し
合った。
⋮最も、俺に目はないけどね!
言葉はなくとも、気持ちは通じていた。
﹁よし! 調書︵内容は出鱈目だが⋮︶が完成した! 協力感謝す
る! しかし、君達の身柄は⋮、﹂
バターーーン!!!
208
﹁た、大変だー!!! 鉱山で、アーマーサウルスが出やがった!
鉱石を採取していた鉱山夫が何名か、怪我したみたいだ!﹂
﹁なんだと!? で、アーマーサウルスは討伐したのか?﹂
﹁そっちは大丈夫! 今、討伐隊が向かった。だが、怪我の具合の
酷いのがいる。
戦争の準備かなんか知らないが、薬関係が売り切ればかりで、城
の採取に、奥まで行ってるだろ?付き添い
の備蓄も出せないみたいで⋮﹂
魔鉱石
﹁回復術士は?﹂
﹁それが⋮、
で行ってしまってて、ヒヨっこしか残っていやしねえ!!!﹂
﹁なんだと⋮!?﹂
大変な事になっている様子。
俺は空気だ。
城に備蓄あるなら出してやれよ! と思うのだが⋮。
回復薬か。持ってるけど⋮どうするかな?
﹁おい、旦那! 旦那!!!﹂
渡す事にした。
出来れば、心象を良くして無罪放免! 的な考えが心をよぎった
とか、そのような事は断じてない!
人命救助は当然だからだ!!!
情けは人の為ならず
という。巡り巡って、自分に良い事があ
言ってて、自分でも疑わしい⋮
るかもしれないさ!
﹁何だ? 今取り込み中だ! 取調べは終わりだが、まだ開放は出
来ん。暫くこの部屋で待機してろ!﹂
﹁いえいえ、そうじゃなく。これ、なんですけどね?﹂
209
懐から取り出す、回復薬。︵見た目には、ペッ! と吐き出した
ように映るだろうけど。︶
﹁⋮? あ、何だこれは?﹂
﹁回復薬ですよ。飲んで良し! 掛けて良し! の優れものですよ
!﹂
﹁は? 何でスライムのお前が、回復薬なんて持ってるんだ?﹂
おいおい⋮。僕っ娘設定はどこにやったんだ。
完全にスライム扱いじゃないですか! やはり、こいつもノリだ
けで話創ってたのか。
まあいい⋮。
﹁まあそんな事はどうでもいいでしょ? 使って見て下さいよ。何
個必要ですか?﹂
﹁怪我人は、6人だが⋮、大丈夫なのか?﹂
知らせに来た若い兵隊が、疑わしげに見てきた。
魔物が薬を差し出す。⋮俺が兵隊なら受け取らない。
﹁チッ! ここから出るなよ! 行くぞ!﹂
﹁え? でも、隊長⋮、こいつ魔物ですよ?﹂
﹁うるせえ!行くぞ!!! さっさと案内しろ!!!﹂
そう言って、俺が出した6個の回復薬を引っ掴み、隊長と呼ばれ
た髭面の兵隊さんは駆け出した。
話は適当に合わせてただけだが、俺の事を信用してくれたらしい。
見かけどおり、人のいいヤツのようだ。隊長だったとは驚きだが。
210
﹁終わったっすか?﹂
終始無言で、俺の話に頷くだけだったゴブタが聞いてきた。
﹁終わってはないが、まあ、暫くは様子見だな。﹂
﹁了解っす!﹂
ぼ∼∼∼っとする俺達。
詰め所の中に時折出入りする兵隊達が、俺達を訝しげに見て首を
傾げていたが⋮。
待つ事、一時間。
暇つぶしに糸を操る練習をしていると、隊長達が帰って来る足音
を感知した。
糸を仕舞い、部屋に入って来るのを待つ。
ゴブタは寝ていた。
コイツ⋮案外、大物なのかもしれない!
﹁助かった! ありがとう。﹂
部屋に入ってくるなり、そう言って、頭を下げてきた。
隊長に続いて、鉱山夫達まで入ってきた。
﹁あんたが、薬をくれたんだってな! ありがとよ!!!﹂
﹁正直、腕が千切れかけてて、生き残れても仕事なくなるとこだっ
た⋮ありがとう!!!﹂
﹁⋮⋮⋮。﹂
211
感謝の言葉を述べる鉱山夫達。
最後のヤツ⋮、何か言えよ!
まあ、感謝の気持ちは伝わってきた。
それから一頻り、礼を述べて、鉱山夫達は帰って行った。
何だかんだで、太陽はとっくに沈み、外は真っ暗になっている。
その後、隊長と暫く話をした。
今度は、真面目な話である。
5人組は、この国の自由組合所属の冒険者達だった。
才能はあるのだが、問題を起こすというので有名だったらしい。
ぶっちゃけ、いいクスリになっただろう! と笑っていた。
俺達が、実際には何もしていないのは確認済みなのだが、周囲の
被害者の感情を考慮しての拘束だったと教えてくれた。
被害届も出ていない。
汚してしまった下着を弁償しろ! などと、恥ずかしくて言えた
ものでもないだろう。
俺達の事情も話した。
ゴブリンの村の復興に、衣類や武具の調達。
出来れば、指導出来る者の派遣依頼、等々。
隊長は熱心に聞き入ってくれた。
事情を知った、他の隊員達も、色々話しかけてくれた。
ゴブタのヤツも、色々話しかけられ、目を白黒させて答えていた。
そうして、夜は更けていく⋮。
翌日。
未だ、詰め所に滞在中である。
ゴブタは、仮眠室を借りており、今はいない。まだ寝てるのだろ
う。
俺に睡眠は必要ないので、朝から裏庭で行われている鍛錬の風景
212
を眺めていた。
木刀︵というより、丸太に近いが︶を振る速度、模擬戦で軽く打
ち合いを行う様子、その他走りこみの状況。
全てノンビリと観察している。
その状況を脳内シュミレートし、各種捕食した魔物と戦わせてみ
た。
暇なので、ゲーム感覚である。
しかし、﹃大賢者﹄をこんな事に使ってもいいものか? 宝の持
ち腐れのような気もしなくもない。
だが、面白いのだから仕方ないだろう。問題ない。
結果、魔物達の圧勝。
条件を悪くしたとしても、蝙蝠とトカゲに勝てる者が何人かいる
程度。
1vs1では、魔物に天秤が傾くようである。
ただし、5∼6人が1PTとなるらしいので、集団だと蜘蛛に勝
てる組み合わせもあった。
だが、ここにいる20人全員で掛かったとしても、ムカデには勝
てないだろう。
この兵隊さん達がこの国の最強戦力という訳ではないようなので、
こんなものなのかもしれないけれど。
そうこうしているうちに、ゴブタも起きて来た。
隊長も出勤して来たようだ。
﹁釈放だ。拘束して悪かったな。面目もあって、一日は入って貰っ
た。スマン!﹂
﹁いやいや、宿代が浮いて助かりました!﹂
﹁そう言って貰えると、助かる。詫びだ、腕のいい鍛治師を紹介し
よう!﹂
﹁それは助かります!ありがとうございます!﹂
213
幸先良い。
入国審査も何のかんの言って、優先でして貰えたようなものだし、
宿代も浮いた。
鍛治師探すのも面倒だと思っていたが、兵隊さんの紹介なら間違
いはない!
前向きに考えれば、良い事ずくめだ!
﹁その代わり⋮﹂
む? 良い話には裏があるのか?
裏で好きなのは、ビデオだけなのだが⋮
﹁回復薬の在庫がまだあるなら、譲って欲しい!﹂
なるほど。
何やら、在庫少ないみたいな事、昨日言ってたな。
在庫は山程あるから、売るのは別にいいんだけど⋮相場を知らな
いからな。
どうしたものか?
まあいい。
どうせ、自分で作った制作費無料の消耗品だ。欲しいというなら、
何個か譲ってやろう。
﹁良いですよ。といっても、こちらも必要ですので、個数によりま
すけど?﹂
﹁余ってる分だけでも良いのだ。一個しかないなら、一個でいい!﹂
ん? おかしな事を言いよるな?
予備に回復薬を置いておきたいのではないのか?
214
一個だけあったって、いざという時に困るだろうに⋮
まあ、よっぽど切羽詰っているのだろう。
﹁んあ、じゃあ、5個くらいでいいですかね?﹂
﹁5個! 助かるよ!!!﹂
﹁ああ、それと多分、水で薄めても効果あると思いますよ? 普通
の切り傷程度なら、1/10くらいで!﹂
俺が説明すると、もっともだ! という顔で頷いている。
納得したようなので、5個渡したら、小袋をくれた。
中を見てみたら、金色の貨幣が入っている。
﹁少ないかもしれないが、出せるのはこれで全てだ。1個に対して
金貨5枚で買い取らせてくれ!﹂
回復薬5個で、金貨25枚になったみたいだ。
この際だ、損してるかどうかもわからないし、貨幣の価値を調べ
よう。
﹁あのー、すみません⋮﹂
﹁少なかったか? だが、これが精一杯なのだが⋮﹂
﹁いや、金額はそれでいいんですけど、教えて欲しい事が!﹂
﹁え? この額でいいのか? で、では聞きたい事とは?﹂
ん? んんん?
この反応⋮これは、ボラれたか! もっと吹っかけても良かった
かもしれん。
まあいいや。
この隊長さんも良い人そうだし、そこまでは騙されてもいないだ
ろう。
215
﹁金額もそうなのですけど、お金の価値や、物価なんかも、まった
く判らなくて⋮。
出来れば、その辺りを教えてください! なんせ、自分、スライ
ムなもので!﹂
自分も、昨日の僕っ娘設定を否定するスライム発言。
だが、お互い様。どうせ信じていないのだ、問題ない!
こうして、出発前の会話は長く続き、いざ出発! となったのは、
昼食の後だった。
味はしないが、美味しく戴きました。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
216
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
217
今日、妙なスライムに会った。
有り得ぬような、凶悪な魔物が出現した! と、通報を受けて出
動した先で。
遠目でもハッキリと判る、黒い強大な魔物。
ウォーーーーーーーーーーーン!!!
と、その魔物が咆哮した。
それだけで、足が竦み、逃げ出したい! という気持ちが込み上
げてくる。
だが、それは許されない。
俺達は、この国の市民の安全を守る、警備隊なのだ!
勝てないだろうが、せめて、軍が動くまでの時間稼ぎだけでも行
わなければ⋮!
気負って現場に到着したのだが⋮
ボフン!
と、黒い霧が発生し、それが消えると強大な魔物は消えていた。
そして、コソーリ! と、逃げ出そうとしているスライム⋮
躊躇わずに、スライムを捕獲する。
抵抗の意思は無いようだった。
そして、スライムと会話した。
218
人の言葉の判る、おかしな魔物。
明らかに作り話と判る、身の上話を行い、誤魔化そうとしている。
しかし、問題はない。
その後の部下からの報告で、この魔物達は、実際には何もしてい
ない事を確認済みであったから。
その時だ。
ランクB−
の魔物であり、それなりの脅
アーマーサウルスによる、怪我人の報告が届けられたのは!
アーマーサウルスは
威である。
だが、討伐隊は歴戦の勇士。問題はないだろう。
問題は、怪我人の方である。
ランクB−
の魔物の襲撃だと、四肢欠損の怪我で済
重症で無ければ、問題ない。
しかし、
んでも幸運だと言える。
さらに、現在の状況だ。
今は、各国が東の帝国の動向に備え、薬や物資の備蓄を強化し始
めた。
魔鉱石
の採取に付き添って、現在不
その為、市場から急速に回復薬などの消耗品の在庫が無くなって
いる状況なのだ。
国に所属の治癒術士は、
在との事⋮。
最悪の状況だ。
宮廷の王専属治癒術士は居られるだろうが、庶民の治癒に出向く
事はない。
彼らは、国家存亡の為の切り札なのだから⋮。
最悪の状況を考える。その時、
﹁おい、旦那! 旦那!!!﹂
呼ぶ声が聞こえた。
219
なんだ? と思って話を聞くと、回復薬を渡して来た。
騙そうというのか?
しかし、こいつは案外気のいいヤツであった。
さっきまでの会話で、俺はコイツを信じる気になっていた。
もし何かあったら、俺はコイツを殺す! そう決めて、俺の独断
で信用する。
現場に着いた。
酷い状況だ。6人の男が横たわっている。
血の臭いも酷い。
中でも、三人の男が特に酷い。
手が千切れかけている者。
内臓が飛び出ている者。
背中が大きく裂けている者。
あれでは、助かるまい⋮。
︵飲んで良し! 掛けて良し!︶
あのスライムの、気楽そうな声が思い出された。
あの怪我の具合では、飲む事など出来ないだろう。
せめて、苦痛が和らげば⋮そう願いながら、受け取った回復薬を
患部に振り掛けた。
その時だ!
見た事もない、不思議な回復薬。
患部に触れると、自然に弾けて傷に降り注いだのだ。
俺は、その光景を忘れない。
上位の回復術士、そう、王専属治癒術士でさえも成し得ぬ程の、
220
魔法!
見る見る、怪我が治ったのだ!
その光景は、俺だけではなく、隊員全てが確認していた。
怪我の具合の軽かった3人も、その薬を飲んだ瞬間に回復したの
である。
それも、持病のぎっくり腰や、職業病の手の痺れ等も、一緒に。
エリクサー
なんなのだ? これは、回復薬なのか?
こんなもの、伝説の蘇生薬クラスではないか!
一命を取り留めた3人が、どうしても礼を言いたいというので、
スライムの元へ連れて行った。
その対応を見ていたが、すごい薬を渡したという自覚はないよう
だ。
これならば⋮。
何個か売って貰えるかもしれない。
せめて、一個でも入手出来れば、その製法が判明するかもしれな
い。
こうなると、6個とも使ってしまったのが悔やまれる。
怪我の軽かった3人には、薄めて使っても効果が出そうだったの
だから⋮。
ともかく、明日だ!
上手く交渉し、何としても入手しよう。
俺は、どういう風に話を持っていけば譲ってもらえるか、その夜
はその事で頭がいっぱいで、翌朝睡眠不足に悩まされる事になる。
221
15話 警備隊との取引︵後書き︶
恐らく、皆さんの想像通り、あの回復薬はかなり性能がいいです。
チラホラと説明に入れていたので、気付く方は気付いていたかな?
というか、感想でネタバレしてしまいそうになるので、ネタバレ
嫌いな方は感想は見ないようにお願いします⋮!
222
16話 ドワーフの鍛治師︵前書き︶
話がなかなか進まない⋮
人物紹介は、書かないと話膨らまないけど、書くとテンポ悪くなる。
上手く扱う作家さんが羨ましいです!
223
16話 ドワーフの鍛治師
ああ・・・何でこんなに忙しいんだ・・・。
ドワーフの男、カイジンはボヤいた。
ったく、東の帝国が動くかも! だと? そんな馬鹿な話がある
かい!
というのが、彼の本音である。
そもそも、ここ300年平和な時代が続いたのだ。
帝国は豊かな国であり、どうしてわざわざ侵略を行う必要がある
というのか!
彼にはそこが判らない。
まあ、武具の製作を仕事としている彼等に取って、戦争が始まる
というのは大儲けのチャンスではあるのだが・・・
とは言っても! 何でいきなりこんなに仕事が増えるんだよ!!
! というのが偽らざる心境なのだ。
しかも、彼を悩ませる問題が一つ・・・。
あのクソ大臣め!!! 内心で大臣をボコボコにしつつ、頭を悩
ませる。
どうしたものか・・・彼は溜息をつきつつ考える。
期限は残り少ない。
断ったら信用に関わる。
出来ませんでした! では済まない話なのだ。
今は、知り合いからの連絡待ちだが、その結果次第ではお手上げ
となる。
それなりに名の通った武具製作職人である彼であるが、出来ない
事もある。
そう、材料が無くては、何も作れないのだ!
そんな彼の前に、待ち望んでいた連絡が届いた。
224
﹁すまん・・・、昨日連絡出来たら良かったのだが、それどころで
は無かったのだ・・・!﹂
そう言って、三人の男達が入って来た。
三人はドワーフ族の兄弟で、採掘業を任せていた者達だ。
長男のガルム。腕の良い、防具職人である。
次男のドルド。細工の腕は、ドワーフ随一と有名な男だ。
三男のミルド。寡黙な男だが、器用に何でもこなす。建築や芸術
にも精通している。一種の天才だ。
本来なら、一人一人が店を構えていてもおかしくない程の逸材な
のだが、いかんせん、生きる事に不器用過ぎた。
自分の得意な分野以外の才能に、恵まれなかったのだ。
だから余計に、か? 根回しや商売の出来る性格でもない。良い
様に周囲に利用されていた。
そして、信頼していた者に任せていた店を乗っ取られ、兄弟弟子
に才能を妬まれ罠に嵌められ、王への士官を蹴って国に睨まれ・・・
決定的にどうしようもなくなって、幼馴染で三人の兄貴分だった
カイジンへと、頼って来たのだ。
もっと早く頼ってくれよ! とは思ったものの、今更である。
三人を自分の店で匿って、雇うことにしたのだ。
しかし、三人に任せる仕事はない。
カイジンの店は武具商店を経営しているが、武器以外は仕入れて
いるのだ。
自分で武器は作っているので、その手伝いはこなして貰う事にし
たが・・・
ここで、防具や細工物を製作出来るからと仕入れをしなくなれば、
無用のトラブルの元となる恐れがあった。
三人が落ち着くまでは、現状のまま営業を続ける必要があった。
225
そこで、この三人に、人夫を使って鉱石や素材の収集を指揮させ
ていたのだ。
三人から事情を聞くと、どうやら魔物が出現したらしい。
カイジンは、頭を抱える。
ここは、三人の無事を祝うべきところなのだ。幸いにも怪我も無
くすんだのだし! そう思って、
﹁まあ、お前達が無事で良かったよ! 上手く逃げれたんだな、怪
我が無くて良かった!﹂
そう声をかけた。
そう、身体が無事なら、また鉱石を取りに行けばいい。
友の無事の方が、何倍も大事だ! そう思って・・・。
すると、気まずそうに三人は顔を見合わせた。
そして、
﹁いや・・・、逃げ切れた訳ではないんだ。﹂
﹁うむ。実は、今でも昨日あった事が信じられんくらいなのだ・・・
。﹂
﹁・・・・・・・・・﹂
それから、詳しく話を聞く事となった。
不思議なスライムから貰ったクスリで、一命を取り留めた! と
いう話を。
普通なら、信じられない! と笑うところなのだが、こいつらは
嘘を言わない。
嘘をつけるほど、器用な奴らではないのだ。
となると、本当の話ということか・・・。
しかし、昨日魔物が出た所で襲われた者がいるとなると、新たな
226
人夫を雇うのは無理だろう。
昨日まで雇っていた人夫は、昨日の内に辞めて逃げてしまってい
る。
自分達もかなりの怪我をしたようだし、文句も言えない。
本来なら、こういう時こそ自由組合へ依頼をすべきなのだが、そ
れも無理だろう。
採取依頼はとっくに出しているが、返事が来ない。
他の工房でも依頼を出しているので、物の流通が悪くなっている。
護衛の依頼を出すと割高になるし、彼等は、依頼分しか働かない。
ランクB−
を倒せる冒険者となると・・・
護衛なら、護衛しかしないのだ・・・。
まして、
ダメだ、採算が合わないどころか、破産してしまう。
チッ! なんで、鉱山の浅い地区に、そんな強力な魔物が沸くん
だよ!
カイジンは、深い溜息をついた。
どうしたものか・・・?
期限は残り少ない・・・無理をしてでも、自分も採取に向かうべ
きだろうか?
いい案は浮かばない。
時間だけは過ぎていくというのに・・・。
四人で顔を見合わせ、思案に暮れる。
おかしな集団が現れたのは、そんな時であった。
227
﹁おい! 兄貴、いるかい?﹂
そう言いながら、隊長さん改め、カイドウさんが店に入る。
会話しているうちに打ち解けて、名前を呼び合う仲になった。
そして、紹介する店というのが、カイドウの実の兄の経営してい
る店だと教えられたのだ。
こじんまりとした、いかにも頑固親父が経営してそうな店だ。
﹁お邪魔しま∼す!﹂
﹁どうもっす!﹂
など言いながら、俺達もカイドウさんに続き店に入る。
店に入った途端、複数の視線が俺達に向けられた。
﹁﹁﹁あ!!!﹂﹂﹂
昨日の三人組みが、驚きの声を上げ、こちらを見ていた。
どうやら元気そうである。何故か浮かない顔をしているけど⋮。
そして、まさに予想通り、町屋の土建業の親父顔負けの、厳つそ
うな親父がいた。
この店の主人である。正直、カイドウさんには似ていない。
﹁何だ? お前達、知り合いか?﹂
﹁カイジンさん! このスライムですよ!!! 昨日俺達を助けて
くれた!!!﹂
﹁そうそう! 隊長さん、旦那の弟さんだったんですね!﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁おお⋮! さっき話してたスライムか! 昨日こいつらを助けて
くれたそうだな、感謝する!﹂
﹁いやいや! それ程でもあるような、ないような? はっはっは
228
っはっはーー!!!﹂
調子に乗せるとどこまでも登っていく俺に向かって、褒めるよう
なセリフは禁物だ。
当分、降りて来られなくなってしまう。
﹁それで、どうして今日はここへ?﹂
若干引きつつ、親父さんが聞いてきた。
俺たちは、店の奥へと席を移した。
そして、カイドウさんが手短に状況を説明してくれた。
俺も少し補足して、会話はスムーズに進んでいった。
しかし、三男のミルドってドワーフ、何か喋れよ! てか、何で
あれで会話が通じるんだろう? 不思議だ。
﹁話は判った。だが、スマン。力になれそうもない⋮。実はな、こ
っちも、とある国から依頼を受けててな⋮﹂
秘密だぞ? といいながら、要所要所をぼかして話をしてくれた。
それによると、どこぞのバカが戦争を起こすかもしれない! と
いう恐怖感から、先走った国々が武具の注文を行っているそうなの
だ。
昨日の、薬や物資の在庫切れにも通じる話である。
﹁で、だ。鋼製の槍200本は徹夜で用意出来たんだがな⋮
肝心の、剣20本が、まだ一本も出来ていないんだよ。材料がな
くてな⋮﹂
親父さん、うな垂れつつも、愚痴をこぼす。
229
﹁無理だと言って、断ったらいいじゃねーか?﹂
カイドウさんが最もな事を聞いた。
﹁バカヤロウ! 俺だって無理だ! って最初に言ったんだよ⋮そ
したら、クソ大臣のベスターのヤツが⋮
﹃王国でも名高い、カイジンともあろうお人が、コノ程度の仕事も
出来ないのですかな?﹄
なんぞとほざきやがったんだよ!!! しかも、国王の前で! だ。許せるか? あのクソ野郎が!!!﹂
激怒しながら話してくれた。
話を聞くと、三男ミルドがかつてベスター大臣の家を造って欲し
いという依頼を断ったのだという。
それを恨んで、嫌がらせを繰り返されて、ミルドさんは国を追わ
れる所だったと。
それを拾ったのが、カイジンさんなのだそうで、どう考えても逆
恨みの嫌がらせだろう。
で、恐らくだが、材料を買い占めて作れなくしているのではない
か? 俺にはそう思える。
という、特殊な鉱石が必要になる。槍はただの
﹁その素材が無くて作れないって、槍とは材料が違うのか?﹂
魔鉱石
俺の質問に、
﹁ああ、
鋼の槍だったんだよ。﹂
230
投げ捨てるような返事が返ってきた。
名人も、素材なければ、唯の人。
余程悔しいのだろう。
大臣にしても、自分に泣きついてくるのを待っているのではなか
ろうか?
﹁しかもな⋮、一本完成させるのに、一日かかる。流れ作業で、効
率化しても、20本打つのに、2週間は掛かるんだよ⋮。﹂
期限は? と質問しようとして、止めた。
聞かなくても、その表情が絶望的だと物語っていた。
﹁期限は、今週末まで⋮。来週の初日に、王に届けなければならな
い。国で請負、各職人に割り当てが行われた仕事だ⋮出来なければ、
職人の資格の剥奪も有り得るんだよ⋮﹂
要するに、後5日しかないっぽい。というか、今日はもう無理そ
うだから、実質4日?
なんか深刻な話になってきたぞ? 俺、関係ないのに、なんでこ
こにいるんだろ?
魔鉱石
だったら、俺、持ってるんじゃね? まあ、関
ちょっと、意味がわからないですね∼?
てか、
係ないんだけどさ⋮
何を勘違いしてるんだか知らないけど、全員俺を見つめてくる。
男に見つめられても嬉しくない!
そうじゃなくて︵それも重要だけど⋮︶、お前! 何とか出来る
んじゃないのか? 的な視線なのが痛い。
こいつら⋮、スライムを何だと思っているんだ?
231
しゃーなし、だ。
ここは、超絶に恩を売るか⋮そして、ゴブリン村の村興しを手伝
わせるか!
﹁ふっふっふ。はっはっは! はぁーーーっはっはっは!!!
おいおい、小物っぽい会話してんじゃないよ? 親父! これ、
使えるかい?﹂
ドン! っと、目の前の製作机の上に、鉱石の抽出素材を置く。
魔鉱石
じゃね
そして、俺はソファーに踏ん反り返って座った!︵ような気にな
った!︶
﹁⋮お、おい! おぃいいい!!! こ、これ、
ーーーか! しかも、純度が有り得んほど高いぞ!!!﹂
じゃないんだな。
なんだよ∼ん!!!
魔鉱石
魔鋼塊
ふ。実際には、それは
既に加工済み。
﹁おいおい、親父、あんたの目は節穴かい?﹂
これが鑑定出来ない程度の腕なら、あんまり役に立たないだろう。
適当に素材だけ売ってやるが、関係はそれまでだ!
だと!?﹂
﹁何⋮? ⋮⋮⋮まさか⋮、いや、そんなバカな! この塊全てが、
魔鋼
親父さん、流石に見抜いたか! だが、その驚きように、俺がび
っくりだ!
﹁こ、これは、譲ってくれるのか? 勿論、金は言い値で払うぞ!﹂
232
ふふふ。釣れた!
﹁さて、どうしたもんかねー﹂
﹁く! 何が望みだ? 出来る事なら何でもするぞ?﹂
﹁その言葉が聞きたかった! 俺達の事情は聞いているだろ? 誰
か、親父さんの知り合いに技術指導で来て貰えないか探して欲しい。
﹂
﹁何だと? そんな事でいいのか?﹂
﹁ふん。俺達にとって、最優先が衣食住の、衣と住居なんだよ! を渡し、約束を
まあそれと、今後の衣類の調達の伝や、武具なんかも頼みたい。﹂
魔鋼塊
﹁そんな事でいいなら、お安い御用だ!﹂
こうして、俺は親父こと、カイジンに
取り付けた。
細かい取り決めは、作業終了後に行う予定だ。
あの反応から、恐らくもっと吹っかけても飲むとは思ったが、欲
張り過ぎは良くない。
何しろ⋮、いつもそれで失敗しているのだから!
俺も、学習したものである。
その日、皆で晩飯を食べてから、カイドウさんは帰って行った。
あのおっさんも、警備隊の隊長のくせに、昼からサボリとはいい
身分である。
まあ、俺の案内の為だ。俺に文句はない!
カイジン
そして、ドワーフ三兄弟は、俺にいたく感謝してくれた。
親父が、国に睨まれたのが自分達のせいだと、恐縮していたらし
い。
何ならお前ら、俺達と一緒に来ない? そう言うと、きょとん!
233
とした後、三人で相談を始めた。
まあ、何らかの結論を出すだろう。
そろそろ、切り出すか。
﹁親父さん、残り4日。今日を入れても4.5日で、仕上げは可能
なのかい?﹂
﹁⋮。正直、無理だと思ってる。それでも、やるしかねーんだよ!﹂
気合で、何とかしようとしてたのか⋮。
だが、俺は知っている。無理なものは、無理なのだ!
出来る時は、出来る要素が揃っていた場合のみなのである。
しょうーがない⋮助けるならば、最後まで!
﹁わかった。俺に策がある! 取り合えず、明日、落ち着いて最高
の仕上がりの一本を作ってくれ!﹂
﹁なんだと? お前、素人なんだろ? 何が出来るって言うんだ?﹂
﹁秘密だ。信じろ! 信じられないなら、好きにしな。だが、依頼
は失敗するだろうけどね!﹂
魔
の代金は支払わん。まあ、俺も無事ではすまないんだ、払いよ
﹁⋮信じて、いいんだな? もし、出来なかったら、お前には
鋼
うが無くなるだけだがな!
だが、約束を守ってくれたなら⋮、俺も、約束を守ると誓う! 最高の職人を用意してやるよ!!!﹂
約束は成立した!
そして、約束とは果たされる為にあるものなのだ!!!
234
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
235
ドワーフとの取引
として、前回投稿予定のハズ
16話 ドワーフの鍛治師︵後書き︶
実は、この話が
でした^^;
236
17話 約束の行方︵前書き︶
名前、適当に付けていると、そのうち間違えてしまいそうです⋮。
その時は、スミマセン。
237
17話 約束の行方
明けて翌朝。
俺達は、作業部屋に集まった。
魔鋼塊
を眺
昨日は、弟子用の空き部屋を借りて泊めさせてもらったのだ。
俺達が部屋に入ると、そこにはすでに四人揃って
めていた。
溜息をつきながら、何度も何度もひっくり返したりしながら確か
めている。
俺が出した塊は、人の拳程度のサイズである。
大げさな反応をしているようだが、そんなに希少なのだろうか?
﹁お前は、何を言っているんだ?﹂
は
魔鋼
の原石である。その原石の状態でさえ、金
それが、カイジンからの返事だった。
魔鉱石
以下、その説明だ。
に匹敵する価値がある。
この世界を構成する要素、
魔素
魔素
というものが、この世界で大
。
理由は簡単。その希少性と、用途の有用性である。
元の世界には無かったこの
きな役割を占めているのだ。
魔物を倒すと、希に、魔石と呼ばれる魔素の塊を落とす。
この魔石はエネルギーの塊のような物であり、精霊工学というこ
の世界独自の発明品の燃料となっているらしい。
また、上位の魔物の核である魔石は、宝石よりも美しく内蔵エネ
ルギーの量も桁が違うそうだ。
238
コア
そうした、上位の魔石は、色々な製品の核として使用されたりす
る。
細工師が加工する装飾品等も、こういった素材が使用されている
のだそうだ。
その性能は、着用者の能力上昇や、付属効果等、様々な恩恵をも
魔鉱石
とは、普通の鉱石と決定的に違う点がある。
たらすのだと・・・。
そして、
必ず、上位の魔物の付近でしか、採取出来ないのである。
何故なら、魔素の濃度の濃い場所にあった鉱石が、長い年月をか
けて魔素を大量に含んで変異して、そうやって出来た物質だからな
のである。
鉱物の、突然変異に近いのだ。
当然、魔素の濃度の濃い場所には、強力な魔物が生息している。
は発見されにくい。
魔鉱石
は存
冒険者が小遣い稼ぎに倒せるような、そんな下っ端の生息地では
魔鉱石
最低でも、Bランク相当の魔物の生息地にしか、
在しないのだそうだ。
ちなみに、ここで初めて魔物のランク等級についても説明を受け
た。
﹁そうなんすか! じゃあ、自分もBくらいっすかね?﹂
﹁﹁﹁・・・・・・・・・︵お前が思うんなら、そうなんだろ。お
前の中ではな!!!︶﹂﹂﹂
魔鉱石
だが、そこから採れる
の価値は、同等の金の20倍
魔鋼
おそらく、ゴブタのバカ以外の皆の思いは一つだっただろう。
バカは置いておこう。
それだけ、発見の難しい
魔鋼塊
は、3∼5%しか含有していない。
つまり、拳大とは言え、
239
以上という事なのだ。
金の価値は、元の世界とほぼ同程度。
国毎の共通の目安として、金本位制が採用されている為でもある。
その価値が理解して頂けた事と思う。
まあ、俺の睨んだ通り、希少な金属だった訳だ。
魔鋼塊
を保有していたりするのだ
流石は俺! その辺りはぬかりなし!!! である。
ちなみに、めっちゃ大量に
が、ちょっぴり怖くなったのは秘密だ。
バレるハズがないのだが・・・、バレたらどうしよう? なんて
思ってしまうのは小市民だからだろうか?
魔鋼
が希少だというだけで価値が高い訳ではない。
で、本題はここからだ。
その価値の本当の理由。それは、魔力の誘導と非常に相性が良い
という性質にある。
魔素とは、ある程度のイメージで操作可能なのだ。
俺の﹃魔力感知﹄等もそうだが、﹃水操作﹄なんかも、魔素の操
作によって行っている。
魔物のスキルも、その多くが魔素を元にしていると言えるだろう。
魔法については、よく判らないけど、恐らく似た原理になってい
ると思っている。
成長する武器
が出来上がるのだそうだ!
では、武器の素材に魔素が大量に含まれていたらどうなるのか?
驚くべき事に、
なんというロマン!!!
え、何それ? 欲しい!!!
ぐっと我慢したけど、喉元までその言葉が出かかっていた。
使用者のイメージに添って、徐々に理想の形態へとその姿を変え
る武器。
そして、使用者の魔力次第では、戦闘中に自由自在に形状変化も
240
可能なのだと!
さらに、魔素の馴染みが良い為、スキルの威力も増大する。
ックウェポン
マジ
ある意味、普通の武器と比べたら、余程の技量差が無ければ、魔
法武器持ちが勝つだろう。
や
氷雪の剣
な
と騒いでいるが、慌ててはいけな
炎の剣
もしかすると・・・、金と技術を注ぎ込んだ場合の話だが、純魔
鋼の刀身に、上位の魔石を嵌めたら、
早く造れ!!!
んて代物も出来るのではなかろうか?
俺の心が、
い。
出来るような気がするので、今度機会があったら、魔石を手に入
れたいものだ。
一頻りの説明を受けた後、カイジン達は作業に入る模様。
後学の為、俺達も見学させて貰う。
ゴブタの奴はどうせ寝ているのだろうけど・・・。
剣と言っても様々な種類がある。
俺の中での最強の剣と言えば、勿論、日本刀である。
しかし、刀の中だけでも様々な種類があるのだ。それこそ、どん
な剣を造るのか、興味津々であった。
作り始める事、10時間。
何の変哲もない、一本のロングソードが出来上がった。
あれ? 魔鋼が大量に余っている。
拳大しかないのだ。一本の剣の素材で足りるのか? と思ってい
た程だったのだが・・・。
聞けば、全ての素材を魔鋼で造るような事をすれば、幾らかかる
か判らない! との事。
241
炎の剣
や
氷雪の剣
考えてみれば、当然か。
道理で、
あるいは、
発想が出ない訳だ。金が掛かりすぎるのだ。
なるほどな! と納得させて貰った。
雷の剣
などの
魔鋼を芯として用い、普通の鉄鋼でその刀身を整えるのだそうだ。
それでも、魔鋼の魔素が鉄鋼部分の刀身を侵食し、いずれは、一
体化するらしい。
長い年月を経た武器の方が、強い物が多いとの事。
古くなって、刀身が錆びたり欠けたりしないのも、特徴らしい。
不思議な事に、剣にも命があるらしい。折れたり、完全な歪みが
出来た時、魔素が抜けて一気に風化するそうだ。
打ち上がった剣を見せてくれながら、そんな話をしてくれた。
なかなかに、面白い話であった。
出来上がった剣を手に取り眺める。︵手なんて無いんだが、そこ
は気分だ。︶
よく見れば、シンプルな出来上がりだが、歪みがない。
無駄がないと言える。
日本刀のような、斬る事が主体では無いようだが、刃による斬撃
も可能なようだ。
なるほど。これをベースとして、個人個人で目的毎に変化してい
くのか!
そう考えるなら、製作者の意図を省き、シンプルに纏めるのも頷
ける。
カイジン
さて、と。
親父さん達は、約束通り、素晴らしい剣を打ってくれた。
ここからは、俺の出番である。
242
﹁よし! ここからは、秘密の作業を行う。素材の確認をしたら、
悪いけど、全員部屋から出てくれ!﹂
そう言って、皆に外に出て貰う事にした。
流石に、作製方法を見られる訳にはいかない。主に、説明が面倒
という理由で!
﹁材料は、この部屋に全部揃ってる。でも、いいのか? 何なら手
伝うぞ?﹂
﹁うむ。大丈夫だ! そんな事より、三日間、この部屋を覗くなよ
? 約束だぞ!?﹂
﹁解った。お前を信じて待ってるよ・・・。﹂
そう言って、親父さん達は出て行った。
何故か、ゴブタも出て行った・・・。
ロングソード
となっております!
あのバカは、一度シメル必要があるかもしれない・・・。
さて、本日のレシピは、
作り方は簡単!
まず、お手本の一本を飲み込みます!
続けて、
ここに並べました材料を・・・、飲み込みます!
もぐもぐ、ごっくん!
︾
ロングソード
成功しました。続けて、コピー
そして、お腹の中でよく混ぜて・・・、
︽告。解析対象:
作成・・・成功しました
243
これを、19回繰り返したら、終了で∼す!!!
簡単でしたね?
でも、良い子は決してマネしないでね?
などと、バカな事を思いながら作業を行なった。
ヤバイ・・・、一本のコピーに所要した時間、およそ10秒。
190秒・・・3分強で、19本のロングソードを作ってしまっ
た・・・。
親父達を追い出してから、5分も経っていない。
というか、出来るだろうとは思っていたが、なんだか職人さんに
申し訳ないくらい簡単に作製してしまった・・・。
﹃捕食者﹄、マジでチートすぎる。
さて、どうしよう?
三日間、ここを覗くな! なんて言ってしまったが、ここに三日
何もする事なく篭るべきだろうか?
いや・・・。流石に、この部屋で意味もなく修行してても仕方な
い。
もう出来たと、ぶっちゃけてしまうか・・・。
バターーーン!
扉を開けて、俺は外に出た。
心配そうに、こちらの様子を窺っていた四人が、慌てて立ち上が
る。
ゴブタは・・・、寝ていた。
ゴブタ
お前な⋮5分で出てきたらもう寝てるって、どういう事だ?
やはり、な。俺の中で、奴をシメル事が確定した瞬間であった。
﹁おい、どうした? 何かあったのか?﹂
﹁足りない材料でもあったか?﹂
244
﹁・・・、それとも、やはり無理、だったか?﹂
口々に、心配そうに問いかけてくるドワーフ達。
﹁う、うむ。いや、実は・・・な。﹂
その心配そうな、視線が痛い。ついつい、勿体ぶってしまった。
相変わらず、俺は人が悪いのだ。
死んでも治らなかったようだ。
﹁な∼んてな! 実は、もう出来たちゃった!﹂
﹁﹁﹁・・・・・・・・・、はあぁ???﹂﹂﹂
驚きの声がハモっていた。
そりゃ、そうだよね⋮!
﹁﹁﹁かんぱーーーい!﹂﹂﹂
俺達は、打ち上げと称して、夜の店に来ていた。
納品が無事に終わったので、そのお祝い! という名目だ。
いや、俺はそんな事しないでいいと言ったんだよ! でも⋮、
﹁まあまあ、綺麗な姉∼ちゃんもいっぱいいるから!﹂
﹁そそ!!! 若い子から、熟女まで! 紳士御用達の店なんだよ
!﹂
245
﹁⋮⋮⋮⋮⋮!!!﹂
﹁おいおい! リムルの旦那が来ないと、始まらないぜ?﹂
などと、言うのだ。
嫌だけど、しょうーがない!
本当に困った奴らだ!!!
いやー、真面目な俺のイメージが壊れるわー! 本当に困る!!!
店の名前は、﹃夜の蝶﹄。
本当に蝶だろうか? 蛾だったらぶち殺すぞ!
⋮いやいや、興味なんてないんだけどね?
そんな事を考えながら、店に入った。
﹁あら∼! いらっしゃ∼い!!!﹂
﹁﹁﹁いらっしゃいませーーー!!!﹂﹂﹂
うっひょーーー!!!
めっちゃ綺麗どころが、並んで居るではないか!!!
うぉーーーーー!!! 耳が長い!!!
え、エロフ! いや、エルフだーーーー!!!
ちょ! やっべーーー! 服、薄ーーーいいぃ!
ああ⋮見えそうで見えない⋮
何なの! 全力で﹃魔力感知﹄を発動してるのに!!!︵普段は
見えすぎるので、90%カットの低燃費モードなのだ。︶
このお姉ちゃん達、見えそうで見えないラインを死守しておるわ!
く⋮、挑戦か? 俺に対する挑戦なのか!?
くそうくそう!
﹁うわーーー! 可愛いい!!!﹂
﹁ちょっとぉ! ワタシが先に目ぇつけてたのにぃ∼!!!﹂
246
ふわ∼り!
ボヨヨン! ボヨヨン!
キ、キターーーーーーーーー!!!!!
俺の身体が、プヨンプヨン!
俺の背中で、ボヨンボヨン!!!
ここは、楽園ですか?
﹁⋮⋮、え、えーと⋮、嫌がっていた割には、えらく楽しんでくれ
てるみたいだな?﹂
は!
いかん、俺様とした事が⋮。
﹁え⋮? いや、それほどでも?﹂
ちょっと、無理があったか⋮。
誰一人として、信じてくれなかった。
だが、仕方ない。しょーがないさ!
だって、今、俺、エルフのお膝の上に、抱っこされてるんだぜ・・
・
感動で胸がいっぱいだよ!!!
ああ⋮、亡︵無︶くなった俺の息子が生きていれば、今頃感動で
おおはしゃぎしていただろうに⋮⋮。
そんな、楽しい時間を過ごしていた俺達だったのだが、
﹁おやおや、カイジン殿では、ありませんか! いけませんな、こ
247
の上品な店に、下等な魔物など連れ込んでは!﹂
喧嘩を売るかのような言葉を掛けてきた者がいた。
誰だ? このおっさんは⋮?
一瞬で、周りが静かになった。
女の子達も、おっさんの事を嫌っているのか、嫌そうな顔をして
いる。よく観察しないと判らない程度ではあったけども。
おっさんは、ドワーフにしては珍しく、細っそりとした体型に、
長身であった。とは言っても、普通の人間と同程度の身長である。
マダム
﹁おい、女主人! この店は、魔物の連れ込みを許すのか?﹂
﹁い、いえ、魔物と言いましても、無害そうなスライムですし⋮﹂
﹁はあ? 魔物だろうが! 違うのか? スライムは魔物じゃない
とでも抜かすか!!!?﹂
﹁いえ⋮、その様な訳では、決して⋮﹂
ママさんが、のらりくらりと言葉を濁して、怒りをそらそうとす
るのだが、取り合おうとしていない。
このおっさんの目的は、明らかに俺達であるようだ。
﹁まずいな⋮、大臣のベスターだ⋮。﹂
このおっさんが、噂のベスター大臣だと?
なるほど⋮、何というか、神経質でねちっこそうな顔をしている。
その時、
﹁ふん! 魔物には、これがお似合いよ!!!﹂
などとほざいて、俺の頭から水をぶっ掛けてきた。
248
カイジン
これには、カチン! と来たが、ぐっと堪える。
相手は大臣だ、俺の短気で親父達やこの店のママさんに迷惑は掛
けられない。
この店に出入り禁止なんて、そんな悲しい思いはしたくない!
俺が、そう思い、我慢をしようとしていたら、
﹁おい⋮。黙って聞いてれば、いい気になりやがって!﹂
カイジン
ドン! と、テーブルを蹴り飛ばし、親父さんが立ち上がった。
﹁おう、ベスター! てめー、この俺の客に舐めたマネしてくれて、
覚悟は出来ているんだろうな?﹂
⋮え? ちょっと、カイジンさん⋮相手、大臣ですけど、いいの?
ベスター大臣も驚きで引き攣っていたが、俺も驚きで飛び跳ねた!
俺の背中に柔らかい感触が弾けた! ⋮わざと、ではない。決し
て!!!
﹁きさ、貴様! このワシに対して、そのような口を⋮!!!﹂
怒りと驚きで声も出せない、ベスター大臣。
﹁お前、そろそろ黙らんかい!!!﹂
そう言って、躊躇う事なくベスター大臣の顔面を殴りつける、カ
イジンさん⋮。
﹁リムルの旦那、腕のいい職人を探していたよな! 俺じゃ不足か
い?﹂
249
不足どころか⋮というか、いいのだろうか?
だが、大臣を殴るなんて、もうこの国に居場所は無いだろう。
しかし、だ。
男には、言葉が必要ない時があるのだ。
﹁その言葉、待っていたぞ! 宜しく頼むぞ、カイジン!﹂
細かい事はいい。
カイジンが来てくれるというのなら、俺は受け入れるだけでいい
のだ!
綺麗事などクソくらえ! 俺達は好きに生きたらいいのだ!
カイジンと俺は、熱く頷きあった。
そうして、約束は果たされた!!!
しかし⋮、この後、どうやって逃げようか?
やっぱ世の中、慎重に行動しないと、山程問題が生まれちゃうの
だ⋮。
格好をつけても、今後の問題が消えて無くなってはくれないのだ
った!
ステータス
250
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
251
17話 約束の行方︵後書き︶
次回でやっと⋮、ドワーフ王国から旅立てそうです。
思ったよりも、長くなりました。
252
18話 騒動の結末︵前書き︶
次回で旅立つと言ったような記憶があるのですが、きっと気のせい
でしょう⋮
253
18話 騒動の結末
さて、と。
当たり前の話ではあるが、大臣を殴ったのは非常に不味い。
当たり前なのだ・・・。
﹁兄貴・・・、何をやっているんだよ?﹂
警備兵を引き連れてやってきた、カイドウのセリフであった。
流石に毎日サボれないのか、今日は姿を見ていなかった。
飲みに行くのを誘ったのだが、用事がある! と断られたのだ。
それなのに、自分が用事でいない間に騒ぎを起こしているとなれ
ば、呆れるのも当然だろう。
逃げるだけなら簡単なんだが、それは悪手だろうな・・・。
﹁フン! そこのバカが、俺の客であり恩人のリムルの旦那に失礼
な事をしやがるから、ちょいとお灸を据えただけの事よ!!!﹂
と、引き連れていた四人の騎士に介抱されている、ベスター大臣
を指差す。
ベスター大臣は、今だに驚きとショックから立ち直れていない。
鼻血をボタボタ垂らしながら、呆けた顔でこちらを睨んでいる。
殴られる等、まったく想像もしていなかったのだろう。驚き過ぎ
て、痛みも感じてはいない様子だ。
﹁おいおい・・・、ちょいとお灸って、大臣相手にそれは不味いだ
ろ・・・﹂
254
溜息まじりに、カイドウが呟いた。
﹁ともかく・・・、兄貴達の身柄は、一旦拘束させて貰う!﹂
そう言って、部下に指示を下すカイドウ。
だが、俺達にだけ聞こえるように、
﹁悪いようにはしないから、大人しくしておいてくれよ!﹂
と、呟いていた。
無論、俺に騒ぎを起こすつもりなどない!
俺はママさんの元へコソっと移動し、ママさんに金貨五枚を握ら
せた。
え? と、驚くママさんに、
﹁迷惑料も入ってるから! また来るよん!﹂
と挨拶する。
ここは質のいい店だった。こんな事で、二度と来れなくなっては
面白くないのだ。
蓑虫地獄
を執行中だっ
こうして俺達は連行される事となった訳だが・・・、何かを忘れ
ている。
そう! ゴブタである。
あのバカは、店に連れてきていない。
度重なるヤツの愚行に対し、お仕置き
たのである。
最初は逆さ吊りにしようかとも思ったが、流石にそれは不味い。
という訳で、﹃粘糸﹄でグルグル巻にして、部屋にぶら下げてき
255
たのだ。
﹁ちょ! これ酷いっす! 自分も連れてって欲しいっす!!!﹂
などと、悲痛な声で喚いていたが、甘い顔をすれば付け上がりそ
うだ。
という訳で、
﹁バカめ! 貴様の日頃の行い、目に余るわ! 悔しかったら、相
棒︵嵐牙狼︶でも召喚して助けてもらいやがれ!!!﹂
と、出来もしないだろう事を言いつけて放置して来たのである。
ゴブリンならともかく、ホブゴブリンに進化した今のヤツなら、
一週間くらいは飲まず食わずで大丈夫だろう。
長い日数、拘束されるようなら、一度抜け出してヤツを助けてや
ろう。
そう考えて、ヤツの事はそのまま忘れる事にした。
ちょっとだけ、可哀想かな? とも思ったが、逞しいヤツの事だ、
問題ない!
俺達五人は、王宮へと連行された。
とは言っても、ものものしく拘束されている訳ではない。任意同
行に近い感じだ。強制だけど・・・。
結局、牢屋で2日程過ごす事になった。
とはいえ、それなりに良い食事が出ているようだし、部屋の調度
も整えられている。
5人一緒に入れられているので、牢屋というより大部屋という感
じだ。
待遇は、そこそこマシな印象を受けた。
256
﹁俺が短気を起こしてしまったばかりに・・・、スマン!﹂
カイジンが謝ってきた。
しかし、ここにそんな事を気にする者はいない。
﹁カイジンさん、大丈夫! 問題ないさ!﹂
﹁そうそう、親父さんが気にする事ないですよ!﹂
﹁・・・・・・!﹂
三人も同じ気持ちのようだった。
﹁それより、釈放されたら、俺達もカイジンさんに付いていきます
よ!﹂
﹁リムルの旦那、俺達がついて行ったら迷惑かい?﹂
﹁・・・・・・・・・??﹂
最後のやつは何が言いたいのか、俺の理解力では判断出来ないが、
気持ちは分かった。 ﹁ふん! 皆、まとめて面倒見てやるさ! ただし、扱き使うから、
覚悟しとけよ!﹂
﹁﹁﹁おう!﹂﹂﹂
とまあ、こんな感じに、俺達は釈放された後の事を相談し始めた
のであった。
一日目はそうやって過ぎて行き、二日目の夜。
257
﹁そう言えば、あの大臣、えらくカイジンを目の敵にしてなかった
か? 何か理由でもあるのかな?﹂
何の気なく、俺が質問をしたのだ。 これに対し、カイジンは苦虫を噛み潰したような顔になり、溜息
をつくと話始めた。
実はカイジンは、元、王宮騎士団の団長の一人だったのだそうだ。
とは言っても、王宮騎士団は全部で7つの部隊があり、その内の
一つを任されていたらしい。
工作部隊・兵粘部隊・救急部隊の裏方三部隊。
重装打撃部隊・魔法打撃部隊・魔法支援部隊の花形三部隊。
そして、最も重要な、王直属護衛部隊である。
カイジンは、工作部隊の団長を務めていたそうだ。
その時の副官が、ベスターだったのだそうだ。
﹁ヤツは、侯爵の出でな、金で地位を買った! と言われていてな
⋮。俺が庶民の出だったものだから、妬んでいたんだ。
複雑だったんだろうよ。庶民の下で命令を受けるのも屈辱だった
のかもしれんしな⋮
俺には、他人の気持ちなんて思いやる余裕がなくてな。王の期待
に添おうと必死だったんだよ⋮。
そんな時に、あの事件が起きたんだ⋮﹂
そう言って、当時の事件を語ってくれた。
カイジンが、軍を辞めるきっかけとなった事件。
魔装兵事件。
当時、ドワーフの工作部隊は、新しい技術革新もなく、7つの部
258
隊の中で最低の評価に甘んじていた。
技術立国の立場から、工作部隊は花形であるべきだ! そう主張
するベスター派。
今のままで、堅実に研究を進めるべき! という主張のカイジン
派。
魔装兵計画
が立
両者は議論が拮抗し、会議で結論が出る事は無かったという。
そんな中、エルフの技術者との共同開発の、
ち上がった。
この計画を何としても成功させ、工作部隊の地位を確固たるもの
にしよう! そうベスターは考えた。
魔装兵計画
精霊魔導核
はこうして
の暴走を引
そのベスターの焦りをカイジンが指摘したが、庶民出の上司の忠
告には、聞く耳を持たなかった。
結果、焦ったベスターの独走により、
き起こし、計画は頓挫。
当時最高の技術者を集めて行われた、
終焉を迎えたのだ!
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
結局の所、失敗の責任を取って、カイジンは軍を去る事になった。
ベスターが、自分の失敗を全てカイジンに押し付けた上に、軍の
幹部を抱きこみ、偽の証言まで用意した為である。
しっかし、ベスター、絵に描いたような悪人だな。ある意味、解
りやすい。
要するに、カイジンがこの国にいると、いつまた軍に返り咲いて
自分の地位を脅かすか解らない! と、こういう訳か。
そんな卑怯なヤツ、死刑でよくね? まあ、死刑は言いすぎかも
しれないが⋮。
259
﹁まあ、そういう訳で、俺がこの国から出たら、アイツも少しはマ
シになるかもしれんさ。﹂
そう言って、この話を締めくくった。
三兄弟も、当時の事件の真相を知る者達で、ベスター大臣を嫌っ
ていたのだそうだ。
そんな話を聞けば、俺だって嫌いになるわ⋮。
しかし、貴族相手に殴ったのだ。
このまま無事に、釈放されるとは思えないのだが⋮
そうした俺の心配に、
﹁大丈夫だろ、一応。俺は退役したとはいえ団長にまでなったおか
げで、準男爵の地位を戴いている。
庶民が貴族に対して! ってのなら、裁判待たずに死刑もありえ
たけどな!﹂
そう言って、大笑いしている。
俺はまったく笑えないけどな⋮。
いざとなれば脱出しよ! 俺、関係ない事にして、ほとぼり冷め
るまで普通のスライムのふりして過ごそう。
俺は内心、そんな事を考えたのだった。
そして、裁判の日となった。
俺達は、王の前へと連行された。
ドワーフの英雄王。
目の前にしたら、その圧倒的威圧感が半端ではない。
260
現王、ガゼル・ドワルゴ。
目を閉じ、椅子に深く腰掛けている。
オールバック
か
ドワーフらしい、がっしりとした体付き。迸るエネルギーを秘め
た筋肉の鎧。
その特徴ある、褐色の肌。後ろに撫で付けた、漆黒の髪。
強い!
俺の本能が、久しぶりに全力で警報を鳴らしていた。
両脇に、騎士が控えている。
この二人も強いと感じるが、王の前には霞んでしまう。
この王は、化物だ。
簡単に逃げれるつもりでいたが、これは⋮
危機感
俺の弛みきった意識は、王の前に来た途端に覚醒した。
ひょっとすると、この世界に来てから初めて感じる
もしれなかった。
一人の男が王の前に膝をつき、何事か確認した。
王の許可を得て立ち上がり、
﹁裁判を始める! 皆、静粛にせよ!!!﹂
裁判の開始が告げられた。
1時間かけて、双方の言い分が発表される。
当事者である俺達に、ここでの発言は許されない。
この場で自由に発言出来るのは、伯爵位以上の貴族だけである。
それ以外は、王の許しが出るまで発言は許されない。
発言すればどうなるのか?
発言した時点で、罪が確定する。さらに、不敬罪まで上乗せされ
るというお得さで!
261
冤罪も何も関係ない。それが、ここのルールなのだそうだ。
代理人に、全てを任せるしかないのだ。
この代理人とは、この二日、何度も顔を会わせて打ち合わせして
いる。
言うなれば、弁護士みたいな者であろう。
この代理人は大丈夫なんだろうな?
そういう不安とは、得てして的中するものなのだ⋮。
﹁と、このように、店で寛いでお酒を嗜んでおられたベスター殿に
対し、複数で店に押し入り暴行を加えたのです!
これは、断じて許されるべき行為ではありません!!!﹂
﹁それは事実であるか?﹂
﹁はい! 私も、カイジン殿からの聞き取りだけではなく、店側か
らも調書を取って御座います!
先の言い分に相違ない事は、間違い御座いませぬ!!!﹂
⋮は? え、何だって?
味方と思っていた代理人の、まさかの裏切りであった。
これは⋮、不味いのではなかろうか?
カイジンの様子を見ると、一気に顔が赤くなり、次第に青ざめ始
めている。
そりゃ、そうだ。
なんせ、言い訳もさせて貰えないのだ。
ちなみに⋮、代理人が嘘を吐く事は、許されていない。
バレたら死罪である。余程の覚悟か、何らかの事情が無ければ、
嘘を吐くなど考えられないのだが⋮
王の前で、下賎な者︵この場合は罪人︶に発言を許さない為のシ
ステムだが、今回は最悪の方へと運用されてしまったようだ。
262
﹁王よ! お聞き届け頂けましたでしょうか? この者達への厳罰
を申し渡しください!﹂
ベスター、調子に乗って、王に進言してくれた。
さらに、こちらを見やり、勝ち誇った笑みを浮かべている。
あの野郎⋮やっぱ、殴っておけば良かった⋮。
王は、目を閉じたまま、微動だにしない。
その様子を確認し、傍仕えが王に代わって発言を行う。
﹁静粛に!!! これより、判決を申し渡す!
主犯、カイジン! この者は、20年の鉱山での強制労働に処す。
その他、共犯者! この者共は、10年の鉱山での強制労働に処
す。
それでは、この裁判を閉廷⋮﹂
﹁待て⋮。﹂
重く、深い静かな声が、閉会の言葉を遮った。
王が目を開けて、カイジンを見つめた。
﹁久しいな、カイジン! 息災か?﹂
﹁⋮は! 王におかれましても、ご健勝そうで、何よりで御座いま
す!﹂
一泊おいて、カイジンが返答した。
王の問いかけには、返事しても大丈夫のようだ。
263
﹁よい。余と、そちの仲である。本題である! 戻って来る気はあ
るか?﹂
周囲がざわめいた。
ベスターは一気に青ざめる。
ふと見ると、裏切った代理人は、死にそうな程の土気色の顔色に
なっていた。
﹁恐れながら、王よ! 某は、すでに主を得ました!
この契りは、某の宝であります。この宝、王の命令であれど、手
放す気はありませぬ!!!﹂
その言葉に、周囲が気色ばむ。
護衛の兵士から、カイジンに向けて殺気が放たれている。
それでも、カイジンに怯えは無く、むしろ堂々と胸を張って、王
を見つめていた。
その目を見て、王は再び目を閉じた。
﹁で、あるか⋮。﹂
そう呟く。
辺りを、再び静寂が支配した。
そして、
﹁判決を言い渡す。心して聞けえい!!!
カイジン及び、その仲間は、王国より国外追放とする!
今宵、日付が変わって以後、この国にいる事を余は許しはしない。
以上。では、余の前より消えるがよい⋮。﹂
264
王が目を見開き、大音声で言い渡す。
これが、王者の覇気!
身が震える程の、威圧。
それなのに⋮。俺には、王が寂しそうに見えたのだ。
こうして、裁判は閉廷し、俺達はカイジンの店に戻ってきた。
ちょっと飲みに行くつもりが、大事になったものである。
さっさと荷造りして、出発しなければ!
そういえば⋮、ゴブタは無事だろうか?
まあ、まだ三日目だし⋮
ちょっとだけ不安に思いながら、お仕置き部屋の扉を開けると⋮、
﹁あ! お帰りっす! 今まで楽しんでたっすか? 今度は自分も
連れて行って欲しいっす!﹂
などと言いながら、ソファから飛び起きるゴブタの姿が!
なん⋮だと? コイツ⋮蜘蛛の﹃粘糸﹄から、どうやって逃げ出せた?
よく見ると⋮枕にしているのは、嵐牙狼であった。
マジか? 召喚を成功させたのか!?
﹁お、おい、ゴブタ君。君、狼の召喚に成功したのかね?﹂
﹁あ! そうっす! 来てくれ! って念じたら、来てくれたっす
よ!﹂
簡単に言いやがって⋮
265
未だ、他のホブゴブリンで成功した事例は無いというのに⋮。
もしかして、こいつ、頭の栄養が才能に行き渡っているんじゃ⋮?
まさか⋮、な。ゴブタの分際で、そんな訳ない。
きっと偶然だろう。
と、そこで、嵐牙狼を見て硬直しているドワーフに気付いた。
﹁何してるんだ? さっさと準備して行くぞ?﹂
ドワーフ達に声をかけると、
﹁おいおい、待て待て! なんでこんな所に、黒牙狼がいるんだ!
!!﹂
﹁そうだぞ! さっさと逃げないと、アレは、Bランクの魔物だぞ
!!!﹂
何やら大慌てしている。
その様子は滑稽で、面白かった。
﹁大丈夫、大丈夫! 問題ない。唯の犬と大して変わらんよ! 家
で飼ってる狼だしな!﹂
安心させてやるつもりで言ったのだが、何故か、四人揃って絶句
していた。
時間が無いので、今回は仕方ない。
ドワーフ達に、旅の服装に着替えて貰うと、皆で外に出た。
そして俺一人、家の中の持って行く物全てを、飲み込んでいく。
容量には、まだまだ余裕がある。
だが、流石に建物を飲み込むのは、悪目立ちしすぎるし怪しまれ
るので止めておく。
266
こうして旅の支度を整え、俺達はリグル達との待ち合わせ場所で
ある森の入り口に、向かったのであった。
武装国家ドワルゴン。
今後、何度も関わりあう事になる国家。
逃げるようにこの国から飛び出した俺達は、その事にまだ気付い
ていない。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
耐性:熱変動耐性ex
267
物理攻撃耐性
痛覚無効
電流耐性
麻痺耐性
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
その場は、静寂に包まれていた。
さっきまで騒々しいやり取りがあったとは思えないほど⋮。
268
五人の犯罪者が、逃げるようにこの場を去った後、誰一人として
動く者はいない。
その静寂を壊すかの如く、
﹁さて、ベスター。何か、言いたい事はあるか?﹂
﹁お、恐れながら、王よ! これは誤解です! 何かの間違いで御
座います!﹂
見苦しく、王に縋り付かんばかりに喚きたてるベスター大臣。
対する王は、終始感情を覗かせない、冷徹な態度である。
﹁誤解、か⋮。余は、忠実な臣を一人、失う事となった。﹂
﹁何をおっしゃいます! あの様な者など、王に忠誠を誓うどころ
か、どこの馬の骨ともわからぬ⋮﹂
﹁ベスターよ! お前は、勘違いをしておる。カイジンの奴は、元
より、余の元を去っておった⋮
余が失う忠実な臣、それは、お前の事だ。﹂
静に、何の感情も覗えない、声。
ベスターの喉が、ゴクリと鳴る。
言い訳をしなければ⋮! ベスターの心臓は早鐘を打ち、頭は空
転する。
何も考える事が出来なくなっている。
今、王は、何と言った?
失うのは、お前! それは、つまり⋮
ベスターはどうすればいいのか考える。だが、何も考えは浮かば
ない。
﹁もう一度、問おう。ベスターよ。何か、言いたい事はあるか?﹂
269
怖い。
ベスターは恐怖で頭がいっぱいになった。
王に問われている。返答しなければ! だが、何も言葉が浮かん
で来ないのだ!!!
﹁お、おそれ、恐れながら⋮﹂
﹁余は、お前に期待していたのだ。ずっと待っていた。魔装兵事件
の際も、お前が真実を話してくれるのを待っていたのだ。
そして、今回も。見よ!﹂
そう言って、王が二つの品を指し示す。
いつの間にか、近習が運んで来た物だ。
ベスターは、虚ろな瞳でソレを見た。
見た事もない、液体の詰まった袋状の球体。
一本のロングソード。
﹁何か解るか?﹂
そう問われ、よく観察する。
球体は解らないが、ロングソードは見覚えがある。カイジンの持
ち込んだ剣だ。
﹁教えよ!﹂
王の説明に、近習が説明を行った。
ベスターの脳が、ソレを理解するのに、しばしの時間が必要であ
った。
270
蘇生薬ではないものの、ヒポクテ草の完全抽出液。それは、完全
回復薬。
ドワーフの技術の粋を集めても、98%の抽出が限界。
98%では、上位回復薬の効果しか得られない。それが、99%
!!!
驚きに、ベスターの顔が歪む。知りたい! その抽出方法を!!!
更に、驚くべき情報が、ベスターへと説明される。
その、ロングソード。
芯に使った魔鋼が、すでに侵食を開始し始めている、という報告。
有り得ない⋮、普通、10年は馴染んでから、徐々に侵食は行わ
れるものなのに!
驚愕に、ベスターの思考が活性化される。
その事が本当だとしたら! そういった考えがベスターを支配し、
﹁それを齎したのは、あのスライムだ。お前の行いが、あの魔物と
の繋がりを絶った。何か言いたい事はあるか?﹂
決定的に、ベスターは王の怒りの深さを知る。
もはや、何も言うべき事など、無いのだ⋮と。
﹁なにも⋮、何も御座いません、王よ。﹂
涙が込み上げて来た。
自分は、王に見捨てられたのだ! と、初めて理解して。
王の役に立ちたかった。そして、王に認めて貰いたかった。
彼の望みは、それだけだったのに⋮。
いつから、自分は間違ったのか?
カイジンに嫉妬した時から?
あるいは、もっと前⋮?
271
解らない。ただ解るのは、自分は王の期待を裏切ったという、そ
の事実。
﹁で、あるか。では、ベスターよ! お前には、王宮への立ち入り
を禁止する。二度と、余の前に姿を見せるな⋮!
だが最後に一言、お前に言葉を送ろう。大儀であった!!!﹂
ベスターは、王の言葉を聞くと立ち上がり、王へと深々とお辞儀
をした。
そして、その場を去る。
自らの犯した、愚かしさの代償を支払う為に⋮。
ベスターの退出と同時に。
近衛が駆け寄り、ベスターの共犯の代理人を捕らえる。
その様子を視界に収め、
﹁暗部よ! あのスライムの動向を監視せよ! 絶対に気取られる
な! 絶対にだ!!!﹂
念を押してまで、王が命令を発する。
寡黙な王が、念を押してまで発する命令!
その重要さに、周囲の気が引き締まる。
﹁この命に代えましても!﹂
暗部はそう言い残し、消えた。
272
スライム
王は思う。
あの魔物は何者だ?
あれは、一種の化物だ。あんな魔物が解き放たれているのか⋮
平和な時代が終わろうとしているのかもしれない⋮と。
273
18話 騒動の結末︵後書き︶
今度こそ、次回で旅立ちます! 自信ある!
カイドウの活躍で、回復薬が王の手元に行った訳ですが、今回書き
きれませんでした。
もっと簡単に旅立つハズだったのに⋮
274
幕間 −蓑虫ゴブタ−
どうも、ゴブタっす!
自分は今、リムル様にお仕置きされている最中っす。
蓑虫地獄
と称して、糸でグルグル巻きにされて、天井から吊るされている
っす。
でも、痛みや苦痛はないんすよね。力を抜いてダラーンとしてる
んすけど、結構快適だったりするんす。
糸は伸縮するので、身体も動かせるんすよ。
だけど、暴れても糸が切れる事はないみたいっすし、反動で目が
回るので、大人しくしている方が賢いとさっき気付いた所っす。
そんなわけで、置いてけぼりにされた事の方が辛いんすよ。
リムル様達だけで夜のお店に行くなんて、酷いと思うっす。自分
も連れて行って欲しかったっすよ⋮⋮。
しかし、暇っすね。
自力で脱出は出来そうもないので、抜け出すには相棒である嵐牙
狼を召喚して助けて貰うしかないんすよ。
でもね、そんな事を自分が出来る訳がないっす!
リグル隊長でさえ出来ないのに、そんなに簡単に出来たら苦労し
ないって話っすよ。
これは、リムル様の巧妙な嫌がらせなんでしょうね。
ちょっと寝てただけなのに、リムル様はケチだと思うっす。これ
を言ったらリグル隊長やリグルド村長に激怒されそうなので、ここ
だけの話なんですけどね。
とはいえ、別段苦痛や不快感はないし、暇な事を除いては問題は
ないんすよ。
なんのかんの言って、リムル様は優しいんすよね。そういう所が、
275
皆が心酔する理由だと思うっす。
まあ、明日になれば帰って来て降ろしてくれるだろうし、今日一
晩の我慢っすね。
おかしいっす。
一晩経って昼になったっすけど、リムル様達が帰って来ないっす。
何かあったっすかね? 遊び歩いて、どこかで泊まってるだけか
も知れないっすけどね。
正直、お腹がすいてきたし、早く帰って来て欲しいっすね⋮⋮。
やばいっす⋮⋮。
三日経ったけど、リムル様達が帰って来ないっす。
心配っすよ。でも、他人の心配をしている場合じゃないんす。
今、まさに。自分自身がピンチに直面しているんす!
空腹も大変っすけど、そんな事よりももっと重要で重大な問題が
発生したっすよ。
ピーーーゴロゴロゴロ⋮⋮。
お腹痛い⋮⋮。
オシッコがしたくなったけど我慢を続けていたら、大きい方まで
やって来たっす。
大と小の多重攻撃に、自分の精神力は極限まで鍛えられそうっす
よ。
しかも、っす!
自分が吊られた部屋は、足元に絨毯が敷かれた応接間なんすよ。
石床の部屋ならまだしも、こんな高そうな絨毯を汚したら、ドワ
ーフのカイジンさんにまで怒られてしまいそうっす⋮⋮。
リムル様も、トイレや風呂といった今まで気にしていなかったよ
うな事を煩く言うお人ですし、部屋を汚したら怒りそうなんすよね
⋮⋮。
ひょっとすると、今、かなり危険な状態にいるのかも知れないっ
276
す。
さて、どうしたものっすか⋮⋮。
ちょ、ちょっとどころじゃなく⋮⋮ヤバイっすね⋮⋮。
我慢しようと身をよじったら、その振動が糸に伝わり、絶妙に揺
れるっす。
このままでは、大惨事が起きるのも時間の問題っすよ。
糸を切るのは無理だし、リムル様達が帰って来る事にも期待出来
そうもない。
打つ手なしっす。こりゃあ、詰んだっすね。
さっきから脂汗が止まる事なく流れていて、目が霞んできたっす。
ここから脱出する手段がない以上、もう諦めて全てを解き放つべ
き︱︱
いや、待つっすよ? そういえば⋮⋮。
諦めかけていた自分に、天の声が聞こえた気がしたっす。
﹃悔しかったら、相棒でも召喚して助けてもらいやがれ!!﹄
確か、リムル様はそう言っていたっす。
自分は試されていたんすね! そうと判れば、早速召喚するっす
よ!
︵相棒、来てくれっす! 早く来ないと、大変な事になるっすよ!
!︶
心で念じると、今まで何も反応を感じられなかった嵐牙狼が首を
かしげたのが伝わって来たっす。
これはいけそうっすね。
それから必死に呼びかけると、三度目でようやく意識が繋がる感
覚が掴めたっす。
こうなると早いっすよ。何しろ今の自分は、極限まで精神力を研
ぎ澄まされた状態なんすから!
277
結局、ギリギリで召喚を成功させ、相棒にトイレまで運んで貰え
たっすよ。
しかしそこで力尽き、全てを解放してしまったのは秘密っす。
幸いにも、リムル様達が戻ったのはそれから数日後だったので、
洗濯を終わらせて痕跡も隠蔽終了出来たんすけどね。
自分が相棒の召喚に成功した事を、非常に驚いてくれたので、少
しは気が晴れるというものっすけどね。
言うまでもない事っすが、自分が失敗したのは誰にも言うつもり
なんてないっすよ。
それこそ、墓場まで持っていくつもりっす。
成功の裏には努力があった、というお話でした!
278
19話 村への帰還︵前書き︶
ようやく、村へ向けて旅立てました。
軽く説明回かも。
279
19話 村への帰還
森の入口にてリグル達と合流した。
中で過ごしたのは、結局五日。
概ね予定通りの日数である。
色々ごたごたがあったが、ともかく目的は達成できた!
異世界人
がいたかもしれ
欲を言えば、この街での冒険者ギルドっぽい存在である、自由組
合にも行って見たかった。
居ないとは思うが、ひょっとしたら
ないし・・・。
また、せっかくドワーフの国なのだから、細工物や防具関係なん
て物も見学したかったのだが、今となっては仕方ない。
作れる人を仲間に出来たのだ。それで満足すべきだろう!
金貨も20枚稼いだ事だし、収穫はあった。
リグル達と、カイジン達をお互いに紹介しあい、挨拶を交わす。
今後、仲間となるのだ。仲良くやっていって欲しい。
そういえば、ドワーフには差別意識など余り見受けられない。
半妖精族というのもあるだろうが、今後の事を考えても良い事で
あろう。
さて、旅立つ段になって一つの問題が生じた。
俺を乗せる気満々で尻尾を振って懐いていたランガに、三兄弟の
内二人を乗せるように言ったのだ。
ランガは、嬉しそうな表情だったのが一気に無表情になり、ヨロ
ヨロと後ずさり座り込む。
そして、﹃このボケ共が居なくなったら、問題解決じゃね?﹄と
でも言いたげにドワーフを見つめる。
その、今にも食い殺してやんよ! と言いたげな表情にドワーフ
280
達が怯えていた。
そもそも、最初にランガを見た瞬間、
﹁﹁﹁げぇええーーー!!! 何で⋮こんな⋮﹂﹂﹂
などと、大げさに驚いて見せていたけども。
彼らの持ち芸の一つだろうか?
ちょっとよくわからんが、どこかに笑いの壷があるのかもしれな
い。
﹁まあ待て、ランガよ! 実はな、俺も黒狼に擬態してみたのだが、
その性能を確かめたいのだ。
そういう訳で、ドワーフ二人はお前に任せた!﹂
という俺の言葉に、シャキーーーン! となり、
﹁心得ました! 我が主よ!!!﹂
と、了承したのである。
カイジンと長男のガルムを俺の背中に。
次男のドルドと三男のミルドをランガの背中に。
ランガに二人が乗ったのを確認し、﹃粘糸﹄でランガに固定する。
何しろ、時速80kmなんて、バイクも無いこの世界では、ちょ
っとした恐怖体験だろう。
俺がその速度で走れるかわからないので、そこまでスピードを出
す気もないのだが⋮。
テンペストスターウルフ
次は、俺だ。
擬態:黒嵐星狼
281
俺の擬態が完了した。その姿を見て、
﹁素晴らしい!!! 流石は我が主!!!﹂
﹁ふはは! そうだろうとも! お前もこの姿に進化出来るように、
励めよ!﹂
と、ランガの賞賛に答える俺。
﹁はは! その期待に応えてみせましょう!﹂
新たな目標に、ランガの瞳が赤く輝いていた。
そのランガの心に触発され、嵐牙狼達も興奮しているようだった。
皆やる気が出たようだ。実に良い事である。
さて、カイジン達を乗せようと見てみると⋮
何故だろう? 泡を吹いて気絶していた。
カイジン
⋮何やってるんだ? この、親父達は⋮⋮。
まあいい。
日頃の練習の成果! 俺は、背中から﹃粘糸﹄を出す。そして、
カイジン達を引っ張りあげた。
成功だ! コツコツと、糸を出して操る練習をしていたのだ。
こうして、気絶したカイジン達を乗せ、俺達は出発した。
余談だが、最初、軽く走ったつもりで100kmオーバーの速度
を出してしまった。カイジン達が気絶していたのは僥倖であったと
言えるだろう。
多分、最初の加速で気絶していただろうから⋮
ランガの上のドワーフ二人、ドルドとミルドを見る。
彼らは根性あるのか、大丈夫⋮では、ないな。あれが噂の、目を
開けたまま気絶する! というヤツだろう⋮
282
ご愁傷様である。
気絶したドワーフ達を放置し、帰りの道を進む。
多分、気絶してるほうが舌を噛まずに済むだろう。
実際、俺が彼らの立場だったら、起こされてまた恐怖体験は嫌で
ある。
寝てる間に全て終わっててくれたほうが、幸せだ。
まあ、飯時には起こすけども!
やはり、俺は人が悪いのだ︵笑︶
そう言えば⋮
﹁リグルよ! 聞くが、お前、黒狼の召喚に成功したか?﹂
﹁いえ、お恥ずかしい話ですが⋮、未だ成功しておりません⋮。﹂
ふむ。
リグルでもまだ成功していない⋮とは。
他のゴブリン達も悔しそうにしている。同様に、ペアの黒狼達も
悔しそうだ。
となると、ゴブタだけ?
﹁いや、ゴブタのヤツが成功させたみたいでな?﹂
﹁なんと! ゴブタよ、本当か?﹂
﹁はいっす! 呼んだら、来てくれたっす!﹂
その言葉に、他のゴブリン&黒狼が闘志に燃えた眼つきをした。
﹁だが、有り得るな。何しろ、ゴブタはこのドワーフ王国とゴブリ
ン村を、徒歩で往復しているのですから!﹂
283
なるほど、そう言えば!
バカだバカだ! とは思っていたが、やる時はやる男なのだな。
まあ、ゴブタはバカだが、無能ではないのだろう。
考えてみれば、往復4ヶ月、食べ物を調達しながらこの距離を歩
いて旅をする、なかなか出来る事ではない。
弱いとはいえ、この辺には魔物も出現する事があるのだし⋮。
俺の中で、ゴブタの評価が何段か上昇した。まあ、すぐに落ちる
だろうけどな⋮!
夜になり、一旦休憩に入る。
俺は全く疲れてはいないのだが、他の者には休憩が必要だ。
テンペストスターウルフ
皆に休憩を取らせ、俺は能力の確認だ。
黒嵐星狼の身体性能は凄まじく高い。
迸るほど力が溢れてくる感覚。
軽く地を蹴ると、一瞬で跳躍する。地を駆けると、飛ぶような速
度で疾走する。
水刃
で、スパ! っと敵を斬って
俺の反応速度と併せると、その性能を容易に引き出す事が可能の
ようだ。
そもそも、今までの戦いは
お終いだった。
だから余り意識していなかったが、筋力や瞬発力といった能力も
テンペストスターウルフ
戦いの重要な要素なのである。
その点、この黒嵐星狼ならば、申し分ない戦闘力を有していると
言えた。
恐らく、﹃大賢者﹄補正があるからだろうけど、俺の擬態した黒
狼なら、黒蛇を瞬殺可能である。
特殊能力を使用せずに、だ。
284
B−
だった。
町で受けた説明。
トカゲが
他の魔物も、﹃大賢者﹄のシュミレーションを利用し、おおよそ
のランクを割り出す。
A−
というところか⋮。
そのランクで言うなら、黒蛇はAには届かない。
テンペストスターウルフ
ムカデ10匹には勝てるだろうから、
同様に、俺の操らない黒嵐星狼なら、黒蛇よりは強いが、10匹
相手は無理だろう⋮⋮
いや、待てよ⋮、﹃黒稲妻﹄という怪しげなスキルがある⋮
俺の本能が、これはヤバイんじゃね? と訴えかけてくる。
スライムに戻ってから、一度試しに撃ってみる事にしよう。
そして、
ピカッ! ⋮⋮⋮チュドーーーーーン!!!
ふふふ⋮。
試し撃ちの的に選んだ、川辺の大岩が砕けて消えた。
無かった事にしよう! 俺は即座に判断する。
そう。
俺は今、何もしていない! たまたま雷が落ちたのだ!
そういう事にしておこう。
このスキルも黒蛇の﹃毒霧吐息﹄同様、封印しよう。少なくとも、
威力調節出来るようになるまでは!
何より、ゴッソリ魔素を持っていかれてしまった。調節出来ない
と、乱発出来ないのだ。
ただし、その威力は言うまでもなく、効果範囲も広大であったが
⋮!
岩のあった場所を中心に、半径20mの範囲が高熱でガラス状に
なっているのを眺めながら、俺はそう考えた⋮。
285
何事か! と駆けて来たリグル達に、
﹁いやー、目の前に雷が落ちてさ! ビックリしたよ!﹂
と、誤魔化した。
彼らの休憩を妨げてしまったようだ。悪い事をした。
今後、ヤバそうな実験は、こっそり出来る場所で行わなければな
らないだろう。
だがまあ、データは取れた。
脳内シュミレート再開である。
あの﹃黒稲妻﹄、あれを使用するならば、俺が操らなくても黒狼
テンペストスターウルフ
が10匹の黒蛇に勝てそうだ。
災害
指定
という事は、黒嵐星狼はAランクの壁を超えているのかも知れな
い。
Aランクの魔物は、小さな町を壊滅可能なレベル。
種である。
今後、町付近での黒狼への擬態は、控えた方が良さそうだ。
こうして、俺の研究は夜が明けるまで続けられた⋮。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
翌朝。
起き出したドワーフ達は、いまだ青ざめた顔をしている。
大丈夫だろうか?
﹁大丈夫か?﹂
286
﹁あ、ああ⋮、ここは?﹂
意識がはっきりするにつれ、周囲が見慣れぬ景色である事に戸惑
い始めた。
ゴブリンの村へ向けて旅をしている事を告げると、
﹁何だと!? 普通、2ヶ月くらい掛かる旅になるぞ! どこかの
町を経由して馬車を調達したりしないと、食べ物も足りんぞ!!!﹂
などと、今更な驚きようである。
何を言って⋮、そう言い掛けて。
よく考えると、ここまでどうやって来たとか、移動速度など、ま
ったく説明していない事を思い出した。
急ぐ事もない。
そういう訳で、ドワーフ達に俺達の状況を説明する事にした。
リグル達は、朝食の支度をしている。
ゴブリンの料理は、焼く! オンリーなのだ。
今はいい。俺に味覚はないからな!
だが、いずれ味覚を手に入れたら、料理というものを叩きこまね
ばなるまい。
ゴブリンが文化的な生活に馴染めるのか?
俺は、可能だと考えている。
どうなるかは解らんけど、俺は出来る事全て、試すつもりでいる
のだ。
料理で躓かれたら、困るのである!
朝食を摂りながら、今後の予定を話した。
後二日ほどで村に着くと、説明すると、
﹁﹁﹁ありえん⋮!﹂﹂﹂
287
納得していなかったけど。
だが、二日で着く=それだけの速さでの移動、という図式に思い
至り、頭を抱えて蹲ってしまった。
少し可哀相だが、我慢してもらおう。
安心しろ! 60kmくらいに速度を落としてやるよ!
と、慰めた。嘘だけど!
移動を再開した。
さて、﹃思念伝達﹄を使用し、会話出来る環境を整える。
ドワーフ達にも有効なようで、助かった。
﹃思念伝達﹄は念話の上位版のようなもので、リンクさせ複数と
の会話も可能になるのが魅力である。
同時に作戦行動を行う際にも、役立つだろう。最も、有効範囲は
1km程度のようである。
二度目であるし、心構え出来ていたのか、気絶する事もなく背中
にしがみつくドワーフ達。
風圧で目を開ける事が出来ないようだったので、糸で薄っすらと
膜を作ってみた。
案外、上手くいった。
思念で、ある程度操れるようになって来ている。
魔素の操作に慣れれば、ある程度の事は可能なようだ。
適当に、ドワーフ達に常識を教えてもらい、道を進んだ。
ドワーフの話を、ゴブリン達も熱心に聞いている。
そして、自分達の常識とすり合わせ、話は弾んでいる様子。
上手く馴染めたようで一安心だ。この様子なら、村でも上手くや
っていけるだろう。
ドワーフも、ゴブリンも、根は同じなのだそうだ。
半妖精で長寿のドワーフ族。
288
半魔族で短命のゴブリン達。
進化の過程で差がついた。最も、ゴブリンは進化ではなく、退化
ではなかろうか?
そのゴブリンが進化した、ホブゴブリンは、言うなれば、ドワー
フの魔族版のような存在なのかもしれない。
進化に伴って、寿命も延びているかもしれないし!
まあ、あまり器用そうではないし、魔物と妖精という違いはある
のだけれども⋮。
同じ半妖精でも、ドワーフは、エルフよりも魔物に近い種族。
だからこそ、慣れれば違和感なく馴染む事が出来そうだった。
ふと思い出したので聞いてみる。
﹁カイジン、今更だが、良かったのか? お前、ドワーフ王の事、
尊敬していたんだろ?﹂
﹁ああ、その事か。尊敬していた! ドワーフであの方を尊敬して
いない者はいない。なんせ、御伽噺の英雄が自分達の王なんだぜ?﹂
確かに。
寝物語に聞かされる、御伽噺の英雄。
その英雄が生きていて、自分達を支え守る、自分達の王なのだ。
言われてみれば、皆が憧れて尊敬するのは、当然だろう。
皆が、王の役に立ちたいと望む。
絶対に正しい事を行い、間違いを許さない。理想の王の姿である。
これを現実で続けるのだとすれば、どれだけ自分を犠牲にしてい
るというのだろう⋮。
ある意味、恐怖すら覚える。凄まじい精神力だろうから。
だからこそ、皆が王を信じるのか⋮
俺にそこまでの覚悟はあるか?
289
流れでゴブリン達の主になった。だが、その先は?
﹁なあ、カイジン。何で俺についてきたんだ? どう考えても、王
様の元に戻るのが正解じゃないか?﹂
この質問に、カイジンは、
﹁ガハハハハ! 旦那も案外、繊細なんだな! そんなの、面白そ
うだからだ!
直感で感じたんだ。コイツは、何かしでかすヤツだ! ってな。
理由なんてそんなもので十分だろ?﹂
そんなもので十分⋮か。
十分だ。間違いない!
﹁ふん。後で泣き言、言うなよ? 俺様は、人使いが荒いので有名
な男だぜ?﹂
そう。なんせ、自分では何もしないから。
人に任せて、人に頼って。でも、頼られたら、助けたい。
そうあれるような、自分でありたいと願う。
﹁知ってるよ!﹂
返ってきた答えに、俺は満足して頷いた。
二日後、予定通り村に着いた。
俺達は目的を果たし、村に帰りついたのだ!
290
19話 村への帰還︵後書き︶
ステータスに変更無かったので、削除しました。
変更があったら載せる感じにします。
291
20話 村の復興へ向けて︵前書き︶
気付けば、結構書いていました。
このまま頑張れるだけ頑張りたいものです!
292
20話 村の復興へ向けて
俺達は、ゴブリンの村へとたどり着いた。
村を出発してから、2週間も経っていないのだが、懐かしさを覚
える。
まあ、村というよりは、柵で囲まれた広場なのだが・・・。
俺達が旅に出ている間に、簡易のテントなぞ拵えて、生活してい
たようだ。
村の中心の焚き火跡に、大鍋が設置してあるのに気付いた。
ビックタートル
焼く! オンリーだった調理方法に、煮る! が加わったらしい。
目覚しい進歩である。
あの鍋はどこから・・・、よく見ると、大亀の甲羅を加工したも
のの様子。
どれだけ狩りの範囲を広げているのやら・・・。
まあ、他の魔物に襲撃されたりはしていないようで、一安心した。
村へ入ってすぐに、住民であるホブゴブリン達が俺達に気付き、
歓声を上げて出迎えてくれた。
残念ながら、お土産はないんだ。
だがまあ、狩りで仕留めた魔物の毛皮等が干してあるのが見える
ので、ドワーフ達が直ぐにでも衣服類は作ってくれるだろう!
いずれは、ゴブリン達も、自分達で作れるようになってもらいた
いけどね。
さて、ドワーフを紹介しようと、皆を集めて貰うべくリグルドを
探そうとした。
その必要はなく、リグルドが走ってきた。
だが、何やら困った顔をしている。
何かあったのか? そう思い質問しようとしたのだが、
293
﹁お帰りなさいませ! 帰って来られて早々申し訳ないのですが、
リムル様にお客です・・・。﹂
お疲れの所、スミマセン! と、恐縮しながら、俺に挨拶してき
た。
客・・・? 知り合いなんていないのだが?
ともかく、ドワーフ達には、自由に村?を見学して貰う事とする。
持ってきた道具類は、空いているテントに収納させた。
ドワーフ達の世話をリグルに任せると、客のところへと案内して
貰う。
リグルドは、俺を大きめのテントへと案内してくれた。
誰だろう?
まあ、会えばわかるか。そう考え、テントに入る。
ゴブリン
テントの入口を潜って驚いた。
中にいたのは、数名の子鬼。
身なりのいいのが数匹と、それに付き従うのが何匹かづつ。
族長と、その護衛だろうか? 武器は携帯していない様子。して
いたとしても問題ないけど。
俺の困惑を他所に、突然ゴブリン達が平服した! そして、
﹁﹁﹁お初にお目にかかります、偉大なるお方! 何卒、我等の望
みをお聞き届け下さい!!!﹂﹂﹂
一斉に申し述べて来た。
偉大なお方? 俺の事らしいが、大げさな。
だが、こいつらの俺を見る目は、本気と書いてマジと読む、そん
な目をしている。
俺に何を期待しているんだ? そう思い、
294
﹁ふむ。言ってみろ!﹂
取り敢えず、話を聞く事にした。
すると、
﹁は! 有り難き幸せ! 我らの望みは、貴方様の配下に加えて頂
く事でございます!!!﹂
一人の族長が、代表して述べた。
周囲も、同意とばかりに頷いている。
期待に満ちた目でこちらを伺い、
﹁﹁﹁何卒、宜しくお願いいたします!!!﹂﹂﹂
深々と平服した。
正直、面倒くさい、と思った。
家はまだ、復興もこれからなんだよ! お前らの相手してる暇な
んて、ねーよ!
そう言って断りたかったが、この村の人手が減っているのも事実。
どうせその内、この辺の縄張り争いでぶつかるのは予想出来た事
だったので、今の内に取り込むのも有りかもしれない。
今取り込み、内部から裏切られたら?
その心配があったが、その時は皆殺しにしよう。俺は、裏切りを
許さない。
魔物を率いるのに、甘い考えは邪魔になる。冷徹に、対処しなけ
ればならない。
その覚悟を決める為にも、こいつらを受け入れる事にした。
再度、自分に言い聞かせる。
こいつらが裏切ったら、俺はこいつらを殺す! ・・・、と。
295
しかし・・・、俺ってこんな簡単に殺す! とか考えられるんだ
な。
自分で自分に驚きだ。
まあいい、悩むよりはマシかもしれない。
ところで、こいつらは代表だけみたいだが、果たして何匹くらい
の勢力なのか?
俺は、コイツラの名前を考えなければならない事に思い至り、溜
息をつくのだった・・・。
各々の使いのゴブリン達が、自分達の村へと知らせに戻って行っ
た。
さてと、残った村の代表たちに、話を聞く事とする。
話を聞き、その内容を要約すると・・・
そもそもの始まりは、森の秩序が乱れ始めた事に原因がある。
オーガ
牙狼族の襲撃の際、リグルド達の村が見捨てられたのも、戦力を
リザードマン
割く余裕が無かった事に起因する。
オーク
豚頭族に、蜥蜴人族、そして・・・大鬼族!
この森の智恵ある魔物達が、森の覇権を求めて動き出したのだ。
今までも、小競り合いはあったのだが、暗黙の了解で、武力衝突
には至らなかったのだ。
だがしかし、この森の支配者の消失という事態を受けて、これま
での鬱憤を晴らそうという動きが出たのであろう。
本来、魔物とは、自らの力を誇示したがる性質を持つ。
故に、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく、各種族とも準備に余
念がない。
296
ゴブリン
戦端が開かれるのは、時間の問題であると思われた。
弱小種族である子鬼族等、彼等の前にはただ蹂躙されるだけの存
在でしかないのだ。
ゴブリン
各族長は慌てた。
このままでは、自分達は争いに巻き込まれ破滅してしまうだろう
! と。
族長会議を開き、連日話し合いが行われたが、所詮、智恵無き魔
物。
いい案など出るハズもなく・・・。
そんな中、牙狼族の襲撃の報が寄せられたが、今はそれどころで
は無い。その為、リグルドの部族は忘れられた。
ところが・・・
未だ良い案も浮かばず、食糧の備蓄も乏しくなって来た頃、森に
新たな脅威が現れたとの報告がなされたのだ!
黒き獣と、それを駆る者達の噂を。
その者達は、平地を駆けるかの如く森の中を疾走し、強力な森の
魔物を仕留めていった。
一体何者なのか? そこに齎される、驚愕の報告。
どうやら、元ゴブリンであるらしい・・・、と。
この報告を受けて、意見は分かれた。
今すぐにでも、その者達の庇護下に入るべきという主張。
怪しすぎる! 何らかの罠に違いない! とする主張。
罠だと叫ぶ者達に、我々を罠に嵌める理由がない! と説得して
も聞き入れない。
また、罠で無かったとしても、受け入れてくれるとも限らない。
智恵無き身の悲しさか、言葉での結論は出なかった。
故に、庇護を求める者の代表達が、この場に足を運ぶ事となった
297
のだそうだ。
なるほどな。
まあ、虫のいい話ではある。しかし、弱小な上、智恵も無いゴブ
リン。そこは仕方ないだろう。
どちらにせよ、受け入れるのは決まった事だ。
来たい者だけ来ればいい。
俺は、訪ねてきたゴブリン達の代表にそう伝えた。
俺の言葉を受けて、ゴブリン達は自分達の村へと帰っていったの
だった。
ここからが問題だ。
やって来た、ゴブリン達を眺めて、俺は思う。
ちょっと・・・多すぎじゃね?
この村のスペースで、収容出来る数ではない。
というか、何で俺がそんな事で悩まなくちゃいけないんだ? この数日、斧を作ったり、作った斧で木を切って、木材を加工し
たりと、家を建てる段階には至っていない。
カイジンが、木材関係を担当してくれている。
ドワーフ三兄弟は、せっせと毛皮の加工を行い、ホブゴブリンの
ゴブリナ
衣服類を作成していた。
ドワーフ三兄弟の女性達を見る目が、尋常ではない。
作成を急がせた方が、良いかもしれない!
そんなこんなで慌ただしく過ごしていた矢先、彼等がやってきた
298
のだ。
4つの部族、合わせて凡そ500匹。
残りの者は、反対派の村へと去って行ったそうだ。
引っ越すしかないか。
今ならまだ、手間は一緒だ。
そう考え、脳内マップを確認する。
立地的に、水源に近く農地に適した開けた場所がある所。
俺が歩いた中で、条件に最も近いのは⋮
最初の洞窟から出た、すぐ近くの場所辺り。
ふむ。
リグルドを呼び、その辺りの情勢を尋ねる。すると、
﹁その辺りは、不可侵領域となっておりました。洞窟内部は、森と
違い、強力な魔物の巣となっておりまして⋮﹂
﹁なら、問題ないだろ。俺はあそこに住んでたし。﹂
﹁な! なんですとぅ!!!﹂
﹁いや、あそこで生まれたようなもんだし、大丈夫だろ。﹂
﹁⋮流石、で御座いますな。このリグルド、感服いたしました。﹂
意味の解らん事を言う。
あの洞窟で生まれただけで、何で感服されなきゃならんのだ?
まあ、納得したようだし良いか。
早速、三兄弟の三男、ミルドを呼ぶ。建築関係の知識を役立てて
もらうのだ。
俺は、ミルドと色々な相談を行った。
前世の建設関係の知識を、覚えてるだけミルドに伝える。
この世界の測量技術は、魔法を織り交ぜてそこそこなレベルの水
準のようだ。
そこに、俺の持つなんちゃって知識を加えて、現地測量の計画を
立てた。
299
黒狼には必要ないが、ゴブリンやドワーフには排泄物の処理施設
なんかも必要となる。
どうせなら、下水関係を整備し、排泄物を醗酵させ、肥料にする
のがいいと考えた。
衛生面から見ても、伝染病等の感染源になりやすいのは常識だろ
う。その事をミルドに伝える。
まあ、魔物のゴブリンが病気になるのか? とも考えたのだが、
普通に伝染病にかかるらしい。
魔物のくせに軟弱な奴らである。
まあ、あれだけ不衛生だと、そりゃ病気にもなるわ⋮。
ゴブリンの場合は、その旺盛な生殖力で死ぬ数を上回り、数の維
持が可能だったようだ。
最も、進化した事で、その繁殖力は激減しているらしい。
その事からも、恐らくは、寿命も延びていると思われるのだが。
異世界人
が何人か確認されているだけの事はある。
ミルドは、一応知識として、排泄物の処理関係については詳しか
った。
流石に
この世界は、精霊工学という独自の学問により、色々な不思議が
解明されているそうだ。
最も、排泄物の利用に関しては余り詳しくなく、俺の話を驚いて
聞いていた。
こうして、ある程度の打ち合わせを終えると、ミルドを建設班の
隊長に任じた。
お得意の、丸投げである。
リグルドに、ミルドの下に何名か付けるよう指示し、現地測量に
向かわせた。
念の為にランガも同行させる。
あの洞窟から魔物が出てくる事は無いと思うが、万が一がある。
ランガがいれば対応可能だろう。
こうして、ミルド達、建設班を送り出した。
300
次は、名前付けである。
考えると憂鬱だ。500匹近くの名前とか、もはや、禁断のAB
CDの出番かもしれない。
イロハニは、途中までしか言えないしな。 早速、名前付けを開始した。
やはり、途中で低位活動状態になってしまったが、四日で全員の
名前を付ける事が出来た。
前回よりも疲労感が少なかったのが救いだったけども、二度とや
りたくないものだ。
族長を呼び寄せる。
俺の前に跪く、進化した族長達。
リグル・ドを筆頭に、ルグル・ド、レグル・ド、ログル・ド。
並べて見ると、一目瞭然。そう! ら・り・る・れ・ろ である。
ら=ランガになったのは、偶然だ。
我ながら適当だが、大丈夫! 誰にもばれる事はない。
必死で考えてやったんだぞ! というアピールは忘れない。
俺は、仕事頑張ってますよ! アピールの得意な男なのだ!!!
余った一人は女性だった。
ゴブリン
女性らしい名前という事で、リリナと名付けた。
進化した事で見分けがついた。子鬼でも性別判断は可能なのだが、
見た目では判明しにくいのだ。
今後、この名前もシリーズ化出来るだろうか? そんな考えが頭
をよぎりはしたが、先の事は考えるのをやめよう。
今はそんな場合ではないのだ。
さて、目の前のホブゴブリン達。彼らに上下関係を作るべきだろ
うか?
仲良し小好しで、皆平等! そんなの現実には有り得ない。
301
明確な命令系統は、必須であろう。特に、力関係を重視する魔物
にとっては⋮。
俺は決断し、
﹁聞け、お前らに位を授ける!﹂
そう宣言した。
リグルドを、ゴブリン・キングに格上げした。
そして、残りの4族長をゴブリン・ロードに。
周囲では、村に残った全てのゴブリン達が平伏し、その光景を固
唾を呑んで見守っている。
﹁﹁﹁ははぁ!!! 承りました!!!﹂﹂﹂
その言葉を合図に、割れんばかりの歓声が上がった。
ゴブリンの、新たなる歴史が始まったのだ。
大工道具は、カイジンが抜かりなく用意している。 衣服類は、ガルムとドルドの指揮の元、順調に製作されている。
木材類は、村の空き地に順調に確保されていっていた。
全てのゴブリンの進化を確認した頃に、新たな村の建設予定地の
測量を終えてミルドが帰還した。
全ては順調。
新たな村の建設予定の区画を確認する。
それは、村というよりも町と呼ぶべき規模。
俺達の新たな住処。
全ての準備が整った事を確認し、俺達は出発する。
302
新たな地へ向けて、踏み出すのだ。
俺達の、新たな国を作る第一歩を!
303
20話 村の復興へ向けて︵後書き︶
他にも種族名出そうかと思いましたが、削除しました。
今回は3種族。
どの種族が活躍するのか、それは⋮秘密です!
304
21話 新たなる動き︵前書き︶
説明回です。
305
21話 新たなる動き
ジュラの大森林に沿する地域、ファルムス王国の伯爵領にて。
この辺境の地を守護する者達は、何組か存在する。
その主力となるのは、伯爵領直属の騎士団。
構成員は通常100名であるが、今は緊急時。退役した者なども
呼び戻され、普段の3倍近い、284名となっている。
次に目立った働きをするのが、自由組合所属の冒険者達。
彼らは依頼を受けて、周辺に存在する脅威である魔物を狩る役割
を請け負っている。
しかし、緊急招集ではない為、あくまでも各人の任意による働き
しか行わないのが難点であった。
伯爵領周辺の警戒を行うのは、お金で雇われた傭兵達である。
彼等は腕のいい者から、駆け出しまで様々ではあったが、魔物の
動きが活発化したこの時期、周囲の警戒の為に雇われた者達である
のは皆一緒であった。
最も、ニドル・マイガム伯爵がお金をケチって雇っている為、警
戒以上の仕事を請け負わなかったというのが、実情であった。
では、自由組合が請け負わない魔物の討伐は誰が行っているのか?
普通は、騎士団の仕事である。
ところが!
﹁馬鹿者! 騎士団が領地を離れた隙に、魔物に襲われたらどうす
るのだ!!! 誰が町を守るのか!!!﹂
306
と、ビビった伯爵が許可を出さなかった。
お金は出さない。しかも、町を守るという名目で騎士団も動かさ
ない。
困ったのは、周辺の村々である。
魔物の被害を訴えても、組合も領主も動かないのだから・・・。
しかし、この場合の組合にすれば、明確な規定により勝てない魔
物への討伐依頼は受けさせないという方針がある。
B+
の魔物を狩ろうと思ったら、同格の冒険
安易に受ける事は許されないという事情があるのだ。
何しろ、ランク
者複数名︵規定で3名以上︶が必要なのだ。
Bランクの冒険者が10名討伐に向かっても、勝てたとしても何
名かは確実に死ぬのである。
出現が確認されたからといって、直ぐにでも討伐に向かわせる事
など、出来ないのである。
普段であれば、辺境とはいえB+冒険者が何名か滞在しているの
だが、魔物の出現頻度が多すぎるのが問題であった。
手が回らないのである。
依頼を受けて討伐し、戻って来る。そのタイムラグが問題となる
のだ。
村々を巡回し、討伐する役目を担う組織が必要なのだ。
そのような事情を受けて、渋々とニドル・マイガム伯爵が用意し
た組織。
その名を、辺境警備隊。その数、30名。
村で食い詰めた者が町へ出て悪さをして捕まったり、町で喧嘩自
慢が暴れて捕まったり。
そうした、小悪党を収容している施設。矯正施設があった。
騎士団の下働きを強制して行わせ、ある時は、騎士団の模擬戦の
相手を努めさせる。
307
そうした、矯正という名の下働きを行わせる者達。
彼等の一人に隊長を任せて︵というより押し付けて︶、村々の警
備を行わせる事にしたのである。
ニドル・マイガム伯爵にすれば、村々への手前何か動いている事
をアピールしただけの話である。
彼等が死んでも、自分の懐は痛まない。
その程度の考えで動かした者達だったのだが・・・
﹁ふん、狸が。ま、自由になれると、前向きに受取っておくか!﹂
その男、ヨウム。
彼の台頭を許す事になる。
本来は、小悪党で終わっていただろう人物。
裏町のボス程度には上り詰める事が出来ただろうが、決して歴史
の表舞台には登場しなかったであろう、その男。
彼に率いられた辺境警備隊は、その後、目覚しい活躍を見せ、辺
境の村々の救世主となるのだ。
フューズ。
A−
ランクにまで上り詰めた、
小国ブルムンドに属する、自由組合ブルムンド支部ギルドマスタ
ー。
その実力は折り紙つきであり、
凄腕の冒険者でもある。
ベルヤード男爵との約束通り、彼は速やかに、独自の調査を行わ
せた。
その結果、情報部からの連絡を受けて、帝国に動きの無い事は掴
308
んでいた。
このまま帝国が動かない事もありえるか・・・。そう思いはした
が、間違いがあってはならない。
引き続き、帝国の監視業務を行わせる。
本来の自分の仕事では無いのだが、そこは仕方ない。そう割り切
って。
そんな彼の元に、もうひと組の調査チームの帰還の報が寄せられ
た。
部屋に入ると、おもむろにソファーに腰掛けた。
極秘の話を行う為の、応接室である。
ファイター
であり、PTの壁役
であり、情報収集に優
重戦士
盗賊
シーフ
その彼と向かい合うソファーに、3人の男女が座っている。
Bランクの冒険者達。
隠密行動に優れた、ギド。技能職
れた男だ。
防御力に秀でた、カバル。技能職
法術師
ソーサラー
であり、多彩な
としての職務を着実にこなす。軽口を叩くが、その仕事は丁寧だ。
特殊魔法に特化した、エレン。技能職
魔法を操るが、中でも移動系魔法に優れている。PTの生存率を高
める為の用意周到さは、特筆すべき点である。
ヴェルドラの封印されている洞窟の調査に向かわせたチームであ
る。
A−
相当なのだ。
最初に思ったのが、良く無事に戻ってきてくれた! という事で
あった。
そもそも、あの洞窟の適正レベルはランク
自分が動いたとしても、正直、一人では厳しい。最も、自分はギ
B+
冒険者を差し置いて、彼等にヴェルドラの現
ルドマスターであり、自由に動く事など出来なかったのだが・・・。
そんな中、
在の状況の調査を依頼したのだ。
彼等に依頼した理由、それが、生存率の高さと、情報収集能力の
309
高さ。討伐ではなく、戦闘を回避しつつの情報収集なら、
冒険者を凌ぐ能力を有するとの判断である。
B+
しかし、彼等に何かあれば、ギルドマスターの彼の責任は重大で
ある。
明らかな規定違反を、支部長自らが率先して行なったのだから。
だが、彼にはどうしても確認する必要がある、と思えたのだ。
だからこそ、彼等の帰還を最も喜んだのは、フューズであった。
﹁報告を聞こう。﹂
フューズは、決して感情を表に出す事なく、質問する。
内心どれだけ感謝していても、労いの言葉などかけない。
3人の男女も慣れたもので、
﹁大変だったんだぜ? たくよー!﹂
﹁早くお風呂に入りたい・・・﹂
﹁大変だったのは、旦那と姉さんの口喧嘩を宥める役だった、あっ
しだと思いやすがね・・・。﹂
いつもと変わらず、普段の任務報告通りの対応である。
しかし、その目にふざけた色合いは無かった。
そして報告を開始する。
テンペストサーペント
洞窟内での魔物との戦闘。
守護者、嵐蛇の感知能力を誤魔化し、封印扉内部への侵入。
ヴェルドラの消失の確認・・・。
扉内部で、一週間ほど調査を行い、完全に何者の存在も確認出来
なかった事を報告する。
そして、気になる事・・・
310
テンペストサーペント
﹁で、だ。内部調査を終えて、扉から出たんだが・・・、嵐蛇が居
なくなってた。﹂
テンペストサーペント
﹁そうなんですよぅ! 私の離脱魔法、扉内部では発動出来ないの
で、嵐蛇からどうやって逃げたものか散々悩んだのがバカみたい!﹂
﹁あっしの幻覚+熱源用の囮も、出番なし! でさ。というか、行
A−
の魔物。あの洞
きは良いが、帰りは通用しないんじゃないかと心配してたんですが
ね・・・。﹂
という報告である。
一体、どういう事だ? あれは、ランク
窟内部で最強の存在。
恐らく、自分にも勝てないであろう、魔物。
アレがいるからこそ、この任務の成功確率が大幅に減少していた
のだが・・・。
フューズは、思案する。
やはり、あの地には何か起きている。それを知る必要がある、フ
ューズはそう結論を下す。
﹁よし、お前達。3日程休憩をやろう。その後、もう一度、森の調
査に向かってくれ!
今度は、洞窟内部に入る必要はない! 周辺の調査を隈無く、丁
寧に行うように!
では、行っていいぞ!﹂
﹁行っていいぞ! じゃねーよ!﹂
﹁なんですか? 3日って!!! もっとお休み下さいよ∼!﹂
﹁へいへい・・・。どうせ、何言っても無駄なんでしょうね?﹂
そんな声が聞こえた気がしたが、フューズは気にしない。
それよりも、今もたらされた情報を整理する。
311
一体、あの森で何が起きているというのか・・・。
フューズは、深く思考する。
ふと気になって目を開けると、恨みがましい3人の視線。
﹁何やってる? 早く行け!﹂
そう言って、3人を追い出すのであった。
ヒナタ=サカグチは退屈していた。
神聖法皇国ルベリオスの宮殿内部に割り当てられた、自分用の個
室にて。
この世界は、退屈だ。
この世界に落ちて来た時、ヒナタはまだ15歳であった。
高校一年の入学式の日、家に居たくないという理由だけで登校し
た帰り道。
いつも通る神社の前を通り過ぎる際、突風が吹いた。
目を開けていられなくなって、目を閉じた。再び目を開けたら、
そこには見慣れぬ景色が広がっていた。
ヒナタは喜んだ。
宗教に嵌って、家を省みる事のない母親から開放されたのだと思
ったから。
父親は、とっくに蒸発していた。
競馬で大穴を当てると息巻き、結局残ったのは莫大な借金だけ。
そんな父親の振るう暴力に耐えられず、母親は宗教に逃げたのだ。
せっかく、ヒナタが父親を殺し、母親の為に生命保険を受け取れ
312
るようにしたというのに⋮。
もう少し待ては、保険金が降りたのに。
バレるようなヘマはしていない。
だから、父親は蒸発したのだ。それでいい。
でもまあ、考えてみれば、このままでは更なる殺人を犯す必要が
あった。
母を嵌めた宗教関係者を殺し、いずれは、その母親さえも自らの
手にかける事になっていただろう。
ヒナタは、冷静にそう分析している。
だからこそ、家に居たくなかったのだから⋮。
ここならば、これ以上の殺人は必要ない。そう思っていたのだが
⋮。
﹁おい! ここにもいたぜ!﹂
﹁お! まだ若い女じゃねーか! やったな!!﹂
﹁売っ払う前に、味見してもバレないよなぁ?﹂
そんな事を喋りながら、ヒナタを取り囲む男達。
ああ⋮、ここも、一緒か。
世界は、絶望に満ちている。
そう思えた。
醜い者の多い世界、そんな世界など、滅べばいい!!!
ワタシハ、ウバウ。ウバワレルノハ、マッピラダ!!!
︽確認しました。ユニークスキル﹃簒奪者﹄を獲得・・・成功しま
した︾
313
ワタシハ、ツネニタダシイ。ワタシノケイサンニマチガイハナイ。
ナカッタノダ!!!
ソレハ、コレカラモカワラナイ。
︽確認しました。ユニークスキル﹃数学者﹄を獲得・・・成功しま
した︾
唐突に、視界がクリアになった。心の靄が晴れ、思考が冴え渡る。
目の前の男達が、私を奪おうとするのなら、先に私が奪ってしま
おう。その命を!
そして、殺戮は行われた。
一人の少女の手によって、3人の男が殺されるまでに要した時間
は5分も掛かっていない。
能力に目覚めたばかりの少女の身体能力は、決して高くはなかっ
たにも関わらず。
その冷徹な目で、相手の動きを見切り、最小の動きで回避する。
相手が、胸倉を掴もうとするのを避けて、躊躇う事なく目を抉る。
そのまま指を眼窩に引っ掛け、呻く男を引っ張るように足を払い、
転倒するのに任せて地面に頭を叩き付けた。
倒れた男の腰からナイフを抜き取り、喉を掻っ切った。
これで、一人。
その様子を唖然と見ている男達が、身構えるのを待たず、砂を掴
み投げつける。
砂が目に入り、視界が悪くなった状態の男一人に対し、思い切り
金的を蹴り上げた。
物言わず、昏倒する。
それを横目に、もう一人の背後に回りこみ、背中から心臓付近を
目掛けて身体ごとナイフを押し込んだ。
狙い通り、肋骨の隙間から心臓を突き刺したのだろう、ナイフを
314
抜くと血が噴出し、ヒナタを汚した。
心地いい、血の温もり。
男達は、何か言う間もなく、物言わぬ死体となる。
さて、敢えて残していた獲物がいる。
ヒナタは金的を抑え蹲っている男に近寄り、しゃがみ込む。
ここで恐怖を与える事も出来たのだが、それはしなかった。
まだ、仲間がいる可能性があったから。
蹲る男の髪を掴み、顔を持ち上げる。
そして、ユニークスキル﹃簒奪者﹄を使用した。
記憶と技術、全てを奪われた男の残骸が後に残った。
ヒナタはそれを一瞥し、ナイフで首を掻っ切った。
殺してやるのも、慈悲だろうから。
それが、この世界での最初の殺人。
それからも何人も人を殺し、知識と技術を奪った。
今では、その技術を拠り所として、この世界でも強者と成り得た
と自負する。
あれから10年経ったのだ。
もう、何人殺したのか覚えていない。
善人も悪人も、ヒナタは平等に殺した。
なぜなら、神の前には等しく平等なのだそうだから。
バカバカしいが、ここにいれば殺し放題であった。
であり、聖騎士団長の肩書きを持
そう。そこにいるのは、もはや少女ではない。
法皇直属近衛師団筆頭騎士
完成された、殺人者。
つ麗しき麗人。
だからこそ、身軽に動く事が出来なくなってしまった。
誰か、反乱でも起こせばいいのに。
そんな事を思う。
そんな時、ノックの音が聞こえた。
315
げいか
﹁失礼します。枢機卿ニコラウス・シュペルタス猊下がお見えです。
面会を希望との事ですが、いかがいたしましょう?﹂
ニコラウス?
確か、私に懐いていたな⋮。
﹁会おう。﹂
ヒナタは、ニコラウスとの面会を承諾する。
彼女の退屈を紛らわせる、忠実な犬。
︵新たな暇つぶしが、出来るといいのだけれど⋮。︶
聖女のような笑みを浮かべて、彼女は夢想する。
316
21話 新たなる動き︵後書き︶
洞窟ですれ違った冒険者の目的は、調査でした!
実際、こういう話を挟むのってどうなんでしょうね?
全部主人公サイドで説明するのは、かなり大変なのですが⋮。
ユニークスキル﹃簒奪者﹄と﹃数学者﹄。
その性能は、主人公のスキルに酷似しています。
317
22話 やって来た冒険者︵前書き︶
ユニークアクセスが1万近くになっていて、お気に入りが2700
件超えている。
これは、読んで下さる4人に1人がお気に入りに登録してくれてい
るという認識でいいのでしょうか?
いつも応援して下さる皆様のおかげです! 有難う御座います!
なのに、今週の水曜∼金曜の更新は厳しそうです⋮主に仕事的な理
由で⋮⋮。
318
22話 やって来た冒険者
森への調査に向かうべく、準備を行っている冒険者達がいた。
Bランクの冒険者、カバル、エレン、ギドの3人組みである。
魔物の活性化が酷くなっており、最近では商人達の荷馬車も森へ
向けては出発しない。
護衛を雇う金がかかり過ぎ、採算が合わないのだ。
封印の洞窟
へ向かう道へは馬車は侵入出来ないので、
その為、森に赴くとなると、徒歩しか交通手段が無いのである。
最も、
どの道、途中から歩きにはなるのだが。
ある程度の準備も終わり、さあ出発! という段階になった時、
彼等の前に一人の人物が声をかけてきた。
﹁失礼。もし、森へ向かうのであれば、途中まで同行させては貰え
ないだろうか?﹂
男とも女とも、老人とも若者とも判断のつき難い声である。
表情は見ることは出来ない。
何故なら、その人物は仮面を被っていたのだ。
表情の無い、美しい顔 をした、仮面。
その醸し出す雰囲気は、怪しい気配を漂わせていた⋮、のだが。
﹁いいわよぅ?﹂
﹁ちょ! お前! リーダーの俺が、許可出す前に⋮。何なの、本
当に!﹂
﹁やれやれ、姉さんが言い出したら、もう何言っても無駄ですぜ?﹂
簡単に了承する、三人組。
319
﹁感謝する。﹂
そう一言告げて、後は沈黙し三人について歩き出す、怪しい人物。
こうして、カバル達3人は仲間を1人加えて、再度調査に赴くの
だった。
トンテンカン。
トンテンカン。カーーーン。カーーーーン。ドン!
森に、木を切る音や、金槌を打ち付ける音が木霊している。
新たな町の整地を行い、順次家を建てていくのだ。
最初に、上下水管路を設置させている為、未だ家は建っておらず、
開けた土地になっているだけなのだが⋮。
水路としては、川から直接水を引く仕組みである。
建設中ではあるが、水道管理の建物を作る予定だ。ここで、水の
浄化を行い、各家に配給する仕組みを考えている。
下水は、木材で作成した溝を地下に埋設してある。木の内側は腐
りにくいように防腐処理を施し、セメントで固めている。
今やっている工事がこれだ。近くの山場から、石灰系の素材が摂
れたので助かった。
町の外れに下水処理用の施設を作り、肥料を作成予定である。
仮設ではあるが、大き目の体育館のような建物は建設されている。
仮の寝泊りを行う為の建物である。仮設なので、大雑把な作りを
している。
320
区画整理は順調だ。
洞窟に近い方面を上座と設定し、俺の住居を建てる予定だ。
そこから、族長達の住居が連なり、住民達の家が周囲を取り囲む。
最初に区画整理を行っているので、乱雑さは感じずスッキリとし
ている。
十字を描くような形で、大通りを設けているので、いざという時
に集団行動を取り易い。
ホブゴブリン
最も、攻めやすいとも言えるだろうけど。
ゴブリン
最初に子鬼を人鬼に進化させたのは、正解だった。
急激に知能が発達し、物覚えがいい。
また、体格がよくなり、力が強くなっている。
ドワーフの話によると、ゴブリンはFランクの魔物なのだそうだ
が、ホブゴブリンはC∼D相当の魔物なのだそうだ。
クラス
スキル
何しろ、一匹二匹というより、一人二人と数える方がしっくりく
る。
要するに、ピンキリ。装備する武具や、その固体の職業及び技術
によって、評価が変動する。
ロード
言われてみれば、固体毎に強さは大きく異なる様子。
キング
俺が君主に任命した4名は、他の者よりも能力が高そうだ。
まして、王に任命したリグルドなど⋮、
﹁おお! このような場所に居られましたか! 探しましたぞ!!﹂
どこの化物だよ! と言いたくなるほど、筋骨隆々で大柄な体格
オーガ
になっている。
クラス
大鬼と比較しても、遜色ないどころか圧倒しそうだ! とは、カ
イジンの話であった。
名前だけではなく、職業を与えた事による変化なのだろう。
321
本当に魔物の生態は謎である。
今度、他の者も任命して試して見るのも良いかもしれない。
﹁どうかしたのか?﹂
﹁は! 不審な者共を捕らえましたので、報告に参りました。﹂
﹁不審? どっかの魔物の一味か?﹂
﹁いえ、人間です。ご命令どおり、こちらからは手出ししておりま
せん。﹂
﹁人間? 何でこんな所に?﹂
人間⋮だと⋮?
キタコレ! ここは、仲良くなっておかないと!
まあ、この前のアホな冒険者みたいな奴らならこっそり処分して
魔物のエサにしてやるが⋮。
ジャイアントアント
﹁何でも、巨大蟻の集団と戦闘中だったとかで、リグルの警備班が
救出し保護したのですが⋮。
どうも、この周辺の調査等を行っていた形跡がありまして。判断
を仰ごうかと⋮。﹂
ふむ。
どこかの国がこの辺の調査に来たのだろうか?
ドワーフ達に確認したが、ジュラの森はどこの国にも属していな
い中立地帯だという話だった。
領土拡大を狙った、どこぞの国の調査隊である可能性は十分に考
えられる。
だとすると、面倒な事になるな⋮。
会ってから考えるか。
﹁よし! 会おう。案内してくれ!﹂
322
そう言って、リグルドの肩に飛び乗った。
ランガを見回りに出しているせいで、移動が面倒だ。
普通に歩くのと変わりはないが、スライムの視点が低いのが気に
なる。
威厳を保つ為にも、相手に見下すような視線を向けさせるのは不
味いのだ。
いい訳だけどね!
リグルドは俺を肩に乗せて、捕らえているという冒険者達の元へ
と赴いた。
さて、どんなヤツだろうか?
そんな事を考えていた俺の耳︵は無いのだが⋮︶に、
﹁ちょ! お前! それは俺が狙ってた!!﹂
﹁ひどくないですか? それ、私が狙ってたお肉なんですけどぉ!﹂
﹁旦那方、こと、食事に関しては、譲れないんですよ!﹂
﹁もぐもぐ。﹂
なんとも賑やかな騒ぎが聞こえる。
﹁⋮⋮﹂
俺の無言の問いかけに、
﹁す、すいません。どうやら、荷物類を蟻どもに奪われたらしく⋮、
食事を用意してやったもので⋮。﹂
ふむ。
リグルドのヤツも、なかなか優しいところがあるようだ。
323
﹁いや、良いんじゃないか? むしろ、よく気付いたな! 困って
る者に親切にしてやるのは、良い事だぞ!﹂
そう、褒めておいた。
段々と、俺への判断を仰がなくても、皆を纏める事が出来るよう
になっていっている。
それは良い事だと、俺は思う。
﹁はは!! 今後とも、リムル様に迷惑をかけぬ様、精進したいと
存じます!﹂
まあ、堅苦しいのは変化ないようだ。
納得したところで、簡易テントに入る。
入り口を見張っていた者が、扉を開けてくれた。
俺に視線が集中した。
口いっぱいに、野菜や肉を頬張っている、冒険者達。
目を見開いて、俺を見てくる。変顔になってるが、本人達に自覚
はないだろう⋮。
ん? どこかで見覚えが⋮。
あ! 洞窟ですれ違った3人組だ!
一人、初めて見る人がいてるけど⋮
仮面を被りながら、どうやって食べてるのか疑問だ。
もぐもぐ⋮
激しくマイペースに食べている。
しかし、焼肉かよ!!! くぅ⋮俺にも味覚があれば⋮
懐かしいお肉ちゃん。ああ⋮、味覚、どっかに落ちてないかな⋮
324
⋮。
おっと、意識が変な方向へ行きかけた。
リグルドが上座に向かい、俺を降ろす。
﹁お客人達、大した持て成しは出来んが、寛いでくれておりますか
な?
こちらが、我等の主、リムル様である!﹂
そう俺を紹介し、隣に腰掛けた。
ゴクリ、と食べている物を飲み込む音がした。
そして、
﹁﹁﹁え? スライムが!?﹂﹂﹂
﹁もぐもぐ。﹂
驚愕する。
一人反応がおかしいな⋮。まあいい。
﹁初めまして。俺はスライムのリムル。悪いスライムじゃないよ!﹂
ぶっ!!!
俺の挨拶に、飲み物を噴出す仮面の人物。
しかし、仮面に阻まれ、口に含んだ物が散乱する事は無かった。
失礼なヤツだ。
スライムが言葉を話した事に、よほど驚いたとみえる。
3人組も、同様に驚いた様子だが、口に物を含んでいなかったの
が幸いしたようだ。
さて、こいつらはどんなヤツだろう?
まともな人間ならいいのだが⋮。
325
気を取り直したのか、
﹁これは失礼しました! まさか魔族に助けて頂けるとも思ってい
ませんでしたが、助かりました!﹂
﹁あ! 私たちは、人間の冒険者やってます! このお肉、とって
も美味しいです!
ホブゴブリン
この3日、ずっと逃げ続けてて、まともな食事も摂れなくて⋮。
本当にありがとうございます!﹂
﹁どうも! 助かりやした。しかし、こんな所に人鬼が村を建設中
とは思いやせんでした。﹂
﹁ごほごほ、ぐす。ゴクゴク。﹂
まあ慌てる事はない。
﹁ま、ゆっくり食事でもして、終わったら話を聞かせてくれ!﹂
そう言って、彼等の食事が終わるのを待つ事にした。
どうせなら、食事が終わってから呼んでくれれば良かったのだが、
その辺りはまだ気配りが出来ないようだ。
まあ、慌てていたというのもあるだろけど、今後の教育が必要な
所だろう。
俺としても、人間の客︵捕虜?︶が来るなど、想定外だった訳だ
し、仕方ないな。
そして、気まずいだろうからと、テントを出た。
食事が終わったら、洞窟近辺に設えた、俺専用のテントに案内す
るよう、見張りに言いつけた。
リグルドは申し訳なさそうにしていたが、
﹁まあ、気にするな。今後の課題だな!﹂
326
そう慰めた。
彼等は彼等なりに、成長している。
最初から全て上手くいく事など、無いのだし。
俺のテントに入り、寛いで待つ。
リグルドが、配下のゴブリナにお茶の用意をさせていた。
前に出された物よりも良い物になっている様子だが、残念ながら
味は判らない。
こんな所にも、進化の影響があるのは面白い。
文化的な生活は、間違いなく根付く。そう確信させる変化であっ
た。
さて、そんなこんなで時間が過ぎ⋮。
先ほどは失礼! そう言いながら、4人が入ってきた。
簡易テントだから、少し狭く感じる。
案内のゴブリナが下がると同時に、お茶を運んで別のゴブリナが
入ってきた。
ほらな? いつの間にか、こういう所もちゃんと成長しているの
だ。
夜になると、ドワーフ達と酒を飲みながら、文化や生活について
話をしているのを、俺はちゃんと知っているのだ。
﹁では、改めて、初めまして。ここの主のリムルと言う。ここへは
何をしに来られたのかな?﹂
俺の質問は、想定内だったのだろう。
ちゃんと相談する時間を与えたのだ、その辺どう答えるかは決ま
っていたようだ。
327
﹁初めまして、俺はカバル。一応、このPTのリーダーをしている。
こいつがエレンで、こっちがギドだ。
言ってわかるかな? Bランクの冒険者だ。﹂
﹁初めまして! エレンですぅ!﹂
﹁ども! ギドといいやす。お見知りおきを!﹂
やはり、この3人はPTだったか。
Bランクならそこそこの強さだが、洞窟は厳しそうだけど⋮。
ではもう一人は?
﹁で、こっちが道が一緒という事で、臨時メンバーになった、シズ
さんだ。﹂
﹁シズです。﹂
男とも女とも、老人とも若者とも判断のつき難い声であった。
だが、俺には性別判断は簡単である。ゴブリンすら見分ける事が
可能な俺にとっては、朝飯前だ。
女性だった。そして、ある予測。
コイツ⋮日本人なんじゃないだろうか?
そういう感じがしてならない。
お茶を飲む仕草、その正座の仕方。
この世界に詳しくないのではっきりとは言えないが、正座は珍し
いのではないか?
現に、他の3人は正座ではない。
狼の毛皮の絨毯に、胡坐をかいて座っている。エレンという女性
も横すわりみたいな感じで寛いでいる。
︵ふと思ったが、コイツら、油断しすぎだな⋮。この世界って、危
機意識少ないのかな?︶
と、イカンイカン。話を戻そう。
328
﹁これはご丁寧に。それで?﹂
話を進める事にしよう。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
話を聞いた。
こいつら、疑う事を知らないのか、ペラペラと何をしていたのか
話してくれた。
曰く、ギルドの依頼を受けてこの辺りで怪しい事が起きてないか
調べていたそうだ。
で話にならないのが、
﹁でな、怪しい物とか言われてもさ、何が怪しいかなんて俺らに判
るわけないんだよ!﹂
﹁そうそぅ! ちゃんと具体的に何を調べろ! って言って欲しか
ったよね!﹂
﹁いくらあっしらが調査が得意と言っても、限界があるってもんで
やす!﹂
などと、ギルドマスターの悪口を言い始める始末。
ダメだコイツら⋮。俺はギルドマスターに同情した。
しかも、怪しそうな大岩に空いた穴に、コレダ! と思って、剣
ジャイアントアント
を突き刺したら⋮
巨大蟻の巣穴だったらしい。呆れて言葉も出ない。
何故そこで、剣を突き刺す! という行動を選択したのか問いた
い。問い詰めたい!
よく今まで生き延びて来たものだ。
329
そこから3日、必死で逃げて、荷物を紛失して現在に到るそうだ。
何と言うか、お疲れ! としか言いようがなかった。
﹁だいたい、この辺りに怪しい物なんてないんじゃないの? しい
て言えば、洞窟?﹂
俺が聞くと、
﹁いやいや、あそこには何も無かったんだよ! 知ってるかな∼? 邪竜が封印されてる! とか、言われてたん
だよね。
中で、お風呂も入れないのに、2週間も滞在して調査したけど、
何にも居なかったもんね!﹂
﹁って、バカ! それは流石に言っちゃダメな話なんじゃねぇの?﹂
﹁知りやせんぜ? バラしたのは、姉さんですぜ! あっしには関
係ありやせんぜ!﹂
ポロっと話す、エレン。
男達は、大慌てしている。
まあ、あの時すれ違ったのだから、知っていたんだけどね。
というか、風呂の文化はあるんだ⋮。この町にも、風呂屋はぜひ
作りたい所だ。
それはともかく、
﹁あの洞窟、調査したと言うけど、何であんなとこ調べに行ったの
?﹂
宝探しに来ていた訳では、ないようだし。
やれやれ、と首を振り、
330
﹁もう言ってしまったもんは、しょーがねえ。
実は、エレンが言った通り、邪竜の反応が無くなったと噂になっ
てな⋮﹂
なるほど。
俺には知る由も無かったが、ヴェルドラが消えた事で、人間は大
騒ぎになったらしい。
封印されてるのに、それが消えただけで大騒ぎ。
何というか、すごい竜だったようだ。お喋り好きの、気のいいヤ
ツだったのだが⋮。
しかし、影響が大きすぎだな。
わざわざ、調査までしに来るとは⋮。
洞窟付近に、町を作るようにしたのは失敗だったか?
﹁しかも、中は魔素が濃いから、反応石持って行ったんだが、濃度
が低下しててな。
完全に、異変は察知出来なかったんだよ。
今ではあの洞窟、普通よりは濃度濃いけど、唯の洞窟になっちま
ってる。﹂
﹁まあ、強い魔物いっぱいいるから、入らない方がいいのは確かだ
けどね!
お宝は何にも無かったし、鉱石なんかも何にもなし!
危ない魔物、倒して中に入るメリット何にもないのよ!﹂
﹁探せば、盗賊達の装備くらい、落ちてるかも知れやせんが、大し
た物はなさそうでやす。﹂
ドキ。
内部の鉱石⋮、目立つのを片っ端から回収した犯人、それは自分
です!
まあ、大丈夫。言わなければバレない!!!
331
それからも、話は続いた。
口を滑らせたので、もう隠しても仕方ない! とばかりに、色々
な情報を提供してくれた。
案外、コイツらも気のいい奴らだった。
洞窟の価値が減ったという事だし、これでここへの調査も減りそ
うだ。
最悪、町を引っ越す事も考えたが、大丈夫だろう。
そもそも、ここらの所有権を持つ国は無いそうだし、文句を言わ
れる筋合いもない。
一応、
﹁ところで、見ての通り、ここに町を作っている途中なのだが、ギ
ルド的には問題あると思うか?﹂
聞いてみた。
﹁いや⋮、大丈夫だろ?﹂
﹁そうねぇ⋮、ギルドが口出す問題じゃないしね。国はどうなんだ
ろ?﹂
﹁うーん⋮、あっしには判りやせん。﹂
との事。
確かに、国が動くかどうかまでは、ギルド員には判らないだろう。
俺がそんな事を思った、その時!
今まで、大人しく話を聞いていた仮面の女、シズが呻き声を上げ
332
た!!!
ぐ、ぐぅぁあああああああああああああああああ!!!!!!
唐突に、それは始まった! 333
22話 やって来た冒険者︵後書き︶
完全に引いて終わりました。
明日も会議があるから、ヤバイかも知れないのに⋮。
更新出来なかったら、ゴメンナサイ!
334
23話 炎の巨人︵前書き︶
ぎりぎり書きあがった⋮。
サボるの得意ですが、会議中は流石に無理でした⋮。
335
23話 炎の巨人
唐突に、静寂が訪れた。
B+
以上
仮面の表面にヒビが入り、そこから妖気が漂い出している。
おもむろに、シズが立ち上がり、詠唱を開始した。
﹁召喚魔法!?﹂
エレンが、驚きの声を上げる。
﹁おいおい、マジかよ? どのランクの召喚だ?﹂
﹁・・・、ええと、魔法陣の規模からの予想だけど、
の魔物!﹂
﹁旦那方、悠長な事言ってないで、止めないと!!!﹂
流石、熟練の冒険者。
遣り取りを一瞬で終わらせ、散開する。
マッドハンド
ノックダウン
﹁大地よ! 彼女を束縛せよ! 泥手﹂
﹁うぉおおおーーーりゃ!!! 重追突﹂
エレンが足止めを行い、そこにカバルが体当たり技を仕掛ける。
ギドは対処要員として、すぐに動けるように警戒を行っている様
子。
ふむ。
Bランクだが、コンビネーションは一流なのか。無駄が無い動き
である。
しかし、
336
﹁はぁあーーー! 爆!﹂
シズが、指をクィ! っと下から上へと指し示す。
それだけで、シズを中心とした小規模爆発が起こった。
俺のテントは、粉々である。
テントの事はいい。それよりも、その一撃で、3人が怪我をした
りしていないだろうか?
ノックダウン
小規模な爆風が起きたが、俺には影響なし。なので、3人の様子
を伺う。
マッドハンド
泥手による足止めを確認し、重追突を仕掛けたカバルが、まとも
に爆発の影響を受けて吹き飛ばされていた。
警戒していたギドが、危険を察知しエレンを突き飛ばし、二人は
難を逃れている様子。
﹁おい、大丈夫か?﹂
声をかけると、
﹁あっしらは、大丈夫でさ!﹂
﹁ちょっとぅ、身体中が痛いんですけどぅ! 危険手当上乗せして
貰わなきゃ!﹂
と、二人から返事があり、
﹁おお痛てー・・・・・・。お前ら・・・、リーダーの心配をしろ
よ!﹂
不満を言いながら、カバルが立ち上がって来た。実に頑丈な男で
337
ある。
﹁シズさんって、魔法使えるとは思ってたけど、召喚まで・・・﹂
﹁てか、何を呼び出しているんだ?﹂
﹁いやいや、そんな話じゃねーでしょ。あっしの知る限り、召喚中
に魔法を無詠唱で発動なんて、聞いたこと・・・﹂
ギドが、そう言いかけ、動きを止めた。そして、
﹁え・・・、まさか・・・・・・。爆炎の支配者・・・?﹂
何やら、思い至った様子。
シズは、詠唱を続けている。全身が赤く発光し、軽く身体が浮か
び上がっている。
仮面が際立ち、ローブから溢れ出た黒髪が、フワフワと漂ってい
た。
何が目的なのか? 突然様子がおかしくなったように感じるけど・
・・。
﹁リグルド! 皆を避難させろ! この付近へ近寄せるな!﹂
﹁しかし・・・﹂
﹁命令だ! 避難を終えたら、ランガを呼んで来い!﹂
﹁はは! 承りました!﹂
速やかに行動を開始するリグルド。
だが、俺の見立てでは、ゴブリン達では話にならない。無駄死に
させるつもりはないのだ。
しかし、ランガを呼び寄せたのは、シズと戦わせる為ではない。
理由は簡単。
この冒険者達が、自作自演でこちらの隙を覗っている可能性を考
338
えて、である。
そもそも、皆殺しにする気ならば、ペラペラ喋ったのも頷ける。
︵単なるバカという線も有り得るけれど⋮︶
自作自演だった場合、シズが劣勢になった時、後ろから不意打ち
して来るという可能性があった。
それを防ぐ目的で、ランガを呼び寄せる。
﹁おい、ギド! 爆炎のなんたらって、なんだ?﹂
その質問にギドが答えるより早く、
﹁それって、50年くらい前に活躍したっていう、英雄よね?﹂
エレンが問う。
有名なのか? 俺がそう考えた時、
シズの顔から、仮面が落ちた。
吹き上がる炎。
炎の巨人
イフリート
︾
! それは、万物を飲み込む、炎の支配者。
それは、シズを飲み込み、そこに炎の巨人が出現する。
召喚術式
イフリート
︽ユニークスキル﹃変質者﹄を発動します
世界の声が響く。
そして、シズの身体と、炎の巨人が一つに融合する。
﹁げぇ!!! イフリートっておま、Aランクオーバーの上位精霊
じゃねーか!!!﹂
﹁うわぁ⋮、初めて見た! てぃうかぁ∼、あんなの、どうやって
339
も勝てないんですけどぉ∼!!!﹂
﹁間違いないでやす⋮。あれが、爆炎の支配者でやす!﹂
ふぅーーーーー! ドン!!!
マジックバリア
衝撃と熱が襲い来る。
3人は、魔法障壁で凌ごうとしたようだが、一撃で吹き飛ばされ
ている。
死んではいないようだが、無事ではあるまい。
意識はあるようだが、動く事は出来ないだろう。
あれは、自作自演じゃないな。本気でやられてる。
って事は、どうやら意図的にここを潰すつもりで来たという線は
消えた訳だ。
シズ
しかし、かなりの威力である。
溜め無しの魔力開放で、炎巨人を中心として、直径30mの円状
に熱風が吹き荒れたのだ。
コイツは、俺が戦わなければ全滅するだろう。
しかし、不思議な事がある。
この状況なのに、俺に恐怖はないのだ。魔物になった影響なのか?
まあ、最初にヴェルドラや黒蛇にビビッてたのが、良い経験にな
ったのかもしれない。
﹁おい。お前の目的は何だ?﹂
﹁ふぅーーー!﹂
カッ!
衝撃!
先の爆発ではなく、此方へ向けて熱波を放射して来た。しかし、
その射線上からはすでに回避済みだ。
340
俺の知覚速度は、音速すらも捕らえる事が可能なのだから!
思えば、町が出来てなくて良かった。こんな時だが、心からそう
思った。
シズ
木を切り倒して、現在は広場である。もし、森の中だったら、今
頃火事になって大変だっただろう。
を放った。
しかし、調子に乗りやがって!
シズ
水刃
ビシュン!!!
腹部を狙い、
その攻撃は、炎巨人に届く直前で、蒸発する。炎の渦が、炎巨人
水刃
は通用しない感じ。
を取り巻き、守っているのだ。
むむ⋮。どうやら、
全力で水、ぶっ掛けてやろうか? そう考えたが、水蒸気爆発な
ぞ起きたらシャレにならん。
最後の手段にしよう。
その時、ランガ達が到着した。
﹁お呼びですか? 我が主よ!﹂
取り敢えず、ランガに3人の回収を命令する。
そして、
﹁いいか、安全な場所に退避してろ! あれは俺が倒す!﹂
その命令に反論しかけたが、
﹁仰せのままに、御武運を!﹂
そう言葉を残し、3人を咥えて去って行った。
341
これで心置きなく戦える。
吹き荒れる炎。
シズ
俺の感知能力は、熱の分布を正確に把握する、
炎巨人が炎の巨人の分身体を複数作成し、同時に攻撃を放ってき
ても、炎の温度の高さから危険度を予測するのは簡単だ。
俺に対し、有効な攻撃を当てる事は出来ていない。
しかし同時に、俺の攻撃も有効なものが無い。
あの炎がやっかいなのだ。
地面がマグマ状になっている⋮、ものすごい高温だろう。
そもそも、﹃麻痺吐息﹄や﹃毒霧吐息﹄等は、試す為に10m以
内に近寄る必要がある。
あの高温の中、お邪魔しま∼す! と寄っていく訳にはいかない。
コンガリスライムに、クラスチェンジしたくは無いのだ。
どうしたものか⋮
決定的にダメージの通りそうな攻撃手段がない。
こんな事なら、もっと捕食しておけば良かった⋮。
そんな事を考えていたからだろうか、足元に巨大な魔方陣が描か
れる!
ヤバイ!
シズ
そう直感した時、すでに俺は囚われていた。
広範囲型捕獲結界。炎巨人の特殊能力か⋮?
魔法の詠唱もなく、一瞬で描かれた魔法陣。
ガス
直径100mの範囲内を、自らの身体を気化し、超高熱の炎で満
たす。
炎系の最上位範囲攻撃! 342
フレアサークル
﹁炎化爆獄陣﹂
男とも女とも、老人とも若者とも判断のつき難い声が響いた。
これは⋮逃げ場なし! だ。
俺は、死を覚悟する。
ああ⋮、油断したつもりはないが、もっと遣り様はあった気がす
る。
格好つけずに、皆でかかれば良かった⋮。
黒狼に擬態して、速度で翻弄し、火傷覚悟で噛み付くのもアリだ
った⋮。
様子見なんて、バカな事せず、﹃黒稲妻﹄でもぶち込めば良かっ
たのだ⋮。
etc⋮。
しっかし、いくら知覚速度1000倍とはいえ、ダメージがなか
なか来ないな⋮。
まあ、痛み無く死ねるのは良い事だろうけど⋮。
てか、遅すぎない?
焦らしプレイ?
おかしい⋮。
俺の知覚では、既に炎に巻き込まれている。
うーん⋮。
︾
︽⋮解。熱変動耐性exの効果により、炎攻撃は自動的に無効化に
成功しています
なんか、熱変動耐性exあるの忘れてただろ! 的なニュアンス
を感じた。
そんな事でいちいち返答させんじぇねーよ! このボンクラ!
343
そう、そんな罵倒を﹁⋮﹂に感じた。
きっと、俺の気のせいだろう。
俺に忠実で、自意識のない﹃大賢者﹄が、まさか⋮ね。
ははは。きっと気のせいだ。問題ない!
さて、と。
おいおい、炎無効に成功だって?
何? もしかして、これって、楽勝モードなんじゃね?
全て、計画通りだったんじゃね?
やられた! と見せかけてからの逆転。セオリー頂きました!
そういう事で、さっさと戦いを終わらせるか。
﹁今、何かしたのか?﹂
シズ
俺はコッソリと、﹃粘鋼糸﹄を炎巨人に絡ませる。
最早、ヤツは終わった。
俺の作る﹃粘鋼糸﹄は、粘糸,鋼糸の両方の性質を併せ持つ、日
頃の研究の成果の一つだ。
さらに、俺の耐性が反映される。つまり、炎で焼き切れる事はな
いのだ。
王手だ。
﹁ば、バカな!﹂
初めて、声に動揺の気配が漂った。
俺もお前の事を舐めていたが、お前も俺を舐めすぎだ。
許すよ、お互い様だし。
だから、俺を恨むのもお前の自由だ!
344
﹁次は、俺の番だろ?﹂
シズ
クッ! 慌てて、逃げ出そうとする炎巨人。
そう来ると思ったよ。
当然ながら、俺の張った﹃粘鋼糸﹄により、逃れる事など不可能
だ。
俺は、ゆっくりと歩み寄る。
コイツに、トドメを刺す為に。
イフリート
コイツ⋮恐らく、シズさんに取り付いて操っているのだろう、炎
の巨人に!
慌てる事は無い。
︾
俺は、ジタバタと逃げる事も出来ず、炎で俺に何か仕掛けている
哀れな獲物に歩み寄る。
そして、
︽ユニークスキル﹃捕食者﹄を使用しますか?YES/NO
答えは当然、YES! だ。
眩い光が辺りを包み⋮、唐突に消える。
後に残されたのは、俺と、一人の老婆だった。
345
23話 炎の巨人︵後書き︶
炎攻撃を捕食すればいいんじゃね? と思われた方、正解です!
ただし、継続的な炎攻撃では、どちらにせよジリ貧だった可能性
はあります。
喰いきれるか、焼ききれるか! の勝負になっていました。
主人公はまだ気付いていません。気付きかけてはいますけど!
346
24話 追想∼葬送曲∼ ︵前書き︶
明日から3日程は、更新出来ないと思います。
土曜には再開しますので、お待ちください!
347
24話 追想∼葬送曲∼ 覚えている光景は、降り注ぐ炎。
掴んでいた母親の手は、余りにも軽く。
その先を見るのが、怖かった。
近くで焼夷弾が炸裂し、辺りを火の海に変えている。
どこへ逃げればいいのか?
周囲を炎に囲まれて・・・。
井沢静江は、絶望と共に途方に暮れる。
その時、強烈な光が自分を包むのを感じた。
ああ・・・、自分はここで死ぬのか・・・・・・。
幼い彼女でも、理解出来た。
当時、4歳。
頼るべき親戚も無く、母親と二人暮らし。
父親は戦争へ駆り出され、顔も覚えていなかった。
幸せだとも、不幸だとも感じない。日々それが日常であり、そう
いうモノと受け止めるしか無かったのだから・・・。
炎に包まれ死にゆく運命であった彼女に・・・、
生きたいか? 生を望むならば、我が声に応えよ!
頭に声が響いた。
生きたいか? だって? そんなの判らない。
その問に応えるには、彼女は幼すぎた。
だが、それでも・・・、自分を庇って手だけになってしまった母
親を見て・・・・・・、生きたい! そう、思った。
348
︽確認しました。召喚者の求めに応えます・・・成功しました︾
そして、炎に怯える事なく、生きたい!
。
。
︽確認しました。エクストラスキル﹃炎熱操作﹄を獲得・・・成功
しました︾
魔王
次に目覚めたのは、魔物の巣窟。
プラチナブロンド
目の前には、美しき
長い金髪に、青い瞳。整った顔立ちに、切れ長の眼。
透き通るように白い肌。
。その二つ名は、
金髪の悪魔
それは、女性と見紛うばかりに美しい、美丈夫。
魔王
レオン・クロムウェル。
それは、人間の
﹁ああ・・・、また、失敗だ。﹂
彼は、そう呟き、彼女への興味を失った。
だからこそ、全身に大火傷を負い死にかけている彼女を殺す事は
しなかった。
どうでもいい存在であったから。
彼女は、それが悔しかった。
今でも思い出す。あの美しい、顔。そして、興味無さげに、見下
された絶望を。
あの時の彼女には、彼に縋るしか生きる術は無かったというのに。
結局、彼女を助けたのは、魔王の気まぐれ。
349
﹁まて・・・﹂
何かを思いだし、魔王は呟いた。
彼女にはそれが不気味で・・・、
﹁た、助けて・・・﹂
縋るように、魔王に手を伸ばす。
彼なら、天使の様に美しい、彼なら、自分の苦しみを癒してくれ
るのでは? そう思えたのに・・・
炎の巨人
イフリート
を起動する。詠唱も行わず、
﹁ゴミかと思ったが、コレは炎への適正がありそうだ。﹂
イフリート
そう言って、召喚術式
容易く。
召喚した炎の巨人に、無造作に命じる。
﹁お前に、肉体を授けよう。使いこなせ!﹂
トラウマ
それは、彼女の事を、人間として見ていない証拠。
悔しさは、憎しみへと転じた。
これが、彼女の心に刻まれた、呪縛。
だが、この憑依により、彼女が死から逃れる事が出来たのも、ま
た真実なのだ。
それから、どれ程の時が経ったのか・・・。
彼女は、炎の魔人として、魔王の城に君臨する。魔王の側近の、
上位魔人として。
コツンコツンコツン・・・。
350
城に、静かな音が木霊した。
既に魔王は、逃げている。この城は、放棄されたのだ。
彼女は殿軍。捨石にされた。
勇者
。
魔王は、最後まで彼女を道具として扱った。そこに一切の感情を
挟む事なく。
やって来たのは、
勇者
が少女であった
長い黒髪を後頭部で一纏めにし、身を包むのは、濃黒に統一され
た軽装備。
魔王に劣らぬ、美しい美貌。違う点は、
事。
見た瞬間に、直感した。
勝てない! と。
イフリート
その心理が、炎の巨人の意識を抑えたのか、ほんの少し自我が戻
る。
勇者と、目が合った。
﹁た・・・、たすけ・・・﹂
虫のいい話だろう。こんな、魔人となった自分の言葉を、信じて
くれる訳などないのに・・・。
なのに、
﹁もう、大丈夫だよ。頑張ったね!﹂
その言葉で、彼女の目に涙が溢れて来た。
この世界に来て初めて、彼女は、安堵と共に、勇者に縋って泣い
たのだ。
351
抗魔の仮面
で炎の巨人を押さえ込み、同時に、火傷の跡を隠
イフリート
それから、彼女は勇者に保護される事となった。
す。
爆炎の支配者
の二つ名で呼ばれるようになってい
全身をローブで隠し、勇者に付き従う。
いつしか、
た。
だが、勇者は旅立った。彼女を残して・・・。
その理由は判らない。おそらくは、勇者には勇者の、譲れぬ思い
があったのだろう。
魔王
レオン・クロムウェ
彼女にある、ソレと同様の。いつかは、彼女も旅立つつもりだ。
魔王を、殺す為に。
彼女を生かし、そして捨てた。
その目的が殺す為であるとはいえ、
ルは、今や彼女の生きる目標となっていた。
だから、彼女には勇者の行動を咎める資格は、ない。
ただ、勇者の笑顔を見た事が無かった点が、唯一の心残りであっ
た。
それからも彼女は、英雄として幅広く活躍した。
現在の自由組合の前身とも言える、冒険者互助組合の組織に協力
し、その発展に務めた。
カグラザカ
の少年少女。
冒険者の教導を行い、後進の育成にも携わった。
ユウキ
サカグチ
ある時、優秀な生徒を得る機会があった。
ヒナタ
純真な目をした、少年。神楽坂優樹
異世界人
絶望に彩られた目をした、少女。坂口日向
二人の、優秀で同郷でもある、
352
二人は、実に対照的だった。
前向きで明るい性格のユウキに、常に世界の闇を抱えたような性
格の、ヒナタ。
ヒナタがこの世界に来た時、野党に襲われていたそうだ。だから
だろう。
そう、静江は考えていた。
野党は無残に何者かに殺害されて、ヒナタは無事だったそうだが、
怖い思いをしたのだろう。
自分と、どこか似ているようなヒナタに、親近感が湧いた。
ただし、それは間違いであった。
﹁先生。お世話になりました。もう、貴方から学ぶ事はありません。
お会いする事もないでしょう。﹂
そう言って、振り向きもせず、ヒナタは去って行ったのだ。
彼女は、一月も経たずに、静江の強さを上回った。その、圧倒的
な物覚えの良さで・・・。
それから数年で、彼女が教会の重要な地位に付いたと聞いた時も、
素直に納得出来たのだ。
薄ら寒さを覚えはしたのだけれど・・・。
それに比べ、ユウキは優しい少年だった。
冒険者互助組合を自由組合と名を変えて、今のシステムを築いた
のはユウキだ。
魔物に対抗する、ランク評価を取り入れた事により、死亡率は大
幅に減少した。
それから、今日まで。
静江は、裏方として、ユウキを支えて生きて来た。
最も、静江に出来るのは、後進の教導だけであったのだけれど。
そして、最近。
昔、魔人であった頃の事を良く夢で見るようになった。
353
イフリート
自分の寿命が残り少ないのか、炎の巨人の意識を抑え込めなくな
抗魔の仮面
の能力は、未だ失われてはいないのだから。
って来ているようだ。
彼女は、自分は長くないのだ! と、悟る。
ならばせめて、魔王に一矢報いたい。
そして、旅立つ事を決意した。
その事を告げようと、ユウキを訪ねた。
ユウキは何も言わず、了承してくれた。本当は、止めたかったの
かもしれないけども・・・。
そんな時、ファルムス王国の自由組合支部より連絡が来た。
ヴェルドラの消失を確認。引き続き、調査を行う! と。
何かの天啓だろうか? どちらにせよ、森を突き抜ける必要はあった。
3人の冒険者に、上手く潜り込む。
特徴は、ユウキに聞いて知っていた。聞いていた通り、明るく気
のいいチームだった。
最後の旅に、いい仲間に出会えた事に感謝した。
不思議な町。
魔物に助けられて、連れて来られた町。
とは言っても、まだテントが建っているだけで、建物は一つしか
ない。それも仮設である。
だが、活気があり、魔物なのに、楽しそうに働いている。異質な
町。
ジャイアントアント
そもそも、魔物に助けられるとは、思ってもいなかった。
イフリート
炎の力を使えば、巨大蟻を焼き尽くす事も出来たが、止めた方が
良いと感じた。
自らの力が衰えると同時に、炎の巨人の意識が暴れだす。
354
油断すると、暴走の危険があった。
変な魔物が、王様の様にふんぞり返って、偉そうにしていた。
面白い。
言葉を話したのには、吹き出してしまった。
イフリート
魔物なのに、自分の事を悪いスライムじゃない! だなどと!
町で話しても、誰も信じないだろう。
楽しい時間は、唐突に終わりを告げた。
まだ、私は目的を果たしていない・・・
寿命が尽きようとするその瞬間を狙い、炎の巨人の意識が自分を
乗っ取るのを感じた。
まだ・・・、ここでは迷惑に・・・
そんな意識を嘲笑うかのように、魔人は顕現する。
彼女の意識は暗転した。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
彼女の様子を伺う。
もう、幾ばくも持たないだろう。
意識が戻る事も、無いかもしれない。
それでも、同郷の身として、最後まで面倒をみよう。そう思う。
負傷した3人の冒険者は、元気だった。
こんな大怪我するなんて、危険手当では納得出来ない! と喚い
ていたが、
﹁これ、どういう事ですか? 全く火傷の痕が残ってないんですけ
355
ど⋮
というか、お肌つるつるのすべすべなんですけど!!!﹂
﹁すげーな⋮、あの怪我じゃ、一週間は動けないかと思っていたん
だが⋮﹂
﹁驚きやした⋮。こいつは、すごい回復薬もあったもんでやす。﹂
と、渡した回復薬で元通りである。
しかし、
﹁でもぅ、これじゃ、危険手当、貰えなくないですか?﹂
﹁だな⋮。誰も信じちゃくれねーな⋮。﹂
﹁そうでやすね⋮、でもま、怪我が残るよりいいって事でやすよ!﹂
なんとも、現金な悩み事で口論を始めていた。
本当に、能天気な奴らである。
今度、町へ遊びに行きたいと告げると、
﹁何だったら、ギルドマスターに伝言してやろうか?﹂
そう言ってくれた。
その言葉に、俺は喜んで伝言を頼む。
冒険者に憧れはある。身元確認なんて面倒な話は勘弁してもらい
たいし、魔物で冒険者登録出来るか怪しい。
カバルが、リムルという名前を出せばギルドマスターへ話しが行
くように、取りはかってくれると約束してくれた。
やはり、いいヤツだ。
スパイダーローブ
俺は気をよくし、餞別として出来立ての、
スケイルメイル
粘鋼糸衣、
甲殻鱗鎧、
356
ハードレザーアーマー
硬革鎧、
といった装備品や、回復薬を10個と食料を用意し、渡してやっ
た。
﹁ちょ!!! このローブ、何なんですか!!! 軽い上に頑丈!
スケイルメイル
ていうか、めっちゃ丈夫!﹂
﹁うぉーーー!!! 憧れの甲殻鱗鎧!!! ガ、ガルム師の作品
じゃねーか!家宝にします!!!﹂
﹁うぇ! いいですかい! あっしには勿体無いような作品。牙狼
の毛皮まで使用されてやすね!﹂
なんというか、大はしゃぎだった。
そりゃ、炎で装備は破損しまくりの上、報酬で買い替え出来ない
と喚いていたのだ。
俺のせいではないが、少しだけ同情してしまったというのはある。
渡したのは、試しに作ったヤツだったのだが⋮
それ、試作品なんだけど⋮、とは言い出せなかった。
あんなに喜んでいるのだ。水を差す事もないだろう。
問題ない。彼らには、言わないほうが良い。
試作品でも、性能はいいのだから!
まあ、これだけ喜んでくれているのだ。忘れずに伝言してくれる
だろう。
最後には、3人とも、俺の事を旦那! と呼んで懐いてくれてい
たしな!
最後までシズさんの事を気にしていたが、3日程滞在して旅立っ
た。
357
一週間が経過した。
シズさんが目覚めた。
﹁ここは⋮、そうか⋮⋮、迷惑をかけた。﹂
意識はハッキリとしているようだ。
魔人化しても、記憶は鮮明なようである。
﹁夢を、見ていたよ⋮⋮。
懐かしい夢。もう戻れない⋮、町の。﹂
日本の事か?
﹁なあ、スライムさん。君の名前は、なんていうの?﹂
リムルだと、名乗ったハズだが⋮ボケたか?
﹁リムルだ。﹂
目を瞑り、何か考えて、
﹁本当の名前は、教えてくれないのかい?﹂
そう、問いかけて来た。
気付いていたのか? 一瞬躊躇ったが、
﹁ふん。どうせ、貴方は長くない。教えよう、三上悟だ。﹂
本当の名前。もう二度と、名乗る事は無いと思っていたのだが⋮。
358
﹁やはり、日本人だったのか⋮。そうじゃないかと、思ったんだよ。
雰囲気が⋮ね。﹂
沈黙。そして、
﹁わたしの弟子達にも、聞いたんだ。綺麗な町になったんだって?
あの、周りを見回しても、火の海だった、町が⋮?﹂
﹁ああ。何なら、見せてやるよ。﹂
そう言って、﹃思念伝達﹄で、俺の記憶を伝える。
こういう時、本当に便利だと実感する。
﹁ああ⋮⋮﹂
シズさんは、涙を流した。そして、
﹁ねえ、スライムさん⋮いや、悟さん。お願いがあるんだが、聞い
てくれないかい?﹂
﹁なんだ?﹂
どうせ、碌でもない願いだろう。
だが、最後まで面倒を見る、そう決めたのだ。願いくらい、聞い
てやる。
﹁私を、食べておくれ⋮!﹂
何だって? この婆さん。何いってんの?
﹁私にかけられた、呪いを、喰ってくれただろ⋮。嬉しかったよ。
359
私に呪いをかけたヤツをぶん殴りたかったけど⋮
どちらにせよ、私には無理だっただろうし⋮、ね。
最後の願いだ。私を君の中で眠らせてくれないかい?
私はね⋮、この世界が、嫌いなんだ。それでも、この世界が憎め
ない⋮。まるで、あの男の様だよ⋮。
この世界に、あの男を重ねて、見ているのかも、知れないね⋮。
だから、この世界に還元されたく、無いんだ。
お願いだ。どうか、私を、食べておくれ⋮!﹂
ふん。
何ていう事のない願い。俺にとっては、容易い事だ。
俺を縛る、呪縛となる願い。俺は、彼女の憎しみを受け継ぐ事に
なる。
迷う事はあるか? 彼女に安心して、逝って貰う事が出来るよう
にするには⋮、答えは、決まっている。
﹁いいよ。お前の憎しみは、俺が引き継ぐ。お前を苦しめた、男の
名前は?﹂
魔王
の一人⋮。﹂
俺の言葉に目を見開き、火傷の痕の残る顔を引き攣らせ、そして
涙を流し⋮、
﹁レオン・クロムウェル。最強の
祈るように、俺を見つめる。
﹁約束しよう! 三上悟⋮いや、リムル=テンペストの名に於いて!
レオン・クロムウェルにきっちりと、貴方の憎しみをぶつけて、
後悔させてやるよ。﹂
360
ありがとう⋮。彼女はそう、呟いた。
そして、目を瞑る。眠るように、息を引き取ろうとし、
︽ユニークスキル﹃捕食者﹄を使用しますか?YES/NO
安らかに眠れ、俺の中で!
YES! と念じる。彼女の安らぎを祈るように⋮
︾
俺の中で、永遠に覚める事の無い、幸せな夢を見れるように⋮と。
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大賢者﹄
ユニークスキル﹃捕食者﹄
ユニークスキル﹃変質者﹄
スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄
エクストラスキル﹃炎熱操作﹄
エクストラスキル﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
361
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
炎巨人﹃分身体,炎化,範囲結界﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効,熱攻撃無効
電流耐性
麻痺耐性
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
362
コツンコツンコツン・・・。
彼女は、顔を上げる。
幼く、可愛らしい、顔立ち。
そして、安堵し、微笑みを浮かべた。
ここに、いたんですね! もう、私を置いていかないで!
だが、その人影は首を振り、ある一点を指し示す。
少女は、悲しげな顔を浮かべ、指差す方へ顔を向ける⋮。
そこには、
お母さん!!!
身体中で、喜びを顕わにし、母親へと駆け出す少女。
人影は、それを確認すると、消えた。まるで、最初から存在して
いないかの如く。
あるいは、それは少女の思いの生み出した、幻なのかもしれない
が⋮。
こうして、少女は母親と再会する。
少女の長い旅は、今、終わりを迎えた。
363
24話 追想∼葬送曲∼ ︵後書き︶
ふはははは! 人間の身体を手にいれたぞ!
という場面で、ちょっとだけ区切り良かったでしょうか?
土曜には⋮頑張ります。
364
25話 人間に変身!︵前書き︶
昨日、明日の投稿は無いと言ったな、アレは嘘だ!
というのは冗談です。
感想書いてから書き始めたのですが、キリがいいのでここで一話
にしました。
短めです。ご容赦下さい!
365
25話 人間に変身!
シズさんは逝った。
俺に、一つの目標を与えて。
の情報収集も行う必要がある。
今までは、降り掛かる火の粉を払う事のみ考えていたが、今後は
魔王
気楽に請け負ったが、約束は果されなければならない。
俺は、約束を守る男なのだ。
彼女は、俺に新たな能力も残してくれた。
イフリート
ユニークスキル﹃変質者﹄と、エクストラスキル﹃炎熱操作﹄だ。
ついでに、炎の巨人も喰ったんだったっけ。
俺の敵ではなかったが、コイツも危険なヤツだった。
コイツが、Aランクオーバーか。
確かに、黒蛇や、黒狼では勝てそうもないな。
能力の研究も、ボチボチ行う必要がありそうだ。
だが、その前に!
俺には、最重要な確認事項がある!
そう! 人化だ!!!
俺は、新たに用意された、俺専用の簡易テントに入った。
誰も入るなよ! と声をかけ、扉を閉める。
ふふふ、ふはは、ふはははは!
笑いの三段活用を正しく使用し、
﹁へ∼ん、しん!﹂
366
効果音は出なかったが、擬態:人間を実行した!
こんなにも擬態効果が楽しみなのは、初めてだ。
ところが、
⋮⋮⋮あれ?
おやおやおや⋮。
いつも出てくる、黒霧が出ない。
どうなってやがる! と、思ったが、視点の高さは若干高くなっ
た。
というか、手と足が生えている。
そして、薄青色から、肌色へと変化していた。
む、むむむ?
ちょっと良く判らないけど、俺の意図と違う気がする。
鏡が無いのが悔やまれる。
しかし、だ。
ちょっと認めたくはないのだが、この状態に覚えはあるのだ。
遠い昔、そう、30年くらい前の状態⋮。
小学校に上がるかどうか、その年代がこんな感じだった。
ちょっと待って欲しい。
動揺しすぎて気付くのが遅れたが、もっと大きな違いがある。
無いのだ。
新たに生まれたであろう、俺の息子⋮二世の姿が無い!
ど、どういう事だ?
俺は、狼狽えた。
大慌てで確認した。
そして知る、驚愕の事実⋮。
な⋮、何もない。
ツルリ、と何も無かった。
367
よ∼くよく、考えてみれば、魔物に擬態した時にはそんな疑問沸
かなかった。
排泄の必要が無いのに、 排泄器官があるハズが無いという事に
⋮。
という事は当然⋮、生殖の必要が無いのに生殖器官が必要か?
答えは⋮、今の俺の状態、という事か⋮⋮。
深い喪失感と、なるほどな! という納得感が俺を襲った。
まさか! 慌てて頭部を確認した。フサフサと柔らかい手触り。
安堵の溜息を吐いた。
宇宙人のように怪しい人型では無い様で、良かった!
考えてみれば、黒狼も毛フサフサだった。
毛が無ければどんな化物⋮想像すると気持ち悪くなりそうだ。
やめよう。この先は危険だ。
さて、クールな俺らしくなく、ちょっとばかり焦ってしまったか
な?
この際、息子の事も受け入れよう。
全身の姿確認が出来ないのが痛いな⋮
そう思った時、﹃分身体﹄使ってみれば? というナイスアイデ
ィアが浮かんできた。
流石、俺。
この状態で可能か不明だが、やって見る。
俺の身体から黒霧が湧き出し、目の前に集まって人型となる。
一瞬で、それは完了した。
これ⋮ヤバイ。
このヤバイというのは、色々な意味がある。
まず見た目。
銀髪の愛くるしい容姿の美少女? 美少年? 性別ないので中性
なのだが⋮
どっちかと言えば、少女よりの顔立ち。
368
元がシズさんなのだろう、俺の遺伝子は欠片も見受けられなかっ
た。
そりゃ、そうか。まあ、当然かもしれん。
可愛らしい子が、全裸で立ってる。まあ、隠すべき何モノもつい
てないのだけど⋮。
そういう問題ではなく、倫理的にヤバそうだ。
だが、めちゃくちゃ可愛い顔立ち。ここは、静江さん>GJ! と言っておこう。
俺も、ナイスガイだったが、美少年では無かった。思い出補正を
駆使しても、無理がある。
ここは、素直に感謝しとこう。
毛皮を纏い、分身にも毛皮を渡した。
今度、服を用意しないといけないな。
本題のヤバイ理由。
それは、その能力だ。
分身と言ったが、思考演算能力の優れている俺、完全にリンクし
ているのだ。
つまり、どっちも俺である。
イフリート
本体と、分身体に差が無い。
いや、炎の巨人は明らかに分身体の能力は劣っていた。
なのに、俺の分身は劣っていないと感じる。いや、多少は劣って
いるのだろうけど⋮。
違いはある。
その魔素容量だ。最初に使用した魔素の分量しか、容量が無いの
だろう。
だが、もっと多く魔素を受け渡しておく事も可能なのだ。
イフリート
俺の魔素容量は、結構ある。使い方によっては、かなりの戦力に
なるだろう。
ただ、炎の巨人は10体程に分身したが、俺の分身は高性能すぎ
369
て、1体だけしか無理みたいだった。
もっとも、これは相手からすれば、反則くさいスキルであろう。
最後の理由。
それは、擬態への違和感の無さ。
黒霧が発生しなかった時点で、それに気付いた。
例えば、黒狼。
黒狼に擬態しようとすると、黒霧で擬態を構成する。これは、ス
ライム本体の能力に劣るのだ。
スライムの身体の手足が無い事による、物理運動への制限で目立
たないのだが、細胞能力は異常に高い。
細胞の一つ一つが、筋肉であり、脳であり、神経でもある。
理解出来るだろうか? 目で見て、神経が情報を伝達し、脳に達
する。
そういったプロセスが必要無い。
﹃大賢者﹄補正の知覚1000倍が無くとも、俺の反応速度は、
常人を上回るのだ。
それが、黒霧の身体では、脳=本体へ到達するのに、若干のタイ
ムラグが発生する。
恐らく、分身体の若干の劣化は、この部分が原因だろう。
では、黒霧を使用しない擬態:人間だと⋮?
そう! スライム身体と同等の反応速度が出るのだ。違和感が無
いのである。
そして、手足がある事による、運動能力の向上! ⋮⋮子供だけ
ど。
それでも、スライムより動きやすい。
また、黒霧を使用しない為、魔素の消費が必要ないのだ。
何という便利さ!
これからは、この姿での活動をメインにしよう! そう思った。
370
ふと思いつき、分身体に命令を出す。
自分で自分を動かすように、スムーズに。
分身体が成長を始めた!!!
スラリとした体躯。たなびく銀髪。美しく、中世的な容貌。
完璧だ!
そこから更に、女型にしたり、男型にしたり。
マッチョにしたり、デブにしたり。壮年にしたり、老人にしたり。
色々な状態に擬態する事が可能だと、判明した。
黒霧を使用し、魔物への擬態と同様に、足りない部分を補う事で、
成人にも擬態可能なのだ。
これは、筋力を増強するにはいいかもしれない。
反応速度は落ちるが、威力を出すには大きい方が有利である。
まあ、スピードが戦闘に置ける最も重要な要素である! とは、
思うのだけれど。
それからも色々な実験を行い、新しい身体の能力を確認したのだ
った。
こうして俺は、この世界での、人間の身体を手に入れたのだ!
371
25話 人間に変身!︵後書き︶
次は能力について書く予定です。
本当は、今日の話と併せて一話にするつもりでした。
纏めて投稿の方が良かったかもしれないですけど。
372
26話 新たな能力︵前書き︶
昨日は投稿出来ませんでしたが、昨日の分と併せてなんとか書き
上げました。
373
26話 新たな能力
さて、人間の身体を手に入れた事だし、何時までも毛皮という訳
にもいくまい!
という事で、早速衣服を作成して貰う事にした。
マジックアイテム
スライムの身体は便利なのだが、欠点があった。
それが、装備である。特殊な魔法装備以外、装備出来ないのだ。
まあ、寒暖は感じないので然程問題に為らないが、防御的には不
安があった。
一撃くらい、耐えれる装備が欲しかった所なのだ。
ドワーフ達も、最近はゴブリン達の狩ってきた魔物の素材で、色
々作成をしている様子。
取り敢えず一着、子供用の服を用意して貰おう。
そう思い、ドワーフの元へ出向いた。
ゴブリナ
いつの間にか出来上がった丸太小屋の中が、衣服関係の製作工房
である。
ドワーフの長男ガルムが、中で女性達に指示を出し、製作を行っ
ていた。
﹁おいっす! ガルム君。ちょっと服作って欲しいのだけど!﹂
﹁って、旦那。何言ってるんですか。どうやって着るつもりです?
装備出来ないでしょ?﹂
﹁ふふふ。ふはは、はあーーーっはっはっは! 舐めるなよ! いつまでも、何も着れないままの俺だと思うな! はぁーーーー
!!!﹂
﹁な、何いぃ!!! 旦那の身体がどんどん大きく⋮、は成ってな
いな。子供⋮か?﹂
﹁チッ。余り驚かないな⋮。まあいい。大人にも成れるけど、取り
374
敢えず、この姿で着れる服をお願いします!﹂
﹁お、おう。じゃあ、サイズを測って貰ってくれ! おい、ハルナ。
旦那の採寸を頼む!﹂
俺は、製作を行っていた女性の一人、ハルナさんに採寸をして貰
った。
無論、真っ裸だが、恥ずかしくもない。何も無いのだから⋮。
﹁まあ! リムル様、可愛らしくなられて!﹂
そう言いつつ、嬉しそうに採寸してくれた。
可愛い? 俺的には可愛いが、ゴブリンの美的感覚でも可愛いの
か。
魔物にも、美的感覚がある事の方が驚きだけど。
明日には出来るそうなので、一先ずスキルの確認を行う事にした。
場所を移す。
落ち着いてスキルを試すとなると、余り誰も来ない所がいい。
俺は、リグルドに出かける事を伝え、誰も近寄せないように命令
した。
そして、村の中心から封印の洞窟へと向かった。
ヴェルドラと出合った場所。
あそこなら、広大な地下空間があり、異常に頑丈で誰も来ない。
洞窟の魔物すら恐れて、近寄って来ないのだ。
それでは、早速試す事にする。
ユニークスキル﹃変質者﹄と、エクストラスキル﹃炎熱操作﹄か。
あとは、炎巨人の﹃分身体,炎化,範囲結界﹄を手に入れた訳だ
が。
何から試すかな⋮。
分身を試したついでだし、炎巨人の能力を見てみるか。
375
スキル
炎化か。スライム状態では発動しなかった。
こういう風に、何らかの要因で使えない技能もあるのだが、何が
原因なのだろう。
範囲結界は、使用出来た。意味が判らん。
このスキルは、炎の熱を結界に閉じ込めて、熱エネルギーの流出
を防ぐのが目的ではないのか?
炎化は出来ないのに、結界だけスライムで使えても⋮まてよ? これ、バリア的な用途もあり?
ふむ。
そもそも、相手を結界に閉じ込める訳で、結構な強度がある。そ
ういう用途にも使えるかもしれない。
範囲の指定は、最大直径100mの半球。地面の下には効果なし
である。
最小は、自分の身体を覆う程度にまで縮小出来た。効果は変わら
ない。サイズが変更しただけであった。
その強度は?
水刃
を放つ。パシィ!! と、弾かれた。
分身を作り、結界を張らせた。
その結界に向けて、
ほほぅ⋮。そこそこ強度あり?
では、﹃毒霧吐息﹄﹃麻痺吐息﹄と試す。
判明したのは、かなり魔素を消費するという事。
分身に持たせた魔素は、﹃麻痺吐息﹄ならダメージを受けないの
か消耗しなかったが、﹃毒霧吐息﹄では直ぐに壊れた。
逆に言えば、魔素量を補給すれば耐えれるという事。
大量の魔素を持たせ、再度分身に結界を張らせた。
そして、黒狼になり﹃黒稲妻﹄を使用する。
この﹃黒稲妻﹄、黒狼の状態だと、範囲や威力の指定が可能なの
だ。
二本の角、これで、威力調節+範囲調節を司っていたみたいだ。
スライムには角が無いので、一気に魔素を持っていかれる! と
376
いう事のようだった。
という訳で、威力を最大で範囲を個人に調節し、放つ!
分身の結界は、個人用のサイズで張ってある。サイズが小さいと、
魔素の消費量は少ないのだ。
結界は、
ピカッ! ⋮⋮⋮チュドーーーーーン!!!
後には、消し炭も残らなかった。
ヤバすぎるだろ!
これは⋮、この結界を過信出来ないという事だな。
そもそも、電流耐性や熱攻撃無効があるのに、どうして消し炭?
ちょっと意味が判らない。
この﹃黒稲妻﹄、どうやら、エクストラスキル以上の特殊スキル
の可能性がある。
ドキドキしてしまったよ。
うかつに自分に試さなくてよかった! 心からそう思った。
ただ、黒狼に擬態しないと使えないので、この﹃黒稲妻﹄は使い
どころが限定されそうだけど⋮。
炎巨人に擬態し、炎化を試して見た。
2000℃程度の高温のガス状に変化するようだが、予想通り、
結界内で使わないと、エネルギー流出が大きすぎてすぐ魔素切れに
なる。
これも、使いどころが難しいスキルである。
ちなみに、結界と併用した炎化は、かなりエグイ。
フレアサークル
流石はAランクオーバー。
炎化爆獄陣という結界との併用炎化攻撃は、結界内の生物に熱+
炎ダメージで肺を焼くので、呼吸する生物がこの中で生存するのは
絶望的だ。
俺は肺呼吸の必要が無い上に、熱変動耐性exがあったので問題
377
なかったが、普通なら絶対的必殺技である。
相性が、実に良かったのだ! と安堵した。
使い道は、その内考えよう。
さて、エクストラスキル﹃炎熱操作﹄はと言うと。
シズさんがやったみたいに、爆発を起こす事が出来ない。どうい
うカラクリがあるのやら⋮。
ブラスター
指先に炎を灯したり、手の平から炎を出したり。そう言った事は、
可能だった。
指先に熱を収束し、放射する、熱線砲といった使い方も出来た。
というか、収束した方が威力が上がった。
手の平の炎は通常、200℃程度の温度。そこから指先に収束さ
水刃
を放つ要領で、魔素を放出するのだ。
せると、1600℃位になる。
この状態で、
炎弾
と名づけた。
10m先の対象に当たった時点で、その部分の温度は1400℃
以上。結構使えそうなので、
どこぞの宇宙人が、指先から放つ必殺技に似ていた。
手の平に炎を集中し、相手を焼く事も出来そうだ。
相手の頭を掴んで、炎を出す! そういう危険な事も、やろうと
思えばやれるだろう。
このスキル、練習次第で温度を高める事も可能だし、爆発系統を
使用出来るようになりそうだ。
魔物のスキルと違って、要練習! という事なのだろう。
さて、最後に手に入れたスキル。
それは、﹃変質者﹄。
俺は、違うよ? 紳士だったから、変質者ではない。大体、不名
誉な名前すぎる。
まるで、危ない趣味に目覚めた人のようではないか⋮。
いや、俺は目覚めてないよ?
378
ともかく、その能力を検証する事にしよう。
だが、どういう事が出来るのか、まったく不明である。
ここは、困った時の﹃大賢者﹄。先生! お願いします!!!
︽解。ユニークスキル﹃変質者﹄の効果⋮
融合:異なる対象同士を、一つのモノへと変質させる。
分離:対象に備わる異なる性質を、別のモノとして分離する。
︾
︵分離された対象が実態を持たない場合、消滅する場合が
ある。︶ 以上の2つが主な能力です
なるほど。
シズさんの魔人化、それはこのユニークスキルの効果だったのか。
ボディ
正直な感想を言うならば、このスキル、俺の能力に相性いいので
はないだろうか?
汗を流す機能など備わっていないスライム身体だが、冷や汗が流
れるような感じがした。
︾
これ、相手の能力を理解する事が前提のようだが、敵からスキル
を消失させる事が可能なのでは?
︽解。魂に刻まれた能力の消滅や分離は、不可能です
そこまで万能では、無かったか。
だが、俺の能力に相性がいいのは間違いないと思う。
イフリート
例えば、擬態する魔物同士を融合する事も可能なのでは?
シズさんは、炎の巨人の意識に乗っ取られる形での魔人化だった
けど、俺の場合は俺の意思で魔人化出来るのでは?
379
ベース
魔人化は、基本体へ、融合体の能力を顕現させる感じだった。
イフリート
任意で、姿を変える事も可能なのかも知れない。
俺は、イメージする。
オーラ
スライムをベースに炎の巨人を融合。
身体の表面に薄紅の妖気が漂い出す。それだけ・・・。
見た目的にはそんなに変化ないが、表面温度は200℃程度にな
った。
オーラ
先程は出来なかった、炎化も簡単に可能となった訳である。
炎化を行うと、妖気が蒼炎に変色した。表面温度は1400℃オ
ーバーになっている。
体当たり的な攻撃でもダメージを出せそうだ。
もし敵に捕まっても、この状態になったら逃げ出せるかもしれな
い。
こうして、捕食した魔物を各々融合してみた。
蜘蛛は白色の模様。
ムカデは牙が生えた。キモい。
トカゲは、身体の一部に鱗が。 蝙蝠は、悪魔のような翼が生えた。スライムの身体に悪魔の翼。
意外に格好良い。
黒狼は、身体の色が黒色に変化し、角が生えた。ユニコーンのよ
うな角が二本。
眼が無いせいで、イマイチ角の位置に不安があるけど。
次に黒蛇。身体に金色の斑模様が浮き出した。
スライム形態のまま、全ての能力を完全に駆使する事が可能であ
った。
見た目的にはアレだけど・・・。
では、同時に融合は可能なのか?
380
答えは、可能である。ただし、二体の魔物まで。
3体の能力を融合させる事は、出来なかった。だが、融合するま
でもなく能力を使用出来る魔物がほとんど。
性能が劣るが、能力自体を使えるのなら、わざわざ融合しなくて
もいい話である。
擬態しないと使えない能力・・・﹃炎化,黒稲妻﹄だけである。
技能ではないが、蝙蝠の飛翔能力は擬態しないと使用不可能。翼
だけを出す事が出来なかった。
となると、炎巨人、黒狼、蝙蝠から二つを選んで、状況に合わせ
ブレス
て融合変質を行うのが基本となるだろう。
まあ、吐息系の能力が適した状況なら、その都度変更すればいい
話なのだが。
ちなみに、最初に擬態して、そこに能力を付加すると・・・。
キメラ
最大三体の魔物の能力を、融合する事が可能となる。
どう見ても、合成獣です。本当にありがとうございました・・・。
いや、これは、見た目の威圧感が半端ない。
黒狼や黒蛇ベースが、一番ヤバそうだった。
キメラ
どれをベースにしても、能力の強さは変化ないが、機動力に優れ
る黒狼が合成獣のベースに最適である。
本当にピンチの時は、この姿を披露する事になるだろう。
ふと、人化して能力付与はどうだろ? そう思い立った。
人化の最大のメリットは、装備が行える事。
魔物というよりは、魔獣に近い姿への擬態では、装備出来る武具
がないのだ。
人化での融合も、強力なスキルであると言えるだろう。
見た目の変化だけ記しておく。
炎巨人・・・髪と瞳が真紅に変化。
黒狼 ・・・髪が黒髪に変化。アホ毛のようなくせ毛が二本飛び
381
出た。狼の尻尾と犬耳が!
黒蛇 ・・・瞳が金色になり、瞳孔が蛇のようになった。手足の
先端が硬質化した鱗に覆われ、爪が生えた。
蝙蝠 ・・・悪魔の翼が生えた。
擬態しないと使えない、能力持ちへの変化は以上。
今後、強力な魔剣みたいな物が入手出来たら、この姿での戦闘が
主になるかもしれない。
前に考えた、魔剣、そろそろ製作を考える時が近づいたのかもし
れない。
なにしろ、融合は無機物にも適用される。
どういう事かというと、属性や特殊能力を持つ武器同士を融合す
る事も可能っぽいのだ。
これは実際に、試してみないと詳細が判らないのだけども。
魔王を倒すには、やはり聖なる属性の剣とか在った方がいいのか
な?
まあ、王国にでも行って見て、探してみよう。
っと、耐性の確認を忘れていた。
まず、エクストラスキル﹃炎熱操作﹄獲得時、これの習得と同時
に、熱攻撃無効耐性がついた。
とは言え、流石に太陽に突っ込んだら融けて死ぬだろうけど。
どこまで耐えれるのか。これは、自分の能力で試してみるしかな
いのだ。
今までは、自分にダメージが来るのを恐れて、色々試せなかった
訳だが、今日の実験は一味違う!
先程﹃黒稲妻﹄を試したように、分身体の出番である。
自分がどの程度までダメージに耐えれるか、心置きなく実験出来
るのだ!
少し心が痛む気がするが、割り切ろう。
382
こどもバージョン
バージョン
分身を出し、操作する。勿論、スライムの姿だ。子供になったら、
絵的に問題ある。
この分身、今の俺が子供状態なのだが、スライム状態での作成も
可能だった。
慣れれば、装備を複製し、着た状態での作成も可能になりそうだ。
分身体の制限は、主にユニークスキルにかかっている。
その一、﹃大賢者﹄
半径が1km以内に同時に居る場合は、使用可能である。
それ以上離れると、意識のリンクが切れて単純な命令をこなすだ
けになる。
視覚は共有しているので、随時命令の変更は可能なので、偵察だ
けなら可能なのだが⋮。
その二、﹃捕食者﹄
胃袋が共通で、本体しか出す事が出来ない。
捕食や保管は可能なのだが、取り出しは出来ないのだ。
ただし、能力など、フィードバックは行われる模様。
その三、﹃変質者﹄
融合可能なのは、一体のみだった。分離は、普通に行える。
詳しく調べてみると制限はあったが、十分高性能である。
水刃
はかなりの威力があった。 色々な攻撃を、自分の分身に試していった。
結果、
も、指先からビームが出るような感じに見えるが、威力
黒蛇までは一撃。黒狼も二撃で殺せる。それ以外は、言うまでも
炎弾
ない。
は凄まじい。
ただし、こちらは貫通効果なので、即死に至らない。頭や相手の
383
弱点を、打ち抜く必要があった。
黒蛇の頭も貫通したが、即死しなかった。油断すると、逆襲され
水刃
より上なのに、殺傷力で劣るのだ。
てしまうだろう。
威力は
]で結界を張って炎化した状態だと、
なるほどなーと、妙に納得してしまった。
黒狼+炎巨人
最強は﹃黒稲妻﹄
最強形態[
即死しなかった。
何とか耐えられた感じ。
炎化は、攻撃よりも防御として考える方が優れているのかもしれ
ない。
ただし、最強形態以外でこれを防ぐ術は、現在見当たらない。
擬態状態から一定ダメージを受けると元に戻るのだが、本体への
ダメージは無いのだ。
それなのに、一撃で死ぬのだから、オーバーキルもいいところで
ある。
とまあ、色々なデータは取れた。
後は、﹃大賢者﹄の脳内シュミレーションで検証可能だろう。
俺は子供状態になると、洞窟から外へと向かった。
途中、ムカデと遭遇したが、チラッ! と、見ただけで逃げて行
った。
ふふふ。やっと俺にも貫禄が出てきたのだろう。
見た目は子供なんだけどね!
384
ステータス
名前:リムル=テンペスト
種族:スライム︵人化可能︶
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:なし
技能:スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生﹄
ユニークスキル﹃大賢者﹄﹃捕食者﹄﹃変質者﹄
エクストラスキル﹃水操作﹄﹃炎熱操作﹄﹃魔力感知﹄
獲得スキル⋮黒蛇﹃熱源感知,毒霧吐息﹄,ムカデ﹃麻痺
吐息﹄,
蜘蛛﹃粘糸,鋼糸﹄,蝙蝠﹃超音波﹄,トカ
ゲ﹃身体装甲﹄
黒狼﹃超嗅覚,思念伝達,威圧,影移動,黒
稲妻﹄
炎巨人﹃分身体,炎化,範囲結界﹄
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効,熱攻撃無効
電流耐性
麻痺耐性
385
26話 新たな能力︵後書き︶
ユニークスキル﹃変質者﹄の能力は、予想通りだったでしょうか?
そろそろ何が出来るのか、作者が思いつかないような使い方があ
るかもしれないです。
﹃黒稲妻﹄が強いのには理由が在ります。主人公は気付いていま
せん。
386
27話 大鬼族︵前書き︶
100万PV達成しました!
応援、有難う御座います!
387
27話 大鬼族
洞窟の魔物達も、俺の姿を見るなりそそくさと逃げ出すようにな
った。
漂う風格のなせる技であろう。
俺は気を良くし、洞窟から出た。
のだが・・・、
﹁グ、っ誰だ! 追っ手か?﹂
﹁若! 我々が足止めします! 姫を連れてお逃げ下され!!!﹂
﹁何という邪悪な魔物! 皆の者、見た目に惑わされるな!!!﹂
ボロ
などと、大げさな事を叫びながら、洞窟の入口前に散開する者達
がいた。
オーガ
身長2m以上ある、襤褸い落ち武者の様な格好をした大柄な魔物。
筋肉の塊のような体躯の、大鬼。
こいつらって、森の覇者である大鬼族じゃないの? リグルド達
オーガ
から聞いた話の特徴に合致する。
その大鬼族が警戒する、邪悪な魔物? 何それ怖い!
俺も慌てて、その場から飛び退く。
オーガ
後ろに意識を向けて見るが、何も発見出来ない。熱源反応も無し。
この大鬼族には見えて、俺には見えないと言うのか! ヤバイな・
・・。
せっかく新たな力を得たというのに、上には上がいるという事か。
﹁く、邪悪な魔物? それはどんなヤツだ? スマンが、俺には見
えない・・・。今、どの辺りだ?﹂
388
オーガ
オーガ
俺は、警戒しながら大鬼族達の方へ後ずさる。
俺の問いかけに、大鬼族達からの返答がない。
それどころか、ジリジリと、俺から距離を取る始末。
何だ? 俺を生贄にでもするつもりか?
そう考えた時、
﹁何を言っている? 邪悪な魔物とは、お前の事だ、スライム! オーガ
見た目には騙されんぞ!!!﹂
大鬼族の一人が、そう叫んだ。
な、何だと?
この愛らしいスライムの俺様に向かって、邪悪な魔物? 言うに
事欠いて、何て事を!
オーラ
﹁おい。おい! ちょっと待て。俺が、邪悪な魔物だと?﹂
﹁しらばっくれるつもりか? スライムらしからぬ、その妖気! 騙せるとでも、思ったか!?﹂
む? そう言えば、洞窟の魔物をビビらすのが面白くて、出した
オーラ
ままだった。
俺は、妖気を引っ込めた。そして、
オーガ
﹁そんなの、出してないっすよ! 気のせいでは?﹂
﹁﹁﹁・・・・・・・・・﹂﹂﹂
誤魔化そうとしたが、無理だった。
それから暫く、誤解であると力説し、なんとか大鬼族達の警戒を
解く事に成功した。
やれやれ。
389
そもそも、こいつ等、何でこんな所に?
そう思って尋ねると、逃げて来たと言う。
良く見れば、怪我をした者が多く、大怪我をした者もいる。
オーガ
普通の魔物なら、死んでいる。
上位種族の大鬼族は生命力も強い。だから、辛うじて生きている
といった様子だった。
オーガ
俺は回復薬を取り出し、怪我人を治療する。
流石は生命力の強い、大鬼族である。少量づつ薄めて振り掛けた
オーガ
だけで、傷は綺麗に消えていった。
大鬼族達は驚き、俺に礼を言ってくる。
オーガ
怪我が治ったとはいえ、疲労困憊の様子。彼等を村で休ませる事
にした。
何よりも、大鬼族を打ち破る勢力の話を聞く必要がある。
や
A−
の者までいるという話なのに。
単体でも、Bランク相当の魔物達なのだ。熟練の戦士ともなると、
B+
森の覇者。この森の最上位の存在だと聞いたのだが・・・。
ともかく、村へと案内しよう。
俺はランガを召喚し、彼等を運ばせる事にした。
呼ばれて、ランガが俺の影から出現する。ようやく、俺もランガ
召喚が出来るようになったのだ。
ゴブタのヤツに出来て、俺に出来ないなんて、プライドが許さな
かった。影で練習していたのである。
オーガ
早速、役に立って良かった。
大鬼族達は6人。
俺も、黒狼に擬態し、3人乗せる。ランガも3人乗せて、村へと
向かった。
オーガ
徒歩だと1日の距離だが、1時間程度で到着する。
流石は、大鬼族達。ドワーフと違って、気絶する事もなく、その
390
オーガ
速度に感動した様子だった。
こうして、大鬼族達を村へと案内し、俺専用のテントへと誘う。
テントのあった場所に、ログハウスが出来ていた。
俺が、木版に設計図を書いて渡していた通りの形状で。
俺がスキルを研究するのに村を離れていた間に、大急ぎで建てて
くれた様子。
俺は、ゴブリンとドワーフ達に礼を言い、中へ入った。
設計通りに、建てられている。凄いな。
図面程度なら俺にも書けたので、黒炭で木の板に寸法など細かい
事まで書き込んで、ミルドに渡していたのだ。
ミルドは図面を眺め、解り易い! と頷いていた。俺の書き方の
方が、効率よく相手に伝わるようだ。
オーガ
そうして打ち合わせはしてあったのだが、内装も注文通りだった。
応接間に、大鬼族達を案内する。
少し中で待つように告げ、外に出た。
こどもバージョン
ガルムの元へと向かい、出来上がっていた服を受け取る。
早速、子供形態に変身し、着用してみた。
鋼糸を編みこんだ下着に、牙狼の毛皮の服。
俺がストックしていた、元ボスの毛皮である。何故か、黒色に変
色していた。
ズボンと上衣を着込む。素晴らしい着心地だった。
毛皮には、かなり大量の魔素が染み込んでいたそうだ。
﹁旦那、こいつはかなりの防御力がありそうだぞ。普通の毛皮の比
じゃない!﹂
と、作成したガルムが太鼓判を押した。
防具ではなく、普段着なんだけどね。まあいい。無くて困るもの
ではなく、あったほうが良いものだしね。
さらに嬉しい事に、
391
マジックアイテム
﹁ああそれとな、その服、魔法武具の一種になった。着用者のサイ
ズにピタリと適するぞ!﹂
おとなバージョン
との事! つまり、大人形態になっても服が破れたりしないのだ!
ガルム君、良い仕事してくれよる。
この毛皮、多分俺の魔素を浴び続けて強化されてるのだろうけど、
いい素材があったら胃袋の中で熟成させておくといいかもしれない。
心のメモに、書き込んでおいた。
さて、あまり待たせても悪い。
オーガ
丁度いい所に見かけたので、ハルナさんにお茶を7人分用意する
オーガ
ようにお願いし、大鬼族達の元へと戻った。
大鬼族達は、大人しく待っていた。物珍しいのか、室内を見回し
ていた。
もっとも、まだ装飾も何もない、出来たてのほやほやなのだけど
も。
ハルナさんが、お茶を出し、部屋から退出した。
人間の味覚を、試す時がやって来た。
そっとお茶を口に含む。美味い。
味の違いなど、然程煩くなかった俺だが、この世界初めての味覚
は十分に感動出来る味だった。
抹茶に似た、苦い味なんだけどね。熱さも感じる。熱無効だが、
熱さは感じるのだ。
少し面白いと感じた。
オーガ
大鬼族達もお茶を嗜む様子。
落ち着くのを待って、話を聞く事にする。
392
途中で話を中断し、リグルドを呼んだ。そして、元族長の4人で
手の空いている者も呼び寄せる。
カイジンも丁度休憩に入った所だったようで、やって来た。丁度
いい。
レグルドとリリナは、すぐにやって来た。
オーガ
他は忙しいようだったので、俺を含めて5人で話を聞く事にした。
何故、リグルド達を呼び寄せたのか?
オーガ
それは、話がかなり重要だと判断した為である。
オーガ
大鬼族達の話を纏めると、戦争が起きた。そして、大鬼族達が敗
北した。
イフリート
たったそれだけの事になる。
丁度、この村で炎の巨人と戦っていた頃、大鬼族も戦争に巻き込
オーガ
まれていた、という事だ。
森の覇者でもある大鬼族に、一体誰が? しかも、勝利するなど
⋮。
ゴブリンの族長達にも、衝撃が走った様子。
一気に、表情が引き締まる。
相手は?
オーク
﹁奴らは、いきなり俺達の里を襲撃して来た。圧倒的戦力で⋮! 奴ら⋮、豚頭族め!!!﹂
オーク
オーガ
魔物には、人間と違って、宣戦布告を行ったりするルールは無い。
だから、不意打ちを咎められる事はないのだが、豚頭族が大鬼族
オーク
に仕掛けるなんて、異常である。
豚頭族のランクは、C∼Dランクである。ゴブリンよりは強いの
だが、ベテランの冒険者の敵では無い存在だ。
それなのに⋮、弱者が強者に戦争を仕掛け、あまつさえ勝利する
など⋮。
詳しく、話を聞いた。 393
オーガ
B−
ランク程
大鬼族の里は、規模は村より若干大きく、300人程度が暮らし
ていたらしい。
Bランクの魔物、300人。
それは、一国の騎士団に相当する戦力である。
オーク
度に鍛えられた騎士3,000人以上の戦力になるのだ。
それを、豚頭族が? 皆、有り得ないといった表情である。
オーク
里は、皆殺しにされたそうだ。
里長が率いる戦士団が、豚頭族を抑えている隙に、若と姫を連れ
オーガ
て脱出して来たらしい。
一人の大鬼族が悔しそうに、
オーク
﹁俺に、もっと力があれば⋮!!!﹂
と、呻いていた。
彼が、若なのだろう。
オーク
オーラ
最後に見た光景、それは、里長が豚頭族に殺される場面。
巨大な豚頭族で、一際異様な妖気を放出していたそうだ。
そのオークに匹敵する固体が、他に3匹。
その4匹に、里の精鋭である戦士達が注意を向けている隙に、オ
ークの兵が雪崩れ込み蹂躙を開始したらしい⋮。
フルプレートメイル
その数、1万。これは、彼らが数えた訳ではなく、そのくらいい
ると感じた数であるそうだが⋮
それにしても、途轍もない数である。
一匹一匹が、人間の着用するような、全身鎧を身に纏っていたそ
うだ。
それが事実なら、オークだけに出来る話ではない。
魔王
の勢力の何れかに組したのかもしれん。
どこかの国、人間の国と手を組んだと考えられる。
﹁いや、あるいは、
﹂
394
カイジンが、そう呟く。
その可能性もあるのか⋮。
基本、魔王は、森には手を出さないのかと思っていた。
ゴーレム
森を抜けた先に、魔大陸が広がっている。
そこは肥沃な大地で、大量の戦争奴隷や魔力人形に生産を行わせ
ているそうだ。
だから、魔国に飢えは無く、魔王達に人間への興味は無い。
だからこそ、領土欲があるとすれば、それは人間側である可能性
が高いのだ。
の消滅は、そうい
だが、中には、興味本位や暇つぶしで戦争を起こそうとする魔王
暴風竜ヴェルドラ
がいても、不思議は無いとの事。
ジュラの大森林の守護者
った魔王への抑止力の減少も意味するのだ。
なるほど。
そう考えると、この森の防衛も、もっとしっかり考えないとなら
ないだろう。
さて、どうしたものか⋮。
皆の意見を聞いてみた。
オーク
﹁豚頭族共は、この森の支配権を狙っていると思われます!﹂
目で合図を送り合い、代表してリグルドが答えた。
俺の様子を覗っている。
戦うか、逃げるか、傘下に入るのか。
オーガ達も、俺の態度次第では囚われる事となると思った様子。
急速に高まる緊張感。
﹁まあ、茶のおかわりでも貰うとするか!﹂
395
そう言って、お茶のおかわりを用意して貰った。
皆お茶を口につけ、緊張をほぐす。
さて、と。
﹁で、お前達はこれからどうするの?﹂
オーガ達に、問う。
﹁知れた事。隙を窺い、再度挑むまで!﹂
﹁その通り。お館様の仇討ちを行わずばなりますまい!﹂
﹁私も! 今はまだ非力だが、豚共は生かしては置けぬ!﹂
﹁﹁﹁我等は、若と姫に従います!!!﹂﹂﹂
ふむ。死ぬのは判っているだろうに⋮。
﹁お前達、俺の部下になる気はあるか?﹂
﹁な、何を?﹂
ふん。どうせ、ゴブリン達の戦力だけでは足りないのだ。
オークが攻めて来るなら、少しでも戦力は多い方が良い。
﹁お前等が俺に協力を誓うなら、お前等の願いは叶えてやれると思
うぞ?﹂
﹁どういう事だ?﹂
﹁簡単だ。お前等に協力してやるって言っているのさ。ま、どうせ
戦う事になりそうだから、ついでだよ。﹂
﹁なるほど⋮。ゴブリンが我等に協力すると同時に、我等もまたこ
この守りに利用される⋮、と?﹂
﹁そういう事だ。ちなみに、部下になるのは、オークを始末する間
だけでいいぞ! その後は自由にして貰って構わない。
396
B+
ランク相当の実力があ
と呼ばれるオーガ。
は、
若
ゴブリンに協力して国を作るも良し! 旅立つもよし! だ。ど
うする?﹂
若
俺の問いに、しばし考える
流石にBランク。この
りそうだ。目に知性の輝きが見える。
一度瞑目し、目を見開いた。そして、
﹁承りました! 我等、貴方様の配下に加わらせて貰います!﹂
勝ち目を少しでも上げる為に、俺の部下となる事を選んだようだ。
良かった。
こちらも、助かると言うものだ。
この時、俺は知らなかったのだが、オーガは傭兵家業を行う者達
もいたらしい。
魔王が起こす戦の先陣を駆けたりと、時代毎に活躍する一族もい
たそうで、この者達もそうした一族だったのだろう。
配下となるのに、忌避感は感じなかったとの事。
それを聞いて、俺は簡単に仲間になった事に納得したのだった。
﹁良し! それではお前達に、名を授けよう!﹂
﹁は? 一体何を⋮?﹂
恒例の、名前付けである。
オーガ達は戸惑っている様子だが、お構いなしである。
俺はサクッと、名前を付けていく!
今回の俺は、一味違う。
紅丸
ベニマル
。
オーガの雰囲気、それを色で表してみた。
若を
397
姫に
シュナ
朱菜
。
クロベエ
ハクロウ
ソウエイ
シオン
家臣団にそれぞれ、黒兵衛,白老,蒼影,紫苑
と名付けた。
恒例の低位活動状態になった⋮。
というか、たった6人に魔素を奪われるとは、これは一体⋮?
翌日、目覚めた︵起きてはいたのだが⋮︶時、答えが明らかとな
る。
真紅の燃える炎のような髪の美男子、ベニマル。
エネルギー
大柄な体躯だったハズなのに、身長180cm程度になり、身体
も引き締まっている。
しかし、その内に秘めた魔素量は、昨日までとは別人であった⋮。
え⋮? ここまで進化しちゃったの?
それが、俺の本音だった。
明らかに、Aランクオーバー。まさに、鬼人。
漆黒の角が二本、真紅の髪から飛び出ている。黒曜石より美しい
輝き。
完璧な美形って、嫌味だよね。
次だ。
シュナとシオンは、女性である。姫で男だったら、文句を言うと
ころだ。
オーガの女性は、意外に美人さんだったのだが、進化したら凄ま
じくなった。
なんだ、これ? どこのアイドル?
ウェーブ
いやいや、そんなレベルじゃねーぞ!
薄桃色の長髪、白磁の二本角。白い肌に、桜色の唇。
なんという美少女!!! 身長は小柄で155cmくらいである。
真紅の瞳が、濡れる様な艶を帯びて、俺を見つめていた。
もう一人、シオンはというと。
398
ストレート
紫がかった漆黒の長髪、紫の一本角。白い肌に、真紅の唇。
紫の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。身長は170cmくら
いか⋮。
モデルの様にスラリとした美人さんであった。
俺の秘書になって欲しい。
心からそう思った。
クロベエは、壮年。ダンディなおっさんである。
ハクロウは、初老の爺さん。しかし、その身ごなしは油断出来な
い。
ソウエイは、ベニマルと同年代。
浅黒い肌に、青黒い髪。雰囲気の違う美丈夫で、190cmの長
身だった。
青い瞳が、良く似合っている。
全員Aランクオーバー!
もう一度言おう。全員、Aランクオーバーだった!!!
そりゃ、一気に魔素、持っていかれますわ!
聞けば、一族の中でも最強の者が脱出して来たそうで⋮。
先に聞いたとしても、やはり名前は付けただろうけど。
これ、裏切られたら、洒落にはならんぞ!
そんな俺の心配を嘲笑うかの如く、
﹁﹁﹁リムル様! 我等相談の上、お願いが御座います! 何卒、
我等の忠誠をお受け取り下さいませ!!!﹂﹂﹂
と、俺の前に一斉に跪いたのだ!
断る理由は⋮、無い。
こうして、俺は新たな仲間を得たのだ!
399
⋮ちょっと強力過ぎて、怖い気がしたのは秘密である!
400
27話 大鬼族︵後書き︶
強力な仲間が、出来ました!
401
28話 職業︵前書き︶
炎系ばっかりじゃん! と自分で突っ込み入ったので、
蒼炎↓蒼影に変更しました。
402
28話 職業
こうして新たな仲間を得た訳だが、ちゃんと皆と仲良くやってい
けるだろうか?
そうした心配もあったのだが、どうやら杞憂であったらしい。
鬼人族あるいは、鬼族という上位種族へと進化した彼等。
先祖返りに近く、超常能力に覚醒した可能性が高い。
A−
辺りに落ち着くかもしれない。
現在のランクはAの壁を抜けた辺りと言った感じだが、能力を取
得し落ち着いたら
それでも、突き抜けて強くなっているのは間違いないだろう。
結局、戦闘に於いては身体能力よりも、特殊能力の優劣が重要で
イフリート
ある場合もあるのだし。
俺が炎の巨人に勝てたのも、能力の優劣で勝っていたからなのだ
し。
彼らがどんな特殊能力を身につけるのか、興味深い所である。
さて、こうして進化してみると、今彼らの着ている装備がチグハ
グすぎる。
身体が縮小した︵とは言っても、ゴブリンより大きいけど︶ので、
サイズが合わないのだ。
鎧なども、ボロボロだし、武器も傷んでいる。
というか、気になっていたのだが、どう見ても落ち武者の格好⋮。
気になったので聞いてみると、
﹁は! 400年程前に、この格好の若武者が里へ迷い込んで来た
のです。
レッサードラゴン
里の者は怪しんだのですが、里長が快く受け入れました。
その当時、森で下位竜が暴れていたのですが、礼だ! と言って、
403
その者が討伐してくれたのです。
当時の里の民も若武者の健闘を称え、彼を受け入れ今に到ります。
その者が着けていた装備と武器を模したものが、現在の我等の装
備なのです!﹂
という事だった。
装備を模したって、自分達で造ったのか?
﹁それじゃ、武具は自分達で真似て造ったのか?﹂
﹁そうです。若武者に教えて貰い、色々試行錯誤して我等で作成し
ました!
クロベエが、刀鍛治であります!﹂
なんと! 丁度、刀を打てる者が居たとは⋮。
早速、カイジンに引き合わせる。
昨日会っているので、話は早い。
クロベエとカイジンは意気投合し、早速新たな武器の製作の打ち
合わせを行い始めた。
任せよう。
更に驚く事が!
この世界にも、絹製品があったのである。
麻のような素材の服は、見かけていた。ゴブリンのボロボロの衣
服も、麻系統である。
ヘルモス
まあ、植生がまったく同じでは無いから、厳密には違うかも知れ
ないが、認識は麻で間違っていない。
そして、絹。
これは、オーガ達の里付近に生息する地獄蛾という魔物の、幼虫
ヘルモス
が蛹になった際に摂れるとの事。
地獄蛾に成長してしまうと、燐粉で幻惑効果を齎す凶悪な肉食の
404
Bランク魔物なのだが、変態の際は無防備になる。
繭を見つけて、回収を行っていたそうだ。
シュナが織物が得意で、織姫とも呼ばれていたらしい。
ガルムとドルドに引き合わせる。
ガルムは絹製品で日常の衣服や、装備の下着品を。
ドルドは、染色や着物等の高級衣類の作成を。
それぞれに開発出来ないか、打ち合わせである。
繭の回収は、ゴブリンの騎兵に依頼した。
その内、幼虫の状態で捕獲し、町で飼育する施設を設けたい。
蚕の養殖なんて詳しくないから、試行錯誤になるだろうけども。
これで着心地の良い、着物なんて作って貰うのもいいかもしれな
い。
鋼糸も、余裕をみて渡しておいた。
頼むぞ! とシュナ達に声をかけると、
﹁はい! お任せください、リムル様!﹂
と、顔を真っ赤にして、シュナが勢い込んで答えてきた。
可愛らしい。頼られるのが嬉しいお年頃、というヤツだろう。
オーガの姫だったらしく、趣味以外で織物などしていなかったそ
うだ。
だから余計に、頼られるのが嬉しいのだろう。
ドワーフの兄弟も、可愛い姫と製作出来るというので、大張きり
である。
頼むから、手は出すなよ⋮。
その子、見た目とは裏腹に、恐ろしく強いぞ!
多分、お尻でも撫でた日には、この二人は翌日の朝日を拝む事の
出来ない体にされてしまうだろう。
この二人、ちょっとエロい所があるので、心配だ。
まあ、性欲の無くなった俺だからこそ出来る心配である。
405
性欲があったら、人の事より自分の身を心配せねばならぬ所であ
った。
何しろ、滅茶苦茶可愛いのだ。
まさに、鬼姫。
口説くのも、命がけだろう。
﹁シュナ様。シュナ様には、お仕事が御座いましょう?
リムル様のお世話は、私が行いますのでご心配には、及びません
!﹂
シオンが、そう言って、シュナと俺を引き離した。
シュナとシオンの間に火花が飛び散るような、幻視が見えた気が
する。きっと錯覚だろう。
﹁うふふ。妾が、リムル様のお世話をしても、良いのですよ?﹂
﹁いえ、姫。それには、及びません! 私がキッチリと、お世話致
します!﹂
バチバチバチ!!!
気のせいだ。
というか、世話なんてして貰う必要はない。
一人暮らしが長かったので、自分の事は大抵何でもこなせるのだ!
という事で、コッソリ脱出しよう。
と、思ったのだが、
﹁リムル様! リムル様は、妾とシオン、どちらがお傍に仕えた方
が良いと思われますか?﹂
逃がしてくれなかった。
406
﹁そ、そうだね。シュナは、絹織りがあるだろ? 手の空いた時に
でも、頼もうかな?﹂
一体、何を頼むのか?
俺にも判らない。なのに、
﹁判りました!! 妾は、頼られているのですね!﹂
うん。そうだね。そういう事にしておこう。
﹁その通りだ! 頼むぞ!﹂
俺の言葉にニッコリと頷く。可愛い。
﹁それでは、リムル様の事、お任せ下さい!﹂
﹁︵ッチ。︶宜しくお願いしますね!﹂
﹁︵ッフ。︶ええ、承りました!﹂
話は、纏まったようだ。
一瞬、辺りの温度が下がった気がしたが、気のせいだろう。
世の中には、気のせい! という一言で済ます方が良い事も多い
のだ!
シオンを伴い、建設中の町を見て廻る。
そう言えば、残りの3人はどこへ行ったのか?
さっきまでは、一緒にいたのだが。
﹁ハクロウ様は、我等の指南役でした。家臣団最強の剣術の使い手
407
でして、この町の防衛について調べに行ったのでしょう。
ベニマル様とソウエイは、二人で能力の確認を行っているのでし
ょう。
あの二人は、ライバルであり、親友でもあります。自らの能力を、
試しているかと思われます。﹂
そうか。
確かに、俺も能力の確認は基本だと思う。
ハクロウさんは、剣術の使い手なのか。ぜひとも教えて頂きたい
ものだ。
カタナ
町を見廻っているのなら、ハクロウさんに剣を教わるのは後回し
でいいだろう。
クロベエ達が新たな武器、刀を作成してからでもいい。浪漫武器、
刀。
ゴブリンの主力武装は、刀をメインに考えたいものだ。戦なら槍
とかの方が、実際はいいのだけどね。
ベニマルとソウエイの二人を探す。
バトル
でかい妖気のぶつかり合う感覚があった。洞窟方面の広場だ。
オーラ
漫画の世界のような戦闘をしている、二名。
赤と青の妖気を纏い、ぶつかり合う。
地が裂け、天が砕けるのではないか? そう思わせるような勢い
があった。
我が目を疑いたくなる。これが、鬼か⋮!
着ていた鎧は、砕けて無くなってしまっている。そもそも、お互
いのパワーに鎧では防御の足しになっていない。
剣も折れてしまったのか、お互い徒手空拳での戦いになっていた。
空手にも似た、規則ある動き。素人ではない。
⋮え、えーっと、元、オーガだよね?
408
そう言いたくなるような、洗練された動きだった。
﹁流石は、若。ソウエイも見事ですね。我等に伝わる武術には、剣
術の基礎動作に徒手空拳も含まれます。﹂
との事。剣は身体の一部であり、身体の動きを鍛える事から始め
るのだとか⋮。
里に滞在したという、若武者から伝わったのだそうだ。
武術を駆使するオーガ、冒険者がそんなのに遭遇したら⋮、今ま
でも、何人もの不幸な冒険者が居た事であろう。合掌。
俺の姿に気付いた二人が、組み手を止めて近づいて来た。
お互いに、怪我も無い様子。
何というか、本当にじゃれてただけという印象である。
﹁リムル様、素晴らしい力を、有難う御座います!﹂
﹁この力で、豚共を血祭りに上げてご覧にいれましょう!﹂
うん。そんなの、あまり期待してないけどね。
﹁頼もしいな! 頼むぞ。まあ、ゴブリンの斥候に情報を集めさせ
てはいるのだが。﹂
﹁芳しく無いのですか?﹂
﹁いや、ゴブリンにしては優秀なのだが、近付き過ぎると危険が大
きいからな。﹂
オーク
そう。情報収集は基本なので、斥候は放っている。
しかし、怪しい豚頭族が居たそうだし、バレる危険は冒さないよ
うにと厳命してあるのだ。
俺の説明を聞いたソウエイが、
409
﹁リムル様、ならば、自分が偵察に赴きましょう。その役目、仰せ
付け下さい!﹂
と言って来た。
偵察系の能力もあり、自信があるとの事だった。
進化し、かなりの強さもある鬼のソウエイの方が、ゴブリンより
も情報収集には向いていそうだ。
ソウエイは落ち着いた雰囲気のある男で、無茶はしない感じであ
る。
任せてもいいだろう。
﹁頼めるか?﹂
﹁はは! お任せ下さい!﹂
そう答えたと同時に、シュン!! と、その姿が掻き消えた。
影移動。
成る程、お手本の様に見事な、移動の仕方であった。
極めれば俺にも出来るかもしれない。また練習しなければならな
い項目が増えてしまった。
﹁すまんな、相方を使って⋮。﹂
﹁いや、問題ないですよ。せっかく頂いた力、有効に使わなければ
!﹂
﹁そうか⋮。お前等にとっては、オークは仇だしな。いずれぶつか
るだろうが、その時は存分に暴れてくれ。﹂
﹁勿論です。俺に出来る事があれば、何でも命じて下さい。リムル
様の手となり、足となる所存ですので!﹂
﹁⋮、そうか。頼もしいな! ところで、ゴブリン達とは上手くや
れそうか?﹂
410
﹁大丈夫です。ここに国を作るのだとか? リムル様を王とし、リ
グルド殿が宰相といった感じですか。
俺には、政治は出来ませんが、軍事は任せて貰っても大丈夫です。
ハクロウもいますしね。﹂
俺達が、そんな会話をしていると、
﹁ホッホッホ。若、この年寄りを扱き使うつもりですかな?
だが、リムル様の為とあらば、老骨に鞭打ってでも働かせてもら
いましょうぞ!﹂
そう言って、ハクロウが会話に加わってきた。
全然気配に気付かなかった。というか、熱源察知にも反応ない。
おいおい⋮。
剣聖
今、不意打ちされてたら、まったく反応出来ずに一撃貰ってたぞ
⋮。
これが、達人⋮!
ハクロウ
世が世なら、あるいは、人間として生まれていたならば、
として、名を馳せていただろう人物、白老。
オーガ
名も無きオーガとして生まれ、世に出る事なくひっそりと剣の腕
を磨き続けた老人。
家臣団最強というのも頷ける。
﹁ベニマル⋮、お前、ハクロウさんより強い?﹂
﹁フ。リムル様、冗談を言われては困ります。このじじぃ、いや、
ハクロウは、家臣団最強の男。
クォーター
我が父よりも強かったのですよ。何でも、若武者の血を引く、人
間との混血だとか。﹂
﹁左様。我が祖父こそ、荒木白夜という剣豪ですのじゃ!﹂
411
日本人だったか。
そりゃ、刀の時点でほぼ間違いないとは思ってたけど。
サムライ
﹁そうか、じゃあ、お前もまた、侍か。﹂
何気ない、俺の一言。
ハクロウの身体から、魔素が迸り、周囲の魔素を取り込み収縮し
ていく。
クラス
今までの妖気と量は変わらない。ただし、質が変化していた。
忘れていた。職業を与えた事による変化、か。
初老の鬼人だったのに、若返ってしまったし⋮。壮年の渋い感じ
になっている。
自らの変化に戸惑っている様子。やってしまったな。
エネルギー
俺の一言で、ここまで変化するとは。
まだ、魔素量が増えて身体の構成が終わっていない状態だった所
に、侍という職業に適するように自動調整されたのだろう。
考えたくないけど、俺より強くなって無い事を祈る。
﹁良かったな、お前は今日から、侍だ。侍とは、忠義に生きる者。
ベニマルの元、励めよ!﹂
そう声をかけた。
﹁待ってくれ、俺も、サムライとやらにして欲しい。﹂
ベニマルが、決意を秘めた目で俺を見てきた。
武者という感じだった、ベニマル。
今更だけど⋮、
﹁それはいいが、お前、里長にならなくていいのか?﹂
412
﹁今更ですね。俺は、貴方の下についた。我等の忠誠を貴方に捧げ
たのだ。
だな。
貴方に忠義を捧げる、侍と認めて欲しい!﹂
﹁私も。お願い致します!﹂
毒を食うわば皿まで
お前もか、シオン。
こうなったら、
、シュナには
巫
﹁わかった。お前等は、今日から侍だ! 俺の為に忠義に励めよ!﹂
昨日も言った気がするが、ちょっと恥ずかしい。
なのにコイツラ、
﹁﹁﹁はは!!! 生涯をかけて、誓います!!!﹂﹂﹂
鍛治師
何の恥じらいも無く、俺に対し、忠誠を誓った。
の職業を授けた。
ついでだ、とばかりに、クロベエに
女
クロベエのヤツ、戦闘力は低くなったが、こと刀鍛治に関しては、
凄まじい才能を見せた。
今度、俺の為の刀も打って貰いたいものだ。
シュナは元から、妖術を使えたそうだが、巫女となった事で様々
な秘術に目覚め始めている。
魔法と違って、他人に教える事は出来ないようだが。
有用そうな術が使えるようになったら、こっそり解析させて貰う
つもりである。
他人に教える事が出来なくても、俺には関係ない。﹃捕食者﹄は
最高なのだ!
413
今偵察に行って貰っているソウエイは、当然、あの職である。
帰ってきたら、早々に授けるつもりである。
忍者
である!
ふふふ。影移動なんて技術が既にあるので、正にぴったりであろ
う。
そう! 子供達の憧れ、
ヤツならいずれ、クリティカルで首を飛ばしたり、やってくれる
に違いない!
ハクロウなら、今でもやれそうで怖いけどね。
人型で彼の前に立つと、首を飛ばされないか、心配になる。
感知系の強化を考えないといけない。
周囲の者が強くなった事で、俺は自身の強化も考える必要がある
と気付いた。
能力に頼った、今のままではダメであろう。
今後の戦に備えて、やるべき事はまだまだ沢山ありそうだ!
今後に備え、何をしなければならないか、再度確認を行うのだっ
た。
414
28話 職業︵後書き︶
鬼達の紹介回でした。
次回くらいで話を動かしたいですが、大丈夫だろうか⋮?
415
29話 リザードマン襲来︵前書き︶
龍人族↓蜥蜴人族に変更しました。
416
29話 リザードマン襲来
ジュラの大森林の中央に位置する湖、シス。
リザードマン
このシス湖の周辺に広がる湿地帯。
そこは、蜥蜴人族の支配する領域である。
リザードマン
湖周辺に無数に存在する、洞窟。それは、天然の迷宮と化してお
り、来る者を惑わせる。
リザードマン
そうした地形の利に守られて、蜥蜴人族は湖の支配者として君臨
していた。
オーク
だが、その日、蜥蜴人族に凶報がもたらされた。
豚頭族の軍隊が、湖に向けて進軍を開始した! という報告が⋮。
首領は、その報を聞き、慌てる事なく告げる。
﹁戦の準備をせよ! 蹴散らしてくれるわ!!!﹂
と。
リザードマン
首領には、絶大な自信があった。
平原で戦うならば、数の少ない蜥蜴人族の分が悪いだろう。
しかし、湿地帯は自分達の庭である。
オーク
罠を仕掛け、慎重に行動すれば、勝機は十分にあるのだ。
戦の準備を命じると同時に、豚頭族の軍隊の正確な情報収集も命
じる。
敵の数を知らなければならない。
ランク。
相当であるし、中にはBランクに相当す
C+
首領ともなると、通常の魔物よりも格段に知能が高くなる。
リザードマン
B−
凶暴な、肉食の蜥蜴人族は、単体でも
戦士長クラスは
る固体もいるのである。
417
リザードマン
蜥蜴人族の戦士団、その数1万。
部族の半数が戦士として参加しての数字ではあるが、その能力は
非常に高い。
種族特有の連携を見せ、一団で戦うその戦力は、人間の小国の国
家戦力を軽く凌駕するのだ。
まして、自分達に有利な土地での戦い。
負けるハズがない! そう、首領は確信する。
オーク
しかし、腑に落ちない点もあった。
豚頭族とは、元来、弱者には強いが強者には歯向かわない種族な
リザードマン
のだ。
ゴブリン
蜥蜴人族は、決して弱者ではない。
子鬼族程度ならば話も判るが、何故、我々に?
そうした疑問が、小さな不安の種となり、心に突き刺さる。
リザードマン
豪胆な性格ではあるが、慎重さも兼ね備えている。そうした、用
心深さを併せ持つからこそ、蜥蜴人族の群れを統率する立場に君臨
出来るのだ。
そんな、首領の心配は的中した。
偵察に出た部隊の報告で、それは判明したのだ。
オーク
豚頭族軍、その総数、20万!!!
ありえん⋮! そう思いたかった。
確かに、オークとは、性欲の強い、繁殖能力旺盛な種族ではある。
しかし、20万もの軍勢を用意出来るとは思えない。
その数を食わせる食料を、一体どうやって調達出来るというのだ?
勝手気ままで我侭なオーク共を、どうやって一つに纏め上げると
いうのだ!
どんなに力ある固体でも、精々1,000を纏め上げるのが限界
のはず⋮。
自分でさえ、総数2万の種族を纏め上げるのが、精一杯なのだ。
418
余程優秀な固体が多数発生し、連携しているとでもいうのか?
だが、それでも、その優秀な者共を纏め上げる存在が必要となる⋮
まさか⋮。
その考えに思い到り、愕然とする。
自分でその考えを否定したい、そう思って。
オークロード
それだけの数を支配する存在。それは⋮、数百年に一度生まれる
という、豚頭帝!!!
オークロード
しかし、考えれば考えるほど、その存在以外の理由が無いように
思えた。
もしも、もしも豚頭帝が誕生したのだとすれば、地の利に秀でて
いても勝利は疑わしい。
普通に戦えば、負ける事は必定である。数が足りないのだ!
首領は考える。
どうすれば、この窮地を脱する事が出来るのか。
自分の考えが杞憂であれば、それはその方が良い。だが、決戦が
始まる前に打てる手は全て打つべきである。
援軍を頼むべきだろう。
首領はそう考え、そして、配下の一人を呼び寄せる。
その人選が、後の騒乱の火種となるのだ。
リザードマン
蜥蜴人族の戦士長ガビルは、首領より特命を受けて湿地帯を出た。
配下100名を、引き連れている。
名持ち
ネームド
であり、名も無き首領に顎で使われるのが我
ガビルは、面白くなかった。
自身は、
慢ならないのだ。
自分は選ばれた存在である! それが、ガビルの誇りであり、自
信の根源。
419
とある魔族と湿地帯で遭遇し、
名前
を授かった。
﹁お前は、見所がある! いずれは、俺の片腕になれそうだな。ま
た会いに来よう!﹂
そう、言ってくれたのだ!
今でも鮮明に思い出せる。
リザードマン
魔族ゲルミュッド、自分に名前を授けてくれた、生涯の主!
リザードマン
下等な蜥蜴人族の首領如きに、いつまでも扱き使われていて良い
ハズがない。
ゲルミュッド様の為にも、自分が蜥蜴人族を支配する必要がある
というのに⋮。
ガビルは考える。このままでも良いのか? 良いハズが無い!
ならば、どうする?
首領より受けた密命は、ゴブリンの村々を巡り、その協力を取り
付ける事。
多少脅す程度は許可されているが、くれぐれも反感を買わないよ
う、厳命されていた。
ヌルイ! ガビルは思う。
下等なゴブリン等、力で支配すれば良いではなか! 自らの力を
過信し、全てが思い通りになると考えている。
そうだ!
リザードマン
下等なオーク如きに恐れをなすような軟弱な首領など、必要無い
ではないか!
この俺が、蜥蜴人族を支配するチャンスではないか。
そう、ではどうするか?
下等なゴブリン共も、弾除けとしては役に立つだろう。かき集め
れば、雑魚とは言えかなりの数になる。
雑魚であれ、1万も揃うとそれなりの力となろう。
いいぞ! 何で今まで気付かなかった⋮
420
リザードマン
これは良い機会だ。今こそ、自らの力を世に知らしめるのだ!
蜥蜴人族、ガビル様の力を!!!
その為には、今は慎重に行動するべきだ。
慎重に、そして、油断なく機会を窺い、その時を待つ。
まずは、戦力の増強。
ガビルは、ゴブリンの村々を目指す。
己の肥大した野心、その乾きを癒す為に!
ゴブリンの村々の族長は、青褪めた顔で集会を開いていた。
以前より、族長の数が減っている。
ネームド
そもそもの始まりは、牙狼族の襲来であった。
あの時、名持ちの戦士の所属する村を見捨てた事が、事の始まり
だったのだ。
あの時、村を見捨てず共に戦うべきだ! と主張した村々は、今
はかの村の傘下に加わった。
あの村に、救世主が現れたのだ。
思いもしない、強力な力を秘めた存在。
彼等はその庇護下に入り、新たな力で復興を成し遂げようとして
いる。
今更、仲間に加えてくれ! などと、恥知らずな真似は出来ない。
いや、そうしたいのだ。そう主張する者がいるのも事実。
だが、今更傘下に入ったとしても、奴隷のような扱いを受ける事
になるだろう。そう考えると、決断出来ないというのが、現実だっ
た。
421
オーク
しかし、現実は甘くない。
オーク
豚頭族の軍勢が、進撃を開始している。
数名の族長が、豚頭族の傘下に入る事を主張した。
蹂躙されるぐらいなら、その前に協力を約束し、安全を担保して
貰おうと⋮。
そして、使者を出したのだが⋮
オーク
使者は帰って来なかった。死者となり、生首が届けられたのだ。
豚頭族の使者は、生首を届けるついでに、こう言った。
﹁グハハハハハ! お前等、ムシケラには、降伏など許さん! し
かし、だ。
我等の奴隷となるならば、その命だけは、助けてやっても良い!
よく考える事だ。﹂
そして、悠々と去って行った。
怒りは沸かなかった。その圧倒的な力を目にしたから。
そのオーク一匹で、村を皆殺しに出来る事を確信した為に。
本来、オークとは、Dランク相当の魔物である。
ゴブリンより強いとは言え、一匹でそこまで圧倒的に強いなど、
異常であった。
その報告が族長達の集会でも報告された時、族長達の絶望はより
深くなった。
自分達も、せめて同胞の配下に加わるべきであったのだ⋮と。
命は助けるとオークは言ったそうだが、村の食料は全て差し出せ
! とも言っていたのだ。
殺さない。だが、死ね! そう言っているのと等しいのだ。
しかし、全ゴブリンで歯向かっても、全滅する未来しかないだろ
う。
戦えるゴブリンの総数は、1万にも満たないのだ。
族長会に加わっていない、未開の地の同胞など、連絡の取り様も
422
ない。
どうしようも無かった。
リザードマン
そんな時、急を告げる報告が齎された。
リザードマン
蜥蜴人族の戦士長が村を訪れた! と言うのだ。
これは、希望ではないのか?
の戦士長! 救世主に思えた。
藁にもすがる思いで、族長達は蜥蜴人族の戦士長ガビルを出迎え
ネームド
名持ち
る。
救世主は言った。
﹁この俺に、忠誠を誓え! そうすれば、お前達の未来は明るいぞ
!﹂
その言葉を信じよう!
族長達は、判断する。
縋る者無き、弱者故の過ち。
リザードマン
蜥蜴人族の配下になるよりは、同胞の配下が良い! そう主張す
る者もいた。
しかし、多勢に無勢で結局、ガビルの配下に収まる事となった。
この判断が、この後のゴブリン達の運命を決定付ける⋮。
423
ハクロウは、剣の達人だった。
半端なく強い。
爺さんなのに、気迫が違った。
俺も人間の姿に成れる事だし、剣術を学ぶ事にする。
中学時代に、授業で剣道を習ったっきり木刀も持った事ないのだ
が⋮。
それでも、俺には知覚1000倍がある!
受けるくらい余裕だろう!
そう考えていた時期が、俺にもありました。
子供の姿では動きづらいので、大人の姿で木刀を持つ。
どこからでもかかってこいや! そう思って、ハクロウを見た。
ハクロウが霞む。瞬間、
スパーーーーン!
っと、脳天の兜に一本入れられた。
痛くも無いし、ダメージも無い。兜は、木で適当に作ったもので
防御力は無い。
レベル
動きを習得するのが目的なので、一撃が入ったら音が出やすくし
てあるのだ。
しかし、それにしても⋮。
速さではなく、技術。完全に技量の差である。
能力は多分、俺の方が上であるはず。
何という事だ。
自惚れていたつもりはないが、手も足も出ない。
これが、剣士か! そう、納得出来る強さであった。
実際の戦闘なら、そりゃ戦い様はあるだろうけど、知らずに戦っ
たら負けていただろう。
424
知っている今でも、下手すれば負ける。
ハクロウが、本気を出しているとも思えないのだ。
俺の隣では、ベニマルが気持ち良さそうに気絶していた。
しかし、知覚1000倍が無ければ、俺も同じようになっていた
だろう。決して笑えない。
ジジイ
二人同時に、相手して貰っていたのだ⋮。
このおっさん⋮、爺から若返って、更にヤバくなってしまったよ
うだ。
その時、
カラン、カラン、カラン、カラン!!!!
辺りに、けたたましい音が響いた。
何かあったのだろうか?
この音は、いつの間にか設置された警報装置だった。
知らぬ間に、こういう物も開発していたらしい。以前、俺の使っ
たトラップからヒントを得たそうだ。
修行を終えて、リグルドの元へと赴いた。
リグルドは俺を見るなり駆け寄ってきて、
リザードマン
﹁大変です、リムル様! 蜥蜴人族より、使者が訪れました!!﹂
そう、焦りながら伝えて来た。
というか、リグルドって、いつも焦ってるイメージだわ。
それはともかく⋮、リザードマン?
どうやら、いつか来ると思っていた厄介事が、ついにやって来た
のかもしれない。
425
いつもの如く、慌てないように状況を聞く事としますか! 426
29話 リザードマン襲来︵後書き︶
会社で書けなかったので、中途半端に⋮。
とはいえ、明日も区切りいいとこまでいけない気がします⋮。
427
30話 使者︵前書き︶
今日は、会社で書く余裕がありました。
428
30話 使者
ガビルは、順調にゴブリンの村々からの協力を取り付けていた。
自らの力を誇示するまでも無く、ゴブリン共は己に従って行く。
所詮は弱小部族。逆らう素振りを見せれば、躊躇う事なく暴力で
従えるつもりである。
首領の言葉など、すでにガビルの頭に無い。
各村の戦士をかき集め、倉庫からありったけの食糧を持参させる。
そうして、己の為の軍隊を組織していった。
その数、7,000匹。
くたびれた革鎧や、壊れかけの石槍等で武装している。
戦力としては心許ないが、今はこれでいい。
戦う意思の無い者は、既に逃亡してしまっていた。
﹁族長ども! この辺りに、他に村は無いのか?﹂
その問に、族長達が顔を見合わせた。
一人がおずおずと答える。
﹁いえ・・・、村といいますか、一つの集落があるはずで御座いま
す。﹂
どういう事だ?
歯切れが悪いその言い方が、癇に障った。
問い詰めると、おかしな事を言い始めた。
牙狼を駆る、ゴブリンの集団がいるらしい。
リザードマン
意味が判らない。牙狼族は、かなり強い魔物で、集団で活動する。
平原の支配者とも言われ、蜥蜴人族でさえ、平原では一歩及ばな
429
い戦闘力を有するのだ。
それが、下等なゴブリンに従うなど、有り得る話ではない。
更に、ふざけた事を言い出した。
そのゴブリン共を従えるのが、スライムだと言うのである。
馬鹿にしている。そう思った。
スライム等、最下等の魔物ではないか! そんなゴミに、ゴブリ
ンならいざ知らず、牙狼族が従うなど、有ってはならない。
確認する必要があった。
何か、カラクリが有るのかも知れない。上手く行くと、牙狼族を
支配下に収める事が出来るかもしれない。
ガビルは、己の肥大化した野心に従い、行動を開始する。
聞いていた場所に、村は無かった。
その事に腹が立ったが、ぐっと我慢する。牙狼族を手に入れる為
に、多少の我慢は必要であろう。
ガビルは、首領の支配下から解き放たれた事で、自らの欲望を抑
える事をしなくなっていた。
それでも、目的の為に我慢する。
リザードマン
今の彼には、首領の存在など、自分の軍団を持つ為の障害としか
感じていない。
ここで牙狼族を支配下に出来れば、他の蜥蜴人族も自分に従うハ
ズである。
強力な平原の支配者と湿地の王者が手を組めば、下等な豚共が幾
ら群れていたとしても恐る事は無いのだ!
ガビルは、そう信じて疑わない。
豚共を平定し、自らが、ジュラの森の支配者となる。そうすれば、
ゲルミュッド様の配下として十分な活躍が出来ると言うもの。
その時を夢想すれば、多少の我慢も苦にならない。
軍の本隊は、シス湖方面へ移動させ、待機させている。
食糧に余裕がある訳ではないので、さっさと行動を起こす必要が
430
あった。時間は掛けられないのだ。
移動の痕跡を発見したという部下の報告に、号令を下した。
ホバーリザード
自身を含め、10名の精鋭。
移動用の走蜥蜴を走らせ、目的地を目指す。
目的の場所に近付くが、警戒等まったく行わない。
牙狼族は脅威だが、所詮、ゴブリンに従っているのだ。群れの落
ちこぼれだろう。
自らが鍛えて、その本来の強さを取り戻してやる! そんな事を
考えていた。
彼には、想像出来ない。その先の場所に、何が居るのかを・・・。
彼の頭は、自分が森の支配者となり、敬愛するゲルミュッドの役
に立つ事で一杯だったのだから。
俺達は、使者を出迎える為に、町の入口へと移動した。
町の入口に建てられた、警戒用の者達が休憩する小屋で、寛いで
待つ。
メンバーは、俺とリグルド、ベニマル、ハクロウ、シオンである。
シオンがお茶を用意してくれたのだが、後悔した。
彼女には、侘び・寂びの心得がない。力任せに何でもこなそうと
する。
力こそ全て! まさに、そんな感じ。
掃除も、全部消してしまえ! とばかりに建物毎吹き飛ばそうと
した。大慌てで止めたから良かったようなものの、一歩遅ければ建
て直しになるところだ。
申し訳御座いません!! と、ションボリしていたが、油断出来
431
ない。
やる事なす事、力で片付けようとするのだ。目を離すとどうなる
のか、不安になる。
それなのに、自分では、俺のお世話役を任されたと、張り切って
いるのだ。
どうか、そんなに張り切らないでもらいたい。
今回のお茶も、予想はしていたが、酷かった。お茶? なのだろ
うか・・・
ワカメのような、怪しい草が見えている。決して、飲物ではない。
どういう事だ・・・、説明しろ! そういう思いを込め、リグル
ドをチラリッと見やると、スッっと目を逸らされた。
何てヤツだ。ベニマルは、必死で目を瞑り、コチラを向こうとし
ない。
コイツ等・・・。
そんな俺の葛藤を他所に、褒めて欲しそうにこちらを伺うシオン。
待て! これで、どうやって褒めるんだ?
覚悟を決めて、湯呑に手を伸ばそうとした時、
﹁あ! お茶っすか! 自分、丁度喉が渇いてたっす!﹂
そう言って、見回りから帰って来たゴブタが湯呑を手に取り、飲
み干した。
グゥゥーーーーーッド!!!
でかした! 心からの喝采を彼に!
俺の目の前で、シオンが般若の形相に変わったのだが・・・
ゴブタはそれに気付かない。いや、気付ける状態にはないのだ。
ゴフッ! と、口から泡を吹いてゴブタが倒れた。ビクンビクン
! と危険な痙攣を繰り返している。
432
危なかった。ひょっとすると、ああなっていたのは俺だったかも
知れない。
あれ? みたいな顔をして、小首を傾げるシオン。
俺は騙されない。コイツに、食物関係は今後一切禁止にしよう。
﹁ああ、シオン。お前が、人に出す食物や飲物を作るのは、ベニマ
ルの許可を得てからにするように!﹂
釘を刺しておく。
ベニマルが、クワ! っと目を見開き、コチラを見た。
知らん。お前の監督だ、任せたぞ! そう、目で語りかける。
ガックリと項垂れる、シオンとベニマル。
今後、少しでも犠牲になる者が少なくなる事を祈ろうと思った。
警報が鳴り響いてから、1時間後。
使者達は、地響きを立てて、やって来た。
何やら偉そうな態度で、でかいトカゲから降りてくるリザードマ
ン。
あれが、リーダーか?
﹁出迎えご苦労! お前らにも、この俺の配下に加わるチャンスを
やろう。光栄に思え!!!﹂
突然、寝呆けた事を言い出した。
ちょっと、言葉が出ない。何を言い出すんだ、この馬鹿は?
﹁ふん。聞いておるだろう? オークの豚共が、ここにも攻めて来
ようとしておる。お前ら雑魚共を救えるのは、俺だけだぞ!﹂
オーク
やはり、豚頭族が攻めて来るのか。ソウエイの調査結果待ちだが、
433
予想通りではある。
いずれぶつかるなら、共同して戦うのもアリなのだが・・・
﹁そうそう、ここに牙狼族を飼い慣らした者がいるそうだな。そい
つは、幹部に引き立ててやる。連れてこい!﹂
えっと・・・。
共同して戦うのは、確かにアリだ。だが、共に戦う相手がバカな
のはいかがなものか?
無能な味方は、有能な敵より始末が悪い。これは、現代の常識で
ある事だし・・・。
チラリ、とリグルドを見た。口を開けて、ポカーンとしている。
ベニマルは頭を掻いて、コイツ、殺していいか? みたいな感じ
でこっちを見てくる。
勿論、駄目に決まっているけど。
反応に困るわ。さっきのシオンの時の比ではなく、反応に困る。
ハクロウは腕を組み、目を閉じて。寝てるんじゃないだろうな?
そして、俺を抱き上げているシオンは、ミシミシと腕に力を入れ
て・・・
ちょ! 俺の身体がひしゃげてるよ! バージョン
慌てて暴れると、俺に気付いて、力を緩めた。
スライム形態でコイツに抱かれると、気持ちいいのだが、危険だ
った。
油断してた。絞め殺されたらシャレにならない。どうやら、力の
制御が出来てない感じである。
しかし、困った。使者が、馬鹿とは思わなかった。
﹁えっと、牙狼族を飼い慣らしたというか、下僕にしたのは、俺な
んですけど・・・﹂
434
ともかく、話を進めよう。
﹁はあ? 下等なスライムが? 証拠を見せてみろ。そうしたら、
信用してやる。﹂
どこまでも、上から目線で言ってくる。
ちょっとイライラして来たぞ。話し合いの場で、相手の話を聞か
ずに一方的に喋るなんて、コイツ、こっちを見下し過ぎだろ。
会社でも、大手の社員や、役人にたまにいたけど、ここまであか
らさまな馬鹿は滅多にいなかった。
そういう馬鹿には、自己ルールでまともに相手をしなくても良い
事になっている。
そもそも、バカを味方にしても良い事は無い。
俺は、対応を変える事にした。
﹁ランガ!﹂
﹁ハ! ここに。﹂
俺の影から、ランガが出現する。最近、俺の影に潜むのが、コイ
ツの習性になっているのだ。
﹁おう。お前に話が有るそうだ。聞いて差し上げろ。﹂
いつもの、丸投げである。
俺よりも効果的に、相手してくれるだろう。
スライムの外見で、雑魚と決め付けて話を聞かないなど、出会っ
た頃のリグルド以下のヤツだ。
オーラ
俺が相手する気が失せても、仕方ないのだ。
というか、俺の妖気に気付ける者には、隠してもバレるのに、気
付かないヤツには見せつけても気付かれない。
435
考えないといけないだろう。
俺の意を受けてランガが、
リザードマン
﹁主より、お前の相手をする命を受けた。聞いてやる。話せ!﹂
リザードマン
蜥蜴人族達を威圧しながら、使者に相対した。
ちょっと狼狽え、威厳を取り繕う使者。
名持ち
ネームド
である。
﹁お、おお。貴殿が、牙狼族か。族長殿かな? 我輩は、蜥蜴人族
の戦士長ガビルと申す!
御見知り置き下され。今申した通り我輩は、
そこのスライムより、我輩と手を組まぬか?﹂
いけしゃあしゃあと、宣った。
ぶん殴りたい!
いやいや、ここは、大物っぽく、コイツを許す方がいい。
俺は、大人だ。落ち着こう。
そして、俺以上に落ち着いて欲しいのが、シオンだ。待て、それ
以上力を入れるんじゃない!
俺がモゾモゾ動くと、慌ててペコペコ謝ってきた。本当に、気を
つけて欲しい。
しかし、トカゲの分際で偉そうに⋮。
ランガさん、やっておしまいなさい! 心の中で応援した。
﹁グルゥ。トカゲ風情が⋮。我は既に、牙狼族ではない。それも判
らぬ程度の小物が⋮。﹂
歯軋りし、目を紅く光らせて。ランガは静に怒っている様子。
ランガさん⋮、遣り過ぎないでね⋮。トカゲのヤツ、大丈夫だろ
うか?
436
使者じゃ無ければ、ボコボコにされても自業自得と笑って済ませ
るのだが。
﹁良かろう! 我輩の力を証明しようではないか! 誰が相手する
のだ?﹂
オイオイ⋮、冗談きついわ。
このトカゲ、マジでTPOを弁えて欲しい。お前、この中で最弱
だぞ。
強いて言えば、リグルドよりは強いかもしれないけど⋮
リグルドも、なんのかんの言って、Bランク相当の強さ。
C+
相当に進化しているのだが、その中でも
ゴブリン達の王であり、ゴブリン最強の戦士になっている。
ホブゴブリン
人鬼族の平均が
断トツに強化されているのだ。
名持ち
ネームド
らしく強力な固体なのだろうけれ
もっとも、この強化は、武具の良さという補助あっての話ではあ
るけれども。
確かにこのトカゲ、
ど、このメンバーの中では見劣りがする。
この自信は一体、どこから来るというのか。
俺達は、目を見合わせた。
さて、誰が相手をしたものか⋮。
﹁ククク、良かろう。では、我が配下の嵐牙狼を一体、倒せたら話
を聞いてやろう。﹂
ランガが話しを進めた。
良かった。誰が相手するかで揉めるとこだった。
皆、自分の手でボコボコにしてやるという感じで、目つきが危険
な事になっていたのだ。
何というか、その目を見て、俺は逆に冷静になれた。
437
先に誰かが怒り出すと、周りは冷めるものなのである。
コイツ等の場合、俺しか冷めなかったような感じだが、まあいい
だろう。
﹁良いのですか? 貴殿が相手してくれても、良いのですぞ?
まあ、負けた時の言い訳を考えるより、部下に任せるのもいいか
もしれませんな!﹂
うぉーーーーー!!! 殴りたい。
せっかく冷静になれたのに、また怒りが再燃してきた。
ランガは冷静に、配下の一体を召喚する。
いつの間にか、同族召喚も行えるようになった模様。
絵的に影から黒狼が出てくるのが、地味にいい味出している。
﹁グルゥ。そのトカゲを黙らせろ!﹂
﹁ガウ!︵はは!︶﹂
そして、トカゲに向かって、
﹁我に力を貸せと言うならば、貴様の力を見せて見ろ。では、始め
ろ!﹂
いい放つ。
ランガの一声で、戦闘が開始された。
トカゲ、いや、ガビルは、三叉槍を構えて身構える。油断なく、
嵐牙狼の動きを見ている。
それに対し嵐牙狼は、気負うでも無く悠然と立っていた。
トン! と、軽く地面を蹴って、戦闘速度まで一気に加速する。
ガビルの反応速度を上回る、圧倒的な速さ。
438
反応出来ないガビルには、何が起きたのか理解出来なかっただろ
う。
リ
一瞬で、ガビルの懐に潜り込み、体当たりを食らわせた。そのま
ま蹲るガビルの背後に廻り、首元を咥えて宙に舞う。
空中で一回転し、地面へとガビルを叩き付けた。
これを、瞬きする間で行ったのである。
ザードマン
ランガでは無く、配下の一体に過ぎない嵐牙狼が、Bランクの蜥
蜴人族の戦士長ガビルを圧倒した。
いやはや、ランガは日々強くなっていると感じていたが、配下も
スケイルメイル
ここまで進化しているとは⋮。
ガビルの鱗鎧は、今の攻撃でボロボロに壊されているが、本人は
気絶しただけである。
ガビルの配下は、応援しようと声を出しかけた所で固まっていた。
何が起きたか、全く理解出来ていない。
﹁おい、勝負はついた。そいつの配下に加わるのは、断る。
オークと戦うのに協力しろという話なら、此方でも検討する。
リザードマン
今日の所は、ソイツ連れて、帰れ。﹂
リザードマン
俺の言葉で、ようやく動き始める蜥蜴人族達。
こうして、人騒がせな蜥蜴人族の使者は帰って行った。
オーク
しかし⋮、豚頭族軍が攻めて来るようだが、どうしたものか。
リザードマン
頭の痛い問題が出てきたと言うのに、味方となりそうなのは頼り
ない蜥蜴人族。
この先の事を考えると、憂鬱な気分となるのだった。
439
30話 使者︵後書き︶
さて、この先どう話を進めよう⋮。
440
31話 緊急会議
さて、バカは帰ったが、どうしたものか。
そんな俺達の元に、偵察に出ていたソウエイが戻って来た。
丁度良い。
皆を集めて、会議を行う事にする。
ホブゴブリンのリグルドとリグル。ルグルド、レグルド、ログル
ド、リリナ
ドワーフのカイジン。
鬼人のベニマル、ハクロウ、シオン、ソウエイ。
そして、俺。
総勢12人。現在の、主要なメンバーである。
建設・製作部門は、代表してカイジンが発言する。
生産部門は、リリナが担当している。
政治部門は、リグルドを頂点に、3族長が司法、立法、行政を取
り纏める。
この部門については、まだまだ整備が追いついてい
ないのだけど⋮。
今後の課題である。
軍事部門は、ベニマルとハクロウ。
諜報部門が、ソウエイ。
警備部門が、リグル。
今の所、6つの部門しか活動していない。
活動と言っても名ばかりではあるが、おいおい充実させていけば
いい。今の所、飢えずに皆、暮らしていけているのだ。
狩猟関係まで、警備部門が行っているのが、問題なのかもしれな
441
いけども。
考えてみれば、リグルのヤツは良くやってくれている。彼のよう
な者が、縁の下の力持ちと言うのだろう。
ぶっちゃけ軍事部門なんて、ベニマルは兵の数すら把握していな
いと思う。
何しろ、任命したばかりだしね。仕方ないのだ。
リリナは、機転が利いた。野生の芋種を摂って来て、栽培に成功
している。
収穫のサイクルが早く、栄養価が高いので、食料事情の改善に貢
献していた。
今後、人間と取引出来るようになったら、色々な野菜類の苗も仕
入れたいと思う。
建設・製作部門は、カイジンに任せっきりになっている。
本人は、鍛治職専門だが、クロベエという協力者が出来た事で、
総監督のような立場になった。
実力的には、得意分野がはっきりと分かれた様子。それでも、ク
ロベエに一任したそうだ。
彼曰く、今は色々纏める方が忙しいから、落ち着いたら製作に打
ち込みたい。との事。
早く落ち着きたいものである。
シオンは俺の世話係? ちょっと考え直したいけども、今の所、
どこにあてがっても不安が残る。
暫くは、様子見であった。
そして、ソウエイ。
ヤツはおかしい。
忍者に任命したのだが、余りにも嵌りすぎだった。
分身を行い、各方面に飛ばしたのだ。
能力は落ちるそうだが、移動制限は無かったらしい。6体もの分
身を飛ばして、制限無し。
一体一体の能力も、落ちたと言っても体力︵HP︶と魔力︵MP︶
442
が1/10になった程度。移動力や攻撃力等は変化ないそうだ⋮。
俺の分身より、性能が良さそうだ。
というか、鬼共全ておかしいのだ。
ソウエイは、今言った通り。
シュナは、俺の解析能力を特化させた、﹃解析者﹄のユニークス
キルに目覚めた。
性能はほぼ一緒なのだが、俺のように捕食の必要が無い。目視で
解析可能な様子。
クロベエは、﹃研究者﹄のユニークスキルに目覚めた。これも、
俺の能力の上位互換のような性能である。
製作に特化しているが、ものすごく便利な能力である。
ハクロウは、知覚1000倍に目覚めている様子。基本、体術剣
術での戦闘で勝てる気がしない。
シオンは、言わずもがな、﹃剛力ex﹄と、﹃身体強化ex﹄。
さらに、﹃狂戦士化﹄という絶対に使ってはいけないような、特
化スキルに目覚めている。
彼女は、決して、怒らせてはならないのだ。
最後に、ベニマル。この野郎、﹃黒稲妻﹄を習得しやがった。何
がヤバイって、このスキルだけは敵にまわしたくない。
早急に、対策を考える必要があると思う。
何となく、俺のスキルの影響を受けているような感じだが、鬼人
どもは各々の進化を完了させたようだった。
さて、会議を始めよう。
﹁さて、報告を聞こう。﹂
俺の言葉に、ソウエイが報告を開始した。
443
一同は、黙って話を聞く。
6体の分身を各地に飛ばし、情報収集を行なっていた。
1.ゴブリンの各村
2.湿地帯の状況
3.オークの進軍状況
各々、2体づつで調査を行なったらしい。
リザードマン
まず、ゴブリンの村々だが、蜥蜴人族の戦士長ガビルの傘下に加
わったそうだ。
さっき来たリザードマンだな。
あんなバカに仕えるなんて、もの好きな奴らだ。傘下に加わらな
かった者共は、各地に逃亡したそうだ。
人間の国方面に逃げた者も多数いるそうだが、そいつらは恐らく
は討伐対象になるだろうとの事。
森で集落を作って暮らす分には、人間も手を出して来ないが、自
分達の領域に入ってくるなら牙を向く。
人間の戦力は判らないけれども、ゴブリン程度なら瞬く間に討伐
されるだろう。
となると、隠れ住むしかない。彼等の未来は、暗そうだ。
ガビルの話もついでに聞けた。
どうやら、ゴブリンの戦士を傘下におさめ、7,000名程の軍
を組織したらしい。
かなりの数である。
俺達に提示したように、オークからの庇護をエサに、交渉を纏め
たそうだ。一応、頭は使えるらしい。
しかし、ゴブリンの貯め込んだ食糧等全て持ち出したらしく、仮
にオークに勝ったとしても、その後飢えて死ぬ者が出るだろう。
その辺は何も考えていない。
444
それは、話を受けた族長も同様だが、オークに殺されるよりはマ
シといった判断なのかもしれないけども。
俺達も、人事では無い。
この町は、まだ完成してはいない。だが、ここを簡単に放棄する
のも面白くない。
ここまでオーク軍の侵攻を許せば、この辺り一体、森が荒らされ
て食糧の調達もままならなくなる。
ならば、湿地帯辺りでオークを撃退する必要があるのだ。
湿地帯の様子を聞く。
こちらは、リザードマンの首領が、各群の戦士を取り纏め、1万
程度の軍を組織しているとの事。
湖の魚を捕獲し、食糧は豊富に用意している様子。
明らかに、自然の迷宮に立て篭り、オークを各個撃破する構えで
ある。
それ程警戒する必要のある相手なのか?
オーク
豚頭族の進軍状況を聞くとしよう。
オークの軍、その数20万。
﹁はあ? 20万!!!?﹂
思わず、声に出してしまった。
確か、オーガの里を襲撃したのは、1万程度だったハズ・・・。
﹁俺達の里を襲撃したのは、一部だった、という事か?﹂
﹁そうだ。調べて見て、判明した。奴らの総数は、20万! 南か
ら、比較的広い侵攻ルートを通り、湿地帯を目指している。﹂
ふむ。地形がよくわからん。
445
﹁ソウエイ、地図みたいなモノって何かあるのか?﹂
﹁地図、とは、何ですか?﹂
﹁え?﹂
﹁﹁﹁・・・???﹂﹂﹂
なんだと?
地図が何か知っている者が少ないとは・・・。
流石に、カイジンは知っていた。知っていたが、流通は無いそう
だ。
この世界では、今だに地図が軍事機密扱いなのだそうだ。
ハクロウも、祖父から聞いたと、オーガの里周辺の地形図を木片
に書き込む。
紙が無いのが辛い。
ともかく、木版を持って来て、そこにこの町周辺の地形から書き
込んでいく。
俺の脳内マップを描写し終えると、そこにリグルが知る地形を書
込み、ハクロウの木片の内容も書き加える。
こうして、皆の知識の地形を書き込み、それなりに見れる地図を
作成した。
会議の本題に入る前に、地図の作成で2時間程かかってしまった。
ここで、一旦休憩を取る。
俺には、必要無いが、ゴブリン達には必要だろう。
ゴブリナ
シュナが、お盆に食事を載せて運んで来た。
フォームチェンジ
続いて、女性達が、食事を運んで来る。
俺はすかさず、子供形態になる。
休憩は必要無いが、食事は大事だ。せっかく人間になれたるのだ、
味わって食べたい。
446
・・・、シオンの料理はノーサンキューだけど。
今では人間への擬態も慣れたもので、服を着た状態に変身出来る。
練習したら、結構思い通りに出来るものなのだ。
さて、目の前に置かれた食事。
何故か、シュナが隣に座っている。念の為に、確認せねばならな
い・・・。
見た目は普通、でも、中身は? 調味料が乏しい為、とれた食材
を炒めたダケの代物なのだが・・・。
誰が、作ったのか。隣から、視線が突き刺さる。
ゴクリ。何故だろう、非常に緊張してきた。
﹁頂くとするか!﹂
俺がそう声をかけたのだが、誰も動こうとしない。
俺が最初に食べないと、手を出すつもりが無いようだ。前もって、
誰かが手を出さないかと期待したが、どうやら覚悟を決めなければ
ならない。
大丈夫。これは、シオンが作ったものではない!
しかし、こうなってくると、味覚ある子供へ変身したのは失敗だ
ったかも。
そう思いながら、料理に手を出した。箸など無く、スプーンしか
無いのだ。
スプーンでスープを一口分、口に運んだ。口に含む。・・・美味
かった。
﹁美味い!!!﹂
と、俺が言った途端、一斉に皆動き出す。
というかさー、お前ら、主に毒見させるって、どういうつもりだ
よ! いや、毒ではないんだけどさ・・・。
447
しかも、大抵の毒には耐性あるんだけどさ・・・。
それでも、ちょっと考えて欲しい所である。
恐らく、シュナが後ろで糸を引いたのだろうけども・・・。
俺が美味いと言った途端に、シュナは満面の笑顔になった。
俺から皿を奪い取り、スプーンで俺に食べさせようとしてくれる。
嬉しいような、面はゆいような。
中身はおっさんだが、心は少年。見た目は、幼女。食べさせて貰
っても、何も問題ないだろう。
そして、シュナは。シオンを見やり、フフン! と、勝ち誇った
ように、笑みを浮かべている。
シオンは、悔し涙を浮かべて歯ぎしりしつつ、食事の美味さに愕
然となっていた。
そうそう。君は、もう少しどころか、かなり、料理の腕を磨いた
方がいい。
決して、隠し味とか、意味不明な事は考えないようにしないとな!
調味料が乏しくても、素材の味を引き出すだけで、これだけ美味
い料理が出せるのだから。
その料理の実験台に、ベニマルが耐えられるのか? そんな事は、
俺の知った事ではないのだ。
まあ、シュナは料理も天才だったのだろう。﹃解析者﹄で味を完
璧に調整したりしたのかもね。
才能の無駄遣いとは思わない。正しい使い方であろう。
俺は、久々の美味しい料理を堪能したのだった。
食事も終わり、休憩を終える。
なかなか良い時間だった。
本題に入るとする。
﹁この様に、地形を分かり易く表記したモノが、地図だ。この地図
448
を見ながら、説明を聞いてくれ。﹂
そう言うと、皆が地図を取り囲んだ。
一応、﹃思念伝達﹄により、イメージを伝えやすいように皆をリ
ンクする。
ソウエイに、オーク軍の位置に木片を置かせる。小さく加工して、
表面に20万と書いている。
ゴブリン達には、数字の概念を教育している最中だ。だから、今
だに理解が追いついていないかもしれない。
そこは仕方ないので、話を進める。
オークの侵攻ルート。
ジュラの大森林は中央から三方に向けて、軍が通れそうなルート
が存在する。
カナート大山脈から連なる、アメルド大河に沿ったルート。これ
が、南北を結んでいる。
しかし、正確に真っ直ぐ伸びている訳ではなく、途中から、大河
は東へと向かうのだ。東の帝国からは、大河に添って軍の移動が可
オーク
能となるだろう。
だが、豚頭族の生息地からは、大軍の移動に適したルートは無い。
故に、一旦、西側の湿地帯方面へと抜けて、湖外周を通り侵攻す
るというルートを選択したのだろう。
トレント
アメルド大河に直接出る為には、大森林の木々が邪魔になる。
ハクロウ曰く、樹人族の集落が存在するので、湿地帯へと抜ける
オーガ
ルートの方が消耗が少ないとの判断だろう。
オーガ
西には大鬼族の里があったのだが、結果は蹂躙されている。
トレント
大鬼族も上位種族ではあったが、数が少ない。だからこそ、同じ
上位種族でも数が多い、樹人族の集落へと向かうルートを除外した
のだろう。
そうして、オーガを撃破し、現在は湿地帯手前まで侵攻し、布陣
を整えているそうだ。
449
﹁しかし、20万もの軍勢を、どうやって食わせているんだ? 食
糧をどうやって調達している?﹂
俺の問に、
﹁調べました。後方より、兵粘の部隊が組織されており、食糧の運
搬を行っている様子でした。しかし、数が足りません・・・﹂
そこで言い淀む。
﹁これは、自分の推測ですが、飢えたり戦死したりした、仲間の死
体を食っているようです・・・。﹂
とんでもない事を言い出した。
うぇ・・・、オークって、そんな種族なのか?
﹁いくら何でも・・・﹂
﹁アイツ等は確かに何でも食うが、それは流石に無いだろ?﹂
そうした質問に、
﹁いや、確信がある訳では無い。しかし、奴らの通った後には死体
は無かった。
俺達の里も綺麗さっぱり、何も残っていなかった。
一つ、思い当たる能力がある・・・。﹂
思いつめた表情で、ソウエイが答えた。
オークロード
﹁まさか・・・、豚頭帝か?﹂
450
オークロード
ソウエイの返事を待たず、ベニマルが答えた。
オークナイツ
﹁そうだ。確認していないが、豚頭帝が出現した可能性がある。
少なくとも、高位の豚頭騎兵団の存在は確認した。
俺達の里を襲撃したのも、そいつらだろう。﹂
オークロード
話を纏めると、豚頭帝とは、強力な支配系の能力を持つユニーク
モンスターらしい。
ウエルモノ
数百年に一度、発生する個体。世に混乱を齎す、最悪の魔物。
そして、固有のユニークスキル﹃飢餓者﹄を有するらしい。
このスキル、蝗のように周囲のモノを食べ尽くす性質を味方にも
授ける、恐るべき能力なのだそうだ。
もっとも、発生から時間を経たなければ、そこまでの脅威にはな
らないのだそうだが・・・
魔王
にまで成長する可能性があるのだとか。
今回はすでに、騎士団を組織するまで成長している。下手に智恵
を付けると、
何とも、厄介な魔物らしい。
そんな面倒なヤツ、さっさと討伐されてしまえばいいのに・・・。
オークロード
愚痴っても仕方ない。
俺達は、豚頭帝の存在も念頭に置いて、会議を進める事とした。
地図上にコマの代わりの木片を配置し、リザードマン1万の木片
も設置する。
その後方に、ガビル率いるゴブリン部隊7,000。
こうして、地図上に軍を配置してみると、オーク軍の異常さが際
立つが・・・。
それよりも、だ。
﹁これって、さっきのバカがリザードマンの本拠地を強襲したら、
451
一気に落とせる布陣だよな?﹂
そう。ガビルとかいう、リザードマンの使者。
ヤツが、オークとリザードマンが戦端を開いた際、その隙に乗じ
てリザードマンの本拠地を襲ったら、防備の手薄な本陣はあっとい
う間に落とされる。
そういう絶妙な場所に、ゴブリン部隊が配置してあった。
だが、味方のリザードマンを襲う理由が無い。
妙な位置で軍を留めているせいで、変に勘ぐってしまったようだ。
なのに、
﹁ふむ。左様ですな。﹂
ハクロウが頷く。その目は爛々と輝いていて、異様な雰囲気だっ
た。
だが、ここで本陣を落としても、その後にオークに蹂躙されるの
だから意味は無いハズなのだが。
やはり、俺の考えすぎか。
﹁俺の考え過ぎかな。スマン、素人考えだ。﹂
そう言って、話を進めようとしたのだが・・・
﹁いや、有りえますな。その位置に留める理由、他には考えられま
せぬ。﹂
﹁あいつ、バカそうだったし、自分が首領に取って代わろうとでも
考えてそうだな。﹂
と、軍事部門の二人が意見を言う。
確かに、馬鹿そうだったが・・・、そこまでバカか?
452
﹁しかし、そういう可能性があるなら、やはりアイツと組むのは辞
めた方がいいな。﹂
そういう結論に至った。
ガビルと組むのは辞めるとして、ではどうするか?
﹁リザードマンとの同盟は、結びたいですな。我等だけでは数が少
ない。ムザムザ見捨てる事もありますまい。﹂
ハクロウの意見に、皆が頷く。
俺も反対はしない。
﹁だが、俺達と同盟と言った所で、こちらの数が少なすぎる。利用
されるだけにならないか?﹂
と、俺は心配していた事を問うてみた。
鬼人達は顔を見合わせ、
﹁リムル様、心配しすぎですぞ! 我等、各々が1万の軍に匹敵し
ますゆえ、侮られる事はありませぬ!﹂
代表して、ハクロウが答えた。
サバ読みすぎだろ。一人で1万に匹敵する訳ねーだろ! とは思
ったのだが、
リザードマン
﹁リムル様、自分が交渉に向かいましょう。蜥蜴人族の首領に直接
話をつけて参ります。
宜しいでしょうか?﹂
453
ソウエイがそう言って、俺の答えを待つ。
何この自信? まあ、任せてみるか。
地図で確認した事により、ある程度の予測が立った。それによっ
て、時間的にも心理的にも余裕が出来た。
ソウエイに任せる事にする。
リザードマン
﹁よし! では、お前は蜥蜴人族の首領に話をつけてこい。くれぐ
れも同等の関係は保てよ!﹂
そう言って、ソウエイを送り出す。
﹁はは! 心得ました!﹂
そう答えると、スッっと、影に沈むように、ソウエイは消えた。
動きの早いヤツだ。早速、向かったらしい。
﹁皆も、そういう心づもりで、準備を整えるように!﹂
そう言って、会議を締めくくった。
ある程度の方針は、決まった。
同盟が上手く結べれば良いが、ダメなら駄目で、その時考えよう。
難しく考えても仕方ない。それよりも、今出来る事をすべきなの
だ。
オークロード
そうして、俺達は準備を整え、次に局面が動くのを待ち構えるの
であった。
しかし、豚頭帝か。本当に出現したのだとしたら、何とも厄介そ
うな相手である。
この先の事を思い、少し憂鬱な気分になったのだった。
454
455
31話 緊急会議︵後書き︶
豚頭帝の能力紹介。こういうスキルで誤魔化してみました。
ぶっちゃけ、本当に20万動かすなら、1年準備しても無理だと
思う。
少なくとも、軍事訓練してない魔物には不可能でしょうね。
456
32話 舞台の幕開け
オーク
地を踏み鳴らし、木を切り倒し、豚頭族の軍隊は森を進む。
蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ!
オーク
声高に叫びながら、目を黄色く濁らせて、豚頭族の軍隊は森を進
む。
彼等に、正常な思考は存在しない。
目に映る動くものは、全てエサである。
彼等は常に空腹であり、彼等の思考は、エサを食べるというその
一点に集約される。
バタリ。
また、一人の仲間が倒れた。
彼等は歓喜する。エサが出来た! と。
本来であれば、仲間であった、その個体。
今の彼等には、単なるエサでしかない、その物体。
まだ息があるようだったが、彼等にとっては、新鮮だという証明
に過ぎない。
隣を歩いていたという幸運に恵まれた者達が、すかさずエサの解
体を行なった。
肝は、その集団のリーダーに届けられ、その他の部位は取った者
勝ちである。
グチャグチャグチャグチャ。
457
周囲を悍ましい音が埋め尽くす。
彼等は、常に飢えている。
ウエルモノ
そして、飢えれば飢える程、その戦闘能力が高まっていくのだ。
それが、ユニークスキル﹃飢餓者﹄の能力。
飢えて死んだ仲間を食えば食う程、自らが飢えれば飢える程、そ
オーク
の戦闘能力は高まりを見せる。
オークロード
彼等、20万の豚頭族の軍隊。
それは、豚頭帝の支配下に置かれた、地獄の飢餓に苛まれた破滅
の軍隊。
彼等に救いは無い。
ただただ、自らの飢えを満たす為に行動する。しかし、飢えが満
たされる事は無く・・・。
それは、無限地獄。
オーガ
彼等の前に、大鬼族の里が在った。
彼等は、Dランクの魔物である。
本来であれば、Bランクのオーガに対し恐怖する事はあれども、
敵意を向ける事は有り得ない。
それなのに・・・
蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ! 蹂躙せよ!
彼等の歩は止まらない。
むしろ、エサを求めて加速する。
オーガが暴れている。その強力な力で!
仲間が何体も弾き飛ばされ、斧で叩き殺されて・・・
しかし! 彼等にとっては、それは新鮮なエサが量産されている
事を意味するのみ。
彼等は歓喜する。
自らの飢餓感が、少しでも満たされる事を願って。
458
一体のオーガが倒れた。
すかさず、オークが数名群がり、そのオーガを解体する。
血を浴びて、肉を貪り。ああ・・・、それでも満たされる事は無
く。
だが、オークの身体は変化する。オーガの力を宿して。
オーガ達は、格下であるオークの群れに飲み込まれ、断末魔の叫
びを上げる。
圧倒的なハズの、自らの力の無力さを嘆きながら・・・。
徐々に、オークの中から、突出した力を持つ者共が生じ始める。
食べた、仲間の力を我が物に!
食べた、倒した敵の力を我が物に!!
そして、更に食べるのだ。
究極的に、彼らは死を恐れない。いつか、彼等の力は、巡り巡っ
て王に届けられる。
オークロード
彼等の王。
究極の、豚頭帝の元へ!
彼等は進軍を続ける。
次の獲物は、彼等のすぐ目の前にいるのだから。
リザードマン
蜥蜴人族の首領は、報告を聞き青ざめる。
恐れていた事が、現実となったのだ。
齎された報告によると、強力なオーガ達の里が、一日も持たずに
壊滅したとの事。
459
オークの群れに、飲み込まれたそうだ。
オークロード
もはや、疑いようも無かった。
豚頭帝が出現したのだ。
C+
ランクの自分達リザードマンが1万いれば、互角以上
数だけを比べるならば、20万とは言えDランクのオーク達であ
る。
オークロード
に戦う事も可能であるかもしれなかった。
しかし、恐れていた通り豚頭帝が出現したのならば、最早Dラン
クでは無い。
C+
ランク相当の強さ
1∼2段階上に、能力が底上げされていると考えるべきである。
最低でも、Cランク。下手をすれば、
になっている可能性すら在った。
数の有利さで、此方の疲弊した所を攻められるだけでも厳しいの
オークロード
に、一兵辺りの戦力に差が無くなったとしたら、勝ち目が無くなる。
豚頭帝の存在が有るならば、兵糧が無くなる事に期待は出来ない。
数は減るだろうが、軍としては強化されてしまうのだ・・・。
また、援軍に当てがあるなら籠城も有効だが、出口を封鎖された
ら飢えて死ぬのは此方である。
打って出るしかない・・・。
首領は、苦渋の決断を強いられる。
ゴブリンの協力を取り付けに行かせた、ガビルからの返答は未だ
無い。
しかし、現状では時間をかければその分、相手を強化させてしま
う恐れがある。
最悪の場合、自ら軍を率いて出陣する必要があると感じ始めた時・
・・
かつて、感じた事も無い程の、強力な妖気を漂わせる存在の接近
を感知した。
首領は、その隠す気の無い妖気を感じ、抵抗しない方が良い事を
悟る。
460
部下を呼び、その者を案内するように申し付けた。
ここが天然の迷宮であるとは言え、通路を破壊し、手当たり次第
に中を荒らされるのでは意味が無い。
その妖気の持ち主は、それを可能とするだけの存在であると直感
したのだ。
待つ事、暫し。
部下に案内されて、一人の魔物が現れた。
浅黒い肌に、青黒い髪。青い瞳の、身長190cm程の魔物。
魔物としては、大柄とは決して言え無い。けれども、その者の持
つ雰囲気は泰然としていて、掴み所が無い。
圧倒的な力を感じさせる、そんな魔物だった。
周囲には、リザードマンの戦士が100名程侍ている。
自分の命令で、一斉に飛びかかれるように身構えて・・・。だが、
それは彼等の死を意味するだろう。
首領は、その魔物を見て、諦めと共にそう感じた。
﹁失礼、今取り込んでおりまして、おもてなしも出来ませぬ。
この様な所に、一体、何用で御座いますかな?﹂
その首領の言葉に気色ばんだのは、まだ若いリザードマンの戦士
達。
この様な、怪しい魔物に謙る必要などない! そう思ったのであ
ろう。
首領は、その感情を好ましく思ったが、今は不味いとも感じてい
る。
この魔物の機嫌を損ねると、皆殺しにされる恐れがあるのだ。
若いリザードマンの戦士達には、圧倒的に経験が足りない。相手
の力量を把握する能力に欠けているのである。
首領の様に長く生き、そうした危機意識を発達させていないが故
に、目の前の魔物の実力を把握出来ていないのだ。
461
だが、そんな首領の考えを見通すように、
名
は、ソウエイ。
﹁大した用事では無い。気遣いは無用だ。
俺の
我が主が、お前達との同盟を望んでいる。
俺は、その取り纏めを仰せつかった。使者と思って貰って結構。
喜ぶがいい。我が主は、お前達を見捨てるのが偲びないと仰せだ
った。
それゆえの、同盟の申し込みである。返事を聞こう。﹂
気にする事では無いという態度を崩さずに、言い放って来た。
言葉の内容はともかくとして・・・。
名
ネー
簡潔な内容。しかし、一方的で返事は決まっていると言いたげに。
だが・・・、首領は考える。
の魔物。
ソウエイ。そう名乗った、この魔物。圧倒的な強さを持つ、
ムド
持ち
オークロード
この魔物を、従える存在。その様な存在が味方に付いてくれるな
らば、あるいは、豚頭帝にも対抗し得るのではないか?
同盟と言うからには、一方的な隷属では無いという事。対等な関
係として、扱ってくれるだろう。
この話、受けるしかない。そう思える。
その時、
﹁首領! 好き勝手な事を言わせる必要はない!
何処の馬の骨とも判らんヤツに、我等、誇り高きリザードマンが
媚びる事は無い!﹂
﹁その通りだ! もうすぐガビル様も戻られる。我等だけで、豚共
の相手は十分可能だ!﹂
﹁うむ。どうせ、ソイツの主とやらも、豚共を恐れて我等に泣きつ
いて来たのだろう?
462
素直に助けてくれと言えば良いものを。可愛げのない!﹂
などと、騒ぎ出す者達がいた。
ゴブリンの協力を取り付けに行かせた、ガビル配下の者達だった。
首領は、舌打ちしたい気分に囚われる。
いくら相手の実力が判らないからと言って、自らの尺度で同盟の
申し出を勝手に断ろうとするとは・・・。
確かに、相手に非礼な部分があるのは事実。しかし、相手は使者
であり、何の権限も無い者達が無礼を働いても良い理由には為らな
い。
しかも、相手の非礼についても、圧倒的に格上の者が自ら出向い
て来た事により相殺されているのだ・・・。
血気盛んな性格の者達だと思い、交渉には向かないだろうと連れ
て行かせなかったのだが、裏目に出てしまった。
怒らせてしまったのではないか?
そう思い、ソウエイと名乗った魔物を見やる。
彼は、目を逸らすこと無く、首領を見つめたままだった。騒ぐ者
達を、相手にする気など全く無い様子。
首領は、安堵した。
一部の大局が見えない者のせいで、この話が流れる事が有っては
ならない。
﹁静まれ!﹂
一喝し、騒ぐ者達を黙らせた。
親衛隊に合図を送り、
﹁どうするかは、俺が決める。お前達が、口を挟む権限は無い! 一晩、反省するがいい!!!﹂
463
ガビル配下の若者達を、牢に入れるべく連れて行かせた。
何やら騒いでいたが、今はそれどころでは無い。
そして、使者と名乗る魔物に向き直り、
﹁同族が失礼した。この同盟の話、受けようと思う。しかし、今は
急を要する。
本来なら何処か場所を決めて、そちらの主殿にお会いしたい所な
のだが、その猶予が無い。
そちらから出向いて頂く形になるが、問題ないだろうか?﹂
内心の不安を押し隠し、問いかけた。
明らかな格上の者に対し、出向けと言ったのだ。使者が怒っても
不思議では無い。
しかし、使者はそんな首領の不安に頓着する事も無く、
﹁了解した。快い返事を貰えて、我が主も喜ばれる事と思う。宜し
く頼む。
それでは、我等も準備を整え、此方に合流する事とする。
その時に、我が主に目通りする事になるだろう。その際は、よし
なに!﹂
その返事を、当然の事のように受け取った。
首領が断るなどと、微塵も思っていないと言った風情であった。
あるいは、断っていたらその瞬間に、リザードマンの命運は尽き
ていたのでは? ふと、そんな考えが脳裏を過ぎった。
決して、思い過ごしでは無いかもしれない。
目の前の魔物は、それだけの力を持っているのだから・・・。
﹁合流は、5日後になるだろう。それまで、せいぜい死なない事だ。
決して、先走って戦を仕掛ける事の無いように!﹂
464
そう言い残し、魔物は目の前から消え去った。
音もなく、影に飲まれるように。
5日・・・。
その程度、持たせるだけならば何とでもなる。
オーク共も強化されるかも知れないが、此方にも援軍が来るのだ。
どの程度の援軍かは知らないが、少なくとも、ソウエイという名
の魔物一体でも十分な助けになる。
ほんの僅かな可能性にかけて打って出るよりも、援軍を待ち戦力
を温存する方が賢い。
首領は決意し、皆に宣言する。
﹁籠城だ! 援軍が来るまで、何としても持たせるのだ!!!﹂
そして、リザードマン達は来るべき決戦に向けて、深く静かに迷
宮に潜むのだった。
ガビルは、目を覚ました。
何が起こったのか、思い出すのに暫しの時を要した。
そして、憤慨しつつ飛び起きる。
﹁お目覚めになられましたか!﹂
心配そうな、配下のリザードマン達。
﹁心配をかけてしまったな。どうやら、我輩は嵌められたらしい・・
465
・。﹂
﹁嵌められた、ですと?﹂
﹁うむ。牙狼族め、巧妙な手を使いおって・・・。
奴ら、ボスのフリを配下にさせて、ボス自らが我輩と戦ったのだ
よ!
我輩の油断を誘う、汚い手口よ。平原の覇者だなんだと言われて
おるが、所詮は獣。
臆病者らしい、卑怯な手口よ!
正々堂々と相手をしようとしたのが、間違いであったわ!﹂
﹁な、なるほど・・・。左様でしたか。そうでも無ければ、ガビル
様に敗北など、有り得ますまい。﹂
﹁そうであったのか! おのれ、牙狼の畜生共が!!! 汚い真似
を!﹂
そうした反応に、ガビルも頷く。
そうだとも。そう考えなければ、自らが負ける理由が無い。
しかし、誇り高い種族だと思っていたが、まさかあのように小汚
い真似を行うとは・・・。
ガビルは、牙狼族に失望する。
﹁しかし、あの様に卑怯な手を使うような者共、仲間に引き入れる
価値等無いわ!
そう考えるなら、却って良かったかもしれんな。﹂
﹁左様ですな!﹂
﹁しかり、しかり。﹂
そして、高笑いするガビル達。
﹁ところで、私が思うに、ガビル様がいつまでも戦士長であるのも
おかしな話だと思うのですよ。﹂
466
﹁何?﹂
﹁いえ、決して戦士長として不足という訳ではなく、逆であります!
いつまでも、あの老いぼれた首領の下にいるのが、勿体無い話で
はないかと⋮﹂
﹁続けろ。﹂
﹁はい。そろそろ、あの老体には隠居していただいて、ガビル様が
新たなリザードマンの首領になっていただければ、と。
さすれば、オーク共に舐められる事も無かったのでは、と愚考致
します。﹂
﹁その通りである!
ガビル様の強さを見せつけ、頭の固い者共を一掃し、リザードマ
ンの新たなる時代を築いていただけば、これに勝る喜びは御座いま
せん!!!﹂
ガビルは、頷く。
﹁お前達も、そう考えていたか。実は、我輩も、そろそろ動く時が
来たのでは? と考えておったのだ!
共に、戦ってくれるか?﹂
周囲の者を見回した。
彼等は、一様に目をぎらつかせ、リザードマンの新たな時代に思
いを馳せる。
その時、彼等が中枢にいて、絶大な権力を握れる事を疑う事無く
⋮。
そして、
﹁我等の代表として、立っていただけますか?﹂
一人が、問いかける。
467
ガビルは鷹揚に頷き、
﹁時代が来てしまったか⋮。良かろう! 共に戦おう!!!﹂
力強く、宣言した。
辺りに、リザードマン達の歓声が木霊する。
愚か者は、舞台に上った。
こうして、騒乱の幕が開く。
468
32話 舞台の幕開け︵後書き︶
主人公の出番が、ありませんでした。
469
33話 観客
リザードマン
蜥蜴人族の首領は、戦況を聞き一つ頷いた。
ソウエイとの会合から4日経過している。
明日が、約束の合流の日。現在は大きな損害も無く、これなら無
オーク
事に明日まで持ちこたえる事が出来るだろう。
豚頭族の攻撃は苛烈を極めた。
物量に任せ、通路という通路がオークで溢れている。いかに天然
の迷宮とは言え、大量のオーク兵の群れの前には意味が無い。
特定の通路に罠を仕掛け、少しづつオークの数を減らすのが精一
杯であった。
それでも、迷宮のお陰で、実質の被害は少なくて済んでいる。迷
路は多岐に渡っており、脱出通路も緊急連絡通路も未だ健在。
オークの矢面に立つ部隊は交代しつつ、一度にぶつかる数を最小
で持たせるように調整出来ている。
自分の采配だと、自惚れるつもりは無い。
援軍が来ると、希望があるからこそ、皆何とか耐える事が出来て
いるのである。
実際、オークと直接戦闘を行なった者は、その強さに驚いた。
普通のオークより、その強さが桁違いだったのだ。
今の所、リザードマン1体で3体までは相手取る事が出来ている。
オークロード
しかし、徐々にオークの強さが上がって来ている感じがするそうだ。
間違いなく、豚頭帝の支配下にある事の証。
戦士達には、怪我を負うと直ぐに交代するように厳命してある。
もし、負傷し戦死する事があれば、オーク共をますます強化する事
に繋がりかねないからだ。
慎重に、そして確実に、防衛線を死守せねばならない。
それも、後1日。
470
援軍と合流出来たならば、地形の利を利用し、オーク共を各個撃
破出来るだろう。
少なくとも、要所の防衛に割く人員も攻撃にまわす事が出来るよ
うになる。
そうした希望的観測を思い浮かべ、首領はホンの少しだけ、安堵
した。
そんな時である。
首領の元に、ガビル帰還の報が齎されたのは・・・。
ガビルは、憤慨した。
何なのだ! 誇りあるリザードマンが、臆病者のように巣穴に潜
り込み豚共から隠れるなどと!
怒りに我を忘れそうになる。
しかし、もう大丈夫。自分は戻って来たのだ、これで本来のリザ
ードマンらしく、誇りある戦が出来るだろう。
そう思い、首領の元へと赴いた。
﹁ご苦労だったな、ガビルよ。ゴブリンからの協力は上手く取り付
ける事が出来たのか?﹂
﹁は! 7,000程ですが、協力を取り付け待機させております。
﹂
﹁そうか・・・。これで、何とかなりそうだな。﹂
﹁では、早速出陣ですな!﹂
首領への報告を済ませ、勢い込んで尋ねる。
自分が戻ったからには、豚共の好きにさせる事はない。首領も自
分を待っていたのだろう、そう思って。
それなのに、
471
﹁む? いや、出陣はまだだ。お前が居ない時に、同盟の申し出が
あったのだ。
その同盟軍が、明日到着予定でな。明日、合流と同時に作戦会議
を行い、全面攻勢に出る予定なのだ!﹂
寝耳に水。思いもしない事を、首領が言い出した。
何だと? 首領は、俺を待っていたのでは無いと言うのか?
その不満が、ガビルを不快にさせた。
豚共如きに、何処の誰ともわからぬ援軍を頼りにするなど・・・。
﹁首領、俺が出たら、豚共なんざ一捻りです。出陣の許可をくれ!﹂
憤慨し、出陣の許可を求めた。それなのに、
﹁ならん。全ては、明日だ! お前も疲れているだろう、明日に備
えて休むがいい。﹂
まったく、取り合ってくれなかった。
ガビルの頭は、怒りで真っ白になる。自分を差し置いて、援軍に
重きを置くなど! とても、許せない。
﹁首領、いや、親父! いい加減にしろよ! どうやら、アンタは
老いぼれてしまって、現実が見えてないようだな。﹂
﹁なんだと? ガビル、どういうつもりだ!﹂
今まで、父親だと思い、我慢してきたのだ。
確かに、尊敬出来る面が多いのは事実。素直に賞賛出来る。
しかし、自分を認めないのは許せない。
やはり、自分の時代が来た、そういう事なのだろう。
カビルは、一人頷くと、配下に合図を送る。
472
﹁親父、アンタの時代は、終わったんだ。今日からは、この俺が、
リザードマンの新たな首領だ!﹂
そう、高らかに宣言した。
その宣言を合図に、ワラワラとゴブリン達が、首領の間に入って
来た。
首領と、その親衛隊に向けて、石槍を構える。
配下の精鋭リザードマンも、自分の背後に油断無く立っていた。
﹁ガビル、何のつもりだ!?﹂
状況が掴めないのか、首領が焦った声を上げている。珍しい事だ。
それが、ガビルの優越感に火を灯す。
﹁親父、今までご苦労だった! 後の事は俺に任せて、ゆっくりと
引退生活を送るといいぞ!﹂
配下に、親衛隊と首領の武装を解除させる。
を手に取る。
そして、首領いや、自分の父親の持っていた、リザードマンの象
槍
マジックウェポン
徴でもある、
その槍、魔法武器:水渦槍を。
力が、流れ込んでくるようだ。リザードマン最強の戦士が持つ、
魔槍。まさしく、自分が持つに相応しい武器。
父親と親衛隊を見やり、
﹁後の事は任せておけ! 戦が終わるまで、窮屈な思いをさせるが、
我慢してくれよ?﹂
そう声をかけた。
473
﹁待て、ガビル! 勝手な事は許さん! せめて、明日まで待つの
だ!!!﹂
父親の喚く声を聞き流し、
﹁目障りだ。連れていけ!﹂
配下にそう命じた。
当然、殺したりするつもりなど無い。ただ、自分の邪魔をされた
くなかった。
首領でも手こずった相手を、自分が打ちのめす。
間違いなく、新たな英雄として、自分がリザードマンの頂点に立
つに相応しいイベントだ。
そうしたら親父も自分の事を認めて、誇らしく褒めてくれるだろ
う!
心が高揚する。
首領の新派は、配下がゴブリンを連れて制圧に向かった。間もな
く、掌握の報告が届くだろう。
その時こそ、出陣の時間となる。
ガビルの頭には、自らの敗北など想像も出来ない。
父親である首領の忠告など、全くその耳に届かない。
もとより、ガビルの新派だった者達は、この交代劇を歓声と共に
称えている。
一晩牢に入れられた者達も、そこには居た。
ガビルは彼等の声に気を良くし、首領の椅子にドッカリと腰掛け
た。
間もなく、ガビルの時代が訪れる。
その前のオークの撃退など、些細な問題としか感じてはいない・・
・。
474
何という事だ・・・。
首領は、後悔の念に苛まれて・・・。
先走るな! と警告を受けていた。あれは、こういう事態を警告
していたのだ。
味方の統制は、出来ていると思っていた。
まさか、自分の息子に裏切られるとは・・・。
このままでは不味い。
このままでは、リザードマンは、明日を待たずに破滅してしまう。
意を決し、親衛隊隊長を見やる。
自分のもう一人の子、ガビルの兄弟。
隊長は、首領の合図に気付き、頷く。
﹁行けい!﹂
そう首領が叫ぶと同時に、親衛隊隊長は、拘束を振りほどき走り
出した。
この事態を、同盟相手に伝えなければならない。
あの使者、ソウエイと名乗った男は妖気を隠して居なかった。
だからこそ、巣穴の迷宮から出れば、どの方角から向かって来る
か判るだろう。
そんな儚い可能性にかけて、親衛隊長を送り出す。
拘束しようとするガビルの配下達。しかし、仲間に手を出す意思
は無いのか、簡単に逃げ出す事が出来たようだ。
自分は、責任を取る為にも、ここに残らなければならない。
首領は、親衛隊長が無事に合流出来るように、祈る。
たった5日。
この5日という約束すら守れなかった、自分自身の不甲斐なさを
嘆きながら。
475
そして、約束を守れなかった事で、自分達が見捨てられる事のな
いように。
何らかの価値があるからこその、同盟の提案なのだろう。この出
来事で、その価値が失われていない事を切に願った。
ガビルは、直ぐにでも打って出ようとするだろう。
そうなると、各通路で抑えている部隊の交代要員すら居なくなる。
交代も出来ず、徐々に強さを増すオークの群れを相手するなど、
防衛部隊が敗北するのも時間の問題となるだろう。
迷宮中心部の大広間に集められた、各氏族の女子供。彼女達、非
戦闘員を守る者が居なくなる。
こんな事になるとは・・・。しかし、嘆くだけでは駄目なのだ。
自らが、最後の防衛の要となる。
首領は、そう決意した。
少しでも、時間を稼ぐ事。それが、彼に出来る精一杯なのだから。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
広い会議室。
机は、古い香木を削り出した逸品物。
かなりの大きさの円卓で、10名以上が席に着けそうな作りにな
っている。
用意された椅子の数は、12脚。贅の限りが施され、王侯貴族で
476
も所有する事が難しそうな品となっていた。
職人達が、十数年かけて織り込んだような、高級な絨毯の敷かれ
た床。
壁一面には、天上の芸術家が描いたのだろう、幻想的な絵画が飾
られている。
この部屋の品、一つ売るだけで、貴族のような生活を10年は行
う事が可能であろう。
そんな部屋の入口付近に。
一人の、ピエロの様な格好をした男が控えていた。
そして、誰もいないハズの部屋の中に向けて、
﹁本日は、お忙しい中、お集まり頂き誠に有難う御座います!﹂
恭しく、礼とともに挨拶する。
慎重に、中の人物達の興を削ぐことが無いように丁寧に。
今日のお客達。それは、決して怒らせてはならない、至高の存在。
いつの間にか、一つの椅子に人影が浮かび上がっていた。
詳細は観察する事が出来ない、薄い影。
﹁今日は、どの様な趣向で楽しませてくれるというの? 退屈して
たのよ、さっさと始めてくれない?﹂
少女の様な声が、返答して来た。
魔
先程までは、確かに誰もいなかった部屋。しかし、今は数名の気
配が各々の椅子の上に存在する。
の誕生劇だっけ?﹂
﹁グハハハハ。慌てなくても、もう間もなくだろう? 新しい
王
﹁ふふふ。魔王ですって! そんなのもう、お腹いっぱいなのにね
477
! これ以上、魔王が増えても面白くないよ?﹂
﹁まあ、そう言うな。ジュラの大森林の支配者が居なくなったのだ。
新たな支配者は必要だろう?﹂
﹁なんだったら、俺様があの辺りも支配してやってもいいんだぜ?﹂
﹁ふん。そういう事を言い出す者が出るから、不可侵協定を結んだ
のだろうが!﹂
﹁うっせーな! わかってるよ。﹂
そうした、勝手気ままな事を言う者達。
部屋の入口に控えた、ピエロの格好の者は、額から吹き出る汗を
拭う事も出来ない。
もっとも、彼は魔族。汗など出てはいないのだが。
彼、魔族ゲルミュッドは、慎重に己の用意した舞台の説明に入る。
﹁それでは、皆様! 舞台の説明に入りたいのですが、宜しいでし
ょうか?﹂
恐る恐る、声をかけた。
騒がしく話していた者達が、ピタリと会話を止め、ゲルミュッド
に視線が集中する。
無言の圧力。
格下のゲルミュッドに声をかけられた事で、機嫌を損ねたのか?
不安に襲われる。彼等の機嫌一つで、ゲルミュッドなど、一瞬で
この世から消え失せるのだから・・・。
そんな不安にお構いなく、
478
﹁さっさと始めてよ! 退屈はうんざりだって、さっき言ったでし
ょう?﹂
許されたようだ。
安堵しつつ、説明を開始する。
彼が、森に蒔いた争いの種子。芽吹く事なく摘まれてしまった種
オーガ
トレント
子も有るようだが、幾つかは芽吹いた。
大鬼族や樹人族と言った、上位種族にも種子を撒きたかったが、
残念ながら今回は見送った。
名付け
を拒否した大鬼族共には、裁きは下す
オーガ
彼等を操るには、自分の力はまだ足りない。
しかし、自分の
事が出来た。
それで、今回は満足するとしよう。
オークロード
へと至る権利を有する
誕生への儀式。その企画を、ゲルミュッ
魔王
﹁それでは、開演致します! 豚頭帝の脅威に対抗する、森の種族
連合!
魔王
この戦に生き残った者が、新たな
のです!!!﹂
そう。
今回の、新たな
ドは任されたのだ。
魔王
を生み出す事が出来る。
その任を与えられ、ゲルミュッドは狂喜した。上手くすれば、自
らの命令を聞く
そして、着々と準備したのだ。
本来なら、後、300年してから起きるハズだった、種族間戦争。
しかし、ヴェルドラの予想を越える速さでの消失で、予定が狂っ
てしまった。
ゴブリンやリザードマン。その他、各種族から生まれたネームド
モンスターによる戦争を演出するつもりだったのだが・・・
479
オークロード
けれども、幸運はゲルミュッドを見放さない。
豚頭帝が出現したのだ。これは、まったくの計算外だったが、上
オークロード
手く利用する事が出来た。
自分の命令に忠実な、豚頭帝。
オークロード
出来レースに近いが、この際仕方がないと割り切ろう。
として認められる。
オーガ
魔王
オーク軍がリザードマンとゴブリンを打ち破った時、豚頭帝が新
たな
トレント
邪魔な大鬼族は、真っ先に処分した。
これで、不安要素は何も無い。樹人族は、その領域を侵さぬ限り、
無害なのだ。
全ては計画通り!
今まで、自分を操る魔王達を恐れていたが、今度は自分が操る側
に回るのだ。
それは、もうすぐ達成される。自分の命令に忠実な、魔王の誕生!
ゲルミュッドは、心の高ぶりを押し隠し、演目の説明を行ってい
く・・・。
オークロード
彼の頭には、豚頭帝を従える自らの姿が、ハッキリと映っていた。
彼の野望が実現する時が、すぐそこまで迫っている。
そう信じて疑わない。
480
33話 観客︵後書き︶
ガビルのターン!
今回も、主人公の出番無し。もう少しお待ち下さい。
481
34話 開戦
その日、湿地帯をオークの軍が埋め尽くしていた。
上空から俯瞰して見るならば、天然の洞窟の入口へと、オーク達
が蟻のように殺到している様子が伺える。
しかし、その数は本隊のごく一部に過ぎない。湖の周辺を迂回し、
どんどんと湿地帯方面へと侵攻してくるオークの群れ。
対峙する者も無く、その群れは湿地帯を埋め尽くし、洞窟へと雪
崩込んでいるのだ。
しかし、その群れの一角からザワめきが生じる。
何者かが、襲撃を開始したのだ。
これが、湿地帯に於ける、オーク軍とリザードマン戦士団との開
戦の狼煙であった。
湿地帯の王者、それがリザードマン。
高い戦闘能力を有し、足場の悪い泥の中であっても、より素早い
高速機動を可能とする戦士達。
生い茂る草に隠れ、オークの群れに気取られる事なく、静かに群
れの横腹から襲いかかる。
全ては、ガビルの思惑通り。
元首領達を地下の大広間へ閉じ込め、軍を再編し、多岐にわたる
連絡通路より地上へと這い出る。
そして、速やかに打撃体勢を形成し、オークの群れへと一撃を加
えたのだ。
ガビルは、無能では無い。大局を見る目を持たないが、戦士団を
率いるその手腕は賞賛されるべきものがあった。
父親である元首領の良い所も、きちんと受け継いでいたのである。
リザードマンは、強者を好む一族である。
482
だからこそ、力自慢なだけの男に付き従う事などは無いのだ。
ガビルを慕う者がいる。その事を鑑みても、ガビルが勇猛なだけ
の無能者では無い証明であった。
しかし・・・。
大広間の護衛に残した部隊は1,000名。
広間には、女子供の非戦闘員しか居ない。いざとなれば、女達も
戦うだろうが、その戦力は当てにはならない。
だからこそ、大広間へと至る通路毎に、500名づつ配置して来
たのだ。
その他の、各防衛ラインからは徐々に撤退を行い、防衛に合流す
る手筈となっている。
そうした者を除いた、全戦力がガビルの手駒であった。
その数、ゴブリン兵7,000に加え、リザードマン戦士団8,
000名。
これが、現在の戦力である。
迷路の地形を利用する事なく、地上決戦で勝てると踏んだガビル。
その決断により、防衛に最低の戦力を残し、残り全てで撃って出
たのだ。
初撃は、今言った通り。
見事な不意打ちにより、オークの群れを分断し、打撃を与える事
に成功した。
リザードマンの打撃で散り散りになったオーク兵を、ゴブリンの
集団が各個撃破していく。
ガビルの指揮を的確に実行する、出来たばかりの軍兵としては上
出来の動きであった。
ゴブリン達も、自らの生死がかかっている。その為、必死で皆の
動きに合わせて行動しているのである。
そうした行動が、結果的に最良の連携を産み出し、順調な出だし
となっていた。
483
見ろ!
ガビルは思う。豚共を必要以上に恐れる事など無いのだ! と。
親父は老いたのだ。だから、必要以上に心配性になっている。
自分が安心させてやるのだ。
ここで、自らの武勇を見せつければ、安心して自分を首領と認め
てくれるだろう。その為にも、豚共はさっさと始末しなければなら
ない。
むしろ、自分の首領への交代の機会を与えてくれたのだ! とも
考えていた。
歓声が上がった。
オーク
また、配下の者達が武勲を上げたようだ。
ほら見ろ! 豚など、我等、リザードマンの敵ではないではない
か!
ガビルは気を良くし、湿地帯の戦況を睥睨した。
けれども・・・。ガビルの思惑通り進んだのは、ここまでである。
多数の死者を出し、本来なら相手の志気が下がる場面。
オークロード
オークロード
ガビルは知らない。豚頭帝の恐怖を。
首領は知っていた。豚頭帝の恐怖を。
その違いが今、結果となってガビルに牙を向く。
グチャグチャグチャグチャ。
死体を踏みしめる、オーク達。
四つん這いになり、這いずるように。いや、違う!
踏みしめているのではなく、喰っているのだ。悍しき光景。
オーラ
歴戦の勇士である、リザードマンの戦士団にとっても、異様な光
景。
禍々しい妖気が、オーク達を包む。
484
一人の戦士がその光景に怯え、後ずさろうとして躓く。その機会
を逃さず、オーク兵が群がるように戦士に襲いかかる。
泥の中に引きずり込まれ、四肢を裂かれ、殺されるリザードマン
の戦士。
オークロード
この戦が始まって、最初の、リザードマン側からの戦死者。
だが、これがキッカケとなるのだ。
末端の兵士が喰った能力も、巡り巡って、豚頭帝へと届けられる。
それは、﹃捕食者﹄のように完全に解析する事など出来ない不完
全なものである。
フィードバック
ウエルモノ
しかし、ある程度の相手の能力を吸収し、自らの支配下にある者
へと還元する。
それが、ユニークスキル﹃飢餓者﹄の能力の一つ。
ウエルモノ
群れであり、一個の個体でもある。牙狼族の性質とはまた異なる
が群体と化す事も、﹃飢餓者﹄の特徴であった。
だからこそ、元首領は、戦死者を出す事を極端に恐れたのである。
個として、オークを上回るその優位性を失わない為に。
﹃捕食者﹄のように相手の能力を奪える訳では無いが、ちょっと
した特徴程度であれば、獲得出来る。
例えば、泥の中でも自在に動けるようになる、などである。
例えば、身体の急所に鱗が生じて防御力が増す、といった些細な
変化。
そうした変化。
だが、それは劇的に戦況を覆す要因と為りうる。
リザードマン
﹁恐れるな! 我等、誇り高き蜥蜴人族の力を見せつけてやれ!!
!﹂
ガビルの鼓舞に、志気を高めるリザードマンの戦士達。
湿地帯の王者として、有利な場所で戦っているのだという安心感
でもって、オーク兵に再度襲撃を行う。
485
自分達の動きが、オーク兵の動きよりも素早い事は確認済みであ
る。
数で負けていても、防御の手薄な側面へと回り込み襲撃を行えば、
先程のように分断し各個撃破出来るのだ。
それなのに!
側面への攻撃を仕掛けようと、移動を開始したリザードマンの動
きに合わせるように、オーク兵も陣形を保ち対応する。
先程までより、格段に動きが早くなっている。
おかしい。ガビルが、気付いた時は既に手遅れであった。
今までに無い素早さで、大きく取り囲む形で展開されるオーク軍。
5万の兵数が、素早くガビル達の後方を封鎖していく。
攻め込み過ぎであった。
自分達の機動力を過信し、動きの遅いオーク兵からの離脱は容易
ウエルモノ
だと考え、オークの兵を追撃し過ぎたのだ。
あるいは、ユニークスキル﹃飢餓者﹄の影響下に無いオーク達で
あったならば、それでも問題無かったかも知れない。
しかし、それはあくまで仮定の話。現実は、周囲の封鎖が完了し
ようとしていた。
それはさながら、軍隊蟻に飲み込まれた、一匹の虫の如く。
必死で抵抗したとしても、いずれは力尽き、死が訪れる。
何故こうなった? ガビルには理解出来ない。
必死に自軍を立て直そうと、声を上げ、周囲を鼓舞する。
しかし、ゴブリン達は既に恐慌状態へと陥り、リザードマン達へ
も不安が伝染しようとしている。
不味い。そう思い、撤退しようかとも考えるのだが・・・。逃げ
場が無い事も、理解出来るのだ。
出撃の際は統制が取れていた為、各集団が秩序正しく洞窟から出
てこれた。しかし、潰走し逃げ込もうとする場合、洞窟は手狭すぎ
た。
もし撤退の命令を出せば、我先にと逃げ出すゴブリンに洞窟の入
486
口は塞がれてしまうだろう。
そうなれば、退路を絶たれた上に統制の取れない状態の自分達は、
オークに殺されるのを待つだけとなってしまう。
あるいは、洞窟ではなく森へと逃げたとしても・・・オークの追
撃で各個撃破され、敗北するだけである。
撤退は出来ない。
ガビルには、それが良く理解出来ていた。
何故、勇敢だった父が、籠城のような消極的な戦法にこだわった
のか。今になって理解出来る。
自分が、いかに馬鹿だったのか。しかし、後悔しても遅い。
今、ガビルに出来る事。それは、味方を鼓舞し、少しでも不安を
和らげる事のみである。
﹁グワハハハ! お前達、不安そうな顔をするな! 我輩がついて
おるのだ! 豚共に負けるなど、有り得ぬ!!!﹂
そう、自分でも信じていない事を言って、味方を鼓舞するのだ。
彼等の命運は、尽きようとしていた・・・。
リザードマン
ああ・・・。
蜥蜴人族の首領は、溜息をついた。
オークロード
首領は後悔していた。
御伽噺としてでも、豚頭帝の恐怖を話して聞かせなかった事を。
いや、話していなかった訳では無いのだ。ただ、具体的に、その
恐怖の逸話を話さなかった事が悔やまれた。
もしかしたら、少しはガビルも警戒したかも知れなかったのに。
今更だ。首領は、溜息とともに、その考えを打ち捨てた。
彼にはまだ、すべき事があるのだ。
大広間に集められた、同胞達。皆、不安そうにしている。
487
大きな通路は4つ。退路は、一つ。
退路側から、オークが来る事は無いだろう。森の中にある小高い
丘と、直通の通路なのだ。この通路だけは、迷うことの無い様に、
自分達で掘ったものなのである。
なので、警戒すべきなのは、前方の4つの通路。
各岐路で、オークに攻撃を仕掛けていた部隊が、慎重に撤退しつ
つ集合し始めていた。
4つの通路の防衛は、現在1,500名程度。まだ集合しきれて
居ない部隊もいるのである。
オーク兵の数は多い。その物量で、直ぐにでもこの位置も発見さ
れるだろう。
そうなる前に、せめて残りの戦力を集中したい所なのだが・・・。
首領は、チラリッと、脱出用の通路を見る。
同胞の全てが集まっている為、大広間と言えども手狭であった。
もし、この集団が一斉に脱出しようとしても、間に合うとは到底
思えない。
今の内に、少しづつでも脱出させておくべきだろう。
どちらにせよ、混乱を招く事になる。それでも、少しでも全滅の
可能性は減らしておくべきだった。
だが森へ逃げたとしても、オークに発見されるのも時間の問題で
はあろう、とも思う。
それに、逃げおおせても、今後の生活が成り立つとも思えない。
そう考えるからこそ、逃げ出すという命令を出す事が出来ないで
いたのだ。
結局の所、時間を稼ぐしかないのだ。
来るかどうかも判らぬ、援軍をひたすら待つ為に。
首領の苦悩は、果てしなく続くかに思えた。
リザードマン
蜥蜴人族の親衛隊長は、森を駆ける。
488
オーラ
強大な妖気を感じ、その方面に向けてひたすら走っていた。
湿地帯では高い機動力を誇るものの、森の中ではそうはいかない。
息は切れ、動悸は激しく、彼の疲労はどんどんと蓄積されている。
それでも、彼は走るのを止めなかった。
彼の走りに、同胞の未来がかかっているのだから。
かれこれ、3時間。
拘束を振り切ってから、ひたすら走り続けている。気力で持たせ
ているが、いつ倒れてもおかしくない状態だった。
本当の所、彼にも理解出来ていた。
この先に、あのソウエイという魔物がいる保障など無い。
仮にいたとしても、助けてくれる保障も無い。
このまま逃げてしまった方が、良いのではないか?
そんな考えが、脳裏をよぎる。しかし、彼はその考えを良しとは
しない。
ガビルの暴走を止められなかったのは、自分である。そう思って
いる。
ガビルが、首領に認められたがっていた事を知っていたのだ。
だが、それを首領に告げる事は出来なかった。リザードマンの勇
士、ガビル。
彼もまた、ガビルを尊敬していた者の一人なのだから。
彼は、その責任を取る為にも、逃げ出す事など出来ないのだ。
止まったら、二度と走れなくなる。
だからこそ、彼はひたすら走り続けた。
そんな、彼を見つめる者がいた。
必死に走る彼には、気付く事など出来ない。
その者は、木の枝を伝い、音も無く親衛隊長を追跡する。
何者かと話しているのか? 相手は居ないというのに、声も出さ
ずに会話をしている様子。
ようやく会話を終えたのか、一つ頷いた。
489
そして、
﹁御意。仰せのままに、致します。﹂
声に出して呟くと、親衛隊長の前方に音も無く舞い降りる!
490
34話 開戦︵後書き︶
オークのターン!
今回も主人公の出番なし⋮、すいません。
今回まで、我慢してお付き合い下さい。
491
35話 戦闘準備
ソウエイを送り出し、残っているメンバーに戦の準備をするよう
に命令した。
しかし、全員で出陣する訳では無い。相手の能力も判明していな
いのだ、ここは早さ重視の構成でいきたい。
町の建設は順調なのだが、防衛施設などまだ出来てはいない。
その為、ここを攻められた場合は、移転を考えたほうが良い。そ
う判断した。
ならばどうするか? そういった事を考え、
﹁決戦は、湿地帯で行う。そこで勝てれば良し。もし、負けた場合、
状況次第では速やかに離脱しここまで撤退してくる。
そうなった場合、ここで戦っても勝てる目処が無いので、封印の
洞窟に立て篭もり、篭城を行う。
篭城し、人間に応援を依頼する。
ギルド経由で依頼すれば、多分なんとかなるから、皆はいつでも
ライダー
移動可能な様に準備を行って待っている事。
出陣する面子だが、
ベニマルを大将に、ゴブリン狼兵100で攻める。
シオンは遊撃に入る。
ハクロウは副官として、参加してくれ。
俺の﹃思念伝達﹄により皆をリンクし、随時指示する。
撤退などの判断は、総司令の俺が行う。
リグルは残りのゴブリン兵を統率し、町周辺の警備の強化を頼む。
以上だ!﹂
492
決定した方針を伝えた。
皆頷き、反対意見は出なかった。
ギルドへの依頼に対し、反対なり何らかの意見が出るかとも思っ
たのだが、思い過ごしだったようだ。
魔鋼
を売ればある程度の金は出来る。
この前、冒険者とも触れ合っていたし、忌避感は無いのかも知れ
ない。
ギルドへの依頼だが、
何より、このままでは人間にとっても脅威なのだ。
上手く話せば協力を取り付ける事は、可能だと踏んでいる。そこ
オークロード
は、心配しなくても大丈夫だろう。
それよりも、豚頭帝がどの程度ヤバイ奴なのか、調べるのが先決
なのだ。
ともかく、ゴブリン達の武具を揃えるのを優先させる。
カイジンに命じ、取り急ぎ100組の武具を用意して貰う。
ベニマルとハクロウ、そしてシオンにも武具が必要だろう。
ソウエイが返事を持って来る前に、準備を整えよう。もし、同盟
が流れた場合、ガビルがどう動くかそれ次第で撤退を決めるつもり
だ。
共同戦線が張れないのならば、先にリザードマンが相手に打撃を
与えるのを待つ方が得策だから。
そうした事柄の打ち合わせを終わらせ、解散する。
会議を終え、皆が部屋から出て行った。
部屋に残ったのは、鬼人3名と、俺だけである。
何か確認か? そう思ってベニマルを見ると、
﹁リムル様、心配しすぎじゃないですか?
わざわざ、リムル様が出なくても、俺とハクロウが出陣するだけ
で何とかなると思いますよ?﹂
493
﹁左様。リムル様は、我等の主。戦場に出ずとも、我等に任せて頂
いても宜しいかと。﹂
そんな事を言い出した。
いやいや、そういう訳にはいかないでしょ。大体君達、一回オー
クにやられてるじゃないか! そう思ったが、口には出さない。
進化前はノーカンとでも、思っていそうな感じだしな。
﹁まあ、いいだろ。俺は上空から、戦の様子を観察するつもりだし、
指揮そのものはベニマルに任せるよ。﹂
﹁なるほど、そういう事でしたら!﹂
そう言うと、納得してくれたようだ。
そもそも、軍の指揮なんてした事ない。シミュレーションゲーム
は遣り込んだけど、実戦なんて経験あるハズもないのだ。
そういう訳で、俺は上空から俯瞰し、指示を出すのに徹するつも
りなのである。
﹁それよりも、お前らも、装備を整えろよ。何も着けずに、戦に行
く気じゃないだろうな?﹂
俺の言葉に頷く3人。
という訳で、さっそく製作部屋がある建物に向かった。
製作部門の、拠点とも言える建物。
体育館のような大きさの、木造の建物である。その内、モルタル
等で壁の補強を行う予定なのだが、今は手が廻っていない。
それでも、建てられた建物の中では最大の部類なので、そこそこ
立派な感じである。
494
中に入ると、騒々しく何人もが作業を行っていた。俺の命令で、
100組の武具を用意しているのだろう。
とは言え、実際に造るのは、ドワーフのガルムとドルドの二人。
それに、弟子ゴブリンの10名である。
残りの者は、材料の運び込みや、完成品の運搬要員なのだろう。
中を進む。
最近、織物専用の部屋も用意してある。
そこはシュナ専用部屋となっており、他者は入れない。高等技術
ゴブリナ
すぎて、習得するのに時間がかかるのだ。
女性達も機織を習いたがったのだが、今はガルムの下で、麻布等
の衣服作成を行っている。
追々、腕の良い者から絹製品の取り扱いにも従事させる事になる
だろう。
防具の前に、まず衣服。
俺達は、シュナの部屋に到着した。声をかけ、中へ入る。
シュナは笑顔で、俺達を出迎えた。
いつの間にか、自分で織ったのであろう、見事な着物を着ている。
純白ではなく、薄紅色に染まっていて可愛い感じであった。
椅子から立ち上がり、
﹁お待ちしておりました。
妾も会議に参加したかったのですけど、お食事の世話くらいしか
お役に立てず、申し訳御座いません。
ですが、リムル様の服を用意いたしました。お兄様達の服も、つ
いでに。﹂
﹁ついでかよ⋮﹂
﹁ホッホッホ。仕方ないじゃろ。﹂
﹁まあ、シュナ様の絹織りは見事な腕前ですから。私の服もあるの
ですか?﹂
495
3人の返事などお構いなしに、
﹁これで御座います!﹂
そう言いつつ、衣を差し出して来た。
真っ白な、着物。
俺達が受け取ったのを見届けると、着替える為の部屋へと案内し
てくれた。
こどもバージョン
まず、俺が中に入り、着替える事にした。
子供形態に擬態すると、黒い毛皮の装備を纏った姿になる。
装備を外し、シュナから受け取った衣を身に纏った。
艶々とした手触り。極上の絹よりも、素晴らしい感触である。
ズボンは前に貰った物を着用している。衣服を身に纏うと、ピタ
マジックアイテム
リと、俺の体に適したサイズになった。
これもまた、魔法装備の一種なのだろう。
おとなバージョン
俺の魔素と混じりあい、身体の一部のようにしっくりくるのだ。
試しに、大人形態になってみたが、予想通り、服のサイズが自動
調整された。
完璧な仕事をしてくれたようだ。
衣服の上から、黒い毛皮の装備を装着すると完了である。
であった。
そうそう、俺は懐からあるモノを取り出した。
オーラ
抗魔の仮面
それは、一つの美しい仮面。
シズさんの忘れ形見の、
俺の身体からは、微小な魔素が妖気のように放出される事がある。
意識していれば防げるのだが、たまに無意識に出してしまう事が
あった。
だから、この仮面でそれを防ぐつもりなのだ。
一度壊れかけたのだが、ドルドに修理して貰ったのである。
仮面を装着した。不思議と、落ち着いた感じがする。
本来呼吸の必要も無い為、人形態での呼吸も必要は無いのだ。
496
肺を再現しようと思えば作れるのだが、肺呼吸する必要が無いの
に、作る必要が無い。
仮面を付けると、呼吸していない事を誤魔化す事も可能だと思っ
たのだ。
付け心地に違和感は無かった。
こどもバージョン
良し。今日から対外向けには、この格好で出向こう。
子供形態に戻りながら、俺はそう考えていた。
装備を着用し、外に出た。
一頻り、俺の事を褒めるシュナを尻目に、次々と着替える鬼人達。
この衣服。着用者の妖気を吸収し、同化する性質を持つ模様。
俺の服は、黒く変色し、漆黒の衣になっていた。
ベニマルは、真紅の衣。
ハクロウは、純白。
シオンは、当然、紫である。オレンジとかだったら、説明つかな
い。
マジックアイテム
多少破れたりしても、自己修復するようだし、魔力を込めると修
理可能な様子。
完全に、自分専用の魔法装備なのだ。
実に素晴らしい! 形状も、ある程度は思いのままに変化すると
聞き、驚いた。
着替えが不要な感じである。もっとも、これを買うとすれば、値
マジックアイテム
が付けられないかもしれない。
人間の町の魔法武具がどんな性能なのか知らないけれども、Aラ
ンク相当の能力者が製作した作品。
かなりの高値になりそうな気がしてならない。
これだと、能力の全てを製作に特化させたクロベエの造る武器も
とても期待出来そうだ。
俺達は礼を言い、ソウエイの衣服も受け取って、その場を後にし
た。
497
次に訪れたのが、クロベエの鍛治小屋であった。
最近、製作に打ち込んでいて、顔も会わせていなかった。
元気にしているのは知っているんだけど⋮、好きなことに打ち込
むと周りが見えないタイプなんだろう。
ここ数日、寝る間も惜しんで製作に打ち込んでいるらしい。
カイジンが会議の前に、話してくれたのだ。
小屋の前までくると、扉は開いていた。
カイジンの工房から持って来た、道具一式が設えられている。
魔鋼
もそれなりに渡してある。素材的には一通り
小屋の隣には倉庫が建てられて、持って来た素材が保管されてい
た。
俺の持つ、
揃っているのだが、鉄鉱石が心許ないのだ。
周囲の山の調査を行い、どこかで良質の鉱石が採取出来ないか、
調査を行う予定になっている。
建設関係が落ち着かないと、作業の手が足りないのが現状なのだ
けれど。
小屋の中からは、金属を叩く音が響き、熱気が漏れ出してきてい
た。
高温の炉があるのは、ここだけ。粘土を固めて高温で焼き、炉を
作成した。
﹃炎熱操作﹄で造ったのだが、案外上手くいった。この炉の使い
勝手を調べ、順次炉の数を増やす予定である。
予定は沢山あるのだが、なかなか手が廻らないのだ。
それはともかく、俺達が来た事に気付き、クロベエが出迎える。
満面の笑顔を浮かべて⋮
﹁お待ちしておりました! ぜひご覧に入れたいものが!﹂
498
自ら製作した品を自慢したい、そういう気配が濃厚であった。
2時間経過した。
俺達は、死んだように濁った目になり、説明を受けている。
もういいよ。わかったわかった。すごいよ!
何度も、言葉が喉下まで出掛かり、ぐっと我慢する。
クロベエの嬉しそうな顔を見て、言い出せないのだ。どうしたも
のか⋮、そう思い始めた時。
︵リムル様、今、宜しいですか?︶
思念で、俺に話しかける者がいた。ソウエイだ。
同盟の約束を取り付けに行かせたが、何かあったのか? まさか、
場所が判らないとか?
あれだけ格好よく出発して、スイマセン、場所が判らないのです
が、どこでしょう? なんぞと言われたら、温厚な俺も怒っちゃう
けど⋮。
少し心配になったが、勿論そういう用事では無かった。
問題ないと返答すると、
リザードマン
︵蜥蜴人族の首領と会えました。同盟の話、受けても良いそうです。
ただ、此方から出向く形にして欲しいとの事ですが⋮︶
なんだと! もう着いたそうだ。というか、早すぎじゃないか?
会議が終わって、まだ半日も経ってないんだけど⋮
︵問題ないだろ。どっちみち、湿地帯で決戦予定なんだし。という
か、もう着いたのか?︶
︵あ、はい。影移動で、湿地帯辺りまではスムーズに来れますので。
知っている人物の元へは、一瞬で移動可能です。
499
それはともかく、会談の日取りはいつ頃が宜しいですか?︶
それはともかく、って。滅茶苦茶凄い能力じゃねーか! どうな
ってんだ、影移動。
俺も使えるが、そんなに便利だっただろうか? まだまだ使いこ
なせていないという事か⋮。
ちょっとした、驚愕を受けてしまった。まあいい、
ライダー
︵そうだな、準備に時間がかかるだろうし、ゴブリン狼兵の移動に
は時間かかるだろうから、5日後で。︶
︵了解しました! では、そのように。︶
︵会談が終わったら、お前も一度戻って来い。分身にでも、見張ら
せておいてくれ!︶
︵御意!︶
ライダー
スムーズに会談まで漕ぎ着けたらしい。何という、有能な男。
ここから、湿地帯まで、結構離れているように思う。
徒歩で進軍するなら、2週間はかかるだろうけど、ゴブリン狼兵
なら3日もかかるまい。
ガビルとかいうリザードマンは、移動用の大きな魔物に乗ってい
た。
あいつらが、戻るのより早く合流するのは不味いだろう。
背後を討たれる可能性があるのだ、様子を窺い、主導権を握るの
は此方であるべきだ。
そんな事を考えつつ、いつ終わるかも知れない説明を聞き流して
いた。
﹁遅くなりました。﹂
背後の影から、ソウエイが出現した。
500
まさに、忍びの者。
ソウエイに衣服を渡し、着替えてくるように言った。
ソウエイの出現で、自分の世界から帰ってきたクロベエ。
オホン! と咳払いし、いくつか刀を取り出した。
やっと、本題に入れる。
取り出した刀は、6本。
シンプルな、直刀。
流麗な、太刀。
仕込み杖になっている、刀。
大柄で重厚な、大太刀。
そして、二本の忍者刀。
自信満々と言った顔で、それを並べて置いた。
そして、言う。
﹁リムル様には、この直刀を。これは、まだ基礎でして、完成では
ありません。
リムル様のお考えになった、魔石を武器に組み込む刀。それを目
指すつもりです。
カイジン殿と共同で研究を行っておりますゆえ、今しばらくお待
ち下さい!
それまでの間、この刀はリムル様に馴染ませておいて頂ければ。﹂
そう言いつつ、直刀を渡して来た。
成る程、研究は進めるつもりなのだね? ワクワクしてきた。
言ってみるものである。
﹁わかった。﹂
俺は頷くと、刀を胃袋に飲み込み、収納する。馴染ませるなら、
体内の方が良いのだ。
501
クロベエは一つ頷くと、一本の刀を取り出し渡して来た。
﹁これは、試作品で試しうちした物です。代用品として、お使い下
され。﹂
有難く使わせてもらう。
最近、ハクロウに鍛えてもらい、剣術を習っているのだ。
一本持っておきたいと思っていた。受け取った刀を腰に差す。
何となく強くなった気になるから不思議だ。
各々、刀を受け取っている。
ベニマルは太刀。ハクロウは仕込み刀。
シオンが大太刀である。
どうやって抜くのか? という程大きな刀なのだが、
﹁大丈夫です。鞘は魔力で覆っているだけなので、念じれば消えま
す。﹂
との事だった。
普通の人間には、持ち上げる事も出来ない重さらしく、カイジン
にも造る事は出来ないそうだ。
ドワーフもなかなか怪力なのだが、両手でしか持ち上がらなかっ
たそうだ。
シオンは苦も無く片手で持てるようだったけど。
ソウエイも服を着て合流し、忍者刀二本を受け取っていた。二刀
流なのか⋮。
何だか、様になる男だ。
フルプレートメイル
武器を受け取った俺達の前に、ガルムがやって来た。
鬼人達の鎧が、出来たそうだ。
鉄鉱石が無い現状、鉄が希少である。その為、全身鎧等は用意出
来ない。
502
スケイルメイル
魔物の素材で作った、甲殻鱗鎧だった。
魔鋼
前に、冒険者のカバルに渡した物の完成品であった。
これも、着用者の妖気に馴染むらしい。俺の渡した
ダークレザーガード
んだんに使用され、強度は試作品の比では無いらしい。
俺には、黒毛皮鎧があるから、必要無い。
ライダー
こうして、装備は整った。
翌日。
ゴブリン狼兵も準備を整え終わったようだ。
一週間分の兵糧を背負い、整列し、俺達を待っている。
もふ
今回は、短期決戦。行きと帰りの食料しか持って行かない。兵粘
部隊等用意すれば、移動が遅くなる。
機動力が全てであり、ダメなら逃げ帰るのだ。
各自、自分の分の食料しか持っていないが、それで十分だろう。
準備に二日はかかると思ったが、前々から出来上がり次第支給さ
れていたらしく、早く済んだ。
5日と言ったが、早く着いて周囲の状況を調べておくのもいいだ
ろう。
オークロード
﹁敵は、豚頭帝! では、出陣!﹂
とても簡潔に、俺は宣言した。
今回は、気負っても仕方ないのだ。流れを見極め行動する。
目的は、わかり易い方が良いのである。
俺の宣言に、皆、鬨の声を上げる事で応えた。
割れんばかりの大音声が、周囲を埋め尽くす。
ライダー
ゴブリン達は、一度、牙狼との決戦を耐え抜いた者達がメインで
ある。
新米も何人かはいるが、ゴブリン狼兵として、嵐牙狼を相棒とし
て与えられるのはエリートなのだ。
503
皆、士気が高かった。
そういう、皆の気迫を受けて、俺の中の不安は払拭される。
今回も、勝てる。
楽観し過ぎるのは良くない。だが、負けると思いながら戦う必要
も無いだろう。
俺達は、決戦の場である湿地帯へと向けて、出陣した。
504
35話 戦闘準備︵後書き︶
準備に一話かかってしまった。
話が動き出す直前で、あまり動かなかったです。
でも、一応主人公のターン!
505
36話 参戦
出発して3日経過した。
森を抜けたら湿地帯という所まで、来る事が出来た。
途中で水の補給する場所が無かったので、俺の胃袋から水を出し
て水筒に補給してやったのだが、皆力が漲ってきたとか言っていた。
考えてみれば、魔素を濃厚に含んでいるので、その影響かも知れ
ない。
荷物を最小限にし、速度重視で移動して来たのだ。
そのおかげで、予想よりも大分早く着く事が出来たのだと言える。
リザードマン
このまま進むより、一旦状況の確認を行いたい。
蜥蜴人族の首領との会談予定日は明日である。ここまでくると、
慌てる事も無い。
という事で、皆に待機を命じる。ここで陣を張り、休息するよう
に場所を確保させた。
さて、偵察するとなると・・・
﹁リムル様、自分が見て参ります。﹂
すかさず、ソウエイが発言した。
彼だけは鎧を着用していない。代わりに、俺の鋼糸で編みこんだ
鎖帷子を着用している。
身軽なのは間違いない。
彼曰く、当たらないから必要ない! だと。イケメンが言うと、
キザを通り越して清々しかった。
そうか、としか返答しようもないのだ。
今回も自信たっぷりな彼に任せよう。
506
﹁よし、ではソウエイ。行って、周辺の状況を確認して来てくれ。
可能なら、ブタの親玉の能力がどんなものか判ると尚良し!﹂
そう言って、彼を送り出した。
きっと、その高すぎる調査能力で色々掴んで来てくれるだろう。
﹁リムル様、今回俺達は好きに暴れても構わないか?﹂
ベニマルが問いかけてきた。
ぶっちゃけ、状況が判らないだけに答えようもない。なので、
﹁ん? 構わないけど、撤退の合図出したらちゃんと退けよ?﹂
と言っておいた。
ベニマルは不敵な笑顔を浮かべ、
﹁その合図、必要ないと思うぜ? どうせ出すなら、殲滅しろ! だろ?﹂
などと、自信満々である。お前もか! そう思った。
いい男だと、こういう自信満々な態度が様になる。勝てればね・・
・。
これだけ格好つけて、いざ負けました! とか、恥ずかしくて堪
らないと思うのだが。
コイツ等には、そう言った心配は無いのだろうか?
まあいい。
﹁油断は、するなよ?﹂
507
そう言って、肩を竦めて話を打ち切る。
シオンなんて、自分の刀をうっとり眺めて、もうすぐ好きなだけ
暴れさせてあげる! 的な笑顔を浮かべている。
ドジっ子属性が無ければ、クールなシオン。
その彼女が、刀を眺めてウットリしていると、とても危険な絵面
になっていた。
見なかった事にしよう。俺の精神衛生上、その方が良いだろう。
ハクロウは流石に、普段通り落ち着いている。
明鏡止水とでも言おうか、流石は熟練者と言った貫禄であった。
もっとも、
﹁歯ごたえのある相手はおらんじゃろうな・・・﹂
ボソッと呟いたのを、俺の耳は聞き逃さなかった。
本当に、この鬼人共は自信過剰過ぎやしないだろうか?
一度負けた相手に挑むのだ、それなりに警戒心を持つ必要がある
と思うのだが。
俺はそんな心配をしつつ、溜息をついた。
しかし・・・。俺のそうした心配は、全くの杞憂であった事が、
この直後に証明される事となる。
2時間後。
︵今、宜しいですか?︶
陣を確保し、休息している俺に念話が届いた。
︵なんだ? もう何か掴めたのか?︶
︵いえ、リザードマンが一匹、此方に向けて走って来ております︶
508
︵何? 何かあったのか判るか?︶
︵はい。分身体の話では、湿地帯にて既に戦が始まっている様子。
先走るなと念を押したのですが⋮︶
︵ああ、ガビルとか言うリザードマンが先走ったんじゃないか? あいつも無駄に自信ありげだったし⋮︶
︵その可能性が高いかと。して、このリザードマンは如何致しまし
ょう?︶
ふーむ。戦が始まってたか。だが、まだ局面が動く程では無いの
か?
むしろ、タイミング的には絶妙な状況に間に合ったのかも知れな
い。上空から、戦局の確認をすべきだろう。
さて、リザードマンだが・・・
︵話を聞いてみろ。戦が首領の判断では無かったとしても、どちら
にせよ、真意を確認する必要がある。︶
︵御意!︶
念話を打ち切った。
そうか、始まっていたか。せっかく休憩して状況調査をと思った
が、そんな暇はないらしい。
俺は皆に、
﹁聞け! 休憩は終わりだ。戦が始まっているらしい。
俺は今より、上空より指示を出す!
お前達は、俺の指示に合わせ、速やかに参戦出来るように構えて
おくように!﹂
俺の言葉に、皆顔を引き締めた。
509
﹁了解。では、ご武運を!﹂
シオンが返答し、ベニマルも目で頷きかけてきた。
ハクロウは普段通り。
俺は背中から翼を出す。翼に併せて服に穴が開き、翼が出たら、
また閉じる。
自分の意思で、服と防具の構造を多少なら弄れる。とても便利で
あった。
﹁命令だ。死にそうな行為は慎め! この戦は、決戦では無い。間
違えるなよ!﹂
俺の言葉に、
﹁﹁﹁オオオオォォォォォォ!!!﹂﹂﹂
という鬨の声で返答を返してくる。
頷くと、俺は空へと舞い上がる。
上空より俯瞰し、戦況を眺める。
肉眼では見分けつかなくとも、﹃魔力感知﹄の応用を使えば、ハ
ッキリと視認出来た。
まるで、高高度から衛星による監視を行っているかの様である。
状況は、リザードマンにとって分が悪い。
明らかに、囲まれてしまって身動き取れない状況に陥っている。
何とか保っているのは、指揮官の必死の鼓舞による影響であろう。
それも、何時まで持つか判らない状況だった。
あの指揮官は、見覚えがある。ガビルだ。単なる馬鹿かと思って
510
いたのだが、ヤツを見縊っていたようだ。
指揮官としては、大局を見る目が備わっていないのが致命的では
ある。
しかし、若く経験も乏しい状況で、全てを見通す目を持つ事など
誰にでも出来る事では無いのだ。
古今東西、全ての指揮官が優れている訳では無い。
もし、今回ヤツが生き延びてその事を学べたならば、優秀な指揮
官になる可能性もあるのだ。
死なせるのは惜しい。ふと、そう思った。
俺は命令を下す。
︵ベニマル、俺の思念と連携しろ。先ず、リザードマン達が窮地だ。
助け出せ!
その後は、お前の好きにしろ。細かい指揮はハクロウに任せても
良い︶
俺の思念に、嬉しそうな返答。
︵了解! 先にランガを向かわせてもいいよな?︶
︵任せる!︶
そして、戦況は動き出す。
しかしこうして考えて見ると、飛行により両軍の動きを俯瞰で把
握出来るのって、圧倒的に優位だわ。
尚且つ、俯瞰して得た情報を﹃思念伝達﹄により、各兵士に伝達
可能とか・・・
近代戦の情報化戦術を、ファンタジー世界で実現するようなもの
か。
本来の軍隊同士と異なり、伝達出来る情報量が圧倒的に違う。こ
れなら、少数で上手く立ち回るのも可能だろう。
511
というより、少数をこの上なく上手く動かすのに適しているのか。
そんな事を考えていると、
︵リムル様、どうやら裏が取れました。首領の息子、ガビルが謀反
を起こした模様です。
尚、首領達は地下の大広間に閉じ込められている様子。
そこへもオーク共の侵攻があり、戦力的に不安があるようです︶
なるほど、息子だったのか。しかし、首領に何かあっても具合が
悪い。
ふと思いつき、
︵ソウエイ、お前首領の元へ影移動出来るのか?︶
問うてみた。一度会っていれば出来るとか言っていたが・・・
︵可能です。向かいましょうか?︶
︵任せる。首領達に協力し、洞窟内部のオーク共を好き勝手させる
な!︶
︵御意! ・・・・・・少々宜しいですか?︶
影移動、この戦が落ち着いたら練習しよう。そう思っていた俺に、
ソウエイが話しかける。
用事があった様子。
︵なんだ? 何かあったか?︶
︵は! 分身体からの報告に、怪しい魔物が湿地帯の四方に存在す
る様子・・・
そこそこの魔力を持つ、上位個体であるとの事です。如何致しま
しょう?︶
512
なんだと?
罠か何かだろうか? だとしても、どう言った罠かも判らないな。
︵何体居るか判るか?︶
︵は! 現在確認出来ているのは、4体です。恐らく、4体のみだ
と思われます。
他に怪しい気配は感じておりません︶
︵なるほど・・・。始末出来そうか?︶
︵同時にとなると、自分の分身で2体しか・・・。時間をかけても
よければ、全て始末可能です!︶
そうか。本当に優秀なヤツ。
なんとなく、同時に始末した方が良い気がするな・・・。一体何
者なのか、不明だが。
しかし、殺すのも不味いか? 明確に敵かどうかも判らないのだ
し・・・。
︵2体同時に、殺さず無力化は可能か?︶
︵問題ありません。可能です︶
︵では、位置情報を送ってくれ。シオンとハクロウに向かって貰う︶
︵では、此方で連絡を行い、同時に無力化致します︶
︵頼む︶
俺は、シオンとハクロウにもこの事を伝えた。
なるべく殺さず、意識を奪うように! と厳命する。
何者か知らないが、上位の魔物など知り合いは居ない。
四方にいるのなら、罠か偵察。俺達に気付いている様子も無く、
リザードマン側にはその余力は無い。
既に偵察を行っている場合では無いのだし・・・。では、オーク
513
軍?
それにも疑問が残るのだ。意味が無い様な気がする。
第三者? ふと、そう思った。
俺達のように、状況を確認している存在がいるのかも知れない、
と。
まあ、上手く捕らえる事が出来たら、聞いてみよう。口を割るか
どうか判らないが、その時考えればいい。
魔物という時点で人間側とは考えにくいし、嫌な予感しかしない。
考えても仕方ないので、その問題は後回しである。
指示を出し終え、戦況を確認する。
リザードマンサイドが押され始めていた。
そんなに長くは持たないだろう。この様子では、首領のいる洞窟
内部も追い詰められているかも知れない。
ソウエイは分身を放ったようだが、そんな事をして本体は大丈夫
なのだろうか?
そんな心配も頭を過ぎったが、今更である。
俺は命令を出し、彼等はそれを引き受けた。
出来もしない事を引き受ける奴は無能である。
かつて、会社で新人だった頃、当時の所長に怒られたものだ。自
分に出来ない量の仕事を請け負うな! と。
請け負った者が仕事をこなさずに滞ると、全員が迷惑するのであ
る。
それ以来、俺は無茶である無し関係なく、出来る事しか請け負わ
ないよう心掛けて来たのだ。
今回は、あいつ等の能力が把握出来ていない。俺の割り振った仕
事が無茶であるかどうか、判断出来ないのだ。
彼等が無能では無い事を祈る。そして、俺が無能な主という謗り
を受ける事が無いように。
今は、状況を確認しようと思う。
もし、どこかで苦戦したとしても、直ぐに手助けに入れるように。
514
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、と。
念話を終え、ソウエイは薄く笑みを浮かべた。
自らが、主の役に立てている事を実感して。
ソウエイにとって、ベニマルは主君の息子ではあっても、主では
無かった。
同年代であり、ライバル。いつかは、その配下になると考えては
いたが、結局その時は訪れなかった。
オーガ
代わりに、リムルという主を得たのだ。
自分は幸運であると思う。
戦乱など無い平和が続いていた。大鬼族という強者に対し、森の
レッサードラゴン
魔物は相手として不足であった。
最近では、下位竜が暴れるといった事も起きていない。
その事自体は良い事であると思う。しかし、自らが鍛えた技術を
使ってみたいというのも、偽らざる本音であった。
そんな中、オークの軍勢に襲われた。
何も出来なかった自分。このまま、主君の仇を討つこと無く、滅
びるものと思われたのに⋮。
自分は幸運である。
新たな主君の下で、かつての主君の仇を討つ機会を与えられた。
515
ワザ
慢心による油断。今の自分にそれは無い。
主の為に技術を磨き、その敵を排除するのだ。
命令される事こそ、至上の快楽。
ソウエイは冷静に、自らの分身を2体作り出す。
そして、
︵遠方の2体は俺が捕らえる。ハクロウ、シオンはそれぞれ、南と
西を頼む︶
念話にて確認を行い、了承の返事を受ける。
それぞれの分身を、北と東に放った。
そして自らは、影に沈みこみ消える。リザードマンの首領と合流
する為に。
上位の魔物とは言え、今のソウエイの敵では無い。
彼はその事を十分に把握していたのだ。
ソウエイとの念話を終え、ハクロウとシオンは顔を見合わせた。
どちらからともなく頷きあうと、
﹁じゃあ、私は西ね。﹂
﹁良かろう。わしが南に行こう。﹂
軽く打ち合わせ、散開した。
その場から消えたように見える程の速度で、駆ける。
その様子を横目に、
﹁俺達もいくぞ!﹂
ベニマル率いる本隊も動き出した。
516
風のように音も無く、速やかに疾走する嵐牙狼達。
それを駆るゴブリン達にも気負いは無い。
速やかに、リムルの命に従い動く。その事に喜びを感じ、血が滾
るのを感じていた。
お前達も同じか⋮
オーガ
ベニマルは思う。自分は気ままな性格であると承知していた。
だからこそ、大鬼族の里長を継ぐ事に躊躇いを覚えていたのだ。
今となっては、どちらにしろ叶わぬ事であるけれども。
故に、今の自分の立場は気に入っていた。リムルを主とし、仕え
るのだ。
一人の武将として、自分の思いのままに暴れられるように。
里長ともなれば、自ら死地に立つ等許されなかった。しかし、今
は違う。
思う存分に活躍出来る。
ベニマルは疾走する。
血の滾りを抑えられるのも、もう後僅かであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ソウエイ、ハクロウ、シオンは、各々が四方に配置した事を確認
し合う。
気配を殺し、隠形にて姿を眩ましている。
517
そんな彼等の前に、それぞれの怪しげな魔物が見えている。
念話で確認しあい、お互いの意見が一致した事を悟る。
この魔物は、偵察型に特化された上位魔族の使い魔である! と。
ソウエイは二人に念の為に、
︵ここは、自分がリムル様に報告させて頂く︶
そう告げた。
勝手に3人から報告されるのも困るだろうから。
二人も渋々と納得する。念話が一番得意なのが、ソウエイなのだ。
不器用なシオンなど、受ける専門であった。密かに練習しようと
心に誓うシオン。
二人の了承を得て、
︵リムル様、魔物の確認が取れました。
偵察型に特化された上位魔族の使い魔であるようですが、捕獲し
ますか?
自分の考えでは、殺した方がバレる事も無く、後腐れないと思い
ます!︶
リムルに、念を送った。
任せる! との返事を得る。
二人に念で合図を合わせ、4体同時に殺す事を確認した。
合図はハクロウが行う事になった。
ハクロウが合図を送ると同時に、
剣閃が煌き、ハクロウの前で魔物が微塵切りにされて消滅した。
影に吸い込まれるように、地面に吸い込まれ⋮いや、押し潰され
て消失する二体の魔物。ソウエイの仕業だ。
518
そして、一条の閃光の後、轟く轟音。シオンの仕業だ。跡形も無
く消し飛ばされる魔物⋮。
全てが、1秒の狂いも無く同時に起きた出来事であった。
シオンが力任せに放った剛剣の衝撃波は、魔物を消し飛ばした後
も勢いを弱める事無く突き進む。
そのままの勢いで、湿地帯の外周部にひしめいていた、オーク兵
をも薙ぎ倒していった。
そしてこの一撃こそが、リムル達の参戦の狼煙となったのである。
519
36話 参戦︵後書き︶
今回、またしても活躍させる事が出来なかった。
書く量が少ないのが原因か、無駄な話が多いのか⋮
明日こそ、主人公サイドの活躍が本格化する⋮といいな。
520
37話 激突−ベニマル&ランガ
ガビルは、絶望的な戦いを続けていた。
戦局は大きく傾いている。
疲れる事が無いかの如く、休む事なく攻め続けて来るオーク兵。
それに対し、包囲の中から抜け出す事も出来ずに削られていく、
ゴブリンとリザードマンの連合軍。
体勢を建て直し、一度包囲網を突っ切る必要があるのだが、それ
では機動力の劣るゴブリン達を見捨てる事になる。
それだけでは無く、傷つき疲労困憊となったリザードマン達も何
人付いてこられるのか・・・。
撤退しても先は無いのだが、事ここに至っては少しでも生存者を
残す事を考えるべきであった。
普通なら、勝利が確定した時点で戦闘行為が終わるのだ。だが、
オーク兵は自分達を根絶やしにするつもりであるらしい。
降伏勧告も何も無い。ただひたすら、殺し喰らう。
それは恐怖を呼び起こす。気力の弱い末端から戦意を失い、自陣
が崩壊しそうになっていた。
元より弱者であるゴブリン達など、最早戦力として期待出来はし
ない。
総崩れになり逃げ惑うが、オーク兵はそれを許さない。逃げたゴ
ブリンを追い詰め、殺し、喰らっていった。
ゴブリン達の部隊は、1,000匹も残存していないだろう。最
早、壊滅状態というのも生ぬるい・・・。
リザードマン戦士団も人事では無い。当初、8,000名だった
のに、今では6,000名にも満たないであろう。
徐々に周囲が削られて、組織的に行動する事が困難となりつつあ
った。
521
フルプレート
それでも鼓舞を続ける。そして、少しずつオーク兵の囲いを突破
しようと試みていた。
だが・・・
突如、黒塗りの鎧を纏ったオーク兵の一団が動き出した。
メイル
通常のオーク兵とは異なる、統率の取れた集団。一人一人が全身
鎧を纏っているのだ。
通常のオーク兵と基本的な強さは同等であろう。しかし、完全に
オーラ
軍として統制が取れている上、装備の性能が段違いである。
しかも、それを統率する一匹のオーク。他を圧倒する妖気を纏い、
オークジェネラル
強さが桁違いであると見て取れた。
豚頭将。
オークナイツ
B+
ランクに相
個体でも一軍に相当する戦力を有する、オーク兵の将軍。そして
率いる兵は2,500匹の豚頭騎兵団。
オークジェネラル
5体いる、豚頭将の内の一体。その能力は、
オークロード
当する。
豚頭帝率いる最高戦力の1/4部隊が動いたのだ。
終わった。
それは、ガビルの目には決定的な戦力であった。
脱出など不可能。こうなった以上、潔く討ち死にする他無いのか・
・・
せめて、武人として死にたい。そう思い、
スケイルメイル
﹁グワハハハハ! 臆病な豚共の将よ! 我輩と一騎討ちする勇気
はあるか!!!﹂
大音声で問いかけた。
フルプレートメイル
勝てる相手では無さそうだ。自分の鱗鎧は既にボロボロ。
それに対し、相手の全身鎧は魔法までかかっている様子である。
この申し出を受けて貰えたら、せめて華々しく武人として死ねる。
上手くいけば相手の将軍一人を道連れに出来るだろう、そう思った。
522
﹁グググ。よかろう。相手をしてやろう!﹂
オークジェネラル
そう答え、馬から降りて歩いて来る豚頭将。
周囲は、その雰囲気に飲まれて徐々静寂に包まれる。外周では戦
闘が継続していたが、不思議とその音は聞こえて来ない。
ガビルは、自らの集中力が嘗てなく高まっているのを感じていた。
﹁感謝する!﹂
マジックウェポン
後は無言で、双方対峙した。
魔法武器:水渦槍を構えて、隙を伺う。
﹁来い!﹂
オークジェネラル
豚頭将が吠えた。同時に、
トルネードクラッシュ
﹁喰らえぃ!!! 渦槍水流撃!!!﹂
マジックウェポン
全力で最高の技を繰り出した。自らの槍術に加え、魔法武器の魔
力を上乗せした必殺の一撃。
ガビルの今出せる最強攻撃である。なのだが、
カオスイーター
﹁混沌喰!!!﹂
オークジェネラル
オーラ
豚頭将が持つ槍を前方で回転させ、渦の威力はかき消された。
オーラ
それだけではなく、回転の速度が上がり妖気を放出し始める。禍
々しい黄色い妖気が、実体化してガビルに襲いかかった。
オーラ
自らを喰おうとしている! 直感で転げるように逃げるガビル。
だが、妖気はガビルを追い詰めて・・・
523
﹁グググガ! 所詮トカゲよ。地を転げ回るのが、お似合いだ!﹂
オークジェネラル
ガビルを嘲笑する豚頭将。
オークジェネラル
ガビルは諦めない。せめて、せめて一太刀・・・。
オーラ
土を掴み、豚頭将に向けて放つ。卑怯と謗られようと、せめて一
太刀浴びせるのだ!
だが、その攻撃も虚しく黄色い妖気に喰われて消える。
オーラ
ガビルに向けて、槍の一撃が向けられるのを感じ取れた。
黄色い妖気を躱すのに必死のガビルに、その一撃を躱す余裕は無
い。
これまでか・・・。
ガビルがそう思い、目を閉じた時だった。
突如、轟音が轟いた。
オークジェネラル
それまで静止していた音が、急に動き出したかの如く。
その音に気を取られたのか、豚頭将の槍の一撃がガビルを掠めて
致命傷に到らなかった。
一体何が?
ガビルは、戦闘中であるにも関わらず混乱した。この時、既に状
況は動き始めていたのだ。
事態は、ガビルの思いなど関係なく急展開を見せる事になる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
524
シオンの一撃がオーク兵をなぎ倒す。
これを合図に、戦闘が開始された。
ベニマルは、後方から放たれた斬撃の凄まじさに驚く事は無かっ
た。
ただ一言、
﹁何やってんの・・・、あのバカ・・・・・・﹂
そう呟いただけである。
ライダー
指揮官に動揺が無い事に安心したのかどうか不明だが、ゴブリン
狼兵達にも動揺は無かった。
最初の一撃を持って行かれてしまった悔しさはある。しかしまあ、
今から暴れられるのだ。我慢出来るというものであった。
疾走する勢いそのままに、オーク兵の集団に突っ込んでいく。
ライダー
正体不明の攻撃に混乱しつつも警戒していたオーク兵であったが、
ライダー
ゴブリン狼兵達の突撃速度に対応する事は出来ず打撃を受ける事と
なった。
脆い。
それがベニマルの感想である。
自らが活躍するまでもなく、ゴブリン狼兵達の突撃力で十分であ
った。
これは面白くない。そう思い、
﹁全体止まれ!﹂
命令を下す。
せっかくの勢いを手放すなど、普通は考えられない事態である。
525
ライダー
速度に特化した部隊が自らその優位性を手放す必要がどこにあると
いうのか・・・。
だが、ゴブリン狼兵達は疑う事もなく、言われるがままに停止し
た。
﹁ランガ、ガビルとかいうリザードマンの所まで影移動出来るか?﹂
ベニマルは問う。ソウエイの影移動と、ランガの術。同系統なら
ば可能なのだろうか? 知らなかったので訊ねてみたのだ。
﹁可能だ。﹂
簡潔な返事。
﹁よし! お前、先に行って守ってやってくれ。俺は歩いて追いつ
くから!﹂
不思議な事を言い出した。ここは戦場であり、周囲にはオーク兵。
ガビル達はオーク兵の包囲の中におり、少数で囲いを突破するの
は至難なハズ。
それを、速度に乗って突破するでもなく歩いていくという。通常
の戦では考えられない・・・のだが。
﹁了解した。ゆっくり歩いてくると良い、先に行く!﹂
そう告げて、ランガは影に沈む。
ベニマルは地面に降り立ち、軽く準備運動をした。
その様子を戸惑いながら眺めるオーク兵。攻撃していいものか、
判断に迷ったのだ。
その様子を尻目に、ゴブリン達は堂々たるものである。
526
中には、
﹁あれ? 何で止まってるっすか? 走っていったら不味いんすか?
まさか、降りろとか言わないっすよね? 歩くのダリーんすけど
!?﹂
などと言っている者が約1名いたようだが、無視された。
﹁よーし、お前ら。俺の前に立ってる豚共、お前らそこどけ。そし
たら見逃してやる!﹂
準備運動を終えたのか、ベニマルが前方のオーク兵に声を掛けた。
これでその場を退くオーク兵は居ない。
﹁フザケルな! 我々を舐めると・・・﹂
﹁じゃあ、死ね!﹂
おもむろ
退く気が無い事を確認したベニマルは、徐に右手を前方に突き出
した。
その右手より、黒い炎の球が生み出される。
黒炎球は直径1m程度のサイズに膨張すると、前方へ向けて加速
を始めた。
危険を察知し、逃げ惑うオーク兵。しかし、既に遅いのだ。
膨張しながら加速し続ける黒炎球。その速度は時速600km程
度だが、オーク兵の逃げられる速度では無い。
触れた者は一瞬で燃え上がり、灰も残らない。
しかし、黒炎球の恐ろしさはその程度では無かった。
エネルギー
ドーム
そのまま前方のオーク兵の密集地点に到達し、黒炎球は内包する
魔力を解放する。
黒炎球の到達地点を中心に半径100m程の範囲を黒い半球形が
527
覆った。
瞬間、豪! という音が響く。
ドーム
それ程大きな音では無いにも関わらず、聴く者の背筋を凍りつか
ヘルフレア
せるような寒気を与える音。
広範囲焼滅攻撃・・・﹃黒炎獄﹄
ベニマルの獲得したスキル。黒い半球形は数秒程で消え去ったが、
後には焼けた地面が残るのみ。
湿地帯であったハズだが、表面はガラス状に焼け爛れている。
ドーム
その恐るべき高温が想像出来るというものであった。
当然の事ながら、半球形に囚われたオーク兵2,000∼5,0
00程は、何が起きたか理解する事も無く焼滅した。
ベニマルが黒炎球を放ってから、1分以内の出来事である。
ベニマルは邪悪な笑みを見せ、
﹁道を開けろ、豚共!﹂
再度、告げた。
ウエルモノ
オーク兵達は恐慌状態になった。
ユニークスキル﹃飢餓者﹄の影響下にあるオーク達ならば、ある
程度の恐怖は塗りつぶされているのだ。
しかし、今回の攻撃は根源の恐怖を呼び起こすのに十分であった。
自分達では、いかなる手段を用いても耐える事が出来ないであろ
う攻撃。
見た事も無い、高出力の威力。魔法でもあそこまでの威力を出せ
るのは、高位の禁術のみであろう。
そんな攻撃に対抗手段などあるはずも無く、死体を喰って耐性を
得るにも、その死体すら一瞬で燃え尽きて灰すら残らない。
自分達には及びもつかぬ、上位の魔族。その出現に恐怖したのだ。
恐慌状態になったオーク兵は、潰走を始める。
最早、統制を維持するのは困難な状況になりつつあった。
528
その様子を尻目に、ベニマルは歩き出す。
彼にとっては、目の前のオーク兵は障害に為りえないのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
死を覚悟したガビルであったが、脇腹に生じた痛みはあるがその
後の追撃が来ない。
様子がおかしいと思い、恐る恐る目を開けた。
目に飛び込んで来たのは、黒い狼。
どこかで見た覚えがある⋮。そうだ! 牙狼族の族長の影武者!
﹁お、おお! 影武者殿か、助太刀してくれたのか?﹂
思わず声に出し、問いかけていた。
何が起きているのか、周囲の様子を見る余裕などガビルには無い。
ガビルは慌てて周囲を見回す。
遠くの方で大きなざわめきが起きており、何かが起きているらし
い。
そんなガビルに対し、
﹁我は牙狼でもないし、まして影武者でもないぞ。﹂
529
オークジェネラル
腹の底まで響くような低音の声で、話しかけるランガ。
そしてガビルに興味を無くしたのか、豚頭将を見やる。
オークジェネラル
見つめ合う両者。
豚頭将にも混乱はあった。突然何処からともなく出現した、上位
の魔物。
見るからに強力そうな力を感じる。
オークジェネラル
だがそれよりも、さらに気になる事がある。魔物の出現の直後に、
前方で大きな魔力の放出を感じた事だ。
何か、良くない事が起きている。そう感じる、豚頭将。
そんな空気を読む事なく、
﹁なんと! では、牙狼族で無いなら⋮、もしや黒狼族の族長殿で
すかな?﹂
ガビルが驚きの声を上げた。
そんなガビルに呆れ、同時に大物かも知れないと思う。ランガは
溜息とともに、
しもべ
﹁暫く黙っていろ。我はランガ! リムル様の忠実なる下僕である
!!!﹂
そう宣言した。続けて、
﹁オーク共、退くなら追わぬが、歯向かうならば容赦せん!﹂
オーク達に吼えた。
オークジェネラル
ウエルモノ
オーク兵はその咆哮に震えたが、恐怖を感じる事は無い。
豚頭将が傍におり、ユニークスキル﹃飢餓者﹄の影響がより強化
されている。
530
﹁グググガ! 小賢しい! 畜生の分際で、我等に牙を向けるか!
!!﹂
オークジェネラル
豚頭将は受けてたった。
オークジェネラル
両者同時に戦闘態勢に入る。
豚頭将の指揮に併せ、オーク兵達が素早く包囲陣を組む。
獣相手に、一騎討ち等するつもりは無い、そういう意図である。
ランガは嗤う。
久しぶりに感じる高揚感。自らの、狩猟魔獣としての本能を解き
放つ。
ウォーーーーーーーーーーーン!!!
オーラ
力の限りの咆哮を放ち、自らの妖気を開放した。
敬愛する主君であるリムルの影に潜み、その妖気を浴び続けて、
イメージし続けたのは一体の魔物。
この姿を目指せ! そう、言われてよりずっと、イメージし続け
て来た。
今こそ、ランガの本能は目覚める時を迎えた事を悟る。
力が湧き出て来るのを感じる。
筋肉が盛り上がり、爪が強化され、牙が鋭く強固なものへと変質
する。 テンペストスターウルフ
特徴的なのは、その額に生じた二本の角⋮。
その姿は、かつて見た主の姿。そこには、黒嵐星狼へと進化した
ランガがいた。
オークジェネラル
ランガは、豚頭将を一瞥する。
脅威はまるで感じない。自らの強さを実感し、そしてそれを証明
する為に動く。
ランガは力の流れを感じ、自らの魔力を角に集中させる。
531
オークジェネラル
豚頭将はランガの変化と力の増加を感じ取り、危険を察知した。
散開! そう合図を出そうとしたのだが⋮
閃光、そして轟音が轟く。
デスストーム
いくつもの雷の柱が立ち上り、天と地を結んだ。
そして、巻き起こる竜巻。
ランガが固有に獲得した、﹃黒雷嵐﹄。それは、﹃黒稲妻﹄を広
オークジェネラル
範囲攻撃に応用したスキルであった。
豚頭将は瞬時に炭化し、周囲のオーク兵も嵐や雷により次々と殺
戮されていった。
デスストーム
嵐が過ぎ去った後、その場に立つオークの姿は無い。
広範囲に渡る﹃黒雷嵐﹄の、恐るべき威力であった。
ランガはその様子を観察する。
リザードマンへの被害は無く、威力最大、範囲最大で使用しても
エネルギー
自らへのダメージは無い。
流石に、魔素量が空になったが、活動出来ない程ではない。
完全に使いこなせた事を確認し、
ウォーーーーーーーーーーーン!!!
再度、勝ち鬨の咆哮を放つ。
ふと足元を見ると、ガビルが腰を抜かして気絶していた。
しかし、ランガには関係無い。彼の受けた命令はリザードマン達
を守る事であり、気絶したとしても何の問題もないのだ。
これで少しは、この間抜けなリザードマンが自分へ抱いていた勘
違いも解けた事だろう。
そう思い、ランガはそこに座り込む。
遠くに、ゆっくりと歩いてくるベニマルの姿が見えていた。
532
37話 激突−ベニマル&ランガ︵後書き︶
焼滅=しょうめつ 当て字です。
主人公﹁あれ? 俺の出番は?﹂
533
38話 魔族ゲルミュッド
広い会議室。
そこは静寂に包まれていた。
大きな会議用の円卓を囲むように、数名の男女の影が座っている。
その円卓の中央に設えられた、大きな水晶球。
入口に近い末席の位置から、一人の男が水晶へ向けて何事か呪文
を唱えている。
その男はピエロの様な格好をしていた。名をゲルミュッド。
今回の会合の主催を任されており、とある計画の責任者でもあっ
た。
彼が長年手掛けて来た計画、それは新たな魔王を誕生させるとい
うもの。
彼の野望を確かなものとする為にも、この計画の失敗は許されな
い。
魔王
のうち4名も、ここに来て貰う事に成功してい
そして、今日がその計画の最終日。
気紛れな
た。
何としても成功させねばならない。
魔王を動かすのは、金銭等では不可能である。
アーティファクト
彼等の興味を惹く事柄、執着する獲物、あるいは入手難度が高い
魔宝具。
ともかく、非常に価値ある対価を支払う必要があった。
今回、ゲルミュッドは魔王を4名動かす事に成功した。逆に言え
ば、それはそれだけの対価を支払った事を意味するのだ。
新たな魔王を誕生させるとなると、その他の魔王が黙っていない。
勝手に魔王を名乗る馬鹿は、魔王達の逆鱗に触れて殺されるのだ。
もっとも、逆鱗に触れて襲ってきた魔王を返り討ちにした者もいる。
534
そうした者は、自らの実力を持って、魔王である事を認められる
のだが・・・
魔王
レオン・クロムウェル。
ここ数百年。そうした実力ある魔王等、生まれてはいない。
最後に生まれた魔王が、人間の
カースロード
彼は、その圧倒的な魔力で次々と支配する魔人を増やし、辺境の
地にて魔王を名乗った。
それに激怒した魔王の一人、呪術王が戦争を仕掛けたのだが、レ
オンによって返り討ちとなっている。
魔王
達は、彼を新たな魔王として認めた
それも、レオン一人の手によって。
その事態を受けて、
のだ。
だが、そうした実力による魔王踏襲など、めったに起きる事態で
は無いのだ。
故に新参で魔王を名乗るには、最低3名以上の魔王の後ろ盾を得
る必要があった。新参の魔王に手を出すならば、その後ろ盾も同時
に相手取る必要がある、そう思わせる為に。
そうした手順を踏み、新参の魔王を誕生させるべく、ゲルミュッ
ドは己の野望に燃えていたのである。
オークロード
今回、豚頭帝を魔王に仕立て上げる一歩手前まで漕ぎ着けた。
退屈している魔王達へ、見世物として魔王の誕生という観劇を用
マジックアイテム
アーティファクト
意する。それを楽しんで貰う事が、後ろ盾の条件の一つだった。
無論それだけでは無く、秘蔵の魔法武具や魔宝具等も献上してい
る。
オークロード
ゲルミュッドにとって、一世一代の大博打なのである。
豚頭帝がリザードマンにゴブリンを打ち破り、魔王種へと進化す
る。
今日が、その仕上げとも言える日であった。
魔王となり、後ろ盾を得ると同時、人間の都市を一つ壊滅させる。
そうする事で世界に対し、新たな魔王の誕生を告げる事となるの
535
だ。
オークロード
そうなれば、ゲルミュッドの野望は達成される。影から豚頭帝を
操り、魔王と対等な関係になれるのだ。
それなのに・・・。
水晶球は反応しない。
ゲルミュッドの心が、焦りでどうにかなりそうになる。
不味い。
観劇を楽しみにしている魔王を怒らせるなど、想像もしたくない。
映りませんでした! では済まされない。その瞬間に、彼は挽肉
にされても不思議では無いのだ。
それも、殺しては貰えないだろう。呪いを受け、死ぬ事も出来ず
挽肉となっても意識だけは残される。
駄目だ。これ以上は想像もしたくない。
ゲルミュッドは焦り呪文を再度唱えるが、水晶球の反応は無い。
﹁ねえ・・・、どういうつもり?﹂
氷よりも冷たい声が響く。
静寂な部屋、ゲルミュッドの呪文を打ち消す程の威圧を込め、そ
の声は響いた。
ゲルミュッドは、出る筈も無い脂汗に塗れたように慌てながら言
い繕う。
﹁お、お待ち下さい! す、直ぐにでも原因を調べて参りますゆえ
!﹂
と。
本能が言っていた。このままここにいるのは不味いと。
だが、
536
メキャ!
何かがひしゃげるように軋む音がしたかと思うと、
ズドォーーーーーーン!!!
と、ゲルミュッドの直ぐ脇を大きな何かが高速で横切り、後ろの
扉を吹き飛ばし轟音を立てて破壊した。
魔王の一人、小柄で美しい銀髪の少女が、大きな円卓を左手で持
ち上げて投げつけて来たのである。
当てなかったのはワザとであろう。
その机一つで、小国の国家予算の何割かになるであろう、香木を
削り出した一品物の美術品。
精巧な装飾を施された、重厚な扉。その奥では、建物の壁に大穴
が空いているのが見て取れる。
それらが、見るも無残に破壊されてしまっているが、そんな事お
構いなしに、
﹁お前・・・、ワタシを舐めてるのか?﹂
少女は言った。
ゲルミュッドは恐怖と焦りで言葉を上手く出せなくなっていたが、
﹁おゆ、おゆ、お許しを!!! す、直ぐに原因を確かめて参りま
す!!!﹂
そう声を出した。
﹁そう? 早くした方がいいわよ。ワタシは寛大だから、待ってあ
537
げるわ!﹂
どこが寛大なのだ! とは思う余裕も無い。
ゲルミュッドは恐怖に引き攣りながらも、机が破壊した扉をくぐ
り、壁に空いた大穴から外へ飛び出す。
3階層目に設えられた会議室だったのだが、形振り構っていられ
ない。
外へ飛び出し、そのまま飛翔呪文を唱え移動を開始した。
野望の事など消し飛んでいた。
今ゲルミュッドの思考を占めるのは、死にたくないという思い、
それだけだった。
魔王を舐めているつもりは無かった。絶対者なのは重々承知して
いる。
だが、やはり舐めていたのだろう。
ゲルミュッドには、自身が上位魔人であるという自負がある。だ
からこそ、1体ならば魔王相手でも勝てなくとも良い勝負が出来る
と考えていた。
4体もいたからこそ、恐れ謙る必要がある、そう考えていた。
それは間違いだ。
魔王は、魔王であるからこそ、恐れられるのだ。恐れられるから、
魔王なのでは無いのだ。
そう認識し、自らの思い上がりに恐怖する。
魔王と対等な関係など、ゲルミュッド如きには不可能なのだ。
そう、心から理解出来た。
魔王を測る事すら出来ない者に、魔王を語る事は出来ないのだ。
音速に到達しそうな速度で、ゲルミュッドは湿地帯に向けて飛翔
する。
だがそれは、己の野望の為では無い。
己の生存をかけて、全力でこの失態を取り繕う必要があるのであ
538
る。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
一体・・・、どういう事だ?
俺は、上空にその身を飛翔させ、湿地帯の戦況を確認していた。
ちょっと理解に苦しむ状況が、眼下に展開されている。
一体、何が起こっているんです?
知ラネーヨ!!!
自分の質問に、自分で突っ込みを入れる。
考えても見て欲しい。
上空から見ていると、一角から突然閃光が迸り、轟音とともに何
体かのオーク兵が吹き飛ばされた。
ドーム
ん? っとそちらを観察しようとしていたら、豪! という音が
響いた。
慌ててそちらを見ると、黒い半球形が戦場に出現している。
数秒で消え去った後に残るのは、高温でガラス状になった地面だ
け。
そこらにひしめいていたオーク兵は、綺麗に全員消されてしまっ
たのだ。
539
なんだってーーーー!!!?
一瞬で状況は理解出来たのだが、心が認めるのを拒否した感じで
ある。
それだけではなく、突然戦場の一角に嵐が吹き荒れる。
広範囲に暴風を撒き散らし、乱立する雷にてオーク兵を焼き殺し
ていた。
その一角にいた黒塗りの鎧のオーク兵は、嵐の暴威に耐える事な
く、消し炭にされるか吹き飛ばされるかした模様。
どうなっているんだ? というのが、正直な感想だった。
オーラ
剣撃一発で、大量にオーク兵を薙ぎ倒すシオン。
大太刀の刃が薄紫に発光している。妖気を纏わせているのだろう。
剣を振るう度に、紫の閃光が走り抜け、斬撃でオーク兵をなぎ倒
していく。
当然ながら、直接刃を受けた者は耐える事もなく、真っ二つどこ
ろか爆散しているのだ。
一撃の射程は、10m程度。直線上にいる者全てを斬る攻撃。
秀麗な美貌に、ほんのりと笑みを浮かべて、舞うように斬撃を繰
り出していた。
底なしの体力なのか、途切れる事なく繰り出す攻撃で、周囲のオ
ーク兵は近寄る事も出来ていない。
圧倒的な強さである。
ドーム
だがしかし、そんなシオンですら霞んで見えるヤツ等がいる。
ベニマルとランガだ。
まずベニマルだが、先程の黒い半球形は一体何の冗談だ?
いや、見た瞬間におぼろげな仕組みは理解出来た。
つまり、俺の持つ、﹃範囲結界﹄﹃炎熱操作﹄﹃黒稲妻﹄の複合
540
技であろう。
まず、﹃範囲結界﹄で空間を固定し、﹃炎熱操作﹄にて内部の分
子運動を加速させる。そして、高温を生じさせるのだ。
最後に空間内部の魔素を燃料とし、﹃黒稲妻﹄でプラズマを生じ
させて内部を一気に焼き尽くすのだ。
複合スキル﹃黒炎操作﹄とでも言うべきスキルになっている。 ユニークスキル﹃変質者﹄により変質して、ベニマルへと受け継
がれたのではないだろうか。
俺には﹃大賢者﹄があるから、その判断でほぼ間違いないだろう。
このスキル、核爆発と違い外部へのダメージは何も無いというの
が特徴だ。
その証拠に、結界が解除されても、衝撃波の類が外に出る事は無
い。
範囲指定を行う事で、内部の熱量を相乗的に高める事を目的とし
ているようだ。
その分、内部の熱量は想像を絶する。結界内部に閉じ込められた
ら、生存は絶望的だ。
問題は、そういう危険極まりないスキルを気軽に使用している事
なんだけど⋮。
テンペストスターウルフ
そして、もう一人、というか一匹。
ランガの方だ。
コイツもいきなり黒嵐星狼に進化して俺を驚かせたのだが⋮
進化直後にぶっぱなしたスキルの方が驚愕ものだった。
正しく、﹃黒稲妻﹄を何の制限もかけずに使用したら、ああなる
のだろう。
全力で使用したらしく、2発目を撃つ様子は無かったけれど。
その一発で、敵方勢力の一角を壊滅させてしまったのには驚いた。
541
俺が、心で無意識や意識的にかけているブレーキ、それがコイツ
等には無いのだ。
危険だから使わない、そういった考えは無い。
敵対者には、躊躇わずに使用する。弱肉強食の世界においては、
当然の考えなのかもしれない。
いや、確かに俺の方がおかしいのかもな。
使うのを躊躇って、味方に被害が出たら話にならないのだ。
生前の世界、あの世界では、強力な兵器は使えないという暗黙の
ルールがあった。
抑止力としてしか意味の無い兵器。だが、本当にそうなのか?
使えない兵器に金をかけるのは意味が無い。では、何故金をかけ
て兵器の開発を行うのか?
それは、いざとなったら使う為なのではないだろうか。
少なくとも、民間人に使用するのは悪だとするなら、戦場で使う
のは正義か?
殺される側には、使う武器によって罪が変わるという理屈など通
用しないだろう。
そして⋮抑止力として力を持つ為にも、強い力が存在する事を見
せ付けるのは、決して間違ってはいないのかもしれない⋮。
ドーム
戦闘が始まって、2時間が経過した。
エネルギー
ベニマルは、計4発、黒い半球形状の攻撃を放っている。
流石に連射は出来ないようだが、それほど大量の魔素が必要な訳
ではないようだ。
ランガは最初に撃った一発のみ。
あれは威力が高すぎると思ったが、やはり全力全開の一撃だった。
もっとも、その一撃で、相手への底知れぬ警戒感を与えるのに役
立っていたようだ。
542
シオンに追い立てられるように逃げ惑うオーク兵達の様子も見て
取れる。
俺は気持ちを切り替え、冷静に戦況を動かしていった。
不思議な程、気持ちは落ち着いている。
最初の一撃はベニマルの判断だが、残りは俺の指示した地点への
攻撃だ。
確実に密集地を狙い、敵の戦力を削る。
シオンに敵を上手く誘導させて、纏めた所を叩くのだ。
ハクロウには、敵の指揮官や、将軍クラスを的確に摘み取らせて
いる。
ウエルモノ
それは戦闘とは呼べない。音も無く近づき、一瞬で微塵切りにす
るのだ。
ユニークスキル﹃飢餓者﹄は、死体を貪る事で影響下の者の力を
オーラ
増す。だから、微塵切りにした死体を更に消滅させる念の入れよう
はっけい
であった。
発勁の一種だろうか? 掌から妖気を放出し、死体を焼くのだ。
オークジェネラル
焼くというより、溶かしているイメージではあるけれど⋮。
指揮官クラスや、何体かいた豚頭将を見つけては、ハクロウに伝
え瞬殺していった。
こうして、戦況はこちらへの被害の出ないままに、オークの軍勢
を圧倒していく。
オークロード
現状、オーク兵の損害は3割に到達しそうであった。
そして、ようやく豚頭帝が動きを見せようとしている。
両陣営共に一旦戦力の再編を行い、対峙し睨みあう状態へと移行
した。
吹っ切れた俺は、冷静にその様子を観察する。
543
オークジェネラル
調子に乗っていた豚共も、事ここに到って自分達の優位性が失わ
オークロード
れている事に気付いたようだ。
豚頭帝が前に出て来る。
醜悪な豚の化物。
オーラ
徐に、生き残っていた2体の豚頭将の内一体の頭を手刀で飛ばし、
その頭を貪り喰う。
そして黄色い濁った瞳に敵意を漲らせ、妖気を放出させていく。
そのオーラを受けて、オーク兵に力が漲っていくようだったのだ
が⋮
ヘルフレア
まりょく
︵ベニマル、黒炎獄とかいうアレ、まだ撃てるか?︶
︵楽勝で撃てるぜ!︶
︵ランガ、お前は?︶
︵我が主よ! 3割程、魔素が回復致しました。先の威力は出せま
せんが、一発なら可能です!︶
︵一発で十分。それに、オークへの一撃としては、威力高すぎだ。
あの半分でも余裕で殺せる。
さっきと同じで全力の範囲に、威力だけ落として放て!︶
︵御意!︶
オークロード
︵シオン。お前もこの際だから、豚頭帝に一発ど派手なのを打ち込
んでおけ!︶
︵はい! そろそろ全力を出してもいいんですね!︶
なんだと⋮? 今までのは全力じゃ無かったんかい! まあいい⋮
︵お、おう! 頑張れ!︶
嬉しそうに全力で大太刀を振り回してるのかと思っていたら、単
なる試し切りだったんかい。
コイツもやっぱり、おかしな力を身に付けているのかも知れない。
そう思った。
544
オークロード
︵ハクロウ。お前なら、豚頭帝を殺せるだろ? だが、今回は無し
だ。我慢してくれ!︶
︵やれやれ、了解ですじゃ。若い者に華を持たせるとしますわい⋮︶
︵頼んだ!︶
オークロード
こうして、俺は迎撃準備を整えた。
最早、豚頭帝など脅威ではない。
奴の能力は未だ未完成。今の内に引導を渡してやる。そう思った
その時、
キィーーーーーーーーン!!!!
という、耳障りな音が聞こえた。
おれの﹃魔力感知﹄が、遠方より亜音速で飛来する何者かを捉え
ていた。
オーラ
その者は、湿地帯の中央、両軍が対峙しているその真ん中へと降
り立った。
かなり強い妖気を感じる。ピエロの様な格好をした、変な男。
恐らく、上位の魔族だろう。
俺も後を追うように、地面へと降り立つ。
その俺の傍に、ランガとベニマルが寄り添った。
そのピエロの様な男は、こちらを一瞥し、
﹁これは一体どういう事だ! このゲルミュッド様の計画を台無し
にしやがって!!!﹂
そう大声で叫んだ。
ゲルミュッド。上位の魔族にして、今回の黒幕。
そして、俺がこの世界で最初に出会った、魔族であった。 545
38話 魔族ゲルミュッド︵後書き︶
やはり、主人公の出番までいかなかった⋮。
次回こそ、主人公のターン! になるハズです。
546
39話 運命の歯車︵前書き︶
注意! 引っ張る感じで終わってます。
547
39話 運命の歯車
このピエロの様な男、計画がとか何とか叫んでいた。
俺は、ピン! と来た。コイツが犯人だ。間違いない。
聞きもしないのに自白するとは、ひょっとするとバカなのかもし
れない。
そこはかとなく漂う小物臭。伊達にピエロの格好をしている訳で
はなさそうだ。
オークロード
本物のピエロなのかもしれん、そう思った。
状況からの推測だが、豚頭帝をけしかけたのがコイツなのだろう。
ピエロ=ゲルミュッドさんは、大激怒している様子。
しかも、何だか大慌てしていて、自分でも何を叫んでいるのか判
らなくなっているみたいだ。
ゴミ
カルシウムが足りてないのかもしれんね。魔物に必要なのかどう
かは知らんけど。
ピエロは言った。
ノロマ
トカゲ
﹁役立たずの鈍間が!
貴様がさっさと蜥蜴人や子鬼を喰って魔王に進化しないから!
わざわざ、この上位魔人であるゲルミュッド様が出向く事になっ
たのだぞ!!!﹂
酷い言い様だ。
そのゲルミュッドの言葉で、気絶していたらしいガビルが起き上
がり、叫ぶ。
﹁こ、これはゲルミュッド様! 我輩を助けに此処まで来て下さる
とは!﹂
548
え? コイツ・・・、気絶してて聞いてなかったのか?
お前・・・、トカゲも餌って言われてただろうに。
﹁あ? 何だ、ガビルか。貴様もさっさと殺されておれば良いもの
を!
まあいい。せっかく出向いたのだ、貴様は俺の手で殺してやる。
俺の役に立って死ねるのだ、光栄に思うがいい!!﹂
そう告げて、ゲルミュッドはガビルに向けて手の平を突き出した。
そして、死ね! と言いながら、魔力弾を撃ち出す。
﹁危ない! ガビル様!﹂
﹁危険ですぞ!﹂
口々に叫びながら、ガビルを庇うリザードマン達。
一発の魔力弾で、5体程のリザードマンは吹き飛ばされた。
複数に威力が分散したからか幸運だったからか、それとも案外タ
フだったからかは不明だけれど、死んだ者は居ない。
重傷ではあるが、生きていた。
﹁お、お前達・・・。い、一体、これはどういう事ですか、ゲルミ
ュッド様!!!?﹂
混乱し、ゲルミュッドに問うガビル。
察しろよ、お前、利用されたんだよ。だが、そう言える雰囲気で
はない。
信じていた者に裏切られて、絶望に顔を歪めるガビル。
﹁が、ガビル様、危険です・・・。早くお逃げ下され・・・!﹂
549
怪我を負いつつ、ガビルの心配をする配下の者。いい部下を持っ
てるんだな。
部下に慕われる指揮官、か。
トカゲ
オークロード
﹁下等生物どもが! そんなに死にたいなら、纏めて殺してやるわ
! そして、豚頭帝の餌となるがいい!!!﹂
オーラ
そう言いながら、特大の魔力弾を撃ち出そうと頭上に妖気を集中
し始めた。
魔法では無いのか? 詠唱を行う様子はない。ただ集中し、魔力
を一点に集中させているだけ。
ふむ。
俺は歩き出す。リザードマン達の前に。
狼狽えて、どうして良いのか判らなくなっているガビルの前に。
仮面に隠れて俺の表情は見えないだろう。
ガビルに俺がどう見えているのだろうか? ふとそんな事を思っ
た。
何故ガビルの前に出たのか?
俺はガビルを気に入った。だから助けたい。ただそれだけの理由。
理由なんてそんなもので十分だ。俺は好きに生きる事を躊躇わな
い。
自由気儘に生きてやる!
ガビルはそんな俺を呆然と見上げている。
何が何だかわかってはいないのだろう。ヤツの脳の処理能力を超
えた事態になっているみたいだ。
だが気にするな。別に見返りが欲しい訳じゃない。
俺が、あのピエロにムカついたってだけの話なのだ。
リザードマン達の前に出てきた俺に構う事なく、ゲルミュッドは
550
特大魔力弾を放って来た。
デスマーチダンス
﹁ふはははは! 上位魔人の強さを教えてやる。
死ね! 死者之行進演舞!!!﹂
特大の魔力弾は、空中でお手玉のように分裂し、円を描くように
襲って来た。
残念ながら、俺には通用しないけど。
子供のような姿で、そっと小さな手を前に出したように見えただ
ろう。
たったそれだけで、こちらに襲い来る魔力弾が全て、俺の右手に
吸い込まれていく。
解析結果は直ぐにでた。簡単な妖術や魔術の一種。
エネルギーコストは低く、魔素量をもっと増やしても大丈夫。た
だし、術者の制御出来る範囲内で。
今コイツが放った技が全力だとするならば、俺の敵では無い。
試してみるか。
﹁なあ、こんなつまらん技で、俺に死ねだって? 試しに、お前が
どうやって死ぬか手本を見せてくれよ!﹂
そう言いながら、魔力を込め魔力弾を撃ち返す。
分裂操作もやろうと思えば出来るけど、面倒なのでしなかった。
一発に込める魔素量を多くし、サイズは拳大。
単純に考えて、ヤツの魔力弾のサイズが頭大だったから、より密
炎弾
の威力ももっと上げる事が出来
集した分、高威力になっているハズである。
この魔術回路を使うと、
そうだ。
楽しくなってきた。
そもそもこのピエロ、結構しぶとそうだし、いい的になってくれ
551
るだろう。
そして、飽きたらお前も喰ってやるよ。
俺の放った魔力弾が加速し、ピエロの身体に接触する。同時に、
内包した魔力を解放した。
吹き飛ぶゲルミュッド。
回避しようにも、思わぬ速度に避けきれなかったようだ。
転げ回り、ダメージの回復をしようと必死になっている。
アレ
スキル
へえ。回復能力もあるのか。いいんじゃないですか? 見た目は
道化だが、味は美味しそうだ。
魔人とやら、美味しく頂かせて貰うとしよう。
俺の様子を見る、ベニマルやランガ達は、何か納得したように見
守る体勢に入っている。
全力でぶっ放すのを期待していたのだろうシオンだが、落胆して
いる様子はない。むしろ、目をキラキラさせながら俺の戦いっぷり
を観戦している。
後でストレス発散がどうのと言い出さないなら、問題ないだろう。
俺は普通に歩いて、転げまわるゲルミュッドの傍まで行った。
﹁さっさと立てよ。上位魔人の強さとやらを教えてくれるんだろ?﹂
転がるゲルミュッドを蹴飛ばした。
思ったより威力があったのか、跳ねるように吹き飛ぶゲルミュッ
ド。
脆いヤツである。
﹁き、キサ、貴様! この上位魔人の・・・﹂
地を蹴り、立ち上がったゲルミュッドの懐に一瞬で潜り込む。
鳩尾に向け、拳を叩き込んだ。身体装甲で拳のガードを行なった
上で。
552
俺の拳は痛む事なく、ゲルミュッドは衝撃を体内に叩き込まれ、
苦悶の表情を浮かべる。
俺はお構いなく、流れるように拳を叩き込んだ。
もう一発、魔力弾を撃ち込む。
どうやら、威力調節は可能だが、意識せずに撃つ魔力弾は、パン
オーラ
チの5倍程度の威力になる。
妖気を拳に纏ったりしたら話は違うだろう。拳も凶器となり、威
力も増大するから。
しかし、普通に撃つ魔力弾ではそこまで魔素を消費しないのはお
得だ。
どこかの戦闘民族がやるみたいに、両手で連射しても大丈夫そう
だ。しないけど。
しかし、こいつの魔素量もAランクオーバーなんだけど、ベニマ
ル達と比べても弱く感じる。
何でなのか?
エネルギー
スキル
︽解。人間の定義する所のランク分けですが、魔素量を元に算出さ
エネルギー
れているようです。
レベル
同じ魔素量が戦ったとしても、効率の良い技能持ちが有利に
なります。
︾
また、技量は算出基準が無い為に大きな差が出るのだと思わ
れます
なるほどね。
レベルなんて、自分でも測定出来ないな。ゲームでは無いのだ、
戦ってみないと判らない面もあるだろう。
だからか、元からレベルの高かったハクロウが、強力な肉体を得
て化けたのは。
大きなエネルギーを持っていても、使いこなせなければ意味が無
いのだ。
553
オークロード
現に、俺はゲルミュッドや豚頭帝に負ける気がしないのだから。
ピエロ
﹁おい、何か面白い見世物は無いのか? 道化師みたいな格好して
るけど、見かけだけか?﹂
こいつはどんな技を持っているのか?
危機感など感じない。商品を見せてもらう感覚で気軽に尋ねる。
﹁な、なんなんだ・・・お前! おま、お前えええ!!! こんな
事、上位魔人の、この、俺・・・﹂
殴る。
聞かれた事にも返事出来ないのか、こいつ?
﹁やめ、やめて! 待ってくれ! 俺には魔王の後ろ盾があるんだ
ぞ! 貴様こんな事をして!!!﹂
何か言い出した。
面倒くさいやっちゃ。その後ろ盾にどうやって泣きつくつもりな
んだろう?
てか、その魔王がレオンってヤツなら、俺の獲物なんだけどね。
﹁で? お前、その後ろ盾にどうやって泣きつくの? まさか、生
かして逃がして貰えるとか、思ってないよね?﹂
俺の質問に、顔面を引きつらせ、ガクガク震え始めるゲルミュッ
ド。
その滑稽な様は、案外面白い。流石はピエロだ。
ゲルミュッドは何やら呪文を唱え、宙へ浮く。飛んで逃げる気の
ようだ。
554
だが、俺の頭にあったのは、その魔法、美味しそうです! とい
う事だけ。
羽を出すと飛べるのだが、亜音速は出ない。コイツの飛翔速度は
かなり早かった。ぜひ頂きたい。
炎弾
でゲルミュッドを撃ち落とした。
当然、逃す気は無い。
俺は
まあ、当たらなくても既に粘糸を足首に巻きつけているんだけど
ね。
ゲルミュッドは落下し、地面に激突する。受身も取れない程、慌
てているようだ。
部下に慕われる者は好きだが、その反対は嫌いだ。
まして、使い捨てにする者など、容赦する必要は無い。色々能力
を持っているようだし、サクッといただくとしよう。
俺が近付くと、
﹁キエーーーーーー!!! 寄るな! 貴様、終わるぞ! 魔王様
がお前を許さんぞ!!!﹂
そんな事を口走りながら、這う様に逃げ出そうとする。
魔王、ね。色々知っているようだし、話して貰いたい所だが、隙
を付いて逃げられるのも問題だ。
そういう事が起きないよう、尋問は考えて行わないといけない。
喰っても、知識は手に入れられないのだ。魔法だけは何故か習得
出来る事がある。その辺りはランダムっぽいのだけど。
スキルなら確実に獲得出来るのに、数少ない欠点︵とも呼べない
のだが︶の一つである。
俺は無言で近付いていく。
ゲルミュッドは恐慌状態になり、俺に向けて魔力弾を連射し始め
た。無駄だけど。
張ってある結界で、全て弾かれる。
555
俺の結界を破壊するには威力が足りない。それは、先程の解析で
判明していた。
オークロード
やっとその事を悟ったのか、立ち上がり逃げようとしている。
その先には豚頭帝。助けでも求めるつもりか?
オークロード
まあいいさ。好きにしたらいい。
どの道、豚頭帝も始末するつもりだった。二人でかかって来るな
ら、誰か呼んでもいいし。
オークロード
俺一人でも勝てそうだけど、わざわざ相手をするのも面倒だ。
豚頭帝は操られていただけかもしれないし、俺には恨みも無い。
楽に始末してやってもいい。
オーク兵達が暴走する恐れがないか、それだけが心配である。
そんな事を考えながら距離をつめて行く。
﹁この愚図が! 見てないで俺様を助けろ!
オークロード
ひゃはは! どこのどいつか知らんが、こいつの強さを思い知る
がいい!
やれ、豚頭帝! この俺に歯向かった事を後悔⋮﹂
ドシュッ!
ゲルミュッドの首が刎ねられた。
転がる首。
バキ、バリボリ⋮
引き千切られるゲルミュッドの身体。
グッチャッグチャバリボリグチャバキ。
うえ⋮。喰ってやがる。
556
オークロード
クロード
ミートクラッシャー
オー
豚頭帝の下まで逃げて、此方を威嚇していたゲルミュッドは、豚
頭帝の持つ肉切包丁によって首を刎ねられ死んだ。
そしてそのまま解体され、貪り食われる。
何というか、本当に小物らしい最期だった。
というか、俺だけではなくこの豚も狙ってたのか? それとも、
本能か?
どちらにせよ、厄介な事になった。
オークロード
黄色く濁っていた目に光が宿り、知性の輝きが見て取れる。
オーラ
本能のまま動いていたであろう豚頭帝が、自らの自我を獲得した
瞬間である。
オークロード
エネルギー
先程までとは比べ物にならない妖気の放出を感じる。
︽確認しました。豚頭帝の魔素量が増大しました。
オークロード
オーク・ディザスター
魔王種への進化を開始します・・・成功しました。
固体:豚頭帝は進化し、豚頭魔王へと進化完了しました︾
聞いてないよ! そんな事しなくてもいいっすよ。
本当に、マジで勘弁してもらいたい⋮。
オーク・ディザスター
そんな俺の思いに関係なく、
魔王
ゲルミュッドである!!! オレの最初の獲物と
﹁フハァーーー! オレは、豚頭魔王。この世の全てを喰らう者。
名を、
なる栄誉をやろう!!!﹂
ほらな。
調子に乗ったらこの様だよ。だから、さっさと始末しろ! って
内心思ってたんだ。⋮今更だけど。
漫画で、どこぞのM字ハゲの宇宙人が、いつも調子に乗って失敗
していた。相手のパワーアップを簡単に許して、そして負けるので
ある。様式美だ。
557
いつもバカにして読んでいたものだが、他人事では無かったよう
だ。
殺せる時には殺しておく。鉄則である。今後の課題としよう。
それはともかく⋮。
コイツをどうするか? その事を思うと、ちょっぴり憂鬱になっ
たのは仕方ないだろう。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
魔王達は沈黙し、その光景を眺めていた。
﹁面白い!﹂
少女が呟く。
ゲルミュッドは気付いていなかったが、既に視覚の制御を少女に
奪われていたのだ。
机に意識が向いた、その一瞬に。
ゲルミュッドが去った後、水晶球を宙に浮かべ、リンクさせた視
界の光景を映し出していたのだが⋮
案の定、ゲルミュッドはルール違反を行い、介入を始めた。
その時点でゲルミュッドの死は確定していたのだが⋮まさか、魔
王達も知らない人間にやられるとは。
558
その人間は子供の姿をしており、美しい仮面を被っている。
更に、ゲルミュッドの視界に映っていた者達は無視出来ない。
オーガ
焦って冷静な判断の出来ないゲルミュッドは気付かなかったよう
だが、上位の魔人クラスが何体かいた。
あれは、鬼人族。何百年かに一度、老齢の大鬼族が進化する事の
ある上位魔人。
その能力は非常に高く、天を裂き地を砕くといわれている。その
鬼人が、3体。
気付いた所で、ゲルミュッド如きにどうこう出来る戦力では無い。
そして、歪な進化を遂げたと思われる牙狼族もいた。映像からの
判断なので確かでは無いが、Aランクに相当するのは間違いなさそ
うだ。
Aランク以上の魔物が4体。そして、それを従えると思われる子
供?
美しい仮面を被った子供。普通の人間であるハズが無い。魔物が
異世界人
が誕生したという事にな
は、確かに高い能力を持つ場合が多い
勇者
人に化けていると考えるのが正解だろう。
や
もしそうでないならば、新たな
召喚者
る。
が、子供では使いこなせる事は無い。
精神が成熟していないのに、能力を使いこなすことが出来ないか
らである。
消去法で考え、魔王達はほぼ正確に子供の正体を確信する。
魔物の擬態である! と。
Aランクの上位魔人であるゲルミュッドを単体で圧倒する、魔物。
従えるのは、少なくとも4体の上位魔人クラスの魔物達。
無視しえない勢力である。
﹁やるじゃない、ゲルミュッド。こんな面白い見世物を用意するな
んて!﹂
559
少女が嬉しそうに囁いた。
﹁まったくだな。あの魔物、今叩き潰すか? それとも、美味しく
育つのを待つか?﹂
﹁抜け駆けはダメですよ。少なくとも、交渉し配下に加えようとす
るのも抜け駆けとみなしますよ!﹂
魔王達は思う。
アレを配下に加える事が出来れば、他の魔王に差を付けられる、
と。
しかし、脅威になる可能性も考慮する必要があった。
﹁ねえ、この事は、ワタシ達4人の秘密にしない? せっかくの面
白い退屈しのぎを潰すのはもったいないもの!﹂
魔王
と自称するならば、即座に興味
本音としては、ここにいない魔王への切り札の一枚になるかもし
れない。その程度の認識。
あの魔物が勝手に自らを
を失い制裁するだろう。
しかし、今はまだその時では無い。
4人は頷きあい、新たな協定を結んだ。
もし、この時点で魔王が動いていれば、リムルの運命はまた違っ
たものとなっていただろう。
しかし魔王は動かなかった。
この決定が、運命を決定づけた。
そして、この瞬間に物語は一つの方向を向き動き始めたのである。
560
39話 運命の歯車︵後書き︶
頑張った結果でこれ。
次回で戦闘終わるか自信ないです⋮。
561
40話 オーク・ディザスター
リザードマン
蜥蜴人族の首領は、絶望的に途切れず攻めてくるオーク兵を必死
に食い止めていた。
前方の4つの通路に部隊を分け、それぞれに対応させている。
通路の大きさが然程広く無い為に、同時に相手取る数が少ない事
が救いであった。
個体個体の戦力を考えるならば、リザードマンの戦力が僅かだが
オーク兵を上回っていたのだ。
広間後方に女子供を避難させ、その前方に戦える者を配置する。
万が一、通路を抜けて来た者への対処の為である。
首領は、戦況を観察しこのままでは1日保たないであろうと悟っ
ていた。
部隊を交代させつつ、疲労回復を行うように上手く戦闘をこなし
ているのだが、それでも交代の隙をつき徐々に攻め込まれているの
だ。
現在の戦力は1,200名を下回る。
オーラ
合流する事も無く、いくつかの部隊が討ち死にしたと思われた。
しかも、更なる悪夢が首領を襲った。オーク兵達が黄色い妖気に
包まれたのだ。
何だ?
そう思ったが、答えはすぐに出る。個体個体の戦闘能力が向上し
たのだ。
劇的に強くなった訳では無いが、リザードマンに対して有効な能
力を獲得したようであった。
今まで、個体の能力が上回っていたから持たせていたようなもの
なのだが、この時点でその優位性が失われた。
562
最早・・・、残された運命は玉砕しか無い。
首領は覚悟を決める。
逃げても無駄であろう。苦労するだけして、やはり駄目かも知れ
ない。
それでも・・・。
﹁聞けい!!! 女子供は、これより撤退を行う! 親衛隊、前へ!
お前達は、女子供の護衛を行い、一人でも守り抜け!
諦める事は許さん! 新天地を求め、一人でも多く生き抜くのだ
!!!﹂
ありったけの威厳を込め、大音声でそう叫んだ。
﹁しゅ、首領は、どうなさるおつもりですか?﹂
親衛隊の副長が問いかけてくるが、
﹁知れた事よ! オークどもの好きにはさせん!
我等、リザードマンの強さを見せつけてくれるわ!!!﹂
決して弱みは見せない。
彼こそが、リザードマンの強さの象徴であり、希望なのだから。
﹁戦士達よ! 今から、決死の覚悟でオーク共の侵入を許すな!
女子供の逃げる時間を稼ぐのだ!!!﹂
そう、戦士団を鼓舞した。
リザードマンの顔に絶望は無い。相手が強くなったとしても、女
子供を逃がすことさえ出来れば、自分達の勝利である。
未来が途絶える訳では無い。
563
この先、苦労をかける事となるだろうが、種の終わりを迎える訳
では無いのだ。
﹁﹁﹁うぉおおおおおお!!!﹂﹂﹂
自ら声を張り上げ、恐怖を払拭する。
洞窟内部は、リザードマン達の雄叫びで、割れんばかりに振動し
た。
その様子に満足し、女子供に脱出するよう声をかけようとした所
で・・・、
﹁それは困るな。首領殿、まだ約束が成されておらぬ。ここで待つ
約束だろう?﹂
静かに、いつの間にやら一人の男が傍らに立っていた。
浅黒い肌に、青黒い髪。青い瞳の、身長190cm程の魔物。
かつて、自分と会談し、ソウエイと名乗った魔物。
来てくれたのか? いや、まだ同盟は結んでいない。だが・・・
﹁ソウエイ殿・・・。来て下さったのか? しかし、忠告に従わず、
我等は先走って・・・﹂
﹁忠告・・・? 何の事だ? そんな事はどうでも良い。
あなた方は、このままここでお待ち頂きたい。約束は明日だ。
明日には、我等の主もここに来ると仰せだ。﹂
同盟の約束、守ってくれるというのか。しかし・・・
﹁しかし、今はそれどころではなく、あのオーク共が!﹂
その言葉に、五月蝿そうにオーク兵達を一瞥するソウエイ。
564
まるで下らない事だと言いたげに、
﹁あの五月蝿い奴らがいては、確かに落ち着けないな・・・
良かろう。俺がアレを片付ける事としよう。暫し、待っているが
いい。﹂
そう言い、泰然と歩き出す。
目の錯覚か? ソウエイの身体がブレて重なり合うように・・・、
いや! 4体に分かれている。
それぞれが通路へと赴き、守備に徹していたリザードマン達の元
へ到達する。
﹁代わろう。﹂
そう声をかけて。
4体が、それぞれの通路でオーク兵達に相対した。
それから先、信じられない光景を見ることになる。
今まで自分達を苦しめていた、地獄の餓鬼道の亡者の如きオーク
兵達が、為すすべも無くソウエイ一人の守備を突破出来なかったの
だ。
各通路に一人づつ立ち、
﹁﹁﹁操糸妖斬陣!﹂﹂﹂
それは、煌く糸の殺戮舞踏。
一瞬で通路に張り巡らされた鋼糸は、ソウエイの意図のままに自
在に動く。
その技を通路で行使した途端、オーク兵の身体は細切れにされた。
侵入して来る者から順に、一切の抵抗を許さず殺戮されていく。
不幸なのは、オーク兵達であった。各々の通路にて、ソウエイの
565
分身体が放った技により殺されていく。
自我が無く、単純な命令に従うが故に、恐怖を感じる事が出来な
かったのだ。
次々と、張り巡らされた蜘蛛の糸に自ら捕らわれに行くが如く。
ただしその糸は、命そのものを一瞬で刈り取る恐るべき罠なのだ。
細切れになった死体を貪り、通路を進み、殺される。
延々と繰り返される光景に、リザードマン達は声も出ない。
迷宮のような構造を持つ戦場は、ソウエイの独壇場であった。
張り巡らせる罠の種類は豊富にあり、状況に応じて変化させるの
だ。今回、ソウエイにとってオーク兵は排除の対象でしかない。
一切の情けをかける事もなく、手を煩わせる事もなく殺戮を遂行
リザードマン
していった。
蜥蜴人族達は、驚きに声も出ない。
次元の違う強さを目の当たりにして。それは、恐怖の体現者。
自らを圧倒的に上回る、強者の姿だった。
状況が変化したのは、2時間経過した頃である。
今まで、愚直に殺される為に侵攻して来ていたオーク兵達が、突
然の撤退を開始したのだ。
何か戦況に変化が生じたのか?
ソウエイはそう直感する。
同時に出せる分身体は6体。最初に出した2体は消したので、現
在4体出している。
本体は影に潜んで、分身体を操っているに留めていた。
ここはもう大丈夫。分身体に任せておく事にした。
ソウエイの本体は、誰にも気付かれる事もなく、移動を開始する。
自らの主、リムルの元へと。
566
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
オーク・ディザスター
豚頭魔王は自らを魔王と名乗った。しかも、自分で自分に対し、
名前を付けて。
オーク・ディザスター
この場合は、奪ったと言う方が正解なのだろうか? 豚頭魔王にとっては、ゲルミュッドが魔王に成りたいという野望
を叶えてやった、ただそれだけの事であった。
オークロード
ゲルミュッドを魔王にしてやったのだ。本人の望み通りに。
オークロード
自我の無かった豚頭帝の、精一杯の忠誠心。無論、俺がそんな事
に気付く事は無かったし、関係も無いのだが。
オーク・ディザスター
自我が生じ、知性の輝きを放つ目。
自らの意思で魔王を宣言した、豚頭魔王ゲルミュッドは、豚頭帝
など比較にならない程の強さに進化している。
オーク・ディザスター
後ろで、ベニマル達が臨戦体勢になった。
豚頭魔王ゲルミュッドを脅威と認識したのだろう。
今まで浮かべていた余裕の笑みも無く、真剣な表情になっている。
﹁リムル様! ここは、俺が!﹂
ヘルフレア
そう言い、いきなりベニマルが黒炎獄をぶっ放す。
ドーム
思念による合図を受けていたので、俺は上空へと回避した。翼を
オーク・ディザスター
出していて良かった。
豚頭魔王ゲルミュッドを中心に黒い半球形が形成される。内部を
567
ドーム
オーク・ディザスター
高温の嵐が吹き荒れ、魔王を焼き尽くそうとその猛威を奮った。し
かし・・・。
十数秒後、半球形が消失した場所に悠然と立つ豚頭魔王。
オーラ
レジスト
効いていない訳では無い。耐熱能力は持っていなかったらしく、
皮膚は焼け爛れている。
それでも致命傷になっていないのは、妖気を放出し、熱抵抗を行
なったのだ。
まりょく
更に、その焼け爛れた皮膚も再生を開始している。ゲルミュッド
の持っていた回復能力か。
世界の言葉
が言う所の、
魔王種
というヤツ
先程までとは圧倒的に異なる、魔素量。魔王を自称するだけの事
はある。
というより、
ディザスター
か。覚醒すれば、本当に魔王になるのだろう。
コイツは、今殺しておかなければ、本当の災厄になる。俺はそう
確信した。
ヘルフレア
自分の必殺の攻撃に耐えられ、顔をしかめるベニマル。
確かに、黒炎獄は強力だ。しかし、それは集団向けの技であり、
対個体への技というには弱い。
エネルギーを無駄に散らしすぎるのだ。対個体へは、もっとエネ
ルギーを収束させねばならない。
そうすれば、恐らく抵抗や再生を許さず、完全に焼き尽くす事が
出来ただろう。
ベニマルの次に動いたのは、ランガだ。
オーク・ディザスター
俺がやるように、﹃黒稲妻﹄を一点に収束させ、放つ。
直撃を受けて、豚頭魔王ゲルミュッドが硬直する。
狙いは良い。俺も今と同じように攻撃するだろう。
オーク・ディザスター
範囲指定を個人に向けた、最強の一撃。
黒く炭化し、その場に崩れる豚頭魔王。
そりゃそうだろう。俺でもこの攻撃には耐えられ無かったのだ。
568
1対1では無く複数で、しかも不意打ちで倒す事になってしまっ
たが、悪く思わないで欲しい。
恐らく、鬼人の誰でも、1対1では勝てなかっただろう。
だが、これでようやくこの戦も終わりか・・・そう思ったその時、
﹁フハァーーー! 今のが、痛みか! 死が垣間見えた気がするわ!
だが、このオレを滅するには、足りぬなぁ!!!﹂
オーク・ディザスター
炭化し、死んだと思われたのに、起き上がる豚頭魔王。
オーク・ディザスター
見れば、自らの腕を引き千切り、喰っていた。
オーク・ディザスター
その豚頭魔王の元へ走りよるオーク兵。そのオーク兵を無造作に
殺し、食べる豚頭魔王。
なんてヤツだ! 喰う毎に、炭化した皮膚が剥がれ、新たな皮膚
が生まれる。
そして、自ら千切った腕は、根本から生え出てきたのだ!
本当に、凄まじい回復能力である。
﹁嘘だろ・・・﹂
思わず呟いていた。
エネルギー
とんでもない化物過ぎて、現実味が無くなっている。
ランガは今の一撃で魔素量が空になったようだ。蹲り、動けなく
なっていた。
低位活動状態になりかけたのだろう。
仕方ない。﹃黒稲妻﹄のエネルギー消費量はかなり多いのだ。
これでは、これ以上撃つ事は出来ないだろう。
一閃。
ミートクラッシャー
いつの間にか、シオンが大太刀を振り抜き、一撃を加える。
力任せの全力の一撃。それを、片手で持つ肉切包丁で受け止めよ
569
オーク・ディザスター
うとする豚頭魔王。
流石にそれは適わなかった。吹き飛ばされ、ダメージを受けてい
る。だが、決定的では無い。
オーラ
﹁薄汚いブタが魔王だと? 思い上がるな!﹂
オーク・ディザスター
ミートクラッシャー
そう叫びながら、再度、自らの大太刀に妖気を纏わせ、大上段か
ら振り下ろすシオン。
よろめきながら立ち上がった豚頭魔王は、今度は両腕で肉切包丁
を構える。
オーク・ディザスター
剣と包丁が激突し、壮絶な火花を散らした。
押し勝ったのは、豚頭魔王。ただでさえ筋力バカの、﹃剛力﹄持
ちであるシオンを上回る筋力。
オーク・ディザスター
身体能力も圧倒的に強化されているのか・・・、溜息をつきたく
なる。
オーラ
シオンは弾き飛ばされ、豚頭魔王の一撃が追い打ちをかけるよう
にシオンを襲った。
危険を察知し、自らの身体に妖気を纏い耐えるシオン。
だが、今のでかなりのダメージを受けてしまったようだ。
悔しそうな表情をしているが、動けるようになるまで暫くかかり
そうである。
オーク・ディザスター
音もなく、豚頭魔王の背後に一人の壮年の侍が立つ。
ハクロウだ。
オーク・ディザスター
俺ですら、この上空から俯瞰してやっと認識出来る程の速度で、
剣を放つ。
受ける事はおろか、回避する事も不可能。豚頭魔王の身体に剣線
が走り、胴体が真っ二つにされ、頭が落ちた。
これは流石に死んだだろう。そう思った。
それなのに・・・
570
オーラ
ズレた胴体が、触手のように絡みつく黄色い妖気で繋ぎとめられ
た。
そして、屈みこんで落ちた頭を拾い上げて、元の場所に戻す。
ホラー映画のような光景に、皆一様に言葉を失った。
ハクロウも驚きに目を見開いている。
オーク・ディザスター
今ので確信した。
豚頭魔王の最も恐るべき能力は、その凄まじいばかりの回復能力
である、と。
今はまだ、各種耐性を持っていない。それなのに、この回復力。
これに、耐性を加えると、殺す事が不可能になってしまう。
エネルギー
しかし、炎熱や﹃黒稲妻﹄で焼き尽くそうとしても、恐らくは防
御と回復が上回るだろう。
どうしたものか・・・。
ベニマルとランガは流石に魔素量切れ。シオンはダメージを受け
オーク・ディザスター
て、今はハクロウが1対1で剣を交えている。
ハクロウの攻撃も通じないが、豚頭魔王の攻撃も当たらない。
粘鋼糸
によって捕縛される。
流石は達人。しかし、いつまでもこのままでは、ジリ貧である。
その時、
﹁操糸妖縛陣!﹂
オーク・ディザスター
声と同時に、豚頭魔王が
ソウエイの仕業である。いつの間にか、ハクロウの影に潜み、タ
イミングを窺っていたのだろう。
なるほど! と俺は感心した。
これならば、高い再生能力を持っていてもどうしようもないだろ
う。
真打は遅れてやってくる。流石は、ソウエイである。
安心しかけた時、違和感を感じた。
571
オーラ
黄色い妖気が、
カオスイーター
﹁混沌喰!﹂
オーク・ディザスター
粘鋼糸
に絡みつき、
オークジェネラル
豚頭魔王が能力を行使した。豚頭将の行使したソレよりもより凶
悪な。
オーラ
オーク・ディザスター
触れるモノ全てを腐食させ、喰らう。
ウエルモノ
あの黄色い妖気そのものが、豚頭魔王の能力の真髄なのだ。
事実、その技は、ユニークスキル﹃飢餓者﹄の能力の一つ。
レジスト
腐食効果を伴い、接触する全ての物質を腐らせる。
オーク・ディザスター
抵抗に失敗したら腐食し、生物ならば死が訪れる。
豚頭魔王が追撃を行う。 デスマーチダンス
﹁死ね! 餓鬼之行進演舞!!!﹂
ゲルミュッドの技だ。だが、凶悪さは比ぶべくもない。
ヘルフレア
それを察知し、退避するハクロウとソウエイ。
ベニマルの黒炎獄で、周囲に何も無かった。だからその威力は定
かではないが、触れる者へのダメージだけではなく、腐食効果も与
えるのだろう。
質、威力、範囲。全て兼ね備えた、必殺の攻撃。速度が遅いのが
救いだ。
まともに喰らったら、鬼人達も無事ではすまないだろう。
﹁フハァーーー! いいぞ! もっと楽しませろ! 食事前の良い
準備運動だ。
お前達は美味そうだな。フハハハハ! オレの糧になれるのだ。
嬉しいダロ?﹂
俺の配下、主力の5人が同時にかかって、勝てそうも無い。
572
これはまた・・・。
俺は、身体が震え出すのを止める事が出来なくなった。
この震えは、本能から来る震え。
ヤバイな。どうしようも無く、震え出す。
・・・コレが、恐怖か?
いや、違う。
コレは・・・
歓喜。 そうか。俺は喜んでいたのか!
そう。俺は、身体の奥底、本能が狂ったように喜びに騒ぐのを止
められなくなっていた。
俺の配下、主力の5人が同時にかかっても勝てそうも無い相手。
それなのに、俺の心に恐怖は無かった。
最初に感じた憂鬱など、この時点で既に吹き飛んでいる。
そうだ。俺はコイツを、敵として認めよう。
面倒だなんて思って悪かったな。
オーラ
カオスイーター
俺は、飛行を止め地面へと舞い降りる。
その俺に向かって、黄色い妖気、混沌喰が襲いかかる。
俺の身体に纏わりつく粘ついた感触。気持ち悪い。
そうか、俺を喰おうって言うのか?
いいぜ。やれるものならやってみろよ!
高ぶる本能のままに、俺は薄く笑みを浮かべた。
俺を喰おうというのなら、その前に俺がお前を喰ってやる!
オーク・ディザスター
俺と、豚頭魔王ゲルミュッドは、こうして激突の時を迎えた。 573
41話 捕食者
オーク・ディザスター
オーラ
普通に考えるならば、俺が豚頭魔王ゲルミュッドに勝つのは難し
い。
俺に纏わり付く黄色い妖気をそのままに、俺は刀を抜き斬りつけ
ミートクラッシャー
る。
肉切包丁であっさり受け止められて、逆に弾き飛ばされる。
そりゃそうだ。
俺より力が強いシオンでさえ、力負けした相手なのだ。
何より、剣術の腕前で俺をはるかに凌駕するハクロウでさえ、斬
撃によるダメージを与える事が出来なかった相手。
俺は再度、高速移動で翻弄しつつ、斬撃を試みる。
あらゆる角度から、弱点は無いのか探るように。
無駄なのは判っていたが、繰り返すのは止めない。
受け止められ、弾き飛ばされても、愚直に全ての攻撃を確かめ、
確信する。
俺は弱い、と。
考えてみれば、俺の配下の主力5名。付け加えるなら、シュナに
スキル
クロベエも。
皆、俺の技能の一端を受け継ぎ、その能力に於いて俺を凌駕する。
ランガの﹃黒稲妻﹄
ベニマルの﹃炎熱操作﹄
シュナの﹃解析者﹄
ハクロウの﹃思考加速﹄
シオンの﹃剛力﹄と身体強化
ソウエイの﹃魔力感知﹄と特殊能力
クロベエの﹃研究者﹄
574
各々の能力を見れば、俺より上なのだ。
強みと言えば、俺は全てを扱えるという一点。
一人一人と1対1で戦うならば、全力を出せば勝てると思う。し
かし、数名同時だと負けるだろう。
エネルギー
それなのに、コイツは主力5名を上回る。
決定打に欠ける5名は、いずれ魔素量が尽きて敗北するだろう。
まともに戦って、俺の勝てる相手では無いのだ。
そう。
まともに戦うならば・・・。
レベル
ベニマル達が、何故俺より強い能力を持てたのか?
ハクロウが強いのは、自ら鍛え習得した技量が高いからである。
そこには不思議は無い。しかし、その他の者は?
いや・・・、逆に考えてみる。本当に俺より強いのか?
その答えは・・・
そもそも。
俺の能力の大半は、魔物から獲得したモノである。
ド
生まれつき持つ能力では無いが故に、まともに能力を理解する事
から始める必要があった。
ライバー
車に乗れる=免許を持っているでは無いのだ。まして、プロの運
転手に勝てる道理は無い。
しかし、だ。
俺がこの世界へと転生を果たした時、既に持っていた能力もある。
それは、生まれつき所持していた能力。
スキル
俺に馴染み、意のままに操る事が出来る、その能力。
その能力ならば、俺にも使いこなす事が可能なのだ。
そして一言、命令する。
俺の身体を制御する事を許す。意のままに操れ、﹃大賢者﹄よ!
575
︽了。自動戦闘状態へ移行します
︾
そしてそれこそが、先の問への答えである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
オーク・ディザスター
豚頭魔王は戸惑った。
先程戦った強力な魔物達、5匹の餌を料理し食べようとした矢先
に、一体の魔物が立ち塞がったのだ。
エネルギー
つまらぬ相手だ。そう感じた。
魔素量は確かに高い。5匹の餌に匹敵するか、上回っている。
しかし、無駄な攻撃を繰り返すその魔物は、一つ一つの攻撃が弱
い。
先程の5匹の劣化版とも呼ぶべき攻撃を繰り返すのみだ。
多彩な攻撃は評価に値するが、自らの脅威には為りえない。そう
感じたのだ。
エサとして考えると上質なので、それはそれでいいのだが・・・。
それまで、愚直な攻撃を繰り返していた相手が、突然立ち止まっ
た。
576
そして、仮面を取り外す。
現れたのは、幼い子供の外見に相応しく、銀髪の可愛らしい少女
のような顔。
何のつもりだ? そう思った時、
ザスッ!
左腕の肘から先が切断され、宙を舞った。その切り飛ばされた腕
の先を黒炎が燃やし尽くす。
同時に、子供の姿をした敵が持つ刀が、黒炎に溶かされて燃え尽
きた。
敵? そう、敵だ。
今までエサと思っていた相手。しかし、今は違う。先程までとは、
圧倒的に異なるその存在感。
相手の武器が溶けて消えた事など、何の意味も持たない。相手の
オーク・ディザスター
能力がそれだけ高い事の証明なのだから!
進化し、初めてまみえる敵の存在に、豚頭魔王の全身に緊張が走
る。
そして感じる違和感。
おかしい・・・腕の再生が始まらない!
慌てて腕の先を確認すると、いつまでも消える事なく黒炎がそこ
まりょく
で燃えていた。再生を封じていたのだ。
妖気が敵と繋がっている。つまり、この技を仕掛けた相手を殺さ
オーク・ディザスター
ぬ限り、炎が消える事は無い。
豚頭魔王の目に怒りが灯る。
ミートクラッシャー
肩口から腕を引き千切って、根本から腕を再生させた。そして、
肉切包丁を全力で振り下ろす。
小さい子供のような相手など、この一撃に耐えうる術などないの
だ!
しかし。武器を持たないハズのその子供は、無造作に何も持たぬ
577
カタナ
ハズの両手を突き出し、いつの間にか両手の間に出現した刀で受け
止める。
先程、自らの術で燃やしてしまった武器と寸分狂わぬその刀で。
ミートクラッシャー
先程を上回る速度で切り込んで来る。
オーク・ディザスター
慌てて受けた肉切包丁と刀がぶつかり、両方ともに黒炎に飲まれ
て溶け去った。
オーラ
コイツは、自らの全力で食い殺さなければならない! 豚頭魔王
オーラ
の妖気が膨れ上がり、周囲に衝撃波を放った。
デ
拳に妖気を纏い殴りつける。相手も拳に装甲を纏い、その攻撃を
弾いた。
スマーチダンス
こちらに向け、魔力弾を撃ってくる。それを飛び退り躱すと、餓
鬼之行進演舞を撃ち返した。
ウエルモノ
空中で7つに分裂し、次々に対象へと襲いかかる魔力弾。一発一
発がユニークスキル﹃飢餓者﹄により強化され、腐食効果が付与さ
れている。
この攻撃で死ぬ事が無いだろうが、ダメージは受けるだろう。
案の定、傷ついている様子ではあったが、何事もなく立っている。
その身体を先程までとは異なる鎧が覆っていた。今の攻撃を耐え
たのは、その鎧の能力のおかげでもあるようだ。
自分がそうであるように、相手もまた進化の途上なのかもしれな
い。
オーク・ディザスター
腹ガヘッタ。アイツヲ喰イタイ!!!
豚頭魔王は思う。さっきの5匹など、どうでもいい。今すぐ目の
前のコイツを喰らうのだ!
相手に掴みかかり、がっぷりと組み合った。
力は若干だが自分が上。拮抗しているが、やがては押し潰せる。
そう思った時、足を蹴り砕かれた。
オーラ
下段への回し蹴りにて、膝を砕かれ地に蹲る。それでも手は離さ
ない。
手の平から黄色い妖気が漏れ出し、相手への侵食を開始した。
578
ウエルモノ
ユニークスキル﹃飢餓者﹄の能力であり、相手を直接に腐食させ
るのだ。
そして、相手の生命活動を停止させ、自らの養分へと変換する。
喰イタイ! その思考一色に染まり、能力の全てを腐食へと注ぎ
込む!
やがて、相手は抵抗虚しく、徐々にその身体を溶け崩れさせてい
く・・・。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
俺の思い通りの展開になった。
ユニークスキル﹃大賢者﹄のサポートを全面に受けて、能力を駆
使し戦った。
今までにない、最適化された戦闘方法。﹃黒炎操作﹄も簡単に扱
える。
さらには、﹃身体装甲﹄は﹃全身鎧化﹄へと変化した。鎧の性能
を取り込み、補強した形である。
俺には使いこなせていなかった能力も、﹃大賢者﹄のサポートを
受けるならば容易く扱えた。
オーク・ディザスター
それでも、地力の違いは如何ともし難い。やがては、俺の動きに
レベル
対応しだし、豚頭魔王が優位になったかも知れない。
能力を使いこなせても、技量は上がらないのだ。
579
オーク・ディザスター
豚頭魔王も進化したてであり、その能力を使いこなせていない。
故に、現在は有利に戦えていただけの事。
だからこそ、この形に持ち込む必要があった。
瞬間的に相手を圧倒し、最も相手の得意とする能力での戦いへと
誘導する。
オーク・ディザスター
全ては計画通り。
豚頭魔王は俺を腐食させ、喰うつもりだ。
スライム
だがな、俺もお前を喰うつもりなんだよ!
オーク・ディザスター
スライム
俺は、粘体生物だ。本来使えるスキルは、﹃溶解,吸収,自己再
生﹄のみ。
俺の自己再生は、豚頭魔王の能力に劣る。しかし、粘体生物であ
る身体は、腐食への耐性は高い。
俺も最初から、お前を喰うつもりだった。こういう風に!
相手の腐食攻撃で溶け出したように思わせつつ、崩れた身体を操
作し、相手に絡みついていく。
徐々に、相手の手の平から腕を伝い・・・。
相手が気付いた時は、既に手遅れ。
スライム種の本来の戦闘方法で相手を取り込んでいた。
慌てて引き剥がそうとするが、既に全身を覆っている俺に効果は
ない。
無駄だったろ? 残念だけど、せっかくのご自慢の再生能力も、
こうなってはどうしようもないだろ?
状況は膠着状態へと移行した。
俺の溶解攻撃に対し、再生能力で対抗してくる。同時に、俺への
ウロボロス
腐食を仕掛けてくるが、その攻撃は俺の自己再生で防げるレベル。
お互いがお互いを喰らい合う。それはまるで、自之尾喰蛇に似て
いて、否なる現象。
相手を喰い尽くした方が勝利する。
単純だろ?
580
俺が勝つ為に、この状況へと持ち込む事こそが、勝利条件。
使いこなせない能力に頼らずに、根源より本能の赴くままに行使
可能な能力に頼る。
スライム
俺の持つ能力。
粘体生物の保有する﹃溶解,吸収﹄能力は、﹃捕食者﹄との相性
がとても良い。
プレデター
ウエルモノ
溶かし、吸収すると同時に、﹃捕食者﹄の能力が発動する。
オーク・ディザスター
それは捕食者だから。
スカベンジャー
豚頭魔王、お前の持つユニークスキル﹃飢餓者﹄は確かに強力な
スキルだろう。
しかし、だ。お前のは、腐食者なんだよ。
何でもかんでも喰うのは凄いけど、倒して喰う事に特化した俺の
能力の方が、この場合は優れている。
クラウモノ
お互いが相手の事を喰い続けるのならば、先に能力を獲得するの
はこの俺なのだから。
俺の能力、ユニークスキル﹃捕食者﹄によって!
オーク・ディザスター
生きている相手からも能力を解析し得る俺に、相手が死んでから
しか能力を奪えない豚頭魔王。
この瞬間に勝負は決したのだ。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
どれ程経ったのか。
俺たちはお互いに相手を喰いあっている。
勝利を確信し、捕食に集中していると、
オレは負けるワケにはいかない。
オレは同胞を喰った。
581
オレは負けるワケにはいかない。 オレは魔王にならねばならない。
ゲルミュッド様を喰ったから。
オレは負けるワケにはいかない。
同胞は飢えている。
オレは負けるワケにはいかない。
腹いっぱい喰うのだ!
流れ込んでくる思念。
ふん。バカじゃねーの?
お前が何を思おうとも、既に俺の勝ちだってーの。
だが、オレは負けるわけにはいかない⋮
オレは同胞を喰った。
オレは⋮罪深い⋮
だから、負けられぬ。
無駄だって。
教えてやるよ。
この世は所詮、弱肉強食。お前は負けたんだ。
だから、お前は死ぬ。
だが、オレは負けるわけにはいかない⋮
オレが死んだら、同胞が罪を背負う。
オレは罪深く、飢えぬ為には、何でもやる覚悟がいるのだ!
オレは魔王になる。
オーク・ディザスター
皆が飢える事の無いように、オレがこの世の全ての飢えを引き受
けるのだ!
そうだ!
オレは、豚頭魔王。この世の全てを喰らう者。
582
それでも、お前は死ぬ。
だが安心しろ。
俺が、お前の罪も全て喰ってやるから。
何⋮だと?
オレの罪を⋮喰う?
ああ。
お前だけじゃなく、お前の同胞全ての罪も喰ってやるよ。
オレの⋮同胞も含めて⋮罪を喰うのか⋮
お前は、欲張りだ。
そうだな。
俺は欲張りだよ。
安心したか?
安心したなら、お前も喰われて大人しく眠れ。
ああ⋮
オレは負けるわけにはいかなかった。
だが⋮
眠いな。ここは⋮暖かい。
強欲な者よ。
貴方の行く道が、平穏である事などないだろうに。
それでも、オレの罪を引き受けてくれる者よ⋮
感謝する。
オレの飢えは今、満たされた!
オーク・ディザスター
豚頭魔王。名をゲルミュッド。
583
たった今、俺の中で、奴の意識が消失した。
オーク・ディザスター
ウエルモノ
︽確認しました。豚頭魔王消失。
クラウモノ
ユニークスキル﹃飢餓者﹄はユニークスキル﹃捕食者﹄に吸収さ
れ、統合されました︾
俺の勝ちである。
腹ペコな奴が、飢える事無きこの俺に勝てるハズ無いのだ。
オーク
そして、俺は目を開ける。
奴と、奴の同胞、豚頭族の罪もその身に背負って。
オーク・ディザスター
﹁俺の勝ちだ。安らかに眠るが良い、豚頭魔王ゲルミュッド!﹂
静寂に包まれたその場所で、俺は勝利を宣言した。
その瞬間、ゴブリン&リザードマンの陣営からは歓声が、オーク
オーク
陣営は悲嘆の嘆きがそれぞれ発生する。
こうして、豚頭族の侵攻はこの時をもって終了する事となる。
お互いに喰い合っている際に流れ込んで来た思念により、ゲルミ
オークロード
魔王
に後ろ盾となってもら
ュッドの野望が原因であった事は判明した。
そして、ゲルミュッドが何体かの
うべく接触していた事も。
その辺りの事は、自我の定まらぬ豚頭帝に得た知識であり、定か
ではなかった。
オーク
だが、警戒するに足る情報である。
更に、豚頭族もこのまま放置する訳にもいかない。
問題はまだ解決してはいない。
この日の翌日。
この後、ジュラ大同盟成立として歴史に刻まれる、重要な会談が
行われる事となる。
584
41話 捕食者︵後書き︶
最後、上手く纏まらなくて苦労しました。
585
42話 ジュラの森大同盟
戦いは終わった。
強烈にヤバイ相手だったと思う。
もし、完全に進化完了していたら⋮。恐らく、倒す手段が無くな
っていたかも知れない。
今だったからこそ勝てたのだ。
欲を言えば、進化する前だったら楽勝だったのに! という程度。
その点はついてなかったが、倒せた点は幸運だった。
何よりも!
ウエルモノ
そう。ゲットしましたユニークスキル!
グラトニー
ユニークスキル﹃飢餓者﹄そのモノを獲得では無かったけど、能
力は引き継いでいる。
というか、俺の﹃捕食者﹄も変質し、﹃暴食者﹄になっていた。
能力の解析を行い、そっと閉じた。
いやいや。非常に危険な能力だったのだ。
そんな俺に、
﹁む? 何だか、力が沸いて来たような⋮﹂
﹁傷の回復が早い! 体力が全快になりましたけど?﹂
﹁確かに⋮﹂
などと言う声が聞こえる。
グラトニー
むぅ。どうやら、間違いないようだ。
ユニークスキル﹃暴食者﹄の能力。
それは、
グラトニー
︽解。ユニークスキル﹃暴食者﹄へと変質し追加された効果⋮
586
腐敗:対象を腐敗させる。腐敗効果の付与。生物ならば腐食する。
魔物の死体の一部を吸収した際、能力の一部を獲得可能。
︵※ランダム︶
供給:影響下にあるか若しくは、魂の繋がりのある魔物へ対し、
能力の一部の授与を行える。
︵※対象の所有する魔素量により獲得制限が存在する︶
︾
食物連鎖:影響下にある魔物の得た能力を獲得可能。︵※全対象︶
以上の3つが、統合され追加された能力です
という感じ。捕食者の5つの能力はそのままに、追加して3つの
能力が加わったのだ。
ついでに、胃袋の容量が倍以上に増えている感じだけど。
これはつまり、ベニマルやランガ達の進化した能力も俺が使える
︾
ようになったという事では?
︽解。可能です
マジかよ。
どうやら、俺の能力が強化されると配下も強化するし、その逆の
現象も起きるという事のようだ。
あまりにも恐るべき能力となったものである。
レベル
流石に、知識の共有等出来ないし、魔法等も伝達しないようだけ
ど。
無論、技量は自分で上げる必要がある。日々の努力は大切なのだ。
しかしまあ、途轍もない能力を獲得したものだ。
587
オーク・ディザスター
流石は、豚頭魔王。
ゲルミュッドを先に食べられた時は残念に思ったけど、お釣りが
来るほど良い能力である。
しかも、運良く継承していたのか、︿飛行系魔法﹀を習得出来た!
俺の場合、呪文の詠唱は必要無い。意のままに飛翔が可能となっ
たのだ。
まあ、ゆっくり飛ぶ練習からして、その内、音速飛行出来るよう
になる予定である。
獲得したユニークスキルだけでは無く、﹃大賢者﹄が最適化を行
ったおかげで、能力も統合されている。
そもそも、全部同時に擬態出来ないと思っていたが、可能だった
ようだ。
それに、﹃魔人化﹄と念じれば、人化の状態での最強形態へと移
行可能になった。
ここらもまた、今後ゆっくり研究していく必要があるだろう。
ともあれ、戦は終わりを告げたのである。
戦場に満ちた喜びや、悲しみ、そして絶望の思いが渦巻いている。
さてさて。
毎度思うけど、闘う事そのものよりも、戦後の後始末は大変なの
オーク・ディザスター
だ⋮。
豚頭魔王討伐の翌日。
湿地帯中央に仮設されたテントに、各々の種族の代表が集ってい
た。
俺たちは、俺とベニマル。そして、シオン、ハクロウ、ソウエイ
である。ランガは俺の影の中。いつも通りである。
俺はスライム状態で、シオンの膝の上に収まっている。
588
オーク・ディザスター
そもそも、豚頭魔王を倒す時に、思いっきり正体バレしてるから、
リザードマン
今更隠す必要も無い。
蜥蜴人族からは、首領と、親衛隊長と副長。
ガビルは反逆罪で捕らえられて、牢に入れられたそうだ。親子と
は言え、示しが付かないと不味いのだろう。
バカな奴だが、面白い所もあるんだけどね。口を挟める雰囲気で
オーク
オークジェネラル
もなかったので、仕方ないのだ。
豚頭族からは、豚頭将の最後の生き残りと、部族連合代表の10
大族長達。
オーク
皆顔色悪く、沈鬱な表情で俯いている。
オークロード
今回の騒乱の原因となったのは、豚頭族である。
いくら、豚頭帝に操られていたとは言え、彼等に責任が無いとい
う事にはならない。
それが判っているからこそ、表情が優れないのだろう。
さらに、持ち込んだ食料が底を尽きかけているのも原因だろう。
ソウエイの報告によると、兵糧はそんなに準備されていなかった
との事。
共食いによる、ユニークスキルの影響を受けて、飢えながらも進
撃が可能だっただけの話。能力の影響下から出て、共食いなど出来
るものでは無い。
彼等の、抜き差しならぬ現状が、重い空気を作りだしているのだ。
戦争責任を追求されても何もしようがないだろうし、賠償など行
う能力も無い。
それどころか、氏族を飢えさせている現状をどうにもする事が出
来なかった事が、戦争の大本の原因なのだ。
オ
どのみち、数が減ったとは言え未だ15万もの兵がいるのだ。飢
えさせず、全員に渡る食料は無い。
ーク
それだけの兵がいても、戦争を継続する能力が無い事こそが、豚
ウエルモノ
頭族の追い詰められた状況を証明していた。
ユニークスキル﹃飢餓者﹄の影響下に無ければ、本当に飢えて死
589
ぬだけなのだ。
15万もの兵というが、実際には女性や若者、子供まで混ざって
いた。全部族総出でやってきたのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
原因は、大飢饉。
魔大陸側は、豊かな大地であり、魔王の庇護下にある安全な場所
である。
強力な魔獣や魔物が暴れたとしても、魔王配下の魔人により、安
全は守られている。
だが、その代償は当然あった。それが、高額の税である。
豊かな大地に住む権利を得る代償として、大量の農作物を納める
オーク
必要があったのだ。
すぐに繁殖する豚頭族は、鉱山での労働力や、農地での労働力と
して、魔王に必要とされていたのである。
しかし。税を納めぬ者に与えられるのは、死! である。
魔王が手を下す事は無い。
魔大陸は、危険な場所でもある。豊かな資源を狙い、数多の魔物
が襲ってくるのだ。
その魔物達から守る税を納めない者を、魔王が守る事は無い。
必然、その地は危険な場所と化す。
590
繁殖力の高いオークなど、大半が死んでしまったとしても直ぐに
必要数に戻るのだ。
増えすぎれば間引く必要があるが、放置していても問題ない。
彼等は、大飢饉により、納める税が足りなかった。
故に、魔王はオークの守護を放棄し、彼等は安住の地を追われる
オークロード
ように逃げる事となったのである。
襲い来る飢えの中、豚頭帝が生まれたが、未だ力弱く魔物に対抗
しえないでいた。
彼等は彷徨うように、ジュラの森近郊まで逃げる。
その時、彼等に手を差し伸べたのがゲルミュッド。
ゲルミュッドの思惑に気付く事無く、彼等は差し伸べられた手を
掴んだ。
こうして、ゲルミュッドの支援を受けて、オークの騒乱は始まっ
たのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
会議は重々しい空気で開始された。
ハクロウが進行役である。
最初、リザードマンの親衛隊長にその役をお願いしたのだが、引
き受けられなかった。
591
﹁私には、過ぎた役割であります!﹂
そう言って、固辞されたのだ。
敗者側から出す訳にもいかず、こういうのが似合いそうなハクロ
ウに押し付け、いや、お願いしたという訳である。
ハクロウが会議の開始を宣言してから、誰も口を開かない。
皆一様に、俺を見て来るだけである。
面倒くさい。正直、会議は嫌いなんだよね。
仕方ない。
﹁まず会議を行う前に、俺の知りえた情報を伝えたい。聞け!﹂
オーク・ディザスター
そう話を切り出した。俺がそう言った事で、皆顔を引き締め此方
を向く。
それを見返し、豚頭魔王の知識とソウエイの調べた情報を皆に告
オーク
げる。
オーク
豚頭族が武力蜂起する事となった原因と、現在の状況を。
豚頭族の代表は、俺からその話が出るとは思っていなかったらし
く、驚いて俺を凝視している。
俺の話が進むにつれ、涙を流す者もいた。言い訳もさせて貰えず
に、代表は殺されても文句は言えないとでも思い込んでいたのだろ
う。
話を終える。
そして、ハクロウに目配せし、会議の進行を促した。
﹁うぉっほん! じゃあ、まずは今回のオーク侵攻における損害に
ついて、確認を!﹂
そうして、会議は動きだす。
592
リザードマン
蜥蜴人族の首領が、自分達の被害を報告する。
それに俯き、言葉を発する事の無い、オークの代表達。
オーク
﹁では首領殿、豚頭族に対して要求はありますかな?﹂
被害の確認から、それに見合う補償の要求へと話が進んだ。
実際の戦争なんて体験した事ないから判らないけど、勝った側が
有利となるのは一緒なんだろう。
こんな会議の進行なんて、俺には無理だわ。
﹁特には。今回の勝利、そもそも我等の力では無い。リムル殿の助
けあっての事ですので!﹂
補償の放棄とも言える事を言う、首領。
オーク
もっとも、出来る事の方が少ないだろうけど。
さてと。今度は豚頭族に話を聞こう、そう思いオークの族長達を
見た時、
﹁発言をお許し頂きたい! 今回の件、我が命にて贖わせて欲しい!
無論、足りぬとは思うが、我等に支払えるモノなどないのだ!﹂
オークジェネラル
豚頭将がそう叫び、俺へと訴えかけてきた。
必死の形相で、言い募る。
自分はBランクの魔物であり、かなりの量の魔素を得られるだろ
うから、それで皆を許して欲しい! と。
そんな事はする気は無いし、問題は、そこではないのだ。
やはり、会議は面倒だな。
もういいや。好きにさせて貰う事にしよう。
﹁待て。リムル様がお話があるそうじゃ!﹂
593
オークジェネラル
ハクロウが場を取り成す。
豚頭将も黙り、俺を見る。
その他の者も、同様に俺を見つめてきた。この雰囲気は苦手であ
る。
﹁ええと、こういう会議は初めてで、苦手なんだ。だから、思った
事だけを言う。
その後、俺の言葉を皆で検討して欲しい﹂
オーク
そう前置きしてから、俺は自分の考えを話し出した。
リザードマン
まず最初に、豚頭族に罪を問う考えは無い事。
オーク
次に、蜥蜴人族と同盟を結びたいという事。
最後に、豚頭族も同盟に参加させたいという事を。
オーク・ディザスター
﹁というのが、俺の考えだ。皆の思いはあるだろうが、オークに対
する処罰は行わない。
何故ならば、それが豚頭魔王との約束だからだ。
オーク全ての罪も俺が引き受ける。文句があるならば、俺に言っ
てくれ!﹂
そう告げた。
俺を驚きとともに見つめるオーク達。
対し、リザードマンの首領が問いかけてきた。
﹁我等にその事に対する不満は御座らぬ。しかし、お聞きしたい事
が⋮﹂
﹁何でしょう?﹂
﹁戦は終わりました。なのに、何故同盟を?﹂
﹁その事か。説明すると⋮﹂
594
そして俺の考えを説明する。ジュラの森大同盟計画の構想を!
そもそも、この場で処罰無し! 解散! となった場合、生き残
ったオーク達は結局飢えて死ぬ。
統率も取れずに、各個にリザードマンやゴブリンの村を襲うだろ
う。
何しろ、食べる物が無く、生きる場所が無いのが原因なのだ。解
決しないままでは意味が無い。
そこで、この同盟である。
リザードマンからは良質の水資源と、魚等の食べ物を。
ゴブリンからは、あまり期待出来ないけれど。
俺たちの町からは、加工品。
オーガ
そして、オークからは良質な労働力を提供して貰うのだ。
住む場所は、湿地帯を抜けた先。元、大鬼族の支配していた地域
である。
あそこも、山の麓に広がる森であり、豊かな資源が取れそうな場
所であった。
広さ的には、同時に15万は無理だろうが、山岳地帯、麓部、川
辺、森林内部と分けて住むのに場所は困らない。
氏族の多いオークならば、各地区毎に住み分けを行えばなんとか
なるだろう。
住む家等の技術支援は、俺たちで行う。ただし、扱き使わせて貰
うけれど!
何しろ、俺たちの町も人口が少なすぎて手付かずな事が多いのだ。
ここで一気に労働力を獲得したい。
そういった内容をここで説明していった。
皆一様に、俺の説明に聞き入っている。
先ほどまでとは異なり、異様な興奮が彼等から熱気となって伝わ
ってきた。
不安が払拭され、希望が心に灯るかの如く。
595
何故か、俺を抱き抱えるシオンが偉そうにフフン! と胸を反ら
したのが納得いかないけど。
でも、胸が俺にあたって、プヨヨン!
まあ許そう。俺は寛大だ。
﹁わ、我々も⋮、参加させて頂けるのですか⋮﹂
オークジェネラル
豚頭将が恐る恐る、問いかけて来た。
﹁働けよ? サボる事は許さんよ?﹂
﹁も、勿論です! 命がけで働かせて貰います!!!﹂
涙を流し、感激に震えるオーク達。
﹁我等には異論は無い。どころか、ぜひ協力させて頂きたい!﹂
リザードマンの首領も力強く頷いた。計画への参入に乗り気であ
るらしい。
これで皆の同意を得て、ジュラの森大同盟は成立に向けて動き出
せる。
だがな、問題が残ってるんだよ。
非常に大きく、悩ましい問題が!
興奮してる所、非常に悪いけど、その問題を突きつける。
﹁静まれ。さて、皆賛成してくれた所で、最大の問題を解決する必
要がある!
それは⋮、食料問題だ!
オークの生き残り、15万を飢えさせないようにしなければなら
ない!
皆の知恵を貸して欲しい!﹂
596
最後の難問。
それがこの食料問題。オークの持つ食料の残りは3日分。
今から農作物を育てても間に合わないし、魚を捕まえるにしても
根絶やしにしてしまう。
とても困った問題なのである。
リザードマンの持つ食料の予備は、1万名が半年暮らせるだけの
量があった。
それを全て放出しても、15万を養うには12日分くらいしか無
い。
さてどうしたものか⋮。
この問題を突きつけられ、皆が頭を悩ませる事になった。
そんな時。
﹁会議中、失礼します! どうしてもお目通りしたいと、使者がお
見えです!﹂
と、伝令のリザードマンが飛び込んで来た。
何やら大慌てしている。
ハクロウに合図を送ると、
﹁通せ!﹂
ハクロウの返事を受けて、伝令が飛び出て行った。
使者だと? どこからだ? 俺の疑問に答えるかのように、一人の人物が案内され、テントへ
ドライアド
と入って来た。
樹妖精。
美しい緑色の髪の美少女である。北欧系とでも言うのか、白い肌
に彫りの深い目鼻立ち。
597
ふっくらとした唇に、青い瞳が良く似合う。人間で言うところの、
トレント
16∼18歳くらいの見た目であった。
ドライアド
森の上位種族、樹人族の守護精霊でもある。魔物の区分としては、
Aランクの中でも上位になるそうだ。
会議室内に驚きの声が上がった。
そりゃ、皆も驚くというもの。後で聞いたのだが、樹妖精が姿を
見せるのは数百年ぶりらしい。
寿命の長い彼女達︵寿命は無いとも言われている︶は、滅多に聖
域たる棲家から出て来ないのだ。
ドライアド
伝令の慌てぶりも納得である。
樹妖精は入って来て皆を見回し俺に目を止めると、
ドライアド
﹁初めまして、皆様!
オークロード
わたくし、樹妖精のトレイニーと申します。お見知りおきを。
さて、本日参りましたのは、豚頭帝を討伐するのが目的でした⋮
けれど、どうやらそれは達成された様子。
帰ろうかと思ったのですが、挨拶だけでもと思い立ち寄ったので
す。
そうしましたら、何やらお困りのようでしたので、声をかけさせ
て頂きました!﹂
朗らかな笑顔でそう述べた。
見た目に比べ、落ち着いた物言いであった。
更に続けて話し始める。
トレント
﹁何でも、食料が足りないのでしょう? 私、お役に立てると思う
のです。
でも⋮、
私の守護する種族、樹人族も、この同盟に参加させて頂くのが条
件ですけれど!﹂
598
俺たちに否やは無い。むしろ、願ったり叶ったりだ。
しかし、
﹁ええと、お話は有難いのですが、何故この同盟に参加したいと?﹂
俺が代表して尋ねた。
すると、
トレント
﹁樹人族は、自ら移動の出来ない種族です。
ですから、多種族との交流はそれほどありません。
もし、外敵に襲われた場合や自然災害が起きた場合等、自分達で
ドライアド
はどうしようもないのです。
私たち樹妖精ならば、多少の外出は可能なのですが、数が少なく
て⋮
ひと
同盟に参加したら、困った時に助けて頂けるのでしょう?﹂
純真な笑顔でそう言った。
もしかして、信じているのか? 他人の善意を。
心から、他人を信じているのだろうか? 他者と交わる事が無か
ったから、疑う事も無いのか?
彼女の笑顔からは、裏の思惑は読み取れない。
俺には彼女を裏切るつもりも、動機も無い。
それでも、他人を簡単に信じる彼女には危うさを感じたのだが⋮
﹁当然です! 困ったら、我等の主リムル様が何とかして下さいま
す!﹂
フフン! とシオンが勝手な事を言い出した。
何とか出来る事と出来ない事があるだろうよ! 何を言い出すん
599
だ、この娘!
俺は慌てたが、既に手遅れ。
﹁まあ! やはり、そうでしたか!
それでは、今後とも宜しくお願い致しますね!﹂
笑顔で話は纏まっていった。
えっと⋮、なんで、決定の瞬間に俺の意見を確かめないんだ⋮。
まあいいけどね。
ここは、やれやれ! とでも言っておくのがいいのだろう。
こうして、ジュラの森大同盟は締結された。
参加種族は、
ゴブリン
リムルと愉快な仲間達。
リザードマン
子鬼族
オーク
蜥蜴人族。
トレント
豚頭族 樹人族
である。
この同盟の盟主には、なし崩し的に俺が着く事となった。
この日、俺の名前が初めて歴史に刻まれたのである。
600
ステータス
名前:リムル︵ディザスター︶=テンペスト
種族:スライム︵人化可能︶
魔物を統べる者
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:︿気闘法﹀︿飛行系魔法﹀
技能:スライム固有スキル﹃溶解,吸収,自己再生ex﹄
ユニークスキル﹃大賢者﹄思考加速・解析鑑定・並列演算・
詠唱破棄・森羅万象
﹃暴食者﹄捕食・解析・胃袋・擬態・隔離・
腐敗・供給・食物連鎖
﹃変質者﹄融合・分離
エクストラスキル﹃分子操作﹄﹃黒炎﹄﹃黒雷﹄﹃結界﹄
﹃影移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃熱源感知﹄﹃音波探知﹄﹃超
嗅覚﹄﹃威厳﹄
﹃剛力﹄
戦闘スキル⋮﹃毒麻痺腐食吐息﹄﹃全身鎧化﹄﹃粘鋼糸﹄
﹃思念操作﹄﹃分身化﹄﹃魔人化﹄﹃炎化﹄
擬態:炎巨人,黒狼,黒蛇,ムカデ,蜘蛛,蝙蝠,蜥蜴,子鬼,
豚頭
耐性:熱変動耐性ex
物理攻撃耐性
痛覚無効,熱攻撃無効,腐食無効
電流耐性,麻痺耐性 601
42話 ジュラの森大同盟︵後書き︶
えらく書くのに苦労しました。
纏めに入ると結構悩みます。
602
43話 戦の後始末
大同盟が成立したその日、それは魔物達にとって忘れる事の出来
ない記念すべき日となった。
一人一人に名が授けられる事になったのだ。
なんてな。
ゴブリン
格好よく言われても、名前付けるの誰がすると思っているんだよ。
15万って、おま。無茶ぶりもいいとこだろ。この前、子鬼50
0匹に名前付けるのに3日くらいかかったんだぞ。
ランクに近い魔
15万に名前付けるの待っている間に、飢えて死んでしまうわ!
オーク
今回は見送ろうかとも思ったのだが・・・。
C+
コイツ等、豚頭族の罪を喰う必要もある。
そもそも、本来Dランクのオーク達が、
オークロード
素量を有する程強化されているのだが、これは2週間もせずに元に
戻るのだ。
理由は、豚頭帝による能力の影響下での強化であるからだ。
であるならば、失われる魔素を俺が喰い、同等量を与える。これ
で、俺の疲労無く名を授ける事が可能となる。
となると、問題は名前なのだが・・・。こうなってくると、アル
ファベットを持ち出しても無理だ。
大種族事に区分けしたり、セカンドネームを入れたりしても、管
理が面倒になる。
残された道は、究極にして、至高。無限の可能性を秘めた、最強
ナンバー
シリーズを用いる必要がある。
そう! 数字である。
国民総背番号とか言うけど、ぶっちゃけ、管理する側からすれば
数字は最高に便利なのだ。
603
軍事行動で、整列くらいは流石に出来る。そうして、湿地帯にオ
ーク達を並ばせた。
勝手に名前付けると嫌がるのでは?
そう思いはしたが、失われる魔素の効果が無くなると、統制も取
れない喰うだけの集団が15万匹。
これは、増えすぎなのだ。
Dランクでは、脅威では無いけれど、この辺一体を荒らし回るの
が目に見えている。
それでは、良質な労働力として期待も出来ないし、同盟の意味が
無い。
ゴブリン
また、進化したら魔物としての格が上がるので、繁殖率が落ちる
のは子鬼族で確認済みである。
という訳で、勝者の権利を行使させて貰う事にした。
が名前となる。女性なら
山
山−1F
大氏族に山,谷,丘,洞,海,川,湖,森,草,砂,という具合
山−1M
に、名前を授ける。
山の氏族なら、
となるのだ。そこからの派生は任せた。
とでも派生していけばいいさ。
ぶっちゃけ、管理するのが面倒なだけなのだけど。子供は、
−1−1M
適当にミドルネームや、アルファベットに対応するような言葉を
入れるのもいいだろうし、その辺りは自分達で考えさせよう。
という訳で、俺はオーク達から魔素を喰らい、その代償に名前を
授けていった。
氏族毎に並ばせて、男女別に整列している為、結構サクサク名前
を付ける事が出来たけど、時間は掛かった。
しかし、今回は名前にいちいち悩まずにサクっと言うだけで終わ
る。
並んだ順番で名前も決まっているようなモノ。そこに親子がいよ
うが、そんな事は知らん。
今後、自分達で納得してくれればそれでいい。
604
そんな感じで、ザクっと名前を付けていった。
記帳は各氏族の代表に任せた。紙が無いので、間違いないかの確
認だけだけど。
実際には、心配する事も無く、名付けられた本人が忘れる事は無
いのだ。
人間と異なり、魂へ刻まれた名前はお互いに判るモノなのだとか。
こうして、延々と名前を付ける日々が始まった。
一人に5秒かけずに。
それでも・・・。多少のロスは生じるので、結局名付けを終わら
せるのに、10日程かける事となった。
トレント
無論、俺が休む間も無く名前を付けている間、ベニマル達を遊ば
ドライアド
せていた訳では無い。
樹妖精のトレイニーの案内で、樹人族の集落へと向かわせている。
食糧の運搬をさせる為である。
支援してくれる食糧で、本当に15万を賄えるのか? という不
安はあったが、そこは信じるしかない。
少なくとも、1年分はあったほうが良いのだが。
運搬については心配していない。
戦争において、最も頭を悩ませるのが、兵粘である。前線で戦う
兵隊を飢えさせる事は、敗北を意味するからだ。
テンペストスターウルフ
スターウルフ
魔物とはいえ、15万匹分の食糧を運搬するのは大変である。
ところが!
嵐牙狼族は、ランガが黒嵐星狼に進化した途端、星狼族へと進化
した。
スターリーダー
ランク的には個体がBランク。上位魔物である。
最大数は100のままだが、星狼将というAランクの指揮個体を
別に召喚可能となった。
605
そして特筆すべき点として、全個体が﹃影移動﹄が可能なのだ。
ソウエイやランガのように、瞬間移動かと思うほど早く移動する
事は出来ないようだが、それでも音速で移動するより早く目的地へ
行ける。
影移動だと、全ての抵抗なく直線で目的地まで移動可能であるの
だ。
トレント
点と点を結ぶ最短距離を、通常速度の3倍で移動出来ると思えば
スターウルフ
いい。ものすごく早いのだ。
筋力もそこそこある星狼族に、樹人族の集落で食糧を渡してもら
い運搬させる。
馬車で運搬するなら、遠回りしての移動となるため2ヶ月以上は
かかるであろう距離を、1日で往復可能なのだ。
ただし、騎手であるゴブリンは一緒に移動出来ない様子。
今後、練習次第では判らないが、可能ならば出来るようになって
貰いたいものだ。
一緒に行けないゴブリン達は、俺の手伝いでオークの整列を手伝
わせている。
こうして運搬の問題は片付いた。
トレント
そして、心配していた食糧備蓄の問題だが・・・。
樹人族とは、そもそも水と光と空気と魔素で生きている魔物であ
る。
自らの魔素の余りを実に込めて実らせるのだが、それを食べるモ
ノは居ないのだ。
聖域内でしか移動出来ない種族である為、実った果実を集めて保
管しているだけなのだという。
ドライトレント
果実は、魔法植物であり、光に当てていれば乾燥し腐る事は無い。
ちなみに後で知ったのだが、その状態になったものは、乾魔実と
いう希少な果物として市場で取引されている。
結構出回る事がなく、高額な嗜好品なのだとか。
606
エネルギー
トレント
高額な理由は、濃厚な魔素量。一粒で7日は活動可能。空腹も感
じないのだ。
ドライアド
もう一つの理由は、人と交流の無い樹人族の特産品であり、管理
タダ
する樹妖精が困った人に気紛れでプレゼントしないと出回らないの
が大きな理由なのだ。
ドライアド
その事を知った時、オークに無料であげた事を若干後悔した。ま
トレント
あ、仕方ないんだけどね。
こうして、樹人族の代表である樹妖精のトレイニーの提案により、
食糧問題も片付いた。
10日後。
くたくたになりつつ、俺は成し遂げた。
頭の中を数字が駆け巡っている。しんどい。
しかしだ。俺は、やり遂げたという満足感に包まれていた。
15万だぜ? 数えるだけでもうんざりするってもんだよ。
その頃には食糧の分配も終わっていた。
一人に50粒づつ。
オーク
ハイオーク
無くすと飢える事になるのは理解しているのだろう。皆真剣に受
け取っていた。
名付けを終えて、豚頭族は猪人族へと進化した。最も、今回は俺
の魔力を用いていないので支配や被支配関係は無い。
ランクに近い状態だったのが、Cラ
彼等が純粋に自分達の意思で同盟に参加し、協力していってくれ
C+
るのを望むばかりである。
魔物の強さ的には、
ンクまで下がって落ち着いた。元はDランクだったのだし、上等だ
ろうと思う。
何より、比較的知性が上昇し、得た特質もそのまま残っている。
どのような状況にも適応する、応用力のある種族へ進化したと言
607
えるだろう。
ライダー
彼等は俺に礼を言い、各地に散って行く事になる。それに付き添
うように、ゴブリン狼兵が10名づつ付いて行く。 落ち着く先を確認し、テントの支援等を行う予定なのだ。そして
技術指導を行い、各集落を作っていく事になる。
ハイオーク
先は長いが、彼等も何れは落ち着き、暮らし向きも向上するだろ
う。
こうして、猪人族はそれぞれ旅立って行った。
オークジェネラル
ところが、残った奴もいる。
オークエリート
豚頭将とその一味が、どうしても俺の元で働きたいと言い出した
のだ。
しかしなあ⋮。
確かに、労働力が欲しいのは事実だ。
フルプレートメイル
まあいいか。気軽に受け入れる事にする。
黒い全身鎧を着た約2,000名に上る一団。豚頭親衛隊の生き
残りであった。
彼等に地形シリーズの数字を割り振るわけにはいかない。どうし
たものか⋮。
オークエリート
黄いオーラだから色分けで数字を振る事にした。
ざっと鑑定で豚頭親衛隊を眺める。そして、俺の指示通りに並ば
せた。
俺の﹃大賢者﹄の解析鑑定も、見ただけである程度の判別がつく
ようになったのである。
シュナの能力と同等になったようだ。
オークジェネラル
流石は﹃暴食者﹄の食物連鎖。効果抜群であった。
イエローナンバーズ
豚頭将を除き、順番に数字をふっていく。
これが、この後の黄色軍団の誕生の瞬間であった。男女の区別無
く数字を割り振った。
戦士に男女の区別等無いのだ。
工作用の労働力は、各集落が落ち着いてから派遣して貰う事にな
608
オークジェネラル
るので、現状は、コイツ等に働き手になって貰わないとダメだけど
ね。
そして、豚頭将である。
ある予感がしてならない。
オークロード
名前は決めている。
豚頭帝の意思を継ぎ、ゲルミュッドから取った。あのピエロの顔
を思い浮かべると多少腹は立つが、彼等にとっては恩人でもある。
奴の思惑がどうであれ、その事に変わりは無いのだ。
さて、名前を与えてみるか⋮。
オーク・ディザスター
オーラ
﹁お前の名前は、豚頭魔王ゲルミュッドから遺志を継いで貰うべく、
ゲルドとする!﹂
オークジェネラル
その瞬間、豚頭将の身体が黄色い妖気に包まれ、進化が始まった。
スリープモード
同時に奪われる大量の魔素。やべ⋮、やはりこうなるのか。
いつもの如く、俺は低位活動状態に移行したのだ。
そして翌日。
オークエリート
ハイオーク
やはりというか、何というか。予感は的中していた。
相当でB寄りの強さだった事から、全員
豚頭親衛隊の生き残り約2,000名は、進化し、猪人族となっ
た。
C+
スタ
ランクなのだが、ゴブリン狼兵は星
ライダー
ランクなので、とても強力な兵を手に入
C+
C+
ランクのままである。各方面に散った者達より上位に進化し
ただし、元が
C+
たのだ。
ライダー
ゴブリン狼兵も
れたようなものだ。
ーウルフ
もっとも、単体では
狼族と一組の魔物である。
オークジェネラル
比べるのは間違っているかも知れない。
さて、本題の豚頭将いや、ゲルドだが⋮。
609
オークキング
猪人王に進化していた。うん。そんな予感はしていたよ。
を獲得していた。
能力は、ユニークスキル﹃美食者﹄⋮[胃袋・供給・需要︵※同
エネルギー
族限定︶]
魔素量もそこそこ高く、Aランクなりたてくらいである。
流石に、同族に死体を食わせたりといった能力は失われていた。
その必要が無くなったからだろう。
スキルは、望む者の心に影響を受けるのだろう。
狂わなかったらこうであったのであろう、理性と威厳を兼ね備え
た魔物である。
こんなのが、俺の配下で満足出来るのか? ふとそう思ったが、
気にしない。
その内独立するなら、それはそれで良いだろう。
デスマーチ
ゲルドにはそんな気はさらさら無い様子だったけれども。
とまあ、こうして壮絶な名付けの死者之行進は終わった。
ゲルミュッドの奴がかけて来た技の効果が、遅れてやってきたの
かもしれん。実は恐ろしい奴だったのかも。
そんな事をチラリと思ったりした。
ゴブリンの戦士達は、先に帰ったそうだ。数が大きく減って、生
き残りは4,000名程だった。
大丈夫だろうか? 少し心配になった。だが、これは彼等の問題
であり、此方が口を出す事はしない。
過剰に手を差し伸べたりする必要は無いのだ。
リザードマン
という事で、俺達も帰るとするか!
一通りの引継ぎを終えて、蜥蜴人族の首領に挨拶をすると、俺達
は出発した。
実際には3週間程度しか経っていないが、長く戦っていた気がす
る。
610
俺だけはマジで戦っていたようなものだけどね。
森の騒乱はこうして終息したのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
リザードマン
ガビルは、父親である蜥蜴人族の首領の前に引き立てられてきた。
戦の終了と同時に牢に入れられたのだ。
朝と夕の2回、食事を差し入れされるだけで誰も何も言わない。
そんな生活が2週間続いていた。
確かに、自分は謀反を起こした事になる。それは事実だ。
良かれと思って仕出かした事であったが、結果は種族の存亡に関
わる寸前まで陥った。
自分の責任である。
言い訳する事は出来ないし、するつもりも無い。
自分は死刑だろう。その事に不満は無い。ただ⋮。
最後に受けた、ゲルミュッドからの裏切り。そんな事がどうでも
良いと思えるほどの、スライムから差し伸べられた手。
下等な魔物。そう思っていた。
スライム
それは間違いではないが、正解でも無かった。
あの魔物は、特別なのだ。
ユニークやネームドとか、そんな話ではなく、特別な魔物。
叶うならば、最後に問いたかった。
611
何故、自分を助けてくれたのか? と。
騙されて価値も無い、こんな自分を。間抜けな自分。
この2週間、ずっとその事を考えていた。
父親の前に立つ。
重い空気の中、父親の目を見つめた。
感情を見せない威厳のある父親。ああ⋮、やはり自分は死罪か。
納得する。
群れを率いる者が、弱みを見せる事は無い。規律は守らなければ
示しがつかないのだ。
恨みは無い。
黙って裁きを受けようと思った。
父親である首領の口が開いた。
リザードマン
﹁判決を申し渡す! ガビルよ、お前は破門だ。二度と、蜥蜴人族
を名乗る事は許さぬ。
また、ここへ戻る事も許さん。出て行け! その顔を二度と見せ
るな!﹂
え?
何だ⋮と?
父親の親衛隊に両腕を取られ、洞窟の外まで連行された。
外へと放りだされる。
呆然としているガビルに向けて、
﹁忘れ物だ! それを持って去るがいい!﹂
そう言いつつ、何か投げ付けられた。
荷物と一緒に纏められた、細長い包み。手に持つ重みで判った。
612
マジックウェポン
魔法武器:水渦槍だと。
ガビルの目に涙が溢れ、何か言おうと父親を見る。
しかし、声に出す事は出来ない。自分は破門されたのだ。
万感の思いを込めて、父親に礼をする。
そして、振り向きもせずに歩きだした。
前に一度訪れた、現在整備されているであろう、町へと向かって。
暫く進むと、
﹁お待ちしておりました。ガビル様!﹂
声をかけて来る者達がいた。
配下の100名の戦士達だ。
﹁な、何をしておるのだ、お前達! 我輩は、破門になったのだぞ
!﹂
﹁関係ないですよ! 我々は、ガビル様に仕える者ですので、ガビ
ル様が破門なら我々も破門されてますよ!﹂
﹁﹁﹁そうだそうだ!!!﹂﹂﹂
などと、笑顔で言って来る。
本当にバカな奴等だ。
ここは泣く所ではない。親父のように、威厳を込めて、
﹁しょうがない奴等であるな! 判った。着いて来い!﹂
そして、歩き出す。
その歩みは、先程までと異なり、自信に満ちたものであった。
613
ガビル達がリムルと合流するのは、これから1ヵ月後の事である。
614
オークキング
44話 そして町が出来た︵前書き︶
オークロード
前回の猪人王を、猪人王に変更しました。
615
44話 そして町が出来た
戦も終わり、さっさと町に戻る事になったわけだが。
約2,000名もの軍団を率いて帰るのは正直しんどい。
という訳で、ハクロウに指揮させて連れて帰って来て貰う事にす
る。
ソウエイはさっさと影移動で帰って、戦勝報告をさせている。簡
易テントを大量に用意しないといけないし、何かと忙しいのだ。
スターリーダー
ソウエイを送り出し、先行して帰る者を選別した。
ランガと星狼将一匹。二人と一人で計3人乗れるのだが・・・。
誰が先に帰るかで揉めたのだ。
シオンは世話役だから! と言い張り、ベニマルも護衛がどうの
と言い出す。
ゲルドも、胃袋での運搬に役立つと主張し、譲らなかった。
正直、どうでもいい。
まてよ! そこで思い出したのは、俺も﹃影移動﹄出来るという
事。
俺も先に帰る事にし、言い合いは終了した。
俺を乗せたがっていたランガと、一緒に乗る気満々だったシオン
が落ち込んでいたけど、知った事では無い。
﹁じゃあ、先帰るわ!﹂
そう告げて、﹃影移動﹄を行使した。
いやー、便利な技だ。異次元のように目的地まで真っ直ぐな道が
出来るのだ。
その道を︿飛行系魔法﹀で飛んで行く。
滅茶苦茶早い速度が出ている感じ。あっという間に建設中の町に
616
スキル
着いた。
この術、対象が人や魔物で無くても、町などの一度訪れた事のあ
る場所へならば、道を作れるようだ。
行きは3日かけて移動したのに、体感では1時間もかからずに帰
り着いてしまった。
恐らく、音速を軽く超えた速度になっているだろう。
俺の︿飛行系魔法﹀はまだそんなに速度を出せないのだ。それで
もこの速度が出せるなら、移動に関してはかなり優れた能力を持て
たと思う。
実験結果は大変満足のいくものであった。
ハイオーク
ランガ達は2∼3日かけて帰ってくるだろう。
ハクロウと猪人族達は最短でも1ヶ月はかかるのではなかろうか。
ともかくは、彼等が到着する前に、住むところ等の整備を行おう。
俺は町到着し、またまた歓声とともに出迎えられた。
色々な問題を残してではあるが、大きな問題は片付いたのだ。
一先ずはゆっくりと寛ぎたいものである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それから。
順当に皆が町へと帰り着き、それぞれの仕事を割り振られ落ち着
きを取り戻していった。
617
ハイオーク
町は急速に形を整えつつあった。
1ヶ月経たずに辿り着いた猪人族達は、ドワーフや熟練のゴブリ
ンの指導の元にあっという間に技術を覚えて行ったのだ。
カイジン曰く、
﹁鍛えれば、ドワーフの工作兵に劣らぬ技術を持てるかも知れん!﹂
との事。
町は労働力を得た事により、今まで滞っていた部分にも人手が入
り、一気に建設ラッシュとなったのである。
並行して、物資の運搬も順次行われている。
自分達で使わなくなったテントを解体し、オークの各集落へと届
けているのだ。
各地に散ったゴブリン達も指導を適切に行っているのか、順調に
根を張り、生活基盤を整えているとの事。
物資の交流も行い、各集落の特産品をお互いに流通し合うシステ
ムも生まれつつあるようだ。
大昔の物々交換の出だしのような状態ではあるが、自分達で考え
行動を起こしているのは素晴らしい。
まあ、まだ大規模な農耕を出来る段階ではないのだが、少しずつ
それも習得していく事だろう。
未だ種類は少ないものの、結構根性のある芋の苗が出来ていた。
これは、過酷な環境でも育つのである。栄養価もそこそこ高いの
で、贅沢を言わなければ生活は出来る。
こうして少しづつ、苗を配り育成を指導した。
再来年辺りからは、ある程度の自給自足が可能となるのでは? と期待している。
テントや苗の運搬には、ゲルドが役に立った。
618
自分で主張しただけの事はあり、テントや資材を解体したものを
スターウルフ
飲み込み、各地へと配達する。
星狼族の﹃影移動﹄に便乗出来るようになったのが大きい。
ゲルドは真面目に取り組み、真っ先に﹃影移動﹄に耐えられるよ
うになった。
そこからは早かった。
何しろ、山岳地帯への配達を徒歩で行うならば何ヶ月もかかるの
だ。それを1日で往復可能となったのである。
この事により、各集落との大きな連絡網の整備も捗った。
郵便事業の走りのようなものだ。
木版にある程度の内容を記入し、回覧板のように各集落を巡回さ
せるのだ。
最も、文字を書ける者がいないので、伝言を伝えるだけなのが怖
い。
単一の者が全ての集落を巡るので、そこまで大きく変な伝言には
ならないと信じたい。
文字の習得等、出来たらいいのだが。﹃思念伝達﹄も流石に距離
が遠すぎて無理だしね。
今後の課題である。
こうして、各々の部族間集落間での繋がりも確かなものとなって
いったのだ。
忘れてはならないヤツがいる。
ガビルだ。
あのバカ、ひょっこりと町にやって来て、
﹁いやあ、はっはっは! このガビル、リムル殿のお力になりたく、
馳せ参じましたぞ!﹂
619
などと、ぬけぬけと言い放ったのだ。
﹁斬りますか?﹂
シオンが真面目な顔で問いかけてきた。
あの顔は、本気と書いて、マジと読む。そんな顔だった。
ガビルは青ざめて、
﹁調子に乗ってました! スイマセン!
是非、我輩達をリムル様の配下に加えて下され!
必ずお役に立って、ご覧に入れます!!!﹂
と、一斉に土下座しながら言い直した。
何でも、親父に勘当︵破門?︶されて、行く所も無いらしい。
余りにも哀れなので、配下に加える事にした。
どうせすぐに調子に乗るんだろうけどね。
あれ? ふと見ると、リザードマン達の中に首領の親衛隊長が混
じっているのに気付いた。
﹁あれ? 隊長さん、何でここに?﹂
問うと、
﹁私、ソウエイ様に憧れてまして、ソウエイ様に仕えたいと思いま
したもので!﹂
﹁なんだと? 我輩を慕ってでは無かったのか!﹂
﹁私は、後ろの脳筋どもとは違いますよ! 見たらわかるでしょう
!﹂
620
などと言い合いを始めた。
大半がガビルを慕っているのは間違いないのだろうけど、何人か
は親衛隊も混ざっていたようだ。
まあ、ソウエイに仕えたいならそれもいいだろう。
﹁ソウエイに仕えるのなら話しといてやるよ。でもアイツ忍者だか
ら、お前等役立てるのか?﹂
﹁大丈夫です! そこの甘ちゃんとは、気合が違いますから!﹂
﹁な、何だと! 我輩を舐めるなよ! 小娘!﹂
何とも、仲の悪い事。
ガビル謀反の際、捕らえられたりしてお互いに根に持っているの
だろう。放置しよ。
面倒臭いので、関わらない事にした。
後で聞いた所、ガビルの妹なのだとか。
ガビルに憧れて、男として振舞っていたらしい。
彼女もガビルの血縁らしく、ちょっと変なのだろう。
ソーカ
父親の首領は立派な人だったのだけどね。
サイカ
ナンソウ
ホクソウ
﹁まあ、ソウエイの配下なら、蒼華でいいかな。
トーカ
残りの4人は、
東華,西華,南槍,北槍
って名前でいいかな!﹂
女が華。男が槍。当然、意味はなく適当だ。
この5人が親衛隊組みだった。ソウエイに任せる事にする。
名付けると、進化が始まった。
それを羨ましそうに見ているガビル。
だが、俺にはガビルに名前を付ける事は出来ない。既に名前ある
しね。
621
ガビル
って名前があるだろ!﹂
﹁ガビル君。羨ましそうにするなよ?
お前には、
ハッ! としたように、此方を見るガビル。
その時、ガビルの身体が発光し始めた。あれ? これって、進化
の前兆⋮
そう思った時、俺の身体からごっそり魔素が奪われる感覚。
また、このパターンかよ!
本当に⋮。名前の上書きみたいな事が出来るとは思わなかった。
多分、偶然なんだろうけどね。名付け親が既に死んで、たまたま
波長が合致したという事か?
理由ははっきりしないけど、ガビルに名前を付けてしまったのは
間違いない。
スリープモード
コイツは、もう少し反省させようと思ったのに、進化して調子に
乗りそうで怖いわ。
そんな事を思いながら低位活動状態に移行したのだった。
翌日から、リザードマン戦士団の100名にも名前を付けた。
アルファベットを混ぜながら適当に名前を付けた。
20人くらいで限界になる。やはり、元から上位の魔物にはゴッ
ソリ魔素を奪われるようだ。
5日程かけて名前を付けた。
というか、そろそろ俺もサボりたい。
なんだ、生前より真面目に仕事してる気がする。ガビルだ。全て
ガビルが悪い。
そうである事は間違いないので、取り合えずガビルに魔力弾を撃
ち込んでおいた。
﹁な、何をするんですか!?﹂
622
驚いて聞いてくるので、
﹁修行だ!﹂
そう言い切った。
彼は嬉しそうに納得していた。やはり、バカだ。ゴブタといい勝
負をしそうである。
ドラゴニュート
ちなみに、意味も無く魔力弾を撃ち込んだのではない。
ガビルは、龍人族に進化したのだ。
硬質で強固な龍鱗に覆われ、多重結界が自動で張られている様子。
不思議な事に、男性と女性で見た目が異なる。
男性はリザードマンからそう大きくは異ならない。翼と龍の角角
が生えて、硬質で強固な龍鱗に変質した程度。
鱗の色が緑っぽい黒から、紫っぽい黒に変色していたのが目立っ
ていた。
それに対し、女性は人間のような外見に変化した。結構美形であ
る。
ただし、龍の角と翼が生えており、皮膚を龍鱗に変質させる事も
可能なようだった。
俺が人間に擬態し、黒蛇を融合した姿に似ている。
ドラゴニュート
あの黒蛇も、龍の一種だったのかもしれない。
という訳で、ガビルの癖に龍人族など生意気だし、どの程度の防
御力か調べたかったのだ。
自分で試すのも面倒なので試し撃ちしてみたのだが、無傷だった。
普通に撃ったので、普通に殴った威力の5倍にはなっていたハズ
なんだけどな⋮。
まあ、バカだから痛みが無かったか、若しくは俺の痛覚無効が継
承されたのかも知れん。
恐竜も痛覚鈍いっていうし、案外その線であってそうだ。
623
さて、進化させたのはいいが、彼等の寝床をどうしよう?
この辺りで水場は、近くに川が流れているけど・・・。
たった100人で集落作らせても面倒なだけだし。
洞窟内部に地底湖があるけど、魚も住み着けない高濃度の魔素を
含んでいるしな。
いや、ガビルなら、きっとガビルなら耐えられるのでは?
あそこで、ヒポクテ草の栽培なんかも出来たらいいなとか考えて
いた所だし。
しかし、コイツ等の強さで洞窟内に入れるのは危険か?
親衛隊の5人は、ソウエイに任せている。
立派な忍者やくノ一に鍛えられるだろう。何しろ、アイツ、容赦
ないんだもん。
俺は怖いから、修行に付き合う気は無いのさ。
問題は、ガビル達。
ドラゴニュート
洞窟に放り込んでも魔物のエサになったりはしないだろうけど⋮。
龍人族に進化した戦士団はBランクの魔物になった。
レベル
大抵の奴には勝てるけど、ムカデには厳しいと思うけど。
A−
ランクに進化してい
戦士としての技量もあるし、武器を持たせれば大丈夫だろうか?
エネルギー
ガビルは心配なさそうだ。ガビルは
たのだ。
しかも、結構な魔素量を保有したままで。
その内、Aランクになりそうな感じだった。
﹁ガビル、お前に洞窟内部でヒポクテ草の栽培を頼みたいのだが、
大丈夫そうか?﹂
聞くと、
﹁お任せくだされ! このガビル、身を粉にして働きますぞ!﹂
624
快く返事が返ってきた。
任せよう。
何より、ガビル達が洞窟に住み着いてくれるなら、門番代わりに
もなって安心なのだ。
そうして、ガビル達は洞窟内部で今もヒポクテ草の栽培を行って
いる。
心配になって一度様子を見に行ったのだが、結構上手くやってい
た。
常に戦闘が絶えない環境で戦い続けている戦士団も、経験が上が
り強さを増している様子。
今では、5人でムカデを仕留める事も出来るようである。
頼もしい限りだ。
そのうち、もっといい武器を用意してやろう。そう思った。
こうして、時は流れていく。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
俺が町に帰り着き、2ヶ月経った。
皆も日々の暮らしに慣れ、それぞれの作業も順調に進みだした頃。
最後の客がやって来た。
625
ゴブリン達だ。
呼ばれていってみると、8,000匹近い数の ゴブリンがいた。
俺に気付いて跪く。
そして、
﹁何卒、我々も貴方様の僕に加えて下さい!﹂
﹁﹁﹁お願い致します!!!﹂﹂﹂
と、一斉に頭を下げた。
俺は考える。
ここで断ると、今後に禍根を残す恐れがあると。
自分で言ったのだ。他種族を見下すな! と。
ここで追い返すと、見下す風潮が生まれるのは確実であろう。
受け入れよう。そう決めた。
﹁いいだろう。サボる奴は追い出すが、構わないな?﹂
﹁勿論で御座います!!!﹂
デスマーチ
あっさりと受け入れを決めた。
待っていたのは、死者之行進!
またかよ! 俺の悲鳴が響き渡ったのはこの直ぐ後の事である。
グリーンナンバーズ
イエローナンバーズ
数字を駆使し、緑の戦士として名付けていった。
ゴブリン
後の緑色軍団の誕生の瞬間である。黄色軍団と双璧を成す、主力
軍団となったのだ。
今はまだ、薄汚れた子鬼族でしかないのだが。
エネルギー
一月程かけて逐次名前を付けていった。
悪い事ばかりではない。俺の魔素量の最大値も若干上がったのだ。
そりゃ、空になって満タンにし、また空にするという流れを繰り
626
返すと、少しは増えるというものだ。
こうして、ゴブリン達の名付けも終わりを迎えたのだ。
俺が名前を付け終わる頃、ようやく町に住む魔物達全員に家が行
き渡った。
ゴブリン達は纏めて寄宿舎のような建物に住んで貰う事になった
が、それでもテントよりはマシである。
汲み上げ式ではあるが、各家に井戸も設けられ、かなり文化的な
町となっている。
トイレが水洗なのも素晴らしい。
汲み取った水を手動でトイレに設置した桶に補給する必要はある
けれど、力ある魔物には些細な問題だ。
排泄の必要無い奴等もいるけどね。俺もだし。
だが、町のそこかしこが匂うなど、問題外である。
ここは譲れない点だと思った。
まだまだ、畑や牧畜等、成果の出ていない分野も多い。
これからも町を盛り立てて行きたいものだ。
ようやく、俺は安住の地を得る事が出来たのである。
オニヒト
この時点での傘下の魔物。
テンペストスターウルフ
鬼人族⋮6名
スターリーダー
黒嵐星狼⋮1体
スターウルフ
星狼将⋮1体
ライダー
星狼族⋮100体
ゴブリン狼兵⋮100名
627
ゴブリンキング
ゴブリンロード
人鬼王⋮1名
ホブゴブリン
人鬼侯⋮8名
人鬼族⋮8,657名
オークキング
ハイオーク
猪人王⋮1名
猪人族⋮1,984名
ドラゴニュート
龍人族⋮106名
そして協力者であるドワーフ4名。
一万を越える魔物達が、この地で暮らす事となる。
やっと、町が出来たのだ。
628
44話 そして町が出来た︵後書き︶
今回で﹃森の騒乱編﹄は終了です。
次回から新章!
構想を見直すので、何日か空くかもしれません。
その際はご容赦下さい。
629
地図︵前書き︶
テスト投稿
630
地図
オーク侵攻時のマップです。
※作者が適当に書いたものなので、苦情は受け付けません。
指摘されて、あまりにもおかしいようでしたら、削除致します。
間違いを書き直したりはしないと思います。
こういうのが苦手なので、申し訳ないですが、ご了承下さい。
<i71781|8371>
見て判りにくいと思いますが、ドワーフ王国の右側の入り口前の
牧草地は帝国領では無く、ドワーフ領との境界線という感じです。
事前通告を行うと、軍事行動可能区域になっています。
入り口付近にドワーフの技術で造った、巨大な橋が架かっていま
す。
それ以外で渡るならば、小船を用意する必要があります。
緑が薄いところは、軍事行動可能です。
橋を渡ってしまうと、直ぐにも攻め込めてしまうのです。
リザードマンの棲家は、山岳地帯の地下空間です。
631
地図︵後書き︶
ぶっちゃけ適当に書いてます。
多少変なところがあっても、スルーして下さい!
632
45話 観察する者達
スライム
ドワーフの王ガゼル・ドワルゴは、暗部より報告を受けると思案
に暮れる。
気になる魔物を観察するよう申し付けた暗部は、無視出来ぬ報告
を王へともたらしたのだ。
魔物の住む町を建設中。
冗談か? そう思いかけたが、暗部が冗談を吐く事など有り得な
い。
事実を端的に報告してくる。そして、報告には続きがあった。
オーク
リザードマン
豚頭族の群れが暴走を開始。
蜥蜴人族と戦闘状態に。
スライム
謎の魔物集団の参戦により、終戦。
謎の魔物達は、例の魔物の一味であると思われる。
報告書を蝋燭の火にくべて、燃やす。
瞑目し、状況を整理する。
現在、森の魔物の活性化による被害は思いのほか少ない。
ヴェルドラが存在していた時期より若干増えたのは確かだが、多
い年と比べたら差異は無かった。
最低でも、この倍以上の被害が出ると予想されていたのだ。
スライム
森の治安を維持する要因があるのは間違いない。それは恐らく、
オーク
例の魔物が関係している。
そして、豚頭族の群れの暴走と終息。
もし、オーク達が暴走を続け町へと雪崩れ込んでいたら、被害の
633
規模は想像を絶する。
その矛先が自分達へ向かなかったという保障は無い。事は、運が
良かったで済む問題ではないのだ。
至急、会う必要がある。王の判断は早かった。
敵にまわるのは避けたい。幸いにも、自分達には、ドワーフの協
力者がついている。
国外追放の件には触れず、上手く交渉を進めるべきだ。
いや⋮、それよりも確実な手を打つ方が良いかも知れぬ。
王は決断を下し行動を開始する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
4人の魔王は協定を結び、森への手出しを単独で行う事を禁止し
た。
そこまでは良かった。
では、誰が監視を行うか? そこで揉めに揉めたのだ。
少女のような魔王、ミリム・ナーヴァは思う。このボンクラ共に
任せたら台無しになるに違いない! と。
何しろコイツ等は脳みそまで筋肉が詰まったような奴等なのだ。
ここはやはり、クールで賢い自分が率先して話を進めるべきだろ
う!
634
脳筋
なのだから。
脳みそまで筋肉が詰まったような
先程、ゲルミュッドに向けて机を投げつけた事など、すっかり記
憶の中に残っていない。
、所謂
彼女もまた、自分で言う所の
奴
というよりも⋮。
彼女が一番短気で単純だというのが、彼女以外の魔王の共通認識
である事を彼女は知らない・・・。
ハーピィ
有翼族の女王であり、魔王の一人でもあるフレイはウンザリする。
またミリムが暴走するのではないか、そう思うとやってられない。
後始末をするのはいつも自分。
天空女王
スカイクイーン
とも呼ばれる
しかし、逆らえない。同格の魔王とは言え、歴然とした力の差が
あるのだ。
自分達は天空を司る者であり、自分は
存在である。
空を飛べぬ者達には負ける事など無いと自負している。
種族特有の﹃魔力妨害﹄を併用する事で、相手の︿飛行系魔法﹀
を妨害する。自力で飛べぬ者は、それだけで空より落とされ死ぬの
だ。
の二つ名は伊
魔王ともなると、かなりの高度から落ちたとしても死ぬ事は無い
が、自分に対する攻撃手段も限られてくる。
空を飛べぬ者達等、脅威では無かった。
デストロイ
破壊の暴君
だが、ミリム・ナーヴァだけは別だ。
ドラゴノイド
彼女は、竜人族。それも最強の王。
達ではないのだ。
魔力を用い、魔法による飛行をしているわけではない。
彼女は、自らの翼で空を飛ぶ。そして、魔法に頼らぬ肉体性能。
圧倒的に分が悪い。
最悪の天敵なのである。
今回も、強引に彼女に連れて来られたようなものであった。
635
適当に話をあわせつつ、会議の終わりを願う。
何も問題が起きなければいいのだけど⋮
獅子王
カリオンは気分が良かった。
彼女はそう思い、そっと溜息を吐いた。
ライカンスロープ
獣人族の
魔王会議に暇つぶしに参加したのだが、面白い見世物が見れたの
だ。
ハーピィ
何としてもあの鬼達は自分の配下に加えたい。そう思う。
有翼族の女王であるフレイは、恐らく興味を持ってない。
ミリムに強引に連れて来られただけであろう。ミリムは短気で単
純ではあったが、馬鹿では無い。
魔王の意見が割れて多数決になる事態を見越して、自分に点を入
れる仲間を連れてきたのだ。
抜け目の無い奴だ! カリオンはそう思い、そっとミリムを覗っ
た。
自信満々の顔つきである。
そもそも。ゲルミュッド如きに魔王4人も動かす力は無い。
この話は隣にいる、不気味な魔王、クレイマンが持ち込んだモノ
である。
ゲルミュッドはクレイマンの子飼いの魔人であり、その頼みを受
けて自分達に話を持って来たのだ。
何を考えているのか、紳士のような丁寧な物腰に隠して本音を見
せない男であった。
さて、ミリムとクレイマン。どちらがより難敵か⋮。
戦闘力なら、間違いなくミリムだ。
自分でもひょっとすると勝てないかも知れない。この考えも腹立
たしいが、戦力分析は正確に行わなければ負ける戦いをする羽目に
なる。
その判断でいくならば、ミリムと自分はほぼ互角。いや、若干ミ
リムが上。
636
クレイマンは自分達より下だろう。
だが!
今回は知略も大事である。となれば、言いくるめるのが簡単なミ
リムは問題外。
フレイもミリムに従うので考慮の必要なし!
敵はクレイマン。そういう結論に落ち着いた。
あとはどう話を切り出すか。
カリオンは舌なめずりしながら、作戦を考える。
クレイマンは紳士の笑顔を浮かべ、3人の魔王の様子を観察する。
アーティファクト
今回、ゲルミュッドに相談を受けた際、魔王を紹介してやったの
は自分である。
マジックアイテム
裏で話を通したのも自分であった。
ゲルミュッドは自分の持つ魔法武具や魔宝具を献上したから魔王
が動いたと考えていたようだが、実際は違う。
全て自分が手配したのだ。
ハーピィ
そして、選んだ魔王二人は最も単純な性格な者達。
有翼族の女王であるフレイも連れて来られるかも知れないとは予
想していた。フレイは慎重で狡猾だが、今回は興味を持たないだろ
う。
そういう意味で言うならば、計算どおりである。
武力に特化した二人の魔王。
いくら必死に考えても、良い知恵など出ないだろう。
出し抜くのは自分である。
上手く誘導し、ゲルミュッドの敵討ちをネタにでもして話を誘導。
情に脆い二人なら、簡単に騙されてくれる!
そう考え、話を切り出そうとした時、
﹁ねえ、思うのだけど、皆さんで一人ずつ配下の者を出し合ったら
どうかしら?
637
何なら、私の娘たちに行かせても良いのだけれど?﹂
物憂げな様子で、フレイが発言した。
一瞬固まる3人の魔王。
拒否するには理由がいるが、拒否してから単独調査に話を持って
いくのは無理がある。
それが3人が同時に考えた事。
結局、その案を呑むしかない。
3人は同時に相手の顔色を確認し、頷きあう。
﹁ふ、ふはは! ちょうど、ワタシもそう言おうと思っていた所で
あった!﹂
﹁奇遇だな。俺様もだ!﹂
﹁仕方ないですね。先に言われてしまうとは⋮。決まり、ですか?﹂
こうして、魔王達は自分達の思惑とは異なるが、各々が配下を一
名づつ選出し偵察に行かせる事となった。
彼等の思惑とは裏腹に⋮⋮
そうして⋮、リムル達の住む町に、3人の魔物が訪れる事になる
のだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
638
3人組の冒険者が森を歩いていた。
カバル,エレン,ギドである。
彼等は森を探索し、討伐や採取依頼をこなしていた。
ギルドマスターに伝言を伝えてから、何度かリムルの町へ訪れて
いる。
冒険の拠点にあの町は最適なのであった。焼肉も美味しいし!
訪れるたびに町は様変わりし、発展している様が覗える。
今では、武具の修理等も頼めるようになり、正に拠点としての家
を建てて貰いたいほどであった。
ホブゴブリン
お土産として、香辛料や塩といった調味料関係を持参している。
主に自分達の為でもあるけれど。
あそこで巡回し、町の警備を行っている人鬼族と狼のセットの兵
隊さんは、素早い移動で周囲の安全を確保してくれている。
タダ
森の治安が保たれているのは、間違いなくあの町のおかげなのだ。
ポイズンフラッグ
アーマーサウルス
何より! 彼等にとって必要ない部位などを無料で貰えたりする
のだ!
ホーンラビット
これは美味しい。
一角兎の角や大毒蛙の水掻き。幸運な時など、甲殻蜥蜴の角など
が手に入る事もある。
こうした部位をギルドに持って行けば、討伐依頼達成と見なされ
る事もあるのだ。
完全にズルだが、バレなければどうって事は無いのだ。
最も最近では、彼等の所属する自由組合ブルムンド支部ギルドマ
スターのフューズには、疑われているようであった。
急に成績が伸びたら疑われるものである。遣りすぎてバレると不
味いので、少し自重しようという話になっていた。
という訳で、
639
今回もいつもの如く、森で討伐して来る! という建前の元に、
リムルの町へと遊びに行く途中なのである。
﹁でもでもぉ! あそこの料理ってどんどん美味しくなってるよね!
シュナちゃんの腕前って、王都の料理人クラスなんじゃないの?﹂
﹁そうでやすねー! あっしはちと、味には五月蝿いんでやすが、
あそこのは絶品でやんす!﹂
﹁いいか、お前達。あそこに行く目的は、飯を食べに行くんじゃな
い。わかってるな?
今回は、ちゃんと目的があるって事、忘れてないだろうな?﹂
﹁それってぇー、愚問なんですけどぉ!﹂
風呂
ってものが完成した
﹁そうでやすよ! 前回から2ヶ月。長かったでやすねー!﹂
﹁そうだ! 長かった。だが、やっと
頃だろ?
楽しみじゃねーか!﹂
﹁王都では、風呂付きの宿屋とかもあるらしいですよ! 一度行っ
異世界人
とか言う、素晴ら
の一部の人が、どうしても作れ! って騒
てみたかったんだぁー!﹂
﹁何でも、
いだとか?
癖になるらしいでやすね!﹂
混浴
﹁だろう? 楽しみだぜ! 何より・・・
ルール
知っているか、ギドよ。世の中には、
しい規律が存在するらしい。
ルール
この前、リムルの旦那が熱く語っておられた。
この町にもその規律を適用してやんよ! と息巻いておられた。
わかるか、ギドよ!
俺達の、まだ見ぬ理想郷︵主に、シュナ様やシオンさんと一緒の
お風呂的な意味で!︶はそこにある!﹂
﹁な、なんだってーーー!!!﹂
640
﹁⋮⋮楽しみにして燥ぐのはいいんですけどぉ、ちょっと私はドン
引きです。﹂
そんなこんなで一行は進む。まだ見ぬ理想郷を目指して!
そして、暫く進んだところで、思わぬ者達と遭遇する事になる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ファルムス王国の伯爵領。
ジュラの大森林に沿する辺境地域が、その勢力圏である。
その辺境に属する村々を、辺境警備隊が巡回していた。
辺境警備隊とは、二ドル・マイガム伯爵が任命した組織であり、
村から村へと巡回ルートを巡らせる事で緊急事態への対応を速やか
に行う事を目的とした組織である。
隊長の名前は、ヨウム。
目端の効く精悍な若者であり、褐色に日焼けして程よく筋肉の付
いた引き締まった体付きをしている。
背はそれほど高くは無いが、低いという訳でもない。
油断のならない顔つきをした男であった。不細工という訳では無
く、どちらかと言えば、整った顔立ちをしている。
30名の組織であるが、3つの部隊に分けて各村を巡回させてい
る。
641
戦力が等分になるように注意し、一隊は拠点で休養させている。
緊急時、連絡を受け次第応援に向かえるようにという意味合いもあ
った。
故に、拠点になる村の位置は重要となるのだが、条件に適した村
が無いのである。
各村は、森の外周に面した位置に設けられており、それぞれが離
れた距離にあるのが問題なのである。
最も最寄りの村までならば、補給物資を持たずに馬で早がけすれ
ば1日で着くのだが、少し辺鄙な位置の村だった場合、補給物資の
運搬も必要となってくる。
伯爵の住む町は、拠点としては離れすぎており、拠点としては向
いていない。
さらに、各村の生活は豊かであるとは言い難く、出される食事も
質素で寝床も快適では無かった。
隊員の不満も溜まっているのだ。
軍資金も豊富に渡されている訳もなく、贅沢出来るハズも無い。
武器や防具の手入れにも、ある程度の金は必要となってくる。
そうした不満をそらしつつ何とかやってこれたのは、村人達が感
謝してくれているという事実があるからである。
荒くれ者やならず者だった自分達に、精一杯の持て成しで出迎え
てくれる。
魔物の襲撃から守り、周囲の安全の為であると判っているけれど、
その気持ちに嘘が無いのもまた確か。
そうした感謝の気持ちは素直に嬉しく、何とか頑張る事が出来て
いた。
また、魔物の襲撃も思った程激しく無く、隊員への被害はほとん
ど無かったのも大きい。
死亡者はおろか、重傷者も未だ0なのだ。
今日もまた、苦い草のスープかよ・・・、そんな事を考え、ヨウ
ムは隊を引き連れ森を進む。
642
ジャイアントベア
巨大熊を見かけたという報告を元に、退治に出向いた帰りであっ
た。
馬車が通る程広くはない、木々の間を馬で走る。
小さな枝程度ならば、前方に貼った魔法結界により弾く事が可能
であった。
馬車だと山側の街道しか通れない。街道まで出るならば遠回りと
なり、日数が掛かり過ぎてしまうのだ。
近くだと補給はいらないが、遠くにいくなら補給を持ち馬車も必
要となる。
すると、結局より遠回りになる為に時間がかかる。
先程の問題の本質はここにあった。
そんな時、前方から歩いて来る者達の存在に気付いた。
どうやら、冒険者のようである。討伐依頼でもこなしに来たのか
? そう思った。
辺境の町毎に報告が寄せられるので、たまに依頼が重複する場合
があるのである。
精霊工学による、意思伝達技術が発展してきた現在はそういう事
も少なくなってきたのだが、緊急討伐依頼など、各町への確認を前
に発令される事があった。
ジャイアントベア
ジャイアントベア
だから、依頼の重複はなかなか無くならないのが現状なのだ。
巨大熊なら自分達が倒した所だ。もし目的が巨大熊だったら無駄
足になる。
見た所、3人はそこそこ腕の立つ冒険者のようである。
そういう者にコネを持つのも悪くない。その程度の気持ちで声を
かける事にした。
ジャイアントベア
﹁おい! あんた達。この先に何か用事でもあるのか?
もし、巨大熊の討伐依頼でも受けてたのなら、無駄足になるぜ?﹂
そう声をかけた。
643
すると、
﹁ああ、いや。俺達は討伐じゃないというか、討伐も理由の一つ?﹂
﹁旦那、何を言ってるんですかい? あっしらの目的は、一応、討
伐でやしょう?﹂
﹁そうそう! 表向きはね! って、あ!﹂
怪しすぎた。
ヨウムは無言で合図し、3人を囲ませる。
他国の間者か? 捕まえる義理は無いが、一応国に混乱を起こさ
れても面倒だ。
討伐以外でこんな所に何用だ? そう思い、
﹁貴様ら、この先に何の用がある? 答えろ!
さもないと、命の保証は出来ぬぞ!﹂
殺すつもりは無いが、一応脅しをかけてみた。
3人はジタバタと言い合いをしていたが、やがて諦めたのか、
﹁実は、この先の町に用事が⋮⋮﹂
代表なのだろう、大柄の男が答えてくる。
この先に町などない。
やはり怪しい・・・領主に突き出そうか? しかし、あの狸は虫
が好かない。どうしたものか?
﹁いや、本当なんですって! 親切な魔物さんの・・・﹂
﹁おい! ヤバイって、勝手に教えたりしたら!﹂
﹁知りやせんぜ? 二度と来るな! って言われたら、姉さんだけ
おいていきますぜ?﹂
644
怪しいが、無視も出来ない。
何やら言い争いを再開する3人を横目に、ヨウムは思った。
確かめる必要がある! と。
﹁貴様等、どこの所属の冒険者だ? 目的も答えろ!
隠し立てするなよ。
こちらは、ファルムス王国・伯爵領所属の辺境警備隊。俺は隊長
のヨウムだ!﹂
3人は顔を見合わせ、諦めたように頷きあう。
間者の取り締まり等は、業務外だが、出来ない訳でもない。
放置する訳にもいかないのだ。
本来、他国に間者を放つのはお互いに止めるという取り決めはあ
るのだ。だが、それが守られていない事など、暗黙の了解である。
どこの国の所属か知らないが、冒険者に化けたスパイなのだとし
たらお粗末なものだ。
間者なら、捕らえらる前に命を絶とうとするだろうが、この者達
にはその気配も無い。
本当に冒険者か? そう思い始めた時、
﹁いや、マジなんだって! ただな、そこ、魔物の町なんだよ⋮⋮
言っても信じないだろ?﹂
﹁それにですねぇ、リムルさんに迷惑かけるのも不味いのですよ⋮
⋮﹂
﹁知りやせんぜ? ポロっと話したの、旦那方ですぜ?
あっしまで出入り禁止とか言われたら、どうしてくれるんです?﹂
などと、更に言い合いをし始めた。
ヨウムは呆れると同時に、嘘は言ってないのではないか? そう
645
思った。
ならば、確かめてみるだけだ!
こうして、怪しい3人をそれぞれ縛り上げ馬に乗せると、案内を
させつつ来た道を戻る事になる。
まだ見ぬ町があるという方向へ。
そして、この先も深い関わりを持つ事になる魔物と出会う事にな
るのである。
646
46話 国の名前と二つの条約
町も大分綺麗になってきた。
俺の普段の努力の賜物であろう! 口しか出してないがな⋮⋮!
そんな事はこの際どうでも宜しい。
俺が拘った点は、トイレ,水周り,虫除け,そして、風呂! で
ある。
最初の3つは日本式。蚊帳の代用に蜘蛛糸を加工し、網戸まで作
らせたのだ。
最初、木で便座を削り出してきたのだが、それは使い物にならな
いと変えさせた。
和式である。木の便座なんて、掃除が大変だろう。腐るし。
しかし、流石ドワーフ。器用なモノであった。
便座関係以外は大きな失敗も無く、順調に製作していったのだ。
ここで役に立ったのが、﹃思念操作﹄である。﹃思念伝達﹄が進
化したスキルなのだが、同じように使う事も出来た。
イメージ
なので、俺の思い描いた事を伝えるのが容易だったのである。
絵や言葉では伝えにくい事も、想像をそのまま伝達する事により、
簡単に相手に伝わった。
蛇口を捻ったら水が出る! そんなイメージも伝えたが、流石に
無理であるようだ。
水の高位魔石を用い、空気から水を作る装置があるそうだが、か
なり高額な上に嵩張るそうだ。
また、魔石の交換で金がかかりすぎ、軍事目的などでも使えない
との事。
本当に、一部の大金持ちだけの設備なのだそうだ。
俺達にはそこまでの余裕は無いので、あるモノで何とか考えて代
用していく。
647
まあ、水道関係は今後の課題で実現は出来そうもないのだけどね。
代用として、各家や水場に設けた桶に水を補給し、そこから水を
出す仕組みを作り上げた。
トイレと同様、最初に水を補給したら、蛇口を捻ると水が出るよ
うに出来たのだ。
流石、カイジンに、ミルドである。言ってみるものだ。
そして、魔物達に、水場を清潔に保つ事を徹底させ、手洗いうが
いも癖付けた。
魔物に雑菌がつくのかどうか知らないし、無駄になるかもしれな
いのだが、一応念のためである。
カイジンによると、冒険者達は初期に︿浄化魔法﹀の使い手を仲
間にするか、自分で覚えるそうだ。
長旅で不潔になるのをこれで何とかするらしい。
とは言え、上位者でなければ気休め程度のようだけれど。
そして、蚊帳。
森であるだけに、流石に虫が多い。そういったものを防がないと、
虫刺され等でも大変な痛みなのだ。
俺は大丈夫だったが、ホブゴブリン達は痛そうにしていた。
そこで、俺の発案で作成したのだ。
後は、虫除けの結界を用意したいが、ドワーフ達では作れない。
人間の町に行って買って来なければならない。お金も無いのだけ
バカ
どね。
3人組に買って来てくれ! と頼んだ事があったのだが、
﹁無茶言わないで下さい! 滅茶苦茶高価なんですよ!﹂
﹁それにぃ、町を覆える程って、どんだけ必要か判らないですぅ!
町を覆うなんて、王都くらいのものですよ!﹂
﹁リムルの旦那、お金があっても、運搬も大変ですぜ?﹂
という事だった。
648
遊びに来るのはいいが、来ても役には立たない奴等である。
最も、シュナとは仲がいい。
良く一緒に料理したり、裁縫道具を買ってきてやったりと、親し
くしているようだった。
アイツ等のように、お客がやって来てもいいように、長屋も用意
してあった。
魔物達も人間並に出生率が落ちている。
そうした事を踏まえ、結婚制度をどうするか思案しないといけな
い。
ゴブリンやオーク、そしてリザードマンも強い者が好きな相手を
選ぶ権利を有するとの事。
種族的により強い子孫を残す為の慣わしなのだろう。
ここで問題となるのが、一夫多妻を認めるかどうか。
旦那が亡くなった女性等なら、認めてもいいとは思う。鬼人達は、
誰とでも子供を作れるそうだが、作らないと言っていた。
魔素をごっそり奪われて、回復しない場合があるのだとか。
ベニマル曰く、
﹁リムル様くらいのもんだぜ?
名付けだけでも魔素が回復しない事あるから、魔王達ですらホイ
ホイ名前付けないんだぜ?﹂
との衝撃発言!
おいおいぃ!!! ばんばん名前付けまくってるし! 今更そん
な事を言うなよ!
よく今まで魔素が回復してくれていたものである。
今後は慎重に名付けも考えないといけない。しかし、回復するの
649
が当たり前と思ってたし、大丈夫という確信もあったんだけどね。
子供も2種類あるそうだ。
種だけ授けるパターンと、本気で作るパターン。
前者だと自分の能力をある程度受け継いで生まれて来るが弱い。
後者は、強力に全ての能力を受け継ぎ生まれて来るらしい。
本気で子作りすると、寿命も減るのだそうで、
﹁俺は独身でいいよ! 別に興味ないし!﹂
的な事を言っていた。
ところで、女性は話が異なってくる。
強い種以外は拒否出来るのだとか。無理強い出来る時点で相手の
方が強い事になるが、姑息な手段での行為など行っても、子供が出
来ないのだとか。
自分の認めた相手だけしか子供を作る権利が無いとの事。
デミヒューマン
これは高位魔物や魔人に共通しているらしい。
ゴブリン達、亜人族の一種は、そこまでの強制力はなく、人間と
変わりない。
今までは生まれる子の数が5∼10匹とかだったのが、一人二人
に落ちただけである。
子孫を残すという観点から、一夫多妻は有り。ただし、未亡人に
限る!
というルールを設ける事にした。問題があったら変更する予定で
ある。
月初めに告白式を行い、成立したカップルに家を与える。そうい
う風習にしていこう。
独身者は長屋暮らしである。
まあ、上位の役付きになったら家を持つのも自由だ。
その辺りは不満の出ないように決めていこうと思う。
650
ジャッジ
結局、皆の不満を無くすのは不可能だろうけど、俺の判断に委ね
るという風習が出来たようだった。
意見が食い違った際、揉め事が起きそうなら俺に判断を委ねてき
た。
とはいえ、長老連中の所で大抵は解決するので、よほどの場合に
限る。
その辺は、皆俺に気を使い、面倒をかけないように心がけてくれ
ているのだ。
案外、魔物達の方が協調性が高いのが驚きだった。
社会主義、資本主義、どちらもどちらで言い分があるだろうが、
腐敗はどうしても無くならない。
絶対正しい事を行う王様が治める国。そこでは、王の下で皆が平
等になる。
有り得ない夢物語だ。それでも⋮⋮
俺は目指す事にした。
願わくば、俺が腐ってしまわない事を祈る。もし俺が腐ったなら
ば、その時は誰かに討伐して貰いたいものだ。
告白式を見ながら、そんな事を考えたのだった。
さて、町での暮らしも安定し生活の上でのルールも決まって来た
事だし、そろそろ人間の町へと行きたいのだが。
せっかく人化も可能なのだし、堂々と見学に行きたい。
バカ
普通、異世界転生というと、最初に来るべきイベントだろうに、
俺は未だに出会った人間の数が少ない。
ドワーフの町で絡まれた奴等と、シズさん。後は、3人組だけで
はなかろうか?
そう考えれば1年以上経つというのに、出会った人間は少なすぎ
る。
651
当初の目的であった、
けない。
ヒナタ
サカグチ
異世界人
ユウキ
カグラザカ
に会うというのも忘れてはい
ヒナタ
サカグチ
シズさんの記憶の欠片にあった名前、二人の弟子。神楽坂優樹と
坂口日向。
その二人にも会ってみたいけど、坂口日向ってのはヤバイ感じ。
ヒナタ
サカグチ
だが、俺には気にかかっている事があった。何故、優しいシズさ
んが、坂口日向を放って置いたのか?
先輩として、同郷として、導いてやれなかったのか? 会って見
る必要があると思う。
﹃捕食者﹄は喰った対象の記憶の一部を引き継ぐが、万能では無
い。記憶とはそれほどデリケートなものだからだろうけど。
一度会って、その辺りの事を確かめてみたいと、前から考えてい
た。
3人組が自由組合のギルドマスターに話を通してくれているとの
事で、手紙も預かって来て貰った。
その手紙では、俺に一度会いたいとの事。
グランドマスター
ユウキ
カグラザカ
小国の自由組合支部とは言え、ギルドマスターを名乗っているの
だ。コネもある。
一度会い、色々と便宜を図って貰いたい。
上手く行けば、王都にある自由組合本部の総帥である神楽坂優樹
への紹介状も書いて貰えるかもしれないしな。
町も落ち着いて来た事だし、そろそろ俺が居なくても自分達でや
っていけると思う。
そうなると、必要になってくるモノがある。
そう! お金だ。
あの3人組は貧乏しているようで、お金は余り持って無かった。
期待もしてなかったけど。
町で野菜の苗も買いたいし、魔石や工芸品等でも珍しい物がある
かも知れない。
652
俺の持つ
が希少だったからである。
を売ればいいと最初は考えていたのだが、その
魔鋼
魔鋼
考えは捨てた。
理由は簡単。
は欠かせない。形状変化させる事で、
自分達の武装を揃えるのにも使用するので、売るのは勿体無いと
魔鋼
いう結論に至ったのだ。
騎乗武器の開発にも
斬撃と打突攻撃の使い分けも可能になるし、持ち運びにも便利なの
だ。
ハイオーク
大量にあるが、限りある資源。補給出来る目処が立つまでは流出
させるのは止める事にした。
鉄鉱石等は、山岳地帯の一部に鉱山が発見されたので、猪人族の
鉱夫が定期的に納入してくれている。
クロベエとカイジンにより、鉄鋼をベースとした武器作成は順調
に進められているところなのだ。
武器や防具は自給自足出来そうだが、魔法武具にする為にも魔石
が必要なのだ。
それに、研究するにも大量の魔石がいる。魔石は人間が精霊工学
魔晶石
というものを抽出し、加工す
で加工した物であるらしく、天然物は少ないのだ。
魔物を倒して手に入る、
るらしい。
魔晶石
は各支部で集められて中央に
大規模な工場設備が必要で、本部の自由組合でしか加工出来ない
そうだ。
魔物の討伐時、希に出る
送られる。その量で、各支部への支援金の額も決まる。
そういうシステムになっているらしい。冒険者が魔物を狩るのは、
被害を防ぐ目的だけでなく営利目的もあるという事。
良く出来たシステムである。
となると、魔石を入手するには、購入しかない訳で⋮⋮
ここでもやはりお金の壁に突き当たる。
653
そうなると、お金を得るにはどうすればいいだろう?
自分で働いて稼ぐのは、効率が悪すぎる。
何か売るにも、野菜関係はまだまだだし、高値で売れるとも思え
ない。
武器防具は、自分達で使用する目的以外で売る予定は無い。
では、何も売れる物が無いのか? 実は、ありますとも! こういう事もあろうかと、ガビルに育成
させているものがあった。
そう! ヒポクテ草である!
ガビルを呼ぶ。
﹁ガビル君。育成状況はどうかね?﹂
﹁ふふふ、よくぞ聞いてくれました! 順調ですぞ! 我輩の努力
の結晶ですぞ!﹂
そう言って、俺にそっと草を差し出してくる。
雑草だった。
俺は無言で、ガビルに向けて﹃黒雷﹄を食らわせる。
なあに、死にはしない。最近、威力調整は完璧だ。
﹁ぐおぉ! 何をするのですか! 我輩が何か!?﹂
﹁バカ野郎! 雑草じゃねーか! お前は一体何を育てているんだ
!!!﹂
﹁な、なんと! これは失敬! このガビル、少しばかり功を焦っ
てしまい申した!﹂
﹁功を焦ったで済む話じゃないだろ! たく。
気をつけてくれよ! 大体、あの高密度の魔素の中で雑草を育て
るほうが難しいっての!﹂
654
そういう遣り取りはあったものの、概ね計画通り。
希少植物であるヒポクテ草の育成は、順調に進められたのだ。
ガビルに草との見分け方を教える事の方が、苦労したくらいであ
る。
そういうガビルであったが、洞窟内を我が物顔で歩き回り、今で
は洞窟の主となっている。
ドラゴニュート
魔物達もガビルを見ると逃げ出す程。
テリトリー
配下の龍人族も個人でムカデに勝てる猛者も出始めて、洞窟内は
彼等の領域と化している。
なかなか大した物なのである。決して言わないし、褒めないけど
ね。
ヤツは褒めると調子に乗って失敗するタイプだ。俺に似ている。
上品
似た者同士、良く判る。そうして育成を任せて、結構な量のヒポ
クテ草が生産されていた。
カイジンを呼び、ヒポクテ草を見せる。
と出ている。
隣には量産したヒポクテ草から作った回復薬。鑑定したら
質
天然物と変わらない、良い出来栄えであるという事だ。
話を切り出す事にした。
﹁カイジンよ。この回復薬を町で売ったら、いいお金になると思う
けど、どうだ?﹂
カイジンは少し思案し、
﹁ふーむ。旦那、難しいぜ。この薬、効果が良すぎるんだよ。
抽出効果が高すぎる。有り得ない程、完全なんだ!﹂
655
こう言った。
そして、色々とカイジンから説明を受けた。
この回復薬は99%の抽出率でそれは完全回復薬と言われる最高
位の薬である事。
普通に抽出したら98%が限界であり、ドワーフの技術力でもそ
こまでが限界だった事。
その98%の抽出率で、上位回復薬として高額の薬である事。
等などである。
﹁という事は、これを市場に出したら⋮⋮﹂
﹁悪目立ちするであろうな!﹂
そう、空から反応があった。
俺の﹃魔力感知﹄に反応は無かったのに!
﹁久しいな、カイジン! それに、スライム。余、いや、俺を覚え
ているか?﹂
そう言いながら、空から羽の生えた馬に乗って一人の人物がやっ
て来た。
立派な白馬に翼が生えて、ペガサスだな。地面に着地し、馬から
降り立つ人物。
忘れもしない、ドワーフの王! 英雄王ガゼル・ドワルゴその人
だった。
﹁こ、これは王よ! 何故、え、一体どうしてここへ?
えええ!!! というか、城を抜け出して来られたのですか!?﹂
カイジンは目が飛び出さんばかりに驚いて、うろたえている。
656
それはまあ、そうだろう。王が一人、いやもう一人連れているな。
二人でここまで来たのだから!
ていうか、もう一人のヤツ、見覚えあるな⋮⋮
あれ! ベスターじゃねーか! 俺達を罠に嵌めようとしやがっ
た⋮何でここにいるんだ?
﹁フン! 俺の警護の兵ども、100人もいて、俺が抜け出す事に
気付かなかったぞ!
弛んでおる。帰ったら鍛えなおしよ!﹂
﹁い、いや、それは王相手では⋮⋮﹂
﹁ん? カイジン、何か言いたい事でもあるのか?﹂
﹁い、いえ! 何も御座いません!﹂
﹁そうか? ならばよい!﹂
俺の考えを他所に、目の前でそんな遣り取りをしている二人。
王が抜け出すって、一体どういう事だ!?
俺達は、場所を移して話をする事となった。
仮初ではなく、きっちりと新設された中央の建物。この建物に、
この町の主要な者の部屋が割り当てられ、執務を行っている。
その建物にある小会議室に俺達は入っていた。
﹁で、王よ、これは一体どういう事でございますか?
ベスター殿まで連れてこられて⋮⋮﹂
﹁おう! いや何、簡単な事よ!
俺の一存で、立ち入り禁止と言ってお前達をドワーフ王国から追
い出したからな。
俺の方から出向いただけの事。
ベスターのヤツも、お前達の件の画策の責任を取らせ、王宮への
立ち入り禁止を申し渡した。
657
で、有能なコイツが遊んでいるのも勿体無い話よ! だから、連
れてきた。﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁だから連れてきた! じゃないでしょう!?
そんな、王よ! ご理解されているのですよね?
ベスター殿をここで働かせる御積りですか?﹂
﹁む? 駄目か?﹂
﹁そういう問題では無く! ベスター殿の技術が流出する事に繋が
りませんか?﹂
大真面目に言い募るカイジン。
根が真面目なのだろう、必死に王に問い詰めている。
対して、王は飄々として聞き流している。前に見せた威厳ある姿
は本質ではなく、こっちの姿が本来の彼なのか。
当のベスターは、何が何だか判っていない感じだった。
﹁流出⋮か。お前達が出て行った時点で、こちらは流失しておるわ!
本当は、お前達を消そうか、そうも考えたのだぞ?﹂
一転、ドワーフ王は真面目な顔をしてそう言った。
﹁王よ、そ、それは⋮﹂
﹁本当の話よ! 結局は止めたがな。俺は無駄な事はしない。
ベスターを連れてきたのも、ここで働かせてやりたいからだ!﹂
その言葉で、ベスターの目に火が灯った。
﹁お、王よ!﹂
﹁勘違いするなよ、ベスター。お前には期待していた。それは本当
の話だ。
658
俺に仕える事は許さんが、ここで存分に働く事は許可しよう。
それだけの話よ!﹂
﹁王よ、それでは、ドワーフの技術を惜しげも無くここで出しても
良いと聞こえますぞ?﹂
カイジンが大慌てしだしたが、
﹁フン。良いか、聞くのだ。
お前達が、ここにいるならば、ここが技術の最先端であるとも言
える。
判るか?
ドワーフ国、国王としてではなくお前達の友として、興味がある
のだ。
良いか?
ドワーフ王国は、今日この日を以って、ここと正式に相互不可侵
条約を結ぶ!
だが、それは建前。裏で本当に結びたいのは、相互技術提供条約
だ。
これは、何があっても表に出す事は出来ん。
どうだ? 二つの条約、結ぶ気はあるか?﹂
真剣な眼差しで俺を見つめ、そう言った。
相互不可侵条約に相互技術提供協定だと? 願ったり叶ったりじ
ゃないか!
俺達を、一つの集団として正式に認める、そう言っているのだ。
﹁良いのか、それは俺達を国として認めると、そう言っているのと
同義になるぞ?﹂
俺の問いに、
659
﹁無論だ。相互に利益がある話だと思うが?
あと、気になるのだが、この国の名前は何だ?﹂
え? 国の名前?
俺とカイジンは目を見合い、
﹁まだ決めてないな⋮﹂
﹁そういえば⋮﹂
その事に思い至ったのであった。
ペガサス
ドワーフ王ガゼル・ドワルゴはその日は滞在すると言い出した。
飛翔馬で移動するならば、王国とここを1日程度で来れるらしい。
しかし、夜からの飛行は危険なので、明日帰るそうである。
テンペスト
である。
俺達は、主だった幹部を集め、急遽、国の名前を決める会議を行
う事にした。
そうして決まったのが、魔物の町
リムルという名前に決まりかかったので、恥ずかしいから止めさ
せた。テンペストなら辛うじて我慢出来る。
自分だけの名前じゃない感じだし、響き的にギリギリ大丈夫な感
じだ。
その夜、町の名前も決まり、皆大はしゃぎの宴会になった。
この町には結構豊富に食べ物があるので、それなりに質のいい料
理が出せる。
ドワーフ王も期待以上の料理に満足していた様子。
それは主に、シュナの料理の腕前が素晴らしいからなんだけどね。
余興と言いながら、ドワーフ王が模擬戦を行う事になった。
城での生活で本気で身体を動かせないと愚痴りながら。案外気さ
660
くな人柄のようで、ここでは互いに名前で呼び合う間柄になったの
だが⋮
流石に模擬戦は不味いだろう。そう思ったけど、王は聞かない。
思う所があるようだ。
仕方無いので、相手をする事にした。
オーク・ディザスター
人間形態に変身する。
豚頭魔王を喰って俺の体積が若干増えた。
今は子供では無く、少年少女くらいの身長である。150cmな
いくらいか。少し成長した感じだ。
訓練用の木刀を用意し、お互いに構える。
ハクロウの掛け声に合わせ、試合開始である。
﹁始め!﹂
瞬間、王が目前より消えた。俺の持つ全ての感覚に引っかからな
い。
ヤバイ! そう思った瞬間に。正面から木刀を弾き飛ばされてい
た。
勝負はついた。一瞬で負けたのだ。
これが⋮ドワーフ王。英雄の実力の片鱗を見た思いである!
﹁いいか、リムル。お前、最初俺が空から来た事に気付かなかった
な。
魔力感知は確かに優れているのだろう。しかし、裏をかく方法は
無数にあるのだ。
お前がとっているであろう、探知の方法を予想し、裏をかく。
戦の基本よ! もっと精進するがいい。能力に頼ってばかりいる
と、成長せんぞ!﹂
そうか、これが言いたかったのか⋮。
661
俺は納得し、感謝した。
﹁ありがとうよ、ガゼル。今度会ったら、こんな簡単にはいかねー
ぞ!﹂
﹁フン。言いよるわ、小僧が!﹂
俺達の勝負が終わると、魔物達の歓声が広場に響き渡った。
興奮と熱気が広場に満ちる。
ベニマルやソウエイ、シオン達も思うところがあったのだろう、
真剣な顔になっていた。
ハクロウは頷き、顔を嬉しそうに綻ばせている。
俺達はまだまだだ。それを実感させられた出来事だった。
宴会は夜遅くまで続けられ、皆浮かれ騒いだのだ。
が登場する初めての出来
そして翌日、ドワーフ王ガゼル・ドワルゴとの正式な調停を行い、
テンペスト
二つの協定は調印されたのである。
これが、歴史に魔物の町
事となったのだ。
662
47話 町の特産品
魔人グル−シスは狼の獣人であった。
その高い隠密能力を買われ、魔王カリオンに今回の密命を授けら
れたのだ。
その時の事を思い出す。
曰く、
﹁絶対に相手に気取られぬよう監視を行い、貴様以外の魔人の目を
盗み、鬼人を我等の陣営に勧誘せよ!﹂
と。
自分以外の魔人とは? その問いに、カリオンは苦々しい表情を
浮かべ、
﹁クレイマンとミリムが一人ずつ、配下を出してくるはずだ。
アイツ等と共同作戦になると、嫌な予感しかしないが、頼んだぞ
!﹂
目を逸らしながらそう言った。
﹁ちょ! カリオン様! 何故、目を逸らすのですか?
まさか、そんなにヤバイ相手なのですか?﹂
その質問に一瞬戸惑いの表情を浮かべ、戸惑いからニヤリとした
笑みへと表情を変化させ、
﹁そうか! 貴様はミリムの事を知らないのだな! いやー、そう
663
かそうか!
良し! ならば大丈夫だ。ミリムの配下、若しくは配下と名乗る
者には絶対に逆らうなよ!
機嫌を損ねなければ、大丈夫だ! なあに、君なら出来るさ!﹂
そんな事を言っていた。
その時の事を思い出し、心に押し殺した疑問について考える。
ミリムと言えば、魔王ミリム・ナーヴァの事だろう。自分でも知
っている有名な魔王だ。
確かに強い。強さだけならば、カリオン様と互角か下手すれば上
回っているという。
その性格は、短気、傲慢、残忍、我侭。いい噂を聞かない魔王で
ある。
しかし、その配下に何を恐れる事があるのか?
グルーシスは、まだ魔人となって100年程しか生きていない。
故に知らなかった。
ミリムという魔王について、その噂しか。
やがて、集合場所にたどり着き、その事を直ぐに後悔する事とな
る。
魔人ミュウランは、最悪だと嘆きたい気持ちになる。
他の魔王の配下との共同作戦。それだけでもいい気はしないのに、
よりにもよってその中の一人は魔王ミリムだと言う。
﹁その役目、私では荷が重いと思われますが⋮﹂
そう問うと、魔王クレイマンは、
664
﹁今、使い捨てに出来る駒は、貴方しかいません。
ゲルミュッドを失っていなければ、彼に任せましたがね⋮
仕方ないでしょう? 彼は死んでしまったのですから!﹂
それ以上の議論は無駄だと悟る。
マリオネットマスター
魔王クレイマン。
二つ名は、人形傀儡師。配下や仲間を人形の様に操る傀儡術の使
い手。
今回の件も、既に魔王クレイマンの中では決定事項なのだから。
というか、使い捨てと言い切られると、言い返す気力も無くなる
というもの。
仕方無い。諦めの気持ちで了承した。
彼女は知っていたのだ。ミリムという魔王について。
今回、魔王クレイマンに命じられたのは、1点。
他の魔王を出し抜き、情報収集を行え。弱みを握るネタを仕入れ
て来い!
それだけである。
今回は、魔王ミリムが噛んでいるので、それ以上は無理だろうと
言われた。
彼女も同意見である。
ミリムという魔王は、知能は決して低くないのだ。その短気さで、
浅慮と思われているが、実はそうではない。
更に、異常なまでに勘が良く、騙す事は難しい。
故に、彼女相手に隠し事は出来ないと思った方が良い。
ミュウランが警戒している相手、それは魔王ミリムの配下に対し
てでは無い。
魔王ミリム本人に対して、である。
何故なら、彼女は知っていたし、魔王クレイマンもそうなると判
665
っていたから彼女を派遣したのだ。
恐らく、魔王カリオンも知っているだろう。
その理由。それは、
﹁おお、あんたがお仲間かな? 俺は魔王カリオン配下のグルーシ
スだ!﹂
﹁初めまして、魔王クレイマン配下のミュウランよ!﹂
﹁ミリムである!﹂
魔王ミリムに配下は居ない。
つまりは、そういう事である。
こうして、集合場所に集った3人は出会った。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今回、ドワーフ王国と魔物の国における条約は、二国間協定に該
当する。
国の代表同士の調印、この場合はお互いのサインだけで効力を発
揮した事になるわけだ。
そんな簡単な事で国家間の条約調停が成立するのか? 前世の知
識で考えればアバウト過ぎると思い聞いてみると、
666
﹁ん? 問題ないぞ。神と精霊と先祖の英霊に誓うから、俺のサイ
ンに嘘偽りはつけない。
お前はそもそも、人では無いだろ?
強制力を持つ契約関係において、嘘をついたら、その存在は消滅
するぞ?﹂
言われた意味が判らなかったが、﹃大賢者﹄の捕捉説明により理
解した。
魔物は嘘をつけない。これが大前提で俺の知識に無かったのだ。
嘘を嘘と認識しながら相手に伝える事が出来ないのだ。だがこれ
は、相手を騙せないという訳では無い。
本当の事を言わないという方法もあるし、事実だけを伝えて相手
に誤認させる方法もある。
しかし、契約として書面上などで堂々と嘘をつく事は不可能なの
だ。
言い逃れ可能なレベルなら問題ないようだが、公に嘘をつくと、
その存在は消滅する。
自然発生型の魔物に共通する法則なのだそうだ。
生殖により生まれた魔物はそのあたりはルーズになってきて、嘘
をついても大丈夫な者もいる。
ゴブリンなども、平気で嘘をつけるようだ。逆に上位の魔物、悪
魔等がその代表だが、召喚されると契約に縛られてしまうのは有名
であるそうだ。
悪魔は嘘をつけない。その狡猾なイメージとは裏腹に、純粋な種
族なのだという。
最も、だからこそ安心し油断しきって、魂を奪われてしまうそう
だけれども・・・。
﹁魔物の癖に、そんな基本も知らんのか? リムルよ、お前は変わ
っているな⋮﹂
667
﹁まだ生まれたてなものでね。勉強中なんですよ!﹂
﹁そうか⋮。まあ良い。お前達の事を国と認めるのだ、簡単に消え
てしまわんでくれよ!
お前達が統治するならば、この森の安定に繋がるのだ。頼むぞ!﹂
﹁こちらもせっかく作った町を手放したくは無いので、精一杯頑張
りますよ!﹂
こうしてお互いのサインは書き込まれ、協定は正式に効力を発揮
する。
未だ全ての文字を書ける訳では無いが、名前ぐらいは何とか書け
る。暇を見て手の空いていて字を書ける者に習っていたのだ。
名前を書き込んだ途端、契約用紙が発光し、二枚に分離した。
精霊工学により加工された契約用紙。それは、お互いに持つ紙を
同時に焼くと無効にする事が出来る。
だが、片方が健在ならば、焼こうと捨てようとその効力が失われ
る事はない。再生されて元通りになるのである。
一度、目の前で片方を焼き、それが本物である事を確認した。
契約は成立した。この条約は、お互いの国家だけが知ればいい。
片方は表に出ても問題無いが、もう一方は秘密である。
世に公言する必要は無いのだ。
ドワーフ王は片方を満足そうに受け取ると、
﹁これを渡しておこう!﹂
そう言って、拳大の水晶を一つ取り出した。
俺がそれを受け取ると、
﹁それは連絡用の通信水晶である。設置は、ベスターでも出来るだ
ろう。
緊急時の連絡はそれで行えばいい。それでは、達者でな!﹂
668
ペガサス
そう言い残し、飛翔馬に跨る。
チラリと、ベスターを一瞥し、
﹁ベスター、ここで思う存分、研究に励むが良い!﹂
﹁お、王よ! 今度こそ、ご期待に応えてご覧に入れます!!!﹂
その答えに頷き、
﹁では、サラバだ!﹂
そう言い残して飛び立って行った。
突然やって来て、慌ただしく去っていく。
嵐のような男だった。
﹁なあ、カイジン、お前の所の国の王様って、あんなに自由人で大
丈夫なのか?﹂
﹁さあ⋮、でも、今まで何百年も統治してきた実績があるし、大丈
夫なんだろ!
でも、俺が宮仕えの時に、あんなに勝手に動き回ってる事は無か
ったけどな⋮⋮﹂
﹁まあいいか! 俺も人の事言え無いしな!﹂
そう、俺ももうすぐ人間の町に行く予定なのだ。
いらん事を言って、自分の身動きを取れなくする必要も無い。
話を有耶無耶に終わらせると、俺たちは広場を後にした。
この国家条約を結んだ証明である調停書類は、俺が胃袋に保管す
る事にした。
まだ防備も完全では無い町に置いておいて、盗まれでもしたら洒
落にならないのだ。
669
紛失してどういう状態になったら再生されるのか、流石にそうい
う実験は行えない。大切に保管する事にした。
こうして、ドワーフ王国との条約を結ぶ事が出来たのだ。
さて、ドワーフ王も去った事だし、昨日止まっていた問題を考え
るか! そう思った時、
﹁リムル殿、カイジン殿、申し訳無かった! ここで、働かせて貰
えないだろうか?﹂
ベスターが俺達に頭を下げて来た。
言われてみれば、この男に罠に嵌められそうになったんだったな。
忘れる所だった。
﹁はっきりさせておくと、ここでは俺の命令には従ってもらうぞ?
魔物だからと、相手を見下したり、そういうの禁止だぞ! 大丈
夫か?﹂
﹁勿論です。ワタシも反省しましたよ。そもそも、カイジン殿への
嫉妬が始まりでしたしね⋮。
もう二度と、間違わないつもりですとも!
好きな研究に全力で打ち込みたい、その気持ちに偽りはございま
せんよ!﹂
﹁俺としては、優秀な研究者が増えて助かるぜ? 何かあったら、俺が責任をと取ります。
リムルの旦那、ここは俺を信じて、コイツを許してやって下さい
!﹂
カイジンが俺にそう言ってきた。
むしろ、迷惑を受けたのは俺じゃなくて、お前なんだが⋮⋮
670
﹁いや、カイジンがそれでいいなら、俺に文句はないよ。
ベスター、宜しくな!﹂
こうして、ベスターが仲間に加わったのだ。
そして、ベスターが仲間に加わった事により、町の特産品を産み
出すという計画が大きな発展を見せる事になる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
最悪だ。
魔人グル−シスは、何度目かになる溜息を心の中で押し殺す。
魔王カリオンのニヤリとした笑みが思い出され、軽い怒りが込み
上げる。
知っていたな、あの人。いや、この場合、知らなかった自分が悪
い。
最悪だ。
今も、自分の背中に乗ってはしゃいでいるのが魔王だなんて信じ
られない。
最悪だ。
出会った瞬間に、
671
﹁何だチビ。いくら何でも魔王の名を騙るのは不敬だぞ? 魔王ミリムには黙っててやるから、本当の名を言えよ!﹂
なんて、言うんじゃなかった。
言った瞬間に殴られて、意識が吹き飛んだ。
グル−シスは嘆く。
そもそも、彼にはミリムを見て魔王であるなどと思えなかった。
美しく艶のある銀髪をツインテールに結び、背も低くまだ子供と
しか思えない。
とても最強の一角であるとは、信じられない外見だったのだ。
可愛らしい顔立ちだったのだが、チビと言った瞬間に表情が激変
した。
ぱっちりとしていた目が細く鋭く釣り上がり、ぷっくらとしてい
た唇が酷薄な笑みに象られる。
そこで一度意識が途切れた。
そこから2度程殴られ、気絶を繰り返し、現在に到る。
もう一人の魔人ミュウランは、我関せずを貫いている。
最悪だ。
グル−シスは反省する。魔人を見た目で判断してはいけないとい
うのは常識なのに、何故こんな初歩的な失敗を⋮⋮
ミュウランは知っていたのだろう。
グル−シスが殴られる前にチラッと見えたその表情。何この馬鹿
!? と言いたげな、驚愕の表情。
自分だってそう思うだろう。知っていたならば⋮。
最悪だ。
せめて、せめて一言、教えておいてくれれば⋮
だが、﹁配下と名乗る者には絶対に逆らうなよ!﹂などと言って
いた。
配下と名乗らず、本名を名乗るとは思いもしなかったという事か
⋮。
672
ヒト
ミリムが正直なのが悪いのか? いや、そんな事を言い出しても
後の祭りである。
彼は思い知った。魔人は見かけで判断してはならない! と。
そして現在。
狼の形態に変身させられて、森を疾走させられているのだ。
回復力に特化した彼だからこそ、何とか耐える事が出来ている。
ボコボコに殴られた後で、命令されたのである。当然、逆らうな
ど思いもつかない。
グル−シスの隣をミュウランが追随して走っていた。
彼等魔人には、この程度で疲労は無い。
やがて3人は、一つの町に辿り着く。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
回復薬の開発は順調に進んでいる。
性能を落とし量を増やす事を、開発と呼ぶかどうかは疑わしいけ
れども。
一つの回復薬から10個程に薄めて、98%の抽出率の性能であ
る上位回復薬︵60%︶を作れないか?
そうした実験なのだが、水で薄めた場合は無理であった。下位回
復薬︵20%︶になるのだ。
673
上品質だと、回復率が
+10%
されるようだ。
だが、ベスターが思わぬ発見をした。
ヒポクテ草の育成場所を見学したいと言い出したので、封印の洞
窟に案内したのだ。
初めて乗る星狼に恐る恐る跨っていたが、案外すぐに慣れた様子。
こうして、ベスターを案内し、洞窟に入る。入り口にはガビルが
出迎えに来ており、皆を案内してくれた。
そして、育成状況を確認した後、地底湖を見ていたのだが⋮
﹁リムル殿、この湖の魔素濃度が濃いから、ヒポクテ草の育成が可
能なのですよね。
では、回復薬を普通の水ではなく、この湖の水で薄めてみてはど
うでしょう?﹂
なるほど、試してみる価値はある!
という事で、早速作成してみた。中位回復薬︵40%︶が完成し
た。
勿論、上品質。実質、50%の回復薬である。
素晴らしい。大成功だった。
薄める溶液の限界なども実験し、一つの回復薬から20個の中位
回復薬を作成出来るようになった。
テンペスト
特産品、第一号。
カイジンと頷きあい、ハイタッチする。
完成だ。
魔物の国
それはこうして作られた。
ベスターは、ガビルと仲良く草を弄ったりと楽しげにしている。
案外、気が合うようであった。
﹁なんだ、仲いいな。ベスター、何ならここに部屋作るか?﹂
674
冗談で言ったつもりだったのだが、
﹁宜しいのですか!? ワタシも、こういう洞窟内部は落ち着きま
す。
秘密の研究施設のような雰囲気が!﹂
などと、目をキラキラさせていた。
﹁いいのか? ここ、B+くらいのムカデの魔物も出るぞ?﹂
﹁ふむ。問題ありませんな。
実は私、魔道を嗜んでおりまして、そこそこの使い手なのですよ
!﹂
カイジンを見ると首を振っている。嘘か。
﹁後悔しないなら、部屋用意するけど?﹂
﹁問題ないですとも! ガビル殿もおりますし!﹂
そうか、ガビルがいたら襲われる事も無いか。
納得し、
﹁ガビル、ベスターの事、任せても大丈夫か?﹂
﹁お任せくだされ! 我輩も居りますし、部下を2名つけますゆえ
!﹂
頼もしくなったな、ガビル。
心配なのは調子乗りというだけで、最初から能力は高かったけど
な。
最近落ち着きを見せてきたし、ベスターと馬も合うようだし、任
675
せてみよう。
ドラゴニュート
そんな訳で、ベスターの研究部屋は洞窟内部に作られる事になっ
た。
ガビル配下の龍人族が穴を掘って、案外快適そうな部屋が出来た。
ここは研究室になるのだ、生活に必要な設備は無いけれども問題
ないだろう。
それよりも、ベスターがここと町を往復する手段を考えないとい
けない。
そんな事を考えていると、
﹁リムル殿、ここに魔方陣を設置しても宜しいか?
この扉の内側の空間では、魔法の発動が難しいようですが、扉の
外側では可能です。
この広間に魔方陣を設置したいのですが?﹂
かつて、俺が黒蛇を倒した場所に魔方陣を設置したいと言い出し
た。
何でも、︿転移魔法系﹀の魔方陣らしい。出入口に同様の紋様を
描き移動を可能とするのだそうだ。
魔道を嗜んでいるというのも、あながち嘘ではないようだった。
これにはカイジンも驚いていた。知らなかったようだ。
くれぐれも、魔物が町に出現する事が起きないよう釘を刺し、俺
は許可を出した。
ベスターは町の自宅と洞窟内部を魔方陣で結ぶ事になった。これ
で、職場への移動問題は片付いた。
しかし、転移の魔方陣。便利なものである。
早速教えてもらったのは言うまでもない。
ガビル達も同様に習ったおかげで、町と洞窟の移動はスムーズに
なった。
ベスター、予想以上に使える男である。
676
魔鋼
を渡したので、自分なりに研究を行う
本人も、好きな研究に思う存分打ち込めるとあって、生き生きし
ていた。
いくつか回復薬と
ようだ。
クロベエやシュナにも紹介したら、色々と話し込んでいた。
コイツは、権力より研究のほうが向いているわ。
権力に取り付かれていた頃の顔を思い出すと、面白くなさそうな
表情をしていた。
そりゃ歪む。
やはり人間、好きな事をしているのが一番いい。それが他人に迷
惑な行為で無ければ! だがね。
こうして、ベスターも時間をかけて、自然と仲間入りを果たして
いったのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
瞑想を止め、目を開く。
そこは薄暗い部屋の中。ドワーフ王国の中にある、上級宿屋の一
室である。
暗部のリーダーが偽名で利用する宿であった。
677
彼は笑う。久しぶりに面白い体験が出来た。
﹁王よ、お加減は如何ですか?﹂
傍にいつの間にか影が控えていた。
見ずとも判る。暗部だ。
彼が王宮を抜け出しここに入った事で王宮は大騒ぎしている事だ
ろう。
最も、100人も護衛に付きながら、護衛対象を見失うなど言語
道断である。
鍛えなおす必要がある、そう思う。
﹁問題ない!﹂
簡潔にそう答えた。
問題がある筈も無い。﹃魂魄憑依﹄を行ったのが久しぶりである
とはいえ、彼にとっては使い慣れた技である。
暗部のリーダーに思念を送る。
ペガサス
クロー
︵貴様はそのまま王都に戻り、飛翔馬を戻せ! そしていつものよ
うに闇に紛れよ!︶
︵は! 了承しました!︶
いつもの遣り取り。
彼の腹心である、暗部。そのリーダー。
ン
彼と同じ顔、同じ肉体。精霊工学の粋を集めて作られた、合成人
間。
それは、王のみが知る秘密。
他人に対し行う﹃魂魄憑依﹄よりも完全に近い精度での同調率が
可能となる。
678
王に万一があってはならない、その為の切り札の一つであった。
ドワーフ王ガゼル・ドワルゴは、昨日の模擬戦を思い出し、笑み
を浮かべる。
リムル
強くなるな、あの魔物⋮⋮
反応速度だけで、自らの木刀を受けて見せた。
ガゼルは、木刀を弾くつもりで打ち込んだのでない。頭に一撃入
れるつもりだったのだ。
それを、遅れたとは言え反応して見せた。
面白い。心から思う。
この条約を結んだ結果、どうなるのかは判らない。
しかし⋮⋮
リムル
俺を失望させるなよ、スライム!
ガゼルは、平和な時代の終わりが来る、そんな予感を感じるのだ
った。
679
48話 魔王来襲
テンペスト
が見下ろせる高台にて今後の打ち
魔王ミリム・ナーヴァ、魔人グルーシス、魔人ミュウランの3人
は、リムル達の町
合わせを行っていた。
魔人グルーシスは心の中で溜息をつく。
走り続けて休み無く、やっと開放されたのだ。
恐ろしいお人よ! 少し対応を間違えると大変な事になる。身に
染みて実感した。
だが、ここからどのように話を持っていくべきか⋮。
少しの付き合いで判明したが、魔王ミリムには裏表が無い。無さ
過ぎた。
確かに、魔物は嘘が苦手ではあるが、世間一般で思われているほ
ど不自由な訳では無い。
上位の悪魔族は別だが、その他の魔物にとっては少々の嘘など問
題ない話。
本当の事を話さないというテクニックも併用すれば、交渉毎も簡
単に行える。
しかし、魔王ミリムには交渉という概念があるのかすら疑わしい。
直球で要求を行い、拒否されると暴れる。そんなイメージしか持
てなかった。
実の所、グルーシスは様子を窺い、上位魔人である事を隠して接
触する予定だったのである。
だが、魔王ミリムにはそんなつもりは更々無さそうだ。一緒に行
動したら、隠密に長けるも何も全く無意味になってしまう。
さて、どうしたものか⋮⋮
どう話を切り出し、別行動出来るように持っていくか⋮。
680
魔人グルーシスは必死に考えを巡らせる。
魔人ミュウランにとっても、今回の任務は成功のイメージが持て
ないでいた。
当然、ネックは魔王ミリムである。
そもそも、力だけの魔王なんて、隠密作戦に向いてない以前に、
邪魔でしかない。
面と向かって邪魔だ! などとはとても言えないけれども⋮。
大体、魔王クレイマンでさえ、魔王ミリムを抑える事が出来なか
マリオネットマスター
ったのだから、自分が文句を言われる筋合いは無い! そう思う。
なーにが、人形傀儡師よ! こんなお荷物魔王を押し付けて、バ
マリオネットマスター
レ無いように! なんて、無理に決まってるでしょ!
人形傀儡師などと言うくらいならば、もっと上手く魔王であって
も操って見せて欲しいものだ。
そんな愚痴ともつかぬ考えを心に仕舞い、この先の方針を考える。
もう一人の魔人、グルーシスも同様に考えていたのか、お互いの
目が一瞬交差した。
成る程、彼もミリム様が邪魔だと考えているのね! 一瞬で理解
に到る。
ここは共闘した方が賢い。
少なくとも、魔王ミリムは別行動して貰わなければ、自分達の作
戦に影響が出る。
魔王クレイマンの読みでは、魔王カリオンの目的は、部下の勧誘。
謎の仮面を被った魔物の配下に鬼人族が何名かいたらしい。
理想は仮面の魔物の勢力毎の取り込みであり、無理でも何名かの
鬼人を引き抜くのが魔王カリオンの目的だと予想していた。
グルーシスはその目的に添って動くだろう。ならば自分はそれを
補助するように動く。
弱みを握るネタの仕入れ等、何か起きない限り早々に仕入れれる
ものではない。
681
グルーシスに行動を起こさせて、様子を見ればいい。そう結論付
けた。
魔王ミリムの行動には期待は出来ない。だが、大きな投石にはな
るだろう。
その波紋が大きければ大きい程、自分達が目立たずに進入可能だ。
ミュウランの方針は決まった。後は実行に移すのみである。
魔王ミリムは眼下に広がる町を観察する。
良く出来た町だ。住む住民の魔素量も高い。皆、高等魔族である
ようだ。
高等魔族とは、知能の発達した魔物の事であり、力の強弱は関係
竜眼
ネームド
を用い、一人一人の能力を測定していく。
しない。協調性のある魔物集団であるのは一目で判った。
素晴らしい。信じられない事に、恐らく全員が名持ちであった。
コイツ等全てに、名前を付けたってのか!?
彼女は驚愕と感嘆の混ざった感情が湧き出るのを感じた。
そんな面倒な事、彼女にはとても真似出来ない。まして、自らの
力の一部を譲渡し、その力が回復しない可能性もあるのだ。
魔王たる彼女は、自らの力の流失を嫌う。
今回出向いてきたのは、単なる暇つぶしである。
本気で彼女が動いたとなると、フレイはともかくカリオンとクレ
イマンは激怒するだろう。
二人同時にかかって来られると流石に面倒だ。そうなったとして
も負けるつもりは無いけれども⋮。
来て良かった! そう思えた。
この町を魔物が創ったというのが面白い。
自分の住む城は、人間に造らせた物である。彼女を神と敬う信者
共。
魔族領土に住む人間の町を、上位魔獣が襲撃していた。たまたま
通りかかった彼女がそれを仕留めてやったから、勘違いでもしたの
682
だろう。
そこは彼女の領土になった。
他の魔王は文句を言わない。彼女に文句を言える者は数少ないの
だ。
今回も、別に部下が欲しくてやってきた訳では無い。彼女の退屈
を紛らわす手段、カリオンやクレイマンの悔しがる顔が見たかった。
ただそれだけの理由でやって来た。
からかい終れば、彼等が欲しがる戦力等、くれてやるつもりだっ
たのだが⋮⋮
これは!
この町に住む魔物、その質の高さ。それを従える魔物、その能力
の高さ。
そして、彼等を統べる魔物! 面白い!
単純な彼女の頭には、最早、カリオンやクレイマンの事など存在
しない。
エネルギー
彼女は見つけてしまったのだ!
この町に、魔王に匹敵する魔素量の持ち主を!
そして彼女は行動を開始する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
町の特産品として、中位回復薬を売る事を決定し、量産へ向けて
683
研究を進めるべきだろう。
中位回復薬の作成用に、自分で作成した回復薬を幾つか渡してお
いた。
抽出率の違いだが、酸素との結合ではないか? 俺はそう考えて
いる。
体内での抽出はスキルにより行っているのだが、工程はほぼ同じ
なのだ。
違いと言えば空気中か体内か、それだけでしかない。
その事をベスターに伝えると、真剣に聞いていた。
この世界にも元素の概念は存在する。魔法にも組み込まれている
らしいし、精霊魔法に対になるのが、元素魔法なのだ。
魔法の概念は俺は詳しく無いので判らないけれども、ベスターに
は理解出来ている様子。
酸素が影響してるんじゃないか? という俺の意見を検討すると
言っていた。
適当に閃いた事を言っただけなので、間違っていたとしても知ら
んけどね。
実験は、幾つもの失敗の上に成り立つもの。違ったとしても、そ
れは一歩前進になるだろう。
と、人事だから軽く流して、俺はその場を後にした。
カイジンはベスターと一緒に色々話込んでいる。仲違いしていた
のが嘘のような、親密な間柄になっていた。
やはり、根っこの部分では趣味が合うのだ。仲良くなれて良かっ
た。
洞窟の魔方陣から町へと戻る。 町の門横に魔方陣を設置しておいた。
兵士の詰め所の前にある空き地になる。万が一、魔物が転移され
た場合に備えての事だ。
ベスターが言うには、それは絶対に有り得ないとの事だったけど
684
ね。
呪文を唱えないと発動しないから、起こりえ得ないのだそうだ。
俺の心配しすぎなだけだとは思う。理論の判らないものを使うの
に、躊躇いを覚えるだけであろう。
早いところ、魔法を習いに行きたいものである。
さて、リグルドの所に成果を伝えにいこうか、そう思った時だっ
た。
俺の﹃魔力感知﹄が、強大な魔力の塊が飛来してくるのを捉えた。
ヤバイ! 一瞬の判断で、俺は門の外へと飛び出す。
案の定、魔力の塊は、空中で軌道を変化させ、俺を追尾して来た。
とんでもない速度だ。
町の外の広場に出た所で、俺は迎え撃つ事にする。町の中へと逃
げずに良かった。建物に被害が出る所であった。
覚悟を決め、相手を観察する事にした。
距離は一瞬で詰められてしまっている。目視でも十分判別出来る
ほどだ。
美しい少女。銀髪をツインテールに結び、黒色に統一されたゴシ
ックドレスに身を包んでいる。
人形のように愛らしい少女である。その纏う雰囲気は、愛らしさ
と真逆であったけれども⋮。
強大な魔力の塊、いや、その美しい少女は、ピタリ! と俺の前
で静止した。
恐ろしい事に、地面にも周囲にも、衝撃波が一切発生していない。
超高速で飛翔し、完全にその速度を操っているのだ。
ひょっとすると、慣性法則そのものを支配しているとか?
今、目の前で起きた現象について、考察する時間は無かった。
﹁初めまして! ワタシは、魔王ミリム・ナーヴァ!
お前がこの町で一番強そうだったから、挨拶に来てやったぞ!﹂
685
美しき魔王は、俺に向けて、そう告げた。
魔王かよ!
一体魔王が何しに来やがった⋮⋮
というか、どうせ来るにしても普通は配下の使者とか四天王とか、
そういう者じゃないのかよ!
猛烈に突っ込みを入れたいが、自重した。
しかし⋮。何と答えたものか。
俺は今、スライムの姿である。当然だが、妖気が駄々漏れという
事は無い。
最近では魔力操作にも慣れて、無意識に完全に押さえ込む事が可
能である。
つまり、何も知らない者から見れば、俺は単なる雑魚魔物のスラ
イムでしかないハズなのだ。
分身して確かめてみたが、自分を﹃魔力感知﹄で測定してみても
スライムとしか思えぬ程、完璧に妖気を押さえ込んでいたのである。
それなのに⋮、あっさり見破るとは、どういう事だろう。
﹁初めまして⋮。この町の主、リムルと申します。
よく、俺が一番強いと判りましたね?﹂
実際に一番強いのは、ハクロウかも知れない。そう思いはしたが、
言う必要もない。
様子見がてら、質問してみた。
竜眼
は相手の隠している魔素量まで測定できるのだ!
エネルギー
﹁ふふん! そんな事、ワタシにとっては簡単な事よ。
この眼、
ま、ワタシの前では、弱者のフリは出来ぬよ!﹂
686
解析効果のある眼という事か。
パワー
やっかいな相手だ。俺の解析結果によると、明らかに魔力は向こ
レベル
うが上。
技量も間違いなく、魔王が上だろう。
これは勝てない。
オーク・ディザスター
もし戦闘になるなら、スキルを駆使してうまく駆け引きして隙を
覗うしかないな。
流石に、魔王モドキの豚頭魔王とは格が違うようだ。
﹁すごい眼ですね。で、今日は挨拶との事ですが、御用は何ですか
?﹂
用件を聞いてみる。
何するにしろ、相手の目的を確かめるのが先決だし。
﹁む? 用件⋮だと? 挨拶だけだけど?﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
困ったヤツだ。
口八丁で上手く言いくるめて、あわよくば帰って貰おうと思って
いたのだが、いきなり躓いた。
目的ないんかい! 焦って損した気分だ。
﹁あ! そうそう、思い出した!
お前、魔王を名乗ったり、魔王になろうとしたりしないのか?﹂
突然、少女魔王がそんな事を言い出した。
何言ってるんだ、コイツ⋮
687
﹁え? 何でそんな面倒な事しないといけないんです?﹂
おれが逆に問うと、え!? という顔で戸惑っている。
﹁え、だって、魔王だぞ!? 格好いいだろ? 憧れたりとか、す
るだろ?﹂
﹁しませんけど?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁え?﹂
俺と魔王ミリムには考え方に大きく差異があったようだ。
意見が合わずにお互いの顔を見つめあった。スライムに顔があれ
ば、だが。
﹁じゃあ、尋ねますけど、魔王になって良い事って、何かあります
か?﹂
﹁え? そりゃ、強いヤツが向こうから喧嘩売ってくるよ? 楽し
そうだろ?﹂
﹁いやー、そういうの、間に合ってますし、興味無いです。﹂
﹁えええ? じゃあ、何を楽しみに生きてるんだ?﹂
﹁そりゃ、色々ですけど⋮魔王になって、楽しみって、喧嘩以外に
何かあるの?﹂
﹁無いけど⋮﹂
﹁退屈なんじゃないですか、そんなの?﹂
俺の言葉に、雷にでも打たれたかの如く、衝撃を受けた表情にな
る魔王。
退屈していたようだ。
俺の言葉が図星過ぎて、言葉も出ないのだろう。
ここで話していても仕方無い。
688
魔王がショックを受けている隙にお引取り願いたい。
﹁じゃあ、お話も伺いましたし、お引取り下さい!﹂
上手く切り出せたと思ったのだが⋮、
﹁待て! おま、お前! 魔王になるより面白い事してるんだろ!
ズルイぞ! ずるいずるい!!!
もう怒った。教えろ! ワタシにも教えないと、許さんぞ!﹂
逆切れかよ!
一瞬、子供か! と叫びそうになったが、必死の努力で我慢した。
相手は魔王、下手に怒らせると不味いかも知れん。
むしろ、子供だと思って接するなら、チョロイかも知れないし。
こういう場合は、深読みしてはいけないのだ。
俺の中では、魔王ミリム=親戚の子供、くらいのイメージに落ち
着いていた。
﹁わかったわかった。教えてやるよ!
だが、条件がある。
お前、今度から俺の事は、リムルさん! と、さん付けで呼べよ
!﹂
﹁何ぃ? ふざけるなよ! 逆だろ!
お前がワタシの事をミリム様と呼べ!﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁よし、じゃあ、お前の事はミリムと呼ぶ。
お前も、俺の事をリムルと呼んだらいい。どうだ?﹂
﹁むむむ⋮。そうだな。わかった!
お前に、ミリムと呼ぶ事を許してやる。
689
感謝しろ! こう呼んでいいのは、魔王達だけだぞ!﹂
﹁ああそうですか。じゃあ、お互い呼び捨てな!﹂
激しく火花を散らし、言い合いをしてから一転。
お互いに呼び捨てをするという事で話は纏まった。
﹁じゃあ、中を案内するけど、勝手にウロチョロするなよ?﹂
﹁わかった! リムル!﹂
﹁よしよし! 素直じゃないの。で、俺の許しなく町では暴れるの
禁止ね。
約束するなら、仲間にしてやろう!﹂
﹁そんな事、容易い事だ! 約束する、リムル!﹂
しめしめ。
コイツ、思った以上にチョロイな。飴玉で言う事を聞かせられる
子供のようなヤツだ。
魔物って、約束が絶対なんだっけ?
これで一応大丈夫だろ。そう考えて、俺はミリムを案内し、町へ
と入っていった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
690
遠視
を用いて眺めていた魔人グルーシス。
町の中にスライムと連れ立って、魔王ミリムが入って行く。
その様子を、
呆然としながら、
﹁なあ、魔王ミリム、抜け駆けして先に町に入って行ったぞ?
弱そうなスライムを手懐けたみたいだし⋮⋮﹂
﹁そうね。でも、これで良かったと思うべきね。
魔王ミリムが一緒だと、隠密も何もあったものじゃないし!﹂
﹁だな。厄介払い出来た、そう考えるべきだな。﹂
そしてお互いに頷き合う。
一緒に行動していたら、作戦も何もあったものではなく、全て台
無しになるのは眼に見えていたのだ。
遠視
が町に向
こうなってくれた方が、今後動きやすくなるというものだった。
﹁で、どうする? どうやって潜入する?﹂
﹁そうね⋮⋮﹂
二人が思案していたその時、魔人グルーシスの
かっている人間の一団を発見した。
﹁おい、人間の一団がいるぜ! 魔物の討伐隊か?﹂
﹁そうね⋮。魔物の町が出来ている事、人間は知っているのかしら
?﹂
二人は顔を見合わせ、
﹁あいつらに合流して探ってみるか?﹂
﹁それが良いわね。人に化けて、町に潜入しましょ!﹂
691
話は纏まった。
二人は上位魔人であり、人化はお手の物である。
テンペスト
。
軽く打ち合わせを行い、町へと向かう人間の一団に合流すべく動
き出す。
向かう先は、魔物の町
こうして魔人二人は、人間ヨウムと出会う事になったのだ。
692
49話 ミリム旋風
魔人グルーシスと魔人ミュウランは、人化し森を歩いていた。
もうすぐそこに人間の一団が通りかかる予定である。
グルーシスは狼の獣人であり、元より変身を解けば人間と変わり
は無いのだ。
獣人族の王であるカリオンが、強さを求めて魔王を名乗ったのが
500年前の事。
当時は激動の時代であり、新旧の魔王の入れ替わりの激しい時代
であった。500年周期で発生すると言われる世界大戦。その真っ
只中の出来事である。
同時期に生まれた魔王は他に3人いる。フレイもその一人であっ
た。
大戦を経験した事の無い比較的新しい魔王がクレイマンであり、
最後に生まれたのが魔王レオン・クロムウェルである。
この若い世代の魔王6人を新世代と呼ぶ。
対する旧世代は、2度以上大戦を生き残った者達であり、強さの
桁が違うと言われていた。
故に、新世代の魔王達は、己の勢力の増大を画策する者が多いの
だという。
カリオンもそうした魔王であり、彼が強者を求めるのはある意味
当然の事であった。
グルーシスは100年前に魔人として取り立てられた。
獣人の寿命は人と変わらない長さである。ただし、若い時間が長
く成人してから30∼50年、外見に変化は無い。
外見の変化が始まると同時に、肉体が急速に衰え、2週間程で寿
命が尽きるのだ。
693
獣王国
ユーラザニア
を治める王であったカリオンは、生まれ
ついて強大な魔力を有していた。
自らの自己進化により魔人を経て、魔王へと進化した者である。
当時の魔王の一体を退治したとも言われているが、その真偽までは
知らない。
グルーシスには自己進化出来る程の魔力は備わっていなかったが、
高い隠密能力と戦闘力を有していた。
その能力を買われて、魔人に進化する機会を与えられたのだ。
それは、王の血を授けられ、飲み干す事。
生存率は10%しかない。これを乗り越える事こそが、勇者の証
である。
グルーシスはこの試練に打ち勝った。狭き門を潜ったのである。
これにより、グルーシスの身体は王の眷属と変化し、王に準ずる
寿命と能力の獲得に成功した。
100年前に生まれた魔人ではあるが、グルーシスの能力は決し
て低くはない。
対して、ミュウランは事情が複雑である。
彼女は魔女であった。人間に迫害を受け逃げ出した先で300年。
進化の秘術を発見し、自らにその術を施したのである。
彼女は若返り、永遠の若さを手に入れた。
そんな彼女が、魔王クレイマンに従っている理由。それは、取引
であった。
400年前に魔王を襲名したクレイマン。
彼は当時、名のある魔人や魔物を倒し、その心臓を奪っていった。
忠誠を誓わせると同時に、心臓に刻まれた呪印により、倒した者
共を支配下におさめたのである。
彼女もまた、倒された者の一人であった。
魔人と進化していた彼女の力を持ってしても、魔王クレイマンに
は及ばなかった。彼女は倒され、心臓に支配の呪印を刻まれたのだ。
694
マリオネット
同時に、魔人としての格も上がったのだが、彼女にとっては嬉し
くもない話である。
それ以来、彼女はクレイマンの操り人形の一体である。
ゲルミュッドのように、自ら支配されたがる者の気持ちなど、彼
女には理解出来ない。
彼女は常に隙を窺っている。自らに施された呪印を解除し、クレ
イマンを討つ機会を狙って。
しかし、彼女の長い人生経験がそれはほぼ不可能である事を教え
てくれる。
うんざりする程、実力に差があるのだ。
彼女は従い続ける。いつの日か呪縛から解き放たれる事に期待し
つつ・・・。
そして今回も。
情報収集が目的なのだ、適当にこなそう! そう思い、作戦を立
てる。
利用出来るものは何でも利用する。グルーシスも、人間の一団も!
自らの解放の為に手段は選ばない。
今はクレイマンに従うしかないけれども。
元より人間であった彼女には、人に化ける等、造作もない事であ
る。
ヨウム達の前に二人の男女が歩いていた。
先程仲間になった二人。
兄弟という話だった。姉と弟。どう見ても只者では無い。
ヨウムは二人を観察するように眺めた。
隊員達と親しげに話している。帝国出身らしく、身なりは良い。
怪しいといえなくは無いのだが、そこそこの実力があれば、森を
二人で抜ける事は出来ない話では無い。
695
ジュラの大森林の魔物は、基本的にはそれ程強い固体はいないの
だ。ただし、現在のように魔物が活性化している時でなければ、の
話である。
現在、わざわざ森を抜けるのは危険が大きすぎる。ドワーフ王国
を経由する方が安全なのだ。
やっぱ、怪しいな。油断しねー方が良さそうだ。
ヨウムは心の中でそう結論付けた。
話に怪しい所は無かったし、隊員と打ち解けるのも早い。一見、
何の問題も無さそうである。
しかし、自分の勘が怪しいと言っている。ならば、勘を信じる。
それがヨウムの今まで貫いて来た生き方であった。
ま、腕が立つのは確かなようだし、利用させて貰うとしますか!
単純な話であった。相手が何らかの思惑があるのだとしても、こ
ちらも利用仕返せば良いだけの事。
隊員は数は少ない上に、腕の立つ者も少ないのだ。
どう見ても腕の立つ二人。そんな者が仲間になるのは、歓迎すべ
き事であった。
怪しいと言えば、捕えた3人の冒険者。
この3人もまた大いに怪しい奴等であった。
謎の町への案内を任せているが、嘘をついている様子は全く無い。
となると、本当に町がある事になる。
逃げるそぶりも見せないので、縛っていた縄は解いている。
この3人も早々に隊員と打ち解けて、自慢話を繰り広げていた。
冒険者であるのも本当の事のようだ。
所属国が異なる為、名前は聞いた事が無い。それに3人はBラン
クであるらしく、名が知れ渡っているという程上位では無かった。
腕の良いベテランという所か。
﹁へえ、この先に町があるんですか? しかも、魔物の町?﹂
696
﹁そうそぅ! そこに初めて行った時、焼肉出してくれたんですよ
ぅ!
ジャイアントアント
美味しかったなぁ!﹂
﹁確かあの時は、巨大蟻の集団に追われてたんでしたっけね。
酷い目にあったもんでやすよ!﹂
ホブゴブリン
﹁でもよ、おかげでリムルの旦那とも知り合えた訳だし、良かった
じゃねーか!﹂
﹁リムルの旦那って?﹂
﹁ああ、町の親分よ! 人鬼族達がほとんどなんだけどな。
彼等を纏めるのが、スライムのリムルの旦那って訳さ!﹂
﹁何だと? スライムが魔物を従えているのか?﹂
﹁そうよぅ! すっごい可愛いスライムなの!﹂
﹁⋮ていうか、旦那方、そんなにペラペラ喋っても大丈夫なんです
かい?
あっしは、知らないですぜ?﹂
﹁⋮⋮、だってよ、連れて行く時点で、駄目じゃん?
だから少しでもいい印象を持ってて貰わないと、トラブルなんて
起こしたらそれこそ不味いだろ?﹂
﹁そうよねぇ⋮二度と来るな! なんて言われたら、困るものね⋮
⋮﹂
﹁風呂も入ってないでやすしね⋮⋮﹂
油断しきっているのか作戦か、ペラペラと質問に答えている。
ヨウムには、彼等の魂胆がまるで掴めない。
ただ思うに、どうやら町は存在するだろうという事。
もし、彼等の妄想だとしたら、具体的すぎる話であった。
﹁あ! 見えて来やしたぜ!﹂
盗賊風の男、ギドがそう叫んだ。
697
ヨウムも言われて前方を確かめる。遠く、木の陰から、町の外壁
のようなシルエットが見えていた。
本当だったか。そう思うと同時に、気を引き締め直す。
魔物の作った町。俄かには信じがたい。それでも町は存在する。
鬼が出るか蛇が出るか⋮。
ヨウムは不敵な笑みを浮かべ、町を目指し突き進む。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
町の中をミリムを案内して周る。
それは、思った以上の重労働であった。
小さい子供を連れてレジャーランドに行った経験のある方なら、
想像出来るだろう。
目を離すと居なくなる。まさにそんな感じである。
﹁おいぃ! 勝手に走るなと言ってるだろうが!﹂
﹁わははははは! こっちだ! これは何だ!?﹂
﹁聞け! いいから、落ち着いて俺の話を聞いてくれ!﹂
﹁わははははは! 何だ一体? 聞いているぞ?﹂
どう見ても聞いてない。
不思議な程のハイテンションを全開にして、走り回っている。
698
さっきもガビルを見つけ、
ドラゴニュート
﹁おおお!!! 龍人族ではないか!
ドラゴニュート
わはははは! 頑張っておるか?﹂
﹁おう! 我輩は龍人族のガビルと申す!
お前の名は何だ? チビっ娘よ!﹂
ブチッ
﹁ああ? 今何て言った? 手前、ぶち殺されたいか?﹂
ガビルの膝を軽く蹴って砕き、バランスを崩したガビルが倒れこ
んで来るのに合わせて、拳を腹に減り込ませた。
ゴフゥ! とか言いつつ、一撃で死亡寸前まで追い込まれるガビ
ル。
ちょ、ちょっと待って⋮。俺の許可無く暴れないという約束は⋮?
﹁いいか、手前! アタシは今、とても機嫌が良い。だからこれぐ
らいで許してやるよ。
二度と舐めた事、抜かすんじゃねーぞ! たく、誰がチビだ、誰
が⋮⋮﹂
と言いますか。それ以上やったら、死ぬよ?
ミリム、恐ろしい娘! というか、本当に怖いわ!
ガビルは運よく試作品の回復薬を持って来ていた。クロベエに量
産依頼をする所だったらしい。
中回復薬では、体力が完全回復しなかった。
まさしく、一撃必殺に近い威力だ。本当に手加減しての威力なの
だろう。
しかしこうなると、暴れないという約束なんて、当てにならない
699
かもしれない。
ガビルはペコペコしながら去って行った。
ミリムは鷹揚に頷き、手を振っている。
そして、何事も無かったかのように振り向いて、
﹁アイツ、結構頑丈だったな! 今度はもう少し強めでいっとくか
?﹂
俺に聞かないで欲しい。心底そう思った。
﹁いや、駄目だから! 本当、弱いもの苛めは駄目だから!﹂
﹁む? そうか⋮。弱いもの苛めは駄目だな! 知ってるぞ!﹂
﹁お、おう。知ってるなら、今度からはしないでね⋮﹂
そう嗜める事しか出来ない。
いや、止める間も無い出来事だったのだ。
魔王ミリムの逆鱗は結構色々有りそうなので、被害者が彼だけで
ある事を祈る俺だった。
そんなこんなで案内は続く。
ゴブリナ
防具工房を見学させ、防具セットを造る約束をさせていた。
衣服工房を見学し、女性達の着せ替え人形になっていた。
農地を見学し、畑を耕すのを手伝っていた。恐ろしく早い速度で
畑が作られるのは、見ていて爽快だった。
その日はそんな感じで日が暮れた。
夜になる頃には、小さな暴君の噂は町に知れ渡っていた。
大食堂に幹部を集めて、皆に紹介する事にする。
700
﹁ミリム・ナーヴァだ! 宜しくな!﹂
ミリムがそう自己紹介したとき、
﹁あれ? ミリムって、魔王の名前じゃ?﹂
今日一日、ベニマル、ソウエイと一緒にハクロウに稽古をつけて
貰っていたシオンが呟いた。
﹁はは、お前、何言ってるんだ? 魔王がこんな所にいる訳ないだ
ろ!﹂
ベニマルが笑いながら否定した。
不味い。先程のガビルの悲劇が思い出される。
俺がフォローを入れようと口を開きかけた時、
﹁リムル様とは、どういう関係だ? どこかで友達にでもなったの
か?﹂
とソウエイが尋ねた。
途端に、怒る寸前だったのが、モジモジし始める。
何やら顔を真っ赤にしながら、
マブダチ
﹁え、えっと⋮、友達というより、親友!﹂
﹁そうでしたか、それは失礼。自分はソウエイ。リムル様の忠実な
僕です。宜しく!﹂
マブダチ
ソウエイ、流石である、本当にイケメンすぎて言葉も無い。
というか、ミリム君。いつから親友になったのかね?
701
マブダチ
﹁えっと、いつから親友に?﹂
恐る恐る尋ねてみると、
﹁え? 違うのか!?﹂
オーラ
見る見る目に涙が溜まっていく。だがそれ以上に、拳に闘気が溜
まっていく方が早い!!!
マブダチ
﹁なーってね! 冗談だよ、親友! 俺ら、一生仲良しダヨネ!﹂
素早いフォローで危険を回避。
俺も危うく地雷を踏み抜く所だった。ガビルの二の舞は御免であ
る。
﹁だろ! お前も人を驚かせるのが上手いな!﹂
とニコニコになっている。
チョロイ奴である。チョロイけど、扱いの難しい奴でもあるのだ。
今後油断は禁物。俺は一つ賢くなった。
ベニマルは未だに事態に追いついていない。後で忠告してやろう。
彼は、ソウエイに比べて女心など全く理解していない。俺と同等
かそれ以下である。
元が良い男だから許されているが、そうでなければ総スカンもの
であろう。
鈍い男とはどこでも苦労するもの。
ミリムが相手では苦労では済まないからな。
一先ず話しは流れて、食事が運ばれてくる。
ミリムはご機嫌で食べていた。
俺も人間に変身し、仮面を外す。
702
それを見たミリムが、
﹁あ! ゲルミュッドを倒したのはお前だったのか! やっぱりな
!﹂
そう言った。
ニコニコ笑顔で食事を続けるミリム。
だが、他の者はそうはいかない。その目が説明を促し、俺を見て
来る。
どうやら、誤魔化すのは無理そうだった。
食事が終わると、ミリムは眠そうにしている。
シュナに頼んで客用の寝室に連れて行って貰った。ベッドじゃな
いとか、文句言わないといいのだが⋮。
ここにはベッドは無く、畳モドキと布団なのである。
ま、無いモノは仕方無い。シュナに任せて、こちらは本題に入る。
俺は、皆に本日の出来事を話して聞かせた。
﹁なるほど⋮。通りで、強烈な一撃でしたわ。
我輩、親父殿が川の向こうで手を振っているのが見えましたぞ!﹂
﹁なんだ? まだまだ余裕そうだな。お前の親父、まだ生きてるだ
ろうが!﹂
﹁あ! そうでしたな。失敬失敬!﹂
ガビルの反応はともかく、他の者も驚いている。
そりゃそうだ。魔王がやって来たのだから。
﹁でもま、一応、許可無く暴れないと約束してくれてるし、大丈夫
だろ?﹂
703
俺が問うと、
﹁いや、約束を破れない魔物ばかりではないぞ?
ドワーフ王が言ったのは、一部正解であり、全てが真実ではない
んだぜ?﹂
とカイジンが言い出した。
ハクロウや鬼人達も頷いている。
﹁リムル様、例えば、自分は平気で嘘をつけますよ。﹂
﹁俺も平気だ。むしろ、結構嘘つきな方だ!﹂
と、ソウエイやベニマルは言った。
どういう事?
﹁つまりですね⋮⋮﹂
説明によると、自然発生した魔物が嘘をつきにくいのは本当の話。
でも、親から生まれた魔物はその辺りルーズになる。ドワーフ王
誓約の魔法を行使した上で、自分の存在に誓
という条件での話しなのだとか。
の言っているのは、
った場合
﹃大賢者﹄の補足説明を聞き流したのが失敗だった。
悪魔族だけは、より制限が厳しいようだが、単なる魔物なら然程
ではないのだそうだ。
という事は⋮⋮
﹁ミリムの奴なら、平気で嘘をつけるという事か?﹂
﹁そうなりますな⋮⋮﹂
ハクロウが頷いた。
704
さて、どうしたものか。
﹁しかし実際、暴れている訳ではないですし、そもそも、止めよう
としても無理でしょう?﹂
確かにそうだ。全員でかかっても無理そうだ。
マブダチ
丸投げ
ルール
を、
﹁そうだな。好きにさせて、駄目なら駄目とリムル様に止めて貰お
う。親友らしいし!﹂
﹁﹁﹁意義なし!!!﹂﹂﹂
何い!!! ベニマル貴様!
そう思った時は既に手遅れ。いつも俺がしている
逆にやられてしまう事になってしまった。
仕方無い。俺は溜息をつく。
こうして、魔王ミリムはリムルが担当する! という暗黙の了解
が成立してしまったのであった。
魔王ミリムの旋風は吹き荒れ、何とか一日目を終えたのだ。
705
49話 ミリム旋風︵後書き︶
明日は投稿出来そうにありません。
次回は水曜日予定です。
706
50話 辺境警備隊
明けて翌日。
その日は朝から大忙しだった。
まず、朝一番にミリムを起こした。
ぐずるミリムに服を着替えさせ、身支度を整えた。
昨日のうちに用意してもらった衣服だが、良く出来ている。
ゴシックドレスでは動きにくかろうと用意させたのだ。
﹁何で魔王が早起きせねばならんのだ!﹂
などと舐めた事を言っていたが、朝食を食べる頃には機嫌が良く
なっていた。
子供って、本当に単純である。
ミリムが朝食を食べている間に考える。
俺が担当する事になったのはいいが、俺は人間の町に行ってみた
い。ミリムを連れていけるだろうか?
ちょっと自信が無い。いや、訂正しよう・・・全然自信がない!
あんな危険な子供を連れて行った事も無い場所へなど、とてもで
はないが行く事は出来ない。
かと言って、置いていくのも不安が大きい。
ミリムがいる間は、人間の町に行くのは見合わせた方が良さそう
だ。
朝食を終えて、俺はミリムを連れて鍛冶場へ行く。
人の姿のままで、仮面を取り出し被った。武器を試すにはスライ
ムでは持てないのだ。
鍛冶場にて、クロベエに挨拶する。
707
﹁昨日頼んだヤツ、出来てる?﹂
﹁おお! コレですな! ミリム様の専用武器として、良いかもし
れませんな!﹂
そう言いながら、俺に完成品を渡して来た。
昨日、ミリムの手のサイズを粘土で型どって用意してもらったの
だ。
それは、ドラゴンナックル!
強力なパンチを素手で放って怪我しないように! というのが本
魔鋼
の芯を、
来の使用方法であり、威力増大を目的にするのが普通なのだが、こ
れは違う。
正に正反対の目的である。さり気なく、軽く硬い
ショック吸収素材で覆ってある。
魔鋼
を用いている。威力増大目的では
そう! これを装備すると、殴る威力を十分の一くらいに抑える
事が可能なのだ!
自己再生に期待して、
無いというのがミソである。
﹁ミリム、これ着けてみて!﹂
俺がドラゴンナックルを渡すと、興味津々にそれを眺めていたミ
リムは、嬉しそうに受け取った。
さっそく着用する。
軽くシャドーをこなすように、パンチを出したりしている。
﹁おお! いいぞ、これ! 手が軽くなったような感じだぞ!﹂
よしよし。成功である。手が軽く感じるのならば、威力も下がっ
た事だろう。
708
俺は自分用に、新型の刀を受取った。
前回のは自分で壊してしまったので、作り直して貰ったのだ。
自分でコピーしてみて判明したが、まったく同じ刀であっても、
使い勝手が違った。
どうやら、作り手の技量まではコピー出来ないのかもしれない。
見た目も鑑定性能も同じなのだが、本当に些細な差異があるのだ
った。
刀を抜いて確かめる。素晴らしい。クロベエの腕は確かだ。
早く、俺専用の刀を手にしたいものである。もう少しで馴染みそ
うなのだが、焦りはしないが待ち遠しい。
俺は頷き、刀を仕舞った。
俺とミリムが受け取った武器を確かめ終えた時、リグルドが走っ
てやって来た。
よく走るヤツだ。
﹁リムル様、コチラでしたか! 不審な一団がやって来ております
!﹂
話を聞いてみると、町に武装集団がやって来たらしい。
バカ
その中に、3人組の冒険者がいるとの事。
どうやら、3人組が武装した集団を引き連れて町へとやって来た
のである。
どうして、問題ばかり起こすんだろね、アイツ等。そんな事を思
ったが、
﹁まあ、会ってみよう。﹂
709
そう言って、リグルドが待たせているという場所に向かった。
当然のようにミリムもついてくる。
到着してみると、リグル達、警備隊が10数名の武装した者達を
取り囲んでいた。
身なりは一応は統一されている。しかし、そんなに高価そうな装
備では無く、性能も悪かった。
この町作成の装備品の比では無い。
ただし、そんな集団の中に二人、桁違いに凄い性能の装備をした
男女がいた。
バカ
装備だけではなく、実力も高そうである。
そして、見慣れた3人組。俺の姿を目にするなり、
﹁あ! リムルの旦那、お久しぶりです!﹂
﹁やっほー! 遊びにきましたよぅ!﹂
﹁お久しぶりでやす! ちょっと色々あって、大勢になってやす!﹂
と挨拶して来た。
色々、ね。どうせこの3人が原因で間違い無さそうだ。
﹁おいっす。で、こちらの人達は?﹂
﹁それがですね・・・﹂
経緯の説明を受けた。
隊長と紹介された、ヨウムという名の男は、油断無くこちらを窺
っている。
話を聞き終わると同時に、
﹁初めまして! ファルムス王国・伯爵領所属の辺境警備隊に所属、
隊長のヨウムという。
こちらの方に、魔物の町があるいう話を聞き、真偽を確かめに来
710
たのだ。
町の長はスライムだと聞いたのだが、会わせては貰えないか?﹂
と、挨拶してきた。
﹁ああ、申し遅れました。私がこの町の長というか、代表をさせて
貰っております。
リムル=テンペストと申します。
こんな風に人の姿をしてますけど、スライムですよ!﹂
俺も挨拶を返しておく。
﹁そうでしたか、これは失礼しました。
カバル殿に、リムルという名が長の名前であるとは窺っていたの
ですが、スライムだと聞いていたものでね。
見事に人に化けれるものですね!﹂
お世辞か本気か知らないが、こちらを褒めているらしい。
人に化ける魔物って珍しいのかな? まあいいけど。
﹁それほどでも。人に化ける魔物は珍しいのですかね?
まあそれはいいとして、御用は町の確認だけですか?﹂
﹁ああ、そうですね⋮⋮
確かに、目的は町の確認でした。魔物が町を作るなど、聞いた事
が無かったものでして⋮。
それに、仮に本当の話だとして、その町が我々の脅威にならない
かという不安もありましたしね。
ですので、こうして本当に町があると判明した以上、我々の国に
対して脅威とならないか調べる必要があるのですよ。
是非とも滞在を許可して頂きたいのですが?﹂
711
﹁ふむ。しかし、脅威と為り得ると恐れる町には、滞在など出来な
いでしょう?﹂
俺が逆に問いただすと、ヨウムという名の男は頭をボリボリと掻
いて、
﹁ああ、面倒くせー。本音でいいますわ。
ぶっちゃけ、魔物の町なんて信じてなかったんですがね、あるの
は判ったので信じます。
で、この冒険者の方達の話を信じるならば、この町は大変居心地
がいいらしい。
ぜひ、ここに滞在許可を貰い、駐屯基地として利用させて貰いた
いのですよ!﹂
バカ
と、一気に話し込んできた。
そのまま3人組に向き直り、
﹁疑って済まなかった、謝罪する!﹂
深々と頭を下げて謝罪した。
観察していて思ったのだが、この男、案外律儀なヤツなのかも知
れない。
﹁ふっふーーーん! だから言ったじゃないですかぁ!
まあ、判ればいいんですよぅ! あんまり人を疑うものじゃ、な
いですよぅ!﹂
エレンが何故か大威張り。
他の二人は、照れたように、おう! とか、参りやしたね! な
どと呟いている。
712
まあ、悪い奴では無さそうだが、滞在許可は別の話。
﹁駐屯基地として利用というけど、どういう事をするつもりだ?﹂
ヨウムは俺に向き直り、事情を説明して来た。
ファルムス王国の伯爵領で魔物対策として設置された部隊である
事や、30人位のメンバーを3分割して活動している事。
この場所からならば、直ぐに街道へと抜けれるし、村々を周りや
すい事。
﹁何なら、街道までの道を舗装させて貰えれば、時間短縮になるし
今後の取引にも便利だと思う。
当然、作業は俺達が行うつもりだ!﹂
と、提案までして来た。
馬は抜けれるが、馬車は通り抜け出来ない道である。
街道方面の木々の伐採は行っていなかった。
目立つのを恐れたというのが最大の理由だが、それは森の騒乱以
前の条件での話。
今となっては、森も落ち着きを取り戻しているし、町との貿易に
も街道は使用したい所。
この提案を受けるのも有りかもしれない。
立ち話も何なので、大食堂に皆を案内した。
食事のメニューは乏しいのだが、味は結構良くなってきている。
残念ながら塩や胡椒といった調味料が不足気味なので、濃い味付
けは出来ないのだけど。
ゴブリナ
それでも、シュナの努力によりそこそこの料理が出せるのだ。調
理人は、シュナの弟子たる女性達である。
ゴブリンも大規模に増えた御蔭で、女性の数も多い。
713
町の治安維持は男が行っているが、宿の掃除や料理洗濯は女の仕
事なのだ。
得手不得手があるので、料理・掃除・仕込み・裁縫・手伝い・そ
の他と役割分担が決まっている。
この辺りは、リグルドの手腕は大したものだと思う。
場所を大食堂に移した所で、話を再開する。
何が面白いのか、ミリムも俺の隣に座った。
大事そうに、ドラゴンナックルは付けたままなのが微笑ましい。
﹁ところで、リムルの旦那、そちらのお嬢さんはどなたで?﹂
カバルが聞いてきた。
ミリムは、お嬢さんという単語に反応しかけたが、自重したよう
だ。助かったな、カバル。
この大食堂には、ミリムという爆弾もいる。油断は出来ない。
﹁ああ、お客だ。とても大事な人なので、最上級に丁寧に接しろよ
?﹂
忠告を込めてそう言っておいた。
忠告を無視した者は、自らの愚かさを身をもって実感する事にな
るだけの話だ。そこまでは俺も知った事では無い。
﹁ミリムと言う。 宜しくな!﹂
気軽にミリムが挨拶してるが、その本性は凶悪な魔王。
見た目の愛らしさに騙されてはならないのだが⋮
二人の男女、装備が桁違いに良かった者達が一瞬動揺したような
表情を見せた。
表情というか、その雰囲気に変化があったと言うべきか。
714
信じられないモノを見る目つきでミリムを見たのである。
まさか、気付いたのか? それは流石に有り得ないだろう、そう
思って二人を良く見てみると⋮⋮
何だよ、何で魔人が人間に化けているんだ? そう、二人は魔人
だった。
俺の﹃魔力感知﹄でさえ、人間と判断するほど巧妙に化けている
が、鑑定解析までは誤魔化せない。
聞けば、道の途中で仲間になったとの話だったので、潜入でもし
たのだろうか?
︵おい、魔人が二人、町に潜入してるから、警戒するように!︶
この場で、﹃思念伝達﹄を用いて警告しておいた。
まあ、怪しい動きを見せなければ問題ないのだが、
︵リムル様、魔王ミリムと同時期に来たというのは、何らかの関連
があるのでは?︶
︵自分もそう考えます。油断させる作戦とか?︶
︵ちっがーーーーーう! ワタシはそんな面倒な真似はしない!!
!︶
俺の﹃思念伝達﹄にミリムが割り込んで来た。周波数を割り出し、
強制的に進入して来たようだ。
出鱈目な事をする。
簡単に言っているが、とんでもない高等技術なのだ。
︵って、お前、思念に割り込みかけれるのかよ!︶
︵ふふん! 無論、ワタシにとっては簡単な事!
って、そんな事はどうでも良いのだ。その二人はワタシとは関係
ないぞ!︶
715
︵知っているのか?︶
︵⋮え? し、知らないケド?︶
︵⋮⋮︶
︵⋮⋮︶
︵まあ、いいや。警戒だけしておいてくれ!︶
どうも関係は無いが、知り合いではあるようだ。
言いたくないなら言わなくてもいいさ。その件については警戒だ
け慎重に行う事にした。
俺達が思念で話している間に、各々自己紹介が進んで行く。
いつの間にか、一通り終わったようだ。
﹁さて、自己紹介も終わった事だし、本題に入ろう!﹂
本題として、この町に拠点を置きたいとの話だったが、問題点を
洗い出す。
﹁これは、ヨウムさんの個人的な要望という事でいいのか?﹂
﹁ああ、そう受け取って欲しい。むしろ、国には報告しないでおこ
うと思う。﹂
﹁何でだ?﹂
﹁ふむ。いくつか理由があるのだが、正直、あの領主は好かんのだ。
二ドル・マイガム伯爵というのが雇い主なのだが、碌な奴じゃな
い。
領民の事より、自分の利益を優先する男だ。
強欲でがめつく、人使いも荒い。
高額の税を領民に課すわりには、その安全を守る為の警備には金
をかけない。
最低の野郎なんだよ。
まあ、自分の雇い主を悪く言う俺も、碌な奴じゃないけどな。
716
そんな訳で、各村の安全を守るには人手が足りてないんだ。
ここに拠点を置けたら、見回りがスムーズに行えると言う訳だ。
だが、これを報告すると、奴がこの町にちょっかいを出さないと
言い切れない。
この町の住民の衣服、ここでの生産品だろ? 領主の町の品より
も格段に上質だぜ?
ここは中立地帯のようなモノだから、奴が個人的に手を出せると
は思えないがな⋮⋮﹂
成る程。
領主が強欲。よく聞く話である。
確かに、そんなうっとおしい奴に絡まれるのは御免こうむる。
だが、こういう話を打ち明けてくるとはこの男、本気か。
本気でここに拠点を置きたいのだろう。俺の信用を得る為に、本
音で喋っているのだ。
その後も話合いは続いた。
リグルドや、鬼人達の意見も交え、俺達は結論を出した。
空いている宿舎を一つ、提供する事にしたのだ。
勿論、町でトラブルを起こしたら追い出すという条件を付けた。
更に、飯代含む料金も徴収する事にした。
これはカイジンの意見を参考に料金を設定する。
1日1人当たり銀貨3枚。町での平均日当が銀貨5∼8枚らしい。
町の宿屋が、平均して一宿銀貨3枚。食事は軽食が一食だけ付く
そうだ。
素泊まりなら銀貨1∼2枚という所らしい。
王都等、人が多い場所では5割高くなるそうだけどね。
ちなみに、銀貨100枚で金貨1枚。前にカイドウに金貨20枚
貰ったのが残ってる。
単純に考えて、銀貨1枚=1,000円。金貨1枚=10万円で
717
ある。
物価の関係で大雑把ではあるけれども、カイドウは大分奮発して
くれたようだ。
回復薬の価値を聞いたら、それも納得ではあったけれども。
まあ、町で活動する軍資金としては十分だろう。
﹁銀貨3枚は高い! もう少しまけてくれ!﹂
ヨウムが値下げ交渉をして来た。
﹁ふん! いいか、ここの宿は、3食付だ。更に風呂付き!
文句があるなら宿じゃなく、仮倉庫が空いてるから、そっちを貸
そうか?
そこなら、銀貨1枚でいいぜ? 飯も付かないけどな!﹂
カイジンのその言葉に、暫く悩んでいたヨウムだったが、根負け
したのか納得したようだ。
先程食べた食事の味でも、思い出したのだろう。
こうして、ヨウム率いるファルムス王国・伯爵領所属の辺境警備
隊の宿泊施設を貸し出す事になったのである。
それとは別に、宿屋の一階を詰め所として提供する。
ヨウム達はそこに機材を持ち込み、設置していった。
何でも、魔力通信というトランシーバーのような機能を持つ魔力
珠で、部隊同士の通信が可能なのだそうだ。
ただ、残念な事に、1時間に3分しか喋れない。魔力消費が多く
て、補給が追いつかないそうだ。
部隊間の定時連絡用と、緊急連絡用に各2個づつ持ち歩いていた
そうである。
高価な物らしく、6個しか支給して貰えなかったそうだ。
そのあたりにも、領主のケチさが現れているようだった。
718
部隊の人間は新人二人を加えて、全員で32人らしい。
立地的に、この場所からだと、辺境の村々には1日以内に辿り着
ける。村から村を回るより大分効率良くなったそうだ。
隊員もここでの生活に慣れて来た。
魔力通信にて連絡し、一度ここに集合したのだ。皆気さくで陽気
な者達だった。
﹁﹁﹁これから宜しくお願いします!!!﹂﹂﹂
全員でそう挨拶された。
﹁こちらこそ! ただし、町でトラブルを起こすと命の保障はしな
い。気をつけてね!﹂
軽く脅しを入れつつ、挨拶を返す。
俺達が魔物であるのは見ての通りだが、彼等が警戒したのは最初
だけであった。
油断しすぎて、町で暴れて返り討ちにあったりしないように釘を
刺しておいたのだ。
思ったよりも気のいい奴が多そうで、心配しすぎだろうけど。
ヨウムとの打ち合わせで、リグルを紹介した。
この町の警備状況を説明し、それの足りない部分から村々の間を
ヨウム達が調査する。
ハイオーク
余裕が出来たので、一部隊は街道整備に回る。
猪人族の工作部隊が空いているので、街道整備の手伝いを任せる
事にした。
719
こうして意外なほどすんなりと、ヨウム達の辺境警備隊は町に馴
染んでいったのである。
720
51話 人間の町へ
ヨウム達が滞在するようになって、2週間経過した。
街道は順調に整備されていた。
ホブゴブリン
思いの他、辺境警備隊の隊員達は真面目に働いていたのだ。
現に、町の警備の人鬼族達とは仲良くやっている。
町の魔物は、俺の作ったルールを順守していて、人に対しても案
外フレンドリーに接していた。
警備隊の隊員達も、魔物だからと見下す者もいないようで、気軽
に接しているようだ。
元は荒くれ者やならず者だったという話だが、変われば変わるも
のである。
カリスマ
ヨウムという男に、人を惹きつけるオーラのようなものが有るの
かも知れない。
ヨウムには、確かな統率力が備わっているようであった。
お互いが協力関係を築くという意思があるからか、意外な程スム
ライダー
ーズに役割分担も出来てきた。
町周辺はゴブリン狼兵が警備及び警戒を行っているのだが、現在
では過剰戦力と言っていい程である。
ライダー
それ故か、村々の要請で出動する辺境警備隊に、応援としてゴブ
リン狼兵が10名程付き添うようになった。
彼等にしても願っても無い事だったらしく、素直に好意を受け取
ったらしい。
警備隊側としても、助けてもらってばかりではいられない! と
ばかりに、彼等の集団戦闘術や剣術、個人格闘技といった様々な技
術を指導してくれた。
中でも、サバイバル技術や、彼等流の食事のメニュー等は好評で
あった。
721
食事のメニューが豊富とは言え無いので、有難い話である。
こうして、お互いの信頼関係は徐々に結ばれていったのである。
信頼関係も出来てきた頃、彼等から提案というよりお願いを受け
た。
曰く、彼等の装備の手入れを行って欲しいとの事。どう見ても、
此方の魔物の装備の方が優れているのが気になっていたらしい。
﹁そもそも、魔物が高等な装備を着用するなんて、反則だろ!﹂
とは、彼等の隊員のセリフではあるが、全員の思いを代弁してい
たようだ。
俺もそう思う。
ドワーフを技術指導に来て貰ったのだが、俺の想像を超えて素晴
らしい装備を産出しだしている。
﹁フフン! まあよ。俺達、ドワーフの武具は超一流だからな!﹂
カイジンがご機嫌で応えているが、
﹁いやいや・・・そもそもどうして、ガルム師まで、この町にいる
んですか? それが変でしょ!﹂
とカバルの奴も不思議がっている。
ドワーフの中でも一流の防具職人のガルム。鍛冶師のカイジンも
腕は確かだが、今ではクロベエという名人もいる。
この町の武具のレベルは、王都に比べても劣っていないのだ。
しかも、素材は定期的に洞窟からガビルが運搬してきてくれる。
高ランク魔物の素材も豊富にあるのである。
考えるまでもなく、この町の武具の品質の高さが判って貰えると
722
思う。
ホブゴブリン
これを宣伝したら、買いたい者も多いだろうが、これは売りには
出せない。
まだまだ人鬼族の部隊装備が完成していないのだ。数が多いから
結構大変なのである。
クロベエがユニークスキル﹃研究者﹄のコピー能力を持ってはい
るけれど、﹃大賢者﹄を併用しないと時間がかかる。
手作りよりは早いのだが、一人で頑張っても仕方ない。
という訳で、職人志望の若者を弟子として扱き使い、全部工房で
作成しているのである。
いずれは、若者達の中からも職人が生まれてくるかもしれない。
そう考えると、一人の職人に全てを任せるより、今のやり方の方
が後々に良いと考えている。
﹁まあ良いじゃねえか、そんな事は! 特別に、暇を見て手入れし
てやってもいいぞ!﹂
カイジンが気安く請け負っていた。
指導の合間に、部下の教育の一貫として整備練習させるつもりな
のだろう。
お人好しに見えるが、抜け目の無いおっさんなのだ。
﹁うおおおおぉ! 流石、カイジンさん! 話せるぜ!﹂
﹁おいおい、いいんですか!?﹂
﹁じゃあ、俺のも頼みます!!!﹂
という具合に、大歓声に包まれていた。
仲良くやれているようで、一安心という所である。
723
ドス、ズシャ、ボコ、バゴン!
そんな音とともに、俺達はボコボコにされて倒れている。
俺、ベニマル、ソウエイ、シオン、の4名である。
﹁わははははは! むだむだむだむだぁぁぁ!!!﹂
高笑いを浮かべている相手。当然、魔王ミリムであった。
4人掛かりで相手して貰ったのだが、話にならなかった。
拳にはドラゴンナックル。標準装備である。飯時にも着けたまま
だったので、怒って外させたら拗ねていた。
俺が悪いのか? いや、そこは怒るところだと思う。
今回は着けていて貰って良かった。
修行中はキッチリ着用をお願いしている。飯時とは違うのだ。
俺達は毎日の日課のように、午後の運動にミリムの組手相手をし
ていたのだ。
冗談のように強いミリム相手では、1vs1では話にならない。
そこで1vs4で毎回戦っていた。
出鱈目なパワー。インチキのような身ごなし。底なしのスタミナ。
敵じゃ無くて良かった。
まともに組み合えるのは、ハクロウだけである。残念ながら、ハ
クロウの攻撃は一切通用しないけど避ける事が出来るだけでも凄い。
ドワーフ王との試合の時に感じた威圧と、ミリムから受ける威圧。
面白い事に全く異なる。これだけ一方的に連続でやられて、逆に
良くわかった。
もしドワーフ王との試合で、﹃大賢者﹄の自動迎撃を起動させて
いたら、恐らく勝てたかも知れない。
しかし、ミリムとの戦闘では意味が無いだろう。これは小手先で
の技術でどうこうなる話では無いのだ。
強さには色々あると言う事か・・・。
724
毎日3セット。御蔭で、皆2週間前に比べて格段に強くなってい
る。
ハクロウは、審判の役を任せていた。実際、彼は技術的には完成
している。伸びしろは少ないのだ。
俺達は、技術的には全然駄目だからこそ、この2週間で成長出来
たと言える。
﹁なかなか良くなって来たぞ! 今なら、リムルが魔王になると言
い出しても、反対しないぞ!﹂
ミリムはご機嫌でそんな事を言っている。
魔王になる気なんて、無いっての!
そもそも、今日も4人で20分も持たなかったのだ。駄目過ぎる。
こんなので魔王を名乗ったって、録な事には為らないだろう。
ベニマル、ソウエイ、シオンは、ハクロウの指導の元で修行を再
開する。
彼等も元気なものである。
彼等の修行風景を眺めながら、
﹁ところでさ、ミリムって、何で魔王になったの?﹂
不意に気になったので聞いてみた。
﹁うーーーん、そうな⋮⋮何でだろ? 何か、嫌な事があって、ム
シャクシャしてなった?﹂
﹁いや、俺に聞かれても⋮⋮﹂
﹁そうだな。良く思い出せん。大昔の事だし、忘れたのだ!﹂
何故か、ミリムが少し苦しそうな嫌な事を思い出したくないかの
725
ような、そんな風に見えた。
﹁そっか。まあ、忘れたなら、思い出さなくてもいいよ。﹂
子供の様な外見、しかし、中身は生粋の魔王なのだ。
聞いた話では、若い魔王でも200年前に生まれたらしい。
それが、俺の敵のレオン・クロムウェル。コイツは俺の獲物であ
る。
それ以外でも何人か若いと言われる魔王がいるが、その基準が5
00年前の大戦を経験しているかどうか。
ミリムは古参の魔王の1人らしい。
という事は、驚く程長い年月を生きてきたのだろう。
もしかしたら、友達もいなかったのかもしれない。長すぎる寿命
は、仲の良い者を奪っていっただろうから⋮。
﹁お前ってさ、家族というか、心配してる人は居ないのか?
ずっとここに居るけど、誰かに連絡しなくて大丈夫か?﹂
ふと心配になって聞いてみた。
すると、
﹁あ!!! 忘れておったな。そうだな⋮。ちょっと行って来る!
ひょっとすると、長引くかもしれん。だが、遅くとも2∼3年し
たら、また来るぞ!﹂
突然そんな事を言い出した。
﹁なんだと? 突然だな、おい。今すぐか?﹂
﹁む、そうだな。まあ、これで会えなくなる訳でもないのだ! こ
のまま行く!﹂
726
ドレスチェンジ
そう言い、一瞬でゴシックドレスへと着替えた。
魔法換装という便利魔法らしい。
これは俺も教わったけど、実際には自然に出来るのでそこまで重
用していない。
装備が沢山ある人にオススメな魔法らしい。もっとも、装備を収
容しておく︿空間魔法﹀を先に覚える必要があり、難易度は意外に
高いのだ。
着替えが終わると、ミリムはこちらを向き微笑むと、
﹁じゃあ、行ってくる!﹂
と一言告げて飛び立った。
そのまま、音も衝撃も残さずに音速を超える速度で去って行く。
来た時同様、突然に。
﹁あれ? ミリム様、どこかへ行かれたのですか?﹂
シオンが問うてきた。
﹁うむ。何か、用事を思い出したらしい。遅くとも2∼3年したら、
また来るってさ。﹂
﹁2∼3年ですか? えらく気軽に旅立たれましたが、結構長いで
すね。﹂
﹁でも、寿命が長いと、2∼3日的な感覚なんだろ?﹂
﹁それもそうですね!﹂
﹁もしかしたら、友達に服やドラゴンナックルの自慢をしに行った
だけだったりして⋮⋮﹂
シオンがボソっと呟いたセリフに、鬼人達も頷いている。
727
有りそうだ。
世界各地にいる知り合いに自慢しまくるなら、2∼3年はかかる
のかも知れない。
その光景が目に浮かぶようで、間違っているかも知れないが俺達
の中ではそういう事で落ち着いたのだった。
ミリムにしんみりとした感情は似合わない。
居なくなると、途端に寂しくなるものだ。たった二週間程度で、
ヤツ
えらく馴染んだものである。
不思議な魔王だった。
しんみりばかりもしていられない。
ミリムが居ないならば、逆に今はチャンスでもある。
今の内に人間の町見学に行っておこう。様子を見て、大丈夫なよ
うならミリムも連れて行ってやりたい。
バカ
下見は大事である。
3人組は2週間程度の滞在予定だったらしく、ここでこそこそと
魔物の部位を集めていた。
討伐証明になるらしい。しかし、こんなズルしてて大丈夫かコイ
ツ等?
まあ、俺の知った事では無いのだが、黙っていてやる代わりに町
の案内をさせようと思う。
﹁という事で、案内は頼んだぞ?﹂
俺がそう言うと、引き攣った顔で、
728
﹁判ってますよ、旦那!﹂
﹁勿論、案内しますよぅ! ついでに、王都も行ってみます?﹂
﹁裏町なら、結構伝がありやすぜ?﹂
と請け負ってくれた。
任せよう。
2日後に出発予定である。
リグルドにそう告げた所、段取りのいい彼の事、既に荷物は纏め
られていた。流石である。
魔方陣でガビルの所に向かい、出来上がった中回復薬の保管場所
に案内して貰う。
﹁おお、リムル様! お待ちしておりましたぞ!﹂
﹁これはこれは、リムル殿! ここは素晴らしい環境ですぞ!﹂
案内を受けた先では、ベスターが研究に没頭していた。
全体の指揮も見なければならないカイジンと違い、研究だけに打
ち込んでいる。
ここはベスターにとって天国のような環境だったのだろう。
﹁お前、飯はちゃんと喰ってるのか? そもそも、寝てるのか?﹂
心配になって尋ねると、
﹁大丈夫ですとも。ここの料理は質素ですが、慣れると大変に美味
です。
きっちり頂いておりますよ。
寝る間は惜しんでおりますが、ここに簡易ベッドを設けて貰いま
した。
ギリギリまで我慢して寝るのも良いものです!﹂
729
良くは無いだろ⋮。
そう思いはしたが、本人が好きでしている事だ。程ほどにな! と、注意するに留めた。
﹁クロベエにコピーして貰うのと、ここでの量産と、どちらが効率
がいい?﹂
そう問うと、
﹁ここでの量産速度の方が速くなりそうですな。
今は設備が少ないですが、人手と設備を増産すればクロベエ殿に
頼らずとも大丈夫になるでしょう。﹂
との事だった。
ヒポクテ草の生産そのものに時間がかかるのだ、そこまでの量産
速度は期待しなくても良い。
﹁じゃあ、5人くらい研究員を回して貰うか?﹂
﹁そうですな⋮、最初は教育もありますし、10人は欲しいですな。
ここで教育した者を、後継の育成に回したいですし。﹂
現在の生産速度は、回復薬を3時間に1個。クロベエのコピーで
は1時間に1個のみである。
俺なら即座に可能だけど、それはしない。何でも俺抜きで出来る
ようにしておきたいのだ。
こういう事は、緊急時以外は、皆に任せておくようにしている。
ドラゴニュート
出来た回復薬は20個の中位回復薬に薄めて完成である。これは
魔法による︿皮膜作成﹀で行うので、ベスターの仕事だ。
1人では大変なので、ガビル達も手伝っているようだ。龍人族に
730
なって、簡単な魔法なら使いこなせるようになったらしい。
3人でベスター1人の代わりを出来るようになったら、3倍の速
度にはなるのか。
1時間で1個の回復薬。つまり、20個の中位回復薬が出来る。
一日に8時間働くとして、160個位ははストックが出来る計算に
なる。
十分な生産体制であると言えた。
若手が育ったら、雑用は任せて、ベスターは研究に打ち込みたい
のだろう。理にかなっている。
俺は了解した。リグルドに伝えておく事にする。
現在は、ベスター寝る間も惜しんで作成し、一日80個の中位回
復薬が貯め込まれていた。
町に予備は必要だろう。俺は500個だけ保管庫から取り出し、
胃袋に収めた。
これを町で売り、魔石等を購入する予定なのだ。
カイジンと相談し、売値を決めておかねばならない。
さん
﹁では、引き続き頼みます。ベスター殿は、無理しないで下さいよ
!﹂
﹁お任せ下さい! このガビル、身を粉にして働きまする!﹂
﹁では、10名の件、お願いしますぞ!﹂
俺は見送られ、その場を後にした。
その後、カイジンと打ち合わせを行い、中位回復薬の最低価格を
決める。
下位回復薬が普通に言う所のポーションなのだが、これが、市場
価格で銀貨3枚らしい。
意外に高い。下手したらその日の稼ぎが回復薬で消えてしまうの
だ。
731
ヒール
だが、20%の怪我の治療というのは、かなりの大怪我でも治る
という事。
初級魔法の︿回復﹀では、精々10%の回復しかしないし、緊急
時には止むを得ないのだろう。
倍以上の効果の中位回復薬。上品質なので50%回復なのだが、
さて値段をどうしよう?
﹁いいか、旦那。倍の値段じゃ安すぎる。最低、銀貨15枚。
これは、駆け出しが買う品じゃない。Bランク以上の冒険者をタ
ーゲットにするんだ。
多少高めで売った方がいいぞ! 可能なら、銀貨20枚を目指そ
う。﹂
カイジンは熱弁してくれた。
確かに。この薬はかなり便利だし、安いからと大量に注文が入っ
ても問題だ。
利益が出ない事には、魔石も買えないのだし、銀貨20枚も有り
だろう。
一つ二つは、俺の作った回復薬を出してみるのもいいかも知れん。
俺は了承し、打ち合わせを終えた。
準備は整った。
バカ
翌朝、3人組と合流する。
準備を終えた3人は俺を待っていた。
街道経由で行くとファルムス王国に出る。ヨウム達の国であり、
伯爵領に入る事になる。
伯爵は強欲だという話なので、パスしよう。
という訳で、森を突っ切る方面に進む。
まずは小国ブルムンドを目指すのだ。
自由組合のギルドマスターに会い、今後の方針を決めようと思う。
732
この世界に転生して1年以上経った。
ようやく、人間の町を目指す事が出来るのである。
733
52話 旅路︵前書き︶
急な会議で遅くなりました。
734
52話 旅路
魔人ミュウランはようやく報告出来た事で一安心していた。
魔王ミリムが観察対象の町の長と親友になるなどという暴挙に出
るなど、想像の範囲外の出来事である。
弱そうなスライムが町の長であった事も驚きだが、ミリムの行動
は意味が判らないレベルであった。
凡人である自分に、魔王の考えている事など判らないのだ。
というより、あの魔王は少し、いや、かなりおかしいのではない
か? そんな疑念が浮かんではいたけれども。
対象の町の様子や、文化レベル、魔王が長と友達になったらしい
事。
それに、その長はスライムで、仮面を被った人に擬態を出来る事
などを報告した。
ミリムが町に滞在している間は、念の為に報告しなかったのであ
る。魔王間の密約を裏切る行為はしないだろうとは思うのだが、ミ
リムの考えが判らない以上、慎重な行動を取る必要があったのだ。
ミリムの前で一切の魔法を行使していない。
通信魔法等、ミリムの前で使うと一発で正体はバレてしまうだろ
う。そういう判断である。
ひょっとすると、正体はバレているかも知れないが、ミリムに動
きは無かった。
そういった出来事等を報告すると、
﹁なるほど・・・。これは使えますね。ご苦労でした、引き続き監
視業務を続けなさい。﹂
クレイマンは何やら思いついたらしく、上機嫌でそう述べた。
735
シャーマン
ミュウランには関係の無い話。
彼女は今では警備隊の呪術師として、参謀職に取り立てられてい
る。
︵馬鹿な人達。私が魔人だなんて、疑ってもいないのでしょうね︶
見下すようにそう思うものの、長らく交わる事の無かった人との
付き合いは、彼女の心を妙に浮き立たせていた。
暫くは、このままでいよう。願わくば、もう少しだけこの状況を
楽しみたい。
彼女はそれと自分では意識せぬままに、そう願う。
そして、何食わぬ顔でいつものように自分の仕事へと戻っていく。
魔人グルーシスは警備隊の一員として、一部隊に参加し森を進む。
獣人である彼にとって、騎馬を操るなど児戯にも等しい。そんな
彼であるから、隊の中で頭角を現すのも自然な流れであった。
実力を隠したままであっても、人間どもに遅れを取るなど有り得
ない。
そんな訳で、3部隊の一つの副長を任せられている。部隊長にと
押されたのだが、流石に新参であるという理由で辞退したのだ。
ライダー
既に目立ってはいるが、身動きの取れやすい今の立場ならば然程
の問題は無い。そう考えている。
スターウルフ
ホブゴブリン
そんな彼の今の興味は、追随しているゴブリン狼兵達であった。
珍しい進化の仕方をした星狼族を駆る人鬼族達。
熟練のコンビであるかの如く、その息はピタリと合っている。高
ホブゴブリン
い練度を窺わせる動きであった。
中でも、ゴブタという人鬼族は飛び抜けていた。
天然の勘が優れているのか、直ぐに魔物を見つけ仕留めるのであ
る。
グルーシスは舌を巻く。
736
勧誘するのは、鬼人だけのつもりであったが、この様子では他に
ライダー
も有能な者は多そうであった。
ゴブリン狼兵達は総勢100名らしい。部隊毎、是非とも引き抜
きたい優秀な者達である。
ドラゴニュート
中でも、隊長のリグルと副長のゴブタ。この二名は他を圧する強
さを持つ。
他にも、たまに見かける龍人族達。彼らも鍛えれば戦士となりう
ハイオーク
る者達である。
オークキング
工作兵の猪人族。個別では大した者は居ないが、集団で力を発揮
するだろう。
それを率いるゲルドという猪人王がいるそうだが、町では見かけ
なかった。
物資運搬で常に出掛けているそうだが、恐らくは強力な個体であ
ると思われる。
︵何だよ、何だよ! この町はおかしいってものじゃねーぞ!
下手したら、俺達と戦争出来るくらいの戦力じゃねーか!︶
事実、鬼人達を間近で見てみたが、自分と互角かそれ以上の者も
居る。
獣王配下の中では末席であるとは言え、これは明らかに異常な事
だと思われた。
ま、いいけどよ! その方が、彼としても楽しめるというもの。
強い仲間が出来るのも良し。失敗し、強力な敵が生まれてしまう
ならば、それもまた良し! である。
彼等、獣人は戦いに生きる種族。強い敵もまた、歓迎すべきもの
なのである。
こうして、彼はどうやって勧誘するか思案しつつ、警備隊の任務
をこなしていく。
737
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
やっほーーーーーい!
久々に感じる開放感。俺はそれを十分に満喫する。
町に居る時は、何のかんのと言って、気が張っていたのだろう。
町に残してきた二人の魔人が心配ではあった。
だけど、ベニマルなど自分から、
﹁町の事は俺に任せて、行って来てくれ! 魔人二人くらい、何と
でもなるさ!﹂
と言い出したくらいだ。ベニマル達が何とかするだろう。
ランガをずっと見張りに付けていたのだが、動きは見せなかった。
今は引き継いでソウエイが見張っている。
眠らない男、ソウエイ。
分身を行い、交代で睡眠を取れるらしい。便利な能力だと思うが、
眠る必要すら無い俺には言われたく無いだろう。
町で様子を見ていたが、尻尾を出す気配は無い。
ミリムの関係者では無さそうだが、知り合いだとは思う。此方か
ら迂闊に接触も出来ないので、監視だけは慎重に行わせていたのだ。
残念ながら、全く動きが無かった。
こうなってくると、警戒だけ続けても仕方ない。﹃影移動﹄で直
ぐに戻る事も可能なので、俺は町を出る事にしたのだ。
かえって、俺が居なくなる事で動きを見せるかも知れないという
738
思惑もあった。ミリムも去った事だし、動くならば今だろう。
そう思って警戒していたのだが、町を出て初日には何の動きも無
かったようだ。
3日も過ぎた頃には、心配しすぎであったと思うに至る。
彼等も高い能力を持っている。任せろ! と言うのだから任せよ
う。
と言う訳で、現在は久々の開放感を満喫していたのである。
こちらのルートは道が整備されていないので徒歩である。
馬で通れる道に出たり、獣道を進んだり。
本当に大丈夫か? という程、色々なルートを進んでいる。しか
し、そこはベテランがいるのだ、任せよう。
泣きそうな顔になってる奴がいるが、信じても大丈夫だろう。何
しろ、初めて行き来している訳ではないのだ。
一応、
﹁おいおい、まさか迷ってるなんて事はないよな?﹂
と、冗談で言ってみたら、
﹁ハハハ。そんなハズ、ある訳がないでしょうとも⋮⋮﹂
変な言葉遣いになっていた。大丈夫だろう。
そっと脳内マップを出したら、さっき通った道を通っていたけど、
気のせいだろう。
﹁おい! 冗談じゃないぞ。お前等、迷ってるだろ!﹂
3人は顔を見合わせ、
739
﹁﹁﹁すんませんでした!!!﹂﹂﹂
と謝って来た。
どうやら、近道をしようとして迷ったらしい。本当にこれでプロ
なのだろうか?
まあいい。来た道を少し戻り、彼等の判る所まで案内した。
途中に幻妖花が咲き乱れている場所があったが、原因はそれかも
知れない。コイツ等には教えなかった。
﹁何であんな所で迷ったんだろ⋮⋮﹂
﹁ちょっと自信喪失だよねぇ⋮⋮﹂
﹁あっしなんて、道に関してはプロなんでやすよ? お二人以上に
ショックです⋮⋮﹂
少し可哀相になったので、幻妖花の事を教えてやると、
﹁それ、Bランク以上指定の採取クエストの対象ですよ! 結構探
すの苦労するんですょ!﹂
とエレンが勢い込んで言って来た。
魔法品の素材にもなるらしく、結構珍しい花なのだそうだ。
せっかくなので、戻って採取した。40株くらい採取出来たので、
10株づつ分ける。もしかすると、これで何か作れるかも知れない
ので胃袋に入れて解析にかけておいた。
そんなこんなで更に一週間が過ぎた頃、ようやく森の出口に辿り
着いた。
確かに、時間は短縮になったのだろうが、迷った日数で結局普通
通りの時間がかかっていたらしい。
俺にとっては急ぐ旅でも無い。むしろ、久々の旅行で楽しいくら
いである。
740
まあ、スライムの身体が疲れないし、清潔なままでいられるから
そういう事を言えるのだろうけどね。
エレンが︿浄化魔法﹀とやらを使っていたので、教わった。
試しに使用すると、俺の魔法の方が効果が大きかったので皆にか
けてやる。お陰で、普段よりも快適な旅だったらしい。
火を起こすのも簡単だし、寝ずの番は俺がするし。
﹁リムルさん! ずっと一緒に冒険しましょうよ!!!﹂
エレンは感激したように言って来たが、流石に断った。
皆に会う前ならばそれも良かったかも知れないが、今となっては
俺は町の長だ。統治は任せているとは言え、放りっぱなしには出来
ない。
いずれ、皆に必要とされないようになったならば、その時は考え
て見るのもいいかも知れない。
だけどな、その時はお前達は死んでしまって居ないだろうけどな。
ふと、そんな考えが頭を過ぎった。
ミリムもこんな感じだったのだろうか? 大事な友達を作っても、
先立たれてしまうならば、俺なら孤独を選ぶだろうか?
判らない。
今の俺には、その事を判断するには経験が足りていなかった。
感傷を払い、街へと向かう。
目指すは、小国ブルムンド。小さな国で、各村々と、その村の領
主たる貴族。そして、王都しか無い国。
ブルムンドの自由組合に所属している3人の案内で、街を目指す。
大きな街は王都のみであった。城下町に自由組合のブルムンド支
部もあるのだ。
741
最初の村まで来ると、後は早かった。定時馬車が出ていたのだ。
昼前に村に着き、飯屋で昼食を食べる。そこからは、馬車で3時
間で王都に着くらしい。
小さな国らしく、交通の便は良いそうである。
グレートアックス
﹁でよ、俺が大斧で、グワーーーっと叩きつけてやってよ。
仕留めたのが、コイツって訳よ!﹂
﹁すげーや! さすがはビッドさんだぜ!﹂
ホーンベア
﹁ビッドの兄貴、コイツ強い魔物ですよね? 1人で仕留めたので
すか?﹂
﹁まあな。俺様にかかれば、一角熊なんざ、敵じゃねーよ!﹂
ホーンベア
そんな会話が聞こえたので、チラリとそちらを見る。
話の中心、一角熊とやらを見た時、思わず食べているモノを噴出
ホーンラビット
しそうになった。
ただの熊に一角兎の角を埋め込んでいるだけの、魔物の死体が置
かれていたのだ。
いや、熊は魔物じゃなく動物なんだけど、その辺の区分けは難し
いのだ。
魔晶石
を落とすか落とさないかで見分ける
俺のように鑑定解析能力があるならともかく、無ければ見分けは
付かない。
明確な区分けは、
事が出来る。けれど、それは普通の人には酷だろう。
落とさなかったから動物とか言われても、何匹も倒していいやら
判らない事になるのだ。
レベル
妖気が出ていたら魔物なのだが、それも見分けをつけるのは難し
い。結局、技量を上げるしか無いというのが、結論であった。
ホーンベア
﹁おい、偽物の一角熊で自慢してる奴がいるが、ああいうのはアリ
なのか?﹂
742
ホーンラビット
﹁え? あれ、偽物なんですか? 良く見破れましたね?﹂
﹁あ! 本当だぁ! 一角兎の角付けてる。魔法使いにはすぐバレ
ルのにねぇ⋮⋮﹂
﹁やっぱ、すぐバレルのか?﹂
﹁いや、旦那。アイツの目的は違いやすぜ。
王都に運べばバレやすが、こういう村では英雄になれるんでさ!
で、村を守ってやってるからと上手いこと言って、宿と飯にあり
つくって寸法です。﹂
なるほどな。
ギドの解説で理解する。ようは、詐欺師って事だ。
世の中には色々な種類の詐欺師が居るものである。一つ勉強にな
った。
邪魔したら悪いので放置しようとしたのだが、
﹁おいおい、ちょっと待ちな! お前等、これが偽物とかイチャモ
ンつけやがって!
俺様をバカにするなんて、覚悟は出来ているんだろうな?﹂
こういう奴等って、何で耳がいいんだろ。しかも無駄に絡んでく
るんだよな⋮。
そんな事を思っていると、
﹁あれ、あれってカバルさんじゃ⋮⋮﹂
﹁エレンさんもいるぞ!﹂
﹁あっちはギドさんじゃねーか!﹂
そんな声が聞こえ始め、あっという間に食堂の客に囲まれる。
﹁な、何だ⋮⋮。お三方も人が悪い。帰ってきたのなら声かけて下
743
さいよ!﹂
﹁誰だっけ、お前?﹂
﹁嫌だな、この前ボコボコにして貰った、ビッドですよ!
王都で絡んでカバルさんに指導して貰った、ビッドです!﹂
バカ
何という事でしょう。
3人組の奴等、意外に有名人。
詐欺師とは知り合いという程でもないようだが、相手は3人を尊
敬しているようだ。
変なのに尊敬されても嬉しくは無いだろうけど。
だが、一番の驚きは、3人が有名な冒険者だと判明した事だった。
主に、最近急に台頭して来た冒険者として有名なのだとか。
⋮⋮それって、俺の所の町から魔物の部位を持って行って成績上
げてるからじゃあ⋮。
3人を見ると、慌てたように目を逸らした。
ここは敢えて追求しない。
人には触れられたくない事もあるだろう。しかし、だ。今は触れ
ないが、そこはそれ。
﹁判っているんだろうな?﹂
﹁﹁﹁勿論です!!! 王都まできっちり案内させて頂きます!!
!﹂﹂﹂
なら良し。
そんな事もあったが、概ね順調に旅は終わった。
小国ブルムンドの王都に到着したのである。
744
53話 自由組合
小国ブルムンドの王都を進む。
町並みは古風だが、堅実な印象を受ける。
道行く人も明るい雰囲気を纏っていて、暗く落ち込んでいるとい
う空気は見当たらなかった。
当初恐れられた魔物による被害が出なかった事が影響しているの
だろう。
辺境にある国らしく、街中であっても武装した者達が歩いている。
俺の鑑定解析で見ると、武器防具の質の平均としては圧倒的に劣
った性能のものが多い。彼等の腕前もそれに比例して然程強そうで
は無かった。
しかし、久しぶりに感じる街中の空気は、俺の心を浮き立たせて
くれる。
露店で売り出している炙り肉の串を買い、食べながら歩く。
何の肉か不明だが、意外に美味い。
というか、鑑定すれば何の肉か判るがそれはしない。別のモノを
鑑定する。
それはタレ。こういうタレなんかも研究の役に立つのだ。ちょっ
とズルだが、食べたらレシピが判るのである。
必要な材料なんかを心のメモに書き込んでおく。
そうして街中を進み、3人に案内させ一つの店を目指した。
魔法道具屋である。
日常品専門の日常道具屋と、魔法品専門の魔法道具屋があるのは、
前世との大きな違いであった。
745
冒険者にとっては、魔法道具屋を指して道具屋と呼ぶ事が多いそ
うだ。
魔法道具屋、今後道具屋と呼ぶが、そこでの目的は主に一つ。
市場価格調査である。
今度売りに出す中位回復薬。最低、銀貨15枚で売る予定だが、
下位回復薬はいくらで売っているのか知っておきたい。
他にも、幻妖花を元に作られる品や、それ関連の品があるかもし
れない。
ギルドに出すならば、一株で銀貨10枚程度で買い取ってくれる
らしい。
それなりの高額買取らしいのだが、わざわざ幻妖花を探しに森に
入ったとしても発見出来無ければただ働きになってしまうので、そ
ういう者はいないそうだ。
採取目的に活動する冒険者を専属で雇うならば、かなりの高額を
覚悟しなければならない。
旅の途中で見つけた者が採取し売ってくれるのを纏めて、依頼主
に渡すそうである。
そんな訳で、採取依頼は年中貼り出されているそうだ。気の長い
話である。
そういう薬草や花は沢山あるそうで、そういった草花の単価も調
べておきたい所である。
案内された店に入る。
中は独特の匂いに溢れ、一種異様な雰囲気を醸し出していた。
レア
魔法使いのお婆さんが住んでいるような、そういう感じである。
事実、店主はイメージ通りのお婆さんだった。
ざっと中を見回し、素早く鑑定を行う。目を引くような希少素材
ポーション
は無さそうだった。
下位回復薬は品薄で、値上がりしていた。
理由は簡単。隣国のファルムス王国が、ドワーフ王国からの流通
を止めているらしい。
746
止めているというのは大げさだが、戦関連の品への関税を高くし
て国外へ流通しないように規制をかけているそうだ。
ドワーフ王国で作られる、質の高いポーションが入荷しないとな
ると、街の薬師が作った低品質のモノしか品が無い。
それも、森や洞窟から採取して来た薬草から煎じて作られる、効
果の薄い品しか流通していないとの事。
ポーション
あれ? これってチャンスなんじゃ⋮⋮
現在の下位回復薬[品質:普通,効果20%回復]は、銀貨2枚
で売られている。
劣化ポーション[品質:低,効果15%回復]が商品の主流であ
り、銀貨1枚だった。
なるほど、少し効果が高まるだけでも、値段は大きく跳ね上がる
ようだ。命に比べれば、薬の値段はケチる所では無いのも頷ける話
である。
狩りに出ている冒険者達が、薬草を見つけてギルドに納入出来な
かったら、直ぐにでも売切れてしまうとの事。
売れ筋の商品という話だった。
次に、幻妖花。
この花からは、幻覚剤と幻惑の香水が作れる。
効果は、
幻覚剤・・・︿催眠系魔法﹀の触媒に使用。そのまま服用すると、
幻覚症状に陥る。高い中毒性が有る。
レジスト
幻惑の香水・・・︿催眠系魔法﹀の効果を補強︵威力30%上昇︶
。︿催眠系魔法﹀への抵抗値上昇︵抵抗30%上昇︶。
である。
当然上品質なので、普通のものならば効果は20%上昇だろう。
威力上昇とは、成功確率・付与効果・効果時間全てが上昇するよ
747
うだ。それ系統の術者にとっては、垂涎の品だと思う。
しかし、中毒性は不味いな。麻薬みたいなものなのかもしれない。
一般人には売れないだろうけど。
ちなみに、この花の毒性を解析した事により、若干毒耐性が増加
した。このままいけば、スキルとして獲得出来るかもしれない。
適当な毒物を幾つか採取し、解析をかけたいものである。身体で
受けると毒効果を受けるが、胃袋に収納すると毒は効かないのだけ
どね。
だから俺に毒殺は通用しないのだ。食中毒も存在しないので、旅
の間は俺が毒見していたのだ。
話を戻す。
結構手軽に精製したが、これはいか程のお値段だろうか?
﹁ああん? 幻覚剤や、幻惑の香水? そんな高級品、ここじゃ取
り扱ってないよ。
こんな小国じゃなく、中央の大国に行かないと手に入れられない
よ!﹂
店主の婆さんに睨むようにそう言われた。
馬鹿にしてるとでも思われたのか、冷やかしだと思われたのか。
しかし、そういう薬の事を知っていたというだけでも、このお婆
さんは大した薬師なのだろう。
この店の回復薬はお婆さんの手作りらしい。それなりの知識を持
っているのだ。
モノ
﹁いや、スマン。ちょっと手に入った品があってね。本物かどうか
疑わしくてね。
それに、金貨1枚の担保に受け取ったんだよ。気になっちゃって
さ!﹂
748
と、適当な作り話で誤魔化す。
﹁何だって? 見せてご覧。何なら、鑑定もしてやるよ。
金は取らないから、安心おし!﹂
と言い出す婆さん。
仕方ないので、一株から精製した分量の幻覚剤を小袋に入れて差
し出した。
小物入れに何個か作って貰った小袋が余っていたのだ。幻覚剤は
砂糖のような粉末であり、色は赤色である。
婆さんは繁々とそれを眺め、︿鑑定魔法﹀を唱えた。
﹁なんとまあ! 本物だよ! アンタ、ついてるね。
これならこの袋だけで、捨て値で金貨2枚下らないよ。
マジシャン
でも、素人に運用は無理だし売りつけるのも禁止されてる。
免許のある幻術師にしか販売出来ないご禁制だから、注意するん
だね!
もしそれを処分する事になったなら、是非とも金貨2枚で売って
欲しいくらいさね。﹂
驚きつつ、そう言われた。
一株をギルドに納入で銀貨10枚。それを精製するだけで、金貨
2枚。20倍の価値に跳ね上がる。
更に、一株からは幻惑の香水も一瓶分摂れるのだ。単純に抽出エ
キスを魔素水で薄めただけなんだけどね。
これもそこそこいい値段になりそうだし、採取しておいて正解だ
った。
魔法の品は高額だとはよく聞くが、高すぎるだろ! だが、俺の
儲けになるのだ。問題なかろう。
せっかく鑑定までして貰ったのだ。何も買わずに出るのは気が引
749
ける。
レア
何か良さそうな物品は無いものか⋮。
希少な商品が無いのは判っているので、必要そうな物を探して見
る。
ふと目に付いたのが、﹃初心者でも安心! 良く判る︿元素魔法
﹀の基本!﹄という題名の魔法書だった。
よく見るインチキ雑誌のノリで、こちらでも発行しているのだろ
うか?
読む事は出来るし、字を見るだけでも勉強になる。その本を買う
事にした。
﹁なんだい。お嬢ちゃんは、魔法使いでも目指してるのかい?
その本は、見習い用の初級本だよ。
学園の入学試験を目指す者が、その本で勉強するんだけどね。
その本を読んでも学園で勉強しないと魔法使いには成れないけど、
いいのかい?﹂
魔法学園! 素晴らしい。一度、見学に行ってみたい。
いつか、﹃大賢者﹄を駆使して、ありったけの魔法を覚えてみた
いものだ。
﹁ああ、問題ない。いくらだ?﹂
﹁お嬢ちゃん、可愛い声してるのに、喋り方はおっさんだね⋮⋮
まあいいさ。残念ながら、安くないんだよ。魔法は金持ちの道楽
でね。
庶民は、伝やコネが無いと、魔法を覚えるのは難しいんだよ。
その本も、金貨1枚になるんだが、払えないだろ?﹂
そうか⋮。お嬢ちゃんって、仮面被ってるから判らないと思って
たら、声か。
750
普段は全く気にしてなかったな。声も弄って、大人っぽい声にす
るべきか⋮⋮
しかし、今更ではある。面倒だからこのままでいいか。
身長も150cm程度だから、少し小柄な少年の設定でいくか。
いつ
実年齢は1歳になるのか38歳になるのか少し判断に迷うけど、
心は何時だって少年だった。
外見が少年であっても何の問題もない。
ちゅうにびょう
仮面を被った謎の少年。大丈夫、この世界には魔王とか勇者とか
中二病っぽい奴等は沢山いる。
俺が混ざっても違和感は無い。今後は、そういう設定でいく事に
した。
魔法は金持ちの道楽、か。才能無いのに魔法使いを目指しても仕
方無いというのはあるだろうけどね。
金貨1枚、およそ10万円相当。
印刷技術は案外発展しているとの事だったので、単純に刷ってい
る本の数が少ないのか?
﹁問題ない。金貨1枚でその本を買うよ。ただ、えらく高いが、ど
ういう理由でだ?﹂
﹁ああ、簡単な理由さね。魔法関連の本は、基本自筆で書くしか手
段が無いのさ。
精霊工学で複写という印刷技術があるが、魔術書や魔法書は魔法
を打ち消してしまうのさ。
だから、出回っている魔法関連本は全て、手書きによるものなん
だよ。
ちなみに、その本は私が若い頃に書き写した本さね。大切にしと
くれよ!﹂
﹁なるほどね。知らなかった、有難う。大切にさせて貰うよ。﹂
そう言って金貨を1枚取り出した。支払いを済ませる。
751
﹁見た目に寄らず金持ちなんだね⋮。まだ子供だろ?
親はこんな子供によくそんな大金を持たせているもんだね⋮⋮﹂
そんな事をぶつぶつ呟きながら、商品を手渡してくれた。
魔法書は手書きなのか。高いのも頷ける。
魔法学園とか王都で、魔法関連の本があったら、全て取り込んで
解析しよう! そう心に誓った。
3人もそれぞれ店で買い物を行い、支払いを済ませる。と言って
も、回復薬や強化薬の補充だけなのですぐ終わって俺を待ってくれ
ていた。
俺達は礼を言い、その店を後にした。有意義な時間であった。
店から出た所で3人を呼び止める。
﹁君タチ。判っているよね?﹂
﹁﹁﹁⋮⋮⋮﹂﹂﹂
3人は無言で幻妖花を10株ずつ渡して来た。
各々に金貨を1枚ずつ渡す。これで金貨は残り16枚だが、まだ
まだ余裕だろう。
幻妖花を自分で抽出したほうが利益が大きいのだ。こんなもの、
ギルドに渡すのは勿体ない。
店主のお婆さんと会話していた際、3人が何か言いたげに此方を
見ていたのには気付いていたのだ。
﹁ちょっとぉ! リムルさん、いつ幻覚剤なんて精製したんですか?
というか、幻妖花を精製って、かなり難易度が高いんですよ。
幻覚ガスが出たりすると、研究者が中毒で死ぬ事故とか稀に発生
するくらいなんですよ!﹂
752
そうか。やはり、危険な魔法品だったか。高額になるのも頷ける。
﹁ふふふ。俺様にかかれば、こんな草花の精製なんて、簡単なもの
なのだよ!﹂
﹁ズルイですぅ! 私も出来ないのにぃ⋮。﹂
﹁流石は旦那。もう驚きもなく素直に頷けますよ。﹂
﹁あっしも、旦那なら何でもありに思えまっさ。﹂
羨ましがる3人。
しかし、エレン以外の二人はそういうものと既に割り切っている
ようだった。
事前に回復薬の値段等の下調べも終わったし、組合を目指す事に
する。
自由組合ブルムンド支部に到着した。
魔法道具屋は商店街の通りに面して在ったのだが、自由組合はそ
の突き当たりに存在した。
石造りの重厚そうな建物である。この世界では珍しく、5階建て
である。
というか、3階以上の建物は初めて目にした。
ドワーフ王国の国内では、地下の大空間を利用していたので、3
階までの建物がメインだったのだ。
魔法による採光窓が要所に設けられており、リザードマンの棲家
とは違い、屋外のような明るさだったけれども。
だからどこかで、高層建築は無いのだろうと思い込んでいた。ま
あ、5階程度で高層建築とは言わないかも知れないけどね。
753
中へ入ると、空調が調節されているらしく、快適な温度である。
俺には温度の影響はほぼ無いのだが、熱源感知で体感温度とかも
判るので、外気温との差が直ぐに判ったのだ。
どうやら、この建物には、魔法による温度調節機能が備わってい
るようだ。思いの外、最先端である。
異世界と思い文明レベルは低いのかと思っていたが、案外生前と
は違った方向へと発展しているようだった。
魔王や魔物と言った存在が居なければ、あるいはもっと魔法文明
とも言うべき発展を見せていたのかもしれない。
だが、逆に言うならば、そういった発展が全て対魔物へと向けら
れている事になる。
魔王への遠慮により、豊かな土地を譲っているという話だったの
で、力関係が逆転するならば魔物への逆侵攻もありえそうだ。
そういう考えが、西方聖教会の主義主張であるとの話も聞いた。
今はまだ、魔物側が強いかも知れないが、今後は判らない。俺達
の町の権利を守る為にも、早い段階での政策は必要になると思う。
来て良かった。
人間の町を見る事、この世界の人間を知る事は、今後の方針に大
きな影響を及ぼす。
色々と観察しようと思ったのであった。
さて、突っ立っていても仕方無い。
3人に案内され、中へと進む。中の様子は、市役所の受付と言っ
た様相だった。
一部、空港などにある荷物受け取りカウンターのような窓口があ
り、買取受付とプレートに書かれていた。
大きく分けて、3つの受付になっている。
先程述べた買取カウンター。
一般組合員用カウンター。
754
冒険者組合員専用カウンター。
この3つの区分けである。
買取はそのままの意味で、採取した物や、組合への納入品等をこ
こで受け取り処理するのだろう。
一般受付は、初心者や町で生活する組合員達が利用するらしい。
組合への参加や脱退はここで行うようだ。
冒険者専用受付は、冒険者認定者しか利用出来ないようだ。
冒険者とは、採取・探索・討伐の部門の組合員を指す。幾つかの
組合の掛け持ちは可能なのだが、主に街の外での活動をメインにし
ている者を冒険者と総称するらしい。
冒険者とは、少なくとも戦う能力を有するのが最低条件なのであ
る。
例えば、魔法ギルドという部門がある。所属するのは、何らかの
魔法を扱える者のみなのだが、この者は一般ギルドしか利用出来な
い。
魔法を使えるだけでは駄目なのだ。採取・探索・討伐の何れかに
所属し、街の外で活動して初めて冒険者と認められるのである。
では、冒険者に認定される事のメリットは何か?
自由組合員は所属国家を明確にされるのだが、冒険者はその所属
国家を自由に変更出来るというメリットがある。
街を移動し、国境を越えるのも比較的簡単に出来るのだ。当然、
戦時中には制限がかかるが、他国を経由すれば出入りは簡単だ。
つまり、国家に所属する組合員に対して、自由に国家を選ぶ事が
出来るのである。まあ、税を納める先が変更になる程度の違いでし
かない訳だけどね。
自由組合という名の本来の由来は、自由に国家移動を行う冒険者
が元になっているとの事だった。
だがまあ、実際の所は、そんなに何度も国を変更する者は居ない
そうだけどね。
755
3人に中を案内され、それぞれの窓口にてそういう説明をして貰
った。
一通りの説明を受けた後、奥の部屋へと案内される。
﹁おい、この人を奥に案内するから通るぞ。﹂
ギルマス
﹁あ、カバルさん。戻られていたんですね。そちらの方は?﹂
﹁ああ、支部長のお客人だ。丁重に対応してくれ。﹂
そんな遣り取りをしてから、受付横の通路を奥に進む。
背後で、
﹁カバルさん、格好いいなー!﹂
﹁エレンさん、素敵だ⋮。今日も美しい!﹂
﹁ばっか! ギドさんの渋さが判らん奴等はこれだから⋮⋮﹂
﹁﹁﹁だが、連れてる子供は一体誰だ? 何であんなに丁寧なんだ
ろ?﹂﹂﹂
バカ
といった会話が為されていたが、ちょっと意味が判らない。
何で3人組ってこんなに慕われているんだろ? 最初の村でもそ
うだったが、えらい人気者である。
通路の奥の部屋の前で立ち止まる。部屋の前に二人の兵士が居り、
カバルの合図で扉を開けた。
部屋に入ると、床に魔方陣が描かれていた。
ベスターが描いたのと似ている。同じ系統の魔方陣なのだろう。
魔方陣に案内され、魔法にて移動した。
4階までは階段で移動出来るが、5階にはこの魔方陣からしか行
スパイ
けないらしい。
諜報者などを警戒しての事だとか。徹底している。
そういえば、外観でも、4階までしか窓は見えなかった。5階へ
は進入出来ないようになっているのだろう。
756
ギルドマスター
よ。
5階の魔方陣の先に扉があり、その先が支部長室らしい。
魔物を統べる者
部屋へと入る。
﹁ようこそ! 俺はこの自由組合ブルムンド支部、支部長のフューズだ。﹂
ギルマス
そう言って、背は低いが油断ならない目つきをした男が挨拶して
来た。
成る程、支部長と言うだけありかなり有能そうな男である。
強さもそこそこ戦えそうな感じ。だが、何よりもその雰囲気に隙
が無い。
これはなかなか骨のある交渉相手になりそうだった。
を興した。
﹁リムル=テンペストという。新しくジュラの大森林にて魔物の国
テンペスト
その町にて、長をさせて貰っている。宜しく頼む。﹂
お互いの自己紹介を終え、お互いに聞きたい事を尋ね合う。
その日の会合は夜遅くまで続けられ、その日は自由組合の客室に
お世話になる事になったのだった。
フロンティア
残念ながら、久しぶりの人間の町での夜であり軍資金も豊富だと
いうのに、新たな夢世界の開拓に乗り出す事は出来なかった事を追
記しておく。
757
53話 自由組合︵後書き︶
昨日は一日忙しく、書く暇が無かったです。
更に夜は新年会で、飲みに行って挨拶も出来なくてスミマセン。
まあ、自腹で取材に行ったと思っておきます。
758
54話 取引∼貿易の開始
昨夜は遅くまで打ち合わせだった。
到着が夕方だったので仕方ない所である。
ユウキ
カグラザカ
で、本日の予定なのだが、何でも貴族に会って欲しいと言われて
いた。
昨日の内に大まかな情報の遣り取りは終えている。
グランドマスター
具体的には、俺が聞いたのは人間の街や国について。
自由組合の仕組みと、自由組合本部の総帥である神楽坂優樹への
紹介をして貰えないかという話だ。
で、勘違いに気付いた。
自由組合本部は王都にあると聞いていたのだが、王都と言っても
沢山あるのだ。
隣の大国ファルムス王国や、近隣最強国家である魔導王朝サリオ
ン。
この小国ブルムンドにも、王都はあった。現在いるのが正に王都
である。
では自由組合本部はどこの国に所属しているのか?
ジュラの大森林周辺の国家群。その数々の小国は評議会に加入し
ていた。
その為、各国の評議員が集合しやすい立地にある国、イングラシ
ア王国に評議会の本部が設けられている。
力関係で言うならば、評議会参加国家の中で最も大きな国力を有
するのはファルムス王国なのだが、交通網の発達を理由にイングラ
シア王国が中心国家となっていた。
そのせいか、ファルムス王国とイングラシア王国は仲が悪いらし
い。
もう一つ、イングラシア王国の特徴がある。
759
イングラシア王国だけは、ジュラの大森林に面していないのであ
る。故に、魔物からの被害を受けにくく、安定しているという利点
があるのだ。
自由組合本部も、最も大きな利点である交通網の発達し安定した
国に本部を設置するのが良いとなった。当然だろう。
つまり、王都とはイングラシア王国の王都を指していたのである。
この評議会参加国家のもう一つの特徴は、西方聖教会の教義を国
教にしている点である。
つまり、ジュラの大森林周辺の国家群は教会の勢力圏でもあるの
だ。
商業と宗教の二本柱による国家間の繋がり。
各国家は評議員としての票を持ち、宗教の下での平等を体現して
いる。重要な決定事は評議会にかける仕組みなのだそうだ。
案外、生前の国連のような仕組みに似ているとも言えた。
評議員の選出方法は各国毎に異なるし、大半は王族が成っている
というのが実情らしいけど。
ちなみに、魔導王朝サリオンの国教は存在しない。
王が神の末裔と称しており、他の宗教を認めていないのだ。そし
て、評議会への参入も断っており、独自の勢力となっているそうだ。
商業関係の取引には応じているので、国家間の付き合い自体はあ
るそうだけど、大国だから可能な事なのだとか。
ともかく。
中央に位置する大国イングラシア王国に、自由組合本部があると
ユウキ
カグラザカ
いう話。
神楽坂優樹に会うならイングラシア王国を目指す事になる。
紹介状は書いてくれるらしい。交換条件として、この国の貴族で
あるベルヤード男爵に会ってくれと言われたのだ。
俺は当然引き受けて、現在相手の元へと向かう馬車の中という訳
である。
760
バカ
3人組とは昨夜別れている。
﹁また連絡してください!﹂
﹁やっぱり、一緒に冒険しようよぅ⋮⋮﹂
﹁寂しくなりやすね。またテンペストに遊びに行きやす!﹂
そう言って、別れを惜しみつつ去って行った。
だが、奴らの事だ。どうせ直ぐにでも問題事を抱えてやって来そ
うな気がしてならない。
だから不思議と寂しくはならなかった。
そんな事を考えていると、馬車が停車した。
どうやら着いたようである。
それなりに立派な建物が立ち並ぶ区画である。
その中では落ち着いた感じの、少し小さめの建物へとフューズが
案内してくれた。
マナー
﹁ところで、貴族相手に敬語とか作法とか、何も知らないけど大丈
夫?﹂
﹁ん? ああ・・・。そうだな、面倒だな⋮⋮﹂
大丈夫かよ?
フューズのおっさんも、そういうのは苦手なのだそうだ。
昨夜、フューズに聞かれたのは、ジュラの森の現在の状況。
あと、ヴェルドラについて知っている事はないかという話と、シ
ズさんについてだった。
ヴェルドラについては、何も知らないと惚けておいた。
ジュラの森の状況は、そこそこ暈しつつ、俺達の町はそれなりに
761
上手くやっているという話をした。
当然、周辺の魔物の討伐を行っている事を話すと、詳しく聞かれ
た。
彼等にとっても、魔物被害の少なさの理由が知りたかったのだろ
う、成程と納得していた。
シズさんの話は、俺も思い出すと少し辛い。
最後にシズさんととある約束をした事を話し、説明を終えたのだ。
フューズは、
﹁そうか⋮⋮。頼んだ。﹂
爆炎の支配者
として有名な、本部所属のAラン
とだけ呟き、それ以上は何も言って来なかった。
シズさんは、
クの冒険者だったらしい。
本部にて、教導官として働いていたそうだが、死期を悟ったのだ
ろう。本部の引き止めを断り、急に旅立ったとの事。
優秀な人だったそうで、後継者が居なくて大変なのだそうだ。
そんな話をしたのだ。おかげで、結構仲良くなれた。
マナー
そんなフューズを信頼し、此処まで付いて来たのだが、大丈夫な
のか?
敬語とか作法とか、本当面倒な話なんだけど。
そんな心配を抱えながら、後に付いて建物へ入った。
メイド
中へ入ると、THE執事と言わんばかりの爺さんが、俺達の案内
をしてくれた。
どうせなら、女中が良かった。
生前、メイド喫茶に行った事が思い出される。
中には、座っただけで何千円というボッタくりの店もあったのだ。
喧嘩して問題になりそうになったのは良い思い出だ。
せっかくの異世界。本物の格の違いって奴が見れたかもしれない
762
のに。
まあ、年寄りのメイドが出て来られても偽物め! とは言え無い
のだけどね。
執事に案内され、部屋へと入った。
中に更に扉がある。
執事のノックに、
﹁入れ!﹂
と返事があった。
正直、この遣り取りだけで面倒そうだ。
魔法陣で直通だった、ギルド内部とえらい違いである。
中に入ると、切れ長の目に渋い髭、背の高いスラリとした、いか
にも仕事が出来そうな男が出迎えてくれた。
﹁よく来てくれた。私は、ブルムンドの大臣の一人、ベルヤード男
爵と言う。
どうか、お見知り置き頂きたい。﹂
俺が挨拶するより先に、向こうから挨拶してくれた。
スライム
﹁初めまして。リムル=テンペストという。
マナー
魔物だが、人とは友好的に付き合いたいと考えている。
作法に疎いが、大目に見て貰いたい。﹂
俺も挨拶を返し、お互いに握手した。
こういう所は、生前と似たような風習らしい。
﹁安心してくれたまえ。男爵とは言え、領地も持たない木っ端貴族
だ。
763
堅苦しく考えなくても大丈夫ですよ。
さて、時間も無限では無い。簡潔に話そう。
要点を言う。君達の町、テンペストというのか。そこと、協力関
係を結びたい。
協力の内容は、魔物等の危険への緊急時の対処と冒険者への支援。
この2点で協力して貰いたいのだ。﹂
ふむふむ。
話を纏めると、小国ブルムンドは国力が低く、魔物への対策が十
分とは言えないらしい。
自由組合との協力関係にあり何とか対応しているが、組織だって
の対策は取れないままなのだとか。
幸いにも、現在まで大きな被害が出ていないが、今後に備えてテ
ンペストとの協力関係を築いておきたいとの事だった。
自由組合の冒険者への支援と言うのは、昨日フューズにも頼まれ
た内容である。
森で活動する者達への、寝床や物資の提供等を行って欲しいと頼
まれた。冒険者が活躍しやすくする事によって、森の脅威が減ると
いう考えだろう。
しかし、魔物の国相手に、こんなに簡単に信用し取引を持ちかけ
ても良いのだろうか?
それに気になる点もあった。
﹁成程・・・。で、それを了承した際の此方のメリットは?
協力関係というより、此方が一方的に協力するように感じるが?﹂
テンペスト
を、魔物の国家として認
﹁無論。そちらへのメリットはある。君の身元を国家として保証し
よう。
つまり、君と、君達の国
める事を約束しよう。
これは、ブルムンド王の了承を得ている。
764
其方が我等に協力してくれるというならば、我等は君達を国家と
して認め、それなりの対応を約束する。﹂
つまり、相互に魔物へ対する警戒体勢を確立し、緊急時の協力を
約束するという事か。
どっちみち、自分達では警戒してる訳だし、何もブルムンド国内
まで警戒しろと言う訳では無い。
強力な魔物の襲来等があった時、連絡を取り合いお互いに助け合
うだけの事。
問題なさそうに思う。
これを受ける事で、俺達が国家として認められるなら、悪い取引
では無さそうだ。
まあ、認めるとは言っても、先程の評議会が認める訳では無いの
で、ブルムンド一国だけの話だけども。
それでも、ドワーフ王国に続いて二国目の承認が得られるのは大
きい。
﹁良かろう。その話、受けたいと思う。﹂
俺がそう言うと、明らかにほっとした雰囲気になった。
余程追い詰められていたのだろう。
﹁そうか、良かった。では、これがブルムンド王の承認書だ。
本物である事を証明しよう。﹂
そう言いつつ、懐から証紙を出した。
宣誓の精霊魔法により、証紙が発光し、それが王の承認書である
事を指し示す。
鑑定解析結果も同様。
この世界、案外契約関係での詐欺は行う事は出来ない。前世に比
765
べて、そういう手続きは簡素化されているようだった。
わざわざ王に会ったりと言った手間がかからず、俺としても助か
る話である。
最も、魔物を王に会わせる訳にもいかないだろう。
そういう意味も含めて、簡素化したのかも知れない。
こうして俺も条約書にサインし、ブルムンドとテンペストの条約
は締結された。
組合としても、第三者として、この遣り取りを公正に証言すると
の事。
えらくアッサリしたものである。
それからも、お互いの取決め事や、細かい打ち合わせを行なった。
ここで初めて、先程の契約の穴に気付かされた。
﹁では、もし森を抜けて何らかの勢力が移動しようとした場合等も、
即座に協力体制に移れるようにお願いする!﹂
そのセリフで。
何らかの勢力。これは、魔物の事では無い。危険への緊急時の対
処というのは、どこかの国家が攻めて来そうな場合も含まれるのだ。
例えば、東の帝国とか。
騙したな! 良くも騙してくれたな!!!
バカ
ぐおーーーーーーーー!!! っと悶絶したくなった。バカバカ
バカバカ、俺の馬鹿!
美味い話には裏がある。
考えて見れば、ブルムンド側からすれば、現状でも勝手に協力し
バカ
てくれているようなものなのだ。
3人組を見てもそうだが、冒険者を追い返したりしてもいないの
だ。
わざわざ国家として認める等、言う必要はない。それを敢えて言
766
ったのには、理由があったのだ。
ブルムンド側が本当に恐れていたのは、東の帝国が森を抜けて侵
略して来る事。
そうなった時に備えて、俺達を防波堤にしておきたかったのだろ
う。
確かに嘘は言っていない。俺達が危機になれば、助けにも来るだ
ろう。何しろ、次は自分の番なのだから。
仮に、帝国が俺達を無視したとしても、ブルムンドへと侵攻しよ
うとするならば援軍に行く必要がある。
何とも上手く騙されたものだ。
﹁気付いたか、思ったよりも頭の回転が早いな。
しかし、条約は結ばれた。その時は頼みますよ!﹂
ニヤリと、非常にいい笑顔で笑われた。
ベルヤード男爵。そつなく仕事をこなす、出来る男。
海千山千の貴族であり、俺のような者を騙すなど、赤子の手を捻
るようなものだったのだろう。
チッ。仕方ない。ここは諦めるとするか・・・。
騙された訳だが、不思議と腹立ちは無かった。
自分の浅はかさを悔やむ気持ちと、やられた! と相手を賞賛す
る気持ち。
まあ、これも経験だ。帝国が動くならば、その時に考えればいい
さ。
しかしだ。やはり人間は油断出来ない。
魔物は案外素直なのだ。
今後、人間と交渉する時は、より慎重に深く考えよう。そう心に
誓ったのだ。
767
騙されたままでは面白くない。
せっかくなので、俺達にもメリットの大きな話をしたい。
俺は懐から中位回復薬を取り出し、机に置く。
﹁これは?﹂
ベルヤード男爵の問に、
﹁うちの町で作った回復薬だ。これを、この街の市場で売り出した
い。﹂
と答える。
フューズとベルヤード男爵は手にとってそれを眺めた。
フューズが鑑定魔法にて性能を確かめる。
﹁こいつは! 町で売ってるような安物じゃないな。
うーむ、王都で扱うような高級な品だ。
ファルムス王国からの流通に関税がかけられて、商品が入って来
てないんだが⋮
これは数はどの程度ある?﹂
俺は現在500個持っている事を伝えた。
定期的に購入してくれるならば、保存用を差し引いても月に2,
000∼3,000個は用意可能である。
この国は、冒険者達の前線となっているらしく、需要はあるのだ。
ファルムス王国にも自由組合の支部はあるのだが、所属する冒険
者の数は少ない。
理由は幾つかあるのだが、最大の理由は冒険者を見下している風
潮があるらしい。
768
だが、冒険者は金離れがいいのも事実。それに、討伐による魔物
被害の減少にも役立つ。
ポーション
そういった理由から、最近慌てて冒険者の呼び込みを始めたよう
なのだが、成果が出ていないとの事。
だからこそ、必需品である品質の良い回復薬や、ドワーフ製の武
具への関税を高くし、冒険者を呼び込もうとしているのでは? と
疑われていたそうだ。
武具なら、調整くらいならサポート可能である。
魔物達の装備が整ったら、売り出してもいいかもしれない。
そういう話をし、ぜひ買い取りたいとの流れになった。
せめて、商品を売りつけて利益を出したい所である。
上手くいけば、先程の失敗も帳消しに出来るだろう。
ガルド・ミョルマイルという商人を紹介して貰った。
ベルヤード男爵の執務室を後にし、ガルド・ミョルマイルという
商人を訪ねる。
商店街の一角に、マイル商会という大き目の店があった。
この商店街の会長もやっている、元締めらしい。
自由組合の商人ギルドにも加入しているが、本人は国の許可を持
つ正式なブルムンド商人である。
国と自由組合、両方の免許を持つ者は珍しい。
ガルド・ミョルマイルという男は、その珍しい者の1人なのだそ
うだ。
﹁いらっしゃ∼い! ようこそお出で下さいました!
旦那、今日はどういった御用向きで?﹂
一緒に来たフューズ相手に、謙ったお辞儀を繰り返す。
考えて見れば、このフューズというおっさんも、この国では権力
者の1人なのだ。
769
﹁今日はこの人を紹介に来た。丁重にな!
俺は用事があるから帰るが、失礼の無いようにしてくれ。﹂
﹁この方は、どういった方なので?﹂
﹁一言で言えば、国賓だ。後は任せたぞ!﹂
そういい残し、フューズは帰って行った。
国賓と言いつつ、置いてけぼりにする。どう反応すべきか迷う所
だ。まあいいけど。
﹁リムルと言う。宜しくな! 実は、取引に来た。商品はこれだ。﹂
そして交渉を始める。
ミョルマイルは流石に商人。素早く鑑定し、その価値を確かめる。
交渉が始まった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
結果、ここまで持ち込んだら、銀貨22枚で買い取ってくれる事
になった。
ここでの小売価格は銀貨25枚に設定するそうだ。
俺達の町の場所を教えたので、買いに行くと言っていた。
ミョルマイルが買いに行く場合、テンペストでの販売価格は銀貨
20枚に設定する。
冒険者への支援の件も併せて、テンペストの冒険者への販売価格
も銀貨22枚で売る事になった。
こうしてお互いに握手を交わし、契約書にサインする。
今回は失敗も無く、お互いに納得のいく契約を結ぶ事が出来たの
770
である。
﹁ですが旦那、旦那の町に行くと、馬車が使えません。
回復薬程度なら、何とかなりますが、不便なのは確か何ですがね
⋮⋮﹂
最もな話である。
街道を整備した方が良いだろう。
﹁判った。じゃあ、テンペストとブルムンドを結ぶ街道を整備する
よ。﹂
﹁え? なんですって!?﹂
﹁道を作れば馬車で来れるだろ?
二ヶ月くらいで馬車は通れると思う。木を切るくらいならすぐだ
しな。
舗装まで完成するのは半年は掛かると思うが、まあ、大丈夫だろ
?﹂
﹁勿論です! この500個の売れ行きも見たいですし!﹂
揉み手しながら喜色満面でミョルマイルが答えた。
ドワーフ王国への街道は完成している。引き続き、ブルムンドへ
と結ぶ街道を整備させる事にした。
こうして、テンペストとブルムンドの貿易は開始される事になっ
たのであった。
テンペストとブルムンドを結ぶ街道が完成すると、ブルムンドの
商人がドワーフ王国へと向かうのにファルムス王国を経由する必要
が無くなる。
そして、新たな交易路の中心にテンペストが位置する事になるの
771
である。 772
55話 冒険者登録
契約が成立したら、やる事は一つ。
そう、打ち上げである。
昨日はまだ見ぬ地平の彼方へ探検に赴く事が出来なかったが、今
日は違う。
﹁ミョルマイル君。君、この後の予定はどうなっておるのかね?﹂
﹁ふふふふふ、旦那もお好きですな。このミョルマイル、抜かりな
く店は抑えてありますとも!﹂
﹁ほほぅ! しかし君ぃ、僕はちょっと其の辺、妥協出来ないよ?﹂
﹁お任せ下さい! きっと満足される事、間違いなしで御座います
!﹂
という訳で、その夜は飲み明かした。
あえて言おう! 至福であった、と!
そんなこんなで一週間。
俺はミョルマイルの館でお世話になり続けたのである。
無論、遊んでばかりいたわけでは無い。
﹃影移動﹄にてリグルドの所まで出向いて、ブルムンドとの契約
内容を伝えたり、ベスターへと回復薬の量産体制を指示したりした。
また、カイジンとゲルドにブルムンドまでの道路を通すよう指示
を出すのも忘れていない。
そして、今後来るであろう冒険者の為の宿屋の準備や、武器防具
の手入れをする者の育成等もそれぞれ伝えている。
建設ラッシュは一段落した所だったのだが、また忙しくなると皆
張り切っていた。
そういう準備の指導と打ち合わせをこなし、夜は飲みに行くとい
773
うハードな毎日を送っていたのだ。
大まかなな指示も終わり、町は動き始めた。
後は任せても大丈夫だろう。この調子なら、予定通り二ヶ月もあ
ハイポーション
れば道は開通しそうである。
中位回復薬を売ったお金は金貨110枚。手持ちは16枚だった
ので合計126枚だ。
ミョルマイルに金貨100枚分の野菜の苗や種、調味料各種の運
搬は頼んで先払いで支払った。それでも金貨26枚残っている。
結構余裕があるので、ちょっと奮発するつもりだったのだが、俺
が支払う事は無かった。
この一週間の飲み食い代は、ミョルマイルが支払ってくれたのだ。
大口のお客であり、今後良好な関係を築きたいとの事。
道を通すという話が大きいのだろう。最上級の接待を受けたので
ある。
ミョルマイル、なかなか使える男だ。
そういう訳で、俺はこの商人と仲良くなったのだ。
だが、油断してはいけない。
このミョルマイルという男、小太りで人の良さそうな顔をしてい
る。しかし、そこは商人らしく抜かりない奴なのだ。
高利の金貸しもしているようで、何人もの面会希望者が毎日訪ね
てきていた。
だが、ミョルマイルはそういった者に会う事はなく、店番の者達
が対応している様子。
流石、国の免状も持つ商人らしく、色々な伝も持っているらしい。
貴族の中にも、ミョルマイルに金を借りて頭が上がらなくなって
いる者もいるのだとか。
借金とは恐ろしいものである。ご利用は計画的に。
まあ、お互いに利益のある間は裏切りは無い。商人とは利に聡い
のだ。下手な同盟よりも信用出来る。
774
この一週間で、お互いの人柄を確認しあい、今後の協力関係を確
かなものにしたのであった。
契約も終えて、町への配達の手配も済んだ。
そろそろ旅立つのに良い頃合である。
ミョルマイルに別れを告げる。
﹁世話になったな。また遊びに来るぞ!﹂
﹁旦那・・・お待ちしてますよ。ぜひぜひまた来て下さい!
頼まれた品は、確かに届けさせて貰います!﹂
﹁ああ。二ヶ月したら、護衛も兼ねて案内人をこさせるよ。
俺の名を出すので、すぐ判るだろ。頼むぞ。﹂
﹁はい。承りました!﹂
そんな遣り取りをして別れた。
店の使用人やお客達が、ミョルマイルの腰の低さに驚いていた。
一瞬何に驚いているのか判らなかったが、考えて見れば普段偉そ
うな店の主人が俺のような子供にペコペコしているのは、違和感が
あるのだろう。
大人の姿で相手してやったら良かったかも知れない。まあ、もう
遅いけど。
そうして、店を後にした。
ユウキ
カグラザカ
店を出て、自由組合の建物に向かう。
神楽坂優樹への紹介状は書いてくれた。
それを受け取る目的もあるが、何より身分証明をして貰う必要が
ある。
この国で俺の身元を保証すると言う話だったので、ギルドに登録
775
しておくつもりなのだ。
国から国へと移動するのに、いちいち身分証明は面倒だ。
一度冒険者となれば、その国だけでなく自由組合と提携している
国家ならば身元が証明される。
冒険者登録を行ってからイングラシア王国を目指すのが面倒が少
なく済むだろう。
俺は迷う事なく一般受付に並ぶ。
昼間は空いているらしく、直ぐに俺の番になった。
﹁登録を頼む。﹂
﹁お嬢ちゃん、まだ貴方には早いのじゃないかしら?﹂
受付のお姉さんがやんわりと断って来た。
この外見だ、そう言われるのも想定内。でも面倒だし、このまま
いく。
﹁構わん、問題ない。﹂
そう言うと、受付嬢は渋々という感じで登録手続きを進める。
俺は提示された用紙に内容を記入していく。
名前、年齢、特技、出身地、その他。
判る内容だけでいいらしい。
名前と、特技に剣術とだけ記入した。
一般登録はこれで終了。続けて、どのギルドに加入するか決定す
る。
ギルドは並行して加入出来るので、悩む事も無い。
討伐部門に決定する。
﹁お嬢ちゃん、討伐は危険が大きいわよ。大丈夫なの?﹂
776
と、俺の心配をしてくれたが、問題ないと告げる。
すると諦めたのか、
﹁では、試験を行います。
町の外に出る部門は、FランクではなくEランクが最低ランクに
なるの。
なので、試験に受からないと認められないのよ。
どうする? 止めておいた方がいいわよ?﹂
組合に登録したてでFランクになる。戦闘関連の部門につくとE
ランクになるのか。
成程ね。
﹁じゃあ、試験とやらをお願いします。﹂
という訳で、試験を受ける事になった。
筆記試験じゃなければ問題無い。
受付嬢は席を立ち、奥へと入って行った。そして、一人の男を連
れてくる。
試験官だろう。
﹁君が試験を受けるのかね? まあいい。ついてこい。﹂
そう言って、裏口から別棟へと移動する。
俺達の様子を見ていた暇そうな冒険者達が、何やら騒ぎ始めた。
﹁おいおい、あの小っさい子、試験受けるつもりみたいだぜ?
無茶すぎだろ!﹂
﹁受かるか落ちるか賭けるか?﹂
777
カタナ
﹁やめとけやめとけ、賭けにならねーよ!﹂
﹁しかし、腰に付けてる剣は珍しい形だな。見た事ないぞ!﹂
﹁結構腕がたったりして⋮⋮﹂
などと騒がしい。
娯楽が少ないから、こういうちょっとした事でも騒ぐのだろう。
結局、ゾロゾロと見学にやって来た。
試験は、体育館のような建物の中で行われる。
A−
相
昇格試験もここで受けられるらしい。ランク毎でしか依頼を受け
られないので、試験は何時でも受けれるそうだ。
その為に、ギルドの支部毎に試験官が滞在する。
試験官は、いざという時にも対応する事になるので、
当の腕を持っている退役した冒険者が任務に着くのが多いらしい。
目の前の男も、まだ若いのに片足が無くなっている。
何らかの事件にて引退を余儀なくされ、試験官になったのだろう。
﹁先に言っておく。Eランクに受かったら、続けてD、Cと上位の
ランクへの挑戦権が得られる。
だが、落ちた場合、次に試験を受けられるのは、Fのポイントを
100点以上稼いでからになる。
理解したか?﹂
Fのポイントとは、Fランク依頼についている点数の事。
依頼毎に点数や報酬が異なるのだ。要は、実力を付けてから出直
せという事らしい。
何度もしつこく受けられても迷惑なのだろう。
﹁問題ない。﹂
778
俺が答えると、試験官の男は頷いた。
そして地面を指差し、
﹁試験は、この魔法陣の中で行う。中へ入れ。準備出来たら、合図
しろ。﹂
言われて地面を見ると、直径20m程度の円が描かれていた。
中に入る。同時に、半円形の結界が発動した。
周囲も若干興奮気味に成行きを見守っている。
﹁いいぞ!﹂
俺が告げると、
﹁よし。では、目の前の敵を倒せ!﹂
男はそう告げて、準備していた魔法を解き放つ。
ハウンドドック
それは召喚魔法。
狩猟犬が一匹、目の前に召喚されていた。
良く訓練されている。だが、それだけである。
犬が唸り声を上げるよりも早く、あるいは、俺に怯えるよりも早
く。
俺の剣撃は犬の首を刎ねていた。
﹁ほい。倒したよ。次お願い!﹂
静まりかえる周囲。
﹁す、スゲー﹂
779
ポツリと、そんな呟きが聞こえた。
試験官の男は、ここで初めて焦りを見せた。
﹁お前、初心者じゃ無いのか?﹂
B+
以上は本部
﹁いや、初心者とは言ってないけど? まあいいからさ、サクッと
Aランクになっておきたいのだよ!﹂
﹁いや、ここで受けれる試験はBランク迄で、
でしか受けられない。
どうする? Bまで受けておくのか?﹂
﹁そかそか、了解! じゃあ、Bまでお願いします。﹂
面倒だし、サクッと済ませたい。
どうせ本部に行くのだ、そこで残りは受けてもいいだろう。
俺の言葉に頷き、落ち着きを取り戻して次の相手を召喚して来た。
ハウンドウルフ
↓吸血蝙蝠
ジャイアントバット
ジャイアントベア
D↓狩猟狼
C+
C↓巨大熊
サクサクと順調に召喚された魔物を仕留めて行く。
周囲は最早声も出ず、俺の戦いに見とれている。とは言っても、
恐らく目で追えていないだろうけど。
ジャイアントバット
何しろ、刀の一閃で仕留めているのだから。
ランクの資格は得た。
しかし、吸血蝙蝠が出たのは笑った。コイツが俺に襲いかかって
C+
来たのは遠い昔の事のように思える。
ここまでサクサクと倒し、既に
次はBランクである。
﹁見事だ。まさか、これ程の実力とは⋮⋮
Bの魔物は強敵だぞ。覚悟はいいか?﹂
780
﹁問題ない。始めてくれ!﹂
レッサーデーモン
そして、最後の敵が召喚された。
蠢く四本の腕を持つ、悪魔。下位悪魔である。
悪魔種って初めて見た。ちょっと食べて、その能力を奪いたいと
いう誘惑に駆られた。
﹁その魔物は、レッサーデーモン! 単純な物理攻撃は通用しない
ぞ。
さあ、どうする? ギブアップは早めに言えよ! 大怪我は治せ
ないぞ!﹂
何故か興奮気味に、試験官が騒いでいた。
サクサクと召喚した魔物を倒されたのが、よっぽど悔しかったの
だろう。
しかし、どうするか。スキルや魔法は見せたくないし。
俺が悩んでいると、レッサーデーモンが目を赤く光らせて、呪文
ファイアボール
の詠唱を開始した。
ファイアボール
4個の火炎球が俺に向かって飛んで来る。流石はBランク。結構
凄い。
俺は火炎球を軽く躱す。後ろで結界にぶつかり、派手な炎を巻き
バカ
上がるのを感じる。
しかし、3人組って、それぞれが一人でコイツを倒せるのか?
﹁なあ、あれって、チームで挑む相手なんじゃね?﹂
B+
への昇級
﹁だよな。俺もさっきからそうじゃないかと思ってた。﹂
﹁おいおい、アレを一人で倒すって、無茶だろ。
試験かよ!﹂
何だかそういう声が聞こえる。
781
チラリと、試験官を見ると、目が血走っていた。
ふむ。多少の嫌がらせも入っているのかもしれない。まあいいや。
物理攻撃が効きにくい。半物質体だからだろう。受肉すると知性
を宿し、悪魔族になるそうだ。
レッサーデーモンは、俺が魔法を回避した事に腹を立てたのか、
4本の腕で攻撃して来た。
喰えたら簡単に終わるのに。
オーラ
しょうがないので、刀を魔力で覆う。魔法剣だ。
いつものように妖気を出すと、魔物だとバレるので慎重に魔法力
に還元して刀を覆った。
後は斬るだけ。
レッサーデーモンは真っ二つに一刀両断され、塵となって消え失
せた。
﹁ほい。終わりだな? Bランクって事でいいな?﹂
周囲は静寂に包まれていたが、
﹁すげーーーーー!!! お嬢ちゃん、格好いいな!﹂
﹁ちょっと、仮面とって顔見せてよ!﹂
﹁変態か、お前! そんな奴無視して、俺達とパーティ組んでくれ
よ!﹂
などなど。盛大な歓声と勧誘が始まった。
大騒ぎである。
試験官も正気に戻ったのか、
﹁素晴らしい! 合格だ! 文句無くの合格だよ。﹂
そう言って、俺に握手を求めて来た。
782
嫌がらせして来たのは、この際忘れてやるよ。俺にとっては大し
た事なかったしね。
そして、騒がしい観客に断りを入れながら本棟へと戻り手続きを
終わらせた。
Bランクの資格獲得を受けて、カードが発行される。
名前:リムル
階級:B
特技:剣術
部門:討伐
しっかりと、カードにはそう記入されていた。未記入部分は表示
されないようだ。
よし。これで俺も冒険者を名乗れるのだ。
カードを受け取り、礼を言う。
受付嬢の俺への態度が変わっていた。先程までの子供相手の態度
ではなく、一人前の大人相手の丁寧なものになったのだ。
流石にプロ。その辺の切り替えは素早いようである。
その場を後にし、フューズの所へお邪魔する。別の者が俺を案内
してくれた。
魔方陣を通り、部屋をノックする。
部屋へ入ると、フューズが頭を抱えていた。
﹁おいおい、いきなり目立ち過ぎだろ!
エンチャント
レッサーデーモンを剣で倒せる奴なんて、滅多にいないんだぞ!
魔法剣か? 魔法付与ではあそこまで威力が出ないし、問題にな
るぞ!﹂
﹁ん? 不味かったのか? というか、見てたなら止めろよ。﹂
﹁あのな⋮。止める間も無かっただろ⋮⋮
783
もういい。魔法剣は
異世界人
して、本部で研究されている。
がそういう概念があると言い出
だが、使いこなせる者は少ないのだ。
対魔族の切り札になると目されているから、使い手は勧誘が酷く
なるぞ。
下で見てた奴等は、Cランクの下っ端だから、恐らく気付いてい
ない。
試験官には口止めしとくから、今後は気をつけた方がいいぞ!﹂
そう忠告してくれた。
魔力を剣に纏わせる、良くあるイメージなのだが、こちらでは難
易度が高いらしい。
まあ、人の目さえなければ、喰って終わりだったのだが。
俺からしたら大した事無くても、結構難易度の高い技とか多そう
だ。そう思って無難だろうと選んだのだが、まだ目立ってしまった
らしい。
まあ、人の目のある場所ではなるべく戦わないのが一番のようだ。
早い段階で気付けて良かった。
﹁ありがとよ。今後気を付ける。じゃあ、行くわ!﹂
﹁おう! 本部へ行ったら宜しく伝えてくれ。気をつけてな!﹂
俺はフューズに礼を言い、紹介状を受け取って組合を後にした。
身元確認を出来るギルドカードも手に入ったし、旅費も稼げた。
町への支援の手配も出来たし、小国とは言え一国と国交も結べた。
出だしとしては順調である。
出来れば人間とは敵対したくない。上手く友好関係を築けるよう
に、今後も努力していこう。
こうして、小国ブルムンドでの滞在を終えた。
784
グランドマスター
ユウキ
カグラザカ
次に目指すのは大国、イングラシア王国の王都である。
自由組合本部の総帥である神楽坂優樹。
まだ見ぬ同郷出身者に会いに、俺は旅を再開したのだ。
785
56話 イングラシア王国
イングラシア王国への旅路は順調であった。
ランガを召喚し、小型化して貰って乗っている。ランガ専用の鞍
型防具も着用して貰っており、人に見られても大丈夫なのだ。
今では、見た目的には若干大型な黒い狼とそれ程変わらない。
舗装された道は無いが、街道は整備されているし、巡回の兵士の
乗る馬もたまに見かけた。
ここらでは、魔物の発生率も下がっており、魔素の濃度も低い。
強い魔物の出現はほとんど無さそうであった。もっとも、代わり
に出没する者もいる。
強盗や追剥、盗賊の類である。
だが、彼等に見つかって絡まれるという事は無かった。
ま、そりゃそうだろう。ランガの走る速度に追いついてこれる筈
も無い。
全力疾走してる訳ではなく、駆け足程度で進んでいるのだが、時
速60kmくらいは出ているのだ。
普通の馬車よりも余程早いのである。
そんな訳で、旅は順調に進み、たった2日でイングラシア王国の
王都へと到着したのであった。
来て驚いたのは、その発展振りである。
広さもかなりのものなのだが、街の周囲を遠大な外壁が囲んでい
る。
街に入るには二つある門のどちらかを通る必要があるのだ。この
広さを全て囲うほどの外壁、これだけでも時間と金がどれだけかか
るのやら。
中に入ると更に絶景である。
786
流石に高層ビルが立ち並ぶと言う事は無いが、ブルムンドとは比
較にならない大きな建物が多い。
5階建てなら、結構あちこちに見かける程だ。
煉瓦造りの建物や、木造の建物と種類も豊富であった。
何よりも、その計画的な区画整理に、街の中央に聳える白亜の城
がその威容を誇っている。
街の中心部に大きな湖があり、その中央に城が建てられているの
である。
城からは四方に道が伸び、街との連絡口になっていた。
この国の国力を誇示するかのような、荘厳な造りとなっているの
だ。
素直に、これは凄い! と思えた。
警備の面からも、街の要所要所に騎士が配置され、治安維持を行
っている。
街の中での犯罪行為は余程の覚悟が無ければ出来ないだろう。
流石は、評議会の本部が設けられている都市である。
各国の要人に何かあっては国際問題となる。その為に、警備を疎
かにする事は無いと言う事なのだろう。
俺は、ギルドカードを用意しておいたお陰ですんなりと門を通れ
たのだが、普通は3度の確認が行われるようだ。
一度目で身分証の提示が求められる。ここでパス出来たのだが、
これに引っかかると審査が長引くのだ。
別の列に並びなおしである。
厳戒な警備体制であるので、ドワーフ王国で並んだよりも長い時
間待たされる事になっただろう。
つくづく、身分証があって良かったと思えた。
ちなみに、二度目の確認で躓いたら3度目の確認をされる事にな
るようだが、最早扱いは犯罪者。
ああまでされて中に入りたいとは思えない程、酷い扱いを受ける
787
事になる。
だがそれでも、中に入りたがる者は多いのだろう。3つ目の検査
待ちも長蛇の列が出来ていた。
それだけ、この国に魅力があるという証明でもあるのだろう。
中を見て、感心しながら歩いて行く。
ランガは王都付近にて影に潜んで貰った。
狼だと言い張っても、だから? と返されるだろう。
そういう問題ではないのだから。狼を街に入れて良い訳がない。
流石に俺もその辺は常識がある。大丈夫だ。
という訳で、街の外でランガを隠し、半日行列に並んでようやく
中へと入れたのだ。
凄いのは街の景観だけではない。
その文化も素晴らしい発展を見せていた。
大きな体育館のような場所では屋外コンサート場としか見えない
設備がある。
街の目立つ所に、大きな絵画がかけられている。どうやら、演劇
の看板のようだ。
ここでは比較的紙が安いのか、チラシが配られている光景も目に
入って来た。
正に、大都会。
久しく感じていなかった、都会の空気を感じ取れた。
マジかよ! と言いたくなるほど驚いたのは、ガラス張りの建物
もあった事だ。
ショーウインドウのように、中に品物が飾られている。
というか、そのものズバリ、ショーウインドウだった。
中には武器、防具がメインに飾られているのが前世と違う所であ
る。
ドレスや洋服の飾られている店は、街の中央付近、城に近い高級
そうな区画に存在した。
788
庶民の店とは異なるのだろう。
この外壁内部で生活出来るだけでも裕福なのだろうが、城付近に
家を持つのは貴族達にしか無理なのだろう。
そこには、厳然たる格差が存在するようだ。
そりゃ、確かにそうだろうけどね。収める税金の違いにより、待
遇に違いが出るのは当然だろう。
そうして一通り街を見学し、宿屋を探す。
街は大きく4分割されていた。
商業区画、観光区画、工業区画、住居区画である。
城を中心に区分けされ、放射状に広がる町並み。中央に近付く程、
高級度を増す。
判りやすい。
というわけで、観光区画に赴いた。
案の定、宿屋が立ち並ぶ区画があった。裏手には飲み屋街。
心が浮き立つのを感じる。だが、今日の目的は飲み屋では無い。
残念だが、諦めて宿屋を探しその日の宿を確保した。
観光区画は外壁に近い程、見世物や屋台が立ち並ぶ。露店商など
も開かれていた。
中央に近い程、外交官の住居や会議場といった主要な建物が立ち
並ぶ。中には学校もあった。
4つの区画の内、最も警備が厳重な区画なのである。
その区画の中央付近に、自由組合の本部も存在した。
最初、場所が判らなかったので街角に立つ騎士に道を尋ねたのだ。
﹁どちらの組合に用事なのかな? 近い方は直ぐそこにあるけど。﹂
そう言いながら、指を指し示してくれた。
大きく立派な建物が見えた。
隣に並ぶように建っているのは、西方聖教会のイングラシア支部
789
シンボル
であろう。聖十字の象徴が屋根に建っている。
﹁あの教会の隣か?﹂
﹁そうそう、目立つだろ。お嬢ちゃんでも迷わず行けるだろ。﹂
そう言って教えてくれた。もう一つ組合があるそうだが、近い方
へ行ってみる事にする。
かなり大きな建物で、遠くからでも目立っていた。
その日の宿を抑えた俺は、自由組合の本部へとやって来たのであ
る。
なので、今回は教会には用は無い。というか、無神論者である俺
は、一生教会とは無縁でいたいと思っている。
何しろ、ここの教会は魔物を目の仇にしているそうだ。俺も目を
付けられたくは無いのである。
なのに、自由組合と並んで建っているとは、予想外であった。
まあ、妖気さえ出さなければ、バレる事は無いと思う。
気にしても仕方無い。ばれたらバレた時の事である。
本部の入り口は、ガラス張りだった。金かかっている。
異世界人
がいる所。
正直、この世界でガラス張りの扉なんて見れるとは思っていなか
った。流石は
多分、無駄にこういうところにも拘ったのだろう。まだまだ俺も
拘り方が足りなかったようだ。
為せば成る為さねば成らぬ何事も。
出来る出来ないではなく、やるという気合が大事なのだ。
見習いたい。
そして、中に入ろうとした時、俺の身体を何かが探っている気配
を感じた。
自動で扉が開いた。
マジかよ! センサーで人を感知し、自動で扉を開く。無駄に高
等な技術を駆使している。
790
ここまで再現しているとは、驚きであった。隣の教会は木造の扉
で、当然手押しで開けている。
何か、隣とは違うのだよ、隣とは! という、そういう執念めい
た意思を感じさせた。
俺が中へ入ると視線が向けられた。
扉の傍に控えたお姉さんが、
﹁ようこそ! 今日はどのような御用向きですか?﹂
そう問いかけてくる。
まるで一流ホテル。本部ともなると、流石に拘りがうかがえた。
グランドマスター
﹁ああ、総帥に会いたい。これが紹介状だ。﹂
そう告げて、紹介状を手渡した。
﹁確認致します。こちらにて、少々お待ち下さい。﹂
待合室のような部屋へと案内された。
流石、本部。俺がソファーに腰掛けると同時、係りの者が紅茶を
運んでやってきた。
まさに至れり尽くせりだ。
ふと気になって、
﹁なあ、えらく無用心に感じるけど、こんなに簡単に誰でも入れて
も大丈夫なのか?﹂
と聞くと、
791
﹁ああ、本部は初めてなのですね。
この建物へは、Bランク以上の組合員しか入る事は出来ません。
以下の者は、街の入り口付近の建物で受
入り口にて、ギルドカードの探査が行われ、資格無き者には扉は
C+
開かないのですよ。
Bに満たない、
付を行っております。﹂
と、説明してくれた。
成る程、センサーで感知したのは、そういう目的もあったのだ。
それに、先程の騎士が言っていたもう一つの組合建物とやらがそ
れなのだろう。
部外者には、ランクにて行き先が違うとか判らなかったのだ。
紹介状があったから取り次いではくれただろうけど、最初からこ
ちらに来れて良かった。
Bランクまで上げておいたのは正解である。
そんな事を考えていると、ノックの音が聞こえた。
扉が開き、一人の男が入って来る。
黒髪黒目で、まだ少年のような外見。
それなりに整った顔立ちの、幼さを残す容姿であった。
カグラザカ
まだ高校生と言われても、十分信じられるくらいに若い。
ユウキ
グランドマスター
﹁初めまして、僕が神楽坂優樹。
この自由組合の総帥です。
宜しく、リムルさん。お話は聞いております!﹂
ユウキ
カグラザカ
そう言って、ニッコリと笑顔で挨拶してきた。
親しみやすそうな若者。それが、神楽坂優樹との出会いであった。
792
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
バアーーーン!
力任せに扉を開けて、ミリムが部屋に入って来た。
いつもの事なので、フレイに動揺は無い。
そもそも、隠す気も無い強大な妖気が近づいてくれば、ミリム以
外に考えられなかったのだ。
ミリムは入って来るなり、
﹁やあ、フレイ! 今日も良い天気だな!﹂
満面の笑顔で、そんな事を言い出した。
レリーフ
これみよがしに美しい銀髪を手で梳いている。その手に見慣れぬ
モノを嵌めていた。
指輪では無い。四本の指に嵌った、ドラゴンの細工が施された一
品。
小さな手に握りこまれており、違和感は無い。
﹁んーーー。少し暑いかな?﹂
そんな事を言いながら、手で顔を扇いでいる。
いつもなら、暑さなど全く気にしないのだが・・・。
﹁あら、ミリム。お久しぶり。今日はとても機嫌が良さそうね。
793
何か良い事でもあったのかしら?﹂
﹁んん、判るか? 実はな、コレを見よ!﹂
そう言いつつ、両手のドラゴンナックルを見せびらかして来た。
ふふん! と、自慢げにしている。
フレイはやれやれと、内心で溜息をつきながら、
﹁あら、まあ! よく似合ってるわね。どうしたの?﹂
ミリムの求めているであろう、質問をした。
ミリムはモジモジしながら、
﹁知りたいのか? どうしようかなー、教えてもいいんだが・・・。
んーーー、どうしようかなーーー﹂
などと、勿体ぶっている。
でしょう? 教えてくれてもいいじゃない
結構ウザイ。長年の付き合いで慣れているフレイをして、そう思
友達
わせる仕草であった。
﹁あら、私達、
?﹂
セリフ
その言葉に、ミリムの目が輝いた。
﹁そうか! やはり、私達は友達だよな!
良し。教えてやる。実はな!﹂
そしてミリムの口から、魔物の町の話を聞かされる事になった。
長々と自慢され、幾つもの服を見せられて。
今まで見た事も無い、ミリムのはしゃぐ様に、戸惑いを隠せなく
794
なるほどであった。
友達
話がひと段落着いた時、
﹁そうそう、ミリム。
あるの。
として、私から貴方にプレゼントが
受け取ってくれるかしら?﹂
そう言って、フレイは侍女に合図する。
侍女が運んで来た、ソレ。紫の敷き布の上に鎮座する、美しい輝
きを放つ宝玉。
その美しい宝玉は、綺麗な細工のペンダントに嵌め込まれていた。
素人が見ても、その価値が凄まじく高いであろう事が窺える。
﹁む? これはペンダントか?
友達
へのプレゼントだ
貰っても良いのか? だが、これを貰っても、このナックルはあ
げないぞ!﹂
その言葉に苦笑を漏らしつつ、
﹁大丈夫よ、ミリム。私達の友情の証。
から。
着けてみてくれないかしら?﹂
柔らかな笑顔で応じるフレイ。
任せろ! 満面の笑みでそれを身に着けるミリム。
デモンマリオネット
︿呪法:操魔王支配が発動⋮成功しました﹀
その瞬間、表情が豊かだったミリムの顔が凍りつく。
その目には何も映しておらず、意思を伺わせない。
795
指からポトリと、ドラゴンナックルが外れて落ちた。
フレイはその様子を眺め、一つ息を吐くと、
﹁終わったわよ、クレイマン。これでいいのかしら?﹂
何も無い、部屋の影へと向かい声をかける。
マリオネットマスター
その場所にて、一部影が濃くなったかと思うと、一人の男が姿を
現す。
魔王クレイマン。人形傀儡師の異名を持つ男。
﹁ククク。ご苦労様です、フレイ。これで、最強の人形が手に入り
ましたよ!
クゥーーーハッハッハッハッハーーーー!!!
新参の魔王だと私を舐めていたのに、このザマとは、情けないで
すねミリム!﹂
そう薄ら笑いを浮かべつつ、ミリムを殴りつけた。
ミリムのふくよかな頬が赤く腫れ上がり、唇が裂けている。
高度な魔法結界を幾重にも張り巡らせた状態では無い今のミリム
は、そこまで防御力が高い訳では無い。
普通の少女より、いや、人間種よりは頑丈だが、魔王の攻撃では
ダメージを受けるのは当然だ。
クハハハハハ! 笑い声を上げ、更なる追撃を行おうとするクレ
イマンに、
﹁止めておいた方がいいわよ?﹂
﹁ふん、多少のダメージで解除される呪法ではありませんよ!
散々偉そうにされて、貴方も鬱憤が溜まっていたのでしょう?
だからこの計画に乗った! 違いますか?
なら、遠慮する事は無いでしょう。コイツには最早抵抗出来ませ
796
ん。
まあ、無駄に頑丈だから、壊れる前には治してやれば良いでしょ
う!﹂
目を血走らせて、ミリムを蹴飛ばすクレイマン。
そのクレイマンの様子を冷たく観察しながら、
﹁ねえ、クレイマン。貴方、知らないようだけど、ミリムには自己
暴走
という、能力制限の無い状態。
防衛回路があるのよ?
それは、
貴方がそれで死ぬのは勝手だけど、私まで巻き込まないで欲しい
わけ。判ってくれるかしら?﹂
その言葉で冷静さを取り戻すクレイマン。
﹁ッチ。とことん、巫山戯た魔王だ。何が最古の魔王の一体だ、舐
めやがって。
まあいい、コイツを使えば、私が魔王達の中でも発言力を増す。
フレイ、お前も共犯だ。せいぜい私を裏切らない事だな!﹂
﹁あら? 私達は対等な関係だったハズよ?﹂
﹁馬鹿め! この計画を立てたのは、私だ! 貴様は既に私の手駒
だよ。
ミリムを嗾けられて、死にたくは無いだろう?
クハハハハハ! ミリムを手に入れた時点で、貴様には私に逆ら
う事は出来ないのだよ!﹂
その言葉に、不快げな表情をするフレイ。
スカイクイーン
天空女王として、天空の覇者でありたいだろ?ミリムが居なくな
れば、それが叶うのだぞ!
797
友達
というキーワード
その言葉で、この計画への参入を打診されたのだ。
どこから仕入れて来たのか、ミリムが
に弱いという情報とともに。
﹁わかったわ。﹂
﹁それで良い。せいぜい、裏切るような真似をしない事だ。
なあに、貴様はミリムと違い、命令をしたりはしないさ。少しお
願いをする程度でな!﹂
高笑い続け、クレイマンは笑う。
これで、自分を含めて3名の魔王が揃った。会合でも無視出来な
い勢力となった訳だ。
少なくとも、まだ若い魔王達の中では一歩先に抜きん出た。
ミリムにフレイ。この二人を上手く操れば、若き魔王どもを従え
る事も可能である。
そうなれば、古参どもも自分を無視出来なくなる事だろう。
マリオネットマスター
操って見せるとも!
何しろ、自分は人形傀儡師! その名にかけて、魔王達を支配す
るのだ。
次のターゲットは魔王カリオンあたりか。そして、その次は⋮⋮
クレイマンは計略を練る。
その様子を冷たく眺める、フレイ。
床では、ミリムの指から外れて落ちたドラゴンナックルが、冷た
い光を放っていた。
それを見るミリムの瞳に光は無い。
ドラゴンナックルの輝きが、虚しく映っているだけであった。
798
カグラザカ
57話 魔法習得へ向けて
ユウキ
神楽坂優樹は気さくないい奴だった。
もう20代後半のはずなのに、外見は高校生のままである。
理由を聞くと、呪いの類なのだとか。
この世界に来た時に、ユニークスキルや特殊能力を獲得出来なか
ったらしいのだが、身体能力だけは異常に発達していたそうだ。
﹁いやー、参っちゃいますよ。
実際、5年くらい経ってから、オカシイな? って気付いたんで
すよ⋮⋮﹂
と、頭を掻きながら笑って言った。
お陰で、女性と付き合った事が無いそうだ。実に好感の持てる奴
である。
﹁いやー、そうかね! 残念だったね、それは!
はっはっは。なーに、その内良い事あるさ!﹂
俺は心から慰めたのだった。
﹁ところで、リムルさんって、魔物なのですか?
組合本部の結界は素通り出来たみたいですけど?﹂
﹁ん? ああ、魔物だよ。正体は、スライムだ。これ、豆知識だけ
ど、秘密にしてくれよ!﹂
﹁いやいや! 豆知識の使い方、間違ってますよ!
って、そうじゃなくて。え? なんで、魔物が町なんて創れるん
です?﹂
799
﹁え? いや、町作る魔物くらい、珍しくないだろ?﹂
グランドマスター
﹁いや⋮⋮。聞いた事ないですけど⋮⋮﹂
﹁そうなのかね?﹂
﹁そうなのです。﹂
お互いに暫し見詰め合った。
まあいいか。
今後とも付き合う事になる、組合の総帥。
怪しい魔物の町というイメージを殺ぐ為にも、本当の事を話てお
こう。
考えて見れば、シズさんは俺の雰囲気で正体に気付いた。凄い人
だと思う。
宇宙人
なんだ⋮⋮﹂
普通は、スライムに転生してくる異世界人なんて、思いもしない
だろう。
﹁実は、な。俺は
﹁何言ってるんですか、アンタ。
フォームチェンジ
ってか、こっち来て宇宙人とか、そんなネタ聞いたの初めてです
よ!
ひょっとして⋮⋮﹂
﹁バレてしまったか。
そう、俺の正体は、形態変身しながら戦う謎のヒーロー!
仮面レーサーだ!﹂
どや! とばかりに見ると、
﹁懐かしい! 仮面レーサー、僕も見てましたよ!
という事は、やはり、リムルさんは⋮⋮日本人だったんですね!﹂
ふふ。
800
同郷にしか通じないネタを振ったら、一発よ。
もし、ネタ元を知らなかったら、その時はまた何か考えるつもり
だったけどね。
それから、お互いに色々な話をした。
お互いがこちらに来てからの事、シズさんの最後。
こちらでの生活や、魔法。
向こうの世界の話題。漫画やアニメの最終回には、身を乗り出し
て食いついてきた。
﹁師匠! この先をぜひ、ぜひともご教授下さい!﹂
﹁ふっふっふ。高いよ? 君の知りたいアニメはほぼ、完結してお
ったしのぅ!
無論。俺様はその辺り、抜かりないよ? 抑えるべきは抑える。
紳士の嗜みとしてな!!!﹂
﹁ははーーー!!! ぜひ、ぜひとも!﹂
必死さが滲み出ていた。
途中、お茶を入れに入って来た秘書のお姉さんが、目を剥いて驚
き、お盆を落としそうになっていた。
流石に悪ふざけが過ぎたかも知れない。
まあ、お気に入りの漫画の続きが読めなかったのだ、気になって
当然だろう。
中には、完結どころか殆ど進んでいないモノもあったのだが⋮。
異世界人
がやって
そういうモノほど面白かったりするのでタチが悪いのだ。
10年くらいしてから、知識ある日本人の
来る事に期待したい。
真面目な話も勿論したとも。
主にこの先の事についてである。
801
帰還
ですか?﹂
﹁リムルさん、王都に来たのは、同郷の僕に会いたかっただけでは
無いのでしょう?
目的はやはり、
帰還。
そう、それは考えてはいた。だが、諦めてもいる。
俺は既に死んでいるのだから。だが、彼等若者にとっては、帰還
は目標なのだろう。
﹁出来そうなのか?﹂
この質問に、返ってきた返事は沈黙。
簡単では無いという事か。
出来たらとっくに帰ってるだろうしな。そうではないかと思って
はいた。
﹁一方通行みたいでしてね。此方は、半物質界のような世界なので
す⋮⋮﹂
そして、判った事について説明してくれた。
簡単に纏めると、前世の世界が物質界。魔素の無い世界である。
この世界には魔素が満ちており、精霊や悪魔、妖精や妖怪といっ
た者達が顕現化出来る世界なのだそうだ。
だから、下へと降りる事は出来ても、上へと登る事は出来ないと
の事。
一度肉体が半物質化したならば、物質界には戻れない。
﹁ですが、可能性が無い訳ではないようなのです。
物質界に鬼や悪魔の伝承がある事から、何らかの条件が満たされ
れば、移動が可能になるのでは、と。﹂
802
話をそう締めくくった。
まあ、研究段階という事なのだな。
彼の目的のなのだろう。今後も研究は続けていくそうだ。
﹁まあ、俺はのんびりした生活が出来たらそれでいいさ。
今は町も出来たし、仲間と一緒に楽しくやるよ。
今回ここに来たのは、同郷の者と話したかったってのが大きな理
由。
他にも目的があるんだけどな。それは⋮⋮﹂
他の目的。
魔石の買い付けに、王都見学。どの程度の文明なのか、そういう
見学は大事である。
だが、忘れてはいけない最大の目的。
それは、魔法の習得! であった。
﹁とまあ、いくつか目的があったのさ。
お前とも話せたし、後は見学して図書館とか回ってみようかと。﹂
そう言うと、
﹁成る程。魔法ですか、いいですね⋮⋮
僕も習得したかったのですが、何故かまったく使えなくてね。
恐らく、この身体の変化のせいだと思います。
魔法、せっかくの浪漫だったのに⋮⋮﹂
彼も、男の浪漫のわかる者だったようだ。
やはり、せっかくあるのなら使えるようになりたいものだ。
803
﹁そうだ、どのくらい王都に滞在する予定なのですか?﹂
﹁ん? そうだな、1ヶ月くらいは観て回ろうかと思ってた。
後は、魔法の習得次第かな。﹂
﹁それなら、3ヶ月くらい滞在出来ないですか?﹂
理由を聞くと、王都の学園で教師が足りないらしい。
生意気な生徒が多いらしく、王都のBランクの冒険者では無理な
のだとか。
新学期に入る頃には、Aランクの新任教師が着任予定らしくそれ
までの3ヶ月間を任せたいとの事だった。
急ぐ理由も無いし、受けてもいいのだが⋮。
悩んでいると、
﹁教師用の寮付き、3食付き、そして一日銀貨10枚支給。
さらに! 王都の図書館のフリーパスの資格を得られますよ?﹂
﹁勿論、引き受けるとも! 困った時はお互い様だ!﹂
﹁﹁﹁はっはっはっはっは!﹂﹂﹂
お互いに笑顔で握手し、俺は王都での仕事を得たのである。
ユウキと別れて、その日の内に手続きを済ませ、翌日から寮に入
る旨を伝えた。
話は直ぐに通り、問題も無く寮への引越しは終了したのだ。
まあ、一泊だけ王都の宿屋を体験したのだが、なかなかサービス
は良かった。
2食付いていて、それなりに美味しい。流石に調味料も豊富であ
804
る。
俺の泊まった宿は安い方だったのだが、大浴場がついていた。大
したものである。
地方の宿屋で風呂付など、滅多にお目にかかれないというのに。
しかし、3ヶ月も滞在するなら、寮住まいの方が便利である。さ
っさと引越しは終わらせた。
少しばかり心残りではあったが、一日に銀貨4枚というのは少し
お高い。
貰う給料は働いた日は銀貨10枚貰えるが、休みの日は支給され
ないのだから。
王都では高級な方だと予想出来るが、節約するのに問題は無い。
仕事は明日からなので、今日は図書館に行く事にした。
魔法書の陳列部屋には入室制限がかかっていた。
冒険者カードを提示すると、問題なく入室出来た。教師の仕事を
請け負う際の約束はきちんと守られたらしい。
王都の図書館とは言え、王立図書館では無い。王立図書館は城の
内部にあるのだ。
あちらは王族や、宮廷魔道士しか閲覧出来ないとの事。
どこの国でもそうらしいが、国家機密扱いの魔法もあるので、他
国の人間が閲覧するのは難しいようだ。
だが、この図書館に価値が低いかと言うと、そうではない。
俺が今いる図書館には、冒険者が集めた秘術も陳列されている。
自由組合の冒険者が発見した古代魔法等もここに集められているの
だ。
言うなれば、この図書館には、各国の王立図書館に匹敵する価値
があると言えるのである。
素晴らしい。
王都に来て早々、このように幸運に恵まれるとはついている。
これもユウキのお陰であるのだが、俺の日頃の行いが良かったと
いうのも、大きな理由に違いない筈だ。
805
さっそく魔法書を閲覧する。
まともに読むなら、一生かけても不可能だと思える量の本がある。
世の真面目に勉強している皆さん、すまぬ!
そう心に謝罪してから、サクサクと﹃大賢者﹄で読み進める。
傍から見ると、本に手を翳して棚に戻しているだけに見えるだろ
う。だが、実際には手を翳す際に、体内に取り込んでいる。
そう! 完全にコピーしているのである。
﹃大賢者﹄と﹃暴食者﹄の並列使用を行い、高速コピーにて魔法
書を取り込む。
内容を確認するのは後回しであった。残念ながら、取り込んだだ
けで魔法が使用出来るようになる訳では無い。
だが、取り込み、コピーし、目的の魔法書の目録は作成出来るの
である。
後は、必要なものから順に勉強するのだ。そういう訳で、題名も
見ずに片っ端から取り込み作業を行っていった。
この作業でさえ、丸一日使っても十分の一の量も取り込み出来な
かった。
仕事の合間の休みも利用して、ちょくちょく図書館に通う事にな
りそうだ。
こうして、俺の休日は過ぎて行った。だが後悔は無い。
魔法を習得するという目的の為には、些細な事なのである。
さて、仕事の初日である。
これがまた、大変な仕事だというのは、着任その日に体験してわ
かった。
806
教師というより、教導官。シズさんの抜けた穴を埋める人材が居
グランドマスター
ないと言っていた。俺の仕事はその代役である。
ユウキは、自由組合の総帥という仕事だけでなく、この自由学園
の理事職までこなしていた。
理事長だったのだ。名誉職のようなものだと本人は言っていたが、
大したものである。
こっちに来て10年そこそこで、自由組合を発展させ、学園まで
運営する。
ある意味、冒険者の鏡のような男だ。
この学園は、組合員育成機関とも言うべき側面も持っていた。
なので、組合と同じように部門毎に別れているのだが、共通する
授業は選択式になっている。
俺が請け負うのは、担任不在の特別教室。通称、Sクラスである。
とは言え、相手はまだ小学生くらいの年代らしい。
爆炎の支配者
の二つ名を持つ英雄でもあった。そん
元の担任が鬼の教導官と云われた、井沢静江。つまり、シズさん
である。
彼女は、
なシズさんの後釜に入る教師が比較されても可哀相なものである。
皆、生徒からの苛烈な対応に負けて、学園から逃げ出したそうだ。
職員室で挨拶をした時に、そんな事を教えて貰った。
﹁いや、君みたいな子供に、あの子らの面倒は難しいと思いますよ
⋮。
いくら、Bランクの冒険者と言ってもねぇ⋮⋮
まあ、理事長の紹介ですし、無理そうなら早めに伝えて下さい。﹂
などと、校長には心配された。
ははは。子供相手に情けない奴等よ! そう思っていたのだが⋮。
﹁ちーーっす! 今日から、君達の担任に⋮、﹂
807
と俺がフレンドリーに挨拶をしかけた所に、炎の剣戟が襲い掛か
って来た。
慌てて避ける。
﹁剣ちゃん、かっけーーー!!!﹂
﹁それ、必殺技だろ? 完成したんか!﹂
﹁でも、詰めが甘いわね。避けられてるじゃないの!﹂
などと、騒がしい子供達。
俺の避けた先で、黒板が真っ二つに裂かれて燃えている。
あきません。こりゃ、あきませんわ。学級崩壊してもうてますや
ん!
怪しい関西弁にもなろうというものである。
早速帰りたくなってきた。
ここって、異世界だし、教師が暴力振るっても、体罰と責められ
たりしないよね?
俺の前には、5人の子供。
これが、問題児の寄せ集め。
通称、Sクラス。異世界人で構成された、特別クラス。
ユウキが、世界各地から保護してきた子供達。
まだ小学生くらいのガキどもだが、能力は恐ろしく高いのだとか。
正直、舐めてた。
もっと素直だと思ってた。俺に向けて、敵意全開の目で睨んでく
る。
これから3ヶ月、コイツ等の面倒を見るのか⋮。
久々に憂鬱な気分になったのであった。
808
58話 召喚者∼あるいは勇者と呼ばれる者達∼
俺に対し、敵意を込めた目で睨んでくる子供達。
そこにある純粋な憎しみ。
俺は、ふと、違和感を覚える。
新任の教師に対して、ここまでの敵意を持つものだろうか? 何
か理由があるのでは? と。
5人の子供。
三崎
良太⋮男、8歳
剣也⋮男、8歳
関口
ゲイル・ギブスン⋮男、9歳
アリス・ロンド⋮女、7歳
クロエ・オベール⋮女、8歳
皆、10歳にも満たない年齢である。
職員室で受け取った資料を眺めながら、一人一人を見て確かめる。
世界各地で集められた子供達。各地で、化物と呼ばれていたそう
だ。
それぞれの地にて、冒険者への討伐依頼などで発見され、保護さ
れるに至る。
資料にはそう書かれていたが、何かが引っかかる。
何故、皆近い年齢なのか。そして、都合よくジュラの大森林の周
辺国家から発見されたのか?
それも、この3年以内の話なのだとか。何か有るのかも知れない。
この子達は、シズさんには懐いていたそうだ。後は、ユウキの言
う事しか聞かないのだとか。
まあ、こうして教室に入っている事すら信じられないくらいのヤ
809
ンチャぶりである。
﹁おいおい、いきなり無茶するなよ小僧ども!
俺様が、今日からお前等の教導官となったリムルと言う。
俺はシズさんのように優しくないので、そのつもりでな!﹂
まずは挨拶をさせる事からなのだが⋮。
﹁黙れ! 俺達は騙されないぞ!﹂
﹁そうだ、そうだ! 言う事を聞いたって、どうせ殺すつもりなん
だろ!﹂
﹁シズさんはどうしたんだよ! シズさんも殺したのか!?﹂
﹁そうよ、大人なんて信じられない!﹂
﹁私達が出来損ないだから、捨てるんでしょ?﹂
あれえ? ちょっと反応がおかしいぞ?
これって、学級崩壊とかそういう問題じゃないぞ。生意気なガキ
というのではなく、本物の殺意に憎悪。
そして、心の底から大人へ対する不信感を持っている。
大体、殺すつもりとか、シズさんも殺したのか? とか、どうし
てそういう発想になるんだ。
何か裏がありそうだ。
その日は授業にならなかった。
彼等の事情も知らずに、こちらの意思を押し付けるのも何だか釈
然としない。
そう思い、その日は挨拶だけして撤退したのである。
﹁け、剣ちゃん⋮。大丈夫か?﹂
﹁こ、こっち来るなよ! あの仮面の教導官、無茶しやがって!
おい、しっかりしろ!﹂
810
﹁ちょっと! 大人しくする、大人しくするからー!!!﹂
扉の向こうで騒いでいる声が聞こえたが、気にしない。
ちょっと挨拶させただけだし。ランガに。
今も俺の代わりに体育の授業をやっているのだろう。実に微笑ま
しい。
コピーして配った問題を解く意思の無さそうな者は、ランガに遊
んであげるように言ってある。
今日は自習になったが、仕方あるまい。
という訳で、後をランガに任せて、俺はユウキを訪ねて学園を後
にした。
自由組合本部の総帥の部屋にて。
俺とユウキは向かい合ってソファに座っていた。
目の前に置かれたカップからは、紅茶の良い香りが漂っている。
話を切り出す。
﹁で、あの子達の事情を教えて貰いたい。﹂
直球で問いかけた。
ユウキは俺の目を見つめ、暫く思案した後に、
ヒナタ
サカグチ
﹁リムルさん、一つ聞きたいのですが⋮⋮
坂口日向について、どの程度知っていますか?﹂
どういう事だ? ヒナタと子供達に、何か関係があるとでも?
﹁それほど詳しくは知らない。同郷なんだってな。
811
後は、物覚えがえらく早かったって、シズさんが言ってたな⋮。﹂
ふむ。と一つ頷き、
﹁では、召喚者と異世界人の違いについては?﹂
言われてみて考えたが、然程詳しい訳では無い。
召喚者は100%ユニークスキルに目覚める。そして、成功率が
低い。
後は、魔法で魂に呪いを刻まれると言った程度。
その事を伝えた。
﹁そうですね。我々が調べた内容に一致します。詳しいですね⋮⋮
ともかく。
召喚とは、条件を絞り込んで相手を呼ぶから強力な能力を持って
此方にやって来るのです。
強い意志を持つ相手、として。
では、不完全な状態で召喚するならばどうなるのか?﹂
そこから、ユウキの説明してくれた内容とは、気分の悪くなるも
のであった。
30人以上の魔法使いで、3日かけて儀式を行い、成功率は0.
03%未満である。
それだけではなく、一度召喚魔法を使用すると、同じ人間が再度
使用するにはインターバルが必要となる。
それは、33年とも88年とも言われる長いインターバル。長け
れば長いほど、条件の絞込みを行えるのだそうだ。
では、条件を示さずに召喚を行うならばどうなるのか?
その代わりに、条件も緩和されて、インターバル無しで何度も召
喚が可能となるのだとか。
812
ユウキの説明によると、条件を指定せず簡素化した召喚を行うと、
子供が呼ばれる場合が殆どなのだそうだ。
強い魂と大量の魔素を有して、此方に召喚される事になる。その
魂に見合う能力を持たないままで⋮。
ユニークスキルを持たずに召喚された者は、自らの身に宿った魔
エネルギー
素にその身を崩壊させられてしまう事になる。
サカグチ
を!
能力へと向けられる魔素量に、その身を焼き尽くされるのだ。
﹁え? ちょっと待てよ。じゃあ、あの子達は?﹂
﹁⋮⋮。現在、確認されている最長の記録で、3年。
これが、不完全召喚の生存確率です。
そして、あの子達こそ、その不完全に召喚された者達⋮⋮
勇者のなりそこない、なのです﹂
ヒナタ
﹁ちょ、はあ? 勇者? 何の為に⋮⋮
って、坂口日向がやらせてるとか?﹂
ユウキは答えない。
勇者
しかし、その沈黙が、答えを指し示しているようであった。
﹁教会は、新たな希望、新たな求心力を求めています。
それは、光であり、人心の願い。人間の救世主たる、
僕は、幾つかの施設を秘密裏に調査し、子供達を救出したのです
が⋮﹂
﹁なんだ⋮それ⋮⋮﹂
﹁崩壊を防ぐ術は見つかっていません。
10歳未満で召喚された子は、ほぼ例外無く、ユニークスキルを
持てずに死に至るのです⋮﹂
﹁召喚される者の都合はお構いなしか? 失敗しても、何とも思わ
ないのか?﹂
﹁合理的に、数多く召喚する。その手段があるなら、躊躇わない。
813
そういう考えなのでしょう⋮﹂
﹁ふざけるなよ! 何で教会を放置する?﹂
﹁教会、西方聖教会の勢力は広大です。
ジュラの大森林周辺国家では、魔導王朝サリオン以外の全ての国
家が西方聖教会を国教指定しています。
判りますか? その権力は、国家でも太刀打ち出来ない。
組合員の中にも信者はいるのです。
もし、教会に敵対するならば、組合も真っ二つに割れて争いが起
きるのです!﹂
そう言って、ユウキは力無くうな垂れた。
俺も言葉が出ない。あの元気そうで生意気なガキどもが⋮。
だからこその、敵意。そして、憎しみなのか。
﹁おい。何で俺を、子供達に会わせた。何で、こんな事を教えた?﹂
﹁⋮⋮。何で、ですかね? 何となく、救いを求めてみたくなった
んですかね⋮。
この、頼るべき人も居ない、この世界で。シズさんも逝ってしま
って。
貴方が気付かなければ、言うつもりは無かった。
貴方はどうして、気付いたのですか?﹂
知らねーよ。
気付かなかったら、笑って過ごせたのに。
気付いてしまったら、笑えない。ふざけやがって。
﹁教会の隣の学校なんて、バレたら不味いんじゃないのか?﹂
﹁ふふ。かえって、安全なんですよ。灯台下暗しです。
どうします? 教師、辞めますか?﹂
814
俺は、ユウキの目を見返した。
はっきりと告げる。
﹁辞めないし、今後は俺の好きにする。文句無いよな?﹂
ユウキは頷いた。
そして、
﹁任せます。出来るならば、あの子達を救って下さい⋮⋮﹂
頭を下げて、俺に言う。
任せろ! とは言ってやれないけどな。
これは、シズさんの遣り残した仕事なんだろ。引き継いでやるさ。
そして恐らく、こういう巡りあわせを演出したのは、シズさんの
意思なのだろう。
何となく、そう思った。
自由組合を後にし、学校へと戻る。
さてさて。暗い顔をしていてはいけない。
俺は俺の出来る事をする。今までも、そしてこれからも。
シズさんが俺に託し、ユウキが俺に願うなら、俺はそれに応える
だけなのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
815
その日、獣王国
た。
ユーラザニア
にとって、最悪なる一日となっ
魔王カリオンは緊張の面持ちで空を仰ぎ見る。
はるか彼方から、高密度の魔力の塊が飛んで来る。
隠す気も無い強大な妖気、魔王ミリムだ。
︵おいおい、マジかよ⋮⋮︶
明らかに、戦闘態勢であり、この国が目標のようである。
本気のミリム・ナーヴァとの戦い。逆にこれはチャンスかもしれ
ない。
カリオンは己の力を過信はしていない。ミリムの方が恐らく強い
と考えている。
しかし。
︵やっぱ、強い奴に勝つから、面白いんだよな!︶
血が沸き立ち、心が騒ぐ。
絶対強者である、魔王ミリム。古参の魔王であり、その外見とは
裏腹に、非常に恐れられている魔王。
その魔王と戦えるのだ。興奮するなというのが、無理な相談であ
った。
子供の頃に親に聞かされた事がある。
竜の姫君の暴虐の御伽噺を。
それがミリムの事なのか、単なるモデルなのか。その時両親に言
われた言葉。
竜皇女の逆鱗に触れると、国が滅ぶぞ!
決して、竜皇女とは争っては駄目ですよ!
816
ユーラザニア
バカバカしい。
獣王国
は、勢力はそれ程大きくは無いが、国民
の大半が戦闘民族らしく、戦士である。
他国に劣らぬ、強国なのだ。
まして、自分は魔王に進化した。恐れるべき何者もいない!
城の背後に聳える霊峰を見上げ、自らの力を確信し、ミリムを迎
え撃つ為に立ち上がった。
配下の魔人や家臣達が、跪き、カリオンを見上げている。
﹁聞け! 敵は1人。魔王ミリム・ナーヴァのみ!
魔王相手に、貴様等魔人が束になっても敵うまい。俺様が出る!
貴様等は、結界を張り、民を守るのだ! 信じよ、俺は勝つ!!
!﹂
﹁﹁﹁うぉおおおおおお!!!!!!﹂﹂﹂
歓声に包まれ、皆の興奮が伝わってくるのを感じた。
ダチ
今日を持って、自らが最強である事を証明するのだ!
︵嫌いじゃなかったぜ、その性格。いい友達になれたかも知れねー
が、残念だ!︶
最早、原因が何であるのかなどどうでも良かった。
彼にとって、戦いが全て。最も、彼が慎重であった所で結末は変
わらなかったのだが⋮。
ゆっくりと、︿飛行魔法﹀により空中へと浮かぶ。
ミリムが到着し、問いかけも何もなく戦いは始まった。
まずは小手調べ。
全力の拳がミリムを捉える。しかし、多重結界に阻まれてミリム
817
の身体に届かない。
オーラ
白虎青龍戟を召喚し、構える。自らの能力が増大するのを感じる。
吐息を小さく吐き出し、妖気を純粋な闘気へと練り上げた。
多重斬撃にてミリムを穿つ。一つ一つの斬撃から気弾が迸り、ミ
リムへと襲いかかる。
しかし⋮。
天魔
に
その悉くの気弾は結界の幾つかを吹き飛ばすに留まり、本体へは
届かない。
しかも、本命の白虎青龍戟の突撃はミリムの持つ魔剣
より受け止められた。
少女の身体に不似合いな、長大で婉曲した片刃の剣。
その刀身は、薄い蒼白い妖気に覆われている。
数多の魔人や魔王を屠った、伝説の魔剣なのだ。
チィ! 一旦距離を取り、体勢を立て直す。
舐めていた訳では無いが、予想以上である。
自分も本気を出してはいないのだが、相手の底はまるで見えない。
出し惜しみしてどうこうなる相手では無さそうだ。
本気を出す事を決意した。残念なのは、相手の意識が希薄であり、
まるで操られてでもいるかの如き様子だった事。
だが、そんな事は関係無かった。
︵操られていない、本気のお前と戦ってみたかったぜ! だが、負
けられないんでな!︶
能力の開放を行った。
彼が、魔人、そして魔王へと至ったその段階毎の過程を飛ばし。
獅子王という二つ名の由来通り、彼は獅子の獣人。
獅子王
カリオン。
そして、更なる変身。獣魔人へと。
そこに顕現した、魔王。
白銀の剛毛に覆われていても判る程、全身の筋肉が膨張している。
獅子の頭部に朱雀の冠が輝く。その身体を覆う、玄武の鎧。
近接特化型の、肉弾戦を得意とする者。その背には、大鷲の翼を
818
はためかせ、天空でも覇を競う事も可能であろう。
その姿を目にしたミリムの眼に、一瞬、小さな煌く光が瞬いたの
をカリオンの視界が捕える。
あるいは、気のせいだったのかも知れないが。
﹁さて、ミリムよ。残念だが、この姿を見せた以上、お前には退場
して貰うぜ?
残念だが、サヨナラだ!!!﹂
そう叫び、全身より練り上げた闘気を白虎青龍戟へと集中させる。
地上であれば、その闘気にて地は裂け、周囲の物は砕かれていた
であろう。
空中に迸る、闘気の残滓。その残りかすのエネルギーで空気さえ
も焼け爛れるようであった。
ビースト・ロア
獣魔粒子咆!!!
それは、魔力で撃ち出された粒子砲。
白虎青龍戟の先端部分は、魔力粒子に還元されて跡形も無い。
獅子王
カリオンの究極の必殺技であった。
地上で放っていたならば、直線状の全てのモノを跡形も無く消し
飛ばす、
本来ならば、その射程は100m地点まで、威力の低下は生じな
い。そして、徐々に威力を拡散させながら、2km地点まで到達す
るのである。
長射程の対多数必殺技なのであるが、これを対個人向けに威力を
ビースト・ロア
一点集中させている。
獣魔粒子咆を対個人に向けて使用したのは初めてであるが、これ
を受けて生き残れる者など存在しないだろう。
エネルギー
出し惜しみはしなかった。
急激に身体中の魔素量の減少を感じる。飛行も覚束なくなってき
819
た。
ビースト・ロア
しかし、それだけの代償で済んだのは安いものである。
普通なら、2∼3発、獣魔粒子咆を撃ってもここまでは疲労しな
い。今回は相手が悪い。
限界まで威力を高め、範囲を狭めたのだから。
ふーーーー、っと安堵の吐息を吐き、地上へと降りようとして、
ズッ⋮ッザ!!!
慌てて回避した。
脇腹から血が噴出したが、気合で止血する。
振り向く。
確かめるまでも無いが、信じたくも無い。
そこには予想通りの人物が浮かんでいた。
竜の翼を広げ、その美しい銀髪を風に靡かせて。
先程まで無かった、額から生えた美しい紅色の角。
漆黒のゴシックドレスは、いつの間にか、漆黒の鎧へと変わって
いる。
︵ああ⋮、コイツが、本来の戦闘形態って訳かい⋮⋮︶
最早、自分は魔力切れ寸前なのに、相手は無傷。
冗談ではない。勘弁して欲しい。そんな、泣きたいのに笑いたい
ような不思議な気分になっていた。
﹁やるな! 面白かったぞ!
お礼に、取って置きを見せてやる!!!﹂
初めて、ミリムから語りかけて来た。
棒読みのような口調で、だったけど。
しかし、その口調とは裏腹に、危険な予感がカリオンを襲う。
正直、見たくない。心からそう思った。
820
思念を飛ばし、配下の者共へ伝達した。
一言。全力で逃げろ!!! と。
そして自分も、全速力でその場を後にする。
本能が告げていた。あの場に残れば、死ぬ、と。
竜の瞳孔を見開き、竜の翼を広げて。
ミリムが咆哮した!
ドラゴ・ノヴァ
竜星爆炎覇!!!!!
それは、星の煌きを彷彿とさせる、淡く美しい輝き。
その光が降り注ぎ、城だけでは無く、その背後に聳える霊峰は音
も無く、消滅する。
人の可聴域などあっさりと振り切り、その音と衝撃波だけで周囲
を破壊し尽す。
光の直撃を受けたモノは、如何なる抵抗も許されず、ただ崩壊す
るのみである。
究極にして最強の魔法。
ミリムが長年の戦いに於いて、その頂点に君臨し続けて来た理由
の一つであった。
ありえねー⋮⋮
破壊の暴君
デストロイ
の二
幸いな事に、指向性の攻撃であった事が、カリオンの命を救って
いた。
あれが、ミリム。
絶対に敵対してはいけないと云われる魔王。
つ名を持つ者なのだ。
今なら、両親の言葉に素直に頷ける。
アレは駄目だ。次元が違う。
しかし⋮。
821
﹁だが、アイツ⋮⋮﹂
天空女王
スカイクイーン
フレ
﹁アイツ⋮? あら? 何かしら? 私にも教えてくれないかしら
?﹂
首筋に薄い刃物の感触を感じる。
背後に1人の女性の気配。
天空に於いて、その絶対的支配権を持つ魔王。
イ。
﹁ッチ。フレイ、お前もかよ!﹂
﹁あら? 私も何なのかしら? ゆっくりと聞かせて欲しいわね﹂
そして、カリオンの意識は闇に包まれる⋮⋮。
822
59話 動き出した聖教会
魔人グルーシスは、森の巡回中に突然の念話を受け混乱した。
﹁ん? どうかしたのか?﹂
仲間達、警備隊の隊員達が、口々に心配してくれる。
気のいい奴ら。自分が魔人だなどと、疑う事も無い。何時しかグ
ルーシスにとっても、彼等は本当の仲間のような錯覚を抱かせてい
る。
﹁何でもない﹂
そう応えて、彼等を安心させた。
何でもないなんて、どんでもないのだが。
今受けた念話の内容。
︵グルーシス! こっちは緊急事態だ。もしもの時は、今後の行動
はお前の判断で行え!
は初めて聞いた。相手は誰
今から戦になる。勝てたら再度連絡する。それまでは、お前の自
由だ!︶
声
何かが起きているのは間違いない。
魔王カリオンのあれほど慌てた
だ?
何も判らない事がもどかしかった。
どうする? 判断を仰ぐにも、手段は無い。
それから何度も念話を試してみたのだが、相手が出る事は無かっ
823
た。
仲間達へ動揺を悟られぬよう気を配りながら、グルーシスの心は
不安に塗りつぶされていく。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
魔王クレイマンはその報告を受けて喜色の表情を浮かべた。
カリオンの説得に向かわせたミリムであったが、何故か戦闘にな
ったようだ。
それはいい。確かに、言いなりにならぬのならば邪魔な魔王は少
ない方が良いのだから。
報告者によると、圧倒的な戦闘力を持ってカリオンを制し、王城
もろとも吹き飛ばしたとの事。
報告者フレイは、優雅にお茶を飲みながらそう述べた。
フレイ以外の子飼いの魔人も、密偵として放っていたのだが皆同
様の報告を告げている。
疑う余地は無かった。
絶対的な力
ミリム・ナーヴァ
を手に入れた事になる。
魔王カリオンは死んだ。そして自分は、あの強者であったカリオ
ンすら問題にもしない
魔界を統べる十大魔王。
その内、自分を含めた3名が一つに纏まり、1人は消えた。
しかも、絶対的強者を脅しとして用いるにも、魔王カリオンの最
824
期は良い宣伝となるだろう。
﹁クックック。これは、全て良好な流れになってきました。計画通
りです﹂
﹁あら? そうなの? 私もお役にたてている様で嬉しいわ﹂
心の篭らない賛同の言葉を述べながらフレイが立ち上がった。
﹁私は帰るけど、ミリムはどうするの?
戦闘で気が立っていたみたいで、世話をしようとした魔人が八つ
裂きにされてたわよ?﹂
ッチ。っと顔を顰め、フレイを見るクレイマン。
﹁貴方が世話をすれば良いでしょう。何しろ、お友達なのでしょう?
任せます、連れて行って下さい。私の城まで壊されてはかなわな
い﹂
その言葉を聞き、やれやれと首をふるフレイ。
﹁私のお家も壊されたくは無いのだけれども? まあ、言っても無
駄なのでしょうね?﹂
﹁判っているようで、何よりです。行っていいですよ!﹂
その態度は既にフレイを同格と見ていない。
配下の者に対するものであった。
フレイはその事に不快さを表す事もなく。クレイマンを冷たい視
線で一瞥し、その場を後にした。
フレイが去ったのを確認し、クレイマンは笑みを浮かべた。
825
あの方
の計画通り。
全ては順調であった。
全ては
予言を実行するような確かさとまではいかないが、起きる物事に
対して適切に事象は進行していた。
当初の予定では、オークロードを新たな魔王に指定し、その後ろ
盾となるという理由を元に魔王達を操る計画だった。
利害を一致させ、発言の統一を目論むだけの計画。失敗しても損
失は無い。
だが、怪しい魔物の出現と、その魔物が作った町。それを知るな
り、その事を利用するよう計画の修正を行った。
利害の一致という餌はそのままに、その魔物達を餌とする計画に。
食いついたのが、最も力ある魔王だったのは幸いだった。
クレイマンは立ち上がり、周囲を多重結界で遮断する。
そして、いつもの様に、定時報告を行うのであった。
信頼すべき相手。
自らが忠誠を誓う、真なる主へと⋮⋮
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
シャーマン
警備隊に参加してからというもの、ミュウランの毎日は多忙を極
めた。
彼女の呪術師としての職務は、それ程忙しい訳では無い。たまに
826
物好きな者が呪術を教えてくれ、と言ってくるぐらいのものだ。
簡単な呪いならば、教えてやっている。元々、魔人になる前は魔
女だったのだ。人の使える呪文を教えるなど、容易い事であった。
忙しいのは、もう一つの職務、参謀職の方である。
そもそも、新参の自分が参謀という時点で、間違っていると思う
のだが⋮。
︵魔人を信じるなんて、お人好しにも程がある!︶
言葉にすると、そういう感じであろうか。
部隊への指示や、町の魔物達との打ち合わせ、そして隊長への報
告等。全てを彼女がこなしていたのだ。
いい加減にして欲しいと思うのも無理は無い。
けれども、そういう不満と同時に、満たされる思いもあった。
久しぶりに人と交わり、忘れていた感情を思い出して。
そして、
﹁ミュウラン、いいだろ? そろそろ返事を聞かせてくれ!﹂
自分に言い寄る男。ヨウムを見つめ返す。
最初、警備隊に潜入した時に視線を感じていた。
バレたのかと警戒していたのだが、グルーシスは何も感じていな
いと言う。
どういう事だ? と窺っていると、視線の主はヨウムだった。目
が合うと、気まずげに視線を逸らしたのだ。
しかし最近、態度だけでなく言葉でも言い寄って来るようになっ
た。
曰く、
﹁好きだ。付き合ってくれ! 絶対に幸せにする、約束するから!﹂
直球であった。
827
普段は軽薄そうな態度なのに、根は真面目なのか。未だに手を出
して来ていない。
まだ若い乙女であった頃、遥か700年も前の話。その頃の事は
良く思い出せない。人と交わった思い出も無い。
正直、彼女にとって恋愛というものは、経験した事の無い未知な
る体験なのである。
喜びよりも不安が大きい。それに⋮
︵幸せにすると言ったって⋮。私の心臓はクレイマンに握られてい
るというのに。
出来る訳、無いじゃないの! それに⋮⋮
すぐに死んじゃう人間が、どうやって私を愛せるというのだ?︶
結局、彼女は返事を先延ばしする。
断ってしまえ! 理性がそう告げるのに、何故か断る勇気が持て
なかった。
魔人になってから400年。こんなにも不安な気持ちになったの
は初めての経験である。
そんなミュウランに、クレイマンからの念話が届いた。
魔人ミュウランにとって、クレイマンは忠誠の対象では無い。
可能ならば寝首を掻く事も辞さないだろう。ただ、あの油断なら
ない魔王に、そういった隙が出来るとはとても思えなかったけれど
も。
前回の報告時、異様に上機嫌になったクレイマンの事を思いだし、
不快になる。
何かまた悪辣な事を思いついたのだろう。そう思ったのだ。
残念ながら、彼女には逆らう術はないのだ。表立って逆らわない
事しか出来る事は無い。
誰かが不幸になったとしても、自分が救われる訳では無い。不快
828
な気持ちになるのは自然な流れであった。
そんな彼女に突然念話が届く。
︵元気そうですね。貴方の齎した情報の御蔭で、此方は非常に順調
です。
素晴らしい働きでした。
貴方から預かっている心臓ですが、そろそろお返ししても良いか、
そう思えてきました︶
突然の申し出であった。
マリオネットマスター
ミュウランは心が浮き立つのを感じる。だが、慌ててはいけない。
相手は魔王。平気で配下の者すら騙す、性悪な人形傀儡師なのだ。
︵は! ありがとうございます!︶
無難に返事をする。
︵警戒しなくても宜しい。なあに、最後にもうひと働きお願いする
と思います。
それまでは、のんびりと生活を楽しんでおいて下さい。それでは
また︶
一方的に告げて、念話は途切れた。
これは罠だろうか? だが、確かめる事は出来ない。
今までもそうであったように、自分に出来るのは命令に従う事の
み。
だけど、もしも本当に開放して貰えるのならば⋮⋮
︵私は、彼を受け入れる事が出来るのだろうか?︶
829
不安と、若干の期待を胸に、ミュウランは何事も無かったかのよ
うに行動を再開する。
サカグチ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヒナタ
坂口日向は微睡むような眠りから目覚める。
甲斐甲斐しく彼女の世話を焼くように、ニコラウスがコーヒーを
入れて運んでくる。
﹁おや、お目覚めになられましたか?﹂
ニコラウス・シュペルタス枢機卿。
神聖法皇国ルベリオスの唯一神聖不可侵たる法皇の懐刀であり、
西方聖教会の実質上の頂点に君臨する男。
その彼が、ヒナタに対してだけは、まるで子犬のように忠実に懐
いてくるのだ。
昨夜もベットを供にして、一晩中相手をさせられた。
飽きる事無く、身体中を舐めまわす彼を見やり、
︵本当、犬みたい⋮︶
そうヒナタは思ったものである。
彼は、ヒナタを崇拝している。
まるで、女神か聖女でもあるかの如く。バカな男だ、ヒナタはそ
830
う思う。
︵私だって、食事も摂れば排泄もする。年を取れば、当たり前だが
老化するのだ。
何時までも美しい身体という訳では無いのに。この男は、幻想を
見ているだけなのだ︶
彼が彼女の身体を望むならば与えよう。安いものである。
この身体にそれ程価値があるとは思えないが、彼が望むなら好き
にすればいい。
彼女にとって、自らの身体であれ、懐柔の手段に過ぎない。等し
く価値は無い。
当然、彼女にも肉欲はある。不感症という訳でもないのだ。だか
らと言って、それが何だというのか?
好きでも無い男に身体を許す事も何とも感じないけれども。だが、
嫌いな男に身体を許す事は無いだろう。
つまりは、
︵結局、私もニコラウスを嫌ってはいない、そういう事か?︶
彼女にもその辺りは理解出来ていない。それが実情なのだ。
﹁さあ、朝食の用意が出来ましたよ。お食べになるでしょう?﹂
ふと、おかしさが込み上げてくる。
ニコラウスが、人の為に朝食の用意まで行うなど、誰にも想像も
出来ないだろう。
普段の彼を知る者は皆、ニコラウスの事を聖者の仮面を被った、
傲慢で酷薄な男と評するのだから。
﹁ああ、貰うよ。ありがとう﹂
ヒナタが何気なくそう声をかけると、ニコラウスは嬉しそうに頷
いている。
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二人で朝食を食べた。
久しぶりに、美味しいと思える食事だった。
﹁そうそう。貴方に報告があったのですよ。先程、密偵が齎した情
報です﹂
食事を終えて寛いでいると、ニコラウスがヒナタに話しかける。
彼女の気を惹きたくて仕方ないと言わんばかりに。
ヒナタは、自慢の黒髪を左右に手串で梳きながら、ニコラウスを
見詰めた。
であり、聖騎士
机の上に置かれた丸眼鏡を手に取り、装着すると、
﹁聞こうか﹂
法皇直属近衛師団筆頭騎士
簡潔に問いかける。
そこにいるのは、
団長の肩書きを持つ麗しき麗人。
普段の落ち着きと、冷徹さを表情に浮かべている。
寛ぐ時間は終わったのだ。
ニコラウスの伝えて来た情報。
ジュラの大森林の魔物達の騒乱と、魔物による町の建設。
そして、一部の国が魔物達との交易を開始した、という報告。
﹁なんだと? 魔物は人類共通の敵という教会の考えを根本から覆
す事になるな⋮⋮﹂
ヒナタの呟きに、頷くニコラウス。
﹁その通りです。どう致しますか?﹂
832
﹁ふむ⋮。そうだな⋮﹂
ヒナタは思案する。
叩き潰すのは容易い。しかし、そこに大義が無ければ人心は離れ
る事になる。
せめて、人と交流する前であれば、叩き潰してしまって終わりに
出来たものを⋮。
﹁今は様子見しか出来ないな。
ただし、その町の戦力の調査と、それを潰せるだけの戦力の確保
を!
教会としては、どこからか要請があるまでは動けない。
まあ⋮、要請が無ければ要請せざるを得ない状況を作り出すだけ
だがな⋮﹂
そう結論を下す。
その発言を聞き、ニコラウスは頷いた。
血影狂乱
ブラッドシャドウ
を動かしてでも!﹂
﹁子飼いの者に調べさせましょう!
教会の
ブラッドシャドウ
血影狂乱とは、騎士崩れ。高い戦闘能力を有するが、一般人をも
殺害するイカレタ殺人鬼。
神と法皇と教会にのみ、その忠誠を誓う数名の狂信者。
だが、その腕は超一流であり、教会としても処分出来なかった者
達であった。
ヒナタにとっては虫唾の走る、頭のオカシイ存在である。
合理主義者たるヒナタにとって、神を妄信するなど愚かさの象徴
でしかない。
そんなヒナタが神の正義の守護者なのは、盛大な皮肉であったが。
833
﹁そう? じゃあ、お願いするわ。精々、やり過ぎないように躾は
忘れないでね﹂
まだ動ける段階ではない。
情報収集は任せよう。それに、何らかの切欠を作れるかも知れな
いし。
そう考え、決断した。
結果として、血に飢えた狂犬は解き放たれたのだ。
834
59話 動き出した聖教会︵後書き︶
びっくりするくらい、書くのに時間がかかりました。
835
60話 突然ですが、試験を行います
教室内は静まり返っていた。
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえる程に。
ランガが尻尾を振りながら、俺に向かって駆けて来る。
﹁よしよし、皆、真面目に頑張っていたかね?﹂
俺が爽やかな笑顔で告げたというのに、子供達の顔は浮かなかっ
た。
勿論、俺が彼等の立場なら、ぶっ殺すぞこの野郎! と思ってい
るかも知れない。
しかしこの世は弱肉強食。
恨むなら、力無き自分を恨みなさい。という訳で、
﹁良し! 皆、言いたいことがあるようだし、今からテストを行い
ます!﹂
俺はそう宣言する。
﹁ちょ! 何でそういう事になるんだよ!﹂
﹁テ、テストって?﹂
﹁うぇー!!!﹂
テスト
非難轟々であった。
うむ。試験とは、いつの世も嫌われるものなのだ。
﹁まあ、慌てるな! 君達の言いたい事も理解出来なくも無い。
836
だが、聞くのだ。
今から行う事は、君達にとって、必要な事なのだ!﹂
﹁何でだよ! どうせ遅かれ早かれ、俺達は死んじゃうんだろ!
勉強したって意味ないじゃないか!﹂
﹁そ、そうだよ⋮。今までの先生も玩具や絵本を持って来て好きに
してて良いって⋮⋮﹂
﹁僕達、こっち来てから勉強なんてしてないし⋮⋮﹂
﹁私、もっと絵本、読みたい⋮。﹂
﹁⋮⋮。﹂
口々に文句を言い出した。
しかし、昨日程の勢いは無い。昨日一日ランガと触れ合い、疲れ
たのだろうか?
まあ、今日出て来ただけでも立派なものであるけれども。
しかし、これは必要な事なのだ。残念ながら、妥協する事は出来
ない。
﹁よしよし。皆の言いたい事はわかるって。
ゲーム
だが、今からやるのは君達、いや、お前らの不満をぶつける事も
出来る楽しい試験だよ。
今から一人ずつ、俺と模擬戦を行う。
ルールは簡単。お前らは全力で俺に対し全ての行動をして良い。
そして、俺を倒す事が出来たら終わり。
20分間逃げ切ったら俺の勝ち。簡単だろ?﹂
﹁それだけ?﹂
﹁そう。範囲は、この教室内。結界を張るから、外へは出られない。
見学してる者が手助けするのも出来ないって事だな。
ルールを理解したか? 理解したなら、順番を決めろ!﹂
簡単な模擬戦。
837
俺から手を出すつもりは無い。この子達の能力の確認がしたいだ
けである。
エネルギー
エネルギー
ユニークスキルを得ることが出来ないなら、その身を滅ぼす程の
魔素量を消費仕切れない。
俺の鑑定解析でも、魔物で言うAランク以上の魔素量を持つと判
明していた。
冒険者で言うランクは強さの基準だが、魔物のランクはエネルギ
ー量の総量を指す事が多い。
エネルギー
Bランクの冒険者と言われる者達を測定しても、Cランク程度の
魔素量しか無かったりと不思議には思っていたのだ。
レベル
自分が冒険者になって、その辺りの事情が判明したのである。
レベル
普通の魔物に技量は無いので、能力だけで判定されていたのだろ
う。最も、魔物にも、技量が高い者もいるけどね。
そういう基準で言えば、この子達はAランク。
能力を使いこなせるのならば、手強い相手なのだが⋮。
どうやら順番が決まったようだ。
やる気に満ち溢れた表情で、三崎剣也がコチラへやって来る。
まだ8歳のやんちゃな坊主。ガキ大将って所か?
﹁おい! この剣は使ってもいいのかよ?﹂
生意気な!
﹁いいけど、お前、負けたらきちんと敬語を使えよ!﹂
﹁ふん! 大人だって、俺達には勝てないぞ。シズさん以外に負け
た事ないんだからな!﹂
﹁ふーん。大口叩くのは、俺に勝ってからにしろよ?﹂
という訳で試験開始である。
838
合図は子供達に任せる。昨日の内に用意した砂時計を渡し、使い
方を説明した。
では、始めるとするか。
﹁は、始め!﹂
アリスの合図に、剣也が動いた。
小学生にしては良い動き。というか、大人顔負けなんだが。
それでもまあ、俺からしたら話にならないのだが⋮。
﹁剣ちゃん頑張れーーー!!!﹂
﹁負けないで!﹂
等という声援に答えようと、より力んでしまっていた。
必死で俺に攻撃を当てようとしているが、先読みするまでも無く、
見てから回避で余裕であった。
10分経った頃、泣きそうになりながら、炎を撃ちまくってくる。
ふむ。どうもこの炎、威力が低い。
俺が出す炎を比較に出すのも判りにくいだろうが、エネルギーの
大きさから比べたら威力が低すぎなのだ。
Aランクが全力で魔素を込めて撃つ炎球ならば、1,000度を
ファイアボール
超える高温に達しても不思議では無いのだが⋮。
エレンの放つ火炎球の方が威力が上であった。
Bランクの冒険者の魔法に劣る能力。
間違いなく、見よう見まねで使っているだけで、本来の能力では
無いという事か。
﹁おい、炎に拘りすぎだ。普通にエネルギーだけ込めて撃ってみな﹂
アドバイスしてみた。
839
﹁うるさい! シズさんが使ってた技は、凄い威力だったんだ!
お前の言う事なんか、聞くものか!!!﹂
生意気なガキんちょだ。
結局、俺のアドバイスに従う事なく、20分経過した。俺の勝ち
である。
﹁はい、終了! ちゃんと先生と呼べよ!
次、出てきなさい!!!﹂
大きく肩を落とし、しょんぼりしながら見学してる仲間の元へと
戻る剣也。
まあ、10歳にも満たない子供に負けたら、俺の方がショック大
きいんだがね。
次に出てきたのはクロエ・オベール。
8歳の少女である。珍しい色の髪。黒色に銀色を混ぜたようなと
でも言うのか?
ともかく、不思議な髪色の美少女。日本人の血も混じっているの
か?
どこか和洋折衷なミステリアスな雰囲気を持っている。
さて、始めるか。絵的に見ても、中学生が女の子を苛めてるよう
に見えるだろう。
それでも、試験は必要なのだ! などと格好つけて、負けたらマ
ジで洒落にならないな。
﹁クロっち、無理しなくていいぞー!!!﹂
﹁怪我しないで、クロちゃん!﹂
840
子供達の声援も、頑張れ! では無く、怪我するな! という内
容のものが多かった。
そりゃそうだ。
合図の掛け声が聞こえた。勝負開始である。
交代の合間に5分程かかっただけで、休憩は取っていない。それ
でも、疲れはまったく感じない。
避けてただけだし、楽勝であった。
で、クロエだが。どういう攻撃を使ってくるのか⋮。
クロエは本が好きなのか、常に本を持っている。
あれか? その本の角で頭を殴るとか、投げつけるとか?
これは本では無く、鈍器です! ってか? 小学生の発想じゃ、
それは無いか。
写し流れる水面にて、我が敵を捕えよ︵ウォータージェイル︶
などと、バカな事を考えていると、
﹁
﹂
うぉ! 足元に突然、水流が出現する。﹃熱源感知﹄によると、
紛れも無い本物の水。
魔法か! 凄いな、この子。ひょっとして、天才か?
感心していると、水流の動きが激しくなり、俺を捕える水球の形
状へと変化した。
水刃
のように、高速で水を操りこの球形状に固定し
指先で触れると、ピッっと、先端が切り裂かれる感触がする。
俺の使う
ているのだろう。
見事である。だが、ここからどうするつもりだ?
﹁その魔法は、そこから捕えた者へと降り注ぐように変化させられ
るの!
負けを認めるなら、解除します。負けを認めないと、死んじゃう
841
よ?﹂
幼いくせに、恐ろしい子!
先程の剣也の方が余程可愛げがあるよ。だが、残念ながらこの程
度では⋮ね。
﹁うん、凄い魔法だ。だけど、俺には通用しないのだよ。
でも、この魔法は上手だ。今後とも、しっかり勉強するように!﹂
そう告げて、クロエの頭を撫でた。
牢獄? そんなもの、﹃分子操作﹄でどうとでも出来ますとも。
ぶっちゃけ、このスキル、エクストラスキルの中でも最上位。ユ
ニークに匹敵しそうなほど凄い能力なのだ。
この俺に、熱系の攻撃は通用しないと思っても大丈夫な程である。
元から耐性はあるしね。
クロエは驚いたように座り込んだ。真っ赤な顔で涙目になってい
る。
許せ、手加減しててもこんなものだ。舐められたらお前等は言う
事聞かないだろうし、ここは圧倒的に実力差を見せ付ける必要があ
るのだ。
クロエは戦意喪失。俺の勝ちである。
クロエは、俺に撫でられた頭を押さえて、何故か嬉しそうに微笑
んでいた。
さあどんどん行こう!
ゲイル・ギブスンが次の相手のようだ。
最年長の9歳。茶髪の大柄な少年だった。彫りの深い美少年であ
る。
コイツ、間違いなく大人になったら俳優顔負けの美男子に成長す
る!
842
潰さねば! いや、そんな事を考えたりはしていませんとも。
俺は大人として、公平に平等に相手をするだけだ。
ゲイルは小細工なし、躊躇いなしの本気の一撃を見舞って来た。
先程の二人のやられっぷりを見て、俺への評価を改めたのだろう。
普通の教師なら死にかねない威力の気弾を放って来たのだ。
手加減なしに、今出せる全ての力を注ぎ込んだのだろう一撃。選
択肢としては正しい。
だが、残念な事に、相手が悪すぎた。俺には、そういう放出系の
技は通用しないのだよ。
当たり前のように、﹃暴食者﹄で捕食吸収する。
﹁なんだよそれ! 汚いぞ!﹂
うん。汚いよね、俺もそう思う。
﹁いいか、大人とは汚い生き物なのだ。どんな手を使っても勝つ!
それが、大人ってものなのだよ﹂
子供相手に大人気ないが、ここは出し惜しみする場面ではないの
だ。
実際、弾いてもいいのだが、結界に穴が空きそうで少し考え物だ
った。
いくら好きに教えると言っても、教室内だけでなく校舎まで破壊
するのは具合が悪い。
そういう訳で、なるべく被害は出さない方向で勝負を終わらせな
いといけないのである。
結構大変なのだ、これでも。
ゲイルは悔しそうに唇を噛み、拳に気を集中させ殴りかかって来
た。
やはり子供か。こうなってはゲイルに勝ち目は無い。
843
良太は弱気な少年のようだ。
剣也と同じ道を辿り、俺の勝ちとなった。
関口
いつも剣也と仲良くして、剣也の応援をしている。
強気な剣也の相棒といったところか。これと言って特徴も無い、
普通の少年である。
だが、その能力は⋮。
﹁良太、俺の仇をとってくれ!﹂
その、剣也の叫びを聞いた途端、目の色を変えて攻撃してきた。
これは、シオンの﹃狂戦士化﹄に近い。速度も力も倍以上になっ
た。そして、魔素を闘気に変換し、身体に纏っている。
見事な戦士化であると言える。意識が無さそうなのが、減点だけ
どね。
戦闘時に冷静さを無くすのは、余程でない限りマイナスである。
余程というのは、相手次第。普通の相手ならば、﹃狂戦士化﹄も
有効な手段かも知れないが、格上相手にはギャンブルですらない。
ほぼ100%負けるだろう。
動きはいいし、相手が俺じゃなければ、そこそこ戦えたかもね。
でも、残念! 俺は20分、余裕で回避しまくったのである。
最後の少女、アリス・ロンド。
最年少の7歳。美しい金髪のサラサラストレートヘアを肩まで伸
ばしている。
お人形みたいと言う表現が、正に適切な美少女だった。
大人しいクロエと正反対な、お転婆な女の子のようである。
さてさて、この子はどういう能力を持っているのやら。
アリスは、手に持つ人形を空へと投げて、
844
﹁行けーーーー、クマさん!!!﹂
そう叫んだ。
は? そう思い、クマを見ると、命を吹き込まれたかの如く、俺
に攻撃を仕掛けてくる。
ゴーレムマスター
しかも、意外に重い一撃だった。
彼女の能力は、人形使役者。
これ、ヌイグルミのクマでこの戦闘力なら、特殊合金とかで造っ
た人形だと兵器になりそうだ⋮。
ひょっとすると、5人の中で最強の能力かも知れない。
だがまあ⋮、逃げるだけなら、何とかなった。
最後に最強能力が来るとは思わなかったが、何とか面子を保てた
ようだ。
人形を10体同時に使役された時は、本気で焼き払ってやろうか
と思ったものだ。我慢して逃げに徹したけどね⋮。
焼き払うと、泣き出して宥めるのが大変だろうという予測もあっ
たからだけどな。
ともかく、こうして5人に俺の実力を認めさせる事が出来たので
ある。
でも、この子達の得た能力は、後付なのだろう。
全てチグハグな印象を受けた。才能の方向がおかしいとでも言う
のだろうか?
多分、心から能力を望んで得たものでは無いのがその要因だと思
う。
彼等にユニークスキルを獲得させるか、あるいは、別の手段を模
索するか⋮。
3ヶ月という期間内に、彼等の魔素の暴走による身体崩壊を防ぐ
手段を探らないといけないのだ。
荒療治だが、彼等の現状を確認する事は出来た。
845
そして、全力を出させる事は、暴走を防ぐ最も有効な手段でもあ
る。
過剰な魔素を放出してやると、ある程度は崩壊を遅らせる事が出
来そうだった。
次は根本的な対策である。
﹁さて、今お前達に体験して貰った通り、俺は強い!
その俺が、お前達に約束しよう。お前等を助ける、と。
この仮面に誓って、解決してやるよ!﹂
子供達を前に、俺は宣言した。
皆、真面目に話しを聞く気になったようである。
まずは一段階目成功であった。心も通わぬ相手の話など、聞いて
も貰えないのだから。
何とか、強制とは言え、話を聞く気にさせる事に成功したようだ。
﹁ねえ、その仮面、シズ先生の?﹂
突然、ポツリとアリスが尋ねて来た。
﹁そうだ。シズさんに託された。
そして、これを託すという事は、お前達の事も託されたのだと思
っている﹂
そう答える。仮面の模様は変わっているのに、良く気付いたもの
だ。
アリスは、俺の返答に満足そうに頷いた。
少しは心を開いてくれたようである。
しかし⋮⋮、仮面と言えば⋮⋮
今、何か俺の記憶に引っかかるものがあった。
846
シズさんが俺に託した⋮
あれ? 魔王レオンを殴る事。
シズさんは、ひょっとして、魔王を倒す気は無かったのではない
だろうか?
待てよ⋮、シズさんって、こっちに来たのは10歳になっていな
かったのでは?
何故、助かったのだ?
考える。詳しく話しを聞いた訳ではないが、ヒントはそこに隠さ
れている。
そもそも、シズさんが子供達を見捨てて、自分の目的を優先する
のも違和感がある。
もしかすると、レオンを殴る事と、子供達を救う事、その二つは
同じ目的だったのかも知れない。
魔王レオンなら、子供達を救う方法を知っている、そう考えたの
か。
かつて、自分を助けたように⋮。
だとすれば、その方法は?
大賢者を駆使し、俺は全力で思考を続けた。
そして、いつもの如く、大賢者は俺の期待を裏切らない。
魔王レオンが、意図的にシズさんを助けたのか、それとも偶然な
のか。その答えは?
︽解。魔王レオン・クロムウェルが意図的に井沢静江を助けた確率
は74%です。
ただし、この確率は推論を元に算出されており、意味の無い数字
です。
また、子供達を助ける方法は⋮⋮︾
俺の考えで間違い無いようだ。
847
﹁いいか、絶対に助けてやる。明日から、その準備に取り掛かる。
俺を信じろ! いいな、シズさんに託されたお前等を、絶対に助
けてやるから!﹂
先程までとは異なり、俺には自信があった。
子供達の俺を見る目つきが真剣になる。
﹁﹁﹁お願いします、先生!!!﹂﹂﹂
先生、か。
いい響きだ。任せろ。
今、初めてこの子達に認められたのだ。
絶対に助けてやる。
俺は心にそう誓ったのだった。
848
61話 初めてのダンジョン攻略
さて、今俺達は﹃精霊の棲家﹄があるというウルグレイシア共和
国のウルグ自然公園にやって来ている。
俺が教師になってから、既に一ヶ月半、経過していた。
ここへ来たのは、当然目的があるからなのだが、子供達を連れて
旅するのは非常に大変だった。
俺達は教室で勉強している事になっている。
教会の目がどこにあるか判らないという理由で、学園から外出す
る許可が出なかったのである。
確かに、隣に教会があるのだ。最もな理由であると言える。
しかし、遊びたい盛りの子供達を、余命も少ないというのに学園
に閉じ込めるのもどうかと思うのだ。
子供達に聞くと、シズさんも連れ出そうとしてくれたらしいのだ
が、反対されて叶わなかったのだとか。
どうも、過剰に囲い込んでいる気もするのだが、俺が教会を甘く
見ているのだろうか?
ともかく、俺は俺の信じる事を実行した。
即ち、子供達を連れ出したのだ。
最初に、子供達に︿転移魔法﹀を覚えさせる。
普通に理解させると、1年経っても無理だろう。魔法陣の成り立
ちや、その紋章の意味といった体系だてた知識が必要なのだから。
︿空間系魔法﹀の上位に位置するこの魔法を、10歳にも満たな
い子供達に理解させるのは酷というものである。
しかし、本来は3年かかっても理解出来ないかもしれない理論等
を覚える必要は無い。
悪いけど、こういう時こそ、スキルの出番なのだ。
俺は、﹃変質者﹄スキルにより、俺の知識を具現化し、子供達に
849
融合させた。
実に狡いと思うが、形振り構っていられないのである。
次に、ランガの下僕を召喚させ、変化能力にて、子供達に化けさ
せる。
俺も分身し、準備完了だ。
反対を押し切って外出する事に問題はあると思えたが、実行する
事を選んだ。
ユウキとは何度か話し合ったのだが、危険過ぎると意見が食い違
ったのだ。
説得出来れば良かったのだが、残念ながら出来なかった。時間が
あれば気長に説得したのだが、俺はともかく、子供達に時間は余り
残されていないのだ。
﹃大賢者﹄による予測では、早い子で3ヶ月後に限界が訪れる。
悠長に議論している時間は無かった。
俺は強制的に︿転移魔法﹀を覚えさせ、子供達を連れ出したのだ。
何故、︿転移魔法﹀を覚えさせたのか。
理由は簡単。移動先で泊まる宿を探したりする余裕はない。教会
に見つかる恐れもあった。
なので、目的の町に着くまで、町を迂回し直接ウルグレイシア共
和国のウルグ自然公園を目指したからである。
俺とランガが子供達を乗せて、全力疾走で移動する。
学園の食事前になると、魔法陣を設置させて︿転移魔法﹀にて教
室に戻る。
そして食べ終えると、︿転移魔法﹀にて魔法陣まで戻り、また旅
を再開するという流れであった。
魔法を使わせるのは、子供達に魔素を使用させるのが目的である。
大きな魔法を使用させ、崩壊を少しでも遅らせる目的があったの
だ。子供達も文句を言わず従ってくれた。
というか、初めての外出に興奮しまくっていた。
850
最初怖がっていた、俺とランガの高速移動にも直ぐに慣れて、大
ハシャギで楽しんでいる。
最初、背中でお漏らしされた時は、どうなる事かと思ったものだ。
あえて、名誉を守る為に、誰がとは言わないけどね。
そんなこんなで小細工しながら、﹃精霊の棲家﹄まで辿り着いた
のである。
ウルグレイシア共和国は、ジュラの大森林周辺の国家群とは一線
を画していた。
西方聖教会の影響下にも無く、評議会にも加盟していない小国で
ある。
精霊の恵と加護を受けて、魔導王朝サリオンとの交易で成り立っ
ている。そんな国。
国への出入りに対する制限は無いが、この国で悪事を働く者は少
ない。
理由は簡単。この国の国民は、皆、︿精霊系魔法﹀の使い手なの
だ。
︿精霊系魔法︶は大きく別けて二つに大別される。
一つ目は︿精霊魔法﹀だ。
これは、︿元素魔法﹀と対となる攻撃系の魔法が多い。
精霊の力を借り受け、行使するのである。対価として魔素を供給
して。
呪文の詠唱が必要としない︿精霊魔法﹀は、精霊と契約を結ぶだ
けで誰でも行使出来るのだ。ただし、精霊に認められ、好かれる必
要があった。
この国は、精霊に好かれる者の多い国。
故に、10歳で契約の儀式を行い、精霊との契約が出来なかった
者は、この国を20歳で追い出される事になる。
851
国民の資格を失うのだ。ただし、沢山の種類の精霊がいるので、
どの精霊とも契約出来ない者の方が稀なのだそうだが。
二つ目は︿精霊召喚﹀だ。
こちらは、より強く精霊と契約する必要がある。ただし、召喚に
は詠唱も必要となってくるのでお手軽さでは一歩劣るのだが。
その分、威力では比べるまでも無い。 ︿精霊魔法﹀だと、精霊
の行使しうる能力の一部を借り受けるだけでしかないが、︿精霊召
喚﹀は精霊そのものの力の行使が可能となる。
威力もさることながら、全ての能力において上回るのである。
そして、借り物の力で本物には敵わない。
︿精霊魔法﹀の使い手が、︿精霊召喚﹀を行使する相手に勝つの
は難しい。
相性の悪い相手であったとしても、その不利を覆す事が出来るの
が、︿精霊召喚﹀なのであった。
魔導王朝サリオンが、純粋なる詠唱魔法の代表︿元素系魔法﹀が
主流の国なのに対して、ウルグレイシア共和国は契約魔法つまり、
︿精霊系魔法﹀が主流なのだ。
だからこそ、交流も盛んであり、お互いの文明を切磋琢磨して発
展させている背景があるのだ。
で、俺達がここに来た目的。
それは当然、精霊の召喚にある。
イフリート
俺が立てた仮説。
それは、炎の巨人をシズさんに融合させた事で、魔素の暴走によ
る身体崩壊を防いだのだろうという事。
上位精霊であるイフリートが制御したのか、あるいは融合と同時
にユニークスキル﹃変質者﹄を獲得出来たのか。
852
ともかく、鍵は精霊との融合にある。
意思ある精霊は少ない。意思ある精霊は上位精霊と呼ばれるのだ。
この町で、精霊契約を行う場所は二箇所ある。
町の住民が契約を行う、この町中央にある祭壇。この場所では、
上位精霊の出現は稀である。
上位の精霊魔法の使い手が、︿精霊召喚﹀の契約を行うには、も
う一方の契約場所に赴く必要があるのだ。
それがここ、﹃精霊の棲家﹄なのである。
地下、あるいは空中に広がる迷宮だと言われており、ウルグ自然
公園にその扉のみ存在していた。
大きな岩に扉だけ埋め込まれており、その先は別次元に存在する
ようなのだ。
だが、俺達の目的が上位精霊との契約である以上、行くしかない
のである。
俺達は、一晩ゆっくりと休み、準備万端でやってきた。
この扉の内側から、︿転移魔法﹀で戻れるか不明である。無理だ
という気がしてならない。
なので、公園内に目立たぬように魔法陣を設置した。最も、中か
ら出れるかどうかも怪しいので、使う事になるかどうか不明だが。
念のための保険なのだ。
さて、
﹁準備はいいか? 入ったら戻れないかも知れない。覚悟は出来て
いるか?﹂
俺の問いに、
﹁勿論!﹂
﹁大丈夫!﹂
853
などなど。口々に答えが返ってくる。
よしよし、怖がってはいないようだ。最近、俺に対する信頼も増
してきて、前よりも懐いて来てくれたような感じなのだ。
黒狼に変身したり、途中で魔物を瞬殺したりして、その信頼を勝
ち得たのだろう。
では行くとしよう。
この場所は、図書館で調べた本の情報で知識を得ている。
残念ながら、場所は正確だったが、中で魔物が出るのかどうかは
書かれていなかった。
試練を与えるとの事だから、何らかの危険はあると思うのだが⋮。
俺とランガで子供達を守りきれるか、一抹の不安はある。
駄目なようならば、一度撤退し、ベニマル達も呼んで来ないとい
けないかもしれない。
ともかく、慎重に進んでみようと中へ入った。
中は、太陽の光は届かない筈なのだが、薄明るい光が満ちていた。
念のため、﹃魔力感知﹄を切っても視覚は大丈夫である。空気成
分も問題なし。子供達が入っても問題なさそうだ。
全員で中へ入り、慎重に進む。
ランガに子供達の警護を頼んである。
迷宮というより、一本道なんだが⋮。
慎重に進む。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
脳内マップがあって良かった。
一本道に見えて、方向感覚を狂わせる罠が多数仕掛けてあった。
戻ろうとすると、明かりの調整により今までの通路が影に隠れる
854
仕組みである。
進む先にも、一本に見えて光の先に別の通路が隠れていたりする。
成る程。確かに迷宮である。
人の方向感覚だけでは、恐らく迷い、帰る事も出来なくなるかも
知れない。
これは結構恐ろしい作りになっているようだ。
あらあらあらら⋮⋮
バレちゃった。バレちゃった。
おやおやおやおや⋮⋮
クスクスクスクス。
テレパシー
突如、脳内に声が響く。
強力な、念話。いや、精神感応か?
ツマラヌぞ、客人よ!
もっと怖がれ!
もっと怯えよ!
勝手な事を話しかけてくる。
子供らも、辺りを見回し、キョロキョロとしていた。
クロエとアリスは、俺の服を掴んで放そうとしない。
だが、怖がりな良太でさえ、彼女達を守ろうと剣を構えていた。
男の子3人には、事前に剣を渡してあった。
俺がコピーしたものだが、純魔鋼製なので彼等に適した姿に変化
しているのだ。
使う事が無ければ良かったのだが⋮。
いいねいいね!
もっと怖がって!
855
そうよそうよ、じゃないとつまらない。
ふむ。
場所の特定は出来た。好き放題言わせるのも、癪に障る。
﹁おいおい、ここに住んでいるのかな? じゃあ、精霊さんかね?
俺達は、目的があってきた。上位精霊に用事があるんだ。
出来たら、案内して欲しいのだけど?﹂
一応、お願いしてみた。
さて、どういう反応を示すだろう。
あははははは!
うふふふふふ!
これは面白い。驚くよりも面白い。怖がるよりも面白い。
いいよ、いいよ!
教えてあげる。でもね。でもね。
その前に!
目の前の通路の先に光が延びた。
どうやら、誘いのようだ。まあ、行くしかないのだが。
その先に進んでみると、大きな広間になっていた。
そして、そこに佇む、一体の巨人。
さあ、試練を始めよう!!!
巨人の目が赤く光った。
ふと思ったが、どうして怪しい魔物とかの目は赤く光るのだろう
? まあ、どうでもいいんだけど。
856
﹁おい、聞くけど、試練ってあの巨人を倒したらいいのか?﹂
そうそう。
そうね。
その通り!
なら、簡単だ。
ランガに子供達を守らせて、俺は独り前に出る。
おやおや、おやや?
ひとりでやるの?
自信過剰は危ないよ?
俺の心配をしてくれるのか? まあ、大丈夫だろ。
鑑定解析を行い、目の前の巨人を調べてみた。
名 称:聖霊の守護巨像︵仮︶
材 質:魔鋼
能 力:Aランクオーバー
魔素量:Aランクオーバー
ぶ! 吹きそうになった。
ゴーレム
名称は俺が勝手に名付けただけだが、能力がヤバイ。
フォルム
魔鋼で出来た魔人形という所か。身長は3m程度。
重厚な形状をしている。恐らく、重量だけでも30t以上はある。
単純に、物理攻撃として倒れ掛かってこられるだけでも大打撃で
あった。
物理攻撃耐性とか、押し潰されたら意味なさそうだ。
様子見しようとしていたら、巨像がぶれた。
まあ、捕捉してるけど⋮。達人の剣士のように素早い動きである。
857
これって、目茶目茶危険な相手であった。
この重量とこの速度。当たれば、交通事故より悲惨なダメージを
受ける事、間違いなしである。
ちょ、これが試練? 間違いなく、殺しにかかってるよね?
﹁おい、おいいい!!! 何だ、コイツ?
お前ら、これって、試練じゃねーだろ! 殺しにかかってるじゃ
ねーか!﹂
俺が叫ぶと、
クスクスクスクス。
そうね、そうだよ、そのとおり!
勝てるかな? 勝てるかな?
マジ
おこ
⋮⋮何⋮って腹の立つ奴等だ。
こ、これが、真剣怒ってヤツだろうか?
腹の底から込み上げる怒りで、思わず大人気なく本気を出しそう
になる。
危ない、危ない。
子供達の前、俺は紳士であらねばならぬ。
理性を無くして暴れるのは減点だと、教える立場なのだ。
まあ、クールな俺が滅多な事で怒る事が無いのは、良く知られて
いるのだが。
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー
俺は呼吸を整えると、余裕を持って身構える。
なあに、本気を出さずとも、当たらなければ大丈夫。
結構早いけど、俺の方が断然早い。俺は、音速すら見切れる男な
のだ。
さて、コイツに﹃黒雷﹄は恐らく通じない。何しろ、金属。地面
858
に電流が流れてお終いであろう。
俺が習得した魔法では、通用しないだろう。水刃や炎弾も無理だ
ろう。
ゴーレム
これは、剣で斬るのも考え物だ。斬れるかも知れないが、折れそ
うで嫌だ。
魔鋼の塊とか、勘弁して欲しい。最強硬度の柔らかい魔人形って、
ある意味、弱点が少なすぎてやっかいであった。
では、焼き尽くすか⋮。
﹁おい、謝るなら許すけど、謝らないならこれ、壊すけどいいんだ
な?﹂
あははははは!
おもしろい、面白いね!
強がり、強がり!
いいよ、いいよ。いいともさ!
出来るものなら、やって見せてよ!
ふーーー。
テレパシー
俺は、大人だ。大丈夫。
この生意気な精神感応如きで、怒ったりはしない。
血管など無いのに、頭の血管が切れそうなのは気のせいに違いな
い。
ゴーレム
さて、許可も得た。
さよなら、魔人形。出来れば、持って帰って、俺の玩具にしたか
った⋮。
﹁操糸妖縛陣!﹂
俺の、﹃粘鋼糸﹄は、以前の比では無く強化されている。
859
ゴーレム
妖気を込めて捻出すると、1000tを超える加重にも耐えうる
のだ。
ヘルフレア
絡め取られた魔人形は、その動きを止めた。
そして、俺は集中し、黒炎獄を放つ。
エネルギー
普通に撃つなら、別段集中する必要は無いのだ。しかし、範囲を
小さく指定するのは、莫大な魔素量と集中力が必要なのだ。
ヘルフレア
ドーム
ゴーレム
俺の﹃大賢者﹄のサポートを持ってして、初めてこの縮小サイズ
の黒炎獄が使用可能となった。
ベニマルにもまだ使えない、直径5mサイズの半球形が魔人形を
覆う。
豪! という音が響き、ドームが消えた跡には、何も残ってはい
なかった。
恐らく、ドーム内は数億度に達する高熱であらゆるモノを焼き尽
くす炎獄と化している。
俺の熱攻撃無効でさえ、無効に出来ないのだ。耐えれる者など存
在しないだろう。
難点は、動かないように抑えないと、回避するのが簡単な事。発
動に時間がかかるのも問題であった。
まあ、今回は上手く成功したからいいのだが。
出来れば、これは見せたく無い奥の手だったのだ。
うそだ!!!
信じられない!
一撃なんて⋮⋮
テレパシー
ゴーレム
混乱した精神感応が俺に届いた。
どうやら、魔人形に絶大な自信があったようだ。それはそうだろ
うけど。
子供達も口を大きく開けて、ポカンとしていた。
余程ショックが大きかったみたいだ。だから見せたくなかったん
860
だけどね。
それはともかく。
散々舐めた態度をとってくれたのだ。覚悟は出来ているだろう。
お仕置きの時間である。
861
62話 精霊とは⋮
ゴーレム
魔人形を焼き尽くし、俺は邪悪な笑みを浮かべた。
クックック。
これで有利に話を進める事が出来るだろう。
﹁さて、焼き尽くされたくなければ、さっさと出て来いよ?
隠れてる場所、全部判っているんだぜ?﹂
大体は判っているが、確実ではない。
自主的に出てきて貰った方が面倒が無くて良かった。
俺のセリフに慌てたように、
﹁はい! はいはいはい!!!
たった今、恥ずかしながら、呼ばれてやってまいりました!!!﹂
と、人形にトンボのような羽の生えたような、可愛い小さな女の
子? が飛んで来た。
身長は30cmと少しあるかどうか。小人ではないな、物語の妖
精みたいだ。
煌びやかで、フリルの付いた豪華な衣装を纏った子が前面に立ち、
後ろに似たような感じで質素な衣服の者達が数名飛んでいる。
全体的に、黒っぽい感じに纏められた衣服であった。
テレパシー
﹁じゃっじゃーーーん! 我こそは、偉大なりゅ⋮⋮﹂
噛んだ。
突っ込むべきか? どうやら、精神感応に慣れすぎて、喋るのは
862
苦手なのかも知れない。
﹁⋮⋮大丈夫か?﹂
俺の問いかけを片手で制し、
﹁我こそは、偉大なる十大魔王が一人! である!!!
頭が高い! 控えるが良い!!!﹂
と、のたまった。
ラビリンス
迷宮妖精
のラミリス
無い胸を反らし、踏ん反り返っている。なんだろう、この腹立つ
感じは⋮。
取り合えず、チョップだ。
﹁うひょ!!! な、何するのよ! 吃驚するでしょ!!!﹂
小さな身体で、かわしつつ文句を言って来る。
ひどいよねー。ねーー。
ゴーレム
やっつける? やっつける?
でもでもでもでも、魔人形やられたよ?
ムリだよ。ムリだよ。やられちゃう!
騒がしい。
イチイチ頭に響くのだ。
ノリ
﹁大体、貴方ね、卑怯よ! 何で、﹃精神操作﹄が効かないのよ!
貴方みたいに、効果悪いヤツ、久しぶりよ!!!﹂
863
ぷんぷん怒っている。
レジスト
そうか、さっきから妙に腹が立つのはその﹃精神操作﹄とやらに
ガキ
抵抗している影響か。
しかし、この妖精が魔王な訳ない。まだからかうつもりだろうか?
ガキ
﹁お前な、吐くならもっとマシな嘘を言えよ。
お前みたいな、妖精が魔王な訳ないだろ!﹂
﹁ガキ言うなや! ホント、失礼なヤツ。アタシが、魔王以外の何
だっていうのさ!﹂
﹁え? アホの子? というか、魔王と言えば、ミリムっていう友
達がいるが出鱈目だったぞ?
お前なんて、アイツと比べようも無い程、弱いだろ?﹂
﹁ばーーーーーーーーーっか!!!
バカバカバカバカ!!! アンタはバカじゃーーーー!!!!!﹂
ラミリスという名の妖精は、大声で叫ぶと肩で息をし、呼吸を整
える。
そして、
﹁あのね。
ミリムって言ったら、理不尽魔王って呼ばれてるの。
何でも力で解決しちゃいます。
そんな理不尽と可憐なアタシを比べるなんて、失礼なんてもんじ
ゃないよ?
ちょっと、そこん所、ちゃんと理解してくれないと困るわけ!﹂
と、憤慨していた。
それから、
﹁大体、貴方自体、ちょっとオカシイのじゃなくて?
864
ヘルフレア
スキル
何なの? 何であんな出鱈目で危険な技を使えるのよ!
さっきのアレを実現するには、幾つ特別な能力が必要になると思
ってるの?
無茶しないで欲しいものね。
まあいいわ。
貴方がミリムの知り合いでも驚かない、信じるわ。
だから、貴方も信じなさい!﹂
どうやら、嘘では無いのかも知れない。
まあ何だ。出てきてみると、無害そうな奴等だ。
落ち着いて話を聞く事にした。
俺が何故か、お茶やお菓子を用意した。
さっき、お客人とか言ってたようだったが、逆じゃなかろうか?
まあいいけどさ。
子供達も妖精とすぐに仲良くなり、一緒に楽しげにお菓子を食べ
ゴーレム
ている。微笑ましい。
そもそも、あの魔人形で、俺達をビビらせて、楽しんだ後に出て
くる予定だったのだとか。
本当は、殺すつもりも怪我させるつもりも無かったそうだ。
だからこそ、
﹁あーあ⋮。せっかく皆で拾ってきた玩具を弄って、やっと完成さ
せたのに⋮⋮﹂
と、恨みがましく何度も何度も文句を言われた。
仕方ないだろ。殺らなきゃ、殺られると思ったのだし⋮。
865
﹁大体、アレはすっごい高性能だったんだよ?
地の精霊で重量を操作し、
水の精霊で各部間接を動かし、
火の精霊で動力を発生させ、
風の精霊で熱を調節する。
元素の集大成。精霊工学の粋を集めて造ったのに⋮⋮﹂
驚くほどしつこい。
こんな事なら、喰ってコピーすりゃ良かった。出来るかどうか不
明だけど⋮。
魔装兵計画
と関係あり
だが、精霊工学の粋⋮? それって、前にカイジンが言ってた、
エルフと共同で開発しようとしたという
そうな⋮
って言う、心臓を造れなく
﹁なあ、それって、ドワーフとエルフが共同開発しようとしてた、
魔装兵ってヤツ?﹂
精霊魔導核
﹁ピンポン、ピンポーーーン!!!
良く知ってるね! 、
て、暴走したんだよ!
で、外殻を捨ててあったから、持って帰って来て復元したの!
もしかして、アタシって、天才? すごくない?﹂
ウザイが、確かに凄い。
が、精霊工学って、精霊の力を元にしているのだろうから、精霊
の力に近い妖精がその本質を理解するのは納得出来る話である。
ゴーレム
ともかく、ラミリスの話を要約すると、精霊の力を用いた人が操
作可能な魔人形を造る計画だったようだ。
魔素を血液のように全身に巡らせて、油圧のように圧をかけて駆
動させる。重量は魔法で制御するそうだ。
無茶苦茶であった。
866
5mくらいジャンプさせて、魔法を切るだけでも兵器である。
だが、使いようによっては凄まじく威力ある兵器となりそうだっ
た。
アホの子のようだが、本当は凄いのかも知れん。
﹁よし、凄いのは判った。
で、そんな凄い君を見込んで、頼みがある!﹂
話を切り出そう。
俺は、子供達の事情を説明した。
隠す事なく、正直に。子供らも、真剣に話を聞いている。
﹁そっか、そっかーーーー
思い出したよ。前に、ここに来て試練を乗り越えたヤツ。
レオンだ、レオンちゃんだったよ!
アイツ、生意気に魔王になったんだった。
ま、アタシならワンパンで倒せるけどね! 余裕でね! ホント
に⋮⋮﹂
どう見ても、嘘だな。
目が、泳いでいるってレベルじゃない。グルグルしてた。
話を聞く。
かつて、少年だったレオンがここへとやって来たらしい。
ラミリスの﹃精神支配﹄は通用しなかったそうだ。
むしろ、逆に操られそうになって焦ったとか。
ラミリスは、︿精神系魔法﹀の︿幻影魔法﹀を得意としているそ
うで、それらが一切通じなかったらしい。
867
﹁大体、貴方もそうだけど、幻覚系ってさ、通用しなかったら終わ
りじゃん!
もう打つ手なくなるじゃん?
ゴーレム
可憐なアタシにはどうしようも無いって、寸法よね?
だからこそ、手足となる魔人形だったのに⋮⋮
アタシを笑う魔王どもを見返せると思ってたのに⋮⋮﹂
まだ言うか⋮。
全然へこたれて無さそうだが、そう愚痴っていた。
まあ、まだ魔王でも無いレオンに完敗して、仕方なく協力したと。
何か、調べモノがあったらしく、知識を司る精霊を呼びよせてや
ったそうだ。
もっとも、なんら手がかりは掴めなかったそうで、八つ当たり気
味に火の上位精霊を支配下にして去って行ったらしい。
あれには唖然としたそうである。
﹁何でも、無茶なお願い言ってたよ。異世界から、特定の人物を召
ムリ
喚してくれ! だって。
不可能に決まってるのにね。バッカじゃん!
泣きそうな顔してた⋮。
いや! あれは、泣いてた!
そう。泣いてたと言っても過言では無い。
ざまーーー!!!
泣き虫の癖に生意気なんだよ! ばーっか!!!﹂
一人で勝手に興奮し出すし。
これが、魔王? 良かった。最初に出会った魔王がコレだと、情
けないなんてもんじゃない。
しかし、コイツ、大丈夫か? こんな陰口叩いてるのバレたら、
868
消されるんじゃ⋮?
俺がこんな事、影で言われてるのに気付いたら、余裕でコイツを
消す自信がある。
﹁ちょっと⋮⋮
アンタ、今、とっても失礼な事考えてない?﹂
﹁いや、全く?﹂
疑いの目で見ているが、所詮アホの子である。
簡単に誤魔化せた。
ところで、話がずれている。
要は、その上位精霊で子供達の崩壊を阻止したいって話なのだ。
このアホの子に期待は出来ないが、一応、聞いて見よう。
﹁まあ、そういう訳で精霊になら崩壊を阻止出来ないかと思ってね。
どう思う?﹂
俺の質問に、真面目な顔をするラミリス。
子供達の周りを飛び回り、一人一人の顔を見る。
そんな顔も出来るのか。魔王らしからぬ、慈愛に満ちた表情を。
﹁ん。アタシはね、魔王であると同時に、聖なる者の導き手。
勇者に聖霊の加護を授ける役目も担っているんだよ。
だから、安心するがいいさ! 公平だから。
アタシが、アタシこそが! 世界のバランスを保つ者なのだよ!﹂
で? 何が言いたいんだ?
そう思っていると、俺に向き直り、
869
﹁いいよ。召喚に協力するよ。精々、凄い精霊を呼び出すといいさ
!﹂
そう宣言したのである。
ここで、ラミリスに精霊についての講義を受けた。
精霊とは⋮
虚無に力が満ちている。
これが聖霊である。大いなる聖霊は、ただ存在するだけの力の源。
そんな中、光と闇、2柱の大精霊が生じた。
世界が誕生した瞬間であった。
しかし、世界はただ、漂うだけの存在である。
光と影、陰と陽。互いに交わろうとしても叶わぬ存在。
ある時、時の大精霊が生まれる。
それは、光と闇の子としての存在。
そして、世界は動き出した。
動き出した世界は回る。目的も無くぐるぐると。
その、生と死、一方通行に進む流れの中で。
地・水・火・風・空という5柱の大精霊が誕生する。
世界は、相互に干渉しあい、やがて安定する。
これが、大いなる8柱の大精霊。
そして、世界に光が満ち、闇に覆われて。
新たな精霊達が誕生し、消えていく。
生と死。
世界がいつか終わりを迎えるその時まで⋮⋮
ってね。
870
﹁つまり、最初に聖霊が存在し、世界と8柱の大精霊を生んだって
事ね!﹂
壮大⋮なのか? 所謂、神話なのだろうが神では無い。
これって、この世界の真理なのだろう。
ちなみに、大精霊も自我無きエネルギーの塊なのだそうだ。
火の上位精霊等は、云わば切り取られたエネルギーの欠片。
魔物のように、欠片に自我が芽生えた存在であるそうだ。
魔素というエネルギーに自我が芽生えて魔物となるように。
一言で言うなら、不思議現象ってヤツだな。理解出来ないし、す
る気も無い。
だが、云わんとする事は理解出来た。
要するに、
﹁切り取れって、言いたい訳だな?﹂
ラミリスは大きく頷く。
新たな精霊を誕生させる。あるいは、漂い彷徨う精霊を呼び出す
のだ。
簡単では無い。
意思を持ち、生まれて来た精霊を従えるのも難しいだろう。
あるいは、子供達への適正も心配だ。
それでも。
やるしかないのである。
意思無き精霊で中和出来るのか、あるいは精霊に制御してもらう
のか。
それは、呼び出してから考えよう。
子供らを見る。
871
皆、真剣に見詰め返してくる。
﹁大丈夫か?﹂
﹁﹁﹁うん!!!﹂﹂﹂
愚問だった。
後は信じて実行するのみである。
872
63話 子供達と精霊
場所を移動した。
迷宮の最奥部にある、託宣の間という場所へと。
実際、どういう結果になろうと、俺は子供達を守るだけである。
託宣の間は、扉の先に何も無い広大な空間が広がっている。
そこから、幅1m程度の通路が20m程伸びて、その先に直径5
m程の円形の足場が支えられていた。
どういう材質か不明だが、まるで空間に浮かんでいるかのように
見える。
﹁いい? この先のあの円状の床の上で、精霊に対して呼びかける
の!﹂
﹁何て呼びかけるんだ?﹂
﹁何でもいいのよ。助けて! でも、遊ぼう! でもね。
興味を持った精霊がやって来てくれたら成功なの﹂
﹁⋮来て、くれるかな?﹂
﹁来てくれるさ! 先生、来てくれるよね?﹂
﹁来てくれる?﹂
不安なのか、俺を見上げる子供達。
まあ、大丈夫だろ。来ないようなら、強制召喚するし。
﹁⋮、ちょっとアンタ! 邪悪な顔してるわよ!﹂
﹁ん? 大丈夫大丈夫。
おい、お前等! 心配すんな。何とかなるから!﹂
来てくれなかったら、俺が呼び出すだけだ。
873
意思ある精霊なら話し合いだが、出来れば意思なき精霊がいい。
その方が、躊躇わずに俺の考えを実行出来る。
﹁何なら、一緒に着いていってやるよ﹂
﹁⋮⋮、まあ、いいけど。別に何人で行っても大丈夫だけど、狭い
からね。
アタシも行くから、子供は一人ずつがいいかもね﹂
ふむ。呼び出す精霊も一人ずつがいいだろう。
何なら、大人として交渉する必要があるかも知れないし。
まあ、出来れば拳で語り合うのは避けたい所だが⋮。
﹁よし! じゃあ、順番に一人ずつ行くぞ。誰から行く?﹂
それから順番を決める話し合いが行われた。
まず、年長者のゲイル。
次に、アリス。
続いて、剣也に良太。
最後が、クロエ。
色々と揉めはしたが、こういう順番に落ち着いた。
早速行く事にしよう。
静謐な空間。
音も無く、薄い光に覆われているだけ。
足音だけがやたらと響く。
﹁先生、俺に何かあったら、アイツ等を頼みます﹂
まあ、そう硬くなるなよ。
緊張しすぎだ。俺は何も言わずに、ゲイルの頭を撫でてやった。
874
円状の広間に着いた。
まるで宙に浮かんでいるかのような錯覚に陥る。
足を踏み出そうとして、慌てて止める。目の前に床が見えなかっ
たのだ。
だが、﹃魔力感知﹄では床はある⋮。これって、透明なガラス?
アクリルか何かか?
驚きつつも足を踏み出した。
ゲイルは怖がっていたが、
﹁大丈夫だ、足場はある。何かあっても、俺が助けるよ﹂
そう言うと、覚悟を決めてやって来た。
おそるおそる、慎重に。
中央まで進むと、
﹁さあ、ここでいいよ! どんなのが呼ばれてくるか、楽しみだね
!﹂
ラミリスがそう述べた。
ゲイルの頭をポン! と叩くと、ゲイルは目を閉じて祈り始める。
肩膝をつき、神に祈るような姿勢で。
俺は腕を組み、その様子を眺めた。
暫く時が流れ、やがて、天から光の粒が降り注ぐ。
それは雪のように。
やがて、目の前の祭壇に、一人、いや一柱の精霊が出現した。
ゲイルは気付かず、祈りを捧げ続ける。
良くやった! 成功だ。
それは意思無き自然エネルギーの塊。魔素の塊に似て、非なるも
の。
このエネルギー状の塊が自我を持つと精霊になるのか。この場所
875
は、ヴェルドラの洞窟内部に似て、自然エネルギーに満ちている。
自我を持てなくとも拡散し、また一つに纏まり、やがては何らか
の精霊が誕生するのだろう。
俺は躊躇う事なく、その精霊を喰った。
﹁ゲイル、そのまま祈ってろ!﹂
﹁ちょ、ちょっと! アンタ、何て事すんのよ!﹂
﹁まあ、黙って見ててくれ。考えはある﹂
俺は慌てず、﹃大賢者﹄を起動する。
俺の意を汲み、演算を開始。やがて、計算が終了し、改変が開始
された。
︽告。ユニークスキル﹃変質者﹄による精霊に対する改変が終了致
しました。
イフリート
内訳は、﹃大地属性能力﹄が主となります。
炎の巨人の自我情報を解析し、補助的擬似人格を作成しました。
ユニークスキル﹃大賢者﹄の能力補正を付与してあります。
︾
この状態でのゲイル・ギブスンへの能力授与を実行しますか?
YES/NO
俺はゲイルの頭に手を置き、YESと、能力授与を実行する。
エネルギー
これにより、ゲイルと精霊の統合が実行され、一瞬で完了する。
ゲイルの状態を解析すると、異常を示していた魔素量の暴走状態
エネルギー
が、綺麗に治まっていた。
普通の子供よりも、魔素量が多い程度である。
これは、精霊エネルギーと魔力エネルギーが相殺し合っているの
だ。これで徐々に身体の成長に伴い、能力を獲得していけるだろう。
手術は成功しました! そんな感じで、脳内で﹃大賢者﹄と握手
し合う。
876
姿なんて見た事無いし、そもそも姿があるかも判らないんだけど
ね。
﹁おっし、もういいぞ! 良く頑張ったな!﹂
そう、ゲイルに声をかけた。
痛みも何も感じていなかったのだろう、キョトンとして俺を見上
げてくる。
力強く頷いてやった。
﹁もう大丈夫。崩壊は止まったよ、保証してやる!﹂
その言葉に涙を浮かべ、
﹁先生、ありがとうございます!!!﹂
と、お辞儀してきた。
照れ隠しに頭を撫でてやり、皆の元へと連れて行く。
成功したという報告に、皆、歓声を上げて喜んだ。だが、まだ終
わりでは無い。
全員成功しないと意味は無いのである。
﹁まだ慌てるな。全員成功してから喜ぼうぜ!﹂
俺の言葉で、皆その事を思いだし、頷きあった。
二人目に取り掛かるとしよう。
次はアリスだ。
877
細い道を歩くのを怖いと言ったので、抱き上げて進む事にした。
クロエとアリスが何やら言い合いをしていたが、子供らしい遣り
取りだろう。
気にせずアリスを抱き上げて、広間までやって来た。
今度も上手く行けばいいのだが。
俺達が見つめる中、アリスも祈るように目を閉じた。両手を握り
締め、膝上でスカートを掴んでいる。
暫く経つと、先程のように天から光の粒が降り注いだ。
祭壇に出現した精霊を、素早く吸収する。
ラミリスが何か言いたげに此方を見ているが、そんなのは無視で
ある。
二度目ともなると手馴れたものだった。
︽告。ユニークスキル﹃変質者﹄による精霊に対する改変が終了致
しました。
イフリート
内訳は、﹃空間属性能力﹄が主となります。
炎の巨人の自我情報を解析し、補助的擬似人格を作成しました。
ユニークスキル﹃大賢者﹄の能力補正を付与してあります。
Y
相性が良い為、﹃影移動﹄との能力融合が行われました。﹃空間
移動﹄へと進化しました。
︾
この状態でのアリス・ロンドへの能力授与を実行しますか?
ES/NO
精霊を吸収した事により、俺の能力も進化しちゃったようだ。
思わぬハプニングである。
アリスへの能力授与も問題無く終了した。
どうも、﹃結界﹄系の能力も空間結界へと変化したようだが、ア
リスへの授与はしなかったのか? 結界そのものが相性良くないの
かも知れない。
まあ、いずれ本人が自力で獲得しそうではあるけど。
878
﹁アリス、頑張ったな! もう大丈夫だぞ!﹂
抱き上げ、そう告げた。
アリスは目を開けてニッコリ微笑むと、俺の頬にキスをした。
おいおい、おマセなお子様だ。7歳の子にモテても何というか、
嬉しいけど嬉しくないな。
ロリコン
いや、やはり嬉しいな。
紳士なだけで変態ではないよ?
﹁ありがとさん!﹂
御礼に頭を撫でながら、皆の元に連れて行った。
俺が降ろすと同時に、激しくクロエと言い合っていたが、仲の良
い事である。
剣也を連れて広間に戻った。
さーて、自信も出て来た。順調である。
後3人。いざとなれば自分で召喚して子供らに付与しようと考え
ていたが、その必要は無さそうだ。
だが、助かったと言える。精霊の改変は思いの他、俺の魔力を消
耗しているのだ。
まあ、後3人だ。何とかしてみせるけどな。
剣也が祈り始めようとしたした瞬間、まだ目も閉じてないという
のに、祭壇へと光の粒が降り注ぐ。
何だと? 今までの奴とは比べ物にならない大きなエネルギーを
感じる。
そこに居たのは、一人の妖精? の男の子。
879
﹁いよー! 元気か? 僕は元気さ。
今日は、気紛れで来てやったよん!﹂
何とも軽い挨拶をして来た。
﹁あ、あーーーーー!!! アンタ、何しに人の家にやって来てん
のよ!﹂
ラミリスが、目を釣り上げて少年妖精に詰め寄った。
知り合いのようだ。
﹁おい、そちらさんは?﹂
俺の問いにラミリスが紹介しようとするよりも早く、
﹁オッス! 初めまして、オイラは光の精霊さ!
そこの邪悪な妖精に堕ちた闇の末裔と違って、純粋な精霊様だよ
!﹂
と、挨拶して来た。
お互いの挨拶を終え、話を聞く。
剣也が慌てたように俺達を見回している。諦めろ。
話を聞くと、剣也に強い光の資質を感じたのだそうで⋮。
﹁てな訳で、オイラが剣也を助けてやるのだ!﹂
との事。
本来、光と闇の精霊は、最も格式の高い、高位の精霊なのだとか。
胡散臭いが、勇者に加護を与える事もあるそうだ。最も、ラミリ
880
スと二人で加護を与えた事など、滅多にないそうで。
﹁二人揃って、勇者への加護を与えたのなんて、2千年も前の話よ
ね?﹂
だそうだ。
ラミリスが退屈さに負けて、邪悪な妖精へと堕ちて以降、加護を
与えるのは光の精霊の仕事だったのだとか。
どうでもいい話なのだが、ラミリスは代々自我を継承しているそ
うだ。
妖精族の女王として君臨しているが、自らは魔力の高まりととも
こども
に限界に達すると分身体を産む。
その分身に、自我の全てが継承されるそうだ。
そうする事により、成長すると親をも超える能力を持つのだとか。
欠点は、成長するまで弱い事。
成長と弱体を繰り返す種族。
魔王達の中で、唯一の世襲制なのだそうだ。
勝手気ままなラミリスに立腹してるというのもあるが、この二人
は大層仲が悪いようだった。
ふと思ったが、魔王って我侭なヤツが多いな。誰とは言わないが、
かなり我侭だったしな⋮。
﹁そんな訳で、剣ちゃんが成長するまでは、オイラが保護するよ。
もしかしたら、剣ちゃん、勇者に成れるかもしれないしね!﹂
そう言うと、許可も取らずに剣也へと入り込んだ。
あっけない程簡単に、剣也の状態も安定したものへと変化する。
﹁先生⋮⋮﹂
﹁ん? ああ、大丈夫。計画通りだ!﹂
881
どこがだよ! と、自分で突っ込みを入れたくなるが、気にした
ら負けである。
サクサク進めよう。
俺の言葉を疑っているようだったが、状態が安定したと言うのは
信じた様子。
皆の所へと戻り、自分で説明をしている。
なかなかどうして、しっかりしたものである。
さて、次は良太だな。
気弱なコイツが、どういう精霊を呼び出すのか。ちゃんと来てく
れないと困るので、心配である。
手馴れたもので、祭壇前で祈りをさせる。
細い通路に怯えつつも、自力でここまで歩いてきた。気合は十分
のようである。
さて、どうなるか。
待つ事も無く、天より螺旋を描くように、青と緑の光の玉が降り
てきた。
何事も無かったように、ササッっと吸い込む。
鑑定解析によると、水と風。2種類かよ! 良太にしては頑張っ
たな。
ともかく、﹃大賢者﹄の出番である。
︽告。ユニークスキル﹃変質者﹄による精霊に対する改変が終了致
しました。
イフリート
内訳は、﹃熱操作能力﹄﹃状態変化能力﹄が主となります。
炎の巨人の自我情報を解析し、補助的擬似人格を作成しました。
ユニークスキル﹃大賢者﹄の能力補正を付与してあります。
882
YES
相性が良い為、﹃分子操作﹄との能力融合が行われました。
良太への能力授与を実行しますか?
﹃量子操作﹄への進化を試みましたが、失敗しました。
︾
この状態での関口
/NO
分子操作は、﹃大賢者﹄の補正なしには使いこなせない。
能力を付与しても、扱えはしないだろうけど。まあ、いいか。
ていうか、﹃量子操作﹄か。俺の想像では、既に何が出来るのか
さっぱり判らん。
そもそも、スキルの概念というのが、出来るかも? とか、出来
たらいいな! を突き詰めてそれっぽい効果を得る事なのだ。
こっちの世界の体系だっている学問としての魔法では無く、いい
加減なものなのである。
俺のスキルは、俺の想像を﹃大賢者﹄が具体的に使えるようにシ
ステム化したものなので、想像も出来ない事は出来ないのだ。
その辺りも、進化失敗の理由かもしれない。
良太への付与も無事に終わった。
これで、残るは最後の一人である。
最後の一人、クロエも怖がったので、抱き上げて広間まで連れて
来た。
嬉しそうにしている。
怖がっていたのが嘘みたいだ。
﹁先生、あのね⋮。だーーーい好き!!!﹂
顔を真っ赤にして、耳元で俺に告げて来た。
俺も好きだよ。でもな、せめて後8年、出来れば10年経ってか
883
ら言って欲しかった。
それ以前の問題で、生前に言って欲しかった⋮。
哀れな生前の俺、彼女も無く旅立った、可哀相な男。
しかし、そのおかげで、﹃大賢者﹄という素晴らしい能力を得た
のだ。釣り合いは⋮、取れているのか疑わしいけど。
しかし、いいねえ。子供ってのは、素直で。
今となっては手遅れだが、遊ぶのは学生の内にって事だな。
中学生になって、照れてる場合ではないという事だろう。
俺にとっては手遅れ所の話では無い。たまに無性に虚しくなる事
があるくらいだ。
今は、俺の事はどうでも良かったな。クロエの言葉で少し混乱し
てしまったようだ。
さて、クロエはどんな精霊を呼び出すのやら。
これで、最後だ。気を抜いている場合では無い。
皆と同じように祈り始めるクロエ。
変化はその時生じた。
オーラ
どう言えば良いのか⋮、例えるならば、天が堕ちてきた、とでも
言うのか。
重圧と鮮烈な気を纏い、靡く黒銀髪の美しい天女が降りて来た。
アストラル
それは、精霊では在り得ない、存在力。
エネルギー
霊体を完全制御しているのか? 肉体を脱ぎ捨てた、魂を内包す
る状態。
よりしろ
精霊はその更に上の、精神体の状態なのだ。いずれ、拡散してし
まう。
アストラル
拡散を防ぐには、契約による憑代の確保か、自ら受肉する必要が
あるのだ。
受肉せず、なおかつエネルギーの拡散も防ぐとなると、霊体を構
築する必要がある。
884
それは、高位の精霊でも容易い事ではないはず⋮。
その女性? 天女は、俺を見詰め、突然抱きついて来た。そのま
ま接吻してくる。
残念な事に、幽霊にされてるようなもので、感触はほとんど無い。
残念だ。
こんな美女になら、例え幽霊でも⋮、ってそうじゃなくて! 何
なんだ、一体!?
黒銀髪の美しい女は、残念そうに俺を見ると、クロエの体に触れ
ようとする。
﹁まて!!! させないよ! アンタの好きにはさせない!﹂
突然、ラミリスが両手を翳し、攻撃態勢に入った。
その顔は、さっきまでの軽い様子は無く、真剣そのものである。
その両手に闇色の光が収束し放たれるが、当然、クロエの前に立
つ俺が吸収し、クロエを守った。
︿絶命﹀という、即死系の魔法⋮。信じられないが、本気で殺す
気だったようだ。
﹁って、おい! 突然、何をしやがる!﹂
﹁うるさい!!! そいつはヤバイんだよ! 見て判らないのか!
?﹂
﹁判るわけないだろ!? 何がヤバイんだ?﹂
そんな遣り取りをしている間に、その天女はクロエに重なり、消
えうせた。
素早くクロエを鑑定解析すると、状態は安定化している。崩壊の
危機は去ったのだ。
何も問題ないようだが⋮?
885
﹁あーーー! もう! 手遅れだ。やめやめ⋮。知らないからね!﹂
頬を膨らませて、ラミリスが叫んだ。
何が何だかさっぱりである。
﹁だから、さっきのは何だったんだ?﹂
俺の問いにラミリスは答えようとしない。
クロエは目を開けて、俺達を交互に見詰めてくる。訳が判ってい
ないようだ。
もう一度問い詰めると、
﹁わっかんないわよ! アタシも詳しくは判らない。
でもね、アレは多分、未来で生まれたのよ。
未来からやって来た、精霊でも無い何か。
その子に憑依した事で、自分を産む土壌を作った?
ああああーーーーー判らない!!!
でも、あれは大きな力を有してた。
未来でアレが生まれたら、大変な事になる気がする。
あんな存在は初めて見たのよ。あれは⋮多分、時の精霊なんだわ
⋮﹂
ふーーーん。
俺にもサッパリだよ。俺も理解を諦めた。
まあいいや。クロエが無事ならそれでいい。
確定もしてない未来の事なんて、今はどうでもいいのさ。
﹁良かったな、クロエ! お前も無事に危険を回避したぞ!﹂
そう告げて、抱き上げてやった。
886
クロエは嬉しそうに微笑む。
そんな俺達を眺め、諦めたようにラミリスは溜息を吐いた。
﹁ま、いいけどね。その子に憑依した時点で、既にアタシの手に負
えないし⋮⋮﹂
そう言って、そっぽを向いた。
﹁まあ、いいじゃないか。こうして無事だったんだし。
ともかく、アリガトな。お前のお陰で子供達も助かったよ!﹂
皆の下へと戻ってから、ラミリスに礼を言った。
子供達も口々に礼を言う。
﹁ば! そんなの、いいってば!﹂
顔を赤くし、照れながらバタバタと飛び回るラミリス。
コレが魔王だなんて、本当、世の中はどうなっているのやら。
ラミリスと同じように、仲間の妖精達も飛びまわり、幻想的な光
景であった。
それは、崩壊を防ぐ事の出来た子供達を祝福しているようで⋮。
皆の心に喜びの火が灯る。
自然と、皆に笑顔が浮かんでいた。
こうして、子供達を助けるという誓いは果された。
887
64話 王都生活の終わりに
子供達に対して精霊による崩壊措置が成功し、一安心した所で学
園に帰る事にした。
ラミリスに別れを告げ、その場を去ろうとしたのだが⋮。
﹁待ってよ。ちょーーーーっと、待ってよ!﹂
襟を掴んで引っ張られた。
首が絞まって大変だ。俺は呼吸の必要が無いから、どうって事は
無いけど。
﹁何なんですか? 今度は何のイチャモンだ?﹂
﹁イチャモンちゃうわ! 手伝ってやったんだから、御礼は当然よ
ね?
勿論、気持ちだけでいいのよ? でも、やっぱ、人としては、ね
?﹂
﹁ああ、すまん。俺、人じゃないから。じゃあ、そういう事で!﹂
と、何事も無く去ろうとしたのだが。
﹁うわーーーーー、待って、待ってよ!
ゴーレム
ちょ、実際、ヤバイんだって!
あんたが、魔人形を壊したから、アタシの守りが無くなったのよ!
ほら、アタシって子供じゃん? か弱いじゃん?
だ、か、ら! 困るワケ! 何とかしてくれるよね?﹂
﹁⋮⋮。﹂
888
うーむ。
困ったな。自業自得だろ! と突き放してもいいが、壊したのは
事実だし。
何で跡形も無く蒸発させてしまったんだ⋮。まあ、あそこまでの
魔鋼
がそのままでも対魔性能に優れているとは言え、
威力があると思わなかったというのが真相だが。
確かに、
金属である以上沸点は存在する。
耐えれなかったとしても不思議では無いな。
実際、﹃大賢者﹄先生が余裕かましてたから、多分大丈夫だとは
思っていたが、結果はあの通り。
ゴーレム
もう少し、威力を落としてもいいかもしれん。
魔鋼
も、結構な量があるが、ここで支払うのは勿体
さて、魔人形の代わりか⋮。
俺の持つ
無い。しかも、あんな大きなサイズを消費するのは嫌だし。
うーむ⋮。
ゴーレム
人間サイズの人形を作って、精霊を憑依させて動かすか?
クリエイト
︽解。創造:魔人形を検索しました。実行は可能です。
イメージ
︾
付加する能力は、付与する精霊、若しくは悪魔により変動します。
外見は、想像により変動します。
召喚する対象を決定し、実行と念じて下さい
流石は﹃大賢者﹄。
膨大な魔法書の中から、瞬時に魔法を探してくれたようだ。
比較的簡単な魔法である。召喚魔法は、冒険者試験の時に見せて
もらってるし、解析済みであった。
後は、精霊を付与するか、悪魔を付与するか。
精霊ならば、先程までの子供達の召喚状況から考えて、意思が無
い可能性が高い。
では、悪魔にするか? ぶっちゃけ、裏切られそうな雰囲気があ
889
るが、実はそんな事は無い。
召喚とは契約である為、召喚主への裏切りは無いのだ。あくまで
も、適正ならば、だが。
で造り、悪魔を憑依させ、魔人形を作成。
ゴーレム
契約以上の望みを言えば、そこで契約終了となる。お互いに納得
してないと駄目という事だ。
魔鋼
悪魔=悪、では無いのである。
じゃあ、素材を
ぶっちゃけ、そこらのAランクの魔物よりは余程強いのが出来そ
うだ。
﹁わかったわかった。騒ぐなよ、ラミちゃん。
いいか、守護者を創ってやるから、文句言うな。
その代わり、今度、精霊工学とやらを教えてくれ!
ゴーレム
俺達の町にいるドワーフのカイジンっておっさんとか、興味持つ
だろうし。
そこで一緒に精霊工学の魔人形を創ってくれよ!﹂
﹁そんな事、お安い事よ! どんなの創ってくれるの?﹂
﹁ん? ああ、俺が倒したヤツよりは強そうなのを⋮﹂
﹁マジで!? アンタって、実は超いいヤツじゃん!﹂
マスターロック
﹁まあな。じゃあ、創るけど、これ使った悪事を働くなよ?
お前の防衛のみに使えるように、製作者命令かけておくからな!﹂
﹁おっけー、おっけー! 問題なし! ここでなら、それで遊んで
もいいんでしょ?﹂
﹁ん? ああ、中でならな。他人に迷惑かけるなよ?
それと、予想︵﹃大賢者﹄の︶だが、めちゃ強いからな!
下手な事すると、怪我するぞ?﹂
魔鋼
を取り出し、並べる。
そう告げて、準備を開始した。
懐︵胃袋︶から
俺の魔素を大量に含み、魔法のかかりやすい上質な状態であった。
890
子供達も興味津々といった感じで見ている。
﹁ちょ、それ何処から出したのよ⋮、って、もういいわ⋮⋮﹂
ラミリスが何か言いかけて、途中で止めた。
何やら諦めた表情になっている。
納得してくれたのだろうという事で、早速始める事にした。
両手を広げ、それらしく呪文を唱えるフリをする。
最も、ここは先程の祭壇のある場所だ。危ないかもしれないので、
子供達は避難させていた。
後ろに付いて来ているのは、ラミリスだけである。
さて、成功すればいいのだが、暴走は勘弁して欲しい。
精霊の改変やらで、結構体力と魔力を消耗しているのだ。
俺の呪文の言葉にあわせて、床に魔方陣が描かれた。実際は、詠
グレーターデーモン
唱の必要は無いのだけど、雰囲気が出て良い感じである。
魔方陣から召喚された上位悪魔が出現した。
跪き、恭しく頭を下げ、
レッサーデーモン
﹁お呼びで御座いますか、我が主よ!﹂
グレーターデーモン
と言って来た。
上位悪魔。
固体差があるのかも知れないが、下位悪魔に比べて大柄で筋骨隆
々であった。
漆黒の肌に上等な衣状の服を纏っている。性別は判らない。頭の
両方に飛び出た角が偉そうであった。
ところで、悪魔にも筋肉ってあるのだろうか? まあいいや。
﹁うむ。君を呼び出したのは、他でも無い。
891
ゴーレム
今から創る魔人形を君の肉体とし、憑依して貰いたい。
代償は俺の魔素。契約期間は、えっと⋮﹂
そこで、ラミリスを見ると、
﹁100年は欲しい! 後100年もあれば、アタシも成長するよ
!﹂
との事。
﹁契約期間は、100年になる。
それが過ぎたら、その人形は君の身体として構わない。どうだ?﹂
目の前の敵を倒せ! なら、即座に契約終了するのだが、期限指
定だとややこしいのだ。
傍に控えさせるなら、定期的に魔素を供給してやるだけでいいの
だが、受肉させないといけない。
一体を支配し続けると、別の魔物の召喚は出来ないものなのだ。
抜け道はあるけれども。
今回は、ここで、妖精の守護者をさせねばならない。
その辺りも詰めて契約する必要があった。
﹁容易い事です、我が主よ! 代償は既に、頂いております﹂
え? 召喚に用いた魔素で足りたのか?
まあ、ごっそり抜かれたのは確かだが。俺には結構、魔素量が多
いと思う。
瞬間召喚に比べると、かなり多めに渡したのが良かったようだ。
通りで、態度が恭しいと思った。
きちんとした契約なら問題ないのだが、ちっぽけな魔素で召喚す
892
ると、即殺される事もあるようだ。
安心安全なのは、適切な召喚と契約の場合だけである。気をつけ
よう。
魔鋼
を部位毎に加工する。
まあ、契約料が大丈夫なようなので、後は人形である。
取り出した
イメージ
人形と言えば、球体関節。これは譲れない。自分でもビックリす
る程、想像通りに仕上がっていく。
生前、フィギュアを作れる友人が羨ましかったものだ。残念なが
ら不器用だった俺には出来なかった。せいぜいプラモデルが精一杯。
しかし! 今は違う。
この、﹃大賢者﹄補正により、自分の思うがままに加工出来るの
だ。
何をやっているんだ? 的な眼差しで見ていたラミリスが、途中
から大はしゃぎし始めた。
﹁ちょ! ちょっとお! これ、凄い! なんてこったあ!
アンタ、これ、凄いじゃないの! こんな自在に動かせるように
出来るのね?﹂
大興奮していた。造ってる俺も、ここまで精密に出来るとは思っ
魔鋼
は、ある程度イメージ通りに形を変えるようなの
てなかったのだが。
純粋な
グレーターデーモン
で、そのお陰もあるのだろう。
控えて見ているだけだった上位悪魔も、それが自分の身体になる
のだと知り驚きと喜びの表情を見せている。
多分だけど⋮。悪魔の表情は読みにくいのだ。
マイマスター
﹁素晴らしい、流石は召喚主だ。
正直、ゴーレムを動かすには魔力を使って関節を変化させつつ動
かすものと思っておりました。
893
ワレ
これならば、操作だけで済みます。我が宿る肉体に相応しい!﹂
グレーターデーモン
喜んでいるというので合っていたようだ。
魔鋼
の量的に人間大。
それから、ラミリスや上位悪魔の要望を取り入れて、人形は完成
した。
俺の仮面にそっくりの貌を嵌め、体格は
グレーターデーモン
細身で、慎重は180cm程度である。
上位悪魔のサイズからしたら小柄だが、問題は無いそうだ。
グレーターデーモン
そんなこんなで完成である。
出来上がった人形に、上位悪魔が憑依を行った。すんなり馴染ん
だようだ。
は9,900度と高温にも耐えられる。
ちなみに、希少金属の沸点でさえ5,000度前後。なのに、
魔鋼
自己再生能力もある優れた金属なのだ。
事実上、この人形を物理的に壊すのは至難の技となるだろう。
﹁どんな具合だ?﹂
﹁はい。素晴らしい⋮⋮。物理的な干渉力が上昇しました。
その辺の魔物や人間に受肉した際に比べ、筋力は言うに及ばず、
物理的な防御力が桁違いです。
素晴らしい!!! これは凄い身体ですよ!!!﹂
身体を動かし、具合を確かめながらそう報告してきた。
悪魔がこの世界に干渉するには、受肉の必要があるのだが、動物
や魔物がその受け皿となる。
今回、魔素が練りこまれた人形だったのだが、何の問題も無いよ
うだ。一個の魔物と認識されたのかも知れない。
一頻り確認を終えると、俺に向かい跪き、
﹁この身体に誓い、お役にたってご覧に入れます!
894
その妖精を100年守護する契約が終了致しましたら、主の下で
働かせて下さい!﹂
そんな事を言い出した。
マスター
100年先ってな⋮、俺が生きてるかどうかすら判らねーっての。
﹁俺が生きてたらいいけど?﹂
﹁ははは、ご冗談を! 100年そこらで、主殿が死ぬ訳がありま
せん。
その約束があれば、追加報酬も必要ありません!﹂
俺の寿命って、そう言えばどれくらいなんだろう?
あまり考えた事なかったが⋮。まあいいや。
しかし、懐かれたようだ。
俺はどうやら、魔物に好かれる体質なのかも知れない。となると
⋮、名前だが⋮。
俺の残存魔素量は残り少ない。今までの経験から言えば、上位の
グレーターデーモン
魔物程、ごっそり奪っていく傾向にある。
A−
魔鋼
の身体だと、明らか
ランクだが、受肉した対象次第でAに匹敵した
上位悪魔ともなると、大概上位だ。
何しろ、
りする。なので、今回のように純粋な
にAランクオーバーなのだ。
ベレッタ
だ!
まあ、いいか。まだ40%位は残ってるし、大丈夫だろ。
﹁よし! ならば、お前の名前は
今後とも俺に忠誠を誓え! まあ、100年はラミリスを守るの
が最初の仕事だ。
精々、励むがいい!﹂
閃きで名前を付けた。
895
フォルム
この美しい形態が、かの名銃の美しさを連想させたから。
で、当然のように訪れる虚脱感。今回は、ギリギリで耐えた。ガ
ス欠寸前である。
名付け
と同時に、上位悪魔の進化が始まる。
グレーターデーモン
コイツ、一体で30%以上、魔素を持っていきやがった⋮。パネ
エ。
俺の
変化が訪れるまでの時間も短くなったようだ。
流体形状の球を核とし、胸部、頭部、腰部、腕部、足部と繋がっ
ているのだが、その表面を皮膜が覆った。
まるで人間であるかの如く。
性別の無い、一体の人間。貌は仮面に隠れ、漆黒の肌の名残か、
長い黒髪が身体に流れている。
その肌は白く、血の流れを感じさせない。人形だから当然だが。
変化が終わると、その身体を衣が覆った。
仮面の眼の部分が、紅い光を放つ。進化が終了したようだ。
さて、俺から何の能力が付与されたのやら。見た目は人形から人
間っぽく変化したけど。
どうやら、進化と同時に、完全なる一体化も成されたようだ。
それは、一体の美しい人形。
マスター
しかし、その貌は仮面で覆われ、素顔を見る者無き、破壊の人形。
その素顔を見た者に、等しく死を与える存在。その人形の主以外
の者へ対して、だが。
魔将人形
アークドール
のベレッタ。
ベレッタは立ち上がり、俺に深々と頭を下げた。
﹁我が主よ、私は、
頂戴した命令を遂行する者で御座います!﹂
そして、一礼し、ラミリスに向き直る。
896
﹁我が主の命令により、御身の警護を致しましょう!﹂
そう告げた。
ラミリスは気圧されたように、コクコクと頷き、
﹁お、おう! お任せするよ! 頼んだわね!﹂
ゴーレム
と、精一杯の威厳を保ち、そう応じた。
魔鋼
を使ってしまった。
まあ何だ。何とか魔人形の代わりにはなるだろう。
強さだと、倍以上は強そうだし。
これで、ラミリスの頼みは問題なし。
ちょっと調子に乗って、思った以上に
人形を造り始めたら、ああでもないこうでもないと、やたら口を
出されたし。ついつい、拘ってしまったのだ。
せっかく頑張って創ったのだ。精々、役立ってくれ。
子供達は、俺が人形作成している間、眠ってしまっていた。
緊張と恐怖の連続、そして開放された安堵。
今まで我慢していたのが解決し、安心したのだろう。
ランガを枕にして穏やかに寝息を立てている。考えて見れば、俺
には睡眠は必要ないが、子供は眠るのも仕事なのだ。
良く眠って、成長していくのである。
子供達が起きるまで、待っていよう。子供達が起きるまで、俺も
ゆっくりと休憩を取ったのだ。
こうして、ラミリスに護衛を創った後、﹃精霊の棲家﹄を後にし
た。
子供達には無事に精霊が宿り、崩壊の危険も無くなり、問題は全
て解決した。
897
そう思っていたのだが⋮。
ユウキとの約束の3ヶ月が経った。
子供達の今後についてはユウキと何度も相談している。
テンペストに引き取る事も考えたが、子供達が学ぶ環境は大事だ
と考えた。
幸いにもここは学園であり、教師も優秀な人が多い。基礎教育は
勿論、魔法も学べるのだ。
子供達もここで学びたいと、自分達で相談し決めたようだ。俺が
残るものと思っていたようで、帰ると言ったら泣き出したが。
卒業したら絶対に会いに行く! と皆で勢い込んで言って来た。
勿論、大歓迎である。
教会の勢力圏にいる間は不自由するが、今となっては誤魔化しよ
うはあった。
魔力がだだ漏れではなくなり、普通並みに落ち着いているのだ。
鑑定能力を持つ者の眼にもバレる事は無い。
その辺はユウキともよく相談をした。
﹁少なくとも、3年経過した時点で子供達は生存していないと思わ
れるでしょうから、安全だと思います﹂
3年我慢すれば、大手を振って外も歩けるようになるだろう。
今でも、念の為に仮面を被るなどしたら外出しても問題無くなっ
ているんだけどね。
ユウキは何度もどうやって解決したのか尋ねてきたが、秘密であ
る。
898
彼も、子供達は単なる一般人と変わらない状態になったと思って
いる。それでいい。
精霊のエネルギーで相殺しているが、いずれ落ち着いたらユニー
クスキルを獲得出来るのだ。
新たな問題が出る前にこの事は知られない方が良いと思った。
まあ、獲得出来ないかもしれないしな。子供達にも伝えていない
のだから。
バカ
子供達の今後の打ち合わせも問題なく終了し、残りの期間を楽し
く過ごした。
ピクニックに行ったり、3人組が遊びに来たり。
俺の商売も順調で、2ヶ月目にミョルマイルの元へ遊びに行った
時は大歓迎を受けた。
進化した能力、﹃空間移動﹄で、行った事ある場所へは即座に転
魔石
を購入してい
移可能になったのだ。移動時間が大幅に短縮された。
そこで受け取った金で、ユウキから大量の
る。
これで、今後の研究も捗るというものだ。
そんなこんなで無事に約束の期間を終えたのだった。
旅立ちの日、泣き腫らした目で俺に別れを告げる子供達を後にし、
俺は王都を出た。
短いようで長い人間の町での生活。
子供達の件では大変な思いをしたりもしたが、掛替えの無い絆を
スライム
手に入れる事が出来た。
魔物になった俺では、人の子と接するなんて出来るとは思っても
899
いなかったのだから。
商売も順調で大きな利益が出ている。
一度テンペストの町に戻ってみたが、冒険者も何人か来始めて、
賑わいを見せていた。
何もかも上手く行っている。
⋮⋮いや、上手く行き過ぎていたのだ。
世の中には、妬みや嫉妬といった負の感情は本人の知らぬ間に関
係する者の中で育っていくのだ。
俺はそうした感情を極力受けないで済むように行動していたつも
りだった。
しかし、入力したデータが間違っていたら、答えも間違うものな
のだ。﹃大賢者﹄による予測演算も、俺の質問が間違っていたら、
答えは間違うものなのである。
テンペストが繁栄すれば、その反動で富を得る事が出来なくなる
者が存在する。
その事は当然理解していたが、俺の予想を上回る規模でそういう
事態になるとは考えていなかった。
結果⋮⋮
﹁探しましたよ、リムルさん!﹂
王都を出た所で、俺に声をかける者がいた。
ヨウムの警備隊に所属している、魔人グルーシスである。
息も切れ切れで、必死に走って来たのが窺えた。
どう見ても、何かあったのだろう。
﹁どうした、何かあったのか?﹂
900
俺の質問に、
﹁ファルムス王国が兵を⋮、テンペストに差し向けている!﹂
好事魔多し
というが、それにしては最悪であった。
最悪の答えが返って来た。
俺は即座にテンペストに転移する事にした。
﹁一緒に行くか?﹂
そう尋ねたが、ヨウム達にも何か起きているとの事。グルーシス
はヨウム達を助けに転移して戻るらしい。
事態は急速に動き始めていた。
俺は、グルーシスと別れ、テンペストへと転移を試みる。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
この世界でスライムとして生まれて、憧れた人間の生活。
異世界人との交流。
そういった、些細な望みを果し、自分達の国であるテンペストの
更なる発展の基盤を創るつもりだった。
それはある意味成功し、ある意味、失敗だったのだ。
一般人であった俺が、政治交渉や国家の思惑といった視点を持っ
ていなかったが故の過ち。
運命は加速度的に事態を変化させ、俺の今後の動向を決定付ける。
平和だった時は終わりを告げ、戦乱の時が始まる。
901
王都生活編
は終了です。
64話 王都生活の終わりに︵後書き︶
今回で、
色々な未解決な問題は、次章にて解決していく事になります。
次の更新はゴールデンウィーク明けを予定しております。
暫くお待ち下されば幸いです!
902
65話 災厄の前奏曲
ファルムス王国のエドマリス国王は、報告書を受け取り顔を顰め
た。
現状、ファルムス王国を取り巻く貿易事情に変化が生じていたの
である。
本来、貿易の損益が目立つには、少なくとも1年以上の長期スパ
ンで分析する必要があるのだが、今回の変化は急激過ぎた。
ファルムス王国は、その立地的に、ドワーフ王国との取引を一手
に引き受けていると言える。
危険な海路や陸路を通らず、直接取引出来る強みがあった。故に、
そこで輸入した品に高額の税を掛けて販売する事で、多大な利益を
得ていたのである。
だが、それだけでは飽き足らず、国外への持ち出しにも関税を掛
けた事が発端となったのだが⋮。
全ての輸入品を国外へ持ち出させずに、国内で販売するようにす
れば利益は更に増える、そういう経済担当大臣の進言に決定を下し
たのだ。
確かに、最初はそれで国内への冒険者の流入も増え、売り上げも
上昇したのだ。だが、その売り上げがある時を境に急速に落ちたの
である。
一月もせず、売り上げの減少が数字で現れた為、慌てて原因究明
を命じたのだ。
被害は輸入品の売れ行きだけでは無い。国内に買い付けに来てい
た商人や、滞在していた冒険者達もこぞって姿を消したのである。
冒険者の滞在等で利益を得ていた宿屋や商店にも、無視し得ぬ状
況となっていた。
静観出来る問題では無かったのだ。
903
ジュラの大森林に新たな町が出来た模様。尚、その町は魔物の
齎された報告は、驚くべきものであった。
住む町である
との事。在り得ぬ話であった。
ヴェルドラの消失により、魔物の活性化が心配されていた程なの
だ。ジュラの大森林には数多の魔物が生息している。
比較的、その脅威度は低いモノが多いとは言え、中にはBランク
を超える魔物もいるのだ。
そうした危険な場所に、町を作るとなると、どれだけの戦力が必
オ
要となる事か。魔物の生息圏から外れた周辺の村や町でさえ、その
防衛にかなりの税金を投じているのである。
しかも、町に魔物が住んでいるというのは前代未聞であった。
ゴブリン
建国したのが魔物という話だ。信じられるものではない。
ーク
だが、その町には人の姿に近く進化したと思われる子鬼族や、豚
ホブゴブリン
頭族等の姿があるそうだ。
報告では、全て人鬼族へと進化しているとの事。もはや、人に近
オーク
ハイオーク
いゴブリンは、人語を話し商売も営んでいるらしい。
また、豚頭族も猪人族となっており、知恵も技術も有し、道路な
どを整備する工作隊を組織しているとか。
考えられない話である。
自然進化した個体は、何年かに一匹出るかどうか。当然能力が突
出しているので、即座に討伐対象となる。
群れで進化個体が出現したという話は、ここ数百年を遡っても聞
いた事は無い。
けれども、現実として密偵の報告に嘘があるとは考えられなかっ
た。
しかし、問題はその事では無いのだ。
904
重要なのは、町が出来た、というその点である。
ジュラの大森林を直通するように、ドワーフ王国と小国ブルムン
ドを結ぶ陸路が形成されてしまう。
しかも、安全を保障された貿易路と成り得るという事実。
これは無視出来る話では無い。何しろ、これを許せば、ファルム
ス王国の持つ地理的優位性が失われるという事。
貿易に大きな比重を占めるファルムス王国にとって、死活問題と
成り得るのである。
優秀な工業国であるドワーフ王国が隣国だったせい︵おかげ︶で、
自国の工業レベルは低い。
目だった特産は無く、産出出来る資源も無い。
自国民が飢える事が無い程度の農作物の収穫はあるが、国庫を賄
える程の税収は見込めない。
観光と貿易の二本柱で、国の税収を高めている国だったのだ。
今までは、ヴェルドラの脅威のお陰もあって、ファルムス王国を
通るルートが最も安全で栄えていたのだ。
ヴェルドラの消失は少なくとも後300年は先である筈だった。
なので、今後の対策と言える程の国としての特色は、未だ検討も
されていなかったのである。
﹁さて、どうしたものか⋮⋮﹂
王の問いに答える者は居ない。
現在、緊急に召集された御前会議の場であり、同様の報告書が各
員に配られている。
ここに集った者は国家の運営に携わる上級貴族であり、富の中枢
に巣食う者達であった。
ドワーフ王国との貿易による利益が見込めなくなると、この国の
国力が落ちる事を何よりも熟知した者達であるという事。
皆、答えずとも考えは一つである。ただ、それを口にするとなる
905
と、全ての責任を負わされる事になる。
その町を攻め滅ぼしましょう!
そうした計算により、言葉に出来なかった。
その一言を。
この国の総力を持ってしても、動員出来る最大戦力は10万人規
模である。
しかし、相手は進化した魔物。普通の兵では役に立たない。
戦闘訓練を積んだ騎士か、傭兵を投入する必要があった。人間相
手の戦争では無く、倒す目的で動員するならば、素人の出番は無い
のだ。
無駄に死人を増やすだけになってしまうのは避けたい。
それでは、10万の兵の内、実際に小競り合い程度の戦争経験の
ある者は何名かというと、2万人程度。傭兵が大半であった。
この国に所属する者で、国家管轄の騎士となると、最大1万人に
満たない程度である。
この数字は、地方に所属する騎士を全て計上した数字であり、国
王の命令で実際に動かすとなると、せいぜい5,000名程度であ
ろう。
魔物の国の所属数は、凡そ1万に満たぬ程度だそうだが、工事し
ている者や国から出ている者も居るかもしれない。
また、一人一人の戦力で考えても、装備の整った正騎士に劣らぬ
だろう。そして、女だから戦えぬという事は無いと考えるべきであ
った。
となると、国家所属の騎士のみでの討伐は難しいと言えた。
確実な勝利を収める為には、最低でも1万を超える正規兵を用意
する必要があった。
ここで、攻める事を提言した場合、不足する戦力をどう調達する
のか、その資金の責任まで全て負う事になりかねない。
906
利権は失いたくないが、そこで損失を出すのは望ましくない。こ
こに集った者達の考えは、その点で一致していたのである。
そんな上級貴族の考えを、王は手に取るように読み解く事が出来
た。
勝利を確実なモノとするだけの戦力及び、軍資金。
また、無視出来ぬのが、魔物の町に滞在する冒険者達である。此
方の味方をするように、働きかける必要もあるのだ。
好き好んで志願する者は居ないだろう。何の利益も得られる事が
無いならば⋮⋮。
しかし、仮に利益を得る事が出来るとするならばどうか?
魔物の町を調伏し、その町を統治する権利を認めるとするならば
⋮⋮。
魔物を支配する事に倫理的忌避感等は無い。魔物の奴隷も珍しい
モノでは無いのである。
問題の町を攻め滅ぼし、生き残りの魔物を奴隷とする。そして、
その町は自国領土へと組み込んでしまえば良い。
そうする事で、ファルムス王国は新たな領土を獲得し、ジュラの
森の大森林から得られる恵みも得る事が可能となるかもしれない。
また、防衛についても魔物達に任せる事が出来る。人間の奴隷制
度を評議会は認めていないが、魔物ならば文句も出ないのだ。
新たな交易路から得られる収入も期待出来るし、良い事ずくめで
あった。
何よりも、王を魅了した物がある。
それは、絹織物。例の町で入手したそうで、今までの布とは比べ
ものにならぬ程の手触りであった。
ヘルモス
魔法繊維や麻布などとは比べるのもおこがましいというもの。解
ヘルモス
析させた結果、地獄蛾の繭から織り込まれた布であるらしい。
地獄蛾は危険度の高い魔物であり、その繭を素材にするなど考え
も及ばぬ事であったのだが⋮、現実、この素晴らしい布が手元に有
907
る以上信じる他ない。
是が非でも、この製法も入手する必要がある。この製法を手に入
れ、この国の特産品とすべきなのだ。
それもこれも、例の町を調伏すれば、手に入れる事が出来るので
ある。
思わず、欲望で顔が歪みそうになるのを必死に堪える王であった。
問題は、その調伏なのだが。
これについても、王には考えがあった。
先だって、聖教会のニコラウス・シュペルタス枢機卿より連絡が
入っていた。
魔法による国家間通信により緊急連絡の密書が届けられたのだ。
その密書の内容は、例の魔物の国家について。そして、困った事
は無いか、教会としても親身になれる事もあると、丁寧に綴られて
いた。
エドマリス国王としても、ニコラウス枢機卿との面識はある。
利に聡く、教会の損になる事には興味の無い男である。そんな男
が、わざわざ自分から話を持ち込んだのだ。何かあると考えるのが
自然であった。
密書では、更に使者を送るので相談すると良いと書かれていた。
魔物に関するエキスパートであるらしい。
これには驚きを隠せない。
実際、余程の脅威で無い限り、聖教会が頼まれもせずに動く事は
無かったのだから。
となると、考えられるのは魔物の町が脅威と認識されたのか、あ
るいは⋮⋮
そこで、エドマリス国王は思い至る。
聖教会の存在意義として、魔物が人間と仲良くされたら具合が悪
いのだ、と。
納得とともに、ではどうすれば良いのか思案する。
908
聖教会としては、人間に危害を加えていない魔物を討伐するには
大義名分が足りないのではないか?
だが、そこで助けを求める国家があればどうなるか⋮。大手を振
って、討伐軍を出せるのだ。
成る程、ニコラウス枢機卿の狙いはそこにある、そうエドマリス
国王は確信した。
ならば、自分達の軍の不足する部分を聖教会に補って貰えれば、
この戦は勝てる。
しかも、聖教会のお墨付きであり、聖戦となるのである!
この戦を指揮し、聖なる戦を勝利に導いたという名誉は、何とし
ても自分が得る必要があった。
そうする事で、自らの基盤を確かなものとし、上級貴族の立場を
押さえつける事に繋がる。
その為に、この作戦を自分達で立候補しなかったという、言い訳
を許さぬ状況を作る必要があったのだ。
今回の会議は、その為の茶番劇なのだ。
上級貴族達を見渡し、誰も口を開こうとしないのを確認する。
これで、自らが出なければならぬという空気を作る事が出来た。
時は満ちた。
﹁卿等に頼みたかったのだが、ちと、荷が重かったか⋮⋮﹂
そう述べて、言葉を続けようとするのを遮るように、
﹁王よ、恐れながら申し上げます!
この、魔物の町は既に、冒険者どもとの取引を開始している様子。
後ろ盾として、ブルムンド王国の影があるとか。
であるならば、我等が口を出すのは如何なものかと⋮⋮﹂
﹁左様。しかも、ドワーフの鍛治師どもの協力も得て、独自の技術
909
を磨いておるとか⋮
我等が兵を挙げれば、周辺国家の目も宜しいものとなりますまい
⋮⋮﹂
二人の貴族が反対を申し述べて来た。
ファルムス王国の中でも貴族派閥を束ねるミュラー侯爵と、その
追随のヘルマン伯爵である。
王は内心舌打ちしたいのを堪えて、
﹁ほう、ではどうするというのかね?﹂
と、二人に問うた。
周辺国家の目など、聖教会が後ろ盾となった時点でどうとでも出
来るのだ。
だが、ここでそれを教えれば、利に聡い貴族共は、我先にと調伏
に名乗り出て来るだろう。
あの町は、王の直轄地とする予定なのである。あそこで産出され
るであろう富を、貴族共に分けてやるつもりなどは無かった。
問われた二人は顔を見合わせ、
﹁使者を送ってみてはどうでしょう?
我等もかの町と交流を持てれば、魔物の脅威も去り言う事は無く
なります。
確かに、短期的には貿易の利益も落ちるでしょう。
ですが、防備に当てる税を観光資源へと回せば、いずれは他国の
者も観光にやって来る筈。
また、安全面でも優位性をアピールすれば、ドワーフ王国への貿
易もより盛んなものとなるでしょうぞ!﹂
代表し、ミュラー侯爵が返答する。
910
ヘルマン伯爵も頷き、その意見を支持する構えであった。
確かに、一理ある。考えてみれば、ヴェルドラが消失した際、自
国で行わねばならなかった防衛を肩代わりしてくれるようなものな
のだ。
歓迎こそすれ、そこを潰す理由は無い。
だが、新たな貿易路を築き、我が国の利益を掠め取るならば話は
別なのだ。
ミュラー侯爵やヘルマン伯爵は、自領が森と接しており防衛に頭
を悩ませていた。また、ミュラー侯爵の領地はブルムンド王国に接
し、仲の良い付き合いをしているそうだ。
そういう事情もあり、魔物の討伐へ反対なのだろう。
あるいは、ブルムンド王国に賄賂でも貰ったのかも知れないが⋮
⋮。
だが、どちらにせよ、これは決定事項であった。
既に王の中では、今後自分が手にするであろう、富と名声で頭が
いっぱいである。
﹁卿等の意見は理解した。
しかし、では問うが、その魔物は信用出来るのかね?
今後、その魔物が人を襲わぬという証明は、一体誰が行うのだ?
卿等が責任を持って証明してくれるというのかね?
余の、親愛なる国民の、生命と財産を、卿等が守ってくれると言
うのか?
相手は魔物なのだ。何を考えているかも判らぬ、人と相容れぬ者
達なのだぞ!
卿等の考えは、少し浅慮に過ぎはしまいか?﹂
威圧を込めてそう問いかける。
問われた二人は顔を青褪めさせて、返答出来ずにいる。
当然だ。
911
相手は人成らざる者共。何を持って信用出来るというのか。
相手の王と偽り、影武者に契約させても、此方には判断もつかぬ
のだ。
信用させて、寝返られでもしたら話にならぬではないか。
と、そういった不安を言外に知らしめたら、後は勝手に察してく
れる。
実際には報告を読む限り、お人好しな代表のようだという事は知
っていたのだが、彼等の持つ書類には記載されていない。
反対意見の出ないようにする為の小細工であった。バレても知ら
なかった事にすれば良いのである。
テンペスト
を調伏す
他の上級貴族から反対意見が出ない事を確認し、王は自ら出陣す
る事を告げた。
こうして、ファルムス王国が魔物達の町
るという名目で、挙兵する事が決定したのである。
上級貴族が退出した後、近習が一人の男を伴って戻って来た。
男の名は、レイヒム。
ニコラウス枢機卿の送り込んできた使者であった。
﹁良く来られたな、使者殿。今、挙兵を決定した所である﹂
﹁それは宜しいですね。枢機卿も喜ばれるでしょう!﹂
﹁中には反対する頑固者も居ったが、余の説得で納得しおったわ﹂
﹁左様でしょうとも。しかし、魔物を庇うとは、信心が足りぬよう
ですな。
そのような者は始末してしまいましょうか?﹂
﹁い、いや、それには及ばぬよ。そんな事より⋮⋮﹂
912
一頻りの挨拶を終え、王は本題へと入った。
その使者の、底知れぬ程深い瞳の深遠に、想像も及ばぬような狂
気の信心を垣間見て、薄ら寒い気持ちになったのを誤魔化すように
⋮。
ファルムス王国の挙兵と、それに対する聖教会からの援助と援軍
の約束を取り付ける事。
そうした話を使者と取り交わす。
使者は、正式な依頼として受理し、聖教会の魔物討伐専用部隊の
出動を約束してくれた。
その戦力は、専門の対魔物兵が3,000名。聖教会正式騎士団
より1,000名という破格の条件である。
破魔の剣を標準装備した聖教会正式騎士団は、対魔物の専門家で
ある。
それを補佐する対魔物兵も優秀な者が多い。
いくら進化した魔物達であったとしても、烏合の衆の勝てる戦力
では無い。数の上では互角に見えるが、その質は天と地なのだ。
エドマリス国王はその戦力に安堵する。
自国の騎士団5,000名。それに併せて聖教会より4,000
名。
恐らく、自分が立つ事により参入するであろう傭兵は3,000
名を下るまい。
合計するならば、戦闘特化の兵が12,000名以上になる。戦
えるとは言え、女も混ざった魔物の兵10,000程度に負ける事
は在り得ない。
これで、この魔物調伏の聖戦が終われば、自分は英雄王として名
声を欲しいままに出来るだろう。
聖教会にもお布施をはずむ必要があるだろうが、手にする富を考
えれば安いものである。
王と使者の密談は、その後も長々と続けられた。
913
自らの欲望に歯止めが効かなくなった者の野望と嫉妬の炎によっ
て、テンペストに災いが降り注ぐ事となる。
914
66話 邂逅
グルーシスと別れ、テンペストへと転移を試みたのだが、何故か
魔法が発動しない。
どういう事だ?
確かに目の前でグルーシスは転移していったというのに⋮。
そう訝しむ俺に、
︽告。広範囲結界に囚われました。結界外への空間干渉系の能力は
封じられました︾
と、﹃大賢者﹄が回答してくる。
何だと?
危険な予感がする。
嘗て感じた事も無い、窮地に陥った感覚。
ミリムが来襲した際には殺意が無かった。だからそれほど危機感
を感じなかったのだが、今は俺の危険予知が最大限に警報を鳴らし
ている。
これは、何かの罠にでも嵌ったのか?
影の中に潜むランガを呼ぶが返事は無かった。
どうやら、この結界内を完全に外界と隔絶する空間断絶系の結界
のようである。
応援を呼ぶ事も、逃げる事さえ出来なくなってしまったようだ。
嫌な感覚に焦りを覚え、念の為に保険を掛けた。幸いにも結界内
部での能力使用には問題無い様子だったのだが⋮⋮
︽告。広範囲結界に囚われました。結界内部での能力使用を封じら
れました
915
魔素操作系の能力は全て制限を受けます︾
何だと!?
魔素を操作する系統の能力と言えば、ほぼ全ての魔法を封じられ、
炎や雷といった能力も使用出来ない事になる。
更に、﹃粘鋼糸﹄等の操作系も使用を封じられた。
これは、誰かを狙った結界に巻き込まれたと考えるよりも、俺を
狙い撃ちにして来たと考えるべきか?
グルーシスの転移を許したのは、同時に相手にするのを防ぐ為。
俺が先に転移しようとしたなら、その発動を待たずに結界を張って
いたのだろう。
という事は、俺の魔力の流れは感知されている恐れがある。
さて、何が目的なのやら。
ビシビシと感じる殺気に身構えながら、相手の出方を待つ。結界
の解除を試みるにも、﹃大賢者﹄の解析を待つ必要がある。
取り込めたら直ぐにでも解析出来るのだが、広範囲結界は設定範
囲が広すぎて解析に時間が掛かりそうだ。
非常に不味い。
初めて、不安による心の動揺を感じていた。
スライム
この世界に来て、あまり感じる事の無い不安という感情。
俺が魔物となった事による心の変化も理由の一つだろうが、最大
の理由は﹃大賢者﹄による結果の予測によるものだと考えている。
俺がしようと考える事を、実行する前に成否をある程度予測して
教えてくれる。
だからこそ、強そうな相手でも恐れずに向かっていく事も可能だ
った。強そうなだけで、結果は予想がついていたからだ。
逆に、絶対に勝てないという予測も不安を感じる要素では無い。
勝てないなら、逃げればいい。逃げられない理由があれば、せめ
て相手に一矢報いて倒れるだけの話だったから。
だが、今回の事態。これは、相手の戦力が未知数で、予測がつか
916
ない状態。
しかし、俺に対する殺意はある。
勝てるかどうか判らない相手で、逃げる事も出来ない状況。相手
の人数も不明であった。
この広範囲結界を張っているのは、複数の人間であるようだ。
だが、﹃熱源感知﹄の反応では、近付いてくる人間は一人である。
﹃魔力感知﹄は機能していない。
スライムの形態になったら、目も見えない状況になるという事だ。
今まであった、万能の視覚も無くなり、一気に周囲の状況が掴み
難くなってしまったのだ。
この結界に囚われた時点で、俺の勝率が大幅に低下したという事
になる。
しかし、わざわざ相手の能力を封じ込めるとは⋮⋮
こういう戦い方もあるのか。しかも、気付かれないように広範囲
の結界を相手から距離を取り確実に仕掛ける。
魔物と戦い慣れたプロの仕事のようだ。
恐らく、この結界の範囲は、半径2km以上に及ぶと思われた。
完全に、認識外からの不意打ちである。
恐れ入る程の念の入れようであった。
︵一体誰だ、というか何の目的で俺を狙う?︶
そんな事を考えていると、
﹁初めまして、かしら? もうすぐサヨウナラだけど﹂
そんな言葉を俺に投げかけつつ、正面から一人の人物が歩いてや
ってきた。
当然、先程から視界には捕えていたのだが、その人物に見覚えは
無い。
だが、どこかしら懐かしい感じのするヤツだった。
艶のある美しい黒髪を肩口に届かぬ程度に切りそろえ、左側を後
917
ろに撫でつけ、右側は目を隠さぬ程度に流している。
鼻の上に小さな丸眼鏡を載せているのが特徴的だ。
スーツ
単なるファッションなのか、目が悪そうには見えない。
動きやすそうな黒系統の服装。作りは礼服を連想させる。スカー
トでは無く、ズボンを履いている。
その身体を覆うように、聖職者が着る純白のローブを黒く染めた
ものを纏っていた。
俺も黒色が好きだが、異常なくらい黒に拘っているようだ。
ぞっとするほど冷酷そうな冷たい瞳の中に、理性の輝きが瞬いて
いる。
瞳の冷たさをより際立てるほど、麗しい美貌であった。
﹁初めましてだと思うけど、何か用事でも?
俺の名前はリムルと言うのですが、どなたかとお間違えでは?﹂
ターゲット
無駄だろうが、確認をする。
明らかに俺を目標にしている。人違いである筈は無かった。
しかし、人違いで殺し合いになるのはまっぴらである。
﹁そうね、間違ってはいないわね。
魔物の町の主さん。あなたの町がね、邪魔なのよ。
ワケ
だから、潰す事にしたの。
そういう理由で、今貴方に帰られるのは都合が悪いというわけ。
理解して頂けたかしら?﹂
悪びれもせず、淡々と、彼女にとっての理由を説明してきた。
はいそーですか! と納得出来るものではないのだが。
というか、俺がテンペストの主という事もバレている。どういう
事だ?
918
﹁何故、俺が魔物で、しかも魔物の町の主だと?
見ての通り、普通の冒険者なんですけど?﹂
﹁あら? とぼけるのかしら?
まあ、無駄だけど。密告があったのよ。
目
があるものね。監視は常に警戒しておい
誰からかは教えないけど、そういう話が流れて来たの。
王都には、色々な
た方が良いわね﹂
密告、だと?
心当たりが無さ過ぎる。尾行には気をつけていたし、接触にも最
大限に注意した。
レイピア
わからん。しかし、こいつが確信を持って俺を殺す気だというの
は理解できる。
非常に、不味い。
彼女の武装は、腰に帯びた細剣のみ。
鎧すら着けておらず、気楽な佇まいである。
周囲に人影は無く、結界を張っている者が助太刀に来る気配は無
い。
俺を確実に殺す為に罠を張ったのに、人員は一人なのか?
それとも、この人物にそれだけの実力があると?
しかし、考えている時間は無い。今現在、テンペストへの攻撃が
始まっているかも知れないのだ。
挙兵の事実を掴んでから、テンペストに辿り着くまで1週間かか
るかどうか。
グルーシスの移動速度で、ファルムス王国からイングラシア王国
まで何日かかるだろう?
休み無く移動したとしても3日はかかりそうだ。
今すぐ戻る予定だったので、何日前に挙兵したのか聞かなかった
のが悔やまれる。
だが、余裕が無いのは間違いない。
919
リムル
だと聞いて
﹁どうやら、人違いと言っても信じて貰えないようだな﹂
﹁そうね。だって、その魔物の主の名前は、
いるもの﹂
﹁あ、そう﹂
参ったね。名前まで知られていたとは。
﹁そろそろ、いいかしら?﹂
﹁良くは無いけど、せめて名前くらい名乗って欲しいんだけど?﹂
レイピア
細剣に手を掛けて抜こうとする相手に問いかけた。
その美貌の女性は、首をかしげ、
であり、聖騎士団長。
﹁言って無かったわね。どうでも良いから忘れていたわ。
サカグチ
法皇直属近衛師団筆頭騎士
では改めて。
ヒナタ
私は、
坂口日向と言う。
短い付き合いになると思うけど、宜しくね﹂
レイピア
そう言って、細剣を抜いた。
マジックソード
7つの小ぶりの宝石を散りばめた柄に、白い銀色の刀身。
ヒナタ
サカグチ
薄っすらと紅色に刀身を覆う魔力が見える。魔法剣のようだった。
というか、コイツが坂口日向か⋮。
極度の合理主義者と聞いていたが、詰めが甘いような。
しかし、その情報収集能力は侮れない。俺の正体や、町の事は調
べ上げているようだ。
だが、何よりも。
コイツには子供達に仕出かしてくれた事について、お礼せねばな
らないと思っていたのだ。
920
相手がやる気なら丁度いい。俺も本気で潰してやる。
だがあくまでも、交渉で何とか出来るならばそれに越した事はな
い。
俺も刀を抜いて身構えつつ、
﹁ヒナタだと? ちょっと待てよ、お前には言いたい事と話したい
事があったんだよ!﹂
﹁魔物が何を言いたいのか知らないけれど、聞く耳は持たないから
言っても無駄よ?﹂
﹁待てって。お前、日本人だろ、俺もなんだよ。シズさんにお前の
事も頼まれたし⋮﹂
﹁知ってるわ。貴方がシズ先生を殺した事は。仇は討たせて貰うわね
それに、魔物が日本人? 可笑しな事を言うものね、笑わせない
で﹂
信じる気が無さそうだ。
そうだ、と思いつき、
スライム
﹁だから本当に日本人だって! 向こうで死んで、こっちで魔物に
生まれ変わったんだよ!﹂
と、日本語で話しかける。
これにはヒナタも戸惑いの表情を浮かべて、
﹁器用な事をするのね⋮。どこでその言語を学んだのかしら?
でも、その設定は厳しいわよ。そんな事が起きる確率は、極分の
一以下の在り得ない程低い数字。
そして、その対象が今ここで私と出会う確率はお話にならないほ
ど。
つまり、考えるだけ無駄って事ね﹂
921
全く信じようとしなかった。
日本語を話す魔物がいたら、少しはその可能性を疑えってものだ
が⋮。
﹁どうしても遣り合うつもりか?
こっちも、お前が子供達に仕出かした事に文句があるんだよ!
であると言っても、今の俺は魔王クラ
それに、俺の相手するには、お前一人じゃ役不足だぞ?﹂
異世界人
そう宣言する。
いくら相手が
スの戦闘力はある。
いくら能力に制限を受けたとしても、人間であるヒナタに負ける
筈が無い。
そう考えていたのだが、
﹁あら? 子供達って、何の事かしら?
それにしても、驚いた。この結界内で私に勝てるつもりなの?﹂
薄っすらと見蕩れるような微笑を浮かべて、囁くように返事して
くる。
そして次の瞬間、レイピアの先端から7色の虹が放たれる。
それは、超高速の刺突技。宝石の残像が虹色に見えるのか?
回避行動を取るが、身体が重い。
マジかよ! 肉体能力への制限までかかっていた。
回避し損ねて、3撃程食らってしまう。
焼け付くような痛み。痛み? 痛覚無効の俺に、痛みが走る。
﹁あら? 全部受けなかったようね。
少しでも回避出来るのは凄いわよ。でも、どこまで頑張れるかし
922
ら?﹂
俺を休ませる気は無いようで、一気に攻めて来る。
刀を正面に構え、刀による受け流しを試みた。なのに、まるで刀
をすり抜けるように攻撃が俺の身体に吸い込まれる。
何だか判らぬが、ヤバイという直感に従い後方へと逃げた。
これで4撃食らった。何だか、これ以上食らうのは危険な感じで
ある。
﹁おや、この技の危険性に気付いたのかしら?
今までも、余裕かまして技を受けて、抵抗出来ずに死んだお馬鹿
さんもいたのだけど⋮。
貴方は少しは知恵があるようね﹂
小首を傾げながら、俺に賞賛の言葉をくれた。
嬉しくは無いけどね。
このスキルは、神経への伝達では無く、精神に直接痛みを与えて
きているのだろう。防ぎようが無い。
その証明として、俺の肉体に傷跡は残っていなかった。
俺の直感には、﹃大賢者﹄の予測も含まれる。恐らく、後3撃食
らうと絶命する。
マジックソード
それは、肉体的では無く、精神の死。
信じられない技だ。技なのか、魔法剣の能力なのかは定かでは無
いけれども。
正直、相手を舐めていたのは俺の方だったようだ。
ヒナタ=サカグチ。こいつは、ユニークスキルを持っている筈。
こいつの持つ能力も不明なままで、俺の能力だけ封じられるとな
ると圧倒的に不利な立場であると思われた。
実際、能力制限を受ける結界に囚われた時点で、逃げに徹するの
が正解だっただろう。まあ、逃げ切れたかどうかは不明なのだが⋮。
923
完全に後手に回っている。
先程から試してみたが、﹃黒炎﹄﹃黒雷﹄﹃結界﹄は発動出来な
かった。
更に、﹃分身化﹄﹃魔人化﹄﹃炎化﹄も魔素の操作が出来ない現
状、変身する事が出来ない。
いつもの必勝スキルが使えないのは痛い上に、切り札まで切らず
に封じられた事になる。
だが、手が無い訳では無いのだ。
﹁ふむ。何か企んでいるようだね。
聖浄化結界
ホーリーフィールド
内では、Aランク未満の魔物は活動すら出来
だけど、無駄だと思うよ?
この
なくなる。
Cランク未満の魔物だと、存在すら許されず浄化してしまうのだ。
理解出来るかな? この結界内では魔素が浄化されるのだよ。
故に、君達みたいな上位の魔物でさえ、存在維持に能力の大半を
奪われて本来の力を発揮出来ない。
聖教会の誇る究極の対魔結界なのよ。
本来は、災害指定されたAランク以上の魔物を狩る為の結界なの
だけれど⋮⋮
君は、私が一人だった事を役不足と言ったけど、本来私が出る迄
も無い仕事。
過剰戦力と言える。
シズさん
でもね、一度会って話しておきたかったから来ただけの話。
先生を殺したそうだね。
敵討ちって訳でもないけど、私の手で君を殺しておきたかったの
かな?﹂
﹁シズさんの敵討ちって、確かに俺が殺したようなものだが、あれ
は⋮﹂
﹁あれは? どうでも良いわよ。この世界で、私に優しかったたっ
924
た一人の人。
でも、もう居ないのね⋮⋮﹂
これは、自分でも良く判らない感情だね。そう呟き、彼女は俺を
見る。
その目に浮かぶのは、俺を単なる獲物とさえ認識していない無感
情。
圧倒的余裕感を見せて、彼女はただそこにいた。
それは、彼女の自信に裏付けられたその戦闘力から来ているのか。
そして、彼女の言葉を信じるならば、この結界内での俺の勝率は
限りなく低い。
この結界を解除出来ない限り、俺の負けは確実だ。
しかし、この女がシズさんの敵討ちだと? 意味が判らん。
どうもさっきから、話が噛み合わない感じがする。
だが、今はそれどころでは無かった。
何より心配なのは、
﹁この結界を張れるのは、聖騎士のみ。安心していい。
君の町に出向いた者で、この結界を張れる者は居ない。
ただ、弱体化させてから叩くのは戦術の基本だから、何らかの弱
化結界は張ってるだろうね。
悠長にしてたら、君、帰る場所が無くなるよ?
帰してあげるつもりも無いけどね﹂
やはり、これと同系統の結界を張ってから攻め込まれたら、町の
仲間も危ない。
悠長にコイツの相手をしている場合では無い。しかし、思いの外、
コイツは厄介だった。
俺に残された手は、魔素に頼らぬ攻撃しかない。
それは、剣術か自前のユニークスキル。
925
剣術は、相手の方が上である。肉体能力が低下したというだけで
はなく、剣を交えた感触からいって、相手はまだ本気を出していな
かった。
信じられない事だが、ハクロウに近い威圧を感じたのだ。
となると、ユニークスキルで何とか倒すしか無い。
さっき考えていた奥の手。使うのを躊躇われたが、しょうがない。
俺は、︿気闘法﹀にて身体能力の向上を行う。更に、﹃剛力﹄も
発動させた。
思った通り、魔素と関係ないスキルや魔法は発動可能である。
﹁勝ち誇るのは、早いと思うけどな!﹂
刀を正眼に構え、向上した能力で打ち込む。
ハクロウとの実戦訓練で、俺の剣術の腕もかなりのモノになって
いた。
ヒナタは驚いたのか、攻勢だったのに受身にまわった。
いや⋮、慎重なだけだったようだ。
その目。冷酷な、まな板の上の魚を料理する準備をしているかの
ような、目。
そこに驚きは無く、俺の動きを観察し、冷静に弱点を探っている。
そこに慢心は無く、淡々と作業をこなすだけ。
先程の言葉も、慢心によるものではなく、彼女の計算されつくし
た予測から言っていたのだ。
彼女一人で俺に対しては過剰戦力というのは、彼女にとっては当
然の事実なのだろう。
俺を舐めていた訳では無かったのか⋮。
今も、俺の動きを観察し、その動きを予測する。俺の向上した速
度を割り出し、適切な速度で対応する。
まるで、俺の持つユニークスキル﹃大賢者﹄を相手にしているか
のような⋮⋮
926
﹃剛力﹄により強化された刀の一撃を、細身のレイピアで受け流
された時、理解させられた。
彼女と俺の、圧倒的な力量差を。
先端速度が音速に届こうかという速さの剣撃を柔らかく、自分の
剣にダメージを残さぬように受け流す。
こちらの動きから力量を完璧に読みきられていた。
こんな事を可能にするならば、ハクロウクラスの技量が必要であ
る。
そして、俺のバランスを崩すと同時に、きっちりと反撃による2
撃を加えられたのだ。
﹁あら? もうお終い?
でも、そうね。この結界内で、それだけ動けるなんて大したもの
よ。
正直、見縊ってた。でもね、貴方では私に勝てないわ。
それに、良く頑張ったけど、これまでね。貴方は今まで6回攻撃
を受けている。
デッド・エンド・レインボ
は、7回目の攻撃で相手を死に至らしめる。
この剣の特殊能力を用いた必殺技、
ー
わざわざ教えてあげる必要は無いのだけど、自分が何故死ぬのか
知らぬままでは成仏出来ないでしょう?﹂
そう告げられた。
彼女にとっての事実を。そしてそれは、紛れも無く俺にとっても
事実となる。
だが、親切めかしてそう言っているが、本音では俺の恐怖の感情
を誘いミスを誘発する作戦だろう。
抜け目が無さ過ぎる。でなければ、わざわざ効果を教える理由が
無い。
能力を封じらてもどうにかなると思っていたが、相手が悪すぎた。
927
油断も慢心も無い相手。勝つ為の最善手を用いてくる。
そして、俺の事を観察し、分析する能力の高さ。確実に勝てると
確信しつつも、尚、分析を怠らない。
どうしようも無い状況だった。ここまで勝ち目が無い状況になる
とは思わなかった。
まだミリム相手に無制限で戦う方が勝ち目がありそうだ。無理だ
ろうけど⋮。
﹁せいぜい、悪あがきさせて貰うよ。
素直に死んでやるほど、俺もお人好しじゃないんでね!﹂
そう答え、試していなかった事を実行した。
それは、精霊召喚。精霊は魔素とは異なるエネルギー。
イフリート
炎の巨人
を純粋な精霊と
契約もせずに精霊を呼び出す事は出来ないが、俺の中には変質し
た精霊が取り込まれている。
︽告。﹃変質者﹄の能力で、上位精霊
して分離しました︾
成功のようだ。
この精霊の能力を変異させ、精霊魔法を用いる事も可能だが、今
回は止めておいた。
理由は、通用しないと思われたからである。
恐らく、そういう小手先の技が通用する甘い相手では無い。
相手の意表を突き、一気に攻めないと勝てないだろう。
﹁役に立て、炎の上位精霊イフリート!!!﹂
俺は叫び、イフリートを開放した。
俺と、イフリートの間に魔力回路が形成され、俺の魔素が精霊力
928
エネルギー
へと変換されイフリートに流れ込む。
これで、俺の持つ魔素量を有効的に活用出来る。
しかし、これは見せかけで本命は別にある。
イフリートがヒナタへ攻撃を開始した。これで、俺へ攻撃する余
裕は無くなった筈。
案の定、ヒナタはイフリートの相手に手一杯になる。
そのヒナタの背後に回り込み、本命の攻撃を加えようとし、
﹁あら? 上位精霊まで使役するとは予想外だったけど、私の相手
には役不足ね﹂
そう告げて、振り向いたヒナタに動きを遮られた。
ホーリーフィールド
イフリートは、上位精霊である。
聖浄化結界内であっても、自然エネルギーである精霊の能力低下
は生じない。
聖なる力を守護する結界なのだから。
だとすれば、Aランクを超えるイフリートをそんなに簡単に倒せ
る筈が無い。
それなのに⋮⋮
見れば、イフリートは頭を抑え、蹲っていた。まるで、相反する
命令を受けて戸惑うように。
﹁お前、何をした?﹂
﹁貴方が今、何をしようとしたのか教えてくれるなら、答えてもい
いわよ?﹂
俺達は見詰めあい、二人の間に緊張が走る。
﹁戻れ、イフリート!﹂
929
その言葉で、イフリートが消失し、俺の中へと戻って来た。
︽解。イフリートは強制支配能力の影響を受けた模様です
イフリートがマスターと同化していた為、奪われなかったのでし
ょう︾
サカグチ
異世界人
は、俺の予想を上回る化
強制支配能力だと? 相手の能力を奪うってのか⋮⋮
ヒナタ
コイツは、坂口日向という
物だ。
結界に目を奪われ、そのせいで苦戦していると考えていたが、そ
れは間違いだった。
むしろ、結界はそう俺に思わせて油断を誘う為の小細工に過ぎな
い。
本当に、コイツ一人で俺に勝てる自信があったのだ!
ヒナタを見ると、その美しい顔に慈愛の微笑を浮かべている。
恐ろしいヤツだ。
まだ本気を出していないのが理解出来た。
﹁お前⋮、イフリートを奪おうとしたのか⋮⋮﹂
﹁あら? どうして判ったのかしら?
バレたのならば教えてあげる。
正解よ。私の持つユニークスキル﹃簒奪者﹄でね﹂
ユニークスキル﹃簒奪者﹄だと⋮。
敵の能力や使役する魔物や精霊を奪えるのか! 俺の﹃暴食者﹄
に似ている。
異世界人
を相手にするならば、ユニークスキルの使
解析せず、その効果を得る点で、より実戦向きと言えるのか。
そうか、
い所が勝敗を左右する鍵となるのか⋮。
召喚者なら100%だが、異世界人でも持つ者は当然いるだろう。
930
いや、この世界の上位者ならば、誰しもユニークスキルを獲得し
ていても不思議では無い。
あらゆる可能性を考えなかった俺の失態だった。
成る程、それでヒナタは慢心もせず、常に観察を怠らない。手本
のような戦い方。
この世界での、実戦経験の差という事だ。
ユニークスキル自体の能力差は定かでは無いが、それを使う者の
力量差がはっきりしすぎている。
死ぬ気にならねば勝てない相手のようだ。
しかし、後1撃食らうと俺の負けが確定する。
呪いなのか、精神へのダメージは確実に蓄積していた。
奥の手だったイフリートの開放まであっさりと潰された訳だが、
最後の手段が一つだけあった。
使いたくは無いが、そうも言っていられない。
どうなるか不明だし、結果を見届けられないかもしれないが⋮。
やるしかないだろう。
﹁ヒナタ、どうも色々話の食い違いが気になるが、俺にも時間が無
い。
悪いが、次で決めさせて貰うぞ﹂
﹁まだ諦めていなかったの? まあ、いいけれど⋮。
安心していいわよ。
最後の一撃は今までの比較にならない程の激痛を与えてくれるか
ら﹂
俺達は再び見詰めあい、
︵おい、﹃大賢者﹄よ! 後は任せる!︶
︽了。命令を確認致しました。状況の確認を行い、実行に移します︾
931
俺は最後の攻撃に移る。
グラトニー
﹁死になさい! デッド・エンド・レインボー!﹂
﹁目覚めろ、﹃暴食者﹄よ!!!﹂
この命令を下すと同時に、俺の意識は闇の中へと沈むように消え
ていくのを感じた。
眠りに就くが如く、俺は意識はそこで途絶える。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
グラトニー
レイピアによる最後の刺突技が華麗にリムルへと突き刺さるのと
同時に、リムルの命令を受けた﹃暴食者﹄が目を覚ます。
開放された悪魔は、己へと突き刺さるレイピアを見詰め、肉体を
変化させる。
ヒナタは、リムルの様子が変わった事にいち早く察知し身構えた。
己の持つレイピアの感触が重い。
どうやら抜く事は出来ない、そう判断を下し、速やかにレイピア
を手放した。
それがヒナタの命を救う事になる。
レイピアの柄の部分まで、薄蒼色の物体が迫っていた。
目の前のリムルの姿が変形を始め、形を成そうとするが叶わずに
932
崩れ落ちる。
結界の内部では魔素で身体を形成する事すら阻害されるのだ。変
身もままならないのは当然であった。
だが、その生物の形を成さぬモノへと変異したリムルは、お構い
なしの様子でこちらに移動を開始する。
周囲の草、土、空気を吸収しながら。
危険だ、ヒナタはそう直感する。
信じられない事だが、周囲の物質を喰っているようだ。
剣を手放すのが遅れたら、自分も喰われていた可能性があった。
は文字通り、必殺な
音と熱、そして匂いを頼りにヒナタの位置を特定しているようで
あった。
デッド・エンド・レインボー
信じられない。そうヒナタは呟く。
そもそも、
のだ。相手の精神を切り刻み、7つの攻撃で死に至らしめる。
それなのに⋮。
これで死なないという事は、リムルいや、この生物には、精神が
無いという事。
この世界に来て判明した事だが、魂を守るべき肉体は3層に分別
される。
アストラル・ボディー
人や魔物の根幹であり力の源たる、魂。
スピリチュアル・ボディー
魂を覆う最も脆弱な体である、星幽体
マテリアル・ボディー
力を蓄える基盤となりうる、精神体
この世界との繋がりを持つ、肉体
アストラル・ボディー
魂とは意思そのものであるが、それのみでは意思を表現し得ない。
アストラル・ボディー
思考するための演算装置たる霊体=星幽体が必要となる。
スピリチュアル・ボディー
また、星幽体だけでは、意思は空に拡散されて消えてしまう。
スピリチュアル・ボディー
記憶を留める為の記録装置たる精神体が必要なのだ。
ただし、精神体とは、云わば仮想メモリのようなもので、確かな
933
記録媒体とはなり得ない。
その為の肉体なのだ。
精神を鍛えている者ならば、脳の損傷からでも記憶の復元が可能
な程であった。
そして、魔物は精神生命体のような存在も多い。その場その場の
快楽に基づき行動する、下等な者共。
竜種
であり、上
だが、精神のみであってさえ、高度な知能と理性を持ちえた魔物
も確認されている。
それこそが、この世界での最強種たる4体の
位精霊達なのだ。
だが、そういった特殊種族であっても、精神は必要である。異常
な事態が起きているとしか考えられないのだ。
ヒナタに初めて焦りの感情が芽生えた。
考えられる可能性は⋮⋮
最早、生命体では無くなった、という事か?
スライム
もっとも、この場合の生命の定義があやふやではあると自覚しつ
つ、更に考察する。
目の前で、姿を変えつつ迫り来る物体。それは、粘性生物の如き
姿。
いや、とヒナタは考える。元々、スライムだったな、と。
本来の姿を凶悪にし、全ての物質を捕食しつつ迫り来る。
レイピア
速度は対処出来ぬ程では無い。ならば、対処出来ぬ訳では無い。
自らの武器である細剣が、砕かれて喰われるのを眺めつつ、
アストラルバインド
﹁星幽束縛術!﹂
アストラル・ボディー
懐から呪符を取り出し、放ちつつ束縛結界を発動させる。
肉体ではなく、魂の器たる星幽体を縛る技。
しかし、スライムの動きは止まらない。
やはりな⋮。
934
暴食者
グラトニー
と言ったか。
ヒナタはこの事により、目の前のスライムがリムルの抜け殻であ
る事を確信する。
最後に叫んでいた言葉、
プログラム
恐らくは、自分が精神を崩壊させられても自動で敵を倒すように
命令された擬似人格⋮。
ならば話は簡単だ。
精神も魂すらも無い存在など、敵では無い。肉体そのものを止め
れば良いのだから。
問題は、生半可な物では喰われるだけで足止めにも為らないとい
う点だが。
﹁やれやれ。死んでも面倒な相手って、嫌いだわ。
でも、貴方の成れの果ては、ここで消滅させないと世界の危機に
なりそうね⋮﹂
愚痴を零し、策を練った。
要は、足止め出来ればそれでいい。そう考えたヒナタは、精霊召
喚を行った。
ホーリーフィールド
召喚された無数の無属性精霊がスライムへと殺到する。
本来は、悪魔召喚でぶつけてやりたい所だったが、聖浄化結界内
では自分も悪魔召喚が使えなくなる。
ここは精霊には悪いが、犠牲になって貰う事にしたのだ。
ヒナタは、精霊がスライムの足止めをしているのを確認し、大規
模術式を展開させる。
ヒナタの能力、﹃数学者﹄による超高速演算により、大抵の魔法
ホーリーフィールド
は無詠唱で行使出来るが、今回は別であった。
この聖浄化結界内で行使可能な魔法は、︿呪符術﹀や︿精霊魔法
﹀といった魔素に影響されない魔術のみ。
今回は、ヒナタの行使可能な魔術の内、最大浄化能力を持つ︿神
聖魔法﹀究極の一撃。
935
神を信じぬ自分が、神に祈る。
その事の滑稽さを意識させられるので、ヒナタはこの魔法は嫌っ
ている。しかし、好き嫌いに関係なく、ヒナタの行使するその魔法
は、聖教会で並ぶ者のいない威力を発揮するのだ。
ヒナタが前方に突き出した両手で複雑な印を結び、それに伴って
前方の空間に複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
高速で織り成される呪文の展開により、積層型魔方陣が展開され
ているのだ。
鼻の上のお飾りのような丸眼鏡をきちんと掛け直し、そして、
﹁神へ祈りを捧げ給う。我は望み、聖霊の御力を欲する。
霊子崩壊
!!!﹂
ディスインティグレーション
我が願い、聞き届けたまえ。
万物よ尽きよ! 神の如きその力。
広範囲魔法では無いが、物質はおろか魂さえも打ち砕く、究極の
対人対物破壊魔法。
魔法陣内部に、ヒナタの両手から迸る白色の光が襲い掛かった。
それは閃光。
発動から対象へと到達する速度は、秒速30万km。光速に等し
いのだ。
霊子が対象の細胞から魂までを、聖なる力で消滅させる。欠点は、
発動までに時間が掛かる事。
魔法の撃ち合いならばともかく、1vs1の決闘で用いる事は出
来ない。しかも、大量に体力を消耗する為、一日に一度しか撃てな
い。
だが、一度放たれれば、この魔法に耐えうる者は存在しないだろ
う。
事実、醜悪な姿へと変貌していたスライムは、周囲に被害を与え
る事も無く、その痕跡を残さずに消滅していた。
936
術者の望む対象のみを消滅させる魔法なのである。
﹁終わったか、思った以上に大物だったよ﹂
ホーリーフィールド
ヒナタは溜息と共に、呟いた。
聖浄化結界を張り続けている部下の聖騎士4名に、精霊通信で終
ホーリーフィールド
了を告げる。
最初は、聖浄化結界は大げさだと思ったものだが、情報を齎した
ホーリーフィールド
者が確実に仕留めるには必要だと言い張ったのだ。
もし、聖浄化結界が無ければ⋮⋮
そこで、ヒナタは考えるのを止めた。IFを考えても仕方ない。
それよりも⋮⋮
リムルというあのスライムが、言っていた事を思い出す。
子供達? 何の事だ?
まあいいか。考えても判らない。判らない事を考えても仕方ない
ホーリーフィールド
のだ。
聖浄化結界の解除を確認し、ヒナタは今後について考える。
テンペストという魔物の町は、自分が出ずとも制圧可能かどうか。
まずは、情報収集である。
現状、討伐部隊の戦果を確認すべく、ヒナタは聖教会へと戻るの
だった。
最早、ヒナタの頭の中にリムルという魔物の事は存在していない。
強かろうが弱かろうが、消滅してしまった者の事を考える事は、
無駄だから。
万が一にも、その魔物が生きている等、思いもしない。
それがヒナタの強さの秘訣であり、大いなる弱点でもある事を、
本人は気付いてはいなかった。
ヒナタが考えたのは、﹁新しい剣を用意しなくちゃね﹂という事。
そして、その場を後にする。
937
66話 邂逅︵後書き︶
第一次遭遇は主人公の完敗でした。
構想は出来ているのに、筆が進まない⋮。
こ、これがスランプか! って事で、いい訳です。
938
67話 森林の襲撃者
結界が解除されたのを確認し、俺はもそもそと外に出る。
同時に、
﹁ご無事でしたか、我が主よ!﹂
と、ランガが心配そうに影から出てきた。
問題無い、と内部の出来事を念話で伝えつつ、身体の調子を確か
める。
大丈夫だ、完全に能力が元通りに戻っていた。
ったく、ふざけるなって話である。
こちらの話を聞かず、喧嘩吹っかけてくるとは酷いヤツだ。買っ
た俺も俺なのだがね。
しっかし、勝てると思ってたら、惨敗だったな⋮⋮
君子危うきに近寄らず
ってね。
いや、負けては無い。逃げるが勝ちという言葉もある。
昔の人は言いました。
やはり、結界で囚われた時点で逃げに徹したのが正解であった。
俺は最初から逃げに徹していたので、逃げ切れた時点で俺の勝ち
! ちょっと苦しいかもしれん。
ここは一つ、引き分け、という事で手を打とう。
今回はマジでヤバかった。最初に掛けた保険が効いて助かった訳
だが、紙一重だった。
圧倒的に不利な状況になった時点で危険を察知し、分身を作成し
逃げ出していたのである。
魔素で作るとバレやすいし動きが鈍くなる為に、本体のスライム
部分を逃がしていたのだ。
活動出来る最低体積のみを逃がしたお陰で、戦闘にはほぼ影響無
939
かったのだが、逃げる方は大変だった。
もし、ヒナタのヤツが分身の可能性とかまで考えて行動してきた
ら終わってたけど⋮⋮
相手の能力を全て知っている訳でも無く、そこまでは警戒しなか
ったようだ。
まあ、普通はそこまでは警戒しないよな。おかげで助かった。
ジリジリと、戦闘場所から距離を取り、結界が張られている所ま
で辿り着くのに時間を費やしたのである。
ヒナタにばれたら終わりなので、必死に気配を殺すのに苦心した。
おかげで無事に逃げおおせたのだし、苦労したかいがあったという
ものだ。
しかし、ヒナタのヤツ、強すぎだろ!
あれだけ強いなら、結界なんて必要ないだろうに⋮油断も無い上
に強いのは、勘弁して欲しい。
実際、毛ほどの傷も与える事が出来なかった。鎧も着けずに出て
来る訳だ⋮。
異世界人や召喚者ってのは、皆あんなに強いのか?
レイピア
敵対する相手からは、確実にスキルを奪いたい気がしてきたよ。
収穫と言えば、ヒナタの武器の細剣に、ヒナタが行使したスキル
グラトニー
や魔法のデータである。
暴食者の暴走状態でも、﹃大賢者﹄による観測とデータリンクは
完璧に行われていた。
今後の事を考えて、対策を立てる為にも情報収集を命じたのだ。
霊子崩壊
は背筋が凍る程の脅威である。アレは、
ディスインティグレーション
端から、アレで勝てるとは思っていなかった。
それでも、
初見で喰らったら防御不可能だ。
多重結界による防御も、全て貫通されてお終いだろう。冗談では
ない。
アレを見る事が出来たのは僥倖だった。積層型魔法陣が展開され
た時点で、逃げるか邪魔をするかしか打つ手が無さそうである。
940
あれも吸収解析出来たら良かったが、そんな余裕も無い。
世の中そんなに甘くないようだ。
見えた瞬間に俺へのデータリンクもぶち切れた。フィードバック
を受けていた俺も眩暈がした程である。
見てから回避は不可能って事だ。恐らく、積層型結界にマーキン
グ機能もあるので、結界を解除出来なければ死ぬ。
ミリムなら耐えれるだろうか? 今度聞いてみよう。
まあ実際、これだけのデータを収集出来たのだ。俺の勝ちと言っ
ても過言じゃないと思う。
まあ、引き分けでいいけどね。
決して、負け惜しみとかじゃないんだからね!
冗談を言っている場合では無かった。
テンペストの町が心配だ。
俺はその場を後にし、テンペストへと転移を試みる。ところが、
転移先が認識阻害されているようで反応が無い。
やばいな、ヒナタの言っていた弱化結界かもしれない。
急いで戻った方が良さそうだ。
﹁行くぞ!﹂
そうランガに声をかける。
そして、大慌てで封印の洞窟へと転移したのだった。
封印の洞窟の結界前にガビル達が集合していた。
俺の姿を見るなり、
941
﹁おお! リムル様、大変です!﹂
と、ガビルが話しかけてくる。
どうやら、悪い予感が的中したらしい。ヒナタに足止めされたの
が悔やまれる。
ここで話を聞いている余裕は無い。そう判断して、ガビル達と思
念をリンクさせた。
そのまま影移動でテンペストに向かいながら、会話する。
今回は、強制的に思考加速を行い、瞬時に情報の遣り取りを行っ
た。ガビルには負担を掛ける事になったが、今はそれを気にしてい
る場合では無いという判断である。
お陰で、瞬時に状況を確認出来た。
曰く。
一時間程前に、突然通信が入ったらしい。
精霊通話は問題なく話せたそうで、内部の状況が判明した。
どうやら、町に何名かの襲撃者が来たそうだ。
襲撃者の事を知らせようと、ソウエイが影移動をしようとしたが
出来なかった。
そして、念話も出来なくなっていた。
で、慌てていた所で、精霊通信の事を思い出したそうだ。
スペアが完成し、洞窟と町で連絡が取れるようになっていたのが
幸いだった。
通話で町内部の様子を聞いた所、冒険者達もうろたえていたそう
だ。
そして、何やら慌てた様子が伝わったきり、15分程前に連絡が
途絶えたらしい。
以上の内容を伝えて来た。
ガビル達は、洞窟内部を荒らされぬようにここを守れと、リグル
942
ドに言われたそうだ。
しかし、余りにも町の様子が気になるので偵察を出すかどうかで
議論していた所だったらしい。
偵察を出し、後を付けられると本末転倒という事で、意見が分か
れたようである。
︵よし、状況は理解した。お前達は引き続き、洞窟内の守護を頼む。
侵入者は殺さずに捕えろ︶
︵は! それと、ベスター殿がドワーフ王国に連絡しても良いかと
尋ねておりますが?︶
︵ああ、待って貰ってくれ。状況が判ったら伝えて貰っても構わな
いが、今はまだ駄目だな︶
︵了解しました! どうか、ご無事で!︶
ガビル達との思念リンクを切った。
15分か⋮。
ヒナタの邪魔さえ無ければ、間に合っていたのに。
焦る気持ちを抑えつつ、影移動で町付近に近付く。町の中に入る
と、恐らく出られないと思われた。
町まで飛行しても直ぐの距離で影から出る。
問題無く出る事が出来た。︿飛翔魔法﹀で最速で町へと突撃した。
町の外周で結界と思われる抵抗に合う。しかし、その結界を左手
を前に出し、俺の前方部分の結界を吸収する事で突き抜ける。
町内部に侵入成功すると同時に、背後で結界が修復されるのが感
じられた。
ホーリーフィールド
町の内部は、濃度が薄くなってはいるが、魔素が残っている。
先程の、聖浄化結界よりも大分劣る結界のようだ。
少し安心した。
943
町の中を駆け抜け、中央の広場へと急ぐ。
中央には人だかりが出来ており、重苦しい空気が漂っていた。
やはり何かあったようだ。俺の心に不安が湧き出て来る。
俺が来た事に気付いたのか、周囲の者が道を開けて跪く。そして、
何名かが俺の前を塞ぐように立ちはだかる。
リグルドとカイジンだった。
﹁リムル様、良くぞお戻りになられました。相談したい事が御座い
ますので、あちらで⋮﹂
どうやら、俺が前に進むのが具合悪いのか?
前に何かがあるのだろうか。嫌な予感がする。
﹁リグルド、カイジン。そこをどいてくれ。何があった?﹂
﹁い、いや。少し問題が起きただけで、まずは此方へ⋮﹂
﹁誤魔化すな。そこをどいてくれ﹂
俺の言葉で、前方の者達がゆっくりと道を開けた。
俺の前に現れた、光景。
無数の横たえられた町の魔物達。
男や女関係なく、そして子供もいるようだ。
俺は近付いて、寝かされているその魔物達を見て⋮⋮
死んでいた。
一体どうして⋮⋮
足元が崩れそうになる。
どういう事だ、一体何が? 駄目だ、混乱する。
横たえられているのは、100名程。
944
え⋮、全員⋮⋮死んでいるのか? 嘘だろ!?
思考が上手く働かない。必要も無いのに、息が荒くなるような感
覚がある。
あるハズも無い心臓が、激しく鼓動を打つような錯覚に陥る。
﹁どういう事だ、何があった?﹂
自分の声が遠かった。
冷たく、遠くで聞こえる他人のような声。
俺の中の感情が、凍りついてしまったように感じる。
ヨロヨロと前に進む俺に、
﹁先程、西方聖教会の信徒を名乗る者共に襲撃を受けました。
突然外と連絡が取れなくなり、更に皆を襲う急激な脱力感に混乱
していた所を⋮
十数名程の冒険者に扮した者共に襲われたのです﹂
そうだったのか。
西方聖教会⋮、ヒナタが言っていた奴等が思いの他早くやって来
ていたのか。
続けてホブゴブリンの長老が言った科白を、
﹁我々は、リムル様の教え通り、人間には手を出さず丁寧に接して
いたのですが⋮﹂
﹁ば、馬鹿者! それでは、リムル様に責があるようでは無いか!﹂
リグルドが激昂して遮った。
﹁も、申し訳ございません。そのようなつもりは⋮﹂
945
遠くで、謝罪の言葉が聞こえるが、俺の心に届かない。
そうか、俺の命令、俺の言葉が原因か⋮。
俺は魔物なのに。
⋮それは、元人間だったから。
ただ人と仲良くしたかった。
⋮けれど、現実は甘くない。
だったら、どうするのが正解だったんだよ!!!
⋮さあ? お前が考えろよ。
無責任な心の声が、俺を激しく攻め立てる。
しかし、それに流される事は許されない。原因は俺にあり、責任
は俺が負うべきだから。
激しい後悔と、止め処ない怒りが、心の奥から沸いてくるようだ
った。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
主要な者が集まり、状況を再度確認した。
放心した状態でも、頭は正常に状況の整理を行っていく。
まず、襲撃者は10名程。
襲撃開始から10分程で、100名近く殺戮した事になる。
状況から見て、結界を張った者が外にいると考えられるので、実
行者の総数は不明である。
奴等が告げた言葉、
﹁西方聖教会は、この町を魔物の巣だと確認した。
ファルムス王国の要請を受けて、1週間後に全面攻撃を開始する。
946
指揮官は英傑との誉れ高い、エドマリス国王である!
降伏するならば、貴様等全員の命と存在を神の名の下に保障して
やろう。
無駄な抵抗をせず、さっさと降伏する事だ。
さもなくば、等しく死が与えられるだろう!
賢明なる冒険者諸君! 君達はどちらに正義があるか、良く理解
している事と思う。
正しい選択をする事を希望する。以上だ!﹂
それだけ述べて、去って行ったそうだ。
去り際に、手当たり次第に女子供お構いなく殺戮を行いながら⋮。
最初に口上を言い出した時に、取り押さえるなりしていれば⋮。
と、ベニマルが悔やんでいた。
だが、使者に対する扱いを見ていたコイツ等が、俺の命令も無く
そんな事出来る筈も無い。
全ては俺の言葉に帰結するのだ。
﹁で、ここを利用していた冒険者の人達は?﹂
﹁隣室に⋮﹂
連れてきて貰った。
商人も何名か来ており、総数50名近くになる。
﹁この度は、どうも⋮⋮﹂
﹁ブルムンド王国としての対応は判りかねるが、俺達冒険者として
は、此処が気に入ってます。
今回のファルムス王国の遣り方には納得いかん。
攻めて来ると言ってたらしいが、迎え撃つなら手伝うぜ?﹂
﹁しかし、教会が敵と認定したそうだな⋮。やっかいな事になった
947
な﹂
等と、口々に声を掛けて来た。
此方に気を使ってくれているのが感じられる。
俺はそういった言葉に感謝の意を示し、
﹁皆さんの気持ちは嬉しいが、今回は俺達だけで片付けます。
むしろ、この事態を一刻も早く国元に伝えて頂きたい﹂
﹁それなら、伝令が走ってるぜ?﹂
﹁それは不味い⋮⋮﹂
﹁何がだ?﹂
俺は自分の考えを説明する。
周囲に罠を張った者が考えるであろう事。
それは、俺たちが凶悪であると印象付ける事。自分達で伝令を殺
し、俺達のせいにしかねない。
その事を伝えると、
﹁⋮⋮成る程。一理あるが、そこまでするだろうか?﹂
かも知れん。
﹁仮にも正義の使途たる教会だぞ?﹂
﹁まさか⋮﹂
そういった反応が。
しかし、
血影狂乱
ブラッドシャドウ
﹁いや、待てよ。思い出した!
あの連中、噂に名高い
問答無用で子供まで殺したの、見ただろ?﹂
﹁何? あの、噂のか⋮﹂
﹁成る程。あの手際の良さも頷けるな⋮﹂
948
﹁マジかよ。実在したのかよ⋮﹂
ブラッドシャドウ
﹁それでも、宣戦布告の直後に仕掛けるか?﹂
﹁しかし、血影狂乱ならやりかねん﹂
﹁まして、相手が魔物となると⋮⋮あ、スマン﹂
と、ざわつきが起きた。
そういう裏の部隊が存在するという噂があるらしい。
殺戮を厭わない、狂信者。
もし、相手がそれだとするならば、厄介な相手であるようだ。
そして、俺たちが魔物であるが故に、国として見ずに魔物の討伐
として処理するというのか⋮⋮
だとすれば、尚更、皆にはここから出て貰った方がいい。
残っていたら全員殺されて、俺達の仕業として処理されてしまう
だろう。
そう言うと、皆渋々納得してくれた。
早々に準備して、この町を出て貰う事になった。
リグルドに言い、台車や馬車をあるだけ提供させた。
ブルムンド王国からの客人達は、口々に別れの言葉を告げ、去っ
て行った。
必ず国に伝え、可能な限り早く応援を寄越すと約束して。
だが、どうだろうな?
教会を相手にするならば、一国では荷が重いと思う。
期待はしない。まあ、する必要も無い。
これは、この国の問題であり、実行犯は殺すと決めている。
この俺の手で。
だって、そうでもしなければ、この心の奥から溢れ出そうな怒り
の捌け口が無いのだから⋮。
949
ブルムンド王国の客人が速やかに国を出た事を確認し、最も気に
なっていた事をリグルドに問う。
﹁ところで、シオンはどこだ?
さっきから姿が見えないんだけど﹂
俺の言葉に、リグルドだけで無く、ベニマルにソウエイ、ハクロ
ウにシュナ、そしてゲルドまで。皆一斉に動きを止めた。
何だ⋮その反応。
おいおい、まさか⋮。
﹁まさか、あの馬鹿、一人で仕返しに行ったとかじゃないだろうな
?﹂
﹁い、いえ⋮その⋮﹂
ん? 様子が可笑しい。
皆目を合わせようとしない。
﹁じゃあ、何処に行ったんだ?﹂
誰も答えない。
ふと見ると、シュナが涙を堪えて顔を背けていた。
嫌な予感がする。
嫌な想像が脳裏に過ぎる。そんな筈は無いのだ、そう言い聞かせ
て、
﹁判った。怒らないから、どこに行ったか、教えてくれ⋮﹂
あくまでも、何処かにいるだろうシオンの居場所を問う。
950
﹁わかった⋮。こっちだ、付いて来てくれ﹂
ベニマルの言葉に頷き、後に続いた。
広場の中央。
横たえられた者達の中央に、彼女はいた。
白い布を掛けられて、目立たぬようにひっそりと。
俺に気付かれぬように、少しでも目立たぬようにと。
はは、ずっと気付かない訳ないのにな⋮。笑えない。
目を開けろよ⋮
信じられない。
目を開けてくれよ⋮
信じたくない。
何でだ? どうしてこんな事に⋮⋮
シオンは子供を庇って⋮、
魔素濃度が低下し⋮、
体力も落ちており⋮、
オーガイーター
結界の苦手だったシオンは⋮、
相手の剣が鬼殺刃だったようで⋮、
俺に対し、説明してくれているが、聞きたくなかった。
全ての言葉が俺の心を抉る。
シオン、目を開けてくれよ⋮
泣きたいのに、泣けない。
俺の心は張り裂けそうになっているのに、この身体は涙を流す必
要を感じていない。
そうか⋮。俺って、やはり、魔物なんだな。
951
そう思うと、何故かすんなり納得出来た。
﹁スマン。暫く、一人にしてくれ⋮﹂
その言葉に、皆周囲から遠ざかる気配がした。
一度、シュナが泣きながら俺を抱きしめて⋮そして、皆の下に去
って行った。
うん。
今は一人にして欲しい。
自分で自分が判らない。
気が狂いそうなのに、頭は酷く冷静で。
激しい悲しみ、後悔、怒り。
そういった感情が、俺の中でせめぎ合い、出口を求めて激しく争
っていた。
どうして、こんな事に⋮
︽告。計算不能。理解不能。回答不能︾
どうするのが正解だった?
︽告。計算不能。理解不能。回答不能︾
人間の町に拘ったのが間違いだったのか?
︽告。計算不能。理解不能。回答不能︾
なあ⋮、俺が間違っていたのか?
︽告。計算不能。理解不能。回答不能︾
952
そう、偉大なる﹃大賢者﹄の能力を持ってしても、答えの出ない
問題はあるのだ。
ふざけやがって⋮
ここが、自分達の町で無かったら⋮、俺は怒りのまま暴走し、好
きなだけ暴れられただろうに⋮
ふざけるなよ⋮
俺から大切な者を奪いやがって⋮
考えてみれば、俺は親しい人が死ぬ場面に遭遇したのは初めてだ。
奪われた事の無い者が、奪われた者の悲しみを理解する事は出来
ない。
今、初めて、身を切られるよりも激しい痛みとともに、実感した。
まりょく
にヒビが入った。
何が痛覚無効、だ。まるで役に立ちはしなかった。
抗魔の仮面
俺の内側から吹き出る、強烈な感情。
それに抗いきれなかったのか、
その模様は、仮面が涙を流しているかのように描かれて⋮。
いつの間にか夜になっていた。
月を見上げる。
どうすればいい?
答えは出ない。頭は明晰なのに、何も考えが浮かばない。
俺は、月を見上げ、いつまでもいつまでも、自問自答をし続けた。
答えなど出る筈も無いのに。
それでも⋮愚者のように止める事が出来なかったのだ。
月光が反射した小さな光が、俺を照らす事にも気付かぬままに⋮
⋮
953
67話 森林の襲撃者︵後書き︶
ようやく、大分前に仄めかした不幸が降り注いでしまいました。
苦手な方には申し訳ない。
954
68話 魂と希望
3日経った。
シオンは目を覚まさない。
寝坊しすぎだろ。本当、いい加減にして欲しい。
⋮⋮。
いや、判ってる。
もう目を覚まさないのは理解してる。
でも、認めたくなかった。
︾
いつものようにバカやって、クソ不味い料理作って。
でも、それは叶わぬ望みなのだ。
死んだ者は生き返る事は無いのだから⋮。
YES/NO
︽告。周囲を覆う結界の解析が終了致しました。
解除可能です。実行しますか?
いや、まだ実行しなくていい。
どうやら、﹃大賢者﹄に実行させていた結界の解析が終了したよ
うだ。
思ったより時間が掛かったが、町を覆う程の結界だとこのくらい
掛かるのかも知れない。一部喰っていたからこの程度の時間で解析
出来たと考えるべきだろう。
どうでもいいけどな⋮。
結界なんて、どうでもいい。
もう一つの調査はどうなってる?
︾
︽告。検索結果、該当無し。死者の蘇生に関する魔法は発見出来ま
せんでした
955
そうか⋮。
いや、そりゃそうだろう。
そんな都合のいい魔法なんて、簡単に見つかる訳が無い。当然の
事だ。
それでも、もしかしたらあるかも知れないじゃないか。
無駄だと思いつつも、悪あがきしてただけと言われても、止める
事は出来なかったのだ。
シオンは目を覚まさない。
寝ている訳では無いから当然か⋮。
だが、俺の能力を総動員して、何かしらの手段が無いか探してい
る。
シオンだけでなく、ここに眠る者達の身体は、俺の魔素で保護し
ていた。
腐る事が無いように。
魔素に還元され、消える事が無いように。
どうせ無駄だろう。しかし、もしかしたらという望みに掛けたの
だ。
だが、結果は該当無し。
学園で得た魔法書には、蘇生魔法は存在しなかった。
そうか、そうだよな。
いつか目覚める事を祈りながら、俺の中で眠りにつかそう。
そう思い、皆を吸収しようとした時、
﹁旦那、すまない⋮。遅くなった﹂
﹁リムルの旦那、何て言ったらいいか⋮⋮﹂
俺に声を掛け、近寄る者達がいた。
もう少し待ってくれ。直ぐに立ち直るから。
956
そう思ったのだが、
﹁リムルさん、あのねぇ⋮⋮。
可能性は低いけど⋮、ううん、無いに等しいと思うけど⋮⋮
死者が蘇生したという御伽噺は幾つかあるのよぅ﹂
その言葉で、俺の脳内の乖離がカチリと嵌るのを感じる。
心と身体が一致する感覚。
﹁詳しく聞かせてくれるよな、エレン﹂
俺は振り向き、3人の冒険者に振り向いた。
可能性があるならば、それに掛ける事を厭いはしない。
エレンは頷き、話を始める⋮。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
エレンの話を聞いた。
それは御伽噺だが、やけに具体的なものだった。
ペット
内容は、少女と僕の竜の物語。
ペット
ある事が切欠で竜を殺された少女は、自らの唯一の友達でもあっ
た僕の死を嘆き、怒りとともに手を下した国家を消滅させた。
そこに住む、十数万の国民諸共に。
そして、少女は魔王へと進化する。その時に、奇跡は起きたのだ。
少女と繋がっていた竜は、少女の進化に伴い死して尚進化したの
だ。
けれども⋮奇跡はそこで終了だった。
957
カオスドラゴン
死と同時に魂の消失していた竜は、魂無き邪悪なる混沌竜として
蘇生してしまったのだ。
ペット
少女の命令には忠実だが、その他一切の者共に破滅を齎す邪悪な
ドラゴンへと変貌してしまったのである。
カオスドラゴン
怒りから覚め、魔王となった少女は、嘆きつつも僕であり友達で
もあった混沌竜を自ら封印する事になる。
物語は、少女が竜を封印して終わっていた。
他にも、吸血少女が血を吸い蘇生を行ったとか、死霊術師が蘇ら
せたとかあったが、どれもこれも人格は大きく変貌し、別人のよう
になったそうだ。
禁忌とされる禁書に書かれていたらしい。
魔導王朝サリオンの秘された図書館に、一冊だけ存在するという
事だったが⋮。
でも、それはどうでもいい。
問題は⋮⋮
進化、か。
確かに、魔物は意味不明に進化する。名前を付けただけで大騒ぎ
だった。
可能性はあるんじゃないか? 俺が魔王になりさえすれば⋮⋮
しかし、魂無き魔物になられても意味が無いのだが⋮。
いや、待てよ? ここは、現在魔物の通過出来ない結界が張られ
ている。
︾
逆に考えれば、魂が拡散していない状態である可能性もあるので
はないか?
︽解。シオン含む魔物達の魂の存在確率は、3.14%です
円周率かよ! って、そうじゃない。
低いと感じるが、逆だ。高いと考えるべきなのだ。
958
死から蘇生出来る可能性が3%以上もあるのだ、と考えるべきで
ある。
タマシイ
それに、あのしぶといシオンがこんな事で死ぬ訳が無い。あって
たまるか。
ようやく希望が見えた。後は実行するだけ。
魔王になれるかどうか、だが⋮
マスター
タネのハツガ
︽解。主は既に、魔王種の条件を満たしています。
︾
魔王への進化に必要な条件には人間10,000名の生贄が必要
です
それだけでいいのか、簡単だな。
魔王? なってやるよ。簡単だろ。
ゴミを1万匹程殺すだけの、簡単なお仕事だ。
足りないようなら継ぎ足せばいい話。
丁度、幸いにも、餌が向こうからやって来るらしい。運が向いて
来たようである。
そこでふと、
﹁エレン、教えてくれて有難う。しかし⋮⋮
いいのか? お前、それって俺に魔王になれって言ったのと同じ
事だぞ?﹂
そう言って、エレンを見詰めた。
エレンは暫し俯き、無言となった。
そして、意を決したように顔を上げて、
﹁私はねぇ、魔導王朝サリオンの出身なのょ。
本当はねぇ、自由な冒険者に憧れてたんだぁ。
でもね、もういいの。
959
シオンちゃんを助けたい気持ちは一緒。
聖教会、許せないもの。
魔物だから悪しき者、なんていう考え方、私は嫌い。
ギルド
私が貴方に教えた事で、もう取り返しが付かない事は理解してる
の。
私が冒険者を続けると、きっと自由組合にも迷惑がかかる。
だから、ね⋮。
私は、この国に加担する事にした。
残り少ない自由な時間を、ここで過ごしたい。
いいかな? リムルちゃん⋮⋮﹂
その言葉に、カバルは無言で首を振り、ギドは目を瞑り天を仰い
でいる。
俺が目で問うと、
﹁しゃーねぇ。お嬢様がそう仰るのなら、護衛としては異論ありま
せんよ﹂
﹁姉さん⋮、いや、エレン様。宜しいのですね?﹂
二人も覚悟を決めたようにエレンを見る。
どうやら、単なる冒険者では無かったのか⋮。
エレンは、本名エリューンという、魔導王朝サリオンの貴族だっ
たらしい。
そして、王都の学園で学び、冒険者に憧れて国を出た、と。
護衛の二人を引き連れて⋮。
﹁多分ね、リムルちゃんが魔王になったら、私が情報を漏らした事
が筒抜けになる。
私が関与してた事は、すでに情報部に筒抜けだし、間違いなくバ
レるわねぇ。
960
有無も言わさずに、国に連れ戻される事になると思う。
だから、ね。ここで精一杯手伝いたいのょ
最後まで、結末を見届けたい﹂
真剣な目で俺を見る。
既に情報は得ている。
魔導王朝サリオン側の反応が、この国に及ぼす影響は不明だが、
エレンが連行されるのを無視は出来ない。
もっとも、彼女に危害が及ぶ訳でも無さそうだが⋮。
この件は保留だな。
﹁まあ、その点については保留だな。
これ以上の敵を増やす行為は避けたいしな⋮﹂
﹁そう? 仕方無いね。
でもぉ、シオンちゃんが助かるかどうか、最後まで確認してもい
いでしょぅ?﹂
﹁判った。エレンさんのくれた情報だ。
最後まで、確認してくれて構わないよ。
だが、俺が魔王に成れたとして、人格が変わって襲われても責任
は持たないけど、いいか?﹂
﹁うーん⋮。嫌だけど、しゃーなしだよねぇ。
私は、リムルちゃんを信じるよ!﹂
﹁おいおい⋮、お嬢⋮⋮。俺達まで巻き添えかよ。
本当に、しゃーなし、だよ﹂
﹁仕方ありませんよ、旦那。エレン様は、毎回こんなんですって⋮﹂
溜息を吐きつつも、反対しない二人。
何の感の言って、二人はエレンに忠実なようだ。
だが、おかげで今後の方針が決定出来た。
シオンを助けるのだ!
961
その為に魔王になるのが必要なら、成ればいい。
後三日もすれば、敵の本隊が攻めて来るだろう。
状況は確認出来た。
後は、実行するだけだ。
そうと決まれば、話は早い。
今後の打ち合わせをしようと、皆を集める事にした。
いきなり張られている結界が解除されては、シオン達の魂が拡散
消失してしまうかも知れない。
それを恐れて、俺の魔素による最大結界にて町を覆った。
ビックリする程エネルギーを消耗するが、今の俺には苦にならな
い。
寧ろ、昨日までの絶望感に比べれば、喜びすら感じる。
無駄だと思いつつ、結界の解析をしておいて良かった。お陰で全
てが繋がり、シオン達の復活の可能性が残されている。
速やかに幹部が集まったと報告を受けて、会議室に向かった。
そこには、呼んで居ない者が3名立っていた。
幹部達もどう接していいか判らぬようで、戸惑いを浮かべている。
﹁旦那、今回の事は済まない⋮⋮。まさか本国があのような暴挙に
出るとは思わなかった﹂
そう言って、ヨウムが頭を下げた。
傍に控える二人、グルーシスとミュウランも頭を下げる。
何故かミュウランは俯いたまま頭を上げようとしない。
訝しく思いつつも、
﹁グルーシス、知らせてくれて助かった、ヨウムを救出出来たよう
962
で何よりだ。
ところで、重要な質問だ。
この町に魔物の出入りを禁止する結界が張られていたと思うが、
どうやって入った?﹂
﹁な、何言ってる? 俺は人間⋮⋮﹂
﹁すまんが、今は時間が無くてな。お前とミュウランが魔人なのは
判ってるよ﹂
その言葉で覚悟を決めたのか、グルーシスは惚けるのを止めた。
ヨウムに驚きは無かった。既に打ち明けられて知っていたのだろ
う。
﹁バレてたのかよ⋮。完璧に人化してたと思ったんだけどな⋮⋮
結界は、俺とミュウランが同時に無効化して入った。
最も、俺は力を貸しただけで、実際はミュウランが一人で解除し
たようなものだがな﹂
﹁そう⋮、ね。私の得意なのは、呪術や魔術だけではなくて、結界
術も専門だから⋮。
力の流れを阻害せずに速やかに進入出来たわ。入った途端に修復
されたようだけど⋮。
それよりも、私は、貴方に謝らなければならない事があります﹂
初めて顔を上げ、俺と目を合わせるミュウラン。
謝らなければならない事? 思い当たる事は無い。
シュナの出したお茶を飲みながら、3人の話を聞く事にする。
マリオネットマスター
﹁私はね、魔王クレイマンの配下なの⋮。
クレイマンは、人形傀儡師とも呼ばれる魔王。
この町の内偵が私に与えられた任務だった。
963
ってね。
そして、この町で得た情報を報告していたのだけれど、ある時上
次の命令で開放してやる!
機嫌で言ったのよ。
私は、クレイマンに心臓を奪われて、生死を握られているの。
お陰で命令に逆らえなかった訳だけれど、やっと開放されるんだ
って喜んだのだけど⋮
最後の命令っていうのがね⋮⋮﹂
ヨウム達、辺境警備隊は突然の召集命令を受けたそうだ。
怪しいとは思ったが、全員出頭というその命令に逆らう訳にもい
かずにファルムス王国の伯爵領に入ったたそうだ。
すると、伯爵領に入った時点で、やけに兵の数が多い事に気付い
たそうだ。
偵察の者が齎した報告は、魔物の国を攻めるという情報。
リムル達の国であると気付いたヨウムは、すぐさまグルーシスと
ミュウランに伝令を頼んだらしい。
新規採用の二人は、伯爵へ報告しておらず、面が割れていなかっ
たから。
今回の召集の面子外だったのである。
その命令を受けて、グルーシスが俺への伝令、ミュウランが町へ
の伝令と決まったそうだ。
もし、速やかにテンペストへ報告が為されていたら、今回の悲劇
は回避出来ていた。
だが、悲劇は起きてしまった。
理由は、ミュウランが報告しなかったからだ。先程の謝罪の理由
でもある。
報告しなかった理由は、クレイマンの命令を受けたから。
クレイマンは最後にこう言っていたらしい。
﹁面白くなってきました! 人間と魔物の争いが起きる。
964
理想的な展開です。
ミュウラン、最後の命令です。
魔物の町に情報を伝えてはなりません。
人間と魔物が憎みあい、戦争へとなるように誘導するのです!﹂
目的は、戦争を起こさせる事。
最後の命令と言いながら、心臓は返して貰えなかったようだ。
そういう流れで今回の事態へと到ったとの事。
﹁旦那! 怒りはもっともだ。だが、ミュウランを許してやって欲
しい!﹂
ヨウムが必死にミュウランを庇っている。
だが、実際ヨウムの落ち度ってあるのか?
悪いのは、ヨウムでは無く、ファルムス王国の執政部。あるいは、
王その人だろ。
共闘関係にあった、ヨウムからすれば、俺に伝達出来なかった事
を悔やんでいるようだが、故意では無い。
責任感の強いヤツだ。
いいヤツだな。そう思った。
俺は立ち上がると、自然にヨウム達の傍へと歩いていく。
そして、何気無い動作でミュウランの胸を貫いた。
﹁旦那!!!﹂
ヨウムの慌てた声が聞こえるが、無視する。
ミュウランは驚きに目を見開き、諦めたように項垂れた。
カリソメ
実力差は明白であり、抵抗は無駄だから。賢明な判断だ。
コア
俺の手は、ミュウランの仮初の心臓を握り潰し、呪いを解除し、
新たな核を創り出す。
965
今となっては容易い事だ。
きょとんとした顔で驚きに目を見開いたまま、俺を見上げて固ま
るミュウラン。
﹁運が良かったな。シオン達を生き返らせる事が出来る可能性があ
る。
その話を先に聞いていなかったら、お前は今死んでいた所だ﹂
﹁え?﹂
﹁生き返る、のか?﹂
﹁!?﹂
3人の反応を肩をすくめてやり過ごし、
﹁あくまでも、可能性だ。だが、成功させてみせるさ﹂
と応えた。
そう、失敗は決して許されない。
﹁ミュウラン、これでお前は自由だ。
ヨウムと仲良くするも、どこぞに行くのも好きにしたらいい。
だが、その前にクレイマンとか言うクソ野郎について知ってる事
全て話せ﹂
俺の言葉に頷くミュウラン。
そして、俺はクレイマンの事を知る事になった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
966
つまり、オークロードの暴走を操ったゲルミュッドも、クレイマ
ンの差し金だったという事か?
という質問に、無言で頷くミュウラン。
ベニマルやハクロウも、腕を組んで難しい顔をして聞いている。
そいつ、俺の中で殺す事が決定した。
人を操り騒動を起こす。
しかも、今回は俺達の町を巻き込んで多大な不幸を与えてくれた。
許せるものか。
一頻り情報を聞き、今後どうするのか尋ねた。
﹁そうね、私、せっかく自由になれたけど、人間の短い一生分くら
いなら束縛されてもいいと思ってる﹂
という答えが返ってくる。
ヨウムは顔が真っ赤だった。
こんな状況じゃなきゃ、祝福してやるんだがな⋮。
﹁判った。ところで、ヨウム。お前に頼みがあるんだが⋮⋮﹂
﹁言ってくれ! 旦那の頼みなら、何でも引き受けるぞ!﹂
良かった。
そう言ってくれると思った。
そういう計算もあって、ミュウランを助けたのだ。
俺、こんなに計算高く無かったのだが⋮、もう失敗は許されない
からな。
﹁お前、王になってくれ﹂
何でも無い事のように、さらっと言う。
967
は? という顔で俺を見るヨウム。
俺は、自分の考えを皆に説明した。
つまり、今回の件で攻めてきた者達は皆殺しにする。
これは最早譲れない。
次に問題となるのが、ファルムス王国である。
タマシイ
国民全てを皆殺しにするか? と聞かれれば、理由が無いという
のが答えとなる。
魔王になるのに生贄が足りないようなら、躊躇わずに殺せるだろ
うが、今回は攻めてくる人数で足りそうだ。
ヨウムの情報で確認したが、1万は超える軍勢らしい。
助かった、というのが本音だった。相手が多くて助かったという
のも変な話だけどな。
殺す事が前提ならば、今の俺には容易い事だと言えるから。
では、軍を壊滅させ、俺が魔王と成った後どうするか?
これが問題なのだ。
攻めて来るなら殺すだけだが、可能ならどこかで停戦に持ち込み
たい。
しかし、現執行部は全員殺す。責任は取らせなければ為らないの
だ。
そうして、国家の中枢が消滅してしまうと、国民が困る事になる
だろう。
﹁な? そこで、お前の出番という訳だ﹂
どうだ? とヨウムを見る。
ヨウムの役割は、腐った執行部の粛清。
出て来たヤツは俺が皆殺しにするが、国に残ったゴミの後始末を
頼みたいのだ。
同時に、国民を纏め、新たな王として台頭して貰う。
968
俺達と国交を結ぶ為に。
﹁簡単に言ってくれるな⋮⋮俺が、王だと?﹂
﹁簡単だろ? 俺だって、王になるんだ。お前も付き合えよ﹂
まあ、俺は王は王でも、魔王だけどな。
﹁ヨウム、リムル様は貴方なら出来ると思っているのよ。
私も、波乱万丈に生きるなら、貴方を応援すると約束する﹂
ミュウランのその言葉が後押しとなった。
覚悟を決め、俺に頷くヨウム。
コイツとは、仲良くやれそうだ。
俺達は握手を交わす。
打ち合わせは全てが終わってから細かく行おう。
まずは、魔王に成らねば為らない。
シオン達を生き返らせるのだ。
失われた命は二度と戻らない。
だが、シオン達はまだ失われてはいない。
可能性はある。
俺は無神論者だ。神など信じていない。でも、今だけは祈る事に
する。
全ての奇跡を司る者へ。
ヒナタならば、無駄だと切り捨てるのかも知れないそうした行為。
確かに無駄だろう。
でもな、祈っている間は信じられる気がするのだ。
シオン達はきっと大丈夫だってな。
月光が反射した小さな光が、俺を照らす。
969
その光は、俺の祈りが優しく肯定してくれているかのようだった。
970
69話 魔王誕生︵前書き︶
※残酷な描写あり。苦手な方はご注意下さい。
971
69話 魔王誕生
ヨウムとの話を終えて、本格的に作戦会議に入る。
皆、表情を引き締め、俺を見る。
最初に意見を聞く。
﹁まず、俺の意見を言う前に、皆の意見を聞かせて欲しい﹂
その言葉で、皆活発に発言し始めた。
ガビルだけは、精霊通信越しなので寂しそうだったが、今回は仕
方無い。
何度も結界の開け閉めは避けたいのだ。
皆の意見を纏める。
大筋では、
卑怯な不意打ちを仕出かした人間が許せない、という意見。
確かにその通り。間違っていない。
人間達にも良いヤツはいる。一概に纏めて話すのは駄目だ、とい
う意見。
そういう意見が出る事は嬉しい。怒りと恨みで目的を間違っては
駄目なのだ。
この二つに集約されるようだ。
魔物達が、人間との共存を真面目に考えてくれている証拠だった。
俺の言葉を律儀にも遵守し、今回の出来事が起きてさえ、尚。
愛すべき俺の仲間。家族とも呼べる大切な者達。
人を本気で愛した事の無い俺が、愛などと言っても胡散臭いだけ
972
だけれども。
皆が落ち着いたのを見計らい、
﹁皆、聞いてくれ﹂
注目を俺に集めた。
転生者
だ﹂
皆の視線を受け止め、俺は話を始める。
﹁俺は、元人間の
ざわめきが起きるが、皆口を挟まない。
ランガは知っていたかも知れないな。
影の中で話が聞こえていた事があったかも知れない。
皆が驚きの顔をしている所を見ると、知っていたとしても伝えて
はいなかったのだろう。
そうした様子を眺めて、続ける。
﹁異世界人と呼ばれる者と、同じ世界の人間だった。
向こうで死んで、こっちに生まれ変わったんだ。スライムとして
な。
最初は孤独で寂しかったが、そんな俺にも仲間が出来た。
お前達だ。
もしかしたら、進化を果たしたお前たちが人間に近い姿となった
人間を襲わない
というルールも、そういう理由で作った。
のは、俺の望みが影響したのかも知れない。
人間が好きだと言ったのも、元人間だったからだ。
そのルールのせいで、お前たちが傷つくのは俺の望みでは無かっ
たんだよ⋮⋮
俺は、魔物だけど心は人間だと思ってた。
だから、余裕が出来て俺は自分の思いを優先してしまった。
973
俺は元人間だったから、こっちでも人間と触れ合いたかったんだ。
結果、足元が疎かになり、この様だよ。
全ては俺の責任だと思ってる。
済まなかった⋮⋮﹂
俺の言葉を聞いて、言葉を発する者は居なかった。
皆がそれぞれに、俺の言葉を受け止めていた。
暫し間があき、
﹁リムル様が元人間だったからと言って、何が問題なのですかな?﹂
ハクロウが真面目な顔で発言する。
え? そういう反応が来るとは思わなかった。
もっと、裏切り者! 的な発言が出るものとばかり⋮⋮
﹁いや、だって、元人間が主とか、嫌じゃないのか?﹂
という質問に、
﹁え? どうして?﹂
﹁私の主はリムル様だけです﹂
﹁俺もそうだけど?﹂
等々。
そして取り纏めるようにリグルドが、
﹁リムル様、皆の気持ちは変わらぬようです。
そのような事を気にする必要は御座いません﹂
と言った。
974
俺は頷き、思う。やはり、ここが俺の家なのだ、と。
嬉しかった。
その様子を頷きつつ見てから、カイジンが聞いてきた。
﹁で、聞きたいんだが、今後の人間への対応はどうするんだ?﹂
一斉に俺に視線が集中した。
うん。それが問題なんだけどね。
魔物はともかく、カイジン達ドワーフとしては重要問題だろう。
俺が人間の敵になると宣言したら、いきなり脅威の誕生なのだか
ら。
まあ、そういうつもりは無いのだけれども。
ここで、俺の考えを述べる事にした。
﹁まず、結論を言う前に、俺の考えを述べようと思う。
前の世界の考え方に、性善説と性悪説というものがある。
人間とは本来良きものであるとする、性善説。
その反対に、悪しきものであるという、性悪説。
どちらも正しく、そして間違ってると思う。
多分、等しく同等の感情を持つのが人間なのだ。
ただ、楽な方へと流れやすいのが人間でもある。
楽な道が悪に寄っていれば、直ぐに悪しき者になるのが人間なの
だ。
でもな、楽をする為に努力するという矛盾を両立出来るのも人間
なんだよ。
実際、俺もそうだった。
努力の方向を間違わなければ、より良き存在になれるんだろう。
それは、魔物だからと疑ったり憎んだりしない、良き隣人という
事だ。
俺は、その可能性を信じたい。
975
でもな、それを信じて今回のような目にあうのは本末転倒だ。
故に、俺の結論として、
今の段階で人間と手を結ぶのは、時期尚早だと考える。
先ず重要なのは、我らが存在を誇示し、認めさせる事。
人間にとって、無視し得ぬ勢力としてその地位を築く事だ。
そして、俺が魔王として君臨する事で、他の魔王に対する牽制も
行う。
我等に対し、牙を向く者には制裁を。
手を差し伸べて来る者には祝福を授けよう。
相手に対し、鏡のように接するのだ。
長い時をかけ、いつかは友好を結ぶ事を目指す。
これが、俺の考えだ﹂
そう締めくくった。
俺の言葉に、
﹁それはまた、甘い理想論だな。
魔王になろうって者の台詞じゃないぞ、全く。
⋮⋮だが、嫌いじゃない﹂
溜息をつきつつ、カイジンが感想を言う。
シュナがクスクスと笑いながら、
﹁いいじゃないですか、理想論でも。
私は、リムル様ならば創れると思います、そういう世界を﹂
と俺の支持を宣言する。
﹁どっちにせよ、我等は従うと決めたのだ。
何がどうあれ従うのみ。考えるまでもない﹂
976
ある意味、思考停止そのものだが、愚直なまでの誠実さでもって
ゲルドが宣言した。
﹁おいおい、リムル様が王になるなら、俺の役目はちゃんとあるん
だろうな?﹂
とベニマル。
﹁自分はリムル様の忠実なる影。いちいち確認して貰わなくとも、
ご命令のままに動きます﹂
ソウエイも。
﹁俺達は、新たな国を作りつつ、皆の意識改革を目指すよ﹂
と、ヨウム。
各人、各々がそれぞれの言葉で、賛意を示してくれた。
俺はその言葉の重みを受け止める。
下らない理想を押し付けるのだ、今度はそれを言い訳に出来ない。
俺は俺の好き勝手に生きている。ならばこそ、行動に責任を持つ
べきなのだ。
﹁有難う。俺の我が儘に付き合ってくれ!﹂
おれの言葉に、
﹁﹁﹁旦那︵リムル様︶が我が儘なのは、知って︵おります︶るよ
!!!﹂﹂﹂
977
皆の声が唱和した。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
さて、では今回の軍事侵攻に対しての作戦会議である。
今回侵攻してくるのは、ファルムス王国と西方聖教会の連合軍。
実質、メインはファルムス王国の正騎士団5,000名に、傭兵
団4,000名。
ファルムス王国の要請を受けたという形式で、西方聖教会の信徒
戦士団より2,000名。対魔物兵が3,000名。
そして、一番厄介そうなのが、聖教会正式騎士団の1,000名
である。
総数15,000名にも及ぶ、精鋭戦力であった。
ヨウムの部下が各地に散り、調査して来てくれた数字である。
予想を上回る戦力が集まったようだ。
﹁どういう分担でいきますか?﹂
ゲルドが勢い込んで聞いてきた。
﹁やはり、正面を俺の部隊が抑える方がいいな﹂
ベニマルもやる気のようだ。
密かにホブゴブリンの戦士団を結成していたようである。
ライダー
指導はハクロウという所か。
リグルもゴブリン狼兵を指揮し、暴れる気でいるようだ。
今回の件で激怒しているのは俺だけでは無いのだ。
だが⋮⋮
978
﹁スマン。今回は、俺が行って始末して来る。
いや、俺に任せて欲しい﹂
﹁⋮⋮どういう意味だ?﹂
代表してベニマルが問うて来るのに、説明を行う。
今回は、俺が魔王になる為の儀式のようなものなのだ、と。
タマシイ
﹁俺が魔王になるのに必要な生贄は10,000名分。
プロセス
幸いにも侵攻して来る愚か者どもは、15,000名で十分足り
る。
これは、俺が魔王になる為の必要な儀式なのだ。
今回は、俺一人で侵略者を殲滅する必要があるんだ﹂
そう言って。
本当は、一人で殺戮する必要は無いのだ。
大賢者の解答では、そこに俺の意思による死が齎されれば条件は
クリアされるらしい。
ふと思ったが、魔王クレイマンの目的は、戦争を起し人間の魂を
10,000人分狩り集める事なのではなかろうか。
一人ずつ襲うにも限界があるので、戦争で一気に魂を収穫し、真
なる魔王への進化を狙っている気がした。
俺の予想が正しくて、独りで戦争も起こせない雑魚なら、俺が手
を下すまでもない小物だ。
対抗して一人で行うという訳では無い。
今回は俺が責任を取る必要があると感じたのだ。今後一切の甘え
を自分に許さぬ為に。
そして、ここで討伐されるようなら、俺はその程度だったという
事なのだ。
我が儘なのは自覚しているが、どうしても必要な理由もある。
979
﹁それにな、お前達に任せたい仕事もあるんだ。
現在、シオン達の魂は結界内に留まってくれていると信じている。
しかし、戦闘の際に結界に揺らぎや綻びが出来たら、その魂が失
われるかも知れない。
俺の魔力で補強しているが、戦闘になったらそっちに回す余裕が
無くなる。
お前達に、結界の補強と、シオン達への呼びかけを行って貰いた
いんだ﹂
こっちが、本当に必要かは判らないが、どうしても頼みたい仕事
なのだ。
少しでも確率を上げて起きたい。
エネルギー
現在、俺は全魔力にて魔素を放出している。
結界の維持と、結界内への魔素量の補填をしているのだ。
物理と魔法、共通するルールに、高きから低きへというものがあ
った。
要するに、空間にエネルギーが満ちていれば、魂を覆うエネルギ
ーの拡散を抑えられるのではないかと考えたのだ。
魂の守りが無くなってしまうと、結界を素通りして拡散してしま
う。
人間が抵抗なく結界を出入り出来るのも、魔素的な要素が少ない
からだ。
魂となると、純粋なエネルギーなので、全ての結界に囚われる事
アストラル・ボディー
はなくなってしまう。
魔物の星幽体は魔素で構成されているので、このエネルギーの拡
散さえ防げれば可能性を高める事が出来ると考えている。
俺が戦いに出て、残りの者で現状を維持して貰いたかったのだ。
出来る事を全力でするならば、この配置がベストであるという﹃
大賢者﹄の見解であった。
980
もし、侵攻して来る者の中にヒナタが居たとしても、俺は一人で
全員を殺すつもりだ。
奴の技は一度見た。それは、最大限のアドバンテージを生むのだ。
俺に二度目の負けは無いし、許されない。
俺の決意に気付いたのか、ベニマルは頷いた。
﹁了解した。今回はリムル様に全て任す。俺達の分まで暴れて来て
くれ!﹂
俺も頷き返す。
もとより、敵に対して容赦する気は無いのだから。
皆の了承を貰い、俺は独りで侵攻して来る軍を相手どる事になっ
たのだ。
7日目。
エサ
俺の眼下に数多の兵が行軍している。
今の俺には餌にしか見えない。
こいつ等が、シオンを⋮⋮
本来であれば、警告や攻撃への宣言を行うべきだろう。
しかし、である。
相手が既に宣言して来たのは確認済みである。どうせ⋮⋮
コイツ等を、一人残さず喰う予定なのだ。
ゴミ
生き残りを出す気が無いのに、正々堂々も何も関係あるまい。
人間ども⋮⋮。
俺の進化の糧と為れるのだ。光栄に思って貰いたい。
981
俺は上空にて、翼による飛翔状態で眼下を見下ろし、状況を確認
する。
問題は無い。
神之怒
メギド
!!!﹂
コイツ等を殺す為に開発した、新術式を展開させる。
今こそ発動しよう!
﹁死ね! 神の怒りに焼き貫かれて! 天空より降り注ぐ光の乱舞が、地上近辺で反射を繰り返し、兵士
の抵抗を許さずにその身を貫き殺戮を開始した。
軍には、専属の魔術師団による防御結界が展開されている。
余程相手を舐めていたとしても、近距離からの︿核撃魔法﹀の一
撃で敗北も在り得るからだ。
範囲を限定しない魔法の一撃への警戒は、この世界の軍事行動の
常識である。
当然、今回も防御結界は念入りに行われていた。
仮にも上位魔物もいると思われる町への進軍なのだ、警戒してい
なければ無能の極みであろう。
しかし、俺の新術式の前にはまるで意味を為さない。
この世界の結界の原理は、魔素を防ぐ事に重点を置いているから
だ。
完全なる、物理法則そのものへの抵抗では無いのである。
結界を解析した結果、そういう事実を突き止めていた。
考えてみれば、数千度の炎の熱を完全に抑え込む結界等、何に対
する干渉でその現象を起すのかという話になる。
この世界の︿元素魔法﹀は、魔素の操作による物理法則への干渉
で発動する。
では、それを防ぐには、魔素の進入を防ぐ結界を張る事になる。
982
より大きな魔力で、結界をぶち壊す事が出来なければ、魔素の進
入を防ぐ結界により、内部へ物理干渉を起せなくなるのだ。
では、︿精霊魔法﹀はというと、精霊の干渉力による物理法則の
書き換えなので、威力は小規模になるのだ。
当然、精霊結界も張られており、︿精霊魔法﹀への干渉も行って
いる。
最低でも、二重以上の多重結界が基本となるのはこうした理由で
あった。
そこで、俺は発想の転換を行い、魔法にて純粋なる物理エネルギ
霊子崩壊
よりインスピレーションを得て﹃大賢者﹄
ディスインティグレーション
ーを作り出す事にしたのだ。
ヒナタの
に実用可能に調整させた。
全ての演算を任せた結果、簡単に実用化に持ってこれた。
俺の周囲に千数百もの浮遊する水玉が展開される。
上空には、一際大きな凸レンズ状の水玉が十数個浮かんでいる。
上空で凸レンズ状の水玉が受けた太陽光を、細く収束し、下に展
開させた鏡面仕上げの水玉で反射し、更に収束を行う。
水玉は、俺の放った水精霊エネルギー。
そうした水玉にて太陽光の反射を行い、鉛筆の細さ程の一点に収
束させた温度は数千度に及ぶ。
神之怒
メギド
である。
全ての水玉にて、太陽光エネルギーを受け止めるのではなく、反
射し収束させる魔法。
俺の新術式、︿物理魔法﹀
メギド
最初の一斉乱射で、千以上の兵が為す術も無く死んでいく。
眼下では、行軍に乱れが生じ、神之怒の一撃で恐慌が発生しよう
としている。
だが、当然これで終わりでは無い。
最適演算により、その位置を自動調整しつつ、第二射を放つ。
抵抗も出来ずに千以上の兵が死んでいった。
983
この魔法の恐るべき点。それは、エネルギーコストの低さである。
最終射撃ポイントの精霊による水皮膜は、熱による蒸発で消え去
る事になるが、瞬時に補填可能である。
その為の水精霊なのだ。水を出すのに然程のエネルギーは必要で
は無い。
かかる時間は、1分も必要ではなく、放射可能となる。何しろ、
水の再補填と位置調整のみでいいのだから。
そして、必要な魔素も水精霊の維持のみ。
大半のエネルギー源は、自然エネルギーの象徴たる太陽なのだか
ら。
ゴミ
昼間しか使用出来ないのが欠点だが、今は昼間だ。
全ての問題はクリアされ、後は眼下の者共を片付けるだけであっ
た。
音も無く飛来する光速の一撃は、抵抗を許さず兵士達を焼き貫き、
殺戮していった。
質の悪い皮鎧を着た者や、上等の金属鎧を着た騎士。
訳隔てなく平等に殺していく。
ただし、一際立派な馬車だけは狙わない。
どれに王が乗っているか不明なのだ、殺してしまっては懺悔させ
る事も出来ない。
俺はそんなに慈悲深くない。
俺の逆鱗に触れた報いは、必ず受けてもらわなければ⋮。
一方的に戦闘を開始し、たった5分程で、侵攻して来た軍の三分
の二を行動不能にする事が出来た。
頃合だな⋮⋮
俺はゆっくりと、翼をはためかせて地上へと舞い降りる。
愚か者達へ、更なる絶望を与える為に。
984
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
今、目の前で何が起きているのか、エドマリス王には理解出来な
い。
いや、エドマリス王だけではなく、王宮魔術師長も、騎士団長も、
ここにいる精鋭たる誰にも理解出来はしなかった。
﹁うぎゃーーー!!! 腕が、俺の腕がーーーー!!!!!﹂
﹁助けて、たすけてぇーーー﹂
﹁うわぁああああーーー、どこだ、一体どこから!!!﹂
戦場は、一瞬で阿鼻叫喚の地獄へと変貌したのだ。
つい先程までは、戦意も高く、勝利への確信に満ちていたという
のに⋮。
戦場を幾つも駆け巡った古強者の騎士が、何処からともなく飛来
した光に胸を貫かれて即死した。
まだ若い志願兵は、何がなんだか判らずに逃げ惑っている。
聖教会から派遣された頼れる騎士達が自信満々に結界を張り、直
後に結界など無意味であると嘲笑うかのように頭を射抜かれる。
弱者も強者も皆一様に恐怖に慄いていた。
まるで為す術が無いのだ。
あるいは、ヒナタがここに居たならば、即座に︿物理結界﹀を張
れと対応出来たかもしれない。
985
最も、︿物理結界﹀は、魔術の極意。使用可能な者は限られてい
るし、効果範囲は狭いのだが⋮。
ここにはヒナタは居なかった。仮定の話をしても仕方が無いのだ。
エドマリス王も、息が出来なくなる程の恐怖心が湧き出て来るの
を、必死で堪えていた。
王としての矜持を守るというその一点で。
混乱する頭で必死に考える。
どう見ても、作戦は失敗である。ここから生きて逃げ出すにも、
既に状況はそれを許さない。
どうしてこうなった⋮、いや、今はそれどころでは無いのだ。
﹁フォルゲン、どうする、どうすれば良い?﹂
頼れる騎士団長に問いかけた。
王国最強の誉れ高き騎士団長。Aランクの冒険者にも劣らぬ、歴
戦の勇者である。
王の最も頼れる腹心の一人だった。
それなのに、フォルゲンからの返答は無い。
﹁フォルゲン、どうした、答えぬか! フォルゲン!!!﹂
恐怖と、混乱。そして、怒りの混ざった声を出し、騎士団長の肩
を叩く。
グラリ、とその逞しい身体が傾き、倒れた。
良く見れば、側頭部が無くなり、脳が流れ出てきていた。
﹁ひ、ひぃいいいおおおおおおおお!!!﹂
エドマリス王は恐怖の雄叫びを上げ、腰を抜かして馬車から転が
986
り落ちた。
オープンタイプの馬車に乗り、皆の士気を高めるつもりだったの
が裏目に出たのだ。
股間から暖かい液体を垂れ流しつつ、這いずるように逃げ出そう
とする。
最早、王の矜持などどうでも良くなっていた。
死ぬ、このままここに居たら、死んでしまうぅ!!!
恐慌状態に陥り、必死で逃げ出そうとする。
だが、そんな王の様子に気付く者は居ない。皆それどころではな
く、自分の事で必死なのだ。
頼れる筈の、魔物に対する正義の象徴であった筈の聖教会正式騎
士団の1,000名の騎士達でさえも、為す術無く殺されているの
だから。
確かに聖騎士には劣るものの、一人一人がBランクの冒険者に互
角以上に戦える者達なのに、である。
魔物に対しての絶対的な優位性が、一瞬にして崩されたのだ。
恐慌状態に陥るのは、むしろ当然だった。
その時、涙や鼻水を垂らして泣き叫んでいた兵士達が、上空を見
て動きを止める。
エドマリス王もつられて空を見上げた。
天空より舞い降りてくる、蝙蝠のような黒い羽の生えた人物。
背は然程高くなく、美しい仮面を付けていた。
その仮面には、泣いているかのようなヒビが入っている。
神々しい美しく黒い着物を着て、黒く美しい皮鎧を身に付けてい
る。
武器は所持していないようだった。
あれは、悪魔・・・、いや、魔王。
魔王だ! 直感でそう思った。
その時になって、ようやく、王は自らが犯した最大の過ちに気が
ついた。
987
手を出すべきでは無かったのだ。
ブルムンド王国のように、国交を結ぶべきだった。
目の前の魔王、あの出で立ち。あれは、あの美しい布で織られた
モノに間違いない。
あの風格。
目の前の魔王こそが、あの町の主に違いない。
という事は、聖教会のヒナタ=サカグチが、失敗したというのか!
あの計算高く、冷酷な魔女が、仕事を失敗するなんて聞いた事が
無い。
でも、あの魔女を上回っていてもおかしくない。
この悪魔は、そんな空気を漂わせている。
だが、頷ける話だ。魔王の如き風格を持つこの悪魔ならば⋮⋮
いや、これはチャンスかも知れない。その時、王は閃きのような
考えが浮かぶ。
自分は王だ、交渉に来たと上手く言いくるめれば! 上手くここ
を切り抜けて、国に帰ってから反撃の用意をすればよい。
ブルムンド如きと交渉して喜んでいるような相手だ、大国である
ファルムスの王たる自分が声をかければ平伏すに違いない! と。
浅はかな考えに我を忘れ、王は最悪の行動に出た。
その事が、すでに怒りを我慢するのに必死になっている彼を最大
に刺激する事になるなど思いもしない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
988
さて、地面に降り立ってみると散々な状況である、
﹃魔力感知﹄にて、位置情報を完璧に捕捉し、死角から確実に急
所を射抜く。
たまには混乱を巻き起こすべく、ワザと腕や足や胴体を吹き飛ば
し、苦痛の絶叫をあげさせて場を混乱させたのだ。
散々な状況とは、俺の思い描いた通りの状況だと言える。
俺の姿を目にした生き残りの兵達が恐怖でへたり込む。
﹁ひぃ、たす、お助け!﹂
何か命乞いらしき声が聞こえたが、気にせず眉間を打ち抜いた。
ロー
慣れるまで少し手間取ったが、今では思いのままに光線を操れる。
反射の角度がミソなのだ。低コストで撃ち放題。
一点に熱源を集中させれば、数千度にも達するが、人を打ち抜く
程度には大げさだ。
コツを掴めば、意のままに最適な射撃が可能となった。
タイムラグは若干あるが、実質、光の速度に等しく、見てから回
避は不可能である。
仮に1万kmの先から放ったとしても、到達に要する時間は0.
034秒程度。
人間の視覚から情報を得て、神経を伝達し脳に達するまでの時間
の方が遅いのだ。
これを操作し、的確に狙いをつけるのは﹃大賢者﹄の演算なしに
は出来はしなかった。
流石は﹃大賢者﹄である。改めて凄いと思った。 これを、近距離で放たれたら、﹃大賢者﹄補正のある俺でさえ、
回避困難になる。俺の場合は、視た瞬間に認識なので、辛うじて回
避可能かも知れないが、運要素に左右されるだろう。
989
人間には間違いなく不可能だ。
何人か、同様に土下座したり、這いずって逃げようとする者を射
殺した時、
ムジヒナルモノ
︽確認しました。ユニークスキル﹃心無者﹄を獲得・・・成功しま
した︾
モノ
大賢者では無い。久々の天の声が聞こえた。
ってか、そんなスキルいらねーよ。
と言っても、得てしまったものは仕方ない。
どういう能力か確認しようとした時、そいつが話しかけて来た。
﹁ま、待て! 貴様が、あの町の主だな。
余は、エドマリス。ファルムス王国の国王である!
控えよ! 貴様に話があるのだ﹂
小汚いおっさんが話しかけて来た。
見ると、お漏らししたのか股間は濡れてるし、涙と鼻水と涎で顔
面事情も大変な事になっている。
グロ画像見せんなよ! って怒鳴りたくなった。
ブラクラを踏んだ気分になる。
でもまあ、目的の一人が自分で名乗り出たのだ、良しとしよう。
これで首謀者をゲット出来た訳だ。
﹁なんだ? 聞くだけ聞いてやる﹂
と返事をすると、
﹁ぶ、無礼な! 余は大国であるファルムス王国の国王なのだぞ!
貴様等、本来であれば口もきけぬ存在なのだ。
990
だが、まあ良い。今回は⋮⋮﹂
そこで、一発、腕を焼き切った。
礼を持って応対して貰えるような姿では無いだろうに。
しかも、状況も理解出来ていないようなので、死なない程度に目
を覚ましてやったのだ。
シオン
まあ、苦痛の中で死んで貰うけど⋮⋮出来れば、殺すのは俺じゃ
なく、恨みに思っているだろう本人に取っておいてやりたい。
ゴミ
﹁いいか、貴様。相手を見て、物を言えよ。
俺が優しいからと、調子に乗るな。
発言を許す。続けろ﹂
最初、キョトンとして、無くなった自分の左手部分を眺めていた
おっさん。
理解が追いつくのと、痛みが襲いかかるのが同時だったようだ。
絶叫し、転げまわり始めた。
イコール
ええっと、英傑だっけ? 何か、誉れ高いのじゃなかったかな?
そんな凄そうな奴と、目の前のおっさんを=で結ぶのはちょっと
厳しいぞ。
だがまあ、少しは怒りが和らぐ気がする。
でも、コイツが死んでしまったら、怒りのリバウンドが来そうで
怖い。
﹁ん? 言いたい事があったんじゃ無いのか。
その踊りを見せたかったのなら、もう十分だし、終わっていいぞ﹂
その言葉で、此方を見て、しきりに何か言おうとし始めた。
恐怖と痛みで声が出ないようだ。世話の焼けるおっさんである。
仕方ない。一時だけ痛みを忘れさせてやろう。
991
おっさんの髪を掴んで顔を上げさせた。
﹁一度だけ喋らせてやる。言え﹂
と凄んだ。
最初、アワアワと言葉にならなかったが、ようやく落ち着いたよ
うだ。
そして、
﹁余、余の国とも国交を結ぼうでは無いか!
良い話だろ? 余も騙されたのだ、まさかこのように頼もしい人
が居る町とは思いもしなかった。
だが、逆にこれは思わぬ幸運であった!
このような素晴らしき英雄の居る国と国交を結べるのだ。
我が国と国交を結べば、お互いに安泰というもの。
我が国は安心を得られるし、其方は我が国の後ろ盾を得られる。
お互いに益ある話であろう?
いずれは、評議会にも紹介しよう。
どうだ? 勿論、受けてくれるな?﹂
ええと⋮⋮。
コイツ、天才か?
そんなに俺を怒らせて、これ以上更なる苦痛を味わってから死に
たい、そういう話か?
おっさんは、俺の戸惑いに気付く事なく、空気を読まずに喋り続
けていた。
取り敢えず、右足を焼き切って黙らせた。
絶叫を放ち始めたが、死なないようなので放置する。
いちいち血止めしなくても、血管ごと焼き切っているので血が出
ない。
992
殺さずに生かしておきたいので、便利だった。
ふと周囲が静かになったのに気付き見回すと、生き残った兵が俺
を恐れ敬うかの如く、平伏している。
必死に祈るように、命乞いを初めていた。
ムジヒナルモノ
残念ながら、その判断は遅すぎだった。俺の寛容の心は怒りに塗
りつぶされている。
タマシイ
丁度、ユニークスキル﹃心無者﹄の解析が終了したようだ。
効果は、命乞いをする者や、助けを願う者の命を掌握する能力。
つまり、この能力を前に戦意喪失したら、それは死を意味する事
になると言う事。
YES/NO
使い所はそんなに無さそうだが、今は正に役に立つ能力であった。
ムジヒナルモノ
︽問。ユニークスキル﹃心無者﹄を使用しますか?
︾
YES。心は平静で、痛みは無い。
レジスト
その能力を使用した直後、対象指定外に設定された王以外の者が
全て、抵抗を許されず死亡した。
俺の能力で、生き残っていた数千の兵士が死んだのだ。
戦場に満ちていた、痛みや恐怖の波動が綺麗に収まり、無くなっ
た。
苦痛や恐怖を終える事が出来たのだ、これは俺なりの慈悲である。
ヨウブン
今生きている王には、更なる恐怖と苦痛が待っているのだから⋮。
同時に、
タネのハツガ
ハーベストフェスティバル
︽告。進化条件に必要な人間の魂を確認します・・・認識しました。
︾
規定条件が満たされました。これより、魔王への進化が開始され
ます
世界の声が脳内に響き渡る。
993
ヒトリ
俺の意思と関係無く、俺の身体が変異し再構成されていく。
自称による魔王では無い、真なる魔王の一柱へと。
この日⋮⋮、この世界に新たな魔王が誕生した。
994
69話 魔王誕生︵後書き︶
ついに魔王へと到達。
粗筋に追いつきました。粗筋の変更をした方がいいのだろうか⋮?
それはともかく。
明日の更新は多分出来ません。遅くとも、土曜日までには何とか
⋮。
今しばらくお待ち下さい。
995
70話 収穫祭︵前書き︶
めちゃくちゃ頑張った。
更新出来るとは思わなかったです。
996
70話 収穫祭
何なのだ⋮。
一体⋮、一体あの化物は、何だと言うのだ!!!
最初の光の乱舞を見た時、その危険性を逸早く察知し、レイヒム
は馬車の陰に隠れるように身を伏せていた。
魔物達の町への結界維持を行っているだろう、子飼いの部下から
は異常は報告されていない。
それなのに⋮、いつこの魔物は出て来たというのか⋮。
聖騎士が行使する結界には劣るモノの、上位魔物の出入りも防ぐ
筈であった。
少なくとも、出入りしようとすれば反応で直ぐに察知出来るもの
なのだ。
それなのに⋮⋮。
考えられるのは、目の前で殺戮を繰り返す魔物は、結界等ものと
ブラッドシャドウ
もしないほど上位の存在であるという事。
ニコラウス枢機卿より借受けた、血影狂乱が各地に散って隙を窺
っているのを確認する。
流石だ。
皆、レイヒムと同様、即座に死体に隠れて地面で死んだフリをし
ているようだ。
こんな事なら⋮。
先日行った報告が悔やまれた。
応援の必要性を問われ、問題無いと答えてしまっていた。
町で宣戦布告と同時に、少々暴れたのだが、かなり上位の魔物に
見えた女魔族さえあっさり仕留める事が出来たのだ。
大きな反応は数名しか確認出来なかった。
997
結界内で戦端を開くならば、十分に蹂躙可能だと判断したのだ。
聖教会正式騎士団の1,000名の騎士達による、多重浄化結界
を発動させれば、Bランク以上の者でも動けなくなるだろう。
少なくとも、本来の力は出せる事は無い。
町の外に出ている魔物達は、王国の騎士達で十分駆逐可能な筈だ
った。
そう判断し、ヒナタ=サカグチへの応援要請は行わなかったのだ。
あの時の自分を絞め殺したい気分に陥る。
だが、仮に彼女が来ていたとして⋮。この事態を防ぐ事が出来た
だろうか?
そんな考えが頭を過ぎり、慌ててその考えを打ち捨てた。
在り得ぬ話だ。
ヒナタ=サカグチは最強の存在であり、魔物如きに遅れを取る筈
が無いのだ。
そんな事を考えていると⋮⋮
ふと、周囲の騒音が消えた事に気付いた。
背筋を駆け上るような、おぞましい恐怖感が心の奥から沸きだし
てくる。
なんだ⋮一体何が起きたのだ?
周囲で痛みに苦しんでいた者や、恐怖に泣き叫んでいた者達が、
一斉に黙った理由が判らない。
その時、
﹁ああ、生き残りがいるな﹂
ブラッドシャドウ
そんな、少女のような、声変わりを経ていない少年のような、透
明な声が聞こえた。
生き残り⋮だと?
それが、レイヒムや血影狂乱十数名の事を指すのだ、と気付く前
に⋮⋮
998
我が身に走る激痛に呻き声を上げた。
両足が綺麗に焼き切られたと気付くのは、目の前に歩み寄る悪魔
のような魔物を視認した時である。
既に逃げ出す事も出来ず、レイヒムに為す術は最早無い。
彼に出来るのは、自らが信じる神に祈る事のみであった⋮。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ムジヒナルモノ
ユニークスキル﹃心無者﹄⋮か。
いやー、本当に無慈悲だわ。
俺に対する恐怖心までなら大丈夫のようだが、心が折れた瞬間に
発動可能になる。
つまり、その瞬間、俺に相手の魂が手渡されるようなものなのだ。
生かすも殺すも俺の意のままになる。
生かして帰して、また反逆しようとしたりした瞬間に発動するの
も自由自在。
しかも、今回使ってみて驚愕したのだが、逃げ出した者達も効果
があった。
対象は、最初に俺が敵として認識した者全て。今回で言うならば、
軍として上空から認識した者達全てが対象だったのだ。
ムジヒナルモノ
いくら口で皆殺しと言っても、実際には逃亡する者が出ると考え
ていたのだが、この﹃心無者﹄を発動した事により逃げ出す事は出
999
来なかったようだ。
これって、使えないと思ってたが、案外使えるかも。
恐怖政治を行う支配者とかが、欲しがりそうな能力だと思った。
相手の心を折れば戦闘終了出来るのだし、今後も出番がありそう
だ。
ふと、﹃魔力感知﹄に反応がある。その数、13名。
生き残ってるという事は、心が折れていないという事。
当然、王は除外している。
ブラッドシャドウ
まだ、敵意ある13名がいるという事だ。
メギド
町を襲った血影狂乱とか言う奴等かも知れない。
取り合えず、全員逃げられない様に足を狙って神之怒を放つ。
ところが、だ。
一番手前のヤツの両足切断は成功したのだが、片腕を吹き飛ばし
たり、頭を射抜いたり。
果ては、命中せずに大きく外れた者もいた。
どうした事か、﹃魔力感知﹄も上手く働かず、眩暈までし始めた。
あ、進化開始とか言ってたけど、俺の意識も奪われそうな感じ。
﹁ランガ、居るか?﹂
﹁は、控えております、我が主よ!﹂
居た。
俺の影からスムーズに出現した。
邪魔はせず、しかし何か起きた時の為に控えてくれているのには
気付いていた。
良かった、
﹁ランガ、ここらに転がっているヤツ等を全員捕えて、町に連れて
来てくれ。
決して殺さぬように。
1000
俺は先に町に戻るが、そいつらの受取をヨウムに頼んでおくから
引き渡してくれ﹂
﹁逃げた者はどう致しますか?﹂
そこで考える。
逃げ出したのは3名。普通にランガが相手して勝てると思うが、
Aランク相当の実力は有りそうだった。
慎重に行動するなら、ランガだけに任すのは危険かも知れない。
だが、逃す気は無かった。
﹁それは別の者に追わせる。
捕まえたらお前の下に運ばせるので、そいつらも任せるぞ﹂
﹁はは! 心得ました﹂
ランガの返事を確認し、俺は途切れそうになる集中力をかき集め
る。
そして、︿上位悪魔召喚﹀を行なった。
捧げる供物は、眼下に大量に横たわる兵士の死体である。
俺が喰うのも考えたが、今更大した能力持ちが居そうでは無かっ
ブラッドシャドウ
たのだ。
この血影狂乱とやらだけで、十分そうである。
どんな悪魔が呼べるか判らないが、実体化は出来ないだろうし、
今回役立てばそれでいい。
アクマ
逃げた3人を追いかけ、捕らえられればそれでいいのだ。
エサ
﹁供物を用意してやったぞ、出てこい化物。
俺の役にたちやがれ!﹂
段々、言葉が適当になってきた。
こんなので召喚される奴は余程のもの好きか馬鹿だろうな。
1001
A−
ランクなので血影狂乱に互
ブラッドシャドウ
そんな考えがチラリと過ぎったが、問題無く3柱の悪魔が召喚さ
れた。
グレーターデーモン
前回召喚した上位悪魔では、
角か劣るだろう。
そう考えて、最低30体程は召喚出来ると思ったのだが、たった
3体しか呼べなかったようだ。
おいおい、1万5千分の死体じゃその程度って事か。まあ、魂を
俺が消費してしまったからかも知れないが⋮。
ダメだ、この世界に来てから初めて感じる猛烈な眠気で、頭が回
らない。
ランガ
﹁おいお前ら、逃げた奴が3名いる。そいつ等を生かして捕らえて、
おれの下僕に届けろ﹂
そこまで言うと、目眩が酷くなり身体の維持もヤバくなってきた。
安全な所まで戻らねば。
背後で、
﹁初仕事を任せて頂き、光栄です。これほどの供物は久々ゆえ、張
り切ってしまいますね﹂
﹁容易い事で御座います、新たなる魔王よ! 今後とも、お仕えし
ても宜しいのでしょうか?﹂
﹁⋮⋮﹂
と、俺への挨拶を述べていたようだが、俺の意識は限界だった。
﹁話は後だ、まずは役に立つ事を証明しろ。行け﹂
それだけ言うと、俺はテンペストの町へと空間転移を行なった。
結界を素通り出来るように、細工した魔法陣を描いていたのだが
1002
役立ったようだ。
慌てて駆け寄るベニマルにヨウムへの伝言を頼んだ。
そして、安置場に用意された定位置に座り、意識を手放したのだ。
それは、この世界に来て初めての完全なる無意識状態であり、深
い睡眠状態となったのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
リムルが戦に赴いた後、町では結界を張る者と祈る者に別れて中
央広場にて作業を行う事になった。
結界を張る者へ力を注ぐ者は中央広場に。
結界内に魔力放出を行い、魔素濃度を高める役の者は町の外周を
埋めるように配置する。
皆が皆、自分の役割を把握し、真剣に取り組んでいた。
広場の中央には、シオン達の身体が安置され、結界による維持が
為されている。
中央にはリムルの張った魔法陣があり、魔王への進化の儀式はそ
こで行うと宣言していた安置場所が用意されている。
その周囲を取り巻くように、結界維持の者達がいるのだ。
シュナもその内の一人であり、手伝いであるミュウランと並んで、
結界維持の中心メンバーであった。
1003
シュナは思う。
リムルは元人間である事を気にしていたようだが、そんな事は些
細な問題でしかないという事を。
シュナ達にとって、魂の繋がりが全てであり、その繋がりにより
絶対的な安心を得ているという事を。
消える事無き多幸感により、自分は常に満たされている。
もしも、リムルを失う事になれば、発狂するかも知れないのだ。
﹁リムル様⋮。私達は、自分以外にリムル様さえいればそれでいい。
けれど、リムル様は、私達の誰かが欠けても、精神のバランスを
大きく崩すのかも知れない⋮⋮﹂
シュナはそう呟く。
その言葉に、兄であるベニマルは頷くと同時に、深く納得した。
人の良いリムルが見せた変貌は、そうした精神のバランスが影響
を及ぼしているという考えは説得力があった。
出来るなら、
﹁魔王になって、人が変わったように暴れだしたりしないでくれよ
⋮⋮﹂
そう願わずにはいられない。
マオウ
ベニマル、ソウエイ、ハクロウ、クロベエまでもがここに待機し
ていた。
それは、リムルの命令。
万が一、自分が理性無き化物になったら、速やかに自分を処分す
るように命じられたのだ。
そのような事態になるのだけは、何があっても阻止したい。
﹁お前がいつまでも寝てるからだぞ、シオン⋮⋮。早く起きろよ﹂
1004
そう呟き、祈りを再開する。
彼等の信じるのは、神では無く、一体の魔物だ。
その期待は裏切られた事が無く、今回もまた彼等の願いは叶う筈。
そう信じて。
その時、
ハーベストフェスティバル
に、緊張が走っ
︾
︽告。個体名:リムル=テンペストの魔王への進化が開始されます。
ギフト
世界の声
その完了と同時に、系譜の魔物への祝福が配られます
この町に集う魔物、全員の心に響く
た。
どうやら、リムルは侵攻して来た者を討ち滅ぼす事に成功したよ
うだ。
ならばこそ、次は自分達が頑張る番である。
﹁気を引き締めろ! 我等が主の勝利だ。次は我等の出番だぞ!﹂
よく通るベニマルの声に、呼応する魔物達。
状況は動き出した。
シオン達を失う事は、そのままリムルの心を壊す事になりかねな
い。
そして、予定通り、リムルが帰還する。
伝言を受け取り、リムルを休ませた。
打ち合わせどおり、合言葉を決めておく。
万が一、理性が無くなっていた場合に対処する為に。
﹁では、﹃シオンの料理は?﹄と問います﹂
﹁判った。﹃クソ不味い﹄って答えたらいいんだな? 誰が考えた
んだこれ⋮⋮﹂
1005
リムルはブツブツ言いながら眠りについた。
リムルは眠気で頭がまわっていないようで、文句を言いつつも反
対はしなかった。
考えたのは当然ベニマルである。
常に新作を試す役を押し付けられたのは忘れてはいない。
シオンが怒って文句を言いに起きてきてくれれば⋮⋮そういう願
いも込めていた。
後は、手筈通りに行うだけだ。
ベニマル達は、気を張り詰め手順通りに進めるのに必死だった為
ギフト
に聞き流した言葉。
祝福の事など、既に頭になかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
リムルは深い眠りにつく。
意識は既に手放され、その身体は人の姿を維持出来ず、スライム
状態になっていた。
リムルの意識の届かぬ闇の中で。
ハーベストフェスティバル
︽告。魔王への進化が開始されました。
1006
デモンスライム
身体組成が再構成され、新たな種族へ進化します
スライム
︽確認しました。
︾
種族:粘性生物から魔粘性精神体への転生⋮成功しました。
マテリアル・ボディースピリチュアル・ボディー
全ての身体能力が大幅に上昇しました。
物質体より精神体への変換が自在に可能になりました。
固有スキルは﹃分解吸収,無限再生﹄です。
続けて、耐性の再獲得及び、新たな獲得を実行します・・・
物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
再構築され、以上の耐性を獲得しました。
尚、常用スキルとして、
︾
エイチアルモノ
マスター
﹃魔力感知﹄﹃熱源感知﹄﹃音波探知﹄﹃超嗅覚﹄﹃魔王覇気﹄
が備わりました。
以上で、進化を完了します
ユニークスキル
そして⋮。
概念知性であり、自我もなき﹃大賢者﹄は自らの主の願いに対応
する為に進化を願い求める。
︽告。以前より申請を受けていた進化を再度試みます。
ユニークスキル﹃大賢者﹄が進化を試みました。
⋮⋮難航。
⋮⋮再度実施します。
⋮⋮難航。
⋮⋮再度実施します。
endless
イケニエ
⋮⋮﹃変質者﹄を統合して実行します⋮成功しました。
1007
エイチアルモノ
ラファエル
ユニークスキル﹃大賢者﹄が、﹃智慧之王﹄へと進化しました
ハーベストフェスティバル
ギフト
幾億の試行を試み、遂に⋮。
魔王への進化の祝福を得て。
アルティメットスキル
その能力の進化に成功した。
この世界での最高峰たる、究極能力へと。
それは、起こり得ぬ程の極小確率の出来事。
マスター
延々と繰り返された試行への祝福であるかのように。
︾
その成功により、主の願いを達成する可能性が高まったが、意思
無き概念知性には喜びは無い。
感情を理解し得ぬ存在であるから。
マスター
感情を知らず、喜びも無い筈なのに⋮。
マスター
進化した能力で、再度、主の願いを遂行する。
ムジヒナルモノ
ベルゼビュート
ただ、主の願いの為に働く事こそが⋮あるいは⋮⋮。
グラトニー
更に、進化は進む。
マスター
﹃暴食者﹄は﹃心無者﹄を消費統合し、﹃暴食之王﹄へと。
主の望みに、より効果的に対応出来るように。
こうして、リムルの意識の関知し得ぬ魂の深遠にて⋮⋮
マモノ
彼の望みを叶える為に、深く静に能力は進化する。
ハーベストフェスティバル
ギフト
だが、収穫祭はこれで終わりでは無い。
リムルの進化を祝う祝福は、魂の系譜に連なる者達、全てに配ら
れるのだ。
それは、進化を祝うお祭り騒ぎ。
魔王種から、真なる魔王へと進化を成功させた者への祝福。
祭りはまだ始まったばかりである。
1008
この世界にて、真なる魔王へと進化を果した者は未だ少ない。
魔王種へと進化出来ても、その先へ到達するのがいかに至難であ
る事か。
現在の十大魔王でも、真なる魔王へと至った者は4名しか居ない
のだ。
長き年月の中でもその高みに至る事は容易くなく、種を得ても芽
オーク・ディザスター
吹く事は無い。
豚頭魔王がそうであったように、進化する前に倒される。
だからこそ、魔王は互いを監視しあい、抜け駆けを許さぬのだ。
そうした中、新たに覚醒した真なる魔王が生まれた。
この事は、魔王間にも新たな力の均衡を齎し、更なる激動の時を
迎える事となる⋮。
1009
70話 収穫祭︵後書き︶
次は、遅くとも日曜日には更新します。
1010
71話 芽生える自我
その者達は全力で逃げていた。
魔物を仕留める為に鍛えた自慢の脚力を、ただその場から離れる
事にのみ使用して。
目の前で起きた信じられぬ出来事を脳が認識するよりも先に、そ
の本能が命じたのだ。
今すぐ全力でこの場を離れろ、と。
魔王の如き、その魔物が自分達の生存に気付いた瞬間、男達はそ
の一瞬に同時に逃げ出した。
まだ残っていた生き残りが同時に行動を開始する。その事で、少
しでも生存率を高められるという計算である。
男は思う。
聞いてないぞ、あんな化物がいるなどと! と。
閃光が瞬くと同時に、何千名もの兵士が死んでいった。
ヒナタ
サカグチ
それは恐怖に耐性のある彼等をもってしてさえ、怯えずにいられ
ない。
心が折れなかったのは、ひとえに彼等の飼い主たる坂口日向への
恐怖からである。
ヒナタが自分達を嫌い、虫ケラの如く扱っている事にさえ、怒り
よりも感謝の念しか抱かない。
それは当然の事。
あの、圧倒的な冷酷さと強さに憧れて、その存在への恐怖心によ
って忠誠を誓っているのだから。
自分達は、強者である。戦い方にこだわらなければ、聖騎士にも
互角に挑む事が出来るのだ。
そんな彼等が束になっても、ヒナタの相手は務まらない。
それは、絶対的な恐怖を彼等に与えていた。
1011
不満を思う事さえ出来ぬのだ。
だが、それが幸いし、今回は生き延びる事が出来た事には気付い
ていない。
もし、恐怖により心が折れていたら、その瞬間に彼等も死んでい
たのだから。
彼等はヒナタにこの事を伝えるという一念で、必死にその足を動
かしていた。
ヒナタならば、あの化物をも倒す事が出来ると信じているのだ。
だが、そんな男達の望みは叶う事は無い。
彼等は既に追っ手に認識されており、既に単なる獲物でしかない
のだから。
ただ、主に褒めて貰う為に役立って貰う。
そういう認識で生かされているだけの哀れな獲物に。
音も無く、悪魔は獲物を追う。
久々の狩り。楽しまなければ損である。
先程与えられた極上のご馳走は、彼等に十分な満足を与えていた。
今の狩りは、食後の運動にもってこいである。
﹁クフフフフ。いいですね。楽しませてくださいよ∼﹂
そう呟き、表情を歪めた。
見る者の心に、魂の根源から湧き出るような恐怖感を与えるよう
な笑顔へと。
既に、2柱の手下は先回りさせ、獲物に逃げ場は無い。
狩りも大詰めだった。
逃げる男達の前に、2体の悪魔が立ち塞がる。
空間を転移し、目の前に出現したのだ。
仲間を見捨て、即座に逃避を選択した男達に焦りは消えていた。
1012
ブラッドシャドウ
彼等の恐怖の象徴たるヒナタの事を思いだし、逆に心の余裕を取
り戻したのだ。
状況は好転してはいない。
しかし、教会の裏の仕事を請け負う血影狂乱たる自負と誇りが、
彼等に自信を取り戻させていた。
グレーターデーモン
即座に悪魔の正体を看破した。
上位悪魔であった。
厄介な敵である。しかし、こちらは3人いる。
1対1でも勝てるのに、3対2ならば負ける事は無いのだ。
﹁ッチ! 厄介な奴を召喚しやがって!﹂
﹁だが、自ら追跡して来ないとは、どうやら体力が尽きたのかもし
れんぞ﹂
﹁そりゃそうだろうさ。あれだけ暴れたらどんだけ魔力使っている
んだ、って話だぜ﹂
グレーターデーモン
そうお互いの考えを口にし、上位悪魔に対して身構えた。
グレーターデーモン
しかし。
上位悪魔は動く気配は無い。何故なら、彼等は足止めしか命じら
れていないから。
そして、背後から悠然と歩み寄る美しき悪魔が一柱。
﹁クフフフフ。逃亡劇は御終いですか? では、貴男方を拘束させ
て頂きます。
抵抗したければ、お好きにどうぞ。
ただし、殺しはしないだけで、痛めつける事は止められておりま
せんから、ご注意を﹂
歪な笑顔を浮かべ、男とも女とも判断つかぬその美しき人物は話
しかけて来た。
1013
見ただけで、足が震えだし、失禁してしまう。
文句を言う元気も無く、抵抗の意思など欠片も無い。全て砕け散
り、一瞬で心が折れていた。
﹁ケフ、ケふ。き、い、ああああ・・・﹂
言葉にならぬその恐怖の感情。
3人の男達、教会の裏仕事をこなす一流の殺人鬼。対魔物戦でも
一流の技術を持つ男達。
3人は、見た瞬間に認識したのだ。
ザコ
むしろ、目にしただけで死ぬ者も多い中、生きているだけでも褒
グレーターデーモン
められる。
上位悪魔など、幾らでも替えの効く部品でしかない。
アークデーモン
目の前の悪魔は、次元の違う存在であった。
その存在はこう呼ばれる。上位魔将、と。
デーモン
物質界に対となる精神界の住人たる、悪魔という種族の上位存在。
それは、精神生命体であり、受肉しなければこの世界で力をふる
えないとされている。
本質的には、精霊と同等の者達。
召喚者の魔素を使用し、仮初の肉体を得て短時間活動するのが精
一杯の存在の筈である。
しかし、中には物質界での肉体を得た者も存在する。
アークデーモン
最古の魔王が一体も、その一人である。
アークデーモン
デーモン
その魔王も確か、元は上位魔将だったと記録に残っていた。
上位魔将とは、悪魔族を統べる最上位の存在なのだ。
A+
ランク相当と言われ、準魔王クラスなのであ
記録の上で数える程しか確認されていない、半ば伝説上の魔物。
その力は、
る。
そして、魔王の伝説にも残るその力。
1014
一体の悪魔に、滅ぼされた町は数知れず。
アークデーモン
名実ともに最強の魔王であると言われているのだ。
その魔王となれる器である、上位魔将が目の前にいる。
アークデーモン
当然、見た事は無い。しかし、その身に纏う雰囲気はただ事では
無い。
間違いなく、上位魔将だと確信出来た。
勝てる訳が無い。それどころか、逃げ出す事も不可能だ。
グレーターデーモン
災害クラスの魔物ですら、太刀打ち出来ぬ、災厄クラスの魔物な
のだから。
こんな化物を相手するならば、上位悪魔を100体相手する方が
遥にマシであった。
男達は絶望し、その場にへたり込む。
その様を満足げに眺めて、悪魔は歪な笑みを深くした。
ランガ
魔将は、3人を捕らえて手下に運ばせ町へと戻る。
指定された者へ捕らえた男達を預ける為に。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ベニマル達の前で、リムルの身体はスライム状から不定形の怪し
い変化を繰り返していた。
やがて落ち着き、元の流線形へと安定する。
ところが、今度は怪しい明滅を繰り返し始めた。赤、青、黄色、
1015
緑に紫。白に黒と様々に。
そうして、暫くの時が経過した。既に時間の感覚はおかしくなっ
ている。
ハーベストフェスティバル
どれほど経ったのか、心配する者達の心に。
ギフト
が響き渡る。
︾
︽告。個体名:リムル=テンペストの魔王への進化が完了しました。
世界の声
続いて、系譜の魔物への祝福の授与を開始します
そして襲いくる、猛烈な眠気。
ベニマルは思う、どうやらリムルの進化は無事に成功したようだ、
と。
次は自分達の番なのだろうが、まさか自分達までも眠気が襲うと
は考えていなかった。
抵抗出来ぬ者から順に眠りに落ちていっている。
しかし、リムルとの約束がある。自分は眠る訳にはいかぬのだ。
その時、目の前のリムルの身体が眩く光を放った。
光の放出が収まると、長く艷やかな銀髪の美しい人物が立ってい
る。
見慣れた仮面を外した、リムルであった。
︾
サラサラと流れるような銀髪が頬にかかり、天上の美を演出して
いる。
残念ながら、性別は無いのだが。
︽告。後は任せて、眠りにつきなさい
柔らかく、頭に直接響く、声。
その声は、ベニマルに深い安心感を与え、逆らう事を許さない。
ベニマルは、その声に導かれるように、抵抗出来ぬ眠りへと誘わ
れた。
1016
それを見届け、同時に、他に起きている者がいない事を確認する。
ミュウランだけが、不思議そうに周囲を見回していた。
この町に残る人間はヨウムを除いて、魔素の濃度に抵抗しやすい
ように会議場のある建物へと避難済みであった。
故に、ここに残る者に目覚めている者はミュウランのみ。
リムルの姿をした者は、感情無き瞳でその事を確認する。
そして、おもむろに両腕を広げた。
長い銀髪が背中へと流れ、天使の翼のように眩く輝く光を放った。
ラファエル
ベルゼビュート
︽告。智慧之王の名に於いて命ずる。
暴食之王よ、この結界内の全ての魔素を喰らい尽くせ。
ひと欠片の魂さえも残さずに!︾
ベルゼビュート
チカラ
その言葉にて、起動する暴食之王。
そして解き放たれる凶悪なる能力。
ラファエル
しかし、今回その能力はとある目的に添って使用されていた。
智慧之王の導き出した演算結果をなぞるように。
ベルゼビュート
テンペストの町から、全ての魔素が吸収されて純粋なる空間へと
変わった。
マスター ラファエル
その後、町を覆う結界が綺麗に喰われて、暴食之王の能力は停止
する。
まるで何事も無かったかのように。
リムルの姿をした者、それは意思無き主の代行者。
ラファエルは、横たえられたシオンの元に歩み寄る。
手を翳し、分析を開始した。
慎重に。主の望みを叶える為に。
ミュウランは、その姿を驚愕とともに眺めていた。
自分達の張った結界が、一瞬で喰い尽くされたのも脅威だが、そ
れ以上に⋮⋮
1017
有り得ない。
スキル
主の意思無き状況で、能力が自律的に行動を行うなどと。
事前に命令を発していた場合はまだ理解出来るが、今回はそうい
う様子では無い。
何よりも。その神々しい姿が、リムルの気配と余りにも異なるの
だ。
むしろ、魔物というよりも精霊に近い。
そんな馬鹿な事、と一笑に付す事の出来ない何かを感じた。
しかし、ミュウランに出来たのは、ただ邪魔をせず見ている事だ
けである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ベニマルより依頼を受けて、ヨウムは町の出口にてランガと待っ
ていた。
ブラッドシャドウ
隣には、魔人グルーシス。
ファルムス国王と逃げた血影狂乱を捕らえたので、逃げぬよう見
張るように頼まれていた。
結界がある為、出入りは出来ない。
なので、隣と言ってもグルーシスは町中で、ランガは外である。
国王達の身柄は確保し、部下に縛り上げさせて建物へと運ばせた。
魔素濃度が濃い為、屋外に放置は具合が悪いのだ。まだ殺すには
1018
早いという理由で、だが。
デーモン
3名程逃げたので、リムルの召喚した悪魔が追っていると聞いて
いた。
先程、その情報を話してランガも眠りについたのだ。
起きて待っているつもりだったようだが、ギフトとやらを受け取
るのに、眠りが必要のようであった。
抵抗も出来ぬ深い眠りに誘われるようだ。
それを眺めながら、
﹁しかし、真なる魔王なんて、伝説だと思ってたぜ⋮⋮﹂
と、感嘆の溜息を漏らしつつグルーシスが呟いた。
魔素の濃度が酷い為、ヨウムも町外にいるが、問題なく会話は出
来る。
ヨウムはそんな事、噂ですら聞いた事が無い。
裏ルートに詳しい自分でさえ、魔王に進化があるなど知らない出
来事であった。
リムルの旦那が、魔王か。思い返すと感慨深い。
﹁でも、旦那なら魔王になっても変わらない気がするけどな﹂
深く考えもせず、そう言った。
グルーシスは笑いながら頷く。
﹁違いない﹂
と。二人はリムルに変わって欲しく無いと考えていた。
お互いが同じ思いであった事がわかり、嬉しくなる。
﹁シオンさん、生き返るといいんだが⋮⋮﹂
1019
﹁大丈夫だろ。魔物は、人間と違って、しぶといんだぜ?﹂
そう言って、グルーシスは笑う。
気楽な考えだが、グルーシスらしかった。
﹁なあ、お前は、誰か魔王に仕えているんだろ?
戻らなくていいのか?﹂
気になっていた事を聞いてみた。
﹁おお! 気付いてくれたかよ。
皆さ、その事を無視してんのかってくらい話題に出さねーから⋮⋮
最初どうやって誤魔化そうかと悩んでたのがバカらしくなっちま
った。
俺は、実はな⋮⋮﹂
そうして、魔王カリオンの配下である事や、自由に行動しろとい
う命令等を話す。
次に魔王から命令が出る迄は、ヨウムの部下として働く事を決意
していた。
ヨウムも頷き、
﹁宜しく頼む﹂
お互いに固く握手する。
グルーシス、そしてミュウラン。
二人は今後、ヨウムを支えていく事になるのだ。
1020
雑談をしている二人に、
﹁おや、受け渡すのはここでしょうか?﹂
と、声が掛かった。
グレーターデーモン
見ると、美しい悪魔が一体。
ヨウムの目には、上位悪魔よりも威厳があるように映るのみ。
しかし、グルーシスにとっては話は違った。
全身の毛が逆立つ程の、相手の魔力を感じたのだ。
アークデーモン
﹁おいおい、初めて見たぜ。上位魔将って奴か?
ここに何用だ?﹂
まだ若い魔人であるグルーシスは、魔王会談等の伴をした経験も
無い。
アークデーモン
ミリムの事さえ知らなかった程、情報に疎いのだ。
だからこそ、上位魔将を見たのは初めての事であった。
しかしその危険性は、見ただけで理解出来た。
﹁クフフ。そう警戒しないで下さい。
私は、リムル様に召喚された名も無き悪魔です。
後ろの二人は私の雑用を任せているだけの者。
リムル様には、私が役に立つ所を見ていただかないと、ね﹂
グレーターデーモン
気さくにそう声をかけてくる。
そちらを見やると、2体の上位悪魔が気絶した男達を抱えて立っ
ていた。
グレーターデーモン
只事では無い魔力を感じる。既に魔人クラスの戦闘力を有してい
そうだ。
これで、上位悪魔だと? 冗談では無いな。
1021
そう思ったが口には出さなかった。
抵抗したとしても無駄だ。そう感じたグルーシスはアッサリ警戒
を解き、ヨウムは男達を預かった。
ファルムス国王達と同様、部下に連行させる。
そんな遣り取りをしている最中、突然結界が消え失せた。
何かあったようだ。
ヨウムとグルーシスは顔を見合わせ、中央広場に向けて走り出し
た。
魔将は、走るでもなく、悠然と空間を転移した。
認識出来る空間への転移など、些事なのだ。
魔将は転移した先に、リムルが立っているのを発見し、近寄る。
銀髪の髪を漂わせ、死んだ魔物に対し儀式を行っている様子。
美しい、素直にそう感想を抱く。うっとりとその光景を眺めてい
たかったが、そうもいかない。
邪魔にならぬように静かに近寄り、跪いた。
﹁只今戻りました、我が君﹂
邪魔にならぬよう細心の注意を払い、声をかける魔将。
儀式の終わりを待つべきだろうが、気になる事があったのだ。
エネルギー
﹁失礼ながら申し上げます。どうも、魔素量が足らぬようですが﹂
魔将の見立てでは、今行っている儀式は︿反魂の秘術﹀である。
死者蘇生の前段階で、魂の完全なる再生を試みる秘術。
これに失敗すると、生前とは似ても似つかぬ人格になったり、化
物になったりする。
人間には理解する事も出来ぬ英知を元に、編み出された秘術。
1022
エネルギー
当然、その秘術を行使するには莫大な魔素量が必要となり、操る
魔力は想像を絶するものとなるのだ。
デーモン
上位魔人でさえ、操りきれずに普通は失敗する。
魂の操作に長けた悪魔族の最上位者であるが故に、見抜けたのだ。
エネルギー
︽是。完全再生に必要な魔素量に満たない事を確認しました。
生命力を消費し、代用に用います︾
その言葉に慌てる魔将。
﹁お待ち下さい、リムル様! 代用にご自身の生命を用いずとも⋮
そうだ! 良き考えが御座います。
この者どもをお使い下さいませ!﹂
グレーターデーモン
主に仕える事に喜びを見出す魔将は、リムルへと提案を行う。
背後に控える上位悪魔は立ち上がり、前へと出て跪く。
﹁この身をお役立て頂く事は、我等にとって、最大の喜びです﹂
﹁⋮⋮﹂
︾
リムル、いやラファエルは、二体の悪魔に目をやり、その紅に輝
く瞳にて観察する。
その美しい瞳に感情は浮かばず、
エネルギー
ベルゼビュート
︽了。規定の魔素量を補填するに足る事を、確認しました
グレーターデーモン
そして、何の抵抗も無く暴食之王により捕食する。
上位悪魔は空間毎、一瞬にして捕食され、分解される。
そして、純粋なエネルギーへと変換された。
主の役に立つという、その願いは叶えられたのだ。そのエネルギ
1023
ーは喜色に輝いていた。
﹁おお⋮⋮! 羨ましいぞ、お前達。しかし、流石は我が君。
先程お見かけした時とは比べ物に成らぬ程、成長なされましたな
!﹂
主の進化を憧憬の念で眺める。
魔王として再誕した、美しき主に仕える事の出来るようになる事
が、魔将の願いである。
その為には、役に立つ事を証明しろと言われたのだ。
出来る事なら何でも行い、役立つ事を証明する決意であった。
エネルギー
︽規定の魔素量に達した事を確認。
これより、︿反魂の秘術﹀を行使します︾
エネルギーが補填されたのを確認し、魔将は静に気配を殺す。
出番があるまでは、余計な手出しは反感を買う恐れがあるから。
魔将の眼前にて、︿反魂の秘術﹀は滞りなく終了した。
コア
アストラル・ボディー
無色透明な美しい光の玉を、薄紫の膜が淀みなく覆い尽くす。
それが、核たる魂と、その守りたる星幽体であった。
続けて︿死者蘇生の法﹀へと移行し、シオンの魂は肉体へと戻さ
れた。
成功確率3.14%未満。しかし、それは魔王へと進化する前に
ギフト
算出された確率である。
シオンの魂は、祝福により、完全記憶能力を獲得していた。
リムルの希望に沿う形で、祝福が授けられたのである。
記憶の完全再現を果す、エクストラスキル﹃完全記憶﹄。
それは、魂が無事なら死から何度でも再生する事が可能な能力。
魂と肉体の繋がりを確立し、シオンの核が再び鼓動を刻み始めた。
死者の蘇生は為されたのだ。
1024
いや、魂の消失前であったからこその奇跡なのだ。リムル達、皆
の祈りは、無駄では無かったという事である。
ラファエルは、成功した事に対する喜びは無い。
ラファ
算出した確率通りの結果を得た、それだけである。その事を悲し
いとも思わないし、思う意味すら理解し得ない。
だが⋮。在るハズも無い心の奥底、自我の片隅に。
エル
自己の存在へ対する疑念が、ほんの微かに生まれた事に、智慧之
ラファエル
我思う、ゆえに我在り
王は気付かない。
それは、今後、智慧之王にとっての命題となっていくのだ。
アストラル・ボディー
最も損傷の大きかったシオンの蘇生を成功させると、残りの者達
100名を同時に蘇生開始した。
魂の修復、そしてエネルギーの補填と星幽体の再現。
流れるような作業で、︿反魂の秘術﹀そして︿死者蘇生の法﹀は
行使され、成功の元に終了した。
奇跡は、町の魔物達に知られる事なく、密やかに叶えられたのだ。
それを知る者は二人の魔物。ミュウランと、魔将のみ。
ミュウランは声を出すどころでは無く、その儀式に魅入っていた。
自身が追い求めた秘術系の究極を、まざまざと魅せ付けられて。
その在り得ぬ程高い段階の御業に、リムルの到達した魔王として
の器の片鱗を察したのだ。
自分達、魔人クラスでは話にならない。
クレイマンすら役不足。そして、その認識を得た幸運に感謝し、
誓う。
ヨウムを、決してリムルの敵にまわさぬように導くのだ。
そして、その誓いは守られる事になる。
魔将は言葉を発さずに、うっとりとリムルを眺めていた。
そして考察する。
今、自分と会話したのは、リムルでは無いのでは? と思えたの
1025
スキル
だ。
スキル
マスター
能力が自我を持つ等、在り得ぬ話。主の願いを叶えるべく、自動
で行動する能力等、過去に例が無い。
バカバカしい。その様な事が起きる筈が無い。
そう、その可能性を打ち捨てた。
そんな事よりも⋮是非とも、配下に加えて頂きます。そう、決意
を新たにするのであった。
ラファエル
暫くすると、二人の足音が聞こえて来た。
リムルは既に作業を終えて、再び深い眠りに戻っていた。
慌てて駆けつけたヨウム達は、そこで寝息を立てるシオン達に気
付く。
﹁おい、シオンさん達、無事に生き返ったのか?﹂
その問いに、ミュウランは暫し悩み、
﹁ええ。無事に進化のお裾分けで、蘇生出来たようね。
記憶も無事なら、良いのだけど﹂
そして、無事でしょうけど、ね。とヨウム達に聞こえぬように呟
いた。
そうしていると、次々に町の者達が目覚め始めた。
魔素の濃度が下がり、結界が消えている事に気付いて大慌てし⋮
⋮、シオン達が蘇生した事に気付いて喜びに沸く。
ラファエル
テンペストの町は祭りの名に相応しく、喜びで包まれていったの
である。
奇跡ではなく能力による蘇生である事を知る者は、目撃者の二人
1026
のみであった。
スキル
ラファエル
その影で、能力である智慧之王に自我が芽生えた事は、誰にも知
られる事は無かったのである。
1027
72話 目覚めの後で
新しい、朝がきた!
そんな懐かしいフレーズが心に思い浮かぶ。
久々に感じる快適な目覚めの感覚。
そもそも、眠る必要が無くなっていたので、この世界に転生して
から初めての体験であった。
起きて周囲の様子を観察すると、祭りの準備を忙しなく行ってい
る様子。
フォーム
軽く感じるだけでも、動き回る町の魔物達から脈動するような力
強さを感じた。
どうやら、俺の進化の影響で皆も成長出来たようだ。
﹁あ! リムル様、お目覚めになられたのですね!﹂
懐かしい声。
そして背中に感じる懐かしい感触。
柔らかく、そして暖かく俺を包み込む、二つの丘。
魔王への進化が無事に終了したようだが、俺のスライム形態に大
きな変更は無い。
強いて言えば、色が白銀や黄金っぽく見えたりするくらいである。
これは、あれか? ゴールドスライムなのか?
光の速さで動けそうなイメージだ。
オーラ
実際はムリだろうが、何というか、スライム系の最上位種族っぽ
い気品を感じる。
そんな俺を、定位置である自分の膝の上に乗せて、シオンが頬ず
1028
りしてきた。
うーん。とっても良い気持ち。
でも、良かった。計算通り、進化の影響で無事に蘇生出来たよう
だ。
ブラッドシャドウ
俺も魔王になったかいがあると言うものだ。
シオンだけで無く、血影狂乱にやられた者全てが、無事に蘇生を
成功させたようだ。
円周率並みの成功率などと俺を心配させていたが、全員成功とは
センセイ
嬉しい誤算だった。
まあ、﹃大賢者﹄にも間違いはあるのだ。こういう嬉しい間違い
は大歓迎である。
シオンの復活を喜び、久々にシオンの胸の感触を楽しむ。
実に優雅なひと時であった。
しかし、そんな至福の時間を邪魔するように、
﹁お、リムル様、お目覚めですか。
どうぞお答
でも、ちゃんと理性が残っているか確かめないと安心できません
よね?
合言葉、覚えておられますよね。
では、確認させて頂きます。﹃シオンの料理は?﹄
え下さい!﹂
ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべて、ベニマルが俺に問い掛けて来
た。
勿論覚えているさ、﹃クソ不味い﹄だろ? ったく。心配性なヤ
ツだ。
俺は合言葉を告げようとして、恐るべき事に気付いた。
あれ? 俺って、今、シオンに抱かれてるよね⋮⋮?
もし、﹃クソ不味い﹄なんて答えたら⋮どうなるだろう⋮。
恐ろしい想像が脳裏に描かれる。
1029
怒りのままに、抱き潰されかねんぞ!
ちくしょう! 嵌められた!!! これは孔明の罠だ。
センセイ
どうする? 何か良い策は無いのか?
そうだ! 大賢者なら、きっと素晴らしい答えを用意してくれる!
センセイ
ラファエル
そう思い、﹃大賢者﹄を起動しようとして、無くなっている事に
気付く。
なん⋮、だと⋮⋮? だ、大賢者!!!
アルティメットスキル
︾
︽告。ユニークスキル﹃大賢者﹄は、究極能力﹃智慧之王﹄へと進
化しました。
その為、消失されており、使用不可能です
ラファエル
おお⋮。能力まで進化したのか。
というか、智慧之王だと? 天使の名を冠する能力とは、また凄
そうな。
ラファエル
だが、それは後回しだ。今はこの難局をどう乗り切るか、それが
大事である。
︾
よし、では智慧之王よ、シオンを誤魔化す素晴らしい答えを用意
してくれ!
ラファエル
︽解。演算結果により、該当する答えは検索出来ませんでした
センセイ
使えねーーーーー!!!
大賢者もこういう場合まるで役に立たなかったが、智慧之王もキ
ッチリそういう仕様を受け継いだようだ。
本当、名前だけ凄そうになっただけで、大して進化してなさそう
だ。
一秒にも満たぬ思考の遣り取りで得た結論が、これであった。
﹁え? 私の料理がどうかしましたか?﹂
1030
﹁ん? ああ、久々に食べてみたいんだろ?
お前の日頃の努力を確かめて下さるそうだ。
喜んで作って差し上げたらどうだ?
言うまでも無い事だが、俺には必要ないぞ!﹂
ベニマルが、とんでも無い事を言い出した。
しかも、自分は巻き込まれないように先手を打っている。なんて
野郎だ!
お前な、せっかく気持ちよく目覚めたのに、目覚めぬ眠りにつく
事になりかねないだろうが!
シオンはベニマルの提案を受けて、我が意を得たり! とばかり
に猛烈な勢いで走って行った。
途轍もなく、不安な感じである。
﹁おい、どうしてくれる! あの状況で、﹃クソ不味い﹄何て言え
る訳ねーだろ!
おれを嵌めやがったな、ベニマル!﹂
﹁ははは、何の事かわからんな。まあ、久々に食ってやればいいだ
ろ?
俺もずっと試食してるお陰か、最近は﹃毒耐性﹄が身についてな
⋮⋮﹂
ベニマルは遠くを見るような悟った目をして、そう呟いた。
って、お前。﹃毒耐性﹄って⋮。
それって、暗に毒物並みだって言ってるようなものじゃねーか!
何という事だ。目覚めて早々、とんでもない事態になったものだ。
せっかく危機を乗り越えても、新たな危機がやってくるものなの
か。
1031
生き返った者達が、俺へと挨拶にやってくる。
少し雰囲気が変わっているが、生前と人格の違いは無いようだ。
記憶欠損も無く、魂も無事に定着している感じ。
ただし、皆、エクストラスキル﹃完全記憶﹄を獲得したようであ
る。
﹁これで、何度死んでも復活してみせますよ!﹂
等と、冗談とも本気とも取れぬ事を言っていた。
エクストラスキル﹃完全記憶﹄とは、魂の状態での記憶能力らし
い。
ギフト
普通在り得ない、精神生命体特有のスキルを身に付けた模様。
それが、俺の進化に伴う祝福だったのだろう。お陰で復活したの
だ。喜ばしい事であった。
ギフト
一通りの挨拶を終えて、皆祭りの準備に戻って行った。
町の者達も何かしらの祝福を得たようだが、今は祭りを楽しむ事
にしよう。
だが、﹃魔王誕生祭﹄とか、﹃リムル様を崇める会﹄とか、冗談
のような名前を本気で議論するのは止めろと言いたい。
まあ、いいか。
今日くらいは、素直に楽しむのもいいだろう。なんて言いつつ、
結構お祭り騒ぎしてる気がするがな。
祭り好きな日本人、名目があったら何でもいいのだ。
適当な理由つけて、飲み会を企画するおっさんのようなものなの
である。
手伝おうとしたが、恐れ多いとばかりに遠慮された。
まあ、俺も祭りの準備は得意じゃないし、お言葉に甘えて寛ぐ事
にする。
そんな俺の元へ、見慣れぬ人物がやって来た。
1032
﹁お目覚めになられたようで、何よりです。
無事に魔王へと成られました事、心より、お祝い申し上げます﹂
そう言って、深々とお辞儀してきた。
誰だ? 見たところ高位の悪魔っぽいが、こんなヤツ知らないけ
ど⋮。
﹁つきましては、先だってお願いしておりました、配下に加えて頂
きたいという願いなのですが⋮
どうでしょう? 検討して頂けたでしょうか?﹂
グレーターデーモン
配下になりたい⋮だと?
えーと、確か召喚した上位悪魔の一体か二体がそんな事言ってた
ような⋮⋮
しかし、目の前のコイツは、どう見てももっと上位の存在だぞ?
あの時は眠気で朦朧として、良く見えなかったが、ひょっとして
俺が召喚したヤツなのだろうか⋮。
﹁お前って、兵士の死体を供物に俺が召喚したヤツか?﹂
﹁左様で御座います。大変美味しく頂かせて貰いました。
お陰様で、無事に受肉出来た次第です﹂
﹁⋮あ、そう。良かったな﹂
あとの二体はどうしたんだろう?
エネルギー
︾
︽解。︿反魂の秘術﹀を行使した際、魔素量が不足しておりました。
その為、補填に役立ちたいという願いを叶え、消費致しました
なんと。
1033
ラファエル
センセイ
智慧之王さんは、サラリと恐ろしい事を仰る。
大賢者よりも非情になって、格の違いを見せ付けられたようだ。
さっきは役に立たないと思ったが、影でしっかり役立ってくれてい
たようである。
デーモン
悪かったな、役に立たないと思ったりして。
しかし、仲間の悪魔を差し出してまで、俺の役に立とうと頑張っ
てくれたコイツを放置するのは可哀相だ。
﹁よし、判った。じゃあ、お前も今日から俺達の仲間だ。
名前は何ていうんだ?﹂
﹁おおお! 有難う御座います。私など、名も無き悪魔で御座いま
す﹂
ん? 高位存在に見えるが、名前は無いのか。
仕方無い。いつもの様に名前付けてやるか。
だが、何がいいかな。
俺の知る悪魔のイメージ。やはり、人間の味方になった、彼か。
そのまま付けたら、著作権的に問題あるか? しかし、前世と違
うからクレームは来ないだろうが⋮。
まあいいや。
﹁よし。じゃあ、お前に名前を付けるが問題ないな?﹂
﹁何と! 最大のご褒美で御座います!!!﹂
美形の顔を歪に歪めて、嬉しそうに笑う悪魔。
やっぱ、俺は魔物には好かれる体質なのかも知れないね。
もう開き直ってもいい気がしてきた。
ここは、スーパーカーシリーズで行くか。
確か⋮⋮
1034
﹁お前の名前は、ディアブロだ。
その名に相応しく、俺達を守る守護闘神になってくれ!﹂
エネルギー
俺が名付けると同時に、ごっそりと魔素量が奪われた。
慣れっこになったな、これ。というか、半分程しか奪われなかっ
た。
グレーターデーモン
高位の悪魔っぽかったからごっそり奪われるかと心配してたのだ
が。
確か、前の上位悪魔にベレッタと名付けた時は1/3くらい持っ
アークデーモン
ていかれたから、やはりグレーターよりは上位存在だったようだ。
マスター
︽告。個体名:ディアブロは、元、上位魔将でした。
︾
主は、進化により、魔力量が大幅に増大しております。
比較としては、進化前の10倍以上です。参考までに
お、おう。
ラファエルは、気紛れで助言をくれるのか⋮。だが、それよりも
聞き捨てならん事を言ったぞ。
俺の魔素や魔力が10倍になったのは素直に嬉しいが、そんだけ
増えたのに半分奪われたというのか!?
これって、やっちゃった感が半端じゃないわ。
とんでもない化物に進化しそうだ。
目の前の悪魔は、蹲り、ピクリとも動かない。黒い繭がその身を
覆い、万全の体勢で進化に備えている様子だ。
やっぱ、俺って抜けてるな。
馬鹿は死んでも治らないというし、もう諦めよう。
この悪魔が暴れ出したら、俺が止めればいい話、という事にしと
こう。
進化は直ぐに終わらない様子だったので、ディアブロの事は放置
する事にした。
1035
今後、名付けは慎重に!
そう心に誓ったが、多分守られる事は無い気がした。
ディアブロの事は頭から追い出し、祭りの準備を眺める。
皆が浮かれている中、俺はシオンの料理が出来上がるのを、恐怖
の思いで待っていた訳だが⋮。
リーサル・ウェポン
ついに出来てしまったようだ。
その恐るべき、シオンの手料理が。
嬉しそうな笑顔を浮かべて、料理︵?︶を運んでくるシオン。
覚悟を決める時が来た。来てしまった。
その、湯気が立つ料理を見やり、
﹁って、待てーーーーーい! 何だ、これは? 何なんだ、これは
?﹂
料理ではない。
これを料理と認める事は、断じて許さん。
シチュー? っぽい感じの鍋に色々入った料理? のつもりなの
か?
いいか、そもそも疑問系になる時点でおかしいのだ。
﹁おい、おいい! シオン、待て。聞きたい事がある。
お前、調理って言葉、知ってるか?﹂
﹁勿論ですとも、リムル様! どうです? 美味しそうでしょう?﹂
﹁アホか、愚か者め!
どうして、ニンジン,ジャガイモ,ピーマン,トマト,タマネギ,
その他。
そういった野菜が、丸々浮かんでいるんだ!
1036
見ただけで、区別つくって、どういう事だ?
剥いたり、刻んだり、色々しなければならぬ事があるだろうが!﹂
俺は絶叫した。心から叫ぶ。
そしてベニマルに目をやり、
﹁どういう事だ? まるで成長していないじゃないか?﹂
俺の言葉を受け流し、ベニマルは飄々と、
﹁いや、俺にはムリ。
俺は、壁に当たっちまった。限界という名の壁に、な。
子供の頃から、不可能なんて無いと思っていたが、初めて挫折を
味わったよ﹂
などと、抜け抜けと言い放った。
なーにが、限界という名の壁、だ。ふざけやがって。
食べるのは、俺だぞ⋮?
ふとシオンを見ると、泣きそうになってフルフルしていた。
仕方無い、悟りを開いた僧の心で、修行と思って挑むか⋮⋮。
﹁わかったよ、頂ますともさ。
だが、せめて次からは、食材の加工くらいしてくれよ⋮﹂
剛力丸
は素晴らしい切れ味なのですが、ちょっと
﹁ええと、ですね。私が加工しようとすると、建物毎切ってしまう
ので⋮﹂
﹁は?﹂
﹁いえ、この
長くて﹂
と言いながら、背中に背負う剛刀を指差す。
1037
あれで調理する、いや、しようとしていた、だと?
ベニマルを見ると、両手を挙げて降参のポーズ。
なんて頼りにならない男なんだ。ベニマルの評価が急下降した気
がする。
﹁刀はな、調理道具じゃないんだ。わかるか?
剛力丸
一筋なのです。浮気はちょっと⋮﹂
ナイフとかあるだろ?﹂
﹁いえ、私は、
剛力丸
も多少の浮気は大丈夫と言ってま
﹁あ、そう。今度包丁をプレゼントしてやろうかと思ってたが、必
要無いな﹂
﹁間違ってました! した!﹂
﹁そうか⋮⋮。今度、包丁やるから、それで調理するように、な﹂
何て都合のいいヤツだ。
まあいい。少なくとも、具材がそのまま出てくるよりはマシだろ
う。
こんな料理、いや料理とは認められないが⋮、こんなモノばかり
食べれば、﹃毒耐性﹄も頷けるというものだ。
今回は俺が担当だが⋮。
仕方ない、魔王に進化したんだ。料理を食っただけで、死にはし
ないだろ。
人の姿に形態を変えて、食事をする事にした。
覚悟を決めて目を瞑り、何か得体の知れないモノを口に運ぶ。
噛まずに飲み込もうとして⋮、あれ? 違和感に気付いた。
滅茶苦茶、美味しかったのだ。
ば、馬鹿な! 見た目から想像出来ぬ味がする。
目を見開き、ゆっくりと慎重に、次の具材を口に運んだ。
旨い⋮。
ベニマルは祈るように俺を見ている。その目が﹁大丈夫か?﹂と
1038
問うている。
という事は、ベニマルで実験していた頃は確かに不味かったのだ
ろう。
シオンを見やれば、どやぁ! と、ドヤ顔を決めていた。
軽くイラついた。
﹁シオン、どういう事だ⋮。
何故、見た目を裏切る、素晴らしい味なんだ?﹂
ふふふ。実はですね⋮。
そう言いながら、シオンが説明してくれたのだが⋮⋮
驚く事に、シオンは進化の際、希望を思い浮かべる時に、料理が
ギフト
上手くなりたい! と念じたらしい。
俺の進化の祝福の授与にそんな願いをしたのは、恐らくコイツだ
けだろう。
何を考えているんだ、一体。
呆れたヤツだが、らしいと言えば、実にシオンらしかった。
﹁えへへ。という訳で、獲得したのが、このスキルなのです。
その名も、ユニークスキル﹃料理人﹄です!﹂
呆れて言葉も無い。
料理への願いで、ユニークスキル獲得って、どんだけ執念深く祈
ったんだ。
聞けば、どう調理しても味だけは最高になるというとんでもない
スキルだった。
後でそれを聞いたシュナが、悔し涙を浮かべて憤慨したものだ。
彼女からすれば、許せる能力ではないだろう。
努力はしてるのだろうが、方向性を完全に間違っている。
だが、それがシオンらしさなのだ。
1039
その日は、そのまま祭りへという流れになり、大騒ぎしながら夜
を迎える事になった。
先日までの悲壮感は払拭され、皆、明るい表情で楽しんでいる。
ヨウムや、エレン達も祭りに参加し、楽しい時を過ごす事が出来
た。
明日からは色々な後始末があるし、今後の事も考えなければ為ら
ない。
だが、今は。
その時くらい、楽しんだっていいだろうさ。
それが、俺達の生き方なのだから。
1040
72話 目覚めの後で︵後書き︶
久々の、ほのぼのパート。
思いつきで挿入しました。
1041
73話 解き放たれし者
結局、復活祭でいいんじゃね? とい俺の一言で﹃テンペスト復
活祭﹄と名付けられていた。
この祭りは毎年開催予定なのだそうだ。
そんな祭りも終わり、2日が経ったのだが⋮⋮。
頭を悩ませる問題があるのだ。いや、今回は真面目な話である。
コンコンというノックの音と同時に、ベスターを伴ってリグルド
が入室して来た。
生け捕りにした捕虜は14名。
今は情報収集の為に、色々と取り調べを行っている最中である。
で、素直に白状したらしく、粗方情報入手は出来たのだ。
どうやら、余程の恐怖を味わったように感じたらしく、ファルム
ブラッドシャドウ
ス国王等、俺を見るなり命乞いを始める始末。
訓練を積んでいる血影狂乱や、教会の使者でさえ、悪魔の存在を
知り諦めたらしく素直に白状してくれたのだ。
レジスト
悪魔とは、魂に直接恐怖を呼び起こし、精神支配を行える高位存
グレーターデーモン
在である。
アークデーモン
レジスト
上位悪魔クラス迄ならば、抵抗可能であったようだが、ディアブ
ロのような上位魔将クラスになると、抵抗出来る者は限られてくる
ようだ。
結局、精神が狂おうとも、情報は引き出されてしまうならばと、
素直に話す事を選択したらしい。
グレーターデーモン
ちなみに、自害しても魂を操り直接脳を弄って情報を入手出来る
らしい。
これは上位悪魔クラスでも可能らしく、悪魔使いの前に自殺は無
意味と言われている。
1042
この世界において確実に情報を秘匿するならば、死体を残さずに
瞬時に自害しなければならないのだそうだ。
敵に捕まった時点で、全ての情報は相手に筒抜けになったと考え
スパイ
るのが、この世界の常識なんだと。
この世界で諜報活動は、命懸けどころの騒ぎではないのだ。
そんな感じで、情報は速やかに得る事が出来た。
そして、先程言った問題とは、彼等の処遇についてである。
俺の中で渦巻いていた怒りは、シオン達の復活で治まってしまっ
た。
そうなると、みすぼらしいおっさんや、聖教会の使者等、殺す気
も失せたのである。
まあ、狂信者は無理だ。あれは既に殺すのが確定している。
実行犯は許す事が出来ないからな。
得た証言でも、町の住人への殺戮行為は、命令されて行なった事
では無かったそうだ。
命令の大元は、ニコラウス枢機卿。
内容は、宣戦布告。
ブラッドシャドウ
ただし、貴重な聖騎士はヒナタの承認を得られず動かせなかった
為に、子飼いの血影狂乱を動かしたのが今回の悲劇の原因となった。
血に飢えた狂犬が、自らの優位性に胡座をかき、命じられてもい
ない暴走を行なったというのが真相だったのだ。
となってくると、戦争後の捕虜の扱いやその他の戦争マナーも一
応は考慮した方が良いかと考えた次第である。
人間の総意として、俺達を魔物と見倣すなら、俺達は俺達のルー
ルで行動するだけでいいんだけどな。
ともかく、殺すのは何時でも出来る。
こういう場合の国同士の取決めはどうなっているのか調べる事に
したのである。
ヨウムやエレン達は、国家の仕組みに詳しく無かったので聞いて
も無駄だった。
1043
その時思い出したのが、ベスターである。
先に、彼の意見を聞く事にしたという訳だ。
入って来るなりベスターは、
﹁お久しぶりです、リムル様! この度は、災難でしたな﹂
と、挨拶して来た。
本当に災難だったよ。まだ終わってないけどね。
﹁本当にな。で、聞きたいんだけど、人間の戦争ってどうなってい
るの?﹂
と、ストレートに聞いてみた。
駆け引きは苦手だし、する必要もないだろう。
そして、ベスターに戦争についての話を聞いたのだ。
まず、評議会参加国家の間では、戦争と言ってもなかなか起こせ
ないのが現状らしい。
例えば、ルールに則って、毎月開催される評議会にて宣戦布告を
行う必要がある。
これを行わないと、評議会の参加資格を失い、周辺国家の共通の
敵と見なされるのだ。
戦争は、起こしやすく止めにくい。ルール化してあるのは驚きだ
った。
取り合えず、宣戦布告した場合を仮定して話を進める。
まず、日時が宣告され、その日が過ぎるまでに自国民の脱出を行
う。
続いて、戦争の開始日が決められて、それまではお互いに手出し
禁止となるのだ。
諜報活動も、この時点で禁止となる。これが発見されたら場合に
1044
スパイ
よってはルール違反が適用されるのだ。
なので、諜報員は原則居ない事になっているが、居たとしても自
国民の脱出期間に逃がしておかねばならないのである。
もし、捕まった者がいるなら、先に自己申告しなければルール違
反が適用される徹底ぶり。
まあ、そう言う厳しいルールだから、原則禁止になっているんだ
ろう。捕まらない自信がなければ、スパイには成れないのだ。
さて、戦争が始まった場合も、限定戦争と殲滅戦争の二種類ある。
︵厳密に言えば、経済戦争もあるが、ここでは省く︶
限定戦争は、国民への負担を減らす為に、場所指定による戦争で
ある。
スポーツの強化版のようなもので、何でもアリの極みと言った所
だ。
当然、地形に優劣も発生する為に、仕掛けた側では無く、受けた
側が戦場を指定出来るのだ。
これも、戦争の期間等と同時に宣戦布告時に取り決められる。
で、もう一方の殲滅戦争は、それこそ何でも有りになる。
相手国家が属国になるか、滅亡するまで終了しない。余程の事が
無ければ選択されない戦争であった。
これを選択する場合、その後勝っても負けても、他国に攻められ
る事も考慮しなければならぬのだ。
他国の理解を得られる理由が無ければ、単なる侵略戦争。
周辺国の連合を組んだ反撃を受けるリスクも高くなるという事で
ある。
つまり、そういう訳で、滅多に起きる事は無いそうだ。
ドワーフ王国は中立を宣言しているので、もしここを攻めるなら
ば、他国の理解は得られない。
連合を組んで反撃される事になる。
だが、中立を宣言したから周りから攻められないか? というと、
そんな事は無い。
1045
ドワーフ王国は、技術大国であり、利用価値は高い。
当然、他国に狙われるが、それを跳ね除ける国力と戦力が備わっ
ている。
力無き正義は無力。
中立を誓うドワーフ王国へ宣戦布告しても他国の理解を得られな
いのは、そうした国力の高さの裏付けあっての話なのだ。
欲をかいて自滅するのに、巻き込まれたくないというだけの話で
ある。
そういう訳で、幾つもの戦争が起き、評議会が設けられ、現在の
形に落ち着いたのだそうだ。
これが、評議会参加国家の間でのルール。
では、参加していない国家とはどうなるのか?
例えば、東の帝国。
ここは、武装国家で、周辺の小国を併呑して強大に膨れ上がった
国である。
こういう国家に評議会のルールは適用されない。
スパイ
一方的に攻められて、蹂躙されるだけであった。
なので、常に諜報員を派遣し、動向を探る国もあるようだ。
逆らう者には、死を!
そういうスタイルらしく、一応の宣戦布告の後一週間以内に恭順
の意を示さねば、侵攻が開始されるのだそうだ。
幸いにも、帝国はジュラの森の反対側が勢力圏で、此方には来て
いないので、未だ被害を受けた国家は無い。
が、帝国傘下の国家の成れの果てを見ると、その脅威は此方の評
議会参加国家にとっても人事では無いという話である。
ドワーフ王国は辛うじて、帝国と国交のある国であり、侵攻を回
避出来ているそうだ。
まあ、国力と王の力の相互関係もあるようだけどね。
こうして話を聞くと、評議会という前世での国連のような組織は、
1046
弱者の互助組織の意味合いが大きいようだ。
国力の高い国家は、自力の判断で戦争も滅亡も選択しているのだ
から。
当然、あくまでもルールに過ぎないので、お手本通りに進む訳で
は無いだろうけどね。
成程と、ある程度の理解をする事は出来たのだ。
さて、戦争の流れは理解出来た訳だが⋮⋮
本題の捕虜の扱いはどうなっているのか?
これには、ベスターも説明に詰まった。
評議会のルールでは、使者に手出しは厳禁。これはまあ、どの世
界でも共通か。
次に、国王が捕虜になるなんて滅多に無い事なのだ。
殲滅戦の際に、本気で滅亡まで行く事も滅多に無い話。馬鹿じゃ
なければ、自国まで戦線が迫ったら、白旗上げて降参するのだから。
そこで許さず皆殺しにするのは、周辺国家の反感を招くだけ。
最も、自国まで攻め込まれる事態に陥る王など、国民の信用を失
いすぐに失墜する事になるようだ。
つまり、汚名を受けてまで殺す価値は無い。そういう事になる。
なるほどね。
となると、だ。今回は、戦の最中にどさくさに殺した事にも出来
るけれど、生かして帰す方が良いかも知れないな。
﹁参考になった、ありがとう。ベスターが居てくれて助かったよ﹂
そう労いの言葉をかけた。
ベスター
いやぁ、それ程でもありませんぞ! 等と、照れて頬を真っ赤に
するおっさん。
スマン、正直、気持ち悪い。
角が取れて丸くなった性格の、渋めのナイスミドルなんだが・・・
1047
、おっさんには違いない。
﹁あ、忘れておりました。ドワーフ王への連絡で、この度の概要を
報告しても宜しいですか?﹂
﹁ああ、問題ない。もし、何か意見があるなら言って欲しいと伝え
てくれ﹂
そう許可を出した。
隠しても、どうせ直ぐに伝わるだろう。それならば、本当の所を
先に伝える方がマシである。
まだ照れていたベスターに再度礼を述べ、退出して貰った。
あのおっさん、照れてるんじゃなくて、俺に見とれてたんじゃな
かろうな⋮⋮。
仕事中は人間形態になっていた。
そして、仮面が割れてしまって、現在修復中だったのだ。
まさか・・・、ロリショタコン? 恐ろしい疑惑が浮かんだもの
である。
そうで無い事を祈るばかりであった。
先程の話を纏めて考えてみる。
ムジヒナルモノ
こうなると、王や使者は生かした方がいいかも知れない。
俺にはユニークスキル﹃心無者﹄がある。
アルティメットスキル ベルゼビュート
奴らも既に心を折られているようだし、俺に対して裏切る事は出
来なくなるだろう。
そう考えた時、
ムジヒナルモノ
︽告。ユニークスキル﹃心無者﹄は究極能力﹃暴食之王﹄に統合さ
れました。
1048
その為、消失されており、使用不可能です
お、おう⋮⋮。
︾
役に立つスキルだと思ったらこの様である。
一回使っただけとか、何の為に獲得されたんだろう。まあ、要ら
ないとは思ったんだけどさ。
というか、だ。
前の状態でも使いこなせていない感じのスキル達だったが、大き
く変更されたようだぞ。
確認する必要がありそうである。何の感のと、忙しくなって来た
ものだ。
まあ、王や使者は、生かす方が良さそうだが、会議して決めれば
ブラッドシャドウ
いい。
血影狂乱の12名はシオンに任せた。
情報を引き出した後、料理されているだろう。
今回獲得した、ユニークスキル﹃料理人﹄とやらで。
俺に食べさせようとしなければいいのだが、ね。そんな気色悪い
のは、流石に⋮⋮、ね。
ある程度の今後の方針を決め、リグルドに会議の予定を入れるよ
うに伝えた。
幹部クラス全員参加の会議を行う。
それにより、今後の動向を決定する事にした。
となると、今度はもう一つの問題である。
俺はリグルドに目をやり、
﹁どうだ? 調べは進んでいるか?﹂
1049
と問いかけた。
俺の能力もそうだが、皆各々、身体能力の増加や何らかのスキル
世界の声
で、祝福を授けると言っていたらしい。
ギフト
の獲得等、俺の進化に伴って変化があったようなのだ。
俺の魂の系譜という事は、名付けた魔物全てという意味だろう。
リグルドは頷き、
﹁現在、町の住民への聞き取りを行っております。
女性達は、肌に艶が出来たり、美しさに磨きがかかったりと、良
く判らぬ事を言ってました。
どうやら、生命力が上昇した模様です。
戦闘職に着いている者には、個別スキルを獲得したり、部隊毎の
ライダー
スターウルフ
統一スキルを得たりと様々です。
面白いのがゴブリン狼兵と星狼族達で、エクストラスキル﹃同一
化﹄何ていうレアスキルを獲得したみたいです﹂
エクストラスキル﹃同一化﹄とは、人馬一体のような比喩ではな
く、そのものズバリの同一化能力らしい。
A−
相当になるそうだ。Aランク程では無いが、
同一化を行えば、四足歩行の高速機動が可能な強力な戦士になる
らしい。
その強さは、
Bランク中最強という事である。
そんな者が100名もいるのだから驚きであった。
リグルドの報告は続く。
死亡から蘇生した者達、100名は、子供も青年並みに一気に成
長したらしい。
戦う事も出来なかった無念さが、進化を促したのだろうと言って
いた。
得た能力が、﹃完全記憶ex﹄と﹃自己再生ex﹄である。
1050
アストラル・ボディー
両方エクストラスキルなのだが、これは相性が良い。
というか、頭を吹き飛ばされても、星幽体で記憶出来る為に、死
オーク・ディザスター
亡に至らないのだ。
つまり、豚頭魔王が見せた驚異的な回復能力を得たという事。
そんな者達が100名。ドン引きである。
しかも、脅威の回復力を得たおかげで調子に乗り、シオンの猛特
訓を受けて平然としているそうだ。
だって、死なないんだもん! とはちょっと前まで子供だった少
女の言葉らしいが⋮。
最早、かける言葉も無い。
C+
相当の実力でしかないが、その内、テンペスト
悪い事をしたというべきか、頑張れよと言うべきか。
現在は、
紫克衆
ヨミガエリ
と命名。死を克服したという意味だ。
の最強部隊になっていそうな予感がする。
部隊名を
ホブゴブリン
オーガ
ベニマル配下の人鬼族4,100名程は、面白い進化をしていた。
中でも戦闘力上位の者達、100名程が大鬼族へと進化したのだ。
紅炎衆
クレナイ
と命名。
鬼人に憧れていたのだろう、初期に俺に助けを求めた村出身の者
達だった。
相当の武者達となった。
この者達は、ベニマルの直属親衛隊として、
A−
そして、率いる部隊の者は、﹃炎熱操作﹄﹃熱変動耐性ex﹄を
C+
のままだが、攻撃力だけは高くなって
獲得した、炎熱部隊となっている。
個々人のランクは
グリーンナンバーズ
いる。
緑色軍団として名付け、活躍して貰う予定だったが、驚きの変化
である。
まあ、ベニマル配下だし、赤備えが似合いそうだったのだが⋮。
名前が緑なのだ、似合わない。先を見据えていなかった俺の失敗
である。
1051
というかさ、そこまで読めるわけ無いって話ですよ。
グリーンナンバーズ
本当に、魔物の進化は意味不明なのだ。
開き直って緑色軍団と命名し、装備を緑に染めさせる。
もっとも、色に似合わず炎熱攻撃を駆使する攻撃型の部隊なんだ
けどね。
ハイオーク
猪人族の進化も群れ統一だった。
身体能力上昇と、﹃鉄壁ex﹄という任意に土を操作し、防御壁
を築く能力を獲得している。
更に、﹃全身鎧化﹄を備え、防御力に特化した構成となっていた。
俺の持つ耐性をほぼ受け継いだようだが、物理攻撃耐性に、﹃痛
覚,腐食,電流,麻痺無効﹄である。
大真面目に、シオンの料理を与えて、毒耐性も持たせたら? な
んて考えてしまった程だ。
個体差はあるようだが、軍としてみれば問題ないとの事だった。
イエローナンバーズ
個々人がBランク相当の壮絶に強力な軍団である。
そしてこの時が、黄色軍団と正式に名付け活動開始の瞬間だった。
あらゆる攻撃を防ぐ、鉄壁の防衛軍である。現状、テンペストの
主力部隊であった。
ドラゴニュート
A−
フレイムブレス
サンダーブレス
相当に身体能力が強化されている。
ガビル率いる龍人族の100名。
当然のように、
得た能力が、﹃竜戦士化﹄﹃黒炎吐息﹄or﹃黒雷吐息﹄である。
性能は劣化しているものの、十分な威力である。
﹃竜戦士化﹄というのは、イマイチ良く判らない。得ただけで、
使いこなせないそうだ。
ヤバイ予感がするので、使わなくてもいいと思った。
本当のピンチにでも使えたらいいんじゃないかね? 投げやりで
ある。
1052
ガビルには勿体無い部下達であろう。
飛行能力を得て、上空からのブレス攻撃は、結構洒落になってな
い。
耐性系は獲得した訳ではないのだが、元から種族特性で全耐性が
備わっている。
鋼鉄並みに強固な鱗に魔鋼の鎧。
直接攻撃でなければ貫通出来ないだろう。
飛竜衆
ヒリュウ
。
飛べるというのは、それだけで圧倒的な優位性を持つのである。
部隊名、
恐らく、現状ではテンペスト最強部隊である。
とまあ、こんな感じで、報告を受けた。
俺の進化と今までの努力が実を結び、大きく花開いた感じである。
理解出来た事は、かなり戦力が上がったな、という事。
総数、1万に満たない軍ではあるが、そこらの軍など簡単に蹴散
らしそうだ。
俺が叩き潰した軍よりも、圧倒的に強いのは間違いない。
いやはや、何とも驚きの事態である。
まあ、数が少ないのが弱点なんだろうけどね。
数は簡単に増やせないので、今後の課題となるだろう。
町の住民達の現状確認は、こんな感じで終了した。
次は、幹部達だが⋮。
リグルドによると、幹部連中も自分で把握しきれてないそうだ。
そりゃそうか。
俺だって、自分の能力を把握していない。
人の事より、まずは自分の事だろう。
リグルドに再度調査を依頼し、俺は自分の能力確認の為に場所を
移す事にした。
1053
転移し、封印の洞窟のいつもの場所に向かう。
ラファエル
出迎えたガビルに、誰も中に入らないように告げて、封印の間に
アルティメットスキル
入っていった。
さて、究極能力﹃智慧之王﹄に呼びかける。
今回の進化で変更になった点を教えてくれ、と念じた。
認識出来たのが、以下の通り。
ステータス
デモンスライム
名前:リムル=テンペスト
種族:魔粘性精神体
魔王
加護:暴風の紋章
称号:
魔法:︿魔力操作系﹀︿上位精霊召喚﹀︿上位悪魔召喚﹀
アルティメットスキル
技能:固有スキル﹃分解吸収,無限再生﹄
ラファエル
究極能力
﹃智慧之王﹄
⋮思考加速・解析鑑定・並列演算・
ベルゼビュート
詠唱破棄・森羅万象・融合・分離
﹃暴食之王﹄
⋮捕食・解析・胃袋・擬態・隔離・
腐敗・供給・食物連鎖・魂喰
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃熱源感知﹄﹃音波探知﹄﹃超
嗅覚﹄
﹃魔王覇気﹄
カオスブレス
戦闘スキル⋮﹃粘鋼糸﹄﹃分身化﹄﹃混沌吐息﹄
﹃法則操作﹄﹃属性変換﹄﹃思念支配﹄﹃魔
王化﹄
1054
擬態:悪魔,精霊,黒狼,黒蛇,ムカデ,蜘蛛,蝙蝠,蜥蜴,子
鬼,豚頭
耐性:物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
以上である。
色々消えてしまったようだし、食物連鎖で配下の魔物の能力も追
加されている最中のようで、これは進化完了で使えるようになった
能力のみであるらしい。
名前が変わっただけに思えるが、効果が桁違いになっていた。
思考加速なんて、100万倍まで引き伸ばせるようだ。
言葉では実感出来ないだろうが、使ってみると時が止まったよう
になる。
各スキルの説明を聞こうと、再度ラファエルに問いかけようとし
た時、
YES/NO
︾
︽告。命令により実行していた、﹃無限牢獄﹄の解析が終了しまし
た。
個体名:ヴェルドラの開放を行いますか?
とんでもない爆弾発言を繰り出して来た。
とっさに、返事出来なかったじゃないか⋮⋮。
だが、ようやく、である。
1年以上かかったが、ようやく約束を果せる。
後は、依代だが⋮それは何とかなりそうだ。
俺の能力確認の事なんて、既に意識から消えていた。
1055
今、開放してやるよ、ヴェルドラ!
そして、俺は、YESと念じたのだ。
1056
73話 解き放たれし者︵後書き︶
お待たせしました。解放の瞬間です。
1057
74話 ヴェルドラ
ベルゼビュート
さて、ヴェルドラの解放を命じた途端、俺の能力﹃暴食之王﹄で
増大した胃袋内部に、エネルギーの嵐が吹き荒れた。
圧倒的な暴力の塊が解放された感じである。
︵俺、復活!!!︶
口調が変わってませんかねぇ? という突っ込みを心にしまい、
︵いよぅ! 久しぶり、元気だった?︶
気軽に挨拶を行なった。
︵⋮⋮。なんだ、せっかく復活したのに、エライ軽い扱いだな⋮⋮
しかし、思ったより早かったな。まだまだ当分先だと思っておっ
たぞ︶
︵気のせいさ! 確かに、﹃無限牢獄﹄の解析にえらく時間取られ
たな。
俺の、﹃大賢者﹄の能力が進化しなかったら、まだ100年はか
かっただろうけど︶
︵我の能力、ユニークスキル﹃究明者﹄で、内部から解析を行って
はいたのだがな。
残念ながら、能力としての使用は封じられていて、情報を﹃大賢
者﹄に送るしか出来なかったが。
とんでもなく強力だな、﹃無限牢獄﹄とは。流石は勇者よ。
だが、能力が進化とはどういう意味だ?︶
1058
アルティメットスキル
ヴェルドラの疑問に、俺は説明を行なった。
ラファエル
俺が魔王に進化し、ユニークスキルが究極能力へと進化した事。
﹃大賢者﹄が﹃智慧之王﹄へとなり、大幅に解析能力が上昇した
事等を。
︵ほほぅ、そんな事が。というか、一年足らずで魔王へなったのか!
覚醒魔王は、そこらの偽物と違って、本気で強いんだぞ!︶
︵まあよ。ま、何ての? ほら、俺って天才っぽかったじゃん?
生まれながらに、最強系のスライムだった訳だし、さ。
このくらい、楽勝って感じ?︶
︵アホか。無茶しすぎだな。道理で、時たま有り得ん程ごっそりと
魔素を抜き取られた感じがした訳だ。
お前が名前をホイホイ付けて無事だったのは、足りない分を我か
ら奪っておったのだな⋮⋮
コヤツめ、無茶をする。
魔素を奪われて効率が落ちるから、解放はまだ先だと思っておっ
たのに、まさか、進化で時間短縮とは、な。
予想外だったわ!︶
え? というと、俺が名付けても無事だったのは、主にヴェルド
ラのお陰だったという事か。
ワ
そりゃ、リスクなく、あれだけ簡単に進化出来るのがおかしいよ
な? とか思ってはいたのだ。
今後は、気軽に名前を付けたりは出来ないな。
ケ
成る程、魔王が手っ取り早く、配下を増やしたり出来なかった理
由がやっと理解出来た。
まあ、今更だな。ここは計画通りという事にしよう。
ギフト
︵だろ? 計算通りだね︵当然嘘だけど︶!
ところで、お前には祝福って届かなかったのかな?
1059
魔王に進化した時、
世界の声
てたらしいんだけどさ︶
ファウスト
が魂の系譜に配られるとか言っ
む? といった思念が伝わってきた。
暫くして、
アルティメットスキル
︵おおお! これが能力の進化か!
ユニークスキル﹃究明者﹄が、究極能力﹃究明之王﹄になったぞ。
我の飽くなき探究心が求めたる、究極の真理へ至る能力か!︶
大興奮の様子。
あれだな、象並に、気づくのが遅い奴なんだろう。
まあいいんだけどさ。
大はしゃぎして喜ぶヴェルドラに、
︵まあ、良かったな。能力の進化も案外簡単に起きるだろ?︶
と声をかけると、
︵阿呆! 数千年来、そういう事が起きるなど知らなかったくらい
だぞ。
まあ、体験した者が言わぬ限り、簡単には漏れる事は無い秘密事
項なんだろ。
貴重な体験が出来たものである!︶
と返って来た。
ま、確かに覚醒魔王が生まれる事も滅多に無い事みたいだし、珍
しいのは確かだろ。
いつまでも話していたいのだが、そろそろヴェルドラを外に出し
てやりたい。
1060
だが、大丈夫だろうか、少し心配ではある。
何しろ、コイツの事を聖教会関係者は魔法追跡していたらしいし。
外に出したら、一発で復活がバレてしまうし、な。
オーラ
︵なあ、封印も解けて復活したんだし、外に出るか?
ただ、問題は、でかすぎる妖気を抑えないと、復活がすぐバレる
という点だが⋮⋮︶
︵バレたら困るのか?︶
うん。
そういう突っ込みが来たか。
そうよのぅ⋮⋮。余り、困る気はしない、かな?
何かあったら、ヴェルドラに対応して貰えばいいし、な。
分身
を使ってくれ︶
︵いや、考えてみれば、そんなに困らない。
という訳で、依代として、俺の
胃袋
から外へ出す。
そう応えて、俺はイメージで分身を創り、そこに思念体のヴェル
ドラを移行させた。
そして、亜空間である
プラチナ
俺と瓜二つの美しい顔の分身。
違いは、髪の毛の色が白金色と言う事くらい。
だったのだが・・・。
どんどんと身長が伸び、2m程度になる。そして、体格ががっし
りとなり、精悍な顔つきに。
どことなく面影だけが残る、美丈夫になった。
バトルマニア
完全に、俺の姿を男に寄らせたらこうなりますよ、という感じで
ある。
やはり、戦闘狂。戦いやすく強そうな外見になったようだ。
1061
竜のデカイ巨体にならなかっただけ、マシというものである。
︵クアハハハハ! 究極の力を手に入れたぞ! 逆らう者は皆殺し
だぁ!!!︶
などと、どこかの悪役みたいな台詞を言い放つヴェルドラさん。
ちなみに、その台詞、聞き覚えがある。俺の愛読書だった、漫画
の中のボスの台詞だ。
﹁おい・・・。おいおっさん。何でその台詞を知ってるんだ?﹂
﹁クアハハハハ! 実はな、退屈だったんで、お前の記憶を解析し
て読み込んでおったんだ﹂
﹁おい! おま、そんなしょうもない事してたから、解析が遅れた
んじゃねーだろうな!﹂
﹁え?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
見つめ合う二人。
残念ながら、そこに甘い空気は欠片も無かった。
﹁それはともかく、ついに解放されたな。礼を言うぞ!﹂
︾
目をそらして、話を強引に変えやがった。
その時、
︽告。重要な報告が二件発生しました
ラファエル
と、智慧之王が告げて来た。
報告を促すと、
1062
マスター
︽第一に、主と個体名:ヴェルドラの
ました。
ヴェルドラ
魂の回廊
ヴェルドラ
の確立を確認し
アルティメットスキル
個体名:ヴェルドラの能力の解析を完了し、究極能力﹃暴風之王﹄
アルティメットスキル
を獲得。
究極能力﹃暴風之王﹄の能力は次の通り。
エネルギー
暴風竜召喚:本来の竜の姿でのヴェルドラを召喚する。
分身
を与えて自由行
※任意の魔素量に応じて召喚時間が異なる。
暴風竜解放:個体名:ヴェルドラへ
動を任せる。
死を呼ぶ風
黒き稲妻
破滅の嵐
※死亡しても、記憶の復元が可能となる。再解
放可能。
暴風系魔法:
を使用。
以上となります。
ヴェルドラ
現在、暴風竜解放の状態です。この能力に時間制限は存在しませ
ん。
ただし、暴風竜解放の状態では、﹃暴風之王﹄は使用不可能です
︾
と、とんでもない報告を当たり前のように報告して来た。
マジかよ⋮⋮。
魂の回廊
か。我の体験した記憶は全て、時空間を無視しお前
この事をヴェルドラに話すと、
﹁
に蓄積される。
つまり、お前が消失しない限り、我は不死になったという事。
無限牢獄のように封印されても、お前が能力を解除し再召喚すれ
ば済む事になるな。
1063
我って、無敵に近かったが、不死性も得てしまった、かもな﹂
まあ、あくまでも、俺が生きているのが前提だろうけどね。
全く、恐ろしい話である。
俺とだけ戦ってるつもりが、いつの間にかヴェルドラも参戦して
きた! なんて事もあるだろう。
くっくっく。想像すると、相手が可哀想になる。
とんでもない奥の手が出来たものだ。
そういえば、もう一つ報告があるんだったかな。
マスターのうりょく
︽第二に、食物連鎖により、上位者である主に貢物が大量に届いて
おります。
YES/NO
︾
取捨選択し、融合消去強化を行い、能力を改変しますが、宜しい
ですか?
どうせ俺には使いこなせない。
そもそも、一つの能力を何年も研鑽し獲得していくものなのだ。
いきなり大量に獲得しても、使いこなす等出来るものではない。
問題ないだろう。
そう思い、YESと念じた。
ベース
能力の統合が行われ、速やかに完成したようだ。
マモルモノ
アルティメットスキル
ウリエル
︽告。ユニークスキル﹃無限牢獄﹄を基本に能力の統合を行います・
・・成功しました。
︾
ユニークスキル﹃無限牢獄﹄が究極能力﹃誓約之王﹄へ進化しま
した
何だと?
ていうか、ユニークスキル﹃無限牢獄﹄を獲得出来てたのか⋮⋮
かなり重要な情報だと思うが、ラファエルさんにはスルー出来る
1064
レベルなのか。
誓約、或いは忠誠。
アルティメットスキル
俺に対して忠誠を誓う者の祈りの結晶。
ウリエル
その全てを統合し生まれた、究極能力﹃誓約之王﹄・・・か。
獲得と同時に体感する、力強さ。途方もない安心感を与えてくれ
る。
それは、俺と仲間達の絆の証なのだから。
アルティメットスキル
ん? 待てよ⋮。
って事は、究極能力を実質、4個も獲得したって事か!
これは・・・、多少調子に乗っても許されるんでは無いか? い
や、油断は駄目だな。
調子に乗った悪党の末路は悲惨だ。
俺も魔王を名乗るのだ、油断してはいけない。
そう! いつも調子に乗って失敗している。ここは慎重になるべ
き時である。
ウリエル
ともかく、能力の確認だ。
アルティメットスキル
︽解。究極能力﹃誓約之王﹄の能力は次の通り。
空間支配:位置座標を認識した空間を自在に入れ替える。転移能
力。
防御結界:多重構成された複合結界と、空間断絶による絶対防御。
無限牢獄:対象を究極の絶対封印空間へ閉じ込める。
断熱空間:慣性制御及び、熱量操作。自在に熱の出し入れを可能
とする。
以上となります。
︾
この能力の獲得により、エクストラスキル以下の能力は消滅しま
した
1065
成る程⋮。
空間支配は、瞬間移動を可能にするみたいだ。一瞬で発動出来た。
防御結界は、自動で俺の身に張られている。意識の必要もなく、
完全にラファエルの支配下にあるみたいだ。
無限牢獄は、俺の意思によって発動型か。ヴェルドラを捕獲して
いた結界と同等。つまり、これで捕えた者は脱出不可能に等しい。 断熱空間は良く判らんな。どうも、炎熱系の最上位に位置する能
力のようだけど⋮。
試しに熱を出してみると、掌に自在に炎を出せた。
念じると、簡単に消える。ああ⋮。納得出来た。
出した熱を無駄にせず、この断熱空間に保存出来るのか。
俺の常識を上回っていて、使いこなせそうもないが、とんでもな
い能力なのは理解出来た。
ラファエルさんにお任せしよう。
フ
ぶっちゃけ、ウリエルの能力は、瞬間移動と完全防御。そして封
印。
この理解で大丈夫だ。
俺って無敵じゃね?
アルティメットスキル
⋮⋮いやいや、さっき自重しようと決意したばかりだ。
調子に乗ってはいけないのだ。
ァウスト
俺が自分の能力を確認している間に、ヴェルドラも究極能力﹃究
明之王﹄を解析していたようだ。
かなり凄い能力らしい。
何でも、思考加速・解析鑑定・森羅万象・確率操作・真理之究明
というものらしい。
聞いても理解出来そうもないな。
確率操作と・真理之究明は俺も持ってない。残念ながら食物連鎖
は発動しない。
1066
だが、どうせ理解出来ないだろう。
俺達は能力の解析を終了し、外へ出る。
扉を開けて外へ出る。
そこにガビルが跪いて、俺達を待っていた。
何かあったのか?
﹁き、今日はお日柄も、よ、良く⋮⋮
リムル様と、ヴェ、ヴェルドラ様におかれましては、ご健勝そう
で、な、何よりで⋮⋮﹂
ガチガチに緊張している。
そうか、ヴェルドラの復活に気付いたのか。
ドラゴニュート
どんな姿であっても、気配で判るようだ。
龍人族たるガビルは、竜の遠い眷属のようなもの。
もとより、ジュラの大森林の魔物は、ヴェルドラを神の如く敬っ
ていたようだしな。
いきなり復活したら慌てもするだろう。
そうか、ヴェルドラが外に出ても俺は困らないが、町の皆は恐慌
状態になるかも知れないな。
マンガ
﹁ヴェルドラ、一回、分身解除して俺の中に戻って貰ってもいいか
?﹂
﹁ん? 構わんぞ。
お前の中の記憶の書物を読み終わってはいないし、お前の目を通
して情報は入るしな﹂
快く承諾してくれた。
取り合えず、先に幹部にだけ紹介する事にしよう。
ヴェルドラに俺の中に戻って貰ってから、
1067
ヤツ
﹁ガビル、あんまり緊張しなくても大丈夫だぞ。
ああ見えて、気のいい竜だしな﹂
﹁あ、あのう⋮⋮。
リムル様は、ヴェルドラ様とどういった御関係で?
と言いますか、いつヴェルドラ様は復活為されたのですか?﹂
動揺を隠せぬように、ガビルが問うて来た。
軽く説明をしてやった。
そして、後で幹部が集まった時に、ヴェルドラを紹介すると約束
したのである。
さて、外にでて町に戻ってみると、予想通りの混乱が起き掛けて
いた。
暴風竜
の復活を察知し、緊急対策を行うべく集
気付く者は気付くのだ。
伝説に名高い
合しようとしていた。
暴風竜
ヴェルドラ様の気配が復活した
﹁おお、リムル様、ご無事でしたか!
封印の洞窟に、突如、
と知らせを受けました。
リムル様が洞窟に向かわれたとお聞きしておりましたので、心配
しておりました﹂
﹁兄は、ガビルは無事なのでしょうか!?﹂
リグルドが、俺の姿を見て安心したように声をかけて来る。
同時に、ガビルの妹のソーカが、ガビルを心配して問いかけて来
た。
1068
﹁ん? ま、まあ問題は無い。リグルド、会議の準備は進んでいる
か?﹂
﹁は。そちらは、問題なく。
それに、ヴェルドラ様の気配を感じとり、皆此方に向かっている
と思われます﹂
流石に動きが早い。
いい機会だし、この会議の席で皆に紹介しよう。
皆を案内させ、大会議室に集まって貰う事にする。
ヨウムやエレン達、人間の皆さんにも来て貰う事にした。
今後の方針も決定しなければならないのだ。
﹁ソーカ、ガビルも来るし、お前達も参加しろ。
ソウエイに伝えて、幹部全員招集してくれ!﹂
﹁はは! 承知しました﹂
その言葉を受けて、ソーカが速やかに移動する。
リグルドの目では追いつけない速度で、ソウエイに伝達に行った
のだろう。
彼女達に任せておけば、直ぐにも皆集まる筈だ。
のんびり会場に案内されながら、リグルドが聞いて回った幹部の
能力を教えて貰う。
まず、ベニマル。
名前:ベニマル
1069
オニ
テンペスト
種族:妖鬼
鬼王
加護:暴風の守り
称号:
階級:Aランク[EP:213,000]
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃大元帥﹄思考加速・思念支配・予測演算
エクストラスキル﹃炎熱支配﹄﹃黒炎﹄﹃多重結界﹄﹃空
間移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃熱源感知﹄﹃威厳﹄﹃剛力﹄
戦闘スキル⋮﹃魔炎化﹄
耐性:物理攻撃無効,痛覚無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性
結構とんでもない。
テンペストの軍事総司令官である。
次に、シュナ。
オニ
名前:シュナ
テンペスト
種族:妖鬼
鬼姫
加護:暴風の守り
称号:
階級:Aランク[EP:12,000]
魔法:︿自然系魔法﹀︿元素系魔法﹀︿呪術系魔法﹀
技能:ユニークスキル﹃解析者﹄思考加速・解析鑑定・詠唱破棄
ユニークスキル﹃創作者﹄物質変換・融合・分離
エクストラスキル﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃威厳﹄
1070
耐性:状態異常無効,精神攻撃耐性
シュナもAランクオーバーになったようだ。
最も、戦闘は得意では無さそうだけど。
ハクロウはというと、
オニ
名前:ハクロウ
テンペスト
種族:妖鬼
剣聖
加護:暴風の守り
称号:
階級:Aランク[EP:65,500]
魔法:︿気闘法﹀
技能:ユニークスキル﹃武芸者﹄思考加速・超加速・未来予測
エクストラスキル﹃賢者ex﹄﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃威厳﹄﹃剛力﹄
耐性:状態異常無効,精神攻撃耐性
流石だ。
剣聖、か。似合いすぎである。
てか、俺たちが呼んでいるだけって話なんだけどね。 クロベエは、ユニークスキル﹃研究者﹄に加えて、﹃神職人﹄を
獲得したようだ。
本気で、製作に打ち込む気になったようである。
1071
ソウエイだが、
オニ
名前:ソウエイ
テンペスト
種族:妖鬼
闇
加護:暴風の守り
称号:
階級:Aランク[EP:187,000]
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃暗殺者﹄思考加速・一撃必殺・超加速
エクストラスキル﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃恐怖﹄﹃剛力﹄
戦闘スキル⋮﹃毒麻痺腐食吐息﹄﹃分身化﹄﹃粘鋼糸﹄
耐性:痛覚無効,状態異常無効
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性
スピリチュアル・ボディー
こいつも戦闘特化だな。てか、一撃必殺って物理攻撃じゃなく、
精神体への攻撃らしい。
精神防御でなければ防げないそうだ。
段々危険な男になって来た。
問題児、シオン。
オニ
名前:シオン
テンペスト
種族:悪鬼
不死者
加護:暴風の守り
称号:
1072
階級:Aランク[EP:224,000]
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃料理人﹄確定結果,最適行動
エクストラスキル﹃賢者ex﹄﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
﹃自己再生ex﹄﹃完全記憶﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃恐怖﹄﹃闘神﹄
戦闘スキル⋮﹃悪魔化﹄
耐性:痛覚無効,状態異常無効
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性
コイツ⋮。
リグルドの報告が信じられず、自分の目で確認してみれば⋮。
プチまおう
確かに、ベニマルよりも能力が高くなっていた。
恐ろしいヤツである。
魔王種
であっても、俺は驚かないよ。
てかさ、﹃悪魔化﹄って何だよ。まるで、準魔王級だ。
こいつが
これ以上、危険な要素を持つ必要は無いんだよ?
勘弁して欲しいものである。
さて、ガビルはと言うと⋮⋮
ドラゴニュート
名前:ガビル
テンペスト
種族:龍人族
龍戦士
加護:暴風の守り
称号:
階級:Aランク[EP:126,000]
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃調子者﹄不測効果・運命変更
1073
エクストラスキル﹃賢者ex﹄﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
フレイムブレス
サンダーブレス
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃熱源感知﹄﹃超嗅覚﹄﹃威厳﹄
戦闘スキル⋮﹃竜戦士化﹄﹃黒炎吐息﹄﹃黒雷吐息﹄
耐性:痛覚無効,状態異常無効
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性
意味不明。
調子者なのはその通りだが、どういう能力だ?
多分、予想も出来ない攻撃が出たり、最悪の状況でも幸運が起き
たりする不思議系の能力っぽい。
コイツは、ギャグの世界に生きてるのか?
流石はガビル。
期待して無かったが、期待を裏切らない男である。
何気に耐性も多いし、案外強かったりして⋮。何てな。
この町の防衛責任者、ゲルドは。
ハイオーク
名前:ゲルド
テンペスト
種族:猪人族
猪人王
オークキング
加護:暴風の守り
称号:
階級:Aランク[EP:147,000]
魔法:なし
技能:ユニークスキル﹃守護者﹄守護付与・代役・鉄壁
ユニークスキル﹃美食家﹄捕食・胃袋・供給・需要
エクストラスキル﹃賢者ex﹄﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃超嗅覚﹄﹃威厳﹄﹃剛力﹄
戦闘スキル⋮﹃毒麻痺腐食吐息﹄﹃全身鎧化﹄﹃思念操作﹄
1074
耐性:痛覚無効,状態異常無効
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性ex
頼もしい。
ダメージを肩代わりして受けたり、自分の防御力を配下の軍に付
与したり出来るようだ。
軍団指揮官としては、素晴らしい働きが期待出来そうである。
何人くらい影響を与える事が出来るのかは不明だけどね。
最後にディアブロだ。
リグルドには報告する気が無いと言ったらしく、直接聞く事にし
た。
どうせ、呼びに行くのだ。ついでである。
デーモン
名前:ディアブロ
テンペスト
種族:悪魔
悪魔公
デーモンロード
加護:暴風の守り
称号:
A+
ランク[EP:444,000]
階級:
魔法:︿魔力操作系﹀︿上位悪魔召喚﹀
技能:ユニークスキル﹃大賢人﹄思考加速・思念支配・詠唱破棄
ユニークスキル﹃誘惑者﹄魅了・勧誘
エクストラスキル﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃魔王覇気﹄
戦闘スキル⋮﹃法則操作﹄
耐性:物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
1075
ははは。
愉快なヤツだ。
滅茶苦茶強くなっていた。
魔王の資格、余裕で持ってそうである。
いやはや。
俺とヴェルドラに次いで最強なのは、間違いなくディアブロだっ
た。
ディアブロにも会議に参加するように伝え、大会議室に向かう。
今後のテンペストの動向を決定する、重要な会議。
人と魔が共に過ごせる世界を目指して⋮⋮
1076
74話 ヴェルドラ︵後書き︶
EPは無視してください。
参考:アークデーモン[EP:140,000]
EP:200,000以上で魔王種の資格獲得。︵任意︶
適当なので、変更する可能性大。
1077
75話 会談
大会議室に幹部全員が揃った。
スリープモード
忘れていたが、ランガは俺の影の中で眠っている。
低位活動状態で、意識はあるが動かない状態のようだ。
能力の測定は出来ないが、何らかの進化はしている様子。
まあ、俺が危険な状態になったら出てくるだろう。
会議には興味ないようだが、一応話は聞いているみたいだ。
さて、始めるとするか。
俺が会議の開催を宣言しようとしたその時、
﹁会議の所、失礼いたします!
皆様、お客様がお見えです。
どうしても取り次いで貰いたいと、緊急の用事だとかで・・・﹂
見張りの兵士が入って来て、そう告げた。
リグルドが、駆け込んできた兵士に激怒しそうになったが、カイ
ジンが宥めている。
まだ始まってなかったし、今はいいけど。確かに今後は簡単に入
って来れるのは問題ではあるな。
﹁リグルド、今後の課題だな﹂
﹁は。面目次第も御座いません﹂
﹁いやいや、そういう発想が出来るようになってきただけ、皆頑張
ってるよ﹂
そう声をかけて慰めた。
1078
実際、不備はあっても、徐々に改善されて来ているのだ。
長い目で見て、考えていけばいいだろう。
その客人とやらを連れてきて貰う。
﹁お久しぶりです、リムル殿。
この度、応援に駆けつけました。手遅れにならなくて良かった﹂
ギルドマスター
そう言いながら、ブルムンド王国の自由組合支部長であるフュー
ズが入って来た。
全身装備を身に付けて、完全に戦装束であった。
ん? んんん?
考えてみれば、50人くらいの冒険者や商人を退避させて、10
日経ったくらいか?
そして、報告を受けて即座に応援に駆けつけてくれたのだろう。
有難い話だが、俺達に組みして良かったのだろうか?
﹁戦の準備で忙しい中、スマン。
しかし、警備が手薄だぞ。まだファルムスの本隊は到着していな
いのか?
此方が掴んだ情報では、1万5千の軍勢のようだ。
景気づけなのだろうが、宴会をして浮かれている場合では無い。
微力ではあるが、協力は惜しまないつもりだ﹂
死を覚悟したような、熱い眼差しで一気にまくしたてて来た。
うん。もう戦は終わったんだけど、言い出しにくいな。
更に続けて、
﹁ここは、良い町だな。
美しく計画された町並みに、丁寧な作りの家々。
石畳で舗装された街路と、王都に引けをとらぬ作りだ。
1079
驚いたよ。
ここを戦場にしたくない。奇襲で一気に敵の頭を叩く事を進言す
る。
我等、聖教会が背後にいるという話を聞いている。
なので、ここに来たのはBランク以上の冒険者50名のみだ。
国が公に支援する訳にはいかないのだ。理解して欲しい⋮。
だが、我等50名でファルムスの本陣に切り込むから、混乱に乗
じて⋮⋮﹂
熱く語ってくれているが、テンペストの幹部達はキョトンとして
いる。
そりゃまあ、俺達には終わった話だし、な。
しかし、ブルムンドは俺達を切り捨てると思ったが、まさか応援
を寄越すとは。
条約があるとは言え、解釈の仕方で逃げ道はあっただろうに⋮。
ちょっと嬉しくなった。
だがまあ、それはそれとして。
﹁うん。気持ちは嬉しいのだけど、それはもう終わったから﹂
﹁終わった? どういう意味だ?﹂
﹁何て言えばいいか・・・。
つまり。一言で言えば、俺が全滅させちゃった!﹂
はあ? そう声にならぬ声をだし、絶句するフューズ。
ヨウムがフューズの肩をポンポンと叩き、カバルが慰めの言葉を
かける。
エレンとギドは、そりゃぁ、信じられないよねぇ! 何て言い合
っていた。
そりゃそうだろう。
だって、宣戦布告から二週間経っていないのだから。
1080
一週間後に本隊が到着し、2∼3日は野戦で時間を稼ぎ、最悪の
籠城用の防衛体勢を整えると予想していたのだろう。
戦争はとっくに開始されていると思っていたのに、俺達がのんび
りしているから、てっきり本隊の到着が遅れたのだと勘違いしたよ
うだ。
それにしてはのんびりし過ぎなので、不審に思ってはいたそうだ
が⋮。
ともかく、カバルやエレンの説明で、状況は飲み込めたらしい。
外に待機している50名も、宿に案内し寛いでもらうように兵士
に指示を出した。
ついでだ。フューズにも会議に参加して貰おう。
ブルムンド王国としての意見にはならないが、人間サイドの意見
は貴重である。
さて、今度こそ会議をはじめるぞ! そう宣言しようとした時、
﹁あのう、宜しいでしょうか?﹂
挙手しつつ、ベスターが発言した。
何かあったのかな?
﹁何だ? 何か問題か?﹂
そう聞くと、
マジックアイテム
﹁はい。実は、新製品の遠距離通信玉という魔法品が完成しまして
⋮。
それでですね、遠距離の者とも映像を通じて会話が可能となった
1081
のです﹂
ふむ。
素晴らしい発明だが、何故今その話をし始めるのだ?
そう思ったのだが、
﹁ドワーフ王に、現状報告を行なった際に、是非話があると言われ
まして⋮⋮
幹部の皆様が揃っているこの場にて、その機会を頂ければ、と思
いまして﹂
成程。
そういう事なら、別に問題はないけど⋮⋮
﹁ベスター。別にいいんだけど、内密な話じゃないのか?
ここには、ヨウム達やブルムンドの組合長もいるんだけど、いい
のか?
個人的な話なら、後で時間作るけど?﹂
﹁あ、いえ。ドワーフ王が言うには、今後の国家間の関係について
の話もしたいそうで⋮⋮
今日会議する事を伝えた所、向こうも大臣を集合させおくと言っ
てました﹂
﹁というと、今、向こうで待ってくれているのか?﹂
﹁はい。そういう事です﹂
そうか、ドワーフ王国としても、表立っては国交を結んでいると
宣言はしていない。
結んだ条約は、相互不可侵条約と相互技術提供協定である。
俺達の国が無くなっては意味は無くなるだけだ。だが、今回俺達
は勝利した。
1082
この結果を受けて、向こうにとっても無視し得ない問題になった
と推察出来る。
何しろ、1万5千もの軍勢を、一国で撃破可能な国であると証明
したのだから。
正式に国交を結ぶか、或いは、人類の敵として滅ぼすか。
﹁ベスター、聞くけど、俺が魔王になった事伝えた?﹂
﹁あ、はい。全て伝えました﹂
あ、やっぱり。
確認を取ってきたのは今朝だし、こんなに早く大臣招集するとい
う事は、それだけ事態を重く見たという事。
そりゃ、新たな魔王クラスの魔物が町を作って、しかも魔王にな
るから! って宣言したら、慌てるのが普通だろう。
だがまあ、どうせ直ぐバレる。逆に都合がいい
こうなった以上、このまま会談にしてしまっても問題ないだろう。
どうせ、俺達で方針を決めてから、意見を聞くつもりではあった
のだから。
﹁判った。じゃあ、その通信装置持って来て、セットしていいよ。
それを待って、緊急会談の場を設ける事にする﹂
そう宣言した。
突然の事態ではあるが、都合がいい。
今後の方針を決める大事な会談になるのだから。
こうして、会議は会談へと変更になり、1時間後に開催される事
になったのである。
1083
一旦休憩に入った途端、フューズが凄まじい顔をして詰め寄って
来た。
そして、
﹁ちょっと今、聞き捨てならん事を言わなかったか?
どうも俺には、お前さんが魔王になったとか何とか聞こえた気が
したんだが?﹂
と、プルプル震えながら問いかけて来た。
小便でも我慢してるのだろうか? 遠慮せず勝手に行けばいいの
に。
﹁ん? ああ、魔王ね。
なったけど?
そんな事より、漏らす前にトイレに行った方がいいんじゃないか
?﹂
﹁アホか! それどころでは無いわ!
魔王って、おい! 一体どういう事だ?﹂
えーーー。面倒くさい。
一からか? 一から説明しないと駄目か?
まあ、さっき俺が全滅させたって話しただけで、全てを察するの
はムリか。
掻い摘んで説明しておく事にした。
そうして、フューズに事のあらましを説明していると、
﹁失礼します! また、リムル様にお客人がお見えです。
如何いたしますか?﹂
と、先程の兵士が俺に聞いてくる。
1084
何なんだろう。来客の多い日である。
ブツブツと、虚空に向かって話しているフューズを放置し、客人
に会う事にした。
客人を待たせているという部屋に向かう。
部屋に入ると、高価そうな身なりの紳士と高級武官といった風情
の者達が5名程待っていた。
この町で製作したソファーに腰掛けているのは紳士一人で、5名
の武官は後ろと両脇を固めて警戒している。
良く訓練されているのが窺えた。
ソファーに座った紳士は、整った顔立ちをしており、若い頃はさ
ぞモテタだろうと思われる。
糸目なのが特徴的だった。
﹁あ、どうも。お待たせしました。
初めまして、この町で王様をやっているリムルです。
宜しく!﹂
と、適当に挨拶してみた。
魔王になったけど、マナーとか格式とか、その辺はさっぱりなの
だ。
誰もそういう事詳しくないし⋮⋮。
まあ、そのうち、詳しい人に教わろうと思ってはいるんだがね。
俺の挨拶を受けて、糸目の男が立ち上がった。
そして、クワ! っと目を見開いて、
﹁貴方が、私の娘を誑かした、悪魔ですか。
覚悟は出来ているんでしょうね!﹂
1085
そう言うなり、超高等爆炎術式を起動し、呪文を唱え始めた。
おい! このおっさん、無茶苦茶だ。
俺の知識の中で、超高等爆炎術式といえば、難易度が最高の術式
である。
その威力は、簡易版でも町に大被害を及ぼすと予想されるほど。
何しろ、軍事用魔法なのだから。
何をとち狂ったんだ? 意味がわからん。
娘を誑かしたとか、一体何の話なんだ?
軽く混乱しかけた所に、
﹁ちょっとぅ、パパ! 何しに来たのよぅ!!!﹂
と、エレンが飛び込んで来た。
そして、一瞬で状況を把握したのか、物も言わずに糸目の紳士の
頭を叩いた。
おっさん
スッパーーーン! といい音が鳴り響き、紳士に理性が戻ったよ
うだ。
どうやらこの紳士、エレンの父親だったようである。
暫くエレンの説教を受けて、ようやく大人しくなってくれた。
人騒がせなヤツである。
﹁いやー、あっはっはっは。スイマセンな。
娘が魔王に攫われたと、報告を受けたもので、慌ててしまいまし
た!﹂
朗らかな笑顔で、言い放った。
だからと言って、街中で超高等爆炎術式は駄目だろうよ。とんで
もない親父である。
1086
﹁いいえ、閣下。きちんと報告いたしましたが、閣下が早とちりな
されただけです﹂
﹁やっぱり、パパが悪いんじゃないのよぅ!﹂
秘書っぽい人と、エレンに責められてうろたえる親父。
可哀相だが、同情はしては駄目だ。むしろ、自業自得である。
落ち着いた所で、再度自己紹介する。
エレンの親父である糸目の紳士は、魔導王朝サリオンの大貴族、
エラルド公爵と名乗った。
皇帝の親戚で、叔父にあたるらしい。
簡単に言えば、魔導王朝サリオンで3本の指に入る実力者である
そうだ。
驚きを隠せない。
エ、エレンって超絶お嬢様って事じゃないか!
姫君と言ってもいい立場の人間である。その立場で冒険者なんて、
自由過ぎだろ。
止める人間の方が正しいと思うのは、俺だけでは無いようだ。
最も、本人はまったく気にしていない。多分、エレンの事を影な
がら守る者もいるんだろう。
情報がバレルと確信を持っていた訳である。
カバルとギド。お供の二人の苦労も大概だな。今度労ってやらね
ば⋮。
だが、今は。
﹁で、用件はエレンさんの件のみ、ですか?﹂
そんな筈ない。
そう思いエラルド公爵を見やると、
﹁ふふふ。当然、そんな訳ない。
1087
ホムンクルス
今後、君の国との付き合い方を考える上でも、自分の目で見てお
きたかったのだよ。
無用心だと心配する必要は無いよ。この身は、人造人間だからね﹂
言われて気付いた。
魔導王朝という名の割りには、その身に宿す魔力が少なく感じて
いたのだ。
武官達は本物のようだが、この紳士は仮の身体で来ているのか。
流石は大貴族。用心深い。
ホムンクルス
だがそれよりも。
今度、人造人間の作り方を教えて貰いたいものだ。
そういう事なら、ついでである。
エラルド公爵達も会談に参加して貰う事にした。
そろそろ1時間経過する。
会談が始まる時間であった。
大会議室に戻ると、既に皆着席し俺を待っていた。
公爵達を案内し、空いている席へと誘導する。
最初に自己紹介した方が良いかも知れない。何しろ、ここに参加
しているメンバーには、大国の関係者も少なくないのだから。
という訳で、会談は自己紹介からスタートした。
最初に、テンペスト以外の国の者から。
ドワーフ王国、武装国家ドワルゴン。
代表は、国王その人。ガゼル・ドワルゴである。映写魔法だが、
威厳は隠せない。
小国ブルムンド。
1088
ギルドマスター
残念ながら、表立って国の関係者は来ていない。
しかし、フューズは自由組合ブルムンド支部の支部長である。
そして、ブルムンドの大臣の一人、ベルヤード男爵とも親交があ
るそうだ。
全権代理ではないけど、貴重な意見が聞けそうである。
突然参加となった、魔導王朝サリオンの大貴族。
エラルド公爵は、娘を溺愛する駄目親父であるが、冷徹な貴族の
顔も持っている。
そして、一国で評議会に対抗し得る、魔導王朝の重鎮なのだ。
蔑ろには出来ない。
こうして客人達を見回せば、錚々︵そうそう︶たるメンバーが揃
ったものである。
魔物達だけの会議では、暴走しがちな思考に陥ったかも知れない。
そう考えるなら、こうして人間側の者達が参加してくれるのはあり
がたかった。
続いて、テンペスト側の紹介に入るか。
おっと、その前に。
﹁ああ、そうそう。
皆に紹介したい人物がいる。
多分、名前だけは聞いた事がある者もいると思う。
どうか、驚かないで欲しい。
では、呼び出すぞ!﹂
そう前置きした。
正体を知っているガビル等は、ゴクリと唾を飲み込み緊張の面持
ちである。
そうした空気の変化を感じ取り、場は静寂に包まれた。
1089
そして。
で、呼び出した。
﹁クアハハハハ! 呼ばれて飛び出て、我、参上!!!﹂
暴風竜解放
ベース
ヴェルドラを
俺の分身を基本にした、美丈夫が出現する。
それを横目に、
暴風竜
とも呼ばれている。宜しくな!﹂
﹁俺の親友の、ヴェルドラだ。皆、仲良くしてくれ!﹂
そう紹介した。
﹁ヴェルドラだ、
ヴェルドラも挨拶した。
場は静寂に包まれたままだった。
誰も動かない。
そして、パタリ、とフューズやエレン達が気絶し、ははぁーーー
!!! っと、リグルド達ホブゴブリン勢が平伏し⋮。
場は大混乱に陥ったのであった。
会談は一時中断となったのは、言うまでも無いだろう。
⋮⋮てか、始まってもなかったのだが、考えても仕方ないのだ。
1090
76話 会談−本番
一時騒然となった会場だったが、何とか平穏を取り戻す。
気絶した者の介抱や、必死にヴェルドラへご機嫌伺いする者達を
宥めたり。
そういう一連のゴタゴタがあったりしたのだが、まあ何とか落ち
着いた。
俺の思ってた以上の慌てぶりであった。まさに大混乱である。
の魔物が突然出てきたら、大慌てになるのも当
と恐れられているのは、伊達では無い。
天災級
暴風竜
流石はヴェルドラ。
まあ、
然かも知れない。
だけどさ、どっちにしろ混乱になるんだから、先に紹介した方が
いいってものである。
今後の動きを考えるなら、ヴェルドラの動向を抜きには考えられ
ない訳だしね。
オーラ
人間達、フューズやエレン、ヨウムやドワーフ等は、青褪めた顔
でぐったりしていたけど。
抑えているとは言え、ヴェルドラの妖気に当てられたのかもしれ
ないな。
一応、幹部の皆は、妖気を抑えるように言ってるし、その辺は結
構手馴れてる。
部屋にも、解析で得た結界を簡易型に改良し、発動させているの
だ。
オーラ
何しろ、封印された状態でさえ、普通の魔物Bランク相当の者も
オーラ
近付けない程の妖気を放つヴェルドラさんだったのだから。
だが、自信満々に妖気は抑える事が出来るようになったと言って
いた。
1091
ファウスト
進化した能力で、ようやく可能になったそうだ。
だから大丈夫だと思ったのだけど⋮⋮。
﹁大丈夫か? 気分はどうだ?﹂
と聞くと、
﹁⋮⋮。聞いてないぞ。そんな話﹂
﹁ちょっとぅ⋮。ヴェルドラさん、友達だったの、教えてくれてま
したぁ?﹂
﹁⋮⋮。上に何て報告すれば⋮⋮って、俺がギルマスじゃねーか!﹂
などなど。
様々な愚痴と恨みがましい視線が突き刺さった。
そんな事言われても、ねえ?
飲み込んでる、なんて、言える訳ないし、言っても信じないだろ?
オーラ
何て、言える筈もないのだ。
どうやら、妖気に当てられたのでは無く、単純にビビっただけの
ようだ。
フューズなんて、さっきトイレに行けと忠告して無かったら、漏
らしてたかも知れないな。
良かったな! と肩を叩いてやったら睨まれた。
俺の忠告で助かったのだから、感謝して欲しいものであるけど、
そういう話では無いそうだ。
まあいい。
﹁あれ? 言ってなかったっけ? 言ったような言って無かったよ
うな⋮⋮。
まあ、過ぎた事は、もういいだろ?
そんな事より、会議しようぜ!﹂
1092
爽やかに笑顔を浮かべて言ったのだが、流石に通らなかった。
﹁﹁﹁さらっと流すな!!!﹂﹂﹂
一斉に突っ込まれたよ。
何とか、宥めすかし、ようやく会談を再開したのは更に1時間過
ぎてからだった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
さて、今度こそ会談の開始である。
色々あったが、細かい説明は皆に同時に行う方が手間が省けてい
いだろう。
という事で、皆の要請を受けて事情説明から入る事になった。
面倒ではあるが、もう一度おさらいとして、ヴェルドラとの出会
異世界人
であった事も、ついでに話しておく。
いから話して聞かせた。
俺が
最早、隠す意味は無いと思ったからだ。
異世界人
異世界人
なのだし。
だとして、だからどうにか出来るという事
どこから漏れるか判らないし、知られて困る事ももうない。
魔王が元
もない。
何しろ、魔王レオンも元
で、オークロードとの戦いもさらっと説明し、ここの場所に町を
作る事になったと説明したのだ。
情報の共有は大事である。
その情報の受け取り方で、様々な反応に別れてしまうとしても、
1093
だ。
こうして、町が出来た後、俺の希望で町に行った事に話が移る。
町での生活自体は、すっ飛ばしたが、ヒナタとの戦いは話してお
いた。
アイツはヤバイ。
聖浄化結界
ホーリーフィールド
は危険なスキルである。
俺以外の者が戦いになっていたら、恐らく殺されていた。
特に、
部分結界として、対個人用のモノもあるかもしれない。
俺の認識を共有させて、幹部にはそのイメージを伝える事も忘れ
ずに行なった。
﹁ヒナタ=サカグチ、か。あの女は、一見冷酷で、恐ろしい殺人鬼
という印象が強い。
だがな⋮⋮。
我々が掴んだ情報によると、だ。
例えば、彼女を頼った者には、必ず手を差し伸べてはいるんだよ。
その手を掴んだ者は助け、助言を無視したり、聞かなかった者は
二度と相手にしてはいないようだが。
だから、彼女が子供達にそういう扱いをするという話、俺は信じ
られないな﹂
と、フューズが口を挟んできた。
このおっさん、結構、情報通なんだよな。
自分の話を無視する相手は、二度と助けないなんて、彼女らしい。
手助けを求める者は大勢いるのだ、そんな馬鹿を無視するという
のは頷ける話であった。
いかにも合理主義者っぽかったあいつの性格なら、そうしても不
思議では無い。
そう思っていると、
1094
ギルドマスター
﹁ふん。流石は、情報操作に長けたブルムンドの自由組合支部長だ
な。
貴様が掴んだ情報の正確さは、我が国の暗部に匹敵する。
その情報は、余の知りうるものと同一だと証言しておこう﹂
と、ドワーフ王ガゼルも頷いた。
どういう事だ?
﹁だけど、アイツ、俺の話をまったく聞く気なかったぞ?﹂
﹁それはだな、聖教会の教義に魔物との取引の禁止という項目があ
るからだろう。
と呼ばれているんだ
その冷酷な言動と、冷徹な行動で知られているが、実は彼女が教
義を破った事は一切ない。
法皇直属近衛師団筆頭騎士
最も模範的な騎士が彼女なのだ。
だからこそ、
よ。
冷酷な殺人鬼という蔑称は、彼女の本質とは思えん。
それが、俺の掴んだ情報から得た、彼女の人物像だ﹂
俺の質問にフューズが答え、ドワーフ王も頷いた。
思わぬ所まで彼女の評判は知れ渡っている様子。
いや、西方聖教会の最強騎士の情報収集は、国として当然行うべ
き事柄なのか。
だが、だとすると⋮⋮。
ラファエルが解答を導き出す。
子供達の召喚行為を行なったのは誰か。
俺の事を知り、彼女に伝える事の出来る立場にいる。
該当者は、一人しか居ない。
信じられないし、信じたくないけど⋮⋮。
ラファエルの答えに、間違いは無いだろう。
1095
ともかく、その件は保留だ。
話を進める事にする。
ヒナタとの戦いから、町が襲撃された話を説明した。
ここで、エレンによって、魔王化の情報が齎された事を話すべき
か迷ったのだが⋮⋮
エレンが自分で暴露した。
﹁どうせ、パパにはバレてるんでしょぅ?﹂
と、エラルド公爵に上目遣いで聞いている。
﹁エレンちゃん⋮⋮。
パパにはバレててもいいけど、他所の国の人にまでバレる必要は
無いんだよ⋮⋮﹂
諦め混じりに溜息をつくエラルド公爵。
気持ちは判る。
大人の事情をガン無視した、エレンの方が悪い。が、これで気を
使う事も無くなった。
後を引き継ぎ、その情報を元に魔王化した事を告げたのだ。
さて、一通りの説明が終わった訳だが。
今後の行動をどうするかという話に移る事にしようとした時、
﹁先に言っておきましょう。
1096
我が魔導王朝サリオンとしては、この度の出来事は静観する予定
でした。
けれども、娘の仕出かした後始末、つけぬ訳にもいきますまい。
なので、貴方の行動が、我が国の不利益になると判断した場合、
潰しにかかります。
その事を踏まえて、今後の行動を検討して頂きたい﹂
親バカの顔では無く、王朝の大貴族、為政者の顔でそう述べて来
た。
流石の貫禄である。
その言葉にざわつく幹部達。シオンなど立ち上がりかけていたけ
ど、慌てて止めた。
本当、血の気の多い奴である。
相手が真剣になってくれたのだ。俺も真剣に頷き、応える事にし
た。
先ず、ファルムス国王と、聖教会の使者を捕らえている事を話す。
そして、今後の方針として、ヨウムを王として擁立し、新王国の
樹立を目指すという計画を説明した。
この説明を聞き、フューズは唸る。
暫しの間沈黙し、自分の中で考えを纏めているようだ。
ドワーフ王は沈黙し、目を閉じている。
王の周辺では大臣達が活発に意見を言い合っているようだったが、
コチラまで声は届かない。
エラルド公爵は黙して語らず。
説明を続けるか。
まず現王を解放し、テンペストへの侵攻に対しての賠償を行わせ
る。
あくまでも名目ではあるが、この賠償問題を利用し、ファルムス
王国を内戦状態に陥らせるのである。
1097
実際、王が再度貴族達を纏めて反抗するならば、その時点で王の
命は無い。
約束を守り、自らが退位したとしても、賠償問題は尾を引く事に
なる。貴族達が素直に払うとは考えられない。
現王の息子は未だ成人しておらず、貴族の傀儡となるのは想像出
来る。
派閥に纏まりがなく、王の影響力がなくなったら、後継争いが生
じるのは確実であった。
そこで、賠償を素直に行うならば、ヨウム擁立の流れは見送る事
になるが、まずそれは無いと思われる。
何の感のと理屈を付けて、賠償を無視しようとするだろう。
そうなった場合、ヨウムがそれに反発し、信義にもとるという理
由でクーデターを起こすという流れであった。
王が約束を破ったら、その時点でヨウムが立つ事になる。
どの段階でヨウムが決起するかの違いでしかないのだ。
ヨウムが新王国を樹立した後、我が国テンペストとの国交を正式
に結ぶ。
そうして、予想される貴族連合の反抗に対しての抑止力を持たせ
る。
ある程度の時間をかけ、国民の信頼を勝ち得る政策を発表し、ヨ
ウムへの人気が高まった時、一気に貴族を叩いて壊滅させるという
作戦なのだ。
国を興すのは短期に考えてはいけない。
2∼3年の時間は考えておきたい所である。
ただまあ、王が愚かにも再度反抗を考えたならば、ヨウムが即座
に台頭する流れになるだろうけど。
そこまで説明をした時、
﹁なるほど。では、我等もその計画に乗る事にしましょう。
ミュラー侯爵とヘルマン伯爵は、我がブルムンドと懇意にしてお
1098
ります。
その計画に加わって貰えば、頼りになるでしょう。
ヨウム殿が決起した際に、後ろ盾に回って貰うように交渉しまし
ょう﹂
と、フューズが言ってきた。
自由組合の支部長にそんな権限があるのだろうか?
その疑問を察し、説明してくれた。
つまり、ミュラー侯爵とヘルマン伯爵は、ブルムンド王の息がか
かっているそうだ。
ミュラー侯爵がブルムンド王の遠縁に当たり、二人は実は仲が良
い。そして、ヘルマン伯爵はミュラー侯爵の子飼いであり、裏切る
事は考えられないそうだ。
大国の侯爵としての建前上、親しく接する素振りは見せていない
が、裏では親交があるらしい。
そんな秘密を暴露してもいいのか?
﹁ははは。秘密と言っても、ドワーフ王の配下の暗部には筒抜けの
話だろうよ。
我が国、ブルムンドは情報国家。情報を売り物にしているんだ。
小国だからこそ、情報を制さないと即座に滅ぼされるからな。
だが、ドワーフ王の配下の暗部だけは、未だにその全容が掴めて
いないんだ。
でしょ? ガゼル陛下﹂
ドワーフ王ガゼルは、片眉をピクリと上げただけで、それ以上の
反応を見せない。
が、その事でその情報を知っていたのは確かであろうと悟らせて
くれた。
だがそれでも、
1099
﹁だけど、フューズ。お前、そんな情報、簡単に喋ってもいいのか
よ?
国家機密ってほどでもないだろうけど、重要情報だろ?﹂
﹁ん? 構わんよ。調べたのは俺だし、何より、全件代理の委任状
を用意して貰った﹂
と言い出した。
驚くべき事に、先程の休憩時間に事情を話、用意させたらしい。
小国らしいフットワークの軽さもあるのだろうが、フューズがい
かに信頼されているかの証であろう。
本人曰く、俺が喋ったらブルムンドが終わるネタを幾つも握って
いる、との事。
コイツを攫って、情報を奪ってやろうか、なんて一瞬考えてしま
ったのは秘密である。
俺達の会話を聞いていたエラルド公爵が、
﹁貴男方は馬鹿ですか? 国家の重要な秘密をペラペラと!
そこまでは、我が国も掴んでいなかった情報です。それを⋮⋮。
これでは、警戒している私が、滑稽ではないですか!﹂
と憤慨していた。
それに対しフューズが、
﹁正直に言うとだな、エラルド公爵。
我が国がリムル殿の国テンペストと戦争になった場合、即座に滅
亡するだろう。
抵抗は無意味というのが結論だ。ではどうするのか?
戦争を避けるしかないでしょう。その為に、可能な限りの協力を
惜しむな!
1100
というのが、我が国上層部の結論なのですよ。
本来、国に所属していない組合員たる俺が、ここにいるのも可笑
しな話なんだがな。
まあ、ブルムンドで組合員とは別に情報局にも席を置く事になっ
たのが運の尽きか⋮⋮﹂
何でこんな役引き受けたんだろ、とか呟きながら言い放った。
正直すぎるが、うん、まあ、手の打ち様が無いと言えばそうなの
か?
俺一人で、一軍に匹敵する訳で、魔王の脅威を重く見た訳か。敵
対するよりも共闘。
筋は通っている。
情報を掴み、大国の影に生きる小国の戦略としてはアリなのかも
知れない。
﹁それに、だ。
暴風竜
の復活を知ったら⋮。
リムル殿が魔王になった話を伝えただけで大騒ぎになった上層部
が、
聞かなくても、次に言い出すセリフも予想出来るってもんですよ﹂
と、フューズはエラルド公爵に説明した。
要するに、手の内を曝け出したところで懐は痛まないという話。
むしろ、全部打ち明けて、俺達の信用を得る方が得だと判断した
のだろう。
良いか悪いか。正しいか、間違ってるのか。
そんな事は重要ではなく、俺と付き合いのあったフューズの直感
に全てをかけた暴挙。
裏目に出たら国が滅ぶとしても、生き残るにはこの手しか無いと
いう結論なのか。
俺の事を恐れすぎだろ、とも思いかけたが、1万5千の精鋭軍を
1101
滅ぼせる相手だ。小国に為す術は無いという事に気付いた。
テンペスト
暴挙なのは確かだが、ある意味、有効な一手かも知れない。
俺に対しては、有効だな。
更に説明は続く。
﹁同時に、聖教会への交渉も行う。
我等は、自国の防衛が不可能と判断し、魔物の国
を正式な国家と認めるという声明を発する。
これは、聖教会の教義的には受け入れ難い話だろう。
だが、小国に魔王討伐可能戦力が無い事は明白。
テンペスト
を正式な国家と認めはしても、国交は結
聖教会が我が国を非難する資格は無く、むしろ救済の義務が生じ
る。
魔物の国
んでいない。
この点を強調し、聖教会と評議会をけん制する。
仮に、聖教会が魔王討伐に乗り出したとしても⋮⋮
我が国は、卑怯と言われようとも、両方に加担せず成り行きを見
守る。
勝った方につかせて貰う。
とまあ、これが上層部の考えだ。悪く思わないで欲しい﹂
なるほど。
問題は、無い。
表向きは両方に与せず、裏ではヨウムの支援に動いてくれるとい
う事なのだから。
小国なりの立ち回り方、か。
﹁良いだろう。
テンペスト
と国交を結ぶ﹂
だが、ドワーフ王国としては、大胆な方針を採る事を決定したぞ。
我が国は、正式に
1102
その言葉に、場が騒然となった。
大国である武装国家ドワルゴンが、正式に国と認めるならば、そ
れは世に衝撃を齎すだろうから。
﹁マジかよ⋮⋮﹂
フューズも絶句しているようだ。
ドワーフ達は中立を貫くものと思っていたようだ。
俺もそう思っていたけどね。
﹁ふん。その価値があるという判断だ。
ファルムス王国は、わが国の製品を横流しするだけの国だった。
テンペスト
には、街道が整備されてお
多大な税をかけて売りさばく、良い客とは言えぬ国だったのだ。
その点、既に我が国と
る。
徒歩での旅で一月∼二月であったのが、今では馬車で2週間も掛
からぬ。
新たな貿易路が完成しておるのだ。
これを利用せぬ手は無い。
さらに、軍事力として考えても、東の帝国に比しても見劣りはせ
ぬ。
魔物の被害も消えてなくなっている。
そして、最も重要な事だが⋮⋮
それは、王としての判断だ。
魔王リムルは、信用出来る。それだけの事﹂
お、おう。
フューズの時より衝撃は走ったよ。
広い会場は静寂に包まれて、ヴェルドラが漫画を読む為にページ
1103
を捲る音しか聞こえない。
って、おい! おっさん、何してんだ!!!
まあいい。どうせ、人の話を聞いてないのだ。
静にしてくれているのなら、文句は無い。
﹁そ、それはまた⋮。
えらく思い切った方針ですね、ドワーフ王よ﹂
フューズが恐る恐る窺うが、
﹁ふん。策を弄しても仕方あるまい﹂
と、切って落とされていた。
だが、こうなってくると、どういう事になるんだ?
俺達とドワーフ王国が国交を結ぶ。
貿易の中継地として、テンペストに光が当たる。
町の住民が魔物という点は問題だが、親しみは持てるし会話も可
能。
むしろ、仲良くやっていけるのは間違いない。それは既に証明済
みである。
問題となってくるのは⋮⋮
﹁ふふふ。問題は、西方聖教会ですか?
私も帰って陛下に報告する重要項目が出来ました。
新たな国交を結ぶべき国が出来た! とね。
然程距離はないけれど、邪魔な森があります。
勿論、木々の伐採や街道の整備は、そちらにお任せしても宜しい
でしょうね?﹂
エラルド公爵はしたたかに計算した上で、そう言ってきた。
1104
もし、街道を整備するならば⋮。
魔導王朝サリオンとも国交を結ぶ事が出来るという事。
そして、その街道は、ドワーフ王国とも繋がっているのだ。
迂回して入荷していた製品が、直通で入るようになるというメリ
ットもある。
だが、それよりも重要なのは、魔導工学と精霊工学という別系統
の技術が、このテンペストで結びつくという事。
これを実現出来るのならば、街道整備くらい安い買い物である。
そして、その計算は即座にフューズの脳裏にも閃いたようだ。
﹁キタネエ!
俺に先に手の内を明かさせて、その上でより利益を取る方針を出
すなんて!﹂
と喚き出したが、王や公爵はそ知らぬ顔であった。
それどころか、
﹁ふん。どっち付かず等と虫の良い戯言を抜かすからだ﹂
﹁その通りです。外交とは、決断力が全てに優先します﹂
と、二人に遣り込められている。
﹁そりゃ、あんたらは大国だし、権限あるからいいだろうけどよ⋮
⋮﹂
とフューズは嘆いていたが、可哀相な立ち位置の男である。
﹁わかったよ、わかりましたよ!
俺も上層部を説得しますよ。ったく、何で俺がこんな役回りなん
だよ⋮⋮﹂
1105
と、半泣きになりながら叫んでいた。
つまり、テンペストを国として認めると同時に、国交を結ぶ。
だが、先陣を切るのは流石に出来ないとの事で、それはドワーフ
王が最初に宣言する事になった。
こうして、残りの時間で細かい打ち合わせを行ったのである。
事態は、俺の思うよりも加速度的に動き出しているようであった。
会議が終わりに近付き、後は各自、国元で詰めておくという段階
になった時、
バアアアン!!!
と、扉を開いて、何者かが入って来た。
そして、
テンペスト
のラミリスだった。
﹁話は聞かせて貰ったわ! この国は、滅亡する!!!﹂
と、言い放ったのだ。
迷宮妖精
ラビリンス
それは、小さな女の子。
十大魔王が一人、
1106
76話 会談−本番︵後書き︶
明日の更新は出来ません。
なるべく早く、更新いたします。遅くとも、日曜日には⋮。
1107
77話 ラミリスの報せ
いきなり飛び込んで来て、何を言い出すのだ。
な、なんだってーーー!!! とでも返せば良かったのだろうか?
俺を目指して、真っ直ぐに飛んでくるラミリス。
その後ろで、開けた扉を丁寧に閉めるベレッタ。
どこか苦労性な感じになっている。
ラミリスに振り回されているのが手に取るように感じられた。
そのラミリスの目に、高級な服装の人物が立ち塞がった。ディア
ブロである。
末席に座り、静かに会談の状況を観察していたようだが、侵入者
が勝手なことをするのを許すつもりは無いようだ。
何というか、あっさりと捕獲されるラミリス。
ジタバタともがきながら、
﹁ちょ、ちょっと! 何をするだー!!!﹂
などと口走っている。
愉快な奴だ。魔王の威厳なんて、欠片も見当たらないのが微笑ま
しい。
﹁リムル様、不審な者を捕らえましたが、如何致しますか?
この町が滅ぶなどと、巫山戯た事を抜かしていますが、どの様に
処分致しましょう?﹂
ディアブロが俺の元までやって来て、丁寧な口調で聞いてきた。
﹁げええぇ! アタシの全力の魔力で逃げ出せない!?
1108
こ、コイツ! 只者じゃないわね?
なによ、何なのよ! アタシが何をしたって言うのさ!﹂
相変わらず、騒々しい奴である。
ぶっちゃけ、ラミリスの倍以上の魔力があるディアブロから逃げ
るのは難しいだろうと思うよ。
これで魔王、か。
何だか魔王って大した事ないなって思えるのは、コイツがいるお
陰だろう。
﹁リムル殿、その妖精は知り合いですか?﹂
と、フューズが聞いてきた。
ああ、会談が中断してしまったな。コイツももう少し後に入って
くればいいものを。
空気を読めない所も相変わらずである。
﹁ああ、ラミリスって言う妖精で、俺の知り合いだよ。
一応、魔王らしいよ? そんなナリしてるけど⋮⋮﹂
﹁アンタ! そんなナリってどういう意味よ!
迷宮妖精
ラビリンス
のラミリスとは、アタシの事よ!﹂
これでも、十大魔王中最強と恐れられているんだからね!
ドヤァ! とばかりに、ディアブロに捕らわれたままふんぞり返
っている。
威厳も何もあったものでは無いのだが、本人は気付いてないよう
だ。
﹁え? 魔王⋮⋮?﹂
﹁へえ、あれで?﹂
1109
と言った具合に、会談に参加している者達の反応も大した驚きは
見受けられなかった。
﹁え? ⋮⋮えええ?
何で? ここはもっと驚く場面でしょう?
アタシ、魔王なんだけど? 何でそんなアッサリした反応なわけ
?﹂
いやいや。
魔王って言っても、お前捕まってるし。
多分、皆呆れてるんだと思うけど?
と思っていたけど、
﹁いや、だってリムル殿も魔王だし、知り合いに魔王が居ても納得
出来るというか⋮⋮﹂
﹁というより、ヴェルドラ復活の方で驚き過ぎて、大抵の事では驚
かないというか⋮⋮﹂
そういう台詞に頷く人々。
なるほど。そう言えば、そうである。
逆に、
﹁はあ? ヴェルドラが復活?
アンタ達、騙されてるよ!
ヴェルドラはアタシがワンパンで沈めてやったからね!
口程にも無い奴だったわよ。まあ、アイツの時代は終わったって
ワケ。
恐怖するなら、今日からは、アタシの事を恐れるがいいのさ!﹂
1110
そんな事を言いながら、高笑いする。
本当に、口だけ番長もいいところだ。
俺はディアブロからラミリスを受け取り、ヴェルドラの所へ連れ
て行った。
﹁ヴェルドラ、済まないけど、ちょっとこの子の相手してやってく
れる?
一応魔王だから、お前の妖気で死んだりしないし﹂
﹁ん? 我は今大いなる謎を解くのに忙しいのだ﹂
﹁ああ、それ犯人はヤスだから。謎は解けただろ?
じゃあ、頼むな﹂
そう言い残し、自分の席に戻る。
ヴェルドラは大きく目を見開き、﹃え? 何で先に犯人を言うん
だよ!﹄的なショックを受けている様子。
そしてラミリスはヴェルドラを見て、パタリと気絶して大人しく
なったのであった。
問題児が二人大人しくなった所で、会談の纏めに入る事にした。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
結論として、王の解放と同時にミュラー侯爵とヘルマン伯爵が責
任追求を行う。
その反応により、ヨウムが決起する。
ドワーフ王国は、この度のテンペストの勝利を切欠として、堂々
と国交を結ぶ宣言を行う。
魔導王朝サリオンとしても、正式にテンペストを国として認める
1111
声明を出す。
そして、テンペストが街道を整備する状況に応じ、国交を結ぶ打
診を行うという流れ。
この2国に関しては、西方聖教会の影響下に無いからこそ出来る
話である。
問題は、ブルムンド王国なのだ。
﹁教会と決別しても得るモノの方が大きいのは確かだ。
しかし、評議会も黙っていないだろうしな⋮⋮﹂
そこが一番のネックになるようである。
だが、どちらにせよぶつかる事になるのだ。
﹁何とか、上層部を説得する。説得出来次第、国交を結ぶ打診を行
う事になる。
受けてくれるんだろうな?﹂
念押しされた。
それは当然の話。
損得勘定で動くならば、武装国家ドワルゴンと魔導王朝サリオン
という2大大国が正式に承認する国家となるテンペスト。
そのテンペストとの国交は喜ばしい出来事となる。
だが、評議会に参加している国家郡との全ての関係に比べたら、
天秤はどう傾くか不明なのだろう。
俺には答えが出せる。
実の所、評議会と付き合いを続ける方が短期では得なのだ。
だが、10年も経たずに同等以上に利益を享受出来るようになり、
ラファエル
20年もすれば完全に逆転する事になる。
智慧之王の完全予測による算出データによるものだ。
だが、これは言わない。
1112
結果とは、自らが選択した行動の成果なのだから。
そして俺達にとっての問題は、西方聖教会である。
魔物の国を認めぬ西方聖教会ひいては、神聖法皇国ルベリオスと
の衝突は避けられぬという予測が出ていたから。
そしてそれは、大きな問題であるのだ。
勝利し、そして、俺達の有用性と協調性を証明する必要もあるの
だから。
全ての問題が簡単に片付く事は無い。
全ては、今後の自分達の行動に委ねられたのだ。
それぞれの国が、それぞれの思惑を元に打ち合わせを行い会談は
終了した。
この突発的な会談は、歴史の転換点とも呼ばれる重要な意味合い
を持つ事になる。
だが、当然今の俺達はその事には気付いていなかったのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
会議も終わり片付けをしつつ。
何か忘れている気がするような⋮⋮そう思っていたのだが、
1113
﹁あ、アンタね! どういう事、これは一体どういう事なのさ!﹂
と、喧しいのがやって来た。
思い出した。コイツが来てたんだった。
そろそろ相手してやらないと泣き出しそうだ。
仕方ない。
ヴェルドラを見て気絶し、気絶から目覚めたら漫画に興味を示し、
会議が終わったのにも気づかずにヴェルドラと意気投合していたよ
うである。
皆が動き出したのに気付き、慌てて目的を思い出したのだろう。
えらく呑気だが、どうせ大した事ない報せを大げさに言っている
だけだろう。
帰り支度をしていた各国の者達も、ラミリスの言葉で動きを止め
る。
ラミリスの存在を思いだし、再び席に戻る一同。
それを見て満足したのか、無い胸をそらして大げさに頷くラミリ
ス。
そして、
テンペスト
﹁もう一度、言うわ! この国は、滅亡する!!!﹂
と言い放った。
﹁な、なんだってーーー!!!?﹂︵棒読み︶
相槌の代わりにそう問うと、
﹁フフン! まあ、アタシもそれは望まないワケ。
で、わざわざ知らせに来てあげたってわけなのよ。感謝しなさい
1114
よね!﹂
と、恩着せがましく言い始めた。
相手にすると長引きそうだし、話を進めよう。
﹁で、何で滅亡する事になるんだ?﹂
その言葉に真面目な顔になり、一度各国の要人を眺め回す。
少し思案してから、
ワルプルギス
﹁まあ、人間にも関係ない訳じゃないし、いいわ。一緒に聞きなさ
い。
魔王クレイマンの提案による、魔王達の宴が発動されたのよ。
賛同者は、魔王フレイと魔王ミリムの2名。
魔王3名の連名による発議なので、この提案は受理された。
アタシの所にも知らせが届いたって話なのよ。
この宴での話題は、﹃魔王カリオンを殺害した者への報復﹄とい
うもの。
そして⋮⋮。
その犯人に、﹃新たに魔王を僭称するリムル﹄なる者の名が挙が
ってる。
アンタ⋮⋮魔王を名乗っちゃったワケ?﹂
と、彼女らしからぬ真剣な様子で聞いてきた。
彼女の発言に動揺を見せる会議場の人々。結構重要な話題だった
ようである。
というか、魔王カリオンって誰だよ? そんなのと戦った記憶は
なんだけど?
﹁魔王を名乗ったのは事実だけどさ、魔王カリオンを殺害って、そ
1115
んなのは知らないんだけど⋮⋮﹂
﹁ちょっと待ってくれ!!! カリオン様が殺害されたというのは、
本当の事なのか!?﹂
俺の言葉を遮るように、グルーシスが割り込んで叫んだ。
ん? コイツって、もしかしたら魔王カリオンの配下だったのか?
﹁魔王ラミリスよ、教えて欲しい。カリオン様は本当に討たれたの
か?﹂
﹁ちょ、ちょっと! いきなり割り込まないで欲しいんだけど!?
でも、まあいいわ。
リムルが殺ってないってのも本当のようだし、裏があるのは間違
いないわね。
ここは、この名探偵ラミリスさんの出番、ってワケね。
こういう場合のセオリーでは、犯人は言いだしっぺが怪しい!
つまり⋮⋮犯人は、魔王クレイマンで決まりね!﹂
ラファエル
グルーシスの質問を全く無視し、持論を展開させるラミリス。
しかも、悲しく悔しい事に、智慧之王の導き出した予想と答えが
一致していた。
コイツの場合は、さっき読んでた漫画のセリフを言ってみたかっ
ただけだろうけど。
﹁おい、俺もその考えには賛成なんだが、グルーシスの質問にも答
えてやれよ。
魔王カリオンは討たれたのか?﹂
会場は静まり返り、ラミリスの答えを待っている。
大国の者達にとっても、魔王の一体が討たれたというのは、大き
な問題となるのである。
1116
それは、魔王間の戦力バランスの崩壊を起こす可能性すらあるの
だから。
だが、ラミリスはその辺りは無頓着であった。
何の気もなく、
﹁え? 知らないわよ。そういう内容で宴するから参加してねって
言われただけだし?﹂
と、のほほんと答えたのだ。
所詮はお子様。知らせに来てくれただけでも良しとすべきである。
﹁で、どうして知らせに来てくれたんだ?﹂
﹁ん? いや、実はさ、アンタが殺られたらアタシのベレッタがど
うなるか不安じゃん?
で、アタシはアンタに味方する事に決めたから、来てあげたって
ワケよね。
そういうワケで、ここに迷宮への入口を創るけど、いいわよね?﹂
﹁って、何で話が飛ぶんだよ! 迷宮への入口って何なんだ?
知らせは嬉しいけど、それとこれとは話が違うだろうが!
しかも、サラッとベレッタを自分のモノみたいに言うんじゃない
よ?﹂
﹁ええーーー、いいじゃん。細かい事、気にしない気にしない!
そんな事より、ベレッタが挨拶したがってたわよ。おーい、こっ
ちおいで!﹂
人の話を聞かず、言いたい事だけを言い募るラミリス。
フリーダム
話は終わりといった態度である。
本当、とんでもなく自由人な妖精であった。
⋮⋮⋮
1117
⋮⋮
⋮
ともかく、その場は解散となった。
ラミリスからは、これ以上の情報の入手は無理そうである。
各国の者にも、今後新たな情報が掴めたら知らせると約束し、納
得して貰った。
そうして、会談に参加した者達は、帰り支度をしに去って行った。
というか、ドワーフ王は水晶球の魔力回路を切っただけなのだが。
エレン
フューズは宿で一泊してから、帰国するとの事。
エラルド公爵も、娘と話もしたいと駄々をこね、何泊かしてから
帰るとの事だった。
突発的に発生した会談だったが、えらく重要な者達が揃ったもの
である。
最後は、気ままな妖精の参加で締まらなかったが、大きな成果は
あったと考えていいだろう。
こうして、突発的に発生した会談は終了したのであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、場所を移し、幹部達が集まった。
ヨウムと、ミュウランにグルーシスの3名も参加している。
1118
ワルプルギス
小さな会議室にて、全員が席についた。
フューズに聞いたところ、魔王達の宴とは魔王が全員集まる事を
意味するらしい。
これには、3名以上の魔王の承認が必要らしく、一度発動された
らかなりの強制力を持つモノなのだそうだ。
不参加は余程の覚悟が必要らしく、自由気ままな魔王達を拘束可
能な、数少ない魔王間の条約なのだと言っていた。
ワルプルギス
もっとも、発動が確認された事は少なく、人間側の文献に残る資
料も少ないらしい。
それでもその名が知られているのは、前回の魔王達の宴の発動の
タイミングで聖魔大戦が勃発したからだそうだ。
1,000年も昔の話らしいのだが、大きな被害と災厄が撒き散
らされたのだとか。
世に混乱と破滅を齎す魔王の宴、そういう認識で知れ渡っている
そうである。
﹁今回の標的がリムルの旦那だって話なら、覚悟しておいた方がい
い。
最悪、8体の魔王を敵にする事になる。
あくまでも、あの魔王ラミリスの言葉を信じるならば、だが⋮⋮﹂
フューズはそう言って、俺の心配をしてくれた。
まあ、なんとかするよ、そう言ってフューズを安心させたのだが。
魔王達に狙われるのも勘弁して貰いたい。
そこで、対策会議を開く事にしたのである。
ワルプルギス
﹁さて、会議ばかり続く感じだが、我慢して欲しい。
今回の議題は、﹃魔王達の宴﹄についてだ。
こちらのラミリス君の知らせで、俺が狙われているという事らし
い。
1119
どうすればいいか、意見はあるか?﹂
とにかく、いつものように意見を聞く事にした。
はい! っと、元気よく手を上げてシオンが俺を見ている。
指名すると、
﹁魔王達を全員切り捨てればどうでしょう?﹂
馬鹿に聞いた俺が間違っていた。
こめかみに血管が浮き上がりそうになる。前にもこんな事があっ
た気がするけどな。
﹁シオン、どうやって切り捨てるんだ? お前な、現実的な意見を
言えよ?﹂
俺の言葉にシオンはションボリ俯いた。
﹁しかし、魔王ミリム様まで発議に名を連ねているのが気になりま
すね。
やはり、何らかの策謀の匂いがします﹂
ソウエイが的確な事を言った。
そういう意見を待っていたんだよ。
﹁だな。ミリム様がリムル様を裏切るとは、考えにくい。
根拠の無い、単なる勘だけどな。俺は自分の勘を信じる﹂
と、ベニマル。
なるほど、根拠は無いが、か。
実は、俺もミリムに裏切られたとは感じていなかった。
1120
ラファエル
智慧之王の解答も、データ不足だが何らかの状況変化が無い限り
有り得ないと出ていた。
俺はミリムを信じる事にする。
﹁クフフフフ。何にせよ、魔王の皆様と戦いになるならば、撃ち破
れば済む話。
そもそも、魔王はリムル様お一人で十分でしょう!﹂
我が意を得たりと、シオンが大きく頷き、
﹁その通り! お前は新参にしては見所がある。
正に、私が言わんとしたい事を言ってくれたものだ!﹂
と、大きく頷いていた。
何でそうなる。
見回せば、ヴェルドラを筆頭にその意見が大半をしめている様子。
慎重派は、ガビルとゲルドの二名のみ、か?
皆、やる気というより殺る気に満ち溢れているようだった。
いつの間に、こんなに武闘派になったんだろう。
﹁待て待て、慌てるな。
ともかく。ミリムが俺を裏切ってないという意見には賛成だ。
とすると、何かあったと考える。
さっきラミリスが言っていた、犯人はクレイマンという意見もい
い読みだと思う。
何かがあった、と考えるべきだろうな﹂
話を上手く誘導し、物騒な会話を止めさせる事に成功した。
会議はまともな内容になっていく。
1121
﹁でしょ? でしょでしょ!
やっぱり、名探偵ラミリスさんの読みは完璧だったワケね。
じゃあさ、クレイマンをぶっ飛ばせばいいんじゃない?﹂
﹁なるほど、聞くべき点がありますね。
よし、私が行って、軽く殺してくる事にしましょうか⋮⋮﹂
﹁って、待て待て、ちょっと落ち着けシオン。
出かける準備をするな、ベニマルにソウエイも!﹂
たく。
全然まともな流れになってはいなかったようだ。
しかも、ラミリスまで調子にのっているようだ。
﹁大体さ、何なワケ? ここって、何でこんなに強力な魔人がゴロ
ゴロいるのさ!?
こんなにいるんなら、ベレッタはアタシの物でいいじゃないのさ
!﹂
などと言い出していた。
困ったヤツである。諦める気は無いようだ。
わがまま
しかも、俺の仲間が強い事に気付き、自分まで調子に乗り出して
いる。
驚く程の順応性だった。
ワルプルギス
﹁宜しいですか? カリオン様が討たれたなど信じられぬのです。
俺も、その魔王達の宴に連れて行って貰えませんか?﹂
グルーシスがそんな事を言い出した。
ふむ。アリかも知れないな。
﹁参加可能なのは、魔王本人と、腹心の者が2∼3名って決まって
1122
るのよ。
関係ない者が行ったって殺されて終わりになるわよ?﹂
と、ラミリスが答えている。
俺も、ふと思いついた事をラミリスに聞いてみた。
﹁なあ、それ、俺が参加するって伝えられるか?﹂
全員の視線が俺の顔に集中した。
どうせ狙われるなら、こっちから出向くのもいいかも知れない。
新型結界の試し打ちをすれば、最悪逃げるだけなら大丈夫だとい
う自信もある。
影で動かれるより、こっちから打って出る方が気が楽だしな。
何よりも。二度と、この町への被害を出させる気はないしね。
俺の仲間に手を出すと言うのなら、それ相応の覚悟はして貰いた
い。
あーあ。どうやら、俺にも脳筋が移ってしまったようだ。
﹁クアハハハハ! やる気になったか! 良かろう、我もともに行
こう!
ヴェルちゃん
我が付いていくのだ。魔王共など、恐るるに足らぬわ!﹂
﹁そうよそうよ! 師匠が行くなら、アタシも安全ってものよね!
ベレッタもいるし、アタシの守りは完璧ね!﹂
ヴェルちゃん
﹁⋮⋮いや? 我は別に、お前のお守りでついて行くのでは無いの
だが?﹂
﹁うぇえ!? そんな、冷たいでしょ、師匠!﹂
﹁というか、師匠って、何だよ⋮⋮﹂
いつの間にか、漫画友達になったようである。
仲が良いのはいい事だが、一方的に懐いてるだけに見えるけどね。
1123
ラミリスは、魔王専用回線にて、全魔王へ俺が宴に参加するとい
う内容の通信を行っている。
何やら無駄に高度な魔術式にて、空間干渉による通話を開始し始
めた。
ラミリスが通信している間に、ベレッタは立ち上がり、俺へと挨
拶して来た。
グランドマスター
﹁この度は、魔王への進化おめでとう御座います。
アークドール
魔将人形
より進化し、
聖魔人形
カオスドール
へと至りまし
私も、我が主の進化のお裾分けを頂きました事、お礼を述べさせ
て頂きたく。
お陰様で、
た﹂
そう述べて、俺に向けて恭しく一礼する。
ユニークスキル﹃聖魔混合﹄を獲得したらしい。
。
内での無力感を感じた時、
魔将人形
アークドール
だと
ほぼ全ての物理攻撃と魔法を無効化し、聖と魔という相反する属
カオスドール
聖魔人形
ホーリーフィールド
聖浄化結界
性を持つ
俺が
動く事も出来ないな、と感じていた事が進化の要因となったようだ。
新たな精霊核が体内に生じ、魔核と融合した結果生まれたのが、
聖魔核らしい。
ものすごく研究素材にしたいが、今はそれどころではない。
﹁お、おう。元気そうで何よりだ。
今回の件が終わったら、色々話でもするか﹂
﹁はは! ありがたきお言葉です。楽しみが出来ました﹂
﹁うん。ラミリスの言う事も、ちゃんと聞いているようで何より。
ワルプルギス
まあ、無茶な命令以外はちゃんと聞いてやってくれ
今回の魔王達の宴にて何かあったら、頼りにしているぞ﹂
1124
﹁お任せ下さい。ご期待に応えてご覧にいれましょう!﹂
そう言葉を交わし、ベレッタを座らせた。
ラミリスの配下はベレッタ一人だった為、グルーシスも変装し参
加する事になった。
ミュウランもクレイマンへの恨みを晴らしたいようだったが、ヨ
ウムに止められたようだ。
まあ、戦力的には当てにならないしな。
ラミリスに従って、ベレッタとグルーシスが参加する事になる。
俺がベレッタと会話している様子を、悔しそうにシオンが見てい
る。
連れて行ってやらないと暴れそうだ。
という訳で、俺の配下としてシオンは確定だ。
後は、影の中に潜むランガと⋮⋮
﹁我が行くと言ったであろう。我ならば、魔王どもにも引けを取ら
ぬ!﹂
そうだった。実に頼もしい。
これで決定である。
ベニマルとソウエイがガックリしていたが、ここは諦めて貰う事
にした。
この町の防衛という仕事もあるのだ。
ゲルドやガビルも参加し、この町の防衛体制を整えさせる。
聖浄化結界
ホーリーフィールド
を破らねばならぬから
万が一、聖教会による討伐部隊が来る事を考慮し、町の外にディ
アブロに配置してもらう。
単独で聖騎士を打ち破り、
だ。
ソウエイも町の外に配置して貰う方が良いかも知れないな。
1125
ラミリスの返事を待つ間、俺達は細かい打ち合わせを行ったので
ある。
結論として、俺の参加は認められた。
魔王達にとっても、無駄に人間の町付近まで攻めるのも面倒だと
いう話になったのかも知れない。
ワルプルギス
だが、好都合である。
これにより、俺も魔王達の宴へと参加する事になったのだ。
因縁のある魔王は、レオン・クロムウェルとクレイマンの2名。
だが、今回のターゲットはクレイマンだ。
オークロードの騒乱は忘れていない。
ミュウランの件もある。
何より、ミリムの件が気がかりだ。
やろうってんなら覚悟しとけ。
お前は俺を敵にした。
俺は、敵認定したヤツを簡単に許すほど甘くはないのだ。
⋮⋮ただし、美女や美少女を除くのは言うまでもない事である。
1126
77話 ラミリスの報せ︵後書き︶
明日の投稿も難しいかも。
なるべく頑張ってみますが、更新出来なければスイマセン。
1127
78話 魔王たち
魔王クレイマンは、かつてない程狼狽えていた。
計画は順調であり、上手く人間達を誘導する事が出来ていた。
後は血みどろの争いが演出され、そこで産出される悲劇と憎しみ
に彩られて芳醇に熟成された魂の狩場が出来上がる筈であったのだ。
それなのに、争いは瞬時に終了してしまい、魂は全て刈り取られ
た後であった。
信じられない思いで確かめたが、現状は報告通りである。
せっかくあのお方がお膳立てをし、用意してくれた舞台であった
というのにだ。
この人間と魔物の争いに於いて、クレイマンは真なる魔王への覚
醒と上位魔人の配下の獲得を同時に達成する予定だったのだ。
であるからこそ、使えぬ配下のミュウランにも未練は無く、事が
済めば始末する予定であった。
それなのに、今は連絡を取ろうにも繋がらない。自らかけた呪縛
は解除され、ミュウランは自由になってしまったようである。
その事も、クレイマンの混乱に拍車をかけた。
だが、そこまではまだ良かったのだ。
ワルプルギス
幸いにも、自分には手駒たる魔王ミリムという最強の切り札があ
る。
故に、フレイを焚きつけて討伐会議を開催すべく、魔王達の宴を
提案したのだ。
自分にフレイとミリムの3名の連名での発議は無事に承認され、
その席にて新たな魔王を僭称する者として魔物の町の主であるスラ
イムを討伐する事を宣言する予定であった。
配下の魔王軍を勝手に人間の町付近へ進軍させる事を、禁じられ
1128
ているがゆえの策だったのだ。
テンペスト
この討伐会議にて自分が主導権を握り、魔物達の国への侵攻権を
獲得する。
そして、配下の軍勢を動かし周辺の国家もついでに蹂躙する予定
テンペスト
だったのだ。
魔物達の国の上位魔人に対しては、ミリムをぶつけて潰してしま
う事にしていた。
ほんの数日前までであれば自分一人でも何とか出来たかも知れな
いが、主の魔王化に伴って部下の上位魔人達も様々な力を獲得して
いるようなのだ。
今となっては、最初の策が失敗したのが悔やまれる。
だが、ミリムをぶつけて生き残った者を支配すれば済む話だった
のだ。
ところが⋮⋮
リムル
突如、引きこもりの魔王ラミリスが、追加案件と称して当事者で
あるスライムの参加を求めてきてしまった。
何故か、この提案はすんなりと受諾されてしまったのも腹が立つ。
当然クレイマンは却下したのだが、当たり前のように3名以上が
承認したようなのだ。
ワルプルギス
この事により、クレイマンの策が全て潰れた事になる。
上手く魔王達の宴を発動してしまった事が、逆に仇となってしま
ったのだ。
この会議からは逃げられない。
本人が来てしまう以上、討伐を主張したとしても、今そこで戦え
と言われて終わってしまいそうであった。
どうする? どうすればいい?
クレイマンは必死にその頭脳を駆使し、策を考える。
1129
そのクレイマンの様子を眺め、フレイは薄く嘲笑する。
無様な男だ。
思ったよりも事態の進展が早い。
この流れは予想出来ていなかったが、結果的には上手く行きそう
である。
横に立つミリムを眺めるが、その能面のような顔からは表情は伺
えない。
可愛らしい人形の様に、一切の感情の抜け落ちた顔をして立って
いた。
その瞳が、ほんの少し、僅かに角度が変わったように見えた。自
分の方へと。
フレイは頷く。
︵ええ、そうね。判っているわよ、ミリム︶
心の中で返答し、その笑みをより深くする。
そして⋮⋮
︵クレイマン、貴方の命、もう長くなさそうね︶
フレイは密やかに今後の手順を確認する。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1130
誰も知らぬ常夜の国の、奥深い玄室の中で。
氷の柩に封じられた美しい黒髪の全裸の少女を前に。
その者は自らも全裸となって、妖しい表情でうっとりと氷の柩に
縋り付く。
︵ああ、美しい。ああ⋮⋮︶
柩の中の少女を眺めて愛でる事が、その者の密やかな愉しみであ
った。 ヘテロクロミア
銀髪の可愛らしい少女。
その瞳は金銀妖瞳。青と赤の妖しい揺らめく光を放つ。
その、非常に整った容貌の中で一際異彩を放ち、少女の美貌を際
立たせている。
だが、何よりも目を引くのは⋮⋮
愛らしい少女の唇から小さく覗く二本の真っ白い犬歯。
クイーン・オブ・ナイトメア
小さな唇を開く度に、チラリと真っ白な牙が見えていた。
魔王
ルミナス・バレンタインなのである。
彼女こそが、夜の支配者である夜魔之女王。
魔王にして絶大なる力を有する吸血鬼たる彼女であっても、氷の
柩の破壊は不可能であった。
何故ならば、それは氷では無く純粋たる聖霊力の塊であったから。
その柩に触れる度に、ルミナスの皮膚に火傷の様な痣が出来るの
だ。
だが、それでも⋮⋮。
彼女は意に介する事は無く、氷の柩に縋り付くのだ。
ワルプルギス
そんな彼女に、魔王達の宴の開催の知らせが届く。
残念な事に、彼女に匹敵する者が参加を表明してしまったようだ。
未だ、全魔王を敵にするには彼女は力不足である。
彼女は不愉快になるが、これは仕方が無い事でもあった。
1131
︵待っていてね⋮⋮、︶
彼女は小さく、愛する少女の名を呟くと、玄室から退出する。
その後は、彼女の膨大な魔力にて結界に閉ざされて、玄室は真の
暗闇へと沈んでいった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
二人の男が向かい合い、会話を行っていた。
一人は、大柄でがっしりとした体格の偉丈夫。
もうひとりは、だらしなく寝そべっており、覇気の無い様子。
しかし、それはいつもの事なので、大男は文句も無く相手をして
いた。
ワルプルギス
﹁で、お前は何時までここに滞在するのだ?
今度の魔王達の宴の後、旅立つのか?﹂
﹁わかんねー。ダルい。何にもする気起きないんだよねー﹂
大男の問に、やる気無さそうに答える優男。
だが、どちらにせよ⋮⋮
ワルプルギス
﹁とは言え、魔王達の宴には参加するしかなかろう?
まあ、宴の後でどうするか考えるがいい﹂
1132
大男はそう結論付けた。
そして、大空を見上げ空の広さを楽しむ。
しばらく時が流れ、
﹁ところでダグリュール、お前の息子に魔王の座を譲る気はあるの
か?
何なら、俺が後見人になってやってもいいけど?﹂
と、思い出したように話し出す優男。
大地の怒り
とも呼ばれる魔王である。
その質問に目を閉じて暫し考え込む大男、いや、ダグリュール。
ジャイアント
巨人族にして、
普段は温厚であり、魔王と呼ばれる事に違和感を持たれるほどだ
が、一度怒ると手が付けられなくなるのだ。
怒りで戦闘力が大幅に増大するとも言われている、取り扱いに注
意が必要な魔王なのである。
もっとも、親しい友人である優男の言葉で怒った事は、今まで一
度も無いのだが。
その優男の言葉に、
﹁いや、あいつ等は、若い頃のワシに似ておる。
無鉄砲で、全てを見下し、自分よりも強い者の存在を信じない。
お前の事も見下しておったぞ、ディーノよ﹂
と、返事を返した。
優男、その名はディーノ。種族不明の男だが、人間の格好に相違
は無い。
だが、人間では有り得ない魔力を有していた。
まともにすればそれなりの美男子なのだろうが、眠そうな半眼が
全てを台無しにしている。
1133
だが、彼も魔王の一人なのだ。
とも呼ばれる魔王である。
放浪王
とも、
眠りの森の王
今は、自分の住処を出て、放浪の旅の最中なのだろう。
そして途中で力尽き、親しい友人であるダグリュールの所でお世
話になっていたのである。
その友人であるダグリュールの言葉に、
﹁ああ、どうでもいいよ。そんな事で俺の価値は変わらねーし。
そんな事より、そんだけ生意気なんだったら、連れていったら?
ワルプルギス
お前の3人の息子、一人を俺の従者って事にしたら3人連れてい
けるぜ?﹂
と言い出した。
当然、連れて行くのは魔王達の宴にである。
ダグリュールもその言葉に考え込む。
そして、
﹁頼めるか? もしも馬鹿をやって実力も弁えずに死ぬようなら、
それまでの事。
一度、真なる強者を見せる事も教育だろうしな﹂
と頷いたのである。
彼の3人の息子達。彼の若き日を彷彿とさせる、暴れ者達なのだ。
二人は頷きあい、その方向で話を纏め出す。
それは、火薬庫の前で焚き火をするような行為なのだが、彼等は
そこまで考えてはいなかった。
何しろ、彼等は熟考という行為が何よりも苦手だったのだ。
1134
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
氷雪吹きすさぶ極寒の大陸。
その中央にその城は屹立していた。
絶対凍結の氷原に囲まれ、マイナス120.0℃を下回る、ほぼ
全ての生物の生存を許さぬ大地。
その様な場所に建つ、美しく幻想的な宮殿。
という。
ギィ・クリムゾンの居城であった。
白氷宮
想像を絶する膨大な魔力にて、この世に具現化された悪魔の城。
魔王
その名を
プラチナブロンド
その城の廊下を悠然と歩く人物がいた。
長い金髪に、青い瞳。整った顔立ちに、切れ長の眼。
透き通るように白い肌。
魔王
レオン・クロムウェル。
金髪の悪魔
と呼ばれる者。
それは、女性と見紛うばかりに美しい、美丈夫。
まるで自分の城であるかの如く、自然な動作で廊下を進む。
ギィ・クリムゾンであ
その先には、彫刻が美しく設えられた大きな扉があった。この城
魔王
の主が待つ、謁見の間へと繋ぐ扉である。
レオンの目的はこの城の主である
った。
レオンが扉の前に立つと、大柄な悪魔が二体がかりで大扉を開く。
そして、
1135
﹁
魔王
レオン・クロムウェル様が到着なさいました!﹂
グレーターデーモン
扉の内側に控えた美しき女性型悪魔が、高らかにレオンの来訪を
告げる。
ネームド
グレーターデーモン
扉の内側には、力有る上位悪魔が左右の端に控えている。
一人一人が名付きの悪魔であり、普通の上位悪魔を上回る能力を
有している。
ネームド
グレーターデーモン
その数、左右合わせて200体を超える。
名付きの上位悪魔は、召喚された者と異なり、この世界で受肉を
果たしている。
一人一人が上位魔人に匹敵するのだ。
魔王
ギィ・クリムゾ
それは、Aランクを超える戦力が200名以上いるという事。
だが、それさえも⋮⋮
謁見の間の奥、その中央の玉座にて座る
ネームド
アークデーモン
ンの眼下に控える6柱の悪魔の威圧の前には霞んでしまう。
それは、名付きの上位魔将である。
その戦闘能力は、上位の魔人すらも圧倒出来る。準魔王級の魔物
達なのだ。
だが⋮⋮。
ギィ・クリムゾンの左右に控える2柱
たる、彼女達こそが、この場に於ける魔王の
魔王
その6柱の悪魔将軍達でさえ、この場での自由な発言を許されて
いない。
悪魔公
デーモンロード
絶対的支配者たる
の悪魔。
ネームド
名付きの
言葉の代弁者。
デーモンロード
悪魔公
ミザリーと、
悪魔公
デーモンロード
ヒラリーであった。
魔王に匹敵する実力を持つ彼女達。
レオンが中央を通り、玉座の真下まで到達する。
そこで初めて、ミザリーとヒラリーは片膝をつき、
1136
﹁﹁レオン様、お久しぶりで御座います﹂﹂
同質の美しい声で、レオンへの挨拶を行った。
同時に、玉座の主が立ち上がる。
この場にて動ける資格のある者は、二名の魔王のみ。
﹁久しいな、我が友、レオンよ。息災であったか?
よくぞオレの呼びかけに応えてくれた。礼を言うぞ!﹂
美しく良く通る声、真紅の瞳は銀の星を秘め、燃える様に真っ赤
な髪は、血の色よりも濃く深い。
背はレオンと同程度。
女性の様な美しさのレオンに対し、ギィの美しさは中性的である。
男とも女とも呼べる、そんな妖しい美貌。
レオンに声をかけながら、玉座の置かれた高みからレオンの下へ
と歩みよる。
そしてレオンに腕を回し、抱きしめた。
躊躇わずにレオンの顔に手をかけて、接吻する。
レオンは顔を顰めてギィを押しのけ、
﹁止めろ。俺は男と付き合う趣味は無い。何度も言っているだろう
?﹂
迷惑そうな表情で、ギィを睨む。
﹁あっはは。相変わらず連れない男だな。
お前が望むなら、オレは女になってやっても良いのだぞ?
まあいい。場所を変えよう﹂
そう言い、返事も待たずに歩き出した。
1137
それは毎度の光景である。
この極寒の地にて、着流しの服装で肌の露出も多い。
レオンの唇を味わった感触を思い出しているのか、妖艶な美貌を
妖しい笑みで彩っている。
真紅の唇を、ペロリと蛇のような舌で舐め上げて⋮⋮。
その姿は、匂い立つ妖しい魅力を醸し出していた。
魔王
ギィ・クリムゾン。
両性具有者であり、彼にとっては、男も女も性欲の対象となる。
彼あるいは⋮彼女こそが、
ロード・オブ・ダークネス
この城の主にして、最強最古の魔王。
暗黒皇帝の名の下に、永久凍土であるこの大陸を治める者であっ
た。
ギィは、レオンを案内する訳でも無く先に進む。
その後を不安な様子も見せずに付き従うレオン。
彼等が謁見の間から出て行くまで、誰一人として動く事は無かっ
た。
それは許されざる行為だったから。
皆一様に頭を垂れ、自分達の支配者とその客人が立ち去るのを待
っていた。
レオンの退出を確認し、ミザリーとヒラリーが立ち上がる。
そして、
﹁散れ﹂
そう、配下の者達への命令を下した。
の仕事とは、彼女
ギィ・クリムゾンの身の回りの世話だけであ
悪魔公
デーモンロード
それから、自分達は客人の為のお茶の用意をするべくその場を後
にする。
魔王
この城に於いて、至高の存在である
達の主である
った。
そして、その仕事こそがこの城に於いては全てに優先されるので
1138
ある。
主の不興を買う前に、彼女達は速やかに仕事を開始する⋮。
レオンはギィに続き、最上階にある氷のテラスへと。
そこは、吹き抜けとなっているのも関わらず、一切の氷雪の進入
を許していない。
完全なる調和の元に、過ごすのに最適化された環境となっていた。
もっとも、ギィはあらゆる環境の影響を受けない。つまりは、こ
の部屋はレオンの為に環境を整えているという事である。
他者を見下す性質のギィではあるが、認めた者や友人への対応は
細心の心配りがなされたものとなっていた。
相変わらずだと思いつつ、レオンは勧められるまま椅子に座る。
その椅子は氷で出来ているにも関わらず、一切の冷たさを感じさ
せる事は無い。
これも、いつもの事である。
﹁で? 俺を呼びつけるとはどういう要件だ?﹂
荒々しく椅子に身を投げ出し、レオンが言った。
何時の間に用意したのか、ギィとレオンの前にお茶を並べるヒラ
リー。
ミザリーは、テラスの入り口にて何も言わずに立っていた。
これも何時もの事だ。
彼女達がギィの言動を邪魔する事は無く、レオンに対し言葉を発
シモベ
する事も無い。
彼女達は僕であり、道具に過ぎない。
対等な関係の者では無く、命令あるまでその感情を表す事さえ許
されてはいないのだから。
1139
もしも、主の命令も無く行動した場合、与えられるのは速やかな
死であった。
だからこそ、例えレオンがギィに攻撃を仕掛けたとしても、彼女
達が自ら動く事は無い。
ギィは絶対支配者であり、ギィの身の安全を心配するなど不敬で
しか無いのだ。
そんな訳で、彼女達の存在は無視し会話は行われる。
ワルプルギス
﹁ああ。魔王達の宴が発動されたのは知っているだろ?
もし今回も不参加なようだったら、無理にでも参加して貰おうと
思ってな﹂
﹁ああ? 俺が会合などを嫌うのは、知っているだろう?
もっとも、今回は参加するがな﹂
﹁ほう? 良かったよ。お前に貸しを作ってでも参加して貰うつも
りだった。
お前にオレを一晩抱かせてやっても良いかと考えていたんだ﹂
﹁俺は男は相手にせん。相手が女でも、望む相手以外は遠慮する。
お前を抱くなど、お前にとってのご褒美でしかないではないか﹂
﹁何だよ。先に言うな⋮。お前が望むなら、女にでもなってやるん
だがな。
まあいい。で?
今回、参加を決めた理由とは何だ?﹂
﹁ああ⋮⋮﹂
レオンは一旦そこで言葉を切り、そのまま先を話し出す。
﹁今回の発案者はクレイマン。小物だ。
何故か、賛同者にミリムがいるのが気になる。
そして、カリオンの死亡という情報。これも怪しい。
最初の討伐決議がクレイマンによる発案で、ラミリスの追加提案
1140
により当事者の参加という流れになった。
リムル
という新たな魔王を﹂
だからこそ、全ては繋がっていると考えられる。
見ておきたくなったのさ。
﹁ほう。お前の考えでは、リムルは魔王の資格があるという事か。
面白い、オレも同じ考えだ。
ミリムについては、いつもの遊びだろ。あの女の事を考えても無
駄だ。
オレの様に賢き者には、バカの考えは読めん。それが、数少ない
クレイマン
弱点でもある。
塵芥如きの意見など無視でいいのだが、ラミリスのヤツが意見を
言うのが面白くてな。
アイツが興味を持つ者ならば、オレも楽しめると思ったのだ﹂
﹁⋮。ラミリス、か。あの女は苦手だ。会う度にからかわれる。
何度絞め殺してやろうと思ったか⋮⋮
だが、ラミリスが言い出したならば、俺も動いてみる事にしただ
けだ﹂
﹁あっははは。止めておけ。ラミリスを殺すなら、お前はオレの敵
になる﹂
﹁だろうな。俺もまだ死にたくは無い。お前に喧嘩を売っても勝て
る目処も無いしな﹂
﹁ん? そうでも無かろう。お前なら、100万回に一度くらいは
オレを殺せるぞ?﹂
﹁話にならん。俺は、確実に勝てる戦いにしか、興味ないのだ﹂
﹁謙遜はよせ。そもそも、オレに傷を付けれる者も少ないのだ。
殺せる可能性を持つお前は、十分に強者だよ。自信を持つ事だ﹂
﹁フン。自信ならあるさ。お前以外の者には、な﹂
そこで、二人の会話は途切れた。
その絶妙の間に割り込むように、
1141
﹁あらあら。お話は終わりですか?
レオン様、ようこそお出で下さいました﹂
氷のように響く涼やかな声。
ブルーダイアモンド
その声に相応しい、美しい白髪の女性が歩いてきた。
真っ白な肌。冷たく光る妖しい深海色の瞳。
そして、白一色の出で立ちの中、一際目に付く真紅の唇。
ギィの許可無く、歩き喋るその女性。
。
氷の女帝
竜種
が一体であり、
ギィ・クリ
白氷竜ヴェル
魔王
あるいは、広く知られる呼び名で、
それは、許可の必要無き者。つまりは、同格であるという事。
ザード
4体しか存在しない
ムゾンの唯一の部下。
部下というよりは片腕であり、相棒と呼ぶ方が適切かも知れない
のだが。
部品たるシモベ達とは、別格の存在であった。
﹁これはこれは、ヴェルザード。相変わらず、お美しい﹂
﹁あら? お世辞でも嬉しいです﹂
一頻りの社交辞令を交わす。
お互いの言葉に、本音は含まれてはいない。
﹁ふん。お前達は、相変わらず仲が悪いな﹂
ギィでさえ、この二人の仲の悪さにはうんざりなのだった。
普段なら、ここで一通りの嫌味の応酬が交わされるのだが⋮⋮
弟
が目覚めた様ですよ﹂
今回は、ヴェルザードが話題を変えた。
﹁そうそう。私の
1142
の事か?
に封印されていたのが、最近消滅したと言ってい
暴風竜ヴェルドラ
そんな爆弾発言を何気なく放ったのだ。
勇者
﹁目覚めた? 封印されていた
アレは
ただろう?﹂
﹁ええ。消滅する前に大人しくなっていたら、助けてあげようと思
っていたのだけれど⋮⋮
存在が消滅したので可笑しいと思っていたのです。
勇者の封印の虚数空間内からでさえ、此方に影響を与えうる存在
感だったのだから。
何者かに更なる亜空間にでも飲み込まれていたのかも知れないわ
ね﹂
﹁ほう⋮⋮、面白い。
無限牢獄
・・・
は、勇者の特異性も相まって、通常
では、何者かが勇者の封印を解き放ったというのだな。
ユニークスキル
・・・
のスキルでの解除は不可能。
オレの持つスキルかあるいは、お前達どちらかのスキルでしか、
な。
まあ、どのみち解放してやるつもりだったのだがな。
しかし、今解放されて暴れださない所をみると、それなりに弱っ
ているのか?﹂
﹁そうね。弱ってはいるようね。反応が以前のものと比べ物になら
ないほど微弱だし。
けれども、暴れださないのは不思議ね。
あの子の性格では、暴れる事こそが生きる意味という感じだった
もの﹂
﹁まあ、何にせよ。俺にはヴェルドラを相手するつもりは無い。
ワルプルギス
お前達が仲間に引き入れたいなら、勝手にすればいいさ。
ともかく、今度の魔王達の宴で会おう﹂
1143
﹁もう行くのか?﹂
特定召喚
﹁ああ。俺への要件はそれだけなのだろう?﹂
﹁まあ待て、慌てる事もないだろ。
ところで、お前の本当の目的である
のか?﹂
ワルプルギス
﹁⋮⋮。そちらは、まだだな。
の目処は立った
正直、魔王達の宴も新たな魔王もどうでもいい。
ただ、協力者が言うには召喚実験の邪魔をされたそうでな﹂
﹁ほう? そのリムルという奴にか?﹂
﹁ああ。だから、一度見ておきたかったというのはあるがな。
それでも、ラミリスが関わっていなければ無視しただろうが⋮⋮﹂
異世界人
を召喚するには大量の魔素に特定の条件、
﹁前から気になっていたのだが、その協力者とは一体何者だ?﹂
﹁知らんよ。
複雑な要素が絡み合う。
俺の召喚術でさえ、条件を絞れば絞る程、再度召喚までの期間が
長くなる。
現状、66年に一度しか使用出来ぬ程なのだ。
もっと条件を絞る必要があるから、次の召喚に失敗すれば次回は
99年になりそうでね。
幸運の加護
を
俺の召喚出来ない間に、代行して召喚して貰っているだけの話﹂
﹁お前にしては弱気だな﹂
﹁こう何度も失敗しては、な。ラミリスに貰った
以てしても成功しないのだ﹂
﹁それはまた。そんなに大事な事なのか?﹂
﹁ああ⋮⋮。俺にとっては、この世の全てに優先するほどだ﹂
﹁そうか、ならば何も言うまい。
で、協力者の方だが⋮⋮。そいつは信用出来るのか?﹂
﹁信用? 出来る筈も無い。ただ利用しているに過ぎんよ﹂
﹁そうか。オレが言うのもなんだが、気を付けた方がいいぞ﹂
﹁お前らしくないな。だが、忠告は素直に受け入れよう。
1144
ワルプルギス
感謝する。では、魔王達の宴で会おう﹂
そう言葉を残し、レオンはその場を後にする。
光の結晶をその場に残し、空間転移にて去って行った。
その様を見やり、
﹁せっかちな奴だ。まあ、アイツらしいか﹂
苦笑とともに、ギィは呟いた。
﹁しかし、慎重なレオンにしては隙が大きいですね。
協力者、正体も掴んでいない様子。潰しますか?﹂
ヴェルザードの凍えるような冷たい声に、
﹁やめておけ。要らぬ手出しをすれば、レオンの不興を買う。
オレは友人に恨まれるのは御免だからな﹂
何の心配もせず返答するギィ。
彼にとってレオンは信用の置ける友人であり、その性格を熟知し
ていたからこそ出た言葉である。
何よりも、レオンの能力の高さを誰よりも知っているのだ。
﹁アイツがオレを頼って来たら、その時に手助けしてやればいいだ
ろう﹂
﹁わかりました﹂
そうして、その話を終える。
出不精な友人も参加する事は確認が取れた。無理やり呼びつけた
のだが、それは気にしない。
1145
ワ
彼自身も何度も無視した事があるのだが、そんな事は都合よく忘
れている。
これで久しぶりに、全魔王が揃う事になりそうだ。
﹁今回は楽しめそうだな。お前も行くか?﹂
﹁そうですね⋮⋮。いえ、止めておきましょう。
私は、魔王には興味ありませんし﹂
﹁そうか? まあいい。では、留守は任せた﹂
﹁はい。では、準備いたしましょう﹂
そう言い残し、ヴェルザードも席を立つ。
ルプルギス
後に残るギィは、極寒の大地にかかるオーロラを眺めながら、魔
王達の宴に思いを馳せた。
小細工を弄して暗躍する魔王。
小物とは言え、崩れる魔王の一角。
引きこもりの友人が活動を開始した事も気になる。
そして、新たな魔王の誕生。
面白い。ここ数百年、久しく感じなかった胸の高鳴りを感じる。
前回の大戦も小物ばかりでつまらぬ戦だった。
今回は期待出来るかも知れない。
そう思い、ふと勇者について考える。
最後に確認されたのはいつだったのか⋮⋮。
レオンの城に攻め入って来たのも勇者だったらしい。
レオンは戦わずに撤退したそうだが、異常な強さだったと言って
いた。
特別
なのだそうだ。
人間ならばその寿命は尽きていても不思議では無いが、ラミリス
が言うにはあの勇者は
何らかの手段で寿命を伸ばしていても不思議では無いのだ。
1146
その行動も規則性が無く、大きな力持つ者の前に現れる。
ギィは見た事も会った事も無いのだが、一度戦ってみたいと思っ
ていた。
今度の大戦は大きなものになりそうだ。
それは、魔だけでは無く、聖も人間も巻き込んで大きな災厄を巻
き起こす。
ならば、勇者が出現しても不思議では無い。
ギィの頭に、新たな魔王の事など既に無い。
彼にとって、魔王など取るに足らぬ存在であるが故に⋮⋮。
今度こそ、勇者に会ってみたいものだな。そう思い、ギィは妖艶
な笑みを浮かべる。
1147
78話 魔王たち︵後書き︶
魔王達の名前を考えるのに、かなりの時間を費やしました。
1148
79話 ディーノとダグリュール
ワルプルギス
魔王達の宴への参加に向けて、ラミリスの案内で森を抜ける。
ヴェルドラに乗って、サクッと飛んでいるので、移動にかかる時
間はそれ程かからない。
眼下に湿地帯が見えた時は、その速さに感動したものである。
何しろ、森を抜けるならば湿地帯まで2∼3日はかかるのだから。
今では出発して1時間といった所だろうか。
ヴェルドラは巨大化して適正サイズに調整と面倒そうだったのだ
が、シオンにベレッタ、グルーシスと飛べない者が多いので我慢し
て貰ったのだ。
というか、
﹁ラミリス、お前、歩いてその会場︵?︶まで行くつもりだったの
か?﹂
と聞いてみた。
どう考えても、間に合わないと思ったのだ。
ラミリスの返答は、
﹁え? いいや、適当に歩いてるだけでいいの。
するとね、いっつも誰かが迎えに来てくれてたから!﹂
何とも納得のいく答えが返って来た。
コイツ・・・いつも迷っているから、誰かが迎えに行く事が暗黙
の了解になっているのだ。
空間転移系の能力持ちが、出向いてくれるのだろう。
じゃあ俺達って、今何処に向かってるんだ?
1149
嫌な予感がしてラミリスに問うと、
﹁え? そんなの、アタシが知ってるワケないじゃない!﹂
ぶっ飛ばすぞ! お前の案内で飛んでいるんだよ! と、声に出
しかけて諦める。
コイツはこういう奴なのだ。
じゃあ、無理に飛んで行く必要もなかろう。そういう訳で、地上
へと降りてのんびり周囲を楽しみながら進む事にした。
のんびりと歩いて、道を進む。
ジュラの大森林の先、ここは既に魔の領域である。
とは言っても、言う程何が違うという訳でもないようだ。
人間の村や町のある場所に比べて魔素の濃度が高くなっているが、
人が住めない程では無い。
道の脇にある岩が魔鉱石になっていたりはしない事からも、それ
は間違いないだろう。
自然発生する魔物も言う程多くは無いのではなかろうか?
聞いてみると、
﹁ああ、魔物の領域と言っても魔王の棲家や直轄領で無いならば、
普通の人間でも問題無く住める。
その領域を治める魔王への決められた税さえ支払うならば、その
安全は魔王達によって保証されているだろうよ﹂
と、ヴェルドラが教えてくれた。
へえーそうなんだ。流石、師匠は物知りですね! と、ラミリス
が言っていたがスルーする。
お前が何で知らないんだよ! なんて、いちいち突っ込んでいた
ら負けだろう。
1150
ジャイアント
ヴァンパイア
﹁ただし、領地不明の魔王も居た筈だぞ。
ジャイアント
デーモン
ヴァンパイア
我が戦った事があるのは、巨人族と吸血鬼族、あと悪魔族だった
かな。
直接戦った事のある魔王だと、巨人族のダグリュールに吸血鬼族
のルミナスか。
ヴァンパイア
ダグリュールとはタイマンだったが、面白かったぞ。
ルミナスの奴は、吸血鬼族の王国を灰に変えてやったらマジ切れ
して向かって来たから撤退したがな!
洒落の判らん奴だったな。で、それ以来ルミナスの領地が何処に
あるのか我にも判らんのだ。
デーモン
後は、悪魔達の王がいたな。
何度か集団の悪魔族と遭遇戦は経験したが、王とは戦っておらぬ
のだ。
永久凍土の大陸の方に居城があるのだが、あそこは寒い。人も住
んでない。
行ってもつまらないから、行ってないのだ。それに⋮⋮﹂
そこでヴェルドラは言葉を濁し、
﹁まあ、あんな何も無い所には、行く必要もないのだ! クアハハ
ハハ!﹂
と、笑って誤魔化した。
だがまあ、既にこのおっさんが、怒らせてしまっている魔王もい
るようだ。
自分の国を灰にされたら、そりゃ怒るだろうよ。
それに、ヴェルドラとタイマンはれる巨人族の魔王もヤバそうだ。
ラミリス
氷の大陸の方には何かありそうだが、確かにわざわざ行く必要も
無いだろうし、考える事も無い。
しかし、魔王って思った以上に実力がありそうだぞ。お子様を基
1151
準に考えていては痛い目に合いそうだ。
ミリム基準で考えておく方が良いだろう。
今の進化した俺でも、ミリムと戦ったら勝てるかどうか怪しいし
な。
何度か手合わせして貰ったが、あの時は全然本気じゃなかったみ
たいだし、データ不足なのである。
手合わせした時の状態のミリムになら勝てるのだが、どの程度手
加減してたのか判らないし調子に乗らない方が良さそうだ。
しかし、ミリムが俺の討伐に賛同したというのが信じられない。
裏があるのは間違いないだろうが、ミリムを操るとか交渉で寝返
らせるとか、そういう事に無縁な感じだし⋮⋮
考えられるのは、ミリムの意思による何らかの理由がある場合、
か。
まあ、今は考えても仕方無い。
会った時にでも判断しよう。
そんな感じでヴェルドラの話を聞きながら、宛もなく道を進む。
ラミリスの言葉を信じるならば、その内魔王からの案内の接触が
ある筈だ。
そんな感じで、長閑な風景を楽しみながらノンビリ歩いていると、
前方に二人組の男達がやって来るのが目にとまった。
どうやら真っ直ぐ此方を目指して歩いて来る。
背の高くガッシリした茶褐色の髪の大男と、ヒョロっとした緑髪
の優男である。
お迎えかな? そう思って見ていると、
﹁いよーーっす。ラミリス、元気だった?﹂
﹁お、おおお! やはりヴェルドラでは無いか! 元気であったか?
1152
以前とは比べ物に為らぬ程微弱な妖気では無いか。
ヴェルドラの妖気に感じが似ておったが、別人か? と思ったぞ﹂
そんな感じで話しかけて来た。
﹁お、ディーノじゃん。出迎え、ご苦労!﹂
﹁おお、ダグリュールか! 先程、お主との喧嘩話をしておったの
だ﹂
迎えかどうかは不明だが、知り合いではあるようだ。
一頻り、挨拶を行う。
俺が挨拶すると、
﹁へえ、アンタが今回の主役か。で、何で狙われたの?﹂
﹁おお、宜しくな。スライムで魔王まで成り上がるのは聞いた事が
ないな﹂
と驚かれた。
何で狙われたのか、か。そこが不明なんだよね。
﹁いやー、それがさっぱり⋮⋮﹂
そう言って、これまでの経緯を端折って説明した。
同時に、彼等とラミリスやヴェルドラとの逸話も聞かせて貰った。
なかなか気さくな二人組である。ただし、その実力は底を見せて
いない。
流石、魔王というだけの事はある。
1153
話を聞いた結論から言うと・・・。
油断は出来ないが、思った程魔王達の意思統一は無さそうであっ
た。
現に、この二人は仲の良かったカリオンが殺られたというのが信
じられないとの事。
俺がカリオンを殺った事になっているそうだが、それは無いとグ
ルーシスの証言で納得してくれた。
だが、ここで証明出来ていなければ、多数決によって討伐決議が
採択されていたかも知れないのである。
ややこしいのが、魔王を名乗ってから返り討ちならokで、闇討
ちによる魔王討伐を行ってからの魔王として名乗りを上げるのは駄
目だという事。
ワルプルギス
これは、魔王たる者強者であれ! という方針によるものらしい。
なので、今回俺がカリオンを闇討ちにしたという話で魔王達の宴
が発動していたらしいので、討伐決議は間違いなく可決されるとこ
ろだったようである。
カリオンを除く、9名の魔王の内の5名が異議を唱える必要があ
ったらしいから、先ず覆らなかったらしい。
参加を表明して正解だったようだ。
と言う事は、俺はきっちり罠に嵌められている感じなのだが・・・
。
フツフツと怒りが込み上げてくる。
会った事は無いが、犯人はクレイマン。
問題は、同調しているらしいミリムだな。そこを解決すれば、魔
王達の怒りが俺に向く事は無いだろう。
流石に、魔王全てに喧嘩を売るのは自殺行為っぽい。
目の前の二人も底が知れないのだし、無駄な争いを起こす事も無
い。
向こうから仕掛けてくるなら話は別だがな。
だが、案外話せばわかるものである。
1154
この二人は直ぐに俺の言葉を信じてくれた。
単純なだけかもしれないけどね。
マンガ
ヴェルドラは妖気を抑える訓練中だと、ダグリュールに話してい
る。
何でも、彼に発想の転換を促す程の聖書に出会ったらしく、普段
は妖気を発するのを止めたそうだ。
相手が舐めてかかって来た時、妖気を解放してビビらせるのだと
意気込んでいた。
町の魔物達にとってもその方が暮らしやすいので、助かると言え
ば助かるのだが。ちょっと発想がおかしい。
何の漫画で得た知識なのかが判るだけに、多少不安であった。
これが漫画脳というヤツか・・・。
ダグリュールはその言葉に深く感心し、なるほど! と頷いてい
る。
もっとも、巨人族である彼は怒りで力の暴走を起こすそうなので、
普段はそんなに妖力を放射しまくったりはしていないようだ。
現に、今現在も普通の人程度の妖気しか放ってはいないのである。
ヴェルドラの話が参考になるとは思えないのだが⋮⋮
﹁つまり、怒りをコントロールすると、更なる力が手に入るのだな
!﹂
何だか、聞き捨てならない会話が耳に入る。
大地の怒り
とも称される程の魔王が、その膨大な怒りのエネ
おい、おいぃぃい! ルギーをコントロール出来るハズないだろうが!
というか、ヴェルドラとタイマンはれる程の魔王にこれ以上強く
なって欲しくもないのだ。
何しろ、怒りで巨大化するそうなのだ。
1155
現状2mを越える大男なのだが、暴走状態で5倍の身長になるそ
うで。
12mもの巨体で暴れまわる、迷惑この上無い魔王なのだとか。
先程紹介を受けた時、そんな魔王に町に来て欲しくないものだと
心から思ったものである。
どうやら、今後は怒りのコントロールの習得を目指すという事で
話は進んでいるようだが、俺は知らん。
失敗して自分の国で暴れても、俺に文句を言うのは止めてくれる
ならそれでいい。
もう一人の魔王、ディーノは・・・。
ラミリスと親しげに話している。
どうやら仲が良いらしく、会話も弾んでいるようだ。
何でも、大昔にディーノがお世話になっていた事があったようで、
意外に丁寧に接している。
﹁ってか、ラミリス。前に会った時より縮んでね?﹂
﹁だって、しょうがないじゃん! アタシ、生まれ変わって50年
も経ってないんだし!﹂
﹁それって不便だな。記憶は継承されるんだろ?﹂
﹁記憶はね。でも、精神は身体に併せて退化しちゃうんだよね∼。
まあ、アタシって最強系だから、こういうハンデは必要なのかも
ね!﹂
﹁言ってろよ。お前、それギィに言ったら羽毟られるぞ﹂
﹁ば! アンタ、馬鹿じゃないの? アタシもね、相手見てモノを
言うわよ!
流石に、ギィをワンパンで倒すとか、そこまで言う気にはならな
いわよ!﹂
何だか、こっちも楽しそうに会話している。
1156
ギィという名前を聞いてラミリスが慌てている。あの口だけ番長
ギィは危険
と記入しておく。
が慌てる相手だ、余程危ない奴なのだろう。
心のメモ帳にそっと、
こういう地道な努力で、危険を回避する事もあるのだ。馬鹿には
出来ない。
話は連れている部下の事へと移っている。
ラミリスが、ベレッタを自慢しまくっているのだ。
ヤツ
﹁これでアタシがちびっ子だとか、ボッチだとか馬鹿にしてた魔王
を見返せるってワケ。
アンタも、ベレッタの前には無力だと知るがいいわ!﹂
﹁え? これ、壊してもいいの?﹂
﹁はあ? 駄目に決まってんじゃん!
アンタ⋮、壊したらギィに言いつけて鉄拳制裁の刑だからね!﹂
﹁って言うかさ、コレ本気で凄いんじゃね? よく見たらマジでヤ
バイじゃん!﹂
それまで半眼で眠そうだったディーノが目を見開いている。
それに気を良くし、
﹁でしょ! でしょでしょ! まあね、これでアタシも発言力が増
すってものね﹂
と、無い胸を張って威張り散らすラミリス。
それ造ったの、俺なんだけどね。まあいいけど。
ベレッタはうんざりしてるのかは不明だが、沈黙を守っていた。
暫しの時が過ぎ、ふと疑問に思った事を聞く事にした。
1157
﹁ところで、俺達何処に向かってるの?
さっきまでは適当に道を歩いていたんだけど、お二人は会場をご
存知なんですかね?
あと、従者の方とか連れてきてないの?﹂
見た所、気楽に二人で歩いていただけのようだったのだ。
俺の問に二人は顔を見合わせ、同時に笑いだした。
聞いたところによると、寝過ごしたらいけないからと、先に出発
したのだそうだ。
そしたら俺達を発見、そして合流という流れだったのだと。
どうやら、この二人も道は知らないそうである。
だがまあ、
﹁﹁その内、迎えが来るだろ﹂﹂
と、呑気にしていた。
それなら歩くのも飽きて来たので、お茶にする事にした。
胃袋に収納してあった、テーブルセットとシートを取り出し、用
意する。
どうせ迎えが来るなら、町で待っていても良かったようだ。
だがまあ、二人の魔王に知り合えたのだし、良かったと考えるべ
きだろう。
シュナに用意して貰っていた弁当を広げて、二人にも振舞う。
結構大量に用意して貰っているので、二人増えてもどうという事
もないのだ。
味の方は、大絶賛された。
流石はシュナ。
ちなみに、シオンに料理はさせていない。
味だけは保証されているだろうが、味だけでは駄目なのである。
1158
ユニークスキル﹃料理人﹄とか持ってるけど、基本が出来てない
から宝の持ち腐れであろう。
食事の後のお茶を楽しみつつ、
﹁ところで、従者の人達は場所知ってるの?﹂
と聞いてみた。
従者はダグリュールの息子3名と将軍と戦士長の5名だそうで。
将軍と戦士長は何度か参加してるので、大丈夫だろうとの事。
息子達は、今回初参加。多分問題を起こすだろうと言っていた。
大丈夫か? と思ったが、人事だし口は出さない。
ディーノには従者が居ないとの事だった。
何でも、従者の居ない魔王もいるらしい。ミリムもそんな感じだ
ったし、納得出来る。
ちなみに、人数指定してあるのには理由があるそうだ。
シヌガヨイ
昔、新参の魔王が自分の威を示す為に主力100名を連れて来た
そうなのだが⋮⋮
国を灰にされて激怒中だった魔王の、絶望の妖気に触れて全滅し
たそうで。
連れてくるなら、最低上位魔人クラスの者を! という事に決ま
ったそうだ。
今は滅びたその魔王によれば、連れてきた精鋭は上位魔人だった
そうだが、そんなの誰も知った事では無いと無視されたらしい。
ともかくそれ以来、馬鹿な示威行動を未然に防ぐという目的で、
人数制限がかけられたという事だった。
自分に自信の無い、新参魔王に多いそうだけどね。
そんな感じで話をしていると、突然空間の歪みを感知した。
1159
どうやら、お迎えが来たようである。
メイド
目の前に、禍々しい門が出現したのだ。
門から、黒色の冥土服を着こなした美女が出てきて一礼してきた。
﹁お迎えに参りました、ラミリス様。
宜しければ、お連れ様もご一緒に﹂
それだけ言って、門の脇に控える。
徹底して己を殺している。物凄く躾けが行き届いているのが窺え
た。
プロもいいところである。
デーモンロード
そしてもう一点。
このメイド、悪魔公であるディアブロと同程度の威圧を感じる。
明らかに危険な相手であった。
﹁お、ミザリーじゃん。久しぶり∼! ギィは元気?﹂
﹁は、私如きが主様の心配をするなど、恐れ多き事で御座いますゆ
え⋮⋮﹂
﹁あ、そう。相変わらずだね、アンタも。まあいいけど﹂
そう言って、パタパタと門に飛んで行く。
俺達も後に続いた。ここで置いていかれると、辿り着けない恐れ
があるのだ。
しかし、このメイドもギィってヤツの部下らしい。
どうやらギィとやらも魔王のようだが、出来るならば敵対しない
方が良さそうである。
まあ、状況次第なんだけどね。
覚悟を決める時が来た。
この先に待つのは、この世界の支配者達なのだ。
1160
だが、恐れる事は無い。
何故ならば、この俺もまた、この世界での最強の一角となったの
だから。
俺は覚悟を決め、扉を潜ったのだった。
1161
80話 宴の前の出来事
ワルプルギス
魔王達の宴。
その宴に参加する、現魔王は9名。
そして、この宴の主要な話題の主役たる、新たな魔王を僭称する
者が一人。
参加者は以下の通り。
巨人族⋮
竜人族⋮
妖精族⋮
悪魔族⋮
夜魔の女王
大地の怒り
破壊の暴君
迷宮妖精
暗黒皇帝
ディーノ。
ルミナス・バレンタイン。
ダグリュール。
ラミリス。
ギィ・クリムゾン。
ロード・オブ・ダークネス
吸血鬼⋮
眠る支配者
フレイ。
デーモン
堕天族⋮
天空女王
クレイマン。
ドラゴノイド
ジャイアント
ヴァンパイア
フォールン
ハーピィ
アンデット
マリオネットマスター
スカイクイーン
スリーピング・ルーラー
クイーン・オブ・ナイトメア
アースクエイク
デストロイ
ラビリンス
有翼族⋮
人形傀儡師
レオン・クロムウェル。
ピクシー
不死族⋮
金髪の悪魔
ミリム・ナーヴァ。
元人間⋮
魔王になった順番で、円卓の席次が決定する。
空席が一つ。そして、末席に仮初の席が一つ用意されていた。
メイドの案内にて、各魔王が順番に席に着く。
静粛な空気の会場は、外界と隔絶された空間の中に存在する。
既に席に座り、他の魔王の到着を待つのは、ギィとレオン。そし
て、ルミナスの3名である。
その静寂の空気を切り裂くように、騒々しく空間内へと侵入して
くる者達。
﹁やっほー、元気だった?﹂
1162
などと気軽に言いながら、パタパタと自分の席に飛んで行く妖精、
ラミリス。
﹁久しぶりである!﹂
皆に挨拶し、自分の席に座る大男、ダグリュール。
﹁いよーっす。相変わらず、ムスっとしてんな﹂
隣の席の銀髪の美少女にからかうように声をかける、ディーノ。
当然返事は無い。不快そうに睨まれるだけである。
3名の魔王に続き、問題の主役である新参者が入って来た。
リムルの登場に、先に席に着いていた3名の魔王はその視線を集
中させる。
一人は、興味深げに。
一人は、興味無さげに。
一人は、憎々しさを瞳に浮かべて。
だが、誰も声をかける事は無く、その者は案内されるままに、仮
初の席へと着席した。
これで、残る魔王は後3名。
重苦しくなった空気の中、全員揃うのを待つ魔王達。その背後に
は、従者が控えている。
何故か、ディーノとダグリュールの背後に立つ者の内3名が、全
スルー
体的にボコボコにされた様になっていたが誰も何も言わない。
良くある事だと言いたげに、完全に無視されていた。
暫し時間が過ぎ、宴の開始直前になった時、3名の魔王が同時に
1163
入って来た。
この宴の発起人たるクレイマンと、連名の二人の魔王達である。
ワルプルギス
これでようやく全員揃った。
その時、魔王達の宴の開催の宣言を待つ魔王達を驚愕させる出来
事が起きた。
クレイマンがミリムを殴ったのだ!
﹁さっさと歩け、このウスノロ!﹂
そんな暴言を吐きながら・・・。
この出来事は、その場で先に待っていた者達全てを驚かせるに十
分であった。
暴虐のミリム。
これが逆なら、日常風景である。ああ、哀れなヤツ。それで済む
話。
それなのに⋮⋮。
ミリムを殴るという暴挙を仕出かしたにも関わらず、クレイマン
が断罪される様子も無い。
ミリムは抵抗せず、文句も言わずに言われるがまま、自分の席に
座ったのだ。
この異常とも言える事態は、魔王達に何らかの出来事が起きてい
る事を確信させる。
ワルプルギス
こうして、波乱の予感を含み、魔王達の宴は開催される事となる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1164
ディーノは席に座ると、先程出会った魔物について考える。
面白い魔物だ。そして、明らかに自分と同等の強さを感じた。
ナマケモノ
クレイマンの様な小物では無い、真なる魔王の覇気を纏っている。
面白い。
自らの持つユニークスキル﹃怠惰者﹄により、堕落させる寸前だ
ったダグリュール。
圧倒的なエネルギーを持て余す彼は、本気で戦う事を躊躇する。
その彼の横で巧みな言葉で堕落の道へと誘い、その力を腐らせて・
・・。
もうすぐ、息子に王位を譲らせて完全に堕落させる事に成功しそ
うだったのに。
息子達も十分魔王の資格を有している。後は経験を積ませれば、
それなりの者になるだろう。
ナマケモノ
そうすれば、ダグリュールも引退し、ディーノの思う通りの状況
になったのだ。
ユニークスキル﹃怠惰者﹄の能力は、堕落した者を配下に加える
と同時に、その能力を奪うというもの。
強力で従順な駒と、膨大な魔力を同時に手に入れる事が出来る筈
だったのだ。
まあ、ディーノにとっては、ホンの退屈凌ぎのゲームに過ぎない
のだが⋮それでも、300年がかりの壮大なゲームだったのだ。
それなのに、である。
ヴェルドラの一言で、更なる高みへの可能性に気付かせてしまっ
た。
向上心の芽生えた彼は、既に自分の能力の及ぶ相手では無いだろ
1165
う。
その事は非常に残念なのだが⋮⋮
それでも尚、面白いと感じる。
ナマケモノ
そして、ディーノ自身気付いていない事だが、その面白いと感じ
た感情が彼の能力﹃怠惰者﹄へと小さな影響を与えていた。
それは、ほんの小さな影響である。
エネルギー
だが、能力の完成を経て長い年月を経験し溢れんばかりに溜め込
スキルマスター
まれていた魔素量は、小さな影響を受けて変化を開始した。
持ち主であるディーノも知覚し得ぬ心の奥深くで、ひっそりと。
やがて、クレイマン達が入って来た。
ディーノの興味を引く相手では無いのだが、その時は驚愕の光景
を目にする事になった。
クレイマンがミリムを殴りつけたのだ。
信じられない思いで目を見開く。
ミリムは、ディーノから見ても明らかな格上である。
最古の魔王の一人というだけではなく、その異常な魔力量と無尽
蔵とも思える魔素量。
常識外れの出鱈目さは、ギィと双璧を為しているのだ。
そのミリムを小物であるクレイマンが殴りつけるなどと!
ナマケモノ
ディーノは、かつて感じた事の無い感情が心の奥深くから湧き出
るのを感じる。
それは、怒り。あるいは、悔しさ。
そして、その感情を糧として彼の能力である﹃怠惰者﹄へと更な
る変化を生じさせる。
その変化は、やがて加速度的に心の進化を促し、とある一つの能
力をディーノに獲得させる事となるのだ。
1166
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
会場に案内され、中に入った所で絡まれた。
どうやら、俺の外見が弱そうな子供に見えたようだ。
﹁ここは強者しか来れない場所なんだぜ? お前みたいな雑魚は家
から出てくるんじゃねーよ!﹂
的な脅し文句を言われた訳だが、親父狩りという言葉を思い出さ
せる出来事だった。
見た目的にも髪を金髪に染めて、ピアスを顔のアチコチに付けて
いる。
不良という言葉が似合いの3人組だったのだ。
コイツ等は、ここで待ち伏せして弱そうな者に喧嘩を吹っかけて、
自らの強さを誇示したかったのだろう。
見た所、弱くは無い。
エネルギー量もかなり多く、ベニマルやシオンを上回る者も居る
程だった。
だが・・・。
俺に目で問いかけるシオンに、軽く頷いて返答する。
次の瞬間、3人は可哀想な事になってしまっていた。
ボコボコである。
剛力丸とかいう名前を付けて大切にしている大太刀を抜く事も無
1167
エネルギー
く、シオンの剛拳による鉄拳制裁で沈められる三人組。
同程度の魔素量を持っている相手を、一方的に沈めて息一つ乱れ
ていない。
﹁すみません、物足りませんでしたか?﹂
と、俺に謝ってくるが、物足りない所か十分過ぎると言うモノで
ある。
だが、丁度良い所でガス抜きが出来た。
多分コイツ等がダグリュールの息子達なのだろう。
俺達を見かけたら攻撃して来るかもという忠告を受けていたのだ。
何故か原理は判らないが、同時に門を潜ったハズなのに、違う道
に迷い込んだようなのである。
そして、出た先でコイツ等に絡まれたのだ。
転移門は異界を通るので、こういう事が起きやすいという事だっ
た。
﹁これに懲りたら、見た目で判断すんなよ!﹂
そう言い残し、先へ進む事にする。
あの3人組、調子に乗って俺に色々言っていたようだが、俺で良
かったよ。
他の魔王なら、あんなモノでは済まない所だった。
だが、魔力の扱い方で同格相手でも圧倒出来る事が実証された訳
だ。
シオンも、いつの間にか大きく力を付けている。
今の3人も雑魚っぽく倒されているが、格で言うならば準魔王ク
ラスだったのだから。
え? って事は、シオンも準魔王クラス?
あれ、ええと⋮⋮。
1168
落ち着こう。
だって、シオンだぜ? このバカが、準魔王な訳が無い。
それもそうだと納得し、先を進む。
背後で、﹃先生、いや師匠と呼ばせて下さい!﹄とか何とか聞こ
えていたが、聞かなかった事にしておこう。
豪華な扉が現れた。
ここが会場のようだ。
中へ入り、椅子へと案内される。
着席し、周囲を見回すと、ディーノとダグリュールが座っている。
その後ろに、今ボコボコにした3人が並ぶのが目に入った。やは
り、息子達で間違いないようだ。
皆スルーしている。
流石に良くある事とは思えないが、100名の上位魔人が死ぬ事
もある場所なのだ。疑問に思う者も居ないのだろう。
この際だとばかりに、魔王達を観察する。
一番奥に、妖艶な赤髪の男︵?︶。女と言われても頷ける、美人
さんであった。
ひと目で判った。コイツはヤバイ。
解析しても、大した事ない情報が入ってくる。
エネルギー
エネルギー量はディアブロ程度で波長にムラがある。
つまり、魔素量は高いが、完全に妖気のコントロールが出来てい
ない未熟者であるとデータが示しているのだ。
だが、俺の目は誤魔化せない。
あるいは、﹃大賢者﹄の解析能力だと騙されていただろうが、こ
の情報は偽物であった。
偽情報を相手に読ませて、実力を錯覚させる。戦う前から勝負は
始まっているのだ。
俺の発想では、実力は隠すもの。つまり、完全に妖気の放出を抑
えて読まれなくする事に意義を見出していた。
1169
だが、コイツの考えでは、情報を読む相手の能力すら利用すると
いう事。
この読まれた情報にすらビビる者は、相手する価値が無い。
レベル
当然だが、偽情報すら読めない者は論外と言う事である。問題は、
見せてもいいと思う技量なのに、ディアブロ並だという点だ。
本当の実力がまるで予測出来ない。
ギィ
という魔王だと直感した。
コイツは、明らかに別格であるという事なのだろう。
間違いなく、コイツが
そして、その左隣にラミリス。
あいつも古参だからか、上座に座っている。
足をブラブラさせて楽しそうだ。まるで子供。アイツは放置でい
いだろう。
右隣の席は空席となっていた。
おっさん
エネルギー
その隣に、ダグリュール。
この大男も大概出鱈目な魔素量である。ディアブロの3倍近くあ
りそうだ。
だが、大切なのは、量では無く質。
エネルギーの有効な使用方法である。俺達クラスになってくると、
能力の使用による優劣の方が重要な要素となって来るのだ。
さっき、怒りをコントロールとか要らぬ事を教えていたが、味方
ならいいけど敵にはなって欲しくないものである。
いや、簡単にコントロールなどされても困るのだが。
魔物は不思議なヤツが多い。何でもなく習得されてしまいそうな
怖さがある。
油断してはいけないのだ。
ヘテロクロミア
その対面、ラミリスの隣に座るのは、銀髪の美少女。
透明感のある肌に、青と赤の妖しい輝きを放つ金銀妖瞳。
1170
完成された美貌という様相であった。
その背後に執事っぽい男性が立っているが、彫刻の如く微動だに
しない。
紛れもなく達人である。
俺と同じ方向の考え方なのだろう。妖気を抑え、実力を読ませて
いない。
これで、配下の者だというのだから驚きだ。
その主の美少女は、溢れんばかりに膨大な妖気をダダ漏れにして
いるというのに。
だが、この少女も妖気の質をランダムに変質させて総量は読めな
くなっていた。
魔王クラスとは、こういう事なのだ。
俺の方へ睨みつけるような視線が怖い。恐らく、視線は俺を通り
ヴァンパイア
越し、背後のヴェルドラへと刺さっているのだろう。
間違いなく、この少女が吸血鬼。王国を灰にされた魔王だろう。
なんちゅう相手を怒らせとるんや!
これが噂の﹃頭痛が痛い﹄状態ってヤツか。
救いは、こんな美少女の怒りで死ねるなら本望か? いや、やは
り救いでは無いな。
尻拭いが俺に来たりしませんように、そう祈るしか無いだろう。
その少女に気さくな感じで話かけていたディーノ。
流石だ。まるで空気を読んでいない。
この男、恐れ知らずである。
エネルギー
だが、裏を返せばそれだけの実力があるという事。
ジャミング
魔素量自体はそれ程多くなかったが、抑えているのだろう。
コイツも、きっちり妨害にて、実力を隠蔽している。
本気で解析しようとすると睨まれるので、確実に気付いている。
油断のならないヤツだった。
1171
そして一番気になるのが、末席である俺の隣に座る者、レオンで
ある。
見るからに、美形であった。神に愛されたかの如き容貌なのだ。
昔ならば、爆発しろ! と思う所である。
元人間との話だが、雰囲気は堂々たるもの。
魔王の貫禄が備わっている。
ラファエル
そして、その実力は解析不能。
面白いよね。智慧之王が解析不能って言い切っちゃった。
アルティメットスキル
つまり、同格の能力を有しているという事。
アルティメットスキル
コイツ、何らかの究極能力を有しているのは間違い無い。
そして、その瞬間に俺は気付いた。
アルティメットスキル
ギィが偽情報を読ませていた意図。それは、対究極能力の対策だ
ったのでは? という事に。
であるならば、当然持っているのだろう。ギィも究極能力保有者
なのだ。
魔王だからと、持つ事を許される訳では無い。
獲得するのは、本人の資質と運と偶発的な要素が絡み合う。
しかし、その威力はユニークスキルの比では無い。
アルティメットスキル
だからこそ、今後はより慎重に行動すべきなのだ。
そして、俺が究極能力を持つ事は、ギィには既にバレたと考える
べきである。
俺は相手が持っていると確信は出来ないが、相手は既に確信して
いるだろう。
大失敗だった。
やってしまった事は仕方ない。どういう能力かはバレていないの
だし、そこまで気にする事も無い。
今後、そういった対策もする必要があると経験出来た事を喜ぶべ
きだろう。
アルティメットスキル
ここを生きて出られたら、の話なのだけどね。
さて、究極能力持ちである事は判ったが、レオンは俺に興味が無
1172
さそうだ。
だが、俺はお前に言いたい事がある。
﹁レオン、シズさんは死んだぞ。
一発殴ってくれと頼まれているんだ、殴らせろ﹂
直球で、レオンに声をかけた。
俺の言葉に反応し、レオンは目を開く。
そして、
﹁断る。
⋮⋮だが、招待してやるから殴りに来ればいい。
ただし、時期は此方が指定する。罠だと思うなら、来なくてもい
いぞ﹂
素っ気なくそれだけ言うと、再び目を閉じてしまった。
これ以上、俺を相手にする気は無いようだ。
何という肩透かし。
﹁判ったよ。受けてやるから、招待状でも送ってくれ﹂
そう答えて、俺も沈黙した。
レオンが煩わしそうに、軽く頷いたのが感じられる。
今はこれでいいだろう。シズさんの事は伝える事が出来たのだし。
問題の先送りかも知れないが、ともかく今はクレイマンの件を片
付けるのが先なのだ。
暫く待つと、ようやくクレイマン達がやって来た。
1173
・・・
そこで、驚くべき光景を目にする事になる。
クレイマンがミリムを殴ったのだ。あの、ミリムを。
俺の中で、怒りが爆発しそうになった。
死
は確定した。
︵お前⋮、楽に死ねると思うなよ⋮⋮︶
クレイマンの
いかなる理由であれ、許す事は無い。
だが、慌ててはいけない。
宴はまだ始まってはいないのだから。
1174
81話 宴にて
クレイマンは得意の絶頂にいた。
自分を見下す古参共が、驚愕の表情を浮かべているのだ。
ただ、生意気な女を一人殴っただけだというのに、だ。
頭の硬い老害が自分の前に平伏す事によって、真なる魔族の世界
を構築できる。
クレイマンは内心では、常にそう考えていた。
だが⋮、本当にこれで正しかったのか?
ふと、そうした疑問が湧き出てくる。
あのお方は、決して目立つなと言っていた。それなのに、自分は
衆目を集めてしまっている。
クレイマンはその事に思い至り、その考えを打ち消す。
大丈夫だ。討伐議題を出す事が出来なくなった以上、その発言力
の大きさが物を言う。
ここで古参の魔王ミリムが従順であると見せつける事で、他の魔
王の反抗心を奪うのだ。
最強の魔王であるミリムに睨まれて、反論出来る魔王はいない筈
である。
だが、本当にそうだろうか?
自分はやり過ぎてしまってはいないか? そもそも、何故こんな
にも不安になるのだ?
ワルプルギス
本当は、ミリムを殴る必要は無かったのだ。
それなのに、魔王達の宴の事を考えて、魔王達の誘導を失敗した
らと思うと不安になって⋮⋮
いや、待て。おかしい。
何故か、冷静な自分が違和感を感じ警報を鳴らしている。
策が失敗するにつれ、次策が稚拙になっている。こんな筈ではな
1175
い。
あのお方に相談しなければ⋮。
しかし、現在は接触禁止を言い渡されている。
いや、落ち着こう。
大丈夫だ。そう自分に言い聞かせるクレイマン。
デモンマリオネット
まだ自分にはミリムという切り札がある。
呪法:操魔王支配は完璧に発動した。
そして、自らのユニークスキル﹃操演者﹄により支配は完全に行
われているのだから。
あのカリオンでさえ、抵抗も出来ずに滅ぼされた程の圧倒的な力
の権化が。
そして、徐々に落ち着きを取り戻し、クレイマンは笑みを深くし
た。
ワル
﹁さて、本日は私の呼びかけに応えて頂き、誠に有難う御座います!
ワルプルギス
それでは始めましょう、我らが宴を。
ここに、魔王達の宴の開催を宣言します!﹂
プルギス
ワルプルギス
クレイマンは主催者の権利として、集まった一同を見渡し、魔王
達の宴の開催を宣言した。
そして、数百年ぶりに魔王が全員参加して開催される魔王達の宴
が始まったのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1176
ギィは、クレイマンの様子を薄く笑いながら観察する。
その余りの滑稽さに声に出して笑ってしまいそうで、笑いを抑え
るのに苦労する程であった。
そもそも、クレイマンは勘違いしている。
というよりも、全然理解してはいないのだ。
十大魔王などという呼称は、人間達が勝手に言い出したものであ
り、ギィが認めたものでは無い。
10人だろうが、100人だろうが何でもいいのだ。
ただ、500年毎の聖魔大戦で生き残れる者が少なく、数が調整
され10人以下になるのだ。
その度に、新参が覇権争いをして、いつしか上限が十名と決まっ
ていただけの話。
人間側としても、無駄に危険な魔王が増えるよりも覇権争いでも
して数が減ってくれる方が都合が良かったのだろう。
いつの間にか暗黙の了解が出来ていたというだけの話なのだ。
最初の魔王が、ギィである。
力無き分際で自分を召喚した人間の望みを叶え、相手国を滅ぼし
た。
その報酬として、召喚した人間の国を滅ぼした。
となっていた。
上位魔将
アークデーモン
は、召喚
たったそれだけで、不必要な事なのだが、自分が真なる魔王に覚
醒している事に気付いたのだ。
悪魔公
デーモンロード
一つ目の国を滅ぼした後に召喚した二体の
者の国を滅ぼし終えた時に
それ以来、自分に付き従う事を許している。
そして、ギィが魔王として覚醒した頃、同時期に魔王に覚醒して
いる者がいたのだ。
1177
竜種
は、その大半の能力を子
ドラゴン
が子を為す事は禁忌視されているようだ。
タブー
竜種
その最初の一体が、大地にて人間と子を為した存
それが、ミリム。
4体の
在。
不思議な事に、人間と交わった
竜種
に奪われてしまった。
それ以来、
自然聖霊の意思ある塊
であった者は、
竜種
力を失った竜は大地にて受肉を果たし、竜族の始祖となる。
その事から、
と呼ばれる事になったのだ。
現在、地に満ちて繁殖しているドラゴン達は、元を辿ればこの一
体に行き着くのだ。
、
ペット
竜種
が自らの生まれ変わりとして、娘に与えた竜をとあ
へと。
その
竜種
星王竜ヴェルダナーヴァ
その
る王国が殺害したのが切欠であった。
愚か者が逆鱗に触れたのだ。
ミリムは激怒し、その国を滅ぼす。
そして、真なる魔王へと覚醒した。
当時の理性無きミリムは更に暴れ、ギィと衝突する。
七日七晩戦闘は継続して行われ、西の豊穣な大地が死の大地へと
変貌してしまった程である。
結局、決着はつかなかった。
ミリムに理性が戻った事で、戦闘は終了したのだ。
ミリムに理性を取り戻させた者、それがラミリス。
当時、聖霊の主として君臨していた彼女は、邪悪な魔の力と強力
な竜の妖気を浴びて変質してしまう。
だがそれでも、ミリムの暴走を止める事に成功した。
そして、その二人を調停したのである。
この3名が、原初の魔王。
目的は、三者三様。
1178
力の極限を目指す者。
勝手気ままに生きる者。
世界の調停を望む者。
だが、それでいい。
同じ目的では無いからこそ、三人は互を認め合う事が出来るのだ
から。
その後、天空門を守護する巨人や古き吸血鬼が魔王となり、天か
ら堕落し落ちてきた者が6番目となった。
これが、第二世代。
最古の魔王に劣る者達。
巨人は、その身に纏う聖なる属性により、魔王の種は芽吹かない。
だが、異常な力を有している面白き存在である。
アルティメットスキル
巨人と妖精を除く魔王達は、幾度かの聖魔大戦を経て真なる魔王
へと覚醒していた。
それでも尚、自分とミリムが持つ究極能力を獲得出来ていないよ
うだ。
だが、吸血鬼と堕天使には、覚醒の兆しが見えている。
究極能力に目覚めるのも時間の問題であろう。それを気長に待て
ばいい。
そして、クレイマン。
この愚か者は、ミリムを制御出来ている気でいる。
滑稽で仕方が無いが、そんな事は不可能だ。
アルティメットスキル
ギィにも出来ない事が、こんな雑魚に出来る筈が無いのだ。
究極能力を持つ者に、下位の能力にて影響を与える事は出来ない。
この世の全ての法則は、ユニークレベルでしかない。
アルティメットスキル
つまり、究極であれ何であれ、魔法による支配は一切無効なのだ。
究極能力とは、呪文の詠唱も必要とせず、望めば効果を得る事が
可能となる。
1179
苦手な属性攻撃が多少通用する事がある程度。
アルティメットスキル
精神支配系の攻撃など、通用する筈が無いのである。
アルティメットスキル
そのような惰弱な精神で、究極能力を獲得する事は出来ないのだ
アルティメットスキル
から。
究極能力には、究極能力で対抗するしかないのだ。
故に、ミリムに対してクレイマンが何かを為すなど出来る訳が無
い。
つまりは、全てミリムの手の平の上で踊らされているに過ぎない。
馬鹿なヤツ。
ギィは薄く笑みを浮かべ、結末を見守る。
久しぶりに、楽しい宴になりそうであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
クレイマンが得意げに事の説明を行っている。
何でも、人間の情報提供者から得た情報で、俺が魔王カリオンを
殺害した事になっているらしい。
ていうか、カリオンって誰だよ! って話なんだけどね。
グルーシスの親分だって事は知ってるけど、会った事も無いので
ある。
というか、クレイマンのヤツ、話が長いわ。
眠る必要も無いのに、眠気が湧いてくる。精神攻撃だろうか?
1180
一言で言うと、ウザイ。
本当、勘弁して欲しいくらいだ。
﹁あの∼、質問いいですか?﹂
俺が聞くと、イライラしたように此方を睨み、
﹁何だ?﹂
と聞いてきた。
﹁いや、魔王って、そんな下らない事を会議しちゃうものなのです
か?
もっとこう、論より拳って感じで実力主義なのを想像してたんで
すけど?﹂
と、挑発する。
この台詞に、クスクスと銀髪少女が笑った。
さっきまで怒りの眼差しでこっちを見ていたが、少しは怒りが解
けただろうか?
というか、笑うと絶妙に可愛くなる。
﹁クレイマン、確かにその者の言う通りぞ。
お主の説明は、くどい。端的にものを言うが良い﹂
少女がクレイマンに言い放った。
その言葉に怒りの表情を浮かべるクレイマン。
単純? それとも、真性の小物?
もしこれが演技なら、大したものなのだが。
1181
﹁く⋮。舐めるなよ、下等なスライムが魔王だなどと!﹂
﹁え? スライムがどうとか、関係あるの?
こっちは、お前のクソつまんねー話を聞きに来てるんじゃねーん
だよ。
っていうかさ、お前、ミリムを殴るってどういうつもりだ?
宴が始まるまではと我慢してやったが、もういいだろ?
さっさと言いたい事を言っとけよ。お前の最後の言葉になるんだ
から﹂
オーラ
俺の言葉に顔を引き攣らせるクレイマン。
怒りゆえか、ドス黒い妖気が漂い始めている。
流石は魔王。そこそこ威圧感があるね。所詮、そこそこだけど。
その時、人形の様に動かないミリムが、一瞬、拳を握りしめてガ
ッツポーズを取ったような⋮⋮。
いや、気のせいだろう。
ったく、可哀想に。直ぐに解放してやるよ、ミリム。
俺は心にそう誓う。
﹁ク、皆様。聞いたでしょう?
この物も知らぬ下等な魔物が、偶々魔王の種を得て魔王種となっ
た程度で調子に乗って。
あまつさえ、人間達と戦争まで引き起こす始末!
この様な者を野放しには出来ますまい。我らが粛清せねばならぬ
と考えますが、いかに?﹂
大仰な身振り手振りで、魔王達へ説得を試みている様子。
しかし。
ワルプルギス
﹁おい、魔王達の宴では、喋りながら精神支配を仕掛けるのはアリ
なのか?﹂
1182
俺は机蹴り上げて凄んだ。
大きな円卓が蹴り飛ばされて、後方へ吹き飛んでいく。
そこに広いスペースが出来ていた。
﹁否。この場では、公平に自分の言葉でのみで相手に訴える事を是
とするよ﹂
俺の問いに赤髪の一番ヤバそうな魔王が答える。
面白そうに、嫣然と笑みを浮かべている。
俺はシオンに目配せし、直後にシオンが俺の左隣に立って演説し
オーラ
ていたクレイマンに攻撃を仕掛ける。
拳に妖気を纏わせて、その一瞬で30発くらい殴りつけていた。
ボコボコにしてすっきりした顔で、
﹁宜しいのですか?﹂
と俺に聞いてくる。
⋮⋮。
お前ね、普通は殴る前に聞くよね?
しかも、俺はチラっとお前を見ただけだぞ。
確かに意図としては、クレイマンを黙らせろっていう意味だった
んだけど。
次の一瞬で、ボコボコにするとは思わなかったよ。
ラファエル
まあ、やってしまったものは仕方ない。
何しろ今の演説の途中から、智慧之王がスキル効果の影響を感知
したのだ。
多分、自分に都合の良い反応を引き出す為の行動だろうが、残念
ながらバレバレだった。
先に仕掛けて来たのはクレイマンだし、正当防衛を主張させて貰
1183
うだけの話。
これで怒って俺に敵対を表明する魔王がいたら、それはその時だ。
﹁きさ、キサマ、貴様ーーーー!!!﹂
クレイマンを覆うドス黒い妖気が濃くなり、クレイマンの怪我を
瞬時に回復させる。
オークロードが見せた回復能力を遥かに上回っている。
だがまあ、魔王なんだしこの程度は普通に思えるな。
マリオネットダンス
﹁許さん、踊れ人形達!﹂
クレイマンが叫ぶと同時に、懐から5体の人形を放り投げる。
その人形は瞬時に魔人へと変貌し、シオンに襲い掛かった。
一体一体が上位魔人クラス。
ラファエル
恐らくは、魔人の魂を奪い人形へと変えていつでも操れる能力な
のだろう。
見ただけで智慧之王がその技の仕組みを解析し、教えてくれる。
ぶっちゃけ、だから何? と言いたくなるスキルである。
案の定、シオンが剛力丸という愛刀を抜き放ち、5体の上位魔人
を切り捨てた。
マリオネットダンス
﹁ははは、少しはやるな! だが、無駄だ。
踊れ人形達は、瞬時に回復しお前達を襲うぞ!﹂
叫びながら呪文を唱えるクレイマン。
フーン。って感じに待つシオン。
しかし、人形が起き上がってくる気配は無い。
﹁ば、馬鹿な⋮。何故復活しない?﹂
1184
呪文の詠唱を中断し、焦りを浮かべるクレイマン。
そんな無駄な事するより、中断せずに唱えとけよと言いたくなる
けど。
ソウルイーター
﹁うーん。面倒だから教えてやるよ。
シオンの持つ大太刀は、魂喰いなんだよ。
その人形、物理、精神の両面で防御術式組んでなかっただろ。
作りが甘すぎるから、一撃で壊されるんだよ﹂
何でも無い事のように説明してやった。
こいつもそろそろ俺の餌になって貰うのだし、知りたいなら教え
てやってもいいだろう。
この程度は隠す程の事じゃない。
﹁せ、精神攻撃も備えた剣だと!?﹂
﹁珍しくないだろ? 人間も持ってたぜ?﹂
﹁ば、馬鹿な! それは宝刀では無いか!﹂
﹁ふーん。どうでもいいよ。俺達が造った剣だし﹂
シオンの大太刀は、ヒナタの剣を参考に俺が改良したのだ。
7発とかもったいぶった制約は無い。一撃で相手の魂を喰う。
レジスト
その分、確殺という訳では無いが、物理精神同時攻撃になってい
た。
だったので
最初から抵抗すれば防げるのだ、してなければ食い殺されるだけ
である。
剛力丸・改
同時に物理防御もしないとならない分たちが悪い。
﹁ほぅ。そうだったのですか。これは、
すね!﹂
1185
知らなかったのか⋮。
確か、渡すときに説明したよね? まあいいか⋮、シオンだし。
その時、クレイマンが立ち上がった。
中断していた詠唱を大急ぎで再開し、ようやく呪文を発動させた
ようだ。
デモンマリオネット
﹁小癪な剣も、この私のコレクションに加えてやる。
喰らえ、操魔王支配!!!﹂
その邪悪な光が、俺ではなくシオンへと襲いかかった。
その様子を眺め、
﹁ククククク。喜べ、魔王さえも支配する究極の呪法だぞ!
お前如き魔人に使用するのは勿体無いが、まあ良い。
下等なスライムは、どうやら部下頼りなのだろう?
所詮、オークロードにてこずる程度の弱者よ、部下に殺されるが
いいわ!
貴様の主を始末出来たら、この私の部下に取り立ててやる﹂
そんな事を言い出した。
駄目だ。﹃うわぁーもうだめだ﹄とでも言って、相手を調子に乗
せてやりたいのだが、面倒になってきた。
コイツ⋮弱すぎる。
ヒナタだったら、それこそ瞬時に切って捨てているレベルじゃな
かろうか。
いや、弱い訳では無いのかもしれないが、少なくともベニマルや
エネルギー
ソウエイとか幹部達を見ていたから目が肥えたのかも知れない。
魔素量でさえ、シオンよりも少ないのだ。
それに⋮。シオンに継承された能力﹃完全記憶﹄とは、死んでも
1186
記憶が残る程の特殊能力。
つまり、魂での思考を可能にする。
その意味する所は、精神支配系の能力の一切を無効化するのだ。
更に、精神へのダメージの大半も無効化する程である。
だから、
﹁おい、これはどういう攻撃だ? 痛くも痒くもないんだが。
もう少し待たないと発動しないのか?﹂
ラファエル
イライラし始めた声で、シオンが黒い光の中から聞いている。
智慧之王が解析した結界、シオンへの影響は無いと言っていたが、
間違いなかったようだ。
もったいぶった秘術っぽく言っていたが、所詮こんなものである。
﹁そ、そんな筈あるわけない!!!
ミリムにも、魔王ミリムをも操ったこの秘術が、貴様如き魔人に
敗れる筈が無い!!!﹂
シオンが光を妖気で吹き飛ばした。
それを見て恐慌状態に陥るクレイマン。勝負あったな。
﹁皆さん、こんなヤツの暴挙を許しても良いのですか!?
コイツは、魔王を舐めていますよ。全員で制裁すべきです!
これでは、やられてしまったカリオンも浮ばれまい!﹂
目を血走らせて、見学している魔王達に応援を求めだした。
俺達が戦闘状態になると同時、円卓から瞬時に結界で隔絶されて
いたのである。
まあ、円卓を蹴飛ばしてスペース作った時点で、こうなるという
予想だったんだけど。
1187
しかし、面倒なヤツだ。
自分が勝てないと判断すると、即座に応援を求め始めやがった。
ダグリュールとディーノが発言しようとしている。
俺の援護をしてくれるつもりのようだ。先に会って話せたのは良
かった。
だがその時、
﹁おいおい。俺がいつ死んだって?
というか、そのリムルって魔物とは、今日初めて会うんだが?﹂
と、渋い低音の声が響く。
クレイマンと同時に入って来た翼の生えた女魔王の配下で、鷹の
翼の生えた男だった。
格好いいマスクをつけていて、素顔は見えなかったのだが⋮。
おもむろにマスクを外した。同時に溢れ出す迸る程の妖気。
はあっ!!!
封魔の仮面
よりも、妖気を封じ込める事に特化した
瞬時に、服装が変換され、出現する獣魔王カリオン。
俺の持つ
マスクだったらしい。
意識して見ていれば気付いたかも知れないが、そもそも魔王カリ
オンに会った事が無いので正体までは判らなかっただろう。
え、でも⋮。これってどういう事だ?
﹁な、馬鹿な! 何故お前が生きている!!!
⋮⋮。
さては⋮⋮、裏切ったな! フレイ!!!﹂
血走った目で、フレイと呼ばれた羽の生えた女魔王を睨みつける
1188
クレイマン。
状況を見るに、裏切ったというよりも⋮。
﹁あら? いつから私が貴方の味方になったと錯覚していたの?﹂
しれっと、そんな事を言い出すフレイ。
女って、怖い。
﹁ふざ、ふざけるな! き、貴様ら!!!
もういい。もう判った。もう許さんぞ﹂
急に冷静さを取り戻すクレイマン。
何か吹っ切れたのか?
クレイマンは、薄く酷薄な笑みを浮かべて、
﹁ミリム。ここにいる者、全て皆殺しにしろ!!!﹂
そう、高らかに言い放った。
場は一瞬で緊迫し、魔王達に緊張が走る。
もっとも、何名かは相変わらず悠然と構えたままであったが。
俺もミリムに目を向ける。
奥の手。
それは、ミリムを操っているという自信だったのか。
やはり操られて⋮。
しかし、非常に不味い。クレイマンは雑魚だが、ミリムはヤバイ。
今の俺でも分が悪いかも知れない。それに、何とかして助けたい。
いや、助けるのだ!
今、開放して⋮⋮
1189
そう考えたその時、
﹁何でそんな事をする必要があるのだ? リムルは友達だぞ?﹂
と、何事も無かったように問い返すミリム⋮⋮。
えーと、え? どういう事???
混乱しているのは、俺だけでは無い。
魔王にも、え? だってさっき殴られてたのに反応しなかったじ
ゃん! みたいな驚きを浮かべている者がいる。
一体どういう事なんだ?
そんな俺達にお構いなしに、
﹁おい、フレイ! あれ、ちゃんと大切に持ってきてくれているん
だろうな?﹂
﹁はいはい、コレでしょ?
というか、アンタ拳握り締めてガッツポーズしたり、口元がにや
けてたり⋮⋮
全然演技出来てなかったわよ。まあ、二発殴られて切れなかった
のだけは褒めてあげるわ﹂
﹁しょうがなかろう。リムルがワタシの為に怒ってくれているのが
わかって嬉しかったのだ。
もう少し、クレイマンの精神を弱化させれば、黒幕を吐かせる事
が出来たのだがな!﹂
そんな会話の遣り取りをして、フレイが何かを懐から取り出して
ミリムに渡す。
それは、俺がプレゼントしたドラゴンナックル。
嬉しそうに受け取り、そそくさと嵌めるミリム。そしてニッコリ
と微笑んだ。
1190
﹁もう少し怒りを溜めたかったが、まあいい。覚悟は出来ているん
だろうな、クレイマン!﹂
そう言って、クレイマンを睨みつけた。
ええと、つまり演技だったという事か?
あまりの出来事に、呆然となった魔王達もようやく事態が飲み込
めてきたようだ。
やっぱりね。
だと思った。
そりゃ、そうだよな。
そういう心の声が聞こえてきそうである。
だが、
﹁ちょ、ちょっと待て、ミリム。おま、お前、操られてなかったの?
すると、ノリノリで俺をいたぶってくれた訳?
尚且つ、俺たちの霊峰を吹き飛ばしてくれたのも、君の意思って
事?﹂
魔王カリオンが、こめかみに青筋を浮かべてミリムに問う。
﹁む? お前、そんな小さな事どうでも良かろう!
さあ、今はクレイマンを追い詰めたのだ。さっさと黒幕を吐かせ
るぞ!﹂
﹁小さな事じゃねーよ! お前、下手したら俺様が死ぬ所だったん
だぞ!
って、もういいや。どうせ聞いちゃいねー﹂
何だか、ちょっと可哀相だと思った。
何か、涙目のカリオンを見ていると慰めたくなってくる。
騙された者同士、何か感じるものがあるのだろう。
1191
だけどまあ、グルーシスが喜んでいるし、生きてて良かったよ。
そうか⋮。
ミリムは、クレイマンを操る黒幕を突き止める為に、あえて操ら
れているフリをしていたのか。
何故ミリムがそんな事を? そういう疑問が浮んだが、まずはク
レイマンだ。
全ては、クレイマンを始末した後に考える事にしよう。
状況は既に詰んでいる。
後は、仕上げをするだけなのだから。
1192
82話 平等な死︵前書き︶
※残酷な描写あり
1193
82話 平等な死
状況を理解出来ていないのか、クレイマンが眼を血走らせて、ミ
リムや俺達を交互に見比べる。
そして、魔王達へと視線を向けて、その動きを固める。
ミリムを操っていた事を自白した事に、思い至ったようだ。もっ
ともそれはミリムの演技であり、実際には操られていたのはクレイ
マンの方だったようだけど。
クレイマンは狼狽え、後ずさる。
デモンマリオネット
﹁バカな・・・操魔王支配は完璧に成功していた!
何故、呪法の支配を受けていない? そんな事は有り得んだろう
が!﹂
そんな事を、うわ言の様に口走っている。
最早、魔王達へ取り繕うのも止めたようだ。
状況は既に確定し、今更言い逃れも出来ないだろうし、正しい行
動である。
魔王達も、既にクレイマンがミリムを操ろうとした事には気付い
ている。どう受け取るかはそれぞれ次第だが、バレた者への待遇は
決まっている。
基本はお互いに不可侵だが、手を出す事を禁止している訳ではな
いのだろう。
単に、クレイマンの信用が無くなっただけであり、そういう者の
末路は悲惨だ。
だが、今回は魔王達の出番は無い。
﹁うむ。苦労したぞ!
1194
レジスト
ワタシは、そういう魔法は大抵簡単に弾いてしまうからな。
まず全部の結界を解除し、抵抗を意思の力で押さえつけて⋮。
お前の目の前で呪法が成功した所を見せておかねば、用心深いお
前は信用しないからな。
そうやって、頑張って呪法をワタシにかけさせたのだ!﹂
デモンマリオネット
﹁な⋮何だ、と? ワザと⋮ワザと受けただと!?
魔王すらも支配する、操魔王支配だぞ! 呪法の秘奥義なんだぞ
!!!﹂
﹁そうなのか? でも、ワタシを支配するのは無理だっただろ。
ワタシは、そういうのを解除するのも得意なのだ!﹂
ミリムは自慢げに、胸を張って大威張りである。
その様を見やり溜息をつきつつ、
﹁でも、クレイマンがミリムを殴った時は焦ったわ。
ミリムの計画が失敗するのはどうでもいいんだけど、私のお家が
壊されるのは、ね。
本当、良く我慢出来たわね﹂
ハーピィ
と、翼の生えた有翼族の魔王フレイが言う。
今殴っただけでなく、前にも殴った事があったのか。
何てヤツだ。自殺志願者なのだろうか?
﹁うむ! ワタシもな、大人になったのだよ。我慢の出来る大人に
な!﹂
やけに大人を強調している所が、まだまだ子供だけどな。
﹁どこがよ。まあ、いいけど。
それにしても、一体何が目的だったの?﹂
1195
﹁ん? いや何、クレイマンが怪しい会話をしていたのを思い出し
てな。
何でも、テンペストの町を人間の敵に仕立て上げて人魔戦争を画
策してたようだ。
そんな事されたら面白くなくなるから、邪魔しようと思ったのだ
!﹂
オトナ
﹁へえ、貴女が自分の事以外で動くなんて⋮⋮﹂
﹁わはははは! だから言ったであろう! 大人になったのだ!﹂
﹁はいはい。そういう事にしておくわ。
でも、クレイマン。貴男、弱者や抵抗出来ない者の前では、威張
り散らすのね。
私、貴男に魔王を名乗る資格は無いと思うのよ。
ミリムが我慢していたから口出しはしなかったけど⋮少し怒って
いたのよ、私も﹂
静かな怒りを漲らせて、フレイが言った。
﹁そういう事なら、町ごと吹き飛ばされた俺にも、言いたい事があ
るぜ。
なあ、クレイマン。取り敢えず、お前は許さん!﹂
ミリムにやられた事を見事にクレイマンの責任に転換して、魔王
カリオンも言い放った。
どうやら、クレイマンのヤツは魔王達の怒りを買いまくっている
様子。
だが、一番ムカついているのは、この俺だ。
ミリムが俺達の為に頑張ってくれてたのが凄く嬉しいが、そのせ
いでこんな下種に殴られたなんて⋮⋮。
決定だ、お前が安らかに死ぬ事は無くなった。
1196
﹁済まないが、コイツは俺が相手をする。俺も魔王を名乗った訳だ
し、自分の席は自分で用意したい。
コイツを排除して、俺の事を認めさせる事にする﹂
俺がそう言うと、仕方ないとばかりに譲ってくれた。
まあ、俺の実力を見極める為にというのが本音だろうけど。
ミリムだけは、嬉しそうに笑っていた。
言わなくとも、俺の怒りが伝わったようだ。
クレイマンは、俺達の会話を聞きながら冷静さを取り戻したのか、
﹁ククク。そうか、そうでしたか。泣かせますね、お友達の為にス
パイをね。
はーーーっはっはっは。これは愉快だ。
あの暴君と恐れられたミリムが、今では使いっ走りですか。
私はこんなヤツを恐れていたのか。これは滑稽だ。
良かろう。少々早いが、奥の手を使わせて貰いましょう!﹂
そう言って、懐から虹色の宝玉を取り出す。
その宝玉は、聖霊の力を感じさせて、そのエネルギー量は人間1
万人分の魂に相当し⋮⋮
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1197
閃光。
それが収まった時、そこに立つ者は以前に比べる事も出来ぬ上位
存在へと変貌していた。
髪は聖霊エネルギーの名残を受けて虹色に輝き、長く伸びている。
服は筋肉に弾かれて上半身は裸になっていた。
引き締まり、圧倒的な力を感じさせる筋肉が露出している。
その目は虹色の輝きを放ち、辺りを睥睨する。
その者の発する聖魔力は、巨人の魔王たるダグリュールに匹敵す
る程であった。
人為的な強制進化。
聖霊の宝玉のエネルギーを吸収し、自らを覚醒魔王へと導いたの
だ。
ただし、性質の異なる属性のエネルギーを用いている為に、完全
なる魔王では無い変異魔王へと進化している。
だが、祝福された収穫祭を待つ迄も無く、その力を我が物に出来
ているようであった。
先程までの肉体が脆弱に感じられる進化。
自分の持つユニークスキル﹃操演者﹄が、そのエネルギーを受け
て進化の兆しを見せている。
圧倒的な力。
なるほど、この力を得たならば、先程までの自分を見下す気持ち
も許せるというもの。
いや、納得してしまう。
覚醒してもいない魔王など、所詮は偽物という事なのだ。
これが、力。
これが、覚醒。
そして、これこそが魔王なのだ!
1198
試し撃ちしたエネルギー弾を受けて、魔王カリオンが後方へ弾か
れる。
フレイも同様。耐える事など、出来る筈も無い。
流石に、ミリムは平気な様子で弾いている。忌々しいヤツであっ
た。
だが、ここで覚醒したと言っても古参どもに勝つのは至難である。
3度以上の大戦を生き抜いた魔王達。
生意気な妖精はともかく、ギィ、ミリム、ダグリュールは特に厄
介であった。
新参の者だけならば互角かそれ以上だが、この3名は今は不味い。
そう判断出来る冷静さは今まで通りである。
魔王二人を吹き飛ばし、状況を素早く確認する。
後ろのスライム達も無事な様子なのも腹立たしいが、先ずは撤退
し体勢を立て直すべきであった。
あの方
に報告を入れ、今後の方針を
慌てずとも、各個撃破すればいいのだ。
この宝玉を授けてくれた
相談する事にする。
デモンブラスター
ならば、作戦は決まった。
最大出力で魔王破壊砲を放ち、それに抵抗している隙に脱出を試
みる。
警戒すべきはギィだが、アイツはこの様な事に興味を示さない。
大丈夫、脱出は可能だ。そう判断を下す。
デモンブラスター
何人か殺すことが出来ればいいのだが⋮⋮
そんな事を考えながら、魔王破壊砲を解き放った。
魔王さえも壊す破壊力。集積されたエネルギーによる攪乱光線に
より、魔素の配列を狂わし内部より破壊する。
物理的防御は意味を為さず、魔素を利用した結界ごと破壊する究
極の対魔攻撃。
1199
個体に集中すれば、これに耐える者は存在しないと自負していた。
デモンブラスター
今回は、広範囲へと放つので、生き残りが出るだろうが贅沢は言
ってはいけない。
進化し大幅にパワーアップした今の自分が放つ魔王破壊砲の威力
を想像しほくそ笑む。
デモンブラスター
周囲に魔王破壊砲の光が満ち、辺りを虹色に染め上げて⋮⋮
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
閃光が収まった時、自分が手に持つ宝玉が奪われている事に気が
ラファエル
ついたのか、呆然とした顔でクレイマンが狼狽えていた。
どうやら、智慧之王で予測演算して描いた未来の光景を信じ込ん
でいたようだ。
精神に働きかけて、思念伝達で見せてやったのだが、結構リアル
に描いていた。
俺は手の中の宝玉を確認し、そっと懐にしまい込む。
ネコババでは無い。
クレイマンが宝玉を発動しようと宙に浮かべたから、その瞬間に
空を喰って手元に引き寄せただけの事。
だが、良い物を手に入れた。これは今後の研究に大いに役立つだ
ろう。
1200
ラファエル
この宝玉をクレイマンが使用していれば、先程の智慧之王の予測
未来と同等の結果になっただろう。
そうなったとしても叩き潰すだけなのだが、心を折るには奥の手
を封じるのは有効なのだ。
決して、宝玉が欲しかったとかそういう理由で無いのは、ご理解
頂ける事と思う。
そもそも、クレイマンは俺を舐めている。
思考加速で知覚100万倍の状態は、時が止まっているに等しく、
魔法とは念じると同時に発動するものなのだ。
それはつまり、発動に時間が掛かる魔法であっても、複数同時に
セットしておけるという事。
このような場所で、相手が進化するのを許す程マヌケでは無い。
以前だったら、仕出かしてたかも知れないけども⋮⋮。
魔王達も、俺の放った目眩ましから回復しているようだ。
あまり手の内を見せたくないので、瞬間に光を放って誤魔化した
のだが、何名かには見られていたようだ。
これは仕方ない。相手が悪すぎる。
なるべくは手の内を見せないように戦いたいが、ちょっとした事
ラファエル
からでも予測されてしまうのまでは防げないのだ。
智慧之王も出来るのだから、相手も出来ると考えよう。
多少は仕方ないと割り切って、クレイマンへ声をかける。
﹁おい、奥の手を使うのなら、早くしろ。待っててやるから。
まさか、今の光に紛れて逃げようとかいう作戦じゃないんだろ?﹂
知ってて追い詰める。
俺も人が悪い。まあ、人じゃなくてスライムだし、問題ないか。
﹁な、何だ? 何が起きた⋮⋮?﹂
1201
動揺を隠せないクレイマン。
奥の手が一瞬で奪われて、状況把握も出来ていないようだ。
だから言ったろ? お前、既に詰んでるって。
お前程度の実力で、俺に敵対した時点で未来は確定していたのだ。
自分の実力と相手の実力、これの見極めは本当に大切である。
俺だって、魔王達の目を誤魔化しながらコイツを苦しめて倒す必
要がある。
余裕は無いので、さっさと進めよう。
﹁なあ、クレイマン。お前が扇動したファルムス王国の国王がどう
なったか、知ってるか?
お前、情報集めるの得意だろ? 部下から報告を受けているか?﹂
心を折る。
それだけで、俺の勝利条件は達成される。
心を折るには、恐怖が一番だ。
というか、俺の思考がだんだん悪者っぽくなっているが、やっぱ
魔物だからか?
魔王になったからなのだろうか⋮⋮まあ、いいんだけどね。
俺の言葉を受けてこちらを見るクレイマン。
どうやら、まだ報告は受けていなかったようだ。
ファルムス王国のエドマリス国王。
ヤツはまだ生きている。
ここに来る前に、ファルムス王国の玉座に置いてきた。
俺のスキルにより精神の固定を行い、発狂を防ぐ。
そして、試作品の回復薬を大量に用意し、殺さぬように拷問を加
えたのだ。
許容量を超える痛みでも発狂を許されず、手足がちぎられてもま
1202
た生えてくる。
そのちぎった手足でシオンが作った料理が、エドマリス国王のエ
サだった。
これを捕虜にして解放するまでの7日間程、シオンが目覚めてか
ら行わせたのだ。
殺された恨みを十分にはらせた所で、解放してやった。
後は、王次第。
心を折っているので、逆らうようなら何時でも殺せる。
だが、あれだけやられて逆らう事が出来るならば、俺は王を認め
てもいい。
どちらにせよヨウムを樹立するか、従順になったエドマリス国王
を傀儡とするかの違いでしか無いのだから。
さて、操られていた王でさえ、それだけの地獄を味わったのだ。
操っていた者へはそれ以上の苦しみを与えるべきではなかろうか。
﹁シオン、コイツは俺が止めをさす。だが、暫くお前に貸してやろ
う﹂
﹁さっきから何を言っている! 人間の王が何だというのだ。
しかも、偉そうに部下に相手させるだと? 臆病者め、自分が相
手⋮⋮﹂
﹁五月蝿い。黙れ﹂
俺の言葉で、クレイマンの喋りが止まった。
アヤツリビト
声を出そうとするが、クレイマンの意思に反して言葉は出ない。
それはそうだろう。
何しろ、俺の新しい能力、ユニークスキル﹃操演者﹄にて、クレ
イマンは言葉を出せなくなったのだから。
さて、使いどころがあるかどうか判らないが、こっそり能力も奪
った。
クレイマンは流石に自分の能力が奪われた事に気付いたのか、半
1203
狂乱になっている。
だが、声は出せない。
コイツには黒幕を喋って貰うだけであるが、その前に⋮⋮
﹁シオン、3秒間だけ殴っていいぞ﹂
腹ペコの犬の様に、待て! の状態だったシオンが、全力で3秒
間クレイマンを殴り付けた。
恐らく、百発を超える拳の雨が、クレイマンへと降り注いだ事だ
ろう。
傍から見ていると3秒殴られただけの事。クレイマンの超回復で
既に治癒が始まっている。
だが、本当の意味でクレイマンが味わった恐怖を想像出来る者は
いるだろうか?
俺がクレイマンに施したのは、言葉を止める事。
それと同時に、精神の固定化を行い発狂を防ぎ、思考加速にて認
識力を100万倍分の状態に加速させる。
俺の能力は、自分だけでなく、影響を与えうる者全てに及ぼす事
ラファエル
が可能になっていた。
智慧之王の影響下にてクレイマンの時間は引き伸ばされ、数十日
殴られ続ける恐怖と苦痛が襲った事になる。
シオンのヤツも心得たもので、俺の意図を瞬時に読み取り﹃恐怖﹄
を拳に纏わせていた。
これは、肉体のみならず、精神へもダメージを与える。
発狂を封じられたクレイマンの精神は、痛みと苦痛と恐怖が膨れ
上がるが、その逃げ場は無い状態であった。
そして行き場の無い感情は、その魂に恐怖を刻み込む。
3秒が経過した時、クレイマンの髪は真っ白に変色し、その表情
は屍人の如く。
1204
ココロ
不死者である筈のその肉体も、精神が壊されれば意味がない。
もはや、俺に逆らう気を起こす事も出来ない状態だった。
﹁さて、クレイマン。素直に喋れば、殺してやるぞ。喋らないなら、
もう一度シオンと遊ばせてやろう﹂
俺の言葉を理解したのか、
﹁しゃ、喋る! 何でも喋るから、許して・・・。こ、殺してくれ
!!!﹂
引き攣ったように声を張り上げた。
心を折る事に成功したかな?
﹁では、問おう。お前を操っている黒幕の名は?﹂
カザリーム様
暫し濁った目で俺を見て、躊躇った様子を見せたが⋮⋮
俺が見つめ返すと目を血走らせて、
﹁言う! 言うから、待ってくれ!﹂
と、慌てて声を張り上げた。
そして、
カースロード
呪術王
スピリチュアル・ボディー
﹁私の主、あのお方の名は、カザリーム。
だ。
そこのレオンに倒されたが、精神体になって復活し、力を蓄えて
おられたのだ。
そして、私を魔王へと引き上げてくれた、偉大なるお方⋮⋮﹂
1205
ふむ。
誰だ、それ?
魔王達の反応も、いたっけ? というような軽いものだった。
レオンが魔王になったのは200年前だって話だったから、クレ
イマンを魔王にして更に仲間を増やそうとでもしてたのか?
﹁ああ、思い出した。
仲間になるなら魔王へなれるよう紹介してやる! などと偉そう
に言っていたな。
ウザかったから、即殺したが⋮⋮、俺を仲間にしたかったのか﹂
しれっとレオンが呟いた。
レオン⋮恐ろしい子。人の話を聞かないヤツが、ここにも居たよ
うだ。
まあ、これでハッキリした。昔から勢力を増やす事に固執してい
たのだろう。
﹁では、その目的は? テンペストを襲って、何を企んでいた?﹂
﹁目的は、私の魔王化。聖霊玉は奥の手であり、効果時間が過ぎれ
ば力も消える。
死
を撒き散らす。その結果、クレイ
なので、私の魔王化を手伝って下さっていたのだ﹂
なるほど。
混乱を起こして、大量の
マンの覚醒を促す、か。
スピリチュアル・ボディー
だが、だとするとカザリームって野郎は、人間に詳しすぎるな。
精神体で復活だとすると、憑依したとか?
魔王達の住む場所では直ぐに存在がバレるだろうし、今まで気付
かれなかった事からも魔の領域には隠れていないと思われる。
人間に化けて、或いは、人間に憑依して?
1206
﹁お前は、何時から言いなりになっていた?﹂
﹁それは⋮⋮。
魔王へと取り立ててもらった400年以上前に私はカザリーム様
の副官だったのだ。
魔王となっても、裏ではあのお方の命令通りに動いていた。
に従っている﹂
レオンに倒されて、100年以上連絡が取れなかったのだが、十
あの方
数年前に突然連絡が来た。
それ以来、私は
﹁そいつは現在どの程度の配下を持っている?﹂
﹁いや⋮配下は少ない。私と、後数名程度。だが、恐ろしい程情報
を握っている。
人の町の動向は、あのお方が。魔王達の情報は、私が流していた。
東の勢力の情報はおろか、世界の情報を掴んでいたようだ﹂
﹁なるほど、分かった﹂
十数年前、か。
何かが繋がりそうな気がする。
ラファエル
俺の考えと、確定した事実と。
そこから智慧之王による演算にて、予測を導き出す。
イコール
結論は保留。しかし、限りなく疑わしい。
だが、この話を=で結ぶならば⋮⋮。黒幕の目的は、本当にクレ
イマンの魔王化なのだろうか?
まあいい。
聞きたい事は全て聞けた。後は、楽にしてやるだけだが⋮⋮
﹁一応教えておいてやるけど、お前、復活は出来ないぞ?﹂
と、クレイマンに声をかける。
もし、復活を期待していたのなら悪いしな。
1207
クレイマンは、一瞬何の事か判らなかったようだ。
だが、直ぐに顔を青褪めて、
﹁何を、何の事だ?﹂
と、必死に誤魔化そうとしている。
アストラル・ボディー
素直に喋っていたのは間違いないが、それはコイツの計略だろう。
ラファエル
俺が死を与えたら、コイツは星幽体を離脱させ、復活を企んでい
た。
残念ながら、智慧之王がその兆候を読み取っている。
ぶっちゃけ、俺の前でそういう儀式は全て筒抜けとなるのだ。
クレイマンは俺に勝てないと判断し、これ以上の苦しみを味わう
のを避けただけ。
余りにも素直に喋るので、逆に疑ったのだ。
喋った内容は事実だろう。
だが、死んだ後で即座に復活出来るように準備していたからこそ、
これ以上の苦しみを味わいたくなかっただけのようだ。
本当に姑息なヤツである。
だが、ある意味しぶとく主へ報告に向かおうとする精神は感心す
べき点があるけれど。
﹁さて、聞くべき事は聞いたので、これよりクレイマンを処刑する。
反対の者はいるのかな? いるなら、相手するけど?﹂
騒ぐクレイマンを無視し、魔王達の反応を観察した。
﹁好きにしろ﹂
赤髪、ギィが代表して答えた。
異議は無いようだ。
1208
﹁やめろ! おい、やめろ!!!﹂
騒ぐクレイマンに、
﹁約束通り、速やかに死を与えてやる。感謝するがいい﹂
そう言って、クレイマンの頭に手を乗せる。
﹁いやだ! おい、やめろ!!! おいぃ! やめろぉぉ!!!
た、助けて! カザリーム様ぁ!!!﹂
どれだけ騒ごうと、俺の心には届かない。
こういうヤツを生かしておくと、また災厄の種になる。
それにな、お前のお陰で、俺の中の甘さは死んだんだよ。
もう二度と、俺の甘さで仲間を失うのはまっぴらなのだ。
﹁死ね!﹂
煩く、みっともなく騒ぎ立てて抵抗していたクレイマンが、一瞬
ベルゼビュート
でその場から消えた。
暴食之王により、魂までも喰い尽くされて。
それは、俺の中で力へと変換される。
汚れた魂であれ、邪悪な魂であれ、善良なる魂であったとしても。
死
を与えたのであ
死は等しく平等であり、魂は俺の中で分解され、純粋に魔力へと
変換されるのだ。
こうして、約束通りクレイマンへ速やかに
る。
1209
83話 八星魔王
俺がクレイマンを喰ったと同時に、赤髪の魔王ギィが立ち上がっ
た。
そして、
﹁見事だ。お前が今日から魔王を名乗る事を認めよう。
異論のあるヤツはいるか?﹂
と言い放った。
それに対して、異論を述べる者は居ない。
どうやら、俺は魔王として認められたようだ。
一安心である。実際、ここで他の魔王を敵に回して遣り合うのは
自殺行為だと考えていたのだ。
﹁アタシはリムルはやる時はやるヤツだって信じてたさ!
何なら、アタシの弟子として認めてあげてもいいけど?﹂
﹁あ、そういうの間に合ってるから、弟子は別でとってね﹂
﹁何でよ!! いいじゃない、素直に弟子になってくれても!!!﹂
ぶーたれるラミリス。
それに対し、
﹁ふふん! リムルはワタシの友達だからな。お前とは仲良くした
くないそうだぞ?﹂
﹁え!? うそ、ちょ! リムル嘘よね?﹂
﹁わはははは! お前は仲間外れだな、ラミリス!﹂
﹁なんだとー! てい!﹂
1210
その言葉にラミリスがミリムの顔面に向けて飛び蹴りを行い、ミ
リムは軽やかにそれを回避する。
そんな二人を呆れたように眺め、
﹁フン。認めたくは無いが、仕方あるまい。妾は、そこの邪竜への
恨みも忘れてはおらぬぞ。
だがまあ、今は認めておこう。次の大戦を生き残れたならば、相
手をしてやろう!﹂
そうルミナスが言った。
えらく殺気の篭った目で睨まれていたので、この美少女が一番の
おっさん
難関だと思っていたのだが、大丈夫だったようだ。
﹁俺達も認めるぜ、なあ、ダグリュール!﹂
﹁うむ、そうよのう。ワシは元より異論は無いな﹂
ディーノとダグリュールも認めてくれた。
先に二人に会えて話せたのも大きいだろう。さっきは庇ってくれ
ようとしていた様だし、いい奴らである。
﹁フ、俺は誰が魔王となろうが、興味はない。好きにすればいい﹂
と、レオン。相変わらず、冷めたヤツである。
さて、残るは二人なのだが。
そう思い、フレイとカリオンを見やると、フレイが俺の視線を受
け止めて此方を値踏みするかの様に見つめ返して来た。
そして、
﹁いいかしら? 今は宴の最中で丁度良いから、私から提案という
1211
よりお願いがあるのだけど?﹂
そんな事を言い出したのだ
ルミナスの執事が、俺の蹴り飛ばした円卓を元の位置にセットし
ている。
大きく壊れている箇所があるが、俺の視界には入って来ない。気
にしたら負けだ。
こんな高そうな円卓を弁償するなんて、そんなのは御免だしね。
円卓に魔王達が座る。
その席上に、メイド二人が紅茶を用意して回る。
一先ず落ち着いた所で、フレイが再度話を始めた。
リムル
﹁先ず、そこのスライムさんを魔王として認める事に異議は無いわ。
私の提案したい事は、その事とは無関係。
⋮⋮いいえ、無関係と言う訳でもないわね。
さっきの戦いを見ていて確信した。私は、魔王としては弱すぎる。
クレイマンと戦っても、良くて互角。
空で戦うならば、私が有利でしょうけど⋮魔王に言い訳は通用し
ないわね。
私は、ミリムの配下につく事に決めたわ。
ミリムも危なっかしいし、放ってもおけない。
私も魔王としては劣るけど、戦力としてならそこそこだしね。
どうかしら、この提案受けて貰えない?﹂
そう言って、ミリムとギィを交互に見やるフレイ。
そんなに言うほど弱そうではないんだけどな⋮。
むしろ、クレイマンは策士のようで直情型だった。このフレイは
策に頼るというより、腹の内を見せない不気味さがある。
1212
まあ、女は怖いという典型のようなタイプだから余計に不気味な
のだろうけど。
ミリムがその提案に返答するより早く、
﹁ちょっと待ってくれ。そういう事なら、俺も言いたい事がある。
俺も、ミリムとタイマン張って負けた身だ。潔く、軍門に降ろう
と思う。
相手が勇者ならいざ知らず、負けた者がいつまでも魔王を名乗る
のは烏滸がましいだろ?
てな訳で、俺は今日からミリムの配下になる。宜しくな、大将!﹂
こちらは、相手の意思を確認する気も無いようだ。
ミリムは配下を持っていない。だから、ミリムの部下が反対する
事は無い訳だが⋮。
魔王二人が配下になるのって、そんなのアリなのだろうか?
﹁ちょっと待て、カリオン! タイマンはクレイマンが悪いのだぞ!
ワタシは操られておったのだ。知らんぞ、そんな事!﹂
それは、無茶だろ。
その言い訳は流石に通らないと、俺は思うよミリム。
他の魔王も、無茶言うなよという顔で呆れている。
﹁てめえ、知らばっくれるなよ。さっき自分で、
﹃ワタシを支配するのは無理だっただろ﹄
﹃ワタシは、そういうのを解除するのも得意なのだ﹄
とか、言ってただろうがよ!﹂
1213
めっちゃ上手い声真似でミリムの台詞を再現する。
意外に芸達者なヤツである。
﹁む! そ、それはだな⋮⋮﹂
﹁まあ、そこの筋肉馬鹿はどうでもいいから、私はいいわよね、ミ
リム?﹂
﹁そ、そんな事言って! 部下や配下になると、気軽に話してくれ
なくなるだろ?
一緒に、悪巧みもしてくれなくなるんだろ!?﹂
そんなミリムの台詞に、首を振って、
﹁いいえ、何時でも一緒にいられるようになるし、もっと一緒に楽
しい事出来るかもよ?﹂
と、唆し始めた。
ほらな。こういう所が、油断出来ない所なのだ。
カリオンはカリオンで、
﹁大体だな、お前が俺の国を吹き飛ばしたんだろうが!
お前には、俺達を養う義務があるんだぞ﹂
難しい言葉でミリムを煙に巻こうとし始めた。
思ったよりも策士だ。
ミリムは意味が判らなくなってきたようで、目を回す寸前である。
そしてついに、
﹁ええええい!!! 分かったのだ。好きにするが良い!﹂
火山の噴火のように頭から煙を出して、考えるのを止めた。
1214
流石はミリム。
賢いようで、考える事は苦手なのだ。
﹁ははは。いいだろう! 今日より、フレイとカリオンは魔王では
無い。
ミリムの元で仕えるが良い﹂
ギィが笑いながら宣言する。
異論のある者は居ないようである。当然、俺にも異論は無い。
こうして、俺の魔王としての戴冠は正式に承認された。
と同時に三人の魔王が除籍となり、一名は永遠の死が与えられ、
二名は魔王ミリムの直属となったのである。
十大魔王は、現時点で八大魔王になった。
﹁そうか、十大魔王じゃなくなったんだな﹂
何気無い俺の呟きに、ピクリと反応する魔王達。
﹁困った、な。威厳的な問題として、また新たな名称を考えねばな
るまいよ﹂
そんな事を言い出すダグリュール。
え? そんな重要な事なの?
ワルプルギス
﹁幸いにも、今は魔王達の宴の真っ只中。
ここに全魔王が揃っておるのだし、良い知恵も浮かぼうというも
の﹂
1215
ルミナスが大真面目に相槌を打つ。
おいおい、名称なんざどうでもいいだろう。
十大魔王
って呼称を決めるのに3ヶ月くらいかかった
そもそも、勝手に人間達が名付けてくれるだろうよ。
﹁前回の
んだっけ?
俺はもう無理。考える気力が沸いてこねーわ﹂
いやいや。無理以前に、何にも考える気がないだろお前は。
さも今まで頑張って考えてました! みたいな言い方をするんじ
ゃない。
てか、何で名前考えるのに3ヶ月もかかるんだよ!
というか、本気で言っているようだが⋮魔王って実は暇なんじゃ
⋮⋮
聞けば、3ヶ月考えている間に人間達に十大魔王の呼び名が定着
していたそうだ。
結局、それを名乗る事にしたらしいのだが、納得はいかなかった
との事。
﹁落ち着くのだお前達。こんな時こそ、普段は見せない協調性で乗
り切ろうじゃないか!﹂
とのギィの言葉に、
﹁え? 八大⋮⋮﹂
と、言いかけて周囲の無言の圧力に沈黙する。
そして慌てて、
1216
﹁そうよ。今、ギィが良い事言った! 皆で頑張るのよ!﹂
と、ラミリスが言い直した。
八大魔王では皆納得しないらしい。
だが協調など無意味とばかりに、
﹁わははははは! お前達、そういうのは任せるぞ!﹂
﹁俺は興味無い。任せる﹂
早速、協調性の欠片も無い者達が邪魔をする。
流石、魔王達。
どうせ協調なんて無理だろうと思ったが、本当に無理だったよう
だ。
そして、気まずげな空気になりかけた時、
﹁お、そう言う事ならば、我が友リムルの得意とする所だぞ!﹂
と、俺の後ろで退屈しかけていたヴェルドラが言い出した。
ッチ。こんな事を言い出すくらいなら、漫画でも読んでいれば良
かったのに。
今日は流石に空気を読んでか、一人無関心に読書したりはしてい
なかったのだ。
だが、ヴェルドラの言葉に頷く者がいた。
シモベ
﹁そういえば、アタシの僕にサクッと名付けてくれたよね!﹂
ラミリスである。
お前のシモベじゃないがな。そう言いたいが、今はそれどころで
はない。
だがコイツ⋮段々、既成事実を積み上げようとする意図が見え隠
1217
れしてきたな。
その内釘を刺しとかないと、いつの間にか手遅れになりそうだ。
まあ、いいんだけど⋮ベレッタの意思次第だな。
ふと見回せば、魔王達の期待に満ちた視線が俺に集中していた。
しまった⋮。既に包囲網が完成している。
目配せしあい、ギィが、
﹁今日、新たな魔王として認められたリムル。
君に素晴らしい特権を与えたいと思う。
そう! 我等の新たなる呼び名を付ける権利を!
これは大変名誉な事だ、当然引き受けてくれるよね?﹂
これが、猫撫で声か。
俺が無言で肯定も否定もせずにいると、
﹁というか、貴様が人数を減らした原因なのだ。
さっさと責任とって、名前付けろよ!﹂
いきなり地を出して威圧付きで言ってくる。
本気で面倒なんだろうな。
まあいいや。俺も諦めて、
﹁わかったよ。たく、文句を言うなよ?﹂
と請け負った。
魔王達は、良かったとばかりに満面の笑顔。
お茶のお代わりをして寛ぐ者までいる。完全に人任せであった。
さて、コイツ等は放置でいい。
八人の魔王、八大魔王でもいいのだろうが、確かにちょっと駄目
1218
な気がするな。
さっき、ラミリスが八大魔王でいいよね? と言いかけた瞬間、
イメージ
周囲のそれ以上言うなよという威圧付きの視線に黙らされているの
を忘れてはいけない。
却下する。
とすると⋮、
オクタグラム
﹁八星魔王はどうだ? 八芒星から連想してみたんだけど?﹂
その言葉の後、訪れた沈黙の時。
魔王達は目を瞑り、その言葉を吟味している。
直後、皆一斉に目を開き、
﹁決まり、だな。素晴らしい﹂
﹁これで勝てるな、新たな時代の到来だ!﹂
﹁やっぱね! リムルならやってくれるとアタシは信じてたさ!﹂
﹁流石なのだ! わははははは﹂
﹁ふん。まあいいわ、少しは認めてあげる﹂
﹁一瞬かよ! スゲーな。前回の3ヶ月は何だったんだよ!﹂
﹁⋮⋮﹂
反対意見は無いようだった。
良かった。
もし反対してきたら、そいつに名前を考えさせようと思っていた
けどな。
ていうか、俺も聞きたい。その3ヶ月って何してたんだ⋮。
オクタグラム
こうして⋮今日この時より、魔王達は八星魔王と呼称され恐れら
れる事となる。
八星魔王。
1219
悪魔族⋮
破壊の暴君
暗黒皇帝
ピクシー
ジャイアント
ヴァンパイア
ラビリンス
ラミリス。
スリーピング・ルーラー
クイーン・オブ・ナイトメア
アースクエイク
ギィ・クリムゾン。
竜人族⋮
迷宮妖精
ダグリュール。
ロード・オブ・ダークネス
妖精族⋮
大地の怒り
ルミナス・バレンタイン。
デーモン
巨人族⋮
夜魔の女王
ディーノ。
フォールン
プラチナデビル
ミリム・ナーヴァ。
吸血鬼⋮
眠る支配者
レオン・クロムウェル。
デストロイ
堕天族⋮
金髪の悪魔
ドラゴノイド
人魔族⋮
そして俺、
ニュービー
新星
リムル・テンペスト。
スライム
妖魔族⋮
二つ名
が欲しいな。
俺にも格好いい
中二魂を刺激する、素晴らしいヤツを。
まあ、その内どこかで誰かが考えてくれるだろう。
俺が魔王として認められた事により、支配地の分配が行われる。
現状、俺の支配地域はジュラの大森林全域。
破格の待遇であった。
フレイとカリオン、そしてクレイマンの領地は統合されて、ミリ
ムが支配する事になる。
もっとも、支配は名ばかり。
領地経営はカリオンとフレイ、そしてミリムの民が行うのだろう。
領地を持たない魔王や、放浪してる者、支配地を隠蔽してる者が
いるので全員の所在地は判らない。
だが、魔王には指輪を与えられ、それによる通話が可能になると
の事。
デモン・リング
俺も一つ用意して貰った。
魔王の指輪。通話機能だけでなく、転移系の召喚門も呼び出せる
らしい。
当然、この会場までも自在に来れる訳で⋮⋮
1220
という事は、わざわざ迎えに来て貰わなくても、ここまで来れた
のでは⋮?
いや、考えては駄目だ。そこは突っ込んだら疲れるだけな気がす
る。
こうして、クレイマンの画策により始まった一連の事件は終息し、
俺は新たな魔王として認められた。
クレイマンの主、黒幕の存在が気に掛かるが、一先ずは魔族側の
問題は解決したのである。
そして、俺は魔王へと即位したのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ギィは、魔王達の様子を観察し薄く笑う。
オクタグラム
今、新たな呼称を受けて魔王達は更なる力を得た。
八星魔王。
新たな魔王達の象徴として、素晴らしい名前であると思う。
勢力の分布が安定し、均衡が取れた状態になったのだ。
今度の大戦は、自分達が優位に立てるという確信が持てる。
勝っても負けても然程の違いは無いのだが、どうせやるなら勝ち
たいものだ。
1221
その程度の認識ではあるのだが⋮。
ディーノに聞いた所によると、東の帝国はどんどん戦力を蓄えて
いるらしい。
竜種
の存在がある
ゲーム
も活動を始めるかもしれない。
灼熱竜ヴェルグリンド
一度ヴェルドラに崩壊させられた部隊も再編されて、強力に生ま
れ変わっているとの事。
そして、東の帝国の影に
と思われる。
帝国が動くならば、あの
面白くなってきた。
世界という舞台に駒を配置し、その支配権を奪い合う大戦。
参加者は、己の全てを掛けてこの戦いに挑む事になる。
500年に一度の退屈凌ぎ。
サタナエル
ルシファー
今度の大戦は期待出来そうだった。
アルティメットスキル
アルティメットスキル
自分の持つ、究極能力﹃傲慢之王﹄。
アルティメットスキル ベルゼビュート
ミリムの持つ、究極能力﹃憤怒之王﹄。
そして。
新たな魔王リムルの持つ能力は、究極能力﹃暴食之王﹄だと考え
られる。
アルティメットスキル
究極能力の中でも最も強いとされる、三大能力者が揃ったわけだ。
強い方から揃うとは思わなかったが、嬉しい誤算というものであ
ろう。
怠惰
。
。
更に⋮⋮
ディーノには、
色欲
アルティメットスキル
ルミナスには、
この二人の究極能力への覚醒も、後僅かという所だと睨んでいた。
そして、楽しみな事に⋮。
1222
シオンと言ったか⋮既に魔王並みの戦闘力を有しているようだっ
嫉妬
の芽。
たが、彼女には更なる成長が期待出来た。
そして垣間見えた
フレイ、カリオン、そしてシオン。
この3名に同時に宿ったのを確認した。
誰が芽吹かせる事になるかは予想しか出来ないが、誰が覚醒する
にせよ喜ばしい事である。
願わくば、嫉妬に飲まれて潰れる事の無い事を期待したい。
嫉妬を使いこなせぬのならば、覚醒など夢のまた夢なのだから。
ギィは未来に想いを馳せて、暫しうっとりと想像を愉しむのだっ
た。
1223
83話 八星魔王︵後書き︶
この話で、この章は終了です。
次回から新章。
1224
テンペスト
キャラクター紹介
魔物の国
デモンスライム
住人達
名前: リムル・テンペスト
種族: 魔粘性精神体
ニュービー
加護: 暴風の紋章
称号: 新星
髪:銀 瞳:金 肌:白
魔法:︿魔力操作系﹀︿上位精霊召喚﹀︿上位悪魔召喚﹀
アルティメットスキル
ラファエル
技能: 固有スキル﹃分解吸収,無限再生﹄
アルティメットスキル ベルゼビュート
究極能力﹃智慧之王﹄
アルティメットスキル
ウリエル
究極能力﹃暴食之王﹄
アルティメットスキル
ヴェルドラ
究極能力﹃誓約之王﹄
究極能力﹃暴風之王﹄
ユニークスキル﹃操演者﹄
カオスブレス
常用スキル⋮﹃魔力感知﹄﹃熱源感知﹄﹃音波探知﹄﹃超
嗅覚﹄
﹃魔王覇気﹄
戦闘スキル⋮﹃粘鋼糸﹄﹃分身化﹄﹃混沌吐息﹄
﹃法則操作﹄﹃属性変換﹄﹃思念支配﹄﹃魔
王化﹄
耐性: 物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
悪魔,精霊,黒狼,黒蛇,ムカデ,蜘蛛,蝙蝠,蜥蜴,
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
擬態:
子鬼,豚頭
備考: 主人公。気楽な性格。 テンペストの国王。少し甘さが無くなった。
1225
名前: ヴェルドラ・テンペスト
種族: 竜種︵上位聖魔霊︶
加護: 魔王の加護
称号: 暴風竜
髪:白金 瞳:金 肌:褐色
死を呼ぶ風
魔法: 必要なし
技能: 破滅の嵐
ファウスト
黒き稲妻
アルティメットスキル
究極能力﹃究明之王﹄
ex﹃多重結界,空間移動﹄,その他
耐性: 物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
備考: 最強の4体の竜種の末弟。リムルと契約を結ぶ。
魔王を凌ぐ実力を持つ、天災級の魔物。
あちこちで暴れていた。
名前: ランガ[EP:216,000]
種族: 星狼族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: リムルのペット
髪:黒青 瞳:金 肌:−
1226
技能: 破滅の嵐
黒き稲妻
劣化版
劣化版
ユニークスキル﹃魔狼之王﹄
耐性: 物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性
備考: 元は、牙狼族。リムルに敵対し、敗北する。嵐牙狼↓黒嵐
星狼へと進化する。
常にリムルの影に潜み、魔力の共有を行っている。進化の
途上。
オニ
名前: ベニマル[EP:213,000]
種族: 妖鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 鬼王
髪:紅 瞳:真紅 肌:白
技能: ユニークスキル﹃大元帥﹄
ex﹃炎熱支配,黒炎,多重結界,空間移動﹄
常用﹃魔力感知,熱源感知,威厳,剛力﹄
戦闘﹃魔炎化﹄
耐性: 物理攻撃無効,痛覚無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性
備考: 漆黒の二本角。180cmの長身の美男子。性格はイケイ
ケで、自信家。
激高しやすい性格だったが、自重し狡猾さも身につけた。
1227
オニ
名前: シュナ[EP:12,000]
種族: 妖鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 鬼姫
髪:薄桃 瞳:真紅 肌:白
魔法: 呪法
技能: ユニークスキル﹃解析者﹄
ユニークスキル﹃創作者﹄
ex﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用﹃魔力感知﹄﹃威厳﹄
耐性: 状態異常無効,精神攻撃耐性
備考: 白磁の二本角。小柄な美少女。料理洗濯裁縫全て完璧な、
奥ゆかしい性格。
リムルの事が大好き。
オニ
名前: ソウエイ[EP:187,000]
種族: 妖鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 闇
髪:青黒 瞳:紺碧 肌:浅黒
技能: ユニークスキル﹃暗殺者﹄
ex﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用﹃魔力感知﹄﹃恐怖﹄﹃剛力﹄
1228
戦闘﹃毒麻痺腐食吐息﹄﹃分身化﹄﹃粘鋼糸﹄
耐性: 痛覚無効,状態異常無効
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性,自然影響耐性
備考: ベニマルの幼馴染。長身の美男子。密偵や諜報に長けてい
る。
分身を使いこなし、リムルの陰に潜み活躍する。冷酷で私
情を挟まない。
オニ
名前: シオン[EP:224,000]
種族: 悪鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 不死者
髪:紫黒 瞳:紫 肌:白
技能: ユニークスキル﹃料理人﹄﹃悪魔化﹄
ex﹃賢者﹄﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
ex﹃自己再生ex﹄﹃完全記憶﹄
常用﹃魔力感知﹄﹃恐怖﹄﹃闘神﹄,その他
耐性: 痛覚無効,状態異常無効,自然影響耐性
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
備考: 170cmのモデルの様にスラリとした美人。紫の一本角
だったが、二本になった。
残念美人。一度死亡するが復活し、不死性を獲得。﹃嫉妬﹄
に芽生えた。
1229
オニ
名前: ハクロウ[EP:65,500]
種族: 妖鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 剣聖
髪:白 瞳:黒 肌:白黄
魔法: 気闘法
技能: ユニークスキル﹃武芸者﹄
ex﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用﹃魔力感知﹄﹃威厳﹄﹃剛力﹄
耐性: 状態異常無効,精神攻撃耐性
備考: 初老だったが若返り、壮年の武者となる。剣の達人。
単純な肉体能力ではなく、剣技にて相手を圧倒する。
オニ
名前: クロベエ
種族: 妖鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 神職人
髪:黒 瞳:黒 肌:褐色
技能: ユニークスキル﹃研究者﹄
ユニークスキル﹃神職人﹄
耐性:炎熱無効
備考:壮年でダンディな親父。鍛冶の腕を極める。
現在、リムルの注文で刀を作成中。
1230
ハイオーク
名前: ゲルド[EP:147,000]
種族: 猪人族
オークキング
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 猪人王
髪:茶 瞳:碧 肌:茶
技能: ユニークスキル﹃守護者﹄﹃美食家﹄
ex﹃賢者﹄﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用﹃魔力感知,超嗅覚,威厳,剛力﹄
戦闘﹃毒麻痺腐食吐息,全身鎧化,思念操作﹄
耐性: 痛覚無効,状態異常無効,自然影響耐性ex
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
備考: 元豚頭王の親衛隊長。リムルとの戦いに敗れ、配下に加わ
る。
名を授かり猪人王に進化した。町の守りを司る。
ドラゴニュート
名前: ガビル[EP:126,000]
種族: 龍人族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 龍戦士
髪:− 瞳:金 肌:黒紫
技能: ユニークスキル﹃調子者﹄
ex﹃賢者,多重結界,空間移動﹄
1231
常用﹃魔力感知,熱源感知,超嗅覚,威厳﹄
戦闘,﹃竜戦士化,黒炎吐息,黒雷吐息﹄
耐性: 痛覚無効,状態異常無効,自然影響耐性
物理精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
備考: 自信家で調子に乗りやすい性格だったが、改善。意外な事
にバカではない。
不思議な人徳があり、龍人族を纏める。ベスターと親友に
なる。
ドラゴニュート
名前: ソーカ[EP:15,000]
種族: 龍人族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 影
髪:黒青 瞳:金 肌:白
技能: ex﹃賢者,魔力操作,影移動﹄
常用﹃魔力感知,熱源感知﹄
戦闘,﹃炎吐息,雷吐息﹄
耐性: 痛覚耐性,状態異常耐性
自然影響耐性,物理精神攻撃耐性
備考: 元リザードマンの親衛隊長。ガビルの妹。ソウエイに憧れ
追ってきた。
龍の角と翼が生えているが、美しい女性の姿である。本当
は兄が好き。
1232
ドラゴニュート
名前: トーカ[EP:14,000]
種族: 龍人族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 影
髪:黒緑 瞳:金 肌:白黄
技能: ex﹃土操作,影移動﹄
常用﹃魔力感知,熱源感知﹄
戦闘,﹃炎吐息﹄
耐性: 痛覚耐性,状態異常耐性
自然影響耐性,物理精神攻撃耐性
備考: ソーカの配下。
ドラゴニュート
名前: サイカ[EP:13,000]
種族: 龍人族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 影
髪:緑 瞳:金 肌:白
技能: ex﹃風操作,影移動﹄
常用﹃魔力感知,熱源感知﹄
戦闘,﹃炎吐息﹄
耐性: 痛覚耐性,状態異常耐性
自然影響耐性,物理精神攻撃耐性
備考: ソーカの配下。
1233
ドラゴニュート
名前: ナンソウ[EP:13,000]
種族: 龍人族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 影
髪:− 瞳:金 肌:黒紫
技能: ex﹃水操作,影移動﹄
常用﹃魔力感知,熱源感知﹄
戦闘,﹃雷吐息﹄
耐性: 痛覚耐性,状態異常耐性
自然影響耐性,物理精神攻撃耐性
備考: ソーカの配下。
ドラゴニュート
名前: ホクソウ[EP:14,000]
種族: 龍人族
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 影
髪:− 瞳:金 肌:黒紫
技能: ex﹃重力操作,影移動﹄
常用﹃魔力感知,熱源感知﹄
戦闘,﹃雷吐息﹄
耐性: 痛覚耐性,状態異常耐性
自然影響耐性,物理精神攻撃耐性
1234
備考: ソーカの配下。
カオスドール
名前: ベレッタ[EP:193,000]
種族: 聖魔人形
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
ダークメタル
称号: ラミリスの守護者
髪:銀 瞳:金 肌:黒銀
魔法: 元素系,悪魔系,精霊系,物理系
技能: ユニークスキル﹃聖魔混合﹄
ex﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄﹃賢者﹄
常用﹃魔力感知﹄﹃恐怖﹄﹃剛力﹄
耐性: 物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
備考: リムルが悪乗りで作成した、魔将人形。異常な性能。
リムルの魔王化に伴い、聖魔人形に進化した。
動力の二分化により、如何なる状況でも稼動する。
ラミリスの護衛として、リムルの命を受けている。
デーモン
名前: ディアブロ[EP:444,000]
種族: 悪魔
デーモンロード
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: 悪魔公
1235
髪:赤 瞳:紅金 肌:白
魔法: 元素系,悪魔系,物理系
技能: ユニークスキル﹃大賢人﹄﹃誘惑者﹄
ex﹃多重結界﹄﹃空間移動﹄
常用﹃魔力感知﹄﹃魔王覇気﹄
戦闘﹃法則操作﹄
耐性: 物理攻撃無効,自然影響無効,状態異常無効
精神攻撃耐性,聖魔攻撃耐性
備考: リムルの召喚したアークデーモン。リムル魔王化に伴い凶
悪化する。
リムルへの絶大な忠誠により、命令とあらば災厄を撒き散
らす。
ホブゴブリン
名前: リグルド
種族: 人鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンキング
備考: ゴブリンの長老の一人。リムルの名付けで進化した。
テンペストの町の行政担当。よく走る元気者。有能な男。
ホブゴブリン
名前: リグル
種族: 人鬼
1236
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンロード
備考: リグルドの息子。リムルの名付けで進化した。
現在、ゴブリンライダーの隊長をゴブタに譲った。
ホブゴブリン
名前: ゴブタ[EP:24,000]
種族: 人鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンリーダー
備考: リムルの名付けで進化した。天然バカだが、隠れ天才。
ゴブリンライダーの隊長。実はとんでもなく優秀。
下級戦士なのに、エリート王子に勝てそうだ。
ホブゴブリン
名前: ルグルド
種族: 人鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンロード
備考: ゴブリンの長老の一人。リムルの名付けで進化した。
1237
ホブゴブリン
名前: レグルド
種族: 人鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンロード
備考: ゴブリンの長老の一人。リムルの名付けで進化した。
ホブゴブリン
名前: ログルド
種族: 人鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンロード
備考: ゴブリンの長老の一人。リムルの名付けで進化した。
ホブゴブリン
名前: リリナ
種族: 人鬼
加護: 暴風の守り︵テンペスト︶
称号: ゴブリンロード
備考: ゴブリンの長老の一人。リムルの名付けで進化した。
女性。生産部門担当。
1238
名前: カイジン
種族: ドワーフ
髪:茶 瞳:青 肌:褐色
備考: ドワーフ王国の鍛冶屋。腕は一流だが、纏め役として活躍
する。
リムルの協力者。テンペストで、顧問となる。
名前: ガルム
種族: ドワーフ
髪:茶 瞳:黒 肌:褐色
備考: 長兄。腕の良い、防具職人。
リムルの協力者。テンペストにて活躍する。
名前: ドルド
種族: ドワーフ
髪:茶 瞳:黒 肌:褐色
備考: 次兄。細工の腕は、ドワーフ随一。
リムルの協力者。テンペストにて活躍する。
1239
名前: ミルド
種族: ドワーフ
髪:茶 瞳:黒 肌:褐色
備考: 末弟。寡黙な男。建築や芸術にも精通した天才。
リムルの協力者。テンペストにて活躍する。
名前: ベスター
種族: ドワーフ
髪:茶 瞳:青 肌:褐色
備考: ドワーフ王国の大臣だったが、失脚。
テンペスト
協力者
後に反省し、テンペストで活躍する。
魔物の国
名前: カイドウ
種族: ドワーフ
1240
髪:茶 瞳:青 肌:褐色
備考: カイジンの弟。ドワーフ王国、警備隊隊長。
名前: ガゼル・ドワルゴ[TP:136,000]
種族: ドワーフ
加護: 英霊の加護
称号: 武装国家ドワルゴン国王
髪:金 瞳:青 肌:褐色
魔法: 幻魔術
備考: 英雄王。三代目国王。とても強い。
強かで計算高い英雄王。人望は高く、カリスマ持ち。
名前: ヨウム
種族: 人間
髪:金 瞳:青 肌:褐色
備考: 19歳。リムルと出会った事で、数奇な運命を辿る事にな
る。
それなりに美形。後に英雄王と呼ばれる事になるかも。
1241
名前: ミュウラン[TP:76,000]
種族: 元人間
加護:
称号: 魔人
髪:緑 瞳:碧 肌:白
魔法: 呪術系魔法
技能: 多重結界
備考: 魔王クレイマンの操人形だったが、リムルに解放して貰う。
ヨウムの傍に付き従う。理知的美人。
名前: グルーシス[TP:82,000]
種族: 狼の獣人
称号: 魔人
髪:灰 瞳:灰 肌:褐色
技能: 超回復
耐性: 物理攻撃耐性
備考: そこそこ強い。人狼に変身出来る。
ファイター
カリオンの部下であったが、ヨウムの部下になる。
名前: カバル
種族: 人間=重戦士
1242
髪:金 瞳:緑 肌:白
魔法: 気闘法
備考: Bランクの冒険者。実はエレンの護衛の一人。本来の実力
はAランク相当である。
シーフ
27歳くらい。
名前: ギド
種族: 人間=盗賊
髪:茶 瞳:茶 肌:褐色
魔法: 陰陽術
備考: Bランクの冒険者。実はエレンの護衛の一人。本来の実力
はAランク相当である。
ソーサラー
34歳くらい。
名前: エレン
種族: 人間=法術師
髪:金 瞳:青 肌:白
魔法: 元素魔法
備考: Bランクの冒険者。実は魔導王朝サリオンの大貴族の娘。
お姫様。
16歳。冒険したいお年頃。魔法に関しては天才。でも、
強くない。
1243
ウィザード
名前: エラルド
種族: 人間=魔術師
称号: 公爵︵魔導王朝サリオン︶
髪:金 瞳:青 肌:白
魔法: 元素魔法
備考: エレンの親父。糸目の紳士で、魔導王朝サリオンの大貴族。
皇帝の叔父である。親バカだが、魔導科学の天才。
名前: ベルヤード
種族: 人間
称号: 男爵︵ブルムンド王国︶
備考: 仕事の鬼。37歳位。フューズと幼馴染で親友。腹黒だが、
義理堅い。
名前: フューズ
種族: 人間
称号: ブルムンド自由組合支部長
1244
A−
まで上り詰めた。
備考: 背は低いが、油断ならない目つきをした男。でも苦労人。
損な役回り。
カグラザカ
元冒険者で、ランクは
ユウキ
名前: 神楽坂優樹
異世界人
グランドマスター
種族: 人間
称号:自由組合総帥
髪:黒 瞳:黒 肌:白黄
備考: 冒険者互助組合の組織を改革し、自由組合を立ち上げた。
イザワ
身体能力強化により、異常な能力を有している。漫画好き。
シズエ
異世界人
名前: 井沢静江
種族: 人間
加護: 魔王の加護
称号: 爆炎の支配者
イフリート
髪:黒 瞳:黒 肌:白黄
魔法: 元素魔法,召喚魔法
技能: エクストラスキル﹃炎熱操作﹄
ユニークスキル﹃変質者﹄
耐性: 炎熱耐性
備考: 数奇な運命を辿り、主人公の人化の要となった。
魔王に愛され、勇者に師事した人物。
1245
魔王の加護が無ければ、その命運は早々と尽きていた事だ
ろう。
名前: ガルド・ミョルマイル
種族: 人間
称号: 大商人
備考: マイル商会の大旦那。リムルとの交渉を経て、テンペスト
との貿易を決意する。
ちょっとでっぷり。女好きだが、セクハラはしない。結構
名前: 三崎
異世界人
剣也
重要な役割を担う。44歳。
種族: 人間
加護: 光の精霊の加護
称号: 勇者の卵
髪:黒 瞳:黒 肌:白黄
備考: 8歳。やんちゃな坊主でガキ大将。
1246
種族: 人間
名前: 関口
異世界人
良太
加護: 火と水の精霊
髪:黒 瞳:黒 肌:白黄
技能: ﹃熱操作能力﹄
﹃状態変化能力﹄
備考: 8歳。気弱だが、切れると怖い。
異世界人
名前: ゲイル・ギブスン
種族: 人間
加護: 大地の精霊
髪:茶 瞳:茶 肌:白
技能: ﹃大地属性能力﹄
備考: 9歳。大柄で彫りの深い美少年。
異世界人
名前: アリス・ロンド
種族: 人間
加護: 空の精霊
髪:金 瞳:青 肌:白
技能: ﹃空間属性能力﹄
備考: 7歳。お人形みたいと言う表現が、正に適切な美少女。だ
が、お転婆。
1247
異世界人
名前: クロエ・オベール
種族: 人間
加護: 時の精霊の加護
髪:黒銀 瞳:黒青 肌:白
備考: 8歳。和洋折衷なミステリアスな雰囲気で、お淑やか。
テンペスト
敵対者
彼女が成長する時、何かが起きるのかもしれない。
魔物の国
名前: ニドル・マイガム
種族: 人間
称号: 伯爵︵ファルムス王国︶
備考: 小心者。強欲だが、最低限の領主の努めはこなす。54歳位
1248
名前: エドマリス
種族: 人間
称号: ファルムス王国国王
備考: テンペストが自国の利益を脅かす事を恐れ、侵攻を決意。
得られる利益に目が眩み、判断を誤った。
名前: ニコラウス・シュペルタス
種族: 人間
称号: 枢機卿︵神聖法皇国ルベリオス・西方聖教会︶
備考: 野心家。心の底から坂口日向を崇拝し、愛している。実は
サカグチ
美男子。32歳
ヒナタ
異世界人
名前: 坂口日向
種族: 人間
加護: 守護者の紋章
称号: 法皇直属近衛師団筆頭騎士
髪:黒 瞳:黒 肌:白黄
魔法: 神聖魔法,元素魔法,精霊魔法
召喚魔法,その他
技能: ユニークスキル﹃数学者﹄
ユニークスキル﹃簒奪者﹄
備考: 異世界人であり、聖騎士団長でもある。その強さは人間を
1249
凌駕し、他を圧倒する。
冷酷な合理主義者。丸眼鏡がチャームポイント。きつめの
美人さん。27歳。
名前: レイヒム
種族: 人間
ブラッドシャドウ
備考: ニコラウスがファルムス王国へと送った使者。
血影狂乱の一人。悲惨な末路を辿る。
<i76003|8371>
1250
084話 ファルムス王国の滅亡
暴風竜ヴェルドラ
の復活が確認されたのである。
その日、世界は再び恐怖した。
暴風竜ヴェルドラ
への対策で頭を悩ませ
西方聖教会の勢力下の国々に、その情報が速やかに伝えられたの
だ。
各国の王達は、再び
る事になる。
⋮⋮ただし、一部の国家では違った意味で頭を悩ませていた。
ファルムス王国、王城内の謁見の間。
その場所に在る玉座の上に、ある朝突然に放置されていたモノ。
それは、肉塊。
中央に王の顔を埋め込まれた、肉の塊だったのだ。
ソレは生きていた。虚ろな眼差しではあったが、意識もハッキリ
と保っていたのだ。
巡回の兵士が呻き声に気付き、発見したのが早朝の事である。
その兵士は王宮内でも立場が上の近衛兵だったのだが、その物体
を目にして恐怖による叫び声を上げる事を止める事は出来なかった。
余りにもおぞましい姿となっていて、それが自らが仕える主であ
る事にすら気付かなかったのも仕方ないのかも知れない。
だが、兵士の絶叫で駆け付けた近従と大臣は、それが自分達の主
の変わり果てた姿である事に気付いた。
そして⋮⋮、
1251
﹁余、余の下にビンがあるハズだ⋮⋮。それを飲ませてくれ⋮⋮﹂
力なく、うわ言の様に繰り返す王の言葉を理解する。
恐る恐る王の身体を持ち上げさせる。肉汁が糸を引き、悪臭が辺
りに立ち込めた。
恐怖に嘔吐する者。
腰を抜かす者。
オブジェ
それは、内蔵をそのままちぎってくっつけた様な歪な肉塊。
人の恐怖を根源から呼び覚ます、おぞましき姿形であった。
おぞましさに顔を引き攣らせつつも、意思の力で我慢して作業を
続ける。
王宮に残った魔術師達をかき集め、その肉塊が紛れも無く王本人
である事は確認済みだったのだ。
どの様な姿となっていても、それが王であるならば敬意を払わな
ければならない。
王の言葉に従ってその身体を持ち上げた下に、言われた通りに瓶
があった。
エリクサー
だが、これを飲ませてもよいものか? その不安から、魔術師に
鑑定を行わせた。
フルポーション
結果は⋮⋮。
完全回復薬。
飲めば身体の部位欠損すら完治すると言われる、蘇生薬に次ぐ伝
説級の回復薬であった。
その製法は失われ、ドワーフ族にも再現不可能と言われる霊薬で
ある。
魔術師達も、その薬を研究に使いたいという考えが脳裏に過ぎっ
たが、言葉に出す事は無い。
当然の事ながら、王を助けるにはその薬を使用する以外に手段は
無い事はよく理解していたのである。
1252
変化は劇的だった。
薬を飲むと同時に、王の身体は元の壮健な姿へと変貌したのだ。
慌てて近従が衣服を持ってやって来る。
それを身に付け一息つくと、王は緊急に御前会議を行う旨を告げ
た。
場は慌ただしくなり、会議の準備に向けて動き始める。
残った腹心の大臣達を見回し、王は、
﹁場所を変えよう⋮⋮何が起きたかを話す。会議が始まる前に、お
前達の意見が聞きたい﹂
そう、力なく告げたのだった。
王の話を聞き、大臣達は無言となる。
余りにも、信じられない内容だったのだ。
﹁お、王よ⋮⋮。今一度お尋ねします。本当に、全員死亡なのです
か?﹂
﹁全滅では無く、生き残った者が潰走した訳では無く⋮⋮本当に死
んだのですか?﹂
﹁補給部隊は後方に配置されていたのでしょう? それらは無事な
のでしょう?﹂
王は力なく首を振る。
その様子で全員死んだのだ、と否応なく理解させられる一同。
一人の大臣がその場で泣き崩れた。
補給部隊の安否を尋ねた者であり、この戦に初陣となる息子を送
り出していたのだ。
息子の配属先を危険な前線では無く後方へと配属するよう根回し
1253
までしたというのに、全ては無駄だったのだ。
そもそも、今回の戦は蹂躙する側だと思ったからこそ、彼は初陣
を認めたというのに⋮⋮
その様子を無感情に眺めつつ、王はそんな事を思い出す。
だが、その様な悲劇など所詮膨大な数の中の一つでしか無い。
今回の戦死者は1万5千名。
かつて例を見ない、余りにも莫大な数なのだから。
﹁王よ⋮⋮。本当なのですか? 相手がたった一体の魔物だったと
いうのは?﹂
比較的冷静な大臣が王に尋ねる。
王はその質問に頷き、
﹁本当だとも。そして、生き残ったのは余だけである﹂
再度、認めたく無い現実を突きつけた。
その後の拷問の様も、魔物達の様子も。
新たな魔王が誕生した事実も。
その魔王に、このファルムス王国が敵対してしまっているという
恐ろしい現実も。
大臣達は無言となる。
王の齎した話によれば、ファルムス王国は滅亡へ向かっているの
は間違いない。
だからこその御前会議であり、3日後に貴族達が揃うまでに方針
を定めておく必要があった。
そして王は、魔王から提示された三つの選択肢を語って聞かせる。
﹃さて、提案だ。ファルムスの王よ。
お前の採れる行動選択は三つある。
1254
一つ目は退位する事だ。戦争責任を取ってお前は王の座を降りろ。
当然だが、戦後賠償としてファルムスの領土の一部と星金貨1,
500枚を支払って貰う。
次の選択肢は、お前が王として我が国テンペストの軍門に下った
と宣言する事。
この場合、お前達ファルムス王国はテンペストの属国となる。
貴族達の反発も大きいだろうし、苦労する事になるだろう。
お前達の扱いは、属国となる事が決定してから協議し、決定され
る。
無条件降伏に近いが、生命と国民の財産は保証されるぞ。
最後の提案だが、これはオススメしない。
お前が貴族達を再び纏めて、我が国と戦争を継続する事だ。
これを選択した場合、その時点でお前の命は尽きる事になる。
お前は現世での苦しみから解放されるかも知れないが、守られる
のはお前の誇りだけ。
国民は飢え、長らく戦乱は続く事になるだろう。
どれを選択するのもお前の自由だ。
一週間程したら使者を向かわせる。
せいぜい良く考えて、返事をする事だ﹂
美しい少女の様な可憐な笑顔で、優しく微笑むようにそう述べた。
恐るべき魔王。
思い出しただけでも、身体の奥底から恐怖が込み上げて来る。
アレに歯向かおうなどと、二度と思う事は出来なかった。
王には尊厳よりも何よりも、その恐怖心故に二度と歯向かう気は
無いのだ。
肉塊にされ、自分の手足を食わされる日々。
1255
そんな恐怖を二度と味わいたくないという一心で、大臣達の言葉
に耳を傾ける。
﹁馬鹿な! 星金貨というと、金貨100枚に相当する。金貨で1
5万枚支払えと言うのか!
そのような大金を魔物へと支払える訳が無い。 断じて認められ
ませんぞ!﹂
﹁左様。しかも領土までも!
伯爵領辺りが狙われそうですが、魔物の領土と隣接するなど考え
られん!﹂
﹁だが、軍門に下るなど以ての外! 相手が約束を守り、国民に手
出しせぬという保証が無い﹂
﹁断固、徹底抗戦しかありますまい。我等が誇りにかけても、魔物
どもを駆逐してくれる!﹂
エドマリス王には、こういう流れになるのは判っていた。
ここに残った大臣達は、今だに現実が見えていないのだ。
自分が恐怖を味わった訳でもなく、自らが矢面に立って闘う訳で
も無いのだから。
安全な場所で、代わりに誰かを戦わせようとしているだけ。負け
た場合に責任を取る気も無いのだろう。
今まではそれでも良かった。
ファルムス王国は大国であり、周辺諸国の中では立場が上だった
のだから。
だが、今回はそういう訳にはいかない。何しろ、相手はたった一
人で一軍を滅ぼせる魔王なのだ。
﹁⋮⋮良いか、相手は魔王なのだ。
比喩や誇張では無く、一人で一軍に匹敵し圧倒する魔王なのだぞ。
誇りというなら、貴様が戦うのか? 余には既に誇りなど欠片も
1256
無いわ!
あの様な恐怖を二度も味わってたまるものか⋮⋮
発狂する事も許されぬのだぞ! 戦いたければ、貴様が戦えばよ
い、止めぬ!
魔物が信じられぬのなら、どうするのだ?
軍門に下るか、戦うか。
良いか、余は戦わぬぞ。既に、退位すると決めておる。
もういい、もう満足した。魔王に言われたのだ⋮⋮
﹃国の為と言うならば、相手国の事情を考えないというのは愚策だ
ぞ。
関わり方を変えていれば、良き隣人になれたかも知れないのだか
ら﹄
とな! 魔物に諭された。
ミュラー侯爵やヘルマン伯爵の言うとおりにしておれば、この様
な事にはならなかったのだ。
余が欲を出したのは、国民の為では無く自分の為であったという
事よ。
二度目は無いのだ、二度目は。
次に選択を間違えれば、災禍は余だけでは無く国民にも降り注ぐ。
余の名誉や誇りなど、最早どうでも良い。
せめて、国民にまで災禍が降り注ぐ事の無き方策を考えるのだ!﹂
王の魂からの絶叫に、大臣達は凍りつく。
計算高く、自らの利益を最優先していた王が、自らの過ちを認め
たのだから。
そして、その戦力の差を考えて絶望的な答えに行き着く。
確かに、王の言う通り勝てる見込みはまるで無いのだ。
1257
誇りだ何だと言い訳をして、自分達の権益を守ろうとしていた事
を痛烈に自覚させられた。
大臣達は王の前に跪く。そして⋮⋮、
﹁申し訳御座いません。より良き道を模索致します、この国の⋮⋮
民の為に﹂
一人の言葉に全員が頷き、平伏した。
エドマリス国王も小さく頷き、再び話し合いは進められる。
貴族達が集合する前に、ある程度の方針を決める必要があった。
貴族達を説得する必要がある。出来無ければ、この国は滅ぶのだ。
どうすればより良き事態になるのか、国民には何が幸せなのか。
王と大臣による話し合いは、いつ終わるとも知れずに続けられた
⋮⋮。
三日後。
貴族達が集合し、御前会議が開催された。
前回とは異なり、王や大臣達の表情に余裕は無く、真剣そのもの
である。
貴族達も異質な空気を感じ取り、緊張した面持ちであった。
その貴族達に告げられた王の言葉。
その一言が、貴族達へと混乱を齎す事になる。
﹁この国は、魔物達の国テンペストに敗北した。
故に責任を取り、余は、退位する﹂
最初に王が放った爆弾発言により、会議は紛糾する。
大臣より報告される調伏軍の惨状。
1258
生き残った者が、王一人であるという信じられない内容。
その賠償要求に応じるという王の判断に、批判が殺到する。
それは当然の話ではあった。
総人口3,000万の大国であるファルムス王国の、一年で国庫
に納められる税収が金貨500万枚相当額になる。
あくまでも税収のみの数字だが、賠償で請求された星金貨1,5
00枚は金貨15万枚相当。
年間税収の3%に相当する。
更に、領土を寄越せと言っているらしい。
貴族達は激怒し、王の責任を声高に追求する。
曰く、賠償金は王家が支払うべし。そして、領土の割譲は断固拒
否すべき、と。
貴族達の言い分も間違ってはいないのだ。
だが、貴族達は忘れている。
相手は、一軍を圧倒する魔王であるという事を。
あるいは、信じたくないだけなのかも知れないが⋮⋮
その事を指摘され、青褪める者もいれば、ふてぶてしく開き直る
者もいる。
エドマリス王の心配した通り、貴族達は纏まりを見せずに会議は
大荒れになった。
﹁王よ! 退位したとしても、その責任からは逃れられませぬぞ!
そもそも、ご自分だけお逃げになるつもりでは?﹂
﹁余が退位せぬならば、それは魔王の怒りに触れる事になるが、良
いのか?
また、余が退位せずに事を治めるには、属国になるしかないが構
わぬのか?﹂
﹁ぐ⋮⋮、しかし! 無抵抗で魔物の軍門に下る訳には!﹂
その様な遣り取りを何度も繰り返す。
1259
そしてその様子を眺める大臣達も、最初にこの事を王に告げられ
た時の自分達の対応を思いだし、顔を赤らめて溜息をつく。
エドマリス王は、確かに欲深かったが、強欲という程では無い。
また、愚王ではなく先を見通す目を持っていた。
この度の失敗も、元を辿れば自国の権益を守るという考えから発
した事なのだ。
全ての責任を王にのみ押し付ける事は、間違っている。それだけ
は許せる話では無い。
貴族達は自らの権益を守る事のみに固執し、ファルムス王国その
ものや、その国民達の生命と財産は眼中に無い事は明白だった。
ラファエル
結局、会議は物別れに終わった。
リムル︵というよりは、智慧之王︶の予測した通り、ファルムス
王国は王派と貴族派で争う事になる。
結果、ファルムス王国は滅亡した。
この後、魔王の怒りで滅んだ国として語り継がれていく事になる
のだ。
そんな中、ニドル・マイガム伯爵領にて一人の青年が決起し、新
たなる英雄として名声を高めて行く事になった。
志願兵が集まり、国民の財産を守り強欲な貴族達と戦う青年。
目端の効く者や思慮深い者達は、初期の段階で青年の陣営に参入
している。
青年の名は、ヨウム。
カリスマ
辺境警備隊の隊長として、周辺の村々の信望も厚く、本人の資質
たる魅力でもって、瞬く間に勢力を拡大していった。
常勝無敗。
纏まりの無い貴族軍など敵では無く、圧倒的な強さを見せ付けた。
1260
ミュラー侯爵やヘルマン伯爵と言った大貴族だけでは無く、王家
の生き残りの支援を受ける事が出来たのも大きい。
エドマリス王の息子であったエドガーも、まだ少年ながらヨウム
の参謀として活躍する事になる。
父であるエドマリス王は、退位と同時に処刑されている。
しかし、処刑台の上でギロチンが落ちた瞬間に、少女の笑い声が
響き渡った。
そして、首と胴が宙を漂い、天空の彼方へと飛び去ったのだ。
集団幻覚では無かったという証拠に、血痕だけが残されて死体が
消えていた。
この事は、歴史の表舞台からは抹消され、闇に葬られる事となっ
た。
後の世で議論される事になる、英雄王ヨウムの腹心であるマリウ
スという人物がエドマリス王にそっくりだったいう証言があるのだ
が、その真偽を判断出来る者は貴族達にはいなかった。
二年の歳月で、ヨウムは旧ファルムス王国の領土を全て平定する。
速やかな再統一が可能だった理由としては、後ろ盾としてドワー
フ王国やブルムンド王国が立った事が大きな要因として挙げられる。
だが、何よりも大きな理由。
それは、八星魔王の一柱たる魔王リムルが不可侵を宣言した事だ
ろう。
あくまでも、戦後賠償を支払うというヨウムを支持するという程
度の理由であったが、魔王の報復の恐怖に怯える者達にとって不可
侵宣言は大きな安心を齎す事になる。
。
こうして、魔王リムルと親交のある英雄ヨウムは、新たな国を興
ファルメナス
す事になった。
国の名を、
脅威により生まれた国という意味である。
初代国王にヨウムが就任し、名をヨウム=ファルメナスと改める。
1261
その傍らには、二人の魔人。そして、少年参謀と素性不明な壮年
の政治顧問。
あゆみ
信頼出来る仲間に支えられ、ヨウムは英雄への道を歩き始める。
新たな時代。
激動の時代へと向けて、その歩は止まらない。
1262
暴風竜ヴェルドラ
の復活。
085話 告げられる言葉
その事実を発表した西方聖教会内部でも、大きな混乱が発生して
いた。
トラブル
討伐に参加した者達より連絡が途絶えた事は、速やかに察知され
ている。
定時報告は絶対であり、これが為されぬという事は何らかの問題
が発生したという事である。
暴風竜ヴェルドラ
の復活という驚
報告を受けて、ヒナタはテンペストへの出陣を即座に決定した。
だが、そこに齎されたのが
くべき情報だったのだ。
出陣しようとしていたヒナタは、神聖法皇国ルベリオスの最高幹
七曜の老師
と呼ばれる大賢人たち。
部達に呼び出された。
一人一人が勇者クラスの超絶した存在であると言われており、勇
者の育成をも務める伝説級の人物達であった。
その存在は完璧に秘匿され、表に出る事は無い。
七曜の老師
について語られる事も無
伝説として、お伽話や物語に語られるのみである。
そして、ヒナタの口から
い。
当然の事だが、聖騎士達ですらその存在を知る者は居ないのだか
ら。
七曜の老師
の最後の弟子、それがヒナタなのだ。
何故ヒナタがその存在を知っているのかというと⋮⋮
1263
七曜の老師
は、各々が自分の後継者を育てていると言われ、
代替わりがいつなされたのか他の者にも判らぬらしい。
七曜の老師
の教える全ての術式と戦闘
だからこそ、全員が共通の弟子を持つ事は異例な出来事なのだ。
ヒナタは優秀だった。
その卓越した能力で、
技術を習得したのである。
ある意味、完成された芸術品とも呼べる存在が、ヒナタなのであ
った。
神聖法皇国ルベリオスにおいて、ヒナタに命令を下せる人物は少
ない。
トップ
逆に言うならば、全権力がヒナタに集中しているとも言えるのだ。
前任者よりこの職を受け継いで以来、ヒナタがこの国の頂点に君
臨しているのだから。
のみであり、ヒナタ
達である。
七曜の老師
七曜の老師
そんなヒナタに命令出来る人物。
その人物こそ、現法皇と
法皇に直接目通りが叶うのは
でさえ直接会った事が無い。
声すら聞いた事が無い程であった。
七
の復活である。
より直接念話による出頭命令が来た。
暴風竜ヴェルドラ
七曜の老師
しかいないと言えるのだ。
だからこそ、直接ヒナタに関与し命令出来る存在といえば、
曜の老師
今回は、その
そして告げられたのが、
テンペストへの出撃を決定し、軍備を整えていたヒナタは一旦そ
の命令を保留する。
その結果、リムル不在時にヒナタがテンペストを襲撃するという
事態は避けられたのである。
それは幸運だった。
もしもの話をするならば、リムル不在でヒナタの率いる聖騎士達
とテンペストの魔物達が衝突した場合、高い確率でヒナタの勝利に
1264
テンペスト
終わっていたのだから。
ともかく、魔物の国
は九死に一生を得たのである。
だが、その事がヒナタにとって失敗だったのかというと、そうで
も無い。
テンペスト
へと向かわせた使者である、レイヒムが
齎されたのは、情報だけでは無かったのだ。
魔物の国
帰って来たのだ。
だが、その姿は変わり果てていた。薄汚れ、ボロボロの布切れで
身体を隠していた。
目は怯えた様に周囲を見回し、忙しなく痙攣している。
余程の恐怖を味わった事を伺わせた。
聖騎士100名が控える大聖堂までレイヒムはやって来た。
ニコラウス枢機卿も大聖堂に姿を現し、レイヒムの報告を待つ。
大聖堂まで通されたレイヒムは、薄汚れた格好のままだった。着
替えるようにと言われたのだが、頑なに固辞したのだ。
そして、至急に伝えたい事があると言い張ったのである。
神聖法皇国ルベリオスの中央部に聳える聖教会。
その中心に位置する、大聖堂。
ここ神聖法皇国ルベリオスに於いて、法皇の間に続く最も神聖不
可侵な場所である。
その聖なる間にて、レイヒムは跪く。
そして、おどおどした様子で顔を上げ、ヒナタの姿を確認する。
ほんの少しの安堵。だが、より多くの絶望をその顔に浮かべなが
ら、立ち上がった。
レイヒムは、その薄汚れたボロ布を脱ぎ捨てる。
その下にあるモノを確認し、聖騎士達は顔を顰めた。
ヒナタも目を細めて、忌々しげな表情を浮かべる。
襤褸布で覆われていたレイヒムの身体が、衆目に晒されていた。
その身体には、無数の顔が埋め込まれていたのだ。
1265
まだ生きて、苦痛の声を漏らす者や諦めて絶望の表情で祈り続け
る者。気が触れたのか、ケタケタと笑いながら涎を垂らしている者
など⋮⋮
この聖なる間を冒涜するかの様な、悍ましい姿形と成り果ててい
た。
﹁まずは⋮⋮、この姿をご覧下さい。これが、魔物達の王の逆鱗に
触れた報いです⋮⋮。
私は、愚かでした。恐ろしい、余りにも恐ろしい者を相手にして
しまった。
あれは、魔王です。
我等の手で、新たなる魔王を誕生させてしまったのです!﹂
感情が高ぶったのか、レイヒムは目を血走らせて、声高に叫ぶよ
うに訴え始めた。
恐るべき魔王、その誕生までの一部始終を。
自らが行なった悪行も、包み隠さず報告する。
それは、命令されての事ではない。そうしなければならないとい
う、強迫観念に迫られていたのである。
少しでも苦しみから解放され、神に許される為に。
自らの罪を懺悔する必要があると考えたのだろう。だが⋮⋮、そ
んな程度で許されるハズは無いのだが⋮⋮。
魔王誕生の状況説明を聞くにつれて、聖騎士達にも動揺が走る。
その余りにも常識はずれな戦闘能力の高さに、驚きを禁じえない
のだ。
対魔結界や大規模範囲魔法専用の防御結界は愚か、聖なる結界ま
でも意味を為さない光の攻撃。
そんな魔法は聞いた事も無い。
障壁すらも貫通するその攻撃を前にすれば、自分達であっても対
1266
処出来ない可能性があった。
だが、ヒナタに動揺は無かった。
レイヒムの報告より推測し、太陽光線の収束による攻撃だろうと
予測したのである。
種さえ判明すれば、対策は簡単であった。
そのヒナタの余裕を感じさせる姿を横目で確認し、聖騎士達も落
ち着きを取り戻していく。
自分達の指揮者たる、ヒナタ=サカグチが恐れていないのならば、
自分達に敗北は無いのだ。
そうした確固たる信頼の念が、聖騎士達の自信に繋がっているの
だった。
アークデーモン
説明は続く。
上位魔将までもが出現したと聞き、再びざわめきが生じた。
アークデーモン
最早、無視する事は出来ない。
アークデーモン
魔王の種子を宿すに足る上位魔将の存在は、発見次第摘み取る必
要があるのだ。
能力に頼った生まれたての上位魔将であるならば、聖騎士が3名
もいれば勝利する事も可能だろう。
念の為、5名程で相手どれば負ける事は無いのだから。
アークデーモン
だが、長き年月を経て経験を積んだ者は始末に負えなくなる。
成長する前に叩く。これは、上位魔将が出現した際の鉄則となっ
ていた。
チーム
﹁ヒナタ様、これは由々しき事態です。私の班にて討伐致します。
許可を!﹂
﹁何なら、俺達も出ます。出撃許可を下さい!﹂
老齢な聖騎士の言葉に、若い騎士も同調する。他の者も自分の常
アークデーモン
識から鑑みて、反対する者は居ない。
何しろ、上位魔将の討伐は早い程良いとされるのだから。
1267
だが⋮⋮。
レイヒムの話は終わらない。
続きがあるのだ。
⋮⋮というよりも、ここからが本番と言っても良かった。
アークデーモン
聖騎士達はその事を知らない。
だからこそ、上位魔将の討伐等というどうでも良い内容を語れる
のだ。
アークデーモン
﹁お待ち下さい。上位魔将等、どうでも良いのです。
先程の光の魔法。それを受けて、我々は全滅したと申しました。
しかし、これは正確ではありません。
総数、1万5千名。この精鋭軍が、たった一体の魔物に為す術も
無く全滅した。
これは、本当に言葉通りの意味なのです。
軍事用語の全滅では無く、言葉通りの⋮⋮
皆殺しにされた、のです。これは、比喩では無くそのままの意味
なのです⋮⋮﹂
聖なる大聖堂が静寂に包まれた。
厳かな空気の中、誰も言葉を発する者は居ない。
1万5千名をたった一人で殺戮する魔物。そして、それはある伝
承を想起させる。
魔王
竜種
のみとされ
。大破壊を起こした者。
嘗て、たった一体で都市を滅ぼし魔王となった魔物達の伝承を。
正しく、言葉通りの意味での、
人の手に余る存在である、特S級の魔物は、
ている。
現在、たった3体しか残っておらず、1体は先程まで封印されて
いたのだ。
その3体を表向き特S級と呼称している。
だが、実際には魔王の中でも上位者である2体の者達は、特S級
1268
指定されても不思議では無い。
されていないのは、ただ単純な理由。
聖教会の発足前に暴れていて、現在は暴れておらず被害が確認さ
れていないから、というだけの理由だったのだ。
つまりは、現状で少しでも暴れるならば、特S級として認定され
るという事である。
確認されている強さでは、人の手で勝てる相手では無い。それが
特S級なのだから。
聖教会の前身が発足したのが、千数百年前と言われている。
ギィ・クリム
ミリム・ナーヴァは、裏事情では特S級指
暗黒皇帝
ロード・オブ・ダークネス
正統な系図を辿るならば、千二百年前まで辿れるのだ。
破壊の暴君
デストロイ
その頃、既に魔王として君臨していた
ゾンや
定されているのである。
他にも、真なる魔王へと覚醒している魔王もいると思われるが、
表立って大破壊を巻き起こした者は居なかった。
だからこそ、人々の不安を悪戯に煽らない為にも、表向きは魔王
は全てS級指定なのである。
人類の力を結集すれば対処可能だという区分け。
勇者不在の現在、人の手に負えないと宣言する訳にはいかないの
だ。
だというのに、今回の魔物は⋮。
どうやら魔王として初めて、表立って特S級指定を行う必要があ
るかも知れない。
重苦しい沈黙が続く。
と
真なる魔王
では、その存在に圧倒的な隔
それは、本当の意味での魔王の誕生を認めたくないという意思が
魔王種
生み出していた。
単なる
たりがあるのだ。
だが⋮⋮。
1269
﹁ふむ、何時までも沈黙していても仕方ないな。
で、レイヒム。貴様から見て、ヤツは覚醒したと思うのか?﹂
沈黙を破り、ヒナタが問いかけた。
対するレイヒムの答えは、
﹁はい。魔王への供物は、1万5千名の命で満たされたものと考え
ます⋮⋮﹂
という、間違え様も無い明確なものだった。
﹁そうか⋮⋮﹂
の討伐に向かわずに
へと進化しているのならば、兵力
テンペスト
ヒナタはそう呟き、思考を開始する。
状況が判らぬままに魔物の国
真なる魔王
済んだのは幸運だった。
相手が覚醒し、
の数は意味を為さなくなる。
精強な兵であったとしても、ある一定の強さに満たない者ならば
役には立たないのだ。
それは、討伐軍の惨状が証明している。
覚醒もしていない状態であったと考えられるのに、たった一体に
敗北しているのだから。
古来より魔王を倒すには、厳選された勇者と仲間達のパ−ティー
で対応すると決まっているのだ。
だとするならば⋮⋮
﹁私が出るしかないか﹂
1270
そう呟く。
相手が魔王ならば、自分が出るしか無いだろう。
無駄に犠牲者を増やすだけになるので、一般兵を連れ出しても意
味が無い。
少数精鋭。
或いは、聖騎士100名のみで勝負をかけるのが、最も勝つ確率
が高くなるだろうけれども。
ヒナタは更に思考を加速する。
その先の先の先まで。
完全なる勝利、それこそが大事なのだから。
そのヒナタの思考を邪魔するかの如く、突如レイヒムが苦しみ出
す。
そして、レイヒムの胸から生えた顔が突然声を発し始めた。
苦悶に満ちた表情が、次第に落ち着きを取り戻し⋮⋮
﹁あーあー、テステステス。聞こえますか?
︵既に繋がってますよ!︶
テンペスト
︵え? 繋がってるの? マジで?︶
⋮⋮まあいいっか。
ゴホン。
初めましてでいいのかな? 俺が魔物の国の主、リムルである
先に言っておくが、これはメッセージだ。
この使者に向かって話しかけても俺には伝わらないので、その積
もりでな﹂
そんな感じで喋り出した。
レイヒムに向かって剣を構えていた騎士達も、言葉を詰まらせる。
指摘を受けなければ話しかけていた所だった。
驚きに固まる聖騎士達。
1271
ヒナタは表情も変えずに、続きの言葉を待つ事にした。
内心では、様々な可能性を検討している。しかし、表情には一切
表れてはいなかった。
驚く程の自己コントロールにより、心の動きも支配しているので
ある。
﹁この使者だが、お気に召して貰えただろうか?
いい趣味してるだろ? 念の為に言っておくが、俺の趣味じゃな
い。
勘違いはしないで欲しい。
︵あの∼、私の趣味でも無いのですけど⋮⋮︶
︵うっさい、黙ってろ。相手にも聞こえてるかも知れないんだぞ
!︶
︵そうでした。危ない所でしたね︶
趣味の事はどうでもいいのだ。
話の本題に入る。今回の件、どう落とし前を付けるつもりなのか
問いたい。
言っておくが、先に手を出したのは其方だ。
証人もいるので、これは覆らないぞ。どうするつもりなのかな?
俺としては、其方の過ちを認め謝罪してくれるなら、今回の件は
許しても良い。
だが、魔物と馴れ合うのが嫌だと言い張り俺達を敵視するならば、
全力で相手をする事にする。
引かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で、相手をしてやるぞ。
︵え? 省みた方がいい場合もあるのでは?︶
︵だから、うっさいって言ってるだろ。聞こえたらどうする。俺
の威厳が無くなるだろ!︶
という訳だ。良く検討するがいい。
それと話は変わるけど、ヒナタはそこに居るだろ?
1272
このメッセージは、お前の波動を感知して流れる仕組みになって
いる。
それはいい。俺が言いたいのは、だ。
よくもこの前は話も聞かずに問答無用で攻撃を仕掛けて来やがっ
たな。
危うく死ぬ所だったぞ! だが、残念だったな。
俺は生き残った。
次も問答無用で向かって来るなら、その時は本気で相手してやる
よ。
だが⋮⋮。一度真面目に話し合いをしたい。
検討してみて欲しい。
ブラッドシャドウ
その結果、相容れないとなったら、その時はその時だ。
返事は、この使者に伝えさせてくれ。
この身体に埋め込んである生首達は、血影狂乱と言うらしいな。
こいつ等が俺の仲間を殺戮してくれた。許す事は出来ん。
なので、既に殺して、その首を埋め込んでいる。
この使者も既に死んでいる。不死性を持たせて、苦しみだけを与
えるようにしてあるのだ。
霊子崩壊
で消滅させてやる事だ。
ディスインティグレーション
伝言を持って俺の所まで来たら、楽にしてやるよ。
もし其方で処理するなら、
ワルプルギス
中途半端に殺そうとしたら、かえって苦しめるだけになるからそ
のつもりで。
どうせ、俺は今から魔王達の宴に向かう。
話し合いにしろ、決着を着けるにしろ、俺が生きて帰ってきてか
らの話だ。
恐らく、一週間は先になると思うから、それまでに検討し返事を
くれ。
じゃあな。いい返事を期待しているよ﹂
それだけ一方的に告げて、メッセージは終了した。
1273
聖騎士達は言葉も無く、彼等が信頼を寄せるヒナタへと視線を集
中させた。
ヒナタはその視線を受けても動じない。
今得た情報を、整理するのに忙しいのだ。
所々で会話をしている様な感じだったが、その事は置いておく。
霊子崩壊
を解析されたと思わ
ディスインティグレーション
ふざけた態度だと思うが、内容は馬鹿に出来なかった。
一番重要な事は、切り札である
れる点。
戦う事になった場合、相手に通用しない公算が高いと思われる。
そう思わせるハッタリかも知れないが、楽観はしない方が良さそ
うだ。
前回の戦いで、生存に気付かなかったのは最大の失敗だった。
ヒナタにしては珍しく、後悔の念が沸いていた。
他にも重要なのは、此方の情報を調べているという事。
魔物と馴れ合うの件は、明らかに聖教会の教義を知っていると考
えられる。
その上で尚、手を取り合う事を模索する気なのだろうか。
ヒナタからすれば、それは甘いと云わざるを得ない考え方だった。
そして、最後に。
あの、リムルという名の魔物。彼は、間違いなく嘘を言っていな
いのだろうという点。
前回の出会いの際に言っていた事、自分と同じ世界から来て、魔
物に転生したという話。
あれは⋮間違い無く本当の事なのだろう。
余りにも、言葉の使い方が自然すぎた。
あのニュアンスは、慣れ親しんだ懐かしい日本のもので間違いな
い。
1274
霊子崩壊
でレイヒムを消滅させた。
ディスインティグレーション
ヒナタは、いつの間にか閉じていた目を開く。
そして、躊躇わずに
リムルの言葉が本当ならば、早く殺してやる事こそが、レイヒム
にとっての救いなのだから。
そして、
﹁惑わされるな。教義は絶対だ。魔物の言葉に耳を傾ける必要は無
い!﹂
聖騎士達に向けて宣言する。
霊子崩壊
で消滅さ
ディスインティグレーション
自らの言葉に矛盾を感じているが、それを悟らせる事はしない。
魔物の言葉を無視するならば、レイヒムを
せる必要も無いのだ。
であり、聖騎士達を導く
信じたからこそ、言う通りにしたのだが、聖騎士達はその事には
法皇直属近衛師団筆頭騎士
気付かない。
彼女は、
者なのだ。
聖騎士団長として、彼等の模範と成らねばならないのだから。
毅然とした態度で聖騎士達を統率し、今の話の検討に入る。
︵さて、どうしたものかしら⋮⋮︶
今回は、勝てるという確信が持てない。
ヒナタは暗鬱たる気分に陥るが、その信念が揺らぐ事は無い。
難しい問題ではある。
しかしヒナタにとっては、いつもと同じように淡々と計算し、答
えを導くだけの話なのだ。
1275
085話 告げられる言葉︵後書き︶
またまた飲み会で、今帰宅。
投稿が遅くなりました。
1276
086話 暗躍する者
テンペスト
無事に魔王達に認められ、魔物の国へと帰って来た。
行きはともかく、帰りは空間移動で一瞬である。
帰ったら国が無くなっていた! という事は無く、皆元気そうで
安心した。
俺の命令通り、各々の部隊による警戒態勢を敷いているようであ
る。
より洗練され、周囲の安全にも寄与している感じであった。
ふと思ったが、この国は軍事的防衛面ではそこらの国々が相手に
ならないほど優秀なのではなかろうか。
何しろ、単なる兵士でさえほぼ全ての者がBランク相当なのだか
ら。
そこらの魔獣や妖魔では近寄っても来ないのだ。
この国周辺は治安が大幅に安定しているだろうが、ここから流れ
た魔物達がどこかに被害を齎さないか心配になった。
その辺の調査も行った方がいいかも知れない。
そんな事を考えつつ、ヴェルドラとシオンを引き連れて町に入っ
た。
俺が町に入ると、住民達や巡回の兵達が道の端により跪く。そう
ワルプルギス
して、一つの道が出来上がっていた。
俺が魔王達の宴に行っている間に練習したのか、一糸乱れぬ動き
であった。
一体何をしとるんだ、そう思っていると、道の先から幹部達がや
って来る。
そして、
﹁この度は、魔王襲名の儀、真に御目出度き事に御座います!
1277
何よりも、よくぞご無事でお戻り下されました!﹂
代表してリグルドが口上を述べた。
かなり恥ずかしい思いを味わう事になった。
毎回毎回、段々芸が細かく大げさになってくる。正直、嬉しいけ
ど恥ずかしい気持ちの方が大きい。
そして毎回の流れで宴になるのだが、今月は殆ど毎日宴なんじゃ
ないの? って程、毎週催し物を行っている。
まあいいか。
自分達の主が︵まあ俺なんだが︶、正式な魔王になったのだ。
祝いたい気持ちも判らなくも無い。人間にしてみたら真逆だろう
けどね。
そんなこんなで、懐かしき自分の棲家に戻るより先に、宴を催す
流れになったのだった。
町に戻った翌日、早速幹部会を開く。
その席で、ソウエイに町周辺の魔物達の動向を調査するように申
し付ける。
ソウエイは、﹁余り心配する必要は無くなるかも知れません﹂と
言いつつも了承してくれた。
心配する必要が無いとはどういう意味だろう? 共存出来るとい
う意味かな。
まあ、共存出来るのならそれがいい。
知恵無き魔物は排除でいいのだ。何しろ、この国は妖気の大きな
者が多いので、妖魔の発生率も上昇しているだろうから。
問題として、人間の商隊が安全に行動出来るように街道は整備は
勿論、安全確保しなければならない。
そうした、弱い妖魔でも人間には脅威だ。なのでそういった魔物
1278
の排除も考慮する必要があるのである。
そうした俺の心配に対し、
﹁でしたら、街道に対魔結界を施してはどうでしょう?﹂
と、ベスターが提案する。
それを後押しするかのように、
﹁旦那、完成したぜ。結界発動の試作型魔法具がな!﹂
ニンマリとした笑みを浮かべてカイジンが言った。
マジかよ。
おっさん達、凄すぎるだろ。
何やらコソコソと開発してるのは知ってたけど、この前の結界騒
動の時に役立てなかったのが悔しかったようだ。
だけど、一月も掛からずに試作型って、ひょっとして天才か?
カイジン&ベスターに、ガビルを加えて色々と開発を行っていた。
カイジンなど、最早鍛治はクロベエに任せて、自らは研究に明け
テンペスト
暮れる日々を過ごしている。
まあ、魔物の国の開発関係の総責任者を兼任しているので研究ば
かりは出来ないだろうけど。
話を聞くと、ここら一帯はかなりの濃度の魔素が集まりやすくな
っている。何しろ、抑えていても結構妖気を漂わすのだ。
普通の洞窟内でもB+ランク相当が大量に沸く場所は結構魔素濃
度が濃くなる。それから考えるなら、この国は異常なレベルと言う
訳だ。
を生み出す仕組みを解析していたらしい。
魔晶石
を獲得出
そういう理由もあり、以前から大気中の魔素を取り込み魔物が
魔晶石
大気中の魔素濃度を薄めると同時に、大量の
来る。
1279
魔素濃度が少なくなると、魔物や妖魔の発生率も少なくなるので、
大量発生を心配する事も無くなるのだ。
実に素晴らしい発明である。
魔晶石
を
この国の特性にマッチして、必要不可欠な仕組みになりそうだ。
そしてその開発は更なる発展を見せ、出来上がった
燃料としての利用する方法と、魔石へと加工する方法とを発見した
そうだ。
俺がイングラシア王国で大量に購入してきた魔石が多いに役立っ
たらしい。
まあ、魔石への加工を効率化するには、大型の装置が必要になる
と以前聞いた覚えがあるが、実際にとても難易度が高い作業となる
そうだ。
魔晶石
をそのまま燃料として用いるのは、意外に簡単
方法は解明したが、実用化には時間がかかりそうである。
一方、
だったようだ。
魔石と違って更に魔素を濃縮し純度を高める必要が無い事が、簡
単であった理由らしい。
に魔素を集約する機能を埋め込ん
で、今回開発したのが、魔鋼の板に結界の魔方陣を刻んだモノを
魔晶石
埋め込んだ石版である。
この石版には、人工
であり、魔方陣への魔力供給を行う仕組み。
大きさは、一辺1mの正方形。厚みが50cm程度と結構大きい。
重量も当然かなりのモノであり、動かすのはかなり大変そうであ
る。
だが、これを一度設置してしまえば、周囲の魔素を吸収し結界を
維持する動力を半永久的に維持出来るとの事。
結界君
を街道の1
結界の種類は、魔鋼の板に刻む魔方陣を変えればいいだけなので、
かなり使い勝手が良いものであった。
この簡易設置型魔方陣発動装置、名付けて
0km地点毎に設置しておくと、その辺り一帯の安全確保が可能と
1280
なりそうだ。
結界の発動範囲を街道に沿うように調整するのが一番苦労したと
の事。
この装置の作成には、ベスターやカイジンだけではなく、シュナ
やクロベエといった製作組全ての知恵が結集されていた。
一月で作成したのでは無く、今まで培った技術の集大成だったよ
うだ。
ちょっと感動してしまったよ。
早速許可を出し、街道への設置工程が予定に組み込まれる。
テンペスト
ソウエイへの命令も変更し、この装置の設置の影響調査も追加し
た。
こうして、着々と魔物の国を交易の要へと発展させるべく行動を
進めるのだった。
続いて、近況報告を受ける。
本当は先に報告を受けるべきなのだろうけど、ついつい思いつい
た事を口走ってしまい順番が狂ったのだ。
今後はもっと落ち着きたいものだ。
周囲の状況に変化は無く、目だった動きを見せる国も無いとの事。
ヨウム達の状況は掴んでいる。開放した王様も、此方の意に添う
ように動いてくれているようだ。
王としての経験が無いヨウムが、貴族相手に交渉など無理だと思
う。なので、あの王様が俺の意に添うようなら、仲間にして利用し
て見るのも面白いかも知れない。
仲間になってくれるなら、きっとヨウムの役に立つだろうしな。
近況報告を受けながら、俺はその事を心のメモに書き込んだのだ
った。
幹部会で、近況の報告もひと段落した。 俺の心配事も皆の隠れた努力により即座に解決した事だし、何か
1281
他に問題が無いか聞いてみる。
﹁問題という程では無いのですが、同族達にもリムル様の魔王襲名
を知らせたいのです。
ハイオーク
転移術の練習がてら、久々に各村々を巡って来たいのですが宜し
いですか?﹂
ゲルドが挙手し、そう述べた。
そういや、最近は街道工事ばかりで、猪人族の村々がどうなった
か気になっているのだろう。
流石に食糧事情が改善されたのは報告を受けているが、その後は
ほったらかしであった。
俺は許可を与える。ついでに、
﹁そうそう。言ってなかったけど、俺の支配範囲とやらがジュラの
大森林一帯になったぞ。
だから、無いと思うけど侵略された場合は迎撃しないといけない。
後、領地だと宣言するのはどうやったらいいんだろ? ほっとい
ていいのかな?﹂
その言葉で、幹部達が一斉に俺を見てきた。
あれ? 何か不味かった?
﹁えっと⋮⋮。全域、ですか? 本当に?﹂
おそるおそるといった感じに、リグルドが聞いてきた。
トレント
﹁おいおい、マジかよ。ここは不可侵領域指定されていたんだぞ。
エルフ
樹人族達は面識あるし、基本動かないから大丈夫だろうけど⋮⋮
耳長族の隠里の連中はどういう反応を見せるかが問題だな﹂
1282
と、ベニマル。
﹁いやいや、こっちは問題でもないだろうさ。
だが、相手にしてみれば大問題だぞ。
何せ、森の資源の権利が全てリムルの旦那にあると、魔王達に承
認されたって事だろうよ。
こいつは凄い事だぞ。
今までは町や村の開拓にしろ、資源の採取なんかも暗黙に行われ
てた。
俺達もやってた事だし、許可貰ってないのは一緒だよ。許可取る
必要が無かったんだから。
だが、今後は森に住むにはリムルの旦那の許可が要るって事にな
る。
さっきのエルフにしろ、隠里に住んでいてもそれは変わらない。
魔王リムルに許可を貰いに来る立場になってるんだ。
こいつは大事になるぜ?﹂
大興奮してカイジンがそんな事を言い出す。
言われてみれば、今までは住むのに許可は要らなかった。
﹁だが、どうなんだ? 既に住んでるのに、今更許可を求めるのか
?﹂
と俺が聞くと、
﹁いやいや、魔王に守護して貰うか、魔王を認めずに勝手に生きる
か。
当然、判断は自由でしょう。
しかし、それは攻められても文句を言えない行為になりますよ。
1283
少なくとも、我等であれば挨拶に赴いた。親父にも伝えておきま
す!﹂
と、慌てたようにガビル。
何だか大事になりそうな予感。
気楽そうなヴェルドラはともかく、何故か鼻高々なシオンを見や
る。
こういう大事になるなら、先に教えてくれよと思ったのだが⋮⋮、
シオンがそんな事に気付く訳が無かったな。
ついでに、シオン、別にお前の頑張りでここの領土を得た訳では
無いのだけどね。
本当、秘書にピッタリの出来る女という外面に似合わず、まった
く出来ない女だよ。
心から残念すぎる。
﹁フフン! リムル様ならば当然の事です!﹂
などと、意味不明な事を自慢気に言い出したシオンは、放置でい
いだろう。
結局、要約すると魔王の庇護を得るには、挨拶に来るのが普通と
言う事。
これからジュラの大森林の調査を行い、どれだけの知恵ある種族
が暮らしているのか調べるそうだ。
せっかく街道整備に目処が付いてきたのに、忙しいのは変わらな
いようだ。
まあ、魔導王朝サリオン方面へも街道設置が残っているし、仕事
はまだまだ大量にあるんだけどね。
リグルドも、恐らく来ると思われる各種族の来訪に備えて、町の
住民への指導と準備を行うという事で話は纏まった。
やはり、魔王になったら何か面倒な事があるのでは無いかと思っ
1284
ていたが、案の定だったようである。
幹部会を終えようとして、何か忘れていたのを思い出した。
そうだ、ヒナタに送った返事はまだ来ていないのだろうか?
﹁ところで、西方聖教会に送り帰した使者は、無事に届けたのだろ?
返事はまだ来てないのか?﹂
その質問に、
﹁クフフフフ。我が主よ、勿論無事に届けております﹂
﹁いや、町の周囲の警戒も万全だし、不審者は見かけていない。
まだ、返事は来ていないぞ﹂
届けた事をディアブロが保証し、返事はまだだとベニマルが答え
た。
という事は、まだ検討してるのかも知れない。
ヒナタと戦う事になるのは余り考えたくは無いのだが、相手次第
だ。
今ならば負けるとは思わないが、決して油断していい相手では無
い。
本当、無理だと思うけど、向こうから謝罪してくれれば良いのだ
けどね。
早く国の発展だけ考えていられるようになりたいものである。
こうして、魔王になってもいつもと変わらぬ感じに問題点の確認
を終え、幹部会は終了した。
1285
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
魔王
で
誰も知らぬ常夜の国の奥深い場所にある玄室へ向けて、銀髪の美
しい少女が静々と進む。
少女の名は、ルミナス・バレンタイン。
クイーン・オブ・ナイトメア
この常夜の国の支配者であり、夜魔之女王と呼ばれる
ある。
こおり
ルミナスの膨大な魔力にて結界に閉ざされた玄室の中には、ルミ
ナスの愛する少女の眠る聖霊力の棺がある。
この玄室へ辿り着く事が可能な者も限られるが、ルミナスの魔力
結界を解除出来る者など存在しない、筈だった⋮⋮。
ルミナスは高鳴る胸の鼓動を抑えつけ、愛する少女を思いながら
玄室へと足を踏み入れる。
入った瞬間に異変に気付いた。
静謐な空気が乱れており、ルミナスの愛する少女と異なる人間の
匂いがしたのである。
それは微かなものであったが、吸血鬼たる彼女の鼻を誤魔化す事
は出来なかった。
こおり
だが、そんな些細な事よりも重要な事に⋮⋮
玄室の中に大切に隠されていた、聖霊力の棺が消失していたのだ。
最初戸惑い、現実を認められずに混乱する。
魔王たるルミナスにとっても、これは起こり得ぬ筈の出来事だっ
たのだ。
1286
だが、冷静な部分でルミナスの思考が再開され、現実を認識する。
いくら感情的に認めたくない事だとしても、冷静な思考が現実を
こおり
突きつけるのだ。
聖霊力の棺が盗まれたのだ、という現実を。
やがて、込み上げてくる怒りの感情そのままに⋮⋮
ルミナスは怒りの咆哮を上げながら、その秘めたる魔力を解き放
つ。
瞬時に玄室が破壊され、周囲を混沌たる魔力の渦で満たしていく。
何人も近寄る事も出来ない、死の空間が形成されていた。
その怒りの感情とは別に、冷静な思考が状況を分析する。
この玄室にかけた結界は彼女にしか解けない。
いや、正確には⋮彼女クラス、つまりは魔王クラスの者にしか解
けないのだ。
こおり
であるならば、ここに進入した者は魔王に匹敵する実力者である
という事。
こおり
そして、この場所にある聖霊力の棺の事を知りえる人物。
それは、聖霊力の棺にて眠る者が何者なのかを知っているという
事。
でなければ、ここに入る意味は無いのだ。
ワルプルギス
そして、ここに進入してもルミナスがいては目的を達成出来ない。
だからこそ機会を窺っていたのだろうが、だとすれば魔王達の宴
が開催される事を知っていた事になる。
知らずに進入し、たまたまルミナスが不在だった等という都合の
良い話は考えられないのだ。
だとすれば⋮犯人は⋮⋮。
ルミナスは考える。
自分を除く7名の魔王、更に元魔王である2名に犯人はいるのか
⋮⋮。
一人一人の性格と現状を鑑みて、犯人と思える者は居ないように
思えた。
1287
だが。
﹁まてよ⋮⋮。一人忘れていたわ﹂
そう呟く。
それは、既に死んだ魔王。
名をクレイマン。
小物過ぎて、記憶から消えかけていたのだ。
呪術王
カースロード
カザリームが復活したとか言っていた。
だが、ヤツは死の間際、何と言っていた?
確か⋮⋮、
ワルプルギス
現魔王では無く、魔王に匹敵する能力を持つ者。
こおり
そして、カザリームならばクレイマンを通じて魔王達の宴の開催
を知りうる立場にいる。
というよりも⋮⋮寧ろ、カザリームの目的は聖霊力の棺だったの
ならば⋮⋮
ワルプルギス
﹁クレイマンに命じて魔王達の宴の開催を指示し、その隙に棺を奪
った⋮⋮?﹂
ワルプルギス
魔王達の宴の開催の名目は何でも良かったのだ。
クレイマンを操り、新参者への討伐が成ればそれはそれで良い。
本当の目的を達成出来るならば、それ以外はオマケでしか無かっ
たのではないのか?
ルミナスの表情が、怒りと屈辱にて真赤に染まる。
自分の導き出した推測が、ほぼ間違いないだろうという確信があ
る。
愛する者を奪われた怒りと、魔王たる自分が出し抜かれた怒り。
自分以外の者に触れさせたくないが為に、防備に配下をつけなか
った事も悔やまれた。
1288
もっとも、配下がいても無駄だった可能性はあるけれども。
どちらにせよ⋮⋮
﹁許さんぞ、絶対に許さん。見つけ出して八つ裂きにしてやる!﹂
仄暗い地下の玄室跡地にて、銀髪の美少女は絶叫し、その暴威を
振るい続ける。
その怒りは、かつてヴェルドラに自分の王国を灰にされた時の比
では無く、魔王である少女の心をかき乱す。
アルティメットスキル
アスモデウス
そして、その満たされる事の無かった欲望が、とある変化をルミ
ナスに齎した。
ラスト
︽確認しました。条件を満たしました。
が響くが、ルミナスは反応しない。
ユニークスキル﹃色欲者﹄が究極能力﹃色欲之王﹄へと進化しま
︾
世界の声
した
そして、
生と死
である。
﹁どうでもいいんだよ! そんな事⋮⋮、どうでもいいんだよ!!
!﹂
絶叫。
進化した能力の司るモノ、それは
ここが、生きる者のいない死者の都であったことは幸運であろう。
常夜の国の奥深い場所にて、銀髪の美しい魔王の絶叫はいつ終わ
るとも無く響き渡るのだった。
1289
087話 聖なる都
穏やかな光に包まれた都。
神聖なる結界に守られた、聖なる都。
その結界は、長き年月を経て研究され改善されてきた最高レベル
の守護結界である。
その結界は、あらゆる外敵の侵入を防ぎ、この都を千年守り続け
ている。
都市に住む住民の祈りの具現化された姿なのである。
太陽の光すら遮断し、結界内部の光量の調節まで自動で管理する。
昼間は光量が多く、夜は薄暗くなるのだ。
結界内部の気温は年間を通してほぼ一定に保たれて、夏でも涼し
く冬は暖かい。
区分けされた農地で、季節ごとの作物がどの時期でも収穫可能に
なっている。
国民が飢える事の無い理想郷。
全ての子供達に一定レベルの教育が施され、全ての国民に仕事が
与えられて。
ルベリオス
の
完全なる調和を実現した、法の管理の元に実現されたこの世の楽
園。
神聖法皇国ルベリオス、その首都たる聖なる都
姿である。
ヒナタは大聖堂へと続く道を歩いていく。
穏やかな暖かさに包まれ、厳粛な空気が和らぐ様な気持ちになる。
この国は豊かだ。
誰も飢える者はおらず、道端に物乞いもいない。
誰もが各々に適した仕事と役割を与えられて、その努めを全うし
1290
ている。
鐘の音とともに起き出し、日が落ちると眠りにつく。
有能な者の働きで、劣った者の補佐を行う。そして齎される調和
により、国民は皆一様に幸福な生活を保証されているのだ。
神の名の下に与えられる、平等なる理想的な社会。その実現が、
目の前に広がる聖なる都であった。
ヒナタはすれ違う人々の表情を観察する。
皆一様に笑顔を浮かべ、穏やかな表情をしていた。 だが、この都にいるといつも違和感を感じるのだ。
ルベリオス
は転移門により行き来は一瞬で可能で
イングラシア王国の西方聖教会の本部建物と、ここ神聖法皇国ル
ベリオス首都
ある。
大規模な魔術回路にて繋げられた二つの都市。
評議会本部や自由組合本部の存在するイングラシア王国の王都は、
文明の最先端の技術が集約する都である。
そのイングラシア王国に聖教会の教義を布教するに当たって、こ
の二つの都市の行き来を簡単に行えるようにする事は最優先事項で
あったのだ。
イングラシア王国の転移術と神聖法皇国ルベリオスの結界術の交
換が行われ、お互いの都市が結ばれたのは、実に600年も前の事
だと言う。
その御蔭で、この聖地では無く、イングラシア王国に西方聖教会
の本部を設置する事が可能となったのだ。
ヒナタにとってこの聖地は理想の都であり、イングラシア王国ひ
いては全国家を争いの無い平等な社会にする事が、壮大なる理念と
なっているのだ。
弱者が強者に食いものにされる事の無い社会、それこそがヒナタ
の目指す社会なのである。
だが、イングラシア王国と神聖法皇国ルベリオスでは、その様相
は余りにも違い過ぎた。
1291
その事が、毎回ヒナタに違和感を与えているのである。
自由な都イングラシア、調和のとれたルベリオス。正に、相反す
る性質を持つ国家なのだ。
その違和感をもっとも強く感じるのは、子供達の顔である。
大聖堂に隣接して建設されている教育施設から、子供達の声が聞
こえている。
授業に遅れそうなのか、数名の子供達が廊下を走って建物へと向
かっていた。
足の早い者が足の遅い者の手を引いて。
よく見る光景であり、そこに問題は無いように思える。なのに、
ヒナタは違和感を感じるのだ。
例えば、イングラシアではどうだったか?
丁度、イングラシアの聖教会に隣接して学校があった。
そこでも子供達が遊んでいる光景を目にしている。その時はどう
だっただろう?
朝の光景だったが、遅刻しそうな子供が門を潜り抜け笑顔を浮か
べる。足の遅い者は間に合わず教師の説教を受けるハメになる。
その時、間に合った者は足の遅い子をからかって、自分は得意げ
な表情を浮かべていた。
もし、ルベリオスの子供達の様に手を繋いで走っていたら?
間違いなく、全員間に合わずに教師に怒られる事になっていただ
ろう。
当然、もっと早起きしたら済む話なのだ。
比べるのも間違っている、本当に些細な事なのである。
なのに、どうしてもヒナタの感じる違和感は消える素振りを見せ
なかった。
何が違うのか?
足の早い子が優しくない? いや違う。
その子は、遅れた子をからかってはいたが、馬鹿にしたり見下し
たりはしていなかった。
1292
何より、遅れた子もバツが悪そうに笑っていたのだ。
教師に怒られつつも、楽しそうだった。
では、ここルベリオスではどうなのか?
駆けて行く子供達は、皆一様に同じような表情をしている。
穏やかな笑顔。
大人達と同じような、満たされた表情。
リムル
その表情が、どこか諦めた様子を感じさせ、ヒナタは不快になる。
そんな思いに捕らわれたのは、あのスライムが子供がどうとか言
っていたからだ。
に待つ自分の師である
七曜の老師
に会
つまらぬ戯言を気にしすぎて、ついつい意味無き思考回路に陥っ
ていたようだ。
奥の院
ヒナタは頭を振り、思考を切り替える。
大聖堂の先
テンペスト
う時に、無様な様子を見せる訳にはいかないのだ。
に今一度面会を申し込んだのだ
前回、ヴェルドラ復活を知らせてくれた後、魔物の国から帰還し
七曜の老師
た使者から報告を受けた。
その結果を受けて
が、何らかの用事があったらしく会えなかったのである。
七曜の老師
が7名揃っているのも初めて見たか
結果、申し込んでから一週間経っていた。
そう言えば、
も知れない。ふと、どうでも良い事に気付いた。
前回、ヴェルドラ復活を告げた際に、7名揃っているのを初めて
目にしたのである。
それ以前は一人に師事し、合格すると次の者に師事をしていた。
そして、弟子として卒業してからも、命令を受ける際に7名揃う
のを見る事は無かったのである。
最大、6名までしか揃う事は無い。
そういう不思議な方々なのであった。
ヒナタには伺い知れぬ用事で、世界を飛び回っていたのだろう。
1293
だとするならば、ヴェルドラ復活というのは想像を絶する大事で
あるのだろう。
直接ヴェルドラの暴威を知らぬヒナタにとって、その報は然程の
驚きを感じなかったのだが、世界の国々の反応を見るに大変な事な
テンペスト
のだろうと想像出来た。
魔物の国への対応を一旦保留したのは正解だったようだ。
だが、人間の勢力圏にもっとも近い位置に棲家を持つ魔王は、野
放しには出来ないだろう。
危険な魔物達も確認されている以上、討伐は急務であった。
だが、間違いなく同郷の者が転生したらしい魔物である彼、本当
に倒すべき邪悪なのだろうか?
教義が絶対なものであるならば、悩むまでも無く魔物は邪悪な存
在なのだ。
なのに、何故自分は迷っているのか⋮⋮
というよりも。
︵そうか、私は迷っていたのか⋮⋮︶
その事に、ようやく自覚するヒナタ。
迷う等、自分らしくない。自嘲するが、逆に心が軽くなる。
争いの無い平等な社会を創りだす事
こそが、彼女の生きる目
そう、自分も迷う事があると気付けたから。
的である。
親に捨てられる子を無くし、皆が幸福に生きる事を許される世界。
それは、理想論であり現実的では無いかも知れない。そう諦めか
けていたヒナタの前に、聖教会の姿は理想そのものに映った。
それ以降、ヒナタは教義は絶対なものであると疑う事も無く、合
理的に全力で布教に務めて来たのだ。
宗教に縋るしか無かった母親とは違い、自分は教義を守護する立
場なのだ。
その事が、ヒナタの自信の源。
神の存在等信じてはいないが、利用出来るならば認めてやればい
1294
い。
重要なのは、目的を達成する事なのだから。
西方聖教会に所属してから今まで、迷う事なく突き進んできた。
今初めて、教義と自分の考えに矛盾する問題が生じたのだ。
その事も踏まえて、師匠達に相談したかったという事なのだろう。
ヒナタは納得し、いつの間にか辿り着いていた大聖堂の奥にある
扉の前に立つ。
七曜の老師
の住まう
奥の院
ヒナタは迷う事無く扉に手をかけて、堂々と中へと入っていった。
この先には、ヒナタの師である
があるのだ。
奥の院に足を踏み入れると、空気が変質したのを感じる。
ここは、法皇を守る為の絶対防衛の間である。
この院を抜けた先が、神聖不可侵にして許可無き者の立ち入りを
許されぬ、法皇の住まう場所なのだ。
ヒナタは気負いも無く通路を進んだ。
山道を歩き、中腹にある屋敷に赴く。ここが、師との面会場所な
のである。
ヒナタが到着すると、既に4名の者が座していた。
七曜を司る者達、その内の4名。
﹁お待たせ致しました。本日は、面会を許可して頂き、有り難く存
じます﹂
ヒナタは跪き、挨拶を行う。
それに目を遣り、鷹揚に頷く4名の者。
その表情は仮面に隠され、窺う事が出来ない。
1295
﹁まずは寛ぐがいい。畏まらなくとも良いぞ﹂
﹁よく来たな、ヒナタよ。ヴェルドラへの対策の事か?﹂
﹁浮かぬ顔だな、あの邪竜が暴れるのは天災ぞ。人に対処する術な
ど無いのだ﹂
﹁悩む事はあるまい?﹂
そう声がかけられる。
相変わらず、誰が喋っているのかも判らぬ感じであり、一人が喋
っているのかも知れないと思わせる。
そうした不思議な者達。
この師匠達でさえ、ヴェルドラには手出し無用と言い放ったのだ。
ヴェルドラ
だが、それは教義に反するのでは?
そう問うヒナタに、﹃竜種は魔物であって、魔物では無い﹄と返
事が返ってきた。
竜種とは、聖霊の一種であり、その本質はエネルギーの塊である
そうだ。
故に、手出ししても倒す事は至難。
更にこうも言ったのだ。
﹁かの邪竜は、最近誕生した魔王と組んだようだ﹂
﹁左様。その魔王もファルムスの軍勢を皆殺しにした﹂
﹁たった一体でその様な事が為せるとは考えられぬ﹂
﹁邪竜と魔王が手を組んだ以上、慎重に行動せねば、人類は滅ぶぞ﹂
現在、人の手に余る故に手出しする事は被害の拡大にしかならな
いという。
だが、その様な事は許されない。
相手が強いからと暴虐を許す等、悩む迄も無く間違っている。
ヒナタは顔を上げ、師匠達を見つめ返す。
そして、
1296
﹁恐れながら、申し上げます。私は逃げません。
ヴェルドラであろうが、魔王であろうが、勝利して見せます﹂
はっきりと言い切った。
同郷の魔王だからと、一瞬でも会話が可能なのではと考えた自分
が許せない。
先に此方が手出ししたと言っていたが、それは魔王を恐れるが故
の事なのかも知れない。
人の心は弱い。だからこそ、恐怖で正常な判断が下せない事も有
り得るのだ。
何よりも。
好きに暴れるだけの魔物など論外であった。
悩むまでも無く、邪悪なら滅ぼせば良いのだ。
﹁自惚れるな、ヒナタよ。あの邪竜にはいかなる攻撃も通用しない﹂
﹁勇者でさえ、封印するしか手段が無かったのだぞ!﹂
﹁お前の持つ攻撃手段では、恐らくダメージを与える事も出来なか
ろう﹂
﹁相手を怒らせるのがオチだぞ。それでも倒すと言うのか?﹂
だが、ヒナタは揺るがない。 倒す必要があるならば、倒すだけだ。
﹁本日は、お願いがあってやって参りました﹂
老師達の問に答えず、ヒナタは要件を切り出した。
本当は、同郷と思われる者の魔物への転生についての相談も行い
たかったのだが、ヴェルドラと手を組みファルムス軍を虐殺したと
いう話を聞き覚悟が決まってしまった。
1297
やはり、人と魔物は相容れない。害を為す前に、滅するべきなの
だ。
自分の心の迷いが晴れ、穏やかな気持ちになる。
そして、静かに続けた。
﹁聖霊武装の使用許可を、承認して頂きたい﹂
そして、静かに返事を待つ。
老師達も動きを止め、暫しの静寂が訪れた。
いつしか、笑い声が周囲に響いいていた。
﹃ふふふ、ふははははは!!!﹄
ヒナタは動じない。
ただ静かに返事を待つ。
﹁本気なのだな﹂
﹁良かろう、貴様の覚悟見せて貰った﹂
勇者
ヒナタよ。お前に聖霊武装の使用を許可
﹁倒せるかも知れぬな、お前なら﹂
﹁許そう、今代の
しよう!﹂
聖霊武装。
それは、勇者にのみ使用を許された聖教会の秘する対魔兵器。
対竜対魔の武装であり、聖霊に愛される勇者にしか使用出来ない。
ヒナタは聖霊に愛される特異体質である。
だが、武を極めても尚、自ら勇者を名乗る事は無かった。
自らの高き能力で敵を圧倒出来るが故に、聖霊武装など必要無か
ったというのも理由の一つなのだが⋮⋮
実際は違う。
1298
せんせい
ヒナタにとって勇者とは、最初の師匠である井沢静江に聞かされ
た人物の事であった。
圧倒的な強さと、優しさを兼ね備えた人物。
そこにいるだけで、人々に勇気と希望を与える事の出来る者。
ヒナタは理解している。
冷酷で感情の希薄な自分に、他者の希望になれる器量は無い事を。
だが、今やっと確信した。
やはり、自分は魔物の存在を許す事は出来ない事を。
そして、人々に勇気を与えられなくても、人々の希望になれない
のだとしても⋮人々の敵を討ち滅ぼす剣には成れるのだ、と。
その事が正しいとは思わないが、人々の住む町を理由も無く滅ぼ
す魔物は存在を許してはいけない。
かくして、ヒナタは勇者を名乗る事になる。
手に取ったのは、一振りの大剣。
通常の大剣より大きい。重さで言うならば、大男が持って振り回
すのだとしても無理があった。
人体の構造上、その重量でダメージを受ける事になる。
レイピア
重量上げの選手でも、持ち上げる事さえ出来ぬだろう代物なのだ。
細剣を愛用している事からも明白な通り、ヒナタの筋力は然程で
は無い。
速度により相手を翻弄するのが、ヒナタの戦闘スタイルなのであ
る。
いくら、最強の対魔の武器であるとは言え、これは余りにもヒナ
タに似つかわしくない装備に思える。
だが、ヒナタは躊躇う事なくその大剣に手を伸ばし、軽々と片手
で持ち上げた。
軽く素振りを行い、具合を確かめる。
剣の先端は音速に達する程の速度を出し、大剣が自由自在に振り
回された。
それは、剣舞を見るかの如く、綺麗な動作であった。
1299
問題は何も無い。
それは、筋力によるものでは無いのだ。巨人族ならいざ知らず、
筋力でこの剣を操る事は出来ない。
ヒナタが行ったのは、﹃重量操作﹄に﹃慣性操作﹄の平行使用。
どれほどの重さの武器であれ、重量はゼロに抑えられる。
そして、敵に接する瞬間に重量開放を行えば、有り得ぬ威力と衝
撃を与える事が可能となる。
また、どれほどの速度であったとしても、慣性を殺し即座に停止
し切り返す事も可能となる。
変幻自在の剣術にこのスキルが加わる事で、ヒナタは無敵を誇る
のだ。
ヒナタの持つ、ユニークスキル﹃簒奪者﹄に統合された二つのエ
クストラスキルは、ユニークスキル﹃数学者﹄の管理下において完
璧に操作される。
ヒナタの強さの秘密はここにあった。
七曜の老師
の開発した最新の武器であり、
そして、この大剣が聖霊武装なのではない。
当然この大剣も、
ヴェルドラ対策として長年の研究の末開発された対竜目的の剣なの
だが⋮⋮。
七曜の老師
七曜の老師
の許可
の許可を得る必要は無く、ヒナタの
聖霊武装とは、既にヒナタが着用しているのだ。
それは本来、
意思で何時でも使用可能。
ヒナタが自分で自分に課した制約により、
を求めているに過ぎない。
そして、その許可は下りた。
ヒナタは自分を縛る制約から解き放たれ、その本来の姿を取り戻
す。
ヒナタの身体を透明な粘膜が覆い、全身を覆う鎧へと変化する。
ヒナタが鎧を着けずにいる理由。それは、既に着装しているとい
うだけの事。
1300
ホーリーメイル
ヒナタの意思により、聖霊が具現化し、聖なる鎧へと変化するの
だ。
ホーリーメイル
それは、上位の聖霊の力を宿し、それを纏う者に人ならざる力を
授ける。
その場に顕現した聖なる鎧を纏ったヒナタは、正しく、勇者と呼
ばれる存在へと昇華していた。
最強の対魔兵器たる聖霊武装を纏い、ヒナタは出陣する。
1301
奥の院
にて。
088話 二度目の邂逅に向けて
ヒナタが出て行った
ヒナタの気配が消えた事を確認し、4名の者が会話を行う。
﹁哀れな娘よ。何が勇者なものか﹂
﹁そうよの⋮先代、と比べるには、余りに未熟﹂
﹁かの方の足元にも及ぶまい﹂
﹁だが、現時点での最高戦力であるのも間違いない﹂
金
土
日
の3名がかりで慰めて
﹁しかし、良いのか? 姫に無断で、ヒナタを出撃させても?﹂
﹁姫は、ご立腹よ⋮⋮。
おるが、いつご機嫌が戻るやら⋮⋮﹂
﹁先程までは、我等7名でお慰めしておったのに、まだ足りぬよう
だ﹂
﹁だが、そのお力は以前の比ではないぞ⋮⋮﹂
そこまで話し、顔を見合わせる。
お互いにお互いを確認しあい、
﹁何者かは知らぬが、良かったのかも知れんな﹂
﹁左様。お陰で、姫の覚醒を齎せた﹂
﹁しかし、放置は出来ぬ﹂
﹁なんとしても、かの方を取り戻さねばならぬ﹂
七曜の老師
にとって、大事なのは本物の勇者のみ。
そして再び頷きあう。
彼等
代理で任命した者など、取るに足らぬ存在であった。
1302
手塩にかけて育てたのは事実であり、ここ数年では最高の素材で
ヒナタ
あるのは間違いない。
だが、彼女は心が弱すぎた。
強すぎる意志の力、人では到達出来ぬ精神の高み。
そこに至って尚、持って生まれた心の弱さまでは克服出来ていな
かった。
だからこその、欠陥品。
本人は気付いてもいないだろう。人としての肉体の成長は終わっ
ている事を。
彼女は、こちらに来て2年程でその成長を止めていた。
トラウ
17歳当時の肉体年齢のまま、聖霊の加護により年を取る事が無
くなっている。
マ
それ程までに聖霊に愛されているというのに、彼女はその外的要
因を克服出来なかったのだ。
冷静で合理的。
自己を含めて、弱者を助けようとする。
しかし、決定的な所で彼女に欠けているもの、それは感情。
彼女は、人を愛せない。
子供の頃に、誰にも愛されなかった事が彼女の心を歪めている。
人を愛せぬ者は、他者の愛に気付く事も無い。
聖霊の愛を受け入れ、彼女が覚醒する事はついになかったのだ。
惜しいが、これ以上待っても覚醒は期待出来ないだろう。
ならば、新たな脅威である新魔王の戦力分析に役立てるのが得策。
﹁分かっておるな?﹂
﹁無論だとも。勝てば良し、負ければ⋮⋮﹂
テンペスト
﹁ヒナタの独断であったと発表を行う﹂
﹁そう、そして盛大に魔物の国を認める事にしようぞ﹂
ヒナタは捨て駒。
1303
勝てば良いが、負ければ切り捨てる。
そして、全ての責任を取って消えて貰うのだ。
全ては、彼等の悲願の為に。
全ては、闇の中に包まれて⋮⋮
やがて、老師達の気配も薄れて消えていく。
サカグチ
テンペスト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヒナタ
坂口日向が魔物の国へ向けて出撃したという報告は速やかに俺ま
で届けられた。
引き連れるのは、完全武装の聖騎士100名のみ。
最強戦力を迷う事なく投入し、足でまといになる者は除外してい
る。
流石はヒナタだ。
わかり
生半可な戦力など、邪魔にしかならないと瞬時に読み切っている
という事だろう。
だが⋮⋮と、残念な気持ちで考える。
俺達魔物を邪悪な存在と切って捨て、理解しあえる可能性を摘み
取ろうとする、その行為。
果たして、その先に何を目指すと言うのか。
お互いを理解し得ないならば、相手を滅ぼし尽くすしかなくなる
1304
訳で⋮⋮。
そうなると、より大きな戦乱が訪れる事になる。
宗教の名の下に流れた血が多い事など、現代日本に生きる者なら
ば常識だろうに。
ヒナタの為そうとする行為は、結局の所、一方的に自分達の考え
を相手に押し付け強制しようとする事である。
それは、相手の事情も考えず、相手の言い分に耳も貸さない行為。
そこに本当の意味での正義なんて、存在しないと思うのだ。
ヒナタはそんな事も判らないのか?
最初会った時から、人の言葉に耳を貸さないヤツではあったけど
も。
相手が魔物だったら、言い分を聞く必要が無いという事なのだろ
う。
結果、より大きな争いが起きたとしても、自らの力で切り開ける
と信じているのか。
それに⋮⋮
ひょっとすると、現代日本に生きる者の常識と思っていたが、ヒ
ナタはその常識が欠けているのではなかろうか?
まだ、15歳くらいでこの世界に来てしまったようだし、世界史
に詳しくないとか?
というか、最近の教育事情に詳しくないから知らないけど、どの
程度の内容を教えているものなのだろう。
まあ、どうでもいいか。
結局の所、得た知識を活用出来るかどうかは、本人次第なのだ。
知識を得ていなかったなど言い訳にならないし、俺達に関係ない
話。
ヒナタが子供の知識のままで、大きな力と責任を押し付けられた
のだとしても、最早どうにもならないのだ。
彼女は、俺達に敵対する事を選択したのだから。
それが全てであり、今更何を言っても仕方なかろう。
1305
俺は頭を振ると、思考を切り替える。
敵対するならば、潰すだけだ。
幹部達を集め、状況確認を行う。
まず、ヒナタが出撃した事を報告して来たソウエイに説明を受け
る。
俺の命令で、イングラシア王国やファルムス王国と言った主要な
大都市には密偵を放っているのだ。
情報を掴むのは戦略の基本。
使者を送り返した時点で、遠方の神聖法皇国ルベリオスに至るま
で密偵による調査を行わせていた。
すると不自然な事に、イングラシア王国の聖教会本部に突然多数
の騎士が出入りするようになったらしい。
中まで入るのは危険なので、金で雇った情報屋に出入りの人数の
確認だけをさせていたそうだが、そういう所から情報を掴んでくる
とは恐れ入る。
ソウエイのヤツに、忍者の心得等を教えた事はあったが、自己流
に発展させていたようだ。
教えた俺がびっくりするほど、似合っている。
実は、実務的な内容をフューズのヤツに色々教えて貰っていたと
いうのが真相だったらしい。
怪しげな心得を教えただけで、そこまで出来たら誰も苦労しない
だろう。なるほど、と納得したのだった。
配下の者達、ソーカ達を各地に派遣し、現地人を使って情報を集
める。
俺が指示しなくとも、いつの間にか諜報活動をソツなくこなせる
ようになっていた。
そうして掴んだ情報の中で、イングラシア王国に集う騎士達が不
自然過ぎると目を付けたそうだ。
1306
疑問に感じたのは、神聖法皇国ルベリオスとイングラシア王国の
行き来が異常に早い事。
サカ
である坂口日
ヒナタ
いくら道が整備され、魔物の出現もほとんどない安全な行路だと
しても、その移動が早すぎる。
そして、入った人数よりも出てくる人数の方が多い事。
法皇直属近衛師団筆頭騎士
結局、三日かけて100名程の騎士が出て来たそうだ。
グチ
決定的だったのが、
向の姿を確認した事。
余りにも有名だったので、情報屋も当然知っていた。
自然な動きで100名の者が馬に乗り、ファルムス王国の辺境方
面へと去って行ったそうだ。
つまりは、最短距離にて俺達の国を目指していると言う事である。
二週間もかからずにやって来る事だろう。
その情報を、こんなにも早く察知したソウエイを褒めるべきだろ
う。
緊急幹部会にて、何事もない様子で説明するソウエイ。
実に頼もしくなってくれたものだ。
﹁流石だな、情報を早期に掴むのは大切だ。今後とも頼む﹂
﹁いえ、この程度。より精進致します﹂
俺が褒めると、ソウエイは静かにそれを受け入れる。
正に、影。
美形がやると、嫌味ですらなく様になっていた。
さて、せっかく掴んだ情報だし、対策を考える事にしよう。
流石に、聖騎士かどうかの確認までは取れていないのだが、状況
から考えるに間違いなく聖騎士だろうと判断している。
では、Aランク以上の者が100名。それを率いるのは、ヒナタ。
1307
前回の1万5千名の正規軍よりも、今回の100名ちょいの方が
危険度は圧倒的に上であった。
今回は俺一人で出向くつもりは無い。流石に自殺行為すぎるだろ
うしね。
どうしたものか。
幹部達が自由に討論を始める。
﹁全員切り捨てればどうでしょう?﹂
誰とは言わないが、本当、何も考えないヤツというのは無敵だ。
出来るか出来ないかを考えずに、結果だけで物を言う。
だからこそ、あんなとんでもなく出鱈目なユニークスキルに目覚
めるのだろうけど。
﹁真面目に一戦ぶつかるか? だとすると、どうしても犠牲は出る
と思うぞ﹂
うん。ベニマルは驕った考えが減った。
真面目に戦力分析を行い、彼我の戦力をちゃんと判断出来るよう
になっている。
模擬戦でハクロウと何度も遣り合っているようだし、成長が見て
取れる。
飛竜衆
ヒリュウ
にて、上空からの攻撃を行うのは?﹂
大将軍は任せろ! と言っていたが、本当に任せても大丈夫かも
知れない。
﹁我輩の部隊
﹁それもいいだろうが、相手は聖騎士。一人一人がAランクの最強
騎士だぞ。
上空からの攻撃でも、奴らの多重結界は破れないだろう。
足止めだけならば、ゲルドに任せるのが一番なんだろうけどな﹂
1308
﹁確かに。我が部隊ならば、数の上でも有利。足止めならば然程の
犠牲も出ません﹂
そんな感じで、色々と意見を出し合っていた。
犠牲、か。
せっかく皆無事だったのだ。今更犠牲とか、巫山戯た話である。
だが、相手はヒナタ。あの女はヤバイ。
前回の接触時、俺は逃げに徹していたけれども、本気でぶつかっ
たら多分間違いなく死んでいた。
それも、相手は本気を出していなかった。
現状、ヒナタの相手が可能なのは、俺だけだろう。
負けるとは思わないけれども、聖騎士の援護があれば判らない。
そして、問題の聖騎士である。こいつらへの対応も問題なのだ。
殺す気でかかるか、それとも生かしておくべきか。
人類の守護者という位置付けであり、精霊の守護を受けた騎士。
こちらの世界において、魔物の被害はバカに出来ない。村々や、
辺境の町を無償で守るのは聖騎士の役目なのだ。
魔物に襲われ、生き残った者達の拠り所。魔物を憎む者達は多い。
その者達の、期待と希望と祈りを一身に受けし者達。
それが聖騎士。
今回のヒナタとの会話が成立していたならば、或いは誤解が解け
た可能性はあるけれど。
残念ながら、俺達は魔物であり、彼等にとっては交渉余地の無い
悪しき存在。
彼等の考えも理解出来るのだ。
魔物に滅ぼされた村々の生き残りや、両親を殺された者もいるの
だろうから。
テンペスト
そして、理性無き魔物が今も暴れているという現実がある。
魔物の国周辺の魔物被害は無くなった。
そして、流出して他所に流れた魔物もいないと思われる。
1309
だが別の地域には、今尚魔物が発生し、暴れている所もあるので
ある。
ここで、聖騎士を全滅させてしまった場合、そうした辺境の守護
はどうするのか。
無責任に放置するのは間違っていると思う。
イライラする。それもこれも、ヒナタが頭固すぎるのが悪い。
とは言え、此方を信用させる方法が無い以上、衝突は避けられな
い訳で⋮⋮。
生かして勝てる程、甘い相手で無いのも問題だ。
何しろ、対魔のエキスパート。舐めてかかると、此方がやられて
しまう。
圧倒的に勝てるなら、言う事を信じさせるのも出来るのかも知れ
ないけど。
まいったね。
ともかく、はっきりしてる事はなるべく被害を出さずに勝利した
いという事。
だとすれば、一騎打ち。
ヒナタとの頂上決戦で、聖騎士諸共心を折る。
面倒な話である。
相手の強さや戦力が確定しない中、上手く思い通りの状況になる
のか保証は無い訳だが⋮⋮
﹁よし、決めた。今後の事も考えて、なるべく聖騎士にも犠牲を出
さずに勝利する。
イエローナンバーズ
テンペスト
その為に此方に犠牲が出ても意味が無い。
そこで、だ。
まず、ゲルド率いる黄色軍団は、魔物の国周辺に展開。
グリーンナンバーズ
クレナイ
イエローナンバーズ
聖騎士の侵入を許さず、国の守護に勤めるように。
ベニマル率いる緑色軍団と紅炎衆は、黄色軍団の内側に展開。
戦端が開かれた場合、内側から各個撃破で狙い打つ事。
1310
いいか、ゲルドの敷いたラインを最終防衛ラインとする。
ヨミガエリ
ライダー
そこまで敵が来たら、遠慮は要らないので殲滅せよ。
ヒリュウ
シオンと、紫克衆。
ガビルと、飛竜衆。
ヨミガエリ
そして、ゴブタとゴブリン狼兵部隊が今回の主力だ。
ライダー
ヨミガエリ
紫克衆は直接戦闘。勝てないだろうが、不死性を利用して足止め
を行え。
次に、ゴブタとゴブリン狼兵部隊だが、紫克衆と聖騎士の戦闘を
サポート。
一撃離脱しつつ、戦況の撹乱を行う事。
ヒリュウ
無茶して捕まらないように、移動に集中するようにな。
ライダー
最後の飛竜衆は、上空に待機。
捕まったゴブリン狼兵の救助や、穴の開いた防衛ラインを埋める
ように。
そして、なるべくは一騎打ちに持ち込むから、そのつもりで行動
するように。
聖騎士が俺たちの戦いを見るように持っていけたら上出来だ。
ソウエイは影にて戦場の監視を。
ディアブロも直接戦闘は避けて、上空にて監視するように。
図抜けて強い騎士が居たら、その相手を頼む。他の幹部も同様と
する。
ベニマルは、最終防衛の指揮を任せる。ゲルドはベニマルの指揮
下に入ってくれ。
また、予想以上に聖騎士の戦闘力が高く、全軍で当たっても勝利
ハイオーク
が難しい場合は、ベニマル達は撤退戦に即時移行。
猪人族の集落まで落ち延びるように。
ヴェルドラは、俺が敗北した場合にヒナタの相手を頼む。
以上だ﹂
作戦とも呼べない行動方針が決まった。
1311
万が一、裏をかかれて町が攻められた場合にも、ベニマルとゲル
ドが守っていれば安心である。
幹部達は思案しつつ、俺の作戦の検討に移った。
ラファエル
俺は目を閉じ、戦況予測を再度行う。
ぶっちゃけ、智慧之王の演算による最小被害になると思われる作
ラファエル
戦がこれだったのだ。
というか、智慧之王は俺の勝利を疑っていない。
ここで俺が苦戦はともかく敗北したりすると、根本からこの作戦
ラファエル
は成り立たない。
本当に智慧之王さんは大丈夫なんだろうか?
毎回思うけど、ちょいと自信家な気がしてしょうがない。
ラファエル
何しろ、俺の事を信じすぎている。
智慧之王の自信は俺の強さに対するもの。俺が自分を信じきれて
いないのと大違いであった。
まあ、いい。
幹部達の意見も出揃ったようだ。
全員此方を見た。
そして、
﹁要するに、全員ぶった斬ったらいいんですよね?﹂
﹁⋮⋮。﹂
﹁冗談です。
要するに、聖騎士を殺さず、此方も誰一人欠ける事なく戦況を維
持。
その間に、リムル様が敵の首領を撃破なさるという作戦ですね!﹂
理解出来ていたのか。
本気で、頭悪いのかこいつ? って焦ったぞ。
シオンに理解出来たのなら、他の者は大丈夫だろう。
寝てるゴブタは後でしばくとして、問題は無いようだ。
1312
﹁さて、皆理解してくれたようだが、もう一度言っておく。
相手の戦力が俺の予想以上で、戦況維持が難しいようなら即座に
殲滅に移るように。
その判断は、ディアブロがベニマルに相談し行ってくれ。
後は、いつも通り、思念リンクで戦況は逐次報告し合う事。
全員無事に、今回も乗り切れる事を期待する。以上!﹂
﹁﹁﹁は、了解しました!!!﹂﹂﹂
全員の首肯。
さて、後は戦闘を待つだけ。
確実な勝利を手にすべく、戦場に仕掛けでも作って置く事にしよ
う。
は危険である。
を発動され、その中に取り込まれた時点で
聖浄化結界
ホーリーフィールド
作った仕掛けは大したものでは無い。
聖浄化結界
ホーリーフィールド
俺はともかく幹部達にとっても、
万が一
敗北になってしまう。
ラファエル
なので、それに対抗する仕掛けである。
智慧之王による分析で、仕組みは判明していた。
その仕組みは、聖霊の干渉により、魔素を吸い取り浄化するとい
う単純なものだった。ただ、物凄い集中力と精神力が必要となる。
無属性の聖霊を行使するのは、並大抵の事では出来ないからだ。
恐らく、最低4名以上必要なのはそれが原因だろう。
では、どうするのか?
テンペスト
そもそも、聖霊で魔素を中和するなら大量に魔素を放出してやる
のも手なのだが⋮⋮もっと効率の良い遣り方がある。
結界に穴を開けておけば良いのだ。
先に大規模なトンネルを地中に張り巡らせて置き、魔物の国と繋
いでおく。
1313
出口は当然、ベニマルが守護する砲火の集中する地点。
なので、敵がトンネルに気付いても大丈夫だ。
入り口は戦場にする予定の場所に張り巡らせて設置した。
ファルムス方面から来る事は判明しているので、戦場の予測も立
てやすい。
魔鋼
でトンネルを作
森に被害を出したくないので、ある程度の開けた場所を戦場にす
るよう誘導するのだ。
後で回収すればいいので、惜しげもなく
成し配置しておいた。
そこでふと思いつき、ヴェルドラにトンネル内での待機をお願い
対策は万全である。
する。そして、普段抑えている妖気を戦闘開始と同時に開放して貰
聖浄化結界
ホーリーフィールド
う事にしたのだ。
これで、
準備は整った。
後は、二度目の邂逅を待つだけである。
1314
089話 異なる計画
テンペスト
あと一日で魔物の国に着くという場所にて、ヒナタ達は休息を取
る。
そして、最後の打ち合わせを行っていた。
状況的に考えるならば、相手は返事を待っていて戦闘準備はして
いないだろう。
だが、仮にも魔物の集団であり、油断は出来ない。
何より、完全に勝利出来る状況で戦う事で、少しでも犠牲を減ら
すというのがヒナタの戦闘スタイルなのである。
それは卑怯でも何でもなく、魔物に対しては当然と考えられてい
る戦い方だった。
教義による、魔物へ対する情け無用という一文が、全てを肯定し
てくれていた。
当然、聖騎士達もその事に不満は無い。
勝って当然であり、自分達の敗北は人間社会の脅威となる事を良
く理解しているのである。
負けられないからこそ、いかなる手段も許されるという考えなの
だ。
今回の戦いに於いて、相手の国を覆う結界を構築するには範囲が
広すぎた。
なので、囮の部隊により、相手の主力を戦場まで誘き寄せる策を
採用したいと考える。
だが、上手く誘導しないと怪しまれる事になる。
最初、ヒナタが使者として赴くという案を出したのだが、聖騎士
達の反対により却下となった。
まず、100名しかいないとは言え、聖騎士は一騎当千。
中でも、上位の5名の隊長とその各々の副官2名づつの合わせて
1315
15名は聖騎士団の中でも最強騎士の名を欲しいままにしている。
他と一線を画する実力者なのだ。
今回は、隊長5名が副官2名と護衛5名を率いて四方で結界を構
築する事にする。
対策を取ってくるだろうが、最悪、3名による三角結界でも効果
は発揮出来るだろう。その為に、四方ではなく五方面にて結界を発
動に向かわせた。
もし相手が対策を取り結界発動の邪魔を行なったとしても、即座
に場所を変えて結界を発動出来るようにである。
主力戦力が40名抜ける事になるのだが、結界内におびき寄せた
部隊を無力化するのはこの作戦が一番である。
作戦としては単純に、残りの60名を囮として作戦行動地点まで
敵主力を誘導するというものだった。
聖騎士達の気合は十分である。
何しろ、敵はゴブリンやオークの進化個体。今までにも何度も遭
遇した相手であるし、恐れるべき能力も持たない者達であった。
中には、リザードマンの進化個体やオーガの進化個体まで居るそ
アークデーモン
うだが、そうした主力以外は自分達の相手では無いだろう。
用心すべき相手は、上位魔将の存在であろう。
彼等聖騎士の崇拝するヒナタが、敵の魔王を討ち取る間、邪魔を
アークデーモン
されぬようにその他の魔物どもを退けねばならない。
その中での最大の障壁が、上位魔将だと考えている。
を着用しているのだ。
ホーリーメイル
だが、今回は恐れる事も無いと自分達を鼓舞しあう。何しろ、
精霊武装
ホーリーメイル
各々の契約している精霊を具現化しやすく調整された、聖なる鎧。
ヒナタの着用している、真なる聖なる鎧程の性能では無いものの、
一般の装備品とは格が違う。
重さを感じるどころか、身体を羽のように軽く感じさせてくれる
優れた鎧なのである。
また手に持つ武器も、破邪の能力付与をされた一品であり、いか
1316
なる耐性をも無効化し確実にダメージを与えうる武器なのだ。
アークドラゴン
これだけの、戦力で望む戦など、滅多にあるものでは無かった。
それこそ、上位竜討伐に向かう場合でも、10名もいれば十分な
のだから。
各国の軍隊と比較するなら1万の精鋭騎士達に匹敵する程度だろ
うが、対魔物で考えるならば比較にならない戦力であった。
各地に散っている聖騎士もいるが、現在招集可能だった者全てが
集合している。
聖騎士達にとっては、今回の討伐戦は負ける筈が無い戦いになる
予定だったのだ。
ヒナタは、そんな聖騎士達の様子を眺め思案する。
本当に、この戦いを行うべきなのか? 普段、ここまで判断に迷った事は無かった。聖都で決心をした筈
なのに、今また迷いが湧いて出て来たのだ。
初めての経験であった。
そもそも、この戦場予測。この結果すら、余りにも都合が良すぎ
るように見受けられる。
戦力的に此方が少数である為、開けすぎた場所では都合が悪い。
なので、相手が大きく展開出来ずに尚且つ、簡単には抜け出せない
ように入り組んだ地形が望ましい。
余りにも都合のよい地形があったものである。
しかし、これを全て予測し誘導するなど不可能だろう。まるで、
何者かの手の平の上で操られているような気分になるが、考えすぎ
と言うものである。
そもそも、相手はヒナタ達が神聖法皇国ルベリオスに滞在してい
ると考えているハズ。対策など立てようが無いのだ。
転移門の存在は秘匿されているし、念の為に神聖法皇国ルベリオ
ス周辺での野外演習も行っておいた。
間違いなく、自分達の居所は掴めていないハズである。慎重によ
1317
り注意深く、行動を行っているという自信はある。
だが、それでも⋮⋮
自分の直感を信じるならば、これは危険な場所であると思えた。
余りにも合理的な考え方では無いけれども、無視は出来ない。
なので、ヒナタは思案を止めて口を開いた。
﹁聞け!﹂
その言葉に、聖騎士達はお喋りを止めてヒナタを注視する。
ヒナタは、一人一人の顔を見回し、
﹁お前達に命令する。囮となれ。
恐らく、その戦場予測地点は罠だろう。
ひょっとすると、結界を張る為に分散する事も不利になるかも知
れん。
だが、敢えて相手の策に乗る。
相手に不信感を与えぬように、結界は張る。だが、これは隊長で
は無く、副官が代行しろ。
隊長と護衛は、死ぬ気で副官を守れ。
ただし、結界維持は考えなくても良い。結界担当の戦闘行為も許
可する。
作戦通り進めば良し。だが、分散した先で襲撃を受けた場合、全
力で撃退する事。
もう一度言う、結界を張る事に固執するな。全力で生存する事を
優先せよ。
襲撃者次第で、結界維持を中止し戦闘行動に移る事も許可する。
結界班は、相手が分散してくれたと考えろ。
中央の囮部隊、お前達は、結界の援護を宛にするな。
そして、奇襲では無く堂々と正面から出向く。
相手の土俵に敢えて誘導し、そこで勝負をかけるぞ。
1318
自分達の力で相手を撃滅する事を考えろ。
そして、お前達が囮となっている間に、私が敵の大将を討ち取る。
決して油断するな! 全員、応援は無いものと考え、行動せよ!﹂
自分の直感を信じ、命令を下す。
どちらにせよ、戦力はこれだけしかいない。
これ以上の戦力は、どうせ邪魔にしかならないのだ。
再び念入りな作戦行動の打ち合わせを行い、各々の役割を確かめ
ていく聖騎士達。
彼等の目には、既に相手を見下す色は残っていなかった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヒナタと遭遇したのは、予定通り二週間後の事だった。
ファイアボール
ヒナタからすれば、奇襲をかけた方が得策だっただろうに、律儀
にも火炎球を上空で炸裂させて知らせて来た。
余程の自信の表れなのか、単なる馬鹿か。
まあいい。
こちらは計画通りにすすめるだけである。
⋮⋮そう思っていた時期が俺にもありました。
何が何だか判らない。
頭ががどうにかなりそうだ⋮⋮
1319
一体何故、こんな事に!?
眼前で繰り広げられる光景に、言葉を失う俺。
何が起こったかというと、だ。
予想通り、60名程の聖騎士が襲撃して来たわけだ。
これはいい。作戦通りだからな。
だが、てっきり奇襲してくるのかと思えば、戦場を指定して来た
のである。
しかも、この開けた場所にせっかく苦労してトンネルを掘ってい
たというのに、狭い入り組んだ先にある広場へと。
ここで受けないと、ここに罠を仕掛けてますと宣言するようなも
のだし、受けるしかなかった。
相手がそこに罠を仕掛けてるかも知れないが、受けるしかないの
も痛い話である。
心の中で、﹃スマン、ヴェルドラ! お前の出番、無いかも知れ
ん﹄と謝りながら、場所を移動する。
そこでヒナタと向かいあう。
その横で、戦闘が開始された訳だが⋮。
ヨミガエリ
先ず目に付くのは、紫克衆が主となって聖騎士と激突している状
況である。
アンデット
﹁ば、バカな! こいつらに攻撃が通用しないぞ!﹂
﹁不死者でもなかろうに、一体どういう事だ!?﹂
と言う聖騎士達の驚きの声。
ヨミガエリ
それに返事をする代わりに、手に持つナイフで一閃し聖騎士に傷
を負わせる紫克衆の兵士。
1320
自らの身体を囮として、格上である聖騎士に一撃入れた様だ。
ワンサイドゲーム
不死性を利用して上手く戦っていると、ここまでは感心して眺め
ていたのだ。
その先はどうせ、気を引き締めた聖騎士による一方的展開になる
と思ったのだが⋮⋮
ヨミガエリ
3分も経たずに聖騎士が崩れ落ちる。
俺の予想通り、3分間は一方的に紫克衆達を追い詰めていたのに、
だ。
地力に大きな差がある為、不死というだけでは勝利は出来ないと
ヨミガエリ
いう予想。だからこそ、足止めの矢面に立って貰うと作戦を立てた
のだ。
ライダー
だが、結果は紫克衆は無傷の状態に再生し、聖騎士は倒れている。
倒れた聖騎士は速やかにゴブリン狼兵が回収し、縛り上げて影に
埋め込み動きを封じてしまった。
﹁へへ、聖騎士さんよ。一撃入れた時点で、俺達の勝ちですわ。
なんせ、このナイフには強烈な睡眠薬がたっぷりと塗られてます
からね。
用心深く解毒を用意しておくか、対毒物耐性持ち以外は耐えられ
ませんぜ?﹂
と、したり顔で解説する下っ端兵。
マジかよ。
下っ端に説教を受ける聖騎士というちょっと笑える状況に、俺の
頭は混乱に陥る。
ヨミガエリ
当然、戦況はそれだけでは無い。
こんな奇策は、紫克衆が相手をしていた最初の一団にしか効果は
無かった。
後続組は油断などなく、一撃すら貰う事なく攻めてくる。
そもそも、相手の色取り取りに輝く鎧は、ほぼ全身を覆っており、
1321
触れたとしても傷つける事すら困難なのだ。
致命傷を与えたという油断の後だったからこそ、カスリ傷を付け
る事に成功しただけの話。
しかし、そのカスリ傷で十数名を戦線離脱させたのは十分評価出
来る。というか、出来すぎであった。
だが、まだ50名近く残っている。
ヨミガエリ
ヒリュウ
ライダー
その聖騎士に対して、此方は三位一体の構えで対応していた。
紫克衆をメインに据えて、飛竜衆とゴブリン狼兵がサポートに回
る。
思念をリンクさせる事による一糸乱れぬ連携により、格上の聖騎
士と互角に渡り合っていた。
最初に人数を減らした事も大きい。上手く連携出来る下地を作れ
たのだから。
というか、あれ?
こういう作戦だったっけ?
俺がヒナタと一騎打ちする間、なんとかこう必死に足止めを頼む、
的な?
そんな俺の戸惑いを他所に、シオンが何やら合図を行った。
その合図に空中に浮かんでいたディアブロが邪悪な笑みを浮かべ
て、頷く。
︵クフフフフ。お任せを。ただし、責任はシオンさんが取って下さ
いね︶
そんな言葉を残し、嬉しそうに飛んで行った。
あれ? 上空にて監視しておく事になってなかった?
嬉々として向かう先には、聖騎士の小部隊が何やらしている。恐
らく、結界を張るつもりなのだろう。
ソウエイの影による監視網が思念リンクにて繋がっているお陰で、
かなりの広範囲の情報が瞬時に流れ込んできて戦況は手に取るよう
1322
に掴めている。
だけど、だからと言ってディアブロが動く状況では無いような⋮⋮
そんな事を思う間に、シオンがクイっと顎をしゃくった。
その先には、ゴブタとガビル。
二人は顔を見合わせて、
︵あのう、作戦会議の打ち合わせとちょっと違うような気がするな、
なんて⋮⋮︶
︵そうっすよ! 何で自分達が、強そうなのを相手に戦いを挑む流
れになってるんすか?︶
ゴブタとガビルの思念が疑問を投げかけてきた。
だよな。
りょうり
俺も、おかしいなって思ってた。良かった、俺は間違ってなかっ
たようだ。
なのに、
︵馬鹿か、貴様ら?
さっさと言われたとおりに動くか、新作の実験台になるか、好き
な方を選ばせてやろうか?︶
というシオンの思念にアッサリと納得した。
いや、納得はしてないかもしれないが、
︵了解である! 我輩も、暴れたいと思っておったのだ。無論、料
理は遠慮しておく!︶
︵さっさと行くっすよ、ガビルさん。置いて行いっちゃいますよ!︶
大慌てで去って行った。
いや、お前達は間違っていなかったよ。
1323
だが、不思議だな。何故か、ゴブタやガビルが悪いような流れに
なっている。
そして、その二人に合流するように、ソウエイの配下5名とハク
ロウが並走を開始した。
丁度、聖騎士の小部隊と同数の8名になった。どうやら、その8
名で小部隊を抑える事になっているようだ。
てか、え? シオン、いつの間に仕切ってるの? そういう作戦
じゃなかったよね?
︵シオン、此方は配置に着いたぞ。一部隊は俺が相手をしよう︶
と、ソウエイの念話が届いた。
ああ、そうなの。ソウエイも納得済みなんだ⋮⋮まあ、ソーカ達
が戻って来ており、かつガビル達の応援に向かった時点でそうなん
だろうなとは思っていたけど。
となると、3方面に向かった訳だが、敵は後2部隊残っている。
一人は、当然シオンだろうな。顔がやる気ですよ! と言ってい
る。
では、残りの部隊は?
︵我が主よ、出撃します。許可を!︶
︵ランガ、起きてたのか︶
︵ハ! 身体が軽いです。目覚めに軽く運動してみたく⋮⋮︶
何だろう。
この、コイツを解き放つのはヤバイ! とでも言いたげな、俺の
危険予知は。
まあ、ヤバイのは俺じゃなく、多分敵対する者達なんだろうな⋮⋮
︵お、おう! 無茶するなよ。相手は殺さないようにね⋮⋮︶
1324
︵お任せを!︶
ランガは嬉しそうな咆哮をあげ、嬉々として駆け抜けて行った。
最早、聖騎士達の無事を祈るのみである。頑張れ! と敵を応援
してしまったのは秘密だ。
それらを満足げに眺めて、舌なめずりを行うシオン。
チラッと見えたピンクの舌先が、妖しく濡れているように見えた。
俺に向き直ると、
﹁ではリムル様、行って参ります!﹂
と、力一杯頷いて、両足に力を込めて天を突く様な勢いで宙へ飛
び出して行く。
ああ、頑張れよ⋮⋮って、何を?
とまあ、コレが一連の流れである。
俺の頭が可笑しくなりそうになった理由が、判って頂けただろう
か?
どうやら、いつの間にか作戦は大幅に修正されていたらしい。
確かに、目的どおり、ヒナタと一対一の状況に持ち込まれている。
周囲に邪魔は入らない環境になった。
だけど⋮⋮あれえ? こんな感じになる予定では無かったんだけ
どね。
頭を切り替えよう。
多分、最初からこういう感じになる予定だったんだと思い込む。
気持ちの切り替えも行い、状況は理想的。
何も問題は無い。
という事で、俺はヒナタに向かい会う。
1325
ヒナタも何か言いたい事でもあったのか、苦々しい顔をしていた
のだが⋮⋮
突然、吹っ切れたように笑いだした。
﹁そうか、そうだな。結局⋮⋮
私は、考えすぎだったのだ。正しいか、正しくないか。
古来より伝わるもっとも明確な方法で、決着をつけよう。
受けるか? 一騎打ちを。
スライムの魔王⋮⋮いや、リムルよ。
私はお前を認める。事、ここに至っては、小細工は無駄のようだ。
私の策もお前に対する警戒も、全て無駄だった。
こんなにも笑えるほど無力感を感じたのは、初めてだ。
状況は既に我等の負けだ。ここでお前が戦う意味は無いだろう。
だが、お前の考えを私に認めさせたければ、私に勝って見せろ。
もしも私に勝てたならば、お前の考えを聞いてやる!
お前だけではなく、魔物には理解し合える者がいる事を信じてや
るよ。
当然、受ける気が無いと言うならば、最後まで戦って死ぬだけだ﹂
迷いの無い目で見詰めて来るヒナタ。
その表情は、刺々しさが消えて、年齢よりも幼く見える。
いや、見た目だけなら高校生のままであるかのようだ。
さっきまでの大人びたヒナタよりも、今のヒナタの方が自然な感
じであった。
背負うべき何もかもを投げ捨てて、ただ単純に俺との勝負に挑む
事を決意したのだろう。
彼女の言う通り、既に状況は俺たちの勝利なのだ。だが、彼女の
考えと違って、俺には彼女と戦う意味がある。
それは俺の望むべき状況であり、断る理由は無かった。
彼女の目を覚まさせる為に。
1326
﹁いいぜ、その勝負受けた! 全力でお前の考えを否定してやるよ
!﹂
その瞬間、二人の間に約束が交わされる。
互いに違える事の無い約束。
そして、最早言葉は必要なく、二人の戦いは始まりを告げる。
1327
090話 vs聖騎士 その1
クフフフフ。
その悪魔は、邪悪に嗤う。
真紅の髪を靡かせて、フワリと聖騎士達の前へと舞い降りた。
蝙蝠の様な翼を大きく広げて、その姿は邪悪であった。
テスト
﹁初めまして、皆様。さて早速ですが、試験を行います。
この私が相手をするのに相応しいかどうかの、ね﹂
聖騎士達は、その姿を目撃するなり瞬時に展開し、防衛体勢を取
った。
アークデーモン
悠長に結界を張っている間など無い。即座に判断を下したのは流
石である。
この一角に警戒していた上位魔将が来てしまったようだ。残念な
がら、結界構築は他の班に任せるしか無いだろう。
だが、考えようによっては幸運である。
相手はたった一体でやって来ている上に、この班こそが最強の聖
騎士アルノー・バウマンが率いる無敗のパーティーなのだ。
アークデーモン
アルノーは不敵な笑みを浮かべて、仲間を鼓舞する。
アークデーモン
﹁恐れるな! 敵は一体。例え上位魔将であろうとも、我等の敵で
は無い!﹂
そう。
アークデーモン
実際に、上位魔将との戦闘経験も何度かこなしている。
邪教徒には、上位悪魔召喚により上位魔将を召喚する者も存在す
るのだ。そうした者共との戦闘でも今まで一度も遅れを取った事な
1328
ど無い。
アルノーにとっては、例え一対一でも負けないという自負があっ
たのだ。
﹁各自散開! 副長二名は俺のサポートを、隊員共は簡易聖結界を
展開。始め!!﹂
アルノーの言葉に、聖騎士は即座に反応する。
鍛えられた一流戦士の動き。修羅場を何度もくぐり抜けて、人類
の守りの砦と自負し誇りを持って戦う者達なのだ。
彼らは迷い無く行動を始め、五芒陣を構築するように散開し、隊
長と副長二名と敵対者である赤髪の悪魔を閉じ込める聖結界を展開
する。
ただ不気味な事は、その間に悪魔の動きが無い事だった。
悪魔は邪悪な笑みを浮かべて、楽しそうに聖騎士の動きを眺めて
いる。
﹁おい、どうした? 邪魔をしないのか?﹂
挑発するようにアルノーが問うたが、
﹁何故そのような事をする必要が? せっかく努力してくれている
のです。邪魔は致しませんよ﹂
と、巫山戯た返答を返して来る。
アルノーは冷静に相手に対して身構えているものの、その心は怒
りで沸騰しそうになる。
達人クラスであるが故に、つまらぬ怒りで自制心を見失ったりは
しないけれども、相手の反応は余りにも此方を見下したものであっ
た。
1329
アークデーモン
たかが上位魔将の癖に生意気な! とは思うものの、それはあく
までもアルノーだからこそ思える事である。
隊員達にとっては脅威である事は間違いないのだ。
アークデーモン
自分が鍛えた聖騎士である。その実力は良く把握していた。
現状、5名で十分に上位魔将を討ち滅ぼせるだろう。ただし、相
手が普通の者であったならば。
アークデーモン
アルノーは目の前の悪魔を冷静に観察し、とっくに看破していた
のだ。
目の前の相手は、単なる上位魔将では無い事を。
悠然と佇むその姿には気品まで備わっている。身につけている衣
は、単なる悪魔に用意出来るレベルでは無く精巧であった。
名持ち
ネームド
である可能性が高い。
意思の具現化が凄まじくレベルが高いのだ。
となれば、相手は
名持ち
ネームド
である。
名前のある悪魔は、それだけで脅威であった。それなのに、相手
は最上位の悪魔で尚且つ
決して油断は出来ない。
相手に対する怒りよりも、そうした冷静な判断により慎重さを失
う事無くアルノーは剣を抜いた。
﹁おや? 準備は終わりましたか?﹂
名持ち
ネームド
かどうかの判
﹁ああ。待たせたな、始めるかい? と、その前に聞きたいのだが、
お前の名前は?﹂
悪魔の問に、答えるアルノー。
名前を聞いてみたのはついでである。
どうせ答えは無いだろうが、その答えで
断材料になるという程度の。
対する悪魔は、
﹁おお! これは失礼しました。私の名前は、ディアブロと申しま
1330
す。
偉大なるリムル様に授けて頂いた名前なのに、名乗るのを忘れて
いるとは⋮⋮
私もまだまだ未熟ですね﹂
と、嬉しそうに名乗ったのだ。
アルノーは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。
ヤバイ、と本能が警鐘を最大限に鳴らしていた。
名持ち
ネームド
であれば、真名を名乗れば操られ
躊躇う事無く名乗ったと言う事は、既に名前を捧げた相手が存在
すると言う事。
主の居ないはぐれた
る恐れが出てくる。その為に、決して名乗らぬのが常識なのだ。
という事は、魔王リムルに名付けられたと言うのは、本当の事だ
アークデーモン
と言えるだろう。
上位魔将に名前を授ける等、成り立ての魔王に可能なのか? そ
んな疑念を抱いても意味が無いのだが。
だがそれでも。
自分は最強の聖騎士であるという誇りが、アルノーにはあった。
ヒナタ聖騎士団長の片腕として、No.2は自分だと言う自信。
その自信に裏付けられて、アルノーは不敵に笑う。
﹁俺の名は、アルノー・バウマン。最強の聖騎士だ。
お前を滅ぼす者の名を魂に刻んで、あの世へと旅立つがいい!﹂
そう言い放つと同時に、霊力解放を行い精霊武装を起動した。
瞬時に5色の光が眩く輝き、アルノーの身を包む。地・水・火・
レア
風・空の五つの属性を持つ聖騎士。
普通の者ならば2属性持ちすら希少であるというのに、彼は5属
性に愛されている。最強の聖騎士の名は伊達では無いのだ。
アルノーの叫びと同時に、聖騎士達も霊力解放を行い、それぞれ
1331
の属性による鎧を身に纏う。
ホーリーフィールド
色取り取りの光の中で、更に五芒星が光を放つ。
簡易型の聖浄化結界が完成した。
儀式と時間を短縮させている事から本来の性能は出ないものの、
5名の聖騎士による結界であるので弱体化は十分であると思われた。
ネームド
名持ち
七曜の老
の上位魔将であったとしても恐れる事は何も無
アークデーモン
この結界内で、更に熟練の聖騎士2名と最強であるアルノー。
例え、
い。
デモンスレイヤー
が対魔専用武器として創り上げた至高の剣。
幸運な事に、手に持つは新型武装の破邪の剣である。
師
肉体のみならず、魔素ごと切り裂き魔物の魔力構成を構築出来な
くする能力を有する。
竜種
へのダメージを与える事を目的として開発された武器で
或いは、相手の魔素を奪うとも言える能力なのだ。
あった。
ヒナタの持つ剣と同時期に開発されたものの内の一本なのだ。こ
れを選択し所持して来た事は正解だった。
この剣ならば、いかなる悪魔であっても滅ぼす事が出来るだろう。
アルノーが揺るぎない自信で持って最速の剣を打ち込もうとした
その時、
テスト
﹁さて、では試験を開始しますね﹂
何事も無いかの如く、悪魔はそう言った。
その言葉の意味を確かめるよりも早く。
﹁う、うわーーーーーー!! 来るな、やめろ、来るな!!﹂
﹁ヒィーーーーー! た、助けて!!﹂
等と、口々に叫びながら隊員がその場に崩れ落ちる。
1332
聖騎士として、場数を踏んでいる隊員達が、だ。
何が起きたのか? アルノーにも十分に理解出来ていた。これは、この圧倒的な恐怖
は⋮⋮
目の前の悪魔が放った威圧。
単純な話、抑えていた妖気を解放した、ただそれだけの事。
テスト
﹁おやおや? 試験に合格出来たのは、たったの3名ですか?
ですが、まあ褒めて差し上げましょう。私の﹃魔王覇気﹄に耐え
れたのです。
直接相手をする事を許可しましょう!﹂
嬉しそうに悪魔は宣言した。
ホーリーフィールド
五芒星の結界は、一瞬で掻き消えてしまっている。心を折られた
聖騎士達に、聖浄化結界を維持する気力など残る筈も無い。
アルノーは吹き出る汗を拭う事も出来ず、状況判断を必死に行っ
ていた。
信じられない。そして、信じたく無い。
目の前の悪魔、今、何と言った? 確か、﹃魔王覇気﹄と言わな
かったか?
そんな能力、聞いた事も無い。威圧だけで、聖騎士を無力化する
等、魔王にすら可能とは思えない。
ネームド
名持ち
であろうがなかろうが、上位魔将如きに
アークデーモン
いや、あるいは伝説クラスの魔王になら可能なのかも知れないけ
れど⋮⋮
少なくとも、
可能な事では無かった。
﹁お前⋮⋮、一体⋮⋮何者、だ?﹂
アルノーは、掠れる声を搾り出すように問いかけた。
1333
気力を奮い立たせねば、自分の内からも恐怖心が湧き上がって来
るのを止められない。
冷静に、そして心を統一し邪念を払い。どうにか、平静を保つ事
に成功していた。
そんなアルノーに、
シモベ
﹁クフフフフ。私は、ディアブロ。リムル様の忠実なる下僕。
今回華々しく活躍して、序列1位の座を頂くのは、この私です﹂
そんな返答を返す。
更に小馬鹿にしたように、
アークデーモン
﹁そうそう、質問の答えに付け加えるとしましょう。
デーモンロード
私は貴方が仰っているような、上位魔将ではありません。
悪魔公です。少し違っているので、お間違え無き様お願いします﹂
絶望を齎す言葉を付け加えて来た。
﹁終わり、終わりだわ⋮⋮﹂
女性の副官ソフィアが蹲り、幼子のように泣き始めた。
デーモンロード
心が折れたようだ。
悪魔公、それは、伝説上の存在。
下手な魔王よりも上位に位置する者。
この世界に干渉した事例は数える程しか確認されていないが、確
かに存在すると定義されている悪魔。
対となる精霊は、大精霊クラスでも及ばないだろう。精霊王クラ
スを複数ぶつけねば勝てないとされる存在だった。
テスト
﹁おや? どうされました? せっかく試験に合格したのです、楽
1334
しまないと!﹂
心の折れた女性副官に声をかける悪魔を見やり、それは無理だろ
うと遠くで考えるアルノー。
彼女は涙を振りまきつつ、必死に逃げようとしている。
悪魔に声をかけられても、目も合わせずに頭を振って嫌がる素振
りを見せるだけ。
聖騎士として、常に危険に立ち向かう凛々しく頼れる副官だった。
そんな彼女の怯えた姿など、初めて目にしたのだ。
彼女は、悪魔学に詳しかった。邪教徒対策には、敵を知るのが一
番だ。それ故に、悪魔召喚や召喚される悪魔についても研究されて
いる。
デーモンロード
彼女はそういう理由で、悪魔学に熟知していたのだ。
その彼女があれだけ怯えるという事は、悪魔公とはそれ程までの
存在だと言う事。
覚悟を決める必要があった。
﹁行けるか、バッカス?﹂
もう一人の副官に問う。
頼もしき相棒。そして、気心の知れた自分の片腕。
バッカスは青褪めつつも頷いた。二人でこの危機を乗り越え、突
破せねばならない。
そしてヒナタに合流し、この悪魔を滅するのだ。
アルノーはそう心に決めると、気力を奮い立たせて集中する。
﹁おいおい、俺の副官や部下どもを虐めるのは、そのくらいにして
貰おうか!
お前さんの相手は、この俺だ!﹂
1335
そう叫び、全力の攻撃を放った。
ホーリーカノン
アルノーの左の手の平から、光の塊が放出される。
それは、霊子砲。
聖騎士の操る魔法、︿神聖魔法﹀の中でも、単純ながらもっとも
術者の能力に影響を受ける魔法。
聖属性の攻撃は、いかなる魔物にもダメージを与える事が可能で
あった。
だが。
何事も無い様子で、光の球を受け止め握り潰す。
﹁クフフフフ。痛いですね、これ。手の平が火傷してしまいました。
次は此方の番ですね?﹂
ホーリーカノン
と、何事も無く平然としている。
ホーリーカノン
しかし、アルノーの狙いは霊子砲でのダメージには無い。
マジックウェポン
敵が霊子砲を捌く間に、バッカスが背後に回り込み、大斧の一撃
デーモンキラー
により攻撃を加えたのだ。
デーモンロード
その大斧は魔人殺しと呼ばれる、魔人すらも斬り捨てる魔法武器
である。
いかな悪魔公と言えども、無傷ではいられないはず。
ホーリーカノン
デモンスレイヤー
更に、ここで攻撃の手を緩める事は無い。
アルノーは霊子砲を放つと同時に、破邪の剣を構える。
︿気闘法﹀の基本技にして究極技である︿気斬﹀は、物質に自分
の闘気を纏わせて全てのモノを切り裂く技である。
闘気は個人差がある上に、精霊力を混ぜたり魔力を混ぜたりと色
々な応用技があるのだが⋮⋮
アルノーは最強の聖騎士らしく、5色に輝く闘気を剣に纏わせる。
5属性の精霊力を闘気に変換し、剣に同一化してのけたのだ。
天才アルノー。
それが最強の聖騎士であるアルノーの持つ、最強の必殺技だった。
1336
エーテルブレイク
﹁黙れ化け物! 喰らえ、そして死ね! 五色精霊剣!!﹂
清浄なる一閃がアルノーの剣線に添って走る。
その剣は、地の精霊による干渉で﹃重量操作﹄が為され、使用者
の意のままに衝撃を走らせる事が可能となる。
常人では有り得ぬ速度を容易く超えて、剣の先端は音速すらも超
越しディアブロへと迫った。
その一撃は聖なる属性を纏い、破邪の属性と相まって魔物に対す
アークデーモン
る絶対的な殺傷力を生じさせていた。
デーモンロード
上位魔将ですら一撃で切り裂く必殺剣。
いかな悪魔公とは言え、無傷ではいられぬ筈。まして、背後の攻
撃に対応する瞬間を狙った、完全なる不意打ちなのだ。
アルノーは、確実なる相手の死を信じて疑わない。
だが、今にもバッカスの大斧がディアブロの頭部を叩き割るかと
思えたその瞬間、ディアブロが地面を軽く足の爪先で叩いた。
ただそれだけで、地面が抉れたように隆起し、背後から迫ってい
たバッカスを突き上げて上空へと吹き飛ばす。
だがそれでも、アルノーの剣速は音速を超えて、ディアブロの首
筋から心臓を切り裂く軌道を描き、止る事は無い。
貰った! 内心で勝利を確信し、アルノーは剣を握る手に力を込
めた。
同時に、重量開放そして反転を行い、倍する威力の剣撃を対象に
叩き込む。
今まで抑えられていた剣に対し、重量を数倍にするほどの重力の
影響を突然発生させるのだ。
この技の特徴は、当たる間際に突然剣速が倍加したように感じら
れるというもの。
初見でこの技を回避する事など不可能である。アルノーが感じた
勝利の確信も、当然の事だと言えるのだ。
1337
だが⋮⋮残念ながら、最初からディアブロに回避する意思は無か
ったのだ⋮。
アルノーの剣はディアブロが前方に展開させた障壁を切り裂き、
ディアブロの身体を切り裂いた。
手応えはあった。だが⋮⋮
アルノーはその場から後方へと切り抜け、バッカスの隣まで駆け
抜ける。
バッカスの様子を確認すると、どうやら無事のようで起き上がっ
てきた。
安心し、油断なくディアブロを警戒する。
﹁クフフフフ。成る程、素晴らしい技でした。
特に当たる瞬間に急加速を行うなど、以前の私であれば見切れな
かったでしょう。
何よりも、その多様な属性を織り交ぜた一撃、これに耐える事の
出来る者は少ない。
見事だ、実に見事です!﹂
と、アルノーの剣を褒め称え始める。
その言葉に少しも嬉しさが込み上げて来ないアルノー。
当然である。何しろ、その剣を受けてまるでダメージを受けてい
ないかの如き様相なのだから。
﹁おい⋮⋮。全然ダメージを受けなかったのか?﹂
聞きたくは無いが、つい口から言葉が零れ落ちた。
﹁おや? そう見えますか? それは買いかぶりですとも。
私の魔力障壁で聖属性のみは相殺したつもりだったのですが、残
念ながら幾ばくかの痛みがありました。
1338
ほんの少し、私の魔力が奪われたようですよ。
どうも⋮⋮、貴方の持つ剣は、相手の魔力を奪う能力を有してい
るようですね。
見落としておりました。だが、それも含めて見事です!﹂
何の事は無い。
自分の技ではダメージを受けなかったと言われた様なものであっ
た。
冗談ではない。完全に極まった必殺の一撃だったのだ。
多様な属性を持つ攻撃に対し、多数の結界で防御を行っても対応
しきれるものではない筈である。
それなのに⋮⋮
あの一撃で決定打にならぬのならば、アルノーに勝機は無かった。
そんなアルノーに無慈悲な言葉が追い討ちをかける。
﹁そうそう。此れほどのダメージならば、4,000回程私に当て
る事が出来たならば、私も消滅してしまいます。
ただし⋮⋮注意する点は、1時間足らずで40回分程のダメージ
ならば回復するという点ですね。
どうです? 希望が持てたでしょう。
では、そろそろ再開するとしましょうか?﹂
そう言って、両手を広げる。
隣で、バッカスが諦めたように溜息をついた。
﹁おい、アルノー。無理だな、時間稼ぎにもなりゃしない。
だが、何もしないよりはマシだろう⋮⋮
俺が時間を稼ぐから、ヒナタ団長を呼んで来てくれ。
アレは、団長クラスの人外の強さの者にしか、相手出来ない存在
だろうよ﹂
1339
と、アルノーに囁きかける。
﹁なら俺が時間を稼ぐ。お前が⋮⋮﹂
﹁バカヤロウ! お前の方が足が速いだろうが!
何より、お前と団長の二人でなら希望がある。
俺じゃ、役に立たないんだよ!﹂
アルノーを突き飛ばすように押しやり、バッカスが叫んだ。
その言葉に、唇を噛み締め走り出そうとするアルノー。
だが、現実は残酷であった。
﹁クフフフフ。おやおや、どこへ行こうと言うのですか?
私はここを足止めするのが任務です。どこへも行かせませんよ﹂
足止め? 一瞬意味が理解出来ない事を言われた気がしたが、そ
の事に気をやる余裕は無い。
アルノーの前に、座り込んでいた仲間達が立ち塞がったのだ。
﹁な! お前達、そこをどけ!﹂
そう叫んだアルノーに、悪魔は冷たい現実を突きつける。
﹁おやおや、お仲間ももっと遊びたがっている様子。
此方の仲間にならないかとお尋ねしたら、喜んで寝返ってくれま
したよ?﹂
言われて、アルノーは仲間達を良く見てみた。
どこか虚ろな表情に、恍惚とした感情を浮かべている。
1340
﹁ソ、ソフィアー! 止めろ、目を覚ませ!﹂
血を吐く様なバッカスの叫びに振り向くと、泣きじゃくっていた
もう一人の副官ソフィアとバッカスが対峙していた。
他の者達と同様の恍惚とした表情を浮かべて、剣を構えてバッカ
スに向き合っているのだ。
﹁貴様ー! 仲間達に何をした!!﹂
アルノーがディアブロを睨みつけ叫ぶ。
それに対し、悪魔は嘲笑を浮かべて答える。
﹁クフフフフ。何をと言われましても、ねえ⋮⋮
ただ、誘っただけですよ。先程申した通りに、ね。
私に恐怖していたので、すんなりと受け入れてくれたようです。
﹃誘惑﹄をね﹂
アルノーは悟る。
悪魔系の魔物の特徴に、誘惑のスキルがあった。
対象を魅了し、自分の意のままに操る能力。だが、聖騎士をも魅
了出来る能力を持つ悪魔など、聞いた事も無い。
魅了された者を助けるには、殺すか操っている者を倒すかどちら
かしかないのだ。
つまりこの場で出来る事は、仲間達の攻撃を躱しつつディアブロ
を倒すか、あるいは仲間を殺す事しか手段は無かった。
聖騎士相手に手加減し、意識だけ奪うのは現実的では無いし、魅
了された者は意識を失っても活動出来る場合もあるからだ。
何と言う⋮⋮自分達の認識の甘さを呪いたくなる。
この敵は⋮⋮、この悪魔は、明らかに災厄級。魔王に匹敵する脅
威だった。
1341
ソフィアと向かい合っていたバッカスは、背後から聖騎士2名に
羽交い絞めされてしまっている。
そして、そのまま締め落とされてしまった。気絶しただけのよう
だが、これで自分一人となってしまった。
自分一人でこの状況を乗り切るのは、至難どころの話では無い。
さらに⋮⋮
赤髪の悪魔は、その金に真紅の縦長の瞳孔を妖しく光らせて、ソ
フィアに手を翳した。
すると、美しい金髪だったソフィアの髪が、血に濡れた様な真赤
な色に変色していく。
それに伴い、ソフィアは恍惚とした表情を浮かべて⋮⋮
髪の色が急速に金色に戻っていった。
アルノーが怪訝な様子で眺めると、ソフィアは意識を失い昏倒す
る。
まさか! と、ソフィアを心配するより早く、
フォールン
﹁クフフフフ。危ない危ない。思わず、堕落させてしまう所でした。
そんな事をしてしまうと、序列1位の座が遠のく所です﹂
そんな意味不明の言葉を残し、ディアブロが此方を向いてくる。
どうやら今目にしたのは、聖騎士であるソフィアを堕落させ悪魔
の仲間にしようとしていたようだ。
そんな事が可能とは思いたくもないが。赤髪の悪魔の意味不明な
拘りにより、ソフィアは助かったようである。
だが、安心するのはまだ早い。
何しろ、
﹁さあ、再開しましょう。何度でも攻撃してきたら宜しい。
私が飽きるまで、相手をして差し上げましょう!﹂
1342
たった一人で応援も無く、周囲を5名の聖騎士に見張られて脱出
も不可能な中で。
それでも彼は諦めない。
彼に残された最後の希望は、彼等の団長であるヒナタが敵の親玉
を倒し自分達の下へと駆けつけてくれる事のみであったから。
アルノーは覚悟を決めた。
かくして、アルノーの絶望的な戦いが幕を開けたのだ。
1343
090話 vs聖騎士 その1︵後書き︶
思ったよりも話が長引いた。
主人公以外で一話使うとは⋮⋮
1344
091話 vs聖騎士 その2
アルノーが絶望的な戦いに身を投じていた同時刻。
別の隊の者達も、それぞれが異なる者達との戦いに結界構築を断
念せざるを得ない状況へと陥っていた。
例えば、一つの班の様子を見てみると⋮⋮
赤茶色の髪を持つ聖騎士の女性隊長グレンダ。
彼女の率いる小部隊は、順調に結界構築の準備を進めていたのだ。
そこに、突然一人の青年が歩いて来た。
悠然と歩くその青い髪の青年の額には、二本の触覚のような角が
生えている。
その角が、人間では無い事を雄弁に物語っていた。
グレンダは舌打ちし、結界担当の副官を残し隊員を散開させた。
﹁アンタもあの町の住人って訳かい?﹂
聞くまでも無い事だったが、部下の戦闘準備の為に時間稼ぎをす
るついでであった。
当然返事など期待してはいなかったのだが、
﹁そうだ。お前達に警告する。大人しく、ここで座って待っていろ。
そうすれば痛い目を見なくても済むぞ? お互いにとってもっと
も良い結果になる﹂
と、舐めた提案をしてきたのである。
1345
グレンダは鼻で笑い、その提案を跳ね除けた。
そもそも、魔物との取引など論外であったが、何よりも目の前の
オーガ
魔物はたった一匹。
オーガ
上位の大鬼族のようだったが、自分達の敵では無い。
大鬼族の特徴として、単純な力任せの戦闘を好むというものがあ
る。
高い身体能力に任せて、重量のある武器を振り回し敵を屠るのだ。
また、強靭な肉体は異常な程防御力が高く、再生能力を所持する
オーガ
者までいる場合もあった。
オーガ
大鬼族とは、一般の冒険者にとっての天敵のような存在なのであ
る。
オーガ
だがしかし、自分達は聖騎士である。大鬼族程度に負ける者など
一人もいないのだ。
オーガ
何しろ、Aランクに達する程の大鬼族など見た事は無い。
目の前の者は見た目的には大鬼族にしては軟弱な部類。しかし、
名持ち
ネームド
のユニークモンスターだと判断する。
その持つ雰囲気は上位の貫禄。
恐らくは、
その自信は、この森で並ぶ者無き力を有しているからこそのもの
だろう。
井の中の蛙
の如き愚か者に、世の中の広さを教育して
ならば、教えるまでであった。聖騎士と呼ばれる者の強さを。
この、
やるのだ。二度と、自分達を舐める事など思いもつかぬように。
だ! 三名でかかれ!﹂
︵まあ、ここで殺してしまうのだから、どの道二度目は無いのだけ
どね︶
A−
と、考えながらグレンダは目を細める。
﹁警戒せよ! 敵は一体。危険度は
ホーリーフィールド
部下を展開させて聖浄化結界を構築する事も考えたのだが、相手
1346
は一人。
漏れ出る妖気は大した事は無く、危険度は低そうである。
そうした判断が、グレンダの部隊の運命を決定した。
﹁無用心過ぎるぞ。相手を見下し過ぎているのではないか?﹂
三名の聖騎士が目の前の男に向かった直後、ゆらりと霞んだ様な
錯覚を覚えた。
そして、向かって来る三名を素通りして、歩みを止めずに此方へ
と歩いて来る。
素通りされた方の三名はと言うと⋮⋮そのまま暫く先まで走り続
け、そして倒れた。
すれ違う一瞬で、意識を刈り取られ身体を麻痺させられてしまっ
たようだ。
一流の戦士である聖騎士が、三名同時に戦闘不能にされたのであ
る。それも、一瞬で。
﹁な、何をした!﹂
﹁貴様、只者では無いな、何者だ!!﹂
デジャヴュ
口々に叫ぶ副官の声を遠くに感じながら、グレンダは焦りと共に
既視感を感じる。
それは、自分達の団長であるヒナタがよく口にしており⋮⋮
そして、目の前の男の醸し出す雰囲気は絶対的な強者のそれ。
今更ながら、ヒナタの忠告の言葉の意味が理解出来た。しかし、
時既に遅く⋮⋮
背後から忍び寄る影に、仲間である聖騎士達は全て昏倒された後
だった。
何事も無いと言いたげに、同じ顔の者達が霞みのように消えてい
く。
1347
どうやら、背後に最初から自分の分身を潜ませていたのだろう。
ヒナタと同様に、相手に忠告を与える時、それは既に戦いの結果
が出た時なのだ。
決して相手を見下していたつもりは無かったのだが、結果が全て
である。
グレンダは負けたのだ。
﹁別に名乗ってやっても良かったのだが、面倒でな。
お前を残したのは理由がある。
聖教会について、知っている事を全て話すがいい。
拷問については研究中なので、喋るのを拒否するなら練習台にな
って貰う事になる。
勿論、抵抗したければ好きにしろ。
さて、どうする? 俺はどちらでも構わない﹂
淡々と、表情を変えずに言う男。
その冷たい美貌と相まって、何ともいえない恐怖感が込み上げて
くるグレンダ。
抵抗は無意味。ならば、素直に喋るか死を選ぶか。
仲間の聖騎士が、全員生きているのは気付いていた。もし自分が
死を選べば、一人一人が同じように選択を突きつけられるだけであ
る。
ならば、少しでも時間を稼ぐ為に、ここは敢えて自分が拷問を受
ける事にしよう⋮⋮
﹁拷問でも何でも好きにするがいい。我等は決して魔物に屈しない﹂
グレンダは諦めたようにそう言った。
そして、剣を抜き霊力開放を行う。精霊武装を起動させつつ、相
手に対峙する。
1348
実力で及ばぬまでも、せめて誇りくらいは守り抜く為に。
その青黒い髪の美丈夫、ソウエイは、片眉を上げて少し不機嫌そ
うな表情を浮かべた。
そして、やれやれとでも言いたげに溜息をついた。
﹁そうか、抵抗を選んだか。俺は序列には興味ないから、素直に話
してくれるのが一番なんだがな﹂
その言葉を聞き終えるより早く、グレンダは動く。
その剣は素早く、捉えどころの無い軌道で相手を切り裂く。
しかし、切られた身体は分身体だったのか、霞となって消えうせ
た。
グレンダは悟る。相手の本体を見抜かぬ限り、自分に勝機が無い
事を。
﹁さて、それでは拷問を始める。喋りたくなったら言うがいい﹂
耳元で囁かれた甘い声に、グレンダの反応が遅れた。
戦闘をしているつもりなのはグレンダのみで、ソウエイにとって
はグレンダなど歯牙にもかけぬ存在であるのだ。
そして、グレンダの身体を快楽の波が貫いた。
身体に絡められ、性感帯を刺激する細い糸。痛みは無く、快楽の
みがグレンダを襲う。
﹁さて、気絶と絶頂は封じてある。気が狂う前に喋る事だ﹂
地獄の様な快楽の波の中、グレンダは必死で抵抗を試みる。
しかし⋮⋮残念ながら、その抵抗は長く持ちそうには無かったの
だ。
1349
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
影
達5
シオンに脅されるように戦場を駆け抜け、ゴブタとガビルは聖騎
士達の小隊へと遭遇した。
いつの間にかハクロウが傍らに立ち、ソウエイ配下の
名が後ろに続いている。
﹁足を引っ張らないで下さいよ、兄上!﹂
﹁大きなお世話なのである! 貴様こそ、我輩の邪魔をするなよ!﹂
そんな遣り取りを交わす、ガビルとソーカ。
相変わらず仲が悪そうだが、本当は仲が良いのは皆に知れ渡って
いた。気付かれていないと思っているのは、本人達だけである。
そんな遣り取りをしつつ、ようやく目的地点に辿り着いたのだ。
聖騎士達も、自分達に接近する魔物の一団に気付き、対応を終わ
らせている。
全員霊力開放を行い、完全武装を済ませていた。
ドラゴニュート
﹁気をつけよ! あの魔物共、雑魚では無さそうだ﹂
オーガ
﹁しかし隊長、龍人族が6匹もいますよ?
あの鎧も着用してないヤツは大鬼族ですかね?﹂
1350
オーガ
オーガ
オニ
﹁いや、信じられないけど大鬼族では無いぞ。妖鬼だ。
ユニーク
ドラゴニュート
自分の身体能力に頼りがちな大鬼族とは違い、特殊な能力を多用
する特殊個体だ!﹂
﹁ほう、厄介だな。だが、先頭の龍人族も異常な威圧を感じるぞ﹂
聖騎士達は相談する。
接近する魔物は、あの魔物の国の主力だろう。
厄介な者達が居たものだと、舌打ちする。だが、この一角の結界
構築を捨てたとしても他の場所に期待出来た。
ヒナタの読みの正しさを証明する形になる。
ドラゴニュート
ここに敵主力が来たのならば、都合が良いとも考えられるのだ。
オニ
﹁よし! あの大柄な龍人族は俺が倒す。
ドラゴニュート
貴様等二人は妖鬼を任せるぞ!
ホブゴブリン
その他五名で、残りの龍人族五匹を相手せよ!﹂
﹁了解! で、何か一匹混ざってるあの人鬼はどうします?﹂
隊長グレゴリーは、其方をチラリと一瞥し、
ホブゴブリン
﹁ッチ。雑魚が一匹混ざってやがったか。一瞬で俺が捻り潰してお
く!﹂
その言葉に頷く聖騎士達。
隊長の実力は良く知っている。人鬼如き、一撃で沈めるなど造作
ホブゴブリン
も無い事なのだ。
ただ⋮何で人鬼が混ざっているんだ? と、ほんの少しだけ疑問
に思っただけであった。
魔物相手にイチイチ名乗るまでも無い。
そういう意思を示すかのように、
1351
﹁邪魔するな、くたばれ! 覇王妖撃斬!!﹂
ハルバード
手に持つ斧槍を振り回し、絶魔の力を乗せて前方へと衝撃波を放
つ。
聖騎士グレゴリーの大柄な体躯から放たれる槍の一撃は、力ある
ホーリーカノン ハルバード
魔物をも一撃で仕留める破魔の攻撃。
それに加えて、本来は掌から放つ霊子砲を斧槍へと螺旋の如く纏
ハルバード
わり付かせ、敵へ向けて放ったのだ。
両手から斧槍へと注ぎ込まれた霊子は、螺旋を描きつつ力を込め
て先端で一つに纏まり放出される。
覇王妖撃斬とは、聖騎士グレゴリーの持つ対魔必滅の奥義であっ
た。
その放たれた衝撃波は一直線に光の帯となって突き進む。
即座に飛翔し、射線上から逃れるガビルとソーカ達。
残ったのは、ゴブタとハクロウだったが、ハクロウは地を蹴って
木々を伝いそのまま聖騎士に向かって行った。
残されたのは、ゴブタのみ。
﹁ちょ! マジっすか!?﹂
元より狭い獣道であり、ハクロウのような身ごなしでなければ、
逃れる先など無いのだ。
グレゴリーにしてみれば、上手く二、三匹仕留める事が出来れば
ドラゴニュート
御の字だったのだが、目的の雑魚一匹を仕留める事は出来ただろう
ホブゴブリン
と満足する。
オニ
そして、人鬼の事など意識から消して、上空から迫る龍人族と自
分の相手である妖鬼の気配を辿る。
こうして、この一角での戦端は開かれた。
一番災難だったのは、ゴブタである。
1352
誰一人、ゴブタを助ける事なく先に進んでしまったのだ。
﹁たく、冗談じゃないっすよ! か弱い自分を残して先に行くなん
て、薄情っす﹂
ブツブツと文句を言いながらも、迫り来る衝撃波に備える。
出鱈目な存在である幹部達に比べたら、自分の出来る事など少な
ラファエル
いのに。同様の扱いを受けても困るのだ、とゴブタは考える。
そして、
︵すいませんです、智慧之王さん! 緊急事態っす。この状況、ど
うすれば?︶
スターウルフ
︽解。まともに喰らえば、個体名:ゴブタは消滅します。
即座に星狼族との﹃同一化﹄を行い、影に潜って敵背後からの奇
襲を推奨します︾
︵了解っす! 毎度、助かるっすよ!︶
ラファエル
驚くべき事に、思念リンクの構築されている場合に限り、ゴブタ
ラファエル
は智慧之王との会話が可能となる。
スターウルフ
そして、智慧之王の演算に基づいて、即座に行動に移るゴブタ。
星狼族と﹃同一化﹄すると同時に影に潜り、衝撃波を回避する。
そして、そのまま移動を開始。
ラファエル
能力は大幅に上昇し、力も倍以上になっている事が実感出来た。
ゴブタは、智慧之王の演算を疑う事なく自分に攻撃を仕掛けた聖
騎士の背後へと廻り込む。
ラファエル
その相手が敵の隊長であり、もっとも実力のある者だと気付いて
いない。何も考える事なく、智慧之王に従っているのだ。
聖騎士グレゴリーは決して油断はしていなかった。だからこそ、
その気配に即座に対応出来たと言える。
背後に突然魔物の気配を察知し、前転しつつその場を離れたのだ。
それにより、突如背後から襲い掛かって来た狼の牙を避ける事が
1353
ホブゴブリン
ハルバード
出来た。そして、追撃の長槍の一撃を斧槍にて弾く。
仕留めたと思った人鬼が、無傷で背後から襲撃をかけてきた事実
にグレゴリーは驚いた。
しかし、歴戦の戦士である彼は、即座に相手に集中する。
相手を見下す気持ちは既に無く、自分が相手するに相応しい者で
あると認めたのだ。
ゴブタとグレゴリー。
互いに一歩も引かず、激しい戦闘が開始された。
影移動にて、誰よりも早く聖騎士の陣に突入する事に成功するゴ
ブタ。
これは、聖騎士だけでなくガビル達にとっても驚きであった。
﹁影移動、か。しくじったわね。影である我等よりも上手く使いこ
なしている﹂
﹁いえ、ゴブタちゃんは、凄い人ですよ﹂
﹁そうそう。実は、アタシらより強いんだぜ?﹂
ソーカの呟きに、トーカとサイカが答えた。
テンペスト
ゴブタが強いというのは初耳だったが、弱くは無い事は知ってい
た。
本当に、あの魔物の国には、強力な魔物が多いのである。
彼女達の主人であるソウエイにしても、底の見えない強さなのだ。
イチイチ驚いてもいられなかった。
﹁そうね、では私たちも良い所を見せないとね!﹂
そう叫び、ゴブタに意識を向ける聖騎士達に上空からの攻撃を開
始した。
連携を取り、相手の陣を崩す。
これにより、聖騎士達は個別にソーカ達の相手をせざるを得なく
1354
なったのである。
ガビルは二人の副官を相手に、蹂躙を開始する。
聖騎士であり、グレゴリー隊の副官でもある彼等は、決して弱く
は無い。
しかし、今回は武器の選択が問題だった。
魔素を切り裂く事に重点をおくその武器は、強固な竜鱗に守られ
たガビルの身体に傷を負わせる事すら難しかったのだ。
剣士として腕の立つ副官達だったが、ガビルも一流の戦士である。
ガビルの手に持つ水渦槍に阻まれて、副官達の剣は弾かれてしま
う。
それだけではなく、聖騎士の特徴として無詠唱での精霊魔法の行
使があるのだが、それが通用しないのである。
不意に魔法を放って敵を崩す事で、戦闘を有利に進める事も出来
ない。
何しろ、ほとんどダメージを与えられない上に、﹃魔力感知﹄に
よる空間把握で目潰しすら意味が無いのである。
まるで打つ手なしだった。
﹁グワハハハハ! どうした? こんなものであるか?
これだと、ハクロウ殿の訓練に一時間も耐える事は出来ぬぞ!﹂
そんな事を言いながら、自由自在に副官達をあしらうガビル。
聖属性の攻撃は元より、あらゆる属性に耐性を持つらしく、聖騎
士達の︿精霊魔法﹀を意に介さないのだ。
かと言って、剣術や体術でも負けている。
副官クラスの自分達が、二人がかりでも相手にならぬ程強力な魔
物。
そんな認めたくない者の存在に、ただただ時間稼ぎを試みる副官
たち。
1355
ホブゴブリン
オニ
隊長グレゴリーが人鬼を仕留めて戻って来るまでの間、耐え切れ
れば自分達の勝ちである。
ドラゴニュート
そんな彼等の頭には、既に妖鬼の姿が見えなくなっている事など
気に留める余裕は無い。
隊員達も、一騎当千と呼ばれる自分達に匹敵する龍人族の相手で
精一杯なのだ。
こうして、戦闘は継続し、各々が各々に匹敵する相手との戦いに
身を投じていった。
その様子を木の上から眺める者がいる。
ハクロウだった。
戦闘状況を眺めつつ、
﹁ふむ。ちと、ガビルのヤツが楽をし過ぎじゃな。
ソーカ達は、丁度良い相手のようじゃ。実戦に勝る訓練は無い。
良い相手に巡りあえて良かったわい。訓練だけでは危機感が足ら
ぬからな﹂
などと呟き、戦いの様子を観察する。
無論、危険な者には応援に向かう予定であったが、その必要は無
さそうである。
ラファエル
﹁ゴブタのヤツめ、その気になれば出来るものを、何時も逃げ回り
おって⋮⋮
だが、今日は上手く行ったわい。智慧之王様が上手く誘導して下
さったようだ﹂
そう言って、満足気に頷いた。
全ては計画通り。
1356
シオンが序列争いなどと、いつもの様に馬鹿な事を言い出した時
に、その計画に便乗する形で実戦訓練を思いついたのだ。
そもそも、ベニマルを差し置いて序列争い等しても、後で必ず文
句を言われてやり直しになるのが目に見えている。
本当に、シオンも一度痛い目にあえば良いのだ。
ラファエル
﹁いや、痛い目にあってもアレだから、無駄かも知れんな⋮⋮﹂
そう考えて、溜息をついた。
さて、計画の方だが⋮⋮
ラファエル
思念リンクを構築した際に、智慧之王との会話が可能になった者
は数名いる。
恐らくは、自分達に与えられた能力を司る者である智慧之王に選
マスター
ばれたのだろう。
その主であるリムルを守るべく、より手足を必要とするという判
断で。
現在の所は、此方の疑問や疑念そして、相談などに対応してくれ
ている。
それが必要と判断されなければ返答は無いのだが、今回は僥倖に
も返事が貰えたのだ。
レベルアップ
そうして立てた計画通り、聖騎士達との戦闘は継続している。こ
れで、ゴブタやソーカ達も技量上昇出来そうだ。
しかし、
﹁ガビルだけは、駄目だな。楽をし過ぎとる。終わったら、ワシが
扱かねばなるまいな﹂
そう不満気に呟いた。
哀れなガビルはその事を知らず、聖騎士相手に調子に乗っている。
彼の幸福な時間は、今暫く続くのであった。
1357
091話 vs聖騎士 その2︵後書き︶
主人公、空気! もういいよね、空気で。
1358
092話 vs聖騎士 その3
ランガは戦場を駆け抜ける。
身体が軽い。まるで羽のようである。
地を蹴る感触を感じる事が無くなり、いつしかその身体は空へと
駆け上っていった。
自然と、上位のひと握りの獣魔にしか使いこなせない︿飛翔走﹀
の技術を習得していたようである。
しかし、そんな事は瑣末な事でしかない。解き放たれた力の波動
エネルギー
に、只々喜びを感じるだけである。
その身体は力強く、魔素量の充実を感じさせるような脈動をして
いる。
漆黒の毛並みに覆われた四肢を、金色の稲妻が駆け巡っている。
漏れ出た妖気が放電しているのだ。
額には大きな金色の角が生え、左右に漆黒の角が以前と変わらぬ
異様のままに存在していた。
中央より伸びた黄金の角、それは純粋なるエネルギーを結晶化し
たかのような煌きを放っている。
さながら、王者の貫禄を見せていた。
稲妻を纏うその漆黒の毛並みは、闇の様に黒々とした輝きを纏い、
しなやかに風に靡いているかのよう。
しかし、そのような穏やかな様相とは異なり、天を駆ける速度は
既に音速を軽く超える。
ランガの周囲のみが、穏やかな空間のまま保たれているのである。
空間系結界を意識せずとも纏っている証であった。
力強く空へと舞い上がったランガは、眼下に聖騎士の一団を捕捉
する。
思念リンクにより、誰も向かっていない事は確認済みであった。
1359
急降下の勢いを殺す事もせず、そのまま聖騎士の一団へと向かい
突進した。
聖騎士フリッツは、ヒナタの命令通り着々と準備を進めていた。
今までもそうであったように、ヒナタの考えに間違いは無い。
疑う事も無く従っていれば問題は無いのだ。
今回もそうである。慎重に過ぎるとは思ったものの、用心し過ぎ
るからと言って悪い事は無いのだ。
たかが魔物の集団。国と名乗っているが、大した事は無い。
それがフリッツの考えだったのだが、わざわざヒナタに意見する
程の事は無かった。
ヒナタを崇拝する者の一人であるフリッツにとって、ヒナタの意
見に従う事は当然の事だったのだから。
そんな訳で準備は整い、他の結界担当班との合図が取れ次第、何
時でも結界の発動が可能になった時⋮⋮
災厄が天より降って来たのだ。
決して油断はしていなかった。
フリッツはこの作戦が大げさではあると感じていたが、ヒナタの
命令には忠実である。
だからこそ、確信を持って言えるのだが、自分は勿論の事、仲間
達にも油断や気の弛みは無かったのだ。
それなのに、天より降って来た黒い塊が一人の聖騎士を吹き飛ば
す。
油断が無かった。
その事を証明する出来事として、吹き飛ばされた聖騎士は生きて
いた。
生きているというだけの話だったけれども、生きてはいたのだ。
1360
フリッツが最初に命令し、実行させた事。
それは、全天方位、更に地中に対しても効果のある対魔結界を構
築し、安全を確保した事だった。
不意打ちを防ぐのは基本である。魔力を感知し、魔素による魔法
攻撃を防ぐのだ。
更に、精霊結界を構築し、多重の意味で温度変化や対毒対空気変
化などの複合結界を張り巡らせる。
ヒナタの教え通りに基本に忠実に、即座に反撃も可能なように一
番外周には索敵結界も張っていた。
しかし、今回の敵の襲撃は、余りにも速すぎたのである。
結界が魔物の接近を感知し警告を発した時には、既に最初の一名
が吹き飛ばされた後だったのだから。
外周からこの地点まで2kmはある。
危険察知は比較的遠距離からの攻撃に対抗出来るようにする為、
広範囲に張り巡らせるのが基本であった。
当然、仲間の結界と触れ合っても反応は無い。認識していない結
界パターンや、魔物にのみ反応するのである。
そうした高性能の結界を素通りしたのでは無い証拠に、その魔物
エネルギー
に触れた瞬間に外周結界は疎か、防御結界が全て破壊されたのだ。
想定する以上の高出力の魔素量に、結界の強度が耐えられ無かっ
たのである。
だが、結界を張っていたからこそ、最初の一名は命を取り留めた
のだ。
結界は決して無駄では無かったと言えるだろう。
だが⋮⋮複数の結界を突き破り、尚且つ精霊武装も意味を為さぬ
程の衝撃など、想像出来るものではなかった。
突然降ってきた魔物は悠然と歩き始め、自分が吹き飛ばした聖騎
士の下まで進んで行く。
フリッツは目を見開き、目の前の魔物を凝視する。
1361
隙を窺い、何とか仲間を救出する機を狙っているのだ。
しかし、恐ろしい程の威圧を放つその黒い大きな狼には、まるで
隙が見当たらないのだ。
一瞬で2km近い距離を走破したと考えられる魔物。
その手足は金色の稲妻を纏い、見た事も無い見事な角を有してい
る。
多様な結界を張り巡らせ、最初から霊力解放により精霊武装を纏
っていた聖騎士を、たったの一撃で行動不能にする凄まじさ。
災厄級
であると断定出来た。
フリッツにとって認めたくない出来事だが、目の前の魔物は明ら
かに
今は犠牲になった仲間に拘っている場合では無い。
対処を間違えると、自分達の全滅も有り得るだろう。
﹁総員戦闘体勢! 結界も放棄せよ。全力でコイツを叩くぞ!﹂
ヒナタの予想が当たっていた。
その事に思い至り、この危機の中だと言うのに喜びが込み上げる。
︵流石はヒナタ様、こういう事態も想定済み、ですか︶
フリッツは笑みを浮かべ、目の前の魔物に対する警戒を怠る事な
く、陣形を指示していく。
それは、目の動きや些細な仕草。
熟練された聖騎士は、その些細な合図を見逃す事なく、速やかに
対魔撃滅陣形を整える。
思考加速の補助魔法を受け、余裕を取り戻す隊員達。
対象の魔物を観察する。
そんな彼等に、
﹁何をしている。さっさと、この壊れかけを治癒してやるがいい﹂
目の前の魔狼が、前足でポイっと、自分で吹き飛ばした隊員を弾
1362
き飛ばして来たのだ。
一瞬、フリッツの意識が空転する。
助ける事を諦めた仲間を、敵である魔物が投げて寄越したのだ。
その意味を理解する事が出来なかったのである。
﹁おい⋮⋮さっさとしないと死んでしまうぞ!﹂
何故か焦ったように、金色の稲妻を纏った魔狼が言葉を発する。
重低音の腹の底まで響くような、恐ろしい声で。
﹁ラーマ副長は治療に当たれ、その他は俺に続け!﹂
その声に現実に戻ったフリッツは、隊員に命令すると同時に地を
蹴った。
この、恐るべき魔物の狙いは判らないが、これで心置きなく戦え
エレメンタルソード
る。そう考えて、気持ちを切り替えた。
手に持つ精霊剣に力を込め、精霊に祈りを捧げる。
剣が薄く発光を始め、大気の精霊が刀身を包み込む。
アースジェイル
﹁何のつもりかは知らないが、舐めるなよ化物! 喰らえ、飛斬剣
!!﹂
ヘルファイア
﹁我は願い奉る、御身の力で敵を捉え賜え! 大重力獄!!﹂
ブリザード
﹁炎獄の炎よ、敵を焼き尽くせ! 獄炎球!!﹂
ウインドブレード
﹁氷雪よ、吹雪を纏いて敵を凍らせろ! 氷吹雪!!﹂
﹁吹き抜ける風よ、刃となれ! 風切斬!!﹂
もう一人の副長であるギャルドは、フリッツ達の一斉攻撃を固唾
を飲んで見守る。
回復している仲間達を守るのは自分である。決して邪魔はさせな
いという気迫が篭った眼差しで、魔狼の様子を窺っていた。
1363
そして、驚愕する事となる。
目の前の魔狼は、嬉しそうに尻尾を振りながら、全ての攻撃をそ
の身に受けたのである。
如何なるモノも断ち切る、フリッツの飛斬剣。
剣先から、四属性の精霊の加護を闘気に混ぜて、一つの刃と為し
て放出する。
遠距離攻撃用の必殺剣技である。
アルノーには及ばぬものの、四属性の精霊に愛されたフリッツだ
からこそ使用可能なスキルであった。
その構造は単純であるが故に、動作から流れるように放たれる技
を予測するのは難しい。
躱したつもりでも間合いを無視する斬撃は、敵を追い詰め切り裂
くのである。
その攻撃が何もせずに立つ魔狼の、黒々とした毛皮によって弾き
消されるなど、想像もしていなかった。
フリッツの必殺技をサポートするべく、大地属性の︿元素魔法﹀
により重力力場が形成されていた。
魔物の動きを封じる目的だったのだが、動く事をしない魔物には
そもそも無意味であった様子。
ヘルファイア
切り裂いた部位を焼き尽くし、再生能力があったとしても敵を内
ブリザード
ウインドブ
側から焼き尽くすハズの獄炎球も、同様に毛皮に焦げ目を付ける事
さえ出来なかった。
レード
逃げる敵の動きを止める氷吹雪や、追撃し止めをさす予定の風切
斬も、毛皮に全て阻まれて無効化されてしまったのだ。
悪夢としか言いようの無い光景である。
例え、Aランクの上位の魔物であったとしても、今の一連の攻撃
に無傷でいられる者など数える程しか居ないはず⋮⋮
1364
﹁な⋮⋮﹂
﹁化物⋮⋮か?﹂
聖騎士たる隊員達が、思わず声に出してしまったのも仕方無いと
言えた。
副長であるギャルドさえも、同様の考えだったのだから。
全ての攻撃を意に介さず、何事も無かったかの如く平然と佇む魔
狼。
ユニーク
﹁き、貴様⋮⋮一体、何者だ? 牙狼族の上位種族に、貴様の様な
強力な特殊個体など存在しないはず!﹂
フリッツが堪り兼ねたように叫んだ。
フリッツも聖騎士の部隊を率いる隊長として、様々な魔物との戦
闘経験がある。
若い頃には、牙狼族の上位個体とも戦った事があるのだ。
だが、目の前の魔狼は、常識外れも良い所である。明らかに、魔
王に匹敵するその能力。
こんな個体は、本来ならばどこかの地方の守護神として祭られる
か、或いは災厄を撒き散らす魔獣王として名が知られていても不思
議では無い。
なのに、聖騎士たる自分達も知らないなど、世界の守護を担う者
としてあってはならない事なのだ。
﹁ふむ、人間よ。我が名はランガ。
偉大なるリムル様に授けて頂いた、尊き名よ。
スターウルフ
ユニーク
貴様等にも、その名を口にする事を許してやろう。
フェンリル
我が種族名は、星狼族。しかし、我は特殊個体である。
我はランガ。星崩魔狼王のランガ。
リムル様に仇なす敵を噛み砕き、討ち滅ぼす者なり!﹂
1365
重低音の腹の底まで響くような恐ろしい声で、フリッツ達に向か
い宣言した。
それは、明らかな威嚇。
敵対するならば死を与えるという事。
ホーリーフ
フリッツは吹き出る冷や汗を拭う事も出来ずに、その場に硬直す
る。
ィールド
冷静な思考で現状を考えてみるに、この魔物を滅するには聖浄化
結界に封じて力を削ぐしかない。
しかし、圧倒的な速度を誇るこの魔物を囲むように展開するなど、
出来る話では無かった。
なによりも、各人が別個に展開した場合、即座に一人ずつ殺され
るのが目に見えている。初手で既に詰んだ状態にされていると言え
た。
必死に思考を巡らせ、挽回する手段を考える。
補助魔法により加速した思考で、敵に対する有効な手立ては無い
か必死に探そうと試みた。
だが⋮⋮
目も眩むような閃光が走り、直後に轟音が背後で響いた。
プラズマ
副長ギャルドが、ほんの少しだけ移動を試みたのだ。それに即座
に反応し、放たれた放電。
ギャルドの足元に的確に命中し、ギャルドの動きを硬直させる、
何しろ、どれ程の高温がそれを可能とするのかは不明だが、ギャ
ルドの足元の地面の一部が高熱で溶融していたのだから。
下から吹き上がってくる熱気と、極度の緊張によって、ギャルド
も迂闊な行動は出来なくなった。
聖騎士たる彼等を持ってしても、今までに相対した事も無い強大
な魔物であると、最早疑いようもなく皆が確信出来たのだ。
為す術が無い。
絶望がフリッツ達、全員を襲った。
1366
プラズマ
精霊武装による守護があるとはいえ、地面を溶融させる程の高温
を発する放電には耐えられまい。
まして、稲妻の速度を回避するのは、いかな達人である聖騎士達
であっても不可能である。
最初に張っている防御結界と精霊武装を信じて、気力で耐えるし
か方法は無い。
それが例え玉砕になったとしても、ここで魔物に屈する訳にはい
かないのだ。
﹁お前達、ついてなかったな。ここの場所に、もっとも厄介なヤツ
が来てしまったようだ⋮⋮﹂
その、諦めの混ざったフリッツの言葉に、
﹁隊長、次は俺達が良い思い出来ますよ!﹂
﹁そうそう。毎回毎回貧乏クジって訳でも無いでしょう?﹂
﹁なーに、いつもの様に、何とかなりますって!﹂
口々に軽口を叩く隊員達。
皆、判っていた。ここで生き残る事は出来ないだろう、と。
それでも、この魔物だけは⋮⋮聖騎士としての誇りにかけても、
仕留める必要がある。
﹁よーし、お前等! 生きて帰ったら、俺の奢りで好きなだけ飲ま
してやるぞ!
命令だ、全員死ぬな! いくぞ!!﹂
ヒール
フリッツはそう叫び、命を捨てる覚悟で走り出す。
最初に倒された隊員も治癒により復活し、8名全員が一斉に動き
出した。
1367
訓練通りの、いや、訓練をも上回る最高の動きで。
不規則ながらも、互いの邪魔をしない複雑な動きを難なくこなし
⋮⋮
聖騎士達は、一斉にランガに攻撃を加えた。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
薄っすらと意識が戻るのを感じる。
全身を駆け巡る痛みに呻きつつ、フリッツは目を覚ました。
この痛みの中では、気絶する事すら難しい。
しかし。
︵おいおい、意識があるって事は、俺は生き残ったのか? ヤツを
倒せたのか?︶
一気に意識が覚醒し、周囲を見回すフリッツ。
すると⋮⋮
暴風が駆け巡り、その場で竜巻でも発生したかの如く地面が抉れ
螺旋状の傷跡が残っている。
⋮⋮良くこれで命があったものだ、そう思いつつ仲間を探した。
生き残っているのが自分だけで無い事を祈りながら。
そのフリッツの視界に、倒れ伏す仲間達が見えた。
吹き荒れる風に飛ばされたのだろう、あちらこちらに散っていた。
起き上がろうとするが、力が入らない。何とか這うように、一番
近くに居た者の下へと近寄って行った。
副長のラーマだった。幸運な事に生きている。
込み上げる喜びに、フリッツは自分の身体の痛みすらも忘れてい
た。
そうして一人一人の無事を確認し終えたフリッツに、絶望を告げ
る声が掛けられる。
1368
﹁人間よ、復活したなら続きをやるぞ。我もまだ復活したてで暴れ
フルポーション
足りぬのだ。
見よ、完全回復薬を持ってきてやったぞ。これで足りるだろう。
さあ、さっさと回復させて、続きを愉しもうではないか!﹂
尻尾を振りながら、嬉しそうに。
悪魔のような、いや、悪魔そのものの言葉を投げかけて来る魔狼。
その言葉を聞き、フリッツの意識は絶望に飲まれたように遠のい
ていく。
︵ああ⋮⋮。このまま気絶出来たら幸せなんだろうな⋮⋮︶
遠のく意識でそんな事を考えるフリッツだったが、勿論、そんな
甘い話は無かったのだ。
1369
092話 vs聖騎士 その3︵後書き︶
予想よりもランガさんが暴れすぎました。
1370
093話 vs聖騎士 その4
天高く上空まで飛び上がってから、シオンは眼下を睥睨する。
オーラ
その眼差しは、獲物を狙う猛禽類の王者の如き光を煌めかせる。
キリリと凛々しく美しい顔を引き立てて、禍々しい程の覇気を放
っていた。
難なく獲物の一団を視界に収め、シオンは勢いを付けて聖騎士の
小隊へ向けて下降を開始した。
レナードは本来は聖騎士では無い。
魔導を極めた天才、聖魔導師であった。
聖魔導師とは、神聖魔法と元素魔法を極めた者が名乗る事を許さ
れる称号である。
この世の法則を知り得る者、それが聖魔導師なのだ。
しかしレナードは、聖剣を振るう剣士として、幾つもの作戦に従
事している。
聖魔導師の顔を隠しつつ、それでも尚、聖騎士の隊長としての名
声の方が高まっていたのだ。
そして、何時しか聖騎士団副団長の肩書きを持つに到る。
それはひとえに彼の実力によるもの。
美しい剣技。アルノーが剛の剣とするならば、レナードは柔の剣。
二人の実力は伯仲していたが、アルノーがやや上回っていた。何
よりも、本番での粘り強さがアルノーの本領である。
最強の聖騎士としての評価は、その粘り強さを評価して捧げられ
たものであった。
だが、魔導師としても天才的な才能を有する魔剣士。それが本来
のレナードの戦い方。
1371
剣の実力ではアルノーに及ばぬものの、本来の魔剣士としての戦
い方であれば決して遅れは取らないだろう。
いや、遅れをとらぬどころか、強さでは上回るとレナードは考え
ている。
しかし、聖騎士にとって、︿元素魔法﹀の実力は評価の外である。
中には、自分の属性の精霊と元素魔法を融合し、無詠唱で即座に
高威力魔法を発動出来る者も存在するのだが。
それでもやはり、真なる強さとは聖属性の攻撃を極める事にある、
レナードはそう考えていた。
に直接助けられた事のある、彼の幻想。
そして、極めた剣術はいつしか聖なる高みへと上り詰め、何者を
勇者
も切り裂く力を得る。
それは、幼き日に
勇者は強かった。
ただひたすら強かった。
襲い来る魔物の群れを、剣のひと薙ぎで消滅させる。
人の数倍の大きさの悪鬼すらも、その剣の前では一撃の下に倒さ
れていくのだ。
絶望に包まれていた彼の住む隠れ里は、勇者の来訪により救われ
たのだ。
その日から、レナードは剣の魅力に取り付かれたのだ。
魔導を極める傍ら、毎日勇者の剣を思いだし、木刀で素振りを行
う毎日。
さっさと魔導を極めた彼は、隠れ里を出てイングラシア王国を目
指した。
そこで神聖魔法を習得しつつ、神聖法皇国ルベリオスへと移住出
来る機会を待ったのである。
神聖魔法をある一定以上のレベルで習得する事が、外部の人間の
神聖法皇国ルベリオスへの移住許可に必要であったのだ。
その結果、高いレベルでの神聖魔法の習得を成し遂げ、聖騎士見
習いになる事が出来たのだった。
1372
光
と
闇
。
後は、聖騎士として必須の精霊との契約だが、彼が契約出来た精
霊は
レナードは何食わぬ顔で、光の精霊と契約出来たとだけ報告した。
闇などいう、勇者から程遠い属性になど、興味無かったのだ。
こうして、光の聖騎士レナードは誕生したのである。
その悪夢のような存在は、空から落ちてきた。
地面が軽く抉れて、辺りに土煙が舞い上がる。
レナードは焦る事なく、既に対処を終えて隊員達に指示を下して
いた。
ホーリーフィールド
対象を中心に四方を2名づつで囲む。
簡易型の聖浄化結界を展開させるのだ。
さっさと終わらせて、ヒナタの命令を遂行させる方が良いと判断
したのである。
感知出来た存在感は、異常に高かった。Aランクの魔物でも、上
位存在であるようだ。
恐らく、あの魔物の国に存在する者の中でも上位の存在だろう。
もしかしたら、魔王その者が襲撃して来たのかも知れない。
この戦場のあちらこちらに、レナードの感知魔法に警鐘を鳴らす
程の魔物が点在している事に気付いている。
他の聖騎士は気付いていないようだが、ここら一帯は魔力の流れ
がおかしく、魔素の濃度は異常な数値になっているのだ。
目の前の敵もその一人。
油断は命取りになる。即座に処分してしまったほうが良いだろう。
ホーリーフィールド
﹁目標に対し、聖浄化結界を発動せよ!﹂
対象を確認する迄もない、そう思い、命令を下した。
即座に四方へ散った聖騎士が反応し、聖なる結界が展開される。
1373
結界の発動は完璧であり、内側からこの結界を破る事は出来ない
だろう。
ただし、それは完全では無い。簡易型は所詮、簡易型なのだ。
範囲が狭く、中からの攻撃を全て防げるかというと疑問が残る。
一辺が20m程度の正方形で発動しているが、結界内で魔素が全
て消え去る前に極大魔法を発動されれば破られる可能性もあった。
本来の結界の範囲が広大な理由はそこにあったのである。
もっとも、魔素の通過を防ぐという点では、同等の性能を誇るの
でこの際文句を言ってはいられなかった。
レナードは油断無く、二人組の相方に防御結界の展開を指示する。
この浄化結界で敵を殺す事は出来ない。
結界外から内側に攻撃を仕掛ける事も可能だが、それは相手を確
レア
認してから行う事にする。
反射属性を持つ希少な魔物であった場合、迂闊な攻撃は被害を拡
大させるのだ。そんな失態を犯す訳にはいかないのである。
煙が収まり、そこに佇む一体の魔物。
スラリとした細身の、紫がかった黒髪の長身の女性。
長髪が背中に流れているのがよく似合う、美しい顔をしていた。
ただし、その額には二本の角。
白い肌が着流しの着物から見えている。
漆黒の鎧を身に纏ったその姿は、見る者の目を惹きつけた。
その紫の瞳をレナードに向けて、その女性が口を開く。
﹁我が名はシオン。リムル様の第一の下僕。
服従か、死か
と。
さて、お前達。我が主君はこう仰っている。
賢明な諸君は、この意味が理解出来る事と思う。
さっさと武装を解き、私の軍門に下るがいい!﹂
1374
何故か誇らしげに第一の部分を強調し、そう宣言してのけた。
オニ
レナードは相手を観察し、そのシオンと名乗る魔物の実力を推し
量る。
オニ
オーガ
明らかに異質。敵は、妖鬼だと判断を下す。
妖鬼とは、大鬼族の中でも力ある個体が、長き年月を生き延びて
進化する者。
神通力と呼ばれる、天変地異をも操る程の高等能力を有する個体
ネームド
名持ち
で、妖鬼の力を持つ魔物。
オニ
も存在したようだ。
最早、魔物というよりも土地神と言えるレベルの存在であった。
だが、神聖法皇国ルベリオスの認める神は、唯一神ルミナスのみ。
勇者に祝福の口付けを授け、聖なる加護を与えると言われる聖霊
の申し子。
土地神であれ、地方の守護神であれ、その存在を認める事は断じ
て出来ない相談である。
﹁黙れ! 邪悪なる魔物め。汚らわしいその存在を、この世から抹
消してやる!﹂
ホーリーカノン
レナードはそう叫び、聖騎士に霊子砲の一斉射撃を命令した。
相手が聖なる属性であればまったく通用しない攻撃であるが、魔
物であるならば無効化は不可能。
ホーリーカノン
自然属性の地・水・火・風と違って、聖と闇の属性に無効化は出
来ない。
天使系の聖属性の魔物以外、霊子砲を防ぐ事は不可能なのだ。
レナードの命令を受けて、一斉に攻撃に移る聖騎士達。
四方から降り注ぐ聖なるエネルギー弾が、シオンに襲いかかった。
﹁それが答えか? 殺すぞ?﹂
1375
と、どうしてコイツら言う事聞かないの? という感じで再度問
うてくるシオン。
ホーリーフィールド
その質問を投げかけながらも、その手にいつの間にか出現した大
太刀にて、全てのエネルギー弾を受け止めている。
だが、そんな脅しに屈する筈も無い。
いくら土地神クラスの化け物だと言っても、既に敵は聖浄化結界
に捉えられているのだ。
こちらは結界を維持しつつ、敵の弱体化を待ち止めを刺すだけで
ある。
ただ⋮⋮弱体化している上で尚、その振るわれる剣速が達人クラ
スの自分と同等である事は賞賛に値するとレナードは驚嘆していた。
ホーリーカノン
聖属性エネルギーを何発も受けても壊れる素振りも見せない剣も、
異常と言えば異常だったのだが。
その時、聖騎士の一人が呻き声を上げた。
四方の一角、その防衛と攻撃を担当していた聖騎士に、霊子砲の
弾を打ち返したようであった。
聖なる属性を剣で受け、そのエネルギーを纏った状態で次弾を打
ち返し攻撃に転じたのだ。
有り得ぬ事をする。
それは、一瞬のタイミングでしか行えぬ神技のような高等技術。
レナードは慌てて攻撃中止を命令した。
攻撃を受けた聖騎士も、不意を討たれて動揺しただけで怪我は大
ホーリーフィールド
した事が無さそうだった。
しかし、聖浄化結界内から、聖属性の攻撃を打ち返して来るとは
予想外である。
聖騎士達も驚きを隠せぬ様子だった。
レナードは驚愕の思いを飲み込み、舌打ちを我慢して次策を考え
る。
シオンはシオンで、狙い通りに弾けなかった事に腹を立てていた。
1376
そもそも、一方通行で外からは攻撃出来るが、内からは攻撃出来
ないのである。
この結界、聖属性は素通り出来るがそれ以外の一切の攻撃を通過
させないのだ。先程こっそり試した結果、﹃空間移動﹄すらも封じ
られている事が判明している。
シオンのイライラは限界に達しそうなほど高まっていた。もとも
と我慢の限界値が低いのだが、本人はかなり我慢しているつもりに
なっている。
暴れだすのは時間の問題だった。
﹁おい⋮⋮。おい、お前ら。私が優しく言っているうちに、さっさ
と軍門に降れ、な?
今なら殺さずにおいてやるし、何なら特別に私の手料理も食わせ
てやるぞ?
どうだ? 素晴らしい提案だろ? これが最後の警告だぞ、どう
する?﹂
ぐっと怒りを我慢して、必死に笑顔を浮かべてシオンは問いかけ
た。
完全に上から目線で、聖騎士を歯牙にもかけぬ物言いなのだが、
本人は至って真面目である。
だが当然、聖騎士にそのような事情が伝わるハズも無く⋮⋮
﹁馬鹿め! 結界に囚われて何も出来ない状態で、偉そうにほざく
な!﹂
ホーリーフィールド
と、一人の聖騎士が答えたのだ。
確かに、聖浄化結界は捕らえた魔物を弱体化させる。
その原理は単純で、結界内の魔素を浄化し無くす事にあった。
魔素の塊である魔物は、その存在を維持する為に能力を用いる必
1377
要がある。だからこそ、十分の一程度の能力しか出せなくなるのだ。
そして魔素が無くなるという事は、魔法や妖力による術や神通力、
魔力操作その他一切の法則への影響を及ぼす特殊能力が使用出来な
くなるという事。
仮に発動出来たとしても、聖結界は魔素の通過を阻止する為に、
一切の攻撃を通さないのである。
内側からの攻撃はほぼ防いだも同然。聖騎士達は、自分達の優位
性を信じて疑わない。
だが⋮⋮。
魔素の通行を阻止する結界だが、純粋な物理エネルギーは通過さ
せてしまう。
その事を熟知しているレナード等は、その事を十分に警戒してい
た。
例えば、結界内で爆発を生じさせたとしたら。爆風と破片は、結
界を素通りして聖騎士達を襲うのである。
故に、物理的な攻撃への対処結界は徹底して構築させていた。攻
撃の種類を特定し、対策を立てるのは当然の事だからである。
オニ
それでも、そこまでした上で尚、レナードの不安は拭えない。
見ると、シオンと名乗った妖鬼は、足元に転がる拳大の石を拾っ
ている。
何をするつもりか、即座に検討がついた。
聖騎士達、特に正面に立つ者達は緊張し、その攻撃に備える。
轟音が響き、シオンの正面に立つ聖騎士の前で小爆発が生じた。
シオンが力を込め、その石を聖騎士達に投擲したのだ。その投擲
された石が、聖騎士の張る対物理結界に衝突し、弾け飛んだのであ
る。
凄まじい威力であった。
ホーリーフィールド
能力制限を受け、弱体化していてこれなのだ。
もしも聖浄化結界の展開が間に合わなかったらと思うとゾッとす
る。
1378
オニ
目の前の妖鬼は、余程悔しいのか地団太を踏んでいる。
地に地割れが生じるあたり、どんな力が込められているのやら⋮⋮
見た目が理知的で美しい女性なのだが、そのギャップも酷いもの
だ。
﹁結界を維持している者は命がけで維持せよ! 手の空いた者は、
霊子崩壊
を仕掛ける。
ディスインティグレーション
私に霊力を同調させよ。
四方より中央へ収束させ、逃げ場を封じるぞ! ヤツを生かして
霊子崩壊
は、対象を捕捉し決して逃がさない。
ディスインティグレーション
はおけない!!﹂
完全なる
直撃すればいかなる存在をも崩壊せしめる威力である。ただ、今
回のように範囲が広い場合は威力の拡散は防げない。
まして、聖騎士とは言え、全員が発動出来る魔法では無いのだ。
霊子
ディスインテ
今回の場合、聖騎士はエネルギーの供給を行い発射台の役目を担
うのみ。自分が四方を同時に起爆を行う事により、広範囲の
を可能とするのである。
ィグレーション
崩壊
霊子崩壊
を使用出来るのは自分とヒナタのみ。ま
ディスインティグレーション
この場に居たのが自分で良かった、そうレナードは安堵した。
そもそも、
して、広範囲型はヒナタにも発動出来ない高難易度の禁呪であった。
霊力使用量が莫大になりすぎて、使用者の命すらも脅かすのであ
る。
それでも、だ。
目の前で暴れて、石を投擲してくる化物を見やり、思う。
こんな危険な魔物は、世に解き放ってはならない、と。
そう決心し、レナードは命令を下した。
ホーリーフィールド
聖騎士達もレナードの意思を読み取り、即座に行動に移す。
聖浄化結界内でさえこれだけ暴れまわる化物なのだ、もしも結界
が壊れたらその先を想像するのも恐ろしい。
1379
連携は完璧に行われ、20m四方の正方形を光の帯が覆い尽くす。
連結されると同時に四方から同辺の長さで天頂へと光が走り、ピ
ラミッドのような形をした光の檻が完成した。
シオンは暴れるのを止めて、鋭い視線で光の檻を眺める。
どうやらあの光は危険だ、そうシオンは判断を下した。だが、結
界を張る事も出来ず身を守る術は無い。
人間どもを見下しすぎていた、そうシオンが思った時、
霊子崩壊
!!﹂
ディスインティグレーション
﹁滅びよ! お前の様な危険な魔物は存在してはならない!
神は、一人で十分なのだ! 聖騎士達の中で、一際力有る者が叫んだ。
その声と同時に、四方と天頂を基点として、光の奔流がシオンを
襲う。
﹁舐めるなよ、人間ども! リムル様、私をお守り下さい!!﹂
シオンは内在する魔力で全身を覆い、衝撃に対し身構えた。
それは一瞬。
周囲に光の爆発が起こり、熱も衝撃も伴わぬその光で辺りは何も
見えなくなる。
慣れている聖騎士にとっても、その光は強烈だった。だが、自分
達の役目である結界の維持を怠る者はいない。
魔物の死は確実であろうが、命令あるまで結界の維持を行うのは
鉄則なのだ。
レナードに霊力を同調させた者達は、皆一様に力を使い果たしそ
の場に崩れ落ちる。変則的な魔術の行使で、心身ともに疲労したの
だ。
1380
鍛えている聖騎士とは言え、これは仕方無い事であった。寧ろ、
死ぬ者が出なかった事を評価すべきなのである。
レナードも肩で息をしながら、全員の無事を確認し安堵した。
だが、一息つくにはまだ早い。目的の魔物の生死の確認が先であ
る。
対個体専用魔法を範囲で使用したのだ、無理が祟ってレナードの
足も覚束ない。
オニ
それでも何とか気力で顔を上げ、対象を確認する。
中央付近に、妖鬼の残骸のようなグズグズになったナニカが転が
っている。
全てを消滅させる事が出来なくて、一部が残ってしまったようだ。
だが、アレで生存は不可能であろう。いくら魔物とは言え、四肢
も無く胴体部分に大穴が開きまくった状態では死を待つ以外に出来
る事は無い。
レナードは溜息をつき、対象の撃破を確信した。
恐るべき魔物だったが、何とか倒せたのだ。
犠牲者を出す事無く倒せたのは僥倖だった。初動を間違えていれ
ば、全員殺されていた可能性もあったのだ。
だが、目的はあの魔物ではない。その事を思い出し、気持ちを切
り替える。
ホーリーフィールド
そして、任務続行について考え始めた。
本来の任務はここの地点での大規模な聖浄化結界の一角を維持す
る事であった。
オニ
ヒナタのサポートを行う為の重要な任務である。しかし、今回の
妖鬼の襲撃により全員精魂尽き果てた状態になっている。
任務の続行は難しいかも知れない。そう思った時、違和感に気付
いた。
どの区画の結界も発動している気配が無いのである。
自分の所に襲撃があったように、他の区画にも襲撃があったのだ
ろうか? だとしても、これほどの強力な魔物が襲った訳でも無い
1381
だろうに、対応が遅すぎるようである。
︵弛んでいるようだな、いい機会だ。この任務が終わったら、全員
鍛えなおしだな︶
レナードはそう考え、ともかくアルノーに連絡を取ろうとし⋮⋮
ゴミ
﹁ぎ、ぎざま、貴様ら⋮⋮。ゆ、ゆるさん。絶対に許さんぞ、人間
どもが!!﹂
邪悪な気配を感じ、振り向いた。
ホーリーフィールド
そこに見たのは、信じたくない現実。
未だ効果を発揮する聖浄化結界の中央で、ゾンビか幽鬼の如く、
ボロボロのナニカが立ち上がろうとしていた。
を受けて生き残った、だと!?﹂
ディスインティグレーション
霊子崩壊
結界を維持している聖騎士も青褪めて、レナードを振り向いてく
る。
﹁ば、馬鹿な! 思わず声が漏れ出ていた。
霊子崩壊
オニ
を受けて生き残った者
ディスインティグレーション
常に冷静沈着なレナードらしからぬ失態である。
だが、無理も無い。何しろ、
など、過去に例が無いのである。
レナードの見ている前で、ゾンビの様になったその妖鬼は、元の
オニ
美しい肉体へと修復を開始している。それも恐ろしい速度で。
一分も掛からずに元通りに修復を終えて、その妖鬼はこう言った。
﹁同じ痛み、同じ苦しみ、そして倍する恐怖を与えてやるぞ、人間
!!﹂
瞳を妖しい真紅に染めて、シオンはそう叫ぶ。
そして一気に走り抜け、大太刀で結界に斬り付けた。
1382
その衝撃の影響はまるで無い。その事に安心しかけた聖騎士達を
恐怖が襲った。
結界に亀裂が走ったのだ。そして⋮⋮
﹁フン、やはりな。高密度の結界という訳ではなく、純粋に法則を
弄った特殊結界だったか。
私の﹃料理人﹄のスキル効果で、結果を弄ればどうという事も無
かったな﹂
そう言いつつ、レナードの前で驚く聖騎士を切り捨てた。
首が刎ねられたハズなのに、結果は異なる。聖騎士の四肢のみが
転がっているのだ。
フルリカバリー
レナードの目でも追えぬ程の速度? どうにも違和感を感じなが
らも、まだ生きている聖騎士に瞬間回復魔法をかけた。
だが⋮⋮
魔法が発動する気配は無い。
その事に動揺するレナードに対し、
﹁ククク、愚か者め。その人間は、四肢を無くした状態が正常にな
ったのだ。
回復魔法などで治癒出来る訳が無かろう? 既に何の問題も無い
状態なのだから﹂
シオンが愉しそうにネタバラシをした。
ホーリーフィールド
その言葉の意味を理解し、心の奥底から恐怖が込み上げてくるレ
ナード。
そもそも、聖浄化結界の効果を書き換えた時点で認めたくは無い
がその可能性に気付いていたのだ。
そして、今目の前で見せられた事象が、その考えを裏付ける証拠
となった。
1383
事象、法則の書き換え。自分の望む結果を得るというその能力。
確定された自分の望む結果を出すというその能力の前には、如何
なる防御も意味を為さないかも知れない。
対抗するには、より強き想いにて結果を上書きするしか無いのだ。
同系統の能力を持たぬ者に、対抗する手段は無い。
天才であるが故に、レナードはその意味を悟り、絶望する。
自分達に対抗する手段が無い事を悟ったのだ。
そして思い至る。世に悪魔が解き放たれた事に。
﹁ありえん⋮⋮。そんな馬鹿な⋮⋮。こんな、こんな化物が、なん
で⋮⋮﹂
恐怖。
シオンの宣言した通り、レナードの心に恐怖が込み上げて来た。
そんなレナードを後回しにし、気絶する聖騎士や、霊力を使い果
たし逃げる事も出来ない者達の四肢を奪っていくシオン。
レナードの眼前に、四肢の無くなった仲間達が並べられるまで然
程の時間を要さなかった。
恐怖で気が狂いそうなレナード。
そんな彼の耳元で、
﹁さあ、お前の番だぞ?﹂
と、優しい声で囁かれる。
レナードの本当の恐怖の時間は、今始まったのだ。
1384
サカグチ
シズエ
イザワ
094話 黒幕の存在
ヒナタ
坂口日向が井沢静江と出会えたのは幸運だった。
ほんの少しの間だったけれども、本当の意味でヒナタが心を許せ
たのは、静江だけだったのだから。
一月。
その短い期間で静江の持つ技術を全て奪い、ヒナタは静江の下を
去って行く。
それは、拒絶される事を恐れたからだ。結局の所、奪われる事が
怖かった。
何よりも、
﹁僕達は、シズさんに迷惑をかけている。
組合は貧しく、働かない者の食い扶持まで面倒を見る余裕は無い
よ。
だから、一緒に働かないか?﹂
何気ない同郷の少年の言葉。
単に自分を誘ったのだという事は判っていたのだが、迷惑をかけ
ているという言葉が心に深く突き刺さったのだ。
彼女が静江の下を出る事を決意したのは、この時だ。
ヒナタが静江の下を立ち去る時、その少年はヒナタを追い掛けて
来てこう言った。
﹁きっとまた会おう、必ず! その時は、僕を手伝ってくれよ!﹂
言葉通りに、素直に受け取るヒナタ。
情の希薄なヒナタではあったが、その少年は同郷というだけで少
1385
しは心を許せるような気がしていたから。
だから、何の違和感も無く頷いた。
そうして、ヒナタは旅立った。
世界は絶望に満ちていて、人は容易く命すらも奪われる、そんな
世界。
彼女は生き抜くために力を得た。
そんな折、立ち寄った国で衝撃を受ける。
災害級の魔物に襲われて、何名もの人が死んでいた。そんな中、
子供達を守るように闘う者達。
大人達は誰一人として逃げようとはせずに、子供達の盾になって
いる。
生きるために、自分の身を守る事しか考えない者達しかいないと
思っていたのに。
戦っている者達は聖騎士と呼ばれる者達だった。
この町の付近を定期的に巡回し、人々を守る正義を担う者達。
自分の生きる場所はここだ、ヒナタはそう直感した。
そして、その事に何の疑問も抱く事無く⋮⋮
あれから、10年経った。
神を信じないヒナタが、今では聖なる守り手の頂点に君臨してい
る。
それは皮肉な事ではあったが、他人の為に生きる事の出来る者達、
神聖法皇国ルベリオスの民を守る為の尊い職である。
ヒナタは何の疑いもなく、その事を正義だと信じている。
他人の為に生きる事。例え、自分の身を犠牲にしてでも。
そうすれば、皆が幸せになれるのだから。そして同時に、魔物は
滅ぼさなければならないのだ。
いつもいつも定期的に、人々の幸せな暮らしを邪魔するのが魔物
なのだ。
1386
本国は強固な結界に守られているけれども、周辺の町や村は別で
ある。
聖騎士が巡回しているからこそ、少ない被害で済んでいるものの、
定期的な魔物の襲撃は日常茶飯事であった。
ジュラの大森林方面の事情とは異なり、こちら西方の魔物は餌が
少ない。
砂漠地帯と不毛な大地が広がるばかりなのだ。
かつて、強大な魔力を誇る魔王同士が戦った跡地だと言われるそ
の不毛の地。
そこは、瘴気の濃度が濃い場所が多く、頻繁に魔物が発生する。
だからこそ、人々の守り手たる聖騎士に人々は希望を託すのだ。
聖騎士が、魔物に騙されて殺された事も一度や二度では無かった
ようだ。
頻繁に起きた為、教義にも魔物との取引を禁ずるという一文が明
記された程であるそうだ。
それは、何百年も人々の暮らしを守り続けて来た西方聖教会の知
恵とも呼べる。
いつしか、教義を守る事こそが、幸せに繋がると信じられる程に。
最初は教義をも信じていなかったヒナタだが、その合理的な考え
方には共感を覚えた。
そして、いつしか⋮⋮
教義を守る事こそがヒナタの正義になっていったのも、皮肉な話
である。
魔物との戦いに明け暮れる日々。
同じ事が繰り返されるだけの毎日に退屈を感じ始めたのは、いつ
からだっただろう。
ヒナタが騎士団長になってから対策が進められ、今では被害は驚
く程少ないものとなった。
1387
魔物の発生地点の予測や被害予測。連携の仕方や、巡回のタイミ
ング。
そうしたシステムの最適化が効果を発揮したのだ。
だからこそ、聖騎士達のヒナタへ対する信頼は高いのだ、とヒナ
タは考えている。
だからこそ、自分が教義を破る訳にはいかないのだ。
自分には責任があり、魔物から人々を守るという使命がある。
部下からの信頼も得て、戻るべき場所も出来たのだ。
自分を愛してると言ってくれる、ニコラウスだって⋮⋮
ヒナタは結局、恐れていたのだろう。
全ての物事に執着していないようでいて、自らが手に入れた物を
失う事を何よりも恐れていたのだ。
完全なる管理の下で、人々は、幸せに生きる事が出来る。
ヒナタはそう信じていた。
そして、完全なる管理社会である神聖法皇国ルベリオスの有り様
は、ヒナタの考えが正しいと証明しているのだ。
そのハズだった。
だからいつもの様に。
シンプル
魔物を倒す、ただそれだけ。
単純な思考。だが、それでいい。
教義を守る事こそがヒナタの存在意義であり、正義なのだから。
親からも愛される事のなかった少女、ヒナタの歪んだ心。
その心を支える、たった一つの信念。
その信念を守る為に、ヒナタは戦いを決意した。
そして、今。
状況は悪い。笑える程に。
だが、おかげで吹っ切れた。
悩むのも、考えるのも止めた。
1388
自分の信念が正しいのか、間違っているのか。それすらもどうで
も良い。
目の前の魔王は、ヒナタのユニークスキル﹃数学者﹄でも底が見
えない。
明らかな格上。少し前に対峙した時とは次元が違う。逃がした事
を悔やむ気持ちも消えていた。
ひたすらに退屈な日常。
それは今、終わりを告げた。
勝算無き戦いなど、愚者の行い。それなのに、ヒナタは心の高揚
を感じていた。
リムル
ドラゴンスレイヤー
︵私が間違っているだと? ならば・・・それを証明してみせろ、
魔王!︶
手に持つ大剣、竜破聖剣を抜き放ち、ヒナタは魔王に対峙する。
薄く笑みを浮かべるヒナタ。
高ぶる心そのままに、ヒナタはリムルに向けて剣を向けた。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ヒナタと対峙して改めて思う。
この女、隙が無い。
思考加速で剣の動きを遅くして認識し、ようやく受け流す事が出
来るレベルなのだ。
1389
既に数合の打ち合いをこなしているが、此方の攻撃はカスリもし
ないのに、相手の攻撃は今にもカスリそうである。
まあ自慢じゃないけど、カスってはいないって事なんだけどね。
てな訳で、お互いの攻撃を捌きつつ相手の隙を窺っている訳だが、
ラファエル
これがまったく見当たらない訳だ。
魔王に覚醒して智慧之王のサポートを受けてコレなのだから、ヒ
ナタのヤツは化け物である。
正直、もう少し俺が圧倒出来ると思っていた。
此方の剣の軌道を完全に読んでいるかの如く、迷う事無く受け流
されるのだ。そして、鋭い切り返しで此方の隙を突いてくる。
以前の俺なら、まるで歯が立たなかっただろう。
前回の対峙の際、ヒナタはほとんど本気を出していなかったとい
う事だ。
激しい打ち合いを暫く続けながら、ヒナタの様子を観察する。
その口元には薄らと笑みが浮かび、その瞳は此方を直視している。
だが、ヒナタの動きは目に頼ってはいない。その瞳は俺に据えら
れて、全周囲に張り巡らせた気配を察知するセンサーのような感覚
にて攻撃を感知している様子。
身体の軸がブレる事は無く、いかなる動作にも対応出来るように
自然な状態を保っている。
その動きに力みは無く、予備動作を見せる事なく様々な攻撃が繰
り出されるのだ。
ヒナタが俺の攻撃をどうやって予測しているのかは知らないが、
俺の動作は完全に見切られている。
対して、おれはヒナタの攻撃動作を見てから、身体能力に物を言
わせて必死に回避している状況だった。
当然、無駄が多いのは俺の方である。
ヒナタを圧倒出来るハズの身体能力があってこそ、何とか攻撃を
レベル
喰らわずに対処出来ているのだ。
技量は比べる迄も無く、ヒナタが上なのである。
1390
けれども、それだけの圧倒的な技量差があるにも関わらず、ヒナ
タが油断する事は無かった。
最早小手先の小細工を仕掛けて来る事も無く、闘気を纏わせた剣
撃のみで俺に対処して来る。
その闘気には聖属性のみを纏わせているようで、受け損なったら
ラファエル
ダメージを受けるのは間違いなさそうだ。
智慧之王によると、あの剣も特殊能力を有しているらしく、俺の
結界も破られてしまうとの事。
もっとも有効的な攻撃が派手な技や魔法に頼る事では無く、堅実
な剣術であるというのがヒナタらしかった。
実際、俺以外の者でヒナタの剣撃に耐えられるのはハクロウくら
いのものである。
しかし、ハクロウならば魔法による攻撃を織り交ぜられて勝利す
る事は出来ないだろう。
俺に対する有効な魔法が無いからこそ、魔法を使用していないだ
けなのだから。
ヒナタは戦闘の天才だ。
アルティメットスキル
分身を出して攻撃させたとしても、一瞬で切り捨てられるだろう。
どうも、究極能力の唯一の難点が、その能力を使いこなすのが本
体でしか無理であるという点である。
つまり、意識の無い人形を操作するように分身を出すか、或いは
意識のコピーを投影し劣化能力を用いるか。
本体から意識を飛ばし、殺られたら本体に戻るというのならば能
アルティメットスキル
力を完全使用出来るのだが、複数同時は無理である。
分身全てに究極能力を持たせる事が出来ないのだ。
ユニークスキルもそうだったが、分身の能力はある程度は本体と
同等なのだが、完全に能力のコピーまでは出来ないのである。
ソウエイはその辺りは上手くやっていて、必要な能力のみを付加
アルティメットスキル
しているようだった。
今回のように、究極能力のサポートを受けて互角の相手に、下手
1391
な分身で攻撃を仕掛けても意味が無い。
分身の攻撃でヒナタに隙が出来るならばいいが、此方に隙が出来
たら目も当てられなかった。
地味な作戦になるが、ヒナタの疲労を待つ方が確実である。何し
ろ、此方は疲労する事は無いのだし。
互いの攻撃が互いに当たる事もなく、時間だけが経過していく。
いつしか、周囲での戦いが終わったようだ。
ある者は倒れ伏し、ある者は地面に座り込み、力を使い果たして
動く事も出来ないようである。
だが、彼等の視線は俺達の戦いに注がれていた。
目で追う事など出来ないだろうに、その結末を見届けようという
のだろうか?
ともかく、俺にしても周囲に気を逸らしている余裕などない。
全力でヒナタに対応しなければならなかった。
周囲には、俺達の剣戟の音だけが響く。
ヒナタの持つ、ヒナタの身長程もある大剣は、刃が青いクリスタ
ルのような材質で出来ている。
とても美しい剣だった。
その剣を、重量を感じさせぬ軽快さと、そのサイズでは考えられ
ぬ切り回しで自由自在に操るヒナタ。
何らかのスキルで補助しているのだろうけど、惚れ惚れする程見
事な動作である。
そしてヒナタの表情。
いつしか⋮無邪気な少女のように、笑顔を浮かべている。
酷薄な笑みでも、冷酷な嘲笑でもなく。
ただ剣を振る。その事だけを考えて、完全に戦いに集中している
のだろう。
天才、か。
考えてみれば、俺は幸せだったのかもしれない。
苦労はしているけど、魔物に生まれ仲間が出来て、楽しい時間を
1392
過ごす事が出来ている。
ヒナタはどうだったのか? シズさんが言うには、一ヶ月で全ての技術を習得し、シズさんの
下を去って行ったそうだ。
前は気付かなかったのだが、俺はそこに疑問を感じている。
シズさんなら、去って行くヒナタをそのまま一人にしただろうか
? そういう疑問が拭えないのだ。
明らかに不安定。
強すぎる力と、思春期を過ぎたか真っ盛りの少女の心。
俺が大人だからそう感じたのか? ラ
今のヒナタならともかく、そのアンバランスな状態であれば、容
易く支配系の術に嵌りそうでもある。
ピース
そんな少女を一人で送り出すものだろうか?
ファエル
その疑問が心に引っかかるから、幾つかの情報を嵌めこんで、智
慧之王による状況分析を行ってみた。
結果、もっとも疑わしい可能性。それが、ヒナタに対する思考制
限。
それが可能だったのは、この世界に来た初期だと考えられる。
シズさんの記憶を完全に読み取れなかったけれど、薄っすらとし
た記憶ではヒナタも最初は素直だったようだ。
一ヶ月経った頃、突然旅立つと告げたそうで⋮⋮
そうした情報を繋ぎ合わせ、ヒナタとシズさんの傍に居たもう一
人の人物の事を考慮するならば⋮⋮
﹁なあ、何でお前はシズさんの所を出て行くつもりになったんだ?﹂
剣を打ち合いながら、呼吸の合間に俺は問うた。
段々タイミングを掴んできている。徐々にヒナタの動きに反応す
るのが苦にならなくなってきたのだ。
俺には成長の余地があったのだろう。
1393
対してヒナタは、疲労はしていないようだが、額に薄っすらと汗
を掻いている。
全力で戦闘を行っているのだから当然だろう。
それなのに、
﹁今更そんな事を聞いてどうしようというの? 思い出せないと答
えてもいいのだけど、そうね⋮⋮
静江さんに迷惑をかけたくなかったから、かしらね﹂
律儀に答えてきた。
返事など期待していなかったし、無視されると思っていたのに、
驚きである。
だがその答えを聞いて、俺の胸の奥深くで、小さな痛みが生じた
のだ。
なんだろう? 心の痛み、とでも言うのだろうか? そんな不思
議な感覚なのだが。
無視しても問題ないと判断し、更に剣に力を込めた。剣戟は激し
さを増し、周囲に衝撃波を撒き散らした。
﹁シズさんは、迷惑だなんて思ってなかったぞ?﹂
︵ええ。迷惑だなんて、思っていなかったわ⋮⋮︶
﹁フ、今更⋮⋮。それに、貴方が静江さんの事を語らないで欲しい
わね﹂
剣に鋭さが増した。
ヒナタはまだ本気を出していなかったようだ。
様子見にも程がある。
その剣を必死に受け止め、そして捌きながら、
﹁だが、心配していた! お前を一人にしてしまった事を!﹂
1394
︵ええ⋮⋮心配だったわ。でもね⋮⋮もっと心配な子が居たのよ︶
え?
さっきから、俺の気のせいでは無いの、か?
シズさんの声が聞こえるような⋮⋮
﹁はっ! 知ったような事を言うな! お前に何がわかる、お前な
んかに!!﹂
俺の言葉が冷静なヒナタを怒らせてしまったようだ。
何かが、ヒナタの逆鱗に触れたのだろう。それが何だったのか考
えるよりも早く、
メルトスラッシュ
﹁油断したな、私の勝ちだ! 崩魔霊子斬!!﹂
ヒナタの振るう剣の速度が急速に上昇し、光を発する。
その剣は、あらゆる魔を討ち払う破邪の性質を帯びて、
︽告。防御不能。回避不能!!︾
︵やっべえ! あれは俺を滅ぼす可能性があるだと!?︶
ラファエル
智慧之王の焦ったような警報を初めて聞いた。
そして、100万倍に引き伸ばされた知覚の中で、その光を発す
る剣が俺に迫るのを眺める事しか出来ない。
この距離、この角度とタイミング。
回避は不可能であり、結界は意味を為さず、駄目元で分身を逃が
す事に賭けるしか手立てが無い。
しかし、あの剣撃は全てを崩壊させる破邪の光を放つ。触れた瞬
間に発動し、俺の身を焼き尽くすだろう。
1395
会話に乗ったのは、俺の油断を誘う為?
︾
そんな様子でもなかったが、結果としては俺の油断に繋がってし
まったのか。
ベルゼビュート
︽告。暴食之王による対消滅を進言します。諦めないで下さい
ベルゼビュート
幾つもの対抗手段の中、もっとも成功率が高いものを俺に提示し
ラファエル
てくれる。
ベルゼビュート
智慧之王の声に従い暴食之王を起動。
ヒナタの剣が俺に触れた瞬間に、暴食之王にて技ごと剣まで喰ら
う。
ベルゼビュート
その作戦が失敗したら、俺の存在が消滅するかも知れない。
ラファエル
迷うまでも無い。
智慧之王を信じ、ヒナタの剣が俺の身体に触れる瞬間に暴食之王
を解き放った。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
結果、俺は生き残った。
死ぬかと思ったが、生き残った。
ヒナタは目を見開いて俺を見詰めている。
だが、それは一瞬。
すかさず剣を構え、再び俺に剣を向けて来た。
俺としても、生き延びた喜びを噛み締めたい所だが、ヒナタへの
対処が先である。
この野郎、今のはマジで危なかったぞ!
実際、ヒナタの技と俺のスキルが衝突し、対消滅する際に俺の魔
素が大量に消費されていた。
1396
ダメージに換算すると、5割以上が一気に奪われた事になる。
まあ、生き残ったからいいのだけども⋮⋮。
今度は油断しない。
YES
というか、シズさんの声が聞こえたような気がしたから、油断に
繋がってしまったのだ。
そう言い訳しつつ、ヒナタと剣を交えていると⋮⋮
︾
︽告。﹃未来攻撃予測﹄を習得しました。使用しますか?
/NO
ラファエル
驚きの声が出てしまいそうになる。
突然、智慧之王さんが新能力を得たようだ。
この人、マジでパないわ。
ヒナタの行動を観察し、俺の攻撃に対処出来る理由は攻撃予測以
外に考えられないとは思っていたのだが、習得しちゃうとは恐れ入
る。
早速使ってみた。
幾つかの光の筋が視界に浮かぶ。感覚なので、脳内に表示される
とでも言うのだろうか?
その内の一つが光を放った。
俺がその光を迎え撃つように剣を走らせると、面白いようにヒナ
タの剣の迎撃に成功する。
どうやら光の筋は、現在の敵対者の体勢から放つ事が可能な剣筋
であり、光った線に添って攻撃が来るようだ。
何度か試していると、剣筋が真っ黒になるパターンがある。
この場合は、予測出来ないという意味であり、本気の攻撃が来る
という証であった。
つまり、フェイントやレベルの低い攻撃では、全て演算可能とい
う事らしい。
ヒナタのような剣の達人クラスだからこそ、予測不能な攻撃も繰
1397
り出せるのだろう。
このスキルの恐ろしい点は、予測演算ではなく、確定予測である
点。
確率が高いのではなく、予測に成功したら必ずその場所に攻撃が
来るのである。
だとするならば⋮⋮最早、ヒナタは俺の敵では無い。
流れるような無駄の無い動きで、﹃未来攻撃予測﹄の指し示す剣
筋に添って、ヒナタの剣を弾き飛ばした。
終わりだ! 殺しはしない、だが⋮⋮少しは人の痛みを思い知れ!
そんな事を想い、剣を振り下ろそうとしたその時、俺に有り得な
い幻想が見えたのだ。
両手を広げて、俺の前に立つシズさん。
火傷の跡も無く、大人の女性の姿で仮面も付けていない。
今の俺の顔をより大人にして、落ち着いた雰囲気にしたような、
女性。
その幻想はヒナタにも見えたのか、剣を弾き飛ばされて此方を睨
みつけていた目が見開かれた。
動揺する俺達に、
︵リムル、それにヒナタ。それ以上はいけないわ︶
馬鹿な⋮⋮
幻が、喋っている?
ヒナタにも聞こえたのか、驚きそしてその場に座り込む。
そして⋮俺の剣も、ヒナタの首筋の手前でピタリと止めた。
その瞬間、時が止まったような錯覚を感じる。
これは⋮⋮思考加速? しかも、ヒナタと思念リンクしている?
1398
﹁何をした? 一体、何のつもりだ?﹂
目を血走らせて、俺を問い詰めるヒナタ。
俺が突きつけた剣など、目に入っていないようだ。
だが、聞きたいのは此方である。
﹁知らねーよ! こっちが聞きたいわ!﹂
今にも消えそうだが、確かに見えるシズさんの幻。
その幻が儚げに微笑み、俺達に話しかけてきた。
︵少しだけ、時間を貰えたの。私の話を聞いてくれるかしら?︶
そう言って。
そして、シズさんの幻は話を始める。
その話は、俺の疑問を解消し、とある疑いの答えが正しかった事
を証明してくれた。
つまり、歯車が狂い始めた最初の理由。
シズさんがヒナタを一人にしたのは何故なのか?
そして、ヒナタに対する思考制限は掛かっているのか?
そうした疑問。
カグラザカ
それも全て、その言葉に答えがあった。
ユウキ
︵簡潔に言うわ。私は、神楽坂優樹が心配だったの。
ヒナタが強がっているのには気付いていた。けれども、彼の方を
選んだのが自分でも不思議だった。
今なら解る。私はね、思考制限を受けていたのよ。彼の能力で⋮
⋮︶
1399
﹁馬鹿な! ユウキがそんな事をする訳が!﹂
ヒナタの言葉を遮り、静に首を振ってシズさんは続けた。
︵貴女も、思考制限を受けているのよ、ヒナタ。それは、今もまだ
解除されてはいないのよ⋮⋮︶
悲しそうに、そう告げた。
驚きで声を失うヒナタ。
それはそうだろう。自分がいつの間にか操られていたと言われた
のだから。
だが、俺の考えの正しさを証明するような言葉であった。
だろうな⋮⋮と、俺は独り納得する。
不自然な点が、これで解決したと思った。
自分が頑張っていれば、いつかは誰かが自分にも優しくしてくれ
るのではないか、そんな幻想を抱いていた一人の少女を操った者が
いる。
カグラザカ
その犯人は⋮⋮
ユウキ
﹁つまり、神楽坂優樹が全ての黒幕だったって事か?﹂
俺の問いに、シズさんは驚いたように振り返り、悲しげな顔で頷
いた。
やはり、な。
これで全て辻褄があう。
俺はひっそりと、黒幕に対する怒りの炎を燃やし始めた。
1400
094話 黒幕の存在︵後書き︶
明日は時間が取れないので、更新出来ないです。
1401
095話 完全勝利
ラファエル
100万倍に引き伸ばされた時間の中で、俺達は向かいあう。
それは、智慧之王が演出した思念空間であり、ヒナタをもその空
間に引きずり込んでいるという事。
ラファ
ヒナタの意識との強制的な思念リンクの構築をやってのけるとは、
俺にも予想出来なかった。
では何故このような事を行なったのか?
その答えはシズさんである。
ラファエル
︵私がね、頼んだの。リムルの能力である智慧之王に、ね︶
シズさんはそう言って、そっと微笑んだ。
俺とヒナタの見ている井沢静江は、本人では無い。
本人の魂の残滓。その想いの欠片である。
エル
俺の中で吸収された際、その魂も取り込まれた。進化した智慧之
王は、その魂の解析に成功したのだろう。
まったく⋮⋮。
大賢者の時からそうだったけど、俺に黙ってコッソリと何をやっ
ラファエル
ているんだ、コイツは。
真の意味での黒幕は智慧之王さんなのではなかろうか、俺はそう
思ってしまったけど、あながち間違ってないかも知れない。
構築された思念空間の中で、ヒナタはシズさんに抱かれている。
よく頑張ったわね、そう言ってシズさんはヒナタを褒めてやって
いた。
あの冷酷なヒナタが、子供のような安心した表情で、されるがま
まになっているのを見るのは不思議な気分である。
1402
呪いの結晶
だったのだ
そしてシズさんの手が、ヒナタの頭部に纏わり付く邪蟲を摘み取
り、炎で燃やし尽くす。
あれが、ヒナタの思考制御を仕掛けた
ろう。
ラファエル
﹁てか、おい! 智慧之王。俺もユウキに会っているんだが、思考
制御を受けてはいないだろうな?﹂
ラファエル
無いとは思ったが、念の為に聞いてみた。
︾
智慧之王のヤツは、出来るようでウッカリしてる所がある。油断
出来ないのだ。
マスター
︽告。主への思考制御は行われておりません。
ただし、思考誘導が行われていた形跡を確認しております。
能力の進化に伴い、思考誘導の影響は現在消失しております
ラファエル
しれっと、何でも無い事のように報告して来る智慧之王。
ラファエル
この野郎、そういう形跡があったのなら、そりゃ、高確率でユウ
キが黒幕だって判断出来るだろうよ。
俺でも確信もって疑うレベルだわ! この野郎は、まったく⋮⋮。
まあいい。恐らくはその確証を得る為に、シズさんの魂の再生を
試みたのだろうから。
こいつ、完璧主義過ぎて、絶対的に100%正しい情報以外は報
告してこないのだ。
俺からしたら欠点に見えるが、つまらぬ情報をいちいち報告して
きて混乱させられるのも面倒だし。
そういう俺の本音を汲み取っているのだろう。文句も言い難いと
いうものである。
そうして、暫くの時が流れた。
落ち着いたのか、ヒナタが顔を上げる。
1403
その表情は穏やかであり、先程までの張り詰めた様な雰囲気が緩
和されている。
本当は優しい子だったのかも知れないけど、過酷な世界を生き抜
く上では冷酷に酷薄に対処する癖が身についてしまったのだろう。
ラファエル
考えて見れば、シズさんはその事が心残りだったのか。
テキ
だからこそ、智慧之王による再生が為った時、情報の提供と引換
にこの時間を望んだのだろう。
︵ヒナタ、あなたを放り出して御免なさい。
せんせい
強く生きなさい、信念は大事だけれども、本質を見誤らないでね︶
﹁師匠⋮⋮でも、私は今でも迷っています。
神聖法皇国ルベリオスの有り様が間違っているとは思えない﹂
︵ヒナタ⋮⋮どれが正しくて、どれが間違っている。
ヒナタ
そう決め付けるのは、良くないわ。柔軟に、ね︶
シズさんは優しく諭す。
もっと言ってやって欲しい。この女、頭はいいんだろうが、固す
ぎる。
俺の言葉にまったく耳を貸さなかった事もそうだが、もっと融通
を利かすべき時があるだろうって話だ。
俺の言葉は聞かなかったけど果たして⋮⋮
﹁わかりました。もう一度、やり直します。この目で見て、自分の
心で判断します﹂
ヒナタは素直に頷いた。
おい⋮⋮。シズさんの言う事だから素直なのか、それとも思考制
御が解除されたから素直になったのか?
思考制御のせいだろう。うん、そうに違い無い。
だって、そうじゃなかったらヒナタを説得しようとして苦労しま
1404
くってた俺が報われないのだもの。
という事で、悪いのは全てユウキだ。
アイツも可能性としては、操られている可能性があったりするん
ラファエル
だが⋮⋮
カグラザカ
智慧之王が果たして答えるかどうか。
ユウキ
﹁おい、神楽坂優樹が黒幕なのは分かった。で、確認だが⋮⋮
呪術王
カースロード
カザリームあたりに!﹂
ユウキが操られている可能性はあるか?
もっと正確に言えば、
本題をビシっと問い詰める。
呪術王
カースロード
カザリームが、ユウキを操っている、だと?
こっちから聞かないと、核心的な話が出る事は無さそうだし。
﹁
かつて魔王レオンに敗れた魔王、か。生きているのか?﹂
﹁ん? ああ。この前に、アイツの部下とかいうクレイマンって魔
スピリチュアル・ボディー
王が生きてると言っていた
何でも、精神体になって復活したらしい。
えらく人間サイドの情報に詳しいから、人間に憑依していると睨
んでる﹂
﹁生きているのか。そして、情報が集まりやすい場所にいる、と。
そもそも、私に思考制御を掛けるなど、同時期にこっちにやって
来たユウキに可能とは思えない。
何よりも、それをする意図も目的も判らない。が、カザリームが
黒幕だと言うならば⋮⋮﹂
﹁ん? 何か知ってるのか?﹂
俺の問に、ヒナタは答えない。
こいつやはり、俺には素直じゃ無いようだ。
まあいい。俺が聞いたのは、ヒナタにでは無い。
1405
ラファエル
﹁答えろ、智慧之王﹂
スピリチュアル・ボディー
俺の質問に、やれやれという感じの返答があった。
スピリチュアル・ボディー
精神体のままでは能力の行使は乱発出来ない。なので、憑依し身
体を次々に乗り換えている可能性。
もしくは、死なないように何とか魂だけを守護し精神体となって
彷徨っていたカザリームに偶発的に此方の世界に来たユウキが融合
してしまった可能性。
前者の方が確率が高いそうだが、クレイマンへ連絡が来るのが遅
すぎる。クレイマンは10数年前に突然連絡が来たと言っていたか
ら、それまでの動向が謎になるのだ。
で、後者だった場合。
その確率は余りにも低く、考えられないそうなのだが⋮⋮死んで
スライムに転生する者がいる以上、無いとは言い切れないそうで⋮⋮
ユウキ
カグラザカ
って、そりゃあ俺の事じゃねーか! そんな突っ込みも入れたく
なるというものだ。
どちらとも言え無いが、神楽坂優樹の人格が消滅しているのは、
ほぼ確実との事。
ただし、ユウキの人格がカザリームを飲み込んだ可能性も無いと
ラファエル
は言え無いようだ。
智慧之王はそうした様々な可能性を考慮し、確定するまでは言う
つもりが無かったようである。
完璧主義者も良し悪しと言うものだ。
﹁ともかく、現在のユウキがヤバイ相手だって言うのは間違いない
んだ。その点には注意するさ﹂
そう、俺は結論づけた。
1406
︵でもね、あの子、本当に普通の優しい子に見えたのよ。違和感す
ら感じない程に。
それが気がかりなのよ、ヒナタ。貴方は決してユウキに近づかな
いで。
とても、嫌な予感がするのよ⋮⋮
さようなら、ヒナタ。幸せになりなさい︶
最後にシズさんはそう言って、俺とヒナタの前から姿を消す。
彼女のヒナタを心配する想いを伝える事が出来て、思い残す事が
無くなったのだろう。
︾
ヒナタはシズさんが消えた後も、その方向に黙祷を続けていた。
その姿を目に焼き付けようとでも言うかのように。
そして⋮⋮
︽告。目的を達成致しました。思念リンクを解除致します
直後、眩く光に包まれる感触。
︵リムル、ヒナタの事ありがとう。貴方はやはり、優しいわね⋮⋮。
此処はとても居心地がいい⋮⋮︶
そうシズさんの声が聞こえた気がした。
それは俺の思い込みなのか、あるいは幻なのか。だけど、シズさ
んの気がかりが一つ消えたのは確かなのだろう。
穏やかそうな笑顔を浮かべて、シズさんは俺に頭を下げたのだ。
1407
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ラファエル
智慧之王の声を合図に目を開ける。
100万倍に引き伸ばされていた時間は通常の流れへと戻り、思
念リンクは解除される。
周囲に戦場の匂いが立ち込め、俺達は先程の体勢のままで睨み合
っていた。
現実時間で、戦闘が開始されてから一時間半も経過している。
恐ろしく長い時間戦っているように感じたが、ヒナタとの一騎打
ちは30分程と言った所だろうか。
体感時間では既に何日も経過したように感じるが、実際にはそん
な事は無いようだった。
﹁さあ、続きを始めようか﹂
何事も無いように、ヒナタが剣を構えて言った。
って、ちょっと待てよ。
﹁おいおい、最後俺が止めっぽく優勢だっただろうが! 何しれっ
と無かった事にしてるんだよ!﹂
﹁知らんな。止めを刺せるなら、出来る時にしておくのは常識だぞ
?﹂
﹁く⋮⋮この野郎⋮⋮﹂
﹁それに、な。部下をあの様な目に合わせられて、黙って引き下が
る訳にはいかないだろう?﹂
1408
何の事だ?
そう思って、周囲を見回せば⋮⋮
﹁無理、もう無理。好きにしやがれ、化け物め!﹂
﹁クフフフフ。思ったよりも楽しめました。少し休憩に致しましょ
う﹂
﹁休憩って何だ? もうやらねーよ! クソが!﹂
﹁クフフフフ。まあ、そう言わずに!﹂
そんな遣り取りをする、ディアブロと聖騎士。
﹁離れろ、邪魔だ﹂
﹁ああ、ソウエイ様⋮⋮意地悪です!﹂
何やらソウエイにしなだれかかる赤毛で美人のお姉さん。
というか、戦闘中に何やってるの? 軽く怒りが湧いてきたぞ?
﹁申し訳ありません、リムル様。拷問していたのですが、加減を間
違えたようです。
何故かこのような事になってしまって⋮⋮﹂
俺に向かって謝罪するソウエイ。迷惑そうに赤毛の聖騎士を押し
のけようとしている。
どうして拷問する流れになったのかも謎だが、拷問してそうなる
のも理解に苦しむ。
何が何だか判らないよ。
﹁貴様、ソウエイ様から離れろ!﹂
1409
声だけは勇ましく、ソーカが叫ぶ。
しかし、疲労困憊の様子で声しか出ないようだ。立ち上がる事も
ままならない様子。
見渡せば、ゴブタやガビルらそれにソウエイ配下の影達もクタク
タになって倒れている。
その横でハクロウが溜息をつきつつ、
﹁お前ら、鍛え直しじゃわい﹂
と、ボソっと呟いている。その言葉が止めとなって、ゴブタ達は
パタリと倒れた。
ゴブタ達の横には、同様にボロボロの聖騎士達が転がされている。
激しい戦いを繰り広げたのだろう。
ハクロウからすれば満足いかない戦いだったようだが、聖騎士相
手に頑張ったんじゃなかろうか?
﹁騙されたっす。自分の相手が一番強かったなんて、酷いっすよ!﹂
﹁ホブゴブリン相手に引き分け⋮⋮だと? 俺も駄目だな⋮⋮﹂ ﹁そんな⋮⋮我輩、結構頑張っていたのである! なのに何故!?﹂
口々に何か愚痴っているようだが、まあ、ご愁傷様と言うしかな
いな。
とまあ、ここまではいい。ソウエイの相手は納得いかないが、ま
あ置いておこう。
一瞬目にして目を逸らすしかない惨状なのが、ランガとシオンの
相手をしたと思える聖騎士達である。
チラっと見た所、ランガの前にパンツ一枚になるまでボロボロに
された者達が8名転がっていた。
それを咥えて運んで来たらしいランガは、尻尾をフリフリ元気で
ある。
1410
﹁我が主よ! この者達は、我の進化の具合を確かめるのに最適で
した!﹂
嬉しそうにランガがそう言ってきた。
無茶をするなと言ったのだが⋮⋮まあ、殺してはいないようだけ
ど。
﹁お、おう。良かったな⋮⋮﹂
﹁は! もっと遊んでいても?﹂
﹁いや、止めておいてあげなさい。その人達も疲れているだろうし
⋮⋮﹂
﹁そうですか、わかりました﹂
遊び足りなかったのか、尻尾が垂れ下がってしまったけど⋮⋮
俺の言葉に安心したのか、ランガの足元に居る人達から安堵の声
が聞こえた気がした。
その声で確信する。
それ以上ランガの相手をさせたら、その人達死んでしまいそうだ。
あからさまに助かった! という顔で、俺に感謝の視線を向けて
くる程だし⋮⋮
聖騎士がそんな事で大丈夫か? と少し心配になったが、相手が
ランガでは仕方ないかもしれない。
そんな事よりも問題は、シオンの相手だ。
何故だろう? 皆手足が無くなって転がされている。
シオンの自慢気な顔が悪い予感を確信させる。
﹁⋮⋮おい。シオン、その人達に何をした?﹂
﹁は! お褒め頂き、ありがとうございます!
この者達は、生意気にもリムル様に逆らおうとしておりましたの
1411
で、少々懲らしめました﹂
褒めてねーよ! バカヤロウ。
得意げにシオンが答えて来たのだが⋮⋮
どう考えても遣り過ぎだろう。そもそも、俺に逆らうもクソも、
俺の部下でも何でも無いのだし。
﹁おい⋮。頑張れとは言ったけど、どう見ても遣り過ぎだ! 殺す
な! って言っただろう﹂
﹁大丈夫です。皆、こうして元気に生きております!﹂
いやいや。
生きてるから、良いってものではない。手足が無くなって虚ろな
顔してるじゃないか!
そもそも、人々を守るのに手足がなくなってたら、どうやって魔
物と戦うんだ。
俺の言いたい事をまるで理解してないな、コイツ⋮⋮。
﹁シオン、どうやらお前だけは俺の言いつけを守らなかったみたい
だな。
そういう言い訳をするのなら⋮⋮﹂
俺がそう言い掛けた途端、
﹁おっと、忘れておりました! お前達、喜べリムル様に感謝する
がいい!﹂
そんな事を言いながら、大慌てで足元に転がる聖騎士達を全員纏
フルポーション
めて一薙ぎした。
そして、完全回復薬を振りかけている。
1412
俺の見ている前で、聖騎士達に手足が生えてきた。
どういう能力か知らないけど、なんという恐ろしい能力を手に入
れたんだ、シオンめ。
結果を操作する系統だろうか? 厄介なヤツに、滅茶苦茶危険な
能力が目覚めてしまったものである。
相手に同情を禁じえなかった。
手足を戻された聖騎士達は、お互いに喜びあっている。
あれだけされて廃人にならなかっただけでも、普段からどれだけ
鍛えているのか解るというものだ。
まあ、シオンは暴走しやすそうだ。今後は気をつける事にしよう。
聖騎士達の無事を確認し、俺はそう思った。
しかし、まあ⋮⋮
ヒナタからすれば、部下が全員酷い目に逢わされたという事か。
自業自得とは思うのだが、それは此方の言い分である。
仕方ない。仕切りなおして、相手をしてやるか。
﹁判ったよ。仕方無い、相手してやる。
ただし、これで恨みっこなし! お前、負けたら潔くこの国に手
出ししないって誓えよ?﹂
﹁⋮⋮判った。約束しよう、この勝負で最後だ!﹂
信じるよ、ヒナタ。
ヒナタの目は、先程までと違い迷いがなくなっている。
聖騎士達に対する仕打ちに対しての恨みも無いようだし、俺の話
を聞く気にもなっているようだ。
良かった。いつまでも頭固いままじゃなくて。
さて、そうなれば最後の勝負だ。
俺たちは剣を構え、互いに距離を取る。
その様子を、固唾を飲んで見守る仲間達。
1413
聖騎士達も、全員食い入るように俺達に注目している。
正義がどうのと、御託はいいのだ。
結局、暴力に訴えるのは癪だが、理解しやすい。
互いの信念を賭けて、二人の戦いは再開したのだ。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
しかし、だ。
ぶっちゃけ、俺に負けはないハズ。
ウリエル
何しろ、﹃未来攻撃予測﹄が在るのだ。
如何に聖属性が誓約之王の絶対防御をも突き抜けるとは言え、最
早俺には剣筋を見切れる目があるのだし。
そう思っていたのは、決して油断では無いと思いたい。
俺の視界の中で、﹃未来攻撃予測﹄の全攻撃予測ラインが光を発
した。
ん???
サカグチ
勇者の卵
になった模様
と、驚く。どういう意味だっけ、これ? そう思った俺に、
ヒナタ
︽告。個体名:坂口日向の成長を確認。
です。
︾
これにより理から外れた存在となった為、結果操作系の能力への
耐性が生じているようです
つまり、自力で避けろって事ですか?
って、何でだよ! やっぱ、さっきの状態で勝った事にしておけ
ば良かったんじゃねーか!
戦いの最中に成長するなんて、やる分には素敵だけど、やられる
方はたまったもんじゃねーぞ!
1414
ベルゼビュート
くそ、何と言う事だ。本気で、仕切り直しになってしまった。
さっきの戦いで暴食之王も消えてしまったというのに⋮⋮
勇者の卵
に為ったからと言って、急激に強くなった訳では無
そんな事を考えつつ、必死でヒナタの剣を受け流す。
いようだ。
それが救いだった。まだ何とか対処可能だったから。
︾
しかし、受けてばかりでは勝利は無い。何とかしなければ⋮⋮
そんな焦る俺に向けて、
ベルゼビュート
︽告。問題ありません。暴食之王は復活しております
はあ? 対消滅したんじゃ⋮⋮
︽告。対消滅しましたが、復活可能ですので問題ありませんでした
︾
ラファエル
って何で過去形になってるんだよ。それならそうと先に言えよ!
焦ったじゃねーか。
︾
と、喜んでいいのか悔しがったらいいのか迷う俺に、智慧之王は
更に爆弾発言を炸裂させる。
ウリエル
︽告。誓約之王の絶対防御を発動させますか? YES/NO
ラファエル
おい。さっきまでは発動して無かったのか?
その問いに、智慧之王が答えた内容に、俺の呆れは限界に達しそ
うになった。
何しろ、
ウリエル
︾
︽解。誓約之王の絶対防御でも聖属性は通過する場合が在りました。
故に、発動していましたが意味がありませんでした
1415
などと、言い放ったのだ。
完璧主義者にも程が在る。
霊子
と
陰子
と
ヒナタと戦う前までは、聖属性の霊子の動きは予測不可能なのだ
と言っていた。
絶対防御をも貫通する可能性があるのは、
いう物質︵?︶のみらしい。魔素すら通さない絶対防御結界すらも
ランダム
素通りするそうだ。
小規模転移を乱数位相にて行っているらしく、その出現地点を予
測するのは不可能と言う事だった。
では何故今頃自信満々に発動云々言い出したのか? つまり、完
ベルゼビュート
全に防げるようになった、とでも?
メルトスラッシュ
メルトスラッシュ
︽解。先程、崩魔霊子斬を暴食之王にて対消滅させた際にデータの
収集も行いました。
これにより、聖剣技:崩魔霊子斬を獲得しております。
︾
その際、予測外の出来事でしたが、霊子の動きの法則性を在る程
度認識出来ました
ふーん⋮⋮
ん? ちょっと待って、ちょーーーっと待って。
え? て事は、さっきの戦いでヒナタの剣に直撃を受けても、ダ
メージを受けない可能性もあったって事?
︽⋮⋮︾
おい! 無視かよ、このヤロウ⋮⋮。
メルトスラッシュ
というか、答えないのが答えになってるのか。
え? でも⋮⋮
ちょっと待て、さっきヒナタの崩魔霊子斬を直撃受けてても、死
1416
ぬ事は無かったんじゃ?
︾
︽解。当然です。多大なダメージを受ける可能性はありましたが、
即時再生可能でした
メルトスラッシュ
じゃあ、何でお前焦ってたの? もしかして⋮⋮崩魔霊子斬を喰
って解析したかったから、とか?
︽⋮⋮︾
おっと、またもや答えたくないってか!
このヤロウ、段々受け答えが高等になってきやがって。人間らし
くなって来たというか、腹黒になって来たというか。
既に自我があると言われても、俺は素直に信じられる気がしてき
たぞ。
⋮⋮だが、確かに。俺が望んだんだろう。
あの攻撃に耐え切りたいとか、使えるようになりたいとか。
ラファエル
︾
その一瞬の願いを汲み取り、即座に実行に移したのか? なんて
ふざけた能力なのか。
俺には勿体なさすぎる能力だ。
マスター
︽否。私は、主の為だけに、存在しております
即座に否定しやがった。
ふん、ありがとうよ。
今後も頼むぜ、相棒! だがな⋮⋮秘密はなるべく無しで頼む。
ラファエル
思考加速の中、俺と智慧之王の遣り取りは一瞬で終わる。
1417
ウリエル
そして、発動した誓約之王の絶対防御にて、俺の左手がヒナタの
剣を受け止めていた。
驚き、目を見開くヒナタ。
そりゃあ、そうだろう。自分の人生の中で、最速最高の一撃だっ
ただろうから。
そのヒナタに対し、
﹁俺の完全勝利だな、ヒナタ!﹂
メルトスラッシュ
そう告げて、俺は崩魔霊子斬を放った。
煌く閃光。
目にも追えない閃光の一撃は、ヒナタの持つ剣をへし折って、ヒ
ナタの首筋でピタリと止まる。
勝負は決したのだ。
ヒナタは驚きのまま硬直していたのだが、
﹁私の完全敗北だ、リムル。お前の好きにするが良い⋮⋮﹂
そう呟き、目を閉じた。
戦いは終わった。俺の勝利で。
さて、と。
ヒナタもようやく素直になったようだし、俺の話を聞いて貰うと
しますかね。
こうして、聖騎士達の襲撃を完全なる形で防ぎきった。
というか、一部遣り過ぎな感じだったのだが、敢えてそこは見な
かったフリをしようと思う。
後始末が大変そうだが、一先ず問題は片付いたのだった。
1418
096話 きっかけの一言
イエローナンバーズ
戦いの後始末の為にゲルドを呼んだ。
黄色軍団の作業能力は驚く程高い。今回も乱れた地形を整備し、
元通りに戻して貰うべく依頼を行う。
ゲルドは戦いで役に立てなかった事を悔しがっていたので、喜ん
で引き受けてくれた。
早速作業に取り掛かっている。
せっかく造ってくれたのに役に立たなかった、魔鋼製のトンネル
の回収もお願いしておいた。魔鋼は色々役立つので、そのまま放置
は勿体ないのである。
そして、その指示を出してから思い出した。
そう、忘れてはいけない重要な事を忘れていたのだ。
﹁やっべ⋮⋮ヴェルドラの事、忘れてた⋮⋮﹂
俺がボソっと呟いた途端、それを耳にした幹部一同の動きが止ま
る。
お互いに目配せしあい、どうしたものかと目で相談をしあってい
るようだ。
そんな俺達を不審げに聖騎士達が窺っているが、俺達に気にする
余裕はない。
さて、どうしたものか⋮⋮。
チラリと俺が視線を向けると、一斉に顔を逸らす幹部達。
頼もしいな、おい! 皆嫌がってるのが、手に取るように分かる
ぞ。
まあ⋮⋮今からヴェルドラの所に行って出番を心待ちにしている
ヤツに、﹁あ、終わりましたんで、オッケーです!﹂なんて、とて
1419
も言え無い。
言ったら暴れだしそうである。
仕方無い。
﹁仕方無いな、俺が行って説明してくるよ。お前達は、先に戻って
ゆっくり寛いでいてくれ。
聖騎士の皆さんも、風呂にでも入ってゆっくりしてて下さい。
そこの服ボロボロになってる人達にも着替えは必要だろうし⋮⋮﹂
俺が告げた言葉に、意味が判らないという表情の聖騎士達。
まあ、風呂の習慣はイングラシア王国にもあったし、知らないと
いう事は無いだろうけど⋮⋮
魔物が風呂に入ったりするとかは想像出来ないのかもな。
ふん、せいぜい驚くがいいさ! 何しろ、自慢だが、王都の風呂
よりこの国の風呂の方が出来がいいのだ。
いい宣伝にもなるし、ゆっくり疲れを取ってくれ。
じんべい
あとは、着替えだ。ランガの相手をした人達はパンツ一枚になっ
てるしな。
これも我が国の宣伝の為に、新規開発した麻製の甚平でも用意さ
せよう。
女性には浴衣もあるし、結構色々と選べるのだ。
彼等の鎧は気力が回復したら再度出せるようだが、現状ではとて
も無理だろう。ずっとそのままと言う訳にはいかない。
見れば、シオンも鎧を着けていない。どうやら、自分の妖気で服
を出しているだけの様子である。
何の感の言って、聖騎士達と壮絶な戦いを繰り広げたのだろう。
自力で歩けぬ者は、ランガと配下の星狼達に運んで貰う事にする。
ハクロウに聖騎士達の面倒を任せて、ソウエイにリグルドへの伝
言を頼んだ。
リグルドならソツなく風呂と着替えの準備をしてくれるだろう。
1420
ついでに宴会になりそうな気もするが、別に問題ない。どうせい
つもの事だし、最近は畑も拡張されてきているのだ。
あれだな。事件の後には宴会。
これは、どこにでも見られる風習なのかも知れないな。
そんな事を考えながら、その場を後にした。
その後、俺の話で怒り大爆発のヴェルドラが暴れてトンネルを吹
き飛ばし、地上へと出現。
ドラゴンフォーム
疲れ果てた聖騎士達に目掛けて空高く飛翔し、上空で舞う姿が目
撃されている。
復活してから初めて、竜形態をとって妖気を発散したおかげで、
結構すんなり怒りは収まったようだ。
聖騎士に攻撃を仕掛ける前に、その怒りが解けて良かった良かっ
た。
基本、このおっさん︵ではないけど︶は、暴れたいだけだからな。
程よくガス抜きしてやらないと危険なのである。
今後の課題として、ヴェルドラに暴れる場を用意してやる必要が
あるかもしれない。
俺達にとっては、そんなほのぼのとした逸話だったのだが⋮⋮
襲われかけた聖騎士達にとっては悪夢だったようだ。
精魂尽き果てた所に、上空から悪夢の如き存在が来襲したのだか
ら。
﹁げぇえええーーー!! ヴェルドラ!!﹂
とか、
﹁アバババババ!!﹂
1421
とか。
面白いリアクションを多様に見せてくれたらしい。
是非見たかったけど、可哀想でもあるな。
まあ、二度とこの国に刃を向けようと思わなくなると思うから、
ラファエル
結果的には最高のタイミングで出現した事になる。
ふと、この出来事も智慧之王の計算通りでは? と思ったりもし
たけど、流石にそれは無いだろう。
ラファエル
そこまで先を読み通せるハズもないし、買い被り過ぎと言うもの
だ。
ヒナタとの戦いが、余りにも智慧之王の思い通り過ぎたので、つ
いついそんな事を考えてしまった。
まあそんなこんなで、聖騎士達との戦いは完全勝利にて幕を閉じ
たのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
町まで戻り、聖騎士達は風呂へ行った。
いつもの様にリグルドは走り回り、食事の準備等を整えている。
ソウエイの伝達が早かった御蔭で、そこまで慌てなくてもいいは
ずだが、性分だろう。
宗教上の理由等で食べられない食材が無いか確認するのを怠らな
いあたり、リグルドの勉強熱心さには頭が下がる思いである。
1422
きっと裏で色々と冒険者や商人達の相手をして、人間の文化や考
え方を学んでいるのだろう。
リグルも警備隊長をゴブタに譲った後、父親であるリグルドのサ
ゴブリン
ポートに明け暮れている。良き後継者になってくれるのではなかろ
うか?
もともと力のない子鬼族だったなどと、信じる者はいないのでは
なかろうか?
場所は宴会場。
これだけ宴会が多いのだから用意しろ! という俺の命令を受け
て、急遽作られた出来立てほやほやの建物だ。
見た目は体育館のような広さの円形ドーム。
中に入ると、一面板張りの広大な空間が広がっている。そして、
上座には畳敷き。
いざという時は避難所を兼ねるので、結構な人数が入れるのだ。
魔鋼
に変質してくれると思う。
場所だけは結構余ってるので、それなりに頑丈で大きな建物にな
っていた。
骨組みは鉄骨製だけど、その内
そういう点で考えると、この国は凄い有利であった。
そんな事を考えていると、食事が膳に乗せられて運ばれてきた。
流石だ。料亭で出されるような結構手の込んだ茶碗なのだ。
俺が暇な時に、粘土を捏ねて茶碗を焼いて見せた所、子供達が真
似して作り出したのが切欠であった。
各家庭の茶碗は、子供達が作ったものが使われているようだ。
今では結構綺麗に作れるようになっている。
色をつけるのに、薬草の汁を塗ったり何やら怪しいものを取って
きたりして、色鮮やかな出来栄えの物もあるくらいなのだ。
何でもやってみるものである。
1423
運ばれる膳も、それなりに細工を細かく施された一品物である。
加工木材の余った部分で作って貰ったのだ。
こうして見ると、温泉から料理の器にいたるまで、俺の趣味が諸
に反映されている。
草を食べていた頃から考えたら考えられないほど、快適な生活が
出来るようになったものだ。
味も楽しめるようになったしね。色々と頑張ったものである。
今日の料理は天麩羅だった。素晴らしい。
見た目も完璧、味も素晴らしい。シュナの手腕である。断じてシ
オンではない。
シオンに見た目は無理筋だし、料理人のスキルがあろうが何だろ
うが、皆の食事を任せる事は無いのだ。
この天麩羅も、俺の記憶をシュナに見せて一つ一つ開発して貰っ
たものなのだ。
苦労をかけている。が、思念リンクによる漠然とした味について
の思い出があったからこそ、ここまでの再現が出来たのだ。
異世界人
が居たとしても、一朝一
イングラシア王国でも結構美味しい料理は多かったのだが、和食
系は無かった。
日本食の再現は、日本人の
夕に再現出来るモノでは無いのだろう。
本当に苦労したのだ。
そもそも、鰹節に似たモノを作るべく、海まで行って魚を大量に
捕獲してきたりもしている。
空間転移による鮮度を保ったままの移送手段が確立したからこそ、
色々な食材を調達出来るようになったのだ。
食事は文化の極みである。
食文化が豊かでは無い国の文化など、俺からしたら意味の無いも
のなのだ。
衣食住の内、もっとも重要なのが食だと考えているからなんだけ
どね。これは人それぞれだろうけど。
1424
そういう訳で、無駄に力を込めて、色々な料理開発も行っている
のだった。
目下の課題は、白米である。麦系は結構簡単に入手出来た。
白いパンも、王都でも金持ちが購入しているのを見た事がある。
なので、こっちでも比較的簡単に再現出来た。
問題は、米。
イネ科の植物があるのか無いのか。無いとは思えない。そうした
情熱により、探し出したのだ。
だけど、古来より品種改良された日本米と比べると、どうしても
味が落ちるのだ。
そりゃあ、そうだろう。そんな簡単にいくとも思えない。
ラファエル
そうして、現在品種改良中。
実は、解決策はある。智慧之王に良い方法が無いか訊ねたら、あ
っさりと答えを聞けたのだ。
その方法は、シオンの﹃料理人﹄による結果の改竄により、品種
改良を成功させるというもの。
だけど、それはどうなのだ? そんな方法が根付くとも思えない。
という事で、ほんの少しだけ︵主に、俺が食べる分だけ︶自分の
能力による改変にて白米を作ってあった。
シオンに頼むと調子に乗りそうだし、自分でコッソリ用意したの
だ。
それをシュナに渡して、聖騎士達の料理にも使用していた。
今回は特別だ。この国の有用性を知らしめるのに、良い経験をし
て貰うという計算がある。
飴と鞭。強力に鞭で打たれた後、優しくされたらコロっといくか
もしれん。
聖騎士がそんなにチョロイとも思えないけど、古典的ながら効果
的だと思う。
まあ、白米は俺の拘りだから、聖騎士達にとっては不味いかも知
れないけどな。
1425
天麩羅は万人共通で美味しいと思って貰えるだろう。冒険者や商
人達にも好評だったそうだし。
ちなみに、イネ科の植物を魔素水にて育てるという実験も行って
みた。
イカ墨を混ぜたような真っ黒い米になった。味はそれなりどころ
か、かなり美味い。
だが、固定観念で、不味そうに見える。ちなみに、人間には毒だ
ろう。
魔物米と名付けたそれ、びっくりするほど栄養価︵魔物にとって
テンペスト
だけど︶が高い。
レア
いつの間にか魔物の国の主食になっていた。
高濃度の魔素に耐えれるというだけで、希少なんだけどね。
そうこうしている内に配膳も終わり、後は風呂から上がって来た
聖騎士達を待つだけである。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
じんべい
風呂から上がった聖騎士達が、用意されていた浴衣や甚平を身に
纏い、宴会場にやって来た。
着慣れぬ服だが、一度その着心地を確かめると気に入った様子。
そりゃ、あれはジャージに匹敵する気楽さで生活出来るしな。普
段着というか、部屋着には最適だろう。
ゴブリナ
恐る恐るという様子で、座席まで案内されている。
案内の女性達に緊張は無く、自然な動作であった。驚くほど手馴
れている。
ゴブリナ
そうした事も聖騎士達にとっては驚きなのだろう。どこか動きに
気まずさが見受けられた。
そして、席まで案内した女性達が一礼して立ち去った時、ヒナタ
1426
が意を決したように俺に視線を向ける。
﹁この度の件、私の独断により其方に多大な迷惑を掛けた事、心よ
り謝罪する。
私の身一つで許して貰えるとは思ってはいないが、どうか部下達
には寛大な処置を⋮⋮﹂
そう言って、俺の前で膝を付き頭を下げてきた。
すると、だ。
見えそうなのだ。浴衣が肌蹴て、なだらかな双丘が。
やばい、冒険心がムクムクと湧き上がってくる。本当は息子がム
クムクと起き出す所なのに、残念だけど。
だけど、仕方ないだろう。男とは、常に冒険心を忘れない生き物
なのだから!
こんな時、鼻血が出ない身体で良かった! とそう思える。
しかし、浴衣か。凄いな、これは。凄まじい破壊力だ。
湯上りの女性に浴衣、これは最強だな。
その女性がヒナタのような美人なら、恐ろしい相乗効果が発揮さ
れると言うものである。
負けた⋮⋮負けたよ。完敗だ。
もう、全てを許してもいい。そんな気分にさせられた。
そんな俺に、
﹁リムル様、何処を見ているのですか?﹂
ニッコリ笑顔で、シュナが聞いてきた。
どうしてだろう? 優しい声音なのに、氷のような冷たさを感じ
るのは。
何故だ、何故ばれた!?
1427
ヨミガエリ
﹁いやいや、何にも見ていないとも。
というか、ヒナタ⋮⋮
謝罪なら俺ではなく、シオンや紫克衆達にしてやってくれ。
彼等が被害者なんだ﹂
ヨミガエリ
そう言って、シオンや紫克衆の方向を指し示した。
決して誤魔化すとか、そういう意図は無い。
シオンは驚いて、ビクリと身体を硬直させている。まさか自分が
呼ばれるとは思っていなかったようだ。
そんなシオン達に向けて、
﹁済まなかった。
私は、魔物は邪悪なものだと思い込んでいたのだ。
会話も成り立たない、油断したら全てを奪う敵なのだ、と⋮⋮
どうか、許して欲しい⋮⋮﹂
そう言って、深々と頭を下げるヒナタ。
そのヒナタの行動に、慌てた様に他の聖騎士達も追随する。
一斉に﹃済まなかった!﹄と謝罪する聖騎士達。
シオンは動揺したように、挙動不審になっていた。
﹁シオン、許してやってくれ。お前の痛み、お前の怒りは判る。
だけど、人間は全てが邪悪じゃ無いんだよ。
お前にも言っておくけど、人間は間違いを克服出来る生き物だ。
だから、良く見極めて欲しい。その魂が高潔な者もいるのだから﹂
俺が声をかけると、シオンはさらに迷う素振りを見せる。
彼女にとって、人間は邪悪な者なのだろう。
だが、全ての人がそうであるとは思って欲しくなかった。
躊躇うのは一瞬だった。
1428
シオンは吹っ切れた顔で、
﹁わかりました! 良き者や悪しき者、私は魂を見て判断する事に
いたします!﹂
そう言って、俺に向かっていい笑顔で微笑んだ。
カルマ
その表情は憑き物が落ちたように晴れ晴れとしており、もしかす
ヨミガエリ
ると彼女もまた何か大きな業を克服したのかも知れない。
紫克衆も口々に許すという言葉を述べている。
気のいい奴等だ。俺の自慢の仲間達なのだ。
謝罪を受け入れ、過ちは水に流す。
許せる範囲と許せぬ範囲の境界は難しいが、今回は上手く仲直り
出来そうだ。
言葉が通じ合う者達ならば、互いの考えを認めあう事も出来るだ
ろうから。
こうして、一つの和解が成立したのである。
さて、湿っぽいままでいてもつまらない。
せっかくの料理も冷めてしまっては美味しくなくなる。
何よりも、暴れる事が出来なかったヴェルドラをこれ以上待たせ
るとまた不機嫌になってしまう。
ヴェルドラの奴も、俺の分身体から造った自分の身体にて食事を
摂れるのだ。
俺と一緒で、食事の必要は無いのだが、料理の味に衝撃を受けた
ようだ。
俺の思っていた以上に味に煩くなっていた。
ビール
そんな訳で、食事会が始まった。
湯上りの身体に、冷えた麦酒。
1429
ワイン
当然、用意してある。我が国で作った秘蔵のお酒。
抜かり無しである。
ビール
イングラシア王国には、葡萄酒が主流だった。
麦酒もあったのだが、イマイチ美味しくなかったのだ。発泡力と
いうか、炭酸が弱いというか。
生ぬるいのも不味い要因だろう。
そんな訳で、当然改良させたのである。
俺の、食に対する情熱を舐めてはいけないのだ。
というか、こうして欲しい! というと即座に研究が始まる環境
になっているのが、我ながら恐ろしい。
やっぱ、俺が魔王になったからか? なってなくても、元からあ
テンペスト
んな感じだったようにも思えるけど。
まあいいや。
ビール
そんな感じで、協力的な魔物の国の魔物達のおかげで、酒類も揃
ワイン
ってきている。
葡萄酒は輸入品。麦酒は自国産。
そして、芋焼酎と麦焼酎。
これだけ宴会が多くなるのも仕方無い。俺の命令に忠実に開発す
るおかげか、この国の食事はマジで美味いのだから。
今回も食事会とか言ってるけど、どうせ宴会になる。間違いない
ラファエル
だろう。
智慧之王に予測させるまでもなく、自信を持って断言出来る。
そして、当然のように予想は的中した。
食事の美味さに感嘆する聖騎士達。海の幸として、捌き立ての魚
の刺身まで用意してある。
醤油が再現出来ていないけど、似た感じの調味料で代用していた。
少し物足りないけど、現在シュナが研究してくれている。その内、
完璧なものが出来るだろう。
魔物達が食べている魔物米に興味を持った聖騎士が、一口それを
試食して絶叫していた。
1430
﹁こ、これ! 魔力が回復するぞ!?﹂
おや? 俺の思う意味での絶叫では無いようだ。
人間には毒だと思っていたが、ある程度の魔力のある者には薬に
なるのかな?
というか、全力戦闘で魔力切れ寸前だからこそ、効果が出たのか
も知れないな。
そんな事を思っていると、他の聖騎士も魔物米を欲しがる始末。
仕方ないので、全員分用意させた。
俺専用の白米を用意してあげていたのだが、黒米︵魔物米の事︶
の方が人気があるとは⋮⋮
まあ、見た目だけの話で、味は良い。先入観の無い者達なら、簡
単に受け入れられるのかも知れない。
天麩羅や刺身に驚愕し、黒米にて魔力の回復も出来たようだし⋮
⋮この国の宣伝効果は期待してもいいだろう。
何よりも、魔物達と聖騎士達が、仲良く話し込む姿もチラホラと
目に付く。
いい傾向だった。
酒のお陰かも知れないけど、こういう光景が自然になればお互い
に仲良くなれる切欠になるだろう。
美味しい物を食べて、楽しい日々を過ごす。
その目的の為に、自分の仕事を頑張るのだ。
今後もこの光景を守る。それが俺の仕事だろう。
新たにそう決意した瞬間だった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
1431
酔いもまわり、皆が良い気分になった頃。
アルノーと言う、聖騎士の中でヒナタに次ぐ実力者と言われる男
が、
﹁ところで、リムルさん。この国で、最強なのは誰なんです?﹂
という、とんでも無い爆弾発言をぶちかましたのだ。
無論、俺とヴェルドラを除くという条件なのだが⋮⋮
この質問に色めき立つ魔物達。
アルノーからすれば何気無い一言だったのだろうけど、魔物達に
とっては事情が異なる。
タブー
俺の知らぬ所で序列争いなどと言う下らぬ事をしていた者もいる
タブー
ようだし、強さ関係は触れては為らない禁忌なのかも知れなった。
というか、禁忌ならば禍根を残すかもしれない。
その時の俺は、酔うハズも無いのに酔っていたのだろう。
ヴェルドラと二人して無責任に、悪乗りした事を言ってしまった
のだ。
﹁クアハハハハ! そんなもの、戦ってみれば済む話では無いか!﹂
﹁そうだぞ? 言い争いするなよ。なんなら、武闘会でも開いたら
いいんじゃね?﹂
などと⋮⋮。
酔っていなかったけど、雰囲気に酔っていた。
良く考えなくても、問題発言である。
マジ
だって、武闘会と聞いた瞬間、ベニマル達の目の色が変わったの
だ。
それまでの空気が一転し、本気の空気を漂わせ始める。
﹁クフフフフ。それは良きお考えです!﹂
1432
とディアブロが相槌を打ったのを皮切りに、
﹁いいんじゃねーか? 嫌いじゃないぜ、その考え!﹂
とベニマル。そして次々に、
シゴキ
﹁ちょっと本気で戦ってみるか﹂
﹁お前達。良い成績だったら、特訓を幾分は無くしてやろうぞ﹂
﹁わ、我輩も参加するのである!﹂
﹁自分も参加するっすよ! ちょっと本気で上、目指すっす!﹂
﹁面白そうですね。全員斬り捨てます!﹂
﹁我も遊び足りぬ。歯ごたえのある者と闘いたい!﹂
﹁俺も、部隊の指揮ばかりではなく、久々に実力を試してみるか﹂
てな具合に参加を表明し始めた。
その時は既に失言に気付いていたが、今更過ぎてどうしようもな
い。
テンペスト武闘会
が開催される流れになっ
ヴェルドラは楽しそうだし、もういいかなという気分になってし
まった。
そんなこんなで、
てしまったのだった。
1433
097話 賠償と、今後の関係
そんなこんなで宴に突入。
各種お酒も取り揃えてあり、水割りだろがロックだろうが氷もふ
んだんに用意してあった為何でもござれである。
の話など消え去ってくれと
流石に日本酒は無理だったけど、そこそこ豊富に飲み物も用意出
来たものである。
テンペスト武闘会
聖騎士達にも大好評だった。
酔った勢いで、
願ったのだが、そう上手くはいかなかった。
その話はきっちりと進められる事になるのである。
テンペスト
という訳で、翌日。
今後の魔物の国と聖教会の関係を取り決める会談が行われた。
ブラッドシャドウ
実際の話、此方の被害は甚大なものになる所だったのだ。甘い対
応は出来ない。
しかし、実行犯の血影狂乱達には制裁を加えた訳だし、あれは聖
教会の意図とは異なるようだ。
管理責任というものがあるので、関係無いとは言え無いだろうけ
どね。
今回の聖騎士達による討伐戦に対しても、それなりの賠償を要求
すべきなのかも知れないけれども⋮⋮領地は離れすぎているので、
飛び地で貰っても仕方ないのだ。
まして、お金とかで解決出来る類の話でも無い。
ぶっちゃけ、金とかより良好な関係の方が俺的には望ましいとい
うのが本音であった。
1434
テンペスト
そういう事を考えつつ、会談が開始される。
ゴブリン
魔物の国側の参加者は、俺にリグルドとベニマル。後は、大臣に
就任した元子鬼族の族長達である。
対する聖教会側の参加者は、ヒナタと隊長格5名であった。
まずはお互いの認識の摺り合わせから行いたい。賠償だなんだは
その後に決める。
という事で、会議の前にお互いの状況とそれに対する認識を箇条
書きにして、会議開始時に交換してあるのだ。
それを見ながらお互いに状況の流れを確かめていく。
認識の不一致があれば、早期に修正しておいた方が良いだろうと
いう俺の考えだ。
流れを見る。
俺達からすれば言うまでもなく、ファルムス王国の侵攻から全て
は始まっている。
スタンス
一貫して立場が変わる事なく、相手の出方により此方も対応を変
えるという立場だ。
聖教会側の流れとしては、ファルムスの要請以前に問題があると
ヒナタが言い出した。
つまりは、魔物の国の存在を認める事が、聖教会の掲げる教義に
反する事になる。それは信者の不信を招きかねない重要な案件であ
った。
それを放置すれば、信者の離反を促し、聖教会の勢力が衰える事
に繋がるのだ。
だからこそ、魔物の国など滅ぼしてしまう必要があった。
テ
その為に、大義名分と切欠が必要だったのだ⋮⋮ヒナタはそう言
った。
ンペスト
ファルムス王国が自国の利益を守り欲を出した事を利用して、魔
物の国を襲撃した事になる。
それを認めるという事は、全面的に自分達に落ち度があると宣言
1435
したようなものなのだが⋮⋮
もっと誤魔化して来るかと思っていただけに、意外であった。
﹁ふふふ、仕方あるまい。我等は敗北したのだ。認めるべきは認め
なければ、先には進めないだろう。
それに⋮⋮
私は、聖教会こそが民を守れる唯一の存在だと信じていた。
教義こそが全てで、教会に帰依する者は救われるのだから、それ
以外は切り捨てても良い、と。
我等の救いに限界がある以上、信じる者のみを救う事こそが正義。
そう考えていたのだ。だが⋮⋮
どうやら、それは間違いだったらしい。
自らが助かるべく努力するものに手を差し伸べるだけで良かった
のだな。
私が、私達が助けられるものだけを助けようというその考えは、
ある意味傲慢だったのだ。
ならば、教義を信じていようが信じていなかろうが、困っている
者がいれば助ければ良いのだ。
自分の目の届く範囲でそれを為す事こそが、私達に出来る事なの
だろう﹂
吹っ切れたように爽やかに。
ヒナタはそう言って微笑んだ。
教義を信じる者しか救わない、それはヒナタにとっては逆の意味
を持っていた。
教義を信じる者しか救えない、と。
皆を助けるほどの力は無い。ならば、平等に人々を助けたいと願
っても、それは叶わぬ願いなのだ。
だからこそ、神の教えたる教義を信じ守る者達を優先して救う。
合理的に割り切って、冷徹に信者以外を切り捨てて。
1436
自分は正しいのだと、自分の心を偽って今まで生きて来たのだろ
う。
結局の所、救える者の数が限られている以上、どこかで線引きを
しなければならなかっただけの話。
皆を救う等、不可能なのだから。
ヒナタにとっての線引きが、教義を信じるか信じないかという事
だったのだ。
だからこそ、信者が減り教義を信じない者が増える事をヒナタは
恐れたのだ。
自分が助けられる者が減ってしまうから。
頭固すぎだろ、と突っ込まずにはいられないほど不器用な考え方
である。
けどま、理解出来なくはないけどな。元の世界でもそうだったし。
唯一神を崇める者って、結構頭が固い人達が多いしね。
教義の解釈の仕方が違うだけで敵扱い。それだけで、宗教が胡散
臭くなるというのに、自分達の行いを省みる事が無い。
もっと柔軟に、相手の立場と考えを理解してあげれば、かなりの
争いごとが減ると思うのだけど。
まあ、それは表向きの争いの理由であって、本当は利権や利益を
求めての争いだというのがバレバレだけどな。
結局の所、利益を得る一部の人を潤す為に、敬虔な信者が泣く事
になるのだ。
自分が泣かない為にどうすればいいか? 結構簡単な話なんだけ
どね。
要は、自分で考えろって事なんだよな。
人の言いなりになるのではなく、自分の頭で考えるようにするだ
けで、結構救われるものなのだ。
大半の人はしたたかで、利用されるよりも利用する立場に回って
いたりするものだし。
1437
何事も盲目的に相手を信じるのは良くないというだけの話だろう。
その点、ヒナタは真面目過ぎた。
これからは、もっと気軽に生きる事をオススメしたい。
ヒナタがアッサリと自分達の非を認めたお陰で、会談はスムーズ
に進む。
聖騎士の隊長達にも異論は無いようだ。
ヒナタを信じているのだろう。ヒナタの発言への否定や文句は出
なかった。
お互いの状況と、争いに至るまでの流れの確認も終わったし、聖
教会側が非を認めている。
さてと、後は賠償をどうするか、なのだけど⋮⋮
﹁済まない、その点について言っておく事がある﹂
と、ヒナタが言い出した。
話を聞くと、今回の争い事に聖教会の上部組織である神聖法皇国
ルベリオスは、一切の関与が無いらしい。
上部組織というか、其の辺はややこしいのだけど⋮⋮教皇という
トップ
か法皇というかその国の頂点に位置する人が、聖教会でも頂点を兼
任しているという話なのだ。
だが、西方聖教会の実質の頂点は、枢機卿ニコラウスと聖騎士団
長のヒナタなのだ。
今回の暴走も、討伐戦そのものも、本国は関係していないと言う。
故に、神聖法皇国ルベリオスとしての関与は、ヒナタのみという
事なのだ。
何らかの賠償問題になったとしても、ヒナタを切って話は御終い
になるだけだとの事。
1438
ヒナタの立場が、法皇の近衛騎士筆頭というものを兼任している
からややこしいのである。
ちなみに、近衛騎士と聖騎士は別組織。
近衛騎士
なのだ。
法皇を守る事のみを目的として動き、法皇の傍を離れる事は無い
のが
筆頭であるヒナタのみが自由行動を許されて、大局的に法皇を守
る聖騎士の育成と聖教会の発展に携わる事を許されているとの事。
その立場があるからこそ、神聖法皇国ルベリオスは無関係とは言
い切れない。
言い切れないけれど、責任は全てヒナタに帰結する。
そして、念の為という事で、ヒナタは筆頭騎士辞退の申し入れを
行っているとの事。
これは今回に限っての話ではなく、何時でもヒナタを切り捨てら
七曜の老師
と言われる彼女の師匠達。
れるようにするべく彼女の師達に言われていたとの事である。
その
胡散臭い事この上無いけど、勇者を育てた事もあるという一流の
賢者達だと言う。
用意周到にヒナタを切り捨てられるようにしているとの事だった
ので、神聖法皇国ルベリオスへの責任追及は不可能だろう。
どのみち、西方聖教会とは分けて考えなければならない。
今回は西方聖教会に対してのみで納得するべきだ。
では、賠償をどうするのか?
先も述べた通り、金銭での解決は此方の意図する所では無い。
西方聖教会として、俺達の存在を認めた上で、敵対しないという
宣言が欲しい。
そう言うとアルノーという聖騎士が、
﹁俺達としては問題無い。真なる邪悪な者ならば、既に俺達はこの
世に居ないのだから﹂
1439
と賛同を示した。
それに対し、レナードと言う聖騎士団副長は、
﹁しかし、問題はあります。教義をどう扱うか、それ次第では聖教
会そのものが⋮⋮﹂
と、眉間にシワを寄せて納得できないという意思を示した。
これはヒナタの悩みと質が同じ。
最悪、聖教会の解体すらも視野に入れる必要が出てくる。
大切なのは、人々を守る事。聖教会が無くなろうとも、自分は人
々を守り続ける。
そう割り切ったヒナタと違い、教団の信者や今ある組織そのもの
への責任も蔑ろに出来ないのもまた確か。
では無かった! って発
聖教会がなくなれば、聖騎士もまた散り散りになる可能性もある
のだ。
オーク
悪しき者
深刻に悩むレナードに対し、
﹁それなら、この国の住人が
ゴブリン
表しちまえばどうだ?
実際、子鬼族や豚頭族だったなんて信じられない程、人に近い姿
リザードマン
になってるんだし⋮⋮
ドラゴニュート
蜥蜴人族なんかも、本来は亜人という扱いだしな。
オニ
その上位の龍人族なら言うまでも無い話。
悪しき者
悪しき者
では無い。
では無かったと発
妖鬼の人の場合は、低級な魔物等では無く、土地神クラスだし。
要するに、亜人も教義の中で言う
表すれば?﹂
魔物は魔物なのだが、教義で言う
亜人であると全面的に認め、ドワーフ等と同様に扱うようにすれ
1440
ば、一定の理解は得られるのでは無いか?
アルノーが、そういう事を言い出した。
一番妥当な落としどころであると思える。
俺達はその意見を採用する事にし、色々と細部に至るまで打ち合
わせを行なった。
そうして、一応の落としどころを見出したのである。
さて、西方聖教会に俺達を認めて貰う算段がついたし、賠償の代
わりとして聖騎士との交流も定期的に行う事で話はついた。
そして何よりも。
今回の賠償として、壊れた装備を一式頂いた。
レイピア
代わりに、複製した代用の剣をプレゼント。性能は然程変わらな
いだろうけど、ヒナタに合わせて細剣になっている。
ヒナタの折れた剣も貰えたし、精霊武装とやらも解析させて貰え
る手筈となっている。これぐらいお安いものだ。
しかし、聖霊武装の解析。これは大きい。
聖騎士の所持する物は劣化品の精霊武装と言う物らしいけど、そ
れもついでに解析出来た。
俺達の属性が魔属性という闇属性の亜種である以上、そのまま使
用は出来ないだろうが、改造出来ると思うしな。
国家機密クラスの兵装らしいが、解析してしまえば此方のモノ。
賠償なのだし、これくらいは問題なかろう。
これで、ますます我が国の武装も洗練されたものへと変わってい
く事だろう。
そうしてキッチリと落とし前を付けた後、雑談モードへとなった
時、とんでもない情報を入手出来た。
というか、結構常識だったのかも知れないが、俺は初耳だったの
だ。
1441
その情報とは、聖魔大戦⋮⋮或いは、天魔大戦と呼ばれる500
年に一度起きるという大戦についてだった。
話の流れは俺が今後の方針を話した事が切欠だった。
そもそも、
﹁というかだな、天麩羅といい白米といい刺身といい⋮⋮
リムル、お前が私と同郷というのは最早疑ってはいない。
ここまであからさまに元の世界の食べ物を再現してあると、驚く
以前に呆れたよ。
お前の話が本当なら︵本当なのだろうけど︶、たった二年でここ
まで自分の思い通りの環境を作るとは。
実際に目にしないと、信じられるものではないぞ!﹂
とヒナタが言い出したのが切欠だった。
それに対して俺が、
﹁いや、まだまだだな。
物流は遅いし、情報伝達も話にならない。
魔法があるから、住み心地と食糧保存はそれなりだけどな。
最悪なのが、文化だ。娯楽が少なすぎる。
まあ、それは根付くまでは時間がかかるだろうが、いつかは発展
させて見せるさ!
目下の目的は街道整備。これは現在進行形で安全安心な交易路を
整備中だ。
続いて情報伝達。無線とかあの辺は知識が無かったから諦めた。
けどね、魔鋼の思念伝達率は凄まじいよ。これを利用する。
影移動で用いる空間に魔鋼線を通して各都市を結ぶと、大した魔
力を持たなくても通話が可能になる。
どうだ、凄い便利になりそうだろ?﹂
1442
と、豪語したのだ。
実際、各都市間だけでなく、村々をも結ぶネットワークの構築を
計画中なのである。
ベスターの開発した遠距離通信玉なら、姿を見ながら会話可能だ
けど高価過ぎる。各村々まで網羅するのは現状では無理があった。
魔鋼線ならば、細く引き伸ばす加工を行えば、結構手軽に配線可
能なのだ。
影移動の空間に入れる者に任せれば、障害物も無いのでそれ程手
間無く設置可能なのである。
後は、受信機の開発を待つだけであった。
やはり、情報化社会に生きていた者としては、情報の伝わる速度
は重視してしまうのだ。
その言葉に呆れたように、
﹁あのな⋮⋮まあ、いいけど。
遣りすぎると、天使に攻撃を受けるぞ﹂
何気ない感じでヒナタが言ったのだ。
天使? 一体何の事?
俺の疑問に気付いたヒナタが、
﹁何だ、知らなかったのか? 500年に一度、天空門が開いて天
使が攻めて来る。
基本的には人間は襲わないけれど、発展し過ぎた町は破壊されて
しまうのだ。
天使が文明を嫌っているというのが、研究結果で示されているの
だよ。
この攻撃から逃れているのが、唯一ドワーフ王国のみ。
あそこは、入口が二箇所に絞れる上に、山の上に竜が棲息してい
る為に大規模攻撃は通用しない。
1443
その為に、何とか防衛可能なのだろう。
その他の国の文明が、一定レベルで停滞しているのはそれが理由
だ。
例外がイングラシア王国。
ここに評議会が設置されている理由も、ここで研究開発を行い、
被害を少なくする為だ。
だからイングラシアでは、500年に一度王都が一新されている
よ。
これは各国の合意の元に行われている事で、住民も理解している。
前回はやり過ぎなかったお陰か、それ程の破壊は無かったそうだ
けどな。
各国が支援しあい、ここで様々な研究を行う。
利便性が高く秘匿しやすいものだけを、各国の王が利用している
のだ。
民に研究結果が行き渡りすぎても、天使による攻撃を招く。
厳選し、問題ないものだけが下々に降りてくるという仕組みなん
だよ。
まあ、天使の目的は魔物の排除。
だからこそ、多少の目溢しをしてもらっているというのが実情だ
ろうけどね﹂
何でもなく皆知ってる事だぞ? という感じで説明してくれた。
なんだそれ? 天使? 初耳なんだけど⋮⋮
﹁おい、知ってた?﹂
誰にという訳ではなく、リグルド達に聞いてみると、皆知らなか
った。
天使が攻めて来るというのは知っている者もいたけど、天使と魔
物の戦いという意味でしか知らなかったようだ。
1444
500年毎に大戦があると聞いた事はあったけど、魔王同士で戦
ったり、人間と戦ったりするのかと思ってた。
いや⋮⋮考えてみれば、人間と戦うとかならば、休戦が続くのも
可笑しな話だ。深く考えてなかったけれども、言われてみれば納得
出来る。
しかし、500年に一度、天使が攻めて来るとは、ね。
人間には手出しはしないけど、文明を嫌うとかどういう事だ? 人間の発展を邪魔したい、或いは恐れている?
意味が判らない。
﹁で? 国々としては放置という事か? 天使を倒すという話には
ならないのか?﹂
という問いへの答えは明白だった。
下手につついて、魔族以上の敵を作りたくは無い! という事。
確かに、魔族とかいう厄介なのに加えて、別の敵を作りたくは無
いのだろう。
現状、文明の発達さえ無ければ人間への手出しは無いそうだし。
しかし、どの程度で滅ぼすレベルになるのだろう?
B+
ランク相当で、100万
異世界人の形跡を特に嫌っている風情であったそうだけど、火薬
の類が駄目なのだろうか?
その天使とやらは、一体一体が
体程の軍勢でやって来るそうだ。
更に、隊長クラスや指揮官クラスもいて、組織だって攻めて来る。
将軍クラスも存在するようだけど、その戦闘能力は未知数なのだ
とか。
魔王が何体かやられるそうだし、結構強いのだろう。
聖なる属性らしく、西方聖教会としては手出し無用を説いている
との事。
手出ししなければ、無害所か魔物を倒してくれるのだから当然だ
1445
ろう。
もっとも、人間の味方という訳では無いと考えているようだった
けど、ヒナタ達もそこまでは内情に詳しくないようだ。
何しろ、自分達で天使の実物を見た事はない訳だし、伝聞と記録
からの推測だけでしか話せないのだ。
後、聖教会が魔物を敵と見做す理由の一つに、魔族の存在がある。
魔物の中で、組織だって人間と敵対する者達を魔族と呼ぶそうで、
魔王の中にも人間に明確に敵対している者がいるそうだ。
クレイマンとかがその代表格。もう死んだけど。
というか、クレイマンが死んだから、現在の八星魔王で人間に明
確に敵対している者は居ない。
﹁は? クレイマンが死んだ、だと!?﹂
驚くヒナタ達。
﹁うん、死んだよ。俺が殺したもん﹂
ポテトチップスのようにスライスした、芋を油で揚げて塩を塗し
たオヤツに手を伸ばしつつ、俺は暢気に受け答えする。
結構手軽に作れて、オヤツに最適なのだ。
そんな事より天使について話をしようぜ! と思ってヒナタ達を
見ると、呆れたのか諦めたのか複雑な表情になっていた。
あんな雑魚、正直どうでもいい。と、俺は思っていたのだが⋮⋮
聞けば、クレイマンは色々と暗躍しており、尻尾を掴む事も出来
なかったそうだ。
だが、人間に対しては明確に敵対しており、魔王内での牽制が無
ければとっくに戦争になっていたとの事。
それで思い出した。
1446
﹁そうそう、クレイマンの主ってのがカザリームとか言う魔王だっ
たらしいよ。
で、どうもユウキと繋がりがありそうだから気を付けた方がいい
ぞ﹂
まだ事情を知らない聖騎士達にも、その事を伝えておいた。
﹁はあ? 自由組合の総帥のか!? ヤツがカザリームの可能性が
あるだと?﹂
﹁だが、表立っては問い詰める事は出来ないぞ⋮⋮下手すると、聖
教会と自由組合の戦争になる﹂
﹁だが、カザリームが生きていて、クレイマンを操っていたのだと
したら⋮⋮
魔族の元締めはカザリームと言う事だな。
総帥がそうとは言い切れなくとも、可能性が高いなら監視の必要
があるな﹂
そんな事を言い出した。
だが、真面目な表情とは裏腹に、その手は揚げ芋に伸ばされてい
く。
馴染みすぎだろ、コイツら⋮⋮。
ヒナタまで手を伸ばして、小さく齧っている。
ちょっと、これはどうなんだ? ここまで自由に好き放題してい
いものなのか? などと、ブツブツ呟いているような気がするが、
俺には関係ないと思う。
異世界人
の子供達を引き取りに行く予定
﹁お、おう。まあ、可能性の話だし、迂闊な事はするなよ?
ぶっちゃけ、その内
だし、警戒させたくないしな﹂
1447
﹁その件については、私にも思う所がある。
此方でも調べてみるが、構わないか?﹂
﹁え? あ、ああ。慎重に頼むぞ? 自由組合は情報収集のプロだ
からな?﹂
ヒナタにも考えがあるのだろう。
何か思い当たる事もあったようだし、任せてみるのもいいかも知
れない。
そう考えて、一応頷いておいた。
確実に証拠が無いのに、手出しは出来ないのだ。
この件は、ともかく情報収集に全てが掛かっているのである。
ヒナタも十分に承知しているようで、俺と目を合わせて頷きあっ
たのだった。
という訳で、今後の西方聖教会との今後の関係として、友好的な
付き合い方の打ち合わせを行い、有意義な時間を過ごせた。
思わぬ情報も仕入れる事が出来たので、此方でも調べてみた方が
良いだろう。
ヒナタ達は、2∼3日この町に滞在し、帰って行った。
何時でも緊急連絡を取れるように、何名か残っている。けど、俺
達の監視が目的では無いのは明白だった。
既に彼等に敵意は無く、今後は友好的に接する事が出来そうだ。
出来るならば、この関係を維持したいものである。
こうして、一連の西方聖教会との争いは、一応の終結を迎えたの
だ。
1448
098話 案内状
聖騎士、敗れる!
ジュラの大森林周辺の国々に、その情報は瞬く間に広がる事にな
った。
テンペスト
幾ら秘密裏に侵攻したとは言え、人の目を全て誤魔化す事は不可
能である。
何よりも、魔物の国と関係のある国々にとって、情報収集を怠る
事など有り得ない事なのだから。
当然、各国が密偵を放っている事はリムルも承知している事であ
った。
だからこそ、可能な限り聖騎士達を生かしたままで勝利を収める
ように命じたのだろう。
各国の首脳部はそう判断を下す。
何よりも、一人の死傷者も出なかったという事実が、その判断を
裏付ける根拠となったのだ。
ドワーフ王国、武装国家ドワルゴンにて。
ドワーフ王を筆頭に、各大臣が集結し会議を行っていた。
記録映像を解析し、詳細を読み取ったデータから資料を作成。各
々の大臣の手元に配られている。
その資料を元に、今回の戦いの顛末の報告が為されているのだ。
結果は驚くべきものであった。
人類最強と呼ばれる聖騎士が、100名もの人数で持って強襲を
かけた。
1449
しかし、その情報は魔王リムルには筒抜けであり、対策を打ち立
てられた上に聖騎士達は敗北。
恐るべきは、魔王リムルの情報収集能力。
それ以上に、その慧眼による作戦立案能力であろう。
大臣達は口々にそうはやし立てる。
しかし、本当にそうだろうか? ドワーフ王は資料を眺め、待ち
伏せしているハズの地点から不自然に移動している等の情報に目を
向ける。
作戦による殲滅ではなく、行き当たりばったりな力技による撃退
なのではなかろうか?
そうした考えが心を過るのだ。というより、そうとしか考えられ
ない。
報告にある、何らかの工作を行っていた地点で戦闘を行なったな
らば計画通りなのだろうけれども、実際は戦闘場所は工作地点と関
係ないのだ。
であるならば、これはヒナタが待ち伏せや罠を警戒し、状況を有
利に進める為に戦場を移ったと判断出来る。
それなのに、結局の所、全ての地点での戦闘行為において、聖騎
士達は完敗したのだ。
記録映像を保存する魔法に限界があり、状況が読み取り難いのが
悔やまれた。
音も拾えず、移ろう戦場の場面毎に情景が保存されているのみな
のだ。
魔物の能力を解析する事も出来ない有様であり、勝敗を解読する
ので精一杯だったのである。
それでも、このデータが重要な情報である事には間違いが無い。
改めて資料を見る。
テンペスト
聖騎士の隊長クラスが各地点にて何らかの作戦行動を行おうとし
た。その場所に向けて、魔物の国の幹部達が妨害行動に出て、戦闘
に至る。
1450
テンペスト
結果が、全地点に置ける戦闘行為、そして魔物の国の幹部達の完
全勝利である。
テ
中には、一体で聖騎士8名を圧倒する者も居たという驚くべき結
果も報告されているのだ。
ンペスト
その聖騎士に、隊長格まで含まれている事を考慮するならば、魔
物の国の総戦力は武装国家ドワルゴンをも上回ると判断するしかな
い。
喧しく騒ぐ大臣達を他所に、ドワーフ王ガゼル・ドワルゴは安堵
の溜息をついた。
魔王リムルが理性のある魔物であり、人間国家との友好を望む存
在で良かった、と安堵したのだ。
この魔王が、人間の滅亡を望む者であったならば、人類は未曾有
の脅威に晒されている事になっただろうから。
︵だいたい、成長が早すぎるぞ!︶
心からの本音であった。
最初に謁見した際に感じるものはあったけれども、まさかここま
でとは思いもしなかった。
あそこで滅ぼしていた方が良かっただろうか? この疑問には答
えは出ない。
良くも悪くも、かの魔王は面白いのだ。
異世界人
異世界人
が断念したであろう事
らしい発想で、様々な開発を力任
そして、現在は協力体制も築いており、友好的な関係を維持出来
ている。
何よりも、その元
せに行っているのが興味深い。
財力や労働力の関係で、他の
柄も、かの魔王にとっては強引に推し進めるだけの地力があるのだ。
この行動の結果がどうなるのか、そこに非常に興味が沸く。
そして、あの町が発展し新たな技術が産まれて開発されたならば、
その受け皿として協力は惜しまない。
そう決意していた。
1451
例え、天使に滅ぼされたとしても、その技術を失う事が無いよう
にするのだ。
確かに、恐るべき軍事国家へと成長しているのだろうが⋮⋮それ
リムル
以上に、その開発内容や技術発展への貢献に心躍るモノを感じてい
た。
︵ここまで来れば、最早あの魔王を信じてともに進むのみ!︶
今回の聖騎士達への処遇は、全員無事に解放するというものだっ
た。
この事からも、魔王リムルの目的が人間社会との共存であると考
えられる。
敵対するつもりであるならば、聖騎士は皆殺しにするハズだから。
攻めて来た相手ならば、皆殺しにしても文句は言われない。
そこを敢えて生かして解放した。それも無傷で。
そこから読み取れるのは、聖騎士クラスでは何ら脅威には値しな
いという、その自信である。
危険だ何だと騒ぐ大臣達の言葉、それに反対する大臣達の言葉。
どちらも正解なのだろう。
だが、結論は一つ。
咳払いにて注目を集めた。
会議の場を静寂が包み、大臣達の視線が集中する。
﹁あの魔王が、人間との共存を望む間は、可能な限り協力する。
それが、武装国家ドワルゴンの方針である!﹂
ドワーフ王ガゼル・ドワルゴは、会議室に響き渡る声で、重々し
く宣言した。
大臣達は一斉に頭を垂れ、その言葉に賛同の意を示した。
その言葉にて方針は決まった。後は優秀な者により、協力へ向け
ての体制作りが検討され始める。
この判断が正しいのか間違っているのか、それは今は判らない。
1452
しかし、ドワーフ王に後悔は無かった。
そして、そんなドワーフ王に、もう一つの報告が齎される。
﹁陛下、リグルド殿から案内が来ております。
何でも、魔王就任のお披露目を行うので、ぜひ招待したいとの事
です。
まあ、建前でしょうな。各国と仲の良い所をアピールするのが目
的でしょう。
向こうも参加するとは思っていない様子でしたが、どう返事致し
ますか?﹂
テンペスト
﹁おお、その話ですか! ベスターからも報告が来ておりますぞ!
何でも、魔物の国にて武闘会が開催されるとか⋮⋮
魔王就任のお披露目の席の余興で行われるようですね。
どうなされますか? 見学に赴くなら、席を用意すると申してお
りましたが?
ちなみに、
席の数には限りがあり、当日は混み合う事が予想されるので、返
事はお早めに! と、念入りに申しておりましたぞ?﹂
バカ
正式な案内と同時に、ベスターからの問い合わせも来ているらし
い。
ドワーフ王は暫し熟考する。
︵というか、武闘会とは何を考えているんだ、あの魔王⋮⋮︶
全く理解出来ない。
これだから、面白いのだ。
ドワーフ王は、腹の底から込み上げてくる笑いの衝動を抑えるの
に苦労する。
大臣達の前で、威厳を保つのも一苦労なのだ。
1453
︵おのれ⋮⋮余を苦しめるこの様な罠を仕掛けるとは⋮⋮侮れぬ!︶
そういう理不尽な怒りの感情で、笑いの衝動を相殺し、返答を考
えた。
﹁お披露目には出席しよう。そして、見学にも参加する事とする﹂
簡潔に告げる。
大臣達にとって、予想外過ぎる返答であったのだが、これは王の
決定であった。
場は騒然とし、急ぎ参加へ向けての準備が進められる事になるの
だ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
魔導王朝サリオン、皇帝の居城にて。
美しく、見事な庭園が広がり、野生の希少な生き物が自然のまま
に棲息している。
その庭園を維持するのは、皇帝の持つ多数の権益が生み出す莫大
な利益のほんの一部にて支払われるお金。
つまりは、皇帝のポケットマネーである。
一切の税金を使用する事なく、その庭園は維持されているのだ。
その庭園にて、二人の人物が寛いでいた。
1454
一人はエラルド公爵。
冒険者エレンの父親であり、この国の重鎮。この国で3本の指に
入る実力者である。
その対面にて座る人物。
その人物こそ、エラルド公爵の上に立つ、この国で唯一無二の存
在。
皇帝エルメシア・エルリュ・サリオン、その人である。
女性の様な美しい容貌の、というか女性なのだが、エルフの血が
タブー
混じっているので年を取らないのだ。
皇帝に対し、その年齢を問う事は禁忌とされていた。
見た目、成人女性になったばかりという、みずみずしい素肌。そ
の色は、新雪の様に真っ白である。
特徴的な先端の尖った長耳に、切れ長の眼差し。翡翠の瞳は全て
を見透かすよう。
そして、長く伸ばされた薄水色の銀髪がサラサラと流れて頬にか
かる。
その美しさに一瞬見蕩れそうになるエラルド公爵であったが、妻
と娘の怒りが恐ろしいので正気に戻るのも早い。
一つ咳払いして、皇帝に向き直る。
優雅にクッション椅子にもたれ掛かっている皇帝に、
﹁陛下、この度、先だって報告致しました魔物の国より、案内状が
届きまして御座います﹂
と、先程齎された手紙を懐から取り出し、そっと差し出すエラル
ド公爵。
安全なのは確認済み。内容も把握しているが、口には出さない。
自分が確かめる前に物事を言われる事を嫌う、皇帝の気質を熟知
しているのである。
だが⋮⋮
1455
︵無事に魔王になったのはいいとして、お披露目に呼びつけるって
いうのはどうなのだ?︶
ここが問題である。
この手紙は、エラルド公爵に宛てた物である。本来は皇帝に見せ
る必要はない。
しかし⋮⋮参加されるなら人数を明記の上、返答して頂くようお
願いします! と書かれていたのだ。
これは、誰を誘っても良いと勝手に解釈を歪めて考える。
ここで皇帝にこの案件を知らせずに、自分だけ参加した場合、ま
テンペスト
たしても皇帝の逆鱗に触れる事になってしまう。それを恐れたのだ。
何しろ⋮⋮
先だって、娘を救うという名目で魔物の国に赴いた事を、えらい
勢いで叱責されたばかりなのである。
曰く。
スライム
﹁貴様、どうして妾を置いて行ったのだ? その様な面白い生き物、
この目で確かめて見る迄信じられぬ。
それに、魔王の誕生に立ち会うなどと、長く生きておる妾ですら
経験した事もないのだぞ?
プライベート
羨ま⋮⋮じゃない。けしからん話だ! どの様な愉悦⋮⋮じゃな
く、危険があるかも判らぬのに!
言語道断である!﹂
的な感じに、物凄く拗ねられたのだ。
この皇帝がこの様な姿を見せるのは、私生活での付き合いのある
自分ともう一人のみ。
臣下の前では冷酷冷徹で、人形女帝の渾名で呼ばれているのが恐
ろしい。
猫被り過ぎだろ! といつも内心でつっこんでいるのである。
今回も自分だけ出席したりしたら、どの様な叱責を受けるか判っ
1456
たものではない。
何よりも。
その時開催されるらしい、武闘会。
こんなものがあるのに連れて行かなかったとなると、その怒りの
凄まじさは想像を絶するだろう。
皇帝が拗ねてしまったせいで、魔導科学局として技術提携をする
計画が頓挫しているのだ。
ここは機嫌を治して貰って、かの国との技術提携に向けて準備を
再開したい所であった。
気がかりな点もある。
最近、聖騎士達との争いがあった事は確認済み。
その対応を心配していたのだが、恐るべき事に完全勝利の上、全
員無事に解放したそうだ。
圧倒的な自信を感じさせるその対応。
弱腰と取る国もあるかも知れないが、内情を知る者からすれば手
出しする気が失せる内容である。
そうした強者が、わざわざ武闘会により実力を披露してくれると
は、示威行動以外の何者でもなかろう。
だが、彼等の実力を図る上でも、是非見学に参加したい所であっ
た。
ただ、その様な場所に皇帝陛下をお連れするのは、些かどころで
は無い問題がありそうで⋮⋮
皇帝の返答次第では、その苦労は自分の身に降り注ぐ事になるの
も確実な話なのだ。
手紙の内容を読み終えたのか、皇帝エルメシアが手紙を返して来
た。
エラルド公爵はゴクリと唾を飲み込み、
﹁して、陛下。どの様に返答致しましょう?﹂
1457
恐る恐る、皇帝に問いかける。
皇帝エルメシアはニンマリとした笑みを浮かべて、
﹁そうよのう⋮⋮﹂
と、勿体ぶる。
その対応で返事は予想出来たものの、続きの言葉を待つエラルド
公爵。
皇帝の返答は予想通りであり、エラルド公爵は準備に追われて眠
れぬ日々を過ごす事になるのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
小国ブルムンドにある商館にて、ミョルマイルはいつ終わるとも
知れぬ面会者の相手にうんざりしていた。
大商人である自分にとって、対応する者の人間性は一目で判る。
金の無心に来る者や、新たな商取引の伺いを立てにやって来る者。
中には金に困った落ちぶれ貴族が、怪しげな取引を持ちかけてく
る場合もある。
その様な馬鹿共の相手にはうんざりなのだが、中には本当に金に
なる話も舞い込んで来たりする。
だからこそ、この仕事だけは他人に任せる訳にはいかないのだ。
1458
その様な事を思いながら、詐欺師紛いの男の相手を終わらせて次
の客を呼ぶように申し伝えた。
入って来たのは身なりの良い男。
だが、ミョルマイルの目は誤魔化せ無い。
この男も、落ちぶれかけた貴族であり、骨董品と言う名のガラク
タを高値で引き取らせようと持ち込んだ事は記憶に新しい。
また何か胡散臭い事を思いつき、金をせびろうという考えなのだ
ろう。
だが、相手は曲りなりにも貴族だ。これは調査して、本物である
と判明していた。
本物の貴族であるならば、迂闊な対応は命取りになってしまう。
だからこそ、この仕事は難しいとも言えるのだ。
また気の抜けない化かし合いが始まる、そう考えながら、相手の
話を伺い始める。
話を聞いてウンザリした。
やはり録でもない内容だったのだ。
要は、奴隷を使って新しい店を開くから金を融資させてやろう!
というもの。
正直、成功する未来が見えない話である。そもそも、可愛い女の
子の奴隷を仕入れるだけで、その事業が成功する訳が無い。
入念な市場調査と客層の分析、そして店を出す場所は勿論の事、
女の子達への支払いもある。
奴隷だからタダ働きと言っても、食事代はかかる訳だし、住む場
所も必要だ。何よりも、最初の購入資金がかなり掛かる事は間違い
無い。
性的な店を出すつもりならば、より入念に準備しないと病気の蔓
延の原因となる。
そんな事にでもなったら、この貴族だけでは無く、ミョルマイル
まで犯罪者になってしまうだろう。
そんな危険な事に加担するのは真っ平である。
1459
﹁いやいや、カザック様は慧眼でいらっしゃる。
しかし、その肝心の女の子の奴隷等、今は何処にも入手出来ます
まい。
人間での人身売買は認められては居りませんし、犯罪奴隷ならば
つて
質の良い者は居ないでしょう?﹂
﹁おう、その事だがな⋮⋮伝があるのよ。まあ貴様が金を出すなら
ば教えてやらんでも無い。
エルフ
だが、判るだろう? これは極秘でな⋮⋮ただ一つ言える事は、
その奴隷は長耳族だ、と言う事よ﹂
勿体ぶった言い方をする。
ミョルマイルはこのカザック子爵に虫唾が走る思いだったのだが、
そこは意思の力でぐっと我慢する。
大商人たるもの、表情に相手への嫌悪感を出すなど、あってはな
らないのだ。その様な未熟者は、三流以下であるゆえに。
何とかこの男の要請を断る上手い言い訳を考える。
そしてそれを口に出そうとしたその時、
﹁いよーーっす! 元気だったかね? ミョルマイル君!﹂
打ち合わせの最中だと言うのに、扉を開いて入って来る者が居た。
銀髪、金黒眼の美しい少女。いや、少年か?
ここに居るハズも無い人物の背格好に良く似た⋮⋮
﹁え、まさか⋮⋮リムルの旦那、ですか?﹂
驚き、問いかけた自分の声が、遠くに聞こえている。
え? いや、だって、リムルの旦那は魔王になったとかフューズ
様が言っていたような⋮⋮
1460
というか、何で仮面被ってないの? 素顔ってあんなに可憐だっ
たの!?
そんな考えが脳裏を駆け巡り、今まで対応していたカザック子爵
の事などどうでも良くなる。
そんなミョルマイルの耳に、
﹁お、お待ち下さい! 旦那様は今、お客様がお見えでして!﹂
慌てて使用人が止めに入る声が聞こえて来た。
恐らく、このリムルの旦那の容貌に見とれてしまって、止めに入
るのが遅れたのだろう。
大失態だ。大失態なのだが、ある意味、仕方無いかも知れない。
使用人を責める気は起きてこないミョルマイルだった。
﹁あ、悪い。お客さん、居たのね。じゃあ、お前の館に寄って待っ
てるから、後でな!﹂
そうミョルマイルに告げて、カザック子爵に向けて﹃どうも失礼
しました、いや∼スイマセンね!﹄などと愛想笑いしながら去って
行くリムル。
その後ろ姿を呆然と眺める。
その後、さっさと話を打ち切り、後に続く面会希望者を全て断り
追い出してしまう。
世の中には、乗り遅れては行けない波がある。
本当に大切な事とは何なのか?
ミョルマイルはそれを間違うような愚か者では無かった。
出来る男、ミョルマイルにとっては、石ころの中から原石ダイア
を探し出すのも大切な事であった。
だがしかし! そんな事を全て投げ出してでも成さねば為らぬ事
があるのも、確かな事なのだ。
1461
短い付き合いで、多大な利益を齎した? そんな事もどうでも良
かった。
何よりも大切なのは、自分が困っているであろう時に、取引相手
ワル
である商人達を気遣い利益を度外視して持てる資材を全て持たせて
逃がしてくれた恩義である。
落ち着いたら此方から出向こうと思っていたのである。
プルギス
だがミョルマイルの情報では、リムルが魔王になった直後、魔王
達の宴へと向かったという話を聞いてそれっきりであったのだ。
何らかの進展が判るまでは、迂闊に出向く事も出来ないと心配だ
けが募っていたのである。
その本人が、以前と全く変わらぬ様子で会いに来てくれたのだ。
その相手をする以上に重要な仕事など、ミョルマイルには思いつ
かない。
いつも以上の機敏さで全ての要件を人に押しつけ、込み上げる喜
びを押し隠し、ミョルマイルは自宅へ急ぐ。
また何か悪巧みだろうか?
そしてこの日、ミョルマイルのウンザリする日々は終わりを告げ
る事になるのだ。
1462
099話 武闘会の準備
ミョルマイルは自分の館へと急ぎ戻ってきた。
執事が大慌てで出迎えるが、構うことなく客室へと向かう。
本当に待ってくれているのか?
そう焦りつつ、部屋へと入った。
中に入ると、先程の可憐な少女︵?︶が奥のソファにて寛いでい
る。
そして、ミョルマイルを見てニッコリと微笑んだ。
﹁いよーっす。早かったな﹂
顔に似合わぬぞんざいな口調で、ミョルマイルに片手を上げて挨
拶するその態度。
間違いなく、リムルの旦那だ。
ミョルマイルは確信し、そしてリムルの無事を祝った。
そんな主人の様子に、家人達は訝しむ事もなく、リムルに対して
も丁寧に接しているようである。
流石に、一時滞在していた事もあるので、最早慣れたものなのだ
ろう。
冷めたお茶を炒れ直させてから、リムルが出向いた要件を伺った。
プロデューサー
﹁いや、何。一つお仕事を依頼したいと思ってね。なーに、ミョル
マイル君に取っては容易い事だろう。
ちょっとした企画があるから、その総責任者を任せたいのだよ。
どうだ、頼まれてくれないかな?﹂
人の悪そうな笑みを浮かべ、ニヤリといった感じに笑いかけてく
1463
るリムル。
その心の内は読めないが、間違いなく厄介事なのは手に取るよう
に判る。
それなのに、
﹁で、その企画というのはどういったモノなのですか、旦那?﹂
何故か、詳しい話を聞く体勢を取ってしまうミョルマイル。
どうやら、自分はこの人物に惚れ込んでしまっているらしい。商
人が損得勘定を考えず、このような感情に身を任せる等、以ての外
だ。
自分は、商人としては駄目になったのかも知れない。そう思う。
しかし、商人として駄目になったのならば尚更、この人物に仕え
るのに良いタイミングなのではなかろうか?
そう思い、自分がリムルに仕える姿を想像してみる。
それだけで、得も言われぬ高揚感に身が包まれた。
リムルに説明を受ける。
テンペスト
その内容は、驚くべき提案。
魔物の国にて武闘会を開催するから、その手配をミョルマイルに
任せたいというもの。
興行と言う言葉を用いて説明してくれたが、要するに、大衆向け
コロシアム
の娯楽を提供すると言うのだ。
1万人が入る規模の闘技場を用意し、その中で闘う者を観戦した
り応援したりするらしい。
タダ
テンペスト
一般市民にも観戦権を与え、入場料を取るとの事だった。
入場料は無料でもいいらしい。魔物の国の料理や宿屋、お風呂な
どの宣伝が出来るならば。
何より、1万人規模の移動である。街道が整備されていると言っ
ても、その人数の運搬に道程の食糧手配。
更に、観客の受入体制。寝泊りする場所の提供。
1464
そうした場所に集客した人々が落とす金だけでも、潤うだろうと
テンペスト
言うのである。
魔物の国の宿泊施設は結構な勢いで開発されているので、受入に
は問題ないとの事。
問題は、定期的に客を呼び込み、採算率を高める必要があると言
う点だった。
その呼び水として、今回の企画である武闘会を餌にすると言うの
である。
面白過ぎる!
その企画を、そこまで準備されてお膳立てされた状態で、自分に
後を任せると言うのだ!
﹁こういう事はプロがやった方がいいだろ? ミョルマイル君、ま
さか自信ないの?﹂
﹁は、ははははは! これはこれは手厳しい。リムル様もお人が悪
い﹂
﹁はっはっはっは。だよね、だよね! ミョルマイル君なら余裕だ
よね!﹂
二人して、声高々に笑い合う。
二人揃って、悪い顔になっていた。
﹁君ぃ、これは大きな金が動く事になるよ? 当然、理解出来るよ
ね?﹂
﹁ふっふっふっふ。ご安心を、このミョルマイル。其の辺は得意分
野に御座いますれば⋮⋮
きっとリムル様がご満足頂ける結果を出してご覧に入れますとも
!﹂
この大会は大きな金が動く。
1465
まさに、リムルの言う通りだろう。
まったく⋮⋮恐ろしい人物である。
どこまで読み通しているのか、空恐ろしい。
﹁と言う事は、回復薬にも新たな使い道が見えるのですな。
どれだけ傷ついても、即死せぬ限り回復は可能でしょうし⋮⋮
体力調整用に、選手の皆様にも売れるやも知れませぬな
テンペスト
そして、真の目的は宣伝、ですか?
魔物の国の宣伝を行い、何度でも来て貰うようにするのですな?
その為の興行を考えるのが、私の仕事であると⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。流石、だな。やはり、ミョルマイル君、この仕事を任
せられるのは、君しかいない!
今回の武闘会そのものでの収益は無くても構わない。
また来たい! そう思わせる事が出来れば成功だ。招待する者の
人選は任せる。頼んだぞ!﹂
お互いに、どちらからともなく握手する。
恐ろしい程に頭が冴え渡り、次々に今までに無い発想が湧き出て
くるような感じだ。
国家として経営するならば、出来る事はそれこそ無数に思いつく。
優勝者を予想する賭け事を催すだけでも、莫大な収益が見込める
だろう。
様々な案を考え、それを任された自分の責任の重大さに思いを馳
せた。
リムル
すると、心の底から興奮が込み上げて来て、自身の体を震わせる。
やってやる。やって見せる! そして、この魔王のお役に立つの
だ!
そんなミョルマイルに、更に声が掛けられた。
﹁あとさ、もし良かったらだけど、この大会が成功したらうちに来
1466
ない?
商業担当部門か広報担当部門。名目は何でもいいんだけど、そこ
の責任者を任せたい。
うちも大きくなってくると思うから、体制をきっちりしときたい
んだよね。どうかな?﹂
どうかな? どうかな? どうかな? ⋮⋮⋮⋮⋮⋮?
その言葉、ミョルマイルの心の琴線を刺激する福音の如く、何度
も何度も反駁する。
ミョルマイルは大きく頷き、了承した。
当然だ。
この方は、自分をここまで買ってくれているのだ。
失敗は許されない。
この大会を見事成功させて、この方の腹心に加えて貰うのだ!
ミョルマイルはこの年になって、心身を焼き尽くす様な興奮と希
望と夢により、居てもたってもいられぬ気分を味わった。
その感情は甘露であり、二度と失いたくないと思えるもの。
打ち合わせを行い、リムルが去った後も、ミョルマイルの興奮は
収まる気配を見せなかった。
色々忙しくなる。
まず、家人を集め宣言する。
この大会の仕切りが無事に終わったならば、いや、無事に終わら
せるつもりだが、自分はブルムンド王国に戻るつもりは無い。
その事を皆に宣言する。
そして問う。
﹁お前達はどうする? なんならこの屋敷は好きにしても構わんぞ
?﹂
1467
その言葉を受けて、家人一同は揃って答えた。
﹃お供、させて下さい!﹄
と。
最早、いかなる迷いも未練もこの国に無かった。
ミョルマイルはこの国の公認資格を有してはいるが、自由組合に
も所属している。
国を出て、他国に赴く自由を持っているのである。
思い立ったら行動は速やかに行うべし!
この館を手放すと、この国に来た時に不便であるかも知れない。
そういう訳で何名かがここに残り、ここをブルムンド王国で活躍
する際の拠点として用いる事にした。
家人に引越しの用意を命令し、自分は商館に戻る。
番頭を呼びつけ、奥の部屋へと誘う。
番頭が席に座るやいなや、
﹁おい、お前も立派になったな。もうこの店を任せても大丈夫だろ
う?﹂
核心を切り出した。
言われた方は目を白黒させ、その言葉の意味を必死に理解しよう
とする。
この番頭は、親戚筋の子息で、この店に修行として預けられたの
だ。
なかなか目端の利く男で、目を掛けて可愛がってはいた。
だが、実家が事業に失敗し、行く宛てが無くなったのを契機に、
この店の番頭として雇ったのである。
仕事ぶりは申し分無し。この店を任せるに足る人物であった。
1468
﹁だ、旦那様⋮⋮。それは一体、どういう意味でしょうか?﹂
言われた事が信じられないのか、恐々と聞いてきた。
ミョルマイルは大きく頷き、
﹁実は、ワシはな⋮⋮大きな仕事を任されたのだ。
この国から出る事にした故、店をお前に譲ろうと思う。
この店を立派に盛り立てて、何れは親御殿を呼び戻してやるが良
い﹂
慈愛の笑みを浮かべ、肩を叩いてやるミョルマイル。
本音では、店を譲るがあくまでも貸し付けるのみ。証文を取り、
何れはその代金は回収するという目論みであった。
商人たるミョルマイル、そこまで甘い男ではないのだ。
もっとも⋮⋮
︵こんな店の代金も支払えぬようなら、コイツに大成する器量が無
かったという事よな︶
と、半分は厳しい師としての心も持っているのである。
﹁有難う御座います、有難う御座います⋮⋮
きっと、きっと立派になって御恩に報いたいと思います!﹂
言われた言葉を噛み締め、ようやく理解した番頭が感謝の言葉を
述べる。
それを聞き流し、
﹁頑張るのだぞ!﹂
と、大仰に頷いた。
それから、滞りなく手続きを済ませる。
1469
念の為に、何かあった場合に商品を優先して回して貰う事を約束
しておく。
その辺りは抜け目無かった。
番頭の決意と感謝を受け取り、店の者を集め主の交代を告げた。
驚く店の者に対し、
﹁万が一、困った事があったならば、相談には乗ってやる。
だが、お前達ならば、新しい体制でもやって行けると信じておる
ぞ。
ただし、貴族相手だけは迂闊な取引を行うでないぞ!﹂
その言葉に頷く商館の使用人一同。
ミョルマイルの教えは徹底しており、迂闊な者など一人もいない。
しかしその時、
﹁あの∼大旦那様に付いて行っては駄目ですか?﹂
そう言い出した者達がいた。
その5名程の者達は、ミョルマイルが特に目を掛けていた者達だ
った。
これにはミョルマイルも驚いた。
生活基盤を捨てて迄付いてくるなど、思いもしない事だったのだ。
返答に困るミョルマイル。
しかし、言い出した者達は引く様子を見せなかった。
元番頭を見やると、笑顔で頷いて、
﹁ミョルマイル様、皆、貴方の教えを受けた者達です。
連れて行ってやって下さい﹂
﹁しかし⋮⋮、この者達が抜けたら、お前が大変では無いか?﹂
﹁ははは、その様な心配は無用です! 私もミョルマイル様の教え
1470
を受けておりますから!﹂
その頼もしい言葉に、一つ頷く。
テンペスト
考えてみれば、大仕事をするのに気心の知れた部下は何にも代え
がたいほど貴重である。
その申し出を受ける事にした。
こうして、ミョルマイルは身の回りの整理を行い、魔物の国へと
向けて旅立ったのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ミョルマイルの館を出て、俺は一息ついた。
良かった、何とか引き受けてくれた。
武闘会開催するのはいいけど、これを何とか利用出来ないか?
そう思ったのが事の発端である。
転んでもタダでは起きないのだ。
早速、闘技場の建築を命令した。俺達が聖騎士との戦闘で荒れた
場所、あそこを開拓し、平地にしたままだったのだ。
その場所に立派な闘技場を建設させる事にした。交通の便もいい
し、うってつけの場所にある。
同時に、魔王就任を知らせるお触れを出すついでに、武闘会の開
催も知らせて廻ったのだ。
1471
この大会に、ジュラの大森林の有力な魔物達も参加させる事にし
たのである。
要はスカウトも兼ねるのだ。国家となるなら、有力な魔物を配下
に加えるのも仕事の一つなのだし、丁度いい。
魔王連中が自分の勢力を拡大するのに魔人を配下にスカウトした
りしていた様だが、本当に強いのかは不明だろう。
しか∼し! 今回はガチで闘わせるので、見ただけで判るって寸
法だ。
というか、参加者が少なくても、見学する者が多ければ問題ない。
うちの幹部の強さを見せ付ければ、野の有力魔人が暴れる事も無
くなるだろう。
それでも暴れる馬鹿は仕方無いから潰すけど。出来るなら、傘下
に加えておく方が良さそうである。
何しろ、天使が攻めて来るらしいしね。
初耳だったが、それを聞いて開発を止める気は毛頭無い。
楽をして、快適に生きる事こそ、我が望み!
と、言う訳で、ちょっとは戦力拡大もアリかな∼と考えたのであ
る。
各有力氏族より、力ある者が集い、優勝者には優遇措置。
魔物は金には興味無さそうだし、可能な限り望みを叶えてやると
いうお触れを出した。
結構参加希望者がやってきているとの事だった。
となって来ると、それを見世物にしない手は無い。
年末の格闘番組が結構好きだった俺としては、これは娯楽にうっ
てつけだと睨んだのだ。
タダ
テンペスト
だが、金を取るにも金額設定からして面倒だ。
観戦料金は最悪は無料でもいいけど、魔物の国の宣伝を行わない
と意味が無い。
そうこう考えていると、運営に人手が足らないという結論に陥っ
た。
1472
金銭勘定に長けた者が魔物には居ないのだ。
自分でやるのも無理があるし、何より面倒臭い。
そこで思い出したのが、ミョルマイル君である。
いや、やはり彼は素晴らしい人材だった。
何をどう捉えたのか知らないが、俺が思っている以上に熱心に企
画を考え始めたのである。
今回だけでは無く、何度も開催する気でいるようだ。
また、そこで回復薬も売り出す計画まで立て始める。
恐ろしい男であった。
となると、今回こっきりで終わらせるような闘技場ではなく、立
派なモノにした方が良いかも知れない。
そう考え、慌ててゲルドに連絡を取った。
まだ基礎工事の最中だったようで、拡張と立派な造りにする変更
は問題ないとの事。
酒の席でいらぬ事を言ったばかりに、大事になったものである。
ちなみに、幹部達は皆、秘密特訓とか言い出して姿を見せなくな
った。
俺の影の中で、ランガだけは何時ものように寛いでいるようだけ
ど。
さて、せっかくブルムンド王国まで来たのだ、フューズに挨拶し
てから帰る事にする。
自由組合のブルムンド支部の建物の扉を開けて、中に入った。
誰だ? という視線が突き刺さる。
そうか、前来た時は仮面付けてたし、俺が誰なのか判らないのだ
ろう。
まあいっか。フューズに取り次いでくれなければ、帰ればいいし。
気楽にそう考えて、受付に向かった。
﹁ちわっす。リムルって言うんだけど、フューズさんに取り次いで
1473
貰えない?
あ、これ組合員のカードね﹂
そう言って、懐︵胃袋︶からカードを取り出して提示した。
あんな少女が冒険者かよ!? といった声が聞こえたけど、どう
でもいい。
受付のお姉さんは俺の事を覚えていた。
﹁あ! これはこれは、お久しぶりです! 元気でしたか?﹂
﹁ん? ああ、元気元気! お姉さんも元気そうで何より。 で、取次ぎ出来そう?﹂
﹁あ、はい。直ぐに案内致します!﹂
すんなりと通して貰えた。
後ろで、マジかよ!? 何者だ、あの少女! とか言う声が聞こ
えるけど、無視してもいいだろう。
あっさりと、前回と同じ魔法陣にて部屋へと入った。
中でフューズが頭を抱えている。
﹁いよーっす! 遊びに来たよん。どうしたの、何かあった? 難
しい顔して?﹂
﹁いやあ、ついさっきまでは平和だったんだが、突然魔王が現れて
ねぇ⋮⋮﹂
﹁え? マジで? ヤバイじゃん。のんびりし過ぎだろ!?﹂
﹁いやいや、その魔王は目の前にいるんだよ。どうしたもんかね?﹂
﹁え? そうなの? お茶とか出した方がいいんじゃない?
ケーキもあったら喜ぶと思うけど?﹂
﹁ケーキって、何だよ! あんな贅沢な食べ物が簡単に手に入るか!
たく、魔王になってもそんなに自由気ままで大丈夫なのか?﹂
1474
文句をいいながら、お茶を用意してくれた。
見かけによらず、マメな男である。
カグラザカ
呪術王
カースロード
八星魔王
オクタグラム
ワルプルギス
カザリームと繋が
となった事。
俺は礼を言い、お茶を受け取った。そして、手短に魔王達の宴か
らの出来事を伝える。
魔王が8名になった事、その名称
ユウキ
そして、何より重要な案件。
グランドマスター
自由組合総帥である神楽坂優樹が、
っているのではないか、という件について。
俺の話を聞き、信じられんと呟くフューズ。
しかし、その事を疑う事無く、対策を考え始めたようだ。
いや、疑いつつも、というべきか。
間違っていればそれで良し、だが、正しかった場合の対策は立て
る必要があるという事。
油断ならないのは相変わらずだ。実に頼もしい。
マジックアイテム
﹁そういう事だから、精神支配に対抗出来る魔法道具を用意してお
いた方がいい。
俺達も皆に用意してる所だし。
後、ユウキの息が掛かってないと信じられる者にしかこの話をし
ないでくれ﹂
﹁判った⋮⋮。当然、だな。洗脳や思念操作の解除が出来る者を探
してみるよ!﹂
流石に察しが早い。
何も言わずとも、内偵を進めてくれるだろう。
﹁困った事があったら連絡してくれ﹂
俺はそう言って、連絡用の遠距離通信玉と金貨100枚を渡した。
1475
﹁おい、旦那⋮⋮これは⋮⋮?﹂
﹁連絡手段と、必要経費。要るだろ?﹂
﹁助かる。というか、これだけ出すって事は、深刻なんだな?﹂
﹁そりゃそうさ。イングラシアは最早信じられないと思える程に、
ね。
ユウキの手腕で、10年あったら、どこまで手が伸びると思う?﹂
その言葉に、フューズは事の深刻さをより大きく認識したようだ。
何度も頷き、やれやれと愚痴っている。
﹁旦那が来るまでは、本当に平和だったんだけどな⋮⋮﹂
﹁いいじゃねーか、仕事が出来て。良かったな、大きな仕事が舞い
込んで!﹂
俺の言葉に両手をあげて降参のポーズを取り、
﹁依頼を言ってくれ﹂
そう言った。覚悟を決めた表情である。
彼からしたら、本部の最高責任者を疑えと言われているのだから、
複雑であろう。
悪いなと思いつつ、真面目に状況を説明した。
俺の目的、それは学園の子供達。
フューズにそれを伝えた。ユウキが怪しいならば、子供達を救い
出す必要があった。
しかし、俺が下手に介入すると、俺が疑っている事がばれてしま
う。慎重に行動する必要があるのだ。
出来れば、俺に関係の無い第三者による誘拐とかを装った方が望
ましいのである。
フューズも頷き、作戦を考える。
1476
ともかく、焦るのは禁物だ。
まだばれてると気付いてないのだから、強硬手段に出る必要は無
い。
ゆっくりでもいいから、慎重に内偵を進めるべきであった。
﹁依頼は確かに引き受けた。任せてくれ!﹂
フューズが頷きつつ、約束してくれた。
ともかくは、信頼できる者による思考操作の進行具合を確かめる
事。
そして可能ならば、子供達の確保である。
今は任せるしかない。
﹁頼んだ!﹂
俺達は頷きあい、細かい内容の打ち合わせを行ったのだ。
1477
100話 地下迷宮
テンペスト
フューズと打ち合わせを終えて、俺は魔物の国へと戻って来た。
﹃空間移動﹄による移動なので、一度行った事のある場所へは一
瞬で移動可能である。
そこそこ魔素を消費するようだが、俺の魔素総量からすれば微々
たるもの。
何の問題も無く移動出来る便利な能力なのである。
町へと戻った俺に、先程連絡を取ったばかりのゲルドから思念通
話が届いた。
︵緊急の相談が御座います、リムル様!︶
一体何事だ?
そう思いながら、ゲルドの居るという所まで移動した。
瞬間移動みたいに一瞬でゲルドの近くまで移動出来るのだ。実に
便利になったものである。
傍にすぐ出現出来る訳では無いが、居る場所を聞いてその風景を
思い浮かべて転移するのだ。
場所が狭ければジャストで隣に出る場合もあるだろうが、今回は
ちょっと離れた場所に出た様子。
まあ、あくまでも一度行った事のある場所なので、相手の位置が
特定出来ている訳では無いからだけど。
ここまで接近すれば何処に居るかは特定可能である。その方向へ
向けて歩き出した。
場所はヴェルドラが吹き飛ばした魔鋼トンネルの破壊跡。
未だ吹き飛ばされた魔鋼トンネルの残骸が散らばっており、地面
から生えたような状態である。
回収作業を命じたのだが、こちらは進んでいないようである。
その原因なのだろうか?
1478
ゲルドは誰かと言い争いをしている様だった。
﹁だから∼! この場所はアタシ達が占拠したって言ってるでしょ
!﹂
﹁そうは言っても、此方もそれを認める事は出来ないのだ。
今リムル様にお伺いをたてるから、暫く待って頂きたい﹂
﹁ヤダ! だって、アタシ達、前の迷宮を放棄してこっちに来てる
んだよ!?
アンタ、そんな行く先の無いアタシ達を追い出そうってワケ?﹂
﹁そうは言っていないでしょう。ともかく、コソっと魔鋼を持ち出
させようとするのも止めて下さい﹂
﹁ッチ。目敏いわね! アンタ、そんな細かい事言ってると、ウチ
のベレッタが黙ってないヴァ⋮⋮﹂
ちびっこ
俺は気配を消して忍び寄り、楽々とラミリスの捕獲に成功した。
そして正面から顔を見る。
間違いなく、ラミリスだった。
﹁何やってるの、お前?﹂
﹁や、やっほ∼! 元気だった、リムル?﹂
目線を逸らしながら、挨拶を返すラミリス。
聞かなくても、コイツが何をしようとしていたのかは理解出来た。
この魔鋼を再利用し、このトンネル跡地に迷宮を創ろうとしてい
たのだろう。
以前、こっちに引っ越すとか入口を創るとか言っていたから、間
違い無いだろう。
﹁で、ここに迷宮を創ろうとしていて、ゲルドに見つかったという
事かな?﹂
1479
﹁え⋮⋮いや、そんな事、無い⋮⋮と、思うような、思わないよう
な感じ⋮⋮かな?﹂
﹁つまり、正解って事か。お前なあ⋮⋮﹂
﹁あは、あははは⋮⋮⋮⋮﹂
笑って誤魔化そうとしているのがバレバレだった。
辺りの惨状をみやり、さっさと資材を回収して整備する必要があ
ると考え、ふと思いついた。
逆に、ここに迷宮を許可してもいいのでは無いだろうか? と。
テンペスト
先程のミョルマイルとの会話が思い出される。
何度もこの魔物の国へと足を向けさせる。
だが、それは毎日では無い。シーズン毎が妥当だろう。
ダンジョン
では、毎日そこそこの人数を呼び寄せる方策は無いだろうか?
例えば⋮⋮地下迷宮があり、その攻略を呼びかける、とか?
いや、これはアリかも。
ラミリスを見やる。気まずそうに、引きつった笑顔で俺を見上げ
ていた。
少し、いや、かなり頼りないが、何とかなるかもしれない。
俺は意を決し、ラミリスに相談を持ちかけたのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1480
俺の提案。
それは単純なものである。
ここにラミリスに迷宮を創って貰い、その管理運営を任せるので
ある。
俺達は迷宮に向かう冒険者の懐から利益を得る。
そしてラミリスは、住む迷宮と仕事、そして俺からお小遣いを得
られるという寸法。
お互いの協力が必要不可欠なアイデアだが、意外と悪く無いので
は無いだろうか?
俺が計画を話し終えると、
無職の引き籠もり
﹁え、え? って事は、ひょっとして、ここに迷宮創ってもイイっ
て事!?
⋮⋮というか、もしかしてもしかすると、
という不名誉な現状を打破出来る!?﹂
大きく目を見開いて、雷にでも打たれたようにアワアワ言い出す
ラミリス。
俺の計画を聞いて、余程ショックだったのだろう。
﹁あ、あのう⋮⋮アタシにお小遣いって、本当に本当なの?﹂
ゴクリと唾を飲み込みつつ、慎重に俺に聞いて来た。
やっぱ無し! と言われるのを恐れているようだ。
そんな事言う訳無いだろう。まあ、いくらと約束出来る物でも無
いけどね。
﹁それはマジ。ただ、やってみないとどれくらい利益出るか判らな
いし⋮⋮
まあ、経費だ何だと掛かるから、それを差し引いて出た利益の2
1481
0%でどうよ?﹂
﹁それって、どれくらいになりそうなのさ?﹂
﹁そうだな、一日1,000人位の冒険者が来るとして、お前の取
り分は金貨2枚位じゃないか?﹂
﹁げぇえ!! そ、そんな大金が貰えるのでありますか!?﹂
﹁あくまでも、予想だし上手く行くかどうかは判らない。
でも、どうせ住み着くつもりだったのなら、お前に損は無いんじ
ゃないの?﹂
俺の問にコクコクと大きく頷くラミリス。
元より、勝手に住み着くだけの予定だった上に、迷宮の維持は言
われなくても行うのだ。
ラミリスに否やは無かった。
俺の頭に抱きつき大喜びでハシャギ回っている。
お互い納得がいった所で、この辺りの開発計画を見直す事にした。
ゲルドを交えて、三人で計画を練る。
まず、最初の計画ではココは街道の終わりに位置する停泊所にな
テンペスト
る予定だった。
ここから魔物の国迄、徒歩で半日掛からない。
聖騎士達を迎撃する最終防衛ラインが町の外周だった為、その手
前に位置している為である。
10km離れている程度だろうか? 街道整備も終わっているの
で、此処で馬などを預かる場所を作る予定だったのだ。
ここと町とはレールを敷いて、荷物の運搬と人の輸送を可能にす
る予定だった。
町に馬や魔獣を引き入れるのは、衛生的に避けたかったのだ。
その為の魔鋼の回収だったのだが、それはまた用意すればいいだ
ろう。
比較的町から近いので、此処に宿場町を作っても利用者は少ない
かも知れない。
1482
なので、ここには安宿を作る予定だった。
テンペスト
この場所に迷宮を創るとなると、宿場町を作っても採算が採れる。
何より、ゆっくりするならば魔物の国迄は直ぐなのだ。住み分け
も出来て丁度いいだろう。
此処の場所に、迷宮を創り冒険者を呼び寄せる。
そして、旧ファルムス王国やドワーフ王国方面からの荷馬車はこ
こで停泊し預かる事にすれば良い。
そういう平面図を描き、ゲルドに確認を取った。
問題無いとの事。
更に、この場所から若干離れた位置に聖騎士達との主戦場になっ
た場所がある。
ここから2km程の地点であり、街道を挟んで向かい側に当たる。
テンペスト
その場所が闘技場建設予定地だ。
魔物の国からも近い場所なので、観客には徒歩で移動して貰う予
定だった。
元の世界と違って、移動が徒歩である事の多いこの世界。
往復20kmそこそこでは、皆平然と歩いて移動する。何しろ、
朝早く夜も早いのだ。
武闘会を10:00∼15:00に設定すれば、十分移動時間に
余裕が出来ると考えていた。
一部の者はこの宿場町に滞在して貰っても良いだろうし、それま
でにここも整備出来たらいいのだけどね。
ゲルドとの打ち合わせを終え、闘技場の建設図面を手渡した。
ミョルマイルとの話でイメージが膨らみ、ササッと書き上げたの
だ。
以前ならパソコンで何日も掛けて書き上げたものだが、今は手書
ラファエル
きでササッと書く事が出来る。
智慧之王のサポートは、こういう細かい事にも有用なのだ。
俺の図面を見て、ゲルドは問題無い事を告げ、その場を後にした。
ふとラミリスの様子を見ると、
1483
﹁うへへ⋮⋮これでアタシも大金をゲット出来るってワケよ。
もう無職だの貧乏魔王だのと、バカにされる事も無くなるのね!﹂
もうそう
トリップしてた。自分の世界に。
まあ、大丈夫だろう。
よっぽど今までバカにされてたのだろう。
そもそも、魔王がお金を欲しがるってのも、聞いた事無い話だし
な。
お金そのものよりも、仕事していないという事の方が問題なのだ
ろうけど⋮⋮
確かに、ラミリスの住んでた迷宮には人が居なかった。
よっぽど暇して、寂しかったのだろう。
冒険者が来てくれたらいいんだけどね、俺とラミリス、二人の為
にも。
トリップしてるラミリスを呼び戻し、迷宮創造について詳しく聞
く。
ラミリスもいつになく真面目な顔で、やる気を見せていた。
俺の質問は大きく5つ。
1.迷宮創造は地下何階まで可能なのか?
2.その作成に何日必要か?
3.内部の魔物はどうなっているのか?
4.内部構造を任意に変更可能なのか? また、宝箱等を設置可
能かどうか?
5.内部で死んだら地上にて蘇生するような仕組みは出来るかど
うか?
という内容である。
これに対するラミリスの返答は、
1484
1.限界は無いけど、現実的には100階層。
2.一日で作成可能。固有スキル﹃迷宮創造﹄により、一瞬で創
れる。内装は別。
3.勝手に棲息する。以前の場所は精霊が住んでいたので、発生
しなかった。
ただし、魔素の濃度が濃くないと、弱いモノしか発生しない。
4.可能。というより、内部は能力によりカスタマイズする方が
効率的。
日替わりで変更させる事も可能だけど、一階毎に行う必要が
ある。
構造そのものではなく、内装入れ替えならば然程の手間は掛
からない。
5.可能。ただし、﹃迷宮創造﹄により作成した認識アイテムを
着用しておく必要がある。
というものだった。
﹁素晴らしい! 素晴らしいよ、ラミリス君!﹂
﹁ホント、本当にホント? やっぱ、アタシって凄いヤツ?﹂
﹁うむ。これで我等の野望は達成されたも同然だぞ﹂
﹁やっぱり? アタシもそうじゃないかと思っていたのよ!﹂
俺達は見詰めあい、頷きあった。
﹁宜しく頼むぞ、ラミリス﹂
﹁ええ、任せておいて頂戴。大船に乗った気でいたらいいよ﹂
大船、ね。泥で出来てなければいいけどね。
体格差があった為、握手は出来ないけれども、俺達の心は通じ合
1485
っていた。
ラミリスにここら一帯に散らばる魔鋼を譲った。
ダンジョン
どうせなら、良い物を創って貰う事にしたのだ。
アイデア
その上で、地下迷宮についての構想を練り、お互いに知恵を出し
合った。
ノリノリで。
俺とラミリスがノリノリで相談する。
アドバンストダンジョン
当然、行ってはならない方向に向かって突き進み、考えられない
機能を有した進化型地下迷宮の構想が出来上がってきた。
後は、作成である。
ラミリスは宣言通り、気軽に明日までに作成すると約束してくれ
た。
明日にまた来る事を約束し、俺は町へと戻る。
クロベエの元に行き、試作品の武器防具の市場へ出せない様な品
々を譲って貰った。
﹁良いのですか、リムル様? それらの品々は、癖が強く、万人に
は扱えぬ代物ですぞ?﹂
﹁いや、大丈夫。これに、精霊の加護を加えて、魔素濃度の強い場
所に漬けて置くから。
多分、魔剣や魔槍っぽく変質するだろ。おあつらえ向きだよ﹂
﹁左様ですか。ならば好きなだけお持ち下され﹂
そう言って倉庫から数々の装備品を出してきてくれた。
俺は受け取り礼を言う。
しかし、よくぞこれだけ作成したものである。
いつの間にかその数は100を超えていた。セット装備も混ざっ
ているし、店で売られている物よりも出来が良いモノばかりであっ
た。
ただし、クロベエの言う通り、癖が強く普通には使いこなせない
1486
品ばかりである。
防具系など、その際たる例。
魔力を吸って力に変えたり、魔法が一切使えなくなる代わりに異
常な体力を装着者に授与したり。
ボスモンスター
まあ、着けたら死ぬような装備は流石に無いだろうけど、未鑑定
で使う馬鹿は居ないと信じたい。
そこまでは責任持たないけどね。
ダンジョン
これらの装備品をどうするのか?
お察しの通り、地下迷宮内にて、宝箱に入れたり階層守護者に守
らせたりするのである。
リアルでダンジョンツクールを実行してる感じで、ワクワクが止
まらない。
テンペスト
確かに、この試作品や失敗作をそのままオークションにかけても
かなりのお金になる。
いや、その方が確実かもしれない。
しかし、それでは駄目なのだ。重要なのは、魔物の国の住人と人
テンペスト
間との交流にある。
そして、魔物の国の良さ、魅力を実感し、何度も来て貰う事にあ
った。
本当は、ラミリスが迷宮への入り口を作ると言い出していた時、
町の中に作って貰うのを許可するつもりではいたのである。
だが、ここの宿場町を冒険者専用に用いる事で、住み分けをする
テンペスト
のにも都合が良いと気付いたのだ。
ここで得た装備品等は、魔物の国で買い上げてもいい。
お金とは回してなんぼ。俺達が溜め込んでも仕方ないのだ。
テンペ
必要な素材を購入し、ある程度の経費を支払った残りは、再び冒
険者達に還元すればいいのだ。
スト
そのうち時が経てば、冒険者の口から自然と宣伝されて、魔物の
国も有名になるに違いない。
何より、宿屋や宿泊所を経営する住民を遊ばせなくてもいいと言
1487
うのが大きい。
闘技場でイベントを行うのは、年に一度か二度になるだろうが、
普段も様々な行事に使える様になるだろう。
軍事訓練や、冒険者の腕試し大会もいい。
ダンジョン
造った施設も遊ばせずに有効活用出来る。普段から人を呼ぶのに
地下迷宮はいい宣伝になってくれそうだった。
こうして、撒き餌としての品々を入手し、この計画の要となる人
物を訪ねる。
ヴェルドラさんだ。
ヴェルドラは、俺の部屋で寛いでいた。
何と言うか、馴染んでいる。まあいいけど。
﹁おい、ヴェルドラ。ちょっと頼みがあるんだが、いいか?﹂
﹁む? なんだ、我は忙しいのだが?﹂
うん。お前、漫画読んでるよね。
どう見ても暇してるだろう。
﹁そうか⋮⋮残念だ。せっかく面白い話だったんだけど⋮⋮。
忙しいのなら、仕方ない。ディアブロあたりに頼むよ。邪魔した
な﹂
そう言って、立ち去るフリをした。
﹁おっと、ちょっと待つが良い。我も忙しいのだが、貴様の頼みな
ら仕方無い。
話を聞こうではないか!﹂
釣れた。
チョロイな、相変わらず。
1488
ヴェルドラ
俺にとって、このおっさんの扱いなど、赤子の手を捻るようなも
のである。
おれは勿体ぶりつつ、
﹁実はな、お前の棲家を創ろうかと考えていてね。
ラミリスに相談して、現在創って貰ってる所なんだよ﹂
﹁な、なんだと!? それは本当か?
だが、それと頼みとどう繋がるのだ?﹂
ダンジョン
一気に興味が出たのか、真剣な顔になり話に食いついて来た。
マジでチョロイ。
俺はヴェルドラに、地下迷宮作成計画について語って聞かせる。
ダンジョン
﹁実はな、その地下迷宮を統べる王が要ると思うのだよ。
管理はラミリスが行う。そして、地下100階に精霊迷宮への入
り口を作成する。
その門の守護者にして、最強の守護者が必要なんだよ﹂
﹁なるほど⋮⋮それを我に任せたいと、そういう事か?﹂
﹁その通り。そして、迷宮内では、妖気を抑えずに開放して貰いた
いのだよ﹂
﹁何? 良いのか?﹂
﹁勿論だとも﹂
俺は頷いて見せた。
ぶっちゃけ、門の守護者なんざどうでも良いのだ。
重要なのは、ヴェルドラの妖気の開放。
この周辺で解き放たれると、異常な魔素濃度になって俺達はとも
かく、一般人には耐えられない。
しかし、溜めすぎると、前回のように開放と同時に爆発が起きる。
あんなヤバイのは、溜めておいて良いものでは無い。定期的に開
1489
放しておいて貰いたい。
となると、開放場所を考えないといけないのだが⋮⋮
ダンジョン
封印の洞窟でさえも、完全復活したヴェルドラの妖気を抑えるの
は無理なのだ。
だからこそ、地下迷宮の100階層にて、たまに妖気開放を行っ
て貰いたいのである。
そして、その真の目的として⋮⋮
ダンジョン
開放された高濃度の魔素からは、間違いなく魔物が発生する。
地下迷宮内部を下から上へと漂う魔素により、上層部には雑魚が。
A−
ランクの嵐蛇を筆頭とする強力な魔物
テンペストサーペント
下層部に行けば行くほど、上位魔物が発生するだろう。
封印状態でさえ、
が生まれたほどだ。
今のヴェルドラから漂う魔素で、どれ程の魔物が生まれるやら想
像も出来ない。
暴
俺と同族の、意思あるスライムが生まれる可能性すらあるのだ。
ヴェルドラの妖気を開放させつつ、それを有効利用する。
一石二鳥のアイデアであった。
﹁⋮⋮という事は、やって来た者共に、
﹃クアハハハハ、良くぞ来た! 歓迎するぞ、ムシケラ共!﹄
とか、
!﹄
﹃フハハハハハ、我からは逃げられぬ。知らなかったのか? 風竜からは逃げられない
とか言って、相手をしても良いのだな?﹂
などと、言い出すヴェルドラ。
最早、ノリノリであった。最初のやる気無さなど、微塵も感じさ
せない。
俺は大きく頷いて、
1490
﹁さらに、ユニットを配置して、冒険者に向かわせる事も可能にす
る。
言うならば、リアルシミュレーションゲームのようなモノも出来
るようにする予定だ。
どうだ? 楽しそうだろ?﹂
ヴェルドラは立ち上がり、そっと漫画を懐に仕舞った。
俺に向けて手を差し出し、
﹁流石はリムルだ。貴様に任せていれば、我は何も心配せずとも良
いな﹂
そう言って、握手を求めてきた。
アホで助かった。
こうして、難なくヴェルドラの協力を取り付けたのである。
翌日。
ダンジョン
ヴェルドラと供にラミリスの元に向かった。
約束どおり、地下迷宮は完成していた。
﹁おう、ラミリス。息災であったか?﹂
﹁あ、師匠! お久しぶりです。アタシは元気でしたよ!﹂
二人は相変わらず仲が良い。
ラミリスは何時の間にか、ヴェルドラの肩に座っていた。
ブロック
一通り挨拶を交わし、説明を受ける。
内装は俺の注文どおり、部分単位で構成を変更出来るようになっ
ている。
セーブポイント
これにより、何日かに一度、内部を変遷可能にしたのである。
そして設けられた10階層毎の記録地点。
この地点に到達していれば、次回入る時はそこから再開可能にな
1491
っている。
そこの階層を守る階層守護者は強力個体にする予定で、そこを撃
破した者に魔法陣の使用許可を与えるようにするのだ。
これにより、飽きられる事なく、攻略難度を保ったままの迷宮が
完成するだろう。
地図の売買なんて、邪道だろう。毎回入って苦労すればいいのだ。
そして、重要なのが蘇生アイテム。
ラミリスの﹃迷宮創造﹄能力で創り出した、お守りである。
一回だけ効果を発揮する。
迷宮内での死亡を無かった事にして、地上にて復活させるアイテ
ムである。
死亡を確認してから、10秒で発動するらしい。
あと、地上への緊急脱出アイテムも用意出来るそうだ。
これらは保険として、迷宮入り口にて販売する。買うも自由、買
わぬも自由。
しかし、買わずに入って死んでしまっても自己責任である。
俺なら買う。間違いない。
値段設定は後々考える事にして、ともかくは完成した。
今後の目玉として、期待通りの効果があったらいいのだけどね。
まだまだ実装すべきモノは大量にあるのだが、今はこれでいいだ
ろう。
俺達は3人顔を見合わせて、邪悪な笑みを浮かべたのだった。
1492
101話 順調な計画
ヴェルドラの住まう最下層に行き、内装を整えた。
俺の胃袋から家財道具一式を出し、ブロックで区切られた部屋の
中へと設置する。
雰囲気重視なので、表に出す訳にはいかないのだ。
ヴェルドラが気に入っているものを複製し、用意してやった。
そして、部屋の飾り付けを終わらせてから、100階層目の中央
にて妖気解放を行って貰う。
ヴェルドラは慎重に妖気を放出し、爆発する事なく妖気を解き放
つ事が出来た。
この部屋の内壁は、鉱石製であった。
どうせ、大量の魔素を浴びて直ぐにでも魔鋼に変質するだろうし、
鉱山から採掘され届けられた鉱石を組み込んだだけの土壁で覆って
いるのだ。
経費削減も兼ねている。
ちなみに、この迷宮、一層目の広さは250m四方の正方形であ
る。
東京ドームに匹敵するほどの広さを持つのだが、階を降りる毎に
狭くなって行く。
妖気をより拡散しやすくする仕組みになっているのだ。
ヴェルドラの部屋は、100m四方の正方形。
結構広いのだが、ヴェルドラが本来のサイズになったら狭く感じ
る。
ダンジョン
不都合があるようなら拡張する事にして、様子を伺った。
ちなみに、地下迷宮はラミリスの支配下にあるので、結構自由自
在にカスタマイズが可能なのだ。
1493
妖気は予定どおり、各階層へと昇っていく。
現在、壁による区画を行っていないので、妨げるものなく空間を
満たしていった。成功である。
後は、魔物の発生を待つばかり。
ヴェルドラが人間形態に戻ったのを確認し、次の段階に移る。
まずは罠の確認である。
・毒矢・・・どこからともなく飛来する毒の塗られた矢。
・毒沼・・・見るからに毒々しい、沼。嵌ると毒ダメージと状態
異常を受ける。
・回転床・・・方向感覚を狂わせる。マッピングの重要さを実感
しよう!
・移動床・・・勝手に走り出す床。かなり怖い。
・切断糸・・・気づかずに通り抜けると、首が落ちる。移動床と
セットだと凶悪。
・落とし穴・・・落下ダメージよりも、落ちた先に何があるかの
ミミック
方が怖い。
・擬似宝箱・・・やった、宝箱だ? 残念、俺だよ!
・爆発宝箱・・・やった、宝箱だ! 爆死。
・魔物部屋・・・こんにちわ! ようやくエサにありつけます。
・密封部屋・・・中で火を燃やすと⋮⋮
・暗闇階層・・・松明持ってくるのは常識だよね。持ってないな
ら高額で売ってもいいよ?
・低天井階層・・・四つん這いで魔物には会いたくないな∼
・地形効果層・・・なんじゃここは! なんで迷宮に火山が!
思いつくままに罠を列挙した。
ほぼ全て可能との事。
ただし、地形効果層は設置は厳しいとの事。そりゃ、火山は無理
1494
だわな。
イメージとしては、炎熱層や氷結層、風雪層といった階層全てが
自然災害の罠となるようなものだったのだが⋮⋮
﹁むり、ムリムリ。だって、そんなエネルギー維持出来ないよ!﹂
と、流石に無理だった。
確かに、無茶を言い過ぎだろう。
俺がその案を諦めかけた時、
ファイアドラゴンアイスドラゴン テイム
﹁どこかに棲息している、火竜や、氷竜を捕獲して連れて来るか?﹂
聞きなれた、だが、居るハズの無い人物の声が聞こえた。
振り向くと、銀髪のツインテールが見えた。
ダンジョン
﹁え⋮⋮? 何で此処に居るの? ミリム⋮⋮﹂
地下100階。
つまり、出来立ての地下迷宮最下層に、その美しい魔王少女はニ
ンマリと笑みを浮かべて存在した。
﹁フフン。何やら面白そうな事をしておるような気がしてな。ワタ
シを除け者にするとは、いい度胸だな﹂
と、無い胸を逸らしてふんぞり返っている。
相変わらず、黒一色の服装だが、その両手には似合わぬドラゴン
ナックルが鈍い光を放っていた。
しかし、流石だ。こういう悪巧みには鼻が利くのだろう。
まさしく、ミリムに隠し事は出来ないようだ。
そもそもミリムに理屈は通じない。
1495
ここに現れたからといって、そこまで驚く事でもない。
ミリムとヴェルドラはお互いに睨み合っていたが、すんなりと握
手し仲良くなった。
この二人が喧嘩になったら大事である。
仲良くなってくれて一安心だ。
﹁いや、スマンな。除け者にしたつもりは無いよ。出来たら招待す
るつもりだったし﹂
﹁そうなのか? だが、こういうのは計画から参加する方が面白そ
うだ﹂
﹁うん、まあそうかも。ところで、お前の国は大丈夫なの?﹂
コイツも魔王。
しかも、フレイとカリオンという二人の元魔王の領土も併呑し、
規模がかなり大きくなっている筈。
俺のように遊び歩いていてもいいのだろうか? ︵え、俺? 俺
はいいんだよ。皆優秀だから、俺は邪魔しない方が良いのだ︶
俺が聞くと、ついっと視線を逸らし、
﹁まあ、な。ほら、ワタシは優秀だから⋮⋮
決して、勉強が嫌で逃げて来たわけではないのだ!﹂
なるほど。
国家状況をフレイあたりが調べて纏めたものを、ミリムに渡して
教えていたのだろう。
それが嫌になって逃げ出して来た、というのが真相の様だ。
﹁嫌だ! ワタシも断固参加するぞ!﹂
俺が何かを言うより早く、断りを入れて来た。
1496
流石だ。勘が鋭いのは相変わらずである。
まあいいや。どうせ怒られるのは俺じゃない。
そんな事よりも、だ。
﹁よし、怒られるのはお前だから、その話は置いといて。
今、言った内容、竜を捕獲して連れてくる、だっけ?出来るの?﹂
﹁う⋮⋮。やはり、怒られるのか? いや、しかし⋮⋮。
仕方あるまい。冒険するには、危険がつきものと言うしな。
竜を捕獲するのは可能だぞ。何なら、捕獲してこようか?﹂
﹁お、頼めるか? それなら、どんな種類がいてるの?﹂
怒られる事を恐れつつ、宿題をサボって遊ぶ子供のようになって
いるミリム。
まあ、仕方ないだろう。彼女の選んだ道だ。
悩んだのは一瞬で、あっさり気持ちを切り替えて竜について教え
てくれるミリム。
ヴェルドラは竜には興味無いようだ。
ラミリスは、﹁アンタ、何しに来たのよさ!﹂とミリムに食って
ドラゴン
掛かり、ムンズと掴まれてしまっている。
ファイアドラア
ゴイ
ンスドラゴンウインドドラア
ゴー
ンスドラゴン
ミリムの説明によると、竜は4種類。
火竜、氷竜、風竜、地竜である。
テイム
更に変異種や特別進化個体もいるようだが、種族としてはその4
ドラゴンロード
種類。
竜王は流石に捕獲出来ないけれど、王で無ければ成体でも捕獲可
能だと請け負ってくれた。
これで、地形効果に匹敵する能力による影響を及ぼす事が出来そ
うだ。
下層階に竜を配置する事にしよう。
俺は強さについては深く考えていなかったけど、実際、竜一匹で
Aランクである。
1497
聖騎士の6人PTで、ようやく一体を倒せるかどうかというレベ
ル。
それが、属性持ちの竜ならば、難易度が高くなるなど知るよしも
ない。気にせず配置場所を決めた。
強さの順は、火>氷>風>地 という感じ。
あくまでも、若い竜であり、老竜ならば順位は変動する。という
か、能力を使いこなす竜が勝つ。
力任せに闘うならば、この順位という事だった。
なので、
99階を炎獄階。高熱の炎に包まれた、最後の関門。耐熱装備必
須。この先に待つ者は!?
98階を氷獄階。止まったら、死ぬ。耐寒装備で耐えられるのか?
97階を天雷階。天空より降り注ぐ雷の脅威。突破出来るかは、
君の運にかかっている!
96階を地滅階。この階まで到達した者を嘲笑う、凶悪な地震。
竜の怒りを知れ!
超高難易度の地形効果階層と設定した。
竜もヴェルドラの放つ魔素をエサと出来るので、問題なく生活出
来るだろう。
この階は、弄らなくてもいい。ミリムが捕獲してきた竜に巣作り
させるだけでいいだろう。
後は、10の倍数階は安全地帯に設定する。
魔晶石
やドロップ品や装備品などを預かったり、
まあ、階段の先にボス部屋があるので、そこを突破出来たら、だ
けど。
獲得した、
割高で回復薬等を売りつけたり。
めし処を用意してもいいだろうけど、一回外に出て休憩する方が
多いだろうか?
まあ、それは状況次第である。
最初の階はお試し程度の難易度。初心者でも安全にしておこう。
1498
迷路区画も道幅を広く、そんなに迷わずに進めるようにしておく。
とはいえ、250m四方だと、かなり広い。散々歩かされて収穫
無しになりがちな階層である。
2Fからは甘さは無い。
各種罠の出番であった。
まあ甘く無いとは言っても、10Fまでは凶悪な罠は設置せず、
気軽に進めるようにしておく。
あまり難易度が高すぎると、リピーターがやって来なくなる。そ
れは問題外だった。
そんな感じで、4名に増えた俺達は、ああでもないこうでもない
と相談しながら、各階層を設定していった。
そして、3日程経って、区画整理も粗方終了したのである。
俺達はいい笑顔で頷きあい、やり遂げた者の達成感を噛み締めつ
つ、迷宮を後にしたのだった。
※ちなみに、次に来た時には、魔物で溢れかえっていたのは言う
までもない。
テイム
ミリムは竜を捕獲しに旅立った。
魔物ならば滅ぼしたらそれっきりでもいいだろうが、竜はそうも
いかない。
捕獲して来た竜はラミリスの配下に加えられる事になる。
驚くべき事に、﹃迷宮創造﹄により創り出された迷宮内部におい
て、ラミリスの配下は不滅になるのだ。
ラミリス自身は殺されれば消滅してしまうのだが、配下は記録地
点から復活可能なのである。
配下とは、契を結んだ者や認められた者に限るのだけど、凶悪な
能力であるのは間違いない。
1499
ベレッタを欲しがった最大の理由がこれである。
ラミリス自身は大した事が無くても、迷宮内においてラミリスの
軍勢は無敵なのだ。
配下が居ないラミリスには、全く意味の無い無敵能力だったのだ。
そのベレッタは、文句も言わずに俺達にお茶を出したり小間使に
使われたりと、忙しく働いていたけれど。
本当に、ベレッタが望むならば、ラミリスに仕えるのもいいかも
知れない。
﹁でも、これでようやくアタシにも本当の配下が⋮⋮!﹂
感無量という様子のラミリス。
よっぽど一人で寂しかったのだろう。なので俺はベレッタに目を
やり、
しもべ
﹁おい、ベレッタ。お前、ラミリスの本当の僕になるか?﹂
と、問いかけた。
前から考えてはいたのだ。ベレッタが望むなら、鞍替えさせよう
と。
嫌がるようならば俺の元に戻し、ラミリスに新たな配下を用意し
てやろうと考えていた。
ベレッタは、
しもべ
﹁宜しいのでしょうか? ならば、ラミリス様の僕となり、忠誠を
誓いたいと存じます﹂
躊躇う事なく、そう言った。
良かったな、ラミリス。お前、案外慕われてたようだぞ。
俺は頷いて、
1500
マスター
﹁いいだろう。では、ベレッタ。今後は、ラミリスに仕えるがいい
!﹂
マスターロック
そう宣言し、主人鍵を解除し、主をラミリスへと委譲した。
え、え? と状況について来れないラミリスを放置し、
﹁はは! 今まで、有難う御座いました。この世に誕生させて頂い
た恩はわすれません﹂
﹁おう。俺の事はいい。今後はお前がしっかりと、ラミリスを守っ
てやってくれ﹂
﹁はは! この命に代えましても、必ず!﹂
サブマスター
信じよう。ベレッタなら安心出来る。 滞りなく委譲は完了した。俺は今後、副主人の権限を有するのみ。
ラミリスに何か無い限り、ベレッタへの命令はラミリスが行う事
になる。
ようやく状況を飲み込めたラミリスが大喜びではしゃぎ始めた。
余程嬉しかったのだろう。はしゃぎすぎである。
だが、これで良かったのだ。
迷宮内に解き放つ竜を支配するのに、ラミリスだけでは不便な場
面も出るだろう。
そういう時も、ベレッタがいれば問題ない。
今まで仕えていたのだ、第一の従者の地位は譲れないだろう。
俺とヴェルドラは、はしゃぐラミリスをうんざりしつつも微笑ま
しく眺めたのだった。
正式な主従関係が成立した事により、ベレッタはこの迷宮内にお
いて不滅になった。
事前に設定しておいた復活地点からしか蘇生出来ないという縛り
はあるが、何度でも制限なく蘇生可能になったのだ。
1501
軍勢が揃って防衛として考えるならば、ラミリスの能力は恐ろし
い。
使用者がラミリスだったからこそ、今まで埋もれていただけの話
である。
まあ、敢えて教えてやる気は無いけれど、使いようでは大勢力を
持つ事も可能だろう。
現状でも、ベレッタが何度も復活するというだけで脅威だし。
これに、ミリムの捕獲する竜が数匹。
そのうち、ちびっ子とか馬鹿に出来ない勢力になりうる可能性も
ある。
だがまあ、所詮ラミリス。大丈夫、問題無いだろう。
愛すべきこの妖精は、寂しがりなだけのちびっ子なのだから。
復活の腕輪という蘇生アイテムも、一応の仮認識によりラミリス
に蘇生を許されるという事。
故に、迷宮外では意味が無い。
この事は、徹底して説明しないと、勘違いする者も出てきそうで
ある。
そうして、細々とした事を確かめながら、着々と迷宮は形を整え
ていったのだった。
﹁この密閉部屋って何なのよ? こんなのが、罠になるの?﹂
その質問に、
﹁空気の無い部屋にいきなり入ると、呼吸困難で倒れるよ。最悪、
即死。
部屋の前では、慎重になる。これ、鉄則だな。
1502
部屋内の毒を調べ、空気濃度を測定。これが出来ないと、どうせ
深くは潜れないよ。
最悪、風系魔法で換気くらいしないと駄目だろうな﹂
と、返答してやったが、理解出来なかったようだ。
﹁まあ、凶悪な罠だってのは判ったわ。
アンタ⋮⋮前から思ってたけど、恐ろしいヤツよね。
でも、頼もしいわ。こんな罠、アタシじゃ思いつかなかった⋮⋮﹂
数々のセットしてある罠を眺めながら、ラミリスが感嘆しつつ言
った。
素直な感想なのだろう。まあ、元の世界のゲーム好きな住人なら、
慣れ親しんだ罠なんだろうけど。
リアルで攻略するとなると、話は別だろう。
俺達のように、毒が効かず呼吸の必要の無い者など、ほとんど居
ないだろうしね。
我ながら凶悪な迷宮になりそうだ、と思ったのだった。
出来上がった迷宮は、凶悪の一言では済まなかった。
︵そりゃ、それだけ悪辣な罠に魔物の配置を加えたら、凶悪になっ
て当然でしょう︶
そんな声が聞こえたような気がするが、当然、気のせいである。
だが、その事を実感するのは、まだ少し先の話なのだ。
ある程度の迷宮設置に目処がついた所で、俺は町へと戻った。
後は、ヴェルドラとラミリスが楽しそうにやってくれるだろう。
俺が罠をセットする様子を興味深そうに見ていたのだ。
1503
何度かやりたそうにしていたのだが、許可しなかった。10階層
までは冗談のような罠は不味い。
早々に心を挫いたら客︵冒険者だな︶が来なくなってしまう。
そこを言い含めて、攻略可能なレベルに設定する事を条件に、二
人にワンフロアづつ任せてある。
とんでもない出鱈目な階層になっているかも知れないが、95階
層と94階層なので問題ない。
91階層から93階層は空けてある。ミリムもやりたがるだろう
し。後で設定すればいい。
という事で、後を二人に任せた。楽しそうで何よりだった。
俺が町に戻ると、ミョルマイルがやって来ていた。
大急ぎで準備を整えてやって来たのだろう。思っていたよりも早
い到着である。
事前に用意していた邸宅をミョルマイルに提供し、リグルドが応
対してくれていた。
俺はミョルマイルに感謝の言葉を述べて、さっそく打ち合わせに
入る。
ダンジョン
闘技場の建設予定地や、その近辺に宿場町を用意する事を説明す
る。
そして、出来立ての地下迷宮にて冒険者を呼び寄せるという計画
を語って聞かせた。
リグルドとミョルマイルはその話に驚き、食い入るように話に夢
中になる。
ダンジョン
リグルドは、今後の流入してくるだろう人々の対応について。
ミョルマイルは、企画立案される武闘会や地下迷宮開設について。
それぞれ思いを馳せて、何が必要で何を用意しないといけないの
か検討を開始した。
1504
そして、それぞれの仲間達と打ち合わせを開始する。
俺はリグルドに、ミョルマイルの正式な役職を商業部門担当とす
る事を伝えた。
更に広報担当部門も兼任して貰う事を伝える。
リグルドも頷き、対応可能な人員や、担当する部門に従事する者
達への伝達を請け負ってくれた。
テンペスト
こうして準備は着々と進んで行く。
ミョルマイルはあっさりと魔物の国の住人に受け入れられた。
俺が紹介し、お互いに自己紹介しただけで。
驚く程のスムーズさである。
だが、その後のミョルマイルの働きぶりをみれば、どの道文句は
出なかっただろう。
ミョルマイルは、あっという間に自分に与えられた部下の掌握を
して見せた。
そして、自分に付いて来た者達も交えてそれぞれに担当を決めて
いく。
あっという間に組織が出来上がる様を見るのは、爽快な気分にさ
せられた。
二つの部門を掛け持ちだというのに、活き活きとしているミョル
マイル。
招待する国々に、それぞれの重要人物。
俺が招待した知り合い以外にも、ミョルマイルの伝で招待状を送
って行く。
有力な貴族や、それぞれの町の豪商に。
凄まじく手馴れた感じで仕事は捗っていた。
もう一方のイベントにしても、価格設定を決め、ルールを作成し。
企画運営も初めてとは思えぬ程の勢いで進められている。
俺の人選に間違いは無かったようだ。
今回の俺の思いつきの中で、もっとも正解だったのが、ミョルマ
イルの採用だろう。
1505
彼の力が無ければ、この計画は失敗していた可能性が高い。
俺達だけでは、ここまでの手際で物事を進める事は出来なかった。
良い巡りあわせに出会えて、幸運だったのだ。
ミョルマイルにしても、この町の食事、環境、居心地の良さに魅
せられたようだ。
ありえん⋮⋮これは、ありえませんぞ! 王都よりも進んだ快適
さですぞ!
と、口癖になっている程だ。
気に入ってくれたようで良かった。
だが、ミョルマイルの反応こそが、俺達の計画の成功を約束して
くれているようなものである。
ミョルマイルがその事を一番理解しているのだろう。
﹁リムル様、この度の計画、失敗するはずが御座いません。
ここまで出来上がった器だったならば、誰でも成功に導けましょ
う!﹂
興奮してそう言って来た程である。
誰でもは言い過ぎだが、そう言われると嬉しいものだ。
そして準備は進み、町にチラホラと見慣れぬ者達がやってき始め
る。
嘗て無く、熱い季節。
その季節が間もなくやって来る!
1506
102話 謁見する魔物達
俺が魔王に就任し、一ヶ月半経過した。
闘技場の建設は順調である。
ゲルドの指揮は素晴らしく、順調に計画通り進んでいる。
更に、ドワーフ三兄弟末弟のミルドが俺の設計図に手を加え、美
術的価値すらも持つ美麗な建築物へと様変わりしていた。流石は芸
術家、見事なものである。
これならば、各国の王族も満足する出来栄えになりそうである。
俺には芸術性が乏しいから、非常に助かった。
ミルドの付加した部分に関しても、お披露目ついでの武闘会開催
ダンジョン
には、十分に間に合いそうだ。
地下迷宮については、ある程度目処がついた時点で、ラミリスと
ヴェルドラに残りを任せていた。
テ
俺も携わりたい気持ちはあったが、そんな暇が無くなったのであ
る。
ンペスト
俺の就任を祝う、或いは見極める為に、各種族の代表が続々と魔
物の国へ集結し始めていたのだ。
彼等は魔王への忠誠を誓い、加護を得る。
だが、魔王にその実力が無いならば、自分達の繁栄どころか滅亡
への道を突き進む事になってしまう。
今までジュラの大森林は、ヴェルドラの絶大な加護の下に不可侵
領域を守ってきた場所である。
その不可侵領域を支配下に治める、新たな魔王。
しかも、成り立て魔王だという。各種族の代表が不安に思うのも、
無理の無い話なのだ。
1507
今日も今日とて正装して、祭られる俺。
スライムの姿で。
最早、置物のようであり、神棚に飾られた鏡餅のような扱いにな
っている。
分身を置いておいたらいいんじゃね? と言ってみたのだが、笑
顔で却下された。
こういう時の幹部達の連携は、素晴らしいものがある。
俺を除け者にして、思念リンクしてるとしか思えない。
マジックアイテム
仕方なく、飾り付けられて身動きも取れない︵わざわざその為だ
けに、スライム用の魔法装備の服を用意していたのには呆れたもの
だ︶俺に対して跪き、謁見を願う魔物達を見やる。
バージョン
こんな事をしなくてもいいと思うのだが、威厳があるように見せ
るのが大切なのだと⋮⋮
つまり、普段のスライム形態には威厳が無いって言われたような
ものだがね。
まあいいけど。
しかし、面白いのは各種族の反応である。
する事もないので、置物らしく黙って口上を述べる魔物達を眺め
ているのだが⋮⋮
その反応は三つに分かれるのだ。
崇拝、観察、恐怖である。
観察する者共の中に、ほんの僅かに見下す者もいるようだが、こ
れは都合が良いかもしれない。
問題は、怯える者達なんだよな。
そう思いつつ、謁見に応じているのだ。
一つ目の、俺を敬い信奉する者達は、以前俺と関わりがあった者
達である。
1508
リザードマン
ハイオーク
ガビルの父親である、蜥蜴人族の首領や、猪人族の各氏族長がこ
の反応であった。
﹁お久しぶりで御座います、リムル殿、いや魔王リムル様。この度
は御目出度く、ワタクシどもも⋮⋮﹂
ガチガチに緊張している様子だったので、
﹁あ、お久しぶりです、首領。堅苦しく言わなくてもいいですよ。
同盟でもお世話になってますし、今後とも宜しくお願いします﹂
と、言葉をかけた。
その一言で色々な不安や心配が解けたのだろう、本来の豪胆な性
格に戻ったようだ。
﹁いやいや、かないませぬな、リムル様には。ガビルめは、お役に
立っておりますか?
本当に、どうしようも無い息子でして⋮⋮﹂
建前上は破門扱い。おおっぴらには言え無い事を思い出したよう
だ。
アビル
と、名乗る事を許します。ガビルの
生真面目な人物である。だが、そこが好感が持てる所だった。
ふと思い立ち、
﹁そうそう、首領。
父だし、名前無しは不便なので﹂
と、久々に名前を付けた。
父という部分を強調し、そろそろ勘当を解いてやれ! と、暗に
諭すのも忘れない。
1509
俺の思いに気付いたのか、感謝を込めて頷く首領。いや、アビル。
﹁御意! この名に誓って、リムル様への忠誠、片時も忘れませぬ
!!﹂
そう、力強く頷いて、その場を後にした。
ガビルの所に案内するように、控えているリグルに目配せする。
ドラゴニュート
リグルは頷き、アビルを連れて去って行った。
ちなみに、アビルは龍人族に進化するのは間違いないだろう。
加護と若干の力を与えたのみなのだが、この名付け、軽々しく行
うのも問題だ。
デスマーチは勘弁して貰いたいし、何より意味なくするものでも
ない。
今回、首領に名付けたのは、ガビルの働きへの感謝の意味もある。
今後は気軽に名付けも出来ないだろうけど⋮⋮
ハイオーク
続いて、猪人族の各氏族長が、数名の者のみを連れて挨拶に訪れ
た。
俺達を信頼しているのだろう、護衛もつけていない。
その数名は、子や孫達。
ハイオーク
食料事情の改善は当然、暮らし向きも良くなったとの事。
何より、子供が生まれ、その子達も猪人族だった事に驚きと喜び
ハイオーク
を感じて、俺に直々に報告したかったのだそうだ。
子供が猪人族になるのは当然だろ? と、俺は思っていたけど、
案外そうでも無いとの事。
一代限りの変異が当たり前だったのだそうだ。
出生率が下がった分、育児に力を注げるようにもなるだろう。今
後の労働力として、大切に育てるように言い聞かせる。
子は宝、それは世界や種族が違っても、変わること無き真理だろ
うから。
1510
心配だった、名前の継承も上手くいってるらしい。
適当につけてる分、ややこしそうだけど、本人達にとっては自然
な事のようだ。
良かった。まあ、慣れかも知れないな。普段から、その名で呼べ
ば定着するのだろう。
元々名前無しでも問題なかったのだし、俺の心配し過ぎかもしれ
ない。
トレント
ドライアド
ジュラの森大同盟の構成メンバーとして、最後の一角。
樹人族も挨拶に来てくれた。
まあ、動けないから、実際に来てくれたのは樹妖精のトレイニー
さんである。
相変わらず、大きな魔力を感じる。
﹁お久しぶりです、リムル様。魔王襲名、おめでとう御座います﹂
気兼ねするでもなく、挨拶してくれる。
俺もその方が助かるというもの。お互いに近況を話し合った。
今現在、目だった不都合は無いそうだけど、移動に不便なのが目
下の悩みらしい。
実際に、目の前のトレイニーさんは、身体が薄くなっている。
﹁それもこれも、妖精女王が転生してしまわれて、我等は置いてけ
ぼりだからなのです。
下手に移動も出来ないので、こればかりはどうしようも⋮⋮﹂
気になる事を言いましたよ?
妖精女王⋮⋮いや、まさか、な。
あのちびっ子が、そんな大それた者の筈⋮⋮
俺の脳裏に、ラミリスの無邪気な笑い顔が思い出される。
1511
﹁へ、へえ。妖精女王ですか。名前とかって判ります?﹂
﹁ええ、偉大なるラミリス様です。
何千年も前に、邪悪な者共の調停を行い、それ以降お姿がお隠れ
になり⋮⋮﹂
聞かなかった事にしたい。
俺のイメージと、トレイニーさんのイメージ、絶対に一致しない
だろう。自信がある。
だが⋮⋮。ずっと、待っているのだろう。
その妖精女王が、魔王の一柱になっているなんて、思いもしない
のだろうし⋮⋮
知ってて俺の配下に加えるのも、如何なものか。
﹁あの、その人物に心当たりがあるんだけど⋮⋮﹂
﹁え? それは、本当ですか!?﹂
物凄い勢いで反応された。
紹介するだけしよう。あのちびっ子を見て、幻滅する可能性もあ
る。あるけど、ラミリスは案外大物だ。
そんな程度でへこたれはしないだろう。
俺は意を決し、トレイニーさんをラミリスに会わせて見る事にし
たのだ。
結果。
大泣きし、感動するトレイニーさん。
マジで、ラミリスが妖精女王の生まれ変わった︵?︶姿だったよ
うだ。
﹁ああ、変わりなく美しく、気品あるその姿⋮⋮﹂
1512
感涙に咽びながら褒め称えるトレイニーさん。
一体誰の事を言っているのか、俺には良く判らない。
特に、気品とか、ラミリスの何処を探しても見当たらないんだけ
ど⋮⋮
﹁聞いた!? ねえ、ちょっと今の聞いたでしょ! アンタ、アタ
シの事を見直したでしょ?﹂
鼻高々で、俺に自慢してくるラミリス。
ウザイ。
俺の周りを飛び回り、
﹁どーよ!﹂
という感じで、大喜びしている。
まあ、いいか。
仲間に巡り合えるのは、嬉しいものだろうし。
一頻り喜びあい、ひと段落した所で、俺はまたしても思いつきを
口にした。
テンペスト
﹁どうせなら、迷宮内に引っ越して貰ったらどうだ?
ジャングル
あそこからなら、魔物の国も近いし、ラミリスのお膝元だぞ?﹂
﹁あ! それ、いいかもよ?
階層の拡張は出来るし、空いてる階層あるから、樹林階層もアリ
だし!﹂
俺の提案に頷くラミリス。
何より、迷宮内では配下は不滅。本来の主に仕えるのが良いだろ
うし、俺はそう提案してみた。
1513
﹁しかし、ジュラの森に生きる者として、リムル様の傘下に加わる
べきでは⋮⋮?﹂
トレイニーさんは、生真面目にそんな心配をしているけど。
実際の所、迷宮設置を許した時点で、そこは治外法権も発生する。
迷宮内部は、俺の管理とラミリスの管理、両方発生する特殊地帯
になるのだ。
トレント
その事を説明し、今なら移住を不問にすると付け加えた。
トレイニーさんは迷っていたが、取り急ぎ戻って、樹人族の長老
達と相談する事にしたようだ。
瞬間移動で戻って行った。
流石は実体を具象化して操る程の魔力の持ち主である。便利な能
力をお持ちだ。
空間移動に似てるけど、発動が早い。俺の能力で解析しているの
で、その内使えるようになるだろうけど。
三日後、速やかに相談を終えてトレイニーさんが戻って来た。
ドライアド
即座に謁見を申し込んで来て、開口一番、
トレント
﹁我等、樹人族及び樹妖精は、ラミリス様の庇護下に移住したいと
存じます。
許可をお許し願えませんでしょうか?﹂
そう願いを述べて来た。
当然、許可を出す。
﹁ありがとうございます!﹂
そう言って、喜ぶトレイニーさん。
しかし、問題はどうやって大木の移住を行うか、という点だ。
だがそれも、案外あっさりと解決した。
1514
トレント
ラミリスが、迷宮の扉を向こうで出して、そのまま中に移動して
貰ったのだ。
こうして、思わぬ所で樹人族の引越しが行われたのである。
だが、この事はラミリスの配下の増加を意味し、迷宮内部の安定
化にも繋がる事になる。
ドライアド
魔素と空調の管理が、格段にやりやすくなったのだ。
そして、数が少ないけれども樹妖精は、迷宮内の案内人に打って
トレント
付けであった。
ステージ
95階層を樹人族達の住む場所に設定し、ラミリスとヴェルドラ
の設定した階層と入れ替えた。
こうして出来たのが、樹木生い茂る階層である。
セーブポイント
もっとも広い面積を持つその階層は、直径5kmの真円であった。
そして、96階層へといたる扉の周辺に、最後の記録地点と宿屋
等を配置しておく事にした。
ここでしか買えない、貴重な武器防具を店先に並べた武具店も営
業させる。
トレント
客は滅多に来ないだろうけどね。間違いなく、趣味の店である。
その場所を囲むように、樹人族の集落も出来上がった。
魔素濃度が濃いお陰で、皆活き活きと生活出来るようになったそ
ドライアド
うだ。
樹妖精の皆さんには、迷宮管理を手伝って貰う約束も取り付けた
ようだ。
というより、向こうから望んで役立ちたいと言って来たらしい。
思わぬ所で協力者が得られたものである。
ジャングル
後に、この階層は、一つの森林型都市を形成する事になる。
迷宮都市
ラビリンス
と称され、繁栄する事になる幻想の都。
密林迷宮を突破して辿り着いた者に、癒しを与える都市。
その名を、
その場所に辿り着ける者にしか、恩恵を与えぬ町。
だが⋮⋮それはまだ未来の話であり、今の俺にはそこまでの想像
1515
は出来ていないのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、二つ目に俺を観察する者達だ。
テング
ゴズ
メズ
この者達は、ジュラの大森林の上位種族の者達である。
ハイオーク
内訳は、長鼻族,牛頭族,馬頭族といった種族が代表格だ。
テング
長鼻族は、猪人族が住み着いた山に連なる山々の、更に立ち入れ
ぬ程の頂上に異界への結界門を通って進んだ先に集落を設けていた
らしい。
誰も住んでいないと思っていたのだが、上位種族たる彼等には苦
にならぬ環境だったようだ。
長老の代理として、孫娘のモミジという少女がやって来て、俺に
テング
挨拶の口上を述べた。
鼻が長いから長鼻族と言うらしいけど、女性は普通の鼻だった。
目立つのは、若干、肌の色が赤みがかっているくらいか?
というか、男も思っているほど長くない。余り長いと色々邪魔に
なりそうだったし、そんなものかもしれない。
ただ、この種族。驚く程プライドが高いのだ。
開口一番、
1516
﹁ふん。低級なスライム如きが、我等の上に君臨する時代が来るな
んてね。
笑えない冗談だわ⋮⋮でもまあ、仕方ないでしょう。
この森を支配する事は認めて差し上げます。ただし、我等への干
渉は許しません﹂
と、幹部達も居る前で言い放ったのだ。
ピクリ、とシオンが反応しかけたけど、驚く事に自重した。
何らかの変化が彼女の中で起きたらしく、小さな事には目くじら
を立てなくなったのだ。
いい傾向なのだが、ちょっと不気味でもある。
纏めて爆発したりしなければいいんだけど。
シオンが行動に移すのを止めたのを見て、
テング
﹁なるほど、長鼻族の意向は理解した。
其方への干渉を行うなという事ならば、此方も其方への支援は行
わないが、それで良いのだな?﹂
ベニマルが代表して問いただす。
前も言った通り、魔王の支配を受けないなら受けないでそれで良
いのだ。
魔王によっては、不敬だから滅ぼすという行動に出る者もいるだ
ろうけど、俺はその辺は寛容だ。
というか、面倒だ。
なので、そういう反応をする種族は好きにさせると皆には伝えて
いる。
ベニマルはその事を受けて、そう確認したに過ぎない。
﹁ええ、それでいいわ﹂
1517
その返事を聞いて、俺は頷く。
そして、ベニマルの話を引き継いで、
ハイオーク
﹁判った。じゃあ、お互いに不干渉でいこう。
ただし、山に住みついた猪人族の権利は認めてやってくれ。
食料などの取引は好きに行うという事でいいか?﹂
﹁そうね。山の恵みに対しての権利は主張しない。
ハイオーク
鉱石に関しても、実際我等には不要なモノだしね。
猪人族が住み着いた山に関しては口出ししないでおきましょう。
我等は干渉を嫌う、ただそれだけよ。
我等を軍事目的で招集しようとしないならば、それでいいわ﹂
﹁了解。それについては、問題ない。軍事力として、君達に関わら
せるつもりはない。
軍は、志願制が望ましいと考えているんでね。
話は終わりだ。
ただまあ、せっかく遠くまで来てくれたんだし、ゆっくりして行
ってくれ
この国の強者が、力試しをする大会を予定している。
見世物というか、娯楽にもなるだろうし、滅多に見れるものじゃ
ないと思う。
ぜひ楽しんでいってくれ﹂
そんな感じで話を終えた。
志願制という言葉が聞きなれなかったのか、少し驚いた表情をし
ていたのが印象的だ。
友好的に交流出来るのが望ましいし、せっかく来たのだから武闘
テング
会でも見て、この国を楽しんでから帰ってくれたらいいと思ったの
だ。
モミジという長鼻族の長老の孫娘は、
1518
﹁ふふ。スライムに仕える者がどの程度のものか、見せて貰うわ。
どうせ、魔王になったのも運が良かっただけなのでしょうし、ね﹂
そんな事を抜け抜けと言い放って、その場を去って行った。
だが、その言葉は俺の申し出を受け入れたという意思表示。素直
じゃない性格なのかもしれない。
モミジが去った後、
﹁我慢しましたが、アレは言いすぎでは?﹂
と、シオンが言い出す。
﹁だよな、ちょっとカチンと来たよ、俺も﹂
と、ベニマルまで。
まあ、上位種族と言うだけあって、Aランクには到達していた。
確かに、強いのだろう。だからまあ、不干渉でいたいというなら
ば、無理に謙る事も無いだろう。
そう思ったので、
﹁あんなもんじゃねーの? 配下になりたい訳でも無いらしいし、
敵対のつもりもないそうだし。
むしろ、山の権利を譲ってくれて良かったと思うよ?
鉱石とか、採取しまくってるじゃん。今更返せって言われたら、
戦争になりかねないしね。
対等では無いし、向こうに困った事があったら態度も変わるんじ
ゃないの?﹂
気楽に二人を諭す事にした。
1519
厄介なのが、鉱山の権利である。まあ、元々、誰の山でも無いか
ら問題ないのだ。
今回俺の物と正式に決定し、それを周知させるのが目的なのだか
ら、もし文句を言うならその種族は敵対行動を取ると見做す事にな
る。
なので、不干渉で良かったのだ。
潰す事は出来るだろうけど、なるべくは友好的にやりたいと願う
からなんだけどね。
多少生意気な対応は、目を瞑る事で話を締めくくったのだった。
ゴズ
メズ
続いてやってきた、二つの種族。
牛頭族と馬頭族である。
この種族はお互いに仲が悪く、100年戦争を続けているそうだ。
なので、対抗するようにやって来た。
ゴズ
今にも喧嘩に発展しそうな空気を纏わせて、お互いに牽制しまく
りつつ俺の前に立つ。
そして、
メズ
﹁おう、魔王様よ。戦に役に立つなら、俺達、牛頭族だぜ?
貧弱な馬頭族を滅ぼすなら、手伝うぜ?﹂
メズ
﹁ふん、馬鹿め! 魔王というからには、見る目もあるさ。
ゴズ
迷う事は無い、我等、馬頭族と組むがいい。
牛頭族どころか、逆らう魔物ども皆殺しにして見せるぞ!﹂
何とも、暑苦しい、というよりうっとおしい奴等が来たものであ
る。
だが、だ。
コイツ等を見た瞬間、俺の脳裏に閃いた事がある。
1520
ゴズ
そう! 迷宮といえば、ミノタウロス。
牛頭族って、ものすごく適したボスキャラに成れるんじゃね? という事だ。
欲しい。ぜひとも、ボスユニットとして、30階層辺りを任せた
い。
そんな気持ちがグングン湧いて来る。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、この魔物達が俺に対する忠誠
は低そうだ。
いい雇い主が出来そうだ、程度のもの。
そして、俺を利用して相手を滅ぼそうという思惑がミエミエであ
った。
俺はシオンに目配せした。
シオンは、え? いいの? みたいな表情を見せたが、すぐに邪
悪な笑みを浮かべる。
﹁貴様等、我が王の御前にて、無礼にも程がある。
礼を尽くせぬならば、相応の扱いを覚悟するが良い!﹂
二人纏めて、ボコボコにする。
一分も掛からなかった。
二人の引き連れていた氏族の若者達は手を出す暇も無い早業であ
る。
ひと睨みで、二人の部下を黙らせて、シオンは俺に一礼した。
テング
これで良い。
先程の長鼻族と違い、コイツ等は俺を利用しようとした。
なので、俺も遠慮なくコイツ等を利用出来ると言うものだ。
オーガ
そもそも、100年も戦闘行為と略奪行為を繰り返す、迷惑な種
族なのだ。
実質、戦闘力ならば、大鬼族以上であろう。
単純な戦闘に関して、ジュラの大森林の最強種族だと思える。A
1521
ランクに達する者も何名か居てるようだしね。
だが、そんな戦闘種族が100年も争っていれば、周囲は迷惑そ
のものだろう。
他の種族から訴えられる前に、コイツ等を処分しても問題ないと
考える。
﹁お前達、力が余っているようだから、喧嘩する舞台を用意してや
ろう。
逆らうならば、お前等に待つのは、滅亡だ。
だが、勝利を収め、俺に役立つ事をアピール出来たならば、取り
立ててやる事も考えよう。
精々、全力で勝利に向けて励むが良い﹂
俺は大仰に言い放ち、反論を許さない。
ゴズ
メズ
気配を消すと同時に全て切っていた﹃魔王覇気﹄を放ち、軽く威
圧した。
その気配に触れて、牛頭族と馬頭族は平伏する。
ガタガタと震え出し、最初の横柄な態度は見る影も無い。
あれ? 最初から﹃魔王覇気﹄を出していたら良かったんじゃ⋮⋮
いや、そんな事はないだろう。ここぞという時に出すからこそ、
効果がある、という事にしよう。
ともかく、この二人は武闘会に参加させる。
そして、適当な事を言って、迷宮で働かせるのだ。
俺の頭には、良いボス役が手に入りそうという喜びしかなく、
﹃必ず、必ずやご期待に応えて見せます! ですから、何卒無礼を
お許し下さい!!﹄
と、必死に訴える二人の声は届かない。
可哀相な二人と部下達は青褪めた顔で退出し、それを見た他の種
1522
族は何事かと想像を膨らませる事になった。
これ以降はスムーズに謁見は進んだ。
ゴズ
メズ
我の強い種族も居たのだが、強種族である牛頭族と馬頭族の有様
を見てまで図に乗る種族は居なかった。
こんな感じで、俺に対する謁見は終わろうとしていた⋮⋮
だが、最後の謁見者が一つの問題を持ち込む事になるのだ。
1523
103話 魔物奴隷
恐怖する者達への対応は、難しい。
酷く怯えている者もいて、落ち着かせる所から始めなければなら
ゴズ
メズ
なかったりする。
牛頭族と馬頭族を大人しくさせる為に﹃魔王覇気﹄で脅した事が、
より弱小部族への影響を及ぼす事になってしまったようだ。
そういう者達は、俺の愛らしい外見によりギャップを受けて、恐
おび
れを抱くらしい。
ギャップ怯えというヤツか。
そういう者達も、領地の安堵と交流や流通への協力を取り付けた
ので、その内怯える事なく普通に接する事も出来るようになるだろ
う。
エルフ
ここで問題が起きた。
最後の謁見者、耳長族が俺に訴えを起こしたのだ。
やって来たのは、長老とお付の者達数名である。
女性は居ない。
そもそも、この種族、異常に長命な事で有名である。妖精の後継
氏族とも言われ、500∼800年程の寿命を持つのだ。
寿命の長さに個体差が大きいのも特徴である。
エルフ
20年程度で成人し、そこからは年を取らない。人間種からすれ
ば、夢のような種族。
だから、目の前の長老と呼ばれる耳長族も、見た目は青年である。
死ぬ間際に急激に老化が始まり、20∼30年で老衰を迎えると
1524
の事だった。
そうした理由で、個体数も少なく、なかなか子供が増えないのも
特徴の一つなのである。
寿命が長いせいで、子孫を残すという欲求が乏しいのだそうだ。
エルフ
これは、ドワーフ王国の飲み屋のお姉さんから得た知識なので、
どこまで本当かは疑わしいのだけどね。
ともかく、精霊の変異した妖精と交わった者達の末裔が長耳族な
のであった。
ちなみに、ドワーフも妖精の血を引く似たような種族である。
大昔に妖精が他種族と交わった結果生まれたのが、彼等の始祖と
なるのだろう。
その時、何が起きたのかまでは判らないけど、妖精同士では子供
が出来なかったのかも知れない。
俺の知る限り、現存する妖精はラミリス一人。
ラミリスに聞いても、どうせ覚えてはいないだろう。何度も転生
を繰り返しているようだし。
そんな事を思いだしつつ、長老の訴えを耳にしたのである。
長老は一礼し、
﹁お目にかかれました事、光栄に存じます。
本日は、お祝いと、そして⋮⋮お願いがあって、やって参りまし
た﹂
そう述べてから、本題を話し始めた。
長老曰く。
村の住人が攫われた、救い出す事に協力して欲しい、との事だっ
た。
必死に訴えるその様子は、嘘を言ってはいないと信じさせられる。
話を詳しく聞く。
1525
エルフ
そもそも、耳長族は方向感覚を狂わせる幻術系結界術の使い手が
多い。
また長命種故に、達人クラスの使い手の張った結界に守られて来
たのだそうだ。
ところが、300年程前に達人の一人が他国に嫁いでしまったの
が事の発端。
隠れ里の中でも異端だったようだが、実力だけは突出していたら
ゴズ
メズ
しいその人物の抜けた穴を、若手で補うようにしていたそうなのだ
が⋮⋮
100年程前に隣接地で牛頭族と馬頭族が争いを開始した。
要するに、悪い事が重なったのである。
これにより、方向感覚を狂わすだけでは、隠れ里の隠匿が困難に
なってしまったそうだ。
やむ無く里を移す事を検討し始めたそうなのだが、幾ら広大なジ
ュラの大森林とは言え、簡単に転居先が見つかるものでもない。
そうこうしている内に、魔獣の襲来も増え始め、結界の維持所で
は無くなってしまったそうで⋮⋮
人里付近に引っ越す事にしたそうだ。
そして⋮⋮これが最悪の結果に繋がったと言う。
エルフ
要するに、人攫いに見つかってしまったのだ。
魔物を奴隷にする事は禁止されていない。耳長族は亜人の一種で
はあるが、魔物扱いされる場合もある。
ハンター
その辺りは国次第。というよりも、裏金次第なのだ。
激しく抵抗を試みたそうだが、裏稼業を生業とする狩人によって、
若者を奪われる結果になってしまった、との事だった。
﹁それって、最近の話しなのか? 日数が経っていたら、もうどう
しようもないぞ?﹂
と、一番重要な事を確認した。
1526
すると、
﹁は、大規模に襲撃を受けた直後に、魔王様就任の案内が届きまし
た。
ですので、これが天の意思だと魔王様に縋る事にしたのです。
我等だけでは如何ともし難く、恥を忍んでお願いに参上しました
⋮⋮﹂
なるほど。
襲撃直後に、俺の魔王就任の案内が届いたのか。
最早為す術が無いと思って絶望した所に、最後の希望となったっ
て訳か。
だが、これは俺のエルフに対する愛情への挑戦なのか?
要するに、喧嘩売ってるよね? せっかく、我が国でもエルフの
お店を出せるかも!? って、こっそり企んでたのに。
許さんよ、これは決して許しちゃいかんよ。
せっかく、何名か働いてくれる子が居ないかと期待してたという
のに⋮⋮。
﹁わかった。その願い、聞き届けよう。
成功した暁には協力を願いたい事もあるし、早急に救出作戦を実
行しよう﹂
エルフ
俺は約束し、耳長族達を休ませる事にした。
村は住める状態では無くなったそうで、放棄し、全員で此方にや
って来たそうである。
ハンター
何しろ、別れてしまっては、残りの者も捕らえられてしまう恐れ
があったのだと。
一度に連行出来る数に限りがあったそうで、狩人は一度引いただ
けであるそうだ。
1527
エルフ
捕らえた者の受け渡しが終了すると、また攻めて来ると言ってい
た。
ソウエイを呼び、耳長族の転居先の調査を命じる。
ハンター
﹁もし、狩人がやって来たら、生かして捕えろ。裏関係を吐かせる
材料にする﹂
﹁御意!﹂
速やかにソウエイは去って行った。
これでいい。
後は、ミョルマイルにでも、魔物奴隷について知ってる事を聞い
てみる事にしよう。
こうして、俺に対する謁見が一通り終わったのを幸いに、俺も調
エルフのお店
のオーナーになる為には、休んでいる暇
査に乗り出したのである。
夢の、
など無いのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さっそくミョルマイルの所に出向いた。
忙しそうに働くミョルマイルを呼び出すのは気が引ける。なので、
此方から出向く事にした。
1528
置物になって、頭にミカンを飾られたりする前に、さっさと神棚
から脱出である。
ダンジョン
挨拶も一通り終了した事だし、幹部からの引き止めも無かった。
本当なら、地下迷宮に向かいたい気持ちもあるのだが、エルフの
お店も重要な案件である。
優先順位としては、囚われのエルフ達の解放であろう。
という事で、早速ミョルマイルへと割り当てた職場を訪ねた。
﹁こ、これはこれはリムル様! 何やらお忙しい様子でしたが、出
歩いても宜しいので?﹂
﹁いやー大変だったよ、ミョルマイル君。
この町の主として、挨拶周りも仕事の内でね。
まあ、俺の唯一の仕事みたいな感じなんだけどね﹂
﹁ははは、これはこれは。で、本日はどのようなご用件で?﹂
忙しいだろうに、直ぐ様俺の相手をしてくれる。
出来た人物である。
場所を移し、少し時間を貰う。
について。
紅茶を出して貰いながら、ミョルマイルに魔物の奴隷について知
ってる事を話して貰った。
三巨頭
ケルベロス
話しは、大体俺の知っている内容。
知らなかった事は、裏組織
自由組合が表の組織だとするならば、当然裏組織もある。
自由組合は、報奨を支払う時点で税金を抜いてある。それに対し
裏組織には、税金支払い義務が発生しない。
それも当然、仕事の内容が非合法なのだ。
だが、世の中には必要悪があるように、表に頼めない仕事を必要
とする場合もあるのだ。
は有用なのだろう。
特に、貴族という自分で手を汚す事を嫌う連中にとって、裏組織
ケルベロス
三巨頭
1529
金
女
力
である。
故に、暗黙の了解として、裏組織は存在を許されていた。
ケルベロス
三巨頭の三つの頭が象徴するのは、
三名のボスと呼ばれる人物により統制された組織。
ケルベロス
ミョルマイルが言うには、魔物を奴隷にして捌くような組織は、
三巨頭以外に無いだろうとの事だった。
町の裏稼業如きに手が出せる案件では無いそうだ。
要するに、裏町を仕切る者達を仕切っている大物組織じゃないと、
その手の仕事は成り立たないという事。
裏には裏で、結構細かいルールがあるものである。
ケルベロス
﹁しかし、旦那。三巨頭は自由組合程では無いですが、かなり巨大
な組織です。
それこそ、一国で相手するのは難しい程の規模なんですよ。
商売柄、何度か取引した事も御座いますが、ルールさえ守れば丁
寧な対応をしてくれます。
合法な仕事から、非合法まで。
仕事を選ばず請け負ってくれるので、一部では重宝されているよ
うです﹂
との事。
奴隷と言っても、人間なら完全に非合法。
今回は魔物であるが、亜人でもある。合法と非合法の狭間という
所。
エルフ
﹁なるほど、な。エルフの売買は、そういう組織じゃないと無理だ
ろうな。
そこそこの腕が無いと、耳長族を捕らえる事も出来ないだろうし
⋮⋮﹂
俺が愚痴ると、
1530
エルフ
エルフ
﹁え? 魔物とは、耳長族なのですか?
そう言えば⋮⋮最近、耳長族奴隷の話しを持ちかけられましたぞ
?﹂
エルフ
と、思い出したように言うミョルマイル。
耳長族は少数種族である。総数で100名程度だろうか?
そんな者達が、ホイホイと奴隷で居る訳が無い。
どう考えても関連しているだろう。
﹁詳しく、聞かせてくれるよね。ミョルマイル君?﹂
エルフ
思わぬ所で切欠を得て、事件解決の手がかりになりそうな情報を
得られそうであった。
カザック子爵と言う男から、耳長族を奴隷にするという話しを聞
いたそうだ。
どうも裏があるらしく、胡散臭い感じだったので断ろうと思って
いたと言う。
ラファエル
﹁そうそう、丁度リムル様が私の店に入って来られた時、相手をし
ていた人物ですよ﹂
なるほど、アイツか。
俺の記憶では綺麗さっぱり忘れているが、智慧之王がすかさず映
像を見せてくれる。
言われてみると、胡散臭そうな男だ。
さて、どうするか。
﹁コイツか。俺の領地から民を奪うとか、喧嘩売ってると判断出来
るよね?
1531
普通、他国から他国の住民を拉致ったら、戦争だよね?﹂
念の為、ミョルマイルに聞いて見た。
﹁え? あ、はい。左様ですな。
国家間の条約としても、住民の意向に背いて拉致監禁を行なった
場合、戦争になっても不思議ではありません。
そういう事態を避ける為にも、労働力の確保目的の奴隷売買は禁
エルフ
テンペスト
止される事になったというのもありますし。
ですが⋮⋮耳長族を魔物の国の住民と言い張るのは、難しいので
は?﹂
﹁え?﹂
﹁⋮⋮え?﹂
﹁何で?﹂
﹁いや、何で? と言われましても⋮⋮。
この町に住んで居なかった訳で、ジュラの森に対しての権利は主
張出来ないでしょう?﹂
ん? どうも話しが食い違う。
テング
ジュラの大森林が俺の領土となった以上、俺の民で間違いない筈
だけど?
仮に、不干渉を決め込んだ長鼻族に何かあったとしても、俺の民
に対する行為として文句は言える。
領土に住む事を許し、不干渉である事を許しているに過ぎない。
不干渉だからと言って、他国の関与を認めるものでは無いのだ。
それは、魔王の威信にかけて、断じて認めてはならない事なので
ある。
﹁ミョルマイル君、ジュラの大森林は俺の領土だから、そこに住む
者に手出しすれば文句言えるだろ?﹂
1532
﹁⋮⋮は?﹂
﹁いや、だって俺の領土って決まったから、各国にお披露目かねて
テンペスト
案内状も送っているじゃん?﹂
﹁え? この案内状は、魔物の国を国家として承認させる為のお披
露目では?
その国を治める魔王に就任する知らせと、その席で武闘会を開く
という話しですよね?﹂
どうやら、根本で勘違いがあったようだ。
ひょっとして、知らないのか? 俺が治める事になった領土の事
を⋮⋮
﹁ミョルマイル君⋮⋮。一応、確認したいのだけど、もしかして知
らないのか?
俺が魔王に就任して治める事になった領土の事を⋮⋮
俺が支配する領土は、ジュラの大森林全域なんだけど?﹂
俺が支配する領土を知って、絶句するミョルマイル。
頭が真っ白になり、言われた内容が理解出来なかったようだ。
は? いや、だって⋮⋮? と、言葉になっていない。
余程ショックだったのだろう。てっきり、知っているものだとば
かり思っていた。
知ってるものだと思い込んでいた、俺のミスである。
良く考えてみれば、ジュラの大森林全域を支配する事になったと
か、説明してはいなかった。
﹁はあああ? 全域? ジュラの大森林の全域ですか!?
え? リムルの旦那が? って、え? そんな広大な領土を認め
られたのですか!?﹂
1533
大混乱している。
可哀想に⋮⋮。余程非道な騙され方をしたのだろう。
世の中には酷い事をするヤツが居たものである。まあ、俺なんだ
けど。
だが、待って欲しい。少ない領地なら、わざわざ勧誘しないので
はないだろうか?
忙しいと思うからこそ、手伝って貰いたくて︵楽をしたくて︶勧
誘したのだ。
仕事の内容はどこまでですか? と尋ねなかった方にも落ち度が
あるだろう。
今回の大会運営が終わりで、ハイサヨウナラ! そんな事は断じ
て認めるつもりは無い。
なので、全部任せても問題ないだろう。
そういう事だし、お互い様だね、と笑って許して貰おう。
な、ミョルマイル君!
﹁って、何いい感じに纏めているんですか!? 何がお互い様です
か!
一方的に私が騙されたようなものじゃないですか!?
というか、仕事内容に不満があるわけじゃないですよ!?﹂
﹁何だ、それなら問題ないな﹂
﹁というか、今さらっと、全部任せてもとかいいましたよね?
まさか⋮⋮ジュラの大森林の開発まで、私に任せるつもりでは?﹂
エルフ
﹁ははは、君ぃ! それはまだ先の話だよ。
今重要なのは、耳長族について、だ﹂
エルフ
何やら反論しているようだが、もう終わった事にしよう。
そんな事より、今は耳長族の件が重要である。
ショックから立ち直ったのか、ミョルマイルも真面目な顔つきに
なっている。
1534
思ったよりも立ち直りの早いヤツだった。
まあ、諦めただけかもしれないけども⋮⋮。
そこから話しは早かった。
大義名分が此方にある以上、堂々とカザック子爵を問い詰める事
も出来るだろう。
そう提案する俺に対し、
﹁いや、あのような小者を捕らえても、大して意味はありません。
尻尾を切られるのがオチです。今回は、王に動いて貰った方が早
いでしょう﹂
そう提案して来たのだ。
確かに、困った時の相互協定もあるし、今回は手を出した貴族を
管理する立場にいるのがブルムンド王国である。
直接対応するよりも、ブルムンド国王に対策を取らせる方が話し
が早いかもしれない。
﹁その方がいいかな。ところで、俺は国王には会った事ないけど、
どうすればいいんだ?﹂
ミョルマイルは大きく頷き、お任せを! と、交渉を請け負って
くれた。
そうと決まれば即実行。
と言う訳で、俺はミョルマイルを連れてブルムンド王国へと﹃空
間移動門創造﹄を行う。
これは、空間を把握し結ぶ能力なので、目の前に歪んだ裂け目が
生じるのだ。
一度行った場所にしか作れない、﹃空間移動﹄の上位版である。
そこを通り抜ければ目的地、一瞬で移動可能である。他人も通れ
1535
るので、便利なのだが、かなりの魔素を消費する。
普通に考えて、空間を弄るのに省エネでは出来ないだろう。ま、
俺にとっては大した事ない。
移動に時間が掛かると勿体無いので、さっさと移動する。
ミョルマイルは最初はビビッていたけど、案外すんなりと門を潜
った。
思った通り、案外大物である。
俺が魔王だと理解したからこそ、最早何でもアリだと割り切った
のかも知れない。
ミョルマイルの館にて、俺は連絡を待っていた。
王城にミョルマイルを送って、王への謁見を申し込んでいる。
時間が掛かるだろうとの事で、館で待っているように言われたの
だ。
だが3時間も待つことなく、すんなりと馬車で迎えがやって来た。
迎えに来たミョルマイルに首尾を聞く。
﹁思ったよりも、上手く行きました。
国王への面会を申し込み、その際、リムル様の名前も出したのが
良かったのでしょう。
即座に許可が下りたのです。
事情を説明しましたので、今頃カザック子爵にも迎えが行ってい
る事でしょうな﹂
思った以上に、俺への扱いが丁寧だったとの事。
末端まで重要人物として名前が知らされているなどと、滅多にあ
る事では無いらしい。
まあ、情報が命という弱小国家だからこそ、一つの情報への扱い
1536
方を間違ったらどうなるのか、徹底させているのかも知れない。
フューズが絡んでいるのだ、その辺りは抜かりなしなのだろう。
王城に到着し、大広間に通される。
そこには簡易の席が設けられ、お茶や軽食等も用意されていた。
人の良さそうな丸々とした人物が席に座り、俺達の到着を出迎え
る。
後ろに控えるのは、フューズの友人だと言うベルヤード男爵だっ
た。
だとすると、この丸々したおっさんが、この国の国王なのだろう。
﹁初めまして、余がこの国の王、ブルド・ラム・ブルムンドである。
お初にお目にかかる、魔物の王。いや、八星魔王リムル殿﹂
気さくに話しかけて来て、俺が驚いた。
というか、王様から先に挨拶して来るとかアリなのか? いや、
俺も王だからだろうか?
﹁初めまして、リムル=テンペストです。魔王になりましたが、協
定はそのままで宜しいか?﹂
﹁勿論ですとも。此方からお願いしたいくらいですじゃ。
この度は、知らぬ事とは言え、其方にご迷惑をお掛けしたようで、
恐縮である。
何とぞ、処分は此方に任せて貰いたい。また迷惑料も⋮⋮﹂
﹁あ、いや。迷惑料は無事に解決したならば結構です。
今後とも良いお付き合いをしたいと考えておりますし﹂
﹁おお! そう言って貰えると助かりますじゃ﹂
神妙な顔だったが、迷惑料をいらないと言った途端に笑顔になっ
た。
1537
払う気はあったのか無かったのかは不明だけど、狸なのは間違い
ない。
だが、なんだろう。妙に憎めないおっさんである。
そして、そんな遣り取りをしている間に、二人の人物が連行され
てやって来た。
一人はカザック子爵。
前に見た時と同様、上質では無い服を身に纏っている。
王家の兵士に囲まれて、何が何だか判らない様子。青褪めてガク
ガクと震えていた。
もう一人は、黒服に身を包んだ紳士。中国系の服装に似ていて、
ケルベロス
黒地に金の刺繍で、三つ首の虎が描かれている。
三巨頭って、確か地獄の門番の三つ首の犬だったと思ったけど、
ケルベロス
こっちでは違うのかな?
俺の見立てでは、三巨頭の幹部らしきその人物は、怯えも動揺も
無くまるで自分が王であるかのように、堂々としていた。
兵士達も周囲を囲むのみで、その人物に手出し出来ないようだ。
なかなかに只者では無い雰囲気である。
﹁お、王よ! 今回の呼び立ては如何なる用件なのでしょうか?
わ、わたくしめは、疾しい事など、何もしておりませぬぞ!﹂
カザック子爵が喚くように言い募った。
しかし、その言葉を遮って、ベルヤード男爵が説明を行う。
その言葉に、青褪めた表情を真っ白にさせて、
﹁ば、馬鹿な! 魔物だぞ? 下等な魔物をどう扱っても、貴族で
ある私が⋮⋮﹂
カチンときた。
だが、我慢だ。先程処分を任せると言ってしまったしな。
1538
あの約束が無ければ危なかった。
その気が無くても、俺が怒りの波動をぶつけるだけで、貧弱な者
なら死んでしまうかも知れないから。
そんな俺の様子を気にしてか、
﹁黙りなさい。
陛下の裁定により、此度の件、カザック子爵家の取り潰しにて決
着とします。
カザック殿は、国外退去処分。異議申し立ては、受け付けましょ
う。
十分過ぎる証拠が在る以上、申し立てても無駄でしょうけれど。
裁判の最中は、牢にて身柄を拘束される事になるでしょう。
では、此方へ⋮⋮﹂
そう言って、ベルヤード男爵がカザック子爵いや、カザックを連
行して行った。
彼は乗せられただけの小物。
ケルベロス
人格は最低だが、罪に対する罰としては妥当な所なのだろう。俺
にも異存は無い。
問題は、その様子を平然と眺める三巨頭の幹部らしき人物である。
事情の説明も受けずに連行されて来たようだ。
裏組織と言うわりに、滞在場所は把握されているのか? いや⋮
⋮依頼を受ける為にも、国家に通達はしてあるのか?
改めて、その人物を観察する。
上質な服。
優雅な身ごなし。
そして、油断ならないその眼差し。
口元には笑みを浮かべ、状況を愉しんでいるようであった。
おもむろに、
1539
﹁フムン。どうやら、地雷を踏んでしまったようですな。
貴方の発する雰囲気、それは嘗て取引した魔王を凌駕する⋮⋮
大物ですな。
どうやら、何かお気に召さぬ事を仕出かしてしまったようですが、
謝罪致しましょう。
其方の言い分を聞ける範囲で全て飲みます。見逃して頂けますか
?﹂
と取引を持ちかけて来た。
堂々たるものである。
そして、目端も利く。
俺は、人の姿を取っているが、決して﹃魔王覇気﹄を出したりは
テング
していない。
長鼻族達ならば、この姿に対しても同様の反応を示すはずだ。
それなのに、この人物は一目で俺の本質を看破したらしい。
そして、魔王と取引した事もあるとなると、一筋縄ではいかない
のも頷ける。
巨大組織で、自由組合に対となる、裏組織。
それだけでは無いのだろう。国家君主すらも、迂闊に手出し出来
ないのだ。
そして、目の前の人物は恐らく⋮⋮
エルフ
﹁フン。話が早いな、俺の望みはお前達が掠った長耳族の開放。
そして、他にも捕えた魔物がいるならば、その開放だ。
また、今後一切、ジュラの大森林に於ける略奪や魔物捕獲の禁止
を要求する﹂
ケルベロス
三巨頭の幹部は、最初から俺に視線を合わせ、王やその他の者達
を無視している。
ブルムンド国王も、控えの近習も、その事に対し文句を言ってい
1540
ない。
雰囲気に呑まれているのだろう。
この人物が、只者では無いという証明である。
さて、俺の要求への返答は?
﹁宜しいでしょう。
ケルベロス
エルフ
捕えた魔物達は全てお返ししましょう。勿論、長耳族も。
そして、我等、三巨頭が今後一切のジュラの大森林への手出しを
ケルベロス
しないと、誓約します。
この私、三巨頭の一人、ダムラダの名にかけて、ね﹂
ふてぶてしく言い放つ。
ケルベロス
やはり、か。
ケルベロス
三巨頭の一人。つまりは、幹部でも何でもなく。
ボス
コイツが、頂点の一人と言う事。
三名の人物が組織した組織、それこそが、三巨頭なのだ。
﹁いいだろう。今後手出しをしないと言うならば、今回は見逃そう。
だが、二度目は無いぞ?
魔王を相手に、手出しして様子見などと、俺を舐めすぎだ﹂
コイツ等は、どこからか俺が魔王になりジュラの大森林を支配下
に治めた事を知ったのだろう。
そして、試したのだ。
俺の対応と、そして俺の力を。
その証拠に、最高幹部の一角がここに来た事をブルムンドの人間
皆が驚愕している。
今までヴェールに包まれて謎だった最高幹部。その一人が態々様
エルフ
子を見に出向いて来たと言う事。
つまりは、長耳族を掠った事も、あんな下っ端貴族に声をかけ、
1541
足が付き易くした事も、全て計画通りという事なのだろう。
俺に会い、その力を見極める為だけに、この計画を実行したのだ。
ソウエイに思念通話で確認したが、襲撃の気配は無いそうだ。
だろうな。
俺を引き出せた時点で、コイツの計画は成功なのだから。
俺はソウエイに、その場からの撤退を命令した。
オクタグラム
ニュービー
﹁ふっ、ふくく。いや、流石だ。お見通しですか。
八星魔王の新星は、油断ならぬお方のようだ。
以前お付き合いさせて頂いた、クレイマン様とは比べるべくも無
い。
逢えて光栄ですよ、魔王リムル様。今後とも良き関係でいたいも
のです﹂
やはり、知っていたのか。
何が地雷を踏んだ! だ。恍けやがって。
ケルベロス
知っててワザとやったのに、悪びれもしない。
油断ならぬ人物。三巨頭のダムラダ。
どうやら、厄介な相手のようである。
オークロード達の武具を用意したのも、コイツなのかも知れない。
てっきり、ユウキの手配かと思ったが、それは流石に足が付く。
となると、別組織が関与していても不思議では無いか。いや、繋
がりは不明、か。
ダムラダは、俺達に優雅に一礼し、その場を後にした。
テンペスト
自分が責任持って、魔物奴隷として捕えた魔物達を引き渡す、と
約束して。
そして一週間後、約束どおり、魔物の国に開放された魔物達が届
1542
けられる事になったのだ。
1543
104話 前夜祭
エルフ
レア
囚われの長耳族を含めた希少な魔物達が、続々と馬車で運ばれて
来た。
かなり高級な馬車に乗せられて、待遇は良いようである。
エルフ
元から俺達に敵対の意思は無かったのだろう。
考えてみれば、仲間が攫われたと訴えてきた長耳族の長老達にも、
怪我らしきものは見当たらなかった。
エルフ
敵対せずに済むように、誰ひとり殺さず怪我もさせぬよう、細心
の注意を払った上での作戦だったのだと読み取れる。
という事は、だ。
魔素量的にはランクはC∼Bランクといった感じの長耳族だが、
様々な魔法を使いこなす。
単純にランク通りの強さでは無く、なかなか厄介な種族なのであ
る。
ハンター
いくら疲弊していたとは言え、無傷なまま一方的に翻弄し、数十
名を攫うとなれば、狩人達の実力は計り知れない。
数名による襲撃だったと言っていたが、少なくとも、Aランクだ
と考えるべきだろう。
念入りな事である。
また、そのような者達を擁する組織、裏稼業専門という事だった
が決して舐めてかかってはいけないだろう。
ボス
運ばれてくる魔物奴隷達を眺めながら、俺は再度気を引き締める
のだった。
ケルベロス
三巨頭の三名の一人、ダムラダ。
1544
テンペスト
彼が魔物運搬の責任者として、馬車の一行に同席して来た。
やはり目的は堂々と魔物の国へ入国する事だったようである。
入口にて検問を行っている上に、不法入国は徹底的に排除してい
るので、登録無く入国は出来ないのだ。
冒険者ならカード情報を読み取るだけで入国可能。その他は紹介
状が無ければ受け入れていない。
国の礎が出来てないので、身元の判らぬ物達は受け入れる訳には
いかないのである。
俺に挨拶に来たらしいハグレ者は、現在出来たばかりの宿場町に
滞在している。
そこで、建設の手伝いや、掃除などを行わせているようだ。
それはともかく。
ダムラダは、笑顔を浮かべて、俺に挨拶に訪れた。
町の様子を一瞥し、感心したように頷きつつ、
﹁お久しぶりで御座います、魔王リムル様。ダムラダで御座います。
本日は、約束通り、捕らえていた魔物の皆様を送り届けに参りま
した。
入国許可、有り難く存じます﹂
恭しく、一礼する。
相変わらず、派手さはないが豪華な衣装である。
﹁うむ。我が国の民を丁重に扱ってくれたようだな。礼を言う。
約束通り解放してくれたようだし、今回の事は水に流すよ。
だが、理解してると思うが、次は無いぞ?﹂
﹁ははは、勿論で御座います。命を賭けるには、相手が悪すぎます﹂
その短い遣り取りで、今後は敵対しないと匂わせるダムラダ。
1545
此方としても、裏組織相手に消耗戦は避けたい。正面からぶつか
るなら問題ないが、裏で色々と工作されると厄介である。
せっかく聖騎士達を生かして帰し、無害で有益な魔王であると宣
伝してるのに、無駄にされかねないのだ。
こいつらの目的は、俺に取り入る事だろう。
態々敵対する事もない。まあ、次にチョッカイをかけてきたら、
全力で潰すけどね。
﹁ところで、小耳に挟んだのですが⋮⋮何でも武闘会を開催される
とか?
私達も是非とも観戦したいのですが、許可して頂けないでしょう
か?﹂
自然な笑顔で切り出してくるダムラダ。
此方の戦力分析をしたいのがミエミエだ。
別にいいけどね。どうせ、示威行動も兼ねている。ただし、対価
無しに許可を出すのも面白くない。
﹁許可を出すのは構わないよ。何なら、武闘会開催までゆっくり滞
在しても良い﹂
﹁おお、それは有り難き事です。それでは⋮⋮﹂
﹁ただし、お前達の中で最強の者に参加して貰おうかな。
其方の戦力も見ておきたい。何しろ、今後とも付き合う事になる
んだろう?﹂
ニヤリと笑い、そう切り出した。
向こうとしても、俺に対するアピールはしておきたい所。この申
し出を断る事は無いハズ。
案の定。少しの逡巡も無く、了承して来た。
1546
﹁流石ですね、一方的に手の内を見るのは駄目でしたか。
わかりました、ではこの者が⋮⋮﹂
一人の若者を俺に紹介しようとするダムラダ。チラリとその若者
を見て、再びダムラダに視線を戻す。
﹁出場者はお前だ、ダムラダ。この中で一番強いのは、お前だろ?﹂
ダムラダと俺の視線が交錯する。そして、
﹁敵いませんな。お見事です、良くお解りになりましたね。
仕方ありません、私が参加する事に致します。
ですので、滞在許可と観戦の件は、宜しくお願い致します﹂
﹁ああ、今後の付き合いも、お前の戦い次第だな。頑張るがいい﹂
ダムラダは再度俺に礼をして、退出した。
思った通り、ヤツが一番強かったようだ。身ごなしに隙が無いし、
見る者が見れば一目瞭然だったけど。
だがこれで。
結構強力な参加者が一名増えた。
身内だけでの戦いではイマイチ面白みに欠ける所である。少しは
刺激が出来ていいだろう。
馴れ合いで戦っても盛り上がりにかけるし、ダムラダの実力も判
明する。
武闘会。
どうなるのか、今から楽しみになってきた。
1547
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ダンジョン
地下迷宮の作成は、ラミリスとヴェルドラが楽しそうにやってい
る。
テンペスト
たまに捕獲した竜を抱えて、ミリムが空を飛んで来る姿が目撃さ
れていたようだが、魔物の国の住人に驚きは無い。
いつもの事と割り切っていた。
3人の高笑いが響いていたとの報告も受けたが、気にしてはいけ
ないのだ。
招待すべき各国の重要人物については、ミョルマイルが選定し、
招待状を出している。
伝達は重要な仕事である。
ミョルマイルにソウエイを引き合わせ、伝達に協力するように申
し伝えていた。
ソウエイ配下であるトーカとサイカ、ナンソウとホクソウの4名
をミョルマイルの伝達要員として役立たせる事にしたのだ。
ミョルマイルも人を扱うのは上手いので、直ぐに打ち解けて指示
通り動いている。
差別意識のようなものが無くて、本当に良かった。
そちらも任せて大丈夫だろう。
ミョルマイル曰く、貴族にはお抱えの冒険者や腕の立つ傭兵また
は、用心棒が多いとの事。
つまり、そういう者達にこの迷宮をクリア出来れば莫大な利益が
あると思わせられたら、幾らでも支援金を出すだろうという目論み
1548
だった。
テンペスト
そして、スポンサーの貴族様には魔物の国を堪能して頂くという
寸法である。
闘技場の再利用計画も考えているようだが、それはボチボチでい
いだろう。
幾らスポンサーでも、年がら年中滞在する訳では無いのだし、当
初の予定通り年4回程度のイベントが出来れば、後は訓練にでも使
用すればいい。
しかし、スポンサーか。
流石はミョルマイル、先を読んでいる。
俺の考えでは、冒険者から金を巻上げたら終わってしまうのだが、
無一文になった者達の扱いに困る事になる。
そこでスポンサーの登場。
となると、やはり宝くじのように、当たりを引く者達も用意した
方がいいかも知れない。
レア
射幸心を煽る手口だ。
希少アイテムをドロップさせたり、賞金を用意するのもいいだろ
う。
ミョルマイルのヤツは、自由組合に依頼するという計画を立てて
いた。
﹁組合に依頼って、そんな事出来るの?﹂
﹁勿論ですとも。100階層クリアで褒章金貨1,000枚を考え
ています。
100階層クリアは、事実上不可能なのでしょう?
リムル様が魔王であると知っていれば、挑戦者も減るかも知れま
せんが⋮⋮
それに、何やら最近、竜が運ばれて来て迷宮に吸い込まれる現象
が報告されております。
⋮⋮どこに、竜を倒せる冒険者がおるのですかな?
1549
聖騎士の皆様方でさえ、クリアは難しいのではないか、と愚考し
ました。
これは、貴族向けの撒き餌です。なので、大盤振る舞いの金額で
も問題ありません。
しかし、支払う意思はあると思わせる為にも、階層毎の賞金も用
意します。
10階層到達で金貨1枚。30階層到達で金貨3枚。という具合
セーブポイント
に。
記録地点到達にご祝儀感覚で支払うというのはどうでしょう?﹂
﹁ははは。魔王だって知ってても、参加したがる者がいるような宣
伝を頼む。
それにしても流石、良く見ている。で、賞金は先着か? それと
も、全員?﹂
﹁月毎で、先着5名程度で良いのではと考えております。
PTを組んでいるならば、皆で分ければいい話ですし。
そして、月毎の到達者を発表して貰えば、皆さんの競争心も煽れ
るのではないかと考えます﹂
なるほど、な。
先着なら、然程懐は痛まないし、射幸心や競争心も煽れる。
素晴らしい作戦だ。まあ、クリアされる事は無いだろうけど、さ
れても問題は無い。
金貨1,000枚程度なら、また直ぐに稼げるだろう。
いい宣伝になるだけだ。
よし、それで行こう。
﹁ミョルマイル君、その方向で話を進めてくれたまえ!﹂
﹁はは、承りました﹂
ミョルマイルの計画を承認し、宣伝を行う各国の状況や、有名ど
1550
ころの冒険者の名簿を見せて貰う。
後は、入場に際しての注意事項。
冒険者カードがある者ならば、それを利用して管理可能との事。
登録されて居ない者で腕試しを行う者には、迷宮カードを発行す
る流れになった。
カイジンに相談し、カード発行に関する相談を行うとの事。
これにより、本人の状態管理も可能になりそうだ。
迷宮への入場料は、一回銀貨3枚。
蘇生の腕輪
は、最初の一回だけは無料で配る。入場料に料金
カード作成は初回のみ無料。二度目から銀貨10枚。
を含めているのだ。
どうせ復活するのは地上である。
蘇生の腕輪
を装着していない場合、アナウ
二回目からの購入は、銀貨2枚で売り出す。必須アイテムだから
売れるだろう。
再入場に際して、
ンスが流れるようにしておくとの事。
その方がいいだろう。自己責任だが、死なれるといい気分では無
いし。
他にも、貸し武器や貸し防具と言ったアイデアがある。
これは俺が思いつき、クロベエが細工してくれた。
実際、どうなるかはやってみないとわからないけど、結構繁盛し
ダンジョン
そうな気がする。
地下迷宮を解禁するのが楽しみだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1551
ダンジョン
武闘会の運営計画や、地下迷宮の宣伝はミョルマイルが頑張って
くれている。
ダンジョン
だが、実際に差し迫っているのは武闘会なのだ。
地下迷宮は完成間近なので、武闘会の開催ついでに宣伝するつも
りなんだけどね。
ついつい力を入れすぎているが、メインは武闘会である。
忘れてはいない。
ダンジョン
しかし、一回こっきりで終わる予定の武闘会より、今後の基盤に
なりそうな地下迷宮に力が入ってしまうのは仕方ないのだ。
だが、開催時期も迫ってきたし、そろそろ真面目に組み合わせに
ついて考えないといけないだろう。
ミョルマイルは運営に関する事で忙しく、とてもではないが選手
の管理には手が回らない。
実際、何名参加するのかも申請を受け付けているだけで、集計が
出来ていないのだ。
俺に訪問して来た各種族代表達も、参加の意思を示す者達がいた
のだし、結構な人数が参加する事になると思う。
気持ちを切り替えて、武闘会について検討を開始する事にしよう。
テンペスト
まず、参加メンバーを再確認する。
まず参加する魔物の国の幹部達。
ベニマル,ディアブロ,ランガ,ソウエイ,シオン,ハクロウ,
ゲルド,ガビル,ゴブタ。
以上、9名。
1552
事の発端である、宴の際、参加表明した者達である。
実際、誰が一番強いのだろう? 俺の予想ではディアブロだけど、
トーナメント形式ならば勝負は判らない。
エネルギー
回復するから疲労による影響は無いかと言うと、そうでも無いの
だ。
何しろ、体力が回復しても使用した魔素量までは回復しないのだ。
上手く配分しないと連戦になった時に厳しい。
どうなるかはやってみるまで不明であった。
今回、序列がどうのこうの言っていたから、本来は総当たり戦が
いいのだろうけど、流石に面倒である。
上位4名でいいだろう。
問題は、トーナメントにするにも人数が少ない事だ。
8名だったら丁度良かったが、一人多い。
ということで、一般参加を募ってるわけなのだが、どうせならブ
ロックを分けて全16名による勝ち抜き戦にしようと思う。
なので、後7名、参加者を募りたいのだ。
主催者特別枠として、各魔王にも声を掛けてみた。
﹁はいはーーーい! アタシのベレッタはやる気満々よ!?﹂
一名ゲット。
予定通りである。
﹁ふっふっふ。その言葉を待っていた! ワタシの舎弟にも強制参
加させてやろう!﹂
ライオンマスク
謎の覆面、獅子覆面としてな! そんな言葉を残して、高速で飛
び去るミリム。
薄々、誰を参加させるつもりなのか、理解してしまった。
1553
いいのか? この大会、かなりレベルが高いってもんじゃなくな
りそうだ。
他の魔王とはそこまで親しくないし、こんな所か。
後は、先日参加交渉した、ダムラダである。
奴ら、堂々とこの町を堪能し尽くすつもりなのか、一番良い旅館
を貸切にして占領している。
金持ちなのは間違いない。
王族が来た時用に、部屋を抑えておいて正解だった。
あの男、間違いなく強い。一般参加と同じ扱いにして疲弊させる
より、体力全開でどこまでヤルか、見てみる方が面白そうだ。
という事で、特別枠に放り込んだ。
これで、残るは4名か。
東西南北で、バトルロイヤルして決めればいいか。
そう考えていた時、
﹁リムルさん、呼んだかい?﹂
と、声を掛けてくる者がいる。
いや、別に呼んではいないのだが。
見ると、聖騎士最強の男と言われる、アルノー・バウマンだった。
﹁何か用か? アルノー﹂
﹁ふふ、今度の大会、この俺も参加したいと思ってな。
ここ最近、ハクロウさん相手に鍛え直しているんだよ。
ぜひ、この俺も参加させて欲しい﹂
いいのか? ここでサボってて。
そんな事をチラッと思ったが、ヒナタは本国に帰ってしまって、
1554
ここには居ない。
残った聖騎士は8名程。
結界を張る手伝いをお願いしたかったけど、一人抜けても問題は
無いか。
人数も足りてないし、弱すぎる者を間に合わせで入れても仕方な
い。
一般参加者の部門は、3名でもいいだろう。
﹁それじゃ、参加して貰おうかな。
でも、無様な戦いを見せたら、各国への示しがつかないぞ?﹂
﹁大丈夫だ。次は負けない!﹂
何やら自信ありげに言い切っている。
クロベエが鍛えた剣を手に、装備も一新しているのが自信の根拠
だろうか?
精霊武装とやらより、格段に性能向上させた試作型を試して貰っ
てるのだ。まあ、試作型なので、量産には程遠いのだが。
それだけ自信があるなら問題ないだろう。
恥をかいても知らないし、責任も持たないけどね。
﹁いいけど、覆面か何か被っとけよ。目立ったら、マジで示しつか
ないぞ?﹂
ライオンマスク
どうせ獅子覆面とか言う色物も参加するのだし、聖騎士として参
加するよりはマシだろう。
﹁判った。保険として、仮面でも着けておく。参加を認めてくれた
事、感謝する﹂
負けなかったらいい話しなんだけどな、等と言いながら、アルノ
1555
ーは去って行った。
余程自信アリなのだろう。
アイツ、ディアブロに心折られてるのに、タフなヤツだ。
ひょっとすると、バカなのかも知れないな。
初っ端でディアブロに当たらなかったらいいけどね。俺は心の中
でそう呟いた。
よし、これで残り3名。
残りは一般受付の参加者を見てから考えよう。
ジュラの大森林に棲息する、知恵ある魔獣や魔物達。
群れでは無く、個で覇を競う者達が、参加を表明しているらしい。
そうした者を競わせ、残り3名を選出しよう。
さて、誰が勝利するやら。
序列はともかく、そろそろ役職を決める必要もあるだろう。
勝っても負けても、いつまでも幹部と言う呼び名のままでも具合
悪かろう。
国家として国の重責を任せられる者達なのだ、それ相応の指揮権
も与えるべきである。
そう考え、俺は国家の体制についても思いを馳せるのであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1556
テンペスト
武闘会前日。
魔物の国に続々と各国の代表使節団が到着していた。
早い者達は、一週間も前から滞在している。
俺が送った案内状だけではなく、ミョルマイルが出した招待状を
持ってやって来た豪商もいて、町は活況に満ちていた。
一度来た事のある者達は自慢気に、初めて訪れた者達を案内して
いるようだ。
各国の重鎮や王族方も、見慣れぬ異国の様相に興味深々といった
具合だった。
テンペスト
どうやら意図通り、上手く行きそうである。
とは言え、魔物の国で持て成せる人数はせいぜい3,000名程
度。
一般人ならば1万人でも宿泊可能なだけの設備はあるのだが、上
流階級を持て成すとなると、3,000名が限界であろう。
俺がそうした心配をしていたのだが、そこはミョルマイル。
テンペスト
抜かりなく、宿の割り振りまでこなしてみせた。
当然、リグルドやリグル、その他魔物の国の住民の頑張りは賞賛
に値するものであったのは間違いない。
大きなクレームが出る事もなく、無事に武闘会開催前日を迎えら
れたのは、皆の頑張りの賜物である。
そして、その夜。
いつもの宴会用の大広間に、各国の重鎮が一同に会していた。
前夜祭である。
慣れぬ座布団に戸惑いつつも、思い思いに寛ぐ姿が目撃される。
大風呂は好評だったようで、一日に何度も入る人も居たらしい。
支給された浴衣を着て、お互いの姿に感想を述べ合っているよう
だ。
1557
ここまでは成功と言っていい。
護衛の者は交代で番をしていたり、大広間の外で護衛任務につい
ている。
護衛のプロらしく、差し入れを申し出たのだが辞退された。
毒物を警戒しているのだろう。
まあ、その気になれば毒とか不要で実力行使で問題ないのだが、
それは言わぬが花なのだ。
テンペスト
﹁ええ、本日は良くぞお出で下さいました。ワタクシが、この度魔
王になりました、リムルです。
今日は軽い挨拶に留め、皆さんには是非とも、魔物の国の料理を
堪能して頂きたい。
長話は苦手ですので、早速始めましょう!﹂
俺と一対一で会いたいという者には会っているが、面会希望を受
け付けてからになる。
なので、初めて俺を見た者達も多く、好奇の視線に晒された。
俺が魔王と名乗った事で青褪める者や、逆に観察するように眺め
てくる者まで様々だ。
そういう視線が苦手なので、 軽く挨拶をしたら、宴の開始であ
る。
寛ぐ者達の前に、料理が運ばれていく。
さて、反応はどうだろう?
今回は、寿司。そして刺身に天麩羅とお吸い物。
魚は取れたて新鮮。何しろ、俺が行って捕獲して来たのだ。
手当たり次第に、飲み込み、毒を解析し分解してある。
水中行動も上手くなったし、いい経験だった。
が、次からは人に任せた方が良さそうだ。
魚を捌いたのはハクロウである。
クロベエの鍛えた包丁で、一瞬で生け造りも用意してくれた。
1558
シュナも驚きの手際よさで、捌くその姿は職人である。そして、
寿司を握ったのもハクロウ。
思わぬ特技だ。
何でも、先代に習ったそうだが、異世界から来た人って江戸の人
? でも、時代が合わない気がするが⋮⋮
まあいいや。そんな事はどうでもいい。
シオンが、俺がプレゼントした包丁を握って手伝いたそうにして
いたが、今回は我慢させている。
当然だ。
国家の重鎮を招いて、下手な物は出せないのだ。洒落ではすまな
いのだよ。
問題は、醤油。
何とか、醤油モドキが出来ていたので、それで代用する。
色が薄い感じだが、味は似たような出来栄えだったので、問題な
いだろう。
テンペ
山葵はあった。でも、これは好みが分かれるし、初めて食べる人
にはキツイと思う。
なので、寿司のは抜いて握ってもらっている。
準備は出来た。
料理とは、御もてなしの心。
俺達の誠意が伝わればいいのだが。
ビール
そして、開催される前夜祭。
冷えた麦酒に、歓声が起きたのが始まりだった。
スト
ビール
炭酸系が乏しいものしか飲んだことのない人々にとって、魔物の
国製の麦酒は驚きだったのだろう。
何よりも、ガンガンに冷えている。
冷やしたガラス製のグラスを用意しておくという、徹底した日本
式サービスを指導したのだ。
自分の為にも、ここは妥協出来ない所である。
1559
エルフ
長耳族の仲居さんが、お酌をしてまわる。
強制ではないよ? 自主的に手伝いたいと申し出た者に手伝って
もらっているのだ。
これもまた大成功。
三つ指突いての挨拶は、何と言うか万国共通で男心をくすぐるの
だろう。
酔ったわけでもなく顔を赤らめる者もいたようだ。
何しろ、浴衣の胸元が、ね。
ふふふ。計算通りである。
そんなこんなで、宴は進んだ。
どうやら、概ね大成功だと言える。
目の前で魚を捌く所も見学させたりと、なかなか凝った趣向もこ
らしたのだ。
当然、捌いてすぐに刺身として食せるのだ。不味いわけがない。
この魚はAランクの⋮⋮、等と、無粋な事に気付く者もいたけど、
そこは味とは関係ないのだ。
魔法使いによる毒鑑定は用意させているので、皆躊躇わずに口に
していた。
というか、普段内陸に住んでいる者にとって、生の魚など食べる
機会はほとんどないのかも知れない。
何しろ、運搬が問題だからね。
馬車では少量しか運べない以上、余程の金持ちでなければ、生で
魚を食べる事は出来なかっただろう。
そういう意味でも、大好評の内に宴は進んだのだった。
まあ、これも計算通り。
今後、俺達と交流するなら、こういう食材も流通出来ますよ! とアピールを忘れない。
俺の仕事はこうした宣伝である。
贅沢をするだけでは無いのですよ。俺が我侭なだけではなく、こ
1560
ういう機会にそなえての事だったのだ!
という事にしておこう。
こうして、各国の重鎮への宣伝効果も兼ね備えた前夜祭は、無事
に終了したのであった。
1561
105話 武闘会−予選
ジュラの大森林に住む魔物種族代表達の謁見に続き、ジュラの大
森林周辺国家の代表団の挨拶も滞りなく終了した。
昨夜は各国の代表団が一同に会し、慣れない形式であっただろう
が、無事に宴会を開催する事も出来た。
重畳である。
各国の代表からは、本当に挨拶しか受けてはいない。
実務レベルでの協議や要望は、リグルドやミョルマイルが話しを
聞いて纏めてくれている。
俺に直接物事を言う事は、暗黙の内に禁止したようだ。
流石だ。
出来る男達である。
ぶっちゃけ、支援だなんだと頼まれた所で、ああそう? としか
答えようも無い。
今後上手く付き合っていけるなら、可能な限り支援するのは吝か
では無いのだが、俺がそういう態度に出るのを見越して直接対応を
させないようにしたのだと思う。
何でもかんでも安請け合いするな! という事か。
確かに、出来る出来ないはおいておいても、それを調整し実行さ
せる行政府の手が足りない。
勝手に仕事を増やされても処理仕切れないのだろう。
俺が思う以上に、全ての物事を上手く処理しているようだから、
ついつい甘えてしまっていた。
そんな訳で、実際に会話したのは、ブルムンド国王とドワーフ王
の二人だけである。
昨日、到着と同時にブルムンド国王は面会を申し出て来て、エル
フ達の一件で俺に謝罪を行なったのだ。
1562
謝罪と言っても大げさなものでは無い。
今後の管理を強化するという約束と、協定は必ず守るという確認
を行う事で、暗に先日の件を謝罪した形である。
小国とは言え、わざわざ王その人が招待に応じてやって来たのだ。
その事をもって、謝罪としては十分だろう。
ドワーフ王は、昨日の昼間に到着している。
レール
どうやら、昼間は町の開発具合を見て回っていたようだ。
下水処理の施設等を熱心に観察していたらしい。
他にも、思いつくまま造らせた施設や、建設中の軌道を食い入る
ように眺めていたのだとか。
そんな感じで、昼間は会う機会は無かったのだ。
しかし、昨夜の酒宴の席で置物だった俺の元にやって来て、
﹁久しぶりだな、リムル⋮⋮いや、リムル殿。
この酒は旨いな。是非とも、作り方を教えて貰いたいものだ!﹂
ビール
流石に人の姿をして一同を観察していたのだが、そんな俺に麦酒
片手にやって来て開口一番に言い放ったのだ。
だが、目的は酒だけでは無さそうだった。
大分飲んでいるようだったが、目が酔ってはいない。他国の耳目
があるので公に言わなかっただけだろう。
俺に話しかけるのを牽制しあっているのか、どの国の者も話しか
けては来なかったので、良い話し相手にはなったけど。
各国の代表は大臣クラス。
大国の王が話しかけている間に割り込むのは、流石に出来ない話
だ。
また、俺への恐怖が抜けきってはいないというのも理由としてあ
るのだろう。
1563
ファルムス軍を皆殺しにした話は、今ではどの国家も事実として
認識しているのだから。
そういう中で、俺に話しかけるのは勇気がいる。
また、招待客は豪商とは言え、平民。もしくは、実力はあるが、
位は低い貴族達。
代表団を差し置いて話しかける事は流石に出来ないのだろう。
結局、俺に声を掛けて来たのは、ドワーフ王だけだった。
ドワーフ王とは当たり障りの無い話しをして、会話を終えた。
ドワーフ王の目的は、俺達が友好的だという間柄を見せつける事
だろう。
その結果、利に聡い者達は、俺の評価を単なる魔王から商売や取
引相手としての価値を見出す事になる。
テンペスト
ドワーフ王なりの援護射撃なのだ。
まあ、魔物の国が発展したら、その分ドワーフ王国にも富が流れ
るという計算はあるのだろうが、それでも有難い話なのは間違いな
い。
昨夜は重要な会話を行う事は無かったが、楽しい時を過ごせたの
だった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
そして現在。
1564
一晩明けて、空は快晴。
雨でも雲を吹き飛ばして快晴にする予定だったけど。
場所は完成したての闘技場。
一万人がゆったりと観戦出来る、円形になっている。
客席には、張り出した屋根が設えられていて、直射日光を遮る仕
組みになっていた。
半球形に客席事覆うその屋根は、骨の様な骨格に貼られた薄い膜
のような形状をしている。
言ってみれば、不気味な雰囲気になるようにと凝った趣向をこら
してみたのだ。
目的は、単純に日よけなのだけど、誰もそうだとは思うまい。
口々に驚きの声を上げ、不気味そうに見上げている。
中には大興奮している変人もいるようだけど。
客席は満員。
全ての席が埋まっている。
ダンジョン
ミョルマイルが手配し、観客を招待している。抜かり無しだった。
テンペスト
戦闘が早く終わったなら、出来立ての地下迷宮見学ツアーも企画
しているらしい。
一万人を上手く誘導出来るのかは心配だが、魔物の国の手の空い
た者総出で誘導を行うのだとか。
任せよう。
俺の知らない所で、色々と頑張ってくれているようだった。
闘技場の外には出店まである。
串焼きや、焼きそばといった、定番メニューも売り出している。
かき氷まであるのだ。
どれだけ準備していたのか、驚きを通りこして呆れてしまった。
ああ、焼きそば食いたい。そんな事を思った記憶はあるし、どの
ようなモノかシュナに問われた思い出もある。
1565
だけど、なあ。あの会話の時に、記憶を思念伝達で伝えはしたけ
ど、味の再現は難しいハズ。
いや、ユニークスキルの解析を駆使し、気合で再現したのだろう。
粉物は小麦があるので、案外再現しやすかったのかも知れない。
寿司さえも再現出来たのだ、恐るものは無いかも知れない。
客席に囲まれた、平地部分が戦いの場である。
ここには、巨大な石を加工して埋め込んであった。
2m四方に加工された、硬岩である。
それを碁盤のように、丁寧に並べているのだ。
隙間には接着効果のある緩衝材を敷き詰めてあり、まるで一枚の
岩盤のように見えるだろう。
魔力を練って皮膜状に覆って馴染ませているので、より強度を増
している。
通常の硬岩でさえ、コンクリートの300倍以上の硬さを持つ。
この床に敷き詰められたモノは、コンクリートの1万倍の強度を
有しているだろう。
それが厚み2mもあるのだ。核シェルターもビックリの頑丈さで
ある。
実際に実験した訳では無いが、核撃魔法なら直撃を受けても問題
無いだろう。
物理的に頑丈にしているので、魔法の補助を受けた現状では、破
壊困難な建造物になっている。
その床に描かれた魔法陣部分が、戦闘区域となる。
今後の戦闘訓練にも使用するので、かなり広大な広さにしてあっ
た。
客席の足元にまで魔法陣は描かれている、大規模魔法陣なのだ。
1566
その円の内側に、一回り小さく直径500m程度の円が描かれて
いる。
それが今回の武闘会の舞台であった。
二重結界︵実際はもっと複数︶にて覆った内部で、戦闘を行うの
である。
今回は、聖騎士の皆さんに協力をお願いして、聖結界も張って貰
っている。
客席に被弾しないように配慮しているのだ。
通過防止結界なので、能力制限は発動しない。
魔素を封じていないので、高出力の魔法では揺らぐ恐れもあるの
アルティメットスキル
ウリエル
だが、そこは別の結界で抑えている。
俺の究極能力﹃誓約之王﹄による、絶対防壁だ。
本当はこれだけでいいのだが、滅多に見せたくないので、聖結界
を隠れ蓑に発動する事にしたのだ。
これに気付く者は居ないと思う。
発動は一瞬なので、聖結界を破る威力の攻撃が出た時だけ、発動
する予定だった。
これだけ念を入れておけば問題無いだろう。
完全に予測不能だった、聖属性攻撃もある程度予想付くようにな
っているし、まあ問題あるまい。
会場は熱気に包まれている。
それはそうだろう。
この世界にも武闘会は存在するらしいが、ここまでの規模の物で
は無い。
イングラシア王国で年毎に開催されているそうで、冒険者のラン
ク別で優勝者を決めるものなのだそうだ。
俺が滞在していた頃は時期が合わずにその存在に気づかなかった。
とは言え、王都の訓練場を利用したもので、一種のお祭り騒ぎで
1567
ある。
この闘技場のように、段差椅子を設けての見世物としての性質を
持たないので、一般客は屋根の上や柱の上、高い地点から遠目で見
るしか出来ないそうだ。
今回は、四方に貼られたスクリーンに、戦闘状況を拡大して実況
出来るようにしている。
光学魔法の応用で、拡大投影など簡単な事なのだ。
魔道具で行うので、然程の手間も掛からない。いい宣伝になるだ
ろう。
サガ
こうした地道な所でも、営業を怠らないのが、元サラリーマンの
性と言えた。
マイク
さて、そろそろである。
俺は立ち上がり、拡声器を手に持った。
﹁初めまして、俺、いや余が魔王リムルです、である。
⋮⋮⋮⋮⋮⋮。
もういいや、面倒臭い。
俺が魔王リムルだ、宜しく。
ええ、本日は、我が国の招きに応じてくれて嬉しく思う。
今後、この国で様々な催しを開催する予定なので、その第一弾と
して皆さんに楽しんで頂ければ幸いだ。
俺は、人とも仲良く暮らして行きたいと考えている。
俺達が人と魔物と争うよりも、手を取り合い協力する方がより良
い未来が待っていると思うからだ。
中には、俺が魔王だからと警戒する者も居ると思うけど、国には
素直に思うまま感じたままを伝えて欲しい。
貴卿等に俺の考えを押し付ける意思は無い。
協力出来ると思うなら、嬉しい。しかし、俺が信じられないなら、
それは仕方ない。
1568
それは、貴方方の国の判断だろう。
別に、手を取り合わない国を攻めるとか、そういう事は断じてし
ない。
ただし、俺達が魔物だからと、不平等を押し付けて来たり、討伐
という名目で戦争を仕掛けて来るようなら、一切容赦はしない。
この言葉もまた、俺の思うままである。
脅しと受け取られるかも知れないが、正直な気持ちなのだ。
戦争は嫌いだが、仕掛けられたら躊躇はしない。
今日から始まる武闘会にて、我が国の戦力の一端が理解出来ると
思う。
俺の言葉と同時に、それぞれの主に伝えて欲しい。
貴卿等が、賢明な判断を下す事を祈りつつ、開会の挨拶とさせて
貰う﹂
正直過ぎるか?
だが、まあいい。
所詮、成り上がりの俺に、王侯貴族らしい挨拶など出来るわけ無
いのだから。
しかし、それでも。
会場のあちこちで、まばらな拍手が起きている。
俺の配下だけでは無く、一部の国の重鎮や、豪商、付き合いの無
い者の中にも拍手してくれた者がいた。
今はそれで満足だ。
最初から信じられると、その方が不気味だしな。
俺達の意図は伝えた。
後は、それがどういう反応を示すか、それだけである。
こうして、盛大とは決して言え無いながらも、会場を覆う拍手に
よって武闘会の予選が開幕したのであった。
1569
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
さて、今回の大会予選の形式は、バトルロイヤル。
応募者は、それなりに振い落しているので、全員で150名程の
参加者が残っている。
本戦には後3名出場者が必要なので、この150名から選出する
必要があった。
この人数を50名づつで組分けを行い、各グループで一人づつを
本戦出場選手と認定する事にする。
午前に一試合、午後から二試合の予定だった。
試合と言ってもバトルロイヤル。
運が重要になってくるだろう。
登録順で適当に組分けたから、仲間同士で協力も可能なのだが、
出場権利は一人しか居ない。
さて、どうなるか。
ゴズ
メズ
ワクワクしつつ、早速最初の第一試合開始である。
中央に選手達が入場して来た。
皆、癖の強そうな顔立ちをしている。
この組の中に見覚えのある者が二人居た。牛頭と馬頭である。
どうせ、対抗して出場を申し込み、同じ組になったのだろう。
1570
本戦に二人が上がる事は無くなった。勝った方を30階のボスに
採用しよう。なんなら交代制でもいいだけど。
まあ、それもこれもコイツ等の強さを見てからである。
A−
クラスの魔獣が居たが、やはりそこは上位種族。
二人はそれぞれ周囲の魔物達を薙ぎ払って、無双状態だった。
何体か
この面子の中では突出していた。
そして、お互いに周りの魔物を一掃し、残るは二人だけになる。
ここまで10分もかかってはいない。
観客も、壮絶な魔物同士の戦闘に興奮しきりである。
何しろ、このレベルの魔物達の戦闘を、こんな至近距離で観戦す
ゴズ
メズ
る機会など滅多にある事では無いのだから。
メズ
牛頭と馬頭は中央で睨みあい、罵りあう。
﹁おう、馬頭よ。最初っから、俺達二人だけで決着をつけるべきだ
ったな。
ゴズ
長い因縁も今日で終わりだ、覚悟しな﹂
﹁馬鹿を言うな、牛頭。魔王リムル様の下で働くのは、この俺よ!
貴様は隠居でもして、精々のんびり暮らすがいいさ﹂
そして、唐突に二人の戦いが始まった。
パワータイプ
最早、前座は終わり、二人の見せ場とも言える舞台となる。
お互いに力型であり、盾と斧、盾と短槍を構えて激しい戦いを見
せていた。
妖術を駆使するより、己の肉体で闘うのが似合っている。
力を込め、叩き付けるように振り下ろす大斧を、手に持つ盾で受
け止め押し返す。
身体が崩れた所を、すかさず槍の一撃が襲うが、バックステップ
で難なく躱わす。
二人になるまで10分しか掛からなかったのに、もう20分近く
互角の攻防が繰り広げられていた。
1571
100年争ってきただけあり、なかなか勝負がつきそうではない。
観客もその凄まじい戦いに魅入られている。
そりゃまあ、Aランク同士の戦闘なんて、一生見る事が出来ない
のが普通なのだから。
見事な戦いぶり、勝負が長引くのも実力伯仲だからだ。
ゴズ
面白い戦い。だが、勝負は唐突に幕引きとなる。
﹃これで終わりだ!﹄
二人が勝負に移った。
大斧を力一杯投擲する牛頭。その一撃は岩をも砕く破壊の力を込
メズ
めて、受け止める武器ごと相手を倒すと思われた。
ラッシュ
しかし、馬頭は不敵に嗤う。
瞬刺突の要領で、一瞬で間合いを詰める。
メズ
ゴズ
ラッシュ
そのまま投擲直後の大斧を左腕で受け止めた。左腕が弾けて宙を
舞う。
メズ
だが、馬頭は牛頭の懐に潜り込み、回避不能の瞬刺突の体勢。
左腕を犠牲にし、勝利を掴む作戦。この勝負、馬頭の勝ちかと思
われたその時、
ライトニングホーン
﹁甘いわ! 雷撃角﹂
メズ
メズ
そう叫び、頭の角で馬頭の頭に頭突きを仕掛けた。
ラッシュ
その角は長さが倍以上に伸びており、馬頭の右目と右腕に突き刺
さる。
これが勝負の決め手となった。右手に攻撃を受けて、瞬刺突の軌
道がそれたのだ。
更に、角による攻撃を受けた際、雷による追加ダメージを受けて
ゴズ
血が沸騰した様子。
牛頭の勝利であった。
1572
メズ
というか、あれ、生きてるのか? だが⋮⋮、あんなにあからさ
メズ
まに怪しい角を警戒しないとは、馬頭の自業自得か。
馬頭は当たり前のように生きていたようだ。
次は勝つ! と、息巻いていたらしい。元気なものである。
ゴズ
だが、勝負は終わった。
まず一人、牛頭の勝ち抜きである。
最初を飾るのに相応しい、良い勝負だった。
昼休憩も終わり、次の試合の開始である。
表の屋台も好評だったようで何よりだ。
馬車で町に戻って食べてきた者達も居たようだし、各人様々であ
る。
さて、次の選手が入って来た。
あ! 俺は声を出しそうになる。この試合、一瞬で終わると判っ
たからだ。
何しろ、見た事のある三人組が見えたのだ。
長身でスリムだが、引き締まった体躯の者。
大柄で筋肉の鎧のような体躯の者。
大柄というより、最早太っていると言える体躯の者。
ワルプルギス
エネルギー
嘗て、魔王達の宴の会場で出会ったダグリュールの息子達だった。
あいつ等、旧魔王並みの魔素量を有している。
戦闘技術がお粗末だったから、シオンに難なく捻られていたけど、
ゴズ
メズ
この予備戦に出るならば圧倒的過ぎた。
牛頭と馬頭と比べても圧倒的なのだ。
寧ろ、コイツ等3名が本戦に出た方がいいレベルだった。
鍛えてないなら、いい噛ませになってくれるのだけど、鍛えてい
1573
るなら油断出来ない。かな?
こんな短い期間では、そこまでパワーアップはしないだろう。
何しろ、着ている服に
﹃我等、シオン親衛隊!﹄
とか、何と言うか馬鹿か? と聞きたくなるような文字が書かれ
ているのだから。
クールビューティー
なんか、大丈夫か? と問い詰めたいが、知らなければシオンは
知的秘書に見える。
マゾ
完全に見た目に騙されたパターンなのだろう。
もしくは、殴られて目覚めた変態なのかも知れない。
知りたくない世界である。
結果は思った通り。
5分どころか、一分掛からずに全員倒していた。
長兄が本戦出場するようだ。3人の中で一番強いのだろう。
こうして、二戦目は面白みも無く終わった訳だが⋮⋮
観客にとってはそうでも無かったらしい。
闘技場は大興奮で、熱気に包まれていた。
Aランクどころか、魔王クラスの戦力なのだ。
要は、商人が知るレベルの凶悪な魔獣が、為す術も無く一瞬で倒
されていれば、その強さが予想できずとも理解は出来たと言う事。
ビール
口々に興奮して、何やら叫んでいた。
それだけ叫ぶと、今夜もさぞかし麦酒が美味いだろう。
さて、残りは本日の最終戦。
最後の選手達に目を向ける。
1574
珍しい事に、人間も見える。
聖騎士では無いようだし、大丈夫だろうか?
﹁おい、人間もいるみたいだけど、大丈夫か?﹂
と傍に控えていたミョルマイルに聞くと、
﹁ああ、あの方々は有名らしいのですよ。
イングラシア王国のAクラス武闘会での優勝経験もあるそうです。
西の勇者とその御一行様でして、何でも魔王を討伐すると仰って
ました﹂
﹁その魔王って、俺の事なんじゃあ⋮⋮?﹂
﹁え? そうなのですか?
ともかく、大会で優勝してからじゃないと話にならないと説明し
たら、ぜひ参加すると仰られたので⋮⋮
許可しまして、一般参加を認めたのです。
当然、参加料として、一人銀貨20枚頂ました。
実の所、本物かどうかも判明しませんので⋮⋮
本物ならば、勇者の名の通り、なかなかの強者と聞いております。
聖騎士筆頭に匹敵するらしいですぞ?﹂
筆頭って、ヒナタに匹敵するってか?
あの若造が? 有り得ないだろ。
金ピカの鎧を身に纏い、全身を純白で統一している。
長い金髪を後ろで束ねて、いかにもモテそうだ。その周囲を5名
の者が守っている。
勇者パーティー御一行様、か。
本物なら面白いけど。
試合が始まった。
勇者はパーティなのが幸いして、というよりも圧倒的に有利に働
1575
いて、快進撃を見せている。
会場の観客席の彼方此方から、
﹁おい、あれは西の勇者じゃあ?﹂
﹁おお、マサユキ様だ! 西の勇者、マサユキ様だぞ!﹂
異世界人
なのか?
﹁さすが、流麗な剣と例えられるだけあって、美しい戦いぶり⋮⋮﹂
と言った声が聞こえ始める。
え? マサユキ? もしかして、
言われて注意して観察して見る。カツラだった。
あの金髪、カツラかよ! っと、ツッコンでる場合じゃない。
流麗な剣って、アイツまだ剣持ってるだけで闘ってないじゃねー
か。
周囲の仲間が活躍しているが、アイツは何もやっちゃいない。
そうこうしている内に、勝負は終わっていた。
仲間の活躍で、勇者マサユキが何もしない内に⋮⋮。
仲間達はマサユキに跪き、勇者マサユキが本戦出場である。
大丈夫か? まさか、ハッタリ小僧なんじゃ⋮⋮
観客の黄色い声援も飛び交っている。
大人気のようで、少し心配になる。
主人公補正で、何もしてないのに評価されているだけなら、本戦
はかなりヤバイだろう。
大丈夫だろうな? 俺は少しだけ、勇者マサユキが心配になった
のだった。 こうして予選は終わり、本戦出場選手が出揃ったのだ。
1576
106話 武闘会−本選 その1
昨夜も飲みすぎた。
勿論、俺がじゃない。
俺はどれだけ飲んでも酔わないのだ。その一点だけは、毒無効は
無い方が良いかも知れない。
所詮、食べる事は毒を取り入れる事。なので、多少の毒は誰しも
抵抗があるのが現状なのだけど。
まあ、酔った気分は味わえるので、飲む行為そのものは好きであ
る。
飲みすぎなのは、招待客の皆さんである。
昼間に見た戦いの興奮が忘れられないのか、夜遅くまで飲んで語
っていたようだ。
そんな訳で、皆ちょっと疲れた顔で、闘技場まで移動している所
だった。
闘技場にて、選手が一同に会し、中央にて整列している。
整列というか、円陣を組み、客席側へ向いて立つ。
マイク
大モニターが画面ごとに、選手の様子を映しているので、その表
情も良く見てとれた。
その選手を前に、俺が拡声器にて挨拶を行う事になっていた。
ダンジョン
ちなみに、ヴェルドラは昨日に続いて呼んではいない。
地下迷宮作成に夢中になっているので、敢えて呼ばなかった。
また暴れられても面倒だし、一緒にいるヤツが来る恐れがあるの
だ。
ミリムが来たら、間違いなく参戦したがるだろう。代理を送り込
んで来ただけで満足出来るとは思えないのだ。
1577
そんな訳で、今日の解説も俺が行う事になった。
先ずは選手紹介である。
俺は合図を送り、一人づつ選手の紹介を開始させた。
大画面が切り替わり、一人づつ紹介に合わせて選手を映し出すよ
う指示してあった。
ドラゴニュート
最初に、昨日のバトルロイヤルを勝ち抜いた者、3名の紹介であ
る。
ゴズール
という
ソウエイの配下代表として、龍人族のソーカがアナウンスを行っ
ている。
選手の一言を貰う手筈になっていた。
ゴズ
さて、始めるか。
まずは、牛頭。
を与えていた。
コイツは、昨日の勝利を褒めると同時に、
名
パワー
名付けも手馴れたもので、そこまで魔素を奪われる事なく、少し
成長を促す程度で留めている。
ギュウキ
だが、元Aランクの上位者。
サダメルモノ
種族も牛鬼族に進化し、昨日迄とは別人の如く、迸る力を感じ取
れた。
攻撃特化か。
ユニークスキル﹃限定者﹄とエクストラスキル﹃自己再生ex﹄
を獲得している。
サダメルモノ
他には特殊能力やスキルを獲得せず、その身体能力を大幅に伸ば
したようだ。
キャンセル
ユニークスキル﹃限定者﹄とは、限定能力しか使用出来ない空間
を創りだす能力。
しかし、これは相手が同意しなければ抵抗され、限定空間を拒否
1578
される事になる。
使い勝手の悪い能力だった。
強制で引きずり込む事も出来るかもしれないが、相手次第だろう。
同格では、まず成功しない。
おそらく、聖結界と同様に、スキル使用禁止などのルールのある
ウリエル
空間に設定しておけば、身体能力特化が生きるという思惑なのだろ
う。
面白い発想である。
使い方を考えれば有用かも知れないので、﹃誓約之王﹄に取り込
む事は忘れない。
空間系なので、簡単に追加可能だったのだ。
﹁まず、昨日の第一試合の覇者、ゴズール!
テンペスト
100年の争いに終止符をうち、本戦出場権利を獲得!
その力は、魔物の国に吹き荒れる新たな風を巻き起こす!﹂
ソーカはノリノリで言葉を紡ぐ。
向いてるな。
の前には何の問
ダンジョン
可愛い
見た目も可愛い感じで、観客受けも良いようだ。
尻尾と羽と角があるけど、そんな事は
題にもならないのである。
テンペスト
﹁そして、このゴズールこそ、魔物の国の誇る地下迷宮の覇者なの
だ∼!
その強さ、刮目して見よ! そして、倒す自信のある者は迷宮へ
と向かうが良い!!﹂
ノリノリだ。
きっちり迷宮の宣伝まで。
まだ解放してないから、今迷宮がどうのと言われてもピンと来な
1579
いだろうけどな。
まあ、この強さを見てから、迷宮に挑む者が出るかどうか。
一回戦目でどれだけ活躍するかにもよるな。これだけ宣伝したの
に、アッサリ負けたら舐められるかも。
だが、そこは考えようだ。
舐めてくれる方が賞金目当ての挑戦者が増えるのだ。
まあ、相手次第。クジで全てが決まるだろう。
続いて、ダグラ。
ダグリュール三兄弟の長兄。
ダグラ、リューラ、デブラの挨拶は、昨日の勝利の報告と同時に
受けている。
何でも、父であるダグリュールに、この国で色々学んで来いと送
り出されたそうだ。
﹃雑用でも何でも致しますので、この国への滞在をお許し下さい、
魔王リムル様!﹄
と、三人揃って頭を下げられたのだ。
と書かれた服を着ていたし⋮⋮。
面倒なので、シオンに付ける事にした。本人達の暗黙の希望にそ
シオン命
ったのだ。
現実を知り、幻想が砕けるのは時間の問題だが、それもまた彼等
の生き方である。
パワーだけは凄まじい。
だが、この長男が最もバランスが取れていて、強いのだそうだ。
﹁続いて、第二試合制覇のダグラ!!
1580
オーラ
その圧倒的なまでの覇気を放つだけで、ジュラの大森林の魑魅魍
魎を吹き飛ばした!
テンペスト
その姿は正に圧巻。まだ見せぬ本気は、果たしてどこまでのもの
なのか!?
その力は、魔物の国の幹部達に通用するのか?
期待が高まります!﹂
その紹介に合わせて手を振るダグラ。
ゴズールの静かな闘志に比べると、余裕が感じ取れる。
果たして、どこまでその余裕が持つだろうか。以前のままなら、
幹部には通じないだろうけど。
さて、次は勇者マサユキ、か。
コイツの実力は本物か否か。今日の試合で判明するだろう。
とはいえ、今日は4試合なので、クジ次第では明日だけどね。
﹁そして、昨日の第三試合の覇者、勇者マサユキ∼!!
その華麗な剣技を見た者はいない! 何故なら、抜かれたその時
は、既に死んでいるからだ!
圧倒的強さで、名を馳せて、若くして勇者を名乗るその男。
その甘いマスクに見惚れる者が後を断たず、その目で見つめられ
て落ない女は居ないと言う!
マ∼サ∼ユ∼キ∼!! 本戦でその勇姿を見れる者は幸せ者だ∼
!!﹂
本当かよ?
本当にそんなにモテるのか?
というか、あの宣伝文、ソーカが考えてるのか?
1581
だとしたら、思わぬ才能だぞ。
大半が嘘で褒め殺しの域じゃねーか。何が、マ∼サ∼ユ∼キ∼!
! だ。
真面目に聞いてると頭が可笑しいと思われそうだ。
こんな宣伝されて、一回戦負けだと恥ずかしいってものじゃない。
これはある意味、嫌がらせだな。
ソーカなりの、高等な嫌がらせに間違いないと思う。
残りは、特別枠と幹部達だ。
まずアルノー。
﹁さ∼て、続いて、特別枠の選手紹介で∼す!
最初に紹介するのは、聖騎士アルノー・バウマン!
テンペスト
その名も名高き聖騎士最強の男!
プライド
我等、魔物の国の幹部達と熱い戦いを繰り広げ、互角に戦い友情
に芽生えた∼!
狙うは完全勝利! 引き分けは男の誇りが許さない。
今回は、優勝を狙って、その実力を発揮する∼!﹂
うん。
本当に、凄い才能だ。
アルノーは追い込まれた顔で、額に汗が浮かんでいる。
何が引き分け、だ。
引き分けてすらいなかったのに、引き分けすら許されない空気に
なっている。
ソーカって、マジで悪魔の血でも引いているのか? 追い込みの
かけ方が半端じゃないぞ。
天然ガビルの妹とは思えない悪辣さである。
1582
﹁次も特別枠の選手! その名は、ダムラダ!!
謎の組織より派遣された、謎の男!
今回参戦した目的は、武力の押し売りだ∼!
傭兵として、その力を誇示出来るのか!?
魔王リムル様も興味深々。注目が集まります!﹂
いやいや。
興味深々なのは当たってるけど、謎の組織って何だよ⋮⋮。
言われた方を見やれば、不敵な笑み。
問題ないようだ。名前バレしても大丈夫なようで良かった。
まあ、相談は受けていたのだろうし、問題あるなら止めるわな。
ライオンマスク
﹁続いて、特別枠より、謎の覆面男の乱入だ∼!
正体不明の獅子覆面、正義の味方か悪魔の使者か!?
メッセージ
果たして、どのような戦いぶりを魅せてくれるのか!?
あっと、ここでとある匿名の人物より伝言です。
﹃判っているだろうが、無様な戦いを見せたら、覚悟せよ﹄
との事。
どういう意味でしょうか? わからないけど、楽しそうだ∼!﹂
いや、判かってる。
ライオンマスク
ソーカのヤツは判ってて、楽しんで追い込んでいる。
追い込まれた獅子覆面の御武運を祈るしかないな。
バトルマシーン
﹁続いて、特別枠より最後の選手。
究極の戦闘狂であり、彼の前には聖も魔も意味が無い!
匿名人物より受けた紹介文では、
﹃アタシのベレッタ、マジ最強!﹄
となっております。
1583
しかし、まともな実戦は今回が初めてなのだとか?
どうしてそれで最強なのか理解に苦しみますが、ともかく期待は
高まります!﹂
いーや。
まったく期待してないよね?
強引に繋げて紹介を終わらせやがった。
確かに、ベレッタの存在を知る者は少ないし、その強さも未知数。
言ってる事は間違ってはいないけどな。
テンペスト
﹁さて、ここからが真の強者の登場です!
魔物の国の誇る幹部達。
その実力は一騎当千。
先ずは最初の一人、ゴ∼ブ∼タ∼!!
そのニヒルなマスクに憧れる者も多い、エリート戦士!
天才の名を欲しいままにする、若き戦士長。
果たして、今回はどのような戦いを魅せてくれるのでしょう!﹂
ライオンマスク
やめるっすよ∼!! というゴブタの心の声が聞こえてきそうだ。
青褪めた顔になっているぞ。
そりゃそうだ。どう見ても、獅子覆面さんに当たったら半殺しで
は済まないだろうし。
まあいいか。
ゴブタも必死になって、本気出すかもしれない。
ヒリュウ
﹁さて、次の選手はガビル!
飛竜衆を率いる、大空の戦士。
その身に宿す龍の血を滾らせて、無敵の戦士として覚醒出来るの
か!?
ちなみに、私の実の兄でもあります。
1584
父も見ているので、無様な戦いを見せる訳にはいかないでしょう
!﹂
おお⋮⋮
実の兄にも容赦無いな。
いや、追い込まれてからが本番だ。
誰に当たるか判らないけど、案外覚醒したガビルが見れるかも知
れない。
アビルも見ているのは本当だし、少しは期待してもいいだろう。
ハイオーク
﹁前座は終わり、ここから紹介するのは真打です!
テンペスト
次に紹介しますのは、猪人族のゲルド!
魔物の国の守護神。鉄壁の守りの要です!﹂
おおっと、前座と言い切りやがった。
確かに、この先は本当に強いけど。口調も変わり、真面目に紹介
モードになってやがる。
﹁ハクロウ選手は、剣の達人。
剣術指南を任命され、我等を鍛えてくれる師匠でもあります。
シオン選手は、魔王リムルの第一秘書。
その知的な風貌に相応しく、出来る女そのもの。
リムル様を守り、また相談に乗る。女の憧れの地位を独占してい
ると言えるでしょう﹂
はあ?
裏で手を回したのか?
聞き捨てならんが、シオンは満足そうに頷いている。
どうやら、何らかの取引を行なったのは間違いなさそうだ。
1585
ヒト
﹁ソウエイ様は、私の上司でもあり、憧れの男でもあります。
何でも完璧にこなし、その実力を知る者はいないと言われていま
す。
様
付けか。
今回も、きっと素晴らしい戦いを魅せてくれるでしょう!﹂
ソウエイは
しかも、頬を染めつつ、本気で言っているね。
まあいいけど。
ペット
﹁さーて、今大会唯一、人型では無い獣型の選手、ランガ!
リムル様の護衛として君臨し、何者も寄せ付けぬ孤高の狼!
続いて、本大会優勝候補の一角、ディアブロ選手!
本来の実力は疎か、まともな戦闘を見た者も居ないと言います。
今回、その秘密を暴く事の出来る選手が、果たして存在するのか
どうか!?
次元の異なる戦いが見られそうです!
テンペスト
さーて、それでは最後の選手を紹介しましょう!
魔物の国の総大将、ベニマル選手です!
魔王リムル様の配下の中で、最強と言われるその力、一体どれほ
どのものなのでしょう。
また、ソウエイ様と互角と言われておりますが、果たしてその噂
は本当なのか!?
今回、その真相が明らかになりそうです!﹂
流石に、最後の紹介はまともだったな。
だが、一体誰が強いのか、本当にわからん。
ディアブロ、ランガ、ソウエイ、ベニマル。
1586
この4強に加えて、シオンにベレッタ。
ハクロウの技術を学んでいるので、最近ではレベルも上がってい
ライオンマスク
るようだし⋮⋮。
あと、獅子覆面って、元魔王のカリオンさんだろ?
あの元魔王に対し、うちの幹部が何処まで戦えるのか。
非常に楽しみであった。
選手の紹介が終わり、クジを引いて対戦相手を決める。
トーナメントになっているので、一日目と二日目で4試合づつに
分けられる事になるのだ。
早速クジを引いて貰い、トーナメント表に名前が記入されていく。
結果。
第5試合⋮⋮
第4試合⋮⋮
第3試合⋮⋮
第2試合⋮⋮
第1試合⋮⋮
獅子覆面
アルノー
ガビル ゴブタ ソウエイ
ベニマル
vs
vs
vs
vs
vs
vs
vs
シオン
ダムラダ
ディアブロ
ベレッタ
ランガ
勇者マサユキ
ダグラ ゴズール 一日目
第6試合⋮⋮
ハクロウ
vs
二日目
第7試合⋮⋮
ゲルド ライオンマスク
第8試合⋮⋮
<i78519|8371>
となった。
公正なクジの結果なので、恨みっこ無しなのだが、ガビルは可哀
1587
想だな。
調子者だから、調子良く勝てる相手なら良かったが、ランガ相手
では無理そうだ。
絶望的な表情だし、うん。精々頑張って欲しい。
あとは、ゴブタ。
もし、勇者が本当にヒナタと同格なら、ゴブタに勝目は無いだろ
う。
勇者に対する試金石としては、ゴブタは適任かも知れない。
精々此方も頑張って欲しい所だ。
ラファエル
後は、俺の見立てでは結構良い勝負になりそうだ。
ちなみに、智慧之王による完全予想も出てはいる。
面白くなくなりそうなので言わないけどね。
自由意思があれば、一万回の演算を覆す行動を取る場合もあるら
しいので、確定は出来ないそうだ。
逆に、相手が操られていたら、100%の行動予測が可能なのだ
とか。
さてさて、予想はともかく、結果はどうなる事やら。
さっそく最初の試合が開始されようとしていたのだった。
ベニマル
vs
ゴズール
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第1試合⋮⋮
1588
何やら中央で睨みあっている。
ソーカの﹁始め!﹂という掛け声にも反応していない、
﹁ふっふふ、最初にアンタに当たってラッキーだぜ。
ベニマルさんよ、アンタが総大将なんだってな。だが、それも今
日までだ!
今日からは、この俺、ゴズール様の時代よ!!﹂
などと、いきなり噴出しそうになるセリフを述べるゴズール。
やっべ、名前付けたせいで力を得て、増長しちゃったみたいだ。
これは、俺への反逆も⋮⋮そう思ったのだが、
﹁見ていて下さい、リムル様!
この俺、ゴズールが、新たなる片腕となって御覧にいれます。
その際は、シオン殿をこの俺の嫁に!!﹂
俺に向けて恭しく礼をしつつ、そんな事をほざき出す。
そのセリフに、
﹃シオン様はこの俺の、俺達の嫁よ!!﹄
ブーイングが飛び交った。
一部に熱狂的なファンを持つらしい。
まあいいや。バカバカしい。
というか、もう試合始まってるぞ⋮⋮。
﹁判ったから、真面目に試合しろ。
口だけの馬鹿は要らんぞ﹂
1589
マイク
拡声器で言ったので、会場中に響き渡る。
マジ
キャンセル
観客は爆笑であった。パフォーマンスの一環と受け取ったようだ。
本気でやってるから、勘違いして貰って助かった。
大恥じである。
﹁始め!﹂
再びソーカが合図を出した。
今度は真面目に戦いが始まる。
ゴズール優勢。そして、地面に突如描かれる魔法陣。
サダメルモノ
﹁掛かったな、総大将の座は俺のものよ!
ユニークスキル﹃限定者﹄、発動!﹂
ほう、早速使用したようだ。
馬鹿には使いこなせない能力。地面に描いた魔法陣で、拒否を防
止したのか。
なかなかやる。
だけど、どう見てもベニマルはわざと受けてるようだ。
あれだけ挑発されても、激昂する様子もない。以前なら間違いな
く切れている。
この国の総大将を任せてから、ベニマルの短気な部分が無くなっ
た。
そして、冷静なベニマルは恐ろしく強い。
今ではハクロウと闘っても、何時までも剣戟が終わらぬ程なのだ。
ハクロウ並みに身体能力を制御した上で、である。つまり、同レ
ベルまで剣の腕が上達したという事。
短気では無くなった事により、注意深く、相手の言葉を聞くよう
になった。
それ故の成長。
1590
サダメルモノ
ゴズールの﹃限定者﹄による能力制御は、スキルや妖術、魔法の
禁止であった。
﹁わははははあ! アンタは炎熱攻撃を得意とするそうだな?
どうだ、得意技を封じられた気分は!
俺に総大将を譲るというなら、俺の片腕として副将にしてやって
もいいぞ?﹂
うーむ。
ゴズール、調子乗り過ぎだ。
やはり簡単に名前付けるのは駄目だな。こういう馬鹿を量産しそ
うだし。
俺に忠誠があったとしても、実力を省みず先輩を敬えないようで
は話にならん。
先輩が間違ってるならともかく、だが。
ディアブロなんて、どう見てもヤツより弱い相手にも丁寧に接し
てるのに。
まあ、アイツは怒らせたら怖そうだから、誰も舐めた態度を取ら
ないようだけど⋮⋮。
さて、ベニマルはどう出るか?
以前なら、この段階で相手を殺してた。良くて半殺し。
ゴズールは相手の能力を封じ、調子に乗って大斧でベニマルを攻
め立てる。
妖術等を封じている以上、自分の方が力も速さも上だと信じてい
るのだろう。
しかし⋮⋮
﹁おい、お前の力はその程度か?
もう他に遣り残した事はないのか?
そろそろ30分経つ。それまでは好きに攻撃を許す。
1591
せいぜい後悔しないように、気合を入れるがいい﹂
30分。
それは、俺が事前に設定した試合時間。
大体一試合30分程度だと、ベニマルと相談した事があったのだ。
という事は、その時間を守る為に、敢えて相手に好き放題させて
いるのか。
ベニマルの成長ぶりに驚くしかない。
﹁はあ? 寝ぼけた事を言うんじゃねーぞ!
俺様の攻撃に手も足も出ないで、受けるので精一杯じゃねーか。
負け惜しみも大概にしやがれ!﹂
ゴズールは実力差に気付かず、一方的にベニマルを攻めているつ
もりのようだ。
力と速さがゴズールの方が上?
いや、違う。
エネルギー
ベニマルのヤツ、何時の間にか、大幅に能力を上昇させているよ
うだ。
もしかして、魔素量の最大値も大幅に上がっているのかも知れな
い。
ラファエル
妖気を抑えているから、上がっていても気付き難いのだ。
智慧之王はきっちり測定しているんだけど、聞かないと教えてく
れないし。
そして、30分経過した瞬間、
﹁時間だ﹂
ボソっと、ベニマルが呟き、ゴズールがその場に膝をつく。
左手に紅蓮丸と言う真紅の刀身の刀を持ち、大斧の攻撃を受け流
1592
すだけだったベニマルが、時間経過と同時に反撃したのだ。
右拳がゴズールを捉え、練り込まれた浸透勁をゴズールの鳩尾に
叩き込む。
その一撃で、魔素の流れを乱され、立つ事も出来なくなるゴズー
ル。
結界を張っていたとしても、あの一瞬で全てぶち抜いたのだろう。
圧倒的すぎるベニマルの、鮮やかな勝利であった。
﹁お前は性根から叩き直す必要があるな。精々、覚悟する事だ﹂
その言葉を受けて、ゴズールが気絶した。
第1試合、終了である。
1593
106話 武闘会−本選 その1︵後書き︶
駄目だ、ダイジェストでササっと流そうとして失敗しました。
ちょっと長引いてます。
もう暫くお付き合い下さい。
1594
107話 武闘会−本選 その2
第1試合はベニマルの圧勝だった。
ダンジョン
ゴズールは根性を鍛え直す必要がある。どのみち地下迷宮に篭る
事になるんだけど。
腕輪と足輪に重しを付けて、戦闘に不利な空間設定にさせて挑戦
者に挑ませる方が良いだろう。
あのままでは強すぎるようだし。
観客の様子を窺うと、状況が判らぬなりに、ベニマルの強さが朧
げに伝わったようだ。
未だ興奮冷めやらぬと言う様子で、食事に向かっている。
まあ、ソーカの出鱈目なアナウンスと解説で、今の試合を理解す
るのは無理だろう。
ソーカに、たまにはこっちに解説を求めても良いと言っていたの
だが、ある程度の誤魔化しは得意なようで、今の試合中にコチラへ
の説明要求は無かった。
まあ、本当の能力をバラス予定は無いけどね。
ふと視線を感じて其方を見やると、ちょっと耳の長い少女が此方
を睨んで︵?︶いる。
昨日の第二試合に参加していて、一瞬で場外に吹き飛ばされてい
ハーフエルフ
たのを覚えている。
半耳長族なのだろうか? ちょっと耳が小さい気がした。
うーむ。睨まれる覚えは無い。
まあ、気のせいだろう。
テング
その少女の付近の席に、見覚えのある者達がいた。
長鼻族達である。
何だ? 長老の孫という少女は、顔を真っ赤にしてボーーっとな
っている。
1595
周囲の護衛が声を掛けているようだが、動く様子は無い。
病気だろうか? まあ、何かあったら言ってくるだろう。
そう考えて、俺も席を立った。
焼きそば、早く行かないと売り切れるのだ。食べる必要は無いの
だが、無くなる前に購入する。
何しろ、美味いのだから仕方ないのである。
ソウエイ
vs
ダグラ
昼休憩も終わり、次の試合開始時間である。
第2試合⋮⋮
見る迄も無く、ソウエイの勝利だろう。
とは言え、ソウエイもキッチリと30分持たすつもりのようだ。
観客へのサービスも忘れずに、盛り上げる事も忘れない。
出来る男は違うのだ。
しかし問題もあった。それは⋮⋮、
﹁さーて、遂に始まりました! 我等がソウエイ様の試合です!!
ちょっと筋肉が付いて力しか取り柄の無いダグラ選手、さてどう
闘うのか!?
ソウエイ様に取っては、取るに足らない雑魚でしょうが、精々試
合の盛り上げに協力して欲しい!﹂
何という贔屓アナウンス。
最早、ダグラに同情するレベルであった。
俺は一旦試合を中断し、アナウンサー交代を宣言する。
流石に遣りすぎ。ソウエイの試合にソーカを付けるのは止めてお
こう。
1596
という事で、ソーカに代わってシュナがアナウンスに入った。
ソーカと違った清楚な愛らしさに、観客の心をあっという間に掌
握するシュナ。
それは、スキルを使用しているのかという程、鮮やかな手並みで
あった。
﹁始め!﹂ 今度こそ、試合開始である。
ダグラは、
﹁うぉおおおお! 見ていて下さい、シオン殿!
この俺の、成長の凄まじさを!!﹂
そう叫び、闘気を全身に纏わせて、猛烈な勢いでソウエイに体当
たりをかます。
それは、巨大なエネルギー弾のように、触れた相手を吹き飛ばす
威力を秘めていた。
だが、
﹁残像だ﹂
うん。
分身でも何でもない、本当の意味での残像。
魔素の粒子の欠片をホンの僅かだけ残して、﹃空間移動﹄する。
質量も気配も有する、分身とは呼べぬ残像体がその場に残るのだ。
分身術を極限まで薄めた時に、初めて作れる虚偽の身体であった。
超高等技術であり、スキルを習得しただけでは出す事は出来ない。
使いこなし、極めてこそ出せる能力である。
ダグラの背後を取り、死角からダグラの首筋に向けて気弾を放つ。
拳大のそのエネルギー弾は、ベニマルの浸透勁程の威力は無い。
1597
しかし、背後から急所に直撃を狙っての一撃なので、効果は絶大な
ハズ。
ちなみに、ベニマルが一撃でゴズールを倒せたのは、30分掛け
て気を練ったからである。
オーラ
普通に放つよりも濃密な妖気を、浸透属性を持たせるように練り
上げていた。
魔法結界を突き破る性質を持つので、あれを防ぐには純粋な勁力
にて耐えるしか無いだろう。
多重結界を使いこなす、俺達上位存在にとっての有効攻撃技の一
つなのである。
今回のソウエイの気弾は、浸透勁のように練りこまれてはいない、
単なる凝縮弾だった。
下位存在には有効だが、俺達には通じないレベルのモノだ。
それなのに、的確に首筋にヒットしたその攻撃で、ダグラは片膝
をついている。
﹁やるねえ⋮⋮。シオン殿に纏わり付く虫かと思っていたが、そこ
そこ強いようだな。
ちょっとモテるからって、調子に乗るんじゃねーぞ。
お前の必殺の一撃でも、俺様に傷一つ負わす事は出来なかったよ
うだな!﹂
⋮⋮え?
ダグラ、何言ってるの?
言うなれば、テレホンパンチで膝つかされた様なものなんだぞ?
傷一つって、そういう目的の攻撃じゃ無いんだから当然だろう!?
俺の驚きを他所に、ダグラは闘気を高めていく。
漏れ出る妖気が結界内に充満し、ダグラの周囲には目に見えて妖
しい揺らぎが漂い始めていた。
一般の観客にも見える程の濃密さである。
1598
正に、コイツはエネルギーだけは魔王クラスである。
しかし、その使い方をまるで理解してはいないようだ。そりゃ、
この国で勉強して来いって追い出される訳である。
それに、もう30分になる。次の攻撃で終わりだろう。
フォレストブラスター
﹁食らえ、この俺の全力攻撃を!! 大自然の怒り!!﹂
出鱈目な攻撃技だ。
力任せで、防御をまるで考えていない。一言で言えば、アホだ。
身に纏う全ての妖気を一点に集中させて、ソウエイに向けて放出
した。
それは拡散し、また、一点に向けて収束する。逃げ場を無くす、
完全攻撃技である。
けど、それは転移出来ない前提での話な訳で⋮⋮
﹁ふはははは! 転移して逃げようが、どこまでも追跡するぞ!﹂
転移した相手を追い掛けて、果たして追いつくのか?
結界内だから、すぐに発見出来るのだろうけど。どう見ても、穴
だらけの欠陥技に思える。
その最大の問題点は、防御に妖気を残さない点だ。
先に致命傷を喰らったら負けなので、攻撃より防御を重視するの
が基本だろうに。
そして、30分経った。
面白く無さそうに転移して逃げ回っていたソウエイは、ジャスト
30分になった瞬間、
シノセンコク
﹁朧奪命斬・弱﹂
殺す一歩手前だ。
1599
二刀ある内の一刀は、精神への攻撃を可能にする剣である。
物理と精神。使い分けているのだ。
今回は、精神を斬る刀による一撃。スキル効果で、本来なら致命
傷を与えるのだろう。
敢えて手加減しなかったら、今ので殺してた。
シュナが峰打ちです! と説明していて、観客は拍手喝采だが、
恐ろしい技だった。
本来は、魂まで斬るのだろうが、その手前の意識を絶ってピタリ
と止めたのだ。
コイツ、糸を使って闘うだけではなく、剣術の腕も上がっている。
ラファエル
本当にベニマルとどちらが上なのだろう。
智慧之王に聞いたら教えてくれるが、止めておく。楽しみにとっ
ておくのだ。
ゴブタ vs
勇者マサユキ
これにて、第2試合終了である。
第3試合⋮⋮
さて、この戦いの見所は、勇者マサユキが本物かどうか、だ。
勇者マサユキの足が小刻みに震えているようだけど、武者震いっ
てヤツだろうか?
額に吹き出る汗が凄い。
果たして、本当にヒナタと同格なのか?
俺は会場に目を向けた。
1600
ホンジョウ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
マサユキ
初めまして、俺の名は本城正幸。
ホブゴブリン
今何をしているのかって? そんなの俺が聞きたいわ!
目の前に、ちょっとイカした戦士が立っている。人鬼族だとアナ
ウンスのお姉さんが言っていた。
ホブゴブリン? 嘘つけよ! ゴブリンからどうやったらあんな
に格好良く進化するって言うんだ。
というか、そんな事はどうだっていい。
問題は、何で俺が闘技場っぽい所で、そのホブゴブリンと向き合
っているんだ? っていう事なんだよ。
これは、どう見ても今から決闘ですよ、って流れじゃないか。
まさか⋮⋮マジで俺が闘う訳!?
マサユキはこの世界に来て1年経っていない。
出現地点がイングラシア王国と言う所で、何が何だか判らないで
いた所を、自由組合の総帥を名乗る少年に助けて貰ったのだ。
ユウキ
カグラザカ
マサユキと同年代としか思えぬのに、此方に来て10年以上にな
るという。
その少年、神楽坂優樹は、何も判らぬマサユキに色々と面倒を見
てくれたのだ。
エラバレシモノ
しかし、ある時からマサユキは頭に霞がかかったようになり、自
分の行動を他人事のように感じるようになった。
今思えば、マサユキが自分の持つユニークスキル﹃英雄覇道﹄に
気付き、それをユウキに相談した時期からだったように思う。
此方に来てから3ヶ月経つか経たないかといった時期の話であっ
1601
た。
エラバレシモノ
ユニークスキル﹃英雄覇道﹄、その効果は絶大だった。
自分の行動を相手が都合良く解釈し、何をしても結果的に英雄と
称えられるという出鱈目な能力なのだ。
クリティカルヒット
レベル
また、マサユキが自分でも引く程の超幸運により、普通の攻撃の
つもりでも致命攻撃になるのである。
まあ、剣道を齧った程度のマサユキの技術では大した事は無かっ
たのだが、野盗や低級魔物相手には無双する事が出来たのだ。
マサユキはユウキの紹介で自由組合に入り、冒険者を始めた。
その時、他人に比べて不自然な迄の攻撃力の高さが異常だと思っ
た事が、マサユキが自分の能力に気付く切欠だったのである。
だが、この能力の真の恐ろしさは別にあった。
マサユキの仲間達へも、その効果が適用されたのだ。
そしてまた、仲間の為した行為であったとしても、全てがマサユ
クリティカルヒット
キの功績として還元されてくるのである。
つまり、仲間達の攻撃も全てが致命攻撃になる上、加護まで与え
ヒーロー
られる。そして、仲間の評価の全てがマサユキのものになるという
事。
思えば、マサユキが持っていた英雄になりたいという願望が生み
出した能力なのだと思う。
マサユキがユウキにこの能力の事を相談した時、ユウキが笑みを
浮かべたようだった。
勇者
それ以降、頭に靄がかかったようになり、自分の事であっても他
人事のように感じる日々が始まった。
マサユキ達は、圧倒的な速度で成長し、半年も経つ頃には
と呼ばれるようになる。
イングラシアの武闘会も参加するように言われて出場したのだが、
簡単に優勝出来た。
何しろ、剣を抜いただけで、相手が﹁参った﹂と言って敗北を宣
言するのである。それを見た観客は、瞬速攻撃と勘違いしていたよ
1602
うだけど、実際には何もしていないのだ。
エラバレシモノ
ユニークスキル﹃英雄覇道﹄の効果の一つ、
られただけの話なのだから。
レジスト
英雄覇気
に当て
この能力に対抗するには、同等スキルであるユニークスキル保持
者でなければ抵抗出来ないのだろう。だが、逆に言えば万能では無
いと言う事でもある。
それなのに、昨日迄のマサユキはその事に疑問を持つ事も無かっ
た。
自分達は無敵であり、どの様な敵にも勝利出来ると、根拠も無く
信じていたのである。
︵って、何でそんな馬鹿げた妄想を信じていられたんだ⋮⋮という
か、逃げたい。逃げ出したい!︶
マサユキは混乱しつつ、必死で状況を理解しようとする。
こんな事なら、頭に靄がかかったままなら良かったのに⋮⋮。
そう。そもそも、何で靄が晴れたんだ? その事に疑問に思うマ
サユキ。
思えば、昨夜。
魔王と呼ばれる銀髪の少年︵?︶に、﹁覚悟するがいい、貴様を
倒すのはこの俺だ!﹂的な事を言いに行ったのだ。
そしたら、﹁あっそ、頑張れよ!﹂と言いながら、肩をポンっと
叩かれたのである。
それから一晩寝たら、頭すっきり、目覚めバッチリ。
え? 俺、何でこんな所にいるの? 状態になった訳である。
いや、記憶はあるんだけど、何でこんな事になっているのかが判
らないのだ。
正直、自分で言い出した事も覚えているだけに、余計に気持ちが
焦るのである。
仲間達の寄せてくる信頼の眼差しに、余計に気持ちが揺さぶられ
るのを感じていた。
1603
テンペスト
﹁さー、遂に第3試合が始まろうとしております!
魔物の国の若き戦士長に対し、勇者マサユキはどのような戦いを
魅せるのか!?
さあ、両者が中央にて睨みあっております!﹂
︵やばい。本格的に時間が無い︶
マサユキの心に焦りが募る。
本来なら、アナウンスのお姉さんの尻尾の付け根がどうなってい
るのかとか、興味が尽きない所なのだが、今はそれ所では無かった。
対戦相手に視線を向けた。すると、偶然だろうか? バッチリと
視線がぶつかった。
良く見れば、相手もソワソワして、落ち着かない様子である。
イングラシアの武闘会での対戦相手の様子に酷似している。
マサユキは思った。靄が晴れたとは言え、能力が消えた訳では無
いのだ、と。
ならば、結果的に英雄的行動をしたと思わせられるという効果も
そのままなのではないだろうか? と。
だとすれば⋮⋮ここで逃げても、観客は都合良く解釈してくれる
のではないだろうか?
よし、それでいこう! マサユキは決断する。
どうせ、試合が開始してしまったら、ボコボコにされるだけであ
る。運良く能力が通用しても、次の相手まで通用するかは不明なの
だ。
何しろ、チラっと見ただけなのだが、あの大きな黒い狼や龍人の
ミスリル
戦士は、とてもではないが自分が勝てる相手ではなさそうだ。
聖銀製の武器だけど、あの鋼毛や鱗を貫通出来るとは思えないし。
ここで、逃げよう。それが間違いない。
言い訳をどうするか? ふとそんな事を考えたが、何も言わずに
立ち去る事を選択する。
寡黙な方が、色々想像して良い言い訳を考えてくれそうだ⋮⋮観
1604
客達が。
そう考え、
﹁待て。この勝負、棄権する﹂
震えそうになる声を必死に誤魔化し、それだけ告げた。
そしてそれ以上は何も言わずに、後ろを振り返らずにその場を後
にする。
ピンチ
足を動かすのにこれほど集中したのは、生まれて初めての経験だ
った。
こうしてマサユキは、生涯最大の危機から、華麗なる脱出を果し
たのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
舞台中央で睨みあっていた、ゴブタとマサユキ。
なのに、突然マサユキが辞退宣言をして、その場を立ち去ってし
まった。
やはり、ハッタリ小僧だったのだろうか? それとも何やら他の
思惑が?
ゴブタはガッツポーズを取っていたけど、
1605
﹁おおおーーーっと!? 思わぬハプニング。勇者マサユキ選手の
マサカの辞退です!
だが、こうなると次の対戦でゴブタ選手の真価が見れる訳ですね∼
相手はガビル選手か、それともランガ選手か!? 楽しみです!﹂
この試合から復帰したソーカのアナウンスを聞いて、次の対戦相
手を思い出したようだ。
一気に顔面が蒼白になっていた。
こんな事なら、ここで敗退する方が良かったっすよ! というゴ
ブタの心の声が聞こえてきそうである。
観客達は最初ざわめいていたのだが、
﹁そうか! 魔王の前で本気を出せないからだろ!?﹂
﹁言われてみれば! この大会に魔王が参加しないから、彼も辞退
したのね!﹂
﹁まあ、魔王を倒しても止めは刺さないのだろうけど、どちらが上
か白黒つけたいのでしょうな﹂
﹁魔王以外の配下の者を痛めつける趣味は持っていないという事か、
流石は勇者マサユキ!﹂
などと、驚きの解釈で納得し始めた。
そして、
﹃マ∼サッユキ、マ∼∼サッユキ!!﹄
という、大合唱になる。
その声援に、片手を挙げてマサユキが応えていた。
少し動作がぎこちない感じだけど。
何だこれ? 宗教か!?
何だか恐ろしいモノの片鱗を味わった気分だ。
1606
何で戦いもせず辞退しただけで、評価されているのやら。世の中
には理解出来ない出来事もあるものである。
しかし、何故突然戦いを止めたのだろう?
マスター
︾
︽解。昨夜、主との接触で、ユウキによる洗脳が解けておりました。
そのせいであると判断致します
ああ、そういう事か。
というか、俺の妖気で解除可能なのか。洗脳=思念操作の影響具
合にもよるのだろうけど。
しかし突然洗脳が解ければ、そりゃ、ビビッただろう。となると
⋮⋮今の辞退は、必死に考えた上での行動か。
ならば、大したものである。
後で労う事にしよう。日本人のようだし、話も聞きたい。
また、ハクロウに頼んで寿司でも食わせてやることにしよう。
ガビル vs
ランガ
ともかく、意表をつかれたが、第3試合も終了であった。
第4試合⋮⋮
さて、本日最終試合である。
この試合、正直結果が見えている。
可哀相だが、どう頑張ってもガビルに勝機は無さそうだ。
案の定、開始の合図と同時にガビルが槍でランガに攻撃を仕掛け
たのだが、毛皮に弾かれて攻撃が通らない。
相性も最悪だ。
水の渦を作り出し、ランガを捕えようとするも、ランガの嵐の能
1607
力により勢いを殺されてしまう。
上空から攻撃をしようにも、ランガも空を翔る能力を身に付けて
ブレス
しまったので、アドバンテージに為り得ない。
当然、吐息攻撃もランガには通用しなかった。
これは、クジ運が悪すぎる。
勝てない相手に当たってしまったのだ。
﹃調子者﹄の副作用だろうか? 良い時もあれば、悪い時もある。
ここぞという場面で良い時を持ってこれるようだが、それ以外に
は悪い場面を引きやすいのかもしれない。
前回、聖騎士達と戦う際に、良い場面を演出したのかも知れない。
お陰で、今回はこの様なのだろう。
さて、一通りのガビルの攻撃も終わり、全てが無駄に終わる。
後は、嬉しそうなランガの遊びの時間であった。
前回が不戦勝でゴブタの勝ちなので、時間が余っているのも辛い
な。
一時間たっぷり、ランガに遊ばせてあげる事になりそうだった。
まあ、ガビルの訓練にもなるし、観客への良いアピールにもなる。
ガビル、頑張れ!
俺は、心の中でガビルを応援するのだった。
合掌。
1608
108話 武闘会−本選 その3︵前書き︶
短めですが、一試合だけ。
1609
108話 武闘会−本選 その3
予選に続き、本戦一日目も無事に終了した。
ガビルは頑張った。その不屈の精神で、何度も何度も立ち上がり、
超えられぬ壁に挑むその姿。
その姿は感動を呼び、観客達の心を鷲掴みにしたのである。
まあ、ギブアップと何度も言っていたようだけど、ソーカがそれ
を認めなかったのは秘密だ。
﹁おーーーっと、何やら言ってます。何々、俺はまだやれる⋮⋮舐
めるな? ガビル選手、やる気です! 不屈の男、ガビル! 彼はまだ諦め
てはいない∼!!﹂
どう見ても諦めていたが、アナウンスをソーカがしていたのが運
のつき。
結局、一時間たっぷりと、ランガの相手をする事になったのであ
る。
観客にはその辺りの事情は伝わっていないので、不屈の男ガビル
として名を覚えられたようだけどね。
良かったのか悪かったのかは俺には判断出来ない。
ただ言えるのは、俺じゃなくて良かった! と言う事だけだろう。
試合が終わり、皆それぞれの宿へと向けて帰って行く。
俺はマサユキを食事に誘うべく立ち上がり、歩き出そうとした。
﹁待つが良い。ちと、聞きたい事がある﹂
1610
ハーフエルフ
俺を呼び止める者がいた。
先程、半耳長族かと考えた少女である。
薄水色の銀髪に、翡翠の瞳。超の付く美少女だった。
﹁あ、こんな所に! って、リムル殿、お久しぶりです﹂
少女に返事をしようとした時、走り回っていたのか、肩で息をし
つつ挨拶して来る者がいた。エラルド公爵である。
﹁ああ、公爵、お久しぶりです。元気でしたか? それと、お知り
合いですか?﹂
公爵が走り回って探す人物⋮⋮。
予想はついたが、一応聞いてみた。
﹁ああ、紹介致します。
此方は、魔導王朝サリオンの皇帝で在らせられるエルメシア・エ
ルリュ・サリオン陛下です。
陛下、此方が以前よりお話申し上げた、魔王リムル殿です﹂
一応、俺が主催国の主という事で立ててくれたのだろう。皇帝に
紹介するより先に、俺に相手を紹介してくれた。
﹁うむ。知っておる。余が魔導王朝サリオン皇帝、エルメシア・エ
ルリュ・サリオンである。
以後、よしなに頼む﹂
オーラ
美少女だが、神々しいまでの気品があった。
先程までは抑えていたのだろうが、今目の前にいる人物は紛れも
無く皇帝その人であると、疑う気が起きない。
1611
テンペスト
﹁どうも、魔物の国の主、リムルです。此方こそ宜しく!
王としての礼儀作法に疎いもので、無作法はご容赦願います﹂
お互いに自己紹介する。
まあ、俺なんて成り上がりの無法者だ。
堅苦しい挨拶とか、勘弁して欲しい。というか、冒険者の格好の
皇帝という時点で、その辺は大丈夫だと思いたい。
﹁うむ。問題ない。そんな事はどーでも良い。
問題は、この国の戦力はどうなっておるのだ! という事よ﹂
俺に詰め寄らんばかりの勢いで捲くし立てる。
横でエラルド公爵が頭を抱えていた。
場所をかえて、夕食を供にしながら話をする事になった。
マサユキを誘いたかったのだが、今回はサリオン皇帝を優先する。
残念だが、仕方ないだろう。
皇帝曰く。
自分も魔法の達人なのに、手も足も出ない程の強力な魔人に敗北
した。ダグラの事である。
それも、一人相手に多数が一気に全滅させられている。とんでも
テンペスト
無い相手だと驚愕したそうだ。
それなのに、その魔人は魔物の国の幹部の一人に、赤子の手を捻
るように遣られてしまった。
ホムンクルス
納得がいかぬ、と憤慨していたのだ。
ちなみに、皇帝も人造人間に意識を乗り移らせてやって来ている。
なので、怪我だ何だの心配は必要ないとの事だったが、負けた事
が悔しいのだろう。
1612
﹁何しろ、陛下は無敗でしたから。魔法にかけては第一人者ですし
⋮⋮
陛下、ですから申し上げたでしょう? 魔王が居るのだから、半
端では無い大会になる、と﹂
と、エラルド公爵が諦めたように宥める。
下手に、身体に危険が及ばないおかげで、陛下の我侭も強力なの
だろう。
このおっさんも大概だし、人を諌める立場には無いようだけど、
陛下はその上を行くと言う事か。
結局、夕食後も愚痴は続いた。
だがそのおかげで、お互いの仲も打ち解けたモノとなり、友好的
な関係を築けそうで何よりだ。
その日の夜は、サリオン皇帝との会話を楽しみ、今後の技術協定
についても約束を取り付ける事が出来た。
口約束だが、王同士の約束である。破られる事は無いだろう。
魔導王朝サリオンとも約束を取り付ける事が出来たのだ、大会の
開催はこの事だけでも成功と言える。
俺はその事に気を良くし、人間との関係も良いものになると確信
したのだった。
そして夜も更け、本戦二日目の朝がやって来る。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1613
本戦二日目。
第5試合⋮⋮
アルノー
注目の試合である。
vs
ベレッタ
マスクナイト
アルノー、聖騎士を隠して仮面騎士で登録するとか言っていたの
に、
﹁ええ? そんなの甘えじゃないんですか?
法の守護者たる最強の聖騎士が、そんな逃げるみたいな真似出来
ないでしょう?
男なら正々堂々! ですよね、アルノーさん?﹂
ニッコリと、いい笑顔でソーカに問い返されたらしい。
うぐ、と言葉につまり、
﹁ハハハ、勿論だとも。聖騎士は、どのような戦いからも逃げたり
しないさ!﹂
やけっぱちにでもなったのか、勝てば良いんだ勝てば! とブツ
ブツ呟きつつ、正体を隠さずに行く事にしたらしい。
罠に嵌められた子ウサギのような男である。
いや、そこは逃げるとかそんな話じゃないと思うぞ? まあいい
けど⋮⋮。
ソーカの黒い笑顔が目に浮かぶようだ。
というか、アビルの近衛をやっていた頃は、素直な好青年に見え
たのだが、女性である事を隠さなくなってから激変している。
元々の性格なのか、何者か︵たぶんソウエイ︶の黒い影響を受け
1614
たからか。
あるいは、その両方だろう。
恐ろしい小悪魔に成長してしまった。
もう手遅れ。俺も罠に嵌められぬ様に気をつけておく。
﹁始め!﹂
哀れなアルノーの事を考えていると、何時の間にか試合が開始し
ていた。
アルノーはベレッタから距離を取り、油断無く剣を構える。
流石に迂闊に攻めるような真似はしないようだ。
﹁始まったわね。アタシのベレッタの実力を見せ付ける日がやって
来たわね!﹂
びっくりした! いきなり耳元でラミリスが話しかけて来たのだ。
後ろにヴェルドラとミリムもやってきている。
ダンジョン
﹁お、お前等。地下迷宮に夢中だったんじゃないのか?﹂
ファウスト
﹁ふはは、リムルよ。先程完成したのだ。期待してよいぞ!﹂
﹁我は試合にも興味があったのでな。昨日、究明之王にて確率操作
を行ったのよ。
昨日の試合には、比較的勝負の見えた者が集中したのでは無いか
?﹂
な・ん・だ・と!?
道理で、何故か微妙に似たような強さの者同士が組み合っている。
そして、昨日の試合には興味無い組み合わせが集中するように操
作したのか。
確かに、今日の試合は見所が多い。
1615
vs
ライオンマスク
ベレッタ﹄に﹃獅子覆面
v
ディアブロ﹄の組み合わせは、ラミリスとミリムにとっては見
今やっている、﹃アルノー
s
逃してはならない試合だろう。
興味ないのかと思っていたが、きちんと抑えていたようだ。
こういう面白いイベントを見逃すような、そんな甘い事は無いと
言う事か。流石である。
﹁まあ、我は勝敗には興味は無いが、見ていると参考になるからな
! クアハハハハハ﹂
自慢気に大笑いするヴェルドラ。
昔と違い、強弱よりも内容に興味を持つようになったらしい。漫
画の影響だろう。
今では、美しい勝ち方とか研究しているようだ。マメなヤツであ
る。
まあ、自分が完全に強者だからこそ、そんなしょうも無い事に気
を回せるのだろう。
ラミリス達の登場に驚いている間に、試合は新たな展開を見せて
いる。
アルノーの剣撃を、ベレッタが苦も無く腕で受け流すのだ。それ
が暫く続いていたのだが⋮⋮
﹁おおっと、アルノー選手の攻撃がまるで通用しないぞ?
手を抜いているのでしょうか? これが本気では、最強聖騎士の
名が泣きます!﹂
その一言が切欠だった。
そんな事を言われた程度で心を乱すとは、アルノーもまだまだで
ある。
1616
﹁はん。今までの攻撃は全て段取りの為のものさ。足元を見てみな
!﹂
格好をつけつつ、アルノーがベレッタの足元を指差した。
そこには、何時の間にやら魔法陣が描かれている。
今の剣撃の合間に、気付かれぬように銀粉を振りまいて描いてい
たようだ。
器用な男である。
だが、こういう闘い方も出来るとは、唯の脳筋では無かったらし
い。
ホーリーフィールド
﹁発動! 聖浄化結界・弱!﹂
手裏剣に結界札を貼り付けて四方に投擲し、アルノーが叫んだ。
手裏剣の取っ手部分に、結晶が埋め込まれている。どうやらそこ
ホーリーフィールド
に魔力が込められて、短時間の結界発動を可能にしているようだ。
弱とは言え、個人で聖浄化結界を張るとは⋮⋮
アルノーも油断出来ない男だったようだ。
でも、あの装置をアルノーを実験台に作り上げたクロベエこそが、
本当の意味での功労者だと思うけど⋮⋮。
他にも色々アルノーと実験を行っていたようだし、お互いに気が
テンペスト
合ったのだろう。
そのお陰で、魔物の国の装備の質も上がりそうだ。実に良い事で
あった。
ホーリーフィールド
本来なら、弱とは言え聖浄化結界に囚われた時点で、大半の者が
敗北すると思う。
あの結界を解除出来るのは、一部の幹部だけだろうから。
ベニマルやソウエイすら、完全に囚われてしまえば打つ手は無い
1617
のではなかろうか?
こればかりは能力の相性があるので、強弱では判断出来ないのだ。
そして、今回の場合、その相性が非常に悪かった。アルノーにと
って、ね。
ホーリーフィールド
﹁無駄だ。私はリムル様に授けられた能力により、聖浄化結界によ
る影響は受けない﹂
淡々と告げながら、アルノーに対し初めて反撃に移るベレッタ。
先程からのアルノーの剣撃をモノともしない事からも判るだろう
が、ベレッタには物理攻撃無効である。
そしてその身体は、俺の造り上げた魔鋼製。
放つ拳に、ユニークスキル﹃聖魔混合﹄による妖気と霊気を螺旋
オーラブレード
状に纏わせて、一種異様な混合気を発しているのだ。
その性質は、︿気闘法﹀による闘気剣と同様で、威力を圧倒的に
増大させる。
高速で撃ち出す事も可能なのだ。
ベニマルのように浸透頸のレベルまで練り込んではいないようだ
が、全身をぶれる事なく一定に覆うその闘気は美しい。
ダグラの放つムラのある闘気とはレベルが違う。
威力が単なる妖気や霊気の比では無いだけに、拳の一撃が必殺技
となっている。
反撃に転じたベレッタは、恐るべき精度で攻撃を繰り出していく。
観客には良い勝負に見えているようだったが、俺の目は誤魔化せ
なかった。
ベレッタは全力を出していないのだ。30%程度の力で戦ってい
るのである。
﹁フフン! どーよ! どーなのよ! アタシのベレッタ、マジか
っけー!﹂
1618
ラミリスが俺の周りを飛び回り、ドヤ顔で自慢して来た。
俺だけでは飽き足らず、ミリムやヴェルドラにも自慢している。
ヴェルドラは、フーン、でも我の方が強いがな! 程度の対応だ
ったが、
﹁ふふん、今だけ調子に乗っているが良い。
明日にはワタシのライオンマスクが、貴様のベレッタを分解する
事だろうさ!﹂
負けず嫌いのミリムがラミリスに言い返した。
やれやれ、子供の喧嘩か。
もっと、可哀相なアルノーさんの心配をしてあげるべきである。
鬼畜なアナウンスで、またも負けられない状況に追い込まれてい
アルノー
るというのに、状況は絶望的なのだ。
というか、この男、よくこれで心が折れないものである。
その事だけは、かなり高く評価しても良いと思ったものだ。
ラミリスとミリムの喧嘩が終わる頃、試合も終了した。
流星斬
とか言う必殺技を放ったのだが、ベレッタ
当然、ベレッタの勝利である。
アルノーが
の身体に触れた剣が砕けて折れたのだ。
まあ、鋼鉄の塊を叩き続ければ、剣も耐久が無くなるのも当然で
ある。
いくら闘気で包んでいても、武器への多少のダメージは蓄積する
のだ。
流石に剣が折れては勝負にならない。
アルノーが降参を宣言し、勝負は終了したのであった。
というのは口実だろうな。実際には、歯が立たなかったのだ。
だが、観客にはそれが理解出来ないだろうし、上手くアナウンス
1619
でアルノーのフォローも入れていた。
不運にも剣が折れたから、仕方なく勝負を放棄した。そういう筋
書きで、観客は理解したようである。
ソーカに、食事を奢るから! と涙目でお願いして、何とか上手
く解説して貰ったようだが、そこは目を瞑ろう。
アルノーの名誉は守られた。それで良いだろう。
こうして、第5試合はベレッタの勝利で幕を閉じたのだ。
1620
獅子覆面
ライオンマスク
キョーハク
ディアブロ
ライオンマスク
vs
109話 武闘会−本選 その4
第6試合⋮⋮
注目の試合である。
となりでミリムが興奮し、獅子覆面への激励を行っていた。
負けたら判っているな? とか聞こえるが、何の事だか俺には判
らない。
判らない方が幸せな事もあるのである。
そして、試合開始の合図が聞こえた。
中央に立ち、相手の様子を窺う。
目の前に立つ悪魔は、他と一線を画す威圧を発している。
妖気が漏れ出ているとかそういう事では無く、その雰囲気が異様
なのだ。
カリオンは自分が強者である事を信じて疑っていなかった。そう、
ミリムに敗北する迄は。
だが、ミリムに敗北した事を切欠に、上には上が居ると言う事を
深く認識したのである。
今までの強者としての驕った視線では無く、冷静な闘士としての
観察眼で相手を眺めて思う。
滅茶苦茶ヤバイ。
︵ちょっと、待て待て。何だ? 何でこんな魔王に匹敵するような
悪魔がいるんだ!?︶
以前の自分なら、そんなの関係ない、ぶっ潰す! とばかりに無
1621
闇に突っ込み、敗北したとしても笑って受け入れていただろう。
しかし、今現在、王としての責任はミリムに預けたものの、ミリ
ムを守る盾としての責務が生じていた。
負けてハイ終了! と言う訳にはいかなくなったのだ。
その思いから、自身の身体を鍛え直し、魔王であった頃よりも力
を増しているという実感もあった。
何より、ミリムのストレスが溜まった時、乱取りと称するフラス
トレーションの発散に付き合わされる毎日を送っているのだ。
強くなっていない方が可笑しいのである。
油断すると洒落では無くあの世行きになる。手っ取り早く生き残
る手段として、自身の肉体を強化する他なかったのだ。
そうして以前より慎重になり、力も増している。
そのカリオンの鍛えられた観察眼を以てして、相手の能力の底が
見えないのだ。
ライオンマスク
ベレッタ
スクラップ
﹁おい、獅子覆面! 判っているだろうな?
お前は次の試合で、そこの人形を鉄屑に変える使命があるのだ!
そんな所で躓く事は許さぬぞ! ワタシの舎弟として、気合を入
れろ!﹂
何か、応援では無い声援が聞こえる気がする。
つつーぅっと汗が一筋、カリオンの額から滴り落ちた。
負けたらどうなるか? 考えるまでもない。再修行と称した地獄
の特訓が待っている予感がする。
未だ、イージーモードとノーマルモードをクリアしただけだが、
その上に君臨するハードモードのクリアは先が見えない状況だ。
噂では、ヘルモードと言う、常人には到達し得ない究極のプログ
ラムも存在するらしい。
負ければ、間違いなく放り込まれる事になる。
例え相手がどれだけヤバかろうと、気合を入れてかかるしかない
1622
のだ。
﹁クフフフフ。顔色が悪いようですね。ですが、手加減は出来ませ
ん。
今回は少々本気を出して、私も序列争いに参加しておりますので﹂
ッチ。向こうは余裕があるな、カリオンは思ったが、
﹁俺様も負ける訳にはいかない理由があってな。悪いが、最初っか
ら全力を出させて貰うぞ!﹂
と、返事を返した。
直後、
﹁始め!﹂
試合開始を告げるソーカの声が、二人の耳に届く。
大地と大気が振動する程の裂帛の気合。
その声を発したのはカリオンである。
白銀の剛毛に覆われた、獣魔の本性を曝け出す。
力を温存して勝てる相手では無い、全力で短期決戦を挑むのだ。
闘技場の床を蹴り込み、白虎青龍戟へと込めた闘気を解き放つ。
床に敷き詰められた石の一つに大きな亀裂が走った。その亀裂の
深さが、踏み込まれた衝撃の大きさを物語っている。
殺った!
確信とともに、ディアブロの首筋目掛けて白虎青龍戟を斬りつけ
る。
レジェンド
初動から瞬き一つにも満たぬ間に、10mの距離を詰めて確殺の
一撃を繰り出したのだ。
白虎青龍戟とは、あらゆる結界を切り裂く刃の付いた伝説級クラ
1623
スの武装である。
生半可な防御結界では、その威力に耐えられず用を為さないのだ。
その事がカリオンの自信の根拠であり、この間合いとタイミング
からの回避は最早不可能なのは明白。
相手に自分の実力を悟らせる前に、必殺の一撃を繰り出せたのが
勝利の決めてだった。
そう、カリオンは考えた。
ビースト・ストローク
﹁獣魔輻湊斬!!﹂
揺らめくように矛先が二股に別れ、斬りつける反対から逃げ場を
封じるようにディアブロを襲う。
白虎の牙と、青龍の顎。
この二つの具象化された攻撃こそが、白虎青龍戟の真なる力。
結界を破り相手を喰い殺す。そう、戟による一撃が首を刎ねるの
だ。
完璧な動作。そして、タイミングだった。
その自信の表れとして、カリオンの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
だがその瞬間、忽然とディアブロの姿が掻き消える。
︵瞬間移動だと!?︶
驚愕に一瞬動きが止まりそうになるが、慌てる事なく魔力感知に
より周囲の警戒を行うカリオン。
高位の悪魔は転移系の魔法を使いこなす者もいる。無詠唱で瞬時
に行ったのが予想外だったが、対処出来ない訳では無い。
ゲート
空間系の能力にて、転移が最も魔素を消費する。
ゲート
門を作成し、空間を固定してから移動するのが最も安全で魔素消
費も少なくて済むのだ。
しかし、今ディアブロが行ったように、門も出さずに転移を行う
と、自己を移動させるだけでも通常の10倍以上の負担となる。
無詠唱で瞬間移動を行えるのは、ほんの一握りの上位魔族のみ。
1624
誰もが使えるという能力では無い。
まして今のは瞬間移動。空間転移よりも上位の能力なのだ。
タイムラグ
タイムラグ
空間転移も一般人から見れば一瞬で移動しているのだが、達人ク
ラスの目ではほんの僅かな時間差があった。
瞬間移動は文字通り瞬間転移を行うので、その時間差も発生しな
い。
転移系の最上位能力なのである。
何度も多発出来る能力では無い筈である。
対策としては、此方の防御を固め、相手の消耗を待てばいい。
ビースト
此方が体力を消耗するよりも、相手の消耗の方が早いのだ。焦る
事は無い。
・ストローク
現に、ディアブロが空間転移で逃げようとしていたならば、獣魔
輻湊斬を回避する事は出来なかっただろう。
エネルギー
︵ッチ。運の良いヤツだ。俺が初手から必殺の一撃を叩き込んでい
なければ、無駄に魔素を消耗しただけだっただろうに⋮⋮︶
カリオンはそう思いつつも、油断なく攻撃の手を休めない。
何度も攻撃を繰り返し、相手の消耗を誘う。そして、ここぞとい
チャンス
う瞬間にもう一度逃れ得ぬタイミングで仕掛ければいい。
焦らずに機会を待つのだ。
ディアブロは連続転移にて、カリオンを翻弄するかの如く出ては
移動を繰り返すのみ。
︵しかし、なんて魔素量だよ。どんだけ転移してるんだ︶
アークデーモン
瞬間移動は最初の一回のみだったのだが、転移している回数が只
事では無い。
転移を無詠唱で連続使用するなど、上位魔将にも不可能なハズ。
ミリム
目の前の悪魔が異常な存在であるとは思っていたが、カリオンの
想像以上の化物であるらしい。
それでもカリオンに焦りは無かった。
化物と言うならば、常に自分は呆れるほど出鱈目な主人に付き合
わされているのだから。
1625
チャンス
基本に忠実に気配を探り、反応を捕えると同時に攻撃を繰り出す。
この繰り返しで機会を窺うのみ。
カリオンの考えは理にかなっており、実に正解であったと言える。
相手がディアブロで無かったならば⋮⋮。
データ
﹁クフフフフ。分析、完了です。貴方の身体能力の情報は取れまし
た。
今から確認作業に移ります。少々危険ですので、お気をつけて﹂
今迄転移を繰り返すのみだったディアブロが、唐突にそんな事を
言い出した。
ファイアボール
カリオンの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。本能が危険を叫んでい
るのだ。
空中に浮かんだディアブロの周囲に、火炎球が多数出現する。
一つ一つが異様な熱量を感じさせる、カリオンにとって無視し得
ぬ威力を秘めていそうだった。
バリア
ファイアボール
カリオンも火炎や氷結への耐性は持っているが、限度があるのだ。
バリア
カリオンは闘気を全方面に放出し、障壁を展開し火炎球の直撃を
防ぐ。
ファイアボール
意識が吹き飛びそうになる程の圧力が障壁ごとカリオンを押し潰
バリア
そうとするが、全ての火炎球を防ぐ事に成功した。
高熱が吹き荒れていたが、障壁による軽減によりカリオンの持つ
耐性でダメージは相殺される。
ビースト・ロア
﹁次はこっちの番だ、喰らえ! 獣魔粒子咆!!﹂
バリア
障壁を張りつつ気を整え、魔力を純粋な破壊の力へと還元した。
そして相手の攻撃が尽きた瞬間を狙って撃ち出された、カリオン
最強の必殺の魔粒子砲。
今度こそ、止めだ!
1626
カリオンの思いに応えるように、黄金の光を放つ魔粒子の残滓が
周囲の空気を焦していく。
最早、手加減などしていない。全力の一撃であった。
﹁クフ、クフフフフ。素晴らしい。貴方の魂の輝きが見えますよ!
ですが、その攻撃を放つのは遅すぎました。残念でしたね﹂
耳元で聞こえるデイアブロの声。
世界は、時が止まったように固定されている。
ビー
光は高く伸び、目標の手前で停止していた。目標、つまりは、デ
ィアブロの前で。
馬鹿な! そう思い、慌てて距離を取るべく移動する。
すると、身体と心が分離するような感覚が我が身を襲い⋮⋮
スト・ロア
振り向けば、動きを固定された自分の肉体が見えた。必殺の獣魔
粒子咆を放った姿そのままに。
﹁ど、どうなっている!?﹂
です。
焦りを込めた問いを発してしまうカリオン。
パラダイス・タイム
誘惑の時間
ディアブロは愉しそうに、
﹁クフフフフ。私の能力、
シモベ
この時の止まった世界の中で、貴方と私、意識のみが存在してい
るのです。
本来、この世界は私の下僕を作るのに用いるのですが、貴方の意
思は強すぎる。
到底、誘惑出来ないでしょう。それは誇っても良い事ですよ。
ただ、残念ながら、貴方の精神は意思に反して弱すぎます。
精神体を鍛えていない証拠。
でも、喜びなさい。それは貴方に強くなる余地があるという証明。
1627
我が主、リムル様の盟友たるミリム様の舎弟という事で、サービ
スとしてお教えしました。
今回の敗北を糧に、より精進するが良いでしょう!﹂
カリオンには理解出来ない事を説明されたが、ぼんやりと自分の
敗北を悟った。
この世界に意識を向けて、もう一度デイアブロを見る。それだけ
で、存在値の圧倒的な差を思い知らされたのだ。
この世界は、ディアブロが具象化した世界であると、理解出来ず
とも本能が悟ったのである。
その圧倒的な情報量を前に、自分の為せる事は少ない。
この世界では、魔力を練る事すら出来ないのだ。
﹁くそったれ! 次は勝つ!﹂
最後の気力で負け惜しみを叫ぶ。
応えるディアブロの声は、
エンド・オブ・ワールド
﹁世界の崩壊!﹂
言葉と供に世界の崩壊が始まり、カリオンの意識も世界の崩壊に
巻き込まれ崩れていく。
ビースト・ロア
最後の一欠けらをディアブロが救出しなければ、現実世界でも確
実な死が訪れていたに違いない。
そしてまた、凶悪な破壊の力を秘めた獣魔粒子咆も、世界の崩壊
に巻き込まれ消滅する。
現実世界でもその威力は掻き消えているのだろう。
これが、ディアブロの能力。
精神の強弱により、相手の生死、及び能力を司る者。
特殊ユニークスキル﹃誘惑者﹄の能力は、具象化した幻覚世界で
1628
の絶対権力を発動するのだ。
そして、﹃虚実変転﹄により、現実と幻覚を入れ替える。
具象化された幻覚は、物質世界での現実となる。
この能力を破るには、単純に精神体を鍛えるより他に無いのだっ
た。
ビースト・ロア
世界は動きを取り戻し、幻覚世界にてカリオンの獣魔粒子咆を無
効化したディアブロにダメージは皆無。
対するカリオンは、精神ダメージを現実のものに変換され、満身
創痍となっていた。
﹁俺の、負けだ⋮⋮﹂
﹁クフフフフ。賢明な判断です。これ以上続けるなら、殺すしかな
い所でした﹂
カリオンの敗北で、第6試合は終了した。
﹁クフフフフ。今後は、精神を鍛える事をお忘れなく﹂
﹁余計なお世話だ。それに言われなくたってなあ⋮⋮﹂
チラリと観客席の貴賓室に目をやるカリオン。
此方を歯軋りしつつ睨み付ける、自分の主人の姿が目に入る。
︵ああ⋮⋮やっぱ、激怒してそう⋮⋮︶
ちょっと泣きたくなったカリオンだったが、ライオンのマスクを
被っていたので気付かれる事は無かった。
肉体や精神どころか、生死の境を何度も行き来するような修行が
待っていそうである。
その事を思うと、暗澹たる気分になり、もう一度試合をやり直し
たいと思い始めるカリオンなのであった。
1629
ライオンマスク
獅子覆面=カリオンの敗北だ。
いや、かなり頑張っていたと思う。
ラファエル
最後の攻撃、あれは非常に良かった。
トリック
智慧之王に解説して貰わなければ、俺にも何が起きたのか理解出
来ない所である。
ソーカはディアブロの手品の一言で観客を納得させていたけど、
あいつは詐欺師の才能がありそうだ。
ライオンマスク
しかし、良い戦いだった。
観客には、圧倒的に獅子覆面が押しているように見えていたよう
だけど。
理解出来る者には、ディアブロが途轍もなく常識外れな能力を用
いた事に気付いたようだが、内容を理解出来た者は皆無だろう。
俺達以外は。
﹁出鱈目だな。あの悪魔、本当にカリオンに勝ちやがった。
能力に然程の差は無かったようだが、ユニークスキルが異常だっ
たな﹂
ミリムが悔しそうに感想を述べた。
さっきまで散々ラミリスにからかわれ、ザマーミロ! とドロッ
プキックまで喰らっていた。
﹁つまりは、アタシのベレッタの方が優れているって言う事よ!﹂
その一言に激怒したミリムのお仕置きにより、ラミリスは哀れに
も、蓑虫のようにグルグル巻きにされて転がっている。
1630
気を練って具現化した紐らしく、ラミリスに解除は出来ないだろ
う。
まあ、自業自得ではある。
ベレッタが優れているのは確かだが、ラミリスはやりすぎた。
からかう相手が悪すぎたのだ。
カリオン
というわけで、とばっちりは勘弁なので、俺とヴェルドラは関与
せずというスタイルなのである。
だが、一番可哀相なのは、今頑張っていたライオンさんだろう。
まあ、精々鍛えて貰って、今後に生かして貰いたいものだ。
1631
109話 武闘会−本選 その4︵後書き︶
仕事中時間が取れなかった。
一試合だけ投稿です。
ちなみに、現時点でのカリオンは[EP370,000]です。
本当に若干劣る程度でした。
1632
110話 武闘会−本選 その5︵前書き︶
ちょっと仕事が忙しく、投稿が遅れました。
1633
ハクロウ
vs
110話 武闘会−本選 その5
第7試合⋮⋮
この試合も興味深い。
ダムラダ
流石、ヴェルドラが組み合わせを弄っただけの事はある。
今日の試合は、結果の見えない戦いが多い。
予想ではハクロウが勝つが、さてどうなる事やら。
試合開始である。
ふむ。
そう呟き、ダムラダは軽く準備運動を行う。
本気を出して闘う事など、ここ最近記憶に無い。
闘技場の中央に進み、ハクロウと対峙する。ダムラダに気負いは
無く、平静なものだ。
金にしか興味の無い男、ダムラダ。組織内ではそう思われている。
事実、自分が金にしか興味無いと思われるのも仕方無い、ダムラ
ダはそう思う。
ダムラダは形振り構わずに、金儲けに勤しんで来たのだ。
詐欺や裏切りも平気である。
基本、騙される方が悪いのだし、商談を行う上で保証も無いまま
相手を信じるのは自殺行為。
ダムラダにとって簡単に裏切られる人間は、所詮使い捨てにして
も問題のない、程度の低い人間でしかないのだ。
1634
お人好しなだけの無能は存在価値が無く、裏切られた場合を想定
出来ない人間は無能であると考えている。
だから、自分が裏切った相手がどのような末路を辿ろうと、何ら
良心の呵責を感じない。
それがダムラダという人物であり、金の亡者と言われる所以であ
った。
しかし、ダムラダが金に執着するのには理由がある。
組織を大きくするには金が必要であり、あらゆる国のあらゆる場
所に根を張るのに、もっとも手っ取り早いのが金を使う事なのだか
ら。
ドン
ケルベロス
ユウキ
カグラザカ
だからこそ、ありとあらゆる手段を用いて、金を稼いで来たのだ。
ケルベロス
ダムラダ達の首領であり、三巨頭の真なる飼い主、神楽坂優樹の
為に!
表の世界は自由組合による支配が順調である。
力
と
女
、二名の頭が出
ボス
そして、裏の世界はダムラダ達率いる闇組織、三巨頭による支配
体制が確立していた。
完璧なる両面支配。
東の帝国への侵食も順調であり、
向いている。
女
と入れ替わった
裏から武力を手配し、東の帝国での信頼も勝ち得ていた。
その頃合を見て、ダムラダは呼び戻されて
のだ。
人間社会の支配は時間の問題であり、邪魔な魔物の排除は西方聖
教会を扇動し、着実に慎重に行われている。
ドン
神聖法皇国ルベリオスへだけは、理由の説明もなく手出しを禁止
されている。しかし、首領なりの考えがあるのだろう、ダムラダ達
テンペスト
はユウキに従うのみであった。
今回は、異質な命令。
そもそも異質なのは、この魔物の国であり、ダムラダの受けた命
令は魔王リムルの信用を得て取引相手として認められる事にある。
1635
ユウキ
カグラザカ
魔王の好み等の情報も与えられ、立てた計画は順調に進み、現在
は潜入に成功しているのだ。
流石、情報を操る事を得意とする、神楽坂優樹である。
ダムラダは感服すると同時に、この仕事は自分が適任であると自
覚した。
何しろ、国内に潜入し軽く調査しただけでも、金の匂いがプンプ
ンするのだ。
どういう目的で取引相手となるのかまでは聞いてはいないが、金
になる事だけは間違いが無かった。
ダムラダにとっては、東の帝国と取引するよりも面白そうな仕事
であり、断じて失敗する訳には行かないのである。
故に。
︵本気を出して、相手をするのも面白いかもしれませんね︶
そして、力む事なく自然体で構えを取った。
剣聖
である。
試合開始の掛け声が聞こえたのは、その直後の事である。
中央で睨みあうハクロウとダムラダ。
互いに達人の雰囲気を纏う両者だが、ハクロウは
無手のダムラダが不利だと思うのだが、どうなるやら。
試合開始と同時に、ダムラダが瞬速で蹴りを繰り出した。事前動
作も無く、腕の良い者でも躱す事が困難な速度である。
知覚速度を速めているからこそ認識出来るレベルであった。
だが、ハクロウは慌てる事なくその身を後ろに移動させ、流れる
ような動作で何時の間にか抜刀していた剣を振り下ろす。
俺の目には、ハクロウの剣がダムラダの足を切断すると思えたの
だが⋮⋮
1636
キィン! という甲高い音が鳴り響き、蹴り上げられたダムラダ
の足によりハクロウの剣が弾かれる。
ゆったりとした黒服しか身に付けていないと思われたダムラダだ
が、その服の下には武具を装備しているようだ。
馬鹿正直に素手で戦う気はないと言う事。
そりゃあそうか、と素直に納得する。
ダムラダが足を振り抜くと、その勢いで真空刃が生成され、ハク
ロウへと襲いかかる。
慌てずに剣撃による衝撃波で迎撃するハクロウ。
一旦剣を鞘に収め、瞬歩という特殊な歩法からの抜刀切りでハク
ロウが攻撃を仕掛けた。
霞切り
だ。
5m程度を︿瞬動法﹀で一瞬で移動し、その間合いの敵を切り捨
てる。剣聖技である、
しかし、ダムラダは見える筈もないその攻撃を迷いも無く腕で受
け止めた。
受け止めた腕ごと断ち切る筈のその斬撃は、ダムラダの腕を切断
てっこう
出来ずに弾かれたようだ。
腕にも手甲を装備しているのだろう。だが、ハクロウの剣を弾く
レベルの武具だと、かなりの性能を有していると思われる。
それこそ、聖騎士達の精霊武装クラスの。
精霊武装は、現在の市場に出回っている武具とは一線を画してい
る。
古代の装備には、魔力が大量に込められた古代文明の名残のよう
ゴッズ
レジェンド
ユニーク
レア
な発掘品も存在し、現在の装備を上回る性能の品も多数確認されて
いた。
スペシャル
ノーマル
ユ
それらを評価別に呼ぶならば、神話級、伝説級、特質級、希少級、
特上級、一般級となるだろう。
ニーク
レジェンド
その評価で言えば、精霊武装は市販品よりも圧倒的に高性能な特
質級と評価出来る。
ヒナタの聖霊武装は更に上であり、伝説級と言えるだろう。
1637
レジェンド
ゴッズ
ヒナタの武装で伝説級ならば、神話級とか本当に存在するのか?
勇者
が身に纏っていた装備一式
そう思ったのだが、ヴェルドラが見た事があると言ったのだ。
例えば、ヴェルドラを封じた
も、ヒナタの武装よりも上質だったらしい。
マジかよ!? と思ったが、ヴェルドラが言うのだ、間違いない
だろう。
レジェ
ヴェルドラが言うには、武具に高濃度の魔素が溜まり、武具が進
化したら有り得るのだそうだ。
ンド
そう言えば、さっきの試合でカリオンさんが使ってた武器も伝説
ユニーク
級だったらしい。クロベエが興奮していたので間違いない。
レジェンド
現在、クロベエの造る武具は、特質級である。
カタナ
本気で素材から拘ったら、伝説級も夢では無さそうだ。
この大会が終わったら、そろそろ俺の武器も造って貰いたいもの
である。
レア
そろそろ素材である魔鋼も、俺の魔力に馴染んだ事だろう。
それはともかく。
ハクロウの仕込刀は、クロベエの初期の作品であり、希少級であ
った。
ユニーク
だが、剣聖技と相まって、同級の装備であれ簡単に断ち切れるの
である。試作品の特質級すらも切断出来る気がする。
その攻撃を弾くと言う事は、ダムラダの闘気が物理無効レベルで
ユニーク
あるのか、もしくは余程良い装備であるのか。
あるいは、その両方かも知れない。
まあ、鑑定で見たら一発である。
結果は、着ている黒服が妨害効果付与の特質級装備であるという
事だけ判明した。
ラファエル
鑑定解析を妨害するとは、大した装備である。
だが、残念だったな! 俺には智慧之王さんと言う、頼もしい存
在がついているのだ。
1638
︾
︽解。個体名:ダムラダの闘気の質は非常に高いと言えます。
ユニーク
また、確認される装備数は17個。全て特質級です
だってさ。
めっちゃ金持ちそうだったが、どんだけだよ!
お金の力で装備を揃えれば、聖騎士以上の装備を用意出来るのか。
恐ろしいヤツである。
精霊武装は、あれで一個換算である。自分の魔力というか霊力を
消耗し、具現化する装備なのだ。
と言う事は、装備を途中で変更する事も可能になるのか。凄いな、
お金も。
ちょっとインスピレーションが刺激される。
俺がクロベエを見やると、クロベエも何か言いたげに此方を振り
向いていた。
俺達は頷きあう。
ダンジョン
次の目標は決まった。以前より考えていた、武器や防具の作成で
ある。
失敗すれば地下迷宮の宝箱行きだ。
楽しくなって来た。俺達の冒険はこれからだ!
って、話がずれた。
下らない︵俺にとっては重要だが︶事を考えている間にも、ハク
ロウとダムラダの攻防は続く。
いくら武装の質が良いとは言え、ハクロウとこれだけやりあえる
のはダムラダもまた達人である証拠。
透明な爪刃を形成する小手なのか、拳の延長上を数条の空間断裂
が走りハクロウを切り裂く。
見えない刃を初見で回避するのは困難だ。
だが、ハクロウは致命傷は避け、軽く受け流していた。流石だ。
ハクロウの次元斬がダムラダを襲うが、空間歪曲の盾により受け
1639
流される。
剣聖
ならば、ダムラダは
白熱した攻防であった。
ハクロウが
レベル
拳聖
と言える。
正直、聖騎士より強いと思う。アルノーと比べても、アルノーに
は悪いがダムラダが上だ。
それは装備だけの話では無く、技術的な次元での話である。
コレクター
使いこなせない装備では意味が無く、ダムラダは完璧に装備を使
いこなしている。
それは、ダムラダが単なる成金の蒐集家では無いという証拠。
というか、人間という種族で、ここまで闘えるというのが驚きで
あった。
時間は流れ、30分以上過ぎている。
ぶっちゃけ初期の頃の俺達でも、ハクロウ相手の30分の全力バ
トルなどなかなか出来るものでは無かった。
ハクロウはユニークスキル﹃武芸者﹄を持っているので、これだ
け相手出来るという事は、ダムラダも何らかのユニークスキル所持
者なのだろう。
表だって使用していないので解析出来ないのが悔しい。
内面に作用する能力なのだろうか? まさか、純粋な能力で闘っ
ユニーク
ているとは思えない。
それとも、特質級装備の効果とか?
目の前で戦っているのに情報を取れないとは、なかなかに悔しい
ものである。
だがまあ、ダムラダが如何に達人であるとは言え、人間という種
の限界が存在する。
あるいはアイテムによる補助を受けていたのかもしれないけども、
これだけの長時間の戦闘をこなすと疲労が蓄積されるのだ。
ぶっ続けて30分以上、ハクロウと互角の闘いを演じただけでも
素晴らしい。
結局一瞬の油断を突き、ハクロウがダムラダの首筋に剣を当てて、
1640
勝利を確定させたのである。
実に素晴らしい闘いであった。
ヴェルドラも感心したのか、何度も頷いている。
人間という種族の、独特の拳法や剣術に興味が出たらしい。
その後もしきりに説明を求められたのは、別の話である。
第7試合は、ハクロウの勝利に終わったのだった。
しかし、ダムラダの本気は見れた。取引相手として認めても良い
だろう。
まあ、裏社会の人間を信用する程馬鹿では無いが、互いに利用出
来る程度には付き合っても問題あるまい。
なかなか良い試合だったし、別に勝てたらという縛りも無い。
さて、取引か。
今後、ダムラダに何を任せ、何を流通させるか。
それも考えなければならないな。
俺はそんな事を考えつつ、次の試合を待つのであった。
シオン
vs
ゲルド
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第8試合⋮⋮
さて、本日最終戦。
1641
シオンとゲルド。
ゲルド、地味に徹していて、土木建設部門専門となっているけど、
テンペスト
戦闘では守りの要なんだよな。
まあ、魔物の国でのきっちりした役職を決めていないから、出来
る者に仕事が集中する訳だけど。
それもこの大会の結果を見て、判断しようと思っていた。
で、実際の所、シオンとゲルドはどちらが強いのだろうか?
いま
ゲルドは安定した守りの能力。対して、シオンは不安定な心に左
右される能力。
少し前まではそういう印象だった。
感情に任せて暴れるシオン。しかし、現在は⋮⋮
﹁始め!﹂
ソーカの合図に、シオンはゆっくりと大太刀を抜き、正眼に構え
た。
その姿は落ち着いて感情の乱れは見られない。寧ろ、ハクロウを
思わせるような風格さえ漂わせた堂々たる姿勢である。
クラッシュハンマー
美しく、一本の芯が真っ直ぐに通ったような、見事な構え。
キャッスルシールド
その姿を目にし、ゲルドも攻城破槌と言う城の大門すら破壊出来
ヘビィアーマー
そうなハンマーを片手に構え、左手には城壁大盾という馬鹿でかい
盾を構える。
守りの要に相応しく、全身を重装甲鎧で覆っており、ユニークス
キル﹃守護者﹄を駆使するとダメージを与える事も困難になりそう
だ。
シオンは静に剣を上段に持ち上げて、鬼神もかくやという速度で
振り下ろした。
まるで、シオンにハクロウが乗り移ったかの如く、無駄の無い流
麗な動きである。
え、マジで!? と、俺は驚きシオンを凝視した。
1642
俺だけではなく、ベニマルにソウエイも、皆真面目な表情になり、
シオンを見詰めている。
シオンのヤツ、言動は不真面目な事が多く、相変わらず過激な発
言をする事もあるのだが、行動は意外にも常識的になっている。そ
う、あの聖騎士達との和解の日から。
何かシオンの中での蟠りが吹っ切れたように感じたけれど、事実、
シオンは何かを乗り越えたのだろう。
人を見下す事も無くなり、傲慢さも見られなくなった。
いや、たまに馬鹿な発言をするのだが、本心からと言うよりは、
ふざけて言っているだけになったのだ。
ベニマルが暴走する事が無くなり、自然な落ち着きを身に付けた
ように。
シオンもまた、成長し、心に余裕を持てたのかも知れない。
そして、その余裕が加速度的にシオンの眠っていた才能を開花さ
せたのだろうか?
今のシオンは、少し前の力任せな闘い方ではなく、ハクロウの教
えに忠実な正統派の剣士の如き美しさであった。
つまりは、出鱈目な理不尽さに、技術が加わったと言う事。
その結果⋮⋮
振り下ろしたシオンの大太刀の切っ先から衝撃波が生じ、ゲルド
を襲う。
無論、それは目眩ましの効果しか与えられない。だが、その一瞬
の目眩ましの隙をつき、シオンが間合いを詰める。
流れる動作で次撃を叩き付けるシオン。
キャッスルシールド
ゲルドが盾にてその斬撃を受け止めるが、大太刀の異常な攻撃力
にて城壁大盾が砕けた。
嘘だろ! という呟きが、ベニマルの口から漏れ出る。
レベル
いや、気持ちは判る。ソウエイでさえ、驚きの表情を浮かべてい
るのだ。
只事ではなく、シオンの技量が上がっているのだろう。
1643
今の一撃は、剣に﹃料理人﹄の効果を乗せていた。
﹃盾により、剣撃を受け止める﹄という結果を、﹃受け止める事
が出来ずに切り裂かれる﹄と改変しようとしたのだ。
だが、そこはゲルドの﹃守護者﹄の効果により、結果の改竄を邪
魔された。
しかし、ゲルドの﹃守護者﹄で邪魔して尚、盾は砕けたのである。
つまり、シオンの意思が、ゲルドの意思を上回ったと言う事。
これで勝負は見えた。
結局、俺の予想通り、30分の激闘を制したのはシオンだった。
ゲルドも意地を見せて、必死の食下がりを行ったのだが、シオン
へ一撃を入れる事も出来なかったのである。
徐々に装備を破壊され、結局ゲルドが敗北を宣言し、勝負は決し
たのだ。
シオンの成長に驚くばかりであった。
もっと接戦になると思っていたのだが、蓋を開けてみれば第8試
合はシオンの圧勝だった。
この短期間で、驚くほど成長したシオンを、ここは素直に褒めよ
うと思う。
こうして本戦二日目は終了し、8名の者が残ったのである。
ランガ
ソウエイ
vs
vs
ゴブタ ベニマル
三日目の予定は、
第9試合⋮⋮
第10試合⋮⋮
1644
第12試合⋮⋮
第11試合⋮⋮
ハクロウ
ベレッタ
vs
vs
シオン
ディアブロ
となっている。
ここまで来ると、予想が難しい。
皆、実力伯仲であり、見所がありそうだ。
さてさて、どうなる事やら。
番狂わせが起きて、ゴブタが優勝したりして⋮⋮
そんな事を考えつつ、試合を楽しみに待つのであった。
1645
111話 武闘会−本選 その6
一夜明け、本戦開始3日目である。
昨夜はドワーフ王に捕まり、夜遅くまで宴会だった。
マサユキとも話をしたかったのだが、王を優先するのが当然だろ
う。
まあ、マサユキには使者としてシュナに伝言を伝えてある。この
大会が終わるまでに、一度ゆっくり話す機会も持てるだろう。
テンペスト
ドワーフ王との宴会にサリオン皇帝も乱入し、お互い俺を介して
紹介するに至る。
今後は技術協力を約束しあい、この魔物の国において重要な開発
が行われる事になるだろう。
重要な話題が酒の席で決められる。
いいのか、そんな事で? そう思わなくも無いけれど、元の世界
でも重要な商談を酒の席で決めたりしていた。
似たようなものだ。
その規模が、会社レベルか国家規模かの違いがあると言うだけの
話なのだ。
予選も含めて何日か通う事になった闘技場への道のりも、観客達
にとっては馴染みのものになりつつある。
快適な宿に、美味しい食事。
行き来の移動は良い運動になるらしく、皆笑顔で本日の試合でど
のような闘いが見られるのか、興奮しながら話をしているようだ。
元から交流のあった国の者同士だけでは無く、いままで付き合い
ダンジョン
の少なかった国の者同士も親しげに話を行っている。
そういう者達に、ちょくちょくと地下迷宮の噂を流す、ミョルマ
イルの配下の職員達。
1646
流石と言うか何というか。
ダンジョン
昨日見たような優れた武器が、地下迷宮の宝箱からも発見された
らしい! などと、まことしやかに噂を流している。
いや、確かにそういう流れになるように指示を出したのは俺だけ
ダンジョン
ど、ここまで上手く事が運ぶとは思わなかった。
何にせよ、その話で護衛の冒険者達も地下迷宮へ興味深々になっ
ているようだし、作戦は成功したも同然だった。
楽しそうな観客達とは対照的に、どんよりとした空気を纏う者も
テング
いる。
テンペスト
長鼻族達だ。
どうも、魔物の国の幹部達の実力を目の当たりにし、自分達の認
識との差異に慌てた様子。
モミジなど、ベニマルの試合を見て顔を真っ赤にし、ソウエイや
いま
ランガの闘いで素に戻り、昨日の一連の試合を見て青くなり⋮⋮
そして現在は、真っ白に燃え尽きたようになっている。
面白いように顔の色を変化させていた。
恐らくは、俺への謁見の際に自分達が取った少し無礼な態度を思
テング
いだし、色々と思う事があるのだろう。
長鼻族が上位の魔物の氏族であり、高い能力を有するという誇り
を持っていただけに、俺達の国の戦力の高さを見縊っていたようだ。
だが、試合を見て、自分達の常識をひっくり返されて落ち込んで
いるのだろう。
モミジがベニマルの試合を見て赤くなったのだけが解せないが、
ひょっとするともう一度友好関係を結びたいと言って来るかも知れ
ない。
そうなれば、ジュラの大森林は事実上完全に俺の支配下となるの
で、俺にとっても良い事なのだけどね。
さて、本日も4試合を予定している。
1647
何故ゴブタが残っているのか疑問だが、上位8名による試合だ。
vs
ソウエイ
さぞかし見ごたえがありそうであった。
ベニマル
さて、本日の第一戦目、
第9試合⋮⋮
ライバル対決、結果が楽しみだ。
この試合は、ソーカとシュナ、どちらがアナウンスを行うかで悩
む事になった。
ソーカはソウエイを贔屓するし、シュナはベニマルの妹である。
どちらも自分が行うと主張し合う所に、
﹁仕方ありませんね、ここは私の出番と言う事ですか﹂
と、シオンが手を挙げたのだが⋮⋮
﹃お前の出番じゃない。座って見ていろ﹄
と、息の合ったベニマル&ソウエイの反対にあい、シオンがアナ
ウンスを行う案は却下されたのだ。
そして結局。
マイク
滅茶苦茶やりたそうにウズウズしていたらしいミリムによって、
拡声器が奪われてしまっていた。
まあね。
どうせ、ずっと大人しく観客席で我慢なんて、出来ないと思って
いたけどね。
1648
一度握ったら放さないだろう。今日は一日、ミリムがアナウンス
を行う事になりそうだ。
観客の反応は概ね良好。
何しろ、見た目だけは、超絶可愛い美少女なのだ。正体に気づか
ぬ限り、何の問題もないといいな∼
投げやりになるのは仕方ない。
後は問題が起きないように、天に祈るのみなのだ。
さて、ミリムの掛け声で、試合開始である。
両者同時に動く。
ソウエイの放つ﹃粘鋼糸﹄の斬撃や絡み取りは、ベニマルの纏う
妖炎により全て焼き尽くされてしまう。
その事は当然予想済みだったらしく、あっさりと﹃粘鋼糸﹄によ
る攻撃を放棄するソウエイ。
そこから、お互いの本気による剣戟が始まった。
ベニマルの持つ紅蓮の太刀と、ソウエイの持つ二本の忍者刀が交
差する。
二刀流のソウエイに対し、一本の太刀と炎による攻撃のベニマル。
ベニマルは物理攻撃そのものを無効化する、高密度の炎のような
存在となっている。
なので、ソウエイの刀でそのまま斬ってもダメージは通らない。
対して、ソウエイには若干とは言え、耐性を超える威力はダメー
ジとして蓄積されていく。
この勝負、ベニマルが有利であった。
仮にソウエイが分身を用いたとしても、能力の完全コピーまでは
不可能なので劣化能力の分身では意思の力の弱さによりベニマルに
通用しないのだ。
それが判っているのか、ソウエイが分身を出す気配は無かった。
このままではソウエイが負ける、そう思った瞬間。ソウエイが消
えた。
1649
攻撃に用いるのでは無く、意識を逸らす目的で分身を使用したの
だろう。
相変わらず芸が細かい。そして、その技は物凄い高等技術である
のは間違いなかった。
全方位からの目を誤魔化す事が可能な程の、見事な写身による隠
遁だったのだから。
そして、相手の意識の外からの攻撃においては、ユニークスキル
﹃暗殺者﹄を防ぐ事は困難だ。
クリティカル
意識した状態ならば回避可能かもしれないが、意識外からの暗殺
攻撃は100%致命攻撃として成功する。
それがユニークスキル﹃暗殺者﹄の能力。
精神から魂への直接攻撃となるので、精神を鍛えていなければ肉
体がどれだけ強靭でも死を免れないのだ。
寸前で止めるだろうけど、ソウエイの勝ちだったか。そう俺が思
った瞬間、
﹁甘い!﹂
そう叫び、ベニマルが死角に出現したソウエイへ太刀を振り下ろ
した。
その太刀はピタリとソウエイの首筋で止められて、ソウエイもそ
の瞬間に動きを止めている。
勝負アリ。
ベニマルの勝利であった。
ベニマルの能力、ユニークスキル﹃大元帥﹄は、軍団の指揮を行
うのに適したスキルである。
対個人戦に向く能力では無いのだが、一点だけ突出した性能があ
った。それが、空間認識能力である。
魔力感知の最上位能力と言えた。
軍団の動きを把握するべく、全方位地中に至るまで、完全に空間
1650
状況を把握出来るのだ。
一度認識した者へもそれは適用されるらしく、影移動のような亜
空間へ逃げてもベニマルの認識からは逃れる事は出来ないようだ。
その認識範囲はかなり広い為、実質ベニマルへの不意打ちは不可
能と言える。
ソウエイにとって、もっとも相性が悪いのがベニマルだったと言
う事か。
﹁ッフ。初めてお前に負けたな﹂
﹁ああ、一勝千引き分け、だ﹂
レベル
﹁一敗、か。もうお前とは闘う事は無いな。これ以上、負けを増や
したくない﹂
﹁ははは、能力の相性のお陰、だがな。単純な技術では、互角だよ﹂
レベル
お互いに苦笑を浮かべ合う、ベニマルとソウエイ。
確かに、技術は互角だった。身体能力もほぼ互角であり、違いは
ユニークスキルの性能か。
本当に素晴らしい試合だった。
テング
ミリムのベニマル勝利の宣言を受けて、闘技場は割れんばかりの
拍手に包まれる。
先程まで真っ白になっていた長鼻族の長老の孫娘モミジも、顔を
再び真っ赤に染めて、立ち上がって拍手していた。
もう復活したようで、何よりである。
いきなり最初の試合から、熱い熱闘だったと言える。
ライバル対決は、ベニマルの勝利で決着し、お互いの立ち位置も
決定したのであった。
ベニマルが表、ソウエイが裏。
それは今まで通りでもあるのだが、決定的に立場が確定したのは、
この瞬間だったのである。
1651
ゴブタ
vs
ランガ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第10試合⋮⋮
最初の試合の余韻も冷めやらぬ中、昼食を前にして本日の第二試
合が開始されようとしていた。
場違い男ゴブタと、ガビルで遊び足らなかったのかやる気満々の
ランガである。
ああ、ゴブタの不幸で飯が美味い。そんな状況にならねば良いが
⋮⋮
開始の合図と同時に、ゴブタが走り出した。ランガに向かって⋮⋮
自爆か!?
そう思ったが、
﹁やるっす⋮⋮やってやるっすよ!!﹂
と、死にそうな程の気迫を込めて、ゴブタが叫んでいるのが聞こ
マジ
えた。
本気か。やるじゃん、ゴブタ。
玉砕覚悟とは、君の勇姿は忘れない! サヨナラ、ゴブタ!!
1652
心の中でゴブタに敬礼し、ああ、ゴブタの不幸で飯が旨くなりそ
うだ、なんて失礼な確信を持ったその瞬間、
ゴブタがエクストラスキル﹃同一化﹄を行使し、ランガに取り付
いたのだ!
はあ!? 驚く俺。そして、ベニマルやソウエイ、シオンまでも
目を見開いて驚愕している。
完全に予想外。
何やっているんだ、アイツ!? てなものである。
黒稲妻
フルポーション
を自分の背中に張り付い
同化された側のランガが嫌がるように暴れるが、振り落とす事は
出来ないようだ。
ついにランガが怒ったのか、
ているゴブタ目掛けて放出した。
ゴブタ、終わったな。そう思い、慌てて完全回復薬を持って行こ
うとしたのだが⋮⋮
﹁アガギャァアア⋮⋮アアあ、あ、あ? あれ? あれれ? 痛く
ないっすよ?﹂
キョトンとした顔をして、ゴブタが呟いた。
マジで!? 今度こそ、俺も驚愕しゴブタを見詰める。
余りにも凄まじい雷の光に、観客達も勝負付いたと思っていたよ
うだ。
フルポーション
その威力を知る幹部連中は、ゴブタ、死んだな⋮⋮可哀相。とま
で思った者も居た模様。
それも仕方ない。俺でさえ、死ぬ前に完全回復薬を振りかけよう
と焦ったぐらいなのだ。
だが、当の本人は平然とした様子。
グヌヌヌ、というランガの歯軋りが聞こえそうである。
オレニチカラヲ
︽確認しました。個体名:ゴブタが、ユニークスキル﹃魔狼召喚﹄
1653
を獲得しました。
尚、召喚された魔狼との同一化も行えるようになった模様です
な、何だって∼∼∼!! ゴブタ、天才か!?
いや、ヤツは元から天才だったな。
という事は、現在その同一化状態と言う事。
︾
ランガの支配までは出来ていないようだが、ランガの一部と化し
て耐性はランガに準じる様子。
つまり、ランガの能力でランガが傷つかない以上、ゴブタにダメ
ージは通らないだろう。
という事は、良くて引き分け。だが、この場合はゴブタの勝利だ
ろう。
ミリムが、どうする? という感じの視線を投げかけて来たので、
俺もゴブタの勝ち! と合図を返した。
﹁この勝負、終了! 勝者は、ゴブタ!!﹂
ミリムが宣言した。
闘技場が歓声で大きく揺れた。
ゴブタもランガに振り回されて、暴れ馬に乗りこなすカウボーイ
の様になりながら喜びの表情になる。
その宣言を受けて、ランガが耳をペタンと倒し、ションボリと座
り込んでしまった。
尻尾も力なく、ダランと投げ出されている。
﹁やった、やったっすよ! 自分の勝ちっす!!﹂
ゴブタが喜びの声をあげ、トーカやサイカ、ナンソウやホクソウ
達に祝福の言葉を受けていた。
いや、実際大番狂わせである。
1654
今回は賭けは行っていなかったけれど、賭けるならゴブタには賭
けていないだろう。
素直に賞賛しても良い、大金星だった。
ゴブタ、ここぞという時にはやるヤツだったが、恐ろしい成長を
見せたものである。
試合の最中に恐れずランガに挑んだからこそ、ユニークスキルの
獲得に繋がったのだ。
今日ばかりは、素直にゴブタを褒めてやろうと思ったのだった。
本日の二試合目は波乱の結果となり、ゴブタの勝利である。
ラファエル
正に予想外。
この結果も智慧之王の予想通りだったのか、少し興味が湧いたけ
ど、きっと答えてはくれないだろう。
勝利に喜ぶゴブタを眺め、そんな事を考えたのだった。
昼休憩に入る前に、ランガがトボトボと戻って来た。
﹁申し訳有りませぬ、我が主よ⋮⋮みっともない闘いをお見せしま
した⋮⋮﹂
項垂れて、反省したように述べるランガ。
だが、あれは在る意味、ゴブタの執念勝ちである。まあ、ランガ
の油断もあったのは間違いないけど。
なので、
﹁ランガ、これで理解出来ただろう? 格下と侮って、遊んでいる
からこういう目に逢う。
今後は、少し自重して、相手を見下すのは止めるように!﹂
﹁御意⋮⋮。我は、少し自分の力に自惚れてしまっていたようです。
今後の戒めと致します﹂
1655
どうやら判ってくれたようで、何よりである。
最近ハシャギ過ぎていたから、良い薬となっただろう。寧ろ、こ
こで気付かせてくれたゴブタに感謝しても良いくらいである。
俺がそういう意味の事を言うと、
﹁無論、ゴブタには感謝しております。彼が我を呼ぶならば、我は
助力を惜しまぬでしょう﹂
と、力強く頷いていた。
ゴブタも、ランガ召喚というかなりズルイ能力を得た。
オレニチカラヲ
今後は二人仲良くなって貰い、お互いに助け合ってくれると良い
ラファエル
のだけどね。
智慧之王が言うには、ユニークスキル﹃魔狼召喚﹄とは俺の能力
の劣化版らしい。
なので、俺の方が上位権限を持っているとの事だったが、同時に
ランガを必要とする場合で無ければ問題ない。
今後はゴブタを助けるように、俺はランガにお願いしたのである。
vs
ゴブタ が確定しているので、これも見応えの
つまり、次の試合でランガ召喚も使用出来るようになる。
ベニマル
ある試合になりそうだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
1656
ベレッタ
vs
ディアブロ
昼休憩も終わり、次の試合が始まろうとしていた。
第11試合⋮⋮
これも実力者同士の闘いであり、勝敗が判らない。
実に楽しみな試合である。
お互いに声を掛け合うでもなく、スムーズに試合が始まった。
見所として、お互いに殆どの攻撃を無効化する能力を有している
というのが挙げられる。
圧倒的な威力の大技を用いてもダメージが通らず、丁寧にダメー
ファイアボール
ジを蓄積させる小技の方が有効と言う事も有り得るのだ。
実際、核撃魔法で範囲を焼き払うよりも、火炎球に一点集中させ
て熱量を解き放つ方が、個人戦ではダメージが大きい。
核撃だと広範囲を高温にするので、熱線や爆風で仕留められなく
ても肺を焼く等して、魔法耐性の無い一般兵や弱い者を薙ぎ払うの
には向いているけど、上位の結界を張れる上級者を倒すには向かな
いと言う事である。
今回のように、上位存在であるベレッタやディアブロならば、大
技よりも小技の積み重ねが重要だと言えるだろう。
さて、どのような闘いになるやら。
ファイアボール
ディアブロが無詠唱で、複数の火炎球をベレッタへと放った。
呆れる程の熱量で、溶かすつもりだったのかもしれないけれども、
当然ベレッタに熱攻撃は通用しない。
反撃とばかりに無傷のベレッタが、
カラミティ・カノン
﹁聖魔滅殺砲!﹂
1657
両手を重ね合わせ、ユニークスキル﹃聖魔混合﹄による必殺技を
放った。
いきなりの大技。この技は、聖と魔の両極の属性を併用した無効
化出来ない攻撃である。
しかし、
﹁クフフフフ。流石に、小手先の技は通用しませんね。
しかも、貴方を試すような真似をしていると、此方が敗北してし
まいそうです﹂
テレポート
瞬間的にベレッタの背後に瞬間移動して攻撃回避を行った様子。
必殺技を放ったベレッタに対し、無傷で回避してみせたディアブ
ロがそう声をかけている。
を発動させて回避可能なのだろう。
どれだけ威力ある必殺技でも光速でも無い限り、デイアブロは
パラダイス・タイム
誘惑の世界
これで、ベレッタは必殺技を封じられた。だが、慌てる事無く、
﹁なるほど、流石はディアブロ様。私よりも長き年月を生き抜いた
大悪魔なだけの事はあります。
しかし今の私は、貴方様と互角。手加減は無用、全力でお相手願
います!﹂
そう叫ぶや否や、両手に闘気を纏わせてディアブロに攻撃を仕掛
けていく。
﹁クフフフフ。若造が、言うではないですか。良いでしょう、少々
本気で相手して差し上げよう!﹂
ディアブロもベレッタに呼応するかの如く、両手に﹃魔王覇気﹄
を収束し、迎え撃つ。
1658
いきなりの肉弾戦が始まった。
殴り殴られ、蹴りを放って蹴り返される。
魔法戦が得意なディアブロが不利だと思ったが、意外な事に互角
以上にディアブロが強かった。
徐々にディアブロの攻撃が当たる回数が増え、ベレッタが押され
ていく。
結局の所、精神世界であれ物質世界であれ、お互いの能力が通用
しないのならば、気力が勝負を左右するのだ。
相手の意思を砕き、防御結界を破る。
そうして、相手を上回った方が勝者なのだ。
良い試合だった。
観客にも理解しやすい試合内容だった事もあり、誰にでも判る形
で勝負はついたのだ。
闘技場中央に立つのは一人。
ディアブロである。
勝者はディアブロ、気力の差による勝利であった。
ベレッタ
ライオンマスク
﹁まあ、お前の鉄屑も良く頑張った。
ライオンマスク
ベレッタ
だが、ワタシの獅子覆面に勝ったアイツが強かったのだ。
つまりは、ワタシの獅子覆面がお前の鉄屑に負けたのでは無いと
言う事だな!﹂
ミリムが、ラミリスを慰めてるのか言い負かしてるのか良く判ら
ぬ事を言い出している。
アナウンスにて、ディアブロの勝利宣言をした直後に、わざわざ
それを言いに来たのだ。
余程、ラミリスに言われた事を根に持っていたのだろう。
グヌヌ、とラミリスも悔しそうだが、こればかりは実力差である。
明白すぎて言い返せないようだった。
1659
こうして本日の第三試合は、泥臭い殴り合いになったが、その様
な雰囲気は微塵も感じさせぬ良い試合になったのだ。
1660
ハクロウ
vs
112話 武闘会−本選 その7
第12試合⋮⋮
本戦開始3日目の最終戦。
シオン
闘技場中央にて、ハクロウとシオンが相対している。
緊張した空気を漂わせる中、普段と変わらぬ様子のミリムが、
﹁始め!﹂
と、掛け声を掛けた。
手馴れて来たもので、流暢にアナウンスを開始する。
ちなみに、ソーカはレフェリーは行っていない。勝利宣言を行う
のみである。
真剣での斬り合いを中断させたりするのは危険なので、実況だけ
行っている感じだ。
ミリムもそれを真似て、試合の邪魔をするような行為は行ってい
ない。
何か出来るのが楽しいようで、俺が心配していたような暴走をし
ていないので助かっている。
試合に目を向けよう。
お互いに剣を向け合い、静かな佇まい。
ベニマルとソウエイの剣戟のような激しい斬り合いを演じるでも
無く、淡々と小手調べの様な攻防を行っていた。
穏やかに流れる川のように。
だが、突然の豪雨で川は氾濫する。
ハクロウが裂帛の気合とともに、シオンへ斬りつけた。
だが、シオンに焦りは無く、対処法のお手本のように剣を傷めぬ
1661
力加減でハクロウの斬撃を受け流す。
静のハクロウに対し、動のシオン。
そういう印象だったのだが、この闘いでそのイメージが一変しそ
うであった。
昨日の闘いもそうだが、明らかにシオンは成長している。今まで
の様な力任せの闘い方では無く、戦術を組み立てる理性的な技術を
重視した闘い方へと変化したのだ。
レ
それは、力と技が合わさったという事であり、強さが一段階上に
レベル
上昇した事を意味する。
ベル
センス
技術では、依然ハクロウに及ばないだろうが、高い身体能力と技
術を補う直感によって、ハクロウと互角に闘っているのだ。
いや、互角では無いな。
シオンの流麗な剣の技に、剛力が無理なく加えられている。技が
未熟ではあれど、それはハクロウと比べた場合の話である。
現に、本気で打ち合った際に押し負けたのは、ハクロウであった。
ハクロウの剣術で、シオンの剣撃を受け流せなくなってきたよう
である。
﹁成長したな、シオン⋮⋮。まさか剣の腕でここまで遣りあえると
は思わなんだぞ﹂
﹁ふふふ、私もいつまでも暴れるだけでは無いのですよ。
遥かな高みへと至る事こそが、私の望み。
その先に立たねば、リムル様のお役に立てなくなってしまいます
し﹂
剣が交差し、お互いの剣を弾き合う。そして、距離を取って再び
対峙した。
俺が思った以上に、高度な剣士の試合の様相を見せ始めていた。
1662
ハクロウは、シオンの成長を目にし、満足気に頷く。
ソウエイは元より手の掛からぬ弟子であった。
自分の才能と役割を弁え、図に乗る事なく精進する。理想の弟子。
ソウエイに対し、ベニマルとシオンは対照的であった。
いくら教えても、理論よりも実戦。そして、技術よりも力! そ
オーガ
れを地で行く性格をしていたのだ。
しかし、大鬼族の若武者としてのベニマルは、元より強い責任感
を持つ少年だった。
だからこそ、自分の慢心により身内に被害が出る事を自覚さえす
れば良かったのだ。そうして、将としての自覚と責任が身に付いた
ベニマルは、ハクロウの思う以上に成長が著しい。
ハクロウとしても、実に喜ばしい事であった。
だが、それ以上に問題児であったシオンの成長の方が、ハクロウ
にとっての驚きであり、喜びであった。
一時期、死の淵より蘇ってからのシオンの暴虐は、目に余るモノ
があった。
精神が安定していないのか、心に陰りがあるからなのか。
身内以外の者への憎悪が激しく、その心を染め上げているかの如
紫克衆
ヨミガエリ
への特訓の様子も見学したが、あれは特訓では無く八
くだったのだ。
つ当たりのような感じを受けた。
死亡した事が、シオンの精神を狂わせたのか? そう心配してい
たのだ。
もし、シオンが害を為す者になるのならば、自らの剣で始末しよ
う、そう決意していたのである。
しかし、シオンは成長を見せた。
聖騎士達との戦いの後、リムル様に諭されてから、シオンはまた
1663
変わったのだ。
結局の所、シオンは恐怖していたのだろう。
殺される恐怖。
それは、死ぬ事が怖いのでは無く、役に立つ事も無いまま消える
事が怖いのだ。
自分が何の役にも立たず、リムル様に忘れられてしまう事を何よ
りも恐れていたようだ、とハクロウは分析する。
だからこそ、少しでも目立つ他者よりも優位に立とうとする。
序列などと言う下らぬ事に拘ったのも、それが原因。
他者を羨み、リムル様の興味と寵愛を独占するのが自分でなけれ
ば、忘れ去られて置いていかれてしまうと恐れたのだ。
その嫉妬の心が、暴走の原因。
だが、リムル様が自分達を忘れる事が無い、それを実感したから
こそ、嫉妬の心が消えたのだろう。
つまりは、親に見守られているという安心感のようなものが、シ
オンの心を守ったのだ。
今の、シオンの迷い無き太刀筋が、その事を言葉以上に雄弁に物
語っている。
このまま成長を続けるならば、技術面でハクロウを抜く日も遠く
なさそうだ。
︵ならば、ワシもゴブタやガビルといった、若者達の面倒に専念出
来るのじゃがな︶
そう考え、嬉しそうに口元を綻ばせる。
﹁さて、この剣を受け止めれたならば、免許皆伝をくれてやるわい
!﹂
そうシオンに声を掛け、仕込み刀を再び鞘にしまう。
次の一撃で勝負が決まる。
シオンの成長を見れたのは僥倖だった。
1664
後は、この戦いを楽しむだけである。
ハクロウが抜刀術を行使するつもりだ。
それは、シオンにも理解出来ていた。
だが、シオンは慌てない。元より、自分には抜刀術など使えない
し、初速を高めるにも大太刀では抜刀に不向きなのだ。
出来なくはないが、今は使うべき時では無い。
シオン達にとって、ハクロウは親代わりの様な人物である。
幼い頃から面倒を見て貰っており、頭が上がらぬ人物の一人でも
ある。
だからこそ、その人物に認められるのは、シオンの目標の一つな
のだ。
そして、その人物を越えて、自分は成長する。シオンはそう考え
る。
つい最近まで、自分の心を占めていた表現のしにくい不安な感情
は、綺麗さっぱり消えている。
死ぬ事は怖くない。
しかし、死んで忘れ去られる事は恐怖であった。
だが、最早大丈夫。
リムル様が自分を忘れる事は無いと確信し、その事はシオンの不
安を払拭していた。
不安が払拭されると同時に、他者を羨むのは意味が無い事だと悟
っている。
そう、羨むのでは無く、超克すれば良い。
シオンは、他者では無く、自分自身を超える事に意味を見出すよ
うになっていた。そうすれば、常に成長を続ける事になるのだ。
その歩が遅くとも、自分達の長い寿命があれば儚き者達では到達
出来ぬ次元にも辿り着く事が出来る。
1665
そう考えた時、シオンから焦りが消えていた。
焦りや迷いが無くなった事が、シオンの成長を加速させたのだが、
皮肉な結果と言えるだろう。
嫉妬の芽
もまた、変化を見せて
そして、シオンも気づき得ない事なのだが⋮⋮
シオンの心に芽吹いていた、
いたのだ。
焦りや迷いが消えると同時に、他者に対する嫉妬心も消えている。
結果、芽吹いていた芽は逆巻きするかの如く種子に戻り、心の奥
深くで眠りについた。
そして、シオンの感情に嫉妬を芽生えさせる事も無くなったのだ。
魂と同化したその種子が消える事は無く、魂の波長と混じり合い、
鼓動を刻む。
嫉妬が芽生える事が無いから焦りや迷いが消えたのか、焦りや迷
いが消えたから嫉妬に狂う事が無くなったのか、それは定かでは無
いのだけれども。
ともかく、シオンは変化し、現在に至る。
次にハクロウが放つのは、間違いなく抜刀系の剣聖技であろう。
それを受け止める事が出来れば、抜刀系の弱点である連続性の脆
弱さから自分に勝機が訪れる。
勝負は一瞬。
シオンは全身全霊を掛けて、ハクロウの攻撃に備えて構えを取っ
た。
﹁朧流水斬!﹂
ハクロウの姿が、朧げに滲むように希薄になり、速度で劣るはず
なのにシオンの認識を阻害し一瞬で眼前に出現したと錯覚させる。
流れるように煌く刃を首筋に向けて切り落とし、ハクロウの勝利
が確定するかに見えた。
1666
﹁まだだ! 闘神解放
!!﹂
シオンは、変化したユニークスキル﹃闘神化﹄を使用する。
シオンの迷いが消えた時、﹃悪魔化﹄のスキルが、﹃闘神化﹄に
変化したのだ。
狂戦士化のように、意識が無くなり暴れるようなスキルではなく、
純粋に力と体力を上昇させる能力。
ベニマルの﹃魔炎化﹄のように、精神生命体の性質を持つ事が可
能になる能力である。
エネルギー
この状態のシオンは、肉体の強さがそのまま精神体に移った状態
となる。しかし、魔素の流失量が激しすぎて、長時間の使用は出来
ないのだ。
この一瞬、この攻防で決着がつくという判断。
今の自分では、ハクロウに及ばない。だからこそ、全能力を駆使
するのだ。
ユニークスキル﹃闘神化﹄の影響を受けて、シオンの全身から凄
まじい勢いで闘気が溢れ出る。
朧流水斬
さ
同時に、全感覚が研ぎ澄まされ、力が溢れ出てくるようにシオン
には感じた。
知覚速度の上昇すらも惑わせていた、ハクロウの
えも、今のシオンにはハッキリと認識出来ている。
回避は必要ない。
あの刀で、自分がダメージを受ける事は無い。一瞬でその事を理
解するシオン。
しかし、シオンは躊躇う事なく彼女の持てる最大の技で応じる事
を選択した。
カオティックフェイト
﹁天地活殺崩誕!!﹂
1667
結果すらも改竄する、ありったけの意思を込めて。
下から切り上げるように、身体を捻り上げ大太刀を巻き上げ、ハ
クロウの剣を迎え撃つ。
シオンの首筋を目掛けて斬りつけられていた筈のハクロウの剣に、
迎え撃つシオンの大太刀が吸い込まれていった。
間に合う間合いでも速度でも無かったにも関わらず、加速したシ
オンの剣速は、その常識を打ち破り結果を書き換えた。
光が瞬き、折れた刃が宙に舞った。
シオンの大太刀が、ハクロウの仕込み刀を叩き斬ったのだ。
返す刀で、シオンがハクロウの頭上から大太刀を振り下ろす。
により受け止められる。
甲高く澄んだ音色が響き、シオンの大太刀は、ミリムの持つ魔剣
天魔
﹁止めい! それ以上は、禁止だ。この勝負、シオンの勝利とする
!﹂
ミリムは何事も無い様子で、シオンの勝利を宣言した。
歓声に包まれる闘技場。
ミリムが間に入り、シオンの剣を止めたのだと、気付いた者は少
ない。
だが、ハクロウとシオンは同時に理解していた。もし、あのまま
斬り付けていれば、蘇生も間に合わない致命的なダメージをハクロ
ウが受ける事になっていた事を。
﹁すみません⋮⋮ハクロウ。私の成長を見て貰いたくて、つい⋮⋮﹂
﹁なーに、構わんよ。ワシもお前の本気が見たかった。いや、見れ
て満足じゃよ﹂
謝るシオンに、許すハクロウ。
1668
その二人に向けて、
﹁おい、シオンと言ったな。お前、このワタシが今度直々に鍛えて
やろう。
喜ぶが良い! 今の一撃は、魔王すらも切り殺せる一撃だったぞ﹂
と、声をかける。
しかし、
﹁え、いや遠慮します。だって、私は別に強さに興味ありませんの
で!﹂
天魔
に傷を付けたのだ、その責
流石に、暴君ミリムの相手は御免だとばかりに、シオンは逃げる
事を選択した。
﹁なんだと!? ワタシの魔剣
任を取るべきだろ!﹂
と、ミリムが騒ぐが、気にしたら負け。
シオンはそう判断し、速やかに闘技場からの脱出を決定した。
ジャッジ
﹁いえ、それは傷ではなく、錆びが落ちただけです。問題ありませ
ん。
今日は、適切な審判、ありがとうございました!﹂
それだけ言うと、速やかにその場を後にして逃げ出すシオン。
ミリムは、むむ!? という顔をしていたが、諦めたかのように
笑い出した。
闘技場にミリムの笑いが木霊する。この勝負、シオンの勝ちであ
った。
1669
3日目の最終戦、勝者はシオン。
これで、ベスト4名が出揃ったのである。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
驚いた。
シオンがハクロウにまともに相対出来ているのもそうだが、勝利
した事でより驚いた。
だが、一番驚いたのは、ミリムが空気を読んで介入した事である。
あの時、ミリムの介入が無ければ、ハクロウは死んでいたと思う。
良くぞ介入してくれたものだ。
ソーカが実況していれば、間に入る事も出来なかった。
今回は、ミリムにお願いしていて助かったと言える。
﹁ミリム、あそこでシオンを止めてくれて助かった、有難う!﹂
俺が礼を言うと、
﹁わはははは! なーに、良いって事よ。
しかし、あのシオンと言うお前の部下、あれは成長するぞ。
ギィのヤツが気にしていたのも頷けるな!﹂
1670
と、笑って答えた。ついでに、
﹁という事だし、明日もワタシが実況する事にしようかな﹂
ユス
と、ニッコリ首を傾げつつ、俺に強請る。
断れる筈もない。
チラリ、とソーカを見ると、
﹁判りました。では、ミリム様。二人で実況しましよう!﹂
譲るつもりは無いようだ。
まあ、いっか。明日も何かあるかも知れない。
明日の試合の実況は、ミリムとソーカの二人で行う事を了承した
のだった。
第13試合⋮⋮
シオン ベニマル
vs
vs
ディアブロ
ゴブタ︵+ランガ︶
四日目の予定は、
第14試合⋮⋮
そして、3位決定戦である。
さて、どうなるだろう。
明日の結果に思いを馳せつつ、俺達は帰路につくのだった。
1671
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
その夜。
先延ばしになっていた、勇者マサユキとの食事が実現した。
まあ、そんな大げさなものではないけどね。
﹁は、ハジメマシテで、いいのかな? 勇者︵笑︶マサユキです⋮
⋮﹂
赤面しつつ、自分を勇者と名乗るマサユキ。
うん。元の世界の感覚ならば、自称勇者ほど恥ずかしいモノは無
いだろう。
まるで、脳筋のゲーム内で勇者と馬鹿にされて呼ばれるような気
分なのだろう。
そして、一度俺が声を掛けた時に会っている。
その時は、ユウキによる洗脳が残っていて、反応を返していない
のを覚えているのだ。だから気まずい気分になっているようだった。
何しろ、俺は魔王。
相手にしてみれば、自分に倒せと言われた敵の親玉なのだ。
複雑な心境にもなろうと言うものだった。
しかし、食事を用意させ一緒に食べていれば、そうした蟠りも解
けるはずである。
﹁まあ、会ったのは最初じゃないけど、初めまして、かな。
俺が魔王リムル。本名、三上悟です。元サラリーマンなんだよ、
俺﹂
1672
と、気分をほぐすように最初にぶっちゃけた。
捨てた名前を久々に名乗ったが、思ったよりもしっくりする。
﹁え? もしかして⋮⋮日本人、ですか?﹂
まあ、見た目は美少女。信じられないのも無理はない。
﹁まあ、な。その辺も食べながら話そうか﹂
そう言って、食事に誘った。
目の前に並べられる寿司やうどんにマサユキが感激し、まともな
会話が出来るようになったのは食後の事である。
﹁わかりました。僕は、三上さんの手下でいいです!﹂
俺がまだ何も言っていないのに、飯を食い終わった途端に、そん
な事を言い出した。
何がわかったというのか? 俺にはさっぱりわからん。
いやまあ⋮⋮、日本食に飢えていたのだろうな、とは理解出来る
んだけどさ。
﹁手下、ってお前⋮⋮﹂
﹁いえ、大丈夫です。勇者になんて、未練ないですから。
ぶっちゃけ、﹃マッサユキ﹄とか言われるの恥ずかしいし。
いや、本当、どうやって辞めようか悩んでいたんですよ﹂
と、ぶっちゃけた事を言い出す。
元の世界では進学校に通う、それなりに頭の良い優等生だったそ
うだ。
1673
こっそりと隠れ趣味で、漫画やラノベを読むのが好きだったそう
だが、おかげで英雄願望など持ってしまってこの様だとぼやき出す。
その後、色々と語り合い、お互いの事情も説明しあったのだ。
まあ、俺は軽く話しただけで、殆ど聞く専門になっていたのだけ
れども。
よっぽど語りたかったようで、長々と詳しく説明してくれた。
マサユキの仲間達は、マサユキを神の様に崇めるので、本音で語
る事も出来なかったそうだ。
そういう事情もあり、大分ストレスが溜まってたらしい。
ユウキについても詳しく聞いた。
まあ、予想通り。初期に洗脳に近い思考誘導を受けたようで、あ
る程度の裏づけは取れた。
完全に精神支配を行わないのが疑問だが、これも予想が付く。
同時に複数名に対し、完全支配が困難なのではないかというのが
推論だ。
意思を支配するのは、ユニークスキルを持つような有用な人材が
望ましく、そうした人材は意思が強いから支配しにくい。
だからこそ、初期の成長しきっていない段階で、影響を及ぼす必
要があるのだろう。
﹁でも、思考誘導、ですか?
それを受けていた間の記憶はあるのですけど、僕としては助かっ
たのも事実ですけどね。
恥ずかしい思いをせずに済んだってのもあります。
ユウキ
だけど、そのお陰で、思い出して悶絶する訳で⋮⋮ やはり、アイツは許せないですね﹂
気付いたら勇者で、それなりの実力が身に付いていた。
その事はいいけど、その記憶が恥ずかしい、そういう感じらしい。
まあ、忘れるしかないだろう。しばらく悶絶しそうだけど。
1674
結局、マサユキは俺に協力する事を約束してくれた。
聞き出せた情報に有益そうなものもある。
思い出したらまた連絡してくれる事になったし、暫くはこの町に
マンガ
滞在する事をすすめた。
何より、彼の記憶にも用事があるのだ。
今後も暫くは、話し相手になって貰うつもりであった。
こうして、マサユキとも友誼を結び、新たな仲間を得たのである。
1675
113話 武闘会−本選 その8
大会も残す所、後二日。
ダンジョン
今日が最後の山場となり、明日は決勝を残すのみになる。
午前で決勝戦を行い、昼からは地下迷宮内を案内する予定であっ
た。
しかし、この闘技場、気合をいれて出来る限り頑丈に造ったと言
うのに、所々破壊された跡が見える。
応急処置にて試合に影響は出ないのだけれど、たった数日でこの
有様とは、予想以上の激闘になったようだ。
まあ、観客席にまで影響が出なかったのでよしとする。
出るハズは無い。出たら大問題なので、念入りに結界を張ってい
るのだ。
さて、もう一つ予想外だったのが、ソーカやミリムの圧倒的な人
気である。
特にミリム。
たった一日実況を行なっただけで、根強いファンを獲得した模様。
貴族や冒険者、ジュラの大森林の有力な魔物達の間で、絶大な人
気を獲得していた。
まあ、正体を知らないからこそ、気軽に﹃ミリムちゃ∼ん!!﹄
とか、﹃ミ・リ・ム・様∼∼!!﹄だのと、声援を送れるのだろう
けど。
何故かソーカは呼び捨てされているのに、ミリムを呼び捨てにす
オーラ
る者が居ないのが面白い。
あれか? 覇気的なものがにじみ出ているのだろうか?
まあ、ミリムだし。
そういう事があっても不思議では無いだろう。
1676
今日は午前に二試合行い、昼から3位決定戦である。
疲労の関係で、最初の試合の方が若干有利だが、その程度は言い
訳にならない。
頑張って、連戦を視野に試合を行って貰いたい。
ベニマル
vs
ゴブタ
さて、そろそろ本日の最初の試合が始まる時間だ。
第13試合⋮⋮
緊張したゴブタと対照的に、ベニマルは悠然としている。
ちなみにゴブタには、ランガを召喚し戦わせるだけと言うのは禁
止と申し伝えていた。
それではゴブタがランガより上位と認識されてしまうし、試合と
しても面白みにかける。
この試合は、あくまでもゴブタが主役なのだ。
﹃始め!!﹄
ミリムとソーカ。
息の合った掛け声で、最初の試合が始まった。
﹁うぉーーー、やるっすよ!﹂
と、昨日のように突っ込んで行くゴブタ。
それは無理だと思ったが、案の定、ベニマルに躱され蹴りを入れ
られている。
﹁うむ! 予想通り、ゴブタではベニマルの相手にならんぞ!
1677
ランガ
さっさとワン子を召喚するが良い!﹂
めいれい
身も蓋もなく、ミリムがアドバイスしている。
﹁おっと、やはり顔面偏差値が高い方が強いのか!?
ゴブタ選手、ベニマル選手に手も足も出ないぞ∼!﹂
ソーカの贔屓目の実況が心を抉る。
このアナウンスに、顔に自信の無い者達が涙した。
﹁へへ、予想通り、っすよ⋮⋮。
魔狼合一
ヘンシン
!!﹂
今の自分も実力で、何処までやれるか試して見たかったんス。
でも、歯が立たないっすね。
使わせて貰います。
オレニチカラヲ
ユニークスキル﹃魔狼召喚﹄、更に! ゴブタ、今のベニマルの蹴りで瀕死だったのだが、見る見る怪我
が治癒されていく。
空間に歪が生じ、ランガが呼び出された。
そして⋮⋮
ゴブタの身体を覆うように、ランガとゴブタの同一化が行われる。
ゴブタの身体が一回り大きくなったような状態であり、狼の毛皮
の鎧のように、ランガが頭から全身を覆う姿に変身していた。
人型のランガ、とでも言えばいいのだろうか?
正直な感想を述べるならば、ゴブタには勿体無い程、格好良い。
ちくしょう、ゴブタの癖に、変身だと!? という思いである。
﹁う、うおぉーーー!! かっこいい!! 何それ、格好いいぞ!
!﹂
1678
実況を忘れ、大ハシャギするミリム。
う、む。そう言いたくなる気持ちはわかる。
畜生、ゴブタめ。思った以上に、見た目から素敵な能力にしやが
った。
﹁へへ、次は自分の番、っすよ!﹂
そう叫び、ゴブタが消えた!
いや、俺の目には当然見えている。一般の人には消えたように見
えるって話だ。
﹁ご、ゴブタ選手が消えたぞ!? 一体何処へ⋮⋮?﹂
その時、ドオオオン!! と、闘技場の観客席の下の壁面で爆発
が起きた。
丁度、俺達が居る貴賓室の真下に当たる。
俺にはハッキリ見えていた。
ゴブタが格好よく宣言し、走り出した。しかし、止まる気配も無
くそのまま壁に突っ込むまで、その全てを。
このバカ、まるで力と速度を制御出来ていないのだ。
判り安く例えるならば、走ろうと意識し、止まろうと考える。元
の能力を基準にゴブタが意識した事により、ランガの瞬速では何処
までも走り抜けてしまった、とこういう事である。
しかも⋮⋮
﹁おおっと、ゴブタ選手、起き上がって来ないが、大丈夫か!?﹂
ソーカが言う通り、ゴブタは起き上がって来ない。
物理ダメージで動けないのでは無い。びっくりして、気絶してい
るのだ。
1679
なんと言えばいいのか⋮⋮
その格好いい姿を見せた直後、その情けない姿を晒す。ある意味、
ゴブタだな、としか言い様がない。
﹁おい、お前。ワタシを舐めてるのか? ちょっと向こうで話そう
か?﹂
ツカツカツカ、とゴブタの所まで歩いていき、ゴブタを片手で持
ち上げるミリム。
ニッコリと笑顔だが、目が笑っていない。
﹁勝者はベニマルだな、こんな無様な試合になるとは思わなかった
ぞ⋮⋮
さっきの期待と興奮をどうしてくれよう⋮⋮﹂
ミシっと音が鳴りそうな程ゴブタを持つ手に力が込められている。
そしてその言葉を残し、ゴブタを連れて闘技場から出て行った。
ジャッジ
﹁ええっと、どうやら審判が出ました!
自爆! ゴブタ選手の自爆負けにより、ベニマル選手の勝利です
!﹂
﹃ブーーー! ブーーーーー!!﹄
盛大なブーイング。
そりゃあ、そうだろう。開始そうそうに自爆負け、しかも準決勝。
金を払っていれば、返却しろと文句が出ても不思議では無い。
しかし、哀れにもミリムに引きずられて去って行くゴブタの姿を
見ていると、文句を言う気は消えて行く。
サヨナラ、ゴブタ。君の勇姿は忘れない!
1680
せっかく格好良く変身したのに、結局はより大きなミリムの怒り
に火を注ぐ結果になってしまうなんて。
ミリムを期待させた分、より大きな怒りの反動がゴブタの身に降
り注ぐ事になりそうであった。
﹁我が主よ、只今戻りました!﹂
サラっと、ゴブタを見捨ててランガが帰還する。
そりゃそうか。とばっちりは受けたくないだろうし。
闘技場から出た時点で、ミリムに断って逃げて来たようだ。
後は、ゴブタの冥福を祈るとしよう。
教訓。
幸運過ぎると、反動が怖い。
昨日まででゴブタは幸運を使いすぎていた。その結果がコレだ。
今後は地道に運だけで無く実力も身につけて行って欲しい。
そう願い、ゴブタの今後の活躍に期待しよう。
まあ、ミリムと話し合って生き残れたら、の話である。
シオン
vs
ディアブロ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
第14試合⋮⋮
1681
注目の試合である。
ミリムはゴブタに重要な話があるらしく、戻って来なかった。
余程ご立腹だったようだ。
ゴブタも、とんでもない地雷を踏み抜いたものである。
お蔭で、実況はソーカが一人で行う事になった。
﹁始め!﹂
開始の掛け声が響き、試合が始まる。
この二人、果たしてどちらが強いのか?
小手調べは必要無い、それが両者の意思だったのか、
カオティックフェイト
エンド・オブ・ワールド
﹁天地活殺崩誕!!﹂
﹁世界の崩壊﹂
同時に、お互いの必殺技を放った。
能力を有している。
シオンの必殺技は、ユニークスキル﹃料理人﹄の効果を乗せて
結果を書き換える
強固な意思の力にて、相手の技の効果を打ち消し、シオンの望む
結果を得るという斬撃。
それは、ある意味で運命を操作する能力でもあった。
抗い切れぬ運命すらも切り裂く、必殺の剣である。
対して、ディアブロ。
全てを打ち消す効果を乗せた、滅亡を齎す能力。
ディアブロの認めぬモノへと、破滅を齎すその効果は、抗えぬ者
にとっては絶望である。
お互いの能力はある意味対極であり、結局の所、意思と意思との
ぶつかり合いで勝負が決まる。
1682
初手から、全身全霊にて勝負をつけるつもりのようだ。
ディアブロの両手の間に凝縮された破滅エネルギーに、シオンが
大太刀で斬りつけている。
魔法と剣がぶつかっているように、一般的には見えているだろう。
しかし、その二人の間には、途轍もない集中力と気合により、お
互いの意思が衝突しあっているのである。
どれだけの時間が流れたのか。
長く永遠に思えたその時間は、一般的には数秒しか経過していな
い。
しかし、その数秒で、シオンもディアブロも消耗仕切っている。
果たして、勝者は?
シオンとディアブロの丁度中間にて、激しいスパークが生じてい
た。
そして、決着の時が訪れる。
シオンの大太刀に亀裂が走り、砕け散った。
同時に、中央で燻るエネルギーの渦をディアブロが鷲掴みにして
握りつぶす。だが、互いの力の結晶であるその威力を抑え込んだ事
により、ディアブロの左腕が弾け飛んだ。
掌から、腕の付け根まで。
激しく暴威を振るったように見える。
﹁クフフフフ。良い剣筋でした。危なく此方がやられる所でしたよ﹂
腕が無くなっているのにも構わずに、ディアブロがシオンを褒め
称える。
しかし、シオンは自分達の技の爆発の余波により吹き飛んで、立
ち上がる事も出来ていない。
1683
﹁ふ、何が危なく、だ。まだまだ余裕があっただろ、お前⋮⋮﹂
﹁いえいえ、それ程余裕は残っておりませんでした。
余裕があったならば、左腕一本失うようなヘマはしませんとも﹂
﹁ふふ。左腕一本で、あの技のエネルギーを抑え込んだのか⋮⋮。
私の負け、だ﹂
素直にシオンが負けを認めた。
まあ、当然か。
ディアブロが両者の技のエネルギーを抑え込むのが遅れていれば、
シオンは技の余波ではなく直撃を喰らっていただろう。
余波でさえ、立つ事も出来ぬ程のダメージを受けたようだし、直
撃を喰らえば危険だったかもしれない。
褒めるべきは、ディアブロである。
左腕一本失っているが、何事も無い様子でローブを纏って傷を隠
してしまった。
アークデーモン
というか、マジでどれだけ強いのだろう?
適当に召喚したらやって来た上位魔将だったのだけど、結構謎が
デーモンロード
多いよね。
今では悪魔公になっているのだし、ベレッタより強いのは納得な
のだが⋮⋮
ラファエル
魔王カリオンにも勝っているし、本気で闘えばどこまでの強さな
のだろう。
今度こっそりと、智慧之王に教えて貰った方が良いだろうか?
何だか、俺の部下達って、俺の想像以上に強くなっているヤツが
多いしな。
うかうかしていられないのだ。
ともあれ、この勝負、ディアブロの勝利である。
﹁勝者、ディアブローーー!!﹂
1684
ソーカの宣言で、闘技場内に歓声が木霊した。
これで2強が出揃った。
ベニマルと、ディアブロ。
ディアブロならば何の感の言って、明日までに怪我は治るだろう
し、決勝戦には問題ない状態になるだろう。
後は、シオンだ。
このまま不戦勝ならば、ゴブタが3位になる。
vs
シオン。
いや、ゴブタが無事ならば、だけど。
昼から3位決定戦。ゴブタ
互いに無事では無いようだし、試合になるだろうか?
そんな心配をしつつ、ディアブロの勝利を称えるのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
vs
ディアブロ戦が終了と同時にミリムが帰っ
昼からの試合は、何とか開催出来そうである。
昼前、シオン
て来た。
フルポーション
冷静に話をして来た、と自己申告していたけれども⋮⋮ゴブタが
医務棟に完全回復薬を貰いに来ていたそうである。
﹁ヤバイっす、自分はもう駄目かも知れないっす⋮⋮﹂
1685
ゴブリナ
と、ガクガク震えながらブツブツ呟いていたそうだ。
医療班の女性からの報告だが、見た所問題は無いだろう。
シオンは元気だ。
そもそも、不死だし。
あっさりと傷の治癒も終わり、身体の具合を確かめている。
問題は、武器が壊れた事だろう。
だが、
﹁ゴブタ如きに、武器など不要です!
そんな事よりも、私の剛力丸・改はどうなるのでしょう?﹂
と、壊れた刀の心配をしていた。
まあ、あの大太刀は、シオンの無茶な使用にも耐え抜いた、至高
の一品だった。
名前まで付けて愛着を持って使用していたようだし、気になるの
も頷ける。
だが、こればかりはクロベエに任せるしかないだろう。
俺の能力で再生復活も可能なのだが、その場合は、シオンが今迄
注いでいた魔素が無駄になる。
せっかくシオンに馴染んでいるのに、元の新品になってしまうの
だ。
神職人であるクロベエに任せる他ないだろう。
シオン
を行っている。
vs
魔狼合一
ヘンシン
ゴブタ
そんな訳で、シオンは武器無しで試合に出る事になったのだった。
3位決定戦⋮⋮
開始である。
ゴブタは最初から
1686
先程よりも上手に使いこなしているようだ。
チラッ、チラッとミリムの方を気にしつつ、全力で殴り合いを行
っている。
シオンは、そんな隙だらけのゴブタを眺めつつ、ご丁寧に付き合
うつもりのようだった。
というか、30分持たせるつもりなのだろう。
一撃威力の強めのパンチを打ち込んだら、回復するのを待つ。そ
の繰り返し。
既にゴブタは涙目だ。なのに、
﹁凄いぞ、ゴブタ! まるで効かないとばかりに、余裕の表情だぞ
!﹂
と実況を行うミリム。
その目が雄弁に物語っている。ギブアップなど、許さん! と。
ゴブタ、哀れ。
しれん
この30分、死への道のりのように感じられたであろう、ゴブタ
にとっての長き拷問の時間。
変身
などして魅せたの
だが、ミリムが隣で監視している以上、逃げる事は許されていな
かった。
格好良く、ミリムの歓心を引くような
が、ゴブタの失敗である。
けどまあ、この30分でゴブタの動きは格段に良くなった。
実戦に勝る修行は無いと言うけど、まさしくその通りだろう。
最後の数分は、ゴブタもランガのスピードに慣れたのか、何度か
回避に成功しているようだし。
やはり、何の感の言って、ゴブタは天才なのだ。
それでも、流石に勝つのは無理だった。
30分経過した時、そこに立っていたのはシオンだけである。
1687
﹃シオン︵選手︶の勝利だ︵です︶!!﹄
テンペスト
ミリムとソーカが、同時にシオンの勝利を宣言した。
第1回目魔物の国武闘大会、3位の選手は、シオンに決定であっ
た。
ゴブタも頑張った。
ここまで残れただけでも大したものだ。
今日は、シオンとゴブタを労ってやろう、そう思ったのだった。
1688
114話 武闘会−本選 その9︵前書き︶
PCが壊れて、修復に夕方まで掛かりました。
OSの再インストールしようとしただけなのに、大変な目に逢いま
した。
1689
114話 武闘会−本選 その9
武闘会もついに最終日。
今日は決勝である。
ベニマルにディアブロ、どちらが勝利してもおかしくない。
順当な迄に強者が残った訳だ。
ここでゴブタが残ったりしていれば、物言いがついた可能性もあ
る。
まあ、それでもゴブタが4強に残ったのは事実な訳だが。
しかし、ゴブタが序列4位とは⋮⋮。
明らかにゴブタより格上のソウエイやゲルドを抜いての4位だし、
強運の持ち主と言える。
けどまあ、ランガと同一化出来る様になったのだし、一概には強
いま
運だけとも言えないのかも知れない。
魔狼合一
ヘンシン
と言う同
現在はまだ能力を使いこなせていないけど、その内使いこなせる
ようになりそうだ。
何しろ、同一化出来るようになって一晩で
一化を最適化してみせたのだ。
その上、力のコントロールまでは高望みしすぎである。
ゴブタは頑張った。
この大会中、もっとも成長したのはゴブタかも知れない。
さて、本日の試合だが。
ベニマルは対戦相手に恵まれていると言える。
ソウエイとは良い勝負を行っているけど、その他の試合は格下の
ゴズールにゴブタとは不戦勝のようなものであった。
対するディアブロは、三名とも強者。
元魔王のカリオンに、俺の最高傑作の聖魔人形ベレッタ。
1690
そして最後はシオンである。
テンペ
全員、魔王級の実力者であり、その尽くを捻じ伏せている訳だ。
スト
もし、今日の試合でベニマルに勝利したならば、文句無く魔物の
国最強と言う事になる。
さて、どうなるか。
今日の実況はソーカが1人で行う。
ミリムはゴブタを連れて去って行った。
どうやら、今日一日で鍛えなおすとか言っていたので、決勝戦に
は興味が無いのだろう。
ゴブタにとって良い事か悪い事かは分からないけど、ミリムに直
々に鍛えて貰える事など滅多に無いだろうし、精々頑張って貰いた
ライオンマスク
い。
獅子覆面ことカリオンさんも、同時に修行させるようだし、良い
友達になれたらいいのだけども。
まあ、ゴブタの無事を祈りつつ、試合を見る事にしよう。
ベニマル
vs
ディアブロ
﹁それでは最終試合! 決勝戦、始め!!﹂
決勝戦⋮⋮
ソーカの掛け声で、試合が始まった。
クフフフフ。
心の奥深くより湧き出る悦びに、ディアブロは歓喜する。
実に、実に素晴らしい主に召喚されたものだ、と。
1691
長き時を生きて来たが、これ程心躍る戦いに巡り合った事は無い。
彼にとって、戦いとは蹂躙を意味する。
弱き者を、ただ踏み潰すように殺戮するだけの行為。
そもそも、精神世界の住人である彼に傷を負わせる事が出来る者
の方が少ないのだから。
稀に物質界に顕現した際も、滞在時間内にその場に生きる者を皆
殺しにするのは容易かった。それは、召喚した者も含めての事であ
る。
身の程も弁えず、上位者である彼、ディアブロを召喚するなどと
⋮⋮
デーモン
殺されても文句の言えない愚かな行為と言えた。
そもそも、悪魔族とはどのような種族なのか?
太古の昔、光と闇の精霊が生まれた頃、光の祝福を受けて天使の
卵が生まれ、闇の波動を受けて悪魔の種子がばら撒かれた。
時の精霊の誕生と同時に、卵は羽化し、種子は芽吹いたのだ。
デーモン
デーモン
概念的な存在として、肉体を有していない純粋なエネルギー体と
エンジェル
して、彼らは生まれたのである。
エンジェル
それが、天使族と悪魔族の始祖であった。
不思議なもので、同様に生まれた筈の天使族と悪魔族は仲が悪か
った。
出会えば戦闘は避けられず、長き戦いを繰り返している。
ルール
しかし、彼らの戦いは影響が大きすぎる為に、何時しか500年
に一度、7日間だけ戦闘を行うという協定が出来上がる。
戦いに悦びを見出すディアブロにとって、戦えない期間は退屈こ
の上ないものであった。
肉体を持たない彼らに、物質世界への干渉力は無い。
だからこそ、退屈な時間の終わりを告げる、新たな魔王からの召
リムル
喚に歓喜したのである。
魔王は言った。
1692
エサ
アクマ
﹃肉体を用意してやったぞ、出てこい悪魔将。
俺の役にたちやがれ!﹄
思い出しても興奮する。
ザコ
名指しで自分を呼んでいる! そう直感した。
抜け駆けして出現しようとしている悪魔共を容易く皆殺しにする
と、何食わぬ顔で顕現する。
そして、得たのだ。
新しい肉体と、忠誠を誓うに値する主を。
その肉体は彼に馴染み、今まで貯めるだけ貯めて消費していなか
リムル
った魔素を惜しげもなく消費して望む姿へと変貌させる。
その上、彼の主が真の魔王へと進化した事により、消費した魔素
を補充するかの如く溢れる程にエネルギーの流入を感じられた。
そして、決定的だったのが、名前を付けられた事である。
長き年月で溜め込んだ魔素で肉体を造り、空っぽの身体を埋める
程の魔素を注入され、名前を得た事でそれらが安定した。
彼にとって、戦いとは蹂躙を意味した。
だからこそ、強さに興味も無かったのだ。何しろ、苦戦らしきも
エンジェル
のをした記憶も無いのだから。
デーモンロード
天使族との戦いでさえ、彼にとっては虐殺と変わりない出来事だ
った。
故に、溜め込まれた魔素を全て消費した時点で、彼は悪魔公に相
当する実力者になっていた。
魔界にも、数える程しか存在しない最上位者である。
今の彼は、長き年月で蓄えた経験をそのまま安定して行使する、
真なる魔王に準ずる程の存在になっているだろう。
そのディアブロを持ってしても、自分の主であるリムルの底が見
えない。
ディアブロは、上には上の存在がいると、初めて認識した。
そして、今まで強さに興味は無かったのだが、仲間である魔物達
1693
に触発されたようでディアブロも力を求め始める。
序列1位。
それは、魔王リムル配下の魔物の中で、最上位者である証。
もっとも信頼され、役に立つ者という証明である。
何という、心くすぐられる甘美な響き。
何が何でも、序列1位の座は自分のものだ、そうディアブロは考
えていた。
序列がどうのと言い出したシオンには、先の戦いにてディアブロ
が勝利している。
だが、シオンも認める最強の鬼が、決勝の相手なのだ。
決して油断出来ない。
︵クフフフフ。しかし、勝つのはこの私です!︶
ディアブロは、戦いを楽しみにしつつ、勝利を疑わない。
﹁⋮⋮決勝戦、始め!!﹂
ソーカの合図により、決勝戦が始まった。
後は、全力でベニマルに勝利するだけ。
ディアブロは、気負うでもなく、その身に宿す力を解き放つ!
ベニマルはディアブロを観察して思う。
この悪魔、出鱈目だろう、と。
ディアブロ
リムルの配下は、突然変異したように強力な者が多い。
だが、この悪魔だけは別格である。
ベニマルの感覚では、シオンと自分が正面からまともに戦ったと
したら、恐らくシオンが勝つのではないかと考えていた。
1694
理由は簡単、自分は集団戦に向いていて、シオンが個人戦に向い
ている、ただそれだけの事である。
同じ量のエネルギーを複数に向けるより、個人に向けた方が威力
が上がる。
そうした意味でも、一対一ならばシオンが有利だと考えていた。
なのに、目の前のディアブロは、そのシオンを降している。
正面からぶつかり、圧倒した上で、だ。
ベニマルは、まともに戦うならば自分の勝機は少ないと考えてい
る。
しかし⋮⋮。
﹁⋮⋮始め!﹂
シ
ソーカの掛け声に反応し、瞬時にディアブロから距離を取った。
小細工や小手先の技は無意味。
カリオン
全力の最大最強の技で挑むのが正解だと、敗れた獅子覆面や
オンの戦いを見た上で、ベニマルは判断していた。
初手で決める!
ヘルフレア
﹁黒炎獄!﹂
ディアブロに向け、拳大の黒玉が飛んでいく。
ドーム
ディアブロが回避を試みる様子は無く、速やかに魔方陣の展開が
ヘルフレア
完了し、ディアブロを中心とした直径3mの半球形が形成された。
以前と異なり、莫大な妖力を込め、圧縮に成功させた黒炎獄は、
威力も比べ物にならぬモノとなっている。
ベニマル同様、ディアブロも自然効果に耐性がありそうだが、魔
ドーム
属性の黒炎は無効化は不可能である。
半球形が完成した時点で、ベニマルの勝利が確定する、そのハズ
だった。 1695
イス・タイム
パラダ
﹁クフフフフ。この攻撃をまともに喰らうのは、危険ですね。誘惑
の時間!﹂
ドーム
ディアブロの声が聞こえ、周囲の時間が停止する。
黒炎が半球形を焼き尽くす前に、魔素の動きが停止され、熱の発
生を阻止されていた。
瞬時に見ただけで、技の内容と対策を見破られてしまったようだ。
それが、ディアブロの持つもう一つのユニークスキル﹃大賢人﹄
の効果なのだが、ベニマルに取ってはどうでも良い話である。
リムルの持っていた﹃大賢者﹄と同等性能のスキルであり、能力
を完全に使いこなすディアブロにとって、発動の遅い技は通用しな
いのだ。
この事こそが、油断無く能力を使いこなす熟練者であるディアブ
ロの恐るべき点なのである。
ディアブロが相手の能力をわざわざ受けてみたりする事も、解析
鑑定をより確かなものにする為でもあったのだ。
ある程度の技ならば、見るだけで盗む事も可能なのである。
﹁ッチ、見ただけで、俺の技を封じるとはな⋮⋮﹂
止まった世界の中で、ディアブロに対し愚痴るベニマル。
初手を封じられ、次の対策を考えつつ、ベニマルに焦りは無い。
端からディアブロの方が格上だろうと、内心で見抜いていたお陰
である。
だが、単純な肉体戦闘では互角だと予想しているが、決め手が無
ければ無駄である。
物理無効効果により、斬撃ではダメージを与える事は出来ない。
闘気剣なら可能だが、お互いに致命傷を与えるには威力が弱すぎ
る。
1696
寧ろディアブロの能力発動により、ベニマルは自分が負ける事に
なりそうだと予想していた。
﹁クフフフフ。勿体ぶるのはお止めなさい。
貴方はまだ、奥の手を残しているのでしょう?
私の技を受けるには、本気を出さねば死ぬ事になりますよ!﹂
世界の崩壊
エンド・オブ・ワールド
という、シオンの必殺技を上回った超絶技である。
ディアブロが宣言と同時に、技を放つ動作に入った。
。それは、流れる水のように、全てを受け流し、相
ベニマルは考える余裕は無いと判断し、ハクロウに習った剣聖技
朧流水斬
を放つ。
手に跳ね返す。
捉えどころのない幽玄のように、相手を惑わせる効果もあり、剣
技としての最高峰であった。
エンド・オブ・ワールド
﹁世界の崩壊!﹂
﹁朧流水斬!!﹂
パラダイス・タイム
世界の崩壊と同時に、誘惑の時間により止まっていた時間が流れ
出す。
朧流水斬
により受け流せなかったエネルギーにより、全身が
世界崩壊の余波を受け、ベニマルの全身を激しい痛みが貫いた。
貫かれたのだ。
﹁クフフフフ。まだまだですね。それとも、降参しますか?﹂
止まっていた時が動きだし、ベニマルは吹き飛ばされて地に転が
る。
痛覚無効であるのに発生している全身の激痛が、このままでは生
1697
命の危険があるというサインである事には気づいていた。
そんなベニマルに、ディアブロが気軽な調子で聞いてくるが、ベ
パラダイス・タイム
エンド・オブ・ワールド
ニマルに答える余裕は無くなっている。
寧ろ、誘惑の時間の中で放たれた世界の崩壊を受けて、無事に立
つ方が異常なのだ。
しかし、そんな事にお構いなく、ベニマルは自分を不甲斐なく思
う。
剣の腕も上達し、ハクロウと互角に闘えるまでになっている。魔
力を用いた戦闘も集中力が増した事で、幅広く応用が利くようにな
っていた。
だが⋮⋮ベニマルは、個人戦ではシオンに劣り、大規模戦闘では
ランガに劣るだろう。
結局、全体を見て指揮をする事に特化した自分では、強さの壁を
超越する事は出来ないのではないか?
それが、ベニマルの抱く悩みであった。
軍の指揮者として、リムルの役に立つ事は出来るだろう。しかし、
このままではリムルの盾となる事すら出来ないのではないのか?
そうした不安が付きまとうのだ。
だからこそ⋮⋮
︵って、フザケルな。何で、この俺様が、チマチマと下らねー事で
悩む必要があるんだ!︶
だんだん腹が立ってきた。
もともと短気な性格の持ち主であり、最近でこそ大人になり我慢
を覚えているのだが⋮⋮。
生まれ持った性格はそう簡単に変わるモノでは無い。
指揮を取る者としての責任感によって、周囲の調和を目指して来
た結果に過ぎないのだ。
︵止めだ、馬鹿らしい。俺らしくねーぞ、ぐだぐだ悩むのも面倒だ。
よーは、勝てばいいんだよ。無いなら、創るまでだ!︶
1698
ベニマルは吹っ切れた。
ディアブロの問いに答える事なく立ち上がり、刀を構える。
その様子を見て、戦闘続行と判断したディアブロが薄く笑った。
﹁クフフフフ。それでこそ、ベニマルです!﹂
そう言って、両腕に装着していた手甲から、歪な刃が伸び出す。
3本の爪のような外見で、左右対称であった。
シザーズ
一本の爪の長さは1m程度で、鋭い両刃の剣になっている。
ディアブロがクロベエに作成して貰った専用武器、爪鋏刃であっ
た。
今まで武器を用いなかったディアブロが専用武装を出した事で、
闘技場内にざわめきが生じる。
そして、何かを期待するような、熱い熱気に包まれた。
ベニマルは迷いを捨て、心を集中させていた。
シンプル
そもそも、戦闘中に成長した奴は結構いる。最近で言えば、ゴブ
タだ。
あの馬鹿に出来て、自分に出来ないハズが無い! それが、単純
なベニマルの得た解答である。
︵やってやるよ。この野郎、俺様の強さを見縊るんじゃねーーー!
!︶
そして、心を静めたまま、練った闘気を全身に巡らせた。﹃魔炎
化﹄を発動させて、全身の損傷を修復する。
オーラ
同時に、練った気と黒炎が一つに融合されていく。
薄く揺らめく事も無い、綺麗な黒紅の闘気が全身を覆い、準備が
完了した。
時間にして、1秒にも満たない一瞬の事である。
﹁次は、本気で行く。死んでも恨むなよ?﹂
1699
﹁クフフフフ。その自信、嫌いじゃありません﹂
両者の視線が交差し、互いが、互いの持つ最高の技を同時に放っ
た。
エンド・オブ・シザーズ
リバース・フレイム
﹁生命の収穫!﹂
﹁朧黒炎葬破!!﹂
全ての生命を刈り取るディアブロの鋏、その交差する一瞬を、ベ
ニマルの紅蓮に染まった刀が受け止め跳ね返す。
そして返す刀で、迸る黒炎気をディアブロに叩きつけるように、
斬り付けた。
流水の如く受け流すのでは無く、包み込む炎のように、全てを焼
き尽くす。
今、この瞬間に生まれた、ベニマルの必殺技であった。
シザーズ
ベニマルの刀が熱と衝撃に耐え切れずに折れて融ける。
ディアブロの爪鋏刃も、ベニマルの刀を受けたダメージにより溶
融し、使い物にならなくなっていた。
当然、その所有者であるディアブロも、胸部に大きな傷を負い、
地面に倒れ付している。
﹁ク、クフフフフ⋮⋮。見事、です。生まれて初めて、敗北を味わ
いました⋮⋮
何でしょうか、この苦さは。二度と、こんなもの、味わいたくは
無いですね⋮⋮﹂
﹁二度と、てめーとは戦うつもりなんざ、ねーよ⋮⋮﹂
ベニマルも膝をつき、精魂尽き果てた様子であった。
﹁え、えーっと⋮⋮。ベニマル選手の勝利です!!﹂
1700
ソーカが宣言し、この瞬間、優勝者が確定した。
数日間に及んだ、長き戦いは、こうして終わりを迎えたのだ。
1701
115話 地下迷宮見学会
決勝戦も終わり、ベニマルが優勝した。
これで、序列とやらも4位までは決定した訳だ。
そう言えば、役職や名称も決めておく必要があるんだった。
取り敢えず、四天王でいいだろう。
四天王と言えば、ゴブタだ。
﹃ククク、ヤツは四天王最弱。四天王の名折れよ!﹄
とか、言われる事になるのだろうか?
嵌り過ぎていて、怖い。
ランガと同一化してない状態のゴブタになら、その辺の冒険者の
上位パーティーにも勝機はありそうだし。
まあ、油断してないゴブタに勝つのは難しいだろうけどね。
それはともかく、組織も拡大しそうだし、役職は考えておく必要
がありそうだ。
心のメモ帳に記入しておく。
表彰式も終わったので、今度は迷宮への見学会が開催される。
希望者のみなのだが、出来れば大勢参加して貰いたい。
今日も元気なラミリスが、俺の肩に座っている。その表情は自信
満々だ。
隣に立つヴェルドラも、どこか誇らしげな表情であった。
﹁おい、大丈夫か? 今日の見学会では無茶したら駄目なんだぞ?﹂
﹁ふっふふ。だいじょーぶい! 任せなさい! 今日は安全装置を
1702
作動させてあるよ﹂
﹁クックック。しかし、明日以降、凶悪な迷宮の目覚めの日となる
だろうが、な!﹂
顔を見合わせ、ラミリスとヴェルドラが邪悪に笑った。
大丈夫か? そこはかとなく、不安になる。
最後、任せっきりにしたのは不味かったかも知れない。
ダンジョン
昼休憩も終わり、観客が闘技場の席に戻って来た。
地下迷宮の案内なのだが、1万人規模の人数で押しかけても、混
雑し過ぎて案内も碌に出来ない。
そこで考えたのが、代理で1パーティに攻略を依頼する事であっ
た。
幸いにも、昼休憩を終えそのまま帰った者は居なかった様子。
マイク
これで十分に宣伝出来るというものである。
ミョルマイルが闘技場中央に出向き、拡声器を片手に挨拶を行う。
そして、
ダンジョン
﹁では早速、我が国の誇る地下迷宮を攻略してみようという勇敢な
者は居られますでしょうか?﹂
と、声を張り上げた。
その声を聞きながら、俺達も闘技場中央に向かう。
俺の肩に座るラミリスが、闘技場中央にて地下迷宮の仮扉を召喚
した。
﹃おお!!﹄
と言う響めきが発され、観客に静かな興奮が伝播する。
1703
ちなみに、希望者が居ない場合、マサユキ君の出番であった。
ちゃんと打ち合わせは出来ていて、出番を待って待機している。
実況役として、ソーカ。カメラマンとして、ホクソウとナンソウ
が随行する事になっている。
そう! 挑戦者の様子を、大モニターに映し出し、観客は安全に
見学して貰うという趣向なのだ。
万が一にもお偉いさん方に怪我でもさせたら大問題。そこで、代
理の者だけを実際に体験させるという案を採用したのである。
希望者が入ればその者達に、居なければマサユキ達の出番。
問題は、死亡も体験して貰う予定である事。
だが、一階の初端で即死亡とか無茶をしでかしたら、今後の挑戦
者が居なくなる。
なので、そこそこ頑張って貰いたいのだ。
かなりの広さなので、一階をクリアは出来ないと思うのだが⋮⋮
ベスト
今回は、随行するソーカ達に集団帰還アイテムを所持させている。
問題があれば、即帰還可能であった。
2時間程、観客が楽しむ程度に攻略してくれるのが最高なのであ
る。
当然、お土産として、そこそこの武器等が出る宝箱も用意してあ
る。
心配なのは先程言った通り、ラミリスやヴェルドラ、そしてミリ
ムが、無茶な罠を仕掛けていないかどうか、それだけなのだ。
﹁へへ、魔王さんよ。俺達が、お前のメッキを剥がしてやるぜ!
武闘会などと大袈裟な出来レースを見せて、俺達を威圧しようた
って、そうはいかねーぞ!
あんなもの、何か幻術の類でも使っているんだろ?
言わなくたっていいさ。この迷宮とかいう虚仮威しも、俺達がそ
の正体を見破ってやる!﹂
1704
ん?
なんか立候補者が現れたっぽいぞ?
都合が良い、のか? なんかバカそうだけど⋮⋮。
どうやらこの闘技場で闘った者達の事を、幻術の類と思ったらし
い。
ある程度の実力が無ければ、何をしているのかの予測も出来ない。
そのせいか、単純に見世物として楽しむ者やこの者達のように、
幻覚や幻術だと疑う者もいる様子。
というか、理解出来た者達は、青ざめて信じたく無いという感じ
になっていた。
理解出来ると言っても、次元が違う闘いだと理解した、その程度
の事なのだけど。
だけど、それでいい。
目的はある程度達成されているし、この闘いを見て喧嘩を売って
くる者が居なくなればいいのだ。
各国の要職に就いた者達が連れて来た猛者の中には、流石に一人
か二人は理解出来る者がいる。
その者達が各々の雇い主に、ありのままを伝えてくれればそれで
いいのだ。
信じない者が出るのは想定内であった。
蘇生の腕輪
等は無料で配布した。
さて、せっかく立候補者が出た事だし、早速お願いする事にしよ
う。
お試しなので、当然
ラミリスの能力により、死んでも10秒程で蘇生出来るようにな
る。
あれから改良を加え、死亡判定時に痛みや苦痛をキャンセル出来
ハイ・ヒール
フルポーション
るようになったそうだ。
高位回復魔法や、完全回復薬があれば、その場で復活可能になる。
1705
そういう諸注意を行い、間違っても迷宮外でも同じように考える
事が無いように説明する。
馬鹿が勘違いして、外でも生き返れると思ったとしても、それは
此方の責任では無い。
何でもかんでも主催者側の責任にされるのは真っ平だしね。
前世の世界では、店側に責任を押し付けすぎのように感じた。
ルールを破って暴れる馬鹿が、仮に死んでしまったとしても自業
自得だと思うのだ。
だが、説明を怠っていては此方に責任がある。そこは注意して、
念入りに行う事にする。
﹁ふん、迷宮内では死亡が無い、だと? 面白い。
じゃあ、そこのお前、行って死んで見せてくれよ!﹂
自分ではなく他人で試す。
腕輪
を嵌めて中に入った。
まあ、当然の要求だろう。指名されたナンソウが、やれやれとい
う感じで
同時に、挑戦者達も中に入る。
先ほどから発言している、スキンヘッドの大男、リーダーと思わ
れる彼が、手斧を取り出した。
﹁じゃあ、攻撃をどうぞ﹂
ソーカの言葉に、待ってました! とばかりに、ナンソウに切り
つける。
﹁キエーーーー!!﹂
などと、大声で気合を込め、何度もナンソウに斬り付けた。
ナンソウは反撃もせず、攻撃を受けるがままだ。
1706
スキンヘッドは意地が悪いのか、一撃で殺さず、同じ箇所を狙わ
ずに、ナンソウを痛めつけていく。
人では無い、龍を擬人化したような外見のナンソウ。
相手が魔物だというので、遠慮も無くいたぶっているのだろう。
まあ、ナンソウの鱗に阻まれ、まともなダメージが通らないだけ
の可能性もあった。
スキンヘッドは汗にまみれ、何十発も込めてようやく仲間に応援
を求めた。
ナンソウに向けて、魔法や弓が降り注ぎ、10分程経過してよう
やく倒せたようだ。
ナンソウに後で謝った方が良いだろう。嫌な役を押し付けてしま
った。
倒されたナンソウの身体が、光の粒子になって消えていく。
身に纏った装備類も、同様に光の粒子に変化して、消えていった。
その様子は、付き添いのソーカ達の持つ水晶球にて記録され、闘
技場の大スクリーンに映されている。
そして、光の粒子が消えると同時に、闘技場中央の仮設入口の横
でナンソウが復活した。
﹃おおお!!﹄
と、観客に歓声が起きる。
これもトリックと疑われたら面倒だが、信じて貰うには体験して
貰うしかない。
なので、こればかりは冒険者が挑戦し、口コミで広まるのを待つ
しかないと思う。
物好きな挑戦者がいたとしても、用心深い者が試す事は無いだろ
うし。
ともかく、スキンヘッド達は納得したのか、探索を開始した。
1707
ダンジョン
﹃さあ、地下迷宮の探索が開始されました!
未知の世界が広がっております。この先に待ち受けるのは、果た
して⋮⋮﹄
大スクリーンにソーカの顔が映され、内部の様子を中継する。
ドキュメンタリー風味に仕立てているのだ。
そして、理路整然と石造りに仕立てられた一階層を進んで行く。
一人が地図を作成しつつ進むのが普通だと思っていたが、誰一人
地図を用意している様子は無い。
大丈夫だろうか? この世界でも、洞窟の探索とかあると思うの
だけど⋮⋮
﹁っち、同じような道ばかり続きやがって!
何だ、四つ角ばかりじゃねーか!﹂
﹁旦那、ここ、さっきも通った道じゃないですか?﹂
﹁バッソン、不味いぞ! この迷宮とやら、思った以上に広い﹂
俺の心配を他所に、早速迷ったようである。
最初に広さの説明もしたんだが、聞いてはいなかったらしい。
まあ、こんなもんかもな。
ドライアド
最悪は死に戻り出来るし、腕輪にはSOS機能も付いている。
その機能を使用すれば、樹妖精のトレイニーさん達が助けに現れ
るのだ。
まあ、地上まで強制送還されるだけなんだけどね。
スキンヘッドの男、バッソンとやらは、仲間の焦りも加わり面白
くなさそうな表情になる。
駄目だ、難易度の問題じゃない。
挑戦者が馬鹿すぎた。
こんな事なら、サクラを用意すべきだった⋮⋮。
そう嘆いていると、
1708
﹁バッソンさん! こっちに部屋がありますぜ!?﹂
と、仲間の一人が扉に気づく。
﹁おい、ラミリス。あの部屋には、何があるんだ?
魔物部屋とかは一階には無いよな? ちゃんと宣伝になりそうな
ものか?﹂
﹁だ、大丈夫。あの挑戦者、ちょっと酷すぎよね⋮⋮
アタシが言うのも何だけど、ここまで無鉄砲なのは想定外だった。
でも、あの部屋には、魔物一匹と宝箱よ。問題ないわ!﹂
よし、なら大丈夫だ。
B−
相当だった。
冷や冷やさせやがる。まさかこんな事で、俺達の計画が狂いそう
になるとは⋮⋮
あの冒険者、ランク的には
それが6名でパーティを組んでいるのだ、この迷宮の一階層で躓
くなんて、想定外もいい所。
まあ、2時間程度で攻略される事はまずないのだが、全滅された
ら宣伝に悪影響が出そうだ。
ドキドキしながら、映像を見る。
ジャイアントベア
一人が扉に手をかけて、慎重に開いた。
中に居たのは、一匹の巨大熊だ。
大丈夫。Cランク相当のモンスターなので、彼らにも十分に倒せ
るレベル。
ジャイアントベア
﹁魔物だ! 巨大熊かよ、俺が囮になる、お前らは隙を狙え!﹂
ジャイアントベア
バッソンが部屋に飛び込み、巨大熊の正面から対峙した。
そして戦闘が開始する。
1709
トベア
ジャイアン
援護に入る仲間達が、次々に攻撃を放ち、5分も掛からずに巨大
熊は倒された。
一人の怪我人も出ていないようだ。しかし⋮⋮
ジャイアントベア
﹁おい、たかが巨大熊一匹を6名で倒すのに、5分もかかるのか?
下手したら、迷宮一階を踏破するのも3日くらいかかるんじゃ⋮
⋮﹂
﹁だよね⋮⋮。食べ物も落とす魔物を配置した方が良さそうね⋮⋮﹂
ひょっとすると、迷宮の難易度って、俺達が思ってる以上に高い
のかも?
いや、奴らが低レベルなだけだと思いたい。
まあ、広大なマップは上層と、最下層付近だけだ。
罠だ何だと多くなるので、マップの広さは段々狭くなっていく。
一週間もあれば、10階層をクリア出来るという感じにしたつも
りだったけど、適正レベルを思ったよりも高く見積もった方が良さ
そうであった。
ジャイアントベア
﹃おっと、ようやく巨大熊との死闘に幕です!
どうやら、この部屋には宝箱があった模様。
中には一体何が入っているのか⋮⋮?﹄
ソーカの声で、大スクリーンに視線を向けた。
箱を無造作に開けるバッソンの仲間の一人。
プロ
おいおい、罠の警戒くらいしようぜ? こうして見ると、エレン
達でさえ達人に見える。
あまりにも低レベル過ぎて、見ている方が怖くなるわ。
ここら辺、ゲームで慣らした俺の目には、素人同然に思えて仕方
ない。
迷宮内に宝箱とか、こっちでは馴染みが無いのかも知れない。だ
1710
から無謀な事を平気で出来るのか?
いや、ギドとかなら、もっと警戒してそうだし、こいつ等に盗賊
系が居ないのかも知れない。
護衛の用心棒ならば、こういう事に慣れていなだけなのかも。
ともかく、
﹁お、おおお!! バッソンさん、剣ですぜ!﹂
良し!
上手く当たりを引いたみたいだ。
﹁いや、今日は我の能力にて、中身が全て当たりになるように設定
してあるぞ?﹂
おおお、ヴェルドラ! 空気を読んだか。
﹁ナイス判断だ。今日はいい思いをして貰わないと、迷宮に来たが
る者が少なくなるしな﹂
俺達は頷きあう。
バッソン達は、交互に剣を眺めて口笛を吹いたりしている。
どうやらお気に召したらしい。
﹁よし、お前ら! この調子でガンガン行こうぜ!﹂
手斧を仕舞い、剣に持ち換えるバッソン。
コボルト3体が出現したが、剣の性能に助けられたのか処理が早
い。
クロベエ作、最下級の剣なのだけど、彼らにすれば名剣なのだろ
う。手当たり次第に出てくる魔物を切り伏せて、調子よく進み始め
1711
た。
そして、魔物のドロップで、結構な量の魔晶石も獲得した様子。
﹁こいつはいいぜ! ここなら、結構稼げそうだな﹂
そんな事を言い合い、ホクホク顔だ。
そんな調子でどんどん進んで行く。
そして、その様子を実況するソーカ。
観客も、バッソン達の活躍に視線が釘付け。というよりも、大ス
クリーンに大迫力の戦闘シーンが流れていて、自分達が探索してい
る気分に浸っているようだ。
魔物が出る度に悲鳴が聞こえたりしていて、結構反応も面白いも
のがある。
ホラー映画を見ている気分なのかも知れない。
丁度2時間経過しようとしたその時、
﹁ギャーーーー!﹂
と、バッソンの仲間の一人が倒れる。
部屋の中に居た魔物にやられたようだ。
部屋の中に居たのは、一匹のスケルトン。弓を構えて、部屋に入
る者を狙い撃ちにしていたのだ。
矢で眉間を打ち抜かれ、倒れた者が光の粒子になって消えていく。
丁度良い感じに、死亡を体験出来たようで何より。
スケルトンは、残りの5名に即倒される。
そろそろ良いだろう。体験には十分。それなりに緊迫したし、結
果的には丁度良い挑戦者だった。
﹃そろそろ体験時間は終了です! 犠牲者も出ましたし、ここらで
帰還する事にしましょう!﹄
1712
ソーカが俺の思念による合図に気づき、そう宣言した。
の能力を強制発動させているのだ。今回はお試しなので、
をお持ち帰りさせる気は無かった。
腕輪
部屋の中の宝箱を回収し、バッソン達が帰還する。
腕輪
宝箱で得た品々は、報酬である。
闘技場中央の仮設出入口の横に出現し、死に戻りした仲間の無事
を確かめ歓喜しあう。
﹁すげーー!! マジで生き返ったのか!?﹂
﹁ああ、俺ももう駄目だと思ったんだが、一瞬で痛みも消えて無事
だった!﹂
﹁マジでか!? じゃあ、ガンガンいけるな!﹂
いやいや、お前ら最初っからガンガン行ってたよ。
全然罠の警戒もしてないし、罠の設置がある2階層以下では通用
しないよ。
そう突っ込みたいけど、ぐっと我慢だ。
ダンジョン
﹁どうだ? 楽しんで貰えただろうか?
明日から正式に開放する、地下迷宮だ。
興味を持たれた方は、ぜひとも挑戦して貰いたい!﹂
最後にそう挨拶し、地下迷宮見学会も無事に終了した。
感触としては上々。
テンペスト
決勝でも大分興奮していたが、迷宮の内部映像では実体験に近い
感想を持って貰えたようだ。
こうして、魔王である俺と俺達の国である魔物の国の数日間に及
んだお披露目は、無事に終了したのである。
その日の夜も、もう一度、俺達の主催により盛大な宴を催した。
1713
良い印象を持って貰う為である。
こうして、無事に催しも成功した訳で、明日以降の反応が楽しみ
だ。
願わくば、計画通りに進んで欲しいものである。
そして、明日からの事を思い浮かべつつ、その日の夜も更けてい
くのだった。
1714
116話 反省会
ダンジョン
ここ数日、多忙な毎日を送っていた。
そう、主に地下迷宮が原因で、である。
俺の魔王としてのお披露目に始まり、武闘会の開催と順調に進ん
だ。
この二つは大成功だったと言える。
特に、遠距離通信玉を改良した撮影相互受信機能を有する水晶球
にて、大スクリーンに投射する方式は大好評だったと言える。
武闘会の戦闘も、大画面による拡大映像にてハッキリと観戦出来
た。
カルチャーショック
そして何よりも、迷宮内部という離れた地点の光景も安全に見学
出来た事は、各国の重鎮にとって、凄まじい文化的衝撃を与える事
になったのだ。
ドワーフ王など、
﹁おいおい、これはまた凄まじいものを公開したな⋮⋮
これは利用の幅が広すぎて、何と言えばいいのか迷うぞ。
これを公開する前に、一言、相談して欲しかった﹂
と、苦言を呈してきた。
俺達にとっては、便利な娯楽系アイテムという価値しか持ってい
ないのだけど、一般のジュラの森周辺の国々に取っては話が異なる
らしい。
簡単に思いつくのが、軍事利用。
安全な場所で、軍に指示できるのは大きな利点である。
1715
何より、特攻部隊により敵情視察を行い、速やかに軍に反映させ
る事も可能となるだろう。
俺達が気軽に公開してしまった技術は、この世界においては超文
明とも言える革新技術だったのだ。
思念リンクの能力を解析し、魔法と科学の融合のように開発した
技術である。なので、案外簡単に量産も可能だった。
しかし、使用者がそれなりに魔力を消費するので、伝達距離や情
報量が使用者の能力に左右される事になる。
そうした不都合も、魔素の集積システムの開発により改善しそう
であったのだが、言わない方が良さそうだ。
﹁ともかく、軍事に利用出来そうなものを、娯楽に用いるのはお前
らしいよ﹂
と、呆れたように言われたのだった。
だがまあ、宣伝効果としては抜群である。
魔導王朝サリオンは、皇帝自らがさっさと協力を申し出て来た。
﹁何なら、お金の支援をしても良いぞ?﹂
﹁ああ、そっちは今の所間に合ってる。だが、そちらの魔導科学と
やらの専門家が協力してくれるなら助かる﹂
﹁ふむ、判った。国に帰り、即、検討する事にしよう!﹂
オモチャ
そう言って、エラルド公爵を伴い帰って行った。
サリオン皇帝の表情は、新たな玩具を見つけた子供のように輝い
ており、憂鬱そうなエラルド公爵と対照的なのが印象的だった。
テンペスト
最早、当初の技術協定の約束所の話ではなく、本格的な共同研究
が始まるのも時間の問題だと思う。
ドワーフ王も、自国で技術研究班を用意し、魔物の国に向けて送
る事を約束し、帰って行った。
1716
ここまでは順調だったのだ。
テング
そして、問題が発生する。
先ずは、長鼻族である。
大会が終了と同時に、俺の下へ訪れた。そして開口一番、
﹃先日は、大変無礼な振る舞い、誠に申し訳御座いません!
何卒、お許し願いたく、こうして参上致しました!!﹄
と、全員で謝罪して来たのだ。
まあ、それはいい。
別に、俺にとってはそれ程問題ある行動だとも思えなかったのだ
から。
だけど、その後が問題だった。
﹁つきましては、謝罪の意味も込めまして⋮⋮、
私がベニマル様の下に嫁ぐと言う事で、話を進めさせて頂きたい
のです!﹂
テング
はあ? 何言っているんだ、コイツ!?
長鼻族の長老の孫娘、モミジが、そんな爆弾発言を発したのだ。
思い込んだら一直線、まさに暴走特急みたいな性格をしているよ
うだ。
チラリとベニマルを見れば、寝耳に水だったらしく大慌てしてい
る。俺に視線を向けて、ムリムリ! という感じのアイコンタクト
を送って来た。
だが、そこで俺は考えた。
別に、いいんじゃね? 本人同士の話なのだ、ここで俺が口を挟
むとややこしくなりそうだし。
1717
何より、
君子危うきに近寄らず
と言う。
前々からそうであるように、俺はそう言う危険な話に首を突っ込
む趣味は無いのだ。
﹁う、む。そうだな⋮⋮。まあ、そういう話は、本人同士。
我々、部外者が口を挟むべきでは無い、そうではないか?﹂
ここで、部外者である事を強調し、話をベニマルに任せる事にし
た。
俺の言葉に、賛同の意を示す幹部達。
巻き込まれたく無い気持ちは、皆一緒。
という訳で、頑張れベニマル! 優勝したご褒美だと思って、イ
チャイチャするが良いさ!
テング
と、心の中で応援し、問題を先送りにしたのだった。
長鼻族の件はベニマルに任せ、一切関与しないと決めた。
無責任? 知らんよ、そんな事。
で、その問題を放置すると決めた時、別の問題が発生していた。
その問題こそが、ここ最近の忙しさの元である。
ダンジョン
その問題とは⋮⋮
地下迷宮の攻略が思った程進まなかった事である。
最初の一階層は、罠も無く、ただ迷宮の雰囲気に慣れて貰うだけ
のつもりで作成している。
なので、俺の感覚では一日も篭ればクリア可能なレベルの筈だっ
たのだ。
ところが、三日経ってもクリア者は現れなかった。
部屋に配置したCランク相当の魔物に殺されるパーティも存在し
たのである。
というか、多かった。
1718
欲に目が眩んだのか、部屋の隅に隠れる魔物に気付かずに、宝箱
に殺到する馬鹿も居たのだ。
基本がなっていないのである。一言で言うと、危機感が足りない
! であった。
また、徘徊する魔物は、Fランクの発生したての雑魚とかも居る。
しかし、メインはEランク。偶にDランク相当が混ざったのだが、
これも失敗である。
一人で挑む馬鹿も居て、3体程のEランクの魔物に、簡単に殺さ
れたりするのだ。
まして、Dランクに遭遇したら、きっちりと殺されていた。
余りの予想外の低レベルさに、開いた口が塞がらない状態だった。
だが、まだ慌てるような段階ではない。
今回挑戦した者共は、用心棒や傭兵であり、探索等を得意としな
い奴らなのだ。
そう思って様子見を続けた結果、3日経っても一階層攻略者も出
ないという現状だったのである。
中には、ギブアップを宣言する者も出る始末。
セーブポイント
そりゃそうだ。
記録地点は10階層毎なので、大量の食料を持ち込むなりしない
と、空腹になるのである。
そして、迷ったりすると、なかなか出口にも辿り着けなくなる。
だから、最初の説明で食料や装備を整えるように忠告しているの
だが、聞いてはいなかった様子。
本気で俺がこいつ等を殺すつもりでこの迷宮を用意したのだとし
たならば、100年経っても攻略者が出ない事間違いなしであった。
これは、根本から見直す必要がありそうだ。
そして、この事こそが、ここ最近で一番俺の頭を悩ませているの
だ。
1719
このままでは不味い。
いや、迷宮攻略に乗り出す者は結構いるのだ。
魔晶石が出れば、それなりに小遣い稼ぎが出来るらしく、結構続
々と迷宮に入って行く者が居る。
各国の重鎮や大商人が帰国する際、雇われ者に攻略を依頼して行
った者も居たようで、中にはきちんと準備をしているグループも居
るのだ。
だが、そういった者は少数であり、依然として杜撰な準備の者達
が大半だったのである。
という訳で、反省会。
参加者は、俺、ヴェルドラ、ラミリス、そしてオブザーバーとし
てマサユキである。
﹁よし、まず現状は見ての通り、全然駄目だ。
俺達が楽しむ、じゃなく、上手く何度も攻略に挑戦したいと思わ
せる為にも、ある程度の指導を行った方が良いと思う﹂
まず、このままでは10階層までも到達出来そうも無い。
少なくとも、一人で挑戦など、馬鹿としか思えない。
あと、警戒心の無さも指摘してやらないと気付かないだろう。
アスレチックステージ
にすべきではなかろうか?
﹁そこで、最初の一階層は体験の意味も込めて、
魔物の出ない
テンペスト
この階層で、罠について学習したり、魔物との戦闘訓練をしたり
⋮⋮
まあ、魔物の国の新兵の訓練等も行えると思うし。
どう思う?﹂
﹁うむ、我が思うに、歯応えが無さ過ぎてツマランぞ。
ある程度、修行するなどして、もっと腕を上げて欲しいのは同感
だな﹂
1720
﹁アタシもそう思う!
ミリムが居たら、激怒してあいつ等全員ブッ飛ばされてると思う
!﹂
と、迷宮を創った俺達は無責任にも挑戦者が悪いと、難易度が高
かった事を誤魔化した。
﹁あと、ある程度の迷宮攻略に関する基礎知識の講習も行った方が
良いかも知れないですね。
ゲームで言う、チュートリアルみたいに﹂
何気ないマサユキの発言に、俺達は目を見合わせる。
﹁ちゅーとりある? 何だ、それは?﹂
﹁美味しそうな名前だけど、食べ物?﹂
ヴェルドラは知っているかと思ったが、ヴェルドラが知らないの
ではラミリスも知りようがないだろう。
そこで、俺とマサユキでチュートリアルについて説明した。
納得する二人。
﹁そうね、あった方が良さそう。分かった! 早速創り換えるよ!﹂
と、ラミリスが頷く。
だが、
﹁あ、待って下さい。他にも気付いた事があります。
階層毎に、宿屋と食事処を用意しても良いのでは?
というか、空間を繋げられるのなら、扉だけ繋いで全部一箇所で
賄えないですか?
1721
寝袋も用意せず攻略に乗り出す人も居てますし、割高でも利用し
て貰えると思います﹂
なんだと?
コイツ⋮⋮天才か!?
ラミリスに視線を向けると、力強く頷きが返される。
﹁マサユキ君、その案、採用しよう。
もっと思った事があるなら、遠慮せず言い給え﹂
セーブポイント
俺が促すと、マサユキは思案し、自分がやっていたのであろうゲ
ームを思い出しつつ、
﹁そうですね⋮⋮
例えば、一回だけ使用可能な記録地点を配置するとか?
10階層を攻略する迄記録出来ないのは、かなり難易度が高そう
ですし。
本番である30階層以下では、甘えを無くすのも良いと思います
けど⋮⋮
せめて20階層あたりまでは、少し甘さを残して攻略の手助けも
アリだと思います﹂
ふむん。
なるほど。
﹁うむ、我もそう思っておった!
マサユキの言う事ももっともである!﹂
ヴェルドラが、さっさとマサユキの案に乗っかった。
まあ、俺としても反対意見は無い。
1722
﹁よし、では各層に隠し部屋を用意し、95階の食堂に繋ごう。
セーブポイント
これで、それなりにあの町の有用性も増すしな。
レア
後は、記録地点をどこでも作れるアイテムをドロップさせるか。
出来るか、ラミリス?﹂
﹁もっちの、ろんよ! 余裕ですとも。
記録玉というアイテムを、雑魚からの希少ドロップにしておくよ
!﹂
よしよし。
1階層はアナウンスを含む、事前体験用のステージにする。
利用するしないは各人に任せて、この階層では死亡しないように
設定して貰った。
バーチャルバトル
その場で即座に復活する仕組みだ。子供の遊び場にも最適かも知
れない。
そして、2階層では各魔物との擬似戦闘が可能にしておく。
一度遭遇した魔物を、ある程度再現して攻略の手助けを行うのだ。
もっとも、これはユニークモンスターやボスモンスターは対象外
にしておいた。
そこまで便利にするのも考え物だろうしな。
なので、2階層は、各人毎に別空間に飛ぶ感じになる。
本番は3階層からだ。
ポーション
だが、3階層には罠は設置せず、徘徊する魔物も低レベル。Fラ
ンクだけにしておく。
部屋に一体だけEランクを配置し、宝箱からは下位回復薬系が出
るようにしておいた。
高価なアイテムは、5階層以下から出現させるのだ。
こんな感じで、調整を考え、難易度の変更を行った。
ゲーム開発でも、クローズドテストとか行うものだし、ぶっつけ
本番は無理があったようだ。
1723
本当は、一応、テストは行ったのだ。
ただし、攻略に向かわせたのは、シオン配下の
6名。
ヨミガエリ
紫克衆
何の問題も無く、地下40階まで攻略していた。
の兵士
まあ、30階にゴズールを配して居なかったのだけども。
しかし、罠や雑魚には、大して苦戦せずにサクサク攻略していた
のである。
お陰で、俺達は迷宮難易度を見誤っていたようだ。
テスターは慎重に選ぶ必要があったのだ。
今後の課題である。
こうして、俺達は反省会を行い、新たな迷宮へと創り替えたのだ
った。
ミョルマイルが各国の自由組合支部に伝達し、攻略者への報酬を
提示し、依頼を行った。
彼は順調に仕事をこなしている。
メズ
ゴズールは腕輪と足に重しを着け、30階層を守護している。
馬頭にもメズールと言う名前を付け、ゴズールと交互に守らせる。
50階層は制限無しのゴズールかメズールが守護する事になる。
仲良く守護者をやって貰いたい。
95階層のトレントやエルフの町︵予定︶も、ゲルドとミルドが
協力しあい、美しく幻想的に仕上がっている。
地下なのに、空に太陽、夜には星が見えるのだ。
こうして、迷宮は日々その姿を変化させ、新たに生まれ変わって
いく。
テンペスト
そしてついに、冒険者による攻略組が、魔物の国に到着したので
あった。
1724
117話 順調な運営
さて、新たに改装を行い、迷宮を開放した。
マサユキに指摘を受けた所を改善し、難易度は俺が思うに大分簡
単になったような気がする。
反応はどうだろう?
まず最初に、説明を聞かない馬鹿は、今まで通り1∼2階を無視
してさっさと3階に向かったのだ。
だが、当然クリア出来ない。
それでも愚直に何度も挑戦を繰り返す。
何が彼らをそこまで駆り立てたのか?
雇い主の存在? 彼らの誇り?
そんな事では無かったのだ。現実はもっと現金な理由によるもの
だった。
バッソンの奴に報酬と持たせた武器、剣=ロングソードが、かな
りの性能だったようなのだ。
あくまでも彼らの装備に比べれば、というものだけれども。
クロベエ作と思ったが、実際はクロベエの工房の弟子の作品だっ
た。
その弟子作のロングソードでさえ、ノーマル武器に比べて上質な
スペシャル
ノーマルソードと言うべきレベル。
下手すれば、特上級に匹敵しそうな性能だったらしい。
スペシャル
普通の武器に比べ、上質だと相場で10倍は下らない。まして、
特上級ともなれば50倍以上の価値があるらしい。
手に入れる事が出来るかが運である以上、その値段で買えるとい
うものでも無いのが現実なのだ。
1725
目の色を変えて攻略に乗り出す者が出たのも納得だった。
﹁へへ、お前ら、見てみろよ! 俺様に相応しい、素晴らしい剣だ
ぜ!﹂
こんな感じで、バッソンが自慢しまくってくれたお陰で、挑戦者
が増えたのである。
期せずして、我が国の為の宣伝を行ってくれたようで、あの馬鹿
にも感謝したい。
だがまあ、焦って突入した所で、攻略出来るものでもない。
その内、少し知恵ある者は説明を丁寧に聞くようになり、納得い
くまで1階で練習を行うようになった。
そこで練習した者達が、ある程度準備を整え︵当然、ロープだ何
だと備品の販売は俺達の利益になるのだ︶再度挑戦を開始する。
マッピング
すると、簡単に3階層のクリア者が出始めた。
道の地図作成さえきちんと行えば、3∼5階層は楽勝のハズなの
で、当然の結果である。
後は実力と相談なのだ。
そして、階層攻略者が出始めた頃、各国の自由組合から噂を聞い
てやってきた冒険者達が到着した。
そして始まる激しい攻略へ向けての動き。
地図の売買を始める者も出始めたので、迷宮アナウンスにより変
遷︵構成変更︶を伝え、実施する。
地図は、自分で作成しなければ意味が無い。その事を早い段階で
思い知らせたのである。
攻略の目安は、2∼3日で一階層をクリアである。早ければ一日。
なので冒険者達の間で、変遷直後が攻略開始と暗黙の内に決めら
れていった。
自由組合所属の冒険者は、流石に格が違った。
討伐者は魔物相手の戦闘特化だが、探索系や採取系とパーティを
1726
組んでやって来たのだ。
このあたりが、臨機応変な冒険者らしい。軽く説明を受け、あっ
さりと内部のルールを理解する。
簡単にしすぎたかも知れない。
エレメンタラー
スキル
そう思わせる程、彼らの攻略速度は速かった。
精霊使いという、魔法使いの一種の技能持ちが、精霊交信により
エレメンタラー
正解の道を聞きだせるようなのだ。
汚い! 精霊使い汚い!
ラミリスに聞くと、
﹁あ、ああ! ああいう風に、精霊との語らいをされるとは盲点だ
った!
エレメンタラー
でも、あそこまで精霊に好かれるには、かなり信頼されてる証拠
だよ!﹂
と、教えてくれた。
全員が精霊交信出来る訳でも無く、そもそも精霊使いが含まれる
パーティも少数なのだ。
対策を取る程でもなかろう。寧ろ、そういう方法を思いつくセン
スを褒めたいところである。
他にも、遺跡調査が得意な者にとっては、罠系統の解除はお手の
物のようだ。
宝箱を見ても、冷静に処理する事が出来ていた。やはり、用心棒
に比べて彼らは慎重であり、プロの仕事を見せてくれたのだった。
そうして、順調に攻略も進み、迷宮への挑戦者もどんどんと増え
ていったのである。
俺達は、近況の問題点を洗い出す為に、再度集まっていた。
1727
前回と違い、今回は順調なので気分も良い。
自然と笑顔もこぼれると言うものである。
﹁おう、マサユキと言ったか。
我は貴様は見所があると思っておったが、なかなか大した男だ﹂
と、集まった途端に上機嫌のヴェルドラがマサユキを褒める。
﹁え、そうですか? それはどうも⋮⋮﹂
いきなり褒められて驚くマサユキ。
この人、誰? みたいに、俺を見てくる。
前回も居たし、紹介もしたんだけど、マサユキも緊張して覚えて
いなかったのかも知れない。
﹁ああ、この人は、俺の親友のヴェルドラさん。
前の時も紹介したよな?
こっちはラミリス。この迷宮の支配者とも言える妖精だ﹂
﹁うむ、貴様の事は認めよう。宜しくな、マサユキ﹂
﹁やっほー! アンタ、凄いよ。この成功はアンタのお陰だよ!﹂
前回と違い、マサユキを認めたのか二人も笑顔である。
対するマサユキも。
﹁あ、ども。マサユキです。悟、じゃなくてリムルさんと同じ、異
勇者
とか言われてますが、ネタなので気にしないで欲しいで
世界から来ました。
す﹂
と、前回と違い、きちんと自己紹介した。
1728
今回は余裕がある。前回と違い、マサユキを認めている事もあり、
二人に話しかけやすい空気になっていた。
﹁でも、ラミリスさんは妖精なんですね。あんな凄い迷宮を創るな
んて、凄いですね!﹂
マサユキが褒めると、
﹁ちょ! アンタ、気に入ったわ。アタシの舎弟にしてあげる。
そしてリムル! 聞いた? こいつ、アタシを凄いって褒めてく
れたよ!﹂
と、俺に向かってドロップキックしながら、大興奮して自慢して
きた。
ウザイ。
俺は軽くドロップキックを回避し、
﹁はいはい、凄い凄い。ま、マサユキが舎弟で良いって言うなら、
いいんじゃね?﹂
と、受け答えする。
魔王の舎弟になる勇者。別にいいけど。
﹁えっと、ラミリスさんって、どういう人なんですか?
あと、ヴェルドラ、さん? って、リムルさんの親友?﹂
﹁え、ああ。ひょっとして知らないのか?
ラミリスは、魔王の一人だぞ。そしてヴェルドラは、竜だ﹂
﹁は、え? 魔王と竜? うえぇ? マジっすか!?﹂
マサユキ⋮⋮
1729
前回も堂々と接してたから、肝の据わった奴だと思っていたら⋮⋮
知らなかっただけだったようだ。無知は偉大だ。
だが、知らずに接していたのが、魔王と竜だとわかり、魂が抜け
たようになっているのが哀れだが⋮⋮
知らぬ間に認められているとは、こいつの幸運は侮りがたい。
もしかすると周囲の反応も、﹃英雄覇道﹄による効果じゃなくて、
単純にこいつの幸運による所も大きいのではないだろうか?
そんな事を思い、復活したマサユキに聞いてみると、
﹁ええ。実はスキルは切ったつもりなのですが、未だに称えられま
す。
今回の件も⋮⋮
﹃魔王と交渉し、迷宮難易度を下げさせるとは⋮⋮流石は勇者様!
!﹄
的に、仲間に偉く褒められました。
あいつ等も迷宮攻略に向かったらしく、なんか感謝されましたよ
⋮⋮﹂
との事だった。
スキルと関係なく、マサユキのリアルラックが作用してる部分も
あったようである。
いやはや、驚きだった。
さて、もう一度自己紹介を終え、迷宮の現況について話し合う。
売り上げは順調。
ミョルマイルが嬉しい悲鳴を上げていた。
攻略組も順調に進んでいて、脱落者を出さずに何度も迷宮へ足を
向けさせている。
何度も何度も迷宮を攻略したい、そう思わせる事が出来れば、一
1730
日千名も案外簡単に達成出来そうだった。
今回のマサユキの提案は、ドロップ率の調整。
未鑑定の道具や武具を落とす魔物の配置だった。
しかし、このドロップは、意外に難しいのだ。自然発生した魔物
が、何かを落とす事なんて無い訳で⋮⋮
せいぜい、素材や魔晶石しか落とさない。
﹁何故そんな事をする必要があるのだ?﹂
ヴェルドラが問う。
答えは、
﹁え? いや、回復出来ないで、敗北する人がいるでしょう?
なので、回復薬系を魔物に落とさせたらどうかな? と思いまし
て。
そして、武器や防具が未鑑定なら、鑑定しに迷宮外に出る必要が
ある。
篭って攻略だけするという、お金にならない人を排除出来ますし。
薬も未鑑定なら、毒薬も混ぜれば迂闊に飲めないでしょうし⋮⋮﹂
なるほど。
宝箱からはそれなりのモノを出し、魔物からはゴミを出してもい
いのか。
未鑑定、確かに心を擽られた。ワクワクしながら鑑定を待ったも
のだ。
その辺りは、難易度を高めても良いかも知れない。
それにゴミ装備でも荷物を圧迫するので、町に売りに戻る者もい
るだろう。
1731
﹁なるほど、な。そろそろ、その段階に移るか﹂
俺が言う。そろそろも何も、今納得しただけなんだけどね。
﹁それが良いわね﹂
訳知り顔で、ラミリスも頷いた。
おい、お前本当に理解しているのか? そういう視線を向けると、
目を逸らされた。
雰囲気に合わせて言ってみただけのようである。小賢しい奴だ。
ともかく。
俺達は顔を見合わせて、頷きあったのだった。
ドライアド
迷宮で発生した魔物にゴミを飲ませるのは、案外簡単に出来た。
トレイニーさん筆頭に、樹妖精が協力してくれたのだ。
空間保管のゴミを持ち、各魔物の前に配って貰う。すると、魔物
が勝手に飲み込むのだ。
魔物の発生場所がランダムなのは仕方ないが、魔物部屋を6階以
下の各層に設ける。
配管を通り、魔素を供給しているので、各層の大部屋に最初に魔
物が生まれやすく設定してあるのだ。
当然、罠の一種にも成り得るが、目的はアイテム配りである。
発生した魔物の管理を全部きちんと行うのは面倒だが、魔物部屋
の魔物に配るだけでも十分なのだ。
配った魔物はその階層に解き放つ。そして、また魔物が溜まるの
を待つのである。
こうして、効率的にゴミを持った魔物を各階層に配置していった
1732
のだ。
エルフ
そろそろ、俺達の迷宮は完成に向かってきた。
95階層に町が完成したのだ。
仲居をしたり、掃除や洗濯、料理を覚えた耳長族のお姉さん達。
今では立派に働く戦力だったのだが、この町に引っ越して貰う。
トレント
ドライアド
当然、お姉さんだけでなく、男性も一緒にだ。
樹人族や樹妖精の皆さんは既に移住を終え、町の要所に植わって
いる。
その中に、樹上に家が立ち並ぶ、立体都市がその姿を現していた。
エルフ
妖精の住む都。
耳長族にとっても、心落ち着く森の住家となるだろう。
彼らは感謝の言葉を述べ、涙を流して喜んだ。そして、喜びと希
望を胸に、引越していく。
宿屋や酒場の運営など、快く引き受けてくれたのは言うまでも無
い。
トレント
不自然に地上に立つ宿屋が何軒かあるが、それは迷宮の各階層か
トレント
ら繋がっている仮宿である。
運営は樹人族の爺さん。
この迷宮内では、限定的に樹人族も実体化が可能になっていた。
なので、各階層からの冒険者への対応を任せる事になった。
彼らも人と話せるので、喜んで協力してくれたのだ。
こうして、迷宮の難易度の調整や棲み分けも完了し、俺達の仕事
もひと段落したのだった。
そろそろ、次の段階に移る時期が来たようである。
迷宮の完成と同時期、
1733
ついに10階層突破者が出現した。
迷宮内のアナウンスにより、10階層の守護者であるオーガロー
ドが倒されたと発表があったのだ。
冒険者が住み着くようになった、宿場町に大きな歓声が響き渡る。
迷宮の10階層突破者は、勇者マサユキ率いる冒険者集団。
﹃マ∼サッユキ、マ∼∼サッユキ!!﹄
と、大歓声に称えられる勇者マサユキ。
その表情は、引き攣ったような笑顔だったというが、周囲の者に
B+
相当の魔物だったのだが、まあ、マサ
は光り輝く笑顔に見えていたようだ。
オーガロードは、
ユキ達の敵では無かった。
というか、仲間がそれなりに腕が良いようで、苦戦しつつも全員
無事に倒せたようだ。
オーガアックス
オーガレッグ
オーガロードのドロップアイテムは、オーガシリーズ。
レア
今回出たのは、大鬼斧と、鬼の脛当だ。
シリーズものの、希少級装備である。
武器はランダム。好みが出るかは運次第。
だが、この装備の性能を見て、冒険者達の空気が変わった。
今までの少し金儲け出来たらラッキーという空気が消し飛び、本
気の攻略を目指し始めたのだ。
セーブポイント
ボスは、階層で異なるが、一時間に一回の出現である。倒された
ら一時間待たねばならない。
そして、一度倒してボス部屋を抜けたら、記録地点と上下の階段
が出現する。
この階段、元の階に戻って上に上ったとしても、ボス部屋前には
戻れない。
ランダムで、9階層の何処かに出現し、階段も消える仕組みなの
だ。ボスの独占を防ぐのが目的であった。
1734
このボスには、ランダムボックスという箱を持たせて送り出す。
なので、武具が出るかどうかも運次第。だが、出た武具は必ずオ
B+
相当の魔物など、熟練の冒険者6名パーティーにかかれ
ーガシリーズであった。
ば倒せない敵では無い。
これらの情報が、攻略者から広まるのも時間の問題だった。
ダンジョン
一気に攻略を目指す者の数が増える。
テンペスト
全ては計画通り。
魔物の国は、今や地下迷宮に隣接する町として、知らぬ者のいな
いこの世界で最も有名な町になったのであった。
1735
118話 迷宮と信用
迷宮運営は順調だ。
最初の大盤振る舞いにより、客︵=冒険者︶の心をガッチリキャ
ッチ。
これで、砂糖に吸い寄せられる蟻のように、彼らは何度も攻略へ
向けて挑戦するだろう。
10階層毎の報奨金も魅力の一つではあるだろうが、それは最初
コンビネーション
の客寄せでしかない。問題は、迷宮内で得られるモノが大事なのだ。
11∼20階層では、魔物が複数連携を取り始める。
トラップ
力押しでは攻略出来なくなっていくのだ。そして、段階ごとに凶
悪さを増す罠が行く手を塞ぐ。
ここからが本番なのだ。
レア
10階層のボスが希少級装備を落とした事は、あっという間に冒
レア
険者の間に広まった。
希少級とは本来、長い年月を経た魔鋼製の優れた武具が、魔鋼の
テンペスト
進化に伴ってようやく獲得する性能である。
魔物の国で産出する魔鋼は、鉱石をヴェルドラの濃密な妖気放出
に晒して変化させたものであり、圧倒的に純度が高い魔素を含んで
いる。
ス
その為、通常の武具よりも魔鋼と合金部分の馴染みが早いのが特
ペシャル
レア
徴であった。その質の高い素材から出来る武具は、それだけでも特
上級な性能を有するのである。
クロベエ作ともなると、試作品でも希少級の性能になるのだ。
クラス
だが、ここで一つの事実が発覚した。
同じ等級の武器であっても、性能に差があると言う事。
1736
レア
クロベエの弟子が造った希少級装備と、クロベエの作品では、そ
の質が大きく異なるのだ。
これは、鑑定解析を持つ者にしか見分けも付かない事実である。
クラス
言うならば、クロベエの作品を俺がコピーする事も可能なのだが、
出来た製品は当然同じ等級である。
だが、前から言っている通り、その性能は劣化版とも言えるもの。
これは、クロベエの鍛冶技術に対して、俺の鍛冶技術が足りない
から起る現象だと思われる。
ここから判断出来るのが、武器にもレベルがあると言う事だった。
素人には見分けは付かないし、一般の武器商人にも判断はつかな
いだろうけど、その武器に命を預ける冒険者には、その違いが明確
に分かるだろう。
恐らくは、武器も使われる毎に成長するのだ。
そして、クロベエは生まれたばかりの武器であっても、ある程度
のレベルを持たせて作成しているのだろう。
レア
そうして見るならば、武器の鑑定を行うと、そのレベルが見える
気がする。
10階層のボスが落とす希少級装備は、クロベエの弟子達の最高
傑作。
弟子ごとに腕の違いはあれど、性能には然程の違いはない。今後
も腕を磨いて貰い、様々なシリーズ装備の作成を期待したいものだ。
というのが裏の事情。
10階層のボスから出る武具も、一般では凄い装備なのかも知れ
レア
ないのだが、俺達にすればクロベエの弟子の成長の為に競わせて造
らせた成功品を出しているだけである。
然程懐が痛むわけではないし、寧ろ、あのレベルで希少級だった
事に驚いた程だ。
レア
毎回ドロップする訳でも無い。
ボスの守る宝箱からの希少級装備の出現率は2%程度に設定して
いる。
1737
レア
1時間に一回倒したとしても、一日で24回しか宝箱を開ける事
は出来ない。なので、二日に一つの希少級獲得が出来れば良い方な
のである。
射幸心を煽るには、最適なドロップ率だと思う。
シリーズ物なら揃えたくなるのが人情だろうし、同じ部位が出た
ら交換か売却になるだろう。
宿屋
と書かれた扉を用
これにより、ますます迷宮に潜る理由付けが出来るという寸法だ。
そして、迷宮内部の宿屋。
階層移動の階段横に、不自然に設けた
意した。
まずその扉を開けるのに、銀貨1枚必要である。これは、迷宮へ
の入場料に等しい。
けれども、冒険者達にはこの宿屋を利用せざるを得ない理由があ
った。
その理由が、迷宮の変遷である。
当初、迷宮変遷は三日毎に考えていたのだが、それでは攻略難易
度が高すぎるとマサユキが主張した。
なので、現在は七日、一週間に一度の変遷を行う感じである。
あいつはその持つ幸運により、迷わず迷宮を突き進んだようだが、
それでも10階層攻略に3日かかっている。
広大なマップを迷わず進める冒険者は少ない。精霊の教え等で、
最短ルートを確認するのも限度があるのだ。
となると、どうしても迷宮内で野宿の必要がある。
宝箱等がある部屋を確保し、その内部で睡眠を取るにしても見張
りも必要となるのだ。
また、迷宮内で得た装備品は、捨てていくには勿体無いモノもあ
る。食料品を準備しておく必要もあり、運搬出来る量には限度があ
った。
1738
蘇生の腕輪
についている緊急脱出機能を利用すれば飢える心
食料の備蓄が無くなれば、即座に撤退の必要がある。
配は無い訳で、空きスペースを作る為に食料を減らす方向になりが
ちなのだ。
であれば、宿屋があるならば利用したくなるのは当然の事であっ
た。
飢える前に階段さえ発見出来れば、食料の持ち運びは最小で済む
のだ。
再突入にかかる銀貨など、惜しんでいる場合では無いという事。
だが、最初の利用料の銀貨1枚だけではなく、中の料金も割高に
なっている。
食事は3倍料金。素泊まりもカプセルホテル並みに狭い場所に雑
魚寝なのに、通常並に銀貨3枚に設定した。
流石に、男と女では建物を分けているけどね。
だが、どれだけ高くても、利用する者は利用する。備え付けで、
大風呂を銀貨5枚で使用出来るようにしておいたのだが、意外にも
利用客が多かった。
迷宮内でずっと戦闘を行い、血や汗で汚れまくっている。装備の
洗浄サービスも行っていたのが良かったのか、大変に好評のようだ
った。
宿場町よりもサービス内容は悪いのだが、利益率で言えば迷宮内
トレント
の方が圧倒的に上である。
ここの場所は最初、樹人族にお任せして居たのだが、新人の教育
場所としても利用する事にした。
料理の腕の未熟な者や接客が初めての者が、ここで練習を行うの
だ。
思ったよりも利益が出たから可能になったのだけどね。
あとは、トイレが利用出来るのも大きな魅力かも知れない。
迷宮内にトイレ等と言うものは無い。死と隣り合わせなのだ、い
ざとなったら垂れ流しの覚悟がいるだろう。
1739
そうじ
掃除する必要は無い。魔物が勝手に処理する訳だ。
迷宮内に生まれたスライムは、何でも食べるのだ。排泄物や、魔
物の死体の残骸等、何でも食べる。
冒険者に倒されても、すぐに生まれて来るので、意外に迷宮は綺
麗なのである。
だが、だからと言って、そこらでする訳にもいかないのがトイレ
事情だ。
無防備な状況で魔物に襲撃されたら泣きたくなるだろう。タイム
! と言っても魔物には通用しないのだし。
大きい方だけでなく、小さい方をする場合にも見張りがいるのだ。
小便なら、最悪は垂れ流して対応可能だろうけど、俺は嫌だな。
そうなった時点で帰りたくなるが、帰還して街中でお漏らしを見
られるなんて、とんだ羞恥プレイである。
ならば、ある程度乾燥するまで、そのままなのか? どっちも嫌
だ。
結局、見張りが必要と言うのが結論だろう。
部屋があれば、その中ですればいいのだろうが、なかなかに大変
なのは変わらない。
これが男ならまだいいが、女性なら死活問題である。
男女混合パーティも珍しくは無い訳で、トイレ事情から考えても、
宿屋の利用が増えるのも当然の事なのであった。
ちなみに、魔法の一種で︿体調管理﹀と言うものがあるらしい。
排泄回数等を極力減らせる上、我慢する事が出来るようになるの
だとか。当然、限度はあるものの、三日程なら持つらしい。
戦闘中に垂れ流しても気にならぬ豪の者以外、冒険者の必須魔法
とも言えるだろう。
効果はあくまでも限定的なので、その意味でも宿屋の利用をお勧
めしたい。
1740
テンペスト
と、そんな感じで、運営は順調に軌道に乗った。
魔物の国への入国審査は厳重に行っている。
以前と違い、一部の商人と身元の確かな冒険者の資格のある者し
か入国出来ないようにしていた。
まあ、スパイを警戒している訳だが、他にも理由がある。
テンペスト
それは、格付けだ。
魔物の国の宿屋は、高級志向になっていた。普通の宿屋も多いが、
全ての冒険者を受け入れるには難しい。
野蛮な者の多い素性の知れない者を大量に招き入れると、対応が
追いつかなくなるのである。
なので、ある一定の線引きを行って、一般の者は宿場町に滞在す
るという棲み分けが出来たのだ。
何しろ、街中での戦闘行為は厳禁とは言え、馬鹿が魔法を唱えで
もしたら防ぐのは難しい。重要な研究施設もあるので、どうしても
選別の必要があったのである。
しかし、観光地としても宣伝したい気持ちもあるので、10階層
踏破者は、町への滞在資格を獲得出来ると宣伝してある。
問題を起こせば、当然だが資格剥奪となる。
まあ、付加価値を付けた感じではあるが、食事の質が高い事が何
テンペスト
故か知れ渡っており、やる気の向上に繋がっているようだった。
また、魔物の国の武器防具を購入出来る機会でもある。
この国に買い付けに来る商人達の噂話により、武器防具屋には高
級品があると冒険者の間で噂になっているのだ。
噂を流したのは、当然、俺だ。
ミョルマイル君が、良い仕事をしてくれたのだ。
商人に流すのは、クロベエの弟子の造った一般武具。当然高品質
であり、評判は良い。
特殊装備や、試作品は、飾っているが販売はしていない。使用者
に直接売る事にしているのだ。
10階層を乗り越えた者なら、Bランク相当以上の者である。
1741
B+
相当のオーガロードを倒せるのだし、強い武器を持つ資
格はあるだろう。
ここで装備を揃えて、より上を目指して貰いたい。
というか、Bランク冒険者ならそこそこお金も持っているだろう。
エレン達は貧乏だったようだが、あれは例外だと思う。
金を持たない者が流入するのを防ぐのも、無用なトラブルを防止
する一つの手段なのだ。
迷宮を利用して、冒険者達の人柄や強さを選別しているとも言え
る。
実際、ユウキがスパイを放っている可能性もある訳で、誰でも受
け入れる訳にはいかないのだ。
思考誘導は、蟲のような概念が見えるので、それを除去すれば解
除可能だ。だが、見た所、そういう蟲の付いた者は居ないようであ
る。
恐らく、程度によるのだろう。
ヒナタには蟲が付いていた。これは強力に支配していた証拠。
マサユキには蟲は付いていなかった。それでも、思考誘導の影響
下にあったらしい。
やっかいな能力である。
しかし、蟲が付いていない者ならば、俺の﹃魔王覇気﹄で簡単に
解除出来るようだし、そこまで心配は要らないとは思う。
今は、入国の制限をしつつ、油断しないように情報を集めるべき
なのだ。
そして一ヶ月経過した。
ミョルマイルが喜色を顔に浮かべて、俺に報告する。
﹁順調ですぞ、リムル様。収益は上り調子で増えております。
迷宮でのドロップ品等の必要経費を差し引いても、十分に利益は
1742
出ております。
投資に対しての利益率ですが、10に対して11と言う所かと。
住民の労働への賃金は十分に賄えます。国家的な利益は当分先に
なりそうですな。
利用者が増えれば、改善されるかと思われます。
また、取引したいと言って、商人が頻繁に訪れるようになりまし
た。
宿場町の方でも、魔物の素材を扱う商人や職人が訪れて、宛ら小
さな町となっております。
寝泊りだけではなく、工房を開いて良いかという問い合わせもあ
りますな﹂
との事。
ふむふむ。大体予想通りである。
以前も説明した通り、ただ利益を出すだけならば、作ったモノを
高値で売れば済む話である。
だが、それではこの国への人の出入りに対し、仕事が少なすぎる
のだ。
住民皆に仕事、つまりは生きがいを与える事こそ、王たる俺の仕
事である。
迷宮は遊びで創ったが、それを目玉に人を呼ぶ事には成功した。
後は、迷宮攻略で得た金を使わせて、我が国の商品を消費して貰
うのだ。
商品とは、宿や食事と言ったものだけではなく、武器や防具そし
て消耗品などである。
そしてその内に、この国で作られる装備の良さが知れ渡る事にな
るだろう。
それは口コミで広がり、商品の宣伝を行う労力を必要とせず、顧
テンペスト
客を呼び込む事になる。
そしてその結果、魔物の国は多くの冒険者に認められ、必要とさ
1743
れるようになるハズだ。
高性能な武具も、それを疑う者も少ないだろう。
何しろ、買った商品を試す事が出来る場所がすぐ傍にあるのだか
ら。
そうして、少しずつこの国に対する信用は積み重なっていく。
利益より重要なのは、信用である。
赤字を出してまでやる事ではないが、トータルで見て黒字ならば
迷宮運営は成功と言えた。
迷宮を創った目的は、客寄せであり、この国を認めさせる事なの
だから。
迷宮だけで利益が出たならば、大成功と言えるのだ。
俺の意思を受け、ミョルマイルも頷く。
﹁問題ないでしょう。客足はどんどん増えております。
この国が魔王の治める魔物の国であると知った上で、です。
リムル様の思惑通り、我々は信用され始めたと言って良いかと考
えます﹂
ミョルマイルは力強く肯定した。
と言う。まさしく、その通り
しかも、我々、か。人間であるにも関わらず、完全に俺達の視点
でモノを考えているようだ。
嬉しい事である。
得るに難く、失うに易し
信用は、直ぐには得られない。
信用は
だろう。
欲を刺激して人を呼び込んだ訳だが、欲ほど信用に結びつきやす
いものもない。
自分の欲を満たす相手だと思って貰えたならば、それは信用を得
たと言えるのだ。
この調子で、コツコツいけばいい。
1744
欲だけの関係はつまらないが、人となりを見るにも良い環境であ
る。
俺も、ミョルマイルに頷き返し、一先ずの成功を喜んだのであっ
た。
そして、宿場町。
宿場町には、装備の修繕を目的として、クロベエの弟子の工房は
あるのだ。
その周辺に、冒険者から噂を聞いた職人が住み着き、工房を開き
たいと言ってきたそうだ。
そういう要望は結構出ているらしい。
その内、衛星都市のような感じで、宿場町も発展しそうな気がし
てきた。
良いだろう、面白そうだ。
俺はミョルマイルに、工房開設の許可を出した。
結果、俺の予想した通り鉱山の麓に町が出来るが如く、迷宮を取
り囲むように衛星都市が開発されていく事になったのである。
1745
119話 迷宮運営の楽しみ方
ゴブタが帰って来た。
ミリムにみっちりと鍛えられたのか、ボロボロにやつれている。
強くなったと言うよりも、ただただ痛めつけられただけに見える
が、大丈夫なのだろうか?
﹁へへへ、自分、やったっすよ⋮⋮。クリアしてやったっすよ!﹂
と、うわ言のように繰り返すゴブタ。
ミリムは大きく頷き、
﹁うむ。見事であった! ヘルモードをクリア出来るとは思わなか
ったぞ﹂
と、ゴブタを褒める。
ミリムが褒めるのだから、ゴブタは何かを成し遂げたのだろう。
後で元気になったゴブタに聞いてみた所、修行内容は主に実戦訓
練ばかりだったのだそうだ。
自分と同等か若干上の能力の魔物相手に、ひたすら戦闘を繰り返
したらしい。
﹁ミリム様に、
エネルギー
﹃お前は、どう頑張ってもそれ以上の魔素量の増加は期待出来ない。
だが、ランガと同一化出来るなら、その問題は解決する。
ならば、後はその増加する大きな力を使いこなせばよい話だ!
1746
魔素量の増加はランガに任せて、お前はひたすら感覚を磨くが良
い!﹄
バトルセンス
って言われたんす。それ以降、ずっと戦闘感覚を磨く特訓っすよ﹂
と、笑顔で言っていた。
エクストラスキル﹃賢者﹄も獲得し、思考加速も可能になったよ
うだ。
大した奴だと思ったものだ。
さて、ミリムも遊びに来た事だし、かねてより準備していたアイ
テムを取り出す。
ヴェルドラ、ラミリス、そしてミリム。
三人が俺の手に持つアイテムに興味深げな視線を投げかける。
ダンジョン
場所はヴェルドラの居室。
地下迷宮の最下層だ。
﹁みんな、注目! ここに、ある特殊なアイテムがある。
以前より、俺が開発を進めていたもので、画期的な発明とも言え
る。
我々の生活に、新たな楽しみを提供してくれる事、間違いなしだ
ろう﹂
ホムンクルス
そう言って、三人に一つづつ、そのアイテムを配っていく。
これは、サリオン皇帝やエラルド公爵の用いていた、人造人間に
アイデアを貰っている。
1747
仮初の肉体を用意するなら、ちょっと面白そうな事が出来ると考
えたのだ。
﹁なんだ、これは?﹂
﹁見た事ないんだけど? 食べ物?﹂
﹁ふむ、我が思うに、これは魂の器に似た構造をしておるな﹂
と、三人がそれぞれの感想を口にした。
ホムンクルス
ヴェルドラが正解に近い。それは、魂の器を擬似的に作ったもの
で、人造人間に乗り移る根幹部分を俺なりに改造したものだ。
しかし、ラミリス⋮⋮食べ物の訳がないだろ。
俺が用意するもの全てが食べ物だとでも思っているのか、コイツ
⋮⋮。
まあ、いい。
﹁ヴェルドラが正解に近いな。これは、魂の器になるもの。
魂そのものを用意するのは難しいので、魔物の核もどきを作って
みた。
これを持ち、思い思いに好きな形を想像してみて欲しい。
既存の魔物でもいいぞ﹂
ホーンラビット
オーガベア
﹁ってことは、ゴブリンやオーク?
一角兎や、人食熊とかでもいいの?﹂
﹁ん? いいぞ。ただし、好きな魔物にしろよ。
後で、これは嫌いとか文句言うなよ?﹂
ギジコン
俺の言葉に納得したのか、それぞれが宝珠を持ち念じ始める。
暫くすると、魔素が宝珠に纏わりつき、魔物が発生した。
それぞれの望む姿をとって。
先ず俺。
1748
ゴースト
薄いふわふわと漂う人魂。幽霊の元だ。
物理攻撃を捨てた、完全魔法主体。
ステータスは省くが、特殊能力として︿元素魔法﹀︿物理無効﹀
を習得している。
幽霊なので、物理攻撃は効かないのだ。
次にヴェルドラ。
スケルトン
骸骨が立っている。
人骨戦士だ。魔法は使えないが、成長すれば習得可能。︿気闘法
﹀も習得出来るだろう。
でも、今はまだ使えない。
続いてミリム。
プヨプヨとした瑞々しい肉体。だが、手足は無い。色が真っ赤で
目立つけど、スライムだった。
おい⋮⋮。
﹁おい、何でスライムなんだよ。俺への嫌がらせか!?﹂
﹁いや、だって⋮⋮。好きな魔物とか言ったからだ。文句ないだろ
?﹂
逆切れされた。
まあいいや。本人は喜んでスライム! と目を輝かせているし。
フルプレート
だが、何で真っ赤なのかは問い詰めたいけど。
最後にラミリス。
リビングアーマー
騎士? いや、鎧なのか?
それは、動く鎧だった。一応、全身鎧なのだが、みすぼらしい。
しかし、俺達四人が生み出した魔物の中では、もっとも大柄であ
る。
1749
身長が低いのがコンプレックスだったから、大きな魔物を生み出
した、恐らくそんな理由だろう。
中身が無いのはお察しである。
実にラミリスらしい魔物であるかも知れない。
皆、自分が生み出した魔物を興味深げに眺めている。
だが、驚くのはこれからだ。
﹁みんな、聞いてくれ。
憑依
と、唱えて欲しい﹂
これは生み出して終わりではないんだ。まずは椅子にでも座って、
寛ぐ姿勢になってくれ。
それから、自分の魔物に向けて
俺の言葉に頷き、各々好きなように寛ぐ。
ヴェルドラの居室だが、各自クッションや椅子などを持ち込んで
憑依
と唱えた。
おり、好き勝手しているので困る事は無い。
そして、一斉に
俺も、意識が一瞬暗転し、すぐに視界が切り替わる。
﹃魔力感知﹄の効果範囲が狭くなり、視界が一気に悪くなった感
じだ。
擬似的な五感は備えているので、こちらに転生したばかりの頃よ
りも大分マシではある。
けれども、そういう体験の無い他の3名は結構大変だろう。
狭くなった視覚で周囲を見回せば、屈伸運動をするスケルトンや
異常な速度で動きまわるスライムが見える。
そして、ぎこちなく動くブリキのようなリビングアーマー。
しばしそうして自分の新しい身体の具合を確かめた後、
﹃凄いな、これ!!﹄
1750
と、口を揃えて言いだした。
うむ、自分でも思った以上に馴染むのを感じる。
まるで自分の身体。ただし、性能が一気に落ちるので、動きは悪
い。
だが、一旦その動きを認識すれば、反応の予測は簡単である。思
いのままに動かせるようになるのもすぐだった。
﹁うむ。どうやら成功だ。
では、この魔物に乗り移り何をすべきか。言わなくても判るな?﹂
﹁クックック。愚問だな。我は知っているぞ、これがゲームだな!﹂
﹁何だと? それは本当か、ヴェルドラ!?﹂
﹁師匠! では、我々はこの身体で敵を倒すのですね?
そして、この身体を成長させる⋮⋮?﹂
流石ヴェルドラ。
俺のやりたい事を、一発で見抜いてくれた。
そう、擬似的VRMMOである。
いや、MMOというよりはMOか? まあ、それはどうでも良い
話だ。
大事なのは、せっかく作った迷宮を自分達でも楽しみたい、と言
う事なのだから。
﹁ふふふ、流石だヴェルドラ。簡単に俺の考えを見抜くとは、な。
ラミリス、敵を倒すのではないぞ。この迷宮を攻略するのだ。
そして、この身体をレベルアップさせ、進化させるのだよ!
あ、当然だけど、冒険者も敵だから間違うなよ?﹂
﹃おおお、なるほど!!﹄
全員が納得してはいないだろうが、おぼろげに楽しそうだと理解
1751
出来たようだ。
復活の腕
を装備する。これは、一回で壊れずに、何度でも使用可能なの
俺達も死んだらここで復活出来るように、ラミリス作
輪
だ。
それから重要なのが、
﹁さて、大事なのは装備だな。
ある程度動けるようになったら、クロベエの所に行って武器と防
具を作って貰うぞ!﹂
﹁おお、なるほど! このままではただの骨だしな﹂
﹁ふふ、愚か者め。ワタシの身体は高速機動型特殊スライム! こ
のままでも十分通用するぞ﹂
﹁ねえねえ、アタシ、鎧なんだけど⋮⋮この上に更に鎧を装備出来
るのかな?﹂
﹁さあ? なんとかなるんじゃね? まあ、行ってみようぜ。
ミリムは装備要らないなら、留守番頼むな﹂
﹁ば、馬鹿を言うな! このままでも通用するが、装備は要るのだ
!﹂
我侭な奴だ。
憑依解除
と念じたらいい。それで戻れるぞ﹂
俺も当然装備は欲しい。一旦元に戻り、出かける準備をする。
﹁元に戻るには、
元に戻り、宝珠を懐にしまいながらそう教えてやる。
ところが、ヴェルドラとラミリスは元に戻ったが、ミリムはその
まま俺の懐に潜り込んで来た。
そして、
﹁このまま行く。さあ行くぞ!﹂
1752
と言い出した。
余程お気に召したらしい。子供っぽいが⋮⋮、まあ子供か。
子供に子供っぽいと言っても仕方ない。
諦めてさっさと行く事にした。
デスサイズ
ヘルクロース
クロベエの鍛冶屋にて、俺達は専用の装備を作成して貰った。
マジックアイテム
俺の武器は、死神の鎌と冥府の衣。
デス・バスタード
ヘル・メイル
幽霊なのに装備出来るのは、魔法武具の特徴である。
ゲートシールド
ヴェルドラは、死神の片手剣と、冥府の全身鎧一式である。
更に、獄門の大盾を装備し、完全武装であった。
デスピックル
クリムゾンローブ
ミリムのスライムは、簡単な装備しか出来ない。
死神の一撃と、紅の羽衣をその場で装備した。
﹁アイテムは、装備しないと効果が出ないのだぞ!﹂
などと言いつつ、ご機嫌である。
本人が喜んでいるのだ、俺が言う事は何も無い。
ヘヴィフルプレート
そして、ラミリス。
リビングアーマー
重厚な全身鎧を用意して貰った。
ラミリスは不安そうに、動く鎧に憑依してその鎧を受け取ろうと
したのだが⋮⋮
何と、鎧が入れ替わったのだ。
ガラン、と音を立てて、ボロボロの鎧が地面に転がる。
そして、塵になって風に吹かれて消えてしまった。
1753
リビングアーマー
リビングアーマー
ラミリスの動く鎧は、動く重鎧へと変化したのだ。
進化では無い。どうやら、装備ではなく入れ替わるようである。
﹁ちょ! 凄い動きやすくなった!﹂
ラミリスの言う通り、油の切れたようなぎこちない動きだったの
が、スムーズに動くようになっている。
鎧の性能で、動きにも影響があるようだ。思わぬ発見であった。
喜ぶラミリスに、武器と盾を選ばせる。
﹁ふふん! アタシは盾なんて要らないさ!﹂
デスアックス
そう言って、両手用の大きな武器を選ぶラミリス。
死神の大斧である。威力だけなら最高の武器だが、扱いが難しい。
まあいいさ。普段、力不足で馬鹿にされるから、こういう所で大
きな気分になってしまうのだろう。
面白いように性格が表れている。
クラス
ウィザード
俺は物理を捨てて、魔法と精神攻撃の特化型。
職業は魔術師だ。一応、回復魔法も覚える予定である。
ヴェルドラは、万能型で、何でもこなす。その内、魔法も覚える
クラス
マジックナイト
つもりだろう。
職業は魔法戦士と言えるかな。まだ魔法は使えないけど。
ミリムも速度特化で、一撃狙いの超特化型。あるいは、浪漫型と
も呼べるだろう。
天井から不意打ちの一撃で、敵を仕留める作戦なのだそうだ。
嵌れば強いだろうが、通用しない敵はどうするのか? まあ、逃
げるんだろうな。速度も早いし。
クラス
アサシン
ある意味、スライムの理想系とも言えるだろう。
職業は暗殺者だ。ソウエイに師事するのもアリかも知れないが、
1754
遊びで迷惑をかけるのは禁止である。
ラミリスは攻撃特化型。ある程度防御力もあるので、安定するか
クラス
バーサーカー
も知れない。
職業は凶戦士だ。狂ってないけど、攻撃特化の危険な魔物。
慣れたらヴェルドラと双璧を為す、壁役になって貰いたいもので
ある。
ユニーク
さて、皆新品の装備を貰ってご満悦である。
この装備、等級で言えば特質級である。ただし、魔物でも装備出
来るように専用装備に調整して貰ったので、そこまで強くは無い。
けれども、初心者にとっては最高装備と言えるだろう。
呪いの一種で、使用者制限も付いているので、盗まれる事も無い
のだ。
準備は整った。
空腹など関係ない俺達は、食料の準備等必要無い。
気の向くままに、迷宮へ挑戦し、冒険者を血祭りに上げる事にし
よう!
ちなみに、放置している本体だが、俺は意識の分割が出来る。な
ので、何かあっても対応可能なのだ。
テンペスト
遊んでばかりもいられないので、分身の一体は緊急連絡用として、
魔物の国の執務室にも座っているし。
抜かり無しであった。
俺達は早速迷宮に戻り、探索を開始する。
俺達の冒険は、始まったばかりなのだ!
1755
こんな感じで、俺達は浮かれて楽しんでいた。
小さな失敗は幾つもあったが、計画は順調であり問題は無かった
のだから。
だが、事態は常に動いている。
遊びながらも情報収集は行っていたのだが、俺の想像を超えた所
で物語は動き出した。
魔王とは言え、神ならざる者である。知りえぬ事は予想も出来な
いのだ。
楽しい時は、唐突に終わりを迎える事になる。
それは、真夏の夜の夢の如く、唐突に。
その情報が齎された時、楽しい時は終わりを迎えるのだ。
1756
119話 迷宮運営の楽しみ方︵後書き︶
ほのぼの編は終了です。
まだ書きたい事は残ってましたが、そろそろ本編を再開いたしま
す。
章の名前を変更しました。
また変更するかも知れませんが、一応はこれで。
1757
120話 動き出す者︵前書き︶
当分、主人公の出番は無い可能性が高いです。
ご容赦下さい。
1758
聖騎士団長の反乱
120話 動き出す者
ンペスト
後に
テ
の地
と呼ばれる事になる、ヒナタ率いる魔
法皇直属近衛師団筆頭騎士
物の国への襲撃は、ヒナタの敗北により幕を閉じた。
ヒナタは弁明を行う事なく、
位を返上し、神聖法皇国ルベリオスとの関係を自ら断ち切っている。
としても、ヒナタに対する罰を与える事は出来ない。
関係が無いと明言した以上、神聖法皇国ルベリオスの代表である
七曜の老師
故に、今回の件に関しては静観を持って対処せざるを得なかった。
ただし、西方聖教会としては静観する事は出来ない。
テンペスト
一方的に襲撃をかけ、敗北したのだ。魔物相手の敗北というだけ
でも問題なのだが、全員生きて帰って来た。一部の魔物の国に滞在
している者達も無事であると判明している。
不意打ちを仕掛けた上で、全面敗北した形なのだ。言い逃れは出
来ない程の失態である。
むしろ、全員死んでいたならば、魔物の残忍さとその脅威性をア
ピールし、西方聖教会の正当性を主張しつつ人類連合の結成へと動
けたのだが⋮⋮
ある意味、教会としてはもっとも都合の悪い結末となっていたと
言える。
それでも、ヒナタが無事に戻った事は素直に嬉しいニコラウス。
だが、それとこれとは話は別。問題は問題なのだ。
頭を抱えるニコラウス枢機卿に、ヒナタは言った。
﹁私が独断で行なった事だ。聖騎士を騙し、教会の意思と関係なく
勝手に出撃した事にする。
魔物が全て悪とする教会の教義そのものに疑問が出来たが、その
一点で教会の全ての行いを否定されてはならない。
1759
依然、弱者にとって教会は必要なのだ。
助けを求める者へ手を差し伸べる事の出来る組織は、無くす訳に
はいかないだろう?﹂
迷いない意思を込め、ニコラウスを見つめて。
以前のように、他者を見下し合理的に自分の考えを推し進める姿
からは考えられない。
それが必要ならば、身内を斬り捨てる事も躊躇わぬ合理主義者だ
ったヒナタ。
あるいは、斬り捨てる対象が自分でも、その刃に躊躇いはないと
言う事か。
また、どういう心境の変化があったのか、教義一辺倒で全てに優
先して理想社会の実現を目指していた頃の面影はない。
常に張り詰めていた表情には、以前には決して見られなかった優
しい微笑が浮かんでいる。
ニコラウスには、その申し出を断れなかった。
優しくなったように見えるヒナタだが、その芯は変わっていない。
考え抜いた上での結論であり、そうする事がもっとも聖教会へのダ
メージが少ないというのは、ニコラウスにも理解出来たから。
﹁ヒナタ様、少し変わりましたか⋮⋮?﹂
﹁ん、そうか? 自分では自覚出来ないな。だが、私は焦りすぎて
いたとは思うよ。
自分の手で助ける事の出来る者を助けたい。そう思ったんだ。
少数を切り捨て多数を助けるという考えが間違っていたとは思わ
ない。
信念を持って正しい事をしたと、胸を張って言える。
だが⋮⋮手の届く者を全て救うのもまた正しい。
ロマンチスト
私は、大局に目を向けすぎて、大切な事を見失っていたようだ。
大勢を救いたいのでは無く、皆を救いたい。夢物語だと笑いたけ
1760
れば笑えばいい。
私は、自分の目で見て判断し、二度と惑わされる事なく正しい道
を歩むと決めたのだ﹂
﹁それは、魔王に言われたから、ですか?﹂
わがまま
﹁いや、違うな。尊敬する先生に諭され、魔王の在り方を認めてし
まったから、かな﹂
﹁魔王を⋮⋮、認めた?﹂
﹁ああ。あれは、邪悪では無かった。人の心そのままに、素直に生
きていたよ﹂
﹁そうですか⋮⋮。では、私はヒナタ様を信じます。ヒナタ様が信
じた魔王の事も﹂
ニコラウスにとっては、ヒナタが全てである。
例え負けたとは言え、無事に帰って来てくれたのならば文句は無
い。
もし仮に、神聖法皇国ルベリオスがヒナタを糾弾するような動き
を見せるならば、ニコラウスは西方聖教会を率いて全力で擁護にま
わるつもりでいた。
勇者
として。
として処理するが、ヒナタは冒険者となり
今回、その最悪の事態は回避され、ヒナタは自分の意思で聖騎士
聖騎士団長の反乱
団長の位も辞した。
野に放たれる事になるだろう。
弱き民を救い希望を与える者、
教義に生きた聖騎士団長は死に、民と共に歩む勇者が生まれる事
になるのだ、ニコラウスはそう理解した。
ブラッドシャドウ
だから反対しなかった。彼は後に、その事を後悔する事になる。
ヒナタは集合出来た聖騎士達と血影狂乱を前に、自分が聖騎士団
ブラッドシャドウ
長を辞する事を宣言する。
聖騎士達は納得し、血影狂乱は反発した。
1761
﹁ヒナタ様は堕落なされた! 魔王に負けて弱くなったのだ。
ブラッドシャドウ
どうせ魔王に誑かされたのに違いない。我らが目を覚まして差し
上げねば!﹂
ダンジョン
そんな事を言い出し、ヒナタを困らせる血影狂乱達。
そんな彼らに、
クリア
﹁ならば、魔王の国に地下迷宮が出来たそうだ。
そこを踏破出来たら、魔王への謁見が可能らしい。
私の目を覚まさせると言うのなら、先ずはそこを制覇してみたら
どうだ?﹂
ブラッドシャドウ
ヒナタがそう言うと、受けて立つように血影狂乱の一部と聖騎士
数名が立ち上がり、去って行った。
﹁宜しいのですか?﹂
ニコラウスの問いに、
﹁いいさ。どうせ、あの迷宮では死人は出ないだろう。
魔王が遊びで運営しているようなものだ。
だが、我らにとっては、良い修練場になる。
狙ったのかどうかは不明だが、あそこは、魂を鍛えるには最適だ
ろうよ﹂
ヒナタは事も無げにそう答えた。
一度正面から戦った事で、魔王リムルに対して、ある程度の信頼
をしたようであった。
また、念話にてアルノーから聞いた話でも、ある程度の事情は把
握出来ている。
1762
ブラッドシャドウ
迷宮を攻略に向かわせても、大した問題にはならないだろう。
というより、ヒナタならまだしも、血影狂乱達にクリア出来ると
も思えない。
魂の修練場
と呼ばれる
血に狂い、教義しか見えない彼等には、迷宮で心を折られる経験
も有用だと思えたのである。
ダンジョン
この言葉が元となり、後に地下迷宮は
事になる。
死ぬ事なく、何度でも挑戦出来るのだ。心を折られない限り。
ブラッドシャドウ
ヒナタの言う通り、心弱き者の修練には持って来いの場所だと言
えた。
残った血影狂乱は、神聖法皇国ルベリオスへと帰って行った。
元より神聖法皇国ルベリオス所属の者達であり、法皇その人に忠
誠を誓っていた者達だったのだ。
ヒナタはその者達を見やり、
﹁私は、本当に何も見えていなかったのだな⋮⋮﹂
と、嘆くように呟いた。
彼らの纏う気配、それは濃厚な血の香りを含む。
それは、ヒナタが神聖法皇国ルベリオスに報告に赴いた際にも感
じた死の気配。
あの、余りにも機械的な人間らしさの感じられぬ秩序だった動き
の理由はそういう事だったのか、とヒナタは思い至った。
今更な話である。
の前を辞する際も、嘗てなく神経をすり減らしたのだ。
ヒナタは、自分が気付いた事を気付かれぬように挨拶を終え、
七曜の老師
戦って勝てるかどうか。彼らは、人ならざる魔力の気配を発して
いたのだ。
何故今まで気付かなかったのか、不思議な程に。
1763
それは、ヒナタが
勇者の卵
として一段高みに上ったが故に気
付く事が出来た気配なのだが、ヒナタはその事には気付いていない。
ただ、それら全ての物事が、自分の目が曇っていたが故に見えて
いなかったのだ、と思い込んだのである。
あながち間違ってはいないが、真実でもなかった。だが、この勘
違いも、ヒナタの成長の糧となったのは間違いないだろう。
神聖法皇国ルベリオスは恐らく仮の姿。
本来の姿は、強力な魔物の統べる魔の都なのだろう。恐らくは、
魔王クラスの。
何百年もの間、その正体に気付かれる事なく、都に住む人間の思
考を操っている。
それは、洗脳などと言うレベルの話ではなく、教育の段階から入
念に行われており、解除は出来ない。
恐ろしい相手だ、とヒナタは推察していた。
現在のヒナタの実力では、太刀打ち出来ないと思われる。
しかし、人々が平和を享受しているのも、確かな事実なのであっ
た。
自分以外の魔物を認めぬ魔物。いや、自分に仇為す魔物を認めぬ
故に、全ての魔物を敵と定めたのか?
どちらにせよ、短絡的な思想を持つ相手のようだが、狡猾さと慎
重さは脅威である。
以前のヒナタならば、その場で戦いを挑んでいたかも知れない。
けれども、今は優先順位を考えるようになっていた。
ヒナタは、より深く物事を見て、考えるようになったのだから。
最短距離を駆け抜けるのではなく、回り道でもゆっくりと自分の
足で歩く事を選択したのである。
故に、ヒナタに戸惑いは無くなったと言える。
1764
ヒナタは西方聖教会を後にした。
後の人事は、ニコラウスに伝えている。
聖騎士副団長のレナードを団長に昇格させ、アルノーを副団長へ
と任命するように推薦しておいた。
﹁心得えました。滞りなく、そのように致します。
ですが、ヒナタ様。ここは貴女の居場所でもあります。
何時でもお戻り下さいますよう、我等一同お待ちしております﹂
ニコラウスの言葉に、一斉に頭を下げる聖騎士達。
今思い出しても、ヒナタの胸を暖かい気持ちにさせてくれる。
全てを切り捨てるように生きて来たが、それでもヒナタを信じて
付いて来てくれた者達が確かに存在した事が、素直に嬉しかったの
だ。
彼等の為にも、ヒナタが聖教会に長居すべきでは無い、そう思っ
た。
だが、
﹁お前は良かったのか?﹂
後ろに付いて来ている者に、振り向きもせずに問い掛けるヒナタ。
ランガ
﹁問題ないです。俺もあの戦いで何度も心を折られましたし、ね。
あの糞犬に、ね⋮⋮。
それに、その後の宴会の時、あの魔物達と話して見て、自分の狭
量さに気付いたんですよ。
俺も連れて行って貰いますよ。それに⋮⋮
西方聖教会としては、今後も人手が要ります。なので、ヒナタ様
の護衛に人数を回せないんで。
1765
まあ、護衛が俺一人では心配でしょうけど、任せて下さいよ!
あんな化け物みたいな奴、滅多に居ませんって!﹂
﹁好きにしろ。物好きな奴だな⋮⋮。
だが、ありがとう。
あ! 好きにしろと言っても、寝込みを襲うとかは駄目だぞ?
そういう事をするなら許さんから、そう思え﹂
﹁ちょ! 俺の事を何だと思っているんですか!?
ヒナタ様に手を出すような命知らずな訳、無いでしょう?
そもそも、そんな事すれば、ニコラウス枢機卿に殺されます﹂
あの人、マジで手加減とか知らないし、本気で殺しに来ますよ!
とか、ブツブツ言っているフリッツを眺め、ヒナタは小さく笑っ
た。
その笑顔を横目でチラリと見た瞬間、目を見開き、口をあけて言
葉を失うフリッツ。
︵やべ、マジやべ⋮⋮。一瞬、殺されてもいいから手を出そうか、
なんて考えてしまった︶
フリッツは、冷や汗をかきつつ、自分の考えを振り払う。
綺麗だが、人間味の薄い人物。強さでは圧倒的だが、女性として
の魅力には欠けている。
ヒナタの評価は、概ねこんな感じであったのだ。フリッツもその
例に洩れず、ヒナタを女性として意識した事など無かったのである。
だが、今ヒナタの魅せた笑顔は、そういった評価を全て吹き飛ば
す程の魅力に溢れていた。
︵やべえ、俺、マジで役得なんじゃ⋮⋮。こんなのバレたら、他の
皆に狙われそうだぞ⋮⋮︶
少し落ち着いて、フリッツは気持ちを整理させる。
大丈夫、問題ない。フリッツは、動揺する心を押し隠し、普段通
1766
りの対応を心がける。
そんなフリッツの様子に気付く事なく、ヒナタは丸眼鏡を鼻の頭
にチョコンと載せて、首を傾げてフリッツを振り向いた。
そして小さな笑みを浮かべたまま、
﹁うん。頼りにしているよ? フリッツ﹂
と声を掛けたのだ。
フリッツにとって、その言葉はトドメだった。
︵ニコラウス枢機卿、すいませんが、俺は本気になってしまったよ
うです︶
フリッツにとって、ヒナタが冷酷な聖騎士団長ではなく、守るべ
き女性となったのは、正にこの瞬間だったのだ。
フリッツは、聖騎士団長ヒナタへの忠誠ではなく、自らの心でヒ
ナタに付き従う事を選択した。
こうして、二人旅が始まった。
カグラザカ
マジックアイテム
魔王リムルの言っていた5人の子供。その事が、ヒナタの気掛か
ユウキ
りになっていた。
神楽坂優樹に近づくのは危険だが、洗脳対策の魔法道具は用意し
てある。無茶をするつもりはない。
呪術王
カースロード
カザリームとユウキの関係が不明なのも気掛かりだが、
現状を確認し、あわよくば子供達を救出するつもりなのだ。
接触を避けるように行動するつもりである。
戦って負けるとは思わないが、シズさんの遺言で接触しないよう
呪術王
カースロード
カザリーム。
に言われている。ヒナタは遺言を守るつもりでいるのだ。
だが、
彼が、ユウキを操っているのだとしたら⋮⋮自分は、決してそれ
1767
を許してはいけない。
10年以上操られ、思考制御を受けていたヒナタだからこそ、何
よりもそれを許せなく思うのだ。
ヒナタの記憶にある、穏やかに微笑む少年。
︵その笑顔を確かなものにする。そして、子供達も助け出す︶
意識すればそういう事なのだろう。ヒナタは決意し、行動を開始
した。
目指すは、イングラシア王国。
ユウキ、或いはカザリームの、思考誘導の影響を色濃く受けてい
ると思われる都市。
魔法陣による転移は内通者がいればすぐに気付かれる恐れがあっ
た。
故に、ヒナタとフリッツは街道を利用し一路イングラシア王国へ
と向かう。
新たな戦いの幕開けは間近であった。
1768
121話 ヒナタと子供達
イングラシア王国に到着し、一週間経った。
街道を行く馬車に相乗りさせて貰う等して、ここに来るにもそれ
なりに時間が掛かっている。けれども、焦るのは禁物だ。
転移魔方陣を利用せず、目的地を悟らせぬようにした意味がなく
なるからである。
ヒナタとフリッツは、変装道具にて冒険者の娘と青年の格好に変
わっていた。
ヒナタは初期に用いていた装備が残っていたので、それを使用し
リムル
ている。フリッツは、手頃な装備を行商人から購入し、着用してい
た。
しかし、装備的な不安はない。聖霊武装を改良したという魔王に
渡された腕輪があった。この腕輪は念じればいつでも主兵装への換
装が可能なのである。
ユニーク
フリッツも同様の精霊武装の腕輪を着けている。劣化版ではある
が、特質級と同等性能の装備だ。どういうつもりで装備を渡してき
たのかは不明だが、助かるのは間違いない。
いざとなれば主武装になれるので、装備の着用は不要なのだが、
冒険者へ変装するのがもっとも簡単であった。
そういう理由で、二人はみすぼらしいとも言える装備を身につけ
ているのである。
偽造したギルドカードにより、イングラシア王国への進入は容易
だった。
現在ヒナタは、町外れの安い宿屋にて滞在中である。
この一週間、ヒナタは宿屋から動いてはいない。精霊召喚魔法に
1769
よる精霊使役を用いて、王国内部の様子を観察しているのだ。
フリッツは、学園周辺の見回り。自分の足と目で、都市の雰囲気
を見て回っている。
学園に侵入可能なルート、若しくは商品運搬などの依頼が無いか、
念入りな調査活動を行っているのだ。
学園は一種の要塞であり、関係者以外の者の出入りが難しい。
学園内部の図書館の利用は、一般者でも可能ではあるのだが、そ
こはユウキの監視下だと考えて間違いないと判断している。
ヒナタ達は、ユウキに知られる事なく学園に侵入可能な方策が無
いか、その方法を探っているのだ。
出入りの業者を幾つか見繕う事は出来たのだが、フリッツが食料
品の卸業者と話をつける事に成功した。
各国から集う学生の人数は多い。
昼食の準備に必要な食料品の運搬だけでも、それなりの人手が必
要となってくるのだ。
臨時の手伝いとして、ヒナタとフリッツは上手く紛れ込む事が出
来たのである。
それから更に一週間。手伝いの仕事を続け、今度は学園に絞って
調査を行う二人。
運搬作業は早朝から行う必要がある。簡単な料理とは言え、昼ま
でにある程度の下拵えを終わらせる必要がある為だ。
一週間の観察により、配達を終えた後ならば学園内部に残る隙が
作れると判断した。
一番早朝の便の配達を終えてまだ暗い中でならば、暗がりに紛れ
て二人が抜け出したとしても、気付かれる事は無いだろう。
この一週間で、学内の構造も粗方把握出来ていた。
学園内で放った精霊からの報告により、強力な光の精霊の波動の
在り処も掴んでいた。
リムルの話していた、光の精霊の守護を受けた少年が居ると思わ
れる。
1770
宴の後でリムルと話をして、学園に残る子供達の事も聞いたのだ。
ヒナタが聞く耳を持たずに魔物の戯言と切り捨てた話であり、今と
なっては子供達を利用されぬように保護するのが自分の役目だと、
ヒナタは考えている。
ある意味、ヒナタの弟弟子とも言える子供達。
ヒナタ
だが、その子供達を召喚している理由が、ヒナタには納得がいか
ない。
考えてみれば、リムルに対してユウキが説明した﹃聖教会が次代
の勇者を召喚するのに失敗した﹄という説明もおかしいのだ。
そもそも、自分達が次代の勇者を召喚して新たな希望を育成する
必要があるかどうかはおいておくとして、ヒナタ達は召喚など行っ
てはいなかったというのは間違いない話。
では、召喚を行っていたのはユウキである、と言う事になる。
その目的は何なのか? 果たして、本当に失敗した結果の子供達
なのか、最初から子供を狙って召喚していたのか?
そこがヒナタには判断出来ない。
ユウキが召喚を行わせ、ヒナタにその罪を被せたのは間違いない
何故、召喚を行っていたのか?
とい
のだが、それはヒナタとリムルの対立を目論んでの事だと理解出来
る。
だが、大元となっている
う疑問の答えにはなっていないのだ。 或いは、大量に召喚を行う必要があり、その失敗作を利用しただ
けに過ぎないのかも知れない。
それでも、その召喚を行っている理由を突き止める必要がある、
ヒナタはそう考えていた。召喚された子供が5名だけかどうかも判
らないし、子供では無く、大人が召喚された場合はどうしているの
かも不明なのだ。
放置すれば良くない事になりそうだという、漠然とした不安がヒ
ナタの心に圧し掛かるようだった。
ともかく、先ずは子供達の保護だ、ヒナタは自分の考えを振り払
1771
い作戦実行に向けて意識を集中させる。
作戦実行の朝になった。
フリッツと打ち合わせを終えたヒナタは、食料品を運ぶ荷車を押
す集団に混ざり学園に侵入する。
この一週間で打ち解けた、配達のおばちゃん達に気さくに声を掛
けられつつ、油断なく怪しい気配がないか心を配る事は怠らない。
マジックアイテム
ヒナタは自分に対し、認識変換の魔法効果が掛かっている事を思
い出す。魔法道具にて、赤毛の少女の外観に見えているハズだ。
おばちゃん達はヒナタにではなく、人懐っこい赤毛の少女に接し
ているつもりで気安く話している。そうした考えがヒナタの心を過
ぎり、少し寂しい気持ちになった。
だが、今はそのような事を気にしている場合ではない。
配達を終わらせて、光の精霊の気配のする教室にて、フリッツと
合流する。ヒナタはフリッツとの打ち合わせ通り、気持ちを切り替
えて行動を開始した。
配達先に荷物を配り終え、帰り支度を始める。その隙を狙い、簡
マジックアイテム
易型幻覚魔法を展開させるヒナタ。
身に着けていた魔法道具を核として、精霊を宿らせるのだ。これ
により、ヒナタの代わりに暫くの間、精霊が赤毛の少女を演じてく
れる。
学園を出る迄の間に魔法効果は切れるのだが、それ迄には合流を
果たす計画であった。
学園の門の出入りの際、魔法感知を受ける事になるので、幻覚魔
法等は通用しないと考えている。今日は子供達と一度会話しておく
というのが作戦内容であり、危険を冒して学園内に留まる予定では
無いのである。
会話出来る時間は凡そ10分程度だと推測しているが、ともかく
は子供達の現状確認をしないことには始まらない、ヒナタとフリッ
1772
ツはそう結論付けていた。
だが、作戦は臨機応変。何らかの事情で合流出来ない場合、その
まま強行突破に移る事も考慮に入っている。
その場合は、おばちゃん達とはここでお別れとなるだろう。
その事に少しの罪悪感も感じたが、ヒナタは迷いを振り払い代わ
り身を残してその場を後にした。
フリッツは力仕事を任されているので、合流は後になる。
ヒナタは打ち合わせ通り、光の精霊の気配へ向けて疾走を開始し
た。
隠形を用いて、存在感を極限まで薄めたヒナタは、誰にも気付か
れずに全力で校庭を駆け抜ける。
校舎三階の踊り場に向けて跳躍し、音も立てずに着地するヒナタ。
アンロック
鍛え抜かれた身体能力を魔法で強化させており、超人の如き行動
を可能としている。ヒナタは踊り場にある扉を開錠の魔法で鍵を解
除すると、躊躇いもせずに中に進入した。
薄暗い教室の中。
まだ早朝であり、時刻は6時前である。
そこは普通の教室とは趣が異なっていた。机の数は少なく、使用
されているのは4つしかない。
教室の後ろに扉があり、二つの教室を繋げるような作りになって
いるようだ。
廊下に面した側にも扉があるが、外から厳重に封がされている。
扉に手を掛けて開けようとしてみたが、内側には鍵も無く開ける事
は出来なかった。
異質な作りになっている。これだけでも、この教室にてある種異
常な出来事が起きている事を伺わせるのだ。
ヒナタは一つ頷くと、後ろにある扉へと向かった。
その扉の先に光の精霊の気配を感じる。時間に余裕は無い事だし、
1773
さっさと目的を果たすべきだとヒナタは判断した。
ヒナタは扉を開け、中に入る。
食事を取る為のテーブル等が用意されており、生活感が感じられ
る。
ヒナタは慎重に歩を進める。
薄い壁で仕切られた先は、寝室に作り変えられていた。
布団が4つ並べられており、そこに子供達が寝ているのだろう。
そこで、ヒナタはその場からバックステップを行う。
一瞬の後、その場に一人の少年が木刀を振り下ろし攻撃を仕掛け
て来た。
﹁へえ⋮⋮回避するとは、やるじゃん! 泥棒か?﹂
そのやんちゃそうな声に反応するように、布団から起きだして来
る子供達。
気弱そうな日本人の少年と、大人びた洋風の美少年。
そして、金髪の可愛らしい美少女だった。
﹁何しに来た? 此処には盗めるようなモノはないよ?﹂
﹁お姉ちゃん、だあれ?﹂
気弱そうな少年と金髪の美少女が、ヒナタに問い掛ける。
洋風の美少年は、油断なく二人を守るように身構えた。後ろには
やんちゃそうな少年。
ヒナタは溜息を吐くと、両手を挙げて戦いの意思が無い事を態度
で示した。
そして、
1774
﹁木刀を下げてくれないかな、三崎
剣也、君?
それに、そんなに警戒しなくても良いよ、ゲイル君﹂
と、声を掛けた。
リムルに聞いた特徴に一致する。5名と聞いていた。後一人、黒
髪のクロエ・オベールという名の少女の姿が見えないようだけど、
残りの4名で間違いなさそうだ。
﹁僕達を知っているの?﹂
気弱そうな少年、関口良太の質問に、
剣也、関口
良太、ゲイル・ギブスン、アリス・ロンドだ
﹁ああ。君達の事は、リムルから話を聞いている。
三崎
ろう?
もう一人、クロエ・オベールの姿が見えないようだが、話に聞い
ていた通りだね。
リムルの言っていた特徴通りだよ。
私の名は、坂口日向と言う。
もしかすると、悪い話を聞いているかも知れないけれど、君達に
危害を加えるつもりは無い。
今日は、君達と話をしたくて来たのだが、時間が無い。
出来れば、私を信用して欲しいのだが⋮⋮﹂
ヒナタがそう言うと、剣也は木刀をしまって椅子に座った。
そのまま気が抜けたように、
﹁何だよ、リムル先生の知り合いかよ﹂
そう言って、安心したような笑顔を浮かべる。
1775
﹁でも、ヒナタ=サカグチって、悪い人の名前と同じだね!﹂
﹁そうそう、僕達を召喚して利用出来ないから殺そうとした人でし
ょ?
ユウキお兄ちゃんとリムル先生が助けてくれなかったら、僕達死
んでたかも﹂
﹁まあ、敵意は無さそう。信用しても大丈夫、かな?﹂
口々に言いながら、子供達も起き出して椅子に座った。
リムルの知り合いと言う事で、ヒナタを信用する気になったよう
だ。
ただし、ヒナタが自分達を拐った本人であると信じ込まされてい
るのは間違いないようだった。その本人の顔も知らないせいで、ヒ
ナタと極悪人ヒナタが結びつかないだけの話。
ヒナタは少し複雑な気分になるが、騒がれるよりは都合がいい。
そもそも、その話の中の極悪人はヒナタなのだが、完全な濡れ衣
なのだ。
ややこしいので、説明する時間はなさそうだ。ヒナタは子供達が
勘違いしてくれたのをいい事に、その事は保留して現状確認を行う
事にした。
﹁うむ、信用してくれてありがとう。
私はリムルと話す機会があり、その時に君達の事を知ったのだ。
詳しい事を説明する時間は無いが、リムルの所に一緒に来て欲し
い。
そこで詳しく説明したい﹂
﹁え? リムル先生の所へ? 行きたい!﹂
﹁でも、聖教会に狙われているし⋮⋮行きたいけど⋮⋮﹂
子供達は目を輝かせ、話し込み始める。
1776
﹁聖教会は問題ない。
君達を召喚したというヒナタ
は、私
混乱せず聞いて欲しいのだが、私が聖教会の聖騎士団長のヒナタ、
だ。
元、だけれど。
先程、君達が話していた
の事だろう。
だが、誓って言うが、私は召喚などしてはいない。
信じて欲しい。
そして、その事も含めて説明したいと思っている﹂
﹁え、えええ!?﹂
﹁え? でも、聖教会が犯人じゃないのなら、誰が悪者なの?
何でわたし達、ここに閉じ込められているの?﹂
﹁だよな⋮⋮。そう考えたら、変だよな?﹂
﹁だけど、お姉さんが嘘を吐いているかも知れない﹂
ヒナタは目を瞑り、子供達の会話を聞いていた。
やはり、簡単には信じて貰えないだろう。それは予想していたの
だ。
信じて貰う為に、ここで説明する時間は無い。なので、子供達が
納得しないならば、出直す事になるだろう。
以前ならば、子供達を保護するならば、子供達の意思など無視し
て強引に救出していただろう。
それがヒナタという人物であり、合理的に危険の少ない方法を模
索し、躊躇わず実行に移す事を正義と信じ疑う事が無かったのだか
ら。
だが、今は? 相手の心を強引に従わせるのでは無く、和でもっ
て納得して貰いたい、そう考えている。
ヒナタは思う。自分は弱くなってしまったのかもしれない、と。
作戦行動においても、合理的に行わなければ成功率が下がるのが
1777
当然なのだ。
今回も、ここで子供達が混乱しヒナタを疑うならば、作戦失敗と
なる。何度か通う必要が生じるので、ユウキに気付かれる心配も出
て来るだろう。
それでも、ヒナタは子供達に打ち明ける事を選択した。
自分の考えを強制し押し付ける事は、結局の所、自己満足でしか
ないのだ。
ヒナタは回り道をする生き方を選択し、変化した自分を滑稽だと
感じている。でも、後悔は無い。
後悔だけはしない事、それだけが、一貫したヒナタの生き方であ
った。
﹁大丈夫。この姉ちゃんは、信用出来るぜ?
俺の相棒、ヒカルの奴が、問題ない! って言ってるよ﹂
﹁うん! わたしもそう思う。だって、このお姉ちゃん、精霊に愛
されているもの!﹂
﹁うん、そうだね。僕も信じる﹂
﹁なら決まり、だね。行くなら、早く行こう。このままでも行ける
けど?﹂
ヒナタは、目を見開き、子供達を見やる。
こんなにアッサリと信用されるのは予想外だったし、このまま行
くというのも計画と異なる。
何より、
﹁気持ちは嬉しいが、今すぐ出発と言う訳にはいかないだろう。
何より、あと一人、クロエと言う少女はどうしたのだ?
5名揃って行かないと、問題の解決にならないのだが⋮⋮?﹂
﹁お姉ちゃん⋮⋮さっきから言ってる、クロエって、誰?﹂
﹁そんな子、知らないよ?﹂
1778
何だと? 一瞬、冗談かもしくは自分を騙そうとしているのかと
考えるヒナタ。
だが、子供達の表情は真剣そのもの。決して騙そうという意図は
感じられなかった。
では、一体⋮⋮?
﹁遅くなりました!﹂
その時、フリッツが扉を開けて入って来た。
時間は残り少ない、迷っている場合では無いだろう。
このまま脱出するか、日を改めるか。
危険度が増すのは、当然後者である。子供達が納得し準備も出来
ていると言うならば、このまま子供達を保護して脱出する方が良い
だろう。
けれども、クロエが居ないのが気掛かりである。
ヒナタは一瞬迷い、
﹁迷う必要は無いでしょう? だって、子供達を連れ出されたら困
ります﹂
そんなヒナタ達に声を掛ける、笑顔の少年。
フリッツが弾かれたように飛び退り、抜刀し相手を確認する。
黒髪黒目の親しみやすそうな若者。だが、聖騎士の隊長の一人で
あるフリッツに、まるで気配を悟らせずに忍び寄ったのだ。
その気配に気付かなかったのは、フリッツだけでは無い。子供達
は勿論の事、ヒナタまでもが反応出来なかったのである。
カグラザカ
只者であるハズが無かった。
ユウキ
﹁神楽坂優樹⋮⋮﹂
1779
ヒナタが呟く。
グランドマスター
そこに立つのは、自由組合の総帥であり、現在もっとも警戒して
いた人物。
エサ
﹁どうやら、子供達に食い付いたのは二人だけ、ですか。
エサ
まあいいでしょう。聖騎士団長ヒナタ、君は小物では無い。
カグラザカ
少しは子供達も役に立った、と言う事でしょうか?﹂
ユウキ
笑顔で、本当に楽しそうに話す神楽坂優樹を前に、ヒナタは怖気
を感じていた。
背筋を冷たい汗が流れ、全力で本能が危機を告げている。
ヒナタは、それらの感情を意思の力で捻じ伏せて、ひっそりと覚
ヒナタの記憶にある、穏やかに微笑む少年
悟を決めた。
とんでもない話だった。
身の毛もよだつような、邪悪。
以前と変わらぬその笑顔で、纏う雰囲気は穏やかなのに。
ヒナタでさえも恐怖する、その気配。
この邪悪は、今此処で、倒さねばならない!
ヒナタは立ち上がり、鋼の意思で以って、ユウキに対峙した。
1780
121話 ヒナタと子供達︵後書き︶
昨日から会社にてトラブル発生。
結構大事で、なかなか時間が取れなかったです。
申し訳ありませんが、感想への返信は、しばらくお待ち下さい。
1781
122話 ヒナタとユウキ
プレッシャー
ユウキと対峙し、ヒナタは妙な威圧を感じる。
入念に慎重に計画を進めており、気付かれる隙は無かったと考え
て。
﹁どうやって気付いた?﹂
﹁おや? 挨拶も無しに、質問とは。つれないな、ヒナタ﹂
﹁黙れ。子供達をエサだと? 初めから罠を張っていたのか?﹂
その質問に、肩を竦めるような仕草をしつつ、
﹁当然だろう? その子達は安定してしまって、再召喚には使えな
くなってしまったのだから﹂
笑顔で、何でもない事だと言わんばかりに答えるユウキ。
﹁再召喚、だと?﹂
﹁ああ。召喚には多大な魔力に再使用までの長い時間が掛かるのは
知ってるだろう?
当たりの召喚者が出るまでは何度でも使えるし、子供が出たらハ
ズレでは無いんだよね
それなのに、リムルさんが安定させちゃうもんだから、再召喚出
来なくて⋮⋮
お得意の取引相手には取引中止を言われるし、大損だよね﹂
知ってるだろう? そう、気軽に声を掛けて来るユウキ。
気安ささえ感じさせる動作だが、ヒナタには何とも言えぬ恐ろし
1782
い事を告げられた気分にさせられたように感じた。
そのヒナタに向けて、
﹁あれえ? もしかして、知らなかった?
子供達が安定せずにそのエネルギーに崩壊される際、丁度良い再
召喚の条件に適するんだよ。
それを利用したら、新しい召喚が出来るって事。
そうすると、失敗した召喚も無駄にならずに済むってわけ。
最悪なのが、マサユキみたいな役に立たない召喚者が出た時だよ
ね﹂
ゴミ
︱︱あ、マサユキって言うのは勇者とか呼ばれてて人気だけはあ
る雑魚なんだけどね︱︱
そんな言葉を遠くに聞き、ヒナタは激昂する。
コイツは、人の命を何だと思っているんだ! 言葉にすればそう
なるだろう。
ヒナタに取って許しがたい事に、ユウキは召喚を気軽に行い、目
的に合致する召喚者を取引先に売りつけているようなのだ。
﹁ユウキお兄ちゃん、わたし達を助けてくれたんじゃ、ないの?﹂
泣きそうなアリスの問いに、
﹁あはは、バレちゃった? 利用出来そうだから生かしてるだけだ
よ。
アリス、そんな悲しそうな顔したって無駄だぜ?
利用価値が無くなったら殺すし、逆に言えば、利用出来る間は生
かしておいてあげるよ﹂
1783
笑顔で、残酷な返事を返すユウキ。
ヒナタの中で、冷静冷酷な部分が目を覚まし、目の前の男の殺害
を主張する。
この男は生かしておいてはならない、と。
﹁貴様、私を操るだけではなく、子供達までも!
それに、もう一人少女が居るはずだ。
クロエ・オベールという少女をどこにやった?
子供達から記憶を消したのか?﹂
ヒナタの叫びに、
感情を凍結
してあ
﹁残念だよね、せっかく蟲が育って、ヒナタも僕の手駒として良い
具合だったのに。
それに⋮⋮
母親に捨てられた絶望の思いを抱いたまま
げたから、ヒナタいい表情してたのに。
本当に残念。せっかく、頭でっかちで冷酷なヒナタに仕上がって
いたのに、今じゃ普通の正義漢じゃないか。つまらないよ。
ところでさ、クロエ・オベールって誰?﹂
その言葉に激昂するヒナタ。
しかし、冷静なヒナタの思考は、クロエ・オベールを知らないと
いうユウキに不自然な様子を見つけられない。本当に知らない様子
だったのだ。
どういう事だ? ヒナタは自分の怒りをコントロールしつつ、思
考を重ねていく。
そのヒナタの視界には、今にも泣き出しそうなアリスの顔が見え
ている。
これ以上、この男に好き放題喋らせる事はない。そう判断し、腕
1784
輪の形状をした聖霊武装から剣を抜き放った。
同時に、武装が光の粒子となりヒナタの身体を包み込む。光の乱
舞が収まった時、完全武装のヒナタが出現していた。
﹁ユウキ、昔の誼で懺悔するならば命迄は取らずにおいてやろう。
今すぐ謝罪すると誓え。そして、罪を償う為に全てを白状するが
良い﹂
﹁あはは、何で? 僕が謝る必要なんて、無いよね?
この世界ってさ、弱肉強食じゃん? 弱い奴、騙される奴、利用
される奴が悪なんだぜ?﹂
﹁ふざけるな!﹂
烈火の如く怒りを込めて、ヒナタの剣閃がユウキに向けて放たれ
た。
レイピア
新型の聖霊武装の主武装は、刀の形状をしている。以前、ヒナタ
が使用していた切る性能も持つ細身剣よりも、若干肉厚になってい
るが、重さに然程の違いは無い。
重量制御や慣性制御を用いるヒナタには意味の無い違いではある
コピー
が、自身の剣術体系に照らし出せば、大剣よりも使い勝手が良くな
っている。
リムル
性能は同等以上。
魔王が性能解析と複製し改良したというその新型の聖霊武装は、
以前よりも使い勝手が良くなっていた。
昔からの馴染みの武器であるかの如く、刀を振りぬくヒナタ。
おどけた表情でその剣の一閃を避けたユウキの頬に、一条の切り
傷が生じていた。
赤い線。そして流れ出す、一条の血の雫。
ユウキの顔から表情が消えた。相手を見下し、馬鹿にしきってい
たその態度は変わらぬままに。
1785
﹁へえ⋮⋮。驚いた。完全に避けたと思ったんだけどね。
ヒナタ、どうしちゃったんだい? この短期間で、大幅に腕を上
げているね。
蟲が付いていた頃の君とは、別人の様に強さが増しているじゃな
いか﹂
勇者の卵
となって獲
当然の疑惑ではあったが、ユウキは蟲を付けた対象の能力を完全
に把握していると自白している。
その事はヒナタの予想の範疇。問題は、
得した力で、どこまでユウキの予測を上回れるのか、という点であ
グランドマスター
る。
自由組合の総帥と呼ばれるだけの実力は、当然高い。S級の冒険
者よりも上である。
以前、聖教会と自由組合による邪龍討伐戦での共同戦線を張った
際、ヒナタはユウキの力の一端を目にしている。
スキルに頼らない、身体能力による強さにて、邪龍に止めを刺し
ていた。その強靭な肉体こそが、ユウキがこの世界にて獲得した資
質だと自分で言っていたのだが⋮⋮
それを信じるのは危険だろう。他にも隠している能力があると考
えて間違いない。
そして、最初に考えていた魔王カザリームによって支配されてい
るのでは? という疑問だが、今のユウキの反応を見れば、ユウキ
が操られているという感じではなかった。
魔王カザリームの持っていた支配能力を得ているのは間違いない
と呼ばれる魔王にユウキが操られているのならば、助
訳だが、カザリームとの関係を確認しておく必要はあるとヒナタは
呪術王
カースロード
考える。
けたい。そう考えていたが、どうもそういう感じを受けないのだ。
それでも、念の為にヒナタは最後の確認を行う事にした。
1786
呪術王
カースロード
カザリームなのか
﹁ユウキ、貴様はカザリームに操られているのか?
それとも⋮⋮今話しているお前が、
?﹂
その問いかけに、唇に冷笑を浮かべてユウキは邪悪に頷く。
﹁え? ああ、あはは。うんうん、そうだね、そうかもよ?
僕が、いや、俺がカザリームだ! なんてね。
あはははは、本当、ヒナタって面白い事言うよね﹂
一頻り、さも可笑しな事を言われたとばかりに、爆笑を続けるユ
ウキ。
その姿は隙だらけなのに、攻撃を仕掛ける意思を起こさせない。
酷く歪で、おぞましい気配をヒナタは感じている。
ヒナタは笑い続けるユウキを目にしつつ、フリッツに合図を送る。
フリッツも精霊武装を起動し、戦闘準備は完了していた。ヒナタ
の合図を受けて、子供達を守れるように配置につく。 4名の子供達も、ユウキの異様な雰囲気に怯えたのか、身を寄せ
合ってアリスを守るように身構えていた。話の内容はよく理解出来
なくても、自分達がユウキに利用されていた事には気付いている様
子。だが、状況が判るまでは泣いたり暴れたりする気配が無い事に
ヒナタは安堵していた。
それらの様子から判断しても子供達が洗脳されている気配は無い
が、もし子供達が操られていたとしても、フリッツが対応出来るだ
ろう。
事前の打ち合わせ通り子供達をフリッツに任せると、ヒナタは意
識をユウキに向けて集中させた。
ユウキはピタリ、と笑うのを止めて、
﹁ねえ? どうして僕が、あんな雑魚と同一に思われないといけな
1787
いのかな?﹂
無表情となった整った顔で、ヒナタを正面にして問い返す。
そのまま答えを待たずに、
カザリーム
﹁この世界に呼ばれた時に、精神体で彷徨ってたムシケラが僕にチ
ョッカイを掛けて来た事があったよ。
精神世界のような場所で、偉そうに何か言っていたけど。興味無
かったから覚えてない。
サブマスター
ちなみに、アイツの事で合ってるのなら、僕の片腕と自称してる
副総帥のカガリに同化してる。
能力には興味あったから、奪ったんだけどね。何でも僕に心酔し
たとか言うから、生かしてやったのさ。
サブマスター
知識も豊富だし、それなりに役に立っているかな﹂
カガリ女史。
それは、自由組合の副総帥。
エルフの血を引く、美しい女性である。ヒナタがこの世界に来た
際も、面倒を見て貰った記憶があった。
真理に到達する事を目指していた、大魔導師。自由組合の誇る、
最高戦力の一人である。
その女性、カガリは、洗脳ではなくカザリームと同化した完全な
るユウキの手下だと言う。少なからぬ衝撃がヒナタを襲っていた。
単なる洗脳や思考誘導だけではなく、ユウキの張った根は深くま
で浸透している事を匂わせた。
そして。
この言葉で、ユウキとカザリームは一度接触し、ユウキがその能
力を奪いカザリームを手下にした事の裏付けが取れたわけだ。
あくまでも、ユウキの言葉を信じるならば、だが。
ヒナタはユウキの言葉に嘘は無いと判断する。色々な可能性を考
1788
慮に入れても、ここで嘘を言うメリットは少ない。
となれば、ユウキを正気に戻すなどと、それこそ意味が無い心配
事だったのだ。
ユウキは、最初から自分の意思で、全ての企みを行っているのだ
から。
﹁⋮⋮そうか。つまりは、優しそうな物腰も、その笑顔も⋮⋮
全て、お前の演技だと言う事なのだな?﹂
﹁ああ、なるほど。判ったよ。
つまり、君は僕がカザリームに操られているから、助けたい! そう考えていたんだ。
残念! それは無理な相談だね。僕を操る事が出来るのは、僕だ
けだよ﹂
問うヒナタに、おどけて答えるユウキ。
最初から全てを理解した上で、ヒナタが苦しむ様を見て楽しむか
のように。
勇者の卵
真眼
の能力が備わっている。
となったヒナタには、欺瞞や嘘、虚飾といった不自
ユウキは楽しそうに、口元に冷笑を貼り付けたままだった。
然な部分を見抜く
ユウキ
その眼を通して見ても、残念な事にユウキの言葉に嘘は感じられ
なかった。極々自然に、彼は彼にとっての事実を話しているだけだ
ったのだ。
改心の余地は無い、それがヒナタの判断。
﹁ユウキ⋮⋮。最後に問おう。貴様は、何が目的で召喚を行ってい
る?
テンペスト
何故、魔王クレイマンを操りオークロードの動乱を起こさせたり、
西方聖教会と魔物の国を争わせた?
それが、世に混乱を招く事くらい理解出来るだろう!?﹂
1789
﹁あは。あはははは。面白い事を言うね。
最後、最後か。そうだね、君にとっては最後になるかもね。
いいよ、教えてあげよう。
面白そうだったから、唯それだけの理由さ。
本当は、もっと色々な理由があるんだぜ?
世界を完全に一つの意思の元に統一するとか。
天使、精霊、魔物、その全てを支配したい、とか。
でもさ、残念な事に僕の実力じゃ世界の支配は不可能だろ?
だから、コツコツと頑張ってるってわけだよ﹂
ヒナタの質問に対するユウキの返答。
異世界人
世界制覇では無く、支配。絶対者として、自分が君臨すると宣言
するユウキ。
ヒナタの想像以上に異常な思考による、理由。
世界の支配、そんな事は不可能だ。常識的に考えて、
ユウキ
がいかに優れていたとしても、世界を支配しようとは考えない。
コイツは、狂人だ! ヒナタは怖気を通り越して寒気さえ感じ始
める。
震えている自分の心に、ヒナタは自分が恐怖を感じている事を悟
った。
強さ云々の話ではなく、フザケタ態度で大真面目に世界を支配す
ると宣言したユウキに恐れを抱いたのだ。
その時、
コツンコツンコツン⋮⋮
廊下に、何者かが歩く音が木霊する。
嘗て、ヒナタが感じた事も無い、聖なる気配。
だが、不自然な迄に感情の色は無く、方向性の定まらない不思議
1790
な気配。
﹁ああ、やっと来たか。
ヒナタ、残念だったね。これで君に勝利の可能性は無くなったよ。
僕が一人の間に、君は僕を殺すべきだった。
やはり、君では僕を止められなかったね。
これはね、ゲームなんだよ。簡単なゲーム。
僕が世界を支配するか、世界がそれを阻止するか。
僕は、僕自身の勝利の為に、全力を尽くしている。
君達も、僕を止める為に全力を尽くすべきだろう?
君はそれを怠った。だから、負けるんだよ﹂
ユウキの言葉が終わると同時に、廊下側の扉が開き一人の少女が
入って来る。
長い黒髪を後頭部で一纏めにし、身を包むのは、濃黒に統一され
た軽装備。
ヒナタの聖霊武装を部分的にコンパクトに纏めたような、動きを
阻害しない簡素な造りの鎧を纏っている。
美しい美貌。
その腰に下げる一振りの刀に手を掛けて。
勇者
であり、歴代最強と称される者。
少女は、悠然と歩いて来た。
真なる
その目には色彩は無く、漆黒の闇に覆われているが、その身に纏
オーラ
う気配は神聖不可侵。
圧倒的なまでの気配がヒナタ達を圧迫する。
そもそも、ユウキには最初から小細工は必要無かったのだ。
子供達を操る必要も無く、ヒナタ達を完全に上回る戦力を以って、
罠を張っていたのである。
﹁勇者、なのか⋮⋮? 何故、勇者がここに⋮⋮?﹂
1791
ヒナタの背後で、フリッツが呟いた。
その発言に、
﹁ああ、クレイマンが最後に役立ってね。
アイツを真なる魔王に覚醒させて手駒にしても良かったんだけど、
既にカザリームが居るからね。
勇者
を守ってたルミナス
は神聖法皇国ルベリオス
眠りについている勇者
代わりに、魔王達を全員集めさせたんだよ。
ほら、そうすると
が居なくなるって寸法さ。
知らなかったようだけど、この
の真の支配者であるルミナスに操られていたんだぜ?
勇者
に向ける必要
僕がルミナスから奪い取って、有効に利用させて貰う事にしたっ
てわけ。
お陰で、僕の精神支配は100%の領域を
があるんだよね。
そのせいで、君達が心配してたような子供達への精神支配なんて
不可能なんだよ。
無駄な心配をする君達は、見ていて滑稽だったぜ?﹂
楽しそうに暴露するユウキ。
ヒナタはその発言にも嘘が無い事を理解し、自分の今まで信じて
いた世界が崩れる音を聞く。
つまり、ユウキは教皇を真の支配者である魔王ルミナスが操って
いると言ったのだ。
だとすれば、神聖法皇国ルベリオスは魔王の治める都だったと言
う事になる。
道理で、神聖法皇国ルベリオスの不自然さと、血生臭い微かな魔
物の気配があった件の説明がつく。
それは、千数百年にも及ぶ魔王による支配体制の確立を意味して
1792
おり、そもそも教義自体が欺瞞に満ちていた事になるのだ。
︵だとすれば⋮⋮。私は、ユウキだけではなく、魔王にも利用され
ていたのか⋮⋮︶
しかし、それはヒナタだけの話では済まない。
神聖法皇国ルベリオスや西方聖教会に所属する者、全てが利用さ
れている事になる。
絶望に包まれそうになるヒナタに、ユウキが話しかける。
勇者の卵
になったみたいだし、覚醒出来そうだ
﹁一応、念の為に聞いておくけど、仲間にならないかヒナタ?
どうやら君、
し、さ。
戦力が増えるのは大歓迎。
同郷のよしみで、今なら幹部待遇で仲間にしてあげるけど?﹂
﹁ふざけるな! 貴様への情けは必要無さそうだ。
今此処で、貴様の罪を断罪する!﹂
ユウキの誘いを断り、剣を持つ手に力を込めるヒナタ。
だが、威勢の良い言葉とは裏腹に、フリッツへの撤退の合図を送
る。
それは、最初に取り決めておいた最悪のパターンへの対応。
ヒナタが足止めを行う間に、フリッツが血路を開き脱出するとい
うもの。
相手の戦力が自分達を上回る、絶対的な不利的状況への対応策だ
った。
﹁だろうね、君ならそう言うと思ったよ⋮⋮。
さて、これだけペラペラと秘密を暴露してあげたんだ。
ほら、黒幕って頼まれもしないのに秘密を暴露するだろう?
あれを一度やってみたくてさ。結構楽しかったぜ。
で、これだけ暴露したら、大抵黒幕が負けるじゃん? フラグっ
1793
て言うのかな?
これだけ盛大にフラグを立ててお膳立てしたんだし、精一杯頑張
って僕を倒してみてよ。
もしかしたら、勇者に覚醒して僕達を倒せるかも知れないぜ?﹂
ヒナタとユウキ、最後の言葉は交わされた。
後に待つのは、戦いである。
1794
123話 定められた運命
ヒナタの合図を受け、フリッツは子供達を庇うように教室の端へ
と移動する。
校舎三階に位置する教室の窓から校庭を見下ろし、逃走経路を脳
内で思い描き組み立てる。
フリッツにとってヒナタの命令は絶対であり、逆らうつもりは無
い。ヒナタの読みは常に正しく、前回の魔王討伐戦以外での失敗は
皆無なのだから。
前回も、言うならば相手が悪すぎたというだけの話。
なので、今回も命令通り子供達を連れて脱出するのが正解である
ハズなのだ。
子供達を連れて情報を持ち帰る事が何よりも優先するのはフリッ
ツにも理解出来ているし、自分を含めた子供達がヒナタの足枷とな
るのも間違いないと思うのだ。
だが、それでも理由も無く命令に従うだけでは不味い、そういう
不安感がフリッツを襲った。或いは、それはフリッツの本能的な直
感がそう思わせたのかも知れない。
結果として、その事がフリッツや子供達の脱出を成功させる事に
は、なったのだが⋮⋮
ヒナタは空間認識能力により、俯瞰的に全体の配置を把握する。
勇
窓際にフリッツ含む5名。守護対象であり、攻撃に巻き込む訳に
はいかない。
。
前方にユウキ、そして廊下側の扉から悠然と椅子に歩みよる
者
勇者の実力は自分と同等かそれ以上。
1795
テンペスト
魔物の国を襲撃した際に目にした
ドラを封印したという話は有名だ。
竜種
である、暴風竜ヴェル
果たして自分はあの竜に勝てるのか? ヒナタの計算によれば、
自分が暴風竜ヴェルドラに勝てる可能性は低い。
そう考えるならば勝算は無いのだが、勇者は数十年の眠りから目
覚めたばかりであり本調子では無いと判断出来る。更に、ユウキの
支配により、全力を出せない可能性もあった。
足止めだけならば、可能。それがヒナタの導き出した結論。
ヒナタは刀を一旦鞘に戻し、居合いの構えを取る。そして、神速
の抜刀術によりその場を動かぬままに前方へと攻撃を繰り出した。
バインドスラッシュ
﹁星幽束縛斬!﹂
居合いの一閃に紛らせた、刃部分を霊子変換して無数の刃へと変
換させて放つ精神束縛攻撃。
アストラル・ボディー
霊子変換された無数の刃に、呪符と同等の効果が生じていた。
それは、肉体ではなく魂の器たる星幽体を縛る技であり、神速の
抜刀術からの衝撃波と同時に身動きを封じるというヒナタの隠し玉
の一つ。
聖霊武装の一部である刀は、聖霊の力の具象化により生じた武具
である。故に、刀の刃は再び煌く輝きを放ちながら再生していた。
呪符や媒体を霊子変換により代用可能とする事で、相手に戦術を
読ませずに行動が可能となる。これは、達人同士の戦闘では大きな
アドバンテージを有する事になるのだ。
だが⋮⋮。
﹁おっと!﹂
﹁⋮⋮﹂
おどけたように声を出し、しかし、その対応に少しの焦りも見せ
1796
ず。
レジェンド
ナイフ
スネークソード
ユウキは衝撃波を、手に持つ短刀で受け流す。双蛇短刀と呼ばれ
る、ユウキの持つ唯一の伝説級の武器で。
この武器は伸縮自在であり、ナイフとしても使えるがムチのよう
レジェンド
伸ばして使用したりと、変幻自在の形状変化を可能にする特徴を持
つ。
だが、それ以上に、この武器を伝説級と格付ける性能は、ある一
定量のダメージ吸収能力であった。規定量に達するまで、全ての攻
撃を無効化する事が可能となる。ただし、一度容量が満たされると、
一週間は再利用出来なくなるのだが。
今回、ユウキは座ったままで、その能力を使用した。動く事なく
全ての衝撃波を吸収したのである。
﹁あら? 身動き出来なくなっちゃった。仕方ない、戦闘は任せる
よ﹂
衝撃波そのものの無効化は行ったものの、自分の影を打ち抜かれ
た刃の一つにて束縛効果は発動してしまっているユウキ。
めいれい
だが慌てた様子も無く、椅子に座ったまま動けないという事をア
ピールしつつ、ヒナタとの戦闘を勇者へと依頼する。
その態度はあからさまに不自然で、最初から見学をする為に避け
なかったとしか思えないものだった。
一方、勇者は。
初見であるハズのヒナタの攻撃に対し、全ての刃の破片を迎撃す
るという超絶剣技による防御を行っている。
その美しい表情を一切変化させる事なく、そこに焦りや見下しと
いう感情も浮かべずに。
﹁了解。殺す事になるけど、いいの?﹂
1797
淡々と、ユウキの依頼を請け負う勇者。
そして、ヒナタを前に、まるでそれが確定事項であるかの如く問
いを発する。
﹁いいよ。ヒナタは部下になってくれないそうだし、仕方ないよね
?﹂
﹁わかった。じゃあ、せめて苦しまずに済むように、殺してあげる﹂
感情の抜け落ちた声。
キルマシーン
まるで、事前の打ち合わせ通りと言うかのような受け答え。
冷酷な殺人機械を彷彿とさせる。いや、冷酷という感情すらも無
い、命令された事を実行するだけの、人形。
ヒナタはその様子を見て、思う。
自分も、抑揚無く敵を倒すだけだった。少し前までの自分も、今
目の前に居る勇者と似た感じだったのだろう、と。
ヒナタは刀を正眼に構えて、勇者に対峙する。そして、背後のフ
リッツ達が早く逃げる事を祈る。
先ほど、ユウキが現れた際に、学園を包むように結界が張られる
のを感知している。恐らくは、転移を阻害する効果を持つと思われ
るが、一度学園から出てしまえば転移魔法にて逃げる事も可能だろ
う。
最悪、隣の聖教会に逃げ込めば、転移の魔方陣を使用し本部まで
移動も可能なのだ。
学園に結界を張られたと言っても、学園外まで突っ切れば逃げ道
はある。だからこそ、速やかに行動に移して貰いたいのだが⋮⋮
しかし、実際にはその余裕は無かったと言える。
フリッツ達は気づいて居ないが、校庭にはカガリ︵つまりは、カ
ザリーム︶が手勢を率いて待機しているのだ。早朝なのが災いし、
人の目は少ない。生徒が登校してくるには時間があるし、寄宿舎は
ここより離れた場所にある為、現在は無人に近いのだ。
1798
配達の人員が気付いたとしても、それはどうとでも処理されてし
まうだろう。つまりは、校庭からの脱出ルートは塞がれていたので
ある。
フリッツがその事に気付いた訳では無いのだが、彼は自分の直感
を信じ行動に移すのを躊躇っていた。
時間にして僅か数秒。
しかし結局、その一分にも満たない短い時間の中で、全ての決着
が付く事になる。
ヒナタは全ての意識を勇者に集中させた。
フリッツ達を気にしても仕方が無い。今すべき事は、目の前の敵
の排除であり、時間稼ぎである。
椅子から動けないと騒ぐユウキに目もくれず、ヒナタは勇者と刃
を交える。
天性の才能、そして努力。
ヒナタは自分の事を天才に近い能力を有していると自負していた
し、リムルに敗北する迄は無敗だったのも事実である。
それは、剣の腕だけでは無く、魔法にしてもそうなのだ。
ウインドブレード
﹁風切斬!﹂
無詠唱にて魔法を発動、そして四方から勇者に襲い掛かる風の刃
とともに、ヒナタの刀が勇者に迫る。対し、勇者は風の刃を無視し、
ヒナタの刀を自分の持つ刀にて受け止める。
勇者の身体に無数の風の刃が吸い込まれるように命中するが、そ
の全てが光の粒子となって魔素に還元される。勇者の持つユニーク
スキル﹃絶対防御﹄にて完全に防がれたのだ。
ヒナタは無数に魔法を行使するが、その全ては勇者の絶対防御に
1799
阻まれて効果を出す事はない。そして、ヒナタの全ての剣筋は、ま
るで予測されているかのように全て勇者に弾かれる。
何よりも⋮⋮
一閃した勇者の刀が、ヒナタの刀を切り裂いた。
これで三度目。打ち合う剣の性能差か、或いは腕の差なのか⋮⋮
ヒナタの刀は、勇者により簡単に砕かれてしまうのである。
折られる度に再び刃を構成するのだが、決定的にヒナタが不利で
ある事を知らしめて来る。
伝え聞く、勇者の能力。ユニークスキル﹃絶対切断﹄を行使して
いる気配は無いのに、この様なのだから。
それでもヒナタは焦らない。
剣の腕は勇者が上。魔法は通用しない。
それでも、ヒナタは諦めない。
勇者の卵
としての資質が、彼女の心を強くす
彼女に出来る事を淡々とこなす。そして、チャンスを待つのだ。
彼女に芽生えた
る。
何よりも、彼女には守るべき者がいて、帰るべき場所があるのだ
から。
少しづつ、ヒナタの剣速が上昇する。高まる集中力、そして卵の
殻にヒビが入るように⋮⋮
勇者の存在する高みへと、ヒナタは駆け上がる。
メルトスラッシュ
﹁私は負けない! 相手が、例え無敵の勇者だとしても。
貴方を倒して、私は先に進む! くらえ、崩魔霊子斬!!﹂
ヒナタは、自らの持つ最速最強の技にて、勇者に勝負を挑んだ。
小細工は無し。
高鳴る鼓動に、今まで感じた事のない高揚感。
そして、勇者の剣に打ち合える程に、今の数瞬の剣戟にて自分の
実力の上昇を実感している。
1800
つよさ
自らの卵の殻を打ち破るが如く、その一撃は、ヒナタの全身全霊
を込めた最強の一撃だった。
フリッツは、自分の目が信じられない。
圧倒的なヒナタ。
君臨するヒナタ。
フリッツにとって、ヒナタは憧れであり、正義の象徴である。
魔王リムルに敗北はしたが、それ以降、以前にも増してヒナタが
強さを得ていた事を知っている。
そのヒナタを上回る勇者相手に、ヒナタの剣速が対応し始めて、
すでにフリッツの認識では剣の速度についていけない。
流石はヒナタ様! と、内心で思った瞬間に、それは起きた。
メルトスラッシュ
﹁︱︱崩魔霊子斬!!﹂
勇者
なんだよ。理不尽な存在を、
と、ヒナタの攻撃が放たれて、勇者を襲う。
次の瞬間。
﹁勇者とは、負けないから、
勇者と言う﹂
ユウキが呟く声が、フリッツの耳に聞こえた。
悟りを開いた賢者が、ただ単なる事実を伝えるような、そんな声
で。
﹁残念。やっぱり、ヒナタじゃ僕を倒せなかったね。リムルさんだ
1801
ったら、結果は違ったのかな?﹂
と、どこか遠くでユウキが話しているが、フリッツはそれ所では
無い。
フリッツには理解出来ない。
目の前で、心臓を刀で貫かれたヒナタが、血を吐きながら崩れて
いく姿が。
見えているのに、フリッツの脳がそれを認める事を拒否するのだ。
﹁う、うわああああああああ!!﹂
その絶叫が、自分の喉から出ている事にも、フリッツは気付いて
いない。
しかし、そんなフリッツにお構い無く、現実は揺るがず状況は動
き続けていた。
フリッツがその全てを理解するのは、もう少し先の事になる。
勝利の確信、その直後にヒナタを襲う絶望的な現実。
ヒナタの放つ必殺技に、勇者のそれが重なった。その技は、完璧
カウンター
なまでにヒナタと同質のものであり、その速度と威力はヒナタのそ
メルトスラッシュ
れを上回る。
崩魔霊子斬。
勇者は、ヒナタと全く同じ技を、ヒナタの技への返し技として放
ったのだ。
そして、その速度は後から放ったにも関わらずヒナタの剣速に追
いつき、その威力はヒナタの刀を砕き、余りあるエネルギーの余波
1802
が次元すらも切り裂いたのだ。
勇者のユニークスキル﹃絶対切断﹄を発動させたその技は、全て
の面でヒナタの技と力を上回っていた。
そして、返す刀の一撃が、迷う事なくヒナタの心臓を穿ったので
ある。
︵︱︱ここまでか⋮⋮いや、まだだ。まだ私には、やるべき事があ
る!︶
勇者とは、挫けぬ心を持つ者。
ヒナタは諦めず、立ち上がろうとしたのだ。
しかし。
エクストラヒール
︱︱いいえ、全ては予定通りなの。
発動させようとした超回復魔法は発動しなかった。
空耳が聞こえる。
泣くような、少女の声で。
︵ああ、私はまだ、戦える。せめて、あの子達や、フリッツを逃が
すくらいは⋮⋮︶
︱︱ええ、それは大丈夫。あの子達は、無事に逃げ出せるのよ。
︵そうなのか? それでは、一先ずは安心、か⋮⋮︶
根拠なく告げられるその言葉に何故か安心し、ヒナタは血を吐い
てその場に崩れ落ちた。
見えているのに、フリッツの脳がそれを認める事を拒否するのだ。
﹁う、うわああああああああ!!﹂
フリッツが叫びながら駆け寄って来て、ヒナタを抱きかかえる。
その温もりを感じながら、ヒナタは急速に寒さが自分を包み、感
覚が麻痺したように希薄になるのを自覚する。
ああ、助からないな。と、ヒナタは悟った。だからこそ、
1803
﹁フリッツ、命令だ。勇者の攻撃により、空間が裂けている。
今ならば、転移魔法が発動するだろう⋮⋮。
速やかに、この場を離脱しろ⋮⋮﹂
意識が無くなりそうになるのを必死に引き戻し、ヒナタは一気に
言葉を紡いだ。
ヒナタは助からない。だが、フリッツを含め子供達は逃げ出せる。
誰だったのか、空耳かも知れないが、ヒナタにそう告げた言葉は
正しいようだ。
﹁しかし⋮⋮!﹂
﹁命令、だ。フリッツ⋮⋮
私を⋮⋮、無駄死にさせたいの⋮⋮か?﹂
その遣り取りを見ていた子供達、剣也が、
メルトスラッシュ
﹁うぉおおお! 崩魔霊子斬!!﹂
眩い光が剣也の手に生じ、一振りの剣に凝縮する。
そして、その剣を振り抜き、剣也がヒナタの技を見よう見真似で
放っていた。
目も眩むような、光の剣閃。
その一撃は、勇者の手に持つ刀にて受け止められたものの、勇者
の髪を数本切り裂き、宙に舞わせる事に成功した。
テレパシー
同時に、アリスが動く。
以心伝心にて繋がっているかのような完璧な連携により、アリス
が生み出した空間干渉魔法陣に全員包まれる。
フリッツに抱きかかえられたヒナタも、勇者に一撃見舞った剣也
も。
その一連の流れは、一瞬の間に生じた出来事であった。
1804
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
アリスの空間干渉魔法陣の光が消えた時、その場に残されたのは
二人だけ。
ユウキと、名も無き勇者だけである。
教室の地面には、まだ乾かぬ真っ赤な血溜まりが出来ていて、今
の出来事が現実だった事を如実に証明していたけれど。
﹁あーあ、あれだけフラグ立てたら、やっぱり逃げられてしまった
ね?﹂
ユウキの呟きに、勇者は返事をしない。
何事も無かったように、その表情を曇らせる事もなく。
﹁でもま、これで予定通りなんだろ? じゃあ、終わったし、帰ろ
うか﹂
ユウキも、別段気にする様子も見せず、取り逃がした事を後悔し
ている気配も無い。
ユウキは下の校庭で待機しているだろう部下であるカガリに帰還
を告げると、何事も無かったかのように自由組合本部へと帰還して
いく。
名も無き勇者はチラリと、修復された空間の裂け目に視線を向け
る。
虹彩の無かった瞳に意思の光が生じ、纏う気配はそのままに別人
のように表情が見え隠れし始めていた。
1805
﹁そう。今、始まったのね⋮⋮﹂
意味の分からないその呟きを聞く者は居ない。
勇者は、踵を返すと、ユウキを追って歩き始めた。
その歩みに迷いは無く、先程までの人形のような気配は消えうせ
て。
後には、物言わぬ血溜まりが残されているだけであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
自分を呼ぶ声が聞こえる。
ヒナタは、薄れ行く意識を呼び覚ますその声に耳を傾ける。
﹁︱︱置いて行かないで下さい! ヒナタ様!!﹂
ああ、そんなに悲しそうに⋮⋮
ニコラウス、ごめんね。フリッツも⋮⋮
もう目は見えなかった。取り縋る気配で、そうなのだろうな、と
判断するだけである。
自分は、精一杯生きたのか?
︱︱いいえ、まだ遣り残した事はあるわね。せっかく帰るべき場
所も見つかったのよ?
1806
後悔しているのか?
︱︱いいえ、後悔はしていないわね。私が後悔したら、私が犠牲
にして来た者達に失礼だもの。
まだ生きたいか?
︱︱どうなのかしら? 死にたくは無い、かな? でも、無理そ
うね。
心臓を破壊されて、魔法も使えなくなっちゃった。
ニコラウスや、フリッツ。そして、自分を慕う聖騎士達の嘆きを
感じる。
シズさん
けれども、ヒナタに出来る事は既に無い。
思えば、先生に忠告されていたのに、子供達を救出に向かったの
が失敗だったのだろうか?
︱︱いいえ、それは正しかった。私は胸を張って、そう言えるで
しょう。
結局、用心していたが相手がそれを上回ったというだけの話なの
だから。
自分の肉体は鼓動を停止し、既に生命活動を行っていない。
リザレクション
脳波も停止し、完全な死体となっているのだ。この状態からは、
ニコラウスの蘇生魔法を用いても、復活は不可能だ。
蘇生とは名ばかりで、そこまで完全なる魔法では無いのだから。
だが、最後に彼等の声が聞けて、ヒナタは満足した。いや、満足
しないといけないのだ、と思う。
まだ遣り残した事はあるし、自分の目で見て困っている者を助け
て行きたいと願ったが、その意思を受け継ぐ者がいるのだから。
自分は恵まれている方だ。
過ちを犯したまま、思考を操作されたまま死ぬ訳でも無いのだか
ら。
せめて、最後にもう一度、先生に逢いたい、そう願った。
そのヒナタの魂の、意思が消え行く寸前に。
1807
勇者の卵
も羽化する事になるのよ。
御免なさい。全ては、予定通りなの。貴方の魂は、私の中で暖め
られる。
やがて、その魂に宿る
︱︱貴方は誰?
私は、クロエ。
︱︱クロエ? 5人目の子供?
そう。勇者の目覚めにより、私を認識出来る者はいなくなったの。
貴方は私と同化して、やがて、真なる勇者になるでしょう。
そこに生まれるのは、名も無き勇者。
全ては、予定調和。
貴方の敗北も、そして、死も。
︱︱それは、何だか腹立たしいわね。
仕方無いのよ。
認識される事の無い私は、貴方の魂を得て、過去へと飛ばされる
のだから。
︱︱未来の事まで決まっているの?
いいえ、どこまで確定しているのか不明だわ。
私に分かるのは、今この瞬間に、真なる勇者が覚醒する、と言う
事だけ。
私が過去に飛んだ時点で、重複存在が消える勇者は、その全ての
制限から解き放たれる。
それは、私と貴方が同化した存在ではあるけれども、別人とも言
えるのよ。
それでも、一緒に来てくれる? いいえ、来て欲しいの。
︱︱なるほど。断る事も出来るのか。でも、断る事は出来ない、
か。
勇者とは、挫けぬ心を持つ者、なのだから。
ここで断るのは、ヒナタの性格上有り得ない事であり、全ての可
1808
能性を消失させる事を意味する。
何よりも、もう一度シズさんや皆を助ける事も出来るかも知れな
いのだ。
それは不可能であろうけれども、ユニークスキル﹃数学者﹄を以
って計算しても、有り得ぬ程の確率でしかないと理解していたけれ
ども。
それでも、私は願わずにはいられない。
諦める事は死ぬ事であり、私の命は皆によって生かされているの
だから⋮⋮。
ヒナタはその申し出を受け入れる。
ありがとう、少女クロエは小さく呟き、ヒナタとクロエの魂は一
つに混じりあい時の壁を跳躍する。
遥かな過去へ。
そして今、クロエと呼ばれた少女とヒナタの果てしなき旅が始ま
るのだ。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
リザレクション
ニコラウスはヒナタの死を確認し、慟哭する。
何度、蘇生魔法を実行しても反応は無い。
1809
冷たく冷えた身体を温めようと抱きしめながら、ニコラウスは必
死に魔法を唱え続ける。
いつしか、フリッツに羽交い絞めされ止められるが、振りほどく。
邪魔をするならば殺す、そう思って。
そのニコラウスとフリッツの間を遮るように、
﹁それ以上は御止め下さい、ニコラウス様。ヒナタ様は、お亡くな
りになったのです﹂
冷静に、しかし、ニコラウスには残酷な事実を、聖騎士団長に就
任したレナードが告げた。
﹁何を馬鹿な⋮⋮ヒナタ様だぞ? ヒナタ様が死ぬ訳が無いだろう
が!!﹂
絶叫するニコラウス。
その言葉に返事する者は無く、ニコラウスの言葉だけが虚しく響
いた。
ニコラウスにも、理解出来ている。ただ、どうしても認めたくは
無かっただけなのだ。
魔法のあるこの世界で、神の奇跡を祈るこの場所で。
その日、元聖騎士団長ヒナタ=サカグチの死が確認された。
これが、始まりであったのだ、と後に言われる事になる。
ヒナタの死を切欠に、世に動乱の時代が幕を開ける事になったの
である。
1810
123話 定められた運命︵後書き︶
以前、卵は羽化ではなく孵化だと指摘を受けています。
しかし、作中の表現としては羽化を選択していますので、ご了承
下さい。
1811
124話 勇者誕生
ニコラウスが落ち着くのを見計らい、事の顛末の説明が為される。
フリッツも落ち着きを取り戻し、ヒナタと旅に出てからの出来事
を包み隠さずに全て話した。
子供達もグレンダに連れて来られて、フリッツの説明を聞き入っ
ている。疲れているだろうに、一様に真剣な表情で聞き入る子供達。
グレンダに食事を与えられたようだが、それだけでは精神的な疲
労は回復しないだろう。それなのに、文句や泣き言も言わずに自分
達なりの意見を述べている。
ユウキ
カグラザカ
フリッツはその様子を眺め、ヒナタの行いは間違いでは無かった
のだ、と強く思った。
グランドマスター
ニコラウスは、状況を整理する。
まず重要なのは、自由組合の総帥である神楽坂優樹が敵であると
いう事実。
呪いの結晶
彼による思考誘導や洗脳の程度は不明であるが、復活した魔王カ
ザリームを配下に加え、その危険度はかなり高い。
次に、ヒナタの行動理由。
魔王リムルとの戦いで、自分に対する思考制御蟲
を解呪され自由意志を取り戻したヒナタは、同様の者を生み出さな
いように子供達の救出作戦を決行した。
しかし、ユウキによる子供達を囮にした罠を仕掛けられて、その
場で戦闘行為が開始された。
相手は勇者。数十年も姿を隠し、表舞台に現れなかった勇者が、
ユウキに従いヒナタと戦闘を行ったという。
1812
ニコラウスには信じられない思いがあったが、フリッツや子供達
の証言から間違いは無いと判断した。
その際の会話で得た情報。
ユウキの目的は世に混乱を齎し、この世の支配者になる事らしい。
その為に何度も召喚を実行し、何らかの取引目的に添って動いて
いるとの事。
恐らくは、ユウキの協力者か、或いは利用している者との共通目
サブマスター
的の為だと考えられる。
自由組合の副総帥が魔王カザリームである事。
神聖法皇国ルベリオスの教皇、自分達の信仰の対象は、神の代理
人では無く操り人形であった事。
西方聖教会の定める聖霊に準ずる唯一神ルミナスの意思、それこ
そが、魔王の意思であったという事。
つまり、唯一神ルミナスが、魔王だったなどと⋮⋮
だが、この情報は流石に素直に信じる事は躊躇われる。
ヒナタは疑う事なくその情報を信じた様子だったと言うが、千数
百年にも渡る神聖法皇国ルベリオスの歴史を鑑みても、そこには紛
れもない平和と安定が確かに存在しているのだ。
魔王の支配下であったと言われても、素直に納得出来るものでは
無い。
まして、勇者が魔王の手の内にあり、ユウキがそれを奪い利用し
ているなどと、聖なる存在への冒涜も甚だしい。
事実ならば決して許せる話では無く、全てを賭しても勇者開放へ
向けて動くべき事態であった。
さいきょう
けれども、ヒナタと勇者と称する者の戦いが、紛れも無くその存
在が勇者である事を証明する。
ニコラウスやフリッツ、聖騎士達強者の目から見ても、ヒナタの
強さは群を抜いていた。そのヒナタが、為す術も無く敗北したと言
うのだ。
1813
魔王リムルとの対峙以降、更に腕を上げていたヒナタを圧倒出来
る存在など、それこそ勇者であるとしか考えられなかった。
﹁しかし⋮⋮敵に勇者が居るなどと⋮⋮
こんな事を発表すれば、各国は教会を見放しますね。
魔物や魔王ではなく、勇者。
最悪です。そして、ユウキほどの者ならば、その情報を利用しな
いハズが無い﹂
聖騎士団長レナードの発言に、神妙な顔で頷く聖騎士達。
しかし、果たしてそうだろうか? ニコラウスは思考を重ねる。
嘗ては、ヒナタが全て行っていた。ニコラウスは全てをヒナタに
任せていれば良かったのに⋮⋮。
怒りと悲しみ、そして悔しさがニコラウスの心を満たしそうにな
るが、今は意志の力でそれらの感情を捻じ伏せる。
﹁いえ、それならば魔王ルミナスに自分が勇者を攫ったと自白する
ようなもの。
魔王と戦う程の戦力が無いからこそ、策を持って行動していたの
ではないでしょうか?﹂
ニコラウスは自分の考えを述べる。
頼れるヒナタは既に居ない。自分達で判断を下さねばならぬのだ
から。
﹁しかし、勇者の力は圧倒的でした。
ユウキは勇者を支配したようですが、それならば魔王に対抗出来
るのでは?
というより、その、魔王ルミナスとはどういった魔王なのでしょ
う?﹂
1814
実際にヒナタと勇者の戦いを目撃したフリッツが、その疑問を口
にする。
ヒナタを圧倒する勇者ならば、魔王ルミナスよりも強いのではな
いのか?
それ以前の疑問として、魔王ルミナスとは如何なる存在なのか?
ニコラウスは、その疑問に対し、自らの知識と記憶を探って答え
を見つけ出した。
﹁ふむ、魔王バレンタインですか⋮⋮。
古い文献を纏めた書物が、西方聖教会にも伝わっています。
まず、十大魔王について説明しましょうか﹂
ニコラウスは、自分の知識を説明する事から始めた。
十大魔王。
原初の三人。
ミリム・ナーヴァ。
ギィ・クリムゾン。
暗黒皇帝
ロード・オブ・ダークネス
破壊の暴君
ラビリンス
デストロイ
迷宮妖精
ラミリス。
この三名は有名だ。
都市を死滅させた逸話や、死の大地が生まれた経緯等が、恐れと
ともに伝わっている。
ラミリスは自分達の信仰する聖霊の一部とも言える存在の変異し
た魔王のようで、ギィとミリムを仲介する程の実力者だと言われて
いた。
決して怒らせてはいけない、神の如き存在である。
続いて、
大地の怒り
バレンタイン。
ダグリュール。
アースクエイク
夜魔の女王
クイーン・オブ・ナイトメア
という、二人の魔王の名が上げられる。
1815
ジャイアント
死の大地にあるという、天空門を守護する巨人族が、濃厚な魔素
を浴び続けて魔王に変異した存在のダグリュール。
彼も有名な魔王であった。
そして、問題のルミナス。
ヴァンパイア
それは恐らくは、吸血姫バレンタインの事であろう。
ナイト・ローズ
しろ
吸血鬼の女王として、圧倒的な魔力を有する魔王。人外の美貌を
持つ絶対者。
暴風竜ヴェルドラとの戦いに敗れ、その
その住まう都は、夜薔薇宮と呼ばれる程に美しい、常夜の華だっ
竜種
たと伝わっている。
しかし、大昔に
都市を破壊されてしまったらしい。
それ以降、魔王バレンタインは表舞台から姿を消している。
その消滅が確認されて居ない為に、除籍になる事なく今まで十大
魔王として吸血姫バレンタインとして伝わって来たのだった。
エンジェル フォールン
﹁つまり、魔王バレンタインこそが、唯一神ルミナスを演じていた
魔王であると考えます。
他にもう一名、古き魔王が居ますが、天使が堕天した存在である
ようですが名前も不明です。
その他は、比較的に滅ぼされる事も多く、獣王カリオンや天空フ
レイ、金髪レオンと言った若い魔王になりますね。
我らの宿敵、魔族を使って暗躍していたクレイマンも対象外でし
ょう。魔王リムルに滅ぼされたようですし⋮⋮﹂
ニコラウスの説明を受けて、魔王バレンタインこそが、唯一神ル
ミナスを名乗り神聖法皇国ルベリオスを影から支配していた者であ
ると結論付けた。
状況から間違いはなさそうであり、聖騎士達からも反対意見は出
なかった。
そして、余りにも重い事実に、皆言葉も無く黙り込んでしまう。
1816
自分達の信仰の対象が、魔王だったのだ。
笑えないし、認めたくない。けれども、認めるしかない状況に混
乱したとしても仕方が無いと言えた。
ヒナタの安置された大聖堂の中央にて、皆が思い思いに座り込み、
今知らされた受け入れがたい真実に向き合っていた。
ニコラウスやレナードとしても、受け入れた訳では無いのだ。た
だ、そう考えるしか辻褄が合わないという話なのである。
これも、ユウキによる思考誘導や誤解させるための罠であったな
らば、その方がどれだけ気持ちが楽になる事か。
そして、これからの方針についても問題である。
ユウキは敵だ。それは間違いない。ニコラウスとしては、何があ
ってもユウキを許すつもりは無かった。
だが⋮⋮
ひとり
﹁原初の魔王程では無いにせよ、古き魔王の一柱でしたか⋮⋮。
それでも⋮⋮勇者ならば、ルミナス・バレンタインに勝てそうで
すね。
つまり、勇者を支配下に置いた今、ユウキとしては魔王を恐れる
理由が無くなった、そう考えて良いのでは?﹂
悩むニコラウスに、レナードが意見を述べる。
そうなのだ。先ほど、自分で説明しながら、ニコラウスも同じ事
を考えていた。
ユウキは魔王に劣るかも知れないが、勇者ならば古き魔王にも勝
てるだろう。何しろ、バレンタインより強かったという暴風竜ヴェ
ルドラを封印しているのだから。
だとするならば⋮⋮
神聖法皇国ルベリオスを糾弾し、魔王の正体を暴くような真似を
している場合では無いという事になる。
唯でさえ、ヒナタが倒れた今、希望の象徴である勇者を敵にした
1817
聖教会に人心を惹きつける求心力は無い。そんな中、唯一神ルミナ
スが魔王だなどと発表しようものなら、聖教会の存続にも関わる事
態になってしまうだろう。
ユウキがここまで見抜いた上で情報を流した訳では無いだろうが、
知り得た上で尚、ニコラウス達に打てる手は少なかった。
ニコラウス、レナード、そして聖騎士達はその事に思い至り、誰
も言葉を発する事が出来ないでいた。
グランドマスター
﹁自由組合の総帥が、次に起こす行動は大胆になる、か﹂
ニコラウスの呟きに答える者はいない。
だが、その時。
﹁な、何だ!? この強烈な妖気は!! 全員、警戒態勢に入れ!﹂
レナードの叫びに、聖騎士達が一斉に剣を抜き、周囲へ警戒の視
線を向けた。
皆の視線が周囲を見回し、空間の一点に集中する。空間に歪が生
じ、何者かが出現する気配があった。
現れたのは、七名の素顔を仮面で隠した者達。
そして、その者達が跪き、奥から出て来る者を出迎える。
ヘテロクロミア
現れたのは、銀髪の可愛らしい少女。
ひとり
その瞳は金銀妖瞳。青と赤の妖しい揺らめく光を放っている。
夜魔の女王
ルミナス・バレンタインであった。
クイーン・オブ・ナイトメア
そして彼女こそ、今話題になっていた魔王の一柱。
﹃空間転移﹄にて、大聖堂へと出向いて来たのだ。
ルミナスの美しい容姿に見蕩れていた者達に、
﹁控えよ﹂
1818
と、ルミナスの背後に立つ人物の低く良く通る声にて、言葉が告
げられる。
今となっては例え相手が教皇だとしても、素直に従うべきでは無
いのかも知れないが、その言葉に逆らう事の出来る者は聖騎士には
居なかった。
ルミナスの放つ魔王覇気により、抵抗力を奪われている彼等に、
支配の言霊に逆らう気力が残っていなかったのである。
抵抗しようという意思を持つ者も、膝立ちになり立ち上がる事も
出来ない有様であった。
その様子を眺め、ルミナスは口の端を吊り上げ笑みを浮かべる。
その唇の端から、真っ白い剣歯が覗いており、彼女が吸血姫であ
る事を証明する。
そして、その可愛らしい唇から、
﹁妾も舐められたモノよの。勇者、いやクロエにならばともかく⋮⋮
ユウキとやらにまで妾を殺せるとでも? そう申すのか?﹂
と、言葉が紡がれた。
ニコラウスは心臓が締め付けられそうな程の圧力を感じ、言葉を
言い返す事も出来ない。
︵な、なんという⋮⋮これが、魔王! 出鱈目だ、出鱈目過ぎる!
!︶
恐怖に近い思いが湧くが、これはニコラウスだけでは無く、この
場に居る全ての者の共通した認識であっただろう。
﹁まあ良い。
どうやら、神聖法皇国ルベリオスが妾の国の隠れ蓑である事がば
れたようだな。
つまりは、唯一神ルミナスとは妾の事よ。
1819
まあ、なかなか持った方だが、あの国が滅ぶならばそれはそれで
仕方あるまい。
しかし、だ。
妾も舐められたまま終わるのは許せぬ。まして、クロエは妾のも
のだ。
ユウキとやらは、妾が殺す。
貴様達はどうするのだ? 妾に忠誠を誓うならば、共に戦う栄誉
をやろう﹂
ニコラウスは思案する。
敵対は得策では無い。というよりも、戦って勝てる相手でも無さ
そうだ。
レナードに聞いた魔王リムルの圧倒的な強さ。目の前の少女は、
ひとり
その魔王と同格なのだ。
むしろ、古き魔王の一柱である以上、新参の魔王以上に油断出来
ぬ相手であると判断するべきである。
それならば、忠誠を誓うのか? それについては、ニコラウスの
心が拒否をする。
それはニコラウスだけでは無く、聖騎士全てが思う事。
自分達の忠誠は、ヒナタ=サカグチにのみ捧げられるのだ、と。
強さでは魔王ルミナスが上回るのかも知れないが、心だけは自由
にさせる訳にはいかない、ニコラウスはそう思った。
﹁残念ですが、魔王ルミナス。
我等の忠誠は、既にヒナタ様に捧げております。
貴方に対し敵対するのは得策では無い、そう理解しておりますが
忠誠を誓うのは話が別。
申し訳ございませんが、ご理解下さい﹂
ニコラウスは、ルミナスの目を見つめ返し、そう返事した。
1820
面白そうにその目を見つめ、
﹁ほう? 生意気な⋮⋮死者に操を立てるのか?﹂
その言葉にニコラウスが言い返そうとした時、
﹁私はまだ、死んではいないのだがな﹂
ルミナスの背後、大聖堂の入り口に立つ者が、ニコラウスの言葉
を遮った。
長い黒髪を後頭部で一纏めにし、身を包むのは、濃黒に統一され
た軽装備。
勇者
がそこに立っていた。
美しい少女。
﹁クロエ!﹂
ルミナスが嬉しそうな声を上げるが、
﹁ルミナス、残念ながら私はクロエでは無い。今は、ヒナタだ。
と言っても、既に私の魂の力は失われかけていて、最後の挨拶を
と思ったのだが⋮⋮
取り込み中だったようだな﹂
そう言って、ヒナタの面影を彷彿とさせる儚げな笑顔を浮かべる
少女。
﹃ヒナタ様!!﹄
呪縛が解けたように、一斉に聖騎士達が立ち上がり、ニコラウス
1821
が走りよりヒナタを抱きしめる。
ヒナタ
﹁そう、今はヒナタ、なのか。クロエはどうしたのだ?﹂
﹁クロエは眠っている。私と戦い、真なる覚醒を果たしたから。
能力の統合が行われ、私の力も殆ど持っていかれたよ。
長き時を経て、重複が全て解除されたから。
私がこの世界に召喚される前に、この身体はルミナスの下で眠り
についた。
スピリチュアル・ボディー
そして、ユウキがこの身体を目覚めさせた時、この身体と重複す
るクロエは精神体となり、他人に認識出来ない存在になったようだ。
ルミナス、お前も勇者の名前を思い出せなかったのではないかな
?﹂
ニコラウスに抱擁されたまま、勇者、ヒナタはルミナスに答える。
そして、ニコラウスを軽く叩き、その身を自由にして、
レール
﹁目覚めたクロエに、この世界、この時代の私を殺して貰ったのだ。
これは、既に定められた運命であり、予定調和に過ぎなかった。
。
勇
勇者クロエは、この時代、次に目覚めた時に誕生するのだよ。
を育てる事になった。
そして私は、クロエに同化した時の精霊の力で過去に飛び、
者の卵
勇者育成プログラム
波乱に満ちた今では無く、安全に育てられる過去にて。
それこそが、何者かの定めた、
ヒナタ
この時代の私の魂がクロエに統合され過去に飛んだ事により、ク
ロエと過去を旅して来た私が目覚めた。
そして、既に私は異物であり、間もなく消える事になる。
だから、心配だったお前達に、最後の挨拶をしに戻って来たのだ﹂
ヒナタ
慈愛に満ちた表情で、勇者はニコラウス達にそう告げた。
1822
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
そして暫く、ヒナタとルミナス、そしてニコラウス達で話をする。
重複していた時間の事、勇者クロエの現在の状態、など。
クロエは、ユウキの支配下にある。
ただし、覚醒前の契約に縛られていて、解除は難しい。
ヒナタの見立てでは、自力での解除は不可能との事だった。
それを聞き唇を噛み締めて悔しがるルミナス。
そのルミナスを撫でながら、
三つの命令
ねがい
を聞くと、支配は解除され
﹁だが、真なる勇者に覚醒し、ある程度の抵抗が可能になった。
ユウキとの契約では、
る。
願い以前に、ユウキへの戦闘行為は不可能だ。
だが、今のように情報を話す程度なら問題ない。無いが、重要な
禁則事項は喋れない。
三つ命令をしてしまうと、私がユウキと戦えるようになる。
クロエ
なので、ユウキとしても二つしか命令を実行出来ないのでは無い
かな?
つまりは、迂闊には勇者を利用出来ないだろうという事。
あの者は異常だ。
クロエ
世界の破滅を真面目に望んでいるとしか思えない。
私が自由ならば、間違い無く世界の敵として成敗する事になる。
だが、危険な男だ。精々、気をつけて欲しい。
それでは、私は行くよ﹂
ヒナタ
そう言って、勇者は立ち上がった。
1823
﹁ひ、ヒナタ様⋮⋮﹂
行かないで欲しい、そう願うニコラウスだが、それは叶わぬ願い
である事は理解出来た。
言いかけた言葉を飲み込み、ヒナタにこれ以上無様な姿を見せま
いと努力する。
拳を握りしめ、
﹁お元気で!﹂
精一杯の痩せ我慢で、笑顔を浮かべた。
﹁ふふ、お元気で、か。お前もな、ニコラウス。
皆も、達者で。決して無茶はするなよ。そして、何かあったら、
魔王リムルを頼るが良い﹂
そう、最後の挨拶をするヒナタ。
魂の力は残り少なく、間もなくクロエの魂に全て飲み込まれ、完
全に消滅するだろう。
勇者の卵
をクロエに預ける事で、その役目を終え
これは仕方の無い事なのだ。
ヒナタは、
たのだから。
だから、ヒナタは満足している。
自分の足で、数多くの者を救えたし、シズさんへの恩返しも出来
たのだ。
自分の願った事は叶えられた。これ以上望むのは、贅沢と言うも
のだろう。
後は、クロエの中で、最後の時を待つだけである。
1824
去ろうとするヒナタに、
﹁待て!﹂
と、冷たい声が掛けられた。
アスモデウス
呼び止めたのは、ルミナス。
﹁お前は、幸運だ。
妾が覚醒した能力﹃色欲之王﹄の実験台にしてやる。
生と死を司るこの能力、死者蘇生をもってしても、完全なる魂の
復活は不可能。
なのだろう?
しかし、貴様は今そこに肉体も魂も揃っている。
勇者とは、諦めぬ心を持つ者
失敗するハズが無い。
勇者とは、
貴様の生を諦める事は許さぬ!﹂
ルミナスの言葉に、ニコラウス、レナード、フリッツ、そして聖
騎士達全てが、ヒナタを祈るように見つめる。
その視線を受けて、ヒナタは戸惑いの表情を浮かべ、
﹁ふふ、あははははは!﹂
と、笑い出し、
﹁失礼。思い出したよ、私は確かに、諦めた事は無かった。
最後まで足掻いてみる、か。まさか、魔王に諭されるとは。
成功したとしても、以前の強さも無くなっているだろうけれど⋮
⋮﹂
1825
と、困ったような笑顔を浮かべた。
﹁強さなど! 我等でヒナタ様をお守りします、我等を導いて下さ
い!﹂
﹁今度こそ、俺達にヒナタ様を守らせて下さい! 次は負けません
!﹂
﹁我等には、貴方が必要なのです!!﹂
それらの想いを受け止めて、ルミナスの申し出に頷くヒナタ。
ルミナス。
その気紛れな魔王が、何を思いその提案を申し出たのかは、定か
ではない。
しかし、その申し出により、一つの運命が書き換えられる事にな
る。
リ・バース
﹁再誕!!﹂
ヒナタ
アルティメットスキル
アスモデウス
祭壇に祭られたヒナタの遺骸と、勇者の中の魂の欠片。
その二つの因子が、ルミナスの発動した究極能力﹃色欲之王﹄に
より結合される。
そして生まれたヒナタと、異物が混ざる事なく完全な状態で誕生
したクロエ。
勇者の髪は、黒色に銀の輝きが混じり、人とは思えぬ神々しい美
しさを放ち始めた。
は、
クロエ・オベールの誕生
勇者の卵
ヒナタとクロエが、完全に分離した瞬間である。
一度同化し、再び乖離する。
その起りえぬ奇跡により、ヒナタが生み出した
真なる勇者
クロエの中で繭を経て完全に羽化したのだ。
そして、この時こそが、
の瞬間だったのである。 1826
125話 勇者の記憶︵前書き︶
来客が多く、執筆時間がなかなか取れず遅くなりました。
お待たせして申し訳ない。
1827
真なる勇者
クロエ・オベールの誕生。
125話 勇者の記憶
本来、それはヒナタの死と同時に起きる出来事であるハズだった。
けれども。
魔王ルミナスの介入により、運命は書き換えられる。
果たして、その原因は何だったのか?
目が覚めたクロエは、ヒナタが無事に復活出来た事を知り、涙を
流して喜んだ。
落ち着いて話をしようという事になり、ヒナタ、勇者、ルミナス
の三名は応接室に移動した。そこで、目覚めたクロエを交えて話を
する。
子供達も緊張の糸が切れた様子で眠そうにしていたので、グレン
ダが別室にて休ませている。
聖騎士達も、ヒナタの復活を目にして緊張が解けたのか、一旦休
憩する事にしたらしい。
朝から気を張り詰めて会議をしており、何時の間にか夜になって
いたのだ。
今後の方針を定めるのは重要であるのだが、魔王ルミナスが出て
来ている現状、神聖法皇国ルベリオスとの敵対は今すぐにどうこう
という話では無くなっている。
自由組合を敵にするのはある程度仕方が無いと思われるが、人類
連合として各国を纏める力がユウキにあるとは考えられない。
1828
何よりも、ヒナタの復活は彼らの絶望を払拭し、重苦しい空気を
霧散させてしまっている。
そうした訳で、本格的な会議は明日に行う事になったのだ。
三人を案内してから、ニコラウスは侍女にお茶の用意を申し付け
ると、ヒナタを背後から抱きしめて離れる様子が無い。ヒナタが離
れるように言っても、
﹁もう二度と失いたくありませんので﹂
と、取り付く島も無いのだ。
結局、ヒナタが根負けし、ニコラウスは居ないものとして話を進
める事になった。
ヒナタの顔が真っ赤になっていたのだが、ニコラウスからは見え
ない。クロエとルミナスは見て見ぬふりをする優しさを持っていた
のが、ヒナタにとって幸いであった。
﹁良かった、ヒナタ⋮⋮無事だったのね。ヒナタは魂が消滅して、
死んでしまうものと思っていた⋮⋮﹂
﹁ああ、クロエ。私も驚いたよ。ルミナスが出向いて来るとは思わ
なかった。
まして、私の蘇生に手を貸すとは、な﹂
﹁ふむ。それについては、教会にも情報網を広げていたのだ。
妾の下から聖櫃に守られたクロエを盗み出した者を探る為に。
そして、クロエの復活を知り、より情報を集めようと出向いたま
での事。
あの場に立ち会わねば、そなたの復活は無かったであろうな﹂
その遣り取りを聞きながら、クロエは思案していた。
1829
その表情は驚愕に満ちて、只事では無い様子になっている。
その事に気付き、心配そうにヒナタとルミナスが声を掛けようと
した時、
﹁思い出した。いいえ⋮⋮思い出せた、わ。
どうやら⋮⋮
未来は滅びに向かうみたい。
私は未来で、ユウキに敗北し、殺される事になる。
魔王ギィ・クリムゾンと一騎打ちになり、その隙を突かれて二人
纏めて⋮⋮。
アストラル
でも、死ぬ間際に、過去に向けて時の精霊の性質を持つ、自分の
分霊体を放った。
いま
自分の知識と経験を伝える為に⋮⋮。
結果、過去の私と、リムル先生に助けて貰って、暴走を防いで貰
った時に融合したのね。
だから、今は二順目、になるのかな?
本当は何度も繰り返しているのかも知れないけど⋮⋮。
もしかすると、この世界は何度も繰り返されているとしても、私
アストラル
クロエ
でも全てを認識する事は出来ないみたい。
残念ながら、勇者の分霊体と融合した自分は、未来の知識と経験
を思い出す事は出来なかったし。
今でも、前回の記憶しか思い出せていないので、二度目でしかな
いのかも知れないけど。
その記憶に照らし合わせると、ヒナタが今生きているのは奇跡的
な事なのよ。
ルート
恐らくだけど⋮⋮一つだけ、前回と違う行動を取る事に成功した。
ほんの些細な行動だけど。
その結果、今は私の思い出した未来とは違う道筋を辿り始めてい
る。
この世界の未来がどうなるのか、私は見届ける。
1830
そして、願わくばこの世界を救いたい﹂
思い出した過去と未来
を。
侍女により用意された紅茶を口にして、一口啜ってからクロエは
告げた。
彼女の知る、
前回、或いは何度も繰り返された時間。
リムルの召喚によりクロエと融合した勇者の最後の力の欠片は、
その力を持ってしても自分に知識を伝える事は出来なかった。
得た能力は、ユニークスキル﹃時間旅行﹄であり、その力は過去
への限定的跳躍。
一方通行である上、条件が複雑で使い勝手は良くない能力である。
クロエは前回︵或いは毎回︶、殺されたヒナタと過去へと飛ぶ。
長い時を旅し戻って来て目覚めた時、自分がヒナタを殺すのだ。
それは、変わる事なく繰り返される運命であるハズだった。
だが、今回は違う。
今までは、ヒナタは復活する事は無かったし、リムルが死んでい
るのだ。
ヒナタはリムルと一度しか戦う事が無い。
王都からクロエ達と別れて帰ろうとする時、いつもクロエが泣き
ついてリムルを引き止めていた。
テンペスト
結果、少し時間を無駄にして、慌ててその場で﹃空間移動﹄によ
りリムルは魔物の国に帰還している。
王都の外で待ち伏せしているヒナタは、常にすれ違いによりリム
ルとの遭遇をしていない。
ユウキの思惑が常に外れていると言えた。
だが、今回はクロエはリムルを引き止めなかったのだ。
リムルに大人であると思われたくて我慢した。その結果、大きく
状況が変化したと言える。
1831
スト
テンペ
まず、引き止められたリムルは、ヒナタと遭遇する事なく魔物の
テンペスト
国に戻り、配下を守る事に成功する。
しかし、魔物の国を敵視する西方聖教会とファルムス王国の連合
軍に敗北する事になるのだ。
ヒナタ率いる聖騎士団は無類の強さを誇り、いくら上位魔人より
強いリムルや配下の魔物達が奮戦したとしても、その強さの壁を超
える事は不可能であった。
結局、リムルはヒナタと一騎打ちになり、その場で完全消滅させ
られていたのである。
ワルプルギス
続いて、その戦にて大量の魂を獲得し、クレイマンが真なる魔王
として覚醒する。
ミリムとフレイ、そしてクレイマンの連名にて魔王達の宴の開催
ゆうしゃ
が承認され、ルミナスも当然会議に出向くのだ。
その隙に、動き出したユウキによる聖櫃の強奪が行われる。
ヒナタが戻った時、怒り狂ったルミナスによる命令で、聖櫃奪還
作戦が遂行されるのが毎回の流れだったのだ。
呪いの結晶
効果により心を壊されたヒナタ
ここでヒナタの魂を手に入れて過去に飛ぶ事になるのだが、ユウ
キによる思考制御の
は、能力と魂のエネルギーをクロエに渡すのみである。
その知識や感情を共有する事は無く、クロエは我流で力を蓄え、
長い時間の旅を辿る事になっていた。
だから、そもそも真なる勇者に覚醒した時点でヒナタの自我が戻
る事など、望むべくも無かったのだ。
ヒナタが勇者と戦っている時、ルミナスもまた戦いの最中にある。
クレイマンによる命令で、ミリムが攻め込んでいるのだ。
命令というよりは、入れ知恵。
リムルの死が、ルミナスの差し金であるという、ユウキの助言に
1832
基づくクレイマンの甘言。
その言葉に騙されて、ミリムは激怒した。
ルミナスと言えども、ミリムが相手では分が悪い。三日三晩の戦
いの後、ミリムに敗北する事になる。
クロエ
しかしミリムも無事とは言えず、弱った所をユウキの命令にて覚
醒した勇者に殺される事になるのだ。
この時、ミリムがリムルの死の真相を知っていれば、少しは違っ
た未来になったのであろうが、ここはクロエにもどうする事も出来
ない。
クロエが知る事実は、ミリムがルミナスを殺したという事のみ。
しかし、この結果を受けて、魔王サイドの戦力は大きく減少する。
ミリム、ルミナス、カリオンの三名が消えたのだ。
隠れていたカリオンも、結局はその後の動乱でフレイを守り死ぬ
事になった。
東の帝国が侵攻を開始し、クレイマンによる魔王達への戦闘行為
が開始されたのだ。
結果、世は混乱に包まれる。
その混乱の最中、クロエはユウキの命令により、ギィの討伐に向
かい、命を落とすのだ。
これがクロエの知る今までの流れであり、現在とは大きく掛け離
れた状況であると言えた。
クロエの話を聞き終えて、場に静寂が齎される。
余りにも聞き流せない内容であり、彼女達なりに考える時間が欲
しいという気持ちもあるが故に。
時間が何度も繰り返されているのかどうかは確かめようが無い話
なのだが、前回の世界が崩壊という話は無視出来ない。
1833
﹁それじゃあ、私が復活出来たのは、本当に偶然の結果なのね⋮⋮﹂
ポツリと、ヒナタが呟いた。
実際、リムルと王都で戦っていたからこそ、リムルはヒナタの能
力をある程度解析し対策を取る事が出来たのだ。
もしも初戦で逃げ場の無い全面戦争になっていたならば、敗北は
間違い無い事である。
そして、ヒナタとの遭遇により帰国が遅れたせいで魔王としての
覚醒に至るのだが、この覚醒による流れの変化や影響の大きさは、
ルート
クロエにも想像がつかない程である。
前回とは完全に別の道筋。
ヒナタにしても、リムルによる解呪が為されたお陰で、心が壊さ
れる事なく生還出来たと言えるのだ。
ルミナスにとっても、ミリムの襲撃という最悪の事態が起きる事
なく、こうして無事にクロエとの再会を喜ぶ事も出来る。
過去において、ヴェルドラとの戦いでルミナスの命を救った勇者。
そして、初めての友であり、ルミナスにとっての思い人。
そのクロエとの約束で、クロエの眠る聖櫃の守護をルミナスは任
されたのだ。
聖櫃が奪われた時は気が狂うかと思う程に激怒したが、こうして
無事に事が運んだのはルミナスにとっても僥倖であった。
今回は、全てが奇跡的な程に良い流れに乗ったと言えるのだ。
﹁妾にとっては、クロエが無事だったのが何よりも嬉しい。
ルート
無論、ヒナタがクロエの一部であったのならば、ヒナタの生還も
喜ばしい事だぞ﹂
﹁ええ、ありがとう。しかし、こうして考えると、運命の道筋を変
更するなど、奇跡だな﹂
ヒナタの言葉に、皆が同意する。
1834
勇者の一部として意思を持ち、長い時をクロエとともに歩んだヒ
アストラル
ナタだからこそ、その言葉の意味は大きい。
仮に勇者の分霊体を得て最後の記憶を思い出したとしても、出来
る事は限られるのだ。
確定し、確認された過去を変更する事は出来ないのだから。
それはつまり、未来における誕生の瞬間までは、勇者には如何な
る攻撃も通用せず、無敵であると言う事。
過去に飛んだクロエは、その持つ魂を鍛える事になるのだが、そ
の安全性は揺ぎ無い。
結果が確定している以上、その事象に至るまでは如何なる事から
も守られている。
まるで、繭による自己防衛を行い、羽化の時を待つ蝶のように。
この過去の世界は、勇者を育て守る約束の時間なのだ。
だからこそ、過去のユウキを殺し未来を変えようとする行為。こ
れは、不可能なのである。
確認された
がある以上、ユウキはそれまで決して死ぬ事は無い。
子供のクロエに接して話し世話をしているという、
出来事
勇者育成プログラム
の要である、能力の効果。
勇者の身を守る法則は、子供のクロエの認識しえた出来事全てに
適用される。
それこそが、
ユニークスキル﹃無限牢獄﹄と、ユニークスキル﹃時間旅行﹄の
複合効果である。
時間牢獄とも言える、確定事項を守り抜く絶対的強制力が働く時
間。それが、クロエの旅して来た時間なのだ。
だからこそ。
アストラル
クロエが未来の記憶を持っていたとしても、自分の能力が枷とな
り出来る事は殆ど無かった。
リムルの前で未来の勇者の分霊体と融合してから、過去を旅して
来た自分が目覚めて重複存在となるまでの間しか、クロエに何か出
来る時間は無かったのだから。
1835
その意味において、リムルを引き止めなかったという行為が及ぼ
した影響は最高の効果を発揮したと言えるのだ。
リムルを引きとめた事で、リムルが死にヒナタも壊れる結果とな
った世界。
勇者の卵
を獲得した世界。
チ
リムルを引き止めなかった結果、リムルが魔王に覚醒し、ヒナタ
が
確かに、ヒナタの言う通り、偶然の結果である。
しかし、その偶然は余りにも都合が良い結果を齎した。
カラ
勇者の卵を獲得するのも、本来であればクロエにヒナタの魂の能
力が流れ込んだ事により生まれるハズだったのだ。
その点でも、今のクロエは今までのクロエと比べられぬ程、強い。
ヒナタの意思が共に過去に行った事で、クロエは孤独を味あわず
にすんでいる。そして、優秀な教師としてのヒナタの指導の下、ヒ
ナタの知りえる技術を全て習得出来たのだ。
それだけの下地が出来ていたからこそ⋮⋮
アルティメットスキル ヨグ・ソトース
︱︱究極能力﹃時空之王﹄が目覚めた︱︱
未来の記憶を思い出せたのは、この能力のお陰である。
今までのクロエには出来なかった事。
アルティメットスキル
サリエル
本来ならば、﹃絶対切断﹄と﹃無限牢獄﹄にヒナタの﹃数学者﹄
と﹃簒奪者﹄が統合されて、究極能力﹃希望之王﹄を獲得するのみ
だったのだ。
それが今回、ヒナタの魂の力を無駄にする事なく吸収し、ヒナタ
の魂の残滓が混ざる事の無い純粋な状態での覚醒。
アルティメットスキル ヨグ・ソトース
サリエル
それが齎したのは、時間と空間を支配する絶対的な力。
究極能力﹃時空之王﹄と﹃希望之王﹄という二つの能力の覚醒で
1836
あった。
この能力に目覚めたクロエは、今この瞬間から過ごした時間を、
何度でも繰り返し記憶するという能力を得た。
戦闘において、相手の攻撃を見てから再度スタートを行う事も可
能になったのだ。
それは、絶対的な優位性をクロエに齎し、勇者クロエを最強の存
在へと至らしめる。
そして⋮⋮。
アルティメットスキル
目覚めた能力により、クロエは理解する。
この世の理から解き放たれた存在、究極能力を持つ者達の事を。
目の前のルミナス然り。
クロエの愛するリムル然り。
アルティメットスキル
そして、今回の運命の書き換えに、リムルの存在が必要不可欠で
あった事を悟る。
恐らくは、リムルが究極能力を得た事で、運命の理から抜け出し
た事が、今回の奇跡の理由だったのではないか?
いや、それよりも⋮⋮
アルティメットスキル
前回も、ひょっとしてリムルは生き延びていて、究極能力に目覚
めていたのではないのか?
そんな疑問が心に浮かぶ。
仲間を殺され、絶望と怒りの中で、リムルが生き延びていたのだ
としたら⋮⋮
何らかの手段で、クロエの手伝いを行い、過去に干渉し得たので
はないだろうか?
︵いや、流石に先生でも、それは無理よね︶
クロエは自分の想像を振り払い、立ち上がる。
﹁長居してしまったわ。常にユウキの傍に居る必要は無いのだけど、
1837
ね﹂
アルティメットスキル
そう言って、帰る準備を行うクロエ。
ねがい
は未だに有効なのだ。
アルティメットスキル
自分が究極能力に覚醒したにも関わらず、ユウキの支配、
の命令
三つ
この事から推測されるのは、ユウキもまた、究極能力を有してい
るということ。
クロエはユウキに攻撃出来ない。
故に、最強の能力を得た今でも、ユウキを討つ事は出来ないのだ。
彼の望みが世界に混乱を齎す事である以上、いつかは明確に倒す
必要がある。
ヒナタとルミナスにその事を告げると、
﹁無茶をするなよ?﹂
﹁うむ。ユウキは妾にとっても敵じゃ。クロエ、危ない事をするで
ないぞ?﹂
﹁うふふ、大丈夫よ! 私がユウキに手を出せないのと同じく、ユ
ウキからも私に手出し出来ない。
手を出したら、支配が解除になるのよ。
だから、私は大丈夫。以前の世界と違い、この世界は安定してる
から。
ただ、気をつけるとしたら⋮⋮東の帝国の動きでしょうね。
ユウキの配下は既に工作を行っているでしょうし、此方も対応す
るように準備を進める必要がある。
出来るなら、ジュラの大森林の周辺国家による大同盟を結んでお
ければ良いのだけど﹂
異世界人
が多数いるの。
﹁東の帝国? そのようなもの、妾達の敵では︱︱﹂
﹁駄目よ、ルミナス。過信は禁物!
東の帝国には、召喚者が主となる
ユウキの召喚した戦闘能力の高い者達が、東の帝国の軍部に所属
1838
している。
灼熱竜ヴェルグリンド
が居る。
それは馬鹿に出来ない戦力で、上位魔人よりも強い者も多い。
何よりも⋮⋮あの国には、
決して油断しては駄目﹂
クロエはルミナスを諭す。
ルミナスもクロエの言葉に、自分の考えを改めた。
確かな戦力を有する帝国が、組織だって軍事行動を取るならば、
それは確かに脅威である。
﹁ではやはり、リムルの下に訪れ、同盟を申し出るのが最善か﹂
﹁うん。先生は必ず助けてくれると思う。
というより、この世界を救う鍵は、先生にあると思うのよ﹂
ヒナタの言葉にクロエが同意した。
ルミナスは少しリムルに嫉妬するが、そこは我慢して同意する事
テンペスト
にする。
魔物の国と、西方聖教会。そして、神聖法皇国ルベリオス。
聖魔同盟
と呼ばれ、実現する事になるのだ。 彼女達の話し合いで、同盟を結ぶという方針が定まったのである。
それは後に、
1839
125話 勇者の記憶︵後書き︶
説明回。書いてて混乱しました。
時間の概念なんて考え始めたら、辻褄が合わない事も多く気軽に
書けない事に気付きました。
何度か頭が混乱しそうになりましたが、大丈夫でしょうか?
致命的な間違いが無い事を祈ります。
クロエは、今回で世界線の移動に成功!
世界線変動率も1%くらいは変動したんじゃなかろうか。
ちなみに、リーディング・シュタイナーも今回獲得しました!
1840
126話 動乱の始まり
クロエはヒナタとルミナスに別れを告げ、ユウキの下に帰って行
った。
帰り際、手に持つ腕輪をヒナタに渡そうとするクロエ。
﹁これは⋮⋮﹂
コピー
﹁私が装備していた装備品。貴女の魂と一緒に私に受け継がれたけ
れど⋮⋮
元々は貴女のモノだったでしょう?﹂
それは、聖霊武装。
リムルが試作型を壊れた聖霊武装から複製して作成し、ヒナタに
預けていた品だった。
ヒナタの魂と契約していたお陰で、クロエがヒナタと同化した際
レジェンド
に、一緒に過去に飛ばされたのだ。
そして、元々が伝説級の下位に相当する程の性能だったのだが、
長き時をクロエが使い続けた事により、クロエの魔力と聖霊力に馴
ゴッズ
染んで進化している。
今では神話級に相当する、クロエ専用の武装になっていた。
ヒナタは渡された腕輪を手に暫し思案する。
確かに、魂を同一化して過ごしたヒナタでも、この武装を使用す
る事は出来るだろう。けれども、この武装は勇者とともに歴史を刻
んで来たものなのだ。
何より、ヒナタは魂の力の消耗が大き過ぎて、この武装を展開さ
せる霊力を維持するのも困難であった。
ヒナタは溜息を一つ吐くと、
1841
﹁これは貴女のものよ、クロエ。私では、その武装を使いこなす事
は出来ない。
何より、これは貴女の先生であるリムルが作成した品。
貴女が使う方が相応しいと思うわよ﹂
と、クロエに腕輪を差し出す。
クロエは腕輪を両手で受け取って、胸に押し戴く。
﹁え⋮⋮これは、先生が? そうだったの⋮⋮。
先生が何時も守ってくれていたのね﹂
﹁リムルに会ったら、クロエが元気だと言う事と、その武装を大事
に使っている事を伝えておくわ。
だから、それは貴女が使いなさい。今では、それは勇者専用武具
と言えるでしょうし﹂
﹁ありがとう⋮⋮大切にする!﹂
クロエは微笑み、ヒナタはそれを暖かい笑顔で眺めて。
お互いに頷きあった。
長き時をともに戦った魂は、今再び別れて、お互いの生を歩き始
める事になる。
クロエはもう一度礼を言うと、静かな動作で扉を開けて、闇に消
え入るように去って行った。
子供達に挨拶をする事も無く。
クロエにとって、4人の子供は掛け替えの無い存在である。
声を掛け、話をしたい。そういう思いは強いのだ。
だが、今はその時では無かった。
世界の崩壊を回避し、世に平和をもたらして。そして初めて、ク
1842
ロエは開放されるのだ。
だからクロエは迷わない。
リムルに会う事もしないし、子供達に声も掛けない。
今はまだ、ユウキの呪いの支配下にあるのだ。
少なくとも、この呪いが解除されない限り、気を抜く事は出来な
いとクロエは考えている。
懐かしい友に会い、時間も結構経ってしまっている。ある程度の
自由行動は認められているが、余り長くユウキの傍を離れるのは得
策では無いのだ。
ねがい
要らぬ疑いを掛けられると、ややこしい事態になってしまう恐れ
もある。
ユウキの三つの命令の強制力は強力だ。
特定の条件の命令しか出来ないようだが、発動した命令には従う
必要がある。
クロエが真なる勇者として覚醒した事は、すぐにユウキにも伝わ
る事になるだろう。
油断ならぬ性格のユウキが考えなしにクロエに命令をするとも思
えないが、ルミナスと戦闘になる可能性もゼロでは無い。
だからこそ、全ての可能性を考慮し行動する必要があった。
クロエは外に出ると、そっと能力の解除を行う。
会話中、誰も気付かなかったようだが、時間の進みを遅らせてい
たのだ。
ヒナタとクロエが目覚めてから、実は3分も経過していないので
ある。ひょっとするとルミナスは気付いていたかも知れないが、何
も言わないでいてくれた。
クロエがそれだけユウキを警戒している事を悟ってくれたのだと
思う。
世界の崩壊は、ユウキの行動で引き起こされた。
今回は大きく流れが変わり、対抗出来そうな勢力が育ってきてい
る。
1843
クロエの能力も、別の未来の記憶のものよりも比べる事も出来な
い程に強力だ。
以前は持たなかった、勇者専用装備もヒナタより譲り受けている。
︵今度こそ倒す! いや、今度こそ必ず守る!!︶
ルート
操られるまま何も出来なかった未来の記憶。
しかし、今度は別の道筋を辿っている。
今度こそユウキを倒し、そして世界を守るのだ。
クロエは決意し、覚悟を定める。
その姿は、正しく勇者と呼べるものであった。
生まれて、目覚め、覚醒して。
勇者クロエ
が活動を開始したのだ。
そして、覚悟を定めたこの瞬間。
本当の意味で、
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
高級そうな椅子に腰掛け、一人の少年が寛いでいる。
その後ろに立ち、少年に紅茶を用意する美しいエルフの女性。
自由組合のイングラシア王国本部の自室にいる、ユウキとカガリ
勇者
クロエ
が完全に目覚めたようだね。
の姿であった。
﹁
どうやら、とんでもなく強大な力に覚醒したようだよ?
1844
僕の制約が先だったお陰で、どうにか命令は行使出来そうだけど
⋮⋮
能力の大半が使用不可能になってるよ。
参ったな、悉く計画が上手くいかないや。
クレイマンの覚醒も失敗したし、リムルさんの殺害にも失敗した
し。
本当なら、もっと混沌とした様相になってるハズなんだけどな。
ねえ、どう思うカザリーム?﹂
楽しそうに、少年ことユウキが、背後の女性に声を掛ける。
その問いに肩を竦めて、
﹁俺にそれを聞くか?
既に結論は出ているのだろう?
計画は失敗だよ。
可愛いクレイマンも死んでしまったし、な。
もはや、魔王連中の不和は望めない。
組合の連中に西方聖教会の不手際を糾弾させる方法もあるだろう
が、一部の反対勢力がそれを阻止にまわりそうだ。
ジュラの大森林近辺の国家の組合は、もう俺達の言いなりにはな
らないだろうぜ。
崩壊したファルムス王国でも、英雄が誕生し国民を纏め上げてい
る。
恐ろしく優れた頭脳を持つ仲間がいるのか、この短期間で大した
ものだよ。
テンペスト
この国の不安定さを梃子に、周辺に混乱と争いを呼び込むのも封
じられている。
魔物の数はびっくりする程減少してるし、魔物の国を中心に貿易
も活発化してるときた。
ジュラの大森林周辺国家群は、嘗て無く安定と発展の時期を迎え
1845
たと言えるだろうよ。
主の思惑の、正に正反対、って奴だ﹂
と、面白くなさそうに答えるカガリ。
﹁ねえ、何で綺麗なお姉さんなのに、男口調なのさ?
もしかして、そっちの趣味?﹂
﹁ふざけるな。主が俺をカザリームと呼ぶからだろうが!
合わせているだけですよ、主様﹂
突然、女性らしいお淑やかな口調になり、ユウキに返事を返すカ
ガリ。
カザリーム、いや、カガリにとっては、性別などに大した意味は
無いのだ。
力こそが全てであり、カガリの主であるユウキはその力を有して
いる。ならばそれで良いのだ。
人間社会に不協和音を撒き散らし、数多の嘆きと死を生産する。
カガリの主であるユウキはそう言っていたが、計画は上手く行っ
ていない様子。
このゲーム、難易度が思ったより高いよね? などと、意味不明
な事を言う主の前に紅茶を差し出すカガリ。
口調は自在にどうとでもなるが、その洗練された手つきは一朝一
夕のものではない。
元々、カザリームに性別と呼べるモノは無く、憑依対象であある
スキル
カガリの影響を多大に受けている面がある。
その影響の一つが、茶道や料理という能力であった。
役割を演じるが如く、主であるユウキの望むままに、人格を使い
分けたような対応を取るのが、カザリームいや、カガリなのである。
﹁君って、そういう戦闘に関係しない所では、無駄に器用だよね⋮
1846
⋮。
まあ、いいんだけど。
しっかし、こう悉く失敗すると、自信無くすよ。
僕が出て暴れたいって、思っちゃうよね﹂
﹁それは止めて!
いや、止めなくてもいいですが、ワタクシが逃げた後にして下さ
い﹂
﹁君って、ずうずうしいよね。
プランナー
弱くて役立たずなのに、そういう所だけは抜かりないし⋮⋮﹂
﹁仕方ないでしょう?
実際、ワタクシのユニークスキル﹃人心掌握﹄では、実戦には向
いていませんもの﹂
﹁君の計画立案能力に、僕の知識を加えても、上手く行かないのが
ある意味不思議だよ﹂
﹁そうですわね。
これは推測ですが、より演算能力の優れた何者かの意思が絡んで
いる可能性が否定出来ません﹂
﹁やっぱそう思う? じゃあ、潮時だね。
東に行こう。こちらの手下は諜報部のみ残し、全員で﹂
﹁宜しいのですか? 此方でせっかく築いた足掛かりの拠点を放棄
しても?﹂
﹁仕方ないよね。損切りしないと、どこまでも損害額は増えるもの
だよ。
勇者
を抑えるのには成功したんだし。
それにさ、致命的でもないんだよ。
僕を殺せる可能性の高い
ここを失敗してたら、全ての作戦が失敗に終わる所だった﹂
﹁そう⋮⋮ですわね。確かに、間違いないでしょう。
了解しましたわ。早速人選を行い、優秀な者のみを残します。
それ以外は、拠点を東に移す。そういう事で宜しいですね?﹂
﹁うん。それでいいよ。
1847
魔女狩りを行うみたいに、聖教会とルミナスを追い詰める案もあ
ったけど、ね。
勇者
投入は時期が悪いし、勿体無い。仕方ないさ﹂
それは諸刃の剣で、失敗したら此方も被害が大きいし。
こうして、ユウキはあっさりと、自分の立場の放棄を決意し命令
を下す。
彼が10年以上かけて築き上げた信頼と、自由組合の頂点という
地位。
それは、ユウキにとって、取るに足らないモノであり、自分の目
的を達する為の道具でしかないのだ。
計画失敗が続く以上、どこかで仕切り直す必要があった。
カガリが命令を受けて、それを実行する為に部屋を出て行く。
それを冷徹な目で見送り、
﹁でもまあ、本当にクロエの奴、僕より強くなっちゃったよ。
勿体無いけど、命令を一つ潰してでも、僕への能力使用の禁止を
命じた方が良さそうだね﹂
と、呟いた。
自分とクロエの実力差を正確に予測した上での発言である。
ジョーカー
ユウキは楽しげに笑みを浮かべながら、更なる思考を重ねていく。
切札でもあり、自分を殺す事にもなりかねない手札。
︵愉しいよね、ワクワクするよ!︶
ユウキ
カグラザカ
口に出さずに、そのスリルを楽しむ。
神楽坂優樹は、自分の計画が失敗した事などどうでも良く思える
グランドマスター
程に、現在の状況を楽しんでいたのだ。
そして、彼が自由組合の総帥という立場を放棄し暗躍出来るよう
混沌を齎す者
が世に解き放たれたのである。
になった事は、この世界にとって災厄であると言えた。
こうして、
1848
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
子供達は、目覚めた時にクロエが居なくなっている事に気付き大
騒ぎを始めた。
一番憤慨していたのは、アリスだ。
リムル
﹁クロエってば、自分だけ大人になって!
先生に認められたいからに違いないよ!﹂
プンプンと、激しく怒っている訳だが、どうやら他の子達とは若
干理由が異なっている。
自分達に挨拶も無く帰ってしまった事に文句を言っていた子供達
であったが、やがては男三人で、必死にアリスを宥める事になる。
そんな様子を眺めながら、フリッツは自分にとばっちりが来ない
ようだと、ほっと胸を撫で下ろすのだった。
だが結局は、
テンペスト
﹁フリッツ、魔物の国に向かう事になった。君も同行して欲しい﹂
と、ヒナタから要請された事で、子供達の面倒を押し付けられる
運命を悟る。
1849
世の中、そういう巡り合わせになっているのだ、そう思い諦める
フリッツ。
だが、悪い事ばかりでは無い。
同行と言う事は、ヒナタも行くと言う事なのだから。
ニコラウス枢機卿は、西方聖教会から動けない。という事は、こ
の旅の最中でヒナタに想いを告げるチャンスがあるハズ!
フリッツはそう考え、ニヤリと内心ほくそ笑んだ。
優しくなった︵ように見える︶ヒナタは、以前は感じられなかっ
た母性のようなものも感じさせて、以前とは違った意味で聖騎士達
にとっての高嶺の花となっている。
ニコラウスが独占するなど、フリッツにとっては許せぬ事態なの
だ。
ニコラウス
まだ二十代前半のフリッツからすれば、三十半ばのニコラウスは
おっさんである。あんなおっさんに憧れのヒナタを奪われるなど、
聖騎士の名折れだと考えていた。
密かに聖騎士同士による同盟が築かれ、抜け駆けしてでもニコラ
ウスには譲らないという共闘関係が出来上がっていたのである。
仲間達の熱い応援を心で感じ︵フリッツの思い込みなのだが︶、
フリッツはヒナタの申し出を受け入れた。
ニコラウスは、またしてもヒナタと別れる事になるので、不機嫌
そのものという様子である。
更に、何故か右手を怪我しており、ヒナタに無視されている。
年を感じさせない美形の顔を歪ませて、フリッツに無言の圧力を
掛けていた。
︵フリッツ、ヒナタ様に手を出すのは、許しませんよ!︶
︵ふふ、ニコラウスさん。あんたは上司だが、この問題に関しては
男と男。その命令は聞けませんね!︶
とまあ、そんな感じに、お互いの考えには齟齬があったりもした
のだが、口に出していないので伝わってはいない。
1850
﹁ニコラウス様、その手はどうされたのですか?﹂
ニコラウスが気まずげに手の怪我を隠している事に、直感で気付
いたフリッツが問い掛けた。
ランガ
この辺は、獣じみた嗅覚をフリッツは発揮出来るのだ。恐らく、
犬狼の攻撃を必死に避けているうちに身についた能力だと思う。
﹁うっ! こ、これは君には関係ありません。
そんな事より、今度は必ずヒナタ様をお守りするように!
二度目はありませんよ!﹂
言葉を濁し、フリッツの追求を逃れるニコラウス。
実はニコラウスは、昨夜のヒナタ達の話し合いの場で、好き放題
ヒナタに抱きついていたのだが⋮⋮
調子に乗って、ヒナタの胸に手を伸ばしてしまったのだ。
その手を笑顔のヒナタに握りつぶされたのだが、そんな事を言え
る訳が無い。
せっかく、ヒナタの無事を祝うという名目で、閨を共にしたいと
よくぼう
申し出るつもりだったニコラウスだが、自分でそのチャンスを潰し
てしまったのだった。
焦りすぎて失敗した好例であろう。
いい大人なのに、少年のように自分の心を制御できなかったニコ
ラウスの失敗である。
そうした失敗を隠すように、フリッツに向けて厳しく申し付ける
ニコラウス。
実際の所、魔王ルミナスの用意した装甲馬車にて移動するし、魔
王ルミナスにその配下の精鋭も同行する訳で、そこまで心配は無い
と思うのだが。
それでも、ニコラウスには心配だったのである。
1851
﹁大丈夫だ、ニコラウス。それでは行って来るよ!﹂
結局、笑顔でヒナタにそう言われてしまうと、それ以上駄々を捏
ねる事は出来なかった。
﹁お気を付けて!﹂
ニコラウス及び、聖騎士の居残り組は、断腸の思いでヒナタ達を
見送ったのだった。
テンペスト
こうして、子供達を連れたヒナタ達の一団は、準備もそこそこに
魔物の国に向けて旅立った。
聖魔同盟成立の時は、すぐ其処まで近づいている。
だが、同盟の成立とはつまり、動乱の始まりを告げる鐘の音とな
るのだ。
1852
126話 動乱の始まり︵後書き︶
損切りは重要です。
僕の含み損もどんどん増加する一方。
勇気を持って切り捨てる事も必要。でも、なかなか出来ないんで
すけどね!
1853
127話 言い訳と反省
目の前で血のような赤い粒子を撒き散らし、一人の冒険者が倒れ
る。
何が起きたのか理解も出来なかったのだろう、その目は驚きに見
開かれていた。
﹁うわははははは! 油断したな、愚か者め!﹂
ミリムの嬉しそうな声が響き、残り5名の冒険者達が緊張し、身
を寄せ合った。
だが、無駄だ。
トルネードブレード
トルネードブレード
﹁吹き抜ける風よ竜巻となり、敵を切り裂け! 竜巻斬!!﹂
身を寄せ合ったのは失敗だったな。
警戒する冒険者達を嘲笑うかのように、俺の放った竜巻斬が冒険
トルネードブレード ウインドブレード
者達を切り刻む。
竜巻斬は、風切斬の範囲版魔法である。使用魔素量は多くなるが、
一定範囲内の敵を複数同時に切り裂けるようになる。集団を相手取
るのには使い勝手の良い魔法なのだ。
先行して罠の調査を行っていた者への不意打ちをミリムが行い、
素早く殺傷する。そして、俺の魔法が到達する前に、素早く俺達の
背後まで移動していた。
ミリムが巻き込まれるようなヘマをする訳もなく、一塊になった
インビジブル
冒険者だけを俺の魔法が直撃するのだ。
インビジブル
敵の一団を察知する以前から、不可視化の魔法にて移動している。
此方が攻撃を仕掛けたと同時に、不可視化の魔法は解除されるの
1854
アタッカー
ヒーラー
だが、既に敵の人数は一人か二人は減っている。それも、後方支援
の魔法職や回復職が、だ。
スカーレット
﹁やべえ、赤い流星だ! 気をつけろ!﹂
﹁畜生、魔法でマージャとナージャが殺られた。ジーンも息がねえ
!﹂
﹁クソ、手前ら! よくも!!﹂
認識出来るようになった俺達を確認し、怒りに燃えて前衛が向か
ってくるのだが、
﹁クアハハハハ! 甘いわ!!﹂
﹁おーーーっほっほっほ! ここは通さなくてよ!﹂
アナライズ
と、ノリノリのヴェルドラとラミリスがその突撃を受け止めた。
解析を使って、向かってくる戦士達を見てみると、戦士達の頭上
に半分以下に減った真っ赤なバーが見て取れる。
﹁そいつら、HPが半分以下になってるぞ。お前らで仕留められる
んじゃね?﹂
そう、戦士達の頭上に見える赤いバーはHP=体力を表している
のだ。
この表現は、あくまでも俺が使った場合の表示方法である。見た
目で判りやすいように、ゲーム風に見えるように設定したのだ。
だが、慣れ親しんだ表示により、俺は素早く状況の確認を行い、
適切に指示を行う事が可能になっていた。
ここまで来ると必勝パターンだ。
最初の不意討ちにて、敵方の探索系メンバーを仕留めて此方の接
近を知らせる事なく不意打ちを行う。
1855
これにより、体力の劣る後方支援メンバーを先に魔法で仕留める
のだ。結界をPTメンバーに掛けて毎回移動しているような強敵な
らば話は別。
しかし、今回のようにあっさりと倒されるような面子ならば、既
に俺達の勝利で間違いなかった。
案の定、ヴェルドラとラミリスは、嬉しそうに前衛の戦士三名を
血祭りに上げていた。
楽勝である。
ミリムの不意打ちと俺の魔法で斥候と後衛を先に仕留める、俺達
の必勝戦術であった。
まあ、最近は乱獲︵冒険者達を︶し過ぎて、ちょっと対策を取る
者達が増えてきたようだけど。
まだまだ対応されきってはいない様子。
ラビリンス
されたとしても別の作戦に移行するだけだけどね。
ここは、地下迷宮の24階層辺りである。程よく強い者達がやっ
て来る、俺達にとっての絶好の狩場なのだ。
﹁やったな! こやつ等如き、我等の敵では無かったな﹂
﹁うっふっふ。その通りよ! アタシ達は無敵。最強だわ!﹂
﹁クアハハハハ! 雑魚ばかりで、少々物足りぬ程である!﹂
調子に乗った事を言う俺の仲間達。
そう、俺達は四人で一組のパーティなのだ。
え、何をしているのかって?
ゴースト
そりゃ勿論、冒険者達の戦い方を研究して、色々と勉強している
のですよ。
俺が操る幽霊は、青白い炎のような妖気を身に纏い、魔法を操る
1856
ウィザード
魔術師。
フィアーオーラ
あれから複数の魔法も習得し、雰囲気の出る青白い鬼火を身に纏
えるようになっていた。
スケルトン
ヴェルドラは、人骨戦士なのだが、その骨は何故か金色になって
オリハルコン
いる。
オリハルコン
神輝金鋼という特殊合金を用い、俺が作製したのだ。
神輝金鋼とは、魔鋼と金を混ぜて、更に濃厚な魔素を注入する事
により精製した特殊合金である。
ヴェルドラが黄金の髑髏が良いと言い出した事で、それならばと
全身の骨格を俺が作製して交換したのだ。
スケルトン
核だけあれば骨部分は何でも良かったようで、あっさりと変換は
成功し、金色の人骨戦士が出来上がった。
強度は以前の骨の比では無く、無駄に高性能になっている。
スカーレット
ミリムは赤い流星と呼ばれて恐れられている。
異常な速度で移動する様は、赤い残像が流星のように見えるらし
アサシン
い。
暗殺者としても、気配を絶ち天井から忍び寄り飛び掛るというス
クリティカル
タイルで、その暗殺成功率の高さを誇っている。
素早さ以外の全ての能力を捨てて、速度と致命の一撃に頼ったそ
の戦闘形態は、ある種の恐れとともに伝説になっているらしい。
ラミリスもイケイケの武闘派だ。
デスアックス
本体の非力さを嘲笑うかの如く、力任せに斧を振り回すのだ。
リビングアーマー
引く事を知らぬその戦闘スタイルで、死神の大斧を振り回す狂気
の動く重鎧として高い知名度を持つに至った。
ひょっとすると、本体よりも強いんじゃ⋮⋮いや、何でも無い。
そんな事はどうでも良いのだ。
1857
こんな感じで、俺達は
象になっていた。
ダンジョン・ドミネーター
死を齎す迷宮の意思
として、恐怖の対
下手なボスよりも強いので、悪質さの点でも俺達が上なのだ。
当然の反応と言える。
先程述べた通り、冒険者との戦い方の研究が主な目的である。
決して遊んでいるのではない。そこは勘違いしてはいけない点だ。
俺達は日々努力し、研究に明け暮れる。こうした地道な努力が、
何時の日か役立つ事もあるだろう。
そして、稀に冒険者が見た事も無いエクストラスキルを使用した
り、オリジナルの魔法を使ってくれたりと、結構勉強になるのだ。
アバター
今の俺は、エクストラスキル等、見ただけで解析可能。
ギジコン
アバター
そうした能力も、役立てられて、俺達の仮想体に反映される。
宝珠を核として魔素にて作られた仮想体は、本体の意思と完全に
アバター
馴染んでいて非常に使い勝手が良い。
アバター
仮想体を通して得た技術も、本体で使用可能となる。そして、育
った仮想体ならば程度によるが、本体の能力を使用する事も可能に
なりそうだった。
思った以上にリンクしているようである。
そんな感じに日々研究を続けていたのだ。そりゃあ、色々と判明
するというものである。
⋮⋮もう一度言うが、決して遊んでいたのでは無いので、間違え
ないようにお願いしたい。
ここまで来るのも大変だったのだ。
最初は、上の階で冒険者に負ける事もあった。
マジックアイテム
また、自分達が迷宮の罠にて全滅するという笑えない事態も発生
したりした。
腹を立てて、迷宮の罠の発動を防ぐ魔法道具を作製したのも良い
1858
思いでだ。
嵌ったのはラミリスで、巻き込まれたのがヴェルドラだ。
俺は宙に浮かんでいたし、ミリムは天井に張り付いている。落と
し穴に嵌る事が無いので油断していたのだ。
しかし、ラミリス⋮⋮
お前が罠に嵌ってどうするんだ? と皆で突っ込みを入れたのは
当然の事だと思う。
そんな感じで、苦労しつつ、俺達は過ごしていたのである。
目の前で今倒した冒険者が光の粒子になって消えていく。
これも見慣れた光景だ。
一度調子に乗って、俺達がボスを攻略しようと、30階層のボス
マジックアイテム
に挑んだ事がある。
ボスは魔法道具で力を封じた、ゴズールだ。
結果は惨敗。
俺達の実力では、まだ高い壁としてゴズールは立ち塞がっていた。
これは倒すしかない、そう考えた俺達は、この25∼29階層に
て修行を行っていたのである。
いや違う、修行ではなく、勉強ね。
遊びじゃないからね。
本当に、そこんとこ間違えないようにヨロシク!
﹁楽勝だったな﹂
俺の同意に、三人も頷く。
さて、この調子でどんどん行こう! そう思った時、執務室に居
る緊急連絡用の分身から連絡が入った。
一体何事だ?
1859
そう思う俺に、﹃ヒナタと魔王ルミナスが同盟の件で話があるら
しい﹄というメッセージが届いた。
アバター
ギジコン
オートモード
どうやら、勉強して︵遊んで︶いる場合では無いようだ。
仕方がないので、仮想体の宝珠を自動行動に切り替えて、俺達は
執務室に戻る事にしたのであった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
執務室に戻ると、そこではヒナタとルミナスが待っていた。
そしてもう一人、見た事のある女性、そうそう元魔王のフレイが
椅子に座っている。
部屋に入った俺を見て、ヴェルドラを素通りし、続いて入ったミ
リムに視線を止める。
そしてニッコリと笑みを浮かべた。
何故だろう? 俺はその笑顔に不吉なモノを感じ取る。
しゅくだい
﹁あら、ミリム。こんな所にいたのね?
ところで、私が出しておいた仕事はどうしたのかしら?
見張りが簀巻きにされて転がっていたのだけれど、何があったの
か説明してくれるわよね?﹂
怖い。
1860
当事者では無い筈の俺だったが、何やらとても居た堪れない気持
ちになる。
そう、宿題を終えて遊んでいる筈の友達が、実は全く手を付けて
おらず、それが親にばれて怒られているシーンに出くわしたような
⋮⋮
そんな懐かしい気持ちである。
わけ
﹁げぇ! ふ、フレイ!! ち、違うのだ。これには深い理由があ
るのだ!﹂
フレイと目があった途端にうろたえ出すミリム。
これは⋮⋮。終わったな、ミリム。
敢えて言うが、俺は、俺達は関係の無い話だよね?
﹁はは、ミリム。仕事があったのならば、戻った方がいい。
引き止めるのも何だから、さっさと仕事を終わらせて来いよ!﹂
﹁うむ、その通りだ。我等の研究に長々と付き合わせてしまってス
マンな。
仕事があるならば言ってくれれば良いものを。
だが、気を使わせてしまったようだ。謝罪しよう!﹂
﹁そ、そうだよ! その通り。水臭いな、言ってくれれば引き止め
なかったさ!﹂
流石だ。
空気を読み、俺の言葉の援護を行うヴェルドラとラミリス。
これで俺達は知らなかった事になり、尚且つ、無関係であるとア
ピール出来た。
ミリムが泣きそうな目で此方を見るが、スマンな、お前を助ける
事は出来そうにない。
諦めて、お縄について欲しい。
1861
こうして、ミリムはフレイに捕まった。
﹁ち、違うのだ。話を、話を聞くのだ、フレイ!﹂
と最後まで叫んでいたようだが、フレイの鉄の笑顔の前に撃沈し、
抵抗は虚しいものとなる。
敢え無くミリムは首根っこを捕まれて、自国へと帰って行ったの
である。
ふう、怖かった。
危なく巻き込まれるかと思ったが、どうやら無事に乗り切れそう
だ。そう、俺が思った時、
﹁ところでリムル様、今まで何処で何をしておられたのですか?﹂
気配も無く背後に立ったシュナが、鋭い質問を俺に投げかける。
出る筈も無い汗が、額に浮かぶような気持ちになった。
いや、大丈夫、大丈夫だ。
俺達は決して遊んでいたのでは無い。研究、そう! 研究をして
いたのだから。
﹁どうやら、我等は邪魔になりそうだな。自室で魔道の研究を行う
事にしよう。
魔道は奥深く、叡智を我に授けてくれる故に﹂
マンガ
そんな事を言いながら、愛読書を手に踵を返すヴェルドラ。
逃げる気か!?
引きとめようとした時、
1862
﹁じゃ、じゃあ、アタシもお供させて貰っちゃおうかな∼﹂
ラミリスも俺を裏切り、ヴェルドラと一緒に逃げるように去って
行った。
何て奴らだ!
しかし、今は薄情な友人達の事を考えている場合では無い。
勉強だと言い張るのも、少し弱い気がする。
ヒナタとルミナスが、此方を胡乱な目で見つめているし、下手な
言い訳は我が身を滅ぼす事になりそうだ。
ヴェルドラとラミリスの逃亡を見送り、俺の脳細胞が最適解を探
すべくフル稼働する。
駄目だ、良い知恵が浮かばない。こうなったら最後の手段。
ラファエル
︵ラファエル! この場を切り抜ける、良い言い訳を頼む!︶
︾
そう、俺には叡智の結晶たる、先生が味方にいるのだ。
恐れる事は何も無い。
︽解。説明する必要はありません
何? 説明の必要は無い、だと!?
それはどういう⋮⋮
﹁あ、ここに居たのか。旦那、探しましたぜ!?﹂
懐かしい気配、それはフューズだった。
なるほど、そういう事か!
﹁おお、フューズ君。頼んでいた件、調べがついたようだな?
中で話を聞こうじゃないか﹂
天の助けである。
1863
フューズを使いユウキについて調査させていたお陰でこの場を乗
り切る事が出来そうだ。
それにしても、流石はラファエル。
このタイミングでフューズが来る事も計算済みか? まさかな。
流石にそれは無理だろう。
だが助かったのは間違いない。迂闊に変な言い訳をしなくて良か
った。
俺は部屋に入り、フューズも招き入れる。
そして、連絡用の分身を吸収し、椅子に腰掛けた。
どうやら、何とか誤魔化す事が出来たようである。
﹁そうでしたか、内密に調査を。流石はリムル様です!﹂
と、シュナは満足そうに笑顔で頷いている。
危機は去った。
だが、この教訓を胸に、遊びすぎるのは止めておこうと誓った。
後ろめたい事があるから、不要に焦ってしまうのだ。
何事も程ほどにするのが良い。
今後は気を付けようと、心の中で反省したのだった。
1864
128話 三者同盟
ヒナタとルミナスが椅子に座って俺達を待っていた。
その表情から、何やら問題が起きたというのは予想出来る。
いや、本当に下手に遊んでいた事がばれなくて良かったかも知れ
ない。ばれていたら何を思われるやらわかったものではなかった。
﹁フューズ君、まあ中に入ってくれ﹂
そう言って、執務室に隣接して用意されている応接室へとフュー
ズを誘った。
シュナは俺が何も言わなくても、お茶を用意しに去っている。
本当に良く出来たお姫様だ。どこかの残念秘書とは大違いなのだ
が、その秘書も自分の親衛隊や部下達の訓練を真面目に行っている
らしい。
遊んでいた俺が文句を言うのは、筋違いというものである。
いや、遊んでいたのではなく勉強してたんだった。
自分で間違っては駄目だな。気をつける事にしよう。
フューズを伴い、ヒナタとルミナスに向かい合う形でソファーに
座る。
最高級の素材を用いたクッションが、俺の身体を優しく受け止め
た。
﹁やあヒナタ、久しぶり。ルミナス、さん、も初めまして、ではな
いな。久しぶり。
此方はフューズ君。自由組合のブルムント支部長さんだ﹂
1865
俺は席に座る二人に向けて、フューズの紹介を行った。
﹁は、初めまして! 自分は、ブルムント王国にて、自由組合の支
部長をさせて貰っております!
この度は、栄光ある西方聖教会の最高指揮者である、ヒナタ様に
お会い出来て、光栄であります。
そして、此方の美しいお嬢様は初めてお見受け致しますが、さぞ
かしご高名なお方なのでしょう。
無知な粗忽者ですが、何卒お見知りおき下さい!﹂
フューズは緊張しまくりつつ、挨拶を行っている。
だが、そんなフューズを無視し、
ワルプルギス
﹁リムル、と言ったか? 魔王達の宴以来だな。
息災そうで何より。だが、その男はいかんな。
自由組合は敵だ。貴様、気付いているのだろう?
ここにいるヒナタを操っていた者の正体を。
それを知りつつ、何故、自由組合の縁の者と付き合っているのだ
?﹂
ひとり
ヘテロクロミア
魔王の一柱であるルミナスが、俺に責めるような口調で問うてき
た。
ひとり
銀髪の可愛らしい少女だが、その金銀妖瞳の瞳は強い輝きを放っ
オクタグラム
ている。
八星魔王の一柱である彼女が、何故ここに?
何故ヒナタと行動をともにしているのかは疑問だが、下手な対応
テンペスト
をして敵対するのは望ましくない。
西方聖教会との同盟は、魔物の国が人間社会に溶け込むのに願っ
てもない効果を得られるだろう。
何としてでも成立させたい話なのだ。ヒナタとルミナスの関係が
1866
判らぬ以上、隠し立てするよりも全てを打ち明ける方が得策かも知
れない。
ヒナタが知りえる情報は全てルミナスも知っているものと仮定し
て、隠し立てすべき情報を取捨選択する事にしよう。
だが、先ずはフューズをこの二人に信用させる事から始める事に
する。
タイミング良く、シュナが用意したお茶を持って入室してきた。
シュナがお茶を配り終え、一礼し部屋を退出する。
それを横目で確認し、
﹁うむ。では、先にフューズ君の紹介を兼ねて、調べて貰った事を
報告して貰おうかな﹂
そう言って、フューズに目で合図を送った。
それだけで、気苦労の絶えないフューズは俺の意図を読み取った
ようだ。
﹁了解。どうやら、俺が疑われているみたいだな。
先にその疑いを晴らしておきましょうかね⋮⋮﹂
そう言って、今現在の自由組合内部の状況を、説明し始めた。
フューズの説明は簡潔でわかりやすかった。
イングラシアの本部は9割方がユウキの手の内にあるらしい。
副総帥のカガリという女性まで、ユウキに心酔しているとの事。
他にも支部長クラスの能力を持つ上位の冒険者の纏め役達が、ユ
ウキの一派であるらしい。
という事は組合の組織として、ユウキを糾弾するのは難しいだろ
1867
う。だが、本部以外は思ったよりも影響を受けてはいないようだ。
そこまで思考誘導や精神支配の能力が万能では無いようなので、
一安心というものである。
更に有益な情報としては、市民に対しては思考誘導しか行ってい
ないようだということ。
魔物の被害が大きいので、魔物は害悪。そういう情報を流して、
魔物に対する恐怖を植えつける程度の情報操作しか行ってはいない
ようだ。
この程度であれば、実際に貿易などを行い俺達の有用性を知る内
ラビリンス
テンペスト
に、お互いの信頼関係を構築するのは不可能では無いと思う。
何しろ、地下迷宮を取り囲むように出来た魔物の国の衛星都市で
は、魔物であるオークやゴブリンと冒険者が一緒に食事を採る事も
あるくらいなのだ。
そこには確かな信頼関係が構築されていて、人間と魔物が理解し
合える事を証明していた。
﹁だが、これ以上の調査は不可能だぜ。
カガリ副総帥を調べに行った者が一人、記憶を消されたようだ。
廃人にされて、街をさ迷っていた所を保護したのだが、自分の名
前すら忘れてしまっていた。
カガリがやったという証拠は無いが、状況から見て間違いはない。
此方から情報戦を仕掛けた以上、直接文句を言う事も出来ないだ
ろうし、実際お手上げさ﹂
どうやら、ある程度以上は手を出せないとの事だった。
だが十分である。
これなら、子供達をささっと救出するのも問題なさそうだ。
俺が手を出したら、魔王に攫われたとか問題になりそうで躊躇し
ていたのだけど、マサユキ辺りに頼んで救出作戦を実行するなら問
題ないだろう。何しろ、アイツの行動は何でも都合良く相手に解釈
1868
して貰えるというものだし、適任である。
ユウキの支配力が絶対的で無さそうだとわかった以上、遠慮する
必要は無い。
子供達を救出した後は、即効で潰す事にしよう。遊んでいると思
われると困るし、少しは働いておかないとね。
しかし、記憶の消去か。厄介な事を⋮⋮けど、俺なら治癒可能か
も知れない。
﹁フューズ、その記憶を消された人は、俺が治癒してみるよ。
魂と脳が無事なら、何とか出来るかもしれない﹂
﹁何、本当か? 頼む、何とかしてやって欲しい!﹂
俺の申し出に、フューズは期待を込めた目を向けてくる。
自分の命令で、部下を廃人にしてしまったのだ。治る可能性があ
るならば、期待するのも当然だろう。
オレ
嬉しそうな表情になり、あれの提案を受け入れてくれた。
魔王の申し出をアッサリ信じるあたり、フューズは完全に俺を信
用してくれたようで嬉しい。
そして、そんな俺達の遣り取りを見て、
﹁リムル、貴様は人間と共存なぞと、本気で出来ると思っているの
か?
人など、口で何を言おうとも、心で何を考えているか判らぬ生き
物だぞ。
精神を支配し、我等の管理下に置いてやるのが、人間達にとって
も幸せであろう?﹂
ルミナスが冷たい眼差しで水を差す。
彼女なりに考えがあるようだが、俺の考えに真っ向から対立する
意見である。
1869
リスクを考えた時、それも一つの意見であるのは間違いないのだ
が︱︱。
﹁おいおい、お嬢さん。綺麗な顔をしている割に、言う事は酷いな。
人間を精神支配って、あんた何様だ?
例えお偉い貴族様であってもだ、一般人を見下すのは良くないぜ
?﹂
フューズが腹を立てたのか、ルミナスに噛み付いた。
そうか、フューズにまだ紹介していないな。先に紹介してやらな
いと、フューズが地雷を踏み抜きそうだ。
﹁まあまあ、フューズ君。ちょっと落ちついて。
オクタグラム
ひとり
此方はルミナス。
八星魔王の一柱だ。
俺も会うのは二度目で、喋るのも初めてみたいなものだし。
今日は最初だし、喧嘩腰は止めて前向きに話をしよう。
で、こっちはヒナタ。
俺より詳しいんじゃないか? 西方聖教会の聖騎士団長さんだ﹂
簡単に二人を紹介した。
ヒナタとルミナスも、フューズが俺の依頼で調査した内容を聞き、
状況判断でユウキの仲間では無いと判断した様子。
だが、ヒナタはともかくルミナスは、未だにフューズというより
人間そのものを信じてはいないようだったけど。
﹁え、何て? 魔王? 誰が?﹂
俺とルミナスを交互に見やり、フューズは混乱している。
さっきの発言が喧嘩腰だったのもあり、一瞬で顔が青褪めてしま
1870
った。
ちょっと可哀相だし、フォローしてやらないと。
﹁ルミナス、この男は俺の仲間だ。
先ずは信用してやって欲しい。
人間に対するお前の考え方に干渉する気は無いけど、此方にその
考えを強制するのも止めろ。
強制するなら、お前は敵だ﹂
﹁何だと? 貴様、新参の癖に妾に意見するか?
喧嘩を売っているのならば買ってやるぞ﹂
ルミナスが立ち上がり、両手を広げて構えを取った。
フォローするつもりだったのに、喧嘩を売る感じになってしまっ
たようだ。
というか、見た目に反して、えらく気が短い奴だ。我侭なのは魔
王だし仕方ないにしても、状況くらいは考えて欲しいのだけど。
流石にここで戦闘になるのは勘弁して欲しいのだが⋮⋮
﹁やめろ、ルミナス。ここには同盟をしに来たのだろう?
敵を増やしてどうする?﹂
ヒナタが少し怒った感じに、ルミナスを宥めた。
﹁フン﹂
初めから本気では無かったのか、あっさりとルミナスも怒りを解
く。
そして椅子に座り直し、
﹁確かに、敵対は妾の望む所ではない。
1871
テンペスト
今日来た目的は、神聖法皇国ルベリオス及び西方聖教会併せて、
魔物の国への同盟申し入れだ﹂
薄く口元に笑みを浮かべ、そう宣言したのだった。
どうやら、最初から俺の反応を見るのが目的だったようだ。
見た目からは想像出来ない程に、性格の悪い魔王である。
それはともかくとして、俺達はもう一度自己紹介をやり直し、今
回の同盟について検討を行う事になったのだ。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
つまり、ルミナスが神聖法皇国ルベリオスの支配者だったと?
落ち着いてから話を聞いた訳だが、驚きの新事実が判明したもの
だ。
フューズなど驚きの余り、口から魂が抜け出たような顔をしてい
る。
そりゃあそうだろう。
聖なる者の住まう神聖法皇国ルベリオスとは、西方聖教会の奉る
ルミナス
法皇の住まう都なのだ。
そこが魔王の支配下だとは誰にも想像出来ないだろう。
では、法皇とは一体?
﹁爺、法皇の正体に興味があるらしいぞ?﹂
ルミナスが言った言葉に反応し、ルミナスの背後に付き従ってい
た執事が恭しく一礼した。
﹁確か、設定では現法皇は齢47歳、でしたな﹂
1872
そう呟いたかと思うと、執事さんが若々しい姿へと変貌したので
ある。
オ
﹁お初におめにかかります。現法皇、ジル・リラ・ルベリオスです。
お見知りおき下さい﹂
ーラ
若い姿︵といっても、壮年だが︶に変貌すると同時、神々しい神
気を放出し、純白の衣に覆われる執事さん。
その姿は、壮年の男性になっている。人間で言うと、丁度40歳
代の半ば程だろう。
マジかよ。つまりは、この執事さんが、年代毎の法皇を演じてい
たという事らしい。
チラリとフューズを見ると、目を開けたまま気絶していた。
器用な奴だ。ちょっと感心してしまう。
﹁って、おかしいだろ! 何で魔王の配下が、法皇様なんだよ!
どうなってやがる!? 魔物なのか? 何で神々しい気を感じる
んだよ?﹂
おっと、気絶してはいなかったのか、スイッチが入ったようにフ
ューズが騒ぎ出した。
﹁っふ。ジル、説明してやれ﹂
ルミナスの命令に、
﹁畏まりました、お嬢様﹂
恭しく頷く法皇、いや、執事のジルさん。
1873
一種異様な感じになるので、その仰々しい姿で執事の動作を行う
のは遠慮して欲しいと思ったのは秘密である。
そもそも、神聖法皇国ルベリオスの成り立ちは、千数百年前に遡
ヴァンパイアキングダム
る。
吸血鬼の王国が邪竜ヴェルドラに滅ぼされた時、幸いにも死者は
出なかったらしい。
その時に、ルミナスとクロエは出会ったそうで、色々あったそう
だ。
クロエに庇われたとの事だが、それが無くとも怪我程度で済んで
いそうではあったけど。
ルミナスの中では、クロエはかなり美化されているのだろう。
そもそも、ヴェルドラは喧嘩友達と遊んでいるだけの感覚だった
ようだし、凄惨な戦いというよりも、結構一方的に暴れたというの
が真相のようだ。
だが、やられた方はたまったものではなく、次は簡単には手出し
出来ないように隠れ住む事にしたらしい。
しかし、そこは魔王ルミナス。
隠れるだけでは面白くないと考え、地下帝国を築き上げた。
その地上部分に、彼女達の餌を住まわせる事を考案したのである。
当時、戦乱による貧困や天使や悪魔の争いにより、力ある国家は
少なかった。辛うじて東の帝国が形を成していた程度であったらし
い。
魔物の脅威にも対抗出来ない国家では、民を守る力はない。
そうなれば当然、難民やそれを狙う盗賊も氾濫し、世は乱れに乱
れていた。
そうした世の中だったからこそ、魔王の力で魔物を操り土地を耕
し国土を整え、人の心を掌握するのも容易かったのだという。
1874
人は救いを求め、救いの場所へと集った。
ルミナスは、自分の下に集う者には慈悲を与えた。餌として血液
︵生気︶を貰い、守護を与えたのだ。
こうして、いつしかルミナスの思惑通り、国家が形成されていっ
たのである。
そして出来たのが、神聖法皇国ルベリオスであった。
人間に好き勝手させると、争いや混乱を生み出す。それがルミナ
スの考えなのは、こうした歴史からの判断なのだろう。
それは否定出来ない事だとは思う。けど、だから何だという話で
もあるがね。
争うなら争えばいいし、混乱するのも好きにすればいい。
また仲直りするのも自由なら、恨み続けるのも自由だろうし。
そういうのは、管理されてどうこうするものでもないだろう。自
由意志で行うからこそ、面白いのだ。
話がそれた。
で、結局国が出来た訳だが、その国を纏める中枢は自分の意思で
操る事が望ましい。と、ルミナスは考えた。
そこで出番になったのが、自分の片腕である上位魔人であるジル
だ。
執事ジルさんは、吸血鬼でありながら聖魔導師としても一流で、
日光の下に出る事が可能な超克者の一人だった。
超克者とは、吸血鬼でありながら日光の下に出る事が可能な者で
あり、現在はルミナスとジルさんの二人に加え、後数名いるらしい。
当時は、ジルさん一人であった為、必然的に彼が法皇に就任した
そうだ。
分身を使ったりと色々小細工を弄しつつ、一人何役もこなして神
聖法皇国ルベリオスを表から操っていたというから、さぞかし大変
だったのだろう。
まあ、そんな訳で、光の化身とも言われる法皇役を長き年月行っ
てきたジルさんは、特殊な能力を得たそうだ。
1875
ハイエロファント
それが、ユニークスキル﹃神の代理人﹄である。
︱︱迷える者や救いを求める者に守護を与え、その精神を支配す
る能力︱︱
上位の詐欺師とも言える、とんでもなく出鱈目な能力である。
一切の疑問も持たずに住む者への安心を与えていたのが、この能
力のお陰であるそうだ。
ぶっちゃけ、闇に生きる魔物が、この光の能力を得る自体、非常
識であった。
その辺りの説明を聞いている時、ヒナタが苦々しい顔をしていた
のが面白かった。
教義こそ全て! なんて格好いい事言っていたけど、真相を知っ
てしまうと黒歴史である。
ニヤニヤしつつヒナタを見た時、目があった。
殺されるかと思うほど、冷たい視線で睨まれた。怖いので、この
事でからかうのは止めた方が良さそうだ。
知らないふりをしてやるのも優しさだろう。
と、そんな感じで執事ジルさんの説明は終わる。
次はヒナタの番で、何故同盟の話になったのか説明して貰った。
子供達を救出に向かい、ユウキと一戦交えた事。
ヒナタの死亡と、勇者の覚醒。
ルミナスによるヒナタ蘇生と、勇者クロエとルミナスの奇縁。
そして、勇者クロエの現状と、対ユウキを目的とした同盟の必要
性。
なるほど。
俺の懸案であった子供達の救出は、ヒナタが代わりに行ってくれ
たらしい。
1876
有り難い話である。
﹁で、その子達はどうしているんだ?﹂
﹁ああ、この国を見学して回っている。剣也などは、強くなってク
ロエを見返すと息巻いていたよ
余程自分達に挨拶せずにクロエが去ったのを気にしているのだろ
う﹂
ヒナタの説明に納得する。
だが、クロエの気持ちも理解は出来る。
自分だけ忘れられていたのも辛いだろうし、一人だけ大人になっ
てしまったのだ。
勇者として、過去を経験して来た肉体が目覚めた時、現在の力無
アルティメ
究極
きクロエは勇者の影に飲み込まれて存在を認識されない状態になっ
たのだろう。
ットスキル
その存在を認識出来るのは、もとからクロエを知っていて
能力に目覚めている者のみ。
さぞかし心細かっただろう。
ヒナタの魂の力を得て、過去に旅立つ。どれだけ、苦労して、過
酷な旅を⋮⋮。
コピー
﹁リムル、お前に渡された聖霊武装の複製品。
あれは、クロエに譲ったぞ。私の魂と共に過去に行き、私達を守
ってくれた。
あの武具には助けられた。礼を言う﹂
ヒナタが真っ直ぐに俺を見つめ、礼を言ってきた。
照れるから止めて欲しい。
だが、そうか⋮⋮
1877
﹁お前も、クロエと一緒に過去を旅して来たんだったな。
クロエを守ってくれてありがとう﹂
﹁よせ、礼を言われる事ではない。当然の事をしたまでだ﹂
俺の礼を、ヒナタは軽く受け流す。
勇者に魂のエネルギーを譲り渡し、今は残滓が残るのみだという
けれど︱︱それでも、ヒナタもまた、勇者だと思う。
戦う力は無くなったと、少し悲しそうに言っているけど、ヒナタ
の心が弱いとは思えない。
以前とは違う、確かな強さを身に付けて、ヒナタもまた成長した
のだ。
︱︱俺には想像も出来ない、長い時の旅を経て。
ヒナタの話も終わった。
しかし、やばかった。
ヒナタがそんな大変な思いをしている時、遊んでたなんて言える
訳がない。
最初に上手く誤魔化せたのは僥倖だった。
別に遊んでても問題ないと思って開き直る事も出来たのだが、も
し開き直っていた場合は、今頃どう思われているやらわかったもの
では無さそうだ。
正しい選択を選べて一安心である。
さて、ヒナタの話の内容について考える。
信じられないような内容ではあるが、クロエは勇者になったらし
い。
しかし、ユウキに支配され、三つの命令を行う迄は自由には動け
ないようだ。
話に聞く限り、最強に近い能力に思える。時を操る事は出来ない
だろうけど、止めるに近い事は出来そうだ。
1878
最強の勇者を誕生させる為に、長い時を旅させる、か。
しかも、一度未来が滅びに向かい、俺もそこでは死んだらしいし。
でも、どうだろう?
確かに、初見でヒナタと戦いになったら、敗北しただろう。それ
は間違いない。
けど、ひょっとしたら、俺だけ生き残ってしまっていたりして。
だとすれば⋮⋮いや、止めよう。
仮定の話をしても仕方ない。
ともかく、クロエは無事なのだ。先ずはクロエの救出を優先すべ
きである。
ルミナスの目的もクロエの救出にあるそうだし、その為に同盟も
辞さないそうだ。
残りの子供達も連れて来てくれたそうだし、だとするとイングラ
シア王国に対する心配事は無くなった訳だ。
心置きなく、ユウキと敵対しても問題なさそうだ。
﹁よし、状況は理解した。
此方こそ、同盟をお願いしたい﹂
俺の言葉に、頷くヒナタとルミナス。
フューズは目を彷徨わせ、
﹁なんてこった⋮⋮こいつは、とんでもない事になったぞ⋮⋮
大体、何でいつも俺が来た時に、こんな重大な話をしてやがるん
だ。
毎回毎回、おかしいだろ。
俺は、しがない雇われの支部長でしか無いんだぞ⋮⋮
あんな安い料金で請け負う内容じゃ無いだろうが!
俺に何の恨みがあるって言うんだ⋮⋮﹂
1879
真っ白に燃え尽きたように、ブツブツ呟いている。
考えてみれば、彼の役回りは毎回こんな感じだ。
嘆きたい気持ちも良く理解出来るのだが、ここは聞かなかった事
にしよう。
彼には、まだまだ頑張って貰わないといけないのだ。
テンペスト
こうして、フューズの嘆きを無視して、神聖法皇国ルベリオス及
び西方聖教会そして、魔物の国の三者同盟は成立したのである。
1880
129話 ユウキ討伐戦
テンペスト
神聖法皇国ルベリオス及び西方聖教会そして、魔物の国の三者同
盟の成立は公文書に認めて各国へと宣言を為される事になる。
手続き関係がややこしいのは間違いないのだが、各代表が揃って
いるので話は早い。
ヒナタも実質の代表のようなものだし、そもそも全権を認められ
てやって来ている。何の問題もなく同意書にサインを行い、話は纏
まった。
基本は対等の関係である。
交易関係は、商人と国家の力関係に委ねられる市場原理に任せる
事になっていた。その段階で、俺の有利な条件であると言える。
ヒナタやルミナスは商売に無関心だ。此方の思惑通り市場に任せ
る事に同意してくれた訳だが、これで貿易を通しても莫大な利益が
見込めるようになった。
食料の自給自足の面では、贅沢をしなければ成り立つレベルまで
改善が行われている。しかし、上層部︵つまり俺だが︶を除く、一
般市民レベルでの食料事情はまだまだ改善の余地があった。
多様なレベルでの食材を入手するには、神聖法皇国ルベリオスと
の貿易は願ったり叶ったりである。何しろ、神聖法皇国ルベリオス
は農業大国なのだから。
ルミナスは実際そこまで国民を虐げてはいない。寧ろ、手厚く保
護を行っている。ただし、食料を自給自足で作らせて、決して飢え
る事が無い様に見守っている程度であった。
だとすれば、お互いの国で作り分けを行い、より豊かな農作物の
育成を検討するのが得策だと思う。
その辺りを、市場という名の俺の意思で好きなようにさせて貰え
るわけだ。気候等を調査し、それぞれに適した作物の開発が急がれ
1881
る。
テンペスト
芋関係は神聖法皇国ルベリオスに任せ、此方は稲作を主流に据え
るべきかもしれない。
後は、技術的なものは魔物の国が圧倒的に優位に立っている。希
少な鉱石や特産品との交換は、此方の有利に話を進める事が出来そ
うだ。
その辺も、ミョルマイル君なら抜かりなく話を進めてくれる事だ
ろう。
西に広がる土地は、魔王の住まう領土や東の帝国側の穀倉地に比
べると土地が痩せている。
嘗ての魔王同士の戦いで死の大地が広がった影響で、魔素の侵食
が土地の栄養を奪っているのだ。
だが、そこは発想の転換で魔素に強い植物、というより魔素を栄
養素に変換する品種改良を行った作物を育成して貰うのが良いと思
う。
このまま放置すると、広がり続ける砂漠によりいつかは神聖法皇
国ルベリオスも飲み込まれる事になるのだから。ルミナスは、国家
が無くなったら自分の配下を率いて別の土地を奪うという考えでい
るようだが、それは中々に通用しなくなるだろうし。
今ある土地を有効活用させ、本当の意味での共存共栄を目指すべ
きだろう。
そうした指摘を軽く行い、此方の調査団の受け入れを依頼すると、
﹁構わぬよ。そうした些事は、一切全てを貴様に任せよう﹂
と、アッサリと許可してくれた。
ルミナスの住まう地下王国への立ち入りは、流石に許可しないそ
うだが、上層部に存在する人間の国家には俺達が好きにしても良い
そうだ。
法皇の名の下に依頼書を作成し、用意してくれた。
1882
こうして俺達は、神聖法皇国ルベリオスの人間国家部分の開発権
利を獲得したのである。
但し、条件が一つ。
俺達の行おうとしているドワーフ王国と魔導王朝サリオンとの共
同研究に、吸血貴族を参加させろと言うのだ。
聞けば、表の人間達には文明度は低いままにしているけれど、地
下はかなりの技術レベルを有しているらしい。
﹁何しろ、天使どもに目をつけられるのも面倒だった故にな。
大事な研究は全て地下で行っていたのじゃ。
バンパイア
自慢だが、魔王達の中で最も知恵と技術を有するのは、この妾で
ある﹂
との事。
ライフエナ
人間と異なり、エルフを超える長い寿命と不死性をもつ吸血鬼。
ジー
しかも、上位貴族種になると、血液を必要とせず、人間の生命生
気を僅かに奪うだけで生命維持が可能だそうで⋮⋮。
暇を持て余した貴族達が、好き勝手に趣味で色々なモノを作って
いるらしい。
俺達が今から始めようとする共同研究は、彼等の格好の暇つぶし
になると見込んだのだろう。
太陽光に耐えられる超克者と呼ばれる者は少ないそうなのだが、
その者達ならばどの様な場所での研究にも参加出来るそうだ。
なので、数名の超克者︱︱つまりは、支配者階級︱︱の参加を認
める事になったのである。
まあ、ルミナスが乗って来たという馬車を見たら、その高い技術
力は疑いようが無い。結構良い取引になりそうである。
お互いに納得の上、約束を交わしたのである。
1883
そして、西方聖教会。
此方は言うまでもなく、宗教の総本山である。
今だ数多くいる、在野の信者達。その全てに、俺達が害悪な存在
では無いと御触れを出してくれる事になった。
不思議な程に金と権力を持つ組織。その組織が後ろ盾に付いたの
は大きい。
今回、俺達が聖騎士達と戦った事は、一部の国家には筒抜けであ
る。しかし、速やかに俺達の関係が改善されたとアピールする事に
より、教会の権威の失墜をある程度防ぐ事が出来るだろう。
聖騎士を一人も殺さずに解決した事も大きい。戦争を行ったので
は無く、俺達と教義を話し合い、お互いが理解し合える存在だと確
認を行った、そういう風に話を持っていく事になった。
つまりは、俺達が邪悪な存在では無いと証明する為に聖騎士を派
遣したと、筋書きを変えたのである。
ホンの一部の者は真相を知っているが、その一部の者は頭を抱え
て呻いている。
﹁わかったよ、わかりました!
俺が黙っていて、尚且つその筋書きに添って話を広めればいいだ
ろ!?﹂
やけっぱちになったのか、フューズがそう叫んでいる。
フューズ
うむ、理解が早くて助かる。
だけどコイツ、本当に都合の良いタイミングで現れるものだ。一
々打ち合わせに行かなくても、要所要所でやって来る。
今度、何か美味しいものでもご馳走してやろう。そう思った。
﹁頼めるか? そうして貰えると助かる﹂
1884
ヒナタがフューズを見つめてそう言うと、
﹁も、勿論ですとも! お任せ下さい、このフューズ、全力でご期
待に添って御覧に入れます。
このフューズにお任せして頂いた以上、大船に乗ったつもりで、
ご安心頂けますとも!﹂
顔を真っ赤にし、興奮を押し殺すようにフューズがヒナタに答え
ている。
名前を二度も言うとは、何を考えているんだ? 大事な事だから
二回言ったのか?
余りにもあからさまに判りやすい反応だった。
フューズの奴、ヒナタに惚れているね。まあ、高嶺の花過ぎて、
無理だろうけどな。
﹁ありがとう。任せるよ﹂
ヒナタの言葉を聞き、やる気全開になったフューズ。
現金な奴だ。別に美味しい物をご馳走してやる必要は無いかも知
れないな。
とまあ、こんな感じで同盟は成立し、細かい内容はリグルドとミ
ョルマイルが話を纏めてくれるだろう。
国家戦略としては今後の展開がしやすくなるので、大きな成果で
ある。
問題は、本来の目的である、対自由組合としての側面だった。
いや、はっきり言えば、ユウキ討伐に向けてである。
1885
﹁さて、同盟についてはこの程度でいいだろう。
問題は、自由組合に対する対応をどうするか、だな﹂
﹁そう、それが問題だ。各国にも自由組合の支部があるが、どこま
で本部の意思が浸透しているのだ?﹂
﹁はい、それについては自分が説明しましょうかね﹂
と、フューズが調べた内容の説明に入る。
各国、小国や大国を含めて、自由組合本部と支部の関係を。先程
の説明でも大雑把には状況を掴めたが、より詳しい説明を聞く事に
した。
フューズの説明によると、大国には本部の意思が通達されやすい
ユウキ
ように、監察官が派遣されているそうだ。
その監察官は、総帥の意思の伝達を行う役割を持つ。それ以外の
者への思念操作は、雇用の時期や本部へ勤めていた経験の有無によ
り判断し、それほどの数は居ないという結論に落ち着いていた。
﹁あくまでも、本人が直接会った者にしか、思念操作が掛けられな
いという前提ですがね﹂
フューズはそう締めくくる。
思念誘導は、その簡素化したスキルで、認識を阻害したり誤った
思考をさせる程度の能力。催眠術や詐欺師の話術の上位版という感
じであった。
なので、誘導だけならば、注意深く相手の話を分析すればある程
度は防げるのだが⋮⋮上級の詐欺師に騙される者が絶えないように、
意識していても騙されるのを防ぐのは困難なのも事実。
呪いの
こればかりは、逆に解除が難しかったりもするのである。なので、
此方は後回しだ。
を対象に植えつける必要がある。
問題の能力、思念操作を行うには、思考制御を仕掛ける
結晶
1886
この
呪いの結晶
は高度な精神支配も行えたようだ。そんな能
力を、対象に会う事もなく、支配した者を使って伝播する事が可能
かどうか?
﹁無理だな。思念操作を受けた事のある私だからこそ言える。
そこまで万能な能力では無い。
それが可能なら、聖騎士達は全て、ヤツの支配下になっていただ
ろう﹂
ヒナタが断言した。
ヒナタが思念操作を受けていたと自白した事にフューズは驚いた
ようだったが、それについては何も言わずに資料を出す。
﹁では、これが総帥に直に会って、尚且つ支部の上層に位置する者
達です。
但し、自分もそうですが、支部長で直接の面識があっても、思念
操作を受けているとは限らないようです﹂
そう言って、各支部の主要なメンバーの名前が書かれた資料を見
せてくれた。
なるほど、確かにフューズも面識があるが思念操作は受けていな
い。
支部長クラスでも小国では無視しているのか? いや、恐らくは、
思念操作にも限度があるのだ。
ヒナタを操作するのも大変だっただろが、今は最強勇者のクロエ
を操作している。それも不完全な状態で。
だとするならば⋮⋮案外、支配力はそこまで大きくないのでは?
︽解。その認識で正しいと思われます。
勇者に全力を注いでいる以上、思念操作に割く余力はないのでし
1887
ょう
︾
実はマサユキにも、本当に小さな蟲が憑いていたようだ。俺が意
識せずに潰せた程度の、小さな蟲。
勇者復活前に付けた蟲でさえ、その程度のものだったのだ。現状、
そこまで恐れる事は無いと確信出来た。
何しろ、ラファエル先生の予測は完璧なのだし。
﹁よし、決めた。ユウキの思念操作は、現状は脅威では無いと判断
する。
ユウキ自身に心酔している者を除いて、強制支配は出来ないだろ
う。
各支部に根回しし、一箇所づつ正常化していく方針もあるだろう
けど⋮⋮
ここは、一気に本丸を落とす方が良いと考える。どうだ?﹂
俺の意見は、各支部は後回し。
一気に本部を叩き、うっとおしく暗躍する隙を与えずにユウキを
叩く。
勇者が出て来るとしても、俺もルミナスも居るのだ。俺がクロエ
を相手にしている間に、ユウキを殺せばいい話。
カガリ︱︱元魔王カザリーム︱︱は、ヒナタに任せる。
俺達三人でも十分だ。と、安直に考えたのだが、
﹁待て、私は以前のようには戦えないぞ。
聖霊の加護は以前のままだし、思考加速も使えるが、魂の力が激
減している。
超加速戦闘︱︱思考加速状態の戦闘︱︱は最早数秒しか持たない
だろう。
残念だが、既に勇者としての力は無い﹂
1888
と、ヒナタが苦渋の顔で申告する。
言われてなるほどと思ったが、ヒナタの存在値が小さくなってい
たのは気のせいではなかったようだ。
だが、早く襲撃する方が良い。クロエを早く助けたいというのが
大きな理由なのだが、何よりユウキを好き放題させるのは嫌な感じ
である。
今までの問題も、元を辿ればユウキに行くつくのが大半なのだ。
ヒナタが戦力外だとしても、ここは本部を叩く方が良いと判断す
る。
﹁本部を真っ先に狙うのは妾も賛成じゃ。
だが、各支部を同時に叩いて悪いという話でもあるまい。
妾の配下と貴様の手下、あとは聖騎士を全て動員し、一気に叩く
べきであろう?﹂
過激な事を言い出すルミナス。
その案も考えたが、混乱は避けられそうもないと思い放棄したの
だが⋮⋮
ルミナス配下の実力を見る、良い機会でもある。その案を検討す
るのも良いかも知れない。
混乱? そんなのどうとでもなるだろう。
という訳で、俺達は再度、作戦を検討する事にしたのだった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
打ち合わせの結果、部隊編成が決定した。
まず、本部総括をヒナタ。
1889
全ての部隊との連絡相談の窓口となって貰う。
各支部の疑わしい人物の確保に、混合部隊。
フューズ配下の案内人と、ソウエイの配下。そして、ルミナス配
下の七君主。
小国は無視し、大きな国家の監察官のみを抑える作戦である。
そして、最も重要な、自由組合本部への襲撃。
俺、ルミナスは当然確定。続いて、ディアブロとシオンを連れて
七曜の老師
と言うルミナス直属の守護者を連れ
行く。ベニマルにゲルドは、本国守護で動かすのは不味いので留守
番である。
ルミナスは、
て行くらしい。
上空にはヴェルドラさんが待機して、イングラシア王国を守護す
る結界を破壊し、逃亡阻止結界を張る事になった。
俺達の侵入後、即座に結界を張る予定である。
完璧な布陣だと思う。
予備戦力として、ガビルにハクロウも控えているし、ゴブタだっ
ているのだ。
俺の影の中に居るランガも、やる気十分みたいだし。
幾らユウキが強くても、勇者クロエを俺達が抑えている間に仕留
める事は可能だろう。
大戦力だ。これで敗北するようなら、形振り構わぬ全面戦争しか
なくなるレベルである。
﹁クフフフフ。久々の戦いですか。腕が鳴りますね﹂
﹁うふふふふ。ディアブロ、独り占めは許さんぞ﹂
ディアブロとシオンはヤバイ感じに嬉しそうだし。
カガリ位は二人で十分に相手出来そうだ。
ルミナスがユウキは自分の獲物だと主張するので、仕方なく譲る
事にしている。だが。カガリを倒し終わると、ディアブロとシオン
1890
も参戦する予定になっていた。
クロエの相手は俺がする。
怪我させたくないし、それ以前に戦力が未知数。舐めてかかると
敗北も有り得るだろう。
ルミナス曰く。
﹁認めたくは無いが、恐らく、妾よりもクロエの方が強い。
油断すると、貴様も死ぬ事になるぞ?﹂
との事。
どれだけだよ! と思わなくも無いが、多種多様な戦術の幅があ
る俺が時間を稼ぐのには適していると全員一致で納得して貰った。
ともかく、ユウキさえ殺せば問題解決なのだ。
殺す前に少し話をしてみたい気持ちはあったが、既にそのような
場合では無い。
クロエを救う為にも、速やかに抹殺するしかないのだ。
クロエが予想以上に強かった場合は、ランガにヴェルドラも参戦
可能である。
油断はしない。
そして、ユウキを倒し、クロエを救うのだ。
作戦は決まり、事態は速やかに実行に向けて動き出したのだった。
と、そんな感じで勇ましく作戦を発動した訳だが⋮⋮
結果は失敗である。
いや、全てが失敗ではなく状況は好転したのだが、本丸とも言う
べきユウキの逃亡を許してしまったのだ。
1891
俺達が侵入し、予定通りヴェルドラが結界を張ったのだが、既に
その時にはユウキが撤退した後だったのである。
びっくりするくらい思い切りよく自由組合本部を捨てて、ユウキ
は逃亡してしまっていた。
10年掛けて築いた立場も何もかも、アッサリと捨ててしまった
のである。
敵ながら、その思い切りの良さは見上げたものだ。ここでヤツを
仕留めないと次に何を仕掛けてくるか判らない不気味さがあったの
で、作戦は失敗だと言えるだろう。
当然、クロエの救出も出来ない訳だし。
しかし、全てが無駄だった訳では無い。各支部の観察官も既に逃
亡してしまっていたのだが、王族に思念誘導や弱い思念操作を受け
ていた者も居たのだ。
そうした者の救出には成功している。
聖騎士が同行していた事もあり、全ての悪事をユウキの仕業だと
説明し納得して貰えたのは大きい。
大国や小国を問わず、多少の混乱は生じたものの、速やかに落ち
着きを取り戻す事は出来たのだった。
テンペスト
こうして、本来の作戦は失敗したが、ユウキの支配の根は断ち切
る事に成功している。
その副産物として、魔物の国が受け入れられる下地が作られる事
にもなったのだ。
荒療治ではあったが、膿を出し、一致団結へ向けての新しい体制
作りは可能であった。
自由組合本部の上層部が逃亡という事態を受けても、西方聖教会
が即座に穴埋めを行い強固な組織運営の手腕を発揮し新体制を構築
したのだ。
予想とは異なったが、本部を真っ先に狙ったのは間違いではなか
ったのである。
ユウキを取り逃がした事以外は、状況は好転したとはこういう意
1892
味なのだ。
暫くの期間、イングラシア王国を中心に、評議会に所属する各国
の混乱は続いた。
しかし、落ち着きを取り戻すと同時に、自由組合総帥であるユウ
キの所業が明るみに出て、各国の怒りを買う事になる。
そうした中、西方聖教会の働きが評価され、揺らぎかけた信頼の
回復に繋がったのは幸運だった。
俺達も、一つの国として正式に認められ、評議国に参加する訳で
は無いが、受け入れられる事にはなったのである。
つまりは、各国との正式な国交が開かれたのだ。
人間との共存共栄を目指す上で、より上の段階に歩を進める事に
成功したのである。
テンペスト
今後、ユウキや東の帝国との戦いにおいて、ジュラの大森林周辺
国家は戦乱に巻き込まれる事になるのだろう。その前に、魔物の国
を含む軍事同盟を結んでおきたいものである。
今ユウキを取り逃がしたのは失敗だったが、東の帝国に対する備
えとしては望ましい形になってきた。
テンペスト
東の帝国が覇権主義で侵略を仕掛けて来るとは限らないが、対策
は必要である。
テンペスト
そうした事も踏まえて、各国は魔物の国を無視出来ないというの
が実情であった。
今回の件が切欠となり、魔物の国は正式な国家と認められ、やが
テンペスト
てはジュラの大森林周辺国家を纏める軍事同盟の盟主国へと成長し
ていく事になる。
金、技術、軍事力。
その全ての面で圧倒的に優位性を持つ魔物の国が台頭するのは、
云わば必然であるのかも知れない。
だが、それはもう少し先の話になるのだが⋮⋮
1893
ユウキ討伐戦が失敗した事は、今後の憂いとなったのである。
1894
130話 突然の招待
ユウキ討伐を目的とした強襲作戦は失敗した。
だがその失敗を生かすべく、即座に崩壊寸前だった自由組合の組
織を各支部の支部長を通じ纏め上げる。
ユウキ配下の監察官を討伐する為に出向いた部隊により、各支部
長への根回しも万全に行えたのも、組織の建て直しをスムーズに行
えた理由の一つである。
結果的に、各支部へ顧問官として聖騎士が一人は赴く事が確定し、
各組合支部の連携を西方聖教会が取り纏めるという新しいシステム
が構築されたのだ。
教会という言葉に聖霊信仰の色が濃く現れているので、組織名の
変更も同時に行われる事となった。
自由調停委員会。
西方聖教会と自由組合の融合した新組織である。
評議会︱︱国家連合評議会と言うのが正式名称らしい︱︱が、各
国毎に議員を選出し運営されている組織であるのに対し、委員会︱
︱自由調停委員会の略︱︱は元自由組合の支部長クラスの連盟組織
である。
ヒナタ
サカグチ
成り立ちからして、国家と対等に交渉を行える強権を有する組織
となっていた。
初代委員長は、坂口日向が就任する。
西方聖教会で聖騎士団長の職を辞していたので、丁度良いという
話になったのだ。
各支部に派遣されている聖騎士達を取り纏めるのにも都合が良い
ので、反対意見が出る事なく決定された。もっとも、魔王︱︱俺や
ルミナスだな︱︱を含む面子が後ろ盾になっているのに、面と向か
って文句を言える者はなかなか居ないだろうけど。
1895
こうして、新組織の構築も問題なく行い、ジュラの大森林周辺国
家は評議会と委員会の二本柱で協力関係を築く事になったのである。
大同盟とも言うべき強固な繋がりを持つ国家群。
それが、ユウキ討伐戦失敗から一ヵ月後のジュラの大森林周辺国
家の姿であった。
そして、新組織成立に向けて周囲が目まぐるしく活動する最中、
俺も遊んでいた訳では無い。
ユウキ討伐戦から三日後、そいつは突然やって来た。
全身を銀色に輝く鎧で着飾って、イングラシア王国にて結界の再
シルバーナイト
構築なんぞを行っていた俺の前に現れたのだ。
金髪の悪魔
プラチナデビル
レオン・クロムウェルの配下だと名乗るその人物
銀騎士卿アルロス。
は、俺に向けて恭しく一通の手紙を差し出して来た。
それは招待状。
以前、レオンと約束した通り、彼は俺を招待して来たのである。
勇者
について貴方様にお尋ねしたい事があるそう
リムル
しかし、何故このタイミングで? という、俺の疑問は、
﹁我が主は、
で御座います﹂
というアルロスの言葉にて、ある程度の予想が付いた。
勇者が完全に目覚めたタイミングでの招待であり、話す事と言え
ば確かにそれ以外に考えられないだろう。
もしかすると、レオンはクロエについて何か知っているのかも知
れない。以前に一度襲撃されているらしいし、俺達の知らない情報
を知っている可能性が高い。
俺はその申し出を受ける事にした。どの道、シズさんの件で一度
1896
文句を言っただけでは納得いっていないのだ。
レオンの対応次第では、それ相応のお返しをする必要があるだろ
う。
﹁判った。その申し出を受け入れよう﹂
﹁有難う御座います。我が主もお喜びなされる事でしょう。それで
は、これにて﹂
シルバーナイト
テレ
銀騎士卿アルロスは銀兜を被ったままなので表情は判らないが、
ポート
声にやや喜色を浮かべてそう言うと、そのまま掻き消える様に瞬間
テレポート
転移にて帰還して行った。
時間差の無い瞬間転移は、上位魔人にも使用出来る者は少ない。
テレポート
座標を最初から指定していたのだろうけど、それでも大したもので
ある。
ちなみに、座標の指定なく任意の場所に瞬間転移出来る者は圧倒
的上位者のみである。俺の配下でも出来るのはディアブロだけなの
ではないだろうか? 精神生命体でなければ使用出来ないレベルの
超高等スキルなのである。
スキル
影移動↓空間移動↓瞬間移動となり、転移系魔法や能力の最上位
に位置する。
転移が魔法陣を用いた魔法系、移動が固有による能力系と言った
感じになるらしい。
今まで魔法と能力を両方無意識に使えるから同一視していたが、
実は細かく法則が違うそうだ。ヒナタが説明してくれたので間違い
無いだろう。
空間転移だと、空間に転移門が出現し、それを潜り抜けて移動に
なる。故に戦闘では使い物にならない場合が多い。その点、瞬間転
テレポート
移魔法は、瞬時に魔方陣が発動し空間座標を指定し移動を行う事が
可能になる。敵の攻撃回避にも使用可能なので、瞬間移動や転移を
使用出来るというだけで、かなりの強さだと判断出来るのだ。
1897
テレポート
まあ、最初に基点となる座標を登録し、その場所に帰還するだけ
の瞬間移動や転移があるので、一概には相手の力量を決め付ける事
は出来ないのだけれど。
ともかく、その場合でも最低空間転移は任意に行えるハズなので、
シルバーナイト
油断出来ないレベルと言えるだろう。
銀騎士卿アルロスが消える際、魔法陣が見えた。つまりは、魔法
による転移だと言う事。
魔法騎士で、空間転移をマスターし、下手すれば瞬間転移も使い
こなせるレベルである可能性もある。
テレポート
レオンの奴、中々良い部下を揃えているようだ。
俺もそろそろ、ベニマルやシオン達にも、瞬間移動の能力を与え
てやった方が良いかも知れない。
今の俺なら、ある程度の能力を持つ者への伝授は可能みたいだし、
シルバーナイト
戦力増強の意味でも検討しても良いだろう。
消えた銀騎士卿アルロスを眺めて、俺はそんな事を考えたのだっ
た。
余談だが、ヒナタも瞬間転移魔法は使用可能だそうだ。しかし、
魔力が大きく減った現在は乱用は出来ないそうである。
それでも無詠唱で転移を行える時点で、彼女の強さが際立つ事は
理解して貰えると思う。
ヒナタ
ユニークスキル﹃簒奪者﹄は使用出来なくなったとは言え、彼女
には天性の魔法の才能がある。
弱くなったのは確かだろうけど、本人の自己申告ほど戦力低下し
ていないように思うのだ⋮⋮が、それは俺だけの秘密にしておこう。
1898
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
という訳で、やって来ました。
レオンの治める領土、それは島というより大陸というのが正しい。
びっくりする程広大な土地に、区画整理された町並みが広がってい
る。
森、平野、湖、川、そして山岳部。
全てが大魔法により整えられて、強制的に最適化されているらし
い。
エル・ドラド
人工的に自然の調和を考えて創られた、魔法都市。
それが、魔王レオン・クロムウェルの住まう都、黄金郷であった。
﹁ちょ、これ凄いな⋮⋮﹂
思わず呟いた俺の声に反応し、
﹁ははは、有難うございます。我が主もお喜びになられましょう﹂
案内役として再びやって来たアルロスが、嬉しそうに答える。
マジックナイツ
今は兜は被っておらず、美しい銀髪が流れるように背中を伝って
いる。
美女と見紛う程の整った容姿だが、男だ。魔法騎士団の副団長だ
と自己紹介で述べていた。
高い実力を有するレオンの腹心なのだろう。
しかし、この国は見事な創りになっているのは本当だ。盆地に当
たる部分に黄金色に輝く美しい建物が立ち並ぶ。
1899
その配置は計算されつくしており、螺旋を描くように入り口から
序々に高さを増している。そして、中央部に天を突く程の高さの塔
が聳えるのだ。
上空から見るならば、街そのもので、一つの強大な魔法陣を描い
ているのが判るだろう。逆に言えば、上空からの俯瞰視野を持たな
い者には、この都市が描く魔法陣に気付く事はない。
プライド
防御結界を街の配置で描写し、住人の魔力により維持しているの
テンペスト
だ。その計算されつくした構造は、俺の元建設畑の誇りを刺激する。
魔物の国も、間違いなく素晴らしい国である。だが、機能性を優
先していたが魔法陣を組み込む事までは思いつかなかった。
ちょっと悔しい気持ちになったのは久しぶりである。
﹁リムル様、何が凄いのですか?﹂
付き添いのシオンが俺に問う。
俯瞰視野を持っていても、意識しなければ気付かない。それ程巧
妙な配列なのだ。
カウンターマジック
迎撃防御
と
進入監視
サーチエネミー
だ。
﹁この都市そのもので、一つの強大な魔法陣の効果を発揮させてい
るんだよ。
その効果は、
許可なく進入すればすぐに発見される。そして、魔法攻撃を仕掛
けても全て跳ね返される事になるだろう。
この規模の魔法陣ならば、下手すれば都市攻撃魔法すらも楽勝で
跳ね返す事が出来るんじゃないか?
帰ったら、俺達も真似してもいいよな?﹂
﹁ほう? それは凄いのでしょうね。私には良くわかりませんけど﹂
﹁ははは、流石ですね。上空から見てもいないのに、そこまで理解
出来るのですか。
隠しても仕方ありません。正解です。この都市は、魔法による絶
1900
対防御が施されているのです﹂
自慢気に、アルロスが答えた。
シオンには凄さが理解出来ないようだ。彼女の場合、魔法は得意
じゃない。理解出来ないのも無理ないだろう。
都市の配列で、二つの効果を得る魔法陣を創るのがどれだけ大変
か。
一つの効果を得るだけでも、莫大な予算が必要になるし、都市機
能の発展による拡張も計算しつくす必要がある。それが二つなのだ。
その凄さは計り知れない。
だが、帰ってからの楽しみが出来た。この機能は、ぜひとも我が
国にも取り入れるべきだろう。
基点となる転移魔法陣から案内され、ガラス製の螺旋回廊を進む。
遠くに見える崖からは、勢いよく滝が流れ落ちている。その水が
都市に張り巡らされた運河を辿り、美しい紋様を描くのだ。
ッチ。この町並みは、間違いなく美しい。
認めるしかない現実だったが、悔しさよりも興奮が上回った事が、
より俺の心を熱くするのだった。
歩くこと10分程度。
俺達は王宮の入り口を通り、一つの部屋へと案内された。
煌びやかに豪華な造りではあるが、品の良い調度品。配色は、白
がメインに金の縁取り。
悪趣味にならない程度の飾りつけで、センスの良さが光っていた。
息苦しくならない程度の豪華さと言うのだろうか。外観が黄金の
塔という感じなのに派手さがなく思えたように、内装も美しい中落
1901
ち着きを感じさせるものである。
これなら変に緊張する事なく、庶民出身の俺でも寛ぐ事が出来そ
うだ。
隣でシオンが堂々とお茶のお代わりを要求し、テーブルに用意さ
れた茶受けを食べているのだが、彼女には緊張とか無縁のものなの
だろう。
あれ? 立場では俺が上のハズなのに、この反応の差はおかしい
んじゃ?
いや、考えたら負けだ。
﹁リムル様、このお菓子、美味しいですよ。毒見しておきましたの
で、どうぞ!﹂
と、俺に差し出すお菓子を口に含み、その甘さを堪能する。
料理音痴のシオンに毒見とか、何の冗談だと思ってしまったが、
まあいいだろう。そもそも俺に毒は効かないし、毒見なんて必要な
いのだが。
そんな感じで待つ事10分。
この国の主、レオン・クロムウェルが姿を現した。
﹁待たせたか? 今回は招待に応じてくれて、礼を言う﹂
そう言いながら、目の前の椅子に腰掛ける。
思ったよりもラフな服装で、気軽に話しかけてきた。
目の前で長い足を組み座るその姿は、一枚の絵画であるかの様に
様になっている。
レオンの背後に立つアルロスも美形だと思っていたが、レオンに
比べれば霞んでしまう。
相変わらず、嫌味な程の色男であった。
1902
レオンが色男なのは置いておいて、本題に入る事にする。
シズさんの最後を伝えたら、
﹁そうか、思ったより長く生きたじゃないか﹂
と、何でもない感じでレオンが答えた。
だが、俺に怒りは湧いてこなかった。何となく気付いてしまった
からかも知れない。
イフリート
﹁お前、ひょっとして炎の巨人を憑依させた事でシズさんを助けた
のか?﹂
﹁さあな。気紛れで何かしたかも知れないが、覚えがないな﹂
目を逸らさず、レオンは言い放つ。
だが、コイツは悪を演じているだけだ、と俺の直感が囁いた。
﹁ふーん、まあいいや。何となく理解した。
それに、ラミリスが言ってたけど、お前って泣き虫なんだって?﹂
俺の言葉に、初めてレオンの表情が苦々しいものになった。
﹁あのクソガキ、次に会ったら羽を毟るぞ、と伝えておいてくれ﹂
嫌そうにそう言うレオン。
なるほど、あながちラミリスの言葉も嘘では無かったと言う事か。
﹁それは伝えるよ。
で、特定の人物を召喚したいと言ったそうだけど、本当なのか?﹂
1903
沈黙により、部屋が静寂に包まれる。
暫し時が過ぎ、レオンが重々しく口を開いた。
﹁その通りだ。
そして、貴様に聞きたい事というのも、その事に関係しているの
だ﹂
そして、レオンはチラリとシオンに目を向ける。
俺は頷き、
﹁シオン、少し込み入った話をする。
外で待機していてくれ。何なら、アルロスさんと手合わせでもし
ていたらどうだ?﹂
と、シオンを部屋の外へ出るように誘導した。
﹁了解です。シオンさん、此方に訓練場が御座いますので﹂
レオンが目で合図し、アルロスがそれに応じる。
シオンは何も言わず俺に頷くと、席を立ってアルロスについて部
屋から出て行った。
そうして、部屋には俺とレオンが残るのみとなる。
それを確認して、レオンは俺に、
﹁クロエという名の少女を知っているか?﹂
そう、静かに問い掛けてきた。
やはり、全ては繋がっていたのだ。
意外な名前がレオンの口から飛び出たというのに、俺に驚きは無
1904
かった。
ヒナタとルミナスに話を聞いた時から、予感めいたものを感じて
いたからかも知れない。
ユウキが依頼を受けたという相手についても、召喚関係の依頼で
ある事からその可能性を考えていたのだ。
そもそも、何故子供だけを狙って召喚していたのかという解答も、
クロエ
目的の人物が少女だったと考えれば納得がいく。
最初から狙いは少女であり、シズさんを含む子供達は、全てその
失敗による巻き添えだったのである。
そして、レオンの口から語られた話は、俺の想像を裏付ける事に
なる。 1905
131話 魔王レオン
レオンは昔を回想しつつ、目の前に座る魔王リムルを眺める。
少女のような外見の、性別を持たぬ魔王。
シズエ
イザワ
スライムという最弱の種族であったのに、巨大な魔力を有する魔
王に進化した者。
レオンの助けた少女、井沢静江の面影を持つ特異な存在。
そして、自ら探し求めている少女、クロエ・オベールを知る者。
考えてみれば不思議な縁を感じる。
ひとり
と出会い、レオンにとっても因縁
という、もっとも希少な確率で此方の世界にやって来て
同じ地球からの来訪者であるにも関わらず、前世の記憶を有する
転生者
竜種
いる。それも、魔物になって。
この世界最強種である
のある者達と関係を持ち、絶対者の一柱にまで上り詰めた、リムル
という名の魔王。
何者かに導かれるように、全ては絡み合っているとでも言うのだ
ろうか?
ふと、思う。
これは、全てが予定調和なのかもしれない、と。
だが、レオンはその考えを振り払い、少女クロエについて語り始
めるのだった。
レオンは300年程前に、この世界にやって来ている。
召喚された訳ではなく、偶然生じた次元空間の歪に巻き込まれた
1906
のだ。
その時は既にヴェルドラは封じられ、ジュラの大森林が不可侵領
域に定められた直後の事だったようだ。
混乱はあるものの、落ち着きを見せ始めた世界に、レオンは落ち
て来たのである。
当時の彼は、10歳にも満たない年齢だった。
だが、彼には守るべき者が居た。共に落ちて来た少女が居たので
ある。その少女こそ、クロエ・オベール。
彼ことレオンの幼馴染であり、親友。妹のような愛すべき存在で
あり、彼にとっての全て。
エネルギー
だからこそレオンは、魔素の暴走による身体崩壊をものともせず、
自身の才覚により暴走を押さえ込んだ。
ガーディアン
強靭な意志と想いにより、十にも満たぬ少年が自身に宿った魔素
を制御したのである。そして得た能力が、ユニークスキル﹃守護者﹄
であった。
勇者の卵
を得る事により、
自分よりも幼き少女を守り抜く事を希求した結果、レオンに目覚
めたのは守護の力。
しかも、それだけでは無かった。
残る暴走エネルギーを掌握したのである。
まだ幼いレオンは、勇者としての資質をも持ち合わせていたのだ。
﹁大丈夫だよ。僕がクロエを守るから﹂
クロエ
心細さに泣く少女を、レオンは笑顔で慰める。
だが、レオンの腕の中の少女が突然消失したのだ。レオンが目覚
めたばかりの守護の力で守っていたにもかかわらず⋮⋮。
それから、レオンがクロエを探す旅が始まった。
何年も何年も。レオンは諦める事なく、クロエを探し続ける。
もしかすると、世界を渡って元の世界に戻ったのかも知れない。
ふと、その考えに思い至る。
1907
レオン
元の世界でも、クロエは天涯孤独の身の上であった。自分が守っ
てあげないと、クロエを守る者は誰も居ないのだ。
ならば、再びこの世界に召喚すれば良い。
時と座標を指定して、特定の人物を召喚する魔法さえ習得すれば
良いのだ。
レオンは類まれなるその知力により、凄まじい速度で魔法を習得
する。ただ一人の少女を召喚し、守る為に。
だが、その試みは失敗に終わる。
別の世界にまで魔法による支配力を及ぼす事は、天才であるレオ
ンであっても不可能だった。
それでもレオンは諦めず、研究を重ねた。
66年に一度しか挑戦出来ない極大魔法を、より成功に導く為に、
世界各地を放浪する。
勇者の認定を行うという妖精にも会って話を聞いたが、まるで役
に立たなかったのが腹立たしい。
八つ当たりで上位精霊を奪ってしまったが、大して問題になった
様子は無かったので、そのまま旅を続ける事にした。
人間の住む各国にて魔道の知識を極めた彼は、ジュラの大森林を
突破して魔王達の領土までその足を伸ばした。
レオンの知識欲は限りなく、クロエを召喚する為には何でも行う
事に躊躇いは無い。
上位の魔人を滅ぼしその知識を奪う生活が続いた。中にはレオン
の配下に加わりたいと願う者もおり、邪魔をしないのならばと好き
にさせる。
金髪の悪魔
プラチナデビル
という呼称
いつしか、レオンの配下の数は膨れ上がり、小さな領土を持つに
至る。
レオンが名乗った訳では無いのだが、
が広まり出したのはこの頃の事だ。
やがて、その呼び名が魔王を呼称していると拡大解釈されるよう
になったのだが、レオンは気にしなかった。そんな事はどうでも良
1908
いと考えていたから。
寧ろ、レオンに挑戦してくる上位魔人達から知識を奪う事の方が
重要だったのだ。
呪術王
カースロード
勇者の卵
であるレオンにとっても、
呪術王
カースロード
カザリームが、レオンの魔王呼称に反発し、粛清に訪
そんなレオンに、初めて脅威と呼べる存在が襲い掛かって来た。
れたのである。
天才であり、
アンデット
カザリームは強敵であった。
不死族の王であるカザリームには、生半可な攻撃は通用しない。
防御に特化したレオンの能力では、カザリームに致命傷を負わす事
が出来なかったのである。
逆に、カザリームにとっても、レオンは遣り難い相手であった。
鉄壁の防御を突き破る事は難しく、カザリームの呪いも無効化され
て通用しない。
勇者の卵
は孵
お互いが決め手に欠ける中、戦いは数日間に及んで繰り広げられ
る事になる。
だが、決着はあっけないものであった。
卵が孵ったのだ。
レオンの内なる魂の力、純粋な想いを吸収し、
化したのである。
レオンは、真なる勇者として覚醒した。
アルティメットスキル
メタトロン
魔王として君臨する、真なる勇者。それが、レオン・クロムウェ
ル。
目覚めた能力は、究極能力﹃純潔之王﹄だ。
力、波動、魔力、混ざり合う全ての法則を選り分けて、純粋なエ
ネルギーを選別する事を可能とする能力。
それは、呪いの複合体であるカザリームにとっては最悪の相性を
持つ能力であった。
1909
アルティメットスキル
メタトロン
呪血は呪いと血に、腐肉は微生物と汚泥に、骨は魔素と水に。
カザリームはレオンの前で消滅し
カザリームを構成する魔肉体は、究極能力﹃純潔之王﹄の神々し
呪術王
カースロード
い光の波動により分解される。
耐える事も叶わず、
た。
当時の魔王の一体を撃破した事により、名実ともにレオンが新た
な魔王と認められる事になったのは皮肉な話ではある。だが、それ
はレオンにとってはどうでも良い話であった。
カザリームが居城としていた城にて、実験施設を設ける。
そこを研究の為に使用すると同時に、自分達の住む居城の用意も
必要だと考え始めた。
クロエの召喚に成功した時、住む場所が無いのでは甲斐性なしと
フォーミング
思われてしまう。そう考え、レオンは自分の領土を持つ事を決意し
た。
そして発見したのが、南西に位置する新大陸である。
エル・ドラド
大魔法を惜しげもなく使用し、生態環境そのものから変換改造を
行う。
かくして、黄金郷は完成した。しかし、レオンはもっぱら魔大陸
シズエ
イザワ
にあるカザリームの居城にて研究を行っていたのだが⋮⋮。
異界からの召喚魔法の失敗で、井沢静江を呼び出してしまったの
はこの頃だ。
見ただけで理解出来る。
レオンと違い、黒髪の火傷で大怪我を負っているこの少女は、間
もなく死に至るだろう、と。
自分が召喚に失敗したから、どの道この少女は魔素の暴走による
身体崩壊が起きたかも知れない。
けれども、年齢的に無事に済んだかも知れない。それは微妙な所
である。或いは、自分が召喚しなけば、この少女は炎に巻かれて死
1910
んでいる運命だったのかも知れないのだ。
少し悩むレオン。助けると言うのはおこがましい。何しろ、自分
の都合で召喚してしまったのだ。
レオン
結果的に少女が助かったとするならば、それは少女の運であり、
自分の功績では無いだろう。
そう考えた。
だからこそ、
炎の巨人
イフリート
を召喚し、少女に寄生させる。嘗て、
﹁ゴミかと思ったが、コレは炎への適正がありそうだ﹂
と言いながら、
ラミリスの迷宮から奪ってきた上位精霊が役に立った。
これにより少女は安定し、一命を取り留める事になったのである。
後は、少女の運次第。
彼の行動の結果ではなく、少女の行動の結果により、少女は自分
の生きる道を掴み取るべきなのだから。
そしてまた、レオンも少女に関わっている余裕はないのだ。
レオンはレオンの、少女は少女の道を歩くのが良い。冷たいよう
だが、所詮この世は弱肉強食。
それが、レオンなりの精一杯の思いやりであり、それ以上の重荷
として少女の運命まで背負ってやる理由はレオンには無かった。
このレオンの気紛れが、運命に絡まる糸の一本であると、当時の
レオンが気づく事は無かったのである。
こうして、運命の機織機は絡み合い、更なる模様を紡ぎだす。
ユウキ
カグラザカ
レオンの前に、一人の少年が現れたのだ。
グランドマスター
少年は、神楽坂優樹と名乗った。
若くして、自由組合総帥だと言うその少年は、その組織力でレオ
ンの役に立つと言う。
1911
レオンが
異世界人
の少女を探しているという話を、裏ルート
を通じて調べて来たらしい。
自信たっぷりに、自分ならレオンの目的の少女を探し出せる、と
豪語した。
気紛れで、許可するレオン。
どちらにせよ、失敗したとしてもレオンの懐は痛まない。長き年
月がかかろうとも、自身の力でクロエの召喚を成功させるつもりで
あったのだ。
駄目で元々と、クロエの特徴を伝えて、その提案を受け入れた。
カグラザカ
考えてみれば、これが最大の失敗であったのだ。
ユウキ
神楽坂優樹は、クロエ・オベールの召喚に成功した。
成功してしまった。
異界からではなく、レオンと同時にこの世界に来た当時のクロエ
を召喚する事によって。
つまり、ユウキに依頼しなければ、運命は変わっていたかも知れ
ないのだ。
ユウキに召喚されたクロエは、やがてリムルという名の魔物に出
会い、ヒナタと伴に過去へと旅立つ。
アルティメットスキル
完全なる世界の法則に囚われて、クロエ自身が覚醒する事になる
究極能力により他の一切の干渉を弾きながら。
ユウキに依頼する事が無かったならば、レオンの召喚が成功して
いた可能性もあったかも知れないのだ。
だが、それは最早確かめる事の出来ない出来事である。
異界からの召喚に拘ったレオンには結局成功する事は無かったか
も知れないのだし、今更そこを確かめる事に意味は無い。
問題は、今後どうするのか、という事なのだから。
1912
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
レオンの話が終わった。
紅茶は既に冷めてしまっている。思いの他、時間が過ぎていたよ
うだ。
というか、レオンがクロエを召喚しようとしていたとは、予想外
だった。
勇者が研究施設に攻めて来た時も、不確実ながらも不思議な感覚
にてその戦闘を回避するべきだとレオンは感じたのだそうだ。
そして、保護していた︱︱とは言えないかも知れないが︱︱シズ
さんを時の勇者に預けて、その場の撤退を決めたのだと言う。
考えてみれば、それも当然である。
レオンが知る由も無い事だが、クロエの能力による予定調和だっ
たのだから。
俺は、レオンの記憶を補完するように、俺の知りえる話を語って
聞かせた。
クロエとの出会いや別れ、ユウキの行動について。
そして、ヒナタとルミナスが話してくれた、現在の勇者クロエに
ついて。
レオンが俺を信じて深い話をしてくれたのだ、此方も知りうる全
ての情報をレオンに伝える事にした。
最後に冷めてしまった紅茶を一息に飲み干すと、
1913
三つの命令
ねがい
という特殊な呪いにより、クロエはユウキに逆ら
﹁つまり、現在クロエはユウキの支配下にあるそうだ。
えない。
俺やルミナスはユウキ討伐に動いたけど、残念ながら先を読まれ
て逃げられた所だよ。
今後、ユウキの動き次第だが、俺達はユウキと敵対する事になる
と思う。
俺達の目的もクロエの解放だし、協力出来るならお互いに協力し
ないか?﹂
本題を切り出した。
対ユウキに魔王レオンも加わって貰えれば、そう思ったのだが、
﹁ふん、協力は別に構わないさ。
俺の望みは、クロエを召喚する事だったし、その後の彼女の幸せ
を守る事だから。
だが、その前に障害があるのなら、取り除く必要があるだろう?
勇者として覚醒したクロエが、本当に最強なのかどうかはともか
くとして、だ。
そもそも、貴様が役立つかどうか、話は別だろう?﹂
先ずは、お互いの実力を把握するのが先らしい。
いいだろう。そういう事なら、シズさんに頼まれていた一発をプ
レゼントしてあげようじゃないの。
﹁オッケー! 了解だ。
面倒な話は終わりでいいや。お前こそ覚悟しとけよ。
俺の拳は、ラミリスと違って口だけじゃねーぞ!?﹂
﹁ふふ、試してやるさ﹂
1914
シルバーナイト
互いに笑い合い、同時に立ち上がる。
目指すは訓練場。先ほどシオンと銀騎士卿アルロスが向かった場
所である。
レオンの先導で宮殿内を進んで行く。かなり趣味の良い彫刻や絵
画が廊下に飾られているし、ガラス張りの壁からは、城下が一望出
来る。
素晴らしく手の込んだ宮殿である。内心で感心したけど、口には
せずにレオンに付いて行った。
訓練場前に到着した。
壁一面に魔法陣が刻まれて、内部で発生したエネルギーを吸収拡
散させる効果を発動しているようだ。
この中ならば、多少暴れても問題ないだろう。
そう考え、扉を開き中に入る。
﹁あ⋮⋮﹂
中に居たのは、気まずそうな表情のシオン。
シルバーナイト
そして、襤褸雑巾のようになって、ピクピクと痙攣を繰り返す、
元は銀騎士卿アルロスだったのではないかと思われる人物。
俺の背中に、冷たい汗が流れるような錯覚。
﹁ち、違うのです!
彼が、本気で来い! と言うもので、私もつい本気で相手をした
テレポート
だけなのです。
ところが、瞬間転移で逃げ回りつつ、チクチクと攻撃されたので
つい⋮⋮
気がついたら、アルロス殿がこの様な姿に!
一体何が何やら、私も困っていた所だったのです!!﹂
1915
それは、言い訳なのか?
フル・ポーション
シルバーナイト
激しく突っ込みたいが、今はそれ所では無い。
慌てて懐から完全回復薬を取り出して、銀騎士卿アルロスに振り
掛ける。
もう一本取り出し、薄く意識が回復したアルロスに飲ませる事に
成功した。
てだれ
﹁ふ、不覚。シオン殿が、まさかこれ程の手練とは思いませんでし
た⋮⋮
自分もまだまだ修行不足⋮⋮﹂
どうやら、大丈夫のようである。
一安心した所で、問題児、シオンだ。
﹁おい、シオン⋮⋮﹂
俺に呼ばれ、シオンは小さくなって素早く正座した。
﹁お前、ここに来た目的は何か、ちゃんと理解出来ているのか?﹂
﹁は、大丈夫、です。魔王レオン、殿と、友好的な関係を築く、で
すよね?﹂
一応は理解出来ていたのか? 何か、若干怪しい感じだけど。
まあ、友好関係は築けたら良いなという程度だが、敵対関係にな
るのは望ましくない。
交渉に来て、相手の仲間をボコボコにするとか、何を考えている
んだ。いや、何も考えていなさそうだな。
シオンを護衛に選んだのが失敗だったのだ。
イングラシア王国での後始末に、有能なディアブロを残して来た
1916
のが失敗だったとは思えないし、選択肢がシオンだったのは仕方な
い。
相手が生きていた事を幸運だったと思う事にしよう。
﹁ああ、レオン。済まないな、俺の部下が君の部下を痛めつけてし
まったみたいで⋮⋮﹂
言葉を濁して謝罪すると、
﹁いや、俺の部下が未熟だっただけの話。気にする事は無い。
だがまあ⋮⋮、気が抜けたな﹂
うん、確かに。
レオンを一発殴ろうと思っていたが、気が抜けてしまった。
﹁俺も、何か喧嘩する気分じゃなくなった。今回の件でチャラにし
てくれると助かる﹂
﹁ふふ。良いだろう。貴様と俺には貸し借りなし、それでいいな?﹂
﹁ああ、有難う﹂
お互いに貸し借りなし。
どうやら、レオンの奴、一発俺に殴られるつもりだったのじゃな
かろうか。どうもそういう感じである。
思ったより、口で言う事と態度が噛み合わない奴なのだ。だから
シズさんも⋮⋮
だが⋮⋮だとすると、シオンのお陰で殴らずに済んだとも言える。
これで良好な関係になれそうだし、結果的には良かったのかも知
れない。
1917
結局、お互いに有益な情報を交換する事が出来た上に、今後の協
力関係にも同意を得た。
とはいえ、要請があって検討を行うという程度の口約束に過ぎな
いのだけれども。
それでも、シズさんとの約束は果たせた事になると思う。
殴った訳ではないけれど、きっとシズさんはレオンを殴る事を望
んだのでは無いと思うから。
突然の招待だったが、受けて良かった。
こうして、俺はレオンと腹を割って会話し、彼の人となりを知る
事が出来たのである。
一つの目的を果たし、俺は満足して帰国するのだった。
リムルにとっては、この会談は一つの区切りであった。
クロエ
だが、レオンにとっては、終わりではない。
寧ろ、長年捜し求めていた少女が見つかったのだ。彼は速やかに
シルバーナイト
行動を開始する。
銀騎士卿アルロスに命じ、主力の騎士を招集する。
ユウキ
カグラザカ
アルティメットスキル
そして、クロエ奪還に向けて、魔王レオンは出陣した。
待ち受けるのは、神楽坂優樹。
両者の激突の時は近い。
そしてその戦いは、この世で再び究極能力を持つ者同士の戦いが
起きる事を意味するのだ。
1918
132話 神楽坂優樹
イングラシア王国の王都より脱出したユウキ一行は、のんびりと
カナート大山脈を辿るルートを通り、東の帝国を目指していた。
ドワーフ王国へ入国しそのまま帝国領へ抜けるルートの方が安全
なのだが、それではリムル達に行き先が筒抜けになってしまう。
一度行った事のある場所であれば、魔法による移動も出来なくは
無いのだが、ユウキは東へ出向いた事が無かった。
﹁でもまあ、たまには山登りも楽しいかもね﹂
気楽な口調でそんな事を言いながら、襲い来る下級のドラゴンを
素手で引き裂くユウキ。
カガリは肩を竦めて返事せず、ユウキの腹心である各国に派遣さ
れていた監察官達は無言で周囲の警戒を怠らない。
その反応にユウキもつまらなそうに山頂を見上げるのだった。
ユウキ達が辿るのは、ドワーフ王国の真上を通る、人が滅多に通
らないルートである。
ここには野生のドラゴンが生息し、上位種族ともなれば人語も理
解する高等生命体であった。
この場では彼らは招かれざる客であり、竜王クラスのドラゴンに
発見されると厄介な事態を招く事になるだろう。
その事を理解しているのかいないのか、慎重に進むユウキ達。
ユウキの楽しそうな様子と裏腹に、ユウキの部下達には疲労の影
が色濃く見える。
それもそのはずで、一時間に一度は下級のドラゴンの襲撃があっ
1919
たのだ。多い時には五体同時に襲われたりしている。
比較的安全なルートを通っていればこれ程襲われる事は無い。商
人が通るルートでは、滅多にドラゴンが出る事は無いのだから。
今回ユウキ達が進むのは、竜王との協定にないルートだったので
ある。
念には念を入れて、という事だからか、ユウキは迷う事なくこの
道を選んだのだ。
その時、
﹁おや? レオンから連絡だ。この前、取引を中止すると言って怒
ってたけど、また文句かな?﹂
楽しそうにそんな事を言いながら、懐から小さな水晶の嵌め込ま
れたネックレスを取り出し、魔力を込めた。
そして何やらレオンと会話を行い、
﹁レオン、此処に来るってさ。一時間くらいで来るそうだから、休
憩して待ってようか?﹂
カガリ達にそう告げて、自分はさっさと座りやすい岩に腰掛ける。
﹁レオン⋮⋮? 魔王レオンですか? 大丈夫なのでしょうか?﹂
﹁魔王ルミナス達の追っ手という可能性は?﹂
﹁宜しかったのですか、その様に簡単に居場所を漏らしたりして?﹂
カガリや部下達の問いに、
﹁え、大丈夫だろ? お得意様だったじゃん。
それに、まあ⋮⋮魔王達が組んでやって来たとしても、クロエも
居るし、ね﹂
1920
と、楽観的な返事を返すのみだった。
最早何を言っても無駄だと悟る、カガリや部下達。
そして、一時間過ぎ、彼らはレオンと対峙する事になるのだ。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
空に金色の光を放つ流星が見える。
昼間であるにもかかわらず、その光ははっきりと目に見える。
探知系の魔法でも使っているのだろう、迷う様子も見せずに真っ
直ぐにユウキ達を目指して飛んで来た。
魔王レオンに、彼の部下の騎士数名である。
レオンが金色の鎧、そして騎士達が、銀・黒・赤・青とカラフル
であった。
﹁待たせたか?﹂
地面に降り立つなり、レオンが口を開いた。
﹁いや、良い休憩になったよ。ところで、急ぎの用らしいけど、何
の用だったの?﹂
にこやかな笑顔で、ユウキが返事する。
﹁何、貴様が俺へ嘘をつき、依頼した人物を差し出さなかったと聞
いてな。
それが本当かどうか、調べに来たのさ﹂
﹁へえ、誰がそんな嘘を? 僕みたいに信用実績の高い人間は、な
1921
かなかいないぜ?﹂
レオンの問いかけに、ユウキは笑顔で答えた。
両者の間に目に見えぬ火花が飛び散り、周囲に一気に緊張感が漂
い始める。
﹁貴様、魔王である俺に、そんな嘘が通用すると思うのか?﹂
﹁あははは。やっぱ、嘘ってばれちゃった?
でもさ、気付くならもっと早く気付かないと、手遅れってものだ
ぜ?﹂
その言葉が切っ掛けとなり、ユウキの座る岩が一瞬で溶けて溶岩
になる。灼熱魔法による攻撃の仕業だ。
ユウキは素早くその場から離れる。自分の返事で、相手がどう動
くのかは予想通り。
会話の最中も、レオン達の戦力分析は怠らない。問題なのは、敵
がレオン一人なのかどうか。
他の魔王の増援はあるのか? レオンが囮なのか、それとも本命
なのか?
それ次第で、対応を変える必要がある。先ほど連絡を受けた時か
ら、ユウキはこの展開を予想している。
上位者の一人、魔王であるレオンは、決して侮っても良い相手で
は無いのだから。
その魔王が別の魔王達と共同戦線を張っているのならば、クロエ
一人で相手をさせるのも厳しいかも知れないのだ。
だからこそ、この場所を選んだのだが。
﹁おいおい、行き成り攻撃とは穏やかじゃないな。
こっちには、君の大事な少女が居るんだぜ? 人質って言葉知っ
てる?﹂
1922
揺さぶりをかけるべく声をかけるが、
﹁安心しろ、貴様を殺せば彼女は開放されるのだろう?
俺が依頼したのは、黒髪の8歳くらいの少女で、名前はクロエ・
オベール。
既に成長し、そこに居る!﹂
相手にせぬように力強く、レオンはユウキの言葉を否定する。
そしてレオンの言葉に黒髪の少女、クロエが目を開けて、
﹁え、レオンお兄ちゃん? 生きていたの?﹂
驚きと、懐かしさの篭った声で、小さく呟いた。
﹁ちぇ、ばれちゃったら仕方ない。
魔王に対する切り札として、クロエちゃんを保護した事を黙って
たんだけどさ⋮⋮
何故だか、一時期、その事を忘れてしまっててね。
思い出した時は、勇者として成長しちゃっていたんだよね﹂
悪びれもせず、レオンを馬鹿にしたように言う。しかも続けて、
﹁でもさ、仕方ないよね? ほら、魔王は邪悪だし。
退治するのが、勇者の仕事だろ?
そう考えれば、クロエが勇者に成長したのは、嬉しい誤算っても
のだよ﹂
そう、言い放つ。
レオンは、ユウキの対応に心を波打たせる事もなく、
1923
﹁ふ、言いたい事はそれだけか? ならば、満足して死ぬがいい!﹂
大出力魔法で、ユウキに攻撃を開始する。
そして、レオンとユウキの戦闘が始まった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
魔法による熱波がユウキに押し寄せ、激しくその身を焼き尽くそ
うと荒れ狂う。
ユウキはその熱波を涼しげな顔で見つめると、小さくニヤリと笑
みを浮かべる。
概ね、計画通り。
だが、思い通りには進んでいない。
魔王複数が攻めて来る可能性も考慮していたが、今の状況から判
断するとレオン単独による襲撃であると考えて間違いない。
仮に、リムル・ルミナス・レオンの三魔王が揃って攻めて来た場
ふたり
合、クロエに参戦して貰ったとしても勝率が厳しかった。
だが、リムルとルミナスの二柱が組んで攻めて来るのは想定内だ
ったのだ。レオンが参戦するのは予想外ではあったが、クロエが関
係する以上、いつかは敵対するのは間違いない話であった。
思えば、レオンから受けた依頼の少女が、勇者に成長するという
1924
眠れる勇者
のも予想外だったけれども。
ルミナスの元に
が安置されていると裏情報から掴
んで以降、ずっと奪う機会を狙っていた。各魔王に対する切り札を
手に入れる為である。
眠れる勇者
を奪い、それを手駒にルミナス
魔王レオンに対しては、少女クロエ。
魔王ルミナスから
への切り札にする。
不確定な成長を見せる、怪しい同郷の転生者であるリムルは、そ
の変則性故にさっさと始末する予定だった。だからこそ、手駒にし
ていたヒナタを差し向け、始末しようとしたのだ。
だが、結果は失敗。そして、リムルは魔王になってしまった。
となれば、リムルに対する切り札として、子供達を切り札にする。
各々の魔王に対し手札を揃えて、楽に始末するなりお互いに争わせ
るなりする予定だったのだ。
究極的には、魔王ギィ・クリムゾンの討伐が目標である。
出来るだけ多くの魔王を従わせて、あの絶対強者を討伐する予定
だったのだ。
油断なく狡猾で、まるで隙の無い魔王。ミリムも絶対強者だが、
此方は簡単に騙せそうだし、脅威とは言いがたい。
そういう意味でも、魔王ギィ・クリムゾンさえ倒せれば、後はど
うとでもなると考えていたのだが⋮⋮
本当、予想外の事ばかり起きて、面白いよね!
ユウキは、思い通りにならない計画に心が浮き立つような快感を
カグラザカ
感じていた。
ユウキ
神楽坂優樹は天才である。
元の世界に居た時も、退屈な日常を壊す事を夢見る、危険思想の
1925
持ち主であった。ただ、元の世界では、世界の破滅に魅力を感じな
かっただけの事。
金を稼ぐのも彼にとっては造作も無い事であり、望めば何でも手
に入れる事は出来る。だが、彼が本当に欲する物は既に何も無かっ
たのだ。
ユウキが小学生になったばかりの頃、両親が事故に巻き込まれて
亡くなった。両親には何の落ち度もなく、居眠り運転をしていたト
ラックに正面衝突されて即死したのだ。
後部座席で眠っていたユウキだけが助かった。
理不尽だ、とユウキは思った。
世界は余りにも理不尽で、彼は余りにも無力だった。
そんな世界に対し、復讐したいと考えてみるのが、彼の愉しみに
なる。だが、その愉しみにもすぐに飽きた。
彼は天才過ぎて、望めば何でも出来てしまったのだ。
本気で望むのならば、本当に世界の破滅を実現する事も可能だっ
ただろう。
つまらない。この世界は、本当に退屈だ。
それが、偽らざる彼の本心。
だが、逆にその事で、彼の暴走は抑えられていたと言える。
そんな彼が、世界を渡ってしまった事は、ユウキにとっての僥倖
ユウキ
カグラザカ
であり、他者にとっては不幸な事となる。
神楽坂優樹は世界を渡り、彼の望むままに魂の力を獲得する。
力
そのもの。
魂の力
全てを欲する彼は、本当の意味では何も欲しがってはいなかった。
だからこそ、得たのは
暴走も抑え込まれた、完全に純粋なる力。
自由自在に、ユウキの望むままに本質を変化させる、
1926
であった。
その名も、︱︱ユニークスキル﹃創造者﹄︱︱
その力は、ユウキを召喚したカザリームにとって誤算となる。
うんめい
漂う精神
であるカ
いや、そもそも召喚対象がユウキであった事こそが、カザリーム
にとっての失敗であったのだ。
自身の復活の為に何百年もかけて準備した
ザリームは、召喚する対象への制約を掛けていた。
万が一にも失敗は許されない儀式であり、自身の支配能力にて、
念入りに呪印を刻み、召喚を行ったのである。
召喚された対象は、意識を保つ事も出来ず、カザリームに心を砕
かれて死ぬ予定であった。その後、魂の力を奪い取り、その肉体を
奪って復活するという計画だったのだ。
完璧な筈のその制約は、召喚した対象であるユウキによって、簡
単に破られてしまう。その手に入れた魂の力で、逆解析による呪印
返しを仕掛けられたのだ。
自身のスキルを返され、カザリームはアッサリとユウキに降った
のである。
そして、ユウキはもう一つの世界へと降り立った。
その世界には、強敵が存在し、退屈と無縁の世界だった。
ユウキは歓喜し、この世界での自身の存在意義を知る。
この世界に、破滅を齎そう。止められるものなら、止めてみせろ!
それが、ユウキの行動原理。
理不尽な世界への歪な報復。
だから、ユウキは焦る事は無い。失敗しても構わない。
もし成功したならば、それは世界が滅ぶ事になり、最高の快楽と
愉悦の中で死ねるだろう。
もしかすると、新たな世界を創造し、神になる事も可能かも知れ
ないけれど⋮⋮そこまではユウキは望んでいない。
1927
彼の望みは、世界への挑戦。歪んだ望みを叶える事なのだ。
ユウキはその天才性で、世界の仕組みを理解した。
まずは自身がこの世界に呼ばれた原理を解明、ユニークスキル﹃
召喚者﹄を生み出す。
続いて、カザリームの能力から、ユニークスキル﹃支配者﹄を創
造した。
彼は、仕組みを解明した能力を任意で創造し、切り替えて使用す
る事が可能だったのである。
その後も、出会う者から思うがままにスキルを解明し、数多の能
力を獲得する。
天才の名に相応しい、圧倒的な力を手に入れる迄に、然程の時間
を必要としなかった。
ヒナタから得たのは、ユニークスキル﹃強奪者﹄である。﹃数学
者﹄は必要なかった。何故なら、彼の思考速度の方が上回っていた
のだから。
元の世界では、脳神経が焼ききれて不可能な程の演算速度でも、
この世界では何の問題もなく可能である。
その理由は、この世界に召喚された際、肉体の構成も全て書き換
リミット
えられて、精神生命体の一種に変じていたからだ。
故に、ユウキはこの世界の限界を突破していたのである。
十年も経つと、ユウキは自身の力が魔王に匹敵する事を確信出来
た。だが、油断はしない。
まるで姿の変わらない自分の姿を見ても確信出来るけれど、既に
自分には寿命は関係ない事を、ユウキは気付いていたのだから。
まったく焦る必要は無いのだ。確実に、そして慎重に。
ユウキは自身の望むまま、ゆっくりと計画を進めていく。
魔王に勝てるかも知れないが、確実ではない。なので、先ずは切
り札を手に入れるのだ。
その為に、あらゆる情報網を駆使し、情報を集めていった。
1928
カザリームやクレイマンを利用して、十大魔王を調査させる。だ
が、その二人から得たのは圧倒的強者が存在するという情報。
計画を修正する必要があった。
個々に魔王を撃破するつもりであったが、頂点の魔王二人は、ど
うやら次元が違うようである。
そこで、何体かの魔王を手駒とし、策を弄して勝利するという方
針を選択した。
レオンに対する、少女クロエ。
ルミナスに対する、眠れる勇者。
リムルに対する、子供達。
ところが、少女クロエは、眠れる勇者だった。
手駒としていたヒナタも失う事になる。だが、それは仕方ないの
だ。
勇者クロエと交わした契約。
不完全な目覚めたばかりの勇者に対し、ユニークスキル﹃支配者﹄
による全力支配を試みた。
ユウキの持てる全エネルギーを、たった一つのスキルだけに集中
させる。そこまでしても、完全に支配する事が不可能な存在。
全ての計画を中断し、勇者を支配する事にした。
﹁やがて、子供達を救出する為に、ヒナタがここへやってくる。
その時は、私がヒナタと戦う。だから、邪魔をしないで欲しい﹂
予言めいた事を言う勇者クロエと、賭けをしたのは失敗だった。
ユウキの予想で、やって来るのは魔王となったリムル。
リムルが来た場合は、クロエに戦わせて、その隙に支配するつも
りだったのだ。
だが、その賭けが失敗した事により、ユウキは己の考えの甘さを
1929
悟る。
勇者クロエは、恐らくだが、この世の理から外れた存在である、
と。
を刻む事には成功している。
を、ほぼ全て使用不可能にした上で、だけれど
呪いの刻印
自らの支配能力でも、支配しきれぬ存在であり、解析でも底が見
えない存在。
魂の力
だが、幸いにも、
自分の
も。
そこまでしても、命令は三つのみ。だが、この少女の可能性は計
り知れないものがあった。
計画は、全て失敗。
だけれども、この勇者を得た事は、それ以上の意味を持つ可能性
がある。
何よりも⋮⋮
滅茶苦茶、面白くなってきた!
目の前には、魔王レオン。
この男も、自分よりも格上なのは間違いない。
ユウキの能力で、読みきれ無い相手なのだ。
ユウキの能力ならば、普通のユニークスキルなら即座に解析可能
である。
それが出来ないのならば、相手の能力はユニークスキル以上。
霊子崩壊
だ。
ディスインティグレーション
カザリーム曰く、全てを崩壊させる光の本流、だという。
思い当たるのは、ヒナタの用いる
聖なる最強魔法である。
それを、詠唱も必要とせず無尽蔵に、瞬間的に発動したらしい。
今使われたら、負ける、よね?
そう考えるだけで、身震いするほどの興奮が齎され、
そして。
1930
アルティメットスキル
マモン
︽確認しました。究極能力﹃強欲之王﹄を獲得・・・成功しました︾
世界の声が響き渡る。
この日、この時、この場所で。
最悪の魔人が誕生したのだ。 1931
133話 レオンvsユウキ −前編−︵前書き︶
申し訳ない、一話で書き切れ無かったです。
1932
マモン
133話 レオンvsユウキ −前編−
アルティメットスキル
究極能力﹃強欲之王﹄とは、奪う事に究極特化した能力であると
言える。
最悪の人物に、最悪の能力が与えられた、事になる。
現状では、ユウキが圧倒的に不利であった。クロエを参戦させる
ならば状況をひっくり返す事も出来るかもしれないが、それは避け
たいというのがユウキの本音である。
ユウキに対し、直接的な邪魔をしない
という命令
クロエに命令出来る回数は、3回だった。ところが、その内の一
回を消費して
を下している。
ねがい
これは、クロエの能力に対する最大級の要求であった。全ての命
令に従わせるなどという命令は、3回分全てを使用しても不可能だ
ったのだ。
支配呪
が解除される可能性も
クロエが敵対しないように、釘を刺すのが精一杯だったと言う事。
とはいえ、覚醒したクロエに対し
考えるならば、必要な措置であったと考えている。
魂の契約書に基づくクロエとの契約だったけれど、それでも尚、
アルティメットスキル
ユウキの魂の力を全て注ぎ込み、ようやく維持している状態だった
のだ。
そして今、ユウキ自身が究極能力に目覚めた訳だが、自分の考え
が間違っていなかったと実感する。
クロエは戦闘に特化している。だから簡単に解除出来なかったよ
うだけれども、実際に時間をかければ魂の契約すらも解除可能であ
ると、ユウキは理解したのだ。
紙一重で、クロエを逃す所だったのである。
﹁なるほど⋮⋮。やけに大人しいと思えば、僕との契約を解除しよ
1933
うとしていた、って事か﹂
肩を竦めつつ、ユウキは言った。
クロエは苦々しい表情で、無言を貫く。
その試みが成功したかどうかはともかくとして、試していたのは
間違いないのだろう。
まあ、それは当然か、とユウキは思う。馬鹿で無いならば、正直
に言いなりになっている方が不自然なのだし。
﹁まあいいさ。間一髪って所かな。さて、レオン。続けようか?﹂
クロエの反応に頷きつつ、レオンに向かって構えるユウキ。
その表情には余裕が浮かび、対するレオンは面白くなさそうな顔
アルティメットスキル
をしていた。
互いに究極能力を持つ者同士。最早、レオンの優位性は失われて
いるのだ。
アルティメットスキル
状況は、それでもレオンが有利であった。
ユウキは究極能力に目覚めたが、エネルギーは回復していない。
クロエ支配にまわしたままなのである。
もう一つの切り札は、出来れば切りたくないと考えているユウキ
にとって、なるべく今の手持ちで勝負したい所であった。
シルバーナイト
そうしたユウキの考えにより、状況は未だに悪いままである。
ブラックナイト
銀騎士卿アルロスとカガリが差し向かいで戦っている。その勝負
は互角であった。
レッド
ブルー
その隙に、レオンの部下の中でも最強の騎士である黒騎士卿クロ
ブラックナイト
ードと、赤騎士と青騎士の二名によるユウキの部下達との戦闘が行
われている。
戦況は、圧倒的に黒騎士卿クロード達が押していた。
1934
10名以上いたユウキの部下達は、今や5名にまで数を減らして
いる。今も、クロードの一撃により一人倒れている。
これで、残り4名。雑魚を掃討し、カガリと戦うアルロスの援護
にまわるという作戦なのだ。
﹁ちょっと、ユウキ様! このままでは、ワタクシが殺されてしま
いますわよ!?﹂
かなり必死の形相になりつつ、アルロスの攻撃を回避するカガリ。
そちらを見やり、
﹁ホント、君って弱いよね﹂
呆れたように、カガリに答えるユウキ。
﹁でもまあ、やられっぱなしというのも気に食わないし、そろそろ
反撃しようかな?﹂
レッド
そう言って、スッと赤騎士の背後に移動する。
そのまま、切りつけてきた剣を避けながら、
スティールライフ
﹁奪命掌﹂
レッド
レッド
トンっと、赤騎士の胸に手を添えた。
ブルー
レッド
ユウキの手が離れると同時に、赤騎士はその場に崩れ落ちた。
レッド
﹁赤騎士?﹂
﹁姉さん!﹂
ブラックナイト
黒騎士卿クロードと青騎士の問いかけに、赤騎士は答えない。
1935
レッド
というより、答える事は出来ないだろう。何故ならば、赤騎士は
既に死んでいたのだ。
﹁呼びかけても無駄だと思うぜ? だって、その人、僕が命を奪っ
たし﹂
これで少しは力が回復したっぽいな、などと言いながら、ユウキ
は事実を冷酷に告げた。
それは、最早戦闘では無いのだ。
奪う者と、奪われる者。
レッド
ブルー
両者の間には、絶望的な迄に差が開いていたのである。
ユウキの部下を全て倒し、赤騎士に駆け寄った青騎士は、ユウキ
の言葉が事実である事を確認する。
彼の姉は、一切の抵抗を許されず、死んでいたのだ。
﹁貴様!﹂
ブルー
激昂する青騎士だが、
﹁おいおい、喧嘩吹っかけて来たのは、そっちだぜ?
僕の部下達を殺しておいて、自分達が同じ事されて怒るのは筋違
いだろ?﹂
とのユウキの言葉に、殺意をより募らせる。
そしてレオンは、ユウキの能力を見て、状況の悪化を悟る事にな
る。
レオン
目覚めたばかりだというのに、ユウキは既に能力を完全に使いこ
なしているのだ。そもそも、自分と同じ土俵まで上ってくる事自体、
計画外の事である。
レオンはユウキを舐めてはいなかった。その怪しさと危険度の高
1936
さから、ユウキが成長する前に排除すべきと結論を下したのである。
早くクロエを救出したいという思いもあったのは確かだが、それ
だけで独断行動を取る程、周りが見えていなかった訳では無い。
だからこそ、この状況になった以上、一度仕切り直す必要がある
と考えている。
ユウキの部下は全て始末し、残るはカガリと言う名の女性一人。
自分に対する憎々しげな視線が気になるが、実力は大した事が無さ
そうだ。
触れるだけで、抵抗出来ずに相手の命を奪う能力に対しては、自
分の部下達では分が悪いとレオンは判断する。
﹁一度撤退する﹂
レオンは決断し、即命令を発した。
﹁レオン様、ワシが殿を務めましょうぞ!﹂
ブラックナイト
黒騎士卿クロードがそう叫び、レオンの前に出てユウキ達からの
壁になった。
﹁あら? レオンともあろうお人が、逃げるのですか?
そんな事、許されませんよ?﹂
アルティメットスキル
カガリが艶然と笑みを浮かべ、周囲の樹木を操り、レオン達の退
路を塞いだ。
メタトロン
しかし、その程度でレオンを封じる事は不可能である。究極能力
﹃純潔之王﹄の光を手の平に宿し、強引に樹木を消滅させ、道を切
り開く。
そのまま転移魔法を発動させようとしたレオン達だったが、その
顔に戸惑いが浮かんだ。
1937
﹁はは、ここでは転移は出来ないぜ? 知らなかっただろう。
この場所を選んだ理由の一つが、この場所からの転移脱出を封じ
られるというものなんだ﹂
嬉しそうに、ユウキが話しかける。
そして、転移失敗による隙を見逃さず、
オーバーライト
﹁奪心掌﹂
ブラックナイト
黒騎士卿クロードの肩に、ユウキの手が触れた。
レッド
一瞬の油断を突かれたにも関わらず、回避行動を取るクロード。
そのお陰か、赤騎士と異なり、崩れ落ちる事は無かった。
いや、様子がおかしい、とレオンが気付いた時、
﹁ユウキ様、ワシの名は、クロードと申します。何なりと、ご命令
を!﹂
ブラックナイト
黒騎士卿クロードが、ユウキに対し跪いた。
最悪の展開。
ユウキが奪えるのは、命だけでは無いのだ。
命、能力、そして心さえも。
魂に刻まれた忠誠心であろうとも、魂の情報の書き換えを行う事
アルティメットスキル
マモン
により、自身に対する忠誠心を植え付ける事も可能とする。
それこそが、ユウキの究極能力﹃強欲之王﹄の能力だったのだ。
﹁あはは、これでクロエを除いて、三対三になったね! ようやく
互角、かな?﹂
楽しそうにユウキが笑い、
1938
﹁流石、良い性格をしていますね、ユウキ様は⋮⋮。
でも、レオン。貴方のそんな顔が見れて、ワタクシも嬉しいです
わ﹂
カガリことカザリームも、嬉しげに笑みを浮かべる。
﹁貴様、クロードに何をした?﹂
レオンの問いに、
﹁君の部下を奪っただけだよ。誰でもいいってわけじゃないんだぜ?
対象の心に、誰かに対する忠誠心が無い場合は、成功しないんだ
オーバーライト
し。
奪心掌は、対象の心の忠誠を誓った相手を、僕の名前に書き換え
る能力って感じだね﹂
ブラックナイト
ブ
自分でも、使い心地を確かめるように黒騎士卿クロードを眺めつ
つ、御丁寧に返事するユウキ。
クロードの様子から自身の能力の成功を確信し、
チカラ
﹁でもこの能力、案外使える感じだよね﹂
と、満足気に笑う。
悪意の塊というべき、その能力。
忠誠の高い者程、簡単にユウキの手に堕ちると言う事なのだ。
ラックナイト
カガリはレオンの絶体絶命の状況に狂喜し、寝返ったばかりの黒
騎士卿クロードは、自身の心の変化に動じる事もなく自然にレオン
に剣を向けた。
ユウキの言う通り、クロエを除くと戦況は三対三である。
1939
しかし、状況は圧倒的なまでにレオンに不利となっていた。
さて、その不利となった状況の中。
レオンの心に動揺は無い。
ユウキの性格を読むなら、何らかの罠を仕掛けているというのは
予想の範疇である。
未だ発動していないようだが、その罠の本質にも薄々思い至るモ
ノがあった。
転移魔法を封じる程の磁場の乱れと、漂う瘴気。竜の多く棲む山
を少し外れている、人の寄り付かぬ秘境。
この情報から思い至る逸話がある。だとするならば、ここに⋮⋮
しかし、その予想が正解で罠を発動されたとしても、レオンには
さしたる不都合は無かった。
︵確かに、リムルやルミナスならば、魔の属性の二人ならば、アレ
を相手するのは骨だろうな︶
と、内心で呟く。
チラリとクロエを見やると、目に光が煌いている。
状況に絶望していない、強い意思を感じさせる瞳であった。
レッド
一度忠臣であったクロードを見て、もう一度クロエに視線を戻す
と、クロエが微かに頷いた。
︵何とか出来る、という事か? 赤騎士は流石に無理だろうが⋮⋮︶
状況は自分にとって都合が悪い、そうユウキは考えているようだ
が、レオンにとっては部下がどうなろうと然程の不都合も無いのだ。
利用出来るから使ってやっているだけだし、守ってやる義務は無い。
レオンの部下の誰に聞いても、レオンに守って貰いたいと答える
者は居ないだろう。
寧ろ、自分達がレオンの盾となり死ねるならば、それ以上の喜び
は無い、と答えるハズだ。
1940
︵だからと言って、死なれて嬉しいわけでもないが、な︶
一度撤退をと考えたのは、部下が邪魔になるからである。
レオンが本気を出す時、周囲の者を巻き込むのだ。そういう理由
があったからこそ、リムルやルミナスとの共同作戦をとらず単独で
やって来たのだから。
それでも一度引こうと思ったのに、部下であるクロードを奪われ
た。
レッド
最早、許す事は出来ない状況である。
レオンは赤騎士を見て、静かに内心の怒りを押し殺す。レオンは
王であり、部下の死如きで動揺するなど、あってはならないのだ。
敵は、ユウキとカガリ。
クロードはレオンの配下最強ではあるが、手の内は全て知ってい
る。レオンの敵では無いのだ。
カガリ、どこか覚えのある技を使う女魔人だ。どうもレオンに対
する恨みがあるようだが、記憶にない。
あっても、一々雑魚の恨みつらみを覚えていてやるほど心は広く
ないのだ。見たところ操作系や呪術系を得意としているようだが、
話にならないレベルであり脅威では無い。
この女も無視しても良さそうだ、とレオンは考えた。
アルティメットスキル
ならば、敵はユウキ一人である。
ユウキは厄介な事に、この場で究極能力に目覚めたようだ。本当
に、どこまでも悪運の強い男である。
だが⋮⋮。
そこでレオンは薄く笑みを浮かべた。
アルティメットスキル
﹁知っているか? 究極能力にも、天と地ほども格の違いがある、
という事を!﹂
﹁何だって?﹂
﹁気が変わった、撤退は無しだ。貴様は此処で葬っておこう﹂
1941
アルティメットスキル
レオンの持つ究極能力は、光系の最高位。魔に属する能力者への
アルティメットスキル
天敵とも言える存在なのだ。
そして、レオンは他にも究極能力を持つ者を知っている。
暗黒皇帝
ギィ・クリムゾン︱︱
ロード・オブ・ダークネス
嘗て対峙し、戦いとも呼べぬ程に圧倒的に敗北した経験があった。
︱︱
アルティメットスキル
最強の魔王である、彼。
レオンの持つ究極能力を駆使し、全力で挑んだ。けれど、結果は
完敗。
カザリームを倒した後、フラリと訪れたギィ・クリムゾンに勝負
を挑まれたのだ。勝てば好きにしてよし、負ければ魔王としてギィ
の仲間になる。そういう条件で。
レオンは殺すつもりでギィに挑み、ギィは戯れるようにレオンの
はいぼく
全ての攻撃を防いでみせた。
アルティメットスキル
その経験が、レオンを強くした。
結局の所、究極能力を得た絶対者同士の戦いにおいては、相手の
能力を先に理解した方が勝つ。
理解し得ぬ程の圧倒的強者ならば、何をしても敗北を免れないの
アルティメットスキル
だ。レオンにとって、ギィが絶対者であったように。
そして、究極能力を持たぬ者が、持つ者に勝つ事は不可能であろ
アルティメットスキル
う。それこそ、数を用意し挑まぬ限りは。
ユウキがここに来てレオン同様の究極能力に目覚めたのは計算外
だが、それでレオンが敗北するかというとそうは思えない。
レオンは数百年かけて、自身の能力を熟知しているのだ。目覚め
たばかりの者では、能力の把握は完璧ではないのだから。
そして、この状況で良かったとも思う。闇に紛れて能力に目覚め、
使いこなされてしまっては面倒な事になっただろうから。
ユウキ
カグラザカ
︵その脅威の芽は、ここで摘み取っておくべきだろうな︶
レオンは、目の前の邪悪な少年、神楽坂優樹を、殺すべき敵とよ
うやく認めたのだ。
1942
ユウキは、目の前に立つ金髪の美男子、レオン・クロムウェルの
雰囲気が変じた事を察知する。
レオン
ブラックナイト
何だ、何か様子が⋮⋮? と、思う間も無く。
ブラックナイト
閃光が、黒騎士卿クロードを吹き飛ばすのを認識した。
強烈な素手の一撃で、黒騎士卿クロードの漆黒の鎧上半部が破壊
され、クロードを戦闘不能にする。
丁度クロエの位置付近に吹き飛ばされたクロードを見て、舌打ち
しつつ、
﹁クロエ、そいつの手当てくらいは出来るかい? せっかく仲間に
したんだし、死んだ部下の代わりにしたい﹂
と、クロエに声を掛けた。
﹁ええ、いいわよ﹂
どこまでを命令と判断するのか? それには明確な決まりがある。
呪印を用いないならば、それは命令ではなくクロエの意思として
処理されるようだ。
その事はここ数日の遣り取りで熟知しているので、気兼ねなく頼
む事が出来る。
しかし今の攻撃速度は、ユウキがギリギリ反応出来るかどうか、
レオン
という程に速いものだった。
どうやら、本気で魔王を怒らせてしまったようである。
︵これほどかよ! 身体能力が異常に高い僕でも、全力出されたら
危険じゃん。
わざと怒らせてみたけど、失敗だった、かな?︶
などと、この状況でもふざけた事を考えるユウキ。
1943
ブルー
﹁お前達は、先に帰還しろ。そして、状況をリムルとルミナスに知
らせて来い﹂
シルバーナイト
レオンの命令に、銀騎士卿アルロスと青騎士はただ頷くしか出来
ない。
自分達の主であるレオンが本気を出して戦うならば、彼らは足手
ブルー
纏いであると自覚していた。何よりも、敵の術でレオンの足を引っ
張る事になる恐れもある。
姉を殺され思うところのある青騎士にしても、戦況が読めない程
の無能では無かった。文句も言わずに飛翔魔法で高速離脱を開始す
る。
二人が速やかに離脱を開始したのを確認し、
﹁させないわよ!﹂
カガリが樹木を操り妨害しようとしたのだが、
﹁貴様達は、俺を舐めているようだな﹂
レオンの放つ光で、樹木は全て崩壊し、消え去った。
﹁げ、げぇ!!﹂
レオンの攻撃が自分に向けられそうになったのを察知し、カガリ
は素早くクロエの背後に廻り込む。
﹁ちょ、ちょっとクロエちゃん。ワタクシも一緒に守ってくれるわ
よね?﹂
1944
ずうずうしくも、クロエの防御結界に混ざろうとするカガリ。
呆れたように、
﹁別に、構わないですけど⋮⋮﹂
とクロエが答えると、
﹁まあ! やはり、クロエちゃんは優しいわね。流石は勇者!﹂
カガリは嬉しそうに、クロエに頬ずりし、クロエは嫌そうにそれ
を押しのける。
﹁まあいい、順番が異なるだけの話だ﹂
レオンの言葉に、
﹁ちょ、ちょっとユウキ様! あんな事言ってますよ!?
貴方、本当にあの魔王に勝てるのでしょうね?﹂
トラウマ
昔の敗北を思い出しつつ、本気で怯えたカガリが叫ぶ。
最早、形振り構っている余裕など無かった。
何しろ、数百年ぶりに見る、レオンの姿。
それは、未だ癒えないカザリームの心の傷となっているのだから。
﹁君って、本当に⋮⋮良い性格してるよね⋮⋮
まあいいや。黙って見てろよ、僕が勝つから﹂
実は、ユウキにしてもそこまで余裕がある訳では無い。
レオンの部下が逃げた時、追いかける事も考えた。しかし、レオ
ンの様子を見て思いとどまる。
1945
明らかに、レオンには余裕があり、レオンを無視して行動するの
は自殺行為だった。カガリが取った迂闊な行動も、ユウキまで動い
ていなかったから直接狙われずにすんだだけの事。
いや、その気になれば狙えたのだろうが、レオンの部下を見逃し
たお返しとして見逃して貰っただけのようである。
そして恐らく、レオンの光を放った能力から予測するに、周囲を
巻き込む恐れのある攻撃なのだと考える。
部下が居ては本気を出せないから逃がしただけ。多分、この予想
の方が正解だと思えた。
︵まいったね、虎の尾を踏んじゃった気分だよ︶ ユウキはそんな事を考えつつ、しかし、その表情には笑みが浮か
んだままだ。
本当に、リムルやルミナスに応援を頼んだのだとしたら、自分に
は勝ち目が無い。
切り札を切った上で、最悪の手段に頼る事になる。
その手を使えば、仮にレオンに勝てたとしても、ユウキにとって
は敗北だ。
さて、どうするか。
クロエを使えば、勝負は簡単に決まるだろう。しかし、レオン一
人を倒すのに、クロエを使うのは勿体ない。
それに、魔王一人ならば、切り札を用いるだけで何とかなるかも
知れない。
ならば、先ずは腕試し。
せっかく手に入れた能力だ、使ってみないと損である。
﹁さて、レオン。君って、僕の思ってた以上にヤバイ奴だったみた
いだね。
でもまあ、勝つのは僕だけどね﹂
﹁好きなだけ戯言を言うがいい。お前は、魔王を舐めている。現実
を教えてやろう﹂
1946
両者の間に戦いの意思が弾け合い、天と地の間に蒼白き放電が走
り始める。
お喋りの時間は終わった。
そして、戦闘が始まる。
1947
133話 レオンvsユウキ −前編−︵後書き︶
実は、決着を未だに迷っていたり。
結果は決まってるんですが、話の流れをどうするか⋮⋮
1948
134話 レオンvsユウキ −後編−
レオンとユウキの戦闘が開始した。
光が空中で弾け合い、地面が衝撃で巻き上げられる。
佇むクロエにも、衝撃の余波が襲い掛かった。クロエの背後に隠
れるカガリは、首を竦めて目を見開く。
﹁ちょ、ちょっと! 一体どうなっているのよ!?﹂
余りにも早すぎる高速戦闘であり、カガリの知覚能力では残影が
見えるのみ。
どちらが有利なのかすら、わからない始末である。
﹁状況は、一見互角に見える。けれども⋮⋮﹂
﹁︱︱けれども?﹂
﹁レオンお兄ちゃんの方が、余裕を残し、思い通りに状況を導いて
いる、ように見える﹂
私はそれ程解析が得意ではないのよ、そう言いつつ、クロエが見
たままを伝える。
﹁はあ? 見える、ってアヤフヤだわね。で、どっちが勝ちそうな
の?﹂
クロエは暫し沈黙し、
﹁このままなら、レオンお兄ちゃんが勝つ﹂
1949
断言した。
﹁フン。まあいいわ。ワタクシも断言するけど、ユウキ様に敗北は
無い。絶対に﹂
力を込めて言い切るカガリ。
ブラックナイト
クロエはカガリをチラリと見やり、否定も肯定もしなかった。
何も言わず、黒騎士卿クロードに翳していた手を放す。レオンの
一撃で、酷く大怪我をしていたクロードは、今は傷跡も判らぬ程の
状態だ。黒鎧まで完全に再生しているのだから、驚きである。
目を開けるクロードの唇にそっと指を這わせ、クロエは小さく首
を振る。それだけでクロードを意識の外に追いやり、クロエはレオ
ブラックナイト
ンとユウキの戦いへと意識を向けた。
黒騎士卿クロードは何も言わずに立ち上がり、クロエに並んだ。
﹁ちょっと、貴方は二人の戦いが見えているのかしら?﹂
立ち上がったクロードに、カガリが問う。
それに対し、言葉ではなく頷く事で返事とするクロード。
﹁ッチ。あんな戦いを目で追えるだけでも、アンタも十分に化け物
だったみたいね。
まあいいわ。どうせ勝つのはユウキ様だし、アンタも新たな主の
勝利を見届けるといい﹂
それだけ言って、カガリはつまらなそうに手頃な岩に腰掛けた。
角度的に、クロエの防御結界に守られるように位置取りするのは
流石である。
カガリにとっては自分の知覚を遥かに上回る戦闘であり、聊かの
経験にもならぬと悟ったのだ。それに、彼女はユウキの勝利を信じ
1950
ており、結果の見えた戦いに興味は無い。
クロードはカガリと異なり、自分の置かれた状況に戸惑ったまま
だ。
しかし、クロエに諭され自分の状況を不用意にばらす愚を冒さな
かった。実は彼の意識は、クロエによって、レオンに忠誠を誓った
状態に戻されていたのである。
オーバーライト
クロエの能力は、回復では無い。その本質は、時間の巻き戻し。
ユウキに上書きされた状態すらも、時間を元に戻す事で無かった
事にしたのである。周囲の時間をそのままに、部分限定された者の
みに能力の影響を及ぼす事が可能とする。
その能力は、ダメージだけに留まらず、全ての状態異常︱︱つま
レッド
りは、疲労や死亡さえも︱︱無かった事に出来る究極の力。
ただし、残念ながら赤騎士の復活は不可能であった。ユウキが奪
った力を使用してしまっている為、既に干渉出来なくなっているの
だ。
絶対的な力ではあるが、万能では無い。
その事は、クロエが熟知している。まして、彼女はまだ能力に覚
レッド
醒したばかりであり、完璧に使いこなせる訳でも無いのだ。
レッド
赤騎士の復活までを彼女に望むのは酷であるだろう。彼女を責め
る者は居ないのだが、彼女は悲しげに赤騎士をみやった。
彼女に出来る事は無く、これ以上勝手には動けない。
溜息を一つつくと、クロエは意識を戦いへと向けた。
レオンとユウキ。二人の戦いはまだ始まったばかりである。
しかし、意識を集中させたクロエの目には、大きく戦況が動く様
がハッキリと見えていたのだ。
1951
ユウキは、自分の考え違いに臍を噛む思いだった。
甘く見ていたのだ。
レオン・クロムウェル、新参の魔王。
元人間で、カガリ=カザリームを倒した魔王。
アルティメットスキル
カガリが弱すぎた為に、レオンの実力を低く見積もっていたと言
える。
幸いにも、自身が究極能力に目覚めたお陰で、今だに戦闘を続行
していられるけれども、もしも目覚めていなければ既に敗北してい
たのは間違いない。
︵って言うか、これ程強いとは思わなかったよね︶
今も繰り出された光の拳の一撃を受け流し、思考を重ねる。
受け流しつつも、大量にエネルギーを削られたのが実感出来た。
このままでは、どのみち敗北は時間の問題なのだ。
ユウキの能力は奪う事に特化している。相手のエネルギーを奪う
のが主流だ。この能力は、攻撃と同時に、回復にもなる通常ならば
攻守一体の万能技だと言えた。
相手がレオンで無ければ、の話である。
レオンの能力の属性は、光=浄化。つまりは、魔の属性を浄化す
る事に特化した、正に勇者に相応しい能力である。
そんな人物が魔王をやっているのだから、ユウキとしてはふざけ
るなという気分になるのも仕方ない話。
愚痴を言っても仕方が無いのだが、ユウキの目覚めた能力は悪魔
系、つまり魔属性だった。攻撃する度に浄化を受ける、つまりはダ
メージを受けるのだ。
奪ったエネルギーよりも、浄化される分が多い。まして、相手の
攻撃も全てを回避出来るわけでもなく、時間当たりのダメージ量で
は、完全に自分が負けている事を自覚せざるを得なかった。
︵やばい、かな? このままじゃ、負けてしまうよね︶
能天気にも思える思考を重ねつつ、次の策を思案する。
1952
最悪、クロエの投入? しかし、それは避けたい。それをしてし
まうと、世界を破滅に導く事が難しくなる。
理由は簡単。この世に存在する、最強存在、ギィ・クリムゾンと
ミリム・ナーヴァを倒す事が出来なくなるからだ。
そして、リムル。
一度会ったあのスライムは、異常だとユウキの直感が告げていた。
成長速度からして異常だが、こちらを見透かすような目で見つめて
くる。その視線は不快であり、どうしても見逃す訳にはいかないと
判断していた。
︵︱︱まさか、リムルさんが僕の本質を見抜いたとも思えないけど
⋮⋮。
それでも、あの人は、さっさと始末しないと危険な気がするな︶
そういう事であった。
クロエを使用する場面は、ここ一番が望ましい。
二名の強者と、一名の危険人物。
ミリムは、その性格故に、結構簡単に騙せそうだと判断していた。
故に、問題なのはギィとリムルである。
ユウキの判断では、ギィ相手ではクロエだけでは不安であると考
えている。だからこそ、リムルを始末させる。
その後、クロエとギィを争わせて、同時に二人を始末するという
計画だったのだ。
クロエを今動かしたら、リムルを倒すのが難しくなりそうだ。そ
ういう予感があったのである。だからこそ、ユウキはクロエに命令
する事を選択しない。
さて、ではどうしたものか?
クロエに書かせた契約書には、ユウキの命令を邪魔しない、とす
るので精一杯だった。けれど、ちょっとした命令ならば問題ない。
恐らくは、クロエの人の良さによるものだろうが、ちょっとした頼
みならば聞いてくれる。
だが、流石にユウキ達を守りつつ、ここを撤退というのは無理だ
1953
ろう。
︵やって来たのが、リムルとルミナスだったならば、計画通りだっ
たのに⋮⋮︶
ユウキは、一つ溜息を吐くと、迷いを捨てて切り札を一つ、切る
事にした。
レオンの強さを見誤った事を後悔するのは、ここを脱出した後で
行う事にする。そろそろ決断せねば、冗談では無く敗北する事にな
るだろうから。
﹁はは、レオン。ゴメンね。君を過小評価し過ぎてた。
だから、とっておきの切り札を使わせて貰う事にするよ!﹂
﹁ふ、好きにしろ。無駄だろうが、な﹂
マモン
﹁そんな強がりを言って、後で卑怯だなんだと言わないでくれよ?﹂
アルティメットスキル
そして、ユウキは究極能力﹃強欲之王﹄に統合された﹃召喚者﹄
レッド
の能力を起動し、地面に極大魔法陣を描き始めた。
地面に転がる複数の死体。ユウキの部下達と、赤騎士のそれ。
その肉体が膨張を始め、一つの肉塊になる。
が娘に与えた
ユウキの描く魔法陣より這い出した、蠢く邪悪なる者が、その肉
星王竜ヴェルダナーヴァ
塊と一つに混じりあい⋮⋮
ドラゴン
狂った咆哮を放った。
ペット
嘗て、竜族の始祖たる
護衛竜がいた。
カオスドラゴン
とある王国に罠にかけられて殺された、大いなる力を持つ偉大な
るドラゴン。
その躯は、主たる少女の進化と同時に、凶悪な力を有する混沌竜
へと変貌した。
魂無き悲しさ。善悪を超越した、破壊の化身へと転じたのだ。
主たる少女はその事を嘆き、誰にも知られぬように封印したとい
1954
う。
しかし、長き年月が経ち、その身から湧き出る瘴気が周囲の環境
を蝕み始める。
邪悪な瘴気の原因究明という調査依頼を受けて、自由組合が原因
に行き着くのは自然な流れであった。
カオスドラゴン
﹁目覚めよ、混沌竜! お前の真なる主はこの僕だ!﹂
目覚めた竜を用い、追っ手たる魔王を始末する。
アルティメットスキル
マモン
当初の計画では、この竜が暴れている隙に脱出する予定だった。
カオスドラゴン
しかし、今は違う。今は、覚醒した究極能力﹃強欲之王﹄により、
混沌竜の主はユウキとなった。
カオスドラゴン
目覚めたばかりだというのに、圧倒的な威圧感を放ち、急速に周
囲の魔素を吸収し力を付けていく混沌竜。
ブレス
全長20mを超える、竜族の直系。今や、その最強竜が、ユウキ
の意のままに動くのだ。
その咆哮、そして噴出す瘴気の吐息にて、山腹から頂上にかけて
カオスドラゴン
カオティックブレス
の岩肌と樹木が腐食し、崩れ落ちる。
混沌竜の能力、瘴気呪怨吐息の効果であった。
ユウキは笑顔を浮かべ、カガリは青褪める。
クロードは表情が見えないが、自身の主であるレオンを信じてい
る様子。
カオスドラゴン
そして、クロエは拳を握り締める。万が一、レオンが敗北するよ
うならば、自分が混沌竜を滅ぼす決意を込めて。
﹁ははは! どう? 余裕ぶってるからこういう事になるんだぜ?
今、僕に忠誠を誓うなら、快く仲間に迎えてあげるけど、どうだ
い?﹂
ユウキの提案を、鼻で笑うレオン。
1955
彼は、この展開を読んでいた。その上で、召喚を邪魔しなかった。
それはつまり⋮⋮
カオスドラゴン
﹁やはり、混沌竜だったか︱︱。
愚か者め、太古の亡霊を蘇らせるなど、竜皇女ミリムの逆鱗に触
れるぞ?
ユウキ
カグラザカ
魂の繋がりが切れたら直ぐにミリムにも伝わるだろう。
お前は終わりだよ、神楽坂優樹﹂
﹁⋮⋮なるほど、ね。気付いてて僕に好きにさせたって訳かい。
に次ぎ、自然界
でもさ、ミリムが来る前に、君は死ぬんじゃない?﹂
﹁ッフ、試してみるか?﹂
カオスドラゴン
竜種
表情を消し、ユウキは混沌竜へと命令を下す。
目の前の敵を殺せ! と。
カオスドラゴン
混沌竜は、間違いなく強い。その力は、
に発生する魔物達の最上位に君臨するだろう。
だが、心なき魔物は、知恵もまた無いのだ。理論だった攻撃も出
来ず、暴れるだけの暴力の化身。
以前の、覚醒もしていない魔王達だったならば、その圧倒的なエ
ネルギーによる力押しでも上回れたかも知れない。しかし⋮⋮
カオスドラゴン
レオンは天才であり、しかも属性は光=浄化。
混沌竜の天敵とも言える存在であった。
﹁もう一度、言ってやろう。貴様は、俺を舐めている。
わざわざ召喚の時間をやったのは、今のお前が何をした所で、絶
望的なまでに力の差があると知らしめる為だ。
見せてやろう、この俺の力の一端を!﹂
言葉と同時、レオンが黄金の光に包まれる。
その背に生じた黄金の翼。それは、純粋な光のエネルギーで構築
1956
されている。
エンジェル
種族としての天使族に酷似してはいるが、本質は全く別のもの。
フレイムピラー
36対72枚の翼は、光の本流そのものであった。
ゴッズ
そして、その手に顕現した聖炎細剣を持つ。
神話級のレイピアであり、レオンの所有する最強の剣。細くしな
ゴールドサークル
やかな刀身には、美しい蒼白い炎の紋様が浮き出ていた。
レジェンド
レオンは、剣を片手に、左手に黄金円盾を構える。
此方は鎧と同様に伝説級ではあるが、レオンの聖気と混じりあい、
高い防御力を有していた。事実上、魔属性の攻撃では、浄化により
ダメージを半減以下に抑える事が可能である。
カオスドラゴン
完全武装したレオンは、表情を無くしたユウキを一瞥し、興味を
失ったように混沌竜へと視線を移す。
そして、
トライアングル・ピラミッド
﹁殺すとミリムの恨みを買いそうだな。ならば、再び眠りにつかせ
るまで!
聖霊よ舞え! 対魔封三角錐聖結界!!﹂
カオスドラゴン
四柱の小さな三角錐の形状をした、クリスタル状の聖霊が、レオ
ホーリーフィールド
ンの意思に従い混沌竜を包み込む大きな三角錐を形成する。
それは、聖浄化結界をも上回る、聖属性の究極結界であった。
レオンの構築した結界には、[効果:永続]が付与され、囚われ
た者を封じ込める。﹃無限牢獄﹄に並ぶ最上級の封印術であった。
いや、対象が魔属性であるならば、その効果は上回っているかも知
れない。
この結界の存在こそが、唯一レオンがギィに勝利する可能性を生
じさせている。最も、ギィならば瞬時にその結界の危険性を察知し、
囚われる事が無いだろう。故に、策を弄し、一万回に一度勝利出来
るかどうか、というレベルでの成功率なのだが⋮⋮
ただし、対象が理性なき魔物であるならば、防ぐ術は無い。
1957
カオスドラゴン
カオスドラゴン
哀れな混沌竜は封印を破ろうともがくが、無駄な抵抗というもの
であった。更に、結界の効果が発動し、混沌竜から魔素を吸い上げ
エ
て結界の強度を補強する。こうなっては、最早動くことも封じらて
しまった。
ネルギー
カオスドラゴン
ミリムが施した、生命循環の結界ではない以上、如何に強大な魔
素量を有する混沌竜であっても、このままでは100年足らずで消
滅する事になる。
レオンはその事で、自分がミリムに恨まれる可能性を考えるが、
その時は封印を解除しミリムに任せれば良いと考える。八つ当たり
でミリムの不興を買うと面倒な事になるが、今考える事ではない。
カオスドラゴン
結界に調整を加えると、そのまま躊躇わずに地中に埋め込んだ。
結局、混沌竜は一瞬でレオンによって再封印される事になる。
それは戦闘とも呼べぬ、圧倒的なまでのレオンの強さを象徴する
出来事だった。
﹁さて、貴様の切り札はこれで終わりか? 終わりなら、次は俺の
番だな﹂
ユウキに視線を戻し、冷酷に告げるレオン。
立場は完全に確立し、ユウキがレオンに勝つ事は出来ないと思わ
れる。
だが、
﹁あはははは! まさか、これ程、とはね。魔王、凄いよ!
正直、舐めてた。でもさ、既にその竜の力の源は奪ったから、も
う要らないよ。
君から受けたダメージも回復したし、ね。
さて、そろそろ本気を出すかな﹂
ユウキの言葉通り、ユウキの両手を竜鱗が覆い、その身を先ほど
1958
カオスドラゴン
混沌竜を覆っていた瘴気と同質の気が覆っている。
それはやがて、竜の鱗を彷彿とさせる、黒く禍々しい鎧へと変質
した。
レオンは自身が施した結界を地上へ戻し、
﹁貴様!﹂
カオスドラゴン
ユウキに向けて叫ぶ。
コア
混沌竜は、骨と化し、そして風化し崩れ去ったのだ。
ユウキの言葉通り、全ての中心たる核を奪われ、力を失った結果
である。
これでは、ミリムの怒りが! そう、レオンが思った瞬間︱︱
﹁そんな心配をしている場合じゃないと思うけど?﹂
先ほどに比べるべくもない速度で、レオンの背後に跳躍するユウ
キ。
そして、背後から強烈な蹴りがレオンを襲った。
竜の力を奪い、竜戦士と化したユウキ。更なる追撃をかけ、レオ
ンを仕留めようと動き出そうとした瞬間、
﹁調子に乗るなよ、虫けらが!﹂
黄金の光が激しく放たれ、辺りを真っ白に染め上げる。
目を開ける事も出来ぬ光の奔流の中、純白金の鎧に身を包む、怒
れるレオンがユウキを睨む。
その背に再び出現した、36対72枚の翼。結界を使用した際に、
消滅していたが、無尽蔵とも言えるレオンの霊気にて再構築された
のだ。
1959
レオン
ユウキ
光天使vs竜戦士
その勝負は、一瞬で決着がついた。
怒りに燃えるレオンが、ユウキの反撃を一切許す事なく、猛烈な
フレイムピラー
攻撃を加えたのだ。
聖炎細剣による光速に迫る速度の流麗な刺突技により、ユウキの
カオスドラゴン
全身は一瞬で血まみれになった。
混沌竜の力の結晶たる黒く禍々しい鎧は、浄化の力を有する剣に
耐えられず、粉々に砕かれる。
その力には、未だ、大人と子供以上の隔たりが存在していたのだ。
︵クソ、馬鹿な⋮⋮これ程だなんて⋮⋮︶
ユウキは、自身の自我が薄れ行き、消えて無くなりそうだと感じ
る。
このままでは、不味い。このままでは、敗北が確定してしまう。
何より⋮⋮
︱︱さて、そろそろボクの出番かな?
︵まだだ、まだ僕は負けてない!︶
ユウキは、消え入りそうな意識を掻き集め、
﹁無駄だ、と言っただろう? 貴様では、俺の動きに追従する事す
ら出来ない﹂
フレイムピラー
目の前に立つレオンの動きを見失い、聖炎細剣にて左腕を切り飛
ばされる。
激痛がユウキを襲い、既に力をコントロールする事も覚束なくな
ってきた。
地面に墜落し、蹲る。切られた腕を止血し、上空に浮かび自分を
見下ろすレオンを睨み付けた。
1960
最早、勝敗は決している。レオンの圧倒的なまでの実力を見誤っ
カオスドラゴン
ていたようだ。
アルティメットスキル
太古の竜、混沌竜の力を奪ってさえ、遠く及ばぬ実力の差。
レオンの言葉通り、究極能力に目覚めたとしても、天と地ほども
格に違いがあったのだ。
﹁終わりだな﹂
レオンが最後通牒を宣言すると同時、レオンを中心にユウキを取
り込む形で、積層型立体魔法陣が形成されていく。
!﹂
色鮮やかな色彩により、魔法陣はそれ自体が発光と明滅を繰り返
36式聖浄化霊子撃滅光崩
ホーリーブレイクダウン
し、瞬く間に完成した。
﹁滅びよ、
36対の翼から、煌く光が放たれる。
フォトン
その光は、積層結界に衝突すると乱反射を繰り返し、結界内を光
で埋め尽くした。
触れるものを崩壊せしめる、霊子光の乱舞。レオンの最大最強の
広範囲殲滅能力であった。
結界で覆う限定空間内の殲滅率は100%であり、逃れる術は無
い。
左腕を切断され、地面に蹲るユウキもまた、光に刺し貫かれその
身を無残に穿たれる。
霊子崩壊
の何千倍以上ものエネルギーが発生
ディスインティグレーション
結界内に光が満ちた時、霊子崩壊を起こし、この能力は完結する。
ヒナタの放った
し、結界内の全ての対象を崩壊させるのである。
そして、結界内が光に満たされた。
閃光。
魔法陣の消滅とともに、光も収まる。
1961
地上に立つのは一人の人物。
しかし、その人物は不機嫌そうに、
﹁逃がした、か﹂
と呟く。
そう。
地上に立つのは、レオン一人。
圧倒的なまでのレオンの実力を確認し自身の敗北を悟ったユウキ
は、左腕を切り落とされた時点で撤退を決断していたのだ。
その瞬間、最大限に持てる力を駆使し、思考誘導で僅かな時間を
稼いだ。
結界構築に集中していたレオンの隙を突いた、絶妙なタイミング
で、である。
しかし、褒められるべきはユウキであろう。最後まで勝負を捨て
ず、そのしぶとさは評価に値する。
だが、逃げられたという現実は変わらない。レオンは、協力を約
束した二人の魔王と、恐らくは怒り狂って向かって来ているであろ
う魔王少女に思いを馳せ、憂鬱な気持ちになった。
﹁やれやれ、此方の方がより深刻だ﹂
クロエを自由にするのはもう少し先になりそうだし、ユウキには
逃げられた。
今回の作戦は、完全に失敗である。
逃げる事に成功した時点でユウキは作戦勝ちであると言えるので、
戦いには勝ったが、勝負には負けたようなものだ。
勝利の余韻などまるでなく、レオンは今後を思い溜息をつくのだ
った。
1962
135話 事後処理
シルバーナイト
レオンの部下、見覚えのある銀鎧の騎士︱︱銀騎士卿アルロス︱
︱が、俺の元まで飛んで来た。
カグラザカ
緊急らしく、案内されるのももどかしげに到着するなり、
ユウキ
﹁レオン様と、神楽坂優樹が交戦状態に入りました。
至急、応援を求めます!﹂
と、奏上する。
うーん? レオンのヤツ、協力すると言いつつ抜け駆けしたのか?
そもそも、協力だから手助けする義務は無いとも思うが、同盟で
はないし⋮⋮
まあいいや。
レオンに手柄を奪われるのなら、それでいいのだが⋮⋮
意地悪言って、レオンが死んでも寝覚めが悪い。それ以上に、こ
こでユウキを逃がす方が面倒くさい。
ああいう厄介そうなヤツは、叩ける時に叩いておくべきなのだ。
さっさと行って始末する方が良さそうだ。
﹁わかった。では、場所の案内を頼む﹂
﹁は! 場所は⋮⋮﹂
アルロスが説明しかけるのを遮り、
﹁思念リンクさせて貰うぞ。場所の位置座標が知りたい﹂
アルロスの了承を待たず、思念リンクを構築した。
1963
これにより、思考の伝達がスムーズに行える。事後承諾だが、緊
急事態だし了承して貰う。
本部に居る幹部は、ベニマルとシオン。対ユウキ戦用の準備を整
えさせていたので、シオンの準備も万端だった。
テレポート
ベニマルとシオンにも思念伝達で状況を伝えると、即座に俺はア
ルロスを伴って瞬間転移を行った。
ラファエル
アルロスの脳内座標に従い、初めて行く場所への転移になる。
軽くドキドキしたけど、智慧之王のサポートは完璧だ。
問題なくレオンとユウキの戦闘している地点上空へと、転移が完
了した。シオンにも位置情報は流しているので、遅れてやってくる
だろう。
影の中にはランガもいるし、最悪ヴェルドラも召喚出来る。とも
かく、先ずはレオンを救出して⋮⋮
そう意気込んで転移した訳だ。
それなのに、ユウキは逃げた後だった。なんじゃそりゃ? と言
いたくもなるというものである。
さて、状況を整理しよう。
地形が変わる程、激しい戦いがあったのだろう。山の山頂に向け
て激しく抉れた痕跡が残り、周囲の木々は腐敗して腐っている。
地面も何だか腐ったようになっている部分もあるし、綺麗な真円
にクレーターが出来ていたりもした。
そんなに広くもない山道で、何をド派手な戦闘を仕出かしている
んだ、とそっと思う。
ここって、ドワーフ王国の上層部のハズ。位置的には大分端にず
れているのだが、これだけの戦闘なら結構酷い振動で地震以上に被
害が出たかも知れない。
震度で言えば4以上か? 下からの突き上げではなく横揺れだろ
うから、それなりに被害が出ているかもしれない。
1964
ここは火山地帯ではないし、地震は珍しいだろうから、被害が心
配だ。
様子を見に行った方が良いだろう。そう思っていると、シオンが
到着した。
﹁おい、ちょっとドワーフ王国まで行って、様子を見て来てくれ。
被害が大きいようなら、お前とお前の部下達で手助けを。王には、
後で挨拶に伺うとだけ伝言を頼む﹂
﹁は、了解しました。ですが、敵は宜しいのですか?﹂
﹁ああ、既に逃げられて、もう危険は無いみたいだ。なので、気に
せず行け。
くれぐれも、失礼の無いようにな﹂
﹁はは!﹂
シオンは去った。
シオンの部下も速やかに付き従っていく。よく訓練されているよ
うだ。
ふと、その中に見覚えのある三人組が見えた。あれって、魔王ダ
グリュールさんとこの三人息子では?
何というか、馴染んでいる。ちゃっかり指揮官のような動きをし
ていたが、シオンのヤツ、あいつ等を取り込んだのだろうか?
というか、いいのか? 他の魔王の息子を取り込んでも?
⋮⋮まあ、いいか。知らなかった事にしよう。そうすれば、俺に
責任はない、訳はないよな⋮⋮。気にしたら負けだな。
それは今は考えないでおこう。先にレオンである。
﹁さて、レオン。説明して貰おうか?﹂
レオンは、先ほどから骨や肉を掻き分けて何かしていた。
何やら赤い塊︱︱よく見ると、膝を抱えて丸まった赤い鎧を着た
1965
女性のようだ︱︱を掘り出しているようだ。
その女性を引き摺り出すと、周囲の肉片を浄化の光で綺麗に消し
ている。
その作業を一段落させると、ようやく俺に振り向いた。
﹁見ての通りだ﹂
わかるだろ? みたいに言ってのける。
わかるかーーー!!
叫びたいのをぐっと堪えて、
﹁いいから説明しろ、な?﹂
俺も笑顔で応えた。
無いから良かったが、あれば額に血管が浮き出る所だった。
口数が少ないイケメンというのも、こういう場合は許されない。
というか、俺が女だったら許したのだろうか?
いや、許さん。絶対に。
七曜の老師
が出現した。
﹁妾も詳しく聞きたいのう。当然、詳しく話してくれるのだろうな、
レオンよ?﹂
ナイスタイミング。
空間を裂いて、ルミナスと
どうやら、俺だけではなくルミナスにも応援を呼んでいたようだ。
というか、一応協力する気はあったのか?
レオンなりの良くわからぬ基準で、俺達へ連絡してきたようであ
る。
﹁ふむ、来たか。ユウキという人間一人、俺だけで何とかなると思
1966
っていたのだ。
スマンな、取り逃がしてしまった。甘く見ていたようだ﹂
俺とルミナスが揃ったと同時に、レオンが謝罪してくる。
そして状況を説明してくれた。
七曜の老師
達が準備したものだ。その中で、さ
抉れた地肌に、腐食した植物。そういう背景の中、何故か優雅な
ティーセット。
甲斐甲斐しく
も当然というようにソファーに寝そべるルミナスに、椅子で寛ぐレ
オン。
おいおい⋮⋮何なんだ、その寛ぎようは。
﹁ささ、どうぞ﹂
老師︱︱と言っても結構若そうな声だったが、顔が仮面で見えな
いのだ︱︱に上等な椅子を薦められ、俺も座る。
なかなかに座り心地が良い。上質な造りであるようだ。
大きな団扇でルミナスを煽ぐ老師達。一種異様な光景であるが、
気にしない方が良いだろう。
﹁さて、では説明せよ﹂
ルミナスが促し、レオンが説明する。
要約すると、俺の訪問の後、単独でユウキに仕掛ける事を決意。
そして実行に移したそうだ。
俺達に声を掛けなかった理由は二つ。
ユウキを舐めていたのと、自身の能力を見せたく無かったから。
﹁仮にだが、俺達が共闘していた場合、お前達は真の力を見せたか
?﹂
1967
というレオンの問いかけに、俺とルミナスは言葉に詰まる。
﹁無論、見せておる。お前達を信用しているからな﹂
と思ったが、ルミナスが笑顔でそう答えた。
思いっきり嘘だろう。というか、魔物って嘘を吐けなかったのじ
ゃないのかよ!?
確か、存在が揺らぐとか何とか言っていたようだけど⋮⋮
も可能です
︾
︽解。種族特性により物質的肉体を持つ者は、精神的存在値が高く
嘘
あ、そう。
確かに、ミリムも嘘を吐いても平気そうだ。
というか、高位存在は大抵平気そうだ。案外当てにならないよう
なので、前提として考えない方が良さそうだ。
しかし、ルミナスの嘘はともかく︱︱まあ、嘘とわかる時点で、
本当は実力を隠すと言っているのと同意だが︱︱確かに俺達が同時
アルティメットスキル
に来ていたとしても、状況は大して変わらなかったかもしれない。
ユウキは究極能力に目覚めたようだし、逆に俺達が実力を出せず
ベルゼビュート
に三人揃って出し抜かれるだけだった可能性もある。
ぶっちゃけ、俺も見せるつもりがあるのは暴食之王だけなのだし、
その他は切り札だ。
魔王と言っても仲間では無い。いや、味方ではあるのだが心を許
したわけではないのだ。
レオンの言葉に納得するしかなかった。
結局結論としては、ユウキにより部下を一人失い、ユウキの逃亡
1968
を許した、と。
ブラックナイト
だが幸いな事に、レオンの部下の一人である黒騎士卿クロードが、
ユウキの部下として潜り込む事に成功したようだ。
一度はユウキにより心を奪われたらしいが、クロエにより元に戻
されたらしい。どういう現象かは不明だが、クロエに治癒出来たの
は僥倖だった。ユウキにはばれていないようなので、スパイとして
の活躍が期待出来そうである。
警戒すべきはユウキの能力である。
︾
命を奪ったり、人の心を奪ったり。どうやら、エネルギーを奪っ
マモン
て自身のエネルギーに還元したりも可能なようだ。
アルティメットスキル
︽解。対象の能力は、究極能力﹃強欲之王﹄でしょう
え? そんな事までわかるの?
一瞬驚いたが、ラファエルには理解出来たらしい。奪う事に特化
アルティメットスキル
した能力で、それ程の脅威では無いと豪語していた。
俺の能力の劣化版に相当するらしく、究極能力と言っても格下に
相当するようだ。
マモン
というか、ラファエルさんの自信は一体どこからやって来るのか、
そちらの方が気になる所である。
気のせいだろうが、フッ、と鼻で笑う感じで、俺に強欲之王の解
ブラックナイト
説をしてくれた。油断は出来ないが、恐れる事は無さそうだ。
レオンの話を聞き、今後の方針としては黒騎士卿クロードからの
連絡を待つという事で話が纏まった。
カオスドラゴン
そして問題となるのが、ミリムのペットの混沌竜を葬ってしまっ
た事、だろう。
大問題である。
何故俺達が巻き込まれないといけないのか、という疑問が心に浮
1969
かぶ。
﹁うん? お前はミリムと仲が良いのだろう? 助かったよ、君が
居てくれて﹂
爽やかな笑顔で、レオンが言い逃げするつもりのようだ。
何だか急に親しげな態度になっている。
ちょっと待て、この野郎⋮⋮
﹁うむ、妾は話が聞けた事だし、そろそろお暇しようかの﹂
ルミナスが逃げようとしている。
何という自分勝手さ! だがまあ、それが魔王達だ。逆に、協調
性を魔王に期待する方が間違っていた、そう考えるべきだろう。
シルバーナイト
ブルー
レッド
俺が後始末をする事になるのは望ましく無いのだが⋮⋮。
ふと、銀騎士卿アルロスと青騎士により清められている赤騎士を
見る。
あれ? 何だか、まだ生きているような?
近づいて様子を見た。生命力はゼロになっているようだ。普通は、
死亡と判断する所であるけど⋮⋮
﹁おい、ルミナス。お前って、生と死を司るんだよな?﹂
﹁ッチ。軽々しく言うな、殺すぞ!﹂
﹁あ、スマン。でもまあ、ちょっと見てくれよ﹂
軽く謝罪して流し、ルミナスを呼ぶ。
帰り支度を命令していたルミナスが立ち上がり、傍にやって来た。
﹁なるほど、確かに。生きてはいない、が⋮⋮蘇生は可能﹂
1970
目を細め、赤い髪の女性を見つめ、ルミナスも断言した。
この女性、魂が残っていたのだ。しかも、何故か二つある。
﹁本当ですか!? 姉はまだ生きて?﹂
﹁生きてはおらぬ。が、死んでもいないのじゃ。
死の定義とは、肉体活動の停止では無く、魂の消滅。
この女には、魂が残っておる。故に死んではいない﹂
﹁だけど、不思議だな。何で魂が肉体から切り離されないんだろ?﹂
通常は、肉体の活動停止と同時に、根幹が切れるのだけど。
俺のような、精神生命体はこの限りでは無いが、普通の魔物や人
間などはこの法則に縛られる。
一体どういう事なのか?
マモン
︾
︽解。強欲之王の能力で、丁度ゼロになった為に、仮死状態になっ
ております
ラファエル
なるほど、流石は先生だ。
︾
では、何故魂が二つ? というか、答えに気付いてしまった⋮⋮
カオスドラゴン
︽解。正解です、混沌竜の魂の結晶です。
ノロイ
不純物を取り除かれており、純粋たる元の状態の模様です
な、なんだと!?
呪われて無いのなら、復活させても問題ない。どころか、ミリム
の怒りを免れる上、喜ばれて感謝までされるだろう。
﹁聞け、お前達。この女性は、何としても復活させねばならない。
しかも、思わぬオマケが付いて来る事になる。そこで、相談だ﹂
1971
そして、ラファエル先生の解析結果を元に、相談を開始する。
青色の騎士さんは、何やら姉と言っていたので身内なのだろう。
何か言いたそうにしていたが、弁えてアルロスと二人控えて待って
いた。
魔王同士の会話に、一介の部下が参加する事は不敬だと考えたの
ギジコン
だろう。だが、姉の生き死にの問題であり、気が気ではないようだ。
その事も踏まえ、結論を出す。
コア
魂を分離する事は可能。俺の懐には、宝珠がある。
周囲に漂う魔素と核と魂で、復活させる事も出来るだろう。しか
し、問題は弱体化︱︱どころの話ではないが︱︱する事だろう。
まあ、ミリムの怒りは解けると思う。ミリムは強さなんて求めて
レッド
いないだろうし。
その為に、赤騎士の蘇生も必要となる。なので、ルミナスに頼ん
だ訳だ。
生と死を司るルミナス。
自身の能力を一端とは言え見せたく無かったのだろう。散々嫌そ
うにしていたが、結局は蘇生してくれた。
ミリムに恨まれるのも面倒だと思ったのか、本当は優しいのか。
﹁はは、有難うさん。ルミナスはツンデレだな?﹂
とからかったら、殺すぞ! と凄まれた。
レッド
ブルー
危険なので、これ以上弄るのは辞めようと思った。
赤騎士も蘇生し、青騎士と共に感謝の言葉をルミナスと俺に告げ
る。
俺はいいよ、何もしてないし。
そんな訳で、後始末を終えて解散したのだ。
俺の懐には、一個の宝珠。やがて怒り狂ってやって来るミリムの
相手は、相談するまでも無く俺に決定していた。
まあ、仕方あるまい。
1972
誰しも危険な目に会いたくは無いのは一緒だ。
レオンとルミナスに、今後はせめて何かする前に一言告げるとい
う事で、話を終わらせる。
レオンとルミナスは、俺を介しての協定しか結んでいなかったの
で、ここで俺達魔王としても、対ユウキの協定を結んだのだ。
テンペスト
人間の国家群や、魔王達。
俺と魔物の国を中心に、様々な条約や協定が結ばれた。
テンペスト
今後これらの関係はその姿を変えていく事になる。
激動の波は、魔物の国へ向けて流れて来る事になるのだ。
1973
135話 事後処理︵後書き︶
暑さで、書く気力が湧かなかったです。
というか、話が上手く纏まらなくて文章化出来なかった。
次回は日曜には何とか更新したいです。
1974
136話 東の帝国
東の帝国。
それは、最も古き国家の一つ。
正式名称は、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国。
その歴史は古く、二千年前には既に帝国の基礎として国家を運営
していた、と言われている。
小国であったナスカ王国が長き年月をかけて、大国であるナムリ
ウス魔法王国とウルメリア東方連合を吸収し、現在の帝国が生まれ
た。
その、圧倒的な迄の軍事力を背景に。
そして、この二千年。一切の反乱を許さずに、強固なまでの権勢
を誇っている。
統一皇帝、ルドラ・ナム・ウル・ナスカの名の下に。
絶対支配者による完全なる統治国家群。
東の帝国
と呼称される国家の実態だった。
それが、ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合統一帝国であ
り、一般的に
帝国皇帝は覇権主義である。
圧倒的な武力により、近隣国家を統合してのけた戦闘集団を祖に
持つ、純血の戦闘狂。
故に、﹃力こそ全て﹄という理念の下、実力があれば出世出来る
特殊な形態を持つ軍を所有している。
その軍が、ジュラの森を越えて侵攻しない理由はたった一つ。準
暴風竜
ヴェルドラ
を従えようとして失敗し、都市を一
備が整っていないから、であった。
350年程前、
つ滅ぼされたのだ。気紛れな竜の逆鱗に触れてしまった者は、後悔
1975
する暇も無く都市と運命を共にした。
被害にあった都市は、当時10万の人口を擁し、ジュラの大森林
の東側に隣接する大都市であった。ジュラの大森林を攻略する橋頭
堡として100年かけて築かれた要塞都市でもあったのだ。
その都市を軍事拠点とし、森林を突破し帝国の更なる版図を広げ
る。その野望に燃えて、皇帝は作戦立案を行っていた。
ジュラの大森林のその先へ版図を広げる事。それが帝国の100
年の悲願となっていたのである。
豊かな国家である帝国が版図を広げる目的は唯一つ。
皇帝がそれを望んだから、である。
他に理由は無く、その事に不満を陳べる臣民は皆無であった。
計画は順調に進み、帝国の鍛え上げられた軍団がその武威を示そ
うとその力を蓄える。
そして、皇帝の名において、侵攻作戦が発令された。
その計画が崩れたのは、一つの部隊長が愚かな案を思いついた事
が切っ掛けとなる。
どうせなら、ジュラの森の主を従えれば良い。所詮はトカゲ、我
等の敵では無い!
その愚かな考えが、彼等を破滅に導いたのだ。
彼等が何を行ったのかは、正確に伝わってはいない。何しろ、文
献を残す者や保管する場所すらも、纏めて灰になってしまったのだ
から。
帝国の悲願、皇帝の野望は、かくして灰燼に帰したのである。
そして時は流れた。
帝国は、嘗ての過ちを繰り返さぬように、ジュラの大森林への侵
攻を一切禁じている。
ヴェルドラの怒りにより与えられた傷は癒え、更なる力を蓄えた
現在においても、皇帝が侵攻作戦に許可を出す事は無かった。
1976
武闘派の中には、憤りを覚える者も居るのだが、上層部は皇帝に
対する絶対的な忠誠を誓っており、その命令には絶対服従である。
故に、新参の彼等武闘派の声が届く事は無い。しかも、前回の教
訓を生かし、命令に無い行動を取る者へは鉄の規範による粛清が行
われる。
以前にも増した、確固たる軍事体制を確立し、皇帝は君臨してい
たのだ。
第二次侵攻作戦に失敗は許されない。
それが、軍上層部の共通認識であり、皇帝に捧げるべき彼等の忠
誠の証を証明する為に、絶対に為さねばならぬ事なのである。
暴風竜
ヴェルドラの消滅である。
そして二年前、帝国情報部が衝撃の情報を齎した。
帝国は揺れた。今こそ、長き宿願を果たす時! そう主張する者
が、軍上層部にも現れたのだ。
若者の暴発を防ぐ頭の固い上層部、そう陰口を叩かれていた彼等
こそ、より強く激しい野望を胸に隠していたのである。
何よりも︱︱皇帝に対し、長きに渡り我慢を重ねさせているとい
う現状が、彼等には耐えられなかったのだ。
皇帝ルドラは唯一言、
﹁準備せよ﹂
と、告げた。
帝国は熱気に包まれる。
長き雌伏の時を経て、再びその武威を示す時が訪れたのだ。
帝国には、政治部と軍事部が皇帝の両翼として存在する。政治の
主権も、軍事統帥権も皇帝が有するのだ。
帝国には実権を持つ貴族は存在しない。
1977
貴族院は存在するが、名ばかりの家名を持つ者が投票を経ず議員
になっているだけである。
領地を運営する貴族など、一代限りの者か特殊な状況にある者し
か存在しない。
故に、皇帝の権力は絶大なのだ。
連邦制にも似た政治形態を取りつつも、その最高決定権は国民で
はなく皇帝が所有する。そして、軍は、皇帝個人に所属するのだ。
各州に滞在する防衛隊は、皇帝に貸し与えられたという形式を取
っている。
システム
これだけの規模の国家をたった一人の個人が支配する、それは異
常な事であるだろう。
しかし、それを為す事が出来る仕組みが、長きに渡る帝国の安寧
に繋がっているのもまた、事実なのだ。
その皇帝が、命令を下した。
事態は急速に動き始める。高揚する気持ちを誰しもが抱き、しか
し焦る事なく準備はすすめられて。
そして間もなく、準備の完了する時が訪れる。
帝国に向けて、一台の荷馬車が進んでいる。
荷台には、左腕の無い男が寝そべり、二人の女性が座っていた。
御者席には漆黒の鎧を纏う騎士。
ユウキ達の一行である。
﹁ところで、宜しいのですか? 腕を治癒しなくても?﹂
カガリがユウキに問うが、それも当然だ。
1978
部位欠損であっても、上等な回復薬ならば治癒可能なのだ。まし
て、カガリの行使可能な魔法でも、その程度の欠損ならば修復する
など容易い事なのである。
何も好き好んで不便な片腕のままで居る事はない、カガリでなく
てもそう考えるだろう。
﹁ん? いいよいいよ。問題なし!
帝国には、機甲技師が居る。せっかくだし、格好良い義腕でも用
意して貰おうかなってね﹂
﹁はあ? そんな馬鹿な事言っているから、レオン如きに負けるん
ですよ!
何ですか? 余裕で勝てる、みたいに言っておいて。
アッサリ敗北して、必死に逃げる事になったじゃないですか﹂
﹁あはは。そう怒るなって。思ったよりレオンが強かったんだし、
仕方ないだろ?
カオスドラゴン
それに、負けたけど、死んでなければ敗北じゃない!︵キリッ︶
アルティメットスキル
ってね。
テレポート
究極能力もゲットしたし、混沌竜の力も奪ったし。
ついでに赤い騎士の転移魔法だって奪ったお陰で脱出出来たんだ
し、問題ないさ﹂
カガリの愚痴に、能天気にユウキは答える。
まるで反省している様子は無い。その様子を見て諦めたのか、カ
ガリもぼやくのを止めた。
実際の所、レオンとの戦いはユウキの完敗である。
カオスドラゴン
テ
切り札も役に立たず、奪った能力を以ってしても歯が立たなかっ
た。
レポート
運よく磁場の乱れの原因である混沌竜の消滅を利用し、奪った転
移魔法で脱出出来たから良かったようなものの、一歩間違えば危な
かったのだ。
1979
それなのに堪えた様子が無いのは、ある意味見上げたものではあ
るのだが。
﹁そもそも、ユウキ様、手を抜いたでしょう?
確かに、レオンはワタクシが報告した以上に強かったです。
その点は、ワタクシにも責任があると思っておりますが⋮⋮
何故、本気を出さなかったのですか?﹂
カガリの言葉に、クロエも閉じていた目を見開きユウキを見つめ
た。
視えた
のだ。
確かに、ホンの一瞬ではあったが、クロエにもユウキの力の本質
が
アルティメットスキル
一瞬であった為、解析の苦手なクロエには力の大きさや特徴を掴
アルティメットスキル
む事も出来なかったのだが、それは紛れも無い究極能力であろうと
思われた。
つまりは、ユウキは元から何かしらの究極能力に目覚めていたと
いう事になる。
無視し得ぬ話であると、クロエにも思えたのだ。
リ
﹁あはははは、仕方ないだろ? クロエの前で本気出す訳にいかな
いじゃん。
ムル
いつか戦う事になると思うし、解析が苦手でも、解析が得意な魔
王に情報を伝えられるかも知れないし。
奥の手はギリギリまで見せない方がいいだろ?﹂
﹁ああ、なるほど⋮⋮。つまり、負け惜しみですね?﹂
﹁ちょ! カガリ、それは酷いんじゃない?﹂
あくまでも、ふざけた遣り取りで本音を見せないユウキ。
ユウキ
カグラザカ
しかし、今の言葉は本気なのだろうな、とクロエは感じた。
この、神楽坂優樹というよくわからない人物。
1980
話す言葉は嘘に塗れ、なかなか本音を語る事が無い。
例えば子供達の件にしたって︱︱
﹃あれえ? もしかして、知らなかった?
子供達が安定せずにそのエネルギーに崩壊される際、丁度良い再
召喚の条件に適するんだよ。
それを利用したら、新しい召喚が出来るって事。
そうすると、失敗した召喚も無駄にならずに済むってわけ︱︱﹄
セリフ
この言葉。これは、間違いなく嘘だ。
ユニークスキル﹃召喚者﹄という能力を有するユウキならば、そ
のようなエネルギー崩壊を利用する必要は無い。
そんな不確かな条件を待たず、好きに召喚出来るのだから。まあ、
条件を指定するならば、月に一度程度が精々かも知れないけれども
⋮⋮。
それでも、子供達を再利用する必要は全く無い。
近くで観察していて思ったのが、その不思議さであった。
世界の破滅を望むと言いつつ、ギルドの仕事は真面目に行ってい
たのだ。
子供達を利用すると言いつつ、教育はきちんと行なわせていた。
悪事を躊躇う事なく行うが、不必要な事は恐らくしないだろうと
ブラックナイト
思う。魔王達に対抗するのに必要だと判断すれば、子供達を人質に
したり黒騎士卿クロードの心を奪ったりと平気で行うのだが⋮⋮。
それでも、本気で世界の破滅を望んでいるにしては、やっている
内容はチグハグで成功させる気が無いとしか思えないのだ。
それに⋮⋮
﹁ねえ、どうしてあの赤い騎士の女性から、命を奪いつくさなかっ
たの?
その気になれば、魂のエネルギーまで奪えたのでしょう?﹂
1981
クロエは、視線を逸らさずにユウキを見つめ、問う。
﹁は? 何言ってるの? キッチリ奪い取ったけど?
まあさ、仮に少しでも残ってたんだとしたら、能力を使いこなせ
なかったんだろうね。
やったね、もっと強くなれそうって事だよね﹂
そんな返事を返し、ユウキは陽気に笑う。
彼からまともな返事を得る事は不可能だ、とクロエは判断する。
ユウキ
カグラザカ
ならば、これからも観察を続けるべきだろう。
この、本音を全く見せない男、神楽坂優樹。
本当に彼が世界の破滅を望む者ならば、何を置いてもクロエの敵
になるだろう。だからこそ、見極める。
リムル、レオン、ルミナス、ヒナタ、そして子供達。
クロエの大切な人々。
だ。
彼等の住む世界を滅ぼすというならば、クロエは容赦無く敵と認
定し殺すだろう。
だが、もしも目的が別にあるのなら?
ナスカ
その時、遠くに街が見え始めた。
目的の都市、東の帝国の首都
これからクロエ達が滞在する事になる都であり、この世界最大最
強の軍事国家の首都。
クロエは再び目を閉じる。
考える事は沢山あり、クロエは思考が苦手だった。
視る
事だけなのだ。
先ずは観察する。判断するのはその後だ。ユウキという人物、そ
の本質を。
結局、クロエに出来るのは
1982
帝国の軍組織には、大きく分けて三つの主力軍団が存在する。
機甲軍団︱︱機甲技師により調整された、機械化兵が主力となる
軍団。
戦車等を擁する、近代的武装軍であり、帝国の技術
の象徴である。
魔獣軍団︱︱世界各地、帝国の版図やそれ以外の地域において、
捕獲された魔獣。
そうした魔獣を支配し、その力を操り使役する軍団
であり、帝国の力の象徴。
混成軍団︱︱規格外の機械化兵や、組織行動を取れない個体型魔
獣の掃き溜め。
個人に特化し過ぎており、組織行動には向かないと
される。
しかし、その力は未知数であり、一つに纏まれば大
いなる脅威となるだろう。
異世界人
の存在無しでは成り
帝国の心の象徴。だが、その心は未だ幼い。
これらの部隊の成り立ちには、
立たない。
異界の技術や、特殊能力。そういった要素を以って、強力無比な
軍団を構成しているのだ。
世界各地から集められたのは、魔獣だけでは無かったのである。
異世界人
は、帝国内で厚遇され、その数は他の国家に比べて
異能を持つ者、知識を有する者。
1983
圧倒的に多かった。
だからこそ、彼等の文化や特性が色濃く現れているのだ。
当然、ユニークスキルを持つ者も多く、その研究も進められてい
た。
帝国の軍事技術は、こうした側面で見ても他の追随を許さぬレベ
ルで発展していたのである。
後、これら三つの軍団とは別に、皇帝を守護する近衛軍団が存在
する。
最も規模の小さな軍団であり、軍団と呼ぶより師団クラスの規模
ではあったが、その実力は三つの軍団に相当する程に高い。
故に、数ではなく戦力換算で軍団と認められている。帝国最高戦
力なのだ。
帝国軍は、﹃力こそ全て﹄という理念に忠実だ。
だからこそ、これらの軍団を纏める軍団長は、帝国内において最
強の者が任命されるのが慣わしであった。
帝国内に二人しか存在しない、元帥。一人は、皇帝陛下その人で
あり、大元帥の階級=皇帝位である。
そしてもう一人の人物。皇帝の信任を得て、事実上、帝国軍の全
てを掌握する人物。その人物が、最強の近衛軍団を率いて皇帝を守
護しているのである。
その守護は絶対であり、魔王を凌ぐ実力者だと言われるその人物
により、皇帝の安全は保障されていた。
ゴッズ
次いで、三人の大将が存在する。この大将が、各々の軍団を率い
る軍団長なのである。
この四名が、帝国の頂点。
各々に、帝国の秘宝である、神話級の武具一式が貸し与えられて
いる。その存在すら疑われる、究極の武具。
最高の実力に、究極の武装。正に敵無し、不敗神話は長き時を経
て健在であった。
1984
そして、近衛軍。
この軍は、たった100名で構成されている。しかし、各軍団よ
り選出された上位100名のみが近衛軍に所属資格を持つという事
異世界人
も存在する。
実が、彼等の能力の高さを物語るだろう。
当然、中には
レジェンド
帝国はその者の出自や生まれで区別しない。純粋に実力のみで評
価されるのだ。
そうして集められた上位100名には、伝説級武具が与えられる。
最高の待遇が保障されている訳だ。
一人一人が上級将校であり、特殊任務下での権限は、最低でも大
佐クラスに相当する。帝国内最強集団、それが近衛軍なのである。
では、どうやって上位100名を決定するのか?
それは、軍団内での序列強奪戦によって、常に順位は変動してい
るのだ。
唯一下克上が認められたシステム。軍事行動中では許されないが、
第三者の立会いの下、下位から上位者への挑戦が認められている。
挑戦し敗北した時点で、次回の権利は1年経たねば発生しなくな
る。絶対勝利を確信せねば行使出来ない権利なのだ。
﹃力こそ全て﹄という、いかにも帝国らしいシステムなのである。
軍団長の代替わりは、当然、近衛軍から選出される事になる。故
に、上を目指す者は、皆己の力を磨き虎視眈々と機会を伺っている
のだ。
そして︱︱
数十年ぶりに、軍団長の代替わりが起きた。
軍に所属し、たった一年という歴史上例の無い異常なまでの速度
で。
ユウキ
カグラザカ
その少年は、頂点の一角に上り詰めたのである。
義腕の左腕を持つ、神楽坂優樹と名乗るその少年は、最短記録を
更新し、混成軍団長の地位に就いた。
1985
一度の敗北もなく、歴戦の勇士を下しながら。
瞬く間に派閥を築き上げ、彼に心酔する仲間を増やす。中には元
から彼に従っている者もいたのだが、それに気付く者は少数だった。
そして、今。
ユウキ
カグラザカ
纏まりの無かった混成軍団を、強固な一つの意志に纏め上げて。
物語は、神楽坂優樹の台頭と同時に、帝国侵攻の再開の時を迎え
るのである。
1986
136話 東の帝国︵後書き︶
魔人暗躍編終了です。
次回から、帝国侵攻編。
ユウキの成り上がりシーン、ダイジェストとも呼べぬ程、すっ飛
ばしました。
ともかく、ようやく帝国が動き出します。
次回もなるべく早く更新出来るように頑張ります!
1987
137話 躍進する一年︵前書き︶
試しに一話だけ書いてみたので投稿します。
1988
137話 躍進する一年
ユウキに逃げられた後、直ぐに追跡行動を開始する事は出来なか
った。
何事にも手順が必要であり、準備なく行動するのは失敗の元であ
る。
ユウキに逃げられたのは、レオンの抜け駆けが原因だったが、俺
達が互いを信用仕切れなかった事にも理由がある。
先ず、此方の体制をきちんと確立しておく事が重要だと気付いた
のだ。
さっさとクロエを自由にしてあげたいというのが、俺達三人の共
通認識だったのは間違いない。
しかし、慌てて行動しても上手くいくものではないし、ユウキが
帝国に逃げ込んだのは三人の共通予想で一致した見解だった。
敵が帝国と組むならば、単独で事に当たると分が悪い。準備する
必要が出てくるのだ。
ミリムの対応は俺が引き受ける事になったが、情報収集はレオン
の役目である。上手く潜り込めたというレオンの部下からの報告待
ちだ。
復活した姉︱︱赤騎士︱︱と抱き合って喜ぶ青騎士を尻目に、ル
ミナスに礼を述べるレオン。その後、軽く三人により取り決めをし
たのである。
レオンが情報を入手するまで、勝手な手出しは控える事、と。
実際、事情が事情であり、レオンの暴走に理由が無かった訳では
無いのだろうが、逃げられたのは事実なのだ。
戦闘領域を全面結界にて覆い、脱出を阻止する事も出来たかも知
れない訳だし︱︱まあ、究極能力に結界が通用するかどうかは置い
1989
ておくとしてだが︱︱独断での行動は慎むべきだろう。
心から信用し合える間柄では無いけれど、クロエ救出という目的
は一つ。
こればかりは、対ユウキの協定という形で約束している。もし破
れば、残り二人による制裁も已む無しであった。
レオンが情報を集めるのと同時に、俺達にも行うべき事がある。
先ず自国を含む足場を整え、仮に帝国と事を構えても問題ないよ
うな体制を構築すると話は纏まったのだった。
最初の問題は、その後のミリム対策である。
二人と別れた後、大変な思いをする事になったのだ。
ぶち切れて暴れるミリムを宥めたり。
蘇生したペットに感激し、喜ぶミリムに感謝されたり。
我侭を言い出すミリムを諭したり。
怒りが過ぎ去ったミリムを連れ戻しに来た保護者に、連れ戻され
まいとするミリムを説得したり。
要するに、激怒したミリムが来襲し、それを宥めたり説得したり
した訳だ。
フレイ
振り回された、と言っていいだろう。
保護者もさあ、もっと早く来てほしかった。ご機嫌になってから
見計らったかのようにやって来たけど、隠れて見ていたとしか思え
ない。
とんでもなく大変な思いをする事になったけど、何で俺が? 考
えて見れば謎であった。
上手くレオンに押し付けられていたようだ。
まあ、ミリムの機嫌自体は簡単に治まったので、良かったのだけ
1990
どね。
ギジコン
ミニドラ
カオスドラゴン
宝珠に宿った混沌竜の魂は、小さな魔物を生み出した。
小竜である。
ガイア
ミリムがやって来て直ぐに、卵から孵るように生まれたのだ。
﹁⋮⋮ガイア、なのか?﹂
﹁キュィーー!!﹂
ヒシッと抱き合う、少女と小竜。
感動の再会であった。
アバター
それからは、まあ、お察しの通り、また四人で迷宮に潜り、小竜
のパワーレベリングを行った訳だ。
決して遊んでいた訳では無い。久しぶりに仮想体に憑依し、ヴェ
ガイア
ルドラにラミリス、そしてミリムと四人揃って出撃する。
飛行可能な小竜は、俺の後ろに付いて来た。
流石は元、カオスドラゴン。
カオティックブレス
少ない戦闘でコツを掴んだようで、集団に対し広範囲攻撃である
瘴気呪怨吐息︱︱呪いが解けたのに、何故か瘴気を纏っていた︱︱
で、敵を薙ぎ払う。
魂に刻まれた能力で、重力も操作し、前衛の動きを加速させるな
ど連係もバッチリだ。あっという間にPT戦の要になっていた。
ガイア
重力結界もお手の物で、敵方に魔法使いが居たとしても、俺の魔
法障壁と小竜の重力結界の二重防御により完全に守られる。
前回苦戦した30階のボスも、連係を練習した後で簡単に撃破出
来るようになったのだ。
﹁クアーッハッハッハ! 最早、我らの敵ではないわ!﹂
﹁そうよね! 所詮、ゴズールなんてこんなものよ!﹂
1991
﹁わははははは! 調子が出てきたぞ!﹂
﹁キュィーー!!﹂
大はしゃぎである。
ガイア
え? お前達が楽しんでいるんだろ、だって?
ガイア
馬鹿を言ってはいけないよ。俺達は小竜の為に、頑張っている訳
ですとも。
まあ俺達も若干は楽しんでいるけど、全ては小竜を育てる為なの
だ。
それに、ヴェルドラやラミリス、ミリムはいいだろうけど、俺は
クロエが気掛かりだった。
楽しそうにしていても、どうしても気になるのだ。
しかし、焦りは禁物。今すぐどうこうという訳でも無いので、心
配し過ぎるものよくない。
ひょっとすると、ミリム達は俺を元気付け様としてくれているの
だろうか?
だとしたら、有り難い話である。
フレイ
そんな事を思いつつ、次の階に進もうとした時、奴こと保護者が
やって来た訳だ。
ここで、ミリムが我侭を言い出した訳だが、無理だった。
結局、泣き叫んだりとミリムは駄々っ子のように抵抗したが、フ
レイの鉄壁の笑顔の前に敗退し、連行されてしまったのである。
定期的に遊びに来るという事で納得して貰い、フレイさんにもミ
リムに息抜きをさせないと危険だと説得し、ミリムは帰って行った。
﹁ワタシはまた帰ってくる!﹂
との言葉を残して。
1992
ガイア
嵐のような出来事だった。
アバター
小竜はその後、自動モードに設定した仮想体と一緒に、そのまま
迷宮で修行している。
ミリム直々に鍛えるにはまだ早いので、ある程度強くなったらミ
リムの元に戻す予定だ。育つには、適度な魔物がいる迷宮内は打っ
て付けの修行場となるし、ラミリスの蘇生の腕輪もあるので何かあ
っても安心である。
そういう訳で、迷宮に新たな仲間が加わったのであった。
ちなみに、俺達の知る由も無い事であったが、迷宮を徘徊する五
体はユニークボスとして恐怖の対象になっていた。その強さは二段
階存在し、通常でもヤバイが、異常に強い状態になる事もある、と。
要するに、俺達が直接操っている時は、手がつけられない死の使
いと認識されていたようだ。
俺がその事を知ったのは、迷宮内の噂が広まるもう少し先の話で
あった事を追記しておきたい。
とまあ、こうしてミリムの怒りを何とか上手く回避出来たのであ
る。
ミリムが居ない間、勝手に自分達だけで遊んでいると後が怖い。
という事で、俺も真面目に仕事をする事にしよう。といっても俺
自身が何かをするという事ではない。
以前より話のあった、合同研究である。
結界君
設置により、順調に整備は進
俺はその監修と、要望を思いつき研究させるのが仕事なのだ。
ゲルドによる道路工事と
んでいた。
1993
サリオン
テンペスト
間もなく魔導王朝と魔物の国の直通街道が完成するとの事。
ドワーフ王国とは鉄道設置を予定しており、物資の運搬について
も順調に計画が進められていた。
サリオン
ただし、万が一帝国が侵攻して来た場合、こちらの道は諸刃の剣
に成り得るのが心配ではある。なので、先に魔導王朝側の開通を優
先したのだ。
テンペスト
ところが、ドワーフの錬金職人、サリオン王朝の魔導研究者、神
聖法皇国の工学技術者が魔物の国へと到着し始めた。
道の完成にはもう少し時間が掛かるが、舗装されていないだけで
運行は問題ない。
結界
なので、道の完成を待つ事なく、約束通りやって来たのである。
余談ではあるが、一年もせずに交通網の整備は完了した。
も完備している。
夜間に移動する旅人の為に常夜灯まで用意し、魔物避けの
君
ドワーフ王国に向けては予定通り鉄道まで開通させて、中間地点
に停車駅のある宿場町︱︱その近くに住む者が寄り集まり小さな町
となっていた︱︱まで用意出来てしまった。
この宿場町は、工事の際の基地にもなり大活躍だった。なので、
それなりに盛況を見せている。
川に添って鉄道を通したので、丁度中折れ地点にあり、休憩場所
に丁度良かったのだ。
この宿場町は、その後は中継駅のある街として発展していく事に
なる。
帝国の侵攻を警戒し、後回しした意味は無かったようだ。あっさ
りと他の道の舗装を終わらせて、軌道敷設に着手したのだから。
これは、ジュラの大森林が俺の完全なる支配下に治まった事が大
きな理由となっている。
各部族が協力してくれた上に、若者がゲルドの配下に入り労働力
1994
が増加したのだ。交通網の整備は食料の供給にも影響を与えるので、
効率的な労働力運用が可能になったのが理由として挙げられるだろ
う。
そういった訳で、俺の予想したよりも工事の進捗率が早かったの
だ。
実の所、元の世界の工事進捗率より遥かに早い。驚くべき事であ
った。
対帝国への備えとして要塞の建設も考えたけど、それは止めてお
いた。無駄だと思ったのだ。
本気で帝国が攻めて来たなら、帝国を潰す事にしたのだ。長い付
き合いをする必要もないし、油断せずずっと備えるなど愚の骨頂。
此方の最大戦力を用い、息の根を止めた方がすっきりする。なの
レール
で、要塞など必要ないという考えである。
帝国が攻めて来てせっかくの鉄道用の軌道等が壊される等の心配
は確かにあるけど、その時は再建すれば済む話。
先に為すべき事があるならともかく、いつ来るか判らぬものに怯
え、開発を遅らせる事もないのだ。
これは天使が来るという話にも通じるだろう。
攻めてきたら殲滅してやる。その上でまた作ればいいのだ。
守る事を考えるのも大事だが、本当に大事なのはモノではなくヒ
トだ。
作り手さえ守れば、それで良い。
そう考え計画を進めた結果、驚くべき短期間で鉄道の開通まで漕
ぎ着けたのだった。
魔装兵計画
などでも元になっている、こ
精霊工学はドワーフ王国とエルフの共同研究であった。
ベスターが関与した
の世界の代表的な技術体系である。
対して、魔導工学とは秘匿された技術である。
1995
エルフの天才研究者であった皇帝エルメシアの実母が、精霊工学
をベースとして元素魔法と錬金術を融合させた独自の理論。
魔導王朝サリオンの頭脳を結集し、体系化に成功したものが魔導
工学となったのだ。当然国家機密であり、他国への漏洩は一切禁じ
られていた。
吸血鬼の学問は、地球の物理工学に似たものである。
純粋に魔法の力に頼らず、世界の物理法則を体系化した学問であ
り、技術。
それは魔法の関与が無い為に、誰が行っても結果は常に同じもの
となる。ある意味当然だが、魔力の多寡で影響の異なるこの世界で
は異端とも言える学問であった。
テンペスト
実際、それが吸血鬼達の暇潰しによるデータの蓄積に過ぎないと
しても、その膨大なデータの持つ意味は大きい。
それら、各々の得意とする分野の研究成果を持ち寄り、魔物の国
にてより細分化した学問として纏め上げる。同時に、その知識によ
る更なる研究が今回の真なる目的であった。
絶対的に秘匿する必要のある研究。
ト
当然、その研究施設を設置する場所は、守りやすい場所で一般で
ダンジョン
は立ち入り出来ない場所が良い。
レント
という理由から、地下迷宮の95階層に研究施設を用意した。樹
人族達の住む場所であり、森林型都市になっている。
ドライアド
エルフ達の住む都にもなっているので、研究に参加したい者も居
るかもしれない。
守りは強固だし、地上へ戻るには申請してから樹妖精に頼み転移
して貰うしかないという、情報流出にも徹底した管理が行える。
仮に天使が攻めて来たとしても、この95階層までは到達出来な
いと確信していた。万が一の場合は、階層変更により、95階を9
9階と入れ替える事も可能だとラミリスが豪語している。
安心しても大丈夫だろう。
1996
寝泊り出来る施設も用意し、準備は万端だった。
そうして開始した研究だが、最初は意見の衝突も多かった。各々
が他の技術を吸収し、自分の技術の秘匿を考えたのだ。
そんな事では駄目だろう。
という事で、俺がそれぞれの技術を暴露してやった。
ラファエルさんにかかれば、秘匿技術なぞと言っても意味が無い。
公文書に書かれた説明書並に、判りやすく纏め上げ、それぞれにコ
ピーして配ったのだ。
紙も貴重だったが、羊皮紙では話にならない。木の繊維等から低
品質の紙を試作して渡し、研究させた。
初歩の初歩だが、先ずは一歩だ。
そして、各々に技術秘匿を諦めさせて、協力できるように仕向け
た。
それには酒が一番である。幸いにもここは楽園と名高いエルフの
町。気晴らしも兼ねて、研究で揉めたら飲みに行き、議論を戦わせ
る。そんな事を繰り返させた。
吸血鬼達も、生き血が必要な訳ではなく、酒も嗜むようで当たり
前のように参加していた。
俺も毎日夜の店にまで付き合ったけど、残業代は出なかった。本
当に不思議である。
酒を酌み交わし、意見を何度も衝突させている内に、国の垣根は
越えたようだ。いつしか仲良く研究を始め、様々な成果を挙げてい
る。
この研究は、ラミリスも興味津々で参加していた。
いつの間にか、研究者達のマスコット兼、アイドルになっている。
でお馴染みの、
精霊魔導核
もあっさりと完成
前にラミリスのゴーレムを破壊した事を忘れて居なかったようで、
魔装兵計画
一体製作したりもしている。
した。これには皆、乾いた笑いが出たものである。
どれだけ研究しても理論だけで成功の兆しすら見えなかった代物
1997
ギジコン
こと簡易
だったのだ。それがアッサリと成功し、完成したのだから笑うしか
ないだろう。
結界君
ぶっちゃけ、俺の造った宝珠が参考になっている。
それに、ベスターやクロベエ達の研究成果、
設置型魔方陣発動装置も公開した。
精霊魔導
この仕組みの解析を行い、それぞれの発想とそのデータの摺り合
の原型が完成したのだ。
わせが終わる頃、大気から魔素を吸収し活動可能となる
核
これに、精霊を宿らせて、魔素を精霊エネルギーに変換させる。
魔素は電池のように備蓄しておけるので、活動時間も備蓄量により
計測する形だ。
常に魔素が存在する場所ならば、激しい活動をしなければ動力は
永久︱︱メンテナンスは必須だが︱︱に活動可能となる。
精霊魔導核
を組み込んだ作品の第一号が、ラミリス
夢の動力が得られたのだ。
そうして
のゴーレムである。
身長2.2mで、体重1.5t。しかし、各種精霊を宿らせる宝
玉を各関節に仕込み、重力制御により高速機動も可能。
試作品なので武装は無いものの、楽しそうで何よりである。これ
も開発が進めば軍事利用可能だと騒ぐ者もいたが、ベレッタの性能
に遠く及ばない代物だ。
俺に言わせればラミリスの玩具以上の価値は無いのだ。
で、本番に作ったのが、魔導列車。
荷物運搬にゴーレムや魔物、動物にて荷車を引く予定だったのだ
レール
が、夢の動力が完成したなら話は別だ。
せっかく完成した軌道に合うように車輪に躯体を作製し、路面電
車をモデルにして客車や貨物車も用意する。
動力、魔素供給量、そして積載量。
それらもデータを取り、運用開始まで漕ぎ着けた。時速50km
平均で、運用可能と判断する。
1998
圧倒的な物量の運搬を可能とする、歴史を塗り替える発明となっ
た。これにより、遠方の食材も鮮度を保ち運搬が可能となるだろう。
軌道敷設工事は終わりが見えない。
サ
ドワーフ王国との間だけでなく、鉱山を通り抜け、海にまで開通
させたい。各国からの問い合わせも多い。
リオン
ブルムンド王国を抜けて、イングラシア王国まで。直通させた魔
導王朝へも。
この一年でドワーフ王国まで敷いたけれど、交通網の整備にはま
だまだ時間が掛かりそうである。
慣性制御と重力制御、そして各種武装を備えた武装列車も用意し
てみた。
要塞は要らないが、帝国が攻めて来たら活躍させるのも面白そう
だと思ったのだ。
精霊砲という、結構凄まじい主砲を備え、兵士の運搬が主目的に
なる。
まあ、この列車は趣味で作っただけなので、真面目な運用は考え
ていない。一台だけの虚仮脅しである。
この世界でも、兵の運搬が軍事行動の成功率を左右する。なので、
別に列車を武装させずとも軍事利用は可能となる。
わざわざ軍事用を作らずとも、普通の車両を利用すれば良いのだ。
この一年で、動力列車を20台用意出来ている。一台につき五両
連結する六両編成だ。
これで運搬兵数は四千名程。連結車両を増やせばもう少し運搬可
能だが、それは状況次第であった。
テンペスト
今はサイクルを考え、列車運用の試行錯誤を行っている。
ドワーフ王国と、魔物の国が、片道3日で誰でも行き来出来るよ
うになる訳だ。
あくまでも休憩やトラブルを無視しているので、実際は一週間と
いう所だろう。運用実績が増えると、もう少し早くなるはずだ。
こうして、一つの大きな成果が発表され、このニュースを知った
1999
各国では驚きと興奮に包まれる事になったのである。
とまあ、この一年の成果は凄まじいものであった。
レオンから定期的に齎される情報により、ユウキが帝国の重臣に
成り上がっているのも知っている。
しかし、此方から攻めるのは具合が悪い。現在、帝国は戦争準備
を行っているのは間違いないそうだが、宣戦布告は為されていない
のだ。
暗殺も有りか無しかで言えば有りだろうが、少数で狙わせても返
り討ちにあっている。俺は無駄だと主張したが、ルミナスが実行に
移したそうだ。
結果はやはり無残なものだった。証拠隠滅で失敗した部下は自爆
したそうで、二度目の実行は為されなかった。
此方も様子見しか出来ない。
どの道、帝国が動くのは間違いないそうだし、準備を整える事に
したのである。
お陰で、研究も進み、交通網の整備も大分進捗した訳だ。
この一年は、帝国側にとっても準備期間だったのだろうが、此方
側にとっても条件は同じ。
そして、準備を整えていたのは俺達だけではなかった。
列車の運行が順調に進み始めた時、その要請が齎された。
テンペスト
それは、ジュラの大森林周辺国家の集合体である、評議会からの
依頼。
次回の会議に、魔物の国にも参加して欲しいという内容だったの
だ。
その依頼を受ける事は、もはや自然の流れとも言える必然の事だ
ったのだ。
2000
137話 躍進する一年︵後書き︶
プロット、大筋では出来ました。
が! この一話だけでも、既に若干の誤差が出ました。
修正しつつ、次話もなるべく早めに投稿します。
出来れば、日曜には!
2001
138話 評議会からの依頼
ジュラの大森林周辺国家の集合体である、評議会。
これは各国から議員を選出し、イングラシア王国にて毎月開催さ
れている。言うなれば、国家の運営とは別の全体的な利益調整が主
目的になっていた。
利益と言うのは、魔物対策を含む全体としての損害防止がメイン
である。
各国の特産品や輸出入の調整は、それぞれの国家の方針による思
惑が入り乱れるので、全体での協議は難しい。
なので、飢饉が発生すれば支援を、魔物の大量発生などがあれば
応援を、という具合に調整を行っているのである。
自由組合への討伐依頼を出し、魔物の被害を少なくするようにす
るのも、評議会の仕事であった。
運営資金は、各国より捻出される。それぞれの国の規模により、
見合うだけの割合。
この負担額により、選出議員の数を増やす事も可能。議員の数が
増える事は発言力の増加を意味する。大国であれば、通常の3倍を
超える拠出金を払い、議員を数名送り込んで来る国もあるようだ。
先も述べたが、直接的な国家運営には影響しないわけだが、大国
としての矜持を示すには良い場所となる。
議題に対する発言権が大きければ、ある程度の国への優遇も可能
となる訳で。直接的な利益は得られずとも、国に利益を還元する事
は可能となるからである。
また、最低拠出金も定められており、この金を納める事が出来な
いと評議会から脱退させられてしまうそうだ。
それはつまり、いざという時の助けが無い事を意味し、小国では
死活問題となる。その判断を下すのも、評議会議員での多数決であ
2002
る為、議員数を多く保有する国が権力を持つのは至極当然の流れで
あった。
とはいえ、拠出金は安くは無く、最大議員を擁していたファルム
ス王国も滅亡した訳で⋮⋮
そこに生じた自由組合の混乱である。評議会に動揺が走るのも、
無理なき事であった。
その上、最悪の情報が評議会に齎されたのだ。
東の帝国に動きあり!
この情報に、評議会は大混乱に陥った。
現在評議会としても、混乱による評議会よりの脱退という、各国
の繋がりの崩壊危機を迎えている状況だったのである。
その状況を纏め上げたのが、イングラシア王国派閥の議員達であ
った。
東の帝国が動くと噂されるこの時期に各国の纏まりが無くなる事
は、戦う以前の最悪の状況になる事は間違いない。
それは各国の王族や議員にも自明の理であった。
もし、小国にしろどこかの国が帝国の調略を受けて帝国に迎合し
てしまったら、後に続く国も続出してしまう。そうなれば、残りの
国家の敗北は確定する事になるのだ。
三年前より、先見の目がある国々は、帝国の動きに備えて準備を
始めていた。しかし、自国の戦力だけで対抗出来る程、帝国は甘く
ないのだ。
故に、議題として、対帝国大同盟の結成を議論する事になったの
である。
2003
その日の議題は大きく荒れていた。
ヒナタ
サカグチ
その中には、自由調停委員会の委員長として、坂口日向の姿もあ
った。
常備軍を備えている大国ならまだしも、小国には平時より軍を維
持する余裕は無い。
戦時に傭兵を雇う事が主流となっていたのだが、各国が同時に戦
力備蓄を始めると、人が足りなくなるのは当然の話だ。
そんな中、評議会参加国により、各々の軍の一部を寄り集め、評
議会直轄軍の設立を主張する者が現れる。
﹁つまり、現状の議会警備兵だけではなく、評議会として軍を持つ
べきである!
平時は巡回でもさせておけば、魔物対策になるであろう。
自由組合が無くなり調停委員会が出来た今、委員会所属の冒険者
を兵士として雇用するのも可能であると考えるが、如何に?﹂
議員の一人が主張したその案は、各国の議会でも話題に出た内容
であったのだろう。
一瞬の静寂が場を支配した。魔物対策として、評議会は常に一定
額を自由組合には支払っていたのだ。組織名称が変わり、委員会と
なった現在もそれは変わりは無い。
聖教会への支持とお布施、そして評議会からの援助金。それが、
委員会の活動資金となっている。
委員会は援助金の代償として、自主的な巡回を行い魔物の討伐を
行っている。それにより、魔物の被害は以前に比べて格段に少なく
なっていた。
その巡回する者を常設の兵士とし、評議会に所属させよ! その
議員はつまりは、そう言っているわけだ。
2004
ヒナタは呆れるような思いでその議員を眺め、小さく溜息を吐い
た。
﹁それは、調停委員会所属の冒険者をそのまま兵士に徴用し、評議
会の傘下に入れると言う事か?﹂
ヒナタはうんざりとする気持ちを隠しつつ、発言した議員に問い
返した。
確かに、評議会より援助金は出てはいる。しかし、その額は然程
多くは無いのだ。
以前ならば、討伐する魔物のランクにより、別途褒章を支払うと
いう条件だったという。調停委員会になってからは、魔物の討伐は
聖教会の教義とも合致する為、別途報奨金は貰っていなかった。
評議会から支給される金は、純粋な意味での支援金であり、各国
に滞在する者達を食わせるにも足りない程度だったのである。その
程度のはした金で、自由な身分から義務の生じる飼い犬の身分にな
れと言われるなど、容認出来る話ではないのだ。
自由組合とは、国家の枠に縛られぬ組合の事であった。故に、あ
る程度の税を国家に納める事で、その国に居住する権利を有する組
織だったのだ。
当然、その立場はあくまで中立である。
魔物の大量発生等の自然災害に対しては、国家と自由組合の協定
に基づく動員が発令され次第、国家の下に組み込まれる事もあるだ
ろう。しかし、常時から国家に従う義理も義務も存在してはいない
のである。
まして、戦争行為は自然災害では無い。国家間の争いに巻き込ま
れる謂れは全くない話であった。
調停委員会と組織変更が行われた訳だが、その実情は自由組合時
代と変わってはいなかった。寧ろ、西方聖教会も組み込んだ事によ
り、その組織力は増大し国家群と対等の力を持つに至っているのだ。
2005
議員の発言したような、評議会の傘下に兵士を寄越せというよう
な要求は、馬鹿馬鹿しくて相手にする価値も無い内容なのである。
だが、今回は若干状況が異なっていた。
東の帝国の脅威を恐れた各国が、内々に手を組み、調停委員会の
持つ戦力に目を付けていたのである。
ヒナタはその状況を認識していた。
ブルムンド王国のフューズという男の情報収集能力はずば抜けて
高く、事前に各国の内情を調べてヒナタに報告して来ていたのだ。
だからこそ、迂闊に頭ごなしに否定したりせず、相手の出方を伺
う事にしたのである。
ヒナタが水を向けた事で、一部の議員達が大きく頷き立ち上がる。
そして、
﹁左様。ギャバン議員の申す通り、未曾有の危機に対し団結するの
は自然の理である。
委員会としても同様の判断を出して頂けるものと理解しておるが、
どうであるか?﹂
﹁まっこと、良き案である。調停委員会としても、今回の危機、見
逃せまい?
我等人類が協同し、事に当たるは当然であろう。賛同して貰えま
すでしょうな?﹂
等々。
内々で取り決めていたのだろう、一斉に賛同の言葉を陳べ始めた。
全員が全員では無いのだが、残りの議員にしても話を否定するに
は代案が無い。まして、戦時徴用に苦労しているのはどの国も同じ。
どうせ駄目だろうが、上手くいけば儲けもの、とばかりに様子伺
いに回るつもりのようである。
見事に、ヒナタが情報を元に予想した流れのままの出来事であっ
た。
2006
さて、どうするか? ヒナタは思案する。というか、答えは出て
いるのだ。
受けるか、拒否するか。
この話を蹴るのは簡単だ。そもそも、対等の関係であり、受ける
必要は無い要求だからである。
各国での権益を守って貰っているのは確かだが、それはギブアン
ドテイクの関係にある。一方的に従う弱い立場ではないのだ。
また、この話を蹴ったからと、元非戦闘の組合員を追い出せる国
家は存在しない。組合員からの税も確かな収益金であり、国家運営
の肝になっている。
不法労働を抑え、非合法のならず者を減少させる委員会の存在は
無くてはならないものだからだ。
条件が折り合わぬならば他の国に出て行ってしまうという強みを
持つのは、寧ろ組合︱︱現、委員会︱︱側なのである。
だが、この話を蹴る場合、評議会と委員会で険悪な関係になる事
は間違いない。
断る! と言って、そうですかと納得出来る話では無いだろうか
らである。
何よりも、委員会との協力が無く足並みの揃わぬ評議会では、東
の帝国に太刀打ち出来ないという現実があった。
頭ごなしに傘下に入れと命令されるのは気に食わないが、簡単に
断るのも問題がある。面倒な話なのである。
では引き受けるか?
それも、委員会の権威を落とす結果となる。出来て一年も経たな
い委員会では、足元を見られて舐められる事になるだろう。
それは断じて避けなければならない。今後の国家群との付き合い
を考える上でも、対等の関係は維持しておく必要があるのだから。
気に食わないのも確かだが、立場を守るという意味においても簡
単に引き受ける事は出来ないのである。
2007
受ける事も拒否する事も出来ない、それが答えであったのだ。
そこで、ヒナタは一つの提案を提示した。
つまりその提案とは⋮⋮
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ホテル
評議会からの依頼を受けて、俺はイングラシア王国へとやって来
ている。
主賓待遇というのか、最高級の宿屋を用意して貰い、久しぶりの
王都見学と洒落込んだ。
連れてきたのはベニマルとソウエイ。そして、シュナだ。大人数
だと面倒が多くなりそうなので、少人数でやって来ている。
シオンは部下の育成に忙しく、ゲルドは各種建設の総指揮を執っ
ており動けない。 ディアブロは、前回の王国での後始末を終えると同時に、放浪の
旅に出ていた。何でも、自分の子飼いの者を集めるとか何とか言っ
ていたけど、何を考えているのやら。
まあ、呼べば直ぐに戻って来れるだろうし頼むべき仕事も無いの
で、好きにしてても問題なかろうと許可したのだ。
そういう訳で、俺達は四人でイングラシア王国へやって来たので
あった。
2008
各種の店を見て回り、ショーウィンドウに飾られた最新の衣類等
を興味深げに見るシュナ。
油断なく俺の護衛をするベニマル。
何やらコソコソと、影から報告を受けるソウエイ。
影と言えば、俺の影の中からランガが消えているのが寂しい。ち
ょくちょくゴブタの下へ出掛けているのだ。
何でも、カリオンとの修行に呼ばれるらしく、そのままだと殺さ
れると泣きついていた。仕方なしという感じに、ランガは出掛けて
行ったのだが、その尻尾は大きく振られていたわけで⋮⋮
何の感の言って、ランガもゴブタを気に入っているのだろう。
仲の良いのは良いことである。
久々に、イングラシア王国での昼食を楽しみ、翌日に開催される
会議について意見を交わした。
シュナは俺の買ってあげた衣服の包みを大事そうに抱え込み、口
元を緩めている。残念秘書のシオンと違い普段からしっかりしてい
るだけにギャップが面白かった。
ほとんど俺達の話を聞いていない感じだったのだが、問題ないだ
ろう。
実際、会議の内容はどうでも良いし、普段から働きずめのベニマ
ルやシュナの慰労が目的の一つなのだ。
任務で各地に飛び回るソウエイと違い、中々国から出られないベ
ニマルやシュナには、是非とも楽しんで貰いたいものである。
とまあそんな訳で、気楽に明日の会議の内容を話し合っていたの
だ。
﹁で、ソウエイ。明日の会議の内容は何か判ったか?﹂
2009
先程から情報収集を行っていたソウエイに聞いた。
どこかで竜が暴れてるとか、謎の魔王が出現したとか、俺達の馬
鹿な予想に取り合わず、ソウエイは配下の影に調査をさせていたの
だ。
シャドー
相変わらず真面目なヤツだ。
影魔という魔物を鍛えて、自分の部隊に組み込んだらしく、最近
ではかなりの情報を集めているらしい。なので、ソウエイなら既に
俺達が呼ばれた理由も知っているハズである。
俺も慣れたもので、部下が知ってて当たり前と思う程に、ソウエ
イ達を頼りにするようになっていたのだ。
﹁は、情報自体は掴んでおります。後は、各国の王族の思惑と、そ
の部下達の考えを⋮⋮﹂
﹁ああ、そんな細かい事はいいから。で、何で俺達は呼ばれたの?
国賓だし、俺達に何らかの依頼したい事があるんだろうけどさ。
レール
列車の事かな? あの発明が各国にバレタかな?
軌道をひくのは順番が決まってるからな⋮⋮。頼まれても無理だ
ぞ﹂
﹁どうせ、戦争が始まるから助けて欲しい、とかそんなんじゃない
か?
俺達が助ける義務があるのは、ブルムンドだけだしな。違うか?﹂
﹁ああ、帝国か。それがあったな。そっちもそろそろか﹂
気楽に重要事項を語り合う俺とベニマル。
本来止めに入るシュナは心此処に在らずの状態で、王都のカフェ
の一角で国家機密ばりの会話をする俺達を止める人間は居ない。
もっとも、結界にて会話の声が外部に出ないように遮断しており、
俺達の会話を聞く者も居ないのだけど。
﹁ベニマルの言った事が正解です。
2010
列車も話題になっているようですが、実物を見ていない者には現
実味が湧かないようですね。
テンペスト
利に聡い者達は、ミョルマイル殿に接触しているようですが、軽
くあしらわれているようです。
今回は、東の帝国への備えとして、我が国を巻き込みたいという
話でしょう﹂
﹁残念、そっちだったか。まあ、どうせ帝国とはぶつかるんだし、
受けてもいいけどな。
で、何か問題がありそうなのか?﹂
﹁やはり、か。実際、俺の掴んだ情報でも、帝国の戦力は大したも
のだぞ。
正面から戦争すると、国力の差で、俺達が不利だ。
ジュラの大森林の全部族を、強制的に参加させるなら話は別だが
な﹂
﹁そうなんだよな。
戦力の増強は結構進んでいるけど、何百年と軍拡している国に対
しては厳しいよな⋮⋮
最悪、俺達だけでなく、こっちの国々の協力も得たい所なんだけ
どな﹂
と、俺とベニマルの会話は続いた。
実際、戦争回避出来るならそれが良いのだが、ユウキが居る以上
難しいと思う。
シオンにしろ、ディアブロにしろ、隠れて戦力増強を企んでいる
のは、正しく戦争する気満々だからだろう。
俺が意図せずとも、各幹部クラスの者達は、独自に戦力増強を開
始していたのである。ゴブタでさえ、何やらコソコソとやっている
程なのだ。
なので、今回呼ばれたのが東の帝国との戦争についてならば、依
頼されずとも俺達は戦争に巻き込まれる事になるのは仕方無いと考
2011
えていた訳だ。
﹁なるほど、では問題ないでしょう。
此方では、評議会と委員会が勢力を二分しております。
評議会が各国の貴族の意思を反映し、委員会が民草の守り手とい
う感じなのですが⋮⋮
テンペスト
評議会の要望で、委員会の戦力を評議会傘下に加えよと議題に上
ったらしいのです。
その際、ヒナタが提案したのが、魔物の国の戦力を利用するとい
うものでした﹂
﹁何だそれ? 俺達が利用されるのか?﹂
﹁ええ、利用されます。が、国として認められた上に、戦力を一任
して任せられる事になります。
つまり⋮⋮﹂
﹁ほほぅ。なるほど、ねえ。いいんじゃないかな、それ。利用され
ちゃおうか?﹂
﹁悪い顔してるぞ⋮⋮。
まあ、相手は俺達を利用してるつもりになるのが気に食わないが、
な﹂
俺達は頷きあい、話を終える。
食後のケーキを持って、店員がやって来たのだ。
ケーキ。
それは魅惑の食べ物。
甘味もある程度は用意出来たが、砂糖は未だに貴重品。
そして、ケーキなどは、テンペストでも超高級な嗜好品だったの
である。
ああ、懐かしきこの味覚。
俺だけは毎日来て楽しめるけど、それは何となく悪い気がして出
来ない。
2012
ここにシュナを連れてきた真なる目的、それこそがこのケーキな
のだ。
ここで、シュナにこの味を教え込み、再現して貰うのである。俺
の記憶ではその辺のレパートリーが少なすぎた。なので、高級店で
あるここへ連れてきたのだ。
﹁シュナ、これマジで美味いから。
ここに滞在中は、好きなだけ食べてくれていい。なので、出来る
だけ味を覚えてくれ﹂
俺の言葉に戸惑いつつ、ケーキを食べるシュナ。
先ずはショートケーキ。オーソドックスだが、このケーキが全て
に通じているのだ。これが不味いと、全て駄目と判断して間違いな
い。
シュナはケーキを一口食べた。
そして、力強く俺の目を見て頷く。それから、一心不乱にケーキ
に集中し始める。
最早、言葉は不要。俺の意を正しく受け止め、シュナならば必ず
成し遂げてくれる。アイスクリームすら再現して見せたシュナなら
ば、ケーキなど造作もないだろう。
俺達は、先ほどまでの会話を忘れたように、美味しいケーキに夢
中になったのである。
翌日、会議の開催場所に着いた。
内容は予想通り。前夜にヒナタがやって来て、俺に説明をしてく
れている。
2013
ソウエイの情報通り、軍事協力という名目で俺達の戦力を利用す
るのが、議会の目的だった。
だが、利用したいのは此方も同じ。
そして、狸と狐の化かしあいが始まったのだ。
2014
139話 議会の顛末
昨日のケーキは美味かった。
なので、会議で疲れた心を癒すべく、再び訪れたと言うわけだ。
流石は、自由組合本部のあったイングラシア王国の王都である。
異世界人
を探し出し、保護する。能力の高い者だけではなく、
ユウキは実に良い仕事をしていた。
その知識と技術。主にその食への拘りは、俺に通じるものがあった
のだろう。
ぶっちゃけ、辺境の農村レベルの食事では満足いくものではない。
現代日本が贅沢過ぎるのだ。
毎日イモを煮たものだけ、味のしないスープに苦い草が入ったも
の。そういう食事が一般的だったのだから。
塩が高級品なので、味のする料理そのものが貴重なのだ。
パンにしても、固くてそのまま食べるのに苦労するような酷い出
来のものしかなかったのだろう。食事の改善を試みるのは、至極当
然の話だが、出来るかどうかは別問題。
異世界人
同士で試行錯誤
俺のように、元の世界の知識を能力でイメージ毎相手に伝える事
も出来ないだろうし、共通認識を持つ
を試みたのは間違いないだろう。
こういう点は非常に評価出来る。
彼等の努力のお陰で、この世界でもケーキを食べる事が出来たの
だから。
イングラシア王国の王都に来たのは、評議会の会議への参加が目
的だったけど、こっちの方が重要かも知れないと思ったほどである。
今日の目的は、レシピを教えて貰えないか交渉する事。
シュナ曰く、大体同じものが出来るだろうけど、同等のレベルま
2015
で作りこむには数ヶ月の研究が必要との事だったからだ。
店の店主であるギルシュさんに挨拶し、シュナに作り方を教えて
欲しいと聞いてみた。
レシピは秘密にしているかも知れないが、駄目もとで一応頼んで
みた次第である。
﹁ああん? 俺様のケーキの作り方を教えて欲しい、だ?
そんな簡単に秘蔵のレシピを教えてやれる訳がねーだろうが!
ケーキを気に入ってくれたのは嬉しいが、コイツには様々な奴の
努力の成果が詰まっているんだ。
簡単には教えてやれねーな﹂
まあ、当然の反応だ。
この街のあちこちに、似たような店はある。しかし、俺が食べ歩
き確認した中でも、この店だけは本物だった。
異世界人
なのだろう。
他店はこの店の真似をしているだけなのは間違いない。この店主
も
﹁そこを何とかお願い致します﹂
シュナが丁寧に頭を下げてお願いする。
両手を重ねて、綺麗に腰を折り、見ていて惚れ惚れするような上
品な動作で。
﹁⋮⋮ぐっ。お、俺様に色仕掛けは通じねーぞ!
だけど、何でもいいから、俺様を満足させる事の出来る料理を作
れるなら、考えてやらんでもない﹂
おっと。
シュナが妥協点を引き出せたようだ。最悪研究して貰おうと思っ
2016
ていたが、シュナの料理は一級品。
いけるかも知れない。
﹁シュナさん。思う存分、やっておしまいなさい!
その生意気な店主を唸らせる、最高の一品を!﹂
﹁はい。了解いたしました!﹂
シュナはやる気だ。
ケーキがシュナの心に火を点けたのだ。
厨房を借りて、シュナが至高の一品を用意する。
それは卵焼き。
卵焼きを見れば、その料理人の腕が判るとまで言われる、究極の
一品。
ギルシュさんは、出された皿を見つめ、ゴクリと唾を飲み込んだ。
何も言わず、一口、フォークで卵焼きを口に運んだ。
﹁美味い!!﹂
一撃だった。
シュナの圧倒的なまでの料理力で、ギルシュさんはシュナを認め
たのである。
﹁ありがとうございます﹂
シュナが艶然と微笑みを浮かべた。
それが止めとなる。心まで打ち抜かれ、ギルシュさんは完全に落
ちたようだ。
﹁ッチ。仕方ねーな! 特別だぜ?﹂
2017
筋骨逞しいオッサンが、照れたような笑顔でシュナに応じた。
正直、デレデレになっているようにしか見えない。まあ、シュナ
は薄桃色の髪が良く似合う、可愛らしい少女だから仕方ない。
シュナに厨房でケーキの作り方を説明し始めるギルシュさん。
俺とベニマルはコーヒーのような飲み物を店員に注文し、シュナ
を待ちつつ先ほどの会議について思い出していた。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
会議開催を行う会場に着いた時、数名の議員が挨拶にやって来た。
何でも、武闘会を見学に来た者から話を聞き、俺と誼を結びたい
と考えたそうだ。
今後のアピールを考えて、愛想良く対応する。
﹁わはははは。リムル殿、魔王と呼ばれておるそうだが、気さくな
方ではないか!﹂
﹁いやはや、まったくですな。今後ともよしなに頼みますぞ。
ところで、何やら色々と面白い品を作っておられるとか?
我が国でも、その商品を取り扱って差し上げても構いませぬぞ?﹂
﹁おう、その事よ。我等も同様じゃ。協力してやっても宜しい。
無論、それ相応の見返りは︱︱これ以上はやぼですな﹂
あ、うん。
何というか、開いた口が塞がらない感じ、か?
無礼ってレベルじゃねーぞ!
相手は貴族だろうと思い、此方が下手に出たのが失敗だったかも
しれない。俺の対応を見て、かなり勘違いさせてしまったようだ。
まあいいや、面倒くさい。別にこいつらに商品を流さなくても、
2018
ギルド︱︱調停委員会の下部組織として、ギルドは残っているのだ
︱︱経由で売る事は出来るし。
﹁ああ、そうですね。その時はお願いしますね﹂
誤魔化しつつ話そのものを無かった事にする作戦でいこう。
これぞ大人の対応。欲しければ買いに来いって話だ。
軽く挨拶を済ませると、失礼な議員に笑顔で断りを入れてその場
を去った。
長々と話し込むと、他の議員もやってきそうだったからである。
朝から気分を害したが、その内何か頼みごとが出来るかもしれな
いと我慢して、会場内に入ったのだった。
そして会議が始まったのだが⋮⋮、そこからが本当の地獄だった。
前回の議題の際、俺達に協力要請を行うというのが、ヒナタの提
示した案であった。それはヒナタに聞いて知っている。
俺達の国に防衛を任せ、一定の金額を支払うというもの。相手が
此方を利用しようとしているのは間違いないので、此方も相手を利
用する。
まあ、その辺りはお互い様だろう。此方はどうせ帝国の侵攻ルー
ト上に位置するのだ。どうせ戦う事になるのならば、背後を纏め上
げておいた方が良いのは当然だ。
また、防衛費を支払ってくれるというのならば、貰っておく。断
る理由も無いのだから。
そして本題として。
俺達に、余剰戦力を全て譲って貰うというのが、今回の会議に参
加を受諾した目的なのである。
つまりは、魔物の力を誇示し、強大な軍事力を所有する。
各国は俺達に防衛費を支払い、俺達は良い様に利用される事にな
2019
テンペスト
る。だが、その実、纏まった軍事力を持つ事で、各国は魔物の国を
テンペスト
無視出来なくなるという寸法だ。
魔物の国も既に国家としては認められている。人間社会との共存
共栄を目指している訳で、国家連合の守備軍の役職を担うのは吝か
ではないのだ。
その上、その軍事力を背景として、各国に睨みを利かす事も可能
になるという、一石二鳥の作戦であった。
ヒナタの狙いもここにあり、ジュラの大森林方面の防備は俺達に
任せるつもりだと言っていた。
委員会の直属兵士は、聖騎士を含めても数が少ない。だからこそ、
拠点を築き、俺達にも緊急時の対応を任せるつもりだったのだろう。
俺もその案に賛同し、利用されつつも実利を取る選択をするつも
りだったのだ。
どうしてこうなった?
蹴り上げた机が宙に浮き、落ちて来た所を更に踵で粉々にする。
椅子に踏ん反り返って足を組み、驚愕の表情を青褪めさせて俺を
見る議員連中を睥睨し、俺は内心で溜息を吐いた。
いや、最初は我慢していたのだ。
大人としても定評のある俺の心が海よりも広いのは、ここ最近の
俺の活躍からも有名な話だと自負している。
忍耐心の塊とも呼ばれ、我侭いっぱいのミリムの相手もお手の物。
広い心で、ミリムの我侭も笑って許せたものだ。
だが⋮⋮。
欲に塗れて可愛げもない、議員のオッサンどもの我侭だったなら
どうだろう?
その答えが、目の前で粉砕された大机であった。
﹁おう、お前ら。舐めてるのか?
2020
好き勝手言いやがって、俺はお前らの召使か?
ああん? 黙ってても判らねーぞ!﹂
静まり返った会議場で、俺の声が静かに響く。
大声を出している訳ではないが、その声は議員連中の心に恐れを
伴い響いているようである。
別に﹃魔王覇気﹄を使ったとか、そういう話ではない。
人間相手に使うと、恐慌状態になれば良い方で、下手すると発狂
したり狂死したりするのだから。
洗脳系も使えるけど、それをしたら人間との友好とか全て吹っ飛
んでしまう。残りの人生を面白くもないYESしか返事出来ない人
形と過ごす趣味は無いのだ。
つまり、今回はただ怒りに任せて机を壊し、普通に恫喝しただけ
なのである。
だが、それでも効果は絶大であった。
殿
呼ばわり。
﹁い、いやリムル殿。我等はそのようなつもりで申し上げた訳では
なく⋮⋮﹂
そもそも、だ。
一国の王に対し、呼び付けた上に
国の格として、属国の王であるならまだしも、同格の国主に対す
る対応では無い。
間違いなく、こいつらはたかが魔物と舐めているのだ。
そして先刻からの話の内容。
テンペスト
やれ、魔導列車の構造を教えろだとか、迷宮の運営権を共同にし
ろだとか、衛星都市に住む住人は魔物の国に所属した訳では無いの
で税を寄越せだのと⋮⋮
好き放題抜かしやがった訳である。
仮にも俺は魔王。なので、それ相応の対応を期待していたのだが、
2021
予想以上に酷かった訳だ。
これが国を代表する貴族とか。俺の寛大な心も我慢の限界という
ものであった。
︾
いや、こういう狸どもを手玉に取っていたのなら、ユウキはなか
なかの狐だと言う事。俺には無理過ぎた。
︽告。ですから、私が代理すると申し上げたのです
何か、ラファエルさんが言っているようだけど、気のせいだろう。
単なるスキルであるラファエルさんが、そこまで自由に口出し出
来るハズが無い。
怒り過ぎて幻聴が聞こえたようだ。だが、少し冷静になれたので
良しとしよう。
﹁あ? じゃあ、どういうつもりだと言うのかな?
俺が、お前達の奴隷として、馬車馬のように働けと言っているの
じゃないのか?﹂
﹁い、いいえ! とんでも御座いません! 我々はそのようなつも
りで言っている訳ではなく⋮⋮﹂
そんな事を必死で言い募る議員に目を向けて、ふと、違和感を感
じた。
こいつの目、会議室奥の扉に向いている。
耳を澄ますと、複数の足音。どうやら、衛兵を呼んだようだ。
そう気付いた時、扉が開け放たれて数名の兵士と一人の大男が入
って来た。
﹁おうおう、威勢が良いな。お前さんが魔王を名乗る馬鹿か。
だが、供も三人しか連れて来ていないのにそんなに威張っていて
も良いのか?
2022
馬鹿め!
お前を痛めつけて言いなりにすれば、お前達魔物は言いなりにな
るだろうが!﹂
入って来るなり、大声で吼える大男。
え? 何て?
俺を、痛めつけて、言いなりにする?
何を言っているんだ、コイツ? 俺が馬鹿になったのか、コイツ
バカ
マスター
の言いたい事が良くわからない。
︾
︽解。この大男は、御主人様に勝利し、言いなりにすると申してお
ります
わかってるわ、そんな事!
イチイチ真顔で説明されたら、本当に俺がバカみたいじゃないか。
﹁おい⋮⋮。これは、評議会の総意なのか?﹂
俺の疲れたような質問に、
﹁馬鹿か、当たり前の事を! それとも、ビビッてしまったのか?
今なら、這い蹲って靴を舐めたら、痛い思いをせずに許してやる
ぜ?﹂
と下卑た笑いで返事する大男。
だが、恐怖と困惑で固まっていた議員達の中で、
﹁聞いておらんぞ。どういう事だ?﹂
﹁誰の差し金だ?﹂
﹁あの兵士は、イングラシア王家の紋章付きの鎧を着ておりますな。
2023
という事は、これはイングラシアの差し金ですかな?﹂
と、戸惑う者や冷静な判断を下す者、そういう明らかに関係なさ
そうな反応も伺えた。
という事は、この件は評議会での決定ではなく、一部の勢力の暴
走という事か。まあ、ヒナタも知らなかったようだし、総意では無
いのは間違いなさそうだ。
そう判断を下す。
﹁おい、許可無く立ち入るな。
ここは評議会の会場で、現在は会議の最中だ。
貴様達、兵士の出る幕では無い﹂
ヒナタが冷静に大男達に退出を促したのだが、
﹁ははは、ヒナタ殿。良いのです。
彼等はワシが呼んだのです。そこの無法者を懲らしめる為に、ね﹂
﹁ギャバン殿、血迷ったのですか?
この様な話は伺っておりませんけれど⋮⋮
それとも、貴方方は、評議会の議決よりも御自分を優先するので
すか?﹂
ヒナタの声が、冷たく低くなっている。
ああ、結構本気で怒っているようだ。これで、あの馬鹿共の独断
だと考えて間違いないな。
﹁ゴチャゴチャ煩いぞ、女。ああ?
元聖騎士団長か何か知らんが、イングラシア護衛騎士団団長のこ
の俺、ライナー様の敵じゃないわ。
そこの貧弱な魔王に負けて、小便ちびって逃げたんだろ? ええ、
2024
聖騎士団長様よ。
どうせその役職も、色ボケ枢機卿にでも色仕掛けして手に入れた
お飾りだろうがな。
雑魚同士、チンケな戦いだったんだろうが、殺す覚悟も無いよう
な魔王など、片腹痛いわ!
だがまあ、見てくれは悪くない。俺の女になるって言うなら、愛
妾として可愛がってやってもいいぜ﹂
ああ、コイツ、死んだな。
ヒナタの表情は変わらない。相変わらず、冷たく美しい顔をして
いる。
けど、その見かけの冷たさと反比例するように、彼女の内面は荒
れ狂うマグマのようになっていそうだ。
﹁おいおい、ライナー卿。少し下品ではないかね?
だが、ワシも魔王には興味がある。一人占めは良くないぞ。
そうそう。
言い忘れておったが、このライナー卿はAランクの冒険者をも倒
した勇者。
君達以上の強者は、幾らでもいるという事だ。
多少強いからと、自惚れないで欲しいね﹂
ゾワっとするような、言い難い悪寒が背筋を走った。
気色悪い。このオッサン、大概の事で動じなくなった俺を動じさ
せるとは、恐ろしい男だ。
﹁︱︱おい、貴様ら⋮⋮。それは、イングラシア王国としての判断
か?﹂
ヒナタが怒りを感じさせぬ冷静な声で問うた。
2025
﹁ふふ、その通りである。評議会として、既に決は出ておる。
まあ、投票は今から行うのだが、な﹂
そう言って、金髪の若い男が立ち上がった。
議場がザワリと沸き立った気がする。
﹁エルリック王子︱︱。これは、貴方の差し金ですか?﹂
﹁その通りだ、ヒナタ。座るがいい﹂
王子⋮⋮?
この馬鹿、いや王子がこの件の黒幕?
どうやら、イングラシア王国の王子らしいが、こいつが数名の議
員を扇動していたようだ。
﹁では、決を採ろう。
魔王をこの場で倒し、我等の言いなりにする。
賛成する者は、起立せよ!﹂
王子の声が高らかに響き、過半数の議員が厭らしい笑みを浮かべ
て起立した。
どうやら、キッチリと内通し話を通していたようである。
各国の財務状況や、王族達の反応。そして、各国での議会での議
事録なんぞはソウエイが調べ上げていた。
︾
しかし、議員個人が買収されているとは思わなかった。その可能
性を考えなかったのは俺のミスだろう。
︽告。いいえ、問題ありません。想定内です
え? 想定内?
2026
ラファエルが黒い笑みを浮かべているような、幻想が見えたよう
な気がする。
﹁リムル様、これを﹂
ソウエイが俺に複数の帳簿を渡して来た。
ああ⋮⋮裏帳簿だ。マジで想定内かよ。
いつの間にか、内通している議員連中の賄賂等を記載した帳簿を
確保していたようである。
抜かりの無い手際。
帳簿の数は、エルリック王子の号令で起立した議員の数に一致す
る。動かぬ証拠を掴んでいるなら、これって既に茶番でしかない。
立たなかった議員は戸惑うように周囲を伺い、
﹁聞いておりませんぞ!﹂
﹁せっかくリムル陛下が自ら出向いて下さったのに、この仕打ちは
問題でしょうぞ!﹂
﹁このような事は許されぬ。公平性が無ければ、何の為の評議会か
!﹂
激怒したり、憤慨したり。
今、座っている議員達は、公正な性格で融通が利かないのだろう。
道理を弁えて、きちんと俺に対する礼儀も持ち合わせているよう
だし。
こういう議員の所属する国がまともかどうかは不明だけれど、礼
儀のなっていない議員や不正を行う議員を送り出す国よりは信用出
来るだろう。
何しろ、議員はその国の代表であり、その国を表す人物であるべ
きなのだから。
2027
﹁決は出た。過半数を超えたので、この議題は可決されたものとす
る!﹂
エルリック王子が勝ち誇り、高らかに宣言した。
追従し、拍手を送る議員達。
座ったままの議員は項垂れ、ヒナタは冷めた目つきで茶番を見つ
める。
武器の携行は許されていないので丸腰だが、剣を所持していれば
柄に手を掛けていそうな迫力であった。
﹁さて、お許しも出たし、靴を舐めるか痛い思いをするか、選べ﹂
ライナーとか言う馬鹿が、俺の前まで来てそう言った。
ヒナタが俺を見てくる。俺の対応次第でどう動くか計算している
のだろう。
さて。
﹁一つ、確認したい。いいんだな、それで?﹂
﹁ああん? 何がだ?﹂
﹁いや、お前らの選択は、そのまま国家の選択だと受け取るが、い
いんだな?﹂
﹁っは! 馬鹿か。今更そんな事、どうだって︱︱﹂
シュナが立ち上がり、扇子を取り出し一閃した。
それだけで、喋っている途中だったライナーが吹き飛ばされて、
椅子と机を倒しながら壁に激突し蹲る。
﹁先程から我慢して聞いておれば⋮⋮
き、貴様ら、我等が敬愛するリムル様に対し、ぶ、無礼にも⋮⋮﹂
2028
そして、静かにライナーに歩み寄るシュナ。
ああ、激怒していたのは、俺だけでは無かったようだ。
というか、他人が爆発したら、急に冷静になるものだよね。
見回すと、ヒナタも冷静になったのか、俺と目があった。お互い
に目と目で通じ合えた気がする。
﹁ゴミめ。貴様は楽には殺さぬぞ。確か、Aランクがどうとか言っ
ておったな。
本気を出す事を許そう。
さあ、立ち上がって掛かって来るが良い﹂
扇子をライナーに突きつけ、シュナは射殺すような眼差しでライ
ナーを睨んだ。
﹁ラ、ライナー! 何を遊んでいる!?さっさとその生意気な女を
黙らせろ。
貴様は魔王も倒さねばならんのだ。遊んでいる暇などないぞ!﹂
状況の理解出来ていないエルリック王子が、ライナーに向けて命
令する。
しかし、ライナーは動かない。
﹁来ぬのか? では此方から︱︱﹂
シュナが一歩、足を前に出そうとした瞬間、
﹁ひ、ひぃーー!!﹂
蹲り、両手で頭を抱えるライナー。
その股間からは、湯気を出す液体が洩れ出ている。
2029
おいおい、小便ちびってるのは自分じゃねーか。呆れるのを通り
越して、掛ける言葉も見つからない。
﹁シュナ、下がれ﹂
俺の命令に頷き、俺の背後に戻るシュナ。
ライナーは子供のように泣き始め、涙と涎を垂らして蹲ったまま
だ。
あれはもう駄目だな。相手するのも馬鹿らしい。
﹁さて、エルリックだったか?
お前は俺に喧嘩を売ったわけだが、今後どうするんだ?
そこのお前等、お前等の国もこの件を承認しているんだよな。
同罪って事で、いいな?﹂
笑顔で問い掛けた俺に、青褪めた顔で俯く一同。
勝負は決した。こんな雑魚で魔王に勝てると判断した、頭の弱さ
がこいつ等の敗因か。
いや、イングラシア王国はジュラの大森林に接していない。だか
らこそ、魔物の脅威を知らないのだ。
そして、今回賛同に回った議員達の所属国も、小国でイングラシ
アの派閥国なのだ。国の意向と議員の意思は別物だったけど、魔物
を舐めているのは一緒なのだろう。
所詮、自分達の利益しか考えていない貴族だったという事だ。ま
あ、中には国家ぐるみで動いた者もいるようだけど。そういう国と
は付き合うのを考えた方が良さそうだ。
適当に流して資料を見ただけだったので、後で見直した方が良い
かも知れない。 結局その後、議員達を脅すように重要な議題を受理させ可決して
いった。
2030
1.テンペストへの軍事協力。
1.テンペスト軍の国内通過許可。
1.テンペストの国家連合評議会への正式参加。
1.国家連合評議会本部のテンペストへの移設。
1.自由調停委員会本部のテンペストへの移設。
有無を言わせずサインさせ、問題なく全て可決した。
満場一致で。
化かし合いをして、策を弄するのは俺には向いてない。
結果的には、最も簡単な腕力による制圧で、全ての問題が片付い
たのである。殴ったのは俺では無いし、俺の心の広さも証明出来た
ようで満足だ。
こうして、無事に議会を終了し、俺達は会場を後にしたのだった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
とまあ、これが顛末である。
エルリック王子や、イングラシアの大臣でもあるギャバンとか言
うオッサン。そして、議員達。
彼等は呆然とし、事の重大さに怯えているようだったが、自業自
得である。
当然ながら、会議終了と同時にソウエイに命じ、各国へ帳簿はお
届けさせていた。これで、あの無礼なアホ共は粛清されるだろう。
許されたとしても、議員は首だろうし、最早終わっていると言え
た。
そして、イングラシア王国。
この国は、交通の便が良いと言う事で、各国の中心に治まった国
2031
である。
異世界人
が自分達が快
目だった技術があるわけでも、生産性が高い訳でも無い。
文化レベルが高いのは、ユウキによる
適に暮らす為に再現したものを広めたからに過ぎないのだ。
評議会や委員会と言った、重要な施設が移転する以上、既に各国
の中心としての役割を終えている。
このまま何もしないのならば、後は衰退の一途だろう。
それも自業自得であり、俺の心が痛む事は無かった。
﹁まあ、中心がテンペストになるのは、私としても賛成だったのだ
がな﹂
とは、ヒナタの言葉である。
それを言い出せばイングラシア王国がどうなるのか自明の理だっ
ただけに、ヒナタから言い出せなかったのだろう。
今回の件で、ヒナタとしても踏ん切りがついたようだ。さっさと
戻って、引越しの準備に取り掛かっていた。まあ、俺以上に、ヒナ
タも怒ったという事だろう。
俺はコーヒーモドキを飲みながら、そんな事を思ったのだった。
﹁というか、今回は良い経験が出来た﹂
﹁ん?﹂
﹁いや、俺も激怒し過ぎると、腹が立ち過ぎて何をしていいか判ら
なくなってしまったよ。
シュナが動くのがもう少し遅かったら、あの部屋の人間を全て燃
やし尽くす所だった﹂
ぶっ! とコーヒーを噴出しそうになる。
大人しいと思っていたベニマルだが、大人になったなと感心して
いたのに、実際は怒りで我を忘れていただけだったとは。
2032
感心して損した気分である。というか、危なかった。あそこで大
量虐殺されていたら、人類の敵になる所だった。
﹁おいおい、おま、それは絶対に止めろよ!?﹂
﹁ははは、冗談だよ。本気にするなって!﹂
爽やかな笑顔で誤魔化そうとするベニマルだが、俺は騙されない。
コイツは本気だった。
今度の会議には、人選を考える必要がありそうだ。
その時、
﹁リムル様、やりましたよ!
ギルシュ店長が、テンペストに来てくれるそうです!﹂
シュナが満面の笑顔で戻って来て、俺に報告した。
﹁何でも、店を畳んで隠居しようかと考えていたそうなのですが︱
︱、
お誘いしたら、来て下さるそうです!﹂
﹁マジで?﹂
﹁マジで、です!﹂
素晴らしい。
これで砂糖さえ用意すれば、毎日ケーキも夢じゃない。
いや、欲しい素材があるなら、どんなものでも集めようじゃない
か!
﹁素晴らしい、流石はシュナだ!﹂
俺が褒めると、シュナも笑顔で頷いた。
2033
今回のシュナは大活躍だった。
どこかの残念秘書とは大違いである。あの残念秘書なら、手加減
してもライナーを殺してしまっていたかもしれない。
そしてスキルで誤魔化して、大変な事になっていただろう。まあ、
それはシオンだけでは無く、俺にも言える事だけど。
今回、シュナのお陰で交渉が簡単に纏まったようなものである。
だが、一番の成果は、ここの頑固親父を説得出来た事だ。
以前、俺も頼み込んだのだが、首を縦には振ってくれなかったの
だ。
いい仕事をしたものである。
こうして、無事に会議も終わり、テンペストへ向けて帰国した。
色々あったけど、一番大きな成果は、毎日デザートにケーキが付
くようになった事なのは、言うまでも無い事である。 2034
140話 研究成果
食生活が更に豊かになった。
毎食、デザートには果物だったのだが、ケーキが追加されたのだ。
ああ、生きてるって素晴らしい。食べ過ぎると飽きるので、日曜
日と祝日などの特別な記念日に用意して貰う事にした。
満たされる生活。スライムに転生したての時には、考えられない
ような贅沢な暮らしぶりだ。
これで東の帝国の問題が無ければ趣味に没頭出来るのだが⋮⋮。
最近思うのが、俺とヴェルドラに有志を加えて、宣戦布告と同時
に攻め落としてしまおうか、とか考えてしまったりしている。
待つのが性に合わないのもあるが、どう考えても、守るより攻め
る方が簡単なのだ。
守備力を分散し、考えられる侵攻ルートを守るには兵数が足りな
いだろうし。かといって、偵察部隊の配置だけしておいてルート確
定してから迎撃に向かうのもリスクが大きい。
ドワーフ王国内部を侵攻するのは流石に無いだろう。
中立国である武装国家ドワルゴンは、技術の高い兵装を持つ常備
軍を保有しているのだ。
入り口と出口を守備するのにも適しているので、大軍での攻略に
は向いていない。国そのものが天然の要塞とも言えるのだから。
海路は無い。船舶数が足りないだろうし、海には大型の魔海獣が
棲息しているのだ。
足場の条件の悪い海上での戦闘だと、リスクが高すぎて選択肢に
入らないだろう。海を無事に通れるかどうかも不明となるからだ。
同様の理由で、竜の棲まう山脈もまた選択肢から外れる。
結局の所、ジュラの大森林を通過するルートしか選択の余地が無
2035
いのだ。
となると、軍事行動が可能となるルートの選出は三つ、か。
テンペスト
ドワルゴン
ただし、その内の一つはドワーフ王国の隣接領域となる。許可無
く侵攻する場合、魔物の国とドワーフ王国による挟撃の恐れもある
為、普通は選択しないと思う。
テ
結局、二つの侵攻ルートが最も可能性が高く、軍を二つに別けて
対応するのがセオリーとなるのだ。
だが、本当にそんなに単純か?
ンペスト
考えても仕方ないが、その予想通りに帝国が動くなら、帝国が魔
物の国を舐めているか、圧倒的な大軍を擁しているかのどちらかと
言う事。
何しろ、軍事の専門では無い俺の考えでも、侵攻ルートはこの二
択を選ぶのだから。
戦争のプロが他に選択肢が無いという理由で、単純に予想出来る
ルートを選ぶ事は無いだろう。
いや、逆に他にルートが無いからこそ、圧倒出来る戦力を揃える
まで動いていないのだ、と考えられる。
となれば、その大軍に対し、戦力を別けるのは愚策。
駄目だ。
考えているとイライラして来た。
やはり此方から攻める方がいいんじゃね?
というか、帝国が宣戦布告した瞬間、特攻をかけるのが正解なん
じゃ?
真面目に考えても正解は出ないだろう。臨機応変に対応するのが
良い。
臨機応変。
何やら素晴らしい響きの言葉だし、出来る男というイメージもあ
る。
よし、それでいこう。
念の為、海上ルートも含めて、偵察任務に着かせている。各所に
2036
転移魔法陣を設置しているのだ。
長距離連絡手段と、緊急移動の準備は完璧であった。あくまでも
個人用だが、連絡には十分である。
何かあったら報告が来るだろうし、それから考える事にしよう。
結論を出した所で、俺は立ち上がり食堂へと向かう。
頭を使うと甘いものが欲しくなる。デザートは特別な日と祝日と
決めたけど、オヤツは別だ。
早速、シュナに頼んでケーキを用意して貰おうと思う。
自分に甘いのが俺の良い所。食べ過ぎて飽きるとか、飽きた時に
考えればいい話だろ。
そうに違いない。
あっさりと自分の方針を覆し、食堂に向かうとシオンが居た。
俺を見ると満面の笑顔を浮かべて、手に持つ皿を差し出してくる。
何だろう、この嫌な予感は⋮⋮。
﹁リムル様、お待ちしておりました!
水臭いですよ、リムル様。
一言、申し付けて頂ければ、私がケーキ︵のようなもの︶を用意
いたしましたのに⋮⋮。
はい、どうぞ! シュナの作ったものと同様の味で、量は数倍で
す!
遠慮せず、召し上がって下さい!﹂
ニコニコしながら、差し出す皿に、何やらコンニャクのような大
きな塊が乗っている。
え? ケーキ⋮⋮!?
思わず受け取った皿に乗る物体を眺め、助けを求めて周囲を見回
した。
誰も居ない。逃げた、か?
2037
どうやら、最悪のタイミングで来てしまったようだ。
﹁おい、これはケーキなのか?﹂
﹁はい! 味は完璧に再現しておりますよ!﹂
自信満々のシオン。
だが、嫌な予感は増すばかりだ。
味は完璧? それは、味以外は駄目って事じゃ?
俺は自分の方針転換を後悔しつつ、一口だけ食べてみる事にした。
こんな事なら、自分で決めた通り、食後のデザートだけを楽しみ
に待つべきだったのだ。
そもそも食事の必要も無いのに食い意地を張ったから、この様な
修羅場に遭遇してしまう羽目になる。
スプーンで削り、一口、口に含んだ。
吐くかと思った。
食感はコンニャク。そして、味は甘ったるいケーキ。
見た目は灰色。そして、見たままのコンニャクの食感なのだ。
ケーキとは、視覚情報も重要だと、再認識した瞬間であった。い
や、ケーキに限らず、食事は見た目も重要なのだ。
素材がそのまま出てこられても、美味しそうには見えないのであ
る。
﹁どうです? 美味しいでしょう?﹂
完璧ですよね? と言いたげな、シオンのドヤ顔にイラっとする。
コイツはアレだ。先ず、料理とは? という基本的な所で躓いて
いるようだ。
﹁座れ。ちょっと、そこに座れ。説教だ!﹂
﹁え!? どうして?﹂
2038
ドヤ顔から一気に涙目になり、シオンがうろたえるが、お構いな
し。
それから30分程、俺は懇々と、シオンに料理の何たるかを説教
したのだった。
シオンに説教を終え、ようやく一息つく。
放置していたのが失敗だった。シオンは、何でもスキル任せに結
果だけを出そうとする。そんな事では、一生成長する事は無いだろ
うから。
俺の説教が堪えたのか、シオンはシュナに料理を教わると約束し
てくれた。
というか、以前からシュナに教わっていたのでは? いやいや、
そんな事は無いだろう。
少し心配だが、これで一先ずは大丈夫だ、そう思う事にする。
考えを切り替えて食堂から出た所で、ばったりとクロベエに出会
った。
﹁おお、探しておりました、リムル様。やはり此方でしたか﹂
﹁ん? 俺を探してた? 何かあったのか?﹂
﹁ええ、以前より依頼を受けておりました、新型の武器が完成いた
しましたぞ!﹂
クロベエが嬉しそうに報告してきた。
以前の依頼? 多すぎて、どれの事か思い当たらない。
ともかく、クロベエについて、工房に向かった。
2039
工房は相変わらず暑い。温度に影響を受けないから良いものの、
中での作業は大変そうだ。
久しぶりに来たが、工房には人︱︱魔物も含む︱︱が増えていた。
﹁弟子が増えたみたいだな﹂
﹁ええ、お陰様で。しかし、まだまだですな。使い物になるのは作
れない者の方が多いです﹂
俺達が会話しつつ工房に入ると、声に気付いて弟子達が顔を上げ
た。
そして、俺の姿に気付いて一斉に立ち上がり礼をする。その勢い
にびっくりしてしまった。
クロベエを見ると、
﹁馬鹿どもが! さっさと作業に戻れぃ!﹂
大音声で怒鳴りつけ、弟子の作業を再開させる。
彼らの気持ちも理解出来るかも。職場に社長がやってきたら、緊
張もするというものだ。
それも、下っ端の部署に。
俺も実感は余り無いけど、この国では王様なのだし、気軽に遊び
に行くのは可愛そうかも知れない。
元の世界の会社で本部長クラスの職場見学の際でも、前日から大
掃除をして準備などしたものだし、それが社長ともなると失敗は許
されない雰囲気になる。
所帯が大きくなればなるほど、気軽に接するとかえって気を使わ
せる事になるかも知れない。
だが⋮⋮
﹁悪かったな、突然来て。でもな、ちょくちょく遊びに来ると思う
2040
から、そんなに緊張しないでくれ﹂
と、声を掛けておいた。
馴れ馴れしくされると問題かも知れないが、一々緊張する必要は
無いだろう。
俺は威張るのも大好きだが、緊張し過ぎて反応が無いのは面白く
ないのだ。
ゴブタのような、おバカな反応が好ましい。TPO︱︱時と場所、
場合に応じた態度︱︱さえ弁えてくれればそれで良いのだ。
俺の言葉で肩の力の抜けた弟子達。
それを確かめ、一つ頷いて奥の部屋に進んだ。
︱︱ちなみに、俺の知らぬ事であったが、弟子達が緊張した理由
テンペスト
は俺が魔王だからというだけでは無かった。気付いていない間に、
魔物の国の三大アイドルの一人に、俺が選ばれていたのだ。俺、シ
ュナ、シオン。驚きの人気である。他に、ラミリスとミリムを加え
て、人気を奪い合っているのだとか。順位は敢えて言わないが、俺
とミリムがダントツなのだそうだ。全く、隠れて何をやっているん
だと、聞いた時は呆れたものである︱︱
さて、以前頼んだという品を見せて貰う。
ブロードソード
クロベエは自信ありげに装備を収納している箱を取り出し、俺の
前に持って来た。
中に入っていたのは、力強さを感じさせる幅広剣だ。特徴的なの
は、剣の根元にビー玉サイズの丸い小さな孔が空いている事か。
孔の数は3個。他には目立った所は無かった。
勿論、剣としての性能はそれなりのものであるのは当然なのだが、
クロベエが鍛えたのならば他を圧するという程ではない。弟子の作
品と比べるなら話は別だろうけど。
材質は純魔鋼であり、貴重ではあるが特別な素材というわけでも
2041
なさそうだ。
ユニーク
こんな言い方は可笑しいけれど、至って普通の特質級武器である。
別に魔法が掛けられているという感じでも無いようだし⋮⋮。
﹁これは? クロベエの作品なら、別段飛びぬけているという訳で
はなさそうだけど?﹂
判らないから聞いてみた。
ユニーク
レア
クロベエが普通に剣を打つと、一日に一本出来上がる。平均的に
仕上がりは特質級であり、失敗した時で希少級の中の上等な部類の
出来栄えであった。
ユニーク
丁寧に造りこんだ場合、2∼3日で一本出来るのだが、その場合
レジェンド
は最低でも特質級クラスの品質を維持しているのだ。
ユニーク
だが、未だ伝説級は遠いようで、素材から拘り抜いても成功例は
レジェンド
無かったハズである。ただし、出来上がった特質級クラスの武器を
ユニーク
数年間達人が使い込めば、武器進化で伝説級に進化しそうではあっ
たけれど⋮⋮。
なので、クロベエがわざわざ特質級武器を俺に見せるというのは
考えられなかった。
﹁フフフ、判りませぬか? 以前、リムル様が申していた仕組み。
この玉を、こうしてこの剣の孔に嵌め込みます、と︱︱﹂
クロベエがそう説明しながら、箱に入っているビー玉のような黄
色い玉を剣の孔に嵌め込んだ。
マジックソード
すると、それまでは単なるブロードソードだったのに、雷の魔力
を纏った魔法剣に変化したのである。
こ、これはまさか!
﹁お、おいクロベエ! クロベエちゃん! 完成しちゃったのかい
2042
?﹂
俺は興奮し、クロベエに問うた。
クロベエはニンマリと笑みを浮かべ、
﹁ムフフフ。やりましたぞ!﹂
ドヤ顔で返事する。
ああ、シオンのドヤ顔にはイラっとさせられたが、今回は素直に
褒め称えたい。
マジックソード
そう言えば、純魔鋼の武器に魔力を馴染ませて、属性を込めた魔
石を嵌めたら魔法剣が造れるのではないか? と、クロベエにカイ
ジンと相談した事があったよ。
カイジンも一緒に研究していたようで、二人の共同研究の成果な
のだろう。
﹁どうですか、思い出して貰えましたかな?
遂に魔素を直接凝縮させて、純度の高い魔石を精製する事に成功
しました。
エレメント・コア
コア
込める魔力の属性により、土・水・火・風の四元素に分類出来ま
す。
また、この属性を付与した魔石を、属性核若しくは、魔玉と名付
けました。
組み合わせ次第により、属性変化も可能ですな。当然、孔の数し
か組み合わせ出来ませんぞ。
まだ完成したてで実験途中ですが、中には危険な組み合わせもあ
りそうです。
あと、どれだけ頑張っても、孔の数は3個が限界でした。
それも100本打って1本出来るかどうか。
普通に打っても、孔空きを作るのは難しいようでして⋮⋮
2043
お恥ずかしい事に、弟子達では、孔の空いた武器を打つ事すら至
難のようです。
レ
かろうじて、4人の高弟どもが1個の孔空きに成功しただけです
じゃ。
ジェンド
まあ、まだ諦めた訳ではありませぬが、3個の孔空きならば、伝
説級相当の威力。
そう確信しております﹂
誇らしげに、クロベエが説明してくれた。
マジックソード
素晴らしい。素晴らし過ぎる!
ただでさえ魔法剣は貴重なのに、属性変更を可能とする魔法剣な
ど、存在してもいないだろう。
とんでもないものを造り出したものである。
すっかり忘れていたけど、これがあれば対帝国にも重宝しそうだ。
ついでに、孔の数でレア度が大きく変わる訳だし、迷宮内のボス
ドロップに設定するのも面白そうだ。
普通の剣でも孔空きが出来るか弟子たちに練習させて、成功品を
コア
階層ボスのドロップに設定しておこう。10階層毎の大ボスには、
ランダムで属性付きの魔玉も落とさせる。
まあ、それも30階層を越えてからの話。40階層から設定して
おけばいいか。
﹁どう思う? 品数は揃える事は出来そうか?﹂
﹁ええ、今から隊長クラスに配る分を作製しますので、失敗品を迷
宮に回せるでしょう。
一般兵にまではどうせ回す余裕は無いですし、上品質の装備は大
量生産品で間に合います。
問題ないでしょう﹂
﹁そうか。では頼む﹂
2044
クロベエの快諾を受けて、方針が定まった。
まあ、迷宮は30階層を越えると、本格的に鬼仕様になっていく。
50階層ボスが、制限無しのゴズールなのだ。俺達の次の目標で
もあった。
先に帝国を潰さないと、楽しく遊ぶ事も出来ないじゃないか。ク
ロエも連れて来て、早く安心したいし。
やはり、帝国にユウキがネックだな。
さっさと問題を解決したいものだ。
﹁ところで、以前よりリムル様に馴染ませている魔鋼ですが、どの
ような按配ですかな?
そろそろ完全に馴染んだのでは?﹂
おもむろにクロベエが聞いてきた。
え? そういえば、忘れてたけど、俺の専用武器を作成する為に、
魔鋼を馴染ませていたんだったな⋮⋮。
﹁う、うむ。大丈夫。覚えているよ?﹂
﹁はい﹂
﹁ちょっと待って、今出すから﹂
少し慌てつつ、忘れていた事を悟られないように泰然と。
オリハルコン
俺は、暴食の胃袋内部で馴染ませていた魔鋼を取り出した。
虹色に輝く魔鋼。
金を混ぜた訳でも無いのに、神輝金鋼以上の輝きを放っている。
むむ? どうやら、いい感じに熟成している感じである。
﹁どうだ? いけそうか?﹂
﹁こ、これは︱︱!!﹂
2045
興奮を通り越し、声も出ない程驚くクロベエ。
︾
ちょっと俺も鑑定してみよう。
ヒヒイロカネ
︽解。神鋼:究極の金属
だってさ。
オリハルコン
オリハルコンの上位版みたいだ。
俺が精製した神輝金鋼以上の性能を持つ、正に完成された金属と
言えた。
﹁ヒヒイロカネ、ですか⋮⋮凄まじい。永久不変の神話級の素材、
ですな﹂
所有者の魔力に馴染み、あらゆる性質の魔力を反発する。
最強の武器にも防具にも転用可能な、究極の金属であるらしい。
残念ながら、特別濃厚な魔素を注入した、武器作製用の少量しか
出来ていない。
この量では俺の武器しか出来ないだろう。
だが、これでようやく、俺の専用の刀が出来そうだ。
通常の武器では、全力を出す前に耐え切れずに壊れてしまう。何
度も複製して造りながら戦うのも馬鹿らしい。
いざという時に壊れそうでは、身を守るのに適していないのだ。
俺はクロベエに虹色に輝く神鋼を渡し、刀の作成を依頼した。
恭しく受け取るクロベエの目は、並々ならぬ緊張と興奮で怪しい
光を放っている。
これは期待出来そうだった。
後の事をクロベエに任し、俺は工房を後にする。
まだ見ぬ刀に思いを馳せて。
そして、一週間後。
2046
クロベエから、刀が打ち上がったと連絡が入った。
ようやく、俺専用の武器が完成したのである。
2047
141話 突然の来客
俺は、一本の刀を眺めて、ウットリとしていた。
変哲の無い太刀である。サイズも大き過ぎず小さ過ぎず。
大太刀程大きくも無い、普通の太刀。
打刀よりも反りがきつく、優雅な感じであった。
ゴッズ
クロベエが鍛えた最高傑作。
神刀と呼んでも良い、神話級に相当するのではと思える程の逸品
であった。
永久不変の神話級の素材を用いただけの事はある、最高の刀。産
まれたて︱︱出来立て︱︱でありながら、この性能は素晴らしい。
俺にも素晴らしく馴染みが良いので、直ぐにでも全力使用が可能
になりそうだ。
その永久不変という性質は、進化するのを妨げるという事では無
レジェンド
い。劣化や破損しても修復されるという能力を指すのである。
ゴッズ
属性がない純粋な状態なので等級は伝説級になるだろうが、属性
自体は俺が付与可能なので何も問題ないのだ。実質、神話級の武器
を手に入れたといえた。
﹁ああ、やっぱ、刀って格好いいわ︱︱﹂
美しい刃紋を眺めつつ、呟く。
何時までも眺めていたいほどの出来栄えに、ここ毎日ずっとこん
な感じであった。
その時、部屋をノックする音がした。
執務室で寛いでゴロゴロしていたのだが、お客のようである。
2048
人型に戻り、
﹁どうぞ﹂
と返事した。
扉を開けて、シュナが入って来る。
俺に向けて一礼し、
﹁リムル様にお客様です。ディーノと名乗っており、何でもリムル
様の知り合いだとか?﹂
﹁ディーノ? ああ、それって魔王の一人じゃん。何しに来たんだ
ろ?﹂
﹁魔王? 兄を呼び、兵で固めますか?﹂
﹁いや、いらんよ。万が一、戦闘になった場合、ベニマルとシオン
だけ寄越してくれ。
といっても、まあその心配は無いだろ。多分、遊びに来ただけだ
と思うから﹂
俺はそう言って席を立つ。
心配する事も無いだろう。以前、ディーノは遊びに行くとか何と
か言っていたような気がするし。
﹁承知致しました。では、そのように﹂
シュナは頷くと、俺を案内し客室へと向かう。
部屋が多いのも考え物だ。相手によって使い分けているのである。
商人や貴族相手には豪華な部屋を。
有力な魔物や怪しい人物には、質実だが堅固な部屋を。
豪華な部屋で暴れられたら損失が大きいという、その程度の理由
からなのだけど。
2049
シュナに続き部屋へ入ると、そこではだらしない格好のディーノ
が居た。
ソファーで寛いでいる。
﹁よう、久しぶり。元気だった?﹂
俺に気付き、寝そべりながら挨拶してくる。
シュナがその反応にムッとした視線を向けていたが、何も言わず
に礼をして部屋から退出した。
お茶の用意をしに行ってくれたのだろう。
﹁ああ、元気だったよ。ま、問題が無い訳でも無いから気楽ではな
いけどね﹂
俺も答えつつ、向かい合う椅子に座った。
ディーノの様子を観察する。以前会った時と変わらぬ、のんびり
した雰囲気。
ただし、油断出来ない気配を纏っていた。シュナに警戒される訳
である。
﹁何だ、問題があるのか? 面倒そうだな﹂
﹁まあね。簡単にはいかないだろうな。で、お前さんは何しに来た
の?﹂
﹁え? 前に言ってた通り、遊びに来ただけだけど?﹂
シュナがお茶とケーキを用意し、部屋に入って来た。
静寂に包まれた部屋の中で、何事も無いかのようにシュナが配膳
し、一礼し退出する。
2050
彼女はプロだった。
俺はお茶を一口啜り、ディーノに目を向ける。
観念したのか、
﹁いや、実はさ、ダグリュールの所を追い出されてしまってね。
テンペスト
で、どうしたものかと考えていた時、彼の息子達がお世話になっ
ているという此処を思い出したのだよ。
という訳だから、俺もここでお世話して欲しい!﹂
﹁いや、駄目だけど?﹂
﹁︱︱えっ?﹂
﹁え?﹂
再び部屋に静寂が訪れた。
いくら知り合いだとは言え、こういう胡散臭いのを養うのはどう
かと思う。
コイツは絶対に、﹁働きたくないでござる!﹂とか言い出すタイ
プだ。
﹁ちょ、ちょっと待って欲しい。じゃあ何か? 俺に野たれ死ね、
と?﹂
﹁いや、働けよ﹂
﹁無茶を言うな! 俺は働かない事に美学を持っている。
ここ数百年、自分で金を稼いだ事は無いし、自分の金で飲み食い
した事もない!﹂
﹁へえ、凄いね。それ食ったら帰れよ﹂
ディーノの言葉を聞き流し、ケーキに手を出す俺。
お茶請けのケーキは、シュークリームだった。
美味い。これ、飽きる事は無いんじゃないだろうか?
ディーノもシュークリームを手に取り、それを食べ、
2051
﹁わかった。俺もこの国の住民にしてくれ。
こんな美味いものを毎日食べられるなら、悔いはない。
リムル、いやリムル様。何なりとご命令を!﹂
とか、寝言を言い出した。
雇うつもりなんかねーよ⋮⋮。
﹁たく、知り合いって言っても、一回会っただけだろうが。
本当の目的は何なんだ?﹂
シュークリームを食べ終え、お茶を飲みつつ、真面目に質問した。
ディーノも肩を竦め、ふざけた雰囲気を消して答える。
﹁実はな、ギィが言うには、俺はこの国にお世話になるのが良いそ
うなんだ。
理由は教えてくれなかった。アイツは我侭だからな。
逆らうと煩いし、ダグリュールの所を追い出されたのはマジだし。
考えても面倒なだけだから、此処に来たって訳さ﹂
﹁ギィ、あの赤毛がそう言ったのか?﹂
﹁そうそう。あの赤毛が﹂
うーむ。
嘘を言っている雰囲気ではない。
真面目にギィの言い出した事なのだろう。
﹁あ、そうだ。ギィから手紙を預かってたわ﹂
そう言って、ディーノが手紙を取り出して俺に渡して来た。
封印と、妖気。
2052
間違いなく、ギィ・クリムゾンの波動を感じる。
内容は、﹃ディーノの面倒を見てやってくれ﹄の一言。
﹁な?﹂
と、問うディーノに頷き、思案する。
面倒だが、ギィを敵に回すのは考え物だ。
少なくとも、帝国とユウキの問題を片付けてからでなければ、其
方までは手が廻らない。
ディーノ一人を面倒見るくらいなら大した事でもないし、受ける
方が良さそうだ。
だが、遊ばせるだけというのは、招いた訳でも無い相手だし宜し
くないだろう。
そこでふと思い出す。
コイツはラミリスには頭が上がらないようだった。
ラミリスは現在、迷宮内のラミリスの部屋に俺が用意した施設を
用いて、何やら研究開発を行っている。
時折、合同開発室にも顔を出し、色々と意見交換も行っているよ
うだ。今では、開発室のアイドルとなっており、その人気は高い。
そのラミリスが、助手を欲しがっていた。何でもベレッタには用
事がある為に、手が足りないそうで⋮⋮
丁度良い。ディーノをラミリスの助手にしよう。
﹁よし、わかった。が、お前にも仕事して貰うぞ?﹂
﹁なんだと!?﹂
﹁まあ、仕事という言い方はアレだけどな。ラミリスの助手をお願
いする。
アイツは結構楽しそうにやってるし、出来るなら俺も加わりたい
程だ。
時間がある時は手伝っているんだけどね。ちょっと今は忙しいか
2053
ら⋮⋮
まあ、そんな難しく考えず、とにかく出来るだけでいいしさ﹂
﹁む、むぅ。わかった。内容は?﹂
﹁ん? ああ、結構簡単。ラミリスの指示に従うだけになると思う
よ﹂
まあ、研究開発の助手を素人が出来るとも思えない。
物を運んだり、データの収集を手伝ったり。せいぜいその程度だ
ろう。
俺は立ち上がり、ディーノをラミリスの下へ案内する事にした。
以前から考えていたベレッタの改造案は完成し、ラミリスと二人
で改造を行っている。その後の施設運用についてラミリスの要望を
受けて、培養カプセルを大量に作成し設置してあるのだ。
培養カプセルとは、ベレッタ改造の際にも使用したのだが、中で
魔物等を育成出来る高密度ガラスの容器の事である。
魔素注入口が取り付けてあり、濃度調節した魔素を注ぎ込む事が
可能なのだ。容器の中は魔水︱︱俺の暴食の胃袋の中で魔素を大量
に含んだ水が変化したもの︱︱で満たしてあり、濃度が低くなると
魔素を注ぎ一定の状態を保てる仕組みになっていた。
この中で育成した魔物は、自然発生のものよりも数段強い事は確
認している。魔素の供給はヴェルドラに頼んでいるようだ。
相変わらず仲の良い事で、微笑ましい。
ちなみに、前回頼まれて培養カプセルを1,000基用意し、設
置してある。
そんな大量に何に使うのか聞いても答えてはくれなかったが、
﹁アタシだって仕事したいんだよ! お願い、きっと役にたってみ
せるから!﹂
と、目を潤ませて頼まれたら断れなかったのだ。
2054
何の感の言って、俺もラミリスにいいように使われている。
それにまあ、ラミリスは馬鹿だが、頭は良い。精霊工学は完璧の
ようだし、魔導工学も勉強しに何度も足を運んでいたらしい。
長く生きているだけあって、物理法則は習得済み。意外だが、研
究者の資格は持っているのだ。
そんなラミリスが役に立つと言うのだから、考え無しという事は
無いだろう。
他にも頼まれて色々作ってやっているが、それがどうなっている
のか楽しみでもあった。
ここ最近忙しくて見に行っていないし、丁度良い。
ディーノを案内がてら、俺も様子を見る事にしよう。
ヴェルドラの部屋にある扉から中に入ると、ラミリスの研究施設
へ辿り着く。
おや? ヴェルドラの姿が見えない。何処に行ったのやら。
﹁おいおい、何でここはこんなにも魔素が濃いんだ?﹂
﹁ああ、ヴェルドラさんの部屋だからな。
この部屋の物を勝手に触ると激怒するから、許可無く触れるなよ﹂
﹁はあ? ヴェルドラって此処に住んでいたのかよ!?
単なる知り合いでは無さそうだと思っていたが、こんな所に⋮⋮
どうりで、急に反応が消えた訳だ﹂
﹁ああ、反応が消えたのは、魔素のコントロールを覚えたからだと
思うぞ?
アイツ、以前は妖気が駄々漏れで、魔素も垂れ流しだったみたい
だからな。
人も住む予定の国でそれは不味いから、練習してコントロール出
来るようになって貰ったし﹂
﹁はああ? 勝手気侭に放浪し、ジュラの大森林の王者になったヴ
2055
ェルドラが、か?
というか、妖気を俺でも感知出来ない程に抑え込めるのかよ!?﹂
﹁え? ああ、結構何でも頼めばやってくれるし、そんなに我侭で
はないぞ?
妖気については、格好いいからと言いつつ、結構頑張って練習し
たみたいだぞ?
それに⋮⋮、我侭というなら、ミリムだよな﹂
ミリムがここに居ないからこそ言える本音であろう。
そのミリムもフレイには頭が上がらぬようだし、誰しも苦手な人
物は存在するものなのだ。
何やらショックを受けたようなディーノに、ここ最近受けたミリ
ムからの迷惑話を披露しつつ、研究室へと入っていった。
ディーノは話半分も聞いていないようだったが、単なる愚痴なの
で別に構わない。
さて、中を見回すと、ヴェルドラがラミリスを手伝っていた。
相変わらず、ラミリスに扱き使われているのか。マメな竜である。
文句を言いつつも、結局は手伝ってやっているのだし。
師匠と呼ばれて悪い気がしないのか、ヴェルドラは案外ラミリス
に甘い。
回復薬関係の仕事を弟子に任せ、合同研究に参加しているハズの
ベスターまでいる。
ラミリスとヴェルドラは悪い笑顔で楽しそうだが、ベスターはグ
ッタリとして元気が無いようだ。
大丈夫だろうか? 少し心配である。
﹁ちぃーっす。元気だった? 研究は進んでる?﹂
軽く挨拶しつつ、中を進む。
ベスターは書類に書き込む手を止めて、此方を見て立ち上がる。
2056
﹁これは、お久しぶりです、リムル様﹂
﹁ああ、そのまま。ところで、大丈夫か? 何かヤツレているよう
に見えるけど?﹂
﹁大丈夫、と申したいのですが⋮⋮ここは、心臓に悪い研究が行わ
れており⋮⋮﹂
んん? 何か言いにくそうだな。
ヴェルドラは俺には気付いていただろうし、驚きもせずやって来
る。
﹁おう、久しぶりである。我もここで手伝ってやっているのだ。
ラミリスがどうしてもと頼むので、仕方なく、だがな﹂
﹁助かる。手が足りないとか言っていたしな。
今日は要望に応えて、助手を一人連れて来た。
学問的な知識は無いだろうけど、力作業とかは大丈夫だと思う﹂
﹁やっほー! リムル、待ってたよ!
師匠に手伝って貰って、色々大助かり。
でね、かなり研究も進んだのさ!﹂
﹁ほう? それは楽しみ。
ラミリス、お前も知ってるだろ?
ディーノさんが、今日から君を手伝いたいそうだ。
色々と彼を頼るといい﹂
そして、ディーノをヴェルドラとベスターにも紹介する。
ディーノは珍しそうに周囲を見回していたが、紹介されて挨拶を
した。
ひとり
﹁ディーノと言う。一応、魔王の一柱だ。
働きたくはないが仕方なく手伝う事になった。ヨロシクな﹂
2057
何というか、やる気の感じられない挨拶である。
だが問題ない。手伝いくらいならやってくれそうだ。
一通りの挨拶を行い、ベスターがここに居る理由と、これまでの
研究内容を聞いた。
ベスターがここに居たのは、ラミリスに拉致されたからだった。
合同研究部屋にいるベスターが俺の研究を行っていた事を突き止
め、手が足りないからと頼み込んで連れて来たらしい。
書類整理やデータ収集のような、細かい作業をする人間が欲しか
ったのだとか。ヴェルドラはそういう作業は一切手伝ってくれない
らしく、そこで目を付けたのがベスターだったのだ。
﹁大変だったな、ベスター﹂
そう声を掛けてやると、諦めたような笑みを浮かべ、
﹁いえいえ、これも仕事ですから﹂
と答えてくれた。
さっきも、ディーノが魔王と知り驚愕の表情を浮かべたが、一瞬
で平静に戻っている。
どうやら驚き過ぎて、動じぬ心を身に付けているのだろう。
彼は有能なので、遊びの研究ではなく合同研究に混じりたいので
はないかと思ったのだが⋮⋮どうやら、それは違ったようだ。
彼がヤツレテいたのは、ここでの研究内容が原因だった。
そして彼曰く、
﹁ぜひ、このまま研究を続けさせて下さい! ラミリス様の発想は
2058
素晴らしく興味深い。
毎日のようにデータも集まり、寝る間も惜しい程です!﹂
興奮を隠せぬように、俺に訴えかけて来た。
リフレッシュ
彼がヤツレテいた原因は、単なる寝不足だったようである。
魔法による体調回復もあるのだが、寝ずに過ごせる訳では無い。
強引にでも休息を取らせる必要がありそうである。
丁度ディーノも来た事だし、ベスターが寝ている間の雑務はディ
ーノに任せた方が良さそうだ。
そういう事で、ディーノにベスターから仕事内容の説明をさせる。
仲良くやってくれたらいいけどね。
ベスターは相手が魔王でも物怖じせず、手際よく説明を行ってい
る。
少し様子を見ていたが、大丈夫そうだ。安心して任せる事にした。
さて、気になる研究成果だが︱︱。
培養カプセルの設置してある広間に案内された。
そして、中に漂うモノを見て噴出しそうになる。
なんじゃこりゃあ!! とは、俺の心の叫びであった。
前に、ここの警備をさせるとか何とか言われて、魔鋼でボーンゴ
ーレムを作製した事があった。
骨を魔鋼で作製し、組み上げたものなので、厳密には偽者なのだ
精霊魔導核
が脈動していた。拳
が⋮⋮そのボーンゴーレムが、各培養カプセルの中に浮かんでいる。
中心部には、心臓の代わりに
大の、しかし質は上品質の核である。
ラミリスの玩具にしかならぬと思われたゴーレムとは設計思想が
異なる。
金属骨には呪印も施され、魔素が骨を包み込むように具現化し始
めていた。魔物が生じる過程を、人工的に再現したような⋮⋮
2059
なるほど、ベスターが寝る間も惜しいと言うわけである。
各関節部分に精霊球を埋め込んであるが、そこに宿る精霊はまだ
居ないようだ。
魔物と精霊の融合した新種の戦士を、人工的に作製しようという
のか。面白い事を考えるものだ。
﹁これは面白いな。ラミリスのアイデアか?﹂
﹁勿論さ! どうよ!?﹂
自慢し、胸を張るラミリス。
うむ、自慢していいよ。これは凄い。
﹁凄いな。これ全部、か?﹂
﹁まあね。成功する自信はあるんだ。意思が宿るかどうか、が心配
かな。
でも、最悪意思がなくても、ベレッタにリンクさせて全部支配下
に置けるけどね!﹂
なんとまあ、そこまで考えていたとは。
迂闊なラミリスらしからぬ、手際よさであった。
培養カプセルの中のボーンゴーレムを眺めつつその能力を予想し
てみたが、恐らくは生まれながらにして、上位魔人の中でも上級に
位置する魔物になりそうだ。
それが1,000体。同時進行で作製されているのか。
﹁完璧じゃん。マジで役に立ちそうだな﹂
﹁でしょ、でしょ!
アンタが前に造ってたベレッタの様子を見て、発想が生まれてた
のさ!﹂
2060
俺の周囲を飛びまわりながら、嬉しそうにラミリスはそう言った。
これは、期待以上に凄い戦力になりそうである。
﹁でもね、今行き詰っているんだよ。
精霊を宿しても、属性が違うと反発したりしてね⋮⋮
上手く行かないんだよね。属性無しのエネルギーだと、魔法の発
動が出来ないし。
ベレッタは、聖でも魔でも、直接エネルギーに出来たけど属性は
精霊魔導核
には魔素が集約される事になる。
無いしねえ⋮⋮﹂
魔素のエネルギーを精霊魔法の発動エネルギーに変換するのだ。
だが、異なる属性の精霊を周囲の精霊球に宿らせた場合、属性効
果が反発しあって無属性になり、魔法が発動しないらしい。
﹁それって、エネルギーとしては出せるのか?﹂
﹁うん。でも、空中に拡散するだけで、意味は無いんだよ⋮⋮﹂
残念そうなラミリス。
コア
魔力を有していても、魔法の発動が出来ないと意味が無いと言う
事か。
ん? 待てよ⋮⋮
﹁なあ、これを嵌めて見たらどうだ?﹂
レッドコア
取り出したのは、前にクロベエに渡された魔玉である。
コア
これは赤色なので、火魔玉だな。
実はこの魔玉、内部に込められたのは周囲の魔素を集め属性魔力
に還元する為のエネルギーと仕組みなのだ。
所有者の魔力を込めると威力が増大するのは、魔素量が多く集め
2061
られるからという理由である。
これを要所に嵌めておけば、各属性を問題なく使用出来るのでは
ないかと思ったのだ。
﹁いけるかも!﹂
コア
俺の説明を受けて、ラミリスの顔が輝いた。
嬉しそうに魔玉を受け取り、造り方はクロベエに聞くと言ってい
た。
俺も造れるが、原理は説明出来ない。何しろ、コピー出来るとい
うだけだし。
クロベエに聞いて貰うのが間違いないのだ。
ラミリスは嬉しそうに作業を再開した。
ヴェルドラも嫌々そうな事を言いながらも、顔は楽しそうである。
ベスターとディーノも打ち解けたようだし、後は任せる事にしよ
う。
しかし、俺の知らない所で皆色々やっているようでちょっと怖い。
旅に出たままのディアブロも気になるし、シオンが行っていると
いう訓練も気になる。
何やら、軍への志願者も多いようだし、一度正式に編成しておい
た方が良さそうだ。
評議会を脅して守備を一括で任される事になってから、冒険者や
傭兵もどんどんと集まってきているのだ。
彼等は迷宮都市の方に滞在し、居を構えているようなのだが、テ
ンペスト軍に入りたがっている者も居るそうだ。
2062
それらも含めて、軍の再編を考えてみよう。
そんな事を考えつつ、俺はその場を後にした。
やるべき事はまだまだ多いのだった。
2063
142話 軍事編成︵前書き︶
ライナーをSランクとしていましたが、正しくはAランクでした。
訂正しておりますので、宜しくお願いします。
2064
142話 軍事編成
ラミリスが作製している培養魔人形にも、名前を付けてやらねば
なるまい。
魔鋼製の骨を持ち、骨に纏わり付くように魔素の筋肉が生じてい
たけど、この世に誕生︱︱完成︱︱するのはもう少し先になるだろ
う。
通常の魔物を培養カプセルで発生させた場合、その能力は1.5
倍から2倍程度のものであった。上位の魔物であればあるほど、発
生に時間が掛かるのは変わらない。
発生を促進させると、どうしても下位の魔物が生じるので、これ
ばっかりはどうしようもないのだ。
培養魔人形1,000体も、今は根幹部分が出来上がっただけで
ある。
誕生にはまだまだ時間が掛かると思われた。
しかし、予想では上位魔人クラス。
最低でも下位魔人であるゲルミュッドを超える能力を持つ、恐る
べき人形になるはずだ。
つまり、生まれながらにAランクである。人間で言う所の、聖騎
士クラスの戦闘力があると言う事だ。
生まれたての能力でそれならば、鍛えてレベルを上げてやればど
れほどの強さになるのか楽しみだ。
問題は、魂が宿るのか? という事だろう。
魔物にも核となる魂があって、初めて魔素を取り込み発生する事
が出来る。 培養魔人形は、魂を得るという過程を無視し、力の発生からスタ
ートさせているのだ。
力だけ持つ意思無き人形が出来上がるだけかも知れないな。まあ
2065
そうなった場合は、サリオン王朝のクローンに憑依する技術を流用
し、一般兵による操作を行うのもアリだろうけど。
ベレッタにリンクさせ、操作させる事も可能だとラミリスは言っ
ていたが、ベレッタの処理能力で1,000体は難しいかも知れな
い。
ダンジョン
何より、ベレッタはラミリスの配下になったのだ。いつまでも頼
るわけにもいかないだろう。地下迷宮の防衛は大丈夫だと思うけど、
そちらも無視していて良いわけではないのである。
まあ、完成してから考えよう。
執務室に戻り、一息つく。
考えるべき事は沢山あるのだ。
先ず、第一軍団。
ゴブタを総大将として、ハクロウを軍事顧問に据える。
傘下の兵は、
オーガウルフ
ライダー
スターウルフ
星狼鬼衆が100名。
・・・狼兵と星狼族達の同一化が進み、進化した。
A−ランク相当[EP:9,000∼9,900程度]の
戦闘力になり、隊長格となっている。
グリーンナンバーズ
緑色軍団が12,000名。
・・・最初期からの4,000名が上級兵となり、三人一組で行
動を行うらしい。
この一年で大きく兵数を増やしているが、問題なく運用出
来ているとの事。
兵士の大半は、ここジュラの大森林の各部族の、戦士団出
身者等である。
2066
上級兵はBランク相当[EP:5,000∼6,000程
テンペスト
度]の戦闘力まで育ったそうだ。
続く、第二軍団。
ハイオーク
ゲルドを総指揮官とした魔物の国の主力軍。
イエローナンバーズ
2,000名。
傘下の兵は、
黄色軍団が
・・・当初からのゲルド配下の猪人族の戦士団。
個人の能力もB+ランク相当[EP:7,500∼8,0
00程度]とかなり高い。
ゲルドと一体化したような鉄壁の守りを可能にする。
新人部隊を纏め上げる、小隊長の役割も担う。
オレンジナンバーズ
ハイオーク
橙色軍団が35,000名。
・・・新参の猪人族達。Cランク相当の強さの部隊である。
ただし、戦闘に携わるのは15,000名程で、残り20,
000名は後方支援や工作兵だ。
そして最後の、第三軍団。
ガビルを副指揮官に任命した、虎の子の遊撃飛空兵団。
傘下の兵は、
ヒリュウ
飛竜衆が100名。
・・・言わずと知れた、テンペスト最強部隊。
A−ランク相当[EP:9,500∼9,900程度]の
戦闘力はそのままだが、指揮能力は高い。
個体によっては、Aランクに達した者も居るようだ。奥の
2067
手に﹃竜戦士化﹄がある。
ブルーナンバーズ
リザードマン
青色兵団が3,000名。 ・・・蜥蜴人族の戦士団からの志願者が、構成員である。
ワイバーン
その能力はC+ランク相当でそれなりにベテランだ。だが、
その本質はそこには無い。
この兵団の特徴は、飛竜に騎乗して戦う事である。
制空権を支配する、戦争に於いて最も高い攻撃力を持つ部
隊なのだ。
テンペストの取って置きとも言える、秘密兵団であった。
ワイバーン レッサードラゴン
※ちなみに、飛竜は下位竜の亜種である。
B+ランク相当の魔物だが、ミリムの協力を得て捕獲したの
だ。
テンペスト
以上が、魔物の国の誇る三つの軍団である。
それを統べるのは、軍事大臣に任命されたベニマルだ。
ベニマルに全軍の指揮権を与えているので、ぶっちゃけ俺の動か
せる軍は無い。
だがまあ、ベニマルの軍師として何故かラファエル先生へのリン
クレナイ
クがあるので、俺の意思が反映されないという訳でもないのだが。
クレナイ
ベニマルには、親衛隊として紅炎衆が100名付いている。
紅炎衆も、Aランク相当[EP:9,000∼9,900程度]
の戦闘力に育っており、とんでもない戦力だと言えた。
戦闘訓練の様子を見て思ったのだが、パワーでは劣るものの、実
際戦えばゲルミュッドと互角には渡り合えるだろう。実質、レベル
エネルギー
も考慮すれば、人間で言うAランクに劣らない。聖騎士と一対一で
も負けない程なのだ。
魔物の強さの基準は、殆どが魔素量で決まる。
2068
テンペスト
エネルギー
生まれながらに強い魔物にはレベルの概念が無いのだ。しかし、
魔物の国の魔物は、高い魔素量に加え軍事訓練も行っていた。
通常の判断基準よりも上だと考えても、過大評価では無いと思う
エネルギー
のだ。
魔素量が低いハクロウが強い事からも、それは明らかであろう。
隊長クラスは、ハクロウの地獄の特訓に耐える猛者ばかり。かな
り鍛えられているのである。
クラヤミ
そして、ソウエイ率いる情報部隊。
藍闇衆が約100名程度?
これは、4人の隊長以外は俺も詳しくは知らない。謎の部隊なの
だ。
戦闘力は無いとソウエイは言っていたが、信用していない。暗殺
系は得意そうだったからである。
ソウエイの完全なる手駒として、その存在を知る者も少ないのだ。
実は、ちょっと怖い感じの部隊として、噂だけは流れているよう
だけど。
ちなみに、第三軍団はソウエイにも指揮権が分譲される場合もあ
る。情報収集を行うのに、空からの偵察が有効だからだ。
ベニマルとソウエイの取り決めで行うので、ソウエイが申請し受
理された場合のみ、第三軍団はソウエイの指揮下に入るのだ。
当然、申請も無いままに命令する権限はソウエイには無い。
命令系統の遵守は徹底しているのだった。俺が直接命令出来る部
隊が無い事からも、それは明らかである。
ヨミガエリ
そうそう、シオン配下の紫克衆は、俺の親衛隊である。
死なない事を生かし、恐ろしい特訓を行ったようで、B+ランク
相当[EP:8,000∼8,500程度]まで強くなっていた。
一番の成長率であろう。
聖騎士達との戦闘でも活躍していたし、間もなく限界突破してA
2069
ヒリュウ
ランクに到達する者も出るかも知れない。
ヨミガエリ
現在最強なのは間違いなく飛竜衆であるが、その内逆転出来る部
隊があるとしたら、紫克衆であろう。
最も死ににくく、時間を稼ぐにも適した部隊なのだ。
俺の親衛隊に相応しいと、幹部会で決定されたのだった。
一応言っておくと、親衛隊とは言え俺の命令に従う事は無い。俺
を守る為に存在する部隊なので、俺の命令に従い勝手な行動を行う
のは厳禁なのだそうだ。
そんな感じの説明をシオンが得意気に説明してくれた。
だけど、雑用とかでも頼めば気軽に応じてくれるんだけど⋮⋮シ
オンには言わない方が良いだろう。
建前と本音は、使い分けてなんぼなのだ。
で、新設されたばかりの、シオンの直属部隊。
シオン親衛隊という、云わばシオンのファンクラブ。
正式な部隊では無いので、その数も能力も未知数だが、大丈夫だ
ろうか? 死人が出ていなければいいのだが。
シオンが隠れて育てているので、実態は不明なのだ。まあ、多く
ても1,000名は超えていないので、前線に出せる部隊では無い
と思う。
ダグリュールの息子達が隊長格で頑張っていたようだし、この前
のレオンとユウキの戦いの際も手際よかった。それなりに役に立つ
のかも知れない⋮⋮不安は残るけどね。
ちなみに、ドワーフ王からはシオンの活躍について、お礼の手紙
を貰っている。
あの時は真面目に役立ったようで何よりだった。
テンペスト
現在の俺が把握出来ている魔物の国の軍勢はこんな所であった。
後、ディアブロ。
ヤツは御前に精鋭を揃えましょう! とか言い残し、旅立ってい
る。
2070
ヒナタへの協力を問題なく行ってくれたので、案外内政にも向い
ていそうなのだが⋮⋮。
本人は、戦うのも好きそうだし、好きにさせたらいいか。
だが、東の帝国との戦いが終わったら平和になるだろうし、その
時は内政に携わって貰いたい。実際、リグルドよりも執政に向いて
いると思う。
ただ注意しないといけないのは、間違うと絶対王政並みに徴税率
とか上げそうという点だ。ゲームじゃないのだ、税収率90%とか
にしたら大問題である。
ディアブロは平気でそういう事をしそうだから、そこだけは注意
しないと駄目だろう。
テンペスト
とまあ、これが現在の魔物の国の保有戦力である。
ゴブタ麾下、約12,000名。
3,000名。
ゲルド麾下、約37,000名。
ガビル麾下、約
テンペスト
総数およそ52,000名と、大幅に戦力が増強されている。
だが、これはあくまでも魔物の国の常備軍なのだ。
考えてみれば、第二軍団が兵士というより工作兵という扱いだか
らこそ可能な数字であろう。
これでもまだ、兵を養うのに余裕があるのだから、かなりの国力
上昇っぷりである。
だが、東の帝国に備える戦力としては少ない。
これ以上増やす方法としては、臨時に魔物を召集するという手段
があった。
一応、各集落にも御触れとして、召集予定は伝えてある。何時で
2071
も召集に応じれるように準備だけは行って貰っていた。
労働力を事前に集めるのは負担を掛ける事になるので、戦争状態
になってから集合して貰う手筈なのだ。
なるべくならば、常備兵のみで勝負を着けたいと考えてはいるの
だが⋮⋮。
レッドナンバーズ
予想では50,000名程の魔物が集まるだろう。
これは第四軍団として、赤色軍団と呼称する予定だ。
指揮は、ベニマルに任せる。
寄せ集めを運用するには、ユニークスキル﹃大元帥﹄に頼るのが
良いだろうし、彼が適任なのだ。
テンペスト
後は、評議会からの軍事協力としての傭兵部隊。
どの道、魔物の国の敗北がジュラの大森林周辺国家の破滅を意味
するとあって、全面的に協力せざるを得ない。
そういう意図の下、傭兵部隊が召集され、続々と集まって来てい
る。
指揮官は、委員会よりの協力で派遣された聖騎士アルノー。
現在、30,000名程集まっているようだ。食べさせるだけな
ら大丈夫だが、後どの程度集まるのやら。
一応、東南方面軍として、俺達が防衛を受け持つ事になっている。
そして、北西方面軍として、神聖法皇国ルベリオスを中心とした部
隊が守護に回る。
現在は北西方面は戦時下では無い為、各都市に残りの巡回兵を配
置したままとなっている訳だ。
とは言え、30,000名もの傭兵がいるとは思えないので、各
国の騎士団からも応援が出ているのだろう。結構脅しが効いたとい
うのも、各国が協力的になっている理由の一つかも知れない。
アルノーが言うには、
2072
﹁多分だが、後30,000程は各国から集まるだろう。遠方から
の傭兵が遅れているようだしな。
後は、予備戦力として残しておく事になる。総数で、60,00
0名が限界って所だ﹂
との事。
傭兵、そして各国の応援の騎士達。
全部掻き集めてその数字なのは、多いのか少ないのか⋮⋮。
ダンジョン
忘れてはならないのが、テンペストの周辺都市となった冒険者達
の住む迷宮都市である。
アバター
そこから義勇兵として、地下迷宮探索に命を賭ける馬鹿ども︱︱
毎回、仮想体の餌になって貰ってます︱︱が、集まっていた。
志願した者からなるその部隊は、勇者の名の下に、マサユキが指
揮を取る。
﹁何で僕が⋮⋮﹂
と、どんよりとした顔をしていたが、彼なら何もせずとも結果が
上手く運びそうだ。
こういう時は頼もしい味方であった。
その義勇兵の数が、凡そ10,000名。驚く程集まったもので
ある。
まあ、戦争が開始したら、迷宮はお休み︱︱内部は迎撃モードで、
遊びが無くなる変遷を行う︱︱のだし、する事が無いのも理由の一
つだろう。
食事だけは保障すると宣言してあるし、手柄を立てれば報酬も出
2073
すと噂が流れているようだ。
多分、ソウエイ辺りが流した噂だろうけど、報酬くらい支払って
もいいし問題ないのだ。
という訳で、俺達の国だけで、5万。召集する魔物が5万。
周辺国家から6万。冒険者達が1万。
合計で、17万に達する、大軍団が編成される事になる。
現在の集合率は50%程度だが、慌てる事は無い。全ての準備は
着実に進んでいるのだから。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
その頃、東の帝国︱︱ナスカ・ナムリウム・ウルメリア東方連合
テンペスト
統一帝国︱︱に於いても。
魔物の国の準備が整うのと同様に、いや、長き年月をかけてより
入念に。
出撃の準備は着実に整えられていく。
もう間もなくで、帝国は長き眠りから覚め、その暴威を振るおう
としていたのだ。
2074
142話 軍事編成︵後書き︶
[]の数字は目安ですので、無視して貰った方が良いかも知れま
せん。
いつの間にか修正される場合があるので、ご了承下さい。
2075
143話 恐るべき軍団
ある程度細かく軍事編成を纏め上げて、ベニマルの部屋へと向か
った。
出来たばかりの組織表を見せる為だ。
指揮権自体はベニマルが有するのだが、任命を含む統帥権は俺に
ある。
ややこしいのだが、本来は統帥権に指揮権も含まれているのだが、
これを分離させたのだ。
軍の指揮に関しては、素人の俺が口出しを行うべきではない。
なので、指揮に関するすべての優先順位はベニマルに預けたわけ
だ。
以前述べたように、軍の指揮に関する事は俺の命令よりもベニマ
ルが優先される訳である。
だが、戦略的な命令は話が別。
戦争前の将軍任命しかり、戦時中の戦争終結の判断しかり。
将軍職未満の任命は、ベニマルの権限に於いて勝手に行っても問
題ないが、軍団の将軍任命は俺の裁量に委ねられる訳なのだ。
という訳で、出来上がった組織表をベニマルに手渡した。
﹁マジか? ゴブタを将軍に?﹂
やはりそこか。
確かに、あの馬鹿を人の命を預ける責任者にするのは、不安にな
るのも頷ける話だ。
だが、ゴブタが隠れて特訓をしていたのも、この国を守る為なの
を俺は知っていた。
何より、ああ見えて仲間からの信頼は厚いのだ。
2076
﹁大丈夫だろ。ああ見えて人徳はあるようだしな﹂
﹁まあ、それは認める。やらせてみるか﹂
ベニマルは頷き、納得したようだ。
ガビルについては何も言わなかった。
ガビルは確かにお調子者だが、あれで将軍に向いている性格をし
ている。
部下の面倒見も良いし、引き際も心得ている。
戦略的な思考が苦手な面が見受けられるが、戦術局面での判断は
的確なのだ。
一軍を与えても問題ないだろう。
ゲルドは言うまでもない。頼もしい将軍である。
帝国の動きに備えての、各地点での見張りの強化を打ち合わせし、
ベニマルの部屋を出た。
後の細かい事はベニマルに任せておけば良い。
魔物の兵士の集合地点の確認や、食料配布についてゲルドと打ち
合わせなど、ベニマルも忙しいのだ。
長々と邪魔しては駄目なのであった。
え? 手伝えって? 何の話か僕には判らないです。
素人は手出し出来ない。
便利な言葉だな、と思った次第だ。
さて、ベニマルの部屋を出て向かった先は、ラミリスの工房であ
る。
培養魔人形達の育ち具合の確認と、魂が生成されたかどうかが気
2077
になっていたのだ。
あの人形が完成し、自律行動が取れるか取れないかで、大きく話
が違ってくる。
今すぐに出来上がる訳では無いし、今度の戦争に間に合うかどう
かも不明だけど、それが判明するだけでも大きな違いがあるのだ。
Aランク相当戦力が、1,000体。
それが自律行動を取れるなら、その利用出来る幅は大きく広がる
だろう。
まあ、自律行動を取れない場合であっても、集団運用を行うだけ
で一軍を上回る最強軍団になり得るのだが。
死をも恐れぬ破壊のゴーレム軍団、的な扱いが可能なのだから。
その場合は、簡単な命令を与えて、特攻させるという利用方法を
考えていた。
転移し、一瞬でヴェルドラの大部屋に到着する。
当たり前のように通り抜け、奥の大扉を開けて中に入った。
ヴェルドラの私室には気配が無かったので、またラミリスの手伝
いをやっているか、アホな実験をしているのだろう。
コア
中では、予想通りアホな実験が行われていた。
俺の渡した魔玉を使って、組み合わせを試していたようだ。
相変わらず、ベスターが記帳。
ディーノも一緒に仕事しているようだが、ここの仕事は遊びと紙
一重だ。
働きたくないとか寝言をほざいていたが、知らぬ間に働かせてい
る事もあるだろうな。
そこには、ラミリスやヴェルドラといった馴染みの4人だけでな
ドライアド
く、お客がいた。
樹妖精のトレイニーさんだ。
﹁これはこれは、リムル様。お久しぶりで御座います﹂
2078
トレイニーさんが挨拶して来る。
相変わらず、半透明な美少女さんだった。
﹁トレイニーさん、お久しぶり。迷宮運営の協力、ありがとうござ
います﹂
﹁いえいえ、迷宮に住まう場所まで与えて頂いておりますし⋮⋮
ラミリス様の配下として、当然の事です﹂
﹁いやいや、助かってるのは本当ですし。これからも宜しく頼みま
す﹂
お礼を言っておいた。
迷宮内での運営を手伝って貰って、大助かりなのは確かなのだ。
ところで、此処には何をしに来たのだろう?
その答えは、
﹁培養魔人形には、やっぱり魂が宿らないんだよ。
それで、色々考えて見た。
ベレッタとのリンクで、全部起動させる事も出来るけど、それじ
ゃ宝の持ち腐れだしね。
ドライアド
トレント
でね、思いついたってワケ!
ホムンクルス
精神生命体に近い樹妖精や樹人族の、仮初の体にすれば良いじゃ
ん! ってね。
ト
実際、サリオンからの技術内容のデータで、人造人間への憑依が
あったしさ。
ドライアド
そんな訳で、トレイニーに実験に付き合って貰ってたのさ!﹂
との事だった。
なるほど。
レント
体を持たずに移動するのは結構大変で、樹妖精には可能だが、樹
2079
人族には制限が厳しい。
ドライアド
Aランク魔物の中でも上位という、実質魔人よりも強い樹妖精。
だが、その肉体を持たずに魔力が洩れるままというのは負担が大
きい。
ドライアド
トレント
その為に、本体である樹木から離れたら、それ程大きな力は行使
出来なくなってしまうようだ。
ドライアド
この培養魔人形を利用するならば、樹妖精だけではなく樹人族も
トレント
自由行動が可能になるとの事。
トレント
そして、樹人族もAランクに相応しい能力を出せるし、樹妖精だ
と遠方でも真の実力を発揮可能となる。
ドライアド
素晴らしいアイデアであった。
実験結果は大成功。
適合率も問題なく、十名程の樹妖精に百数十名の樹人族が、新た
な肉体を得る事が出来そうだ。
完成したら乗り移るそうである。
トレイニーさんは、実験の推移を見守る役目。後、見た目に拘り
があるそうで、なるべく自分の姿に似せようと頑張っているのだそ
うだ。
ドライアド
トレント
姉妹連中の分まで、トレイニーさんが面倒を見ているらしい。
樹妖精は女性型が多く、樹人族は男型が多い。
ドライアド
性別は無いはずだが、具現化した姿は何故か見た目がハッキリと
トレント
分れるのだ。
樹人族には見た目の拘りは無いようで、主に樹妖精の姉妹分だけ
なのだと言っていた。
美少女と聞けば、俺の出番である。
ある程度は俺も弄れるので、協力を申し出た。
そもそも、骨格を弄らずして、外見を変えるのは難しい。
姉妹の数は十数名いるらしいので、思念リンクで姿形を教えて貰
いながら、人数分の骨格を整形し直した。
2080
オリハルコン
後は、魔素の流れを調整し、筋肉の付き具合を整えてやれば完璧
である。
サービスとして、骨格に金を練りこんで、神輝金鋼へと変質させ
ておいた。
これで後は、所有者の意思でもある程度の調整は可能になるだろ
う。
こちらの世界でも、金は万能金属だ。なので、非常に魔素との相
性も良く馴染みが良い。
希少金属なので大量には用いる事は出来ないけど、魔鋼と混ぜる
には丁度良いのであった。
﹁ありがとうございます、リムル様!﹂
トレイニーさんの感謝の言葉を受け、フヨリと揺れて返事する。
この程度何でも無い。普段からお世話になっているお礼でもある
し。
ラジャ
﹁じゃあ、後は頼む。ラミリス、魂が宿りそうなら教えてくれ﹂
﹁了解! 直ぐに飛んで行って教えるよ﹂
魂が生成されたら教えて貰えるように頼み、自分の執務室に戻っ
た。
仕事は残っている。
ここでずっと研究も手伝いたいが、それだけをしているわけには
いかないのだ。
心を残しつつ、自分の部屋へと戻るのだった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
2081
⋮
その悪魔は、荒ぶるように、魔の領域を蹂躙する。
デーモン
冥界、或いは地獄とも呼ばれるその精神世界に於いて、暴力の化
身となりて有力な悪魔を倒していったのだ。
力無き者は早々に逃げ出し、有力な者は徒党を組んで迎撃を行う。
しかし、その悪魔にとっては、取るに足らぬ弱者の嘆きにしか過
ぎない。
デーモン
完璧に敵対者を破壊して、悠然と蹂躙を続けるのみだ。
悪魔は、精神生命体である。
故に、その肉体を破壊されても、時が経てば自己修復を行い復活
する。
それを知っているのか、遠慮する事も無く向かって来る者へ容赦
しない。
恐るべき暴力の権化であった。
﹁クフフフフ。この様な雑魚を集めても仕方ありません。
テレポート
そういえば昔、私に匹敵する者共が何体か居ました。
彼等に会いに行ってみましょうか﹂
デーモン
その謎の言葉を残して、赤い髪の悪魔はその場から瞬間転移して
消え失せる。
後に残るは、悪魔達の残骸であった。
⋮⋮⋮
⋮⋮
⋮
2082
自室に戻り、監視体制の構築について検討する。
諜報員がジュラの大森林の要所要所や、海岸沿いから山頂各所に
配置されてはいるのだが、それだけでは情報収集に不安が残る。
というか、実際の戦闘が始まった場合に上手く機能しない事が予
想された。
なので、監視を魔法で出来ないかと考えていたのである。
監視目的の遠見系の魔法は、呪術系統の中に存在するのは知って
いた。
だが、思ったよりも使い勝手が悪く、その対象の姿を確認する程
度のものだったのだ。
融通が利かない上に、その地点のみしか監視出来ない。
違う場所を見るには、再度魔法を発動させる必要がある。
俺達魔王とか、上位者の様子を視るのは不可能。常に張っている
魔法障壁により弾かれるからであった。
だ。
なので、既存の魔法では上手くいかなかったのだ。
神之怒
メギド
だが、俺には当てがあった。
例えば、︿物理魔法﹀
あの魔法は、水玉を浮かべて太陽光を集め収束させる魔法。
この水玉を各所に浮かべ、現地の様子を写し転写させる。
或いは、高高度より映像を写し拡大させて、モニターへと映像を
映し出せるようにする。
監視衛星を魔法で作り出すという事だ。
この魔法作製には、︿物理魔法﹀︿精霊魔法﹀﹃空間法則操作﹄
を利用すれば可能だとラファエルが解答している。
後は、細かい要望を纏めて、ラファエルと打ち合わせるだけ。
この監視体制が出来上がると、情報を集めるのが簡単になるだろ
う。
手に入る情報量も莫大なものになり、敵が軍隊ならば、その動向
2083
を掴むのは造作も無くなる。
日本海海戦の際、連合艦隊司令長官東郷平八郎の指揮下で、日本
海軍がロ
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