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〈報告〉
宇部市ときわ動物園に「中南米、アフリカ・マダガスカル、山口・宇部の自然」ゾーンをつくる
若生謙二
はじめに
では、パタスモンキー(Erythrocebus patas)
、ミーアキャット
(Suricata suricatta)
、アフリカの 森 林ゾ ーンでは、ブラッ
2016 年 3 月19日に山口県宇部市のときわ動物園に新たな
ザグェノン(Cercopithecus neglectus)
、マダガスカルゾ ー
展示「中南米の水辺、アフリカの丘陵・マダガスカル、山口・宇
ンでは、ワオキツネザル(Lemur catta)
、エリマキキツネザル
部の自然」ゾーンの各エリアが開設された。1955 年に市内に
(Varecia variegata)
、山口・宇部の自然ゾーンには、クロヅル
開設された宮大路動物園を母体として、1964 年に現在の敷
(Tripterygium regelii)
、オシドリ
(Aix galericulata)
、ニホンザ
地に移設して開園されてきた動物園は、
昨年3月に開設された
ル(Macaca fuscata)
、ホンドタヌキ(Nyctereutes procyonoides
1)
「アジアの森林」ゾーン と共に、再生計画後のグランドオープ
viverrinus)、フクロウ(Strix uralensis)等が展示されている。
ンを迎えることになった。
また、山口・宇部の自然ゾーンには最後に自然遊び場が設けら
旧来の檻を中心とした展示は全面的にリニューアルされ、動
物を生息地の環境と共に展示し、
動物の本来の行動を発揮さ
せる生息環境展示を全園にとりいれた動物園となった
(図1)
。
筆者はこれまで、天王寺動物園の「サバンナ」2)、
「アジアの
3)
4)
熱帯林」 、ズーラシアの「チンパンジーの森」 、長野市茶臼
5)
れた。
今回開設されたゾーンは、動物園展示において次の5点の
意義をもつと考えられる。
第一は、生息地への現地調査をもとに、
中南米アマゾンとマ
ダガスカルの生息環境展示を実現したことである。第二は、
山動物園の「レッサーパンダの森」 、熊本市動植物園のニ
多くの展示において、同じ生息域にくらす複数の種を同一の
ホンザルの展示、飯田市動物園の「フンボルトペンギンの丘」、
視界で見せる通景を用い、更にその手法を発展させたことで
「カモシカの岩場」6)等で、生息環境展示の実現にとりくんで
きたが、
これらは展示動物毎のエリアであったのに対し、
ときわ
動物園のとりくみは、1.9ha の全園を生息環境展示として再生
するものである。
中南米の水辺ゾーンでは、これまで展示されていた霊
長類を中心にルリコンゴウインコ(Ara ararauna)
、ベニイロ
コンゴウインコ(Ara ararauna)
、ボリビアリスザル(Saimiri
boliviensis)、フ サ オ マ キ ザ ル(Cebus apella)、カピ バラ
N
(Hydrochoerus hydrochaeris)
、ジェフロイクモザル(Ateles
geoffroyi)、コアリクイ(Tamandua tetradactyla)、フタユビ
ナマケモノ
(Choloepus didactylus)等 の 展 示 エリアが 設
けられている。また、アフリカの丘陵・マダガスカルゾーン
図 1 ときわ動物園の全体マップ
97
ある。通景は、
カピバラとジェフロイクモザル、パタスモンキーと
ミーアキャット、ニホンザルとオシドリ、
タヌキで構成されている。
ゾンエリアがみられるが、
個別の動物毎に展示されている。
中央・南アメリカにはアジアやアフリカ等の旧世界とは異なる
第三は、樹上性のクモザルについて 10 数 m の樹林の上での
進化を早くからとげた新世界ザル等の動物が、アマゾンの熱
展示を実現したことであり、さらに樹林下の水辺でのカピバラ
帯雨林やその南部に広がる熱帯草原や湿原に適応してくら
との同居を可能にしている。第四は、コンクリートのサル山に
している。本計画では、野外にアマゾンの生息環境をつくり、
見下げで展示されていたニホンザルの展示を変え、植物を導
それぞれの生息環境に適応してくらしている様子を展示する
入し、見上げでの展示を実現したことである 。第五は、視線
ことをめざしているため、アマゾンへの生息地調査を行い、計
高を動物に極力近づけると共に、
樹上性では見上げの視線を
画案を作成した。
7)
すべての展示で行ったことである。
老朽化した動物園の再生を図り、
動物園のおかれている常
このエリアで展示される動物のうち、中心となるのは、
クモザ
ルとカピバラ、
リスザル等である。
盤公園全体の魅力をアップするために、2009 年に設けられた
クモザルの展示については、野外に水モートを配して奥の島
宇部市の常盤公園活性化推進室は、2014 年にときわ公園管
に展示する事例が多くみられる。テナガザルと同様に、かつて
理課と変更された。公園整備局次長の佐々木俊寿氏は局長
はこうした島に樹木を配してクモザルを展示し、その樹上行動を
に、活性化推進室長補佐の安平幸治氏は公園整備局次長
見せることが多くみられたが、近年では鉄パイプを配する事例
に昇格された。実務を担当したのは、河村芳紀、吉本昌弘、
が多くみられており9)、
樹木を配する事例は少なくなっている。
安部達也各主任らであった。
8)
6 月に受託設計者が決まり 、私は宇部市からの依頼のもと
にその設計・設計指導にとりくむことになった。
クモザルは樹林の上部をすばやく移動するため、樹上での
こうした活発な動きをひきだすためには、樹木を単に 1-2 本配
するだけではなく、高低差のある数本の樹木を配して樹林状
本稿ではこれらの事業について、その設計の考え方、現地
の構造をつくりだすことが必要になる。このようにして活発な
調査の様子、そして具体的に造りあげてきた設計から施工の
樹上の行動を引きだしている展示として、ニュージーランドの
過程と完成した園の姿について述べる。
オークランド動物園の事例がある。本計画ではこの事例を参
考にしながら、水モートの奥の島に多くの中高木を配して樹林
を形成することにした。
1.展示の考え方
クモザルは中南米の熱帯雨林の 30 mをこえる樹林の上を
尾をたくみに用いてすばやく移動する動物である。同様に熱
1)中南米の水辺の展示
帯雨林の高木の樹冠を俊敏に腕渡りする霊長類として、東南
動物園の展示では、通常、中南米の動物を個別に展示して
アジアのテナガザルがいる。ときわ動物園では、アジアの森で
いるが、中南米の自然を展示している事例は少なく、
とりわけ
テナガザルを、中南米の森でクモザルを展示することで、双方
野外での生息環境展示を行っている事例は、世界的にも少な
の熱帯雨林の高所をそれぞれに進化した方法で移動する様
い。スイスのチューリッヒ動物園、オランダのガイア動物園等で
子を展示し、それらのニッチェについて考えてもらおうというこ
は野外の展示がみられ、オランダのバーガー動物園、2016 年
とにした。
に新たに開園したエンメン動物園では室内で生息環境を再現
リスザルの展示では、ネットや室内に展示して、その中を観
した展示がみられる。わが国では長崎バイオパーク、伊豆シャ
客に歩かせる形式、あるいはそれらを外から眺める形式など
ボテン公園等で近藤典生 東京農業大学名誉教授が指導し
がみられる。欧州では水でへだてた島に放し、観客が島に渡
た野外の展示がみられる。よこはま動物園ズーラシアにはアマ
る橋をグレーチング形式にし、橋に電柵を施して島に隔離する
98
事例が見られている10)。また、チェコスロバキアのズリン動物
アフリカの丘陵・マダガスカルの展示
2)
園では、柵でへだてたエリアの樹木から観客の通路の上に蔓
アフリカサバンナでは、草原性で俊敏に走るパタスモンキー
上のロープを渡して反対側の展示エリアに移動する際に観客
の行動を引きだすことをめざした。間近で見せるためにネット
の頭上を渡るようにしている。
で囲い、楕円形の形状で中央に樹林を配し、その周囲を草原
本計画では、
リスザルが樹林でも低い部分を移動しているこ
とから、これらの事例をふまえて、アマゾン流域を想定した水辺
として、円状の走行行動の誘発をめざした。ネットの番線はφ
1.5mm で細く見やすいものを用いる。
に小さな島を配して、
そこに 2-3 m程度の低木の樹林を配してリ
また、ここでは、隣接してミーアキャットを展示しており、両者
スザルを展示することにした。また、樹林の樹上から擬蔓を配
の通景をめざした。ミーアキャットは人気の動物であり、多くの
して、対岸の室内に移動させ、室内からも観察できる計画を考
動物園で展示されている。野外で、1m 程度の高さのガラス
案した。
や堀を用いた手法が一般的である。多くの場合、
ミーアキャッ
もう一つのメインとなる動物はカピバラである。カピバラは動
トはガラス越しの地面の軽い起伏の上や、空堀でへだてた
物園の人気動物であり、多くは池が配されたエリアを1m程度
奥の地面に配されており、やや見下げで眺めることになる。こ
の柵で仕切っており、室内展示では濾過した水を用いた受水
こでは、
ミーアキャットを視線高近くで見せることをめざし、
1m
展示が行われることが多い。この計画ではカピバラとクモザル
高のガラスでへだてた先に1mの高さの地盤を配することにし
を一つの視界に収めて観察する通景をつくり、
また、水辺のカ
た。さらにその奥に空堀を配して奥のパタスモンキーとの通
ピバラと樹林のクモザルを共に展示することをめざした。カピ
景を可能にした。
バラは多くの時間を水中ですごすため、陸上の姿と共に遊泳
ブラッザグェノンはアフリカ内陸部の森林にくらす霊長類で
する姿、そして水中の遊泳行動を見せることを試みた。この
ある。ここでは、先ほどの開放的な草原景観と異なり、ネットの
計画では動物を視線高の近くで見せようとしているため、陸上
内外に常緑樹と多くの倒木を配して、
森林性の演出を図った。
部分については、
地盤高を0.7-1.2m 程度あげ、
遊泳する野外
マダガスカルのエリアでは、ワオキツネザルとシロクロエリマ
の水辺についても水面を0.6m あげている。
キキツネザルが展示される。ワオキツネザルは多くの動物園
オマキザル、
コアリクイ、
フタユビナマケモノについては、
アマ
で展示されており、展示の方法はネットで囲ったり、水堀の島
ゾン川流域の家屋の窓から庭先の樹木近くにあらわれた、
と
で展示するというものである。近年、欧州では先ほどのリスザ
いう設定で観察することができるようにした。
ルの様に水堀と観客側をつなぐ橋をグレーチング形式にして、
オマキザルの展示の多くは、ネットのケージか水モートの島
電柵を配する方法が用いられ、飼育員の立ち会いのもとに、
である。ここでは、家屋に隣接して張ったネットで囲っている。
島にウォークインすることも行われる。ワオキツネザルとシロクロ
オマキザルは樹上をよく移動するので、
ネットの中には、樹上行
エリマキキツネザルの展示では、2011 年に完成した北九州市
動を誘発するために、樹木と共に多くの倒木を配している。さ
の到津動物園で、両者を隣接させてワイアメッシュのケージで
らにそこからシュートをだして、園路の上に張った擬蔦の上を
展示している。
歩かせて水辺の擬木の上まで移動させる計画である。
本計画はこの展示と同じ種構成であるが、生息環境展示
コアリクイの展示の多くは、室内でのガラス展示かネット、ある
を完成させるものであるため、それぞれの種の生息環境を創
いはモートを用いて野外で展示するものである。この計画では、
出することが重要になる。現地調査をもとに、展示種の生息
家屋の室内からガラス越しに眺め、気温が上がれば、家屋の窓
環境であるワオキツネザルの乾生有刺低木林とシロクロエリマ
の外に広がる樹木の枝の上に移動させるというものである。こ
キキツネザルの降雨林を再現することにした。障壁は高さ5m
れはフタユビナマケモノと交互に展示することにしている。
のネットで囲い、
上部には電気柵を配している。
99
3)山口・宇部の自然
このエリアのメインの動物はニホンザルである。オシドリ、ク
戦後、全国に開設された自治体立の動物園に遊園地が併設
されることにより、
その認識に拍車をかけることになった 11)。
ロヅル、そしてタヌキをそれぞれニホンザルとの通景で展示す
もとより、多くの児童が来園する野外施設であるため、長時
る。ニホンザルの展示では、空堀のサル山が伝統的であった
間の滞在に対して気分を転換する場があってもよいであろう。
が、
森林性のニホンザルをコンクリートの岩場に配し、
見下げて
しかし、それが電動施設を伴う遊具であっては、動物園での
展示してきたことに対して、筆者はすでに熊本市動植物園の
体験を散漫なものにすることになるため、近年、
このような施設
展示でこれを改めて、築山の樹林地にネットを配して、見上げ
を見直そうという動きがある。北海道の円山動物園では、そ
で眺める展示を実現し、さらに本園のアジアの森の霊長類の
れまでの電動遊戯施設を動物の行動を想起するような遊具
展示でこの考え方を発展させる展示を行ってきた。
に変え、欧州、
とりわけオランダの動物園では、主に木製の独
山口・宇部のニホンザルの展示では、ここに宇部市の生息
地での景観をとりこみ、植物への被害を軽減することを試み
た。ニホンザルでは山から下りてきたような印象をあたえるよう
に、
迫力のある見上げの景で出会うことになる。
創的な遊具を用いて、動物の行動を体験するような秀逸な遊
び場が設けられている。
本計画では、
ときわ動物園の展示で、動物が樹上や巣穴等、
自然界のさまざまな場で生活している姿を見た後、そのような自
然に近い場所で動物の動きを体験するような遊びの場を考案
4)山口の自然遊び場
した。野生動物、
とりわけ霊長類は樹上の枝を行動の場とし、
これまで多くの動物園には遊戯施設が配されてきた。戦後
多くの野生動物は塚などの起伏の上に佇むことを好む。私は
に開設されたほとんどの動物園には電動遊戯施設を配した
これまでさまざまな遊び場を観察してきた経験から、児童にも同
遊園地が併設され、
ときわ動物園でも当初から遊園地が隣接
じような体験を求める嗜好があるのではないかと考えてきた。
されてきた。動物園に遊園地が併設されてきたのは、動物園
このような考え方にもとづいて、平坦地に土地の起伏をつく
が娯楽施設であると認識されていたためである。動物園は
り、遊びの動きをもとに考案した木製の遊具を配し、そこには
社会教育施設である。同じ社会教育施設である植物園に遊
生息環境展示の景観に調和するよう、色彩に配慮した自然遊
戯施設はみられないであろう。
び場をつくることにした。
動物園を遊園地の一種とみる見方は、戦前に関西で電鉄
が開設した遊園地に動物園が併設されたことに起源があり、
図 2 アマゾン川流域に暮らす人々の浮家
100
図 3 モデルとしたアマゾン川流域の景観
2.現地調査
を紹介していただき、アマゾニア大学教授の研究室とともに、
INPA の付属植物園である Bosque da Ciência(科学の森)と
生息環境展示の質をたかめるには、生息地の現地を調査す
Botanical Garden(museo de amazonia:MUSA が運営してい
ることが必要である。ときわ動物園のアジアの森の計画では、
る自然教育施設)を訪問し、アマゾンの生活についての知識
テナガザルの生息地の調査のために、インドネシア、スマトラ島
を学んだ。Bosque da Ciência では樹上たかくの枝にナマケ
への調査を行ったが、続く中南米の水辺ゾーンの計画では、ブ
モノがおり、地上ではアグーチが走り、樹林の中をリスザルが
ラジルのアマゾン、パンタナール湿原へ、
また、マダガスカルの丘
すばやく移動していった。
陵ゾーンの計画では、
マダガスカルへの現地調査を行った。
アマゾンには雨季と乾季があり、それぞれの川の水位には
10m 程も違いがでる。そのため、流域にくらす人々の家屋は、
アマゾンへ
1)
川辺の森林の岸辺にあるものでは、床下を約 10m の柱で支え
中南米の水辺の展示で主な対象となる地域は、アマゾン川
る高床式であり、河岸に配されている場合には、水位の変動
流域である。アマゾン川は、アンデス山脈に水源をもち、大西
に耐えるように浮家式の家屋となっている。アマゾン川周辺で
洋に流れる6,300 ㎞の河川であり、流域の面積は約 650 万㎢
ゴムノキからゴムとなる樹液を採取するための労働に従事す
にもなる世界一の大河である。樹林におおわれるアマゾン川
るために入植者となったカボクロとよばれる人々の家屋の多く
周辺と、乾季が4、
5か月におよぶセラードとよばれるサバンナ
は、
木造の浮家である
(図2)
。
植生がひろがる地域がある。調査は、
アマゾン川流域の都市
翌朝、マナウスから車で移動し、船でアマゾン川を上流へと
であるマナウス上流の樹林と南部にひろがるパンタナール湿
移動し、基地とするジュマロッジに着いた。岸辺の森の中にあ
原を対象とし、
2014 年 11 月に行った。
る木造のロッジは高床式である。午後にボートで流域のカボ
調査にあたっては、アマゾンの新世界ザルの専門家であ
クロの人々の家屋の調査にでかけた。生息環境展示では、
る伊沢紘生、宮城教育大学名誉教授、国立民族学博物館
野生動物の生息環境についての情報とともに、その地域に生
の池谷和信教授らに訪れるべき生息地についての情報をご
活する人々のくらしについての情報を得ることも重要になる。
教示いただいた。また、京都大学野生動物研究センター長
とりわけ、地域に固有の家屋は、動物の展示室や寝室等にそ
の幸島司郎教授からは、マナウスの国立アマゾン研究機関
の形状を施すことで、
生息地の景観を演出することができる。
であるINPA(Instituto Nacional de Pesquisas da Amazônia)
図 4 パンタナール湿原の景観
浮家と高床式の家屋は、中南米の水辺エリアの構造物のモ
図 5 マダガスカル、
ベレンティ保護区のカナボウノキの群落
101
デルとして大きな役割をはたせそうであることに着目し、浮家に
キツネザルの生息環境を知るために、マダガスカル島の東部
ついては内部の構造や意匠についても調査を行うことにした。
のペリネ特別保護区(Réserve Spéciale de Périnet)
、南部の
さらに、ボートで上流の森林にでかけ、水辺の景観とともに、
ベレンティ保護区
(Réserve Privée de Berenty)
を訪れた。
林内に入り植物の撮影を行った
(図3)
。ロッジ近くの森にはク
ペリネ保護区は、首都アンタナナリボから東に 150km 移
ロホエザル(Alouatta caraya)
とオマキザル、そしてルリコンゴ
動したところにあるマンタディア・アンダシベ国立公園(Parc
ウインコが現れ、川ではときおりピンクイルカ(Inia geoffrensis)
National de Mantadia - Andasibe)の南にある。降雨林に覆
が姿をみせた。
われた保護区には、原猿類のインドリがみられた。アンダシベ
ここでの調査を終え、マナウス近郊の川辺のロッジに移動し
国立公園からペリネ保護区への移動路には、特徴的な樹形
た。ここでは、
ウアカリ
(Cacajao)
とウーリーモンキー
(Lagothrix
のタビビトノキ(Ravenala madagascariensis)がみられる。ま
lagotricha)が森から姿をあらわした。ロッジの近くにもカボク
た、沿道に土壁の家屋がみられたので、これらの家屋の調査
ロの家屋や浮家がみられたので、
調査の対象とした。
を行った。
マナウス近郊から飛行機でクイアバへ移動し、パンタナール
南 部 のベレンティ保 護 区は乾 燥 地であり、保 護 区 の
湿原へと向かう。ここでガイドをつとめてくれたのは、22 才の
中心 部に入ると、特 徴 的な有 刺 植 物であるカナボウノキ
男性、
トムである。彼はガイドの仕事で資金を蓄え、将来は自
(Didiereaceae)が一面に広がり、北アメリカ西部のサボテン
身のツアー会社を設立するのが目標だと語る。ピウバウ川近
の仲間が優占する乾燥林のような景観が広がる(図5)
。保
くにあるピウバウロッジを拠点にして、パンタナール湿原の北部
護区に入ると、原猿の仲間で横に跳びはねて移動するベロー
を調査することにした。ロッジから車を走らせると、道沿いには
シファカ(Propithecus verreauxi)が姿をあらわす。この地の
あちこちに沼地がありカイマン
(Caimaninae)が群生している。
土は赤土で、有刺林が中心の低木林である。ワオキツネザル
そこにはときおり、
カピバラの小さな群れが姿をあらわす。
の小群が低木林にあらわれたが、その毛並は荒れている。自
翌朝の早朝にピウバウ川近くの森にでかけた。森の奥で
生種の有刺林以外の種をいれたために、自生種の群落が減
低い唸り声のような音がしたので、近づいてみると、樹上高くに
少し、彼らの食すべき、餌となる植物が減少していることが原
ホエザル(Alouatta caraya)の親子がいた。川辺の低木には
因のようである。これらとともに、この地域の建築物の構造と
フサオマキザルの小さな群れが枝の上をわたっていった。フ
意匠を調べて、
展示景観の要素とすることにした。
サオマキザルは複雑に入り乱れた枝の間をすばやく移動す
る。彼らにはこのような環境が必要なのだ。開放的な草原に
移ると、
ルリコンゴウインコが高木の幹の穴に巣をつくり、
そこか
らとびたっていった。草原には多くの鳥と共に、
地上を走る鳥、
アフリカ・マダガスカル、
山口宇部の
3.「中南米、
自然ゾーン」
をつくる
レアー
(Rhea americana)
の姿があった。
水辺は水鳥の宝庫である(図4)
。水辺の木陰ではカピバ
1)中南米
ラがあらわれるので、彼らの生息環境がよくわかる。カピバラ
アマゾンへの調査の後、中南米の水辺の基本設計を行うこ
の生活環境、群れの行動、遊泳等、多くを学んでパンタナール
とになった。最大の課題はアマゾンをいかに表現するのかで
湿原を後にした。
ある。本計画では、アマゾン川流域の森林と流域より南部に
位置するパンタナール湿原をとりあげることにした。森林と湿
2)マダガスカルへ
マダガスカルゾーンでは、ワオキツネザルとシロクロエリマキ
102
原の水辺である。
アマゾンの特徴がわかりやすいように、動物の寝室と展示室
コアリクイ・ナマケモノ
フマオマキザル
カピバラ ナマケモノ
A
N
B
A'
ジェフロイクモザル・カピバラ
B'
リスザル
リスザル
■ A-A' 断面図
ジェフロイクモザル・カピバラ
リスザル
図 6 中南米の水辺ゾーンの鳥瞰図と断面図
■ B-B' 断面図
コアリクイ・ナマケモノ
カピバラ
図 7 中南米の水辺ゾーン。B-B’
断面図
ジェフロイクモザル・カピバラ
は、水辺の浮家ということにした。しかし、実際に浮家の構造
フラミンゴの展示では、
水場を配することになる。これまでの
にすることは、建築基準法上できないため、水辺にうかぶ浮家
動物園の展示では、観客側と同じレベルに水面を配していた
風の家屋とし、水辺から木橋を渡って浮家に入り、その家の窓
が、ここでは水面を0.6m あげることで、臨水感の演出を図り、
から庭先にあらわれた動物を眺めるという設定にした
(図6)。
その中央部では水深を0.9mとして、フラミンゴが泳ぐことがで
中南米の水辺ゾーンには、チリ―フラミンゴの水辺がある。
その生息地は高地の塩湖になるので、
アジアの森の最後の洞
窟から抜け出た後、
このエリアの最初に配することにした。
きるようにした。
塩湖の奥には、アマゾンの水辺を配するため、アコウ
(Ficus
superba)、ホルトノキ(Elaeocarpus sylvestris)等の常緑樹を
103
A'
N
パタスモンキー
A'
A
ミーアキャット
A
ミーアキャット
赤矢印:ビューポイント
パタスモンキー
図 8 パタスモンキーとミーアキャット展示の平面図(左)
、
ミーアキャットとパタスモンキーの断面図
にはアマゾンの森林の写真を張りつめて、内部に据えた倒木
配して、
水辺との結界とした。
アマゾンの水 辺は二 つに分け、それぞれに島を設け
た。最 初の島にはデイゴ(Erythrina variegata)
、スダジイ
の上にコアリクイを観察するようにした。アマゾンの森林の写
真は、
現地調査の際に撮影したものである。
(Castanopsis sieboldii)等の 2-3m の低木を配し、
リスザルを
浮家の家屋に隣接する水辺、図 6 の鳥瞰図の左側の視点
放すことにした。リスザルの島の水辺には、揺れる木橋を配し
場の前の水辺には、
カピバラを泳がせ、島には樹林をつくり、
ク
た。木橋の奥のルリコンゴウインコとベニコンゴウインコは、細
モザルが渡る。カピバラが泳ぐ姿を見せるのに、水辺の水位
くて視認性が高く強度のあるネットで囲い、その奥に常緑樹を
を0.6m 観客の地盤よりあげることにした。これは水面から顔
配して森林感を演出し、彼らが中を移動しやすいように、ネット
をあげて泳ぐ姿を、できるだけ視線高に近づけることで、迫力
の中には多くの倒木や蔦を配した。
のある見せ方をしようとするためである。観客側には、カピバ
浮家は動物の展示室と寝室を兼ねている。島のリスザル
ラが手前で休む姿を見せるように、陸地を設けることにした。
は植栽された低木の枝からのびた擬蔦をわたって、浮家の部
これも視線高近くで観察できるように、0.8m から1.2m の高さを
屋に入る。浮家は二つの水辺に隣接し、
リスザルとクモザル
とるようにした
(図7)
。
の二つの部屋を配した(図 6)
。二つの家屋の間は、1m 高の
奥の島にはクモザルが高所を移動できるように、横枝の張っ
アクリル板を配してカピバラの受水展示とした。この奥に設け
た樹高 8m 近くのエノキ(Celtis sinensis)
、クロガネモチ(Ilex
た島には、クモザルが樹上行動をできるように樹林を配するこ
を配し、下にも移動しやすいように、低木を配し、奥に
rotunda)
とにした。こうすることで、カピバラと樹上のクモザルを同時に
は景観木としてワシントンヤシ
(Washingtonia filifera)
、
カナリー
眺めることができるようになる。
ヤシ
(Phoenix canariensis)等を植栽した。クモザルは浮家の
この二つの家屋と受水展示のエリアから観客通路をはさん
家屋の上部から擬蔦を渡して、島の上の樹林に移動するよう
だ反対側にはもう一つの家屋を設け、入口から右手にフサオ
にしている。樹上を移動するのに重要なのは、樹冠の中を横
12)
マキザル、正面にナマケモノ、右手にコアリクイを配した 。フ
に配した擬蔦である。この蔦の配し方によって彼らの動きや
サオマキザルは家屋の外壁の奥をネットで囲い、家屋の窓の
すさが決まる。開園日である3 月19日の前日の夕刻、擬蔦が
ガラスから眺める。正面の窓は開放で、その奥の傾斜地を活
届いた。私は樹冠の上から徐々に下に降りてくるように、樹冠
用して、外壁下に堀状の障壁を設け、その奥の地面に倒木を
の中に擬蔦を配するように現場で指示を行った。クモザルを
配してナマケモノを見せる。左手の壁はガラス張で奥の背面
シュートから放つと、見事に蔦を伝って、樹冠の上に渡っていっ
104
ニホンザル
N
A'
A'
タヌキ
A
クロズル・オシドリ
タヌキ
ニホンザル
オシドリ
クロズル
A
赤矢印:ビューポイント
図 9 山口・宇部の自然ゾーンの平面図(左)
、
ニホンザルとオシドリ
・クロヅル、
タヌキの通景の断面概念図
た。擬蔦は彼らの樹上の道である。
観客とは1mのガラスだけで隔てているが、こういう場合に
水辺には、
南側の道からリスザルの島にわたることのできる筏
はガラスの据付枠が目立つと、
そこに目が行き、せっかくの景が
を設けた。この木製の筏は、
観客が行先の島とつながれたロー
損なわれることになる。ここでは、ガラスの上部に 2mm 厚のス
プをたぐることで進んでゆくものである。下にはレールがあり、進
テンレスを用いて笠木として留めることにした。
路は固定されているが、
筏は水面でかなりゆれることになる。
土の上には高さ30cm のアリ塚を配している。ミーアキャット
は野生ではアリ塚の上に登って敵を伺っているからである。こ
アフリカ・マダガスカル
2)
アマゾンのエリアとは異なり、サバンナの開放的な景観を演
のシーンでは、
アリ塚の上のミーアキャットと後ろの木の枝にとま
るパタスモンキーとの位置のバランスが決め手になる。
出するため、高木にはネムノキ(Albizia julibrissin)等を、
また
アフリカ中部の森林にくらすブラッザモンキーは、樹上にくら
スティパ
(Stipa)
やパニカム
(Panicum capillare)等のイネ科草
すため、多くの枝を配することが必要になる。かつて公園の
本の地被類を植栽することした。丘陵の上に位置するパタス
敷地にみられ、工事に伴って伐採されたソメイヨシノ
(Prunus
モンキーは長楕円形の敷地を高視認性のネットで囲い、地被
× yedoensis)
の倒木をネットケージの中に配した。
にはノシバを張り、ネットの支柱は擬樹化して数本の枝をだし、
マダガスカルゾーンでは、乾生有刺低木林と降雨林を表現
その上に乗ることができるようにした。この展示は南側のミー
しなければならない。乾生有刺低木林は乾燥した地にサボ
アキャットとの二面から眺めることができるようにしている(図
テンのような刺のある特徴的な低木がまばらに生えている景
8)。また、ここには横枝が長くおさまりがいい樹形を考慮して
観である。赤土にセメントを少し混ぜて地表面を維持し、
草本
公園から選定して移植したナンキンハゼ(Triadica sebifera)
類が生えにくいようにした。タビビトノキのように、
温度条件から
とエノキを植栽している。二本の支柱の擬樹の枝の高さと角
この地では育たない種は、
樹形の似ているルリゴクラクチョウカ
度、および植栽の位置と向きは、二方向からの角度と移植樹
の枝の高さとのバランスを考慮して決めた。
(Strelitzia nicolai)
を配した。
シロクロエリマキキツネザルをいれる降雨林には、
ときわ公
南側にはパタスモンキーのネットの前にミーアキャットを配し
園に最適の木があったので移植をすることにした。高さ2
ている。ミーアキャットは、高さ1mのガラスの障壁の先に擬土
m近くで横にまがって7m近くものびた独特の形状のタブノキ
処理を施した高さ1mのコンクリート擁壁を設けて、その先のコ
(Machilus thunbergii)である。これはエリマキキツネザルが
ンクリート擁壁との間に土を配して彼らの場とし、奥には巾1m
上に登ったところを観客からかるく見上げの視線で眺めること
の空堀を設けて、奥のパタスモンキーのネットに近づくことを妨
のできる理想的な樹形である。
げている。
105
図 10 樹上を走るリスザル
3)山口・宇部の自然
図 12 水辺にあらわれるアマゾンの浮家
ルからの樹冠への被害を防ぎ、
緑陰を確保するようにした。
このエリアの中心であるニホンザルは植物への被害をもた
らすので、もっとも生息環境展示がむずかしい対象である。
自然遊び場
4)
いかに植物をまもるか。宇部の山麓には、
巨石が百m近くも連
自然遊び場は最後に子ども達が楽しむ場所である。平坦
なる万倉や吉部の大岩郷という名勝がある。この様子を縮
地に起伏をつくり、棚田に遊ぶような景をつくり、奥には、樹高5
景として傾斜地の敷地につくりだすことで、少なくとも、地被の
mのシイノキ(Castanopsis cuspidata)
を囲んで上に登ることの
面積を減らすことはできる。こうして、
2m近い4石の巨石を傾
できるウッドデッキを設けることにした。デッキの下には、木製の
斜地に配して、そこに5m程の2本の倒木を配することにした。
ブランコを配し、デッキの上部に穴をあけて、そこから縄梯子を
その下の地面にアセビ(Pieris japonica)やアオキ(Aucuba
降ろす。起伏のある傾斜地には、さらに大きな倒木の洞や洞
など、ニホンザルがあまり好まない常緑樹を植栽して
japonica)
穴をつくった。
緑を確保することにした。
このようにしてタヌキやオシドリとの通景(図 9)
となるニホン
このエリアをつくる際に、我々は議論をしてあることを決め
た。昨年、オープンしたアジアの森の揺れ橋で、車いすにのっ
ザルの景を造成した後、傾斜地の敷地を高視認性ネットで囲
い、支柱には擬樹化を施し枝を配した。また、エノキの高木の
植栽では、ネットの上に樹冠をつきでるように配することで、サ
J.G.Fleagle
(2013)
: Primate Adaptaion &
Evolution. Academic Press を元に作成。
図 11 リスザルの島へ渡る筏
106
図 13 3 種のサルの生活様式を示すサイン
図 14 家屋の窓から眺めるフサオマキザル
図 16 水辺のカピバラと樹上のジェフロイクモザル
た少年が渡りたいと申し出たことがあった。担当の吉本技師
クソニア(Dicksonia sellowiana)
、ヤタイヤシ(Butia yatay)等
は自身が介助してこの少年を車椅子で揺れ橋を渡らせること
の低木が中南米の雰囲気をかもしだす。
にしたところ、
少年は満面の笑みで喜んだというのである。
左手には中南米ゾーンの案内サインがあり、旧大陸とは異な
私たちはこの遊び場をつくる際に、車いすの利用者も使え
る特異な進化をとげた動物がみられることが示される。湾曲し
るようなエリアを考えようということになった。車椅子で沿道ま
た園路を進むと、園路はグレーに変わり、
目の前にはネットで囲ま
で近づき、道のそばにミノムシブランコのようなものを配すれば、
れた水辺にチリ―フラミンゴの群れが姿をあらわす。塩湖にく
介助者がいれば、
利用することができる。
らすフラミンゴの水辺の土の色はグレーである。フラミンゴの水
このエリアの遊具の色彩は、景に調和させるため、ロープや
ネットの色に至るまで、
アースカラーのベージュで統一を図った。
辺の水面は観客の地盤から0.6m 上げられているので、近くに
見ることができる。フラミンゴはときおり、
水の中を泳いで進む。
道を進んで 大きく曲 がると、奥に大きなソテツ(Cycas
4.完成したエリアをあるく
revoluta)とディクソニアが目に入る。右に歩みを進めると水辺
が広がる。アマゾンの水辺である。水辺の奥には小さな島
アジアの森林ゾーンの最後になる洞窟から眺める水辺の展
示を後にすると、
坑道がつづく。この坑道をくぐると視界が開け、
中南米のエリアに足をふみいれる。木製シダの一種であるディ
図 15 家屋の間から眺めるカピバラ
があり、
デイゴ、
スダジイ等の低い樹木の枝の上をリスザルが走
り回る
(図 10)
。
園路を進むと、木製の橋があり、わたると左右に揺れる。園
図 17 視線高で見るカピバラ
107
図 18 遊泳するカピバラと水辺を走るクモザル
路の右側の樹林からインコの鳴声が聞こえた。樹林に目をや
図 20 長い尾を使って蔦の上を歩くジェフロイクモザル
移動方法についての解説サインがみられる
(図 13)
。
るとベニイロコンゴウインコとルリコンゴウインコの姿が枝の上
アマゾンの森林は低木から高木に至り、高木は 30m にもお
に見える。ネットで囲われているが、
ネットは細く、奥にも樹林が
よぶ。リスザルは低木層にくらし、身体が小さく行動範囲がせ
あるので、
森の中でコンゴウインコを見るようである。
まいため、高タンパクの昆虫類を主に食べる。それに対して
道を進むと、右手の斜面には、ヤタイヤシ等の樹林が広が
高木層の樹冠を移動するクモザルは身体が大きく広域的に
る。左の水辺には、再びリスザルの島を眺めることができる。
移動して果実を得る。樹林の中間にくらすフサオマキザルは、
園路の正面には、水の上に木製の家屋が見える。リスザルは
両者とともに、
樹木の葉を食する。
樹木の枝からのびた擬蔦の上を通ってこの家屋に入っていっ
これらのサインを見て理解を深めて、この木造の家屋の中
た。リスザルの島には水辺の反対側から木製の筏で渡ること
に入る。家屋の右側の窓のガラスからは、フサオマキザル
ができる
(図 11)
。
の群れが枝の上を動き、緑の葉を食べている姿が見える(図
木橋を渡ってこの水辺の家屋に足をふみいれる(図 12)
。
板張りの壁にサインがあり、
アマゾンの流域の紹介と共に、
これ
14)。これはときわ動物園で緑餌とよんでいる餌であり、食べ
るのに時間がかかるので、
動物へのエンリッチメントになる。
がアマゾンの浮家であることを述べている。すでにリスザルを
左側は腰板の上がガラス張りになっており、
奥には森の奥か
見てきたが、ここにはアマゾンにくらすリスザル、フサオマキザ
ら窓の前の倒木の上をあるくコアリクイがみられる。中央の窓
ル、クモザルの3種の霊長類の生息環境と彼らが食べる餌と
は開放されており、ユズリハの枝がのび、温かい時には、左の
図 19 水辺のカピバラと樹林の蔦の上を歩くジェフロイクモザル
図 21 草原のパタスモンキー
108
図 22 ミーアキャットとパタスモンキーの通景
部屋を出て枝の上を歩くコアリクイの姿を見ることができる。
図 24 森林性を表現した樹林の枝にとまるブラッザグエノン
この計画では、水質の浄化を図るために、水中に水流を生み
これは浮家の家屋の庭先にあらわれた動物を眺めるという
だす設備を設けている。そして、
水面にはパンタナール湿原に
設定である。それぞれネット、空堀、ガラス展示という動物園
もみられ、水質浄化にも役立つ多くのホテイアオイが配されて
でのバリアーの基本を応用した展示である。
いる。カピバラはゆるやかに流れるホテイアオイの中を分け入
家屋をでると前には、
アクリルの受水槽でできた水辺が広が
るようにして泳ぐ
(図 18)
。
り、
カピバラが水中を泳ぐ姿が目にはいる。両端には家屋があ
奥の樹林の複雑な枝の中をジェフロイクモザルがすばやく
り、その壁面を利用して水槽をつくり、奥を川の土手としている
動く
(図 19)
。高い位置にある擬蔦を長い尾をたくみに使って
のである
(図 15)
。カピバラが水から上がって土手にたたずむ
動く様子がよくわかる
(図 20)
。
と1mの高さで眺めることができる。さらにその奥には、高い樹
林が広がり、
その上をクモザルが渡ってゆく姿が目に入る。
水辺の家屋を後にすると、左手にアマゾンの水辺が広がり、
ここにはジェフロイクモザルの食べた果実の種が別の場所
に糞として落とされ、植物が新たな生活の場を確保することが
サインで示されている。
カピバラが岸辺に佇む。その奥にはそびえる樹林の蔦の上を
中南米のエリアを後にする前に、このエリアでのおさらいを
あるくジェフロイクモザルの姿がみえる(図 16)
。手前の岸部
するサインがある。野生動物は食べることと、生命をまもるた
をあるくカピバラの位置は高いため迫力がある
(図 17)
。また、
めに逃ること、
そして繁殖のために移動している。中南米のサ
水辺の水位も観客の地面よりも高いので、より近くに見える。
インのテーマは食べることである。
図 23 通景の構造。手前のガラスの笠木は厚さ2mmで存在感がない。
図 25 乾生有刺低木林に展示されるワオキツネザル
109
図 26 降雨林のエリマキキツネザル
図 28 タヌキとニホンザルの通景
野生動物は新鮮な餌を得るために、
多くの時間をついやし、
は楕円形になっており、彼らはその中をかけまわる。中央には
たべものを得るためにかれらの身体の特徴も進化してきた。
樹木が茂り、パタスモンキーはときおり、枝の上にものぼる。歩
それに対して人間は、安定して食糧を得るために、家畜を飼
みを進めて、右に曲がると目の前にミーアキャットが姿をみせる。
い、植物を栽培する技術を育み、料理という文化を生みだして
1-2 m近くの距離で、高さ1mの土手の上におり、アリ塚の上に
きた。今日では冷凍食品も開発され、いつでもおいしいものを
も登るので視線の高さに近い位置で見ることができる。
たべることができるようになった。しかし、私たちはどれだけ食
奥にはパタスモンキーが草原を歩み、
もう一頭は樹上の枝
べ物のことを知っているであろうか。食べ物について考えて
で休む様子が見える(図 22)
。アフリカのサバンナの動物は
みよう、
というものである。
開放景観で姿を隠す場が少なく、
逃げるために足の速い動物
ゆるやかな坂道をのぼると、徐々に開放的な景がひらけてゆ
が多い。パタスモンキーも俊足の動物である。ミーアキャット
き、エリアはアフリカのサバンナへと移る。大きなイヌビワ(Ficus
は敵が現れると穴の中に姿を隠す。ここでは、その様子がわ
erecta)の木の奥にマサイの土壁の家屋が姿をあらわし、サバン
かるようにしている
(図 23)
。
ナを彷彿とさせる。
土壁の家の隣では、パタスモンキーが草原の上をかけてゆ
く。パタスモンキーの草原は観客の園路から0.6m 高いので、
視線高近くで見ることができる(図 21)
。ネットで囲われた草原
図 27 見上げで眺めるニホンザルの展示
110
園路を曲がるとアフリカの森林に入り、ブラッザグェノンが森
の中の枝の上にあらわれる(図 24)
。世界一美しいサルとい
われ、
枝の上に止まる姿は気品がある。
アフリカゾーンのサインは、
身をまもるである。野生動物は敵
図 29 自然の遊び場で動物のようにとびはねる子供達
から逃げるために能力を特化させてきた。それに対して人間
り、はじめに、崖の手前に水辺にクロヅルとオシドリがくらす。崖
は争いにならないように話し合いをする。私たちは話し合い
の奥にはときおり、ニホンザルの姿も見える。園路を右に曲がっ
をすることで身をまもっているのである。話し合いはお互いの
てしばらく進むと、大きな岩場の上に倒木が寄りかかったダイナ
立場を尊重することからはじまり、話し合いには言葉をつかう。
ミックな景が広がり、
山の奥からニホンザルが姿をあらわす。
言葉は人間が開発した最大の道具であり、武器である。しか
コンクリートの堀の上から見下ろしていたこれまでのサル山
し、言葉はときとして、人を傷つけることもある。言葉がもめごと
とは大きくことなり、ニホンザルには見上げで遭遇する
(図 27)
。
を解決した例や人を傷つけた例について話し合ってみよう、
と
しばらく進むと、手前の笹薮からタヌキが姿をあらわし、奥の
いうものである。
倒木を歩くニホンザルとの通景がみられる(図 28)
。このエリ
アフリカのエリアをおえて、右に曲がるとマダガスカルゾーン
アには観客の園路側にヒメシャガ(Iris gracilipes)やノシラン
にはいる。はじめにサインでマダガスカル島が1億6千年前に
(Ophiopogon jaburan)等の地被植物やコブシ(Magnolia
アフリカ大陸と別れたために、動物は独自の進化をとげ、この
kobus)等の花木がみられ、季節毎の花を楽しむことができる。
島にだけくらす動物が生まれ、
とりわけ原猿類が進化をとげた
最後は反対側から開放的な草地の景で、水場の岩や多く
ことが述べられる。
の倒木の枝の上をゆきかうニホンザルにであう。
最初の展示は、マダガスカル島南部の乾生有刺低木林にく
山口・宇部の最後のサインは、野生動物と人間のくらしが
らすワオキツネザルの群れである
(図25)
。他の展示と同様に、
テーマである。宇部中北部の丘陵地には多くの野生動物が
視線近くで見せるために、
動物の側は観客側よりも0.6m 高くし
くらしている。今日では山で働く人々が少なくなったために、野
ている。乾燥した有刺低木林を再現するために、
アロエ
(Aloe
生動物が農地の周辺にまであらわれ、作物に深刻な被害を
vera)やユッカ(Yucca elephantipes)、タビビトノキの代替であ
及ぼすようになっている。野生動物の被害を減らすにはどう
るルリゴクラクチョウカ等、特徴的な植物を配している。この地
すればいいか、
考えてみようというものである。
域でもっとも特徴的なカナボウノキは宇部市では冬期に野外
山にくらす動物の姿にであった後、子供たちは棚田のような
では育たないので、
二本の擬木をつくることにした
(図 25 左)
。
丘の遊び場にかけてゆく。そこでは、小さな塚の上から子供
隣にはシロクロエリマキキツネザルのくらす降雨林がある
たちが動物のようにとびはねる姿がみられる
(図 29)
。
(図 26)
。こちらは有刺低木林とは対照的な森林である。タ
ブノキを中心にユズリハ(Daphniphyllum macropodum)等を
おわりに
植栽して森林景をつくりだしている。二つのエリアを見て、
キツ
ネザルがそれぞれの環境に適応してくらす様子を比べてもら
えればよい。
3 月19日に全面オープンしたときわ動物園の入園者数は 6ヶ
月で約 16 万 9 千人となり、
前年比の 1.6 倍となった。昨年、
オー
マダガスカルのまとめのサインは、ニッチである。マダガスカ
プンしたアジアの森林ゾーンとあわせて、すべてのエリアが完
ル島では、大陸のように樹上や草原にくらす他の動物がいな
成したことになり、生息地の現地調査まで行った本格的な生
かったために、樹上や草原に適応した多くの原猿類がみられ
息環境展示の動物園として、全園を生まれかわらせた初めて
るようになった。こうした役割をニッチとよび、人間社会にみら
のとりくみである。
れる職業や社会の役割もその一つである。時代とともにかわ
る空白のニッチを探してみよう、
というものである。
マダガスカルをおえて、カーブを大きくまがると、山口・宇部の
自然ゾーンにはいる。このエリアの動物はネットで囲われてお
完成したときわ動物園では、異種間の動物を同じ景として
見せる通景の手法を多くの場で用いている。動物が動くこと
で独創的なシーンが期待され、
写真撮影の場としても活用でき
るであろう。
111
アマゾンの展示は、浮家から観察するという世界的にも珍
しい構成である。ジェフロイクモザルはリスザルとカピバラとの
複数の通景が構成され、パノラマ的な景観がつくられている。
給餌の方法によっては、
さらに間近での観察も期待される。
この展示は中南米の降雨林と湿原、
アフリカの草原と森林、
マダガスカルの降雨林と乾生有刺低木林、宇部の山林という
なる。擬樹化した観客側のネット支柱に枝を配することで、動
物が滞留し、
近くでの観察を可能にしている。
この展示では、解説サインにも力をいれた。ゾーンごとの
テーマをみればわかるように、それは人間のくらしを考え直す
きっかけとなる。動物園は人間のことを学ぶ場ともなりうるの
である。
多様な景観の創出が課題であり、そこでは、それぞれのエリア
本ゾーンの面積は中南米 3,330 ㎡、アフリカ・マダガスカル
での植物と同属の種や樹形の近い種の活用に力を注いだ。
2,800㎡、山口2,900㎡で、事業費は約 7 億 9100 万円であった。
アマゾンの降雨林では常緑樹を多用することで基本の景観
を構成し、ヤシ類の幼木やハラン等の地被類等を随所に用い
ることで、景観の演出を図った。困難であったのは、マダガス
カルの乾生有刺低木林の景観であり、ここでは、樹形の近い
種と共に擬樹も活用した。
世界の多様な景観の再現では、ゾーン毎の植物の選定だ
けではなく、起伏のある地形の活用と、湾曲する園路線形を
駆使することで、
景の見え隠れを行い、
ゾーン毎の景観の相違
を際立たせた。また、遮蔽植栽を多用することで、周囲の建
築物等を隠し、
ゾーンの自然景観の創出を図っている。
それぞれのゾーンで景観の再現に努めたことは、高木の配
置、中低木の枝振りや蔦の絡まり具合、草原や水辺の状態等
を精緻に再現することであり、それは動物が生息する環境の
再現をめざすことでもある。多くの動物の行動がみられてい
るのは、このような生息環境の再現によるものである。生息環
境展示は動物の行動を誘発するデザインでもある。
そうした環境での行動を観察するには、視線高を動物に近
文献及び註
宇部市ときわ動物園に「アジアの森」
をつくる、
大阪芸
1)
若生謙二、2015、
術大学紀要 37
2)
若生謙二、
2000、天王寺動物園サバンナゾーンとランドスケープ・イマー
ジョン、
大阪芸術大学紀要 24
3)
若生謙二、
2006、天王寺動物園アジアの森、大阪芸術大学紀要 27
4)若生謙二、2010、横浜市よこはま動物園ズーラシアに「チンパンジーの
森」
をつくる、
大阪芸術大学紀要 32
5)若生謙二、2010、長野市茶臼山動物園に「レッサーパンダの森」
をつく
る、
大阪芸術大学紀要 33
6)
若生謙二、
2013、熊本市動植物園、飯田市動物園に新たな展示をつく
る、
大阪芸術大学紀要 36
7)文献6で報告した熊本市動植物園で初めてニホンザルの生息環境展
示を実現し、
ここではこの手法を踏襲し、
新たなとりくみを行った。
8)受託設計者は、㈱水巧技術コンサルタントであり、そのもとで㈱戸田風
景計画研究所、
㈱ランドブレインが業務を行った。アフリカの丘陵・マダ
ガスカルゾーンの受託設計者は
(株)
空間創研であった。
づける必要がある。そのため、従来の展示でみられる見下げ
9)1960 年代から70 年代につくられた伊豆シャボテン公園や長崎バイオ
ではなく、
すべての展示で観客と同一もしくは見上げの視線高
パーク、鹿児島市平川動物公園では、水モートの島に樹木を配し、熊
を実現した。動物側の地盤を0.6m 上げ、視線高近くに動物
本市動植物園では、島には二本のヤシの木を配し、長野市茶臼山動
が滞留するための多くの枝を配しているため、観客からは動
物が近いという声が聞かれている。
動物園の展示では、視覚的な障碍を取り除くことが重要に
なるため、番線が細くて強度のある高視認性ネットの使用や
ネットの支柱を擬樹化することで視覚的障害の除去につとめ
た。ネット支柱の擬樹化は景観に調和するものとなるだけで
はなく、そこに枝を配することで動物の行動をひきだす装置と
112
物園では、
島に鉄パイプを配している。
アッペンフュール、
デュイスブルグ動物園等。
10)チューリッヒ動物園、
11)若生謙二、2010、動物園革命、岩波書店、pp28-39
12)ナマケモノは暫定的にクモザルの寝室の家屋で展示されている。
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