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内閣府経済社会総合研究所
『サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究』
成果報告書③
第 2 章 論文:サービス・イノベーション IKEA Japan の事例
~グローバル製造小売業におけるサービス・イノベーション~
南知惠子1、森村文一2
1 イントロダクション
近年、我が国においては、製造業に立脚した経済成長戦略から、
「新経済成長戦略」
(2006)や「イノベーショ
ン 25」
(2007)に見られるように、サービス分野を製造業に並ぶ「双発の成長エンジン」として捉え、国家の成
長戦略の主要な原動力として、サービス分野におけるイノベーションに対する期待が高まってきている。
サービス分野におけるイノベーション
(革新)
へのアプローチとして、
新技術による新しいサービスの創出や、
サービスのオペレーションの再設計によるサービスの効率性と効果の追求といったことが、注目されてきている。
本研究においては、とくに後者の、サービスの再設計における新規性および、効率・効果の追求に焦点を置く。
サービスは無形性・生産と消費の不可分性・消滅性・バラツキ性という特性を持ち(例えば、Bateson, 1979)
、
またサービス取引では、所有権の移転が必ずしも行われないこと、サービスのプロセスそれ自体が消費されるこ
となど、物財とは明確に異なる特徴を持つことが指摘される。製造業者が物財の取引のみならず、サービス経済
化の中で、保守・運営などサービス開発を活発化させる一方で、製造プロセスとサービスプロセスとを一企業に
おいて統合する、製造小売業型の企業の躍進も目覚ましい。
本研究では、とりわけグローバルに展開する製造小売業型の企業に注目し、本国で発展したビジネスモデルを
他国の市場での展開すること及びサービスを再設計することに焦点を当てる。とりわけサービスの再設計面にお
いては、サービスの生産と消費の不可分性つまり、サービス提供において顧客の参加が不可欠であることに注目
する。このことは、顧客とサービス提供企業とは、サービスの生産プロセスの中で相互作用をすることを意味し
ており、この相互作用を通じて、価値が共創されることがサービス研究において主張されてきた(Gronroos, 2000;
Gummesson, 1998)
。本稿においては、この価値共創プロセスをどのように設計・管理するかをサービス・イノベ
ーションの焦点として捉える。製造小売業における小売サービス面に注目すれば、グローバルに展開する企業に
おいて顧客への適応度を高める必要性が強調されるが(Chung 2003, 矢作 2007)
、一方で、小売業が国際化する
ことにおいては、現地市場特性への適応化と、国際標準化に伴う規模の経済性追求との両立の困難という、標準
化と現地適応化戦略とのトレードオフ問題を引き起こす(向山 1996、南 2009)
。つまりグローバル展開する企
業にとっては、調達、製造面における製造業としての標準化の論理と、ローカル市場での顧客接点の設計の仕方
が重要な鍵となる。
これらの点を踏まえ本稿では、低価格・高デザイン家具を標準化しグローバル展開する IKEA を事例に取り上
げ、a)日本市場において、どのようなサービスの設計を行い、どこに新規性があるのか、b)サービス・イノベ
1
神戸大学 経営学研究科 教授
神戸大学 経営学研究科 研究員
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成果報告書③
ーションにおいて鍵となると想定される、価値共創プロセスにおいて、企業と顧客がどのような役割を担ってい
るのか、を明らかにすることを目的として、事例研究を行った。
2010 年 9 月より IKEA Japan, SO (Service Office)において、主として日本市場でのマーケティング戦略および小
売戦略についての情報収集を始め、11 月 2 日、12 月 7 日に船橋店 SO、2011 年の 1 月 5、6 日に神戸店にてイン
タビュー調査および観察を行った。インタビュー対象者は、IKEA Japan, SO においては、社長アドバイザー、マ
ーケティング・マネジャー、インテリア・デザイナー、神戸店においては、地域統括 PR、神戸店店長、コム・
イン(Com-In)・マネジャー、セールス・マネジャー、カスタマー・リレーション・マネジャーである。
本稿は、グローバル企業のサービス・イノベーションに関連する理論的背景の説明、調査対象となった IKEA
グローバルの企業概要、サプライチェーンと MD(merchandizing)
、店舗戦略について述べた後、サービス・イ
ノベーションのテーマに沿って、IKEA のサービス設計と、価値共創プロセスについて解釈を行う。その上で、
今後望まれるべき調査研究分野の提言と、実務的なインプリケーションを述べる。
2 グローバル・マーケティング戦略:標準化戦略と適応化戦略
本研究では、グローバルに事業を展開する製造小売企業の、ローカル市場におけるサービスの設計問題におい
て、とりわけ顧客との価値を共創するプロセスに焦点を当てる。それに先立ち、まずはグローバル・マーケティ
ング戦略において、製造・調達面における標準化と、ローカル市場への適応化戦略がどのように議論されてきた
のかについて確認する。
グローバル・マーケティングにおける標準化‐適応化戦略の議論は、マーケティング戦略の策定・管理・実行
といったマーケティング・プロセスの標準化と競争優位(Jain, 1989; Sorenson and Wiechmann, 1975)を中心とし
て、議論が行われてきた。中でも Jain(1989)においては、全面的な標準化は不可能であり、
「標準化‐適応化」
のどちらを採用するのかではなく、マーケティング・プロセスにおける標準化の程度をどのように決定するのか
が焦点であるとされる。また、Chung(2002)は、製品→プロセス→価格→流通→プロモーションの順に活動の
標準化の程度が高くなると主張している3。
近年では、マーケティング活動における標準化か適応化かの二者択一論を超え、標準化のマネジメントに関す
る議論へと移行している。例えば、Shoham et al.(2008)においては、マネジメント面におけるグローバルな調整、
指示、自由裁量権、統制とコミュニケーションといった次元で議論が行われており、また Vrontis et al.(2009)にお
いてはグローバル・マーケティングにおけるマーケティング・ミックスの 4P(Product, Price, Place, Promotion)に
People や Physical、Process を加えた 7Ps について議論が行われている。グローバル展開において、調達、製造、
流通、販売、プロモーションといったバリューチェーンの中で、どの程度標準化を行うのかという点について、
バリューチェーンの上流の活動においては標準化、下流の活動においては適応化を解く議論が展開されてきてい
る。例えば、Birnik and Bowman(2007)は、標準化‐適応化に関する議論を整理する中から、標準化の程度が高
いものから 1)製品・ブランド、2)パッケージ、広告、顧客サービス、3)セールス、物流、プロモーション、
価格と順序付けている。は、また、Chung(2002)は、製品や提供物の提供プロセス、価格については標準化の
3 Chung(2002)においては、グローバル・マーケティングを捉える視点として、1)本国から海外市場を捉えるHome-Host アプローチ、2)海
外市場から海外市場を捉えるIntermarket アプローチを主張している。詳しくはChung(2002)を参照されたい。
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成果報告書③
程度が高いと主張している。ここで、流通やプロモーションにおける標準化の程度が低くなるということは、顧
客接点において消費文化に適応化させるかという問題になる(例えば、Dana et al., 1999)4。
製造業の広告の標準化‐適応化の議論(例えば、Agrawal, 1996; Elinder, 1965; Ricks et al., 1974)では、市場条件
としての「文化の差異」を基盤として、マーケティングの諸要素における標準化‐適応化の組み合わせ(Keegan,
1969; Sommers and Kernan, 1967)を研究対象としてきた。
グローバル・マーケティング戦略における標準化―適応化議論は、主に製造業を対象として発展してきたが、
近年では、小売業におけるグローバル戦略に関する研究も発展してきている。小売業の国際化に関して、製造業
が国際化するプロセス(industrial internationalization)と小売業の国際化とは異なるという視点があり、異なるアプロ
ーチが必要とする認識がある(Dawson 1994, Dawson and Mukoyama 2006, 川端 2000, 矢作 2007)
。この小売業の
国際化における工業製品との違いとは、1)小売店舗の多数の空間的分散、2)小売業の店舗を通じたサービス
提供、3)商品調達と供給ネットワークの複雑性 [Dawson and Mukoyama 2006, 矢作 2007)という指摘がある。
こうした議論において、小売業の特性が知覚品質の変動が大きいサービスを提供していることに注目すると、サ
ービス品質は毎回の顧客接点において評価形成されるため、出店したローカル市場の消費文化に適応していかざ
るを得ないということになる。そこで、小売業のサービス面において、グローバル展開する企業はどのように顧
客接点を設計・管理するかが、改めて重要な課題であることを主張したい。さらに、製造業と小売業の両面を企
業活動として統合する製造小売業においては、製造業としての調達・製造・供給活動と、小売業としての調達・
販売・プロモーション活動において、どの活動部分を標準化し、あるいは現地適応化するかという問題が複雑性
を持つことが指摘される。
3 サービスのイノベーション
前節においては、グローバル・マーケティングおよび小売業の国際化問題の議論に依拠して、製造面および小
売面でのグローバル展開における標準化と適応化の議論について述べてきたが、グローバル展開する企業にとっ
て、ローカル市場で展開する小売業におけるサービス面での適応化戦略に注目する必要が生じる。本節では、ロ
ーカル市場でのサービス設計について、サービスのイノベーションという観点から議論する。本稿における焦点
は、顧客と価値を共創するプロセスの設計・管理であり、本節では、サービス・イノベーションの捉え方と、価
値共創に関する議論の整理を行い、イノベーション創造の要因を検討する。
まず、本稿では、サービス・イノベーションへのアプローチを、冒頭にて、新技術による新しいサービスの創
出と、サービスの再設計という二つの点で捉え、後者に注目するとした。ここであらためてサービスにおけるイ
ノベーションつまり、革新性を「顧客が、自分自身の行動に劇的な影響を与え、新しく十分な魅力を享受すると
知覚するような、サービスの魅力や価値を高めるためのアイデア」を表すものとして捉える(Berry et al., 2006)
ことにする。また、より具体的には、1)顧客との価値共創の方法の顕著な変化、2)市場規模や価格、利益、市
場占有率などへの顕著な影響、をもたらすものとしてサービス・イノベーションを捉えることも可能である
(Michel et al., 2007)
。
Dana et al.(1999)は、消費文化による適応化のポジショニングについて、
「ローカルな消費文化ポジショニング(Local
Consumer Culture Positioning)
」として捉えている。
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成果報告書③
サービス・イノベーション研究において、新しいサービス構築として捉える立場においては、サービス・イノ
ベーションは、企業の資源や能力に依存するものであり、
(Magnusson et al., 2003)
、サービス・イノベーションを
生み出すためのプロセスは、1)異なるサービス提供プロセス、2)サービス提供企業のスキルや知識、3)物理
的設備の次元によって分類される(Tax and Stuart, 1997)
。これらの次元はサービス・イノベーションを構築する
ための前提として捉えられる。
しかしながら、サービス提供企業内に存在する資源やスキル、知識をただサービス組織内で共有し、また、そ
れらスキルや知識を標準化するだけでは、サービス・イノベーションを起こす事はできない(Michel et al., 2007;
Sundbo, 1997)
。サービス生産には顧客の参加が前提となっており、サービスから得られる価値は顧客と共創
(co-creation of value)5されなければならないからある。企業は価値の基盤を創り出すに過ぎず(Vargo and Lusch,
2004)
、顧客がサービスを通じて享受する価値は、サービス提供企業と顧客とのサービス生産プロセスにおいて
創造されることが強調される(Michel et al., 2007)
。そこで、顧客がサービス生産に参加する際に、どのような役
割を果たすのかにも注目する必要がある。サービス生産において顧客は a)支払い者としての顧客、b)消費者、
c)コンピタンスの提供者、d)品質の決定者(a controller of quality)
、e)共同生産者、f)共同マーケターという
役割を担っている(Storbacka and Lehtinen, 2001)
。またその役割を担う中で顧客は、顧客自身のニーズや使用状
況・行動に対して提供物の使い方を学び、維持し、修正や適応をしなければならない(Vargo and Lusch, 2004)
。
一方、サービス提供企業は価値共創の基盤を構築するために、1)専門化された知識やスキルを製品やサービス
といった提供物に適応させること、2)知識やスキルを統合すること、3)価値の再認識(reconfiguring value
constellations)が求められる。特に、価値共創においては知識とスキルをどのように統合するかが重要となる。
言い換えるとサービスの生産プロセスの中で、サービス提供者である企業と、顧客とが、サービスにおけるスキ
ルや知識において、どちらが何を統合するのかが課題となる(Vargo and Lusch, 2004, 2006)
。具体例として、ホテ
ルの精算業務を挙げて説明すると以下のようになる。顧客による宿泊費の精算がロビー・カウンターで、従業員
との対面で行われる場合と、自動精算機で行われる場合との比較において、前者は、従業員とのやりとりで支払
いをすることになり、精算について平易な作業と接客面での心地よさという価値を受け取るかわりに、カウンタ
ーでの精算プロセスや、他の顧客の精算の間に待つ時間を犠牲にしなければならない。しかしながら、自動精算
機を顧客が操作するならば、顧客には時間節約という価値がもたらされる。ここで顧客は自動精算機を操作する
スキルを求められることになり、また、企業は時間節約に価値を置く顧客に対して、自動精算機というサービス
機械を創り出し、提供することに自らの資源を使うことになる。
つまり企業は、専門化された知識やスキルを、市場において求められるサービスとして統合するために存在す
るといえる(Vargo and Lusch, 2006)
。ただし、新しい価値共創プロセスを生み出す、これまでに存在しないタイ
プのイノベーションにおいては、必ずしも提供企業内の知識やスキルが高度に統合される必要はないといえる。
なぜなら、例えば価格の安さや効率性、楽しさ、管理、プライバシー、柔軟性などに対して顧客が価値を感じる
ならば、顧客自身が自身の知識やスキルを提供し、サービスプロセスの中に統合したいと考えるからである。つ
まり、顧客自身が企業からのサービス提供において不足した部分を補い、統合することに参加するため、企業に
5 サービスから得られる価値に対しては、共創(co-creation of value)と、共同生産(co-production of value)という概念が存在するが、これらを区
別すべきであるという指摘がある(例えば、Ballantyne and Varey, 2008; Varey and Ballantyne, 2005)
。それは、サービス提供はプロセスであり、つ
まり価値は単にある時点において共同で生産されるのではなく、対話的な相互作用を伴い、サービス提供プロセスにおいて顧客自身が価値を創
造するためである。
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よって高度に統合されたサービス提供物は必ずしも必要ないのである(Michel et al., 2008)
。ホテルの自動精算機
を使う顧客にとって、複雑にサービスが組み合わさった高度な熟練的な人によるサービスよりも、時間節約が効
率性に価値を置き、自らの操作上のスキル提供を行うことをいとわないであろう。すなわちサービスのプロセス
において、企業と顧客の知識とスキルは、それぞれが役割を担って、統合されサービスの生産が行われ、価値が
創り出されると考えることができる。
この価値の共創プロセスにおいて、Michel et al.(2007)は、企業と顧客の「役割(roles)
」のありかたとして
捉えたが、Payne et al.(2008)は、役割ではなく、プロセスを分解して捉える立場をとる。Payne et al.(2008)に
おいては、価値共創プロセスは、a)サービス提供企業の価値創造プロセス、b)顧客の価値創造プロセス、c)
エンカウンター・プロセスの 3 つによって捉えられる(図 1)
。
関係的経験
(Relationship Experience )
顧客の価値
創造プロセス
感情(Emotion )
認知(Cognition )
共創の機会
計画(Planning )
行動(Behavior )
エンカウンター
プロセス
(Co -Creation Opportunity )
提供企業の
価値創造プロセス
実行と測定基準
(Implementation & Metrics )
共創と関係的経験の設計
(Co -Creation & Relationship Experience Design
)
図 1 価値共創プロセスの分類に関する図, Payne et al.(2008), pp.86.より筆者修正.
ここで、あらためて価値共創において顧客自身が担う役割やプロセスを識別することの重要性が強調される
(Michel et al. 2007, Payne et al.. 2008, Storbacka and Lehtinen 2001, Vargo and Lusch 2004)となる。顧客の共創プロ
セスにおいて、顧客の認知が影響を持つことが Payne ら(2008)によって主張されているが、それは、サービス
における価値の共創プロセスにおいて、顧客は自身のニーズにサービスの提供物を適合・修正させる役割を担う
ため、顧客が情報・知識・スキルにアクセスしそれを使用することができることが重要となる(Norman, 2001)
。
そのため企業側は、顧客の持つ資源(知識やスキルなど)に自らの資源を付け加えること、また顧客自身がそれ
ら資源を効率的かつ効果的に利用できるように提供プロセスを設計することが重要となる(Payne et al. 2008)
。
この共創プロセスの設計・管理をサービス・イノベーションと捉えた場合に、小売グローバル戦略としての標
準化程度と価値共創プロセスの設計管理について、1)共に創り出される価値は何か、2)サービス提供のうち、
どの部分を適応化として考えるのか、に本稿では注目する。共創プロセスをどのように設計・計画・管理してい
るのかという問題は、サービス提供企業および顧客のうち、どちらがどのような知識をどのようにサービス生産
プロセスに投入し、またそれらが統合されるのかに注目する。
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次節以下、グローバル展開の中で標準化を基本戦略としながらも部分適応によって新しいサービスのプロセス
を設計し、価値共創を行っている数少ない企業である IKEA を対象に事例分析を行う。本稿での分析フレームワ
ークは、下記図2のように示される。製造小売業のグローバルなマーケティング戦略において、製品やサービス
の複合物として提供物があり、それら提供物と価格においては、グローバル戦略上、標準化戦略が採択されるこ
とが多いということが先行研究より明らかにされている。一方で、提供プロセスや流通、プロモーションは、現
地適応化戦略が採られることになる。ここで、適応化において、どの活動部分を適応化するのかについて注目す
る必要がある。また、価値を創り出す上で、標準化戦略が採られる部分にも注目する必要がある。さらに、顧客
との接点において、企業側が提供プロセスにおいて価値を創り出す部分と、顧客が企業との相互作用において価
値を創り出す局面やプロセスに焦点をあてる必要がある。
グローバル・マーケティング戦略
標準化
提供物
価格
提供プロセス
流通
プロモーション
b1)価値共創の基盤として
何を標準化するのか.
適応化
b2)どの部分を適応化するのか.
a)共創される価値は何か.
(どう捉えているのか)
価値共創プロセス
Supplier value
Creation processes
Customer value
Creation processes
Encounter Processes
c)価値共創プロセスをどのように設計・計画・管理しているのか.
1)誰のどのような技術や知識を、どう統合しているのか.
2)顧客の役割は、プロセスの中でどのように捉えられているのか.
図 2 本研究における分析フレームワーク
4 サービス・イノベーション IKEA の事例
4.1 IKEA の概要
IKEA は 1943 年、スウェーデン南部に位置するスモーランドのアグナリッドという小さな村に、イングヴァ
ル・カンプラードによって創設された安価な商品を扱う雑貨店に起源を持つ。IKEA では、
「より快適な毎日を、
より多くの人に提供すること」というビジョンを掲げ、低価格で高品質、高デザイン性の家具(家に関する製品)
の製造・販売を行っている。2009 年 8 月 31 日現在、IKEA は全世界で 267 店舗を展開しており、日本には 2006
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年 4 月 24 日に千葉県船橋市に 1 号店となる IKEA 船橋を出店し、現在では 5 店舗(IKEA 船橋、IKEA 港北、IKEA
神戸、IKEA 鶴浜、IKEA 新三郷)を展開している。
2010 年度(2009 年 9 月~2010 年 8 月期)におけるグループ全体の売上げは 231 億ユーロであり、2009 年度の
215 億ユーロと比較すると、前年度売上比率が約 107%となっている。2009 年度(2008 年 9 月~2009 年 8 月期)
における地域別の売上構成比は、ヨーロッパが 80%、北米が 15%、アジア・オーストラリアが 5%となっている。
また、売上高上位 5 ヶ国は、ドイツ(16%)
、アメリカ(11%)
、フランス(10%)
、イギリス(7%)
、イタリア(7%)
である。実に全世界で 5 億 9,000 万人もの消費者が IKEA で買い物を行っているのである。
IKEA グループは、小売部門、スウェッドウッドグループ(本部:ポーランド)による生産部門、その他世界
26 ヶ国における 31 拠点のトレーディング・サービス・オフィス、16 ヶ国における 28 の物流センターと 11 のカ
スタマー配送センターによって構成されている。
小売部門については、267 の直営店舗と、34 のフランチャイズ店舗を展開しており、そのうち直営店はヨーロ
ッパが 192 店舗、北米が 48 店舗、ロシア 12 店舗、中国・日本が 12 店舗、オーストラリアが 3 店舗となってい
る。またスウェッドウッドグループは IKEA の生産部門として、15,000 人のコワーカーと 46 箇所の生産拠点を
保有している6。
IKEA of Sweden
12
192
ヨーロッパ
48
ロシア
北米
7
中国+日本
(日本は5店舗)
3
オーストラリア
図 3 IKEA におけるグローバルでの出店状況(直営店、筆者作成)
IKEA グループは、製造部門の子会社であるスウェッジウッド、サービス部門を統括する IKEA サービス、デ
ザインや商品企画を担当する IKEA of Sweden(以下、IOS)
、その他各国の販売チャネル子会社によって構成さ
れている。これら IKEA グループ(フランチャイズ店舗を除く)はインカ・ホールディングス(INGKA Holding
B.V:オランダ非公開企業)によって運営されており、そのインカ・ホールディングスはスティヒティング・イ
ンカ財団(Stichting INGKA Foundation)の 100 パーセント所有となっている。この財団法人はオランダ籍の免税
6
IKEA HP(http://www.ikea.com/ms/ja_JP/about_ikea/facts_and_figures/index.html)
。
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非営利法人であり、1982 年にカンプラード氏の保有株式を提供されて誕生している7。
さて、IKEA Japan が展開する 5 店舗合計の 2009 年度売上げは 520 億 3,000 万円(前年度売上比率 144%)とな
っており、2009 年度 8 月期での年間来場者数は 2,020 万人(前年比 47%増)となっている8。また IKEA Japan は、
2008 年 10 月 1 日より愛知県弥富市に物流センターを稼動させている。これにより、国内 5 店舗の商品調達は従
来の港湾とこの物流センターの 2 つを経由して行われている9。
IKEA 弥富物流センター
(愛知県 弥富市)
2008年10月稼動
IKEA鶴浜
(大阪府大阪市)
2008年8月
IKEA新三郷
(埼玉県三郷市)
2008年11月
IKEA船橋
(千葉県船橋市)
2006年4月
IKEA Japan K. K.の
Service Office併設
IKEA港北
(神奈川県横浜市)
2006年9月
IKEA神戸
(兵庫県神戸市)
2008年4月
図 4 -IKEA Japan の出店状況(筆者作成)
4.2 グローバル・サプライチェーン
IKEA グループは、世界 55 ヶ国で総計 1,220 ものサプライヤー企業との取引を行っており、地域別仕入高は、
ヨーロッパが 67%、アジアが 30%、北米が 3%となっている。また国別仕入高については、中国(20%)
、ポー
ランド(18%)
、イタリア(8%)
、ドイツ(6%)
、スウェーデン(5%)となっている10。
IKEA と取引を行うサプライヤーは IWAY(the IKEA Way on Purchasing Home Furnishing Products)という行動規
範を遵守することが義務付けられており、それによって法的問題、就労条件(working condition)
、幼年労働者の
雇用禁止、外部環境、森林管理といった項目における基本的要求を充足しなければならない。加えて、この IWAY
"Flat-Pack Accounting," The Economist, Vol.379(8477), pp. 59-60.
日経MJ, 2009 年7 月29 日, pp.15.
9 例えば、IKEA 神戸においても港湾と物流センターの2 経路によって商品調達が行われるが、港湾からの調達は年1450 回となっている。
10 IKEA HP(http://www.ikea.com/ms/ja_JP/about_ikea/facts_and_figures/index.html)
。
7
8
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によって義務付けられるその他基準に沿って活動計画を構築する必要もあるのである。IKEA の本部購買部門
(trading office)は、担当地域市場における新規サプライヤーを探索と、既存サプライヤーとの個人的(personal)
な関係性構築に対して責任を有している。つまり、IKEA の本部購買部門の担当者は、サプライヤーとの極めて
個人的なレベルにおいて関係性が構築され、取引工場における生産・供給・人的資源管理といった様々な局面に
対して積極的に関与するのである(Ghauri and Tarnovskaya, 2008)11。こうした IKEA とサプライヤーとの関係性
構築においては、相互に資源を提供し合う形で進められ、まず IKEA 側からは 1)製品技術や生産プロセスに関
する知識、2)原材料(環境に優しい原材料)
、3)フラット・パックのパッケージング・配送・流通サービス、4)
品質検査と品質管理、5)グローバルな 2 次サプライヤーのネットワーク、6)設備に対するローンやリース、と
いった資源が提供されている。それに対してサプライヤー側からは、1)地域顧客のニーズといった顧客知識、2)
地域サプライヤーとの接点、3)製品アイデア、4)技術的ソリューション、5)価格計算、といった資源が提供
されている(Ghauri and Tarnovskaya, 2008)
。
4.3 MD 計画の集権的統制
IKEA のサプライチェーン全体の管理に関しては、2008 年にサプライチェーン全体の在庫水準と補充の統制を
行う全ての予測活動、及び需要集計活動が IOS に集権化された。これら活動は、12 の事業地域における需要計
画構築のための全社的販売計画の策定から開始されその後、サプライヤーのキャパシティ計画プロセスとサプラ
イチェーンの流通計画(輸送、倉庫、在庫の各計画)を駆動するための国際需要計画プロセスへと、販売計画に
おける予測がインプットされる。この計画プロセス12は IOS の中心的職能によって行われる(Johnson et al., 2008)
。
上記の通りサプライチェーン全体の管理は IOS によって集中的に統制される。集中的に統制される MD 計画
は、それぞれの国の Service Office(以下、SO)に伝達され、SO と各店舗の各職能(Sales、logistics、food、Customer
Relation、Human Resource、Business of Navigator:経理、Communication-Interior design)によって計画が承認され
実行されるというプロセスである。MD 計画としては、重点商品の品目・数量が定められ、この重点商品の在庫
調整を優先に各店舗では店内マネジメント(ショールームの設計、その他コミュニケーションの設計)が行われ
る。
3 年計画などの長期計画は、IOS によって組まれた計画を基に SO において構築されるが、より細かいマーケ
ティング計画(例えばコマーシャル・カレンダーと呼ばれる、4 半期ごとの計画や、冠婚葬祭といったライフス
タイルの変化に対応する計画)は、各店舗に蓄積する知識が各職能長によって SO にフィードバックされ、計画
が調整される。ただし、コマーシャル・カレンダーの構築・調整や製品開発は、各国・各地域・各店舗に蓄積さ
れる顧客ニーズに関する知識のみでは行われない。必ず、IKEA 全体としてそのニーズを実現すべきか、という
視座より構築・調整・開発が行われるのである13。例えば、日本だけでなく世界的にも電気カーペットは一般的
な電化製品である。しかしながら、日本の電気カーペットには IKEA のラグはサイズが合わない。それは、日本
11
近年,IKEA はサプライヤーを削減する傾向を見せており,この傾向はスウェッドウッド社の買収に表れている。1991 年にスウェッドウッド
社を買収した背景には,ポーランドにおけるサプライヤー数を削減し,最も大規模,かつ価格競争力が高くIKEA の関与度合いの高いサプライ
ヤーに集約し,既存のサプライヤーへの権限委譲を進める目的があった。この目的を遂行するために,IKEA のマネジャーはサプライヤーに対
して効率化に向けた教育と,自社(IKEA 社)の電子データベースへのアクセス権限を付与した(Ghauri and Tarnovskaya, 2008)
。
12
具体的な販売計画,サプライヤー・キャパシティ計画,サプライチェーン流通計画や、それら情報の統合については,Johnson et al.(2008)に
詳しい。
13 1 月7 日, IKEA 神戸, Store Manager, 木村 真依子氏へのインタビューより。
12
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成果報告書③
の畳の枚数で数えるサイズが日本特有のもののためである。当然、このような顧客の声は把握しているものの、
日本の電気カーペットサイズのラグは IKEA 全体として売れるかどうか、という視点から検討され、結果として
扱われる事は無い。
各店舗には上記のような職能部門が存在するが、各店舗を管理する SO も同様の職能部門に分かれており、SO
内の各職能が、
各店舗の対応する職能を管理する仕組みとなっている。
つまり、
IOS より伝達される MD 計画は、
SO 内の各職能部門が店舗における計画の実行を管理するが、短期的なマーケティング計画については各店舗の
各職能部門と SO の各職能部門が調整し修正する仕組みとなっているのである。この MD 計画の修正は各職能部
門が単独で行うものではなく、
例えば商品の組み合わせからなるショールームの設計・変更を行う際には、
Sales、
Logistics、Communication and Interior design の 3 部門が 1 チームとなって行われるのである。これは、1 つの課題
を多面的に捉えるためである。
IKEA of Sweden
(IOS)
IKEA Japan
Service Office(SO)
IKEA神戸
IKEA港北
Customer Relation(CR)
CR
CR
Communication & Interior Design(Com-In)
Com-In
Com-In
Business of Navigator(BON)
BON
BON
Sales
Sales
Sales
Logistics
Logistics
Logistics
Human Resources(HR)
HR
HR
Foods
Foods
Foods
図 5 IKEA Japan の組織図, インタビューより筆者作成.
4.4 IKEA の店舗デザイン
IKEA の店舗フォーマットは、大規模だが極端に窓が少なく、黄色のアクセントを付けた青色(この配色はス
ウェーデンの国家色が由来となっている14)の建物であり、これは全世界で統一されている。店舗内設計は、1
階には子供を預かる託児施設やポディアムと呼ばれるプロモーション・ブース、
雑貨を扱うマーケット・ホール、
レジ、スウェーデンの食品を扱う食品売り場、簡易レストラン(ホットドック、ソフトクリーム、飲料を扱うレ
ストラン)で構成され、2 階は実際に日本家屋内の多くの状況の部屋を再現したショールーム、家具売場、スウ
ェーデン料理のレストランで構成されている。
14
日経MJ,2005, 11, 7.
13
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成果報告書③
IKEA の家具や雑貨に関する売場は 3 つのエリアに分割されており、それは 1)ショールーム、2)マーケット・
プレイス、3)セルフサーブ、である15。特に特徴的な売場はショールームとセルフサーブである。まずショール
ームとは、リビングや書斎、キッチンや寝室といった仮想居住空間である。これら全ての仮想居住空間は、対象
顧客の年齢層や趣味、年収などをシュミレーションして構築されている16。例えば 2006 年 4 月に行われた「4 畳
半」の仮想居住空間展示は、日本独自の間取りである 4 畳半にも IKEA の商品が合うことを示していた17。現在
では、上記 4 畳半サイズのブースに加えて、IKEA Japan が行った居住調査を基に、典型的な日本家屋サイズであ
る 22m2(14 畳)
、54m2(33 畳)
、70m2(42 畳)の 3 つの統合的な居住空間のショールームが構築されている。
また、これらに加えて、2008 年 4 月に開店した IKEA 神戸店においては、
「first five」と呼ばれる 5 つのショ
ールームが設置され、ここでは IKEA がどのような商品を扱っているのかを顧客に伝えることに主眼が置かれ、
入店後の顧客の情報処理をサポートするようになっている。
2008年11月に開業したIKEA新三郷店においては、
顧客の「和室の活用知識の不足」から、和室の部屋作りを提案するショールームを設置しているのも特徴的であ
る18。この和室活用プロジェクトの他、
「キッチン・プロジェクト」や「収納問題プロジェクト」など店舗ごとに
顧客の抱える課題を設定し、ショールームにて提案を行っている点も特徴的な点である。
次のマーケット・プレイスとは、1 階にあるキッチン・アクセサリ、テキスタイル、収納、照明、デコレーシ
ョンといった雑貨を扱うエリアである。ここで扱われる雑貨も含めて上記のショールームが構築されており、シ
ョールーム内の大型家具は 2 階家具売場にあり、雑貨類は 1 階のマーケット・プレイスよりピックアップするよ
うになっている。
最後のセルフサーブでは、2 階のショールームや家具売場にて欲しい家具を探し、各家具に付いている「タグ」
と呼ばれる情報札にある番号を基に、1 階のセルフサーブ・エリアである巨大な倉庫から顧客自身でピックアッ
プし、それをレジにて清算するのである。セルフサーブ・エリアは巨大な倉庫になっており、顧客の手の届く各
棚の下 2 段は家具がフラット・パックされて置かれている部分であり、それより上の部分は翌日以降の販売が計
画される商品の在庫スペースである。
壁面にショールームが設置されている売場から最後のセルフサーブまでは「一方通行レイアウト」の店内デザイ
ンが採用されており、顧客は「腸の中を巡るように」蛇行する順路に沿って自然に誘導されるようになっている
19
。もちろん、特定の目的への近道である「ショートカット」は設置されているものの、伝統的な小売店舗にお
ける、顧客が目的の製品やサービスに向かって自由に移動する方式に対して、IKEA の店内デザインは店内全体
を見て回る行動を促進するものである。顧客は自ら家具のサイズを調べ、欲しい製品のメモを取りながら進むが、
最後の倉庫兼用の売場であるセルフサーブにおいて、フラット・パック化された製品を手に取り、清算を済ませ
る(Norman and Ramirez, 1993)
。この一連の店舗デザインにおいて重要となるのは、IKEA のビジネスシステム・
コンセプトである「顧客を生産・物流プロセスに組み込む」という点である。また店内にはキッチンの設計を行
う専門家や倉庫の作業員を除けば、従業員の姿はあまり見当たらない。これは低価格を実現するための低コスト
運営のためであるが、従業員をあまり配置しない理由は、
「タグに必要なことは書かれているため」である20。
15
16
17
18
19
20
日経MJ,2005, 11, 7.
1 月7 日, IKEA 神戸 Communication and Interior Design Manager, 佐藤 舞氏へのインタビューより。
日経MJ,2006, 4, 7.
日本経済新聞,2008, 11, 8.
日経MJ,2005, 11, 7.
日経 MJ,2005, 11, 7.
14
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『サービス・イノベーション政策に関する国際共同研究』
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5 ディスカッション:IKEA におけるサービス・イノベーション
本稿では、サービス・イノベーションによって、どのように価値共創プロセスが設計・管理されているのかと
いう課題に焦点をおいている。
とりわけ、
グローバル展開される企業において、
製造業における標準化の論理と、
ローカル市場をターゲットとする小売業における現地適応を併せ持つ企業にとって、どの部分が標準化され、ど
の部分を進出先に適応化し、それらの組み合わせとして価値共創プロセスがどのように設計されているのかとい
う点を問題としてきた。
以下に、IKEA Japan において、a)共創される価値は何か、b)価値共創の基盤として IKEA はどの活動面を標
準化しているのか、c)適応化する部分はどの活動か、d)全体として製造小売企業としての価値共創プロセスを
どのように設計・管理しているのか、について考察していく。
5.1 IKEA において共創される価値とその基盤
IKEA と顧客が共創する価値とは「低価格で高デザイン性・高品質の家具21」である。とりわけ、
「低価格」は
IKEA が企業として最も意識し、提供している価値である。
まず、図2に示した分析フレームワークに則して、企業側における「標準化された」共創プロセスの基盤を考
察する。IKEA では、MD 計画は IOS より集権的に管理され、つまり IKEA は日本市場に対して商品戦略の変更
は一切行っておらず,
「機能面(高さ、硬さなど)を日本家屋向けに変更することはありうるが,デザインは一
切変えない」としている22。
IKEA で取り扱われる商品のデザインは、IOS に常勤する少数のデザイナーとは別に、世界各国にデザイナー
が数多く存在するが、商品のデザインはまず「価格」と「フラット・パック」を起点として行われる。つまり、
ある価格内でデザインが可能か、
フラット・パックが可能か、
という点から商品デザインが開始されるのである。
商品の企画・デザインを行う際、あらかじめ価格が設定されるが、このフラット・パックはその価格を実現す
る重要な鍵となっている。それは、フラット・パックによって物流コストの削減が可能となるためである。フラ
ット・パックは輸送コンテナに寸分の隙もなく入るサイズになっており、輸送効率の向上を実現する。このフラ
ット・パックは店舗までの輸送効率の向上だけでなく、店舗における在庫スペースの削減にも寄与している。加
えて、顧客自身が運び易くすることも実現しており、IKEA の家具は顧客自身が自宅へ持ち帰り、自ら組み立て
る23ことが基本となっているため、顧客への配送コストも削減できるのである24。
店舗デザインもグローバルで標準化されているが、このことも低価格を実現するための重要な要素である。店
舗内には、顧客が自ら商品に関する情報を収集できる仕組みが存在し、その代表がタグ・システムやショールー
ムである。まず、タグ・システムとは、商品に付けられているタグにその商品のあらゆる情報(サイズ、価格、
セルフサーブ内の棚番号など)が書かれていることを指し、これにより顧客は商品知識を得るので、販売員によ
21
11 月2 日, IKEA Japan K. K., Marketing Manager, A member of Management Team, Roar Lundgreen 氏へのインタビューより。
日本経済新聞,2004, 1, 12.
23 フラット・パッキングされた家具の中には、イラストで描かれた組み立て説明書が同封されている。この説明書には文字は無くイラストのみ
描かれており、誰でもイラストの通り行えば組み立てられるようになっている。
24 ただし、公共交通機関や顧客の自家用車などに積み込めないサイズのフラット・パックも存在するため、その際にはIKEA の配送サービスを
利用することになる。
22
15
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成果報告書③
る商品説明が省かれることになる。顧客が家具を購入する際には、その家具が自身の家屋内部屋のサイズに合う
かどうかが問題となる。また、サイズが合っていると判っても、その家具がセルフサーブ内のどこにあるかどう
かを知る必要がある。サイズやセルフサーブ内の棚番号をタグに示すことで、顧客自らが従業員に情報を尋ねな
くても良い仕組みとなっているのである。加えてこのタグ・システムにより、売り場に配置する従業員数を削減
することができるため、販売面での人件費削減という、低価格を可能とする重要な要素となるのである。
写真 1 IKEA の商品とフラット・パック(写真は照明機器)
IKEA では、IOS によって商品デザインと MD 計画が統制される。IKEA が全世界で扱うアイテム数は 12,000
であるが、その中で日本において扱われているものは約 10,000 である25。つまり、全世界で扱う商品構成はほぼ
同一であるため、どのように地域特性に適応させかは、扱い品目の幅によって調整される。また、商品の価値を
顧客に伝え、実現していくという価値共創プロセスをどう設計するかが課題となる。
IKEA が各国の地域特性に適応化させる部分としては、ショールームが挙げられる。ショールームは実際の日
本家屋の典型サイズ(22m2、54m2、70m2)の仮想居住空間であり、そこで使われる商品は世界共通のものであ
っても、その組み合わせや見せ方によって地域特性に合わせている26。
この適応化としてのショールーム構築においては、Communication and Interior Design 部門(以下、Com-In 部門)
が重要な役割を担っている。この Com-In 部門は、標準化された商品をどう見せるかという役割を担っている部
門である。具体的には、商品を a)魅力的に見せる、b)機能的に見せる、c)顧客が買い物をし易いようにする、
という役割を担っている。ショールームの構築は主に 4 段階で行われ、1)エリアの選択、そこに内包されるメ
ッセージの決定、2)生活シチュエーションの決定、3)メイン商品の決定、4)生活シチュエーションによって
想定される活動を基盤としたレイアウト・イメージの決定、である。このメイン商品の決定には、IOS で集権的
に決定される重点商品を考慮し決定される27。
このショールームは顧客の抱える課題を解決し、また顧客にインスピレーションを与える28ものであるため、
25
ただし、IKEA においては一般的なSKU 数とは定義が異なり、例えば同型商品の異なる色を混載したものを1SKU と捉えている場合もある
ため、実際にはさらに少ないSKU 数となる。
26 このショールームでは、一般的な家屋だけでなく、美容室や病院、カフェやブティックなど、中小企業向けの仮想空間も構築されている。
27 1 月7 日, IKEA 神戸 Communication and Interior Design Manager, 佐藤 舞氏へのインタビューより。
28 日本人は一般的に、欧米に比べて家屋のマネジメントが苦手であるとされる。そこで、快適な生活空間を構築するにはどのようにすればよい
のか、また馴染みのない雑貨をどのように使えば快適な生活空間となるのか、といったインスピレーションを与えることがIKEA の重視する部
分である。
16
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顧客に 1)何を、2)どのように、3)いつ提案するかが重要となる。そこで、このショールームの構築は Sales
部門、Com-In 部門(Com-In 部門の Interior Designer)
、Logistics 部門の 3 部門が 1 チームとなって行われる。これ
は、異なる考え方をもつ 3 つの部門から顧客の課題やインスピレーションを捉えることで、より多面的な管理が
可能となるためである。Com-In 部門は、1)
VMD(Visual Merchandising)
、2)Interior Design、3)Graphic、
4)Carpenter の4つの機能から構成されている。
適応化という次元においてこのショールームは複数の意味を持っており、それは、a)既に述べた地域に応じ
た顧客の課題やインスピレーションを与える点、そして b)ショールーム内で使用される商品は在庫のあるもの
が前提となっている点から在庫調整機能を担う点、である。
また、日本国内全体のコマーシャル・カレンダーとは、例えば、新学期や催事などを指すが、それとは別に、
地域によって異なる顧客の家屋内の課題なども存在する。例えば、神戸店では、居住地域の特性より、キッチン
のリフォーム需要が多い。顧客が商品から受け取るインスピレーション、つまり商品を自分自身の部屋に配置し、
居住空間をどう住みやすく、魅力的にしていくかは、このショールームのセットによって具現化されることにな
る。例えば、前述のキッチン・プロジェクトや和室プロジェクト、収納問題プロジェクトがこれに当たり、様々
な素材やデザイン、サイズの異なるシステム・キッチンをショールームにあたかも実際の居住空間に設置してい
るかのように配置し、顧客にインスピレーションを与えている。ここで、強調されるのは、販売される商品は、
企画・デザインともに全世界で標準化されたものであり、現地適応化が行われないという点であり、かつ現地適
応化は、ショールームを中心とする製品のプレゼンテーションのしかた、つまり VMD によって行われていると
いう点である。地域特定的なニーズの収集は各国 IKEA にある Customer Relation 部門と Com-In 部門によって行
われ、全世界のイントラネットで情報共有され、SO の承認を経て各地での試行のために、プラットフォーム化
された情報として提供される。つまりショールームによる現地適応化は、グローバル戦略として採られているこ
とになる。分析フレームに沿って解釈すると、製品と価格面ではグローバルに標準化戦略が採られ、現地適応化
は販売・プロモーション面において採られることになる。しかしながら、IKEA の場合、現地適応化プロセスに
顧客の参加のさせ方に特徴が見られるといえる。
5.2 顧客の価値共創プロセスへの参加
IKEA の価値共創プロセスは、顧客の入店から帰宅後の組み立て・使用までをそのプロセスとして捉えること
ができる。このプロセスの中で、顧客は a)使用者、b)購入者、c)支払者という 3 つの役割を担っているが(Michel
et al. 2007)
、 “低価格で高デザイン性の家具”という価値を自ら実現するために、特に Payne et al.(2008)が主張
する「顧客自身のニーズに提供物を適合・修正させる役割」としての「統合者(Integrator」という役割を担って
いる。つまり、企業が提供する“低価格で高デザイン性の家具”という価値は顧客による参加なしには実現されず、
企業と顧客との共創を前提として設計されている点が重要となる。
統合者としての 1 つ目の役割は、
顧客自らのニーズへ提供物を適合させ修正すること、
が挙げられる。
顧客は、
2 階すぐにある First Five と呼ばれるショールームから、
「IKEA ではどのような商品が扱われているのか」とい
う情報を得る。また、その他の典型サイズ展開される仮想居住空間としてのショールームにおいて、家具や雑貨
の使用方法や具体的な配置などの情報を得る。それらの情報が顧客自身の持つ知識や課題に照らしあわされる形
で取り込まれ、またはインスピレーションとして顧客自身に取り込まれる。それら情報に加えて、家具に付いて
17
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いるタグから、商品の詳細情報(サイズや棚番号、材質など)が得られ、これにより顧客の持つ課題との照合が
行われ、そして自らその商品をセルフサーブ・エリア取りに行くのである。つまり顧客自ら統合者となることが
サービス・デリバリーの原動力となる。
2 つ目は、顧客自ら自宅へと商品を配送し、組み立てるという配送部分を顧客が統合する役割である。顧客自
らが組み立てに参加することでフラット・パックのまま購入するということが可能となり、そのフラット・パッ
クによって自宅への配送が自ら行えるのである。これら 2 つの役割を顧客自ら担うことで、店舗販売にかかる人
件費や配送コストを削減することが出来るため、
「低価格で高デザイン性」という価値が創造されるのである。
また、これら統合者としての顧客の役割は顧客自身が「何故その役割を担うのか」を理解して初めて役割が遂行
される。そのため IKEA では壁面やタグ、エレベーターなど様々なところに「手頃な価格でデザインの良い IKEA
の家具の秘密」というメッセージを顧客に伝えている。これにより、顧客は何故その役割を担う必要があるのか
を理解する。そして統合者としての役割が遂行され、低価格で高デザイン性の家具という価値が共創されるので
ある。
上記の顧客が担う統合者としての役割の基盤を IKEA は提供している。それは、Customer Relation 部門が行う
a)インフォメーション、b)スモーランド(託児施設)
、c)リターン(返品)システム、である。1 つ目のイン
フォメーションの例として、
「グリーター」が挙げられる。このグリーターは、店舗の入り口を入ったすぐのと
ころに配置してあり、IKEA に対して顧客が抱く疑問等を入店段階で解決し、IKEA での買い物の仕方を顧客が
理解したうえで買い物を行うことをサポートしている。2 つ目に、1 階入り口すぐには「スモーランド」と呼ば
れる IKEA Customer Relation 部門が管理する託児施設が設置されている。このスモーランドはスウェーデンの森
をイメージした作りで、子供よりもはるかに大きな靴や果実のオブジェが設置されているため、子供は自分が小
さくなったように感じられる空間になっている。小さな子供連れの顧客の場合、ここに子供を預けて 2 階ショー
ルームへと進む事ができ、子供を楽しませつつ、自らも買い物に時間をかけることが可能となっている。3 つ目
は、リターン・システムである。価値が実現されるためには、前提として顧客の家のサイズと IKEA が提供する
家具のサイズが合っていなければならない。そこで、顧客に安心して家具を選んでもらうために、90 日以内で
あれば返品できるシステムとなっている。重要な点は、リターン(返品)を消極的な側面として捉えず、むしろ
顧客価値を高めるために必要な積極的側面として捉えている点である。
「迷ったときは、まず買ってみて、イメ
ージやサイズが合わなければ返品する。
」これによって顧客が家具を購入するという行為に対して安心感を与え
ている29。
6 結論とインプリケーション
この事例研究を通じて明らかにされたことは、グローバルに展開する製造小売業としての IKEA は、製造業の
論理である、調達、製造、供給において、標準化戦略を徹底して追求し、かつローカル市場においてはサービス
提供について適応化戦略を採択していることである。IKEA は、顧客に対して実現すべき価値は、
「低価格」で
あるという明確なスタンスを持ち、調達、製造、供給面においては、徹底的に規模の経済を追求している。その
ため、ローカル市場への適応化は、製品面においては、製品レンジや品ぞろえの幅を限定することにより行って
29
1 月7 日, IKEA 神戸 Customer Relation, Smaland, Return, Home delivery Manager, 土屋 将之氏へのインタビューより。
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いる。品ぞろえを減らすことや、その市場とは別の国の用途に沿った製品を提供することは、ローカル市場にお
いて魅力が半減することにつながりかねないが、IKEA Japan においては、サービスの設計において製品と店舗の
魅力を創出していることが確認された。より具体的には、日本というローカル市場のニーズや嗜好、ライフスタ
イルを詳細に情報収集し、店舗において、Com-In と Sales、さらに logistics とが協働して行う、VMD を中心とす
る MD 戦略により IKEA 製品を通じた消費生活を訴求している。この VMD は、単に視覚的な魅力度の向上にと
どまらず、ロジスティックス面でも、ショールームでの配置と MD 計画についての情報を共有し、意思決定す
ることで、在庫回転や売り場あたりの効率性が追求されることになる。
顧客側にとっては、販売価格が低価格であっても、店内での商品検索、商品配送、組み立て面で、消費者コス
トを支払う面では少なからぬコストを支払っている。そこで、店内ショールームの VMD による効果で、消費者
が喜んで店頭での検索行動や自宅での組み立てを行うように喚起する工夫が必要となるが、IKEA Japan では、店
舗にあるすべてのサービスの組み合わせが、消費者への共同参加を促すよう計画、管理されており、調達、製品
企画、製造、販売、プロモーションのすべてのバリューチェーンが、消費者の参加を基に設計されており、この
ビジネスの仕組みそれ自体がサービス・イノベーションと捉えられるのである。
分析フレームに沿って本研究の内容を要約すれば、IKEA Japan はグローバルに展開する製造小売業として、調
達・製造・供給面においては標準化戦略を採り、そのことによる低コスト製品と低コストオペレーションを実現
している。そこから顧客に提供される価値は圧倒的な低価格である。しかしながら、市場ごとに異なる消費文化
を持つことから、製品における標準化は現地での顧客にとって魅力を損なうことになりかねないため、十分な価
値訴求を行えないことも想定される。また、低価格、低オペレーションを実現するための、販売員の削減や、顧
客による配送・組み立てを前提とする製品の提供は、顧客における多大なサービス生産プロセスへの参加を要請
する。顧客がセルフサーブによる購買や製品の配送や組み立てを厭う場合は、サービスプロセスとして IKEA の
ビジネスモデルは成り立ち得ない。
IKEA Japan の場合は、低価格という価値を顧客とともに創り出すため、サービス生産プロセスにおいて、企業
と顧客との役割を明確化し、顧客のスキルや知識がサービス生産プロセスに投入されることを前提としている。
しかしながら、本研究の発見物は、顧客は店頭での販売価格の安さゆえに、サービス生産プロセスにやむなく自
らのコストを投入させるのではなく、店頭では Com-In 主体の VMD 戦略により、顧客に積極的に、サービス参
加プロセスに関与させているというしくみである。
本研究の成果は、製造小売業のグローバルな標準化戦略と店舗でのサービス提供を通じた現地適応化戦略との
組み合わせが、企業と顧客に価値を創り出していることを明らかにしたこと、またその価値を創り出すしくみが、
商品の企画・デザインと供給、VMD とが一体化したものであることを、とくに MD 政策から明らかにしたとい
う点にある。本研究から導き出されるインプリケーションとして、新技術を用いた新規なサービスを提供すると
いう方向性だけではなく、顧客と企業とのサービス生産プロセスの役割分担とを識別し、サービスを再設計する
ことにより、価値が創り出されるということである。最終的にどのような価値を顧客に提供していくかを企業が
再考し、自らの資源をどのように生かせばよいかという視点からサービスの設計を行っていくことにより、サー
ビスのイノベーションは実現されるということが主張される。
今後、研究面では、同様の戦略を志向する、我が国のニトリなどを調査対象とすることや、あるいは高付加価
値を訴求する家具販売会社の IDC 大塚家具との比較事例研究を行うことにより、サービス・イノベーションの
19
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成功要因の特定化を進めていくことが必要となろう。また、本研究で明らかにしたことは、製造とサービス両面
において事業展開を考える多くの企業にとって、顧客参加型のサービス設計を考えていく上で、示唆に富むもの
であることを願っている。
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――(2006), “Service-Dominamt Logic of Marketing: What It Is, What It Is Not, What It Might Be,” Lusch, R. F. and Vargo,
S.(eds), The Service-Dominant Logic of Marketing: Dialog, Debate, and Directions, M. E. Sharpe, NY, p.43-56.
Vrontis, D., Thrassou, A, and Lamprianou, I.(2009), “International Marketing Adaptation Versus Standardization of
Multinational Companies,” International Marketing Review, Vol. 26(4, 5), pp. 477-500.
南 知惠子(2009) 「ザラの SPA 戦略とグローバル化」
『小売企業の国際展開』向山雅夫・崔相鐡編著所収、中央
経済社。
向山雅夫(1996)
『ピュア・グローバルへの着地』千倉書房。
矢作敏行(2007)
『小売国際化プロセス 理論とケースで考える』有斐閣。
インタビューリスト
2010 年 11 月 2 日
・IKEA Japan K. K., Marketing Manager, A member of Management Team, Roar Lundgreen 氏
・IKEA Japan K. K., Store Planning Interior Designer, 竹川 倫恵子氏
2011 年 1 月 7 日
・IKEA 神戸 Communication and Interior Design Manager, 佐藤 舞氏
・IKEA 神戸 Sales, Shop Keeper, 四条 妙子氏
・IKEA 神戸 Customer Relation, Smaland, Return, Home delivery Manager, 土屋 将之氏
・IKEA 神戸, Store Manager, 木村 真依子氏
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