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絵の見方・描き方・教え方
絵の見方・描き方・教え方 松本 昭彦(創造科学系 美術教育講座) 0.はじめに 「絵の見方」を考えるに先立ち、多種多様な絵を分類することが重要になると思います。また、 絵の「描き方」や「教え方」については、私が十年以上実績してきた「キミ子方式」と「肖像画 とイラスト」のことを述べることにします。 1.絵の分類 絵画を分類する上では、日本画・洋画とか水彩・油絵・水墨画・パステル画等のように①材料 や技法を基準にしたり、静物画・人物画・風景画のように②モデルで分けたりします。この他、 ③テーマによる分類、④具象・抽象のように目に見える形(象)が「具(そな)わる」絵か、 「抽 (ぬ)く」絵であるかによる分類、⑤美術史のように時代や地域による分類もあります。 実際に絵を描こうとするとき、「何を」「どう」描くのかを決めておくことはとても大切です。 どんなテーマにするのか、モデルは何(または誰)にするか、どんな材料や道具を使用するのか、 どんな様式で描くのかを予め決めておくことが、スムーズな制作には欠かせないのです。小説家 が「自分の文体」を求めるように、画家は「自分の画風」にこだわるものです。自分に合う様式 を探すことが、絵を描き続けるためには、特に重要だと考えます。 しかし、上述の①~⑤の分類では自分が求める様式を見つけるためのヒントを得ることが出来 ませんでした。そこで、私は「写実的に描くための要素」を尺度にして古今東西の絵を分類して みることでした。写実的に絵を描く要素とは、形・色・立体感・質感の正確さだと言えます。そ の結果、4つ全ての要素を満たしている「写実的」な絵をはじめ、印象派のように全体的に大雑 把な「ゆるい写実」や、理想的な形や細密描写もあるけれど、形や色彩、質感や立体感がちょっ と現実的ではない「形式的写実」、エジプトの壁画や日本画のように平面的で、量感も質感もな い「図案的」なもの、それから形も色もでたらめだったり、筆運びが乱暴だったりする「表現主 義的」な絵に分類できました。また、それぞれの様式において、外界の現実を描いた絵と、心の 内側の妄想や非現実を描いた絵に分けることもできます。 (表1参照) 表1 絵画の様式分類 外向・写実的 外向・ゆるい写実 外向・形式的写実 外向・図案的 外向・表現主義的 内向・写実的 内向・ゆるい写実 内向・形式的写実 内向・図案的 内向・表現主義的 2.キミ子方式 キミ子方式という呼び名は、 『絵の描けない子は私の教師』 『三原色の絵の具箱』を著した考案 者の松本キミ子さんの名前からきています。キミ子方式は、 ① 植物なら種のあったところ、動物なら最初に進んでいくところ、人工物なら作り始めの ところとか複雑なところ、という具合に描き始めの一点を決める。 ② 描き始めの一点を決めたら、その部分の色を赤・青・黄の三原色と白を混ぜて色を作り、 そこから隣となりへと、色の違いを追いかけながら描き広げていく。 ③ 紙が足らなければ足して描く。 ④ 疲れたらやめて、四角く構図をとって紙を切り、サインを入れてできあがり という絵画指導法です。従来の「初めに構図、次にりんかく、それから色塗り」という教え方で は、構図で 30%の子しかできず、りんかくでまた 30%の子しかできなくて、色のところでまた 30%の子しかうまくいかないとキミ子さんは言います。その結果、40 人のクラスの場合、最終 的に絵の上手な子はクラスで一人になるということです。キミ子方式は「誰でも上手に絵が描け る」ことを目標に考えられた指導法であり、「うまく描けなかったら、教え方が悪い」という指 導法でもあるのです。 10 年間、キミ子方式に関わってきて得た大きな収穫は、以下の3点です。 ⅰ.周囲を隠すとモノは観察しやすくなる。 (一度に全体を見て描くのではなく、例えば、 1 ㎝×1 ㎝の窓枠を作り、その中だけを見るなら、描くことができる。 ) ⅱ.使用する色数は限定した方がいい。 ⅲ.大筆は大胆に元気よく使うのに向いており、中筆はコツコツ同じ作業をするのに適して いる。小筆はしっかり観察して、繊細に描くのに向いている。 (表2参照) 表2 筆の太さの違い 筆の太さ モノの見方 大 筆 省略的に見る 中 筆 抽出して見る 小 筆 繊細に見る 筆を動かすスピード 速 く 作品に現れる美の種類 健康美 自由さ 大胆さ コツコツ 構成美 誠実さ 丹念さ ゆっくり 繊細さ 緻密さ 精巧さ 3.肖像画とイラスト (1)肖像画 数多くの肖像画を「頭像」 「胸像」 「半身像」 「七分身像」 「全身像」のカテゴリ毎に構図分析し てみました。目の位置が画面の高さ(長さ)を内分する比率とか、頭上に設ける空間の割合、頭 や身体の中心線が画面の全横幅を左右に内分する比率等について調べました。 (図1~6参照) ①「頭像」では上下に1:1~1:2、左右に1:1、頭上に 10%の空間 ②「胸像」では上下に1:3程度、左右に1:1、頭上に 10%の空間 ③「半身像」では上下に1:3~1:5、左右に1:1~2:3、頭上に5~10%の空間 ④「七分身像」では上下に1:3~1:5、左右に1:1~1:2、頭上の空間は 12% ⑤「全身像」は上下1:6、左右1:1~1:2、頭上 20%、足下3~10%の空間 こうした研究データは「人物画の描き方のスタンダード(標準形) 」として捉えることができ ます。つまり失敗しない構図法と言えるものです。しかし失敗しないことも大事ですが、ときに はスタンダードの殻を破って制作することも重要でしょう。図1、2、3はこの研究以前に描い た拙作ですが、やはり頭位置が高過ぎたと反省しています。 また、人物と背景の面積比は頭像や胸像等では1:1程度ですが、全身像になると1:5以上 になることもあります。そのため背景をどうするのかが大きな課題になります。私の場合は室内 風景、つまりモノの集合体を描き込むことで、他の制作者との差別化をはかっています。その他 にも、光源の種類や光を当てる角度、モデルとの距離や見る角度、衣装や小道具等にも配慮して 制作します。 図1 頭像例 半身像例 左右 1:1 10% 左右 1:1-2:3 七分身像例 図5 12% 上下1:6 10% 図4 上下1:3~1:5 1:1 図3 上下1:3~1:5 左右 胸像例 上下1:3程度 上下1:1~1:2 10% 図2 全身像例 20% 左右 1:1-1:2 左右 1:1-1:2 3~10% 図6標準的配置 (左から、頭像、胸像、半身像、七分身像、全身像) (2)イラストレーション 私のイラストには量感も質感もありません。先述の『1.絵の分類』では、内向・図案的に分 けられる平面的な表現方法を用いて描いています。図7~10 には約 300~600 人のいろんな国籍 の老若男女を描いています。『ウォーリーを探せ』よりもたくさんです。このイラストで私が表 現したかったのは、世界中の人々が互いの文化を理解し合い、争うこともなく共存することです。 図8は中学校の『美術 表現と鑑賞 愛知県』(開隆堂、2015)の裏表紙に掲載された拙作(ち なみに図5は表紙に使用された拙作)ですが、作者コメントとして以下のように書きました。 今はグローバルな時代と言われている。現在、地球上にはナント 70 億以上もの人が住んで いるらしい。肌の色も、目の色も、髪の毛の色も、コトバも、文化も違う。それでも私たち は地球人である。男も女も、老いも若きも地球人である。もしも国境がなくなったら、生活 習慣や価値観の違いなどから、きっとたいへんなことが起こるだろう。それでも私は人類の 可能性を信じて生きていきたい。 図7 注) 図8 図9 図 10 愛知教育大学学術情報リポジトリや研究者総覧から関連する内容を見ることができます。