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第3章 知的財産経営の定着の具体例(PDF:1340KB)

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第3章 知的財産経営の定着の具体例(PDF:1340KB)
第3章
知的財産経営の定着の具体例
本調査では、知的財産経営が定着している中小企業に対してヒアリング調査を実施した(個別のヒ
アリングレポートは参考資料を参照)。先進的な中小企業では経営上の出来事や知財支援をきっかけと
して様々な気づきを得て、その後も社内において知的財産経営を実践し続けており、その結果として
知財活動が経営に対する成果を生み出し始めている。
本章では、このような先進的な事例に共通する要素を整理する。これにより、中小企業が自ら社内
に知的財産経営を定着させる際や、専門家が中小企業に対して効果的な知財支援を行う際の示唆とな
るようにする。
3-1
知的財産経営の定着の現状
まず、知的財産経営の定着の現状について、アンケート調査により把握する。
支援を行う専門家は、知的財産支援を行うにあたり知的財産経営の定着に対する意識をどの程度持
っていたのだろうか。専門家アンケートでは知財経営の定着をどの程度意識したかを4段階評価で尋
ねたところ、「十分に意識した」とする回答が約6割(58.7%)、「ある程度意識した」という回答が約
3分の1(35.0%)で、すなわち、過去の知財支援ではほとんどの専門家が定着を意識して支援を行
っている。これは支援機関向けのアンケートでも同様の傾向がみられる。
しかしながら、支援先中小企業アンケートによれば、支援期間中に取り組んだ知的財産活動のうち、
支援後も継続している取り組みの数は、平均で約3分の2(68.0%)まで減少してしまう。
専門家が定着を意識して支援をしているにもかかわらず、支援先中小企業においては専門家が去っ
た後、必要な取り組みを3分の1程度継続できていない傾向にある。
専門家の定着の意識(左図)
全体
(n=223)
まったく意
識しなかっ
た
0.4%
あまり意識
しなかった
4.9%
支援先企業における支援後の取り組み継続率(右図)
%
全体(n=161)
100.0
無回答
0.9%
80.0
68.0
60.0
ある程度
意識した
35.0%
十分に意
識した
58.7%
40.0
20.0
0.0
(資料)専門家アンケート
(資料)支援先中小企業アンケート
一方で、ヒアリング調査でみた成功事例では、経営上の出来事や知財支援をきっかけとして経営者
や担当者が様々な気づきを得て、その後も社内において知的財産経営を実践し続けている。
それでは、ヒアリング調査事例のように知的財産経営を定着させるには、どのような条件が必要に
28
なるのだろうか。
3-2
知的財産経営の定着の具体例
第2章2-2で仮説を設定したように、知的財産経営が定着している中小企業においては、「知的財
産活動の経営戦略上の目的・位置づけ」「知的財産活動を実践する仕組み」「汎用的な知識」という3
つの条件が成立している。知的財産経営が定着している企業では、これらの各条件がバランスよく満
たされている。
知的財産経営の定着の考え方
個別企業への適用
知的財産活動の
知的財産活動の
経営戦略上の
経営戦略上の
目的・位置づけ
目的・位置づけ
知的財産活動を
知的財産活動を
実践する仕組み
実践する仕組み
定着
定着
汎用的な知識
知財戦略・知財経営
知財戦略・知財経営
法制度・実務
法制度・実務
すなわち、企業における知財活動の経営戦略上の目的・位置付けが明確になり、知財活動を実践す
る仕組みができあがることで、知的財産経営が「定着」している。では、知的財産経営の定着のため
の条件が揃っているのは、具体的にどのような状態であろうか。具体的な事例を3つ概観しよう。
まずは、金型製造の昭和精工株式会社(神奈川県)をみた上で、上記の考えに沿って事例の分析 を
行う。同社では、各条件がバランスよく備わっていることで知的財産経営が定着しているといえる。
29
ケース1
昭和精工(神奈川県)
昭和精工株式会社(神奈川県)
~経営者の積極性により全社員参加型の知財経営へ~
神奈川県の昭和精工株式会社は、創業以来、一貫して塑性成形ツールの開発、設計、製造を
行っている。精密研削・精密仕上げ技術に強みを持ち、とりわけ飲料缶のプルトップ用の精密
プレス金型の製作については現在も国内トップシェアを誇っている。
主力の飲料用缶のプルトップ需要が落ち込むという厳しい事業環境の中で、研究開発への取
り組みは大きな負担となるものであるため、新技術の開発を進める際には公的な研究開発支援
制度を積極的に活用することを目指した。また、受注生産型の金型事業とは異なり、自社が主
導的に行った研究開発の成果については、開発資産として自ら権利化していくことが可能であ
ることから、同社は支援事業を通じて特許出願を推進できる体制を構築し、自社製品の開発に
つなげ経営に活かしていこうと考えた。同社の主力事業である金型については、ユーザーの注
文に応じて製品を開発する受託型の事業であるため、開発成果そのものを自社の知的財産とし
て蓄積することは困難であった。それゆえにこれまでは特許出願の経験が少なく、支援制度を
利用することで社内体制の整備や社内の啓蒙などを進めようとしたものである。
同社は平成 19 年度に神奈川県の知的財産戦略策定支援事業の採択を受け、研究開発の成果
を知的財産として経営に活かすためのノウハウを学び始めた。前述のように従来同社は特許出
願の経験が少なかったため、支援内容は特許明細書の作成方法などが中心になった。
しかし上記の支援を受ける中、「現場の技術者に特許明細書の作成作業を負担させることは
現実的ではない」、と副社長は実感した。このため、同社は支援事業の終了と相前後して平成
20 年 2 月に社内に「知財戦略委員会」(取締役及びそれに順ずるメンバーで構成)、その下部
組織として「知的戦略事務局」(副社長と各部の 3 名の代表者より構成)を設置し、
「社員が日
常の業務をこなす中で負荷がかからずに知財活動に参加できる」、「組織的に知的資産を蓄積、
管理し、経営に活かせる」仕組みができないかを模索した。
同社が講じた「社員が日常の業務をこなす中で負荷がかからずに知財活動に参加できる」、
「組織的に知的資産を蓄積、管理し、経営に活かせる」仕組みとしては、年 1 回開催する「ア
イディア祭り」がまず挙げられる。
「アイディア祭り」はすでに平成 20 年度、21 年度
に 2 回開催した実績がある。丸 1 日をかけ、間接部
門を含む全社員を対象に、業務改善や発明などのア
イデアを発表させ、優れたアイデアを社員による投
票で選び、表彰するというイベントである。
この「アイディア祭り」の狙いの1つは、個人に囲い込まれている技能やアイディアを全社
員の前に開示させ、情報の共有化を図ることである。個々の技術者の技能に依存する傾向の強
い受注生産型の企業では、技能やアイディアが形式知化されず、社員間での共有が進まない傾
向が強い。こうした技能やアイディアを開示させる仕掛けを用意することで、技術者を中心に
社員からの提案をうまく引き出すことが可能となった。
「アイディア祭り」は年1回のイベントであるが、
「知財戦略推進委員会(平成 20 年 12 月
より名称変更)」では日頃から社員からの改善・発明提案を受け付けている。改善・発明提案
の受付は、社員が日常業務の延長上で改善・発明提案を行えるよう、簡素かつ定型化した書式
の「改善・発明提案届出書兼譲渡書」により行っている。
30
以上の昭和精工の事例の経緯を図化すると下記のようになる。「支援」、「企業の気づき」、「企業の行
動」を区別してまとめた。支援によって経営者が自社の経営課題からどのような知的財産活動を行う
のが望ましいのかを考え抜いたところにポイントがある。
気づき
支援
特許申請明細
書の作成
日常業務に
支障
「ものづくりの本業をこなす傍らこ
うした作業を行うことは容易では
ない」
行動
独自に知財管理の
組織化
自社製品の開発、商品化
「社員が日常の業務をこなす中で負荷がかからず
に知財経営に参加できる」、「組織的に知的財産を
蓄積、管理し、経営に活かせる」仕組みを構築
知財経営の
定着へ
支援
「エキスパート面談」
の活用
アイディア祭り
昭和精工の「知財活動の経営戦略における目的・位置づけ」は、社員のレベルアップや独自製品
(特許製品)の事業化にある。この目的意識については必ずしも知的財産の支援によって気づいたわ
けではない。経営者が“知財委員会”“アイディア祭り”といった自社に合った知財活動を実践する中
で「まずは本業である金型の受注生産を強化するための社員のレベルアップが必要」という点に気づ
き、体得したものといえる。その意味において、知的財産の支援は十分に適合したわけではないが、
経営者の意思(せっかく知財活動をするのであれば自社に即したことをしたいという積極的な意思)
があったからこそ、知的財産経営が定着した事例といえる。
次に、「知財活動を実践する仕組み」については、①委員会+事務局による組織、②改善・発明の提
案書というフォーマット、③全員参加型の「アイディア祭り」という評価・共有の機会、の3点セッ
トを、支援制度で行われたことをそのまま採用するのではなく、経営者が自社に固有の事情に合わせ
てカスタマイズし作り上げた。目的意識が社内の活性化のために、「全員参加型の仕組み」に対応して
いるのがポイントである。
このように、知財活動の目的・位置づけやそれを実現するための仕組みといった必要な条件が揃っ
ていることで、昭和精工では知的財産経営が定着していると考えられる。
昭和精工における知的財産経営の定着の分析
知財活動の経営戦略上の目的・位置付け
知財活動を実践する仕組み
①社員のレベルアップ
①組織(委員会+事務局)
②独自製品(特許製品)の事業化
②フォーマット(提案書)
←経営者が積極的な行動により自ら作り上げてい
③評価・共有の機会(アイデア祭り)
る
●「社員のレベルアップ」という目的から全員参
加型となっている
←支援の経験を踏まえ、経営者が自社に合わせて
カスタマイズ
知財戦略・知財経営に関する知識
←経営者が行動の中から体得
法制度・実務に関する知識
←支援はややオーバースペックであった模様
31
ケース2
美濃商事(京都府)
次に、知的財産の支援によって「知財活動の経営戦略上の目的・位置付け」に経営者が気付いた事
例をみてみよう。
美濃商事株式会社(京都府)
~支援期間中に他社の有力特許に気づく~
スクリーン印刷を主要事業とする美濃商事は 2008 年に知財戦略支援事業を活用した。
2008 年7月から 2009 年1月までに専門の弁理士1名と技術アド
バイザー2名が 10 回に渡り派遣され、勉強会の形式で特許の分析を
行うもの。とくに立体印刷に関する自社特許の権利範囲についての
スクリーン印刷機
再確認(特許を出願した際は、権利範囲を明確に認識しているわけ
ではなかった)、競合他社の特許分析、ライセンス戦略に関して重点
的に勉強を行った。同社の出席者は社長と役員以下、総勢6名が毎
回出席した。
この支援の結果「自社特許の権利範囲は限定されている一方で、
他社が有力な特許を取得していること」が判明した。「他社とのライ
センスによる提携」が専門家から助言されたが、社長は同社の立体
印刷技術は他社のものと技術要素が異なると判断し、自社技術を磨
く戦略を採ることにした。ただし、同社は他社に勝る有力な特許を
さらに取得し続ける必要に迫られていた。
幸いにも、支援期間中に弁理士が同社には特許出願に値する応用技術があることに気づく。
さっそく当該弁理士がこの支援内容とは別の出願契約を結んで特許出願を行った。この特許出
願は早期審査制度を活用し、現在では権利化済みである(国際出願済み)。したがって、同社は
競合他社とも対抗できる立場に立つことができた。同社では本技術については「応用技術に値
しない」と考えていたため、第三者による客観的な分析の意義に気づいた。
知財戦略支援事業の後、2009 年6月~8月にかけて京都市中小企業支援センターの専門家
派遣事業のスキームを活用し、さらなる専門家の派遣(3回)を受けた。テーマは前回積み残
してしまった「事業展開に伴う契約の留意点の検討」
「立体印刷に関するより広範な特許調査」
である。これらの支援によって知財面からの事業環境の分析がいっそう進むことになった。と
くに特許調査に関してはその有用性を再認識し、支援の枠を外れて弁理士に個別に有償で依頼
するようになった。
支援後には社内の体制や社員の意識は着実に変化している。これまでは顧客からの要求に対
して同社のアイデアを組み込んだ上で納品するという受託開発プロセスを敷いていたが、新し
いアイデアが生まれた場合には必ず特許出願を検討するようになった。海外への展開を検討す
る上でも、1つでも多くの有効特許を取得する意向である。
32
以上の美濃商事の事例の経緯を図化すると下記のようになる。本事例では、支援によって他社の有
力特許の存在が判明したが、それによって目的意識が明確化していったところにポイントがある。
気づき
行動
気づき
行動
他社の有力
特許の存在
が判明
新技術の開発は
とりあえず出願
をする
応用技術に
は気づかな
かった
早期出願による
応用技術の
権利化の取り組み
弁理士が
特許化できる
応用技術を
発見
弁理士による
他社特許調査
支援
支援
本事例を知的財産経営の定着の考え方に基づいて分析する。
この事例は、支援期間中に立体印刷技術は他社も有力な特許を取得していることが判明し、知財戦
略の確立の必要性を経営者や社員が痛感したものである。支援前は「新しい技術はとりあえず出願す
る」という状態であった。本支援の意義は、目的意識(既存事業を有利に進めるための競合他社への
対抗)の「気づき」を同社の経営層にもたらしたことに加え、支援者ならではの第三者の視点で発明
を発掘して他社特許に対抗し得る応用特許を出願することができたことにある。
知的財産の権利化が事業の成否を握る分野では全社的な意識の統一が不可欠となるが、勉強会形式
によりキーパーソンが「知識やスキル」を確実に習得したこと、フォローアップ支援を活用したこと
により、開発のプロセスの中に知財を組み入れることに成功している。これにより、出願できる案件
を見逃すことはなくなり、業界において有利なポジションを築き上げることができよう。
美濃商事における知的財産経営の定着の分析
知財活動の経営戦略上の目的・位置付け
(知的財産の支援を通じて気付く)
知財活動を実践する仕組み
●受託開発プロセスの中に特許出願の検討を含め
●競合他社への対抗
ている。積極的な権利化を支えるための仕組み
←支援の他者特許調査を実施する過程で経営者が
を構築
知財戦略の確立の必要性を痛感
知財戦略・知財経営に関する知識
←支援者とのコミュニケーションの中から自覚
法制度・実務に関する知識
←市の専門家派遣スキームによるフォローアップ
支援を受けて継続学習
33
ケース3
岩田製作所(岐阜県)
最後に、もともと企業として「目的・位置づけ」は明確であったが、支援によって「知的財産活動
を実践する仕組み」を整備した事例をみてみよう。
株式会社岩田製作所(岐阜県)
~模倣品対策、開発効率向上に資する仕組みを構築~
岩田製作所は主に FA 機器向けの標準部品を生産し、カタログ販売を行っているメーカーで
ある。
コンベア、ロボット、半導体製造装置などのメーカーがユーザーであり、直接取引きがあ
るユーザーは約 100 社、間接的に同社の標準部品を購入している企業は 1 万社以上に達し、
同社が生産、販売している標準部品のアイテム数は 1 万 2000 アイテムに及ぶ。これらを見
込み生産し、在庫として保有してユーザーからの注文に応じて即日発送するほか、特殊な部
品の注文にも応じる受注生産も行っている。受注生産の割合は全体の 3 割を占めており、こ
の受注生産部門も受注から発送までのリードタイムはわずか 3 日から 1 週間という短期間で
実現している。
産業機械の標準部品のカタログ通信販売のビジネスモデル
は、大手部品商社が先行している。この部品商社も 20 年前
から FA 分野に進出しており、同社にとって最大の競合相手
となっている。同社が取り扱う製品は単純形状のものが多
く、他社による模倣が絶えないことが同社の悩みであった
が、この部品商社による模倣は商標にも及んだことがあると
いう。
このような知的財産に関するトラブルに悩みを持っていた同社は、10 数年前から商標、意
匠登録には力を入れてきたが、特許電子図書館(IPDL)を十分には活用できていなかった。
特許出願も 20 件ほど行いうち 2 件は登録に至ったが、出願は全て弁理士任せであった。
そこで数年前から親交のあった岐阜県知的所有権センターの特許流通アドバイザーのアド
バイスを受け、開発部長をはじめとする開発部のメンバーが知的財産管理の支援を受けるこ
ととなった。
支援の内容は特許データベースの検索、特許明細書の書き方、新商品の企画書の書き方の
講習などであった。支援により、開発部員のモチベーションが向上し、先行特許を調査する
ことによってニーズ、シーズのトレンドが把握できるようになった。
ただし、支援人材は大企業の知財部出身者で、支援の内容がハイレベルであり、中小企業
としてはそのまま導入することは容易ではなかった。例えば、出願を行う際に作成する企画
書のフォームは、支援では記載項目が非常に多いものを教えられたが、開発部員の意見を取
り入れ簡潔なものにカスタマイズした。支援前は設計図と現物を弁理士に示し、丸投げの形
で特許明細書を作成してもらっていたが、この企画書の作成により弁理士のもとに何回も説
明に出向く必要がなくなり、手続きは大幅に簡素化され、経費の削減にも繋がった。
また同社では支援により開発効率が大幅に向上し、新アイテムを多く投入することが可能
となっている。不況の今こそ新アイテムの市場投入が重要であると考える同社にとって、支
援は経営にとって大きなプラスとなったといえる。具体的には、これまでは 3 年間かけて月
間 2000 アイテムを開発、市場に投入していたのだが、この 1 月に市場に投入する新商品の
アイテム数は 2000 アイテムで、しかも開発に要した期間は半年間に過ぎないという。
34
岩田製作所の事例の経緯を図化すると下記のようになる。
経営者は知的財産
について開発部長
に一任
県の技術アドバイ
ザーからの示唆
行動
気づき
支援
国内での模倣被
害事例
パテントマップ作成
IPDL活用
支援内容は大企業
向けで、このままで
は使えない
IPDLを開発に積
極的に活用
開発効率の
大幅な向上
特許出願の企画
書フォーマットを
カスタマイズ
製品開発の効率
向上が課題
同社の知的財産経営の目的は、①模倣品対策、②開発効率の向上の2点であるが、岐阜県知的所有
権センターの特許流通アドバイザーとの交流がその「気づき」を促す上で重要な役割を果たしている。
とはいえ、模倣品の発生等の出来事を経験することで、経営者自身はもともと気づいていたといえる。
そして実践する仕組みとしては、経営者から知的財産活動について一任された開発部長の下、開発
部員が製品開発に IPDL を積極的に活用しているが、これには支援が大きく参考になったようである。
しかも、昭和精工の事例と同様に、それを同社の事情に合うように独自にカスタマイズしているとこ
ろに定着の成功要因があろう。知財戦略・知財経営、法制度・実務といった汎用的な知識については、
支援も参考としながら開発部長が自ら会得している。
岩田製作所における知的財産経営の定着の分析
知財活動の経営戦略上の目的・位置付け
知財活動を実践する仕組み
①模倣品対策
(知的財産の支援を通じて構築)
②開発効率の向上
①開発部長+開発部5名で実践
←県の特許流津アドバイザーとの交流の中で開発
●経営者は開発部長に一任
部長が理解
●製品開発に IPDL を積極的に活用
←支援で教えられた IPDL 検索、パテントマップ
作成は参考になった
法制度・実務に関する知識
知財戦略・知財経営に関する知識
←開発部長自身の体験と支援で得た情報から開発
←支援は参考になった
部長自らが体得
35
3-3
知的財産経営の定着のための類型と成功要因
本節では、知的財産経営の定着に必要な諸条件についての類型化と成功要因との関係について説明
する。
(1)知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけの明確化
個別企業への適用
知的財産活動の
知的財産活動の
経営戦略上の
経営戦略上の
目的・位置づけ
目的・位置づけ
知的財産活動を
知的財産活動を
実践する仕組み
実践する仕組み
定着
定着
汎用的な知識
知財戦略・知財経営
知財戦略・知財経営
法制度・実務
法制度・実務
知的財産経営の定着のための第一の条件は、自社における知的財産活動の経営戦略上の目的・位置
づけが明確なことである。知的財産活動の目的・位置づけは、出願数や知的財産の管理体制の不足と
いった知的財産の課題に対応することではなく、あくまでも経営の課題に対して成果を上げることで
ある。
経営戦略上の目的と知的財産活動の関係としては、たとえば以下のようなものが考えられる。
○過去、新製品が特許警告で事業か断念を余儀なくされたという苦い経験から、これからの製品開
発においては、他社知的財産の動向を含めて開発テーマを選定すべく、研究開発と知的財産活動
をリンクさせたい。
○自社の保有している汎用技術を将来様々な用途において、他企業にライセンスするという新事業
を立ち上げるために、必要十分な特許取得を行いたい。
○技術力のある企業であることを世の中にアピールして新規需要を取り込むことを経営戦略として
いるが、技術力をアピールするためのツールとして、多くの特許を取得するために知的財産活動
をしたい
○研究者を含めた従業員の開発業務に対するモチベーション向上策の一環として、知的財産活動を
通じて特許を取得し、自社の技術が世界一であることを従業員に認識させたい。
経営の課題は企業によって様々であり、上述のように、経営環境やビジネスモデルに応じて知的財
産活動の経営戦略上の目的・位置づけを明確にしていく必要がある。知的財産活動の目的は、「市場シ
36
ェアや利益率を維持・向上する(市場を独占する)」という経営の課題への対応だけに留まるものでは
ない。「新しい事業を立ち上げる」「技術者のモチベーションを高める」などの様々な経営の課題に対
応することができるため、自社に最も相応しい目的・位置づけを考え抜くことが重要になる。
知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけが明確であることは、知的財産経営の「考え方」の確
立に至るため、企業において知的財産経営が定着するための原動力となる。
①アンケートからみる「知的財産活動の目的・位置づけの明確化」
~中小企業において知財活動の目的・位置づけの明確化への意欲はある~
支援先中小企業アンケート結果からは、中小企業が知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけを
明確にしようとする意欲やその内容を読み取ることができる。
たとえば、知的財産の支援を利用しようと考えた理由として「経営・事業に効果的な知的財産の活
動のあり方を相談したかった」とする回答者が半数以上に上る(54.7%)。すなわち、中小企業でも知
的財産活動を経営に役立てたいと期待している企業は多い。
また、このような企業のうち、どのような経営・事業についての悩みから知的財産の支援を受けよ
うと考えたかについては「研究開発を効果的に行いたかった」「新規事業を立ち上げたかった」「新し
い顧客を開拓したかった」「社内を活性化したかった」などの悩みを抱えている。研究開発や新しい事
業・顧客への展開などの経営課題と知的財産を結び付けようとしている傾向がある。
知的財産の支援を利用しようと考えた主な理由
無回答
1.2%
特許の対象になる
ものや出願手続な
ど、知的財産に関
する制度について
知りたかった
11.2%
上記選択肢「1」
「2」はある程度理
解(経験)している
が、当社の経営、
事業に効果的な知
的財産の活動の
あり方を相談した
かった
54.7%
全体
(n=161)
上記選択肢「1」は
ある程度理解(経
験)しているが、権
利をとるコツ、権利
を活かすコツなど
を知りたかった
32.9%
(資料)支援先中小企業アンケート
経営、事業についての悩み(複数回答)
0%
10%
20%
30%
40%
50%
研究開発を効果的に行いたかった
60.2%
新規事業を立ち上げたかった
44.3%
新しい顧客を開拓したかった
35.2%
社内を活性化したかった
27.3%
生産体制を確立したかった
14.8%
他社や大学と連携したかった
11.4%
海外へ進出したかった
9.1%
デザイン・ブランドを確立したかった
8.0%
その他
無回答
60%
5.7%
全体(n=88)
0.0%
(資料)支援先中小企業アンケート
37
70%
②ヒアリング調査事例からみる知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけ
~知的財産活動には多様な目的・位置づけがあり、契機となる出来事も多様~
ヒアリング調査事例における知的財産活動の目的・位置づけを分類すると、A.事業強化型(市場
の独占、模倣品への対策等)のほかに、B.新事業確立型(新規事業開拓、大企業・大学との連携等)、
C.社内活性化型(社員のモチベーション向上、知財のたな卸し等)、などに類型化することができる。
いずれにせよ、知的財産活動の目的は特許権の取得による参入障壁の構築を通じた市場の独占だけで
はなく、企業の経営環境やビジネスモデルに応じて様々であることに留意する必要がある。
パターンA.事業強化型
まずは、これまでの事業を強化することを目的に知的財産を活用するパターンである。代表的なも
のとして、特許権を取得して参入障壁を築くことで市場シェアを維持・向上させ、利益の獲得に結び
つけるものである。中小企業は大企業が参入しないニッチな市場において高いシェアを確保している
傾向もあり、市場の先行者としての利益を守るための知的財産活動が行われることも多い。
株式会社向洋技研(神奈川県)
~ニッチトップ企業の地位を守る~
向洋技研は、1976 年に神奈川県相模原市で創業した溶接機メーカーである。主力製品であ
るテーブルスポット溶接機は従来機に比較して作業効率を飛躍的に高め、同社はシェアトップ
を維持している。
しかし、創業からの同社の特許の出願方法は弁理士に完全に任せた状態、いわゆる丸投げで
あった。技術者が意図した発明内容が明細書にうまく反映できず、特許出願のうち登録に至る
のは一部に留まり、出願費用の効率化や特許の質の向上などの課題があった。このため他社か
らの類似品も散見され、自社特許の侵害を受けるなどの被害を蒙った時期もある。同社として
はニッチ市場のリーダーとしてシェアを守るために、効果的な特許の権利化体制を早急に整え
る必要を感じていた。そのような中で 2006 年に社長が財団法人神奈川産業振興センター(当
時財団法人神奈川中小企業センター)へ商標出願の相談に行った際に、知的財産戦略策定支援
事業の紹介を受けた。受け入れのための人員や時間を割くことができるかどうか不安を感じた
ものの、上記の強い問題意識から支援を受けることとなった。
38
株式会社カトー(千葉県)
~キャッチアップする途上国から差別化を図る~
株式会社カトーは、産業機械の重要保安鋳物部品を製造しているメーカーである。とりわけ
主な製品のひとつであるエレベーターの昇降に用いられるシーブ(鋼車)については、きわめ
て高い耐久性が評価されており、国内外の超高層ビルにおける大型高速エレベーターに装備さ
れている。同社が開発した KFCD(微細化球状黒鉛鋳鉄)という特殊鋳物は、鋳物内部の黒鉛
結晶を制御することで耐疲労、耐摩耗性に優れ、内部まで安定した強度と靭性を有する。
しかし、鋳造技術については中国をはじめとするアジア諸国のキャッチアップが著しく、多
くのユーザーが発注先を日本国内から海外に移っている。同社も一時は低コストの中国製品と
の激しい競争にさらされたが、研究開発に注力することで KFCD のような容易に真似ができな
い技術を開発し、高付加価値製品の市場で確固たる地位を確立することを目指している。
鋳物という製品の性格上模倣されやすいことから、知的財産について同社はブラックボック
ス化を志向している。
パターンB.新事業確立型
次に、新たな事業を立ち上げるために知的財産を活用するパターンである。近年では既存事業の需
要低迷から新たな事業に取り組む中小企業もあり、このような企業では特許情報を活用したマーケテ
ィングや特許を活かした事業計画を練っている。また、中小企業が新事業を立ち上げるためには、他
企業・研究機関とのアライアンスや、新しい顧客の獲得が求められるが、特許権は連携や取引におけ
る交渉力の向上に寄与することもある。
中野BC株式会社(和歌山県)
~地域資源を活用した新商品開発のために知財を活用~
中野BC株式会社は、中野酒造・富士食研・紀州ワインの3社が 2002 年に合併して生まれ
た総合酒類メーカーである。
清酒需要の長期的な低迷とそれに替わる焼酎や梅酒のブーム到来、さらに社会的な健康志
向の高まりといった消費者ニーズの大きな変化を受けて、中野社長は時代の変化変容に対応
して生き残っていくためには技術が不可欠であると考え、合併の数年前には食品科学研究所
を設立して研究開発に勤しんでいた。
また、2003 年頃、同社が開発した健康食品をテレビショッピングで販売したところ、技術
に関心を持ったある健康食品メーカーが提携を持ちかけてきた。ところが、しばらくしてそ
の健康食品メーカーは先行して同様の技術を特許化し、これが同社のその後の事業展開にお
いて大きな障害になってしまう。このような経験を通じて、同社は知財のリスクと活用の方
法について学んでいったものと考えられる。
中野社長は、社員に対して「目に見えぬものに価値あり花の山」と呼びかけ、目に見えない
知財に経営資産として重要な要素が含まれていることを訴え、今日では多少費用がかかって
も付加価値が見込まれる技術については積極的に特許出願していこうという姿勢を貫いてい
る。現在の商品ラインナップの中ではアルコール飲料と健康食品関連について、製法等の工
夫や地域資源を活用している観点から差別化のために特許を出願した。
39
株式会社井之商(滋賀県)
~提携先の大企業との円滑な関係を構築~
1975 年、商社勤務の経験を活かして「住まいの 110 番・イノショウ」を創業。その後、家庭
電化製品の販売・修理をする「お客様の困りごとを解決する町の電器屋さん」である。創業後、
大手量販店の脅威に直面する。お客様の困りごと「天気が良い日も明かりが必要」を解決するた
め、友人の人脈を通じ、豪州の太陽光採光システム会社の日本総代理店になる。日本の家屋事情
に合わせて豪州の技術をカスタマイズし、独自の技術を開発して成功を遂げる。そのような中
で、提携先の大企業から「知財のマネジメントはどうなっているのか?」との質問があり、知財
経営に取り組むことになった。
日章工業株式会社(福岡県)
~知財を「楔」にして市場を拡大~~
日章工業株式会社は、1963 年に設立された、設計から製造・販売、建設現場での施工ま
でをで一貫で行う金属製建具メーカーである。
主力製品は、スチール製ドアやサッシ、耐火ガラス入り鋼製建具設備などで、近年、板金
技術や金属加工技術をベースとして、防災や防音、防錆性、高気密性などの高機能製品をオ
ーダーメードで投入し、多様化する市場ニーズに対応している。
これまでの金属製建具業界では特許等の出願件数は少なく、知財で製品やビジネスモデル
を差別化することは一般的ではなかったものと考えられる。大手サッシメーカーは営業力や
生産能力で顧客を獲得し、実際の生産および施工は現場周辺の協力メーカーに委託するな
ど、大企業と中小企業が分業する形で施主のニーズに対応してきた。
ところが、近年の景気低迷や建築基準法改正に伴うマンション建築件数の減少、鋼材価格
の高騰など市場規模が縮小する一方で、開口部の金属製建具を中心に、防災や防音、防錆
性、高気密性、長寿命化など、高機能な製品を求める傾向が強まってきた。工事の元請事業
者が、供給力だけでなく、技術力・設計開発力の差異で決定されるようなケースが地方でも
出てきたのである。
2000 年頃から、県の特許情報活用支援アドバイザーの助言を受けて知財について学習し
てきた同社では、これをチャンスと捉え、高機能な金属製扉についての技術開発や大学との
共同研究に取組むようになった。さらにM&Aを通じて金属製建具工事の元請企業にとって
不可欠な生産能力と設計開発力のという「武器」を手に入れるに至った。防火扉や防音扉に
関する製造特許、工法特許を出願し、大型案件の受注にも成功するようになった。それまで
は九州の金属製建具工事でも、東京周辺の大手メーカーが元請になるケースが多かったとい
う。
このような劇的な変化の中で、特許化された独自製品及び製法・工法さえあれば、地域中
小企業でも大手メーカーとの取引やクロスライセンス等が可能になり、大都市圏市場向けの
製品開発の道が開けることに気付いた。地方で高度な技術開発を行っても開発コストに見合
う市場がないことが同社の悩みでもあった。2009 年になってから大手メーカーから商品の
共同開発の要請があるなど、知財戦略の姿が、徐々に現実的なものへとなってきている。
40
パターンC.社内活性化型
パターンCは、中小企業の社内の変革のために知的財産を活用するものである。中小企業では、事
業再編、技術・ノウハウの継承、技術者の育成など企業の“内部”に課題を抱えていることもある。
そのような課題に対応することも知的財産活動の大きな役割の一つである。
昭和精工株式会社(神奈川県)
~自社製品の開発のための技術者の活性化~
飲料缶のプルトップ用の精密プレス金型を製造する昭和精工にとって、主力の飲料用缶のプ
ルトップ需要が落ち込むという厳しい事業環境の中で、研究開発への取り組みは大きな負担と
なるものであるため、新技術の開発を進める際には公的な研究開発支援制度を積極的に活用す
ることを目指した。90 年代後半以降になると、中小企業を対象とした研究開発支援制度が充
実し始めたことから、同社は平成 14 年度に神奈川県の「創造的中小企業振興事業補助金」の
受託を皮切りに、公的な研究開発支援事業に対して積極的に応募・受託を目指した。
また、受注生産型の金型事業とは異なり、自社が主導的に行った研究開発の成果について
は、開発資産として自ら権利化していくことが可能であることから、同社は支援事業を通じて
特許出願を推進できる体制を構築し、自社製品の開発につなげ経営に活かしていこうと考え
た。同社の主力事業である金型については、ユーザーの注文に応じて製品を開発する受託型の
事業であるため、開発成果そのものを自社の知的財産として蓄積することは困難であった。そ
れゆえにこれまでは特許出願の経験が少なく、支援制度を利用することで社内体制の整備や社
内の啓蒙などを進めようとしたものである。
尾池工業株式会社(京都府)
~ビジネス提案型の研究開発体質への変革~
尾池工業は明治 9(1876)年に刺繍用金銀糸販売業として創業。3つの高度な基盤テクノロ
ジー(真空蒸着、スパッタリング、ウェットコーティング)を活用して顧客の多用なニーズに
対応してきた。近年では、この技術を活用して機能性転写フィルムの技術を活かして液晶ディ
スプレイ(タッチパネル)などの電子材料分野にも積極的に参入しており、「透明導電性フィル
ム」(タッチパネル)では世界 2 位のシェアを占めるまで成長した。
2000 年前後のITバブル崩壊時でのダメージも同社が知財の重要性について気付くきっかけ
となった。それまでは大手メーカーの要求仕様に沿った技術、素材開発が中心であったが、外
部環境の悪化が経営に直撃したことから、これまでのニーズ対応型からビジネス提案型の研究
開発へと脱却する必要性を感じざるを得ない状況になったという。知財を戦略的、系統的に活
用することが同社の強みになると確信していた社長は、2001 年に特許事務所の出身者を知財担
当として中途採用する。これにより、先願調査や明細書作成までを社内だけで行うことができ
る体制を整備した。
同社には顧問的な弁理士もいるが、役割は係争対応に限定している。社内体制確立の狙い
は、コスト削減と知的財産経営のノウハウ蓄積にあると考えられる。
41
知的財産活動の経営戦略上の多様な目的と位置づけ
パターンA.事業強化型
パターンA.事業強化型
経
営
戦
略
上
の
多
様
な
目
的
・
位
置
づ
け
○権利により参入障壁を築き、市場を独占したい
○海外展開を見据えて模倣品・技術流出への対策をとりたい
○ブランディングによって差別化を図りたい など
パターンB.新事業確立型
パターンB.新事業確立型
○新たな事業分野に参入したい
○大学や他の企業とアライアンスを組みたい
○新しい顧客を開拓したい、交渉力を高めたい
パターンC.社内活性化型
パターンC.社内活性化型
○社員のレベルを高めたい
○社内の知的資産(とくに強み)を可視化したい
○経営層や社員の世代交代をしたい など
42
など
③ヒアリング調査事例からみる知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけ
の“気づき方”
~外圧と試行錯誤により気づく~
中小企業では自社における知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけに、どのようにして気づい
たのだろうか。この気づき方が明らかになれば、支援人材による効果的な支援のためのヒントとなる。
ヒアリング事例では、こうした出来事としてはA.外的要因型と、B.内的要因型とに2つに分類
することができる。
今後、中小企業における知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけに対する「気づき」を促して
いくことが重要となる。支援人材の支援においては「支援先企業のリスク/メリットの指摘」や「知
的財産活動における経営陣の巻き込み」などが有効な気づきを与えるヒントとなるだろう。
パターンA.外的要因型
外的要因型としては、たとえば模倣品の発生、他社による知的財産権の侵害や自社による侵害、取
引先からの要請などの、“外部からの出来事”を経験して気づいた企業である。これは中小企業が“外
圧”を受けるものである。経営者から「過去に知的財産で苦い経験をした」として語られることも少
なくない。知財が経営に直結する出来事の体験を通じて、自社の知的財産活動を開始する。支援人材
が知的財産の支援を講じる場合は、外的要因を体験していない中小企業もあるため、支援先企業の状
況を診断した上で上記の出来事が起こるリスクを具体的に指摘することが求められる。
また、外部の出来事ではなく、外部の人材によって気づくケースもある。たとえば特許流通アドバ
イザー等の公的な支援者や信頼の置ける専門家との会話の中で、経営者が知的財産の活かし方に気づ
く。さらにヒアリング調査では、大企業の知的財産部署や技術部署の経験者を中途採用した結果、こ
の経験者が知的財産活動を事業貢献型の適切な姿に改善したという事例も複数みられた。このような
“外からの視点”は、企業の内部にいたのでは気づかないことをもたらすといえよう。
株式会社岩田製作所(岐阜県)
~模倣に苦しみ支援機関のアドバイスを受ける~
岩田製作所は主に FA 機器向けの標準部品を生産し、カタログ販売を行っているメーカーで
ある。産業機械の標準部品のカタログ通信販売のビジネスモデルは、大手部品商社が先行して
いる。この部品商社も 20 年前から FA 分野に進出しており、同社にとって最大の競合相手とな
っている。同社が取り扱う製品は単純形状のものが多く、他社による模倣が絶えないことが同
社の悩みであったが、この部品商社による模倣は商標にも及んだことがあるという。
このような知的財産に関するトラブルに悩みを持っていた同社は、10 数年前から商標、意匠
登録には力を入れてきたが、特許電子図書館(IPDL)を十分には活用できていなかった。特許
出願も 20 件ほど行いうち 2 件は登録に至ったが、出願は全て弁理士任せであった。
そこで数年前から親交のあった岐阜県知的所有権センターの特許流通アドバイザーのアドバ
イスを受け、開発部長をはじめとする開発部のメンバーが知的財産管理の支援を受けることと
なった。
43
株式会社井之商(滋賀県)
~大企業との連携を円滑化するために取り組みを重視~
主力事業であるスカイライトチューブの開始前から、井之商は積極的に実用新案、商標
登録、特許の出願を行っていた。例えば、ソーラーチューブ社から輸入した、内面を鏡面
加工した筒はそのまま輸送するにはかさばり厄介であったのだが、同社は板材で運んで現
場で丸めて効率よく筒にする技術を開発、周辺特許として出願している。
社長はこのような現場で生まれるアイデアを重視し、出願の手続きについては特許事務所
に任せてきた。社長は「特許に頼るつもりはない」と考えてはいるが、大企業のビジネス
パートナーから「知的財産はどうなっているのか」との問い合わせを受けたこともあり、
彼らと付き合っていく以上、特許を一種の「防波堤」として重視するようになっている。
大手家電量販店
の脅威
気づき
お客様の困りごと
「天気が良い日も明
かりが必要」
行動
豪州の採光シス
テム会社の日本
総代理店に
行動
気づき
日本の家屋にはそ
のまま適用できな
い
日本家屋向けに
技術をカスタマイ
ズ、独自開発
大企業との提携に
成功
環境を重視する
行政、地元地銀
がバックアップ
支援
気づき
「知財の管理はどう
なっているのか?」
特許マップ作成な
どについて支援
受講
気づき
特許は一種の「防
波堤」
知財は特約店に対
するインセンティブ
の一つ(共願など)
手続きは特許事務所に
任せて、現場発のアイデ
ア出しに注力
44
株式会社ファースト(神奈川県)
~大企業から中途入社した社員が適切な知財活動の必要性に気づく~
株式会社ファーストは、標準技術から先端技術までの画像データ解析ソフト及び関連機
器の開発、製造を業務とする従業員 130 名の中堅企業である。同社の特殊な画像解析ソフ
トを活用した液晶製造工程における高精度位置決め用画像処理装置やコンクリート壁面の
微細な亀裂を検査するコンクリート構造物検査装置などは、業界で高い地位と実績を誇っ
ている。
コンピュータの処理速度が飛躍的に向上していく中、産業向けは PC のようには台数の
出ない分野でプラットフォームのみを提供するビジネスに限界を感じ、液晶パネルの検査
用ソフトウェアなど、アプリケーションソフトの開発に力を入れるようになった。
これらのアプリケーションソフトは同社のビジネスの基盤であり、他社に真似されるわ
けにはいかないもので、知的財産の重要性を創業時の社員も強く感じるようになった。し
かし従業員の誰もが全く経験がなく、不十分な知的財産管理が続いていた。
2003 年に、現在知的財産関連業務責任者を務める森氏が同社に入社。これを機に知財経
営に取組むようになる。同氏は開発要員として入社したのだが、このような状況を見かね
て自ら知的財産管理の社員教育を行うことを買って出たという。森氏は開発者として特許
権の出願経験はあったものの知的財産管理の専門家というわけではないため、社員への知
財教育を徹底するには限界があった。当時、1 年間、2 週間に 1 回、森氏が自ら教材を作
って教育研修を行ったが、参加者は少なかった。
このため、外部の専門家に指導をお願いしようと考えていたところ、技術営業の担当者
の1人が「知り合いから知的財産に関する公的支援制度があると聞いたがどうか」という
情報を持ち込んできた。当初、森氏は支援制度の効果について不安を感じていたものの、
2006 年に支援・指導を受けてみることにした。
不十分な知的財産
管理
行動
支援
気づき
これはまずい
外部講師に
よる講演
内部で知財
教育
途中入社の外部人材
45
専任者の知識、スキル向上
従業員の意識向上
パターンB.内的要因型
内的要因型は、上記の外的要因を経験せずとも、知的財産活動に関して試行錯誤を繰り返しながら
経営者が自ら気づいていくケースを指す。たとえば、当初は「研究開発の成果として特許権を単に取
っただけ」という段階から、知的財産活動の様々な失敗/成功経験を経て、自社に合った知的財産の
経営への活かし方に気づいていくパターンである。なかには知的財産の支援により提案された知財活
動を実践したことで経営者が気づいた企業もある。本調査では、支援人材による支援内容が支援先企
業の実態にそぐわない指導であったとしても、企業が自ら方針を軌道修正するケースも一部にみられ
た。そのような場合、知的財産担当者だけでなく経営者が支援に参加することで、経営や事業を意識
した知的財産活動を考え続けるために、自社にあった形で正しく軌道修正がなされる傾向がある。
株式会社岐阜多田精機(岐阜県)
~メーカー間で知的財産に関して情報交換を行う~
岐阜多田精機は、プラスチック射出成形金型、ダイカスト金型の設計製作を行う従業員 91 名
の中堅金型メーカーである。経営者の子息である統括部長は、7 社の金型メーカーの若手二代目
から構成されるグループのメンバーであり、この会合を通じて知的財産問題を含め様々な情報交
換を行っていた。グループのメンバー企業はいずれも金型業界でも高い技術力を誇るほか、知的
財産やマーケティングについて高い意識を有しており、金型の共同受注や冶工具の販売、特許情
報提供サービスを行うなど、金型メーカーとして先進的な取り組みを実践している。
株式会社アカネ(広島県)
~やみくもな出願に対して反省~
自動車部品を製造しているアカネが初めて特許を出願したのは平成 6 年のことである。多軸
通電焼結装置を共同研究した自動車メーカーの技術陣から、特許出願について手ほどきを受け
たのがきっかけとなった。
その後は、製品開発における必要性、事業化の可能性などを十分に検討することもなく、多
軸通電焼結装置の派生技術を中心に同社は積極的に特許を出願していった。当時の特許出願は
決まった方針がないまま、新しい技術であれば出願しようというものであり、「新しいアイデ
アを思いつくと、技術者としてはつい嬉しくなって特許出願を急いでしまうことが多かった」、
「実際にそのアイデアを生かせる環境が整っているのか、十分に検討したうえで特許出願を決
断すべきだった」と社長は反省を込めて当時を振り返る。
その後「地域における知財戦略支援人材の育成事業」を通じて特許マップ作成と、先行技術
調査の手法についての支援を受けたが、これによって自社が開発しようとしている技術に関連
するどのような特許が存在しているのかが明確に把握できるようになったという。
46
株式会社向洋技研(神奈川県)
~専門家依存から自社主導への方向転換~
向洋技研は、1976 年に神奈川県相模原市で創業した溶接機メーカーである。主力製品で
あるテーブルスポット溶接機は従来機に比較して作業効率を飛躍的に高め、同社はシェア
トップを維持している。
もともと同社の甲斐社長は大手自動車メーカーの生産技術部の出身であり、新しい発明
を重視する社内風土の中で仕事をしてきた。大手企業では発明が生まれたら特許を出願す
るのは当然のことであった。このため 1987 年に販売を開始した同社のテーブルスポット
溶接機も特許権を出願している。
しかし、創業からの同社の特許の出願方法は弁理士に完全に任せた状態、いわゆる丸投
げであった。技術者が意図した発明内容が特許明細書にうまく反映できず、特許出願のう
ち登録に至るのは一部に留まり、出願費用の効率化や特許の質の向上などに課題があっ
た。このため他社からの類似品も散見され、自社特許の侵害を受けるなどの被害を蒙った
時期もある。同社としてはニッチ市場のリーダーとしてシェアを守るために、効果的な特
許の権利化体制を早急に整える必要を感じていた。
そのような中で 2006 年に社長が財団法人神奈川産業振興センター(当時財団法人神奈
川中小企業センター)へ商標出願の相談に行った際に、地域中小企業知的財産戦略支援事
業の紹介を受けた。受け入れのための人員や時間を割くことができるかどうか不安を感じ
たものの、上記の強い問題意識から支援を受けることとなった。
行動
行動
権利者の発明
の質向上
丸投げで出願
内容の質低下
類似品の発生
気づき
行動
シェアを守るた
めに体制整備が
必要
経営者が
大手企業出身
知財の意義は
理解
明細書作成の
内製化
支援
IPDLの支援
TRIZの支援
47
特許網の確保
受注
知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけの“気づき方”
外的要因型
取引先の
要請
競合の警告、
模倣品
外部人材の
視点
知的財産活動の
知的財産活動の
経営戦略上の
経営戦略上の
目的・位置づけの
目的・位置づけの
“気づき”
“気づき”
内的要因型
中小企業
無目的な
出願
手続きの
失敗
専門家への
依頼失敗
以上の「目的・位置づけの明確化」は、知的財産経営が成立する前提条件である。ただし、この要
素だけでは知的財産経営が定着したとはいいがたい。知的財産経営を実践するための仕組みがなけれ
ば、経営者や知的財産の担当者のかけ声倒れに終わる懸念がある。次に「知的財産活動を実践する仕
組み」についてみる。
(2)知的財産活動を実践する仕組み
個別企業への適用
知的財産活動の
知的財産活動の
経営戦略上の
経営戦略上の
目的・位置づけ
目的・位置づけ
知的財産活動を
知的財産活動を
実践する仕組み
実践する仕組み
定着
定着
汎用的な知識
知財戦略・知財経営
知財戦略・知財経営
法制度・実務
法制度・実務
知的財産経営の実践を支えるのは、そのための仕組みの構築である。ここで知的財産活動を実践す
る仕組みとは、知的財産活動に必要な人員や予算の割り当て、外部の専門家との付き合い、規定・業
48
務フロー・マニュアルの整備などが含まれる。先述の知的財産活動の目的・位置づけに従って、社内
の経営資源を適切に配分し、必要に応じて外部の専門家へ知的財産活動を依頼する。
さらには、知的財産活動を経営活動に組み込む仕組みの存在が望ましい。
○知財担当の取締役が存在し、取締役会に知的財産活動の状況や知的財産上の問題を報告する体制
が整っていること
○定例的に開催される発明評価委員会で個別の発明に関する議論のみならず、知的財産活動が経営
戦略と整合しているかどうかのチェックがなされていること
などは、知的財産活動を経営活動に組み込む仕組みの一例である。
①アンケートからみる「知的財産活動を実践する仕組み」
~仕組み自体は継続しやすいが、支援後に実践できない場合もある~
支援先中小企業アンケートでは、知的財産の支援としてどのようなことに取り組んだか、そして、
そのうち現在も継続している取り組みはどれかを尋ねている。その結果、「知的財産の管理体制(規程
など)の整備」についてみると、現在までの取り組みの継続率は 74.5%であり、そのほかの取り組み
に比べると継続しやすい傾向がある。
現在までの取り組みごとの継続率
No.
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
カテゴリー名
知的財産制度の社内啓発
特許電子図書館等を利用した検索・調査
中小企業向けの知的財産支援策の活用検討
効果的な出願手続きの検討
特許マップの作成と分析
特許流通(ライセンス)の検討・実行
知財を活用したビジネスプランの作成
経営に効果的な知的財産の戦略推進
模倣品に対する対策
知的財産の管理体制(規程など)の整備
支援の取り組み
n
%
68
107
58
77
75
41
59
78
36
55
現在継続している取り組み
n
%
42.2
66.5
36.0
47.8
46.6
25.5
36.6
48.4
22.4
34.2
40
80
31
47
27
24
34
45
19
41
25.8
51.6
20.0
30.3
17.4
15.5
21.9
29.0
12.3
26.5
取り組みごとの
継続率
58.8%
74.8%
53.4%
61.0%
36.0%
58.5%
57.6%
57.7%
52.8%
74.5%
(資料)支援先中小企業アンケート
支援先中小企業アンケートにおける支援後の人員配置の変化をみると、兼任の知財担当者が「1.06
名」から「1.44 名」へ増加している。専任の知財担当者は「0.36 名」から「0.41 名」への変化に留ま
る。いずれにせよ、知的財産の支援を受けることで、企業内の人員配置に変化がみられる。知的財産
の支援は、必要な人的資源を投入するきっかけとなっている。
49
支援前後の知財担当者の数
1.6
1.4
1.2
1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
1.44
n=148
1.06
0.41
0.36
支援前
支援後
兼任の知財担当者
専任の知財担当者
(資料)支援先中小企業アンケート
知的財産活動を実践する仕組みは、知的財産活動の目的・位置づけに応じた形態を採ることは当然
のことながら、中小企業の規模や固有の組織環境にも十分に配慮したものとする必要がある。単に知
財担当者を配置すればよいものではない。
支援先中小企業アンケートをみると、支援後の中小企業における課題は「指導内容を理解はできた
が、環境・体制などから支援成果を十分に活用できなかった」がトップ項目として指摘されており、
すなわち中小企業の経営状況を考慮せずに知的財産活動の仕組みを構築した場合は、その仕組みがう
まく機能せず、実践できないことが想定される。
支援後の中小企業における課題(複数回答)
0%
5% 10% 15% 20% 25% 30% 35% 40% 45% 50%
指導内容を理解はできたが、環境・体制などから支援成
果を十分に活用できなかった
47.4%
支援の成果を活用したが、期待した効果が現れなかった
36.8%
支援後に新たな悩みが生じたが、相談できる専門家が
いなかった
指導を受けた内容について、社長・社員が十分に理解で
きなかった
10.5%
5.3%
その他
無回答
10.5%
0.0%
n=19
(資料)支援先中小企業アンケート
②ヒアリング調査事例からみる知的財産活動を実践する仕組み
~中小企業の「身の丈にあった」「実践可能な」仕組みの構築~
上記のアンケート結果では、中小企業の経営状況を考慮せずに仕組みを構築してしまう場合に、仕
組みがうまく機能しないことを示した。すなわち、支援後の実践を念頭に置くと、中小企業の組織に
配慮した仕組みの構築が求められる。
では、中小企業の身の丈にあった仕組みを構築するためにはどのような工夫が求められるのだろう
か。ヒアリング調査事例は、日常業務の仕組みへの知的財産の組み入れ(既存会議の議事への組み入
れ、事業計画への知財項目の組み入れ、ISOや就業規則等の仕組みへの組み入れ等)、知的財産活動
50
の継続性を高める仕組みの導入(組織の設置、目標の設定と評価、報奨によるモチベーション向上等)、
外部の専門家との主体的な関係の構築(支援後の継続的な関係構築、丸投げの適正化等)、などのポイ
ントがみられた。
ポイントA
日常業務の仕組みへの知的財産の組み入れ
ポイントAは、中小企業の日常業務へ知的財産活動の仕組みを組み入れることである。中小企業で
は経営資源が限られるために、必要以上に知的財産の管理体制を構築することは他の経営活動に割く
時間や投資を制限してしまう。企業の事情を踏まえて、特別なことや大げさなことをせずに日常業務
の中に自然に取り入れている事例がみられる。また、経営計画、各種の会議、ISO等の既存の経営
上の仕組みに知的財産の要素を付加することも検討すべきである。
株式会社カナガワファニチュア(千葉県)
~全社の営業会議で知財情報をフィードバック~
株式会社カナガワファニチュアは大正 10 年に桐箪笥の小売事業を開始し、90 年近い創業の
歴史がある。一般家具の流通業は設備投資が大きく、平成3年には市場環境を考慮してレジャ
ーホテルの内装に特化する事業形態を選択した。その後、平成7年から従業員の年俸制を採用
するなどの組織変更に着手。さらに新規事業として医療用カメラ、バイオ(微生物による環境
改善)の2事業に取り組んでいる。
社内の研究開発体制は社長を含む3名で、全員がバイオ事業を兼業で担当している。知財の
支援期間中に弁理士から特許電子図書館のOJTを受けたこともあり、特許を出願する際や新
しい菌の内容について調べる際に担当者が特許調査を行うことが習慣となっている。この特許
調査の結果は、全社の営業会議においてフィードバックされる仕組みである。
株式会社テクニカルブレインズ(千葉県)
~事業計画の策定に知財のチェックを組み込む~
株式会社テクニカルブレインズは業務系ソフトの開発ベンダとして 1983 年に設立。2006 年
頃から同社のソフトウェア企画力を武器に、様々な企業や大学との関係を深めて公的な研究開
発の助成制度に数多く応募して積極的に補助金を得ることで、官公庁や大手企業に対する知名
度アップとそれに伴うビジネスの拡大を図っている。
2007 年、同社は財団法人千葉県産業振興センターの紹介により、地域中小企業知的財産戦
略支援事業の支援を受けた。この結果により、新しい事業計画を策定する際には、社長による
アイデア創出、市場調査の後、この知的財産担当者が特許権の先行技術調査を必ず実施するよ
うになった。先行技術調査によって他社の特許への抵触がなければ、特許を新規に出願し事業
化、販売戦略を検討するといったステップに進む。新しい事業計画の策定プロセスの中に、先
行技術調査という知的財産活動がしっかりと組み込まれたことが、支援活動の成果の一つであ
ろう。さらに、従前のように社長一人で新規事業計画を練るのではなく、知財担当者とともに
様々な視点から考えるようになったことも支援後の成果である。
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株式会社アカネ
~研究開発を固定化しない、役割を柔軟に変えられる経営者で対応~
株式会社アカネは自動車メーカーの協力メーカーであり、プレス、溶接、切削による自動車
部品の賃加工を主な業務としている。工場は広島市の本社と山口県柳井市にあり、知的財産に
関わる焼結装置の研究開発は本社にて行っている。
同社では、新製品の開発や特許出願は、社内では社長と専務の 2 人のみで進めている。これ
は、新製品開発が同社の主力事業である自動車部品加工の負担にならないようにと配慮してい
るためであり、事業環境が変化する中で、コストを固定化することなく新製品開発にかける比
重を柔軟に調整できるように、事業環境と収益状況を把握している 2 人の役員で対応している
のが現状とのことである。ただし、現在開発しているヒートシンクの事業化が本格的に立ち上
がることとなった場合には、開発業務や知財業務についても組織的な取り組みが必要になるで
あろうと考えている。
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ポイントB
知的財産活動の継続性を高める仕組みの導入
次の成功要因としては、適切な知的財産活動が繰り返される創意工夫を凝らすことである。何らか
の組織や目標を設定することで、知的財産活動に関するPDCAのサイクルを回す仕掛けが求められ
る。ただし、あくまでも中小企業の“身の丈”に合った仕組みであることが重要で、無理なく継続で
きるように工夫しなければならない。
尾池工業株式会社(京都府)
~社員の知的財産へのリテラシーが高まり、社内体制の整備が着実に進行~
尾池工業は明治 9(1876)年に刺繍用金銀糸販売業として創業。2 代目社長の時代に真
空蒸着方式による金銀糸の量産化に成功。昭和 30 年代後半以降、この真空蒸着技術を使っ
てメタリック転写箔や軟包装(アルミ蒸着フィルム)、メタリックパウダーなど次々と工業
用材料分野に挑戦し、大手メーカーとの取引関係を築いてきた。
ドライ&ウェットコーティング分野のヘッドランナーとして自他共に認める同社では、
大手メーカーの参入によって競争環境が激化する中で成長し続けるためにも、体系的、戦
略的な知財戦略が不可欠であった。同業者が 10 社程度とニッチな市場の中で、同社の技術
力は他社から常に関心を受けている状態にある。なお、この気付きは 2004 年度の支援が
契機となったというよりも、同社の外部環境の変化によるところが大きい。
現在、技術本部の知財担当が一括して特許等の出願の前捌きをしている。知財担当は明
細書に脚注をつけて稟議をかけ、経営層はこれを読んで出願の是非を判断する仕組みとな
っている。出願数は年間約 20 件程度である。なお、2008 年に発明への社内報奨制度の再
整備を行っている。報奨金を倍額にしたことで技術者のモチベーションは高まった。
また、社長の指示で、知財担当者は当社が関連する特許について公報から抄録をピック
アップして紹介する情報提供を、週一回のペースで行っている。社長以下全社員が回覧の
対象となっており、他社の技術開発動向を把握する際に役立てている。
知財担当によれば、この 4~5 年は技術者以外に営業スタッフも特許情報を意識するよう
になってきたという。顧客のニーズやシーズを営業が聞き取り、技術者や知財担当に相談
することも増えてきた。その理由として、技術部門と営業部門、知財担当者が同じフロア
で机を並べており、常時コミュニケーションが取れること、技術と営業との人事的な交流
があること、社内のキーマンが知財の重要性を認識していることをあげている。
新規の技術開発テーマは、社長も出席する定例の開発会議で検討されているが、最近は
その席で特許に関する質問もよく出てくるようになり、知財担当は、社内での関心の高ま
りを実感している。
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昭和精工株式会社(神奈川県)
~~独自に社内の知財管理を組織化とイベント開催~~
金型製造の昭和精工では、知的財産経営の支援を受ける中、「現場の技術者に特許明細書
の作成作業を負担させることは現実的ではない」、と副社長は実感した。このため、同社は
支援事業の終了と相前後して平成 20 年 2 月に社内に「知財戦略委員会」
(取締役及びそれに
順ずるメンバーで構成)、その下部組織として「知的戦略事務局」
(副社長と各部の 3 名の代
表者より構成)を設置し、「社員が日常の業務をこなす中で負荷がかからずに知財活動に参
加できる」、「組織的に知的資産を蓄積、管理し、経営に活かせる」仕組みができないかを模
索した。
同社が講じた「社員が日常の業務をこなす中で負荷がかからずに知財活動に参加できる」、
「組織的に知的資産を蓄積、管理し、経営に活かせる」仕組みとしては、年 1 回開催する
「アイディア祭り」がまず挙げられる。
「アイディア祭り」はすでに平成 20 年度、21 年度に 2 回開催した実績がある。丸 1 日をか
け、間接部門を含む全社員を対象に、業務改善や発明などのアイデアを発表させ、優れたア
イデアを社員による投票で選び、表彰するというイベントである。発表はパワーポイントを
利用したプレゼンテーションが中心になっているが、動画によってアイデアを説明する例も
あるなど、説明の形式は固定されておらず、社員のやりやすい方式が採りいれられるように
工夫されている。同社ではかつて「アイディア展示会」という名称で一部の社員を対象に似
たようなイベントを開催していたが、支援を担当した弁理士と検討したうえで平成 20 年度
から名称を「アイディア祭り」に変更し、全社員参加のイベントとした。
この「アイディア祭り」の狙いの1つは、個人に囲い込まれている技能やアイディアを全
社員の前に開示させ、情報の共有化を図ることである。個々の技術者の技能に依存する傾向
の強い受注生産型の企業では、技能やアイディアが形式知化されず、社員間での共有が進ま
ない傾向が強い。こうした技能やアイディアを開示させる仕掛けを用意することで、技術者
を中心に社員からの提案をうまく引き出すことが可能となった。また「アイディア祭り」で
は、社員は日頃コミュニケーションの無い異なる部署からも意外な視点から質問・指摘を受
けることになるが、こうしたことも社内が活性化するというメリットにつながっている。
さらに「アイディア祭り」には、(1)こうした全社員参加のイベントを用意することで、日
頃から社員に考える習慣を付けさせる、(2)優れた提案については表彰し対価を用意する
ことで、社員のレベルアップ、モラールアップにつなげる、という狙いもある。
なお、「アイディア祭り」では熟練技能を記録した動画も報告されているが、これは技能
継承策のツールとしても有効であると同社は考えている。
「アイディア祭り」は年1回のイベントであるが、「知財戦略推進委員会(平成 20 年 12 月
より名称変更)」では日頃から社員からの改善・発明提案を受け付けている。改善・発明提
案の受付は、社員が日常業務の延長上で改善・発明提案を行えるよう、簡素かつ定型化した
書式の「改善・発明提案届出書兼譲渡書」により行っている。
社員から受け付けた改善・発明提案は、その内容について社員が会社に対して特許・実用
新案・意匠を受ける権利を譲渡することに同意することを確認した上で、「知財戦略推進委
員会」にて、特許出願すべきか、ノウハウとして蓄積すべきか審査を行っている。この制度
を通じて出願された発明の中には、実際に商品化につながり既に販売実績を有しているもの
もある。このような実績は、同社において社員たちが「日常の改善が商品化につながるの
だ」という意識変革を起こすきっかけとなった。
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ポイントC
外部の専門家との主体的な関係の構築
中小企業の特徴の一つとして、専門家を外部に依存することがあげられよう。すなわち、経営資源
が限られる中でも変化に耐えうるよう、必要な経営上の機能をアウトソーシングすることである。し
たがって、「知的財産活動を実践する仕組み」が社内になくても、弁理士や公的機関の支援者などの信
頼の置ける外部の専門家がその機能を担うこともあろう。しかし、外部の専門家との付き合いにあた
り、主体性が求められるのはいうまでもない。ヒアリング調査では、専門家の依存(丸投げ)による
知的財産活動の失敗を自覚することで、専門家との付き合い方を見直したケースがあった。
株式会社向洋技研(神奈川県)
~~専門家依存から自社主導への方向転換~~
スポット溶接機を製造する向洋技研における支援後の体制の大きな変化は、通常の特許出願で
あれば知財担当の技術者(兼任者1名)が代理人を介さずに明細書を作成できるようになったこ
とだ。ただし、重要な出願の場合は弁理士等の専門家に依頼している。このように専門家への依
頼項目を「限定」し、弁理士に丸投げであった知財活動に同社の主体性が現れるようになった。
弁理士については、支援機関の無料発明相談会や訪問型の相談事業を利用するようになったとい
う。
井原水産株式会社(北海道)
~地域外からの弁理士を活用~
井原水産は数の子生産を主体とする水産加工会社である。1954 年、同社はニシン等の鮮魚
出荷問屋から創業し、自社製品に付加価値をつけるために冷凍の技術開発に専念してきた。現
在の数の子製造は全国シェア 15%に達する。
また、同社ではこうした知財戦略を支えるための管理体制も確立しつつある。大手メーカー
から中途採用した営業担当者が知財管理のノウハウを有しており、特許調査を担当している。
そのほか、合計3名の兼任者が知的財産の組織管理にあたっている。主要業務は、新規事業で
あるコラーゲン販売先の特許取得状況のチェック(販売先の選択肢確保のため)、新商品の出
願といったこと。このような活動結果は、経営会議の中で議事として組み込まれており、社長
をはじめとする経営陣へ報告が上がってくる仕組みである。将来のライセンスアウトなどの事
業を見据えているが、現在はコンパクトな体制を敷いている。
同社では弁理士の分野に応じた使い分けは古くから取り組んでいる。バイオ分野の特許を出
願する場合、産学連携による先端的な研究成果を出願する場合、商標を取得する場合などで細
かく選んでいる。ちなみに道内の弁理士ではなく、地域外から専門性で選び抜いている。
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③目的別類型に応じた仕組みの例
知的財産活動を実践する仕組みは、本来は知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけの類型に応
じた異なる対応が求められる。先に述べたように(1)では、経営戦略上の目的・位置づけをA.事
業強化型、B.新事業確立型、C.社内活性化型の3つの類型に分割した。そこで、類型別の仕組み
について分析する。
「事業強化型」であれば、主力事業の強化に向けて効果的な出願を行ったり、模倣品を監視・排除
したりするための体制整備が求められる。このような体制は“守りの仕組み”といえる。とりわけ中
小企業では経営資源の制約もあるため、経営に成果を上げる知的財産権をいかに絞込んで出願してい
くかが重要である。そのためにも知的財産担当者のスキルの向上に取り組み、知的財産活動の精度を
高めていく必要があろう。
「新事業確立型」は、中小企業の事業が成熟期を迎え、新たな事業に取り組むために知的財産を活
用しようとするタイプである。典型的には、特許マップを中心とした特許調査結果を検討して、リス
クの少ない新規開発テーマを選定するために知的財産活動を行うことが多い。ヒアリングではビジネ
スプランを作成する場合に知的財産の確認項目を設ける、特許情報を活用したマーケティングや営業
活動を実践するなどの事例がみられた。これらは先の事業強化型と比較すると“攻めの仕組み”であ
る。さらに、新事業を確立するために研究機関や他の企業とアライアンスを組む事例も見受けられる
ことから、連携に必要となる契約交渉のための仕組みづくりが求められるだろう。
「社内活性化型」は、自社のノウハウや技術の棚卸しによる“客観化”が重要なため、研究開発を
行う現場の技術者を巻き込みつつ、いかに全社的に取り組む体制を構築できるかが問われる。また、
モチベーションの向上のために、インセンティブをつけた制度(職務発明規定や表彰等)を併せて実
践することが望ましい。
知財活動の目的別類型に応じた仕組みの例
目的・位置づけの類型
仕組みの例
~守りの仕組みづくり~
事業強化型
・効果的な出願案件の絞込み
・模倣品の監視・排除体制
・知的財産担当者のスキル向上
など
~攻めの仕組みづくり~
新事業確立型
・ビジネスプランへの知財項目の組み入れ
・特許情報を活用したマーケティング、営業活動
・大学や他社との連携に際しての契約整備
など
~全社参加の仕組みづくり~
社内活性化型
・現場の技術者の巻き込み
・インセンティブをつけた制度の運用
など
以上、知的財産活動の目的と仕組みについて概観したが、知的財産に関する正しい知識がなければ、
仮に知的財産活動を継続的に実行できたとしても成果を出すことはできない。そこで、次に知的財産
に関する知識について分析する。
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(3)知財戦略と法制度に関する基礎的な知識
個別企業への適用
知的財産活動の
知的財産活動の
経営戦略上の
経営戦略上の
目的・位置づけ
目的・位置づけ
知的財産活動を
知的財産活動を
実践する仕組み
実践する仕組み
定着
定着
汎用的な知識
知財戦略・知財経営
知財戦略・知財経営
法制度・実務
法制度・実務
知的財産経営が定着するための基盤として、知的財産活動の目的・位置づけ、仕組みに関する知識
を持っていることが条件となる。
知的財産経営の定着とは、必要な時に自ら判断して正しい知的財産活動を実践できることである。
このような状態に至るためには、①経営の課題が生じた際に知的財産活動で成果を上げることができ
ると自ら判断する必要があり、さらに、②成果を上げるための知的財産活動の実践のための仕組みを
構築する必要がある。この①の判断に対応する知識は、知財戦略・知財経営に関する知識(以下、知
財戦略の知識)であり、典型的には知財戦略理論(知的財産と事業競争力との因果関係に関する理論)、
知財経営理論(知的財産によって経営競争力を向上させるための経営手法にかかる理論)などである。
また②の実践に対応するのが、知的財産制度や出願手続きなどの実務に関する基礎的な知識(以下、
法制度の知識)である。この2種類の知識が備わっていなければ知的財産経営の定着は成立しない。
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①事例からみる知識
~具体性のある知識を獲得する~
中小企業では、知的財産の実効性と制度に関する知識を“どのように”獲得すればよいのだろうか。
まず、知的財産の実効性に関する知識は、ヒアリング事例においては具体的な「実例」を理解する
ことで獲得している。次に、知的財産の制度に関する知識は、特許電子図書館の活用や明細書の作成、
発明の発掘手法等の実際の「経験」から習得している。
株式会社ファースト(神奈川県)
~具体的な事例をもとに実践的な知識を獲得~
株式会社ファーストは、特殊な画像データ解析ソフト及び関連機器の開発、製造を業務とす
る従業員 150 名の中堅企業である。
同社が受けた支援の内容は、従業員が知的財産管理の重要性について理解を深めることを目
的とした講演からスタートした。講師には係争の事例や知的財産の活用の事例などの話をお願
いした。外部専門家の講演に対する従業員の関心は高く、講義には数十人が集まった。
支援期間中は、担当メンバーが専門家の指導を仰ぎながら特許マップや SWOT 分析図を自ら
描いてみることで、自社の知的財産の重要性に対する理解を深めることが出来たという。特に
特許マップの作成には計 3 回の訪問による支援を受けた。さらに発明家でもある大学の研究者
や弁理士からも講義を受け、同社の開発者たちは大いに刺激を受けたという。
株式会社向洋技研(神奈川県)
~実践的な演習によりテクニックを習得~
スポット溶接を主要事業とする向洋技研が受けた支援内容は、明細書(社内の提案書)の作成
方法、特許電子図書館(IPDL)を使った特許検索、アイデアの創出方法(TRIZ)に関す
る研修である。技術士がリーダーとなり、神奈川県のアドバイザー、弁理士の計3名の支援者が
ほぼ毎週に渡り訪問を繰り返した。社内のメンバーは、社長と常務、技術者6名の合計8名であ
り、実技指導には毎回全員が出席するという姿勢をみせた。実際、支援後に社長自身が明細書の
作成やIPDLの検索をすることは想定されなかったが、「経験することで分かることがある」
という思いから実技研修を受け続けていた。
美濃商事株式会社(京都府)
~勉強会形式で演習を行う~
スクリーン印刷を手がける美濃商事が受けた知的財産戦略支援事業の内容は 2008 年7月から
2009 年1月までに専門の弁理士1名と技術アドバイザー2名が 10 回に渡り派遣され、勉強会の
形式で特許の分析を行うもの。とくに立体印刷に関する自社特許の権利範囲についての再確認
(特許を出願した際は、権利範囲を明確に認識しているわけではなかった)、競合他社の特許分
析、ライセンス戦略に関して重点的に勉強を行った。同社の出席者は社長と役員以下、総勢6名
が毎回出席した。
58
支援先中小企業アンケートによると、企業が感じる「専門家や支援機関に対する問題点」として、
「専門家の指導内容が具体的ではなかった」(8件)といった指摘が多い。専門家が知的財産の支援を
行う場合は、単に知識を与える形式の講義ではなく、可能な限り具体的に理解が促進されるような方
法が求められよう。
専門家や支援機関に対する問題点
0%
5%
10%
15%
20%
25%
30%
35%
40%
42.1%
専門家の指導内容が具体的ではなかった
31.6%
専門家と自社との意思疎通がうまくいかなかった
21.1%
専門家の専門性が自社の課題に合わなかった
15.8%
専門家と自社との相性が合わなかった
10.5%
専門家の中でチームワークが取れていなかった
5.3%
事業の趣旨・内容についての説明が不十分だった
10.5%
その他
無回答
45%
n=19
0.0%
(資料)支援先中小企業アンケート
59
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