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1 - 森北出版

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1 - 森北出版
「量子力学 I」
サンプルページ
この本の定価・判型などは,以下の URL からご覧いただけます.
http://www.morikita.co.jp/books/mid/015891
※このサンプルページの内容は,初版 1 刷発行当時のものです.
i
このシリーズのまえがき
このシリーズがまず最初に目標としたこと
「物理学はなんでこんなに難しいのか,まるで数学ではないか.」
これは高校生や大学生からよく聞かされる感想である.たぶん,いま本書を手に
されている諸君は,どちらかというと物理や数学が好き,あるいは,興味がある,と
いう方なのであろう.しかし,次のような感想をもったことはないだろうか.
「物理の法則はすべて実験にもとづき,実験を行って発見されたことは知ってい
る.しかし,高校では物理の実験をほとんどやらないので,実験と本に書いて
ある法則とがどのように結びつくのか,実感としてよくわからない.」
このシリーズの著者らはまずこの点に注目した.
現象をよく観察し,そこから一般的な法則をみつけ出す.
誰もが知っているこの過程を追体験できるような本,これまで出版されている物
理書とはいささか異なるスタイルの本,を考えた訳である.
インターネットと書物
インターネットは万能ではない 現代では必要な知識はインターネットを用いて
何でも手に入れることができる,といわれている.本当だろうか.検索のスピード
やそのもととなる情報量の膨大さを比べると町の図書館など遠くおよばないように
も思える.「インターネットにつながる PC(パソコン)がいつもそばにある」とい
う状況が現実のものとなり,インターネットはますます情報入手のための重要な手
段となっている.インターネットがこれからも進化を遂げれば,知的な作業ででき
ないことは何もないと考えられがちである.果たしてそうだろうか.
確かに,キーワードを入れて検索エンジンで検索すると,たがいに独立した膨大
な量の件数がヒットする.しかし,検索の仕方にもよるだろうが,ヒット件数のほ
とんどがこちらの意図しない内容であったり,ほとんど役にたたないゴミのような
情報であることが多いこともまた事実である.われわれはこの「ゴミ」のなかから
「信頼できて役にたつ情報」を選り分けなくてはならない.書かれている情報をその
まま鵜呑みにしてはならないのである.
ii
このシリーズのまえがき
今日のようなブームになる前からインターネットを利用してきた著者らは,イン
ターネットを「善意にもとづくボランティアによるネットワーク」と信じたい.し
かし,故意ではないにしろ,勘違いによる誤報を公開してしまうことは十分にあり
うる.
ここで,
「情報検索」というよく似た機能をもつ書物の例を考えてみよう.百科事
典である.最近は「場所をとる.重い.
」ということで,何冊にもわたる全集の百科
事典は売れ行きがよくないと聞いている.百科事典である項目を調べる際は,もち
ろん手めくりによるので,たいへん時間がかかるし作業効率はよくない.しかし,書
かれた内容については,おそらく何回にもわたる校閲を経たものであるから,十分
信頼することができる.つまり,情報源として「信頼性のリスク」は少ない.
インターネットの特徴を述べたものとして,次の一文がある.
「ネットはあらゆるものを捉えることができるが,しかしリスクだけは捉えるこ
とができない∗ .」
つまり,人はネットの内側にいる限り,情報を受信するにせよ送信するにせよ,望む
なら匿名性を保ち,傷つくことはないが,いったん身をネットの外側におけば,リ
スクをおわねばならないなんらかの現実にかかわることになる.
教育現場でもそうである.教師と学生,生身の人間どうしが学問を通じてぶつか
りあう.教育にはこのような緊張をともなったローカルな環境が必要なのであって,
グローバルな,場合によっては匿名性をもつがゆえにリスクから解放されたインター
ネットだけでは不可能なのである.
書物を探す能力
大学で何を教えるかについて,次のようなことがよくいわれる.
「大学では知識を教えるのでなく,その知識を得るための本の選び方,本の読み
方を教えるのだ.」
書物から情報を得る一連の作業は,長い間に絶え間なく継続して行ってきた訓練に
よって身につくものである.近未来人が,手間隙がかかって不便だからといってこ
の能力を失ってしまうとしたら,その人たちの思考力はかなりいびつなものとなる
であろう.人の思考ではこうした離散性,連続性の両面の情報に基づく判断が必要
なのである.それはあたかも,自然界は粒子的描像に基づく記述だけではいい表せ
ず,波動的描像に基づく記述も必要であると物理学が示すことにも通じている.
∗ ヒューバート L. ドレイファス著.石原孝二訳「インターネットについて—哲学的考察」 2002 年,産業図書.
116 ページ.この著者は決してインターネットを全否定している訳ではない.
このシリーズのまえがき
iii
インターネット時代の書物のあり方 しかし,書物から情報を得る一連の作業に
は速報性が欠けていることは明白である.出版物である以上,誤植や(もちろんあっ
てはならないことであるが)記述の誤りから完全に免れることはできない.従来の
出版では版を改めるまでは修正することが不可能であった.この点についてはイン
ターネットの利点を大いに活用しよう.つまり,本シリーズの出版元である森北出
版株式会社のホームページにコーナーを設けて,そちらで修正事項や最近のニュー
スなど up-to-date な対応をしていきたいと著者らは考えているのである.
物理学的思考を身につけるために
物理,および,これに関連する数学の基礎理論の全体像を示すこと 物理ではその
出発点の物理法則の解釈が最も難しい.従来の物理学書は,物理法則からはじまっ
て例題・演習問題に終わる構成である.体系としての物理学はその通りなのである
が,これらを理解するには,けっきょく,終点の例題・演習問題から再び出発点に
戻って考え直す必要が出てくる.このシリーズではこのような物理書を読解するう
えでの難しさをとり除く工夫が施されている.
科学技術の発展により,最先端の科学・技術を学ぼうとする若者たちが各専門課
程の入り口にたどりつくまでに学ばなくてはならないことはとても多いので,なか
には膨大な知識の迷路に迷い込み思わぬ回り道をすることもあった.そんなことの
ないようにと,この全 10 巻からなるシリーズの第一目標は,各部分の相互関連を
念頭におきながら,メインテーマの流れを追うことを重視し,思い切ってスリム化
して,物理,および,これに関連する数学の基礎理論の全体像を示していることに
ある.
シリーズの目次
シリーズの各書のタイトルはそれぞれ次の通りである.
第 1 巻 力学 I 数学編:微分積分学
第 2 巻 力学 II 数学編:線型代数学
第 3 巻 波動現象
数学編:フーリエ解析
第 4 巻 連続体の物理
数学編:テンソル解析,複素関数論
第 5 巻 電磁気学 I 数学編:ベクトル解析
第 6 巻 電磁気学 II 数学編:特殊相対論のための数学
第 7 巻 熱力学・統計力学
数学編:確率・統計学
第 8 巻 近現代科学の発展
第 9 巻 量子力学 I 数学編:関数解析
第 10 巻 量子力学 II 数学編:物性論のための数学
iv
このシリーズのまえがき
本書は 3 部構成
インターネットを利用するのであれ,書物を調べるのであれ,
時間と手間をかければ,「知識」を得ることはできる.問題は「知恵」である.「得
られた知識を整理統合して,そこから新しいものを創り出すことができる」こと,
これこそが大切である.つまり,自分が得た知識を十分に理解し,自由に応用でき
るレベルまで高めること.これ以外にはない.そこで,本シリーズの各巻は,読者
が上記の目標を実現することを念頭において,他の類書にはない,書き方の異なる
3 部構成をとることとした.


現象から理論を予測する

 第I 部
第 II 部 数学編


 第 III 部 物理編
第 I 部の構成
ここではまず,各分野の特徴的な物
理現象を紙上実験を通して紹介する.読者のなかには,
自分で実際に実験をやってみる人もいるであろう.そ
れが最良であることはいうまでもないが,忙しい現代
であるからそこまでやる時間がないという人は,十分想
像力を働かせて実験をしたつもりになってほしい.し
かし,ここから先,実験データを四則演算やグラフを
描く作業を通じて分析し,つづいて自力でこの現象の
規則性(現象論的規則)をみつける作業をしながら進む
図 1 岡潔の肖像
という本の読み方を読者にお勧めする.著者らは誘導
はするが,基本的には読者が自分でやってもらいたい.
これは,考えるということが,身体性をともなう操作,何よりも手を動かすという
ことと連動して有効性を発揮しているらしいからである.
数学者岡潔(図 1)† は研究発表した若い数学者に対して
「もっと前頭葉を使え.」
と叱ることがあった.脳の研究ではいまだによくわからないことが多いのであろう
が,前頭葉は大脳のなかの高度な知的機能の中枢でもあり,他方,1 次運動野とい
う身体運動の司令塔でもある.脳外科医ペンフィールド(1891–1976)の図(図 2)
では手に対応する範囲がとても広い.知的機能との関連は不明であるが,手を使う
ことは,ともかく,前頭葉を使っていることになる.
† (1901–1978)昭和初期から多変数解析関数についての世界的研究を残され,また,創造の源として情緒の必要
性を説いた数学者.
このシリーズのまえがき
図 2
第 II 部の構成
v
ペンフィールドの図
この部分では,いわゆる物理数学ではなく,純粋数学の観点か
らタイトルにある数学部門を体系的に展開する.これは,物理学が第 I 部の「現象
論的規則」から第 III 部の本質的な「物理法則」にジャンプするためには,この数学
の全体像が必要だからである.このことは,物理の原理は断片的な数学公式を用い
て証明できるものではないという構造とも関連する.物理学の各分野の一体系をよ
く「**力学」とよぶことがあるが,このような力学の創設者の頭のなかには,こ
れに関連する数学体系のエッセンスがその数学が完成する以前からあったに違いな
いことは科学史のなかから確認できる.
前述したように第 II 部はそれ自体が独立した数学的内容の章からなるので,ここ
を先に読まれてもあとから読まれてもとくに支障はない.しかし,第 I 部に続けて
第 II 部を読まれる諸君には,なんでこのような数学的議論がここからはじまるのか,
面食らうかもしれない.そこで,第 II 部の前に,いわば“助走区間”として,「第
I 部から第 II 部へ」という章を用意したので,まずこの章を読んでから,第 II 部へ
読み進んでいってほしい.
物理と数学のつながり 数学と物理は論理以前の底流で深くつながっていること
は明らかであるが,このことを物理学の理論的記述,あるいは,数学の理論的記述に
従って余すところなく説明するということは不可能である.前述のように,物理学
は数学の助けを得て論理構造を明らかにすることができた.数学はそれ自体物理学
とは異なる論理体系をもつ独立した学問であるが,本書では物理学と数学の底流に
おけるつながりを解説することを試みる.第 II 部に入る前に「第 I 部から第 II 部
へ」と題し物理の側から数学へのアプローチを試みているので,第 II 部の各章の末
vi
このシリーズのまえがき
尾においては各章の内容にもとづいて,数学の側からみた「物理へのつながり」を
考えてみることとした.この部分は,従来,講義のなかでは話題になっても,教科
書に書くのはためらわれる個所なのであるが,数学と物理学の関係をさらに密なる
ものとするため,著者たちにとっては十分「リスク」の多い試みであるが,あえて
設けた次第である.
第 III 部の構成
ここでは,数学によって表現されてはいるが,数学とは独立し
た物理学理論の体系が展開される.第 I 部で得られた現象論的規則は,その体系の
なかに現れる物理法則のほんの 1 例題として吸収されてしまう.読者は現象論的規
則がより適応範囲の広い,原理としての「物理法則」へと昇華したことを実感する
であろう.しかし,ここで注目しなければならないことは,これら現象論的規則に
は必ずこれにあてはまらない例外が出てくること,すなわち,適用限界がやがて明
らかになる,ということである.つまり,数学的にはぬけ道なく保障されたかにみ
える物理法則にも“ほころび”があるということなのである.
そういう事情から,本書ではある原理を導いたらそれが終点であるというような
書き方はしていない.その原理を理解し十分使いこなすこと.そして,その原理を
超えたまた次の段階を予測することが,読者にも望まれているのである.
「論語」雍
也篇第六に次の一文がある.
「子曰,知之
不如好之
,好之
不如樂之
.」
(子曰わく,之れを知る者は之れを好む者に如かず.之れを好む者は之れを楽し
む者に如かず.)
桑原武夫によると,「
『知る』・
『好む』・
『楽しむ』は対象とのかかわり方の深浅を
表していて,はじめの 2 つの段階を経てから『楽しむ』という理想郷に達する.し
かし,いきなり第三段階に達することは許されないのであって,漸次的完成でなけ
ればならない」という‡ .諸君が本書を読まれて「物理を知る」段階を経て「物理が
好き」になり,さらには「物理を楽しむ」段階に達することができたなら,それこ
そ著者らの最高の喜びである.
‡ 「論語」p165,筑摩書房 1982.
このシリーズのまえがき
vii
本シリーズの【実験】について
本書で取り上げている「紙上実験」は,初学者が物理を理解するための教育
的効果を考えて著者たちが導入した形式であって,中には実際の実験報告,観
測データも含まれているにせよ,あくまでも思考訓練のためのものである.全
てが現実の実験であると受け取られることのないように,特に教育者の立場に
ある人にはお願いしたい.
通常,物理学書にある演習問題の実験は「問題を解くための」思考実験であ
り,ともすれば法則から式を導くこと,そしてその式に数値を代入して答を出す
ことに終始しがちである.また,実際の実験は,教育のための学生実験であっ
ても,たとえば熱力学を習っていないうちに,温度・圧力等の影響を考えたり,
とか,質点の力学しか習っていない時点で,剛体の運動の知識が必要であった
り,などと,かならずしも教育の進度とは連携していないことが多いものであ
る.本シリーズでは,原則として,「学習の順序を重視し先へ行って習う知識
を先回りして押し付けない」という方針をとっているため,ここで紹介してい
る「実験」は,特定の物理的事実のみを理解するために実際の実験よりも項目
をしぼった形をとっている.そして,「データ」は以下の方針で作成された.
1. 実際に測定したデータについては,分析しやすいように数値を整えた.
2. 理論に基づいて計算したデータについては,読み取り誤差のみが発生する
として,その精度の範囲でばらつきがでるよう乱数を用いて人為的に数値
を与えた.
コンピュータ等で作成されたデータを使っているとはいえ,実験データから
物理的事実を読み取ろうとする努力が必要であることは実際の実験の場合と全
く同じである.つまり,物理現象に関わる「気づき方」を学んで欲しいのであ
る.読者諸君は,他書にはないこの新しい試みに対して,どうか果敢に取り組
んでいただきたい.
viii
量子力学 I のまえがき
量子は粒子でも波でもない
国外,国内を問わず「量子力学」に関する名著は数多い.これらの書のほとんどに
共通することは,最初の部分に「前期量子論」とよばれる内容にかなり多くのペー
ジが割かれていることである.こうした記述は,著者の多くが量子力学の理論建設
にかかわった人たちであったり,その本が書かれた時期には今日ごく身近に見られ
る量子力学の応用技術がまったく存在しなかったことに深くかかわりがあると思わ
れる.ところが現代では,応用面ばかりではなく,かつては哲学論争に近かった量
子力学のいくつかの原理的問題さえ実験的に検証されている.もちろん,時代が変
わってもこれらの名著の意義は決して失われないのであるが,量子力学を教える場
合にこの部分をあまり強調しすぎて「前期量子論」イクオール「量子力学」と思い
込む学生を増やしてしまう恐れもあると思うのである.
「前期量子論」の大きな悩みは,それまでの古典物理学では波動としてふるまう
と考えられてきた光に粒子性をもつ現象が出てきたこと,また,それまで粒子とし
てふるまうと考えられてきた電子などが波動性を示す証拠が現れてきたことである.
この粒子性と波動性の双方の性質をもつものを「量子」と呼ぶが,そもそも,粒子
と波動は明らかにあい入れない概念である.「前期量子論」にとどまっている限りは
「量子は粒子性も波動性ももつ.」
とする矛盾した思考のままということになる.真の姿は
「量子は粒子でも波でもない.」
のだということを学んでほしい.
このシリーズでは「前期量子論」は科学史として解説し,この巻では,あえて,
「前期量子論」に触れない量子力学の解説をするという試みをする.ただし,このシ
リーズの他の巻の難易度とのバランスから,この巻「量子力学 I」はあくまでも入
門レベルの内容に限られている.また,量子力学の理論体系の美しさもさることな
がら,現代ではその物性論的な成果を学ぶことが重要である.この内容に関しては
第 10 巻「量子力学 II」で取り上げる.
ix
3 部構成の内容
第 I 部について
このシリーズの第 I 部は,紙上実験を通して特徴的な物理現象
を紹介する部分である.しかし,この巻の「紙上実験」は他の巻のものとかなり違っ
ている.他の巻の紙上実験は読者が追試をする気になれば,ほとんど同じ実験をす
ることができるものであった.その理由はマクロな(巨視的な)世界の物理現象を
取り扱っているからである.
ところが,この巻で取り上げる量子力学の対象となる物理現象は,原子をはじめ,
ミクロな(微視的な)世界に属するものであり,その多くの実験には高度な設備が
必要となる.なかには比較的身近な装置で実験できるものもあるにせよ,ミクロな
現象は直接みることのできないブラックボックスのなかでおこなわれ,人に与えら
れる情報はデジタルな表示板の数字のみである.
本書では,こうした事情の下で,なおかつ,他の巻のように五感を働かせて自然
現象を調べる方針に近い状況を設定する工夫がなされている.追試できない実際の
実験データを示す代わりに,ここでは現実にはあり得ない架空の世界における実験
や,実際には存在しない夢の測定装置による観察というだいたんな想定をし,その
上での仮想実験におけるデータの数値解析を試みる.
読者におことわりしておくが,本書の実験データは,実は,第 III 部で学ぶ量子
力学の理論に基づくコンピュータ計算から得られたもので,
(物理定数の数値を変え
たところはあるが,
)確かな根拠をもつものである.ここではこのような理論的結果
をあたかも実験データであるかのように取り扱うことによって,読者に感覚的な土
壌を与えようと試みたのである.
第 II 部について 第 II 部では,歴史的には「行列力学」と「波動力学」の間を揺
れ動いた「量子力学」 の理論体系が統合されるのに必要とされる関数解析を学ぶ.
もちろん深入りすることは避けて,量子力学を理解するために必要な全体像を簡潔
にまとめた形で解説してあるが,量子力学を科学史的にでなく理論的に学ぶために
はこの部分が必要である.
第 III 部について
入門レベルである本書の執筆方針は,量子力学のすべての事
項について抜け落ちなく述べることではなく,単純化された形で量子力学として最
も特徴のある題材を論述することである.そして,最後に,本書で述べた理論の適
用によって一見解決ずみと見えていても,実は適用の範囲外にある問題についても
取り上げ,合わせてここに解説した量子力学を超えた理論について,その方向性の
みであるが,触れることにする.
x
目
i
このシリーズのまえがき
量子力学 I のまえがき
次
viii
第I部
現象から理論を予測する
第 1 章 不確定性原理を求めて . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2
1.1 粒子の位置と運動量についての仮想実験 2
1.2 確率波 15
この章のまとめ
20
第 2 章 確率波の干渉 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 21
2.1 ヤング型の仮想実験 21
2.2 確率波の干渉 27
この章のまとめ
32
第 3 章 原子の構造への手がかり . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35
3.1 水素原子の観測 36
3.2 エネルギー準位の縮退と遷移の選択規則 48
この章のまとめ 53
第 I 部から第 II 部へ
55
第 II 部
数学編
第 1 章 ルベーグ積分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 58
1.1 リーマン積分からルベーグ積分へ 58
1.2 可測関数 60
1.3 ルベーグ積分 62
目 次
xi
第 2 章 ヒルベルト空間 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 68
2.1 ノルムとヒルベルト空間 68
2.2 ヒルベルト空間における有界作用素 70
第 3 章 線型作用素の半群 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 76
3.1 半 群 76
3.2 生成作用素 77
3.3 半群の生成 78
3.4 半群の表記 79
3.5 半群の例 80
第 4 章 スペクトル解析 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 81
4.1 射影作用素 81
4.2 単位の分解 82
4.3 単位の分解で積分表示された作用素 83
4.4 抽象的シュレーディンガー方程式の解 84
4.5 自己共役作用素のスペクトル 85
4.6 シュレーディンガー方程式の解の固有関数展開 86
第 II 部のまとめと物理学への応用 88
第 III 部
物理編
第 1 章 量子化とシュレーディンガー方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 100
1.1 波動関数 100
1.2 ハイゼンベルクの不確定性原理 105
1.3 シュレーディンガー方程式 107
この章のまとめ 113
第 2 章 シュレーディンガー方程式の定常解 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 115
2.1 波動関数についての一般的考察 115
2.2 調和振動子 118
2.3 水素原子 128
この章のまとめ 148
第 3 章 物理量の行列表現 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 151
3.1 調和振動子の場合 151
xii
目
次
3.2 シュレーディンガー表示とハイゼンベルグ表示 157
3.3 量子条件 158
3.4 角運動量 159
3.5 遷移確率 172
3.6 光の放出と吸収 174
この章のまとめ 177
第 4 章 散乱問題 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 180
4.1 トンネル効果 180
4.2 散乱断面積・ボルン近似 192
4.3 ラザフォード散乱 205
この章のまとめ
210
第 5 章 シュレーディンガー方程式の限界 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 212
5.1 ディラック方程式 213
5.2 原子の微細構造 225
5.3 場の量子化 239
この章のまとめ 247
参考文献
249
編集者あとがき
四か国語索引
250
251
2
第 1 章 不確定性原理を求めて
この章のテーマ
人が五感を働かせてほぼ確かめることのできるマクロな世界のルールは,
それができないミクロな世界には適用できない.ミクロな世界で通用する
整合性ある自然界のルールが量子力学である.ところが,量子力学の原理
(不確定性原理と呼ぶ)を手近な装置でさぐることはまず不可能であろう.
《プランク定数》が
そこでここでは,仮に,この巻の第 III 部で説明する,
きわめて大きかったら,という想定をしてみることによって,量子論的な
現象をマクロな世界に出現させ,身近に擬似体験できるとし,新しいルー
ルを学べるように設定した.
1.1
粒子の位置と運動量についての仮想実験
われわれが日常生活を送っている場面では,相対論の影響も,量子論の効果も,ほ
とんど目にみえてこない.その原因は,前者の場合には相対論を特徴づける物理定
数である《真空中の光の速さ》 c が c 3 × 108 m/s であり,生活上体験する物体
の速さに比べて極めて大きいからであり,後者の場合には量子論を特徴づける物理
定数である《プランク定数》h が h 7 × 10−34 J · s であって,極めて小さいから
である.この J · s という単位は「力学 I」第 III 部 3.2 節で習った「作用」の単位
である.たとえば,図 1.1.1 のようになめらかで水平な机の上におかれた物体に質
量が軽い伸び縮みしない糸を結び,軽い滑車を通して糸の他端に質量 100 g のおも
りをつるし,物体を 1 s 間に 10 cm 移動させるとすれば,このとき物体とおもりの
系が受ける作用は
100 × 10−3 kg · 9.8 m/s2 · 10 × 10−2 m · 1 s 0.1 J · s
である.これと比べると h の大きさはまったくオーダー違いに小さなものであるこ
とがわかるであろう.
1.1 粒子の位置と運動量についての仮想実験
3
図 1.1.1 マクロな世界での作用
1.1.1
ガモフの国に入り込む
科学読み物の古典的名著であるジョージ・ガモフ(1904–1968)の「不思議の国
のトムキンス」∗ では,光速が遅くなっている町を描いて,そこでは走行方向に縮ん
でいる自転車が走っている情景がみられるとしている.また,同じ巻の「原子の国
のトムキンス」では,h がとても大きくなった世界を描いている.
このガモフ先生にならって,私たちもミクロな世界とマクロな世界がどのように,
質的に異なっているかを実感するために,プランク定数 h が異常に大きい SF の世
界にまぎれこんだと仮定してみよう.ただし,私たちは理論などは何も知らず,と
もかくこの世界にいるのであって,この段階ではまだプランク定数の何たるかは知
らなくても構わない.
これから SF の国で実施する実験は,ほんとうは,スリットを通ってきた 1 個の
電子の位置と運動量を測定する実験のたとえなのである.
1.1.2
SF の国での実験
SF の国でボールを投げる実験
現実の世界では,スリット(隙間)を通り抜けた直球スピードボールは,重力によ
るわずかな落下,空気抵抗の影響を除いては,ほぼ速さを変えずにホームベースの
ところまでまっすぐに飛ぶはずである.ところがこの国では,スリットの幅の 20 倍
の距離までの範囲のどこへ飛ぶかわからない.そして,ホームベースを中心とした,
このボールの飛んでくる位置のばらつきは,どうやら,ボールの速さ v(もっと正確
に言うと,これはボールの質量 m をいろいろに変えて確かめたことであるが,ボー
∗ ジョージ・ガモフ著「トムキンスの冒険」(G・ガモフ・コレクション 1)第 1 巻,伏見康治・市井三郎・鎮目恭
夫・林一訳,白楊社(1990)
4
第 I 部 第 1 章 不確定性原理を求めて
ルの[質量]×[速さ],すなわち,
[運動量]: p = mv )にも関係があるようなので
ある.実験からボールの位置のばらつきと運動量のばらつきとの関係を示す規則を
発見することにする.
図 1.1.2 に示すように,ピッチャープレート上の衝立に幅 δ = 0.50 m のスリット
をあける.衝立の後方においたピッチングマシーンをぐるぐるまわしながら,ラン
ダムなあらゆる方向にボールを速さ v0 で打ち出すことにする.
図 1.1.2 衝立のスリットからやってくるボール
衝立にあけたスリットの位置を原点 O とし,衝立と垂直で図 1.1.2 の紙面右向き
を x 軸の正方向,衝立に沿った図 1.1.2 の紙面上向きを y 軸の正方向とする.ホー
ムベースは衝立の前 x 軸上の座標 X にあり,X を通り y 軸に平行に幅 d = 2.0 m
の口をあけた測定箱(以下,単に「箱」と呼ぶ)を並べておく.図ではこの箱は右
端にずらして描いてある.また,この箱内に置かれた検出器は,それぞれ,やって
きたボールの y 座標を 10−2 m の精度まで,速度の y 成分 vy を 10−2 m/s の精度
まで測定できるようになっている† .
【予備実験】v0 = 40.0 m/s (ボールの質量は m = 0.145 kg として,運動量 p0 =
0.145 kg × 40.0 m/s = 5.80 kg · m/s),X = 18.0 m として,試みにボールのやっ
† 理論的には x 方向の位置のばらつき,運動量の x 成分 px のばらつきも問題となるが,ここでは,これ以上複雑
な装置は考えないことにする.なお,x,y 軸に垂直な z 方向については,スリットの長い部分の方向であるの
で着目しない.
1.1 粒子の位置と運動量についての仮想実験
5
てくる回数 N = 10 回として観測データを調べてみる.
【実験 1.1】v0 = 40.0 m/s (p0 = 5.80 kg · m/s),X = 18.0 m として,N = 100 回
の測定をおこなう.
【実験 1.2】v0 = 40.0 m/s (p0 = 5.80 kg · m/s) のまま,衝立を動かし,スリットか
らホームベースまでの距離を【実験 1.1】の 3/4,すなわち,X = 13.5 m として,
N = 100 回の測定をおこなう.
【実験 1.3】v0 = 40.0 m/s (p0 = 5.80 kg · m/s) のまま,衝立を動かしスリットか
らホームベースまでの距離を【実験 1.1】の 1/2,すなわち,X = 9.0 m として,
N = 100 回の測定をおこなう.
【実験 1.4】衝立の位置は【実験 1.1】の場合,X = 18.0 m に戻し,今度はボール
の速さをいままでの 2 倍,すなわち,v0 = 80.0 m/s (p0 = 11.6 kg · m/s) として,
N = 100 回の測定をおこなう.
ここでは,ボールの位置と運動量の y 成分のみに着目する.速度の y 成分 vy で
のところで述べた理由より,運動量の y 成分を,
なく,
mvy = py ,
m = 0.145 kg
と計算した上で表に示すことにした.
予備実験
まず,手はじめにホームベースに向けてボールが 10 回飛んできたと
ころでピッチングマシーンをいったん止め,位置と運動量のばらつきを予備的に調
べてみよう.
(1) 【予備実験】の結果:表 1.1.1 の通りである.
(2) 【予備実験】の統計処理について
分散と共分散
確率変数 x の値が x1 ,x2 ,· · ·,xn とする.確率変数のばらつき
を,平均値 x からの偏差 x1 − x,x2 − x,· · ·,xn − x (以下の表および表の説明
ではこれらを単に x − x ≡ ∆x と書く) の総和の平均では表すことはできない.な
ぜならば,
1
1
1
(xi − x) =
xi − x
1=x−x=0
n
n
n
i=1
i=1
i=1
n
∆x =
n
となってしまうからである.
そこで偏差の 2 乗の平均を考え,
1
(xi − x)2
n
i=1
n
(∆x)2 =
n
6
第 I 部 第 1 章 不確定性原理を求めて
を分散と呼ぶ.分散の正の平方根が偏差値である.
分散は確率変数のばらつきの程度を示すものであるが,2 つの確率変数 x,y の相
関関係を調べるためには
1
(xi − x)(yi − y )
n
i=1
n
∆x∆y =
を考える.この統計量を共分散と呼ぶ.たとえば,数学の試験の点数 (これを x と
する) と英語の点数 (これを y とする) とどのような相関関係があるかを考えると
き,数学の成績がよい人は英語の成績もよいとすれば,∆x,∆y はともに正の大き
な値の積になり,数学の成績も英語の成績も悪い場合では ∆x,∆y はともに負で
絶対値が大きくなり,積は同じように正で大きくなるから総和は大きくなる.逆に,
例外が多ければ ∆x∆y の正負,大きさもいろいろな値のものとなって総和は小さく
なる.したがって,共分散の大きさから「2 つの量がどれだけ関係しているか」の
目安を知ることができる.
ただし,ここで注意しなければならないのは,共分散の値を他の共分散の値と比
べる場合である.上の例で数学と英語の 100 点満点の試験の共分散の値と,物理と
数学の 10 点満点の試験の共分散の値とでは,100 点満点の場合のばらつきがもとも
と大きいのであるから,共分散の値もより大きくなる傾向となる.このような場合
には,それぞれを x および y の偏差値で割った量(スケールした量)で比べるよう
にする.
ここで,共分散が完全に 0 である場合,すなわち,∆x∆y = 0 のとき (このとき
x,y は「無相関確率変数」であるという) について調べておこう.
この場合には,一般に xy = x · y などが成り立つから,
∆x∆y = (x − x)(y − y ) = xy − x · y = 0
となり,
∴
xy = x · y
が成り立つ.これは x,y の大小に同じ傾向のかさなりがないから,単に別々の平
均値の積に過ぎないという意味であり,x の分布と y の分布が独立であることを示
すものである.
平均,分散,共分散は,コンピュータで計算するよりも,この予備実験に関して
は電卓を使ってひとつひとつ計算した方がよい.
1.1 粒子の位置と運動量についての仮想実験
7
問題 1
y と py について,平均,分散,共分散の計算をして,表 1.1.1 の空欄をうめて表
を完成させよ.
表 1.1.1 ボールの位置と運動量の測定値の予備実験
実験回数
位置:y
運動量の y 成分:py
m
kg · m/s
回目
−4.08
−3.28
−4.05
1.28
1.86
2.09
−1.82
−1.27
0.39
−1.32
−1.36
−0.96
−1.36
0.42
0.63
0.59
−0.57
−0.37
0.10
−0.48
統計量
平均:y
平均:py
単位
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
回目
回目
回目
回目
回目
回目
回目
回目
回目
(∆y)2
m
(∆py )2
2
(kg · m/s)
分散:(∆y)2
∆py ∆y
2
分散:(∆py )2
J·s
共分散:∆py ∆y
まず,y の平均 y ,py の平均 py を計算すると,y = −1.02 m,py =
−0.34 kg · m/s となる.ここでは,表 1.1.1 の 1 回目の 4,5,6 列の空欄をうめる
ための計算だけを詳しく説明しておく.1 回目の実験からは y = −4.08 m,py =
−1.36 kg · m/s が得られたので,
2
y の偏差の 2 乗: (∆y )2 = (y − y )2 = (−4.08 + 1.02) m
= 9.36 m2
2
py の偏差の 2 乗: (∆py )2 = (py − py )2 = (−1.36 + 0.34) kg · m/s
= 1.04 kg2 · m2 /s2
y と py の偏差の積: ∆py ∆y = (−1.36 + 0.34) kg · m/s × (−4.08 + 1.02) m
= 3.12 J · s
となる.なお,単位の計算は,kg · m/s × m = kg(m/s)2 · s = J · s である.2∼
10 回目のデータについても同様な計算をして表をうめる.4,5,6 列の平均が,そ
れぞれ,y の分散 (∆y )2 ,py の分散 (∆py )2 ,共分散 ∆py ∆y である.y ,py のデー
タから計算した統計量を表 1.1.2 に示す.
100
第 1 章 量子化とシュレーディンガー方程式
この章のテーマ
第 I 部ではたとえ話のなかではあったが,ミクロな世界ではハイゼンベ
ルクの《不確定性原理》が成立している.このことが,古典力学に対する
量子力学の決定的なちがいを生む.古典粒子の観測では,優れた計器を用
いさえすれば十分正確な測定値を得ることができたのに対して,量子の測
定では正確な結果は得られず,統計的な結論しか知ることができないので
あった.
そして,その統計的な記述のための確率の波を意味する《波動関数》の
導入が考えられたのであった.
しかしながら,こうしたミクロな粒子のふるまいは,あくまでも古典力
学の延長線上になければならないという側面も忘れてはならない.ひとつ
には,量子力学の理論式に含まれているプランク定数 h の極限 h → 0 を
とれば古典力学の公式となることはごく自然なことと思われる.
この章では,こうした要請から,波動関数のみたすべき方程式,
《シュ
レーディンガー方程式》を組み立てていく.
1.1
波動関数
しばらく,1 次元の連続的な座標を考えよう.
確率密度関数と波動関数
確率密度関数 P (x) の数学的性質は
(1) すべての x に対して P (x) 0
∞
(2)
P (x) dx = 1
−∞
で定義される.そして確率変数 x の期待値は
∞
x=
xP (x) dx
−∞
また,x の関数 f (x) の期待値は,
1.1 波動関数
101
∞
f (x) =
f (x)P (x) dx
−∞
である.
量子力学では,確率密度関数 P (x) を複素数の波動関数 ψ (x) を用いて,
P (x) = ψ ∗ (x)ψ (x)
と表すことにする.P (x) = |ψ|2 0 であるから,確率密度関数の定義 (1) は満足
され,そしてこの関数を
∞
ψ ∗ (x)ψ (x) dx = 1
−∞
と規格化しておくことにより,定義 (2) が満足される.また,ψ (x) が規格化される
ためには,ψ (−∞) = ψ (∞) = 0 となっていることが必要である.
たとえば,電子の存在確率を,可能性としては, x → ±∞ まで考えるのが確率
論なのである.そうはいっても,電子では局在するある位置付近の P (x),および,
ψ (x) のみが非常に大きいことが予想される.
定義により x の期待値は
∞
ψ ∗ (x)xψ (x) dx
x=
−∞
また,関数 f (x) の期待値は,
∞
ψ ∗ (x)f (x)ψ (x) dx
f (x) =
−∞
である.ここで,x,f (x) は ψ ∗ と ψ の間におかなければならない.
なにゆえ,複素関数の波動 ψ を用い,なにゆえ,P (x) = ψ ∗ ψ とおくのか,また,
ψ ∗ xψ ,ψ ∗ f (x)ψ のように,サンドイッチ状にしなければならないのか.残念なが
らいますぐ答えることはできない.しかし,大切なことであるから,解答を示すと
きまで気にかけていてほしい.
運動量の期待値
運動量 p や運動量の関数の期待値を求めるには,ここまで波動
関数を x の関数として ψ (x) と表していたが,今度は p を変数とする波動関数(こ
れを φ(p) とする)に置き換える必要がある.
ψ (x) と φ(p) はフーリエ変換の形で関係づけられている(「第 II 部のまとめと物
理学への応用」を参照).
1
ψ (x) = √
h
2πi px φ(p) dp
exp
h
−∞
∞
(3.1.1)
102
第 III 部 第 1 章 量子化とシュレーディンガー方程式
1
φ(p) = √
h
2πi exp −
px ψ (x) dx
h
−∞
∞
(3.1.2)
この式のなかに現れる h はプランク定数である.式のなかに h が含まれていること
は,波動関数がハイゼンベルクの不確定性原理をみたすように設定されているから
である.また,ψ 同様,φ も確率であるから規格化されている.
∞
φ∗ (p)φ(p) dp = 1
−∞
確率変数 p の確率密度関数は P (p) = φ∗ (p)φ(p) と与えられるので,φ(p) を用い
て p の期待値は
∞
p=
∞
φ∗ (p)pφ(p) dp
pP (p) dp =
−∞
(3.1.3)
−∞
である.
ψ (x) を用いた p の計算 ここで,p の計算を,わざわざ,変数 x でやってみる.
この計算は (3.1.3) 式をフーリエ変換して実行するのであるが,その内容は次の[計
算ノート:(3.1.4) 式]に示す.
∞
p=
∗
ψ (x)
−∞
h ∂
2πi ∂x
ψ (x) dx
(3.1.4)
p の期待値を変数 x で計算するには,形式的に
h ∂
p −→
2πi ∂x
と置き換えて (3.1.4) 式のように計算すればよいことがわかる.ここで,
よく出てくるので,
h
は今後
2π
h
∂
≡ とおいて p −→ −i
2π
∂x
と書くことにする.
計算ノート:(3.1.4) 式
(3.1.3) 式の最右辺のなかの φ(p),φ∗ (p) を (3.1.2) 式(および,その共役な式)
をつかって書き換える.
p=
1
√
h
2 ∞
−∞
∞
−∞
∞
−∞
ψ ∗ (x )e
2πi
px
h
pe−
2πi
px
h
ψ(x) dx dx dp
ここで,
2πi
2πi − 2πi
h ∂ − 2πi
∂ − 2πi
e h px = −
pe h px より pe− h px = −
e h px
∂x
h
2πi ∂x
これを用いると,
1.1 波動関数
1
p=−
2πi
∞
−∞
∞
−∞
∞
∗
ψ (x )e
−∞
2πi
px
h
2πi
∂e− h
∂x
px
103
ψ(x) dx dx dp
x について部分積分を実行し, ψ(−∞) = ψ(∞) = 0 を用いると,
∞
∞ − 2πi px
2πi
∞
2πi
∂e h
∂
ψ(x) dx = e− h px ψ(x)
−
e− h px ψ(x) dx
∂x
∂x
−∞
−∞
−∞
∞
∂
− 2πi
px
ψ(x) dx
=−
e h
∂x
−∞
これを代入すると,
p=
1
2πi
∞
−∞
∞
−∞
∞
ψ ∗ (x )e
−∞
2πi
px
h
2πi
∂
dx e− h px ψ(x) dp dx
∂x
ここで「第 II 部のまとめと物理学への応用」B にあるフーリエ変換 (2.4.2) 式の共
役な関係式
1
φ∗ (p) = √
h
を使うと,
p=
∞
ψ ∗ (x )e
−∞
2πi
px
h
dx
√ ∞ ∞
2πi
h
∂
ψ(x) dx
φ∗ (p)e− h px dp
2πi −∞ −∞
∂x
さらにフーリエ逆変換 (2.4.1) の共役な関係式
1
ψ ∗ (x) = √
h
より,
p=
∞
−∞
∞
−∞
∗
ψ (x)
φ∗ (p)e−
h ∂
2πi ∂x
2πi
px
h
dp
ψ(x) dx
dy
を導写像を表す記号(演算子)D を用いて
dx
Df と表すことは,本シリーズ第 1 巻「力学 I」第 II 部でも学んできたが,ここで
∂
は,運動量表示から位置表示に移って計算する場合に,運動量 p は −i
と置き
∂x
換えて計算をおこなえばよいことが示された.このことは p の関数,たとえば,運
演算子 関数 y = f (x) の導関数
動エネルギー K の場合に
K=
p2
1
−→
2m
2m
−i
∂
∂x
2
=−
2
2m
∂
∂x
2
として計算できることを意味する.
ψ ∗ f ψ の計算形式への答 演算子の例が示されたので,ψ ∗ pψ と pψ ∗ ψ の違いが
はっきり出てきた.前者は −iψ ∗
∂ψ
∂
であって,後者は −i (ψ ∗ ψ ) となって,
∂x
∂x
104
第 III 部 第 1 章 量子化とシュレーディンガー方程式
後者の計算では p の期待値の値は出てこないのである.他の場合も同様である.
エルミート演算子
上の運動量の期待値 p の値は,波動関数 ψ がある状態を表し
ているときの測定値を示すものであるから,とうぜん,実数である.したがって,p
の複素共役をとった式はもとの式に等しくなければならない.
(p)∗ = p
すなわち
∗
∞
∂
∂
ψ (x) dx
ψ (x) −i
ψ ∗ (x) dx =
ψ ∗ (x) −i
∂x
∂x
−∞
−∞
∞
一般に,観測できる量 A の期待値は
∞
A=
ψ ∗ (x)Aψ (x) dx =
−∞
∞
∗
Aψ (x) ψ (x) dx
−∞
となっている.このような演算子 A をエルミート演算子と呼ぶ.一般に,エルミー
ψ の場合も含めて
ト演算子 A は φ =
∞
ψ ∗ (x)Aφ(x) dx =
−∞
∞
∗
Aψ (x) φ(x) dx
(3.1.5)
−∞
と定義する.
演算子 AB と BA ここで,A,B は,それぞれ,エルミートであるとする.す
なわち,
∗
ψ Aφ dx =
∗
(Aψ ) φ dx,
∗
ψ Bφ dx =
(Bψ )∗ φ dx
(ここでは,φ(x),φ∗ (x) などを省略して φ,φ∗ などと書くことにした.また,積
分の上限,下限も省略してあることに注意.)
φ∗1 ABφ2 dx =
φ∗1 A(Bφ2 ) dx
ここで Bφ2 = ψ2 とおき,別の波動関数と考える,A がエルミートであることを使
うと,
φ∗1 ABφ2
dx =
φ∗1 Aψ2
dx =
∗
(Aφ1 ) ψ2 dx =
(Aφ1 )∗ Bφ2 dx
Aφ1 = ψ1 とおき,B がエルミートであることを使うと,
φ∗1 ABφ2 dx = ψ1∗ Bφ2 dx = (Bψ1 )∗ φ2 dx = (BAφ1 )∗ φ2 dx
AB はエルミート演算子であるかないかわからない.しかし,もし,AB + BA と
いう演算子を考えれば,
1.2 ハイゼンベルクの不確定性原理
∗
ψ (AB + BA)φ dx =
∗
(BA + AB )ψ φ dx =
105
∗
(AB + BA)ψ φ dx
だからエルミート演算子になる.また,i(AB − BA) という演算子を考えると,
∗
ψ ∗ i(AB − BA)φ dx = i
(BA − AB )ψ φ dx
∗
i(AB − BA)ψ φ dx
=
これもエルミート演算子になる.
一般に,x や p の関数である演算子のすべてがかならずしもエルミートではない
ことに注意しよう.
1.2
ハイゼンベルクの不確定性原理
位置と運動量のゆらぎと相関
第 I 部 1 章で仮想実験について仮想データを検討
した訳であるが,ここで位置 x と運動量 p のゆらぎと相関を波動関数 ψ を用いて計
算してみよう.
まず,x と p のゆらぎ,∆x2 = (x − x)2 と ∆p2 = (p − p)2 ,を計算する.た
だし,計算を簡単にするため,x = 0,p = 0 とおく.この仮定は,x = x − x,
p = p − p と変数変換しても計算結果が変わらないことを踏まえている.
∞

2 =

∆x
ψ ∗ (x)x2 ψ (x) dx


−∞


∞
∞

∗
=
|xψ (x)|2 dx
xψ (x) xψ (x) dx =

−∞
−∞

∞
∞



 ∆p2 =
ψ ∗ (x)p2 ψ (x) dx =
|pψ (x)|2 dx
−∞
次に,
I = ∆p2 · ∆x2 =
−∞
∞
−∞
|pψ (x)|2 dx
∞
−∞
∗
|xψ (x)|2 dx
として,第 II 部 2.1 節に示したシュワルツの不等式 を適用すると,
2
∞
∗
I
(pψ ) (xψ )pψ dx
−∞
右辺は
∗ |(f |g)| |f | · |g| ここで,|f | =
(f |f ) ,(f |g) = f ∗ g dx である.
106
第 III 部 第 1 章 量子化とシュレーディンガー方程式
2
∞
∗
(pψ ) (xψ )pψ dx
−∞
2
∞
∞
px
+
xp
px
−
xp
=
ψ∗
ψ dx +
ψ∗
ψ dx
−∞
2
2
−∞
px + xp
と分解できるが,この章の 1.1 節の最後のパラグラフに示したように,
と
2
px − xp
i
はエルミート演算子であるから,それらの期待値はつねに実数である.そ
2
れぞれの期待値を P ,Q で表しておくと,
2
∞
∞
∗ px + xp
∗ px − xp
ψ
ψ dx +
ψ
ψ dx
−∞
2
2
−∞
= |P − iQ|2 = P 2 + Q2
と書くことができて,不等式
I P 2 + Q2 Q2
すなわち,
∆p2
·
∆x2
∞
2
i
∗
ψ (x)(xp − px)ψ (x) dx
2 −∞
が成り立つ.ここで
ψ ∗ (px − xp)ψ dx =
i
= i
ψ∗
∂ (xψ ) ∂ (xψ ) ∂ψ
−
x
∂x
∂x
∂x
(3.1.6)
dx
ψ ∗ ψ dx
最右辺の積分は規格化により 1 となるから,
∆p2 · ∆x2 2
(3.1.7)
ハイゼンベルクの不確定性原理が成り立つ.
フーリエ積分に h が含まれていた理由
もし,(3.1.1) 式,(3.1.2) 式にプランク
定数 h が入っていなければ,上の不確定性原理の関係は出てこない.波動関数はあ
らかじめ量子力学の原理を満足するようにきめられていたのである.
212
第 5 章 シュレーディンガー方程式の限界
この章のテーマ
シュレーディンガー方程式が適用できる問題で,たとえば,多粒子系の
波動関数などに関する正しい式が書けたとしても,近似的にさえうまく解
けない.そういう限界もあるかもしれないが,一方,それとは異なり,シュ
レーディンガー方程式の理論的限界も存在する.このことに関連する問題
は 2 つある.
ひとつは,シュレーディンガー方程式は特殊相対性理論は満たしていない
から,高速の電子などについて相対論的な量子力学の方程式を使わなければ
ならない,ということである.この方程式がディラック方程式である.関連
して粒子について,エネルギーについての新しい考え方が出てくる.また,
これまでなされていなかった,スピンの存在もここではじめて示される.
もうひとつは,シュレーディンガー方程式は古典的粒子を量子化するこ
とによって得られたものであり,方程式自体は波動方程式の一種であるが,
光など,もともと古典的に波動としてあつかっていたものについての量子
論ではなかった,ということである.光など,一般的に波動場の量子化(か
つては第 2 量子化と呼ばれた)をすることによって個数で表されるもの,
つまり,粒子性が現れる.
以上述べた 2 つの側面から,シュレーディンガー方程式を超えた方程式,
ないし,理論が建設されて来た.しかし,誤解してはならないことは,こ
の章は,相対論的量子力学や場の量子論を全面展開するために設けられた
章ではないということである.このような問題はこのシリーズの範囲から
いちじるしく逸脱するものである.表題にあるように,この章では,限界
を克服するためにはどのような方策が採用されたのか,その概略が示され
るのである.
この章のテーマは大枠としては以上の通りなのであるが,ここで視点を
変えて同じテーマを考えてみると,そもそも,シュレーディンガー方程式の
最大の成果は原子の構造を明るみに出したことにあったことはいうまでも
ないことである.ところが,原子のスペクトルに関して,水素類似原子と
5.1 ディラック方程式
213
いわれるアルカリ原子についてすら,まだ説明し切れていない宿題が残っ
てしまった.そこで,ここはやや深入りしてディラック方程式を使ってア
ルカリ原子のスペクトルに関する宿題を解決することにする.この問題は,
科学史に沿った説明を聞いていると,まだ理論ができていない段階の暫定
的で難解な解釈が挿入されていたりして,混乱してしまう個所である.
5.1
ディラック方程式
演算子に置き換える
第 III 部 1 章でみたように,1 粒子の座標を (x, y, z ) =
(x1 , x2 , x3 ) としたときの古典力学の式:
E=
3
1 2
pj + U (x1 , x2 , x3 )
2m j=1
において,
エネルギー: E → i
∂
,
∂t
運動量: pj → −i
∂
∂xj
(j = 1, 2, 3)
の置き換えによって,一体のシュレーディンガー方程式:
i
3
∂ψ
2 ∂ 2 ψ
=−
+ U (x1 , x2 , x3 )ψ
∂t
2m
∂xj 2
j=1
が得られることを学んだ.ただし,ψ = ψ (x1 , x2 , x3 , t) である.この方程式は,
ニュートンの運動方程式と同様,非相対論的な式であった.
相対論的な 4 元座標表示
x1 = x,
x2 = y,
x3 = z,
x4 = ict
では,4 元運動量は
iE
c
のようにエネルギーに関係する第 4 成分があり,4 元ベクトルの不変性より
p1 = px ,
4
p2 = py ,
p3 = pz ,
p4 =
pµ 2 + m2 c2 = 0
(3.5.1)
µ=1
の関係がある∗ .シュレーディンガー方程式と同じような置き換えは,
∗
4
µ=1
pµ 2 =(一定).この一定値は,粒子が静止,すなわち,px = py = pz = 0 のとき E = mc2 が成り
立つことから
4
µ=1
pµ 2 = −m2 c2 と得られる.
214
第 III 部 第 5 章 シュレーディンガー方程式の限界
∂
(j = 1, 2, 3)
∂xj
i
∂
∂
i
∂
p4 = E →
= −i
i
= −i
c
c
∂t
∂ (ict)
∂x4
pj → −i
とうまく 4 元形式にまとめられるから,
(−i)2
κ=
2
4 ∂
+ m2 c 2 = 0
∂x
µ
µ=1
mc
とおくと,
2
4 ∂
− κ2 = 0
∂x
µ
µ=1
線型化 しかし,このまま波動方程式をつくると,シュレーディンガー方程式の
ときにも議論したように,確率についての解釈に不備なところが出てくるので,こ
れを線型化する必要がある.そこで,左辺第 1 項を適当な係数 γµ (µ = 1, 2, 3, 4)
をもちい,
2
4 ∂
=
∂xµ
µ=1
4
!2
∂
γµ
∂x
µ
µ=1
(3.5.2)
となるようにすれば,因数分解
! 4
!
∂
∂
γµ
−κ
γµ
+κ =0
∂xµ
∂xµ
µ=1
µ=1
4
という形ができる.演算子の計算であるから,掛け算の順序に気をつけて (3.5.2) 式
の両辺を比べる.
2 ∂ 2 ∂
∂
∂
γµ
=
+
( γµ γν + γν γµ )
∂xµ
∂xµ
∂xµ
∂xν
µ
µ
µ
ν
これより,γµ の条件は,
(γµ )2 = 1,
γ µ γν + γν γµ = 0
(µ =
ν)
(3.5.3)
もちろん,ふつうの数ではこのような関係が成り立たない.γj は 4 行 4 列の行列† で
あり,(3.5.3) 式の 2 式では仮に右辺を,それぞれ,1,0 と表しておいたが,この
部分は 4 次の単位行列とゼロ行列となる.通常は
† 3 行 3 列以下の行列で (3.5.3) 式を満たす表現は存在しないことが示される.
5.1 ディラック方程式
γj =
O
−iσj
iσj
O
!
(j = 1, 2, 3),
γ4 =
I
O
215
!
O −I
(3.5.4)
ただし,ここで,I は 2 行 2 列の単位行列,O は 2 行 2 列のゼロ行列,すなわち,
I=
1 0
!
O=
,
0 1
である,さらに,σj は
σ1 =
0 1
!
1 0
0 0
,
!
0 0
σ2 =
0 −i
i
0
!
σ3 =
,
1
0
!
0 −1
(3.5.5)
第 III 部 3.4 節でスピンという角運動量を導入し,スピンの行列表現として 2 行 2 列
の行列,(3.3.15) 式で表される 2 行 2 列の行列 sx ,sy ,sz を導いたが,ここでは,
スピン行列を
σ1 =
2
sx ,
σ2 =
2
sy ,
σ3 =
2
sz
と書き換えてもちいる.今後もちいる σj についての公式をいくつか示しておく.
(σj )2 = I,
σ2 σ3 = iσ1 ,
σj σk + σk σj = O
σ3 σ1 = iσ2 ,
(j, k = 1, 2, 3, j = k )
σ1 σ2 = iσ3
(3.5.6)
第 1 行目の公式‡ は行列の直接計算でできるから,第 2 行目の公式のみ証明してお
こう.
■ 証明
一般角運動量 Jx などの定義式 (3.3.13) をスピンに適用した関係は
[sx , sy ] = sx sy − sy sx = isz
などであった.この式を σj の式に直すと
σ1 σ2 − σ2 σ1 = i σ3
2 2
2 2
2
σ1 σ2 − σ2 σ1 = 2iσ3
第 1 行目の公式より,σ2 σ1 = −σ1 σ2 を用いれば
σ1 σ2 = iσ3
対称性から他の 2 式も成り立つ. (証明終)
(3.5.4) 式の表現は条件 (3.5.3) を満たす一意的な解ではないが,これらを用いる
と式がスマートになるので採用する.なお条件 ((3.5.3) 式) を満足することは,次
の[計算ノート]に示しておく.
‡ この公式をみて, σj 自体が (3.5.3) 式を満たしているではないか,などと誤解をしないこと.この条件を満た
す σ4 は存在しない.
216
第 III 部 第 5 章 シュレーディンガー方程式の限界
計算ノート:(3.5.4) 式が (3.5.3) 式を満たすことの確認
1 (γµ )2 について:
2
(γj ) =
O
−iσj
iσj
O
!2
=
!
σj 2
O
O
σj 2
I
=
O
!
O I
j = 1, 2, 3 である.最後のところは公式 (3.5.6) を使った.
!2 !
I O
I O
2
(γ4 ) =
=
O −I
O I
2 γµ γν + γν γµ について:
γj γk + γk γj =
O
−iσj
iσj
O
+
=
!
O
−iσk
iσk
O
O
−iσk
iσk
!
O
!
O
−iσj
iσj
O
!
!
σj σk + σk σj
O
O
σj σk + σk σj
=
O O
!
O O
ここで j, k = 1, 2, 3, j = k である.最後のところは公式 (3.5.6) を使った.また,
γj γ4 + γ4 γj =
=
ディラック方程式
4
µ=1
γµ
O
−iσj
iσj
O
!
I
O
O −I
O
−iσj + iσj
iσj − iσj
O
!
+
!
=
I
O
!
O −I
!
O O
O
−iσj
iσj
O
!
O O
因数分解した演算子の右の因数に波動関数 ψ を右からかけて
∂ψ
+ κψ = 0,
∂xµ
κ=
mc
(3.5.7)
とした式をディラック方程式と呼ぶ.波動関数 ψ は,演算子が 4 行 4 列の行列だ
から 4 成分をもつ§ .(3.5.2) 式を因数分解したときの左の因数 (+κ が −κ となる)
については共役な波動関数(複素共役という意味ではない)について同値な方程式
が成り立つが,ここでは共役な関係についての議論は特にしないので,それは示さ
ない.
§ ベクトルではなくスピノルとよばれる.
5.1 ディラック方程式
ハミルトニアンをみつける
217
独立に運動する電子を考える.ハミルトニアン H は
シュレーディンガー方程式では
i
∂ψ
= Hψ
∂t
の形で出てくる.自由粒子の場合では
H=−
3
3
1 2
2 ∂ 2 ψ
=
pj
2m
∂xj 2
2m
j=1
j=1
つまり,非相対論的な運動エネルギーとなっていた訳である.
これを考えると,電子の相対論的ハミルトニアンを知るには,(3.5.7) 式を左辺に
∂ψ
i
となるように書き換えればよい (この節のはじめにやっていたように,しばら
∂t
くは,0,1 などを用いて計算を進める).まず,
3
γj
j=1
∂ψ
∂ψ
mc
ψ=0
+ γ4
+
∂xj
∂ (ict)
の両辺に cγ4 をかけると,(γ4 )2 = 1 だから,
cγ4
3
γj
j=1
∂ψ
∂ψ
− i
+ mc2 γ4 ψ = 0
∂xj
∂t
ゆえに,
∂ψ
∂ψ
i
= cγ4
γj
+ mc2 γ4 ψ
∂t
∂xj
j=1
!
3
2
= icγ4
γj pj + mc γ4 ψ
3
j=1
したがって,電子の相対論的ハミルトニアンは
H = icγ4
3
γj pj + mc2 γ4
(3.5.8)
j=1
となる.
スピン行列の拡張
固有関数 u が 4 次元で表されるから,スピン行列も 4 行 4 列
の行列に拡張する必要がある.拡張されたスピン行列の x 成分を S23 ,y 成分を
S31 ,z 成分を S12 とおくと,
Sjk =
[γj ,γk ]
(3.5.9)
4i
2 行 2 列のスピン行列とどのような関係があるか,1 成分だけみておこう.
218
第 III 部 第 5 章 シュレーディンガー方程式の限界
( γ 1 γ 2 − γ2 γ 1 ) = γ1 γ 2
4i
2i
!
!
O −iσ1
O −iσ2
=
2i iσ1
O
iσ2
O
!
!
σ1 σ2 O
σ3 O
=
=
2i
2 O σ3
O σ1 σ2
S12 =
対角線上に 2 行 2 列の z 成分のスピン行列が現れる.ここで使った式は,(3.5.3) 式,
(3.5.4) 式,(3.5.6) 式である.
電子のスピンの存在
(3.5.8) 式のハミルトニアン H を使って,スピンの測定に
ついて考えてみる.第 III 部 3.4 節で [H, Lz ] = 0 などが成り立つ,すなわち,エ
ネルギーと軌道角運動量は同時に測定できることを示した.ところが,相対論的に
考えると,実はこの関係は成り立っていない.たとえば,軌道角運動量の z 成分は
[計算ノート:(3.5.10) 式と (3.5.11) 式]にあるように,H と交換しない.すなわ
ち Lz ≡ L12 と書いて,
[H, L12 ] = 0
(3.5.10)
となる.
ところが,たとえば,軌道角運動量の z 成分 L12 とスピンの z 成分の和
J12 = L12 + S12
について H との交換関係をみてみよう.これも
[計算ノート:(3.5.10) 式と (3.5.11) 式]
に示すが,結果は
[H, J12 ] = 0
(3.5.11)
となる.J23 ,J31 ,J 2 についても,同様にして H と可換であることが示される.
ここで 3.3 節「量子条件」のところで説明した 2 つの物理量に関する交換関係の可
換・非可換の意味をもう一度考えてみよう. 1 粒子の位置と運動量の同じ向きの成
分が非可換,交換しないという意味は,両者が同時に正確に観測できない,つまり,
不確定であるということであった.今の場合であれば,電子の軌道角運動量 L は
H ,すなわち,エネルギーと非可換である.電子の系ではエネルギー保存則が成立
している.したがって H と交換関係がゼロとならない軌道角運動量は,特別な場合
を除いて,保存量にはならないのである.これに反して全角運動量 J はエネルギー
と同時に観測できる.電子においては軌道角運動量に古典力学的には説明すること
のできない電子の内部運動を表す物理量のベクトル和を加えたものが系の保存量と
厄米算符
开映射定理
角 动量
几率波
可测函数
可 测空 间
完备
基态
球谐函数
에너지의 준위
에르미트 다항식
에르미트 연산자
열린 사상정리
각운동량
확률파
가측함수
가측공간
완비
기저상태
구면조화함수
공분산
エネルギー準位
開写像定理
基底状態
球面調和関数
共分散
完備
可測空間
可測関数
確率波
角運動量
か行
エルミート演算子
エルミート多項式
协变差
厄米
能级
广 义角 动量
一致有界原理
균등유계성원리
일반 각운동량
一般の角運動量
一様有界性原理
中国語
碱金属原子
韓国語
알칼리원자
日本語
アルカリ原子
あ行
四か国語索引
ground state
spherical harmonics
covariance
open mapping theorem
angular momentum
probability wave
measurable function
measurable space
complete
energy level
Hermite polynomial
Hermitian
uniform boundedness principle
generalized angular momentum
alkali atoms
English
42, 123
45, 136
6
71
159
17
61
60
59, 60
42, 49, 123, 142
122
104
72
168
52, 146, 212
Page Number
四か国語索引
251
日本語
中国語
散射振幅
磁量子数
简并
主量子数
薛定谔表象
薛定谔方程
施瓦特不等式
碰撞
湮灭算符
氢原子
산란진폭
자기양자수
시그마 집합체
자기공역
자연방출
사영
퇴화
주양자수
슈뢰딩거 표시
슈뢰딩거 방정식
슈바르츠의 부등식
충돌
소멸연산자
수소윈자
水素原子
消滅演算子
衝突
シュワルツの不等式
シュレーディンガー方程式
主量子数
シュレーディンガー表示
縮退
射影
自発放射
自己共役
シグマ集合体
磁気量子数
映射
σ场
自轭
自发发射
本征矢(量)
本征值
本征函数
さ行
散乱振幅
固有値
固有関数
光子
光子
图表
克罗内克符号 δ
空穴理论
共轭算子
固有ベクトル
구멍이론(공공이론)
그래프
크로네커 델타
韓国語
공액(켤레)연산자
광자
고유함수
고유치
고유벡터
グラフ
クロネッカーのデルタ
空孔理論
共役作用素
Hydrogen atom
magnetic quantum number
sigma field
self adjoint
spontaneous emission
projection
degenerate
principal quantum number
Schrödinger’s representation
Schrödinger equation
Schwarz inequality
collision parameter
annihilaton operator
scattering amplitude
photon
eigen function
eigen value
eigen vector
hole theory
graph
Kronecker’s delta
English
conjugate operator
Page Number
36, 127, 158
132, 160
60
71
48
82
49, 142
142
156
107
69
192
244
196
40
74, 115
74, 115
74
224, 244
70
93
71
252
四か国語索引
谱
谱测度
产生算符
无穷小算子
塞曼效应
摄动法
零点能
跃迁
跃迁几率
总散射截面
选择定则
对偶空间
测度
测度空间
생성연산자
생성작용소
제만 효과
섭동 방법(섭동법)
영점 에너지
추이
추이 확률
전산란단면적
선택규칙
쌍대공간
측도
측도공간
分布意义上的导数
초함수의 의미에서의 도함수
単調収束定理
超関数の意味での導関数
単純関数
単位の分解
対称
たたみこみ
台
对称
卷积
单位分解
简易函数
单调收敛定理
支架
自旋轨道藕合能量
自旋
스핀
스핀 궤도 결합에너지
스펙트럼
스펙트럼 측도
지지대
대칭
합성곱
단위의 분해
단순함수
단조 수렴정리
た行
測度空間
測度
双対空間
全散乱断面積
選択規則
遷移確率
遷移
ゼロ点エネルギー
摂動の方法
ゼーマン効果
生成作用素
生成演算子
スペクトル測度
スペクトル
スピン 軌道結合エネルギー
スピン
derivative in the sense of
distribution
support
symmetric
convolution
resolution of the identity
simple function
monotonous convergence theorem
dual space
measure
measure space
creation operator
infenitesimal operator
Zeeman effect
perturbation method
zero-point energy
transition
transition probability
total cross section
selection rule
spin
spin-orbit coupling energy
spectrum
spectral measure
67
65
71
66, 80, 201
82
62
63
70
60
60
244
74
234
171
123
42
172
194
51, 173
169
228
74
82
四か国語索引
253
日本語
稳态解
狄拉克方程
狄利克雷函数
δ 函数
特性函数
정상해
디랙 방정식
디리클레 함수
델타 함수
특성함수(고유함수)
터널효과
波的叠加原理
双重项
规范
赋范空间
汉恩 巴拿赫定理
海森伯运动方程
海森伯表象
帕邢 巴克效应
波函数
巴拿赫空间
이중항
놈
놈 공간
한・바나흐의 정리
하이젠베르크의 운동방장식
하이젠베르크 표시
파센백 효과
파동함수
바나흐 공간
二重項
ノルム
バナハ空間
波動関数
パッシェン・バック効果
ハイゼンベルグ表示
ハイゼンベルグの運動方程式
ハーン・バナハの定理
は行
ノルム空間
内積
내적
파동의 중첩의 원리
内积
隧道效应
中国語
谐振子
正交
正交补子空间
韓国語
조화진동자
직교한다
직교여공간
波の重ね合わせの原理
な行
トンネル効果
特性関数
デルタ関数
ディレクレ関数
ディラック方程式
定常解
直交補空間
直交する
調和振動子
Hahn-Banach’s theorem
Heisenberg’s equation of motion
Heisenberg’s representation
Paschen-Back effect
wave function
Banach space
norm
normed space
doublet
inner product
principle of superposition of wave
characteristic function
tunneling effect
stationary solution
Dirac equation
Dirichlet function
delta function
English
harmonic oscillator
orthogonal
orthogonal complement
72
157
157
235
111
68
59, 65, 68
68
53, 234
71
113
61
183
115
215
59
93
Page Number
117, 150, 238
70
81
254
四か国語索引
希尔伯特空间
傅里叶变换
힐베르트 공간
푸리에 변환
페르미온
부확정성 원리
푸비니의 정리
플랑크 정수
플랑크 공식
프리드리히 확장
분산
닫힌 그래프정리
닫힌 연잔자
헬더의 부등식
ヒルベルト空間
フーリエ変換
ボレル集合体
ボレル可測
ほとんどすべての
ボルン近似
ボゾン
ボーア磁子
方向量子化
方位量子数
ボーア半径
閉作用素
ヘルダーの不等式
閉グラフ定理
分散
フリードリクス拡張
プランクの公式
プランク定数
フビニの定理
보어 반경
방위양자수
방향양자화
보어 자자(보어 마그네톤)
보존
거의
보른근사
보렐 가측
보렐 집합체
微分散射截面
微分散乱断面積
博雷尔场
博雷尔可测
几乎
玻恩近似
玻色子
玻尔磁子
空间量子数
方位量子数
玻尔半径
费米子
不确定性原理
富比尼定理
普朗克常数
普朗克公式
弗里德里希扩张
方差
闭图定理
封闭算子
赫尔德不等式
精细结构常数
미세구조정수
미분산란단면적
微細構造定数
フェルミオン
不確定性原理
半群
준 그룹
半群
Bohr radius
azimuthal quantum number
spatial quantization
Bohr magneton
Boson
almost every
Born approximation
Borel measurable
Borel field
Fourier transform
Fermion
uncertainty principle
Fubini’s theorem
Planck’s constant
Planck’s formula
Friedrichs extension
variance
closed graph theorem
closed operator
Hölder’s inequality
fine structure constant
differential scattering cross
section
Hilbert space
semi-group
143, 226
136, 160
167
232
244
61
195
61
61
86
244
13, 106, 123
64
2, 14, 40, 102
241
72
6
71
70
64
69
225
193
76
四か国語索引
255
感应发生
拉普拉斯算子
黎曼积分
라플라시안
리만 적분
리즈의 정리
이산적
양자
양자 조건
양자수
르베그 적분
르베그 수렴정리
ラプラシアン
リーマン積分
ルベーグ積分
르베그 가측집합
르베그 측도
여기상태
제 1 여기상태
분해식
励起状態
レゾルベント
第 1 励起状態
ルベーグ測度
ルベーグ可測集合
ルベーグの収束定理
量子条件
量子数
量子
離散的
リエスの定理
ら行
誘導放射
予解式
第一激发态
激发态
勒 贝格 测度
勒贝格可测集合
勒贝格收敛定理
勒 贝格 积分
量子条件
量子数
量子
Riesz 定理
离散
有界线性泛函
有界线性算子
유계선형연산자
유계선형범함수
유도방사
有界線型汎関数
や行
有界線型作用素
中国語
闵克夫斯基不等式
韓国語
민코프스키의 부등식
日本語
ミンコウスキの不等式
ま行
exited state
first exited state
resolvent
Lebesgue integral
Lebesgue’s dominated
convergence theorem
Lebesgue measurable set
Lebesgue measure
Riemann integral
Riesz’ theorem
discrete
quantum
quantum condition
quantum number
Laplacian
bounded linear operator
bounded linear functional
induced emission
Minkowski’s inequality
English
123
42
74, 85
60
60
62
63
58
65
114
14
158
123, 132, 136
127
68
70
48
64
Page Number
256
四か国語索引
著 者 略 歴
平尾 淳一(ひらお・じゅんいち)
1958 年東京都生まれ
東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得満期退学
大東文化大学法学部教授
牧野 哲(まきの・てつ)
1949 年大阪府生まれ
大阪市立大学大学院理学研究科修了 理学博士(京都大学)
山口大学工学部教授
師 啓二(もろ・けいじ)
1949 年東京都生まれ
早稲田大学大学院理工学研究科博士課程単位取得満期退学 理学博士
白 大学経営学部教授
徳永 旻(とくなが・あきら)
1935 年東京都生まれ
京都大学大学院理学研究科博士課程修了 理学博士
元・大阪産業大学教養部教授
山本 正樹(やまもと・まさき)
1947 年大阪府生まれ
大阪市立大学大学院工学研究科博士課程修了 工学博士
帝塚山学院大学人間文化学部教授
現象と数学的体系から
見える物理学 9
量子力学 I
c
平尾淳一・牧野 哲・
2008
師 啓二・徳永 旻・山本正樹
2008 年 1 月 15 日 第 1 版第 1 刷発行
【本書の無断転載を禁ず】
著
者 平尾淳一・牧野哲・師啓二・徳永旻・山本正樹
発 行 者 森北博巳
発 行 所 森北出版株式会社
東京都千代田区富士見 1-4-11(〒102-0071)
電話 03-3265-8341 / FAX 03-3264-8709
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TEX 組版処理/(株)プレイン http://www.plain.jp/
Printed in Japan / ISBN978-4-627-15891-7
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