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匠な工場から巧みな営業へ~営業力強化による工場の町の経営革新

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匠な工場から巧みな営業へ~営業力強化による工場の町の経営革新
平成24年度「中小企業経営診断シンポジウム」受賞論文
【第 1 分科会 日刊工業新聞社賞受賞論文】
匠な工場から巧みな営業へ
∼営業力強化による工場の町の経営革新∼
齋藤 信幸
一般社団法人東京都中小企業診断士協会
1 .はじめに
大田区の製造業の状況は,2008年から2009年に
2 .ツール開発の経緯―トップセールス
パーソンの頭の中を可視化する
かけて激変した。従業員数は一気に約5,000人減
技術畑出身の私がマーケティング,営業,経営
少して約26,000人となり, 売り上げも前年比で
者とキャリアを積み重ねていく中,コンプレック
26%減少し,5,510億円となった。リーマンショ
スセールスへの対応の必要性と,あまりに属人的
ックによる経済の停滞と製造業不振の影響である。
な営業方法の改革の必要性を痛感し,中小企業診
このような経営環境下,大田区は2009年 3 月に
断士として独立後に研究・開発したツールが「理
「大田区産業振興基本戦略」にて今後10年間の区
詰めの営業」である。
内製造業のあるべき姿として,「多様な基盤技術
トップセールスパーソンは,引き合いがあると,
集積の維持と開発型企業の拡大」,「大田のものづ
蓄積した顧客情報等をもとに受注までの営業ステ
くりの世界への発信の支援」などの方向性を示し,
ップ(勝利の方程式)を即座に頭に描く。たとえ
強化すべき項目として,ものづくり・あきない力,
ば,ある工作機械メーカーの営業の場合,課題の
経営力,成長力,継続力,連携力,人財力を挙げ
把握∼デモの提案∼デモの実施∼デモ結果報告∼
ている。
仕様提案∼価格交渉∼受注といった具合である。
さて,長年,製造業と関わってきた中小企業診
営業ステップは,業界,業種,製品等により異な
断士として大田区製造業の向こう10年を見た場合
る。しかし,基礎となる情報の種類と分析方法は
に,何に貢献できるであろうかと考えた。そのよ
ほぼ同じである。
うなときに,独自の製品や加工技術を持っている
具体的には,①企業の業績や事業計画,組織,
中小企業 3 社から,技術には自信はあるが,営業
意思決定プロセス等の顧客基礎情報,②顧客の問
ができないので支援して欲しいという要望がきた。
題・課題・ニーズ,③関係するすべての顧客の役
これが運命と感じ,営業力強化をとおして,大田
割・問題意識・目標等,④競合情報,⑤自社の強
区の製造業を支援することにした。前述のあきな
み・弱み,の収集と分析である。
い力,経営力,成長力,人財力等の強化でもある。
トップセールスパーソンは,案件ごとに常に最
以下では,中小企業診断士として開発した,囲
新の情報を収集・分析し,戦略を立て営業ステッ
碁や将棋のように個々の営業案件を論理的に詰め
プを受注へと一歩一歩確実に前進させていく。次
ていく「理詰めの営業」の,「ものづくりのメッ
ページの図 1 は,このトップセールスパーソンの
カ・大田区」での適用事例を紹介する。
頭の中にあるセールス方法を可視化し,整理した
体系図である。
可視化することにより,営業ステップ・営業の
行動管理が実現できる。また,情報の共有化が可
10
企業診断ニュース 2013.1
図1
営業ステップ
の定義
業の営業力アップを図りたい。
「理詰めの営業」体系図
引合
“勝利の方程式”
コンプレックスセールスに対する会社とし
製品
説明
受注
業力の強化を図った。
フィードバック
顧客基礎情報の分析
“囲碁・将棋の
ように論理的に”
問題・課題ニーズ分析
関係顧客分析
競合分析
ての仕組みがない現状をふまえて,「理詰め
の営業」ツールを用いて,現在いる営業の営
“次のステップに進むための”
会議設計・実施
4 .A社での「理詰めの営業」適用
以下では,A社の一つの営業案件に「理詰
めの営業」ツールを使った事例を紹介する。
販売先は,大手電子部品メーカーT 社である。
自社分析
社長をリーダーに営業・アプリケーション技
術・サービス技術のチームを営業案件ごとに
能となり,属人的な営業からグループ営業へと転
作り,OJT で営業ツールの活用を行った。 なお,
換が可能となる。
紙面の都合によりツールの表示は一部のみである。
開発したツールは,「営業ステップの定義」,前
4.1 営業ステップの定義
記の①∼⑤の情報を分析するツールおよび「会議
案件ごとに,引き合いから受注までの営業プロ
設計シート」からなる。この「七つ道具」は,こ
セスを内容・日付とともに定義する。
れまで主として,属人的営業からグループ営業へ
A社の装置を販売するには次ページの図 2 のよ
の転換を目指す中堅以上の企業に使用してきた。
うにデモや仕様の詰めなどのステップが必要とさ
以下は,中小企業への初めての適用事例である。
れる。顧客が当該装置を実際に必要とする時期,
当該装置の納期,予算の執行時期等から受注が必
3 .A社の現状と課題
要な時期を計算し,受注するための詳細ステップ
A社は大田区にある計測機器メーカーである。
を割り振る。
組織は営業と技術,間接部門からなる。技術部門
4.2 情報の収集・分析
は,開発・製造技術および装置の保守サービスを
4.2.1 顧客基礎情報の収集・分析
行うサービス技術,客先で装置の効果的な活用を
顧客の現状分析に必要な基礎的情報の収集と,
支援するアプリケーション技術から構成される。
不足情報に関する入手計画の立案を行うツールで
営業に関する社長とのインタビューから,以下
ある。必要情報は,中期・長期事業計画,組織,
の現状が判明した。
意思決定プロセス,当該企業の課題,競合情報な
①同社の装置を購入した顧客は,装置の性能や
どである。投資の確度の分析,関係者の洗い出し
購入後の技術サービスに満足している。
② LED 業界等の成長している業界へも販売し
ているが,失注等で売上が伸びていない。
③装置購入の意思決定に関わる客先の関係者が
等に活用する。
4.2.2 顧客の問題・課題の分析
顧客の投資の背景となる問題・課題の整理を行
うツールである。顧客の抱えている問題や課題が
多く,意思決定のプロセスが複雑で,営業が
複数ある場合は,顧客の中での優先順位を想定し,
情報を正しく収集・整理できていない。
ソリューションを準備する。
④各案件の状況が見えにくく,社長としてどう
4.2.3 関係する顧客の分析
営業にアドバイスすべきか分からない。
この案件に関わる顧客内部のすべての関係者を
⑤営業の行動管理ではなく,月次売上など売上
分析するツール(次ページの図 3 )である。関係
者の洗い出しには,顧客基礎情報にある組織図,
高管理になっている。
⑥装置の機能や使い方が複雑であるため,営業
意思決定プロセス情報が必須である。
にも技術的な知識が不可欠であり,アプリケ
関係者の洗い出しを行い,各関係者についてこ
ーション技術経験者 2 名が営業を行っている。
の案件に関する役割(購入承認,技術評価,ユー
⑦新人の育成には時間を要するので,現状の営
ザーなど)
,影響度,関心度(案件に対する深刻
企業診断ニュース 2013.1
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度)を記入する。
図2 営業ステップ定義シート
個人的目標は,会社の方針とは別に
ステップ
内容
期日
S
引合
10月 8日
1
打合せ
(投資計画,
課題の把握)
10月15日
2
打合せ
(ソリューション提案)
11月 4日
3
打合せ
(デモ内容およびデモ成功基準設定)
11月24日
4
実機デモ
(+コーチの接待)
(他社よりも後に)
12月 8日
どである。このような情報の入手には,
5
デモ結果の報告とアピール
(+接待)
1月11日
顧客との強固な関係の構築が必要であ
6
仕様打合せ
2月 3日
7
価格提示
2月17日
8
価格交渉
3月 3日
F
受注
4月28日
個人として実現したいと考えている目
標で,たとえば「ゴルフがうまくなり
たい」,
「実績を作って転職したい」,
「今のライフスタイルを続けたい」な
る。会社人としての目標は,仕事上の
目標で,たとえば,技術部門の部長の
場合は,「計画どおりの製品開発」,
「歩留まりの改善」
,「短期間での量産
立ち上げ」などが考えられる。
実」,「財務力」などであり,弱みとしては,「他
このように顧客分析をした上で,各関係者,特
事業所での失注」などが考えられる。
にキーマンに対して次の会議等でどう対応すべき
4.3 営業ステップを進めるための会議の設計
かを考える。たとえば,関心の低い人にどう問題
営業が主体となって営業プロセスを一つひとつ
意識を持たせ,深刻度を上げていくか等である。
丹念に進めていく。節目節目には「七つ道具」を
このツールの記入には,顧客との良好で密な関係
用いて十分に準備をして,顧客と会議を持つ必要
が必要であり,このツールは「如何に顧客を知ら
がある。
ないか」を営業に気づかせるものでもある。
会議のゴール(最大のゴールと最低限のゴー
4.2.4 競合情報の分析
ル)を明確化し,ゴール達成に必要な顧客を招集
顧客が何を基準に製品やサービスを選定するの
する。情報分析の結果から顧客の期待を事前に予
か,「選定基準」を明確にし,その上で代替ソリ
測する。また,ゴールを達成するための議題を設
ューションとの比較を行うツールである。代替ソ
定し,質問も予め用意する。そして,顧客訪問の
リューションには,競合他社の製品やサービスに
前に,グループで綿密な打ち合わせを行う。これ
加えて,現存製品・サービスの改良,現状維持も
により,会議設計の内容を出席者が共有し,各人
含まれる。この情報を分析し,プレゼンテーショ
の役割が明確になり,有効な会議が実現できる。
ンで強調すべきポイント,新規開発の必要性等を
ここでいう「有効な会議」とは,「具体的な課
検討する。
題を教えてもらう」,「デモに来てもらう」など具
代替ソリューションとの比較は,カ
タログ値ではなく,デモデータ等の実
測値であることが望ましく,自社のエ
ンジニアも含めたチームとして人間関
係を活用し,情報収集に努める。
価格については,デモ実施後に検討
する。合理的な金額であれば,デモ結
果(検出率やスループット等)や ROI
が良ければ,価格が他社よりも高くて
も問題ではないからである。
4.2.5 自社の強み・弱みの分析
個別の製品やサービスの競合分析で
はなく,自分の会社としての強み・弱
みを分析するツール。強みは,「過去
の納入実績」
,「サービスサポートの充
12
図3 顧客分析シート
関係者 役割 影響度 関心度
K.I氏
(事業部長)
S.K氏
(技術部長)
Y.I氏
(プロセス技
術第一課長)
N.S氏
(エンジニア)
S.T氏
(エンジニア)
H.M氏
(購買課長)
個人的な目標
会社人としての目標
同一事業を展開する他の2
事業所に勝つ
E
中
なし
不明
T&E
中
あり
国内での部長の地 量産立ち上げの成功と,
次期
位を固める
製品のプロセス開発
T&E
大
あり
チームワークの醸成
T&U
中
過信
海外でスキューバダ
現場の経験を活かしたプロセ
イビング,
A社以外の
ス改善
装置購入
C
小
なし
仕事と遊びのバラン
プロセス改善
ス
T&E
小
なし
中小企業診断士の
予算以下での購入
資格取得
計画通りの量産立ち上げの
成功と予算内での装置購入
役割 E:予算承認・購入承認権限 T
:技術評価 U:ユーザ C:コーチ
企業診断ニュース 2013.1
体的なアクションに結び付いた会議である。逆に
社長および出席者が適切なアドバイスを行う
「不成功な会議」は,ポジティブなコメントのみ
ことが可能になった。
・失注が減り,不必要な値下げが回避でき,利
(
「すばらしいプレゼン」,「よさそうな装置」),
益率の改善もみられた。
無反応などである。
・顧客との会議に無駄がなくなり,一部の顧客
5 .まとめ
からは感謝もされた。
「理詰めの営業」ツールを日々の営業活動に取
このように数社ではあるが,独自の製品や加工
り入れ,また,社長を中心とした営業会議に活用
技術を持つ中小企業にてこのツールを適用し,有
することにより,次のような効果が生まれた。
効性を確認できた。品質改善や故障解析と同様に
・営業が収集・分析すべき情報の種類が明確に
情報を分析し,論理的に営業ステップを進める方
なり,営業活動の指針の一つとなった。また,
法は,技術畑出身の営業やエンジニアにもフィッ
論理的に営業を進める習慣が身についてきた。
トしたといえる。
・技術もチームに参加させ,チームとして情報
技術畑の社長が多い大田区でのさらなる活用を
収集や顧客対応ができるようになった。
促進し,前述のあきない力,経営力,成長力,人
・このツールを営業会議で用いることにより,
財 力 等 の 強 化 に つ な が れ ば と 思 う。 そ し て,
すべての出席者が各案件の情報を共有化でき,
「OTA KU」を世界のブランドにしたい。
図4 会議設計シート (1)
顧客名
T社
案件内容
測定装置
(1億円未満)
日時:
10月15日
場所:T社A工場
出席者名前
役職
期待
・YI氏
プロセス技術課長 予算を下回る提案
・NS氏
担当エンジニア
高額な装置価格・サービス費用,
B社がベター
・HM氏
購買課長
予算以下の装置価格,
更に値切る余地
ゴール
最大:顧客装置でのデモの実施
〃
最小:デモの実施
(顧客装置の使用不可)
自社のポジション
・新製品がないため中古機の提案のみ ・事業部Uにおける失注
・デモ機がないため顧客の現存装置をアップグレードして行う必要
図5 会議設計シート (2)
ゴールを達成するために提示する情報
・導入実績
(事業部U以外は90%シェア)
&サポート実績
提示する理由
・事業部Uの装置選定の誤りの明確化,
サポートの重要性の再認識
ゴールを達成するための質問設計
・意思決定プロセス・予算・納入時期
(再確認)
いかがでしょうか。
・現装置は現在の測定仕様を十分に満たしていると思いますが,
・その装置を一先ず無償でアップグレードし,
新しい仕様をテストしてみませんか。
・テスト後もそのままお使いいただいてもよいのですがいかがでしょうか。
・工場へ訪問いただきたいのですが。交通費とホテル代はうちもちで。
議題の設計
・投資計画の確認
(投資時期,
金額,
装置選定基準,
意思決定プロセス)
・社内測定データの紹介
・今後のスケジュール
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