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ペロブスカイト型ニッケル酸化物の固体化学
ペロブスカイト型ニッケル酸化物の固体化学 Solid State Chemistry of Perovskite-type Nickel Oxides 石渡晋太郎 A、齊藤高志 B、東正樹 B、高野幹夫 B A 早稲田大学理工学部、B 京都大学化学研究所 Key-words: Ni3+, perovskite oxides, charge disproportionation, metal-insulator transition, SOFC 1.はじめに 近年 3d 遷移金属酸化物において、高温超伝導、巨大磁気抵抗効果、巨大熱電特性 などの傑出した電子機能が相次いで発見された。これらの酸化物には、電荷とスピン、そ して軌道の自由度が複合して活かされた新しい機能をもつエレクトロニクス材料となるこ とが期待されている 1)-3)。ところで、銅酸化物系超伝導体の母物質である絶縁体は、電子相 関により上下に分けられたdバンドの間に酸素 p バンドが挟み込まれた電荷移動型絶縁体 である。これら電荷移動型酸化物の電子物性を議論する際は、個性豊かな d 電子に加えて 酸素 p 軌道に生じたホールの果たす役割も考慮する必要がある 4)。本稿で取り扱う Ni3+を 含むペロブスカイト型酸化物 ANiO3(A: 希土類金属、イットリウム等)では、d準位が相 対的にさらに深く、p 軌道から d 軌道への電荷移動エネルギーがゼロに近いことが指摘され ている。即ち、NiO6 八面体の基底状態は Ni3+(d7)に Ni2+L(d8L)と Ni+L2(d9L2)が強く混成し た状態として記述することができる(溝川らによって見積もられた PrNiO3 の基底状態は Ni3+(34%)+Ni2+L(56%)+Ni+L2(10%))5)。ここで L はニッケルイオンの配位子酸素に含ま れるホールを表し、基底状態として最も存在比の高い Ni2+L のみを仮定すると、その数は 酸素イオン 3 つにつき 1 である。さらに言葉を加えると、Ni3+(t2g6eg1)がもっているはず の軌道の二重縮退は、Ni2+L(d8L)状態では配位多面体に受け渡されてしまったということに なる。このように波動関数の広がった d-p 混成状態では、スピンと電荷の自由度も、配位子 にかなりの重みがおかれる。また、その結果として、しばしば金属的伝導性が現れる。 菱面体晶の LaNiO3 では、低温まで金属的伝導性を示すが、A サイトのイオン半径 を小さくして(GdFeO3 型の)格子歪みを増大させると、σ*バンド幅が狭まるために低温側 の絶縁領域が広がる(図 1)6)。かつて、同じ eg1 電子配置をもつ LaMnO3 との類推から、 ANiO3 の金属絶縁体(MI)転移は軌道秩序によるものと予想されていた。しかしその後行 われた放射光 X 線回折と中性子回折を組み合わせた実験から、YNiO3 において 3 価のニッ ケルイオンが TMI(金属絶縁体転移温度)以下で 3-δ価と 3+δ価に不均化することに対応し た構造相転移(斜方晶→単斜晶)が見つかった 7)。この電荷不均化を、酸素ホールの濃縮化・ 秩序化という描像に基づいて単純化・極限化してみると、2Ni2+L (金属相)→ Ni2+(S=1) + Ni2+L2(S=0) (絶縁相)となる。このような電荷不均化は、やはり深いd準位と軌道二重縮 退をもつ Fe4+(t2g3eg1)のペロブスカイト型酸化物にも見られる 4)。d準位の深い系では、 軌道の自由度を担う波動関数が配位子まで大きく広がる結果として、協力的ヤーンテラー 効果より電荷不均化が起きやすくなっていると言えそうだ。不均化状態での結晶格子の歪 みは小さい。従って酸素ホール系遷移金属酸化物の物性研究を行うにあたっては、良質な 試料の作製と精度の高い構造解析が要求される。 本稿では、PrNiO3 における電荷不均化の研究、新しい酸素ホール系を開発する研 究の一環として見出された BiNiO3 における新奇な電荷不均化とその圧力及び置換効果を 紹介し、最後に燃料電池材料として有望視される層状ペロブスカイト La2NiO4+δにおける高 いイオン伝導性能について少しふれることにする。 2.1 PrNiO3:ニッケルイオンの電荷不均化 YNiO3 のように A サイトのイオン半径が小さい領域では、MI 転移に対応した対称 性の低下が確認されたわけであるが、PrNiO3 や NdNiO3 などでは有意な構造変化が確認さ れず、対称性は斜方晶(Pbnm)のままであるとされてきた 8)。このため、La に近い領域 での MI 転移が、YNiO3 と同様な電荷不均化によるものか、それとも軌道秩序によるもの かが新たな議論の的となっていた。そこで我々は構造の変化をさらに精密に調べるために、 良質な単結晶試料を用いて放射光X線回折及び電子線回折実験を行った。Ni3+は化学的に不 安定なイオンであるため、一般に合成には高圧もしくは強い酸化雰囲気が必要となる。実 際に LaNiO3 を除く ANiO3(A:希土類元素、Tl)は、原料に酸素発生剤(KClO4)を混ぜ て 2~6 GPa、900~1000℃の条件で処理することで合成される(熱間等方圧加圧法(HIP) によっても合成可能 9)) 。本研究に用いた PrNiO3 の単結晶試料は、このような高圧下でフ ラックス法により育成されたものである。その際、KClO4 と NaClO4 の混合物を酸素発生 剤兼フラックスとして利用した。酸素を放出した後の混合物 KCl+NaCl は共晶のために低 融点になることが期待されるからである。出発原料は、Pr6O11 + 6NiO + 0.5KClO4 + 0.5KCl + 0.5NaClO4 + 0.5NaCl とし、4.5GPa の圧力下、1450℃から 1250℃までを 7 時間かけて 徐冷することで単結晶(正確には、後述のように双晶)を得ることができた 10),11)。フラッ クスは、蒸留水で洗浄することで取り除くことができる。 図 2(a)に PrNiO3 単結晶を示す。4 端子法による電気抵抗を測定したところ、130K で 1 次の相転移を示唆するヒステリシスを伴った MI 転移が観測された(図 2(b))。残念な がら育成後の冷却過程で菱面体晶(もしくは立方晶)から斜方晶への構造転移が起きるた め、得られた結晶には3次元的にミクロな双晶が入ってしまっている。しかし、放射光を 用いた単結晶X線回折と電子線回折実験で、TMI における斜方晶(Pbnm)から単斜晶(P21/n) への転移を確認することができた 12)。高温側の斜方晶相は GdFeO3 型構造で Ni サイトが 1 つしかないが、単斜晶相では Ni サイトが 2 種類になる。図 2(c)(d)に TMI の上下で観測した 放射光 X 線回折写真を示す。90K で、斜方晶 Pbnm では禁制の(036) 反射が出現している。 温度に対してより定量的な構造変化を調べるために、SPring-8 のビームライン BL02B2 に 備え付けられた大型デバイシェラーカメラを用いて、放射光 X 線回折実験を行った。リー トベルト法による解析を行ったところ、TMI 以下で温度低下とともに 2 種類の NiO6 八面体 の大きさに差が生じることが確認できた 13)。リートベルト法と MEM(Maximum Entropy Method)解析を組み合わせた手法によって得られた電荷密度分布を図 3 に示す 14)。300K で は全ての Ni-O 結合が等価であるのに対し、90K では電荷不均化を反映して、Ni1-O (Ni(3-δ)+-O)結合は弱く、Ni2-O(Ni(3+δ)+-O)結合は強くなっている様子が分かる。尚、 NdNiO3 においても同様に斜方晶→単斜晶の構造相転移が確認された(但し多結晶体試料)。 本研究によって希土類金属イオンを A サイトにもつ一連の ANiO3 の MI 転移は、B サイト の電荷不均化に起因していることが明らかになった。 ANiO3 では、図 1 に示したように A サイトの大きさが La に近いところで TMI が ゼロに向かう挙動を示す。Ni-O-Ni 角度が 180°に近くなってバンド幅が広がるためである。 圧力をかけた場合もやはり TMI はゼロに向かう。Ni-O-Ni 距離が短くなってバンド幅が広が るためであろう。Zhou と Goodenough らのグループは、これらを組み合わせることで量子 臨界点近傍での異常金属相探索を試みており、PrNiO3 に 1 万気圧程度の圧力をかけると反 強磁性電荷秩序相が消失すると同時に非フェルミ液体相が出現することを見出した 15)。こ の振る舞いは、臨界点近傍での電荷とスピンの揺らぎに起因するものだと考えられる。今 後高圧下で育成した十分な大きさの単結晶試料を用いた物性測定を行うことができれば、 より詳細な議論を行うことができるであろうと期待している。 2.2 Bi1-xLaxNiO3:A サイトの電荷不均化と圧力・置換効果 今までは、トレランスファクターが LaNiO3 よりも少し小さい領域での MI 転移に 関する最近の研究を紹介してきた。ここで、希土類金属とは性質の異なるビスマスイオン に着目してみよう。Shannon のイオン半径によると、Bi3+イオンは La3+イオンよりもわず かに大きい。従って、我々は Bi3+Ni3+O3 が合成出来れば、格子が広がって高い対称性を保 ったままバンド幅が狭まる、あるいは Bi3+の孤立電子対の影響で他の ANiO3 とは異なった 格子歪みが生じることを期待した。高温高圧下(6GPa、1000℃)で得られた BiNiO3 は果 たして絶縁体であったが、結晶構造は想定外のものであった。BiNiO3 の単位格子は、 GdFeO3 型と同じ大きさの√2a×√2a×2a(a は立方晶ペロブスカイトの単位格子)である ものの、三斜晶に歪んでいるために、ビスマスとニッケルの結晶学的サイトはそれぞれ 2 種類と 4 種類存在する(図 4(a)参照)。放射光X線回折のデータを用いてリートベルト解析 を行い、酸素イオンとの結合長から陽イオンの bond-valence sum を計算したところ、2つ のビスマスイオンはそれぞれ 3 価と 5 価に不均化しており、ニッケルは 2 価に還元されて いることが明らかになった 16)。常磁性領域に対して、キュリー・ワイス則を用いたフィッ ティングを行うと、Ni2+の局在スピンから期待される S=1 に非常に近い解析結果が得られ た。ビスマスイオンは A サイトに位置しながらも、強い共有結合性によって−すなわち酸素 イオンを引きつけて−歪んだ BiO6 八面体を形成し、さらに辺共有 2 量体を形成している。 ビスマスイオンの電荷不均化は BaBiO3 で見つかっているが、Bi3+0.5Bi5+0.5NiO3 のように A サイトで不均化を起こす現象はこの物質で初めて確認されたものである。 一方、ペロブスカイト型酸化物を Madelung energy の観点から眺めると、A+B5+O3、 A2+B4+O3、A3+B3+O3 などの酸化状態は安定相として存在しうるが、A4+B2+O3 のように A サイトの価数が高い状態は不利であるとの報告がなされている 17)。また、Bi5+のような価 数の高いイオンが 2 量体を形成することも、さらに状況を不利にしている。この矛盾に対 して我々は、ビスマスイオンの電子状態を Bi5+とせずに、Bi3+L2 のようにリガンドの酸素 イオンにまで広がった電子状態を想定すると分かりやすくなるのではないかと考えている。 実際にビスマスの 6s 軌道のエネルギーは非常に深いところに位置し、酸素イオンと強い共 有結合を形成することから、Ni3+イオンと同様なリガンドホール描像を仮定することは、妥 当であろう。 LaNiO3 から BiNiO3 への変化は、d-p 系から d-p-s 系への拡張であるといえる。 次に、BiNiO3 の金属化、即ち電荷秩序状態の融解を試みるために高圧附加や La による A サイト置換を行った 18),19)。熱揺らぎによっても電荷が均一になることが期待され るが、残念ながら均一化が期待される温度よりも低温で酸素の離脱反応が始まってしまう ことが、示差熱・熱重量分析と高温X線回折実験により明らかになっている。図 4 に(b)室 温高圧下での BiNiO3、(c)各温度での Bi0.95La0.05NiO3、(d)室温での Bi1-xLaxNiO3 の XRD パターン(d ~ 2.5-2.9)を示す。圧力下の測定は SPring-8 の BL10XU に備わっている DAC (Diamond Anvil Cell)を、また常圧下の測定は PrNiO3 で使用したものと同じビームライ ン・装置を用いて行った。圧力、温度、La 置換量の増加に伴って三斜晶から 2 相共存領域 を経て斜方晶(GdFeO3 型)へ変化していることが分かる。この転移は、圧力、温度変化に 対して可逆的であり、ヒステリシスを伴う(図 4(b)(c)はそれぞれ昇圧、昇温過程)。斜方晶 はビスマスのサイトが 1 種類しかないことから、この 1 次相転移は電荷秩序-無秩序転移で あるという結論が得られた。 図 5 に BiNiO3 の単位格子体積と電気抵抗率の圧力依存性を示す(測定は室温)。 3GPa 程度の圧力で体積に 3%弱の飛び見られ、同時に電気抵抗率が 3 桁以上変化する振る 舞いが観測された。また、室温での La 置換量 x に対する同様の物理量も、x=0.075 の前後 で同様な変化を示すことが確認された。従って、ビスマスイオンの電荷不均化を抑制する 外的因子として、加圧と La 置換効果(化学圧力)は本質的に同じ働きをもつと見なすこと が可能で、7.5%の La 置換がおよそ 3GPa の圧力に相当する。 図 6(a)(b)に Bi1-xLaxNiO3 の電気抵抗率と熱起電力の温度依存性を示した。La 置換 量 x が増大すると TMI が低下する傾向が見られるが、x が 0.05 を超えると転移が非常にブ ロードになり、低温で再び金属的な領域が出現する。熱起電力の振る舞いに、x=0.05 と 0.075 の違いがより明確に現れている。x=0.05 の熱起電力は、高温金属相では負の値をとるが、 絶縁相へ転移すると同時に符号が逆転している。一方、La 置換量 x が 0.075、0.1 へ増加す ると、室温ではキャリアー数の増加に応じて熱起電力の絶対値が小さくなるものの、温度 低下に伴う電気抵抗上昇に対しては大きな異常を示さない。それどころか、一般的な金属 が示すような直線的にゼロに向かう振る舞いが観測された。これらの結果は、x=0.075, 0.1 の試料内に、低温まで金属的な伝導パスが存在することを意味しており、電気抵抗の上昇 は金属相の中に生じた絶縁相の島(電荷秩序相が中途半端な状態で凍結)によるものと推 察される。 BiNiO3 における電荷不均化状態は、圧力・La 置換・温度によって抑制され、金属 的になることが分かった。では、MI 転移の前後で構造や電荷分布にどのような変化が生じ たのだろうか。Bi0.8La0.2NiO3 の構造解析からは、Ni-O-Ni の平均角度が 153.4°(LaNiO3: 165.2°)、Ni-O の平均結合距離が 1.973Å(LaNiO3: 1.935Å)、という結果が得られた。 LaNiO3 と比較すると構造の歪みが大きいことが分かる。また、Ni-O の結合長は Ni3+にし ては長く、Ni2+にしては短い。最近、和達らが行った光電子分光測定により、①Bi1-xLaxNiO3 のビスマスイオンの平均価数は置換量 x にかかわらず 4 価のままであり、②ニッケルイオ ンの価数は凡そ 2+x となることが明らかになった 20)。よって平均 4 価の A サイトを 3 価の La イオンで置換することによって生じたホールは、ニッケルサイトに入ると考えられる。 金属相である Bi0.8La0.2NiO3 は、BiNiO3 と同様に 300K 近傍でネールオーダーし、高温側 では局在スピンによるキュリー・ワイス的振る舞いが観測された。これも、La 置換によっ てニッケルイオンがただちに 3 価にはならずに、2 価に近い状態を維持することを支持して いる。酸素ホールを生じない Ni2+は半導体的伝導性をもたらすと考えられるため、電荷均 一相の電気伝導には B サイトだけでなく、A サイトのビスマスイオンも寄与している可能 性があると言える。BiNiO3 の高圧電荷均一相も La 置換体の電荷均一相と同様な電子状態 であるとすると、高圧相 Bi3+LNi2+O3 は A サイトの寄与が大きい伝導体ということになる のかもしれない。 以上の結果を図 7 に相図としてまとめた。BiNiO3 は、ペロブスカイト酸化物の A サイトはイオン的(構造形成因子)で B サイトが共有結合的(電子物性因子)という常識 を覆す、意外性に満ちた物質であると言える。A サイトの共有結合性が物性に関与するとい う意味では、(Pb,Bi)MO3(M:遷移金属)における強誘電性が知られているが、これらは当然 のことながら絶縁体である。BiNiO3 の電荷不均化が消失する圧力で、PrNiO3 で見られた ような異常な金属相が存在するのかどうかは興味深い問題として残されており、高圧・低 温での電気抵抗測定が待たれる。 2.3 La2NiO4+δ:高性能酸素イオン伝導体 最後に、ニッケルペロブスカイト関連化合物の応用に向けた研究例を紹介する。 近年ペロブスカイト型酸化物は、固体酸化物型燃料電池(SOFC)の陽極材料としても注目 されている 21)。他の燃料電池材料にない SOFC の主な特徴としては、①動作温度が高く (~1000℃)、廃熱や高温排ガスの利用が可能②エネルギー生産効率が高い(50%以上)、③ 全固体であるために腐食や電解質の揮発の問題がない、等の点が挙げられる 22)。一方で、 高温で各材料の機能性を持続するためには熱による劣化(電極と電解質の境界面で起こる 化学反応)を抑制しなければならないという問題がある。従って、SOFC の性能を決める 要因としては、イオン伝導率と電子伝導率の高さに加えて、高温での安定性も重要となっ てくる。あるいは、高効率で動作する温度を 700℃程度まで下げることも一つの方法だと言 える。層状ペロブスカイト構造をもつ A2NiO4+δ(A=La,Pr,Nd,etc)は、これらの要求を満 たす可能性を秘めた物質である 23),24)。 La2NiO4+δにおけるイオン伝導のキャリアーとしては、層間サイトに存在する酸素 イオンと酸素イオンサイトの空孔が考えられる。酸素イオンの自己拡散係数は、IEDP (Isotope Exchange and Depth Profiling)という手法を用いて同位体元素 O18 の存在位置 と量を検出し、存在量を存在位置の関数としてプロットしたものにつき適当な関数でフィ ッティングを行うことで求められる。Bassat らは、600℃以上で面内方向の自己拡散係数 が面間方向よりも 1 桁から 2 桁程度高いことを明らかにした。層間に存在する O2-イオンが 主なキャリアーだと考えると、当然の結果だと言えよう。しかしながら、自己拡散係数の アレーニウスプロットから活性化エネルギーを見積もると、面内(~0.9eV)よりもむしろ 面間方向が圧倒的に低い値を示した(~0.25eV)。この予想外の振る舞いに対して、彼らは、 NiO2 面に酸素欠損が存在し、そこをホールを含んで小さくなった O-イオンがくぐり抜ける、 という仮説を提案している。O-イオンの存在率は、O2-イオンに比べると低いはずであるが、 イオン半径と電荷が小さくなっていることを考慮すると、移動度はより高いと予想される。 A2NiO4+δのイオン伝導率は(各温度での酸素イオンの自己拡散係数と酸素量が分 かれば、ネルンスト・アインシュタインの関係式から求まる)、これまでに知られている最 も高性能なペロブスカイト型酸化物 La0.6Sr0.4Fe0.8Co0.2O3-δと比較しても、特に低温領域 (500~800°C)で高い値を示す 23)。ペロブスカイト構造にはなかった 2 次元的な「スペー ス」とそれらをつなぐ「トンネル(欠損)」という自由度が新たに備わったことで、今後さ らなる性能の向上が見込めるだろう。 3.おわりに Ni3+を含む酸化物の物性を化学的な見地から見直すと、Ni-O の共有結合性が高く、 し か も Ni2+ ( t6e2 ) の 丸 い 電 子 状態 が 安 定 であ る こ と がそ れ に 拍 車を か け る ため 、 Ni3+(O6)12-(d7) ↔ Ni2+(O6)11-(d8L)という二つの状態が拮抗している、という点がキーポイン トとして浮かび上がる。ビスマスイオンがペロブスカイトの A サイトを占めると、こちら も共有結合性の強いボンドを作ろうと酸素イオンを引き寄せようとする。この両者の間の 妥協の結果として−言葉を換えると酸素ホールの奪い合いの結果として−A サイトの方が B サイトよりも平均価数が高い風変わりなペロブスカイト構造が安定化されたと解釈できる。 ランタン置換や加圧による電子状態の大きな変化の背景には、上述の二つの状態間の均衡 がある。他の BiMO3(M:遷移金属)で同様な電荷分布が見られないのは、Ni2+のような、d 準位が深く、丸くて安定な電子状態をとる2価イオンがないからであろう。La2NiO4+δにお ける高いイオン伝導をもたらす要因としては、過剰酸素や酸素欠損を許容し、酸素イオン の拡散に有利な層状構造をもつという点に加えて、1 価の酸素イオンも伝導に寄与しうると いう点も興味深い。今後、Ni3+だけでなく、Fe4+、Co4+などを含む酸素ホール系導電性酸化 物において、新奇な結晶構造や輸送特性が見つかることを期待したい。 図 1. ANiO3(A:希土類金属)の電子相図. 図 2. (a)PrNiO3 単結晶の写真.(b)PrNiO3 単結晶の電気抵抗率の温度依存性.(c)140K, (d)90K で測定した放射光 X 線回折像. 図 3. PrNiO3 の z=0 における MEM 電荷密度分布(左:300K,右:90K).0.75e/Å3(1 立方 オングストロームあたりの電子数)から 1.75e/ Å3 までを 0.25e/A3 ステップで表示. 図 4. (a) Bi1-xLaxNiO3 の三斜晶絶縁相と斜方晶金属相の結晶構造.三斜晶相では Bi3+O6 八 面体と Bi5+O6 八面体を示した. (b)-(d)Bi1-xLaxNiO3 に お け る 構 造 相 転 移 を 示 す XRD パ タ ー ン . (b) 圧 力 依 存 性 (x=0,T=300K) (c)温度依存性(x=0.05), (d)La 置換量依存性(T=300K). 図 5. 圧力下における BiNiO3 の 単位格子体積及び電気抵抗率の変化(○:三斜晶相,●: 斜方晶相). 図 6. Bi1-xLaxNiO3 の(a)電気抵抗率 (b)熱起電力の温度依存性.図中の矢印は温度変化の方 向を示す. 図 7. Bi1-xLaxNiO3 の電子相図. 文献 1) 前川禎通、固体物理, 35, 806-12 (2000) 2) 十倉好紀、固体物理, 36, 743-55 (2001) 3) I. Terasaki, Y. Sasago, and K. Uchinokura, Phys. Rev. B 65, R12685-R12687 (1997). 4) M. Imada, A. Fujimori, and Y. Tokura, Rev. Mod. Phys.,70, 1039-263 (1998). 5) T. Mizokawa, A. Fujimori, H. Namatame, K. Akeyama, and N. Kosugi, Phys. Rev. B 49, 7193-204 (1994). ;T. Mizokawa, A. Fujimori, T. Arima, Y. Tokura, N. Mori, and J. Akimitsu, Phys. Rev. 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