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我が国の都市政策の方向性 - 公益財団法人日本生産性本部

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我が国の都市政策の方向性 - 公益財団法人日本生産性本部
都市政策特別委員会提言報告書
我が国の都市政策の方向性
~
都市政策から都会創造へ
~
平成22年3月
公益財団法人 日本生産性本部
はじめに
社会的な生産性向上のためには、社会資本の充実が欠かせない。とりわけ、グローバル化が進
展しているいま世界的な都市間競争が激化していることから、東京に限らず地方都市まで含めた
それぞれの都市が自立的にハード、ソフトの両面にわたり都市機能を向上させ「都市の生産性」
を向上することが望まれる。それにより、新しい価値を効率よく生み出すととともに、世界から
多くの人々が訪れたくなる魅力ある都市を形成することが必要となる。
こうした問題意識のもとに、当本部では平成 20 年より都市政策特別委員会を設置し、都市の生
産性を高めるための都市政策を検討・提言することとした。本報告書はその第 1 回目の提言報告
書であり、まず大都市にしぼって都市政策の方向性を提言している。
本提言においては、今日の知恵や知識が主導する社会(本報告書では「知価社会」と呼んでい
る)においては、これまでの東京一極集中を前提とした画一的な都市づくりから、
「都会」と呼べ
るような創造的で魅力的な都市を地域が主導して形成すべきことを主張している。様々な変革を
期待されている民主党政権において、都市政策もまた大きな変革が期待されるところであり、本
提言の趣旨が新政権の都市政策の方向性を検討する際の参考となれば幸いである。
なお、本提言報告書作成に当たっては、堺屋太一会長(作家・経済評論家)
、大西隆委員長(東
京大学教授)を始め、委員の皆様、さらにはヒアリングに応じていただいた三大都市圏の行政関
係者や研究者等に多大な御協力をいただいた。ここに記して感謝申し上げる次第である。
平成22年3月
公益財団法人 日本生産性本部
i
日本生産性本部
都市政策特別委員会・委員名簿
(敬称略、氏名50音順)
委
員
会
長
堺屋
太一
委員長
大西
隆
委
大崎
員
氏
名
所属組織
役
職
作家・経済評論家
東京大学・大学院工学系研究科
教授
貞和
株式会社 野村総合研究所・研究創発センター
主席研究員
奥出
直人
慶應義塾大学・大学院メディアデザイン研究科
教授
片山
善博
慶應義塾大学・法学部政治学科
教授
尚
埼玉大学・大学院理工学研究科
教授
佐藤
友美子
財団法人 サントリー文化財団
上席研究フェロー
瀬田
史彦
大阪市立大学・大学院創造都市研究科
准教授
中川
雅之
日本大学・経済学部
教授
長島
俊夫
三菱地所 株式会社
代表取締役専務執行役員
中村
文彦
横浜国立大学・大学院工学研究院
教授
橋爪
紳也
大阪府立大学・21世紀科学研究機構
特別教授
平本
一雄
東京都市大学・都市生活学部
学部長・教授
福島
茂
名城大学・都市情報学部
教授
福島
玲司
日本建設産業職員労働組合協議会
議長
細野
助博
中央大学・大学院公共政策研究科
委員長・教授
森
まゆみ
松川
昌義
久保田
作家
公益財団法人 日本生産性本部
常務理事
以上18名
ii
目
次
頁
はじめに
委員名簿
提
言
第1部
都会創造政策の提言
1
総論:提言に当たって
都市政策から都会創造へ:堺屋 太一 作家・経済評論家
1.昭和官僚体制下の都市政策
5
2.時代の変化-知価革命の波及
7
第2部
各論:三大都市圏の課題と展望
Ⅰ.東京圏の大都市戦略の課題と在り方:大西
隆・東京大学大学院工学系研究科教授
1.東京圏の現状と課題
13
2.東京圏の戦略
32
Ⅱ.関西圏の大都市戦略の課題と在り方:
瀬田 史彦・大阪市立大学大学院創造都市研究科准教授
1.大阪の停滞は関西全体の衰退から
36
2.支店経済化・消費都市化が進む大阪・関西大都市圏
48
3.大阪・関西の在り方
53
Ⅲ.名古屋圏の大都市戦略の課題と在り方:福島
茂・名城大学都市情報学部教授
1.ケーススタディの背景と目的
56
2.名古屋圏発展モデル
56
3.課題と展望(グランドデザイン)
60
4.重点施策とアプローチ
63
5.求められる制度改善
71
iii
提
言
都会創造政策の提言
1. 規格大量生産思想の全廃棄=安全・効率・面白い街造りへ
国や地方自治体は、これまでの規格大量生産型近代工業社会形成のための全国の単一規格化を
目的とする都市政策を改め、安全、利便、面白い都会造りを目指すべきである。
新しい国土政策は、単にこれまでの建設事業や行政体制を改めるだけでは生まれて来ない。そ
もそもの発想=目的の変化を明確にする必要がある。
これまでの都市政策は、規格大量生産型の近代工業社会を形成することを目的とし、全国を単
一規格化するためのものであった。いわゆる「格差是正」の名で地域=都市の個性を奪い、経済・
文化・情報の各面で、東京集中の都市ヒエラルキーを造り上げてきた。この結果、規格大量生産
型の製造業が中国などに移転すると、全国の都市が衰退、空洞化と質的低下に直面しているばか
りか、東京も「全国一律」に引きずられて真の都会とはなり得ず、国際的な地位と都会的な魅力
を失ってしまった。日本の国内では、仕事をやめた裕福な引退者の多くが東京近辺に移住してく
るが、外国の裕福な引退者で東京(日本)を居住地とする者は皆無に近い。東京をはじめ全国の
都市は、不便でコスト高で面白くない都市になってしまったのである。
これからの都会創造政策は、日本の都会を安全、利便で、面白い(楽しい)街にするものでな
ければならない。そのためには、それぞれの都市がそこを選ぶ理由(魅力)のある街にする必要
がある。
2. 地域主権の確立により地方に知恵と権限を
国は様々な権限と財源(税源)を地方に委譲し、各地域・各都会が自らの個性を主張できるよ
うにすべきである。究極的には地域主権の確立を目指すべきであるが、当面はその前段階として
府県連合による規格基準の設定、共通政策の実施などを行うべきである。
人間は、好みによって居住地を選べるのが望ましい。近代工業社会は人々を地縁から解放、居
住の自由を生み出した。しかし、それは身分による拘束から職場による拘束に代わったに過ぎな
い。人々は職を得るために、窮屈な住空間や汚れた空気、長い通勤時間に耐えなければならなか
った。
-1-
しかし、知価社会1では、通信・交通手段の発達によって、職業によって居住地を拘束されるこ
とはほとんどなくなった。米国やドイツでは、金融ファンドや国際企業が地方都市に本拠を移し
つつある。人々は好みの地域に住んで適した職業に就けるようになった。この結果、産業経済も
文化も情報発信も著しく地域分散している。1980 年以降、国内の最大都市の人口や経済に占める
比重が高まっている(首都集中している)のは、先進国(知価社会化した国)ではほとんど無い。
かつては首都一極集中の典型とされたフランスでもパリ(イル・ド・フランス地域圏)の比重は
低下している。
日本も全国一律の規格を国が押し付けるのではなく、各地域=都会2が自らの個性を主張し、実
現できるようにすべきである。そのためには、産業経済、土地、建設、交通、教育、文化、情報、
医療、介護等の権限を全面的に地方に委譲すべきである。もちろん、これにはそれにふさわしい
財源(税源)の地方譲渡が不可欠である。この発想は究極的には、地域主権の確立に通じるであ
ろうが、当面は(その前段階として)府県連合による規格基準の設定、共通政策などを実施すべ
きである。
また、寄付税制の大幅な緩和や、ふるさと納税の拡大により、地方自治体の努力によって収入
が増やせる方法を拡充すべきである。さらに、これまでの都市政策はもっぱら子供、若者を対象
としており、高齢者は眼中になかった。たとえば全国に 6 万箇所の街区公園があるが、そのほと
んどは児童公園の名残をとどめている。これを、命名権を売って高齢者が楽しめる夜間照明等を
備えた「街の庭」に改造することも検討すべきである。
3. 東京を世界都会へ
東京においては、東アジアの拠点都市としての世界都会にふさわしい産業経済政策、土地交通
利用、教育文化政策、医療介護政策などをとれるようにすべきである。そのためには、羽田空港
を活用して国際交流を積極化し、国は東京の政治・行政などの国家機能負担の軽減を図るべきで
ある。
東京についてまず考えるべきは、東京を「世界都会」にすることである。現状は、東京は日本
全国の模範都市として、規格大量生産型の工業社会にふさわしい首都を目指してきた。このため、
土地は用途別線引きで刻まれ、居住者は通勤にも生活にも長い移動を強いられている。これを全
面的に改め、東京が独自に東アジアの拠点都市としての世界都会にふさわしい産業経済政策や土
1「知価社会」とは、
「知恵の値打ち」が経済の成長と資本の蓄積の主要な源泉となる社会。知価
社会を創り出す技術、資源環境および人口の変化と、それによって生じる人々の倫理観と美意識
の急激な変化全体がもたらす社会の大変革を「知価革命」という。
出所:堺屋太一『知価革命』PHP 研究所、1985 年 12 月
2 「都市」と「都会」の定義については、
「第 1 部総論」で述べている。
「都市」とは建物等の施
設(ハードウェア)が大量に集まっているところを言う。
「都会」とは都市的生活と産業が集積さ
れた結果、創造性と洗練されたライフスタイルが定着し発展する状況を指す。
-2-
地交通利用、教育文化政策、医療介護政策をとれるようにすべきである。さらに、アジアとの交
流には羽田空港を活用し、国際交流が安全・安心を脅かさない社会制度や災害対策機能の拡充が
求められる。
「東京でできることは全国でもできる、地方でできないことは東京でもできない。
」では世界都
会になれない。その一方で、東京一極への政治・行政、産業経済、文化・情報などの集中政策は
すべて廃止すべきである。将来的には、国の政治・行政機能の移転を含め、東京の国家機能負担
を軽減すべきである。
4. 大阪は東京の真似をしてはならない、斬新で野心的なプロジェクトの実施を
大阪は東京の真似ではない斬新で野心的なプロジェクトを実行し、「東京の支店経済化」「消費
都市化」から脱却すべきである。具体的には、関西全体での選択と集中の戦略にもとづいて伊丹
空港は廃止、関西空港が地域需要とハブ機能の両方を備えるようにする。このために、関西国際
空港ターミナルを新大阪プラットフォームの真上に建設し高速交通機関で結ぶ、などを検討すべ
きである。
大阪は戦後の有機型国土構造政策3の被害を最も多く蒙った都市である。その状況を改善するた
めに、この政策によって大阪(関西)が失った機能の回復を図る必要がある。そのためにも、大
阪は東京の真似ではない斬新で野心的なプロジェクトを実行、「東京の支店経済化」「消費都市」
から脱却すべきである。具体的には、関西全体での選択と集中の戦略にもとづいて、次のような
ことを検討すべきである。
① 大阪駅北ヤードの開発には、巨大スタジアムを建設しそれを囲む超高層ビル群を建設する。
② 伊丹空港を廃止し、その跡地を自己完結性のある「歩いて暮らせる」街造りのモデルとす
る。
③ 関西国際空港のターミナルを新大阪のプラットフォームの真上に重ね、30~40 分間程度
で到着できる高速で頻度の高い交通機関で結ぶ。関西国際空港は、アジア(特に中国、韓
国)への距離が羽田よりもずっと近く、空域もはるかに広い。これを地域需要にも対応で
きる交通網に組み込めば、韓国の仁川や香港国際空港に対応できるハブ機能も高められる。
この点、政府、大阪府・市及び航空関係者はハブ空港理論を正しく学ぶべきである。
④ 大阪市外周部の個性化、名所化も重要である。この点、大阪府庁の移転や堺、尼崎の映像
産業首都にふさわしい都市造り、行事演出が期待される。
3
国土全体を一つの有機体、換言すれば人間の体のようにして、中央の指令で国土全体が動く構
造とする政策。
-3-
5. 名古屋は個性的な文化の育成により「自立」した魅力を
名古屋はインフラは整っており、ものづくりの世界中枢として一層の発展が望まれるが、一方
では個性的な文化を十分に発展させ、東京や大阪にない文化の育成を図るべきである。そのため
には、特定の分野を定めて「世界一」を目指すべきである。
名古屋は、戦後の都市計画でインフラ整備は成功し、ものづくりの世界中枢として一層の発展
が望まれるが、一方では個性的な文化を十分に発展させる必要がある。これからの名古屋には、
国際的に注目される個性が必要なのである。そのためには、対個人サービス産業を活性化させ、
魅力ある都市空間・文化機能の集積を図り、
「大いなる地方都市圏」から脱皮した中部圏を創出す
べきである。
具体的には、東京や大阪に無い個性的な文化の育成を図るべきであろう。この点、中部地域に
は女子レスリングなどスポーツの分野において、世界的にも大きな名声と実績を有する教育機関
がある。名古屋はこのような「特定の分野で世界一を目指す」という方針を持ち、特定の分野で
少なくとも「世界一」を 10 種類創ることにより特有の文化を育むべきである。例えば、世界最大
の陶芸都市を目指し、世界的名物になる陶芸公園(10 年計画で 300ha 程度を巨大陶芸構造で埋
める)の建設などが考えられるだろう。
-4-
第1部
総論:提言に当たって
堺屋 太一
【作家・経済評論家】
都市政策から都会創造へ
「あの人は都会的な人だ」とは言うが、
「あの人は都市的な人だ」とは言わない。
「都市」と「都
会」とは違うのである。
「都市」とは建物等の施設(ハードウェア)が大量に集まっているところ
を言う。
「都会」とは都市的生活と産業が集積された結果、創造性と洗練されたライフスタイルが
定着し発展する状況を指す。そうした観点から言うと、いままでの我が国の政策はもっぱら都市
整備政策であって、都会振興政策ではなかった。これからは都市整備から都会創造へ転換してい
かなければならない。これが本提言の根源となる考え方である。
1. 昭和官僚体制下の都市政策
⑴規格大量生産を目的とした政策
第二次世界大戦前から今日まで「官僚体制」ともいうべき官僚主導の政治行政が続いてきた。
民主党政権となった今でも基本的にはなお変わっていない。
「官僚体制」とは何であったか。その目的は第一に、規格大量生産型工業社会を確立すること
である。近代工業社会を確立することは明治以来の日本の目標であったが、特に昭和に入ってか
ら規格大量生産型工業社会の実現を目標とするようになった。このために三つの重要政策が採用
された。第1は産業経済政策において、官僚主導、業界協調体制を確立、それによって巨大企業
を育成、国際競争力を強化することである。第 2 は教育や雇用政策によって、規格大量生産にふ
さわしい人材に全国民をすることである。そして、第3は国土・地域政策で全国を有機型にし、
規格大量生産をやりやすくすることである。その結果、1980 年代には規格大量生産では世界一進
んだ国になった。
⑵「有機型国土構造」づくり
我が国の国土政策の目標は、規格大量生産向きの国土を造ることであった。そのためにとられ
たのが「有機型国土構造」である。すなわち、我が国の国土全体を一つの有機体、つまり人間の
体のようにしようという考え方である。そうすれば、中央の指令で全身が動き、規格大量生産品
が津々浦々に行き渡る。人材の集中と情報の統一も可能となり、官僚主導が徹底すると考えたの
である。
したがって、全国的な頭脳機能―大型金融、外国貿易、大企業本社等―は東京のみに集中し、
-5-
東京以外では全国的頭脳的な機能を果たしてはいけないとした。また、各地方的なものは地方中
核都市、北海道は札幌、東北地方は仙台、中国地方は広島、九州地方は福岡に集中させた。各府
県単位のものは、県庁所在地に置いた。こういう東京・地方中核都市・府県庁所在地という順番
で都市のヒエラルキーを作ったのである。
したがって、戦前には大阪や横浜、神戸にもあった金融や外国貿易機能は東京に集められた。
また、同一府県内に県庁所在地よりも人口の多い都市が多数あったが、1980 年には山口県と三重
県の二つを除いてそういう都市はなくなった。つまり、府県内における強引な県庁所在地への一
極集中政策がとられたのである。
すべての許認可免許に関するものは、この発想で行われた。例えば、東京以外では全国キー局
は認めず、地方中核都市では準キー局を認め、県庁所在地以外にはテレビ局は置かない。こうい
う強引な政策がとられた結果、我が国の都市には東京を頂点としたヒエラルキーの国土構造がで
きたのである。そして、これが官僚の命令機構に従うという体制を作った。こうした有機型地域
構造達成のために様々な官僚統制が加えられた。その一つが各種為替団体の全国統一であり、そ
の本部事務所はすべて東京都に集められた。現在の日本の東京一極集中は経済の自然の流れでは
なく、官僚主導で強引に作られたものである。
⑶職住分離政策―移動型都市構造
戦後都市政策の第 2 の特色は、職住分離の移動距離の大きな都市構造造りである。近代工業社
会では、労働力と生産手段が分離すると考えられた。産業革命以来、労働力と生産手段が分離す
ることが近代化であるとされた。したがって、労働力と生産手段が一緒になっている下町は古い
体質なので、そうした下町はできるだけ早く整理して、工場は都市から離れた工業地域に、商店
やオフィスは都心に、そして、労働力再生産のための住宅や学校は郊外に置かれることが強引に
行われた。国は都市政策としての職住分離を図り、都市域で用途別の「線引き」を行った。そし
て、生産手段の集中した地域と労働力再生産地域の間を地下鉄や高速道路など大量輸送機関で結
んだ。その結果、都市においては毎日の通勤時間や通勤距離が非常に長くなったのである。
⑷正義としての「安全・平等・効率」の追求
戦後の日本では、社会正義は「安全・平等・効率」の三つであった。
「安全・平等・効率」の三
つだけが正義であり、自由や楽しみは「あった方が良いもの」に過ぎなかった。正義と正義とが
抵触する時は政治問題となる。例えば、自動車の速度を遅くすれば安全は高まるが、効率は落ち
る。こういう時には政治問題になる。平等と安全、平等と効率も、どこでどう調和するかは政治
の問題である。しかし、正義と正義でないものの対立は、政治問題になる前に行政の段階で片付
けられてしまう。例えば、自由と安全性が対立するときには、自由は社会正義に入れられていな
いので行政がはねつけてしまい、政治問題にはならない。ブラジルのリオデジャネイロのカーニ
バルでは、楽しみのために死者が出るが、ブラジル国民の価値観は「楽しみは正義」だからどの
程度まで危険を冒して良いかは、政治の問題で程度を計っている。ところが、我が国ではどのよ
うな場合でも「危険だ」と言われたら、どんな楽しい行事でも直ちに停止になる。これが我が国
-6-
の特徴である。
この例に示されるように、全国的に見て我が国の都市には自由や楽しみを作ろう、美しさを求
めようという政策はほとんど無い。都市政策の基本は、安全・平等・効率の追求に限られていた
のである。地下鉄の車両の中を飾り立てるとか、都市に歴史的誇りを持たせるような銅像を作る
ということなどはめったに行われない。特に戦後には大都市に歴史的な銅像はほとんど建てられ
ていない。それは、世界の先進国の中でも珍しいことであり、公園に噴水を設けるところは多少
あるが、都市に楽しさや自由を求める政策はほとんどとられなかったのが我が国の特徴である。
⑸過疎過密政策
これまでの国土政策は先述のとおり、規格大量生産型近代工業社会を目指して、
「有機型国土構
造」を達成しようとするものであった。したがって、頭脳機能は東京に一極集中させたので、東
京以外の地域は手足の機能に限定された。
「手足の機能」とは、農業、製造業、建設業の現場のこ
とである。こうした考え方から生まれたのが、「工業先導性の理論」である。1960~70 年代にか
けて唱えられたこの理論では、大型工場のみが地域を選ぶことができる。他は各地の人口=経済
力に応じて生まれる従属的産業だ、と定義された。この発想は歴史的にも国際比較でも間違って
いるが、頭脳機能を東京以外でさせないという前提ではそうならざるを得ない。そうだとすれば、
地方が成長するためには、手足の機能の中でも成長性のある工場誘致をする以外にない、という
ことになる。したがって、工場誘致以外に地方が生きていく道はないから、地方は挙げて埋立地
を造り、工業用水道を造り、道路を造ることに邁進した。国はこれらに補助金や起債引受けを行
うことで助成した。
これが 1980 年代までは比較的うまくいっていた。特に 70 年代の人気を博した列島改造論はこ
の理論を実行したものである。全国に建設業をばらまくことによって工場誘致の可能性を抱かせ
ることで、頭脳機能が無いところでも生きていけるはずだという宣伝をした。
その結果、70 年代の列島改造ブームのときには地方の別荘地分譲などで、我が国の国土の約
10%、37,000k㎡の土地価格が値上がりした。ところが、80 年代になると、工場立地は伸びなく
なり、バブル景気の時には1%、3,700k㎡しか値上がりしなかった。90 年代末から 2000 年代に
かけて土地が値上がりしたときには、わずか 0.1%、370k㎡の値上がりに過ぎなかった。こうし
た過疎と過密の問題が、有機型国土構造を追及する中で猛烈に深刻になってきた。
2. 時代の変化-知価革命の波及
⑴進展する知価革命
1980 年代、日本が人類史上最も完璧な近代工業社会を完成させた頃、アメリカやイギリスでは、
近代工業社会から知価社会への転換(
「知価革命」
)が始まっていた。
「人間の幸せは、物財の豊か
さではなく、満足の大きさである」という文明史的転換である。このため、欧米では規格大量生
産型の製造業は衰え、日本などから大量の輸入を仰ぐようになった。80 年代の日本の繁栄は、ア
-7-
メリカ向け輸出に負うところが大きい。
ところが、21 世紀に入ると、我が国でも「知価革命」が始まり、その結果、規格大量生産の製
造業は急速に中国を含むアジア諸国に移転をして、我が国の製造業が衰退し始めた。このため、
我が国の貿易黒字が減り始め、2008 年にはほとんど貿易黒字が無くなった。同時に貯蓄率が下が
り、人々は「まず近代工業社会に役立つ教育を受け、安定した職場に就職して、貯金をして金利
を得ながら消費する、それは生涯に得られる物財を最大にする」という生き方から、
「満足を最大
にするには欲しい時に買う方が良い」という発想になり、先に使って後で支払うライフスタイル
を取り始めた。この結果、21 世紀に入ると、家計貯蓄率は 2~3%に激減するという劇的な変化
が起こったのである。
この知価革命とともに「脱ものづくり」が進んで、製造工場や建設現場よりも自分の好みに合
った職場を探すようになった。賃金は安いことはわかっていながらフリーターや派遣の仕事を選
ぶ人が増えてきたのは、決して正規社員になれないからだけではないのである。
⑵都市の衰退
我が国は有機型地域構造から脱出し、知価創造的な社会を創らなければならない。ところが、
それに立ち遅れて官僚統制が有機型地域構造を維持し、知価創造を抑制している。つまり、自由
と楽しみを正義に入れなかった結果、我が国社会は急速に衰退するとともに、自殺の増加や出生
の減少に見舞われている。
第1に都市の衰退があげられる。例えば、東京は国内では一極集中しているが、国際的な地位
は下落している。交通関係では、我が国の主要な空港や港湾は世界のハブからはずれて、国際的
には地方空港や地方港湾並みになっている。金融取引量も非常に小さくなってしまって、金融先
物取引は釜山に比べて数分の一、ドバイよりも下になった。外国人特派員の数も 1993 年に比べ
て半減し、我が国からの情報発信が非常に減少してきている。
第 2 に大阪が空洞化をきたしている。大阪から知価創造を牽引する「100 人のコア」と言われ
る人たちが消えているのだ。知価社会においては、各業界で本当のコアになるのは「100 人」と
いわれる。コアの 100 人が一つの業態を牽引しているのだ。例えば、野球、相撲、歌舞伎、各種
音楽などの分野も、本当にお金が稼げて、それが産業として成り立たせるのはコアの 100 人であ
る。例えば、歌舞伎では有名な俳優や地方(じかた)4が 100 人いるかどうかで歌舞伎ができるか
どうかが決まる。1970 年代までは関西歌舞伎があって、当時の中村雁二郎、片岡仁左衛門など有
名な俳優が多くいた。関西歌舞伎は東京歌舞伎と拮抗する勢いがあった。ところが、70 年代後半
から 80 年代になると、政府による文化の東京集中政策が効果を発揮し、関西には歌舞伎俳優がい
なくなってしまった。そうなると、歌舞伎のパンフレットを作る人、評論をする人、大道具、小
道具を作る人など深く関係する専門家(サポーティング・プロフェッショナル)1,000 人のディ
ープ・プロフェッショナルがいなくなる。続けて間接的に関わる産業、弁当作りやチラシ作り、
4日本舞踊で伴奏音楽を演奏する人々。唄、浄瑠璃、三味線、囃子などの演奏者をまとめて言う。
これに対して、歌舞伎、日本舞踊で地方に対して立って舞い踊る者を「立方(たちかた)
」と言う。
-8-
宣伝広告などの関連産業(リレーティブ・インダストリー)10,000 人がいなくなった。この 11,000
人がいなくなると、これを支える行政官、警官、教師、交通関係者といった都市の業務をする人
10 万人がいなくなる。これがいま、大阪府で起こっている人口減少、人口の社会流出現象の中身
なのである。どんな分野でもコアの 100 人がいるかいないかが大事である。大阪ではこの 30 年
間に文化、芸能、出版、映像から国際貿易や金融取引、大企業本社など、いろいろな分野のコア
の 100 人がいなくなる空洞化現象が進んでいる。これは「東京の支店経済化」
「東京の従属経済化」
などと呼ばれているが、その発端は上記に述べたようにコアの 100 人がいなくなったことである。
第3の都市名古屋の危機的状況はそれ以上に恐ろしい。ここには、
「都会でなくなる」危機が忍
び寄っている。というのも自動車産業1社に依存しており、2000 年代の中頃まで名古屋は好況に
恵まれたが、それは 70 年代の大阪と同様、万国博の効果、たまたま自動車産業が好調だったから
に過ぎない。名古屋の繁栄はほとんどただ 1 社(トヨタ自動車㈱)に依存しており、この企業が
海外生産に重心を移せば、急速に崩壊する恐れがある。名古屋は知価創造力が育っていないから
である。
⑶劇的に進む都市の少子高齢化
少子高齢化は従来地方の、過疎地域の問題と思われていたが、いまや都市の問題となった。最
大の問題点は団地の劇的な高齢化である。これは世代間の断絶であると同時に、近代工業社会の
ために造られた通勤型市街の悲劇(または当然の結果)と言える。
規格大量生産型住宅における規格化された生活を人々が受け入れなくなったので、若い人が団
地に入ってこなくなった。これを改めるには、規格大量生産型でない居住地域を造る必要がある。
建物を建て替えるとか花を植えるとかでなく、通勤型の住宅専用区域という発想を捨て、クリエ
イティブな住民の入るアトリエ住宅やスモールオフィス・ホームオフィスの可能な自由空間を拡
げるべきである。
もう一つの問題は、特に東京において合計特殊出生率が極めて低い(全都道府県で最低)こと
である。これは東京が生きた都会になっていない、全人生(ライフ・サイクル)上の楽しみのな
い街になってしまっているからである。安全、平等、効率だけを追求してきたおかげで、東京で
はまともな人生を送れなくなってきているのである。
その最大の原因は、我が国の官僚が人生を規格化していることにある。その考え方は近代工業
社会の中で一番有用な人は、しっかりと教育を受け、大量生産に寄与できる能力、意欲、体力を
持つことであるという考え方であった。
「健全な人生」とは、社会的に有効な知識と技能を修得す
る教育を受けてから、規格大量生産型の職場に終身雇用で就職し、一定の貯蓄をしてから結婚、
そのあとで金利を得ながら出産し子育てをする。この順序で、人生が規格化された。その結果、
教育年限が延びると自動的に就職が遅くなり、蓄財が遅くなり、結婚や出産が遅くなる。そうす
ると、30 歳代にならないと子供を産まなくなり、産んでもせいぜい 2 人までである。さらに遅く
なると、子育てと親の介護と管理職の時期が重なってしまう。40 歳代では子供はまだ小さくて、
80 歳に近い親の介護をしながら、会社では管理職を務めなければならない。ここで脱落すると、
他の道が選べない。夫婦共働きをしながらでは子供を育てていられない。
-9-
いま出生率の低い国が 3 種類ある。まずドイツ(1.32)5、イタリア(1.38)、スペイン(1.43)
など西欧州の近代工業社会の国々。2 番目はウクライナ(1.31)、ベラルーシ(1.28)、ハンガリ
ー(1.35)、ポーランド(1.27)、キューバ(1.50)など旧社会主義圏の国々。そして 3 番目は日
本(1.27)
、韓国(1.22)
、香港(1.02)
、中国(1.77)の沿海都市など。これら 3 種類の国々は歴
史的、文化的な共通点は無い。この中で二つのパターンがある。一つ目は日本、ドイツ、イタリ
ア、スペイン、韓国といった近代工業化したところで、24 歳以下の出生率が非常に低い。二つ目
は旧社会主義圏で、35 歳以上の人の出生率が極端に低い。これらは子育てを社会化した国々で、
託児所を増やし補助金をつけて、子供は社会が育てる政策をとってきた。その結果、35 歳以上の
女性の出生率が極端に低くなっている。
米国(2.09)、英国(1.84)、フランス(1.89)なども一時は低下したが、近代工業社会を離脱
する順に、出生率が伸び出した。米国は 1985 年から、フランスや英国は 95 年を底にかなり増加
し始めた。ドイツは 2000 年頃から出生率が増え始めている。我が国も 2005 年からは回復してい
る。近代工業社会の「生活の規格化」から外れ出したからである。
米国では、学生のうちに結婚して子供を産む人も、子供を産んでから学校へ行く人も、蓄財す
る前に借金をして物を買い、家庭を持つ人も増えている。これは人生の規格がなくなったことで、
出生率が伸びていることを示している。その意味で我が国も今後出生率が伸びると期待すること
ができる。それを妨げないためにも、官僚が人生の規格化を早急にやめることが求められる。
大学生が子供を産むと「無職」という理由で託児所で預かってくれない。行政によってこうし
た統制がなされている。したがって少子化社会をやめるためには、都市のハード面において団地
に代表されるような規格化、概念としての人生の規格化をやめなければならない。
⑷急速に下落する生活の質
21 世紀に入ってから、生活の質の急落が激しい。例えば、食の面で言うと、ジャンクフードで
育つ子供が非常に増えた。家庭で母親が料理を作ることが減って、持ち帰りや出来合いの食品を
つまみ食いするような食生活をする子供が増えている。
「おふくろの味」が消えつつある。衣料品
の質も急落、800 円のジーパンや 100 円の靴下が出回っている。良質の衣料品を大事に使う習慣
がなくなっている。
住居面では、
「住居の納戸(物置)化」が進んでいる。その原因は、我が国の都市において、お
客を自宅に招く習慣が無くなったことである。特に東京が著しい。20 世紀の間には、まだ子供の
誕生会や主婦の招き合いがあったが、いまはほとんど無くなった。したがって、お客が来ないか
らインテリアに興味を失い、インテリア雑誌が売れなくなり、高級家具屋がほとんどなくなった。
インテリア製品で売り上げが増えているのは中国と韓国で、韓国では子供の美意識を育てるため
に、家庭のインテリアを宣伝している。その結果我が国では、新しいデザイナーが育たなくなっ
た。この知的活動の衰えは、由しき一大事と言えよう。
5各国の合計特殊出生率の数値は国際連合
「世界人口統計
- 10 -
2008 年版」による 2005~10 年推計値。
⑸知価を生まない我が国の都市
住居の納戸化の結果、我が国ではデザインブランドが生まれなくなった。日本発のブランドと
いえば大量生産ブランドであって、知価ブランド、ラグジュアリーブランドが我が国からは生ま
れていない。国際的に活躍する有名な芸術家やデザイナーも 60 歳以上になってきて、若い人があ
まり活躍しなくなった。
こうした閉塞状態(知の老化)を改めなければならない。そのためには、
「都市政策から都会創
造へ」という都市政策の大転換が必要となっているのである。その際問題となるのが、従来のよ
うにハードウェアをどうするかではなくて、都市の活動の雰囲気をどうするかということである。
- 11 -
- 12 -
第2部
各論:三大都市圏の課題と展望
Ⅰ.東京圏の大都市戦略の課題と在り方
大西
隆
【東京大学・大学院工学系研究科教授】
・
東京を東アジアの拠点都市と位置づけ、アジアとの交流に羽田空港を活用することが必要。
併せて国際交流が安全・安心を脅かさないよう社会制度や災害対策機能の拡充が求められる。
・
都心部空間の質の向上に向けて、国は指針の提示にとどめ、都および基礎自治体が方向を決
定することが望ましい。横浜・川崎・さいたま・千葉等の拠点は、持続可能な街づくりにむ
けて個性を発揮できるかが課題である。
1. 東京圏の現状と課題
⑴三大都市圏~一極集中から都市集中
東京圏(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)は、全国の人口が既に減少に転じている中で、
引き続き人口増加を記録している。しかし、全国の人口減少傾向がさらに進むにつれ、東京圏に
おいても 2015 年をピークに人口が減少し始めるというのが国の予測である(図 2-1)
。戦後一段
と顕著になった東京圏への人口集中傾向は、社会増、すなわち他の地域から東京圏への流入超過
によってもたらされたものである。社会増減をみると、戦後三つの山を形成してきたことが分か
る。
第 1 の山は、1961 年をピークとするもので、その特徴は、年間 65.1 万人という極めて大量の
三大都市圏への転入超過と、東京圏、大阪圏(関西圏)、名古屋圏それぞれへの転入超過というま
さに三大都市圏の時代を形成したことであった。この時期は、住民基本台帳による人口移動の調
査が始まった 1954 年より前、戦後間もなく始まって、1970 年代初めまで継続し、調査が始まっ
た 1954 年から 20 年間で合計 868 万人が三大都市圏へ転入超過となり、東京圏へはそのおよそ 2
/3 にあたる 582 万人が転入超過となった。その結果、東京圏の人口は 1,542 万人(1 都 3 県、
1955 年)から 2,704 万人(同、1975 年)と 1.75 倍になり、年平均伸び率は 2.8%であった。他
の二つの大都市圏も、この期間は一貫して転入超過であり、三大都市圏それぞれが大都市への人
口集中の受け皿となってきたことを示している。
第 2 の山は、1980 年から 1992 年の 13 年間程度にわたり、1987 年をピークとするいわばバブ
ルの山である。この期間には 112 万人が三大都市圏へ転入超過となったが、東京圏へは 134 万人
が転入超過であったので、大阪圏(関西圏)と名古屋圏で転出超過、横這いになっていた。すな
わち、大都市圏といっても東京への一極集中が特徴であり、その人口は、2,870 万人(1980 年)
- 13 -
から 3,258 万人(1995 年)へと 1.14 倍になり、年平均伸び率は 0.8%であった。その東京圏内で
は、東京都区部から周辺3県への転出超過となる郊外化(あるいはドーナッツ現象)が起こって
いた。
第 3 の山は、2007 年を頂点として、現在なお継続しているもので、1998 年からの 11 年間で、
106 万人が三大都市圏に転入超過した。東京圏へは 121 万人が転入超過であるから、第 2 の山と
同様に東京一極集中が起こっているといえよう。ただ、東京圏の総人口は、3,258 万人(1995 年)
から 3,447 万人(2005 年)の 1.06 倍にとどまり、年平均伸び率は 0.6%であった。そして、東京
圏の内部では、郊外化ではなく、逆に都市部(東京都区部)への人口集中が起こっているのがこ
の時期の特徴である。すなわち、ピークの 2007 年には東京都区部と周辺 3 県との間では、1950
年代以来の転入転出関係の逆転現象、埼玉県、千葉県、神奈川県から東京都への転出超過が起こ
ったのである。いわば都心居住の動きによる山が形成されたといえよう。都市への集中傾向は、
規模は小さいながらも、大阪圏(関西圏)と名古屋圏でも、それぞれ大阪市、名古屋市への転入
超過と、三大都市圏で共通して都心居住増加傾向が生じている(図 2-2、図 2-3)
。
140,000,000
120,000,000
100,000,000
全国
80,000,000
東京圏
名古屋圏
60,000,000
大阪圏
40,000,000
三大都市圏
地方圏
20,000,000
0
資料:国立社会保障・人口問題研究所人口推計、総務省統計局「国勢調査」
。図 2-2、図 2-3 も同様
図2-1
日本の人口の長期推移
- 14 -
図2-2
三大都市圏の転入超過数の推移(昭和 29 年~平成 20 年)
東京都と周辺3県との流動
50 000
0
年
2006
年
2004
年
2002
年
2000
年
1998
年
1996
年
1994
年
1992
年
1990
年
1988
年
1986
年
1984
年
1982
年
1980
1976
年
1978
1974
1972
1970
1968
1966
1964
1962
1960
1958
1956
1954
△50 000
埼玉県
千葉県
△100 000
神奈川県
計
△150 000
△200 000
△250 000
図2-3
東京都と周辺3県との流動
- 15 -
⑵東京への集中の評価
①過密なき過疎問題
なお継続する傾向のある東京への一極集中をどのように評価するべきであろうか。かつては
(1960 年代から 1970 年においてとくに)、過密過疎の激化という観点で東京への集中問題が論
じられた。地方圏から大都市圏への人口の急激な移動のために、地方では過疎化が進行し、大都
市で過密の弊害が激しくなっているとし、大都市への人口流入を抑制して、地方分散を図ること
によって過密過疎の同時解消を図るとされた。そのための手段が、工場立地政策(大都市圏にお
ける工場の新増設の禁止と地方圏への移転促進)であった。その結果、地方圏の工業出荷額シェ
アが増加するなどの効果があったといえるが、それが人口移動の転換までもたらしたかは断定で
きず、例えば、1970 年代に起こった大都市圏への転入超過数の大幅な減少がこうした政策の効果
であるかどうかは判然としない。過密過疎問題とは、端的には、地方圏から大都市圏への大量の
人口移動によって直接引き起こされるといえようが、より本質的には、圏域全体、あるいは、よ
り具体的にはそれぞれの地域社会における人口と、地域社会の維持に必要な人口規模、あるいは
地域に存在する施設や地域が提供しうる種々のサービスに照らして適切な人口規模との間に大き
な乖離がないかどうかという観点から論じられる概念である。当時すでに、地方圏では「挙家離
村」6等の言葉が生まれて、地域社会を維持するに必要な人口が失われているという状況が報告さ
れた。一方大都市圏では、交通混雑や住宅難が昂じており、その解決には都市の密度を下げたり、
人口集中を抑制することが必要とされた。
しかし、東京圏に対しては、引き続き人口集中現象が起こっているとはいえ、かつての過密過
疎問題と同じようには捉えられない変化が生じていることに注意が必要である。それは、近い将
来、総人口の減少とともに、東京圏といえども人口減少に転ずる見込みであり、過密の弊害がな
お存在するにしても、その上限は見通せるようになっていることである。加えて、東京圏の人口
密度も 1960 年代の 120 人/ha から、最近では 90 人/ha 程度へとかなり下がっており(東京圏
DID 人口/DID 面積)
、交通混在が緩和され、住宅のストックが世帯数を上回る等、過密の弊害
が緩和されてきたといえよう。今後、東京圏でも人口減少が起これば、過密問題はさらに緩和さ
れていくことになろう。一方で、過疎問題は、さらに進行している。地方圏ではすでに 2000 年
をピークに人口が減少し始めており、高齢化が進んでいることもあって、高齢化率が 50%を超え
て、地域社会の活動に障害が出る限界集落が増加している。このように、人口減少社会が本格化
するにつれて、過密問題は緩和されるものの、過疎化は一層深刻になる、
「過密なき過疎」問題が
顕在化してきたといえよう。
②東京圏の持続可能性
こうした時代に地域のあり様を評価する視座をどのよう持つべきであろうか。基本的に、地域
の経済発展、分配の公平性、環境保存の三つを重視し、これらがバランスしていることを評価の
視点とする考え方が有効と考える。これは持続可能な開発の議論のベースになる三つの指標であ
6 農村などで例えばダムなどの建設によりその地域の住民が立ち退かなければならなくなった際
に、一家総出で都市に引っ越すこと。
- 16 -
り、経済発展至上主義を排するとともに、環境原理主義をも排しており、かつ地域内や地域間の
富の公平を評価基準に加えたものである。しかし、仮に持続可能な条件が整った社会ができても、
合計特殊出生率が極めて低くて、そこに居住する人がいなくなってしまう恐れがあれば、もちろ
ん持続可能性は根本的に失われる。したがって、合計特殊出生率の回復は極めて重要な指標であ
る。さらに、今後も都市人口の比率が高まると見通されているので、都市が人々の活動の場にな
ることは言うまでもない。都市が都市らしく、一定の密度を保った集住地として維持されること
も持続可能な社会を形成する重要指標となる。
つまり、先の 3 指標に加えて、合計特殊出生率と都市の集約性・快適性(都市構造の適切性と
呼ぶ)を加えた 5 指標を持続可能な地域の評価指標として取り上げて、都道府県を単位として地
域の現状、とくに一極集中の焦点にある東京は、人が集まるのにふさわしい、最も持続可能な地
域といえるのかを評価してみることにする。
表 2-1 は、持続可能性の五つの指標ごとに都道府県をランキングしたものである。一人当たり
所得で表した「経済的な豊かさ」においては、大都市が上位であり、東京はもっとも豊かな地域
で、愛知県、静岡県が続く。一方で、もっとも所得水準が低いのは沖縄県であり、高知県、青森
県等、大都市圏から離れた地域がこれに続く低所得グループとなる。
各都道府県内における所得分布のジニ係数7で表した社会的公平性については、もっとも値が低
く、公平性が高いとみなせるのは長野県で、山梨県、滋賀県がこれに続く。一方で県内の所得格
差が最も大きいのが、徳島県であり、沖縄県、大阪府がこれに続く、一般に大都市では格差は大
きい傾向にあり、東京都は 42 位である。
また環境の持続可能性としては、温室効果ガス排出量(CO2換算)を取り上げた。この指標は
温暖化対策法による特定事業者の排出量を都道府県毎に集計したものを都道府県人口で割って、
一人当たりの指標としたものであり、温室効果ガスの排出状況を表すと考えられる。一人当たり
排出量が最も少ないのは、奈良県であり、鹿児島県、東京都がこれに続く。一方で排出量が大き
いのは、山口県であり、茨城県、大分県がこれに続いている。山口県等で排出量が多いのは、大
型工場が大量の排出源となっているからである。大都市では工業地帯を有する場合とそうでない
場合とで分かれる、東京からはすでに多くの工場が移転しているために東京都の一人当たり排出
量は、第 3 位の少なさである。
人口の合計特殊出生率は大都市で低く、南の地方圏で高いというのが一般的な傾向である。合
計特殊出生率が高いのは、沖縄県、宮崎県、鹿児島県で、逆に低い方では、東京がワーストであ
り、京都府、沖縄県がこれに続いている。しかし、沖縄県でも、その値は 1.75 であり、持続可能
な水準である 2.07 にははるかに及んでいない。
都市構造の適切性は、二つの指標を合成して作成した。一つは、都市集積が維持され、効率的
に交通手段が利用されたり、集積の効果が発揮されるという観点から取り入れた DID8人口密度
「ジニ係数」
:所得分配の不平等度を測る指標。係数は 0 と 1 の間の値をとり、値が 1 に近づく
ほど不平等度が高くなる。イタリアの統計学者ジニ(C.Gini)が提示した。
8 「DID」
:“densely inhabited district”の略で、国勢調査で設定される地域区分。人口集中地区
のこと。市町村内の境界内で人口密度の高い国勢調査区(原則として人口密度が 4,000 人/k ㎡以
7
- 17 -
(都市的な集積を表す DID に居住する人口の都市人口に対する割合)と、集積が激しすぎると低
下する居住環境は適切ではなくなるという観点から、一住宅当たりの面積をとった。まず DID 人
口密度では東京都、大阪府、神奈川県というように、人口規模の大きな都府県が上位であり、島
根県、佐賀県、岩手県と人口規模の小さな県で DID 以外に住む人の割合が高くなっている。一方
で、一住宅当たりの面積では、富山県、福井県、山形県で大きく、東京都、大阪府、神奈川県で
小さくなっている。この二つを平均した値を都市構造適切性(持続可能性)を表す指標として取
り上げれば、新潟県、石川県、青森県が上位 3 県であり、鹿児島県、高知県、徳島県が持続可能
性の小さな県となる。また東京都は中間に位置する 22 位である。
こうして、持続可能性の五つの指標を総合(平均)して、順位づけをしたものが、表 2-2 であ
る。これによれば持続可能性が最も高いのは石川県で、長野県、滋賀県がこれに続く。一方で、
持続可能性が低いのは、高知県、徳島県、和歌山県である。東京都はちょうど真ん中の 24 位に位
置し、大阪府、愛知県、神奈川県など大都市を擁する他の都府県も 10 位台から 30 位程度にある。
限られたデータを基にしているとはいえ、こうした分析から以下のことが言えるのではないか。
1)東京など大都市は、現状からみて持続可能性の高い地域とは言い難い。特に、合計特殊出生
率が低いこと、社会的公平が低いこと、さらに住宅事情が悪い等、人口の集積がなお大きい
ことが居住環境の悪化を招き、持続可能性を低めている。
2)一方で、持続可能性の高い地域として評価されたのが、北陸や長野、静岡、奈良等、大都市
圏の間や近辺に位置して、大都市の影響と、地方の豊かな自然環境の両方を享受できるよう
な地域である。このことは持続可能性には、大都市の集積を活用した経済活動と、身近な自
然やゆとりある生活環境等の要素がうまく組み合わされることが重要であることを伺わせる。
したがって、さらに東京へ人口が集中していくのは、必ずしも持続可能な地域を創りだすこと
を意味せず、むしろ大都市の集積を利用しつつも、その周辺に広く居住地を展開することによっ
て、バランスのとれた地域社会を形成することができるといいうるのではないか。
上)が隣接し、総体として人口 5,000 人以上を有する地域。
- 18 -
表2-1
経済的
豊かさ
順位
1
2
3
4
5
1人当たり
所得
地域の持続可能性指標の都道府県別ベスト5、ワースト5
社会的
公平
ジニ係
CO2
環境共生
数
排出量
千円/人
東京都
愛知県
静岡県
滋賀県
神奈川県
大阪府は9位
4,778
3,524
3,344
3,275
3,204
人口
持続性
合計特殊 都市構造 平均
DID
世帯当た
コンパクト
住宅事情
出生率
(*)
順位
人口密度
り床面積
t/人
長野県
0.275
山梨県
0.280
滋賀県
0.280
石川県
0.286
三重県
0.287
愛知県は33位
人/ha
㎡/住宅
新潟県 12.0 東京都
98.0 富山県
151.88
石川県 12.0 大阪府
95.7 福井県
143.61
青森県 15.5 神奈川県
93.8 山形県
136.79
山形県 16.0 京都府
81.7 秋田県
135.88
奈良県 16.0 埼玉県
78.9 新潟県
132.73
愛知県は9位 愛知県は6位
愛知県は34位
東京都は22位
大阪府は22位
42
東京都 0.314
香川県 30.0
43 長崎県
2,222 兵庫県
0.314 三重県
8.898 大阪府
1.24 佐賀県 30.0 香川県
32.6 埼玉県
84.03
44 宮崎県
2,212 熊本県
0.316 岡山県 10.012 奈良県
1.22 茨城県 30.5 徳島県
32.1 沖縄県
76.16
45 青森県
2,184 大阪府 0.323 大分県 10.567 北海道
1.19 徳島県 31.5 岩手県
29.4 神奈川県
74.6
46 高知県
2,146 沖縄県
0.344 茨城県 10.700 京都府
1.18 高知県 31.5 佐賀県
28.4 大阪府
73.06
47 沖縄県
2,021 徳島県
0.345 山口県 24.972 東京都
1.05 鹿児島県 37.0 島根県
24.2 東京都
62.54
注*:「都市構造」は、「DID人口密度」と「世帯当たり床面積」の順位の平均値。したがって、順位が上位であるほど、
コンパクトで住みよい都市構造であると言える。
表2-2
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
石川県
長野県
滋賀県
静岡県
奈良県
京都府
福井県
山口県
三重県
山梨県
11
12
12
14
14
16
17
18
19
19
奈良県
0.738
鹿児島県 0.883
東京都
0.932
京都府
1.412
山梨県
1.426
大阪府は14位
愛知県は36位
沖縄県
1.75
宮崎県
1.59
熊本県
1.54
鹿児島県
1.54
島根県
1.53
愛知県は24位
地域の持続可能性の都道府県別総合順位
埼玉県
山形県
岐阜県
愛知県
鹿児島県
広島県
群馬県
富山県
神奈川県
島根県
19
22
23
24
25
26
27
28
29
30
佐賀県
鳥取県
香川県
東京都
新潟県
栃木県
青森県
長崎県
愛媛県
秋田県
31
32
32
34
34
36
37
38
39
40
大阪府
宮城県
福島県
熊本県
沖縄県
岩手県
北海道
40
42
43
44
45
46
47
宮崎県
茨城県
兵庫県
福岡県
和歌山県
徳島県
高知県
岡山県
千葉県
大分県
*注:上記表 2-1、表 2-2 ともに、各種調査結果より大西隆・東京大学大学院工学系研究科
教授が作成。
⑶アジア諸国の台頭と東京
東京の将来を展望する時に、これからの時代がアジア、とりわけ東アジアの時代になることを
強く意識することが必要である。この点はすでに国際政治、経済等さまざまな観点から議論され
るようになってきた。本稿では、都市化の観点から論じてみる。
世界の諸都市の都市化の動向を見ると、欧米からアジアへという流れが鮮明になる。図 2-4~
2-6 は 1950 年、2000 年、2050 年における世界の都市人口のシェア(都市人口の地域別分布)を
示す。第 2 次大戦直後はまさに欧米の時代であった。大規模都市には、ニューヨークをはじめと
して、欧米の都市が名を連ねていった。しかし、2000 年になると、都市人口に占める欧米のシェ
アは 27%に下がり、アジアのシェアは 48%にまで増えた。さらに 2050 年にはこの傾向がさらに
進み、欧米の都市人口シェアは 15%となりアジアは 54%、アフリカが 19%となるなど、都市に
- 19 -
住む人の大半がいわば新興地域であるアジアやアフリカの都市に住むことになるとみられている。
都市人口のこのような移り変わりは、もちろん具体的な都市にも表れる。巨大都市といえる人口
1,000 万人を超える都市は、表 2-3 に示すように 1950 年の 2 都市から、2025 年の 27 市まで増加
する。都市規模としては東京圏(東京を中心とした都市圏:国連による)が一貫してトップの位
置にあるのだが、次第にアジアの都市が台頭してくる。2025 年に人口が 1,000 万人を超えている
のは、東アジアでは、東京、大阪(以上日本)、上海、北京、広州、深圳(以上中国)の 6 都市、
東南アジアや南アジア等でムンバイ、デリー、カルカッタ、チェンナイ(以上インド)、カラチ、
ラホール(以上パキスタン)、ダッカ(バングラデシュ)
、マニラ(フィリピン)、ジャカルタ(イ
ンドネシア)、イスタンブール(トルコ)となり合計 16 になる。もちろんアジアやアフリカの都
市にはスラム居住者も多く、これまでは都市集積が科学や文明の発達を意味するわけでは必ずし
もなかった。しかし、1,000 万人を超えるような都市は、交通機関の発達や雇用機会の開発なし
には成立し得ないから、継続的な人口増加がアジアで起こることは、この地域で、産業活動を通
じた富の蓄積が起こり、さらにそれを支える高度の教育システムや科学と技術の発展が起こるこ
とと一体不可分である。アジアでは、まさにこうした社会のインフラとも言うべき、教育や研究
開発が発展し、それが産業の振興を促すといった関係が発展して、人口増加を遂げていくのでは
ないか。
そうなれば、これまで欧米を中心にしてきた、世界の政治、経済の動きにも変化が生じる。す
でに G8(先進国首脳会議)とともに新興経済国を加えたG20 が開催されるようになっており、
特に経済・金融については、韓国、中国、インド、インドネシア等が加わった G20 が定期的に開
催されており、今般の世界的な金融危機に当たっても各国間の協調的行動に大きな役割を果たし
た。経済活動から見ても、次第に新興経済国を始めとする諸国の存在は大きなものとなり、その
ことは様々な分野におけるアジア都市の存在感を高めることにつながろう。こうした国際的な政
治経済における、日本を含めて 5 カ国にのぼるアジア諸国のプレゼンスは、アジアの役割を一層
重要なものとしていく。
実はアジアの台頭は日本にもすでに大きな影響を及ぼしている。貿易総額では 28 兆円に達する
中国がすでに日本にとって最大の貿易相手国であるし、2008 年度には、輸出においても、アメリ
カの落ち込みもあって、
12 兆円でほぼアメリカと中国が並んだ。
東アジア全域では、輸出の 34%、
輸入の 27%(2007 年度)を占めている。また、人の動きとして、訪日外国人旅行者は 2008 年に
835 万人達したが、その 63%は東アジアからの旅行者であり、中国からも 100 万人の大台を超え
ている。このように、東アジアとの関係はますます深くなっており、日本の政治経済の中心、あ
るいは都市を舞台にした種々の文化交流でも重要な役割を果たしている東京にとって、東アジア
との交流は今後一層重要なものとなろう。
- 20 -
オセアニア
1%
アフリカ
5%
北アメリカ
15%
ラテンアメリカ
カリブ
9%
アジア
32%
ヨーロッパ
38%
図2-4
世界の都市人口のシェア(1950 年)
北アメリカ
9%
オセアニア
1%
アフリカ
10%
ラテンアメリカカ
リブ
14%
ヨーロッパ
18%
図2-5
アジア
48%
世界の都市人口のシェア(2000 年)
- 21 -
北アメリカ
6%
ラテンアメリカカ
リブ
11%
オセアニア
1%
アフリカ
19%
ヨーロッパ
9%
アジア
54%
図2-6
表2-3
世界の都市人口のシェア(2050 年予想)
世界の巨大都市圏(人口 1,000 万人以上)
⑷東京のまちづくりの方向
①東京の計画
東京の在り方を巡る議論は、国の国土計画や首都圏基本計画(首都圏整備法、2005 年に国土形
成計画法ができ広域地方計画が首都圏でも作成される)においても従来から重要な領域であった。
首都圏基本計画は 1958 年から 5 次にわたって作成されてきた(表 2-4)
。第1次計画はとくにグ
- 22 -
リーンベルト(近郊地帯)政策を打ち出したことで名高く、既成市街地の膨張を抑制することが
目指された。グリーンベルトの外側には、市街地開発区域を設定し、多数の衛星都市を工業都市
として開発し、人口と産業の定着を図るというのが基本方針であった。しかし、対象地域の地権
者などから強い反対にあったのに加えて、土地開発を規制する手段を確立できなかったために、
グリーンベルト政策は幻に終わり、代わって、第 2 次計画では近郊整備地帯を設定し、計画的な
市街地の展開と緑地空間との調和ある共存を図るとされた。その外側には、都市開発区域を設定
し、引き続き衛星都市の開発を推進するとした。第 3 次計画では、東京への一極集中是正が強調
され、各地に核都市を育成して多極構造を形成することが目指された。この考えは、第 4 次計画
において業務核都市計画に発展し、これを中心とした自立都市圏によって東京圏を再構成するこ
とが目指された。周辺地域については中核都市圏を中心に諸機能の集積が目指され、地域間の相
互連携と自立性の強化がうたわれた。第 5 次計画では、この流れを踏襲し「東京都心への一極依
存構造から、分散型ネットワーク構造を目指す。
」とされた。
実質的な生活圏に当たる東京圏(1 都 3 県、さらに茨城南部)については、1都7県を対象と
した首都圏の一部として上述の首都圏基本計画に包摂されてきた。そして、戦後、首都建設委員
会、首都圏整備委員会、国土庁大都市圏整備局、国土交通省国土計画局と、国の機関が東京圏の
計画担当部局であった。一方、東京都をはじめとする都県は、それぞれ総合計画(あるいは長期
計画)を策定してきた。周知のように、これらの長期計画は、国土総合開発法など国の法律によ
らず、それぞれの条例に基づいて策定されており、対象範囲はそれぞれの行政範囲に限定される。
しかし、東京都は、2001 年に「メガロポリス都市構想」を発表し、東京都内だけではなく、隣接
する 3 県を含んだ地域を一体的に計画することの必要を提示した。
東京圏の中心となる東京都の計画の動きを振り返ると、東京都の長期計画は 1963 年の東京都
政下で最初の東京都長期計画が推奨された。その後は、3 年間程度を単位としたローリングプラ
ン方式が採用されたため、次の長期計画は鈴木都政下の 1982 年であった。鈴木知事は、その後
1986 年と 1990 年に、第 2 次、第 3 次の長期計画を作っている。それ以降長期計画は策定されな
かったが、石原都政下で 2000 年に「東京構想 2000」、2001 年には姉妹編とも言える「首都圏メ
ガロポリス構想」が策定され、さらに 2006 年には、
「10 年後の東京~東京が変わる」と題する総
合計画が策定された。
1990 年代までの東京都の計画は、基本的には、首都圏基本計画等が大都市の膨張抑制や、国土
計画の理念であった「国土の均衡ある発展」論に即したもので、東京においても東京都心への一
点集中構造から転換して副都心形成を通して多核型都市構造を目指すとしてきた。具体的には、
新宿、渋谷等の区部の副都心に加えて、多摩地域にもいくつかの核を設定して、それらが業務商
業機能においても集積を増して、多核構造を形成していこうというものであった。もっとも国土
計画が提起してきたように、東京から地方への分散を積極的に提起したわけではない。東京の中
で、機能再配置論を展開することで、一極集中批判をかわそうとしてきたとも言えるかもしれな
い。しかし、
「東京構想 2000」や 10 年後の東京では、こうした多核構造は明示されず、環状ネッ
トワークが強調された上で、都心と副都心の一部をカバーするセンターコアを核として、臨海部
の集積群や、さらに成田から厚木に至るような環状都市群の連携等が盛り込まれている
(図 2-7)
。
- 23 -
従来からの副都心や、多摩の中心に対しては、一部を除いて実現したとはいえないから、その
成果をどのように評価すべきかが問われることはいうまでもない。加えて、
「首都圏メガロポリス
都市構想」については、実態として広がる東京圏を視野に入れた計画を東京都が作成したという
意味で評価に値するとしても、一定のプロジェクトを内包して進んできたこれまでの副都心政策
との関係が曖昧なままであることは、その実現性を疑わせるものとなっていることは否めない。
- 24 -
表2-4
首都圏基本計画の経緯
25
図2-7
環状メガロポリス構造(首都圏メガロポリス構想)
②東京の都市構造
国及び東京都の政策は、業務核都市や副都心政策に見られるように、東京都心部への一極的な
集中を緩和することを目指してきた。こうした政策の実績はどのように評価されるべきなのであ
ろうか。
総じて、業務核都市や副都心は計画通りには実現されておらず、やはり都心 3 区や東京湾湾岸
区への集中現象が起こっているとみられる。
まず業務核都市である。図 2-8 は、主要な業務核都市を含む市の従業地における就業者と就学
者(以下従業人口等)、居住人口、昼夜間人口比である。
八王子市、立川市、多摩市(以上東京都)、さいたま市(埼玉県)、千葉市(千葉県)、横浜市、
川崎市(以上神奈川県)の主要 7 市の中で、業務核都市が目指した従業人口の増加が実現されて
いるのは、立川市と、多摩市だけである。この 2 市では、これを反映して昼夜間人口も、緩くと
はいえ、右肩上がりに推移している。しかし、この 2 市ではもともと従業人口は 12 万人―立川市、
7 万人―多摩市とそう多くなく、増加量もそれぞれ 1~2 万人(1990 年~2005 年)である。一方、
横浜市や川崎市では、従業人口は横ばい傾向にあり、居住人口が増加したために、昼夜間人口比
は低下している、さらに八王子市では、従業人口そのものも減少しているために、昼夜間人口比
の減少は一層顕著である。
このように、業務核都市への業務機能の集積はまとまった業務床開発が可能であった立川市や
多摩ニュータウン(多摩市)など一部を除いては低調に推移したといえる。
東京都区部の多心型都市構造についてはどうであろうか。東京都区部全体では、居住人口が増
加して、従業人口が減少した結果、昼夜間人口比が減少傾向となったというのが、1990 年~2005
年の動向である。区部の中心に当たる区においては、もともと従業人口が居住人口より多いよう
な業務商業の盛んな業務中心区(新宿区、台東区、渋谷区)と、居住人口が勝っている住居地区
26
(江東区、墨田区)と、近年住居地区化しつつある豊島区、居住人口と従業人口がともに大幅な
増加を遂げて、変化の大きな品川区といった特徴がある。しかし、総じて昼夜間人口比は減少し
ており(特に最近時点)、近年の都心居住の波がこうした副都心区にも訪れていることが分かる。
この中で、業務人口が順調に増加しているのは江東区と品川区であり、湾岸地域の大規模な土地
利用転換によって新たなオフィスビルが建設され、従業者の増加に結び付いたことが窺える。
都心3区はもともと、従業人口が居住人口に比べて圧倒的に多く、昼夜間人口比がきわめて大
きいことが特徴である。しかし、この 15 年間の動きは、3 区のすべてで昼夜間人口比が減少した
ことを示している。とくに、中央区と千代田区では、従業人口が減少する中で、居住人口が増加
したために昼夜間人口比は顕著に減少した。一方、港区では、最新時点(2000 年~2005 年)で、
従業人口と居住人口がともに増加しているが、昼夜間人口比はやはり減少した。
このように、区部全体でも、都心区でも、バブル崩壊後の傾向が表れた 1990 年以降には、地
価下落によるマンション供給の活発化を受けて、居住人口が増加する一方で、従業人口は減少傾
向にあった。したがって、従業人口の極端な集中を特徴とする一極集中現象は、やや緩和された
のである。しかし、こうした減少傾向が絶対量の大きな変化を意味するほどの量にはなっていな
いために、東京の一極集中傾向は基本的には変わっていないと見ることが適当である。また、副
都心政策や業務核都市政策も、業務機能の集積が進んでいないという意味で、狙った成果を上げ
るには至っていないということができよう。
27
図2-8
東京の業務核都市における人口推移(下記7図)
200000
600000
101
500000
100.5
八王子市
従業地人口:就業者・
通学者:総数
99.5
300000
居住人口
99
200000
100000
110
80000
109
60000
40000
98
0
111
120000
昼夜間人口比率
98.5
100000
立川市
112
160000
140000
100
400000
113
180000
居住人口
昼夜間人口比率
108
20000
0
97.5
従業地人口:就業者・
通学者:総数
107
1990年 1995年 2000年 2005年
1990年 1995年 2000年 2005年
160000
100
140000
90
多摩市
80
120000
50
60000
40
91
600000
昼夜間人口比率
0
0
さいたま市
従業地人口:就業者・
通学者:総数
居住人口
昼夜間人口比率
90
200000
10
0
90.5
400000
20
20000
91.5
800000
居住人口
30
40000
92
従業地人口:就業者・
通学者:総数
60
80000
92.5
1200000
1000000
70
100000
1400000
89.5
1990年 1995年 2000年 2005年
1990年 1995年 2000年 2005年
1000000
98
900000
97
800000
千葉市
4000000
91
3500000
90.5
3000000
700000
96
600000
500000
95
400000
94
300000
200000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
2500000
居住人口
2000000
100000
0
90
89.5
89
1500000
昼夜間人口比率
88.5
1000000
93
88
500000
92
0
1990年 1995年 2000年 2005年
87.5
1990年 1995年 2000年 2005年
1400000
90.5
90
1200000
川崎市
89.5
1000000
89
800000
600000
88.5
従業地人口:就業者・
通学者:総数
88
居住人口
87.5
87
400000
86.5
200000
86
0
85.5
1990年 1995年 2000年 2005年
28
横浜市
昼夜間人口比率
従業地人口:就業者・
通学者:総数
居住人口
昼夜間人口比率
図2-9
東京の副都心における人口の推移(下記7図)
(新宿)
(上野・浅草)
800000
300
700000
290
600000
350000
新宿区
280
500000
270
400000
260
300000
250
200000
100000
0
250
台東区
300000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
居住人口
200
250000
居住人口
150000
昼夜間人口比率
従業地人口:就業者・
通学者:総数
150
200000
100
昼夜間人口比率
100000
240
50000
230
0
1990年 1995年 2000年 2005年
50
0
1990年 1995年 2000年 2005年
・
(錦糸町・亀戸)
250000
450000
128
126
125
江東区
400000
122
120
350000
300000
115
250000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
110
150000
118
居住人口
116
114
昼夜間人口比率
112
昼夜間人口比率
100000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
120
150000
100000
居住人口
200000
墨田区
124
200000
50000
105
110
108
50000
0
0
100
106
1990年 1995年 2000年 2005年
1990年 1995年 2000年 2005年
(大崎)
(池袋)
355000
150
400000
176
350000
品川区
145
350000
174
345000
340000
140
335000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
135
330000
325000
居住人口
130
320000
昼夜間人口比率
125
315000
310000
170
250000
168
従業地人口:就業者・
通学者:総数
200000
166
居住人口
150000
164
162
100000
160
50000
158
0
120
156
1990年 1995年 2000年 2005年
1990年 1995年 2000年 2005年
(渋谷)
500000
290
渋谷区
450000
285
400000
350000
280
300000
250000
275
200000
270
150000
100000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
居住人口
昼夜間人口比率
265
50000
0
豊島区
172
300000
260
1990年 1995年 2000年 2005年
29
昼夜間人口比率
図2-10
東京都区部における人口の推移
9000000
142
8000000
141
7000000
140
東京都区部
139
6000000
夜間人口:男女
138
5000000
137
4000000
3000000
136
常住地人口:就業者・
通学者:総数
135
昼夜間人口比率
2000000
134
1000000
133
0
132
1990年 1995年 2000年 2005年
図2-11
東京都心3区における人口の推移(下記3図)
1200000
3000
1000000
2500
800000
2000
600000
1500
400000
1000
200000
500
800000
千代田区
1200
700000
中央区
1000
600000
0
従業地人口:就業者・
通学者:総数
500000
居住人口
400000
800
600
300000
昼夜間人口比率
400
200000
0
1990年 1995年 2000年 2005年
居住人口
昼夜間人口比率
200
100000
0
従業地人口:就業者・
通学者:総数
0
1990年 1995年 2000年 2005年
900000
700
800000
600
700000
港区
500
600000
500000
400
400000
300
300000
200
200000
従業地人口:就業者・
通学者:総数
居住人口
昼夜間人口比率
100
100000
0
0
1990年 1995年 2000年 2005年
③東京の都市再生
従来、首都圏基本計画等の国の計画では、東京区部に関する記載は多くない。工業等制限法等
で東京の拡大を抑制する具体策が講じられても、東京の開発や発展を全面的に促すような指針や
具体策は広域計画では基本的に存在しなかったといってよい。例外は 4 全総の中間報告で、そこ
では世界都市論を受容して、東京が世界都市の一翼として発展することを積極的に位置付ける議
論が展開された。しかし、これに対しては地方軽視という批判が起こり、4 全総そのものでは「国
土の均衡ある発展論」に軌道修正された。
こうした動きに変化が表れたのは、バブル崩壊後の、東京都心での急速な地価下落で、不動産
投機を企てた業者が大損害を被ったことである。いわば投機のつけが回った形だが、地価水準が
一気に4分の1程度に下落したことと、これまでの地価は右肩上がりで増え続けるという地価神
30
話が崩れたことで社会のショックは大きく、救済策が必要というムードが強まった。こうして、
東京圏など大都市圏、しかもその都心部の政策である都市再生政策が国によって準備されていっ
た。国の政策の中に都市再生という用語が取り上げられたのは小渕内閣で都市再生推進懇談会が
発足した 2000 年 2 月のことである。同懇談会は、次の森内閣に報告書を提出し、首相をヘッド
とする都市再生本部が設置されることが決まったが、実際に発足したのは小泉内閣になってから、
つまり 2001 年 5 月である。つまり、自民党政府の都市再生政策は三代の首相によって形成され
たことになるが、この間に大きな変質を迫られた。小渕・森内閣における都市再生は、大都市で
も、環状道路の整備や踏切解消等の公共事業を行ない、大都市で劣勢な党勢を盛りたてる狙いが
あったとみられた。しかし、小泉内閣は、すでに顕在化していた財政赤字に対処するために、公
共事業の削減を公約の一つにしていたので、公共事業による都市再生はとらず、公共事業を必要
としない規制緩和による都市再生を目指したのである。この結果、2002 年にできた都市再生特別
措置法では、民間事業者が規制緩和(特に容積率の緩和)を提案できる制度、手続きの簡略化、
資金調達支援等、種々の都心活性化手法が盛り込まれた。都市再生政策は、この都市再生特別措
置法に基づく都市再生緊急整備地域や都市再生特区の指定、都市再生プロジェクト、全国都市再
生モデル調査等からなる。
しかし、規制緩和型の都市再生は、具体的な規制緩和の内容が容積率緩和を中心とするもので
あったために、容積率を有効に活用できる大都市都心部でしか効果がないことが明らかになった。
一方で都市再生が真に必要なのは地方都市であることも明確になってきたので、2007 年には、政
府の地域関係の戦略組織が統合され地域活性化統合本部に改組された。
東京では、都市再生緊急整備地域が最も多く指定され、多くの事業が展開されてきた。これら
の事業は、業務商業ビルの更新を促す効果はあったが、何か新しい機能を東京に付与する等戦略
的方針に基づいて行われたものではない。それでも、その中で、ごみゼロ、エネルギー有効利用
など、まちづくりが直面する新たな課題を盛り込んだものも表れた(都市再生プロジェクト)
。密
集市街地の緊急整備や国際金融拠点機能の強化に向けた都市再生の推進等も従来から言われてい
たが実現されなかった課題に挑むプロジェクトとなった。
こうした施策の成果がどれほどのものかを定量的に表すのは容易ではないが、都市再生政策が
きっかけとなって、他の都市開発諸制度も活用度合いが高まっており、東京都心部では、丸の内
地区の多発型再開発、大手町の連鎖型再開発、霞が関の官庁街再開発、など種々の事業が展開さ
れている。しかし、一方で、都市居住と都心のオフィスビル開発により、住と職の機能が都心に
集中したとも指摘され、地方都市ではほとんど効果のない都市再生手法の限界が指摘されている。
また大都市中心部においても、単なるビルの建て替えという効果しか見られないという指摘もあ
り、景観向上への努力、低炭素型街区の形成など、開発の質を高めて、課題にチャレンジする都
市開発の試みも始まっている。
31
Ⅱ 都市再生に向けた取組
都市再生緊急整備地域
1.東京駅・有楽町駅周辺地域
(約 320ヘクタール)
2.環状二号線新橋周辺・赤坂・
六本木地域
(約 590ヘクタール)
3.秋葉原・神田地域
(約 160ヘクタール)
4.東京臨海地域
(約1,010ヘクタール)
5.新宿駅周辺地域
(約 220ヘクタール)
6.環状4号線新宿富久沿道地域
(約 10ヘクタール)
7.大崎駅周辺地域
(約 60ヘクタール)
8.渋谷駅周辺地域
(約 139ヘクタール)
図2-12
池袋駅
秋葉原・神田地域
環状四号線新宿
富久沿道地域
新宿駅周辺地域
秋葉原駅
新宿駅
東京駅・有楽町駅
周辺地域
東京駅
環状二号線新橋周辺・
赤坂・六本木地域
新橋駅
浜松町駅
渋谷駅
渋谷駅周辺地域
東京臨海地域
五反田駅
品川駅
大崎駅
大崎駅周辺地域
14
都市再生緊急整備地域
2. 東京圏の戦略
こうした現状の問題点と課題に関わる分析を踏まえて、東京圏が今後取るべき進路を考察しよ
う。
⑴諸都市の群雄割拠による日本の構成
東京への一極集中が必ずしも、持続可能な日本を形成することにならないのであるから、札幌
から福岡に至る全国に存在する中心性の高い都市群が各地域の中心都市としての役割をさらに発
揮することを通じて、いわば中心都市が群雄割拠のように連なる国土を形成することを目指すべ
きである。このためには、民間企業の活動がおのずからそうした拠点都市でも活発に展開される
ことが必要である。政策の力で、強引に産業や人口を直接的に移動させることはありえないが、
政府の行える学術研究に対する資金配分、政府系機関の立地等を通じて一定の政策行使は可能で
ある。
より重要なのは、地方分権をさらに本格化して、地方政府の意思決定を重要なものとしていく
ことである。さらに財源の地方移譲を促進し、地方の独自な行財政を強めていくことが魅力的な
地方都市づくりにつながる。その意味では地方行財政のまさに現場である市町村、とりわけ有力
市が、地方分権によって力をつけて、その地域に合い、民意に応じた行財政を行うことが基礎と
なるが、それでも自立的な規模になりにくい市町村を支援するために都道府県、あるいはそれら
32
が合体した道州がそうした市町村を支えていくという仕組みも検討されるべきである。道州制に
ついては、市町村への分権化がさらに進んでいくのに応じて、国と地方との二重行政を排し、産
業政策、環境政策、交通政策といった広域的な課題に取り組む自治体として都道府県と国の機構
の一部の再編を通じて実現していくべきである。その過程で、都道府県の連合や合併による行政
の広域が図られるのも十分にあり得ることであろう。
⑵東アジア時代の拠点都市としての東京の役割
世界の都市人口、日本との人と物の交流の観点からみて、今後東アジアと日本との関係が一層
強まるとみられるから、東京は、いわば東アジア時代の拠点都市としての役割を果たす必要があ
る。もちろん、すでに東アジアとの交流は深くなっているが、さらに羽田空港の活用によって、
東アジア諸都市との時間距離を短縮したり(インフラの活用)、産業経済や観光はもとより、文化
芸術・学術等さまざまな領域で交流を深めて、往来を活発にすることを目指すべきである(交流
促進)
。
特に観光は、ビジネスや学術交流の副産物としても重要であると同時に、それ自体が新たな交
流を生むきっかけになるという意味で重点を置くべき分野である。東京においても都市自体が観
光の対象となるように、景観への配慮、文化活動の奨励などを進めて、都会性と文化性を高度に
発揮する都市として形作られていくことが肝要となる。
ただ、日本における種々の世論調査によれば、多くの国民は国際交流に対して、治安面等の不
安を抱いているのも事実である。これは、国家間の経済格差や交流の未発達によって、交流量に
比して犯罪などの比率が高いという過渡的な問題も含んでいると思われるが、交流促進の不安に
ついても互いが率直に問題を指摘し合いながら、不安材料を払拭する努力を傾け、健全な関係が
育つようにすることが重要である。
⑶東京の空間的質の向上
東京圏、とくにその都心部の基盤は相当に整っている。鉄道網、道路網、その他供給施設、あ
るいは住宅や業務商業施設、公共施設においてもこれからの人口減少社会を想定すれば、量的に
は概ね充足しているといえよう。しかし、低炭素社会、災害に対する安全性、都市景観、快適な
空間形成といった質を考えればまだまだなすべきことがある。したがって、これからの東京の再
開発は、低炭素社会に向け、大地震に強く実感としても安心でき、美しく調和した景観を持ち、
さらに人にとって快適な空間を形成するという観点で行うことが重要である。都市開発諸制度等、
都市を形成していく政策手段の運用に際して上記の観点が十分に盛り込まれるように国は指針を
提示し、実際の運用に権限を有する都や基礎自治体が方向を定めていくべきであろう。これまで、
国は都市開発を経済政策とみなして、床面積を増やしたり、ビルの建設棟数を増やすことに腐心
してきた面のあることは否めない。質を重視するのは都市行政の地方分権化に欠かせないのであ
り、まさに日々現場にあり、かつ空間を利用する人々の多様な声を反映できる基礎自治体が政策
立案の中心にあることが極めて重要となる。
33
⑷多様な街からなる東京の形成
東京圏はすでに多くの拠点によって構成されている。東京圏の広がりを考えれば多核的になら
ざるを得ないのは必須である。加えて、高齢社会、少子化社会などへの対処が必要なことを考え
れば身近な拠点が持続して、生活の利便性を高めるという構造が不可欠である。しかし、現実に
は、商店街の沈滞化の波が忍び寄ったり、店舗がチェーン店化して個性がなく、味気ないものに
なったりしている。したがって、各地が、それぞれの拠点の街のあり様を絶えず点検して、改善
を促していくような習慣ができることが望まれる。皆が同じ成功例に飛びついて、真似をするた
めに、結果としてステレオタイプなまちづくりを避けるために、日常的に街をウオッチして、改
善を図るような習慣をつけることが重要である。
横浜、川崎、さいたま、千葉等の拠点はもとより、自由が丘や吉祥寺といったハイトーンな雰
囲気を持つ街、立川、柏、町田等の便利な郊外中心、などのように、総合的な中心性を持ちつつ
も、個性を発揮した街を目指すことが、存在意義を高めるために有用となる。
⑸低炭素社会への貢献
低炭素都市の形成は、東京でも都市政策の基本となる。東京圏は、公共交通が発達し、かつ工
場もそう多くないこともあって、一人当たりの温室効果ガス排出量は多くない。しかし、将来の
温室効果ガス削減量を 60-80%と想定すれば、現況を維持するだけでは不十分で、さらに削減を
図ることが必要な上、各地で温室効果ガスを排出して製造している工業製品を消費して排出の原
因者となっているのは否めないから、より積極的な削減に努めることが求められる。そのために
は、公共交通の便利さを維持して、自動車利用を抑制するとともに、民生部門の排出抑制に取り
組んでいくことが必要となる。すでに東京都は環境確保条例の下で、低炭素政策を進めているが、
都市開発において温室効果ガスの削減を求めたり、地区計画の中で温室効果ガスの上限や原単位
を定めるなど新規開発における温室効果ガスの削減策とともに、一般の住宅や、ストックに対す
る対策を進めていくことが必要となる。
⑹防災・防犯の向上による安心・安全の都市
東京は、世界の大都市と比較し安全で安心できる都市といわれる。この評判は、やや揺らぐこ
ともあるが、長年定着しているものである。武器なき社会、経済的な同質社会等の社会基盤が、
日常生活でも相対的に安全な街を形成することに役立っている。これは都市の優れた美徳である
から維持していく必要がある。夜間に一人で歩ける街を維持するには、警備を強めるということ
が重要なのではなく、犯罪など危険が起こりにくい社会環境を整えていくことが重要であるのは
いうまでもない。
多民族社会化は必至の流れであるから、日本人にとどまらない多様な人々が、安全で安心でき
るコミュニティを形成するような、雇用の安定、所得の公平、互助精神の育成が生み出される社
会制度を維持することが重要である。
また、地震、水害、交通事故等の災害に強い都市を構築することも引き続き課題である。建物
を丈夫に作ることはもとより、ハザードマップを作成して、起こり得る災害を知り、それに備え
34
るという地域性を持った予防が大事である。交通においては、歩行者、車いす等を最優先させる
体系が求められる。その意味で、歩行者にとっての歩道の安全を重視した街づくりが不可欠であ
ろう。
35
Ⅱ.関西圏の大都市戦略の課題と在り方
瀬田 史彦
【大阪市立大学・大学院創造都市研究科准教授】
・
関西は日本第二の都市圏として地域特殊性を生かした新産業創出により「東京の支店経済
化」「消費都市化」から脱却する必要がある。
・
府県・政令市の二重行政を排し、空港の役割分担など関西全体で選択と集中にもとづく戦略
を作成することでオール関西による都市圏行政が実現できる。
1.大阪の停滞は関西全体の衰退から
⑴圏域衰退の危機
大阪・関西は、近代化以降の世界の大都市で初めて、大都市圏全体での人口減少を経験する地
域であるといわれている。戦前の近代化・工業化から高度経済成長初期にかけては、
「二眼レフ構
造」という言葉で、関東とともに日本の経済成長を支えてきた関西、そしてその中心都市である
大阪は、とりわけ東京一極集中が顕在化し始めたバブル期以降、長期的な衰退傾向にある。
衰退の主な原因として、大まかには、グローバル化と一極集中といった世界的な要因、中央集
権構造や政官財のトライアングルといった日本独特の課題、さらに多様な資源を持ちながら圏域
としての強い方向性を打ち出せない大阪・関西内部の問題を、それぞれ挙げることができる。
ここでは、こうした衰退傾向にある大阪・関西の状況を、まず代表的なデータから観察する。
⑵大阪のイメージ悪化とその本質
地方都市の衰退と東京一極集中が喧伝される中、大阪・関西大都市圏の地位も、とりわけ東京
に比べて低下しているという論調が一般的となっている。メディアや世間一般の見解がどのよう
なデータや感覚によるものかについては様々な考え方があると思われるが、とりわけ関西の中心
都市である大阪が、京都や神戸など関西の他の都市と比較しても状況が悪く、関西の凋落を大阪
が象徴しているかのような扱われ方をする場合もある。
実際、たとえばホームレス数や犯罪発生率に関連する一部のデータ(表2-5、表2-6)のように、
大阪市や大阪府という単位でみた場合に全国的に最悪というデータがあり、それが強調されて、
関西の中でもとりわけ大阪のイメージを悪化させている。
36
表2-5
都道府県名
大阪府
東京都
神奈川県
福岡県
愛知県
埼玉県
兵庫県
千葉県
京都府
合
計
男
4,326
4,577
1,959
1,047
838
715
475
532
323
都道府県別のホームレス数
平成19 年 調 査
女
不明
121
464
113
0
45
16
83
47
47
138
19
47
13
139
27
35
19
65
16,828
616
1,120
15 年 調 査
差引増△減
計
4,911
4,690
2,020
1,177
1,023
781
627
594
407
7,757
6,361
1,928
1,187
2,121
829
947
668
660
△ 2,846
△ 1,671
92
△ 10
△ 1,098
△ 48
△ 320
△ 74
△ 253
18,564
25,296
△ 6,732
資料:厚生労働省『ホームレスの実態に関する全国調査報告書』2007 年 4 月
表2-Ⅱ-1 都道府県別のホームレス数
出典:厚生労働省『ホームレスの実態に関する全国調査報告書』(平成19年4月)
しかしこれから検討するように、人口をはじめとしたいくつかの基礎的な統計を時系列的な推
移や、あるいは発展・衰退を表す特徴的な指標の推移を観察すると、実際には衰退しているのは
関西大都市圏全体であり、必ずしも大阪がその中でとりわけ悪いというわけではないということ
がわかる。
ここではまず、大阪のあり方を考える際のベースとして、この点について、全国や東京大都市圏
との比較を中心に見てみることにする。
表2-6
順位
都道府県別人口10万人当たりの犯罪発生状況(2008年12月末)
都道府県
人口
1
2
3
4
5
6
7
8
大阪
愛知
京都
福岡
兵庫
東京
埼玉
千葉
8,821,818
7,366,146
2,631,790
5,048,713
5,586,182
12,338,856
7,116,183
6,122,671
45
46
47
岩手
山形
秋田
全国
1,355,331
1,191,364
1,112,188
127,237,496
平成20年12月末
10万人当たり
刑法犯認知件数
(件)
201,816
2287.7
144,694
1964.3
50,259
1909.7
90,356
1789.7
97,527
1745.9
212,152
1719.4
122,108
1715.9
100,827
1646.8
9,111
7,924
6,134
1818023
672.2
665.1
551.5
1428.8
表2-Ⅱ-2
都道府県別人口10万人当たりの犯罪発生状況(平成20年12月末)
資料:警察庁資料
出典:警察庁※
37
⑶人口の推移
まず人口の長期的な推移をここでは観察する。大阪と東京では行政区域の単位が違うため、比較
にちょっとした工夫がいる。大阪市(同263万人、222平方キロ)を東京都区部(2005年で848万
人、622平方キロ)と比較するのは都市規模や機能の点からもあまり意味がなく、東京都区部の中
でも都心部分を抜きだして比較する
必要がある。ここでは東京都心を中心
に大阪市と同程度の人口・面積となる
12区(合計で同270万人、201平方キ
ロ)を抜き出して比較してみる(図
2-13)
。
図
図2-13
東京と大阪の都心
すると、特に戦前・戦後からしばらくの間までは東京都心の人口がかなり優勢で、それが高度
成長期が終了するとともに大体同程度になってきているということが分かる。近年は、都心居住
の進展から東京都心が再逆転しているが、今後は、同じく高層住宅の建設ラッシュが起こってい
る大阪市でもそれなりの増加が見込めるだろう(図2-14)。
450
東京都心部
12区
400
東京都心部12区
350
大阪市
300
250
大阪市
200
150
100
50
2000
1990
1980
1970
1960
1950
1940
1930
1920
0
資料:『国勢調査』、1947年は『臨時国勢調査』(『大阪市統計書』HP、
大阪市立大学経済研究所『データでみる大阪経済60年、
特別区評議会HP、を参照)を筆者集計。
注1:12区とは、千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田
区、江東区、品川区、目黒区、渋谷区、豊島区。
注2:1920~1935年の大阪市人口は、それぞれ当時の旧市界における人口。
1940~1955年は当時の隣接6か町村の人口も含めた現在の市界での値。
図2-14
大阪市と東京都心部12区の人口推移(万人)
38
他方、人口規模で大きな差がついているのは、大都市圏レベルである(図2-15)。一般に大都市
圏同士の比較は、その範囲の設定がなかなか難しいが、本稿の趣旨は中長期的な変化を見ること
であるから、戦前にほぼ同じような規模であった関西2府2県と関東1都3県とを比較してみる。す
ると、戦前は大きな差はなかったものが、戦後からぐんぐん差をつけられるようになり、現在で
は2倍近い差となってきている。関西は、この1世紀ほどの間で、関東に大きな差をつけられたこ
とになる。
こうした人口の変動について、東京23区、東京都、大阪府を加えて、戦前の1925年を基点(1.0)
として比較してみる(図2-16)と、大阪市は同程度の規模の東京都心部よりは成長しており、東
京都と大阪府も(両都府は規模も条件も違うので単純な比較はできないが)ほぼ同じような推移
で人口増加・減少を経験している。大きく異なるのは大都市圏レベルであり、東京都の郊外とな
る3県で人口が増加し大都市圏が拡大していったのに対し、関西ではそれほどでもなく、むしろ大
阪府の人口増加を下回っている。
ちなみに、近年の都市レベルでの衰勢を観察するために、政令指定都市の人口増減の推移を示
すと(図2-17)、大阪市は横浜市、名古屋市、福岡市に比べると人口の伸び率は低いが、同じ関西
圏である堺市や神戸市に比べると大きい。逆に、一般的なイメージが大阪に比べると悪くないと
思われる京都市で、北九州市に次ぐ人口減少が見られる。
4,500
4,000
関東1都3県
3,500
関西2府2県
3,000
関東1都3
県
2,500
2,000
1,500
関西2府2
県
1,000
500
2000
1990
1980
1970
1960
1950
1940
1930
1920
0
資料:『国勢調査』、1945年は『人口調査』(大阪市立大学経済研究
所『データでみる大阪経済60年』、矢野恒太記念会編『日本国
勢図絵2006』CD-ROM、を参照)を筆者集計。
注:関東1都3県は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県。関西2府2県は
大阪府、京都府、兵庫県、奈良県。
図2-15
関東圏と関西圏の人口変動(万人))
39
4
東京都心部12区
東京23区(旧東京市)
東京都
関東1都3県
大阪市
大阪府
関西2府2県
3.5
3
2.5
関東1都3県
大阪府
東京都
関西2府2県
2
東京23区
1.5
大阪市
1
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1965
1960
1955
1950
1945/47
1940
1935
1930
1925
1920
0.5
1970
東京都心部12
区
資料:図2-14、図2-15と同じ。
注1:1920~1935年の大阪市人口は、旧市界における人口。
注2:1945/47年は、都府県以上は1945年『人口調査』、市区は1947年『臨時国勢調
査』による。
図2-16
1925年を起点とした関東と関西の人口増減
1.04
1.03
1.02
1.01
1.00
0.99
大阪市
京都市
横浜市
福岡市
0.98
0.97
堺市
神戸市
名古屋市
北九州市
2009年4月
2008年10月
2008年4月
2007年10月
2007年4月
2006年10月
2006年4月
2005年10月
0.96
図2-Ⅱ-5
主な政令指定都市の近年の人口推移
資料:各政令指定都市のホームページ
出典:各政令指定都市のホームページより抜粋・編集
図2-17
主な政令指定都市の近年の人口推移
40
将来人口について、国立社会保障・人口問題研究所の『日本の市区町村別将来推計人口』
(平成
20年12月推計)から三大都市圏の将来人口の推計を比較すると(図2-18)
、関西圏は他の大都市
圏に先んじて人口が減少し、30年後の2035年には約15%減となると予想されている。同じ調査で
は、年少(0-14歳)人口、生産年齢(15-64歳)人口、老年(65歳以上)人口の別にも推計されて
いるが、人口減は生産年齢人口の減少によるものであり、老年人口はむしろ絶対数としても増え
ると予想されている。圏域としての退潮傾向は少なくとも人口面からは明らかであると考えられ
る。
105.0
100.0
95.0
関西二府二県
関西二府四県
東京一都三県
東京一都六県
東海三県
東海四県
90.0
85.0
80.0
2005年
2010年
2015年
2020年
2025年
2030年
2035年
資料:国立社会保障・人口問題研究所『日本の市区町村別将来推計人口』(平成20年12月推計)より筆者集計
(注) 東京:東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県(以上1都3県)、茨城県、栃木県、群馬県(以上1都6県)
関西:大阪府、京都府、兵庫県、奈良県(以上2府2県)、滋賀県、和歌山県(以上2府4県)
東海:愛知県、岐阜県、滋賀県(以上3県)、静岡県(以上4県)
図2-18
三大都市圏の将来人口推計(2005 年を 100 とする)
⑷経済の推移
経済規模については、ひとつの指標で比較することは容易ではなく、また同じ指標でも統計の
取り方に違いがあるため厳密な比較は難しいが、とりあえず最も一般的に使われる域内(都・府・
県・市内)総生産で比較する(図2-19)
。
都府県内総生産が全国的に整備されはじめたのは1960年代以降なので、その頃から現在までの
全国シェアについて示すと図2-19のようになる。ここからまずいえることは、大阪府が全国シェ
アを次第に下げているが、東京都も景気変動でややばらつきがあるものの下がる傾向がみられる
ということである。むしろ大都市圏でみて、関東は1都3県、1都6県で、不況の影響に敏感に
反応しているものの概して拡大基調であるのに対し、関西は2府2県、2府4県でみても一貫し
て下がり続けている。
すなわち人口同様、ここでも大阪(府)と東京(都)より関西と関東という比較で関東がその
差をあけていると読み取ることができる。
41
0%
1965
1970
1975
20%
40%
60%
80%
東京都
1都3県合計
100%
大阪府
その他の県
2府2県合計
2府4県合計
1都6県合計
1980
1985
1990
1995
2000
2005
資料:『県民所得統計年報』、『県民経済計算年報』、
内閣府資料(東洋経済新報社『完結昭和国勢総覧』、
内閣府『平成15年度県民経済計算』HP、内閣府『平成16年度県民
経済計算』HPをを参照)により筆者集計。
注1:1都3県、2府2県は図2-15に同じ。
注2:1都6県は、1都3県に栃木県、群馬県、茨城県を加えた値。
2府4県は、2府2県に滋賀県、和歌山県を加えた値。
注3:1965年は、欠損している奈良県の値は図に含まれていない。
図2-19
県民総生産(名目)の全国シェア
これは近年、我々が感じているような東京一極集中、大阪の凋落といった感覚とやや異なるか
もしれない。近年の成長率をみた図2-20を見れば、確かにこの10~15年間のトレンドは、関東が
全体として優位であり、特に東京都が大きく成長していて、逆に大阪、とりわけ中でも大阪市は
低空飛行を続けている。しかし、これも長期的なトレンドをみれば(図2-21)、どの地域も高度成
長~安定成長~バブル景気~低成長期という日本全体の流れに沿って動いており、その中で1都6
県の成長が若干ではあるが上回る状況となっている。
貿易について図2-22を見ると、戦後も高度成長期までは大阪港・神戸港の関西2港で、東京湾岸
と伍して争うほどの貿易量を誇っていた。しかし1970年代から水をあけられるようになり、とり
わけ1980年代後半以降からその差が大きくなってきている。
42
3.0%
東京都
2.0%
2府4県
2府2県
1都3県
1.0%
1都6県
大阪府
0.0%
大阪市
2001-2004
1999-2000
1991-1995
-1.0%
図2-Ⅱ-8:関東・関西の近年の平均成長率
資料:図 2-19 の出典に加え、大阪市について『大阪市統計書』各年度版など(『データ
出典:図2-Ⅱ-7の出典に加え、大阪市について『大阪市統計書』各年度版など(『データでみる
で見る大阪経済 60 年』
、大阪市『平成 15 年大阪市統計書』HP、大阪市『平成 16
大阪経済60年』、大阪市『平成15年大阪市統計書』HP、大阪市『平成16年度大阪市民経済計算に
年度大阪市民経済計算について(概要)
』を参照)を筆者推計
ついて(概要)』、を参照)を筆者集計。
注 1:地域区分は図 2-19 に同じ
注1:地域区分は図2-Ⅱ-7に同じ。
注2:数値はそれぞれ5年間(2001~2004年は4年間)の平均値。
注 2:数値はそれぞれ 5 年間(2001~04 年は 4 年間)の平均値
図2-20
関東・関西の近年の平均成長率
20.0%
東京都
1都3県
1都6県
大阪市
大阪府
2府2県
2府4県
※
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
2001-2004
1999-2000
1991-1995
1989-1990
1981-1985
1976-1980
1971-1975
1966-1970
-5.0%
資料:図
2-19 に同じ
図2-Ⅱ-9:関東・関西の長期的な平均成長率の推移
注
1:地域区分は図
2-19 に同じ
出典:図2-Ⅱ-7に同じ。
注1:地域区分は図2-Ⅱ-7に同じ。
注
2:数値はそれぞれ 5 年間(2001~04 年は 4 年間)の平均値
注注2:数値はそれぞれ5年間(2001~2004年は4年間)の平均値
3:大阪市の 1971~75 年の値は、1966 年から 10 年間の平均値
注3:大阪市の1971~1975年の値は、1966年から10年間の平均値。
図2-21
関東・関西の長期的な平均成長率の推移
その最も大きなきっかけは、港ではなく空港による貨物である。現在、取引額で日本最大の「港」
は成田空港であり、羽田空港と併せた貿易額は既に東京・横浜両港の合計に匹敵する大きさとな
43
っている(図2-24)
。飛行機で運ぶ貨物は、高い輸送費に見合う分だけ付加価値も高い。その点、
伊丹・関西空港を通じた貿易も拡大はしているがまだ羽田・成田の水準には程遠い(図2-23)。産
業構造や輸送経路の違いもあって一概には評価できないが、やはり大都市圏での力の差が顕著に
表れてきたということができるだろう。ここでもう一つ重要な点は、大都市圏の中心に位置する
東京港・大阪港の地位が、もともと貿易の拠点であった横浜港・神戸港にくらべて上昇している
ことである。高度成長期にはこうした港町での交易がはるかに優勢(3~4倍)であったが、現在
は関東・関西ともに大都市圏の中心である東京・大阪の港が同じ程度の取引を担うようになって
いる(図2-23、2-24)
。
50
45%
45
関東
関西
40%
40
関東シェア
関西シェア
35%
35
30%
30
25%
25
20%
20
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
0%
1973
5%
0
1971
10%
5
1969
10
1967
15%
1965
15
資料:日本関税協会『外国貿易概況』、『横浜税関資料』、『大蔵省関税局資料』(矢野恒太記念会編『日本国勢図絵2006』
CD-ROMを参照)を筆者集計。
注:関東は東京港・横浜港・千葉港・川崎港・羽田空港・成田空港の合計、関西は大阪港・神戸港・堺港・伊丹空港・関西空港
の合計。
関東・関西の主要港湾・空港における貿易額と全国シェアの推移
(単位:兆円・全国シェア%)
50
45
40
伊丹・関西空港
堺港
神戸港
大阪港
35
30
25
20
15
10
5
資料:図2-22に同じ。
図2-23 関西の主要港湾・空港別貿易額(単位:兆円)
44
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
0
1965
図2-22
50
45
40
羽田・成田空港
川崎港
千葉港
横浜港
東京港
35
30
25
20
15
10
5
2005
2000
1995
1990
1985
1980
1975
1970
1965
0
資料:図2-22に同じ。
図2-24
関東の主要港湾・空港別貿易額
⑸大都市圏の都心で悪い指標
指標の性質上、大都市の都心を含む市において特に悪化が顕著に見られる指標がいくつかある。
その代表的なものが上記に挙げたホームレス数や犯罪発生率などである。こうした指標が、本来
は人口規模がより大きい東京都やその都心区において、より悪いはずなのに、実際には全国ワー
ストが大阪であることが、大阪の評判を低める一因になっていると思われる。
ここではやはり同じような性質をもつと思われる生活保護率を観察してみる(図2-25、図2-26)
。
生活保護世帯の占める率(千分率であるパーミル(‰)を使用する)は、平成16年で大阪府の生
活保護率は23.1‰と、京都府(18.3‰)、兵庫県(13.7‰)を大きく上回り、とりわけ大阪市は38.1‰
と非常に大きな値となっている。東京都(14.8‰)は神奈川県(11.0‰)
、埼玉県(6.8‰)、千葉
県(7.1‰)などやはり周辺県を上回るが大阪府ほどではなく、このデータも一般には大阪の評判
を貶める指標となっている。
しかし保護率についても、「大都市圏において都心の方が郊外よりも悪い(大きい)
」という一
般的性質を差し引いて考えると、関西全体で状況が悪化している状況が見て取れる(図2-27)
。図
は、地域別保護率の長期的な年次推移を示したものであるが、近畿圏でこの10~15年ほどの間に、
全国での動向以上に悪化していることがわかる。
なお、この悪化は大阪市などの都心でより顕著に現れ、大阪市では1997年の19.7‰から10年後
の平成19年度には42.9‰と急速に悪化しており、この悪化の度合いは近畿全体に比べても大きい。
ただし大阪市があいりん地区などいわゆる「ドヤ街」を抱え、近畿圏はもちろん、広く西日本全
体の失業者の受け皿となっていることを考えると、このことが必ずしも大阪のみの衰退を表すも
のではない可能性がある。
45
資料:会計検査院「社会保障費支出の現状に関する会計検査の結果について(平成17
年度)」
(注) 厚生労働省「社会福祉行政業務報告」、総務省「国勢調査」(平成12年度)及
び「人口推計」(平成16年度)を基に作成(以下の都道府県別の保護率、被保
護実人員についても同様)
図2-25
都道府県別の保護率及び被保護実人員
資料:会計検査院「社会保障費支出の現状に関する会計検査の結果について(平
成17年度)」
(注) 厚生労働省「社会福祉行政業務報告」、総務省「国勢調査」(平成12年
度)及び「人口推計」(平成16年度)等を基に作成(以下の政令市等別
の保護率、被保護実人員についても同様)
図2-26
政令市等別の保護率及び被保護実人員
46
30.0
全国
北海道
関東Ⅰ
関東Ⅱ
近畿Ⅰ
近畿Ⅱ
25.0
20.0
15.0
10.0
5.0
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
1975
1965
0.0
資料:生活保護関係統計(平成21年度)
単位:縦軸は‰(千分率)、横軸は西暦。
(注):関東Ⅰ=埼玉・千葉・東京・神奈川、関東Ⅱ=茨城・栃木・群馬・山梨・長野
近畿Ⅰ=京都・大阪・兵庫、近畿Ⅱ=滋賀・奈良・和歌山
図2-27
地域別保護率の年次推移
⑹まだらに停滞・衰退する大阪・関西大都市圏
このように、成長・発展局面から成熟あるいは衰退への転換期にある大阪・関西地域は、まず
実質的な都市全体を包含する大都市圏全体で捉え、その上で各都市のあり方を捉える必要がある
と思われる。とりわけ関西大都市圏は、イメージが比較的悪いことから大阪が槍玉に挙げられる
ことが多いが、実際には関西全体の凋落を代表する形での各指標の悪化という状況が見て取れ、
本来は関西大都市圏全体での取り組みが求められると考えられる。
ただし、こうした関西圏全体での停滞という全体的、長期的傾向の中で、その影響が関西圏の
市町村に一様に表れるわけではなく、地域特性の影響もあってその影響を大きく受ける市町村と
そうでない市町村があり、まだら模様のようになっている。
それを人口増減で端的に表すと表2-7のようになる。特に近年は都心居住志向を反映して、大阪
市の都心区(北区、中央区、浪速区、天王寺区など)やその周辺区(福島区、西区など)で人口
増加が著しい。しかし大阪市内でもとりわけ南部(住吉区、東住吉区、住之江区、西成区など)
ではすでにかなりの人口減少が見られる。大阪府内では、都心から同じ距離圏であっても、北大
阪地域では人口が増加しているのに対して、東大阪地域、南河内地域ではすでに人口がかなりの
勢いで減少している。こうした傾向の違いは、歴史的な背景、都市化の時期の違い、各時期の開
発動向などによっている。
47
表2-7
大阪市内市町村の近年の人口増減
人口増減率
(平成18年10月から
平成21年5月までの
年率換算)
人口
人口
(平成18年10月) (平成21年5月)
市区町村名
大 阪 府
市 部
郡 部
大阪市地域
北大阪地域
三島地域
豊能地域
東大阪地域
北河内地域
中河内地域
南河内地域
泉州地域
泉北地域
泉南地域
大阪市
都島区
福島区
此花区
西 区
港 区
大正区
天王寺区
浪速区
西淀川区
東淀川区
東成区
生野区
旭 区
城東区
阿倍野区
住吉区
東住吉区
西成区
淀川区
鶴見区
住之江区
平野区
北 区
中央区
堺市
堺 区
中 区
東 区
西 区
南 区
北 区
美原区
8,822,241
8,630,473
191,768
2,635,420
1,744,307
1,090,549
653,758
2,045,849
1,184,301
861,548
646,772
1,749,893
1,166,551
583,342
2,635,420
100,714
61,320
64,222
74,660
83,095
72,742
64,692
55,982
96,083
177,692
79,025
137,015
94,628
161,581
107,245
158,548
134,679
131,547
170,145
107,643
129,662
200,696
102,520
69,284
832,142
147,656
120,181
84,748
131,201
156,876
152,394
39,086
8,836,873
8,647,278
189,595
2,659,015
1,750,192
1,094,774
655,418
2,033,866
1,181,527
852,339
638,315
1,755,485
1,173,209
582,276
2,659,015
102,265
64,329
64,873
79,403
83,928
71,097
67,673
58,927
96,306
177,826
78,980
134,730
93,357
165,462
107,759
156,642
133,529
129,744
171,618
110,852
127,769
200,428
106,192
75,326
837,178
147,083
121,689
85,263
133,583
155,344
154,986
39,230
資料:大阪府資料
△
△
▼
△
△
△
△
▼
▼
▼
▼
△
△
▼
△
△
△
△
△
△
▼
△
△
△
△
▼
▼
▼
△
△
▼
▼
▼
△
△
▼
▼
△
△
△
▼
△
△
△
▼
△
△
0.06%
0.08%
-0.44%
0.35%
0.13%
0.15%
0.10%
-0.23%
-0.09%
-0.42%
-0.51%
0.12%
0.22%
-0.07%
0.35%
0.59%
1.87%
0.39%
2.41%
0.39%
-0.88%
1.76%
2.00%
0.09%
0.03%
-0.02%
-0.65%
-0.52%
0.92%
0.19%
-0.47%
-0.33%
-0.53%
0.33%
1.14%
-0.57%
-0.05%
1.37%
3.29%
0.23%
-0.15%
0.48%
0.23%
0.70%
-0.38%
0.65%
0.14%
市区町村名
人口増減率
(平成18年10月から
平成21年5月までの
年率換算)
人口
人口
(平成18年10月) (平成21年5月)
岸和田市
豊中市
池田市
吹田市
泉大津市
高槻市
貝塚市
守口市
枚方市
茨木市
八尾市
泉佐野市
富田林市
寝屋川市
河内長野市
松原市
大東市
和泉市
箕面市
柏原市
羽曳野市
門真市
摂津市
高石市
藤井寺市
東大阪市
泉南市
四條畷市
交野市
大阪狭山市
阪南市
三島郡
島本町
豊能郡
豊能町
能勢町
泉北郡
忠岡町
泉南郡
熊取町
田尻町
岬町
南河内郡
太子町
河南町
千早赤阪村
200,770
387,198
102,972
354,060
77,854
354,249
90,406
146,772
404,742
268,723
272,931
99,357
123,380
240,430
115,856
126,289
126,442
178,305
127,479
76,430
118,385
131,078
84,532
60,614
66,022
512,187
64,950
57,213
77,624
58,389
57,272
28,985
28,985
36,109
23,531
12,578
17,636
17,636
70,587
44,702
7,611
18,274
38,451
14,536
17,489
6,426
199,708
388,353
104,734
355,107
77,556
353,806
90,562
146,593
406,741
273,134
271,317
100,044
120,913
238,556
113,136
124,883
125,682
180,952
127,977
75,169
117,557
128,646
83,660
59,861
65,798
505,853
64,735
57,335
77,974
58,155
56,588
29,067
29,067
34,354
22,413
11,941
17,662
17,662
70,639
44,970
7,913
17,756
37,873
14,352
17,344
6,177
▼
△
△
△
▼
▼
△
▼
△
△
▼
△
▼
▼
▼
▼
▼
△
△
▼
▼
▼
▼
▼
▼
▼
▼
△
△
▼
▼
△
△
▼
▼
▼
△
△
△
△
△
▼
▼
▼
▼
▼
-0.21%
0.12%
0.66%
0.11%
-0.15%
-0.05%
0.07%
-0.05%
0.19%
0.63%
-0.23%
0.27%
-0.78%
-0.30%
-0.92%
-0.43%
-0.23%
0.57%
0.15%
-0.64%
-0.27%
-0.72%
-0.40%
-0.48%
-0.13%
-0.48%
-0.13%
0.08%
0.17%
-0.16%
-0.46%
0.11%
0.11%
-1.91%
-1.87%
-1.99%
0.06%
0.06%
0.03%
0.23%
1.52%
-1.11%
-0.58%
-0.49%
-0.32%
-1.52%
表2-Ⅱ-3 大阪府内市町村の近年の人口増減
出典:大阪府HP
2.支店経済化・消費都市化が進む大阪・関西大都市圏
ここでは、近年の大阪都心の特徴的な変化について述べる。前記のように、関西全体の衰退に大
阪の停滞が反映されるという状況を踏まえると、その中で大阪都心(大阪市の中の都心区・ビジ
ネス街)は、とりわけ近年は都心居住も進んでおり、人口をはじめとした指標も比較的悪くない。
ただしその特質を把握しなければ、関西全体の停滞、あるいは日本全体の人口減少・経済縮小
という長期的な趨勢に対して、今後、大阪の都心がどのような方向性をもって都市づくりを進め
て行かなければならないかが判然としない。ここでは断片的なデータによってではあるが、その
ことについて論じてみたい。
⑴中枢管理機能の東京一極集中と大阪
企業本社を代表とする中枢管理機能の東京一極集中が言われて久しい。大阪・関西からみれば、
これまで「西日本本社」のような形で「二眼レフ」とも呼ばれたような国土構造から、東京一極
集中傾向が進行するに従い本社や本社機能の一部が東京に流出し、現在、衰退といわれるような
48
現象の一因になっていると考えられる。近年も、とりわけ大阪から東京への本社機能の移転や統
合による縮小がよく報道されている。また本社機能とはまた違う形で多くの付加価値や波及効果
を生み出すと考えられる研究開発機能についても、本来大阪大都市圏の特徴的な産業であった薬
品産業などを中心に、多くの分野で首都圏への流出が続いているといわれている。
こうした動向が、とりわけ1980年以降、長く続いたことによって、大阪・関西の中枢管理機能
は、東京と比べ、経済規模における大きさの違い以上に大きく水をあけられている(表2-8)。外
資系企業については、さらに顕著な東京一極集中傾向が見られる(表2-9)
。
表2-8
主要都府県別上場・公開企業数及び県内総生産
資料:大阪府立産業開発研究所(2004)『大阪における企業の本社機能(資料No.88)
』
表2-9
都道府県名
東京都
神奈川県
大阪府
兵庫県
千葉県
埼玉県
愛知県
静岡県
その他
総計
北米
欧州
外資系企業の都道府県別立地動向
親企業地域
アジアその
東アジア
その他
他
257
52
9
7
27
6
9
2
6
1
5
1
2
1114
130
49
24
25
14
12
14
991
123
62
45
21
16
17
15
98
74
7
1480
1364
321
不明
総計
構成比
59
5
2
2
1
1
2474
274
146
82
54
35
32
29
74.7%
8.3%
4.4%
2.5%
1.6%
1.1%
1.0%
0.9%
2
3
0
184
5.6%
72
72
1
3310
100.0%
資料:
『外資系企業総論2007』
表2-Ⅱ-5 外資系企業の都道府県別立地動向
出典:『外資系企業総覧2007』より集計
さらに一般的なオフィスの床面積などの動向を見てみると(図2-28)、空室率や平均賃料は、日
本だけでなく世界的な経済状況の変化や、大規模オフィスビルの供給など地域的な開発動向にも
左右されるため一概には言えないものの、東京と大阪は一部の時期を除いてほぼパラレルな動き
を示しており、かつ東京で部分的に見られるような一時的な空室率の低下(2000年前後)や賃料
49
の上昇(2007年前後)も見られないことから、大阪は日本全体(あるいは世界的な動向)の影響
に対して従属的であり、かつ経済浮揚の効果を受けにくい状況にあると考えられる。
こうした動向は、大阪の都心地区の中枢管理機能が低下し、東京中心の経済構造に組み込まれ
る可能性を示唆していると考えられる。
12.00
25,000
10.00
20,000
8.00
15,000
6.00
10,000
4.00
空室率(大阪)
空室率(東京)
平均賃料(大阪)
平均賃料(東京)
2.00
0.00
5,000
0
1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008
資料:三鬼商事データより編集
単位:(左軸・■・□)空室率は%(百分率)、
(右軸・▲・△)平均賃料は円/坪。
注1:大阪=主要6地区(梅田地区、南森町地区、淀屋橋・本町地区、
船場地区、心斎橋・難波地区、新大阪地区)
注2:東京=都心5区(千代田区、中央区、港区、新宿区、渋谷区)
図2-28
東京と大阪の主要オフィス地区の空室率と平均賃料の推移
50
⑵消費都市の都心としての拡大
他方、大阪都心において、近年「勢いがある」と捉えられる動向として例えば以下のようなこ
とがあげられる。
・大阪市都心区での人口増加(前述)
・中之島地域を中心としたオフィスの新築・増改築による床供給の増加傾向
・キタ(大阪駅周辺)
、ミナミ(心斎橋・難波周辺)における商業施設の増改築による拡大(図
2-29)
資料:日本経済新聞2009年2月4日地方経済面(近畿B)
図2-29
大阪都心で計画されている主な商業施設
51
こうした動向について近年の批判的な報道では、オフィス床の供給は本来見込めない過度な需
要を期待したものであるといった見方や、百貨店の過当競争による商業施設・床の過剰供給とい
った見解が見られる。確かに、2008年後期の金融危機と不況によって、こうした指標がある程度
現実化しつつある。
しかしより長期的な視点から見た場合、さらに別の、より本質的な問題が想起される。大阪・
関西地域において、新たな付加価値を生むような経済活動がほとんど想定されていないという問
題である。オフィス床の増大は専ら東京の傾向をなぞったものであり、いわば支店経済としての
傾向にしたがって想定されていると思われる。また商業はたいていの場合、人口規模と経済規模
の拡大に応じて増加するものであるため、人口が長期的に減少し経済の拡大も大きくは見込めな
い状況では、単なる床の増加では都市の魅力にはつながらないと考えられる。
その中では、大阪湾岸の堺市・尼崎市などで実現した液晶パネルの製造工場の新増設は、大阪
都心ではないが、関西地域における経済発展の新たな可能性を十分に秘めた経済活動としてすで
に認識されている。近年の急激な経済悪化の下で一時的な計画延期はあったが、最近では、中国
などアジアにおける経済復調と需要拡大を見込んで、再び生産の拡大が見込まれている。ただし、
液晶パネルといった特化した単品、それも自動車等よりも連関効果に限りがある電気電子製品に
よる経済効果は、関西地域の人口規模を考えると、限定的であるといわざるを得ない。大都市圏
の成長・成熟を支える産業は、東海地域の自動車産業に見られるような、部品から製品、さらに
はサービスにいたる、経済・産業活動の一連の流れが有機的に結びつき、圏域の経済や雇用を支
えるだけの規模のものでなければならない。かつては、繊維製品、自動車部品、電気電子部品を
中心としながらオールラウンドの産業集積で圏域経済を支えてきた大阪・関西地域は、今後の圏
域を支える代表的な産業を見出す必要に迫られている。
⑶まとめ
大阪都心は、東京の支店経済、そして巨大な消費都市の中心としての傾向を強めていると考え
られる。支店経済、消費都市としての発展傾向は、人口や従業者など比較的単純な原理からその
規模が規定され、都市再生と呼べるような戦略的な地域発展には結びつきにくい。現在、開発の
あり方が大きな話題となっている梅田北ヤード地区も、支店経済、消費都市を前提とした都市開
発では、発展・成功(何を持って発展・成功というかにもよるが)は見込めない。
他方、かつて「東洋のマンチェスター」大阪を支えた繊維産業、戦後の阪神工業地帯を中心と
する発展を担った各種製造業に比肩するような産業が、今後の大阪・関西地域ではまだ見出せて
いない。北ヤードでは、ロボットやデジタルコンテンツなどによる新たな集積によって付加価値
を生み出そうという構想もある。こうした取組みの成否は一般に簡単には予想しがたいが、立地
する地域の優位性に加え他の都市との大きな相違が集積の進展の如何を大きく左右すると考える
と、大阪が東京(や名古屋などその他の大都市圏)と比較して、どのような優位性・差異性があ
るかに注目することが重要であると思われる。さらに人為的に可能な範囲で、優位性・差異性を
高めていくことが、支店経済、消費都市化からの脱却につながると思われる。もちろん、すでに
大阪・関西よりも衰退している日本の多くの地方都市を見る限り、こうしたことは簡単ではない。
52
3.大阪・関西の在り方
⑴東京中心の経済構造からの脱却
大阪と東京、両者の長期的な人口、総生産のトレンドを見てみると、大阪市VS東京都心、大阪
府と東京都よりも、関西と関東という都市圏レベルでその差が開いていることがわかった。都心
レベルでの傾向は、実はそれほど大きく変わらないが、都市圏レベルでみると大きく異なる。
こうした状況は、大阪という都市が仮に衰退しているとすれば、それは大阪自体によるという
よりも、関西全体の衰退を象徴しているというべきである。その原因を、本稿のように、東京の
支店経済、また消費都市として、いわば「受け身の都市圏」という状況に帰すとすれば、大阪・
関西が再び反映していくためには、東京や他の地域からの特殊性、差異性を比較優位に変え、新
たな付加価値を生み出す以外にないだろう。
新たな付加価値の源泉をどこに求めるか、それは常に難しい問題であるが、少なくとも巨大な
支店経済、消費都市としての位置づけから脱却するためには、ある程度の完結性をもった経済圏
を形成する必要がある。
そこで、やや飛躍があるのを承知で、ここでは関西において地域主権型道州制を提言したい。
⑵地域の特色を活かした試み
これまで国土の均衡ある発展の下で、国土の均質化を図ってきた日本の政策は、諸外国に比べ
て階層や地域の間の格差の小さな社会を実現することにある程度貢献した。しかし同時に、日本
全体で単一の経済構造が構成されることによって、東京への一極集中が進み、その構造からみて
非効率とみなされた地方都市が次第に切り離されるとともに、グローバル化による急激な世界的
変化に対して、硬直的な構造が衰退のリスクを高める状況となっている。
こうした状況に対して、日本第二の大都市圏であり、大都市圏内の各都市・地域の多様性の度
合いがかなり大きい関西都市圏は、東京とは異なる制度と戦略によって経済・社会構造を形成す
ることにより、東京に対する比較優位のある産業・経済活動を中心に発展させることができると
考えられる。また同時に、日本全体としても、グローバル化の波に対応できるエラスティシティ
の高い(しなやかな)経済構造を形づくることができると考えられる。
具体的には、例えばロボット産業やバイオ産業、また観光において、日本全体での規制によっ
て阻まれている実証実験や魅力的な事業ができるような規制緩和を行ったり、あるいは逆に歴史
的景観を守る都市計画規制を、国の法律で規定されるよりも厳しく行うことができるようにした
りすることである。
日本では一般に、地域の特色を活かすための制度の変更やルールづくりは、硬直的で例外を許
さない法律体系と画一的な規制によって、非常に難しい状況にある。しかし実際には、その萌芽
となるような取組みが関西の各所で行われている。大阪の水辺を活かし水上にカフェを開業しよ
うとする社会実験「リバーカフェ」は、河川・公園の占有について大阪府をはじめとした所管官
庁との長い交渉を経て実現し、水都としての大阪の魅力を引き出し、その後の府市などの観光イ
ベントの盛り上がりに寄与している。また大阪ミナミの法善寺横町は、2度の火災によって法の
規制に基づく道路拡幅が求められる状況となり、なにわ情緒の残る界隈性が失われそうになった
が、専門家が地域に入って地元の理解を得るとともに、連担建築物設計制度、建築協定といった
現行法制度を駆使して従前の街並みを保存・再生するに至った。他方、京都市が2007年に導入し
た新景観政策は、中心市街地の大部分における絶対高さ規制の強化や大文字焼きなど京都特有の
53
景観・眺望の保全を含むものであり、地域経済への短期的な影響や既存不適格建築物の扱いなど
問題も指摘されるものの、地域の特色を守るためのローカルルールの先進事例として多くの都市
計画の専門家から高い評価を受けている。
こうした取組みは、関西に蓄積されている豊富な資源・人材・アイデアとそのネットワークに
よってなされたものであるが、いずれも国で一律に決められる画一的な規制・ルールを、地域の
事情や特色に合わせてなんとかかいくぐる、あるいは独自に変更するといった取組みである。上
述の例のような取組みは、その一つひとつは都市圏全体を大きく変えるほどの影響力には欠ける
が、地域の規制・ルールをはじめから自らの手で決めることができれば、こうした多様で先進的
な取組みが各地域でますます増え、様々な企業活動・市民活動が生まれ、ひいては都市圏全体を
変化させうるものになると考えられる。
⑶道州制に最も適した関西大都市圏
このように、関西という経済圏としての単位、東京一極集中からの脱却、中央集権から離れた
独自の発展志向といったことを考え合わせると、道州制、それも単に現在の都道府県を合併させ
るだけの単なる行政圏域の統合ではなく、国から州への地方分権を伴った「地域主権型道州制」
の導入が、関西の発展にとって最も望ましい方向性であると考えられる。地域主権型道州制によ
って、道州が地域の歴史・文化や特色・特徴を踏まえて、全国で一律でない多様な戦略を構築し、
またそれを自ら実行に移すことができる。それぞれの戦略にもとづいた独自の政策を考案し、実
施することになるので、道州およびそれより住民に近い基礎自治体の権限、責任、そして実務の
量と質は、現在より大きいものになるだろう。
もっとも、地元には関西という枠組みに違和感を持つ人も多いだろう。大阪、京都、神戸とい
った地域の特色やアイデンティティが色濃く残っている。また近年メディアを賑わす財政の問題
では、都道府県、市町村といった行政単位ごとの議論になる。しかしグローバル化が進んだ現代
では、大都市圏はどの国でも行政界をはるかに超えて広がっており、都心・副都心から郊外、周
辺地域までの広い範囲が互いに影響を及ぼしあって成立している。関西も例外ではない。都市の
長期的な趨勢を論ずるとき、今の大阪の凋落の原因が、関西全体の停滞であることは明らかだ。
大阪と東京の都心で地価や再開発の動向に格段の違いがあるのも、関西VS関東という大都市圏全
体での力の差の表れと解釈すべきだ。大阪再生には関西全体の戦略を練る必要がある。
その意味で、現在進みつつある関西2府4県4政令市に周辺自治体も加わる可能性がある「関西広
域連合」創設の動きは、方向性としては望ましい。しかし、すべての参加団体の合意を必要とす
る広域連合による事務の統合には限界がある。住民の関心も高くない。連合が今後担うとされる
事務の数や質から判断しても、オール関西での強い戦略は打ち出せないだろう。
大規模開発の重複や府県・政令市の二重行政は、どの地方でも見られるが、とりわけ関西で大
きな問題となっている。こうした弊害を防ぎ、関西全体で選択と集中にもとづく戦略を練りそれ
を実行するには、意思決定の主体を統一する以外に方法がない。やはり地域主権型道州制の導入
による、関西州の創設しかないと思われる。
現在の道州制の議論は、地方分権やスケールメリットによる行政業務の効率化といった視点が
強調されがちだが、一体の都市圏全体を考える主体が、自らの権限と財源をもって大都市圏を創
造するという視点が最も重要だ。これまで、9~13州くらいの組み合わせで議論されてきた道州制
は、地方によっては実態としての都市圏とずれが生じており、必ずしも全ての地方で有効に機能
するとは限らない。しかし経済圏としてはすでにほぼ一体の圏域が形成され、量(人口規模、経
54
済規模、社会基盤の整備水準など)、質(大阪・京都・神戸をはじめ、多様な地域が都市圏を構成
していること)ともに一定の水準に達している関西は、地域主権型道州制が最も有効に機能する
地域といえる。
道州制の他、府県と市町村の権限配分、空港の役割分担といった圏域に関する議論が盛り上が
るのは、関西人に関西全体のあり方を考えてもらうという意味で望ましいことだ。地域主権型道
州制によって関西州が創設されれば、大都市圏全体として明確でメリハリの利いた戦略を打ち出
し東京にリベンジすることも、関西の多様な資源を考えれば不可能ではない。各都市・地域が創
造的で多様な特色を生かすことによって、関西はしなやかな経済圏と質の高い生活空間を創造す
ることができるだろう。
そして大阪は、かつて江戸時代から昭和初期にかけて、地元の篤志家を中心に多くの住民が、
八百八橋に象徴される各種の社会基盤や生活環境を自らの手で作りだした、
「自主自立の文化」を
再び興し、関西の中心都市として栄えることになる。
55
Ⅲ.名古屋圏の大都市戦略の課題と在り方
福島 茂
【名城大学・都市情報学部教授】
・
名古屋はものづくりの世界中枢として、基幹産業の多角化と国際ビジネスサービスなどのホ
ームベース機能を強化することが望まれる。
・
対個人サービス産業を活性化させ、魅力ある都市空間・文化機能集積を図り、「大いなる地
方都市圏」から脱皮した中部圏を創出することが今後の課題である。
1.ケーススタディの背景と目的
⑴名古屋圏:地方中核都市と日本・世界のものづくりの中核地域
名古屋圏は三大都市圏の一つとして位置付けられるが、日本の政治・経済・文化の中心である
東京圏や、歴史的に経済・文化の中心を担った関西圏と異なり、人口・産業集積が大きな地方圏
としての性格が強い。「大いなる地方都市」と呼ばれることもある。
高度成長期以降、自動車産業を中心として製造業が発達し、日本・世界におけるものづくりの
中核地域として発展してきた。バブル崩壊後の失われた 10 年においても、トヨタのグローバル経
済におけるプレゼンスの高まりや、愛知万博、中部国際空港の開港などが相次ぎ、
「元気な名古屋」
と言われた。しかし、昨年来の世界不況のもとで輸出依存型の発展が不調をきたし、ものづくり
中核地域としての名古屋圏発展モデルが揺らいでいる。
⑵ケーススタディの目的
名古屋圏モデルとは何かを再確認し、その持続的な発展に向けた課題を明らかにする。新発展
戦略のグランドデザインを描き、以下の4点を中心に具体的な処方箋を提案する。
名古屋ライフスタイルの構築:機能都市からライフスタイル創造都市への転換
ものづくり中枢としてのホームベース機能強化
環境首都
道州制を見据えた中部圏のセンターづくり
2.名古屋圏発展モデル
⑴名古屋発展モデルの特徴
①名古屋圏発展モデルと経済上の特徴
1)自動車産業を中心とする垂直型産業クラスターが成長のエンジン
トヨタグループを中心とする自動車産業が素材・部品・ソフトなどの幅広い裾野産業を垂直
56
統合し、すり合わせ(デザイン・イン)によって完成度の高い製品を生産する産業クラスタ
ーを形成。自動車産業の成長が繊維・陶磁器・機械などの地場産業の自動車部品産業化を促
進。工作機械などの関連産業の発展にもつながる。愛知県の製造品出荷額等は 31 年連続日本
一(2007 年:13.8 兆円、2 位の静岡は 6.4 兆円)
。自動車産業は地域経済発展の牽引力では
あるが、特定産業への過度の依存はリスク要因ともなっている。
2)トヨタ方式の浸透によるクリエイティブ・リージョンの形成
トヨタグループは TQC・カイゼン運動を通じて生産現場の強さを確保。リチャード・フロリ
ダは、トヨタの生産現場での知識産業化の発見がクリエイティブクラスを発想する一つの契
機になったという。トヨタ方式は、トヨタグループを超えて地域の他製造業や非製造業にも
影響を与え、地域産業全般における生産性の向上にも貢献。生産現場の知識産業化による生
産性の向上は、生産従業員の賃金上昇を支えた。
3)中枢業務機能と対事業所サービスの集積性の乏しさと対個人サービスの成長
中枢業務機能が集積度は東京・大阪に比べて小さく、金融・情報サービス・広告・高度な専
門サービスなどの高付加価値型対事業所サービスの集積性は弱い9。ただし、高所得水準を背
景として、対個人サービス産業は成長している。
表2-10
本社機能
集積
ビジネス
業務機能
生産機能
(2007)
研究開発
社会産業構造の三大都市圏との比較(2004/2007)
●人口(基準指標)
●資本金 10 億円以上の本社数
●外国法人数
●国内銀行貸付残高
●情報サービス・広告業従業者
●対事業所サービス従業者数
●製造品出荷額等
●製造業付加価値額
●学術・開発研究機関従業者数
三大都市圏シェア
関西圏
名古屋圏
14.5
8.7
14.9
6.3
5.7
2.3
15.4
5.8
12.9
5.4
14.0
8.7
12.4
19.4(14.2)
13.6
18.5(13.2)
11.5
4.3
東京圏
26.8
58.0
85.4
48.9
59.3
35.5
17.7
17.7
53.3
地方圏
合計
50.0
79.2
93.4
70.2
77.7
58.1
49.5
49.8
69.1
50.0
20.8
6.6
29.8
22.3
41.9
50.5
50.2
30.1
資料:国土交通省資料をもとに筆者による加筆編集
東京圏:東京都・埼玉県・神奈川県・千葉県、関西圏:大阪府・京都府・兵庫県・奈良県、
名古屋圏:愛知県・岐阜県・三重県。( )は愛知県のみ。
9近年、製造業のソフト化、経営資源の選択と集中やスピード経営のもとでアウトソーシングの活
発化、事業所サービスは急速に伸びてきている。ただし、自前主義と東京からのサービス供給か
ら、人材派遣、設計支援・IT サービス(生産システム・組み込みソフト開発など)、物流・ロジ
スティクスなど一部を除けば、地域の経済規模の割に事業所サービスの集積は小さい。都銀の合
併による本社機能の移転、企業の財務体質の強さから産業金融ニーズが相対的に小さい。外資系
企業集積も少ない。外資系企業集積の弱さは、日本・非東京圏の構造的な問題でもある。また、
今後、日本の市場拡大が見込めないこと、競争的な産業クラスターが既に形成されていることか
ら、外資系の自動車部品・工作機械・素材メーカーの生産拠点が立地する可能性はとぼしい。た
だし、企業買収による進出、販売・サービス拠点の立地などは可能性がある。むしろ、外資系の
進出は事業所サービス、消費者サービスは可能性がある。また、今後の航空宇宙産業のクラスタ
ーの発展によっては、この分野での事業所サービスの進出の可能性もある。
57
②名古屋圏発展モデルの空間構造上の特色
1)名古屋圏の産業集積の空間的な特徴
名古屋都心部(中区・名駅)に業務・サービス拠点が集積。その郊外にあたる西三河地域(豊
田・刈谷・岡崎)に自動車産業、尾張北部に工作機械・物流拠点、臨海部に素材型産業がそ
れぞれ集積する。大手製造業の中枢機能(本社+基幹工場+研究所)の多くは生産拠点と一
体化しており、グローバル拠点は名古屋都心部ではなく周辺部に立地。名古屋都心と周辺の
製造業は密接なリンケージをともなって発展してきた。
2)産業クラスターの外延的発展と広域リンケージ
高速道路網の整備
東海環状自動車道:豊田と東濃地域のアクセス改善→岐阜方面への下請け工場進出
伊勢湾岸自動車道:三重方面とのアクセス改善
自動車エレクトロニクス化関西圏とのリンケージの強化(トヨタとパナソニック)
郊外: ものづくりビジネス中枢機能の分散立地(グローバル拠点)
本社・事業本部+研究開発+生産拠点
自動車産業を中心に強固な産業クラスターを形成
中区: 地場資本のビジネス拠点+商社機能(繊維・機械)+対事業所サービス
+商業機能
名駅: 全国資本の名古屋支社(対事業所サービスを含む)
+トヨタ系・JR 東海系企業のビジネス拠点+商業機能
資料:三菱UFJビジネス&コンサルティング資料
図2-30
名古屋圏ビジネス中枢の空間的構造
58
⑵名古屋圏の暮らしやすさ:三つのゆとりと広域アクセス
名古屋圏の暮らしやすさは、「経済」「空間」「時間」の三つのゆとりに現れている(表 2-11)。
経済的ゆとりは国際的なものづくり産業を中心とする地域経済発展が生み出す。東京圏・関西圏
の半分という人口密度の低さは、空間的ゆとりを生み出すだけでなく、地価・住居費の低廉化を
もたらして住居費を除く可処分所得を増大させている。また、ミクロ的にも名古屋市の市街化区
域の 41.8%は区画整理もしくは耕地整理がなされており、基盤整備が進んでいる。戦災復興都市
計画は 100M 幅員道路に代表される高規格道路網を都心区域に整備し、戦前の耕地整理は東部の
丘陵地帯を中心に「林間都市」のコンセプトで名古屋の郊外住宅ライフの基礎をつくった。
一方、時間的なゆとりとして通勤時間に注目したい。名古屋市における雇用者の平均通勤時間
は片道 33.6 分であり(居住地ベース)、東京圏の東京都区部の 41.8 分、横浜市 53.1 分、さいた
ま市 53.1 分より短い。名古屋圏には政令指定都市・名古屋市を中心に、一宮市・岡崎市・豊田市・
豊橋市・岐阜市・大垣市・四日市市などの中核市・特例市クラスの都市が 20~30km 圏に立地し
ている。高次な都市サービス機能は名古屋市都心が担い、身近な都市サービス機能や就業機会は
周辺都市・地域においても提供される10。このことが時間的ゆとりを生み出している。また、広
域的には東京・大阪・京都・神戸などへのアクセスにも優れ、伊勢志摩・浜名湖・下呂・高山・
白川郷など文化・自然資源にも恵まれている。
10
ただし、近年における名駅の商業・業務機能の集積は、中心市街地の商業機能を中心に周辺都
市の自律性を弱める傾向にある。
59
表2-11
経済的ゆとり
空間的ゆとり
時間的ゆとり
名古屋圏(愛知県/名古屋市)における三つのゆとりと暮らしやすさ
●所得水準の高さ(愛知県)と三大都市圏における地価・居住費の相対的な割安さ
は経済的ゆとりを生む。
●愛知県の 1 人あたり県民所得(2005 年)は 352.4 万円。
東京都の 477.8 万円に次いで全国第2位。大阪府の 304.8 万円(全国9位)よ
り、1 人当たりの県民所得は高い。
●愛知県の住宅地の平均価格と家賃(2008 年都道府県地価調査)
:
1㎡あたり 108.0 千円。東京都の 360.5 千円と 1/3 以下の水準。
床面積 1 ㎡あたりの月ぎめ家賃は 4,932 円。東京都の 9,296 円に比べると半額
程度。
●高い持ち家率と広い居住面積: 愛知県の持ち家率は 58.7%(岐阜:73.3%、
三重:75.3%、東京:45.1%)
。専用住宅1戸当たりの平均床面積は 94.72 ㎡。
東京都の 65.78 ㎡に比べてかなり広い。
●人口密度の低さと広幅員道路整備や区画整理などによる都市基盤の充実は空間
的ゆとりを生み出す。 地価・居住費の安さの理由。
●母都市の人口密度:
東京都区部や大阪市の人口密度はそれぞれ 1 ㎢あたり 13,915 人、11,901 人と高
いのに対して、名古屋市のそれは 6,851 人と低い。
●名古屋市の市街化区域の 41.8%は区画整理もしくは耕地整理がなされており基
盤整備が進んでいる。戦災復興都市計画は 100M 幅員道路に代表される高規格
道路網を都心区域に整備。
●戦前の耕地整理は東部の丘陵地帯を中心に「林間都市」のコンセプトで名古屋の
郊外住宅ライフの基礎をつくった。
●平均時通勤時間の短さは時間的ゆとりを生み出す。
●名古屋市における雇用者の平均通勤時間は片道 33.6 分(居住地ベース)
。東京圏
の東京都区部の 41.8 分、横浜市 53.1 分、さいたま市 53.1 分より短い。大阪府
の 34.2 分とはあまり変わらないが、京都市 37.6 分、神戸市 44.9 分と比べると
その通勤時間は少ない。
●名古屋市を中心に、一宮市・岡崎市・豊田市・豊橋市・岐阜市・大垣市・四日市
市などの中核市・特例市クラスの都市が 20~30km 圏に立地することで、多極
分散型の都市圏が形成。→高次な都市サービス機能は名古屋市都心が担い、身近
な都市サービス機能や就業機会は周辺都市・地域においても提供される。
3.課題と展望(グランドデザイン)
⑴都市圏の包括的課題
今回の世界経済危機は、自動車産業を中心とする輸出主導型の名古屋圏発展モデルを大きく揺
るがせた。自動車産業における国内需要の減少・現地生産の拡大・国内生産拠点の分散化の傾向
を踏まえれば、中長期にわたりこれまでの名古屋発展モデルを維持することは難しい。ものづく
りの中核機能を多角的に発展させるとともに、域内消費をベースとした個人サービス産業におけ
る知識化と生産性の向上が求められている。名古屋圏が東京の一極集中是正の一翼を担い、中部
圏の中核として発展するには、産業経済のみならず都市的魅力と高度な都市機能集積も必要とな
る。
60
①地域産業上の課題
1)持続的なものづくり産業の発展
自動車の地域生産の縮小に対しては、さらなる研究開発型の生産拠点化が求められている。
生産工程のシステム化や自動車製造のコア技術のエレクトロニクス・IT 化は、これらに対
応したクリエイティブクラスの一層の蓄積が求められる。ものづくり型発展モデルは自動車
産業への過度の依存をさけ、優れた技術集積がある環境関連機器・ロボット・ナノテク・航
空宇宙産業・福祉機器など新産業の振興がなされるべきである。都市機能としては、ものづ
くり多国籍企業のホームベース機能を充実していくことが、安定的な立地・発展のために不
可欠である。
2)非正規雇用・外国人労働力への依存
 労働力の知識化の遅れ  格差問題
ものづくり拠点としての名古屋モデルの強みは、前述したように生産現場の知識化にある。
しかし、近年では製造業大手・中堅でも非正規社員への依存を高め、2 次下請け以下の中小
企業の多くは外国人労働力に依存している。非正規雇用や外国人労働者への過度の依存は労
働力の知識化の遅れをもたらし、それが生産性の向上を妨げ、低賃金労働を増やし、格差問
題を助長する。
3)個人サービス産業の知識化・高度化による生産性向上
名古屋圏においても若年労働力の生産部門・技術部門離れは起こりつつある。中長期的には、
サービス産業の生産性向上を図り、製造業を補完する雇用機会をつくる必要がある。サービ
ス産業においても労働力の知識化を推進し、生産性と付加価値を高めようとする企業は正規
雇用を重視している。この意味で、サービス業における知識産業化は暮らしの安定と域内消
費・投資の循環を高めるうえでも不可欠である。サービス産業の生産性向上のためには、サ
ービスサイエンスに基づく普遍的なアプローチとともに、「現場の知識化」やITによる効
率化が求められる。名古屋圏ではトヨタのカイゼン DNA が浸透しており、サービス産業に
適応できるカイゼン方式も試行されつつある。
②都市的課題
1)中部圏における中心性の確立(道州制を見据えた対応)
域内を連結する高速道路網は整備されたが、中部圏での名古屋の求心力は東海 3 県を除けば
強くない。名古屋を中心に中部圏を統合するためには、「大いなる地方都市圏」からの脱皮
が必要。そのためには産業だけではない魅力ある都市空間・文化機能集積と都市イメージが
求められる。
2)機能的都市から豊かな成熟都市への脱皮
名古屋は近代都市計画のモデル都市と言われ、広幅員道路、区画整理された市街地、発達し
た地下街など基盤整備は進んだ。しかし、戦前の名古屋がもっていたヒューマンスケールな
「都市の襞」は失われ、無機質な街が形成された。また、自動車依存型で、歩いて楽しい街
並みも十分形成されていない。機能的だが魅力に欠ける名古屋をどう成熟都市に転換してい
くかが問われている。
61
3)環境万博の理念の継承  環境首都を新しい都市像に
名古屋市藤前干潟の保全問題に端を発したごみリサイクル運動の取り組みや 2005 年の愛知
万博「愛・地球博」の開催によって、地域の環境意識には高まりがみられる。環境保護に向
けた市民活動も活発である。また、名古屋圏は環境技術を豊富に蓄積する地域でもある。こ
れらの機運や地域資源をいかしつつ、環境万博の理念を継承し、環境首都を新しい都市像に
結び付けることが求められている。
一方で、名古屋都市圏は東京圏や関西圏に比べて自動車交通依存度が高い。空間的なゆとり
と道路インフラの整備は自動車交通の依存を高め、商業開発の投資効率の低さ(商業床面積
あたりの売上の低さ)にもつながっている。名古屋市では自動車と公共交通機関の利用比率
を現在の「7:3」から「6:4」に移行させる政策目標を掲げている。公共交通網の整備とコン
パクトな市街地形成を通じて、環境に優しく、歩いて楽しい街をつくることが求められてい
る。
4)多文化共生のモデル都市
製造業が盛んな東海 3 県と静岡県は、日系外国人労働者を中心に日本でも有数の外国人集住
地域である。日系外国人労働者の定住化が進む一方、地域社会の受け入れ態勢や外国人子女
教育の体制などは十分とはいえない。外国人居住者が有する文化的背景を地域文化の奥行き
を広げる可能性として、あるいは異文化理解教育を通じた内なる国際化として位置付けるこ
とで多文化共生のモデル都市を作ることも求められよう。
⑵名古屋圏・新発展戦略(グランドデザイン)
①四つの都市圏像
高コストな先進国において、都市の経済的な生産性を高めるには、産業の知識化・イノベーシ
ョンにより新しい価値創造を持続的に行っていく必要がある。大都市圏のリーディング産業とい
われる金融・保険、対事業所サービス、メディア・コンテンツビジネス、情報サービス分野では、
東京が圧倒的な市場シェアを握っており、他地域がこの分野で都市の生産性向上を牽引すること
は容易でない。
「ものづくり中枢型・地方中核型」の名古屋都市圏では、製造業、関連サービス産
業、所得水準の高さを活かした対個人サービス産業などの知識産業化によって都市の生産性を向
上させる必要がある。
本報告書では、名古屋圏・新発展戦略(グランドデザイン)として、
「ものづくり世界中枢」に
加えて「環境首都」「名古屋ライフスタイル」「中部圏の中核都市」という四つの都市像の確立を
提案したい。
「ものづくり中枢」と「環境首都」はグローバル・レベルの都市像であり、名古屋ラ
イフスタイルは日本・中部圏レベルの都市像である。グローバル・レベルの都市像をもち、東京
圏と差別化されたライフスタイルをもつことは重要である。リニア新幹線によって名古屋が東京
の 40 分圏内に入ることを考えると、名古屋に明白な地域的特徴と地域の強みがなければ東京に吸
収されかねない。
62
名古屋
ライフスタイル
三つのゆとり
を生かす
個人サービス
の生産性向上
都心・周辺
都市再構築
ものづくり中枢
ホームベース
機能強化
リーディング
産業の多様化
ものづくり
観光
環境万博
継承
環境産業
環境メッセ
環境共生
モデル都市
【グローバルイメージの構築】
環境首都
道州制を
見据えた
拠点形成
中部圏の
中核都市圏
図2-31
産業経済・ゲートウェイ・
学術・アーバンツーリズム・
都市・農山村連携
名古屋圏発展戦略のグランドデザイン
経済的基盤と「三つのゆとり」を活かした名古屋ライフスタイルという文化的基盤を構築する
ことで、道州制をみすえた中部地域の中心としての名古屋のイメージ・拠点性を確立することが
望まれる。高速道路網の発展により中部地域を統合していく交通基盤は整いつつある。名古屋ラ
イフスタイルの確立は個人サービス産業の魅力化・高度化を通じても達成され、ものづくりの域
外から獲得した資金を地域に循環させるものでもある。環境首都づくりにおける環境技術振興は
「製造業における業種の多様化」につながり、環境に優しい生活スタイルは「名古屋ライフスタ
イル」の確立にも適用される。
4.重点施策とアプローチ
⑴名古屋ライフタイルの創造:機能的都市から名古屋ライフ創造型都市への転換
①現状認識
1)都心部の変化と課題
名古屋都心の商業空間は従来に比べれば大きく改善しつつある(図 2-32、表 2-12)。しかし、
海外を含めて域外から来街者を惹きつける水準には達しているとは言いがたい。名駅地区の
超高層ビル群の出現は名古屋圏にとっては注目度の高い開発であり、名古屋のランドマーク
となった。ただし、それらは再開発ビルの集合にすぎず、地区全体の建造空間の質や文化性
は高くない。また、堀川の一部プロムナード化や久屋大通のテレビ塔リニューアルなど、名
古屋の空間的資源を活用した整備も少し進み始めたが、まだ一部に留っている。街並み空間
や建造環境が、空間的なゆとりを十分に活かして名古屋らしい都心ライフスタイルをつくっ
63
ているとは言えない11。
2)郊外住宅地の成熟化
名古屋市内の東部丘陵における郊外地域は成熟化しつつある。郊外住宅地としての質は高い。
星が丘地区の再開発(星が丘テラス)、本山地区・山手グリーンロードなどは、開放感のある
郊外商業センターが形成されつつある。名古屋ライフスタイルのようなものが見え始めてい
る。
資料:尾関利勝氏資料「名古屋都心部の動向と課題」
図2-32
近年における名古屋都心開発
100M 道路の久屋大通では、歩道でのオープンカフェの暫定利用が認
められ、あるいはテレビ塔リニューアルによる民間飲食、店舗の出店など萌芽的な動きは見られ
るが、公共空間を活用した付加価値のある空間創出や環境利用によってサービスの生産性を向上
させる動きはわずかに留まっている。
11中央に公園緑地帯をもつ
64
表2-12
●都心間競争
(栄-名駅)
●大須地区の再
生
●南栄地区
●都心文化
ゾーン
●副都心整備
●歴史・文化保全
と回遊性のあ
るまちづくり
近年の名古屋都心地域にみる都市整備とまちづくり
●名古屋駅の JR タワーズ開業により、栄地区と名駅地区での商業開発競争が始まる名駅地区
ではミッドランドスクェアなどのオフィス・商業開発が進み、栄地区では三越ラシックの開業、
松坂屋の増床、ブランドショップの進出などの変化が現れる。
●戦災を逃れた大須地区がレトロ・古着・PC・オタクのワンダーランドに変貌。その背後には、
タウンマネジメントが貢献。
●ナディアパーク(名古屋デザインセンター+キーテナント:ロフト)の開業を契機に南栄地
区への商業集積が進み、栄とあわせて回遊型空間が生まれつつある。市民による南栄音楽祭の
開催など、タウンマネジメントにむけた動きがある。
●愛知芸術文化センター・NHK 名古屋支局・オアシス21の連動的開発。久屋大通公園(テレ
ビ塔)に連結する文化ゾーンとなる。
●金山総合駅整備に合わせて名古屋ボストン美術館、金山アスナルなど整備
●「広小路ルネッサンス」
:歩いて楽しい都心まちづくりを推進
●堀川における一部プロムナード化と歴史的ランドマークの保存
●近代産業施設の文化施設への再生(産業技術記念館・ノリタケの森)
●「文化のみち」「ものづくりのみち」
②名古屋ライフスタイル形成の考え方
名古屋圏においては、経済・空間・時間の「三つのゆとり」を活かしつつ対個人サービス産業
を活性化させ、
「名古屋ライフスタイル」を生み出す発想が求められている。空間的なゆとりを活
かして魅力ある公共空間の整備を行うとともに、公共空間利用の規制緩和と創造的な利用を行え
る仕組みをつくる。公共空間と開放的な私的空間を紡ぎ、文化・飲食・くつろぎ・ショッピング
など多様な活動を誘導することで、都市のライフスタイルを可視化し、豊かなストリートライフ
づくりや賑わいづくりを行う。主要な公共文化・レクリエーション施設への民間参入をコンペ方
式で促し、公共施設の魅力化を図ることも大切である12。魅力ある外部環境を事業主体(活用主
体)に利用させることで、ビジネスの付加価値を高めさせ、エリア集客力を高めた事業環境を創
出することにもつながる。南栄・大須商店街や覚王山の文化のまちづくりなどの萌芽もみられる。
また、名古屋圏に集住する外国人コミュニティ・海外駐在員経験者・帰国子女らを新しい名古屋
ライフスタイルづくりに取り込むことも検討すべきであろう。
③名古屋ライフスタイル形成に向けた都市整備の方向性
1)都心部における「社会計画的空間」の再構築:
名古屋城がある名城公園は名古屋のシンボル空間である。その周辺は官公庁・公務員宿舎・
市営住宅・国立病院などが立地し、いわば「社会計画的な空間」が形成されている。この地
区は都市再生地区(名城・柳原地区)に指定され、公務員宿舎の縮小・建て替えによって再
開発用地を生み出すことになった。しかし、市営住宅地区は国の補助金を活用しているため
用途変更が難しく、公務員宿舎と市営住宅に挟まれた地区での再開発となり、新しい都心居
住ライフスタイルをつくりだすものにはなりそうにない。名古屋の都心地区の周辺地区(西
区・北区・中村区の一部、熱田区)は、高級住宅・文教地区である東区を除けば、都心近接
で地価が高い割に地区環境の魅力に乏しく、質の高い地区更新・再開発投資が進まない。名
城公園の環境的魅力を活かした質の高い複合的な再開発(都心居住+混合用途+名城公園)
12名古屋飯で有名なゼットンはその先駆けであり、徳川美術館・テレビ塔などにレストランを出
店。
65
を行うことで、都心周辺の住宅地更新のモデルをつくり、連鎖的に周辺の更新を誘導するこ
とが望ましい。
福祉住宅政策の重要性は言うまでもないが、住宅政策の観点からも大規模な公営住宅は望ま
しくなく、好立地の売却益を新しい福祉住宅政策に振り向けるほうが望ましい。また、現在、
公営住宅は高齢化が進んでおり、現在の居住者の居住権を保障した漸進的な地区更新が求め
られる。
■名古屋城から名城・柳原地区を望む
■名城公園とその周辺
2)久屋大通/堀川・中川運河の再生プロジェクト
100M道路の久屋大通、堀川・中川運河は、名古屋の都市的イメージをつくるポテンシャルを
もつ。しかし、現状では、そのポテンシャルは十分に活用されていない。これらの地域資源
を活かして、名古屋都心ライフを強くアピールする仕掛けも必要である。例えば、久屋大通
を挟んで都心の緑空間を楽しめる空中テラス(ブリッジ状のテラス付きガラス構造物)を数
本架け、カフェ・レストラン・ギャラリー・文化教室などの時間消費型のサービスを立地さ
せるような、大胆な発想も求められよう。
■テレビ塔から久屋大通を望む
■テレビ塔周辺のオープンなカフェ・レスト
ラン(テレビ塔施設用地として、特例的に商
業利用が許可)
3)都市の襞と文化:界隈性のある街づくりと人間性の回復
都心ブロック内にヒューマンスケールな界隈性をつくり、歩行者モールで結ぶ。現代文化ミ
66
ュージアム、芸術系大学・学部のサテライト工房・スタジオ・ギャラリー・ショップを誘致し、
アートな界隈性をつくっていく。
■界隈空間1:南栄・ナディアパーク周辺
■界隈空間2:大須商店街
4)郊外ライフの成熟化
名古屋の郊外部には「東山の森」
「牧野が原」
「天白の森(相生山・天白公園・荒幡緑地)
」な
どの大規模な緑地・公園や「八事」など緑の多い市街地が残されており、市民に多様な郊外
ライフスタイルを提供している。これを市民の環境運動や文化活動・スポーツ・レクリエー
ションの場として位置付けていく。
⑵ものづくりの世界中枢としてホームベースの機能強化
①ホームベース機能とその充実度
ものづくり多国籍企業のホームベースには、①経営企画・事業統括・管理を支援する専門サポ
ート、②研究・開発・生産支援機能、③最終製品や部品・素材の物流や国内外のビジネス交流を
支える交通・物流・情報機能、④ビジネス情報発信・交流機能、⑤国際規格標準化など国際的な
業界調整機能、⑥外国人居住者に対する社会的な受容性・サービス対応機能、⑦国際的な人材育
成・獲得機能などの機能が求められている。
名古屋圏では、②研究・開発・生産支援機能や③物流・交通機能については充実がみられる。
ものづくり産業クラスターは、自動車産業、工作機械、航空宇宙産業を中心に形成されている。
産業クラスターの中核を担う企業は、地域において研究開発投資を継続的に続けている。サポー
ティング産業の集積やその域内ネットワークは他地域に比べて有利な研究開発・生産条件を提供
している。理工系大学・学部の集積も厚い。また、物流面でも名古屋港飛島埠頭コンテナターミ
ナル(16m大深水バース)の建設、中部国際空港の開港と物流地区の併設、産業クラスターと後
背地を結ぶ高速道路網などが整備されている。産業と物流・情報の統合によって、高速性・安全
性・安定性が確保された陸・海・空一貫高速ネットワークが整備されつつある。ただし中部国際
空港は、成田・関空に比べると路線数・便数には格差あり。
一方、①ビジネス専門サポート、④ビジネス情報発信・交流機能、⑤国際規格標準化など国際
的な業界調整機能、⑥外国人居住者に対する社会的な受容性・サービス対応機能、⑦国際的な人
材育成・獲得機能は十分とはいえない。法務・財務・知的財産権・IT コンサルティングなどの高
67
度な専門ビジネスサポートの蓄積は東京圏・関西圏に比べて層が薄い。ビジネス情報発信・交流
機能についても見本市・コンベンション施設は世界規模の大会を開催できるものになっていない。
自動車産業などで重要度が増している組込みソフトについても国際的な企業や研究がいるにもか
かわらず、国際規格標準化などをリードできる情報発信力をもつ国際的な研究機関がないなどの
問題点も指摘されている。外国人居住者への生活サポートをワンストップでできる体制づくりや
多文化共生の取り組みも十分とは言えない。
表2-13
ホームベース機能
①専門的業務支援サービス
②国際金融機能
②研究・開発・生産支援機能
③旅客・物流・情報機能
④ビジネス情報発信・交流機能
⑤業界標準等調整機能
⑥外国人居住者の社会的受容性
⑦国際的な人材育成・獲得機能
表2-14
評
名古屋圏におけるホームベース機能の評価
価
△
△
◎
○
△
×
△
×
補足説明
国際経営・法務・会計・知財管理事務所が弱い。東京で補完
東京金融センターなどで対応
自動車産業、航空宇宙産業の産業クラスターが形成
港湾・内陸物流は◎。空港は機能的だが、路線数・便数で△。
メッセ・コンベンション機能が弱い
業界団体本部は東京。国際標準を主導する研究機関がない。
インターナショナルスクールなどのインフラ不足。
欧米などの先進国や香港・シンガポールに比べかなり劣る。
高度ビジネス支援人材の蓄積状況
東京圏
名古屋圏
大阪圏
弁護士数/1,000 事業所
9.0
2.3
5.1
弁理士数/1,000 事業所
3.8
0.8
1.8
公認会計士数
/1,000 事業所
8.3
2.3
3.7
税理士数/1,000 事業所
24.2
15.5
16.8
情報サービス業
/1,000 事業所
15.7
8.7
10.1
資料:三菱UFJビジネス&コンサルティング資料
②都市整備の方向性
1)国際ビジネス中枢機能強化
都市戦略として重要なのは、名駅に会計・法務、マーケティング、知的財産マネジメント、
IT コンサルティングなどの専門サービス機能の誘致・育成を図り、郊外のものづくり中枢に
必要なビジネスサービスが提供されることである。ただし、リニアが開通すれば、東京の専
門サービスへの利便性は高まる。また、ビジネス交流・情報発信機能強化も求められている。
具体的には、見本市・コンベンション対応力の拡充、国際 VIP 対応型ホテルの誘致、領事館
の誘致、名古屋圏への集積が著しい業界団体本部の誘致、ビジネスパーソンの交流サロン・
自己啓発機能の強化などである。例えば、名古屋都心においては経営大学院 MBA コース、
各種のビジネスセミナー、ビジネス専門図書館などの集積を図り、それを空間環境として見
えるデザインとする。こうした会社組織を離れたビジネス交流を生み出す仕掛けも必要であ
る。ビジネスパーソンとして魅力ある名古屋ライフスタイルが、ビジネス・文化・消費にわ
68
たって都心に展開されることが求められる。
2)ものづくり起業空間づくり
保守的な文化土壌のある当該地域では大手企業・公務員志向が強いといわれており、起業環
境をどう整えるかは課題である。起業意欲の高い人材を地域に誘引するシステムをつくる必
要もあろう。ものづくり・特許などの目利き、地域資金力、トヨタ経営方式ノウハウを活か
したベンチャーキャピタルを展開させて、新しい産業創造を生み出していくことも求められ
ている。ものづくりで起業するなら、グレーター名古屋といった地域ブランドづくりも大切
な視点である。
3)名古屋ホスピタリティ戦略:
世界から優秀な人材を名古屋圏にひきつけ、地域に定着させるためには留学生支援から、外
国人居住者支援まで戦略的に位置づけ、多様な主体が行っている取り組みをパッケージ化し
て情報発信していく。
資料:名古屋商工会議所:中期計画検討資料(委員として筆者とりまとめ)
図2-33
名古屋ホスピタリティ
⑶万博理念の継承と環境首都
藤前干潟保全・愛知万博のなかで形成されてきた「環境市民社会」をベースに、地域が保有す
る「環境・エネルギー関連技術」を社会に適用し、環境共生型都市モデルを構築する。
①環境共生モデル都市(実証システム+生きた「見本市」)
環境共生都市の実証モデルを官・民・市民パートナーシップで立ち上げ、各要素技術を都
市づくり(例:住宅+エネルギー+交通+ヒートアイランド対応技術+リサイクル+里山整
69
備)においてシステム化し、その技術力を発信する。
環境配慮型モータウン  EV 用の充電インフラ整備、ITS を活用した省エネ型自動車交通
システムなどの環境配慮型の自動車開発普及のインフラを整備。また、カーシェアリング、
交通需要管理、モビリティマネジメント、パークアンドライドなどのソフトの開発を通じ
て、環境時代のモビリティ先進都市を先導する。
環境共生型モデル都市の出現自体をものづくり観光とならぶ観光資源とする。
環境コミュニティづくり:
万博を契機に活発化した環境コミュニティを継承発展する。環境共生モデル都市は単に環境
技術の集約都市ではなく、環境意識の高いコミュニティを育て、そうしたコミュニティよっ
て支えられる。また、国際的な環境イベントを誘致し、環境首都としての国際的な認知を高
め、同時に市民意識を高める。
環境メッセ・環境技術の輸出と国際協力
名古屋商工会議所では、地域に蓄積されている環境技術をビジネスにつなげるために、環境
メッセを開催している。これを継続するとともに、環境共生モデル都市づくりと合わせて相
乗効果を狙う。また、これを国際協力にもつなげていく。
⑷中部圏のセンターづくり
中部におけるハブ機能を担いながら、圏域構成地域とともに発展する戦略をどう描くか。域内
高速交通網が整備され、ものづくりクラスターの外延的発展がみられる。産業経済の上の拠点性
は高まりつつあるが、より多面的な拠点性を高めていくことが望まれる。
アーバンツーリズムとしての拠点性
東京・大阪との差別化 という観点からは、「ちょっと気楽で安心・楽しく・コンパクトで便
利な都会」をどう形成・演出し、情報発信するかが大切。
「気楽さ」と「コンパクトな便利さ」
は既にある。
「名古屋ライフスタイル」の創出で楽しさ・クールさを演出できるかが課題とな
る。
ゲートウェイとしての拠点性
中部国際空港の路線・便数の維持発展のためには、中部圏の取り込みが不可欠。空港機能の
中部国際空港への完全移転、地方空港・高速バス・JR 東海・名鉄との料金割引を含めた連携
も望まれる。また、アジアからのインバウンド観光を振興することも重要な視点である。ア
ジアへの中部広域観光ルートのプロモーションも求められよう。これはゲートウェイ戦略の
みならず、名古屋圏と中部の他地域がともに発展する戦略でもある。例えば、
「名古屋の買い
物-下呂温泉・高山・白川郷-金沢の伝統文化」を楽しむようなルートの開拓をしていく。
都市と農村地域・伝統地域の連携(グリーンツーリズム・リゾート・地産地消)
学術的な拠点性
東京・関西の有力大学は全国的な知名度があるが、名古屋圏は有力大学でも弱い。安心して
子女を送り出すことのできる信頼される大学像・地域像(きちんと就職できる)
、特色・強み
のある大学をつくる。名古屋圏の大学の合同プロモーションや圏域の大学・学術活動のネッ
70
トワーク化も推進されるべき。
中長期的視点
以上の取り組みを通じて、中部としての圏域の一体感とその拠点としての名古屋のイメージ
を醸成。圏域からの交流消費を取り込みながら、名古屋の都市サービス機能の高度化・多様
化・魅力化を図り、圏域全体の生活の質を向上させる。その上で、中長期的には道州制を見
据えた政治・行政拠点としての名古屋を描く。
5.求められる制度改善
名古屋圏発展戦略(グランドデザイン)のなかで提案した四つの都市像を実現する上で、いく
つかの制度改善が求められている。
第 1 は、首都と地方における機能立地上の統制解除である。例えば、自動車部品産業・工作機
械などは名古屋圏での集積が著しいにもかかわらず、これらの業界団体本部を名古屋圏に誘致す
ることが難しいのは、所轄省庁との近接性が求められるためである。
「霞ヶ関」への近接性ではな
く、産業コミュニティを基礎とした業界本部の立地を認めることにより、産業集積の質を高める
ことができる。
第 2 は、過度な縦割り型の空間管理の排除である。空間的なゆとりを名古屋ライフスタイルに
活かすためには、公的空間の柔軟な利用管理が必要である。その際に、障害になるのは縦割り的
な統制である。縦割り補助金を活用した施設・空間は各省庁のいわば「領域」となる。目的外使
用は認められず、土地利用の改変にも大きな抵抗を伴う。とりわけ、機能重視の近代都市計画に
よってつくられた名古屋において、人間性や界隈性を構築するためには、都心居住と適切な土地
利用の用途混合とともに、公園、道路、河川・水路などの柔軟な利用を発想することが重要であ
る。また、公営住宅に対する今日の考え方もそれらが建設された当時とは異なる。新しい時代背
景に対応した都市改編を進めるためにも、国・地方自治体ともに「縦割領域」の発想を改め、ど
うすれば魅力的な都市空間をつくれるかという視点から、いわば「市民目線」で都市空間の管理
ができる仕組みが求められている。
第 3 は、地域主権型道州制の導入である。国が地方を効率的に管理する道州制ではなく、地域
で地域のことを決められる地域主権型道州制が求められている。これによって道州首都を中心と
した階層構造の地域システムではなく、多極的・重層的な地域システムの構築がしやすくなり、
道州の中枢と地方がともに発展できる基盤が生まれる。これは、第一の論点である「首都と地方
の機能立地上の統制解除」にもつながる視点である。
【参考資料・データ】
永柳 宏・三菱 UFJ リサーチ&コンサルティング㈱主任研究員「名古屋圏開発について」
尾関利勝氏資料「名古屋都心部の動向と課題」
(名古屋都心の特徴/名古屋都心の課題/名
古屋都心への期待)
中部経済産業局:Greater Nagoya Vanguard Vision
中部経済産業局:東海経済のポイント 2008:1-2)
名古屋商工会議所中期計画検討資料
71
都市政策特別委員会提言報告書
『我が国の都市政策の方向性~都市政策から都会創造へ~』
発行日
平成22年3月
編
公益財団法人 日本生産性本部
集
都市政策特別委員会
発
行
公益財団法人 日本生産性本部
〒150-8307 東京都渋谷区渋谷 3-1-1
TEL03-3409-1137
FAX03-3409‐2810
URL:http://www.jpc-net.jp
頒
価
無 料
©Japan Productivity Center(JPC)2009
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