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ジャボデタベック圏での公共交通の 現状と課題

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ジャボデタベック圏での公共交通の 現状と課題
海外交通事情
ジャボデタベック圏での公共交通の
現状と課題
ふじ
い
だい
すけ
籘 井 大 輔*
経済成長著しい新興経済国の一翼を担うインドネシアの首都・ジャカルタとその周辺を含むジャボデタベッ
ク圏の公共交通は,軌道系の交通インフラストラクチャーの整備が遅れ,自家用交通に極度に依存した状態で
ある。これは大気汚染など環境面,インドネシア経済の成長面から改善すべきものである。
一方,これまで日本の国際協力として国際協力機構(JICA)がマスタープランの作成や鉄道の整備・改良に関
わってきた。ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)の整備も日本の円借款で進められており,2016年に開業するとジ
ャカルタ中心部の交通状況は大きく変わる可能性がある。
ただし,交通モード全体を総括する総合的な都市交通計画だけでなく,駅前での交通結節施設・パーク&ラ
イド施設の整備,駅を中心としたバス路線網の整備,拠点開発地区での駅施設・土地の高度な開発や利活用,
料金体系の異なる事業者間での連携など,有機的な結びつきをうまく機能させられるかが,ジャボデタベック
圏での交通問題解消のカギを握っている。
はじめに
このジャカルタを含むジャボデタベック圏では,
自動車・オートバイの登録台数が急速に伸びてい
インドネシア共和国の首都・ジャカルタは人口
る。図1の棒グラフは,インドネシア全体のバイ
961万人の大都市で,ジャボデタベック圏(ジャカ
クを含む自動車台数を示しているが,ジャカルタ
ルタ都市圏)では人口2 , 675万人と,東京・横浜都
警視庁管内の自動車台数でも2000年代に急増して
市圏(人口3 , 724万人)に次ぐ世界第2位の都市圏
いる(国際協力機構,2011)。
を形成する大都市である(Demographia,2013)。
このように自動車・オートバイの台数が激増し
ジャボデタベック圏は,首都ジャカルタに,ボ
たことで,自動車・オートバイの専有面積の合計
ゴール(Bogor),デポック(Depok),タンゲラン
が道路総面積以上に達し道路交通が麻痺状態とな
(Tangerang)
,ベカシ(Bekasi)の周辺地域を総称
る,東日本大震災直後の混乱した東京での道路状
する圏域で,ジャカルタ都市圏とも称される。
況のような「グリッドロック現象」と呼ばれる現
運輸調査局調査研究センター研究員
*
象が現出しているといわれている(日本貿易振興機
ジャボデタベック圏での公共交通の現状と課題 105
構,2012)。経済成長に活気漲るジャカルタ都心
部の写真として道路が非常に渋滞している様子が
1. ジャボデタベック圏の交通事情
取り上げられることもあるが,激しい渋滞は必ず
ジャカルタを含むジャボデタベック圏では,鉄
しも好ましい事態ではない。
道(ジャボデタベック鉄道),バス高速輸送システ
一方,ジャボデタベック圏の鉄道利用者数(図1
ム(BRT,トランスジャカルタ),ジャカルタ特別
の折れ線グラフ)は大きな伸びを示しておらず,渋
州内のターミナルと郊外長距離バスターミナルや
滞する自家用交通から公共交通への転移が進んで
周辺主要ターミナルを結び60人~70人が乗車でき
いない。つまり,鉄道や地下鉄のような大量に旅
る大型乗合バス,コパジャあるいはメトロミニと
客を輸送できる公共交通網の整備が立ち遅れたま
呼ばれる30人程度が乗車できる中型バス,大型バ
ま,自家用交通に非常に依存した都市交通を形成
ス・中型バスよりもきめ細かなルートで運行でき,
している。
これらのバスとフィーダー輸送する10人程度が乗
インドネシア政府やジャカルタ特別州政府はこ
車できる小型乗合バス(ミクロレット)がある。こ
のようなジャボデタベック圏交通の現状に対して, の他にも,自動車のタクシーに加え,それより低
交通問題解消が喫緊の課題であるとして対策を進
廉なオート三輪タクシー(バジャイ)やオートバイ
めようとしている。
タクシー(オジェック)も営業しており,市民の足
そこで本稿では,ジャカルタを含むジャボデタ
†)
。またジャカルタでは営
となっている(写真1)
ベック圏の鉄道網整備について,その現状と今後
業が禁止されている自転車タクシー(ベチャ)もジ
の計画を考察し,解決すべき問題点を追究する。
ャカルタ郊外部では営業していることもある。
APRU World Institute(2010)によれば,ジャ
カルタにおける自動車・オートバイの98%が私用
図1 インドネシアの自動車・オートバイ台数とジャ
ボデタベック圏鉄道利用者数の推移
(千台)
140,000
125,451
120,000
118,095
100,000
80,000 104,425
60,000
40,000
130,508
43,313
54,803
61,685
67,291
トリップ数の割合では44%が私用車輛によって,
(千人)
140,000
124,308
76,907
121,105
85,601
130,000
120,000
110,000
100,000
90,000
80,000
20,000
0
車輛で,わずか2%が公共用車輛となっているが,
2006
2007
2008
2009
2010
0
(年)
2011
トラック バイク 乗用車
バス ジャボデタベック圏鉄道利用者数
注)棒グラフが自動車台数(左軸)を示し,折れ線グラ
フがジャボデタベック圏鉄道利用者数(右軸)を示
す。
出典:Badan Pusat Statistik より筆者作成。
†)
本文中の写真は,黒崎文雄氏提供のものである。
106 運輸と経済 第 74 巻 第 1 号 ’
14 . 1
写真1 ジャカルタ市街地の交通の様子
56%が公共用車輛によってまかなわれている。デ
ータは古いが,2004年調査のジャボデタベック圏
の交通機関分担率を図2に示す。オートバイの分
担率が自家用車よりも高いのは,オートバイの価
格が平均的な勤労者の月収に相当する1 , 000万ル
ピア(約9万円)台前半で排気量150 cc 程度の大き
さのオートバイが購入でき,1億ルピア以上の自
表 人口 1 万人あたりの交通事故件数,死亡・負傷
者数の日イ比較(2010年)
インドネシア
日本
交通事故件数
2 , 798件
56 , 676件
死亡者数
0 . 836人
0 . 380人
負傷者数
3 . 787人
69 . 985人
出典:Badan Pusat Statistik,総務省統計局より筆者
作成。
家用車と比較して,手ごろにオートバイを購入し
やすいためである。そのため,市中を走るオート
バイは4人も乗っている姿を見かけることもある。
の数値となっている。これは「インドネシアが日
一方,道路延長は,直近5年平均で年0 . 01%の
本より道路交通は安全である」というのではなく,
伸びしか示しておらず,新しい道路はほとんど整
インドネシアでは軽微な交通事故の場合,警察へ
備されていない。つまり,自動車・オートバイの
の通報義務はなく基本的にはその場で当事者同士
台数が伸びる一方で,道路延長が延びていないの
が示談することが一般的であり(示談しそうにない
である。
場合は警察に出頭する),人身交通事故でも救急車
また,道路交通の安全性も低く,2011年のイン
を呼ぶのではなく,自分の車やタクシーなどでけ
ドネシア国内での交通事故死亡者は3万人を超え
が人を病院に搬送するのが普通である。そのため,
た。人口1万人あたりの交通事故の件数や負傷者
統計上の交通事故件数や負傷者数は大幅に少なく
数は,日本のそれより低い(表)。交通事故死亡者
カウントされていると考えられる。
数はインドネシアが日本の2倍以上であるのに対
さらに,交通渋滞の問題も深刻である。冒頭で
し,交通事故件数や負傷者数は日本の方が桁違い
「グリッドロック現象」に言及したが,APRU World
Institute(2010)ではジャカルタでの交通渋滞を定
量的に分析し,交通渋滞による損失が時間価値,
図2 ジャボデタベック圏の交通機関分担率(2004年)
自家用車
9.6%
徒歩・自転車など
40.3%
燃料消費,渋滞発生による大気汚染などに起因す
る 医 療 費 を 含 め, 年 間12兆8 , 000億 ル ピ ア( 約
1 , 115億円)と推計した。
オートバイ
13.1%
大型乗合バス
1.1%
インドネシア政府やジャカルタ特別州政府は,
このようなジャボデタベック圏交通の現状に対し
て手を拱いているわけではない。著しい交通渋滞
を解消させるためジャカルタ中心部の幹線道路対
象に導入された「3 in 1」規制という3名以上が
ほか
2.9%
鉄道
1.3%
バス
31.6%
出典:D ail Umamil Asri・Budi Hidayat( 2005),
p. 1794より筆者作成。
乗車していないと罰金を科せられる通行量規制を,
1990年代前半から実施している。しかし,ジョッ
キーと呼ばれる規制をかい潜るために添乗して金
銭収入を得る人の存在や急増する自動車の台数に,
ジャボデタベック圏での公共交通の現状と課題 107
規制の効果も乏しく,
「3 in 1」規制に代わるシン
ンダ統治下で整備された鉄道網がベースとなって
ガポールの施策に見倣ったナンバープレート番号
いる。1970年代には日本政府の円借款を活用して
による通行規制,さらにデジタル技術による課金
気動車の投入など輸送力改善が始まり,1976年に
制度である ERP(Electric Road Pricing)など新し
は電車の運行が始まった。その後,1981年に国際
い手法の規制も実用化に向け検討されている。し
協力事業団(現国際協力機構)が「ジャカルタ大都市
かし,ナンバープレート番号による通行規制は
圏鉄道輸送計画」(SITRAMP:Study on Integrated
2013年から始まる予定であったが2014年以降に延
Trans-portation Master Plan for Jabodetabek)によ
期されている。
りマスタープランを作成し,ジャカルタ中心部か
このような交通渋滞は,逸失利益など都市活動
ら約50 km 圏の人口2 , 000万人の圏域において,
に大きな損失を生む。それだけでなく,大気汚染
25年の長期にわたって円借款を主な財源とした総
や温室効果ガス排出などの環境問題にも影響を及
額9億6 , 000万ドルの事業費が投じられ,ジャボ
ぼし,経済成長の足かせにもなりうる。そこでイ
デタベック圏の鉄道改良プロジェクトが進められ
ンドネシア政府やジャカルタ特別州政府は,ジャ
た。このプロジェクトは,電化,線路・駅の改良,
ボデタベック圏の交通問題,特に私用車輛による
高架化,新製車輛導入や運行保安装置の改善など,
交通渋滞発生の解消を喫緊の課題として対策を進
さ ま ざ ま な 近 代 化 設 備 へ の 投 資 だ け で な く,
めている。
JICA などにより鉄道整備に関わる技術移転や研
修などのソフト面での技術協力も行われてきた。
2.ジャボデタベック圏の公共交通の現状
すなわち,ジャボデタベック圏の都市鉄道での改
良プロジェクトは,輸送集約性が高く環境負荷が
ジャボデタベック圏の公共交通は,前述の図2
小さい軌道系の公共交通などを都市交通の中心に
に示したように,バスの分担率が高いものの鉄道
据えることを目的とした日本の都市交通 ODA(政
の分担率は低く,またオートバイを含む自動車交
府開発援助)を代表する大型プロジェクトとして,
通が著しく伸びる一方で,鉄道などの軌道系公共
鉄道の整備・改良が進められてきた。
交通機関の整備は遅れ,安全性や快適性,定時性
ジャボデタベック鉄道は,インドネシア国鉄
など輸送サービスの質が低いため,自家用車交通
(PJ. KA)を 前 身 と す る イ ン ド ネ シ ア 鉄 道 公 社
からの転移が進んでいない。
(Perum KA)が事業運営を担ってきたが,1999年
(1)ジャボデタベック鉄道
にインドネシア鉄道公社が上下分離のうえ自由化
され,鉄道線路・施設の整備・管理を政府(運輸
まず,ジャボデタベック圏では,
「コミュータ
省鉄道総局)が担い,列車の運行管理などをイン
ージャボデタベック」(ジャボデタベック鉄道)と
ドネシア鉄道会社(PT. KAI:PT. Kereta Api)が
呼ばれる都市鉄道が事業展開している。
担うことになった1)。2008年からはジャボデタベ
ジャボデタベック圏の鉄道は,1910年代にオラ
ック圏での都市鉄道列車の運行・管理については,
1)
インドネシアでの上下分離は,列車の運行管理や車輛の保守など「上」部分を担うPT. KAI が,線路施設の維
持・管理など「下」部分を担う運輸省鉄道総局(DGR:Directorate General of Railways)
にリース料を支払い,
運輸省鉄道総局がPT. KAI に線路施設の維持・管理に係る費用を支払い,線路施設の維持・管理を委託して
いる。
108 運輸と経済 第 74 巻 第 1 号 ’
14 . 1
PT. KAI の子会社である
ジャボデタベック鉄道会
図3 ジャボデタベック鉄道路線図
5km
Jakarta Bay
社(PT. KCJ:PT. KAI
Tanjung Priok
Commuter Jabodetabek)
が運営している。
このジャボデタベック
Tangerang
Jakarta Kota
Kampung Bandan
Duri
Pasar Senen
Gambir
Tanah Abang
鉄道は,ジャカルタ中心
Manggarai Jatinegara
部から50 km 圏の人口約
2 , 000万 人 を 対 象 と し,
ジャカルタ中心部のジャ
Maja
Bekasi
Serpong
Parung Panjang
カルタコタ駅を中心に環
Depok
状と放射状の6路線,計
230 km で 事 業 展 開 し て
いる(図3)。6路線は色
(赤,青,橙,緑,茶,桃)で
識別されるようになって
Bogor
いる。ジャボデタベック
鉄 道 の 軌 間 は1 , 067 mm
で,電化も直流1 , 500 V と,
注)主要なジャンクション駅のみを示す。
出典:PT. KCJ を基に OpenStreetMap を用いて筆者作成。
日本の JR 在来線などと
同じであるため,JR や東京急行電鉄,東京メトロ
ログレッシヴ運賃」と呼ばれる新しい運賃制度で,
などの中古車輛が日々の運行に用いられている
乗車駅から5駅までが3 , 000ルピア(約26円),さ
一方,2001年からは PT. INKA(PT. Industri Kereta
らにその3駅先までは1 , 000ルピア(約9円)追加
Api)製の国産初の電車も導入されている。
されるなどという制度である。なお,11月までは
2013年6月までは「エコノミー」と「エクスプ
政 府 か ら の 補 助 に よ り,3 , 000ル ピ ア の と こ ろ
レス」の列車別に運賃体系があり,
「エコノミー」
2 , 000ルピア(約17円),1 , 000ルピアのところ500
は低所得者層向けに安価な運賃体系であるが,冷
ルピア(約4円)に運賃が割り引かれた。
房装置がない古い車輛がドアを開けたまま運行さ
この運賃体系の変更と合わせて,磁気乗車券に
れるなど,安全性や快適性が劣るものだった。し
よる新しい出改札システムも稼働した。なお,1日
かし,2013年7月に運賃体系をゾーン制とし,エ
当 た り の 利 用 者 数 は 直 近 で 約50万 人 で あ る
2)
コノミーとエクスプレスを「Commuter Line」
(detikcom,2013)
。
に統一し,「エコノミー」に用いられていた非冷
ジャボデタベック鉄道はジャカルタ都市内部の
房車は全て運行から離れた。
新しい運賃制度は
「プ
公共交通に位置づけられるとはいい難く,
「都市
2)
2013年11月に東日本旅客鉄道が180輛の中古車輛をジャボデタベック鉄道に譲渡し,合わせて現地での技術
支援を実施することを公表した。
ジャボデタベック圏での公共交通の現状と課題 109
郊外鉄道」といえる。ジャボデタベック鉄道の出
自からも指摘できるが,日本の大都市圏での JR
線・大手民鉄線のような都心部と郊外を結ぶ鉄道
であり,旧国鉄の国電や地下鉄ではない。都市間
輸送を担う PT. KAI の列車と都市近郊の通勤列
車が同一線路上で運行され,東海道新幹線開業前
の東海道本線のようなものである。つまり,ジャ
カルタ都市内部で旧国鉄の国電や地下鉄のような
近距離の公共交通は,大型バス(BRT),中型(コ
パジャ・メトロミニ),や小型乗合バス(ミクロレッ
写真2 トランスジャカルタ
注)中央分離帯から撮影したものである。
ト)
,さらにオート三輪タクシー(バジャイ)やオ
ートバイタクシー(オジェック)が担っていて,軌
道系の鉄道が大きな役割を果たしているわけでは
phase 2)において提言されたシステムである。
ないのである。
トランスジャカルタは,幹線道路の中央部に用
また,人口規模と都市規模がもっとも近い京阪
意された BRT 専用車線を走行することで,交通
神都市圏(約40 km 圏に人口約1 , 600万人)では延長
渋滞から隔離され定時性の高いバス輸送サービス
約1 , 300 km の都市郊外鉄道網があることからす
を提供できるシステムになっている。トランスジ
れば,ジャボデタベック鉄道はジャカルタ中心部
ャカルタを利用するには,幹線道路をまたぐ歩道
を含むジャボデタベック圏の都市規模からすると
橋から鉄道駅のようなバス停留所に入らねばなら
脆弱な路線網であることが指摘できよう。
ない。バス停留所では磁気乗車カードを買い,専
なお,ジャボデタベック圏にはわが国の大都市
用のバスホームの待合室でバスの到着を待ち,バ
圏にみられるような民間企業による鉄道事業は存
スホームからバスに乗降するシステムとなってお
在しない。
り,鉄道に似たシステムといえる。12路線を運行
(2)トランスジャカルタ
する事業者は,トランスジャカルタエクスプレス,
トランスバタビア,ジャカルタトランスメトロポ
一方,ジャカルタ中心部の公共交通機関には,
リタンなど9つの事業者で,合計約670台の大型
乗合バスのバス高速輸送システム(BRT)がある。
バスや連接バスで運行されている。トランスジャ
2004年に交通渋滞を解消する切り札として導入さ
カルタの施設整備はジャカルタ特別州政府があた
れた BRT「トランスジャカルタ」(写真2)は,
り,トランスジャカルタの運営管理は,ジャカル
ジャカルタを東西南北に貫くよう放射状に12路線
タ特別州政府の設立したトランスジャカルタバス
(コリドアー),路線延長184 . 3 km の乗合バスが運
ウェイマネジメントユニットがあたっており,
行 さ れ て い る( 図 4)。 こ の 路 線 延 長 は 都 市 内
「公設民営」型の事業形態を採っている。
BRT では世界最長クラスである。この BRT も
運賃を低廉な水準に設定し1日36万人が利用し
(SITRAMP 2:
JICA の「首都圏総合交通計画調査」
ているが,ジャカルタ特別州政府は補助金として
Study on Integrated Transportation Master Plan
年間約8万ドル(約800万円)を交付している。
110 運輸と経済 第 74 巻 第 1 号 ’
14 . 1
図4 トランスジャカルタ路線図
BRT 輸 送 サ ー ビ ス 水 準
PLUIT
を向上させ,自家用交通
TANJUNG
PRIOK
ANCOL
利用者からの転移吸収を
KOTA
KALIDERES
進める必要がある。
なお,トランスジャカ
HARMONI
ルタに接続するフィーダ
PULO
GADUNG
DUKUH
ATAS 2
ーバスの小型乗合バス
(ミクロレット)も多数運
行され,その路線の中に
はトランスジャカルタの
KAMPUNG
MELAYU
専用車線に乗り入れて運
行されているバスも存在
BLOK M
する。
CILILITAN
PINANG
RANTI
LEBAK BULUS
RAGUNAN
KAMPUNG RAMBUTAN
注)コリドアー11・12開業前の路線図を示す。
出典:Wartakota live(2013)。
(3)ジャボデタベック圏
の公共交通の課題
都市郊外型公共交通で
はジャボデタベック鉄道,
ジャカルタ中心部ではト
ランスジャカルタがそれ
ただ,最近新規路線を開業したトランスジャカ
ぞれ整備されてきた。しかし,
残された課題もある。
ルタでも,専用車線への一般車輛の進入や車輛不
1)旅客輸送サービスの有機的なリンクの未発達
足,給油所の不足などの問題からサービス水準の
そのもっとも大きな課題は,これらの旅客輸送
限界が指摘されている。専用車線を専有している
サービスのシステムが有機的にリンクしていない
といえども,オートバイや小型バスなどが一般道
点である。これは,独立行政法人国際協力機構
路上を無秩序に走行することに起因する交通事故
(2003)でも指摘されていることである。
や渋滞によって遅延が生じるなど,BRT 輸送サ
独立行政法人国際協力機構(2003)では,ジャボ
ービスの質の低下が危惧される。
デタベック鉄道への ODA による整備プロジェク
トランスジャカルタの BRT 輸送サービスのレ
トが,ジャカルタ中心部での交通を担う都心型輸
ベルを全体的に引き上げないと,自家用交通から
送サービスのサポートを欠いたまま,いわば「片
の転移が進まないだけでなく,自家用交通への依
肺飛行」の状態で進めていると指摘した。また,
存がさらに強まり,ますます道路交通渋滞が発生
既存計画や既存方針にいたずらに固執することな
してしまう。突発的な運休をなくしたり,車輛増
く,この状態からの脱却に向けて,総合的な都市
備によって混雑緩和を図るだけでなく,交通管制
交通の原点に立ち返った戦略的な検討が強く求め
を改良して外的要因によるトラブルを排除して,
られている。
ジャボデタベック圏での公共交通の現状と課題 111
つまり,ジャボデタベック鉄道とトランスジャ
ると考えられている。その一方で整備費が莫大に
カルタなどのバス輸送サービスがうまくリンクし
かかり,インドネシアのような新興国や途上国で
ておらず,機能的な効果を発揮できていないこと
は,政府がその負担を負いにくいことから,軌道
を示している。たとえば,ジャボデタベック鉄道
系公共交通機関の整備は遅れがちになる。また,
とトランスジャカルタが接続していると案内され
京浜都市圏,京阪神都市圏に見られるような高度
ている駅は,ジャカルタ中心部全ての駅ではなく
に発達した軌道系公共交通システムを有する日本
Jakarta Kota 駅,Manggarai 駅 な ど10駅 に も 満
が,国際協力の一環としてジャボデタベック鉄道
たない。
の近代化整備プロジェクトを進めてきた。
このような課題の解決に向けて,駅前広場の整
ただ,ジャボデタベック鉄道の近代化整備プロ
備・拡張や拠点開発地区の都市施設整備を進める
ジェクトは,必ずしもジャカルタ中心部の軌道系
ほか,駅を中心としたバス路線網の拡充が求めら
公共交通機関の整備とはいえない。すなわち,ジ
れ て い る。 例 え ば, ジ ャ ボ デ タ ベ ッ ク 鉄 道 の
ャカルタ中心部の軌道系公共交通機関の整備は,
Maja ~ Tanah Abang を結ぶ路線の駅ではトラ
政府の費用負担の問題からインドネシアの経済発
ンスジャカルタに乗り換えられる駅が一つもない。
展に比して立ち遅れてきた。
鉄道は鉄道,BRT は BRT と別々にネットワーク
3)トランスジャカルタのサービス向上
を強化するのではなく,ジャボデタベック鉄道や
トランスジャカルタは,ジャカルタ中心部での
トランスジャカルタへアクセス性を向上させるた
交通渋滞緩和の切り札として,一般車輛を排除す
めに,鉄道とトランスジャカルタに結節性を高め
る専用車線や専用バスなどを整備した。前述のよ
させるような都市施設整備とバス路線網の拡充が
うに車輛や給油所の不足などの問題があるほか,
必要である。このような施策の推進により,公共
一般車輛の専用車線への違法進入による速度の低
交通のネットワークをより強化し,自家用の車・
下や一般車輛と同じ交通信号に従うことによる速
バイク利用からの転移を誘導しやすい方向に進め
達性や定時性の低下などの問題も抱えている。ま
ることが求められている。
た,低廉な運賃のサービス提供による低所得者層
このような問題を解決するには,政府,州政府,
の輸送手段の確保を主眼としているとはいえ,ジ
PT. KAI,それに PT. KAI の子会社である PT.
ャカルタ特別州政府から財政補助されていること
KCJ などがどのような役割を分担するのか明確
は,まだトランスジャカルタの事業が独り立ちで
にするとともに,これらが合意形成を進めていく
きていないともいえよう。
ためのルールづくりも求められる。
なにより,定時性や速達性を向上させるなどト
2)ジャカルタ中心部の軌道系公共交通機関の
ランスジャカルタのサービスを改良して,利用者
未整備
を増やす施策を通じて,トランスジャカルタの事
先進国の大都市圏では,環境負荷が小さい軌道
業収入増加につなげていく必要がある。
系公共交通を重視する都市整備を進め,軌道系公
共交通機関は「大都市に必要な装置」とみなされ,
大都市圏での軌道系公共交通機関の高度な輸送サ
ービスの提供は都市整備を進めるうえで優良であ
112 運輸と経済 第 74 巻 第 1 号 ’
14 . 1
3.今後のジャボデタベック圏の交通網
整備 ̶ジャカルタ都市高速鉄道̶
ジャボデタベック圏の交通問題に対しては,当
事国であるインドネシア政府だけでなく,国際貢
基本設計から入札補助,施工監理,運営・開業支
献として先進国の国際協力組織が基本となるマス
援などのコンサルティングサービスも事業に含ま
タープランなどを策定し,このエリアでの交通問
れている。
題解消に向けたさまざまな活動が展開されている。
総事業費は約1 , 421億円で,2016年の開業を計
ジャボデタベック圏の公共交通整備に関しては,
画している。整備主体は,ジャカルタ特別州政府
ジャカルタ都市高速鉄道(MRT),ジャボデタベ
と運輸省鉄道総局が担い(円借款の借入主体はイン
ック鉄道の輸送力増強,スカルノ−ハッタ国際空
ドネシア政府)
,完成後の運営・維持・管理はジャ
港アクセス鉄道整備などがある。このうち,ジャ
カルタ特別州政府が99 . 5%を出資している PT.
カルタ都市高速鉄道(MRT)は,インドネシア政
MRT Jakarta が担う。開業2年後の2018年の目
府が2011年5月に発表した中期的開発計画「経済
標は,1日276本の列車を運行し,車輛キロは約
開発迅速化・拡大マスタープラン」(MP 3 EI)に
2万3 , 000 km,旅客輸送人キロは約197万人キロ
も盛り込まれており,JICA が実施した「ジャカ
を掲げている。
ルタ首都圏投資促進特別地域(MPA)マスタープ
独立行政法人国際協力機構(2009)では,この事
ラン調査」でも早期実施事業の一つに数えられて
業に活かすべき教訓として以下の3点が指摘され
いる。
ている。
このジャカルタ都市高速鉄道(MRT)の先行区
①補助金等の制度的枠組みが不明確である
間である南北線の事業は,2006年に JICA が約19
②鉄道駅までのアクセスの利便性が低い
億円を限度とするエンジニアリングサービス(E/
③駅前広場開発等,都市計画との連携が弱い
S:Engineering Service)借款が契約され,2009年
また,ジャカルタ都市高速鉄道の利用向上のた
には日本とインドネシア両政府が約482億円の円
めにジャボデタベック鉄道やトランスジャカルタ
借款によって整備することに調印した事業である
などの公共交通事業者間の適切な調整が不可欠で
3)
(独立行政法人国際協力機構,2009) 。
あり,効率的な事業実施のためには関係機関のコ
この事業は,ジャボデタベック圏において都市
ミットメントが不可欠である。
高速鉄道システム(MRT)を建設することにより
さらに,この事業では,JICA が持続的,自立
旅客輸送力の増強を図り,深刻な問題となってい
的な発展のための需要喚起策や収入増強策として,
る交通渋滞の緩和を通じて,ジャボデタベック圏
鉄道駅へのアクセス方法の開発や駅の改善,鉄道・
の投資環境の改善に寄与するものと位置付けられ
バスとの料金統合システムの導入などを検討し,
ている。
ジャカルタ特別州政府はこれらの施策を実施する
この事業では,南北線 Lebak Bulus ~ Dukuh
ことを表明している。
Atas の総延長14 . 5 km に,高架鉄道約10 . 5 km,
このような教訓は,前述したジャボデタベック
地下鉄道約4 . 0 km,高架駅8駅,地下駅4駅,車
圏の公共交通の課題のうち,旅客輸送サービスの
輛基地を建設・整備し,電気・通信設備も整備し
システムがまだ有機的にリンクされていない証左
たうえで,車輛の調達まで含まれている。そして, であるといってもよい。
3)
2013年12月に日本政府はこのジャカルタ都市高速鉄道整備を含むMPA 構想について,新規に追加的な円借
款の供与を表明した。
ジャボデタベック圏での公共交通の現状と課題 113
ただ,ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)の南北
ジャボデタベック圏で都市郊外型の「ジャボデ
線が開業すれば,著しく道路交通に依存している
タベック鉄道」と,都心部近距離型の BRT「ト
ジャカルタを含むジャボデタベック圏の深刻な道
ランスジャカルタ」
,さらに今後開業が見込まれ
路交通渋滞の緩和が期待でき,この事業の目的で
ている「ジャカルタ都市高速鉄道(MRT)」が,
もあるジャボデタベック圏の投資環境改善への寄
それぞれの特性を活かした役割を果たせるよう分
与に貢献できる。
担を明確にして,有機的にリンクさせていく必要
なお,ジャカルタ都市高速鉄道はこの南北線の
がある。つまり,公共交通機関の連携を深化させ
ほかに,東西線の整備も検討されている。
る,言い換えれば交通結節点の機能向上が重要で
ある。
おわりに
そして,ジャボデタベック圏の公共交通機関の
役割を明確にしたうえで,交通結節点の機能を向
これまで,ジャカルタを含めたジャボデタベッ
上させるために,財源調達や費用負担をどのよう
ク圏の公共交通について,その現状と,ジャカル
にするかなどを,運輸省鉄道総局やジャカルタ特
タ都市高速鉄道(MRT)の整備計画について考察
別州政府など政策や計画を立案,遂行する側にも,
した。
政策や計画を調整できるようなルールを定めると
経済成長著しい新興経済国の一翼を担うインド
ともに,機関・組織間の連携も深めていく必要が
ネシアの首都・ジャカルタの交通は,軌道系の交
あろう。
通施設の整備が遅れ,自家用交通に極度に依存し
た状態である。これは環境面からも,今後の経済
成長の面からも改善すべきものである。
しかし,様々な公共交通機関を整備,改良して
も,これらの公共交通機関がお互いに有機的に結
びついていなければその効果が十二分に発揮され
るものではない。
これまでの JICA の調査などでも,交通モード
全体を総括する総合的な都市交通計画策定の必要
性だけでなく,鉄道駅前での BRT 乗降場の整備
やパーク&ライド施設の整備,駅を中心としたバ
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業者間での連携も指摘されている。引き続き,こ
れらの有機的な結びつきがうまく機能できるかと
いう視点で,ジャボデタベック圏での交通事業の
展開をみていく必要がある。
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