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Primary Health Care
課題別指針
Primary Health Care
(プライマリ・ヘルスケア)
平成13年5月
医療協力部
1
目次
第1章
JICA の協力方針
1.基本的考え方・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
2.留意すべき事項・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第2章
協力実施上の留意点
1.案件の発掘・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
2.案件の実施・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
3.評価・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
4.援助協調・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4
第3章
今後の検討課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6
<参考資料編>
第1編
PHCの概観
1.PHCの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8
2.PHCの現況・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
3.国際的援助の動向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11
第2編
我が国援助の動向
1.政策指針・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
2.PHCに係る援助形態・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14
3.日本の経験及び援助のリソース・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19
4.JICAにおける援助の教訓・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23
参考・引用文献一覧
2
第1章
JICAの協力方針
1.基本的考え方
保健医療協力の目的である開発途上国の大多数の人々の健康水準の向上を達成し健康
水準の南北格差、社会的な格差を縮小するためにPHCの推進を継続して支援する。
また、途上国国内の健康水準の格差に注目すれば、農村地域や都市貧困地域の環境衛
生やヘルスケアの向上は、これらの住民が生産的な生活を営むための前提条件でもある。
この意味でPHCは貧困対策の重要な要素でもある。
PHCは各国のヘルスシステムから切り離された活動としてではなく、ヘルスシステ
ムの不可分の一部として構築され、実行されるものであり、援助の実施にあたっては保
健政策、保健行政制度、地域固有の疫学状況や文化的要因に十分配慮することが必要で
ある。
援助の対象としては、特定の地域を対象として当該地域内の保健組織、住民組織の強
化や人員の能力向上、施設の改善、優先度の高い健康問題の解決を実施する場合の他に、
国レベルで保健従事者の教育内容をPHCの原則と内容に即して改善することにより、
システムの改善・強化を支援する方法も考えられる。どちらの場合にも、特定の医療技
術を高度化するというよりは、効率的な活動によってより多くの人々が、より質の高い
保健サービスを受益することができることに主眼がおかれるべきである。
2.留意すべき事項
PHCという言葉は、もっとも狭い意味では第一次保健医療サービス、すなわち住民
が通常最初にアクセス可能な保健医療サービスという意味で使われる。たとえばPHC
施設整備や設備、資材の供与といった場合である。これに対して、もっとも広い意味で
は、1978 年のアルマアタ宣言(P.8「アルマアタ宣言」参照)にうたわれた村落開発との言う
べき幅広い活動を指す。PHCという言葉を使う場合には、それが何を意味するのか十
分意識する必要がある。
PHCは当該国、地域の既存のヘルスシステムの一部であり、既存の行政システム、
保健組織、住民組織等の基盤の上に実施されるものであり、これらとは別のシステムを
創造するものではない。これは必ずしも、新しい組織(例.地域の健康向上委員会等)の
設立を否定するものではないが、既存組織とは別のヘルスケア組織を設立して、代替と
することはさけるべきである。
3
保健医療サービスの拡充は常にそのための費用の上昇をともなう。また、特にPHC
においては資本投資に比較して経常支出の比率が大きくなる。新たな施設を建設しても、
勤務すべき職員の増員がままならない、または医薬品や機器の保守経費の支出が滞りが
ちである。これらの経費を援助によって支出する場合、長期的な自立のプログラムが策
定されなければ短期的に活動が活発になっても、サステナビリティーを欠く援助となっ
てしまう。この問題に対する処方を提示するのは極めて困難であるが、活動の規模やレ
ベルを策定する際に技術的なフィージビリティ− だけでなく、経済的、財政的なバイア
ビリティに十分留意することが必要である。
同様に、PHC拡充・強化のニーズの最も高い、すなわち健康指標(乳児死亡率等)の
最も劣悪な国、地域は同時にヘルスシステムや運営管理能力に大きな問題を抱えている。
従ってニーズは高いが資源の効果的・効率的な活用が困難で、短期的な成果をあげるこ
とが困難であったり、当該国の中でもインフラの未整備や十分に予算配分や人員の配置
が行われていないということを計画の段階から考慮すべきである。
一般的にPHCは病院における治療サービスを含まないと解されているが、疾病治療
においてコミュニティー・ワーカーやヘルスポスト等一次保健医療施設だけでは解決不
能な問題には地域病院との連携(リファレル)が必要である。また、農村保健施設が住民
の信頼を得られないために活用されないという現象も多く見られ、病院を含めた地域保
健医療サービスの改善・向上が必要な地域も多い。但し、この場合にも治療サービスの
優先順位は常に地域内の疾病状況や財政状況を勘案して検討されなければならない。
4
第2章
実施上の留意点
1.案件の発掘
PHCに関するニーズは、後発開発途上国(LLDC)の場合、乳児死亡率(一年間の出生
1,000 あたりの生後 1 年未満の死亡数)や5歳未満児死亡率(1年間の出生 1,000 あたり
の生後5年未満の死亡数)で示される健康水準で示される場合が多い。例えば USAID は、
子供の生存プログラムの対象国の選定の際に、乳児死亡率が一定以上の国のみを対象と
することとしていた。
ただし、多くの途上国では保健統計が整備されていないため、死亡率、疾病発生率等
の精度が低く、国内の地域格差を必ずしも反映していない場合があるので、保健施設や
人員の配置、利用状況等補完的な指標や調査が必要となる。
地域保健向上を目的とする場合には、活動の場となる対象地域の特定、中核となる実
施主体の確認と関係する組織の現状を把握する必要がある。活動に必要な資金や人員配
置の権限を持つ組織がより上位にある場合、複数の省庁や地方自治体にまたがる場合も
あり、責任・権限の関係をできるだけ明確にしておく必要がある。
2.案件の実施
PHCアプローチによるプロジェクトは、国ごと、地域ごとに固有の保健システムや
疾病状況に応じて行われるため、共通のモデルに従って実施することは困難である。P
HCの8項目(P.9「PHCの原則・基本活動項目」参照)の中で、優先度の高い課題を中心
としてヘルスケアの改善を実施しながら関連する組織・人員の能力向上(Capacity
Building)を図る、あるいは国家レベルの疾病対策プログラムを地域レベルの組織を通じ
て実効をあげるという場合が多い。
実施計画の策定、モニタリング、評価を含めた全体のプロセスを実施主体である途上
国側組織が中心となって行うために、特定の技術分野だけでなく、運営管理手法、評価
手法等幅広い協力が求められる。
一方、先方カウンターパートの人員は不足しがちであり、特に技術協力プロジェクト
の場合日本人専門家の役割が特定のカウンターパートへの「技術移転」という狭い範囲を
越えたアドバイザー、プロモーターと位置付けられる場合が多い。日常の業務に煩わさ
れずにプロジェクトに専念できる専門家ならではの調整、促進業務が有効になる一方、
先方の当事者としての意識が希薄になり、専門家の活動やアイディアに依存がたかまる
恐れがあるので十分留意すべきである。
5
3.評価
PHCの目的を地域住民の健康水準の向上とする場合には、乳児死亡率、妊産婦死亡
率、疾病発生率等の保健指標による評価が最終的に目標の達成度を図る指標となる。し
かし、ヘルスケアに対するアクセスを欠く地域では保健指標は一部アクセス可能な人口
のみをカバ− する場合が多く正確に地域の健康動向を反映していない場合が多いこと、
また短期間でこれらの保健水準を変化させることが一般に非常に困難であることを考え
ると、保健指標のみによる評価では変化が観察できない場合も少なくない。
また、評価に要する費用という点でも、十分な精度を有するデータを収集するために
は専門性の高い調査を特別に実施する必要が生じることがある。極端な場合には事前・
事後の調査費用や調査に要する時間が案件実施に匹敵する規模となってしまうため、調
査の実施に際しては現実的な方法を十分に勘案しなければならない。
保健水準以外には、住民によるサービスの利用(例.妊産婦検診数、予防接種率)の動
向を評価の指標とする場合もある。これらの指標は日常の業務報告等を取りまとめるこ
とによって入手可能であり、報告や取りまとめの手順を事業開始時から計画、実行する
ことが条件となる。
サステナビリティーの評価は上記の評価に比較してプロジェクト実施中、実施直後に
は困難である。なぜならば、援助資金の投入によって向上したサービスが、後に停滞す
る可能性が大きいからである。サステナビリティーを考慮するための別の方法としては、
特定のサービスに要したコストを算出し、それが現地で負担可能な水準のもであったか
を検討する方法も考えられる。
4.援助協調
保健医療分野では、多くのドナーが活動しており、PHCに関連する分野でも、二国
間援助機関、国際機関、国際 NGO、ローカル NGO 等多くの組織が地域レベル、国家レベル
の活動を展開している。PHCは多くの場合幅広い分野の活動を含むため、同一地域内
あるいは関連分野で他の援助機関との連携・調整が必要とならない場合は殆どない。
外国援助の調整は一義的には当該政府の役割であるが、同一地域内で類似の活動を重
複して展開することを避け、相互に効率的な協力を行うためには情報の収集・交換が必
要不可欠である。また、お互いに効果的な方法を利用しあったり、合理的な分業をおこ
なうためには当方の活動の内容や実績を援助コミュニティーに広く知らせていくことも
必要である。
6
一般的に、子供の健康・予防接種の分野ではユニセフ、USAID 等が多くのプログラムを
実施しており、地方分権化(特に中南米)では WHO、リプロダクティブ・ヘルス/家族計
画では USAID、GTZ、DFID、UNFPA 等と情報を交換する必要がある。必須医薬品分野ではデ
ンマーク、オランダが国家レベルで支援している場合もある。さらに、最近アフリカ等
で推進されている保健セクタープログラム、保健セクター投資計画の策定においては、
世界銀行がリーダーシップをとっており、これらの援助の動向を無視することはできな
い。
7
第3章
今後の検討課題
アルマアタ宣言から20年以上を経て、PHCの概念は広く共有されるようになった
が、同時にその後の世界の政治経済状況や保健状況の中で、70年代には予測されなか
った問題や課題が立ち現れてきており、PHCの原則や過去に確立された方法論をふま
えつつこれらの課題に対する有効な援助アプローチを開発していくことがもとめられて
いる。
(1)保健セクター改革とセクタープログラム援助の流れ
途上国のヘルスシステム全体を改革し、より効率的なシステムを構築すること、また、
途上国自身による援助資源を含めた保健資源の合理的な利用を促進することを主眼とす
るセクタープログラムがアフリカ諸国を中心に推進されている。セクタープログラムの
中では、途上国自身のオーナーシップ強化の一環として援助資源のプール化、プロジェ
クト援助から保健セクター投資計画への資金援助化が強く主張されている。日本が従来
から実施してきたプロジェクト方式技術協力も、そのような環境の変化に対応し、セク
ター全体の調和のとれた発展に寄与することが求められる。一方では計画を実施する被
援助国側の人材不足、特に地方行政官の不足が計画の実施を阻害する要因となっている
ことは否定できない。LLDC の地方開発をいかに支援していくか、特に技術協力を有効に
活用していくかが重要な検討課題である。
(2)地域活動のモデル化
地域保健実践型(P.14「技術協力プロジェクトにおける援助形態」参照)のプロジェクトの
場合、当該の対象地域で実施された活動モデルの全国展開の有無は長く議論されてきた。
特定の活動パッケージや方法(例.母子健康手帳、ビレッジヘルスワーカー制度、薬品回
転基金)は小規模のモデル開発を経て広域に展開された事例といえる。しかし、包括的な
地域保健向上活動の場合、特に LLDC では実施主体側の関心はモデルの開発よりも地域の
健康の向上やサービスの拡充であることが多く、かならずしもモデル開発が概念的に整
理されているわけではない。援助を実施する側としては、モデル開発・評価を意識しつ
つも、先方のニーズを尊重してサービスの拡充を支援することが求められる。
(3)新しい保健セクターの課題
過去20年間の間に保健セクターの課題として認識されるようになった課題、問題に
は、HIV/AIDS の蔓延、民間保健医療施設のPHCへの参画、医療保険制度の拡充・整備、
人口の高齢化にともなう健康問題への対処等があげられる。これらの問題に地域レベル
で如何に対処していくかを考慮にいれていかなければならない。
8
同時に経済社会開発に伴って、過去に開発された方法論の限界や有効性への疑問も提
起されている。たとえば、雇用機会の少ない農村地域で活用されたビレッジボランティ
ア制度が、経済発展に伴って住民の機会費用の上昇をもたらし、徐々に不活性化してい
った国・地域、あるいは住民の医療サービスへの期待に比較して補助ヘルスワーカーや
TBA(伝統的産婆)の知識・技術が十分でなく、活用されない例等がみられる。
これらの事例、評価を勘案しつつ国・地域ごとに有効かつ持続可能なシステムの構
築・強化が追求されなければならない。
9
<参考資料編>
10
第1編
PHCの概観
1.PHCの概要
(1)アルマアタ宣言
1960 年代後半から 70 年代にかけて、冷戦構造と南北問題の顕在化を受け、援助をとり
まく世界では幾つかの社会的取組みが試みられた。
1965 年のシューマッハの中間技術開発グループによる適正技術の理論化とそれに続く
「Small is Beautiful(1973 年)」、中国文化大革命に伴う「はだしの医者」運動などが
その具体例であるが、それにも拘わらず途上国の多くの地域において保健医療サービス
は都市部での高度/高価な医療に集中しており、プライマリ・ヘルスケア(PHC)は、
それへの批判と地方住民が裨益し得る経済的かつ公平な保健サービスの供給を目指す代
替案の模索をその起源としている。
1978 年の WHO/UNICEF「アルマアタ宣言」において発表されたPHCは都市部より郡部を、
また医療専門家による高度/高価な治療行為より地域住民による安価で公平な衛生活動を
通して疾病予防の普及と健康増進を重視する、現代の途上国保健サービスの根幹をなすア
プローチと理解されており、1977 年の WHO総会で決議された「西暦 2000 年までに全ての
人々に健康を(HFA: Health for All by the year 2000)」の目標を実現するための戦略
として位置付けられた。
同宣言では以下のように書かれている。
「PHCとは基本的ヘルス・ケアである。地域で実践可能であり、科学的に正し
く、社会的に受け入れられる方法論を用い、地域の全ての人が利用でき、自立、
自決の精神で参加することによって、開発のそれぞれの段階に応じて、その地域
及び国で維持できる技術に基づくケアである。PHCは国家保健制度の中で重要
な位置をしめるとともに、地域の全体的社会経済開発にも中心的役割を果たす。
またPHCは、個人、家族、地域が国家保健制度と最初に触れる段階であり、人
が生活をし、働く場にできるだけ近くに提供されるものであり、継続的ヘルス・
ケアの第一の要素である。」
「アルマアタ宣言」は保健サービスを指し示したものだが、PHCアプローチは保健セ
クター内のみに留まらず、当時の社会状況を反映して健康・保健面での平等達成のため
に貧困撲滅や社会構造改善を求めるという色彩の濃いものであったと共に、既存の都市
型病院システムにPHC要素を追加するのではなく、国家全体として整合性のある保健
システム自体の再構築を求めた点にその特徴をみることができる。
11
(2)PHCの原則・基本活動項目
PHCの根幹としては以下の 5 原則があげられている。
①公平/平等性
ヘルス・ケアはそれを必要とする全ての人間にとって入手可能であり、また適正でな
ければならない。無視される集団があってはいけない。
②当事者としての地域共同体/住民参加
受益者としての存在だけではなく、計画・意志決定者として、また実施過程において
も地域共同体の主体的参画が不可欠
③予防重視
治療行為より予防普及・健康増進活動を重視。これは、多くの場合、予防や初期の治
療は高度な医療措置より安価であり、途上国の疾病や死亡の多くは予防可能な原因に
よるものであることから、効率性の観点からも重要である。
④適正技術
ヘルス・ケアに用いられる資機材及び手法、技術はひろく受容された適正なものでな
ければならない。例えば ORS(経口補水塩…小児下痢症は脱水症状が進むと生命に関わ
るが、重症の場合を除けば、家庭内で水分と糖分、電解質を補給することで脱水を避
けることが可能である)がそれである。
⑤複数の分野からの複合的/多角的アプローチの必要性
人間の衛生状態は水供給、教育等多岐にわたる要因と複合的に関係しているため、そ
れら保健以外の社会的側面からのアプローチも必要である。
また、「アルマアタ宣言」では、PHCの基本活動項目として以下の 8 項目が提言され
ている。
①健康教育(健康問題とその予防法について)
②食糧供給と栄養改善
③安全な水供給と衛生設備(トイレ設置)
④家族計画を含む母子保健
⑤拡大予防接種(小児感染症を予防するため、麻疹、ポリオ、結核、ジフテリア、破傷風、
百日咳の 6 種のワクチンを全ての乳幼児に接種する)
⑥風土病の予防対策
⑦一般的な傷病の適切な治療
⑧必須医薬品の供給
この8項目のような保健サービス活動は、従来から保健医療の枠内の中で取り組まれ
てきたものであるが、PHCのより重要な点は、これらの保健サービスを地域の中で実
践していく際の、公平、住民参加等の原則を打ち出したことにある。
12
(3)選択的PHCと包括的PHC
PHCの適用範囲が広汎に過ぎるとして、プログラムの選択肢について費用効果分析
を行い、優先度の高い特定疾病を選択してその対策を講じるのが選択的PHC
(Selective PHC)であり、米国 CDC(Centers for Disease Control and Prevention)
により 1979 年には導入されていた。
この手法は、特定疾病に対して資源を集中することによって、結果を出しやすいという
面があり、費用効果分析によって施策の効果があらかじめ保証されるという期待もあって、
ドナーの採用するところとなったが、一方で、その特定疾病の患者及びその罹患の潜在的
可能性のある者のみしかその恩恵に与かれず、他の疾病は放置されてしまうこと、栄養問
題のように、他の疾病を発生、悪化させる要因ではあっても、単独では死亡や疾病と結び
つきにくく、直接死亡や疾病を減らす効果として測定するのが難しい分野は無視されてし
まうこと等が問題とされ、前述の 8 項目を全て含む包括的PHC(Comprehensive PHC/
住民参加により適正技術で地域全体の健康促進を目指す)が擁護された。
この二つの立場は、一般的には、包括的PHCは公平を求める立場として、選択的P
HCは効率を求める立場として理解することが可能であるが、公平と効率は同時に追求
すべきものであり、包括的PHCにおいて効率を求めることが可能なのに対して、選択
的PHCでは無視された施策をカバーする余地がない。
しかしながら、開発途上国の現状においては、リソースの限られた状況の中で、サー
ビスを広く提供しようとする場合は選択的PHCとならざるを得ない面があり、また、
包括的PHCは地域社会の自発性・自主性を重視するアプローチであり、地域社会の熟
度によって格差をより広げる可能性がある。
(4)バマコ・イニシアティブ
アルマアタ宣言以降、保健医療協力ではPHCを基本理念とされてきたが、組織的・
財政的キャパシティの低い開発途上国において、PHCの活動を持続的に展開すること
は困難な状況であった。さらに、1980年代の経済情勢の停滞によりPHCの理念を
持続的な活動とするための新しい戦略が必要となった。
そこで、1987 年、マリ共和国の首都バマコでアフリカ保健大臣会議が行われ、UNICEF
が主体となり、薬剤回転資金や受益者負担などPHC推進の財政面でも住民参加の手法
を取り入れようとするバマコイニシアティブが採択された。
イニシアティブの目標は、PHCが普遍的に利用可能となるなることであり、その骨
子としては保健の意思決定の郡レベルでへの脱中央化、地域でのPHCの管理、地域管
13
理下での利用者負担の導入、現実的な国家薬剤政策と必須医薬品の供給が盛り込まれた。
イニシアティブの初期段階においては、地域レベルの医薬品回転資金(drug revolving
fund)の育成に力点が置かれ、アフリカ各国で実施されるに至った。
2.国際的援助の動向
HFA 決議や「アルマアタ宣言」から約 20 年が経過したが、その間もPHCに基づく保
健状態改善への方向性は以下の国際会議で継承されてきている。
1990 年「子どものための世界サミット」では、1995 年までに新生児破傷風、2000 年ま
でにポリオ根絶、また麻疹発症の 90%減および死亡 95%減などが目標指標として設定さ
れた。
1994 年 9 月カイロ「国際人口開発会議」では女性のリプロダクティブ・ヘルス/ライツ
(性と生殖に関する健康/権利)サービス確保の視点から、また 1995 年北京「世界女性会
議」およびコペンハーゲン「世界社会開発サミット」では、女性の地位強化、貧困削減の
観点からPHCの理念が受け継がれている。
その後、より包括的な援助目標として 1996 年 5 月に OECD/DAC が採択した「DAC 新開発
戦略」では、保健分野での具体的指標として、以下の 3 点が提唱されている。
①2015 年までに途上国の乳児死亡率及び 5 歳未満の乳幼児の死亡率を 1990 年の水準の
1/3 に低下させる。
②2015 年までに妊産婦死亡率を 1990 年の水準の 1/4 に低下させる。
③2015 年までの可能な限り早い時期に、適切な年齢の全ての個人がPHCシステムを通
して性と生殖に関する保健医療サービスを受けられるようにする。
3.PHCの現況
人間の基本的権利である健康に関して不平等を廃絶すべきとうたったこの「アルマアタ
宣言」の前年(1977 年)WHO総会は「西暦 2000 年までに全ての人々に健康を(HFA: Health
for All by the year 2000)」という世界目標を決定した。
HFAを達成するためのPHCであったが、その後 20 年以上を経て目標の 2000 年を経
過した現在、PHCでの活動 8 項目で一定の成果はみられたものの、全世界的には所期の
目標には遥かに及んでいないと言わざるを得ない。HFAの目標が実現しなかったこと
は、PHCの政治的実行意志の不足、マクロの経済問題、進まぬ社会開発、人口増加な
ど種々の制約要因が考えられる。
14
以下に、各地域の HFA 達成度を表す指標として、乳児死亡率と 5 歳未満小児死亡率の
1970 年→1997 年の推移を示す。
サブサハラ・アフリカ
アラブ
東南アジア・大洋州
中米カリブ
乳児死亡率(出生 1000 人当たり)
137→105
125→53
97→45
86→33
149→64
124→41
5 歳未満小児死亡率(出生 1000 人当たり)
225→169
192→70
(出典:UNDP 人間開発報告書 1999 )
全般的に言えることは以下の通りである。
・アフリカでは 80 年代以降経済成長の停滞により、基礎的なヘルス・ケアへのアクセス
の問題は解決されておらず、将来的にも好材料は期待できない状況にある。従来から
の感染症および周産期管理が大きな問題であり、死亡・疾病の主原因がこの二つの問
題であることは同地域で疾病構造が変化していないことを示しており、加えて現在で
は感染症・HIV/AIDS の対策が重要課題となっている。
・アジアについては、ヘルス・ケアへのアクセス度および衛生状況が大幅に改善し、感
染症/周産期問題から慢性疾患対策へ比重が移行しつつある国(東・東南アジア)と、
未だにアクセス、保健水準ともに充分な向上のみられない国(南西アジア、インドシ
ナ)とに大別される。
・中米カリブでも、同地域内の国毎の格差、および、特に昨今の好経済も反映して各国
内での貧富格差の拡大も激しいことから、上記のように大幅に好転した保健指標のみ
から、社会各層の保健状況が実際に改善されたかを判断することは難しい。
15
第2編
我が国援助の動向
1.政策指針
「新開発戦略」の中で、乳児死亡率や妊産婦死亡率の削減、リプロダクティブヘルス(性
と生殖に関する健康)に関する保健.医療サービスの普及が重点目標に掲げられたことを
踏まえ、1999年8月の「政府開発援助(ODA)に関する中期政策」では、今後の重点
課題の1つである貧困対策や社会開発分野への支援の一部に保健医療を位置付け、「可能
な限り多くの人に基礎的な保健医療サービスを提供することを目指す『プライマリ・ヘル
スケア』の視点が重要である。」と述べている。
いいかえればわが国は、プライマリ・ヘルスケアの視点を重視しつつ、可能な限り多
くの人々に基礎的な保健医療サービスを提供する保健医療プロジェクトの計画、立案、
実行および評価が期待されているといえる。
2.PHCに係る援助形態
JICA の事業においては、地域レベルでPHCを実践する協力とともに、PHCを推進
していくために必要な基盤の構築・改善を支援する協力も実施している。具体的には下
部保健施設の物理的充足、地方レベル保健行政実施能力の構築支援、PHC人材育成プ
ロジェクト等がそれである。
(1)技術協力プロジェクトにおける援助形態
技術協力プロジェクト(プロジェクト方式技術協力)においては、「地域保健」「母子
保健」(但し、小児病院や産科病院に基礎をおくものを除く)等がPHCの原則を踏まえ、
PHCの基本活動項目のいくつかの実践、改善を目指すプロジェクトであり、1980
年代以降、徐々にその数が増加してきた。
現 在 ま で の 技 術 協 力 プ ロ ジ ェ ク ト は 、 以 下 の と お り プ ロ ジ ェ ク ト 目 標 ( project
purpose)によりタイプ別できる。
タイプは大きく分けて、(ア)地域実践型:特定の地域において、PHCの原則に基づ
き基本的な活動のうち幾つかの項目に協力項目を絞り、地域レベルでの当該分野(例:母
子保健)のヘルスケアの改善を目的として実施するもの、(イ)基盤改善型:PHCを推
進していくために必要な基盤(行政組織、制度等)の構築・改善を目的とするもの、に大
別できる。なお、(ア)については、更に家族計画・母子保健に活動を絞ったものと、風
土病等も含めた地域の保健衛生状況の改善を目的としたものわけられ、(イ)については、
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PHCの実践ための行政制度等のシステムの改善を目的としたものと、PHCに関与す
る人材養成に特化したもの、とに分類される。
具体的なプロジェクトの例は以下のとおり。
ア)-1
地域保健向上実践型:
パラグアイ地域保健強化プロジェクト 1994.12.1∼1999.11.30
地方中核病院を中心としたモデル地域のPHC体制を確立し、感染症疾患の対策を行
うとともに、同地域を基盤とし、国レベルまで組織化されたPHCシステムを構築する
ことを目的としたプロジェクト。全国レベルでのヘルスセクター・レビュー、モデル地
区での参加型アクションリサーチ(地域調査)、健康教育プログラムの開発・実施・評
価、保健医療従事者の育成及び地域保健医療強化のための組織確立を実践した。
ア)-2
母子保健向上実践型:
フィリピン「家族計画・母子保健プロジェクト」1992.4.1∼1997.3.31
母子保健サービス・デリバリーシステムの強化を図ることを目的とし、家族計画・母
子保健サービス推進に係るスタッフへの広報教育(IEC)、人材育成のための技術指導、
地域住民活動および啓蒙活動の普及に取り組んだ。
イ)-1
システム開発研究型(ヘルスシステム・リサーチ):
タイ公衆衛生プロジェクト 1991.9.1∼1996.8.31
モデル地域を設定し、同地域内の現行の保健医療サービスの実態と問題点及び疾病構
造を把握し、望ましい保健医療システムを国家計画に位置付けて構築していくもの。こ
の過程でPHC活動の質の向上、地域保健サービスの強化、PHC活動に携わる人材育
成等の活動等が行われた。
イ)-2
人材養成型:
中国安徽省プライマリ・ヘルスケア技術訓練センタープロジェクト 1999.8.1∼2004.7.31
人材育成に重点をおき、農村PHC技術訓練の体制を確立し、安徽省PHCレベルを
高め、PHC人材養成のモデル省となることを上位目標としている。活動の中に、人材
育成の一環として技術訓練用教材の作成と臨床実習用の設備を整備することにしてい
る。
17
<参考>主な実績(技術協力プロジェクト)
国名
プロジェクト名
協力期間
概要
インドネシア
家族計画・母子保健
89.11-92.11
地域住民を対象とした
家族計画と母子保健の促進及
びリファレルシステムの向上
ラオス
日本・WHO 公衆衛生
92.10-98.9
地域医療サービスの向上を最
終目的としたPHC活動、予
防接種拡大計画(EPI)及び,
感染症対策の強化活動
ネパール
プライマリ・ヘルスケア 93.4-99.3
農村地域の保健医療施設及び
サービスの拡充を主眼とする
PHC拡充計画。
フィリピン
家族計画・母子保健
92.4-97.3(1) 地域保健活動の活性化を図
97.4-02.3
り、母子保健サービスを強化
し、住民の家族単位での福祉
の向上を達成することを目的
とした。
中国
安徽省プライマリ・ヘル 99.8-04.7
保健医療システム強化を目的
スケア技術訓練センター
に、モデル地域を決め、人材
養成及び教材等作成。
タイ
プライマリ・ヘルスケア 82.10-89.9
タイ及び ASEAN 各国のPHC
訓練センター
推進のため、人材養成、研究
開発、モデル地区における推
進方法の開発等実施した。
タイ
公衆衛生
91.9-96.8
現行の保健医療サービスの実
態と問題点及び疾病構造を把
握し、保健医療システム構築
を図った。
18
国名
プロジェクト名
協力期間
概要
パラグアイ
地域保健強化
94.12-99.11
PHCの推進を中心に地域保
健医療のモデルとなり得る保
健システムの強化と保健サー
ビス向上及び健康状態の改善
を図った。
ペルー
家族計画・母子保健
89.10-94.10
母子保健サービス推進による
乳幼児、妊産婦の保健衛生の
向上及び家族計画の普及。
ブラジル
家族計画・母子保健
1996.4-01.3
ブラジル東北部セアラ州にお
ける保健従事者の能力向上を
図り、同地域での母子保健サ
ービス機能を強化する。
ブラジル
東北ブラジル公衆衛生
95.2-02.2
ペルナンブコ大学保健学部の
公衆衛生センターの機能強
化、州・市保健局との連携促
進、保健従事者の育成を通
じ、地域における保健医療サ
ービスの改善を図った。
ザンビア
ルサカ市プライマリ・ヘ 1997.3-2002.3
水、栄養、学校保健等を中心
ルスケア
にパイロット地区におけるP
HC活動の推進及びリファラ
ルシステムの構築を目指す。
19
(2)他スキームによる援助の概要
前述の技術協力プロジェクト以外に、PHCへの援助を他のスキームでも行ってい
る。
具体的には、研修員受入事業によるPHCに関わる人材育成を目的として実施する協
力、無償資金協力等による郡部における保健施設の整備、開発調査によるPHCに係る
行政システム強化のための協力等のPHC基盤構築支援型と、青年海外協力隊、開発福
祉支援あるいは開発パートナー事業等による地域実践型プロジェクトに対する支援に大
別される。
ア)研修員受入事業:
本邦においてPHCに関わる人材育成を目的として集団研修、特設研修コースが行わ
れてきた。具体的には「地域保健指導者」、「家族計画指導者セミナー」等が挙げられる。
また、PHCに関連する技術協力プロジェクトの成果等を普及させる目的で第三国研修、
現地国内研修も行われてきている。
イ)青年海外協力隊、シニア海外ボランティア:
開発途上国のコミュニティに入り、従来からPHC活動を直接的に支援してきた事業
形態として青年海外協力隊、シニア海外ボランティア事業が挙げられる。ボランティア
はコミュニティのヘルスポスト、保健所、末端の行政機関等において、地域の公衆衛生、
あるいは栄養改善等の活動を行っている。職種としては、看護婦、助産婦、保健婦、マ
ラリア・風土病、ポリオ対策等である。
ウ)無償資金協力:
比較的所得水準の低く経済や社会開発が遅れている国を中心に実施。基本的には収益
性が低く、借款で対応することが困難な分野への援助で、ヘルスセンター等一次保健施
設の建設、機材整備及びワクチン等医薬品供与が中心である。
近年、病院建設など大型医療機器供与よりは、地方の医療施設や末端ヘルスセンター
の医療機器整備に重点をおいており、さらに、子供の健康無償によりこれまで本形態の
協力では実施していなかった消耗品を含む機材供与が可能になっている。タイ「プライマ
リ・ヘルスケア訓練センター」、バングラデシュ「母子保健研修所改善計画」等が挙げら
れる。また、草の根無償資金協力においてもプライマリ・ヘルスケアの推進を支援する
案件(施設整備、資機材供与等)も多い。
エ)有償資金協力:
過去の例では、経済的に見て収益性の低い保健医療協力分野でなおかつPHCに主眼
を置いた有償の資金協力は比較的少ない傾向がある。しかし、OECF(現 JBIC)ではタイ、
インドネシアにて地方保健所の強化を通じ、地域住民の健康状態を改善し、保健サービ
20
スの地域的拡充及び質的向上を図るプロジェクト借款が実施された例がある。
その他の有償スキーム、例えば商品借款の見返り資金を活用した一次医療施設の建設
や研修も想定される。
オ)開発調査事業:
開発途上地域の社会、経済発展に資するため、公共的事業に係る開発計画を策定する
中で、保健医療分野においても近年個々の医療機関への協力のみならず、地域さらには
国民全体の保健医療体制の改善に対する計画策定の要請が高まっており、過去「マラウ
イ・プライマリ・ヘルスケア強化計画調査」、「インド・マディアプラディシュ州におけ
る女性のためのリプロダクティブヘルスケアの向上及びエンパワーメント支援計画調
査」等が実施された。
カ)開発福祉事業:
1996 年 6 月のリヨン・サミットにおいて当時の橋本総理が提唱した「世界福祉構想」
(Initiative for a caring world)に端を発し、「DAC 新開発戦略」 (1996 年 5 月) の
開発目標の達成に貢献するために、平成 9 年度より技術協力の新規事業「開発福祉支援事
業」として開始された。
本スキームにおいては、PHCプロジェクトを実施しているNGOの活動を支援するこ
とが可能であり、ガーナ「家族計画・栄養改善・寄生虫予防総合プログラム」等実例とし
て挙げられる。
キ)開発パートナー事業:
従来 JICA は相手国政府機関を主たる協力対象とする事業を実施してきたが、近年地方
自治体や住民組織を対象とした小規模できめ細かい対応が必要なプロジェクトに対する
ニーズも増えてきている。わが国のシンクタンクや NGO 等のノウハウを積極的に活用する
ことで途上国の開発に寄与する形態の事業として本開発パートナー事業は平成11年に
開始された。例としてはバングラディシュの「リプロダクティブヘルス地域展開」等があ
げられる。
3.日本の経験及び援助のリソース
(1)日本の経験
ア)
日本の経験
第二次世界大戦終了後の時期は、食料難、外地からの引き上げによる発疹チフス、痘
そう、コレラなどの外来伝染病の大流行など混乱期にあった。昭和 22 年の健康水準は、
乳児死亡率は出生 1,000 対 76.7、結核死亡率は人口 10,000 対 187.2 で死亡原因の一位
を占め現在の発展途上国と類似した状況であった。
21
出生率
乳児死亡率
(人口 1000 人対) (出生 1000 人対)
妊産婦死亡率
結核死亡率
(出生 10 万人対)
(人口 10 万人
対)
昭和 22 年
34.3
76.7
167
187.2
17.2
30.7
87
34.2
(1947)
昭和 35 年
(昭和 40 年)
(1960)
平成 7 年
9.6
4.3
6
2.6
(1995)
しかし、戦後 15 年間に乳児死亡率は二分の一、結核死亡率は五分の一と激減し、健
康水準の向上はめざましいものがあった。この背景には、社会経済状況の改善、教育レ
ベルの向上、医療の発展等があったが、行政における保健制度と保健システムの確立、
保健所網の整備、住民の主体的活動としての地区組織活動の発展と普及、行政の一員と
しての地域で活動した保健婦などによる地域保健活動の効果が大きかった。この時期は、
PHCを先取りして地域保健活動が実施された時期であり、 PHCの実践を可能とし
た要因とモデル的実践事例について次のとおり概観する。
イ)PHCの協力に際し活用し得る日本の経験・ノウハウ
我が国における保健衛生水準は昭和 30 年代前後の十数年間に顕著に改善している。
乳児死亡率、伝染病患者数、学童の寄生虫卵保有者数等、この時代に著しく改善した保
健衛生指標は多い。
我が国の技術協力の基本は、経験から培われた技術の移転にあり、我が国に効果的な
PHC実践経験が豊富にあるのであれば、PHCに関する技術協力は、この基本が最も
生かされる分野と考えられる。我が国の経験には、PHCに関する協力のヒントとなる
ものが有り、以下幾つかの事例を挙げる。
①
「当事者としての地域共同体、住民参加」(PHCの原則)
「住民参加」はPHC推進に欠くことのできない条件であるが、途上国においては、
住民参加に思わぬ経費(参加者の交通費、日当等)を要するために活動の展開に躓いて
しまうことがある。我が国の場合は公衆衛生活動に限らず、諸行事への住民の参加を
様々な動機付け(表彰、福引き等)を行いながら実施してきた。
また、愛育班、結核予防婦人会等、地域の保健衛生の向上に大きく寄与した住民組織
は数多い。
22
②
「公平、平等性」(PHCの原則)
保健医療サービスの提供者側が辺地へ出向いてサービスを提供する体制を重視するか、
受益者側が辺地からサービス提供施設に出向いて提供を受ける体制を重視するかが、我
が国のPHC発展の歴史と他の途上国の実態との乖離の顕著な点である。サービス提供
者側の論理では、後者の方が効率的であり、限られた資源がより有効に活用される方策
であるが、我が国では医師による往診、保健婦による訪問指導、検診車による移動検診
など、非効率的でありながらも前者が発達した歴史がある。これらの活動を通じて住民
ニーズが顕在化した地域においては、後になって拠点施設(薬局、診療所等)が開設さ
れ、ある程度の辺地であっても民間ベースで成り立つことができるようになっている。
③
「健康教育」(PHCの基本活動項目)
手洗い慣習の定着
我が国において寄生虫症や食中毒の激減に最も貢献したのは、用便や家畜の世話の後、
調理や食事の前などに手を洗う習慣である。手洗い慣習が根付いた背景には、高い就学
率による学校教育があり、給食時間になると全校児童が一斉に手を洗う、体育などで手
が汚れたら短い休み時間に一斉に手を洗う等、小学校低学年から手洗いの習慣を身につ
けさせてきた。
④
「風土病の予防対策」(PHCの基本活動項目)
蚊・寄生虫の駆除
蚊が媒介する疾患として、熱帯地方ではマラリアが脅威であるが、我が国では日本脳
炎が脅威であった。日本脳炎多発地域では、駆除日を定めて蚊の広域一斉駆除、水田へ
の放魚(ぼうふら駆除)、豚への殺虫剤の噴霧などが住民参加によって行われ、それに
よって媒介蚊の数を減少させている。なお、媒介蚊の激減前には蚊帳による自己防衛が
住民の間に普及していた。
寄生虫症は、人糞を重要な有機肥料として活用していた我が国に宿命的なものであっ
たが、高温によって寄生虫卵を死滅させる改良型便所の普及によって肥料の安全性が高
まった。改良型便所の普及の背景には、学校教育等を通じて寄生虫症への住民の関心が
向けられたことがある。
⑤
「家族計画を含む母子保健」(PHCの基本活動項目)
母子健康手帳
本来は医師の手元にあるものと信じられていた医療記録を受益者に所持させるという
画期的な着眼点のもとに発達した。ただし、手帳本体には最低限の発達チェック項目を
盛り込むにとどめ、自治体負担経費を最小化している。健康教育的な要素は、母子健康
手帳と同時に配布されているスポンサー付きの「副読本」(100 頁程度)や他の媒体(育
児書、家庭医学書等)でカバーしてきた。また、手帳に添付されている妊婦検診の無料
受診券は妊婦を医療機関へ誘導する呼び水として有効に働き、昭和30年代の自宅分娩
23
から施設分娩への大きなシフトを実現できた要因の一つとなっている。
(2)援助リソースの現状
ア)概観
前述のように、戦後保健衛生分野で顕著な成果を挙げ、そのまま途上国に適用できな
いにしても、活用し得る経験、ノウハウは保持してきたところであるが、戦後50年を
経て、実体験として我が国の経験を熟知しているリソース(人材)は、年々減っている
現状がある。
しかしながら、実体験として我が国の経験を熟知しているわけではないものの、現在
公衆衛生に従事している人材は十分援助リソースとなりうると考えられる。
また、国際保健に従事することを動機として、欧米の大学等で公衆衛生を学んだ若手
の人材が増えている状況もある。
イ)必要となる職種
PHCに係る協力活動を行う場合、それに対応する我が国サイドの援助リソースに関
しては、当然のことながら、協力の重点を置く疾病、テーマにより異なってくるが、次
のような職種が必要となる。
医師(小児科、産婦人科等)、保健婦、助産婦、看護婦、栄養士、薬剤師、保健行政、
保健統計、疫学、ジェンダー、医療人類学、環境衛生、IEC(視聴覚教育)、社会学
等
ウ)具体的な国内支援機関
参考までに、過去のPHC関連プロジェクトにおける国内支援機関の事例を幾つか掲
載する。
機関名
国名
プロジェクト名
国立国際医療センター
エジプト
家族計画・母子保健
国立公衆衛生院
タイ
家族計画・母子保健
ケニア
家族計画・母子保健
バングラデシュ
家族計画
インドネシア
家族計画・母子保健
フィリピン
家族計画
フィリピン
公衆衛生(結核対策)
ネパール
プライマリ・ヘルスケア
メキシコ
家族計画・母子保健
家族計画国際協力財団
結核予防会結核研究所
地方自治体
例:埼玉県、沖縄県、青森
県等の保健衛生部
母子愛育会
24
大学関係
(国際保健学教室、公衆衛
生学教室等)
例:東京大学大学院
ルサカ市プライマリ・
ザンビア
ヘルスケア
国際保健学教室
5.JICAにおける援助の教訓
JICAが実施してきた個別案件の評価、あるいは分野別の事例研究等からは、さま
ざまな観点で課題、教訓が提言されているが、その共通項及び今後の案件形成などの段
階で最小限押さえておくべき教訓として以下の点を挙げる。
(1)住民参加
家族計画・母子保健などのように、地域の文化、住民の意識・行動形態に強く影響さ
れるプロジェクトでは、事前調査、計画の段階から、実施すべきサービスや健康教育の
内容、また、事前に評価の方法について住民が参加する中で決定されていくことが望ま
しい。
また、公平・平等の観点及び、協力活動が点というより面的な広がりがあることから、
プロジェクトを推進していく際には、機材の経費よりむしろ、現地における活動経費に
留意していく必要ある。
(2)他分野も加味した案件形成
PHCプロジェクトが必要な地域は、社会開発・保健指標が悪いのが通常である。地
域の持続的な公衆衛生の改善のためには、安全な水の確保、食料(栄養改善含む)の確
保が必要条件である。そのため、包括的アプローチが提唱された所以であるが、環境衛
生、農業開発、初等教育等の分野も考慮した包括的なプロジェクトが果たしてプロジェ
クトとしてうまく機能、管理運営しきれるかどうか、難しい点があるものの、常にかか
るアプローチを意識しておく必要はある。
(3)NGO・住民組織との連携
PHCプロジェクトには、現地 NGO、既存の住民組織との連携・協力は欠かせない。
そのため、協力活動の枠組みの中にかかる組織、集合体を常に考慮し、必要に応じて予
算的サポートも検討していく必要がある。
25
●参照・引用文献
・プライマリ・ヘルス(PHC)の手引き
・プライマリ・ヘルスケアを良く知るために
平成 10 年 2 月医療協力部
平成 11 年 11 月医療協力部
・保健医療協力の実施体制強化に関する調査
平成 11 年 3 月外務省委託調査(IDC)
・地域保健・公衆衛生部門における医療協力のあり方
平成元年海外医療協力委員会地域保健部会報告
・母子保健事業経験体系化研究
平成 12 年国総研
・DAC 新開発戦略援助研究会報告
・ODA 中期戦略
平成 10 年国総研
平成 11 年外務省
・World Development Report 1993
世銀
・Strengthning Development Cooperation for Primary Health Care
26
DAC
Fly UP