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第1章 タンザニアにおける社会政治環境 ∼プロジェクトの背景として
第1章 タンザニアにおける社会政治環境 第1章 タンザニアにおける社会政治環境 ∼プロジェクトの背景として∼ 本事例研究で取り上げるモロゴロ州保健行政強化プロジェクト(MHP)の概要の説明に入る 前に、本章では、当該プロジェクトが要請、形成された時代背景として、タンザニアがどのよう な社会経済状況にあり、どのように保健セクター改革(HSR)、地方分権などの国家開発戦略が 打ち出されてきたのかを概観する。 1−1 社会経済状況 1992年5月、タンザニアでは、革命党の一党支配から複数政党制へ移行し、1995年10月にはこ の複数政党制下において、初めての大統領・国会議員選挙が実施された。タンザニアはアフリカ 諸国の中でも政治的に最も安定している国といわれており、複数政党制導入後も、与党革命党の 主導の下、政治・社会状況は安定的に推移してきた。2000年にはムパカ大統領が再選し、2005年 にはキクウェテ前外務・国際協力大臣がそれぞれ革命党代表として新大統領に就任した。 外交的には、タンザニアは2001年よりケニア、ウガンダと東アフリカ共同体(East African Community: EAC)を構成し、地域協力の強化に努め、2005年1月からEAC関税同盟が発効した。 また、南部アフリカ開発共同体(Southern African Development Community: SADC)において 2003年8月から1年間議長国を務め、主要メンバーとして東部・南部アフリカのバランサーとし ての重要な役割を果たしてきている。また大湖地域全体の安定化のため、ブルンジ、コンゴ民主 共和国における和平実現に向けての外交的なリーダーシップを発揮している。 またタンザニア経済状況は1995年以降、後述するような開発戦略実施によって順調に成長し、 2000年から2004年間の5年間の実質経済成長率は5.8%と高い水準を示している。この成長は主に 金を中心とした鉱業開発によるところが大きく(同期間、同分野での年平均成長率は15.2%)、同 国の労働人口の8割を占める農業部門の同期間の年平均成長率は4.8%にとどまっている。そのた め、全人口の約8割、貧困層の約8∼9割を占める農村部での安定的な発展が当面の課題であり、 成長の恩恵を都市部のみに偏在させることなく、貧困削減が目に見える形で達成されていくこと が重要である。 1−2 貧困削減戦略 1997年にタンザニア政府は国家開発戦略として「貧困撲滅戦略(National Poverty Eradication Strategy: NPES)」を策定し、1999年にはタンザニアにおける長期開発の方向を定めた「ビジョ ン2025」 (生活の質の向上、グッドガバナンスと法の支配の確保、競争力のある経済)を発表した。 これを基本方針として、2000年には他国に先駆けて「貧困削減戦略書(Poverty Reduction and Strategy Paper: PRSP) 」を策定し、翌年の2001年には「貧困削減財政支援(Poverty Reduction Budget Support: PRBS)」を開始した1。続けて、2002年には「タンザニア支援戦略(Tanzania 1 わが国は債務救済無償資金よりPRBSに対し、2002年3月および2003年3月にそれぞれ5億円拠出している。 2004年にはノン・プロジェクト無償の本体資金の投入が決定した。 −1− キャパシティ・ディベロップメントに関する事例分析「タンザニア国モロゴロ州保健行政強化プロジェクト」 Assistance Strategy: TAS)」を、2005年には第二次貧困削減戦略となる「成長と貧困削減のた めの国家戦略(National Strategy for Growth and Reduction of Poverty: NSGRP、スワヒリ語で MKUKUTA2)」を策定した。政策的基盤の整備と並行し、国家開発計画であるPRSP/NSGRPを 実施するために、公共支出レビュー(Public Expenditure Review)や中期支出枠組み(MidTerm Expenditure Framework: MTEF)などの財政的基盤整備や法整備も相次いで行われた。 第一次PRSP(2000)においては保健医療・教育等優先セクターを特定した貧困層への直接的 裨益を目指してきたが、2005年4月の第二次貧困削減戦略では貧困削減の方針を堅持したまま、 「成長と所得貧困の削減」、「生活の質の改善と社会福祉」、「グッドガバナンスとアカウンタビリ ティ」の戦略に焦点を絞り、保健セクターは教育、水、環境とともに、社会福祉サービスクラス ターに統合され、セクター横断的な活動と資金の連携を可能にするための政策的基盤の拡充が課 題となっている。 1−3 セクターワイド・アプローチ(SWAp) 1995年ヘライナーの報告書において、個別プロジェクトの乱立が被援助国側にとって大きな負 担となっていることが批判され、被援助国の政策に合致した形で援助が行われるべきであるとの 指摘がなされた。特に、個別の援助機関によるプロジェクト実施の非効率性や、異なる援助様式 への対応により被援助国中央政府職員が本来業務を遂行する機会を損なっていることなど、ドナ ー主導の開発援助が、被援助国のオーナーシップ醸成の障害となっていることが明確に指摘され た。その結果、タンザニアの主体性を育成するための援助協調が検討され、1998年には、ほかの セクターに先駆けて保健SWApが導入された。その結果、1999年には、地方保健自主財源として 保健セクター・バスケット・ファンド(HSBF)の運用が開始された。 図1−1は、プロジェクト会計と政府一般会計システムの中でどのような段階を経て援助協調 が実施されてきたかを示している。SWApでは「被援助国のオーナーシップとサステナビリティ を形成する」ことが重視されており、予算立案、執行、評価・モニタリングが被援助国の一元管 理の下、行われることが目標とされている。杉下(2006a)は、タンザニアでの保健SWApの導 入の効果として、以下のような点を挙げている。 ・国家の優先課題に沿った開発戦略を、政府と開発パートナーが一体となって実施できる基盤 が整備された。 ・国家目標達成のためのモニタリング・システムを共有することにより、戦略性が明確になった。 ・地方における保健財源を安定的に確保することによって、長期的な展望に立った地域保健活 動の、継続性と自立発展性の基盤となる。 ・政府機能と地方自治体との連携強化によって、セクターを超えた総合的な地域開発を行うこ とができる。 ・国家の一元的な財源管理によって、援助の効率性・透明性を向上し、リソースの有効活用が 期待できる。 ・地方主体の保健活動をプロモートすることによって、現場のインセンティブやモティベーシ ョンを高め、より活発な保健活動の実施が可能となる。 2 MKUKUTAはMkakati wa Kukuza Uchumi na Kupunguza Umaskini Tanzaniaの略称。 −2− 第1章 タンザニアにおける社会政治環境 図1−1 援助協調の段階的実施 政府の一般会計 システム セクター予算計画内での プロジェクト会計 政府へ報告している プロジェクト会計 プロジェクト予算の乱立 断片的な会計システム プロジェクト予算の並列 会計情報の共有 MTEFなどでの プロジェクト予算管理 セクターのプログラム化 セクター予算の二元化 コモンファンドによって補強 されたセクター会計システム セクター主導による コモン・ファンドの設立 セクター会計システムの中で すべての活動が一元化させる セクター予算の一元化 政府会計システム 政府が掌握していない プロジェクト会計 一般財政支援における政府 会計システムの統合 の一元化 出所: 杉下(2006b) 1−4 保健セクター改革(HSR) タンザニアの開発援助において、HSRと地方行政改革計画(LGRP)という2つの大きな改革 が主体的に行われてきたことが重要である(LGRPについては1−5を参照)。本節では、保健政 策の変遷とHSRの重要な基盤を説明する。 1−4−1 保健政策の変遷 1990年初頭のニュー・パブリック・マネジメントの潮流の中で、タンザニア政府は住民のニー ズに応えていくために、中央省庁における構造改革を段階的に導入してきた。1994年、保健福祉 省(MOHSW)は「保健セクター改革政策およびガイドライン(Health Sector Reform Policy and Guidelines) 」を発表し、保健サービスの地方自治体への権限委譲を目的としたHSRをほかの セクターに先駆けて開始した(表1−1)。保健セクターの地方分権化によって、より住民に近 い地方自治体が迅速な保健サービスをコミュニティに提供することを目指し、同ガイドラインで は以下のような課題が掲げられた。 ①保健サービスの提供において、住民を「顧客」とみなし、保健管理チームによる「顧客中心」 のサービスへの視点の転換が必要である。 ②保健サービスの質を担保する計画策定・予算策定・報告プロセスが導入されなければならない。 −3− キャパシティ・ディベロップメントに関する事例分析「タンザニア国モロゴロ州保健行政強化プロジェクト」 ③県保健行政マネジメントチーム(CHMT)には、その都度のニーズに応じて、州保健行政マ ネジメントチーム(RHMT)による技術的・管理上の支援が必要不可欠である3。 ④意欲をもった人材が配置されるべきである。 ⑤適切かつよく管理された保健インフラが必要である。 ⑥十分な予算が確保されるべきである。 ⑦CHMTは住民や保健施設の医療従事者の参加を促し、またアカウンタビリティを果たさなけ ればならない。 ⑧保健サービスの質を評価するツールや標準業務手順が導入されるべきである。 MOHSWは、HSRの推進のための主体的な財政的基盤の整備を行うために、各援助機関に対して 会計報告のない援助国主導の保健プロジェクト予算管理を排し、保健政策に基づいたMTEFに沿っ た財政管理を求めた。その結果、1999年には地方保健自主財源としてSWApによるHSBFが検討・ 導入され、地方自治体が保健活動を主体的に計画、実施していくための財政的基盤が整備される結 果となった。 表1−1 保健セクター改革と周辺政策 開発政策 年次 1991 Public Sector Reform Programs 1993 Civil Service Reform 1994 保健政策 1995 Vision 2025 1997 National Poverty Eradication Strategy 1998 (draft) 1999 Tanzania Assistance Strategy Poverty Reduction Strategy Paper(中期開発計画) (Millennium Development Goals) Poverty Reduction Budget Support 2001 Public Expenditure Review4 MTEF 2002-2004 2000 Health Sector Reform Policy and Guidelines Health Sector Reform Proposal 1996-2000 (SWApの 導入を提言) Proposal for a Sector-wide Improvement Program(SIP) Agreement on Health SWAp Health Sector Strategic Plan 1999-2002 Health Sector Basket Fund Introduction of Comprehensive Council Health Plan National Package of Essential Health Interventions Community Health Fund Tanzania Commission for AIDS (TACAIDS) National Health Policy (改訂版) National Health Insurance Fund (NHIF) Global Fund for AIDS, TB and Malaria (GFATM) Health Sector Strategic Plan II 2003-2008 Poverty Reduction Strategy Paper II(中期開発計画) Emergency Infrastructure Rehabilitation Program Tanzania HIV Indicator Survey (THIS) MTEF 2004-2007 National Strategy for Growth and Reduction of TEHIP tools rollout(half of the districts) Poverty= MKUKUTA (2005∼2010年) Guidelines for the Reform of Regional and District Hospitals Joint Assistance Strategy (draft) Joint Assistance Strategy 2002 Tanzania Assistance Strategy 2003 2004 2005 2006 出所: Cowi et al.(2007)より作成。 3 CHMTおよびRHMTは、州および県の医務官、保健官のほか、州・県立病院のスタッフなどから構成されてい る。県では事実上自治体の保健課を指し、州ではMOHSWの出先機関として県を技術的にサポートする役割を 担っている。 4 ドナー参加によるタンザニア政府の公共支出評価。 −4− 第1章 タンザニアにおける社会政治環境 従来、保健サービスは主に政府によって供給されてきたが、保健システム改革の結果、民間部 門、宗教組織、非政府組織が保健・医療サービスを提供するようになってきた。さらに、タンザ ニア政府は、保健診療の有料化によるによるコスト・シェアリング、コミュニティ保健基金、リ ボルビング・ドラッグ・ファンド、国民健康保険の段階的導入など、保健費の国民負担を増やす ことにより保健財源強化を図っており、財政的な自立発展を目指している。 1−4−2 保健セクター改革(HSR)の3つの基盤 このように、政策的基盤、財政的基盤が整備された結果、地方保健行政における課題対応力と しての脆弱なキャパシティ、特に地方保健行政官のマネジメント能力の不足と州・県保健行政に おける組織能力の未熟さが浮き彫りになってきた(図1−2)。 図1−2 保健セクター改革(HSR)の3つの基盤 政策的基盤 ・Vision 2025 ・PRSP(MKUKUTA) ・JAST ・国家保健政策 など 財政的基盤 ・中期支出枠組み(MTEF) ・LGCDG(地方自治体開発交付金) ・県による自主財源確保 (住民によるコスト・シェアリングなど) マネジメント基盤 ・州・県保健局の 機能明確化 ・制度整備 ・計画策定能力強化 ・組織能力強化など SWAp ・援助協調によるSWAp導入 ・SWAp実施によるバスケット・ ファンドへ地方自治体が アクセス可能 ■タンザニア国第二次貧困削減戦略(2005-2010年)における目標 ①乳児死亡率が低下する (2010年: 50/1,000) ②5歳未満児死亡率が低下する (2010年: 79/1,000) ③5歳未満児の死因に占めるマラリアの比率が低下する (2010年: 8%) ④妊産婦死亡率が低下する (2010年: 265/100,000) 出所: 杉下(2006b)より作成。 1−5 地方行政改革計画(LGRP) 1−5−1 地方行政政策の変遷 1972年、タンザニア政府はそれまで続いていた地方自治体を廃止した。それは有能な行政官の 不足、予算の不正支出、中央政府によって整備された社会インフラの維持管理能力の欠如、行政 官のマネジメント能力の欠如などが理由であった。その後、1972∼1984年の間、中央集権制とな ったが、官僚主義的、非効率的、非能率的なシステムとなり、人々の生活水準は低下し、運営維 持管理コストの高騰による社会経済サービスの悪化を招き、保健サービス受診者の減少による疾 病率、罹患率の増加や、初等教育在籍者数の減少による識字率の低下が認められた。1984年、中 央政府は、法改正を伴う地方自治体の再建に着手し、地方自治体による行政サービスが再開された。 −5− キャパシティ・ディベロップメントに関する事例分析「タンザニア国モロゴロ州保健行政強化プロジェクト」 しかしながら、1980年代から1990年代に実施された構造調整計画により公務員が大幅に削減された ために、人材不足に陥り、直ちに地方公共サービスの質を向上させることは不可能であった。 1998年、Policy Paper on Local Government Reformにより権限委譲による地方分権化 (Decentralization by Devolution: D by D)が明確にされ、地方自治体への人事、財政などにかか る権限委譲、行政システムの再構築が目標として掲げられた(表1−1)。これを受けて、2000 年にはLGRPが発令され、保健、教育、水、農業、道路セクターと並んで、地方行政における構 造改革も貧困削減に向けた戦略の柱として示された。LGRPでは以下のような目標が示された。 ・自立権限を有する地方自治体制度5 ・資源(特に資金・人材)を有する地方自治体制度 ・民主的に選出された指導者による地方自治 ・開発計画・実施への住民参加を可能とする地方自治 ・地域ニーズを反映した制度 ・透明性・アカウンタビリティを確保した自立制度 また、地方への権限委譲に関して、各地方自治体に対し以下の事項が要求された6。 ・公共サービスの質の向上に向けた包括的な戦略と目標設定 ・パフォーマンスを測る指標の設定 ・パフォーマンスの格差の原因の特定 ・地域住民へのサービス裨益のための、戦略的な資源(資金、人材)の投入 ・決定プロセスにおける民主主義の推進 上記事項の達成のための具体的な行動計画として、Midterm Plan and Budget 2005-2008 (MTP05-08)において以下のような活動方針が示された。 ・権限委譲による分権化のメインストリーミング(D by D) ・財政分権化(Fiscal Empowerment) ・自治体レベルでの人材育成(Human Resource Empowerment) ・法整備(Legal Framework) ・自治体の構造改革(Restructuring Local Government Authorities(LGAs)) ・ガバナンス(Governance) ・地方自治庁および州行政府の能力開発(PMO-RALG & RS Capacity Building) 上述の項目を踏まえた上で、各種公共サービスの提供は中央政府から地方自治体に委譲されて きた。省庁間の足並みの乱れもあり、法整備や人事権の委譲が円滑に進んでいない側面もあるが、 国家開発計画(PRSP、TAS、MKUKUTAなど)と整合する形で、LGRPを推進するためのバス ケット・ファンドなどの財政的基盤が地方自治省内部に設立されてきている。 5 タンザニアにおいては、州レベルには地方自治体はなく、中央政府の出先機関である州行政府が設置されてい る。 6 PMO-RALG(2004)p.5 −6− 第1章 タンザニアにおける社会政治環境 1−5−2 地方行政改革(LGRP)による保健サービスの地方分権化 2000年から実施されたLGRPにより、中央政府と地方自治体の役割が整理され、中央政府は政 策策定を行い、各種事業の計画・実施・モニタリングを含む行政サービスの提供は地方自治体が 担うことが明確にされてきた。保健セクターにおいても、保健医療サービスの実施主体が地方自 治体に委譲され、人事の権限委譲によって、保健セクター人材はMOHSWから地方自治体へと異 動となった。また、地方分権化に伴って中央省庁間の役割分担も変化し、地方自治省には地方財 源管理とサービス提供が、MOHSWには技術支援と人材育成の機能強化が求められてきた。 図1−3は、地方分権化に伴ってその役割が変更となったアクターの関係図を2001年と2005年 で比較したものである。地方分権化以前は、MOHSWが政策策定からサービス実施まで一貫して 責任を持っており、CHMTはMOHSWの出先としてサービスを実施していた。地方分権化後は、 MOHSWが政策を策定する点は変わらないが、地方におけるサービスは県が独自に行い、行政マ ネジメント全般の監督・指導責任は大統領府地方自治庁(PO-RALG、現在は首相府地方自治庁 (Prime Minister’s Office-Regional Administration and Local Government: PMO-RALG))が担 うことになった。MOHSWは技術的な監督・支援機能に変化してきている。 HSBFの設立時には制度設計上、中央政府の一部であるRHMTへのHSBFからの予算配分は計 画されていなかったが、次第に州政府の県政府に対する指導監督業務などの自主活動が求められ てきたことを背景に、2005年にはRHMTへのHSBFの拠出が可能となってきた7。 図1−3 地方保健サービスにおける州の役割の変化(2001∼2005年) 2001年 2005年 中央政府 中央政府 MOHSW MOHSW PO-RALG HSR 政策策定 PO-RALG HSR 政策策定/普及 RHMT RHMT HSR 政策普及 HSR 政策指導監督 地方行政 地方行政 CHMT 保健セクター・ バスケット・ファンド HSR 政策実施 CHMT HSR 政策実施 出所: 杉下(2006b) 7 MHP実施中は、実際にはRHMTへ各県の巡回指導への費用は分配されていない。 −7− キャパシティ・ディベロップメントに関する事例分析「タンザニア国モロゴロ州保健行政強化プロジェクト」 このようにMHPはHSRの推進のために形成されたが、LGRPの進捗に伴って、州政府の役割が 再考され、県の管理者から県の共同実施者へと変化してきたために、MHPの活動も中間評価以 降、州の組織強化に関連するマネジメント強化のための活動が求められるようになった。 上記の2つの主要な改革を背景に、MOHSWは政策的・財政的基盤の整備にもかかわらず、な かなか地域住民の求める保健サービスの提供に結びつかなかったという事実を受け止め、州およ び県保健行政組織のマネジメント能力強化を推進することを優先的に実施する方針を打ち出し、 JICAに対し、モロゴロ州における州−県連携のモデル構築を期待した。しかしプロジェクト期 間では、州へ権限は委譲されたものの、県政府と比較して州政府への予算措置が円滑に行われな かったためにモデルの構築には時間がかかってしまった。 Box 1−1 「予算がありません…」 (前半)∼あなたなら、どうする?∼ ある日、「予算がないので、次回の作業部会には行きません。」というメッセージが私 の携帯電話に入りました。私が担当していたモニタリング・評価(Monitoring and Evaluation: M&E)ワーキング・グループ(WG)のメンバーからでした。 プロジェクトの最終年。プロジェクト終了後の自立発展性を考え、プロジェクト活動 にかかる日当宿泊費(Dairy Subsistence Allowance: DSA)の一部負担(コスト・シェア リング)をプロジェクトは各県に要求していました。プロジェクトの最終成果品として M&E WGでは、District Health Management Handbookを編纂している最中であり、メ ンバー全員が執筆を分担していました。 各県からの代表者を集め2∼3日の日程で実施されるWGは、多くても月1回のペース。そして、プロジ ェクトの終了時までに予定通りハンドブックを完成させるためには、あと数回しか集まる機会がありません。 いずれの機会も貴重であり、成果品の完成のために執筆を担当しているメンバーの参加は必要不可欠の状況 でした。 「成果品の完成を考えたら、プロジェクトが日当宿泊費を負担してもメンバー全員に参加してほしい。」 これが、担当者である私の本音でした。一方で、「県やCHMTの中で費用負担に問題があったら、担当者で ある私に率直に相談してほしい。」これも私の本音であったことも事実です。 プロジェクトを運営していると、このような日当や宿泊費がらみの問題は日々起こります。そして、「マ ネジメント能力の向上」を目指しているCD事業においては、このような日常的に起こる小さな事件の積み 重ねが、現場での生きた「教訓」集であると実感しています。 さて、あなたがこのような状況で専門家として判断を求められたら、どういう対応をしますか? そして、CPには、どのような対処方法を期待しますか? (文責:福士恵里香、元MHP専門家) (Box 2−2 (p.24)につづく) −8−