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アジア通貨危機と IMF 小浜裕久(静岡県立大学) 1944年7月のブレトン
小浜裕久「アジア通貨危機と IMF」-1 アジア通貨危機と IMF 小浜裕久(静岡県立大学) 1944年7月のブレトン・ウッズ会議で国際金融システムの安定を確保す るためにIMFは設立された.国際金融システムの安定が、世界経済の発展に、ひ いては世界平和の必要条件であることに異論はない.しかしIMFは時に間違いを 犯す. 長い時間的スパンで見ると、ソブリン(sovereign loans)でもデフォ ールトしている.にもかかわらず、銀行は短期的視点から途上国政府に「貸し 込んで」、「ソブリンがデフォールトするとは思わなかった」と言う.1982 年の メキシコ危機では、やはり「ソブリンがデフォールトするとは思わなかった」 であり、最初は IMF も、 「ソルベンシー(solvency=構造的資金不足)問題でな く、リクイディティ(liquidity=短期的流動性不足)問題である」と危機の原 因を誤った.しかし、徐々に構造的問題であり、それを改革しないことには、 ラテンアメリカ累積債務問題は解決しない、ということが分かってきた.そこ での教訓がマクロ・ファンダメンタルズ論であり、構造調整論であった. 今から考えれば、1997-98 年のアジア危機ではそのようなアプローチで は問題に対処できなかったにもかかわらず、1980 年代と同じような処方箋で IMF は対応を間違った.当時 IMF の専務理事であったカムドゥッシュは「21 世紀型 危機」と言いつつ 15 年前のフレームワークで対応して失敗したのである.IMF のケーラー専務理事(当時)は、2000 年のスピーチの中で、 「東アジア経済危機」 に対する対応に誤りがあったことを認めている. 経済学も国際機関も、どうも危機を後追いしてきたように見える.先に 述べたように、1982 年のメキシコ危機の原因は、当初、短期の流動性不足と考 えられたが、実際は、構造的に債務返済が出来ない状態であった.現在では、 1982 年メキシコ危機がソルベンシィの問題であったということに異論を唱える 論者はいないだろう.これらの経験がベースとなって、マクロ・ファンダメン タルズの適正化という「ワシントン・コンセンサス」が構造調整の主役となり、 危機に対する処方箋となったのである. しかし、ファンダメンタルズの悪化がなくても危機は起こる.対外債務 の借り手も、1990年代半ばのメキシコのテソボノスの場合は国だったが、1997 年のタイの場合は民間企業であった.金融部門の非効率性が絡んでいる場合、 小浜裕久「アジア通貨危機と IMF」-2 危機からの脱却は時間がかかるし、インドネシアのように政治的要因が大きい と、さらに混乱は長くなる傾向が強い. ウォール・ストリートが言う様に、アジア諸国の経済構造が脆弱だったこ とが危機の原因であるとか、マレーシアのマハティール前首相が言うように、 ヘッジファンドが通貨危機を仕掛けたと言い合ってもあまり意味はないだろう. 対外的要因と国内的要因が複雑に絡み合ってアジア通貨危機は起こったと考え るべきである. IMF が危機以前に声高に主張していたように、長い目で見れば、国際資金 移動の自由化が経済発展にとって望ましいのはその通りだろう.しかし、国内 企業の過度の海外借り入れをチェックする制度がないまま短期の資本移動を自 由化することは、アジア通貨危機が象徴するように、危険なことであった. 危機に見舞われた国は、マレーシアを除いて IMF に緊急融資を求めた.IMF は、金利の引き上げ、財政収支改善のための補助金のカットなど、旧態依然た る条件を付けて融資に応じたのである.確かに危機に見舞われた国の経常収支 は改善した.しかし、それは輸出の拡大によってではなく、経済の収縮による 輸入の減少によってもたらされたものだった.インドネシアでは、経済危機と 政治危機の悪循環まで生じたのである. IMFのデ・ラト専務理事も2006年2月のスピーチで、「世界は変わって いる.IMFもそれに伴って変わらなくてはならない.大量の資金移動や比較優位 構造の急激な変化に象徴される21世紀のグローバリゼーションは、新しいチャ レンジであり、加盟国がそのようなチャレンジに適応するためにIMFは手をさし のべなくてはならない」と言っている. この報告では、これまでの歴史的現実からの教訓に基づいて、通貨危 機・経済危機を起こさせない、あるいは起きてもその被害を出来るだけ小さく するための制度的改革について分析している. アジア諸国では金融制度改革も進み、経常収支も改善し、外貨準備も大き く積み増されている.例えば、1990 年代末に 2000 億ドル程度だった中国の外貨 準備は今では1兆 3000 億ドルにまで増加し、日本を抜いて世界最大の外貨準備 保有国となった.危機に対処すべき制度的枠組みが不充分な場合、一種の「保 険」として外貨準備を積みますという考え方は理解できる.しかし地域通貨協 力の方が、近隣諸国間の信頼関係が前提となるが、コストは安くてすむだろう. 世界経済はアメリカの大幅な経常収支赤字という大きな問題を抱えてい 小浜裕久「アジア通貨危機と IMF」-3 る.アメリカ経済の貯蓄不足構造は歴然としている.バーナンキ FRB 議長が主 張するように、通貨危機の反省としてアジア途上国の政策が「安全をみる」方 向にかわり、貯蓄超過をもたらす方向にシフトされ「過剰貯蓄」が生じたとい う側面はあるだろう. 中国も日本も外貨準備の大半はアメリカ財務省証券であり、短期的にユー ロなど他の通貨にシフトさせることは、ドル価値の下落を招いて「自分の首を 絞める」ことになるので考えにくいが、長期的に、外貨準備の多様化が進むこ とは間違いない.