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鉱物資源価格の動きとランド相場 (南アフリカ)
http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html 2011 年 5 月 24 日 株式会社日本政策金融公庫 国際協力銀行 ロンドン駐在員事務所 鉱物資源価格の動きとランド相場 (南アフリカ) 米ドルなど先進国通貨が緩和的な金融政策を背景に通貨安になる一方、南アフリカやブラ ジルをはじめとする新興国は巨大な資金流入等によって通貨高に直面した。また、南アフリ カでは、ズマ政権発足直後から、支持母体である COSATU や産業界が、ランド相場をめぐ って、政府・準備銀行を批判してきた。 ただし、南アフリカにおいては、経常収支の赤字を資本収支の黒字、とくに証券投資の流 入で穴埋めしており、即座に資本流入規制に踏み切れない。また、突発的なリスク回避的な 動きによる資本流出、それに伴う急激なランド安にも十分留意する必要がある。 10 年こそ経常収支の大幅改善1がみられたものの、IMF 等の予測にもあるように今後、経 済成長に伴う輸入の増加を通じて、貿易収支の悪化、つまり経常赤字の拡大が予想される。 その場合にはランド安に歯止めがかからない可能性もある。 今回は、ランド相場の最近の動向について、市場関係者等からヒアリングした情報と報道 を含む公表資料等をもとに報告する。 ランド相場 南アフリカ準備銀行によると、南アフリカの通貨である「ランド」の 1 日当たり平均取引 量は 130 億ドル程度である。取引主体をみると、非居住者による取引の割合が上昇傾向にあ り、75%程度を占めている。輸出入業者を中心とする「その他居住者」による取引が全体に 占める割合は 10%程度となっている。ランドの取引形態は、スワップ取引が全体の 70%程 度を占めており、直物取引は 20%程度、先物取引は 10%程度となっている。 Investec Securities のブライアン・カンター氏は、 「ランドの動向は、南アフリカ国内要因 を追いかけていても分かりづらい。国内で政府や準備銀行がどのような政策を採用しても、 ランド相場へのインパクトは小さく、ベクトルを変えることができない場合が多い。むしろ、 1 詳細は 11 年 5 月 10 日公表の「経常赤字は 7 年ぶりの低水準に大きく改善」を参照されたい。 1 欧米の経済情勢や経済政策の見通し、それに伴うリスク許容量の増減、金・プラチナなど鉱 物資源価格の動向で分析するほうが説明しやすい」としていた。 金融危機以降のランド相場の概要 ランドの対ドル相場は、08 年 9 月以降、世界的な金融危機の深刻化に伴い、海外投資家の リスク回避の動きなどから下落した。09 年 3 月、国際金融情勢が落ち着きを取り戻し始める と、ランドは上昇に転じ、1 ドル=10 ランド台だったランド相場は 09 年下期には 7 ランド 台になった。背景としては、米ドルなど先進国通貨が緩和的な金融政策を背景に通貨安にな る一方、南アフリカやブラジルをはじめとする新興国に巨大な資金が流入したことが挙げら れる。 09 年 11 月下旬にいわゆるドバイショック、10 年入り後にギリシャ財政問題が表面化する と一時ランドは売られるなど散発的な反応がみられたものの、概ね安定的に推移した。10 年 7 月から 8 月にかけて、欧州のストレステストの結果等が好感され、世界経済への楽観とリ スク許容量の高まり等を受けて新興国通貨が堅調推移する中、サッカー・ワールドカップ開 催や経済指標の好転もあって、ランドも上昇を続けた。その後、南アフリカ国内において大 規模ストライキが相次ぎ、自動車産業や鉱業など南アフリカの輸出部門への影響が懸念され、 一時ランドは下落したものの、FRB による追加緩和期待を背景にドルが全面安になる中、ラ ンドは再び上昇に転じた。 〔図表 1〕為替の推移 (ドル) (ユーロ) 8.5 6.5 9.0 ユーロ 9.5 7.0 10.0 10.5 7.5 米ドル 11.0 11.5 8.0 12.0 09年9月 09年11月 10年1月 10年3月 10年5月 10年7月 10年9月 10年11月 11年1月 11年3月 11年5月 (注)ドルは左軸、ユーロは右軸 (出所)ブルムバーグ 2 南アフリカでは、ズマ政権発足直後から、支持母体であるCOSATUや産業界が、ランド相 場をめぐって、政府・準備銀行を批判してきた。とくに、COSATUは、「ランド水準が高過 ぎるがゆえに、国内産業が国際競争力を失っている」との懸念を表明していた。10年9月に、 COSATUは、経済政策に関する政策提言を公表し、その中でランド安誘導の必要性を改めて 主張した。BRICsの1つであるブラジルも先進国からの過度な資本流入に頭を悩ませ、レアル 相場の安定のため、資本流入規制を採用していた。こうした動きがある中、クガニャゴ財務 次官、モトランテ副大統領といった政府高官が相次いで、トービン税や資本流入規制の導入 を否定した。また、マーカス準備銀行総裁も「足許のランド高は、莫大な資本流入だけが原 因ではなく、米ドルの弱さにも起因している。また、通貨高は南アフリカに限ったものでは なく、新興国共通の問題である」とした。こうした発言が、「政府によるランド高容認」と 解釈され、さらに、ドル安圧力、金・プラチナの急騰も加わり、9 月28 日以降は1ドル=7.00 ランドを上抜けた。 〔図表 2〕 金とプラチナの価格指数の推移 1600 2000 1500 1900 1400 1800 1300 1700 1200 1600 1100 1500 1000 1400 (注)実線が金で左軸。点線がプラチナで右軸 (出所)ブルムバーグ 10年10月のG20財務大臣会合の前後は、ランド相場は方向感のない膠着状態が続いた。そ の後、中期財政政策に関する声明において、外貨準備の積み上げや外貨規制の緩和が明記さ れたことで、ランド売りが懸念された。しかし、財政政策の左傾化の回避が確認されたこと で、ランドは逆に上昇に転じた2。 11 月以降は、アイルランドにおけるソブリンリスクの高まりなど欧州経済の先行き不透明 感が高まったことが、リスク回避的な動きに繋がり、また金・プラチナが急反落したことも 2 ズマ政権は、COSATU など左派勢力と連携しているため、政権発足当初から、政策の左傾化、財政赤字の 拡大が、市場関係者の間では懸念されている。 3 あって、ランド相場は軟調推移が続いた。 10 年末から足許までのランド相場 ランドの対ドル相場は、10 年 11 月 26 日の 1 ドル=7.159 ランドを底に上昇に転じた。12 月 2 日には 7.0 ランドを上抜け、12 月 17 日までは、直近の平均的な水準である 6.9 ランド を挟んで方向感のない動きとなった。このころ、 「市場で特段材料がなくなったため、今まで 材料視されなかった国内経済指標などを材料に反応することが予想される」、 「年末に向けて、 悪材料が見当たらなければ、ランド上昇が続く可能性がある」との声もあった。結局、12 月 下旬は、 「国内市場に年内の取引終了の雰囲気が漂うと、ランドが理由もなく、急騰し始めた」、 「金・プラチナの上昇に連動してランドも上昇を続けた」との声が聞かれたように、12 月 20 日以降ランド相場は上昇し、22 日には 6.7 ランド、28 日には 6.6 ランドの壁をあっさりと超 えた。しかし、こうした荒れた動きは、年末年始の薄商いで流動性が低かったことが主因と みられる。 〔図表 3〕10 年末以降の為替の推移 (ドル) (ユーロ) 8.5 6.5 米ドル 9.0 ユーロ 7.0 9.5 7.5 10年11月 10.0 11年1月 11年3月 11年5月 (注)ドルは左軸、ユーロは右軸 (出所)ブルムバーグ 11 年 1 月 3 日に、1 ドル=6.61 ランドの高値となった後は急落した。市場での取引量が回 復するにつれ、ランド安方向への調整が加速し、14 日には金価格の大幅下落を受けて、さら に下落速度を加速し、1 月 20 日に 1 ドル=7.0 ランドを下抜けた。 7 ランド台となった後も、年末年始の理由なきランド高を調整するかのような下落をみせ、 北アフリカの政治的混乱等も材料視され、1 月 28 日には 7.1 ランド、2 月 3 日には 7.2 ラン 4 ド、14 日には 7.3 ランドの壁を次々クリアし、15 日には 7.311 ランドを記録した。こうした 値動きについて、市場関係者の一部では、 「北アフリカの政治情勢は、同じアフリカ大陸でも 南アフリカには全く関係ない」との指摘もあった。 その後、ズマ大統領が雇用創出を重視した一般教書演説をしたこと、エジプトのムバラク 大統領が辞任を表明して地政学的リスクが低下したこと、それに伴うリスク許容量の拡大、 10 年第 4 四半期の失業率が予想外に改善したこと、等が材料視され、ランド相場は上昇に転 じた。2 月 28 日には 1 ドル=7.0 ランドを上抜けた。 なお、2 月のプラチナ価格は 1800(ドル/トロイオンス)から 1850 ドルの間で上下していたが、 金は堅調推移であった。 〔図表 4〕 10 年末以降の金とプラチナの価格指数の推移 (単位:ドル/トロイオンス) 1600 1900 1500 1800 1400 1700 1300 1600 10年11月 10年12月 11年1月 11年2月 11年3月 11年4月 11年5月 (注)実線が金で左軸。点線がプラチナで右軸 (出所)ブルムバーグ 3 月入り後は、金価格が方向感のない動きをみせていたこともあって、1 ドル=6.8 から 6.9 ランド内で一進一退の動きをみせていた。しかし、東日本大震災の影響を受ける形で、3 月 16 日、17 日にランド相場は急落し、それぞれ 7.077 ランド、7.102 ランドとなった。市場関 係者の間では、震災後の円の急騰の余波と受け止められた。その後、G7 による協調介入を受 けて、ランド相場は再びランド高基調へと戻った。とくに、金価格が高値圏にあってなお上 昇したこともあって、ランドは上伸し、3 月 31 日には 1 ドル=6.8 ランドを上抜け、4 月 1 日には 6.7 ランドをも上抜けた。4 月 8 日には 1 ドル=6.63 ランドを記録したが、ランド相 場の頭打ち感等から反落に転じ、6.80 ランドを挟んだ調整局面に入った。しかし、金価格が 4 月 20 日に 1500 ドルを超えてもなお続伸する動きをみせると、ランド相場も連動して上昇 し始めた。さらに、世界各国でイースターホリデー等大型連休に入ると、薄商いによる流動 性の低下も加わって、ランド相場は 1 ドル=6.60 を上抜けて、4 月 29 日に 6.57 ランド、5 月 2 日に 6.58 ランドと年初来最高値をつけた。他方、金価格も史上最高値を更新し、4 月 29 5 日には 1563.7 ドルを記録した。 しかし、貴金属の上昇を先導してきた銀について、4 月 29 日、シカゴ・マーカンタイル取 引所が銀先物取引にかかる最低証拠金を引き上げたため、それが市場で嫌気されると急落に 転じた。銀の急落に合わせ、金価格も急落し、5 月 5 日には 1500 ドルを割り込んだ。プラチ ナについても 4 月 29 日には 1873 ドルまで上昇していたが、5 月 5 日には 1800 ドルを割り 込んだ。これは、金・プラチナが長期にわたって上昇を続けていたため、銀先物反落を材料 にして、利益確定売りがみられたとの指摘がある。ランド相場も金・プラチナ等鉱物資源価 格の下落を反映するように下落に転じ、5 月 5 日には 6.70 ランドを下抜け、11 日には 6.89 ランド、12 日には 6.90 ランドまで下落した。 ランド相場をめぐる様々な議論 こうした鉱物資源価格の連鎖的な急反落を「鉱物資源バブルの崩壊」とみる市場関係者も いた。しかし、BRICs 諸国をはじめ、多くの成長著しい新興国において、資源重要の高まり に変化がないこともあって、 「一時的なショックにすぎない」、 「ヘッジファンドなど投機的な 動きを反映したものに過ぎず、長期的にみれば、資源価格は上昇を続ける」との見方も根強 い。 このため、ランド相場についても、金・プラチナ価格の続騰を背景に上昇するとの見方も ある。また、ECB の利上げ等、先進国が利上げ局面に入れば、新興国との金利差が縮小され、 金利差を背景とした新興国への資金流入に歯止めがかかるとみられる。ECB のクレッカース 経済総局次長に、南アフリカ等新興国の不満(前述)について感想を尋ねたところ、 「新興国 通貨が政府・中央銀行の予想以上に通貨高に見舞われたことは事実である。しかし、ECB 等 先進国の中央銀行が自国通貨を安くするために金融政策運営をすることはない」とのことで あった。しかし、ドイツの好調な経済情勢は、 「ギリシャ等の財政不安を背景としたユーロ安 の恩恵」との見方は欧州の市場関係者の間でも定着している。こうした点について、南アフ リカの市場関係者の間でも「ユーロ安による輸出増加でドイツが潤い、周辺国にその効果が にじみ出ている。他方、南アフリカはその反対で、ランド高によって、国際競争力を失った」、 「南アフリカの準備銀行も低金利政策を導入するなどして、先進国の独り勝ちを許すべきで はない」との声が挙がっている。 なお、マーカス準備銀行総裁は「欧州経済の先行き不透明感が払拭されないこと」を南ア フリカ経済のリスクのひとつとしているが、クレッカース ECB 経済総局次長は、 「11 年第 1 四半期は各国とも、期待以上の成長率となった。スペインの金融についても金融監督庁がし っかりと監督しており、心配はしていない」としている。また、 「むしろ、世界経済が懸念す べきは、①北アフリカに端を発した政情不安から、原油価格のボラティリティが拡大するこ と、②日本の震災の影響で計画通り部品等が調達できないこと、であろう」とのことであっ た。②については、 「放射能汚染されていないことが証明できないモノは輸入できない」とい ったことをいう国もあり、震災にかかる風評被害も懸念されている。 6 上記から総合的に考えると、ランド相場に直接影響のある事象は、南アフリカ国内には現 在のところ見当たらない。市場関係者の間では、「5 月の MPC も市場の予想通り、政策金利 を据え置いており、当面は材料がない中、方向感のない動きになるのではないか」との声も きかれる。 このレポートは、国際協力銀行ロンドン駐在員事務所が信頼できると思われる情報ソースから入手 した情報・データをもとに作成したものですが、本レポートに記載された情報の正確性・安全性を 保証するものではなく、また、国際協力銀行の見解を示すものではありません。本レポートは情報 提供のみを目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するものではありま せん。なお、本レポートの全部または一部を予告なしに変更することがあります。 7