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中長期の国際エネルギー需給展望のなかでの石炭の

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中長期の国際エネルギー需給展望のなかでの石炭の
SERC Discussion Paper:
SERC09012
中長期の国際エネルギー需給展望のなかでの石炭の位置付け
星野優子, 杉山大志
社会経済研究所
Abstract:
中長期のエネルギー需給見通しは、足元の需給動向や国際エネルギー世論動向の影響を
受け、数年単位で大きく変動する傾向にある。本稿では、将来のエネルギー需給における
石炭の位置づけが、その時々のエネルギー・環境をめぐる世論動向にどのような影響をう
けているかについて分析した。
IEA、米国エネルギー省(US Department of Energy; DOE)の2つの機関の複数の時点での将
来見通しをとりあげて、そのレファレンスケースで示されている世界のエネルギー需給の
なかでの石炭の位置づけをみた結果、2000年以降のわずか数年の間に、地球温暖化、エネ
ルギー・セキュリティの両面から、質的にも量的にも大きな変化があったことが確認され
た。
2009年6月現在に関して言えば、長期のエネルギー需給に関する世論は、低炭素社会へ
と向かうシナリオが議論の前提になる傾向にある。特に石炭に関しては、温暖化防止の観
点から、そのエネルギー・セキュリティへの貢献が十分に評価されにくい状況である。し
かし、過去にもそうであったように、世界情勢の変化は、しばしばシナリオで想定したも
のとは全く異なる現実を引き起こす。したがって、エネルギー・環境政策を検討するにあ
たっては、より多様な将来像(将来シナリオ)に基づいたバランスのとれた政策を立案す
ることを忘れてはならない。
免責事項
本ディスカッション・ペーパー中,意見にかかる部分は筆者のものであり,
(財)電力中央研究所又はその他機関の見解を示すものではない。
Disclaimer
The views expressed in this paper are solely those of the author(s), and do not necessarily
reflect the views of CRIEPI or other organizations.
Copyright 2009 CRIEPI. All rights reserved.
図による要約
図 世界エネルギー需給展望における石炭の位置付け
-一次エネルギー供給に占める石炭のシェア, IEA, World Energy Outlook 隔年版-
本稿の分析をこの図に要約した。
この図は、世界エネルギー機関(IEA)の世界エネルギー見通し(World Energy Outlook)において最もよ
く参照されるリファレンス・ケースを例に、一次エネルギー供給全体に占める石炭のシェアの見通しが、発
表年によって変動していることを示した図である。
黒実線は実績値である。これに対して、IEA2000~IEA2008は、各年版報告書の見通しであるが、これはど
のように変化してきただろうか。
まず、2000年~2004年の間は、IEA2000(緑)、IEA2002(橙)、IEA2004(青)と、IEA 見通し発表のたびに、石
炭のシェア見通しが引き下げられている。この背景には、1990年代の欧米における電力自由化や北海ガス
田、ソ連崩壊後のロシアからのガス供給増加で進んだ天然ガスシフト(ダッシュ・フォー・ガス)、地球温
暖化問題への関心の高まりなど、一連の出来事により、石炭から天然ガスへのシフトが進むだろうという世
論傾向があった。
ところが、2004年のハリケーン・アイヴァンをきっかけに始まった原油価格高騰を契機に、世界的に資源
ナショナリズムが高まり、エネルギーセキュリティがより重視されるようになった。この世論傾向を反映し
て、IEA2004(青)、IEA2006(赤)、IEA2008(茶)と、2004年以降の IEA 見通しにおいては、石炭のシェアの見通
しは、上昇に転じている。
図から、足元の事件や市場動向は、2~3年遅れて、将来シナリオの方向性に影響してきたことがわか
る。
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1.はじめに
政府機関・国際機関が定期的に公表するエネルギーシナリオ・需給展望は、そのときの
社会情勢を反映し、大きく変動する。
1990年代から2000年にかけては、長期的に、天然
ガス、再生可能エネルギーの活用で、水素社会へ移行していく世界をイメージし、原子力
もその役割を徐々に終えていくというシナリオが多かった。ところが、その後、中国をは
じめとするいわゆる BRICs(ブラジル、ロシア、インドおよび中国)経済の急成長による
エネルギー需要の急増、2001年の米国同時多発テロを契機に、増大するエネルギーをどう
確保していくか、エネルギーセキュリティをどう確保していくか、が大きな関心事となっ
た。
例えば2002年に発表された国際エネルギー機関(International Energy Agency; IEA)の世界エ
ネルギー需給展望の Reference ケースでは、依然として天然ガス、再生可能エネルギーの
伸びを高くみているが(天然ガス2.4%、再生可能エネルギー3.3%)、2003年の欧州連合
(European Union; EU)の “World Energy, Technology and Climate Outlook 2030 -WETO –” で
は、徐々に拡がる天然ガス供給への不安を背景に、天然ガスへの依存がエネルギーセキュ
リティ上、どのようなリスクを持つのかについてシミュレーションを行っている。エネル
ギーセキュリティの観点から以前の天然ガス・再生可能エネルギー、水素社会を見直して
みると、天然ガス価格の高騰、増大するエネルギー需要を賄うだけの再生可能エネルギー
エネルギーの確保の困難さ、水素関連技術の未成熟、などいろいろな問題点が露呈してし
まったのである。
このような中で、化石燃料、特に資源量が豊富で地政学的リスクも少ない石炭が見直さ
れるようになった。背景には、炭素貯留(Carbon Capture and Storage; CCS)も含めたクリ
ーンコール技術の進歩により、温暖化制約下での石炭利用に技術的な可能性が開けたこと
が大きく寄与している。しかし、バレル150ドルにも迫る原油価格高騰がいくぶん沈静化し
た現在、再び石炭に対する見方も変わる可能性がある。
以下では、中長期のエネルギー見通しの結果は、足元の需給動向や国際エネルギー世論
動向の影響を受け、数年単位で大きく変動するものであるという点について、石炭の位置
付けに焦点を当て、IEA、米国エネルギー省(US Department of Energy; DOE)の2つの機関の
複数の時点での予測数値を用いて見ていきたい。
2.IEA、DOE の世界エネルギー需給展望での石炭の位置づけ
2.1 IEA,DOE の世界エネルギー需給展望の特徴
IEA(国際エネルギー機関)では、毎年秋に、向こう20~30年の世界エネルギー需給展望
(World Energy Outlook)を発表している。2年に一回、包括的な需給展望が行われ、中間年
は、その時々のトピックスを中心とした分析と展望が行われている。2年に一度の outlook
は、エネルギー産業、市場関係者のみならず各国のエネルギー政策決定者に最も広く参照
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される、世界エネルギー需給展望である。トップダウンのエネルギーモデルに加え、2050
年までのエネルギー技術展望(Energy Technology Perspective)によるボトムアップ情報と、
政策についてのシナリオを加味して予測が作成されている。シナリオは、現在のエネルギ
ー政策を前提に、現時点で変更が予定されている政策までを含んだリファレンスシナリオ
と、代替的な政策の実施を織り込んだ代替シナリオの複数で構成される。このうち、本稿
では、エネルギー政策議論の共通の土台として、より参照されることの多いリファレンス
シナリオを分析対象とする。
DOE(米国エネルギー省)EIA(エネルギー情報局)でも、毎年夏に、向こう20年程度の世
界エネルギー需給展望(International Energy Outlook)を発表している。同機関では、一
貫してモデルを用いた予測を行っており、予測としての的中率は芳しくないものの、予測
システムの透明性が高いこと、中長期のエネルギー価格予測を毎年更新していること、な
どから、IEA の展望とならんで広く参照されている。シナリオは、リファレンスシナリオ
のほかに、経済成長率が高いケース、低いケース、エネルギー価格が高いケース、低いケ
ースの複数のシナリオで構成される。このうち、本稿では、IEA シナリオの場合と同様に、
より参照されることの多いリファレンスシナリオを分析対象とする。
2.2 IEA,DOE の世界エネルギー需給展望の特徴
2.2.1石炭の一次供給量合計-足元の実績値に影響される傾向にある-
図1は、それぞれ、IEA、DOE の1995年以降の世界エネルギー需給展望から、世界石炭供
GTOE
GTOE
6
6
DOE1997
IEA1995
DOE2000
IEA2000
IEA2002
5
DOE2002
5
IEA2004
DOE2008
DOE2004
IEA2008
IEA2006
DOE2006
DOE2006
IEA2008
4
IEA2006
実績
DOE2008
4
実績
IEA2004
DOE2000
IEA2000
2006
3
IEA1995
DOE2004
2006
3
2004
DOE2002
2004
IEA2002
DOE1997
2002
2002
1995
2000
1995
2
2
1990
1995
2000
2005
2010
2015
2020
2025
2030
1990
2000
2000
2010
2020
2030
図1 IEA(左)、DOE(右)の予測発表年ごとの石炭一次供給量の展望
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給量計の予測値及び実績値を、展望発表年ごとに折れ線で結んで作成したものである。両
者ともほぼ同様の傾向であるので、ここでは図1左側の IEA の展望結果を見てみたい。そ
の結果、2004年を除くと、展望結果は、概ね、実績期間の傾向を、予測年を出発点に外挿
した線上にあることがわかる。ただ、2004年についてだけは、足元の実績値ではなく、そ
れ以前の予測トレンドを反映した展望結果になっていることがわかる。2004年は、9月のハ
リケーン・アイバン(Ivan)の被害による WTI 原油高騰をきっかけとして、2008年に至る長
期間の原油高騰が開始した年でもある。2004年時点では、この世界エネルギー需給環境の
変化を展望に織り込むことが難しかったことがわかる。2004年に続く、2006年、2008年の
展望では、石炭の一次供給量合計の予測値はわずか2年ずつの間で、大きく上方修正されて
いることがわかる。
図1では、資料の入手事情により1995年以降の比較にとどまっている。原油価格を例に、
さらに過去にさかのぼって、予測値と実績値の傾向をみたものが図2である。これは、1985
年以降の DOE による国際原油価格(米国平均輸入原油価格)の予測結果と実績値(黒い太
線で示す)を、発表年ごとに折れ線で結んだものである。DOE(2006)では、同機関が
International Energy Outlook と同じく毎年発表している、米国のエネルギー需給展望
Annual Energy Outlook の過去の予測パフォーマンスを検証しており、同図はそのデータ
を用いて作成している。数量データに比べて、より変動が大きい価格データでみても、予
測値がその時々の実績値の影響を受けやすいことがあらためて確認できる。
ドル/バレル
70
60
50
40
30
20
10
1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005
注) 太い黒線は実績値
図2 予測値は足元の実績値に影響される傾向にある
-DOE の Annual Energy Outlook 各年版より国際原油価格の予測-
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2.2.2 一次エネルギー供給量に占める石炭のシェア-時々のブームに影響される傾向にある-
図3は、IEA、DOE の予測結果それぞれについて、展望の発表年毎に一次エネルギー供給に
占める石炭のシェアを、折れ線で結んだものである。その結果、絶対量だけではなく、一
次エネルギー供給に占めるシェアも、短期間のうちに変化していることがわかる。IEA の
展望結果を例にとると、2020年時点の世界の一次エネルギー供給に占める石炭のシェアは、
2004年時点では22%程度とみていたのが、その4年後の2008年には、29%と7%ポイントも
上方修正されていることがわかる。IEA の2008年展望では、2020年時点での一次エネルギ
ー供給のうち、原子力と水力で約8%を占めると展望されていることから見ても、この石炭
シェアの上方修正がかなり大掛かりなシナリオの変更であることがわかる。
次の図4は、上記の一次エネルギー供給に占める石炭のシェアを、2020年時点について、
IEA、DOE の展望結果を、左から発表年順に折れ線で結んだものである。この図に、試みに、
原油価格(WTI 原油スポット価格)の動きを重ねたところ、興味深いことに両者の動きは
一致することがわかる。原油価格の高騰は、石炭の経済性を高めることにもなるため、中
長期シナリオを描くときにも、この足元での原油価格上昇が、10~20年先の石炭依存度の
見方に影響していることがわかる。
同時に、原油価格は、世界のエネルギー世論に大きく影響する指標でもある。2004年央
に始まった原油価格の高騰は、世界のエネルギー政策の方向性を、エネルギーセキュリテ
ィ重視へと大きく突き動かした。その結果、石油および天然ガス資源供給への不安から、
より資源制約の緩い石炭への依存度を高めるシナリオが蓋然性を持って語られることにな
図3 IEA(左)、DOE(右)の予測発表年ごとの石炭一次供給量シェアの展望
注)ただし、IEA1995の値は、石炭以外の固形燃料も含んだ値であるので、参考値である。石炭だけでみたシェア
はこれより数%低い。
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31%
ドル/バレル
29%
27%
IEA
25%
23%
21%
DOE
19%
17%
15%
1998
100
90
80
70
60
50
40
30
WTI原油スポット価格(右軸)
20
10
予測発表年
0
2004
2006
2008
2010
ブームに左右されるのか?
2000
2002
図4 2020年の予測結果(石炭シェア)は、足元の原油価格に影響される?
った。もちろん、その背景には、中国やインドといった石炭の豊富な新興国の存在や、
2005年に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)で特別報告書が出されるなど、CCS(CO2
の回収貯留)の国際的認知度の高まりも忘れてはならない。図4において、もちろん、この
両者(石炭シェアの予測値と予測時点での原油価格)に直接の関係があることを主張しよ
うとするものではないが、10-20年先のエネルギー需給シナリオとはいっても、現在の国際
的なエネルギー需給動向やそれに影響されたブームに影響される可能性を見ることはでき
よう。
Grubb(2006)は、欧州の EUETS の誕生が、欧州の一部のエネルギー需給展望の結果にバイ
アスを与えている可能性を検証している。また、過去の例として、デンマークでは、1970
年代の産業よりの政権時代には、高めのエネルギー需要予測が出されていたのに対し、そ
の後、環境派の政権に交代した途端に、エネルギー需要予測は大きく下方修正されたとい
う事例も紹介している。
しかし、必ずしも政治的な意図がない場合でも、各時代で共有される世界観や将来シナ
リオがより強い影響力を持つ場合には、予測結果にも何らかの影響を与えうることは容易
に推察できる。ここで例示した IEA、DOE の展望では、ともに多くの統計データと精緻なモ
デルを駆使した綿密な検討により予測が行われており、DOE では、前述したように、自ら
その過去の予測結果についての事後評価を行い、モデルの改良やデータの整備を続けてい
る DOE(2006)。それでもなお、Winebraker(2006)が指摘するように、過去と比べて予測結
果の精度が上がったとは言えないのが実際のところである。
3.まとめ
IEA や DOE といった機関が公表する中長期の国際エネルギー需給展望結果は、国際的な
注目度、エネルギー・環境政策への影響度ともに非常に高い。しかし、多くのシナリオが
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そうであるように、どうしても予測時点での需給動向や、国際エネルギー世論の影響を受
けることは避けられない。そのなかでも、地球温暖化、エネルギーセキュリティの両面か
ら、石炭の将来をどのように見ていくかについては、本稿明らかにしたように2000年以降
のわずか数年の間に、質的にも量的にも大きな変化があった。
エネルギー・環境政策を検討するにあたっては、エネルギー需給の将来シナリオは不可
欠であるが、それを利用する場合には、こうした傾向を認識したうえで、より多様な将来
像(将来シナリオ)に基づいて政策を立案することが重要である。
2009年6月現在に関して言えば、長期のエネルギー需給に関する世論は、低炭素社会へ
と向かうシナリオが議論の前提になる傾向にある。特に石炭に関しては、温暖化防止の観
点から、そのエネルギー・セキュリティへの貢献が十分に評価されにくい状況である。し
かし、過去にもそうであったように、世界情勢の変化は、しばしばシナリオで想定したも
のとは全く異なる現実を引き起こす。したがって、エネルギー・環境政策を検討するにあ
たっては、より多様な将来像(将来シナリオ)に基づいたバランスのとれた政策を立案す
ることを忘れてはならない。
参考引用文献
Grubb, Michael, Federico Ferrario, “False confidences: forecasting errors and emission caps in CO2
trading systems”, Climate Policy 6, pp489–495, 2006
DOE/EIA, International Energy Outlook, 1997,2000,2002,2004,2005,2006,2008 各年版
DOE/EIA, “Annual Energy Outlook Retrospective Review: Evaluation of Projections in Past
Editions (1982-2006)”, 2006
EC, “World Energy, Technology and Climate Outlook 2030 “, 2003
IEA, World Energy Outlook, 1995, 2000, 2002, 2004, 2006, 2008 各年版
IEA, Energy Balance of Non-OECD Countries 2008年版
IEA, Energy Technology Perspective 2008
IPCC, Special Report on Carbon Dioxide Capture and Storage, 2005
Winebraker, James J., Denys Sakva, “An evaluation of errors in US energy forecasts: 1982–
2003”,Energy Policy, 34, pp3475–3483, 2006
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補論
本稿では、石炭に関する展望結果についてまとめたが、そのほかの一次エネルギーを含
めた供給量と供給シェアについて補足する。付図1は、参考のため、IEA の World Energy
Outlook の2000年以降の予測値から、2020年時点のエネルギー源別一次エネルギー供給量
およびシェアを比較したものである。特徴的なのは、2002年の展望から2004年の展望を比
較して、2020年の再生可能エネルギーの供給量が大きく増加している点である。2002年の
時点では、世界経済の成長に伴って増え続けるエネルギー需要に対し、再生可能エネルギ
ー供給の増加で対応するというシナリオであった。2004年のシナリオでは、もはや再生可
能エネルギーだけでは供給できないとして、石炭供給が大きく伸びたことがわかる。
付図1 2020年のエネルギー源別にみた世界の一次エネルギー需給展望(IEA)
エネルギー源別シェア(左図)、供給量(右図)
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